【投稿】タリバンのアフガニスタン制圧
福井 杉本達也
1 カブール陥落
8月17日付けの毎日新聞社説は「米同時多発テロから20年に及ぶ戦争の無残な終幕と言うべきか。アフガニスタン旧支配勢力タリバンが首都カブールを制圧し『勝利宣言』した。ガニ大統領は国外に脱出し、政権は崩壊した。…米メディアは、1975年のベトナム戦争の『サイゴン陥落』で大使館員がヘリで避難する映像に重ね、『カブール陥落』と表現した。米国にとって屈辱の光景だ。」と書いた。そして「2001年の米同時多発テロに対して…始まったのがアフガン戦争である。米英軍が、テロを主導した国際テロ組織アルカイダと、かくまっていたタリバンを攻撃し、…国際社会が隊列を組んだテロとの戦いだ。」と続け、最後に「最も懸念されるのが、アフガンが再びテロの温床となることだ…アルカイダの排除にも疑念が残る。…『カブール陥落』は、国際社会における米国の威信低下を加速させるだろう。米国主導の民主化は失敗したが、テロとの戦いは終わったわけではない。」と結んでいる。これが、日本及び米欧におけるアフガン戦争の一方的な見方であるが、何十万人ものアフガン人を虐殺した侵略戦争に対する反省のかけらもない。事実は全く異なる。
2 アルカイダ又はイスラム国(IS)とは何か。又、タリバンとは何か
アルカイダ又はイスラム国(IS)とは何か。ジェフェリー・サックス米コロンビア大学教授は「1979年以降、米中央情報局(CIA)は旧ソ連をアフガニスタンから追放するため多国籍のイスラム教スンニ派戦闘部隊『ムジャヒディン』(イスラム聖戦士)を組織した。この戦闘部隊とそのイデオロギーが、今でもISを含むスンニ派の過激派武装勢力の基盤になっている。」(日経:2015.12.7 原文Ending Blowback Terrorism 2015.11.19)と述べている。カーター政権下でブレジンスキー安全保障補佐官が始めたCIAプロジェクトは、ソ連をアフガンに誘い込み、ソ連を弱体化させ、それにより冷戦終結を早めることにあった。1979年、アフガンでソ連軍に対し非正規戦を行うべく、パキスタン、アフガンやサウジアラビアから急進的イスラム主義者を採用し、武装させ、1989年2月に1万4千人死者を出しソ連軍は撤退、その2年後にソ連邦は崩壊した。
ソ連邦崩壊により1992年にナジブラ政権がが打倒された後、アフガンでは、麻薬密売の軍閥指導者が権力を求め、残虐な内戦を経験した。タリバンは、新体制の担い手としてアメリカとパキスタンの情報機関によって組織されたものであるが、出現すると、内戦を終結させ、多くのアフガン人が彼ら支持した。しかし、2001年9月11日の米同時多発テロ事件を契機として、タリバンが、攻撃の首謀者とされたオサマ・ビンラディンとアルカイダを保護しているとして、10月7日、米主導の有志連合軍がアフガンへの攻撃を開始、タリバン政権は崩壊した。実際は、ソ連の脅威がなくなり、アメリカ軍産複合体は、膨大な予算を正当化する口実を失ってしまった。そこで9・11を利用して“イスラム教徒テロリストの脅威”が作り出された。同時に、旧ソ連邦を構成した中央アジアや中国の弱い下腹部:新彊ウイグルやチベットへの橋頭堡を築くための米国による軍事占領の言いがかりであった。軍産複合体のために”テロとの戦い“という「無限の戦争」を作り出すこと、ネオコンのウォルフォウィッツ(父ブッシュ政権の国防副長官)・ドクトリンである。
3 中国とロシアはアフガン復興に積極的に関与する
カブール陥落の前、中国の王毅外相は7月28日、天津でバラダル師率いるタリバンと会談し、王外相はタリバンを「アフガンでの決定的な力を持つ軍事・政治勢力だ」と評価、「アフガンの和平と和解、復興の過程で重要な役割を発揮できるだろ」と述べ積極的に支援することを表明した(共同:2021.7.28)。
