【投稿】吉野川をたずねて–徳島知事選挙と第十堰–

【投稿】吉野川をたずねて–徳島知事選挙と第十堰–

 5月の連休に吉野川を訪ねる旅に出た。動機は簡単だ。徳島吉野川の流域が私の父母のふるさとであり、前々から一度ゆっくり訪ねたかっただけのこと。
 偶然にも、丁度徳島知事選挙の投票日を挟む日程で旅をすることになった。淡路島から鳴門を経て高速道路で徳島市内に入り、迷わず「吉野川第十堰」をめざした。
 その日は投票日で、街は意外と静かだった。徳島市内の家々に「投票に行こう!」というだけのポスターが多く貼られ、以後内陸部へ行くと「阿波女を知事に」というポスターも時々見かけることになる。前者が「勝手連」が押す大田候補であり、後者が自民党系無所属の女性候補陣営ということになるが、圧倒的に前者のポスターが目立って多かったのである。
 
 <川が生活とともにある>
 徳島市内から吉野川沿いの道路を行き、流域の様子を見ながら進む。南に眉山を見ながら、吉野川沿いを走ると、河川敷の砂地でたくさんの人がバケツを持ってシジミ取りをしている。漁師というわけではなく、周辺の住民の方がその日のおかずにと取っているという様子。海水と淡水が交じり合う汽水域でシジミは育つ。長良川でも中海宍道湖でも同じことである。釣りをする人、散歩をする人、川は住民の生活と共にあった。
 ようやく「第十堰」にたどり着く。写真やホームページで見たことはあるが、川幅200mに渡された第十堰を歩いて初めて吉野川を渡る。鮎のための魚道もたくさん設けられており、若干渇水ぎみであったが、十分な水量が魚道を流れていた。堰周辺でも釣りをする人、仕掛けで狙う人とたくさんの人で堰周辺は賑わっていた。
 四国三郎と言われる吉野川、これまで数々の洪水も起こしてきたが、江戸時代以来、石積みの堰で治水が行われてきた。ここに長良川と同様の可動堰を造る計画に対して住民はNOの答えを出してきたわけだ。川が生活と共にあるからこそ、「吉野川可動堰」計画は住民から批判を浴びたわけだ。
 
 <公共事業の制御が選挙の争点に>
 今回の知事選挙は可動堰推進派の現知事の収賄容疑での逮捕を受け行われたもの。元社民党県会議員の大田氏が野党の推薦で立候補し、一方の自民党は汚職事件の影響で公認候補を出すことができず、無所属女性候補で闘うという構造になったのである。もちろん自民党首脳・野党党首も徳島入りし、新潟・和歌山両補選と並んで政治決戦の様相となった。大田陣営の主流は可動堰反対運動を作ってきた市民Gだった。
 徳島はもともと日本の中でも「開発」の遅れた地域であり、おそらく県民総生産も島根県と並んで最下位に甘んじているだろう。それは利権政治の温床ということになる。昔は「徳島戦争」と言われ、後藤田と三木が保守同士の争いをした。しかし、時代は変わったのだ。
 
<市民派知事の誕生>
 投票日の夜、宿泊地のテレビで大田候補当選を知る。しかし、前途は多難である。ともかく、独自財源が乏しく、勢い公共事業・補助事業に頼る県政がベースである。後に初登庁した新知事を迎えた県議会は、公共事業への選挙公約をめぐって厳しい態度で追求している。確実に市民の意識は変化しているにも関わらず。
 その日の宿は、池田町周辺の民宿としたが、このあたりは懐かしい場所。あの蔦監督の池田高校のある町。そして幼いころ、父に連れられ、旅をした場所だ。小学生のころだったか、吉野川の鮎の塩焼きを何度もお代わりをしたことを思い出す。長良川への関わりはまだ十数年だが、吉野川への関わりは40年を越えている。次の行動提起があれば、四国三郎にカヌーを浮かべてみようと思っている。(佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.295 2002年6月22日

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【コラム】ひとりごと–防衛庁の思想調査に思う–

【コラム】ひとりごと–防衛庁の思想調査に思う–

○いやー、ひどいな。防衛庁の思想調査。個人情報保護もあったものではありません。情報公開担当が個人的に作成したものと、平気な顔で記者会見していた防衛庁長官の意識もひどい。コピーして上司も含めて配布したということ、防衛庁以外には「流失」していない、など、何の言い訳にもならないのに。○個人がやったこと、と言いたいようだが、そんなことで治まると思っているからこそ、こんな発言が出てくる。○個人情報の不法な収集をした時点でまず犯罪的。さらにコピーして配布された側も、上司を含めて、個人情報保護に抵触することを指摘できないことも処分もの。(後で庁内LANで、誰でも見れるように「公開」されていたというから呆れる)○何よりも情報公開を要求した人を「反防衛庁」としてマークすることこそまさに「思想調査」。こんな政府に「個人情報保護」が果たしてできるのでしょうか。この問題は徹底的に追及されるべきだと思う。○先日保守系の人と話していたら、逆の意味で批判するのである。曰く、「情けない、あんなに簡単に防衛庁の内部文書が外に出てくることだ。文書管理もできないで、あんな国に果たして防衛を任せられるのか。」これも立場は違えど一理はある。一理だけだけど。○時代は明らかに変化している。変わっていないのは、政府・防衛庁だけである。(佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.295 2002年6月22日

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【本の紹介】川上 徹著 「 アカ 」 (REDS)

【本の紹介】川上 徹著 「 アカ 」 (REDS)
                  筑摩書房 2002年2月発行 ¥1,900円+税

 数年前、アサート紙上でも何人かの人が論じた『査問』の著者である川上徹氏が、父である故川上潔とその仲間達の生き様を通して、戦前の運動の原点と現在に受け継がれているものを明らかにしようとしたのが「アカ」である。
 小学校教員であった川上潔は、1933年(昭和8年)2月4日早朝、長野県南安曇郡南穂高小学校の宿直室で特高刑事らにより逮捕される。 共産党の指導下にあった非合法組織「教労(教育労働者組合)」と合法雑誌『新興教育』の読者網が治安維持法により弾圧された「教員赤化事件」である。逮捕・取調べを受けたものは、民間の労働者も含めて600名を越えた。
 著者は、自らが1960年代から査問事件に至る学生青年運動の高揚期を生き抜いた原点に、父の存在があったこと、そしてわずか教員生活2年にして「教員赤化事件」で検挙され、学校を追われても戦争を生き延び、終生共産党シンパであり続けた「父と父とつながりをもった人々が『赤化事件』とその後の時代をどう生きたのか、彼らの濃縮された時代を知ることは、私がどこから来たのか、そのルーツを探るような意味合いをもっていた」と語り始める。
 記憶に残る父との会話や出来事を手がかりに、父のかつての教え子、そして父と戦後も関わりを持ち続けた人々、その家族からの聞き取りを行い、そして数多く出版されていた事件の語り部達の著作などと出会いながら、「なぜ」の疑問を解き明かそうとする。
 1969年「抵抗の歴史」(労働旬報社)が発行され、この「教員赤化事件」の当事者達の証言や特高資料が掲載された。著者は30年前にこの本を父川上潔の手元にあったことを記憶していたし、当時特高資料の中に父の名前を見出している。しかし、あの「査問」事件とその後がなければ、「なぜ」への執着と解明はなかったと言う。
 すでに83年に父潔は他界しているが、生前この事件について多くを語らなかったという。その思いに共感できるようになったのは、検挙・転向(形ばかりの)・そして放校という苦悩を経験した父の「ルーツ」と新日和見主義事件以後共産党員であり続け、90年代後半になり離党したという著者の視線がクロスする立場に立ちえたからだろうと著者は語る。
 「思うに、当時歩んでいた運動の道を、私が引き続き進んでいたら、このような出会いはなかったことだろう。イデオロギーから解放され、組織の志向に自分を合わせる発想から離脱し、一人で世界と対峙しなければならなくなったとき、自分の感性と自分の頭脳でものごとを考え始めたとき、すべての事象は驚きの対象となった。」
 著者はこうした構え方で、「父と父と関わりをもった人たち」の思いや人生そのものを正面から受け止めたようとしている。著者の視点は、非常に静かなものだ。
 文章のここそこには、自らの運動経験も重ね合わせた叙述も多い。教員赤化事件の関係者達は決して学生時代から「左翼」である場合は稀であったという。農村恐慌と言われる中でも子ども達の貧困な実態を前にして、当時の青年教師達にマルクス主義が急速に浸透していったという。組織的な働きかけが存在したとは言え、マルクス主義がまだ文献的にも断片的であったにも関わらず。一方、著者達が受け入れたマルクス主義はすでに体系だっており、陣営として完結し、他陣営を批判し自陣営の選択をせまり、自己完結的な体系と化していたが故に、すでに新鮮さを失っていたのではないか、学園闘争期に他陣営たる全共闘運動への参加者を正当に評価することもできなくなっていたのではないか、と。
 さらに、戦後の諸運動を支えた力がこうした弾圧の中で様々な屈折を経つつも、生き抜いた「父と父と関わりのあった人々」をはじめとする「敗北を経験した人々だけが持ったひそかな意地や根性、誇り」であったのでは、と著者は述べる。
 一人の運動家の真摯な視線を感じる本です。是非、一読を薦めたい一冊です。
(佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.295 2002年6月22日

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【投稿】有事立法・小泉内閣の危険な賭け

【投稿】有事立法・小泉内閣の危険な賭け

<<「今日行こうと思ったのは朝だ」!>>
 小泉政権は、去る4/27でまる1年を経過した。発足当初の90%前後にも及んだ内閣支持率は、今やすっかり冷え切ってしまったかのようである。毎日新聞の調査では57%の人が『小泉政権の1年を評価しない』と答えている。時事通信社が5/17に集約した世論調査結果によると、小泉内閣の支持率は発足以来最低だった前月をさらに下回る37.6%に低下、ついに40%を割ってしまった。逆に不支持は5.9%増の42.8%となり、初めて支持・不支持が逆転したのである。そして、先月28日に行われた新潟、和歌山の補選と徳島県知事選の結果は、1勝2敗とはいえ、惨たんたるものであった。とりわけ新潟補選では、自民党は無名に近い無所属新人候補に20万票もの差をつけられて大敗した。自民党候補応援で新潟入りした小泉首相が強烈なヤジと拒絶反応に直面してうろたえ、1年前との余りにも大きな落差に鼻をへし折られたと言えよう。
 もはや党内では「抵抗勢力」と揶揄してきた多数派の手の内に取り込まれ、次の首相候補が画策されるという「死に体」状態を抜け出そうと、焦り出したのであろう。政権延命の最後の手段として、「変人首相」さながらの危険なタカ派体質を剥き出しにし始めた。その象徴的な行動が、4/21の不意打ちの靖国神社参拝であった。首相は「参拝は前から考えていたが、実際に今日行こうと思ったのは朝だ」と“突然の決断”であったことをわざわざ強調し、“電撃的”“抜き打ち的”な行動を示すことで、『何をしでかすか分からん』姿勢をアピールし、党内を引き締め、唯一残された“首相の解散権”を武器に政権立て直しを図ろうとしたのであろう。しかしこの浅はかな行動は国内のみならず国際社会からも大きな失望と落胆を招いたのみであった。とりわけサッカー・ワールドカップ共催を直前に控えた韓国の李・国会議長が「まるで日曜未明の真珠湾への奇襲攻撃」と批判、韓国の与野党ともに「北東アジアの平和を傷つける挑発行為」と反発したのは当然であろう。

<<「憲法9条はおかしい」>>
 さらに首相は、自らの党の了承もなしに突如、郵政関連法案を国会に提出し、「(自民党は法案を)潰すんだという考えを持たないでほしい。自民党が小泉内閣を潰すか、小泉内閣が自民党を潰すかの戦いになる」とかつてのさびついたセリフそのままに大ミエを切った。しかし急ごしらえの実効性を伴わない民間参入法案は業界からも見放され、「抵抗勢力」側も安心して賛成に回る始末である。
 しかしこれらはあくまでも刺身のつまであろう。小泉内閣が今や最大の課題としているのは有事法制関連3法案である。歴代の自民党政権のいずれもが国会に上程できなかった危険な有事立法を、突然叫び出したのが、昨年12月末。読売・産経新聞の大々的な応援と叱咤激励を受けて、1月以来、防衛庁や法制局がこれまた急ごしらえで矛盾だらけの法案をでっち上げ、閣議決定したのが4/16。与党側はこの有事法案について、5/27までに公聴会か参考人質疑を強行し、28日には衆院特別委で採決し、30日の衆院通過・成立を目指そうというのである。自民党の古賀誠前幹事長が「一分一秒を争って、あげなければいけないのか」(5/17、新潟市内講演)と苦言を呈するほどの焦りにあせった強行突破スケジュールである。ムネオ疑惑から始まった「週刊誌政局」、ワールドカップを目前に、「有事」とはまったく無縁な「平和」なさなかに、その危険性に気付かれないうちにろくに論議もされないうちに、何が何でも成立させてしまおうという魂胆である。
 当然と言うべきであろうが、国会の有事法制論議での小泉内閣の破綻ぶり目を覆うほどのものである。5/7、答弁に立った首相は「憲法9条はおかしい。戦力の保持を禁止しているが、自衛隊が戦力の保持でないと国民は思っているのか」と答弁したのである。これほどのあからさまな憲法否定発言は初めてであろう。首相としての憲法遵守義務を自ら放棄しているのである。与党幹部でもア然とする発言であるが、翌5/8には、今や首相の指南役として君臨し出した福田官房長官が、「有事に備え、民間防衛組織を整備したい」「必要な組織や平時の訓練のあり方を考えたい」とまで言い出したのである。もちろん、有事立法3法案にも入っていない、隣組の組織化から、防空・竹槍訓練にまで至る戦時体制さながらの、戦前の帝国議会の議論と意識をさらけ出してしまった。

