【本の紹介】ブレア労働党の新しさと危うさ

【本の紹介】ブレア労働党の新しさと危うさ
         「ブレア時代のイギリス」 山口二郎著 岩波新書 2005年11月
 
 本書において著者は、社会民主主義の新しい路線である「第3の道」を掲げて、1997年5月18年ぶりに保守党から政権を奪い返したブレア労働党政権の姿を、福祉政策・民主主義と地方分権・外交政策・政治戦略の各分野について具体的に分析する。その分析を通じて、著者はイギリスにおける「新しい社会民主主義の実験」とも言える「ブレア時代のイギリス」の姿を描くと共に、ブレアの光と影を明らかにする。そして、終章<ポスト新自由主義時代の「左」と「右」>において、社会民主主義と新自由主義の対抗軸の在り処をさぐろうとされているのである。
 
 <ニューレーバーの政権前夜>
 第一章は、1997年の政権奪還までのイギリス政治について書かれている。象徴的な二大政党制の国として理解されているイギリス。旧来の社会民主主義と福祉国家政策が経済の停滞を生み、サッチャー保守党に労働党が政権を追われたのが、1979年。サッチャーの新自由主義に、国民が不満を募らせていた15年後、イギリス労働党はニューレーバー(新しい労働党)として、生まれ変わる。1994年、41歳のブレアが労働党党首に就任するのである。
 1994年から1997年までは、政権奪還をめざしてのブレアによる労働党の転換が行われる。その第1は、党綱領第4条の改正であり、生産手段の国有化条項の削除が焦点になった。これが、旧来の社会主義路線・福祉国家論からの決別を示すことになる。また、本来野党である労働党の党内論議を公開し、メディアの前で行い、それを主導することで、ブレアに対する党内外からの信頼も人気も高まるという経過をたどる。従来労働組合が大会代議員の多数を確保できる規定なども紆余曲折ありつつも改正され党内改革も進んだ。保守党に勝つためにはブレアしかない、という空気も存在し、左派と言われるグループもこの流れを進めないわけにはいかなかった。「彼らの多くは伝統的な左派的理念を持っていたが、同時に政党は政権につかねば意味はないという現実感覚も兼ね備えていた。」–日本の社会民主主義派には、この感覚は極めて希薄だ。
 第2は、政策面における「脱社会主義化」と「グローバル化への対応」である。
 「脱社会主義化とは労働党の伝統であった国有化や『大きな政府』路線と決別し、市場経済を前提としながら、その中で社会主義や公平を追求する路線である」
 そして、グローバル化への対応とは、従来の福祉国家論による弱者救済の枠組みでは、福祉予算の肥大化が進み、資本や富裕層が負担を嫌って国際化していくという流れの中で、旧来の福祉国家路線が放棄され、グローバルな競争の中でも、自立して働くことができる人間を育成するための雇用政策の柔軟性であり、教育の重視であった。
 
<福祉政策はよみがえったか>
 第2章で著者は、政権を取った労働党の福祉政策を検証する。低所得層中心の減税政策・自立のための子育て支援、雇用政策の重視、医療改革、社会的排除から社会的包摂へ、そして、教育政策の光と影である。
 特に興味を引くのは、雇用政策の重視と教育改革であろう。
 仕事に就いて自立する意欲のある人を支援する政策の整備がされているという。65歳以下の男性、60歳以下の女性が対象で、就労していないか、週16時間以下の就労をしている場合、求職者給付が行われる。日本では失業給付にあたるだろう。しかし、モラルハザードを防ぐため厳重な条件がある。申請を出したあと面接を受け、失業者給付のルール説明を受け、探している仕事の種類に応じた相談、訓練、情報を得ることができる。月に2回「ジョブセンター・プラス」に出向き、面接を受けなければならない。これを怠ると減額される。就労自立支援と給付がリンクされている。
 さらに、若者の就労対策として「ニューディール・プログラム」があり、18歳から24歳の若者に対して、最初4ヶ月間、個人アドバイザーによる指導を受けることができ、その後6ヶ月間の就業訓練、ボランティア活動、フルタイムの技能訓練、環境保護団体での就業の4つから選択する。活動中は失業給付に相当する給付を受けることができるというわけである。
 これらに共通するのは、単なる貧困対策ではなく、あくまでも自立の意志が問われていることであり、意志にあるものには、給付を行うという姿勢である。
 
<労働党の教育政策> 
 教育面では、労働党は予算を大幅に増やすとともに、競争の側面を強めている。これは大いに議論のあるところであろう。
 労働党の教育政策の特徴は、以下の2点である。第1は、経済政策の一環としての教育改革と言う位置づけである。グローバルな経済競争が激しくなると、国の競争力を高めるためにも労働力の質が問われる。教育への投資は経済政策でもある。中等教育の強化による基礎学力の向上が求められた。
 第2は、社会正義を実現するための教育政策という位置づけであり、能力はあっても貧困のために力を発揮できないことはあってはならない、と言う意味で不公平、不平等をなくすために質の高い教育が必要だというわけである。これは、公正や平等という労働党の強い伝統でもある。
 労働党は、政権発足以来教育予算を増やし、2008年には政権発足時から教育予算を2倍にするという施設の改善、教員の増員と待遇改善も進められた。しかし、一方で、教育の「成績主義的」側面も強化され、締め付けも強化されているという。全国の学力テストの平均点がホームページで公開されたり、まともな授業ができない学校は最悪の場合廃校にするというわけである。
 著者は、経済政策の一環としての競争力強化の教育政策という側面と、公平・平等を実現するの教育政策の二つの側面を持った労働党の教育政策について「前者との関連については、過度の成果主義、中央集権的な統制と評価という弊害が現れているが、後者との関連では、機会の平等を実質化するための様々なプログラムという特徴が指摘できる。・・・この両者の並存について労働党自身自覚的な説明・整理はつけられていない」としている。
 
<「政治の人格化」–民主主義の危機>
 第3章は「民主主義の危機と好機」と題され、圧倒的強さをもったブレア労働党が、ある意味での独裁的側面を持つに至った問題について分析されており、「政治手法の面でブレアや労働党の新しさと危うさ」に焦点をあてている。
 18年ぶりに労働党を政権に復帰させたブレアの政治には「民意を反映したダイナミックな政治の変化という側面と、権力者が巧みなイメージ操作で国民の情緒的な支持を集めるという新しい側面が混在」しており、ブレア政権が何らかの政策を推進しようとする時、これを掣肘・阻止することは極めて難しいという。「選ばれた独裁者」と呼ばれることもあるという。特徴的なのは、イギリスのイラク戦争参戦の決定である。
 著者は、ブレアが強いリーダーになり得た要因として、労働党の歴史的経緯、イギリスの政治制度、ブレア個人の資質を挙げる。
 歴史的経緯とは、党首就任以来、党綱領第4条(国有化条項)削除にいたるリーダーシップ、政権交代の可能性はブレアしかないという労働党支持者の意識であり、政治制度としては、完全小選挙区制の下で政党の中央集権化がある。そして、ブレアの人格・資質である。
 この章では、政治家個人の人格的要素の重要性が高まっていることについて、著者は焦点をあてている。
 「政治において政治家個人の人格が大きな意味を持つようになったという変化は、政党の衰弱と表裏一体の現象である。」と著者はいう。20世紀末より、政党の土台を構成した社会の利害対立が見えにくくなり、職業政治家の集団としての政党が長期間存在することで既成政党は既得権を守るだけの保守的な存在でしかない、という否定的なイメージが広まっていく。
 こうして従来の政党や組織を政治行動の単位とする代表民主政治に対する不満が高まると、リーダーは直接国民の支持を獲得しようとする。民意を政策決定過程に直接伝えることで、ダイナミックな政策転換を図るようになる。このようなリーダー個人の魅力やイメージによって国民の支持を動員して、選挙の勝利、重要政策の推進を図る政治の手法拡大を「政治の人格化」と呼ばれる。
 そして、「政治の人格化」が進むと、利益圧力団体や官僚組織を超えて、直接国民に訴えかける手段としての「メディア戦略」が決定的な意味をもつことになる。
 実際、ブレアの場合も、党首就任後は、党綱領改正問題で、メディアを活用し、「難題を解決するリーダー」のイメージを確立する。党内には「コミュニケーション総局」が力をもち、演説、コメント、談話など、すべてブレアの言動は、ここでコントロールされた。労働党がイデオロギー政党ではなく、ブレアというリーダーを軸に結集した新しい政党であるという最新の情報管理が行われたという。
 従来の勤労階層から新しい支持者獲得にあたって、ブレアは、こうしたイメージ戦略で、いわば「反既成政党」政治を展開し、ニューレーバー(新しい労働党)支持を強固にしていくのである。
 ブレアの「反既成政党」政治は、日本における小泉政治に酷似しているといえる。自民党をぶっ壊すと既成政党を否定し、改革のリーダーのイメージを作りあげた。国会で郵政法案が否決されると、国会を解散し、直接国民の判断を仰ぐのだと総選挙で「民意」を問い信任を得ると言う手法。その過程では、メディア戦略が仕組まれていた。
 著者は、こうした「政治の人格化」過程については、合法性を無視したところからは独裁が始まると、その危うさを指摘する。
 一方、ブレア政治は、その独裁的側面の対極に、地方分権の実現やNPO・NGOの活動促進・支援策を強めているなど、民主主義の活性化を進めている事も指摘されている。
 
<ブレアの外交–イラク戦争への参戦をめぐって>
 イギリスのイラク戦争への参戦は、労働党政権によるものでもあり、我々の期待に反するものであった。しかも、大量破壊兵器の虚偽情報により決定がなされたことが明らかになり、ブレア労働党の汚点となった。本書では、米英協調というイギリスの外交の基本的スタンスを明らかにしながらも、なぜ危険を冒しても参戦したのか、という疑問の解明に三つの議論を紹介するに留めている。第3の解釈として、すでに米英軍の一体化(技術面・情報面)が進んでおり、共に参戦しないならば、今後「軍事力の行使」ができなくなる、という事情があったという現実を指摘されている。
 未だ著者にも疑問は解けないという上で、参戦決定前からフセインが悪の温床であるというキャンペーンが浸透し、「大量破壊兵器の証拠があり、国連決議があれば」参戦に74%が賛成していたという事実がある。一方「証拠もなし、国連決議のない」場合は、63%が参戦に反対、という世論の状況であった。
 結果は、後者であることが明らかになり、2005年の総選挙は、労働党が苦戦する原因になるわけである。
 
<ブレア政治の旧さと新しさ>
 第5章では、ブレア政治の8年間について、イギリス国内の肯定論、否定論、現実的アプローチ派の三つの評価を紹介されている。
 「第3の道」路線が、新自由主義路線の部分的吸収と旧来の社会民主主義路線からの転換という、ある意味折衷的な側面を持っているため、外交面での評価を別としてもブレア政権への評価は、政権与党であるが故に党内外両面から厳しいものがあるようだ。
 「半分もできていない」と「半分も達成している」との評価の違いは、事実よりも評価する側のスタンスの違いとも言えるからだ。ただ、保守党政権になるよりは、「鼻をつまんでも」労働党に投票しよう、というのは、2005年総選挙では通用したが、すでに限界ではないかと指摘される。

<ポスト新自由主義時代>
 終章において、著者は日本とアメリカを例に、新自由主義が未だ命を永らえている現実に対しての分析と社会民主主義派への提言を行っている。
 分析の手法として、「生存のリスク」と「生活のリスク」を取り上げる。生存のリスクとは、戦争やテロ、犯罪など秩序を破壊し、生命や身体に対する脅威となるリスクである。「生活のリスク」とは、社会経済的なリスクであり、人間らしい生活を脅かす失業やインフレ、医療・教育の荒廃などを現している。
 すでにサッチャーの18年によって、新自由主義の限界を認識した国イギリスでは、保守党ですら、「小さな政府論」を看板にしていない。では何故日本やアメリカでは、未だ新自由主義が跋扈し、リスクの社会化を目指す社会民主主義が支持を得ていないのか。
 特にアメリカでは、テロに対する不安、まさに生存のリスクを訴えてブッシュは生き延びている。新自由主義や小さな政府論は、テロや戦争の危機・緊張を訴えることで生存のリスクを強調し、生活のリスクを隠蔽するのである。さらに、リスクをめぐる情報提供に権力が介入する。ブッシュによるメディアへの介入が強められている。
 日本では、靖国参拝や拉致問題、中国との関係悪化などのリスクの意図的な惹起によって、国内の生活のリスクを覆い隠し、官僚批判・公共政策の批判により新自由主義が、一定受け入れられていると分析されている。
 本書全体を通じて、著者はブレアの挑戦について、やや前向きな評価の立場に立たれているとは言え、これが21世紀社会民主主義のモデルであるとは、言い難いとされる。それは、特に平等についてある。
 それは労働党の雇用政策について象徴的である。結果の平等でなく、スタートラインとしての機会の平等を保障するべきであり、その後に来るのは、メリトクラシー(能力業績主義)である。「ニューレーバーの考える平等とは、メリトクラシーの中での公平な競争に主眼が置かれている。・・・『格差解消としての平等』ではなく、だれもが同じスタートラインに立ち、同じ条件で競争するという『可能性における平等』が彼らの考える平等である。」
 競争には必ず敗者が生れる。競争の中では、敗者になるリスクが一層強まる。不安が増大することになる。この問題にブレアの労働党は正面から向き合っていないと著者は批判するのである。「メリトクラシーの文化を共有する者だけの機会の平等から、より多様な生き方を許容する社会にできるかどうか、今後の労働党政治の課題である。」
 
<日本政治のイギリス化>
 長いあとがきの中で、小泉自民党が圧勝した2005年総選挙について分析も行われている。詳細は本書を読んでいただきたいが、イギリス労働党ですら18年の野党生活に耐えて復活を果たしたのであり、日本の民主党も長期の野党時代を覚悟できないなら、新たな野党を作るしかないと結ばれている。政治において一番必要な信頼と言う問題において、野党第一党が今回の偽メール事件で大混乱に陥っている姿は余りに情けない。ブレアと逆の立場から「政治の人格化」を推し進めた小泉路線を理解する上でも、是非本書を読まれることをお勧めしたい。小泉政治の光と影もまた浮かび上がるに違いない。(2006-03-21佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.340 2006年3月25日

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【コラム】ひとりごと–個人情報保護とウイニー問題

【コラム】ひとりごと–個人情報保護とウイニー問題

○個人情報保護法施行からまもなく2年が経とうとしている今日、ウイニーという妖怪が暴れまわり、ネットへの様々な個人情報流出の事態となっている。警察の捜査リストから自衛隊の機密情報、様々な顧客情報。政治家事務所からは支持者の個人情報まで。○私自身も、行政情報として、第一級の個人情報を扱う立場にいるわけで、他人事とは思われない。特に公務員の場合、プライバシー保護の観点からも、秘密保持の法律規定からも、ごめんなさいでは済まされない事態である。○報道によれば、殆んどが職場に持ち込まれた私有パソコンに仕事のデータを保存していたことで、ネットに流出したとされている。確かに、我が職場でも私物のパソコンを持ち込んで仕事をしている場合が多く、私もその1人である。○私の場合、データは外部メモリーに保存し、作業後は職場の金庫入りすることで、私的なネットとのつながりを遮断し、且つ家での作業(アサート編集)などは、別のパソコンで行っているので、一定の歯止めはかかっているが。○確かに今回の事態で明らかになった事は、いかに公務において、セキュリティポリシーが確立されていないか、ということであろう。この分野では、民間の方が進んでいると思われる。公務のIT化が遅れている性でもあろうが、PCを使うことが義務付けられているわけでもない。義務付けるなら、公用のPCが必要量確保される必要がある。しかし、まだまだPCも使えない管理職が当たり前の中で、私物のパソコンで仕事をするというのは、個人情報保護やセキュリティを無視していえば、「よくやっているなー」みたいな感覚ではないだろうか。○まあ、e-政府など、この程度だと言えばそれまでであるが、常時接続が当たり前になり、外部からのアクセス拒否の設定が甘い場合は、起こるべくして起こる事態ではあったはずである。○さらに思うのは、警察は個人情報保護について、ほとんど徹底していない職場と言っていい。犯罪者の情報など、悪気はないと思うが、刑事さんは結構しゃべるのを聞いたことがある。それは個人情報では、と感じたこともある。○警察から流出した情報は、警察による人権侵害の実態を明らかにしている。それ自体が個人情報保護法違反なのであるが。○これからは、さらにいろいろな分野で「情報流出」が暴露されていくことだろう。それは、金になるからに他ならない。企業の場合だと、恐喝の手段になることもあるからだ。ヤミ金やエロサイトは言うに及ばず、暴力団の資金源になることは確実であろう。○国民は、個人情報などネット上でも、公務でも民間でも全く守られていないと思っているのではないか。○私はウイニーを使ったことがないのでわからない点も多いのだが、読者各位は、とりあえず自己防衛を心がけていただきたいと思う次第である。(佐野) 