かつてアフガンに軍事介入したロシアの場合は少し複雑であるが、「ソ連の終結は、外交政策に対するイデオロギー的制約からモスクワを解放し、よりプラグマテックに対応する道を開いた。」とし、「モスクワと中国政府は、タリバンに包摂的な政府を追求するよう説得し、政権を穏健化し、内戦を終わらせようとしている。この関与と非介入の政策はタリバンに利益をもたらす」とした。しかし、タリバンは「テロ集団としてリストアップされ、ロシアで禁止されており」(グレン・ディーセン:ロシアRT:2021.8.21)懸念を持っている。ロシアは下腹部のウズベキスタンなど中央アジアにアフガン難民に紛れてISなどのCIAの傭兵が入ってくることを極度に警戒している。それを防ぐにはアフガンの政治的・経済的安定が重要なのである。
ところで、旧ソ連軍のアフガン介入について、『青年の旗』はかつてどう見ていたのであろうか。第36号『主張』は「アフガニスタンヘのソ連軍進行を契機に、今までになく〝ソ連脅威″論と反ソ煽伝の音量が高まっている。国連での『外国軍撤退』決議採択によって、ソ連は第三世界からも見はなされ、世界的に孤立したとさえ言われている。しかし、アフガンで失敗したのは、米であり、中国であり、勝利したのは、アフガニスタンであり、ソ連である。」(主張:1980.2.1)と、ソ連軍の介入を全面的に支持していた。
しかし、1989年のアフガン撤退決定の前、故小野義彦先生は「たとえばアフガニスタンへの侵攻。その必要性は何もなかった。自分に都合のいい政府を他国に押し付けるのは、内政干渉である。内政干渉を行えば、一時的に都合のいい政府ができるかもしれないが、長持ちせず、逆にそういう行為を行ったことで、その国民全部を敵に回す。」(「ペレストロイカについて」:『青年の旗』第140号1988.10.1)と内政干渉への反省を述べている。
4 民営化された戦争―民間軍事請負業
「18,000人以上の国防総省請負業者がアフガニスタンに留まっており、他方、公式兵士は2,500人だ。」「アメリカ兵一人当たり、七人の民間軍事請負業者がいる。」「民間軍事請負業者を利用すると、国防総省と諜報機関は、議会による本格的な監督を避けられる。典型的に、彼らは民間警備請負業者や傭兵として、より大きい収入を得る特殊部隊兵役経験者だ。彼らの業務は全く秘密で、ほとんど説明責任がない。」「ダインコープは最大請負業者の一社だ。2019年時点で、ダインコープは、アフガニスタンで、アフガニスタン軍を訓練し、軍事基地を管理する政府契約で70億ドル以上得ていた。」(F. William Engdahl「ヘロインの政治学とアメリカのアフガニスタン撤退」『マスコミに載らない海外記事2021.4.28』)。
アフガンでの戦争は主にアメリカの軍事請負業者への「富の移転」である。ウィキリークスの創設者ジュリアン・アサンジが何年も前に、米国のアフガン戦争の背後にある本当の目的は「成功した戦争ではなく、無限の戦争をすること」であり、「米国の財政からお金を引き出す」ことであると指摘した。米国国防総省、国務省、USAIDなど、アフガン戦争に直接関与した米国政府機関は、約8,870億ドルを費やした。しかし、間接費が追加されると、アフガニスタンに対する戦争の全費用は2.26兆ドルを超えると推定される(PressTV:2021.8.24)。
5 麻薬の生産を中止するタリバン
麻薬は英国が中国を支配するきっかけをつくったアヘン戦争以来、侵略にはなくてはならない道具である。日本軍も日中戦争時にアヘンを徹底的に利用した。アヘンは満州国の財政を支えただけでなく、それが莫大な利益を生み、謀略資金になった。ベトナム戦争時においても米国はタイ・ミャンマー・ラオス国境の黄金の三角地帯でケシを栽培し謀略資金を供給した。今日、アフガンは世界の麻薬供給量の9割を占める。タリバンが一時的に支配した時期:2000年の3300トンから、2001年には185トンまでアヘン生産を減らした。