青年の旗 1989年9月1日 第149号

青年の旗 1989年9月1日 第149号
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【主張】 臨時国会を消費税廃止の出発点に!

<九十年代日本の政治を左右する臨時国会>
消費税廃止に向けた本格的論戦の場となる臨時国会が、九月二八日から開会されることがほぼ確定した。
野党は今臨時国会を、先の参議院選挙で示された国民の自民党政治への根強い不信と消費税への強い怒りを、院内外の大衆的統一闘争の力で、早期衆議院解散・総選挙へと自民党を追い込み消費税を廃止する出発点としなければならない。
消費税の財源問題や連合政権をめぐる政策論議で、野党の統一が乱れることになれば、自民党への逆風は社会党を中心とする野党への失望・逆風となり、消費税廃止はおろか自民党一党政治支配の終息も遠い将来へと追いやってしまう。
今臨時国会を、野党が最後まで統一し早期衆議院解散・総選挙実施、消費税廃止を実現する第一歩とすることができれば、日本の政治の流れを財界主導ら反独占諸階層の政治へと大きく変えていく展望が生じるのである。

<「消費税廃止二法案」と自民党の対応>
八月二三日、野党四党と連合参議院は税制協議会を開催し、消費税を今年度限りとし来年四月一日をもって廃止することを目的とした「消費税廃止法案」、今後の税制再改革案作成のために「国民税制改革協議会」(仮称)を設置するための税制再改革基本法案」の要綱を決定した。
これに対し自民党は、消費税「見直し」のための本格的検討に着手した。自民免税制調査会は、九月一四日三塚政調会長の税制調査会会長兼務を軸とする新体制を決め、十一月末までに「消費税見直しの要綱」を作成する予定である。見直しの内容として、税額表示方式・福祉目的税化・食料品の非課税化・免税点簡易課税制度など業者への優遇措置をあげている。
自民党はこのように、消費税見直しを国民に対して強くアピールする一方で、「消費税廃止後の代替財源は」「減税はどうするのか」など野党の「消費税廃止法案」への攻撃をエスカレートさせている。

<「連合政権政策論譲」に潜む危険>
朝日新聞社が実施した消費税に関する世論詞査(九月六・七日実施)では、消費税「見直し」が五一%、「廃止」四一%で、「見直し」が「廃止」を上回った。また、減税と消費税分を比べた生活実感では、「苦しくなった」四九%、「あまり変わらない」四二%、「楽になった」一%という結果である。
この調査結果は、参議院選挙後の野党の対応が参議院選挙での国民の選択に十分応えきれていないことを示している。
それは、消費税廃止のために国民的統一闘争を築くことが最も問われているときに、連合政権をめぐる基本政策の対立がことさら強調されていることである。
社会党は「新しい政治への挑戦=私達の抱負と責任」(土井ビジョン)を発表した。内容は、「社会党よ現実的になれ」という声に対して、安保・原発・自衛隊の危険性を強調しつつ国民的討議を呼びかけ、「緩やかな、しかし確実な改革を進めていく」として軍拡の政治から軍縮の政治へと大きな政治の流れを作る中長期的目標を明らかにした。また、連合政権論議の焦点となっている、安保・自衛隊・原子力・朝鮮半島問題については、前政権との継承性を踏まえ「現実的」対応を取ることを明らかにした。
これに対して、民社党・永末委員長は、①西側の一員としての国際的立場、②自衛隊は合憲、③日米安保の維持と適切な運営、④原子力発電を含めたエネルギー確保、以上が連合政権協議の基本だとして社会党に政策変更を要求した。公明党・市川書記長は、「安全保障政策における安保・自衛隊の位置付けをはっきりせずに、両者の存続・維持を言っているのは十分理解できない」と批判した。
参議院選挙での国民の選択は、消費税廃止と自民党政治にストップをかけるための投票行動であった。日本の政治を変えたいという国民の意識は、決して一過性のものではない。しかし、日本の政治をどのように変革していくのかという政策について、参議院選挙で国民は審判を下したわけではないのである。
にもかかわらず、最近の野党の「連合政権政策」をめぐる議論は、消費税廃止のハードルが連合政権をめぐる基本政策の一致にあると錯覚させる程、国民の意識からかけ離れたものとなつている。来るべき時にそなえ、中長期の基本政策を国民に提示し判断をあおぐことは必要なことであり、これまでの野党に欠けていたことでもある。しかし、そのことが国民の最も求めている消費税廃止の実現にマイナスとなる事態は絶対に避けなければならない。
日経連は第一二回トップセミナー「平成日本の進路を問う」での宣言において、参議員選挙結果をふまえ「最も重要なことは、自由主義社会を守ることが前提であり、社会党が社会主義革命を目指す政党であることは規約に明白であり、社会党が真に国民政党としての立場を明確にしない限り安易な二大政党論にはくみし得ない」「「自民党が安定した政治状況を作るために、一部野党に協力を求める場合もあろう。しかし、その際に安易な妥協を絶対にするべきではない。とくに、重要な財政問題については中長期的判断を優先させるべきだ。」と述べた。
つまり、財界の意向としては、「社会党の現実路線を信用するな。消費税を残すことが出来れば、一部野党との連立も可能だ」ということである。
既に自民党の一部野党への抱き込み工作も始まっている。こうした中で、社会党は「消費税廃止の国民的統一闘争」をどう構築するのかという方針を全面に掲け、野党への分断政策を阻止し得る世論を築くことにこそ全力を傾注すべきである。
毎日新聞社が実施した「連合政権問題世論調査」は、自民党単独=十二%、野党連合政権=一七%、自民・中道=二七%、保守・革新(自民・社会の一部)=二七%となっている。具体的運動のない政権パズルだけは絶対に避けなければならない。

< 消費税廃止の一点で国民大闘争を築こう>
消費税の廃止は、参議院の与野党逆転を背景にした院内の政治的かけひきでできるものでは決してない。
第一に、自民党の消費税強行の背景には、来年度予算の一六兆四百億円(前年比三七%増)という異常突出の赤字国債がある。それは、政府・独占資本の財界主導と軍事費突出、福祉切捨ての政策がもたらしたものであるが、消費税の廃止は当然それに替わる財源問題に至ることから、日本の安全保障政策や福祉政策、経済政策全般にまで大きな影響を及ぼさぎるを得ない。
「徴税のあり方は、その使途を決定するのである。」従って、権力者(政府自民党・財界)は必死の抵抗を試みる。それを、打ち破る闘いを野党が築き得るかどうかが焦点となるのである。
第二に、かつて反独占諸階層の利益を代弁し闘ってきた「総評」が、解散する。一方、「連合」が大衆的動員力を背景にした政治変革を求めていないという、中央での「話し合い」を中軸としたゆるやかな政治変革指向が明らかとなった。
こうした中で、政治変革の求心力を形造ることが緊急の課題となっている。その意味で、連合を中軸とした地域での取組みが重要となっている。
第三に、以上の取り組みを行うにあたって、今の政治状況が自民党政治のなにによってもたらされたかという認識を再確認することである。「少しも豊かにならない国民生活」、「切り捨てられたのは福祉と働く者」、「一方での、永田町と国民生活の乖離。政治への著しい不信」「自らの要求を体現する大衆運動の不在」などの事を、もう一度反省の立場で検討することが必要である。
この臨時国会が、九〇年代の日本の政治のあり方を左右するものとなることは、間違いない。
以上の観点で、あらゆる政治勢力が統一的闘争を組織しうるかどうか、そのために全力を尽くすべき熱い政治の秋が到来した。

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青年の旗 1989年8月1日 第148号

青年の旗 1989年8月1日 第148号
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【主張】 極東の緊張激化を許さず平和政策への転換を!

<太平洋演習を許すな!>
 九日から十月にかけて、太平洋演習(PACEX)が、米・日・カナダ・韓国・オーストラリア・フィリピン・タイ等の参加で行なわれる。米軍は空母戦闘部隊四グループも参加し、その中には四隊で八百発にも及ぶ核兵器を搭載したまま演習が計画されている。又米軍は海軍のみではなく、陸・海・空・海兵隊すべてを網羅した統合演習として、これまで太平洋上各地で毎年くり返されてきた対ソ戦を想定した軍事演習の集大成が今回の演習と言える。
 この中で、日本の自衛隊は十月一日から十六日までの予定で参加を予定している。「太平洋演習のシナリオは正式には発表になっていないが、自街隊はソ連の太平洋艦隊極東軍の太平洋進出を封じるため、機雷敷設などを行い、いわゆる三海峡を封鎖し、同時に対潜哨戒機P3Cを動員し、ソ連原潜を突きとめ、「同盟軍」と共同して、これを壊滅させるという行動が想定されている。今年四月に発表された米国防報告の中でも、日本の役割について「東アジア・太平洋地域の米国防政策のかなめ石」「日本はソ連の太平洋進出に対して侮りがたい盾となっている」と述べられている。この様に太平洋演習は自衛隊なくしては考えられない状況である。
 一方、防衛庁はこの演習に関して「太平洋演習の米側シナリオがどうあれ、自衛隊としては米軍の支援を得て、日本を侵略から守るという日米共同訓練の枠組みを緒み越えることはできず、その範囲でしか同演習には参加できない」と述べているが、米軍の位置付けや参加国の多さを見ても、日本の自衛隊のみ独自であり得るわけがない。
 INF全廃条約締結以降、海洋核兵器とりわけ太平洋地域での軍縮が求められている中での今回尾の演習は太平洋での新たな緊張を高める。又、自衛隊の海外派兵、軍事力強化につながる自衛隊の参加を許してはならない。

<平和政策へ転換を!>
 今回の参院選での自民党の自滅、社会党の躍進という事態は、消費税・リクルート等が焦点ではあったが結果として、平和政策においても我々の闘い如何によっては大きな成果をもたらす可能性が出た。今後六年間、最低でも三年間は参議院での自民党の単独過半数は維持できない。参議院の各委員会でも委員長の自民党による独占はできないということである。
 すでに被爆者団体では、援讃法制定に向けて、参議院での先行採決めざし行動を強めている。野党間で一定の合意の取れる非核三原則の遵守問題でも、核持込みを許すのか否か、法制化も含めて討議を進めることができる。とりわけ、一九六三年に起きた沖縄沖の水爆搭載機「落下」事故で表面化された様に「持ち込ませず」に関しては守られていないことが白日の下にさらされた。「米軍から事前協議がなかったので、核の持ち込みはない」と繰り返してきた日本政府の詭弁はもはや通用しない。この点での取り組みが、ニュージーランドで成し得た様に、日米安保を揺るがすものとなつていく。
 又、都議会でも社会党が躍進したことにより、東京都における非核都市宣言が実現可能なものとして検討される状況になってくる。これが、三宅島のNLP基地建設問題にも波及するであろう。
 ここ数年の平和勢力の闘いによっては、平和政策の転換が勝ち取れる絶好の機会である。しかし、残念なことに、総評・原水禁という平和連軌のセンターがなくなるという事態である。我々のより一層の職場・地域での取り組み強化が求められる。

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青年の旗 1989年7月1日 第147号

青年の旗 1989年7月1日 第147号
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【主張】 自民党政治を転換させる反独占の統一闘争を!

消費税の存続、撤廃を最大の争点として東京都議会議員選挙、参議員選挙が闘かわれている。これらの選挙は二十世紀最後の、これからの十年間の日本の政治動向を大きく規定する一歩となるであろう。日本の支配階級によるこの国のこれまでの政治支配構造が大きく変動せざるを得ないということが誰の目にも明らかになった中でこれらの選挙戦は闘われているのである。

<高まる自民党政治への不満>
参議院福岡補欠選挙を皮切りとした今春からの一連の選挙結果が示していることは、自民党が一党で政権を握り続けることに対する民衆の不同意である。政府自民党の農業政策、新たなる収奪強化・増税策たる消費税導人、これら日本資本主義が直面する危機への支配階級の対応策に露骨なまでに示されている人民への犠牲転嫁、そしてリクルート疑獄に示された政・財・官の癒着構造・独占資本のためにのみこの国の政治を動かす構造ができあがっているということの事実、これらを契機として自民党一党による政治支配構造が大さく揺すられている。リクルート疑獄の舞台となった「民営化・規制緩和・市場自由化・国際化」という80年代自民党政治によって、農業の切り捨て、中央と地方の格差拡大、急激な経済の国際化・自由化による地方・中小企業への打撃など、これまでの自民党の政治支配構造が急激に掘り崩されたのである。自民党首相経験者をして「保守二大政党制への移行」の必要性を主張させねばならない程の政界・政治戦線再編の時なのである。

<政治戦線再編をうながす国内外情勢の進展>
80年代に歴史上最大規模の債務国へと史上かつてなかった速度で転落し、帝国主義陣営内におけるその政治的・経済的影響力の後退を余儀なくされた米国、資本主義諸国間の経済摩擦・競争の激化、一方での92年EC市場統合、そしてソ連の新しい軍事・外交政策に牽引されて世界中で進む核軍縮・通常軍備縮小、緊張緩和と相互理解・対話の拡大。これら国際政治・経済の急激な展開の中で世界最大の債権国、世界のGNPの十三%を占める国となった日本の支配階級は、これら国際関係との調整のために今まで以上に日本の民衆・労働者階級に犠牲を押し付け、これまで彼らの政治支配を支えてきた構造を大きく変動させざるを得なくなっている。
一方、国内においては自民党はそもそも金融独占の政治的代理人でありながらその政治支配を貫徹するために、主に農村部を支持基盤としながら独占資本のための政治を行ってきたわけであるが、このやり方が農業人口が総就業人口の八・一%しかなくなった(85年)今日においてはもはや不可能になっていること。同時に四五〇〇万人を越え拡大し続ける労働者(特に第三次産業において急速に拡大し、二〇〇〇年には就業者の六割を越える見通し、これらの労働者の多くは東京をはじめとする都市近郊に居住している)が労働組合に充分組織されることなく、当然これら労働者の要求に応える政策がどこからも示されていない。これら産業構造の第三次産業型への急激な再編という国内の事情からも自民党のこれまでの政治支配が変動せぎるを得なくなっている。

<労働者の「体制内化」で政治支配・再編狙う支配階級>
支配階級はこれらの状況の中で新たなる政治支配体制の再編を狙っている。農民と都市労働者の間への分断持込み、消費税に対する不満を「税を受取りながら国へ納めなくても制度上許される」という免税業者の存在に向けさせるなどの中小自営業者と消費者(すなわち労働者)の間への分断持込みなど、いわゆる分断して統治するという工作が一貫して進められている。
そし彼らがが今後最も力を人れようとしているのが労働者を彼らの側に取り込むことであろう。今日の自民党の政治支配の危機は86年総選挙において「レフトウィング」をのばしたと豪言した政治支配の質、農村基盤から郁市型基盤への質の転換が貫徹され得ていないことの結果であろう。消費税、リクルート疑獄に対しても残念なことに組織された闘いが収り組まれていないこれら労働者に対して支配階級が民間大手資本と一体になって彼らの政治支配延命のための再編策、いわば「労働者の体制内化」ともいうべき策動が強められる危険性は大きい。

<消費税撤廃!労働者が闘いの中心に!>
消費税に対する反揆、その撤廃を求める声と行動は実施後三ケ月経た今日に致っても益々拡大しつつある。一昨年の売上税、本年の消費税、そして通常国会では継続論議となった年金制度改悪策動など日本の国家独占資本主義の危機が深まるにつれて、一握りの独占資本を擁護せんがためにそれ以外の全ての人々に蟻牲が押しつけられるという政治情況が鮮明になりつつある。反独占の立場の闘いとその統一の必要性が益々明白になりつつある。
しかし日本共産党は消費税反対などの闘いには全て分裂を持ち込み、選挙では社会党などの「批判」に、主要な力点を置くという議会主義・セクト主義を強める一方で、もはや自民党の一党政治支配に「左」の側から手を貸していると批判せねばならない状況にある。
今日反独占勢力の統一した闘いが益々必要となっている。農民・中小自営業者を中心とした自民党政治に対する不満・反撥は労働者が中心となった反独占の統一闘争として組織されることによってこそ日本の政治を変え得る力強い統一闘争へと前進・拡大するであろう。そしてこのような闘いに支えられてこそ議会において自民党一党の政権独占に終止符を打つ政治勢力が形成されるであろう。支配階級が、いわば「労働者の体制内化」ともいうべさ手法によってその政治支配構造の再編を画している今日、反独占統一の闘いの中心を担うべき労働者の闘いを組織することは極めて重要である。その意味において進行しつつある労働戦線再編において連合を闘いの場とし、統一の強化と労働運動・労働組合運動の大衆的・民主的前進のために闘うことが必要である。
都議選、参議院選を契機として消費税撤廃の声と行動は益々拡大しようとしている。この闘いの先頭に立って職場・地域で闘おう!

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青年の旗 1989年6月1日 第145・146号

青年の旗 1989年6月1日 第145・146号
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【主張】 中国鄧小平・李政権の大弾圧糾弾!
                        学生・労働者の民主化闘争断固支持!

