【投稿】ヒロシマ・ナガサキそしてフクシマと低レベル放射能の危険性

【投稿】ヒロシマ・ナガサキそしてフクシマと低レベル放射能の危険性
                             福井 杉本達也 

1 「ヒロセタカシ現象」
 反原発の作家・広瀬隆氏が福井県内を連続に講演して回った。6月25日は日本原電敦賀1・2号機と高速増殖炉「もんじゅ」が立地する敦賀市と大飯1~4号機に隣接する小浜市で、26日は福井市と敦賀原発から20キロ圏内に一部入る越前市で講演が行われた。敦賀会場では270人と思いの外多くの人が集まり、福井でも250人の会場は満杯となり入場制限する状況であった。25年前は原発の簡単な構造を書いた模造紙1枚での説明だったが、今回はプロジェクターを利用した豊富な写真・資料による説明であり隔世の感がある。3時間の長丁場の講演も十分集中できるものであった。今、広瀬隆は反原発の講演会で全国を飛び回っている。
 ところで、最初の「ヒロセタカシ現象」はチェルノブイリ原発事故直後の1986‐88年に起こっている。著書『危険な話』は「30万部を超えるベストセラーとなった。広瀬の講演会は東日本を中心に全国的に展開された。あたかも組識的に演出されたかのようにびっしり講演スケジュールが組まれ、各会場とも盛況だった。…こうして婦人層、若年層に放射能による食品不安、原子力発電不要感が広がった。」(中村政雄 『原子力と報道』中公新書ラクレ)。
 この「ヒロセタカシ現象にとどめを刺したのは、共産党系といわれている日本科学者会議原子力問題研究会だ。…話題の本『危険な話』を取り上げた。『内容に誤りが多いいたずらに人を不安に陥れようとするものだ』と複数の研究者が強く批判した。」(中村)。野口邦和氏(現在は同研究会委員長)は『文化評論』(1988.7)に「広瀬隆「危険な話」の危険なウソ」を掲載し、さらにその記事を一部改稿した「デタラメだらけの『危険な話』」を販売部数の多い『文芸春秋』(1988.8)に再掲載した。「この一撃以後、広瀬の発言は信頼を失っていった…その後、原子力発電に対する支持率は回複し、ほほ安定した。」(中村)。

2 チェルノブイリ原発事故の無視
 野口氏の上記「デタラメだらけの『危険な話』」を現在時点で読み返すと、奇妙な点がいくつもある。1986年4月のチェルノブイリ原発事故の影響をことさら小さく見せようとしている。その一例が、『石棺』の完成により「原子炉の埋葬が完全に終了した」とするソ連の公式発表に対し、広瀬氏が「とんでもない。それほど簡単に永久処分が可能」ではないとしていることに対し「『ソ連の報告書をちゃんと読みなさい、広瀬さん…ソ連が発表したのは、破壊された『原子炉の埋葬が完全に終了した』ということ、つまり原子炉の放射能密閉工事が終了したということである」と反論しているのであるが、ソ連の公式発表を鵜呑みにして、『石棺』の完成によって原子炉事故が最終的に『終了』したものであると考えている。しかし、現実には25年後の今、『石棺』は風化しつつあり、内部の放射能はエネルギーを発し続けている。原子炉の『埋葬』などできない。また、「『甲状腺ガンがすさまじい勢いで発生する』は文学的表現であろうか…広瀬さんは『(甲状腺ガンの)兆候は出はじめている』とあっちこっちで講演して回っているわけだから、完全なウソ、作り話である。」と事故による甲状腺ガンの発生を明確に否定している。だが、現実にはチェルノブイリの北側で汚染したベラルーシの統計では事故後1990年頃から小児甲状腺がんは着実に増加し、1995年には年間90件に達している。事故から2年も経過し事故の全容が明らかになりつつある時点でのこの文章の放射能に対する評価は明らかに過小である。いずれにしても、「ヒロセタカシ」攻撃を通じて、チェルノブイリ原発事故の放射能の影響を低く見積もろうとしたことは明らかである。

3 「低線量放射線」=「内部被曝」の影響の軽視
 では、なぜ野口氏は熱心にチェルノブイリ原発事故の影響を軽視しようとするのか。事故から9年後、東京反核医師の会で野口氏は「低線量放射線の影響=核兵器・核実験被害」(1996.10)という講演を行っているが、「原発事故の被害と原爆被害は別物である」と述べている。「チェルノブイリ事故の被害住民は、爆風による被害には遭遇しなかった…チェルノブイリ事故の方が広島・長崎の原爆より放射能がずっと多かったということを書いていた記事がいくつかありましたけれども…熱線による被害はまったくありませんでした。…初期放射線による被害は…まったくありませんでした。」と。確かに原爆被害の直接的影響は爆弾の原理としての熱線と爆風であり、臨界によるγ線と中性子線の放射である。はじめから被害を最大限にすることを目的として開発された「爆弾」と「発電施設」として開発された原発の被害が同一であるはずはない。では、なぜ、野口氏は原爆と原発の間に深淵を設けるのか、残留放射能の影響を低く見積もろとするのか。その根底に流れる思想は「低線量放射線」=「内部被曝」の影響の軽視または無視である。核兵器を持つものは通常兵器と同様に使おうとする。原爆は局所的な破壊しかもたらさない効率的な大量破壊兵器であり、影響は使用した国に及ばないとなれば核保有国は使用する誘惑にかられる。野口氏はこの核の『恐怖』と『恫喝』の前に、核エネルギーのあまりの『巨大さ』の前にひれ伏している。兵器は与える被害の空間と時間が限定されるからこそ兵器となる。「爆風」や「熱線」・「初期放射線」はそれである。ところが、「残留放射能は」被害の空間と時間を使う側の都合のよいように勝手に区切ることができるものではない。大気中にまき散らされた「残留放射能」は使われた側だけでなく、使った国民の頭上にも『限定されずに』降り注ぐまことにやっかいなものである。悲劇はヒロシマ・ナガサキといった地域的に限定されるものではない。大気中に放出された放射能は全人類の生存を脅かすものである。チェルノブイリは10日(『石棺』完成までには6ヶ月)で「埋葬」されたかに見えたが、25年たった今も1万平方キロメートルもの土地に人が立ち入ることができず、40万人の住民が家を失った。今だに多くの人が内部被曝によるがんで亡くなっている。

4 低レベル放射能の危険性
 「ただちに健康への影響はない」という呪文で、現実から目をそらしてはならない。1945~63年の米ソ冷戦時代には盛んに大気圏内の核実験が行われ、大量の放射能が空中に舞い上がり全世界にばらまかれた。セシウム137は食物連鎖の中に侵入し、日本人の尿中のセシウム137の濃度は1961年から増加し続け、最大の年平均体内量は1964年に531Bqに達した。(「フォールアウトからの人体内セシウム」ATOMICA)。スターングラスは1968年までの米国での40万人の新生児が死の灰の影響で生後1年以内に死亡したと結論を出した。低レベル放射能は明らかに危険なのである。恐怖の均衡の中、大気圏内核実験だけでも、十分に人類を死滅させることができることが分かってきた。そこで、1963年に大気圏内核実験禁止条約が締結され、以降、乳児の死亡率は正常な下降を示している(『人間と環境への低レベル放射能の脅威』ラルフ・グロイブ/アーネスト・スターングラス著 2011,6.25)。
 しかし、それでは核兵器を使えなくなってしまう。そのため、低レベルの放射能は危険ではないとするプロパガンダがはられた。1957年の段階で武谷三男は米原子力委員会のウィラード・リビー博士が日常の放射線と死の灰を比較して無害を証明しようとする「理論」を批判している(『原水爆実験』岩波新書・1957.8.22)が、福島原発事故でもホウレンソウや牛乳から基準値以上の放射能が検出された時から、消費生活コンサルタントを自称する市川まりこ氏の「直ちに健康に影響が出るわけではない。もともと、食品には自然界の放射性物質も含まれており、私たちは微量ながらも日々口にしてきていることも理解すべきだ。」(日経:2011.3.20)との同一理論のコメントを載せ、住民の目をごまかそうとしている。
 戦略爆撃の『効果確認』を目的とした原爆の医学調査のため、1947年にアメリカによってABCC(原爆傷害調査委員会Atomic Bomb Casualty Commission)が広島・長崎に設立された。16万の被爆者を選び、どこでどんな状況で被爆したかを数年かけて一人ひとりにインタビユーし、亡くなった7500人を解剖した。疫学調査としてこれを超える規模のものは世界に存在しない。しかし、調査をしても被爆者の治療は行わなかった。しかも調査の全ては軍事機密となり米国に持ち去られ、その結果「広島・長崎における原爆の影響は局所的であり、放射能汚染は問題にならない、放射線そのもので死んだ人間の数は少なく、…放射能の長期にわたる影響を完全にそして公式に否定した。」「内部被曝はアメリカ国家の最重要機密になり意図的で巧妙な隠蔽工作が続いてきた」「米国政府による放射能汚染に関する情報操作はほとんど完璧だった。」(『内部被曝の脅威』肥田舜太郎/鎌仲ひとみ・ちくま新書)。今も日本の放射線研究はABCCの影響を大きく受けている。ABCCの仕事を受け継いだのが現在の財団法人放射線影響研究所であり、米国財政の悪化から「日米交換公文」によって、財政も含め「日米折半」で運営管理すると定めているが、米国が何の影響力も行使せずに金だけを払っているとは思えない。
 7月に入り稲わらを餌とする肉牛から放射性セシウムが検出された。当初、福島県産だけの稲わらが放射能汚染されていると思われていたが、宮城県北部の登米市や鳴子温泉で有名な大崎市産の稲わらから検出されるに及んで、非常事態となった。稲わらに放射性セシウムが検出されるということは、人もコメも野菜も水も汚染されている恐れが強い。しかも宮城県は年産40万トンという全国7位のコメの一大産地である。既に、今年始まったコメの先物取引では東北地方以外からコメを手配しようとする動きが広がっている。牛肉は副食だがコメは主食である。コメなしに日本の食卓は考えられない。9~10月に向け、危機は確実に深まっている。日本は完全に放射能汚染国家となってしまった。国・自治体は早急に食品や水・土壌等の検査体制を整え、汚染情報を全面公開し、今後数十年~百年にわたる監視を行っていかねばならない。 

 【出典】 アサート No.404 2011年7月30日

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【投稿】中国脅威論の虚構 

【投稿】中国脅威論の虚構 

利用される「不透明性」
 7月6日、中国の江沢民前国家主席の死亡情報が世界を駆けめぐった。7月1日の中国共産党創建90周式典に江沢民が姿を見せなかったことから「重病説」が流布し、香港のATVテレビが「死亡」を「スクープ」したため、日本をはじめとする各国のメディアが、後追い報道を行った。多くは「死亡か?」「香港のテレビが死亡と報道」と慎重な論調であったが、「死亡した」とウラ取りもせずに飛ばし記事を書いた新聞もあった。
 その後の展開は周知の通りであるが、現代において国家の最高権力者レベルの死を隠し通すことなど、北朝鮮であっても無理なことである。こうした中国に関するネガティブな報道は要人の動静だけでなく、軍事力に関しても同様のことが言える。中国の軍事費の透明性が低いことは明らかであるが、これを良いことにして軍事力を過大に見積もり、アフリカなど世界各地に於ける影響力拡大と合わせ「侵略の意図、能力あり」として自国の軍拡に利用しているのが日本政府である。
 とりわけ、昨年9月の中国漁船事件以降、尖閣列島やガス田を巡り東シナ海における中国の行動を日本に対する差し迫った脅威と断じ、この海域や南西諸島を侵略する軍備を着々と整備しているかに報じられているが、実態はどうなのか。
 中国は1998年、ウクライナから旧ソ連の未成空母「ワリャーグ」を購入し改装中である。これは近々「練習艦」として就役する見込みであるが、この存在については以前から明らかになっていたし、改装の進捗状況も定点観測的な映像をネット上で見ることができる。

続出する「秘密兵器」
 これをあたかも中国の「秘密兵器」のごとくに取り上げ、日本に対する一大脅威の様に論じられることがある。軍事費の透明性から見れば、空母の予算が計上されているか判らないため憶測が飛び交うのだが、さらに中国は数隻の国産空母を建造中であり、これら機動部隊をもって近い将来東シナ海や南シナ海を支配下に置くとも、しばしば報じられている。
 これについて人民解放軍の陳炳徳参謀総長は、空母を建造中であることは認めたものの、隻数については「指導部が決めていない」(7月12日「毎日新聞」)と語ったという。さらに、空母を運用するに際しての各種ノウハウについては未だ取得中であり、要は自動車教習所内での座学中で、「ワリャーグ」の就役を持ってようやく教習車に乗れるといったところではないか。さらに空母を護衛する艦隊の整備もこれからの段階であり、本免許取得までの道のりは長いと言わざるを得ない。
 また、陳参謀総長はもう一つの「秘密兵器」といわれ、アメリカの空母に対する接近阻止戦略の切り札とされる、対艦弾道ミサイル「東風21D」について「まだ研究中で試験中だ」として、一部で報じられた実戦配備を否定した(同)。
 このほかにも中国の「秘密兵器」としては、ステルス機「殲20」がある。先日ネット上で試験飛行の動画が関係者によって非公式に公開されたが、これは日本の海上保安官による尖閣ビデオの公開と同じく勇み足と思われる。「殲20」も開発中であり要求通りの性能を発揮できるか不明な段階であり、人民解放軍としては公開できるレベルではないと判断していたと考えられる。
 7月23日、中国の高速鉄道が衝突、転落事故を起こしたが、民生部門のみならず、軍事技術においても同様の、未熟性、不安定性を内包していることは、明らかである。 

現在の「張り子の虎」
 かつて毛沢東主席は「アメリカの核兵器は張り子の虎である」と断じたが、現在の中国も張り子の虎なのである。それは兵器だけではなく、中国社会自体がそうである。中国は人口抑制のために「一人っ子政策」を続けてきたが、その結果とりわけ男子については、過保護に育てられ「小皇帝」と揶揄されるぐらいである。人民解放軍は志願兵制であるが、そうした子どもの「戦死」を親たちは容認しないだろう。
 今後中国の経済成長が続き、生活水準が向上して行くにつれて、こうした傾向はさらに強まっていくだろう。逆に国内の少数民族や貧困層を報酬と処遇改善を餌に、最前線に送り込もうとしても更なる反発を生むことになるだろう。
 毛沢東は「張り子の虎」に関連し「我が国の人口は6億人だ。核戦争で半分の3億人が死んでも、まだ3億人残るので人口はすぐに回復する」とも豪語したが、そうした時代はとうに過ぎ去っているのである。したがって中国がどこかの国と領土や資源を巡り、多大な犠牲を覚悟で本格的な交戦を開始するとは考えられないのである。
 かつて1979年にベトナムに対して行ったような軍事介入も失敗したし、その後1988年のスプラトリー(南沙)諸島での、近代戦とは言えない小規模な海戦では勝利したけれども、それはこれからの戦いの教訓とはなり得ないだろう。
 現在も中国はパラセル(西沙)諸島を加えた南シナ海で、ベトナム、フィリピンに対する圧力を維持しているが、強硬姿勢はいつまでも続かないことが明らかになってきている。中国は自らの実力を承知している。

南シナ海と東シナ海
 現段階では越、比両国の海軍力は中国に比べ極めて劣勢である。しかしながらこの間、アメリカが介入姿勢を強めていることから7月20日、中国とASEANは高級事務レベル会合で、02年に署名された南シナ海紛争解決のための「行動宣言」を踏まえ、南シナ海における資源探査などの活動、計画に関する8項目の「行動指針」について合意し、翌日開催された中国、ASEAN外相会議正式に確認された。
 一時は、南シナ海で武力衝突間近か、との見方もあったがこれにより、関係各国の協議による事態の改善が進む見通しとなった。アメリカは越、比両国、そして日、豪との合同軍事演習を展開してきたが、緊張緩和の動きを歓迎している。国務省のキャンベル次官補は21日、「行動宣言」の実効性を高める「行動指針」合意に関し、今後の具体化作業を支持すると明らかにした。これを受け日本の松本外務大臣も、21日の日本、ASEAN外相会談で指針の合意に歓迎の意を表した。
 日本政府はこうした流れを評価するのであれば、東シナ海においても同様の政策を進めなければならないはずである。しかし菅内閣は昨年9月以降、具体的な改善策を提起していないどころか、「動的防衛力」=「兵力南西シフト」を明確にした「新防衛大綱」策定など、中国を仮想敵国視した軍事力増強を進めている。
 来年には事実上の軽空母である「22DDH」(397号参照)の建造が始まり、来年度予算では大規模災害対策に有効という大義名分の下、2番艦である「24DDH」の予算が承認されるだろう。さらに与那国島への陸自部隊配備、これをバックアップする南西諸島への戦略物資の事前集積計画も進行している。特定の地域に於ける、特定の国を対象とした兵力の集中は、戦争準備と見られても仕方がない。機能不全に陥った菅内閣のもと、軍拡と緊張激化が一人歩きする危険性は益々拡大している。
 国会では、マニュフェスト見直し論議が錯綜しているが、軍事、外交政策の見直しを放置してはならない。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.404 2011年7月30日