アメリカの占領は国造りや民主主義が狙いではなかった。「狙いはヘロインだった。『アフガニスタンでの30年間、中央アジアでのアヘン違法取り引きに合致した時だけ、ワシントンの軍事行動は成功した』」「アヘン生産は侵略の一年後、2001年の約180トンから3,000トン以上に、2007年には、8,000トン以上に急増した。2017年までに、アヘン生産は記録的な9,000トンに達した。」「アフガニスタンのダインコープや他のアメリカ傭兵の公表されている仕事の一つは、世界のヘロイン推定93%を供給するアフガニスタン・ケシ畑破壊を『監督する』ことだ。…アヘンとその世界的流通は、…欧米ヘロイン市場への安全な航空輸送を保証する米軍、CIAの専門領域だということだ。」(F. William Engdahl 同上)。麻薬はアルカイダやIS、コロンビア傭兵など米軍産複合体による非公式戦争の大半を賄う“会計簿に記載されない”資金源である。ペルシャワール会の「中村医師が語ったところによれば、ISが支配を拡大した地域は、まだ 灌漑工事の恩恵が行き届かず、干ばつがひどい地域と重なり合っていた」(長沢栄治:長周新聞2020.1.4)と指摘しているが、灌漑による小麦の生産ではなくケシ栽培をさせようとしている。タリバンのザビジュラフ・ムジャヒド報道官はアフガニスタンが今後、麻薬の生産を中止することを明らかにした(Sputnik:2021.8.18)。
6 ドーハ合意
パイデン米大統領は24日、ホワイトハウスで演説し、米国人などのアフガンからの国外退避が順調に進んでいると強調した。31日までの米軍撤収を完了できるとの見方を示した。米はタリバンに対し、米国人らが円滑に国外へ退避できるよう協力を求めた。 一方、タリバンはアフガン人の空港へのアクセスを今後は認めない方針を示した(日経:2021.8.26)。カブール市内から空港への安全確保はタリバンが担っている。これは8月末までに米軍が撤収するというドーハ合意の履行が前提である。ドーハ合意は2020年2月29日に当時のトランプ政権下で、米政府のハリルザド・アフガン和平担当特別代表と、タリパン幹部のパラダル師が署名したもので、①米軍は21年春にもアフガンから完全撤収し(バイデン政権で8月末まで延長)、②タリパンは国際テ口組織の活動拠点としてアフガンを利用させない。③アフガン政府と将来の統治体制づくりの議論を行う。④捕虜のの相互解放などである(日経:2020.3.13)。
この米軍の撤収に英ジョンソン首相は強固に反対した。ブレア元首相も21日、米国のアフガニスタンからの撤収は「悲劇的で、危険で、不必要だ」と指摘、「大戦略ではなく、政治に突き動かされていた」と批判した(朝日:2021.8.22)。英国はこれまでも様々な策略をめぐらし、米国を永久戦争に追い込み、自らのヨーロッパやアジアにおける権益を確保しようとしてきた。これまで、米軍はシリア・イラクからアルカイダやISの一部戦闘員をアフガンへ運んだ。4000人の戦闘員がアフガンにいるといわれる。そしてアメリカ軍やCIAの特殊部隊、そして1万6000名以上の「民間契約者」は撤退せず、アフガンで活動を続けるのか。「民間契約者」の中には傭兵も含まれている。これらがどうなるのか。31日までには到底間に合わない。今後、アフガンは安定するのかどうかの試金石になる。8月26日にはカブール空港門前でISによる自爆攻撃が行われ、警備していた米兵13人を含む100人以上が死亡したといわれる。治安を不安定化させることで、傭兵やCIA・特殊部隊の暗躍の場を広げようとしている。これらを軟着陸させるのに中国やロシアの「関与と非介入」政策がかかっている。米軍撤退後の9月以降も米は領事機能を残す可能性もある(「タリバン:大使館存続米に要求」福井:2021.8.27)。日本は英国やNATO諸国などに追随して自衛隊機を派遣するのではなく、大使館機能を維持すべきである。