【意見交換】労働運動の過去・現在・未来を考える懇話会(その2)

【意見交換】労働運動の過去・現在・未来を考える懇話会(その2)

<総評時代にもなかった厳しい情勢>
巣張)組合運動についてね、今言われた事はよく分かるんですが、ひとつはね、マスコミその他を通じて国民的要求やいろんなことを組合がやっているということが伝えられていませんね。
 先日大阪総評のOBの会議がありました。今、長期不況、バブルの崩壊、倒産・リストラによる失業者の増大がある、こんな事は総評を長い事やった役員連中でも、こんな不景気な状態は初めての事やというわけですね。その限りにおいてはね、今の諸君というのは大変な中で運動をしているんじゃないかとね。好意的な見方ですね。しかし、向こうは弱いところにかさにかかって来てますね。そういう時だからこそ労働組合が時の権力に立ち向かうという姿勢をもっと示していかないことにはいかんのではないかという意見があるわけですね。
 じゃ、連合がなかったらどうなのか。僕はね、連合がなければ向こうはね、もっともっとえげつない形で攻めてくると思いますね。連合でまとまったからね、何とか発言権がある。
 週刊労働ニュースなんか見ていますとね、失業の解消とか雇用問題とかね社会保障について政府と交渉するとか、資本家団体、関西経営者団体とか経団連とか、彼らと審議会にも参加している。これらは総評時代にはできなかった事です。OBだからあまり言えないんだけれど、連合ができてね、時の権力と渉りあえるようになったにも関わらず、結局ひとつも実現していないわけやね。形式的な交渉というかね、要求は出して交渉してくれるわけだけれど、どこまで獲得できたのかというのがないというのはね、運動の背景の問題なんですね。大衆集会をするとか時には実力行使をするとかね、それをやらないからマスコミの利用もできないのではないか。
 私も現役の頃先輩からよく言われました、労働組合があかんということは企業別組合だからあかんと言われたわけですね。いっぺん解散してね個人加入にしてしまうのはどうかとね。おたくの問題提起はそれとは少し違うけれどね。言われることはわかるけれども、どうすればいいのかということやね。それがなかなか出ないところに問題があるわけやね。

<労組の民主的運営について>
 あと僕からみたらね、日常の単組・地方・中央における労働組合の運営がね、民主的に本当にやられているかどうかという点ね。僕は現役を離れて15年ぐらいになりますからね、ちょっと労働組合の運営の民主化というのがね、昔に比べたら不十分になっていないかと思うのとね、対政府、対経営者団体とかねこれを通じて、相手に対して発言権が強まっているのかどうか、僕らやっている戦後の労働運動の時でもね不況の時は、やっぱり弱かったな、という事なんですね。ストライキとか抵抗はしましたがね、日本でも世界でも景気動向に弱いんですね。弱いけれどね、弱いときは向こうも弱っているんだから、発言権を強めるチャンスでもあるんだとね言ってきましたね。そして、僕らの時代には社会主義の背景がありましたからね、これがなくなったというのも大きく影響もしていますね。
 
 <運動の成果が取り返されている>
 さらに、僕らの時代にはやる事がたくさんありました。日本の労働者の賃金というのは、戦前から言われていたのが植民地の賃金よりまだ低い賃金だとね。戦後の初めの闘争宣言の中にはね、植民地以下の低賃金、インド以下の低賃金を打ち破ろうと言う言葉がありましたね。それが最初のスローガンだったですね。その事は総評を退任する時の挨拶の中で、ふと思い出してお話したことがあります。その後、戦後の初めはその低賃金のさらに3分の1くらいになったんですね。それを賃上げしてきてね、50年代の中頃になるとヨーロッパ並みの賃金をというスローガンになったわけですね。そして、その後名目的に世界一の賃金になったということで、ヨーロッパ並みの生活水準をとなったわけですね。しかし、今それが取り返されているという感じですね。
 そんなことで今非常に難しいけれどね、労働組合がね労働者はもちろんのこと国民の要求を捉えて政府に、自治体に、経営者に対してねぶつけていく、それをどれだけやったかと言う事なんやね。負けてもええけれどこれだけやってくれた、というね、それが今大事なんだと思うわけですね。そういう雰囲気が出てくると、労働組合の組織率の問題から、今提起されたような問題も解決できるような気がするわけですね。
 
<低下し続ける組合組織率>
巣張)労働組合の組織率について、今年の6月調査の結果が12月の末に出されるわけやけれど、おそらく20を切るのではないか、と言う声がある。ある人が18.5ぐらいになるのでは、という程ね低下していると。
佐野)大企業のリストラが大きいからね。
巣張)正月にかけて発表されますからね、20%割っているのは間違いがないと思いますね。最高は昭和24年の53%なんですがね。
依辺)18.5%というのはすごいですね。労働組合が存在しない、みたいなところから出発すべき数字のように思います。やはり労働組合という被雇用者・勤労者の権利擁護・問題解決のための組織はないのが現状だと。
佐野)雇用者数は増えての上での組織率低下なのでは?母数が増えてね。
元田)労働組合の場合には、絶対的な組織者数も減っているわけです。労働力人口のうちの就業者人口は最近は増加傾向なんですが、分母は不況とは言っても余り減っていない。その中身が正規から非常勤、パート等に替わっているとしても。ただ、労働組合の組織率も絶対的な組織者数も減っているわけ。
民守)4.5年くらい前まではね、組織人数もやや増えていたわけ、労働力人口が増えているというのもあって、組織率は低下したわけ。女性の社会進出の増加もありました。しかし、この数年では絶対数も組織人口も減っているんです。
A)今連合が「パートはパートナー」というポスターを作っているんですが、それを産別本部持っていっても、まだまだ抵抗があるようですね。そのステッカーを貼ること自体にね。各産別は取るべきものは結構取っているんですね。プラスアルファを含めてね。ところが外に出さないわけです。常に競争相手がいるということでね。
 議論になるのがNTTの合理化問題ですね。一般論としてはダメだという意見が多いです。だけど、実際に労働組合がなければあそこまで行けたのかということですね。新聞の評価でもそういう評価はないですね。しかし、あの条件を見たときに、今の状況ではよくやったな、という評価になるのではないか。労働組合がなかったらできなかった、と言う評価は必要だと思います。
巣張)出しにくいけれどね、最近、実際に企業内でね本工と非本工の比率が逆転しているところが増えています。ある所へ行くと、非本工が多いためストライキしてもこたえへんというところまでね来ている。それならば余計にそこに目を付けなければあかん。そういう方向に意識が変わっていかないと、特権的な階級になりますよ。
依辺)労働者のある層を組織している組織が自らの構成員の利害を危うくする事を組織課題にできるというのは、難しいのではないでしょうか。先ほどの地域ユニオンの話のように、劣悪で問題の多い条件の層の権利擁護をしようと思えば、裁判闘争のような労働組合ではないルートで取り組むとか、或いは既存の労働組合とは違う形を取って対応するというのは止むを得ないのではないかと思います。
佐野)先ほどの裁判闘争の評価について、否定的な評価に取れたけれど・・
A)10年ぐらいまえにある判決がでました。8割の賃金が妥当だと言う内容で運動側はそれを使ってきたわけやね。それを越えて同一労働同一賃金やないか、という突っ込み方をしたわけ。同じ仕事をしているんだから、賃金も同じにすべきだと。そこを認めてしまうと終身雇用からみんなひっくり返るということで、元に戻して、雇用契約時にあなたはパートとして賃金が5割の契約をしたのだから文句を言うのはおかしい、と。
 司法でやろうという組み立てがユニオンの中にあるんです。それが結果として前に進んでいない、ということを言いたかったわけですが。

<流動化する労働と組織化>
民守)依辺さんの言われている中で、労働者にもいろいろな階層があるということなんだけれど、確かに正規雇用と非正規雇用という単純な分け方に止まらず非正規雇用の中にまた複雑な区分が出てきている。そういう意味ではいろいろな立て方があって良いと思います。私は企業内組合を歴史的に見ても今日的に見ても否定的な立場に立っていないわけですが、どちらかと言えば、やや一辺倒的な運動ではなかったのか。特に連合などのメジャーな労働運動では地域ユニオンなどの運動に否定的な見方をしてきた。
 しかし労働運動の多様化する一形態として地域ユニオンをもっと評価すべきだというのが私の考えなんです。地域ユニオンや管理職ユニオンなどもそうなのですが、基本的には一人が闘っているんです。バックアップはしていますが、フランチャイズ方式みたいなものでね。貴方が闘うのに看板を貸しますよみたいなね。それも含めて多様な運動形態を認めていかないと、組織率が20%を切り、伝統的な企業内組合も厳しい中で、どうなっていくのか。
 全労連も連合も流動化する労働力をどう組織化するかという模索をしている。その観点に立てば、新しい形態としてのユニオンを正面から位置づけ、支援していく必要があるのではないかというのが個人的な意見です。
依辺)先ほど具体化が伴わないとダメだよという指摘を巣張さんからいただいたと思います。実は、組合が多様化への対応ということで、それぞれの層の権利を守ることをやっていますよとアリバイ作りのために言っていても、その組織の中ではきっちり位置づけられていないという実態があるわけですね。だから、一つ一つの層がそれぞれ自立した組織を作っていかないといけないと思います。ただ、問題が二つあって、一つは、しんどい条件にある人たちが自主的に活動をやっていけるとか、組織を運営していくということはありえないわけです。実際問題としてね。昔は地区労の専従の人がシコシコとオルグをしていたわけですね。ところが今は職業活動家みたいな層がないというか、その役割を担う人も生活があるわけだから、その人材をどう確保するのか、生活を支えるコストを誰が調達していくのか、という意味で広い金の集め方というか、分担の仕方をもっと全国的に大きなレベルで考えないといけない。もう一つはそれぞれの層が組織化したら別々の利害を持っているわけですが、どこがで調整しないといけないわけですね。ある程度現実化していこうとした場合には。ところが、日本の場合、政治運動も組合運動も社会運動も一番弱いのは、違うもの、違う意見があっていいのに、それを調整する、意思一致をしていくという文化が弱いわけです。民主党を見ていても調整して一つの固まりにしていくマネジメント能力が全然ないというか、そうした文化が身に付いていくのかというのが気になるところですね。やっていくうちに身に付くということもあるだろうけれど。
 特に「世話をする人」とコストを誰が負担していくのかということが気になります。自力でやれというのも無理な話で、革命運動をやれと言われてするような新たな活動家層が生まれるというのも期待できないしね。新しい仕組みを用意できないと益々組織率は下がる一方になるのではないでしょうか。 

<地域ユニオンの評価に関して>
元田)最近思うんですが、労働運動がどんな役割を果たしており、これからどうなっていくのかと。幾つかの切り口があります。昔みたいに使用者と労働者という単純な割り切りで横断的に単純化されるわけではないとということが出てきています。それから現在の連合についてみても先ほど巣張さんが言われたように、20%切るから役に立たない、相手にせんでいいと言われるわけで、そういう傾向は強くなっています。だけど本当にゼロだという世界を考えた時に、社会的安定を想定できるかどうかと思います。やはり、原始的な初期資本主義のような状態は再現するだろうと。過去の成果の上に今の連合運動は少なくとも歯止めをかけていると思います。企業内組合であれ、現実の力関係はどうであれ、一定の社会的機能を果たしていることは認めるべきだと思います。評価の問題としてね。
 ユニオンの問題では、先ほど出たように、ユニオンというのは理想と現実が違う組織だろうと思います。理想は企業に囚われない横断的な組織ということですね。そう言う意味で果たすべき役割は大きいわけですね。現実には、非常に少数のところも多く結集率と言う意味では厳しい現実がある。組織論の世界からは千人の組織でさえ何人の専従が確保できるのか。 二人持つのがやっとではないか。今のユニオンは数百人あれば大きい方です。そうなるとごく一部の人の活動、ボランティアで別に収入があるという前提の上の活動に支えられている場合が多い。これが、争議を起こして解決金で生活をするということにもつながりやすい。組織存続ために自転車操業をしている場合が多いわけです。地場の組合である泉州労連などは組合員が700名というところまで減少し、役員は市会議員をしてやっと組織を維持している。ここなどは真面目にやられていると思いますが。これが多少過激思想の持ち主であればもともと争議に走りやすいところから、一人の労働者の争議を拡大して解決金を志向する運動になりやすい。大阪のユニオンの歴史はその傾向が強い。その事は率直に見る必要があると思いますね。
 一方で企業内組織は組織のしやすさ、現実に組合を結集できると、それで組織が残っているという現実は評価しなければいけないけれど、昔労働者と言われた層が非常に多様化しているというのはおっしゃるとおりなんです。だから、企業活動の中核にいる社員や、研究者みたいな者は、「弱いから集団で支えてもらう必要」を感じない。組織の必要を感じていませんね。そんな層が増加している。一方で、典型労働・単純労働という部分は、非正規社員として増えており、その部分は流動的な労働力、短時間労働力とすることでコストを下げると。そんな中で労働組合が従来どおり正規社員の包括的な組織で行けるのかというのは突きつけられている問題ではあると思います。
 
<企業内技能は無くなりつつある>
 それと同時にルーチン業務的な企業外の労働が大量になってきている。これは技術革新の結果だと思いますが、結果、企業内技能は一部の高度化したところに限られてきて、企業内労働力を養成しなくても一般的に流通する社外労働力で足りるようになってきている。それが労働力流動化ということなんです
 ここの部分を組織することなしに、個々の待遇の改善と言うのはありえない。しかし、流動力が高いということなどで組織化が難しい。組織するためには「資金」を出す部分が絶対にないといけない、自らやりなさいというだけではダメだということなんですね。そこにナショナルセンターの機能が求められているわけです。
 企業内で労働者の利害対立が生じてきている一方で、労働力の流動化に対応するルールが出来ていない。解雇、賃金未払いなどのトラブルが多いわけ。ただ、全体的な国民のストックがベースにあるので、食べていけない、と言う程でもないために、運動的な盛り上がりは少ない。だから組合の存在が見えなくなっている。けれどほっておけば大変な事になるのは間違いがない。
 例えば、中国でね、労働組合が解禁されたら一編にバランスが変わるはずなんですね。

<ユニオンは成長の過程にある>
依辺)先ほどの話で、ユニオンの中には解決金に頼る構造があるとの話がありましたが、それから脱皮するために、地域ユニオンを支える層を正規のユニオン、例えばナショナルセンターが職員の面倒をみるとか、昔の活動家が関わるとかして、地域ユニオンを面倒見ていくような、あるいは、過去に人材を供給していた革新政党にかわるようなNPOを作って、そこが請けると、そのNPOに所属する人材には生活の心配がなくなるような、そんな受け皿はできないのでしょうか。
民守)ユニオン運動についてね、確かに解決金とか個別救済的になるという傾向の話ですね。例えば解雇撤回闘争となっても最後は職場復帰できないで解決金と言う結果になると。その組合員がずっと組合に残って、労使関係が維持されると言う事になかなかならないわけですね。すぐに辞めていくと。確かにこうした傾向が強いということは私も言いました。しかしね、最近は治まってきていると思っていますが、それが地域ユニオンの限界と決めてかかるのか、歴史的評価とするのは、まだ早いと思っています。決してメジャーになるという事も考えないけれどね。しかし、運動の一形態としての勢力になっているし、発展の可能性も大いにあると思います。
 アメリカの場合ですが、地域ユニオン的な組合はなくて、NPO的な運営ですね。労使協定の関係が、職場の多数を取らないと交渉相手になれないという事情からね。労働組合というよりNPO的な運営がされていると聞いています。そうしたNPO的な運動を検討しているところも現にあるようですね。労働相談から組合に組織するという形でなく、介入していく形態でね。このようにまだまだ状況が動いている中ですから、積極的にこうした動きにコミットしていくことが大切だと思います。(終わり) 

 【出典】 アサート No.303 2003年2月15日

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【本の紹介】『国際金融同盟 ナチスとアメリカ企業の陰謀』

【本の紹介】『国際金融同盟 ナチスとアメリカ企業の陰謀』
    チャールズ・ハイアム著、青木洋一訳、02/12/25発行、408p、マルジュ社

<<ヒトラーの金脈>>
 日本では1985年に出版された『ヒトラーの金脈』(ジェイムズ&スザンヌ・プール著、早川書房、初版アメリカ1978年)が実に刺激的で示唆に富むものであったことを覚えている。アメリカの自動車王ヘンリー・フォードが大のユダヤ人嫌いでナチスに多額の献金をしていたこと、ヒトラーはむしろフォードに反ユダヤ主義を教えられ、「われわれはフォードを、アメリカにおいて力を伸ばしつつあるファシストの指導者として当てにする」などと絶賛していたことなども具体的に明らかにされていた。しかしそれ以上に当初はヒトラーを支援していなかった、むしろ胡散臭い存在としてしか見ていなかった大資本・金融資本の代表者達が、デュッセルドルフ工業クラブでのヒトラーの演説以後、急速に接近し、資金を調達し、権力を掌握させていく過程が、詳細な当時のドイツ社会の変遷を背景に生き生きとみごとに明らかにされていた。そして当時のこれまた急速に力をつけつつあった共産主義者たちが、新しく作られたばかりの共和制民主主義、傷つきやすく壊れやすいワイマール民主主義をめぐって、彼らより穏健な”マルキシスト”である社会民主党を主敵として攻撃していたことがどれほどナチスを助けていたかを具体的な姿をもって知らされたことも身につまされる思いであった。民主主義の強化と発展が、党派的利害の価値の下位に位置付けられたり、あるいは人類的利害と民主主義を軽視した場合の、その後の今日に至るも連続している悲劇的で悲痛な教訓でもあった。