<<「何が有事か言うのは難しい」>>
 そもそも法案の根幹である「有事」の定義すら定められていないばかりか、説明さえできないのである。中谷防衛庁長官は「有事」に関連して、「武力攻撃が予測される事態とは自衛隊に防衛出動命令が予測される事態」と説明したが、「では防衛出動が予測される事態とはどんな時だ」と質問されると、「武力攻撃が予測される事態だ」と無限ループの空回り答弁しかできず、揚げ句の果てには「何が有事かを明確に言葉で言うのは難しい」と答弁する始末。
 さらに小泉首相は、「おそれ」、「予測」の段階では、武力行使はできないと答弁したのであるが、法案にいう「武力攻撃」には「おそれのある場合」を含むのかどうかで、福田官房長官の答弁は二転、三転。当初「含まない」と答弁していたのが、そうすると、「おそれ」の段階でも「部隊等の展開その他の行動」はとれないことになるとして、一転して「おそれのあるときも含む」と答弁。ところがこれでは、「おそれ」の段階でも武力行使ができるということになり、首相答弁をくつがえしてしまう。結局、“「武力攻撃」という言葉には「おそれの場合」は含まれていないが、条文の後段部分「部隊等の展開その他の行動」には「おそれ」や「予測」段階の準備行動を含む”という自らも説明不可能な解釈で危険な本質をごまかし、切り抜けようと必死である。
 ところがこの「おそれ」や「予測」段階での準備行動がどのようなものか明らかになった。5/6、朝日1面に暴露された記事である。先月10日に、防衛庁の海上幕僚監部の幹部が在日米海軍の司令官を訪ね、海上自衛隊のイージス艦やP3C哨戒機をインド洋に派遣できるように「米側から要請してくれ」と持ちかけたのである。そしてその“要請通り”にウォルフォウィッツ米国防副長官が、「(アフガン軍事作戦に)高い偵察能力がある海上自衛隊のイージス艦やP3C哨戒機を投入してくれれば極めて有益だ」と、先月29日に訪米した与党3党の幹事長に“公式要請”したのである。朝日は「制服組の独走ともいえる事態で、文民統制の危うい現状が浮き彫りになった」と指摘したことに対して、中谷防衛庁長官は「派遣を要請するよう働きかけた事実はない」と全面否定したが、しゃべった本人が認めており、事態の本質は変わらない。米軍と連携した「おそれ」や「予測」段階からの軍事行動がすでに準備され、法的に合法化されようとしている証左といえよう。
<<『いかんざき』>>
 法案の矛盾を追及されると、小泉首相は「民主党からもいい提案があれば検討したい」と答弁するほどのズサンさである。民主党の鳩山代表は5/17、有事法制関連3法案について「きょう、公明党幹部に聞いたら、『どうせ中身がないからいいでしょう』と言われた。こんなこと言われたら『いかんざき』だ」と述べ、3法案に賛成の公明党・神埼代表をけん制したという。
 しかし彼らがけん制する程度では、事態の危険な進行は止まらないであろう。小泉内閣は、行き詰まりと権力基盤の急速な低下を、平時にわざわざ「有事」と緊張を作り出すことによって切りぬけ、延命させることにしがみつきだしたのである。その最大の推進力は、小泉首相自身である。1963年自衛隊幹部らの秘密作戦計画「三矢研究」(戦争への総動員体制と徴兵制、マスコミ統制の図上作戦)が発覚したときの防衛庁長官が小泉首相の実父であり、辞任を余儀なくされた。そして現小泉首相自身がかつて秘書として仕えた福田元首相は、1978年公然と有事法制の研究を防衛庁に指示したが、世論の強い反対の前に挫折した。小泉首相のタカ派的右派的体質は、「変人首相」の気まぐれどころか、旧岸派―旧福田派―旧三塚派―森派という自民党の右派人脈の中で培われてきた本質的なものであろう。現内閣官房長官の福田康夫は、小泉が書生をしていた福田赳夫元首相の長男。副官房長官の安倍晋三は、岸信介元首相の孫。そして直接の後見人が「神の国」発言の森喜朗である。そして中曽根元首相がその右派路線を公然と支援している。
 小泉首相にとっては、有事立法を自らの手で作り上げることが、ブッシュとの約束を実行することでもあるが、それ以上にいわば怨念の集大成であり、悲願でもあるといえよう。だからこそ身内の自民党の推進派議員からでさえ「テロや不審船に対応できない」欠陥法案だとの不満が噴出してきても、小泉首相は「不完全でもいいから一日も早い法案の成立が必要だ」と焦りを露骨に表している。
 民主党ももはや支持できなくなってきた有事立法をめぐる動きは、ようやくのことにして反対運動が盛り上がりを見せ始めたともいえよう。三法成立阻止の取り組みをさらに広範に進めることが求められている。(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.294 2002年5月25日

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【投稿】市町村合併と地域通貨

【投稿】市町村合併と地域通貨
     –地域経済活性化と地域コミュニティー再構築の可能性– by 若松一郎

<急速に進む市町村合併の動き>
 全国的に市町村合併の動きが急速に進んでいる。全国の具体的な動きについてはアサート№292江川氏の投稿で論じられているが、私の地元の大阪府でもすでに7地域、17市町村で研究会等が設置され、一部は大阪府の合併重点支援地域にも指定されている。
市町村合併が地域の発展や住民の生活に大きな影響を及ぼすことは言うまでもないが、全体にその議論は低調であり、国の主導の下、財政問題を主な理由としながら首長が一方的に推し進めている感がある。
 合併推進派は、住民の生活圏の拡大、環境問題等広域的課題の増加、財政悪化への対応を理由とし、合併による経費削減、効率化を強調するが、国の財政特例に乗り遅れるなというニュアンスが強い。
 一方、合併反対派は、今回の市町村合併の動きは交付税削減の財政誘導による国の押し付けであり、住民の自主的な判断によるものではない。住民説明が不十分であることを指摘する。しかし結局、共産党のように国政の問題や「地域に何の得がある」という地域エゴの問題にすりかえてしまっている。
どちらもこれからの低成長の中で、地方分権を実現し、どのようにして住民生活を豊かにしていくかという具体的なイメージがなく、住民にとっては判断のしようがないというのが現実ではないだろうか。

<示唆に富む「地域通貨」>
実際の対応と言うことになるとなかなか難しいところであるが、出口のない不況の中で地域コミュニティーを活性化させると言う観点に立つとき、「地域通貨」というものが非常に示唆に富んでいる。以下、「だれでもわかる地域通貨入門」(北斗出版)の内容を紹介しながら、合併問題への対応について考えてみたい。
 地域通貨と言うのは、「限定した地域でしか通用しない通貨を用い、地域内でお金を循環させることによって、経済の安定化・活性化をはかるとともに、グローバル化する経済によって崩壊しつつあるあるコミュニティーを再構築する狙い」でつくられたもので、「利子がつかない」というのが特徴である。めざしているのは「地域資源循環型経済」であり「地域共同体の再構築」である。

<「地域通貨」の歴史>
 地域通貨と言うと目新しいが、実は古い歴史を持っている。1929年から30年代の世界恐慌時には各国で様々な試みが行われた。特に有名なのがオーストリア・チロル地方の小さな町ヴェルグルの「労働証明書」である。当時、人口わずか4300人のこの町には500人の失業者と1000人の失業予備軍がいた。通貨が貯める込まれ、循環が滞っていることが不景気の最大の問題だと考えた当時の町長は、1932年町議会でスタンプ通貨の発行を決議し、銀行から借り入れた金を担保に「労働証明書」という地域通貨を発行した。その裏に書いてある文章は現代にも通用するようで興味深い。少し長いが引用する。
「諸君!貯め込まれて循環しない貨幣は、世界を大きな危機に、そして人類を貧困に陥れた。経済において恐ろしい世界の没落が始まっている。いまこそはっきりとした認識と敢然とした行動で経済機構の凋落を避けなければならない。そうすれば戦争や経済の荒廃を免れ、人類は救済されるだろう。人間は自分が作り出した労働を交換することで生活している。緩慢にしか循環しないお金がその労働の交換の大部分を妨げ、何百万という労働しようとする人々の経済生活の空間を失わせているのだ。労働の交換を高めて、そこから疎外された人々をもう一度呼び戻さなければならない。この目的のためにヴェルグル町の労働証明書は作られた。困窮を癒し、労働とパンを与えよ。」
 そして、町は道路整備などの緊急失業対策事業を起こし、失業者に職を与え、その労働の対価として「労働証明書」という紙幣を与えた。
 「労働証明書」は、月初めにその額面の1%のスタンプを貼らないと使えない仕組みになっていた。つまり、月初めごとにその額面の価値の1%を失ってゆく「劣化するお金」「マイナスの利子がつくお金」なので、誰もができるだけ早くこのお金を使おうとし、消費を促進し、経済を活性化させた。この「労働証明書」は発行額は少なくても、通常のオーストリア・シリングに比べておよそ14倍の流通速度で回転し、その額の何倍もの経済効果を生み出した。こうして、ヴェルグルはオーストリア初の完全雇用を達成し、上水道をはじめ町が整備され、ほとんどの家が修繕され、税金も速やかに支払われた。
 これを見て、1933年6月までに200以上の都市で導入が検討されたが、中央銀行によって「国家の通貨システムを乱す」として禁止通達が出され、11月に廃止に追い込まれた。

<現代の地域通貨>
 1990年代になってから、新たな意義付けを行いながら、様々な地域通貨が再び世界各国で広まってきている。現代の「地域通貨」は必ずしも地域経済の活性化だけを目的にしているのではなく、地域コミュニティーの再構築をめざしているものも多い。「LETS」「イサカアワー」「トロントダラー」などが有名である。地域を限定することによって取引をする相手の顔が具体的に見えてくる。「地域通貨」には、取引がただの損得勘定ではなく、「人間関係」を築いていく手段なのだという思想がある。介護労働や保育労働の交換など少子高齢化社会に対応したものも多い。

<市町村合併の議論に新しい観点を>
 このように、「地域通貨」は地域活性化やコミュニティーの再構築を考えるとき非常に示唆に富んでいる。市町村合併というのは、ただ自治体がくっついて、人口が増えるというだけの問題ではない。住民の新しい関係の再構築であるはずである。違ったものが一緒になるとき、違っていることが豊かさになるような新しい自治体のイメージを作り上げられないだろうか。また、自治体がより大きくなることによって、不況に耐えられる地域循環型経済を構築できないだろうか。市町村合併に臨んで、本当はそのような具体的なプランを住民とともにつくり上げるべきだと思う。しかし、現状は理想とは程遠いようである。 確かに、今回の市町村合併の動きは国の押し付けの側面が強い。しかし、一方で住民が地域について考える絶好の機会であり、国とは違った観点からこの問題を議論してみる必要もあるのではないだろうか。(若松一郎) 

 【出典】 アサート No.294 2002年5月25日

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【書評】『カルチュラル・スタディーズへの招待』

【書評】『カルチュラル・スタディーズへの招待』
             (本橋哲也著、2002.2.20.発行、大修館書店、2300円) 

 「カルチュラル・スタディーズ」(文化研究)と「スタディ・オヴ・カルチャー」(文化の研究)はどう異なるのか。本書は、この問いより始まる。そしてその答えは、次のように語られる。
 「〈文化の研究〉と言ったときに前提とされるのは、そこで対象とされている文化が、文学や芸術のようないわゆる『高級文化』ないしは『支配的文化』であろうと、あるいはマスメディアやマンガ(中略)といった『サブカルチャー』あるいは『抵抗的文化』であろうと、文化をある本質的な、あらかじめ与えられた実体としてほかの『非文化的なもの』と区別して想定する態度ではないだろうか?」
 「ところが、それに対して〈カルチュラル・スタディーズ=文化研究〉の根本にあるのは、文化を特定の歴史や社会状況における構築物としてとらえる問題意識である。つまりそこで焦点となるのは政治性、言い換えれば、異なる権力関係のなかでいかにして、ある〈文化〉が〈非文化〉を排除し、〈自己〉が〈他者〉を周辺化して、2つのあいだに境界線を引いていくかの過程なのだ」。
 ここに見られるように、カルチュラル・スタディーズとは、さまざまな文化の探究ではなく、文化が形成される過程そのものを対象とし、そこにおける権力構造の存在を問題とする。それは、現在のところ世界を席巻し、余りにも当然のこととして考えられている近代社会(ヨーロッパ近代社会)の原理をも一定の歴史状況において形成されてきたものと見なす。その構え(スタンス)は、①ひとつの独立した学問分野の形成を目指さない。むしろ「さまざまな議論の空間を結合し広げていく場ないし接点として」領域横断的、折衷的である。②言葉の持つ力への問いを重視する。すなわち「意味とはつねに特定のコンテクストに縛られ、特殊な言説の編成や発話の戦略に依存していることを重視する」。具体的には、「ある発言は、いったい誰がどんな場で、誰の利益や関心のために行い、それがどんな効果を持ち得ているのか、いないのか?」等々を検討する。③「『起源』や単一のアイデンティティを創造する『物語』に懐疑的である」。すなわち文化的意味の生産におけるテクスト性の役割に注目する。④知識人論として、広い社会的文化的コンテクストに根差す。そして「文化と、知識、意味を取りまく関係が、いかに発話の場の力関係と関係しているかにこだわる」。
 以上のスタンスを一言で表わせば、カルチュラル・スタディーズは、「文化の政治学」を目指すということである。すなわち「広い意味での人間同士の権力関係」の分析がその目的であり、われわれにとって不可避な政治的力関係(それは国政から個人の立場にまでいたる)こそが問題にされねばならないのである。
 このようなスタンスから、カルチュラル・スタディーズは、他者、言語、メディア、SF、都市、スポーツ、マンガ、性、民族、歴史等権力関係の存在するあらゆる領域、対象を探究する。そしてそれぞれに、われわれが日頃目にしているのとは全く異なる側面が存在していることを確認する。以下、二三検討してみよう。
 「第1章、他者──文化の力学(岡真理「文化という抵抗、あるいは抵抗という文化」を読む)」では、ソマリアへの旅行エッセーを検討しつつ、その本質に迫る。
 すなわちこのエッセーでは主な出来事として、女性の性器手術が取り上げられているが、これについて重要なことは、「当事者自身が語ることと、それについてわたしたちが解釈すること、その2つのあいだに横たわる差異」であり、「その差異こそが、政治であり、権力関係を生む」ということである。具体的には「『私たち』にとってアメリカ合衆国やフランスなどの『等身大の人間たち』と出会うことが、映画やテレビを通じてきわめて容易である一方で、『(略)私たちの理解可能な、多元的で真に人間的な存在としてのアフリカ人、あるいはアラブ人と私たちが出会う』ことが阻まれている」状況にわれわれが気付くかどうかということである。
 換言すれば、われわれの日常(想像力)の構造が、上のようなアフリカ人像、アラブ人像との出会いを困難にしているとき、われわれの側では、彼らについて「無知の真空状態」が生じる。そしてこの状態が孕む危険の顕現、すなわち「それをいきなり引き起こすのが、たとえば『女性の性器切除』といった出来事である」。この結果としてわれわれに、アフリカ文化・アフリカの人々に対する暴力的で差別的なイメージが生み出されるのだ、との原著者の指摘に本書は同意する。
 「著者(原著者のこと──引用者、以下同じ)がここで問うているのは、当事者は誰なのか、という問い、より正確には当事者と観察者との区分けを誰が決めているの
か、という問いかけでもある」。
 「性器手術の暴力と、植民地主義やその延長線上にある文化否定の暴力と、どちらがより残酷で、野蛮であるのか、誰がいったいそんなことを決められるのか?──著者がするどく投げかけるのは、そうした問だ」。
 ここから本書は、「文化を理解するとは、『私たち』自身が『当事者』になることによって、〈他者の文化〉にレッテルをはったり、評価したり、否定したりすることを拒否することではないのか?」と語り、このエッセーにおいては、「一枚岩的な、『植民地主義的な』文化の捉え方の問題点」が、批判されると結論付ける。
 「それは〈良い文化〉と〈悪い文化〉──その良さ・悪さは、言うまでなく、それを決めるものにとっての、都合の良さ・悪さでしかない──との単純な二項対立とし
てしか文化を考えようとしない、知の怠惰、もっと言えば、政治を忘れた文化解釈の結果である」。というのも、「文化」と「暴力」は錯綜した要素を含んでいるからこそ、「人々の誇りとして、恥として、伝統として、歴史として生き延び、生き続けている」からである。
 そしてそれ故にこそ、原著者の文化に対する姿勢が、「抑圧を批判し、同時にその同じ抑圧を生み出す力の源泉から、抵抗と解放の契機をつかみとること」を可能にする、と本書は指摘する。ただしこの場合でも、「注目すべきなのは、著者が、決して自分を、安全地帯に、高みに、外部に置いて、教え諭そうとすることなく、そうではなくて、自分に何ができるかを繰り返し問おうとし、私たちひとりひとりに問いてほしいと誘う、あくまで個に、パーソナルに徹しようとする姿勢である」。
 一つの例の説明が長くなってしまったが、上の観点からの文化への探究が、例えば、「第8章、性──『弱者』への応答(田崎英明「思考の課題としての『慰安婦』〈問題〉」を読む)」では、「〈マイノリティ〉の発言をいかに聞くことができ
るか」という問題提起となり、「植民地支配のような特定の力関係によって規定された自己と他者、その問いかけと応答の力関係は均衡していない」との指摘になる。
 このことは、〈マジョリティ〉であるわれわれの応答の可能性に対して、「圧倒的な力関係によって、被害者であることを余儀なくされている者たちは、そのような自由に応答する権利を奪われている」という構造を認識することにつながる。そしてここから、「このような応答の可能性における差異を、応答する責任の有無にどのように転換するのか」という核心の問題が出てくる。
 同様の指摘は、「第9章、民族──断絶を超える掛け橋(徐京植「断絶」、『プリーモ・レーヴィへの旅』所収を読む)」にもあらわれる。
 「『なぜ、どうして』という問い方の持つ暴力性。語ることのきわめて困難な受難と被害の体験を、なぜ被害者のほうが無知な傍観者に説明しなくてはならないのだろう?
 説明責任を弱い立場にある他者に押しつけることで、自分の応答を避ける狡猾
さ」。
 「『足を踏まれている者の痛みは、踏まれた者にしかわからない』というのは本当だろうが、問題はそのような発言が、誰によって誰に向かってされているかということだ」。
 この問題に対する一つの回答は、「第10章、歴史──過去と未来の連接(高橋哲哉「『戦後責任』再考」を読む)」の「応答可能性」で提示される。
 応答可能性(responsibility)とは、「他者からの呼びかけ、あるいは訴え、アピールがあったときに、それに応答する態勢にあること」を意味している。そして「私たちはそのような呼びかけに応えることもできれば、無視することもできるという意味では『自由』だが、いったん他者の呼びかけを聞いてしまえば、応えるか応えないかの選択を迫られることになる。その意味で私たちは、責任、すなわちレスポンシビリティ=応答可能性の内に置かれる」。
 すなわち応答可能性が存在するからこそ、罪責としての戦争責任とともに、「応答可能性としての責任」として戦後責任が存在するのであり、さらに国境や国籍や社会的地位を超えての責任が発生せざるを得ないとされる。しかしこのことはまた、現在のわれわれに、過去が現在につながっていることの積極的な意義を確認させながら、他者である東アジアの人々との間に相互の信頼関係を作り出す契機ともなり得るのである。
 カルチュラル・スタディーズは、以上のようなスタンスで、われわれ自身の生きる文化状況を分析する。そして、①「歴史の『一国史』から『世界史』への解放」、②「文化の本質主義からの解放」(文化を政治的権力関係、経済的生産関係という発生と受容の視点から理解する)、③「知識の学問領域的専門性からの解放」、④「理論を海外から輸入し、それを現地の実例で検証するという植民地主義的生産構造からの解放」という4つの問題系における解放を試みる。そしてこれは、われわれの「日常性」に直接関わる問題として取り上げられるのであり、「『平凡な日常』という『非政治』の神話を解体」し、「日常の政治性」への関心を呼び起こすものとなる。
 本書は、このような意識と関心への入門書である。その領域が多岐にわたり、しかもそのそれぞれが深刻な問題を抱えていることが、初めての読者には重過ぎる嫌いもなしとしない。しかし現実の問題からの呼びかけにどう応えるかがカルチュラル・スタディーズ自身の問題提起である以上、やはり一読を薦めたい書である。(R) 

