【追悼】拉致と刷還、善隣と友好–辛基秀さんを偲んで–

【追悼】拉致と刷還、善隣と友好–辛基秀さんを偲んで–

 辛基秀さんが去る10月5日、闘病の最中に亡くなられた。月刊誌への朝鮮通信使連載シリーズの最終回の口述筆記を終えられてしばらくのことだったと言う。71歳、まだまだ意欲満々、常に日本の現実と歴史に問題を投げかけ、日韓両国至るところひょうひょうと歩き回り、史料や史実を発掘し、人々に語りかけ、民衆の間の善隣・友好の先頭に立たれてこられた、実にかけがえのない人であっただけに残念なことである。各新聞紙上でも、「朝鮮通信使の資料を収集し研究してきた青丘文化ホール代表」(10/6付朝日)として相当に詳しく報じられている。

 おりしも今、日本中が北朝鮮からの拉致被害者の方々5人の帰国、肉親との再会、一挙手一投足に至るまでがことこまかに報道され、問題の渦中に揺れ動いていると言えよう。確かに、「民主主義」と「人民」の名をはずかしめた共和国・北朝鮮の国家的テロ行為には怒りを禁じえないし、その愚かさには目を覆いたくなるが、ここぞとばかりに北朝鮮への差別感情と敵愾心をあおる週刊誌のタイトルのすさまじさには辟易させられる。「愚かなり小泉訪朝」(週刊新潮)、「なぜ小泉は金正日を怒鳴りつけなかったのか」(週刊現代)、「これは北朝鮮との戦争だ」(週刊ポスト)等々。しかし、こうした過剰反応とは一線を画して、「歴史に<もしも>と言うのはありえないが」、「日本による植民地支配がなかったら、過去の清算がもっと早くできていたら、拉致問題は起こらなかったのではないか」と問いかけ、「日朝平壌宣言 心から歓迎を」という在日コリアンの投書が掲載されてもいる(9/27、読売)。さらに辺見庸氏はサンデー毎日10/27号のコラム・「反時代のパンセ」歴史と公正(3)の中で、戦前の「朝鮮人連行」という国家暴力と、「日本人拉致」という国家テロをともに「わがこととして連想」するべきだとして、「二つの重大な史実は未来永劫帳消しにするべきではなく、相殺すべきでもなく、…こうした国家の暴力を繰り返さないためには、民衆の視点に立った史実をあたうかぎり正確に後代に語り継いでいかなければならない」と論じている。

 しかし、日本側の拉致・連行は戦前の「強制連行」だけではない。さらに数時代さかのぼる豊臣秀吉政権が行った、文禄・慶長の役という壬申倭乱、この宣戦布告もなしに突如17万の日本軍が釜山に上陸し、七年にわたった(1592.4~1598.11)無謀な侵略戦争がもたらした拉致・連行は、陰惨極まるものであり、多くの悲劇をもたらした。日本軍側は、学者や医者、陶工や大工、石工から紙漉き工、活版工、農民に至るまであらゆる職業の人々を拉致し、厳重な監視下に置き、各大名の城下町には「唐人町」や村が形成され、その技術者集団は陶磁器などの生産拠点として日本の産業を支え、今日に脈々と受け継がれてもいる。秀吉軍の敗退と豊臣政権の崩壊、徳川幕府の成立を経て、朝鮮側との正常な友好・善隣関係を回復するには多大な努力と紆余曲折を要した。辛基秀さんは、まさにこの過程と歴史的事実の意味するところを明らかにされ、先人の誰もが未だなし得なかった史実の掘り起こしをなされたのだと言えよう。それは辛さんの努力によって日本の教科書にまで登場、紹介されるに至った。それが、朝鮮通信使である。

 すでに室町時代150年間には、朝鮮との通信使の相互往来・善隣友好の歴史が存在していた。それを破ったのが豊臣政権であった。そして日本軍敗退後の1604年、講和のために朝鮮側から派遣された松雪大師に対し、徳川家康・秀忠は「わたしは壬申のとき関東にあって、この兵事(侵略)にまったくかかわっていない。したがって朝鮮とわたしの間には讐怨はない。和を通じることを請う」と言明し、1606年11月、朝鮮側の二つの和平条件(二度と侵略しない、王陵をあばいた賊を引き渡すこと)を受け入れ、翌1607年1月、467名の使節団が、それまでの「通信使」という名称を使わずに、「回答兼刷還使」として来日、江戸で徳川秀忠と会見、国書(日本側の綱渡り的な偽造・改作問題も付随した)を交換し、再び国交が回復し、1609年には日本側の使節300余名が釜山に派遣され、以来江戸時代末期まで、12回にわたって通信使が派遣されたのである。

 この「回答兼刷還使」としたのは、家康の国書に答えるという意味と、日本へ拉致された人々を連れて帰る「刷還」という目的をはっきりさせるためであった。徳川秀忠の執政・本多正信に宛てた朝鮮国礼曹参判呉億齢の書契には、「前代(秀吉)の非を詫び改めるというのであれば、秀吉の行為を反省し戦後処理を早く行うべきである。連行され抑留された数万の同胞が幾年つながれてきたことか。六~七年間、対馬藩が刷還に努力してきたが、その数は九牛の一毛に過ぎない。両国が新しい和親を結ぶ前提として、捕虜になった男女のことごとくを刷還しなければならない」と強調している。以降、初めの三回は江戸幕府の使節派遣に対する「回答兼刷還使」として、後の九回は「通信使」として派遣されている。第一回刷還使が朝鮮に連れ帰ることができた俘虜は「男女あわせて1418名で、日本に散在している捕虜の数は幾万になるか不明。関白が帰国を許すと言っても、彼らの主人たちが隠して思いのままにさせず、捕虜にもまた帰る意思がなく、このたび刷還した数は九牛の一毛にすぎず、まことに痛感に堪えない」と記されている。事実、「回答兼刷還使」に対して各藩主はひたかくしにし、移住までさせて、帰そうとはしなかった。第二回刷還使は、321名を連れて帰国したにすぎない。(引用は、辛基秀著『朝鮮通信使 人の往来、文化の交流』(99年、明石書店)より)

 こうした事実を世に問い、さらにこれら朝鮮側の刷還使・通信使の約10%が日本側の侵略軍から朝鮮側に降伏した「降倭」の人々で占められ、その「降倭」の人々の中に、この侵略戦争に大義なしとして朝鮮側に軍勢を率いて投降した加藤清正軍の鉄砲隊長・沙也可の存在とその重大な意味を明らかにされたのが辛基秀さんであった。沙也可の子孫の方々が住む韓国・大邸市近郊・友鹿洞(ウロクドン)を何度も訪ねられ、日本側とのさまざまな交流を組織し、大きく広げられたのは、辛基秀さんの存在を抜きには語れないことである。筆者自身もそのおかげで友鹿洞を訪問することができたことを感謝している。

 拉致から刷還へ、そして善隣と友好関係の構築へ、辛基秀さんが明らかにしてくれた歴史の事実の重み、その冷静で粘り強い努力の必要性が今こそ問われていると言えよう。(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.299 2002年10月26日

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【追悼】もういちど飲みたかった ―辛基秀さんよ―  

【追悼】 もういちど飲みたかった   ―辛基秀さんよ―     
                 
                    大木 透

あなたが 前かがみで
横に揺れながら
小股でゆっくり近づいてくるのを見て
僕は すっかり老けてしまった
あなたも老けていたと思う
それでも
ゆっくり手で触れることのできる時を
悠久よりも大切にする声も瞳も
変わらず若かった

あなたは笑って言った
「屏風をどこで買ったか忘れてしまってねえ」
ぼくは黙っていた
あなたが送ってくれた入場券で
そんな屏風を見に行けなかったのを
悔いてはいない
あなたのフィルムで
僕は志賀さんの出獄シーンを見た
そこには朝鮮人のリーダーもいた
そんなあなたを入国させなかった
国もあった

あなたが語り合っていた詩人は
品川駅で咎められていたが
あなたは詩人の歌った人々のなかの
そんな辛であったこともある
六甲山の麓で
あなたはこの国のことを
理想からほど遠いと叫んでいた
あなたのことを知らせてくれた
あなたの学友のこの国の人々は
あなたほど夢を好いていなかった

あなたはコップに注いだ酒に
唐辛子をふって飲んだ
僕もそれをもらって飲んだ
昨日のことのようだが
僕が酒を止めて一〇年も経つから
もっと前のことだ

あなたの友が行った道を
あなたが説明していたのは
去年のことだが
今度はあなたが
説明されなくてはならない道を
進んでいく
辛さんよ
僕はもういちど
あなたと飲みたかったのです

           (二〇〇二・一〇・六)

 【出典】 アサート No.299 2002年10月26日

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【書評】 『父さんのからだを返して–父親を骨格標本にされたエスキモーの少年』

【書評】 『父さんのからだを返して–父親を骨格標本にされたエスキモーの少年』
(ケン・ハーパー著、鈴木主税・小田切勝子訳、2001.8.20.発行、早川書房、2,500円)

題名からして少々センセーショナルな物語であるが、原題もこの通りである。ただ副題に「ミニックの生涯、ニューヨークのエスキモー」とある。

ミニック・ウォレスは、北極探検家ロバート・ピアリーが1897年にニューヨークに連れてきた北極エスキモー(現在ではイヌイットと呼ばれることが多い)6人のうちの最年少の少年であった。

さて探検家ピアリーは、何故北極エスキモーをニューヨークに連れてきたのであろうか。これについて本書は、こう推測する。

「ピアリーは、科学的な人間であることを自慢にしていた。著書や講演ではよく、北極探検は科学の探究だと述べている。北へ遠征するたびに科学的な標本を持ち帰り、その多くは、しばしば回り道をして、アメリカ自然史博物館にたどりついた。おそらく、この6人のエスキモーも、それまでにピアリーが収集した頭蓋骨や人骨と同じように、ただの標本だったのだ。しかも、まだ血管に血が流れているのだから、さらに興味をそそるものだったろう」。

さらに「ピアリーは、名前を知っているほかのエスキモーの遺体にも不健全な親近感を抱いていた」。つまり「ピアリーは、1896年に、前年の冬に伝染病で死んだエスキモーたち(中略)の頭蓋骨や遺体をせっせと墓から掘り出して、遺体をニューヨークへ運んだ」というのである。

これに付け加えるならば、このような標本、特に生きたエスキモーの連れ帰りについては、博物館の一人の人類学者(フランツ・ボアズ)博士がピアリーに吹き込んだようである。またわれわれは、探検家ピアリーの位置・姿勢と自然史博物館およびそのパトロンであるМ.K.ジェソップ──彼はまた「ピアリー北極クラブ」の会長でもあった──との関係を理解するであろう。すなわちピアリーは探検を続けていくためには、パトロンの援助に頼らざるを得ず、その歓心をかうためにさまざまな標本(もちろん輸入税は課せられていない)を持ち帰っていたのである。これらの標本は、世間的にはピアリーから博物館へ無償で寄贈され、資料とされたが、実際にはこれらの多くは、その後「ピアリー北極クラブ」に放出された。このような仕組みの中で、6人のエスキモーたちも連れてこられたのである。そして環境の激変の中で4人が病死した後(一人は後に帰郷している)、彼らの脳が取り出され、解剖が行なわれ、自然史博物館の骨学部門へと運ばれた。さらにミニックの父キスクの骨格が標本としてガラスケースの中に展示されることとなった。

当時19世紀末の人類学は、科学としてはまだ出発したばかりの時期で、昔の骨相学の痕跡をとどめていた。このため世界中の人間の頭蓋骨や骸骨の収集・測定比較が主な仕事であると考えられていた。しかもそこには人種差別と性差別という偏見が抜きがたく根差しており、この視点からエスキモーも研究されたのである。

「彼らは、世間一般の人々と同様、人類学者であっても、男性は女性よりもすぐれていて、白人は黒人よりもすぐれているときめつけていた。エスキモーは科学者のあいだにも強い関心を呼び起こしたが、それは彼らが世界中で最も厳しい環境の中でなんとか暮らしを立て、同時に豊かな文化をはぐくんでいたからである。エスキモーは、注目に値するが、白人ではなかった。そしてその事実だけで、彼らもやはり劣ったものとして位置づけられたのである」。

さらにこれら科学者たちの姿勢を端的に示す事実としては、キスクが死んだとき(1898年)に、「ミニックのために、偽の葬式」が計画・実行されたということであろう。この件について本書は、こう記している。

1909年、当時コロンビア大学の人類学部に所属していた「ボアズの主張によれば、埋葬の目的は、『少年をなだめること、父親の死体が切り刻まれ、その骨が博物館の収蔵物に加えられていることに少年が気づかないようにすること』だった」と。

つまりこの一件は、意識的なものにせよ無意識的なものにせよ、これにかかわった人々の放漫さを表わしている。

しかしキスクの骨格標本の件は、約10年後に若者になったミニックが父親の葬式の真実を知ったとき、大きな問題を引き起こすことになる。すなわち1907年にニューヨークの《ワールド》紙の特集板が、「父さんのからだを返して」という見出しとともに、この件を掲載して、ミニックの父親の遺体の返還を求めた。また続いて《ワシントン・ポスト》紙もこの件を報じた。しかし自然史博物館は言葉を濁し、諸般の政治的事情も絡んで、結局この件はうやむやのうちに、その後100年近くも放置されることになった。

その後ミニックは、絶望のまま一時グリーンランドに帰郷したこともあったが、再度アメリカにまいもどり、最後はニューハンプシャー州ピッツバーグ(当時は木材の町として成り立ちはじめの辺境の地であった)で木材伐採夫として労働中に、スペイン風邪で死亡し、その地のインディアン共同墓地に埋葬された(1918年)。

本書は、ミニックに焦点を合わせて、近代アメリカ極北部の探検の模様とその当時の自然科学者たちの姿勢を描いたものであり、ミミックの比較的短い人生にかかわった諸問題・諸個人は、はからずもアメリカ社会の近代を裏側から映し出す鏡となっている。しかし著者の「あとがき」によれば、「1986年にこの本が最初に出版されたとき、アメリカ自然史博物館は困惑した」。というのも「ミニックやキスクと仲間のエスキモー遺体をどんなふうに扱ったかを長年にわたってうまく隠してきたのだが、問題の出来事から一世紀近くたったいまになって、その一件が再び博物館を悩ませはじめた」からである。「だが、世間の関心は薄れ、キスクの骨はその後も受けいれ番号99/3610として、(中略)博物館のケースに横たわっていた。父親の骨を博物館から取り戻してきちんと埋葬してやりたいというミニックの願いは実現しなかったのだ」。そして「博物館は、この唾棄すべき一件とのかかわりを否定するために、必要とあらば嘘をつきつづけていた」。

しかしその後、1990年にアメリカ先住民の墓および埋葬に関する法律が成立し、1992年に本書が2人の新聞記者によって「再発見」される時期になると、事情は変わった。そしてようやく1993年になって、キスクと他のエスキモーの遺体は、博物館から出されて、グリーンランドの埋葬されたのである。

以上のように本書は、近代社会・近代科学の波に巻き込まれた北極エスキモーの状況を伝えてくれる。これによってわれわれは、「近代社会」が「科学の研究」のためであるとしてきた事柄の身勝手さと高慢さの一部を垣間見ることができるであろう。しかしこの身勝手さと高慢さが現在のわれわれ自身には無縁であるとして否定できないところに、近代社会の構造の問題があるように思われる。

本書にはドキュメントとしてはやや無駄な部分も散見されるが、近代社会・近代科学の視点そのものが問いなおされている時代にあって、人類学という舞台で繰り広げられた「科学」の意味を象徴的に問うている。(R)