<<ナチスとアメリカ企業の陰謀>>
 今回、ここに紹介する『国際金融同盟 ナチスとアメリカ企業の陰謀』(初版、アメリカ1983年)は、その後のアメリカにおける情報公開法の成果が存分に生かされ、いわばその続編とも言えるかもしれないが、著者は別人であり、内容的には全く異なり、そのメインテーマは、副題にある通り、ナチスとアメリカ企業の陰謀である。訳者あとがきにもあるように、著者は、チェース・ナショナル銀行、ITT、RCA、フォード、GM、そしてスタンダード石油など、日本でも馴染みのあるアメリカの大企業を次々と登場させ、それにアメリカ大統領、財務省、司法省、商務省、国務省、軍部、そしてFBIまで絡めて、ナチスと複数のアメリカの大企業との間に密約があったことを解明してくれる。それらの事実の掘り起こしは詳細を極め、事実の説得力は並大抵のものではない。具体的な人名には驚かされる人物が次々に登場する。真珠湾攻撃以外に日本に関する記述はほとんどないのが残念であるのだが、舞台は、第二次世界大戦下の全世界を駆け巡っている。目次は以下の通りである。
1.伏魔殿のような国際決済銀行
2.チェース・ナショナル銀行ナチス名義口座
3.スタンダード石油の秘密
4.メキシコ・コネクション
5.アラムコの策略
6.電信電話会社の陰謀
7.小さな鉄の球を巡る攻防
8.イー・ゲー・ファルベンの陰謀
9.フォードそしてGMとナチスの関係
10.ベドー方式考案者とナチスの関係
11.王女、外交官、少佐、そして准男爵の複雑な関係
12.逃げ切った「国際金融同盟」

<<BISの果たした役割>>
 目次に上がっているようなアメリカの大企業がナチスとどのような関係を持っていたかということは、本書をぜひ読まれることをお勧めするが、今日現在も存続し重要な役割を果たしている国際決済銀行とナチスとの関係については、紹介する筆者自身も不明なことであった。
 国際決済銀行(BIS)は、1930年にニューヨーク連邦準備銀行をはじめとする世界中の中央銀行が集まって設立された。この銀行の誕生には、ナチス・ドイツの経済相でドイツ帝国銀行(ライヒスバンク)総裁だったシャヒトの考え方が強く影響していた。シャヒトは、国際紛争が起きた場合でも、世界の金融界の首脳たちが連絡し、談合することができる金融機関の設立に奔走していたのである。BISに資本参加した各国政府が同意した国際決済銀行憲章には、参加国の間で戦争が起ころうが起こるまいが、BISは没収、閉鎖または問責から免除されるものとすると謳っている。
 BISの表向きの目標は、ドイツが連合国側に第一次世界大戦の賠償金を支払うことだった。だが、BISはすぐに正反対の機能を持つ銀行になった。BISはアメリカとイギリスの資金がヒトラーの金庫に流入する窓口の役目を果たすようになり、この資金のおかげもあってヒトラーは軍事機構を強化することができたのである。第二次世界大戦が勃発すると、BISはヒトラーの完全な支配下におかれた。
 BISの初代総裁にはロックフェラー財閥系のチェース・ナショナル銀行の元頭取で、連邦準備銀行総裁のマッギャラーが就任した。その後1938年に総裁に就任したアメリカのモルガン財閥の一員であったマッキトリックは、1940年初めドイツ帝国銀行を訪れ、BISの役員兼ゲシュタポ高級将校のシュレーダーと会談、たとえ米独交戦の自体の場合でも制約なしにBISを存続させ、機能させることに合意したのであった。イギリスはドイツと交戦状態に入った後でさえ、BISの存続を承認し、イギリス側役員のニーマイアー卿とイングランド銀行総裁ノーマンは戦争が終わるまでその地位にとどまっている。
 一つのエピソードとして、ナチスの敗戦濃厚となってきた19944年5月のある晴れた日の朝、スイスのバーゼルにあるBIS総裁室にマッキトリックの主宰のもとに日・独・伊の枢軸国側役員とイギリス、アメリカ側役員が参集し、3億7800万ドル分の金塊を初めとした重要案件について話し合ったという。日本人役員は横浜正金銀行の北村孝次郎と日本銀行の山本米冶であった。真珠湾攻撃後に、ナチスがBISに運び入れたこの金塊は、オーストリ、オランダ、ベルギー、チェコスロバキアの国立銀行から略奪したものや、「びっくりするほど大量だった」と証言されている殺害したユダヤ人の金歯、眼鏡フレーム、タバコケースとライターそれから結婚指輪などをドイツ帝国銀行がかき集めたあと、溶解したものだった。もちろんこれらは、ナチス首脳が自分たちで利用するためにBISに保管し、BIS側もそれを容認していたのである。

<<彼らの「イデオロギー」>>
 しかも戦争が終わると同時に、これら戦勝国側の「国際金融同盟」のメンバー達はドイツに押しかけ、自分たちの資産を保護し、さらにナチ党員だった仲間を元の高い地位に復帰させ、冷戦が始まる手助けをし、ブレトンウッズ会議でBISの解散が決議されていたにもかかわらず、解散するどころか、この「国際金融同盟」の存在を未来永劫確実なものにしたのであった、と著者は指摘する。「財界の大物たちは一つのイデオロギーで結ばれていた。すなわち、彼らは戦時中でも平常どおり商売をするという主義の持ち主だったのである」。
 対イラク、対北朝鮮をめぐっても、同じ論理がまかり通っているであろうことは想像に難くない。とりわけ兵器産業や軍需独占体、石油・エネルギー、化学、情報関連企業は最大限利潤追求を目指して暗躍しているであろう。ブッシュ政権は、その典型的な利益代表とも言えよう。昨年12月17日にドイツの新聞がイラクに兵器供給した企業をリストアップし、「米国企業が24社含まれ、それらは生物化学兵器開発には特に多くの支援をしてきたが、ミサイルと核兵器にも関わっている」とし、その中にはヒューレット・パッカード、デュポン、ハネウェル、ロックウェル、テクトロニクス、ベクテル、インターナショナル・コンピュータ・システムズ、ユニシス、スパリー、TIコーティング等が上げられており、さらに 米国政府のエネルギー省、国防総省、商務省、農業省もひそかにイラクの武装を助けており、ローレンス・リヴァモア、ロスアラモス、サンディアの米国政府の核兵器研究所もイラクの核研究者を教育し、核兵器製造のための非分裂性の素材を提供していたことを明らかにしている。これらの企業のいくつかは、ここに紹介した本書にも登場してきた企業である。時代も条件もキャストも違えど、犯罪的な悲劇が繰り返されようとしていることに、本書は強い警告を発しているとも言えるのではないだろうか。
(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.303 2003年2月15日

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【投稿】米・単独行動主義の岐路

【投稿】米・単独行動主義の岐路

<<「ならず者超大国」>>
 「Xデーは年明け早々」「遅くとも2月上旬」とされてきた米軍の対イラク先制攻撃が、アメリカの思いどおりには行かない微妙な情勢になってきたといえよう。「決戦の年」2003年の年明け早々、ブッシュ米大統領は、イラクに対して「審判の日が近づいている」(2日)、「武力行使が必要になれば慎重かつ決然と行動し戦いに勝つ。既に準備はできている」(3日)などと大見得を切っていたのであるが、9日、イラクの大量破壊兵器開発疑惑を巡る国連の査察について、国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)・ブリクス委員長の「イラクで約2カ月間査察してきたが、兵器開発の決定的証拠は見つかっていない」との発言に出鼻をくじかれてしまった。
 1/13、米のフライシャー報道官は「武力行使の状況には至っていない」「大統領は査察官を非常に重要視している」「彼らはまだ任務遂行中だ」などと言いだし、これまで単なるセレモニーとして全く無視していた国連の査察を突如見守る姿勢への転換を見せ始めたのである。何が何でも先制攻撃の突破口を切り開くことに「新帝国」=アメリカのヘゲモニーと政治生命をかけていたブッシュ大統領にとっては不承不承の迂回作戦でもあろう。
 同じく先制攻撃論に加担していた英国のブレア首相も1/9、「国連の査察に時間と余裕を与えるべきだ」と発言、9日付のデーリー・テレグラフ紙は「英国は米国に対しイラク攻撃を秋まで延期するよう求めた」とまで報じている。
 単独行動主義を旨とし、それを権利だなどとまで振りかざしてきながら、今さら「査察を非常に重要視」などと述べても誰もハナから信じるものはいないであろう。それでもこれは、内外を含めた「イラク攻撃を許すな!」という世論の圧倒的な盛り上がりの兆しにたじろぎ始めたブッシュ政権の孤立化回避の作戦ともいえよう。これを米誌ニューズウィーク(1/8号)は「単独行動主義から国際協調路線へ」「大統領がようやく『大人』になった」と題し、「『ならず者超大国』と呼ばれるアメリカにもわずかながら安心材料がある。事情通によれば、ブッシュの世界観は大人になりつつあるからだ」と皮肉り、「イラクに関する方針が変わった最大の理由は、アメリカ国民は単独で戦争をしたくないということが世論調査で常に示されてきたからだろう」と結論付けている。

<<「まだ止められる」>>
 1/18のイラク戦争STOP・ワシントン大行進には20万人以上の人々が結集し、連邦議会から軍艦を集結させている海軍造船所まで行進し、全米各地でもベトナム反戦以来の大規模な行動が展開されている。この大行進を呼びかけたアメリカの反戦運動団体・インターナショナルANSWER(戦争をストップし、人種差別を終わらせるために今行動しよう)は、その呼びかけの中で「ブッシュは世界の平和に対する先制攻撃の脅威だとしてイラクの武装解除に世界の目を集めさせようとしているが、核戦争の本当の脅威と大量破壊兵器の使用はアメリカ合衆国政府から起こっている」として、「イラク戦争ノー」、「アメリカの大量破壊兵器を廃棄せよ」をスローガンに、「われわれはブッシュ政権がわれわれの敵ではない世界の人々を脅かしたり、殺したりするのを止めさせなければならない。われわれはこの戦争が起こるのをまだ止められると考えている」と訴えている。この呼びかけには数千の団体・個人が賛同し、イラク攻撃をストップさせるまでの草の根行動と連続行動を計画している。1/18には日本の各地でもこれまでにない規模で集会やデモが組織され、若い世代の参加が注目される。
 当面する最大の山場は、一月下旬である。19日にはブリクスUNMOVIC委員長とエルバラダイ国際原子力機関(IAEA)事務局長がバグダッド入りしている。その後にイラク申告書に関する第2回目の評価報告が査察団からなされ、審議が行われる。ブリクス委員長とエルバラダイ事務局長は、炭疽菌や(ウラン濃縮に使われる)アルミニウム管の問題を例示して、とりわけ1998年以降の情報が「きわめて少ない」と指摘しているが、同時に、査察活動そのものについては「イラクはよく協力している」と述べている。27日に総合的な査察報告が公開で行われ、29日には国連安保理非公式協議が行われる。そしてその間の28日には、注目のブッシュ米大統領の一般教書演説が予定されている。
 国連では米英はもはや少数派にしか過ぎない。1月の安保理議長国であるフランスのシラク大統領はすでに9日には、「武力行使は最悪の解決法だ」と断言しており、アメリカが安保理を思いどおりに操縦することは不可能となっている。核兵器開発の証拠提出を期待していたIAEAのエルバラダイ事務局長は「イラクが独力で核兵器を保有するにはほど遠い」とまで言っており、核兵器開発疑惑の証明など不可能な事態である。

<<検閲・削除の中味>>
 アメリカをさらに不利にさせているのは、イラク政府が提出した1万2000頁にも及ぶ「大量破壊兵器は所有していない」とする申告書の扱いである。この申告書の扱いについては、非常任理事国に対しては機密に該当する部分が削除された形で配布され、たったの3000頁に減っていたという。常任理事国5カ国の間で米国からの要請により、この削除と検閲が合意され、彼ら核保有5カ国が機密に関わる情報を隠蔽し、独占したわけである。
 ところがこの報告書により初めて、対イラク武器供給者の全貌が明らかになったといわれる。この検閲・削除された部分に、外国企業、研究所、政府が70年代半ばからイラクに対して行ってきた供給および支援の詳細なリストが明記されていたのである。とりわけ、米国の企業がその大部分に関与し、その内の24社については、いつ、イラクの誰にその供給が行われたかも明らかになっているという。レーガン政権およびブッシュ・パパ政権が1980年から湾岸戦争直前に至るまでの、イラクに対する武器援助と強力なてこ入れが具体的に列挙され、核兵器・ロケット開発計画には、相当の製造設備が米国政府の承認のもとに供給されていたことも明らかになっている。生物兵器用の炭疽菌も米国の研究所から供給されていた。さらにイラク軍部と兵器専門家・開発技術者は、米国で訓練を受け、技術・情報・知識を伝授されていたのである。フセイン政権の軍事独裁とその支配体制を最も強力に後押しし、大量破壊兵器や化学兵器の開発を促進させてきたという点では、アメリカ自身がもっとも突出していることをこの申告書が証明しているわけである。
 この申告書には虚偽記載があり、「重大な違反と隠蔽がある」というアメリカの主張とは裏腹に、これが公開されることは受け入れられるものではなく、そこにはアメリカの軍部や軍需独占体、政府関係者の死活の利益がかかっているといえよう。そこで登場したのがイラク側の挙証責任論である。すなわち、「証明責任はイラク側にある。イラクが持っていないと証明しない限りは、我々はイラクが大量破壊兵器を持っていると確信する」というものである。しかしこんな論理は通るものではない。パウエル国務長官が記者から「イラクの申告書に『重大な違反』があったのになぜイラク侵攻をしないのか」と問われて、「『重大な違反』という言葉は単なる法律用語でしかない」と答えている。ブッシュ政権内部での動揺と暗闘がここにも反映していると言えよう。

<<「旧世代政治」の大変革>>
 さらにブッシュ政権にとって事態を複雑にさせているのは、朝鮮半島をめぐる事態である。オルブライト元国務長官の「北朝鮮の核の方がイラクよりはるかに深刻だし、脅威だ」という指摘に対して、北朝鮮には対話路線で、イラクには武力行使という論理が受け入れられないばかりか、やはりイラクに対しては制圧して石油利権、北朝鮮に対しては野放しにして宇宙ミサイル利権を確保という構図が見え隠れしだしていることである。このようなブッシュ政権の利権丸出しの論理は、政権内部でも異論が続出し、ましてや内外世論の理解を得られないという事態を作り出している。12/23には、ラムズフェルド国防長官が、米軍はイラク侵攻と同時の北朝鮮との戦争も「完全に可能」だと記者会見し、「我々は2ヶ所の大規模地域紛争を戦うことができる。我々は1ヶ所で決定的に勝利し、速やかに他方のケースで相手を打ち負かすことができる。その点で何の疑問も抱かせない」と挑発的に語ったのであるが、そのような危険な筋書きは政権内部でさえ相手にされていない。
 こうした事態に加えて、韓国の大統領に対米自主政策を正面から掲げた廬武鉉(ノ・ムヒョン)氏が当選した意義が実に大きくなってきていることが指摘できる。「闘う庶民派弁護士」出身の廬武鉉氏が、次々と繰り出される挑発的な北朝鮮側の政策に冷静に対処し、なおかつ「太陽政策の継続」を掲げ、対決と挑発のブッシュ政権に対して「対米自立」の姿勢を堅持しながら、若い世代の圧倒的支持と「旧世代政治」の大変革を要請する世論を背に選挙戦を制し、大統領当選を果たしたことが、朝鮮半島をめぐる情勢ばかりか、対イラク戦をめぐる情勢にも大きく影響を及ぼしていることは間違いない。その意味では、廬武鉉氏の当選は世界史的意義を持っているとも言えよう。
 ところがこうした世界史的な情勢の激変の中でも、日本の小泉首相はまたもや“突然”の靖国参拝である。民主党の菅代表の伊勢での年頭記者会見といい、日本の政治の時代錯誤ぶりは目を覆いたくなる事態である。朝日の1/1元日の社説が「不穏な年明けである」、読売が「昭和恐慌再現の危機」と、容易ならざる一年を予測しているが、日本の政治にも「旧世代政治」の大変革が要請されていると言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.302 2003年1月25日

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【意見交換】労働運動の過去・現在・未来を考える懇話会

【意見交換】労働運動の過去・現在・未来を考える懇話会

内容:<巣張さんから組合専従30年の自己紹介>
<地域ユニオンの連合加盟について><進む大産別構想>
<雇用状況、春闘結果の特徴について><「新たな被雇用者の組織」と「機能」><大阪府内のマイナス人勧への取り組み>

  去る12月14日大阪市内で巣張秀夫さんをお招きして、労働運動の過去・現在・未来を考える懇話会を開催しました。すでに現役を引退された巣張さんから、連合10年の区切りとして久しぶりにお話をいただこうと言う趣旨で開催しました。年末で多忙な折でしたが、14名の仲間が集まり2時間30分余り意見交換を行ないました。以下は、佐野の文章責任においてまとめたものです。
 
佐野)年末でご多忙のところ集まっていただきましてありがとうございます。
 先日、アサートの発送作業をしておりまして、巣張さんはこの頃どうしたはるかな、ということになり、ご連絡をさしあげました。巣張さんを囲んで是非意見交換をさせていただきたいと。快くご承諾をいただきまして、この会議が実現したというわけです。
 幾く人かの方から問題提起をいただきいた上で、自由に意見交換を行いたいと思います。今日は、堅苦しい話というわけではなくて、意見交換という事ですので、日頃感じておられる諸問題につきましたも発言いただきたいと思います。(参加者から、近況含めた自己紹介をした後、報告を受けました。)

<巣張さんから組合専従30年の自己紹介>
巣張)僕も経歴を話します。僕は15歳で小学校を卒業しまして、すぐに昭和15年4月1日淀川製鋼に入りました。薄板を作っている、現在は物置なんかですが。ここに勤めたんですが、非合法時代にパクられて3年4年と拘置所におって非転向で出てきて、保護監察付きでね、仕事では信頼されている人たちが7,8人おったんです。終戦と同時に喜んで、さあ労働組合を作ろうということになりました。突破やったもので見込まれましてお前も動けということになり、労働組合についてちょっと教えてもらって組合作りに走り回りました。その関係で昭和21年の1月に結成大会やったんですが人気投票みたいなもので執行委員に選ばれました。そして青年部ができて副部長になるんです。その青年部長は実に優秀な人だったんですが、病気で長期入院となったため、22年に青年部長になり、執行委員と青年部長を務めて、23年には書記長になりました。21歳の時ですね。組合作った時は18歳でした。25年のレッドパージでやられまして、関西の鉄鋼関係でレッドパージやられたのが103名、そのうち、1700人ほどの中小鉄鋼であった淀川製鋼で53名が首切られたわけです。関西の鉄鋼全体のレッドパージを受けた半分強が淀川製鋼であったということですね。淀川製鋼では党員もシンパも含めて根こそぎいかれたわけです。党員が32か33名と協力者ということで真面目な労働者も含めてね。関西の鉄鋼全体では、経営者と交渉で押さえられたところも多く、根こそぎとは成らず、共産党員が残ったので、その後も尼鋼争議などの闘争を続ける事ができたんですね。
 淀川製鋼から出ていた人が、大阪の産別金属の書記長をやっておりまして、この人は関西産別の議長もやったことがある渡辺という人ですが、この人がヨドコウから常任をださなあかんということになりまして、子ども3人もおって崩壊した産別会議で給料もでないということなんですね。そこで私も産別の執行委員もしておりましたので、やらなしゃないということで、産別金属の常任になったわけです。
 産別金属大阪のオルグになりました。これが専従者になった始まりですが、昭和32年の10月に総評全金大阪地方本部と産別金属の大阪が合併しまして、総評全金大阪地本のオルグとなったわけです。1957年から60歳定年で辞める1987年まで常任をしていたことになります。その後、今のJAMができる1999年までですね、全金大阪の顧問をやっておりました。現在はJAMのOB会の幹事をやっております。自己紹介にさせていただきます。

