【投稿】再び問う、「慰安婦」問題・日韓合意と共産党 統一戦線論(44)

【投稿】再び問う、「慰安婦」問題・日韓合意と共産党 統一戦線論(44)
アサート No.482 2018年1月

<<欺瞞に満ちた「日本の返し技」と「裏合意」>>
昨年末の12/27、韓国の康京和外交部長官直属の旧日本軍「慰安婦」被害者問題合意検討タスクフォースは、2年前に日韓外相が発表した「慰安婦」問題に関する「日韓合意」に至る協議の過程を調査した報告書を公表した。同報告書は、「被害者・国民中心でなく政府中心の合意」という結論を出した。また、合意文書に▼慰安婦被害者関連団体を説得する▼海外関連碑を支援しない▼性奴隷という表現を使わない--などの非公開内容があったという事実も明らかにした。これを受けて11/28、文在寅大統領は「(慰安婦に関する)合意が両国首脳の追認を経た政府間の公式的約束という負担にもかかわらず、私は大統領として国民と共にこの合意で慰安婦問題は解決されないという点を改めてはっきりと明らかにする」と述べた。
文大統領は「2015年の交渉は手続き的にも、内容的にも重大な欠陥があったことが確認された」と指摘し、「歴史問題の解決において確立された国際社会の普遍的原則に背くだけでなく、何よりも被害当事者と国民が排除された政治的合意だったという点で極めて遺憾」と述べ、合意の公式性は認めるが、しかし合意の瑕疵がこれを維持できないほど深刻だという認識を明らかにした。
その報告書によると、合意の核になった「不可逆的」という言葉は、日本政府が「謝罪」を表明した後も日本の与党政治家などからそれを公然と覆す発言繰り返されたことを踏まえて、「謝罪の不可逆性」を強調するために、もともとは韓国側が先に言及したものであった。ところが、その表現が日本側の強い要求によって、「慰安婦」問題「解決の不可逆性」というものに一方的に捻じ曲げられてしまった。日本側はこの表現によって、「解決済み」として、今後一切「慰安婦」問題に関与しないし、韓国側も蒸し返さないという表現に反転させてしまったのである。これでは国内世論の反発は避けられないと判断した韓国外交部は、「不可逆的」の表現を削除することが必要だという意見を大統領府に伝えたが受け入れられなかったという(「『最終的かつ不可逆的』慰安婦合意の文言は日本の返し技だった」(韓国『ハンギョレ新聞』日本語版、2017年12月28日)。
また、同報告書は、「日韓合意」には発表内容とは別に非公開の「裏合意」があったことをも明らかにした。具体的には、
① (日本)韓国の市民団体「挺対協」が合意に不満を表明した場合、韓国政府が説得してほしい →(韓国)関連団体が意見表明を行った場合、政府として説得に努める、
② (日本)在韓日本大使館前の少女像を移転する韓国政府の計画を尋ねたい →(韓国)関連団体との協議を通して適切に解決されるよう努力する、
③ (日本)第三国における「慰安婦」像の設置は適切でない →(韓国)韓国政府としてそのような動きは支援しない、
④ (日本)韓国政府が今後、「性奴隷」という単語を使わないよう希望 →(韓国)公式名称は「日本軍慰安婦被害者問題」であることを再度、確認する、
というものだった。非公開を求めたのは日本側であった。
その結果、報告書は、「裏合意」の存在およびその内容は「合意が被害者中心、国民中心ではなく、政府中心で行われたことを示している」と指摘した。
『ハンギョレ』紙は、こうした裏合意は実質的には日本政府の言い分のほとんどすべてを韓国の朴槿恵前政権が受け入れたものと論評している。

<<日本側は「自発的かつ真の謝罪」を>>
そもそも韓国政府に対して、非公開の秘密の裏合意を申し出ること自体、主権者と被害当事者を無視した、安倍政権の卑劣で強権的な帝国主義的な外交姿勢を露骨に示すものといえよう。
しかもその内容が厚顔無恥、相手側に責任を転嫁する狡猾さは、安倍政権の本性をまざまざと示している。あらかじめ反発を予測して、韓国の市民団体「挺対協」など「支援団体」が合意に不満を表明した場合、韓国政府が説得せよ。日本の加害責任・賠償責任を要求する市民運動の象徴となっている日本大使館前の少女像を敵視し、これの移転について、韓国政府が「適切に解決されるよう努力」せよ。さらにアメリカなど世界各地で戦時性奴隷の問題を訴える第三国における「慰安婦」像の設置も、「そのような動きは支援しない」ことを明確にせよ。あげくの果てに、「慰安婦」の実態を隠ぺいするために、韓国政府が今後、「性奴隷」という単語を使わないように徹底せよ。まるで傍若無人な一方的な加害者側のあつかましい要求の押し付けである。言論・表現の自由、集会・結社の自由を侵害するのはもちろんのこと、露骨な内政干渉である。
この裏合意で名指しされた挺対協の尹美香・共同代表が12/27、韓国外務省庁舎前で記者会見し、「裏合意が判明し、しかも私たちの行動を制限するものであった。政府は即刻合意を破棄すべきだ」(12/28共同通信)と訴えたのは当然のことであった。
年が明けて1/4、こうした検証結果の報告を踏まえ、文在寅大統領は、当事者である慰安婦被害者たちを大統領府での昼食会に招き、「国を失ったとき、国民を守れず、解放によって国を取り戻した後は、ハルモニたちの傷を癒し、痛恨を晴らさねばならなかったにもかかわらず、それができなかった。むしろハルモニたちの意思に反する合意をしたことについて申し訳なく思っている。」と謝罪した(「国賓級礼遇でハルモニら迎えた文大統領…『12・28拙速合意』正すための第一歩」(『ハンギョレ』2018年1月4日)。
以上を踏まえて1/9、韓国の文在寅大統領は就任後初めてとなる新年の記者会見で、2015年12月28日の従軍慰安婦問題を巡る日韓合意に関する新方針を発表した。文大統領は「誤った結び目はほどかなければなりません。真実を冷遇した場で道をつくることはできません」と述べ、合意に基づき日本政府が拠出した10億円を日本に返すべきだとの元慰安婦らの主張を踏まえ、韓国政府の予算で同額を拠出。日本の拠出金は凍結し、扱いを今後、日本政府と協議すると表明した。そして「合意の再交渉は求めない」と表明し、再交渉をしない形で日本政府に強い謝罪を要求すると言及、「日本が心から謝罪するなどして、被害者たちが許すことができた時が本当の解決だ」と強調、日本側に対して韓国政府は「日本が自ら国際的かつ普遍的な基準に基づき、真実をありのまま認め、被害者の名誉、尊厳の回復と心の傷を癒やすための努力を続けることに期待する」と述べ、自発的かつ真の謝罪をするべきだと表明したのであった。
「手続き的にも、内容的にも重大な欠陥があったこと」から、本来は破棄されるべきものであるが、政府間の公式的約束ということで一応、合意の存在は認め、再交渉はしないものとする。しかし、その上に立って、やはり自発的かつ真摯な謝罪はすべきだということは現状においては、日韓関係の改善をめざして日本側を配慮した文政権側の最大限の譲歩の姿勢であり、むしろ当然の、最低限の要求というべきものであろう。こんな最低限の要求にさえ応じられないなら、合意は破棄されるべきであろう。

<<「一ミリたりとも動かすことは考えていない」>>
ところが、この韓国政府の新方針に日本政府は猛反発。菅官房長官は「日韓合意は国と国の約束だ。最終的、不可逆的な合意だ。一ミリたりとも動かすことは考えていない」と言い放った。1/12には、安倍首相自身が「韓国側が一方的にさらなる措置を求めることは、全く受け入れることはできない」と述べて謝罪を拒否すると明言。安倍首相はさらに1/15に重ねて「合意は国と国の約束であり、これを守ることは国際的かつ普遍的な原則だ」と突っぱねている。
しかしこの合意は、韓国側からの指摘を待つまでもなく、当初から「手続き的にも、内容的にも重大な欠陥があったこと」は明らかである。まず第一に、合意内容についての公式な文書が交わされていない。「合意文書」が存在していないのである。日韓の両国外相が共同記者会見を開いて発表しただけで、両政府代表の調印さえない。両国が発表内容を、それぞれの公式ウェブサイトに掲載しながら、内容が一致しておらず、とりわけ「最終かつ不可逆的解決」に至ってはそれぞれ全く別の解釈なのである。韓国側の上記タスクフォース報告書は「今日の外交は、国民とともにしなければならない。慰安婦問題のように、国民の関心が大きい事案ほど、国民と呼吸をともにする民主的な手続きとプロセスを重視する必要がある。しかし高官級協議は、終始秘密交渉で進められており、知られている合意内容に加えて、韓国側の負担になるであろう内容も公開されていなかった」と指摘する通りである。「秘密交渉」として当事者抜きのまま勝手に決めた、この合意の性格・過程の不明朗さ、反民主性、そして「裏合意」の存在は、およそ「国と国の約束」とか「国際的かつ普遍的原則」などと言えた代物ではないのである。
そして問題なのは、安倍政権は裏合意が判明しても、一言の弁明・釈明すらもなく、逆に裏合意を公表された意趣返しのように、韓国側の最低限の要求をさえ突っぱねていることである。そしてさらに問題なのは、日本の大手マスコミ・報道機関は押しなべて、この日本政府の主張をオウム返しに支持・賛同し、野党も同調している事態である。秘密交渉とその卑劣な裏合意をまともに報道、批判すらしていない。裏合意の存在、その内容など、ほとんど報道されていないし、国会でも全く追及さえされていないのである。

<<共産党・志位委員長談話、「撤回する意思があるのか、ないのか」>>
そしてさらに嘆かわしいのは、共産党までもが、このような翼賛状態に事実上同調し、口をつぐみ、だんまりを決め込んでいることである。
しんぶん赤旗は、この間の事態について時事通信等の簡単な引用記事だけである。韓国側タスクフォースの内容はもちろん、裏合意の内容など一切報じていないし、論評、批判など一切していない、出来ないのである。完全な思考停止状態である。
筆者が本紙2016年2月27日付の「慰安婦」問題・日韓合意と共産党、でも紹介した醍醐聰さんが、やはりこの問題で、「再度、志位和夫氏に問う~『日韓合意』をめぐる談話の撤回が不可決~」と題して問われている。「ここで、改めて志位氏に問いたい。日本共産党が今回の日韓合意後も、正しい見地に立って『慰安婦問題』の解決に貢献する運動に取り組むには、合意を『前進』と評価した2015年12月29日の志位談話を撤回することが不可欠と私は今でも考えている。志位氏はあの談話を撤回する意思があるのか、ないのか、ぜひ、答えてほしい。」(2018/1/6、醍醐聰のブログ)と。撤回するには遅すぎた感もあるが、筆者も同じことを問いたい。
共産党の現状は、志位談話の誤りに頬かむりしたまま、民族主義の同調圧力に飲み込まれてしまって、安倍政権の帝国主義外交を事実上容認してしまっているのである。志位談話から2年以上経過してしまっている。なぜこのような事態に落ち込んでしまったのか、それこそ共産党自身の自主的・民主的なタスクフォース、調査と反省と報告が必要とされているのではないだろうか。
日本の野党共闘や統一戦線が、戦時性奴隷という女性の人権を根底から踏みにじってきた戦争犯罪と闘う、国際的にもそうした闘いと常に連帯する姿勢を放棄して、民族主義的な翼賛状態を容認するようでは、安倍政権を打倒に追い込むことなど到底不可能である。共産党に限らず、他の野党にも問われることである。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.482 2018年1月

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【書評】黒川祥子『「心の除染」という虚構──除染先進都市はなぜ除染をやめたのか』

【書評】黒川祥子『「心の除染」という虚構──除染先進都市はなぜ除染をやめたのか』
(集英社インターナショナル、2017.2.28.発行、1,800円+税)
アサート No.482 2018年1月

本書の舞台は、福島県伊達市。福島第一原発から北西に約50キロで、原発まで南東方向に、飯館村、浪江町、二葉町と続く。ここには原発から風に乗って多量の放射能が降り注いだ。一瞬にして原発災厄の被害者となってしまった住民、とりわけ小学校の子どもを持つ母親たちの恐怖、不安と、この事態に対処する行政の施策・姿勢への不信、批判が本書のテーマである。
本書は、「第1部 分断」「第2部 不信」「第3部 心の除染」からなるが、その前の「序章」では、原発事故直後の様々な出来事が紹介されている。(【・・】は評者による註である。)
「【2011年】3月16日、この日、福島県は予定通り、県立高校の合格発表を行うという。(中略)実際、前日の15日、すでに福島市では原発爆発後、最大の空間線量を記録していた。その要因は3月15日の夕方、福島第一原発周辺から東南東及び南東の風が吹いたことで、この日北西方向に高濃度汚染地帯が作られたのだ。もっとも顕著なのが飯館村で、18時20分に44・70マイクロシーベルト/時を記録。この時飯館村に隣接する【伊達市】霊山町小国にも放射性物質が降り注いだ。(中略)しかもこの日、中通り【福島県中部地域】では雨が降っていた。山深い小国では、それが雪になった。この雨によって放射性物質が降下、中通り一帯に放射性物質が沈着するという不幸が起きた。(中略)【この翌日】中学校を卒業したばかりの生徒たちが幾人も、屋外の掲示板で、自分の合否を確認するために県内各地を歩き回った。放射性物質を警戒するアナウンスは何もなされずに、無防備なままで」。
「隣の飯館村では『計画的避難区域』というよくわからない名称ののもと、全村避難の動きが始まっていた。なのに、小国では子どもたちは『普通に』学校へ通っている。みな、長袖・長ズボン、マスクを着用するという出で立ち」。【小国小学校・校庭の測定値、4月10日、5・78,11日、5・77マイクロシーベルト等々。ただし教育委員会からは校庭での活動は控えるという通達は来ていた。】
この状況の中、伊達市は子どもへの対策を次々に発表したが、5月26日の「だて市政だより」には市長・仁志田昇司の姿勢が、こう示されている。
「放射能の健康被害の恐れと外で遊べないことによるストレスを心身の健康という観点から考えた時、私は後者の心配が大きいのではないかと考えておりますので」
この放射能被害を軽視する転倒した姿勢が、この後伊達市の住民に対する基本的姿勢として随所に現れてくる。
原発災害からの避難に関して伊達市は、避難地域の指定ではなく、「特定避難勧奨地点」という避難制度を要望、実施する。「地点」とは世帯、家のことで、伊達市の南部に追加被曝線量が年間20ミリシーベルトを超える「地点」(住居単位、家)に対して「避難」が「勧奨」される。【各住居の測定方法にも問題があることが住民から指摘されているが】「同じ集落、同じ小学校、同じ中学校に、避難していい家と避難しなくてもいい家が存在する。『勧奨』だから、避難はしなくてもいい。年寄りが今まで通り自宅農作業しながら暮らしても、東電から毎月慰謝料が支払われる。一方、『地点』にならなかったら、子どもが何の保障もなくこの土地に括り付けられる」。この制度が、2011年6月から12年12月まで適用された。ちなみに「地点」の優遇措置は、市県民税・固定資産税・健康保険料・年金保険料・電気料金・医療費等の全額免除、避難費用・生業保障・通学支援・検査費用の支給等々である。これが地域社会を崩壊させ、住民の間に深刻な亀裂を生んだことは想像に難くない。
また放射能除染では、伊達市は全国的に知られるように、2011年、「除染先進都市」としてデビューした。これは市内を汚染の度合いによってA(特定避難勧奨地点の存在する地域)、B(A以外で比較的線量の高い地域)、C(1マイクロシーベルト/時間=年間5ミリシーベルト以下の地域)の3エリアに区分し、Aは大手ゼネコンによる面的除染、Bは地元業者による地区別除染、Cは地元業者と市民によるミニホットスポット除染というものである。しかしこの「区分け」は市から唐突に出されたものであり、実際には、未だに市内の7割を占める地域では、汚染が低いとして除染が行われていない。しかしこの取り組みは国やIAEA(国際原子力機関)で評価され、同市の除染担当職員・半澤隆弘は、一部から「除染の神様」とさえ呼ばれるまでになった。
さらに個人線量計(ガラスバッジ)の問題がある。「伊達市は、全世界で初めて壮大な【人体】実験を行った自治体である」。約5万3000人もの全市民に1年間装着させ、実測値を得たのである。しかしそもそもこの線量計は放射線関係の労働者向けのものであり、ましてや子どもに装着させるにはモデルもデータも何もないものであるが、伊達市はこの実測値の平均から放射能の危険は山を越えたと宣言した。
2013年9月、これを受けて伊達市の市政アドバイザー多田順一郎は、「無駄な除染は全国の納税者、電気料金負担者に申し訳ない」と公言し、「除染からは、何一つ新しい価値が生まれませんので、除染作業は一日も速く終えて、将来に役立つ町づくりに努めようではありませんか」と呼びかける。しかしこの時期、周辺の市町村ではこれから本格的に除染を進めて行こうとしていたのである。
同様に仁志田市長も、市民の「安心できない」という声に対して、「Cエリアのフォローアップ除染」を提唱し、「安心してもらうための除染、いわば『心の除染』というものを目指して納得のいく除染を志向する」決意を述べる。本書はこれを、「放射性物質が降った生活圏を除染するのではなく、安心とは思えない『心』を除染するのだと、市長は意気揚々と訴える。それが『フォローアップ除染』なのだと」とその筋違いを批判する。
この他、除染に関わる交付金の奇妙な変更(申請時より大幅減となり、異例ではあるが県に返還を申し出た)など不可解な問題は残されたままであり、放射線災害について、費用対効果を問題とする姿勢は続いている。
以上の経過に対して本書は、「この伊達市の『実験』は今後、原子力災害が起きた時の貴重な『前例』となるだろう。不必要な除染はしないことで損害賠償費用を削減し、全市民が着用したという前提のもとでのガラスバッジデータから追加被曝規準も引き上げられていく。原子力を推進する勢力にとって都合よく、使い勝手のいい『前例』が福島第一原発事故後にこうして作られたのだ」と将来への不安と危険性を指摘する。
そして伊達市アドバイザー多田順一郎の発言「被災地の人に、被災者の立場を卒業していただくことがゴールだと思います」に対して、こう締めくくる。
「なんと恐ろしい『ゴール』だろう。仁志田市長でさえ、市報で公言していたではないか。伊達市から放射能物質が完全に無くなるのは、300年後になると」。
近未来の原発災害が生じた後、打ち続く住民の苦闘に満ちた経緯を予測させる書である。(R)

【出典】 アサート No.482 2018年1月

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【投稿】四面楚歌を招く安倍軍拡

【投稿】四面楚歌を招く安倍軍拡
~通常国会に向け野党共闘再建を~

消し飛んだ「謙虚、丁寧」
10月24日、衆議院選挙後初の閣議が開かれ、閣僚からは「謙虚」「真摯」という、あたかも選挙結果を厳粛に受け止めているかのような発言が相次いだ。
安倍も前日の記者会見で「謙虚に政策を進めていく」と述べており、その夜ステーキ店で開かれた「祝勝会」でも、高村や二階を前に「謙虚」を繰り返したと言う。
しかし、それらが全く上辺だけのポーズに過ぎないことが早くも露呈する。26日、麻生は自民党議員のパーティーで、自民党が大勝できたのは「明らかに北朝鮮のおかげ」と本音を億べもなく吐露した。
また11月に入りさらに気が緩んだのか、山本「東北でよかった」前大臣が、「なんであんな黒いのが好きなんだ」と発言、さらに竹下「島根にミサイル」総務会長がLGBTを差別するなど暴言が続出した。
さらに自民党は、当初特別国会に関し事実上首班指名選挙のみでの幕引きを画策したが、世論の反発を恐れ39日間とすることを余儀なくされた。しかし質問時間に関し、議席数に応じて配分を見直すという、姑息な手段で、森友、加計疑惑への野党の追及を封じ込める暴挙に出たのである。
11月1日、第4次安倍内閣の発足を踏まえ記者会見した安倍は、改憲について「幅広い合意へ形成するため努力する」と述べ、改めて任期中の改憲を目指すことを明らかにした。
一方第3次改造内閣のキャッチフレーズであった「仕事人内閣」の任務には、閣僚全員が再任されたにも関わらず全く触れることなく、自らの初仕事も国会における国民に対する丁寧な説明とは違い、トランプに対する丁寧な「おもてなし」であることが、露骨に示されることとなった。
ゴルフ場で身を挺してトランプのご機嫌をとった安倍は、国会での追及から逃れるようにアジア歴訪に出発、APECやASEANの場で北朝鮮の脅威を吹聴して回った。これは総選挙大勝という「大恩」を仇で返すような行為であろう。
安倍外遊中の11月14日には、文科相により加計学園獣医学部の新設が認可された。15日の衆院文部科学委員会では質問時間が大幅に削減(与党1、野党2)される中、立憲や希望が追及したものの、張本人である安倍の姿はなく丁寧どころか一言の説明も行われなかったのである。
帰国した安倍は17日の衆院本会議で所信表明演説を行い、政策の実行として、北朝鮮危機を口実とした軍拡の推進、教育無償化の推進などを述べ、最後に与野党の枠を超えた改憲論議を呼びかけたが、森友、加計疑惑には触れることはなかった。
そもそも安倍は特別国会での所信表明演説を行うつもりはなく、泥縄式にしたためた「3500字」程度の原稿を棒読みすると言う、端から国会軽視、論議封殺を象徴するような内容となった。
「謙虚、丁寧」をかなぐり捨てた態度に、20日からの衆参両院での代表質問では野党のみならず、自民党岸田も森友、加計問題に対する丁寧な説明を求め、「上から目線では国民の信を失う」と、安倍の政治姿勢に苦言を呈さざるを得ないほどであった。こうした質問に安倍は岸田に対してはある程度「丁寧、謙虚」な答弁を行ったが、立憲、希望の追及に関しては不誠実な対応に終始したのである。