【出典】 アサート No.229 2002年10月26日

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【投稿】迷走する日朝関係

【投稿】迷走する日朝関係  
 
 「歴史的」と称される9月17日の日朝首脳会談は、小泉首相にとって満足のいくものであっただろう。 それは、「平壌宣言」としてまとめられた会談の成果という問題においてではなく、会談自体がもたらした、内閣支持率の回復という結果においてである。
 古今東西、内政に行き詰まった政治家(政権)は、戦争を含む外交によって失地回復をめざすものと相場が決まっている。
 今回の訪朝もそうした例に洩れず、構造改革と景気回復が、いっこうに進まない中で、起死回生をねらった「ウルトラD」だったことは疑うべくもない。
 一方の金正日総書記にしても、破綻した経済と、続発する亡命事件から垣間見える支配体制の綻び、さらにはアメリカ・ブッシュ政権による圧力という、国内外の危機的状況を回避していくために是非とも必要だったのが、今回の会談である。
このように、今回の首脳会談は小泉、金両政権の延命策として設定されたものであるがそれをより活用しているのは、小泉首相のほうである。想像以上の悲劇的な結果が判明した拉致事件にしても、小泉政権は北朝鮮カードとしてあからさまに政治利用をしてはばからない。
 小泉首相は10月14日、山形県鶴岡市での衆院補選の応援演説で「北朝鮮は拉致して殺す」などと発言、有権者の反北朝鮮感情を煽り、自民党への投票へ誘導しようとした。
 これにはあまりに露骨であると、批判が集中したため、小泉首相は「そういうことを言う人がいる」と取り繕ってはいたが、翌日は拉致被害者5名の帰国予定日であった。本当に国交正常化をすると決断し、また拉致被害者や家族の心情を考慮していたなら、微妙な時期にそうした発言は出なかったはずである。
 補欠選挙の結果如何では、現在開会中の臨時国会で、経済政策など難題を抱える連立政権は窮地に追い込まれる可能性がある。その場合小泉首相は、さらに徹底して北朝鮮カードを利用するだろう。小泉首相にとっては、首脳会談の探究の目的であったはずの日朝国交回復もカードの一つにすぎない。
国交回復に固執することが批判を招き、自らに不利と判断すれば、正常化交渉の中断と言う形で、いとも簡単に切ってしまうだろう。
 事実「平壌宣言」では、国交正常化の早期実現に、拉致問題に関する前提条件は付けられていなかったのが、再び拉致問題の解決なくして国交正常化はあり得ない、というトーンに変化してきている。
 なにをもって拉致問題の解決とするのかを示さないで、それを条件にするのでは国交正常化は不可能、と言うことである。
 ここに来て、国交正常化を至上命題とし、被害者の安否確認と「平壌宣言」第3項目の確認=「日本人の生命と安全にかかわる懸案問題」で、拉致問題の収束を目論んだ外務省の目論みもはずれた。その意味で外務省も会談のお膳立てに使われただけだったと言えるかもしれない。
 こうした中10月3日、北朝鮮は訪朝したアメリカのケリー国務次官補に対して、核兵器用高濃度濃縮ウラン開発を継続していたことを明らかにした。この事実は「平壌宣言」第4項目の核、ミサイル開発についての確認に相反するものであり、日朝双方の背信行為によって「平壌宣言」は、発表後一月あまりで効力を失ってしまったと言っても過言ではない。
 10月29日にはマレーシアで国交正常化交渉が再開されるが、すでに日本政府は核問題を巡り、北朝鮮が開発中止と、国際機関(IAEA)の査察を認めなければ、交渉中断もあり得ることをほのめかしている。
 こうしたことから、日朝交渉は振り出しに戻る可能性が高くなっている。そもそも首脳会談自体が両政権の利害を最優先するものであった以上、利用しつくして終わるのは当然の結末ではある。
 ただ、現時点での中断は経済支援を求める金正日政権には、ほとんどメリットがないまま、と言う状態であり、さらなる対日不信の拡大と、北東アジアの緊張激化=「不審船」活動の再開、「テポドン」の再発射などを招く結果となろう。
 しかし、そうした事態さえも小泉首相は巧みに、有事関連法案の成立など政権運営に利用していくのであろう。
 狐と狸の化かし合いでは、いまのところ狐が一枚上手と言うところだろうか。

(付言)拉致事件が明らかになって以降、各政党が見解を明らかにする中、社民党は右往左往したあげく、朝鮮労働党に抗議するという醜態を見せた。
しかし社民党の問題点は拉致問題だけではない。社民党は社会党時代から最近まで積極的に北朝鮮、朝鮮総連の意を受け、時として外国人登録法改正ー指紋押捺廃止や地方参政権確立など、民主主義・人権運動に混乱を持ち込んできた事についても、この際自己批判すべきではないか。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.229 2002年10月26日

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【投稿】 米・新保守主義–対イラク先制攻撃論がもたらすもの

【投稿】 米・新保守主義–対イラク先制攻撃論がもたらすもの

<<「アルマゲドンの可能性」>>
 米国のイラク軍事攻撃がいよいよ現実的可能性を帯び出してきた。しかしそれは同時に、全世界にさまざまな矛盾と対立、問題を投げかけており、スコウクロフト元米大統領補佐官に言わせれば、イラク攻撃は「中東地域全体を煮えたぎった大釜に変え、世界規模の対テロ作戦をぶち壊しかねない」ものであり(8/4CBS「フェイス・ザ・ネーション」での発言)、さらにこのイラク攻撃は、「イスラエルを巻き込んだ核兵器によるアルマゲドン(世界最終戦争)」となる可能性を警告している(8/15ウォール・ストリート・ジャーナルへの寄稿「サダムを攻撃するな」)。
 ブッシュ米大統領は、9/12の国連演説で「単独でもイラク攻撃を辞さず」との強硬姿勢を示し、続いて国連に対し数週間以内をめどとしたイラクに対する期限付の大量破壊兵器査察受け入れ決議を要求、「国連が気骨のあるところを示す好機だ」と突き放し、決議採択に手間取れば米国は単独で行動することを明らかにし、「はっきりさせておく。問題に対処する必要に迫られれば、米国はやる」と断言(8/14、キャンプデービッドでの発言)。同日、チェイニー米副大統領も「国連がやらなければ米国がやるということだ」と念を押し、核兵器の使用さえ公言しかねない焦燥感に駆られた露骨で危険な姿勢が明らかになってきた。このチェイニー副大統領はすでに8月末に「フセインはうまく偽装し、武器を隠してしまうから、査察チームを派遣しても無駄だ。今すぐイラクを攻撃した方がいい」と述べている。

<<イラク攻撃「細部計画」>>
 すでにイラク攻撃の「細部計画」が暴露されている。7/5以来、1ヶ月近くに渡ってニューヨークタイムズ紙が報道した「戦争計画」によると、「米国はイラクの南・北・西方など3方面から、25万人の陸・海・空軍が同時に攻め込む作戦計画を打ち立て」、さらに「海兵隊と歩兵をクエートに進撃させると同時に、数百機の戦闘機がトルコ、カタールなど8カ国の基地から発進し、イラクの空港・鉄道・光ケーブル通信網を掃討」し、その際の前進基地は、ヨルダンを利用、首都バクダットを先に掃討するというものである。
 ラムズフェルド国防長官が、こうした「秘密情報の流出は、テロリストらの行動を阻止すべき国家の能力を阻害し、米国人らの生命を危うくしている」と、省幹部に「警告メモ」を発した国防長官のそのメモまで報じられ、「政府が意図的にリーク」している可能性も指摘されている。
 9/14のイランとサウジアラビア首脳会談で両首脳はイラク攻撃反対で一致し、サウジ国王代行のアブドラ皇太子は「イラクに対する攻撃はイラク国民とともに、周辺国に取り返しのつかない損害を与える」との姿勢を明らかにしている。こうしたサウジアラビアのイラク攻撃反対姿勢で駐留米軍基地が使用不可能な事態に対応して、すでにカタールの首都ドーハ南部のウデイド空軍基地では、施設の拡張・新設工事が急ピッチで進んでおり、カタール政府はイラク攻撃との関係は否定しているが、外相は、「米国の要請をはねつけるだけの力はわれわれにはない」と、対イラク戦での米軍への基地提供を容認する発言をしている。一方ヨルダンの外相は「演習は自軍の戦力強化が目的」と述べ、イラク攻撃で米軍への協力の意思がないことを明言している。
 9/4ロイター報道によると、この1カ月で3回にわたって米軍軍事海上輸送船団(MSC)が、米南東部海岸から「戦車などをペルシャ湾にある港湾まで兵器を輸送するため」、一般貨物船をチャーターしたことを米国防省は認めたという。着々と一方的軍事攻撃体制が進められているのである。

<<ネオコン四人組>>
 しかし、こうした事態にもかかわらず、ブッシュ政権は孤立を深めている。国連決議を無視した一方的な対イラク攻撃には、イギリス以外のほぼすべての国が反対し、すでにドイツのシュレーダー首相は、「私が首相を勤める限り、ドイツがイラクに対する軍事介入に加担することはない」と、イラクへの軍事行動への反対をあらためて表明し、こうした姿勢は欧州各国の支持を得ているとの認識を示し、さらに「アメリカで話が進んでいるイラク攻撃は対テロ軍事行動と全く異なる」ものだとして、そうした事態が進行した場合、クエート駐留のドイツ連邦軍を撤収することも明確にしている(8/4ベルリンでの記者会見)。9/5のニューヨークタイムズ紙は、このシュレーダー首相の「イラク攻撃反対論」を1ページ全面を使って大きく取り上げ、「仮に国連決議があっても反対」と断言し、「苦言を呈することこそ親友の義務」と言い切るシュレーダー氏の明確なメッセージを伝えている。同じ親友でも露払いか旗持ち役に終始している小泉首相との歴然たる違いが浮き彫りにされている。
 当然、米国内でも反対論が沸騰し出している。ブッシュ政権の登場とともに台頭してきた「新保守主義派」(ネオ・コンサバティブ、略称「ネオコン」)、その中心であるチェイニー副大統領=ラムズフェルド国防長官=ウォルホヴィッツ国防副長官=パール国防政策委員会委員長という「四人組」が孤立し始めたのである。彼らは、従来型保守勢力の妥協や協調、均衡戦略を排し、単独行動をあえて実行し、力による秩序、強力な同盟関係、アメリカの利益にかなうグローバルスタンダードの拡大を追求し、「アメリカの秩序」を実現する「アメリカ一強主義」(ユニラテラリズム)に基づいた「新帝国」の実現を夢みているのである。京都議定書や包括的核実験禁止条約(CTBT)からの離脱、大陸間弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの一方的脱退、等がその現れであり、核攻撃を含めた先制攻撃論の合理化がそのもっとも危険な様相を呈していると言えよう。

<<「仮に議会が反対しても」>>
 こうしたネオコン勢力に対して、身内であるはずのスコウクロフト元国家安全保障問題担当大統領補佐官ら共和党の重鎮が、同盟国の同意も取りつけずにイラクを先制攻撃すれば、世界的な支持が失われるおそれがあるばかりか、アメリカ史上初めての「侵略」を犯すことになりかねないと表明し出したのである。前述のスコウクロフト発言がそうである。こうした流れに、ベーカー元国務長官、キッシンジャー元国務長官も加わり、ブッシュ・パパ政権の国務長官であったイーグルバーガーもABCニュースで「すべての同盟国が反対する中で、なぜ今イラク攻撃を行われなければならないのか」と疑問を投げかける事態となっている。そしてブッシュ・パパ元大統領までもそれに加わったと見られている。マンデラ前南アフリカ大統領は、イラク攻撃に強い反対の姿勢を伝えるために、「ブッシュ大統領を説得するために何度も電話をしたがコンタクトが取れなかった」、そこでブッシュ・パパと会話し、「息子・ブッシュ」を説得するよう頼んだことを明らかにしている。
 さすがのブッシュも動揺しだし、9/4には、上下両院の議会指導者と会って「議会の意見を聞く」という約束をし、「友人や同盟国だけでなく、議会の助言も求めるつもりだ」、自分は「忍耐強い男」だと強調し、戦争だけが選択肢ではないとほのめかしさえし、「あらゆる選択肢を考え、外交交渉や情報の面で何ができるかを検討する」と述べた。しかしその舌の根も乾かないうちに、「仮に議会が反対してもそれには拘束されない」と言い出す始末である。
 米ABCテレビが9/3に公表した8/28の世論調査によると、「イラクへの軍事行動を支持する」という意見が、前回8/11は、69%であったのが56%に急落、「同盟諸国が反対でも軍事行動に賛成」は前回54%から39%に急落している。ブッシュ大統領に対する全般的な支持率も61%に低下している。昨年のテロ攻撃直後の90%を越えるような支持はもはや再現し得ない事態となっている。株式バブル崩壊後の行き詰まりをもこの際、軍需経済と戦争政策によって盛り返そうと言う周知の政策には、熱狂的な支持などとても得られない事態といえよう。

<<「過度な期待」>>
 先ごろ行われた日米合同の世論調査(8月31~9月1日・朝日新聞、8月22~25日・米ハリス社)によると、ブッシュ政権が検討しているイラクへの軍事行動に、賛成が日本=14%に対し、米国=57%、反対が日本=77%に対し、米国=37%であった。イラクへの軍事行動に日本は「協力したほうがいい」が20%に対し、「協力しないほうがいい」が69%に達している。日本の世論の圧倒的多数は、イラク攻撃に反対し、米軍への協力にも反対しているのである。
 こうした最中に突如、小泉首相のピョンヤン訪問、日朝首脳会談が発表された。記者会見では「1年ぐらい前から水面下でいろいろな交渉をしてきた」と述べているが、実際には7月のブルネイでの日朝外相会談、その後の局長級協議からだと見られている。そこには秋以降のイラク攻撃を見据えたブッシュ政権の意向が働いていると言う見方である。先走り、勇み足に過ぎた「悪の枢軸」発言で、「ならず者国家」を同時に叩くことはいかにアメリカといえども不可能である。当面するイラク攻撃戦略に集中せざるを得ない事態の中で、北朝鮮と関係の深い中国、ロシアを同時に敵に回す愚策はとれない。当面は事態を安定化させる積極的な必要性があった。そこにブッシュ盟友を自負する小泉首相のパフォーマンス外交、側面支援外交が浮上したのだともいえよう。事実、福田官房長官は『米国には事前に報告した』と述べ、了承も得ていることを明らかにしている。
 小泉首相は「日本人拉致問題の解決なくして日朝正常化交渉なし」といった高圧的な態度をとりながら、9月17日だけの日帰り会談では懸案を解決することなどそもそも不可能であろう。懸案解決の前提には、強制的な植民地支配に対する不法性を認めた上での謝罪及び賠償、戦中の国家及び個人への被害に対する賠償が、最重要議題として提起され、解決の方向性が示されることが必要なのである。
 小泉首相は記者会見で「過度の期待はしないでほしい」と述べたが、「過度な期待」が全世界から寄せられているのである。首脳会談の積極的意義を認めつつも、それがブッシュ政権の単なる露払い役なのかどうかを全世界が注視していると言えよう。(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.298 2002年9月21日

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【投稿】「劇場型民主主義」の行方~「観客」と「舞台」の一体化を~

【投稿】「劇場型民主主義」の行方~「観客」と「舞台」の一体化を~
                                          何時の頃からだろうか。マスメディアという媒体を通じて、有権者が「観客」となり、政治家たちが「舞台」の上での演者であるかのような政治-「劇場型民主主義」と呼ばれる時代が始まったのは。
 思い起こせば、いわゆる「マドンナ旋風」が吹き、土井社会党が勝利した時期から、その傾向が見られ始めたのではないだろうか。それまでの、階級・階層の利益を代表する政党を基軸とした政治、その表現としての選挙戦といった構図に変化が生じ、男社会にハッキリもの申す土井たか子を中心に、女性候補が次々に勝利を収めたのである。
 変化を決定づけたのは、8党連立の細川政権を誕生させた’93年の総選挙である。政党支持別のシェアでトップを占める、いわゆる「無党派層」の動向が大きく鍵を握るようになった。
 その変化は、国政選挙から地方選挙にも拡大していくこととなる。’95年の統一地方選挙において、東京都知事選では青島幸男、大阪府知事選では横山ノックが、既成政党の候補者を大差で破り、勝利を収めたのである。その流れは4年後の’99年の統一地方選挙でも変わらず、東京都知事選での石原慎太郎の勝利、そして、横山ノックの圧勝による再選を生み出した。
 このことは、同じく無党派層を惹きつけて相前後して誕生した、高知県の橋本知事、宮城県の浅野知事、三重県の北川知事とは、政策の明確さ、候補者のタレント性、マスコミの注目度(言い換えれば扇動度)から見て、趣を異にする。彼らの場合、行政課題への明確な指針を示しているが故に、選挙の勝利そのものよりも、その後の行政活動によってむしろ評価を高めていったと言える。
 国政レベルでの劇場型民主主義の極めつけは、’01年の自民党総裁選である。国政選挙にとどまらず、ついには一政党の党首選挙においてさえ、パフォーマンス型による選挙戦の勝利を呼び込むことになったのである。
 地方レベルでの極めつけは、やはり長野県知事選であろう。知事不信任決議という、本来ならば政治的には決定的に不利な条件をモノともせず、むしろ有利な材料にしてしまい、圧倒的な勝利で幕を閉じる結果となった。ダム建設や公共事業、政治手法などが論点となったのであるが、それぞれの候補者の政策の是非よりも、既成の政治勢力による「いじめ」へのアンチテーゼとしての田中康夫の勝利と考える方が分かりやすい。そのことは、’99年の横山ノック再選と同様の構造であったとも言える。
 このような流れを踏まえるならば、無党派層を意識した政治活動や政治手法、そして選挙戦略を描かざるを得ない政治状況であることは事実である。憲法、安保、経済、福祉など政策を基軸とした政界再々編が叫ばれて久しいが、現実はむしろ、分かりやすさやイメージ、パフォーマンスに引っ張られているのである。
 その典型的な事例が、’01年の参議院選挙である。既成勢力に切れ味鋭く迫り、小泉首相ともイメージをダブらせつつ、インテリ層から母親の介護により大衆的な支持までも取り付けた桝添要一を擁立した自民党と、取り敢えずは有名だからといって、政治的なスタンスはいまいち分かりにくく、大衆受けとしては中途半端な大橋巨泉を要した民主党における、マスコミをも意識した選挙戦略の違いが、結果の差に結びついていったのである。
 このような「劇場型民主主義」を一概に否定することはできない。無党派層が政治的にまったく無関心となり、既成勢力の組織型選挙のみに政治が決定づけられてしまうよりは、「観客」がより多く、「舞台」に興味を持つ方が、民主主義にとっては好ましいことである。ただ、危惧されることは、「観客」が「観客」のままで終わってしまうこと(関心が必ずしも投票率に結びつかない昨今の傾向)、「観客」の質が「舞台」の質を規定し、また逆に「舞台」の質が「観客」の質を規定しまうことである。それは、「舞台」の演出者であるマスコミによるところが大きく、ナチス・ドイツの例を引くまでもなく、時には極めて危険な結果を招くことになる。
 一方、「劇場型」にすらなっていない民主党党首選の動向も気になる。薬害エイズの実績で頭一つ抜けている菅直人の復権が、パフォーマンス面からみた大方の予想ではあるが、野党第一党の党首選としては、あまりに「観客」が少なくシラケており、「舞台」の面白みにも欠けるのである。サポーター制にしても、都道府県別の人口によって得票ポイントを割り振ったが故に、党員やサポーターが少ない=有権者一人あたりのポイントが多く効率的な県を積極的に固めに回っているという報道を聞くと、暗澹たる思いを抱いてしまう
 「劇場型民主主義」は、ホンモノの舞台芸術と同様、「観客」と「舞台」が一体化してこそ、成功し、真の民主主義に発展する。その意味では、長野県知事選は、前回選挙に比べて、その距離を縮めたという点では、評価できるのである。また、地方政治における、住民投票や情報開示、行政評価システムなどの実験や実績の積み重ねは、選挙時における一時的なものにとどまらず、一体化を仕組みとして定着させるものであるとも言える。
 この秋の民主党党首選から10月の国政選挙の補欠選挙、そして来春の統一地方選挙の流れの中で、「劇場型民主主義」の発展、「観客」と「舞台」の一体化が、一歩でも進んでいくことを期待するのである。
                          (大阪 江川 明) 

