【投稿】自治労における展望なき日本共産党の分裂策動

【投稿】自治労における展望なき日本共産党の分裂策動

この数年、日本共産党は、自らの影響力と資金源を確保し、選挙戦でのこれ以上の後退を食い止めようと、様々な大衆運動、とりわけ労働組合運動において組織分裂を進めてきた。
特に日本最大の単産である自治労では熾烈な組織攻防が展開された。
結果として、日本共産党の「一大攻勢」は惨散たる敗北に終わりつつあるが、日本共産党は例の如く「大本営発表」を繰り返している。
こうしたことから、ここでは、主戦場となった東京と大阪の経過をたどってみたい。
自治労内の日本共産党のフラクションは、愛知、京都、などの7県本部を始め、政令指定都市市職、県職のほかいくつかの単組、および自治労主流派の県、単組内の公然非公然の組織をもって構成され、その数30万と公称していた。
日本共産党の指導部は、連合の発足に照準を合わせ、第2の自治労を結成せよ、と総攻撃を命じた。 この中で、首都であり、組合員12万人を要する東京都職員労働組合の動向が最も注目され、「首都決戦」の様相を呈した。
もともと東京都職員は、本分庁(都庁職員各支部)と特別区職員労働の連合体であり、実際の労働条件の交渉はそれぞれに「権限」が存在していた。また基本貸金確定や、一時金闘争などは交通労組や水道労組を合わせた都労連単位で行われていたので、いわば「中2階」的存在であった。
日本共産党は、長らく、都職の執行部を支配していたものの、自治労主流派や、新左翼も抱えた運営であり、強引な分裂策動は行えず、一定の妥協路線を取ってきた。
しかし、先にも述べたように連合の発足、「全労連」の旗揚げ、という急展開の情勢の下、もはや城内平和に安住しているわけにはいかなくなったのである。
もっとも、それまでの作風にのっとり、「中立化」というまやかしの選択を揚げた。
しかし、大阪や全国の戦線で「戦場離脱、玉砕」が相次ぎ、開戦間無しに30万以上の組織化という目標の達成は到底不可能なことが明らかになり、二の足を踏む部分も出てきた。
これに慌てた日本共産党指導部は、主力である都職の突撃を厳命したのである。これを受けて、都職執行部は、一方的な自治労脱退を大会で決定しようとしたがかなわず、その後の支部単位の役選では勢力の後退が続き、強行策は裏目に出てしまったのである。
こうしてついに、昨年全支部で一票投票となったわけだが、これも予想を上回る日本共産党の敗北となり、組織勢力は自治労7万、日本共産党5万と逆転してしまった。
もっとも前提として、都職は分裂させずに、自治労系支部連合、自治労連支部連合を作り、それが上部団体一産別加盟単位-になるとの了解があったので看板だけは残ったことになる。
こうした結果となったのは、日本共産党が無茶な作戦を強行したことにつきるが、自治労主流派の大衆運動と組織問題をリンクし、自治労運動の優位性を示していった(10.21,横田基地包囲動など)努力がある。
大阪では、既に80年代の初めから、自治労主流派と日本共産党「衛都連」の組織戦が展開されていたが、全国状況を先取りする形で前面戦争に突入した。
戦線はこれまでの衛都速から、大阪市内に一気に拡大し、89年には1万4千人の大阪府職労が分裂し、自治労府職が再建された。
そして、これと前後して、「衛都連」の少なからぬ単組で、自治労への結集を目指す単組が誕生した。
このような反転攻勢ともいえる自治労主流派の動きに対して、日本共産党は大阪市職・大阪市従で分裂を強行、「大阪市労組」をデッチ上げた。しかし、その組織力量は、市職・従、合わせて2万6千人に対して、わずか600人であり、その幹部は圧倒的優位の敵に対する切り込みを、無能な指揮官から命じられた下級将校のようなものだ。
また、衛星都市のいくつかの主流派単組でも組合の10%に満たない人員で日本共産党が第二組合を形成したが、何らの庁内的、社会的影響力も持ち合わせていない。
大阪の場合も、賃金闘争や労働時間短縮などの取り組みで、自治労運動の優位性が明らかになり、組合員は、的確な判断をしていったわけである。
こうして、組織戦において自らが分裂をしかけたにもかかわらず、各所で戦線が崩壊してしまった日本共産党は、少数分裂の単組をもって、「○○市でも自治労連結成」などを宣伝しているが、その実は、インパール作戦における帝国陸軍「師団」と同じである。
それでも、日本共産党指導部は、「進軍ラッパ」を吹き続ける。東欧「社会主義国」で起こったことが、自らの支配する組合内でも起こっていることにも気が付いていないまま。 この進軍ラッパは最前線で疲れ果てた下級カードルには、レクイエムに聞こえるに違いない。(大阪 0)

【出典】 青年の旗 No.160 1991年2月15日

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【巻頭】1991年にあたって

【巻頭】1991年にあたって

<反独占民主主義路線の革新と一層の発展をかち取ろう!>
我々の組織とその周辺の人々は、1970年代以降に学生運動を経験し、「平和と平和共存、反独占民主主義、統一戦線」の旗を掲げてきた。これらは政治的なスローガンとして現在も十分に有効であり、ますます、その実現が現実的となっている。
平和を求めることが第一義的であることは、湾岸戦争の現在も明らかである。
戦後の冷戦政策の時代、ベトナム戦争反対の闘いから全欧安保、80年代欧州での反核運動の大きな高揚をへて、全面軍縮、東西の共通の課題としての核軍縮、そして通常兵器の削減に至る過程は、こうした平和を第一義的に追求してきた我々の路線が正しかったことを証明するものである。
さらに、反独占民主主義と一般民主主義闘争を重視してきたことも我々が「革命あそび」に陥るのを防ぎ、労働運動をはじめ部落解放運動や在日韓国朝鮮人の反差別の闘い、障害者解放運動・市民運動など様々な民主主義運動に多くの活動家を送りだしてきた。民主主義を実現すること、運動の過程・組織運営においても民主主義を貫くこと、党派の利害を大衆運動の利益の上に位置付けないことは、我々の「党派性」であり、理論の域ではなく、むしろ思想として我々の体の一部と言えるものである。
統一戦線については、運動を組織する原点である。現在の日本の政治状況を見ても、反自民・反独占で一致する勢力の統一、統一行動の必要性はますます労働者・市民の認識となっている。一昨年以来の参議院での保革逆転という政治状況は、平和や勤労者の生活向上のための具体的政策をめぐって、一層革新の側の統一を求めている。

<新たな政治の激動と民主勢力の前進のために>
今世界と日本は、今までにもまして全てが絡み合い、相互に影響しあいながら、様々な課題の解決を巡って、進歩の側と保守的な勢力の攻めぎ合いの舞台となっている。
今回の湾岸戦争では、単純な侵略主義のイラク対平和主義の国連・多国籍軍というような明確な色分けは不可能である。クウェートへの武力侵略は断じて許せないものであるが、中東の中の富の配分の格差は過去の植民地支配の結果というべきものである。アメリカ・多国籍軍の武力行使の開始は決して「和平」を求める声に応えるものではなかった。
アラブ・イスラムの中での解決は、いかにハイテク兵器を駆使してもそれだけで解決することは不可能であろうし、このままでは戦争の長期化は避けられない。
ハイテク兵器の駆使は、膨大な戦費となり、ブッシュは日本に負担を強く求めている。90億ドルの援助は、おそらく軍事的費用に充てられるであろうし、和平に役立つものではない。湾岸戦争と日本の関係で言えば、日本の平和外交、そのビジョンが問われている。
経済力に追い付かない国際的な外交姿勢に対する国民の眼は鋭く、新たな政治的対立の課題となることは必死である。自衛隊の海外派遣も昨年の「海外協力法」の破産の経験から、憲法論議を抜きに強行するならば、国民の大きな抵抗が待っているだろう。
我々は、職場地域から平和を守り、即時停戦、日本の戦争への荷担の中止を求めて行動を起こして行かねばならない。

91春闘の準備が進められ、連合結成2年目の春闘が闘われる。5年を越える高景気の持続という中で、時短と賃上げが大きな課題である。特に、労働者間の格差の縮小、土地・住宅・高齢福祉対策など政策的な課題も重要である。
また、高景気の労働力不足の中で、一面で労働条件は自然と上向いている。しかし、労働者の権利という面からは長時間労働、変則的勤務形態の増加、無権利状態の労働者の増大という現実もある。制度政策要求を強め、連合の力を本物にしていく必要がある。
また、労働組合の体質も新たな革新が求められている。言い古された組合民主主義ではあるが、官僚主義と保守的体質はまだまだ根強いものがある。
我々は、労働者の組織の強化と生活の向上のために一層奮闘するものである。

平和・人権(民族的権利も含む)・民主主義・環境問題は世界共通のキーワードとなり、国を越えて、人々の運動は結び付き、意見を闘わせ、連帯することを求める。

<社会主義の惨めな現実とその精神的衝撃>
国際的な問題に眼を転ずればここ2年間で劇的な世界の変化が進行してきた。
特に、ソ連・東欧の問題では、不安と失望的な感想抜きに語れないような現実がある。
85年にソ連でペレストロイカが開始された。最初は、政治的な民主主義のレベルであった。過去の社会主義の暗部というべき事実が公表され、過去の指導者への批判も行われた。もちろん、経済の停滞、社会の停滞、というなかでペレストロイカ(加速化)のための、党と国家、政党と行政機構の整理も提起されてきた。こうしたソ連の自己切開、改革の流れの中で、東欧の民主化は準備され、89年の秋一斉にに解き放たれた。
そこで、明らかになったことは、我々が世界の三大革命勢力の一つとして学んで来た「社会主義世界体制」の非民主主義的実態であり、ロシア革命以来70年を経た社会主義の惨めな現実であった。
理論的にどう解釈するか以前に、精神的ショックこそが我々を捉えたのである。
そして、社会主義の現実とともに、党、政治の問題も同様であった。東欧では共産党は姿を消し、社会民主主義の党がとって替わった。「民主集中制」「プロレタリアート独裁」「党の指導性」云々の理念は理論的にどうあれ40年間も「社会主義」の下で生活してきた労働者市民によって事実上否定されてしまった。
こうして、少なくとも我々にとってここ20年間運動の基礎と考えてきた社会主義をめぐる理論的な事柄が新たな検討の対象であることは、共通の認識となっている。
労青は自己を党と自己区別をしてきたし、MLを学ぶものと位置づけてきた。
民学同がそうであったように、労青も民主的青年組織の位置づけを逸脱したことはなかった。確かにそうなのだが、民主主義こそが社会主義の入口であるという意味で、我々の組織は世界の進歩的勢力としての社会主義を信頼(!)してきた。
平和と民主主義の勢力として、世界の平和を求める人々との連帯を掲げつつ、根底的には社会主義の存在を抜きに平和は語れないという意味で、社会主義を身近に感じてきたのである。
社会主義の崩壊とも見える現実はけっして他人事ではなく、我々自身の問題と捉えたいし、深刻な問題として我々自身の前にある。
我々の仲間は、自らの問題としてソ連・東欧の激動を見てきた。評論家ではなく、共にこの時代を生きていく、切り開いていく同志として。
我々に求められているのは、根本的な問い直しをけっして焦ることなく行っていくことである。この過程は、誰かが答を用意するのではなく、各人の学習、検討、組織的な討議を通じて進められねばならないし、討議の枠は従来の狭い枠に留まることはできない。

<我々の認識についての反省>
理論のレベルに至る前に、我々の認識の仕方の中の教条的な面、党派性の名の下にあった固定観念についてはこの際、徹底的に整理すべきであろう。我々自身は、ソ連・東欧の国内的に否定的な事実、人権と民主主義の面から同意しがたい事実が歴史的にも、現実にも存在することについてそれなりの認識はもっていた。しかし、帝国主義に反対し、世界の平和と民主主義を守る社会勢力としての社会主義国家・体制としては、我々の側にあるという認識をもってきたのである。
しかしながら、東欧の社会主義の現実や、ソ連に於て30年代以降スターリンと国家が人民に対して、党の重要な活動家にたいして行ってきた粛清の現実、民族政策のあやまりなどについて、我々の問題意識にあったとしても、議論や研究の対象としては十分に捉えていなかった。それは、根本的には社会主義における民主主義の問題であった。
帝国主義と社会主義という世界体制の問題とその国内での非民主的体制と言うものを統一的に捉えることが出来なかった。社会主義は守るべきもの、「母なるロシア」の認識はアプリオリなものであった。
すでに、ソ連では大量の歴史的文書、いままで公表されなかったものが公表され、あらゆるものが批判・研究の対象となっている。事実を事実として公開し、批判・研究の対象とし、議論できるという良い条件が整いつつある。われわれも、「事実」を事実として認識することは国内の大衆運動や自ら関わる運動の際には、当然のことであり、それ抜きでは一歩たりとも前進することが出来ないのは自明のこととはいえ、社会主義や党派的な問題では事実を事実として認識できなかった反省に立って、あたることが必要である。

<克服可能か?ソ連の状況>
勿論、ソ連や東欧の人民が直面しているのは、深刻な経済的危機であり、民族対立である。残念ながら危機を解決する経済措置やそれらを進めるべき政治的指導部においての不安定であり、人民の統一が困難になりつつある。市場経済の導入とはいうものの、70年代の石油ショックから省エネルギー化、コンピューター化をすすめた資本主義諸国との経済的国力の差は覆うべくもなく、国内の経済混乱はソ連でさえ食糧不足から飢餓も懸念される事態となっている。
少なくともゴルバチョフの政治的立場は今もっとも危険な状況にある。我々は1985年にソ連共産党書記長に就任して以来のペレストロイカについては、停滞の社会主義を革新する偉大な試みであり、その精神と軍縮において世界の流れを変えた新思考路線を断固として支持するものである。
しかし、昨年来の大統領制の導入・市場経済の導入を明確にして以降の国内動向はゴルバチョフの政治的指導力には、様々な諸条件も絡まり明らかな陰りを見せている。
改革派といわれる人々も、国民の統一の方向を、言葉ではなく、実行あるものとして提起できていない。あらゆる意味で社会の機能回復がまず求められるべき状況である。
今後のソ連の動向には、我々の予想もしないシナリオもありうる。諸問題の民主的な解決、経済の再建、ペレストロイカの成功を願わずにはおれない。

<ペレストロイカから何を学のか>
ペレストロイカは、社会主義70年の歴史総体を問題にしてきた。その核心は民主主義を徹底し、人々の総意を発揮させ、社会・経済を活発化させ、社会主義を再生する壮大な革新運動である。
ソ連の場合は、経済の停滞の現実から、社会の革新、社会組織の革新と活性化がもとめられ、民主主義的原則が取り入れられつつあった。官僚主義・共産党独裁から複数政党制、党と政治行政組織の独立など民主主義の保障の方向にある。
我々の労働組合や社会運動組織の中に同様の体質がないと誰が断言できようか。反独占民主主義の路線を取っていたとは言え、まだまだ同様の体質を残してはいないだろうか。目的のためには民主主義の否定も許されるかのような体質は現実にある問題である。

<組織のあり方に関わって>
労青は、民主主義・民主集中制の理解について、5年前に徹底した議論を行ってきた。結成時の議論である。大阪府委員会は討議資料を発行し、東京都委員会は見解を出してきた。
ソ連や東欧の激変があったからといって、過去の論争を清算的に総括することは避けなければならない。現時点で再度組織討議の中から新たな確認が求められているし、様ざまな問題について今後討議の場をつくりだしてい必要がある。
この論議の過程で我々は「論争・公開・統一」の原則を確認してきた。組織内の民主主主義は生かされてきた。只、それ以後、さらにこの立場が豊富化され、強められたかといえば、不十分であった。今後の課題は、公開論争、出来るだけ広い論争の場をどう保障するか、また各々がどれだけ自分の意見を持ち、粘り強い論議を行える力をつけていくのかという問題である。一人ひとりの努力が必要であり、組織の体制が不可欠である。

我々の組織を「政治同盟」か「活動家の交流組織」のいずれとするのか、また、平和運動の形態をどうするのか、連合の評価は現時点でどうなのか、社会党をどう評価するか、社会主義論、などなど新しい意味での思想闘争、政策、政治論争の開始を組織的に保障し、盛り上げることなしに、民主主義など絵に書いた餅に等しいものである。今後は「青年の旗」を通じて積極的な論議を起こしていきたい。