開き直りで国会閉幕
しかし、11月22日会計検査院は、森友学園が学園用地を取得する際の「ごみ撤去費用」は算出根拠不十分とする報告を行った。これによりこれまで安倍が国会で述べてきた正当性の根拠が崩れ、真相解明には、佐川国税庁長官、安倍昭恵などの証人喚問がいよいよ不可欠となった。
しかし政権はこれを頑なに拒み、一方の当事者である籠池泰典、詢子夫妻については、12月中旬現在で7月の逮捕から5か月近くという異例の長期拘留を続けている。これは先に、沖縄平和運動センターの山城議長に対して行ったもの(2016年10月逮捕、17年3月保釈)に匹敵する政治弾圧であり、安倍政権の恐怖政治を象徴するものであると言えよう。
27日からの衆参予算委員会での追及を前に、24日、国有財産処分について、財務省は麻生が随意契約の価格を公開するなど透明化を図ることを表明、国交省も石井が「ごみ撤去費用の見積もりは適正」としたうえ、今後は算定に時間を確保し、根拠の確認や、資料の作成、保存を検討すると言う弥縫策を提示、予防線を張った。
27日の衆院予算委でも質問時間が増えた自公が、延々と5時間にも及ぶ援護射撃を行った。これらに助けられた安倍も28日の質疑で「私がこれまで適切と言ってきたのは、自分で調べて適切と言ったのではなく、財務省の説明を信頼して述べたもの」と詭弁を呈し、通常国会では重視するとした会計検査院の報告を、一転軽視するという開き直りを見せた。
政権が不誠実な対応を繰りかえす中、事実上の国会最終日である12月8日には、これを待っていたかのように十分な説明がないまま様々な案件が決定された。安倍が所信表明で述べた教育無償化については、2兆円規模の政策パッケージを閣議決定したが、無認可施設への補助など幼児教育にかかわる一部は先延ばしとなった。また、天皇の交代については19年4月30日退位、5月1日即位と統一自治体選挙と参議院選挙の隙間にはめ込む形となり、政権の都合が優先された。
一方税制改正による企業減税、所得税増税は多少の議論はあったものの、8日の与党税制調査会の論議で、年収850万円以上のサラリーマン増税が確実となった。しかし同日内閣府は7~9月期のGDPを年率2,5%増の上方修正し、厚労省も生活保護費の大幅削減を明らかにする一方、10月の実質賃金が0,2%の伸びであったと発表、「アベノミクスの成果」をもって、負担増決定の希釈化に腐心した。
それでも14日に決定された18年度与党税制改正大綱によれば、所得税控除の見直し、森林環境税、「出国税」の新設、たばこ税増税により年2800億円の増税となることが明らかとなった。
安倍政権の開き直りを許したのは、分裂を繰り返しその暴露話ばかりが目立つ野党、とりわけ民進、希望に大きな責任があり猛省しなければならない。

中国には「偽装降伏」
特別国会は総選挙大勝の余勢のまま与党ペースで押し切られた形となったが、国際情勢は、安倍政権の思惑など歯牙にもかけない動きを見せている。とりわけ中国との力関係は決定的に変化しようとしている。
11月のアジア歴訪は中国への柔軟姿勢が際立ったが、12月4日安倍は都内の会合で「一帯一路」構想への協力姿勢を改めて示し、政府もこれへの日本企業の参加指針を策定した。
これは、TPPがアメリカの離脱で11か国での再編を余儀なくされる中、背に腹は代えられないということである。麻生はムーディーズからトリプルAに格付けされたAIIB(アジアインフラ投資銀行)をサラ金呼ばわりしたが、負け惜しみ、引かれ者の小唄であろう。
11月29日、北朝鮮は新型ICBM「火星15号」の試射に成功したと発表した。これを受け安倍政権はアメリカとの軍事同盟強化を進めているが、韓国との関係では中国に先手を打たれており、影響力の拡大を阻まれている。
THAADミサイル配備で悪化した中韓関係は、日米韓軍事同盟否定などの政府間協議(三不一致)を踏まえ12月14日の首脳会談で、北朝鮮問題の平和的解決をすすめること等で一致した。
朴政権を否定し成立した文政権であるが、日本を最初の訪問国にしないことに関しては前政権を踏襲する形となった。慰安婦問題では一昨年の日韓合意のため表立った行動ができない韓国政府であるが、サンフランシスコでは中国系市民団体が慰安婦像を市に寄贈、恫喝が跳ね返えされた維新・吉村は姉妹都市を解消すると言う暴挙にでた。
しかし、フィリピンでもマニラに中国系市民の協力で慰安婦像が設置されたことが明らかになり、日本の歴史修正主義者が騒ぐほど慰安婦像は世界に拡散していくであろう。また12月13日にはネパール総選挙で左派同盟が圧勝し、親中政権の樹立が確実となるなど、アジアでの中国の影響力は拡大している。
安倍は日米豪印の「自由で開かれたインド太平洋戦略」で対抗しようとしたが肝心のアメリカが乗り気でないばかりか、トランプの「エルサレム首都認定」「北朝鮮対話戦略」など迷走中の現在、不安感を募らせている。
このため準同盟国としてイギリスを巻き込み、独自軍拡で巻き消しを図ろうとしているが、イギリスはEU離脱に伴う新たな経済連携が主眼であり、中国を封じ込める気などさらさらないであろう。
南シナ海に派遣されるとしている艦船も、空母2隻のライフサイクルコストが英財政を圧迫する状況から、アジアでの運用費を日本が負担することに期待しているのではないか。日英同盟の再現は困難であろう。
独自軍拡については北朝鮮の脅威を口実に、巡航ミサイルやイージス・アシュアの導入が矢継ぎ早に決定され、12月15日には安倍が防衛大綱の抜本的見直しを表明した。
しかしロシアがイージス・アショアなどミサイル防衛強化に難色を示すと、小野寺がショイグ国防相に「北朝鮮の脅威が無ければMDは必要ない」と中国を忘れたかのように漏らすなど、アメリカに劣らず迷走している。
日本が軍備増強に進んだとしても、中国との戦力差は今後開くばかりであり、軍拡競争は破綻するだろう。逆に本気でMDや巡航ミサイルを北朝鮮対応と考えているのなら、オーバースペックもいいところである。
こうした支離滅裂ともいえる動きは、アメリカも含めて周辺国との信頼関係が希薄な中、明確な軍事ドクトリンを持たない安倍政権は、不安に駆られて軍拡は進めるものの、単独で中国と対峙するのも不可能と考えている故のものである。
このような外交は各国の不信感を増大させるものであるが、とりあえず、中国に柔軟姿勢を示して緊張緩和を演出するという方策と考えられる。これは真の友好とは程遠いものであり、中国が反応を示しているのは国内基盤を固めた習近平の余裕というものであろう。
年明けの通常国会では特別国会の総括を踏まえ、野党各党は政党交付金の配分を睨んだ離合集散劇ではなく、内政外交の政策転換を求める共闘体制の再構築を急ぐべきであろう。(大阪O)

【出典】 アサート No.481 2017年12月

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【投稿】高裁段階で初 画期的な伊方原発運転差し止め決定

【投稿】高裁段階で初 画期的な伊方原発運転差し止め決定
福井 杉本達也

1 広島高裁で伊方原発運転差し止めの決定
四国電力伊方原発3号機をめぐり、住民が求めた運転差し止め仮処分の抗告審で、広島高裁は12月13日、広島地裁の決定を覆し、運転を禁じる決定をした。高裁で初めてとなる画期的判断である。伊方原発から130キロ離れた阿蘇山など火山の影響を重視し、現在の科学的知見によれば「阿蘇山の活動可能性が十分小さいかどうかを判断できる証拠はない」とし、過去最大規模の噴火をした場合、火砕流の影響を受けないとはいえないと判断した。但し、差し止めを来年9月30日までと限定した。

2 「及び腰」の決定だが、官僚機構内でも広がる原発再稼働への疑念
しかし、今回の高裁決定は、大規模地震のリスクについて、四国電力の想定は不十分とする住民側の主張を退けた。伊方原発は、中央構造線は活断層ではないとして、その存在を無視して建設された。本来設置が許可されてはならない原発が許可されてしまった。決定理由における、新規制基準は合理的であり,伊方原発が新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断も合理的であるとした判断、特に地震についての判断は明らかな誤りである。弁護団声明でも「傍論とは言いながら,地震動に対する原発の安全性については,地震科学の不確実性を見誤って事業者の楽観的な主張を踏襲している点,地震本部の策定したいわゆるレシピを絶対視して不確実性を踏まえない点で,福島第一原発事故の教訓を活かしきれておらず,再び深刻な事態が生じかねない内容となっている点で極めて不当である。ただし,これらの点はあくまでも傍論であり,判例的価値は有しないと考える。」(弁護団声明(広島高裁決定を受けて)2017.12.13)としている。
つまり、高裁決定は「及び腰」である。肝心な地震判断を避けた、正面突破ではなく「火山」という搦め手からの判決である。最高裁の事務総局に人事権限を握られている司法官僚の枠内での裁判官としては精一杯の抵抗とはいえよう。だが、1978年、伊方原発1号機設置許可処分の取り消しを求めた住民訴訟では、裁判を指揮していた裁判長の判決直前での強制入れ替えによって判決文を書き換え棄却判決を下した松山地裁での第1次伊方原発訴訟と比較すれば格段の進歩である。これまで全て門前払いであった高裁段階でも、原発の再稼働に対する疑念が高まっているといえる。さすがに、官僚機構においても国家・国土の完全消滅を招く原発事故災害の甚大さを正面から見据える動きが強まってきていると言える。

3 動揺する経産省と四電・九電
高裁判決について経産省幹部は「あくまで司法の決定だ。規制委が認めた原発の再稼働を進める政府の方針に変わりはない」(福井:2017.12.14)とコメントしたが動揺は隠せない。四国電力の加藤敬三原子力本部付部長は「『原発の停止中は火方発電を使うため、燃料費に1ヶ月で35億円の損失が出る』と肩を落とした…全国の電力会社にも戸惑いが広がる。九州電力は再稼働を控えた玄海3、4号機(佐賀県)について、住民から運転差し止めの仮処分を申し立てられている。同社幹部は『想定外の判断に驚いている』と話す(福井:同上)。九電の瓜生社長12月15日、記者会見で「原発運転期間中に高裁が指摘したような噴火が起こる『確率は非常に低いと思っているし、確認のために火山の状況把握はしている』と説明。自社の原発に対する差し止め訴訟では『地下のマグマの状況など説明』を示して安全性を訴える」(日経:2017.12.16)とした。3.11の地震・津波を経験した今日、いまさら「確率論」を持ち出すとは思考停止も甚だしい。火山の「地下のマグマの状況」とはいったい何を指しているのか。「観測機器を増やすだけで予知が可能になるわけではない。マグマの通り道や地下のマグマだまりの位置など。火山の内部構造はほとんど未解明で謎だらけ。観測データがたくさん集まっても、どう解釈するかの知見が足りない…多くの火山学者は『いつどこで噴火する』といった予知には否定的だ」(日経:2015.10.3)。2014年の御嶽山噴火は戦後最大の火山災害となった。瓜生社長は「噴火の予知」などできるはずもない寝言を繰り返しているに過ぎない。先の経営見通しも持てない経営者は即刻辞任すべきである。

4 大飯3,4号の福井県知事の再稼働同意と唐突な関電の2か月延期
福井県の西川知事は関西電力が再稼働を目指す大飯原発3、4号機について、11月27日、再稼働に同意する考えを表明した。同原発について規制委は今年5月、新規制基準に適合しているとするとの審査結果を示していた。西川知事は同意の判断条件として、使用済み核燃料の中間貯蔵施設の県外立地などを国に提示していたが、関電も世耕経産大臣もゼロ回答である。世耕大臣との面談で、国の積極的な関与の姿勢を確認し、同意の条件がそろった(産経:2017.11.27)としたが、中間貯蔵施設の「福井県外立地」について、関電は「7000回以上訪問した」とし、「来年中には具体的な計画地点を示す」と、「やりました」という投げ遣りな“結果報告”と甲子園の選手宣誓のように「来年への」“決意”述べただけで、「どこにも決まっていない」―というよりも、そのような危険な廃棄物の受け入れ先として今更手を上げる自治体があるはずはないことは明らかである。むしろ、関電高浜原発の地元音海地区自治会では、金属容器による空冷式の「乾式貯蔵」により地元(原発サイト内しかないであろう)保管を提案している(福井:11.28)。住民避難の具体的計画もないまま、電力交付金の増額などのカネで地域住民をはじめとする国土の安全を売り渡したのである。
ところが、知事の再稼働同意からわずか3日後の11月30日、関電は大飯原発3、4号機の再稼働を2か月遅らせると発表した。理由は「神戸製鋼所の製品データ改ざん問題を受け、部品の調査に時間がかかる」(福井:2017.12.1)というものであるが、当然ながら、知事同意の時点で経産省・関電は2か月延期を決定していたといえる。知事は何の為に今年中の同意を急いだのか。経産省・関電のリップサービスで手玉に取られあげく、梯子を外されたといえる。

5 神戸製鋼所の製品データ改竄問題と大飯3,4号再稼働延期の関連性は怪しい
神戸製鋼所の製品データ改竄問題と原発部品の関連はあるのであろうか。関電によると「新規制基準に対応するため新たに設置した大容量ポンプの分岐配管などの安全性確認」が遅れているため(福井:同上)というが、神戸製鋼で製造された部品は原子炉格納容器や一時冷却材配管、主要設備の溶接部、燃料棒の被覆管など何千点にも及ぶ。これらの部品について関電は改竄発覚後、この2か月間で安全性を確認したとしており、新規に設置したポンプ部品の確認が遅れているというが、取って付けた理由のように見える。そもそも、2004年8月に22年間も一切検査せず美浜3号機2次系大口径配管の破断で5名死亡・6名負傷の大事故を引き起こしたように徹底的に安全性無視できた関電が、部品の安全確認の為として1か月で35億円、2か月70億円もの利益をみすみす逃すような企業とは思えない。
企業コンプライアンスに詳しい郷原信郎弁護士は「このような『データ改ざん』は、日本の素材メーカー、部品メーカーの多くに潜在化している『カビ型不正』の問題であり、それらの殆どは、実質的な品質の問題や安全性とは無関係の『形式上の不正』に過ぎず、顧客に対して『データ書き替え』の事実と、真実のデータについて十分な情報を提供し、書き替えに至った理由や経過を正しく説明して品質への影響や安全性の確認を行うことができれば、もともと大きな問題にはなり得ない。」(HP「郷原信郎がきる」:2017.12.1)という。神戸製鋼側が、8月から顧客への説明を行っている最中に、経産省は「『できるだけ早い段階で会見で公表すべきだ』。9月28日に問題を把握すると神鋼に終始圧力をかけ続け…追い込まれた神鋼はついに発表を決断」(日経:2017.11.28)に追い込まれ、記者会見で公表せざるを得なくなった。「公表の時点で、神戸製鋼は、まだ顧客への説明の途中だった。3連休の中日である日曜日の午後に、突如記者会見を開いたことは、マスコミ側に、“ただちに対応が必要な緊急事態”との認識を与えるもので、公表のタイミングとしては最悪だった。」(郷原:同上)としている。
とするならば、大飯3,4号機の再稼働2か月延期には別の理由がある。強欲の関電さえ従わざるを得ない相手とすれば、経産省から延期の圧力があったと考えざるを得ない。関電のみならず、九電も玄海原発の再稼働を延期しており、神戸製鋼のデータ改竄による部品の調査が真の理由とはさらに考えにくい。
経産省は何らかの形で、広島高裁の決定を事前に知り得たのかもしれない。また、日頃は傲慢に「○○段階での判断であり、規制委の認定に基づき粛々と進める」というはずの菅官房長官が、13日の記者会見では、広島高裁の運転差し止め決定の「『判断を尊重する』との考えを示した。『当事者である事業者の対応を国も注視していきたい』」(日経:12.14)と殊勝にも語っていることも従来とは少し異なるところである。福井新聞紙上での経産省幹部のコメントとは明らかに異なる。官僚機構内での再稼働についての異論が出ている可能性もある。今後を注視していく必要がある。

【出典】 アサート No.481 2017年12月

カテゴリー: 原発・原子力, 杉本執筆 | コメントする

【投稿】サーロー節子さんの警告 統一戦線論(43)

【投稿】サーロー節子さんの警告 統一戦線論(43)

<<「トランプの危険な症状」>>
12/6、トランプ米大統領は突如、米歴代政権で初めて、イスラエルの首都はエルサレムだと宣言し、同時に、現在テルアビブにある米国の駐イスラエル大使館をエルサレムに移すと発表した。イスラエルを除いて、国際社会でこの決定を歓迎するのは皆無であり、パレスチナを始めとする中東各地で抗議デモが発生し、米国は世界各国から強い非難を浴びている。国連安全保障理事会は、エルサレムの地位をめぐる一方的な決定はいかなるものであれ法的効力を持たず、撤回されなければならないとする決議案が検討され、米国が拒否権を行使しても、安保理で採決される可能性が報道されている(12/17、AFP)。
このトランプ大統領の決定がもたらす悪影響は計り知れない。国連は1947年、エルサレムを二分割し、西側をイスラエル、東側をパレスチナの首都とすることを決議したが、イスラエルは1967年の中東戦争以来、東エルサレムを占領し続け、1993年のオスロ合意で、いったんパレスチナ国家の創設を了承したにもかかわらず、難癖をつけて占領を継続、パレスチナ国家創設の国連決議が履行されていない。米議会は1995年に、イスラエルがオスロ合意でパレスチナ国家の創設を認めた見返りに大使館移転法を可決したのであるが、イスラエルがパレスチナ国家を認めない方向に転じたため、移転法は棚上げされてきた。また世界のすべての国が、エルサレムをイスラエルの首都と認めず、大使館をイスラエル最大の都市であるテルアビブに置いてきた。今回、トランプ大統領は、世界の諸国の中で初めて、国連決議の履行と関係なく、エルサレムをイスラエルの首都と認める愚行をあえて強行したのである。戦火拡大の火種、火薬庫に火をつける行為と言えよう。
さらに問題なのは、この12/6に行われたトランプ大統領のイスラエルに関するスピーチで、ろれつが回らず言葉を誤って発音した後、彼の精神状態に対する疑念が広がり続けていることである。ホワイトハウス報道官サラ・ハッカビー・サンダースは翌12/7、高まる懸念を受けて、大統領は健康診断を受ける予定になっていると発表。
現在米国でベストセラーとなっている『ドナルド・トランプの危険な症状:27人の精神科医とメンタルヘルス専門家が大統領を査定』(The Dangerous Case of Donald Trump: 27 Psychiatrists and Mental Health Experts Assess a President)を編集した、イェール大学医学部で教える司法精神医学者で、暴力の専門家として世界的に有名なバンディ・リー医師が、ニューヨークの独立放送局・DemocracyNow 2017/12/8に登場。「トランプ大統領についての深い懸念は何ですか?」との問いに、「多くの精神保健専門家が、大統領に懸念を抱いているという事実は、歴史的に前例のないことです。私たちの心配は、このレベルの精神的不安定性と障害を持つ人が、破壊的な戦争を開始し、核ミサイルを発動させ、発射される可能性があるということです。私たちがしていることは、誰かが正常範囲内で行動していない状況を警告することです。」まさに重大な警告である。

<<「尊大人様閣下」>>
この危険極まりないトランプ大統領に、一貫して最大限の賛辞と支持を表明しているのが安倍首相である。安倍首相は、世界で唯一人、朝鮮半島をめぐる核戦争の危険な挑発行為に関しても「あらゆる手段で圧力を最大限度まで高めていくことで完全に一致した」とトランプ大統領との親密ぶりを誇る特異な存在である。
マクマスター国家安全保障問題担当大統領補佐官がNHKの取材(11/2)で「軍事行動をとると決定したら、日本に通知しますか」との質問に対して、「軍の指導者レベルの関係は極めて良好で、信頼できる盟友です。そして政治レベルでも、絶えず調整が行われています。そしてもちろんご存じのように、トランプ大統領は安倍総理大臣との間に極めて強い、緊密な関係を築いています。いつでも電話をかけられる関係で、頻繁に話をしています。」と答えている。
この発言を受けて、11/29の参院予算委員会で、自民党の山本一太参院議員が「日本国民を守るために必要だと感じたときにトランプ大統領に『いまは攻撃を思いとどまってくれ』と助言することもありうる覚悟が総理にあるのかを聞きたい」と質問。しかし首相は答弁をはぐらかす。そこでさらに、「もう一度だけ、総理、お聞きしたい。言い方を変えますが、『日本の国益のためにアメリカの判断を、例えば、少し変えてくれ』と促すケースはありうるということでよろしいでしょうか」と再質問。これに対して安倍首相はその覚悟、助言には一切触れもせず、「いまはまさに『すべての選択肢がテーブルの上にある』というトランプ大統領の方針を私は一貫して支持をしています。そのなかにおける、あらゆる手段における最大限の圧力を我々はかけていかなければならないと考えているところでございます」としか答弁できない。軍事行動を勧めこそすれ、回避する気などさらさらないのである。ところが、山本氏は「ありがとうございます。ギリギリのところまで総理にご答弁をいただいたと思います」と感謝し、あまつさえ、「総理は各国首脳と比較してもトランプ大統領と突出した別格の関係を築いていると思います。首脳会談5回、電話会談17回、ゴルフも2回。…ある有識者が『総理は猛獣使いだ』と語る記事もありました」とまるでお追従そのものの受け答えである。
12/1付朝日新聞・天声人語は「尊大人様閣下」と題して、この事態を徹底的に皮肉っている。「▼手紙や宴席ならまだしも、国会にはふさわしくない光景を見た。安倍晋三首相に対する自民党議員の質問である。「就任以来、首脳会談550回。ヨイショしているんじやないですが、日本の外交はいま力強い」。なるほど力強いヨイショである▼岸信介元首相を持ち出した議員は「おじい様は異次元の政策バッケージを作って成功した」とほめそやした。「私も後世そういう評価をされたい」。応じた首相も満足げだった▼与党質問の比率が増えすぎた結果だろう。政府の施策の問題点をわきに置いて、首相をほめていては国会審議とは言えまい。推す法案を長々と説明して「総理、応援していると言っていただけますか」「応援しております」というやり取りもあった。茶番である▼首相の在任期間はいまや桂、佐藤栄作、伊藤博文、吉田茂に続いて歴代5位に達した。あと2年続投すれば桂も超える。「安倍尊大人様閣下」。そんな呼びかけをする議員すら出かねない国会の惨状である。」