 六月四日、中国鄧・李政権は、学生・市民から巻き起こった空前の民主化闘争に対し、武力弾圧を強行した。それは、中国社会主義国家の民主改革と自由を求める人民に対して戦車で引き倒し、銃口を向け、数千人・数万人もの学生・市民を殺傷するという「人民の軍隊」をかなぐり捨てた蛮行と惨忍なものであった。
 我々は、こうした鄧・李政権の行為に対して強い憤りを感じるとともに、いかに「社会主義・中国共産党の正統性」なるものを主張しても武力でもって人民の願いを圧殺したことには、断じて容認することはできない。

<民主化闘争の背景と教訓>
 学生を初めとした中国民主化闘争が、これ程までに盛り上がりを見せた背景には、鄧小平自身が行ってきた経済開放政策・現代化の中で、日本を筆頭とした資本主義諸国からの資本導入・合弁企業の設立等を基礎に工業化、生産向上が図られてきたが、それにも関わらず人民の生活はインフレ・失業の蔓延、社会規範の乱れなど厳しい情況にあり、その一方、共産党幹部を中心とする特権階級の汚職・腐敗等が民衆の不満として永年の問にうっ積し、更には、こうした不満を吸収・反映され得ない党・国家の権力集中構造が、よりこれを増幅させたと言えよう。
 それだけに学生達の要求であった「汚職追放!失業反対!報道の自由!専制支配の打倒!」はしごく当然であり、中国社会主義国家における人民の権力参加ー下から涌き上がったベレストロイカであった。またそのことは、中国においても今、社会主義が直面している問題、すなわちソ連ゴルバチョフ議長が提起する党と「国家」との分離、社会主義における民主主義改革、資本主義諸国との経済交流を基礎とした平和共存など、まさに先進的・進歩的な内容のもった問題提起であった。
 それだけに中国政権の採るべき道は、学生達の求める党との対話に対し、積極的に応え、教条的な「党の指導性」にこだわることなく、権力参加を認め、経済改革に整合した政治改革を行うことであった。
 しかし事態は全く逆であった。鄧小平・李鵬らの保守派の思想は、「プロレタリア独裁による共産党の権力支配」の名のもとに意見を異にする者を全て「反革命」と規定し、自からの政治支配体制のためには手段をも選ばぬマキャベリズムとしか言いようのないものである。同時にこうした党保守派と民衆との意識のギャップを見た場合、日本においても「人民に対する共産党の役割」「何が故に前衛か」「党と人民の関係」について、改めて「反面教師」として問い直されていると言えよう。
 いずれにしても今回の武力弾圧は、中国の真の社会主義建設を大きく後退させただけではなく、国際的にも社会主義のイメージ・威信を深く傷つけたものとなろう。

<民主化の火は消えたか>
 現在の中国国家権力の内部は、趙柴陽総書記の失脚とともに、李鵬、楊尚昆、喬石といった保守派が実権を掌握し、改革派の一掃と民主化闘争を担った活動家の弾圧を行っており、それは一般市民をも密告させ、検束する恐怖政治の様相を呈している。
 しかし、こうした強圧的な対応にも大きな矛盾をはらんでいる。
 その第一にこのような政治政策と経済政策との矛盾である。鄧小平は、「開放政策は変わりはない。」と唱えているが、強圧的な政治体制の下で経済の開放政策を推し進めても、工業化等の生産力・経済の発展の過程で、必ずそれに適合した政治体制へと、その土台を揺り動かすことになるし、今日の経済の国際化、情報の国際化の中で政治の部分のみ閉鎖した体制を強いることは不可能である。
 第二は国際社会からの孤立化である。
 その一つにアメリカを初めとする資本主義諸国はもとより、社会主義諸国においてもソ連ゴルバチョフ議長やハンガリー共産党が批判する等、明らかに国際的な批判が集中している。更には前述の「開放政策の継続」とは逆に、合継ぐ資本主義諸国の対中経済政策の見直しである。アメリカ、フランス、イギリス等の対中投資・融資の凍結、日本においても対中国輸出企業が減産を検討し、また日中投資促進機構の設立の延期など、中国にとって厳しい情況に追い詰められている。
 そして第三に何よりも重要なことは、中国民衆の強い反発である。武力で弾圧した民主化闘争も心の奥底まで消し去ることはできない。数多くの民主化闘争の指導者が虐殺され検束された直後の今は鎮圧されていても、やがては立て直され、武力弾圧以前よりも増して再び全人民的な闘争として高揚してこよう。
 今、確かに中国は冬の時代である。しかしあの天安門に響きわたった学生・労働者のインターナショナルの歌声は今も聞こえている。地下に潜った学生リーダーの柴玲女史はこう訴えている。「勝利の日は必ず来る。夜明けは近い。中国人民万歳!」
 我々も中国民主化闘争の勝利を確信し固く連帯するものである。

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青年の旗 1989年4月1日 第144号

青年の旗 1989年4月1日 第144号
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【主張】 天皇・天皇制に関して職場・地域・生活の場から民主主義を闘い取ろう!

<新天皇「日本国憲法を守る…」の「言葉」>
 袷仁天皇の死に伴ない皇位を継承した新天皇は、主権者たる国民とは無関係に政府が一方的・政治的に国事行為」とした「即位後朝見の儀」において「日本国憲法及び皇室典範の定めるところにより、ここに、皇位を継承し……皆さんとともに日本国憲法を守り…」と二度も憲法に言及する「お言葉」を宣した。一般に商業報道機関はこの「言葉」の「日本国憲法~」の部分をおさえて、「天皇・皇室が国民にとってより身近なものとなり、象徴天皇制が定着した」との評価を下した。また、共産党をはじめとする「左翼」や民主陣営は逆にこの「言葉」の憲法の部分にはあまり触れず、触れるとすれば「あれはギマンだ」というような評価で、その他の「(大行天皇は)ひたすら世界の平和と国民の幸福を祈念され」などという部分が天皇の戦争責任をあいまいにするものだ、などとの評価を強調する傾向にあった。
 我々は前二者に代表されるであろう評価では今日の天皇・天皇制をめぐる支配階級と民衆の間の争点、闘いの力関係を充分には評価でき得ないと考える。昨秋の天皇吐血以降今日に至るまでの支配階級と一方での民主勢力・民衆の動きを考えるにつけて、天皇問題についての支配階絞の狙いを整理し、民主勢力のこれからの闘いにとってどのような視点が必要であるかを整理する必要があると考える。

<戦後民主主義の民衆への浸透程度>
 袷仁天皇の死に際して民衆が示した態度は極めて平静であり、また個々人夫々に多様であった。通常の経済・社会生活は実質的にはほとんど停止せず、社会的に強い精神的緊張状態が生じることもなかった。この点から言えば商業報道機関の周到に準備された上での過熱ぶりが民衆の平静さとはあまりに好対称であり、両者の間に極めて大きなギャップが存在していたといえる。民衆が示した動きのもう一つの特徴は職域や地域内での内輪では天皇の病状に関する噂話や冗談がロにされながらも一度外向けの婆勢になると周囲、同業他社の婆勢・行動に「自主的」に歩調を合わせるという行為が極めて強く示されたことてある。そして、この間の動きの中で最も特徴的であったのは「天皇に戦争責任はあると思う」というあたりまえのことを、あたりまえに発言しただけの長崎市長に対して、死の恐怖を感じさせる程の言論弾圧が加えれられ、一方この発言の正当性を支持し、言論の自由を守ろうとする行動が広範に広がったということ、そして右翼の方から「これ以上攻撃してもかえって長崎市長を英雄にするだけ」というような判断から手をひかぎるを得ない状況となったということであろう。
 これらの事象に示されているのは、①いわゆる戦後民主主義というものはかなりの社会的力を発揮する潜在的な意識・理解として民衆の間に浸透しているということ。いわゆる神話に基づくような不合理な内容を用いて天皇・天皇制を支配の道具として用いることは支配階級にとって益々困難になっていること。②にもかかわらず、この民主主義を実践することは言論の自由を貫徹することはもちろん、一人ひとりが自由に考え、行動する上でもまだまだ困難な状況にあるということ。そして、③日本の戦争責任の追及、侵略戦争が引き起した結末について今日、そして今後も負わなければならない責任についての認識が民主陣営の内部においてすらこの四十三年間不充分であったというような点であろう。

<天皇制存続にかける支配階級の狙い>
 天皇・天皇制は天皇が権威でしかなかった時代も、天皇が権力をにぎっていた時代も、いつも支配階級による支配の道具とされていた。今日においては独占資本の支配を維持、強化するものとして利用されている。
 天皇・皇室は現行憲法上の基本的人権とは相容れない存在である。選挙権・被選挙権もなければ納税義務もない、信教の自由、職業選択の自由等々の諸権利のない存在である。天皇には主権たる国民が制定した憲法の第九十六条によって「憲法を尊重し擁護する義務を負っている」が、天皇自身は日本国民という範疇に含まれない矛盾し、非民主主義的な存在であるが故に支配階級にとっては天皇・天皇制を彼らの支配を強化ならしめる道具として存続させる意義があるといえる。従ってこの間の政府・自民党の動向の中でともかく徹底していたのは「日本および日本国民にとって天皇・天皇制は大切なものなのだ」という宣伝と、そのような雰囲気作りであった。

<職場・地域・生活の場から民主主義を実践・闘い取ろう>
 天皇・天皇制の存続とその利用について独占資本とその政治的代理人たる政府自民党の側と、天皇家・宮内庁側の間ではそれらの思惑に当然相違があるであろう。またこの半年間に示された民衆の反応も天皇・天皇制のあり方に影響を与えるであろう。新天皇は一層「民主」的に、また象徴的にファショナブルなものへとなることが考えられる。我々はこの動きを単純に「ギマン的」なものだろうというような評価だけでとらえるのでなく、歴史、社会の進歩の過程で、そして支配階級と民主勢力の間の力関係の変化の中で生じてくるものである事を理解し、より民主主義的なものへと転換させてゆく闘いの方向・内容を正しく提起しなければならないと考える。
 その際、我々がおさえておかねばならない点は、第一に日本の戦争責任、侵略戦争によって引き起こされた結果に対して日本と、この民衆が引き受けるベき責任を負うということであろう。戦争責任をあいまいにする日本の政府に対して向けられる諸外国、なかでも侵略を受けた国々からの批判は表面上は政府に対して向けられてはいても、もはや四十三年間もそのような政府しか作り出せなかった日本の民衆そのものに向けられていることを我々は強く自覚しなければならない。第二に、日本の民衆の中に広く認識され支配階級ですら形式的には認めざるを得ない民主的諸権利を職域・地域・生活の場で一つひとつ実践し、積み重ねていくことである。それこそが天皇・天皇制を支配に利用しようとする階級の狙いを堀りくずし、この国の民主主義をより健全で徹底したものへと成長させることになるであろう。

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青年の旗 1989年3月1日 第143号

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【主張】 年金改悪阻止で統一闘争を!
                                  格差是正の条件を現実のものとする闘いー89春闘

89春闘が山場を迎えている。連合にとって二回目の春季生活闘争であり、総評にとっても最後の春闘である。官民が統一したナショナルセンターの結成を今秋にひかえ、今春闘は重要な意味をもっている。労働戦線が統一し、その社会的影響力が拡大する成果を示すことが問われている。また55年八単産共闘でのスタート以降三四年が経過した春闘において、とくにここ十数年の「連敗」につながった原因を克服し、春闘が持っている積極的側面を生かして、今後の労働者、労働組合の一層大きな統一闘争の構築へと結びつけていくべき春闘である。

<景気「絶好調」下の89春闘>
日本は現在三十カ月近い「景気絶好調」というべき状態にある。88年度の経済見通しは政府の三・八%を大きく上回り、五%強の成長率の達成がほぼ確実となっている。労働力需要の総合的な状況を示す有効求人倍率は景気拡大に応じて上昇し、昨年六月以降一倍を超え、十四年ぶりの高水準となっている。企業の利潤も大幅な拡大を続けている。資本金一千万円以上の法人の四半期ごとの営業利益動向を示している大蔵省法人企業統計によれば、87年第二四半期以降連続して前年度比三割前後増の高収益が記録されている。
こうした状況に対して労働側も「低成長期に入って以降、最高の経済環境や雇用状況で人手不足の状態になっている。この絶好の条件を逃してはならない」(黒川総評議長、第八十回臨時大会)と訴えている。経済的、政治的環境の条件だけで春闘が決まるわけではなく、この「条件」を現実の成果に結びつける政策、運動、労働運動・労働組合の主体的力量が問題なわけである。その意味において進みつつある労働戦線再編、統一による主体的力量が一層問われざるを得ない春闘である。

<経済と生活のギャップの解消>
今春闘にあたり、財界、独占資本の側は「世界最高水準に達した名目賃金」をこれ以上あげるのではなくて「物価水準」引き下げによって「真の豊かさを実現する」べき、賃上げも労働時間短縮もではなく、「賃上げ、時短をセットにし」どちらかを選択、あるいは組み合わせるべきとの主張を労問研報告にて打ち出している。
一方連合は、(1)生活、賃金実態を重視し、経済とのアンバランス、格差を解消する。(2)賃金、労働時間への成果配分の遅れを取り戻し、経済先進国にふさわしい国民生活の質的向上をめぎす。(3)景気を長期に持続させ、新しい内需型経済を定着させるため、個人消費の拡大をはかるとの基本目標の下、賃上げ要求を「六~八%のゾーンとし、七%程度を中心とする」ことを決定している。
また、総評は「二ケタをめぎし、八%以上(定昇別)二二〇〇〇円」の賃上げ要求を確認し、春闘連絡会も「少なくとも八%程度」を目標とすることを決定している。
連合や総評のこれらの方針の基本にあるのは日本経済の「絶好調」とは裏腹にいっこうに改善しない労働者のくらしや仕事をめぐる環境、経済と生活とのギャップの拡大、社会的不均衡の拡大に対する労働者の不満の強まりである。連合の生活調査によれば「日常生活に困らないだけの収入が実現されていない」との意見が二十代から四十代までの各世代で四~五割を占めている。総評の「生活・賃金・労働時間調査」(88年十二月)によれば、ゆとりや豊かさを感じていない人が八割に達し、昨年に比べて「生活が苦しくなった」が六割以上となっている。そして、「企業ばかりで国民生活は豊かでない」(84・8%)「企業規模で賃金等の格差が大きい」「85・8%)「住宅、土地を持っている人と持っていない人の格差が拡大しすぎている」(72・3%)などの意見が目立っている。
豊かになった日本経済と一方でそれを作りだしてきた自らの現実の生活、労働との間にギャップが存在していることを労働者は実感し、このギャップが埋められることを要求している。このような経済と労働者の生活との問のギャップを埋めるためにどのように接近し、関っていくのかが重要である。

<豊かな労働者生活実現の条件と条件実施の力>
日本は経済大国と称されるほどの「豊かな」国となった。米国が国際舞台における政治的・経済的影響力を後退させつつあるこの歴史的時代に世界最大の債権国となった日本にとって、債権国としていられるであろう時代の間に次なる時代を展望してこの豊かな資金を何のために用いるのかという選択がこの国の支配階級たる独占資本につきつけられている。当然彼らの選択肢の中には、彼らの利害を損なわない範囲での社会資本の整備、労働者生活の充実が含まれている。
一方、この日本が「豊かな」国となった大きな条件には、長時間過密労働に象徴される労働者の犠牲、先進資本主義諸国中においては最も低いほうに位置する労働分配率があることはまぎれもない事実である。それは欧米諸国からの「日本人は働きすぎ」といった批判や「豊かに」なった国、企業と自分の生活とのギャップによって広く労働者に認識されるにいたっている。
そこで、独占資本は労働者、労働運動の側からこのギャップを埋め、これまでの分をとり戻そうとの運動が起こる前に「21世紀の勤労者生活の豊かさを求めて」「真の豊かさの実現のために」等々のスローガンの下労働分配率は今より一切高めることなく、科学技術革命の進展による生産諸力上昇によれば当然実現し得る」彼らにとっては自らの取り分を拡大することはあっても少なくすることはない範囲での「豊かな労働者生活の未来像」を描きだし、労働者の目をそちらにそらしその「豊かな労働者生活」があたかも独占資本の「努力」によって労働者に「与えられる」かのように宣伝につとめている。雇用を拡大するわけでもなく、残業代無しで生活できる賃金水準にするわけでもなく、逆に平日の就労時間を延長させながらでも、とにかく政府、財界一体となって急速に進む週休二日制導入はこの端的な事象である。
今後の労働運動、労働組合運動は、こうした日本資本主義が到達した政治、経済、社会的諸条件に対応しこれらの諸条件の変化、進展に伴い生じてくる労働者の意識、要求を的確に汲み取りながら前進することが今までに増して重要となっている。資本の側が彼らにとって認め得る「豊かな労働者生活」を現実のものとし、それにとどまらず労働者自身にとって(経済的、社会的、文化的に)豊かな生活を実現していくことが問われている。

<年金改悪阻止を統一闘争の突破口に>
予算国会の最中に闘われる89春闘は、リクルート疑獄の追求、四月一日からの消費税実施、そして夏の参議院選をひかえており、これらに与える影響はきわめて大きく、密接に関係している。消費税はすべての労働者の生活の負担を重くするのみならず、あまりにズサンな税制度であるが故に大きな混乱が予想され、今後の戦いと参院選の結果によっては凍結、廃止ともなるものである。消費税強行導入、リクルート疑獄への不信、不満などが示された形の福岡参院補選自民大敗宮城県知事選公認候補出馬辞退等々はこの可能性を示している。
また、今予算国会では年金制度改悪(厚生年金の支給開始年令を現行の六〇才から六五才へと段階的に遅らせ、保険料を引き上げる)が狙われており、これに対して総評はストライキも含めた阻止闘争を検討し、連合も「一枚岩」で阻止の闘いを展開せんとしている。従って、連合、総評を中心として年金制度改悪阻止の広範な統一闘争を突破口としながら今予算国会を大衆運動によって包囲する条件も存在している。

<89春闘から統一闘争の前進・拡大を!>
今秋の総評解散、官民統一のナショナルセンター結成を前にした今春闘は労働者、労働組合の統一した闘いを一層拡大し、発展させていくうえでも重大である。
共産党・統一労組懇は依然として労働運動、労働組合運動の場へ政党の論理を持ち込み、分裂行動を強めている。
この共産党・統一労組懇の分裂行動に断固反対するとともに、労働運動、労働組合運動の場への政党の論理の持ち込みに象徴されるような誤りが共産党によるだけでなく、これまでの労働運動、組合と政党の関係に存在していたがこれを克服しなければならない。
また、この誤りとともに資本の側と労働者の側の力関係の把握においてそれを適確に判断せずにいることによって、実現し得る条件下にある労働者の要求を提出しその実現のための運動を組み立てることを放棄したり、逆に失わなくてもよい労働者の権利を失うということも日本の労働運動に存在していた。これらの誤りを克服しつつ労働運動の統一の道を進まねばならない。

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青年の旗 1989年1月1日 第142号

青年の旗 1989年1月1日 第142号
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【年頭にあたって】

<平和共存の流れを確固たるものに!>
 今日、世界は冷戦対立の時代から緊張緩和・平和共存の時代へと明確に流れている。INF条約の批准から十二月国連総会におけるゴルバチョフソ連書記長の通常兵力五〇万人一方的削減は、世界の平和勢力・人民から圧倒的支持をもって迎えられた。ソ連ゴルバチョフ政権の世界平和政策は、核戦争ー人類破滅の危機から救い、世界の安定平和へ大きな貢献を果たしている。我々もまた、これに呼応し、より積極的な世界平和勢力と連帯した闘いの展開が求められている。特に双子の赤字に悩むアメリカ・レーガン政権は、表面上、ソ連の五〇万人通常兵力削減に歓迎の意を表明しつつも、自からの軍事力削減には、何ら積極的な対応を示さず、一方では日本政府・自民党においても軍事費の一%枠突破等に見られる軍事力の増強、更には、「日米安全保障体制」の強化が図られようとしており、一層、帝国主義に対して軍縮政策への転換を余儀なくさせる闘いが、国際的にも国内的にも求められてきている。

<新たな平和運動の展開を!>
 日本における平和運動の情況は、八六年原水禁世界大会の分裂開催以降の分裂の固定化、また本年総評解散-原水禁国民会議、護憲連合の組織的弱体化が迫られている中で、広範な平和運動を担う人々、団体が結集する統一的組織が失われている。しかしながら、それにもかかわらず以前によりもまして、三宅島、逗子、日置川等の住民主導型の反基地、反原発闘争や市民レベルでの平和集会・イベントの取り組み等、草の根的平和運動は一層、広がりを見せ、平和を求める大衆的エネルギーは、より大きなものとなっている。
 今日の平和運動で求められていることは、市民・大衆自から積極的に担う地域平和運動を、より広範に巻き起こし、これまで幾度となく繰り返してきたセクト的引き回しを排除しながらも、更に個々の平和運動を結合する平和ネットワークを創り上げていくことが、新たな平和運動の統一を進めていく上で、極めて重要であろう。現に本年九月、大阪において総評センターの大阪版である「平和・人権センター」が結成されるなど、具体的な提起がなされる情況にあり、我々は、こうした動きに敏感に呼応し、大衆的平和運動の貢献と地域平和センターの創設・連帯に向け、一層、奮闘していかなければならない。