 【出典】 アサート No.298 2002年9月21日

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【投稿】まかり通る隠蔽工作・・原子力行政の破綻

【投稿】まかり通る隠蔽工作・・原子力行政の破綻
                                 
 雪印食品、日本ハムと相次いだ偽装事件は、食肉業界と農水省が「癒着」していたことが大きな原因であり、国民から大きな非難を浴びた事は記憶に新しい。我々が日々の生活に必要な食料品であり、また日々スーパーなどで購入していたことから、逆に我々は、購入ボイコットとでも言える手段で、その企業に対する制裁を加えることが可能であった。また、スーパーなど食料品店も、その企業の製品を陳列棚から排除することで、犯罪企業に加担しないという姿勢を見せた。その結果、雪印食品は企業存続を断念することとなった。
 こうして、企業倫理の不信が強くなる中、8月末に東京電力による原発トラブルの隠蔽工作が明らかになった。果たして、食肉偽装企業に対して行われた対応は、どこまで追求できるのだろうか。さらに、東京電力の隠蔽工作に行政機関が関与していなかったのか、が大きく問われることになるだろう。
 
<安全神話はすでにない>
 8月27日、東京電力は、新潟県柏崎市・刈羽村の柏崎刈羽原発3号機で定期検査中にシュラウド(炉心隔壁)のひび割れが広範囲に点在していることを発表している。9月中に実施予定のプルサーマル計画は困難な状況との報道である。
 さらに、29日には経済産業省原子力安全・保安院は、東京電力の福島第一、第二、新潟柏崎刈羽の3原子力発電所で、「80年代後半から90年代にかけて実施された自主点検データに虚偽記載が見つかり、トラブル隠しの疑いがある、と発表」。ひび割れに関する記録など29件あり、修理が必要であるにも関わらず、それら原発8基が修理もされず稼働中であるという。
 まったくふざけた話である。「安全神話」もあったものではない。
 私は原子力問題に詳しいわけではないが、この事件に関する「不信」は次のようなものである。
 第一にまず、原子力安全・保安院という聞き慣れない名称だが、省庁再編によって科学技術庁で行われてきた原子力エネルギー政策部門と通産省の産業保安部門が一組織として経済産業省に移管された組織である。そのホームページに報告書が掲載されているが、「・・これらの事案は、直接原子炉の安全性に重大な影響を及ぼすものではないため、定期検査において国が直接立ち会って確認を行う対象には含まれず事業者が自主点検をおこなうものです。しかし・・原子力安全行政にとっては・・・」と、隠蔽されたトラブルが安全上は問題がないと強調していること。本当にそうなのか。
 第二に、電力総連(東京電力労組が加入している産別)のHPでは、保安院の安全には問題がないが、原子力安全行政上遺憾な事態であり、組合としてもチェック機能を果たしたいとしている。ほんとうか??と言いたくなる。原子力不信は深まるばかりだ。
 
<2年間も公開しなかったのは何故か>
 安全上問題ないのなら、なぜ2年間も調査に時間がかかったのか。これも馬鹿にした話だ。不正報告が行われた18箇所はすでに修理ずみで、残りの11箇所はそのままで稼動しているらしい。保安院は2年間、隠していたわけだ。癒着と言わずにおれない。
 保安員の言い訳はこうだ。2000年7月に情報提供(内部告発)があり、東京電力の現職、退職社員から事情を聞いても、調査は進展せず、自主点検は保安院の権限ではなかったため、調査は進展しなかった。こうして棚晒しされていたものが、ようやく、昨年の11月にGEII(点検を行ったGEの関連会社)が内部調査をはじめ、その結果を基に今年5月にやっと東京電力に「社内調査委員会」が出来て、今回の報道となったらしい。
 やる気のない調査、癒着した調査とはこういうものだ。また、74年当時の東京電力社員が、福島第一1号機にトラブルがあったが、報告書に書くなら責任はもてないと当時の通産省の調査員に隠蔽を「指示」されたという証言も出てきた。さらに、シュラウド損傷の可能性のある原発について、東京電力は保安院に最近の点検報告で「異常なし」の報告をしていたことも分かってきている。
 
<プルサーマル計画早期実施を断念>
 柏崎でもプルサーマル計画は、住民投票で反対の意思が示されたにも関わらず、国・東京電力とも推進の姿勢を崩していなかった。しかし、相次ぐトラブル隠蔽報道の前に、早期実施を断念することとなった。住民の反対の声を無視してきたツケは、墓穴を掘ることで帰ってきた。
 さらに政府・保安院の姿勢にも批判は強まっている。
 保安院は、9月2日から3つの原発と東電本社に立ち入り調査を行った。原子炉等規制法と電気事業法はいずれも、電力会社に国への安全点検などに関する報告を義務づけており、違反性の有無が焦点であった。しかし、保安院は13日、「6件に法令違反の疑いがある」などと調査の中間まとめを報告したが、記者会見では行政処分や刑事告発は考えていないと表明し、早々と幕引きを行おうとしている。まだ最終報告書もでない段階で。果たして、福島県や新潟県などの原発立地の市町村からは、批判の声が相次いでいる。
 
<東京電力 隠蔽が常態化>
 東京電力の社内調査結果が報告されたが、そこには隠蔽工作が常態化していたことが報告されている。自主点検の報告書は、問題の29件の内15件について、「社会常識、企業倫理に照らして許されない改ざん」であったことを認め、「異常なし」と報告した福島第一1号機のケースなどは、不正に不正を重ねたケースだったとされている。また、点検結果の改ざんが繰り返されたのは、修理のための原子炉ストップによる企業収益を低下を避けるためだったという。9月17日には公開される予定と言うが、さらに批判を浴びるのは必死だ。
 
<安全性に問題がないのなら>
 安全性の確保こそが点検の目的であり、監督庁たる保安院の職務もそれだ。今回隠蔽されてきた自主点検によって明らかになっていたシュラウドの損傷にしても、そもそも安全性に問題がないのなら、なぜ隠したか、ということだ。隠蔽が明らかになった今になって、「安全性には問題がないが、原子力行政上の信頼にとって問題」とするのは二重の意味で欺瞞である。
 高まる批判の中、東京電力は、日経連(新)の副会長職も辞任せざるを得なくなった。確か連合の笹森会長は東京電力出身のはずだが、連合のHPにはこの事件の見解も掲載されていない。保安院は今になって関西電力など、他の原子炉も調査に入ると言い出した。
 日本ハムのように不買運動というわけにもいかない。なにしろ電力は独占企業なのだから。安全への信頼は、隠蔽によっては生まれない。第三者委員、住民、反対派も参加し監視システムを作って徹底した調査とその公表、社会的制裁が求められている。(佐野秀夫)  
 【出典】 アサート No.298 2002年9月21日

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【投稿】「予防保全型」安全管理の崩壊

【投稿】「予防保全型」安全管理の崩壊
                       
 東京電力は8月29日、1980年代後半から原発検査記録の改ざん等を行っていたことを明らかにした。東電発表の前に奇妙な発表が続けてあった。8月22日発表の福島第一原発3号機の制御棒系配管36本のひび割れであり、23日発表の柏崎刈羽原発3号機の炉心隔壁(シュラウド)のひびである。さらに27日には同柏崎刈羽原発3号機のシュラウド下部に新たなひびが30本も点在していると発表した。通常、これだけ大量のひび割れが1回の定期点検で発見されることはありえない。点検を怠っていたか、検査記録の発表をしてこなかったかのどちらかであることは明らかであった。

 少しさかのぼって、7月6日、経済産業省原子力安全・保安院は「全国の原発を故障回数や被ばく管理など運転成績に応じて格付けし、格が高い原発は最低限の検査項目で済ますなど優遇措置をとる一方、低い原発は重点的に検査を行う安全管理制度を導入する方針」(2002.7.7 福井新聞)だと発表した。これだと、一見、検査制度が改善されるのかと錯覚するが、本音は原発機器・設備の「予防保全」から「事後修理」への根本的な安全管理体系の変更を目指すものであった(2002.8.26 福井新聞)。東電の記録改ざん発表後も保安院は「原発の機器、設備に損傷があった場合に、直ちに補修が必要なのか、運転を続けられるのかを客観的に判断するための『許容欠陥基準(維持基準)』を2003年度に導入する方針を固めた」(2002.9.4 福井新聞)として、安全管理体系の変更を明言している。

 日本の原発の安全管理の特徴は「日本では、世界に例がないほど厳密な『定期点検』を実施している。1回の定期点検に費やす費用は、約50億円と推定される。欧米が発生対応型(トラブル処理)に対し、日本は予防保全型である」(「プルサーマルの科学」)と技術評論家の桜井淳氏は述べている。「予防保全」(PM)とは機器・設備が故障したり破断したりする前に機器を修理したり、一定期間の年数の経過した機器や設備はそっくり取り替えてしまい、安全を保とうということであり、この「予防保全」の考え方は何も原発だけに限らず、全ての産業に共通する機器・設備保全の考え方であり、共通するからこそ、日本の技術者は原発の検査内容に一定の(ある程度の)信頼を置いてきたのである。たとえば、自動車の2年に1回の車検では特に悪くなったわけでもない電気プラグやエレメントを交換するということも、車が走行中に突然故障しないようにするということであるから「予防保全」の考え方である。「日本の原子力発電所に適用されている定期点検の技術基準は大部分がアメリカ機会学会で定めたものをそのまま借用している。そこには過去に産業現場、特にボイラーや火力発電所、原子力発電所などで得られた安全実績や経験則、ノウハウ等が反映されている。そのため確かに工学的根拠」桜井淳「プルサーマルの科学」)があったのである。そうした貴重な工学的根拠となるべき事故を、検査結果を改ざんすることによって東電は十数年間にわたりどぶへ捨て続けてきたのである。

 今回の改ざん事件から図らずも明らかなことは電力会社には工学的解析能力が全くないということである。もともと今回の改ざん事件もGE社の子会社の社員からの内部告発によるものであったが、検査体制を下請け会社に依存し(下請けが悪いというのではない)、自らは検査結果から何も学び取ろうとせず、ひたすら隠そうとする姿勢からは東電のエンジニアは既に工学を捨てたとしかいいようがない。それをさらに追認し、原発から「予防保全」を捨てさろうとする保安院にはさらに技術者としての良識のかけらもないといわなければならない。(福井:R) 

 【出典】 アサート No.298 2002年9月21日

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【投稿】勘違いしている人も多いので

【投稿】勘違いしている人も多いので
                   
 6月に岩倉新さんから交流ページに書き込みをいただいた。
  「・・・今こそ統一要求、統一求で、広範な大衆行動で闘う時だとおもいます。かつての私達に戻って、セクト主義捨てて、大衆的な行動をもう一度作り上げませんか。だって新時代派でしょ。・・」
  思いは一緒だという気がします。でもちょっと私は違うな、と思っているんです。
  今回はこのことについて、これまでの議論経過も含めて書いてみたいと思います。
 
 第一に、岩倉さんの思いはよく分かります。今こそ大きな運動が必要だという点です。しかし、かつての「私達」には戻れないのです。少なくとも我々は、今「セクト」ではありません。かつての歴史はあなたもよくご存知の通りであり、我々の歴史は、日本の共産主義運動の中から始まっています。私もかつては、前衛党の再建という目標を持っていました。いまでも、戦前戦後の先輩達の熱情と辛苦に共感し、最近も「運動史研究」をまとめて購入し、戦前の運動経験を辿っているところです。思いは同じということです。
 しかし、もうセクトではないのです。前衛党主義は捨て去ったのです。前衛党主義と違う地平で何ができるのかという議論こそが必要なのです。
 
 かつての運動とは、どんな運動だったのでしょうか。市民運動の形を取りながらイニシアチブは、確保しておく、市民運動といいながらセクト別の運動体を作る。いわゆる「囲い込み」というものですね。市民運動の旗に並べて党派の旗が立つというわけですね。
 もちろん、我々が育った大阪では、こうしたことは皆無でしたが。(一度だけ思い出すのは、狭山闘争の大動員の時には、大阪府委員会の旗が出ていましたが)
 
 第二に、こうした視点で見れば、今、かつての私達と同様の「運動」を今なお、頑固に守っている皆さんと、同様の運動形態で共闘することなど考えられません。
 私も、職場で、また市民の立場で、様々な運動に関わり続けています。あくまでも個人と言う立場で、そしてその運動の独自発展のためにです。運動には発展段階があり、また目標設定や組織論など、その運動と団体の固有の利益と目標にとって何が大切か、何が求められているか、それをその運動体の固有の発展過程の中でのみ明らかにしていく献身だけは、誰にも負けないという気概は持ち続けてはいますが。
 少し極端な言い方になりました。「共闘することはありません」という言い方はね。もちろん、同様の考え方での「共闘」は有りうるということは了解いただけると思いますが。
 
 第三に、とは言え、岩倉さんの「アサートは少し元気がない」という指摘は、その通りかもしれません。前述の議論があまり進んでいないと言う意味で。
 「改題にあたって」に至る議論過程の中で、むしろ、「青年の旗」「アサート」を出し続けることに意味があるのか、という意見もありました。ある仲間が言った言葉が印象的でした。「我々は、葬式をしているんだ」と言うわけです。
 新しいものを生み出すための充電期間となるのか、まだ私にも分かりません。しかし、葬式をしてしまわないと生まれ変われないと思います。「前衛党主義」のお葬式が少し長くなっていますが、もう少しがんばってみたいと思います。少々意地になっている気もしますがね。 (佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.298 2002年9月21日

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【コラム】ひとりごと–日朝首脳会談に思うこと–

【コラム】ひとりごと–日朝首脳会談に思うこと–

○編集真っ最中の9月17日、歴史的とも言える小泉首相の北朝鮮訪問・金総書記との日朝首脳会談が行われた。○直後の事なので性急な評価はまだ早いだろう。共同宣言によれば国交正常化交渉のテーブルに着くこと、ミサイル実験の凍結、核査察などの国際的合意の遵守など、従来ならば考えられない内容となった。○一方、テレビ報道では、拉致され亡くなった家族の悲痛な叫びを伝えている。小泉首相は明日以降厳しい世論にさらされることになるだろう。特に訪朝前に、今後の政局を巡って、何をもって成果とするか、高いハードルを設定する議論が横行していたからだ。そのハードルからは、安否確認はできたとはいえ、余りに衝撃的な内容となった。北朝鮮は、犯罪国家だとの意識は一層強まり、国民の間には拒否反応が蔓延するに違いない。今後明らかになる、引き上げられた「不審船」に関する調査結果も拍車をかけることになる。○北東アジアの緊張関係の緩和が進むとすれば、8月に発表された防衛白書の「対テロ戦争」という設定にも大きな政策変更が必要となり、日本の防衛政策にも大きな変更が必至となる。小泉政権がそもそも、アメリカに追随するのみで独自のアジア政策を持っていなかった点からも、今回の会談の成果が緊張緩和に寄与するとしても国民の中での少なからぬ共感も拉致問題からの衝撃の前にかき消されてしまうだろう。そういう意味で「歴史的成果」を誇れない不運な首脳会談とも言える。○海外の論調は、北朝鮮の変化を示す会談の結果を評価するものが多い。特にEUは高い評価だ。○小泉首相は記者会見の中でも、政治家としての決断という表現を使っている。その決断が今後の政局に与える影響は大きい。○自民党の中でもかなり深刻な対立を生み出すだろうが、私は、緊張緩和とアジアの平和的環境の実現に向けた日本の平和政策への根本的転換を期待したいところだ。(佐野)