<<「悪の凡庸さに気づかなければなりません」>>
その安倍首相が「北の脅威」を煽り立てて、トランプ大統領をヨイショ・迎合し、「日本は防衛装備の多くを米国から購入している。さらに購入することになる」と請け合ってトランプを大いに喜ばせ、ここぞとばかりに軍事費拡大に突っ走っている。
11/22の参院本会議で安倍首相は、弾道ミサイル防衛(BMD)に対応するイージス艦を現行の4隻から平成32年度に倍増させる計画に関し「可能な限り前倒しする」と述べ、2020年を目標に「敵のミサイル攻撃阻止のため、防衛的、攻撃的能力をすべて包括的に結集させる」との方針を打ち出した。小野寺五典防衛相は、遠く離れた地上の目標や海上の艦船を戦闘機から攻撃できる長射程の巡航ミサイルを導入する方針を正式に表明。防衛省は2018年度予算案にその取得費など21億9000万円を追加要求。「攻撃的能力」などと平然と発言しても、問題にすらされない。これらは明らかに、自衛隊が本格的な敵基地攻撃・先制攻撃能力を保有するものであり、憲法はもちろん、従来の政府見解(自衛のための「必要最小限度の実力」)をも踏みにじる、これまでとは質的に異なる、先制攻撃も当然かのような安倍政権の軍事化が推し進められようとしているのである。
問題は、こんな国会のデタラメ答弁、ヨイショやお追従質問、茶番、惨状の影で、軍事費拡大が当然のごとく推し進められ、同時に一触即発の危険な戦争挑発行為が仕掛けられ、日本をも必然的に巻き込む朝鮮半島をめぐる破壊的な核戦争の脅威が目前に迫っていることである。
ところが、多くのマスメディアは、この事態をまるでそしらぬかのように無視し、警告さえ発していない。
12/10、ノーベル平和賞授賞式で、広島で被爆し、ICAN(核兵器廃絶国際 キャンペーン)と共に活動してきたカナダ在住のサーロー節子さん(85)が被爆者として初めて受賞演説し、「人類と核兵器は共存できない。核兵器は必要悪ではなく絶対悪だ。」、核保有国と「核の傘」に頼る国々に「私たちの証言を聞き、警告に従いなさい。あなたたちは人類を危険にさらす暴力を構成する不可欠な要素だ」と感動的な訴えを行った。サーローさんは、「『核の傘』なるものの下で共犯者となっている国々の政府の皆さんに申し上げたい。私たちの証言を聞き、私たちの警告を心に留めなさい。そうすれば、必ずや、あなたたちは行動することになることを知るでしょう。あなたたちは皆、人類を危機にさらしている暴力システムに欠かせない一部分なのです。私たちは皆、悪の凡庸さに気づかなければなりません。」とも警告している。
日本の統一戦線、野党共闘は、先の選挙の教訓から、それぞれの党や組織の自己拡大、セクト主義に専念するのではなく、この朝鮮半島をめぐる戦争の危機に対して、今こそ強大で広範な運動を提起し、反撃することが求められている。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.481 2017年12月

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【コラム】5年ぶりの生活保護基準引き下げに思う

【コラム】ひとりごと—5年ぶりの生活保護基準引き下げに思う—

○厚労省は、来年度に保護基準を改定し、大幅な引き下げを行うと報道されている。5年に1度の基準改定ということだが、5年前は現役の福祉事務所職員だったので、前回も大幅な引き下げにかなりの反響があったことを覚えている。○全国で、保護費の削減反対する訴訟が相次いだ。高齢保護者を直撃する内容で、寒冷地加算も引き下げられている。○今回の根拠とされているのは、一般的な貧困世帯における消費支出と比較して、現行支給される保護費が上回っているとのこと。○特に都市部の高齢単身者の生活扶助分において、現行8万円程度を7万3千円程度、最大で約10%の引き下げが検討されている。引き下げは全世帯に及び、40代の夫婦と中学・小学校生の4人世帯の生活扶助も3万円程度(13.7%)の引き下げになり、母子世帯も同様であるという。(保護費には、1類・2類の生活扶助と住宅扶助があり、現金支給される。医療・介護扶助は自己負担がないという形の現物支給である)ただ引き下げ実施に当たっては抵抗を和らげようと段階的な引き下げ案が検討されると言い、来春には具体案が提示されると思われる。○今回の基準引き下げについて、問題点をいくつか指摘しておきたい。まず第1は、引き下げ有りきの「議論」という点である。厚労省は、「社会保障審議会生活保護基準部会」を開催し、保護基準について「議論」してきており、議事資料も公開されている。がしかし、おそらく大きな流れは、生活保護受給者が高齢者を中心に増加し続け、さらに増加している「非正規労働者層」が、今後既存の年金制度から排除されて大量に生活保護を必要になるという想定から、保護費全体の抑制を準備したいという意図が見え隠れしている。○「社会保障費」が高齢化の進展により益々増加するという予測の中、生活保護費の抑制は厚労省の至上命題となっているのである。○第2は、安倍政権は2012年アベノミクス政策を開始し、すでに5年が経過している。安倍は異例の金融政策、規制緩和、成長戦略を実施してきたと「アベノミクスは順調に進展し、今後も加速させる」と先の衆議院選挙でも訴えている。○しかし、低位の所得水準にある国民の消費支出は、さらに低下していることが「保護費引き下げ」の根拠とされている。賃金も国民の所得も、消費支出も増えてはいない。○トリクルダウンも起こらず、大企業社員の賃金が若干上昇したと言っても、一般の国民は消費を控え、将来不安に怯えているのが実態であろう。それを捉えて、さらに「国民の最後のセーフティーネット」をさらに引き下げるというのだから、アベノミクスの破綻を証明していると言うことだ。総選挙を乗り切った安倍だが、早速弱者をターゲットに対立を煽る、これまでの路線は変わらないということだ。ネット上では、「保護受給者よ、甘えるな」という書き込みが増えている。○さらに保護費の引き下げは、同時に「最低生活費」の引き下げでもある。生活保護を申請する場合の基準額が下がるので、ボーダーラインが下がる。現状でも本来生活保護基準以下の所得にある国民の2割程度しか生活保護を受給していないと言われている。保護受給者数はそういう意味でも一層増え続けることになる。○第3には、保護基準の改定は、国会の議決を必要としない省令として発せられるため、国会での議論は回避されてしまうという点である。○団塊の世代の大量退職以後、世は人手不足。有効求人倍率の改善、最低賃金の上昇など、若干の雇用改善が進んでいるとは言え、非正規雇用が増加している基調に大きな変化はない。保護費の引き下げは、貧困の実態をさらに固定させる事に繋がるのだから絶対に反対である。○特別国会閉会後に打ち出された「2兆円で保育・幼稚園費用の無償化」も、母子世帯の保護費の削減に繋がる可能性が指摘されているという。○生活保護基準は、様々な福祉水準の基準にもなる。就学援助適用の基準も、奨学金などの支給基準にも影響を及ぼす。この引き下げがどんな影響をもたらすのか、国会や厚生労働委員会で野党側は「貧困問題」をどうするのか、という政策論争をしっかりと行い、反対の論陣を張る必要と思われる。(2017-12-18佐野)

【出典】 アサート No.481 2017年12月

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【投稿】破綻する安倍アジア戦略

【投稿】破綻する安倍アジア戦略
-米、中、韓に力及ばず孤立化へ―

<トランプに阿諛追従>
アメリカ大統領選から1年を迎えようとする今秋、全米で主要メディアによる世論調査が行われ、10月下旬相次いでトランプ政権に対する厳しい結果が明らかになった。さらにトランプが外遊中の11月7日には、ニューヨークの市長選、ニュージャージー、バージニアでの州知事選挙で、いずれも民主党候補が勝利し、来年の中間選挙の動向を示唆するものとして注目された。
こうしたなか約半月に渡るアジア歴訪に出発したトランプは、是が非でも成果を持ち帰りらなければならず、訪れた各国で押し売り同然の露骨なセールスを展開した。
トランプが会ったアジア各国首脳で、最もこの期待に応えたのは言うまでもなく安倍であり、最高レベルの歓待を持って迎えたのであった。しかしトランプは、あの手この手揉み手で待ち受ける安倍を後目に、11月3日ハワイのアリゾナ記念館を訪れた後、自らのツイッターに「リメンバー・パールハーバー」と投稿した。
昨年12月の安倍真珠湾訪問を帳消しにするかのような呟きに、日本政府関係者は「北朝鮮対するメッセージではないか」と苦しい弁明をしていたが、スタッフの投稿という見方もあるものの、トランプの性格からしてこれはそのままの意味であろう。安倍に先制攻撃をみまった後、大統領専用機で横田基地に到着したトランプはヘリに乗り換え、川越市のゴルフ場に向かった。
お気に入りの松山英樹プロを従えたトランプは上機嫌でホールを回り、途中バンカーショットに苦しむ安倍を後目に、次のショットへと向かってしまった。焦った安倍はグリーンに上ろうとして足を滑らせ転落、ボールはフェアウェイに戻ったものの、自らをバンカーに入れるという椿事が発生した。
この様子は空撮され世界に配信されたが、トランプにはピコ太郎以上に受けたようである。8日、北京に到着したトランプは、紫禁城の石段で習近平に対し「階段で転倒しないように、カメラに撮られてしまうよ」と語りかけ、早速ネタに使っていた。トランプも相当人が悪いといえ、ベトナムでも「感動した、素晴らしい体操選手だ」などと茶化し続けた。こうしたことにこそ菅は「独島エビ」に反発したように「どうかと思う」と不快感を表すべきではないか。しかし米中首脳のアイスブレイクに貢献したのであれば、幇間安倍の真骨頂とも言うべきものであろう。
プレー後も安倍は一旦私邸に戻り、夫婦で帝国ホテルに向かい、そこから大統領専用車に便乗、銀座の鉄板焼き店を訪れると言う接待役に徹した。
ゴルフ場でも鉄板焼き店でも、二人は北朝鮮や貿易に関して「リラックスした雰囲気で重要な話をしたと」と勿体をつけているが、正確な発言内容は記録されておらず、そこでの会話が今後の政策を左右することになれば、世論はもとより議会をも軽視したことになり、批判は免れない。

<米兵器を爆買い>
こうして和気藹々と同盟関係を演出した安倍であったが、二人がプレー中に都内で行われた河野太郎とライトハイザー通商代表の会談では、日米FTAに言及があり、会談後河野は「今後麻生とペンスで論議をしていく」と説明、首脳の蜜月とは裏腹の緊張した舞台裏の一端が明らかになった。
トランプも安倍のあまりの低姿勢に、6日午前の日米企業人との会合で「日本との貿易は公正ではなく是正が必要」と本音を吐露、続く昼食会、首脳会談でも貿易不均衡の是正を要求した。
トランプは訪日前に「日本はアメリカのミサイルを購入していれば北朝鮮のミサイルを撃ち落とせただろう」と述べたと言われているが、首脳会談の場でも北朝鮮の脅威や貿易赤字の是正を理由に、アメリカ製兵器の購入を求め、今回の訪日目的を億べもなく明らかにした。
会談後の記者会見でトランプは「首相はアメリカから様々な兵器を買うことになる」と宣言、安倍も「防衛装備品を購入していくことになると思う」と力なく頷首するしかなく、貿易問題総体も日米経済対話=事実上のFTA交渉で成果を出すことを約束させられてしまった。
当初安倍が日米首脳会談の最も大きな目的とし、総選挙の最大の争点として利用した、北朝鮮に対する対応は「核・ミサイル開発を進める北朝鮮に対する圧力を最大限まで高める」という、これまで何度も確認されてきたような抽象的な内容にとどまった。これは、北朝鮮の脅威を日米ともに自らの政権の保身の為に利用してきた当然の帰結である。
安倍は日米同盟アピールのため、トランプの護衛艦「いずも」乗艦を求めたと言うが実現しなかった。自らは2年前現職総理として初めて米空母に乗艦したのだからとの思いもあったのだろうが、ゴルフが優先された形となった。
さらに脅威の旗振り役であった安倍が、それを口実に利用されトランプから貿易不均衡の是正やアメリカの雇用拡大を迫られると言う、皮肉な結果も生み出し、アメリカの言う北朝鮮の脅威は商売道具に過ぎないということも明らかとなった。
また北朝鮮によって、今回は脇役に追いやられた形となった対中政策については、「自由で開かれたインド太平洋戦略」がうたわれた。これは日本政府が中国の「一帯一路」構想に対抗するためのスキームとして構想しているものであるが、オバマの「リバランス」戦略に変わるアジア政策を打ち出せていないトランプが、よくわからないままに乗っかったと言うのが実情の心もとないものである。

<独自路線の中国、韓国>
貿易赤字の是正と武器購入の要求という所期の目的を達成したトランプは11月7日韓国へ向かった。韓国では文在寅との蜜月演出は無かったものの、8日韓国国会でトランプは「ならず者が核兵器で脅迫することは世界が許さない」と演説し、「韓国防衛のため」数十億ドルの武器売り込みに成功、原潜購入についての協議も開始されたと報じられた。
ただ韓国は、日本の様に一方的な緊張拡大に走っているわけではない。文は再三「日本は軍事同盟の相手ではない」と発言、9月の米韓首脳会談の際にはトランプに直接伝えたと言う。こうしたことを踏まえ、11月中旬に日本海で行なわれた3隻の米空母との合同演習も、日米、米韓と別個に実施された。晩餐会では「独島エビ」が供され、元従軍慰安婦が招待され日韓の矛盾がアメリカに印象付けられた。
また文政権は北朝鮮対応とされるTHAADミサイル配備問題で悪化した中国との関係においても関係改善に向け合意、さらに「自由で開かれたインド太平洋戦略」にも参加しないことを表明するなど、柔軟かつ現実的な政策を進めている。
11月9日の米中首脳会談では北朝鮮に対する「国連安保理決議の完全な履行」で一致したものの、習近平は対話による解決の重要性を主張した。南シナ海問題でもトランプは航行の自由など原則は提起したものの、具体的行動には言及しなかった。
首脳会談で強調されたのはやはり経済問題で、貿易不均衡や知的財産侵害問題は残されたものの、総額28兆円という商談が成立するなど両国の関係は一層深化した。漠然とした「自由で開かれたインド太平洋戦略」は問題にもならなかった。
トランプのアジア歴訪前は「トランプの目的は日、韓、中から北朝鮮への先制攻撃の承認を取り付けることではないか」との観測も流れたが、そうした期待は裏切られ、トランプ初のアジア訪問は行商であったと記憶に残るであろう。
軍事的見地からも北朝鮮の核を無能力化するには、地上軍の投入が必要と米統合参謀本部が議員に示しており、空母や爆撃機の派遣はデモンストレーションに過ぎないことをアメリカ軍が明らかにしているのである。北朝鮮も9月15日の弾道ミサイル試射以降沈黙を続けており、これについて韓国は、資金難や大気圏再突入可能な弾頭開発が停滞しているとの見方を示している。
トランプ自身も歴訪中に中にトーンダウンしていき、韓国国会では「北朝鮮の明るい未来について話す用意がある」と表明、12日にはベトナムで「金正恩と友だちになれるかも」などとツィートするなど変化を見せてきている。この間米中韓日で具体的制裁を決定したのは日本だけであり、北朝鮮への対決を声高に叫ぶ安倍政権の異様さが、ひと際浮き彫りになったとも言えよう。

<アジアでは安倍一弱へ>
アメリカと日、韓、中の二国間協議が終了したのち、国際会議の舞台はベトナム・ダナンでのAPEC、TPP、フィリピン・マニラでのASEAN、東アジアサミットなどの多国間会議に移った。トランプの後を追うようにベトナムに飛んだ安倍であったが、ここでの右往左往が際立った。
日米首脳会談で2国間協議を要求された安倍政権は、ベトナムで茂木担当相の尻を叩き、11月9日の閣僚会議で「TPP11」改め「CPTPP」の大筋合意を発表させた。しかし見切り発車に怒ったカナダのトルドーが安倍に直接抗議し、首脳会合が開催できない異常事態となった。安倍はベトナム、フィリピンで日中、日露など17回の首脳会談をこなしたと自慢しているが、このような過密日程では中身のある会談であったとは考えられない。
その内容も北朝鮮の脅威を吹聴するもので、これまで国際会議で固執していた強硬な中国非難は鳴りを潜め、法の支配など一般論に止まった。逆に習、李と相次いで会談し「自由で開かれたインド太平洋戦略」への中国参加や日本の「一帯一路」協力を示唆するなど、「日中関係の新たなスタート」と成果を言いつくろったが、米中協調が進む中、強硬路線の頓挫は明らかであり、「対北朝鮮のため」などは方便である。
12日にはベトナム・ハノイ米越、中越の首脳会談が行われ、トランプは仲介に意欲を示したが、中越首脳は平和、安定の維持で一致した。こうした流れのなか16日のASEAN議長声明では、北朝鮮に対する重大な懸念は表明されたものの、南シナ海での中国に対する懸念は盛り込まれず、この地域における係争は中国優位で平和裏に収束する方向にある。
安倍は、トランプ訪日に始まる一連の国際会議で北朝鮮を梃に、外交的影響力、とりわけ日中韓関係でのイニシア示そうとしたが、米韓、米中関係までは介入できなかったのである。アジアで孤立を深める安倍政権を国内でも同様に追い込まねばならない。(大阪O)

【出典】 アサート No.480 2017年11月

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【投稿】「ルールは変わった」―占領軍最高司令官として振る舞ったトランプとアジアで孤立する日本

【投稿】「ルールは変わった」―占領軍最高司令官として振る舞ったトランプとアジアで孤立する日本
福井 杉本達也

1 占領軍最高司令官として横田基地に降り立ったトランプ米大統領
トランプ氏は訪日する直前にハワイに立ち寄り、「Thank you to our GREAT Military/Veterans and @PacificCommand. Remember #PearlHarbor. Remember the @USSArizona! A day I’ll never forget.」(リメンバー・パールハーバー)とツイートした。その足でダグラス・マッカーサーの厚木基地への日本占領軍最高司令官の真似をするかのように横田基地に降り立った。かつて米大統領の訪日で、日本国の“表玄関”である羽田空港を使わず、裏口の横田を使った例はいない(東京新聞・天野直人:2017.11.8)。当然、日米地位協定により横田は米軍の管轄下にあり、いかに、国賓級の扱いとはいえ日本の首相が出迎えるわけにはいかない。そこから埼玉県のゴルフ場まで米軍ヘリで飛び、ゴルフ場で安倍首相はトランプ大統領を迎えるという全くもって異常な出迎えとなった。その後、首相はゴルフ場でバンカーに転げ落ちたがトランプ大統領には見向きもされなかった。パットを大きく外した時は「もっとうまくなれ」とばかりにボールを投げ返されるなど散々な目にあうのであるが、これが、現在の日本の「属国」の地位を示している。ゴルフ場から首都のど真ん中にある米軍六本木へリポートまでもヘリで飛び、米大使館横のホテルオークラまで移動した。これまでの米大統領は曲がりなりにも「属国」を対等な「国」であるかのように扱ってきたが、トランプ氏にはその片鱗もない。この「非礼」な行為を何の疑問を持たずに歓迎報道を垂れ流すマスコミもマスコミなら、抗議すらしない野党も野党である。「日本を取り戻す」ではなく、「日本を売り渡す」行為である。

2 トランプ訪日を『パラダイス文書』で“歓迎”した朝日新聞
11月6日の各紙がトランプ大統領を歓迎する記事一色だったのに対し、朝日新聞の一面トップは「米長官、ロシア企業から利益」という見出しで、タックスヘイブンの島であるバミューダ島にある『パラダイス文書』から発掘したトランプ政権:ロス商務長官によるロシア疑惑で“歓迎”した。ご丁寧にも関連記事を7面にわたって掲載した。ネタ元の朝日・共同・NHKも加入する国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)を「ワシントンンに本拠を置く非営利の報道機関」と紹介するが、米CPI(The Center for Public Integrity)が本体の組織である。CPIは反トランプの大富豪:ジョージ・ソロスから多額の資金提供を受けている(Wikipedia)。
トランプ氏はこの1年「ロシア疑惑」として、民主党、マスコミ、議会から叩かれているが何の証拠もない。ロシアとの接近を嫌う軍産複合体からの牽制に苦しめられているのである。

3 北朝鮮危機を煽りに煽り、結局高い米国製兵器を買わされる安倍
トランプ氏は安倍首相との会談終了後、米メディアの質問に答え「米国製の防衛装備品をたくさん追加購入したら簡単に迎撃できる」とし、米装備品の性能は「世界トップクラス」であり、「首相は大量に購入すべきだ」とし、続けて「そういう購入、調達などによって、米国の雇用創出もできる」と語った(日経:2017.11.7)。要するに、トランプ氏は「蜜月の日米同盟」どころか「米国第一の日米同盟」で、赤子の手をひねるように日本に金を出させようとしている。10日の日経では早速、陸上型の弾道ミサイル迎撃用のイージス・アショアを2基購入するという報道がなされた。さすがの日経も「MD強化に伴う財政負担も深刻だ。イージス・アショア1基あたり約800億円で、2基でも計1,600億円かかる。…政府内には『今後さらに負担が増える可能性が高い』」と書かざるを得なかった(11.10)。 「日本政府が米政府との直接契約で装備品を調達する有償軍事援助 (FMS)のための2017年度予算額は3596億円。5年前の2・6倍」にもなっている(日経:10.11)。米国はカナダ・メキシコを巡るNAFTA再交渉で手いっぱいで、日米の貿易不均衡問題については突っ込んだ話はしなかったが、日本の通商担当者は「現政権は赤字削減しか興味がなく、FTAだろうが輸出制限だろうがグ“HOW”は間わないということ」(日経:111.15)だと話した。
11月13日、ロス商務長官は、日米の経済関係者らを前にしたワシントンでの講演で「『自動車は米国の貿易赤字の重要な部分を占める』と指摘し、日本の自動車メーカーに対し、完成車や部品の米国での生産を強化し日本やメキシコからの対米輸出を減らすよう求めた。」(共同=福井:2017.11.15)。トランプ氏の“メキシコ国境の壁”の本音がNAFTAにあることが明らかになりつつあるが、次回以降、米とメキシコなどとのNAFTAの交渉の推移を横目に見つつ、厳しい貿易交渉が待っている。

4 したたかな中国
中国は、今回の米中首脳会談でトランプ大統領を「国賓以上」の厚遇でもてなすとともに、28兆円におよぶ見せ金を積んだ貿易協定締結のセレモニーを準備した。トランプ氏は「米中の企業経営者らの前で『今の貿易不均衡で中国に責任はない』とした。そのうえで『不均衡の拡大を防げとなった過去の政権を責めるべきだ』と述べ、オバマ前政権などに原因があるとの見方を示した。中国は巨額の商談を示すことでトランプ氏の攻勢を封じた」(日経:10.14)。中国の強い姿勢の裏には、米国企業は収益の半分以上を中国で稼いでおり、また、中国が米国債の世界最大保有者でもあり財政的に米経済を支えており、中国と友好関係を失うことなどできないことがある。