<竹下政権の反国民的政治路線糾弾!竹下内閣打倒に向
け大衆的反撃を!>
 自民党竹下内閣は、六月二八日、消費税導入閣議決定以降、圧倒的反対世論を無視し強行した。この消費税は、八七年中曽根内閣時代において、国民的な反対闘争の前に廃案に追い込まれた「売上税」を、インボイス方式から帳簿方式に改めるなど一定、中小業者に受け入れ安いものにし、「長期安定大衆収奪」をネライとして、とにかく「消費税」なるものを導入することを至上命題に、なりふり構わず、強行したのである。
 この消費税に対する反対世論の大きさは、商業新聞による世論調査やリクルート疑惑とも併せて竹下内閣の支持率の大幅な低下を見ても明らかである。にもかかわらず、この消費税-税制改革法案が、再び廃案に葬ることのできなかった最大の理由は、政府・自民党の院内におけるリクルート疑惑を逆利用した野党分断、そして院外における「消費税反対」という一点で一致する国民的な統一行動・共闘の輪が、形成されなかったところにある。しかしながら衆参両院における自民党の強行採決もあって、強行決定以降、国民の竹下内閣への不満・怒りは、一層、増幅されつつあり、我々は、今からでも、その不満エネルギーを結集し、竹下内閣打倒、消費税の実行阻止に向け奮起しなければならない。
 またリクルート疑惑について言えば、政・官・財界に広がる汚染の情況は、圧倒的大多数の国民に政治に対する不信・不満を募らせている。しかしながら我々は、このリクルート疑惑を単なる「政治家不信」に終わらせるのではなく、疑惑の最大の中心である中曽根前首相が、民間活力導入を推進し、また文部官僚・労働官僚が、これによって反国民的・反労働者的行政施策を押し進めていったことからして、このリクルート疑惑が、実は権力構造汚職であり、「疑惑」の本質が、国家行政が、政界と財界との癒着関係、独占資本の利益擁護にあることを大衆的に暴露していかなければならない。
 更に異常なまでの天皇報道、自粛ムードについて言うならば、消費税反対闘争においても直接、間接の悪影響をもたらしたことからしても常に天皇イデオロギーが、最大限、支配の道具として動員されていることに改めて認識するものである。特に、この間の天皇報道・自粛ムードは、天皇批判のみならず、体制批判、権力批判自体も圧殺する風潮にあり、本島長崎市長の天皇戦争責任発言に対する右翼の暴力的圧力など、言論の自由自体をも脅かし、一層、政治反動の素地が創られる重大な問題であることを指摘しなければならない。
 我々は、こうした天皇制イデオロギーの吹聴と国民の自由と権利を脅かす動きには、毅然とした態度・行動で臨むとともに、今まで我々が担ってきた反差別・人権擁護民主主義諸闘争を対置して一層奮闘するものである。

<労働戦線の全的統一と更なる労働運動の発展のために!>
 現局面における労戦統一を巡る基本的課題は、「全的統一」の名にふさわしく、いかに官民統一を促進するか、また連合が、八九春闘を前に賃上げ・時短・政策制度闘争を三本柱に総合生活改善闘争に取り組むことを表明しているが、旧同盟系から総評系民間単産まで巾広く結集する連合において、いかに政府・独占に迫る闘いを展開するかにあろう。
 特に官民統一について言えば、戦後の総評労働運動の、とりわけ反戦・平和民主主義閉争の中心的部隊であった自治労・日教組が、連合に結集する中で、その産別的特性を生かし、従来からの闘いを継承・発展しうるかが問われており、そのことが連合の質的発展を遂げるためにも極めて重要である。しかしながら現実の官民統一の動きは、日共-統一労組懇が、こうした全的統一に背を向けて、反連合「階級的ナショナルセンター」の結成に向けて少なからぬ単産・単組で組織分裂・混乱を引き起こしており、我々は、こうした分裂「階級的ナショナルセンター」の創設が、結果として労働者全般の統一と団結を乱し、労働者階級総体の力量低下を招くものとして断固として批判しなければならない。
 一方、同時に全的統一が達成された連合を展望して、旧同盟系を中心としてある労使協調的・労務管理的労働組合活動を克服して、いかに労働者的国民的統一要求を掲げて反自民・反独占闘争を展開していくか、また平和・人権・民主主義擁護の闘いを組み込んでいくか、八九春闘をその前段として、少なくとも活動者レベルで具体的論議を始める時期にきているといえよう。
 八九年は、労戦統一をはじめとして九〇年代労働運動を展望する節目の年である。それだけに目まぐるしく変化する労働運動現場において、我々及び我々を取り巻く民主的・進歩的労働者が、職場・地域に根ざした闘いを基礎に、新たな労働運動発展のために、より積極的な役割を果たし、労働者・組合員の先頭に立って闘う決意を固めようではないか。

 <労青全国協結成を基盤に一層、組織の飛躍的発展を勝ち取ろう!>
 昨年八月二〇日、労働青年同盟は、それまでの準備会に終止符を打ち、新たに全国協議会を発足し正式結成した。そして三回の全国協議会を開催し、今後の全国組織としての運動の形成とその組織確立について議論を行った。八九年は、それをいよいよ具体的実践でもって展開していかなければならない正念場の年といえよう。特に正式結成論議の中で出された全国的観点での基本的政策・方針の提起や各地方・戦線の活動・情報の交流・交換等々、その一つ一つを地味ながらも着実に成果を上げていかなければならない時にきている。そして、それは同盟員の全員参加と意見・見解の相違があっても同志的議論と大衆運動全体の利益を常に優先する行動の統一でもって達成されるものである。
 全国協議会は、その組織的責任を十分に果たし、同盟員の先頭に立って奮闘するとともに、全同盟員の一層の奪起を期待するものです。

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青年の旗 1988年12月1日 第141号

青年の旗 1988年12月1日 第141号
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【主張】 天皇Xデーを軸とする反動攻撃のなか問われる日本の民主主義

<最大にして最後の天皇利用>
天皇ヒロヒト重体の状況が長期化するなか、政府はそれを最大限に利用して、民主勢力、世論の封じ込めをはかり、自らの軍拡、収奪政策を押し通そうとやっきになっている。
去る九月、天皇重体が明らかになるや、全国各地で行政主導のもと、天皇「平倫」を願う記帳所が設置され、多数の市民が動員された。
とりわけ、皇居前に設置された記帳所の光景は、マスコミで大々的に報道され、そのことがまた動員効果を高めるという、六〇年安保闘争とはまったく逆の意味で、テレビの威力をみせつけたのである。
一方、社会の「公器」を自認する新聞は、つい先頃の新聞評語ー「かたよらず」をまったく忘れたかのような、天皇賛美といわれても仕方のないようなキャンペーンを、各紙が競いあうかの如く展開した。
こうしたマスコミの姿勢は、一昨年の朝日新聞襲撃以降の右傾化の帰結と、日本のジャーナリズムの実態をあらわにしたものといえよう。
また、全国各地で、祭りやイベントを中心とした各種行事を中止させた「自粛シンドローム」は、天皇ー日本帝国主義の被害者である在日華僑の「国慶節」も中止に追い込んだのである。
こうしたファシズムに近い情況のなかで、天皇制や天皇報道-自粛キャンペーンに対して疑問を持ち、抗議の行動を起す良心的な人々に対しては、「非国民」「売国奴」などというレッテルが貼られ、右翼からの強迫も行われている。
とくに新右翼や行動派右翼は、この間のマスコミ、団体や著名人の言動をチェックし、とりわけ「不敬」なものに対しては、Ⅹデー後、喪が明けると同時にテロ攻撃をかける計画であるという。
九月下旬から一ケ月もたたないあいだに、このような社会的空気が形成された事実。まさに侵略戦争責任の徹底した追求と総括なしに成立した、戦後民主主義という壁の薄さを、痛切に感じぎるを得ない。
今後政府は、Ⅹデー新天皇アキヒト即位の情況をみすえながら、消費税の成立、拘禁関係法の制定や国家秘密法の国会再上程、さらには、軍事費突出一文教・社会保障予算削減の国家予算の成立を、強引に押し進めていく目論みである。
そしてⅩデーから、アキヒトの即位式までの間、侵略戦争責任問題の最終的で完全な抹消と、新しい時代の幕明けをつげる官制イベントと、自粛下の利潤低下の回復を狙う独占資本の「大売り出し」キャンペーンが進められる下で、国家主義、民族排外主義が扇動され、「異端者」に対する抑圧が強化されるのである。
こうして政府・独占は日本が帝国主義間の競争に生き残るための、日本国家と社会の引き締めを図っているのである。そしてアキヒト天皇も、病床のヒロヒトが「米のでき具合はどうか」との一言で、アメリカ国内の米輸出問題での提訴の動きを封じ込めたように、いかなる軍隊よりも強力な-しかも個人的負い目のない-武器として利用されることになろう。

<真価問われる日本の民主勢力>
こうした日本の動きは、単なるアナクロニズムというものではなく、軍縮の推進と民主主義・人権の拡大に向う世界情勢とは、まったく逆方向のものである。
すでに天皇重体の当初より、諸外国では日本の危険な動向に対し批判が行われてきた。イギリスの「サン」「スター」の記事の他、韓国、中国やアシア諸国は、こぞって過去の侵略と現在の軍事大国化を同一線上のものと捉え厳しい批判を行っている。これら諸国民は虐殺行為の張本人が栄光のうちに死んでいくことを容認しないだろう。
そして日本での事態が長期化するにつれ社会は、冷静さをとりもどしつつある‥「もういいかげんにしろ」「いつまで続くのだ」といった声は巷で広がりつつある。
自粛の行き過ぎに関しても、民衆の不満が、天皇や自らに向くことや、諸外国の批難を恐れた政府が、「いましめ」を指導せぎるを得なくなってきている。
またマスコミも、一方的な天皇賛美については、一定の報道修整を行い、労働組合や民主団体に対し「何か天皇問題で行動をやってくれればすぐ報道する」というまでになった。
そして一時期は、長蛇の列をなした記帳所も今は人影もまばらになっている。
これはXデーという嵐の前の静けさかも知れないが、こうした情況を日本の民主勢力は機敏に把握し、民主主義を守るための運動を組織せねばならない。
日頃、何かにつけ日和見主義的対応に終始する日共も、こと天皇問題に関しては「党の片隣」をみせている。また、労働組合や民主団体も、自治労、教組、解放同盟を中心に行政に対する交渉を展開し、地方自治体や学校が、Ⅹデー以降の一通の「儀式」への市民動員拠占化を阻止しようとしている。また全国各地で、天皇問題を軸にした集会、デモが行われている。
こうした取り組みとともに、これまで継続してきた反核・平和の闘い、「国家秘密法」や「拘禁関係法」阻止の闘いを、この時期一層強化していかねばならない。
さらにⅩデーを迎え、あらためて浮きぼりにされるであろう「昭和」を総括抜きに終らせることなく、侵略の被害者たる、在日韓国-朝鮮人、中国人、そして被爆者や戦災者など、すべての犠牲者に対する国家的補償を要求する運動を強めていくへきである。
このような平和と民主主義の闘いを持って、Ⅹデーを迎え、それに続く反動攻勢に対決していこうではないか。
この一連の闘いは、日本の民主主義の試金石となっているのである。

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青年の旗 1988年10月1日 第140号

青年の旗 1988年10月1日 第140号
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【主張】 天皇キャンペーンと対決し非核日本の実現へ
                                                                            —軍縮週間に行動の集中を—

<天皇重体を利用した国民意識の総動員>
九月十九日夜の天皇の吐血以来、政府、独占はマスコミ、行政、企業各機関全体を総動員した天皇キャンペーンを行っている。十九日以来NHKや民放各局はいっせいに特別報道体制を組み、オリンピック、ソウル大会の中継放送を中断しつつ、天皇の容体報道を大々的に繰り広げている。全国市長会事務局は二十二日付で各都道府県市長会事務局長あてに「天皇陛下に係る件について」の文書を発行し、その中で①当面の問題として、「地方団体内に記帳する場所を設置することは、首長の判断で結構」(=首長の判断で設置せよ)、②「万一の場合」として地方団体が、主催しておこなう落成式、パーティー、祭り等の祝いに関する行事は控えてほしい、また③開会中の審議については、審議を中断し、黙祷をおこなってほしい、との行政指導を行った。
翌日の二十三日の秋分の日には全国四分の三の県で職員が動員され、天皇の健康回復を願う記帳の受け付けがおこなわれ、山ロ放送などは宮内庁と相談の上、CMで本社での記帳呼びかけを行った。
この結果、三七〇万人が記帳に動員され(十月三日現在)、長崎くんちをはじめ、全国で祭り、パレード、スポーツ行事、花火などが中止され、五木ひろしを含む私的な結婚式などの中止があいついだ。
今や「天皇健康回復を願わない者は非国民」というファシズムに酷似した状況が作り出されている。大衆は「天皇」を通じて改めて「日本国を意識し、その利益基盤である階級ではなく「国家」を中心としたものの考え方へと動員されつつある。この攻撃の特徴は、直接的な天皇賛美と崇拝を持ち込むのではなく、国民の死生観-死ねば皆仏様、死者にムチうつのは非人道的なこと-を巧妙に利用しつつ、国民意識を動員しているところにある。「日本共産党」が地方議会で天皇の戦争責任を追及したのに対し、埼玉県議会では関係部分の会議録を削除、宮崎県議会では懲罰規定に基づく戒告処分、東京都議会では問責決議が上がっている。これらの攻撃も「死者にムチうつな」的な国民意識あってこそできるのであろう。しかし、死に際して、その人の生前の業績こそ問うべきであり、それは死後、次の世代の者に受け継がれていくべきものなのである。
そうであるならば天皇ヒロヒトは戦前の戦争責任と切り離して考えることはできない。渡辺政調会長が「東京裁判でも、陛下は戦争犯罪人ではない」と強弁している。確かに、米国が皇室の支配機構の利用価値に着目し、はじめから天皇を訴追しなかった。しかし、このことを理由に、天皇ヒロヒトの命令で植民地支配や侵略戦争が行われ、日本国三百十万人、中国、東難アジアなど二千万人の生命が奪われ、そして天皇の名の下に自由が圧殺された歴史的事実は消すことができない。オランダ外相が天皇の葬儀に出席すると述ベたことに対しインドネシアからの復員兵は「ヒトラーの葬儀に出席するのと同じ」と抗議しているのである。
またー連の「自粛」の行き過ぎについて、小渕官房長官は九月二十九日の記者会見で、「陛下のご快癒を願う国民の気持ちは尊い」としながらも、「国民の社会、経済活動に支障がでるのはいかがとの気持ちもしている。そうしたことが、常々国民を考えておられる陛下のお心には沿わないのではないかと考える」とのべた。ここには国民がどう思うかではなく、天皇がどう思うかを事を決っする判断基準とする極めて危険な思想攻撃が現われている。権力の都合のよいように天皇の意志を慮り、そこへ国民の共同感情や一体感情を喚起する。そのー方で、このー体感に同化しえない者に対する嫌疑や非国民呼ばわりをする暗い情念が沸き起こるのである。天皇はこの心情統合の象徴として利用されている。

<侵略を合理化する六三防衛白書>
これら国民意識の総動員は何故必要なのであろうか。63防衛白書は日本の軍事政策の明らかな転換を示している。それは61白書では専守防衛を原則として領海、領空で侵略を防ぐという「水際作戦」を唱っていたのに対し、62白書では領海の外で侵略を未然に防止すると立場を大きく変え、今63白書ではできるだけ遠い所で要撃しなければならないと公然と侵略を合理化している。しかし、世界第三位の軍事費を注ぎ込み、ハード面での軍事大国化を進めようとも、「なだしお事件」が引き起こした反軍感情がある限り、軍事力として発動させることはできない。そこに天皇を利用した国民意識の統合、思想攻撃の狙いがある。文部省は新学習指導要領の中で小学校四、五年生に日ノ丸、君が代の意味を教えることを義務づけようとしているが、この攻撃こそ、国民意識を動員するようでもっとも系統的、組織的な学校教育を利用しようという狙いなのである。

<核トマホーク艦横須賀母港化と非核三原則>
八月三十一日横須賀に二隻のトマホーク艦ファイフ、バンカーヒルが母湾化された。両艦のトマホークは核弾頭付きであることは米海軍自らが証言している。横須賀市、神奈川県は八月二十九日宇野外務大臣に非核の証明を求めたが、外務大臣は「事前協議がない」ことを理由にはねかえされ、更には「非核三原則は守られている。私を信頼してくれ。」と述べた。もはや非核三原別と事前協議は、国民に核が持ち込まれていないことを納得させるものではない。今年八月の平和宣言の中で本島等長崎市長が「非核三原則が国是となって二十年、その空洞化は最早許されない時にきた。アメリカの艦船の寄湾に対して、日本政府は、主体性を持って核兵器の有無を検証し、非核三原則を厳しく守る立場を鮮明にすべきである」と発言した。改めて核なき日本をどう作り上げていくのか、その方途が問われている。
来たる十月二十四日からの一週間は第一回国連軍縮特別総会が決定した国連軍縮行動週間である。日本の民主主義を根底から掘り崩しかねない天皇キャンペーンと対決し、非核日本の実現のための行動を集中する週間としよう。

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青年の旗 1988年9月1日 第139号

青年の旗 1988年9月1日 第139号
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【結成宣言】 労働青年同盟結成総会宣言