【出典】 アサート No.298 2002年9月21日

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【投稿】米国型資本主義衰退がもたらすもの

【投稿】米国型資本主義衰退がもたらすもの

<<「ニューエコノミーの死」>>
 夏期休暇中のブッシュ、小泉、両首脳とも長期休暇を取っていたそうだが、いずれも身辺に押し寄せ、その地位を掘り崩す動きに気が気ではなく、おちおちとはしていられなかったであろう。米・日両資本主義の足下がこれまでにない規模と質で崩れだし始めたのである。
 「ニューヨーク株式市場でのブームが去った今となっては、それ(株価上昇による資産効果)も幻想にすぎないことが明らかになった。米国の繁栄は、持ちこたえることができないほどに膨らんだ債務に支えられていたのが実態なのだ」、と指摘するロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授のジョン・グレイ氏(8/9付日経)。氏はさらに「米国の繁栄は大部分が低利の融資と外資の流入によって演出されていたのだ」、「多くの米国企業の収益も誇張あるいは捏造されたものだった。事実が明るみに出て、米国経済の奇跡という幻想を生み出した要因はたちまち逆方向に作用し、事態は急変した。」、「今回の事態は大規模な地政学的影響をはらんだ危機の到来なのだ」、「明らかに世界の政治情勢が激変する可能性がある」と、その影響の重大性に言及している。そして、事態が意味することの帰結として、「共産主義の崩壊は米国型資本主義の勝利と喧伝されたが、その時点で米国型資本主義が地球規模で衰退し始めていたと見るほうが実態に近いのではないか」との問題を提起している。
 株価の下落と企業スキャンダルの続発が象徴する「ニューエコノミーの死」は、同時に、90年代のアメリカでは、あらゆる種類の不正行為、粉飾決算、インサイダー取引、利益相反行為が公然非公然に展開され、それには投資銀行家、アナリスト、会計士、コンサルタント、社外役員、CEO(最高経営責任者)、市場当局者、政治家、ジャーナリスト、さらには規制当局者まで巻き込んでいたこと、金融機関や証券会社は、無価値な株価の吊り上げに狂奔し、奇跡的と言われた経済成長も、実態はほとんどバブルにすぎなかった、こうした認識が米国民の間に急速に広がり、さまざまな形で怒りが表明され始めている。なにしろ、アメリカの株式時価総額は2000年3月のピーク時から45%、金額で7兆7000億ドルも減ったのである。株価の右肩上がりを前提としていた確定拠出型年金・401Kで年金を運用する人々は、すでに2000年時点で5割に達していたが(在来型年金被保険者は2割)、この二年で4割以上も株価が下落し、今や生活設計の基礎がぶち壊され、訴訟も頻発している。

<<「企業経営腐敗防止法」>>
 ブッシュ大統領の支持率も、株価急落とともに10ポイント以上の急落である。慌てたブッシュは、11月選挙におびえる共和党議員の突き上げもあって、当初厳しすぎるとして渋っていた、企業トップや会計監査法人の背任や粉飾決算を厳罰に処し、不正経営者を20年の実刑に処するという民主党案による「企業経営腐敗防止法」に賛成を表明。 民主党案が登場してからわずか4カ月で法案が成立。法案に署名直後、早々に、倒産に追い込まれた通信大手・ワールドコムで5000億ドルもの大型粉飾決算をした財務責任者2人を背任と詐欺容疑でFBIに逮捕させている。エネルギー大手・エンロンの「子飼いの政治屋」と皮肉られていたブッシュにしてこの対応である。その点では、小泉内閣の、狂牛病対策から斡旋収賄、脱税に至る数々の次から次へと登場してくる日本の政官業の癒着と腐敗に対する甘い対応と放任、無責任体質が際立っているとも言えようし、それだけ日本の国民がなめられきっているのだとも言えよう。
 いずれにせよ、大統領が「われわれの経済の基盤は強固だ。景気は回復してきている」といくら叫んでも、世界規模での景気後退が再来する兆候が押し寄せ、それはアメリカを震源地としていることを明らかにしてきていると言えよう。7/31、米商務省から発表された02年第2四半期(4-6月)の実質GDP(国内総生産)速報値が前期比1.1%増となり、前期の同5.0%増から大幅に減速し始めた。8/2、米労働省が発表した7月の失業率は前月比横ばいの5.9%。しかし、非農業部門就業者数は市場予測の7~8万人の増加どころか、前月比6000人増(前月実績・同6万6000人増)にすぎない。
 株式市場では景気下触れのリスク拡大への懸念や、企業会計・統治(コーポレートガバナンス)の問題に関連する不透明性の増大に伴い、乱高下を繰り返しているが、いつ暴落してもおかしくない事態をむかえている。ここまでに至った米国経済、バブル経済の根は深いし、そのバブル株高反動の逆資産効果によるマイナス効果は経済のあらゆる分野に悪影響を及ぼし、本格的で重大な景気後退となる可能性を増大させている。

<<再び銀行不安説>>
 最も危険なのは、こうした情勢の打開を戦争政策に求めることであろう。ブッシュは盛んにイラク攻撃の必要性と重要性を吹聴し、世界の同意を取り付けようと躍起である。8/27にはアーミテージ米国務副長官が来日し、「日米戦略対話」を実行に移すという。狙いは来年早々とも言われる対イラク戦・戦費調達であろう。すでに小泉首相は今年2月のブッシュ大統領との会談で「テロとの戦いで日本は常に米国とともにある」と表明している。イラク攻撃などどこの国も今や支持してはいない。そうした中で日本がこれに加担するような事態は、これこそ「悪の枢軸」として、世界中からの「ジャパン・バッシング」を招くことは間違いない。
 その日本の株価もついに10000円台を割りこみ、乱高下を繰り返してはいるが、大台回復の見込みは立たず、8/14現在、9638円であるが、まだまだ下値をうかがう展開である。
 この株価1万円割れで、再び銀行不安説が騒がれ始めている。大手12行すべてが含み損に転じ、その含み損は総額2兆5000億円近くにも達したという。8/2に金融庁が発表した民間金融機関の不良債権残高は過去最大の52兆円。ここ数年来の不良債権処理によって減少しているはずの不良債権が、なんと前年比9.5兆円もの増大である。事態は、不良債権処理が逆に不良債権を生み出すと言う悪循環を明瞭に浮き彫りにしているのである。この悪循環、それがもたらす貸し渋り・貸しはがしによって、中小・零細事業者をどんどん倒産させ、金融機関が抱える本来の正常債権までもが日に日に不良債権化し、この不良債権予備軍が60兆~70兆円にも達すると言う。しかし、もはやこれも限界状況に達しつつある。これ以上の不良債権処理はぎりぎりの自己資本比率をさらに引下げるため、完全な手詰まり状況に立ち至っているのである。
 唯一の株価上昇は新紙幣関連銘柄であった。発表と同時に、沖電気は大幅続伸し、その売買高は1銘柄で東証1部の約1割を占めるほどの過熱状況を示したが、翌日には物色意欲も後退、値を下げるだけの展開となり、国際優良株と言われるホンダ、トヨタなどの自動車株まで値を下げ、バブル後の最安値となる9383円(01/9/21)も一気に通り越してしまう展開さえ予想されている。

<<支持率持ち直し>>
 こうした事態にもかかわらず、小泉内閣の支持率が持ち直していると言う。各紙の世論調査で軒並み上昇し、朝日新聞の世論調査では6月に37%だった内閣支持率が、7月に入って47%と10ポイントも上昇したが、その理由のトップは「他に適当な人がいないから」というものである。
 そうしたあきらめムードを作り出した最大の責任は、言うまでもないことではあるが野党にある。会期末ぎりぎりの7/30になって、ようやく民主、自由、共産、社民の野党4党は、小泉内閣になって初めての不信任決議案を提出したのであるが、時期といい争点といい、焦点ボケして政治的インパクトも何もない、単なる国会閉幕のセレモニーにしか扱われず、与党に体よくあしらわれただけ、単なるアリバイ工作の類いにしか過ぎなかったのである。それが防衛庁のリスト問題で、野党がそろって審議拒否をし、政府与党が立ち往生していた当時ならば、与党間の亀裂を誘い、造反者まで予測できたのであったが、その一番重要な政治的時期に、突如、民主党と与党の取引が成立し、国会審議に応じ、他の野党の対応がばらばらに終始し、追及は中途半端、チェック機能も放棄では、見離されるだけであろう。
 一方の小泉首相は、「自民党が改革実現に賛成してくれるのなら、壊す必要はない」「最後は抵抗勢力は協力してくれる」と本音を吐露して前言を省みず、あいもかわらずの中身も実績もない「改革幻想」をばら撒くことに終始し、さらに加えて、今や迷走状態である。竹中経済相とともに米国型資本主義追随にしか自らの存在意義を確認できなかっただけに、小泉首相は米国経済の事態の進行について行くことも、その意味するところも解釈さえできないありさまと言えよう。7/26の「経済財政諮問会議」では「1兆円を上回る減税をできないか」「来年度は国債発行30兆円にもこだわらない」とこれまでとは正反対のことを言い出したかと思うと、「経済財政諮問会議」の報告書から「1兆円減税」の項目を削除させ、ペイオフ解禁見直しも何が本音なのか自分でもわからない支離滅裂、意味不明発言の連発である。首相自身がダッチロール状態にあることの反映でもあろう。ジョン・グレイ氏が前掲論文で「明らかに世界の政治情勢が激変する可能性がある」と指摘しているが、日本のこの状況はそれとは無縁なのか、それともその混迷する前夜の忠実な反映なのであろうか、注視したいところである。(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.297 2002年8月24日

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【投稿】9・11テロと「国益」論

【投稿】9・11テロと「国益」論   by 生駒 敬

<9・11テロ攻撃がもたらしたもの>
 昨年九月十一日、世界貿易センタービルのツインタワーが全世界の人々の目の前で崩壊したとき、確かにある重要な、しかも相当に根本的な変化の一端が、あのように無慈悲でおぞましい姿を取って現出したのであろう。ソ連崩壊後の「冷戦体制」の終焉は、アメリカを除いた全世界には「平和の配当」をもたらさなかった。むしろ、一方的なアメリカン・スタンダードとマネーゲーム、資本主義的グローバリズムの害悪が全世界のいたるところに撒き散らされ、ブッシュ政権の登場と共に、アメリカ「帝国」の覇権を拡大し、宇宙戦争の制覇をも目指す軍事費の拡大路線が結果として導き出された。
 九・一一は、この増長する「帝国」の「虚」を突くかのようなテロ攻撃ではあったが、それは一体何をもたらしたでのあろうか。確かに「国家」を相手とするような戦争形態の変化をもたらしたかもしれないが、それはよりいっそう醜悪でばかげた準戦時体制や有事体制の強化をもたらし、「反テロ同盟」の名の下に、平和的共存と国際的協力が否定され、排外的な「国益」論が横行し、民主的諸権利の抑圧をもたらしている。最も危険な兆候は、「先制攻撃」がこれによって正当化され、核兵器の使用さえ公然と合理化され出したことである。それに便乗した福田官房長官が、非核三原則の放棄まで言い出し、内外の反発の前に慌てて取り繕いはしたが、核兵器カードをちらつかせ、その保有への意欲を示したことの意味は無視できないと言えよう。米ソ冷戦時代よりも危険な兆候が蠢き出したのである。そして最も憂慮すべきことは、こうした「帝国」の政治的軍事的経済的覇権がもたらす平和への脅威、矛盾と富の偏在、環境破壊と格差と不平等の拡大に迫らないかぎりは、テロの根源に迫ることは出来ない、という当たり前の、真剣で具体的な議論がないがしろにされ、とにかく「テロ撲滅」、「国家の威信」をかけた準戦時体制の構築が最優先されかねない事態に立ち至ったことである。ここで、こうした傾向に敢然と立ち向かっているアメリカの二人の論者を紹介しよう。

<ノーム・チョムスキー>
 今このテロ問題でその発言が最も注目されている一人は、アメリカの言語学者ノーム・チョムスキーであろう。彼は、今年の1月末~2月初め、ブラジルのポルト・アレグレで開かれた世界社会フォーラムの特別講演プログラム「戦争のない世界は可能である」で、「いつの時代も国は己の経済的利益を守るために武装してきた。今日の米国も、自分たちの推進するグローバル化が貧富の差をいっそう拡大し爆発させかねないことを知っているからこそ、軍拡に余念がないのです」と指摘している。
氏は、九・一一実行犯について述べる。「まず実行犯に関してですが、ある意味ではそれほどはっきりしません。米国は証拠を提供できないか、または、そのつもりがありません。米国が証拠を提出しようとしない理由は、証拠なしで行動したいからです。これは非常に重要な反応です。米国はそのつもりになれば、今ごろは安保理決議を得ていたでしょうが、そうしようとしませんでした。米国が安保理決議を望まなかったのは、以前からの原則に従ったためです。…その原則とは、われわれには単独で行動する権利があるというものです。われわれは国際的な承認を求めません。なぜなら単独で行動するからです。われわれは証拠など気にしないし、交渉もどうでもよいし、条約にも構いません。われわれはこちら側のブロックで最も強く、強靭な殺し屋なのです。…専門的文献にはそれを表す言葉もあり、威信の確立、と呼ばれています。」(ノーム・チョムスキー『「ならず者国家」と新たな戦争-米同時多発テロの深層を照らす-』二〇〇二・一・一〇発行、荒竹出版)
 氏はまた、反テロ同盟についても以下のように述べる。「テロに対抗して組織されつつある同盟を見ると、多くのことが分かります。同盟の主要メンバーはロシアで、米国が、そのチェチェンでの残虐なテロ戦争を時おり背後で批判するのを止め、支持することを喜びました。中国も熱心に参加しています。中国は、西部のいわゆるモスレム分離主義者に対する残虐行為への支持を得ることで喜んでいます。トルコは、先に述べたように(米国がトルコの大規模な民族浄化、残虐行為、そして恐怖に貢献したから)、テロに対する戦争に非常に満足しています。彼らはテロの専門家です。そしてインドネシアもアチェその他で行っている残虐行為に対して、米国の指示をさらに得ることを喜んでいます。こうしてテロに対する戦争の参加国リストを見ていくと、それはとても印象的です。共通の性格があります。彼ら自身が確かに世界の主要なテロ国家に入るのです。そしてその世界チャンピオンに率いられているのです。」(同上)

<スーザン・ソンタグ>
 九・一一直後の九・一七に発売された「ニューヨーカー」誌上で、著名なアメリカの文芸批評家スーザン・ソンタグ氏は、次のように発言している。
 「先日の火曜日の途方もない現実体験と、さまざまな公人やTVのコメンテーターが振りまいている独善的な妄言、あからさまな欺瞞。その乖離は驚くべきもので、気が滅入ってくる。あの事態を受けて堰を切ったように表明されてきた発言の数々はこぞって、民衆を子ども扱いしているとしか思えない。これは「文明」や「自由」や「人類」や「自由世界」に対する「臆病な」攻撃ではなく、世界の超大国を自称するアメリカがとってきた、もろもろの具体的な同盟関係や行動に起因する攻撃に他ならない。だがその認識はどこにいってしまったのだろうか。また、「臆病な」という言葉を使うなら、他者を殺すためにみずからすすんで死んでゆく者たちに対してではなく、報復の恐れのない距離、高度の上空から殺戮を行う者たちに対して使うほうが適切ではないだろうか。現政権の対外政策に強硬に反対していたはずの過去ないし現職のさまざまな公人たちは、まさに臆面もなく、団結してブッシュ大統領の背後に立つと言うだけで、あとは何も発言しない。…ブッシュら公人たちの全員一致でご満悦、自画自賛とも言うべき、ソヴィエトの党大会まがいの楽天的な決り文句を見聞きするにつけ、情けなくなる。…政治、民主体制の政治-それは、意見の不一致をも許容し、虚心坦懐な姿勢をはぐくむもののはずだ-に代わって、心理療法の登場である。何をおいても、ともに悲しむ。それは私もやぶさかではない。だが手に手を取って、全員一緒に愚者になることはない。…アメリカは強い、誰もそれを疑ってはいない。だが、アメリカのあるべき姿は、それがすべてではない。」(スーザン・ソンタグ『この時代に想う テロへの眼差し』、二〇〇二・二・五発行、NTT出版)
 この短文はアメリカでは激しい反発を招いた。しかし氏は、以下のように断言する。「(この短文は)ここアメリカでは激しい批判をこうむりましたが、それは第一印象を述べたものにすぎない。ところが、残念なことに、そのときの印象はその後も一貫して変わらず、正確なものだった。…アメリカや同盟諸国の全面「戦争」という対応で苦しむのは、あのテロリストたちではなく、より無辜の存在、今回の場合で言えば、アフガニスタン、イラク、その他の地の民間人です。…九月十一日を真珠湾になぞらえることは、適切でないばかりか、誤りです。戦う相手としての国が存在するかのような誤解を生みやすい。…私はアメリカの外交政策、帝国主義的な図々しさ、また傲慢さをめぐって、暗澹たるものを感じています。しかし何よりも念頭に置くべきは、九月十一日の出来事はおぞましい犯罪だったということです。…テロリズムは無実の人々に対する殺害です。」(同上)
 氏はさらに、「冷戦時代の言辞の再浮上を、私は嘆かわしく思っている。現状の世界は二極世界ではなく、「敵」を国民国家の単位で見極めることは出来ない」と指摘している。

