【投稿】日中関係を52年前に引き戻すのか―日米共同声明での台湾言及の時代錯誤
福井 杉本達也
1 日米首脳会談で時代錯誤の台湾言及
4月17日、訪米した菅義偉首相と共同記者会見したバイデン米大統領は、「『我々は中国からの挑戦にともに対応し、21世紀も民主主義国が競争に勝つことを証明する』と訴えた。日本と歩調を合わせて中国に対峠していく姿勢を強調した」。共同声明には『台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する』と記した」「『台湾海峡』を記すのは日中国交正常化前の1969年以来となる(日経:2021.4.18)。
既に、4月7日の『環球時報』では、4月5日に行われた日中外相電話会談において、王毅外交部長は茂木外相に対して、他人に追随して騒ぎ立てるようなことをせず、「手を伸ばしすぎるな」と直言したことを紹介し、中日関係は「新たな震動期に入る流れにある」とし、「日本は相当当てにならない国家であり、外交自主能力は極めてお粗末、アメリカの影響は絶対、外交的道徳感も極めて低い」、「外交本性は、正義を擁護することではなくして実力に屈服することにある」と、菅政権の対中政策を一蹴した(浅井基文:2021.4.13)。
2 「日中共同声明」を踏みにじる菅政権の暴挙
1972年9月、日中が国交を樹立するにあたり、当時の田中角栄首相と中国の周恩来首相が署名した「日中共同声明」では、「2 日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。3 中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。」と書いている。今回の日米共同声明での「台湾条項」は明らかに「日中共同声明」の上記条項を踏みにじるものであり、日中の国交回復前の時代に引き戻す時代錯誤の暴挙である。他国との最重要な条約事項を何のためらいもなくあっさりと踏みにじるのでは、日本の外交は全く信用されない。それを指摘しないマスコミ、さらには野党も全く信用されるものではない。
3 日本の対中輸出比率は最高にー中国が支える日本経済
4月20日の日経は「輸出の中国比率最高に・昨年度、22.9%で米抜く」という見出しで、いかに日中両国が経済的に結びついているかを書いている。1972年の日中貿易が微々たるものだった時代とは根本的に異なる。当時は輸出入合計でも11億ドル程度しかなかった。それが、コロナ下で落ち込んだとはいえ2020年度は中国向け輸出額だけで16兆円(1,480億ドル)である。先の『環球時報』は「中国経済の不断の成長の蓄積が日本に対して持っている吸引力であり、日本の対中輸出はすでに対米輸出を上回り、日本の中国市場に対する依存はすでにできあがっていて、このことは日本が中米間で身を処するに当たって重大な制約となっている」、「日本としては中国を戦略的敵とするまでの勇気はない。したがって、中日関係はさらに悪化するとしても、悪化の限度には限りがある。」(同上『環球時報』浅井訳)と指摘する。さらに続けて「中日関係の二つの本質は安全保障と経済であり、安全保障というひもは主にアメリカが引っ張っているが、経済上の紐帯は中国に移りつつある。時間(歴史)は経済的紐帯が最終的に安全保障のひもを圧倒するだろう。我々は時間(歴史)を信じるべきである。」(同『環球時報』)と書く。菅首相は日本経済を50年前に引き戻すつもりなのか。我が日本国民は全く考える能力を持たない国のトップを選んでしまった。
4 中国の優位―台湾正面の戦闘では米軍は確実に負ける
菅首相は会談後の記者会見で「中国に言うべきことははっきり言っていく」とし(日経:2021.4.18)、さらに「台湾海峡、また尖閣周辺でも厳しい状況が続いている」(日経:2021.4.19)とした。これらを受けて、田原潤之介は「仮に中国が台湾を武力で統一しようとすれば、台湾に攻め込む中国軍を止めるのも米軍だ。集団的自衛権を行使して米軍への攻撃に自衛隊が反撃できるようにするには『存立危機事態』に認定する必要がある」と書く(同日経:4.19)。台湾を巡って中国と戦争をする気か。
孫崎亨氏によると「第1期クリントン政権の政策担当国防次官補で、ハーバード⼤学ケネディ⾏政⼤学院の初代院⻑、グレアム・アリソン⽒は昨年3⽉の「フォーリン・アフェアーズ」誌で、<「台湾海峡の軍事シナリオで中国が軍事的に先んじている可能性もある」とし、⽶国国防総省がウォーゲーム後、「中国と戦争すればコテンパンにやられる」〉という国防総省⾼官の⾔葉を引⽤。<ニューヨーク・タイムズが伝えたように、台湾海峡有事を想定した18のウォーゲームの全てでアメリカは敗れている>と書いていた」。「台湾海峡周辺(尖閣もこの範囲に⼊る)で⽶中が戦った時、⽶国が中国に敗れるという想定は、⽶国で最も権威ある軍事研究所「ランド研究所」が2015年にも指摘している」。「その論拠の主たるものは、①中国は⽇本の⽶軍基地を攻撃しうる1,200発のSRBM(短距離弾道ミサイル)と中距離弾道ミサイル、巡航ミサイルを有している②⽶軍基地の滑⾛路が壊されれば戦闘機は⾶び⽴てない――というものだった。」(孫崎:「日本外交と政治の正体」『ゲンダイ』2021.3.26)。
この孫崎氏の指摘を裏付けるように4月15日の『環球時報』社説は、「台湾問題はアメリカと台湾当局が我々に押しつけたものであり、」「もう一つは、大陸の軍事動員能力は台湾とアメリカが台湾海峡及びその周辺海域で展開できる軍事動員のトータルをはるかに凌駕しており、我々の意志と能力が優位に立っている」。我々はワシントンに勧告する。ホンモノの決意と能力を欠く戦略変更はするべきではない。」「戦争はしたくはないが、戦争を恐れてはいない。ましてや、主権と領土保全を防衛する正義の戦争ならばなおさらである。」と米国の及び腰を見透かす。
5 米国は、尖閣諸島の主権が日本にあるとは言わない
「⽶国防総省のカービー報道官は26⽇、沖縄県・ 尖閣諸島の主権に関する⽇本の⽴場を⽀持するとした先⽇の⾃⾝の発⾔ について、『修正したい。尖閣諸島の主権をめぐる⽶政府の⽅針に変わりはない』と述べた。カービー⽒は国防総省で記者会⾒し、先⽇の発⾔は「誤りであり、混乱を招いた」と謝罪した」。「尖閣諸島をめぐっては、⽶政府は⽇本の施政権を認めるものの、主権については特定の⽴場を取らない⽅針を堅持している。」(時事:2021.2.27)。米国は尖閣諸島が日本の領土だとは一度も認めたことはないのである。なぜ言わないかといえば、日本と中国の間に不確定な領土問題の楔を打ち込み、両国関係を不安定にしておきたいからである。日清戦争・義和団の乱以来、日本は英米の中国侵略の先兵であった。今日もまだ、その役割が放棄されてはいない。親分に焚きつけられたヒットマンが振り向くと誰もいない。4月18日付け『環球時報』社説は「日本はまったく教訓をくみ取っておらず、再び自ら対決の渦巻きを作り、その中に巻き込まれている。巻き込まれ方が深ければ深いほど、日本が支払うべき代価はそれにつれて大きくなるだろう」(『環球時報』:浅井訳:2021.4.18)と締めくくっている。