<地域ユニオンの連合加盟について>
佐野)それでは、自己紹介を終えて、報告をお願いしたいと思います。
民守)労働運動の特徴的な動きと言う事で、ご報告させていただきます。
 第1に、地域ユニオンの連合加盟の動向について。産別や企業内労働組合ではなく地域ユニオンという一人でも入れる労働組合です。労働者をめぐる雇用の流動化だとか終身雇用などの労使慣行が崩れるなかで、非正規雇用の問題が非常に重要な問題になっておりまして、その流れの中で、この間地域ユニオンの中でも特出すべき動きが出てきております。
 昨年9月に三重県の賢島でコミュニティ・ユニオン全国ネットワークという地域ユニオンの全国的な連絡会議的組織(全国で66ユニオン、1万5千人)の総会がありまして、連合一括加盟提案が行われ、討議案件となったわけです。ここに至るまで連合の笹森会長が地域ユニオンの連合加盟問題や連合における非正規雇用の組織化に対して比較的理解を示されており、東京では笹森会長を囲んで東京のユニオンが懇談会を開催してきた経過もあるようです。連合に加盟するのがいいのかどうか、と言う事については、この時点でも様々な意見があったようですし、当日も連合への呼ひかけ文書がが配られたようですが、一つ一つの組合に連合が働きかけたというわけではないようです。
 その後全国ネットの運営委員会で議論がありまして、一つは連合に入る事への疑心暗鬼、或いは時期尚早という意見。特に大阪のユニオンは意見書を提出されまして、一括加盟によって全国ネットのこれまでの繋がりが弱くなるというのではいけない、単組で確認するのがどうなのかなどです。総評の地区労運動の中から生まれてきた大阪のユニオンの場合、連合結成時、結果的に連合に加われなかったという経過もあるわけで、中心的に取り組まれたようです。
 財政的な加入によるメリットもありまして、地域ユニオンは財政的には非常に逼迫しているという事情もあります。運動の手法もどちらかと言えば必然的に争議解決型の運動になりやすいわけです。宿命的というのは言い過ぎだと思いますが。この事が、企業内の労働組合や既存の労働組合や企業から嫌悪されやすい原因と言われているわけです。そういう運動スタイルがあるわけですが、連合に加盟する事によって財政的に助かるなら、という議論もあるようです。この点については、全労連が各地区労的な地域単位を構成していますが、年間予算で2億円でしたか、地域ユニオンの活性化につぎ込むということも言われており、ナショナルセンターも問題意識として一人でも入れる労働組合の運動を作ることで非正規雇用、未組織労働者の組織化を志向しつつあることだけは明らかなことだと思います。
 今年の5月に全国ネットの総会が大阪で行われ、運営委員会確認等が承認されました。その内容は連合の加盟を志向するユニオンだけが全国ユニオンを作り、全国ユニオンが連合に加盟するという方式です。大阪ではなにわユニオン、泉州ユニオンが加盟することになっています。そして11月3日に総会が開かれて連合加盟申請が決定されています。11月9日にそれではということで、連合加盟を志向する地域ユニオンの連合体が8組織5千人で結成されたわけです。ユニオンの場合、いくつかのユニオンが集まってさらにユニオンを作っているので、8組織ということなんですね。それほど多くは結集しなかったと言う事もできますが。全国ネットの一括加盟ということですが、他府県では、例えば福岡ですが総評が連合に移行した時に地区労的な組合がそのまま連合に移行しており、すでに連合加盟しているユニオンもあるということです。
 しかし、11月16日の連合中央委員会では連合加盟議案が出されるとなっていたのですが、間際で提案がされなかったということです。次回の連合中央委員会は来年の6月なんですが、それまで先送りと言う結果となりました。連合の見解としては理解を得られるまで無理をせずに粘り強く連合の内部的な理解をめざすとされています。その背景にはゼンセンからかなり強い反対があったと言われています。ゼンセンは連合の産別組合のなかでも比較的未組織対策をある種古典的にやられているわけで、そこと競合すると言う事があるのと、運動手法について誤解を招く恐れのある言い方なんですが、企業で労働組合結成の動きが出ると、会社とゼンセンが協調して、組合を先に作ってしまうという手法もあると聞いています。運動手法としては競合するというより、対立に近い関係だと言われているわけです。
 
<進む大産別構想>
 二つ目は、進む大産別構想ということです。総評・同盟・中立・新産別による連合結成が果たされて以降、産別の再編、大産別構想が進んでいると言う事です。この1年間の動きですが、鉄鋼労連と造船重機労連、非鉄連合が2003年9月に統合予定です。全国で23万人の組織になります。次に化学関係でして、新化学・石油労連・全国セメント・化学リーグ21と連合加盟の石油化学関係の組合が、化学総連他とブリッジ共闘でJEC連合が10月10日にすでに結成されています。全国で20万人の組織です。9月19日には、ゼンセン同盟とCSG連合、繊維生活労連がUIゼンセン同盟を結成しています。ここに至る経過の中では、当初の予定からは1年遅れということでして、ゼンセンの方が消極的であったということです。4番目ですが、近々、運輸労連・私鉄総連・交通労連・全自交労連が交通運輸連合というのが結成の予定との事です。
 これらの大産別構想の評価なんですが、後の議論の中で整理していきたいと思うんですが、巣張さんが総評に対して左の部分から統一を押し上げていかれたという歴史的経過があると思いますが、その後連合の産別統一はスケールメリットという意味があるのか、それとも組織率低下ということから組合財政の問題も含んで統合はある意味で必然的なものであるのかという面もあるかと思います。決して批判をしているわけではないのですが。
 
<雇用状況、春闘結果の特徴について>
 次に3番目ですが、雇用状況並びに春闘の結果です。
 完全失業率は。今年7月~9月ですが、全国では5.3%です。10月では5.5%となっています。戦後最悪です。近畿では7.1%、大阪はさらに悪く8.4%です。中高年のリストラの強まりなどがあり、大変に厳しい状況です。
 春闘結果ですが、厚生労働省の数字ですが全国主要企業で1.66%、中小で1.19%の賃上げ、当然定昇込みで、金額としてはかなり低い結果です。大阪では1.7%となっています。一時金では、景気の動向に左右されやすいのですが、大阪で夏の一時金の場合11.4%減、0.2ヶ月減となっております。中小の場合はもともと厳しいわけですから、軒並み大手大企業の落ち込みが激しい結果となっています。
 高度成長期には企業間の格差是正ということが大きな課題であったわけですが、最近は悪いほうの格差是正です。大手・大企業の落ち込みが激しく、企業間格差が縮小しているという現象が見られます。
 連合の春闘方針については詳しく申し上げませんが、2年連続で統一ベア要求は見送り、雇用問題、未払い賃金、サービス残業の解消などへの取り組みに力点が置かれています。
 最後に、議論のポイントですが、まず連合統一のスケールメリットは発揮されたか、と言う点です。力と政策、スケールメリットが大事だと言われていますが、今の連合を見ていて、連合統一には意味がなかったというような議論にはならないとは思いますが、資本との関係において、また政治との関係においてどうだったのか、などの切り口が必要だと思います。ただ労働サイドとして政治力や政策力を発揮されていないといったところで、連合の他に何処があったのか、労働者への政策実現のためにね。大阪労連が何をしたのか、と言う意味でね。そういう意味では連合統一のメリットはあったわけですが、さらに正確な評価が必要だと思います。
 次に組織率低下の問題です。20%を切る恐れもあると言う中、どのように組織拡大・活性化を図るかという問題ですね。その中で、中小・未組織労働者・非正規労働者の組織化の取り組みが重要になってきています。それとの関係で先ほどの地域ユニオンをどう見るかという点と重なってきます。
 最後に、連合の大産別構想、デフレ化におけるリストラ攻撃などの中で、実態としては企業内の労働組合がそれと闘い得ていない。そして労働運動の再生の道はどうなるのかという点ですね。
 私の意見ですが、雇用の流動化・終身雇用制の崩壊と言う中で、日本の労働運動をどう変えていくのかという点で、企業内労働運動とは違う視点での地域ユニオンが縦の運動ではなく、横に広げていく運動として評価されるべき、という考えを持っております。

(続いて、ある企業内での取り組みについて詳細な報告を受けましたが、諸般の都合により割愛させていただきます。内容的としては、職場・組合内における本工中心の考え方、使用者側の姿勢の中で、非正規雇用をどう正面に据えた運動を展開するか、と言う点を中心にした報告でした。これは以下の議論の中でも、大きなテーマとなりました。報告いただいたAさんにお礼を申し上げます)

<「新たな被雇用者の組織」と「機能」>
佐野)それでは、お二人の報告を受けて、議論を進めたいと思いますが。
依辺)ちょっと早く帰らなければならないので、言い残して帰りたいと思います。僕は依辺瞬の名前で青年の旗、アサートにも何回か書かせていただきました。今は現場と言うよりも研究者的な感覚の方が強いんで、お叱りもあるかもしれませんが、感じたことを提起させていただきたいと思います。
 結論から先にお話をしますと、どんな問題でもそうなんですが、問題の立て方が鍵なんですね。解というか答えというのは2次的なもので、問題の立て方を検討しなければならないわけです。そういう意味で揚げ足を取るわけではないのですが、民守さんのペーパーの中にも、「日本の労働運動の再生は・・」という言葉がありました。実は僕は「労働運動の再生」という言葉を捨てる事から始まるのではないかと思っているんです。
 実は、労働運動と言う言葉の中にですね、問題の解を閉じ込めるような、一定の枠の中に閉じ込めるような響きがすでに含まれてしまうのではないかと。今、僕は徹底した機能論者ですから、問題の立て方というのは「新たな被雇用者の組織」とか「機能」をどう確立するか、という言葉で表現しなければいけないと。それは実は組合なんですが、そういう言い方に変えていかないといけないんじゃないかと考えているんです。それは、前提として、労働者というのが言い古されている言葉ですが、中々ひとくくりにできない。昔の労働組合とか労働者と言った時には、その分断線はシンプルだったですね。ところが、その分断線が非常に多角的、多層的と言いますか、すごくいっぱいあって一つじゃないわけですね。端的に言うと雇用者だとか労働者だとか言われている人が置かれている競合状態、競争状態がすごく多角的だということですね。
 雇用している会社が多様だし、雇用されている者の身分も多様だし、雇用形態・状態も多様だし、先ほど出ましたが国際的な競争軸の中にも置かれているしね。団結という言葉が昔ありましたが、今そう簡単に団結できないわけですね。そんな中に労働者、雇用者は置かれていますのでそう簡単に団結できない。従って労働組合もミスマッチがたくさんあって、言わば勤労者のニーズを取り上げて何か取り組んでいくという機能が中々発揮できない状態なんじゃないかと。結局一番の問題は組合費という負担をして組合員が受益を受けるという機能をどう保障できるかというところに突き詰められるのではないか。
 その関係がどんどん無くなっていく、それが未組織になるということなんですが、それをどう杭い止めるのかというところで問題をシンプルにしていかないといけないと思います。
 ここまで言ってしまっていいのか迷いますが、僕が1990年代に青年の旗に原稿を書いた頃は、実はまだ一種の幻想があったんです。要するに労働組合というのが対抗文化、カウンターカルチャーの母体になるんじゃないかと思っていたんです、その頃は。それも捨てないといけないと考えているんです。今の時期に労働組合の本質的な機能をとことん突き詰めると、リスクヘッジしかないと思うんです。被雇用者が抱えているリスクがありますね。個別には全部違うと思いますが、そのリスクを徹底して分析して対応できる機能を作るしかないのではないかと。類似で考えると保険ですね。そういう機能だと考えないといけないと考えています。
 問題は、必要性とそれに対応できる能力なんです。財政的にも人材的にもそのリスクをカバーしていこうと思うと、中々ひとかどではそれを用意することはできない。基礎的な保険的な部分は統一できるんですが、それ以外の機能的に作り直す必要があります。権利擁護みたいな世界で、アドボカシーなんですが、首切りにあった人に代わって代理交渉をするとか、交渉機能ですね。圧力団体の機能とか機能を分けるといろいろあるんですが、それを構成している人によって利害が違うんですね。Aさんが言われてましたが、一つの組織の中でも身分によって利害相反があってなかなかひとつになっていかないと。基礎的な部分と課題解決の機能を分けて作るとか、それぐらいのことをしてガラガラと組織とか体制を作り直して組織が機能するような方向にね、抽象的な言い方で申し訳ないんですが、考えていかないと。それを皆一つの労働組合が、パートの問題も本工主義を脱皮してパートの問題に一生懸命に取り組むとか、それは個々の労働者はそこまで立ちきれないと思うんです。例えば社会保険加入の時間制限を下げたら、うちの会社の営業利益が全部飛んでしまうと流通や食品、スーパー業界なんか言ってますね。そんなところで政策要求とかとことん話ができるかというと難しい。そういう塊ごとにまとめて統一して、お金の部分ではまとまって要求してみたいな、割り切った議論が必要ではないかと思います。
佐野)様々な福祉団体が介護保険の導入や福祉サービスの広がりの中で活動されているんですが、ほとんど労働組合がないんです。自治労は介護労働者の組織化ということを打ち出しましたね、福祉関係の社会福祉法人などの職員の皆さんはほとんど若い人たちで、おそらく賃金は年収300万もあれば良いほうでしょうね。彼らは結構職場を替えておりまして、定着せずに、業界を渡って行くんですね。その人たちが私の自治体でも5~600人はいるのではないかと。今の依辺くんの話で言うと「労働組合」と言わずとも、ネットワークを作っていくことができたら、次に繋がるのに、とちょっと問題意識を持って見ています。
 特にNPO法人の職員なんか大変だと思います。労働組合の旗があがったとか、全労連が組織した、とか騒いでいるだけでいいのかな、と感じていますが。
生駒)ヘルパーやったら、ヘルパーの組織に入っているというわけ?
佐野)それはないと思うな。
生駒)職業紹介的な機能を持った組織みたいなものはないのかな。
依辺)個人的な関係が結構支配的でね、流動性の高い労働市場なんですね。一ヶ所に長い事いるというのは少ないと思いますね。

<大阪府内のマイナス人勧への取り組み>
B)国の人事院勧告が史上初のマイナス勧告ということでね、言えば民間はそれだけ低いということなんですがね、大阪府の人事委員会報告だけがプラス勧告を出したわけですね。大阪府もすでに24ヶ月延伸を実施済みで、国家公務員より低い水準にあるということで去年までは、国家公務員より低い事実は認めつつも、財政再建中ということで勧告はされなかったわけです。それが今年は運動もあってプラス勧告になったわけです。
 府労連闘争の結果、減額の遡りをしない、マイナスは1月からという決着をしたわけです。この結果が、大阪府内の自治体の賃金交渉には影響を与えたようで、マイナスの遡及をしないという流れができたのかな、と感じています。半分くらいの自治体がいけたかなということのようですね。
依辺)Aさんにお尋ねしたいのですが、若い組合幹部の話ですが、労働組合の名前だとか、組合活動に重きを置くというのではなく、現場の人のために汗を掻くというんですか、お金を払っている組合員の利害ですね、いろいろなレベルの利害があるんですが、ともかく、その人たちのために献身するというスタンスもないんでしょうかね。
A)うちの組合の場合は極端なんですね。過去の運動と現在の運動がね。総括した結論がね。長期抵抗路線で運動がめちゃくちゃになってね。労使関係も押し込められたんで、擦り寄るしかなかったという事情もあった。もともと戦術的な転換で半分は運動の根っこもあるんですがね、結果的に切り替わってきた。活動家としていい奴はいるんですね。ただ、組合活動がねボランティア的になるんですね。職場で組合員に返えさなあかんと、それがレクとかイベントになってしまうんですね。それが組合運動の返しかたやみたい認識が前提の活動になってしまっている。
 意見として機能的に分けていく必要があるというのはそのとおりなんですが、政策的に今の状況を突破していくのか、という議論がし難い。問題意識がね、そこにないわけで。組合費をまじめに返さなあかん、とね。返し方としては、無理ができない、ということになる。
依辺)たぶん、その機能も一つの機能なんですね、やっぱり。ただ、それだけで終わっちゃうのは問題やね。 (続く) 

 【出典】 アサート No.302 2003年1月25日

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【コラム】ひとりごと –「坂の上の雲」を読んで —

【コラム】ひとりごと –「坂の上の雲」を読んで —

○司馬遼太郎の「坂の上の雲」を年末年始にかけて読んだ。これで3度目だ。皆さんもご存知の通り、秋山兄弟を中心に据えて日清・日露戦争を描いた歴史小説である。○幕末の歴戦をくぐった人々が陸軍・海軍の首脳を構成していた時代、幕末の攘夷の熱が新しい国民国家の戦争遂行力となった時代をロシア革命前の腐朽した皇帝国家との対比において描き切っている。その中では、後の中国侵略や第二次世界大戦の結末を予感させる陸軍の保守的体質の形成をも描いている。○年が明けると、NHKが「スペシャル大河ドラマ」として「坂の上の雲」を製作することを発表した。報道によると、司馬遼太郎は生前から映像化を拒んでいたという。「軍国主義ととられるおそれがある」との考えからだ。○偶然に週刊のコミック誌に「日露戦争物語」という作品が連載中であることを知った。秋山真之を主人公に海軍の誕生から描き始めているようで、何か共通点があるのかなと考えてみた。○小泉改革政権も色褪せ、不況・倒産・リストラ・失業が厳しさを増している今、国家とは何か、そして国家が「輝いていた」時代を求めている雰囲気が感じられる。国民が自信を喪失している中ですっきりと語れるものが求められつつあるのだろう。こうした雰囲気としか言えない中に、危険な傾向も共存していると思う。○放送やメディアの分野を裏で操っている人々は、ナショナリズムが強まる事を期待をしていることだろう。○しかし、アメリカのイラク攻撃に対して6割を超える人々が反対の意思を持ち、世界的にも反戦行動の盛り上がりがブッシュ包囲網を形成しつつある。○「坂の上の雲」を一気に読み終え、次は幕末物をまた読み直そうかと思った次第です。(佐野) 