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【本の紹介】「日本の国境問題—尖閣・竹島・北方領土」

【本の紹介】「日本の国境問題—尖閣・竹島・北方領土」
        孫崎 亨著 ちくま新書 2011年5月10日 760円+税
 
 東日本大震災で吹っ飛んでしまった課題に尖閣事件がある。2010年9月7日尖閣諸島海域で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突、翌日逮捕された事件である。
 逮捕によって那覇地検の下に船長は拘留され、日中の緊張は高まった。中国国内では、(政府許容の下)大規模な反日デモが起こる、中国政府がレアアースの輸出を差し止める、国際交流事業も中止になる、といった事態が生まれた。那覇地検は、「政治的配慮」により不起訴を決定し船長を釈放するが、日中の緊張は中々解消されなかった。
 
 本書は、日本が抱える国境問題–尖閣・竹島・北方領土問題について、そもそも国境問題にはどう対処すべきか、それぞれの問題についての歴史的背景明らかにしつつ、平和国家・日本の為すべき外交政策の論点がまとめている。
 
 <中ソ国境紛争を例に>
 1969年に、中ソ国境のダマンスキー島(珍宝島)で国境紛争が起こった時、著者は外務省のソ連留学生としてモスクワにいた。そして中ソそれぞれの対応と経過を現地で調査したという。中国では、毛沢東の後継に林彪が選ばれ、文化大革命のあとの「外敵」を求めていたという。反ソデモには1億5千人の参加があったという。一方、ソ連の側では、逆に冷静な対応が目立った。
 「国境問題があった時、関係国のすべての人が、紛争を円滑に収めようとする訳ではない。紛争を発生させ、それによって利益を得ようとする人が常にいる。」
 この中ソ紛争の中で、林彪は、穏健派の劉少奇派を封じ込めた。一方、ソ連も68年のチェコ事件をめぐる党内論争があり、この紛争を利用した人物・グループが存在したという。
 この中ソ国境紛争を、収束させたのが中国の周恩来であった。1969年9月の国慶節レセプションで「我々から戦いを挑むことはしない」と周総理が発言し、以来22年を要したが中ソ国境紛争は、収束した。。
 この「珍宝島紛争」を収束させた周恩来が、1972年の日中国交回復の際にも、「現状維持・武力不行使」の原則を、日中合意に含ませ「尖閣問題」の沈静化を図った。この合意を生かせなかったのが、昨年の尖閣事件であると著者は指摘する。
 
<尖閣事件処理の問題点> 
 1978年にも、尖閣諸島海域に多数の中国漁船が押し寄せたが、上記の「合意事項」の確認により、緊張は短期間で収束する。そして2000年日中漁業協定が結ばれ、同海域を含む漁業行為について、「それぞれが自国漁船を取り締まる、領海侵犯の行為には外交ルートで解決する」との合意が生まれる。
 昨年の事件では、直接中国漁船を臨検しようとし、衝突事件となった。さらに菅総理は、2010年の総理答弁において、尖閣問題に領土問題は存在しないと署名していた。さらに逮捕後は「国内法で裁く」と前原国土交通大臣が明言し、「領土問題棚上げ」合意を無視し、直接的な領土紛争への引き金を引く。
 中国の強硬な対抗措置は、日本政府(民主党政権)の対応への返礼であろう。
 誰が対中国強行路線を描いたか、それは明らかであろう。そして、残念な事に自民党政権以上に米政権・支配層に従順な民主党政権は、その指示を忠実に実行したのだろう。(これは佐野の私見)。
 本書では、尖閣事件を煽ってきた米政権の分析も行われる。日中の対立を煽ることで、日本の国民の不安感を強め、普天間・日米安保強化政策を推進し易くできる。
 
<北方領土問題を利用したアメリカ>
 北方4島をめぐる問題では、1951年のサンフランシスコ平和条約で日本は千島列島を放棄している。外交交渉問題は別にして、すでに決着している問題である。しかし、日ソ平和条約の動きなどに反発したアメリカは、日本の支配層に「領土問題」をけしかけた。戦後の一時期から、北方領土問題が日本側から持ち出された。アメリカは、日ソの接近を望まなかったのであり、日ソ平和交渉の妨害策として「北方領土問題」を持ち出した。
 かつて、「日本のこえ」の志賀さんが、「北方領土問題」の反ソ性を暴いていたが、この事実と符合する。
 2010年11月、メドヴェージェフ・ロシア大統領が、ソ連時代を含めて最高指導者として始めて北方4島を視察した。ソ連崩壊後、エリツィン大統領と橋本総理の間では、領土問題が進展した時期があった。その時期、ロシアは経済が破綻し、日本の協力を求めていた。しかし、現在、資源大国としてのロシアには、日本に気兼ねする要因が存在しない。おそらく当分の間、この問題での進展は全く望めない。
 まさに領土問題が、時の政権の、あるいは政権内部のあるグループの利害に従属することを示している。
 
<国境紛争地域は、日米安保の対象か>
 著者はまた、「北方領土・尖閣・竹島」で武力紛争が惹起した時、日米安保条約の対象となるか、を明らかにしている。
 安保条約第5条は「各締結国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動する」としている。
 日本の施政の下にない北方領土は対象にならない。竹島はどうか。竹島はアメリカ地名委員会によると国名は大韓民国と表記されている。
 よって、「北方領土」と竹島は、アメリカからすれば安保条約対象外となる。
 それでは尖閣はどうか。アメリカの見解は尖閣諸島は日本の管理下にあり、安保条約の対象である。尖閣の主権問題は係争中であり、そこには立ち入らないということである。
 昨年のクリントン国務長官の発言もこの域を出ていない。それでは、武力紛争に至った場合はどうか。「安保条約の対象である」ことと、「米軍が介入すること」は別問題ではないか、という論点が、ここで浮上することになる。
 日本が米軍の海外基地の全体の30%を提供しているのに、米軍が日本を守らないのか、この重要な点に発言したのが、モンデール駐日大使の1972年の発言であり、これにより辞任を余儀なくされている。すなわち「尖閣は日本の管理下にあるが、主権問題は係争中」である尖閣問題では、武力介入に米国議会の承認は降りないという事を著者は指摘している。

<武力を使わせない知恵>
 著者は、第5章領土問題の平和的解決–武力を使わせない知恵、第6章感情論を超えた国家戦略とは、において、領土問題を武力紛争に至らせないための戦略を展開する。
 最後の部分では9つの方策示して、平和的解決を図ることが重要だとしている。
 第1は、相手の主張を知り、自分の言い分との間で各々がどれだけ客観的に言い分があるかを理解し、不要な摩擦は避けること。第2に、紛争を避けるための具体的な取り決めを行うこと。第3に、国際司法裁判所に提訴するなど、解決に第三者をできるだけ介入させること。第4に緊密な「多角的相互依存関係」を構築すること。第5に「国連の原則」を全面に出していくこと。第6に、日中間で軍事力を使わないことを共通の原則とし、それをしばしば言及することにより、お互いに遵守の機運を醸成する。第7に、係争地の周辺で紛争を招きやすい事業につき、紛争を未然に防ぐメカニズムを作る。第8に現在の世代で解決できないものは、実質的に棚上げし、対立を避けることである。第9に、係争になりそうな場合、いくつかの要素に分解し、各々個別に解決策を見いだすこと、と、まとめておられる。
 「以上、ここに掲げた九つの平和的手段は、どれか一つだけが独立し、それですべてを解決できるものではない。武力紛争に持ち込まないという意識を持ちつつ、各々の分野で協力を推進することが、平和維持の担保になる。」と。
 
<2010年、アジア全域で国境問題が惹起>
 日中では尖閣問題、日韓では竹島問題、南北朝鮮では、延坪島問題、そしてアジアではベトナムと中国の領土紛争と、アジア全域で国境問題が焦点化している。
 中国の経済発展と資源確保政策、そして来年迎える中国共産党の指導者の交替など、中国がその震源ではある。 
 現在、ASEAN地域フォーラム等で、2002年の中国とASEAN諸国との「南シナ海の行動宣言」合意をさらに、「行動規範」とする協議が進められている。アメリカの介入を防ぎたい中国は、強行姿勢を控えてはいるが、予断は許さない。しかし、こうした協議の場を設けることで、中国の拡大路線を鈍らせることは可能であろう。
 こうした中、日本の国境問題を平易に論じる本書は、国境紛争を平和的に解決するためにも、大変役に立つと思われる。(佐野 2011-07) 

 【出典】 アサート No.404 2011年7月30日

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【投稿】混迷政局・復興のかなめは、脱原発・脱増税にこそあり

【投稿】混迷政局・復興のかなめは、脱原発・脱増税にこそあり

<<「原発の再起動をぜひお願いしたい」>>
 まったくあきれたものである。福島原発事故の収束のめどが立たないどころか、さらなる放射能汚染が拡大されかねない深刻な事態に落ちっている真っ只中の6/18に、海江田経済産業相は経済産業省原子力安全・保安院が6/7に電力各社に指示していた各地の原発の緊急安全対策について、「適切に実施されている」と発表し、「原発の安全性については国が責任を持って丁寧に地元に説明したい。原発の再起動をぜひお願いしたい」と述べ、定期点検中の原発22基の運転再開を求めたのである。
 何という神経であろうか。原発推進の経産省の下部組織であり、人事・財政を問わずあらゆる面で電力業界とずぶずぶで、「原子力村」とさえ言われる業界利益を徹底的に代弁し、福島原発事故の究明はおろか、収束さえもできない、そのような「原子力安全・保安院」は、そもそもその重大かつ深刻な責任が徹底的に追及され、即刻解体され、独立の第三者機関に置き換えられるべき存在であるにもかかわらず、菅政権は、この最も緊急に要請されていた新たな体制の確立、原発震災の収束に向けてあらゆる叡智と人材、資材を結集する努力を放棄したまま、あくまでもこの「原子力安全・保安院」にいまだに依存しており、その言うがままなのである。菅政権のこのような原発震災に対する深刻な現状認識の欠如こそが問題なのである。小手先にしか過ぎない対策と「検査」の結果、安全対策を指示してたった十日ばかり、その対策の有効性さえ検証できない、その性急さだけが浮き彫りになる段階で、「緊急安全対策は適切に実施されている」などと請け合っても、誰からも信用もされないし、相手にもされない、そういう事態であるにもかかわらず、「原発の再起動」を臆面も無く語れるその無神経さ、鈍感さ、政治的無能力、判断力の無さには空いた口がふさがらないといえよう。
 しかも菅首相自身が、こともあろうに6/19の自然エネルギー普及に向けたインターネット対話「自然エネルギーオープン対話」の場で、「海江田大臣の考えと私の考えはまったく同じだ」と強調し、「安全性が確認された原発は再稼働を認めていく」と首相官邸から発信しているのである。自然エネルギーと対極にある原発をあくまでも擁護し、なおかつ「自然エネルギー」も場当たりの延命策として活用する、基本的な政治哲学もなければ、脱原発の基本姿勢もまったく欠如した、その場しのぎで延命のためなら何でも利用する、そんな菅首相の本質が如実に現れている。

<<「話にならない」>>
 これに対して立地自治体である茨城県・東海村の村上達也村長は「原発事故の収束も、原因究明もできていない。(再稼働の要請は)話にならない」と突き放し、「産業の空洞化というレベルの話ではなく、地域住民の命がかかっている。事故の原因究明もできていない段階で、安全と言えるのか」、「地震国の日本で原発を稼働するのであれば、小手先の対応ではなく、根本から安全対策を考え直す必要がある。政府や保安院、東電などへの不信感が高まっている状態で、『安全』というだけでは通用しない」(6/19読売)と怒りも露わである。当然の怒りといえよう。
 また東京電力柏崎刈羽原子力発電所が立地する新潟県の泉田知事も、「福島原発の事故原因の検証も行わないまま、経産相から安全性を確認したとの談話が出された。この談話は論評に値する内容を何も含んでいない」と、再稼働要請は論外との認識を示しており、原発銀座を抱える福井県幹部も「新しい内容が出てきたわけではない」として、再開に同意しない姿勢に変わりはないとの考えを示し、「地震や津波の検証、原発の高経年化(老朽化)対策の新たな基準、浜岡原発以外を安全と判断した根拠を明らかにするよう引き続き求める」としている。
 この原発再開方針を「一歩前進」と評価する中部電力の幹部は、「これで、今進める津波対策を取れば、国も浜岡の再開を容認せざるを得なくなるのではないか」と歓迎し、海江田経産相の発表を浜岡原発再開へのステップと受け止めているが、静岡県の川勝知事は「(浜岡原発が含まれないのは)当然だ。完全な対策だと確認できない限り、再開のさの字も出る状況ではない」と述べている。
 福島第一原発事故を抱える福島県の佐藤雄平知事も当然のことではあろうが、運転停止中の福島第二原発については、「再稼働はありえない」と明言している。
 このように、これまで原発立地に協力・追随してきた自治体が、玄海原発を抱える佐賀県の古川知事の「再起動への国の意思が明確に示されたと受け止める」という発言を除いては、ことごとく反対、不信、疑問を表明しており、今後の姿勢が問われることになろうが、何よりも問われるべきは菅政権の基本姿勢といえよう。

<<「福島が脱原発と言わないでどこが言うのか」>>
 その菅政権の基本姿勢、大震災とそれに必然的に伴って惹起させてしまった原発震災、それからの復興を目指す基本的な政治姿勢こそが問われているのである。しかし菅政権からは、その場しのぎの小手先の対策は見えても、復興の中心にすえられるべき基本政策が見えてこないのである。明らかなのは、消費税増税路線だけが周到に準備され、世論形成にマスコミを動員し、段階的増税・10%増税やむなしという路線が着々と推し進められているばかりである。このような復興をないがしろにし、経済を冷え込ませ、いっそう庶民を苦しめる路線からの根本的路線転換こそが問われているのである。
 その路線転換が、まさに原発震災に直面した福島県から提起されている。福島第1原発の事故を受け、復興の考え方を福島県に提言する有識者会議「復興ビジョン検討委員会」が基本理念の原案を取りまとめ、6/15の第5回検討委員会で、復興の基本方針の第1に「脱原発」の考え方で施策を推進することを確認したのである。
 同検討委員会は、復興ビジョンの構成、基本理念(基本方針)、主要施策を検討し、「基本理念」の1点目に「原子力に依存しない、安全・安心で持続的に発展可能な社会づくり」を明確に打ち出し、「『脱原発』という考え方の下、原子力への依存から脱却し、再生可能エネルギーの飛躍的な推進を図るとともに、省エネルギーやリサイクルなどを強力に推進する」としている。検討委座長の鈴木浩福島大名誉教授は「原発へのスタンス(姿勢)を明確にしないと福島の復興ビジョンは始まらない」と語り、さらに検討委メンバーの山川充夫同大教授は「福島がどの方向でいくのかは、県民だけでなく世界中から注目されている。福島が『脱原発』といわず、どこがいうのか。県民、世界に対して一定役割を果たせたと思う」と、委員たちは力を込めて語ったという。県は7月末までに復興ビジョンを策定し、復旧・復興本部で決定することを明らかにしている。
 このような基本政策を中心にすえることこそが、本来は日本政府の基本姿勢にならなければならないものである。「日本が『脱原発』といわず、どこがいうのか」、この路線への根本的転換こそが菅政権に問われているのである。このような基本姿勢を打ち出せない政権は、もはや無用の存在といえよう。
 ましてや、原発を復活させるかどうかを問うイタリアの国民投票で、反原発票が94%という反原発派の圧倒的な大差で勝利した事態を「集団ヒステリー」(自民党・石原伸晃幹事長)などととらえる勢力との大連立などもってのほかである。
 6/14、都内で行われた被災者のための「ふるさと支援」発表会見に出席した俳優の菅原文太、西田敏行両氏が共に「原発はNO!」と語り、「原発の是非を問う国民投票をすべき。菅首相も最後に大きな仕事になる。ドイツもイタリアも脱原発を決めた。良い意味の三国同盟をつくってほしい」(菅原)と訴えたが、菅政権最後の仕事としては大いに意義ある提案といえよう。
  民主党は今、脱原発と脱増税路線への根本的転換こそが復興の要であり、政局混迷打開の要であることを明確にすべきであろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.403 2011年6月25日