労働青年同盟は、十三年の準備会活動から、ハ月二十日第一回総会を開催し、正式結成し、全国協議会を選出しました。今後ともよろしくおねがいします。

本日、我々はここに労働青年同盟の趣意・規約・行動綱領を確認し、その実現を目指し労働青年同盟を結成し、全国協議会を確認した。
一九七五年四月の青年同盟結成準備会アピール以降、この十三年間の準備全治動は平和と平和共存、反独占民主主義、平和・民主・労働運動の統一のための、何よりも青年の、とりわけ青年労働者の献身的なエネルギーとその活動力に依拠しながら、多くの闘う青年の連帯と結合を蓄積してきた。自らを準備会と位置づけ、反独占の青年運動の統一を模索したこの闘いとその精神を受け継ぎ、十三年間の闘いの蓄積を踏まえてそれを一歩づつでも前進させるべく今日新たな決意と希望を胸に労働青年同盟をここに結成し、全国協議会を確立した。
我々は結成総会に於て当面、大型間接税=消費税導入策動を断固阻止する闘い、進行しつつある労働戦線の再編に於てなによりも労働者の統一を守り、大衆的で、民主的な労働運動の前進と統一のために自らの職場・生産点で粘り強く闘うことを確認した。
消費税導入策動は、一握りの独占資本以外の全ての人々の負担を増大させることによって国家財政破綻の「解決」を目論み、労働・勤労人民の犠牲の上に軍事大国化の道を進まんとするものであり、「前川レポート」の具体化・産業構造転換の下で進む大量失業・合理化攻撃と相まって労働者生活の一層の破壊をもたらすものである。何よりもこの消費税導入策動粉砕の闘いは独占と反独占諸階層との間の深刻な矛盾と対立をもたらす課題であり、独占資本以外全ての人々の統一闘争として闘われるべき課題である。
また、今日の労働戦線の統一の動きは、国鉄分割・民営化攻撃の際に象徴的に示された労働運動弾圧、組織労働者への切り崩し攻撃の強化、一方で労使協調主義への強要などが不断に政府・独占から進められている下で、今日きわめて重大な意義を持っている。我々は統一が組織労働者の全的統一に留まらず、現状では未組織下に置かれている労働者も含めた労働者全体の統一、資本と闘う大衆的で民主的な労働運動の統一へと前進するよう奮闘することを確認した。これらの闘いの帰趨は二十一世紀にかけての日本の政治のあり方をも大きく規定するものとなるであろう。
十三年前、我々は、ベトナム民族解放闘争が勝利し、全欧安保ヘルシンキ会議が成功裏に開催されたその年に労働青年同盟結成準備会を結成した。そして今日、INF全廃条約批准という人類史上初めて核兵器が削減・廃棄され、核兵器のない二十一世紀を目指した闘いが更に大きく前進しようとしている世界史の記念すべき年に労働青年同盟を結成した。一方、かつてべトナム戦争に於て米帝回主義を支えた日本帝国主義は今日、米・欧と並ぶ主要な帝国主義のセンターとなり、米帝国主義の地位の後退の一方でその政治的・経済的影響を拡大させている。平和で搾取なき社会と人類解放を目指す闘いに於てこの国に於ける闘いの持つ意義は十三年前に比べてはるかに大きく、重い。であるが故に、政治・独占は続々労働者階級の闘いを弾圧し、分裂を持ち込む策動を強めている。今日、我々があえてこの歴史的で、重大な時期に青年同盟を結成するのは、平和と平和共存、反独占民主主義、統一戦線の旗を掲げる幅広い統一闘争の創出がいつにも増して強く要請されていると確信するからである。全国の職場、地域に生きて働く全ての青年労働者に広範に存在する若者の創意と情熱を結集し、現在と未来のための闘いを具体的に提起し、組織する民主的で大衆的青年年同盟が求められていると確信するからである。
我々は、労働青年同盟の結成、全国協議会の確立を契機に、十三年間の準備会活動で培われた団結と統一を一層強め、発展させることを確認した。そして、全国の青年労働者に闘いを呼びかけ、広範な統一した聞いを拡大することを確認した。
我々は、全国の全ての民主的青年に呼びかける。人類の輝ける未来、生きて働くことに人間の喜びと誇りを持てる未来のためにともに闘おう。
労働青年同盟結成総会
一九八八年八月二〇日

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青年の旗 1988年8月1日 第138号

青年の旗 1988年8月1日 第138号
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【経済展望】 サミット後の国際金融不安の高まり

*トロント・サミット
レーガン大統領の「さよならサミット」と言われたトロント・サミットが、貿易の自由化を促進するウルグアイ・ラウンド(新多角的貿易交渉)の推進、農産物市場の開放、発展途上国の抱える累積債務問題の処理に加えて、為替相場の安定を目指し参加各国が協調体制を一段と強化する努力を推進するという四項目を骨子とした経済宣言を発表して閉幕した。
経済宣言は、「為替レートが過度に変化することこれ以上ドルが下落すること、あるいは調整過程を不安定にしてしまうほどドルが上昇することはいずれも世界経済の成長の可能性を損なうことによって逆効果になる恐れがあるとのG7の結論を支持する」と、為替相場の安定を強調したが、サミット終了後、急ピッチなドル高が進行し(円レートは十日間余りの間に一二五円台から一三四円台まで下落)、日米欧の金融・資本市場の波乱要因になっている。このため、西独や英国など欧州各国はインフレ警戒姿勢を鮮明にする利上げに踏み切り、日本も短期金利の上昇容認などの円安防止策に乗り出している。

*ドル高の意味するもの
こうした現在のドル高局面の原因と考えられる根拠として、マスコミで論じられているのは、以下の三点である。第一は米貿易赤字が縮少基調であること。昨年一年間は月平均約一五〇億ドルもの赤字を記録したが、最近三カ月(三、四、五月は、月間約百億ドルペースにまで縮少している。
第二は、米国政府にとって政治的および経済的にドル高を許認する動きがあることである。①今秋の大統領選挙を控えており、株価の暴落とインフレ再燃をともに避けることが至上命令になっている。②その中で金融面の引き縮めはしにくく、政策が手詰まり状態にある。③多少のドル高は輸入物価の低下を通じインフレ予防に役立ち、株価にもプラスになるためである。
第三は、国際資本移動の変化が出はじめ、海外の投資家が、ドル建て証券に傾き始めており、特に欧州からの流入のピッチが速いことである。又八五年から八七年の間はドル売りで稼いだトレーダは、今やドル売りでは稼げず、ドル買いでしかもうけられないという市場心理で働いている。
しかし、それらの根拠は、影響なしとはいわないまでも、全体的な流れは、一九八五年九月のプラザ合意(G5)以降のドル安局面の中の出来事であり、市場原理による一過性のものとして見るべきである。ドル安の根本的原因となった貿易、財政赤字の双子の赤字が改善されないかぎり、ドル安局面が転換する可能性はないと言っていいだろう。米国の三力月間の貿易赤字が縮少したとはいっても年間一〇〇〇億ドルを超える赤字であり、貿易外収支も赤字に転落し、ストックとしての対外純債務の累増は続いており、(八七年末には、約四〇〇〇億ドルにも達し)米経済は、何ら解決の糸口を見い出していない。国際金融不安は一層高まぎるを得ないのである。

*国際金融不安の高まり
一九八五年九月のプラザ合意以降、帝国主義諸国が資本主義の不均衡発展による矛盾を解決するためにとった政策は「国際政策協調路線」であった。それ以前であれば、内政干渉として各国が拒否した措置も「政策協調」の名のもとに行なわれ、政策の進み具合を監視する体制までもつくり上げられた。
しかし、現実には公約通りには政策協調が進まず、調整は専ら為替レートの調整に偏ったものとなった。そうした不十分な政策協調への市場からのしっペ返しが、昨年十月の株価暴落=ブラックマンデーであった。このため、株価暴落で各国は緊張感を再び強めたが、その後採られた措置は、米国の債務累増を中心とする世界的な収支不均衡への対策強化ではなく、むしろ、株価対策であり暴落で懸念された目先のデフレ現象への対応策であった。
このように、基本的な資本主義を現在おおっている危機を取り除く措置は何もされておらず、解決もされていない。このため、今回のドル高局面は、一時的な米大統領選までの局面であり、基本的にはドル安過程の中の出来事として考える必要がある。米大統領選後、蓄積された矛盾が一撥に暴発し、昨年のブラックマンデーを上回る金融危機に発展することを考えるべきであろう。

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青年の旗 1988年7月1日 第137号

青年の旗 1988年7月1日 第137号
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【主張】 新たなる大衆収奪=消費税導入阻止!

政府・自民党は六日十四日「シャウプ税制以来の抜本改革」と称して「消費税」という名の大型間接税導入を軸とした「税制抜本改革大綱」を正式に党議決定した。「大綱」によれば、「所得税の累進税率の刻み数を減らし、大半のサラリーマンが最低税率十%の適用ですむ所得税減税を今年分から実施、法人税も基本税率を二段階にわたって引き下けるなどの減税処置を行い一方これらの財源として、一般消費税型(帳簿方式)の付加価値税である税率三%の『消費税』を来年四月から導入する」となっている。
「大綱」の特徴は、何よりも独占資本と、資産家・高額所得者を優遇し、一方で勤労者への犠牲をより重く押しつける税制改革案だと言うことである。法人税は、租税特別処置などの優遇税制は残されたまま、現行の四二%が最終的に三七、五%に引き下けられる。これは、米国の四〇、三四%、西独の五六、五二%、仏の四二%に比べれば大幅な資本の優遇である。また、今まで課税所得三千万円(夫婦子供二人で年収三五一二万円)を越える高額所得者に適用されていた五〇~六〇%の税率が、課税所得二千万円(同二四五九万円)以上は一律五〇%へと引き下げられようとしている。株の譲渡利益への課税も高所得者・大企業など大口投資家には有利な内容となっており、土地などの資産課税も「持っているもの」に有利な内容となっている。
一方、税率を適用する所得区分を拡大して累進度を緩め、消費に課税するとしたため、逆進性が強まり、低所得者、年金生活者、生活保護世帯などでは明かに負担が増加することになった。
政府・自民党は大平内閣時代の「一般消費税」、昨年の中曽根内閣時代の「売上税」と同じ性格の大型間接税の導入を三度狙う姿勢を明らかにしたのである。
政府は、六月二八日、自民党の「税制の抜本改革大綱」に基づき、「消費税」導入を柱とした「税制改革要綱」を閣議決定した。そして同日、衆院議員運営委員会理事会では臨時国会を七月十一日に召集し、会期を百二十日とするという提案を政府・自民党は行った。会期百日を越える長期の臨時国会が提案されることはきわめて異例であり、サミット後、「政権の命運を掛ける」と公言した竹下首相の姿勢に明らかなように、自民党は三度めの大型間接税導入に並々ならぬ決意を示している。これに対し、財界は政府・自民党と一体になって、間接税導入を進めようとしている。「自民党の税制改革大綱が決定された。いよいよ臨時国会に向けての論戦にはいっていくが・・・適切な税制改革の誤りない実現を図ってもらいたい。」(日経連タイムス六月二三日、主張)。そればかりか、「法人に対する減税は、・・・いささか小幅に過ぎる。」(同)、などと、一層の独占擁護を要求しているほどである。
一方、野党各党は、共産党、社会党、公明党が断固反対の姿勢を打ち出している。民社党は、臨時国会での審議に柔軟な姿勢を見せるなど、自民党側からの野党きり崩しに手を貸さんばかりの姿勢を示しているが六月二十日には、社会、公明、社民連の四野党政審会長・政策委員長と共に「税制の抜本的改革への共同見解・・・(拙速をさけ国民合意を)」を発表し、「六十二年度に七兆円以上ものかってない大きな自然増収があり、景気も当面好調である現在、急いでこの秋に成立させる必要性も理由もない」と主張するなど、現時点ではともかくこの枠組みの中には入っている。また労働者の側では、総評は断固反対の姿勢を示しており全民労連(連合)も、六月十六日の中央委員会で「消費税はとうてい容認できない」との方針を確立した。連合内では、金属労協(IMF・JC)の主力単産である、自動車総連が消費税導入に柔軟な姿勢、鉄鋼労連がEC形付加価値税に柔軟な姿勢を示している、その一方、多くの民社党党員を抱えるゼンセン同盟、又全金同盟などは消費税に反対に姿勢を強めており、連合の動きは今後の運動の進展具合いいかんにかかっている。特に、日本繊維産業連盟会長(旭化成会長)などは消費税反対でゼンセン同盟に共闘を呼びかけているほどであり、政府・自民党がこの間すすめてきた産業構造再編の中で政府・自民党の政策に対する不満・反発が、農民層などこれまでにはなかったような部分からも吹き出さぎるを得なくなっており、消費税反対の運動が幅広く拡大する条件は大きい。「大綱」決定を先延しにし、大幅減税を強調した自民党の戦略にも関わらず、六月十二日の埼玉県知事選では、大型間接税に反対した革新陣営が勝利を納めている。また、朝日新聞世論調査(8月22-23日)でも、消費税反対は六割を占めているのである。
5月に終了した百十二国会では、院外の大衆闘争が弱い中で、自民党の提出法案が極めて高い割合で成立している、この轍をまたもふむことのないよう、消費税反対の大きな闘いを巻き起こそう。

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青年の旗 1988年4月1日 第133号・134号合併号

青年の旗 1988年4月1日 第133号・134号合併号
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【主張】 不公平税制の徹底論議を 総選挙で国民の信を

<「税制改革について素案」提出>
三月二十五日、政府の税制調査会が「税制改革についての素案」をまとめた。抜本改革のたたき台ともいぅべきもので、これを基に二回目の地方公聴会を開いて国民の声を聞き、四月末にも答申をまとめる予定である。
今度の「素案」は、二十二目に決めた二類型三方式の新型間接税の試案と、二十三日に決めた直接税の改革試案とを総合したものである。しかし、この中でもキャピタルゲイン課税や医師優遇税制などの是正に具体的内容は乏しく、みなし法人、宗教法人、赤字法人などにも積極的なアプローチはなかった。

<新型間接税をめぐる論議>
新型間接税の試案として、付加価値税を二つと取引高税が提出された。付加価値税として、いわゆるEC型(インボイス方式)とアカウント(帳簿計算)方式とがあげられている。
EC型は取り引きの度にインボイス(仕送り状)を伴う。これによって前段階で支払われた税額が控除されるので、税が累積しない利点があるが、納税事務負担が大きくなるのは必至であり、日本のように中小企業の多い国で、そのような事務負担を求めうるのかとなると大いに疑問である。
また、取引高税は日本で戦後まもなく実施されたことがあるが、一年足らずで廃止されている。税の転嫁がしにくく、業者の背負いこみになり、さらに取り引き段階が長いものほど、最終的な税額が高くなるので、産業経済に中立的でないという問題点がある。
こうして見ていくと、二類型三方式が併記されているものの、実質的にはアカウント方式の付加価値税が最有力だと見ていいのではないだろうか。売り上げから仕入れを差し引いたものに税率を掛けるという簡単な方式なので、抵抗感は少ないと言われているが、このアカウント方式は、かって大平内閣が導入を図った一般消費税そのものである。かりに名称を変えたとしても、国会決議によって導入を否定された事実は変わらない。さらに、書類を使わず帳簿で控除額をはじきだすもので、所得の把握もれは避けられず、抜本改革の目標である「不公平の是正」という面では、重大な疑念を残さぎるをえない。

<キャピタルゲインの原則課税について>
キャピタルゲインの課税強化の問題は、毎年の税制改正で議論になっている古くて新しい問題であるが、今回は、政府税調が「原則課税」の方針を打ち出している。
第一回公聴会がスタートする直前に、元大蔵事務次官の相沢自民党代議士の株売買益申告漏れが発覚したことや、四月からマル優が廃止され、利子所得については一律二十%課税されることなどから、株式譲渡益の原則非課税は納得できないという国民の意見は強く、それを反映したものであると言えよう。
キャピタルデイン課税とは、株式などを売却した際買い値との差で生じた譲渡益所得に対して、課税することであり、現在、法人は、法人税の形で納税しているが、個人は原則非課税になっている。
例外的に、年間売買回数が三〇回以上かつ十二万株以上の継続的売買や、同一銘柄で年間一二万株以上の売却について課税対象とし、その売却益を他の所得と合算したうえで所得税で総合課税するという仕組みであるが、国税庁の集計によると、株式譲渡益六十一年の申告件数は、百八十六件で、取り引き総額は九百三十億円、売却益は六十億円にすぎない。キャピタルゲイン課税の対象となる我が国の全国の個人の株式取り引き総額が年間数十兆円の規模であることを考えると、申告率はあまりに少ないと言える。
キャピタルゲインの原則課税化は、新型間接税導入の前提条件、といわれてきた。そして、納税者番号制の検討には時間がかかるとしても、「導入には強烈な抵抗が予想される番号制は、継続審議にして、みなし分離課税方式でお茶をにごし、間接税への切符を手にしたい」というのが、大蔵省の思惑であると言われている。
「みなし分離課税」方式とは、個人投資家別の売却益をいちいち把握せず、売却益の一定割合は売却益であると見なし、このみなし売却益に一律の税率をかけ証券会社が売却時に天引きして納税する仕組みである。かりに利益率を十%とみなし、利子所得課税と同率の二十%の税金を掛ければ、税金は売却額の結局二%となる。
ただ、みなし方式は、売却額の○、五五%を徴収している有価証券取引税と同じかたちになり、みなし方式のままでは、現行の税率を変更させることにすぎず、「不公平の是正」の目玉として大きく取りあげられるような改革ではない。このような「改革」で、間接税が取り引きされることには、断固反対の意志を表明しなければならない。

<税制改革の基本理念>
三月十一日、竹下首相は、大型間接税に対する懸念として、①逆進的な税体系になる②中堅所得層の不公平感増大③所得税非課税者に負担④税率の引き上げが安易に⑤納税事務負担が大きくなる⑥物価を押し上げインフレに、と六つの点を指摘した。
この間の政府・自民党の税制改革の論議を聞いていると、政府・自民党の税制改革に対する基本理念はっきりしてくる。つまり、入口(所得)では把握・捕捉するのが困難であるため、どうしても公平な課税を行うことができない。あるいは、捕捉に関する費用が膨大なものとなる。そうじた「不公平の是正」のため、広く薄く課税を行う。つまり、新型間接税の導入である。支出段階で徴税する消費税では、脱税行為はいっさい行われず、それに対する課税を強化することで、「公平な課税」が保障される、と言うのであろう。
公平な課税を行うため、キャピタルゲイン課税・法人税の増税を求めなければならない。しかしながら、キャピタルゲインの原則課税を求めるのは、「少女趣味」であるらしい。なぜなら、株が暴落して税収が落ちこむからだそうだ。法人税の増税についても、「こんなに税が高くては、ノーベル賞をとるような人材や優秀な企業が海外に逃げ出し、日本が空洞化する」との声が聞かれる。その一方で、何億もの脱税行為が行われ、各種引き当て金や減価償却制度、受取配当金の非課税制度などの、戦後の復興のために設けられた優遇税制をフルに活用しているのである。そういった現実に、もっとメスを入れていかなければならない。
酪税に苦しめられながら、そして海外に逃げる余裕なんてさらさらない勤労諸国民の暮らしを守るため、租税民主主義の原則である、直接税中心の累進課税の強化、時代遅れとなった大企業中心の種々の優遇税制の見直しこそが、何よりも論議の中心とならなければならない。
公聴会のような形ではなく、総選挙で国民の信を問うべきであろう。

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青年の旗 1988年2月1日 第132号

青年の旗 1988年2月1日 第132号

(1面 → 1・2面 3面 → 3・4面)

1面  ←PDFは、こちらから 【主張】春闘勝利へ「資本と闘う」大衆的労働運動の構築を
2面 レーガン一般教書演説
3面 88春闘を大衆的に闘おう
4面 ドル本位制の崩壊へ–1988年初頭の展望

 