 【出典】 アサート No.340 2006年3月25日

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【投稿】末期症状の小泉政権とふがいなき野党

【投稿】末期症状の小泉政権とふがいなき野党

<<「合わせ鏡」>>
 小泉政権の化けの皮がいよいよ剥がれ落ち、政権は末期症状の態を呈し始め、9月の退陣を待たずに4月前後には自壊かとまで言われ始めている。
 それを象徴したのがライブドアの堀江前社長の逮捕であろう。逮捕容疑は、企業買収の際の風説の流布や偽計取引ばかりか、ライブドア本体での粉飾、脱税、インサイダー取引、詐欺商法、暴力団・裏社会との関わり、国際的なマネーロンダリング等々と、マネーゲームに特化してきた虚業にふさわしい底なしの疑惑である。首相は、当初は「事件と支援は別問題」とかわしていたが、逃げ切れなくなって「私も党本部で写真を撮った。幹部も応援した。総裁・小泉の責任と批判されるなら甘んじて受ける」と述べ、自らの責任を認めざるをえなくなった。しかし未練たらしく「メディアが持ち上げた。逮捕されると、手のひらを返すのもどうか」とメディア批判にすりかえている。だが、「稼ぐが勝ち」とか「心だって金で買える」と公言するホリエモンを担ぎ出し、改革の象徴のように讃え、総選挙圧勝の広告塔として徹底的に利用してきたのは首相自身であり、首相が先頭に立ってメディアを煽り、そのエセ「構造改革」路線でマスコミを大政翼賛化させてきたのである。
 問題の本質は、内橋克人氏が指摘しているように、「堀江貴文氏と小泉政治はウリ二つの『合わせ鏡』だ。『努力したものが報われる社会を』と叫び続けた怪しげな政治スローガンの真意が、一獲千金の成り金や富裕層優遇を正当化するレトリックに過ぎなかったことが、ケタ違いの『報われ方』を享受したホリエモン錬金術によって暴露された」(朝日1/21付)というところにある。
 この錬金術に自らも加担してきた竹中総務相が、これまたいけしゃぁしゃぁと「党の要請を受けて応援に赴いただけ。今回の問題と小泉構造改革を直接結びつけるのは誤り」と無責任な居直りをはかったが、わざわざ選挙の公示日に堀江の広島選挙区に入り、散々、堀江を持ち上げ、「小泉・ホリエモン・竹中の3人で改革をやり遂げる」と雄叫びを上げたのは隠しようもない事実である。堀江を「弟であり、息子」と持ち上げ加担してきたイエスマン幹事長を含め、小泉・竹中・武部の三人は、直ちに責任を取って謝罪し、辞職すべきである。いまだ居座れていられるのは、マスコミの責任のおもさもさることながら、野党のふがいなさとその追及の甘さにもあるといえよう。

<<「政局が早くなる」>>
 それでもこの政権は、次から次へとほころびを目立てさせはじめている。「官から民へ」がもたらした耐震設計偽装問題、それと関連した安倍官房長官秘書や伊藤公介元国土庁長官の“口利き疑惑”、約束した手順まで省いて日米首脳会談で「輸出再開」が性急に決められた米国産牛肉輸入の危険部位混入問題、米軍再編と絡む巨大プロジェクトに連動する防衛施設庁主導の官製談合、これらはいずれもライブドアと同様、小泉政権の規制緩和・構造改革路線と密接に絡み、それがまたいかにもずさんで、あくまでも政官業の癒着を温存・拡大させながら、なおかつ無責任な強者優遇・格差拡大の市場原理主義と結びついているかを明らかにしており、起こるべくして起こった事件である。
 その一方で、天皇制維持を目指した皇室典範改正案は党内から反対論や慎重論が渦巻き、この際防衛施設庁を「解体」して焼け太り的に防衛庁を一気に「省」に昇格させようとしてきた関連法案も今国会への提出が絶望的となり、しかも沖縄の米軍基地移設問題を含め、日米合意の受け入れを地方自治体に強要する役目の防衛施設庁が今や解体寸前の状態で、日米合意達成の展望さえ開けない。公明党関係者は「防衛省もダメ、皇室典範もダメ、国民投票法案もダメ……。このままだと予算成立後は、宙に浮いた状態になる」と案じ、首相周辺も「政局が早くなる。(予算が成立したら)総裁選モードだ」と政権の求心力低下を懸念する声が出始めているという(2/15朝日)。総選挙圧勝で小泉独裁体制とまで言われた政権基盤が、音を立てて崩れだしたともいえよう。
 それだけに首相は起死回生を期して何をしでかすか分からないのであるが、自民党内ではすでに小泉首相・自民党総裁としての指示に対し、中川政調会長、武部幹事長、竹中総務相らは相変わらず直ちに同調するが、それに対して久間総務会長や片山参議院幹事長らは不支持の発言をし始め、さらに首相の靖国参拝問題をめぐっては、谷垣財務相、福田元官房長官、山崎前副総裁、加藤紘一元幹事長らは「首相に苦言」を呈し、小泉批判を公然と展開し始めたのである。古賀誠元幹事長にいたっては「あの個性、今の政治手法がこれ以上続くと、日本が滅びていく危うさを大きくする」(2/12)とまで批判を強めている。

<<日本の「国際的な外交問題」>>
 ここでやはり決定的な問題として、首相の靖国参拝問題が浮上してきている。完全に行き詰まりに陥ったアジア外交の責任を追及されて、首相は例によってイライラがつのり、切れが高じたのであろう、2/7の衆院予算委員会で「私が靖国参拝しなければ首脳会談に応じるという方がむしろ異常だ。外国の首脳が行くなとか、この大臣ならいいがあの大臣はだめだとか、そんなことを言っている首脳は(中国や韓国の)ほかにどこにもいない。」と発言したのである。ここには、日本の侵略戦争によってもっとも深刻な被害を受けた中国と韓国を敵視する態度、そこからの批判をことさらに低く貶め、真摯に批判に向き合おうとしない首相の姿勢が端的に現れているといえる。
 そして問題はそれ以上に、一国の首相が自らの引き起こした靖国参拝問題が、他の諸国にどのような反応をもたらしているかについてこれほど無知であり、情報も持ち合わせていないということである。これは、知っていても知らせない、あるいは意図的に情報隠しをする外務省の無能力さもさることながら、本人自身にとっても致命的な弱点である。それは一個人ではなく、首相として日本という国の戦争犯罪に対する反省の欠如、モラルの低さを世界にさらけ出すような程度の低さである。こうした事態に対して近隣諸国はもちろん、首相が頼りとするブッシュ政権要人でさえ、このほど来日したゼーリック氏を始め、靖国参拝への批判的発言をしていることは、周知の事実であり、外交機密でもなんでもない、調べればすぐ分かる程度の情報である。麻生太郎という古典的帝国主義思想の持ち主、程度の低い植民地主義者、「天皇陛下の参拝が一番だ」と天皇の靖国参拝まで持ち出す問題発言を繰り返す人物を外務大臣にすえるくらいであるから、外務省も知らせないのであろう。自らに不利な情報は知りたくないし、知ろうともしない首相のその姿勢こそが問題なのである。
 ごく最近でも、シンガポールの前首相で現閣僚でもあるゴー・チョクトン上級相が、2/6、アジア太平洋円卓会議で、小泉首相の靖国神社について「靖国神社参拝問題は日本の内政問題でもあり、国際的な外交問題でもある」として、「日本の指導者たちは参拝を断念し、戦犯以外の戦死者を悼む別の方法を考えるべきだ。この件に関して日本は外交的に孤立している。」と断言し、「米国さえも、この問題で日本側だけについてはいない」と語っている。首相はこれに対して真摯に応える言葉を持っているのであろうか。

<<反小泉連合の柱>>
 このように末期症状を呈し始めた小泉政権ではあるが、野党のふがいなさで何とか持ちこたえているというのが現状といえよう。野党にとっては倒閣と政権交代の絶好のチャンスであるはずが、攻めきれず、せっかくの好機を生かせず、結果的に傍観者的立場におちいっている。それはひとえに野党の側に、反小泉での結束がないことに現れているといえよう。予算委員会での追及はバラバラであり、野党の質問はいずれも首相のはぐらかし答弁にていよくあしらわれ、空回り、詰めの甘さから首相が逃げ切ることを許している。その典型が、ライブドア・堀江からの武部幹事長次男への振込み疑惑の追及であろう。
 民主党・前原執行部は、政権参加意欲のとりことなって、憲法問題ばかりか対中外交でも自民党と同じ土俵に取り込まれ、自民党との違いを打ち出しえていないところにそれは現れている。このほど発足した党内政策勉強会「リベラルの会」は、このような前原代表の安保・外交路線とは異なる政策提言を3月中にまとめることで合意したという。
 一方、社民党の福島党首は2/13、国会内で共産党の志位委員長と会い共産党が申し入れていた「憲法改悪阻止に向けた」共闘に関する党首会談を近く開くことで合意したという。福島党首は「社民党は憲法改悪阻止のため、自民、公明、民主各党のハト派と連携を組む。国民の皆さんとも大きな改憲阻止の輪をつくりたい。その一環として、共産党とも話し合いの場を持ちたい」という立場を明らかにしている。それが社共だけの狭い合意ではなく、幅広いあらゆるハト派の合意に成長させることが何にも増して重要であり、反小泉連合の結束の柱となるならばその意味は決して小さくはないといえよう。この際、反小泉を柱としたハト派とタカ派の政界再編があってもおかしくはないし、それが期待されているとも言えるのではないだろうか。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.339 2006年2月25日

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【追悼】鈴木市蔵さんを偲ぶ 

【追悼】鈴木市蔵さんを偲ぶ             

君はなぜ僕の「主張」を載せられないのだ!
編集会議の冒頭、怒りを込めて詰め寄る
私が、二言三言反論する
目の前で、原稿を真っ二つに破る鈴木さん
志賀さんがあわてて割って入る
振り返れば赤面の光景
今となっては何が問題であったのか定かではない

ところがその後も鈴木さんは
あのえもいわれぬ笑顔で接してくれた
「君は碁をやれば面白いんだがなー」としきりに誘う
「若い者を集めて梁山泊になってはいかんよ」
あるときはこのように私をいさめる
常に党派主義・セクト主義を戒め、人類的価値を問う
そして必ず「主敵」に対する統一戦線を唱える
ここにこそ鈴木さんの真骨頂があった

米寿の折であったか、マイクに向かい
「ようやく共産党指導部も変わり始めた」
「だがまだ足りぬ!」
「第一、僕に話を持ってきていない!」と話された
鈴木さんを追い出した党指導部
あれからまた少し変わり始めた
それでもいまだに面子とセクト主義にこだわる
鈴木さんの元気な「まだ足りぬ!」の声が聞こえる

(生駒 敬)

*******************************************
 元参院議員の鈴木市蔵さんが1月29日、亡くなられた。鈴木さんには、青年の旗への寄稿をはじめ、お世話になりました。生駒さんの文章はじめ、読者各位からの追悼文書を2月号に掲載予定です。(佐野) 

以下に、アサート、青年の旗誌上に掲載した鈴木市蔵さんの文書を集めてみました。

ASSERT 259号(1999年6月19日)
【読者のたより】 必要なことは、「改革」(鈴木市蔵さん)
http://www.assert.jp/data/1999/25903.htm

アサート 220号(1996年3月23日)
【投稿】 三人を大切にしよう by 鈴木市蔵
http://www.assert.jp/data/1996/22004.htm (4,775 bytes)

アサート 196号(1994年3月15日)
【投稿】 革新の論理と日本社会党の立場 by 鈴木 市蔵
http://www.assert.jp/data/1994/19602.htm (9,541 bytes)

青年の旗 1989年8月1日 第148号
【講演】 「新しい思考」と日本の政治改革(上) 7月9日 鈴木市蔵氏講演より
http://www.assert.jp/data/1989/no148c.htm (12,688 bytes)

青年の旗 1989年9月1日 149号
【講演】 「新しい思考」と日本の政治改革(中) 7月9日 鈴木市蔵氏講演より
http://www.assert.jp/data/1989/no149a.htm (8,562 bytes)

青年の旗 1989年11月1日 150号
【講演】 「新しい思考」と日本の政治改革(下) 7月9日 鈴木市蔵氏講演より
http://www.assert.jp/data/1989/no150a.htm (10,263 bytes)

青年の旗 1986年2月1日 第108号
【インタビュー】 鈴木市蔵さん「国鉄分割・民営化阻止の闘いの前進の為に
http://www.assert.jp/data/1986/no108a.htm (13,816 bytes)

 【出典】 アサート No.339 2006年2月25日

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【投稿】「防衛施設庁談合事件で躓く軍事再編

【投稿】「防衛施設庁談合事件で躓く軍事再編
 
<遠のく「防衛省」昇格> 
 1月30日、防衛施設庁の発注した空調設備工事で、技術審議官ら3人が東京地検特捜部に競争入札妨害(談合)容疑で逮捕された。この防衛施設庁高官による官製談合事件は、日米の軍事力再編計画に冷や水を浴びせかける形となった。
 防衛施設庁は1947年、進駐軍の施設や物資の調達・管理を行う特別調達庁として設置された。長官には防衛事務次官候補のキャリア官僚が就任している。審議官は施設庁のNO3であり、今回事件の主役となった技術審議官は技術系(技官)ではトップの役職である。
 同庁は1950年発足の自衛隊(警察予備隊、保安隊)より歴史が古く、利権も潤沢なため防衛庁に対して優越感を持っているという。額賀防衛庁長官は事件の発覚直後、防衛施設庁解体を言明した。これは談合事件を防衛庁の「省」への昇格-施設庁の解体吸収との既定路線に対する、施設庁プロパー官僚の抵抗を押さえ込む「追い風」に、との目論見からの発言であった。
 しかし事件の背景となった天下り先確保問題に関して額賀長官は、的はずれな弁明をしている。2月5日のテレビ番組で長官は「自衛官は定年が早く(下士官と下級将校は54歳)年金支給まで時間があるので、再就職を心配する傾向にある」と、事件を起こした一般職(技官)の審議官とは、身分も俸給表も別の自衛隊制服組の事情を引き合いに出して釈明した。
 制服組でも将官クラスなら定年後、大企業の重役の椅子に座ることも出来るが、曹、尉官クラスは、天下りにはほど遠い再就職が大半なのである。額賀発言で悪いのは全ての自衛隊員であるかのような印象を与えてしまった。日頃施設庁に「先輩風」を吹かされ、彼らの利権のために念願の省昇格が手のひらから逃げ、そのうえ悪者にされた自衛隊員は憤懣やるかたない思いだろう。
 さらにその後の事件の広がりから、事件は小泉政権にとって思わぬ逆風となってしまった。防衛「省」昇格そのものが頓挫しそうなのである。事件を機にもともと慎重だった公明党が再び消極姿勢に転じたため、今国会での関連法案提出が見送られる公算が大きくなっている。これまで省昇格に前向きな姿勢を示していた小泉首相も2月13日、「急ぐとかそういう話ではない。ゆっくり協議してもらえればいい」と記者団に発言、武部幹事長も同12日のテレビ番組で、今国会提出見送りを示唆した。

<米軍基地再編にも波紋>
 現在進められている在日米軍基地再編計画にも、今回の事件は重大な影響を及ぼしそうだ。逮捕された前審議官は地検特捜の取り調べに「全国の土木、建設工事で談合が行われていた」と供述、このなかで防衛施設庁が04年度に発注した、岩国基地の滑走路沖合移設工事でも談合が行われていたことが明らかとなった。
岩国市ではアメリカ軍の空母艦載機移駐を巡って3月12日に住民投票が予定されている。政府は「防衛政策に対して住民投票で賛否を問うのは問題」と非難しているが、暴かれた利権の構図の前には説得力を持たない。
 また今後全国各地で進められようとしている、米軍、自衛隊の基地や司令部、補給所などの施設の移転、拡充計画でも当然談合が予定されていたわけであり、とりわけ沖縄は「宝の山」である。
 焦点の普天間基地を巡っては、名護市のキャンプ・シュワブ沿岸部(辺野古崎)に移設することで日米両政府は昨年10月合意している。しかし移設反対派を破って先月当選した新市長も「辺野古崎案は受け入れられない」と表明、沖縄県、議会も沖縄県外移転の方針を堅持しており、業を煮やした日本政府は知事の権限を剥奪する特別措置法の制定をちらつかせ恫喝をかけているが、展望は見えていない。直接の基地被害に加え、ゼネコン、官僚の食い物にされていることが明らかになった地元の反発は今後ますます強まるだろう。
 このような状況は施設、基地の移転が予定されている各自治体で惹起してくるだろうし、この間頻発する米兵の犯罪と相まって住民の反基地感情は、高まっていくことは確実である。このままでは3月に予定されている、日米安全保障協議会委員会(2プラス2)での最終報告とりまとめは、困難な情勢になりつつあり、アメリカの圧力に晒されている日本政府は焦燥感を深めている。
 事態を打開しようと防衛庁は、関係自治体への新たな交付金の創設を検討している。現在も米軍基地を抱える自治体には、今年度も251億円をしているが、これとは別に「原発交付金」をモデルとした、新たな交付金制度を新設するというのだ。札束で頬をはたいて基地を押しつけようとしているのである。
 こうしたなかアメリカは、沖縄海兵隊がグアムに移転する費用について、総額80億ドル(約9400億円)のうち、その75パーセントを日本側に負担するように求めてきた。
 この吹っ掛けとしか言いようがない要求に、さすがに日本政府も、算出根拠を提示するよう求めているが、基地問題をカネで解決しようとする姿勢の足下を見られたのである。
 防衛庁は今国会に提出を検討している米軍再編関連法案に交付金創設などを盛り込みたい意向だが、これら野放図ともいえる要求には財務省も抵抗を示している。政局は談合事件を含めた「四点セット」での小泉政権追及に次期首相レースに絡んだ展開となっているが、これを契機として米軍基地再編を再検討していくことが民主党など野党に求められている。(大阪 O)