<広大な統一民主勢力の創出を!>
1991年の年頭にあたり、問題意識をまとまりもなく連ねてきた。なにか整理しなければならないとの問題意識が今みんなの共通の意識といえる。
今年一年で整理できないかも知れない。日常の労働運動や様々な運動、勿論仕事の中で忙殺されてしまうこともあるかもしれない。しかし、我々が作り上げてきた「運動と組織」は、こうした論議と総括なしに守り、発展させていくことは不可能である。
平和と反独占民主主義・運動の統一のために今年一年労働青年同盟全国協議会に結集して共に闘おう。広大な民主勢力の統一と前進のために!。(H)

【出典】 青年の旗 No.160 1991年2月15日

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青年の旗 1990年4月1日 第159号

青年の旗 1990年4月1日 第159号
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【政治】 政・財・官の癒着構造を許さず、勤労諸階層の生活向上を実現する
公平・公正な軽済構造へ—日米構造協議—-

日米構造問題協議会の中間報告が四月六日、日米で同時に発表され、同日日本ではこの報告の内容が閣議にて了承された。今回の協議での合意事項での日本側報告の主たる内容は、一、公共投資の拡大、二、市街化区域内の農地の課税強化三、独禁法の改正と罰則規定の強化、四、外為法改正による対日投資促進、五、内外価格差是正策の実施と定期的モニタリング制度の導入、六、大規模小売店舗法、(大店法)の改正、などである。特にこの間米国側からの強い要求によって争点になっていたとされる大店法については、一年後の大幅改正、更に改正から二年後の「見直し」が明記されたほか、公共投資では期間十年間の総合的を公共投資計画の策定とその支出総額の最終報告での明示、独禁法については来年度改正による課徴金の引き上げなどが報告に盛られた。

<日米構造協譲とは>
日米構造問題協議会は昨年夏以来進められてきたものである。諸外国との貿易不均衡が拡大し、貿易赤字の縮小を目指してもなかなか前進しをいことを口実に米国政府は八十八年「新通商法」を定め貿易不均衡の「改善」に乗り出した。特に貿易赤字の六割を占める対日貿易赤字を縮小させるべく米国政府はこの「新通商法」の中のスーパー三〇一条を強力に運用し始めた。スーパー三〇一条とは、米国通商代表部からみて、ある国の貿易・商習慣が不公正であると判断できれば相手国と交渉を行い、相手国が交渉に応じ、指定した期間内にその「不公正」であるものが是正されず米国にとって目に見える成果が得られなければ、米国通商代表部が相手国に対して自動的に制裁を課するというものである。昨年五月、米国通商代表部は日本を不公正貿易国と名指しすることは避けたが、日本のスーパーコンピューター、人工衛星、木材製品をスーパー三〇一条の調査対象品目として指定した。同時に米国ブッシュ大統領はこれとは別枠にして、「日本経済には構造的を障害があるからそれらを取り除くため」として流通機構、土地利用、金融系列の問題をどの経済構造問題での日米間協議を提案した。これが現在進められている日米構造協議の発端である。協議は今後も継続され、七月に米国ヒューストンで開かれる先進資本主義国首脳会議(サミット)で「最終報告」が発表される予定になっている。

<世界経済の大きな構造変化の中での日米経済協議>
一九六〇年代後半からの繊維に始まり、カラーテレビ、鉄鋼、自動車、牛肉、オレンジなどと個別製品を巡って両国間で「調整」が繰り返されてきた日米貿易摩擦が、ついに両国それぞれの経済構造について見解を述べ合い、「改造」を要求せざるを得ないまでに激化してきた背景には今日地球規模で進む大きを変化がある。一九七〇年代、二度のオイルショックが引き起こした世界同時不況、インフレ、生産性の低下、失業増大などといった資本主義世界経済を襲った危機への資本の側からの対応策………高度の技術やエネルギー、原料の節約に基づく経済…産業構造の改革の進展………が今日の世界に及ぼしている影響を見ないわけにはいかない。マイクロエレクトロニクス革命に象徴される科学技術革命の進展による生産諸力の飛躍的増大、そして多国籍独占体の拡大を背景とした経済のボーダーレス化、情報化、モノやサービスや資本が国家間を自由に行き来するという状態の急進展。生産手段の私的所有の下でこの飛躍的に拡大された生産力が無政府的に、しかも地球上の隅ずみで行使される結果は地球環境の破壊に象徴されるこの地球、人類そのものの生存の危機に行き着きかねない状況を生み出し、また、生産諸力の拡大による競争の激化が資本主義世界に於て日、米、欧の三極を中心として繰り広げられる中で、地球規模でみればそれ以外の地域との間での格差の急激を拡大、飢餓と貧困に象徴される発展途上諸国の後進性克服の問題は一層鋭さを増すこととなった。こうした構造的な変化に対する対応は既に地球上いたる所で進められている。ソ連の新思考外交に牽引されながら進展する核軍縮と対になって進む開発援助計画。環境破壊防止のために検討される生産の無政府的拡大に対するより理性的な規制、一方での環境破壊防止そのものすらを新たを利潤拡大の場にせんとする資本の動き。閉鎖された社会主義経済圏をグローバルを相互依存の深まる世界経済に解放しつつ生産諸力の拡大を進めるという経済改革と一体になって政治・経済・社会のあらゆる領域で進む社会主義の再建。日、米、欧三極間での経済競争の中で一九九二年市場統合を目指す欧州の資本主義諸国、世界最大の債務国とをり慢性化した国家財政赤字・経常収支赤字を抱えをがらも巻き返しを狙う米国、一方、一九七十年代からの構造変化を最も効率よく成し遂げをがらも国内に先進資本主義国中最大規模の国家財政赤字を抱え、またこれからの世界経済に互していくために国内における多くの経済構造の変化を遂げねばならをい日本。これらの進みつつある世界経済の構造的変化が現在進行している日米構造協議の背景にある。
そして深刻を経済・貿易摩擦を抱えをがらも、米国市場なくしてはなりゆかない日本と、債務を日本からの資金でファイナンスしてもらうことをしには立ちいかない米国という関係を維持しながらこの協議は進められている。

<外圧利用で国内利益還元構造を固めてこれた政府・自民党>
今回の「中間報告」に対し、米国政府は「大幅な進展が達成できた」(ブッシュ大統領)と評し、今秋の中間選挙を控えて議会、有権者に対して米国政府の働きかけの成果をアピールするとともに、「最終報告」で米国政府が望む成果が上がらなかった場合に、「中間報告」で得た「よい感触」とのギャップの大きさを「口実」として、新たな要求、あるいは制裁の発動を行える余地を残したものといえる。一方、日本政府は「国民生活の質の向上と消費者の利益の増進を図り、わが国経済を世界経済とより調和のとれた姿としていく上で、わが国経済構造の改善は、大きく貢献するものであり、国益にかなうものである。‥…中間報告に盛られた日本側の処置は、困難を国内的な過程を経て到達したものであり、また今後の実施に当たっては、痛みを伴うことも予想されるが、私は、これはわが国の国益を増進させるために必要であり、かつ、国際社会の責任ある一員としてわが国が負うべき責務であると信じており、…」との首相談話を発表した。「国民生活の質の向上と消費者の利益の増進を図る」といいつつ協議に於て如何をる要求が米国側から提出されているのか、それが実施された場合消費者が受ける利益、不利益はどのように予想されるのか、をどといった情報をいっさい主権者に示さず関連する業界対策だけをひそかに進めるという姿勢は、「外圧」を利用して国内利益還元構造を固め直し(「外圧」によって自民党離れを起こしそうなこれまでの支持集団には補助金をそそぎ込んでつなぎ止め)、政界・財界・官界の癒着構造を一層深化させ、資本の利潤拡大の道を温存するというこれまでの政府・自民党のやり方を繰り返そうとするもののように見える。しかし政府・自民党がこれまでと同じ様を対応ではもはや乗り切れをいと考えていることも事実であろう。

<公平・公正な勤労者に望宣しい経済構造への転換を>
日米構造協議に於て日本側が問われているのは日本政府自身が認めているようにこの国の経済、そして政治のあり方が消費者の方を向いてこなかったこと、すをわち、生産者、資本による利潤拡大を第一義としてきた経済構造を転換することである。本年年頭以降、日、米、欧の三極構造の中で日本の円だけが他国の通貨に対して下落を続けている。日本からは資本が流出し続け、昨年一年間では貿易黒字の二・五倍の資金が海外に逃げ出している。強いと見られていた日本の経済構造に対して、それらの構造は今日世界で進みつつある経済構造の変化に対応し得るのかどうか不信が寄せられている。急激な技術革新が日本経済の強さの一因であることは確かだが、同時に、株高や地価高騰などによる経済の投機的体質、それらを可能とする株式の持ち合いや無原則な土地政策、また貧しい社会資本と長時間労働に象徴される勤労者への犠牲転嫁が日本経済の強さの背景にあることも事実である。これらの構造に象徴される日本経済の底の浅さが、社会主義国の変革に有効に対応できないでいる外交政策、リクルート疑獄などこの間の国内政治の状況に如実に示された民主主義の根の弱さなどとあいまって外国為替市場における円安の大きな要因となって現れているといえる。
相互依存を深め、人類全体・地球規模の課題に直面する世界経済に於て、ある一国だけが突出した経済競争力を持ち続けることは困難になろうとしている、効率第一主義、利潤拡大第一主義に対して、公平と公正という規制が強められねばならない状況が世界に於てつくりだされつつある。大きを経済力と強い競争力を有している日本の資本主義もこれらの国際的な規制を受けざるを得ない。また国内においても不平等、不公平の急激な拡大に歯止めをつけるべき必要性の合意は形成されつつある。日本政府が「国民生活の質の向上と消費者の利益の増進のための構造改革」と言わねばならない客観的条件は国際的にも国内的にも整えられている。問題はこれを建前だけに終わらせ実質的には資本の側の権益・利潤拡大の道を温存・拡大し、勤労者、民衆に新たな負担が押しつけられるような形で日米構造協議の結果を終わらせてしまうのか否かであろう。客観的な条件を勤労者、民衆の側にとって有利なものとなる方向へ切り開いていく闘いが必要であろう。
経済のボーダーレス化が進み、世界各国の相互依存関係が益々深まりつつあるにも係わらずこの日本のみ孤立して、独自に「革命」ができるとでも考えているのであろうか日本共産党は「屈辱的を日米構造協議は打ち切れ」と主張しているが、これは現実に進展しつつある国内外の諸情勢とは全く無関係の、また現実を変革していくための政策・展望とは無縁の主張と言わざるを得ない。一方、他の野党も、この日本が直面している課題にどのように対応し、勤労者、民衆の生活の真の向上と、公正さ公平さの拡大を効率の上昇の中で合わせて実現して行くための政策を示すには至っていをい。どのようにこれらを実現していくのかの論議が、与野党逆転の参議院を活用して民衆の前に公にされ、民衆の要求と、その要求実現のための闘いが国会の論議と結び付くようにすべきであろう。

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青年の旗 1990年3月1日 第157・158号

青年の旗 1990年3月1日 第157・158号
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【選挙】 –第三九回衆議院総選挙の結果について–
                                  高い投票率に示された国民の選択
                                 日本の将来が語られない「知的空白」

第三九回衆議院議員総選挙の結果自民党は前回の当選議席三〇〇には及ばなかったもののいわゆる安定多数である二七一議席を大きく越える二八六議席(追加公認含む)を獲得、社会党は前回より五三議席増やし追加公認を含めると一三九議席という一九六〇年代の議席水準に回復し、その一方、公明、共産、民社各党は大幅に議席を減らした。

<極めて高かった投票率>
今回の総選挙に於て特徴的であったのは投票率が極めて高かったということである。各種の事前世論調査においては八割を越える人々が「投票する」と答え、
実際に七三・三%もの有権者が投票に参加した。このよう極めて選挙への関心が高かった背景には、第一に昨年夏の参議院選挙での与野党逆転を受けて既に参議院では与党自民党が小数派になっているという国会の状況の下で、衆議院という国政の主舞台で「一九五五
年の保守合同以来一貫して政権の担い手が自民党であったという状態に変化が起こるかもしれないという社会的な認識」の存在があげられる。昨年の参議院選挙における社会党の大勝と対称的な自民党の大敗北はこの国に於て自民党に替わる政権の誕生を可能ならしめ
る社会的な構造の大きな変化が生じていること、自民党一党による永年の政権の独占に対する批判と不満が大きく育ちつつあることを明らかにするものであった。この「今後の政権の担い手が替わるかもしれない」という社会的な意識が極めて高い投票率に(保守の側からも、またそうでない側からも)反映したといえる。
第二の背景は、日々の生活に係わる消費税、住宅・土地問題、社会保障の未来、農業の未来など自らの生活に係わる問題、しかも政治に依ってしか解決されない問題の存在を有権者が実感しており(これらに対する具体的な解決策は殆んどの政党からも提示されなかったにもかかわらず)この政治の現状を変えなければならないという意識が有権者の中に大きく形成されつつあることが高い投票率に反映したといえる。

<自民党安定多数確保と、社会党議席回復>
そしてこの高い投票率の結果が自民党による安定多数の確保と社会党の議席増、公明、共産、民社の減少であった。総選挙公示二週間前に行われた朝日新聞世論調査によれば「与野党の勢力伯仲を期待」が四八%で、「自民党の安定多数を期待」は二五%であった。政党支持率は昨年参議院選挙以降自民党は四〇%台後半でほぼ横ばいを続け、野党の支持率合計も四割台を維持し続け政党支持率でみる限りほぼ与野党にらみあいのこう着状態のまま総選挙は行われた。また結果からみれば社会党の議席増は単に前回の負け過ぎ(八五議席)の反動というだけではなく、いわゆる「追い風」が依然として残っていることを示すものであった。社会党は一三〇選挙区のうち七四選挙区でトップ当選、二人当選区(単独推薦含む)は十七誕生し特に公明、民社など「中道」政党が弱い東北・北海道では二人当選区が七誕生、前回五〇あった空白区も八に減っている。これらの事前の有権者の反応、及び社会党への「追い風」にも係わらず結果は「与野党伯仲」どころか自民党が楽に安定多数を越え(得票率では前回三〇〇議席を得たときよりも三.三ポイント減少しただけであり、これも無所属で立候補した中曽根、藤波両議員の分を加えれば減少は更に少しでしかなかったことになる)、社会党は他の野党の議席を得て躍進した(社会党の得票率は前回があまりにも少なすぎたこともあって七ポイント程増加しているが、他の野党の減少した得票率の総計・・・三・七ポイントと自民党の減少分が社会党の増加になっている)という状況である。
こうした結果になった背景には、第一に自民党に替わる政権の構想が野党の側から示されず、また候補者の数を見ただけで闘う前から自民党が過半数を割ることが起こり得ないと判断せざるを得ないような状況しか野党の側が作り出し得なかったということがあげられる。野党第一党たる社会党に得票が集中したように自民党一党による政権の独占に対し不満と批判を持っている民衆は多く存在しているが、では自民党政治に替わってどのような政治が目指されようとしているのか有権者には示されていなかったのである。一生涯かかっても住宅すら手にすることができなくなった都市近郊の勤労者、とにかく今のままの自民党農政の延長には日本農業の未来は見えないことを実感している農民、自民党・官僚・業界一体となった利権構造がリクルート疑惑に象徴される腐敗の温床であることを、自民党政治が持たざる者と持てる者の間に極めて大きな不公平をもたらすことを、自民党の政治家が中央から補助金や公共事業を取ってきてもそれだけではその地域の生活・そこに居住し働く人々の生活が良くなりはしないことを民衆は実感し始めている。民衆が閉息感を感じて変えたいと思っているこの自民党政治に替わる政治の構想・理念、どのような人々のためにどのような課題に対してどのような方向・視点から改革を進めようとしているのか(たとえ具体策まではいかないとしても)、そうしたことすら自民党に替わるものとして野党の側から統一して提起されることはなかった(自民党政治のどこを継承するかというような話だけはあったようだが)。「自民党一党による政権の独占に変化を生じさせられるかもしれない」という民衆の期待はこうして消耗させられた。逆に東欧・社会主義国の現状と照らし合わせた保守の側からの宣伝「自民党が政権を担当してきたからこそ経済成長できた」もあって、「政権構想も定まらない不安定な部分へ政権を移すより、まあ参議院は自民党少数なのだから、たとえ様々な不満はあっても今回は自民党の方がまだまし」と有権者が選択する状況が自民党の手と言うよりも野党の側に依って作り出されていたのである。第二の背景には、保守の側の総力をあげた防衛戦であったということがある。三〇〇億円といわれる企業献金(しかもその中には消費税導入-物品税廃止の成功報酬というべきような自動車業界・家電業界などからの献金も含まれている)、かつてない規模の企業ぐるみの選挙運動と動員に象徴されるように昨年の参議院議員選挙での自民大敗北によって保守陣営の中に生まれたかつてない危機感をバネに、自民党は争点を曖昧にしたまま東欧情勢をバックボーンとし自民党以外が政権を取った場合の不安感を保守陣営の中にかき立て、かつてなかったほどのカネのばらまき・利益誘導、企業ぐるみ選挙・しめつけを行ったのである。その結果が選挙に反映されたといえる。また、前回の総選挙以降のカネ余り、円高、株高などを背景としながら、自民党政府が進めた土地政策、資産家優遇政策によっていわゆる「持てる者」の層が一定広がると共にその持っている資産が拡大し、これらの中で潜在的に保守支持が強まる傾向が生じたこともある。昨年九月の日本の株主総数は延べ約二千八百二十万人でそのほとんどが個人資産家であり、この数は前回総選挙前の八五年九月より一千万人も増えている。更に、消費税が簡易課税、免税点などその欠陥故に利益を得ることができることをこの半年間で実感した業者が昨年の参議院選挙とは変わって自民党支持に回ったことも考えられる。大蔵省の試算では簡易課税、免税点などの優遇処置で最大約四千八百億円もの消費者から業者に支払われた消費税が国庫に納められないといわれており、いわばこの四千八百億円が業者の買収資金と言うべき役割を果たしたことになる。第三の背景は言うまでもなく公明、民社、共産の各党の議席減、特に民社党(十二減)、共産党(十減)の大幅な議席減がある。民社党の敗退はいわば自民党補完物というべきような曖昧な政治姿勢(特に消費税導人の際にみられた)にその原因を発している。共産党は前回より議席で十、得票数で七万人、得票率で0.八%減らした。共産党の敗因はなによりも労働戦線再編や消費税廃止の闘いなとに公然と分断を持ち込むセクト主義・統一戦線政策の不在にある。そして国内外で大きく動いている社会的な構造変化に対する無理解、この構造変化に照応し民衆の側から次々に出て来る要求を実現するための新しい形態と質を持った闘いの構築に向けた政策の不在にある(あまりに硬直したかれらの政策を見るにつけ、現在の日本国内に生じている問題、民衆が解決を要求している問題とその原因についての現状把握は支配政党よりも劣っているのではないかと思わざるを得ないことが多々ある)。「東欧問題」が最大の敗因であって、次が自民、民社、公明そして社会党の一部による「反共攻撃」などという根本的な問題に立ち入らない「総括」(二月十九日、常任幹部会)を繰り返しているようでは今日に至るも、この先に期待をよせる五二二万もの人々を裏切ることにしかならないであろう。