【主張】春闘勝利へ   「資本と闘う」大衆的労働運動の構築を

1.「連合」初の春闘.
「賃上げが去年を下回る条件は何もない」(黒川総評議長)、「まさに春闘日和」(山田連合事務局長)の言葉にある様に、今年は景気も八六年末を底に八七年から回復基調に転じ、製造業も三期連続の増収が見込まれる中での春闘となっている。
 しかし、昨年は、「円高不況」の直撃を受け‘賃上げ率は史上最低の三.五六%(労働省調べ)に終っている。加えて、「争議による労働損失日数」「労働組合への組織率」も戦後統計史上最低を記録している。先の両氏の発言は、逆に取れば「負けは許されない春闘」とも言える。
 既に、日経連は「賃上げは”生産性基準原理"の枠内」の主張を繰り返している。更に、「春闘の終焉」をも強調している。一方、「連合」が昨年、組織労働者の四三%、五百三十九万人を組織してスタートした。この「連合」にとっては初めての春闘であり、その成果が試される。総評は、中立労組連絡会とともに昨年までの「春闘共闘会議」に「代る」「国民春闘連絡会」を結成し、純中立を中心に七十七単産を集めている。統一労組懇は初めて「白書」を作成し、「独自」路線を強めている。又、国労を中心に、「連合」にも統一労組懇にもいけない、いかない組合が「春闘懇談会」を結成している。いずれにしても、「連合」が春闘の中心にならざるを得ないが、各組織とも、その存在が問われる春闘となる。
 又、国際的には、五月三十日からの第三回の「国連軍縮特別総会」の開催、ソ米のINF削減から戦略核兵器の削滅合意へという大きな軍縮の行動が進められている。一方、自民党竹下新政権の下で「新型間接税」が着々と準備されており「土地対策」「軍事費のGNP1%枠」「核持ち込み」等々重大な政治課題が国会内外で問題となっている。更に、政界再編も進行する中での春闘になる。

2,賃上げ停止と春闘解体を目論む「労問研」報告
 今年の日経連「労問研」報告は「真の先進国への脱皮を目指して」とのサブタイトルにある様に、例年以上に対政府要求を強調した内容となっている。
 その特徴は、①「連合」の発足を新たな時代と賛美し、「勤労者の生活向上のため、共通課題は共に政府に要求しよう」と労働者に呼びかけている。
②その重要課題とは「農業を中心とする市場開放」であり、「内需拡大」である。特に「内需拡大」については「安易な財政金融政策でなく、日本の経済社会機構の改革を通じて」と強調している。
③その上で「円高で日本の賃金水準は世界でトップ水準になった」として「問題は名目と実質のギャップをどう埋めるかにある」その唯一の課題は「あらゆる物価を引き下げること」で「名目賃金を引き上げることは経営コスト増で国際競争力の弱体化を招くので絶対に取るべき選択ではない」と強調している。具体的には、「物価の割高」「円高差益の還元」「土地・住宅政策」を労使共同して政府に求める、ということである。(この間の「物価上昇」「円高差益の抱え込み」「地価引き上げー全て独占自らが、政府とともに政策として容認してきた結果が今日の状況である。)
④労働時間短縮と貨金はパッケージで論じるべきである、として「時短=賃上げ」という論理を展開している。
⑤最後に「名目賃金の引き上げを横ならびに要求する春闘の見直し」を提言している。

3,「豊かな社会」実現とは
 88春闘では、労資とも「豊かな社会」という、スローガンを掲げているが、それが示すものは現実が全く「豊かな社会」ではないということである。労働者に幻想を与えていた「中流意識」は「崩壊」し、労働者の生活・権利破壊の実態は、いつ爆発してもおかしくない程に深刻である。
 「連合」「総評」は六~七%の賃上げと時短、滅税などの制度・政策闘争で〈働きすぎ→貿易摩擦→円高〉の悪循環にピリオドを打ち、「豊かな社会」を実現させると主張している。問題は「豊かな社会」というスローガンのもとに、その根底にある階級対立がいささかも曖昧にされてはならないことである。オイルショック、安定成長、低成長、円高不況のいずれの局面においても、資本は高利潤を確保してきたのである。その一方で労働者の生活は貧困化の一途を辿ってきたという事実を忘れてはならない。
 昨年来の地価高騰で、戸建て住宅はもとよりマンションすら取得する夢ははるかに遠のき、都心での賃貸アパートすら困難な状況である。「豊かな社会」とは狭いアパートの中で大画面テレビやビデオ見て、自動車を買い替え、たまの旅行やレジャーを「楽しむ」ことであろうか。そして、その為にわずかばかりの貯蓄までも掃き出させようとする“消費キャンペーン“と”カード時代“に他ならない。
 更に、終身雇用の保証はなくなり、出向・単身赴任・海外派遣が横行し、拒否すれば”解雇“という企業の戦力にならなければ、いつでも切り捨てると言わんばかりの、「人間切り捨て・使い捨て」の労務政策が進められている。今や労働者は形を変えた「潜在的失業」の恐怖の中での生活を強いられている。
 「亭主元気で留守がいい」のコピーや「かまって音頭」の流行は、家庭から父親が消えつつある現実を示しており、それに伴って深刻な家庭・教育問題が起きているのである。
 こうして、労働者の生活は全般的に破壊され、それは地域や家庭にまで及んでいる。財界の主張・戦略は労資(中小零細も含め)の「共存・共栄」(労働者の犠牲の下での)の関係の確立と、対政府という幻想の構造を作りあげ。一挙に構造転換を実現しようというものである。その意味からも、「基本的な対立は何なのか。敵は何なのか」ということが鮮明に打ち出されるぺきである。

4,春闘の大衆的再構築ヘ
 先に述べた労働運動の三つの最悪の記録の意味することは、労働運動が独占の進める産業構造の転換に対応できずに、三分の二以上の労働者が未組織労働者として運動の枠外に放置されているという現実である。更に組織労働者の中に進行している「組合員の労働組合離れ」という現象であり、最低の争議日数にも見られる「資本と闘い抜ける労働運動」の減少である。
 このことは、労働運動のあり方が再検討されなければならないことを示している。「喰える賃金要求」が「喰える賃金」になった時、なぜ、賃金闘争は停滞を始めたのか。「物価上昇十α」という要求基準に問題点はないのか。欧米なみ賃金とは。内需拡大を理由とした賃金要求とは。国民春闘がなぜ国民的闘いへと発展しなかったのか。等々はもう一度検討しなければならない。そして、問われるべきは、「連合」「総評」「統一労組懇」ともこのような問題を克服し得る政策を持ち、今春闘に臨んでいるのかということである。事態は否定的である。
 我々は「連合を闘いの舞台に、連合の中で変革を」「その為の活動家の結集を」と呼びかけてきた。我々自身の職場・生産点において、大幅賃上げや時短、諸権利獲得の闘いを「言葉の真の意味で大衆的に」展開し、その中で我々自身が労働運動を変革していく闘いと理論を具体的に築き上げていく立場で、今春闘に取り組み、その出発点にしていくことである。

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青年の旗 1988年1月1日 第129号・130号・131号合併号

青年の旗 1988年1月1日 第129号・130号・131号合併号
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【主張】 年頭にあたって

全般的完全軍縮への歴史的転換を示した1NF条約の締結。
一方、「ブラックマンデー」 (十月十九日)の株式大暴落は世界資本主義経済の深刻な危機を示した。
日本国内では、円高・ドル安の進行の中、産業空洞化と大量失業時代が到来し、昨年一目には昭和二十八年以降最悪の失業率・三%台を記録した。
十一月二十日、全日本民間労組連合合が発足し、労働運動は新たな局面に突入した。
戦後政治の総決算の中曽根政治は、その完成を目指して竹下新自民党政権に引き継がれた。
十一月二十五日から五日間、日本共産党第十八回党大会が開催された。闘う主体の解体的状況の中で「前衛党」としての指導性が問われた大会であったが、結果は前十七回大会で確立した反マルクス・レーニン主義と民族主義路線を深化させたものとなった。特に、自画自賛の核兵器廃絶の闘いが日本原水禁運動を分裂させたこと、社会党主敵論、労戦統一問題における赤色労働組合主義の徹底は、「左」からの運動の破壊者ともなり得る危険なものである。
「売上税」反対の国民的闘いと事実上の廃案。その後の「マル優廃止」を軸とする税制改悪法案の国会通過・成立。国民は政治への参加から益々遠ぎかった。
それをあおるようにマスコミは退廃文化を流布した。「漠然とした不安のなかで、利殖、グルメ、セックス、温泉情報、そしてプロ野球選手やタレントの私生活の話題に逃げ込み、気をまぎらわせている」(十二日三十日、朝日新聞社説)のである。
これらの一九八七年を特徴づける諸事実は、我々が政治・経済情勢の激動と歴史的転換点に位置していることを示している。

<INF締結と核兵器のない世界建設への展望>
一九八七年、人類はINF全廃条約締結という「ついに破滅を避ける道へと向うための大きなチャンス」を手にした。
向う三年間で合計二六〇〇基余りのミサイルと核弾頭が廃棄される。更に、戦略核兵器五〇%削減条約が具体的日程にのぼっている。
ペルシャ湾情勢の政治的緊張激化の中で締結されたこの全般的完全軍縮に向けた「良識の勝利、理性の勝利」を決して逆行させてはならない。
ゴルバチョフソ連書記長は条約締結後の演説で次のように述べた。
「人間は、兵器に毎日、何百万ドルも使わなくてもすむような世界に生きたいのです。人間は生きる権利、自由と幸福の権利、発達した社会が正常に機能するためにしなくてはならない人間の他の諸権利がみんなに保障されているような世界に生きたいのです」
1NF条約締結は、こうした新たな社会建設への歴史的第一歩である。
しかし、当然のことながら帝国主義諸勢力に、その良識を無条件に期待することはできない。
「大切なのは、ABM制限条約を存続させることを前提とする戦略攻撃兵器の大幅削減条約、化学兵器廃絶条約、通常軍備削減条約を一日も早く結ぶこと」が必要とゴルバチョフ書記長は述べた。
その実現に向けた全世界平和勢力の一層の闘いの強化が求められているのである。
すでにゴルバチョフ書記長は「アジア太平洋地域の安全強化と平和協力の道の集団的探求」についての建設的提案を行っている。
本年五月にはSSDⅢが開催される。
INF条約の締結を、NATOと日本などへの軍事的肩代りと軍事分担強化へと転嫁しょうとする帝国主義反動勢力の策動を粉砕しなければならない。
GNP一%枠を突破し、アジアにおける軍事的肩代りを策動する日本帝国主義の路線を転換させるために平和愛好勢力の共同行動と統一を推進していく闘いに全力を注がねばならない。

<深刻な危機に直面した世界資本主義と竹下新政権の政治路線>
十月十九日の株式大暴落は、米国経済の「二子の赤字」が解決されない限り「世界経済恐慌」が必至であることを示した。
その後も円高・ドル安は進行し、十二月二十三日にはG7が開催され「ドル安防止共同声明」が出されたものの、二十八日の外為市場は一時、一ドル一二二円台を記録した。ドル暴落の危機は、いよいよ深まっているのである。
竹下新自民党政府は、十二月二十八日、「六十三年度政府予算案」を決定した。一般合計=五十六兆六、九九七億円(前年度比四・八%増)で、公共事業費=十九・七%増(総額)と防衛費=五・二%増、政府開発援助=六・五%憎が突出し、社会保障費=二・九%増、教育費=〇・二%増が低くおさえられたのが特徴である。
また、内外の重要政治課題である、整備新幹線着工問題、日米経済摩擦激化にともなった市場開放策、新型間接税導入等の税制「改正」はすべて先送りした形となった。
この六十三年度政府予算案に、竹下新政権の政治路線を見ることができる。
それは一語で言って、「調整型・協調型政治」という看板の下で、中曽根前首相の進めてきた″総決算政治″の完成をめぎす路線であることである。
第一に、予算実に貫かれているものは、対米配慮と内需刺激(公共・民活事業を通じた独占へのくれてやり)と社会保障関係費の切りすてである。
第二に、赤字国債発行を一兆八、三〇〇億円減額し六十五年度赤字国債ゼロに一歩近づいたとは言うもののその内実は、NTT株売却収入を当ててのことであり、更に六十三年度税収入を九・五%増と高い伸びを見込むなど、小わば「財テク」頼りの予算となっていることである。
第三に、防衛費のGNP比一%枠突破が完全に定着しつつあることである。防衛費の増額要求がこれ程すんなり認められた例はない。取得する装備についても、防衛専門家の間にすら疑問視する声のある洋上防空構想がほとんど無批判に、ぼう大な後年度負担を引きずりながら受け入れられているのである。
「西欧主要国をはじめ多くの国で国防費の伸びが止まっている。軍事費は聖域ではなくなりつつあるのである。日本だけが逆行してよいのか冷静に考えるべきときである」 (十二月二十九日、朝日新聞社説)。
六十三年度予算案の明示するものは、円高・貿易摩擦を防衛予算増と市場自由化(石炭・農業・林業等)で買い取り、「前川レポート」に示される「弱体産業」のスクラップ化、海外投資・現地生産の促進の産業空洞化と大量失業時代の到来の道である。

<「連合」の発足と労働運動の転換点>
十一月二十日、全日本民間労組連合会が発足した。三十一年間続いた労働四団体時代は終り、労働運動は新たな転換点を迎えたのである。
この転換点を闘い取るために何が問われているのか。
一九八八年は、「前川レポート」にもとづいた具体策が更に実行されるだろう。大量の首切り合理化の嵐がふき荒れ、雇用と賃金の確保が労働者の死活の問題となる。八八春闘は「雇用と賃金を確保できるかどうか」「そのための運動の再構築と統一とはどのようなものなのか」が鋭く問われる春闘である。こうした視点に立って、地域で職場で闘いを組織することが必要である。
「連合」が「多数」を結集しつつも、政府独占資本の「労働運動丸がかえ」の意図や一部右派幹部の意図、労使協調への転落の危険を持つ政策など、大きな問題をかかえていることは事実である。
しかし、「左派結集」をはかり別のナショナルセンターを作ろうとする道は「赤色労働組合主義」の選択である。今問われていることは、「連合」の外にいる活動家を結集することではない。「連合」に結集する労働者を「連合」を闘いの舞台として活動家を結集し、その中味を変革する闘いが問われている。特に、基幹産業である電機、情報産業の労働者や、圧倒的多数の未組織労働者の組織化に「左派」は全力を傾注すべきである。
現実に進行する労働運動の右傾化と労働運動の深刻な危機は、階級的力関係の反映である。オイルショック後の資本の合理化、長時間労働、QCなどの職場管理の攻撃に有効な闘いが組織できず、春闘連敗や労働組合の組織率低下を招いた労働運動の質そのものが問われているのである。

<一九八八年を平和と軍縮・反独占闘争の高揚の年に「労青」全国化の年に>
平和と軍縮、反独占民主主義、統一戦線の旗をかかげた政治指導部隊の登場が問われている。
昨年八月、我々は「全国交流合宿」を開催し、労働青年同盟の全国化と正式結成を早期に実現することを決定した。
一九八八年、達成されたINF条約の成案を打ち固め全般的完全軍縮への輝かしい年とするために、全世界の平和勢力とともに共同の闘いを開始しなければならない。五月に開催されるSSDⅢに向け闘いを開始しよう!
一九八八年、新型間接税導入や「前川レポート」による産業空洞化、大量失業の中で、雇用と賃金を確保し国民生活を守る反独占の大衆的統一闘争が求められている。八八春闘に向け、地域で職場で闘いを開始しよう!そして、労働運動の転換をかち取る年にしよう!
労働青年同盟(準)は、こうした反独占闘争の一翼を担い、全国の労働青年とともに労働青年同盟の全国化・正式結成を達成する決意である。

カテゴリー: 青年の旗 | 青年の旗 1988年1月1日 第129号・130号・131号合併号 はコメントを受け付けていません

【講演録】「統一戦線と人民戦線」の問題について

知識と労働 No43 1987年11月

【講演録】「統一戦線と人民戦線」の問題について

                                小野 義彦

 今日は「『統一戦線と人民戦線』の問題について」ということでお話をします。現代のマルクス主義の最大の課題です。まず関連文献の紹介をしておきましょう。

1、レーニン「左翼小児病」
2、ディミトロフ選集第二巻
3,トレーズ「人民戦線術の諸問題」
4,R ・メドベジェフ「スターリンとスターリン主義」三一書房
5、J ・メドベジェフ「ゴルパチョフ」毎日新聞社
6、ルート・フォン・マイエンペルグ「ホテル・ルックス」晶文社

 

「知識と労働」No43

1987年11月

 今日は今までまとまってお話したことがない「統一戦線」という問題について少し理論的・実際的に取り上げてみようと思います。当然もっと早くやっておかなくてはならなかった、現代の我々に取って最大の問題なんです。今まであまりまとめて話していませんでしたので、今日はそのきっかけという意味でお話してみたいと思います。ある意味では今日の労働運動と社会運動全体のひとつの総まとめへの試みもしたいような考えです。