 【出典】 アサート No.294 2002年5月25日

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【書評】「憎まれるアメリカの正義-イスラム原理主義の闘い」

【書評】「憎まれるアメリカの正義-イスラム原理主義の闘い」
                     (小山茂樹・立花亨 講談社+α新書)

 このところ米国では、9・11テロの情報を政府が事前に知っていたのではないかという疑いで、ブッシュ大統領が改めてやり玉にあがっている。
 今回のテロは、いくつかの際だった特徴のために、全世界に衝撃を与えたが、オスロ合意が何たるかも知らずに「派兵」を決断した小泉首相の危うさは論外としても、一般には中東問題の正確な理解はすすんでいないのではないだろうか。
 本書は、中東問題の専門家である著者が、今回のテロとその背景としての中東問題について「しっかりとした分析と本格的な読み物を提供する必要」を感じて著した本で、センセーショナルなタイトルとは裏腹に、じれったいくらい時代考証にページを割き、つとめて冷静に今回のテロの背景を探ろうとする姿勢がみられる点で、大変好感を持てた。
 私は「テロとの戦争」の美名の下で実行されたアフガニスタンへの軍事行動については、納得しがたいのだが、著者は国際社会と周辺関係諸国が米国の軍事行動を何故黙認し、協力するにいたったかについて、以下の点を指摘している。
 第1に、何千という民間人を「一瞬にして問答無用の死へと導いたテロの特異性」の下で、「ブッシュ政権に疑問を呈することすら許さない状況」があったこと。第2に、「国内に反政府勢力との武力紛争を抱える国」にとっては「反テロ連合への参加は、対内的な弾圧姿勢を正当化する契機と認識されたこと」第3に、「武力行使に躊躇を捨てた唯一の超大国に対する怖れと遠慮」が蔓延していることである。
 この指摘にも端的に表れているように、「テロとの戦争」を国際社会が追認したのは、小泉首相が力説するような「テロの根絶」という人道主義の立場からみて、反論の余地がない要求に従ったというわけではなく、この「新しい戦争」の中に、「テロを手段に体制への攻撃を繰り返す勢力に対し、権力の側が軍事力をも動員して鎮圧に当たるという構図」を見い出したという、冷徹な国際政治の現実があったというのが実態ではないか。
 さらに、著者は、この「新しい戦争」は単に、かつて「国を単位に戦われていた植民地戦争が米国の政治経済的な突出という状況下、国境を越える規模に拡大された」にすぎず、「米国を頂点とする世界の疑似植民地的構造を浮き彫りにしている」と指摘する。
 ブッシュ大統領は、当初この軍事作戦を「無限の正義」と名付け、世界からひんしゅくをかい、イランの穏健派、ハタミ大統領はこれについて「力を持つ人間は傲慢になり、自ら善と悪を区別することができると思ってしまう」と述べた。そもそも、「テロとの戦争」については、テロの定義そのものがむずかしく、米国自身、80年代のニカラグア反政府勢力へのテコ入れのため、国連の反テロ決議(87年)に「自決と自由、独立の権利」は「テロとの戦い」と矛盾しないとして、イスラエルと共に反対している。
 著者は、中東問題についても折りにふれて発揮された、こうした米国の二重基準=ダブルスタンダードが、結果として湾岸戦争を誘発し、中東和平を暗礁に乗り上げさせ、米国へのアラブ、イスラム世界の憎悪をかきたてているのではないかと考察する。
「最終的には軍事力を頼りに、問題を自国に有利な方向に持っていくことができる米国は、他国との調整や協力のなかで国際的な正義を模索する姿勢が欠如している」のではないか。「アフガニスタンへの軍事行動に関しては、この点が一層際だっていたように思われる。そうした点に起因する米国への不信と怒りが、とりわけ中東のイスラム諸国でビンラディンの行為を支持するような動きを生じさせた」
 そもそも「テロとの戦争」は、議論の余地のない「正戦」なのであろうか。この点についても、著者は国際基督教大学の最上敏樹教授の正戦と無差別戦争観についての論(『人道的介入-正義の武力行使はあるか』岩波書店)を紹介しつつ、踏み込んで考察する。
「20世紀に発生した二つの世界大戦は技術的進歩にともなう人的、物的被害の飛躍的拡大をもたらし、以後、自衛のための戦争を例外として、国家による戦争を否定する」に至ったが、皮肉にもそのことが「戦争という行為にまつわる複雑性や曖昧性を無視し・・・、自衛以外の戦争を国家に禁ずることによって・・・自衛目的を唱えることにより、真の動機を隠して戦争を仕掛けることも可能となった」
 本書が明らかにしているように、アフガニスタンの内包していた各部族間の軋轢とそれを支援する周辺国の利害関係にしても、中東におけるアラブ諸国、イスラム原理主義勢力、イスラエル間の紛争の歴史とそれに関わる米国などの利害関係にしても、単純に「無限の正義」だの「米国かテロか」だのといった絶対的正義や2者択一ではすまされるはずのない、「複雑性や曖昧性」を有していることは明らかである。
「すべてに明確な勝利を追求するとき、アフガニスタンにおける対ソ勝利の代償がオサマ・ビンラディンであったのと同様、我々は必要のない敵を生み出してしまうのではないか。(「テロリズム-強者の兵器」マサチューセッツ工科大学のノーム・チョムスキー教授)」
「米国かテロか、中立の立場はない」と二元論をふりかざし、自らビンラディンが設定した「イスラムと米十字軍の戦い」という「文明の衝突」の枠組みを受け入れてしまったブッシュ政権は、「テロに対する文明の勝利」の代償として、再び高いツケを支払うことにはならないか。
 正義を行うとはどういうことか。その答えはやはり複雑なものにならざるを得ないのである。(遠藤 誠) 

 【出典】 アサート No.294 2002年5月25日

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【コラム】ひとりごと:NGOの勝利–中国・瀋陽の日本総領事館事件

【コラム】ひとりごと:NGOの勝利–中国・瀋陽の日本総領事館事件

○中国・瀋陽の事件に注目が集まっている。中国のウイーン条約違反は逃れられないし事実だし、「不審者は退去させろ」と指示していたという日本の総領事発言を始め、日本側の対応もお粗末極まりない。ということで、マスコミ的には、どうにでも料理できるネタということになる。外務省の調査報告に、中国がさらに「合意の上」「握手もした」「亡命意思を示した文書も受け付けなかった」などの暴露も重なり、表面上は日中が対立した形となった。○国家主権が侵害されたと勢いづく保守系政治家も現れ、田中、鈴木宗雄と続く外務省の失態に、国会終盤を迎える小泉政権にとって、また不安要因を抱えたことも事実である。○この事件の性格を決定的にしたのが、あの繰り返し報道された映像であろう。領事館内に入れた二人の男性を武装警官が連れ出した場面はなかったけれども、門を挟んでのもみ合い、立ち尽くす女の子の表情。一方、生きるために必死の攻防を前に警官の帽子を拾って為すすべもない日本の外務省職員の態度。まさに映像の力である。あの映像がなければここまでの反応は生まれてこなかっただろう。○私の当初の感想は、杉原千畝精神はどこへ行ったのか、ということだ。ナチスドイツ支配下で、迫害されているユダヤ人達にビザを発行し続けた誇り高い人道主義はどこへいったのか。○まだまだ、中国と日本の表面的な外交議論は続くだろうけれど、国際的な監視の下で、公式的には認めないにしろあの5人の亡命が実現しそうな雰囲気にあることにはホッとする。○ウイーン条約という国際条約もかなぐり捨て、北朝鮮からの亡命者を不審者として拘束した中国も、不審者は退去させろ、とした難民条約を批准しながら、実質的には人道・人権主義を貫けず、国際的に信頼されない日本も、共に敗北することにになるだろう。勝者は、あの5人の人々と、それを支えて周到な準備をした亡命者支援のNGOだ。○明らかになったことは、窮乏化と封建的独裁政権の中で、北朝鮮からの難民は今後も確実に増加していくこと、中国・韓国・北朝鮮・日本という関係が一層複雑になり、日本の外交姿勢が厳しく問われることになると言う事だ。(佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.294 2002年5月25日

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【投稿】中東の危険な事態と「有事立法」

【投稿】中東の危険な事態と「有事立法」 

<<「平和安全法案」とは?!>>
 4/16に閣議決定されるという有事法制関連法案は、1)包括法案(平和安全法案)、2)自衛隊法改正案、3)安全保障会議設置法改正案、の三法案であると言う(4/7付朝日)。いよいよ問題の有事法制が成立に向かって動き出したのであろう。4/10、自民・公明・保守3与党幹事長、国会対策委員長会談は、今国会で成立させる方針で合意、小泉首相自身が「すべての法案を成立させる努力をしてくれると思う」と語り、景気・経済対策は放棄していながら、期待も要望もされてもいない有事法制だけは強行突破姿勢を露骨に示している。自民党の歴代内閣が陰に陽に何度も持ち出し、その度に頓挫、挫折し、世論の抵抗の前に日の目を見なかったものが、ここに危険な現実性を帯びだしたのである。政治的経済的混迷と掛け声だけの無為無策、政界の腐敗疑惑と支持率半減でぐらつき出した小泉政権の焦燥と焦りが、最も危険な策動に収斂されようとしているとも言えよう。
 この包括法案は、「武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律案」と言い、略称を「平和安全法案」と称している。真っ向から憲法に敵対し、国家総動員体制を構築する戦争法案を、「平和安全法案」とは、いかにも人々をなめきった、陰険な手口である。「戦争法案」を「平和法案」にすりかえて、これでも反対するのかと開き直り、武力行使と戦争行為を合法化し、「戦時動員体制」を一気呵成に準備する。
 地方自治体はもちろんのこと、あらゆる公共機関・施設、放送・電力・医療・流通・輸送機関などを戦時動員体制の管理下に置き、民間企業や一般国民にも強制的な「協力義務」を課し、総理大臣と自衛隊に強大な「非常時大権」を与える、これが今回の「有事立法」の本質である。有事立法を認めている民主党や、自衛戦力の活用を提唱している共産党への配慮から、「武力攻撃事態への対処においては、日本国憲法の保障する国民の自由と権利を不当に制限することがあってはならない」と申し訳程度に条項を付加しているが、ことごとく「自由と権利」を否定するための法律である。これは日本国憲法第九条が「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と高らかに宣言した規定を完全に否定するものであり、憲法九条放棄宣言、つまりは武力行使・戦争犯罪加担を宣言するものである。

<<「週刊誌政局」>>
 おりしも国会は、「週刊誌政局」と言われる事態である。ムネオ疑惑から、辻元清美議員の失脚、続く田中前外相疑惑、加藤紘一元幹事長疑惑と失脚、社民党・土井党首周辺疑惑等々、暴露合戦はとどまるところを知らない。しかしこれらの経緯をよくよく見てみると、有事立法を進める側に実に都合よく展開されている。いずれも疑惑を追及され、政治的に辱められているのは、有事立法推進側には邪魔者と判断される政敵である。ロシア、中国、朝鮮などと実務的交渉を行い、独自の外交チャンネルをもち、展開できる人物、アメリカ一辺倒ではなく、冷戦的思考を拒否する、あるいはそれを鋭く追及する人物、等々が狙われている。次に狙われる人物まで想定できよう。もちろん、狙われる側の問題やふがいなさには落胆を禁じえない。しかし、秘書給与疑惑などは、480人の衆議院議員の内、100人以上が親族を秘書として届け出ており、給与ピンはねなど常態化しており、自民党を先頭に保守系議員の多くは政官業癒着の産物であり、彼らの多くは企業癒着秘書を派遣させている。小泉首相自身が親族企業に利益供与・便宜行為を行っている。
 さらに「機密費は国政の遂行上不可欠なもの」とされ、政治的には重要な意味を持っている「官房機密費」疑惑に至っては、「国家の機密」として弁明できるような支出は何一つないというあきれた実態である。共産党をのぞく全与野党の議員に国会対策としてばら撒かれた飲食代、パーティ券代、背広代、ゴルフ用品代、同窓会費まで機密費とは、何をかいわんやである。こうしたことは徹底的に暴かれるべきであるが、追及されているのは現政権の政敵ばかりである。周知のことではあるが、共産党までが「給与の一部を強制的に党に寄付させられていた」として元秘書から告発されている。
 かくして4/11の党首討論などは、まったく事態の本質に迫ることのない精彩のなさをさらけだしただけであった。民主党の鳩山代表などは「総理、初心に戻りなさい」などといったピンボケで小泉首相を助け、共産党の志位委員長は「国益」を売り渡すムネオ疑惑で二元外交を詳細に取り上げ、現外務省や冷戦派を大いに喜ばせ、社民党の土井党首は有事法制の危険性を述べたが、秘書問題の陳謝で時間切れとなり、小泉首相への追及とはならなかった。一人、小泉首相だけがニンマリといった構図である。

