中国に対抗する多国間連携として、日米豪印戦略対話(Quadクワッド)がこの間喧伝されているが、しかしその内実は極めて不安定である。
インドはこの間カシミール地方で中国と緊張関係にあり、昨年には両軍の衝突で多数の死傷者が出た。こうしたことから、インドを対中国の尖兵と見る向きもあった。
しかし、両国は紛争のエスカレートを防ぐため、火器の使用を制限してきたし、最近係争地域からの両軍の撤収が始まった。インドの対中包囲網への積極的関与はないだろう。
インドに代わって期待されているのはイギリスである。ジョンソン政権は空母「クィーン・エリザベス」のアジア派遣を決定した。イギリスは香港問題を念頭に中国を牽制するため、こうした動きを見せていると解説されている。
だが、イギリスに限らずNATOの主敵はあくまでソ連―ロシアである。冷戦崩壊後、21世紀初頭まではEUロシア間で協力関係が構築されてきたが、現在は冷戦期の状況に戻っている。
イギリスはウクライナ情勢に関しロシアへの制裁を強化してきたが、2018年にイギリス国内でロシアの元情報員が「化学兵器」で襲撃されて以降、両国関係はさらに悪化している。
また昨年ロシアの反体制活動家に対する毒殺未遂が発生、前事件を想起させる展開に英政府は、一層警戒を強めている。
しかし、軍事的にはロシアはNATOに対して劣勢である。ロシア唯一の空母「アドミラル・クズネツォフ」は改修中であり、数々の事故も有って復帰は2022年以降となる見通しである。
これに対しNATOの空母はアメリカ第2艦隊を除いても、英2、仏1、伊1とロシアを圧倒している。
つまりイギリスの空母戦力は余剰状態であり、ヨーロッパで遊ばしておいては予算の無駄使いと批判されかねないのである。
こうした状況の中、イギリスにとって中国のアジアにおける「脅威」は渡りに船となり、空母派遣はTPP加盟の手土産にもなるという一石二鳥であろう。
したがって今後ロシア空母が復帰すれば、英空母はアジアから撤収するだろう。
さらに今後、計画されているロシア初の原子力空母が就役すれば、中国どころの話ではなくなり、今回恩を売られた形の日本が対露牽制を求められる可能性がある。
フランスが原子力空母や潜水艦をアジア地域に派遣しているのも、こうした背景を抜きに考えることはできない。
南シナ海を巡る国々の動きも微妙である。インドネシアは昨年7,8月アメリカP-8哨戒機の給油目的での着陸を拒否した。シンガポールは2月24日、アメリカの懸念をよそに5年ぶりに、中国海軍との合同演習を実施した。
トランプ政権から継承された数少ない政策である、バイデン政権の対中強硬路線はアジアの足元で揺らいでいる。
アメリカ国防総省のカービー報道官は2月26日、「尖閣諸島における日本の主権を明確に支持する」とした自らの発言を撤回し、謝罪した。
この直前政府は、中国の海警法施行に反応し、尖閣諸島に上陸した中国治安要員を海保が「凶悪犯」として危害射撃=射殺を可能とする旨の見解を示した。
これは密入国した外国人を警察が撃ち殺しても構わない、ということと同じであり、海警法を国際法からの逸脱と非難しながら、同様の行為を是認しているのである。
しかし、アメリカ政府の見解是正により梯子を外された形となり、政府見解は二転三転する可能性がある。
経済面でも、中国はTPPへの加入を表明し、逆にインドはRCEPから離脱するなど、経済連携で中国を牽制しようとする目論見は頓挫した。
それどころかこの間の積極的なコロナワクチン供給などで、中国の存在感は拡大してきている。フィリピンのドテルテはワクチン供与に感謝し、早期の訪中の意さえ示している。
菅政権は香港やウィグル問題などで中国批判を繰り返しているが、この様にアジアに於ける中国包囲網は幻であり、逆に中国、韓国、ロシア、北朝鮮との関係を悪化させている日本こそ、孤立化を進めているのが現実と言えよう。(大阪O)