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【投稿】「原発よさようなら」・「成長神話もさようなら」

【投稿】「原発よさようなら」・「成長神話もさようなら」
                              福井 杉本達也 

1 何てことをしてくれたんだ
 俳優・西田敏行氏が3月下旬に故郷・南相馬市を訪れた時の光景をこう描いている。「桜も桃も盛んで、山の緑も美しくキラッキラしていた。なのに人っ子一人いなくて、牛だけがいた。何てことをしてくれたんだと。福島県民はもっと怒れ」(県民福井:2011.6.8)。
 仏放射線防護・原子力安全研究所(IRSN)『福島原子力発電所事故から66日後の北西放射能降下区域住民の予測外部被曝線量評価』(2011.5.23 訳:真下俊樹)によると、事故による当初の20km圏内の避難区域の人口は85,000人(区域面積:628?)、最初の1年間の外部被曝量が10ミリシーベルト(mSv)(チェルノブイリ原発事故での旧ソ連邦の強制移住基準はセシウム137が1平方メートルあたり55万ベクレル(Bq)=最初の一年間の外部被曝量換算で約7mSvとなる)以上の波江町・飯舘村・南相馬市などの高汚染区域(最大:100~500mSv)の人口は69,400人(区域面積:874平方キロ)。この高汚染区域の住民に4年間避難対策を行わなかった場合は、チェルノブイリの住民27万人が4年間に受けた集団外部被曝線量は、7,300人・Svであり、福島の住民7万人が4年間に受けると予測される集団外部被曝線量は、4,400人・Svであるので、現在のまま汚染地区に留まると福島原発事故の外部被曝量はチェルノブイリの60%になってしまうと指摘している。しかし、事故後3か月で避難させた場合は被曝量を82%軽減させることが出来るとも指摘している。さらに、5mSv以上の「自主移住」などが必要な区域の人口は292,000人(1,241平方キロ)にもなる。これらの区域では農業や工業の行為も制限される。これらの地域の人口だけで福島県の人口の4分の1(面積で20%)を占める。農地を5年も放置すれば耕作の継続はできない。福島県は新規の教職員の採用もできないほど大量の子供の県外避難が始まっている(毎日2011.6.16によると約1万人)。もはや福島県のコミュニティーは解体状況にある。1mSv以上を低汚染地域とするならば福島県の大部分と北関東・宮城県の一部にまで及ぶ。そのような人口を狭い日本のどこに避難させることができるのか。生まれ育った土地・我々の祖先が数千年来稲や野菜を育ててきた土地・商売を営む土地・毎日生活する土地・そして豊かだった海に「何てことをしてくれたんだ」。

2 放射線の危険性―『許容量』ではなく『がまん量』
 中京大学の武田邦彦教授は放射線による被曝の危険性について、①放射線の被曝によるガンや遺伝性疾患の発生は、「医学的」に明確ではない。②この世には学問で判らない「未知の分野」がある。③ 研究中のことだから、医者や研究者によって言うことが違う。だから、原発事故以来、さまざまな記事が出るので、多くの人は「なにが正しいのか判らない」と悩む。④医学的に判らないのだから、医者や研究機関に聞いてもムダである。そこで、「医学的ではなく」(ここが大切)、「コンセンサス(みんなでとりあえず決めておく)で決める」という方式がとられた(21年前)。⑤それが、「誰でも1年1ミリシーベルト以下なら安全としよう。本当のところはわからないが、それで行こう」と整理している(武田ブログ:2011.6.10)。
 実はこの議論は、今から半世紀も前の1954年に米国の水爆実験で第五福竜丸がビギニ環礁での被曝をしたことを受けて、物理学者の武谷三男氏(人間の認識は現象論的、実体論的、本質論的の各段階を経て発展するという『三段階論』を提唱:日経2009.11.13 益川敏英「私の履歴書」)が自然科学的『許容量』ではなく、社会的『がまん量』であるとの考え方を提案した。「障害の程度を正確に科学的に推定することが不可能な場合、こと安全問題に関しては過大評価であっても許せるが、過小な評価であってはならない。この原則的な立場に立てば、『しきい値』の存在が科学的に証明されない限り、比例説を基礎において安全問題を考えなければならない。ちょうど具合のよいところ所に『しきい値』があって、それ以下は無害と都合よくいっている根拠は何もないからである。そうすると、有害、無害の境界線としての許容量の意味はなくなり、放射線はできるだけうけないようにするといのうのが原則となる。そして、やむをえない理由がある時だけ、放射線の照射をがまんするということになる。…許容量とは安全を保障する自然科学的な概念ではなく、有意義さと有害さを比較して決まる社会科学的な概念であって、むしろ『がまん量』とでも呼ぶべきものである」(武谷:『原子力発電』1976.2.20 、より詳しくは『原水爆実験』1957.8.22 岩波新書)と整理している。

3 『核エネルギー』の幻想を捨て去るとき
 1953年暮れに米アイゼンハワー大統領が「アトムズ・フォア・ピース」を宣言し、これを受け54年には日本でも中曽根康弘氏が3億円の原子力予算を成立させた。こうした政治からの動きに対し、日本の科学者は武谷・湯川秀樹(1956年の初代原子力委員会委員)・坂田昌一(名古屋大学教授・坂田モデルを提唱・弟子にノーベル物理学賞受賞者の小林誠・益川敏英氏らがいる)などの素粒子論グループを中心に軍事研究に利用されるとして慎重であったが、『核エネルギー』の利用そのものに対しては歓迎していた(吉岡斉『原子力の社会史』1999.4.25)。武谷は「原子力は原理的にはすばらしいものを人類が手に入れたことになる。…人類が手にいれたものであるから無限の可能性のきっかけを得たことは確かである。しかし人類に福祉をもたらすための原子力の利用の方面はほとんど無視され、原子爆弾、水素爆弾の数の競争が熱狂的に追求されている」(武谷『戦争と科学』1951.8)。ここには当時の物理学者をはじめ日本の科学者達の巨大な『核エネルギー』に対する信仰のようなものが窺える。
 石油などの炭素が化学反応で燃焼する場合、1個の炭素原子が酸素分子と結合すると4.1 eV のエネルギーが 放出される。ところが、1個の重いウラン235 が核分裂 すると約200 MeV 以上という途方もないエネルギーが出る。これは化学反応 (燃焼) の約1億倍にもなる。その出力は10万分の1秒というとてつもない短い時間で核分裂を繰り返し加速度的に増加する。これが原爆の原理であるが、原発はこの核エネルギーを燃料棒の配置と制御棒の操作によってK(中性子が増加する係数)<1.007(K=1が『臨界』)という範囲内におさめ10分の1秒程度で 核エネルギーが原爆のようには暴走しないよう微妙な管理を行ってきた(石川迪夫『原子炉の暴走』参照)。これまで、原発を推進する側は、原爆は一挙に大量のエネルギーを発生させるのに対し、原発は核分裂の割合を一定範囲に制御し、エネルギーを少しづつ長期間に取り出すので“安全である”と説明してきた(参照:『原子力発電2000』経済産業省)。しかし、100万KW級原発では運転中の1年間に原爆1000発分の放射能を作りだしている。そして、その放射能の崩壊熱は原子炉停止直後で出力の約7%、1日後でも0.5%といものすごい出力が残っている。1986年の旧ソ連のチェルノブイリ事故の場合には核暴走を、1979年の米国のスリーマイル島事故や今回の福島第一では崩壊熱の暴走を止めることができなかった。膨大な放射能が地上にまき散らされた。さらに地下水や海水にまき散らされて止めることができないでいる。今我々は『核エネルギー』の管理に完全に失敗した。1940,50年代、武谷・湯川ら物理学者や科学者が夢見た無限のエネルギーの人類への解放(核の平和利用=自然条件の制約からの解放)という幻想を捨て去る時である。それは同時に「無限の経済成長」という神話も捨てることである。
 ところで、『核エネルギー』の神話の信奉者は何も中曽根氏や正力松太郎氏や当時の科学者ばかりではなかった。1955年の両院原子力合同委員会(中曽根委員長)には左派社会党から志村茂治、右派社会党から松前重義氏(東海大学創立者)らが参加し、まさに挙国一致の体制であった。一方、共産党は「私たちは、党として、現在の原発の危険性については、もっともきびしく追及し、必要な告発をおこなってきましたが、将来展望にかんしては、核エネルギーの平和利用をいっさい拒否するという立場をとったことは、一度もないのです。現在の原子力開発は、軍事利用優先で、その副産物を平和的に利用するというやり方ですすんできた、きわめて狭い枠組みのもので、現在までに踏み出されたのは、きわめて不完全な第一歩にすぎません。人類が平和利用に徹し、その立場から英知を結集すれば、どんなに新しい展開が起こりうるか」(7中総:不破哲三議長発言「しんぶん赤旗」2003.6.30)と、いまだ『核エネルギー』に対する信奉を捨てていない。

4 原発よさようなら
 福島第一原発事故の調査・検証委員会委員長・失敗学の畑村洋一郎氏は産業革命以来、ボイラー事故で1万人が亡くなったとし、技術がある程度完成するまでには200年はかかるとしている(日経:2011,5.30)。しかし、ボイラーは内部圧力でボイラー本体を破壊することは多々があるが、出力暴走で燃料棒が融け・圧力容器の底を融かし放射能を放出することはない。原発の放射能は機器に人が近づくことを困難にし、簡単に検査・修繕・改良・機器の更新をすることができない。機器の検査も交換も出来ないできない技術の改善は不可能である。今後、設備が古くなればなるほど材料の劣化は進み、事故の危険性はますます高まる。しかも、ここ30年で地球環境に放射能をまき散らす決定的な重大事故を3度も起こしてしまった。放射能を閉じこめる最後の防壁である格納容器まで破壊し、水素爆発で建屋まで吹き飛ばした『原子力工学』は“不完全技術”というよりも、もはや“工学”とか“技術”と呼べるようなしろものではない。さらに、4月7日の震度6強の大規模余震では、青森県六ヶ所村の再処理工場で外部電源は喪失し・東北電力女川・東通原発では一時冷却機能を失った。外部電源喪失の可能性はこの他、青森県:Jパワー大間、茨城県東海再処理施設でも指摘されており、今後ボディブローのように効いてくる放射能汚染の影響を含め、現在もなお東京圏を含む東日本全体が非常に不安定な状況に置かれている。
宇宙飛行士の山崎直子氏は5月10日付けの朝日新聞「ウエブサロン」で『シャトルの事故の教訓に学べ』と題して、チャレンジャー号事故前、NASA幹部は宇宙船の大事故発生確率は10万分1と計算していたが、現場のエンジニアは100分の1と見積もっていた。その後事故調査が行われたが、調査委に参加したノーベル物理学賞受賞者リチャード・ファインマンは報告書付録Fの中で「技術が成功するためには、体面よりも現実が優先されなければならない。何故なら自然は騙せないからだ。」と締めくくっていたことを紹介している。 米国は2003年2月のコロンビア号空中分解事故を契機に今年7月の最終打ち上げをもってスペースシャトルから撤退することを決定した。人を騙すことはできても、まき散らされた大量の放射能汚染を騙すことはできない。6月13日イタリアのベルルスコーニ首相は国民投票の結果を受け「原発よさようなら」と宣言した。国土を守るために、地球を守るために、人類が生き残るために、早急に原発を止める以外に道はない。 

 【出典】 アサート No.403 2011年6月25日

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【行動提起】「さようなら原発1000万人アクション」を盛り上げよう!

【行動提起】「さようなら原発1000万人アクション」を盛り上げよう!

   ★「さようなら原発1000万人署名」を実現しよう!
   ★ 9月19日 「原発にさようなら集会」(5万人の結集を目標)に参加を!

 脱原発の大きなうねりを作り出す必要がある中、時宜を得た大きな運動が提起されています。去る6月15日、鎌田慧さん、澤地久枝さん、内橋克人さんが出席して、東京・アルカディア市ヶ谷(私学会館)を会場に、「さようなら原発1000万人アクション実行委員会」の記者会見が開催されました。
 実行委員会として、脱原発、エネルギー政策の転換へ向けて、「さようなら原発1000万人署名」へ取り組むことと、9月19日に5万人規模の結集をめざす、「原発にさようなら集会」の開催が提起されました。
 
 平和フォーラムや原水禁国民会議が中心になって企画されたと推察しますが、福島原発事故によって、国民の中に生まれた日本の原子力政策への不信、脱原発への政策転換を求める国民の声を大きく結集する運動に育てることが求められています。
 
 報道によると、署名と集会・デモの2つの運動は、大江健三郎さん、内橋克人さん、鎌田慧さん、坂本龍一さん、澤地久枝さん、瀬戸内寂聴さん、辻井喬さんの7人が呼びかけたられたもので、呼びかけ人にはさらに落合恵子さんも加わられたとか。
 
 「原発にさようなら集会」は、本年9月19日(月・敬老の日)午後1時から、東京の明治公園で、5万人の参加を目標に開催。また「原発にさようなら1000万人署名」は、脱原発を求める署名を1000万人分集めて、福島原発事故から1年目となる来年の3月11日に、日本政府と衆参両院に提出しようというものです。
 呼びかけ人は、2つの運動の目標として、①新規原発建設計画の中止、②浜岡からはじまる既存原発の計画的廃止、③もっとも危険なプルトニウムを利用する「もんじゅ」「再処理工場」の廃止—の3つをあげています。
 
 職場・地域で、この運動への協力・推進をしていきましょう。情報があれば、今後の紙面でも紹介していきます。(23011-06-19佐野)
 
 【出典】 アサート No.403 2011年6月25日

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【日々雑感】どうした、敗戦国日本!

【日々雑感】どうした、敗戦国日本!