<<「悪の三人組」>>
 しかし事態は危険な様相を呈し始めていると言えよう。中東情勢が悪化の一途をたどっているなか、ラムズフェルド米国防長官が「自爆テロの背後にはイラクのフセインがいる」と表明、フセインが自爆テロの実行者の遺族に報償金を出しているとして、今回の危機を無理矢理「悪の枢軸国」イラクに結びつけ、イラク侵攻への実力行使をほのめかし始めたことである。さらにチェイニー米副大統領が急遽、英国と中東11ヶ国を歴訪したのであるが、これもイラク侵攻への根回しとみなされている。
 イスラエル軍によるパレスチナ暫定統治機構本部の占拠、パレスチナ主要都市への戦車部隊の侵攻と殺戮、こうしたイスラエル・シャロン政権の強攻策の背景には、明らかにブッシュ政権のイラクへの戦線拡大政策への期待が読み取れよう。シャロンは石油利権と軍需利権に支えられたブッシュの好戦的性格を熟知しており、たとえ全アラブを敵に回しても、「対テロ戦争」で米軍がイラクに侵攻しさえすれば、西岸地区を含めた全占領地域の実力支配を確保できると踏んでいるのである。すでに米誌各誌は、五月に再び湾岸戦争かと論じ始めている。
 だがそのような危険な事態への進展は、欧州、アラブの一層の反発を招き、アメリカとイスラエルを孤立化させかねない。進むに進めず、退くに退けない、しかし軍事行動拡大への態勢が着々と準備されている。そして次の標的である「悪の枢軸」国家・北朝鮮への挑発と敵対が入念に準備されている。その前線基地となる日本に、戦時動員体制が不可欠であるとして「特別報告」をまとめたのがアーミテージ米国務副長官である。年末以来、今年に入って「有事立法」を声高に叫び出した小泉首相の魂胆もこの線上のものであろう。ブッシュ・シャロン・小泉=「悪の三人組」の登場は世界の嫌われ者にしかなりえない。しかし日本の政局は実に鈍感にしか対応し得ていない。反撃の世論形成が急務と言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.293 2002年4月20日

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【投稿】虚構に基づく有事法制の問題点 

【投稿】虚構に基づく有事法制の問題点 
 
<冷戦体制を基本とする法案> 
 政府・与党は、有事法制関連法案を4月16日閣議決定し、会期延長も視野に入れながら今国会での成立をめざしている。
 もちろん不当な武力侵攻が起こった場合の体制を整備しておく必要はあるが、それは、的確なな情勢認識に基づいた、現実的な想定を基本に、国民的合意を得うるものでなければならない。
 しかし先日国会に提出された法案の内容は、時代錯誤も甚だしいものであるばかりか、国民の基本的人権を制限する条項が突出するものとなっている。
 有事法制の内容は当初、冷戦時代にソ連軍の本土侵攻を想定し作られた、いわゆる第一分類(防衛庁所管事項)、第二分類(他省庁所管事項)が基本となっていた。かねがね指摘してきた「畑に塹壕を掘る」ための法案である。
 だが「それだけではあまりに時代おくれ」「現在の情勢に対応できない」などとの批判が身内の自民党などからも噴出し、日本への武力攻撃事態に加え、今日的課題である、大規模テロへの対応などを、今後の課題として加味した基本法である「平和安全法案」と「安保会議設置法案」「自衛隊の行動円滑化法案(自衛隊法改正案)」の3法案としてまとめられた。
 こうした結果として有事法制関連法案は、起こり得ない「日本本土侵攻」と「武力攻撃が予測されるに至った事態」も「有事」と認定するなどとする大幅な「水増し」がされる状況となっている。
 確かに冷戦時代は、日本が武力攻撃を受けた場合の対処法としては、自衛隊法に基づく、自衛隊の防衛出動が規定されているだけで、自衛隊をサポートする法整備がおざなりにされていたのは事実である。
 しかし、そうした状況を放置してきたのは、ソ連軍の本土侵攻を想定しつつ正面装備を強化しながら、自衛隊自身や自衛隊を統制すべき文民=政治家が、米ソの核による均衡が続いている以上、第3次世界大戦が本当に起こるとは思っていなかったからである。
 すなわちハード面での整備は進めながら、実際にそれを運用するソフト面は放置してきたのである。
 それを、国民の軍事アレルギーや現憲法のせいばかりににするのは、とんだお門違いというもので、 むしろ、軍事政策に責任を持つべき人間がそれらを理由に、サボタージュをしてきたというのが真実である。
 ところが、冷戦終結後、旧ユーゴやアフリカ諸国の民族紛争や東ティモールの分離独立運動、さらにはカルト組織による大規模テロなどそれまで想定してこなかった事態が、相次いで発生、また、この間の「不審船」問題にしても、冷戦時代はソ連軍機の領空侵犯の陰に隠れていたものが、ソ連崩壊で領空侵犯が激減したため、表に現れた形となり、新たな対応が迫られる状態となったのである。
 こうした経過をふまえるならば、有事法制関連法案の主たる部分の、冷戦の遺物である本土侵攻想定とそれに対応する地方自治体、公共機関、マスメディアへの統制、国民の私権制限、民間人への処罰規定など総力戦体制=「国家総動員法」的部分は、全く必要ないものであり、その強制はかえって国民や自治体の反発を招く結果となるだろう。
 また仮に日本本土侵攻よりは、発生確率が高いと思われる「周辺事態」=第2次朝鮮戦争が勃発しても、日本が相当規模の兵力を朝鮮半島に投入でもしない限り、物資、輸送に関わる統制なども必要はない。
 それを無理強いしようとするのは、昨年の「9,11テロ」「不審船」問題の追い風が結果として、警備対象の拡大などで警察庁、海上保安庁だけに吹いたのを悔しがる、一部制服、防衛官僚、国防族議員の巻き返しが基本にある。
 もちろん彼らも日本本土が戦場になるとは考えてはいない。しかし、自らの権益、権勢のため、警察、海保をも統制下におく有事体制の構築を国民を、巻き込みながら進めようとしているのである。ここには他の中央省庁と政治家と変わらない「国益」よりも「省益」という姿勢が露骨に現れているのである。

<防衛政策の転換が急務>
 それでは、「9,11テロ」「不審船」で浮き彫りになった問題点=「テロ、ゲリラ対策について、今後有事法制の一環として法整備を進める必要があるかといえば、これもそうではない。
 この方面では、対ソ戦争準備とは逆に、ハード面の整備が立ち後れていた。(欧米各国は、70年代から特殊部隊でテロに対応してきた)しかし99年の「不審船」事件以来、警察(SAT)、海保(SST)の後塵を拝する形ながら、陸、海自衛隊にテロ、ゲリラあるいは小規模な軍事衝突、いわゆる低強度紛争に対応する部隊の編成が進められている。
 このような部隊の有効活用に、有事法制などは必要なく、自衛隊法の一部改正、運用の改善と警察、海保との役割分担の明確化、責任体制の確立で、十分対処できるはずである。
 今後の軍事政策を考えるならば、冷戦の遺物を復活させる必要はなく、むしろ残された冷戦の残滓を払拭していくことが重要となってくることは明らかである。
 すなわちハード面では、未だ対ソ戦争想定の装備、部隊の一層の是正が必要であるし、ソフト面では、共産主義勢力の武装蜂起を想定した治安出動規定などは、非現実的であり直ちに廃止すべきである。
 この間「あさま山荘」事件が映画、マスコミでクローズ・アップされているが、双方貧弱な装備で10日間も攻防戦が続いたのを見ると、まさに隔世の感がある。
 いまなら、このような事件は先述のSAT(特殊急襲隊)の突入で短時間で解決するだろう。さらに、先頃、全国の警察本部に対して毎分800発の射撃能力を持つマシンピストル1400丁の配備が始まった。現在も、また将来も、格段に強化された警察力で対応できないような国内勢力の出現は考えられない。
 こうしたことからも武力行使を伴う自衛隊の出動については、小規模であっても外国からの侵攻(テロ、ゲリラ)があれば防衛出動に一本化し、そのレベルを段階的に分ければ、あらたに「領域警備」(これは海自には海上警備行動、空自にはスクランブルがあるのだから、陸自にも、ということである)規定などをを設けなくても、対応は可能であろう。 このように、これからの主要な自衛隊の任務は、日本への小規模、不正規な侵攻への対処と国際協力を軸とすべきであり、それに見合った体制づくりを進めるべきである。(大阪O)

 【出典】 アサート No.293 2002年4月20日

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【投稿】「常識」が通用しなかった横浜市長選結果に寄せて  

【投稿】「常識」が通用しなかった横浜市長選結果に寄せて  

<政治不信が高まるなかで行なわれた大型首長選挙>
 桜も盛りがすぎた3月31日、政令指定都市横浜の市長選挙が行なわれた。
 まず、新聞的に報告すれば、相次ぐ鈴木宗雄、加藤紘一両衆議院議員の自民党離党や、社民党の辻元清美前政審会長の議員辞職という市民の政治不信が高まるなかで行なわれた政令指定都市における大型首長選挙として注目された。
 結果はご承知のとおり、長野県・千葉県知事選や隣の政令市の川崎市長選と同様、与野党相乗り候補や既成政党に対する批判が爆発し、現職与野党相乗り候補が敗退した。
 選挙戦は、与野党相乗り候補で、4期日を目指した72歳の現市長が、3期12年の実績と既成政党や地元財界、連合の組織に乗って選挙戦を展開したのに対し、その現市長の高年齢多選批判を掲げ、横浜から政治を変えようと訴え、立候補した横浜市北部を地盤とする民主党系無所属の衆議院議員は、無党派色を前面に出しつつも、中央政党で唯一支持した自由党と、ローカル政党で生協運動を基盤とした神奈川ネットワ一ク運動の支持をえて戦いを進め、それと共産党系候補の事実上、2強プラス1の戦いであった。
 当初、現職候補は磐石の体制と思われていた。中央の政党段階では3選までしか認めないとする民主党の推薦はえられなかったものの、これを除き中央政党の推薦をえて、地元県・市段階でも高齢多選に批判的な公明党や社民党含めた与野党が推薦し、自治労横浜をはじめ連合も支援体制を整えていた。
 また、昨年の川崎市長選で、同様に高齢多選の批判を受けた現職候補が、立候補表明を意図不明で遅らせたことが響いたか、地元市レベルでは共産党を除く、与野党が一致して支持し、連合も推薦したものの、中央・県段階の与野党には高齢多選を理由に推薦をえられず、敗退した一因といわれたことから、今回の現職は早々に立候補表明をしており、地元レベルでは完勝は当然と思われていた。
 行政実績としても、旧建設省の高級官僚出身とはいえ、目立ったマイナスポイントはなく、招致に成功した日韓W杯決勝戦の開催地元首長として、4期日の再選を果たし、2ヵ月後に華々しくW杯の開幕を迎えるはずであった。がしかし、である。
 
<民主党系の一部は新人候補支持にまわったが、・・・>
 民主党県・市連としては現職支持を決めたものの、民主系無所属代議士の立候補表明を受け、現職の高齢多選批判から一部で造反が出た。県内選出の若干の代議士や県議、市議が支持に回り、市議会では他の要因もあったようだが、民主党系会派が一部少数分裂する事態にまでなった。しかし、影響は投票率の上昇による接戦は予想されたものの、まさか現職の敗退まではないと思われていた。
 新聞情報などをネタに長々と解説したが、私自身も行政実績で説明したとおりの現職の評価をしており、最善の候補ではないが、替えなければならない程ではないと思っていた。
知り合いの一般市民も、評価の程度は別れるが「不可」を言う者は少なかった。
 一方、地方段階の県・市政レベルでは無名とまでは言わないが、立候補声明も遅く、「積極的な情報公開」以外に市政に関する具体的な対案提起もない中で、当選した候補に対する評価は無いに等しく、組織的な支援はわずかであった。
 
<この選挙結果をどう評価するか。>
 一組合役員の立場から言うと、前職となった市長は市財界は当然としても、連合や当該市職労の自治労横浜とのパイプは確立されており、良好な労使関係を保っていた。
 一市民の立場からも、前市政に対する共産党の大型公共事業優先批判は、市の財政状況や環境問題の観点から理解はしても.具体の事業については必要性はあると思われることから優先度や対策の問題であり、情報公開にしても段階的には改善しつつあると思える。ソフト面を中心に市民への行政サービスも、市職員の雇用・労働条件との兼ね合いからは、かなり踏み込んだ改善を実施している。
 それなのに、横浜市北部を中心に無党派層、特に神奈川「都民」と言われる市民層がなぜ、若干37歳の新市長誕生を選択したか、その理由は従来の「常識」ではわからないというのが正直な感想である。土井社民党さえも巻き込んでしまった既成の「政治」への不信と、「改革」願望(幻想?)というしかないのか。ぎりぎりであっても合格点を出してもよい(?)現職に、内容が不明確な「改革」を主張する有力とまでも言えない(?)対抗馬が競り勝つという政治(社会?)現象をどう理解すべきか、私には手に余る問題である。(匿名希望:小見出しは、編集委員会が加筆しています)

 【出典】 アサート No.293 2002年4月20日

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【書評】『ジェンダーは科学を変える!?』 

【書評】『ジェンダーは科学を変える!?』 
    (L.シービンガー、小川・東川・外山訳、工作舎、2002.1.20.発行、2600円)

 ジェンダーとフェミニズム関係の書籍は、既に第290号(『フェミニズムと科学/技術』)、第291号(『開発と健康──ジェンダーの視点から』)で紹介したが、本書は、とりわけ近代科学の世界におけるジェンダーの問題への学究的アプローチを総括的に分析し、「フェミニズムが科学にもたらした有益な変化は何かという前向きな課題」に取り組もうとする。

 本書ではこの課題を「第一部、科学における女性」(科学における女性小史と社会学を扱う)、「第二部、科学文化におけるジェンダー」(現在の科学スタイルにおけるジェンダー問題に焦点を当てる)、「第三部、科学内容のジェンダー」(科学的知識のジェンダー化を分析する)という順序で考察する。

 そして本書で扱う対象の以前の、前提となっているフェミニズム(20世紀初頭までのリベラルフェミニズムと、1980年代に出現した「差異のフェミニズム」)の変遷については、その混乱をも含めて、次のように指摘する。

 「もともと女性を排除するように作られた事業[科学]の中で、女性が始めから首尾よく成功するはずがない。女性を男性に同化させようとするリベラルフェミニズムのモデルでは不十分である。同時に、女性は男性と社会化のされ方が違うので、実験室へと、変化の種子を携えていくと示唆する[差異のフェミニスト]モデルも、十分とは言えない。(中略)混乱の何がしかは、男性のフェミニストもいるけれどフェミニストは圧倒的に女性であるという事実に由来する。そしてさらなる混乱は、フェミニストではない女性たちが、フェミニストの戦果から利益を得ているという事実による」。

 つまり本書におけるジェンダー分析の目的は、「科学の隠喩(メタファー)や類推(アナロジー)を政治的・社会的に差別的でなく正しい(ポリティカリー・コレクト)方向へと転換させることではなく、言語に組み込まれたトーテムとタブーが、科学者が発する問いと獲得する結果とに、どのように影響しているかを明らかにすることにある」とされる。

 換言すれば、「なるほど正しい答えを得ること(中略)はジェンダーには無関係かもしれない。しかし多くの場合、何を知ろうとし、何を知ろうとしないかの優先性の決定に際してジェンダーは影響を与える」という事実を解明することにある。