<統一戦線—-マルクスとレーニン>
 統一戦線という問題は、レーニンの著作の中では「労働者階級の統一」という言葉では度々出てきます。そして「労働者階級の統一」という考え方の中に、レーニンは非常に広い統一戦線を考えていたのたといえるでしょう。それからレーニンの考え方のなかには労働者階級の中のいろんな派閥の統一、右派もあれば、中間派もいる、左派もいる、しかし、パンのため、生活のために闘うことの上では資本との闘いに於て労働者階級は派閥をこえて手をむすぴあい、労働者階級としての統一をはからなければ資本に対し勝利する事は出来ない、これがレーニンが常に強調していた考え方だと思います。それだけにとどまらず、レーニンにはより広い人民層を労働者階級の周囲に、より広い働く人民大衆の層を結合しなければならぬという考え方がありました。
 レーニンは周知のとおり、1920年のコミンテルン第二回大会を前にして、各国共産党のセクト主義的で、独善的な極左的傾向に警告を発し、「左翼小児病」の有害な役割を克服することを呼ぴかけています。そして、1921年のコミンテルン第三回大会では「大衆の中ヘ!」というスローガンを前面に掲げて、統一戦線政策を次のように原則化しています。すなわち、①労働者大衆のできるだけ実践的統一行動を目指し、この見地から全国的にも改良主義者をも含めた具体的協定を結ぴ、②その際、自己の見解を述べる権利を決して放棄せず、③大衆の統一こそ真の統一戦線という立場を貫徹し、④あらゆる政治的傾向をもつ労働者に共通の、真に統合できるような要求が重視されなければならない、というものです。
 さらにその後の1921–22年の演説の中でレーニンは、統一戦線にかんして以下の諸点を強調しています。
①労働運動の中に現に存在している政治的潮流や政党を無視してはならないし、これらと交渉し、協定を結ぶことを拒否してはならないし、そういう闘争にますます広範な労働者大衆を引き入れること、
②改良主義上層部との交渉においては、弾力性を発揮し、小さなことから始め、「議論の余地のない、労働者大衆の直接の実践的な共同行動に関係のある問題だけ」を討議し、「総じて絶対に我慢のならない極度の卑劣さがないかぎり」、交渉を決裂させてはならない。
③統一戦線協定が達成された条件のもとでは、「調印された協定を破ってはならない」し、改良主義組織に対する批判には「もっと説明的な性格を与え、激しい言葉で労働者を辟易させずに、特別に忍耐強く、懇切に批判し、改良主義全体とプロレタリアートの要求の相容れない矛盾を説明しなければならない。」
 そして、レーニンにとっては最後のコミンテルン大会となった第四回大会で、過渡期政府としての「労働者・農民の政府」のスローガンを提起し、その性格を「広範な社会的基礎を確保する、革命的民主主義的性格の政府」と特徴付けたのでした。レーニンの死後このスローガンは、スターリンらによって「プロレタリアート独裁の政府」に直接的に置き換えられてしまい、レーニンの提起した本質的な意味、すなわち統一戦線政府としての革命的民主主義的性格の政府の樹立に向けて闘うことの意味が無視されてしまったのでした。トリアッティも「コミンテルン史論」で指摘しているように、「しかしこれを実際に適用するときに誤りが犯された。そこでこれについて多くの議論がなされ、このスローガンはプロレタリアート独裁の同義語としてのみ解釈すべきであるという結論が下った。だがこれは、このスローガンからすべての特殊な意義を奪い去るに等しかった」。
 1924年の第五回大会になると、労働者・農民の政府は、直接プロ独裁の政府とされ、そして1928年第六回大会では、このスローガン自身もおろされ、プロ独裁への直接の移行のための闘争が必要であるとされる。
 そしてついに1929年第10回執行委員会において「社会ファシズム論」を採択、「社会民主主義は、ファシズムの双生児であり、ファシスト独裁の穏和な一翼であり、ファシズムと社会民主主義は近代資本主義の右手と左手である」とされ、共産主義者はたとえ小さくても自己の労働組合を組織し、直接プロ独裁樹立のために闘うぺきであるとして、統一戦線、同盟の政策が放棄されてしまうのです。
 この段階までくると、統一戦線や同盟政策を考えることは全くの右翼日和見主義とみなされ、民主主義のための闘いなど無視されてしまったのでした。これはファシズムとの闘いの重要性、その広範な社会的基盤に目を向けさせなくさせました。
 ここでさらに強調しておくべきことは、レーニンは1905年の第一次ロシア革命の時点ですでに、「広範な社会的基盤の確保」ということにかんして、『民主主義革命におけるふたつの戦術』の中で、「ここで問題になっているのは、まさに“プルジョアジー“と区別してのプロレタリアートだけではなく」、「専制、君主制、官僚、軍閥、農奴制のあらゆる憎むべき制度の撲滅」を要求するあらゆる民主主義的変革の積極的な推進者である「下層諸階級」である、と強調していることです。
 後にフランスのトレーズやイタリアのトリアッチあたりによって、フランスやスペインに「人民戦線」と言う呼ぴ方がなされるようになるのですが、そう言う考え方の根元はやはりレーニンにあったし、マルクスやエンゲルスの中にもあったといえるでしょう。しかし労働者階級が中核になり、その回りに広い人民層を結集していく、広い人民層と言えば、階級から言えば主として小プルジョアジー層ですね。小プルジョアジーといえば階級としてはプロレタリアートではないが、没落して行けばプロレタリアートに転落して行くわけで、これはプロレタリアートの同盟軍になりうる、という考え方はマルクス・エンゲルスの頃からありました。レーニンは1924年に死んだのですが、20世紀の初めの20年間、これは「帝国主義論」に書いてあるように独占体が形成され、それが金融資本になり、独占の支配が一般化してきます。発達した資本主義国で独占の支配が強まるようになれば、資本家階級の”一般的支配“ではなくなるわけです。マルクス・エンゲルスの考え方は、資本家階級対プロレタリアート、プルジョアジー対プロレタリアート。だから資本家階級自身がまだ分化していなかったのです。だからマルクスの場合には「資本論」になり、プロレタリアートは何万・何十万の資本家階級と対決しなければならなかった。まだ独占資本は出来ていません。1883年にマルクスが死んだ後エンゲルスは1895年まで生きましたから、エンゲルスの時代になると独占資本は形成されてきます。独占の形成は1860年頃からで、その形成がハッキリしてきたのは1880年代だが、決定的な独占の支配が確立し、帝国主義的政策が本格的に出てくるのは1900年代で、20世紀です。レーニンの時代にはすでに独占が形成されていたので、帝国主義の時代の資本論=帝国主義論=独占資本の支配論を今後の本質的問題として展開したのです。この時期にはプルジョアジーが分化してきて、これまでのプルジョアジーの大半は小プルジョアジーにたたき落とされ、大プルジョアジーと巨大プルジョアジーが支配するようになるわけです。この場合、労働者階級はもちろん資本一般に対立しているのだけれども、小プルジョアジーとは敵対関係だけではなく、独占の支配と闘うためにはこの層も同盟軍、あるいは少なくとも中立者に、時と場合によっては味方に引っ張り込まなければならない、そういう中間的な存在になるのです。イタリアやフランス、またアメリカや日本でもひとにぎりの独占資本と金融資本が広範な社会の主要な敵になってきて、労働者階級とその同盟軍になりうる層が独占支配が強まるに伴って非常に広がって行きます。しかしその場合労働者階級自身がまず統一していなくてはこのような配置は生まれない。労働者階級自身が割れていたのでは自分の回りに同盟者を引き寄せることが出来ないのです。労働者階級が自分の陣営を統一する、その場合はじめて中間層・小プル層・その他の雑多な層を、人民大衆のほとんど9割以上を、自分の側に引き付けて独占資本との闘い、反独占戦線、反独占統一戦線を形成することができるようになり、また事実形成するのでなければ、独占との有効な闘いを進めることは出来なくなるのです。

「統一戦線と人民戦線」草稿

テープ起こし原稿に、小野先生に赤字で修正・加筆をいただいた草稿原稿

<現代の統一戦線の問題–中小資本ないし中小企業とは何か?>
 以上を少しまとめてみますと、統一戦線について、マルクスでは、労働者階級の自身の諸派の統一、労働者階級内部の統一が第一に考えられてきました。しかし独占が成立し帝国主義の時代になってくると、労働者階級自身の統一はもちろんすべての前提だけど、その上にさらに他の人民層、ひとにぎりの独占資本を除く圧倒的多数の人民層を労働者階級の回りに結集していく、こういう統一戦線、人民の統一戦線と言いますか、略して人民戦線と呼んでいる、そういう同盟形態が必然的になってきます。
 その場合に一つ注意して欲しいことは、私は先ほど小プルジョアジーといいましたが、その理解の仕方が問題なのです。プルジョアジーが分化してきて独占査本主義の時代には巨大プルジョアジーが支配するようになり、他方では中小資本が大量に再生産されます。その際、中小プルジョアジーの中にも労働者を何十人、何百人も使っているところがあるでしょう。そこでは労働争議は勿論起こります。しかし数十億を文配しているものとその対応は違ってきます。今で言えば大ブルジョアジーというものは少なくみても資本金10億円以上でしょう。二、三億では中プルジョアジーですね。あるいは小ブルジョアジーかもしれない。そこで資本家階級の中の分化と言うことは、労働者階級の統一戦線に取って考えてみるとやはりこれは階級間の問題であり、小プルジョアジーといえども、一面でプロレタリアートと基本的に対立するプルジョアジーでもあるわけです。
 だが、今度の日本の売上税の問題を見てもわかるように、あれはやっぱり巨大プルジョアジーだけが支持したんですね。大部分の中小プルジョアジーは反対の側に回りました。プルジョアジーにはいろんな複雑な利害や機能があり、単純ではありません。大プルジョアジーは、法人税を下げてもらうことと引き換えに売り上げ税を飲んだという訳でしょう。そして中プルジョアジーも法人税を下げてもらうことには賛成なのですが、彼らの立場は、かならずしも売上税でなければならんというわけではなく、その一般的購買力への影響をより重視したのでしょう。
 だから彼らは動揺的でした。従ってあの場合、プロレタリアートの陣営が強力に統一しておれば、中プルジョアジーの層をも大局的に味方にし、中立化することが可能でした。もうひとつ下の層があります。小プルジョアジー、小プルジョアジーという階層もなかなかむつかしい階級で、理論的にもその整理が難しい。どこからどこまでを小プルジョアジーと呼ぶのか?資本金二億、三億円程度が中プルジョアジーだとすると一億円以下を小ブルジョアジーとするということにもなりましょうか?一応そうしてもいいとおもいますが、数百万円から数千万円までの資本金しかないようなものまでも小プルジョアジーの範疇の中に入れられています。実際には資本とはいえなくて資本の召使のようになっているようなものもその中には多い。本質的にはプチプルといっていいインテリ、官僚、教師などの層もあるでしょう。大学教授なんて言うものにはプチプルもいれば、プロレタリアートに近いものもいる。大プルジョアジーから金をもらってその利益に奉仕しているものもいるのです。このように小プルジョアジーという層はなかなか規定がむつかしいんです。―つだけハッキリしていることを申し上げます。それはいわゆる零細査本の問題です。親父と家族だけでやっている町工楊のような。これははたしてプルジョアジーなのでしょうか?
 プルジョアジーと言うのは、何十人かを搾取する、彼らの不払い労働を占有する、そういう者でなければプルジョアジーとは呼べないのです。町工場の主人は、多少の資本を持っていても、それはプルジョアジーなのでしょうか、それはプルジョアジーではなく、零細企業で、基本的には家族労働だけでやっている、忙しいときだけ、若干の人を雇う、家内工業者なのです。零細企業は勤労者の仲間にいれるべきです。また零細”資本"と呼ぶべきでなく、零細企業と呼ぶべきでしょう。彼らの正体は家内工業者です。大阪近郊は家内工業の多い所ですが、西成、大正、東成など特にそうです。彼らはプロレタリアートそのものの同盟者です。プロレタリアートは、かれらの利害を代表してやらなければならない、彼らは自分自身の利益を守る組織らしい組織を持っていません。部落企業の多くは部落解放同盟に組織されていますが、これは労働者との同盟形態です。
 中小企業と言うのは非常に曖昧な概念でして、その中には資本金何億と言うものもはいってくる、そして下の方には家内工業者・零細企業がいる。これまでの「中小企業」という概念は今日では中小プルジョアジーと零細資本とに分けて扱わねばなりません。その際小プルの中に零細企業が含まれていることが問題なのです。中プルジョアジーは大プルジョアジーの側によくつきます。彼らはひじょうな動揺層です。しかし零細工業者・家内工業者は、そのほとんどがプロレタリアートに近い家内工業者で、或は労働者の熟練工より収入は悪いかも知れない。零細企業の中には、労働者よりもミゼラプルなものもた<さんいる。だからそこをはっきりと区別して対応しなければならないと思います。
 統一戦線の問題に帰りますが、統一戦線と言うのは、今日では人民戦線にならざるを得ない、そういう趨勢の中にある。即ちそれは、労働者階級の統一を中軸とし、その回りに零細企業者やプチプル、広範なサラリーマンその他の雑多な層を引き付けて巨大資本と闘っていく、これが今日の統一戦線であり、人民戦線なのです。

 統一戦線という言菓も、労働者階級の中だけを統一する内部の統一戦線と、統一した労働者階級のぐるりにプロレタリアート以外の小プルジョアジー層や零細企業者や雑多な人民層を結集して反独占統一行動をやる、この二つの場合に分けて考えなければなりません。そしてこの二つは現在益々重なりあってきており、ますます結ぴ付いてきていくのだと思います。

<統一戦線の歴史—ファシズムの登場と人民戦線>
 次は、この問題の歴史的なとりあげですが、統一戦線の問題や人民戦線の問題がでてくるのは労働者階級内部の統一という問題が先行しています。それだけなら独占資本の形成以前、労働運動の発生以来の古い問題です。労働運動はヨーロッパでは200年以上も前から始まっています。労働者は資本を持った強い敵と闘うためにその力を統一しなければならない。労働者の大衆団体は労働組合が主なものですが、それはいろんな思想や宗教や歴史などから様々な色合いの労働組合か生まれました。
 しかし資本との闘いに、パンのために、飢死しないために、生活向上のために闘うと言う必要の前には、思想や宗教やいろんな色あいの相違を越えて手を握りあって、団結して闘わねばならない、これは労働運動の発生と共に古い課題です。だから労働組合の統一という問題は労働運動と共に古い問題なのです。
 けれども労働者の回りに労働者以外の層をも引き付けていくという問題は新しい問題です。これは独占の形成・帝国主義の形成によって新たに呼ひ起こされてきた問題です。1920年代にその根元は形成されてきました。その基礎が形成されてきたといっていいでしょう。けれどもイデオロギーというものは現実の必要や行動からとかく立ち遅れる、すなわち人間はあることに気が付いても、それをひとつの思想体系に形成するには、相当行動から遅れるのです。思想とか理論とかは遅れるが、行動は先行する。マルクスは言ったでしょうー「初めに行ない有りき」と。行いがあってその後に頭がそれについてくる。統一戦線の行いは部分的には1920年代から反独占的な労働者とそれ以外の人民層とが手をつなぐという形をとっていたのです。
 しかし、やはり、反独占人民戦線、反独占統一人民戦線というように思想化され理論化されてくるのは1930年代になってからです。それはある社会的・歴史的な行動を伴いながら形成されてきました。その最初は、1933–34年のフランスとスペインにおける反ファシスト統一戦線、反ファッショ統一戦線の形成であり、以来世界各国の人々の間にこの思想が新しい姿をとって現れてきました。これも初めに行い有りきで、理屈から始まったわけではありません。ファッショが台頭してきて、それが独占資本と結び付いている。そのファッショと闘うにはファッショに反対なもの全てが力を合わせなければならないと、スペインとフランスと、やがて全ヨーロッパの労働者が気が付いたのです。まず一番初めは、フランスで労働運動に反対するファッショが反労働者のデモをやったり、街に火をつけたり、人を傷つけたり、殺したりし始めた。それに対してパリの労働者が自然発生的に抵抗を始めた。そしてファッショの暴力行為を止めさせるためにゼネストをやった。このストライキをやっていた労働者達が気がついたことは、パリの下町で労働者を顧客にしている多くの商店主逹が赤旗を店に掲げ始めた。「労働者がちゃんと働いて物を買ってくれないと食べて行けないから」というわけで、労働者と小商店主達が手を結んだ。多くの知識分子がそれを支持し、そのことが理論化される、そこから人民戦線の考え方が生まれてきたのです。それまでは自然発生的な反ファッショ行動だったものが、統一労働人民戦線になった。そこから「ピープルズ・フロント」・「フロン・ポピュレール」という言葉が生まれてきました。1934年の事です。ファッショに金を出しているのは独占資本です。彼らはもう法律を無視し、直接行動で労働組合をやっつけろ、共産党・社会党をやっつけろと、ファッショ団体を暴れさせ、乱暴狼藉をやらせた。こうしたファシズムに自然発生的に反対する運動から人民戦線運動が出来てきたのでした。
 最初はフランスでしたが、その後スペインでは、36年2月の総選挙で人民戦線派が勝利し人民戦線政府が樹立されました。当然これは軍隊にも波及し、軍隊だって労働者・農民ですから軍隊が赤くなってきたのです。そうするとフランコという極右将校が現れて右翼の将校達を結集し、軍隊どうしの内乱に火をつけた。それがスペイン内乱です。これは人民戦線派とファッショ勢力が武力をもって閥う内乱になりました。このころから「人民戦線運動」というものがマルクス主義のポキャプラリーの中にはっきりと理論化されるようになってきたのです。そのスペインも36年秋以後は政府軍が敗北に追いやられます。それが敗北したのは訳を話すと長くなりますが、はじめは人民戦線が優勢でした。フランコは36年7月スペイン領モロッコで反乱を起こしスペイン本土に上陸したのですが、初期には人民戦線政府軍に殆ど鎮圧されそうな状態でした。それが力を盛り返し攻勢に転ずるようになったのは、全くヒトラーのドイツとムッソリーニのイタリアの政府による国外からの直接の軍事援助・軍事侵略の支援によるもので、36年10月には干渉軍は首都マドリードを包囲しスペイン全土の三分の二を占領する優勢に転じてしまいました。ドイツ・イタリアはフランコ軍に大量の武器、物資、兵員を供給し、スペインに侵入したドイツ軍は3-5万、イタリア軍は5-10万とも見なされています。それに対して人民戦線側には、それに同情を寄せた世界中の知識人・労働者達が国際義勇軍として参戦し、国際混成旅団なども結成されたのですが、内乱戦を闘う人民戦線政府への国際的支援は案外に弱かったのです。フランス人民戦線のレオン・プルーム内閣は、イギリスの圧力の下で、スペイン両派の何れをも援助しない不干渉主義を取り、同年9月には独・伊両国とソ連を含む27ヵ国が、ロンドンでスペイン内戦不干渉委員会を設立しました。しかし独伊はそんなことには全く拘束されず、フランコヘの直接援助を増強しました。この情勢の中で10月になってソ連とメキシコが人民戦線政府側へ武器、物資の援助を開始することになったのですが、それとて上述の不干渉主義の立場を守ることが独伊両国の侵略を“自粛“させるという建前の範囲内で行われたものであったために、人民戦線側の不利は免れませんでした。
 当時スターリンが何を考えていたかは分りませんが、どうも人民戦線派への直接援助よりは、ヒトラーとの妥協–後に39年8月に独ソ不可侵条約調印という形をとって現れる–に狙いをつけていたのではないかと思われます。こうして強まる不利な国際惜勢下に人民戦線政府は36年11月にはマドリードを撤退してバレンシアに移らねばならなくなり、さらに37年10月には最後までファシストヘの抵抗線を止めなかったカタロニアのバルセローナに中心を移しました。しかし、英、仏、ソ連の不干渉主義の建前は、その後も変わらず、ついに39年1月にはバルセローナも陥落してファシストの手に落ち、英雄的なスペイン人民戦線は壊滅させられてしまったです。フランスの人民戦線政府はそれより前38年9月のミュンヘン会談後11月に崩壊していました。

「統一戦線と人民戦線」草稿2

小野先生が加筆・修正(赤ペン・青ペン)

