<<「自滅的な競争」>>
米・バイデン新政権は、パンデミック危機と経済危機に対処する1.9兆ドル規模のアメリカ救済計画(ARP)に続いて、2兆2500億ドル(約247兆円)規模のインフラ投資計画を明らかにし、同時にこれらの財源として、法人税率を21%から28%に引き上げる提案を明示した。
トランプ前政権が2017年に「史上最大の減税、史上最大の改革」と称して、法人税率を35%から21%に引き下げた路線からの明らかな転換であり、法人税率の「底辺への競争」を正当化してきた市場原理主義・新自由主義路線からの転換、脱却に踏み出したのである。「底辺への競争」は、市場原理主義者が言うような「必然」ではなく、「選択」であったのである。
トランプ前政権の大型減税で、米国の国内総生産(GDP)に占める法人税収の割合は1%となり、経済協力開発機構(OECD)加盟国平均の3%を大幅に下回っているのが現実である。アメリカの法人税率は1960年時点で50%を超えていたのである。法人税の法定税率の世界平均は、この法人税引き下げ競争の結果、1985年から2018年の期間、49%から24%へと半分以下に減少させられてきたのである。本来なら49%へ、最低限、まずは35%に戻すべきであろうが、バイデン政権は「超党派の支持を得る」という名目のもとに、いつ後退するか(すでに25%案が飛び交っている)、中途半端なものに妥協するか、バイデン氏自身が「議論を歓迎する。妥協は避けられない。修正があるのは間違いない」と述べており、不確かな面を持ちつつも、それでも逆の「選択」が可能であることを示す画期的な一歩前進であると言えよう。
バイデン政権のイエレン財務長官は、4/7の記者会見で、「われわれは税による競争を選んだことで、労働者のスキルやインフラの強靱さで競うことを怠ってきた。これは自滅的な競争だ」と述べ、法人税率28%への引き上げによって、10年間で約2兆ドルの企業利益を取り戻せると主張。さらに、決算報告で年間20億ドル以上の利益を計上した大企業に対しては、税制優遇などで法人税の課税額がゼロになる場合であっても、決算上の利益に対して最低15%を課税する制度を提案、これによって納税額が平均で年間3億ドル増えると見込む。租税回避についても、海外への利益移転に関するインセンティブを撤廃し、多国籍企業の海外子会社の収益への課税を現行の2倍の21%に引き上げるなど、利益の海外移転に対する税制上のメリットを縮小することで、連邦政府の歳入は7000億ドルほど増えるとの試算を示している。
対して、米国の多国籍企業は、租税回避地(タックスヘイブン)の活用で実効法人税率がたったの8%にとどまっており、これをやすやすとは手放せない。多国籍企業との闘いの火ぶたが切られたとも言えよう。どこまで貫徹できるか、増税反対派は共和党はもちろん、民主党内にも厳としてあり、バイデン政権は岐路に立っているのである。
<<グローバル課税>>
バイデン政権の提案は、当然のことであるが、「底辺への競争を回避する」ためには、米国内のみならず、世界的な最低法人税の合意が不可欠である。イエレン財務長官は、「私たちはグローバルな最低法人税の導入によって、多国籍企業の課税における公平な競争の場を確保し、それによって世界経済の繁栄を確保する」ことを提案している。
すでに4/8段階で、OECD協議に参加する約140カ国に提案が送付されており、内容は公表されていないが、それぞれの国内の売上高に基づいて企業利益に課税できるようにする案を提示し、あらゆる業種の多国籍企業が対象となり、法人課税ルールが一律に適用されるグローバル・タックスでの合意を目指している、と報道されている(4/8、ブルームバーグ)。EU加盟国やイギリスはこの提案を歓迎しているが、アイルランドは、法人税率12.5%の租税回避地であることからこの提案を拒否している。
OECDは世界的な法人課税ルールの改革案で今夏までに139カ国での合意成立を目指している。こうした合意が成立すれば、どこまで厳密に適用できるものになるか疑問の余地もあるが、世界中のタックスヘイブンを利用した脱税、租税回避が極めて困難となる可能性を秘めている、と言えよう。
ここで重要なことは、最低税率を導入しただけでは、問題が解決するわけではないということであろう。多国籍企業は、本社をタックスヘイブンに移すことで租税回避できるのである。しかし、グローバル・タックス・ルールが合意されれば、いくら本社をタックスヘイブンに移しても、実体的に移転しない限り、それがペーパーカンパニーであれば、租税回避地での売り上げが計上できないのである。したがって、このグローバル・タックス・ルールの合意がグローバル課税のカギとなろう。
法人税と連動するもう一つのさらに重要な課題は、富裕税、累進課税の問題である。アメリカは1930年代、経済恐慌から脱出するニューディール政策の時代、最富裕層に対する最高限界税率は90%、企業利益には50%、広大な不動産には80%近い税率であった。1942/4/27、ルーズベルト大統領が議会に送った教書で「低所得者と超高所得者との差を縮めなければならない」として、総合所得2万5000ドル以上の所得に100%税率を課そうとした。当時の2万5000ドルは現在の100万ドル以上に相当、議会は、最高限界税率を94%にすることで決着を図った。実際に支払う税率は90%を超えることはなかったが、1944~1981年までの所得税の最高限界税率の平均は89%に及んでいる。(『つくられた格差 不公平税制が生んだ所得の不平等』E・サエズ/G・ズックマン著、2020/9月発行、光文社 から)
今日のパンデミック危機・経済危機の時代におけるニューディールにとっても、今や史上最大規模にまで達した格差解消、所得再配分の課題は、喫緊・最大の課題であり、グローバル・タックスとともに、累進課税の強化にいかに取り組むかが問われている。
(生駒 敬)