 【出典】 アサート No.339 2006年2月25日

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【投稿】「格差社会」を巡って

【投稿】「格差社会」を巡って
                       福井 杉本達也
 
 日本の経済格差が拡大している。山家悠紀夫氏は「『実感なき景気回復』を読み解く」(「世界」2006.3)の中で、輸出主導により企業の設備投資は拡大しているものの、家計部門は回復していないとし、小泉内閣の4年間で、民間法人企業所得は6兆円増加したものの、雇用者報酬は16兆円の減となっており、それ以前1998~2000年の3年間の減少8兆円よりもさらに減少幅が拡大していると指摘している。減少の要因を①企業のリストラ、②賃金の安い非正社員の増加、③正社員給与自体の減少にあるとする。これを裏付ける氏の資料によると、この4年間で、正社員の減少は307万人、一方非正社員の増加が231万人、正社員の平均年収の減少が22万円である。
 日本の経済格差の拡大をジニ係数の国際的比較により早くから指摘したのは橘木俊詔氏(岩波新書「日本の経済格差」1998年)である。橘木氏は「わが国の所得分配の不平等度は課税前所得と課税後所得ともに、急激に高まっている。特に当初所得は、ここ10年あまりの間に、ジニ係数が0.1前後上昇しており、短期間のうちにこれだけ不平等度の高まった国はない。しかも、ジニ係数が0.4を超えたかなりの程度の不平等である」とし、「1億総中流」=平等社会と思われていた日本が世界的にも有数の不平等社会になりつつあるという指摘はきわめてショッキングな内容であった。橘木氏の指摘は研究者の間では高く評価されたものの、小泉「改革」のもと、情報統制下のマスメディア等では無視され続け、これまで取り上げられることはほとんどなかった。そして、山家氏の指摘するように、この4年間で、小泉「構造改革」の“成果”として、格差はさらに拡大する傾向にある。
 しかし、小泉首相はこうした経済格差の実態に一切目をつむろうとしている。1月24日の衆議院本会議で、『ジニ係数』という専門用語まで用いて「格差社会」への反論を展開した。「近年、ジニ係数、ちょっと聞きなれない言葉でありますが、ジニ係数の拡大に見られるように所得の格差が広がっているとの指摘がありますが、統計データからは、所得再分配の効果や高齢者世帯の増加、世帯人員の減少といった世帯構造の変化の影響を考慮すると、所得格差の拡大は確認されない、また、資産の格差についても明確な格差の拡大は確認されないという専門家の報告を受けております」と答弁している。答弁の「高齢者世帯の増加…」はという下りは、大竹文雄氏らの橘木氏への“単純明快”な反論を踏まえてのものである。「日本の所得格差の変化の特徴は、所得格差拡大の主要要因は人口高齢化であり、年齢内の所得格差の拡大は小さい」(大竹文雄「日本の不平等-格差社会の幻想と未来」日本経済新聞社 2005年)、ようするに、見かけの経済格差が高まったのは、元々経済格差が大きい高齢者世帯が増加したためであり、実質的な不平等は拡大していないという主張である。確かに、高齢者世帯は所得格差が大きいが、高齢者世帯を除く一般世帯でもジニ係数は1980年代に比較して確実に拡大している。
 生活実態を見ようとしない者にとって、統計に様々な解釈を加えることはたやすいことである。たとえば、非正社員231万人の増加も、雇用の規制緩和によってもたらされたと主張することも可能である。八代尚宏氏は、「低賃金労働者の増加もゆゆしき事態に見えるが、収入がゼロだった専業主婦が低賃金労働者になったのなら悪いことではない。構造改革、規制改革により個人や企業は多様な選択ができるようになる。格差が拡大して人々が苦しんでいるという見方は一面的過ぎるのではないか」(日経2006.2.11)と主張する。
 マクロ統計の上では格差の実感が把握できないとする者に対しては、生活実態に即した具体的な統計を指し示す必要があろう。たとえば、生活の最も基礎的な住宅を例に見てみよう。「公的賃貸住宅の施策対象及び検討課題について」(国交省住宅局2006.5.19)によると、公営住宅の応募倍率は大都市圏を中心に近年増加傾向にあり、全国では9.4倍(2003年度 ボトムは1997年度:2.6倍)となっている。応募者の所得階層は最も所得の低い月収12.3万円以下の世帯が、1998年度は58.4%であったものが、2003年度には72.6%への大幅に増加している。さらに、世帯主が70歳以上の世帯は21.6%と全体の5分の1を超えており、増加傾向にある。また、母子・父子世帯の比率は、公営の借家で家族類型の約2割、公団・公社借家で1割を占めている。以上のように、公営住宅団地の状況は、この間の所得格差の拡大によって、ごみの分別回収もままならない、自治体会長の受け手もいない、火事があっても隣近所で助け合うこともできないというコミュニティー崩壊の状況にある。
 2月1日の参院予算委員会でも、首相は、社民党の福島瑞穂氏が構造改革に伴う経済格差拡大への批判が強まっていることをただしたのに対し、「どの時代におきましても成功する人としない人います。また、それぞれの人の持ち味が違います。力も違います。ですから、今後、我々は気を付けていかなければならないのは、貧困層を少なくするという対策と同時に、成功者をねたむ風潮とか、能力のある者の足を引っ張るとか、そういう風潮は厳に慎んでいかないとこの社会の発展はないんじゃないかと。できるだけ成功者に対するねたみとかそねみという感情を持たないで、むしろ成功者なり才能ある者を伸ばしていこうという、そういう面も必要じゃないかと。」答えた。「格差」を「ねたみ」という一言でバッサリ切り捨てようとするなんと非人間的な答弁であろうか。
 しかし、首相が何と答弁しようが、首相とホリエモンという「二人の寵児のシルエットは見事に重なった」(日経 2006.1.30 田勢康弘「時代の寵児一重なる陰影 政治の潮目変わる予感」)のである。熱に浮かされたような「自由主義」「市場化」「効率化」の波が去る政治の潮目にあたり、経済格差をこれ以上拡大させない公正な政策を打ち出さねばならない。 

 【出典】 アサート No.339 2006年2月25日

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【追悼】鈴木市蔵さん、ありがとう

【追悼】鈴木市蔵さん、ありがとう
                       小坂 貢

 2006年1月29日、鈴木市蔵さんが亡くなられた。享年九十五才。
 鈴木さんといっても、いまや大方の人々はご存知あるまいが、朝日新聞社編(1990年12月10日発行)・「現代日本朝日人物事典」によると
  「鈴木市蔵。1910年3月25日生れ。神奈川県真鶴町生まれ。鉄道教習所卒。戦前から全協などの運動に加わり、何度か検挙された。1934(昭和9)年、国鉄品川電車区に就職。戦後は国鉄総連合の結成に参画、副委員長として左派をひきいた。47年「二・一スト」のトップリーダーのひとり。日共にあっても幹部会委員にまでのぼり、62年には参議院議員に当選したが、64年「部分的核実験停止条約」に党議に反して賛成票を投じたことから除名され、志賀義雄と共に、日共(日本のこえ)を結成した後、フリーの立場で、政治評論などの執筆活動を続けている。」とある。
 
 私が初めて鈴木さんを知ったのは、「二・一スト」の新聞報道写真と、ニュース映画での映像を通してであった。国鉄の制服のよく似合う、ハンサムで精悍な風貌、声のよく通る、雄弁な演説と、時の占領軍総司令官マッカーサーの「スト中止指令」を、口惜し涙にくれながら、ラジオで放送する伊井共闘会議議長の姿は、未だに瞼に焼き付いている。
 しかし、十七歳になったばかりの当時の私には、労働組合も、共産党も全くの門外漢であった。
 その私が、「二・一スト」から四年後、「日共」に入党し、その後十三年間という月日を健闘したあげく、63年(昭和38)に除名され、これも「二・一スト」の余波で根こそぎつぶされた「全財務労働組合」を、数年かかって再建した「全国税労働組合」からも追放されるという皮肉な運命を迎えることになった。
 その翌年、とある洋菓子メーカーの社長の好意でアルバイト中の私に、故八木茂君(元日共機関紙「アカハタ」記者)と秋田三男君(元法律事務所員)から電話がかかってきた。“オイ!手伝うてほしいことがあるんや、オッさんを助けてほしい”。聞けば「日本のこえ」大阪事務所常任への誘いである。「オッさん」とは志賀義雄御大のことだった。
 私には、「獄中十八年」を貫いた志賀義雄さんは、まさに「雲の上の人」であり、鈴木市蔵さんも、労働運動、共産主義運動の大先達であった。
 当時、志賀さんは六十三歳、鈴木さんは五十四歳、東京から赴任した事務長をつとめた津京さん三十五歳、私三十四歳、八木君三十三歳、秋田君三十一歳と、皆まだ若かった。
 しかし「代々木」共産党の反党分子に対する攻撃は凄まじく、かつての大幹部である志賀、鈴木両氏を悪しざまに「裏切り者」「ニセ共産党」の悪罵はおろか、抹殺すべき「蛆虫」扱いであった。
 “くそっ!今に見ておれ”、まだ若かった私たちは、歯がみしながら反撃を開始した。
 志賀さんも決意した。次期総選挙に立候補する準備である。若い、といっても私たちと同年輩の、皆「ヤメ共」を数名誘い入れ、大阪市大、阪大を中心とする「民学同」の学生諸君の加勢を得て、67年(昭和42)の第31回衆議院選挙で「代々木」共産党を主敵として、彼らをを打ち負かすこと。目標は出来た。元気百倍、約三年余の呻吟、苦汁の成果は、当選はもとより二の次、「代々木」に勝つことを目指したのであった。
 多勢に無勢、仲間たちは「ポスター貼り」から「立看板」、「演説会場の設営」、演説の「前座」、「弁士」と一人数役をこなしながら、そうだ、時には警察にも捕まっても闘い抜いた。
 総選挙の結果は、約三万八千票対三万。選挙事務所に押しかけた新聞記者は三十名ぐらいだったと思う。志賀さんが温顔をほころばせて登場した時、私はびっくりした。記者連中が「志賀先生!」と一斉に叫ぶや否や、ワーッと泣き出したのである。私のそばにいた八木君が小声で「小坂!うつむけ、泣いたふりをしろ」、「代々木」に勝った、その内心の喜びと安堵感が私たちの表情に正直に現れていたのだろう。私は八木君の指示に従って、机上のそろばんに手をかけたものだ。
 そこへもう一撃! 大阪一区から立候補して当選した自民党の大物・菅野和太郎氏から、「志賀君、残念だ・・・」に始まる長文の友情あふれる電文が読み上げられたのである。
 新聞記者のすすり泣きは、やむ間もなく、自然と私の瞼にも涙がにじみ出たことが思い出される。美しい光景であった。
 “闘い終わって、日が暮れて”、そして我々は大阪事務所を残して、それぞれの道を歩んだが、私が国税労働運動で受けた数々の弾圧処分、国家公務員法違反によるーー戒告、停職一ヶ月から三ヶ月の量刑と集大成の刑事事件(暴力行為等処罰に関する法律違反と建造物侵入事件)での最高裁までの戦いの結果、税理士試験での特例不適用という、当時の非人間的待遇を、鈴木さんは真剣に心配し、国鉄時代の同年輩の友人、近藤計理士(後、公認会計士に移行)を紹介頂き、近藤先生にもお世話を蒙ったことをいまさらながらに有り難く、御礼申し上げる次第です。鈴木さん、いろいろとご苦労様でした。
 どうかごゆっくりお休みください。志賀さんによろしくお伝えください。私の酒飲み親友だった八木君とも碁を打ち、飲んでやって下さい。--合掌ーー

 【出典】 アサート No.339 2006年2月25日

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【追悼】市ちゃんと親しまれた偉大な先輩

【追悼】市ちゃんと親しまれた偉大な先輩
                     秋田三翁

 四十余年も前のことになる。一九六二年参議院選挙に、日本共産党は党中央幹部で労働組合対策部長の鈴木市蔵さんを全国区に、新人の東中光雄弁護士を大阪地方区にを立てペアで闘った。ペエペエの平党員であった私は、地方候補の選挙秘書を命ぜられ、候補者と共に慣れない選挙で大阪中を飛び回っていた。
 マッカーサー占領軍の軍政下、戦後初めての全国ゼネストの指導者として、伝説の人と思っていた鈴木さんを間近に見たのは、それが最初であった。
 関西弁でもない、鈴木さんの歯切れのいい雄弁は、志賀義雄さんの支持者はじめ関西人の心をつかみ、多くのファンが生まれた。労働者と現場で語り合い説得された話術は、解かり易く「市ちゃん、市ちゃん」と親しまれた。いつか、部落解放同盟の西成区の集まりで、元気なオバサン達が「市ちゃんの話はシビレる」と話し合う声を聞いたことがあった。参議院議員の鈴木さんが誕生した。
 それから二年後、志賀義雄、鈴木市蔵、両議員は、一九六四年の4・17ゼネストの共産党のスト破りに反対。部分的核実験停止条約に対する共産党の方針を批判して賛成投票し、党から除名される。
 やがて、神山茂夫さん、作家の中野重治さんなども参加した〝日本のこえ〟が結成された。
 「この獄中十八年の闘士」志賀義雄、「2・1ストの指導者」鈴木市蔵という偉大な指導者の決起を無駄にしてはいけないと血気盛んな故八木茂などの説得に応じ、小坂貢、故高橋禄朗、両先輩と共に、職場も捨て、家庭を犠牲にし、私たちは、〝日本のこえ〟の大阪指導部の常任生活に入ることになる。松本健男弁護士をはじめ、部落解放同盟の有志、民主主義学生同盟の有志たちが隊列に加わった。それでも、府党の党員数の1%にも満たない少数の決起だった。
 爾来、幾星霜、まさか、この平和労働運動の二人の指導者に、わが生涯の歩みを共にするとは夢にも思わなかった出会いだったのである。
 故八木茂を評して「彼は任侠コミニストだよ」と言われたのは、鈴木さんだった。確かに、熱血児というべきか、巧みな文章をあやつり、会議では、関西弁で国際連帯を語り東大、京大、阪大出の理論家たちと、ド迫力で渡り合う彼を半分冷やかしを含めて評されたのは、言い得て妙、鈴木さんならではの命名であった。
 「国鉄一家」という言葉があった。鈴木さんは、共産党の中央の大幹部というより、全国鉄労働組合員六十一万余の代表として、物申すという風格が感じられた。
 ある時、鈴木さんのずっと後輩で、北海道国鉄出身のK衆議院議員とある会合で同席したことがある。丁度、私鉄ストで電車が停まるかもと騒いでいた。テレビを横目に見たK氏は、「枝・葉が動いていますな…」と言い放ったものである。
 そういえば、北海道から青森、東京、大阪、下関、鹿児島まで、日本列島を貫く大動脈と、その支線、全て国鉄労働者が動かしているのだ。決して、闘士型でもない地方出のK氏の一言に、国労出身者の自負を強く感じたものである。
 鈴木さんは、そんな言い方をする人ではなかったが、アメリカ占領下での2・1ストを指導し六四年の4・17ゼネストのとき共産党中央のスト破りに、除名を覚悟で、反対された姿には、全国の労働運動を俯瞰した背骨があったのではなかろうか…。
 かつて、国鉄総裁を経て首相になった共産党嫌いの佐藤栄作が、鈴木さんの国会質問には、ややトーンが下がり、答弁したと聞いたことがある。また、共産党路線と平和運動はじめ対立していた、総評の事務局長であった、岩井章氏が、鈴木さんの銘友として深い信頼と交流が続いていたのは、いづれも鈴木さんの人柄によるものであろうが、国鉄の出身者であることが、その繋がりの基であったような気がしてならない。
 〝日本のこえ〟に参加した、大阪の残党ともいえる我々の有志で発行してきた〝大阪のこえ〟十六号に最後とも言える寄稿を頂いたのは、およそ三年前の事である。病床からの短い文章であった。ヨーロッパ諸国、中国、ロシアの政治動向に触れ、アメリカの独善的な政策が孤立を生み、自民党の子分よろしき振舞いが、日本政治の孤立化どころか、世界から「敵意」を持って見られるだろうと危惧されていた。今の小泉外交のアジアからの行き詰まり、孤立を鋭く予見されたものであった。
 終生、働くものの生活と平和のために生き抜かれた鈴木市蔵さんの生涯は、省みて病身になったり、古希を過ぎて、つい萎えがちな平凡な我が心を、いつも砥いで頂く大きな存在だった。
 心から感謝の気持ちとご冥福を祈って…      合掌。