 【出典】 アサート No.302 2003年1月25日

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【投稿】切迫するイラク攻撃とイージス艦派遣

【投稿】切迫するイラク攻撃とイージス艦派遣

<<「臨戦態勢が整った」>>
 米軍のイラク攻撃の火蓋がいつ切られてもおかしくない情勢に突入している。12月9日には、米軍は対イラク攻撃拠点基地となるペルシア湾岸・カタールで大規模な実戦配備と軍事演習を開始した。対イラク包囲網は、はバーレーン、ディエゴ・ガルシア、ジブチ、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、トルコ、アラブ首長国連邦にまでおよび、インド洋からアラビア海、ペルシャ湾に至る海上戦艦配備も含めすでに10万人以上の兵力が配置されているという。12/8付ニューヨーク・タイムズ紙は、「ブッシュ大統領が決断すればいつでも攻撃できる臨戦態勢が整った」と報じている。
 一方、イラク政府は12/7、約1万2000ページに上る公式文書を国連安全保障理事会などに提出し、「大量破壊兵器は所有していない」と申告している。これに対しブッシュ政権は、「文書は偽り」と主張し、申告書の分析に当たった米中央情報局(CIA)など情報当局者は、「申告書にはほとんど新味がない」とし、これまでの分析の結果、イラクが過去数年、アフリカから輸入していたとされる、相当な量のウランなどについては一切記載が無い、また、マスタード・ガスを搭載した砲弾550発や、生物兵器を積んだ爆弾150発など、4年前までの査察を担当した国連大量破壊兵器廃棄特別委員会がすでに問題視していた兵器についても、全く説明がない、など「遺漏は膨大なものだ」との1次評価を固めたという。そして12/13付ニューヨーク・タイムズ紙は、米当局者は、イラクの大量破壊兵器に関する申告書について、重大な記載漏れがあった、とする暫定的な結論に達したと報じている。 ブッシュ政権側は、自らの「独自資料」とつき合わせて、なんとしてもこれが虚偽申告であることを立証する構えなのである。虚偽の内容が明らかになった場合、11月に採択された国連安保理決議1441は、イラクに対して、化学、生物、核兵器計画について完全な説明を申告書に盛り込むことを義務付けており、武力行使につながる「(安保理決議)履行義務のさらなる重大な違反と見なす」としている。申告に遺漏があった場合、国連査察団は12/23までに作業を開始し、その後60日以内(2月21日まで)に報告書を国連に提出する予定となっている。しかしアメリカは「決議は大統領の手を縛らない」と公言し、最終的な評価作業を経て、イラク側の「重大な違反」を宣告する――そして対イラク先制攻撃に踏み切るという選択肢を既定のものとして推し進めているのである。

<<流行するシナリオ分析>>
 いまや開戦Xデーがさまざまに取り沙汰されている。12月開戦説さえ出てはいるが、最も有力視されているのが1月中、とりわけ1月17日が’91年湾岸戦争の開始日であり、「サダム(フセイン・イラク大統領)を倒せず、自らが倒された(再選を阻まれた)」父ブッシュの怨念が込められた日である。3月になればイラクの砂漠の気温は急上昇し、4月以降は砂嵐が吹き荒れ、侵攻作戦の柱であるヘリコプター作戦が不可能になるおそれもあり、遅くとも2月中には開戦というわけである。まったく得手勝手なものである。ブッシュ大統領はこうして、冷戦体制崩壊後、唯一の超大国となった米帝国の威信と怨念を賭けた、無謀と危険極まりない狂気の戦争行為に踏み出そうとしており、これは、対アフガン・タリバン戦争以上に何の「大儀」もない、「ならず者超大国」の武力行使である。
 しかもイラクは、サウジアラビアに次ぐ世界第2位の原油生産国であり、イスラエル、パレスチナ、イランを結ぶ一触即発の火薬庫の線上に位置し、アフガニスタン以上の人口密集都市をかかえている。バグダッドの人口は約500万人、第2の都市モスルで約250万人の人々が生活している。こうした都市への爆撃はアフガニスタン以上の計り知れない悲劇と被害、荒廃を生み出すことになるだろう。
 予測しがたい事態に、アメリカではさまざまなシナリオ分析が流行しているという。米議会予算局の予測によれば、対イラク戦が数カ月続いた場合の財政負担は毎月60億~130億ドル。ワシントンの戦略国際問題研究所の、一つ目の「幸運なシナリオ」によれば、アメリカは短期間で戦いに勝ち、イラク軍の大半は降伏または逃走する。この場合、不透明感が払拭されて、アメリカの経済指標は戦争をしない場合よりも上向く、という。二つ目の「中間シナリオ」では、戦闘期間は最長3カ月。イラクが湾岸諸国の油田に多少の打撃を与えるという想定のため、石油価格は来年前半までに現在の1バレル約25ドルから42ドルにまで上昇する。第三の「最悪のシナリオ」では、イラクが近隣諸国の油田に大打撃を与えるため、産油量が1日500万バレル以上も激減。石油価格は1バレル80ドルに高騰する。激しい市街戦が展開されるせいで、米国内では反戦運動が活発化し、中東諸国では社会不安が拡大する。アメリカの失業率は現在5.7%だが、「中間シナリオ」では約6.5%、最悪のシナリオでは7.5%まで上昇する見通しだという。しかしこの程度の予測で済ませられるものであろうか。たとえ「幸運なシナリオ」であったとしても、政治・経済に与える影響は重くのしかかり、世界的経済不況をいっそう促進させ、中東地域全体を不安定化させ、緊張と紛争、テロの温床をさらに増大させるものだといえよう。現実はさらに複雑であり、戦争のツケは、巨大なしっぺ返しとなって「超大国」自身に跳ね返ってくるであろう。
<<「大変な優れもの」>>
 日本政府は、12/4、こうした危険なシナリオに符牒を合わせるかのように、インド洋へのイージス艦派遣に踏み切る方針を決定した。派遣の理由は、1、イージス艦以外に司令部機能を持つ護衛艦は4隻しかなくローテーションがきつい、2、派遣部隊の安全確保と隊員の負担を軽減する、3、居住性が高い、というものである。これを受けてただちに日本が保有するイージス艦「きりしま」が12/16、横須賀港を出港する予定である。
 おりしも、12/9、来日中のアーミテージ米国務副長官は、小泉首相との会談後の記者団へのコメントで、「(小泉、福田と)きわめてよい会談ができた。・・・日本はアジアでもっとも重要な同盟国であり、イラクに関する現状と査察に関する今後の計画の双方について、我々の考え方を理解していただく価値のある国であるから、(イラクに関する我々の考え方を完全に)説明するために、私はブッシュ大統領に派遣されたのだ」と述べ、さらに「インド洋にイージス艦を派遣するという、我々の考えではとてもよい適切な決定をされたことに対して、私は、米国政府よりの謝意をあらためて表明させていただいた」と、満足の意を表明している。明らかにイラク攻撃支援を前提としたイージス艦派遣が急遽決定されたわけである。
 あの核武装容認発言をした今年5/13の早稲田大学での講演の中で、安倍官房副長官は、「イージス艦というのは、アメリカと日本しか持っていない大変な優れものでございます。地平線を越えてレーダーを飛ばすことができますから。極めて大きな範囲をカバーできる。 その地域を飛んでいる飛行機とか飛行物体、あるいは船舶をただちに識別をして攻撃が可能というものでございます。これ1隻1200億円もするわけです。それを4隻もっている。こういうみなさんの税金を使っている以上、当然機能的に活用するというのが、我々政治家が納税者に対しての義務ではないか、こう思います」と、あけすけに語っている。

<<「機能的に活用する」>>
 「機能的に活用するのが、納税者に対しての義務」であるとは、よくもぬけぬけと言ったものである。今回の派遣決定で彼はほくそえんでいることであろう。そして核兵器を持てばこれまた「機能的に活用する」のであろう。危険な政治家である。問題は、この官房副長官が言うように、イージス艦は単なる情報収集艦ではなく、航空機から潜水艦まであらゆる標的に対する探知能力が格段にすぐれた高度な防空システムを搭載し、300キロ以上の範囲で、同時に最大約200個の目標をキャッチするレーダーと、12個以上の目標に対応できる射程100キロを超す迎撃用ミサイルを搭載し、多数の目標への同時・連続攻撃が可能な、攻撃型の艦隊防空用ミサイル護衛艦なのである。しかも、官房副長官はわざと触れてはいないが、収集した情報は、米軍とデータリンク・システムで結ばれ、自動的に流され、双方が軍事情報を共有し、共同対処・共同作戦が展開される。これでは明らかに憲法が禁止する集団的自衛権の行使そのものであろう。
 こうした危惧があればこそ、このように危険なイージス艦の派遣はこれまで果たすに果たせず、却下されてきたのである。そしてつい先月の11月のテロ特措法に基づく対米支援活動再延長の際にも派遣が見送られたのであった。ところが、それから約2週間での突然の派遣決定である。国会での議決もない、ただ単なる「実施要綱」での派遣決定である。切迫するアメリカ側のイラク攻撃態勢と小泉政権の思惑が一致した結果といえよう。
 この決定の意味することは、「自衛」どころか、先制攻撃に自ら参加するということの表明であり、しかもこの時期、国連決議に基づいた対イラク査察行動が行われている最中にこうした戦艦を派遣することは、国連軽視そのものであり、査察活動を軽視ないしは無視した行動であるということである。もちろん、国連に要請された、国連憲章に基づいた平和維持活動でもなければ、安保理決議に基づいた共同行動でもない、単なるアメリカ一国の要請に基づいた無謀で一方的な先制攻撃への「加担」でしかない。
 小泉内閣は、いよいよ危険な道に踏み出してしまったといえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.301 2002年12月21日

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【投稿】民主党の混迷について考える

【投稿】民主党の混迷について考える
 
 民主党が揺れている。9月党首選後の中野幹事長人事での混乱、さらに10月統一補欠選挙敗北後の党内議論、党首責任問題、鳩山代表による自由党との統一会派推進発言と党内反発、そして鳩山辞任から菅新代表選出。そして今、熊谷らによる保守新党・民主党分裂の動きの急展開。内向きで党内混乱の話ばかりだ。
 この政党に今何が起こっているのか。この党の基盤に重大な変化がおきているのか、そして本当に民主的な政権政党に脱皮できるのかどうか、議論は尽きないが、私見を整理してみたい。
 
<小泉政権の登場と民主党の揺れ>
 昨年4月小泉政権が登場した時から「揺れ」が始まったように思う。「自民党を潰す」とパフォーマンスをぶち上げて登場した小泉政権に対して、民主党は曖昧な態度を取った時期があった。小泉VS抵抗勢力というマスコミ図式に抵抗するどころか、改革が進むなら小泉と連携して、という傾向だ。特に小泉の「改革には痛みを伴うが、改革あるのみ」というような「骨太の改革」という打ち出し方に対して。
 しかし、参議院選挙を経て小泉政権が一定長期政権化するなかで、政権との対立軸が一層あいまいになってきた。特殊法人改革・道路公団民営化・郵政の民営化などの「改革」の提起に、民主党から国民への明確なメッセージは薄れた。
 前回の衆議院選挙での、諫早干拓問題などに象徴的な「無駄な公共事業批判」のような民主党の明確なメッセージは薄れてしまった。自民党も表面上は旧来路線に固守することは止めるという表向きの転換を行ったことも手伝った。特に民主党の大きな基盤だった改革を望む大都市周辺の有権者票も、参議院選挙ではかなり小泉自民党に揺り戻した。
 
<政権交代可能な民主リベラル政党>
 一方、小泉政権の表向きの安定化・長期化と共に、自民党に替わる政権、政権交代という民主党に期待していた有権者の流れも、陰りが見え始めた。小渕や森内閣との対比ならば政権交代議論も少しは訴えるものがあったが、腰の引けた対小泉姿勢では、野党第一党とはいえ、迫力が薄れてきたように思える。
 政権交代が現実味を失い、改革の旗を政権側が例え言葉の上だけだとは言え唱え始めた時から、民主党の方向が曖昧に映るようになった。「自民党に替わる」政権の中身の明確化が求められてきたのだ。
 
<鳩山辞任の意味するもの>
 政権交代論の象徴が辞任した鳩山由紀夫だったように思える。旧民主党の結成から鳩山は代表を務めてきた。そして新進党の分裂を経て、新民主党に変わったが鳩山代表は変わらなかった。政権交代との関係で言えば、民主リベラルという看板で旧保守の中の「リベラル」な部分も含めたところが、自民党から離反しつつあった旧保守層の一部に安心感を与え、「政権交代可能」という看板にある種の実現可能性を期待する国民感情に訴えるところがあった。その人物的象徴が、少々頼りないが、鳩山由紀夫ではなかったのか。
 その鳩山氏が舞台から降りた今、民主党のメッセージは何になるのか。小泉と自民党を相手に、新しいイメージを国民に与えることが課題になる。
 菅代表のイメージは、HIV問題に象徴的な霞ヶ関官僚主導政治への徹底的な批判であろうか。こうした国民のイメージを考慮した菅代表誕生だったのだろうが、余りに安易すぎる面も強い。鳩山が現状維持的だがリベラルな層へのメッセージを内包していた点からすれば、党内のバランスに微妙な不安感を生み出しているのではないか。
 
<政党助成金ねらいの保守新党>
 一方連立与党内でも次期衆議院選挙に対応する動きが出て来た。支持率0%政党・保守党の揺れだ。野田党首が自民党に復帰との報道もあり、保守党そのものの前途が全く見えていない。そこに、菅代表誕生に危機感を抱いた民主党内グループが接近し、政党助成金の確保を狙った保守新党の動きが出て来た。これは鳩山退場の一つの結末だとも言えるのではないか。残念ながらこの動きは自民党復帰が狙いだということは目に見えている。自民党吸収への序曲でしかありえない。
 先の統一補選の結果、自民党は衆議院で単独過半数を回復している。別に公明党との連立を続ける必要はないはずである。最近の公明党のスタンスも、ややチェック機能に軸足を移しつつあるようにも取れるが、念願の大臣枠を確保した以上、与党枠組みに変化は生じないだろう。それよりも、自民党内の反小泉グループの動きの方が政権の不安定要因になる。

<超タカ派政権との対決を>
 今回のイージス艦の急遽の参戦を推し進めたのは、先の内閣改造で防衛庁長官となった石破だ。従来からミサイル防衛の主張を隠しもせず、北朝鮮拉致議連でも極右的主張を繰り返した男だ。そして同様に安倍官房副長官の起用など、小泉政権は外交・防衛分野にタカ派を意図的に配置し、アメリカの無謀で独善的な戦争政策への協力を推し進めようとしている。
 経済・金融政策、外交・防衛政策、健保・医療政策、年金・福祉政策、分権・地方財政問題、個人情報問題など、どれを取っても自民党・与党と対決する課題に事欠かないはずであり、自民党内の様々な対立に介入しつつ、国民からの信頼回復を勝ち取る政策・主張を打ち出すことが民主党に求められている。自民党の歴史的凋落は目に見えており、現在危機を乗り切ってこそ民主党に未来も生まれる。
(佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.301 2002年12月21日

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【投稿】地方分権の危機

【投稿】地方分権の危機 by 江川 明
 
 地方分権一括法が施行されて、まもなく3年が経とうとしている。
 本来ならば、この3年間を総括・評価し、地方分権を更に進めていく方策について議論百出、といった状況が好ましいのであるが、現実はむしろその逆であり、地方分権は今、危機に瀕しているのである。

 地方分権推進委員会を中心とした「第1次分権改革」は、機関委任事務の廃止、国の関与の縮減など画期的な成果を収めた。国の各省庁には、依然、分権への無理解があるようだが(それは地方の側にも言えるが)、国と地方は対等の立場であるとの枠組みはできたのである。
 残された課題である税財源の移譲については、地方分権推進委員会を引き継いだ地方分権改革推進会議の手に委ねられた。小泉構造改革においては、国庫補助負担金、地方交付税、税源移譲を含む税財源の配分の在り方を三位一体で改革し、地方の権限と責任を大幅に拡大し、地方財政の自立を目指すとしていたのである。
 しかしながら、さる10月、同会議が取りまとめた「事務・事業の在り方に関する意見」では、権限委譲について極めて中途半端な方針であるに留まらず、税源移譲による財政措置が明確にされないまま、義務教育費国庫負担制度の見直しが打ち出されてきたのである。
 これには、全国市長会や全国知事会などの地方6団体が即座に「到底受け容れることはできない」と一斉反発している。国の機関である地方制度調査会ですら、「単なる地方への負担転嫁となりかねず」「地方公共団体の批判を十分に踏まえるべき」として地方分権推進会議をたしなめているのである。
 この動きと同時に、地方交付税の財源保障機能の見直しも議論されている。この問題の評価は別の機会とするが、いずれにせよ、三位一体改革といいながら、具体的に議論されているのはこの2点だけであり、地方分権にとって肝心要の税財源の移譲については、未だ「見直しを検討する」に留まっているのである。

 もう一つの問題は「市町村合併」である。
 政府は、合併特例法の期限である2005年3月までに所要の効果をあげるべく、国庫補助金や合併特例債、地方交付税の優遇措置などの「アメ」をちらつかせながら、躍起になって合併を推し進めようとしている。
 合併までには2年かかるといわれてことから、決断は2002年度中に、と脅迫まがいに市町村を追い込もうとしているのである。
 このタイミングで、合併後に残った小規模な市町村については、大幅にその権限を縮小させようという議論が公然と行われている。相前後して公表された、地方制度会長委員である西尾勝の私案や自民党のプロジェクトチームの報告は、「規模が小さい=自治能力が低い」と決めつけるかのように、権限の取り上げを提唱しているのである。
 以前から指摘されていたとは言え、このような「ムチ」が登場してくると、いよいよ国のホンネが垣間見えてくる。「平成の大合併」の目的は、地方分権の受け皿づくりでも何でもなく、やはり「国で面倒の見切れない町村の処理」だったのである。
 確かに、自主財源が極めて乏しい町村が多いのは事実であるし、合併による規模のメリットがあるのも事実である。しかし、それは個々の市町村の自治能力とは別の問題であり、合併により解決するのかどうかは、市町村が「自主的に」判断すべき問題ある。

