【書評】『戦後日本を問いなおす-日米非対称のダイナミズム』(その1)
(原彬久著 ちくま新書 2020年9月発行 880円+税)
福井 杉本達也
―尖閣問題と安保条約をめぐって-
1 日中間の緊張緩和を主張すべき野党・共産党が緊張を煽る愚
志位和夫日本共産党委員長は、日中外相会談後の共同記者発表(11月24日)における、尖閣諸島をめぐり茂木外相が「中国公船の領海侵入に前向きな行動を求めた」ことに、王毅中国外相が「日本の漁船が敏感な水域に入っている」と反論したこと(日経:2020.11.25)を取り上げ、「驚くべき傲岸(ごうがん)不遜な暴言だ。絶対に許してはならない」とし、続けて「尖閣諸島周辺の緊張と事態の複雑化の最大の原因は、日本が実効支配している領土・領域に対し、力ずくで現状変更をしようとしている中国側にある。この中国側の覇権主義的な行動が一番の問題だ」と指摘。さらには、茂木外相に対しても、何ら反論や批判もしない「極めてだらしない態度だ」とし、また、菅義偉首相も「覇権主義にモノも言えない屈従外交でいいのか」と厳しく批判したとしている(しんぶん『赤旗』2020.11.27)。これはもう右翼顔負けのアジ演説である。中国を一方的に「覇権主義」と決めつけ敵意を煽っているだけである。王外相の訪日は、尖閣問題で冷却している日中関係を正常化するため、「経済面の協力を打ち出して日本に秋波」(日経:上記)を送ってきていることを頭から否定し、日中間の緊張を高める行為以外のなにものでもない。
2 外交は「最悪のシナリオ」も想定して行うもの
共産党の“能天気”なアジ演説に対し、本書は極めて冷徹な分析を試みている。尖閣問題が前面に出て日中関係が冷却化するのは、1978年の日中国交回復時に、「尖閣問題棚上げ」で合意した両国が、民主党・菅直人内閣下における2010年に、中国漁船の海上保安庁の巡視船との衝突事件を契機に始まり、同じく民主党・野田佳彦内閣での2012年9月の「尖閣国有化」で最悪となった。著者は、冷戦後も「広義の日米安保体制ともいうべき日米非対称システムは驚くべき適応力をみせつつ、日本の『対米従属』を“栄養分”にしてその生命力を維持」してきたが、「尖閣問題を抱えたことによって日米安全保障関係は大きく」変わったとする。それまでは「日本が、アメリカとは直接関係のない自国固有の国際紛争を抱えたという経験は」ない。「戦後初めて日本は、あるいは戦争に至るかもしれない『尖閣問題』という名の国際紛争を、それも『領有権』という最も鋭角的な事案をアメリカの問題としてではなく、日本だけの問題として抱えてしまった」という。つまり、「もしに日中間に和解の道を探る外交努力がないなら、『アメリカの事情』ではなくて、『日本の事情』ゆえに日本が武力紛争に巻き込まれる可能性も否定できない」という冷徹な判断である。
外交は「最悪のシナリオ」も想定して行うものである。仮に「尖閣諸島への中国の武力侵害が発生した場合、少なくとも条文上は直ちに(安保条約)第5条が発動」されるとしつつ、「本来条約は多分に政治的なもの」であり、アメリカは「国家の『安全』という死活的利益にかかわる条約であればなおのこと」、「みずからの国益に合致するよう狭めたり広げたり」して行動し、必ずしも日本側の期待どおりには尖閣防衛の行動をとるわけではないとする。
3 「尖閣」をめぐるアメリカの迷い
沖縄返還の前年(1971年)にアメリカは「尖閣諸島が日本の施政下にあることは認めるが、尖閣の領有権がどの国にあるかについては、アメリカは『特定の立場』をとらない」とする基本政策を固めた。「日本が尖閣の『施政権』を失ってしまえば、アメリカは少なくとも条約上はこれを防衛する義務はないということになる」のである。「米政府内には安保条約運用に関して意見の確執があった」とし、1996年にはモンデール駐日大使は「米軍が介入を強制されるわけではない」と発言していた。それが、中国漁船衝突事件後の2010年9月23日、ヒラリー・クリントン国務長官は「同諸島が第5条の適用下にあることを明言」した。以後、オバマ大統領もトランプ大統領も「適用対象になる」としている。
しかし、中国の武力攻撃が「直ちにアメリカの領土とりわけアメリカ本土の全面危機を意味するものとは」いえない、アメリカは「対中戦争という軍事的リスクを避けて外交工作に当たる『余裕』をつくることができる」。「アメリカにしてみれば、中国はイデオロギーではなく『実利』ないし『国益』を“物差し”にして交渉できる相手である」、「たとえ『第5条』があっても、あるいは日本の頭越しに中国との談合へもっていくかも」しれない。「アメリカはみずからの『事情』に直接関係のない尖閣問題には注意深く距離を置いて」いると述べ、「最も重要なことは、『最悪のシナリオ』を回避するための日本外交の力量の問題」だとする。
4 「米中冷戦」に日本を引き込む役割か
著者は「『尖閣』は日米関係以前に米中関係の絵模様次第でその姿が変わっていく」、「米中は、近い将来実益追求の関係をよそに、文字通り覇権闘争の相貌を露わにしていく可能性」あるとしている。
尖閣問題のきっかけを作ったのは、オバマ政権:ヒラリー・クリントン国務長官時の菅直人内閣・前原国交相である。孫崎亨氏は『検証 尖閣問題』(孫崎亨編:2012年:岩波書店)において、「植民地の独立にあたって、宗主国が領土問題をわざわざ残しておくという手口は世界史の中でしばしば起こる」とし、尖閣列島という「楔が日本と中国の間で固定され」、オフショア・バランシング戦略として、「特定の大国が、想定される敵国が力をつけてくるのを、自分に好意的な国を利用して抑制させ」、「台頭する中国に対して、米国が自らが戦闘するのでは」なく、「中国に対峙する日本を支援する。戦闘するのは日本である。」(以上・孫崎)と書いている。
2009年に民主党・鳩山由紀夫内閣が「東アジア共同体」構想を打ち出したことを、米軍産複合体が危険視し、尖閣問題を再浮上させたのではないか。日中関係が“悪夢”に陥った民主党・野田佳彦内閣以降の8年間、安倍内閣・菅義偉内閣・茂木外相の下で、米国の顔色を窺いつつも中国との関係を改善しようとしてきた外交努力に対し、志位氏が「屈従外交」という言葉を投げつけることは、自らは安全地帯にいて後ろから鉄砲で撃つ行為であり、米軍産複合体に塩を送る以外の何ものでもない。「安保破棄」を党是として掲げつつ、安保体制を強化する役割を担うというのは論理の破綻である。