 【出典】 アサート No.339 2006年2月25日

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【投稿】理解力不足・小泉首相の綱渡り

【投稿】理解力不足・小泉首相の綱渡り

<<「理解できない」の連発>>
 小泉首相は1月4日午前の年頭記者会見で「理解できない」を連発した。靖国参拝についていわく、「一国の首相が一国民として戦没者に哀悼の念をもって靖国参拝する。日本人からの批判は理解できない。」、「日本人からおかしいとか、いけないとかいう批判は理解できない。」、「精神の自由に政治が関与することを嫌う(日本の)言論人、知識人が批判することも理解できない。」、「まして外国政府が心の問題にまで介入して、外交問題にしようとする姿勢も理解できない」と連発。理解できないのは、「心の問題は誰も侵すことのできない憲法に保障されたものだ。」からだという。さらに続けて、「ひとつの問題で、外交交渉はしないとか、首脳会談を開かないとか、理解できない。」と念押しをして、中国。韓国が膝を屈することを要求するような言辞を吐いてすましている。今年もこんな度し難い首相に日本が振り回され、取り返しの付かない汚点が刻み込まれるのかと思うとなさけない限りである。
 翌日の朝日社説は「これほど理解力が足りない人が、内閣総理大臣を続けていたのだろうか。そう思いたくもなるような光景だった。」と嘆いている。しかし問題は、理解力の足りなささの問題ではなく、意図的に「理解できない」を連発して、周辺諸国への反発と反感を煽っている首相の政治姿勢にこそ問題があることに切り込むべきであろう。
 まず第一に靖国参拝をわざわざ強行して外交問題にしたのは首相自身である。中国と韓国への侵略戦争を美化し、A級戦犯を合祀する靖国神社への参拝が何をもたらすかは、いくら理解力不足の首相であっても予測しえたことである。にもかかわらず、中韓両国の反発をあらかじめ計算に入れながら参拝を強行し、反発が示されるや、「参拝が信念だ」とあくまでも今後も続ける姿勢を誇示し、実際にも何回にもわたってこれ見よがしの派手な参拝を行い、多くの閣僚や付和雷同者の参拝を組織してきたのである。
 あわよくば見逃してくれることを狙ったかもしれないが、むしろ反発と外交的孤立化をわざわざ狙い、危機感と民族主義的反感を煽り、憲法改悪と日米軍事一体化を一気に推し進める好機と判断した確信犯的動機が首相にあったといえよう。

<<「心の問題」>>
 今回の首相の発言でさらに問題なのは、「靖国の問題は外交問題にしない方がいい。」と述べ、さらに「靖国参拝をしたら交渉に応じないということは、これはもう外交問題にならない」と述べたことである。外交問題にわざわざ仕立て上げた張本人が、外交問題の案件から靖国参拝問題を切り捨てることを一方的に相手側に要求し、これが入れられなければ「もう外交問題にならない」と、挑戦的な外交的断絶をさえ示唆する姿勢を鮮明にしたことである。これは危険極まりない綱渡りであり、暴走といえよう。
 言うに事欠いたその理由が、「外国政府が心の問題にまで介入」したというわけである。ところが靖国神社参拝というのは、「精神の自由」としての「心の問題」ではなく、参拝という具体的な形を取った行動の問題なのである。いわば自らの個人的宗教的信念の実現を、自民党総裁選の公約にまで掲げ、公的な国を代表する職務としての首相としての役割に優先させ、一体化させたのが小泉首相自身である。これは、個人的な「心の問題」を参拝という具体的な行動を通して、一国の政治に介入させる憲法の政教分離原則に反する違憲行為である。ところが首相にかかると、これに対する外国の批判は、「心の問題にまで」外国政府が介入、理解できないどころか、まったくけしからん、というところに導かれる。あと少しで、「こんな外国政府は懲らしめてしかるべき」だという論調への誘導である。
 そしてさらに問題なのは、「日本人から、おかしいとか、いけないとかいう批判が、私はいまだに理解できません。」と述べ、「知識人が、私の靖国参拝を批判することも理解できません」と述べていることにもある。靖国神社参拝を厳密に検証し、違憲と判断した大阪高裁判決も、当然、首相にとっては理解できないものである。外国は言うに及ばず、「日本人から」批判が展開されることまでをも問題にするこの姿勢は、首相自身が日本人の心の問題に介入し、日本人なら当然同調すべきだというファシスト的姿勢が色濃く表明されているといえよう。ここに示されている政治的意図は、知識人はもちろん、裁判所も含めて、おしなべて「日本人なら当然靖国神社に参拝してしかるべき」だという論調、大政翼賛への誘導、強要でもある。

<<読売と朝日の共闘宣言>>
 ところがこんな首相に対して、思いもかけないところから冷や水が浴びせかけられた。憲法9条改悪では首相が盟友とも頼む読売新聞主筆・会長の「渡辺恒雄氏が朝日と共闘宣言」である。朝日新聞が発行する月刊「論座」2月号に掲載された読売新聞と朝日新聞の共闘宣言は、「靖国を語る 外交を語る」と題するこの対談で、「首相の靖国参拝に反対し、戦争責任をはっきりすべきだ」で両者は一致したのである。
 渡辺氏は、「靖国神社本殿の脇にある遊就館がおかしい。軍国主義をあおり、礼賛する展示品を並べた博物館を、靖国神社が経営しているわけだ。そんなところに首相が参拝するのはおかしい」、「国家神道の教学のために日本が真っ二つに割れ、アジア外交がめちゃくちゃにされている。そんな権力を靖国神社に与えておくことは間違っている。これを否定するには、やはり首相が行かないことです」、「小泉さんは政治をやっているんであって、イデオロギーで商売しているんじゃあない。国際関係を取り仕切っているんだから、靖国問題で中国や韓国を敵にするのは、もういいかげんにしてくれと言いたい」と論旨明快である。
 渡辺氏はさらに「靖国公式参拝論者を次の首相にしたら、もうアジア外交は永久に駄目になっちゃうんじゃないかと思っている。今はポスト小泉は安倍(晋三)さんが有力だと言われているけれどもその点を心配する」と小泉後への懸念までをも表明している。
 渡辺氏は、中国、韓国などに対し、「彼らが納得するような我々の反省というものが絶対に必要」と明言し、昨年8月13日から読売新聞が始めた「戦争責任を明らかにする」というシリーズについて、「残虐な戦争の実態」を明らかにし、「日本軍というのは本当にひどいものだったんだということを、どうしても言い伝え、書き残しておかなきゃいかんと思っているわけですね」と述べている。南京大虐殺についても、「犠牲者が3千人であろうと3万人だろうと、30万人であろうと虐殺であることには違いがない」と明確に指摘している。そして「2006年8月15日をめどに軍、政府首脳らの責任の軽重度を記事にするつもりだ」と言い切り、「国際関係も正常化するために、日本がちゃんとした侵略の歴史というものを検証して、『事実、あれは侵略戦争であった』という認識を確定し、国民の大多数がそれを共有するための作業を始めたわけだ」と断言している。

<<「トップクラスの軍事費」>>
 「先の戦争で、何百万人もの人々が天皇の名の下で殺された。……戦時中の体験もあって、そういうことを、命令した軍の首脳、それを見逃した政治家、そういう連中に対する憎しみがいまだに消えない」という渡辺氏の主張は至極当然のことである。この至極当然の認識が、国民の大多数が共有する認識になることを恐れ、自らの問題として戦争責任を明らかにすることを避け続け、うやむやにし、最近ではやむをえなかった、侵略戦争ではなかった、良い側面もあったなどとして合理化する論調の中で、小泉政権が靖国参拝を強行し、それが批判されると、外国からの介入だと居直る、その姿勢にこそ日本の最大の問題があるといえよう。
 その行き着く先、落としどころが憲法9条の改悪である。ところがこの問題になると、渡辺氏の主張は小泉首相と同程度の低次元である。渡辺氏は言う、「ぼくは、とにかくうそをついちゃいかんと考えている。……自衛隊にどうして戦力がないといえるのか。いまや世界でもトップクラスの軍事費を使っている、立派な軍隊ですよ。……軍は軍なんだから、「隊」でごまかしてはいけない。自衛隊と言ったら平和で、自衛軍と言ったら侵略的になる。そんなばかな話はないでしょう。また、世界中に軍を持たない国家はないんです。普通の国なら、みんな軍を持っている。だから僕は、自衛のための軍隊を憲法上もはっきりさせるべきだと思います。」この主張で、厳しく指弾されていた小泉首相もやっとのことでほっとしたことであろう。
 問題は、日本が渡辺氏が言うように「世界でもトップクラスの軍事費を使っている」国であり、その日本が、集団的自衛権の名の下に軍隊を近隣諸国に派兵することを可能とするような憲法9条の改悪を目論んでいるわけである。しかもこの点では、民主党の前原執行部はもっとも過激な小泉協力者である。だからこそたびたび自民党側から大連立を持ちかけられてもいる。もはや民主党の存在理由さえ疑われている。こうした日本の政治の翼賛的事態の進行に、近隣諸国が警戒感を強め、その姿勢を問い直すことは当然のことである。
 国民の大多数が「あれは侵略戦争であった」という認識を共有する、そして近隣諸国も納得する最大の証しは、憲法9条を断固として守り抜き、むしろそれを誇りにすることでなければならない。渡辺氏の、そして民主党の致命的弱点はそうした視点の欠落にあるといえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.338 2006年1月21日

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【新春対談】「廃仏毀釈と天皇教」–吉村先生を訪ねて–

【新春対談】「廃仏毀釈と天皇教」–吉村先生を訪ねて–

 新年1月8日生駒さんと佐野は、吉村励先生を訪ねました。昨年は「空襲への総括のために」の執筆など、アサートへのご協力をいただきました。以下は、天皇教の問題をはじめ諸問題についての対談を佐野の責任でまとめたものです。

<廃仏毀釈がめざしたものは>
吉村)朝日新聞の投書に、軍人恩給を姪御さんでももらうようになったというのがありましたね。遺族ということなら親も子供もかなりの歳になっているわけで、戦争が終わってからでも60年ですからね。そういう仕組みで続いているようですよ。軍人恩給だけはね。
佐野)現在の年金では、厚生年金の場合は、夫が死んだら妻に年金が出る、子供も18歳までは加給金がプラスされる。そこまでなんですね。軍人恩給の場合は、拡大・拡大されているわけですね。忠義に報いるという事でしょうかね。
吉村)この遺族団体が「靖国」を支えているわけですね。小泉も遺族会の支持を念頭において、参拝をしているわけです。
吉村)お尻を叩かれたら書くかもしれないんだけれどね、天皇教ということについて考えているんですね。
生駒)宗教という意味ですね。
吉村)国家神道という言い方もしますね。梅原猛がね、明治維新の廃仏毀釈についてね、日本人は神仏を殺したと書いているわけですが、私もそうだと思います。廃仏毀釈でね。それまでは、お寺と神社は同じ存在でね、それを促進したのは弘法大師ですね。彼は大日如来は天照大神の化身であると説きました。大日如来は密教の本尊です。そして弘法大師の系統ではなく、叡山の系統から真宗が出てくるわけですが、仏に頼めば往生できるとね。それで浄土宗が生まれ、浄土真宗が出てくるわけです。ここまで、仏教は貴族階級のものであったものが、民衆のものになっていく。民衆のものになったら、ヨーロッパの農民運動と一緒でね、「アダムが耕し、イブが紡いだ時に、誰が地主であったのか」これが農民戦争のスローガンですがね。真宗は農民一揆をやっているわけです。それが力を得て武器を持ったのが石山本願寺ですね。それで、徳川家康は浄土真宗の力を恐れて、本願寺を西と東に分けて、お寺が過去帳を持って、戸籍管理のような事もしていました。そのために、徳川幕府の管理の中に入ってしまったわけですが。それを破壊するために「廃仏毀釈」ということになったわけです。仏はあかんというわけですね。奈良興福寺の五重の塔が「五円」で売りに出されるという事になったわけです。
 しかし買う人がなかったので助かっているわけです。今の奈良公園というのは興福寺の一部ですね。
吉村・妻)興福寺は皇室と繋がったりして、勢力が強かったようですね。

<宗教と意識していない宗教=天皇教>
吉村)そして、神と仏はごちゃごちゃだったので、興福寺の連中が、春日さんの神職になったりしたわけです。こうして仏を殺した後で、国家神道が強まるわけですね。これは天皇教というべきだと思うわけですね。天皇教の基本的な内容はね、天皇家の様々な儀式なんですね。新嘗祭とか神嘗祭とかね。我々の子供の頃は、その日には神社に行ったわけです。宮中の行事に合わせてね。お饅頭や鉛筆を貰って喜んでいたわけですね。
 だから、あれは宗教なんですね。ところが、日本国民にはそれが宗教であると言う意識がないわけですね。戦争中に占領した所では神社を建てて現地人にお参りを強要しているけれど。
生駒)廃仏毀釈というのは、江戸時代のお寺を破棄して新しく天皇制国家の宗教を強要するために行われたわけですね。
吉村)再編したものが国家神道ですね。ヨーロッパには王権神授説というのがあるでしょう。イギリスだってエリザベスが王位についたときは、カンタベリー大僧正から王冠を授けるわけです。神によって王権を与えられるわけです。ところが、それなら神の意思に逆らった場合には、逆に辞めさせられるという意味をもっているわけです。ところが、日本では神であり同時に支配者であるのが天皇であったわけです。だから辞めさせようがないわけです。そういう意味で国家神道は最悪の君主制なんです。そして、それにも関わらず廃仏毀釈で日本人は仏を殺して、後に残ったのは風俗としての宗教なんです。だから同じ家に神棚があり、仏さんがあっても構わないし、お葬式は仏式でも結婚式は神前結婚、教会でということになるわけです。世界史的な意味での宗教ではなしに、風俗として宗教が残ったわけです。だから、本当の意味の宗教ではない。

<占領地では国家神道を強要>
 天皇の国家神道が宗教であるという観念は日本人にはない。ところが、占領地や植民地では、神社を建てて宮城遥拝を強要するわけです。
生駒)ソウルでもやったそうですね。
吉村)そうでしょう。アメリカの日本占領というのは、戦勝国による敗戦国統治のモデルだと言われているわけですが、あのアメリカが、当時日本人にキリスト教への改宗を強要していたら、大きな反発が出たと思います。自分たちに宗教心がないものだから、天皇教が「最悪の宗教」であるという意識もなく、平気で神社を建設し、皇居遥拝を強要できたのですね。
 インドネシアの人々も言ってますね。我々は幾度も占領されたが、最悪の占領が日本による占領であるとね。人間の心の中の最後の一線(信教の自由)に土足で踏み込まれて反発を感じるのは当然ですよね。

<女帝論と皇室典範改正問題>
 そういう意味で国家神道を見直すこと、それは同時に、今問題になっている皇室典範の改正問題に繋がるわけです。そういう点では共産党も社会党(社民党)も堕落したものでね、男女平等の時代だから女帝もありうるなどとね、馬鹿じゃないかと思いますね。
 だいたい君主制(天皇制も含めて)は、血統による差別・選別によってなりたっています。だからマルクスが君主の最大の機能は生殖であるといっているわけです。有名な言葉です。そこでは当然一夫多妻制、後宮制を必要としたわけです。できるだけ男性を生まないといけないわけです。日本でも徳川斉彬が50人の子供がいたといいますね。
 それをね、日本の天皇の場合、昭和になって一夫一妻制にしたわけです。そこまでは、一種の後宮制を残していて、真偽のほどはわからないけれど、柳原権典侍の子が大正天皇だといううわさがありますね。本来君主制というのは非人間的なものなんです。子供を生むための組織なんです。そこへ人間的なものを持ち込んだわけです。
 さらにもう少し人間的なものを持ち込んだのが、今度の皇太子の奥さんですね。耐えられなくなったわけでしょう。皇太子が人格的なものを云々と言いましたが、本来人格的なものを無視したものが君主制であって、その君主制の中から当事者が人格を無視しているという発言を始めたことは、君主制が自己崩壊していっている明白な証拠と言えましょう。
 大阪の船場などで言いますが、お金持ちになって亭主が運動しなくなると男性が生れなくなって女性が生れると。船場では養子が多かったわけです。
 むしろ、皇室典範を改正するのではなしに、「男系の男子」の規定を固守して天皇制を「自然死」をさせるべきなんです。
 新聞にも皇太子の奥さんが人格的にも痛め付けられたと報道がありましたが、人格ということ言い出せば、本来君主制は人格など無視した制度ですからおかしな話なんですね。そこまで言い出すということは、彼らにとってもこの制度はくびきなんですよ。彼らをその桎梏から解放して、天皇制を自然死させることが、一番いい方法なんです。ところが訳の分からない連中が、女帝ということを言い出し、社会党や共産党まで男女平等だから容認するなどと発言するほど堕落している状況で、どこが革新政党か、と言いたいですね。
 
<天皇制の自然死こそ>
佐野)雅子妃離婚説も言われていますね。
吉村)それよりも、解放してやるべきですね。
生駒)そういうところへ行く事自体、人格否定ですよ。
吉村)今の皇后が結婚する時は、彼女のお兄さんは結婚に反対したと言いますね。
佐野)人格を言い出した事自体が、崩壊の兆しだと思いますが。
吉村)人格を言い出したと言うことが内部崩壊なんですね。それを言い出したわけだから、解放してやるべきです。だから天皇制の自然死が一番の方法だと思うんですね。あまりこれを言っている人はないね。君らが言わんとあかんよ(笑)。
佐野)1億5千万円もらって東京都との職員と結婚した人の方が「幸せ」ですよ。「自由」になったという意味でね。
吉村)新聞の投書にありましたね。1億5千万円はけしからんとね。何故税金で出す必要があるのかとね。女帝を認めるということになれば、今度の黒田さんでも皇族になるということになって費用も膨大な事になるわけです。ロシアの帝政が崩壊する前には、所謂貴族や王族といいますかね、町を歩いている10人に1人は王族だといわれたほどだったといいますね。無駄遣いですね。
 しかし、こういう考え方に立てたのは、梅原猛さんが廃仏毀釈で、日本人は神仏を殺したと指摘されたからで、感謝しています。
 神棚の横に仏壇があることに、何のこだわりもないという現在の日本人の意識にも注意を向けるということが必要なんですね。
佐野)仏教も、ただの葬式仏教でしかありませんしね。