 ここにきて、「上からの地方分権」のツケが回ってきているようである。地方が実績を積み重ねて勝ち取った分権ではなく、国の行政改革の文脈から生じた分権であることを考えれば、現時点での国と地方の力関係ではやむを得ない動きであるとも言える。
 地方の「地力」をつけていくことが、今こそ問われている時はない。
 マスコミを賑わせている知事や市町村長のパフォーマンスだけではなく、足下では徐々に、自立した行政経営の模索や住民との協働によるまちづくりなどが進められている。これら一つひとつの結実こそが、分権型社会の実現につながっていくのである。
 来春の統一地方選挙では、地方分権や市町村合併など、自分たちの住むまちをどのようにしていくのか、大いに議論されることを期待したい。
(大阪 江川 明) 

 【出典】 アサート No.301 2002年12月21日

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【訪問】横田三郎先生を訪ねて

【訪問】横田三郎先生を訪ねて

 8月末、我が恩師である教育学者の横田三郎先生を島根県大田市に尋ねた。
 横田先生は、大阪市立大学退官、広島修道大学の後、4年前に念願の「海の見える家」で暮らすべく大阪市内から島根県大田市に移られました。
 私は、たまたまこの夏島根県を旅することになったので、前々から横田先生をお訪ねようと思っていたこともあり、今回の訪問が実現しました。
 確かに、ご自宅から日本海が一望できるご自宅でした。先生の説明では、夏は涼しいが冬は季節風が厳しい。海に沈む夕日を見ることもできるとのことです。
 先生は、現在もドブロリューボフの翻訳を続けられており、毎年1冊のペースで本を出されている。昨年も鳥影社から ドブロリューボフ選集第9巻を出版された。 全国の主要大学の図書館に寄贈されてもいる。ただ先生の悩みは、歳のせいか、翻訳作業が以前のようには進まないこと。それでも、まだまだ、ドブロリューボフの著作は翻訳されていないものが多く1年1冊を目標にできる限りつづけていきたいとのことでした。
 島根に移って感じたのは、なぜ山陰地方に地方空港がたくさんあるのかと言うことだそうだ。出雲空港、米子空港などなど。ほとんどが赤字空港なのだ。先生曰くは、やはり朝鮮半島を意識した軍事的目的がその裏にあるのではないかということだった。
 先生は、現在も解放教育研究所の代表を務められ、最近、特措法の期限切れを迎えて、大阪でも「解放教育」などの表現を「人権教育」と替える動きや、解放会館を人権センターに変更する動きを批判しておられました。
 横田先生は現在79歳、来年は80歳ということ。是非今度は横田ゼミOBが集まる企画をお約束してきました。 (H) 

 【出典】 アサート No.301 2002年12月21日

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【投稿】日本発「デフレの嵐」の危険性

【投稿】日本発「デフレの嵐」の危険性

<<「日本病」への感染>>
 世界経済に暗雲が立ち込めている。米・日・独、いずれの経済大国も景気低迷が深刻化し始め、これまでとは違ったデフレ型の世界同時不況・恐慌状態にすでに突入しているのではないかという指摘が現実性を帯び出してきている。しかもそれは短期間で克服され得るようなものではなく、短くても3~5年、10年はかかるとさえ論じられている。最も注目されているデフレ恐慌の震源地は日本である。それは、デフレ型不況からの脱出策が一切講じられることなく放置され、事態の深刻さに気付き始めて打たれ出した対処策が、デフレ型の暴力的な経済破壊・デフレスパイラルをいっそう加速させ、その悪影響を世界に波及させかねない無謀なものだからである。
 米誌ニューズウィークは「景気回復の遅れをずっと責められてきた日本が、世界同時不況の責任を問われても驚きはない。それより重要なのは、日本経済が破綻したらアメリカとドイツにどんな影響があるのか、両国が日本と同じ道をたどる可能性はあるのかという問題だ」と論じ、「ドイツでは、すでに『日本病』に感染したのではという懸念が広がっている。不景気にもかかわらず政治家と『裕福な国民』には危機感がないなど、日本とドイツには類似点が多い。失業率が2けたに達し、経済成長率もヨーロッパで最低水準のドイツは、ますます日本に酷似してきた」。そして「すでにアメリカでは、自動車やパソコンといった一部の高級消費財で価格下落の兆候がみられ」、「株価の低迷とともに、米国債の価値は上がっている。日本の状況が悪化すれば、日本の金融機関が資産を処分しようとして、米国債を売却する可能性は高くなる。米国債市場から日本が撤退すれば、全世界規模のデフレに陥る危険はますます高まる」と、分析する。(11/6号「世界を襲うニッポン発デフレの嵐」)
 そのきっかけは、当然金融不安であろう。ここ数週間の間に東京株式市場の株価は、19年前の水準に急落し、建設、流通に加え、銀行株価も今や「100円ショップ」とまで言われる事態に落ち込んでいる。

<<「これほどの不幸はない」>>
 11/14の東京株式市場の動きは象徴的である。この日午前の取引終了間際、英タイムズ紙が奥田碩・日本経団連会長が「来月にも四大銀行のうち、少なくとも一行は国有化を余儀なくされる可能性がある」と語ったと報道、世界最大規模を誇ったはずのメガバンク・UFJホールディングス株はたちまち狼狽売りに翻弄され、制限値のストップ安まで売り込まれ、奥田氏がこのような発言の事実はなく、抗議し訂正を申し入れているとのコメントが伝えられ、やや持ち直したのもつかの間、大引け間際になると再度銀行株への売りが急増、UFJに加えてみずほホールディングス株もストップ安になるまで売り込まれる事態となった。
 ここには当然のことだが、前段がある。10/16付米誌ニューズウィークに竹中平蔵金融担当大臣が、「四つのメガバンクは大きすぎてつぶせないのでは?」という同誌の質問に対し、「『大きすぎてつぶせない』とは思わない」と答えていた。ところがこの記事について竹中大臣は、10/24の衆議院予算委員会で、「インタビューは英語で行われ、日本語で報じられるときに意訳された」と主張し、「そのような発言はいっさいしていない」と述べ、発言が市場で波紋を呼び、株価の急落を招いた原因は同誌の「翻訳ミス」にあると示唆した。これに対し、ニューズウィーク誌11/6号は、「率直過ぎて訳せない発言はない」といかにも皮肉たっぷりなタイトルの反論を掲載し、「一切していない」と竹中氏が主張する問題発言の原文まで掲載して、「自らの発言に責任を持たない政治家と同じ感覚の持ち主になってしまったとしたら、これほどの不幸はない」と、断じている。
 発言をころころと変え、責任を持たないのは竹中氏の特徴とも言えよう。小渕、森、小泉の3代の首相に仕えたこの4年間、放漫財政も緊縮財政も時の政権に都合良くあわせ、小渕内閣・経済戦略会議メンバーとして「バブルの清算は2年で終える」と答申したのも忘れ、アメリカの流行にあわせてITバブルを煽り、「IT革命が日本を救う」と主張していたことも今やわれ関せず。今度は「ハイリスク・ハイリターンの時代が到来した」と主張、「弱い企業は早く市場から退出させたほうがいい」と論じ、「マーケットに聞け」が氏の常套句となり、経済のマネーゲーム化と賭博化に身を任せる、無責任この上ない存在とも言えよう。マグドナルドから未公開株を譲られたり、住民税をまぬかれるために毎年1/1現在の住民票を小刻みに米国に移していることを指摘されてもまともに答えられない人物が金融相兼経済財政相という要職に居座っているのである。

<<「ハゲタカの代理人」>>
 この竹中氏、政府の「総合デフレ対策」をまとめる10/29の政府・与党協議の席上、山崎拓・自民党幹事長が「あんたのところには米国のファンドから日本の銀行を買いたいという話が来ているそうじゃないか」との追及に、「い、いえ、幹事長、そんな話はありません」と懸命に否定したと報道されているが、すでにUFJの米銀・シティバンクへの売り渡し画策があたかも既定の事実として週刊誌などで流されている。金融不安の火に油を注いでいるのは竹中氏自身なのである。
 こうした竹中氏の無責任な放言に、とりわけ与党幹部から一斉に竹中批判が噴出し始め、あの中曽根元首相が「学者大臣への丸投げはまずい」と言い出し、亀井前政調会長は「(竹中氏は米国の)ハゲタカ(ファンド)の代理人だ」とこきおろし、野中元幹事長までが「国民に選ばれた政党、政治家がないがしろにされている」と怒りを表明、保守党の野田党首は「無定見で学者の良心に欠ける」と毒づく始末である。
 竹中氏に経済政策を丸投げしてきた小泉首相は、「完全実施する」と繰り返してきたペイオフもいとも簡単にあきらめ、さらに「新規国債発行30兆円枠」も今や風前の灯、経済政策をことごとく転換させても、その説明さえまともにできない、そこで竹中金融相の“政策強化”という造語に飛びつき、「これは政策強化だ」と鸚鵡返しの答弁しかできない。自民党の青木幹事長が参院本会議の代表質問で「首相に欠けているのは経済問題に対するリーダーシップだ」などと痛烈に首相を批判せざるをえない事態である。
 問題は、政府の「総合デフレ対策」が実におざなりな、切り貼りにしか過ぎないことにある。「不良債権処理の加速策」「産業再生」「セーフティーネット」を3本柱としているが、産業再生策として、過剰債務企業を再生させる「産業再生機構」の新設が目玉となっている。銀行が抱える不良債権のうち、再生可能とみられる企業は今後設立される「産業再生機構」で再建が図られるとしているが、その財政的裏づけは預金保険機構の15兆円を当てにしているだけである。さらにセーフティーネットは、旧来の中小企業政策の化粧直しだけ、最も重要な雇用対策にいたっては、就業支援の奨励金、雇用保険の見直しを盛り込んだだけである。

<<デフレ「加速策」>>
 むしろ小泉内閣にとっての最大の関心は「不良債権処理の加速策」にあるといえよう。「05年3月までに不良債権処理を終える」と対米公約したことで、何が何でも資産査定を厳格化し、大手銀行に公的資金を注入して一時期でも表面上の不良債権を減らすことが自己目的と化してしまっている。問題は、デフレ化が進行している不況状況下では、このような加速策は景気回復につながらないばかりか、むしろデフレに拍車をかけ、さらなる経済恐慌状態をもたらすことが鮮明になりつつある。
 すでに金融機関が96~01年度の6年間に処理した不良債権の累計は約57兆円に達している。これによってバブル崩壊により生じた不良債権の約8割が処理されたと推計されている。ところが同じ期間に新たに発生した不良債権総額は約68兆円ともいわれる。この間のデフレ進行による新たな不良債権が、処理した以上に上積みされたと言えよう。とりわけ、不良債権処理の原資となってきた株式含み益は、その限界と言われてきた平均株価12000円を大きく割り込み、限界値=11979円を5/23につけて以降、5ヶ月連続下がり続け、11/14の平均株価は8303円という事態である。まさに小泉政権がもたらした株価下落で、不良債権処理の原資は枯渇し、逆に不良債権を増大させてしまったのである。
 この間の教訓は、いくら公的資金を投入しても、デフレの進行・景気悪化と不良債権の新規発生を食い止めないかぎりは、表面上の一時的な改善にしかならず、またもや再注入という事態が予測されることである。
 それではなぜこのような愚策に固執するのであろうか。竹中プロジェクトチームの再生案には、不良資産の「旧勘定」と正常資産の「新勘定」に分離して、「旧勘定」は整理回収機構に一括売却し、正常資産を引き継ぐ「新勘定」の部分は、経営陣を一新して存続させるとしているが、ここがくせものであり、外資・ハゲタカファンドへの身売りの根拠ともなっているところである。五兆円もの公的資金を投入して、10億円で外資に売り飛ばされた旧長銀・現新生銀行の例にもあるように、より甘い餌がハゲタカに提供されようとしているとも言えよう。

<<「勝ち過ぎじゃないの?」>>
 11/5付朝日の世論調査によると、小泉内閣の総合デフレ対策を75%が「期待できない」とし、63%が「(首相は経済政策で)指導力を発揮していない」と厳しい判断を下している。ところが、小泉内閣支持率の方は前回より上昇し、65%の支持率である。どの世論調査でも7割近くが小泉内閣の経済政策をまったく評価しておらず、今回の総合デフレ対策についても「期待できない」と答えている。ところが、日朝交渉と北朝鮮の拉致事件によって、不況への不安と怒りが北朝鮮の悪役に収斂し、小泉首相の「毅然たる態度」がナショナリズムとない交ぜになって、支持率の上昇をもたらしている。
 10/27に行われた衆参の統一補欠選挙でも、「全敗もあり得る」とされた予想どころか、5勝1敗1分けで、小泉首相は「勝ち過ぎじゃないの?予想以上にいいね」と浮かれている。しかし深刻なのは、全選挙区で過去最低となった低投票率である。参院千葉にいたってはたったの24%である。投票率が2割や3割という事態は、完全な政治不信の表明とも言えよう。
 このような異常な状況をもたらした責任は、野党側にも大きくあると言えよう。とりわけ民主党のふがいなさは目を覆いたくなる事態であり、社民党に至っては、存立の危機に瀕し、共産党のセクト主義は自民党を大いに喜ばせている。野党側は、小泉政権のデフレ強化策について何ら対案を示し得ず、事態の成り行きを傍観し、責任を放棄していると言っても過言ではない。この際、反デフレ政策と平和・善隣友好外交を明確に打ち出した野党共通の対案を示さない限り、展望は開けないと言えよう。(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.300 2002年11月23日

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【投稿】自壊の道歩む北朝鮮

【投稿】自壊の道歩む北朝鮮
 
9月17日の日朝首脳会談を踏まえ、再開された国交正常化交渉は、予想どうり早くも暗礁に乗り上げている。拉致被害者5名が「帰国」しないことが確実になるや、北朝鮮は「約束が違う」と態度を硬化、テポドンの再発射を示唆したり、安保協議の中止を表明するなど、日本政府に揺さぶりをかけてきている。
北朝鮮は過去、核のカードをちらつかせ、「なにをするかわからない」との瀬戸際外交で 日本がだめならアメリカ、アメリカがだめなら韓国と、巧みに切り抜け、エネルギー、食料援助を獲得してきたが、今回は勝手が違うようだ。
アメリカに対し核兵器開発を認めたことが、とんだ藪蛇になってしまった。ブッシュ政権は、米朝枠組み合意の破壊として、きわめて強硬な態度で臨んでいる。KEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)理事会は、アメリカの意向を受け12月以降の重油供給停止を決定、さらには軽水炉建設の中止までを検討している。
金正日総書記はブッシュ大統領を少し甘く見ていたようだ。ブッシュは中間選挙の勝利をバックに、国際社会や米国内の反対をねじ伏せ、何があってもサダム・フセインを葬り去ろうと、着々と対イラク戦争の準備を進めている人間だ。
「なにをするかわからない」という危険度と、実行した場合の破壊力においては、金正日もフセインもブッシュの足下にも及ばない。こうした世界的危険人物が相手では、チンピラが親分にからんでいるようなものであり、さしもの金正日も歯が立たないだろう。
一方、小泉首相も日本の強硬な対北朝鮮世論を背景に、国交正常化は急ぐ必要なしと判断、平壌で金正日と握手したのを忘れたかのように、すっかり落ち着き払っている。統一補欠選挙にも大勝利し、当面北朝鮮カードは用済みということか。こうした対応に北朝鮮が焦れば焦るほど、自ら墓穴を掘り進んでいるというのが現状だ。
日朝国交正常化は東アジアの緊張緩和を促進するものであるが、日本政府は本当にそれを望んでいるのだろうか。冷戦終結後、旧ソ連に変わる仮想敵国は北朝鮮と中国になった。 中国の軍事力は北朝鮮よりは強大であるが、改革開放路線が定着し、国際的地位も高まるにつれ、日本が直接軍事的に対峙する可能性は低い。となれば北朝鮮の「脅威」は日本が軍事力を拡大する格好の口実なのであり、北朝鮮は核兵器はおろか「生物・科学兵器保有国」されてしまっている。
さらには多額の援助をしたところで、新義州の「経済特区」も出だしでつまずくなど、経済情勢がますます悪化していく現状では得るものは少ない。逆に拉致問題で強硬な対応をとり続けていた方が、支持率もアップするし政権運営に有利であることが証明された以上、小泉政権は交渉を長期間、事実上放置するのも厭わないだろう。
こうした膠着状態が続く中で、アメリカの対イラク戦争が始まる可能性が高い。イラクは国連決議と大量破壊兵器査察団の受け入れを決定したが、査察中にもアメリカは難癖をつけ「重大な違反行為」を作りあげるだろう。
北朝鮮は、開戦までに日朝交渉のめどをつけ、アメリカから安全の保証を取り付けたかったに違いないが、目論見は全くはずれてしまった。
問題は追いつめられた北朝鮮が、どうでるかである。アジア各国の対応をみても、もっとも頼りとすべき中国は、江沢民前総書記が「朝鮮半島に核保有国が出現することは望まない」と発言。アジア太平洋経済協力会議(APEC)も先の首脳会議で、核開発放棄を求める特別声明を採択した。さらにロシアも太平洋艦隊が、11月に北朝鮮海軍との合同演習を予定しているものの、チェチェン問題で対テロ国際協調は崩すことはできず、「テロ支援国家」への支援は不可能だ。
このような国際的孤立状態は、確かに1941年の大日本帝国を彷彿とさせるものがある。対米開戦の引き金となった石油の対日禁輸も、KEDOの対応と二重写しになる。しかし、結論からいえば第二の「真珠湾攻撃」は起こらないだろう。12月に重油の供給が止まれば、平壌のような都市でも冬を乗り越えるのは厳しくなるし、加えて一層深刻化する食料不足が襲えば、とても戦争どころの話ではない。
 したがって、北朝鮮は核兵器開発の放棄を表明せざるを得なくなるだろう。ただ、それで当面の窮状は脱したとしても、山積する諸問題の根本的解決の道筋は見えず、危機はますます深化することは疑いない。
今後、ポスト金政権を視野に入れた、「戦後処理策」が関係各国で検討されるという事態が、現実味をおびてきたと言える。 (大阪O)