 私は、朝日新聞の夕刊の素粒子の欄は好きで、いつもチラッと目を通します。そこには時々、小気味良く世相を、ひねくったりの内容で、うなづかされることもあるのですが、先日6月14日(火)のそれも、そうでした。
 内容:服飾、自動車、観光、ブランドの国には地震もある。傷がつけば取り返せない。イタリア国民は賢明な判断示す。☆先に脱原発を決めたドイツともども敗戦国。原発を進めてきたのは戦勝し核保有国となった米・仏・ロ・英など。☆核の怖さを一番知りながら核を原子力と読み替えて世界3位の原発を造った日本。どこでボタンを掛け損なったか。
 こういう見方もあるのですね。かつてファシズムの国であった両国が、世論の高まりで脱原発を決めたのは羨ましい。それにひきかえ、ファシズムに協力した日本の世論は成長していない。
 イタリアのベルルスコーニ首相は、原発推進派で、その強烈な個性で知られ、イギリスのエリザベス女王からも顰蹙をかったことも有名ですが、それでも脱原発を決めたのは、一定の歴史的評価を受けるに値するでしょう。日本では、電力不足の脅しとも疑われそうな世論操作を感じます。
 どうした、敗戦国日本!敗戦国イタリア、敗戦国ドイツに見習えと、叫びたくなるような気持ちです。 (2011-06-15早瀬達吉)
 尚、この原稿を書いている最中にも、今日付けの日経夕刊で、素晴らしい記事を目にしました。次回にでも書いてみたいと思います。いずれにしろ原発や核の問題は、人類が「パンドラの箱をあけてしまった、あるいは引き金を引いてしまった」とも言えることなので、書き続け、言い続けなければならないと思います。

 【出典】 アサート No.403 2011年6月25日

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【コラム】ひとりごと—-余命4年の日本共産党??—- 

【コラム】ひとりごと—-余命4年の日本共産党??—- 

○今ネット上で、日本共産党の余命があと3年、4年かと言った情報が飛び交っている。一つの根拠は、赤旗(日曜版)の急速な減紙である。○公開されていないが、6月に出された「常幹報告」によると、赤旗24万部、日曜版は100万部を切ったと言う情報である。(宮地健一HP)○従来赤旗本体は毎年赤字であり、日曜版の収入で赤字を埋めてきたと言われている。それでも近年は積立金を毎年6億円取り崩してきたらしい。○しかし、その積立金もいよいよ底をつくようで、言われてきた専従者への賃金遅配という事態ではなく、専従者のリストラも想定されているようだ。○確かに、ひとごととはいえない話だが、先の統一地方選挙でも、共産党の街頭宣伝は、特に高齢者の姿が目に付いた。○世の中全体が、高齢化しているのは事実としても、党員そのものの高齢化は紛れもない事実のようだ。団塊の世代の大量退職は、2007年から2009年に起こっている。学生運動華やかなりし60年から70年世代は、もう年金生活者である。○赤旗の大幅減紙、党員の高齢化と党費収入の減、だけが問題なのではない。もちろん、宮本体制から不破、志位体制と変遷してきたが、相も変わらぬ唯我独尊の政治方針、他の政治グループとの統一戦線思考の欠如、党内議論を封殺する民主集中制が、党勢の衰退を招いてきたのである。○全選挙区への立候補戦術も、得票率の減少・供託金没収という結果となり、財政を圧迫してきた。○党員の激減も加わり、2年後の参議院選挙、衆議院選挙では、更に議員数を減らすのでは、と言われているわけである。○赤旗の減紙については、一般的傾向としての、紙メディアの衰退も関係しているだろう。私の職場周辺でも新聞を取っていない人が増えている。テレビもデジタル放送なら番組表がある。ネット全盛の中、ネットニュースで十分に足りる。月々4000円近い新聞代は、高いと思えば高いのである。加えて、議論のない、上意下達型の赤旗では、例え2900円でも、普通に考えて売れるはずがない。○赤旗拡大で、党勢を上げるという戦略自身が、もはや時代錯誤というべきだろう。○余命3年説かどうかは別にして、早晩、共産党が何らかの路線転換を迫られるのは確実と思われる。○経済・財政的な問題もあるが、近年、議席を確保した場合も、議員の質の低下が著しいのである。私の居住地周辺の自治体新人議員だが、まともに議会質問もできない連中がウヨウヨいる。(公明は、質問ネタの供給があるらしく、棒読みの質問でなんとか保っているようだが、議論には耐えられないようだ。)政治の劣化が、共産党からも起こっているのである。○政権交代が実現したが、民主党も、議員になりたいだけの、別に自民党でもいいのでは、という輩もが多い。それほどいうなら、議員になればと言われそうだが。○東日本大震災、そして福島原発事故による「原発震災」の中、原子力発電を巡って、まさに政治的焦点化が起ころうとしている。「脱原発」を核に、政治勢力・大衆運動を一つの流れにしていく必要がある。○先週、6月11日反原発関西行動があったが、共産党系の姿はなかった。(宮本たかし衆議院議員は連帯の挨拶に立っていたが・・)○全ての脱原発勢力が統一して、行動することが大切であろう。○その中で、共産党の路線転換を期待するのだが・・・。(2011-06-18佐野) 

 【出典】 アサート No.403 2011年6月25日

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【投稿】脱原発政策転換に立ちはだかる菅政権

【投稿】脱原発政策転換に立ちはだかる菅政権

<<政権延命手段>>
前号で提起した「浜岡原発を即刻停止させよ!」は、現実のものとなった。とりあえずは「第二のフクシマ」の再現を、東海地震震源域の真っ只中にある危険極まりない浜岡ではなんとしても食い止めなければならないという一点において、ほんの端緒にしか過ぎないが、それでも前進であると評価できよう。しかしそこには覆い隠しがたい重大な問題、弱点、欠陥が横たわっている。
その覆い隠しがたい重大な問題点の一つは、この浜岡原発操業停止「要請」が政権延命手段としてしか位置づけられていないことであり、脱原発への政策転換とは程遠いものであり、それがまた多くの人々に見抜かれていることである。それは、政府・国家の責任において「浜岡原発を即刻停止させる」べき「操業停止命令」を、「操業停止要請」(5/6)として電力会社に責任を転嫁したところに端的に現れている。対する中部電力側は首相の停止要請受け入れに際し、「運転停止要請に係る確認事項」なる文書を経済産業省に提出(5/9)、そこで「浜岡原子力発電所の安全対策は、法令・技術基準等に基づき適切に実施され」ていると強調し、停止は「国民に一層安心頂くためのもの」だとして、そのことを「十分に(国民に)周知していただきたい」と要求し、政府側はこれをそのまま受け入れ、海江田経済産業相は同日の記者会見で、浜岡発電所は「耐震安全対策はこれまで適切に講じられてきており、技術基準等法令上の安全基準は満たしている」と明言して、中部電力の耐震安全対策にお墨付きを与えたのである。
ところが浜岡原発の耐震設計における津波の想定は、最大で8メートルにしか過ぎず、しかも、本体の原子炉建屋は海抜10メートルの地表から地下に埋め込まれ、非常用ディーゼル発電機は福島と同様にタービン建屋の地下、海抜わずか6メートルの位置にあり、福島原発を襲った14メートル前後の津波の前にはことごとく機能不全となることは明らかである。中部電力自身が、今後2~3年かけて高さ10数メートルの堤防をつくるとしていることは、現状では大津波にはとても耐えられるものではないことを認めているのである。さらに津波襲来以前の、地震そのものによる浜岡原発が立地する地層、基礎岩盤の相良層は弱くてもろく、その液状化対策もまったく採られていないのである。「耐震安全対策はこれまで適切に講じられてきており」などととても言えるものではない。
しかも浜岡原発敷地内には、耐震指針の対象になっていない1、2号機の燃料プールには、現在でも計1165体もの使用済み燃料が保管されており、これまた福島原発と同様、危険極まりない存在であり、地震と津波に真っ先に破壊され、放射能を撒き散らす可能性が極めて高いのである。

<<「割り切り方を間違えた」>>
浜岡原発運転差止訴訟で、原子力安全委員長の斑目氏は、被告中部電力の証人として証言台に立ち、原告側弁護士の「先ほど非常用ディーゼル発電機2台が同時に動かないという事態は想定しないと。」と問われて、「想定しておりません。」、「非常用ディーゼルが2台動かなくても、通常運転中だったら何も起きません。ですから非常用ディーゼルが2台同時に壊れて、いろいろな問題が起こるためには、そのほかにもあれも起こる、これも起こる、あれも起こる、これも起こると、仮定の上に何個も重ねて、初めて大事故に至るわけです。だからそういうときに、非常用ディーゼル2個の破断も考えましょう、こう考えましょうといっていると、設計ができなくなっちゃうんですよ。つまり何でもかんでも、これも可能性ちょっとある、これはちょっと可能性がある、そういうものを全部組み合わせていったら、ものなんて絶対造れません。だからどっかでは割り切るんです。」と答えている。
静岡地裁はこの裁判の2007年10月26日の判決で「被告策定の基準地震動は妥当で、設計上の安全余裕は十分確保されている。東南海・南海地震と連動した場合でも耐震性は確保され、地盤は堅牢。」として原告側の主張を全面棄却するまったく非科学的で不当な判決を下している。その判決の決定的な証人が斑目氏なのである。
斑目氏は、福島原発の事故後、参議院予算委員会で社民党の福島みずほ議員からこの発言を追及されて、「割り切り方を間違えた」「個人的に謝罪する」と陳謝している。事故後の謝罪では取り返しがつくものではない。
その斑目氏と菅首相は、福島原発事故発生の翌早朝、ヘリコプターで原発現地に視察に行き、斑目氏は首相に「水素爆発は発生しない」と請け合い、パフォーマンス丸出しの視察終了後に「原発は大丈夫だ」と説明しているさなかに、福島原発1号機の原子炉建屋が吹っ飛ぶ水素爆発が発生したのである。
「あれも起こる、これも起こる」が福島原発震災の現実であり、すべての災害に共通するものである。誤操作・誤動作による障害が発生した場合、常に安全側に制御するというフェイルセーフが作動するから原発は絶対に安全であるという”安全神話”を自らぶち壊すような、原子力産業界を代表するこのような人物が原子力安全委員会の委員長であったし、今もあり続けており、この無責任極まりない人物、その委員会に責任を丸投げしているのが菅政権である。

<<史上最低の記者会見」>>
そもそも、5年前の2006年1月に「東海地震が今後30年間に起こる確率は87%」と公表し、今年1月にその事実を再度確認したのは政府の地震調査研究推進本部であり、本来ならこの時点で政府自らが、浜岡原発の即時停止と全面廃炉を提起し、政策化し、国内外にその問題の切迫性を訴えるべきであったのだ。しかし、菅政権はこの時点でも、この警告を無視し、我関せずの態度をとり続け、自民党以上の原発推進政策を取り続けてきたのであった。
問題はさらに、3/11のM9の巨大震災、その直接の結果としての福島第一原発の震災を目の当たりにしてもなお浜岡原発の停止を提起しなかった怠慢とその無責任な政治姿勢である。さらに3/11の本震に引き続く余震であっても、女川原発、東通原発、各地の原発が電源喪失の事態に次々と陥っていたときにおいてもなお、菅政権は浜岡原発の停止を提起しなかったのである。最低限、3/11から数日の間に提起すべきであった。菅首相が提起したのはそれから一ヵ月半以上も経過した5/6であった。あまりにも菅政権の対応は遅すぎたのである。浜岡で想定されている東海地震は、福島原発とは違って、原発の直下で震災が発生することが想定されており、福島原発以上の地球規模の大災害をもたらすものである。
浜岡で福島のような事態が起これば第七艦隊の基地・横須賀が危ないと危機感を募らせた米側の要求と、自らの政権の延命策に利ありと踏んだ政治的打算の結果として、初めて腰を上げたのが真実と言えよう。そのことは、政府の内閣府原子力委員会の専門委員の一人である青山繁晴氏が「米国防総省から、早く浜岡を止めろという圧力があった」ことで明らかにされており、なおかつ青山氏は菅首相が操業停止要請を発表した5/6の記者会見は、「確率87%」は「単なる言い訳に過ぎない」もので、何の根拠も示さずに「他の原発は大丈夫」などという点でも「史上最低の記者会見である」と酷評される代物であった。

<<「世界最高レベルの原子力」>>
それでも今回の浜岡原発の操業停止は、菅政権の意図を超えて、原発全面停止の第一歩になるであろうし、そのようにさせなければならない。しかしその最大の障害が菅政権の存在ともいえよう。
菅首相は、5/6の記者会見のその舌の根も乾かぬうちの5/18の記者会見で、記者団から「停止中の浜岡原発の再稼働はあるのか?」と聞かれ、「安全性が確認されれば再稼働を認める」と答えたのである。あきれたものである。単なる言い訳に過ぎなかったとしても「東海地震が今後30年間に起こる確率は87%」はこの時点では完全にすっ飛んでしまっている。これでは廃炉どころか単なる一時操業停止にしか過ぎないものである。
さらに問題のなのは、この記者会見では「原子力行政全般に関して、長年の原子力行政のあり方を根本的に見直さなければならないと思っている。」と冒頭に述べながら、「原子力(発電)を今後増やすのか、維持するのか、減らすのか?」との質問に対して、首相は「原子力のより安全な活用の仕方を生み出してさらに活用する」とまで答えているのである。首相の本音がここに出ているといえよう。浜岡原発の操業停止は、その場しのぎであり、マヤカシにしかすぎないものとして菅政権においては位置づけられているといえよう。
5/6に明らかになった経済産業省の今後のエネルギー政策に関する内部文書は、「原発の緊急安全対策を進めて『安全宣言』を早期に行うことで既設の原発からの電力供給を確保し、2030~50年には『世界最高レベルの安全性に支えられた原子力』を3本柱の一つとする」としており、菅政権の本音がここに露骨に示されている。
しかしそのような「安全宣言」はどこからも相手にされないであろう。福島原発事故の現状は、収束どころかさらに重大な放射能汚染を招きかねない、しかも長期にわたる試練を課している。原発震災のこのような深刻な現実を真摯に学ぼうとしない、その場しのぎでマヤカシに満ちた政権の存在価値はもはやゼロに等しいといえよう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.402 2011年5月28日

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【投稿】浜岡原発全面停止を歓迎する

【投稿】浜岡原発全面停止を歓迎する
                            福井 杉本達也 

1 浜岡原発全面停止は英断
 「東海地震に十分耐えられるよう、防潮堤など中長期的対策が完成するまで浜岡原発は全て止める」5月6日夜、菅首相は会見でこう言い切った。情報は原子力安全・保安院にも原子力安全委員会にも知らせなかった。「浜岡原発を止めるための法律的な根拠もなければ、新たな法律を作りという話もない」(政府関係者)、「中電とは打ち合わせもしていない。パフォーマンスも甚だしい」(官邸スタッフ:朝日:5.7)、「党内調整が不十分だ。そもそも、なぜ浜岡原発だけなのか、理解に苦しむ」(小沢グループ)「唐突な発表だ」、「国民生活に重大な影響を与える話なのでもっと政府内で熟議を重ねるべきではないか。拙速な発表との印象だ」(自民党脇雅史国対委員長:読売:5.7)、東京電力や関西電力の需給にも影響が生じる」(資源エネルギー庁)と経済産業省・官邸・民主党内・野党からの抵抗は凄まじい。首相周辺が一番気にしたのは、どう経産省や電力会社の巻き返しを防ぐかだったと発表前に情報が漏れて原発推進派に抵抗の余地を与えることを警戒したとしている(毎日:5.10)。原発を止めたくない推進派には不意打ちだが、もし、『民主的』手続きに従ってあれこれ議論をすれば、官僚・原子力業界や与野党内の原発推進派に潰されてしまう。浜岡原発の危険性については十分議論されている。だから既に1・2号機を廃炉にすることが決定していた。東日本大震災に匹敵する地震や津波が浜岡原発を襲えば対応は不可能である。中部電力も東海地震への対応による費用と運転停止を天秤にかけたのであろう。菅内閣の浜岡原発全面停止を素直に歓迎する。

2 エネルギー基本政策の転換
 さらに首相は10日に2030年に「総電力に占める原子力発電の割合を50%以上とする政府のエネルギー基本計画について『いったん白紙に戻して議論する必要がある』と表明した。さらに『再生可能な自然エネルギーと、エネルギーを今ほど使わない省エネ社会(構築)にこれまで以上に大きな力を注ぎ、エネルギー政策全体を検討したい』どの考えを示した(毎日:5.11)。脱原発に向け大きく舵を切るということである。さらには、首相は17日の共産党の志位委員長との会談でも「核燃料サイクル」の見直しについても踏み込んだ発言をしている(福井:5.18)。こうした一連の動きも歓迎したい。

3 なぜ、日本は原発を受け入れたのか?
 有馬哲夫著『原発・正力・CIA』(新潮新書)や1994年3月16日に放送されたNHK、「原発導入のシナリオ~冷戦下の対日原子力戦略~」は日本への原発導入の歴史に詳しい。1945年の日本の広島・長崎への原爆投下後核兵器を独占してきた米国が、ソ連の核実験による核独占の破綻と平和攻勢・社会主義勢力の台頭により外交の転換を迫られる中で、1953年 12月、アイゼンハワー大統領は「アトムズ・フィア・ピース」(平和のための原子力)演説によって米国の核政策=核兵器の独占・秘密主義を転換し、濃縮ウランを外交カードとして各国をアメリカの勢力下におこうとしたのである。その政策にのっかり、密かに独自核武装への道を選択しようとしたのが、読売新聞社主の正力松太郎であり、新進気鋭の政治家として登場したばかりの中曽根康弘である。したがって、日本の原発はその導入当初から核兵器と切っても切れない関係にあったのである。原発は日本の核所有への欲求を満足させると共に、濃縮ウランを安定的に日本に供給することによって米国の核軍事産業を安定的に維持し、また、日本の原発で核兵器の原料であるプルトニウムを生産し万一の時にアメリカに持ち帰り大量の核兵器を生産できるようにするものであった。その過程で原爆投下で反米感情の強かった当時の日本で「日本のメディアを操作して、再軍備に賛成するものを支援し、共産主義者や反米感情を持つ人々に反感を持つよう世論を導く」心理戦を遂行したのである(上記:有馬)。そこで、「原子力の平和利用」=原発という意識が世論に刷り込まれたのである。しかし、核兵器と原発の技術は同じモノである。核分裂に1.25個のずつの中性子が使われる。核分裂のたびごとに核分裂の数が1.25倍ずつ上昇していくと出力は無限大に上昇し『暴走』し核爆発を起こしてしまう=核兵器。一定の安定した出力発生状態にするには核分裂に使われる中性子数は1個でなければならない=原発(石川迪夫:『原子力の暴走』)。つまり、無限大のエネルギーを人間が制御できる安定した状態に維持しなければならない。今回核暴走ではないが原発の炉心を冷却できないことによって核のエネルギー暴走が起きてしまった。我々は「スリーマイル」・「チェルノブイリ」そして今回の福島でようやく原発が核兵器と同じ、無限大のエネルギーを持つ制御できないしろものであることを再認識させられたのである。