5 中国・米国の狭間でもがきつつも、したたかに交渉をする貿易立国・韓国
トランプ氏が北朝鮮を攻撃すればソウルは火の海となる。米国が戦争を始めれば大損害を被るのは脅しを受けている北朝鮮よりも韓国である。韓国は米国からNAFTA交渉の切り札として米韓FTA改定を迫られており、これを乗り切るため、米兵器の大量購入を決めた。これに対しトランプ大統領は「韓国側が数十億ドルに達する装備を注文すると言った」としたうえで、「韓国にも十分そうすべき理由があり、米国でも多くの雇用を創出できる部分だと思う」と述べた。またトランプ氏は平沢のキャンプ・ハンフリー米軍基地造成に韓国が1兆2千億円の総工費の92%も負担をしたという記者の質問に「韓国を保護するために支出したことであり、米国を保護するためにしたことではない」と正面から応じた。これは、トランプ氏を始め米国保守派の認識であり、属国として守ってやっているという意識である。
しかし、韓国もしたたかではある。トランプ氏の訪問の直前に、中国との間で韓国への迎撃ミサイルTHAAD配備に対する中国側の経済制裁をTHAADはこれで凍結するとして、解除する約束を取り付けた。韓国はこの経済制裁大打撃を受けており、韓国ロッテは1,200億円の損失、現代自動車の今年の中国での売上げは40%減という壊滅的打撃を受けている。

6 アジアから撤退するトランプと中国包囲網の完全なる破綻
安倍は米国がTPPに戻ってくるようTPP11を何としてもまとめようと必死である。この動きは米軍産複合体の後押しを受けている。トランプ政権下で干されたジャパンハンドラー:軍産複合体を代弁するアーミテージは「『一帯一路』をみても分かるように、中国は拡張的なインフラ計画を進めているが、軍民間用の狙いも透ける。不安定な状態が続く中央アジアなどで、中国を手に負えない存在にしてはならない。」とし、「米国の存在が地域の平和と安定に絶対に不旬欠だという認識をトランプ氏が持つことを願っている」(日経:2017.11.14 日経・米戦略国際問題研究所 (CSIS)アジアフォーラム2016.10.26)とし、日本を中国包囲網の尖兵とし、アジアの不安定化と軍産複合体のプレゼンスの確保に暗躍している。
しかし、トランプ氏の関心は全くそこにはない。トランプ氏はアジア歴訪の最後を飾るはずの東アジア首脳会議を突然欠席して帰国する直前、「米国と貿易関係のある全ての国はルールが変わったことが分かるだろう」とツイートした。トランプ氏も安倍首相が提唱した「インド太平洋地域」という言葉を使ったが、中国を牽制し、国内の傀儡政権としての「権力の正当性」を維持するため、何としても米国をアジアに繋ぎ止めておきたい“子泣き爺”安倍首相と、「海洋帝国主義」としての役目から徐々に撤退したい、貿易関係にしか関心のないトランプ氏との落差は歴然としている。
もちろん、政権発足後1年のトランプ政権の足場が固まったわけではない。軍産複合体・エスタブリッシュメントの代弁者であるヒラリー・クリントンや議会・マスコミによる「ロシア疑惑」追及も執拗であり、政権の高官ポスト3分の2以上はまだ軍産複合体に握られたままである。トランプ氏がダストベルトのホワイト・トラッシュ(White Trash:「クズ白人」という蔑称:the fogotten men and women)を本当に忘れてしまえば政権自体が乗っ取られる。あるいはJFKのような「暗殺」やウオーターゲートのような「クーデター」の可能性もある。しかし、11月10日、シリアでイスラム国の最後の拠点であったイラク国境の町:アブ・カマルが陥落したように、米国の力は確実に弱まっている。イランの原油も中国元での取引をする。CSISのハムレ所長は「中国の南シナ海などでの振る舞いで、アジアはこれまでになく米国の力を必要とするようになっている」とトランプ氏の行動に不満をぶちまけたが、「今回の歴訪が浮き彫りにしたのは逆行するような米大統領の姿だった。」(日経:11.15)米国がこのまま「海洋帝国主義」を維持し続けることはその経済力からいっても困難である。ASEAN首脳会議議長声明から中国への「懸念」の言葉はついになくなった(日経:11.17)。日本はアジアで完全に孤立した。しかし、72年間の洗脳の結果、孤立しているとの自覚さえない日本。「ルールは変わった」。アジアから米国の支配が徐々に後景に退いていく中、安倍“悪代官”政権の「権力の正当性」がいま揺らいでいる。

【出典】 アサート No.480 2017年11月

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【投稿】ボトムアップ型の民主主義をめぐって 統一戦線論(42)

【投稿】ボトムアップ型の民主主義をめぐって 統一戦線論(42)

<<「ちょっと心配をしています」>>
先の総選挙で大勝したはずの安倍政権にまるで覇気がない。「国難打開!」と、朝鮮半島をめぐるミサイル危機を煽り、手前勝手な自己都合解散を強行し、もっとも追及されることを恐れた森友・加計学園問題をうやむやにし、加計学園の認可にまでこぎつけ、逃げ切ったはずである。しかし、11/17の首相の所信表明演説は、特別国会召集から2週間も経っているにもかかわらず、たったの15分、中身もおざなりで薄っぺら。加計学園や森友学園問題には一言も触れず、「反省」も「丁寧な説明」も皆無。「決しておごることなく、真摯に、誠実に、謙虚に政権運営にあたる」という以前の記者会見での約束など、そのうわべの一言さえなし。ただ「政策の実行、実行、そして実行あるのみだ」と繰り返したが、その政策はこれまでの上っ面の繰り返しだけ。自らの政治姿勢を明確に示すことを回避し、たとえでっち上げでも「国難打開」に進む決意や意欲さえ喪失したか、と疑わせる。沖縄への言及もなし、解散・総選挙で提起したはずの憲法9条改正にもまったく触れず、演説の最後に一言「憲法改正の議論も」と触れただけで「ご清聴ありがとうございました」で終わり。論戦どころか、やる気のなさが目立ち、国会審議から逃げ続けてきた安倍首相の姿勢を象徴する所信表明演説であった。一体どうしたことであろうか。
対する野党に、「政権を担うというエネルギーを失っておられるんじゃないかなと。覇気のない状況というのは、ちょっと心配をしています」(立憲民主党 枝野幸男代表)、「残念ながら内容も熱意も薄かったように思います」(希望の党 玉木雄一郎代表)と逆に心配までされている。
しかし、これはあくまでも表面上のことである。油断大敵である。覇気のなさの根底には、「選挙大勝」そのものが実は非常にもろく、いつ崩れてもおかしくはないという、安倍政権にとっては深刻な実態が反映されていると言えよう。
それを端的に示すのが、比例区の得票である。与党は、自民党18,555,717票、得票率33.3%、公明党6,977,712票12.5%。野党は、立憲民主党11,084,890票19.9%、希望の党9,677,712票17.4%、共産党4,044,081票7.9%、日本維新の会3,387,097票6.1%、社民党941,324票1.7%。与党は45.8%、維新を除く野党は立憲・希望・共産・社民4党合計で46.9%で、与党は敗北しているのである。しかも、民進党の議員が希望・立憲・無所属と三つに分かれた事により、旧民進党系は、希望+立憲だけで2076万票を上回り、自民党の1855万票を約220万票も上回っている。野党をかき回したつもりが、逆に立憲民主党を登場させ、躍進させてしまい、この事態をもたらしたのである。それにもかかわらず自民党が勝利し得たのは、ただただ野党の混乱と分裂、それを見込んだ突然の解散、小選挙区制のおかげである。絶対得票率(有権者総数に対する得票率)では、自民党は17.49%にしか過ぎない。

<<「何を決めてもらう選挙だったのか」>>
しかも選挙後の世論調査(共同通信 11/2)では、内閣支持率が多少上昇しているとはいえ、安倍首相が悲願とする憲法9条に自衛隊を明記する安倍首相の加憲提案に反対は52.6%で、賛成38.3%を上回って、首相の基本政策が支持されていない。さらに首相が来年秋の総裁選で3選を果たして首相を続けてほしいが41.0%に対して、続けてほしくないが51.2%、「もう安倍政権はこれ以上続けてほしくない」という、首相にとっては厳しい現実を突き付けられているのである。
そうした世論に呼応したかのように、自民党の石破茂元幹事長は、先の衆院選に関して「何を決めてもらう選挙だったのか、国民もよく分からない。消去法的に自民党が勝ったのが現実だ」と述べ、さらに首相が打ち出した消費税増税分の教育無償化への充当について、「党では誰も聞いていなかった。首相が何でも決められるなら党は要らないという意見もある」と公然と首相をこき下ろす講演をしている(11/18、成蹊大学での講演)。次期政権禅譲を期待する岸田文雄政調会長までが、安倍政権の「人づくり革命」の具体策について、一方的に政府側提案が報道され、「『党として議論していこう』と言ったばかりなのに、どういうことですか」と抗議する事態である。
さらに 今回の選挙で常勝・公明党のはずが5議席喪失した山口那津男代表は、11/12に放送されたラジオ日本の番組で、憲法改正の発議には衆参両院で3分の2以上の賛成が必要なことを踏まえ、「それ以上の国民の支持があるくらいの状況が望ましい」と述べ、過半数の賛成で改正が決まる国民投票でも、3分の2以上の賛成が見込めなければ改憲案に反対することを示唆した。同時に、立憲民主党の名を挙げ「野党第一党との合意をつくり出す努力が大事だ」と語り、首相らが改憲を「結党以来の党是」としていることについても「党是だから結果を出したい、とアプローチすると誤る」とけん制している。山口氏は、首相の所信表明演説の後でも、「政権合意で『決しておごることなく、真摯に、誠実に、謙虚に政権運営にあたる』と誓った」と首相にクギを刺している。公明党は、明らかに安倍政権との距離を再検討せざるを得ない事態に追い込まれているのである。
政権基盤を固めるための選挙であったはずのものが、逆に政権基盤を弱体化させる方向に事態は進んでいるとも言えよう。

<<「熱狂なきファシズム」>>
映画作家の想田和弘氏は、安倍政権の現状を「熱狂なきファシズム」と呼んでいる。
「安倍政権はその誕生以来、民主主義のシステムを少しずつ、だが確実に切り崩してきた。NHKのトップの首をすげ替えて政権批判を抑え込み、特定秘密保護法や安保法制、共謀罪といった憲法上疑義のある法律を独裁的な手法で通してきた。にもかかわらず、主権者は大きな国政選挙で繰り返し与党を勝たせ、容認し続けてきた。僕はこうした現象を『熱狂なきファシズム』と呼んでいる。それは主権者の無関心と黙認の中、低温火傷(やけど)のごとくジワジワ、コソコソと進む全体主義である。僕は全体主義的な安倍政権が選挙で勝ち続けているのは、私たちの社会が、全体主義的価値観に侵食されているからなのではないかと疑っている。会社や学校、家庭が全体主義に侵されていれば、全体主義的な政治家や政党が台頭しても「普通」にみえてしまい、違和感や警戒心を抱きにくい。熱狂なきファシズムは、実に根深い問題なのだと思う。」と指摘している。
しかし同時に、氏は「希望がないわけではない。立憲民主党が『下からの民主主義』『憲法の遵守』『多様性』『参加』などを掲げて躍進したことは、デモクラシーの存続を強く望む僕のような人間が、決して少数ではないことを示している。民主制を踏みにじる政治家の出現で、かえって民主的価値が呼び覚まされようとしている。私たちの抵抗運動は、これからが本番だと思っている。」と核心をついている(熱狂なきファシズム 民主的価値呼び覚ませ 想田和弘 朝日新聞 11/8付)。
その立憲民主党について、安倍首相は本音を漏らしている。
「立憲より希望が第1党の方がよかったのに」。今回の衆院選後に、安倍首相はそう漏らしたという。安倍首相にとってのベストシナリオは、改憲勢力の希望の党が野党第1党になること。改憲発議に向け、「あうんの呼吸」で国会運営を自由に進められるとの思惑が、希望の失速で大きく外れた。それでも諦めきれない安倍官邸は、希望と維新に統一会派を組むよう提案したという。(日刊ゲンダイ10/31付)
安倍首相の魂胆は明白である。維新と希望の改憲派を野党第1党にさせ、安倍首相の改憲戦略に合流させることである。しかし安倍首相の期待に反して、立憲民主党が第1党となり、枝野幸男代表は「現在の安保法制の違憲部分、集団的自衛権を前提として自衛隊を憲法9条に明記することは徹底的に反対します。同じ立ち位置に立つ方々とは連携、協力します。重要なのは(過去の言動ではなくて)これからの対応です。」と明言している(週刊金曜日11/10号インタビュー)。首相は、野党第1党を無視して突破する姿勢をも垣間見せているが、それは混乱と孤立化をもたらすであろう。首相は全方位で窮地に立たされているとも言えよう。

<<トップダウンvs.ボトムアップ>>
突然の解散、民進党の分裂の中で、あわただしく結党されたその立憲民主党であるが、枝野幸男代表は、10/2の結党会見で次のように述べている。
「私は、上からの民主主義、上からのリーダーシップ、あるいは強いものからの経済政策……。こうしたあり方自体がもう限界を迎えている。あまりにも弊害が大きくなっている。草の根からの民主主義でなければいけない。経済や社会は、下支えして押し上げるものでなければならない。ボトムアップ型の社会にしていかなければならない。私は、ボトムアップ型のリーダーシップ、民主主義、社会経済のあり方というものが、立憲民主党の明確な立ち位置であり、この選挙を通じて、他の政党との違いとして国民に訴え、理解してもらいたい。」
この主張、政策こそが、まさに想田氏が指摘した「下からの民主主義」、草の根民主主義、ボトムアップ型の民主主義、が共感を呼び、選挙運動が下から押し上げられ、あっという間に支持を拡大させたのである。日本の社会、経済、政治に根本的に欠落している下からの民主主義が問い直されたのだとも言えよう。
一方、この立憲民主党の躍進に、野党共闘を通じて大きく貢献したともいえる共産党は、比例代表得票で、前回606万票(11.4%)から440万票(7.9%)、獲得議席数で前回21から12への大幅後退、惨敗である。比例代表で、850万票、得票率15%以上が目標であったことからすれば、深刻な事態である。だとすれば、真剣で下からの意見が反映された、積み上げられた討議が必要なはずであるが、開票日の翌日、10/23には早くも共産党中央委員会常任幹部会声明を出し、敗因は一言、「私たちの力不足にある」と総括している。「私たちは、党大会決定を踏まえ、総選挙勝利をめざして、党員と『しんぶん赤旗』読者を拡大する運動にとりくんできました。全党のみなさんの大きな努力が注がれましたが、残念ながら、3年前の総選挙時と比べて、党員も、『しんぶん赤旗』読者も、後退させたままで、この総選挙をたたかうことになりました」と総括している。「力不足」が何によるものなのか、一切語られていない。選挙で後退すれば、必ず繰り返される、責任を下部に転嫁するおなじみのセリフにしか過ぎない。声明は、「捲土重来を期すための具体的課題として、第一に、日本共産党の綱領、歴史、理念をまるごと理解してもらう 第二に、日本共産党の自力を強めることー党員拡大を根幹にした党勢拡大に取り組むことです」、これも指導部の責任を棚上げにしたすり替えにしか過ぎない。全ては強大な党建設の課題に押し込められ、わが党の建設だけに重きを置くこのセクト主義的な選挙方針に下部党員を動員する、悪しきトップダウンの典型とも言えよう。綱領もなければ、機関誌もない、党勢も発足したての立憲民主党がなぜ1108万票獲得し、共産党が404万票なのか、真剣に議論し、教訓を引き出すべきであろう。
共産党に決定的に欠けているのは、党内民主主義、草の根民主主義、ボトムアップ型の民主主義であり、それが指導部には全く理解されてもいなければ、一貫して無視されてきたことである。それが政策にも野党共闘にも反映され、一貫性もなければ、中途半端な様子見の野党共闘、活力に欠けた政治的駆け引きの道具としての野党共闘に閉じ込められ、今回の選挙でも多くの小選挙区で自民党に勝利をもたらせ、喜ばせているのである。統一戦線に真剣に取り組むには、セクト主義は厳禁であり、自らも徹底した草の根民主主義を実践しているかどうかが問われるのである。有権者はその実態を見て判断しているとも言えよう。
もちろん、野党共闘、統一戦線それ自体にも、ボトムアップ型の民主主義が誠実かつ着実に実践されているかどうかが問われていることは付言するまでもないことであろう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.480 2017年11月

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【投稿】安倍政権の延命招いた希望の党

【投稿】安倍政権の延命招いた希望の党     ―野党共闘再建し政権追及を強めよ―

生煮えの即席政党
9月25日結成された希望の党は、28日には民進党を事実上併呑する形で総選挙への体制づくりを急いだ。当初、彗星のごとく現れた新党の支持率は急伸し、自公与党を脅かす存在となり、一部マスコミは「安倍か小池かの政権選択選挙」ともてはやした。
しかし小池は29日の記者会見で、候補者選定に当たり民進党の「リベラル派」を排除することを平然として言い放ち、民進党内に動揺と反発が広がった。
そもそも小池は都政に於いても、外国人学校への対応、関東大震災時の朝鮮人虐殺否定、また大日本帝国憲法の復活を唱える人物を側近に置くなど、民族排外主義を露わにしており「寛容な保守」とは程遠い政治姿勢を見せていた。
さらに自民党時代からの小池のタカ派的言動を見ていれば、「合流」に際して危惧を持つのは当然なのだが、前原はそれを認識しつつ28日の小池との会談で綿密な詰めは行わず、曖昧なまま事を進めたのである。
前原にしてみれば代表選挙で勝利したものの、幹事長に予定していた山尾がスキャンダルで離党、さらに細野Gなど保守系議員が次々と脱落、逃亡し、民進党での党勢伸長は期待できない状況に追い込まれていた。だからこその野党共闘なのであるが、前原はこのままでは「容共派」に民進党の主導権をとられてしまうとの危機感が先走ったのだろう。
そこで、野党結集、安倍政権打倒を大義名分に希望の党に駆け込み「リベラル派」振るい落としも図ったと考えられるが、これは党内民主主義を無視した資金・組織の持ち逃げであろう。
前原の一連の行動を「性善説」的に擁護する向きもあるが、総選挙の結果は別として、厳しく総括が求められるものである。日程的にも精神的にも追い詰められていたとはいえ、「一度立ち止まる(選挙後談)」タイミングを間違えたと言うほかない。
排除宣言後も小池は公認条件に当初「安保法制容認」「在日外国人の地方参政権反対」などタカ派的政策協定を求めるなど、差別・選別をより強化していった。実際の候補者選定作業は若狭らにさせていたそうだが、当の若狭が選挙戦に於いて有権者に排除されてしまったのは、因果応報というものである。
こうして小池が権力欲のみで作り上げた希望の党の地金はむき出しとなり、傲岸不遜な小池の姿に支持率は一気に低下した。慌てた小池は若干言動を修正したが時すでに遅しであった。
打ち出した政策も新自由主義と社民的施策の継ぎ接ぎで、いち早く党名を商標登録していた割には、検討不足で具体性に欠けるものであり、脱原発も消費税凍結も方便で、改憲姿勢のみが突出して見えた。お湯を注いだものの、具もスープも入れずにすぐに蓋を開けたカップ麺は、食べられることなくすぐに冷えてしまったのである。

拾い物の自民勝利
一方、10月3日に結成された立憲民主党が支持を伸ばす中、多くの選挙区で野党乱立のまま選挙戦に突入し、死に体に成りかけていた安倍政権の延命に道を拓くこととなった。
その結果、自民284という一人勝ち的状況になった反面、与党では公明が35→29、準与党の維新が14→11と議席を減らし、自民一強に拍車がかかった。野党は、立憲民主が15→55と躍進したが、希望は57→50、共産も21→12と議席を減らし、社民は2と現状維持という厳しいものになった。
真の希望はポリシーを明確にした立憲民主が政権批判票の受け皿となったことである。また民主~民進と続いた「失敗政党」のイメージが希望の党に移ったため、今回「リセット」ができたともいえ、その意味で前原の「功績」は大きいだろう。
一方、共産党は大幅減となったが、これは同党が政権批判票の一時待避所でしかなかったことを示すものであり、セクト主義に回帰するか、より大胆な共闘路線に踏み込むか、志位指導部は決断を迫られるだろう。
維新は国政での存在意義を失いつつある。小池に対しては「国政政党の党首が知事兼任はおかしい」「国政に出るべき」との批判が寄せられたが、同じ立場の松井に対してはそうした声は出なかった。地盤の大阪でも小選挙区での敗北が相次ぎ退勢は明らかとなった。
選挙の結果を受けて小池はパリで「野党乱立が政権を利した」と他人事のように語り、「鉄の天井があった」などとジェンダーのせいにしているが、自分自身の問題である。党内からは、当選、落選組を問わず怨嗟の声が噴出しており、こうした小池の無責任な対応は混乱を増大させるだけであり、早期の空中分解が現実味をおびてこよう。
野党乱立に助けられた安倍は、念願である改憲を一層強引に推し進めるだろう。23日の記者会見で安倍は、2020年の改憲について「スケジュールありきではない」「幅広い合意形成を重ねていかねばならない」と、2020年を前提とせず、野党を含めた賛同を得ていくため、丁寧な論議を進める姿勢を見せた。
しかし、これは今回の総選挙勝利を踏まえ、18年自民党総裁選での3選を経て、21年の任期までに改憲施行ができればいいとの慢心の表れである。幅広い合意に関しても、維新や希望の一部が賛同すればそれでよいと言うことであり、丁寧な説明は「戦争法」「共謀罪」審議の際に聞き飽きた言葉である。
一方森友、加計問題に関しては「国会審議を全て見た人は理解している」と説明責任を果たしたかのように切って捨てた。今回の選挙は政権に付いた疑惑というシミを洗い落とす「政権洗濯選挙」であったかのような言いぶりである。
会見で安倍は、「今まで以上の謙虚な姿勢で真摯な政権運営に全力を尽くさなければならない」と発言したが、それらが偽りであることは明白である。