<南方熊楠と神社合祀反対論>
生駒)廃仏毀釈の際は、お寺は潰して神社は残したわけですね。
吉村)潰したところもあるけれど、葬式に必要だからね。我々子供の頃、身内に死者が出た場合、神社の鳥居をくぐってはいけないとか、メンスの女性は駄目とか言ったわけで、神社は死人を扱わない。
生駒)和歌山の南方熊楠は、廃仏毀釈のために神社も合体させられ、境内の昔からの大木が切られて業者に売られていく、裏山が無くなって自然が破壊されると政府に直訴するなど反対運動をしているわけです。吉村さんの話とどう繋がるのかなと今思ったんですが。
吉村)「神」が生きていたら、境内のものなんか切らないですね。しかし、国家神道という形で神社が残ったにせよ、それがわずかに自然を残すものになってしまったわけですね。
生駒)そうですね。南方は、当時の会計検査院の高官だった柳田邦男に手紙を書いて、神社合祀を止めるよう直訴します、それが取り上げられて問題になるわけです。柳田は退官後、所謂多神教の世界ですが、地方の研究を進めるわけです。
吉村)私は、この廃仏毀釈がどのようなものであって、全国的にお寺がいくつ潰されたのか、残ったのか。具体的な実態を知らないわけですね。特に東本願寺、西本願寺がどのように対応したのかということですね。
 不敬罪というものが過去に猛威をふるいました。天皇教があり、不敬罪があれば、いざという時に「お前は、天皇とキリストのどちらを取るのか」と二者選択を強要され、「キリストを取れば不敬罪」になるわけです。信教の自由を一見許しているようであってね、実は許してなかったわけです。日本で今でもキリスト教徒が非常に少ない理由ですね。
生駒)明治の帝国憲法は、国家神道を前提にしながら、宗教の自由を規定していたと思うのですか。
吉村)一度丁寧に見る必要がありますね。

<廃仏毀釈と軍の近代化>
生駒)江戸時代になかった国家神道というものを明治時代に作ったという理由には、軍隊を近代化していくために、上官の命令は天皇の命令であるという戦陣訓的なものを注入していくためのシンボルとして必要だったというわけですね。ヨーロッパを新政府の連中が回った時に、プロシャの軍政を見てですね。むしろ軍隊の統率の必要性から天皇教的なものを確立していったのでは、と理解していたのですが。
吉村)それだけではなくて、全人民の統率のためでもあったわけですね。僕は今でも覚えていますが教育勅語ですが、あれは天皇教の聖書のようなものですね。朕思ふに・・というヤツですね。
生駒)教育勅語は、日露戦争の時はなかったですね。
吉村)いや、「明治23年10月30日御名御璽」といいますから、すでにあったと思います。
(ここで休憩、玉露と玉の茶器のお話で、盛り上がりましたが省略です。先生のお宅ではおいしいお茶がいただけるのです・・・佐野)
吉村)本当に考えておいてくださいよ、天皇教の問題をね。
生駒)先生、せめて問題提起を書いてくださいよ。
佐野)今日のお話は、文章にしますので・・・。
吉村)本当に最悪の宗教なんですからね。自然死させて、皇室の方々をしがらみから解放してあげるべきですね。雅子さんは、一番市民的だったから、いじめられているのではないですか。初めから人格なんて認めない制度なんですから。
佐野)ヨーロッパの王室なんて、もっと自由に出て行きますね。
吉村)イギリスへ行けばバッキンガムの衛兵の交代式を見に行きますね。柵の後は宮殿ですね。日本のように堀を隔てて、というようなものではありませんね。ベルギーなんかでも市民に混じって買い物などに行っているわけです。そもそもあの宮城を開放しないといけないですね。戦後一時期「皇居開放論」があったんですね。公園にして自由に入れるようにね。
佐野)女帝論は、延命のためのものですからね。
吉村)不合理なものは廃止すべきです。強権をもってするのではなく、自ら自然死させるべきです。
生駒)三笠宮が別の意見を持っていて、側室をおいて男系が生れるまですればいいと言っていますが・・
吉村)それが本来の姿なんでしょうね。まさに「君主の最大の機能は生殖」なんですから。それを昭和天皇が切ったわけです。
佐野)最近松本治一郎の伝記が新しくでているんです。戦時中水平社解消という問題についても、新しい考え方が示されたりしています。読んで見ると、天皇制に対しても厳しい姿勢を貫いた気骨のある運動家像を発見できますが、今日のお話と繋がるものを感じますね。
吉村)戦前は、1月1日は休みじゃないんですね。そして新嘗祭とかの日は神社にお参りをし、学校などには奉安殿というのがあって、その前では敬礼しなければならないとかね。教育勅語など今でも暗唱できますよ。だから、明治23年10月30日と出てくるんですね。

—大阪市問題、関市長、中馬市長と市労連その関係など、興味深いお話をお聞かせいただきました。自治体の財政問題の議論の中で、「官から民へ」の小泉改革の話題へと発展しました。—

<マンション強度偽装問題と公共政策>
吉村)民ではできないものがありますね。マンション強度の問題もそうですね。5年前ですか、官がしていた強度検査を民間に移しておかしくなったわけですね。私たちが社会政策を習う時に、放っておいたら労働力の乱費になる、個別資本では乱費するので、大河内さんは社会的総資本=国家という形でね、それにブレーキをかけるのが社会政策だと言ったわけです。
 市場の原理に任せておけば乱費になる、それを「どの範囲まで残すか」ということですね。そういう意味で今回の事件は大きな問題だと思うのです。小泉の改革は規制をはずすことですね。だから残すべき規制があるんだ、そしてその規制をはずすというのは改革ではなくて、資本家のように金を儲けようとするものにとっては「改革」かもしれないが、一般人民にとっては改悪だということを声を大に主張しなければいけない。国民の命に関する事は特にね。規制をはずしてはいけないわけです。
佐野)私も専門外なので、構造計算のチェックが民間委託されていたことも知りませんでしたね。
生駒)しかも、建設会社がいくつかで連合して、あのようなチェック会社を作っているそうですね。腐敗が起こるのは必然ですね。
吉村)これも二人への宿題で、規制をはずしてはいけない分野を明らかにする必要がありますね。命に関わる問題はもちろんですが。
 命といえば、医療の問題も荒廃が進んでいます。小児科がなくなり、産婦人科もそうらしいですね。この問題は国家が金を出して損失を抑え小児科や産婦人科を維持・強化する必要がありますね。

 医療改革・年金問題などにも話は及びましたが、紙面の都合で割愛させていただきました。吉村先生は3月19日で84歳、まだまだお元気で、我々に数々の「宿題」をくださいました。どうもありがとうございました。(文責:佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.338 2006年1月21日

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【追悼】藤田友治さんを偲んで

【追悼】藤田友治さんを偲んで
                      福井 杉本達也 

 昨年8月27日、大阪府岬町で「歴史・哲学研究所」を主宰されていた藤田友治さんが慢性解離性動脈瘤の手術中に亡くなった。58歳であった。藤田さんの代表作としては李進熙氏の「好太王碑改ざん説」を実証的に批判した「好太王碑論争の解明」(1986年・新泉社)があるが、拓本コピーの貼り合わせ作業から改ざんがないことを実証しようとする地道で緻密な研究スタイルがその特徴といえる。こうした研究スタイルは『三角縁神獣鏡』(1999年・ミネルヴァ書房)や『「君が代」の起源』(2005年・明石書店)等々最近の労作でも変わっておらず、病床にあっても次の原稿の構想を練っておられたとのことであり、原稿の1枚1枚が氏の命を縮められたであろうことは想像に難くない。
 藤田さんには13年前の1993年に福井で「 天皇制の”万世一系”神話と民主主義」という講演をしていただいた。当時、藤田さんは布施高校定時制の教師で茨木市に住んでおられた。茨木市には宮内庁が「継体天皇陵」と称している全長286mの太田茶臼山古墳(おおたちゃうすやま)があり、そこから約1.5km東北東の高槻市側に本当の継体天皇陵とされる今城塚古墳(いましろづか:全長350m)がある。『日本書紀』によると、この継体天皇を生んだ振姫の出身が現在の福井県・越前国三国地方ではないかといわれており、「“万世一系”神話」を考えるということで、福井にゆかりのある継体天皇をめぐって話をしていただいた。
 継体の継は「つぐ」ということあり、漢風諡号(しごう・死後の贈り名・和風名は男大迹(おおど))であり、それ以前の武烈天皇系の王朝とは断絶していることを当時から万人が認識していたからこそつけられたものである。親王寛仁は『文藝春秋』2006年2月号・櫻井よしことの対談「天皇さまその血の重み-なぜ私は女系天皇に反対なのか」の中で、女性天皇や女系天皇の容認をめざす皇室典範の改正に反対して「ずっとピュアに考えていけば、やはり血統を守るための血のスペアとして我々は存在していることに価値があると思います。…天皇様というご存在は、神代の神武天皇から百二十五代、連綿として万世一系で続いてきた日本最古のファミリーであり…その最大の意味は、国にとっての振り子の原点のようなものではないかと考えています。」と自説を披瀝している。対談中、継体天皇について「皇室の伝統を破壊するような女系天皇という結論をひねり出さなくても、皇統を絶やさない方法はあると思うのです。たとえば、継体天皇、後花園天皇それから光格天皇のお三方は、それぞれ十親等、八親等、七親等という、もはや親戚とは言えないような遠い傍系から天皇となられています。」と触れているが、藤田さんは、13年前の講演で「『日本書紀』、『古事記』をみても、今日の天皇家のルーツは神武までには辿りつきません。武烈のときに男子も女子も嗣子がなく絶えてしまうと書いてあります。だから、越(福井県)へ来て、振姫の子供である、応神の5世の孫といわれるが、どうも出身ははっきりしないが、越の重要視されていた人物である継体を大和へ迎え入れたわけです。だから、継体で系統は断絶しているわけです。だから、「万世一系」などではないということです。」と明確に“万世一系”論を否定していた。
 その継体陵とされる太田茶臼山古墳は2002年11月22日、宮内庁が発掘の結果を公開し、出土した埴輪や土器から五世紀半ばの築造であることがはっきりした(継体の没年は531年といわれる)。つまり継体の陵ではないことがはっきりしたのである。一方、今城塚古墳では65mに及ぶ最大級の埴輪の祭祀ステージが発見され、ほぼ継体陵であることが確定的となった(2002年11月29日・福井新聞)。こうした発掘の成果は藤田さんらの『天皇陵を発掘せよ』(石部正志・藤田友治・古田武彦編 1993年2月・三一書房)や『古代天皇陵をめぐる』(藤田友治と天皇陵研究会 1997年・三一書房)など一連の労作と、考古学・歴史学関係学会による天皇陵の学術公開を求める宮内庁への働きかけによるところが大きい。
 継体の出身地といわれる福井には、継体出現前夜五世紀後半の松岡二本松山古墳(全長89m)をはじめ大古墳が集中している。昨年7月「松岡古墳群」全体が国史跡に指定され、ようやく正統な歴史的評価を受けはじめたところである。9月3日に国史跡への指定を記念して、韓国慶北大学の朴天秀教授による記念講演が行われたが、その中で、「韓半島と北陸を隔離している海は、古代には両者を媒介にして結んでいた。北陸における古代の韓半島文化を象徴するのは福井県松岡古墳群出土の二本松山古墳の冠である。1978年、加耶地域の高霊郡池山洞32号墳から金銅製冠が出土し、二本松山古墳の出土品は加耶後期の中心国である大加耶の冠を模倣して製作されたことが明らかになった。…とくに福井県に大加耶産の文物が集中することが明らかになった。」と発表している。13年前の講演の締めくくりで、藤田さんは「福井県をはじめ日本海側の遺跡がいま非常に注目されています。…なぜ、継体が力を得たかですが、一つは製塩があったのではないか。武烈のころから敦賀あたりから塩を運んでいます。それに鉄です。鉄剣が大量に出てきますが、それによって、民衆に対する支配力がでてきます。そして、当時の畿内の分裂です。内部分裂の中で継体は割り込んで入ってきたといえます。それらを市民の方々と事実を再現していこうということです。」と結ばれたが、福井の古墳も詳しく研究していただけることを期待していた。
 親王寛仁は対談「天皇さま血の重み」で「神話の時代から延々と男系、父方の血統で続いてきたという希有な伝統であり。この血の重みには誰も逆らえなかったということだと思います。」(P106)と「血の重み」という言葉を何度も繰り返えしている。「憲法九条はわたくし達のほこり」という投稿で吉村励先生は、太平洋戦争の戦死者500万人、市民の死者50万人(計550万人)、太平洋戦争時の東アジア地域の死傷者1,882万人という膨大な人的被害数が推計している(「ASEERT」2005年1月)。「血の重み」=国体護持・天皇制維持のために、いかに多くの「血」が流されたか、特に最後の1ヶ月ほどは「振り子の原点」ではなく「振り子そのもの」のように決心をつきかねて揺れ動く中で、50万人もの民間人の血がさらに全く無駄に流されたということ、しかし、対談からは、親王寛仁はその流された「血」に対しては何の重みも感じていないということは明らかである。藤田さんは当時の講演の中で、在日韓国人のシン・ヨンエさんの昭和天皇の大喪の礼のときの集会での、「天皇葬儀 氷雨しきりと降りしくは 亡き同朋の無念とおぼしき」という歌を2度繰り返された。藤田さんはアジアの民衆の「無念」を晴らすべく、また、「血の重み」という“神話”“粉飾”の中身を1つ1つ丁寧に明らかにすべく熱い思い・計画を語っておられたが、道半ばで倒れられた。もう少し長生きして研究していただけたらと残念でならない。 

 【出典】 アサート No.338 2006年1月21日

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【コラム】ひとりごと–医療改革はどこへ–

【コラム】ひとりごと–医療改革はどこへ–

○最近気になるのが医療を巡る問題である。小児科医や産婦人科医が不足している事が吉村先生との対談で話題になったが、医療を巡る問題はおそらく今後、財政再建の面のみならず、根本から改革の対象とすることが必要だろうと思う。○まず、医師をめぐる問題である。最近関係者から聞いた話だが、関西の私学の医学部の場合、卒業までに最低1億円の「学費」が必要であり、さらに2億・3億必要な医学部はざらであるということらしい。○投資をしたからには、回収が必要になる。福祉系の仕事をしている私自身、レセプトを見る機会も多い。はっきり言って、医者は病気を直すのが仕事ではない。「病名」をつけるのが仕事だと感じる場合が多い。○小児科や産婦人科ははっきり言って儲からない。検査して多数の病名を列挙して、薬をたくさん出す、そうしないと儲からないらしい。○日本はどういうわけか「医者」の診断書がなければ、障害認定も労災認定もできない。介護認定もそうだ。にも関わらず、医師免許の更新制もなければ、どんな治療をし成果をあげたかも、情報公開されていないのである。この医者天国をどうにかしないといけない。○医療費の算定の仕方、保険制度のあり方も、現状のままでは、先が見えている。医療費の自己負担の引き上げばかりで「改革」をしたというのが小泉改革である。この「聖域」こそ破壊の対象だと思う。○次に必要なのは、病気に対して「健康」をどう守るかについての国民の意識改革であろうか。健康ブームと言われるが、それは一方で、生活習慣病など「病気」が蔓延している社会である事の反映である。健康不安があるからこそブームなのである。○長時間労働やストレスの蓄積は、確実に身体を蝕む。社会のシステムそのものが、「不健康」を生み出しているのである。○一方で「代替医療」への関心も高まっている。セルフメディケイション・漢方などなど。医者に頼らない健康管理は、医療制度への挑戦とも言えるのではないか。○こうして「医者不信」の私は、3年間以上医者のお世話になっていない。健康であり続ければいいと願うばかりであるが。(佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.338 2006年1月21日