 まず科学に携わる女性の統計から、女性の不利益な状況が指摘される。それらは、(1)「階層的分離」(科学が権力と威信の階梯を登っていくにつれ、女性が減っていく現象)。(2)「領域的分離」(行動科学、社会科学といういわゆる『ソフト』サイエンス領域に女性が集中しており、威信と報酬の高い物理科学などの『ハード』サイエンスに携わる女性はきわめて少ない)。(3)「組織上の差別」(一流組織になればなるほど、女性は少ない上に昇進を待たされる)という事実で示される。

 そしてこのような現状をもたらしたのは、近代科学という文化自体が、「価値中立を主張する」にもかかわらず、「女性不在のところ」で成立し、「家庭の私的領域化と科学の専門職業化」を決定的な要素として形成されてきたことによるとされる。すなわち「科学の理念と女らしさの理念」は決定的に対立するものとして育まれてきたのであり、「公的で理性的な男性の引き立て役として登場した私的でまめまめしい女性、これが新しい民主主義によって与えられた女性の役割、子を産み育てる母だった」のである。「研究者は専業主婦たる妻をもち、その無償労働を前提に、科学という職業文化は可能であった」ということになる。

 従って、近代科学が男性性の象徴であり、その過剰な研究競争がスポーツや戦争に喩えられるのも、科学という文化のそもそもの性格から由来するものとなる。

 「軍隊やスポーツと科学のゆゆしき関係は、今も続いている。社会学者ブルーノ・ラトゥールとスティーヴン・ウールガーは、実験室を『交戦中の大隊司令部』にたとえる。(中略)DNAの発見にまつわるジェームズ・ワトソンのベストセラー『二重らせん』も、闘争のメタファーに満ちている」。

 このような性格をもつ近代科学の見直しのためには、それ故フェミニズムの視点から「研究者の世界と家庭を作り直すこと」が不可欠となる。そしてこのことが必然的に、近代文化そのものが何であったのかという疑問につながることは明らかであろう。本書では、この点についての見通しがまだまだ困難なことを認識しつつ、個々の学問分野におけるジェンダー批判の成果を紹介する。次にそのまとめを引用しよう。

 「重要な点は、フェミニズムが多くの面で人間の知識内容を変えてきたということである。霊長類学者は、もはや人間以外の霊長類社会を攻撃的で縄張り行動する雄の観点からのみ見ることはしない。現在、考古学者は、精巧な矢尻、槍先、斧、手斧といった従来の狩猟道具ばかりでなく、採掘棒、かご(採集に使う)や吊り網(赤ん坊を運ぶ)も『最初の道具』と考えている。生物学者は、もはやアンドロゲンが胎児の脳のある部分を『男性化する』とはいわない。アメリカの法律は、医学研究者に対し、男女のバランスがとれた集団で治療することや薬剤のテストを求めている。(中略)物理学や数学においては、その知識内容へのジェンダーの影響を探るために、相応の教育を受け、その機会をもつ人の登場が期待されている」。

 以上のようにフェミニズム、ジェンダー批判が次第に社会に浸透してきていることは、われわれ自身のもつ文化観・社会観についてのさらなる視点の改革を要請するであろう。本書は、現在におけるフェミニズムの実証的かつ総括的な概観を与える。(R)

 【出典】 アサート No.293 2002年4月20日

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【投稿】「カジノ資本主義」の危うさ

【投稿】「カジノ資本主義」の危うさ

<<支持率下がって株価上昇>>
 3/4、小泉首相は「内閣の支持率が下がると株価が上がるんだったら、もっと支持率が下がってもいい」と言い放った。
 その前日の3/3、朝日新聞の世論調査で内閣支持率がついに過半数を割り、44%まで下落したことが報じられたばかりであり、軽口で応酬したつもりであろう。あえて強がってはいるが、デフレスパイラル進行の前に右往左往し、経済無策をさらけ出し、「改革」政権の化けの皮がはがされ、経済的危機の前に崖っぷちに立たされている小泉政権にとって、事態は容易ではない。世論の圧倒的支持をもって脆弱な政権基盤を維持してきた、その支持率が急落してきたのであるから穏やかではない。一時は80%以上、時には90%を超えていた支持率が急降下し、もはや「自民党をぶっ潰しても」でもどころか、党内親分衆に膝を屈したご機嫌伺いの取引・妥協政治に身をゆだねざるを得なくなってきたのである。支持率急落に焦り、不安に駆られた首相は、“学会嫌い”の看板も投げ捨て、公明党の18議員を首相官邸に招いて懇談、「公明党には大変協力をいただいている。皆さんは協力勢力だ」と急に持ち上げ、「これからもこういう形で仲良くさせてください」とゴマすりに汲々としだしたのである。
 解任された田中前外相が喝破しているように、「一見新しいことをおっしゃって、かっこうもよいが、古い体質と言うか、総理自身が抵抗勢力」であることが広く全国的に確認されだしたのである。さらにその古い体質の悪質さは、有事立法に異常な意欲を見せているように、旧来の保守人脈の中でも福田派以来の右派的反動的政策を危機乗り切り策として持ち出していることに現れている。

<<“官製相場”の博打>>
 「支持率が下がっても」発言のもう一つのメッセージは、デフレスパイラルをさらに一層進行させるような政策しか提起できなかった小泉政権が、崖っぷちの経済的危機を前にして、なすすべもなく、場当たり的で人為的な株価操作に踏み出し、裏打ちも検証もない奇策や愚策をこれからもやりかねないことを明らかにしたことである。2/27にあたふたと打ち出された総合デフレ対策は、(1)不良債権処理の加速(2)金融システムの安定(3)株式など資本市場の活性化対策(4)中小企業への貸し渋り対策(5)金融政策の一層の活用の5点であるが、塩川財務相が「今までやってきたことやないか」とつぶやいた通り、目新しいものはまったくない。その中で唯一具体的なのが“空売り規制”の本格発動であった。
 今回の空売り規制で新たに、“直近の価格よりも高い水準で売り注文を出さなければならない”というルールが盛り込まれ、株価を下げる低い水準での売り注文を事実上禁止してしまったのである。売り圧力を規制したその一方で政府は、大量の公的年金資金を使った株価維持策(PKO)で株の買い注文だけを殺到させ、人為的に株価を急騰させ、株価が上がれば損失がかさむ空売り筋も買い戻しに動かざるを得なくなり、何の好材料もないのに300円高、400円高と株価が急騰、平均株価が5日間で12%も上昇、3/8には一時1万2000円台を突破、いわば国家ぐるみの株価操縦がまかり通ったのである。何が何でも3月末の銀行決算を乗り来るために、たとえ一時的ではあっても株価引き上げ効果を見せることのできる“官製相場”の博打に打って出たともいえよう。
 こうした株価操作は、危機の先送りにしかすぎない。問題は、こうした市場操作の反動局面が必ず押し寄せ、より一層危険な暴落局面を招きかねないことである。

<<不良債権のジレンマ>>
 問題は、「処理を加速する」という不良債権問題であるが、小泉政権が成立してからだけでも10ヶ月を経過しているが、いまだに一体いくらの不良債権額があるのかさえ掌握できていないというあやふやな実態である。
 銀行側は92年以降、00年9月までに68兆円の不良債権を処理してきたという。ところが今に至るまで不良債権額はまったく減るどころか、逆に膨らむ一方である。金融庁によると、全国136行の不良債権残高は、36兆7560億円(01年9月末現在)で、同年3月末より半年の間に3兆1260億円も増加しているという。この間に約4兆7000億円が処理されたが、銀行が見過ごしていた約2兆8000億円の不良債権が発生し、そのうえ新たに5兆2000億円が発生。首相は金融庁に特別検査を厳格にせよと指示を出すが、もはや誰もその数字を正確なものとして信じるものがいない状態である。
 当然と言えば当然であろう。小泉政権が放置し、いやむしろ加速させてきたデフレ政策が、「銀行が見過ごしていた不良債権」、「新たに発生した不良債権」を増大させてきたのである。不良債権の清算を急いでいるはずの小泉内閣が、検査をすればするほど逆に不良債権が増大するというジレンマに陥っているわけである。
 そこで公的資金の再投入論が浮上しているのだが、金融庁はこれまで「大手銀行の自己資本比率は平均で約11%あり、国際決済銀行の基準の8%をクリアしている」と説明し、公的資金の再投入は必要なしと言ってきた。ところが不良債権額は増大し、小泉首相は「2年以内に不良債権を処理し、新規発生分は3年以内に片付ける」を国際公約としてきたし、フッシュ来日の折には「不良債権処理の迅速化」を約束させられた。ところが閣内では、全く意思の統一が見られない。首相も無策である。経済3閣僚が「公的資金は不要」と表明し、首相も承認したばかりのところに、日銀の速水総裁が「世界各国は公的資金の注入と不良債権処理の促進を期待している。早急にアナウンスする必要がある」と申し入れるとたちまち動揺。竹中・経済財政相が「必要があれば資金を入れるに決まっている」と積極論を展開すれば、柳沢・金融担当相が「これまでの施策を着実に進めれば、不良債権問題は正常化する」「自由主義経済の下では不適切」と反論する事態である。

<<「リスクを冒す勇気」>>
 この問題については、3/1付・朝日「私の視点」で作家の高杉良氏が「竹中流改革 カジノ資本主義でいいのか」と題して実に鋭く切りこんでいる。「日本経済はアングロサクソン・リセッションに陥っている」「歴代為政者のアメリカ一辺倒」「竹中氏は『バブルの清算は2年で終える』と答申したあの小渕の経済戦略会議メンバー」「竹中氏は、弱い企業を早く市場から退出させたほうがいいと論じ、IT革命が日本を救うと旗を振ったのでした」「アメリカでの流行を追っただけの主張」と、その本質を浮き彫りにし、その「国賊」ぶりにも言及したことを書いておられる。さらに竹中氏が雑誌『プレジデント』に連載している日記の最新号「ハイリスク・ハイリターンの時代が到来した」を取り上げ、「会社なども定年までい続けずに、『リスクを冒す勇気』を持てというのですが、ブローカーならいざ知らず、国民に“カジノ”を奨励せんばかりの国務大臣など、いたためしがない。竹中氏が日本マグドナルドの未公開株を譲られたり、国会で地方税納税にからんで追及されたりしたのはリスクだったのかと半畳の一つも入れたくなります」とそのいいかげんさを切っ先鋭く皮肉り、「弱肉強食、勝った者の総取り、ハイリスク・ハイリターンの無理強いは日本社会を間違いなく破壊します」と結論付けておられる。
 2/10付朝日の立花隆氏「破滅目前、幻想が壊れ始めた」で、「救い神のごとく見えていた小泉首相の顔が疫病神に見え始め、あとはつるべ落としの人気下降になる」という指摘とならぶ論陣と言えよう。
 ムネオ問題で気を吐いても、小泉内閣の本質に迫るこうした論陣が野党側から鋭く提起され、現在の与党政権を退陣にまで追い込む迫力がなければ、問題の本質はうやむやにされてしまうのではないだろうか。(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.292 2002年3月16日

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【投稿】大都市圏における市町村合併~自治体連合としての政令指定都市~

【投稿】大都市圏における市町村合併~自治体連合としての政令指定都市~
                                        
<焦点となる2002年度>
 今、自治体行政において、市町村合併の議論が大きな焦点となっている。起債や交付税、補助金などで有利な措置が受けられる合併特例法の期限が、2005年3月に迫ってくる中で、政府-自民党は、3,223の自治体を1,000にするという数値目標を掲げながら、法期限までに所要の成果が上げられるよう、躍起になっている。市町村合併支援本部を設置するとともに、都道府県に対しても「指針」を通知し、合併支援本部の設置や合併重点支援地域の指定を「指導」するなど、国の出先機関のごとく扱い、地方分権や「自主的な市町村合併の推進」のタテマエもかなぐり捨てた、なりふり構わぬ動きを見せている。
 国は、近日中に通知される予定の新たな「指針」の中で、全県での合併重点支援地域の指定や本年6月を強化月間と位置づけることなどを打ち出そうとしているが、合併までには手続きに約2年かかると言われていることも考えあわせると、この2002年度は、各市町村長が一定の判断を迫られるという、重要な意味をもっているのである。

<ワールドカップか市町村合併か?!>
 国のお手盛りで設置された「21世紀の市町村合併を考える国民協議会」のメールマガジン(2002.3.11付)では、「最近では、市町村合併への機運はますます高まっており、おそらくこのままいくと6月には、「ワールドカップか市町村合併か」と言われるほど、まさにヒートアップしているのではないでしょうか!?」としている。果たして、そこまで盛り上がっていると言えるのだろうか。
 総務省が発表した合併重点支援地域の指定状況は、31府県・79地域・347市町村(2002年3月6日現在)にとどまっている。しかも、東京都、神奈川県、大阪府といった大都市圏においては、未だゼロなのである。一方で、法定協議会・任意の協議会・任意の研究会の設置状況は、440地域・2,026市町村(2001年12月末日現在)であり、全市町村の2/3にのぼるとしているが、その実は、大半が任意の研究会である(346地域・1,638市町村)とともに、いわゆる農村部に集中している。また、あくまで研究会であり、法定協議会に至るか否かは、全く不透明なのである。国が言うほどに盛り上がっているとは決して言えず、ましてやワールドカップと対等の機運であるなど、意図的とはいえ「思い込み」が激しいと言わざるを得ない。

<都市部も合併は必要>
 このように、都市部と農村部では、明らかに取り組みに差が生じている。そもそも、国の意図は、危機的な国家財政、完全に破綻した交付税制度を背景に、財政的に自治体の体をなしていない、いわゆる「弱小」町村の「面倒を見る」ことが不可能になりつつある中で、それらを統廃合し、行財政基盤の強化を図ろうとしていることにあると言える。そのこと自身は、当の町村自身が、非常な危機感を持っているのである。
 また、市町村ごとにきめの細かい利益誘導政治を行ってきた自民党としても、構造改革の議論の中で、個々の市町村の「利益」に対応することができなくなっていることとも密接不可分であろう。さらには、合併特例債や合併補助金などにより、新たな利権ネタを生み出そうとしているとも言える。
 そのような中で、農村部の町村合併が国の本来の意図であるとしても、大都市圏では市町村合併が不要であると言い切れるのであろうか。
 大都市圏においても、長引く景気低迷の影響をモロに受け、税収は大幅に減少しており、甘く見込んだ推計による人口増加=税収増を前提に、ハコモノ行政を続けてきたツケが回っており、大半の自治体で危機的な財政状況を迎えている。税財源の分権も遅々として進まない一方で、好景気のころの高水準な行政サービスの低下は必至なのである。また、狭い面積の中で人口が集中していることや都市基盤の整備が進んできていることから、住民の生活圏は行政境界を意識するものとはなっていない。以上のことから、都市部においても、合併が不要であるとは決して言えない、厳然たる事実があるのである。