 【出典】 アサート No.300 2002年11月23日

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【投稿】障害者福祉サービスはどうなるか –支援費制度の問題点–

【投稿】障害者福祉サービスはどうなるか –支援費制度の問題点–

 2003年4月から、障害者の福祉サービスが変わろうとしている。
 従来は、措置制度ということで、行政が申請に対して措置を決定し、提供事業者を決定し、サービスを提供するという「措置制度」で、ホームヘルプサービスなどの在宅サービスや施設入所などが行われてきた。
 すでに介護保険制度が2000年4月から高齢者サービスに導入され、高齢者の在宅福祉サービスが「措置制度」から「契約制度」になっている。同様なことが障害者に対する福祉サービスに適用されようとしているわけだ。
 しかし、行政職員から見ていると、介護保険の導入時とは比べ物にならないほど遅れた準備状況と言える実態にある。以下に今回の支援費制度と介護保険を比較しながら、支援費制度の問題を考えてみたい。
 
<サービスの認定について>
 介護保険においては、要介護認定作業は第三者機関の介護認定審査会が行うこととされ、且つ委員会の開催に必要な報酬なども事業費として補助対象となっている。2分の1補助とはいえ、認定の公平性が制度として考慮されている。しかし、支援費制度では、自治体がサービスの要否判定を行うこととされ、要否決定前後の第三者機関による認定作業や決定に対する関与が制度的に組み込まれていない。専門家等による第三者機関の設置を援護の実施者としての自治体に義務付けていないわけで、特に居宅サービス支給量の決定や施設サービスにおける障害区分(3段階)の決定作業において障害当事者のみならず、行政職員の側にも不安を抱かせている。一定の障害程度に対して、ホームヘルプサービスをどの程度提供すべきかなどについても市町村が決めるべきと厚生労働省は何らかの基準を示すことはしないとしているのである。都道府県側もそれを受けて基準を示すことはしないというので、現場では混乱が予想されている。
 
<ケアマネージメントについて>
 介護保険においては、6段階の介護度を設定し、それぞれ利用範囲の中でどのようなサービスを利用すべきかなどを「ケアマネージャー」が、利用者の状況と意思を尊重してマネージしていくという仕組みになっている。また、この作業すなわちケアマネージメントそのものが、職として独立した国家資格者の仕事とされ、介護保険実施以前に試験の実施や確保が準備され、且つ介護報酬の中に位置づけられている。
 ケアマネという考え方は、福祉分野において注目されている手法で、当事者の意思を尊重しながら、様々なサービスを選択していくという考え方。厚生労働省も、身体・知的・精神の三障害の分野に「ケアマネージメント従事者」を養成しようとはしている。介護保険においては、介護度の範囲内においてマネージするという限定はあるが、手法としては同様である。しかし、今回の支援費制度においては、すべての過程において、ケアマネを必須のものと位置づけられてはいないし、複数のサービスを調整して利用すると言う場合にもケアマネに基づくべきだ、との制度設計も行われていない。
 もちろん、職としての専門性も構想されてはいない。単に講習会修了者を確保するのが望ましい、という程度でしかない。その一方で、支援費を決定する場合必要な勘案事項の聞き取りは、行政職員しか行ってはいけないする。介護保険は「保険制度」であり、支援費は「税配分制度」だからなのかどうかは推測だ。
 介護保険制度においても、ケアマネが十分機能しているとは言い難い現実はある。職として構想されている介護保険のケアマネの場合も、別の意味で問題点を抱えているのは事実だ。この点の言及はここでは行わない。大谷強さんのホームページ等を参照されたい。
 
<事業者は確保できるのか>
 介護保険との比較という意味ではないが、現場で心配されているのが、事業者の確保という点だ。大阪府のホームページによると10月末までに居宅サービスで事業者登録を済ませた事業者は、府内自治体全体で20余りで出足が極めて遅い(大阪市、堺市は除く)。支援費に合わせて障害者サービスから撤退し、介護保険一本にする事業者の話はよく聞く話である。
 支援費によって「措置」から「契約」へと利用者が自由に選択権を行使できるようになる、という看板とは反対に、選択対象が益々少なくなるという矛盾が起こりつつある。事業者は、ホームヘルプやデイサービスを介護保険を主、障害者サービスを従としてこれまで事業を行ってきた経過がある。介護保険では結構経営が安定してきており、支援費という制度がまだ十分に理解されていない段階で、煩雑な事務作業が必要という現実の中で、無理をしてまで支援費に参加する事はないという事情のようだ。
 特に介護保険で経営安定している社会福祉法人の出足が遅いように思える。もちろん、制度発足以降の展開を見なければならないが、図体のでかい社会福祉法人ではなく、小規模なNPO法人などの参入が期待されている。地元密着型のサービス提供事業者の育成という観点も今後求められているところだ。
 
<支援費によって、障害者福祉は前進するか>
 措置から契約へという福祉の流れは、当事者主体というテーマを軸に社会福祉基礎構造改革の中に示されてきた。介護保険は制度発足3年目となり、定着を見せてきている反面、様々な問題も指摘され現在制度改定が議論されている。この問題は今後のテーマとしたいわけだが、今回の支援費制度と比べると明らかに介護保険の方が制度設計がそれなりに行われてきたと思える。
 一方支援費は、「措置」から「契約」へとの言葉が先行している割には、制度設計では述べてきたようにおざなりな部分が余りに多い。障害当事者の選択権ということを重視するならば、まず「障害者ケアマネ」をマネジャーの職の確立も含めて定着させることが必要ではなかったのか。現在の措置制度の下では、行政の措置決定権の方が上位にあり、障害当時者の権利意識の育成を醸成することは困難かもしれないが、現在行われている福祉サービスそのものに変わりがないのに、支援費導入のメリットは選択権の行使ですよ、というだけの制度変更では国民的関心もあまりに薄いのが実態だと言える。毎日新聞9月13日の主張は、支援費準備が遅れているのは、「市町村の熱意が足りない」と書いた。制度設計の議論を飛び越えて「熱意」の問題だとするマスコミ論調の典型のような記事だが、話題にしてくれただけは評価しよう。9月12日の厚生労働省の会議で支援費基準(金額)が出されるのを待っている自治体や事業者を批判した中身だが、選択権議論より事業費や居宅介護単価のみが関係者の話題になっているということ自体に如何に制度設計議論が希薄で、準備不足の制度であるのかをこそ問題にすべきなのである。もちろんその責任は厚生労働省であり、政治の問題でもある。
 介護保険制度は、迫り来る高齢社会をどうするか、という大きな国民的テーマを目の前にしての国民的議論の中で準備されてきた。税方式か保険方式かを含めて負担とサービスの設計が議論され、現在も続いているのだから。
 この問題では、介護保険の準備開始が反自民政権の下で進められたことや、地域福祉に責任のある自治労が制度設計に大きな影響力を行使できたことも、今回の支援費制度と比較して、余りに環境が違いすぎることも影響していると思われるのだが。
 
<支援費制度の改善が必要だ>
 利用者負担金も9月12日に案が示されたが、ガイドヘルパー制度が支援費に組み入れられることとなり、利用者自己負担の増加が利用抑制に繋がらないか懸念されている。また申請なければ支給なしということで、緊急の制度利用が前提のショートステイについて、現在示されている制度のままでは、現実的に利用できない問題など、まだまだ来年4月の実施に向けて、制度運用の変更は必至であろう。
 ともあれ、来年4月に向けての準備が自治体で進められている。制度は実践の中で鍛えたれ、変更を繰り返して充実していけばいい。支援費の基準も障害当事者が積極的に声を上げ、密室の認定とさせず、第三者機関を設置させること、障害当事者主体の制度運用を行わせるなどの改善が求められている。(佐野秀夫)
 
 追伸:この文章を書くにあたって様々なホームページを見てみました。
 介護保険問題では、[介護保険掲示板]で盛んに書き込みが行われています。同様に[支援費掲示板]も面白いです。
 また、介護保険見直し問題では、[介護ユニオン連絡会]を興味深く読みました。介護ユニオン連絡会は、今後コミュニティユニオンとして連合加盟することになった全国ユニオン初代会長の鴨桃代さんが委員長をされている団体です。
 また大谷強さんのホームページは、以前からお世話になっている充実したホームページです。関心のある方は一度お回りください。

 【出典】 アサート No.300 2002年11月23日

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【書評】三浦明博 『滅びのモノクローム』

【書評】三浦明博 『滅びのモノクローム』
                    (講談社、2002.8.5.発行、1,600円)

 本年度の江戸川乱歩賞受賞作である本書は、「一個のリールが歴史の闇に光をあてる」(外帯)というふれ込みの下、「CМ製作者が手作業で再生した古いフィルム。そこには日本がひた隠しにしてきた過去が映っていた」(同)という事実を軸に展開するミステリーである。とはいうものの、「歴史の闇」や「ひた隠しにしてきた過去」は、読後感としてはそれほど強いインパクトを与えなかったというのが、正直な感想である。

 ストーリーは、広告代理店の仙台支社の社員である日下が、骨董市でフライフィッシング用リール『パーフェクト』を掘り出したことに始まる。そのいきさつは省略するとして、リールの入った柳行李の中に小さなスチール缶があり、そこに古い16ミリフィルムがあった。実はリールそのものの芯の部分にも16ミリフィルムが巻きつけられていたのであるが、これらを再生しようとしたことが思わぬ波乱を引き起こすことになる。

 つまりそのリールとフィルムは、売主であった日光の旅館の娘、月森花が、実家の土蔵から持ち出したものであるが、そこには、持ち主であった祖父、月森進之介の過去の秘密が隠されていたのである。進之助は、戦後は和風旅館の経営者として成功したが、太平洋戦争中は、特高(特別高等警察)の警察官として思想関係専門の仕事をしており、当時「鬼畜米英」と宣伝された在日「敵性外国人」やその二世とかかわっていた。つまり奥日光の中禅寺湖畔には、かつてはヨーロッパ大使館の別荘がいくつもあって、ヨットや釣りを通しての大使どうしの交流も盛んであった。このため戦争中もその名残りで、在日英国人たちが住んでおり、彼らを監視する任務についていたのである。

さて前述の古いフィルムを再生して、これを今制作中の某政党のCМの背景に使えないかと日下は考えるのであるが、その過程で、現在公表されると一大政治スキャンダルとなる恐れのある過去の事実がフィルムに映されていたことが明らかになってくる。というのも現職のその某政党の国会議員──進之助の戦時中の上司であり、敗戦後も抜け道を使って追放の手を逃れ、実業家となって後に政治家に転身した──にかかわる疑惑が推定されるからである。

この結果として起こされる殺人とその究明、政治家の自己保身のための方策=闇の世界とのつながり等々については、本書をひもといていただくとして、本書が戦時中の在日外国人それも一般にはほとんど関心を引くことのなかった欧米系の外国人を素材にしたことは評価されるべきであろう。たとえ少数の人々であり、また二世であったにせよ、まさしく戦争相手の当の敵国において生活していた彼らの存在の解明こそ、忘れられていた歴史の隙間を埋めるものと言えよう。

しかし本書では、ここから一足飛びに、事件が起こった当時の政治的な状況と現在の政治状況とを結びつけようとする傾向が見られる。そしてこのことが、ストーリーの展開に対して唐突な印象を与える。

例えば、この在日外国人の問題に関心を持ち、進之助に頼まれてフィルムを探すことになったフリーライター、苫米地悟郎は、花と次のような会話を交わす。

「戦争を経験した人たちは、最近のこの国の変化を、とても恐れている」/「変化?」/「あの戦争に突入する前の、なんていうか、空気とでも言えばいいのか、それが恐ろしいぐらい似てるそうだ。あいにく僕自身は、経験がないので何とも言えないけど」/「日本が戦争をはじめるかもしれないってこと? そんな馬鹿なことはあり得ないと思うけど」/「個人情報保護法案って、知ってますか」/首を横に振った。/「盗聴法は」/「名前は、聞いたことがありますけど」/(中略)/「まあ、おかしな言い方ですよね。僕自身もはっきり結論が出ているわけじゃないんで、仕方ないですけど。でも国民の側は、すでに国に対して愛想を尽かしかけている、これは危険な徴候です。国は国でますます国民に縛りをかけ、監視する方向へ進んでいる。お互いの思惑が、まったく逆を向きつつある。(後略)」

あるいはまた、花の質問に答えての、進之助の次のような発言も、そうであろう。

「(戦争に──引用者)反対しようにも手足を縛られてしまっていたのだよ。戦争がはじまる前に、身動きができんような法律が、すでにできてしまっていた。国民に戦争を防ぐチャンスがあったとすれば、唯一、あのときだけだったのかもしれん。だがわしら国民のほとんどは、興味もなかった。(略)」

「一九九九年の改正住民基本台帳法、そして翌年国会に出された個人情報保護法案、自衛隊法改正案。すべてが法案として通過しているわけではないが、こういうのが続々と出されてくる。何やらきな臭い感じもする。見過ごしておるうちに、わしらは、国家の奴隷になってしまうかもしれん」

しかしこれらの政治的背景の挿入は、著者の意図とは異なり、むしろ違和感を覚えさせ、成功しているようには思われない。しかし著者が本書で提起している次のモチーフについては、今後の作品の中でもっと深めてもらいたい。それは終末部分で、「歴史の闇」に葬られていた「過去の事実」が、当の政治家の講演会場で暴露された時の状況について、後に日下と大西──フィルム解像再生の専門家──が語る場面である。

もう一本たばこを灰にしてから、日下は言った。/「実はフィルムをホールで流したとき、背筋が寒くなった」/「あたしが見たら失神しちゃうでしょうね、きっと」/「そうじゃない。思ってたよりずっと、観客が騒がなかったってことにさ」/「驚いて、声も出なかったんじゃない?」/「そうかもしれない。でもおれは別のことを考えてた。もっと残酷なものを、おれたちはたくさん見てしまってるんじゃないか。平和だとばかり思っているこの国では、あれぐらいのことじゃさほど驚かなくなっているのかもしれない」/「残酷さに慣れちゃっている?」/「分からない。でもあの時、自分も含めてそう思った」

 思えば、ミステリーそのものが、近代戦、特に第一次世界大戦の大量殺戮を経て、人間の死が日常の出来事となった時代に、ある特定の個人の不審な死にスポットを当て、その謎を合理的に解明する物語として登場した。それ故それは、大量の死に埋もれてしまった時代において、人間の死に意味を与える試みであったと言える。この点から見れば、「もっと残酷なものを、おれたちはたくさん見てしまってるんじゃないか」という日下の言葉は、ある面で現代社会の「歴史の闇」を突いている。そしてそれは、現時点において世界各地で生じている悲惨な現実を前にしながらも、なおわれわれが何故ミステリーを読み続けているのかということに対する鋭い問いかけにつながる。

過去と現代の政治情勢とミステリーを結び付けようとする著者の目論見は、本書では十分に達成されたとは言い難く、筋運びや叙述の仕方も荒削りでなお改善の余地はかなりあるようである。しかし本書で取り上げられたさまざまな素材を、今後精密に仕上げていく過程で、社会性を持つ新たなミステリーが構築されることを期待したい。(R)

 【出典】 アサート No.300 2002年11月23日

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【投稿】核開発疑惑と日朝交渉

【投稿】核開発疑惑と日朝交渉

<<「忌まわしい出来事」>>
 9/17の日朝首脳会談で、朝鮮民主主義人民共和国の金正日労働党総書記は、日本人拉致は「1970年代から80年代に特殊機関の一部が行った」と述べて北朝鮮国家権力の関与を認めることとなった。「特殊機関の一部で妄動、英雄主義があった」こと、その結果の拉致であったことを一転して認め、「忌まわしい出来事でおわびしたい。今後、二度とこのような事案が発生しないようにする」と謝罪したのである。この8月まで「日本人拉致問題など存在しない」と言い続けてきたことからすれば、大きな転換と言えよう。さらに不審船問題についても「軍部の一部が行ったものと思われ、今後さらに調査をして、このような問題が一切生じないよう適切な措置をとる」と発言し、核開発疑惑についても「関連するすべての国際合意を遵守する」ことを明確にし、ミサイル問題についても「今後、期限なく発射を凍結する」と言明したのである。これまでにない事態の転換である。
 しかしその転換が、政治的経済的に窮地に立たされている金正日政権の対外交渉カードの一つの方便に過ぎないとすれば、疑惑を一層深めさせ、誠意ある交渉と信頼感を喪失させる事態をも招きかねない。金正日政権にとっても、この転換を成し遂げられるかどうかという、重大な岐路に立ったと言えよう。
 一方、日本側にとってこの際忘れてならないことは、北朝鮮側は今回、「拉致」の事実を認め謝罪したのであるが、日本側は北朝鮮側に対していまだ国家の行為としての強制連行や拉致、従軍慰安婦問題などを認めてはいないという現実である。もちろんこれらは今後の日朝交渉にゆだねられることになるのであるが、いわば「敵失」に乗じた高慢な交渉は厳しく排除されなければならない。

<<絶好のタイミング>>
 そしてこの交渉と拉致被害者の帰国訪問中という絶好のタイミングを計算していたかのように、米国務省当局は「ケリー米国務次官補の訪朝時に北朝鮮当局は核開発疑惑を認めた」という情報をリークしたのである。パキスタンからのウラン濃縮施設購入の証拠を掴んだと言うのであるが、アメリカの同盟国パキスタンはその施設をどこから導入したのであろうか。虚虚実実のだましあいなのであろうか。いずれにしてもすでに掌握していた事実の暴露は、明らかに日朝首脳会談・国交正常化交渉への牽制と言えよう。「反テロ先制攻撃論」者や軍需産業の利益を代表するブッシュ政権中枢にとっては、北朝鮮との「一触即発状態」を維持しておくことがかれらの利害にかなうのである。
 アメリカは以前から朝鮮半島を戦域ミサイル防衛システム(TMD)の最前線と位置付け、韓国と日本をその戦略配置に巻き込むことが、アメリカの軍需産業にとって最大の関心事であった。膨大な予算を必要とするTMDは、そもそも敵側(北朝鮮)のミサイルを発射後の航行途中で打ち落とすものではなく、まだ発射台にあるミサイルを地上で破壊する先制攻撃システムなのである。彼らにとってはこんなものが無用の長物と化してしまうような平和的な事態の進展は許し難いことなのである。
 10/17、米CNNのメインキャスターが元国連大使に「核開発疑惑について疑惑だけでもイラクを攻撃する話があるのであれば、あると認めた北朝鮮に対しては自動的に軍事行動ということにはならないのか?」などと物騒な質問をし、その放送が流される事態である。