<不吉な警告の連発>
 小泉首相と同じく、ブッシュ大統領もこのところ支持率が急降下しだしている。テロ奇襲の事前情報がいくつもあったにもかかわらず、ブッシュ政権は無視し、警告さえ出さなかったという報道や非難への弁明に追われ、今度は逆に次から次へと不吉な警告を連発し、それがまた批判をこうむると言う悪循環である。
チェイニー副大統領は、五月一九日、「次のテロが起こる可能性はかなり現実的なものだ。起こるかどうかではなくいつ起こるかの問題だ」と発言。
 ムラーFBI長官は、翌五月二〇日、「テロ攻撃は再び起こるだろう食い止めることはできない。必ず起こる。避けられないと思う」。
 そしてラムズフェルド国防長官は、五月二一日に「テロ組織は、大量破壊兵器を保有するテロ支援国家とつながりをもっておりいずれその兵器を手にする」と脅す。
三日連続で政府首脳がこの調子である。そして実際に政府は次々に不吉な警告を発表してきた。アルカイダが米国内の高層住宅を吹き飛ばし、ニューヨークの地下鉄を襲い、石油精製所を破壊し、原子力発電所を爆撃し、ビルの通風口に毒ガスを混入し、携帯型ミサイルで航空機を撃ち落とし、パレスチナのような自爆テロを行う危険があるという。
 五月二四日には、テロリストたちがスキューバダイビングの特訓を受けているらしいという警報も出され、米国内のオフィスビルの通風口に、シアン化合物を混入させるというテロ計画情報が流される。この情報で、メキシコで七トンのシアン化合物を運んでいたトレーラーが襲撃され、行方不明になっていたが、車は見つかったものの、積み荷のシアン化合物は三分の二が盗まれていたという。ニューヨークの自由の女神像やブルックリン橋がテロの標的になっているとも流される。なんともはや、振り回される市民はたまったものではない。
 そして極めつけが、「ダーティ・ボム疑惑」である。アシュクロフト米司法長官は、六月一〇日、放射性物質を使った「汚い爆弾」による米本土へのテロ攻撃を米当局が阻止したと発表。なんと、シカゴのギャングだった黒人が、イスラム教に改宗してアルカイダに関係し、放射性物質を爆薬でまき散らす大量殺戮兵器「ダーティー・ボム」でテロ攻撃を狙っていたというまったく荒唐無稽な計画である。「悪の枢軸論」や「核の先制使用宣言」、「対イラク反テロ戦争」を煽っているウォルホビッツ国防副長官やアーミテージ国務副長官らが各テレビに出演、「ダーティ・ボムの危険性」と「核戦争の現実性」を解説しているが、まったく証拠なしのでっち上げ疑惑ふんぷんたるものである。カナダのナショナル・ポスト紙は、この発表を「すべてインチキだ」と断言し、「九・一一テロの前にCIAとFBIが大失態を犯していたことが最近報じられている。その問題からアメリカ人の目を反らすことが第一のねらいだったのではないか」報じている。

<国益」論のインチキ性>
 そもそも「悪の枢軸」論自身が荒唐無稽であろう。名指しされたイランとイラクは敵対関係で、同盟関係などもちろん結んではいない。そして北朝鮮はいずれとも安定した政治的経済的交流が成立していないことは誰の目にも明らかである。ましてや三国間の「枢軸」などこれまでも存在しなかったし、今後期待したとしても無理矢理デッチ上げる以外に、必然性などありえない。ヤクザの言い掛かりか、インネンつけの類いである。しかしブッシュ政権のアメリカ「帝国」の覇権維持と緊張激化政策、莫大な軍需をもたらすミサイル防衛システム構築にとっては、この「悪の枢軸」が必要不可欠なのであろう。そしてアジアにおいては、とりわけ日本が、近隣諸国、中国、韓国・北朝鮮、ロシアとの間で緊張関係を強め、高めておくことが、こうしたブッシュ・小泉=日米「悪の枢軸」の形成にとってのキーポイントなのであろう。執拗にさまざまな緊張激化論が流され、繰り返される所以でもある。
 そしてこの間、「悪の枢軸」論から有事立法、さらには不審船や対ロシア外交、瀋陽領事館事件、あるいはそれぞれの諸国間の領土問題をめぐって、何度も口にされてきた「国益」論には、こうした緊張を高め、民族主義を煽りたてるいかがわしさが常に横たわっている。
 問題は、さもありなんと言うべきか、嘆かわしいと言うべきか、日本共産党がこの「国益」論に完全に乗せられてしまっていることである。今年の三月一九日、共産党の志位委員長は「昨年三月五日におこなわれた鈴木宗男議員とロシア外務次官の会談記録について」の全文を発表し、その中で問題の鈴木宗男氏がロシア側に対して、二島先行返還論の立場に立って、「日本には冷戦時代の言葉を使って領土問題の議論をする人」もいるが、「自分や東郷局長は弾力的な姿勢でロシアとの関係を考えていきたいという立場」だと発言している個所を問題発言だとして、「そして森・プーチン会談での合意は、鈴木議員らがすすめた裏の会談がつけた道筋でとりむすばれたこと、こうして日本外交がゆがめられ、国益がそこなわれたことは、きわめて重大である」と、「国益」を正面に掲げて弾劾している。(三月二〇日付赤旗)
 こうした「ムネオ・ハウス」暴露以来の共産党の「国益」論に対して、和田春樹氏は、『世界』二〇〇二年五月号、「スキャンダルと外交-日露領土交渉の流れを断ち切るもの」の中で、「地位利用の利権の追及は許されない。疑惑の徹底追及は当然だ。だが、外交に関わる疑惑を検討するときは相手国の国民感情を害さないように配慮すべきだ。国後島の日露友好の家を「ムネオ・ハウス」だと愚弄するのは、ロシア人島民を辱めることになる。問題はそれだけではない。鈴木問題の告発の背後には、明らかに外交路線上の争いが隠れている。三月一八日に共産党志位委員長あてに昨年三月五日鈴木議員とロシアのロシュコフ外務次官との会談の記録なるものが送られた。…志位氏は本物だと断定して、全文を公表し、鈴木議員と東郷元局長は「二重外交をやっていた」、二島先行返還論、すなわち二島で打ち切る案を推進した、「日本外交が歪められ、国益が損なわれた」と主張した。影の演出家は、共産党を保守的領土外交、対露強硬論のメガホンとして使っている」と厳しく指摘している。
 すでにこの前段、共産党の佐々木議員が二月一三日、国会で国後島の日露友好の家について、「ムネオ・ハウス」と紹介した、そのタイミングを見計らい、「好機を逃さなかった人がいた。二〇日の田中、鈴木両氏の参考人喚問の朝、佐々木氏の事務所の郵便受けに国後島友好の家の入札に絡まる鈴木議員の介入を示す外務省内部資料が差し込まれた」(和田氏、同上)のであった。ブッシュ・小泉枢軸を援護し、右派外交路線に踊らされ、メガホンとして使われた共産党の民族主義路線がその「真価」を発揮したと言えよう。対ロシア外交において四島一括返還に固執し、領土問題の緊張を高めておくことが「国益」となったのである。
 和田氏は、この論文の最後を「そしてこのたびの鈴木袋叩きの中で、スキャンダルとともに日本の対ロシア外交の本流が否定されようとしている。ロシア人は、日本人はロシアとの関係改善には価値を見出していない、結局日本人はアメリカとの関係がすべてだと思っているらしいと考えているだろう。真のナショナル・インタレストを考える人はどこにいるのか。陰鬱な春である」と結んでいる。
 九・一一テロ攻撃は、あらゆる変革を求める人々の「真価」を問うているとも言えよう。

 (本文書は、「大阪のこえ」誌第15号(2002年7月15日)からの再録です。) 

 【出典】 アサート No.297 2002年8月24日

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【書評】 『遺伝子組換え作物──大論争・何が問題なのか』

【書評】 『遺伝子組換え作物──大論争・何が問題なのか』
           (大塚善樹著、2001.10.31.発行、明石書店、2000円)

 「この本は、遺伝子組換え生物をめぐって世界中で巻き起こっている論争について、自然科学的というよりはむしろ社会科学的な視点から見ようと試みます。どうしてでしょうか。遺伝子組換え生物の問題は、単なる科学技術の問題ではないのでしょうか」。

 「この本では、様々な科学技術上の議論について、どれが正しくてどれが誤っている、といった直接の判断はできるだけ行わないようにします。科学的見解は、時が経てば変わるものです。だからこそ、科学の発展があるのですから。また、科学的事実は、誰が見ても同じというわけではありません。科学の世界でも、解釈の議論はつきものです。このような科学技術の不安定性は、実は『科学技術は社会のなかに埋め込まれている』ことを意味しています」。

 本書の「はじめに」は、このような視点が語られているが、現在焦眉の問題となっている遺伝子組換え生物について、本書は、この問題に言及しつつ、これを取り巻く近代社会における科学技術をめぐる構造にこそ焦点が合わされるべきであることを強調する。

 すなわち「遺伝子の働きや生態系の仕組みなど、まだよくわからないことが多い領域では、科学は全体のなかの一部についてしか質問することができません。答の引き出し方は客観的にできますが、どんな質問をするか、答をどう解釈するかは主観的にならざるを得ません。そこに、科学技術者集団の社会的な背景が入り込む余地が出てきます」。換言すれば、現在の遺伝子組換え生物の論争は科学の名のもとにおこなわれてはいるけれども、「議論が狭い『純粋な』科学の領域に閉じ込められ、『正しい科学』の主張をお互いが空しく繰り返すような事態」を招いているだけであって、「むしろ、私たちは、経済的・政治的・文化的な問題が、科学の名のもとでのみ議論されていることに驚くべきではないでしょうか」ということなのである。

 このような面から問題に光をあてるとき、われわれはそこに遺伝子組み換え生物が出現してきた経済的背景と科学技術との関係、そして遺伝子組換え生物にかかわるリスクの問題、さらにはこれらすべての背後にある社会構造そのものの問題が横たわっていることを認識する。

 本書によれば、遺伝子組換え技術とその成果としての生物は、1980年代、実験室からビジネスの対象となり、立ち遅れをとっていたアメリカ経済のキー・テクノロジーとして出現した。この技術は、端的に言えば、「世界的な農業の工業化と農産物貿易の自由化の流れのなかで」「工業化諸国の消費者をターゲットとした輸出用作物に対して」開発された(それはまた、「アメリカ型の肉食文化を支える作物」でもある)。「第一世代といわれる農薬や害虫に強い遺伝子組換え作物」──これはとくに、米国の集約化された農業での農薬使用量を減らすことで、生産コストを下げることを目ざす──では、飼料用・油糧用の輸出作物(ダイズ、トウモロコシなど)がメインであり、成分改良を特徴とする第二世代の遺伝子組換え作物(フライドポテトに適したジャガイモ、太らない食用油のためのナタネなど)は、品質管理の徹底による標準化・規格化に応えるものである。すなわち「遺伝子組換え作物は、農産物貿易競争に勝ち抜くための戦略的技術」をその本質とする。そしてここからまた、貿易の自由化と切り離せない問題として、知的財産権の強化の問題が出てくることにもなる。

 このような遺伝子組換え生物にかかわる最大の問題は、そのリスクについてであるが、本書では、「現象としての専門家のリスクと、行為としての素人のリスク」が概念的に大きく異なっていること、そして化学物質の毒性試験方法に比べて、食品のリスク自体が困難であることを指摘する。このため遺伝子組換え生物には、「実質的同等性の原則」(従来の食品との成分比較)や「ファミリアリティの原則」(熟知性の原則)が用いられているが、これらも科学的リスク評価ではなく、実は科学は遺伝子組換え生物のリスクを計算できていない(①)。

 しかしこの原則による評価が一旦科学的事実として提示されると、行政当局によってリスク管理の根拠として使用され、あたかも客観的な科学的方法のように取り扱われる。この結果、専門家(企業の経営者や行政の専門家)のリスクを伴う行為(コスト・ベネフィット分析による選択)の責任は明確にされないままになる(②)。

 そして消費者である素人にとっては、「情報の非対称性」(遺伝子組換え生物に関する情報は、商品流通の下流にいけば行くほど少なくなる=不確実性は増大する)により選択の自由が制限され、リスクの回避もそれを冒すこともできない状況となっている(③)。

 これら①・②・③は従来、それぞれ科学者の問題(リスク評価)、企業や行政の問題(リスク管理)、消費者の問題(リスク・コミュニケーション)として、別々の問題・学問体系として分離されてきた。しかし遺伝子組換え生物のような不確実性の大きな科学技術の場合、この分業は有効であるのか、と本書は問う。すなわち「科学者だけでリスク評価はできるのか、行政や企業だけにリスク管理を任しておいてよいのか、そして素人は受動的なままでよいのか」という問いである。

 本書では、この問いかけに対して、新たなリスク管理の考え方=「予防原則」(科学的根拠が十分得られない場合でも、想定される危険に対しては、予防的対応策を取るべきとする考え方)を提出する。これは、リスク評価の領域へリスク管理がかかわっていくことを意味することになるが、さらにここに人々の意見をいかに反映させていくかというのが、今後のリスク・コミュニケーションの課題となる。(具体的には、行政への市民参加のルート〔審議会、コンセンサス会議等〕、NGOによる市民独自のリスク評価などの問題提起、マスメディアを通したコミュニケーションなどとなる。)

 そして以上の遺伝子組換え生物をめぐる論争は、その展開の中で、これが演じられている舞台そのもの──農業・食料システム──を浮かび上らせることになる。これは、農業から食料にいたる商品の連鎖が、産業や国家を超えて多くの集団(企業・行政)を巻き込んでいるネットワークである。この中で、巨大な多国籍アグリビジネス(農業関連産業)が成立し、遺伝子組換え生物が出現したのであるが、このシステムを貫く原理となっているのが、「マクドナルド化」(効率性、計算可能性、予測可能性、管理の強化を特徴とする)であると指摘される。すなわちマクドナルド化とは、生産工程や流通過程の管理の徹底によってコスト面での無駄を省くことであるが、この視点からすれば、遺伝子組換え生物も、非遺伝子組み換え生物も、マクドナルド化という現象の一部ということになる。というのも後者は、前者が商品化されてはじめて可能になるような「交付加価値化・商品差別化・管理強化の一形態」に過ぎないからである。具体的には、「非遺伝子組換えをブランドとして消費させるのもまた、遺伝子組換え開発企業とは別の企業や専門家の戦略」なのである。

 ここにいたってわれわれは、遺伝子組換え生物をめぐる問題が、現代社会の構造そのものに根ざすものであることを理解するであろう。この意味で本書の次の言葉は、鋭く示唆的である。

 「現代では、非遺伝子組換え生物も有機栽培も『自然』も、何も手を加えられていない自然の状態を表すものではありません。むしろその反対に、生産と流通の管理を徹底することによって、非遺伝子組換え生物であること、有機栽培であること、『自然』であることを、人為的に究めた結果なのです」。

 このように本書は、遺伝子組換え生物論争を切り口として、この切り口自体の重要さと、切り口を通じて見た現代社会の構造──「農業の工業化」、「マクドナルド化」の深刻さ──を認識させ、われわれ自身の問題として提示する書である。また科学の問題を「科学」の枠内の問題としてのみ議論するのではなく、「社会に埋め込まれた」問題として捉えるという視点の重要さも、本書では具体的に示されている。(R) 

 【出典】 アサート No.297 2002年8月24日

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【コラム】ひとりごと—企業等の不正事件に見る退廃—

【コラム】ひとりごと—企業等の不正事件に見る退廃—

○今、失速しつつあると言われるアメリカ経済だが、そのきっかけとなったのが、電力大企業エンロン、通信社ワールドコムなどの不正経理事件だった。○グローバルスタンダードこそ、情報公開と説明責任、株主責任を果たすことだ、などと、日本の不良債権処理をめぐる企業の姿勢を追及してきた人々の「期待」を大きく裏切ることとなったのは皮肉というべきか。米政府は、アメリカの大企業941社に、不正経理はしていないとの宣誓書を8月14日までに提出するように指導するなど、「不正経理」蔓延のイメージ払拭にやっきとなっている。○バブルの影に、悪が潜んでいたということか。一昔まえなら、「資本主義の腐朽性」の表れだ、とか、全般的危機は一層進化しているなどと捉えているところだが、ここではそういう結論を導こうと言うことではもちろんない。○同様の事態、すなわち、企業経営や倫理に関連する事件が日本でも頻発している。雪印食品、日本ハムの牛肉偽装事件、そして東京女子医大での医療ミス組織的隠蔽である。○いずれも共通していることは、組織や企業の中のみで通用した論理、発想が、一度国民・市民に公開された時点で、いかに陳腐で自己保身的で、世論に「絶えられない」ものであり、刑事罰の対象にもなる、ということを、なぜ当初から理解、認識できないのか、と言う点だろう。○一昨年の雪印乳業の偽装事件でも同じ事があった。さらに遡る一連の警察不祥事でも同様であろう。○自らを顧みても、公務員という職場は、分権・情報公開の時代と言っても、古い体質が依然根強く残っている。私などは「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という意識なのだから、「告発主義」にはならないとしても、許せぬものは許せぬと、物申す気概を持ち続けたいものだ。○そういう意味でさわやかなのは、雪印食品の偽装を告発した保冷倉庫の経営者の毅然とした態度であろうか。○さらに、牛肉偽装問題で言えば、国内産業保護という大義で、チェックの甘い買取補助金制度を運用してきた農水省の失政こそ本質的な問題であり、腐敗と退廃の温床であることを忘れてはならないだろう。(佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.297 2002年8月24日