<自治体連合としての政令指定都市>
 では、都市部においては、どのような態様の合併が求められるだろうか。都市固有の自治を発展させてきた歴史的経過や首長の政治的プライドなどを考えあわせると、農村部の町村のような「救済型合併」は考えにくい。これまでの自治を尊重しつつ、一方で都市部ならではの行政需要に応えるためには、現行制度においては分権の最高形態といえる政令指定都市を展望することが、現実的な選択肢として浮上してくるのである。
 財政事情以外に「大義」のない合併議論が多い中で、都道府県なみの権限や財源の下でまちづくりを行える政令指定都市は、都市の格上げによるイメージアップも含めて、大きなインパクトとなる。また、旧市町村の枠組みが、区役所という形で残せることから、地域のアイデンティティも保持でき、一定の区政自治によるまちづくりも行い得る。いわば、自治体が連合して、都道府県と対等に渡り合える強大な新自治体をつくるという、地方分権の一大運動として、位置づけられるのである。都市部の都道府県が財政破綻で頼りにならない現状やさいたま市・静岡市の動き、合併するならば指定要件の運用を100万人から70万人に引き下げるという国の表明などを考えると、この議論はもっと大胆に展開されるべきなのである。
 いずれにせよ、選択するのは住民である。徹底した情報公開と市民参加の下で、大いに議論がなされることが前提であり、国に言われずとも、2002年度はそうした議論が活発化すべきであろう。私の在住する大阪府内でも、さまざまな議論がなされつつある。機会があれば、今後、具体的な現場の状況をレポートしていきたい。
                               (大阪 江川 明)

 【出典】 アサート No.292 2002年3月16日

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【書評】『デジタルデバイドとは何か─コンセンサス・コミュニティをめざして』

【書評】『デジタルデバイドとは何か─コンセンサス・コミュニティをめざして』
             (木村忠正、2001.1.25.発行、岩波書店、2,000円)
 
 「工業化社会」から「脱工業化社会」への移行が言われて久しい。現代はその真っ只中にあるとされる。しかしそれとともに、さまざまな問題も指摘されており、「情報化」をめぐる議論は、技術進歩の面にとどまらず、社会的経済的な広がりを見せている。

 この中で注目されている「デジタルデバイド」(digital divide:情報格差)に焦点を合わせて、「情報化社会」の本質を解明しようとしたのが、本書である。「デジタルデバイド」という言葉は、99年7月の米財務省報告『ネットワークからこぼれ落ちる──デジタルデバイドを定義する』で提起され、2000年7月の九州・沖縄サミットでのいわゆる「IT憲章」で広く知られるようになったが、その内容については未だ明確な理解が行き渡っているとは言えない。

 そこで著者は、「デジタルデバイド」に関する議論をこうまとめる。
 「情報ネットワークへのアクセスを『もつ』『もたない』が、社会階層(国家)により大きく異なり(つまり『デジタルデバイド』が社会階層〈国家〉と密接にリンクしており)、しかも、そうした階層(国家)間の経済的格差、社会的格差が拡大する傾向にある」。

 しかしこの論理構成では、二つのレベルでの議論が混在しているとされ、さらに次のように区分される。すなわち「①世帯(個人)のアクセス手段(非)保有が一定の社会階層における(非)保有と密接に結びついているという個人レベルでの情報行動、消費行動の問題。②情報ネットワークの利活用が競争優位性をもたらし、経済的格差、社会的格差に結びつくという企業・組織・社会レベルでの産業経済活動の問題」である。

 これらに関して、前者は個人レベルの問題であり、後者は社会レベルの問題であって、これまでの財、サービス、産業経済活動では異なる水準とされてきた。しかしデジタルデバイド論では、これらが結び付けられている、と著者は指摘する。つまりデジタルデバイド論は「二枚舌」であり、「個人レベルにおける、情報ネットワーク利用と社会経済的属性の相関から、『情報エリート』ともよびうるような固定した既存の階層があることを措定し、それと企業・組織・社会レベルとの競争優位性に関する議論が接木されてしまうのである」。

 著者は、この「二枚舌」、「接木」が何故生じるかを問い、デジタルデバイド論には、狭義と広義の二つのものがあるとする。

 「狭義のデジタルデバイド」とは、情報ネットワークへのアクセスが制限されている社会集団に対しての環境整備、利用施策の問題であり、社会内での問題と南北間の問題に分かれる。そしてこの「狭義のデジタルデバイド」論が、これまでの産業社会で再生産されてきた枠組みを前提にしているのに対して、「広義のデジタルデバイド」は、高度成長期以降の高度消費社会を総体的に再編成していく過程で生み出されている情報ネットワークと、それが引き起こす経済的社会的格差を問題にする。

 そして著者は、日本社会で情報ネットワークへの対応のできていない深刻な現状から、後者のデジタルデバイドこそが問題にならねばならないとして、次のように強調する。

 「だとすれば、日本社会内での格差よりも、世界システムの総体的再編成における日本社会の相対的位置づけがむしろ問題だ。南北問題としてのデジタルデバイド(狭義の国際的デジタルデバイド)ではなく、世界システム再編成における日本社会が直面するデジタルデバイドの可能性を問わなければならない」。

 この問題を先行して経験したアメリカにおいては、企業組織についての考え方の変化(「コーポレイトガバナンス」〈企業統治〉)の概念が出てくるとともに、80年代には所得格差が拡大して、サービス産業の対象が垂直方向へと広く分散化した。この状況下に登場したのが「インターネット」で、そして「ネット隣接性」によりつながれたサイバースペースに価値を見出した人々が互いに付加価値を生み出しあい、IT産業の発展を促している。

デジタルデバイドの「二枚舌」の問題は、このような文脈で考えられねばならない。
 つまり「『ネットワーク原理』にもとづく『情報工業化』のゲームに参加し、付加価値を享受できるのは、産業国であろうが途上国であろうが、『ネットワーク隣接性』により互いに結び付けられた社会であろう。それとは対照的に、たとえ産業国内であっても、情報ネットワークに接続されず、ネットワーク隣接性をもたない社会は、社会経済的水準が相対的に低下していくことを甘んじて受け入れなければならない」。換言すれば、「世界システムにおける富=付加価値の産出と分配構造が『ワイヤード/アンワイヤード』(wired / unwired)によって再編成され、その意味における『デジタルデバイド』が現実にその姿を現わしつつある」のである。

 このような世界システムの岐路に直面して、それでは日本社会はどう進めばよいのか。しかしこの点で著者の懸念は一気に高まる。

 「現代日本社会の問題は、こうした『情報化社会』や『情報化社会における主体』についての洞察が深められ、繰り返し提起されているにも関わらず、変化を拒み続けているように思われる点である。それは産業構造の転換、ネットワークを利活用するための情報リテラシー育成、人材育成、教育の情報化(中略)など多岐にわたる」。

 「日本はたしかにITハードウェア産業では世界に冠たるものであるが、『ネットワーク隣接性』を構築し、人々が日用品として情報ネットワークに接するという点では、予想以上に世界の後塵を拝しているという事実を私たちは認識すべきだろう」。

 そして著者はこの状況の原因として、①日本社会の「現状に対する高い満足感」と「未来に対する悲観的予測」から生起する「変化を拒む社会心理」、②「再分配経済が相対的に低いという政治経済的構造要因とそれに伴う『わたしごと(私事)化』『パブリックなもの(公)に対する判断停止』という社会文化的態度の拡大」を指摘する。

 すなわち①については、各種のアンケート調査より、日本社会が「縮み社会」であることが示される。そして②については、「実は、日本社会が集合的というのは幻想であって、私たちは、再分配経済を大きくせず、これまで消費欲求産業を中核として発展してきたのではないだろうか」と問いかけ、「理念としての集合主義」と「実際の判断や行動としての利己主義」との「ねじれ」が、「公的なもの」という概念を消失させてきたとする。

 それ故ここからの脱出口は、「社会に対して私たちは共同出資者であり、リスクと利益を共有するという意味での集合主義を、理念ではなく実体として実現する」以外にはなく、著者は、その可能性を、情報ネットワークによる「共創社会(コンセンサス・コミュニティ)」の形成に見る。これは、社会学者エスピン・アンダーセンによる福祉国家の分類では「北欧型の社会システム」に近く、「個人を基本的な単位とし、育児から老後まで、社会全体が再分配経済で支えることにより、リスクと機会を共有する文化である」と特徴づけられる。つまり「高い付加価値を生み出す産業とそれを担う人材を育成し、互いに再配分経済に寄与することで、ケアサービス産業を中心としてイネイブル(enable)サービス産業(エネルギー、通信、医療、教育、公務、ITサービス業などの分野──引用者)を維持し、個々人が豊かで安心のある生活を送ることができるようにすることを社会的価値として共有」する社会である。「コンセンサス(consensus)」とは、「感覚・意識・意味(sense)」を「共有(con)」することであり、この社会を「共創社会(コンセンサス・コミュニティ)」と名づけるのである。

 そしてこのための方策として、デジタルデバイドの問題に関して日本社会で立ち遅れの目立つ「情報リテラシー育成」と「教育の情報化」があげられる。

 「情報リテラシー」とは、狭義では「情報通信器機操作能力」のことであるが、しかしこれのみにとどまるのではなく、「情報を取り扱う上での理解、さらには情報及び情報手段を主体的に選択、収集、活用、発信するための能力と意欲」といったものが含まれており、これらの開発が急がれるとされる。この視点からすれば、日本の情報ネットワーク環境は貧弱であり、著者は「その貧弱さは、インターネット接続に関して、『パソコン+モデム』と『i-mode系携帯電話』とが、『代替関係』として捉えられる傾向があることにも現われている」と指摘する。著者によれば、i-modeはポケベル文化の延長であり、「自己誇示する道具としてのファッション」に過ぎず、情報ネットワークがもたらす可能性、「ネットワーク隣接性」のもつ力とはほとんど無関係と見なされ、むしろ「情報リテラシー」「情報コミュニケーション能力」の育成という点では阻害要因になる可能性すらある。

 (なお付け加えれば、著者は、インターネットが一般利用者に使いづらいということを認めつつ、「しかし、テレビや電気スタンドのように、スィッチを押せばそれですむといった『情報家電』でなければダメだというのは極論ではないか」と反論する。そして自動車の運転技術取得と同様の事情が、情報リテラシーにも当てはまるのではないかとする。)
 また「教育の情報化」に関しては、現状の取り組みだけでは決定的に不十分であり、「情報ネットワークが日常的な学習・教育活動の一部になること」が重要とされる。すなわち「教育の情報化」とは「社会の情報化」と不可分であり、社会システム全体の問題との関係で考えられねばならない。

 以上本書は、デジタルデバイド問題が、世界システム再編成の重要な側面であることを指摘し、日本社会の状況を浮き上がらせるとともに、その原因を現代日本社会の「縮み」傾向に求めるユニークな日本文化論ともなっている。

 もちろん著者の分析の視点──「情報化」、インターネット社会のデジタルデバイド問題を車社会の成立になぞらえることの意味等──についての論議は必要であり、また「情報化」への対応の方策として提起されている「共創社会」(コンセンサス・コミュニティ)」については、これからの早急な検討を必要とするが、本書が提起した視点は、かなり重要な手がかりを与えるであろう。(R)

 【出典】 アサート No.292 2002年3月16日

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小野暸さん講演録を読んで【感想1】

小野暸さん講演録 「21世紀のグランドデザインをどう描くか」を読んで

【感想1】 講演録を読んで (依辺 瞬) 
 小野暸さんの講演録を興味深く読ませていただいた。編集者から感想を求められたので、今後の議論に向けた理論上の問題提起をさせていただく。
 「組織の失敗」という議論にもあるように、小野さんの主張を貫くキー概念は「組織」である。しかし、その扱いは、あまりにもアプリオリではなかろうか。
「組織」の捉え方はそれ自体が、論争的なテーマである。組織理論は、すでにいくつかのパラダイム転換を経てきており、古典的管理論や官僚制論のような古典的な組織理論は、組織を内部秩序としてのみ理解するものとして、その有効性は限定されている。すなわち、「組織」はそれ自体ダイナミックに変化するからである。そのことを説明しようとして、今世紀半ばには開放システム理論が導入され、組織は環境との相互作用によって理解されることになった。1960年代から80年代初頭まで支配的なパラダイムであったコンティンジェンシー理論では、情報制御装置として組織を把握した上で、組織構造と環境条件の適合性によって組織の有効性を因果的に説明することを試みている。しかし、環境決定論的な見方に陥り、十分な説明ができたとは言えず、1980年代以降の新たな理論展開では、組織変動の内生的な過程に焦点が当てられることになった。例えば、マーチ、オルセンの「ゴミ箱モデル」は、情報制御装置としての合理的な組織像への批判を提起し、組織が偶然性に依存する秩序であることを明らかにし、組織内の無秩序性やカオスに積極的な意義を与えた(1986)。また、ウェイクは、組織にとって環境は客観的所与ではなく、組織が適応できるような環境が組織内の解釈枠組みを通じて意味的に創出されるのであり、その環境に対して組織化の過程が働きかけることになると主張し、意味概念を初めて本格的に組織理論に導入している(1980)。バーゲルマンらの「戦略プロセス論」では、組織と環境との関係づけのパターンである戦略が、組織内的過程のなかで創発的なものとして形成されてくる点を強調した(1987)。また、組織内の解釈過程をつうじて情報や意味が創造されるメカニズムの解明に焦点が当てられ、「ゆらぎからの秩序形成」に着目するタイプの自己組織性論が導入されている(野中、1985)。おそらく、小野さんと私では「組織」に対する先行的な評価が、異なっているのかもしれない。「組織」は決して固定的なものでも、超歴史的なものでもないという実感が私にはある。善し悪しは別にして、「組織の変革」には、従前組織との同一性を否定するような、ある種の「飛躍」を伴う構造的な変革が、(希ではあるが)あり得る。
 私は、それを説明するのに、ルーマンが社会システム論に導入したオートポイエーシス論を組織論に展開しようとする主張に注目している(奥山敏雄「近代産業社会の変容と組織のオートポイエース」/駒井洋編「社会知のフロンティア~社会科学のパラダイム転換を求めて」第6章、新曜社、1997年)。その要諦は、組織というシステムを高度な偶有性をはらむ(組織システムにおけるコミュニケーションシステムであるところの)組織的意思決定から構成されているシステムととらえ、組織システムは高度に偶有的な秩序、それゆえに別様の可能性に開かれた秩序として自己了解するということである。この場合のコミュニケーションとは、いくつかの種類の行為のうちの一つというものではなく、また、単なる「情報の伝達」として把握されるものでもない。ルーマンが述べるところの、情報、伝達、理解の三つの総合が自我と他我において繰り返される社会システムの要素としてコミュニケーションである。
 組織も、このような多種多様な可能性を有した「複雑な系」ととらえることが必要ではなかろうか。

 【出典】 アサート No.292 2002年3月16日

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小野暸さん講演録を読んで【感想2】

小野暸さん講演録 「21世紀のグランドデザインをどう描くか」を読んで

【感想2】 講演「21世紀のグランドデザインをどう描くか」に参加して 
 講演会の連絡をいただき、こうした会への参加は何年ぶりかもう忘れたが、とにかく久々であった。講演会では、唯物論とか観念論、疎外の三形態など最近の私の目には触れていない懐かしい言葉が並んでおり、大学時代にタイムスリップしたようなひと時であった。聞くほどに普段使っていない脳の一部が刺激され、こうした場と疎遠になっていた私には、久々に心地よい機会となった。
この講演で、まず、私の実感とピッタシと重なったのは、アメリカによる世界一元支配化をめざす動きについてであった。子どもも大きくなったせいか、最近、家族で映画を見に行くことが多くなり、映画の題名は「インディペンデンス・デー」とだったと思うが、宇宙からの侵略に対して、総指揮官はアメリカ大統領であり、誰に相談する訳でもなく攻撃に水爆を使い、一人で動いていた。「何で、お前が決めんねん。」というのが私の直感であった。一緒に見ていた子どももそう感じていた。民も官も通じて、アメリカという国は、自分達が中心に世の中が回っているような錯覚に陥っているのではないだろうか。巨大な軍事力を駆使してアフガンを制圧し、次はイラクを狙っている。特に最近の動きには、ニュースを見るたびむかついている。
 次に、新たな気づきを与えてくれたのが、組織というキーワードであった。大学時代から学び、対立物としてとらえ、善と悪、水と油と考えてきた社会主義と資本主義が、実は組織を前提とした同じ穴の狢という話に、「おお、そうか」と大きく膝を打ちたくなるような驚きがあった。
 この組織に関わって、自由、平等、博愛を実現する形態として小野さんの持論である「万人企業家社会論」の紹介がなされたが、これも確実に急速に進んでおり、会社という組織を離れ、独立する人、せざるをえない人が増えている。私の周りの独立人は、自らの意思で組織を離れた人たちであるが、その自由と責任のあり方を楽しんでいるかのように私には見える。「では、自分は」と問いかけてみると、残念ながら、自分にはこの組織を飛び出す勇気がない。勇気というよりも自信がないのである。独立に耐えるだけの自分の売りが何であるのか、見えていないのである。今の自分には、組織だからできることを考える方が前向きのようである。
 紙面が限界に近づいたが、書くほどに新しい想いが頭に浮かんでくる。いい話はやはり頭に長続きするようである。感謝!(W)