4 子どもに20ミリシーベルトも被曝させるのは戦争状態
 小学校の校庭利用を制限する年間限界放射線量を文科省が20ミリシーベルトとしたことに抗議して、小佐古敏荘内閣官房参与が辞任した。ICRPは一般人が年間に浴びる放射線量を1ミリシーベルトと定めている。今回の基準は原発事故のような緊急事態では1~20ミリシーベルトの範囲内で考えるとしていることに対応したものであるが、子どもは放射線に対し大人の3~4倍影響を受けるという。緊急事態とは戦争状態のことである。これからの日本を担う子どもを戦争状態に置いておくとはどういう考えなのか。
 同様の発想は原発冷却のための「決死の作業の正当化」にも見られる。東京電力や関連・協力会社の社員、そして東京消防庁、警察機動隊、自衛隊員が「決死の作業」に当たった。それを多くのマスコミは「50人の勇士」などと称賛した。「国民の生命を守るために」=最大多数の最大幸福の為に少数者を犠牲にしてもよいものか。「決死の作業」を賛美する者の影には核戦争への誘惑が潜んでいる。20ミリシーベルトもある地域へは軍隊を派遣できないとなれば核戦争などできないからである。小学校校庭の年間限度放射線量の考え方にも核戦争の影がかかっている。
 福島県放射線健康リスク管理アドバイザーとなっている長崎大学大学院の山下俊一氏は福島県内での講演で「100ミリシーベルト浴びると、100人、その生涯ずっと調査すると、100人の内1人ガンが起こるかどうかという頻度です。100人が、平均78歳としましょうか、生きて1人ガンが起こるかどうかという、そういう確率論的な問題です。でも、70も80も生きれば1/3はガンで死んどる。33人はガンで死んどるうちの、1人は放射線のせいかわからんという量」(3.21 山下俊一氏)、と述べているが、元々、原爆の被害・放射能の人への影響を確認するために米軍の主導で長崎大や広島大などに講座が作られたのがきっかけである。核戦争をいかに効率的に進めるかのということのために大学に研究講座が設置されたのであるから、核戦争を遂行する上の研究では「安全」と言わざるを得ない。
  「いろいろ考えていくと、現在の原発のもとになっている、原爆技術の平和利用という発想に無理があったのではないかというところに私は行きついてしまうのだ。」(県民福井:5.19)と作家の辻井喬氏は書く。核は無限大(∞)の技術である。無限大は制御できない。我々は戦後米国の軍産複合体とわが国の独自核武装論者、短期的利益のみを追求した経済界・電力資本・政治家・官僚に騙され、たった40年間の電気を発電するために数千年にも亘って開拓し耕してきた貴重な国土を放射能で汚染させてしまった。また、世界の海を汚染させてしまった。物理学者武谷三男らが追究した「民主・自主・公開」という原子力3原則の効果はなかった。いまこそ核技術=原発と決別する時である。 

 【出典】 アサート No.402 2011年5月28日

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【投稿】ビン・ラディン殺害と中東政策の転換 

【投稿】ビン・ラディン殺害と中東政策の転換 

<一方的な軍事作戦>
 5月2日、ウサマ・ビン・ラディンが米軍により殺害された。9.11テロ以降、ビン・ラディンは、パキスタンの山岳地帯に潜伏していると見られていた。しかし実際は、同国首都のイスラマバードに近いアボタバード市で相当の間、家族とともに文化的な生活を営んでいたことが判った。
 さらに同市は、陸軍士官学校など軍の施設が多く存在するため、警備は厳重なはずで、ここで安穏に暮らしていたということは、事実上パキスタン治安当局の「保護下」に置かれていたと考えられる。
 ビン・ラディンの所在が露見した経過について、オバマ政権はCIAの地道な探索の成果としているが、パキスタン軍情報部(ISI)が「売り渡した」との見方もあり定かではない。
 パキスタン政府は今回の襲撃にについて、事前に一切知らされていなかったとしている。しかしアルカイーダ幹部に対する襲撃については容認するとの密約があったという報道もあり、これまでも西部国境周辺の部族支配地域では、無人機による攻撃が繰り返されていることから、同国内でのアメリカの一方的な軍事作戦は既成事実化していた。
 今回の作戦もこれまでの延長線上にあるものであり、パキスタン民衆の抗議行動が繰り広げられるなか、パキスタン政府は拘束されたビン・ラディンの配偶者に対する尋問を認めたり、墜落した米軍ヘリの機体を返還するなどアメリカとの関係改善を進めている。

<最後までビン・ラディンを利用>
 ビン・ラディンと側近はほとんど抵抗らしい抵抗もできず射殺された。その最後について知るのは、彼の家族と襲撃部隊以外にはおらず、アメリカ側から明らかにされることは、当分の間ないだろう。 
 ビン・ラディンの遺体は、本人確認の後アフガン経由でインド洋に展開する米空母に移送され、水葬に附された。遺体の写真は一部の議員以外非公開とされたが、押収された生前の映像などは公開された。
 毛布を被り自らについて報道されるテレビに見入る姿などは、一種哀愁を漂わせている。さらに「公開される映像では白い髭を染めていた」「襲撃されたとき女性を盾にした」「多数のポルノビデオが発見された」など、ビン・ラディンの権威を失墜させるためのネガティブ情報が、虚実織り交ぜて流されている。
 パキスタンやイラクでは、殺害に対する報復と思われるテロが散発しており、アルカイーダやタリバン関係組織は、聖戦の継続を呼号している。しかし「後継者」も定かではなく、ビン・ラディンが新たなテロを計画していたとの情報も具体性に欠けるもので、彼が生存していたとしても「世界を震撼させるような」テロの実行は、もはや不可能だったと考えられる。
 ビン・ラディンは冷戦時代にアメリカがつくりだした怪物であり、その後の国際情勢の大転換により邪魔者となり、ついには完全な敵対者となった。しかし9・11の直接的報復であるアフガン攻撃以降のイラク戦争や「対テロ戦争」では、アルカイーダやビン・ラディンが口実とされており、アメリカ軍産政複合体にとってまだまだ利用価値のあるものと思われ、彼らを「泳がせ」ていたのでは、との疑念も存在していた。
 さらに、現在進行中の北アフリカ、アラブ民主化の動きのなかでは、カダフィ大佐のような権力側が「反政府勢力にはアルカイーダが潜り込んでいる」と自己正当化に利用しており、まことに便利な存在となっている。
 しかし、予想以上の戦費に苦しむアメリカはついに見切りをつけた。「対テロ戦争勝利」の一つの大義名分として最後まで利用されたのである。

<新たな中東安定化策>
 「対テロ戦争」終結の具体化として、昨年のイラクからの戦闘部隊の撤退に続き、今年7月からはアフガンからの撤退も始まろうとしている。さらにこの間オバマ政権が、ビン・ラディン殺害作戦を挟んでアフガンのタリバン指導者、オマル師側近と交渉を重ねていることが明らかとなった。
 アフガンの戦後処理が、アルカイーダやビン・ラディン抜きで進められていたのである。双方にとって彼らは無用の者となり捨て去られたと行っても良い。
 今後の政権にタリバン穏健派を加えることは、カルザイ政権も、パキスタン政府も歓迎するところであり、今回の交渉もカルザイ大統領の兄が仲介をしたと伝えられている。
 パキスタン政府もタリバンまでは面倒を見るつもりでも、いつまでもアルカイーダなどに国内に居座られては、米軍の際限ない攻撃を傍観するに終止するのみとなり、民衆の反発が激化、北アフリカ・アラブ諸国のようになりかねないと判断したのだろう。このように、ビン・ラディンの排除はこの地域に係わる当事者にとって都合の良いことであり、乱暴かつ速やかに消されたのである。
 「対テロ戦争」の収束を進めると同時にオバマ政権の関心は北アフリカ・アラブ諸国の「民主化」に移ってきている。NATO軍はカダフィ政権に対する軍事作戦を継続しており、さらにオバマ政権は、シリアのアサド大統領らのアメリカ国内資産を凍結するなど締め付けを強めている。
 この地域では、エジプト革命につづき、パレスチナ自治政府のなかで対立してきたファタハとハマスが和解するなど、南側からイスラエルに対する圧力が強まってきており、これ以上の不安定化を食い止める狙いがあると思われる。
 5月19日オバマ大統領は国務省で演説し、新たな中東支援策を明らかにした。大統領は民主化要求デモを、テロに加担しない運動として支持を明言し、民主化を進めるエジプト、チュニジアに対外債務削減など経済支援を進めることを表明した。
 一方、イスラエルに対して占領地の放棄を求めるなど、パレスチナ自治政府との中東和平交渉の再開を促し、アサド大統領、カダフィ大佐に対しては、弾圧の停止を要求、民主化か退陣かの選択を迫るなど、一線を越えて踏み込んだ発言をした。
 オバマ政権は、アラブ諸国の経済的安定と成長を進めることによって、中東和平の再構築を進めようとしており、「親米独裁政権」への軍事的支援などは選択肢から省かれている。もちろん、これらはアメリカの軍事的プレゼンスを含む影響力を今後もこの地域で維持していくための戦略であり、サウジアラビアやオマーンなどへの駐留は継続されるが、縮小と任務の変更が進むと考えられる。

<アジアに波及する戦線縮小>
 5月18日、米軍のマレン統合参謀本部議長と、中国軍の陳炳徳総参謀長は、アメリカ国防総省で記者会見を行い、ソマリア沖のアデン湾において、海賊対策の合同訓練を実施することで合意したと発表。これは中国との軍事的交流の一環であるが、アメリカが同盟国以外の国家とも限定的ながら共同作戦を行う可能性を示したものである。
 こうしてアメリカは、ビン・ラディン殺害をメルクマールとして「対テロ戦争」終結と新たなアプローチによる中東安定化への方向へ進み出した。限界的な財政運営を強いられているオバマ政権は、際限なき軍事拡大に歯止めをかけ、自らの再選を確実にするためにも「戦線縮小」の流れを加速させるだろう。
 世界規模の米軍再編とリンクするこれらの動きは、アジアにも波及しようとしている。先日来のアメリカ上院軍事委員長やシンクタンクの相次ぐ、普天間基地移設についての「辺野古撤回・嘉手納統合」発言はその現れである。
 このようなドラスティックな情勢の変化に菅政権はまったく対応し切れていない。関係閣僚らは「議会と政府は違う」「昨年の日米合意が基本」などと狼狽しながら、見当違いの発言を繰り返している。震災と原発事故への対応に傾注するのは当然だが、軍事・外交に関する思考停止は許されないのである。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.402 2011年5月28日

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【本の紹介】レーニンの墓—ソ連帝国最後の日々—(上・下)

【本の紹介】レーニンの墓—ソ連帝国最後の日々—(上・下)
      白水社 デイヴィッド・レムニック著 2011年2月刊 
      
 20年前の1991年8月17日、ソ連モスクワで「クーデター」が起こった。1985年のゴルバチョフ書記長誕生以来、進められてきた「ペレストロイカ」「グラスノスチ」などの「社会主義の再生」の流れは、このクーデターによって頓挫・破綻し、ゴルバチョフは生き延びたが事実上失脚することになった。そして、翌年11月、ロシア憲法裁判所は「全国統一組織としての共産党は違法である」と判決を下し、ソ連共産党はその姿を消したのである。
 本書は、書名のとおり、ゴルバチョフ書記長誕生からソ連共産党消滅まで、ワシントンポストのモスクワ駐在員として、多くの人々にインタビューを重ねた内容を中心に、まさに「ソ連帝国最後の日々」を描き出している。アメリカで出版されたのは1993年、ピューリツアー賞を受賞した作品でもある。上下800Pを越える本を2週間ぐらいで読み終えた。細部の紹介などは、他の方に譲るとして、感想を中心に紹介してみたい。
 
 <保守派に妥協を重ねたゴルバチョフ>
 本書を読んで気が付くのが、ゴルバチョフが、最後まで党内保守派・KGB・軍などの保守勢力を甘く見ていたな、ということである。妥協に妥協を重ねていたわけだ。もっと言えば、ゴルバチョフ自身も、社会主義の再生ということについて、明確な展望を持ちえていかなったのだろうという事だろうか。グラスノスチによって、ソ連体制・歴史の影の部分、すなわち農業集団化の過程における飢餓と銃殺による数百万の農民犠牲者、30年代後半のスターリン粛清による赤軍・党幹部の抹殺、ポーランド・カチンの森での将兵殺戮などが暴かれる環境を彼が作り出したのであるが、その推進力となった民主派とは、結局最後までゴルバチョフは、手を結んでいない。1990年12月人民代表大会で、シュワルナゼが、「独裁が近づいている」と発して、外相を辞任したメッセージにもゴルバチョフは耳を貸していない。
 
 <スターリン秘密報告に影響を受けた世代>
 スターリンの死後、フルシショフは党書記長の犯罪を秘密報告ではあったが、暴いて見せた。所謂「雪解け」であった。しかし、その期間は長く続かず、彼は解任され、続くブレジネフが、再び歴史に蓋をした。近親者がスターリン粛清の犠牲になった世代は、1950年代の末、雲が晴れるのを経験したが、再び扉が閉じられると、「二重思考者」として生き延びたという。「ゴルバチョフ、私、それに我々全員が二重思考者だった。頭の中で常時、真実とプロパガンダのバランスをとらねばならなかった。・・・異議申し立てと屈服の中間の選択だった。」(シャフナザロフ)
 これら世代が、ペレストロイカによって、言論やジャーナリズムの場で発言の自由を得ることになった。ただ、それは共産党組織の外でのことだったのだろう。
 
 <特権層が、社会主義を葬った>
 党・軍・KGBが、すべての国だったように思える。プロレタリアートの独裁ではなく、党の独裁であったわけだ。レーニンがそれを望んだのかどうか、知るよしもないが、事実そうだったのだろう。ペレストロイカが始まって5年たっても、経済は一向に好転しなかった。好転しないどころか、悪化していた。全国の炭鉱労働者がストに立ちあがった時、スローガンは、石鹸をよこせだった。日常生活品まで不足していた。
 1989年7月、シベリアのショビコ炭鉱でストライキが始まり、ウクライナからサハリン島まで、全国の炭鉱労働者が立ち上がる。そしてストは炭鉱から都市労働者へと広がっていく。ゴルバチョフの「上からの革命」は、後景に退く。保守派との対立。残念ながらゴルバチョフは、指導者ではなくなっていった。労働者のストライキと民主派の台頭にいらだつ保守派。まさに独裁の危機が迫っていたのである。
 
 ソ連崩壊から20年。本書も20年前に書かれている。社会主義の崩壊から何を学ぶべきか。インタビューを中心に書かれた本書は、ソ連崩壊を生きた人々を描き出し、民主主義なき世界がどのようなものだったか、我々に教えてくれている。決して過去の話ではなく、我々が求める社会のために。(佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.402 2011年5月28日

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【日々雑感】大震災に思う②

【日々雑感】大震災に思う②

このアサートの紙面には、いろいろ優れた本の紹介もされておりますが、私は今回、優れた活動をしている団体が発行された資料について紹介させていただきます。
それは、2011年3月31日日本熊森協会発行の日本熊森協会会報くまもり通信67号同封資料というものです。
そこには、元原発建設現場監督 故平井憲夫氏が書き残された、現場にいた者にしか書けない内容の、非常に胸を打つ文章が掲載されたおります。
おそらく平井氏自身も「このまま黙っては、死ねるか」との遺言の思いで書かれたものではないかと想像させられます。
熊森協会は、今回のような事故を予見されていた平井氏の文章を、全国民に伝えたい、教科書にも載せるべきだとも言われています。「最後まで読んでいただき、読後は、周りの非会員の人たちにお回しください」と心の広いメッセージも添えてありました。
参考までに、日本熊森協会の電話番号は、0798-22-4190 住所は兵庫県西宮市分銅町1-4 10時から18時(水・日・祝休業)となっております。
上記の事務所へ連絡を取れば、バックナンバーも手に入るのではないかと思います。
できれば、私のように、寄附会員にでもなってあげればとお勧めいたします。
私は、平井憲夫氏が、命がけで残された文章をコピーして、一人でも多くの人々に配ろうと思っております。
歴史の中で、誰が何をしたか書き留め批判することも大切なことだと思いますが、原発推進者であった人々から反省の弁などは、期待できないでしょう。であるとするならば、こうした地道な行動で、正しい世論作りに、少しでも役立ちたいものだと思います。(2011-05-16 早瀬達吉)