<憂慮すべき事態>
今回の衆議院選挙を顧みて今後の日本の政治を考える上で注意を払っておくべきことがある。それは自民党から共産党まで総じてこの激動する世界の中でどのような世界と円本の将来を考えるのか全くと言っていいほど語られなかったことである。冷戦時代終了後の安全保障政策、世界一の債権国・世界の金融市場を揺るがすジャパンマネーの供給国・世界第三位の軍事費大国日本の一挙手一投足が世界全体に与える影響について、またこの日本の民衆の日々の生活が世界中から輸入されるもの世界中へ輸出しているものなどに示されるように世界と深く係わりを持っていることは殆ど語られることがなかった。いわば新しい時代に照応した国内外政策は全く提案されなかったのである。与野党含めて国内的な課題にのみ(特に地元にどんな利益をもたらせるか一に終始し、更に困ったことには自民から共産まで「コメは一粒も輸入させない」に象徴されるように極めてナショナリステックな対外策しか提案していない。世界経済における相互依存性が極めて高くなりしかもこの国の動きが世界に大きく影響を与えざるを得ない程の経済力を持ちながら、世界に対して「ノー」と言うだけの政策しかないのでは世界の混乱要因にしかなれない。
もう一つの点はリクルート関係議員が与野党に関係なくほとんど当選したこと(但しその多くはさすがに得票を減らしてはいるが)、財界からの巨額の献金・カネ・利権・地元・圧力団体優先の利益誘導政治、個人の思想信条を歪めかねない企業ぐるみ選挙、一方でこれまた組合による組合員一人一人の思想信条を侵しかねないような特定政党支持のための機械的・一律の全組合員からの選挙支援資金徴収……英国の中立系紙インディペンデントはこれらの状況を「民主主義の根がこの国(日本)では浅く、選挙戟は知的空白の中で行われる」と評したそうである。この国の民主主義をより徹底させようとする勢力にとってこれは克服し変革していかねばならない重大な課題である。一方、民主主義破壊を進めてきた保守勢力にとってすら深刻な事態といえるであろう。冷戦構造の陰で「西側陣常の一員」と言っていさえいれば良かったのが、冷戦構造の終わりと共に、自らが同盟国と呼んでいた西側陣営と呼ばれる先進資本主義国からすら共通の民主主義のレベル(そのレベルがどの程度のものであるかは別として)にすら達していないと言われかねないからである。

<新しい傾向>
またこれからの民主主義陣営の闘いに於て積極的に評価しておくべきことも見られた。その一つは資本主義か社会主義かというような考え方ではくくりきれない新しい考え方、例えば、自民党一党支配の下での利益誘導政治による生産者サイド(あるいは企業の論理)対消費者サイドへあるいは人権、環境、福祉などを主題とする考え方)というような新しい対決軸が登場してきているのではないだろうか。その意味でこの国の政治を変えていく統一戦線のあり方、その運動について一層検討を加える必要がある。日本資本主義がどのような状況に至っており、それが民衆の状態にどのような変化を引き起こしているのか、特に八十年代の自民党政治の過程で持てる者と待たざる者に象徴される階層の分化がどのように進んできたのかを改めて検討し、戦略を再編する必要がある。
もう一つは社会党の選挙運動の中などで多くみられたように労働運動、労働組合運動と消費者運動・反原発運動などに代表される市民運動との新しい関わりのあり方が模索され実践されているということである。これは今日の日本の状況の中で制度政策の提案とその実現ということを掲げて連合が結成されたことに示されるように、労働運動、労働組合運動が経済的要求の実現のみにとどまらず、生産諸力の発展に照応した労働とそのありかた、労働者・民衆の生活全般、社会のあり方まで考え、提案し、闘い取って行かねばならない時代になっていることを示すものではないだろうか。

<今後の政局>
国会は衆議院解散前と同じく衆院では自民党が安定多数、参院では自民党が過半数割れという状況の下で続くこととなった。予算と条約、それに首相指名に付いては衆院の議決が優先し、法案に付いても参議院での否決後改めて衆議院で三分の二の多数で可決すれば成立する。しかし今の自民党の議席では三分の二に届かない。自民党以外の野党が結束していれば一本の法案も成立しえないという状態が少なくても五年間は続くわけである。参議院だけとはいえ消費税廃止法案の成立、被爆者援護法実の成立など、僅か半年間とはいえこの国会の状況が民主勢力の闘いにとって決して少なからぬ可能性と意義を持つものであることは実証されている。この機会を最大限活用し、この国の今までの政治のあり方を転換させ、民主主義を徹底させる新しい内容・形態・質を持った闘いの前進・拡大をこの国の社会の深部で進んでいる構造的な変化に照応しながら創り出していくべきであろう。
当面問題となるのは消費税である。政府・自民党は消費税は認められたと評価しているが、多くの民衆はそうは考えていない(総選挙直後NHKが行った「徹底討論・政治は変わるか」の中で実施された世論調査に依れば「自民党が過半数を大きく上回ったことで消費税が認められたと思う」人は二五%にすぎず、「認められたと思わない」人が七四%であった)。なにしろほとんどの自民党議員は消費税に対する見解を表明しないままに選挙戦を闘ったのである。参議院選挙では廃止を訴えた側が勝利し、半年後の衆議院選挙ではともかく「廃止するとは言わなかった」側が勝利したのである。すなわちもう一度元に戻って将来の日本をどのようにするのか、そのため税の収入、税の使い方はどうしていくのか、現状はどうなっているのか、どこからどう変えていくべきか改めて論議をすべき条件は存在しているし、またそうしなければならない。政府・自民党は改めて論議し直すことなどには当然応じる姿勢はみせないであろうが民衆の側はそうではない。改めてこの社会的な不公平・不公正を是正するための政策・運動が創り出されねばならないし、そのための闘いを開始しなければならない。
この闘いの場はどこか、それはなによりも連合をはじめとする労働組合、職場、地域でなければならない。民主勢力の側が日本の新しい状況、社会構造の大きな変化に照応した運動の建設を求められているように、保守勢力・支配階級もその支配を延命しより強固なものとするための戟線の再編に迫られている。その支配階級が買収の手を延ばそうとしているのが連合であり、また連合の一部幹部の中にはその誘いに呼応しようとする動きを見せる者がいることも事実である。しかしこの間の事実は連合はやはりその抱える八百万労働者の要求、考え方を(四千二百万人の労働者全体をも網羅しようとしているかどうカという点ではまだまだ弱いと言わざるを得ないだろうけれども、八百万というこの国の歴史上では最大数の働く人々の考え、要求、希望を)反映せざるを得ないということである。この連合の内外での闘い、連合を中心にして日本の労働運動を民主的に前進、拡大させるための闘いが重要であって、それが衆議院選挙後の九十年代の日本の政治のありように大きな影響を与えるものとなるであろう。

<投票行動の特徴>
第39回衆議院総選挙は、衆知のとおり、自民党安定多数・社会党議席増という結果に終わった。今回の総選挙における有権者の投票行動には以下のような特徴がみられる。
投票率-今回の総選挙は、表1から分かるように、86年、83年の総選挙よりも投票率が上昇している。このことは、有権者の政治への関心の高まり、主権者としての意識の高まりを示しているといえる。また、都道府県別で見ると、都市部よりも、東北・山陰・九州などの地方農村部の方が高くなっている。これは、コメ自由化に代表される農業政策への農民の関心の高さに起因するものといえるだろう。、
自民党得票率-自民党の得票率は、86年総選挙とほぼ同じであり、83年よりも上昇している。また、昨夏の参院比例区の得票率と比べると倍増している。しかし、参院比例区は、86年衆院同時選挙の時でも25・6%(衆院は37・9%一であり、衆院と参院を単純に比較することはできない。
野党得票率-社会党は83・86の時よりも、得票率をほぼ1・5倍上昇させている。一方、他の野党(公明・共産・民社等)は、得票率が落ちている。このことは、昨夏の参院選ほどではないが、早急に政治変革を求める声が依然強いことを示しているといえるだろう。
消費税-当選者数からみれば、「廃止より見直し」である。しかし、一貫して消費税導入に反対した社会党が得票率をのばし、導入に手を貸した公・民両党の得票率が落ちていることから、消費税に対する不満・批判は根強いことがうかがわれる。
「リクルート」候補-リクルート疑惑関連候補は残念ながら、一人(自民・高石)以外は全員当選した。しかし、しかしほとんどの候補が得票率を落としており、リクルート疑惑に対する国民の批判がなくなったわけではない。

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青年の旗 1989年12月1日 第155号

青年の旗 1989年12月1日 第155号
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【主張】 「労働運動新時代」に新連合の闘われる課題

 十一月二十一日「日本労働組合総連合」が結成された。
 一九八〇年に労働戦線統一推進協議会が結成されて以降、様々の論議と組織再編を重ねての一つの到達点である。
 この日、新連合の結成に先立ち、総評の解散大会が行われ、三十九年の歴史の幕を降ろした。これで、総評、同盟、中立労連、新産別の旧ナショナル・センターはすべて解散し、まさに「労働運動の新時代」の幕開けとなった。
 すでに連合は、賃金・時短、さらに七月の参議院選挙では「追い風」に乗り、独白候補十一名を当選させるという政治的な強大な力を持った組織となっていた。
 これに官公労働者が合流し、八〇〇万人の組織としてスタートする新連合は大きな可能性を持っている。
 しかし、なにもかも手放しで喜ぶというわけにもいかない。新連合が解決しなければならない課題は数多く存在している。
 第一に、新連合が掲げる「ゆとりある豊かな社会づくり」をどう具体化していくかである。
 連合は賃金闘争とともに労働時間短縮を、重要な運動の柱として取り組み、そしていくつかの成果をあげてきた。これに官公労の「閉庁-時短闘争」が合流することによって、この運動はさらに前進するものと思われる。しかし、制度として獲得した時短も実際に使えなければ「絵に書いたモチ」にすぎない。これまでも、有給休暇の取得率が低いなかで、今後どう実際に時短を進めるか、産別内外の調整も含め、新連合の役割は重要である。
 さらに、新連合結成は、社会党の躍進、好景気の持続というかってない好条件の中である。今後、景気の後退が再びやって来た場合、かってオイルショックの時、労組として合理化を受け入れた事態の再来を招くのか、それとも「ワーククシェアリング」などによって、貸金水準を守り、雇用も守ることができるのか。後者の選択に向けて「力と政策」を最大限発揮しなければならない。
 第二は、制度、政策闘争である。現在世界は、社会主義国の変化も含め、政治・社会・経済・文化・生活などで転換点を迎えている。たとえば、二十一世紀に入れば高齢化社会が否応なしにやってくる。これに対し、定年後三十年も含めた人生プランの確立を進めなければならない。すでに、民間単産では、こうした取り組みを重要課題として推進している組合も多くあるが、なにより「豊かな老後」を保障する年金制度や、「福祉施設」の拡充が必要である。
 さらに、教育・医療・環境・平和・人権など新連合が担わねばならない課題は数多く存在している。この様な運動の推進にあたっては多くの蓄積を持つ旧総評系単産、とりわけ自治労・日教組の役割は大きなものとなるだろう。
 これに対し、企業内組合運動が中心だった単産からは戸惑いや反発もでるだろう。核兵器廃絶や軍縮、部落差別撤廃といった課題は統一して取り組まれるだろうが、特に「原発」を巡る問題では「脱原発」派と推進派の単産が新連合内に存在することになり、当面新連合としては、反対も賛成も決められないだろう。
 しかし、世界のすう勢は明らかに、脱原発の方向に向っており、近い将釆結論が出るに違いない。
 いずれにせよ、新連合が掲げる「人間優先の福祉社会づくり」のためには、大担にこれまでの活動領域から、踏み出す運動が求められており、多数派を獲得するためには、市民運動や地域社会との結びつきが不可欠なのである。
 第三に、ニれらの要求を実現するためには、大衆運動の強化とともに、政治変革も重要である。既に、新連合は参議院において独自の勢力を形成しているが、今後、衆議院はもとより、首長・地方議員クラスでの連合勢力の進出が必要である。それは、社・公・民の再編も含めた反自民・民主勢力の統一を基調とする一大政治勢力の課題につながってくる。
 ソ連邦のベレストロイカ・東欧の劇的な変化の中、国際情勢は確実に平和と東西協力の時代へと移行している。今や体制の違いをことさら強調した論議は今日的情勢には合わないこととなってきている。
 この様な状況を踏まえ、「西側の一員」ではなく、「世界の一員」の立場から世界平和と経済不均衡の是正を進める政治的立場に一刻も早く連合は立つべきである。
 連合の課題の第四は、中小企業労働者やパート労働者の組織化である。産業構造の変化により、雇用形態は大巾に変ってきた。
 昔ながらの本工中心主義にいつまでも固執するようでは圧倒的な未組織労働者からは、エゴ集団としか見られない。パート労働が「本来あってはならない労働形態」から、社会的位置を持つようになった現在、パートはパートとしての諸権利を保障させる取り組みが重要となっている。中小企業労働者の組織化も、いわゆる「下請け」 「関連企業」の組織化ももちろん、よりきめ細かい運動の為には、地域レベルでの取り組みを強力に展開しなければならない。その為には、新連合の地域-行政区単位での組織建設を早急に進めるべきである。
 こうした地域での組織確立は、労働運動プロパーの課題だけでなく、福祉や平和・人権といった民主主義の発展にも必ず貢献するだろう。
 もう一つの組織強化の課題としては、反連合勢力、とりわけ日共(全労連)との関係がある。
 日共は百万の集票組織を維持するために、多くの労働組合を分裂させ「全労連」を結成した。この組織に未来はないことは明らかである。なぜなら、日共「全労連」はこれまで歴史の流れの中で否定されてきた、スターリン主義に基づく、社民主要打撃論、赤色労働組合主義、伝導ベルト論など、非民主主義的要素を全て狭い世界の中に凝縮して、合わせ持つ組織だからである。
 この間の東欧の事態に関し、日共は「ソ連の政策の押し付けが原因」などと言っているが、そもそも日共が批判していたのは、ソ連の対西側外交政策であり、ソ連国内のスターリン主義は批判してこなかった。まさに、東欧諸国で問題となっているのは、国内の民主主義の問題であり、問題のすりかえである。
 それでも日共は「自由と点主主義の宣言」などを持ち出してくる。東欧諸国も外側(西側諸国)に向っては、平和だとか民主主義とかを唱えてきた。しかし、自分達の権力下でする内側(国内)ではまったく違う現実があった。
 日共も自民党に対してや実現しない日共政府の幻想の中で「自由と民主主義」をいくら叫んでみても、現実に自分が支配する小さな世界=労働組合の内部でそれが保障されているかが問題になることを認識しなければならない。