宴の後に待つもの
安倍は強引に国会を解散し一ヶ月の政治的空白を作ったが、その間国際情勢は待ってくれなかった。安倍は今回の選挙を「国難突破解散」と詐称し、北朝鮮の脅威を煽ったが、それに対する具体的な解決の方途は示さなかった。
10月16日からは米韓合同演習が始まり、米空母「ロナルド・レーガン」など約40隻が、日本海や黄海で北朝鮮に対する牽制を行った。また、19日にはモスクワで「核不拡散会議」が開会、これには北朝鮮の代表が参加し「アメリカが共和国の核保有を認めない限り、核に関する交渉を拒否する」ことを明らかにした。
今後、北朝鮮はアメリカ本土を射程に収めるICBMの開発、戦力化を淡々と進めるだろう。中露が決定的な経済制裁を実施しない限り、北朝鮮の核開発は止められない。アメリカも軍事的な威嚇を継続しつつ先制攻撃は避けると思われる。恐怖を煽ったからには、安倍政権は国民が安心するような措置をとらねばならないが、北朝鮮の脅威は政権のツールでしかない以上、今後も放置されるだろう。
10月18日からは中国共産党の第19回党大会が始まり、中央委員会報告で習近平は「富強・民主・文明・調和の美しい社会主義現代化強国」を構築することを明らかにした。第1義的には富=経済大国、強=軍事大国化が進められることとなるが、日中国交正常化45周年の現在、両国関係は最悪となっている。
政府は、来年首脳の相互訪問を企図しているが、中国側は慎重な姿勢を崩していない。
韓国に関しても従軍慰安婦問題に続き、徴用工問題も惹起するなか、「問題は解決済み」を繰り返すだけでは、未来志向の関係などは築けないだろう。政府は年末の文訪日、2月の平昌五輪に合わせての安倍訪韓を目指していると言うが「年末から来年初めにかけて北朝鮮情勢が緊迫するから10月選挙説」とどう整合性をとるのか。そもそも北朝鮮は平昌五輪参加を表明しているのである。
対露関係も11月10~11日のベトナムAPECで日露首脳会談が開かれる見込みであるが、米露関係が緊張し、ロシアが北朝鮮への支援を強めている中、今度も会うだけで終わる可能性が高く、平和条約、領土問題の進展は難しい。
また選挙期間中、軍事演習が続けられる一方で自衛隊、米軍の事故が相次いだ。選挙公示翌日の11日には沖縄で米軍ヘリが炎上、17,18日には空自ヘリ、戦闘機が墜落、炎上した。また会計検査院の調査で海自の艦対空ミサイル約10億円分が、整備不良のため使用不能であること報じられた(10/17毎日)。「この国を守り抜く」との掛け声は勇ましいが、その足元は相変わらず不安定であることが明らかとなった。

野党共闘で国難突破を
足元の不安定さは国内経済でも顕著である。相次ぐ基幹産業での不正発覚は深刻なものがあるが、これらには目をつぶり株高ばかりを強調、「期待される人間像」と「人間革命」をミックしたような「人づくり革命」を唱えているが、格差や排除を生み出す社会構造は放置されている。
消費増税についても、増収分の半分程度を教育無償化などに充当し、全世代型の社会保障を目指すとする一方、リーマンショック級の出来事があれば3度目の延期を示唆するなど方針は定まっていない。
このように内外には国難が山積したままであり、本来なら首班指名の特別国会に続き臨時国会を開催しなければならないはずである。先の臨時国会は一切の論議を封じ込め冒頭解散したのだから、なおさら早期の招集が求められている。しかし安倍政権は来年1月の通常国会までの論議の先延ばしを目論んでいる。これも「北朝鮮年末~来年初頭危機説」と矛盾する。
自民党は284議席であるが、安倍政権への強い支持の結果ではないことは明らかである。内閣支持率は不支持が支持を上回っており、自民党は支持するが安倍は変わってほしい、という民意の反映である。比例区の得票率は自民党33,28%、立憲民主党19,88%、希望の党17,36%であり小選挙区での候補者数、得票率を勘案すると安倍政権の基盤は盤石ではない。
すなわち、国会審議如何では再び内閣支持率は急落する可能性があり、安倍政権は早期の国会開会を回避しようとしているのである。11月1日開会が予定されている特別国会に向け、野党は一致して臨時国会召集を求め、政権への追及を強めなければならない。(大阪O)

【出典】 アサート No.479 2017年10月

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【投稿】大飯原発1、2号機廃炉へ―原発はいずれ「ゼロ」へと向かわざるを得ない

【投稿】大飯原発1、2号機廃炉へ―原発はいずれ「ゼロ」へと向かわざるを得ない
福井 杉本達也

1 謀略の衆院選をなんとか生き残った反原発議員集団
今回の衆院選は自民党の圧勝というよりも、日経新聞社説(2017.10.23)で指摘されるまでもなく前原誠司民進党代表が小池百合子希望の党代表の謀略に乗り、選挙直前に野党第1党である民進党を崩壊させ、選択肢をなくしてしまったことにあり、混乱の罪は重い。自民党補完勢力を目指した希望の党の自滅、あるいは民進党を解体させるために小池が画策したというのが正解である。これは前原単独の動きではない。少なくとも連合幹部が関わっている(孫崎亨10.24)。惨敗した希望の党における東京小選挙区での唯一の当選者は、先行して民進党を離党した21区の長島昭久である。長島は与党・野党時代を問わずジャパン・ハンドラーといわれる米軍産複合体のシンクタンク:米戦略問題研究所(CSIS)のリチャード・アーミテージ、ジョセフ・ナイ、マイケル・グリーンらと度々日経CSISシンポジウムなどで同席している(日経:2013.10.30等々)。軍産複合体は東アジアに緊張をもたらすことこそ儲け口と考えており、謀略の後ろ盾になった可能性が高い。
共産党は、前原の排除の論理によって野党共闘からはじき出されたが、立憲民主党の候補者がいる選挙区から一斉に同党の候補者を降ろしたことが立憲民主党の躍進を導いた。率直に評価したい。野党4勝2敗の新潟県選挙区に代表されるように、野党共闘がうまく回転すれば与野党逆転は十分可能なのである。残念な候補者としては、新潟5区で反原発の県民世論を裏切り自民党から立候補した泉田前新潟県知事をいま一歩まで追い詰めた大平悦子(無所属)、大飯原発再稼働などに批判的立場をとる滋賀1区の嘉田由紀子前滋賀県知事(無所属)などがあげられる。しかし、鹿児島1区では立憲の川内博史が返り咲いている。愛知3区の近藤昭一(立憲)、神奈川12区の阿部知子(立憲)、長野1区の篠原孝(無所属)等々、厳しい戦いであったが反原発の中核は一応残ったといえる。

2 ついに始まった原発の淘汰―関電の大飯1,2号機の廃炉
選挙期間中ではあったが、日経は10月17日付朝刊一面トップで、関電が大飯原発1、2号機(福井県)を廃炉にする方針を固めたと報じた。1、2号機は、出力がいずれも117.5万キロワットで、運転開始から2019年で40年を迎える。原子力規制委は原発の運転期間を一応40年と定め、その後は申請によって、20年間の延長が認められる。このため関西電力は、来年中に運転期間の延長を申請できるよう準備を進めてきたが、安全対策に巨額の費用がかかるなどとして、廃炉を検討していることがわかった。1、2号機は、ほかの原発と異なって構造が特殊なため、安全対策工事が複雑で費用が巨額にのぼる。廃炉は出力が100万キロワット級の原発では初めてとなる。1、2号機は、加圧水型と呼ばれるタイプの原子炉で、原子力事故への対応として、アイスコンデンサー方式という他の原子炉にはない方式を採用する、世界的にも10基程度しかない特殊な構造をしている。大飯3号機4号機の格納容器は、4気圧の設計耐圧があるが、1、2号機の格納容器の体積は半分余りと小さく、0.84気圧しか設計耐圧がない。事故が起きれば簡単に壊れてしまう格納容器を使っている。もし、格納容器が壊れれば、放射能の防壁が一切なくなってしまうため、格納容器内の圧力を高めないよう、格納容器を冷やす対策をより厳しく行う必要がある。そこで、格納容器の周りに設けられた1,944本のバスケットに、ブロック状の氷を1,250トン入れ、事故時に発生する蒸気を急速に冷却し圧力をさげる方式としている。米ウエスティングハウスが作ったが、この設計はまずいということで、すぐに姿を消してしまった。
格納容器というのは大変巨大な建屋であり、格納容器の壁を厚くするなどの補強しようと思うと膨大な金がかかる。朝日によると4,000億円以上の費用が必要だといわれる(朝日:2017,10,18)。関西では家庭向けの電力自由化後、新電力との競争が激しく、顧客の1割・108万件が奪われたといわれ、無理に安全対策工事を行い再稼働しても、とても採算が合わないというのが関電の本音である。選挙期間中は自民党に不利な情報は流さないのがマスコミの鉄則であるが、日経に観測記事を載せ反応を見て、翌18日、各紙も追随した。それだけ関電も切羽詰まっているということであろう。

3 国際基準「5層の深層防護」のうち4層まで―「避難計画」を審査せず柏崎刈羽原発再稼働を認める規制委新体制
衆院選の公示日、安倍晋三首相は選挙民の厳しい視線から目をそらすように福島市から10キロあまり離れた農村部で演説し、「福島の復興」を強調したが、原発事故には全く触れなかった。あたかも原発事故などなかったかのように振る舞った。「原発事故は起きたが、克服・復興可能という〝新たな安全神話〟が生まれつつある」(清水奈名子宇都宮大准教授:2017.10.15)。しかし、放射能によって人の命も、福島の豊かだった大地も、三陸の海も、膨大な処理費用も次から次へ飲み込むブラックホールがそこにはある。
更田新原子力規制委員長は10月4日、衆議院解散のどさくさに紛れて、新潟県柏崎刈羽原発6,7号機について、重大事故対策が新規制基準に適合しているとして、再稼働を認める審査案を了承した。朝日社説はこれに対して「福島第一原発で未曽有の事故を起こし、今も後始末に追われる東京電力に対し、原発を動かすことを認めてよいのか。」、「規制委の審査基準について、政権は『世界でもっとも厳しい』と強調するが、規制委自身は『最低限の要求でしかない』と繰り返す。」(2017.10.5)と書いた。続けて「事故時の避難計画は規制委の審査対象になっておらず、政府としての対応が求められる。」と曖昧に指摘している。しかし、これは日本の原子力規制法体系全体にとってその根幹にかかわる重大な指摘である。重大事故時(原発の敷地外に放射能を放出するような事故時)、住民を放射能から避難させなければならない。国際原子力機関(IAEA)のガイドラインなど国際標準では、その際の避難計画に実効性があるか、実現可能性があるかを厳密な基準を基に審査する仕組みを持っている。「避難計画実効性審査」の仕組みが原子力規制行政の最終・最後の「防護措置」という位置づけで、規制基準の中に組み込まれている。ところが日本の規制では、「避難計画審査」の仕組みをもたない。日本では原発苛酷事故からの避難計画は規制委を含めどの行政機関もその実効性を審査していない、審査基準そのものが存在しないのである。規制委が定めた「原子力災害対策指針」では「PAZ(予防的防護措置を準備する区域:5キロ圏)においては、全面緊急事態に至った時点で、原則としてすべての住民等に対して避難を即時に実施しなければならない。UPZ(緊急時防護措置を準備する区域:30キロ圏)においては、原子力施設の状況に応じて、段階的に避難を行うことも必要である。」として、緊急時=重大事故時、30キロ圏までの自治体住民に避難、避難計画策定を法令で義務づけている。ところが、避難、避難計画の実効性については、関知するところではないとしている。
「IAEA基準の動向-多重防護(5層)の考え方」(http://www.nsr.go.jp/data/000047558)では5層のうち1~3層までがプラント内で対処可能事象、4層は「重大事故(シビアアクシデント)発生-事故の進展防止・事故の拡大影響緩和」であり、格納容器爆発破裂を避けるためのベントなどの手段を想定していが、一応、原発敷地内(サイト内)で収まるものを想定している。5層において、サイト外での対応となるが、「防護措置」は、住民が放射能から逃れる、すなわち『避難』しかない。国際標準の考え方では、これら基準に合致合格して運転許可となる。米国では、審査の基準は厳密で、まず最悪のケースを想定して、夏の場合、冬の場合、天気の良し悪し、原発からの距離別など、対象とした住民が実際避難できるかどうか時系列でシミュレーションしている。もちろんこれに合格しなければ稼働などあり得ない。ところが、日本では、最大4層までの深層防護しかなく、国際基準に合致していない世界最低の安全基準で柏崎刈羽原発の再稼働「合格」を出しているのである(参照:哲野イサク:「伊方原発・広島裁判メールマガジン第23号」2017.10.15)。

4 国の損害賠償を認めた福島地裁判決
衆院選公示当日の10月10日、福島地裁(金沢秀樹裁判長)は、東電福島第一原発事故当時、福島県や隣県に住んでいた3,800人が国と東電に総額160億円の損害賠償などを求めた訴訟で、国と東電に対し、賠償を命じる判決を言い渡した。判決は、政府機関が2002年にまとめた長期評価によって国が巨大津波の可能性を予見できたと判断。「非常用電源の高所配置などの対策を東電に命じれば事故は防げた」と述べた。国は「津波は予見できず、東電に津波対策を命じる権限もなかった」と主張したが、判決は規制権限を行使しなかった国の対応を「著しく合理性を欠く」と結論づけた(日経:2017.10.11)。
予見可能性を判断する上で焦点になっているのは、2002年に国の地震調査研究推進本部が地震学者の見解をまとめて公表した「長期評価」である。2002年長期評価には「福島県沖を含む太平洋側の日本海溝沿いで、マグニ一チュード8級の津波地震が20年以内に20%程度の確率で発生する」との内容があった。判決は、国の予見可能性について「長期評価の公表から数カ月後にはあった」「直ちにシミュレーションをしていればあった」との判断を示した(日経:2017.10.11)。
日経は10月16日の衆院選向け社説で「エネルギーは社会を支え、供給が途絶えれば影響は大きい。聞こえのよいスローガンを唱えるだけでは困る。現実を直視してエネルギー利用の未来を展望し、責任ある政策を示してほしい。」とし、続けて「実現への技術的な裏つけや、国民負担がどの程度膨らむかなどが、はっきりしない。」と「原発ゼロ」を掲げる政党の公約を批判した。しかし、技術的裏づけのないのは、再稼働しようとする原発であり、国民負担になるのは、いくら掛かるともわからない対処費用であり、膨大な事故処理費用であり、賠償費用であり、そして小児甲状腺がんをはじめとする人の命である。福島の放射能のブラックホールは今も開いている。現実を直視すべきである。

【出典】 アサート No.479 2017年10月

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【投稿】衆院選の結果をめぐって 統一戦線論(41)

【投稿】 衆院選の結果をめぐって    統一戦線論(41)

<<「安倍政権 大勝」なのか>>
安倍首相の姑息極まりない自己保身に徹底した「もり・かけ疑惑隠し解散」、党利党略解散の目論見が功を奏したのであろう、10/22投開票の衆議院解散総選挙の結果、自公与党で3分の2の議席を確保した。大手マスコミの見出しは軒並み「安倍政権 大勝」「自民党 圧勝」である。果たして本当にそうなのだろうか。
衆議院は、小選挙区289、比例代表176、計465議席であり、その3分の2は310議席である。自民党は選挙後に無所属3人を追加公認して公示前と同じ284議席を獲得。29議席(公示前34議席)の公明党と合わせて313議席となり、確かに衆院の3分の2を維持した。もちろん、各常任委員会の委員長ポストを独占したうえで過半数を握る絶対安定多数(261議席)を単独で超えてもいる。しかし公示前は自公両党で318議席であった。5議席の減なのである。
ただし、衆院選は今回から定数が10削減されている。自民党は2014年の前回選挙の291議席より7議席減らし、公明党は候補者を立てた9小選挙区のうち神奈川6区で敗北、比例代表は前回の26議席から21議席に減らしている。与党で合わせて12議席の減である。これでどうして圧勝と言えるのであろうか。せいぜいのところ、現状維持と言ったほうが正確であろう。確かに現状維持も困難なほどに、安倍政権の求心力が下落していたことからすれば、安倍首相個人からすれば、何とか巻き返したが、不安と不満が残る結果だと言えよう。それが安倍首相のさえない表情にも表れている。投票日の「出口」調査で「信頼していない」が51%(共同通信)にのぼるなどと突きつけられればなおさらであろう。
一方、野党のほうはどうであろうか。
前回73議席だった民進党が、前原党首の小池新党・希望の党への合流をめぐって混乱、分裂。希望の党に「排除」されたがために急きょ立ち上げられた立憲民主党は、公示前の15議席から55議席を獲得、野党第一党への様変わりを成し遂げた。逆に野党第一党として政権交代の受け皿を目指したはずの希望の党は50議席にとどまり、公示前の57議席にも及ばなかった。しかもその大半は、民進党前職であり、希望の党・小池党首の右翼・改憲路線には簡単に同調できるものではないし、少なからぬ議員が小池路線を公然と批判する事態である。お膝元の東京でさえ死屍累々で、小選挙区で勝ったのは元民進の長島昭久氏のみ。小池知事の地盤を引き継いだ側近の若狭勝氏は比例復活すらかなわぬ惨敗である。そして前原、小池両氏は、自民党に徹頭徹尾貢献することとなった戦犯として、すでにそれぞれの党首解任論まで現実化している。立憲と希望は小選挙区ではともに18議席。比例は立憲が37議席、希望が32議席であった。衆院選の比例代表東海ブロックでは、立憲民主党の獲得議席が立候補者数を上回り、候補者不足で立憲民主の1議席分が自民に回ってしまうという事態まで生じた。
共産党(公示前21議席)は小選挙区で1議席(沖縄1区・「オール沖縄」=赤嶺政賢氏)を維持したものの、比例代表では、前回20議席(得票606万票、得票率11・37%)から11議席(同440万票、同7・91%)へと後退、議席はほぼ半減。
日本維新の会は、公示前の14議席から11議席に後退。日本のこころは議席ゼロ。
社民党はなんとか踏ん張って2議席を死守。残念なのは滋賀1区では、反原発を掲げた嘉田由紀子前滋賀県知事=79,724票に対して、社民党候補=13,483票が割込み、自民党候補=84,994票、3人の対決で、自民の当選を許してしまったことである。社民党がこれでは、信頼を勝ち取れないであろう。
かくして、安倍首相が、野党の中でも改憲で期待してきた小池新党や維新が明らかに後退してしまったこと、立憲民主党が民進党の混乱・分裂からより明確に安倍政権と対峙する野党第一党に再編成されたこと、「改憲反対」「原発ゼロ」という明確な対立軸を掲げた政党が、たとえ短期間でも自公勢力をしのぐ力と勢いを獲得できることを明確に示したことが、安倍首相の最大の不安要因と言えよう。

<<「虚構の多数」>>
さらに今回の選挙の各党の得票実態を見ていくと、自民圧勝とは程遠い実態が浮かび上がってくる。
選挙翌日の10/23付朝日新聞「野党一本化なら63選挙区で勝敗逆転 得票合算の試算」がその実態を明らかにしている。野党が獲得した票が分散した最大の原因は、民進党の分裂であり、これが「立憲、希望、共産、社民、野党系無所属による野党共闘」が仮に成立していれば、事態は全く様相を異にしていたことを浮き彫りにしている。
複数の野党候補(野党系無所属を含む)が競合した「野党分裂型」226選挙区のうち、約8割の183選挙区で与党候補が勝利をおさめているが、その選挙区の各野党候補の得票を単純合算すると、このうち3割超の63選挙区で勝敗が入れ替わり、与党120勝、野党106勝となっていたのである。63選挙区のうち、圧倒的に多いのが、希望と共産が競合するパターンで、49選挙区にのぼる。また、立憲と希望が競合したのは19選挙区。東京では、「野党分裂型」のうち、与党勝利の19選挙区を試算すると、14選挙区で野党勝利に逆転。萩生田光一・自民党幹事長代行、下村博文・元文部科学相、石原伸晃・前経済再生相はいずれも「立憲・希望・共産」候補の合計得票数を下回った。また、野党統一候補が実現していれば、閣僚経験者も議席を脅かされる試算となった。野党候補の合計得票数は上川陽子法相、江崎鉄磨沖縄北方相の2閣僚の得票数を上回ったほか、金田勝年・前法相も「希望・共産」候補の合計得票数には届いていない。これが実態なのである。
さらに筆者が、立憲と共産が競合し、本来避けてしかるべき同一選挙区で相争うパターンを調べると、東京4、8、9、10、11、13、19、22、24、25区、千葉2、7、13区、神奈川2区、山梨2区、静岡1、7区、大阪1、5、8、13区、福岡1区と、ざっと上げただけでも22の小選挙区に及んでいる。その内、2選挙区では両者得票数合計が、当選を許した自民を上回っている。僅差で迫り、統一していれば勝てる選挙区も2選挙区ある。勝てたものを逃がしているのである。
共産党の中央委員会常任幹部会声明(10/23)が言うように、自民党が得た比例得票は33%(有権者比17・3%)なのに、全議席の61%の議席を得たのは、もっぱら与党有利に民意をゆがめる選挙制度がもたらしたものであり、「虚構の多数」にすぎないのである。
自民大勝の実態は、野党分裂による“棚ぼた勝利”にすぎないし、その最大の功労者は小池百合子と前原誠司、両氏と言えよう。どちらも「排除いたします」「それも想定内」という差別的な独断専行と先走り、その徹底した軽薄さが有権者から見放され、自民党に漁夫の利をもたらしたのである。

<<「ぶれない」>>
さて、問題は野党共闘である。共産党の志位和夫委員長は開票センターでの会見で、「議席を減らしたのは自分たちの問題。立憲民主党が野党第1党になれば、これは大事な結果。安倍総理も野党第一党の意向を無視して改憲はできないと言ってきた。野党共闘には大きな意味があった」とコメント。先に紹介した共産党の幹部会声明は「立憲民主党が躍進し、市民と野党の共闘勢力が全体として大きく議席を増やしたことは、私たちにとっても大きな喜びです。共闘勢力の一本化のために、全国67の小選挙区で予定候補者を降ろす決断を行い、多くのところで自主的支援を行いました。今回の対応は、安倍政権の暴走政治を止め、日本の政治に民主主義を取り戻すという大局にたった対応であり、大義にたった行動であったと確信するものです。全国のいたるところで「共闘の絆」「連帯の絆」がつくられ、私たちはたくさんの新しい友人を得ることができました。これは今度の総選挙で私たちが得た最大の財産であると考えます。日本共産党は、この財産を糧として、市民と野党の共闘の本格的発展のために引き続き力をつくすものです。」と述べている。この路線、方針こそが徹底されることが望まれる。
共産党は、全国289小選挙区のうち249での野党候補の一本化のために、83選挙区で候補者を擁立しない対応をとり、共闘勢力の前進に貢献し、83選挙区のうち32選挙区で野党候補の勝利に導いたことは高く評価されるところであろう。さらに、立憲、社民と無所属の一部との間で競合する67小選挙区で候補者を降ろしたが、「自民の補完勢力」と位置づけた希望が候補者を立てた選挙区のほとんどには独自候補を擁立した。さらに先に述べたとおり、立憲の候補とも相争う選挙区が22も存在した。その結果、小選挙区で議席を得た沖縄1区を除き、選挙区あたり数万程度ある共産票は事実上「死票」となり、大いに自民党候補の勝利にまたもや貢献してしまったのも厳然たる事実である。
自公政権を退陣に追い込むためには、現在の野党共闘をさらに一歩も二歩も進めて、市民連合や広範な諸勢力が支え、原動力となる、野党共同政党、ないしは野党統一会派にまで進め、「統一名簿方式」で闘えるところにまで進展させることを真剣に追及すべきであろう。
共産党のポスターには「市民+野党でぶれない」と書かれているが、統一戦線政策の不徹底は現実であり、及び腰なのである。当面の小手先の戦術ではなく、戦略としての一貫した統一戦線政策が根づいていないのである。それは、「わが党こそが唯一、一貫して正しい」というセクト主義を克服すること、中央集権主義的党運営を根本的に、本来あるべき草の根民主主義に作り替える、党名をも含めた党のあり方そのものの改革とも密接不可分なものであろう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.479 2017年10月