注)早瀬氏からの投稿中の「平井憲夫氏の文章」は、ネット上では、以下のアドレスで、参照できます。(文責:佐野)
→http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html

【出典】 アサート No.402 2011年5月28日

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【コラム】ひとりごと—再び、統一地方選挙について— 

【コラム】ひとりごと—再び、統一地方選挙について— 

○前号では、江川さんから投稿をいただいているが、今回も再び統一地方選挙について、触れておきたい。○ポイントは、2つあって、一つは大阪における橋下党=大阪維新の会の伸張についてであり、もう一つは、政権与党民主党の凋落についてである。○ただただ「橋下人気」に乗っかって、雨後の筍のように立候補、そして当選と、大阪維新の会候補は、軒並み当選した。大阪府議会では、29議席を57議席に伸ばし、過半数勢力となった。○大阪市議会では、過半数とは行かないまでも、12議席を33議席(88議席中)に伸ばし、第一党となった。基礎自治体での選挙は、如何に橋下人気でも、政党・無所属を問わず、地道な議員活動をしている現職も多いし、そう簡単には勝たせてくれないわけだ。○堺市では、元々維新の会といっても、自民党会派が二つに割れて、一方が維新の会を名乗ったに過ぎないし、最初から過半数を取るという気概もなく、現職の保身と維新の風が合流したという構図であったが、7議席を13議席に伸ばし、公明党を抜いて第一党になっている。○こうして、大阪府と大阪市、堺市で、48議席を103議席まで伸ばしたのである。○政権交代が実現して1年9ヶ月、低迷する民主党政権の下で、維新は伸ばし、民主は大敗と言う結果になった。○5月から、新議員の任期が始まり、動きが出ている。○案の定、橋下は、「大阪都構想は白紙」と言い出し、曖昧な内容の都構想の練り直しを図る。そして、国家公務員は、2割でなく3割カットすべきだ、とお決まりの公務員攻撃、そして、自民党会派と、君が代・日の丸について、起立しない教員は処分すると言う条例を提案しようとする。政策などないに等しく、保守そのものである。○府議会では、維新57、自民13で70となるし、維新57・公明21で、78となり、圧倒的な保守議会が誕生しているのである。○賃金カットや日の丸・君が代で競い合われてはたまらない。何か府政が変わるのか、期待が萎むのも時間の問題のようにも思える。○そして、民主党の凋落である。前回の選挙では、大阪府19、大阪市17、堺市は9が当選したが、今回の選挙では、それぞれ10、8、5で合計23議席となり、45議席から半減したことになる。○確かに、これまでは野党の立場での地方選挙だった。自民党を批判して当選してきた経験しかなかった。地方選挙で圧倒的に躍進した頂点に、政権交代が到来したわけではない。○残念ながら自民党は、まだまだ根強い保守基盤を持っている。民主党には、かなり弱ってきたが、労組票以上に読める票がない。○政権の低迷と維新の風の鋏打ちにあったのが、今回の結果に繋がったわけだが、今回の結果が、さらに民主党政権の基盤を弱めるという連鎖になっていくだろう。○次の総選挙では、現有の地方議員で選挙を戦うことになる。厳しい選挙になるだろうが、それまでには、民主党らしさを、政策と候補者、中央と地方を貫いて、根本から創りあげる必要があるだろう。○その為の時間があるのかどうか、かなり厳しいというのが実感ではある。(2010-05-22佐野) 

 【出典】 アサート No.402 2011年5月28日

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【投稿】浜岡原発を即刻停止させよ!

【投稿】浜岡原発を即刻停止させよ!

<<「絶対的にできる保証はない」>>
 原発震災は深刻きわまる人災であり、その放射能汚染の無責任な垂れ流しは、国内的のみならず国際的な犯罪でもある。その危険極まりない原発災害収束のめどはついたのであろうか。
 4/17に東電が発表した「福島第1原発事故の収束に向けた工程表」は、「1~3号機の原子炉を安定状態に持ち込むには、6~9カ月程度かかる」との見通しを示し、3カ月程度で「放射線量の着実な減少傾向」を、6~9カ月程度で「放射性物質の放出が管理され、線量の大幅な抑制」を目指すとしている。しかしこんな発表を誰も信じてはいない。東電の勝俣会長自身が会見の場で「絶対的にできる保証はない」と答えている。
 明らかなことは一ヶ月以上を過ぎた現時点でもなお、原発災害の拡大には未だ歯止めがかかっていないし、放射能汚染は拡大し続けているのである。
 この原発災害を押さえ込み、これ以上の放射能汚染を拡大させないことが緊急かつ最大の課題であるが、そこには重大な障害が存在している。
 そもそも今回の原発震災では、初動からして事態をより深刻にさせる東電ならびに菅政権の自己保身が最大の障害となっていることが指摘されなければならない。東電は利益優先から原子炉の廃炉をまぬかれるためにホウ酸冷却処理を拒否し、それと歩調を合わせ、東電の言いなりになってパフォーマンス優先でヘリコプターで現地視察をして戻ってきた与野党党首会談の席上、菅首相が「原発は大丈夫だ」と説明しているさなかに、問題の1号機の原子炉建屋が吹っ飛ぶ水素爆発を自ら招きいれたのである。初動の重大な犯罪的な誤りは、次から次へと水素爆発を招来し、すべてがずるずると後手後手処理に回らざるをえなくなった事態をもたらした。この初動の責任は覆い隠せるものではないし、単なる責任以上の犯罪的行為であるとさえ言えよう。かれらの言い訳は、すべて「未曾有の」、「想定外の」自然災害という言い逃れである。しかしこの初動における本質的な過ちは、自然災害の名の下に許されるものではないし、これは明らかな彼ら自身による水素爆発と放射能汚染を招いた直接的で犯罪的な「人災」だと言えよう。国内外に対して明確な責任を取るべきであろう。

<<「日本に無能と言いたい」>>
 責任も取らずに、原発危機の対処は他の閣僚に任せ、手前勝手な復興構想に逃げ出し、政権維持に汲々とし、首相への居座りだけが自己目的と化しているのが現在の菅政権の実態と言えよう。
 しかしその間にも、汚染放射能の放出量は膨大な量に達し、原子力安全・保安院は3/18に米国で79年3月に起きたスリーマイルアイランド事故と同じ「レベル5」と評価していたものを、4/12になって急遽、最も深刻な「レベル7」へと2段階引き上げたのである。問題は、菅政権も原子力安全委員会も3/23時点で「レベル7」相当の放射性物質の放出があったと認識していたにもかかわらず、情報を隠蔽し、事態の深刻度を公表せずに、事態を乗り切るためのしかるべき対処・対応を完全に遅らせてしまったことである。最初の2回の水素爆発を招来した時点で、1時間1万テラベクレルの放射性物質を放出しており、すでに「レベル7」に達していたことは間違いがないと言えよう。「最も驚いたのは、大量の放射性物質が出たと公的に認めるまでに1カ月もかかったことである」(米紙ニューヨーク・タイムズ)と指摘される、菅政権の危機管理能力の欠如である。
 そしてこの危機管理能力の欠如と無責任さの極めつけは、4/4に放射能汚染水を直接太平洋へ放出するに当たり、その三日前には政府が事前に米国側と協議し、内諾を得ていたが、韓国や中国、ロシアなど近隣諸国にはまったく知らせず、福島県内漁協には放出する直前にFAXで知らせたという、そのあきれ果てたやり方である。自民党以上の対米従属路線の帰結がこれである。海洋放出を避け、地上で保管する方法が存在しており、そのための努力さえせずに、現代の世代ばかりか未来の世代にまで悪影響を及ぼす、絶対に避けるべき海洋放出を平然と一方的に行うその無神経さ、民主主義を根本から否定するその行為が問われているのである。近隣諸国から抗議を受けてその実態が明らかになったのであるが、事前の対処や周知、準備や意見をさえ表明させない、そして市民の生命・健康を完全に無視したこの稚拙なやり方は、これまた犯罪であり、国内法にも国際法・条約にも背反する行為である。ロシアの原子力専門家は、日本の汚染水放出を「国際犯罪だ」と批判し、韓国の金首相がこの海洋汚染の日本の対応について「日本に無能と言いたい」と発言したのは、当然だと言えよう。周辺諸国のヒューマニズムと善意にもとづいた災害支援の「絆」を自ら断ち切るような、民主主義の最低限の約束さえ守らない、国際的信頼を裏切り、失うこんな政権が存続すること自体が恥ずべき事態である。こんな事態が長期化すれば、日本への同情が怒りへと変化するであろう。

<<「謝罪をするつもりはない」>>
 事態が楽観できないことは、菅政権の対応能力の無さばかりではない。危機が長期化しかねない重要な要因に、日本列島全体がこれからまだまだ現実的に起こりうる巨大な地震災害におびやかされており、それでもなおかつ53基もの原発が稼動しており、第二、第三のフクシマの現実的危険性があるにもかかわらず、原発をストップさせるという根本的政策転換がこの期に及んでも明確に提起されていないという根本的問題点が存在していることにある。しかも電力各社は原発依存・拡大路線を撤回するどころか、あくまでも推し進めようとしている、その今回の地震から教訓を学ばない異常さである。
 与謝野馨経済財政相に至っては、「今後も日本経済にとって、電力供給にとって、原子力発電は大事だ。(原発を)推進してきたことは、決して間違いではない」と述べ、「原発を推進してきた立場として今回の事故に謝罪をするつもりはないか」という記者の質問に対し、「ないです」と述べる無責任の極みである。
 しかし自然災害は、こんな菅政権の無責任極まりない姿勢を容赦なく揺さぶり続けている。今回の東日本大震災の大きな特徴は、引き続く余震の強大さ、数の多さ、広がりの不気味さであろう。東南海地震に連動する、あるいは誘発する現実的可能性が存在しているのである。
 4/7の最大震度6強の余震でも、東北電力東通原発と日本原燃六ケ所再処理事業所では外部電源を喪失し、東北電力女川原発では、外部電源4回線のうち3回線が遮断される、など軒並み危機寸前の事態に追い込まれている。東南海地震ではその震源地に最も近い浜岡原発は今や危険極まりない存在と化しておりながら、平然と運転が続行されている。一刻も早く停止させなければならない存在である。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.401 2011年4月23日

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【投稿】福島原発事故とトモダチ作戦の狙いから見る日本の核の闇

【投稿】福島原発事故とトモダチ作戦の狙いから見る日本の核の闇
福井 杉本達也

1 トモダチ作戦の狙い
① 横須賀を逃げだしたジョージ・ワシントン
3月13日、米国第7艦隊はトモダチ作戦に参加していた原子力空母ロナルド・レーガンと艦載機が福島県沖で福島第一原発の爆発で被曝したことに震えあがり、三沢沖に避難させるとともに、首都圏も危険だとして、修理中であった空母ジョージ・ワシントンを3月21日に急遽、横須賀を脱出させた。ジョージ・ワシントンは放射能を逃れて佐世保に一時寄港して修理を行っている。
② 在日米軍避難に備えたロナルド・レーガン
4月6日に米軍は一部岩手・宮城県気仙沼で活動を行っただけでトモダチ作戦を終了した。3月16日のオバマ大統領の「原子力の専門家派遣や中長期的な復興を含めあらゆる支援を行う」との言葉は空しく響く。米軍の放射能管理特殊部隊は横田基地に到着したものの福島に派遣する気はなさそうだ。米軍は原発から50マイルを飛行禁止区域とするとともに3月13日よりグアムから無人偵察機グローバルホークを連日原発上空に飛ばし放射能の測定を行い、さらには米国市民に避難勧告を出すなど、「米軍の支援要請を受け付けない日本政府に業を煮やして独自に対策をとった」と報道されているが、内実は、福島第一原発のドミノ倒しの状況を東電も日本政府も把握できない中、首都圏にも危機が及ぶ重大事故であるとの認識で、家族を含む5万人の本土部隊の撤退に備えたものである。今回の福島原発の危機をめぐる、単純な事実は「自衛隊は日本という社会・国を守るために、個人の犠牲が想定される時でも任務のために動く組織であること。そして米国は自己の利益を考え、危機に必ずしも前線に出るとは限らない」(孫崎享)ということである。「日米同盟を守るため」・日本のために米国軍人や市民を犠牲にはしないという米国の固い決意である。しかし、このことで米国を非難するものではない。国家として他国の為に自国民を危険に曝すようなことはしないのは当然のことである。
③ 旧式欠陥炉1号機
その後、少し落ち着きを取り戻した米側は、「格納容器から水が漏れているのでは?」、「初動での海水注入が遅かった」次は逆に「海水注入は原子炉の腐食が進むので危険、真水を用意するから真水の注入を」と様々な指示を出してきた。1号機はプラント全体を米ジェネラル・エレクトリック社が請け負い「GEマーク1」と呼ばれる。同型の炉は福島第一原発では2~5号機が東芝の技術を入れて建設され、米国でも24基も稼動しており、稼働から40年以上を経過した炉が多く存在している。米国がとりわけ「1号機」に関して様々なことを要求してくる背景には、一見すると日本側への疑心暗鬼があるように見えるが、実際は自らが抱える「老朽原発の危険性」を危惧している。
④ 3号機MOX燃料の制御
もう1つ米側が注目するのが3号機である。3号機だけが「プルサーマル」=使用済み核燃料から抽出したプルトニウムとウランを混合した「MOX燃料」を使用している。プルトニウムは核兵器の材料となる。米国は核燃料サイクルに消極的ではあるが、再処理したプルトニウムを大量に日本に保管させれば核拡散につながる。そこで、余分なプルトニウムをウランと一緒に商業炉で燃やしてしまおうというわけであるが、MOX燃料が一部追加されることにより炉心の温度が高くなり制御しにくくなる。炉心の一部が溶融した3号機の挙動は最大の関心事の1つである。
⑤ 使用済み核燃料が詰まる4号機
使用済みの燃料棒は「崩壊熱を発するために最低5年はプールで冷却」するというのが「ウェット貯蔵」である。ところが電源供給がストップして貯蔵プールが沸騰し、燃料棒が露出して燃料棒の一部が溶融するというのは、米国にとり大きな恐怖である。米国は原則使用済み核燃料の再処理をせず、プールで貯蔵する方法を取っている。 しかも、4号機は定期検査中のため3ヶ月しか冷却していない「熱い」燃料棒548本と,使用済核燃料が増え続けているため、核燃料を収める棚の幅を狭める「リラッキン」や空きスペースに棚を新設して貯蔵していた783本・合計1331本もの核燃料棒が詰まっている。制御棒もなく間隔を保つことで核分裂の進行を防いでいるだけの冷却プ-ルが突如原子炉として“起動”しだすことは、同様に使用済核燃料を大量に保管する米側にとっても悪夢である(参考:冷泉彰彦:2011.4.1)。

2 原子力・安全保安院と原子力安全委員会の別々に動く2つの原子力ムラ
チェルノブイリ級のレベル7の事故として評価するに当たり、原子力・安全保安院は37テラベクレルの放射性物質が漏れ出たとし、原子力安全委員会は63テラベクレルの試算をした。どちらも膨大な量ではあるが、どうして2つの数字が出てくるのか。原子力・安全保安院は経済産業省の組織であり、電力業界を「規制する」、つまり電力業界とべったりの組織である。一方、原子力安全委員会は建前上、原子力保安の二重チェックの組織ということになっているが、1978年に旧科学技術庁の外郭機関である原子力委員会(現在は内閣府の審議会)から分離したものであり、事実上の文部科学省配下の組織である。したがって、国家的原発危機に及んでも原子力安全委員会は電力業界の商業炉の事故は経済産業省の責任であるとばかりにある程度「客観的に」=つまり無責任に発言している。それは3月28日の「どのような形ですみやかに実施できるかについて、安全委ではそれだけの知識を持ち合わせていない。」といった斑目春樹委員長の発言を見れば明らかであり、4月12日に「3月23日の時点でレベル7の危険性を認識していたが『評価は保安院』と見直しを求めなかった」ことを明かした代谷誠二委員の発言からも受け取れる。放射能拡散のシミュレーション「SPEEDI」の公開を3月23日まで遅らせたことも委員会の性格を表している。 1956年に発足した原子力委員会の委員長は読売新聞社主の正力松太郎であり、原発を初めて日本に導入している。