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【投稿】小泉・自民の暴走と前原・民主の迷走

【投稿】小泉・自民の暴走と前原・民主の迷走

<<「批判する方がおかしい」>>
 小泉首相は12/11、マレーシアで初めて開催される東アジアサミットに出席するため羽田空港を飛び立った。出発に先立ち、記者団から「中韓両国との関係悪化でアジア地域への影響力が低下するのではないか」と聞かれ、「そうは私は思っていない。アジア諸国からは、今までの実績によって高い評価を受けているし、(関係悪化は)一時的なものだ」と語った。自らが意図的に招きよせた傲慢な靖国参拝の強行によって、日本は孤立と覆いがたい外交的失態を積み重ねているにもかかわらず、この態度である。
 すでにこのサミットを機会に、東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス3(日中韓)の際に開催が調整されていた日中韓3国外相会談はご破算になってしまった。12/8、中国外務省は、「近日内の(マレーシアでの)3国外相会談開催の計画はない」と述べ、応じない理由について「原因はだれもが知っていること」とし、小泉首相の靖国神社参拝への抗議の意思を改めて示されている。
 こうした事態に立ち至ってもなお、首相は「私はいつでもいいですけどね。向こうが延期する。それでも結構です」と語り、自らの靖国神社参拝が影響したかどうかについては「それはもう、中国の問題だ。それは無理だ。批判する方がおかしいと思っている」と述べ、明らかに挑戦的で挑発的な態度を取り続けている。さらに首相は、「もう靖国は外交のカードにはならない。中韓がいくら外交カードにしようとしても無理だ。靖国以外、日中、日韓で良好な関係を重視していくべき問題はたくさんある。一つの問題で他の関係も悪くしようという考えにはならない。これは心の問題だ」とまで述べている。
 すでに首相は、11/30に「首相である小泉純一郎が一国民として(靖国神社に)参拝している。なぜ日本国民から批判されるのか。ましてや中国や韓国など外国から批判されるのかはわからない」と発言し、麻生外相に至っては「『大変だ、大変だ』と言って靖国の話をするのは基本的に中国と韓国、世界百九十一カ国で二カ国だけだ」と暴言を吐き、日本の孤立までもあえて、「日本は孤立しているとか、どうでもいいことは気にしなくていい」(11/26)とまで極言している。この首相にしてこの外相ありき、両者とも意図的に中国と韓国を軽視・蔑視し、まるで無責任体質をこれ見よがしにひけらかしているようなものである。

<<「計算づくの侮辱」>>
 かくして首相らがタカをくくってそのうちに事態が沈静化するだろう、そのうちに向こうから折れてくるだろうという甘い見通しはことごとく外れてしまったのである。むしろ首相のこうした態度が「単なる日中間の問題ではなく、すべての戦争被害国、すべての国際社会との問題になってきている」(11/24、王毅駐日大使の外国特派員協会での講演)のが現実である。
 ブッシュ大統領訪日の際、小泉首相は「日米関係が緊密化すればするほど、対アジア関係もうまくいく」と述べて、アジア近隣諸国との善隣友好関係を築くよりも、アメリカに一体化する姿勢をより鮮明にし、優先させることを明らかにした。そこから透けて見えるのは、中国や韓国との緊張・対立関係を意図的に拡大し、嫌中・嫌韓流のナショナリズムを煽り、それをバネに憲法改定・九条改悪、防衛庁の国防省への昇格、日米軍事一体化を一気に推し進める魂胆である。先の総選挙での圧倒的議席差を背景に、そうした暴走路線を歩みだしたといえよう。
 その意味では、すでにニューヨーク・タイムズ紙が指摘しているように、「靖国神社参拝は、日本人の戦争犯罪による犠牲者の子孫らに対する計算づくの侮辱である」。また、11/21付韓国紙「文化日報」が社説で述べているように、「日本のアジア外交は、アジア軽視の水準を超え、アジア蔑視へとまっしぐら」なのである。
 しかしこうした「計算づくの侮辱」は、ブレーキを利かせることも出来ずに坂道を転げ落ちるようなものであり、危険極まりなく、早晩破綻せざるをえないものである。
 日本のメディアではロクに報道もされていないが、小泉首相が頼りとするアメリカからさえ、首相の姿勢が問題視され、米下院外交委員会のハイド委員長(共和党)が、小泉首相の靖国神社参拝を非難する書簡を加藤駐米大使あてに送っていたこと、その中で靖国神社を「太平洋戦争での日本軍国主義の象徴」と指摘し、「第二次世界大戦での戦犯も合祀しており、日本政府関係者の度重なる神社参拝には抵抗感を感じる」と批判しており、その10/20付けの書簡の受け取りを日本政府筋も確認しているという。

<<「中国の膨張を抑止」>>
 ところで民主党の前原代表は12/9、ワシントンの米戦略国際問題研究所(CSIS)で「民主党のめざす国家像と外交ビジョン」と題して講演し、中国の軍事力増強を「現実的脅威」と指摘、「中国による領土、海洋権益の侵犯の動きが見られる。毅然とした対応を取ることが重要」と語り、「(ガス田問題で)中国側が既成事実の積み上げを続けるなら、日本としては係争地域での試掘を開始せざるを得ない」と述べ、「毅然とした対応で中国の膨張を抑止する」などと語ったという。
 さらに、日本の主権・権益を守るための防衛力や法整備の必要性を強調し、自民党でさえ言及することを避けてきたシーレーン防衛について、ペルシャ湾からマラッカ海峡をへて日本に至る「1千カイリ以遠のシーレーン防衛を米国に頼っているが、日本も責任を負うべきだ。」と発言、ついで、ミサイル防衛や、周辺事態になるような状況では「憲法改正と自衛隊の活動、及び能力の拡大が必要になるかもしれない。集団的自衛権の行使と認定され、憲法上行えないとしている活動について、憲法改正を認める方向で検討すべきだ」とまで述べるに至っている。
 こうした発言はまさに、首相でさえ外交上の配慮から言えない過激な発言をあえて行い、結果的には小泉首相を最も強く弁護し、実際には首相との連係プレイとさえいえる代物であろう。こうした、自民党の国防族議員から「われわれよりタカ派」と言われるような発言をして持ち上げられ、首相に乗せられて過激さを競う前原氏の姿勢には、もはや野党党首としての存在意義をさえ疑われるものである。民主党の野田佳彦国会対策委員長は極東軍事裁判におけるA級戦犯を擁護する趣旨の質問主意書を内閣に対して提出したという。
 本来、民主党のあるべき役割は、小泉政権のこうした危険極まりない暴走に対して、その危険性を徹底して追及し、警鐘乱打し、孤立と失態を重ねる小泉外交に対して平和と善隣友好の対案をこそ示すことにあるといえよう。ところが現実は前原・民主党による小泉翼賛体制への参加が急がれている。
 だが実際には、前原氏の発言は党内の議論をなんら経ていないという。前原個人の焦りと迷走である。民主党内はこうした前原路線への支持と反発が拮抗している。その前原代表は総選挙直後、小泉首相から連立政権構想を打診されていたことが明らかになったが、さもありなん、こうした事態にもっともほくそ笑んでいるのは、九条改憲に向けた「大連立」をもくろむ小泉政権の側といえよう。

<<「オリーブの木」方式>>
 雑誌『世界』2005年11月号に、小林正弥・千葉大学法経学部教授が、「オリーブの木」方式の平和連合を提唱している。小林氏は、「現在では民主党が革新右派政党となってしまっており状況が異なるので、この方式を、民主党中心の連合ではなく、第三極形成のために用いることを提案したい」として、「これは、第三極のための構想であるという点で、イタリアの『オリーブの木』とは異なった日本版の構想であり、憲法改定という最大の争点を意識して、ここではとりあえず『平和の木』とか『平和連合』と呼んでおこう。」として、
 具体的には、「民主党内の社会民主主義的・平和主義的な勢力と、共産党・社民党・みどりのテーブル・生活者ネットワーク・新社会党(さらには新党日本や大地)などのグループが、政策協定を結び首相候補を提示して、可能ならば比例区において統一リストを形成し、選挙区では統一候補を擁立することが考えられよう。もし共産党をこの統一リストに加えることが難しければ、共産党とこの連合との間で別個に選挙協力を行うことも考えられよう。」
 「小泉自民党が大胆なモデルチェンジを図って成功したのだから、本当に憲法改定などの危機を避けようとするならば、左派的な平和志向政党・政治家も同様の試みを行うべきである。戦前に統一戦線の試みが失敗してファシズムの勝利を許したように、このような「平和への結集」に失敗すれば、平和憲法は命運を断たれるであろう。・・・平和憲法を守るためには、左派政党も犠牲を覚悟して従来の方針を大転換することが必要である。」
 小林氏は以上のように述べ、最後に、本紙『アサート』二四五号・佐野秀夫「『オリーブの木』戦略を考える」を引用されながら、「これを実現するためには、市民の側からも、平和主義を掲げる政党に、政党の私的利害を捨てて平和主義を守るために本当に行動するように要求することが必要だろう。イタリアでは、全国に「ブローディ首相実現の委員会」という自発的市民団体が四〇〇〇以上結成され、政党連合と連動して活動した。「政党が政策を国民に押し付けるのではなく、国民が自分たちの要求を政党に実現させる」という立場で、市民団体が政党への「FAX攻勢」をかけて、政党を監視したという。日本でも、保守的左派政党に対してはこのような「攻勢」を市民の側からかけることが必要であろう。」と結んでおられる。貴重な提案といえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.337 2005年12月17日

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【投稿】在日外国人との共生にむけて

【投稿】在日外国人との共生にむけて
 
 10月下旬フランスで発生した移民系青少年による街頭実力行動は、仏政府の強権発動で押さえ込まれたが、依然として予断を許さない状況にある。フランスは19世紀から積極的に移民を受け入れてきたが、第2次世界大戦後は、モロッコ、チュニジアなど北アフリカを中心とした旧植民地出身者を移民労働者として多数受け入れている。フランスで生まれたその子孫はほぼ自動的に仏国籍を付与され、「社会のクズ」発言のサルコジ内相に代表される欧州系、さらにインドシナ諸国を中心とするアジア系を含めて、仏国民の4人に1人は外国人を祖先に持っている。
 しかし、アフリカ系、アラブ系の多くは制度的、表面的には仏国民となったものの、実際は肌の色、宗教などで「よそ者」扱いされているのが実状である。そして不十分な教育と就職差別で失業率はフランス全体の10%の2~3倍にものぼり、これが今回の闘争の直接的な背景となっている。「フランスは出身、人種または宗教の区別なしにすべての市民の平等を保障する」とした仏憲法の理念が根底から揺らぐ事態となっているのである。
 
<その場しのぎの外国人政策>
 このフランスでさえ様々な問題をかかえているのに、同様に旧植民地出身者が存在し、近年外国人労働者も急増している日本の外国人政策はどうだろうか。旧植民地出身者に対する処遇については、韓国・朝鮮、台湾出身者とその子孫に対して「特別永住」という安定した在留資格を1991年ようやく新設したものの、参政権は依然として確立されていない。こうしたなか、日本国籍を取得する在日韓国・朝鮮人は、年々増加しており、特別永住者は1996年末の54,9万人から2003年末の47,2万人へと大幅に減っている。この背景には在日自身の依拠するアイデンテティの変化と、帰化申請が認可されやすくなったことがあるが、日本政府としては特別永住者を「自然消滅」へ誘導していきたいのである。
外国人労働者については、原則として受け入れないとしているが、政府・法務省は安価な労働力を求める資本の要求で、「留学」「就学」など本来就労が出来ない在留資格を、「弾力的」に運用してきた経過がある。さらにブラジル、ペルーなど日本人を祖先に持つ日系人は、1990年の入管法改正により、日本での求職、就労、転職が自由となる「定住者」資格が付与され、自動車産業を中心として雇用が急増するようになった。
 しかし、こうした彌縫策とも言える措置は、オーバースティや身分を偽っての入国を激増させる結果となり、新たな社会問題を惹起している。日本に居住する外国人約210万人強のうちオーバースティは約1割強とみられており、不安定な条件下での就労と強制送還の恐怖によって、雇用主からの不当な処遇に対しても、抗議の声を上げにくい状況に置かれている。
 また政府は急激に進む高齢化と介護福祉業界からの要請により、フィリピンとの間でFTAを締結、フィリピンから看護師・介護士を受け入れることになった。一方で同国からの「興業ビザ」によるエンタティナーの受け入れは、一部は人身売買ではないかとの国際的批判を受け、今年大幅に制限された。さらに来年からは日本国内での雇用関係につても、暴力団の介在を排除するのどの措置がとられる予定である。

<「他文化強制」から「多文化共生」へ>
 このように外国人労働者は日本社会の都合で、安易に雇用されるうえ、社会から厳しい差別を受けている。先月広島市で発生した小学生殺害事件により、外国人に対する犯罪者視や入居差別は一層露骨なものとなるだろう。すでに以前から全国各地で外国人に対する入店拒否が相次いでいる。また入店を拒むことはなくても、店内で警備員が露骨に付きまとうなどの嫌がらせが発生している。また先頃大阪では在日韓国人弁護士が国籍を理由に入居差別を受けている。
 このように日本社会が、自らのニーズで外国人を労働させながら、共生を拒否し続ければどのような事態を招くかは、フランスが教えてくれている。フランスの移民政策の基本はこれまで「同化政策」であったが、それはフランスで産まれた者には義務も権利も平等に与え仏国民としていくという「同化」であり、日本政府の旧植民地出身者に対する「同化政策」とは全く違う。ましてや日本では、ニューカマーといわれる外国人労働者とその子ども達は、事実上放置状態である。
共生への動きは、問題意識を持った自治体、学校やNPOの取り組みに委ねられているのが実状であったが、こうした動きを受け、ようやく総務省や文部科学省といった政府レベルでも、多文化、国際理解という視点からの施策の検討が始まった。今後、少子高齢化と人口減により、外国人労働者はさらに増加する。日本経団連や連合は、特別な技能を持った労働者は受け入れるとするものの、単純労働者受け入れには慎重である。これは現場のニーズとは明らかなミスマッチであり、早晩見直しを求められるであろう。
 こうしたことから、早急に国レベルの外国人労働者受け入れのための、公正なルールを策定することが必要である。そして地域でも就労、教育、生活支援を軸とした取り組みを進め、在住外国人と共に生きる社会をめざさなければならない。
(大阪O)

 【出典】 アサート No.337 2005年12月17日

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【本の紹介】「国家の罠–外務省のラスプーチンと呼ばれて」

【本の紹介】「国家の罠–外務省のラスプーチンと呼ばれて」
                  佐藤 優著 2005年3月15日 新潮社
 
 先の衆議院選挙を通じて、小泉は郵政民営化を掲げた自民党内の旧「守旧派」を切り捨てた。守旧派とは何であったのか。それは、日米同盟を前提にした「平和主義」、軽武装・経済重視の中で、経済発展を確保できた時代の自民党内の「実力者」達であった。それに繋がる議員達は、衆議院圧勝の過程の中で、声を挙げることもできず、小泉にひれ伏す事となった。道路特定財源の一般財源化について、旧道路族は、「抵抗する」こともできないでいる。
 小泉改革、「自民党をぶっ壊す」という意味が、「軽武装・経済重視」の時代が終わり、軍隊としての自衛隊の登場、アメリカとの軍事共同体制に突き進むために、余分な贅肉を削ぎ、身軽な政府=「小さな政府」をつくりあげるためではないか、とも私は思っている。
 今回の郵政守旧派切りに先立って、外交面、特に対露外交において、影の実力者であった鈴木宗男が切られている。今回紹介する元外務省職員佐藤優氏の著書「国家の罠」は、鈴木が何故切られたか、どのように切られたか、そして自らも東京地検特捜部により国策捜査の対象として逮捕され、512日間の拘置所暮らしを強いられた過程をドミュメント風に綴られた著作である。今秋、毎日出版文化賞を受賞し、8万部を越える販売を記録している話題作でもある。
 
<我が家=拘置所にて、日朝首脳会談の報を聞く>
 著者は非常に冷静な方だと思う。本書序章は、2002年9月17日のことが書かれている。この日は拘置所生活127日目、ちょうど拉致問題が明らかになった日朝首脳会談の日である。内政で得点の上がらない中で、外交的賭けに出たな、という印象をもったそうだ。「拉致問題での何らかの成果」が期待できそうなリークが事前にあったのも異例でもあり、政治的意図が感じられたという。著者は「パンドラの箱」を開ければ、一層外交交渉は厳しくなること。ナショナリズムの世界では、より過激な見解が正しくなるからだ。
 著者は、ソ連時代からソ連崩壊にかけて、モスクワに赴任しており、保守派による1991年8月のクーデターの時の思い出を語る。内政と民族問題を担当していた著者は、日本大使館幹部がゴルバチョフ派を重視するなか、共産党の保守派を担当し、クーデターの首謀者側の人物とも通じていた。ゴルバチョフ大統領が軟禁されたわけだが、安否は闇のなかだった。その中で、ロシア共産党幹部のイリイン中央委員会第二書記から、ゴルバチョフ生存情報を引き出したという。
 著者は「人間は内側から崩れる。常に冷静さを失わないことだ。・・・もっとも重要なものは自分との闘いだ。」と自分自身に言い聞かせたのである。