 【出典】 アサート No.292 2002年3月16日

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小野暸さん講演録を読んで【感想3】

小野暸さん講演録 「21世紀のグランドデザインをどう描くか」を読んで

【感想3】 組織と系列の今日的な止揚のあり方を考える 
 
 SOHO(スモールビジネス)事業者である私にとって、「万人企業家社会論」はたいへん魅力的なものでした。
 いわゆるスモールビジネスは、パソコンやインターネットの出現が「技術的な」環境を用意したわけですが、その「社会的な」環境は未成熟です。そのスモールビジネスの「社会的な」環境の成熟を阻害している大きな壁が、ほかならぬ組織の壁、系列(組織の組織)の壁だと日々感じていましたので、組織が疎外態の一つであるという講義に、思わず力が入りました。
 しかし、希望がないわけではありません。今日の経済の縮小傾向と社会の地殻変動は、ある意味で、組織・系列の社会的な克服の環境を準備しつつあるようにも思います。
 1つは、仕事そのものの合理化です。今日の経済の縮小傾向は、技術革新による「情報化」が生みだした合理化圧力が大きなファクターとなっています。「工業化」が生産システムの集中と労働の専門化をもたらしたのとは逆に、「情報化」はその分散化と総合化を促進します。組織は仕事を細分化・専門化して、内部にかかえこむことをやめ、仕事のナレッジの共有やアウトソーシングに積極的になり、仕事のダウンサイジングが進んでいくでしょう。これは巨大な生産システムのパーツと化していた労働が、自己実現や達成感を感じられる「人間的なサイズ」を回復していく過程だとは考えられないでしょうか。
 2つめは、肥大化した組織の合理化です。永遠の成長モデルを描いていた組織は、経済の縮小傾向によって大きな矛盾をかかえ、かつて無い失業率など社会問題を生みだしていますが、一方では、組織・系列に属さない個人を大量に生みだし、「個人として生きる」ための価値観・人生観が鍛えられてきているように思います。従来、個人として生きるというと、才能に恵まれたか、そもそも体制から疎外されていたか、だろうと思います。それは、恐ろしいこと、出来ればさけるべきことでした。しかし、これからは「普通の人が普通に」個人として生きていくことに、希望と誇りを持つようになるのではないでしょうか。それは、「所得倍増」の夢ではなく、近代化の中で分離された「仕事と生活」をふたたび不可分のものとして取り戻し、個人として働き、生きることが、豊かで安定感のある生き方として感じられる、そういう社会に移行しているような気がします。
 小野先生の講義は、組織を止揚する対象としてはいますが、その「最終的な」克服が不可能なのは、宗教も国家も資本も同じでしょう。講義の中で、もう一つ心に残ったのは「市場に人格はない」という言葉です。社会的な事象を客観的にとらえることと、それを神のように人格化してしまうことは違うと。小野先生のヒューマニズムを感じた言葉でした。(R)

 【出典】 アサート No.292 2002年3月16日

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【投稿】崖っ淵の政治的経済危機

【投稿】崖っ淵の政治的経済危機

<<「日本売り」>>
 あらゆる景気指標が深刻な経済恐慌の様相を呈し始めている。1/29公表の失業率は5.6%と、4ヶ月連続過去最悪を更新し続けているが、3月までには6%台への上昇が当然視されており、早晩、10%台に突入する事態も予測されている。リストラ・解雇の波は続々と控えており、これまでパート化で隠されていた女性の失業率上昇が顕在化し、「構造改革なくして景気回復なし」という小泉内閣の空文句とそれへの甘い期待は完全に打ち砕かれようとしている。雇用・労働形態の流動化・自由化といった浮ついた議論の余地もない事態が進行しているのである。当然、企業倒産件数も戦後最悪の記録を塗り替えようとしており、二万件突破が見込まれ、自己破産件数も昨年度16万件以上、前年比15.2%もの増である。昨年の鉱工業生産指数はマイナス7.9%となり、75年以来の下げ幅である。個人消費は初めて4年連続の減少となり、今春闘はベースアップどころか「昇給ゼロ」を起点に、「雇用確保」を名目とした賃下げラッシュをめぐる攻防と化している。
 さらに問題は、「株・債権・円」のトリプル安に歯止めがかからなくなってきたことである。小泉内閣発足時、1万4500円台であった平均株価は9420円に下落、1万円割れが常態化し、3月決算を目前にした銀行・生保・大企業の持ち合い株解消売りで、これがさらに8000円割れに突入、それでも8000円台を維持できればまだましとまで予測される事態である。大手都銀の株価は連日、バブル後の最安値を更新しつづけており、「公的資金の投入が決まるまで売られる」と見られ、いくら小泉内閣がその可能性を否定しても、金融恐慌の脅威の前には公的資金投入不可避論が台頭してこよう。円安も1ドル=135円を通過点に140円台が時間の問題とされ、一部には160円台にまで下げ、債権も暴落する可能性が取り沙汰されている。その焦点の一つに、解約が殺到し破綻の危機に瀕している朝日生命が、解約資金捻出のために保有している国債1兆7000億円、地方債2100億円を「投げ売り」するのではないかという問題が浮上している。すでに大手の一部銀行では国債を徐々に放出し始めており、「日本売り」がいよいよ現実のものとなりつつある。

<<期待と希望が落胆と絶望に>>
 日本経済は明らかに深刻な経済恐慌の事態に直面していると言えよう。しかもこの経済危機は、小泉内閣発足とともに、そのデフレスパイラル放置政策によってよりいっそう悪化し、深化させてきたところに最大の特徴があろう。小泉首相の言う「改革の痛み」は、「改革」を中身のない決意と空文句で飾り立てただけ、「改革」どころか、雪印と同様、ラベルを張り替えただけで旧態依然たる利権政治を温存し、この重大な経済的危機の最中に社会保険本人負担割合を3割に引き上げることに最大の精力を傾けるという、まるで基本的な政治感覚まで喪失した無能ぶりをさらけ出している。この間の事態は、掛け声だけの改革先送りや「隠れ借金」をごまかした「国債発行30兆円枠」の帳尻合わせを、さも前進したかのように自画自賛し、虚勢を張り、その一方で庶民には「痛み」をのみ押し付け、経済をますます危機的な状態に深化させただけであったことを如実に示している。
 こうして、田中外相の解任を契機に、今や小泉首相への期待や希望が、落胆と絶望に変わろうとしている。外相更迭で一夜にして支持率が急落したのである。「女の涙は最大の武器だ」とまるで次元の低い差別発言で、「われ関せず」と他人事のように振る舞っていたつもりが、「聖域なき構造改革」や「自民党をぶっ壊す」もどこへやら、「抵抗勢力」に完全に取り込まれ、裏で手を組む無定見さがはしなくも暴露されたのである。ODA利権にしがみつき外務省を牛耳る抵抗勢力の旗頭・鈴木宗男議員に首相自ら「あなた一人を辞めさせることはしません」とわざわざ屈服の電話を入れたというから、何をかいわんやである。後任外相が「女の涙を使いたい」という環境相では、「改革」どころか、自滅路線そのものであろう。決意、決断、断行、ツッパリ、虚勢、その背後にある無思想・無定見、そしてクリアーな右派、これら一体となったものが小泉首相のカラーであったが、今回これらにダーティな裏取引が加わった。誰もが事態の本質を見せ付けられたのである。一気に支持率が急落したのも当然であろう。これまでのような高支持率・人気頼みの政権運営の手法が急速に力を失いつつあることは間違いないと言えよう。

<<「日本が最大のリスク」>>
 世界の資本主義世界のリーダーが集って注目される「ダボス会議」(2/1~4)では、日本の政治経済政策への批判が集中、「今年の世界経済で最大のリスクは日本だ。1930年代以来の危機ではないか」(ゴールドマンサックス・アジアのカーチス副社長)との懸念が表明されたという。
 1930年代、世界大恐慌時の米・フーヴァー大統領は、深刻な経済状況にもかかわらず常に楽観的な見通ししか語らず、「経済恐慌の原因は国外にある」として農産物価格の暴落・デフレを放置し、積極的な恐慌対策に乗り出すことを頑強に拒否し、アメリカの大都会の至るところにホームレスの掘立て小屋の集落が出現、大統領の名を取って「フーヴァーヴィル」と名付けられる事態を招来した。現在の日本の東京や大阪の公園や駅周辺にどんどん拡大し、壮年・若年層まで流入している青いテント群がさしずめ「小泉テント村」として呼ばれる事態とも言えよう。
 フーヴァーに対して、時の民主党の大統領候補ルーズベルトは恐慌対策としての「ニューディール政策」をもって対抗し、救済・復興政策から、「資本の利益の擁護を中心とする再建から一般大衆の福祉を重視した社会政策」としてのニューディール政策を打ち出し、大胆な転換を成功させた。果たして現在の日本の民主党や野党側にそうした現在の新しい事態に対応した恐慌対策を期待できるであろうか?はなはだ心もとない限りである。野党側の奮起を強く求めたい。(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.291 2002年2月16日

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【講演録】「21世紀のグランドデザインをどう描くか」(その3)

【講演録】「21世紀のグランドデザインをどう描くか」(その3)
                公立はこだて未来大学 複雑系科学科 小野 暸

<リシュカの「社会的遺産」論>
 ハンガリーの経済学者にリシュカ・チボールと言う人がいます。ハンガリーは日本と同じ姓名表記なので、リシュカが姓です。もう相当の高齢でしょう。リシュカは1950年代から60年代にかけて、「社会主義的企業家」という考えを提唱していました。ハンガリー動乱の直後という時期に、社会主義の標準的考えと全く反することを言い続けることができたとは信じ難いことです。1960年代の半ば頃には、かなり体系的な形で私の「万人起業家社会論」に近い主張を展開しています。私は、80年代に入ってハンガリーで展開された「ハンガリー所有論争」を調べているうちに、リシュカの議論に出会いビックリ仰天しました。
 リシュカの思想は多岐に渉りますが、まず注目すべきは「社会的遺産」という考え方です。現在の遺産相続制度は個人的・家族的相続です。つまり、金持ちの息子は金持ちになるわけですが(相続税はかなりきついので、そうならない場合も多いですが)、親がたくさん残してくれたら息子・娘は遊んで暮らせることになります。今日の社会・経済システムにおいては、生まれた時点ですでに差がついているわけで、また相続財産の多寡に関わらず、親がどんな職業に就いていたか、どういう社会的ネットワーク・システム・人脈の中で生きていたか、それも大きな財産ですね。それをすんなりと相続できた子供は、よかったね、ということになるわけです。あらゆる意味で、オギャーと生まれた時点で、かなりの社会的格差が付いてしまっている。大多数の赤ん坊は、生まれた瞬間に大変なハンデを負っており、ごく一握りの赤ん坊だけが恵まれた生まれ方をしている、という構造はやっぱり個人一人ひとりが大切だという考え方からすればおかしいですね。
 リシュカの「社会的遺産」という考えは、資本的・資金的な意味ですが、人は生まれた瞬間に平等に一生涯生活していけるだけの「生涯生活必要ファンド」を保証されるべきだ、という主張です。つまり人生の出発点で、人間はどんな人間であろうと平等でなければならない。それを元手として使ってどう生きるか、ファンドをどのように増やそうが減らそうがそれは自由だというわけです。「自由・平等・友愛」という理念は、そこまで徹底してはじめて成立するというわけです。そしてまた、万人にそうしたファンドが保証されるなら、障害者や社会的弱者であっても、自律的に自己の経済生活を営み得ることになります。従って、国家や自治体の提供する社会保障システムや福祉制度に依存する必要はなくなり、すべてのサービスを市場で購入することも可能になります。こうして初めて、人類は国家・政府という形態を乗り越えていけるのだと、リシュカは主張しています。
 リシュカは触れていませんが、同じ論理から女性の完全な自律・自立も可能になります。出産と育児を抱える女性も、その間、男性の庇護や福祉制度の世話になる必要がなくなり、自己のファンドで子供に手が掛からなくなるまで、何年であろうと自活的に生活できるようになるでしょう。そうなれば、従来の家族制度それ自体が大きく変貌を遂げていくはずです。出産・育児期間の生活を保障するため、また財産の継承のための家族制度は必要がなくなり、女性も男性もはるかに自由な関係を取り結んでいくことになるのではないでしょうか。私はそれを「多夫多婦制社会」と呼んでいますが、固定的・束縛的でない自由な男女のあり方を展望する考え方です。

<多重輻輳的所有>
 次にリシュカの所有論を見ておきましょう。「すべての社会的資産の所有の社会化」と書いてありますが、「所有の社会化」というとすぐに国有化や協同組合所有等をお考えになると思いますが、ここで言う所有の社会化というのは、全く違うものです。つまり、土地・建物にしても、工場設備もレストランも商店でも、それがそこにあるということを何らかの機関に登記して、管理しているというだけのことです。登記された物件は直ちに、どのような人々に対しても利用可能な方法で社会に提供され、社会全体にとって最も効果的に活用されなければならない。「オークションによる占有的利用権者への経営譲渡」と書いていますが、社会的資産、工場設備、生産設備等々を一番うまく社会のために活用し、そこから社会のために利益を引き出す人の手に常にオープンにされていなければならない、というわけです。
 これとやや意味合い的に似ていますのは、アメリカで極めて盛んに行われている「M&A」(企業の吸収・合併)というものです。M&Aは、ある面では出来上がっている安定的構造を破壊する、あるいは会社をバラバラに切り売りしてその利益を独占する等の、社会的に見た場合、極めて否定的な意味合いで受け取られることが多いですね。当然ながら、それによって大量の人員が解雇されることも起こる、だから社会的にマイナスであるという評価が、特に日本では強いと思われますけれど、別の角度から見ますと、どのような社会的資産であれ(M&Aの場合は会社という資産)、その所有・経営権が誰にでも開かれている、所有権へのアクセスが社会的に開かれているということです。アメリカでは、「レバレッジド・バイアウト」等の資本入手・利用形態が非常に発達していますので資本力すら不要で、自分自身の信用のみによって、M&Aをやるからと言って巨額の投資を引き出すことができます。つまり、社会的資産の「所有の社会化」の方向に向かっての、カリカチュア的ミニチュアモデルとでも名付けるべきものが、アメリカのM&Aであると私は考えております。
 所有することには必ず、他者からの不当な干渉・介入を排除する「排他性」が付きまといます。個人の自由とは、所有が排他的であるからこそ担保されるのです。けれども、その排他性が絶対的性格を持つ社会では、所有は絶対的な「神聖にして不可侵の権利」となり、所有対象をどのように扱っても所有者の完全な自由に委ねられることになります。言い換えれば、社会的に利用価値の高い土地等であっても、何も利用せずにペンペン草が生えるにまかせても、それに対して社会は何も言うことができないという事態も日常的に起こるということです。従って、社会的資産の利用・活用のためには、所有の排他性はある程度「相対的」なものである方が望ましいのです。よく「所有から利用へ」と叫ばれる由縁も、こうした文脈から了解できましょう。こうした「アクセスの自由を通じた所有の社会化」は、所有の排他性の絶対的性格を弱めることで、どのような資産であれ社会的に最も効果的に活用していくための前提を提供します。
 以上のような所有形態を、私は「多重輻輳的所有」と呼んでおります。所有の原権限者は社会的に登記・管理されているという意味で「社会」にありますが、社会的資産の利用・運用・活用・経営は、それを委ねられた個人あるいは何らかのグループに全面的に属することになります。この考えは、リシュカを知る以前から、私も同様に構想していましたが、それは石母田正という著名な歴史学者の『中世的世界の形成』からヒントを得たものです。貴族や大寺社等の古代的権力者たちの荘園所有から、中世武士たちへと所有権が移行していくプロセスを丹念に描き出した書物ですが、その過程では同じ土地に対して貴族・寺社と武士たちとの同時的・多面的で入り組んだ所有構造が現出していたことが明らかにされています。
 時代が大きく変動していく転換期には、いつの時代にも同様の所有権の変化過程が現われてきます。それまでの所有者が不在化し、名目化していくと同時に、実際に現場を支配する新たな占有者・利用者たちが彼らに代わって所有権を握っていく過程で、そうした所有の同時多重化が生じるのです。現代においても、資本制法人企業の所有構造は、所有と経営の分離を引き起こし、株主の所有・支配から経営者支配へ、さらに現場を支配する労働者たちへと移っていくことは必然です。その果てに、社会が原権限を持ち人々個人がそれを占有的に利用する、新たな形態での「多重輻輳的所有」へと移行していくという展望を私は持っています。
リシュカが主張し、また私も同様に構想する上の二つのシステムが、今後どのような形で具体化し現実化していくか、私もよくわかりませんけれど、世界全体を眺めて見ますと、着実に世界がその方向に進んでいるということはまず確実に言えるところなわけです。