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青年の旗 1989年11月1日 第150・151号

青年の旗 1989年11月1日 第150・151号
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【主張】 「新連合」を闘いの場に内外から変革の闘い強化を

<十一月二-日「新連合」発足、 労働運動新しい局面へ>
 十一月一二日、総評が解散し「新連合」が発足する。一九七八年の民間先行による労働戦線統一への動きは、一九八二年の「全民労協」、続く「連合」を経て、ようやく官・民の「統一」へとこぎつけたのである。
 しかし、新連合の発足が労働戦線統一の背景にあった春闘の連敗、組織率の低下などに象徴される「労働運動冬の時代」に終止符を打つ第一歩となるためには、克服しなければならない課題が山積みされている。
 第一に、「新連合」への参加をめぐって、ここ数年に渡り単産で職場で激しい組織戦が行われた。その結果、多くの民間単産・官公労が「組織分裂」を余儀なくされた。特に、新連合の中で総評労働運動を継承発展させていくべき勢力であった「自治労」「日教組」の分裂は、今後の労働運動にはかりしれない損失を与えた。
 そして、「新連合」発足を前後して、日本共産党の指導のもと「闘うナショナルセンター」と、連合にいけない組合の結集を目指す社会党「左派」を中心とした「全労協」とが発足するという事態が生み出された。かくして、お互いがお互いの立場を否定し合うことによる、労働運動の再編の新たな出発となったのである
 第二に、「新連合」発足への過程で、「労働運動冬の時代」を克服するための真剣な討議は行われたのだろうか。「連合への参加・不参加」を決定する過程で、「何故このような事態になったのか」「克服するために何が必要なのか」という討議は、実は空回りしていたのではないか。
 労働運動にとって最も重要な「統一と団結」が、かくもはかなく崩壊していく姿は、政界再編がそのまま労働運動の独自性を無視して行われた結果としか考えられないのである。
 そして、諸外国から非難の的となっている日本の労働者の低賃金・長時間労働の克服を、そして未組織労働者の組織化を含めた組織率の拡大を、産業構造転換に対応した労働運動のあり方等、こうした諸課題については今後に先送りされているのである。
 第三に、「連合」の目指す労働運動の姿が、ここ二度の「連合春闘」や「消費税反対闘争」の中で明らかになったことである。
 それは、従来の末端からの要求積み上げとその中での討議による統一と団結の強化を背景に、団体交渉・ストライキによって要求を実現していく運動とは全く別のものである。「連合」の重視するものは、数の力を背景に政策提案を行い、その政策の「質」によって要求を実現していこうとするものである。そして、産別、地域、職場での独自課題は、それぞれが自主的に(連合の基本政策から逸脱しない範囲で)自決すべきという運動路線である。
 こうした路線では、「労働運動冬の時代」を克服できないことは明らかである。(しかし、この点を指して「連合は労働組合でない」という立場を取ることは誤りである)
 そして、組織・未組織労働者の不満や要求はその多くが産別、地域、職場の課題へと追いやられることにより、そこにおける闘いのあり方が今後の「新連合」の方向性を左右する勢力の創出の重要課題となるのである。

<「新連合結成」と日本共産党の果たした役割>
 統一労組懇結成から今日まで、日本共産党は自党支持者でないものは「反共=右派」と決めつけ、「右派」指導下にある労働者を「右派」へと追いやることに全精力を費やしてきた。労働者の真の要求を導き出し、粘り強く説得し実践の力で「反動」の中でも組織作りを行う任務を「堂々」と放棄し、そのことによる「右派」の「選別排除」を口実に別の「闘うセンター」を組織しようとしている。「右派」「左派」の闘いの熾烈烈な闘いの現場を放秦し、その責任を「右派幹部」へと一切転嫁する姿に共産主義者の指導性はかけらもない。
 にもかかわらず、彼等の指導下に存在する約一八〇万人(公称)の労働者は極めて献身的で優れた活動家である。
 そして、彼等の対応の不統一は、平和運動での社民主要打撃論(社会党は平和の敵)、国政での課題による統一戦線指向、労働運動での赤色組合主義の純化と矛盾をあらわにしている。そこに統一して流れていることは、選挙対策の大衆追随主義である。そして、「闘うナショナルセンター」は、そのための実行部隊としての役割を担わされている。

<「全労協」はどこで闘うのか>
 そして、「連合へも統一労組懇へも行けない組合・活動家の結集を目指した」労研センター・「全労協」は、結果として「新連合」を内部から変革し得る総評労働運動が育てた最も素晴らしい勢力を、その最も困難な闘いの場から遠ぎける役割を果たしてしまった。
 日本の労働運動を変革するために、日本の基幹産業である第三次産業を組織する「新連合」を変革しなければならないのである。そのための勢力が、「連合の外」で結集し外から変革の旗を振ろうとしている。
 それで労働運動が階級的に変革することが可能ならこうした事態にはなっていないはずである。

<単産・地域・職場で、真の活動家を結集する努力を>
 労働運動に新しい局面が到来している。それは、「新連合」の発足を、結局は政界再編の小道具に解消するセクト主義に追いやってしまうのか、それとも「労働運動冬の時代」を克服し得る全労働者の労働運動へと取り戻していくのかの闘いである。
 その舞台は今、単産、地域、職場でどのような闘いを、党派を超えて献身的で職場の仲間や職場のあり方を産業のあり方を真剣に考える活動家を、いかに組織していくことができるかということにかかつていると言っても過言ではない。
 そのカギは、「あなたはどこを支持するか」ということではなく、「長時間労働と低賃金と、住宅・年金問題に示されるように将来も見えない生活に、産業が生き残るためには多少の犠牲もやむを得ないという「正当」らしき議論に、豊かさというキャンペーンにどこか首をかしげる人達」に、展望と確信を与えることのできる、政策の提案と地味ではあってもその実践が、その積み重ねと豊富化が求められているのである。
 「職場で、地域で連合の運動の限界を克服する運動を、連合の内外で創出しよう!」

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青年の旗 1989年9月1日 第149号

青年の旗 1989年9月1日 第149号
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【主張】 臨時国会を消費税廃止の出発点に!

<九十年代日本の政治を左右する臨時国会>
消費税廃止に向けた本格的論戦の場となる臨時国会が、九月二八日から開会されることがほぼ確定した。
野党は今臨時国会を、先の参議院選挙で示された国民の自民党政治への根強い不信と消費税への強い怒りを、院内外の大衆的統一闘争の力で、早期衆議院解散・総選挙へと自民党を追い込み消費税を廃止する出発点としなければならない。
消費税の財源問題や連合政権をめぐる政策論議で、野党の統一が乱れることになれば、自民党への逆風は社会党を中心とする野党への失望・逆風となり、消費税廃止はおろか自民党一党政治支配の終息も遠い将来へと追いやってしまう。
今臨時国会を、野党が最後まで統一し早期衆議院解散・総選挙実施、消費税廃止を実現する第一歩とすることができれば、日本の政治の流れを財界主導ら反独占諸階層の政治へと大きく変えていく展望が生じるのである。

<「消費税廃止二法案」と自民党の対応>
八月二三日、野党四党と連合参議院は税制協議会を開催し、消費税を今年度限りとし来年四月一日をもって廃止することを目的とした「消費税廃止法案」、今後の税制再改革案作成のために「国民税制改革協議会」(仮称)を設置するための税制再改革基本法案」の要綱を決定した。
これに対し自民党は、消費税「見直し」のための本格的検討に着手した。自民免税制調査会は、九月一四日三塚政調会長の税制調査会会長兼務を軸とする新体制を決め、十一月末までに「消費税見直しの要綱」を作成する予定である。見直しの内容として、税額表示方式・福祉目的税化・食料品の非課税化・免税点簡易課税制度など業者への優遇措置をあげている。
自民党はこのように、消費税見直しを国民に対して強くアピールする一方で、「消費税廃止後の代替財源は」「減税はどうするのか」など野党の「消費税廃止法案」への攻撃をエスカレートさせている。

<「連合政権政策論譲」に潜む危険>
朝日新聞社が実施した消費税に関する世論詞査(九月六・七日実施)では、消費税「見直し」が五一%、「廃止」四一%で、「見直し」が「廃止」を上回った。また、減税と消費税分を比べた生活実感では、「苦しくなった」四九%、「あまり変わらない」四二%、「楽になった」一%という結果である。
この調査結果は、参議院選挙後の野党の対応が参議院選挙での国民の選択に十分応えきれていないことを示している。
それは、消費税廃止のために国民的統一闘争を築くことが最も問われているときに、連合政権をめぐる基本政策の対立がことさら強調されていることである。
社会党は「新しい政治への挑戦=私達の抱負と責任」(土井ビジョン)を発表した。内容は、「社会党よ現実的になれ」という声に対して、安保・原発・自衛隊の危険性を強調しつつ国民的討議を呼びかけ、「緩やかな、しかし確実な改革を進めていく」として軍拡の政治から軍縮の政治へと大きな政治の流れを作る中長期的目標を明らかにした。また、連合政権論議の焦点となっている、安保・自衛隊・原子力・朝鮮半島問題については、前政権との継承性を踏まえ「現実的」対応を取ることを明らかにした。
これに対して、民社党・永末委員長は、①西側の一員としての国際的立場、②自衛隊は合憲、③日米安保の維持と適切な運営、④原子力発電を含めたエネルギー確保、以上が連合政権協議の基本だとして社会党に政策変更を要求した。公明党・市川書記長は、「安全保障政策における安保・自衛隊の位置付けをはっきりせずに、両者の存続・維持を言っているのは十分理解できない」と批判した。
参議院選挙での国民の選択は、消費税廃止と自民党政治にストップをかけるための投票行動であった。日本の政治を変えたいという国民の意識は、決して一過性のものではない。しかし、日本の政治をどのように変革していくのかという政策について、参議院選挙で国民は審判を下したわけではないのである。
にもかかわらず、最近の野党の「連合政権政策」をめぐる議論は、消費税廃止のハードルが連合政権をめぐる基本政策の一致にあると錯覚させる程、国民の意識からかけ離れたものとなつている。来るべき時にそなえ、中長期の基本政策を国民に提示し判断をあおぐことは必要なことであり、これまでの野党に欠けていたことでもある。しかし、そのことが国民の最も求めている消費税廃止の実現にマイナスとなる事態は絶対に避けなければならない。
日経連は第一二回トップセミナー「平成日本の進路を問う」での宣言において、参議員選挙結果をふまえ「最も重要なことは、自由主義社会を守ることが前提であり、社会党が社会主義革命を目指す政党であることは規約に明白であり、社会党が真に国民政党としての立場を明確にしない限り安易な二大政党論にはくみし得ない」「「自民党が安定した政治状況を作るために、一部野党に協力を求める場合もあろう。しかし、その際に安易な妥協を絶対にするべきではない。とくに、重要な財政問題については中長期的判断を優先させるべきだ。」と述べた。
つまり、財界の意向としては、「社会党の現実路線を信用するな。消費税を残すことが出来れば、一部野党との連立も可能だ」ということである。
既に自民党の一部野党への抱き込み工作も始まっている。こうした中で、社会党は「消費税廃止の国民的統一闘争」をどう構築するのかという方針を全面に掲け、野党への分断政策を阻止し得る世論を築くことにこそ全力を傾注すべきである。
毎日新聞社が実施した「連合政権問題世論調査」は、自民党単独=十二%、野党連合政権=一七%、自民・中道=二七%、保守・革新(自民・社会の一部)=二七%となっている。具体的運動のない政権パズルだけは絶対に避けなければならない。

< 消費税廃止の一点で国民大闘争を築こう>
消費税の廃止は、参議院の与野党逆転を背景にした院内の政治的かけひきでできるものでは決してない。
第一に、自民党の消費税強行の背景には、来年度予算の一六兆四百億円(前年比三七%増)という異常突出の赤字国債がある。それは、政府・独占資本の財界主導と軍事費突出、福祉切捨ての政策がもたらしたものであるが、消費税の廃止は当然それに替わる財源問題に至ることから、日本の安全保障政策や福祉政策、経済政策全般にまで大きな影響を及ぼさぎるを得ない。
「徴税のあり方は、その使途を決定するのである。」従って、権力者(政府自民党・財界)は必死の抵抗を試みる。それを、打ち破る闘いを野党が築き得るかどうかが焦点となるのである。
第二に、かつて反独占諸階層の利益を代弁し闘ってきた「総評」が、解散する。一方、「連合」が大衆的動員力を背景にした政治変革を求めていないという、中央での「話し合い」を中軸としたゆるやかな政治変革指向が明らかとなった。
こうした中で、政治変革の求心力を形造ることが緊急の課題となっている。その意味で、連合を中軸とした地域での取組みが重要となっている。
第三に、以上の取り組みを行うにあたって、今の政治状況が自民党政治のなにによってもたらされたかという認識を再確認することである。「少しも豊かにならない国民生活」、「切り捨てられたのは福祉と働く者」、「一方での、永田町と国民生活の乖離。政治への著しい不信」「自らの要求を体現する大衆運動の不在」などの事を、もう一度反省の立場で検討することが必要である。
この臨時国会が、九〇年代の日本の政治のあり方を左右するものとなることは、間違いない。
以上の観点で、あらゆる政治勢力が統一的闘争を組織しうるかどうか、そのために全力を尽くすべき熱い政治の秋が到来した。

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青年の旗 1989年8月1日 第148号

青年の旗 1989年8月1日 第148号
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【主張】 極東の緊張激化を許さず平和政策への転換を!

<太平洋演習を許すな!>
 九日から十月にかけて、太平洋演習(PACEX)が、米・日・カナダ・韓国・オーストラリア・フィリピン・タイ等の参加で行なわれる。米軍は空母戦闘部隊四グループも参加し、その中には四隊で八百発にも及ぶ核兵器を搭載したまま演習が計画されている。又米軍は海軍のみではなく、陸・海・空・海兵隊すべてを網羅した統合演習として、これまで太平洋上各地で毎年くり返されてきた対ソ戦を想定した軍事演習の集大成が今回の演習と言える。
 この中で、日本の自衛隊は十月一日から十六日までの予定で参加を予定している。「太平洋演習のシナリオは正式には発表になっていないが、自街隊はソ連の太平洋艦隊極東軍の太平洋進出を封じるため、機雷敷設などを行い、いわゆる三海峡を封鎖し、同時に対潜哨戒機P3Cを動員し、ソ連原潜を突きとめ、「同盟軍」と共同して、これを壊滅させるという行動が想定されている。今年四月に発表された米国防報告の中でも、日本の役割について「東アジア・太平洋地域の米国防政策のかなめ石」「日本はソ連の太平洋進出に対して侮りがたい盾となっている」と述べられている。この様に太平洋演習は自衛隊なくしては考えられない状況である。
 一方、防衛庁はこの演習に関して「太平洋演習の米側シナリオがどうあれ、自衛隊としては米軍の支援を得て、日本を侵略から守るという日米共同訓練の枠組みを緒み越えることはできず、その範囲でしか同演習には参加できない」と述べているが、米軍の位置付けや参加国の多さを見ても、日本の自衛隊のみ独自であり得るわけがない。
 INF全廃条約締結以降、海洋核兵器とりわけ太平洋地域での軍縮が求められている中での今回尾の演習は太平洋での新たな緊張を高める。又、自衛隊の海外派兵、軍事力強化につながる自衛隊の参加を許してはならない。

<平和政策へ転換を!>
 今回の参院選での自民党の自滅、社会党の躍進という事態は、消費税・リクルート等が焦点ではあったが結果として、平和政策においても我々の闘い如何によっては大きな成果をもたらす可能性が出た。今後六年間、最低でも三年間は参議院での自民党の単独過半数は維持できない。参議院の各委員会でも委員長の自民党による独占はできないということである。
 すでに被爆者団体では、援讃法制定に向けて、参議院での先行採決めざし行動を強めている。野党間で一定の合意の取れる非核三原則の遵守問題でも、核持込みを許すのか否か、法制化も含めて討議を進めることができる。とりわけ、一九六三年に起きた沖縄沖の水爆搭載機「落下」事故で表面化された様に「持ち込ませず」に関しては守られていないことが白日の下にさらされた。「米軍から事前協議がなかったので、核の持ち込みはない」と繰り返してきた日本政府の詭弁はもはや通用しない。この点での取り組みが、ニュージーランドで成し得た様に、日米安保を揺るがすものとなつていく。
 又、都議会でも社会党が躍進したことにより、東京都における非核都市宣言が実現可能なものとして検討される状況になってくる。これが、三宅島のNLP基地建設問題にも波及するであろう。
 ここ数年の平和勢力の闘いによっては、平和政策の転換が勝ち取れる絶好の機会である。しかし、残念なことに、総評・原水禁という平和連軌のセンターがなくなるという事態である。我々のより一層の職場・地域での取り組み強化が求められる。

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青年の旗 1989年7月1日 第147号

青年の旗 1989年7月1日 第147号
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【主張】 自民党政治を転換させる反独占の統一闘争を!