3 「地球温暖化対策論者」東大前総長小宮山宏
福島原発がこれだけ膨大な放射能被害を日本中・全世界にまき散らしているにもかかわらず、東電の社外監査役でもあり原子力ムラの総本山東大前総長の小宮山宏は「この夏のことを考えたら、日本だけ経済的なハンディキャップを負うことは耐えられないでしょう。このまま原子力なし、というのは現状では難しい」(朝日:2011.4.1)とぬけぬけと答えている。小宮山は『低炭素社会』(幻冬舎新書)の中で「暖房や給湯といった低い温度の熱を得るのに火を燃やすこと」は無駄であり、「エコキュート」が効率的だという。また、灯油ストーブよりもエアコンはエネルギー効率が良いと説く。地球温暖化対策には一見もっとものようであるが、電気エネルギーというのは電気自動車のモーターのような運動エネルギーにも、IHヒーターや電気温水器のような熱エネルギーにも、また光エネルギーにも転換できる誠に使い勝手の良いエネルギーである。しかし、熱エネルギーから電気エネルギーに転換したものを再び熱エネルギーとして使うのはエネルギー効率としては非常に悪くなる。さらには電気自動車や太陽光発電をも勧める。電気自動車は夜間電力を使うことを前提としている。夜間電力とはベース電源としての原発を前提とする。太陽光発電も設置すればさらに電気をより多く使おうとする動機が生まれる。夜間の電力増は避けられない。「地球温暖化対策」と称して、家庭の電力消費量を増やし、原発を推進することにこそその目的がある。石油やガスといった多用なエネルギーをやめさせ電気を使うことを奨励し、東京湾岸の火力発電を無理矢理廃止し、福島・柏崎刈羽の原発による電力供給に集中させた結果が今日の首都圏の電力不足がある。

4 核兵器と核燃料サイクル
核エネルギーの商業的利用と軍事的利用はメダルの裏表である。「日米原子力協定」では米国が提供した濃縮ウラン燃料は、その使用済核燃料を再処理するに当たり米国の事前同意を必要とすると定めている。核兵器の原料となるプルトニウム抽出に規制をかけ核の拡散を防止するためである。
1950年代から中曽根康弘元首相は読売新聞の正力松太郎と共に原発に積極的であった、1959年の岸信介内閣での中曽根の初入閣ポストは原発担当の科学技術庁長官だった。科学技術庁長官は原子力委員会委員長も充て職であった。当時から自民党の有力者一部は日本の独自核武装を検討した。中曽根の原発推進論は、平和産業を隠れ蓑に核兵器に転用できるプルトニウムを大量生産できると考えたからである。1969年当時、佐藤内閣は「NPTに参加すると否とにかかわらず、当面核兵器は保有しない政策をとるが、核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持するとともにこれに対する掣肘を受けないようにする」(2010.11公開外交文書)との方針を掲げた。現菅内閣の与謝野馨経済財政相は中曽根の紹介で日本原子力発電の職員となり、中曽根の秘書でもあった。
2005年の『原子力政策大綱』で策定委員は青森六ヶ所村の再処理工場は「国際的に認められた貴重な既得権」であり「一度失えば二度と戻らない権利」と述べている。いざというときのために独自核武装の手段は既得権として確保しておくということである(参考:鈴木真奈美「『フクシマ』という道標」『世界』2011.5)。プルサーマルと高速増殖炉はそれを国際的に認知させるために当面必要のない余分なプルトニウムは焼却するものである。かつて、1996年に福島県の佐藤栄佐久知事と新潟県の平山征夫知事・福井県の栗田幸雄知事はこうした原子力政策に楯突いてプルサーマル・核燃料サイクルに反対する意見書提出した。ところが佐藤知事は特捜部に建設汚職容疑の冤罪で逮捕されてしまった。
福島第一原発から30キロ圏内は当面人が住めなくなってしまった。福島県から関東平野の一部の土壌まで汚染され、日本の漁獲高の30%を占める三陸から銚子沖の豊かな漁場も放射能で失ってしまった。日本は太平洋も汚染する犯罪国家になってしまった。東電の責任は重大であるはずだが、1960年当時、原発事故の損害賠償の根拠となる原子力損害賠償法(原賠法)を立法する際、事業者が免責される場合として、科学技術庁長官だった中曽根康弘元首相が「関東大震災の3倍以上」と国会答弁していたとして、今回は3倍以上の震災に当たるとして、日本経団連の米倉弘昌会長はぬけぬけと国の東電への全面的支援は当然だと述べている。(朝日:4.13)。また、核武装論者石原慎太郎は「大震災は天罰である」と発言した。日本に原発を持ち込み核武装を企むものに反省の弁はない。

【出典】 アサート No.401 2011年4月23日

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【日々雑感】大震災に思う①

【日々雑感】大震災に思う①

まず始めに、東日本大震災で犠牲になられた人々のご冥福をお祈り申し上げます。そして、被災された方々にお見舞い申し上げます。
さて、先日3月26日発行の祈念すべきアサート400号に投稿できなかった事を残念に思うと共に申し訳なく思っております。400号の紙面からは、様々なことを学ばせていただきました。とりわけ、今回のマスコミ、メディアの発する、度し難いとも言えるデタラメな報道には唖然とさせられました。
「史上最大の」とか「千年に一度の大地震」とか、東京電力、原発を擁護するような意図が丸出しで、人々が苦しんでいる大災害をさえも利用して、世論操作をしようとする資本の論理を感じます。そして、「日本、日本」「日本は団結できるんだ」「一つになれるんだ」と、必要以上に煽るのは、大政翼賛会、ひいてはファシズムへの危険も感じます。4月10日(日)のサンデーモーニングで、寺島実郎氏も、このような点を、少し触れておられましたが、私も同感です。人々が困っている大災害を、変な方向への世論操作に利用するなと言いたいです。
さらに言うならば、あの震災の直後に、ロシアのプーチン首相の提案で「我が国には、膨大な量の天然ガスやエネルギー資源があるので、今すぐにでも供給援助する用意はある。」と、大変有難いメッセージが発せられたのに、ラジオだったかテレビだったかでは「あの国は、旨い事を言うとるわ。」と茶化しただけで、後は一切報道はなし。その一方でアメリカ海兵隊の「友達作戦」は、大きく報道するという始末。氷点下の寒さの中で避難生活をされている人々の中には、何人もの人々が命を落とされたと聞きます。いかに北方領土問題をかかえているからとは言え、こんな大災害の時に、その援助声明を無視するのは勿体無い話だと思うのですがねえ。(2011-04-11 早瀬達吉)

【出典】 アサート No.401 2011年4月23日

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【コラム】ひとりごと—統一地方選挙雑感

【コラム】ひとりごと—統一地方選挙雑感

統一地方選挙前半、大阪では橋下知事が率いる「大阪維新の会」が大勝を収めた。震災の影響もあり「静かな」選挙戦となるなか、投票率アップこそが勝利の条件としていたにもかかわらず、低投票率のなかでの勝利となった。マスコミは、この勝利を「既成政党への不信感」の表れだと評価している。勝った側は「大阪都構想は信認された」と評価する。果たして本当にそうだろうか。維新の会の主張は理解されたのか。「不信」とは何なのか。
結局は、小泉郵政選挙や民主党政権交代選挙から続く、何とかしてくれそうな人(勢力)への「何となく」の支持があっただけではなかったか。当時も、郵政改革やマニュフェストへの支持が勝利に結びついたわけでは決してなかった。もちろん、候補者や政策をじっくり吟味したわけでもなく、マスコミが取り上げる「リーダー」の応援やマスコミが作り出す雰囲気に引っ張られただけではなかったか。何らの実績や基盤のない候補者が、橋下が応援しているというだけで当選する様をみていると、小泉チルドレンと持ち上げられながら、「使い捨て」られた数多くの前国会議員を思い浮かべざるを得ない。
ただ今回は、小泉の疑似「政権交代」や民主党の初の「政権交代」が期待はずれに終わり、一方で閉塞感そのものは全く払拭されない中での、新たな勢力の勝利であることには間違いなく、その意味ではナチズムの台頭にも似た、極めて煽動的なムードの中での空恐ろしい事態が訪れたともいえよう。
次に仕掛けてくる知事・市長のダブル選挙も恐らく維新の会が勝利することだろう。しかし、悲観はしていない。ある程度の枠組みの「変化」はできても、政策はない中で決して「改革」はできない。巧みに目立つ施策は打ち出されようが、今までのように思いつきの刹那的なものでしかなく、いつか飽きられることとなろう。所詮は理念なき集団、自壊の道を歩むことは容易に想像できる(堺市長が早々に離反したことは記憶に新しい)。
しばらく「旋風」は続き、「冬の時代」が到来することになるが、今は嵐が過ぎ去るのを待ち、地力を蓄えておくしかない。決してブレることなく、中間団体、労組などの運動体を再生させる地道な活動を積み上げながら、橋下に対抗しうる「旗」を打ち立て、「その時」を迎えようではないか。ポピュリズムに反撃するにはポピュリズムしかない。我々もそういった戦略を持たなければならない時代が来ているのである。
(大阪 江川 明)

【出典】 アサート No.401 2011年4月23日

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【投稿】菅政権の醜態と原発震災が突きつけたもの

【投稿】菅政権の醜態と原発震災が突きつけたもの

<<「想定外」の濫用>>
 東日本大震災は、かつてない規模の犠牲者と今なお巨大な災害をもたらしている。被災された方々に心からのお見舞いを申し上げます。
 この大震災を、政府はもちろん、大手マスメディアは一斉に「想像を絶する」「想定外の」「千年に一度の巨大地震」などと声を大にし、その大規模災害、とりわけ東京電力福島原子力発電所が引き起こした史上初ともいえる原発震災をまで、あくまでも自然災害であってやむをえなかったものとして、原発推進・拡大政策を採り続けてきた責任を葬り去ろうとしている。
 今なお不安定極まりない、最悪の事態さえもたらしかねないこの福島第一原発の核の暴走を、政府・与党やマスメディア、そして原発を容認する学者やコメンテーターはなべて、「想定をはるかに超える」巨大地震がすべての原因であるかのように見せかけ、水素爆発も炉心溶融も原子炉格納容器損傷も、それによる放射性物質の大量飛散も、住民避難や屋内退避も、農作物や牛乳汚染もすべて致し方ない、自然災害だからやむをえない、放射能汚染は、胸部X線撮影以下のレベルであるから、「人体に影響はない」「直ちに健康に影響を及ぼす数値ではない」などとしたり顔で解説し、「とにかく冷静に」「大丈夫だから騒ぐな」、原発容認派の、みのもんたにいたっては「黙って耐えろ!」とテレビ番組で怒鳴る始末である。情報隠しと嘘で塗り固めた愚民政策がいまだにまかり通っているのが実態だとも言えよう。
 またそれに便乗するかのように、東京電力の清水社長は3/19、福島第一原子力発電所1~3号機の事故について、「我が国が経験したことのない、大規模地震に伴う津波といった自然の脅威によるものとはいえ、このような事態に至ってしまったことは痛恨の極みであります」とするコメントを発表しているが、すべてを「我が国が経験したことのない、大規模地震」に押し付けようとしている。さらに日本経団連の米倉会長にいたっては、3/16、記者団に対し、福島第1原発の事故について「千年に1度の津波に耐えているのは素晴らしいこと。原子力行政はもっと胸を張るべきだ」などと、悪質極まりない発言をして恥じない態度である。
 『原子炉時限爆弾 大地震におびえる日本列島』(2010年8月、ダイヤモンド社刊)の著者である広瀬隆氏は、「破局は避けられるか――福島原発事故の真相」(3/16ダイヤモンドオンライン)と題して、「想定外」の言葉を濫用する電力会社とマスメディアの異常を次のように指摘している。
 「マグニチュードが当初8.4→次に8.8→最後に9.0に修正されてきたことが、疑わしい。原発事故が進んだために、「史上最大の地震」にしなければならない人間たちが数値を引き上げたのだと思う。これは四川大地震の時に中国政府のとった態度と同じである。地震による揺れは、宮城県栗原市築館(つきだて)で2933ガルを観測し、重力加速度の3倍である。しかし2008年の岩手・宮城内陸地震では、マグニチュード7.2で、岩手県一関市内の観測地点で上下動3866ガルを記録している。今回より大きい。」
 「この東北地方三陸沖地震の実害と、原発震災を起こした原因は、津波であった。では、津波の脅威は、誰にも予測できなかったものなのか。日本の沿岸地震では、ほんの100年前ほどの1896年(明治29年)の明治三陸地震津波で、岩手県沿岸の綾里(りょうり)では38.2m、吉浜(よしはま)24.4m、田老(たろう)14.6mの津波高さが記録されている。「想定外」の言葉を安っぽく濫用するなとマスメディアに言いたい。」
 「津波そのものによる天災は、避けることができない。これは日本の宿命である。しかしこの悲惨な原発事故は人災である。それを起こした責任者は、電力会社だけではなく、これまで何もこの事態を警告をしなかったテレビと、テレビに出てデタラメを解説している専門家と呼ばれる大学教授たちである。」
 実に手厳しい指摘であるが、正鵠を射ていると言えよう。

<<「おそるべき犯罪者たち」>>
 さらに広瀬氏は、問題の福島第一原発について次のように指摘する。
 「昨年3月25日に、1971年3月26日に運転を開始した福島第一原発1号機について、東京電力は、この原発が40年を迎えるというのに、超老朽化原発の運転続行という暴挙を発表し、60年運転も可能だと暴言を吐いて、原子力安全・保安院がそれを認めた。これは福井県の敦賀原発・美浜原発に続く、きわめて危険な判断であった。さらに昨年10月26日、営業運転開始から34年が経過した老朽化原発・福島第一原発3号機でプルトニウム燃料を使った危険なプルサーマル営業運転に入った。」
 「福島第一原発は設計用限界地震が、日本の原発で最も低い270ガルで建設された、最も耐震性のない原発である。そこで今、炉心熔融が起こったのだ。福島県内には、70キロを超える双葉断層が横たわり、マグニチュード7.9が予測される。地震発生後、原発は「止める」「冷やす」「閉じ込める」機能があるので大丈夫だと宣伝してきたが、ほかの原発も含めて、自動停止した11基の原子炉のうち、原子炉内の温度が100℃以下で、圧力も大気圧に近い状態で安定した「冷温停止」に至っているのは、地震4日目の14日現在、福島第二原発3号機と女川原発1・3号機の3基だけであり、残り8基が迷走運転中である。」
 「福島第一原発では、地震から1時間後、15時42分に全交流電源が喪失して、外部からの電気がまったく来なくなった。あとは、所内の電源が動かなければ、何もできない状態である。ところがそこに津波が襲って、15時45分にオイルタンクが流失して、さらに配電盤などの配線系統が水びたしになって、内部はどうにもならなくなった。そもそも、地震発生当初から、非常用ディーゼル発電機がまったく働かないというのだから、電源車が到着したかどうかに鍵があるのに、その最も重要なことについてさえ、報道されなかった。テレビの報道陣が、いかに原発事故について無知であるかをさらけ出した。」
 「15日昼頃には、敷地内での放射能が通常の350万倍に達した。テレビでは、コメンテーターも政府もみな、微量、微量と言い続けた。ここまでくれば、みな、おそるべき犯罪者たちである。さらに2号機では、格納容器の破損が起こり、4号機では建屋内の使用済み核燃料のプールが沸騰を始めたという。ここには、原子炉より多くの放射性物質が入っている。作業者が近づけない場所であるから処理はおそらく不能であろうと、15日の午後5時時点で、私は推測するが、この推測が間違ってくれるよう祈っている。福島第一原発の6基のうち、1基がメルトダウンすれば、そこには職員がいられなくなる。すべてを放棄して逃げ出すだろう。あとは連鎖的に事故が起こる。この発電所には、全部合わせて、事故を起こしたチェルノブイリ原発の10倍を超える放射能があると思われる。あとは、この放射能が無害であると、政府と原子力安全・保安院と電力会社とテレビの御用学者たちは言い続けるはずだ。」
 広瀬氏は最後の段落で「もし日本の国民が愚かであればそれを信じて、汚染野菜を食べることだろう。明日、すぐには死なないからだ。しかしかなりの高い確率で発癌することが分っている。子供たちを守れるのは、事実を知っているあなただけである」と訴えている。

