【投稿】アルケゴス巨額損失事件:氷山の一角--経済危機論(45)

<<問答無用の熾烈な戦い>>
 3/29、米国の野村證券で2200億円規模の巨額の損失計上の可能性があることが発表され、1月のゲームストップ事件に引き続き、金融資本主義の脆弱性と不安定性の一端が再び浮かび上がってきている。
 一個人、ビル・ファン(Bill Hwang)氏のファミリーオフィス、アルケゴス・キャピタル・マネジメント(Archegos Capital Management)に大手金融機関が振り回され、多額の損失を明らかにせざるを得なくなったのである。野村に続き、三菱UFJ証券ホールディングスが約3億ドル(約330億円)の損失見込み、みずほフィナンシャルグループも100億円規模、クレディ・スイスの損失は50億ドルにも達する可能性、モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス、ウェルズ・ファーゴ、ドイツ銀行なども大なり小なり損失を被っているという。金融機関の損失合計は100億ドル(1兆1,030億円)に上ると見積もられている。この日3/29、ニューヨーク証取終了までに、それぞれ関与していた金融機関の株価は、野村で14.07%、クレディ・スイスが11.5%、ドイツ銀行は3.24%、モルガンスタンレーは2.63%、ゴールドマンサックスは0.51%の下落を記録している。
 ゴールドマンサックスが関与の大きさにもかかわらず少ない被害で済んだのは、3/25の金融機関同士の会合でアルケゴスの保有株処分を巡り協議したが、結論は出ず、もう少し様子を見ようとの合意を無視して、危険を察知してアルケゴスの持ち分の株を強制的に清算するために前代未聞となる総額200億ドル(約2兆2000億円)以上のブロック取引(市場外の相対取引)を行って、差し出されていたアルケゴスの担保証券を抜け駆け的に大量売却、処分したからであった。強制的な清算の「前倒し」であり、清算は、最初に引き金を引いた者が勝ちというわけで、事後に気づいた野村やクレディ・スイスなどが巨額損失に見舞われたわけである。金融機関にとっては問答無用の熾烈な戦いでもあり、パニックでもあった。

<<“イケイケ”運用の破綻>>
 このような事態をもたらしたのは、アルケゴスという一個人の投資ファンドが規制の抜け穴、市場の不透明な領域を利用して、グローバルな大手金融機関を個別に利用、競わせ、約100億ドルの運用資産に対して途方もない5~6倍、500億ドル以上ものレバレッジの融資を可能にさせたからであった。もちろんそれは、FRBの超金融緩和政策、それによる膨大な投機資金の過剰という、実体経済に投資されることなく、金融市場の投機を煽り、加熱させるマネーゲーム市場が存在していたからこそである。

 たまたまアルケゴスは、非公開企業という開示義務のない立場を利用して、「トータル・リターン・スワップ」(TRS)というリスクの高いデリバティブ(金融派生商品)を多用し、それらの資金を特定銘柄に集中させ(米メディア大手バイアコムCBSやディスカバリー、中国のネット企業・百度Baidu、中国のオンライン家庭教師会社GSXTecheduなど)、“イケイケ”運用でここ数年、アルケゴスは金融機関からも上客扱いされてきたのであった。しかし、これらの株価の不自然な上昇がこの1月以降目立ち始め、逆に売り圧力が強まりだし、バイアコム株の下落で不意を突かれ、融資していた金融機関からのマージンコール、証拠金増額要請を招くに至った。その請求額は3/26時点で約20億ドル(約2,200億円)であったという。「上客」であったはずのアルケゴスは担保の巨額追加請求に応じられず破綻、前代未聞となるブロック取引に至ったわけである。

 アルケゴスのホームページによれば、「アルケゴスキャピタルマネジメントのコアバリューは次のとおりです」として、「優秀さ 誠実さ 学習/実行/教育 思いやり/共有 信念/忍耐力 チームワーク」を掲げている。カジノと化した金融市場で、このコアバリューはどのような役割を果たしたのであろうか。カジノ場の核心的価値を覆い隠すための建て前であったということであろう。
 問題は、こうしたアルケゴスのような100億円以上の資産を運用するファミリーオフィスは実に1万社前後もあり、その運用資産は600兆円を超えるとも言われ、なおかつその投資の全容は誰も把握できていないことである。
 ゼロ金利と超金融緩和で広がるこうした金融市場の不透明な領域、いわゆるシャドーバンキングの資産はますます増大しており、世界の金融システムに占める割合が、2008年の42%から、いまや約50%を占めるに至っているという現実である。しかもグローバルな大手金融機関自身がこれを利用し、依存し、加担しているという現実である。
 アルケゴス事件は、まさに氷山の一角であり、今後も何らかのきっかけで頻出する可能性が大である。あらためて、このようなマネーゲームにのめり込む金融資本主義を全面的に規制するニューディールと金融取引に一律に、かつすべての金融取引に課税される金融取引税の導入が喫緊の課題であること、それこそがマネーゲームを抑え込む近道であることを示している、と言えよう。
(生駒 敬)
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