<日露北方領土交渉をめぐって、田中と鈴木の確執>
 「第2章田中真紀子と鈴木宗男の闘い」では、日露交渉の経過を中心にして、小泉内閣誕生・田中真紀子外務大臣と鈴木宗男議員との確執、外務省の内幕などが語られている。小泉首相発足の頃には、外務省機密費問題などで信頼が揺らぐなかで、田中大臣が就任。小泉政権発足時の人気沸騰の要因の一つに国民的人気のある田中真紀子の外相就任が上げられるが、就任してみると外務省内部では一層混乱が進み、外務省幹部は田中追い出しを画策し、外交に詳しい鈴木宗男の政治的影響力を利用したのである。田中が出て行ったあとには、知りすぎている男、鈴木宗男は用済みとなり「整理された」。その鈴木と関係の深かった佐藤氏も「整理された」のではないか、と著者は分析している。
 田中の外相就任から更迭までの9ヶ月間は、70頁に渡って語られている。田中角栄・ブレジネフ会談における「4島一括返還」論に固守する田中外相就任発言に始まり、大臣による強行人事、アーミテージ国防副長官との会談ドタキャンなど話題に事欠かない。2島先行返還論とも見られる東郷和彦欧州局長との確執は、鈴木宗男を背景にしていることもあり、大臣対鈴木、田中よりの幹部対鈴木寄りの幹部の確執を生み出したが、田中によって鈴木の影響力を削ごうとした外務省幹部も田中による米国務省緊急連絡先を記者団に漏らしてしまうという失態以降、田中追い落としに向かったとされる。
 そして、最後は外相更迭、鈴木の衆議院運営委員長辞任という両成敗で終わるのだが、更に「知りすぎた男」鈴木宗男に対して、おそらく小泉の筋だろうが、決定的な追い落としの幕が開いていくことになる。
 
<マスコミ総出の鈴木追い落とし>
 私も記憶しているが、アフガニスタン復興会議(2002年2月)に二つのNGOが出席を拒否されたという話である。著者は、外務省幹部がそのシナリオを書いて、モスクワで鈴木に了承を得た下りを述べている。鈴木が横槍をいれて二つの団体をはずした、鈴木は強引に外交に介入している、という印象を与えた「事件」であり、報道であった。すでにこの時、ボタンは押され、包囲網は狭まっていた。
 2002年2月20日には、「ムネオハウス」問題が、共産党の佐々木憲昭議員によって取り上げられる。外務省の内部文書の暴露によってである。著者は、「・・外務省内部の権力闘争に勝つためには共産党と手を握ってもよいというところまで一部外交官のモラルが低下したということを意味している」という。
 いよいよ鈴木バッシングが本格化する中、「鈴木宗男の運転手をしている外務省職員」などと、著者佐藤氏への風当たりが強まり、国際情報局から外交資料館に「官邸の指示」により、異動となった。そして、外交資料館で著者は、2002年5月14日逮捕されることになる。
 
<背任罪で逮捕され、国策捜査始まる>
 著者にかけられた第一の容疑は、2001年1月テルアブブ大学教授を訪日招待しての学術交流会の開催、及び同年4月テルアビブ大学主催の国際学会に日本の学者・外務省職員を派遣するにあたり、「支援委員会」の予算(3300万円)を使ったことが「背任罪」にあたる、というものである。第二は、国後島ディーゼル発電事業を巡る偽計業務妨害容疑であり、背任罪での逮捕以降に、同容疑で再逮捕となった。
 支援委員会と言われているは、旧ソ連構成国への改革支援を目的とした国際機関で、現実には日本が主体の機関であり、北方領土への支援も行っていた。また、予算の支出にあたっては、外務省内で正規の決済を経ており、著者一人の罪を問うというのもおかしな話であろう。第3章作られた疑惑、第4章「国策捜査」開始、第5章「時代のけじめ」としての「国策操作」、第6章獄中から保釈、そして裁判闘争へ、の4章は拘留期間512日に及ぶ、著者と東京地検特捜部との闘いの記録ということになる。この部分は、西村検事をはじめとする特捜部との攻防戦を通じて、著者が「自分との闘い」を貫徹していく読み物として、非常に興味深いものである。
 ロシア情勢に詳しいのが、イスラエルであり、第一人者がテルアビブ大学ゴロデツキー教授であること、学術研究・交流の形をとった情報活動であったこと。領土交渉の一環としての経済援助の経過などなど、日露問題の見方に貴重な視点を見出すことができると思われる。
 
<親米主義とナショナリズムの昂揚>
 著者は、小泉政権の誕生によって、特に外交において日本国家は確実に変貌したと指摘する。第一は、外交潮流の変化である。著者は、従来大きな意味での親米主義である外務省にあった潮流を三つに分類する。第1は「狭義の親米主義」である。冷戦に勝利したアメリカの一人勝ち時代が長期に継続すると考え、中国やロシアとの余計な外交ゲームは慎むべしという考え方。第2は、「アジア主義」。冷戦の崩壊によって、かえって世界は不安定になる、アジアに位置する日本は、中国をはじめとするアジアとの安定的関係の樹立に国家戦略の軸を移すべきとの考えかた。第3は、冷戦の崩壊はイデオロギーの崩壊であり、反共イデオロギーもまた意味を成さなくなる。日本・アメリカ・中国・ロシアの4大国によるパワーゲームの時代なのだから、中国の脅威に対して日米露で協調すべきという「地政学論」の考え方である。こうした潮流が、小泉政権の登場によって、そして鈴木追い落としの過程で「狭義の親米主義」だけが残ったという。「「ポスト冷戦後」の国際政治に限りなく「冷戦の論理」に近い外交理念で対処することになった。」
 第二は、ポピュリズム現象によるナショナリズムの昂揚をあげられる。国民の大多数が「何かに対して怒っている状態」が続くようになったという。対象は変化するが、怒りの対象は100%悪く、それを攻撃する世論は100%正しいという2項図式である。当然、排外主義的ナショナリズムが急速に強まっていると。
 第3は、官僚支配の強化である。小泉政権によって官邸の力が強くなった。官邸への権力集中は、国会の中央官庁への影響力を弱め、結果として外務官僚の力が相対的に強くなっているという。
 
 <裁判闘争は続く>
 2005年2月17日第1審判決(懲役2年6ヶ月執行猶予4年)、著者は即日控訴した。鈴木宗男は、9月の衆議院選挙で地域政党「新党大地」から立候補して当選。議員の権利である「質問主意書」を連発して、外務省との攻防を続けている。佐藤氏、鈴木宗男両氏とも、週刊誌、月刊誌に数多く登場して、現政権批判をしている。大いにやってもらいたい。
 ただ、鈴木宗男についての私の印象は良くない。食肉汚職で市長辞任した羽曳野市の福谷剛造氏の集いには必ず鈴木宗男は出席していたと聞いているし、本書の中に描かれる政治家としての鈴木宗男とは違和感もある。
 しかし、現在の小泉政権下の自民党議員は、圧倒的多数とは言え、「イエスマンの集合」になった。「烏合の衆(衆議院議員)」のようなものである。気骨のある政治家は、マスコミには登場しない。いずれ飽きがくるに違いない。そうした中、ホームページも「闘争的」な鈴木宗男衆議院議員を少し評価しても良いのかな、とも思う。
 本書は、日露交渉の経過や外交の現場を見事に描き出しているし、地検特捜部との攻防も読み物としても大変面白い。多くの方に読まれているのも頷けるというものであろう。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.337 2005年12月17日

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【投稿】小泉外交の惨憺たる失態

【投稿】小泉外交の惨憺たる失態

<<「取り繕えぬ靖国の影」>>
 11/18-19、韓国・釜山で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議は、案の定というか、当然とも言えようが、小泉首相にとってはまったく成果のない、それどころか自らの無恥、無能をさらけ出す場でもあった。
 ホスト国でもっとも肝心な韓国の盧武鉉大統領とはわずか三十分ばかりの短い会談しか持てず、しかもそのほとんどを首相自身が強行した靖国参拝問題でのやりとりに時間を取られ、盧大統領からは「首相の靖国参拝や最近の多数の政治家による参拝は韓国に対する挑戦でもあり、日本が過去に戻るのではないかとの懸念がある」と強い調子で批判されたのである。首相は「戦争の美化、正当化では決してなく誤解だ」と釈明にこれ努めたが、大統領からは、前回の首脳会談では新たな追悼施設建設の検討を進めるよう要請していたが、今回はこれに触れず、逆に前回の会談では言及しなかった独島領有権問題を、靖国参拝問題、歴史教科書問題とともに取り上げ、この3点について「いくら首相の考えを善意に解釈しようとしても、韓国民は絶対に受け入れることはできないだろう」とにべもなく撥ね付けられたのである。慣例化している半年に1度の相互訪問について、年内までにと日本側が働きかけてきた大統領の訪日についてさえ、正式に招請することすらできない、という首相にとっては思いもかけぬ惨憺たる失態を演じたといえよう。
 11/20付け朝日社説はこの事態を、「取り繕えぬ靖国の影」として「せっかくのAPECなのに、これは深刻な事態というほかない。」と嘆く。一方、小泉内閣を叱咤激励してきた読売は、「両国の首脳が、対話の継続さえ確認できなかったのは、異常な事態だ。」としつつも、靖国参拝については「首相が言うように「誤解」以外の何物でもない。」として、盧大統領の「一方的な主張」を批判し、中国・韓国の「“共闘”」を指摘する。(11/19社説)
 なお、この“共闘”をさらに拡大すべく、盧大統領は、11/17に持たれた米韓首脳会談で、ブッシュ大統領に朝鮮半島と北東アジアの侵略の歴史、日本の歴史認識問題を詳しく説明し、小泉首相の靖国参拝を批判したうえで、ドイツを例にあげ、「過去の歴史を反省する両国の姿勢には大きな違いがある」と指摘、ブッシュ大統領も「理解する」と応じたというのである。小泉首相が頼みの綱とし、忠誠を励むブッシュ大統領にまで「靖国の影」が取り繕えぬ影として覆いかぶさりだしたのである。

<<「短期的な一つの問題」>>
 さらに中国との関係について、小泉首相はこのAPEC首脳会議で日中関係に触れ、「あるいは心配している国があるかもしれないが、全く心配はいらない。自分は日中関係を重視しており、中国との友好は大事だと考えている」と述べたにもかかわらず、昨年、一昨年とAPECの機会に続いてきた胡錦涛国家主席との会談はおろか、外相会談すら拒否され、中国との間では、首脳同士の相互訪問が断絶してしまったのである。
 こうした異常な事態をもたらしたことを象徴するのが、11/19、APEC終了後に首相が臨んだ記者会見であった。内外から首相に向けられた四つの質問のうち、三つが靖国参拝問題に質問が集中し、「大勢の人を連れて内外に放送される参拝は私的ではないのではないか」と質問されると、必死に弁明に追われ、あげくの果て「仕事柄、SP(警護官)がいる」「テレビはどこにでもついてくる」など開き直る始末であった。さらに英BBC放送記者からは、靖国神社の戦争博物館、遊就館が日本の過去の戦争を「防衛のためとして正当化する見解を流している」と指摘され、「この解釈を支持しているのか」と追及され、さすがこれには「その見解を支持していない」と弁明せざるをえなかった。
 首相はこの記者会見で、自らの靖国神社参拝問題について、「短期的に一つの問題で意見の違いがあったとしても、中長期的に両国関係を悪化させない方向での努力をしていかなければならない」「お互い時間がたてば理解されうる」などと述べて、事態を取り繕おうとしたのであるが、問題の根本には、首相のこのような態度こそが事態を悪化させていることにまったく気付かないそぶりをしているところにあるといえよう。
 そもそも過去の侵略戦争を正当化するような靖国神社参拝問題を、「短期的な一つの問題」などととらえる姿勢が根本的に誤っているのである。日本の侵略戦争で多大な犠牲をこうむった韓国・朝鮮、中国、東アジア諸国にとっては、現在の日本の政権担当者が、この過去の日本の侵略戦争についてどのような態度をとっているかということは、「短期的な一つの問題」などというものではなく、対日関係の前提となる根本問題だといえよう。ましてや「お互い時間がたてば理解され得るもの」などと言う無責任な発言は、首相自身の歴史認識の程度の低さ、傲慢で恥知らずな無理解をさらけ出しているだけなのである。

<<小泉・麻生・安倍トリオ>>
 問題は、首相が言うような、靖国神社は単なる戦没者慰霊の場でも、ましてや「不戦の決意」を表明するような場でもなく、侵略戦争を肯定する神社であり、先の大戦を聖戦と美化し、皇軍兵士の武勲をたたえ、戦犯を英霊として合祀する神社であり、なおかつ、首相は靖国参拝が何を意味するか、十分に計算し、ナショナリズムを扇動する格好の場として利用し、むしろ「外国政府が、戦没者に哀悼の誠をささげるのを『いけない』とか言う問題じゃない」と挑発し、開き直っているところにあるといえよう。10/17の参拝では、「適切に判断」した結果、例の紋付き袴姿やモーニング姿ではなく、わざわざ平服のスーツ姿で、「総理大臣.小泉純一郎」とも記帳せず、賽銭箱に金を投げ入れて、「私的参拝」だという見え透いた姑息な姿勢にこだわり、それが浅薄な言い訳に役立つと考えているところに、この人物の程度の低さが現れているといえよう。
 中国の王駐日大使は今年の4/27、自民党外交調査会に於ける講演で、「政府の顔である首相、外相、官房長官の3人は靖国神社に参拝しない」との、中曽根康弘内閣時代の1986年に日中政府間で結ばれた「紳士協定」に言及したという。いわば中国側からの日中正常化への最低限これだけはというシグナルであったといえよう。この「紳士協定」は、後藤田官房長官が、靖国神社参拝が「戦争への反省と平和友好への決意に対する誤解と不信さえ生まれる恐れが有る」との談話の発表と相前後して結ばれた「紳士協定」である。
 ところが今回の小泉改造内閣の顔である三役、首相、外相、官房長官には、揃いも揃って参拝強行派の小泉・麻生・安倍トリオが就任したのである。いわば挑戦状をたたきつけたのである。来年8月15日には、首相はこのトリオで靖国参拝を強行するとまでいわれている。
 首相は、APECで「日中関係については、心配はいらない」、「問題があっても、友好は進めることができる」と強調したが、自ら日中正常化への道を叩き潰しているのである。国内では今や読売や産経を先頭にもはや批判精神も失い、翼賛化した大手マスメディアや小泉チルドレン、その他有象無象の小泉礼賛の叱咤激励に何とか通用したとしても、一歩外に出れば、国際的にはまったく通用するものではない。
 来月の12月14日には、クアラルンプールで初の東アジアサミットが開かれる。首相が頼みの綱とするブッシュ米大統領は参加しない。このままではまたもや失態を重ねることにしかならないであろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.336 2005年11月26日

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【投稿】三位一体改革のホンネ—生活保護費補助金の行方–

【投稿】三位一体改革のホンネ—生活保護費補助金の行方–

地方への3兆円の補助金を削減するという昨年来の小泉流「三位一体」改革。今来年度予算において6000億円の補助金削減を行なおうとしてるが、厚生労働省所管の「生活保護補助金」を巡って暗礁に乗り上げつつある。

○一方的な補助金削減案に地方が反発強める
11月4日に示された削減案は、生活扶助と医療扶助について、従来の国の4分の3補助を2分の1に削減し、削減分の4分の1は都道府県負担とする、住宅扶助・教育扶助・葬祭扶助は一般財源化して、市町村負担とするともに、市町村の裁量権を拡大するというものであった。
かつて10分の8が国負担であったものが、4分の3負担に削減された歴史もあり、特に平成10年以降、生活保護受給者が全国で急増していることから、地方6団体は、むしろ制度そのものの改革と国の負担拡大を求めてきた経過があるにも関わらず、説明文書によると「地方にできることは地方に」とわけのわからぬ「論理」を振りかざし、協議会の場で国補助金の削減提案を厚生労働省は唐突に提案してきたのである。
全国知事会はじめ地方6団体は、一方的な地方への負担増提案を拒否し、協議の余地もない事態となった。
11月18日までに6省から、合計6000億円の補助金削減案を示させるとした安倍官房長官は、厚生労働省が地方との協議が整わず回答できないという中で、様子眺めの省庁からも「ゼロ回答」が示されるにいたり、その手腕が問われることとなった。

○報告拒否から、生活保護業務の返上も
補助金削減案を受けて、すでに7月から14政令指定都市は、保護実施状況の月次報告を厚生労働省に提出するのを停止していたが、九州市長会・佐賀県・東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県もこれに同調し10月分からの月次報告の停止を決めた。近畿市長会も11月17日に12月報告(11月分)から、停止することを決定した。
生活扶助・医療扶助分の削減には、反対が強いと判断した厚生労働省は、11月18日、住宅扶助分のみの地方への移譲を一般財源化で行うことを提案することとなった。いずれにしても一方的な地方への負担の転嫁に変わりがない。
これに反発した地方6団体は、月次報告の停止決定に続き、18日、国庫補助金が削減された場合、来年度からの生活保護業務そのものを返上する考えを示すに至った。来年4月以降の新規保護世帯に限り返上するという内容である。

○最低生活の保障は国の責務
まさに「最後のセイフティネット」である生活保護行政は、憲法に規定された「最低生活の保障」という、国の責務に属する。全国を6つの級地に分類し、世帯数・年齢などにより、最低生活費を決め、それ以下の収入の場合、生活扶助はじめその不足分を補填する制度である。その実施は、地方自治体の福祉事務所や都道府県が行っているが、あくまでも「国基準」を守っての一律の制度として、戦後一貫して行われてきた。
今回の補助金削減の動きは、生活保護世帯が急増し、今後も上昇することが確実であることから、単に地方へ転嫁することで乗り切ろうとする誠に安易な提案であった。
「地方でできることは地方で」と11月4日の提案は述べている。「民間でできることは民間で」という小さな政府論とよく似ているようだが、余りに安易であろう。