<スターリンと人民戦線>
 こうしてヨーロッパの人民戦線は1939年末迄には、ファシストの攻勢により潰されてしまいます。英仏両国は同年9月のミュンヘン会談により露骨にヒトラーと妥協してしまうのですが、社会主義のソ連もまたファシスト・ドイツに対して強い姿勢を取らなかった点でこの妥協を助けたことになります。この点では、社会主義にもまた責任があったと思います。しかしスターリンのソ連にとっては、ヨーロッパ全体が右にいくか左にいくかは大問題であったわけで、もしヨーロッパで人民戦線が勝利を持続していれば、西欧と社会主義との関係は大きく改善されたことは間違いありません。当時のアメリカはルーズベルトのアメリカで反ファシスト的であった。だから西ヨーロッパで、スペインとフランスの人民戦線が没落しないで、もし政治権力を維持し続けることができていたとするならば、ドイツとイタリアのファシスト政権はもっと早く孤立させられ、つぶすことも出来たはずです。そうなれば第2次世界大戦は起こらなかったかも知れない。おそらく防ぎ止められていただろうと思います。第2次世界大戦はどうしておこったか。スペインとフランスの人民戦線が葬りさられたことが大きな原因であったと言えるでしょう。そこでヒトラーとムッソリーニは猛威をふるい西欧での人民戦線打倒の成果の上にオーストリア・ハンガリーを侵略し、チェコスロバキア攻撃、ポーランドをも制圧していった。なぜその前に止めることが出来なかったのか。問題はここまで行くと思います。だから人民戦線問題と言うのは、現代の歴史を左右する大きな問題になっていたわけです。
 中心的な問題はスターリンの支配したソ連がなぜ本気でスペインに対して効果的な扱助をしなかったという間題にあるように思われます。
 ソ連人民は多数スペインに行き、人民戦線軍に加わりました。スターリンはそれを止めるようなことはしなかった。そして36年10月にはスペインヘの武器援助の方針を決めましたが、それは遠慮勝ちなもので、人民戦線軍にとって決して十分なものではありませんでした。なぜか?訳は分かりません。
 これは歴史的な問題で、将来明らかにされるでしょう。それだけではない。スターリンが人民戦線を余り好きじゃなかったことは事実です。そのことをこれから問題にしたい。
 好きでなかったどころか、スペインに出かけて言った何千人ものソ連人や東ヨーロッパ諸国の労働者や知識人達に対して極めて冷淡な姿勢を取った。当時はコミンテルンがありましたからスターリンは全世界の共産党を動かせたはずです。なぜあのときに政治権力を握っていたスペイン、フランスの人民戦線政府と同盟関係なり援助協定でさえも結ばなかったのでしょうか?スターリンはそうしたものをいっさい結ぴませんでした。
 なぜか、はっきり言えば嫌いだったのでしょう。そうとしかいいようがありません。スターリンはほんとに訳の分からない男です。それどころか反対にコミンテルンの線を使って、スペインで実際に武器を持って闘っていた連中を次々ひっこぬいてモスクワヘ連れ戻したり、牢屋に入れたり、しばしば暗殺したりさえもしました。いわば人民戦線に参加した連中を反スターリン派とみなして決めつけていたのでしょう。そのためにソ連やコミンテルンから参加した連中の間に内紛が起きてくる。もしあのときソ連が表向きでもこっそりとでも、かなりしっかりした「赤い」戦車や飛行機を大量に送り込んでいれば人民戦線軍はもっと強い抵抗が出来たはずです。私は当時京都大学の学生でした。なぜソ連はスペインを援助しないのか、もどかしくてしかたがなかったのです。スペイン人民戦線は日に日に負けていくんです。あのとき戦車や飛行機を十分にスペインに送り込んでいれば、人民戦線政府軍は勝利し、ヒトラーやムッソリー二は第二次世界大戦を起こせなかったはずです。スペイン内戦の当初、ヒトラーはそれだけの力をもってはいませんでした。人民戦線をやっつけたことによって、ファシズムは西欧での勝利を我がものとし、東への侵略を開始したのです。そしてソ連に侵攻していきました。もしあの時スペインに戦車、飛行機の数千台でも送り込んでいれば、戦局と政局を左右することが出来たはずです。そうすればソ連は第二次世界大戦で数千、数万の戦車や飛行機を使わなくてもすんだはずです。人民戦線問題と言うのは、これほど大きな問題だったのです。スターリンは、人民戦線よりも独ソ不可侵条約の締結を過信していたのではないでしょうか?
 そこで統一戦線の問題に帰りますが、統一戦線の一般的問題はレーニンの「左翼小児病」が基本的な点を述ぺています。これは労働者階級自身の統一の問題と労働者階級の周辺の貧しい階級を統一していく問題、共産主義者はセクト主義を無くさなければならないということや幅広い統一戦線を作らねばならない問題など、その基本思想が述べられています。
 次に人民戦線問題は、ディミトロフの選集の第二巻統一戦線、あるいは人民戦線の理論の諸問題ということで非常に詳しく論述しています。これも基本文献です。
 人民戦線を内部から攪乱したソ連のスターリン主義の問題については、あまり系統的に書いた本がまだあまり出ていませんが、これから続々出てくると思います。それは世界的に大きな問題として、近い将来共産主義とマルクス主義の見直し上のもっとも重要な問題となるでしょう。部分的にはすでにいろいろな文献に、そのことが語られています。
 人民戦線の問題をフランスの立場で書いたものがモーリス・トレーズの「人民戦線戦術の諸問題」ですが、私はこれを1936年頃に英訳で読み、終戦直後に翻訳して非売品で出したのですが、後にこれは大月から出版されました。
 スターリンと人民戦線派との関係については、オーストリー人のルート・フォン・マイエンプルグの書いた「ホテル・ルックス」が詳しくふれています。ルートと言うのは女性ですが、御主人もいっしょにコミンテルンに勤務していました。当時モスクワに外国人の共産主義者の合宿所がありました。現在の「インツーリストホテル」(ゴリキー街10番地)、昔はホテル・ルックスと言っていました。このホテルに全世界の共産党から派遣されたコミンテルンの役員達を集めて住まわせていたのです。何も集めることはなかったのではないかと思います。火事や災害にあったり、またもしファシストの襲繋でもあったら、みな殺しになりますから、―つのホテルにいれておいたのはおかしいと思うのです。これはやはりスターリンの政策だったのでしょう。そこヘスパイをおいて、いつも目を光らして、誰と誰が会ったか、誰が面会にきたか、などを監視していたようです。この本には、そんなことをこまごまと書いてあります。スターリンは国際共産主義運動を支配する、自分のコントロール下におくことには強い関心があったけれど、国際的な共産主義運動が、統一して手を握って、強力になることは実は恐れていたのではないでしょうか。世界の至るところの共産党が本当の意味で強力になって、自分の言うことを聞かなくなることを恐れていたのだといえるでしょう。その点では、全く権力主義者だったのです。だから本当の意味でコミンテルンが強力になることを邪魔したのです。各国の共産党は優れたメンバーをモスクワに派遣していました。そういう連中が横の連絡を取ることにスターリンは目を光らせていた。だからそう言う連中の中で人民戦線や統一戦線の議論が沸騰してくることを、喜んではいなかったようです。

<コミンテルン第七回大会と人民戦線派>
 国際共産主義運動では1928年のコミンテルン第六回大会がスターリンの指導下に極めてセクト的で独善的な方針を決めて以後、それへの反省から33年頃から国際的な統一戦線・人民戦線をつくろうという動きが盛り上がってきました。その大きなエレメントは、上記のスペインとフランスで人民戦線の政府が生まれた事、人民戦線運動が遂に政府を握ったということです。次に中国です。毛沢東や周恩来が、まだ権力を握っていない江西省などのソビエトで地方権力を握っていて、それに対して蒋介石が討伐をかけてきたために大迂回の長征戦術を取って、四川省、陝西省迄移動して延安中心のソビエトを樹立しました。この過程で各地の共産主義者を雪だるま式に糾合して、陝西省に都を構えたときには既に何十万の勢力になっていました。それが数百万の大衆に影響を与えるようになると蒋介石はこのソピエトにも討伐をかけたのですが、同時に日本軍が1931年以来満州事変をはじめ、37年からは日中戦争になって中国への全面侵略を始めるに至りました。こうなると蒋介石もやっばり抗日的になり、日本軍と闘わざるを得なくなります。蒋介石は民族主義者ですから、日本と闘う。共産軍も日本と闘う、敵を共にするものですから‘蔣介石と共産軍はなかよくなった訳ではないけれど、自然敵が共通ですから共産党だけを虐めると言うわけにはいかなくなり、こうして抗日統一戦線が結成されてきました。これはついに百万でなく、千万単位で中国人民の中に広がっていき、数億の人民を統一させる動きになって行きました。中国共産党の民族統一戦線という、非常に幅の広い、武装した統一戦線が生まれ、それはヨーロッパにも大きな影響を与えました。だから毛沢東・周恩米などのコミンテルンの中での発言力は強くなってきました。
 それから東ヨーロッパ。ドイツと東ヨーロッパでは政治権力を握ると言うところまでは行きませんが、力強い反帝反独占の人民戦線が生まれてきました。その中でも一番強く盛り上がったのは、プルガリアです。ディミトロフは非常に優れたリーダーでした。ディミトロフはドイツの刑務所につながれていたのですが、反ヒトラー統一戦線の力で監駄から抜け出ることが出来たのです。イタリアではトリアッティ(別名エルコリ)。共産党は地下組織になっていましたが、反ファッショの運動か強かった。トリアッティは地方の共産党の握っていた飛行楊から飛行機でソ連に行き米していたといわれます。人民戦線や祖国戦線で武力をもっていた者はおおかったのです。中国共産党は紅軍を、フランスでは軍部内に人民戦線派が影響力を持っていた。スペインも軍隊と政権を握っていた。
 1935年(昭和10年)コミンテルン第7回大会。ここで「人民戦線戦術」を国際的に承認しようと言うことになってきました。7回大会というのはいわば人民戦線大会で、人民戦線戦術を採用した大会となりました。主役はディミトロフ、トリアッティ、毛沢東、周恩来、トレーズ。このあたりが火をつけて、世界大会まで持って行くことに成功したのです。スターリンは直接にはこの動きにかんでいませんでした。スターリンは後から考えるとこの動きを自分の指導力にとって危険視していたのではないでしょうか。そこでディミトロフやトリアッティに接近するソ連や東ヨーロッパの共産党員に対して絶えずスパイをつけて目を光らせていたのです。
 ところが、人民戦線派の影響力が急速に高まり広がって、7回大会を圧倒し「人民戦線戦術の諸問題」という画期的で統一的な決議を採択して終りました。ところがこれに対して、それは「ホテル・ルックス」の中に詳しく書いてあることなのですが、スターリンはこの大会にスパイを送り込んで、大会で誰が一番おしゃべりをしたか、一番熱心にディミトロフや周恩来やトリアッティを支持したか、それを克明に調べ上げていたのです。そしてこの大会がまだ終らない間から、その中のめぽしい者を、こっそり一人ふたりと引き抜いていたのです。そのことについてマイエンプルグはこう書いています。「あの大会が解き放った感激は、全ての参加者を酔わせて、実際の出来事を見えなくさせてしまった。あのときすでに、舞台の後ろでは、最初の粛清が進行していた—-そして会場に座って喝采していた人の多くが、わずか数ヵ月後にはもはや声を上げられぬ身となった。彼らは監獄へ、追放の地へ消えて行き「抹殺」されてしまったのである。」(「ホテル・ルックス」大島かおり訳、昌文社P219)
 大会の終わり頃には、そのことにトリアッティやディミトロフなどみな気が付いていました。そこでこの大会は統一大会として画期的な人民戦線戦術を決定したのだけれども、実はこの大会そのものが人民戦線戦術を主張する広範な国際的共産主義者とスターリン派との闘争の場だったのです。スターリンは人民戦線派の台頭を抑えることに必至の努力をしました。最後にはトリアッティとディミトロフはどちらも夜逃げをするような形で、自分の国に帰って難を逃れます。しかし多くの各国の人民戦線派は多数がスターリンのいわゆる"粛清“の対象にされました。スターリンの「粛清」と言うのは、35年に始まってそのピークは37、38年で、いわゆる「スターリンの大粛清」となりました。これは何万人ではきかない、何十万人でもきかない。この「スターリンの大粛清」によって、殺されたり、牢屋に入れられたり、シペリヤ送りになったりした人は‘その家族達を含めておよそ何百万人とも言われています。まだこの調査は全部済んでいません。だってスターリン時代がほんとに終ってからまだ10年も経っていないでしょう。プレジネフの時代は、半分スターリンが生きていたようなもので、スターリン批判は出米なかったのです。プレジネフの時代が終って、アンドロポフの時代になって、はじめて公然とスターリン批判が出来るようになった。その前にフルシチョフの時代があり、スターリンを暴露し、批判したけれど、それは中途半端に打ち切られてしまいました。フルシチョフはスターリン派にひきずりおろされたのです。スターリン時代の検討とその犠牲者の調企はまだ本格的になされてはいないのです。
 ゴルバチョフも先ずそこからは手をつけないでいるようです。ソ連の政治経済にまずい点のあることを先ず取り上げ、最後にはスターリンのイデオロギー批判に行かざるをえないでしょう。
 現在でも部分的にはスターリンに触れていますが、本格的な批判まではいっていないようです。「個人崇拝」の「あの時代」とか「あの忌まわしい時代」とか「あのソ連の苦しい時代」とか言って、はっきりスターリンの時代とは言い切っていません。ほんとの意味でのスターリン主義の克服と言うことはまだはじまったばかりの状態にあるようです。しかしいずれそこに行かねば本格的な解決にはならないでしょう。
 そこでスターリンの「大粛清」はコミンテルン7回大会に続く時期に始まって、37年の7月にピークに達した。38年以後は戦争準備が激しくなり、それと「粛清」が重なります。ソ連の一番暗い時代は35年から38年なんですが、これがスターリンの「大粛清」の戦前版です。そのために折角コミンテルン第七回大会が、人民戦線戦術という世界の人民運動に取ってもっとも重要なことを決めておきながら、スターリン主義がそれ以後はぴこることになって、それと対立をしたため、この戦術は各国共産党の基本方針には完全にならなかったのです。人民戦線戦術は各国共産党の物置きの中にしまいこまれてしまいました。ただヨーロッパの党だけは、ファシズムに支配されているもとで反ファッショの地下統一戦線、反ファッショ民族統一戦線という形で地下組織の中でかなり大きな影響力を持つようになります。それは祖国戦線から全人民的な反ファッショ解放運動に拡がって行きます。中国ではも毛沢東主義として。しかし中国の場合は非常に民族主義の色合いが濃い統一戦線、だから統一戦線戦術としての理論的深化は中国では余り行われず、むしろ民族主義に押し流されていったといえるでしょう。

<統一戦線と我々の任務>
 そこで本当の意味で統一戦線戦術、人民戦線戦術をスターリン主義から離れてそれを克服しながら、社会運動・人民運動の中に真の統一を作り上げていく仕事は我々の課題となり、それは今や最大の課題となっているのです。もう私は余り仕事ができません。そこで、これは皆さん自身の課題になっているのだと言うことを今日の結論にしたいと思います。そう言う意味で上述の書物を良く読まれて統一戦線とはなにか、人民戦線とはなにか、それは如何なる形で実現しなければいけないか、ということを勉強するだけではなく、それを運動に適用し、拡大し、少しでも成功を遂げられる事を強く念願しています。

(以上は、1987年6月に開かれた労働胄年同盟準備会の大阪での合宿の講演に加箪したものである。)

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青年の旗 1987年10月1日 第128号

青年の旗 1987年10月1日 第128号
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【主張】 INF削減合意支持!平和原水禁運動再統一の一歩ヘ!

九日十八日、ソ米外相合談は「共同声明」を発表して三日間の日程を終了した。
「声明」では、①米ソ両国外相はINFに関する条約締結で原則的に合意に至った。②首脳会談の日程決定の為、十月に両国外相がモスクワで会談する、③秋(十一月)に米国でソ米首脳合談を開催する、④両国は戦略核兵器の五〇%削減に向けて努力する、⑤核実験に関する問題ついて十二月までに交渉を開始する⑥両国協力に関する八七~八八年の作業計画に合意する等が一致点として確認された。
今回の合意は最終文書に示されている様に、核兵器のが初めて、使われずに削減される可能性を現実のものとした。削減される核弾頭は全体の四~五%にすぎないものの、戦略核の五○%削減、核実験の全面禁止への方向性も明示された画期的なものである。
「核兵器の出現以来、初めて二種類の核兵器の廃絶に合意することが可能になった。これは始まりにすぎず、これが、続くことを望んでいる」 (ソ連シユワルナゼ外相)又、ソ米間で基本的に合意に達したSALTⅡが米では未だ批准されていないことも指摘し、「我々の懸念は協定がきちんと批准されるかどうかだ」 (同外相)にある様に、今後の平和勢力の闘いにかかっているのである。

<未だSDIに固執するアメリカ帝国主義>
米国務長官シェルツは、SDIに関して「SDIの推進をむずかしくする様なさまぎまな規制に米国は同意することはできない」と述べ、SDIをあくまで強行する方針を変えていない。
事実、時を同じく十八日、米国防長官ワインバーガーはSDIの研究水準を開発水準にまで高めることをねらいとした、新計画を発表している。
その主な研究内容は①敵の核ミサイルと弾頭をブースト段階で迎撃するロケット砲を発射する宇宙戦闘基地、②敵ミサイルを識別・追尾しその弾頭が本物か囮かを判断するシステム、③地上の監視・追尾システム④SDIの柱である高速コンピュータによる戦闘管理システム、等である。SDIを更に一歩進めたものとなっている。
アメリカ帝国主義は、INFの全世界への展開を一九七九年以来進めて来た。核戦争を限定地域で展開し、且つ勝利する=「眼定核戦争戦略」に基づいたものであった。この″使える”(欲求にかられる)核兵器INFにより、世界の緊張は激化してきた。この先制核使用と眼定核戦争戦略が、米核戦略の中心に位置し、進められてきたのである。今回のINFの全廃は米核戦略の根幹の部分が破綻したことを意味する。そうであるが由に、レーガンにとっては「SDI」は絶対にゆずれない最終ラインなのである。

<日本の軍拡政策転換へ SSDⅢに向けた出発点に>
既に欧州では、INF交渉の成否が焦点化されつつある。巡航ミサイルの二度にわたる延期を克ち取っているオランダでは、八八年末までの巡航ミサイル四十八基の配備について、「米ソ交渉の行方を見定めてから」という立場を政府に取らせている。又、既に十六基の巡航ミサイルが配備されているベルギーもINF全廃条約を批准した場合、来年の追加配備分の三十二基を配備中止すると発表している。INF交渉の進展が他の軍縮へと大きく左右する条件となっている。
一方、日本においては、先の中曽根の「INFアラスカ配備」も焦点化されていない。現実にアメリカの核戦略の中心がSDIに移行し、アメリカの帝国主義内部での相対的力関係が低下している中で、日本の役割はより明確に且つ重要になっている。一方、主体の側でも平和原水禁運動の戦線も分断されたままである。国際的な有利な核軍縮の流れをSSDⅢを目標に国内で展開し、又、その力を逆に国際的核軍縮闘争に環元するのかが重要となっている。
かかる中、とりわけ今期国際軍縮週間での日本の平和原水禁運動に問われている任務は以下の二点に集約されてくる。
第一に、相対的に日本の安全保障の位置付けが変化し、その在り方をめぐって、職場・地域でこれを議論し得る(すベき)状況になりつつあり、他方、主体の側においては、平和原水禁運動が共通の課題・スローガンを掲げつつも分裂し、総評は三年後に解体する方向性を打ち出している中での、運動の存り方、進むべき方向性を打ち出すことにある。
第二に、前述の第一の議論の下に、来年に予定されるSSDⅢに向けた国内での統一行動、日本の平和原水禁運動の再統一に向けた行動を作り出していく出発点としていくことである。

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青年の旗 1987年9月1日 第127号

青年の旗 1987年9月1日 第127号
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【主張】 平和共存、反独占の予算国会包囲の闘いを職場・地域から!
                             —来年度予算概算要求決定—

<63年度予算の概算要求決定>
政府は七月三一日の閣議において、63年度予算の概算要求基準(シーリング)を決定した。一般歳出のうち、経常的経費は、五年連続で対前年比マイナス10%の枠を続けることになった。しかし、防衛費、政府開発援助費(ODA)は、例外的措置として扱われ、前者は六・二%増、後者は八・六%増の要求枠を認めこれまで通り優遇されている。一方、投資的経費は、五年ぶりにマイナス五%のシーリングを撤廃し、公共事業費は、事実上、前年比二〇%増となる。
そして、それを受けて、63年度予算の概算要求が、八月二二日締め切られた。その内容は、財政再建の旗を降ろすこともできずに、貿易黒字の累積を背景とする海外からの内需中心型の経済政策への転換の圧力の中、わずかにNTT株の売却益を財源とする公共投資の増加によって、積極財政へのポーズをとるという極めて不安定なものとなっている。