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【書評】『人間なき復興──原発避難と国民の「不理解」をめぐって』

【書評】『人間なき復興──原発避難と国民の「不理解」をめぐって』
山下祐介・市村高志・佐藤彰彦共著、2016年、ちくま文庫、1,200円+税)

本書は、福島第一原発事故の「避難」と「復興」を解明する。その構成は、社会学者である山下(首都大学東京)、佐藤(高崎経大)と、市村(双葉郡富岡町住民、NPO法人とみおか子ども未来ネットワーク)の3者の対談がもとになっている。なお本書は、事故後2年目の2013年に発行され、2016年に文庫化されたものであるが、発行時点で論議された諸問題の矛盾が年を経ていよいよ露呈してきた深刻な事実がある。
本書を貫くキーワードは、「不理解」である。例えば、市村は言う。
「警戒区域が解除されるまで、避難者たちは『一時帰宅』というかたちで帰っていた。その何度目かにも、専門家の方(註:災害・復興などに関わっている研究者や支援者たち)からこんなふうに言われた。『帰って何かあるの?』とか、『行って何やってるの?』とか。『3回も4回も帰って、何持ってくるの?』と言う人もいる。そういうことのなかに、専門家自身がこの事態を本当は理解してないんじゃないかとすごく感じる」。
これは次のように言い換えられる。
「専門家たちだからこそ、あの場所がちょっとやそっとでは帰れるところではないことを知っているのだ。だが、その理解では駄目なのだ。もはや帰れる場所ではないことをほとんどの人が知っているのだが、あの場所が『帰れない場所だ』と言ったとき、その先に何が起きるのか、おそらく多くの当事者は気がついてもいる。だからこそ『帰りたい』はあっても『帰れない』の声はなかなか出てこないのだが、それを理解してくれていると思っていたはずの専門家が、いとも簡単に『帰れない』を口にするのである」。
この状態を本書は「不理解」と呼ぶ。それは「無理解」ではない。「理解できない」のではなくて、「理解していないにもかかわらず、したつもりになっている」ということなのである。原発問題をめぐっては、この視点が様々なところで顔を出し、多くの国民のなかにも潜んでいると指摘される。
そしてこの理解を困難なものにしているのが、「ダブルバインド」(二重拘束状態)の問題であるとする。
「例えば、『低線量の放射線でもリスクは高い』という言説。一見、放射線リスクの危険性を強調する議論は、避難者たちに味方するもののように思える。しかしながら、すでに被曝してしまっている以上、リスクが強調されれば、あなたやあなたの子どもの身体はもう駄目だ、と言われているのと同じ意味を持つことになる。(略)だからといって、『放射線リスクは非常に低い』のだから,早くあの場所に帰りなさいと言われれば、それもまた拒否せざるを得ない。少なくとも自分の子どもを喜んであの場所に戻せる人はいないからだ」。
つまり放射線リスクは「高い」も「低い」も、避難者にとっては「真実/敵」であり、「採用/拒否」なのである。
本書は指摘する。
「こうした論理の二重拘束があまりに多いのが、この原発災害の特徴だ。危険だけど安全、自由にしていいけど帰る以外の選択を許さない、被災者はかわいそうだけど焼け太りは許さない、こうしたまるっきり矛盾した命令や言説が多重に重ねられている。しかもそのなかで、被災者はできない決断を強要されており、ただ被災者であるだけでなく、論理的に極めて苦しい立場にたたされているのである」。
これに対して本書は、この論理矛盾に対して一つずつ紐を解きほぐしていく作業を提案し、原発被災で使用されている言葉の再吟味を試みる。
例えば「復興」という言葉では、「専門家たちが、『帰れませんよね』という理解で語るのに対して、原発事故後の地域政策に携わる側は、まったく反対の方向(帰還政策)で復興を理解し、現実に進めつつある」。「ここには何が潜んでいるのか」と問う。
或いは、支援領域のなかでいわれる「人」についても、「復興は人であり、支援も人に向かわねばならないと」と主張される。しかし「国や政府が『人が戻ることが復興だ』と言うときの『人』に違和感を覚えるのと同じように、支援者が『一人ひとりに向き合う』と言った場合の『人』にも、『何か違う気がしてくる』のである。一方は、『個人個人は要らない、人は数さえあれば復興になる』と言っており、他方は『全体は要らない、個人個人さえいればよい』と言っているかのようだ。これではどちらに転んでも、本当の復興にはならない」と疑問を呈する。
本書はその他、「支援」「避難」「被災」「被害」等々を吟味検討し、「不理解」という言葉から始まる原発避難問題の奇怪な事態を解明していく。それはわれわれ自身が当たり前のこととして見がち考えがちな視点そのものを再検討し、その後ろに潜む日本社会の構造を洞察する手がかりを与えてくれる。(R)

【出典】 アサート No.479 2017年10月

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【投稿】「ミサイル解散・総選挙」目論む安倍政権

【投稿】「ミサイル解散・総選挙」目論む安倍政権
                ―野党共闘で政権の延命を許すな―

危機を演出、扇動
 8月29日早朝、北朝鮮は新型中距離弾道ミサイルの試射を行った。日本政府はミサイルが日本上空を通過すると思われたことから、12道県に向けJアラートを発信、急遽NSC(国家安全保障会議)を開催するなど最大限の危機を演出した。
 テレビは、通常放送を休止して「ミサイル特番」を延々と流し、北海道や東北地方の鉄道が一時運休するなど、いたずらに国民を不安に陥れる対応に終始した。北朝鮮の弾道ミサイルには、核弾頭はおろか通常弾頭も搭載されていなのに、あたかも奇襲攻撃を仕掛けて来たかのような演出が行われた。
 しかし今回も「破壊措置」=迎撃は実施されず、「北朝鮮への対応」を口実に、多額の予算を費やし整備されてきたミサイル防衛システムは沈黙したままだった。防衛省は「日本に被害を及ぼすことがないと判断したため」と弁明しているが、信頼性に自信がないからである。Jアラートも送信や内容に不具合が発覚、さらに被害想定も未定であり、避難実施も自治体任せというお粗末さが改めて浮き彫りになった。
 「北朝鮮の核・ミサイル開発があまりに急速」などと言われているが、この間の「火星シリーズ」弾道ミサイルはアメリカ向けであり、日本を射程に収める「ノドン」などの短距離弾道ミサイルは、とっくに戦力化されているのだから、長年にわたる不作為の批判は免れない。
 一連の対応は、核開発を中止させる外交努力の放棄を隠ぺいするため、ミサイル発射を台風や地震など不可避の天災と同等に位置づけてきた矛盾が露呈したものである。 
 無為無策の指摘を恐れた安倍は「ミサイルの動きは発射直後から完全に把握しており国民の命を守るため万全の体制をとった」と弁明したが、前夜にアメリカから発射準備に関する情報提供があったのではないか、との疑念に対してはその有無を明確にしていない。
 さらに安倍は「これまでにない深刻かつ重大な危機」とボルテージを上げたが、河野太郎は「(グアムに飛ばさなかったのは)北朝鮮が少し怯んだから」と述べるなど、閣内不一致ともとられかねないちぐはぐな対応が露呈した。
 
制裁強化で一致せず
 安倍は当日のトランプとの電話協議につづき30日には、豪、韓首脳との電話協議を行い、北朝鮮に対する厳しい姿勢で一致したと強調したが、こうした問題での同盟国、友好国との合意は当たり前のことである。
 その日の午後には訪日中のメイ首相とも、「断じて容認できない」との認識で一致したとしているが、その後は京都市内でお茶会を開き、続いて夕食会を催すなど、「非常時」とは思えない優雅な古都の一日を過ごした。
 こうしたなか、麻生太郎は「ヒトラーの動機は正しかった」とユダヤ人迫害を肯定するような発言を行い、ペンス副大統領との会談が急遽中止になった。政府は「北朝鮮情勢が緊迫したため」と取り繕っているが、そうであれば尚更、会談の必要があっただろう。
 さらに9月3日、竹下亘が講演で「北朝鮮のミサイルが島根に落ちても何の意味もない」と発言、選挙区の受け狙いにミサイルを引合いに出すとは、政権の危機意識の程度が窺い知れると言うものである。
 このように北朝鮮のミサイルは軍拡の口実はもとより、閣僚の失態隠蔽や、話のネタとなんでも使い放題の便利なツールとなっている。安倍政権が、勇ましい言葉ばかりで手を拱いているのを尻目に、金正恩政権は核・ミサイル開発を加速している。
 9月3日、北朝鮮は6回目となる核実験を行った。これに対し国連は9月12日、全会一致で北朝鮮に対する新たな決議案を採択した。決議を主導したアメリカは当初、石油の全面禁輸、金正恩の個人資産凍結、これを確実に実施するため臨検での武力行使容認など「最後通牒」に等しい措置を盛り込んだ原案を示していた。
 しかし制裁強化に慎重な中国、ロシアに配慮し北朝鮮への石油輸出に上限を設けるにとどめるなど、アメリカが譲歩する形で各国が妥協した。日本政府はアメリカの当初案に乗っかる形で採決を目指していたが、目論見は外れた。
 これに先立つ9月6,7日ウラジオストックで「第3回東方経済フォーラム」が開催され、日本、ロシア、韓国それぞれの首脳会談も行われた。会議には北朝鮮も参加しており、日露会談前に、露朝の協議が行われたと見られている。
 7日には日韓首脳会談が開かれ、「対話より圧力強化」で一致したとしている。しかし、文在寅政権は米韓軍事演習の縮小、北朝鮮に対する約9億円の人道支援など融和策を検討しており、圧力一辺倒ではない。
 
同床異夢の日露
 同日安倍はプーチンと19回目となる首脳会談を行い、北朝鮮に対する圧力強化をロシアに求めたが拒否された。会談後の記者会見でもプーチンは改めて対話による解決の重要性を指摘し、日露の立場の違いが改めて明らかとなった。
 この間、中国にもましてロシアの北朝鮮問題への関与が顕著になってきているが、これは太平洋方面におけるアメリカの圧力縮減を期待してのことである。ロシアの主要な関心は、地中海からバルト海にかけてのヨーロッパ方面である。約5千キロに及ぶ戦線には、シリアや東部ウクライナ、さらには南カフカスなど「ホット・スポット」が点在している。
 ロシアは自らの勢力圏内にNATOが親露政権の転覆など「秘密工作・謀略」を含めた浸透を目論んでいると警戒しており、武力侵攻には核兵器の先制使用も辞さない構えでいる。
 プーチンとしては欧州方面に全力を傾注したいところであるが、原油安と経済制裁で軍拡の修正を迫られている。また来年からロシア唯一の空母「アドミラル・クズネツォフ」が長期の改修に入るため、戦力の低下は免れない状況である。
 ロシアは7月にバルト海で中国と合同軍事演習を実施、9月14日からは北方艦隊がバレンツ海で、陸上ではベラルーシとの大規模な合同演習が開始されNATOは警戒を強めているが、これらはロシアの危機感の表れでもある。
 こうしたなかプーチンとしては「東部戦線」の緊張が高まるのは避けたいわけであり、安倍の要望が一蹴されるのは当然のことである。日露首脳会談では経済協力で合意があっったが、極東地域での緊張緩和に資する提案は無く、日露間の緊張も高まりつつある。
 9月16日から自衛隊は北海道で初めて、兵員1万7千の他車両3200、航空機50、艦艇2を動員した大規模演習「北演29」を開始した。この間の北方4島を含めた極東ロシア軍の演習は、22日からの中露演習「海洋協同2017」も含め、対米が主軸であったが、日本の「北演29」は対露演習に他ならず「北方領土問題に関する環境づくり」に逆行するものである。
 
軍事オプションは断念へ
 こうした関係国の連携のなさと足元を見透かしたように、9月15日には再び弾道ミサイルを発射、射距離を3700キロに延ばした。翌16日、朝鮮中央通信は金正恩が「火星12の戦力化が実現した」と述べたことを明らかにした。
 実際は核弾頭の小型化、水爆の実用化、大気圏再突入技術の確立など主要な部分が確認できていないが、「経済制裁による屈服強要路線」は破綻し、北朝鮮の核・ミサイル開発阻止は失敗したと言える。
 しかし、安倍政権は圧力強化一辺倒の姿勢を変えようとはしない。一方当事者であるアメリカは「あらゆる選択肢は排除しない」として、軍事オプションを保持しつつ、対話も有りうることを示唆しているが、そもそも、トランプ政権の国家戦略、さらには米軍の体制も不安定であり、問題の着地点を不透明にしている。
 事故が相次ぐ第7艦隊では8月にもイージス駆逐艦「ジョン・Sマケイン」がマラッカ海峡でタンカーと衝突、乗員10名が死亡した。米軍は全艦艇の運用を一時停止、8月23日には第7艦隊の司令官が解任されると言う事態となり、その後のアメリカ議会付属監査院の調査で、第7艦隊の人員4割が規定の訓練を終了していないことが判明した。
 精鋭艦隊のお寒い実態が明らかになったにもかかわらず、9月1日ウォール・ストリート・ジャーナルは、米軍が南シナ海での「航行の自由作戦」の強化を計画していると報じた。またトランプはアフガンからの撤退方針を転換、治安状況が改善されるまで関与を続け、兵員を増派する戦略を明らかにした。戦力の逐次投入での戦線拡大は泥沼への道であり、戦闘や事故での犠牲者の増加は避けられないだろう。
 さらに欧州や中東の戦力を縮小・転換するわけにもいかず、北朝鮮への軍事力行使は不可能になりつつある。いくらB-1B戦略爆撃機を飛ばしてもパフォーマンスであることは北朝鮮は見透かしている。
 
逃げ得を許すな
 アメリカの軍事オプションが非現実さを増す中、安倍政権は「ミサイル危機」をフル活用している。国民の不安を煽るだけ煽って、平和的な解決策を示さず軍拡、差別扇動を正当化しているのであるが、ここに来て9月28日の衆議院解散―10月下旬投票が濃厚となった。
 臨時国会冒頭の解散は、森友、加計問題の論議を封じ込め、野党の体制が整わない間隙をついての戦略である。また「さらなる挑発が懸念される朝鮮労働党の創設記念日(10月10日)」を挟んで政治的空白を作ることは、いかに「ミサイル危機」が政権にとってご都合主義的なものでしかなかったことを物語っている。
 このような逃げ得ともいえる解散で安倍政権の延命を許してはならないが、対抗すべき野党の体制は惨憺たるものである。離党が相次ぐ民進党は、国会解散と共に解散しそうな危機を迎えている。「日本ファースト」が候補者を擁立すれば、民進党は壊滅するだろう。
 前原は野党共闘に批判的だったが、民進に残った議員は野党共闘推進派という皮肉な現象が起きつつある。17日の3党党首会談は中止となったが、共産を含めた4党会談を早急に設定し、選挙協力の具体化を進めるべきである。(大阪O)

【出典】 アサート No.478 2017年9月23日

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【投稿】「1万円札を廃止せよ!」「預金のための金利を払え!」と迫る国際金融資本

【投稿】「1万円札を廃止せよ!」「預金のための金利を払え!」と迫る国際金融資本
                              福井 杉本達也 

1 「1万円札を廃止せよ」
 8月1日、日本経済新聞にケネス・ロゴフ:ハーバード大教授の「日本は1万円札を廃止せよ」という記事が掲載された。ロゴフは「日本にはまず1万円札と5千円札を廃止することを提案したい」と切り出した。高額紙幣廃止の理由について「マネーロンダリングや脱税、収賄など犯罪行為で高額紙幣が果たす役割も大きく、現金の闇を取り除くべきだ」とし、「高額紙幣を廃止して現金取引を電子決済などに置き換えれば、銀行口座などからマネーのやりとりを捕捉できるようになり、脱税の機会は大きく減る」という。
 欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁は、2016年2月、犯罪に使われるケースが多いことを理由に、500ユーロ紙幣の廃止を検討していることを明らかにした。 またサマーズ米元財務長官も、犯罪での使用を理由に、新たな100ドル紙幣の発行停止を呼びかけた。 麻薬取引からマネーロンダリング、脱税などに利用されるとして、高額紙幣を廃止するという胡散臭い議論が世界的に高まっている。
 現金流通額は、北欧で低い一方、アジア諸国では比較的高い。スウェーデンのストックホルムの街中で雑誌を販売するホームレスは電子決済で代金を受け取っているほどである(加藤出『ダイヤモンド』2016.1.16)。突出して高いのが日本であるが、キャッシュレスがどの国でも急速に進んでいると考えるのは、誤りである。多くの国で、現金の利用は、依然として経済規模対比で増加を続けている。それに大きく寄与しているのが高額紙幣、という点である。(元日銀審議委員:木内登英「日本での高額紙幣廃止論」2017.8.2)

2 現金を持っていなければ、我々には何もない
 現金が増え続けている日本でも電子マネーによる支払いは急速に増えている。多くの人がSuicaなどの電子マネーを利用する。現金がなくなれば、ATMは不要になり、スーパーや飲食店での支払いは、クレジットカードやデビットカード、スマホや電子マネーだけになり、店のレジの中からお金は消え、お釣りを計算する必要もなくなる。しかし、現金を持っていなければ、プライバシーもない。我々に残るものは何もない。
 「1万円札の廃止」論は、非常にあいまいな論争であるが、これは我々に対する国際金融資本による対現金戦争であり、そのためのプロパガンダである。もし、完全なデジタル銀行預金を支持して、現金完全撤廃というプロパガンダを鵜呑みにするほど我々が愚かであれば、わずかに残された自主性とプライバシーにお別れを告げるも同然となりかねない。現金の代わりに、我々はデジタル銀行クレジットを使うよう強制される。違いは一見ごくわずかなように見えようが、実は極めて大きい(F. William Engdahl「マスコミに載らない海外記事」2017.9.5)。

3 高額紙幣を廃止したインドで起こったこと
 2016年11月8日夜8時、インドのモディ首相は、米国にそそのかされて、突然500ルピー (8ドル相当)と1,000ルピー(16ドル相当)紙幣の強制排除を発表した。それも、わずか4時間で効力を停止するという強権的なものであった。モディ政権は、闇経済を縮小し、違法な活動やテロに資金供給するための違法な偽札を取り締まることができると主張したが、大規模な不正所得は全く発見されず、テロへの資金提供には何の効果もなかった。インドで不正に蓄財された資産の保有形態としては、現金はわずか6%でしかなく、株式や不動産、宝石などを他者の名義で購入していたケースが圧倒的だという。この政策は人々の生活にすさまじい大混乱をもたらした。貧しい人々ほど窮地に陥った。銀行に口座を持たない人がインドには54%もいた。その人々は蓄えを現金で持っていたが、それが市中では突然、無価値になってしまった。商店での決済はほとんど現金で行われている現状では必要な購入資金を手にできない結果、消費量が落ちた。バイクのような金額のものでは圧倒的に現金決済であったが、22%も販売が低下した。ホンダの二輪車生産は33%減となった(日経:2017.1.11)。現金に依存している何千もの小企業が倒産したため、4月の工業生産は、衝撃的に前月比10.3パーセントも減少した。対現金戦争の後、インド国民は、お金の支払い方を決める個人的自由を永遠に失うことになった。その後、新2000ルピー札が印刷され多少混乱も収まってきたが、国民もろとも国際金融資本による貨幣廃止の壮大な実験場にされたのである。インド国民はとんでもない政府を持ったものである。

4 マイナス金利政策の強化
 黒田日銀によって進められているマイナス金利は、銀行が事業を行う経費を上げる。既にゼロ預金金利なので、銀行は貸出金利を上げざるを得ない。しかし、金余りのため、顧客に転嫁できなければ、マイナス金利は銀行に課されるものになる。金融庁の発表では、マイナス金利による運用難のため、公的資金を投入した福井県の福邦銀行などの地銀の経営が苦しくなっているとしている(日経:2017.9.5)。貸付金の元本が返済できないような要注意の危ない企業には4%もの高金利で貸し付けており、これが銀行経費の大部分の収入源となっているが、優良企業にはわずか0.5%の金利で貸し付けている。これでは経営が持たないことは明らかである。
 昔の教科書では、金利はマイナスにならないとしていたが、それは現金があるということが前提であった。預貯金にマイナス金利が適用されるようになれば、多くの人が引き出して現金で保有しようとするため、効果は小さくなってしまう。しかし、現金がなくなってしまえば、それはできない。ドイツ産業連盟のハンス・ヘンケル元会長は「ECBは、いずれ個人や企業の預金にもマイナス金利を導入しようとするだろう。現金支払いの制限は、監視国家への入口だ。市民は、現金を持っていれば、マイナス金利による損失を防ぐことができる。だが、もし現金支払いに制約が設けられた場合、市民は銀行に預金するために金利を払うことを迫られる。これは市民の財産の没収に等しい。資産を現金で保有することは、この財産没収を免れるための唯一の道だ」と述べている(熊谷徹『エコノミスト』2016.3.8)。
 ケネス・ロゴフの現金廃止論の目的は、米国がマイナス金利政策に追い込まれた時の準備にある。ロゴフは「現金を廃止してマネーを電子化すれば、簡単にマイナス金利を付けることができる。マイナス幅は4%程度まで可能になる」(日経:同上)とまで述べている。 資本主義は資本の増殖にあるが、マイナス金利とは資本がついに増殖できなくなったことを意味する。「資本主義の終焉」である(水野和夫)。EU・日本ではマイナス金利になっているが、まだ米国では若干のプラスであり、米国に資金が還流している。もし、米国債が暴落すれば、資金は還流しなくなる。米国の破産は目前に迫っている。
 日本では、現金の残高は、金融緩和が強化され出した90年代末ごろから急速に上昇を続けており、2割近くに達している。日本で現金(日本銀行券と硬貨の合計)需要が高い背景には、①現金決済を好む国民性があること、②90年代末には銀行不安を背景に銀行預金から現金へと資金をシフトさせ、その後もその現金が手元で保有される傾向が続いてきたこと、③長期化する低金利のもとで銀行預金を保有するインセンティブが低下したこと、④他国と比べて治安が良いため、現金を持ち運ぶことの不安が比較的小さいこと、⑤どのような地域でも現金が不足する事態が生じにくいこと、⑥紙幣のクリーン度が高いこと(木内登英 同上)などの理由が挙げられる。