○何故生活保護受給者が増えているのか。
生活保護が増えていること、その原因を見極め、社会保障制度全般との関係で対応策を提起することが求められているのである。
端的に言えば、まさに小泉構造改革そのものが、生活保護を増やしているのである。雇用を取ってみれば、市場万能主義・雇用を巡る構造改革は、不安定雇用を増加させることであった。派遣・パートなどの非正規雇用の増大は、健康保険・厚生年金などの加入率を引き下げてきた。病気になればたちまち生活に困るという世帯が増えているのである。
また、高齢化社会の進展も生活保護を増やす原因である。そもそも国民年金を満額掛けても、もらえる年金額は、国の決めた最低生活費を下回るのである。高齢者が増えれば増えるほど、生活保護は増加し、医療費は全額生活保護の医療扶助費となる。
現在、生活保護予算の6割が医療扶助である。生活保護費を押し上げているのは、高齢者の医療費・介護費用ということもできるのである。この医療費問題こそ、側面的ではあるが、決定的な生活保護費増大の原因とも言える。
まさに厚生労働省所管の医療行政・年金行政・労働行政全般にわたる問題が横たわっており、構造的な問題へのアプローチ抜きには、生活保護問題は語ることができないのである。

○数字合わせの「三位一体」改革の中身
来年度予算に向けて、6000億円の補助金の削減問題は、この生活保護補助金をめぐる攻防が大きな焦点となった。地方の側は、地方分権に値しない今回の厚生労働省の補助金削減案に危機感を強めている。
戦後大きな改正もなく実施されて来た生活保護法であるが、いろいろな面で時代の変化に会わない面も出てきており、昨年来、国と地方で協議会が作られ、地方からも様々な提案がされてきた経緯があった。その場で、一方的な補助金削減案のみが提起されたのだから、地方の側の反発も半端なものではない。「数字合わせ、先に有りき」しかできないところが、「三位一体改革」の実態でもある。
生活保護法は、最低生活費の規定、他法活用(補完性の原則)、世帯認定、実施責任など、法律そのものが、一貫性を持つ実施法であって、その運用は結構厳格なものである。それ故に、他法と言われる他の社会保障制度が、機能不全を起こせば、それを受け入れざるをえない。健康保険制度の負担が増えれば、年金の支給額が下げられれば、雇用保険の失業給付期間が短縮されれば、最後に残るのは生活保護ということになる。
団塊の世代の大量退職、不安定雇用の増大、若年層(ニート)失業者の増加、年金支給額の引き下げ、医療費自己負担の増加、高齢化の一層の進展など、時代の変化は、どれを取っても、生活保護の増大を帰結することになる。地方の負担を増やせば、生活保護率が下がるなどというものではない。
かつてのバブルのころは、急速に保護率が低下した時期があった。今、景気が上向いていると言われる中でも、低下のきざしも見えてこないのが現実である。景気が上向き、企業収益が増えたとしても、賃金の増加には結びついていない。むしろ不安定雇用という賃金コストの削減が、企業の収益増を生み出していると言って過言ではあるまい。先に述べたような生活保護増加の基礎的要因は、解消されるどころか、ますます強まっている。
こうした背景の中での今回の国VS地方の攻防について、最後は玉虫色のような決着はありうるかもしれないが、数字有りきの「三位一体改革」で、根本的な改革は断じてできないことは明白なのである。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.336 2005年11月26日

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【投稿】雑誌「世界」誌上での「治水のあり方」論争について

【投稿】雑誌「世界」誌上での「治水のあり方」論争について
                              福井 杉本達也
                                 
 雑誌「世界」誌上で治水のあり方をめぐる論争が続いている。最近は学者・研究者も自らの専門分野の蛸壺に入り、他者を批判したりするような論争をあまり好まなくなっている。そうした中での専門的治水分野での論争は、最近の各地での豪雨災害などもあって注目すべきことである。新潟大学の大熊孝教授の「脱ダムを阻む『基本高水』/さまよい続ける日本の治水計画」(2004年10月号)による問題提起に始まり、福岡捷二中央大学教授による批判「大熊孝氏の『脱ダム』治水論を批判する」(2005年4月号)、さらにそれに対する大熊氏の反論「川とは何か、洪水とは何か/福岡捷二氏の二分的治水論に反論する」(2005年6月号)、さらにこの論争に積極的に大熊氏支持で加わる形での今本博健京都大学名誉教授の「これからの治水のあり方について/基本高水をめぐる大熊・福岡論争を読んで」(2005年10月号)、そして、福岡捷二氏による大熊・今本両氏への再反論「治水の計画とは、河川の管理とは/治水は合理的に論ずるべき」(2005年12月号)となっている。これに、読書談話室で神吉和夫氏の「基本高水論争と今本博健氏の所論を読んで」(2005年11月号)と朝日新聞の2005年10月23日の社説「議論は地に足を着けて」が加わって、さらに論争は広がっている。
 
<大熊孝氏の問題提起…治水の安全度は選択の問題である…について>
 大熊氏は2004年10月の論文の中で、利根川や信濃川など「日本のほとんどの河川で、100年たっても完結しない治水計画だらけになってしまったのは、基本高水の決定に際してカバー率を100%にした結果である…これを実行可能なリーズナブルな計画にするには、基本高水のピーク流量を引き下げるしかない。どこまで引き下げればいいのかは、地域住民が安全度をどこまで望んでいるの、換言すればどこまで水害を受忍するかにかかっている。」と問題提起したことに始まる。ここで基本高水(きほんたかみず…業界用語で・土木用語辞典ではきほんこうすい)とは治水計画で防御対象とする洪水規模を流量の時間変化で表現したもので、治水計画の基本となるものである。それをリーズナブルなものにできないかと提起したことで、社会資本整備審議会河川分科会委員の福岡捷二氏の批判を受けることとなったのである。基本高水を下げれば、洪水を河道でどれだけ流すのか、ダムでどれだけ受けるのかという分担、川幅・堤防高・ダムや遊水池の規模など全てが変わってくる。一度作った計画を金科玉条のものとして進めたい国土交通省と審議会委員としては社会的影響が余りにも大きいと判断したのであろう。さらには、ここ数年、各地の豪雨災害で堤防が決壊し、机上の治水計画と現実のギャップが抜き差しならぬほどに大きくなりつつある。治水計画はあるがいつになったら整備されるのか誰にも分からない。その間に豪雨でまさかと思われた堤防が決壊し大きな被害をもたらしている。大熊氏の問題提起は「机上の空論」に対し、現実対応を図ろうとするものである。
 
<福岡捷二氏の反論…治水計画上の問題と危機管理上の課題は分離すべき…について>
 福岡氏は2005年12月の再反論で「計画高水位を超える水位になっても破堤の可能性を『少しでも』減ずるための検討や対策は治水計画上の問題ではなく、実際の管理としての危機管理上の課題である…長期的な目標を明確にした上で、段階的に整備を進めていくことが治水の要諦である…減災対策の実施は万能の特効薬ではなく、あくまでも補助的手段」と位置づける。
 そもそも、「河川工学」=「技術」は費用対効果=経済合理性を抜きにしてはありえない。原発美浜3号機の二次系配管破断事故でも明らかなように、設計段階から一次系の主要配管はステンレス鋼を使用していたが、重要性が劣ると評価されていた二次系配管では炭素鋼で製作されていた。福岡氏の言うように「そもそも基本高水の妥当性を計画の実現の見通しから評価すること自体が科学的・論理的であるとは言えない」とするならば、原発の全ての配管は、ステンレス鋼か特殊合金のインコネルなどで作った方がよっぽど安全である。しかし、そうすると原発の建設費は膨大なものとなり、「実現の見通しから評価」できない、とても採算のとれる設備ではなくなる。当時の設計段階で二次系配管を炭素鋼で設計したことが過小評価であったかどうかは別として、経済的合理性に従うならば、無限大に「科学的・合理的」であることはできない。必ず実現可能性で評価されねばならない。これが「技術論」の常識であろう。
 次に、現実に対応できないようでは「工学」とはいえない。工学とはどこまでを取り上げ、どこからかを切り捨てることである。全てを救うことはできないのである。どうも日本人は1か0の議論が好きであるようだが、河川工学の基本高水論をめぐっても1を達成しようとして結果的に各地で災害が起こり、新潟水害などは破堤してはいけないカ所で破堤し、結果的に0となってしまっているのではないのだろうか。むしろ、大熊氏の主張するように「どこまで水害を受忍するか」を住民と共に行政が考え、その工学的基礎を提供することこそ必要なのではなかろうか。12月3日(土)午後1時から大阪弁護士会主催で「河川管理と住民参加」というシンポジウムが行われる。大熊氏を始め、河川事業の元締めである布村明彦国交省河川計画課長や吉野川第十堰の姫野雅義氏などが報告される。河川事業においても建設的・「工学的」・「技術的」議論を期待したい。  

 【出典】 アサート No.336 2005年11月26日

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【投稿】米国防長官、「タミフル」で大儲け ご注意!その副作用

【投稿】米国防長官、「タミフル」で大儲け ご注意!その副作用

 ラムズフェルド米国防長官は、大量破壊兵器やテロ情報を誇大に仕立て上げて泥沼のイラク侵略戦争に突入した張本人の一人であるが、今度は鳥インフルエンザ大流行の予測で大儲けをしているという。

<<100万ドル以上の資産増>>
 米CNNの05/10/31の報道は以下のように報じている。
 「鳥インフルエンザ大流行の予測は世界の人々をパニックに陥れているが、ギリアド・サイエンシズ社の株を所有するラムズフェルド国防長官やその他政界関係者にとっては朗報だ。カリフォルニア州に本拠を構えるバイオテック企業ギリアド社は、インフルエンザ治療薬として現在世界中から注目されている『タミフル』の特許を所有している。
 1997年からブッシュ政権入閣までの2001年の間、ラムズフェルド国防長官はギリアド社の会長を務めており、現在でも同社の株を保有しているが、その評価額は500万ドルから2,500万ドルの間であることが、ラムズフェルド氏自身による連邦資産公開申告書で明らかになった。
 申告書ではラムズフェルド氏が所有する株数の詳細は明らかになっていないが、過去6ヶ月間における鳥インフルエンザ大流行の懸念とタミフル争奪戦の予測により、ギリアド社の株価は35ドルから47ドルに急騰。これにより、すでにブッシュ政権内で最高額の資産を持つ国防長官は、少なくとも100万ドル以上資産を増やしたことになる。
 さらに重要なことは、合衆国政府が世界最大のタミフル購入者であるという事実だ。今年7月には、米国防総省は兵士への配給用に、5,800万ドル分のタミフルを注文しており、議会も数十億ドル分の購入を検討中である。2005年度におけるロシェ社のタミフル売り上げ予測額はおよそ10億ドルで、前年度は2億5,800万ドルであった。」

<<政界・バイオ企業>>
 米政府はさらにこの11/1、この治療薬「タミフル」の備蓄強化などに71億ドル(約8300億円)を投じると発表した後、たった2日間で株価は約8%急上昇、年初からは5割近い高騰で、国防長官の資産は日本円にして少なくとも数億円規模で膨らんだ計算だ、という。
 この「タミフル」、スイスの医薬品大手ロシェ社が製造販売しているが、ギリアド・サイエンシズ(本社・カリフォルニア州)が96年に開発したもので、製造権はスイスの医薬大手ロシュに供与したが、ギリアド社は販売額の10%のロイヤリティー(特許収入)を受け取っている。このギリアド社は「政界とこれほど繋がりの深いバイオ企業は他に類を見ない」といわれ、これによって利益を得た政界有力者には、ラムズフェルドの他に、ジョージ・シュルツ元国務長官はギリアド社役員として、2005年度に入ってから同社の株700万ドル分を売却して利益を得ており、他にも、前カリフォルニア州知事の妻ピート・ウィルソンがギリアド社の役員に就任している、という。(前出米CNN報道)
 日本では、中外製薬がこの治療薬「タミフル」の国内販売を手掛けているが、同社がロシェ社から2001年2月から輸入販売し、インフルエンザが大流行した昨シーズンは、前12月期の売り上げが86億円、今6月中間期は232億円と大きく伸び、57.2%営業増益、58.5%経常増益、の52.28倍純益増益をあげている。

<<日本も「国家備蓄」>>
 日本でも、ブッシュ訪日にあわせたかのように、11/11、政府の行動計画なるものが明らかにされた。それによると、治療薬「タミフル」の備蓄について、国と都道府県が確保する割合を当初の2割から8割超に引き上げ、「国家備蓄」の色合いを強めたのである。国内で大流行が起きた際の治療の優先順位も明記し、海外渡航の自粛や学校の休業など社会生活の制限まで盛り込んでいる。
 タミフルの備蓄量は、当初の予定どおり2500万人分としたが、1人で3日間服用(1日2錠)する計算を国際的な標準に合わせ5日間服用(同)に見直している。そして備蓄量の割り当てについては、国と都道府県が2100万人分、病院やメーカーなどの市場が400万人分を持つ、という。これまでは、市場が2000万人分、国と都道府県が500万人分としていたが、市場分は通常のインフルエンザにも使われているため、大幅に見直したそうである。
 そして社会生活の制限については、国内で人から人への感染が確認された段階において、厚労省が文部科学省など関係省庁と連携し、発生地域の学校などを臨時休業とするよう要請。緊急性のない大規模集会や、ホールなどの興行施設での不特定多数が集まる活動の自粛勧告、患者が出た企業の従業員に対する出勤停止や医療機関への受診勧告など、社会生活を制限する、という。何やらきな臭い匂いが紛々としている。

<<米FDAの警告>>
 ところがこの「タミフル」、危険な副作用例が続出している。これを医師の処方によって服用した患者2人が、飲んで間もなく行動に異常をきたし、1人は車道に走り出て大型トラックにはねられ死亡、もう1人はマンションの9階から転落死していたことがこの11/11、分かったのである。薬の添付文書には副作用として「異常行動」(自分の意思とは思えない行動)や「幻覚」などが起きる場合があると書かれているが、死亡につながったケースの判明は初めてであり、厚生労働省安全対策課も死亡例の一つを副作用として把握しており「異常行動の結果、事故死する可能性もある」としている、それほど危険な薬なのである。
 この2人のほかにも10代の女性が窓から飛び降りようとして家族に止められたケースもあり、00~04年度には、厚労省の関連機関にも服用後の幻覚や異常行動などが計64件報告されていたという。
 さらに衝撃的なのは、米国の食品医薬品局(FDA)によって、この「タミフル」を服用した日本人の子どもに12人の死亡例があることが明らかにされ、また異常行動や幻覚など、神経や精神の異常を示した症例が32件あり、その内31件は日本での症例であったこと、皮膚の超過敏反応も12件中11件がやはり日本での症例であったとして報告され、警告が発せられたのである。日本の「タミフル」使用量は、実に世界の七割までをも占めているという。いったい、若干なりとも事実を把握していながら、何の発表も警告もしてこなかった日本の厚生労働省や関係当局は何をしていたのであろうか。徹底した情報開示、厚生労働省や、小泉内閣の解体的出直しこそが求められる。(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.336 2005年11月26日

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【コラム】ひとりごと– 国勢調査が示す未来 —ワンルームマンションの増加—

【コラム】ひとりごと– 国勢調査が示す未来 —ワンルームマンションの増加—

○今年は5年に1度の国勢調査の年であった。私も我が自治体で国勢調査の一端を担うことができた。○年末には、速報値が発表されるということだが、調査の過程において気が付いたことを述べてみる。○まず、前回は調査票は「裸」渡しで、希望者には袋を渡すということだったが、今回は、袋とともに両面テープも配られた。実際に集まった調査票は、テープで封をした袋入りの方が多かったように思う。個人情報に対する不安からか。おそらく次回では、両面テープを貼った袋を配ることになるだろう。○そして、何より調査の過程で驚いたのは「ワンルームマンション」の増加であり、コニュミティから「孤立した」その有り様であろう。○連絡票を入れても連絡がない。明かりが付いていても、呼び鈴に反応しない。近所で聞いてもどんな人が住んでいるのか、わからない、などなど。○これまでも、文化住宅やアパートと言う形での賃貸型住宅は多かった。しかし、現在の「ワンルームマンション」は明らかに、それらと違う。○私も、子供の頃「長屋」に住んでいた。お隣さんにもかわいがってもらい、また親同士も何かと親しかったものである。○これらの長屋には「家族」が住んでいた。しかし、ワンルームマンションは、単身者が住んでいる。夜勤の方もいれば、高齢者もいる。極端な話、借金取りから逃げている人もいる。当然にも表札がない部屋が多い。○レオパレスなどのように、企業が派遣社員用に数部屋を確保する場合もあり、住居というよりレンタルルームに近い。クーラーなどは設置済みで、大家さんの名前は契約書により知っていても、手続きは大概、賃貸業者が代行している。転居も簡単だ。○世の中に「単身者」が増えていることの影響だろうと思うのだが、寂しい気がする。しかし、寂しい話だが、今後一層増えていくだろう。個の独立などという事ではなく、格差社会が強まり、若者が独立しても、最低限の居住面積で暮らしていくには、経済的にもそれで十分だからだ。晩婚化や高齢離婚の増加などなど、ワンルームマンションの増加は明るい話ではないのである。○と、書いてきたが、我が息子も、就職した彼の地でワンルームマンション暮らしである。若いうちはそれでも良いだろうが・・・。(佐野) 

 【出典】 アサート No.336 2005年11月26日

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