<公共事業型予算編成の中味>
一般会計の要求総額は、今年度当初予算比十二・五%の二ケタ増で、六〇兆八七〇五億円となり、初めて六〇兆円台にのせた。大平内閣の一般消費税導入が不発に終わった直後の55年度以来、実質横ばいを続けてきた公共事業の総要求額は、前年度比一六・四%増の約七兆八〇〇億円に達し、公共事業型予算編成の方向が一段と鮮明になった。
しかしながら、このことはNTT株売却収入を活用する一兆円の別枠要求が加わったため行えたものであり、「生活大国実現のため、21世紀を見すえた社会資本の整備」を基本理念とするところから、編成されたものではない。というのも、公共事業費は大幅に増加しているものの、その財源は「臨時・緊急の措置」である株の売却収入を活用しようとする考えであり、しかも、事業分野別要求額シェアは、従来とほとんど変わっていないからである。明確なビジョンに基づいた公共事業費の大幅増ではなく、緊縮財政下で加速された各省各局間の「既得権益固定化現象」を改めて浮き彫りにした。つまり、この期に及んでも今なお、既得権擁護の、独占のための公共事業を推進していく予算編成にすぎないのである。

<GNP比一%枠撤廃後の防衛費>
公共事業以外の項目を抑えることで、財政再建の旗印は守りたいという予算編成になっていると報道されているが、その一方で「対外配慮を重視する」という名目の下、はるか遠くまで見通せるOTH(超水平線)レーダーの設置や、最新鋭対空ミサイルシステム搭載のイージス艦の新規導入を盛りこんだ防衛費が、六・二%増、三兆七三五四億円の概算要求となっている。「防衛白書」で示されていた、初の本格的防衛体制ともいえる洋上防空体制の具体化が、予算要求面でも明確になっている。
GNP比一%枠が撤廃され、防衛力整備の新たな指針として、「総額明示方式」が打ち出されている。一月の閣議決定は、中期防衛力整備計画の期間中(86~90年度)の年度防衛費は、同計画が定める所要経費の枠内で決めるとしているのだが、この方式を91年度以降も採用していくというものである。五ケ年の所要経費を決めることが、GNP比一%枠にかわる新たな歯止めとなるはずがない。五ケ年計画は、政府が防衛力整備の目標と段取りを恣意的に決定できるものでありこれを政府決定として固定化することは、防衛費の先取りと聖域化をもたらすことになる。総額明示方式は軍拡目標を示すものにすぎない。
軍事に金をつぎ込むことは、再生産には一切貫献しないばかりか、マルクスが述べているように「海に金塊を捨てる」ようなものである。日本帝国主義が、平時においても軍需生産が日常的随伴物となる、帝国主義の最も腐朽的な性格を前面に出してきていると言えよう。そして、むしろこれまで他の帝国主義との闘争において有利な条件であったものを、自ら投げすてるものでしかない。

<生活関連予算の削減と膨らむ国債費>
こうした条件の下で、福祉・教育・社会保障関係の予算は、徹底的に削り取られている。年金、医療費などの当然増経費のため、来年度の社会保障費は、今年度七千億円増となるが、概算要求基準で四四〇〇億円しか、大蔵省は認めていない。差し引き不足分の二六〇〇億円について、財政当局は、老人の長期入院などを見直すことによって国庫負担を減らしたい意向であり、今後さらに年金・医療費を中心に削減されるのは必至の情勢である。
さらに今回より一層明瞭になったことは、国債費が一五兆四二〇〇億円、実に三六・一%増と、概算要求総額の約四分の一を占めていることである。この点において最も重視すべきことは、国債費の約七〇%、年間約十一兆円もの金が、金融・産業大独占資本に利子の支払いとして取り込まれていることである。緊縮財政のもとで、これら金融資本が最大の不労所得を得て円高不況のもとで最も不生産的な国際的金融投機に金をつぎこんでいるのである。

<政策論争の展開を>
社会党は「新宣言」を具体化し、円高・土地高騰などの現状から転換する二十一世紀プランとして策定していた、総合政策体系「もう一つの日本と世界」(二一世紀への社会経済転換計画)が、九月四日まとめられた。内容は、積極型財政を計画的に展開し、成長経済の中で財政再建を達成する。そして、下水道や住宅、大規模リゾート地の充実などの「生活財」倍増プランを、第一次五ケ年中期計画の課題とするものである。
今後、大蔵省は概算要求を、「六五年度をメドとした赤字国債依存脱却の原則は崩さない」との考えから一般歳出や国債費を厳しく見直し、五六兆円台にまで削減する方針である。どの予算が削られ、どの予算が認められるかは、勤労者を中心とする全ての反独占勢力の統一した闘いの強化が求められる。
具体的対案を提起し、それをもとにした国会包囲に結びつく、地域・職場での闘いが、今こそ求められている。

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青年の旗 1987年8月1日 第125・126合併号

青年の旗 1987年8月1日 第125・126合併号
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【主張】 労戦統一と我々の任務

今年十一月の全民労連(以下、「連合」)発足を目前に控え、労戦統一の現段階では、日教組・自治労を中心とする官公労の動きが焦点となっており、ここでの闘いの方向いかんが、連合発足後の労戦統一全体の動向に、大きな影響を与えようとしている。
我々は、傍観者であったり、評論家であってはならない。今回の労戦統一の背景と、それをとりまく、階級的な力関係を具体的に把握する中、日本の労働運動総体として闘う労戦統一に前進できるよう、全力を上げて闘わなければならない。

<労戦統一の背景>
今回の労戦統一は、七〇年代前半に「挫折」して以降、八〇年九月の「労働戦線統一推進会」結成以来進められてきたものである。
主体の側の背景はどうか。「企業別労働組合」として企業別に分断された状況が、克服されぬまま推移し、また、今日の円高不況の中で、「企業主義」が強まり差別化・分断化は、更に進行している。平均組合員数約二百名で、労働市場をコントロールするという組合の基本的機能を遂行しうる資格を「欠落」し、厳密な意味での労働組合ではない(その意味で、″半組合”)という状態に手がつけられぬまま推移し、今や、春闘十数連敗、組合組織率二八・二%(八六年)、青年労働者を中心とした「組合ばなれ」の進行等、その矛盾は、もはや眼界にきている。労戦統一は、この状態を克服する一つの条件として登場する「必然性」をもっていたのである。
政府・独占の側はどうか。比類なき搾取と収奪をくり返し、巨額の貿易黒字を抱え込み、今や世界一の債権国に「成長」した日本資本主義は、そのこと自体のために新たな帝国主義間矛盾—-異常な円高「攻撃」貿易戦争等–に直面している。政府・独占は、「新前川レポート」に象徴される「産業構造の転換」「内需拡大」により、「危機乗り切り」をはかろうとしているが、これは、帝国主義間矛盾が新局面をむかえる中で引き続きインフレ防止・独占利潤を保障する社会「改革」を狙ったものであり、勤労諸階層には、増税・倒産・大量失業・軍事大国化をおしつけるものである。そしてこのことは政府・自民党がこれまでとっていた「利益誘導政治の崩壊をもたらすものであり、政界再編、更にその受け皿としての、労働戦線の再編成を不可避とするものである。
また、これまで、「日本的経営」のよき「パートナー」として、その一翼を「担って」きた右派幹部にとってはどうか。「日本的経営」を支える三本柱–「終身雇用」「年功序列賃金」「企業別組合」-のうち、「終身雇用」と「年功序列賃金」は、「崩壊」しつつある。右派幹部がとってきた労資協調路線の政策面での表現である「経済整合性ある賃上げ」「賃上げより雇用優先」「生産性に見合った賃上げ」等は、こうした中で、破綻が一つ一つ明らかになってきている。まさに、右派幹部にとっても「指導の危機」が現実化しつつある。彼らはこの「危機」を、労働運動の中から左派の影響力を排除し、弧立化させ、労働戦線の圧倒的多数を、「右寄り再編」することにより、「克服」しようとしている。彼らが、そのために、「統一(もちろん本音は再編であるが)」の旗を振らざるをえなくなったという側面もみなければならない。

<全民労連のもつ二面性>
民間先行による労働戦線統一の「第二段階」として、今年の十一月二〇日、全民労協は、全民労連へ移行する。先述のとおり、連合に対する左派内部の対応は、残念ながらバラバラである。連合への移行は、労戦統一総体からみれば、まだまだ「一里塚」でしかなく、戦う労戦統一に向けて、左派の統一した対応が急務となっている。そのためにも、連合のもつ二つの側面について、具体的に把握していかねばならない。
第一の側面は、「右寄り再編」としてのそれであり、主に右派幹部の意図としてあらわれている。今回の労戦統一の経過の中では、右派のイニシアチブが先行しており、連合の「進路と役割」の中でも、それが色濃くでている(たとえば、「自由にして民主的な労働運動」の「伝統の継承」(綱領)、その「強化・拡大」(基本目標)とあるが、これは、同盟路線の基本理念であり、階級闘争に対立するものとされてきた。)
しかし、この右派幹部の意図が全てにわたり貫徹されているわけではない。現実の方向決定は、背景の中でみたように、こうした主観的意図をこえた、複合的意志の帰結として決定される。連合の基調の中でも、少なくとも「産業報国会」のような翼傘組織とはちがう「労働基本権の尊重」「力と政策」等についてふれられており、左派のイニシアチブにより労働組合として発展・強化していくための一つの手がかりはあるといえよう。
第二の側面は、企業別に分断された日本の労働組合を産業別に再編していく一つの前提条件を内包しているという積極的な側面(労戦統一本来の意義でもあるが)である。連合は、組織人員五三八万人で、その内訳は総評一二二万人、同盟一五二万人、新産別六万人、中立労連一二三万人、その他純中立など一二一万人となっている。数の上では、同盟系が多数を占めているが、産業別にみればいわゆる日本の基幹産業はほとんど組織されている。連合という「舞台」の上で、労働四団体の枠をはずし、労働組合の産業別ならびに全国的な結集を進め、「分裂状態の克服」をはかり、産業別組織へと移行し、日本の労働組合運動総体として戦闘性保持に耐えうる主体を形成していく前提条件を、内包している。
しかし、このことが、右派幹部のイニシアチブにまかせていて達成できないのは、火を見るよりも明らかである。
以上、二つの側面についてみてきたが、結論としていえることは、連合を中心とした労戦統一への左派の統一したイニシアチブの発揮が、決定的に重要になってきていることである。

<我々の任務>
今日、日本の労働者階級は、比類なき搾取と収奪の下におかれながらも、要求をかちとる現実的な展望が示されない中で、個々に分断されている。今回の労戦統一を要求をかちとる力、その現実的展望をきりひらくものにするためにも、闘う路線を、労働運動全体へ拡大する立場から、積極的にイニシアチブを現実の運動の中に発揮していかなければならない。そしてそれは、それぞれのおかれた立場からの、多様でかつ統一した闘いでなければならない。
①官公労において
現段階では、「全的統一」に向け、官公労部門の動向が焦点となっている。しかし、現実には労戦統一を巡る意見のちがいから、分裂の危機に直面しているといえる。官公労部門は、民間と異なり、日教組・自治労等、産別組織の形態を一定ととのえている。したがって、我々は、現在進められている「全的統一」の動きは、分裂を前提としたものにならぎるをえず、こうした「統一」には、断固反対していかなければならない。そして、日教組・自治労を中心に、産別組織として、維持強化することを前提にした、統一のため、闘わなければならない。
②民間労組において
まず、すでに連合に加盟することが確実でかつ右派幹部主導下の組合においては、彼らが、階級的路線を否定し、労資協調路線を進める「旗じるし」にしている「労働組合主義」を、その本来の意味(労働力の一括販売組織としての労働組合の理論と政策・実践の体系)にとらえ直し、その「確立」「強化」「徹底」のため、組合員の要求を掲げ、下からの大衆的闘いを組織していかなければならない。
また、すでに階級的路線が、組合運営に具体化されている先進的組合においては、これまでのべてきたように闘う路線を労働運動全体へ拡大する立場から連合に参加し、共同行動を追求していかなければならない。
右派幹部の「一元支配」とみられているJC大手労組においても、産業構造の転換、「日本的経営の見直し」の中で、「一般組合員」の下からのつき上げは強まりつつある。職場集会での不満の噴出にとどまらず鉄鋼労連傘下組合の「赤旗デモ」 「無期眼スト」、また、電機労連、全電通(総評)の反売上税集会への大量動員等、たとえ一時的とはいえ、組合全体の方針に反映させるケースも生まれている。
従来、基幹産業部門での組合指導を、右派幹部にうばわれた左派の「弱さ」を総括するとともに、これらにどう応えていくのか、どう組織化し、更に発展させていくのか -まさにこの点での左派の統一したイニシアチブが求められている。「階級的ナショナルセンター」等の別組織をつくり、共同行動の基盤自体を失ない、「たもとをわける」のではなく、たとえ困難であっても、基幹産業労働者の多数を「組織」している連合内部での闘いを強化し、変革していく中でこそ、要求をかちとり、社会を変革する現実的展望が切り開かれていくのである。

<労青全国化と労戦統一>
今回の労戦統一は、政府独占の狙う政界再編の動きともからみ、きわめて政治的・階級的なものである。したがって、左派のイニシアチブとは、全般的な階級闘争の分析・評価の上にたった指導性として発揮されなければならない。本来、この任務を担うべき日本共産党は、譲合主義とセクト主義のどろ沼にはまりこんだままで、統一労組懇を中心に「赤色労働組合主義」的な誤りをくり返している。
こうした状況は、左派の統一したイニシアチブの発揮を保障しえる政治指導部隊の登場を急務としている。
我が労働青年同盟は、今年中に全国的正式結成を実現すべく、全組織的な討議にはいっている。全国化の最大の意義は、まさにこの任務に応えていくための組織建設に向け、重大な一歩をふみ出すことである。
全ての青年労働者の共同事業として、労青の全国的正式結成をかちとっていこう!

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青年の旗 1987年6月1日 第124号

青年の旗 1987年6月1日 第124号
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【主張】lNF全廃、「ダブルゼロ」実現へ!—中曽根包囲の斗いを—

(1)NATO「ダブルゼロ」受け入れを決める
 六月十二日、アイスランドのレイキャビックで開催されたNATO外相会議は欧州配備の長射程中距離戦力(IRINK)と短射程中距離核戦力(SRINF)をともに全廃するという、いわゆるソ連の「ダブル・ゼロ」提案の受け入れに同意する、という声明を発表した。NATO内の意見対立に終止符を打ち統一見解を打ち出したことで、ジュネーブのソ米交渉はINF全廃の合意に向けて大きく前進する見通しが強まった。
 これを受けて、レーガンは十五日、テレビ演説の中で「欧州での長射程INF全廃と並んで、世界中の短射程INFを廃絶することをソ連側に提案するよう、米軍縮代表団に指示した」と述べた。 この中でレーガンは長射程INFは当面、米ソ双方が百弾頭づつ残す権利を持っているが、「最終的には、これも全廃したい」と述べるとともに、NATO諸国の支持の上で、米国がソ連の「ダブル・ ゼロ」提案の受け入れを決断したと強調した。

(2) INF全廃の意味するもの
この合意の意味することは、第一に、SALT交渉をはじめこれまでの「軍縮」諸協定が内実においては上限を定めるのみの「軍備管理」であったのに対し、INF全廃合意は実戦配備された核兵器が歴史上初めて削減・ 撒去される、文字通りの軍備縮少である。 合意が実行されたならば、五万発以上あると言われる世界中の核兵器のうち、双方で約六百基程度の核兵器が削減されることになる。
 第二に、 INF全廃は米帝国主義の核戦略の根本転換をもたらさざるを得ないことである。ICBMを基にかつては、ICBMを基軸とする「全面核戦争」「大量報復」戦略による世界の全滅の恐怖の下での均衡が存在していた。 この中で、INFの配備は「全面核戦争」に至らない「限定核戦争」戦略なる幻想を設定し、「先制第一撃」によるアメリカの核の優位と″使える核兵器”を求めてスタートした。ICBMが発射から三十分余で目標に達するのに対して、INFは十分足らずで目的に達する。 その為、INFに対する迎撃が不可能であり、相手の攻撃かコンピュータの異常による誤報かを判断している余裕がなく、誤報による報復もせぎるを得ないものである。 このINFがSALTの網目をくぐり欧州を舞台とした’地域的な核戦争”、軍事的緊張を激化させて来たのである。 欧州反核運動はこのINF配備を契機として高揚してきたのである。
 従って、このINF全廃の合意は欧州を核の戦場とする「限定核戦争」戦略の発動を著しく困難にし、この戦略そのものを破綻に追い込むことは明らかである。核の均衡も、八三年のガーターによるINF配備以前の時点にまで押し戻される。しかし、この戦略の変更が、再び恐怖の均衡、「大量報復戦略」に立ちかえるというわけにはいかないであろうことは明らかである。今まさに、「核のないヨーロッパ」の実現が現実的な課題とし登場した。

(3) ゴルパチョフ提案と日本の位置
 ゴルバチョフ書記長は「現在、我々は欧州の核兵器廃絶をめぎiす積極的な路線を実施しているが、 それは核の危険を他の地域に移すためではない。 我々の日標は核兵器のストックが最も多く集中している欧州からはじめて、全ての大陸から核兵器を取り除く方向に進めることだ。 なぜソ連はアジアに百基の核ミサイルを残すか。—米国も同意しているのだが—それは米国がアジア太平洋地域に強力な核戦力を集結させているからだ。我々は米国が、日本、南朝鮮、フィリピンにある自国の核手段を撤去し、空母部隊を含めてのラインまで後退させることを認めるならばグローバルな基盤でINF問題を解決する用意がある」と述べている。
 現在、フィリピンにおける米軍事基地撤去の斗い、韓国における米帝国主義の傀儡に対する広範な斗いの中で、極東におけるレーガンの核戦略は軍事的にも、財政的にも日本の協力抜きには成り立たない。一方、中曽根はINFアラスカ配備提案、 SDI参加の動きに示される様に、これに積極的に加わっている。 その財政的表現が防衛費のGNP比一%突破という形で表われている。 レーガンの世界戦略の中での日本の位置が増々重要なものとなっている。 同時に日本における平和・ 原水禁運動の国際的使命も重要になっている。

(4)INF全廃の破壊を許すな
 新たな核軍縮への局面を切り開きつつあるINF合意であるが、西独は自国領土内にあるパーシンク1a七十二基の核弾頭(米国の保有)は今回の削減対象からはずすことを主張している。 又、 NATOの一部からは、「INFの全廃により、通常戦力の不均衡が存在している」という声が出されている。 又、双方が百弾頭残すという長射程INFの配備地域や全廃の検証問題等解決を要する問題は多い。 帝国主義者へ INF全廃の’破談”への口実を与えてはならない。 INF全廃後の’新たな核の均衡, を造り出してはならないし、残されるであろう「SDI」中止へと斗いを継続させ得るトータルな暴露の下での斗いが今、我々、日本の反独占勢力に問われている。

 

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