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【投稿】ドル暴落とグローバルスタンダードの破綻

【投稿】ドル暴落とグローバルスタンダードの破綻

<<「株式テロ」>>
 ニューヨーク株式市場は、5/17の高値10353ドルを天井にほぼ一本調子で暴落を続け、6/26、ついに8カ月ぶりに一時9000ドルを割り込み、同じく7/19には一時8000ドルをも割り込み、昨年9/21の同時多発テロ後の最安値をも下回り、暴落相場を前にして、市場関係者にとっては「底値が見えない」展開となってきた。数時間で400ドルも暴落する事態は「株式テロ」とまで形容され、「底値は7500ドル」とされているが、これも怪しくなってきている。
 危機感を抱いたブッシュ大統領は、7/15、「われわれの経済の基盤は強固だ。景気は回復してきている」と演説し、暴落の背景にある一連の企業会計不正問題について「米企業は国民のために責任があることを認識する必要がある」と強調したのであったが、市場には何のインパクトも与えず続落。すでにその前の7/9には直接ウォール街に乗り込み、ウォール街で不正を犯した経営者らへの罰則強化を打ち出したが、大統領自身の「企業に甘い」姿勢が見透かされ、やはり続落している。
 事実、大統領がウォール街で示した対策のなかで、企業の経営者が自社金融で、自社株を購入するのを禁じるべきだと大統領は語ったのであるが、ブッシュ自身がハーケン・エナジー社の役員としてこれをやっていたことが発覚、しかも同社が2300万ドルの損失を発表する直前に85万ドル相当の自社株を売却、インサイダー取引の疑いで証券取引委員会(SEC)の取調べを受けていたが、なぜか告発が見送られている。しかも同社は、エンロンと同様の簿外取引で子会社・アロハ石油の株式を社内関係者に売却し、800万ドルの売却益を計上したが、それに必要な資金を当の売却相手に融資していたのである。7/3、アリ・フライシャー大統領報道官は、これは「会計手続き」の問題で、エンロンの不正行為とはまったく異なると述べたが、誰も信用するものはいない。

<<「粉飾大国」>>
 エンロン疑惑に深く関与しているブッシュ自身はもちろんのこと、ブッシュ政権の閣僚が軒並み一連の疑惑の当事者であることが、事態を一層悪化させている。副大統領のチェイニーは、エネルギー大手、ハリバートンの経営者(CEO)のときに、まだ契約が成立していない長期プロジェクトの売り上げを収入として計上していた不正経理が明らかにされ、今年5月SECが予備調査に着手したにもかかわらず、説明責任を果たさず、沈黙を守ったままである。財務長官のオニールもアルコア株の売却をめぐって疑惑が持たれている。ホワイト陸軍長官も、マネーゲームと詐欺商法で破綻したエンロンの元重役として数百万ドルを手にしている。不正企業を“腐ったリンゴたち”とののしったリンゼー経済担当補佐官は手持ち株を8000ドル台で売り逃げする事態である。
 さらにここにきて次々に発覚する大手企業の粉飾決算と不正取り引きは、市場への信頼を根底から揺るがせている。
 米二位の通信大手ワールドコムは、経費分の金額を無形固定資産に計上して、38億ドル余りの粉飾決算をしていたことが明らかになり、ついに破綻。バイオ大手イムクローン・システムズは、同社が開発した抗癌剤の認可見送りが発表される前日に自社株売却を試み、前CEO(最高経営責任者)がインサイダー取引疑惑で逮捕。複合企業タイコ・インターナショナルの前CEO、デニス・コズロウスキは、1300万ドル相当の絵画にかかる100万ドルの税金を脱税した容疑でこれまた逮捕。ケーブルテレビ会社のアデルフィア・コミュニケーションズは、創業者一族への簿外融資が数十億ドルにのぼることが判明、リガスCEOが辞任。ゼロックスは、97年からの5年間で売上高を64億ドル水増ししていたと発表。米証券大手メリルリンチは、社内のアナリストがくずと呼んでいた株を買い推奨していた疑いで、1億ドルの罰金支払い。 ……
 こうした続々と明らかになってきている不正経理の疑いは、通信大手グローバル・クロッシング、エネルギー大手のダイナジー、小売り大手のKマート、複合大手のゼネラル・エレクトリック(GE)などの有名巨大企業、多業種に広がり、今や「粉飾大国」と化した米国資本主義そのものが不信の対象となりつつあるといえよう。

<<「われわれは慢心していた」>>
 さらにこうした不正を監視し、摘発すべき米証券取引委員会(SEC)がほとんど役に立たなかったことが問題視されており、93年から昨年まで同委員会の委員長であったアーサー・レビットは、「今の問題は、市場の番人たちがほとんど番人としての役割を果たせなかったことだ。われわれは常に同じ勢力の抵抗にあってきた」、「投資家保護のための提案のほとんどは、規制緩和好きの議会の抵抗にあった。監査問題ではとくに抵抗が強かった。会計事務所は四つか五つのロビー会社を雇って妨害しようとした。それがうまくいかないとみると、監査とコンサルティングの兼業禁止案をつぶすためにSECの予算を削らせようとした」、「アメリカの基準、アメリカの規制、そしてアメリカ流の資本主義。それを売り込むことに熱心なあまり、われわれはひどく慢心していた」と告白している(ニューズウィーク日本版7/17号)。
 エンロンと会計事務所アンダーセンの悪巧みに見られるように、今や監査法人や会計事務所の独立性など誰も信じてはいないし、証券会社のアナリストの銀行投資部門からの独立性など、メルリンチ社内の電子メールで「大嘘」と暴露され、各証券会社が独自の検証委員会を設けたがその信頼性など相手にもされない事態となっている。
 現在のSEC委員長ハービー・ビットも、長年、会計事務所の弁護士を務めてきたことから信頼し難いとして辞任を求められており、民主党は、SECからも独立した規制機関を新設する法案を準備する事態である。
 「市場メカニズム」という「見えざる手」にまかせておけば、いかなる規制も必要ではないし、経済は活性化するし、個人の利益追求が全体の利益にもかなうという、最大限利潤追求者の得手勝手な論理、強欲推進者の論理が、単に他者の犠牲と社会全体、世界の諸国の犠牲の上に成り立っていたことが今一度明らかにされ、化けの皮がはがされたのだともいえよう。
 そして、グローバルスタンダードを標榜する米企業の会計処理が公開性と透明性に反して、実にいいかげんで、ウソと不正で塗り固められたバブルにしかすぎなかったという厳然たる事実こそが、株式市場の暴落とドル安、米国からの資金逃避、そして長期的なドル資産離れの元凶であるといえよう。

<<ギブアップ>>
 問題は、今回の世界同時株安が、単なる調整局面にとどまらず、どこまで下落するか底値が不明な事態に立ち至っていることにあるといえよう。日本の平均株価も1万円割れ寸前であり、ドル安はすでに1ドル=115円に突入している。
 小泉内閣の発足以来、政府の景気判断は「悪化」続きであったが、3月に「下げ止まりの兆し」となり、4月に「底入れに向けた動き」が出て、5月に「底入れ宣言」、そして7月は「持ち直し」と宣言、6月の日銀短観を受けて、「景気底入れが裏付けられた。2002年下期には企業収益が回復することが今回の数値に出ている」と、希望的な予測だけの何の根拠もない見通しの明るさを述べ立てた。ところがその間にも事態は劇的に変化しているにもかかわらず、竹中経財相は「米国経済の大崩れはない」、「円高の影響は過大評価」と、経済実態をまるで意図的に見ようともしないあきれた経済学者である。
 「底打ち宣言」は2カ月ともたなかったばかりか、円高は唯一好調な輸出企業に深刻なダメージを与え、業績のV字形回復は望むべくもなく、株安は金融機関の含み損、不良債権をさらに膨らませ、秋口には再び金融恐慌の事態さえ招きかねない。にもかかわらず、小泉内閣は、何の対策も打ち出せず、首相を先頭に「われ関せず」、どの閣僚も事態の打開策なし、コメントさえなし、という無能ぶりを発揮している。政権維持に汲々とし、今や求心力さえ失い、「一内閣一閣僚」もギブアップ、内閣の閣僚入れ替えに腐心するばかりである。こうした政権は一刻も早く打倒されなければならないにもかかわらず、民主党は長野知事選や二ヶ月先の党首選で混迷し、野党側にもその覇気がない。こんなギブアップは願い下げである。小泉内閣打倒に向けて野党は奮起すべきであろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.296 2002年7月27日

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【現地報告】 「東大阪市長選挙結果に一番驚いているのは誰か?」

【現地報告】 「東大阪市長選挙結果に一番驚いているのは誰か?」
                                       
 共産市政の継続か市民に開かれた新しい市政の選択かが問われた東大阪市長選挙は、連合・民主党・公明党・自民党13選挙区支部(西野陽衆議院議員)・解放同盟などの推薦を受けた松見正宣氏が、83066票を獲得し現職に約18000票の大差を付けて圧勝しました。
 今回の結果で興味深いことは、ひとつは投票率が46.99%と最近の首長選挙および当日が雨という天気としては「意外」に伸びたこと、もう一つは三つ巴の闘いの中で「意外」にも大差で勝利したことです。
 まず4年前の松見氏が惜敗し、共産党員市長が誕生して以降、今回の市長選挙に向けた候補者選びの経過を簡単に説明しておきましょう。 
前回選挙は前市長の不祥事に端を発し公正な市政の転換がポイントでした。公明・西野陣営と議員復活をねらう塩川陣営、そして連合・民主党陣営が手を結んでの松見氏擁立でした。結果は60%を越える予想外の投票率にみられたように前市長への批判票が共産党候補に流れ、約4800票の僅差で共産党市長誕生となりました。
その後の政治情勢は、塩川氏が衆議院議員復活を果たし、しかも小泉旋風に乗って財務大臣に就任、「塩爺」の愛称まで生まれる自体となりました。結果東大阪の保守層への塩川氏の影響力は大いに復権することになりました。松見氏が公明・西野ブロックや民主党・連合ブロックに近いと見る塩川氏は次期衆議院選挙もにらみ、松見氏以外の候補者を模索し始めました。
 今回の市長選挙の候補者選びは、共産市政打倒のため候補者を一本にまとめることを前提に進められました。その理由は次の通りです。①今回の選挙はある意味争点はなく、市民の関心からすれば、投票率は40%程度。すると16万票の取り合いとなる。②「何もしていない」がゆえに失敗もしていない共産党市長は、「議会(野党)による市長イジメ」という「悲劇のヒーロー」を演じ、最大7万票に届く可能性がある。③三つ巴の闘いとなれば、漁夫の利を得た現職共産党市長が有利となる。
塩川氏の政治的影響力復活という政治状況下で進められた市長選候補者選びは、松見氏以外にも数人の名前が浮上し、一本化に向けた作業は難航しました。そんな矢先の2月、突如として塩川氏は、長老の自民党市議を候補者として擁立することを独断で決定しました。塩川氏の読みでは当然この候補者で一本化が図られ、最後は他の政党や団体もついてくると信じたようです。
ところがこの「おごり」が塩川氏本人の政治生命にも大きな影響を及ぼす結果となりました。
 これまで、候補者の一本化に向けて共同歩調をとってきた他の政党や団体からの反発、中でも中央では連立与党を組み、市議会でも自民党と協調してきた公明党の反発は凄まじい物でした。まず自らの立場を明確にすべく、3月には塩川氏が擁立した自民党の市議では支援できないとの異例の声明を発表し、記者会見を行ったほどです。
 塩川氏が自らの「おごり」を一向にただそうとしない中で、連合・民主党・公明党・自民党13選挙区支部(西野陽衆議院議員)・解放同盟など多くの団体は、これまで一本化のため出馬表明を見合わせていた松見氏の擁立を決定しました。
 こうした動きをマスコミは、今回の市長選挙を保守の分裂による「塩川VS西野」の闘いである。一方「公明VS共産」の闘いでもあると評しました。
最後の最後まで選挙戦はもつれにもつれました。最終盤塩川氏は、今回の市長選挙での敗北は次期衆議院選挙、とりわけ小選挙区での自らの政治生命が絶たれるとの危機感から、各自民党市議や各団体への締め付けを強めました。また自民党市議の中には、松見市長より現職の共産党市長の方がプラスになるとの判断に立つ考えもあり、共産党市長を支援するかのような動きを見せるものもありました。
 この保守層の票の奪い合いが選挙戦を難しくし、投票日の二日前のマスコミ調査でも産経・朝日が現職有利、読売・毎日・共同通信が松見有利それも各社とも非常に僅差と見るぐらいの状況でした。
 今回の選挙は、「最後の二日間勝負やった」と言われています。その通りで、接戦という緊迫した状況の中で民主党・連合ブロック、公明、西野陣営などの松見支援グループが総力を挙げたこと、とりわけ共産党市政下で仕事をしてきた自治労部隊のこの4年間の悔しさをバネとした闘いが接戦から一歩リードできた大きな要因といえます。
それと、恐らく塩川氏の強烈な締め付けにも屈せず商工会議所(経済界)や医師会が、また多くの市民・職員が、冷静に良識ある判断をした結果、46.99%の投票率と83066票の得票に繋がりました。
 この二つの「意外」な結果に一番驚いているのは塩川氏自身だと言えるでしょう。(司 良平)

 【出典】 アサート No.296 2002年7月27日

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【投稿】住民基本台帳ネットワークの問題点

【投稿】住民基本台帳ネットワークの問題点 

<信頼されていない政府・総務省>
 政府・総務省は、住民基本台帳ネットワークシステム(以下では、住基ネットシステムとします)を8月5日に稼動させようとやっきになっている。このシステムは、1999年に改正住民基本台帳法が成立し、その中に含まれていたもので、現在各自治体が管理している住民基本台帳のデータ(情報)の中から、国民一人ひとりに11桁の番号をつけて、4情報(氏名、性別、生年月日、住所)を総務省が関与する自治体情報機関のデータベースと日々同期を取って、全国すべての自治体の住民情報を管理しようとするシステムである。
 本年4月防衛庁が情報公開請求者のリストを、思想調査や身元調査データも加えて、庁内LANに『公開』していた問題が発覚して以来、にわかに住基ネットシステム8月5日稼動問題が焦点化してきた感もある。しかし、この防衛庁事件は、国(広い意味では、行政が)が、プライバシー保護の観点も皆無のうちに、個人情報をどう管理し、どう『悪用』しているかを明るみにした点で、これまで行政の効率化や情報化と言った、それ自体では誰も否定しないような論理で『強行』されようとしてきた住基ネットシステムの本質を垣間見せ、国民すべてにその本質を暴いた点で、画期的な事件と言わねばならない。
 特に、個人情報保護法案に、民間の罰則はあっても、行政の側の罰則規定が存在しないなど、問題も明らかになるにつれ、政府・総務省の強行姿勢とは裏腹に、自民党内部にさえ、このまま住基ネットシステムの稼動を強行すれば「国民の信頼」を失いかねないとする深刻な危惧を生み出す事態となっている。
 
 直近の朝日新聞の全国世論調査(7月20・21日実施)によると、住基ネットシステムに対して「個人情報の流出や不正に使われる不安を感じている人が8割以上にのぼり」、「76%が稼働の延期を望んでいる」ことがわかったと報道されている。また、行政の効率化などに役立つと考えている人(37%)より、住基ネットシステムによっての行政の効率化に期待が持てない人(48%)が多いこと。国民の個人情報を全国規模で管理するシステムづくりを「望ましくない」と否定的に考えている人が58%と、強行に推進しようとする政府・総務省の姿勢に批判的な国民の意思が明らかになった。
 この世論調査を受けた福田官房長官も記者会見において「住基ネット導入に対して国民の理解が十分に得られているとは言えない」と言わざるを得ない事態となっている。

 他方、60を越える自治体が、個人情報保護法案が今国会で成立しないことも受けて、8月5日からの住基ネット稼動の延期を要望しているし、日弁連も4月20日の理事会で、住基ネットの稼働延期を求める意見書を全員一致で採択している。また、国の行政機関などを対象にした行政機関個人情報保護法改正案の根本的な見直しを求める意見書も採択した。
 意見書は、延期を求める理由について(1)個人情報の保護に関する懸念がなお払拭されていない(2)行政機関の保有する個人情報保護法などには重大な欠陥があり、大幅に修正されるべき(3)個人情報を一元管理する地方自治情報センターに対する各種コントロール権を法定した特別法を至急制定すべきなどを上げている。
 