<<支持率の急回復>>
 しかしこの核疑惑については、小泉首相自身が「金総書記は核査察を全面的に受け入れると言った」と明言している。ところがこの会談に同席していた安倍官房副長官が「話は出なかった」と暴露している。アメリカは明らかにこの隙をついたのであろう。アメリカは北朝鮮に対する日・米・韓の緊密な同盟と一致した姿勢を確保しようと懸命ではあるが、すでに韓国側はアメリカの「反テロ先制攻撃論」には組みしないことを明確にしており、小泉政権にとっても日朝国交正常化交渉をぶち壊すことは、この間の外交パフォーマンスによって支持率を急回復させてきた政権基盤を崩壊させかねない。
 小泉首相自身は、当初は今回の日朝交渉について、アメリカ側と入念に打合せもし、その容認される範囲内で直接交渉に踏み切ったのであろう。しかし交渉の結果は意外な事態の進展をもたらした。「アメリカの思惑」を超える事態をもたらしたのである。米紙ウォールストリート・ジャーナルは「小泉は訪朝によって支持率を回復したいのであろうが、訪朝は悪の枢軸を利するだけだ」という批判記事を出している。しかし、アメリカのイラク攻撃に対する発言においても小泉首相は「イラク攻撃には国際的道義性が必要」といった、「先制攻撃論」とは一線を画した微妙な発言をしてもいる。与党内では日朝交渉不要論が噴出し出している。
 こうした事態を反映するかのように、マスコミ各社の緊急世論調査は小泉内閣の支持率が大幅に上昇していることを報じており、朝日51%→61%、毎日43%→67%、読売45.7%→66.1%と、軒並み10~20%増、テレビ局調査では70%以上の支持率である。世論は、不審船問題や拉致問題の存在とその解決をも含めて、平和的な交渉と善隣・友好関係の樹立を求めているのである。小泉内閣は自らの政権の延命を図るのであれば、もはや、逆方向での後戻りはできない段階に自らを立たせたと言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.299 2002年10月26日

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【投稿】東電の原発点検記録改ざん(その2)

【投稿】東電の原発点検記録改ざん(その2)
          -気密試験のデータ操作疑惑について– 

 東電福島第一原発1号機の原子炉格納容器の気密試験についてデータを不正に操作した疑いがでている(2002.9.26「福井新聞」、9.30「日経」)。気密試験は内部に(あるいは外部から)圧力のかかる機器の定期検査の最後に行うものであり、最も基本的・基礎的な検査である。原子炉格納容器においては最高使用圧力の1.125倍の気圧で耐圧試験を行い、この状態を30分続けた後、圧力を下げ、最高使用圧力の0.9倍の圧力をかけた窒素ガス(窒素ガスは比較的安価で安全であり、原発においては液化窒素ガスのタンクローリーを数台並べて行う)によって漏えい検査することとなっている(放射能の漏えいを防ぐため原子炉格納容器は負圧に維持されているが、検査においては内部から圧力をかけても結果は同様である。「発電用原子力設備に関する構造等の技術基準」(告示))。それを国の係官立ち会いのもとで行うというのが一般的である。これまでの新聞報道は事の重大性を認識していないためか、きわめて扱いが控えめであるが、もしデータ操作が事実であれば、原子炉等規制法・電気事業法違反というばかりでなく、「原子炉格納容器は、放射性物質の外部への漏えいに対する最終障壁であるということから国の安全審査において安全評価された漏えい率が実際に確保されているかどうかを気密試験により確認する必要がある」(「技術基準を定める省令」解説)という位置づけからしても、日本の原発の定期検査の信頼性を根底から突き崩す重大な不正である。
 0.9倍の気圧で所定の数値以上の漏れが発生していたとすれば、本来は原子炉格納容器と各機器・配管の継ぎ手・溶接部等を含め、どこに漏れがあるかを確認しなければならない。高圧ガスの場合には片手に石けん水を持って、漏えいしやすい場所に吹きかけて泡がでれば漏えいが確認されるという方法が一般的である。一見原始的方法であるが、どんなに微細な漏えいでも発見する事が可能であり、検査としては確実な方法である。「技術基準」でも原子炉格納容器底部ライナ部分については「石けん水による局部漏えい試験」を例示している(そのとおり行っているかどうかは定かではないが)。これは数ヶ月の定期検査を最初からやり直すに等しい時間と費用がかかる。高圧ガスにおいては原発ほど構造が複雑でないため、バルブ部分のボルトの締め直しや溶接部の点検などでおおかたの漏えいは止まるのであるが、それでも、保温材で保温してある配管は、保温材を剥がさなければならない。
 原発のような圧力容器や熱交換機、各種弁類、ポンプ類、配管が絡み合う複雑な機器の場合、各機器においてどのように漏えい試験を行っていたかはわからないが、全部を一発で行うことは不可能であるから、部分ごとにバルブを閉めて限定された部分に窒素ガスを入れて(あるいは水圧で)圧力をかけて漏えいがないが確認していたのではないかと推測される。この場合、係官の立ち会いは機器全体のうちのごく限定された部分の漏えい試験であったと考えられる。つまり、漏れが大きいような都合の悪い部分の漏えい試験は抜かされていた可能性がある。その部分は事前に業者が行ったということになるのであるが、そのデータも偽造していたのかどうか。いずれにしても、圧力容器の使用にあたっては水やガスなどの漏えいがないようにすることが検査の前提であるから、もし漏えいがあったとすると検査は不合格であり、検査をごまかして不合格品を使用していたということになれば、いつどこでどのような重大な事故が発生しても不思議ではない状態にあるということになる。
 なぜ、気密試験(漏えい率試験)がこれほど重要かというと、これまでボイラーは2百数十年にわたり、石油化学・高圧ガス等においても百年から数十年にわたりで重大な人身事故が繰り返されてきた、その事故対策・安全管理の蓄積の上に今日の技術が乗っかっているということであり、こうした事故を防ぐための最低の検査ルールが気密試験であるということである。もし、東電が試験データを不正に操作していたとするならば、その百年・2百年にわたる圧力機器の事故対策に関する技術蓄積を全て葬り去るということである。(福井:R)

 【出典】 アサート No.299 2002年10月26日

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【追悼】拉致と刷還、善隣と友好–辛基秀さんを偲んで–

【追悼】拉致と刷還、善隣と友好–辛基秀さんを偲んで–

 辛基秀さんが去る10月5日、闘病の最中に亡くなられた。月刊誌への朝鮮通信使連載シリーズの最終回の口述筆記を終えられてしばらくのことだったと言う。71歳、まだまだ意欲満々、常に日本の現実と歴史に問題を投げかけ、日韓両国至るところひょうひょうと歩き回り、史料や史実を発掘し、人々に語りかけ、民衆の間の善隣・友好の先頭に立たれてこられた、実にかけがえのない人であっただけに残念なことである。各新聞紙上でも、「朝鮮通信使の資料を収集し研究してきた青丘文化ホール代表」(10/6付朝日)として相当に詳しく報じられている。

 おりしも今、日本中が北朝鮮からの拉致被害者の方々5人の帰国、肉親との再会、一挙手一投足に至るまでがことこまかに報道され、問題の渦中に揺れ動いていると言えよう。確かに、「民主主義」と「人民」の名をはずかしめた共和国・北朝鮮の国家的テロ行為には怒りを禁じえないし、その愚かさには目を覆いたくなるが、ここぞとばかりに北朝鮮への差別感情と敵愾心をあおる週刊誌のタイトルのすさまじさには辟易させられる。「愚かなり小泉訪朝」(週刊新潮)、「なぜ小泉は金正日を怒鳴りつけなかったのか」(週刊現代)、「これは北朝鮮との戦争だ」(週刊ポスト)等々。しかし、こうした過剰反応とは一線を画して、「歴史に<もしも>と言うのはありえないが」、「日本による植民地支配がなかったら、過去の清算がもっと早くできていたら、拉致問題は起こらなかったのではないか」と問いかけ、「日朝平壌宣言 心から歓迎を」という在日コリアンの投書が掲載されてもいる(9/27、読売)。さらに辺見庸氏はサンデー毎日10/27号のコラム・「反時代のパンセ」歴史と公正(3)の中で、戦前の「朝鮮人連行」という国家暴力と、「日本人拉致」という国家テロをともに「わがこととして連想」するべきだとして、「二つの重大な史実は未来永劫帳消しにするべきではなく、相殺すべきでもなく、…こうした国家の暴力を繰り返さないためには、民衆の視点に立った史実をあたうかぎり正確に後代に語り継いでいかなければならない」と論じている。

 しかし、日本側の拉致・連行は戦前の「強制連行」だけではない。さらに数時代さかのぼる豊臣秀吉政権が行った、文禄・慶長の役という壬申倭乱、この宣戦布告もなしに突如17万の日本軍が釜山に上陸し、七年にわたった(1592.4~1598.11)無謀な侵略戦争がもたらした拉致・連行は、陰惨極まるものであり、多くの悲劇をもたらした。日本軍側は、学者や医者、陶工や大工、石工から紙漉き工、活版工、農民に至るまであらゆる職業の人々を拉致し、厳重な監視下に置き、各大名の城下町には「唐人町」や村が形成され、その技術者集団は陶磁器などの生産拠点として日本の産業を支え、今日に脈々と受け継がれてもいる。秀吉軍の敗退と豊臣政権の崩壊、徳川幕府の成立を経て、朝鮮側との正常な友好・善隣関係を回復するには多大な努力と紆余曲折を要した。辛基秀さんは、まさにこの過程と歴史的事実の意味するところを明らかにされ、先人の誰もが未だなし得なかった史実の掘り起こしをなされたのだと言えよう。それは辛さんの努力によって日本の教科書にまで登場、紹介されるに至った。それが、朝鮮通信使である。

 すでに室町時代150年間には、朝鮮との通信使の相互往来・善隣友好の歴史が存在していた。それを破ったのが豊臣政権であった。そして日本軍敗退後の1604年、講和のために朝鮮側から派遣された松雪大師に対し、徳川家康・秀忠は「わたしは壬申のとき関東にあって、この兵事(侵略)にまったくかかわっていない。したがって朝鮮とわたしの間には讐怨はない。和を通じることを請う」と言明し、1606年11月、朝鮮側の二つの和平条件(二度と侵略しない、王陵をあばいた賊を引き渡すこと)を受け入れ、翌1607年1月、467名の使節団が、それまでの「通信使」という名称を使わずに、「回答兼刷還使」として来日、江戸で徳川秀忠と会見、国書(日本側の綱渡り的な偽造・改作問題も付随した)を交換し、再び国交が回復し、1609年には日本側の使節300余名が釜山に派遣され、以来江戸時代末期まで、12回にわたって通信使が派遣されたのである。

 この「回答兼刷還使」としたのは、家康の国書に答えるという意味と、日本へ拉致された人々を連れて帰る「刷還」という目的をはっきりさせるためであった。徳川秀忠の執政・本多正信に宛てた朝鮮国礼曹参判呉億齢の書契には、「前代(秀吉)の非を詫び改めるというのであれば、秀吉の行為を反省し戦後処理を早く行うべきである。連行され抑留された数万の同胞が幾年つながれてきたことか。六~七年間、対馬藩が刷還に努力してきたが、その数は九牛の一毛に過ぎない。両国が新しい和親を結ぶ前提として、捕虜になった男女のことごとくを刷還しなければならない」と強調している。以降、初めの三回は江戸幕府の使節派遣に対する「回答兼刷還使」として、後の九回は「通信使」として派遣されている。第一回刷還使が朝鮮に連れ帰ることができた俘虜は「男女あわせて1418名で、日本に散在している捕虜の数は幾万になるか不明。関白が帰国を許すと言っても、彼らの主人たちが隠して思いのままにさせず、捕虜にもまた帰る意思がなく、このたび刷還した数は九牛の一毛にすぎず、まことに痛感に堪えない」と記されている。事実、「回答兼刷還使」に対して各藩主はひたかくしにし、移住までさせて、帰そうとはしなかった。第二回刷還使は、321名を連れて帰国したにすぎない。(引用は、辛基秀著『朝鮮通信使 人の往来、文化の交流』(99年、明石書店)より)

 こうした事実を世に問い、さらにこれら朝鮮側の刷還使・通信使の約10%が日本側の侵略軍から朝鮮側に降伏した「降倭」の人々で占められ、その「降倭」の人々の中に、この侵略戦争に大義なしとして朝鮮側に軍勢を率いて投降した加藤清正軍の鉄砲隊長・沙也可の存在とその重大な意味を明らかにされたのが辛基秀さんであった。沙也可の子孫の方々が住む韓国・大邸市近郊・友鹿洞(ウロクドン)を何度も訪ねられ、日本側とのさまざまな交流を組織し、大きく広げられたのは、辛基秀さんの存在を抜きには語れないことである。筆者自身もそのおかげで友鹿洞を訪問することができたことを感謝している。

 拉致から刷還へ、そして善隣と友好関係の構築へ、辛基秀さんが明らかにしてくれた歴史の事実の重み、その冷静で粘り強い努力の必要性が今こそ問われていると言えよう。(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.299 2002年10月26日

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【追悼】もういちど飲みたかった ―辛基秀さんよ―  

【追悼】 もういちど飲みたかった   ―辛基秀さんよ―     
                 
                    大木 透

あなたが 前かがみで
横に揺れながら
小股でゆっくり近づいてくるのを見て
僕は すっかり老けてしまった
あなたも老けていたと思う
それでも
ゆっくり手で触れることのできる時を
悠久よりも大切にする声も瞳も
変わらず若かった

あなたは笑って言った
「屏風をどこで買ったか忘れてしまってねえ」
ぼくは黙っていた
あなたが送ってくれた入場券で
そんな屏風を見に行けなかったのを
悔いてはいない
あなたのフィルムで
僕は志賀さんの出獄シーンを見た
そこには朝鮮人のリーダーもいた
そんなあなたを入国させなかった
国もあった

あなたが語り合っていた詩人は
品川駅で咎められていたが
あなたは詩人の歌った人々のなかの
そんな辛であったこともある
六甲山の麓で
あなたはこの国のことを
理想からほど遠いと叫んでいた
あなたのことを知らせてくれた
あなたの学友のこの国の人々は
あなたほど夢を好いていなかった

あなたはコップに注いだ酒に
唐辛子をふって飲んだ
僕もそれをもらって飲んだ
昨日のことのようだが
僕が酒を止めて一〇年も経つから
もっと前のことだ

あなたの友が行った道を
あなたが説明していたのは
去年のことだが
今度はあなたが
説明されなくてはならない道を
進んでいく
辛さんよ
僕はもういちど
あなたと飲みたかったのです

           (二〇〇二・一〇・六)

 【出典】 アサート No.299 2002年10月26日

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【書評】 『父さんのからだを返して–父親を骨格標本にされたエスキモーの少年』

【書評】 『父さんのからだを返して–父親を骨格標本にされたエスキモーの少年』
(ケン・ハーパー著、鈴木主税・小田切勝子訳、2001.8.20.発行、早川書房、2,500円)

題名からして少々センセーショナルな物語であるが、原題もこの通りである。ただ副題に「ミニックの生涯、ニューヨークのエスキモー」とある。

ミニック・ウォレスは、北極探検家ロバート・ピアリーが1897年にニューヨークに連れてきた北極エスキモー(現在ではイヌイットと呼ばれることが多い)6人のうちの最年少の少年であった。

さて探検家ピアリーは、何故北極エスキモーをニューヨークに連れてきたのであろうか。これについて本書は、こう推測する。

「ピアリーは、科学的な人間であることを自慢にしていた。著書や講演ではよく、北極探検は科学の探究だと述べている。北へ遠征するたびに科学的な標本を持ち帰り、その多くは、しばしば回り道をして、アメリカ自然史博物館にたどりついた。おそらく、この6人のエスキモーも、それまでにピアリーが収集した頭蓋骨や人骨と同じように、ただの標本だったのだ。しかも、まだ血管に血が流れているのだから、さらに興味をそそるものだったろう」。

さらに「ピアリーは、名前を知っているほかのエスキモーの遺体にも不健全な親近感を抱いていた」。つまり「ピアリーは、1896年に、前年の冬に伝染病で死んだエスキモーたち(中略)の頭蓋骨や遺体をせっせと墓から掘り出して、遺体をニューヨークへ運んだ」というのである。

これに付け加えるならば、このような標本、特に生きたエスキモーの連れ帰りについては、博物館の一人の人類学者(フランツ・ボアズ)博士がピアリーに吹き込んだようである。またわれわれは、探検家ピアリーの位置・姿勢と自然史博物館およびそのパトロンであるМ.K.ジェソップ──彼はまた「ピアリー北極クラブ」の会長でもあった──との関係を理解するであろう。すなわちピアリーは探検を続けていくためには、パトロンの援助に頼らざるを得ず、その歓心をかうためにさまざまな標本(もちろん輸入税は課せられていない)を持ち帰っていたのである。これらの標本は、世間的にはピアリーから博物館へ無償で寄贈され、資料とされたが、実際にはこれらの多くは、その後「ピアリー北極クラブ」に放出された。このような仕組みの中で、6人のエスキモーたちも連れてこられたのである。そして環境の激変の中で4人が病死した後(一人は後に帰郷している)、彼らの脳が取り出され、解剖が行なわれ、自然史博物館の骨学部門へと運ばれた。さらにミニックの父キスクの骨格が標本としてガラスケースの中に展示されることとなった。

当時19世紀末の人類学は、科学としてはまだ出発したばかりの時期で、昔の骨相学の痕跡をとどめていた。このため世界中の人間の頭蓋骨や骸骨の収集・測定比較が主な仕事であると考えられていた。しかもそこには人種差別と性差別という偏見が抜きがたく根差しており、この視点からエスキモーも研究されたのである。

「彼らは、世間一般の人々と同様、人類学者であっても、男性は女性よりもすぐれていて、白人は黒人よりもすぐれているときめつけていた。エスキモーは科学者のあいだにも強い関心を呼び起こしたが、それは彼らが世界中で最も厳しい環境の中でなんとか暮らしを立て、同時に豊かな文化をはぐくんでいたからである。エスキモーは、注目に値するが、白人ではなかった。そしてその事実だけで、彼らもやはり劣ったものとして位置づけられたのである」。

さらにこれら科学者たちの姿勢を端的に示す事実としては、キスクが死んだとき(1898年)に、「ミニックのために、偽の葬式」が計画・実行されたということであろう。この件について本書は、こう記している。