<個体的所有の再建>
 私もリシュカとほとんど同じことを考えていたのですが、それが何処から出てきたかを、今少しご説明しましょう。学部時代から考え続けていたことですが、マルクスの『資本論』の中に、かの有名な「否定の否定」という有名な規定がございます。そこに「個体的所有の再建」と書いてあるわけです。どういうわけか、これに注目したのは日本人だけでした。世界のマルクス主義学者で注目した人はほとんどいなくて、日本の学界だけで問題になったわけです。平田清明さんらのいわゆる市民主義派の人々が、伝統的な共産党系の考えと根本的に対立する全く違う理解を提出しました。私は学部時代から、おかしな記述だと思ってはいましたが、当時は私も「所有の社会化」と言えば「国有化」と鸚鵡返しに信じていましたし、それが社会主義・共産主義であるはずなのに、「個体的所有」という言葉が何故出てくるのかと不思議に思って、当時から調べておりました。大阪市大の大学院に入ったのはずっと後なんですが、その頃、平田清明さんのお弟子さんにあたる山田鋭夫さん(今は名古屋大学)が、当時大阪市大におられましたので早速に聞いてみたのですが、よくわからないということでした。結局のところ、日本で二手に分かれて、喧喧諤諤の議論が行われたのですが、平田グループは「社会的にして同時に個人的所有」という魑魅魍魎のような概念を提出しただけでしたし、共産党の方は皆さんご存知のように「消費財は個人的所有で生産財は社会的所有」という陳腐な概念しか言っていません。平田グループは、実はかなりいい線を行っていたのですが、「社会的・個人的所有」の具体像が先述の「多重輻輳的所有」にあることを理解できなかったのです。
 私は、「個体的所有の再建」と言うからには、共産主義とは実は極めて個人主義的な方向を追究するものではないのか、と当時からチラチラと感じていたわけです。そうした方向がもし共産主義ならば、考えられる共産主義とは一体どういうものかと考え続ける中で、リシュカの「社会的遺産」あるいは「社会的資産と所有の社会化」という全く異なる解釈と出会い、「多重輻輳的所有」という自分の考えの正しさに確信を持ちました。けれども、そうした考えがすでに60年代から提唱されていたと知った時は、ちょっとショックでしたね。私よりもずっと先に、同じことを考えていた人がいたのですから。
 「自由な生産者・諸個人の連合」とか「諸個人の全面的解放」、「自発的計画に基づく生産の調整」等々の、マルクスが打ち出したそれらの概念に関して、田畑さんが明らかにされたように、その考え方の根本に徹底した個人性への志向があったとするならば、私の唱えております「万人起業家社会論」こそは、今後我々が追求すべき共産主義の一つの方向性なのではなかろうか、と考えております。
 私は学部4年の頃には「反マルクス」の立場になりまして、父とも話が全く合わなかったのですが、最近は論文等でも「私は共産主義者である」と名乗るようになっております。ただその意味合いは、従来理解されてきた共産主義とは正反対、180度違ったものではありますが。

<科学の大転換-「内部観測」とは何か>
 時間が余りありませんので、大きな4点目の「科学の大転換」に入っていきます。「内部観測」と書いておりますが、これは現在の複雑系科学の最先端と言いますか、縁(へり)と言いますか、そういうところにいる人々の主張です。どういうわけか「万人起業家社会論」の主張が、そうした新しい科学の理論的基礎・考え方と極めて整合的で親和的であると考えられたようで、京都を離れて寒い函館まで「都落ち」をすることになったわけです。
 「内部観測とは何か」からお話をさせていただきます。先ほど、デカルト以降の近代ヨーロッパの科学はキリスト教と平和共存してきた極めて中途半端な「弱い科学主義」であったという話をいたしましたが、実は近代西欧科学の根本には、科学が自ら徹底的に否定してきたはずの「神秘」ということが介在しております。どういうことかと言いますと、宇宙はビッグ・バンによって始まったと言いますが、それは何故かということは問うてはならないわけです。当然のことながら、それは神によって起こったのであろう、と唱える人々がいても全然おかしくないわけです。つまり宇宙の始まりという点からして、科学と宗教とは仲良く世界を二分してきたわけで、「神の一撃」を否定も肯定もできません。あるいは、ビッグ・バンの後に星が生まれ、太陽系が形成され、惑星の上に生命が誕生するわけですが、イノチなき世界から突然にイノチが生まれてくる。イノチなき世界からイノチが何故生まれてくるのか、これまた科学は問わないわけです。ある科学者は「神秘的な神の一撃があったと考えるしかない」と言い、「スーパー・システム」や「サムシング・グレイト」などの表現をしていますが、それこそ神秘そのものですね。
 あるいは、そのイノチが進化していった結果として、ヒトが生まれ、どういうわけかヒトにだけ「意識・ココロ」が宿る。猿や犬に意識があるかどうか、科学の世界では一生懸命検証しておりますが、取りあえず今のところは意識はヒトだけにしか存在しない、という考え方が圧倒的に主流です。ならば、意識なきものから何故に意識(ココロ)が生まれるのか、これまた全くの神秘であって、そこにも「神の一撃」があったとしか言いようがない。そのように、現行の欧米科学というものは、説明体系そのものからしても神秘と共存しているわけです。
 「内部観測」はそうではありません。「神の一撃」を必要としません。どういうことかと言いますと、「モノとココロ」を近代西欧科学が分けたようには分けないのです。つまり、「内部観測」の考え方に立ちますと、数千年に渡って続いてきた「唯物論対観念論」の対立の構造そのものが全くの無意味だ、ということになる。唯物論であれ観念論であれ、どちらも無根拠で言っていたことになります。もちろん、そうは言ってもビッグ・バンそのものは説明できません。これは、未来永劫残る宇宙の謎・世界の謎です。けれども「内部観測」によれば、ビッグ・バン(私はそれが本当にあったのか疑っていますが)以降、物質ができる~星ができる~イノチが生まれる~イノチがココロを持つという一連のプロセスを、全く矛盾無しに連続的かつ一元的に説明・解釈することが可能になります。従来そうでなかったというのは、ただ単に近代西欧科学の成立当時に支配的であったローマ教会から攻撃されないように、科学者たちが「モノ」世界に立てこもり、「ココロ」世界を支配するキリスト教を温存しただけの結果です。しかし、今日の物質と意識、モノとココロを分ける考え方が成立した結果、私たちの頭は、モノとココロとは原理的にも全く異なる世界であるとの考えに縛りつけられてしまいました。
 そのクビキが無くなれば、二つを分ける必要は全くないわけです。モノの自発的な作用として(自発的と言った時すでに意識作用と同義ですが)、モノ自体の自律的なプロセスとしてイノチが生まれてくるという様相を、自然に関する新たな説明原理として取り入れていくことが可能になります。すでに実験的検証も多数行われていますが、一番進んでいるのは日本です。松野孝一郎さん(長岡技術科学大学;生物物理学)、郡司幸夫さん(神戸大学;理論生命科学)、角田秀一郎さん(奈良女子大学;数学)等々といった方々が「内部観測」の提唱者です。松野さんは、単なる物質プロセスからイノチの源が生まれてくることを実験的に明らかにし、その論文は2000年2月に「サイエンス」という権威ある科学雑誌に掲載されました。

<法則なき世界>
 そういう考えに立ちますと、物質の進化過程から生命の進化過程に至るまで、すんなりと連続的に捉えることができます。従来の考え方によりますと、神のごとき「法則」が世界を支配しており、物質はその法則に縛られ導かれて何らかの運動をしているだけだと捉えてきました。これも逆に見ることが可能になります。「法則」のように我々に見えている事態とは、物質それ自体が運動の結果として生み出している、こう見たって不思議ではないし、整然としている。
 力学の法則にしても重力の法則にしても、法則という名前が付いていますが、それを成り立たせているのは、すべてそれを構成している物質の自発的相互作用の結果であると、これからは考えなければならないわけです。このように考えていきますと、進化のプロセスに関して、物質であれ生命であれ、物質自身が進化していくプロセスとして描き出すことが可能です。そうなればどうなるか。法則などどこにも存在しないわけで、そこにあるのは、物質が常に新しい現象を創りだしているという様相です。つまり、世界は法則によって絶対的に支配される静態的で変化のない世界ではなくて、常に運動が起こり絶えざる変化・発展・進化を遂げていく「歴史過程」だということです。宇宙も進化しているとするならば、宇宙において同じことは二度と起こらないのです。同じことが二度と起こらない、そういうプロセスを進化というわけです。つまり、「内部観測」の考え方は、徹底的に動態的でダイナミックな考え方であって、従来の静態的で法則決定論的な考え方を徹底的に根本から覆していこうとしているわけです。
 今後の学問なり科学がどうなっていくかと言いますと、従来は、未知の自然の中に「法則性」や「規則性」を見出すことが科学・学問の役割とされてきました。しかし、絶えず変動しつつ常に個別一回限りの現象として起こってくるこの宇宙世界においては、絶えざる創発を起こしているプロセスに即して記述していく、つまり歴史記述と同じ方法を用いなければならないということになります。私は「内部観測」と巡り会うずっと以前から、経済・社会現象に「法則」など存在しないのだ、と言い続けてきました。以前は、そういう主張をしますと「あいつはおかしい」などと言われてきましたが、私はゴリゴリの科学主義者でして、近代西欧科学のように宗教と平和共存する不徹底な「弱い科学主義」でなく、宗教を根元的に超えていく方向を目指す「強い科学主義」だと言っています。私から見れば、宗教的な現象の解明に手も足も出ない・出せない科学こそ、神秘を容認するオカルトと言うに近いものです。
 そう思っていたところ、科学の世界の最前線で、同じように考える人々がいたことは嬉しいことでした。それから、社会科学の世界でも同じ主張をする方も現れました。吉田民人さんという方で、東大文学部におられた社会学の研究者です。東大の文学部長や日本社会学会の会長も長く務められ、現在は日本学術会議の副会長をしておられます。私から見れば雲の上の人ですが、どういうわけか同じ学会に所属して、ここ10年くらい、私が学会で何か報告をする度に励まして下さいます。なぜ励まされたかと言いますと、吉田さんも同じようなことを考えておられたからです。7年ほど前にミネルヴァ書房から本を出されて、その中で社会・経済現象には法則性などないという考えを打ち出されました。今、学術会議の中で、吉田先生が提出された「社会や経済には法則は無い、取りあえず社会や経済はプログラムに従って動くけれど、そのプログラム自身がどんどん変化する、そういう新しい学問のあり方を開拓しなければならない」との主張が、「フロンティア研究」として取り上げられ予算もついて進められています。ただ、吉田先生は物質は法則に従うと言われていますので、その点は承服できません。つい最近も学会がありまして、吉田先生とかなり議論をしたところです。

<科学革命を目指して>
 理科系の分野で複雑系科学が登場して20年近く経ちますが、今では複雑系科学そのものの中にこれまでの複雑系の見方が実は錯覚だったのではないか、という認識が広がりつつあります。つい先日、ある科学者と話をしていまして、「複雑系科学も、もうそろそろ終わりだ」「これからは不定形の科学あるいは主観性の科学だ」等々と言い始める人々が増えているという話になりました。要するに、従来の決定論的科学はすべからく「客観性」「再現可能性」「記述可能性」に立脚して、それを科学性の根拠としてきましたし、それ故に未来を予測することも可能だと言ってきましたが、不断に進化する世界にあっては、再現性を確保できず、客観的に観測もできず、法則的記述も不可能である以上、未来を確定的に予測することもできません。そうした不確定な絶えず変動する世界で、如何なる科学が可能かを真剣に考えなければならなくなりつつあるのです。モノ自体の自発性や自立的創発作用を前提するならば、モノに備わる意思とは何であるか、モノの自発的運動の目的とは何かと問い直さねばなりません。科学の世界に「目的」や「主観」を持ち込むことは、絶対的タブーとして厳格に排除されてきました。まさしく、「科学の大革命」が起こりつつあるのです。
 繰り返しになりますが、従来の科学が宗教と平和共存し、司祭や僧侶が「神仏」について独善的で排他的な解釈を振りまくことを容認してきたのに対し、「神仏」とは一体如何なることがらか?に関しても、これからの科学は真正面から取り上げ、本格的な検証を加えていくべきでしょう。
 私は、「万人起業家社会論」を学生に説明する時に、これは要するに、皆一人ひとりが「カミ」なんだよという思想だと説明しております。一人ひとりが「カミ」であり、私もあなたも「カミ」なのだと心底思えることができた時、その時初めて人類は差別や戦争から訣別することが出来るだろうと。結局、宗教とは、カミとヒトとの間に絶対的な区別・差別を設けたことによって、人類社会に差別構造を作り出し、それをベースに自分の信じていることだけが正しいと信じ込むことで他の宗教と敵対し、人類初めての戦争を引き起こしたに違いない。ですから、「万人起業家社会論」とは、そこまで見据えた上で宗教を根元的に乗り越えていく方向を目指す思想であり、また人々が「すべてのヒトがカミである」と思えるようにリードしていく思想、そのための社会的・経済的条件を世界大で創造していく思想、それが「万人起業家社会論」だということなんです。そして、社会科学の中にも、そして理科系の科学・学問の世界の中にも、同様の考え方に立つ人々の登場という形で、今、大きく展開しようとしているということでございます。
 まだまだ、お話ししたいことは山のようにあるのですが、質問にお答えする形で進めるということで、ここでいったん閉めさせて頂きます。ご静聴、有難うございました。(了) 

 【出典】 アサート No.291 2002年2月16日

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