<強行姿勢崩さない政府・総務省>
 彼らには彼らなりの経緯と言い分がある。1968年に当時の佐藤栄作内閣に始められた「国民総背番号制」の導入の狙いは国民各層の総反対に会うことになる。以後、72年には各省庁統一個人コード導入の動きが出たが、国民各層からの反対に会い、断念している。しかし「国民を管理」したい意思を変えぬ彼らは、特に90年代に入って着々と「国民総背番号制」を目指して準備をしてきたからである。
 特に追い風となったのは、情報技術革新と行政改革・行政の効率化議論であったし、大蔵省などの税制論議を通じて勤労者の税に対する不公平感に基づく、税負担の公平性の議論であったと言える。
 彼らは、今回の住基ネットシステムを国の情報管理ではなく、都道府県と自治体の連携システムと表現し、4情報に限定、民間利用はさせない、11桁番号も本人希望すれば変更可能などと「譲歩」しているように繕いつつ、システムが稼動できれば、今後他の様々な情報とリンクして国民の個人情報をまさに一元に「利用」しようという意図をまったく隠しもしていないわけである。
 特に本年2月には、99年2月に成立した改正住民基本台帳法の中では情報の利用範囲を10省庁(当時)93件の事務に限定されているにも関わらず、利用範囲を2・5倍以上に拡大し、パスポートの発給や不動産の登記、自動車の登録など11省庁153件の申請・届け出事務を新たに加えるとする総務省の内部文書が明らかにされ、8月5日からのネット稼動前にも住民基本台帳法の再改正の意図が明らかにされてるくらいである。

<8月5日から、何が始まるか>
 総務省の文書によると、8月5日から毎日自治体からのデータ転送が開始されることになる。1億2千万人のデータが都道府県を経由して総務省に送られ、管理下に入ることになる。自治体は、毎日の住民異動、出生、死亡データを送り続ける。 8月上旬には国民一人ひとりに暫定的な11桁番号が送付されることになる。
 1年間この作業が繰り返され、来年8月からは、他の自治体でも自分の住民票が取れることになり、各種手続きに必要だった住民票の添付が11桁の番号を提示することで必要でなくなると、総務省は「利便性」を強調しているのだが。
 
<戸惑う自治体>
 すでに住基ネットシステムの準備は、1998年から進められ、各自治体には都道府県のサーバーにデータを送るCS(コミュニケイション・サーバー)が設置され、通信手段としての専用線も引かれている。中央のサーバーは富士通のシステムとなったため、各自治体独自の住基システムから、住基ネットシステムにデータ転送するためのプログラム変更も多大な予算を消費しつつ行われてきた。こうした自治体側の費用については、特別交付税措置として全額ではないが異例にも補填されてきた。しかし、自治体側には行政上、際立ったメリットが認識されているわけではない。本年7月5日に公表された日弁連の自治体アンケートによっても、自治体の側は、全体的に消極的である。
 特に懸念されているのは、システムトラブルである。日弁連のアンケートによれば、7月時点までで、テスト送信をおこなった回数は1回が大半で、トラブルも多く発生している。また、マニュアルを十分に読み下したと回答した自治体は4%に過ぎず、専任の情報担当者を配置した自治体もほとんどない、という状況が明らかになっている。銀行合併のシステムトラブルが多発したみずほ銀行の例は記憶に新しいが、住基ネットシステムも同じ道を歩む危険性は高い。
 
<電子政府と住基ネット・・加速する管理の動き>
 1999年2月政府は「住民基本台帳法」改正案を成立させた。70年代のような強力な反対運動は起こらなかったと言ってよいだろう。こうした変化はなぜ生まれたのだろうか。
 大きな変化は、やはり行政の効率化議論が国民的な関心となっている点であり、彼らは、そのように誘導をしてきたことは事実であろう。国民に焼きついている非効率なお役所仕事に対して、効率的なネットワークシステムという構図。
 さらに森内閣時代に「電子政府」構想が打ち出され、IT革命に夢を抱いた国民も多かった。しかし一方インターネット利用者は、高速の通信手段の実現もあって格段に増えた。パソコンの低価格化・高性能化も個人が様々な情報を取れることを実現させた。名簿屋産業の興隆やDM(ダイレクトメール)の嵐の中で、自分の個人情報が何処かで知らないうちに流出・悪用されている事実に国民は、情報の利用者であり、また利用されている存在であることを日々意識しないではいられない状況に置かれているのである。ここに、安穏とした総務省の住基ネット強行導入の落とし穴がある。
 21日のサンデーモーニングで片山総務相は、住基ネットシステムが万全のセキュリティをもっていると言い切ったが、誰がそんなことを信じるものか。人間のシステムは人間によって破られ、悪用される。むしろ、悪用される・流出することを前提に、対策を立てるのがセキュリティであり、プライバシー保護を破った者に対する罰則規定もない政府に、個人情報は任せなれない、というのが国民の真意であろう。

<個人が情報を完全管理できるシステム>
 私は単純な「住基ネット」導入反対という立場ではない。しかし、今回の事態は、法律で決まっているので8月5日稼動させる、個人情報保護の問題は後から付け足しで追いかけるいうことであり、本末転倒の議論であるので断固反対という立場である。むしろ住基ネットが稼動しようがしないが、今現在、すでに国民の個人情報は厳正な管理下にないという事実から出発すべきなのである。住民票がどこでも取れるなどというどうでもいい「利便性」など、個人情報保護への信頼と比べることもできない問題なのだ。
 国民運動、市民運動も声を上げるべきだし、自治体も誰の立場に立つのかを明確にして、いい加減な政府・総務省にものを申すべきなのである。(佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.296 2002年7月27日

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【書評】『バングラデシュ/生存と関係のフィールドワーク』

【書評】『バングラデシュ/生存と関係のフィールドワーク』
                  西川麦子著、2001.11.21.発行、平凡社)

 『バングラデシュ/生存と関係のフィールドワーク』と題された本書は、バングラデシュ現地での滞在・観察を通じて、その生活を貫いている本質的傾向を探ろうとする。そしてこの中で、われわれ自身の社会、生活、人生を問い返す共通のものが存在していることが示される。著者は「外人」(現地語でビデシ)としてバングラデシュで暮らし、現地の生活を見る視点そのものが絶えず問い直されることになる。これについて著者は、次の点を指摘する。

 すなわち「フィールドワークにとってのリアリティとは何か」という問いである。つまりフィールドワークの成果として学術的論文があるとしても、その「記述からこぼれ落ちてゆく」「実感」についての「こうした感覚を、個人的な感情として切り捨てるのではなく、対象とのひとつの接点として捉え、そこから人々の生活の場を描くことはできないか」という自覚である。

 さて著者は、首都ダッカから西北に約180キロメートルの所にある、ムスリム集落とヒンドゥー集落からなる、世帯数62の小さなジンダ村で、ムスリム集落の有力者(マリク氏)の家に同居することになる。そしてその家のやや大きな子供(19歳の娘ミニと16歳の息子ヨシト)を助手として、記録を採り続ける。

 マリク氏の家族、親族等々と著者の関係(疑似家族関係)や一家の収入状況、村の隣人との関係については、複雑微妙なものがあり、ここではその詳細を紹介できないので、本書を読んでいただく他ないが、著者は、その中に入り込みつつ抱く違和感に苦労する。

 著者のフィールドワークの大きな素材となったのが、ヨシトによる「村日誌」(そこには天候、気温から喧嘩、盗難、出産など村に起こった細々した出来事が、彼の感想とともに記載されている)である。著者自身による観察(外国人女性であるがゆえに制限される場合もあるが)と、これを手がかりにバングラデシュの農村の分析がなされる。

 その結論的なものは、たとえば次のようなものである。

 「バングラデシュ農村に関する文献には、貧困層と富裕層との間にパトロン─クライアント関係を論じたものが多い。より貧しい人々が、生活のわずかな保障や安定を得るために、より裕福な人々との繋がりを求める。異なる経済的階層間の従属と保護の関係が、バングラデシュ農村における重要な社会関係となっている、と」。

 しかし著者の分析は、これに異を唱える。

 「ジンダ村においては、貧富の差は見られるが、しかし、収入獲得のための活動を見る限り、住民たちの間に、経済的格差を社会的な上下関係に転化することを防ごうとする緊張がある。ある村人とより安定した関係を築くことによって自分が従属的な立場に置かれるくらいなら、二者間の関係を固定させずに、必要があれば随時に交渉する、という姿勢の住民は少なくない」。

 それは、利益追求に終始するのでもなく、特定の集団・組織などへ全面的に依存するのでもなく、人間としての権利を求める連帯や抵抗でもない。このような「人と人との関係を固定させず」、操作可能な交渉の余地を残す「機会主義的な態勢」は、将来の見通しを立てることが困難な、バングラデシュの経済的政治的不安定に対する「人々の向き合い方」ではないか、と著者は見る。

 この住民の姿勢は、さまざまな先進諸国からの開発プログラムに対する姿勢にも通じるものがある。すなわちこれまでに実施されてきた1970年代の行政指導の総合的な村落コミュニティ開発も、70年代末~80年代のNGOによるターゲット方式の開発プログラムも、「ジンダ村の住民にとって諸開発プログラムとは、そこから資金や技術面における援助を引き出すことができる」「借金の窓口をより多く確保する」手段として受け止められてきた側面がある。それ故開発プログラムにより結成された住民組織が、人々の連帯・結束を強化する様子は、ジンダ村では見られない、と著者は述べる。

 確かに開発「プログラムの積み重ねは総体として、より豊かな暮らし、より良い家族のイメージと日常生活を問題化する機会と言葉を人々に提供してきた」。そしてこの結果として生活の質の向上を意識する人々の姿勢は、暮らしを変えつつあった。「だがその変化の流れは同時に、諸機関の理念や方針、行政の政策、社会の情勢や国際的な市場への傾向に、住民たちを無批判に組み込んでゆく危険性を孕んでいた」のである。

 著者は、この危険性を、出産・家族計画をめぐる状況について検討していく。バングラデシュの人口密度は平方キロメートル750人(1991年)で日本の2倍以上であり、充分な産業のない現状では、人口増加の抑制が行政の最重要課題とされている。このため家族計画の普及が盛んに推し進められてきたが、このことは同時にバングラデシュを、「避妊具、薬(ピルやデボ・プロヴェラ等──引用者)の大量消費が可能な市場」、「時には薬の影響を試す実験場とみなす欧米の製薬会社」のターゲットとしてきた。

 「農村部には、『先進国』の製薬会社からもたらされた様々な商品が流通してい
る。自国では認可されないものも、ここでは有効な家族計画の手段として推奨され
る。政策や市場は戦略的に家族計画の方法を提供し、最終的に何を選択するかの責任
は住民に委ねられる。女性たちは体をとおして商品やサービスを大量に消費し、それ
らが身体に及ぼす影響までも担わなければならない」。

 著者のこの指摘は、戦略や政策や欲望や事情が「交錯し絡みあう場」である「第三世界」で女性たちの置かれている複雑で深刻な状況を端的に示している。なおこの状況に対しては、「経済援助の一環としてバングラデシュの女性たちに対して実施されている強制的な避妊政策」ではないかという評価・批判があることを付記しておきたい(岡真理『彼女の「正しい」名前とは何か──第三世界フェミニズムの思想』、2000年、青土社)。

 以上のような状況は、従来の村のあり方を大きく変化させつつあり、著者は、秩序を維持してきたある程度の地域の力が失われつつあることを感じる。それは、たとえば盗難事件を機に表面化する犯人と警察の結びつきや地域の有力者の暗躍であり、「この社会では被害者/加害者の二分法は意味がない」という確信を著者に抱かせる諸事件への第三者の巻き込みという展開である。そして集落内でのムスリム─ヒンドゥーの相互や身内での対立、ジンダ村を離れてダッカでの仕事を夢みる大学生たちの就職の困難さと挫折とは、この社会が確実に「近代化」に向かっていることを示唆している。

 「あとがき」の著者の言葉、「バングラデシュに身を置いて初めて、国家あるいは行政と、住民との関係がなんとも脆いものであるのかと考えるようになった。法や制度が、そこで暮らす人々を保護、管理する機能を充分にもたないことに戸惑った。そのような状況の中で、死ぬまで生きることを放棄しない人々の欲望に、私はおののき、時には政治がその欲望のうねりを利用し、人々の動きを誘導、加速させることを、恐ろしいと感じた」は、著者の実感であり、「開発」「発展」「援助」の意味を考える上で重要である。

 本書は、フィールドワークとしてはなお不充分、未成熟な個所を含みながらも、バングラデシュの現状の分析を通じて、人々が生きる・生活するとは何かということについて考察する手がかりを与えてくれるという点で興味深い。(R) 

 【出典】 アサート No.296 2002年7月27日

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【投稿】小泉内閣の政治的退廃と非核三原則放棄

【投稿】小泉内閣の政治的退廃と非核三原則放棄
                                      
<<「首相よ目を覚ませ」>>
 これは6/16付朝日社説の表題である。社説は冒頭から、「この荒涼たる風景は何だろうか。政治の機能低下も極まった」と断じている。「構造改革の看板も最近は色落ちが激しい。外交課題、経済政策、政治とカネの問題、何もかも暗雲が漂う。…良くなるかもしれないという希望すら断たれたら、政権の命運は尽きる」、「小泉さん、目を覚まそう」と結んでいる。
 おりしも、サッカー・ワールドカップ初勝利-決勝トーナメント進出とあって、至るところ大騒ぎである。このところ「命運尽きる」寸前の小泉首相は、こんな警告などどこ吹く風、浮かれ騒ぎの今こそ挽回のチャンスとばかりに人気取りのパフォーマンスにご執心である。5/31ソウルの開会式に出席、6/4の対ベルギー戦、6/9の対ロシア戦にも競技場に足を運び、サッカーボールのネクタイと青いメガホンで大騒ぎをし、14日の対チュニジア戦にも「応援に行きたい」と言い出して周辺を慌てさせ、「国民と共にある」首相の演出に懸命である。デタラメと綻びが露わな有事立法、防衛庁の違法な個人情報リスト作成と責任のなすりつけあい、別人になりすました官房長官の核武装容認発言、等々、首相周辺のきな臭い反動的本質が吹き出し、本来なら国会と官邸にクギ付け、身動きもままならぬ火だるま状態であり、政権崩壊寸前の事態といえよう。ところがこの最中、首相自身が責任放棄で、映画「突入せよ!あさま山荘事件」を見て例のごとく涙を流し(5/18)、44年ぶりという現職総理の日本ダービー観戦、馬券的中でご満悦(5/26)、オペラ鑑賞で楽屋訪問、「ワンダフル」の連発(6/8)、ところが国会の審議空転も政府・与党の無責任な対応もすべて「我関せず」、ワールドカップの騒ぎの中でぼやけさせ、後は会期を大幅延長させて、政府提出重要4法案をすべて強行突破しようという魂胆であろう。

<<「どうってことない」>>
 そしてこの政治の「荒涼たる風景」を典型的に象徴するのが、福田官房長官の核武装容認発言であり、それを小泉首相が「あれはどうってことない」と言ってのけた無能に近い政治的鈍感さ、政治的退廃であろう。
 問題の福田長官は、5/31の記者会見で、非核三原則に関連し「政治論であり、憲法上、法理論的に(核兵器を)持ってはいけないとは書いていない」、「専守防衛なら核兵器を持つことができる」、「長距離ミサイルとか核爆弾とか、非核三原則もあるかもしれないが、理屈から言えば持てる」などと放言し、さらにその後の記者懇談の席上、「憲法改正を言う時代だから、非核三原則だって、国際緊張が高まれば国民が持つべきではないか、となるかもしれない」、と本音丸出しの見解を示したのであった。「実質総理」、「次期首相最有力候補」などとおだてられて増長しきっていた本音の吐露でもあろう。すでにその1週間前に部下の安倍官房副長官が「小型核兵器の保有なら憲法上問題ない」と発言していたこととの明らかな連携プレイであった。
 メディア各社はこれを「国是の変更につながる」重大事として、翌6/1以後、大きく報道したのであるが、この段階ではまだ匿名報道で、「政府首脳発言」であった。ところが韓国メディアをはじめ外国紙は一斉に6/1段階で、「福田官房長官が記者会見で日本の核保有も可能だとの認識を示した」と報じ、韓国の有力紙「朝鮮日報」は6/2付の社説で「福田官房長官を即刻更迭し、非核三原則を順守する意思を明らかにすべき」だと主張して、事態は国際問題に発展しはじめてから、官邸があわてだした。6/2付朝日は<「唐突」自民も批判 政府、火消しに躍起>の見出しで「政府首脳発言」を報じ、福田長官自身がこの「政府首脳」発言に関して「現政権で非核三原則を変えることはない」と語った、と報じている。さらにこれに便乗して、福田長官は6/3の記者会見で、「(政府首脳本人に)真意を確認したが、そういうことはいっていないとはっきりいっていた」としらじらしくも述べたのである。自分で自分に確かめる、お笑い、茶番も茶番。よくもぬけぬけと言える厚顔無恥。
 6/4付朝日は、オフレコ取材では官房長官発言を「政府首脳発言」とすることを「双方が取り決めている」ことを明らかにし、それは「国民の「知る権利」にこたえることにもなる」と言い訳をしている。しかしこれでは、メディアと権力が一体となって情報操作をし、読者を欺いてきたことを証明したようなものである。政治の「荒涼たる風景」にメディア側も一枚かんでいたのである。