1909年、当時コロンビア大学の人類学部に所属していた「ボアズの主張によれば、埋葬の目的は、『少年をなだめること、父親の死体が切り刻まれ、その骨が博物館の収蔵物に加えられていることに少年が気づかないようにすること』だった」と。

つまりこの一件は、意識的なものにせよ無意識的なものにせよ、これにかかわった人々の放漫さを表わしている。

しかしキスクの骨格標本の件は、約10年後に若者になったミニックが父親の葬式の真実を知ったとき、大きな問題を引き起こすことになる。すなわち1907年にニューヨークの《ワールド》紙の特集板が、「父さんのからだを返して」という見出しとともに、この件を掲載して、ミニックの父親の遺体の返還を求めた。また続いて《ワシントン・ポスト》紙もこの件を報じた。しかし自然史博物館は言葉を濁し、諸般の政治的事情も絡んで、結局この件はうやむやのうちに、その後100年近くも放置されることになった。

その後ミニックは、絶望のまま一時グリーンランドに帰郷したこともあったが、再度アメリカにまいもどり、最後はニューハンプシャー州ピッツバーグ(当時は木材の町として成り立ちはじめの辺境の地であった)で木材伐採夫として労働中に、スペイン風邪で死亡し、その地のインディアン共同墓地に埋葬された(1918年)。

本書は、ミニックに焦点を合わせて、近代アメリカ極北部の探検の模様とその当時の自然科学者たちの姿勢を描いたものであり、ミミックの比較的短い人生にかかわった諸問題・諸個人は、はからずもアメリカ社会の近代を裏側から映し出す鏡となっている。しかし著者の「あとがき」によれば、「1986年にこの本が最初に出版されたとき、アメリカ自然史博物館は困惑した」。というのも「ミニックやキスクと仲間のエスキモー遺体をどんなふうに扱ったかを長年にわたってうまく隠してきたのだが、問題の出来事から一世紀近くたったいまになって、その一件が再び博物館を悩ませはじめた」からである。「だが、世間の関心は薄れ、キスクの骨はその後も受けいれ番号99/3610として、(中略)博物館のケースに横たわっていた。父親の骨を博物館から取り戻してきちんと埋葬してやりたいというミニックの願いは実現しなかったのだ」。そして「博物館は、この唾棄すべき一件とのかかわりを否定するために、必要とあらば嘘をつきつづけていた」。

しかしその後、1990年にアメリカ先住民の墓および埋葬に関する法律が成立し、1992年に本書が2人の新聞記者によって「再発見」される時期になると、事情は変わった。そしてようやく1993年になって、キスクと他のエスキモーの遺体は、博物館から出されて、グリーンランドの埋葬されたのである。

以上のように本書は、近代社会・近代科学の波に巻き込まれた北極エスキモーの状況を伝えてくれる。これによってわれわれは、「近代社会」が「科学の研究」のためであるとしてきた事柄の身勝手さと高慢さの一部を垣間見ることができるであろう。しかしこの身勝手さと高慢さが現在のわれわれ自身には無縁であるとして否定できないところに、近代社会の構造の問題があるように思われる。

本書にはドキュメントとしてはやや無駄な部分も散見されるが、近代社会・近代科学の視点そのものが問いなおされている時代にあって、人類学という舞台で繰り広げられた「科学」の意味を象徴的に問うている。(R)

【出典】 アサート No.229 2002年10月26日

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【投稿】迷走する日朝関係

【投稿】迷走する日朝関係  
 
 「歴史的」と称される9月17日の日朝首脳会談は、小泉首相にとって満足のいくものであっただろう。 それは、「平壌宣言」としてまとめられた会談の成果という問題においてではなく、会談自体がもたらした、内閣支持率の回復という結果においてである。
 古今東西、内政に行き詰まった政治家(政権)は、戦争を含む外交によって失地回復をめざすものと相場が決まっている。
 今回の訪朝もそうした例に洩れず、構造改革と景気回復が、いっこうに進まない中で、起死回生をねらった「ウルトラD」だったことは疑うべくもない。
 一方の金正日総書記にしても、破綻した経済と、続発する亡命事件から垣間見える支配体制の綻び、さらにはアメリカ・ブッシュ政権による圧力という、国内外の危機的状況を回避していくために是非とも必要だったのが、今回の会談である。
このように、今回の首脳会談は小泉、金両政権の延命策として設定されたものであるがそれをより活用しているのは、小泉首相のほうである。想像以上の悲劇的な結果が判明した拉致事件にしても、小泉政権は北朝鮮カードとしてあからさまに政治利用をしてはばからない。
 小泉首相は10月14日、山形県鶴岡市での衆院補選の応援演説で「北朝鮮は拉致して殺す」などと発言、有権者の反北朝鮮感情を煽り、自民党への投票へ誘導しようとした。
 これにはあまりに露骨であると、批判が集中したため、小泉首相は「そういうことを言う人がいる」と取り繕ってはいたが、翌日は拉致被害者5名の帰国予定日であった。本当に国交正常化をすると決断し、また拉致被害者や家族の心情を考慮していたなら、微妙な時期にそうした発言は出なかったはずである。
 補欠選挙の結果如何では、現在開会中の臨時国会で、経済政策など難題を抱える連立政権は窮地に追い込まれる可能性がある。その場合小泉首相は、さらに徹底して北朝鮮カードを利用するだろう。小泉首相にとっては、首脳会談の探究の目的であったはずの日朝国交回復もカードの一つにすぎない。
国交回復に固執することが批判を招き、自らに不利と判断すれば、正常化交渉の中断と言う形で、いとも簡単に切ってしまうだろう。
 事実「平壌宣言」では、国交正常化の早期実現に、拉致問題に関する前提条件は付けられていなかったのが、再び拉致問題の解決なくして国交正常化はあり得ない、というトーンに変化してきている。
 なにをもって拉致問題の解決とするのかを示さないで、それを条件にするのでは国交正常化は不可能、と言うことである。
 ここに来て、国交正常化を至上命題とし、被害者の安否確認と「平壌宣言」第3項目の確認=「日本人の生命と安全にかかわる懸案問題」で、拉致問題の収束を目論んだ外務省の目論みもはずれた。その意味で外務省も会談のお膳立てに使われただけだったと言えるかもしれない。
 こうした中10月3日、北朝鮮は訪朝したアメリカのケリー国務次官補に対して、核兵器用高濃度濃縮ウラン開発を継続していたことを明らかにした。この事実は「平壌宣言」第4項目の核、ミサイル開発についての確認に相反するものであり、日朝双方の背信行為によって「平壌宣言」は、発表後一月あまりで効力を失ってしまったと言っても過言ではない。
 10月29日にはマレーシアで国交正常化交渉が再開されるが、すでに日本政府は核問題を巡り、北朝鮮が開発中止と、国際機関(IAEA)の査察を認めなければ、交渉中断もあり得ることをほのめかしている。
 こうしたことから、日朝交渉は振り出しに戻る可能性が高くなっている。そもそも首脳会談自体が両政権の利害を最優先するものであった以上、利用しつくして終わるのは当然の結末ではある。
 ただ、現時点での中断は経済支援を求める金正日政権には、ほとんどメリットがないまま、と言う状態であり、さらなる対日不信の拡大と、北東アジアの緊張激化=「不審船」活動の再開、「テポドン」の再発射などを招く結果となろう。
 しかし、そうした事態さえも小泉首相は巧みに、有事関連法案の成立など政権運営に利用していくのであろう。
 狐と狸の化かし合いでは、いまのところ狐が一枚上手と言うところだろうか。

(付言)拉致事件が明らかになって以降、各政党が見解を明らかにする中、社民党は右往左往したあげく、朝鮮労働党に抗議するという醜態を見せた。
しかし社民党の問題点は拉致問題だけではない。社民党は社会党時代から最近まで積極的に北朝鮮、朝鮮総連の意を受け、時として外国人登録法改正ー指紋押捺廃止や地方参政権確立など、民主主義・人権運動に混乱を持ち込んできた事についても、この際自己批判すべきではないか。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.229 2002年10月26日

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【投稿】 米・新保守主義–対イラク先制攻撃論がもたらすもの

【投稿】 米・新保守主義–対イラク先制攻撃論がもたらすもの

<<「アルマゲドンの可能性」>>
 米国のイラク軍事攻撃がいよいよ現実的可能性を帯び出してきた。しかしそれは同時に、全世界にさまざまな矛盾と対立、問題を投げかけており、スコウクロフト元米大統領補佐官に言わせれば、イラク攻撃は「中東地域全体を煮えたぎった大釜に変え、世界規模の対テロ作戦をぶち壊しかねない」ものであり(8/4CBS「フェイス・ザ・ネーション」での発言)、さらにこのイラク攻撃は、「イスラエルを巻き込んだ核兵器によるアルマゲドン(世界最終戦争)」となる可能性を警告している(8/15ウォール・ストリート・ジャーナルへの寄稿「サダムを攻撃するな」)。
 ブッシュ米大統領は、9/12の国連演説で「単独でもイラク攻撃を辞さず」との強硬姿勢を示し、続いて国連に対し数週間以内をめどとしたイラクに対する期限付の大量破壊兵器査察受け入れ決議を要求、「国連が気骨のあるところを示す好機だ」と突き放し、決議採択に手間取れば米国は単独で行動することを明らかにし、「はっきりさせておく。問題に対処する必要に迫られれば、米国はやる」と断言(8/14、キャンプデービッドでの発言)。同日、チェイニー米副大統領も「国連がやらなければ米国がやるということだ」と念を押し、核兵器の使用さえ公言しかねない焦燥感に駆られた露骨で危険な姿勢が明らかになってきた。このチェイニー副大統領はすでに8月末に「フセインはうまく偽装し、武器を隠してしまうから、査察チームを派遣しても無駄だ。今すぐイラクを攻撃した方がいい」と述べている。

<<イラク攻撃「細部計画」>>
 すでにイラク攻撃の「細部計画」が暴露されている。7/5以来、1ヶ月近くに渡ってニューヨークタイムズ紙が報道した「戦争計画」によると、「米国はイラクの南・北・西方など3方面から、25万人の陸・海・空軍が同時に攻め込む作戦計画を打ち立て」、さらに「海兵隊と歩兵をクエートに進撃させると同時に、数百機の戦闘機がトルコ、カタールなど8カ国の基地から発進し、イラクの空港・鉄道・光ケーブル通信網を掃討」し、その際の前進基地は、ヨルダンを利用、首都バクダットを先に掃討するというものである。
 ラムズフェルド国防長官が、こうした「秘密情報の流出は、テロリストらの行動を阻止すべき国家の能力を阻害し、米国人らの生命を危うくしている」と、省幹部に「警告メモ」を発した国防長官のそのメモまで報じられ、「政府が意図的にリーク」している可能性も指摘されている。
 9/14のイランとサウジアラビア首脳会談で両首脳はイラク攻撃反対で一致し、サウジ国王代行のアブドラ皇太子は「イラクに対する攻撃はイラク国民とともに、周辺国に取り返しのつかない損害を与える」との姿勢を明らかにしている。こうしたサウジアラビアのイラク攻撃反対姿勢で駐留米軍基地が使用不可能な事態に対応して、すでにカタールの首都ドーハ南部のウデイド空軍基地では、施設の拡張・新設工事が急ピッチで進んでおり、カタール政府はイラク攻撃との関係は否定しているが、外相は、「米国の要請をはねつけるだけの力はわれわれにはない」と、対イラク戦での米軍への基地提供を容認する発言をしている。一方ヨルダンの外相は「演習は自軍の戦力強化が目的」と述べ、イラク攻撃で米軍への協力の意思がないことを明言している。
 9/4ロイター報道によると、この1カ月で3回にわたって米軍軍事海上輸送船団(MSC)が、米南東部海岸から「戦車などをペルシャ湾にある港湾まで兵器を輸送するため」、一般貨物船をチャーターしたことを米国防省は認めたという。着々と一方的軍事攻撃体制が進められているのである。

<<ネオコン四人組>>
 しかし、こうした事態にもかかわらず、ブッシュ政権は孤立を深めている。国連決議を無視した一方的な対イラク攻撃には、イギリス以外のほぼすべての国が反対し、すでにドイツのシュレーダー首相は、「私が首相を勤める限り、ドイツがイラクに対する軍事介入に加担することはない」と、イラクへの軍事行動への反対をあらためて表明し、こうした姿勢は欧州各国の支持を得ているとの認識を示し、さらに「アメリカで話が進んでいるイラク攻撃は対テロ軍事行動と全く異なる」ものだとして、そうした事態が進行した場合、クエート駐留のドイツ連邦軍を撤収することも明確にしている(8/4ベルリンでの記者会見)。9/5のニューヨークタイムズ紙は、このシュレーダー首相の「イラク攻撃反対論」を1ページ全面を使って大きく取り上げ、「仮に国連決議があっても反対」と断言し、「苦言を呈することこそ親友の義務」と言い切るシュレーダー氏の明確なメッセージを伝えている。同じ親友でも露払いか旗持ち役に終始している小泉首相との歴然たる違いが浮き彫りにされている。
 当然、米国内でも反対論が沸騰し出している。ブッシュ政権の登場とともに台頭してきた「新保守主義派」(ネオ・コンサバティブ、略称「ネオコン」)、その中心であるチェイニー副大統領=ラムズフェルド国防長官=ウォルホヴィッツ国防副長官=パール国防政策委員会委員長という「四人組」が孤立し始めたのである。彼らは、従来型保守勢力の妥協や協調、均衡戦略を排し、単独行動をあえて実行し、力による秩序、強力な同盟関係、アメリカの利益にかなうグローバルスタンダードの拡大を追求し、「アメリカの秩序」を実現する「アメリカ一強主義」(ユニラテラリズム)に基づいた「新帝国」の実現を夢みているのである。京都議定書や包括的核実験禁止条約(CTBT)からの離脱、大陸間弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの一方的脱退、等がその現れであり、核攻撃を含めた先制攻撃論の合理化がそのもっとも危険な様相を呈していると言えよう。

<<「仮に議会が反対しても」>>
 こうしたネオコン勢力に対して、身内であるはずのスコウクロフト元国家安全保障問題担当大統領補佐官ら共和党の重鎮が、同盟国の同意も取りつけずにイラクを先制攻撃すれば、世界的な支持が失われるおそれがあるばかりか、アメリカ史上初めての「侵略」を犯すことになりかねないと表明し出したのである。前述のスコウクロフト発言がそうである。こうした流れに、ベーカー元国務長官、キッシンジャー元国務長官も加わり、ブッシュ・パパ政権の国務長官であったイーグルバーガーもABCニュースで「すべての同盟国が反対する中で、なぜ今イラク攻撃を行われなければならないのか」と疑問を投げかける事態となっている。そしてブッシュ・パパ元大統領までもそれに加わったと見られている。マンデラ前南アフリカ大統領は、イラク攻撃に強い反対の姿勢を伝えるために、「ブッシュ大統領を説得するために何度も電話をしたがコンタクトが取れなかった」、そこでブッシュ・パパと会話し、「息子・ブッシュ」を説得するよう頼んだことを明らかにしている。
 さすがのブッシュも動揺しだし、9/4には、上下両院の議会指導者と会って「議会の意見を聞く」という約束をし、「友人や同盟国だけでなく、議会の助言も求めるつもりだ」、自分は「忍耐強い男」だと強調し、戦争だけが選択肢ではないとほのめかしさえし、「あらゆる選択肢を考え、外交交渉や情報の面で何ができるかを検討する」と述べた。しかしその舌の根も乾かないうちに、「仮に議会が反対してもそれには拘束されない」と言い出す始末である。
 米ABCテレビが9/3に公表した8/28の世論調査によると、「イラクへの軍事行動を支持する」という意見が、前回8/11は、69%であったのが56%に急落、「同盟諸国が反対でも軍事行動に賛成」は前回54%から39%に急落している。ブッシュ大統領に対する全般的な支持率も61%に低下している。昨年のテロ攻撃直後の90%を越えるような支持はもはや再現し得ない事態となっている。株式バブル崩壊後の行き詰まりをもこの際、軍需経済と戦争政策によって盛り返そうと言う周知の政策には、熱狂的な支持などとても得られない事態といえよう。

<<「過度な期待」>>
 先ごろ行われた日米合同の世論調査(8月31~9月1日・朝日新聞、8月22~25日・米ハリス社)によると、ブッシュ政権が検討しているイラクへの軍事行動に、賛成が日本=14%に対し、米国=57%、反対が日本=77%に対し、米国=37%であった。イラクへの軍事行動に日本は「協力したほうがいい」が20%に対し、「協力しないほうがいい」が69%に達している。日本の世論の圧倒的多数は、イラク攻撃に反対し、米軍への協力にも反対しているのである。
 こうした最中に突如、小泉首相のピョンヤン訪問、日朝首脳会談が発表された。記者会見では「1年ぐらい前から水面下でいろいろな交渉をしてきた」と述べているが、実際には7月のブルネイでの日朝外相会談、その後の局長級協議からだと見られている。そこには秋以降のイラク攻撃を見据えたブッシュ政権の意向が働いていると言う見方である。先走り、勇み足に過ぎた「悪の枢軸」発言で、「ならず者国家」を同時に叩くことはいかにアメリカといえども不可能である。当面するイラク攻撃戦略に集中せざるを得ない事態の中で、北朝鮮と関係の深い中国、ロシアを同時に敵に回す愚策はとれない。当面は事態を安定化させる積極的な必要性があった。そこにブッシュ盟友を自負する小泉首相のパフォーマンス外交、側面支援外交が浮上したのだともいえよう。事実、福田官房長官は『米国には事前に報告した』と述べ、了承も得ていることを明らかにしている。
 小泉首相は「日本人拉致問題の解決なくして日朝正常化交渉なし」といった高圧的な態度をとりながら、9月17日だけの日帰り会談では懸案を解決することなどそもそも不可能であろう。懸案解決の前提には、強制的な植民地支配に対する不法性を認めた上での謝罪及び賠償、戦中の国家及び個人への被害に対する賠償が、最重要議題として提起され、解決の方向性が示されることが必要なのである。
 小泉首相は記者会見で「過度の期待はしないでほしい」と述べたが、「過度な期待」が全世界から寄せられているのである。首脳会談の積極的意義を認めつつも、それがブッシュ政権の単なる露払い役なのかどうかを全世界が注視していると言えよう。(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.298 2002年9月21日

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