消費税の存続、撤廃を最大の争点として東京都議会議員選挙、参議員選挙が闘かわれている。これらの選挙は二十世紀最後の、これからの十年間の日本の政治動向を大きく規定する一歩となるであろう。日本の支配階級によるこの国のこれまでの政治支配構造が大きく変動せざるを得ないということが誰の目にも明らかになった中でこれらの選挙戦は闘われているのである。

<高まる自民党政治への不満>
参議院福岡補欠選挙を皮切りとした今春からの一連の選挙結果が示していることは、自民党が一党で政権を握り続けることに対する民衆の不同意である。政府自民党の農業政策、新たなる収奪強化・増税策たる消費税導人、これら日本資本主義が直面する危機への支配階級の対応策に露骨なまでに示されている人民への犠牲転嫁、そしてリクルート疑獄に示された政・財・官の癒着構造・独占資本のためにのみこの国の政治を動かす構造ができあがっているということの事実、これらを契機として自民党一党による政治支配構造が大さく揺すられている。リクルート疑獄の舞台となった「民営化・規制緩和・市場自由化・国際化」という80年代自民党政治によって、農業の切り捨て、中央と地方の格差拡大、急激な経済の国際化・自由化による地方・中小企業への打撃など、これまでの自民党の政治支配構造が急激に掘り崩されたのである。自民党首相経験者をして「保守二大政党制への移行」の必要性を主張させねばならない程の政界・政治戦線再編の時なのである。

<政治戦線再編をうながす国内外情勢の進展>
80年代に歴史上最大規模の債務国へと史上かつてなかった速度で転落し、帝国主義陣営内におけるその政治的・経済的影響力の後退を余儀なくされた米国、資本主義諸国間の経済摩擦・競争の激化、一方での92年EC市場統合、そしてソ連の新しい軍事・外交政策に牽引されて世界中で進む核軍縮・通常軍備縮小、緊張緩和と相互理解・対話の拡大。これら国際政治・経済の急激な展開の中で世界最大の債権国、世界のGNPの十三%を占める国となった日本の支配階級は、これら国際関係との調整のために今まで以上に日本の民衆・労働者階級に犠牲を押し付け、これまで彼らの政治支配を支えてきた構造を大きく変動させざるを得なくなっている。
一方、国内においては自民党はそもそも金融独占の政治的代理人でありながらその政治支配を貫徹するために、主に農村部を支持基盤としながら独占資本のための政治を行ってきたわけであるが、このやり方が農業人口が総就業人口の八・一%しかなくなった(85年)今日においてはもはや不可能になっていること。同時に四五〇〇万人を越え拡大し続ける労働者(特に第三次産業において急速に拡大し、二〇〇〇年には就業者の六割を越える見通し、これらの労働者の多くは東京をはじめとする都市近郊に居住している)が労働組合に充分組織されることなく、当然これら労働者の要求に応える政策がどこからも示されていない。これら産業構造の第三次産業型への急激な再編という国内の事情からも自民党のこれまでの政治支配が変動せぎるを得なくなっている。

<労働者の「体制内化」で政治支配・再編狙う支配階級>
支配階級はこれらの状況の中で新たなる政治支配体制の再編を狙っている。農民と都市労働者の間への分断持込み、消費税に対する不満を「税を受取りながら国へ納めなくても制度上許される」という免税業者の存在に向けさせるなどの中小自営業者と消費者(すなわち労働者)の間への分断持込みなど、いわゆる分断して統治するという工作が一貫して進められている。
そし彼らがが今後最も力を人れようとしているのが労働者を彼らの側に取り込むことであろう。今日の自民党の政治支配の危機は86年総選挙において「レフトウィング」をのばしたと豪言した政治支配の質、農村基盤から郁市型基盤への質の転換が貫徹され得ていないことの結果であろう。消費税、リクルート疑獄に対しても残念なことに組織された闘いが収り組まれていないこれら労働者に対して支配階級が民間大手資本と一体になって彼らの政治支配延命のための再編策、いわば「労働者の体制内化」ともいうべき策動が強められる危険性は大きい。

<消費税撤廃!労働者が闘いの中心に!>
消費税に対する反揆、その撤廃を求める声と行動は実施後三ケ月経た今日に致っても益々拡大しつつある。一昨年の売上税、本年の消費税、そして通常国会では継続論議となった年金制度改悪策動など日本の国家独占資本主義の危機が深まるにつれて、一握りの独占資本を擁護せんがためにそれ以外の全ての人々に蟻牲が押しつけられるという政治情況が鮮明になりつつある。反独占の立場の闘いとその統一の必要性が益々明白になりつつある。
しかし日本共産党は消費税反対などの闘いには全て分裂を持ち込み、選挙では社会党などの「批判」に、主要な力点を置くという議会主義・セクト主義を強める一方で、もはや自民党の一党政治支配に「左」の側から手を貸していると批判せねばならない状況にある。
今日反独占勢力の統一した闘いが益々必要となっている。農民・中小自営業者を中心とした自民党政治に対する不満・反撥は労働者が中心となった反独占の統一闘争として組織されることによってこそ日本の政治を変え得る力強い統一闘争へと前進・拡大するであろう。そしてこのような闘いに支えられてこそ議会において自民党一党の政権独占に終止符を打つ政治勢力が形成されるであろう。支配階級が、いわば「労働者の体制内化」ともいうべさ手法によってその政治支配構造の再編を画している今日、反独占統一の闘いの中心を担うべき労働者の闘いを組織することは極めて重要である。その意味において進行しつつある労働戦線再編において連合を闘いの場とし、統一の強化と労働運動・労働組合運動の大衆的・民主的前進のために闘うことが必要である。
都議選、参議院選を契機として消費税撤廃の声と行動は益々拡大しようとしている。この闘いの先頭に立って職場・地域で闘おう!

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青年の旗 1989年6月1日 第145・146号

青年の旗 1989年6月1日 第145・146号
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【主張】 中国鄧小平・李政権の大弾圧糾弾!
                        学生・労働者の民主化闘争断固支持!

 六月四日、中国鄧・李政権は、学生・市民から巻き起こった空前の民主化闘争に対し、武力弾圧を強行した。それは、中国社会主義国家の民主改革と自由を求める人民に対して戦車で引き倒し、銃口を向け、数千人・数万人もの学生・市民を殺傷するという「人民の軍隊」をかなぐり捨てた蛮行と惨忍なものであった。
 我々は、こうした鄧・李政権の行為に対して強い憤りを感じるとともに、いかに「社会主義・中国共産党の正統性」なるものを主張しても武力でもって人民の願いを圧殺したことには、断じて容認することはできない。

<民主化闘争の背景と教訓>
 学生を初めとした中国民主化闘争が、これ程までに盛り上がりを見せた背景には、鄧小平自身が行ってきた経済開放政策・現代化の中で、日本を筆頭とした資本主義諸国からの資本導入・合弁企業の設立等を基礎に工業化、生産向上が図られてきたが、それにも関わらず人民の生活はインフレ・失業の蔓延、社会規範の乱れなど厳しい情況にあり、その一方、共産党幹部を中心とする特権階級の汚職・腐敗等が民衆の不満として永年の問にうっ積し、更には、こうした不満を吸収・反映され得ない党・国家の権力集中構造が、よりこれを増幅させたと言えよう。
 それだけに学生達の要求であった「汚職追放!失業反対!報道の自由!専制支配の打倒!」はしごく当然であり、中国社会主義国家における人民の権力参加ー下から涌き上がったベレストロイカであった。またそのことは、中国においても今、社会主義が直面している問題、すなわちソ連ゴルバチョフ議長が提起する党と「国家」との分離、社会主義における民主主義改革、資本主義諸国との経済交流を基礎とした平和共存など、まさに先進的・進歩的な内容のもった問題提起であった。
 それだけに中国政権の採るべき道は、学生達の求める党との対話に対し、積極的に応え、教条的な「党の指導性」にこだわることなく、権力参加を認め、経済改革に整合した政治改革を行うことであった。
 しかし事態は全く逆であった。鄧小平・李鵬らの保守派の思想は、「プロレタリア独裁による共産党の権力支配」の名のもとに意見を異にする者を全て「反革命」と規定し、自からの政治支配体制のためには手段をも選ばぬマキャベリズムとしか言いようのないものである。同時にこうした党保守派と民衆との意識のギャップを見た場合、日本においても「人民に対する共産党の役割」「何が故に前衛か」「党と人民の関係」について、改めて「反面教師」として問い直されていると言えよう。
 いずれにしても今回の武力弾圧は、中国の真の社会主義建設を大きく後退させただけではなく、国際的にも社会主義のイメージ・威信を深く傷つけたものとなろう。

<民主化の火は消えたか>
 現在の中国国家権力の内部は、趙柴陽総書記の失脚とともに、李鵬、楊尚昆、喬石といった保守派が実権を掌握し、改革派の一掃と民主化闘争を担った活動家の弾圧を行っており、それは一般市民をも密告させ、検束する恐怖政治の様相を呈している。
 しかし、こうした強圧的な対応にも大きな矛盾をはらんでいる。
 その第一にこのような政治政策と経済政策との矛盾である。鄧小平は、「開放政策は変わりはない。」と唱えているが、強圧的な政治体制の下で経済の開放政策を推し進めても、工業化等の生産力・経済の発展の過程で、必ずそれに適合した政治体制へと、その土台を揺り動かすことになるし、今日の経済の国際化、情報の国際化の中で政治の部分のみ閉鎖した体制を強いることは不可能である。
 第二は国際社会からの孤立化である。
 その一つにアメリカを初めとする資本主義諸国はもとより、社会主義諸国においてもソ連ゴルバチョフ議長やハンガリー共産党が批判する等、明らかに国際的な批判が集中している。更には前述の「開放政策の継続」とは逆に、合継ぐ資本主義諸国の対中経済政策の見直しである。アメリカ、フランス、イギリス等の対中投資・融資の凍結、日本においても対中国輸出企業が減産を検討し、また日中投資促進機構の設立の延期など、中国にとって厳しい情況に追い詰められている。
 そして第三に何よりも重要なことは、中国民衆の強い反発である。武力で弾圧した民主化闘争も心の奥底まで消し去ることはできない。数多くの民主化闘争の指導者が虐殺され検束された直後の今は鎮圧されていても、やがては立て直され、武力弾圧以前よりも増して再び全人民的な闘争として高揚してこよう。
 今、確かに中国は冬の時代である。しかしあの天安門に響きわたった学生・労働者のインターナショナルの歌声は今も聞こえている。地下に潜った学生リーダーの柴玲女史はこう訴えている。「勝利の日は必ず来る。夜明けは近い。中国人民万歳!」
 我々も中国民主化闘争の勝利を確信し固く連帯するものである。

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青年の旗 1989年4月1日 第144号

青年の旗 1989年4月1日 第144号
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【主張】 天皇・天皇制に関して職場・地域・生活の場から民主主義を闘い取ろう!

<新天皇「日本国憲法を守る…」の「言葉」>
 袷仁天皇の死に伴ない皇位を継承した新天皇は、主権者たる国民とは無関係に政府が一方的・政治的に国事行為」とした「即位後朝見の儀」において「日本国憲法及び皇室典範の定めるところにより、ここに、皇位を継承し……皆さんとともに日本国憲法を守り…」と二度も憲法に言及する「お言葉」を宣した。一般に商業報道機関はこの「言葉」の「日本国憲法~」の部分をおさえて、「天皇・皇室が国民にとってより身近なものとなり、象徴天皇制が定着した」との評価を下した。また、共産党をはじめとする「左翼」や民主陣営は逆にこの「言葉」の憲法の部分にはあまり触れず、触れるとすれば「あれはギマンだ」というような評価で、その他の「(大行天皇は)ひたすら世界の平和と国民の幸福を祈念され」などという部分が天皇の戦争責任をあいまいにするものだ、などとの評価を強調する傾向にあった。
 我々は前二者に代表されるであろう評価では今日の天皇・天皇制をめぐる支配階級と民衆の間の争点、闘いの力関係を充分には評価でき得ないと考える。昨秋の天皇吐血以降今日に至るまでの支配階級と一方での民主勢力・民衆の動きを考えるにつけて、天皇問題についての支配階絞の狙いを整理し、民主勢力のこれからの闘いにとってどのような視点が必要であるかを整理する必要があると考える。

<戦後民主主義の民衆への浸透程度>
 袷仁天皇の死に際して民衆が示した態度は極めて平静であり、また個々人夫々に多様であった。通常の経済・社会生活は実質的にはほとんど停止せず、社会的に強い精神的緊張状態が生じることもなかった。この点から言えば商業報道機関の周到に準備された上での過熱ぶりが民衆の平静さとはあまりに好対称であり、両者の間に極めて大きなギャップが存在していたといえる。民衆が示した動きのもう一つの特徴は職域や地域内での内輪では天皇の病状に関する噂話や冗談がロにされながらも一度外向けの婆勢になると周囲、同業他社の婆勢・行動に「自主的」に歩調を合わせるという行為が極めて強く示されたことてある。そして、この間の動きの中で最も特徴的であったのは「天皇に戦争責任はあると思う」というあたりまえのことを、あたりまえに発言しただけの長崎市長に対して、死の恐怖を感じさせる程の言論弾圧が加えれられ、一方この発言の正当性を支持し、言論の自由を守ろうとする行動が広範に広がったということ、そして右翼の方から「これ以上攻撃してもかえって長崎市長を英雄にするだけ」というような判断から手をひかぎるを得ない状況となったということであろう。
 これらの事象に示されているのは、①いわゆる戦後民主主義というものはかなりの社会的力を発揮する潜在的な意識・理解として民衆の間に浸透しているということ。いわゆる神話に基づくような不合理な内容を用いて天皇・天皇制を支配の道具として用いることは支配階級にとって益々困難になっていること。②にもかかわらず、この民主主義を実践することは言論の自由を貫徹することはもちろん、一人ひとりが自由に考え、行動する上でもまだまだ困難な状況にあるということ。そして、③日本の戦争責任の追及、侵略戦争が引き起した結末について今日、そして今後も負わなければならない責任についての認識が民主陣営の内部においてすらこの四十三年間不充分であったというような点であろう。

<天皇制存続にかける支配階級の狙い>
 天皇・天皇制は天皇が権威でしかなかった時代も、天皇が権力をにぎっていた時代も、いつも支配階級による支配の道具とされていた。今日においては独占資本の支配を維持、強化するものとして利用されている。
 天皇・皇室は現行憲法上の基本的人権とは相容れない存在である。選挙権・被選挙権もなければ納税義務もない、信教の自由、職業選択の自由等々の諸権利のない存在である。天皇には主権たる国民が制定した憲法の第九十六条によって「憲法を尊重し擁護する義務を負っている」が、天皇自身は日本国民という範疇に含まれない矛盾し、非民主主義的な存在であるが故に支配階級にとっては天皇・天皇制を彼らの支配を強化ならしめる道具として存続させる意義があるといえる。従ってこの間の政府・自民党の動向の中でともかく徹底していたのは「日本および日本国民にとって天皇・天皇制は大切なものなのだ」という宣伝と、そのような雰囲気作りであった。