<<「合憲的核兵器」>>
 福田長官は現内閣での「非核3原則の堅持」を言明し、小泉首相は「私の内閣では変えない」という答弁で事態の沈静化に躍起であるが、いずれも近い将来の見直しに含みと期待を持たせている。歴代内閣が堅持してきた「不変の国是」であったはずの非核三原則をこの際、改憲論議と同様に論議の俎上に乗せることを目論んでいるのであろう。そのために、「自衛のためなら核兵器を持てる」という手前勝手な法理論はあくまでも放棄も否定もしようとはしていない。野党側から、それでは「合憲的核兵器とはどういうものだ」と突っ込まれると、「意味がない議論」(安倍官房副長官)だと逃げまわるだけである。政府・与党の政権維持の基本理念に、戦争を放棄した平和憲法を有し、唯一の核兵器の被爆国として、将来にわたって核兵器の製造も保有も持ち込み許さないという意識が決定的に欠如しているのである。むしろこの際、「日本はいつでも核兵器を持てる、持てる国になりたい」という本音をちらつかせ始めたのである。
 事態を静観していた米紙ニューヨークタイムズも6/4付で、福田官房長官の名前を挙げて発言内容を紹介し、6/9付では一面記事に「日本で核兵器のタブーが挑戦を受ける」との見出しを掲げ、「一部の有力政治家が半世紀の平和主義政策を破って、核兵器保有政策を検討し始めた」「これらの発言は、日本の安全保障に関する考え方に大きな変化が生じ始めたことを示唆している」と指摘している。アーミテージ米国務副長官は「発言を問題視せず」という見解であると報道されている。
 6/9付毎日新聞によると、ブッシュ大統領は今年2月の訪日の際、日米首脳会談で「イラクの攻撃は必ず行なう」と言明し、これに対し小泉首相が「テロとの戦いには必ず支援する」と語ったことで、“イラク攻撃に日本の支援をとりつけた”と理解したようだと報じている。小泉内閣の一連の右傾化・軍事的暴走は、明らかにブッシュ政権の好戦政策と軌を一にしており、非核三原則放棄・核兵器容認発言も、むしろ米国の「黙認と激励」が背景に横たわっていると言えよう。

<<「政治的な退却の道」>>
 しかしこうした危険な路線は世界中から孤立化せざるを得ないとも言えよう。すでに米国内では、米下院議員31人が6/11、ブッシュ政権が議会との協議なしにロシアとの弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約から脱退したのは憲法違反であるとして、ブッシュ大統領らを提訴しており、同じ日、米下院には「核兵器による破壊の脅威が高まっている」としてその終結を求める決議案が上程され、「核兵器廃絶に向け他の核保有国と協力するとの核不拡散条約(NPT)の約束の履行」、「核兵器の先制使用を放棄し、核兵器の開発・実験・製造を永久に禁止する」ことなどを政府に要求している。同決議案は、「核の危機の終結」を求める緊急署名運動と連動して呼びかけられており、呼びかけ人の一人、ジョナサン・シェル氏は、今日の世界での核の危険の高まりの一例として、「日本の政府高官が核兵器を作る可能性を吹聴している」ことを指摘している。
 おりしもパキスタンとインドの緊張は、核戦争の危機の様相を呈している。「決戦の時だ」とインドのバジパイ首相が前線基地を訪れて兵士を鼓舞し、パキスタンのムシャラフ大統領は「(戦争になれば)最後の血の一滴まで戦う」と対決姿勢を鮮明にし、核搭載可能な中距離ミサイルの発射実験を強行し、一触即発の事態である。
 先ごろ発表されたインド・パキスタン両平和運動の共同声明は、「現在のところ、誤算や偶発的原因による戦争の脅威は、きわめて深刻である。残念ながら、戦争ヒステリーが両国で意図的に醸成されてきた。理由がどうであれ、ひとたび戦争が起きれば、核戦争に至ってしまう深刻な危険性がある。私たちは、核兵器を使って戦うに値する大儀などあり得ないと断言する。両国は、好戦的な姿勢をとることによって、自らを袋小路に追い込んでしまっているが、政治的な退却の道を見いださなければならない。正義と正気に照らして、それ以外の選択肢はあり得ない。どちらの国の政府も、相手国に対して、無用な挑発をしたり、侮辱したりすることがあってはならない。核戦争に至ってしまうかもしれないという厳然たる危険性を前にしたいま、両国の軍隊が、平和時の地点にまで同時に撤退することがきわめて重要である。私たちは、両国政府に対し、軍隊の撤退を達成し、通常の関係を回復するために、すべての必要な措置を講じるよう求めるとともに、国際社会に対し、このプロセスを支持するよう訴える。」インドの「核軍縮と平和のための連合(CNDP)」の代表とパキスタンの「パキスタン平和連合(PPC)」の代表による悲痛に満ちた声明である。
 「核を持たない」ことを誇りにし、核兵器廃絶の先頭に立つべき日本の政権が、非核三原則を放棄し、核兵器を容認する事態である。小泉内閣にも「政治的な退却の道」がいよいよ用意されなければならない。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.295 2002年6月22日

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【投稿】小野さんの講演録を読んで

【投稿】小野さんの講演録を読んで
                      宝山 豊
1、久しぶり
久しぶりに、懐かしい単語とフレーズにふれて、まるで昔の付き合っていた彼女の写真を見る思いでした。ところがある日、街でばったり。話をしてみると、いきなり世界観、人間観、歴史観をまくし立てられた思いでした。
かつて同じ本を読んでいた人は、歳月を経て私の感覚とは微妙な違いが出てくるのかなと感じました。
はたして、その違いとは何なのかを自問自答しつつ一筆啓上申し上げます。

2、 根本問題にブレがある!?
まずは「疎外の三形態」の話ですが、その前に森信成先生は「唯物論か観念論か」という根本問題に対して多くの労力を傾注してきたのではないですか。
私の昔の微かな記憶では、意識と存在のどちらを一義的なものとするのかが根本問題。
さらに、人間の本質は「愛」であり、「利己愛」と「利他愛」から成立している。
「利己愛」は、人間の肉体の存在、その内にその源泉があり、「利他愛」は、「類」として存在する人類そのものの内にその源泉がある。
だから、「人間」「歴史」「世界」の順番のではないだろうか。
このことにより、少なくとも私は、「疎外の三形態」についてもそれなりの理解をしてきましたし、意識と存在の関係を解き明かす近年の多くの思考も私なりにおもしろく思えてきました。
  あまりにも難解な科学の話は、私にはわかりませんが、「従来の科学が宗教と平和共存してきた姿勢を改め『神仏』とは真正面から取り上げ本格的な検討を加えていくべき」とは具体的に誰がどこで、どの様にするのでしょうか。科学の分野の領域とか課題が不案内ですのであの講演録だけではわかりかねます。
学術的な分野での業績はわたしには祈るしかありませんが、私のようなものでも司祭や僧侶も風邪をひけば抗生物質をのみワクチン注射をし、様々な化学療法と理学的療法を受けさらには、数種類のサプリメントと栄養ドリンクを服用している複数の人を知っています。
高度に進化した物理学をはじめとする自然科学の話の羅列で、根本問題を曖昧にするのは、決して思考のパラダイム転換ではない。

3、 今の私の実感に合わない
新しい社会の基本理念を創り出そうというお気持ちは、わかりますが、誰でもが大学の講師、ミュージシャン、発明・発見者となるわけではありません。
反面、今の日本では誰でもがその能力さえあれば実現可能な社会になっているように思います。その意味では、今の日本はユートピアなのかも知れません。
例えば、モーニング娘を見てください。先日発表された納税番付によると、14・15歳のつい最近メディア受けした小娘が納税額で1500万円もあるのですよ!
推計所得は約5000万円です。(うちの娘もモウ娘に入れてくれ!)
その意味では、いまの日本社会は万人起企業家社会論がすでに実現していませんか。
しかし、ほんの一握りの人間をもって社会全体を規定し、概ね多数の人間をもって少数を規定、規制する社会を問題としているのではないでしようか。
付け加えるならば、発明、発見についても権利とそれから生じる利益についての分配と保護についての法的整備がととのいつつあります。さらに、現代の発明・発見は単に個人の能力だけで生れるものでないし、そこには、莫大な資本の投下がなされなければ実現しないことのほうが多いでしょう。
問題は、過日アフリカの諸国がエイズ治療薬に対する特許料が払えなくてアフリカのいくつかの国が自前で違法な製造をおこなって問題になりました。一個人、および一企業の利益、一国家の利益よりも「人類的価値」が優先される基本理念とシステムをいかに作るのかが問題なのでは。

4、自衛隊を国連常備軍にとの問題提起ですが、まったく空想的ですね!例えば
誰が指揮権を持つのか 国連事務総長ですか。
どこに常駐させるのか 沖縄ですか、
どういう事態で出動するのか
作戦行動の範囲は 地球規模なのか 
いかなる作戦行動まで行うのか 国家の消滅、領土占領、国民の統治
装備は  核武装を行うのか
兵士は日本人のみなのか
軍の規模は 00軍00師団000万人なのか
費用はどれぐらいで、
誰が負担するのか
報復を受けたときの戦略、戦術、規範は
国際的な承認はどのような形で成立するの
国連人となって自・他国のために自・他国で血を流す若者がいるのか(ソマリア経験でのアメリカと同じ)
奇を衒うような話とあい通じてしまいかねません。
今の政治状況、中国での日本領事館の対応能力、不審船事件等のなかで、こんな話は嘲笑の対象か、別の政治的意図を持った者の好都合の材料になるだけ。
昔の社会党の非武装中立、安保タダノリ論のほうが現実的と言うしかない。
問題提起の根本に、現実認識の欠如と、課題と展望への諦めがあるのではないでしょうか。

5、法人組織
疎外の3形態についても、「資本が法人格を保持するにいたったことが、資本主義の矛盾の根源」として話しておられますが、いったいなんの事なのかサッパリわかりません。
それでは、みどり十字・雪印、外務省、厚生省、自治労の各種の犯罪事象の社会的な意味での理解ができない。
特に、自治労問題。今後、民主的と言われてきた諸団体が社会的批判の対象になることもありえるわけで、それを単に右からの攻撃あるいは弾圧とする姿勢と論調にしか過ぎない。自治労問題でもこのことが一部ではあるが反省がなされたのではないか。そういった深い反省がないと、いくら防止策とか「社会貢献のための基金を」といっても説得力がない。泥棒しといて社会福祉に寄付するみたいな事。ねずみ小僧は義賊であるが、所詮は盗賊。自治労は組織として罪を犯し、看過し、かつ隠蔽しようとした。このことに目をそむけては、多くの善良な組合員、社会にたいしてスジが通らない。
それにひきかえ、某目薬の会社は、いやがらせで「商品に薬物を混入させた」という一報だけで翌日から自社の全国にある全商品の自主回収を「実行」したのです。
莫大な損害を受けることをわかった上で実行したのです。こういう法人をどう理解したらいいのか。ゆえに下のような式が成立します。
(某目薬会社≠みどり十字=雪印=外務省=厚生省=自治労)
これらの共通項は、役所も含めて確かに法人ですが、それでは問題の解とはなりません。その根本的な違いを明らかにしなければならないのが今日的な問題ではないのですか。
「株式会社主義」の方がこの点についてはまじめに検討をしています。最近ビジネス書でもマネージメント関係の本でも、企業の責任を①企業の統治②情報公開③説明責任④遵法主義の徹底⑤社会への義務から貢献へと、うたっています。
なぜこのようなことを言うようになったのか。それまでの実態がひどすぎたこと。二つ目は事実を隠しきれないこと。三つ目にはバレタときのリスクがあまりにも甚大なこと。企業がその責任と取組をしなければ、自己の存在が許されず、市場(いちば?)から放逐されるのです。(例えば雪印)

6、市場の問題
「市場の失敗、政府の失敗、そして『組織の失敗』」の中で望ましい協議システム・秩序維持システムが必要と述べられていますが、その中身が語られていません。ハイエクの個人的自由主義をすべての人の拡大とはどういう事なのですか?
所詮、持てる者の自由であり、独占の自由ではないですか。
協議・秩序維持システムと「組織の失敗」とはどう違うのか。誰しもソ連が崩壊して資本主義が勝利したとは思っていません。新たなる問題と課題が次々に生じています。古典的な言い方をすれば矛盾は更に深化している。
最近話題になつた絵本で、「もしも世界が100人の村だったら」がありましたが、あそこに書かれた、富(スットク)の偏在、飢餓の状況、教育、市民的権利迫害の実態に対して何らの答えも見出せないのではないか。
もう少し失敗の有り様と、原因を明らかにして建設的な対案を語らなければ、議論が進まないのでは。
更に、守秘義務の問題の関連ですが、個人より組織を上位に位置ける思想は、違う意味で変化していませんか。モラルハザードの問題です。官とはいわず、民も学も政はもちろんあちらこちらで壊れています。組織を否定するどころか自己の存在すらも否定してしまうようなことを平気でする。まるでパニックに陥ったねずみの集団自殺のように。
故小野先生が言っておられた「公共的性格と権力的・・・性格」の意味をもう一度考えています。公共性の「公」について、最近多くの本がでています。
これらも含めて「組織の失敗」といえば何の説明にもなりませんが。
わたしは、出きるだけ公が優先される方がいいと思っています。ただし一部、一定の人たちを利する為ではなく「類」としての価値をいかに実現するのか。その為のシステム、組織論、でなければ国家はなかなか眠り込んだりはしません。油断するとその強暴な牙で寝首をかかれるのでは。
その意味で「市場」を「しじょう」ではなく「いちば」と読みかえることの意味がよくわかりません。確かに交易の場であるとすれば、現物取引を前提にしているのかとも考えます。そうでもなさそうですし、現代の経済学者の考えは、不案内ですが、お父上の「戦後日本資本主義論」の中でも国家独占資本主義では深い分析と検証があったと記憶しています。その辺をヒントに今一度、読み返そうと思っています。

7、 実態と合わない「万人起業家社会論」
近年の給与実態を見てもわかるようにその減少に歯止めはかからず、官民格差も依然大きい。官高民低。
大学生の一回生にアンケートすると、8割以上が公務員志望。回生を重ねるごとにその比率が下がり4回生では何とか就職できればという回答が増えるとの話を聞きましたが小野さんの大学ではどうですか。
経済産業省の資料では開業率が廃業率を依然下回っている。開業するのは、さして難しくはないですが、それを維持発展とはいはづ、採算ベース(何とか食べるだけ)にするのも厳しい実体が現れています。
SOHOの労働実態調査では、時間給ベースで全業種の最低賃金を遥かに切れこんでいます。更には、SOHOではありませんが委託業務社員が過労で倒れた事案があり、結果的には、労働の実態が労働者として認定され、労災の給付対象となったとのケースがTVで報道されていました。現実は小野さんがいわれるほど薔薇色とは思われません。

「万人起業家社会論」とは、「一人ひとりが『カミ』であり、私もあなたも心底思えること」として表現しておられますが、その表現はどうでしょうか。オリンポスの神々は個性的でときにわがまま。カミの王ゼウスがおり、日本でも八百万の神々がおられ毎年10月には出雲の国で全国交流集会を行い、そのときにはすべてに君臨する天照大神を中心に盛り上がるらしい。
私の家には「ヤマノカミ」という唯一絶対の「カミ」がおられます。私は、この「カミ」に日々信仰の誠をささげています。これ以上のカミの存在も欲しくありませんし、自分も「カミ」なんかになりたくはありません。そして、ヘーゲルの「・・・教の本質」のようなことはわかりません。
それよりも普通のまま、ありのままの「にんげん」でいいです。
だからこそ、戦闘的でもなく革命的、前衛的、共産主義的、社会主義的でもない民主主義学生同盟が好きだったんです。

8、 クリーンなタカ派と同一線上!?
以上のような意味で、私が無理解と誤解をしているのかもしれませんが、実感と実態に合わないように思えてなりません。
ただ感じるのは、地方の商工会で町おこしとかでがんばっている人とか、地方公務員の中のまじめに、なにかしなくてはと考えている民間を含めて年収600万円以上の層には小野さんの雰囲気がマッチするのかなと思います。
しかし、これらの雰囲気と論理展開は、今の小泉政権と似ている感があります。「クリーンなタカ派」と「リベラルなエリート主義」はある種通じるものがあるのでは、座標軸が違う部分、気がつけば相似形ということもありえます。
「自己責任」、「決断症候群」、「痛みを伴う」、「無用な神学論争は・・・」いずれも歯切れの言い言葉だがその中身を語っていない。ただし、彼らの層は比較的教育水準が高くて、物知りで結構理屈好き。反面、物事の見方がすべてにおいて陰謀論的な組み立てをしており、人を小ばかにしたしたところさえある。これが私のプロファイリング分析です。その最前線にいるのが小林よしのりに代表されるグループではないですか。
このようなフラストレーションに固まったような思想は大嫌いであると同時に、これらが受け入れられる不満の鬱積状態についても危機感を持っています。
これらと同じニオイを感じてしまうのです。
わたしは、もう一度、民主主義を人間性豊かに表現でき、どうしたら、そういう生き方が出きるのか、そして隣人他者の中で生きられるのかを考えたいと思っています。
久し振りに、日頃口にしたことのない文言を書いてしまいました。混乱をしているかもしれません、皆さんのご批判あれば今後の身の糧にし、慎みたいと思います。
敬具
(宝山 豊) 

 【出典】 アサート No.295 2002年6月22日

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