<<首相をあざ笑う水素爆発>>
 そしてこの原発震災が有無も言わせず明らかにしたものは、度し難いほどの「原発無責任体制」と危機管理能力の無さである。政府ならびに東京電力の対応は常に後手、後手に回り、すべて後追い対策しか打ち出せないのが実態であり、危機管理能力はゼロに等しい事態である。
 その典型が、菅首相自身が地震発生翌日(3/12)早朝、緊急災害対策会議を欠席してまで陸自ヘリで福島第一原発に飛んだパフォーマンスに象徴的である。政府はこの前日の地震発生の4時間後に「原子力緊急事態宣言」を出し、「念のための避難」と同原発から3キロ以内の住民に避難を指示していたところにわざわざ押しかけ、「自ら原発に降り立つことで国民に安全であることを示すつもりだった」(官邸スタッフ)のである。菅首相自身、同日15時の与野党党首会談の席上、この目で見てきたとばかりに、東電側の説明を鵜呑みにして「原発は大丈夫」と説明したのである。ところが「原発は大丈夫」だと説明していたその同じ時刻の15時30分ごろに、その説明をあざ笑うかのように福島第一原発1号機で爆発音を伴う水素爆発が発生し、頑丈・堅固・安全を保障するはずのこの1号機の原子炉建屋の天井がもろくも吹っ飛び、鉄骨むき出しの無残な姿に変貌、数名の負傷、数十名の被曝という深刻な原発震災の恐怖の端緒が明らかになったのである。しかもこの一号炉の爆発事故についての情報は、2時間以上も経ってから伝えられるというお粗末な実態である。
 翌日にはさらに二号機も水素爆発を起こし、事態がここまで進むと、首相は会見から雲隠れし、前面にたった枝野官房長官は、根拠の無い楽観論を無責任に述べながらも、次から次へと後退を余儀なくされ、事態を打開し、展望を見出す対策・方針を語れないままに、「避難した住民は安全性が保たれる」「しっかり対応をすることで、1人の皆さんも、健康被害に陥らないよう全力を挙げていく」などと空虚な気休め発言に終始しだしたのである。放射線の観測値も「一番高い数値のところでも、1時間その場にいて、胃のX線検診3回分弱」などとし、「健康に影響を及ぼす状況は生じない」と無責任に放言しているのである。
 福島原発で実際に何が起こっているのか、政府、官邸、原子力安全・保安院、そして東電にいたるまで事実関係を問いただされると「確認しているところ」「情報を収集し、分析し、検討することが大切」とすり替え、具体的な打開策も、正確・確実な情報を伝えることもできず、ただただ不安定極まりない放射能測定濃度の低い値ばかりを切り貼りして「まだ安全だ」と宣言する無責任体制がむき出しになり、それが現在に至るまでいっこうに解消されてないのである。
 東電は、二号機の爆発後明らかになった格納容器内にあるサプレッションプール(圧力抑制室)の異常については、「格納容器の損傷」という事実があからさまになるのを避けるために、「職員の移動」というタイトルで資料を配り、なぜ職員が2号機から退避したのかと問い詰められて初めて、格納容器破損の可能性があるから、としどろもどろで説明するという、事態の悪化を何とかして覆い隠そうとする無責任・隠蔽体質のきわみをこの期に及んでも露呈しているのである。
 さらに重大な問題は、三号炉は再処理プルトニウムのMOX燃料を使用中であり、ウランの約1万倍もの中性子を放射 流出する恐れがあり、しかもこのプルトニウム漏出の決定的な証拠と考えなければならない中性子が、3/15以前に検出されていたにもかかわらず、「中性子線が検出された事実も、はじめは明かされなかった。」(3/16朝日「東電『隠蔽体質』脈々」)という現実である。
 こうした政府、官邸、原子力安全・保安院、そして東電ならびに電力業界、東芝や日立を初めとする原子力業界の無責任なもたれあいと隠蔽体質は、この際徹底的に断罪されねばならないし、原子力発電からの完全撤退を目指して、電力業界や原子力業界、それに関与する政府機関から完全に独立した規制・監督制度を構築することこそが喫緊の課題と言えよう。

<<難問ポストの“丸投げ”>>
 そして無責任のきわみが、菅政権がこの震災の危機的な状況のドサクサにまぎれて、窮地を脱し、責任を回避し、それでも政権のトップに居座れる究極の打開策として、「救国・挙国一致内閣」としての「危機管理内閣」構想の思いつきである。
 菅首相は3/19、自民党の谷垣総裁に「副総理兼震災復興担当相」として入閣するよう電話で要請したという。「谷垣禎一総裁に原発問題担当相としての入閣を要請」(読売)、「大島理森同党副総裁の震災対策担当相への起用を打診」(産経)と報じられている。難問を抱え、批判の矢面に立つポストの“丸投げ”という、卑劣で悪質な提案である。責任回避もここまでくれば、あまりにもあけすけで、菅政権のムシの良すぎさに自民党も面子上、乗れるものではない。「谷垣氏側は『入閣は大連立と同じで、責任の所在が不明確になるだけだ』として拒否した」(読売)という。
 しかしこの問題は、一方で民主党の菅直人氏と自民党の谷垣禎一氏の両者が「地震増税」の可能性を検討しているとの報道がなされ、谷垣氏の提案に菅氏が賛意を表しているとすれば、別の形での、姿を変えた大連立の可能性は大いに有り得るといえよう。裏取引と卑劣な政治手法が交錯しているのであろう。しかしそれらはいずれにしても、菅・谷垣両氏待望の消費税大増税を一気に実現し、政権交代の意義を完全に抹殺してしまう、翼賛体制としての大連立構想である。
 そんなことに菅政権がうつつを抜かすのであれば、即刻退陣させなければならないし、見限るべきであろう。今何よりも必要とされているのは、原発震災の拡大をなんとしても押さえ込み、被災者を救援し、大災害を乗り切る生活再建政策、さらにはますます現実化してきた次に来るべき地震に対応したインフラの徹底した整備、再建策、そして原発の完全撤退に向けたエネルギー政策の自然エネルギー政策への根本的転換である。増税策は危機に瀕した生活再建をよりいっそう窮地に陥れ、経済をいっそう冷え込ませる愚策でしかない。破壊された生活関連・生産関連インフラが膨大であることからしても大型の補正予算が緊急に要請されており、建設国債を発行して迅速に再建に取り組むことが今最も要請されている経済活性化政策でもある。それに加えて、国民新党の提案する無記名の無利子国債発行によって復興資金を確保する政策も早急に現実化させるべきであろう。財政再建はそのような地震災害からの復興と生活再建・経済活性化政策の中でしか展望できないことを銘記すべきであろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.400 2011年3月26日

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【投稿】東日本大震災の津波で格納容器のない「むき出しの原子炉」が突然出現した福島原発

【投稿】東日本大震災の津波で格納容器のない
           「むき出しの原子炉」が突然出現した福島原発
                                福井 杉本達也
                            
1 地震・津波による原発のドミノ倒し
 3月11日に発生した東日本大震災により福島第一原発(1~6号機)・第二原発(1~4号機)が大きな被害を受けた。福島第一原発はチェルノブイリ原発事故クラスあるいはそれを上回る危機的状況にある。特に3号機の使用済核燃料プールに対し自衛隊・東京消防庁などによる決死の注水作業が行われている。消防庁の19日未明の注水では隊員は27ミリシーベルト(mSV)という厳しい放射線を浴びている。しかし、19日午後からの10時間連続注水では約1000トンの注水を行っている。
 今回の大事故は地震と津波により発電所内の全ての電源が一気に失われたことにある。緊急炉心冷却装置(ECCS)は機能せず、再循環ポンプや使用済み核燃料プールを冷却するポンプもダウンし、全原発の全ての設備の冷却ができなくなっている。原発は制御棒を挿入して運転を停止しても、燃料棒自体は高温で発熱している。燃焼により作られた核燃料内の核分裂生成物は放射線を出す。その放射線エネルギーの大部分は原子炉内で熱に変換される(崩壊熱)。下り坂で車のエンジンを切ってもブレーキがなければ止まらないことと同様である。燃料温度が上昇すると冷却水が蒸発し、炉心が溶融(メルトダウン)し、最終的には外部に放射性物質を大量に放出することとなる。原子炉が冷却が出来ないため、燃料表面温度が上昇し、水蒸気と燃料被覆管のジルコニウムとの化学反応により水素が発生し原子炉建屋上部に溜まった水素が1号機、3号機。4号機と次々と爆発し建屋を破壊した。一部炉心溶融が起こっていると思われる。また、使用済み燃料の上部が空気中に露出して高温となり、水と金属との化学反応で発生した水素が燃えて3号機、4号機で使用済み核燃料プールの火災が引き起こされた。
 ここまでの大災害となった原因は国・東京電力のこれまでの地震災害に対する過小評価にある。新潟県中越沖地震により東京電力柏崎刈羽発電所で大被害があったにもかかわらず、国・東京電力は想定地震動をほとんど変えることはなかった。福島原発の想定の基準地震動は1938年の塩屋崎沖地震=最大マグニチュード7.5を採用し、マグニチュード8.3はあったと推定される869年の貞観の地震はなぜか無視された(2009.7.13 総合エネルギー調査会原子力安全・保安部会への東電回答)。国・電力会社の自然と科学的知見に対する傲慢さこそ今回の大災害の元凶である。

2 使用済み核燃料プールの危険性の過小評価
 今もっとも危険な状況にあるのが福島第1原発3号機の使用済み核燃料プールである。なぜ、使用済みの核燃料プールがこれほどの熱をもつのか。使用済み核燃料の貯蔵プールには使用済み燃料体が1号機:292本、2号機:587本、3号機:514本、4号機:783本、5号機:946本、6号機:876本もある(2011.3.15 毎日)。100万Kw級の原発では緊急停止後1時間での熱出力は5.2万Kw、3か月で4351Kw、5年経っても1430Kwもある(2011.3.16小出裕章ブログ)。5年後の使用済み核燃料でも4℃の水を1秒間に600g=時間2.2トンも蒸発させる能力がある(2011.3.13 ブログ「Ledの日記」参照)。3号機の燃料集合体は548本で、昨年9月の定期検査で136本を交換している。残り378本は1年以上貯蔵されているものと思われる。この燃料棒から仮に2500Kwの崩壊熱が出て6トン/時の水(事故時40℃)が蒸発していると1日に144トンもの水が無くなっている。1千トンの水も7日で空になる。しかも、この「むき出しの原子炉」には遮蔽物である圧力容器も格納容器もコンクリート構造物もない。放射性物質は容易に大気中に飛び出している。米原子力規制委員会(NRC)のヤツコ委員長は議会証言で、福島原発事故による住民の健康への最大の脅威は、プールに保管されている使用済み燃料だと警告した。米ロスアラモス研究所のロバート・ケリー氏は露出した使用済み燃料棒は発火して溶け、大気中に放射線を出す恐れがあると指摘した。使用済み燃料プールは原子炉とは異なり、鋼鉄やコンクリートで包まれてはいない。「ウランが水中で溶ければ、ある種の原子炉を作ってしまうことになる。こうした状況でこの原子炉は制御不能となり、核分裂を始めることになる」(再臨界の可能性)と回答している(2011.3.17 Bloomberg)。再臨界になれば大量の中性子線が出て、薄い鉛板などで遮蔽することはできず、分厚いコンクリート壁か水で遮蔽する以外になく建屋に近づくことは全く不可能になる。
 しかも、各原子炉建屋の核燃料プールの貯蔵量は、4号機の場合、燃料本数548本の1.4倍もの本数を詰め込むなどしている。これは使用済み核燃料の再処理が行き詰まっているために無理矢理各原子炉建屋に押し込んでいたものである。ロシア人原発事故専門家ユーリー・アンドレーエフ氏は「日本人は、非常に貪欲で、使える空間を全て利用します。しかし、プールに使用済み燃料をぎっしり詰め込めば、水がプールからなくなったら火事になる可能性は非常に高くなります」(2011.3.17「マスコミに載らない海外記事」)と福島原発における日本の対応を批判している。福島第一原発には原子炉建屋以外にも中間貯蔵施設(共用プール)に6375本もの使用済み核燃料が貯蔵されているが、そこも冷却機能は失われている。膨大な量の放射性物質が原発構内に蓄積されている。そのどれもが全く管理できない危険な状態におかれている。75万Kw級原発25基分の膨大な原発ドミノ倒しが今、我々の目前で始まっている。福島第二原発も管理できなくなるであろう。
 これまで、原発反対派も原子炉本体の危険性については空だきによる炉心溶融の危険性を指摘してきたが、使用済み核燃料プールの崩壊熱の作用についてはほとんど注意を払ってこなかった。突然の「裸の原子炉」の何基もの出現は予想を遙かに越えるものである。

3 放射線と退避距離
 3号機周辺では3月15日・400ミリシーベルト(mSV)/時(という途方もない放射線の値が観測された。500mSVで血中のリンパ球が減少するなどの急性疾患をきたし、4SV(4000mSv)を浴びれば短期間で死亡する。政府は11日に原発から3キロ圏内の避難指示を、12日にはこれを20キロまで拡大し(第二原発は10キロ)、さらに15日には20~30キロ圏内の屋内避難指示を出した。しかし、15日には原発の北部21キロ地点の浪江町で330マイクロSV(0.33mSV)/時が観測された。1日に直すと7.92mSVでありそれほどの量ではないように見えるが、そこで生活しているわけで、1ヶ月間その場所に留まると237mSVも被爆する。屋内にいれば被曝量は減るとはいうものの100mSV近くまで被曝してしまう。原発の危険が増した場合、30キロではとても逃げ切れる距離ではない。特に福島県浜通りは主要には国道6号を中心とする南北二方向にしか逃げることができない。西は山道である。人口の多い地域ではいざというときに大混乱に陥る。今回の避難でも病院・役場・警察・自衛隊間の連絡が旨くいかず10キロ圏内の双葉病院(福島県大熊町)で寝たきりなどの入院患者130名が置き去りとなってしまった。その後21名の患者が搬送中や避難先で相次いで死亡している。米軍は避難距離を80キロ(50マイル)としたが、政府は即刻50キロ圏内の避難勧告をすべきである。50キロあれば、風向きが不利な状況でも致死的な放射能を浴びる危険性は少ないであろう。風向きが関東地方を向いた15日の観測値では、茨城では年間そこに住んでいると8.9mSVを被曝することとなる。健康に影響する量ではないが、原発の危険性が増した場合にはリスクとなる。東京では年間で3.12mSVとなる。最悪の事態となれば東京も安全圏とはいえない。気象庁は毎日の福島・宮城の風向きを報道するだけでなく、放射能の流れをシミュレーションして報道すべきである。風上であれば落ち着いた避難も可能である。

4 原発を抱える他の自治体の緊急対策
 福井県・新潟県・静岡県を始め原発を多数抱える自治体は、国・電力会社に対し今すぐ次のことを要求しなければならない。まず、非常用電源の複数ルートの確保である。次に原発建屋からある程度冷却された使用済み核燃料は全て出すことである。原発建屋からできるだけ離れた位置に鋼鉄・コンクリート遮蔽の中間貯蔵施設を分散して設置すべきである。もし、何とか福島原発の危機を切り抜けることができた場合には、即、浜岡原発を停止しなければならない。太平洋プレート・フィリピン海プレートの活動は活発であり、「大地動乱の時代」(石橋克彦)を迎えており、次は東海地震が目前に迫っている。そして、中越沖地震で痛めつけられた柏崎刈羽原発も停止しなければならない。高速増殖炉「もんじゅ」は炉内中継装置の落下によりプルトニウムのMOX核燃料を抜くことさえできない状況に陥っている。しかし、もんじゅは停止中にもかかわらず電気でナトリウムを温め続けなければならない。今回のような電源喪失事故が起こった場合、液体ナトリウムは固化し冷却材の循環が止まりプルトニウムを大量に含んだ炉心はナトリウムとともに吹っ飛ぶであろう。その災害は今回の福島原発の最大級の被害を上回るであろう。神に祈るのみである。 

 【出典】 アサート No.400 2011年3月26日

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