<職場・地域・生活の場から民主主義を実践・闘い取ろう>
 天皇・天皇制の存続とその利用について独占資本とその政治的代理人たる政府自民党の側と、天皇家・宮内庁側の間ではそれらの思惑に当然相違があるであろう。またこの半年間に示された民衆の反応も天皇・天皇制のあり方に影響を与えるであろう。新天皇は一層「民主」的に、また象徴的にファショナブルなものへとなることが考えられる。我々はこの動きを単純に「ギマン的」なものだろうというような評価だけでとらえるのでなく、歴史、社会の進歩の過程で、そして支配階級と民主勢力の間の力関係の変化の中で生じてくるものである事を理解し、より民主主義的なものへと転換させてゆく闘いの方向・内容を正しく提起しなければならないと考える。
 その際、我々がおさえておかねばならない点は、第一に日本の戦争責任、侵略戦争によって引き起こされた結果に対して日本と、この民衆が引き受けるベき責任を負うということであろう。戦争責任をあいまいにする日本の政府に対して向けられる諸外国、なかでも侵略を受けた国々からの批判は表面上は政府に対して向けられてはいても、もはや四十三年間もそのような政府しか作り出せなかった日本の民衆そのものに向けられていることを我々は強く自覚しなければならない。第二に、日本の民衆の中に広く認識され支配階級ですら形式的には認めざるを得ない民主的諸権利を職域・地域・生活の場で一つひとつ実践し、積み重ねていくことである。それこそが天皇・天皇制を支配に利用しようとする階級の狙いを堀りくずし、この国の民主主義をより健全で徹底したものへと成長させることになるであろう。

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青年の旗 1989年3月1日 第143号

青年の旗 1989年3月1日 第143号
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【主張】 年金改悪阻止で統一闘争を!
                                  格差是正の条件を現実のものとする闘いー89春闘

89春闘が山場を迎えている。連合にとって二回目の春季生活闘争であり、総評にとっても最後の春闘である。官民が統一したナショナルセンターの結成を今秋にひかえ、今春闘は重要な意味をもっている。労働戦線が統一し、その社会的影響力が拡大する成果を示すことが問われている。また55年八単産共闘でのスタート以降三四年が経過した春闘において、とくにここ十数年の「連敗」につながった原因を克服し、春闘が持っている積極的側面を生かして、今後の労働者、労働組合の一層大きな統一闘争の構築へと結びつけていくべき春闘である。

<景気「絶好調」下の89春闘>
日本は現在三十カ月近い「景気絶好調」というべき状態にある。88年度の経済見通しは政府の三・八%を大きく上回り、五%強の成長率の達成がほぼ確実となっている。労働力需要の総合的な状況を示す有効求人倍率は景気拡大に応じて上昇し、昨年六月以降一倍を超え、十四年ぶりの高水準となっている。企業の利潤も大幅な拡大を続けている。資本金一千万円以上の法人の四半期ごとの営業利益動向を示している大蔵省法人企業統計によれば、87年第二四半期以降連続して前年度比三割前後増の高収益が記録されている。
こうした状況に対して労働側も「低成長期に入って以降、最高の経済環境や雇用状況で人手不足の状態になっている。この絶好の条件を逃してはならない」(黒川総評議長、第八十回臨時大会)と訴えている。経済的、政治的環境の条件だけで春闘が決まるわけではなく、この「条件」を現実の成果に結びつける政策、運動、労働運動・労働組合の主体的力量が問題なわけである。その意味において進みつつある労働戦線再編、統一による主体的力量が一層問われざるを得ない春闘である。

<経済と生活のギャップの解消>
今春闘にあたり、財界、独占資本の側は「世界最高水準に達した名目賃金」をこれ以上あげるのではなくて「物価水準」引き下げによって「真の豊かさを実現する」べき、賃上げも労働時間短縮もではなく、「賃上げ、時短をセットにし」どちらかを選択、あるいは組み合わせるべきとの主張を労問研報告にて打ち出している。
一方連合は、(1)生活、賃金実態を重視し、経済とのアンバランス、格差を解消する。(2)賃金、労働時間への成果配分の遅れを取り戻し、経済先進国にふさわしい国民生活の質的向上をめぎす。(3)景気を長期に持続させ、新しい内需型経済を定着させるため、個人消費の拡大をはかるとの基本目標の下、賃上げ要求を「六~八%のゾーンとし、七%程度を中心とする」ことを決定している。
また、総評は「二ケタをめぎし、八%以上(定昇別)二二〇〇〇円」の賃上げ要求を確認し、春闘連絡会も「少なくとも八%程度」を目標とすることを決定している。
連合や総評のこれらの方針の基本にあるのは日本経済の「絶好調」とは裏腹にいっこうに改善しない労働者のくらしや仕事をめぐる環境、経済と生活とのギャップの拡大、社会的不均衡の拡大に対する労働者の不満の強まりである。連合の生活調査によれば「日常生活に困らないだけの収入が実現されていない」との意見が二十代から四十代までの各世代で四~五割を占めている。総評の「生活・賃金・労働時間調査」(88年十二月)によれば、ゆとりや豊かさを感じていない人が八割に達し、昨年に比べて「生活が苦しくなった」が六割以上となっている。そして、「企業ばかりで国民生活は豊かでない」(84・8%)「企業規模で賃金等の格差が大きい」「85・8%)「住宅、土地を持っている人と持っていない人の格差が拡大しすぎている」(72・3%)などの意見が目立っている。
豊かになった日本経済と一方でそれを作りだしてきた自らの現実の生活、労働との間にギャップが存在していることを労働者は実感し、このギャップが埋められることを要求している。このような経済と労働者の生活との問のギャップを埋めるためにどのように接近し、関っていくのかが重要である。

<豊かな労働者生活実現の条件と条件実施の力>
日本は経済大国と称されるほどの「豊かな」国となった。米国が国際舞台における政治的・経済的影響力を後退させつつあるこの歴史的時代に世界最大の債権国となった日本にとって、債権国としていられるであろう時代の間に次なる時代を展望してこの豊かな資金を何のために用いるのかという選択がこの国の支配階級たる独占資本につきつけられている。当然彼らの選択肢の中には、彼らの利害を損なわない範囲での社会資本の整備、労働者生活の充実が含まれている。
一方、この日本が「豊かな」国となった大きな条件には、長時間過密労働に象徴される労働者の犠牲、先進資本主義諸国中においては最も低いほうに位置する労働分配率があることはまぎれもない事実である。それは欧米諸国からの「日本人は働きすぎ」といった批判や「豊かに」なった国、企業と自分の生活とのギャップによって広く労働者に認識されるにいたっている。
そこで、独占資本は労働者、労働運動の側からこのギャップを埋め、これまでの分をとり戻そうとの運動が起こる前に「21世紀の勤労者生活の豊かさを求めて」「真の豊かさの実現のために」等々のスローガンの下労働分配率は今より一切高めることなく、科学技術革命の進展による生産諸力上昇によれば当然実現し得る」彼らにとっては自らの取り分を拡大することはあっても少なくすることはない範囲での「豊かな労働者生活の未来像」を描きだし、労働者の目をそちらにそらしその「豊かな労働者生活」があたかも独占資本の「努力」によって労働者に「与えられる」かのように宣伝につとめている。雇用を拡大するわけでもなく、残業代無しで生活できる賃金水準にするわけでもなく、逆に平日の就労時間を延長させながらでも、とにかく政府、財界一体となって急速に進む週休二日制導入はこの端的な事象である。
今後の労働運動、労働組合運動は、こうした日本資本主義が到達した政治、経済、社会的諸条件に対応しこれらの諸条件の変化、進展に伴い生じてくる労働者の意識、要求を的確に汲み取りながら前進することが今までに増して重要となっている。資本の側が彼らにとって認め得る「豊かな労働者生活」を現実のものとし、それにとどまらず労働者自身にとって(経済的、社会的、文化的に)豊かな生活を実現していくことが問われている。

<年金改悪阻止を統一闘争の突破口に>
予算国会の最中に闘われる89春闘は、リクルート疑獄の追求、四月一日からの消費税実施、そして夏の参議院選をひかえており、これらに与える影響はきわめて大きく、密接に関係している。消費税はすべての労働者の生活の負担を重くするのみならず、あまりにズサンな税制度であるが故に大きな混乱が予想され、今後の戦いと参院選の結果によっては凍結、廃止ともなるものである。消費税強行導入、リクルート疑獄への不信、不満などが示された形の福岡参院補選自民大敗宮城県知事選公認候補出馬辞退等々はこの可能性を示している。
また、今予算国会では年金制度改悪(厚生年金の支給開始年令を現行の六〇才から六五才へと段階的に遅らせ、保険料を引き上げる)が狙われており、これに対して総評はストライキも含めた阻止闘争を検討し、連合も「一枚岩」で阻止の闘いを展開せんとしている。従って、連合、総評を中心として年金制度改悪阻止の広範な統一闘争を突破口としながら今予算国会を大衆運動によって包囲する条件も存在している。

<89春闘から統一闘争の前進・拡大を!>
今秋の総評解散、官民統一のナショナルセンター結成を前にした今春闘は労働者、労働組合の統一した闘いを一層拡大し、発展させていくうえでも重大である。
共産党・統一労組懇は依然として労働運動、労働組合運動の場へ政党の論理を持ち込み、分裂行動を強めている。
この共産党・統一労組懇の分裂行動に断固反対するとともに、労働運動、労働組合運動の場への政党の論理の持ち込みに象徴されるような誤りが共産党によるだけでなく、これまでの労働運動、組合と政党の関係に存在していたがこれを克服しなければならない。
また、この誤りとともに資本の側と労働者の側の力関係の把握においてそれを適確に判断せずにいることによって、実現し得る条件下にある労働者の要求を提出しその実現のための運動を組み立てることを放棄したり、逆に失わなくてもよい労働者の権利を失うということも日本の労働運動に存在していた。これらの誤りを克服しつつ労働運動の統一の道を進まねばならない。

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青年の旗 1989年1月1日 第142号

青年の旗 1989年1月1日 第142号
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【年頭にあたって】

<平和共存の流れを確固たるものに!>
 今日、世界は冷戦対立の時代から緊張緩和・平和共存の時代へと明確に流れている。INF条約の批准から十二月国連総会におけるゴルバチョフソ連書記長の通常兵力五〇万人一方的削減は、世界の平和勢力・人民から圧倒的支持をもって迎えられた。ソ連ゴルバチョフ政権の世界平和政策は、核戦争ー人類破滅の危機から救い、世界の安定平和へ大きな貢献を果たしている。我々もまた、これに呼応し、より積極的な世界平和勢力と連帯した闘いの展開が求められている。特に双子の赤字に悩むアメリカ・レーガン政権は、表面上、ソ連の五〇万人通常兵力削減に歓迎の意を表明しつつも、自からの軍事力削減には、何ら積極的な対応を示さず、一方では日本政府・自民党においても軍事費の一%枠突破等に見られる軍事力の増強、更には、「日米安全保障体制」の強化が図られようとしており、一層、帝国主義に対して軍縮政策への転換を余儀なくさせる闘いが、国際的にも国内的にも求められてきている。

<新たな平和運動の展開を!>
 日本における平和運動の情況は、八六年原水禁世界大会の分裂開催以降の分裂の固定化、また本年総評解散-原水禁国民会議、護憲連合の組織的弱体化が迫られている中で、広範な平和運動を担う人々、団体が結集する統一的組織が失われている。しかしながら、それにもかかわらず以前によりもまして、三宅島、逗子、日置川等の住民主導型の反基地、反原発闘争や市民レベルでの平和集会・イベントの取り組み等、草の根的平和運動は一層、広がりを見せ、平和を求める大衆的エネルギーは、より大きなものとなっている。
 今日の平和運動で求められていることは、市民・大衆自から積極的に担う地域平和運動を、より広範に巻き起こし、これまで幾度となく繰り返してきたセクト的引き回しを排除しながらも、更に個々の平和運動を結合する平和ネットワークを創り上げていくことが、新たな平和運動の統一を進めていく上で、極めて重要であろう。現に本年九月、大阪において総評センターの大阪版である「平和・人権センター」が結成されるなど、具体的な提起がなされる情況にあり、我々は、こうした動きに敏感に呼応し、大衆的平和運動の貢献と地域平和センターの創設・連帯に向け、一層、奮闘していかなければならない。

<竹下政権の反国民的政治路線糾弾!竹下内閣打倒に向
け大衆的反撃を!>
 自民党竹下内閣は、六月二八日、消費税導入閣議決定以降、圧倒的反対世論を無視し強行した。この消費税は、八七年中曽根内閣時代において、国民的な反対闘争の前に廃案に追い込まれた「売上税」を、インボイス方式から帳簿方式に改めるなど一定、中小業者に受け入れ安いものにし、「長期安定大衆収奪」をネライとして、とにかく「消費税」なるものを導入することを至上命題に、なりふり構わず、強行したのである。
 この消費税に対する反対世論の大きさは、商業新聞による世論調査やリクルート疑惑とも併せて竹下内閣の支持率の大幅な低下を見ても明らかである。にもかかわらず、この消費税-税制改革法案が、再び廃案に葬ることのできなかった最大の理由は、政府・自民党の院内におけるリクルート疑惑を逆利用した野党分断、そして院外における「消費税反対」という一点で一致する国民的な統一行動・共闘の輪が、形成されなかったところにある。しかしながら衆参両院における自民党の強行採決もあって、強行決定以降、国民の竹下内閣への不満・怒りは、一層、増幅されつつあり、我々は、今からでも、その不満エネルギーを結集し、竹下内閣打倒、消費税の実行阻止に向け奮起しなければならない。
 またリクルート疑惑について言えば、政・官・財界に広がる汚染の情況は、圧倒的大多数の国民に政治に対する不信・不満を募らせている。しかしながら我々は、このリクルート疑惑を単なる「政治家不信」に終わらせるのではなく、疑惑の最大の中心である中曽根前首相が、民間活力導入を推進し、また文部官僚・労働官僚が、これによって反国民的・反労働者的行政施策を押し進めていったことからして、このリクルート疑惑が、実は権力構造汚職であり、「疑惑」の本質が、国家行政が、政界と財界との癒着関係、独占資本の利益擁護にあることを大衆的に暴露していかなければならない。
 更に異常なまでの天皇報道、自粛ムードについて言うならば、消費税反対闘争においても直接、間接の悪影響をもたらしたことからしても常に天皇イデオロギーが、最大限、支配の道具として動員されていることに改めて認識するものである。特に、この間の天皇報道・自粛ムードは、天皇批判のみならず、体制批判、権力批判自体も圧殺する風潮にあり、本島長崎市長の天皇戦争責任発言に対する右翼の暴力的圧力など、言論の自由自体をも脅かし、一層、政治反動の素地が創られる重大な問題であることを指摘しなければならない。
 我々は、こうした天皇制イデオロギーの吹聴と国民の自由と権利を脅かす動きには、毅然とした態度・行動で臨むとともに、今まで我々が担ってきた反差別・人権擁護民主主義諸闘争を対置して一層奮闘するものである。

<労働戦線の全的統一と更なる労働運動の発展のために!>
 現局面における労戦統一を巡る基本的課題は、「全的統一」の名にふさわしく、いかに官民統一を促進するか、また連合が、八九春闘を前に賃上げ・時短・政策制度闘争を三本柱に総合生活改善闘争に取り組むことを表明しているが、旧同盟系から総評系民間単産まで巾広く結集する連合において、いかに政府・独占に迫る闘いを展開するかにあろう。
 特に官民統一について言えば、戦後の総評労働運動の、とりわけ反戦・平和民主主義閉争の中心的部隊であった自治労・日教組が、連合に結集する中で、その産別的特性を生かし、従来からの闘いを継承・発展しうるかが問われており、そのことが連合の質的発展を遂げるためにも極めて重要である。しかしながら現実の官民統一の動きは、日共-統一労組懇が、こうした全的統一に背を向けて、反連合「階級的ナショナルセンター」の結成に向けて少なからぬ単産・単組で組織分裂・混乱を引き起こしており、我々は、こうした分裂「階級的ナショナルセンター」の創設が、結果として労働者全般の統一と団結を乱し、労働者階級総体の力量低下を招くものとして断固として批判しなければならない。
 一方、同時に全的統一が達成された連合を展望して、旧同盟系を中心としてある労使協調的・労務管理的労働組合活動を克服して、いかに労働者的国民的統一要求を掲げて反自民・反独占闘争を展開していくか、また平和・人権・民主主義擁護の闘いを組み込んでいくか、八九春闘をその前段として、少なくとも活動者レベルで具体的論議を始める時期にきているといえよう。
 八九年は、労戦統一をはじめとして九〇年代労働運動を展望する節目の年である。それだけに目まぐるしく変化する労働運動現場において、我々及び我々を取り巻く民主的・進歩的労働者が、職場・地域に根ざした闘いを基礎に、新たな労働運動発展のために、より積極的な役割を果たし、労働者・組合員の先頭に立って闘う決意を固めようではないか。