5 我々の財産没収への第一歩
 マイナス金利政策が続いて拡大するかどうか、さらに現金の持ち運びを難しくさせ、流動性を悪くする試みが成功するかは定かではない。
 しかしそれを同時に行うなら、これまで基本となる伝統的に安全資産だった現金の保有に対しペナルティーを支払うこととなる。現金廃止論から身を守るために、代わりとなるような安全な資産運用先はない。現金がもつ従来の価値は2つある。1つ目は、自国通貨として額面通りの価値が維持されるはずであること。2つ目、機会があれば、他の資産に変えられるというオプション価値を備えていることだ。
 みずほ証券の上野泰也は「必死に稼いで蓄積した国民の資産に、合理的かつ説得的な理由がないまま政府が強引に圧力を加えると、社会が大きく混乱する上に、財産権侵害だとして訴訟が頻発するだろう」と指摘する。
 我々の現金を強制的にデジタル化させるのは、またリーマンショックのような大規模金融危機が発生した場合、強制的にかつ効率的に我々の財産を没収するための仕組みである。現金使用を止めさせ、金融資産全てを国家が管理する銀行にデジタル預金するように強いることで、政府が次の緊急事態を宣言した際、そうした資産を国家が没収する舞台が用意される。現金に対する戦争の隠された狙いは、EU加盟諸国においてであれ、アメリカ合州国であれ、インドのような発展途上国であれ、次の不可避の金融危機時に、我々のお金を没収することである。現金を廃止された場合、金や宝石・絵画や現物資産に投資することなどの回避策をとることはできない。我々に残されたわずかな経済上の自主性も失うこととなる(「マスコミに載らない海外記事」同上)。

【出典】 アサート No.478 2017年9月23日

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【投稿】アベ・ファッショ解散をめぐって 統一戦線論(40) 

【投稿】アベ・ファッショ解散をめぐって 統一戦線論(40) 

<<「もり・かけ疑惑隠し解散」>>
 安倍政権は、9/28から始まる臨時国会を直前に控えて、急きょ、臨時国会冒頭での解散をも含めた「年内解散」に動き出した。野党が憲法に基づいて召集を求めてから約3カ月、逃げまくってきたが、国会審議が始まれば、加計学園、森友学園問題が国会で再び取り上げられ、もはや否定しがたい山のような疑惑がさらに明白となり、せっかく回復しかけた支持率がさらにいっそう下がってしまう、その前に解散してしまおうという、まったくご都合主義的な安倍首相の党利党略解散である。疑惑に対して「真摯に説明責任を果たす」とは一体何だったのか。「追い込まれ解散」「やぶれかぶれ解散」を避けるための、「もり・かけ疑惑隠し解散」「自己保身解散」とも言えよう。
 自民党内でさえ、首相の9条改正案には党内から異論が噴出し、8/25には「安倍降ろしの会」「反安倍の会」ともいわれる「日本の明日を創る会」の初会合が開かれ、そこでは「安倍一強って3権分立ではないじゃない? と子供に問われても説明できない」と、安倍首相の独裁的政治手法が公然と批判されている。
 今や取り巻きやお友達の側近政治の典型となってしまった安倍政権は、求心力の低下を阻止し、主導権再確立のために首相唯一の「伝家の宝刀」・解散権の行使を、「今がチャンス」「ここしかない」と踏んだのであろう。
 しかし、総理大臣の自己都合、私的利益があからさまな解散は、解散権乱用の違法な解散である。周知のように、憲法第5章「内閣」の第69条では「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、または信任の決議案を否決したときは、10日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない」と規定し、これが憲法上、衆議院解散についての唯一の規定である。一方、憲法・第1章「天皇」の第7条に「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ」として、その第3項に「衆議院を解散すること」とある。この規定を逆に利用して、「内閣は天皇に助言することを通じて、いつでも好きな時に衆議院を解散することができる」とする、いわゆる“7条解散”論がこれまで罷り通ってきたのである。しかしこれは明らかな牽強付会である。第7条は、第69条に従って衆議院が解散された場合に、その形式的な宣言は第7条によって天皇が行うと規定したものにすぎないのである。内閣不信任案が可決もされていないのに、総理あるいは与党の自己都合で、手前勝手に好きな時に解散できるということは、法理上許されないことであり、違法なのである。今回の解散権の行使は、ファッショ的・独裁主義的手法による解散である。

<<「サンキュー金正恩」>>
 そしてこの党利党略解散に決定的ともいえる貢献をしているのが、朝鮮半島をめぐる戦争挑発の危険な火遊びである。安倍首相は、金正恩朝鮮労働党委員長とドナルド・トランプ米大統領の芝居がかった火遊びが、大火災、核戦争にまで燃え上がることを期待でもしているかのように煽りに煽りまくっている。ことさらに北朝鮮に対する「断固とした強硬姿勢」をことあるごとに強調し、「これまでとは異次元の圧力を科すべく、取り組みを進める必要がある」などと、軍事的介入・強行的先制攻撃に期待をかけ、外交交渉や対話の努力などまったく眼中にない。
 9/11、安倍首相は防衛省幹部や自衛隊の指揮官が一堂に会する自衛隊高級幹部会同に出席して、「発射直後から落下まで、(北朝鮮の)ミサイルの動きを切れ目なく完全に監視し、追尾した。国民から信頼を勝ち得ている自衛隊は私の誇りだ」と、まるで首相個人の私的軍隊扱いをし、この絶好の機会を逃さず膨大な軍事費拡大に前のめりとなっている。そして、何の役にも立たない「Jアラート」を乱発して、避難訓練に人々を動員し、不安をあおり、危機感の拡大を自己の政権延命と好戦的な世論形成と支持率上昇に利用しているのである。そもそもミサイルが本当に現実の脅威、「これまでにない深刻かつ重大な脅威」「日本にとって非常に深刻な事態」(8/29安倍首相会見)なら、最も危険な全国各地の原発を直ちに停止させるべきであろう。
 この朝鮮半島危機で、トランプ大統領に調子を合わせているのは、安倍首相だけである。説得に向かったはずのロシアのプーチン大統領には「制裁ではなく、対話による解決の必要性」を逆に説得されている。中国外務省も9/12、国連安保理が新たな対北朝鮮制裁決議を採択したことについて談話を発表し、「軍事的解決に活路はない。中国は朝鮮半島で戦乱が起きることを決して許さない」と強調。ドイツのメルケル首相も「われわれには平和的で外交的な解決しか考えられない」と明言している。
 安倍首相は、移り気で情緒不安定なトランプ氏としかうまく手を結べていないのである。8/23付ウォール・ストリート・ジャーナル「米大統領の忠実な相棒?」と題して「トランプ氏にとって頼りになる人物が1人いる。日本の首相はいつでも賛同してくれるのだ」と安倍首相を皮肉る記事を掲載している。しかしそのトランプ氏もまた、この朝鮮半島危機を利用して、韓国や日本に大量の高価なミサイル防衛システムや兵器を購入させることに余念がない。
 かくして安倍首相にとっては、この朝鮮半島をめぐる戦争挑発の危機は、自己の政権延命と悲願の憲法9条改悪にとって願ってもない好機到来というわけである。
  9/12付の韓国・ハンギョレ新聞は「安倍首相、サンキュー金正恩」と題して「安倍晋三首相の支持率が3カ月ぶりに『不支持』を超えた。北朝鮮の6回目の核実験とミサイル発射にともなう『北風効果』が大きく作用したと見られる。」と皮肉っている。安倍首相にとってはまさに「サンキュー金正恩」であろう。

<<ほくそ笑んでいる図>>
 いずれにしても安倍首相は年内解散に舵を切り、9/28召集の臨時国会冒頭で踏み切ることも視野に入れつつ、最も早い場合で、10/10公示~10/22投開票、または10/17公示~10/29投開票の日程を目論んでいる。
 野党第一党の民進党が期待の山尾志桜里元政調会長の不倫スキャンダル離党などで前原執行部は出鼻をくじかれ、離党者が続く苦境にあり、小池新党も準備が間に合わない、臨時国会冒頭解散であれば、野党も、もり・かけ疑惑の追及どころではなくなる、とほくそ笑んでいる図である。
 これが報道された9/17、民進党の前原誠司代表は「『森友問題』や『加計問題』の国会での追及から逃げるため、北朝鮮の状況も全く度外視した自己保身解散だ。受けて立つ」と強調した。枝野幸男・民進党代表代行は「衆議院解散のようです。しっかりと受けて立ちたいと思います。森友・加計問題から逃げ回り、国会が開かれると逃げられないから解散。あからさまな疑惑隠し解散です。北朝鮮問題を抱える中、党利党略で選挙による政治空白が生じることにもなります。この選挙はこの時期の解散の適否がひとつの争点です。選挙がないと議席が増えないから、野党にとって解散は歓迎です。厳しい状況ですが、予想を覆し大善戦した英国労働党の例もあります。問われているのは、臨時国会召集という憲法上の義務に違反し、ようやく召集したら質疑もせず解散する判断です。疑惑追及がイヤで逃げた、隠したと言われて当然です。」とツィートしている。
 共産党の志位和夫委員長は「臨時国会の冒頭 衆院解散の見通し 一体、何のための解散か。冒頭解散となれば、北朝鮮問題を利用し、国政私物化疑惑に蓋をして、『今やれば多数を取れる』という党略的打算のためだけの解散となる。堂々と迎え撃ち、必勝を期し奮闘したい。」とツィートしている。
 いずれもわが党の姿勢の強調である。個々の党が「しっかりと受けて立ち」「堂々と迎え撃っ」ても、バラバラでは安倍政権を利するだけである。問題は、野党が統一して闘う姿勢が前面に出てきていないところにある。200以上の小選挙区で民共候補がぶつかる状況は解消されていない。競合と分散、野党同士の票の取り合いを回避しなければ「政権批判票」はまったく生かされないのである。
 最低限、全ての小選挙区で野党共闘の候補者を一人に絞り、「安倍政治を許さない!」、その一点での合意に基づいた統一候補の闘いにするべきであろう。その形態はいかに柔軟であってもよいが、この際、野党統一会派へのすべての反安倍会派の合流、統一候補への一本化が提起されるべきであろう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.478 2017年9月23日

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【書評】『記者たちは海に向かった—-津波と放射能と福島民友新聞』

【書評】『記者たちは海に向かった──津波と放射能と福島民友新聞』
            (門田隆将著、2017年、角川文庫、880円+税) 

 東北大震災と放射能汚染に直面して、福島県の地方紙「福島民友」新聞の記者たちが、「新聞エリアの欠落」(取材対象区域・営業区域・配達区域の消失)の中で、いかに「紙齢」(新聞発行通算の号数)をつなぐために行動したかの記録である。若手の記者が犠牲となり、あわや新聞発行が危ぶまれる非常事態になりつつも、その難局を乗り越えたのは、「地元に密着した地元紙の記者たち」が「記者という『本能』のまま動き、純粋に歴史の一断面を、命を賭けて『切り取ろう』としたからだ」と本書は述べる。福島の浜通りにあった「二つの支社・五つの支局」に配属された「十一人」の記者たちは「大地震発生と同時に津波を撮るべく『海』へと向かった。それは、新聞記者の“本能”とも言うべきものだった」と。その活躍ぶりは本書の至るところに記録されている。
 「『あっ』凄まじい津波に向かう漁船を撮りつづける自分の命が『危うくなっていること』を知ったのは、いつだったろうか。/気がつけば、海は、自分の目の高さより遥かに高くなっていた(略)福島民友新聞の小泉篤史・相馬支局長は、津波と闘うファインダーの中の漁船を追うことにいつの間にか没頭していた。/(略)/『普通に肉眼で見て、自分より波が高いので、あっ、ダメだと、思いました』/小泉は、この時まで、自分の生命が危うくなっていることより、『漁船が一体どうなるのか』ということの方に関心が奪われていたのである。/(略)/小泉は、ここに至って、やっと埠頭から離れることに決めた。/自分の左手から押し寄せた津波は、とっくに陸地を突破して、コンテナや自動車を松川浦に流し込んでいる。たまたま、自分のいるところは表面張力で助かっているだけだったのである」。
 この後、福島民友新聞本社では、通信手段も電源もないまま新聞発行に悪戦苦闘し、結局読売新聞社の援助により(福島民友新聞は読売系列の地方紙で、読売の福島支局も福島民友新聞の中にある)発行することになるが、その経緯は本書に詳しい。そこには地元ならではの密着した人間のつながりが感じられ、記者たちの奮闘振りには目を見張るものがある。
 しかしその熱意と使命感を認めつつも、やはり同時に、大津波よりもある意味で深刻な被害をもたらし、いまだにもたらし続けている原発災害に対して、きちんと目を向ける必要があろう。本書でも双葉町と浪江町の両方の災害対策本部を取材した木口・浪江支局長は、こう語ってはいるが・・。
 「双葉町は原発を立地している自治体そのものです。しかし、浪江町は、原発に近いけれども、町内に立地しているわけではない。つまり、浪江町には“原発から逃げる”という感覚がないんです。いや、もっと正確にいえば、夜の段階(註・避難指示前夜)で、浪江町は、津波の被害者対応に没頭していました。原発事故対応じゃないんです。(略)原発を立地していない浪江町には専門家もいないので、事の重大性がわからない。東電の人が詰めているわけでもないので、現実に原発で何が起こっているのかわからないんですよ。僕もその一人でしたが・・・」。
 しかし本書では一切触れられていないが、これまで福島民友新聞が、福島民報とともに一貫して、原発擁護・推進の論調を張ってきたという経緯は、事実として突きつけられている。
 例えば『原発プロパガンダ』(2016年、岩波新書)では、こう指摘されている。
 「福島県では戦後二つの新聞が発行を再開し今日に至っている。ただし原発に対して両紙はまったく同様に原発礼賛記事を掲載し、大量の広告を掲載し続けた。そのきわめて原発推進に協力的な紙面は、数ある原発立地県の地方紙でも随一であり、(略)」
 「この二紙の論調には基本的に差はなく、主に・原発は安全で絶対に重大事故は起きない。・原発立地に伴う電源三法交付金で地元は繁栄できるを二本柱とする社説と記事が繰り返し掲載されていた。たとえば福島民友が75年11月に掲載した連続企画『原発を見直す』のキャッチコピーを紹介すると、・放射線を多重防護、ケタ違いの対策、規制。・暴走しても心配ない、原子炉の安全実験進む。(略)などと、どうしてそこまで安全と言い切れたのかというほど、実に不可解な特集を組んでいた」。
 本書では、この姿勢への視点を抜きにして、旧知の間柄の福島民友の富岡支局長・橋本記者と東電幹部(小森常務、元福島第一原発所所長)が、事故直後の3月18日の記者会見の後、事故について互に感極まって号泣したことや、木口記者が、東電清水社長のお詫び行脚に随伴したこれまた旧知の石崎原子力立地副本部長(元福島第二発電所所長)と心が通じあったとエピソードをあげている。しかしどこか本質を抜いたような違和感を感じざるを得ない。
 それぞれの記者たちの奮闘が英雄的に描かれればそれだけ、著者を含めて、原発政策・事故との距離と姿勢が問われてくる書である。(R)

【出典】 アサート No.478 2017年9月23日

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【投稿】黄昏を迎えた安倍政権

【投稿】黄昏を迎えた安倍政権
              ―突破口はまたしても危機扇動―

オワコン化する安倍内閣
 8月3日、第3次安倍政権第3次改造内閣が発足した。森友、加計事件さらには陸自日報事件で内閣支持率は急落、これらの幕引きを目論んでの「追い込まれ改造」であり疑惑リセット内閣であると言える。
 交代確実となっていた稲田は改造を待たず、日報問題の責任をとる形で7月28日辞任した。一週間の延命が叶わなかったことは、安倍政権の体力低下―健康寿命が尽き果てたことを如実に物語っている。
 閣僚人事を巡っては、民間からの入閣や小泉進次郎の名も挙がるなど、サプライズがあるのではないかとの観測も流れた。
 しかし、蓋を開けてみれば、河野外務、野田総務、林文科というこれまで安倍政権と距離を置いてきた人物を入閣させたことが、意外性を持つのみでひたすら無難を追及した組閣となった。自民党政権下、「終戦記念日」の閣僚による靖国参拝は、1980年の鈴木善幸内閣以来続けられてきたが今年初めてゼロとなり、連続記録が途絶えた。思想的同志が閣内にいなければこの様な光景になるのである。
 安倍は改造内閣を「仕事人内閣」と自画自賛しているが、これは前内閣で「仕事人」を選ばずに「お友達」を任命していたことを自ら白状することとなった。語るに落ちるとはこのことであろう。しかし組閣直後のインタビューで、江崎沖縄・北方担当相が「官僚の答弁書を朗読させていただく」と素人大臣であることを臆目もなく明らかにし、早くもネーミングに疑問符がついた。
 安倍は組閣、党人事に当たって7月から岸田に相談していたことを5日の読売テレビ「ウェーク」で明らかにしているが、党要職を望む岸田の要望を受け入れ、自分に近い人間を閣僚に任命することを断念せざる得なくなるなど、求心力の低下は明らかである。
 すでに岸田は次期総理の本命と喧伝され、野田や河野も総理候補と目され、とりわけ野田は来年の総裁選への立候補を公言してはばからない。また政権批判を強める石破も虎視眈々と政権の座を狙うなど、焦点はポスト安倍に移っており、安倍政権のオワコン化は確実に進行している。
 
強硬路線への回帰
 新内閣発足で政権支持率の低下は一応の歯止めはかかったものの、森友―加計事件、日報問題は未解決である。さらに政権の骨格を残したため人心一新には程遠く、菅、二階という「悪代官・悪家老」は健在である。
 今回の改造で、政権批判に耐えきれず安倍カラーを自ら薄めた結果、改憲への日程表は大幅な変更を余儀なくされている。組閣後の記者会見で安倍は「(改憲)はスケジュールありきではない・・・論議は党主導で進めてもらいたい」と低姿勢を強調した。
 しかしNHKが18,19歳を対象に行った世論調査では、9条改正必要なしが53%と必要の18%を大きく上回っているなど、世論はなお9条改憲に批判的である。次期臨時国会で自民党案を無理やり提案しても野党はもちろん公明党の理解も得られず、店晒しになるだけだろう。
 安倍は内閣改造で改憲へ向けたリスタートを切りたかったのであろうが、総裁選レースのスタートを図らずも切ってしまった形となった。
 「改憲ファースト」を封印した安倍は新内閣発足にあたり、苦境に陥った時の常套手段である「経済第一」を強調した。しかし「アベノミクスの推進」「デフレ脱却」を掲げる一方、19年10月の消費税10%引き上げを予定通り行うと、先の「ウェーク」で明言するなど、語れば語るほど経済政策の無定見さが露わになるだけである。
 来年4月の任期までに物価上昇率2%が絶望的となった日銀の黒田も、毎日新聞のインタビューでは「いずれ賃金は上がり、物価は上昇する」野放図な金融緩和の出口戦略も「(国債暴落などの)悪影響は出ない」と自分は安倍政権とはかかわりのないような口ぶりである。
 賃金上昇も官製春闘の限界が露呈し、受け手である連合も「残業代ゼロ法案」を巡り、7月27日の中執で執行部が「政労使合意」を撤回、安倍との会談を見送った。一時は民主党政権時以上に縮まった政労間の距離が拡大し安倍離れが進んでいる。
 経済政策で成果が見込めない以上、安倍が政治的強硬路線に回帰することは火を見るよりも明らかである。国連での核兵器禁止条約採択後初めての、広島、長崎の記念式典に参列した安倍は、あいさつで条約に言及せず、一方的に核保有国の立場に立ちながら「核軍縮の仲介役」を担うと見え透いた詭弁を呈した。
 こうした白々しい言動に広島では被爆者団体代表が「あなたはどこの国の総理ですか」と詰め寄り、長崎では市長が平和宣言で核兵器禁止条約への政府の対応を求めた。
 15日の戦没者追悼式でも天皇が戦争加害に言及する一方、安倍は今年も、アジア諸国に対する責任や謝罪については触れることなく、不戦の表明も行わなかった。
 
頼みは金正恩
 こうした姿勢を維持するにあたって、最も頼りにしているのはトランプではなく金正恩であろう。7月4、29日に北朝鮮はICBMを試射、技術力を誇示し、さらに「グアム島を包囲する形で4発を同時着弾させる計画」を公表、挑発をエスカレートさせた。これに対しトランプ政権も過激な発言で応酬、今年4月の朝鮮半島危機が再燃した形となった。
 これを奇貨とした安倍政権は、ICBMが上空を通過するとされた3+1県へPAC3を配備し、危機感醸成に躍起になっている。8月10日の衆院安全保障委員会で小野寺は、日報問題の真相解明を拒否する一方、対北朝鮮問題では積極的な答弁を行った。
 民進党の質問に対し、北朝鮮がグアムを攻撃すれば存立危機事態として、集団的自衛権を発動し迎撃する可能性があると答弁、その根拠として「アメリカの抑止力、打撃力の欠如は存立危機に当たる可能性がないとは言えない」としたのである。
 しかし、これは想定が非現実的であり、飛躍しすぎであろう。そもそもグアムの米軍基地が攻撃されても、米軍の攻撃力が欠如するわけではない。さらに攻撃された時点で、ミサイルはすでに日本上空を通過しているわけで迎撃などできない。 
 また日本上空では大気圏外約500Kmを上昇中で、どこに向かうかはこの段階では不確定であり、推定での迎撃が「存立危機事態」とはとても言えないであろう。また海自イージス艦のSM3ミサイルでは能力不足であるし、PAC3など逆立ちしても届かない。
 小野寺は「敵基地攻撃能力」の保持を提唱しているが、北朝鮮の移動式ミサイルには無力である。公開された北朝鮮の映像でも明らかなように、発射地点は空き地や道路上であり、移動前の秘匿されたミサイルを探すのは困難である。ミサイルを撃たさないための軍事的オプションは、イラク戦争のような「敵国」中枢への先制攻撃=予防戦争以外には有りえない。
 安倍―トランプは制裁と圧力の強化を選択しており、8月17日に開かれた日米2+2でも北朝鮮に実行圧力をかけることで一致した。安倍政権は北朝鮮の挑発を利用しながら、独自の軍拡を進めている。
 安倍は6日広島で「防衛大綱」を見直し、南西諸島の部隊増強、弾道ミサイル防衛強化、宇宙、サイバー空間の軍事化などを進めることを明らかにした。これにより地上配備型イージスシステムの導入、イージス艦のミサイル防衛対応改修の前倒し、新型対艦ミサイルの配備、新型護衛艦の大量建造などが具体化されつつある。
 