 <労青全国協結成を基盤に一層、組織の飛躍的発展を勝ち取ろう!>
 昨年八月二〇日、労働青年同盟は、それまでの準備会に終止符を打ち、新たに全国協議会を発足し正式結成した。そして三回の全国協議会を開催し、今後の全国組織としての運動の形成とその組織確立について議論を行った。八九年は、それをいよいよ具体的実践でもって展開していかなければならない正念場の年といえよう。特に正式結成論議の中で出された全国的観点での基本的政策・方針の提起や各地方・戦線の活動・情報の交流・交換等々、その一つ一つを地味ながらも着実に成果を上げていかなければならない時にきている。そして、それは同盟員の全員参加と意見・見解の相違があっても同志的議論と大衆運動全体の利益を常に優先する行動の統一でもって達成されるものである。
 全国協議会は、その組織的責任を十分に果たし、同盟員の先頭に立って奮闘するとともに、全同盟員の一層の奪起を期待するものです。

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青年の旗 1988年12月1日 第141号

青年の旗 1988年12月1日 第141号
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【主張】 天皇Xデーを軸とする反動攻撃のなか問われる日本の民主主義

<最大にして最後の天皇利用>
天皇ヒロヒト重体の状況が長期化するなか、政府はそれを最大限に利用して、民主勢力、世論の封じ込めをはかり、自らの軍拡、収奪政策を押し通そうとやっきになっている。
去る九月、天皇重体が明らかになるや、全国各地で行政主導のもと、天皇「平倫」を願う記帳所が設置され、多数の市民が動員された。
とりわけ、皇居前に設置された記帳所の光景は、マスコミで大々的に報道され、そのことがまた動員効果を高めるという、六〇年安保闘争とはまったく逆の意味で、テレビの威力をみせつけたのである。
一方、社会の「公器」を自認する新聞は、つい先頃の新聞評語ー「かたよらず」をまったく忘れたかのような、天皇賛美といわれても仕方のないようなキャンペーンを、各紙が競いあうかの如く展開した。
こうしたマスコミの姿勢は、一昨年の朝日新聞襲撃以降の右傾化の帰結と、日本のジャーナリズムの実態をあらわにしたものといえよう。
また、全国各地で、祭りやイベントを中心とした各種行事を中止させた「自粛シンドローム」は、天皇ー日本帝国主義の被害者である在日華僑の「国慶節」も中止に追い込んだのである。
こうしたファシズムに近い情況のなかで、天皇制や天皇報道-自粛キャンペーンに対して疑問を持ち、抗議の行動を起す良心的な人々に対しては、「非国民」「売国奴」などというレッテルが貼られ、右翼からの強迫も行われている。
とくに新右翼や行動派右翼は、この間のマスコミ、団体や著名人の言動をチェックし、とりわけ「不敬」なものに対しては、Ⅹデー後、喪が明けると同時にテロ攻撃をかける計画であるという。
九月下旬から一ケ月もたたないあいだに、このような社会的空気が形成された事実。まさに侵略戦争責任の徹底した追求と総括なしに成立した、戦後民主主義という壁の薄さを、痛切に感じぎるを得ない。
今後政府は、Ⅹデー新天皇アキヒト即位の情況をみすえながら、消費税の成立、拘禁関係法の制定や国家秘密法の国会再上程、さらには、軍事費突出一文教・社会保障予算削減の国家予算の成立を、強引に押し進めていく目論みである。
そしてⅩデーから、アキヒトの即位式までの間、侵略戦争責任問題の最終的で完全な抹消と、新しい時代の幕明けをつげる官制イベントと、自粛下の利潤低下の回復を狙う独占資本の「大売り出し」キャンペーンが進められる下で、国家主義、民族排外主義が扇動され、「異端者」に対する抑圧が強化されるのである。
こうして政府・独占は日本が帝国主義間の競争に生き残るための、日本国家と社会の引き締めを図っているのである。そしてアキヒト天皇も、病床のヒロヒトが「米のでき具合はどうか」との一言で、アメリカ国内の米輸出問題での提訴の動きを封じ込めたように、いかなる軍隊よりも強力な-しかも個人的負い目のない-武器として利用されることになろう。

<真価問われる日本の民主勢力>
こうした日本の動きは、単なるアナクロニズムというものではなく、軍縮の推進と民主主義・人権の拡大に向う世界情勢とは、まったく逆方向のものである。
すでに天皇重体の当初より、諸外国では日本の危険な動向に対し批判が行われてきた。イギリスの「サン」「スター」の記事の他、韓国、中国やアシア諸国は、こぞって過去の侵略と現在の軍事大国化を同一線上のものと捉え厳しい批判を行っている。これら諸国民は虐殺行為の張本人が栄光のうちに死んでいくことを容認しないだろう。
そして日本での事態が長期化するにつれ社会は、冷静さをとりもどしつつある‥「もういいかげんにしろ」「いつまで続くのだ」といった声は巷で広がりつつある。
自粛の行き過ぎに関しても、民衆の不満が、天皇や自らに向くことや、諸外国の批難を恐れた政府が、「いましめ」を指導せぎるを得なくなってきている。
またマスコミも、一方的な天皇賛美については、一定の報道修整を行い、労働組合や民主団体に対し「何か天皇問題で行動をやってくれればすぐ報道する」というまでになった。
そして一時期は、長蛇の列をなした記帳所も今は人影もまばらになっている。
これはXデーという嵐の前の静けさかも知れないが、こうした情況を日本の民主勢力は機敏に把握し、民主主義を守るための運動を組織せねばならない。
日頃、何かにつけ日和見主義的対応に終始する日共も、こと天皇問題に関しては「党の片隣」をみせている。また、労働組合や民主団体も、自治労、教組、解放同盟を中心に行政に対する交渉を展開し、地方自治体や学校が、Ⅹデー以降の一通の「儀式」への市民動員拠占化を阻止しようとしている。また全国各地で、天皇問題を軸にした集会、デモが行われている。
こうした取り組みとともに、これまで継続してきた反核・平和の闘い、「国家秘密法」や「拘禁関係法」阻止の闘いを、この時期一層強化していかねばならない。
さらにⅩデーを迎え、あらためて浮きぼりにされるであろう「昭和」を総括抜きに終らせることなく、侵略の被害者たる、在日韓国-朝鮮人、中国人、そして被爆者や戦災者など、すべての犠牲者に対する国家的補償を要求する運動を強めていくへきである。
このような平和と民主主義の闘いを持って、Ⅹデーを迎え、それに続く反動攻勢に対決していこうではないか。
この一連の闘いは、日本の民主主義の試金石となっているのである。

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青年の旗 1988年10月1日 第140号

青年の旗 1988年10月1日 第140号
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【主張】 天皇キャンペーンと対決し非核日本の実現へ
                                                                            —軍縮週間に行動の集中を—

<天皇重体を利用した国民意識の総動員>
九月十九日夜の天皇の吐血以来、政府、独占はマスコミ、行政、企業各機関全体を総動員した天皇キャンペーンを行っている。十九日以来NHKや民放各局はいっせいに特別報道体制を組み、オリンピック、ソウル大会の中継放送を中断しつつ、天皇の容体報道を大々的に繰り広げている。全国市長会事務局は二十二日付で各都道府県市長会事務局長あてに「天皇陛下に係る件について」の文書を発行し、その中で①当面の問題として、「地方団体内に記帳する場所を設置することは、首長の判断で結構」(=首長の判断で設置せよ)、②「万一の場合」として地方団体が、主催しておこなう落成式、パーティー、祭り等の祝いに関する行事は控えてほしい、また③開会中の審議については、審議を中断し、黙祷をおこなってほしい、との行政指導を行った。
翌日の二十三日の秋分の日には全国四分の三の県で職員が動員され、天皇の健康回復を願う記帳の受け付けがおこなわれ、山ロ放送などは宮内庁と相談の上、CMで本社での記帳呼びかけを行った。
この結果、三七〇万人が記帳に動員され(十月三日現在)、長崎くんちをはじめ、全国で祭り、パレード、スポーツ行事、花火などが中止され、五木ひろしを含む私的な結婚式などの中止があいついだ。
今や「天皇健康回復を願わない者は非国民」というファシズムに酷似した状況が作り出されている。大衆は「天皇」を通じて改めて「日本国を意識し、その利益基盤である階級ではなく「国家」を中心としたものの考え方へと動員されつつある。この攻撃の特徴は、直接的な天皇賛美と崇拝を持ち込むのではなく、国民の死生観-死ねば皆仏様、死者にムチうつのは非人道的なこと-を巧妙に利用しつつ、国民意識を動員しているところにある。「日本共産党」が地方議会で天皇の戦争責任を追及したのに対し、埼玉県議会では関係部分の会議録を削除、宮崎県議会では懲罰規定に基づく戒告処分、東京都議会では問責決議が上がっている。これらの攻撃も「死者にムチうつな」的な国民意識あってこそできるのであろう。しかし、死に際して、その人の生前の業績こそ問うべきであり、それは死後、次の世代の者に受け継がれていくべきものなのである。
そうであるならば天皇ヒロヒトは戦前の戦争責任と切り離して考えることはできない。渡辺政調会長が「東京裁判でも、陛下は戦争犯罪人ではない」と強弁している。確かに、米国が皇室の支配機構の利用価値に着目し、はじめから天皇を訴追しなかった。しかし、このことを理由に、天皇ヒロヒトの命令で植民地支配や侵略戦争が行われ、日本国三百十万人、中国、東難アジアなど二千万人の生命が奪われ、そして天皇の名の下に自由が圧殺された歴史的事実は消すことができない。オランダ外相が天皇の葬儀に出席すると述ベたことに対しインドネシアからの復員兵は「ヒトラーの葬儀に出席するのと同じ」と抗議しているのである。
またー連の「自粛」の行き過ぎについて、小渕官房長官は九月二十九日の記者会見で、「陛下のご快癒を願う国民の気持ちは尊い」としながらも、「国民の社会、経済活動に支障がでるのはいかがとの気持ちもしている。そうしたことが、常々国民を考えておられる陛下のお心には沿わないのではないかと考える」とのべた。ここには国民がどう思うかではなく、天皇がどう思うかを事を決っする判断基準とする極めて危険な思想攻撃が現われている。権力の都合のよいように天皇の意志を慮り、そこへ国民の共同感情や一体感情を喚起する。そのー方で、このー体感に同化しえない者に対する嫌疑や非国民呼ばわりをする暗い情念が沸き起こるのである。天皇はこの心情統合の象徴として利用されている。

<侵略を合理化する六三防衛白書>
これら国民意識の総動員は何故必要なのであろうか。63防衛白書は日本の軍事政策の明らかな転換を示している。それは61白書では専守防衛を原則として領海、領空で侵略を防ぐという「水際作戦」を唱っていたのに対し、62白書では領海の外で侵略を未然に防止すると立場を大きく変え、今63白書ではできるだけ遠い所で要撃しなければならないと公然と侵略を合理化している。しかし、世界第三位の軍事費を注ぎ込み、ハード面での軍事大国化を進めようとも、「なだしお事件」が引き起こした反軍感情がある限り、軍事力として発動させることはできない。そこに天皇を利用した国民意識の統合、思想攻撃の狙いがある。文部省は新学習指導要領の中で小学校四、五年生に日ノ丸、君が代の意味を教えることを義務づけようとしているが、この攻撃こそ、国民意識を動員するようでもっとも系統的、組織的な学校教育を利用しようという狙いなのである。

<核トマホーク艦横須賀母港化と非核三原則>
八月三十一日横須賀に二隻のトマホーク艦ファイフ、バンカーヒルが母湾化された。両艦のトマホークは核弾頭付きであることは米海軍自らが証言している。横須賀市、神奈川県は八月二十九日宇野外務大臣に非核の証明を求めたが、外務大臣は「事前協議がない」ことを理由にはねかえされ、更には「非核三原則は守られている。私を信頼してくれ。」と述べた。もはや非核三原別と事前協議は、国民に核が持ち込まれていないことを納得させるものではない。今年八月の平和宣言の中で本島等長崎市長が「非核三原則が国是となって二十年、その空洞化は最早許されない時にきた。アメリカの艦船の寄湾に対して、日本政府は、主体性を持って核兵器の有無を検証し、非核三原則を厳しく守る立場を鮮明にすべきである」と発言した。改めて核なき日本をどう作り上げていくのか、その方途が問われている。
来たる十月二十四日からの一週間は第一回国連軍縮特別総会が決定した国連軍縮行動週間である。日本の民主主義を根底から掘り崩しかねない天皇キャンペーンと対決し、非核日本の実現のための行動を集中する週間としよう。

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青年の旗 1988年9月1日 第139号

青年の旗 1988年9月1日 第139号
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【結成宣言】 労働青年同盟結成総会宣言

労働青年同盟は、十三年の準備会活動から、ハ月二十日第一回総会を開催し、正式結成し、全国協議会を選出しました。今後ともよろしくおねがいします。

本日、我々はここに労働青年同盟の趣意・規約・行動綱領を確認し、その実現を目指し労働青年同盟を結成し、全国協議会を確認した。
一九七五年四月の青年同盟結成準備会アピール以降、この十三年間の準備全治動は平和と平和共存、反独占民主主義、平和・民主・労働運動の統一のための、何よりも青年の、とりわけ青年労働者の献身的なエネルギーとその活動力に依拠しながら、多くの闘う青年の連帯と結合を蓄積してきた。自らを準備会と位置づけ、反独占の青年運動の統一を模索したこの闘いとその精神を受け継ぎ、十三年間の闘いの蓄積を踏まえてそれを一歩づつでも前進させるべく今日新たな決意と希望を胸に労働青年同盟をここに結成し、全国協議会を確立した。
我々は結成総会に於て当面、大型間接税=消費税導入策動を断固阻止する闘い、進行しつつある労働戦線の再編に於てなによりも労働者の統一を守り、大衆的で、民主的な労働運動の前進と統一のために自らの職場・生産点で粘り強く闘うことを確認した。
消費税導入策動は、一握りの独占資本以外の全ての人々の負担を増大させることによって国家財政破綻の「解決」を目論み、労働・勤労人民の犠牲の上に軍事大国化の道を進まんとするものであり、「前川レポート」の具体化・産業構造転換の下で進む大量失業・合理化攻撃と相まって労働者生活の一層の破壊をもたらすものである。何よりもこの消費税導入策動粉砕の闘いは独占と反独占諸階層との間の深刻な矛盾と対立をもたらす課題であり、独占資本以外全ての人々の統一闘争として闘われるべき課題である。
また、今日の労働戦線の統一の動きは、国鉄分割・民営化攻撃の際に象徴的に示された労働運動弾圧、組織労働者への切り崩し攻撃の強化、一方で労使協調主義への強要などが不断に政府・独占から進められている下で、今日きわめて重大な意義を持っている。我々は統一が組織労働者の全的統一に留まらず、現状では未組織下に置かれている労働者も含めた労働者全体の統一、資本と闘う大衆的で民主的な労働運動の統一へと前進するよう奮闘することを確認した。これらの闘いの帰趨は二十一世紀にかけての日本の政治のあり方をも大きく規定するものとなるであろう。
十三年前、我々は、ベトナム民族解放闘争が勝利し、全欧安保ヘルシンキ会議が成功裏に開催されたその年に労働青年同盟結成準備会を結成した。そして今日、INF全廃条約批准という人類史上初めて核兵器が削減・廃棄され、核兵器のない二十一世紀を目指した闘いが更に大きく前進しようとしている世界史の記念すべき年に労働青年同盟を結成した。一方、かつてべトナム戦争に於て米帝回主義を支えた日本帝国主義は今日、米・欧と並ぶ主要な帝国主義のセンターとなり、米帝国主義の地位の後退の一方でその政治的・経済的影響を拡大させている。平和で搾取なき社会と人類解放を目指す闘いに於てこの国に於ける闘いの持つ意義は十三年前に比べてはるかに大きく、重い。であるが故に、政治・独占は続々労働者階級の闘いを弾圧し、分裂を持ち込む策動を強めている。今日、我々があえてこの歴史的で、重大な時期に青年同盟を結成するのは、平和と平和共存、反独占民主主義、統一戦線の旗を掲げる幅広い統一闘争の創出がいつにも増して強く要請されていると確信するからである。全国の職場、地域に生きて働く全ての青年労働者に広範に存在する若者の創意と情熱を結集し、現在と未来のための闘いを具体的に提起し、組織する民主的で大衆的青年年同盟が求められていると確信するからである。
我々は、労働青年同盟の結成、全国協議会の確立を契機に、十三年間の準備会活動で培われた団結と統一を一層強め、発展させることを確認した。そして、全国の青年労働者に闘いを呼びかけ、広範な統一した聞いを拡大することを確認した。
我々は、全国の全ての民主的青年に呼びかける。人類の輝ける未来、生きて働くことに人間の喜びと誇りを持てる未来のためにともに闘おう。
労働青年同盟結成総会
一九八八年八月二〇日