弛緩する「最前線」
 安倍政権は、外交オプションを放棄し強硬路線を突き進んでいるが、世界の趨勢は違う方向に進んでいる。国連は制裁強化を決定したが、中露のみならず独、仏も米朝のエスカレーションに警鐘を発し、平和的解決を要求している。      
 当事者の米朝も8月14日には金正恩が「アメリカの行動を見守る」と発言、アメリカも、ティラーソン、マティス両長官が、引き続き軍事力行使も選択肢としながら、交渉の用意もあることを表明するなど、31日までの米韓合同演習を睨み駆け引きが続いている。
 そもそも北朝鮮の「グアム攻撃計画」も、指揮所に掲げられた画像が6年前の衛星写真であるとか、「愛媛県」を見落とすなど粗雑な点が多々あり、プロパガンダの意味合いが強いとみられている。
 また「最前線」にあるはずの米第7艦隊では事故が多発している。今年に入ってからでも1月にイージス巡洋艦が横須賀沖で座礁し、艦長が解任された。さらに6月にはイージス駆逐艦がコンテナ船と衝突、7名が死亡、責任を問われた艦長、副長ら3名が解任された。
 同月には沖縄東方を航行中のイージス巡洋艦で下士官が行方不明になったが、一週間後に機関室に潜んでいるのが発見された。8月にも南シナ海で行動中のイージス駆逐艦で大尉が行方不明となる事件が発生(これは未発見)、オーストラリアでは演習中の沖縄海兵隊のオスプレイが墜落した。
 オスプレイの事故は調査中であるが、衝突や行方不明は油断や規律低下、メンタルヘルス問題に起因するものであり、トランプがいくら好戦的言辞を吐いても現場とはギャップがあることが明らかとなった。
 日本も同様であり、日報問題の混乱は陸自のモラルハザードを現すものであるが、7月には女性隊員が、営舎内で出産した嬰児を殺害したと疑われる異様な事件が発生している。昨年末に幕僚長が事実上更迭された海自では、後任に戦闘職種ではなく、「経理」出身者が就くと言う異例の事態となっており、部隊の掌握を不安視する見方もある。
 「朝鮮半島危機」との乖離は著しいものがあるが、安倍、トランプ本人たちが危機を煽りながら、のんびりと夏期休暇を取っている状況では、金正恩もまだまだ枕を高くして寝られるだろう。
 朝鮮半島の緊張が緩和されても、安倍は軍拡を続けるだろう。イージスアショアや超音速対艦ミサイルは対北朝鮮としてはオーバースペックであり、真の敵は明らかである。黄昏を迎えている安倍政権の終焉を早めなければならない。(大阪O)

【出典】 アサート No.477 2017年8月26日

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【投稿】議論を避け再稼働に突っ走る「エネルギー基本計画」の見直し

【投稿】議論を避け再稼働に突っ走る「エネルギー基本計画」の見直し
                                福井 杉本達也 

1 まともに総合資源エネルギー調査会が開かれていない
 経済産業省は8月9日、3年ぶりとなるエネルギー基本計画の見直しを議論する審議会「総合資源エネルギー調査会基本政策分科会」を開いた。調査会は、経済産業大臣の諮問機関。経済産業省設置法18条により、資源エネルギー庁に置かれている重要な法的機関であるが、開かれているのは調査会の下の分科会や部会、部会の下の小委員会やワーキンググループなどだけである。調査会本体は経済産業省のホームページには平成20年8月1日という履歴のみが残る。それ以来、調査会本体は開催されていない。原発だけでなく、石油輸入や石油備蓄・天然ガス開発など国のエネルギー政策を決定する大臣の諮問機関が9年以上も開催されないというのは異常である。委員の大阪ガス野村明雄氏は既に現役を引退している。東電の勝俣恒久氏は福島原発事故の当事者として強制起訴されている。まともに機能していない・あるいは機能させたくないのである。分科会や部会・WGといった枝葉組織で重要事項が決定される。そのヌエ的組織が「エネルギー基本計画」決めるというのである。もちろん本体と部会等の委員は重複する場合もあるが、分科会等でしか議論しないということは都合の悪い委員の排除、あるいは都合のいいメンバーのみで決定するといわれても仕方がない。しかも、朝日を始め全てのマスコミはあたかも既定路線であるかのように書く。大枠を本体で議論し、個別の議論は分科会等に任せるというのが組織の常道である。法定組織を9年間も開催しないでどうしてどの議論を枝葉組織に任せるかが決められるのか。我が国の国家組織が頭から腐りだしている証拠である。恐らく委員の人選さえできないほど混乱しているのであろう。原発があるがために日本のエネルギー政策は支離滅裂となっている。

2 旧来通りの原発依存から脱する気がない
 世耕弘成経産相は分科会の冒頭、「基本的に骨格は変えない」と従来路線の踏襲に言及した。原発新増設には触れないまま、運転40年を超える老朽原発も含めた原発再稼働をめいっぱい進めることだろう。それは、依存度低下にも、安全性向上にも反する。 30年度に発電量の2割を原発でまかなうと想定する。30基ほどが動く計算で、再稼働だけでなく古い原発の運転延長か建て替えも多く必要になる。「現実からかけ離れている」。福島第一原発で6基、福島第二で4基、新潟県知事の反対する柏崎刈羽は7基、静岡県知事の反対する浜岡の5基、東日本大震災で被災した女川3基、東海第二、敷地内に活断層のある志賀2、敦賀2、廃炉の決まった敦賀1、美浜1,2、玄海1、島根1、伊方1等々を除外していけばどんどん再稼働できる原発は少なくなる。したがって、2030年度に電源に占める原発の割合を20~22%に引き上げるとの目標に対し、16年の推計は2%にとどまっている。
 分科会には再稼働派がうじゃうじゃで、東京理科大学大学院の橘川武郎教授が「リプレース(建て替え)の議論もするべきだ」と口火を切ると、「リプレース、新設はオプション(選択肢)として残すことを考えてほしい」(重工大手IHIの水本伸子常務執行役員)などの意見が続いた。」(朝日:2017.8.10)。無理やり総電力の20%を原発で供給しようとした3年前の計画が既に破綻していることを認めたくないのであろう。

3 「福島事故の反省」なし
 分科会資料は「復興・再生に向けた取組→中長期ロードマップに基づき、廃炉・汚染水対策は着実に進展。また、多くの区域の避難指示が解除。」と書くがうそも甚だしい。これだけの重大事故を起こしておきながら何の反省の弁もない。「福島復興 ~避難支援から復興へ、旧住民の帰還と新住民の誘致~」という言葉だけがむなしく躍る。2014年4月以降、順次解除された5市町村の住民登録者計約2万人に対し、帰還率は13.5%にとどまる(時事:2017.3.7)。いわき市に自宅を建て仮設住宅を退去した70代の男性は「生きているうちには戻れない。高齢者にとって双葉町は帰還困難ではなく『不可能区域』だ」(日経:2017.2.21)。また、川村東電会長は福島第一原発で高濃度汚染水を浄化した後に残る放射性物質を含んだ処理水を巡り、「(東電として)判断はもうしている」と述べ、海に放出する方針を明言した。処理水はトリチウムを含み、第一原発敷地内のタンクに大量に保管されている(東京:2017.7.14)。7月6日現在、約77万7千トンで、タンク数は約580基に上る。どこが「着実に進展」しているといえるのか。完全に破綻している。しかも「我が国では、特有のマインドセットやグループシンク(集団浅慮)、多数意見に合わせるよう強制される同調圧力、現状維持志向といったことが課題の一つとして考えられる」(同資料)などと、あたかも住民の「浅慮」にあると逆切れしている。このような非常識な駄文を公文書にすらすらと書けること自体官僚機構の腐敗の極みである。

4 原発が安い電源であるという前提も破綻
 福島原発事故に関する費用の総額は、当初試算の11兆円から21.5兆円に膨らんだ。廃炉や汚染水対策:8兆円、除染:4兆円、賠償費は8兆円。これらを電気料金に上乗せするため経産省は新たな詐欺を考えた。送電網の使用料(託送料金)の仕組みを利用して費用を回収するというのである。電力自由化が今後進むと、原発を持たない会社から電気を買う消費者が増え、料金も規制できなくなる。規制の残る託送料金に上乗せし、全国の消費者から40年間集め続けるのが、新たなカラクリだ。一般家庭で、月約18円の負担増となる。一般負担金だけでは足りず、不足分を負担するしくみが今回の託送料金の案。送電網はすべての電力会社が使うため、原発を持たない新規参入の「新電力」も負担する。経産省が持ち出した“理屈”が「過去分」。原発を持たない電力会社から「現在」電気を買う人も、「過去」には原発の電気を使っていた。不足が生じたのは「事故前に確保されるべきだった備え」が足りなかったからと。本来備えるべき費用に対し、事故前の“安い”費用との差額を1966~2010年度までさかのぼり請求する。2.4兆円だ。こんな重要なことが基本政策分科会のさらに下の「電力システム改革貫徹のための政策小委員会」で決定されている。「小委員会」などで重要事項の決定を許せば、賠償費、核燃料デブリの取り出し費用や放射性廃棄物の処分場等々、今後の電力料金は5倍にも10倍にもと青天井になってしまう。(参照:『週刊朝日』:2016.12.23)
 
5 『ベースロード電源』としての石炭火力潰し
 基本計画では原発とともに石炭火力を『ベースロード電源』と位置づけ、「化石燃料の効率的・安定的な利用」を図るとしている。特に次世代火力発電(IGCC)の実用化などを目指すとしている。しかし、この方針は環境省の石炭火力への対応とは相反する。「石炭火力中部電力(名古屋市)が老朽化した石油火力発電所を石炭火力へと置き換える計画を進めている武豊(たけとよ)火力発電所(愛知県武豊町、107万キロワット)の認可を求める環境影響評価(アセスメント)結果について、山本公一環境相が地球温暖化対策の観点から計画の見直しを求める意見書を近く世耕弘成経済産業相へ提出する方向で調整に入った。石炭火力は石油や天然ガスなど他の化石燃料に比べても二酸化炭素(CO2)の排出量が多いとされ、環境省は以前から懸念を示してきた。武豊火力を巡っては環境アセス実施前の2015年8月にも、当時の望月義夫環境相が『現段階で是認できない』と表明。武豊火力、丸紅や関西電力などが出資する秋田港発電所(秋田市)など、計画されている5件について「是認できない」との意見を表明し、市原火力発電所(千葉県市原市)はその後、計画中止になった。」(毎日:2017.7.26)
 こうした環境省の姿勢は、石炭火力を容認する経産省と対立する、「両省は昨年2月、電力業界の自主的な排出削減の取り組みを促すことなどで合意。以後、環境省は『是認できない』との意見表明を見合わせていた。しかし、昨年11月にパリ協定が発効し、欧州などで脱石炭の動きが加速する中、山本環境相は今年3月、JFEスチールと中国電力が建設を表明した蘇我火力発電所(千葉市中央区)計画に対し、事業実施の『再検討』を促す意見書を経産相へ提出。今月の毎日新聞のインタビューでも、国内での石炭火力計画に対し『見識を疑う』と事業者の姿勢を強く批判していた。」(毎日同上)
 石炭火力が他の火力と比較して圧倒的に安いということから、電力への新規参入組である製油会社や鉄鋼メーカー、他地区の電力会社が経営のもう一つの柱として競って建設計画を立てている。環境省の介入は地球温暖化問題という“大義名分”を錦の御旗にしているが、内実は「ベースロード電源としての石炭火力」潰し=原発再稼働への援護射撃への意味が大きい。石炭火力を潰せば自ずと原発の再稼働が浮上してくる。しかも、現在電力は、ガス会社や石油会社などと電力自由化を巡って熾烈なシェア争いを行っている。電力会社の経営体力を維持し、再稼働に備える意味もある。環境省の役割を名前だけで判断してはならない。福島の放射能除染の実態などから判断すれば「環境破壊省」という名称こそふさわしい。他に利権の少ない環境省は原発利権省と化している。
 既にロシアからの原油輸入は10%にもなる。サハリンと海底ガスパイプラインで結んだらどうか。電力もロシアから引ける。基本計画を議論するとはそのようなことである。

【出典】 アサート No.477 2017年8月26日

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【投稿】緊張煽るトランプ・金正恩・安倍3政権 統一戦線論(39)

【投稿】緊張煽るトランプ・金正恩・安倍3政権 統一戦線論(39)

<<「あっという間に戦争へとエスカレートする」>>
 8/21から始まる米韓合同軍事演習を間近に控え、トランプ・金正恩、米・朝両政権の“口撃”、刺激的な“毒舌戦争”は、危険極まりない一触即発の瀬戸際にまで追いやるものであった。たとえそれが「脅し文句の応酬」に過ぎなかったとしても、偶発的な衝突や瞬間的な判断ミスから衝突が現実化した場合には、一挙に壊滅的で取り返しのつかない核戦争につながるものであった。
 口火が切られたのは、8月8日。トランプ大統領が突然、北朝鮮が核開発と米国への威嚇を続けるなら「世界史に類をみない“炎と怒り”で報いを受けるだろう」と発言。発言が報じられてから2時間半後の8/9午前6時42分、金正恩政権は国営の朝鮮中央通信を通じ、人民軍総参謀部報道官声明、戦略軍報道官声明という2件の声明を同時に発表し、グアム近海に中距離弾道ミサイルを発射すると発表。さらに10日には、その中距離弾道ミサイルが「火星12」であること、4発を同時に発射し、日本の中四国4県の上空を通過させグアム沖30~40キロの海上に着弾するなどという具体的な計画を明らかにした。さらに総参謀部声明は「米国の先制攻撃の企みが明らかになれば、直ちにソウルを含む傀儡(韓国軍を指す)第1、3野戦軍地域のあらゆる対象を火の海にし、南半部の前線から後方まで同時攻撃するとともに、太平洋作戦戦区の米帝侵略軍発進基地(在日米軍基地とグアム島を含む)を制圧する全面的な攻撃につながるだろう」と指摘した。ソウルは言うに及ばず、日本全土の在日米軍基地への攻撃を前提とした、まさに一触即発の瀬戸際の事態である。
 トランプ大統領はこれに対して、8/9のツイッターへの投稿で、米国の核戦力は「いまだかつてないほど強力だ」と豪語するとともに、「この戦力を一切使わなくてすむよう願っているが、われわれが今後、世界で最も強力な国でなくなることは、いっときたりともない!」と書き込んで応えている。米NBCテレビは8/9、国防総省が北朝鮮に対する先制軍事攻撃の選択肢の一つとして、米空軍のB1戦略爆撃機による北朝鮮の弾道ミサイル発射基地などに対する精密爆撃を実行する準備を整えたと報道。空爆には米領グアムのアンダーセン空軍基地に配備されているB1爆撃機を使用。戦闘機による護衛と電子戦機や空中給油機の支援の下、北朝鮮国内にある約24カ所のミサイル基地や実験場、関連施設などを攻撃するとし、トランプ大統領による命令があれば、いつでも実行できる状態にあるとしている。すでに米空軍は5月末から8月8日にかけて、B1爆撃機をグアムから朝鮮半島上空などに飛ばす予行演習を計11回にわたって実施しており、うち数回は航空自衛隊と韓国空軍の戦闘機がB1を護衛する共同訓練も行っている。
 マティス米国防長官は8/14、北朝鮮がグアムを含む米国領土をミサイルで攻撃すれば、「あっという間に戦争へとエスカレートする可能性がある。そう、これを戦争と呼ぶ」と発言。「彼らが米国を攻撃する事態を私は想定しているが、彼らが米国に向けて撃てば、『交戦開始』だ」と語っている。

<<「非常に賢明で理性的な決断」>>
 事態は一触即発であったが、8/17、ティラーソン米国務長官は、マティス国防長官との共同名義でマスコミに寄稿した8/13の、北朝鮮との対話意志表明は、「トランプ大統領の承認を得た」ものであることを明らかにした。これに応じるかのように、金正恩氏は8/14、「軍事衝突を防ぐなら、米国が先に正しい選択をして行動で見せなければならない」と主張しつつも、「米国の様子をもう少し見守る」と述べ、衝突を回避することを模索する考えを明らかにした。8/15、国営の朝鮮中央通信(KCNA)は、「グアム包囲射撃計画」について、金正恩氏が計画の実施を延期して、「ヤンキー(米国人)どもの馬鹿で間抜けな行動をもう少し見守る」ことにし、米国がさらなる「向こう見ずな行動」を犯さなければ作戦は進めないと決定したと報道。
 そしてティラーソン米国務長官も8/15、「北朝鮮との対話に到達する方法を見つけることに関心を注ぎ続けている」としながらも、同時に北朝鮮が「先に変化を行動で示すよう」求めた。
 8/16、トランプ氏は、金正恩朝鮮労働党委員長が米領グアム周辺への中距離弾道ミサイルの発射を見合わせたことを受け、「北朝鮮の金正恩氏は、非常に賢明で理性的な決断をした。別の選択肢は、破滅的で容認できないものだっただろう!」とツィートした。
 さらに、8/21から始まる韓米連合演習に参加する米軍兵力が、昨年2万5000人から今年1万7500人に事実上訓練規模を縮小調整したと解釈されている。
 かくして米朝の動きだけを見れば、人騒がせで危険極まりないものであるが、とにもかくにも一触即発の事態だけは回避されたかのようである。両者トップのトランプ・金正恩両氏は、ともによく似た、「賢明で理性的な」判断とは程遠い、自分以外を見下す、冷静さを欠いた、怒髪天を衝く直情径行・暴走型の人物である。今後も何が起こりうるか、予測不可能な両者である。
 しかしこの一触即発の危機をいったんは回避させたものは、米国内を含む全世界の核戦争勃発への巨大な懸念と反発、「戦争ではなく、対話を」要求する人々の圧倒的な声と行動であった。
 とりわけ、文在寅・韓国大統領の発言は、痛切かつ重いものであった。文氏は8/14の定例会議で「朝鮮半島で二度と戦争が起きてはならない。どのような起伏があっても、北朝鮮の核問題は平和的に解決する必要がある」と発言。「米国もわれわれ同様、落ち着いて責任ある形で現状に対応すると信じている」、「朝鮮半島での軍事行動は、大韓民国だけが決定することができ、誰も大韓民国の同意なしに軍事行動を決定できない。 政府はすべてをかけて戦争だけは防ぐ」と述べ、北朝鮮に対しては「私たちは北朝鮮の崩壊を望まない。統一は民族共同体の全員が合意する”平和的、民主的”方法で行われなければならない。」と、米国に追随するものではない、明確な姿勢を示した。

<<“日本の存立危機事態”>>
 米朝間の挑発合戦・エスカレートを危惧し、ドイツのメルケル首相も「米国と北朝鮮の対立に軍事的な解決策はない」「ドイツは軍事的でない解決策に積極的に関与する」と表明するなど、中国、ロシアはもちろん、主要国の首脳はこぞって米国に自制を求め、平和的解決と対話への努力を求めている。ところが、逆に安倍首相は、「対話のための対話はなんの解決にもつながらない」などと放言し、トランプの先制攻撃論を支持し、すでに“炎と怒り”のトランプ発言に先立つ7月末の段階から、「(北朝鮮への対応については)私たちもさらなる行動をとっていかなければならないとの認識でトランプ大統領と完全に一致した」と、自制を求めるどころか、むしろ危機を煽り、エスカレートを支持し、後押ししていたのである。
 さらに、“炎と怒り”に対する「グアム包囲射撃計画」が報道されるや、8/15の日米電話首脳会談では、米朝間の応酬で安倍首相はトランプ米大統領を全面的に支持し、現段階での対北対話までをも拒否する姿勢を鮮明にしたのである。
 問題は、それにとどまらない。グアムへのミサイル発射を“日本の存立危機事態”だとして、小野寺防衛相は「(グアムが攻撃を受けて)米側の抑止力・打撃力が欠如することは、日本の存立の危機に当たる可能性がないとは言えない」と発言、米国が攻撃されれば、日本の存立の危機に当たり、集団的自衛権を行使でき、共に報復戦争に参加できるという論理を前面に持ち出したのである。
 8/17に開かれた日米の外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)には、河野太郎外相と小野寺防衛相、米国のティラーソン国務長官、マティス国防長官が出席したが、軍事の言葉が躍るばかりで、外交の姿が全く消えてしまっている。共同文書では、日本は同盟強化の役割を拡大することが盛り込まれ、次期中期防衛力整備計画で、北朝鮮の弾道ミサイルを打ち落とす地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」など新たな防衛装備品を米国から購入すること、などを確認、約束している。
 同委員会で確認された主なものは、地上配備型イージスシステム「イージス・アショア」を2基導入(1基約800億円)、計画を前倒しして今年度中にイージス艦を4隻から5隻態勢に(1隻約900億円)、自衛隊初の宇宙部隊を航空自衛隊に設置、米軍と共同で宇宙空間の監視ネットワークを強化、ステルス戦闘機を探知するレーダー開発に日米共同で着手など、膨大な費用がかかる一大軍事費拡大計画である。トランプ政権と安倍政権が危機を煽り、さかんに緊張を激化させる狙い、その落としどころは、やはりここにあったとも言えよう。

<<「NO WAR」>>
 トランプ政権と安倍政権、ともに今や支持率最低にあえぐ落ち目の政権である。米朝間の緊張激化を共に煽り、軍拡で事態を打開しようとする両者のさもしい魂胆が見え透いている。とりわけ、支持率と求心力の低下で、うわべだけの低姿勢に転換はしたものの、先が見通せず、最大のピンチに陥っている安倍政権にとって、北朝鮮有事は願ってもないチャンスである。ミサイル飛来の脅しを利用した“日本の存立危機事態”で、やっかいな森友・加計疑惑を吹き飛ばし、政権浮揚の最大のチャンスとしたいのである。しかし、その路線を突き進むことは、戦争が不可避となるばかりか、核戦争に直結し、アジアばかりか、全世界に致命的で悲惨な事態を招くことが歴然としている。
 8月10日、トランプの“炎と怒り”発言の翌日、米ホワイトハウスの前で緊急の反戦集会が開催された。スローガンは単純、明快である。「NO WAR」、「Negotiate, don’t Escalate」、「戦争ノー」「交渉せよ、エスカレートするな」であった。
 戦争への道は、ファシズムと軍国主義、権威主義と独裁主義、暴力と抑圧、差別を必然的に伴う道でもある。それはまさに、日本の、世界の平和と民主主義、自治と共存にとっての“存立危機事態”でもある。こんな“存立危機事態”を許さない、野党共闘、統一戦線をしっかりと構築することが望まれる。政治的立場、思想、信条の違いを超えた、一党一派に偏さない、運動の組織と推進のあらゆる側面における根本的、参加的民主主義、非暴力主義を徹底させた、開放的で、柔軟で、多様な政治的エネルギーをあふれさせる統一戦線の構築である。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.477 2017年8月26日

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