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青年の旗 1988年8月1日 第138号

青年の旗 1988年8月1日 第138号
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【経済展望】 サミット後の国際金融不安の高まり

*トロント・サミット
レーガン大統領の「さよならサミット」と言われたトロント・サミットが、貿易の自由化を促進するウルグアイ・ラウンド(新多角的貿易交渉)の推進、農産物市場の開放、発展途上国の抱える累積債務問題の処理に加えて、為替相場の安定を目指し参加各国が協調体制を一段と強化する努力を推進するという四項目を骨子とした経済宣言を発表して閉幕した。
経済宣言は、「為替レートが過度に変化することこれ以上ドルが下落すること、あるいは調整過程を不安定にしてしまうほどドルが上昇することはいずれも世界経済の成長の可能性を損なうことによって逆効果になる恐れがあるとのG7の結論を支持する」と、為替相場の安定を強調したが、サミット終了後、急ピッチなドル高が進行し(円レートは十日間余りの間に一二五円台から一三四円台まで下落)、日米欧の金融・資本市場の波乱要因になっている。このため、西独や英国など欧州各国はインフレ警戒姿勢を鮮明にする利上げに踏み切り、日本も短期金利の上昇容認などの円安防止策に乗り出している。

*ドル高の意味するもの
こうした現在のドル高局面の原因と考えられる根拠として、マスコミで論じられているのは、以下の三点である。第一は米貿易赤字が縮少基調であること。昨年一年間は月平均約一五〇億ドルもの赤字を記録したが、最近三カ月(三、四、五月は、月間約百億ドルペースにまで縮少している。
第二は、米国政府にとって政治的および経済的にドル高を許認する動きがあることである。①今秋の大統領選挙を控えており、株価の暴落とインフレ再燃をともに避けることが至上命令になっている。②その中で金融面の引き縮めはしにくく、政策が手詰まり状態にある。③多少のドル高は輸入物価の低下を通じインフレ予防に役立ち、株価にもプラスになるためである。
第三は、国際資本移動の変化が出はじめ、海外の投資家が、ドル建て証券に傾き始めており、特に欧州からの流入のピッチが速いことである。又八五年から八七年の間はドル売りで稼いだトレーダは、今やドル売りでは稼げず、ドル買いでしかもうけられないという市場心理で働いている。
しかし、それらの根拠は、影響なしとはいわないまでも、全体的な流れは、一九八五年九月のプラザ合意(G5)以降のドル安局面の中の出来事であり、市場原理による一過性のものとして見るべきである。ドル安の根本的原因となった貿易、財政赤字の双子の赤字が改善されないかぎり、ドル安局面が転換する可能性はないと言っていいだろう。米国の三力月間の貿易赤字が縮少したとはいっても年間一〇〇〇億ドルを超える赤字であり、貿易外収支も赤字に転落し、ストックとしての対外純債務の累増は続いており、(八七年末には、約四〇〇〇億ドルにも達し)米経済は、何ら解決の糸口を見い出していない。国際金融不安は一層高まぎるを得ないのである。

*国際金融不安の高まり
一九八五年九月のプラザ合意以降、帝国主義諸国が資本主義の不均衡発展による矛盾を解決するためにとった政策は「国際政策協調路線」であった。それ以前であれば、内政干渉として各国が拒否した措置も「政策協調」の名のもとに行なわれ、政策の進み具合を監視する体制までもつくり上げられた。
しかし、現実には公約通りには政策協調が進まず、調整は専ら為替レートの調整に偏ったものとなった。そうした不十分な政策協調への市場からのしっペ返しが、昨年十月の株価暴落=ブラックマンデーであった。このため、株価暴落で各国は緊張感を再び強めたが、その後採られた措置は、米国の債務累増を中心とする世界的な収支不均衡への対策強化ではなく、むしろ、株価対策であり暴落で懸念された目先のデフレ現象への対応策であった。
このように、基本的な資本主義を現在おおっている危機を取り除く措置は何もされておらず、解決もされていない。このため、今回のドル高局面は、一時的な米大統領選までの局面であり、基本的にはドル安過程の中の出来事として考える必要がある。米大統領選後、蓄積された矛盾が一撥に暴発し、昨年のブラックマンデーを上回る金融危機に発展することを考えるべきであろう。

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青年の旗 1988年7月1日 第137号

青年の旗 1988年7月1日 第137号
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【主張】 新たなる大衆収奪=消費税導入阻止!

政府・自民党は六日十四日「シャウプ税制以来の抜本改革」と称して「消費税」という名の大型間接税導入を軸とした「税制抜本改革大綱」を正式に党議決定した。「大綱」によれば、「所得税の累進税率の刻み数を減らし、大半のサラリーマンが最低税率十%の適用ですむ所得税減税を今年分から実施、法人税も基本税率を二段階にわたって引き下けるなどの減税処置を行い一方これらの財源として、一般消費税型(帳簿方式)の付加価値税である税率三%の『消費税』を来年四月から導入する」となっている。
「大綱」の特徴は、何よりも独占資本と、資産家・高額所得者を優遇し、一方で勤労者への犠牲をより重く押しつける税制改革案だと言うことである。法人税は、租税特別処置などの優遇税制は残されたまま、現行の四二%が最終的に三七、五%に引き下けられる。これは、米国の四〇、三四%、西独の五六、五二%、仏の四二%に比べれば大幅な資本の優遇である。また、今まで課税所得三千万円(夫婦子供二人で年収三五一二万円)を越える高額所得者に適用されていた五〇~六〇%の税率が、課税所得二千万円(同二四五九万円)以上は一律五〇%へと引き下げられようとしている。株の譲渡利益への課税も高所得者・大企業など大口投資家には有利な内容となっており、土地などの資産課税も「持っているもの」に有利な内容となっている。
一方、税率を適用する所得区分を拡大して累進度を緩め、消費に課税するとしたため、逆進性が強まり、低所得者、年金生活者、生活保護世帯などでは明かに負担が増加することになった。
政府・自民党は大平内閣時代の「一般消費税」、昨年の中曽根内閣時代の「売上税」と同じ性格の大型間接税の導入を三度狙う姿勢を明らかにしたのである。
政府は、六月二八日、自民党の「税制の抜本改革大綱」に基づき、「消費税」導入を柱とした「税制改革要綱」を閣議決定した。そして同日、衆院議員運営委員会理事会では臨時国会を七月十一日に召集し、会期を百二十日とするという提案を政府・自民党は行った。会期百日を越える長期の臨時国会が提案されることはきわめて異例であり、サミット後、「政権の命運を掛ける」と公言した竹下首相の姿勢に明らかなように、自民党は三度めの大型間接税導入に並々ならぬ決意を示している。これに対し、財界は政府・自民党と一体になって、間接税導入を進めようとしている。「自民党の税制改革大綱が決定された。いよいよ臨時国会に向けての論戦にはいっていくが・・・適切な税制改革の誤りない実現を図ってもらいたい。」(日経連タイムス六月二三日、主張)。そればかりか、「法人に対する減税は、・・・いささか小幅に過ぎる。」(同)、などと、一層の独占擁護を要求しているほどである。
一方、野党各党は、共産党、社会党、公明党が断固反対の姿勢を打ち出している。民社党は、臨時国会での審議に柔軟な姿勢を見せるなど、自民党側からの野党きり崩しに手を貸さんばかりの姿勢を示しているが六月二十日には、社会、公明、社民連の四野党政審会長・政策委員長と共に「税制の抜本的改革への共同見解・・・(拙速をさけ国民合意を)」を発表し、「六十二年度に七兆円以上ものかってない大きな自然増収があり、景気も当面好調である現在、急いでこの秋に成立させる必要性も理由もない」と主張するなど、現時点ではともかくこの枠組みの中には入っている。また労働者の側では、総評は断固反対の姿勢を示しており全民労連(連合)も、六月十六日の中央委員会で「消費税はとうてい容認できない」との方針を確立した。連合内では、金属労協(IMF・JC)の主力単産である、自動車総連が消費税導入に柔軟な姿勢、鉄鋼労連がEC形付加価値税に柔軟な姿勢を示している、その一方、多くの民社党党員を抱えるゼンセン同盟、又全金同盟などは消費税に反対に姿勢を強めており、連合の動きは今後の運動の進展具合いいかんにかかっている。特に、日本繊維産業連盟会長(旭化成会長)などは消費税反対でゼンセン同盟に共闘を呼びかけているほどであり、政府・自民党がこの間すすめてきた産業構造再編の中で政府・自民党の政策に対する不満・反発が、農民層などこれまでにはなかったような部分からも吹き出さぎるを得なくなっており、消費税反対の運動が幅広く拡大する条件は大きい。「大綱」決定を先延しにし、大幅減税を強調した自民党の戦略にも関わらず、六月十二日の埼玉県知事選では、大型間接税に反対した革新陣営が勝利を納めている。また、朝日新聞世論調査(8月22-23日)でも、消費税反対は六割を占めているのである。
5月に終了した百十二国会では、院外の大衆闘争が弱い中で、自民党の提出法案が極めて高い割合で成立している、この轍をまたもふむことのないよう、消費税反対の大きな闘いを巻き起こそう。

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青年の旗 1988年4月1日 第133号・134号合併号

青年の旗 1988年4月1日 第133号・134号合併号
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【主張】 不公平税制の徹底論議を 総選挙で国民の信を

<「税制改革について素案」提出>
三月二十五日、政府の税制調査会が「税制改革についての素案」をまとめた。抜本改革のたたき台ともいぅべきもので、これを基に二回目の地方公聴会を開いて国民の声を聞き、四月末にも答申をまとめる予定である。
今度の「素案」は、二十二目に決めた二類型三方式の新型間接税の試案と、二十三日に決めた直接税の改革試案とを総合したものである。しかし、この中でもキャピタルゲイン課税や医師優遇税制などの是正に具体的内容は乏しく、みなし法人、宗教法人、赤字法人などにも積極的なアプローチはなかった。

<新型間接税をめぐる論議>
新型間接税の試案として、付加価値税を二つと取引高税が提出された。付加価値税として、いわゆるEC型(インボイス方式)とアカウント(帳簿計算)方式とがあげられている。
EC型は取り引きの度にインボイス(仕送り状)を伴う。これによって前段階で支払われた税額が控除されるので、税が累積しない利点があるが、納税事務負担が大きくなるのは必至であり、日本のように中小企業の多い国で、そのような事務負担を求めうるのかとなると大いに疑問である。
また、取引高税は日本で戦後まもなく実施されたことがあるが、一年足らずで廃止されている。税の転嫁がしにくく、業者の背負いこみになり、さらに取り引き段階が長いものほど、最終的な税額が高くなるので、産業経済に中立的でないという問題点がある。
こうして見ていくと、二類型三方式が併記されているものの、実質的にはアカウント方式の付加価値税が最有力だと見ていいのではないだろうか。売り上げから仕入れを差し引いたものに税率を掛けるという簡単な方式なので、抵抗感は少ないと言われているが、このアカウント方式は、かって大平内閣が導入を図った一般消費税そのものである。かりに名称を変えたとしても、国会決議によって導入を否定された事実は変わらない。さらに、書類を使わず帳簿で控除額をはじきだすもので、所得の把握もれは避けられず、抜本改革の目標である「不公平の是正」という面では、重大な疑念を残さぎるをえない。

<キャピタルゲインの原則課税について>
キャピタルゲインの課税強化の問題は、毎年の税制改正で議論になっている古くて新しい問題であるが、今回は、政府税調が「原則課税」の方針を打ち出している。
第一回公聴会がスタートする直前に、元大蔵事務次官の相沢自民党代議士の株売買益申告漏れが発覚したことや、四月からマル優が廃止され、利子所得については一律二十%課税されることなどから、株式譲渡益の原則非課税は納得できないという国民の意見は強く、それを反映したものであると言えよう。
キャピタルデイン課税とは、株式などを売却した際買い値との差で生じた譲渡益所得に対して、課税することであり、現在、法人は、法人税の形で納税しているが、個人は原則非課税になっている。
例外的に、年間売買回数が三〇回以上かつ十二万株以上の継続的売買や、同一銘柄で年間一二万株以上の売却について課税対象とし、その売却益を他の所得と合算したうえで所得税で総合課税するという仕組みであるが、国税庁の集計によると、株式譲渡益六十一年の申告件数は、百八十六件で、取り引き総額は九百三十億円、売却益は六十億円にすぎない。キャピタルゲイン課税の対象となる我が国の全国の個人の株式取り引き総額が年間数十兆円の規模であることを考えると、申告率はあまりに少ないと言える。
キャピタルゲインの原則課税化は、新型間接税導入の前提条件、といわれてきた。そして、納税者番号制の検討には時間がかかるとしても、「導入には強烈な抵抗が予想される番号制は、継続審議にして、みなし分離課税方式でお茶をにごし、間接税への切符を手にしたい」というのが、大蔵省の思惑であると言われている。
「みなし分離課税」方式とは、個人投資家別の売却益をいちいち把握せず、売却益の一定割合は売却益であると見なし、このみなし売却益に一律の税率をかけ証券会社が売却時に天引きして納税する仕組みである。かりに利益率を十%とみなし、利子所得課税と同率の二十%の税金を掛ければ、税金は売却額の結局二%となる。
ただ、みなし方式は、売却額の○、五五%を徴収している有価証券取引税と同じかたちになり、みなし方式のままでは、現行の税率を変更させることにすぎず、「不公平の是正」の目玉として大きく取りあげられるような改革ではない。このような「改革」で、間接税が取り引きされることには、断固反対の意志を表明しなければならない。

<税制改革の基本理念>
三月十一日、竹下首相は、大型間接税に対する懸念として、①逆進的な税体系になる②中堅所得層の不公平感増大③所得税非課税者に負担④税率の引き上げが安易に⑤納税事務負担が大きくなる⑥物価を押し上げインフレに、と六つの点を指摘した。
この間の政府・自民党の税制改革の論議を聞いていると、政府・自民党の税制改革に対する基本理念はっきりしてくる。つまり、入口(所得)では把握・捕捉するのが困難であるため、どうしても公平な課税を行うことができない。あるいは、捕捉に関する費用が膨大なものとなる。そうじた「不公平の是正」のため、広く薄く課税を行う。つまり、新型間接税の導入である。支出段階で徴税する消費税では、脱税行為はいっさい行われず、それに対する課税を強化することで、「公平な課税」が保障される、と言うのであろう。
公平な課税を行うため、キャピタルゲイン課税・法人税の増税を求めなければならない。しかしながら、キャピタルゲインの原則課税を求めるのは、「少女趣味」であるらしい。なぜなら、株が暴落して税収が落ちこむからだそうだ。法人税の増税についても、「こんなに税が高くては、ノーベル賞をとるような人材や優秀な企業が海外に逃げ出し、日本が空洞化する」との声が聞かれる。その一方で、何億もの脱税行為が行われ、各種引き当て金や減価償却制度、受取配当金の非課税制度などの、戦後の復興のために設けられた優遇税制をフルに活用しているのである。そういった現実に、もっとメスを入れていかなければならない。
酪税に苦しめられながら、そして海外に逃げる余裕なんてさらさらない勤労諸国民の暮らしを守るため、租税民主主義の原則である、直接税中心の累進課税の強化、時代遅れとなった大企業中心の種々の優遇税制の見直しこそが、何よりも論議の中心とならなければならない。
公聴会のような形ではなく、総選挙で国民の信を問うべきであろう。

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青年の旗 1988年2月1日 第132号

青年の旗 1988年2月1日 第132号

(1面 → 1・2面 3面 → 3・4面)

1面  ←PDFは、こちらから 【主張】春闘勝利へ「資本と闘う」大衆的労働運動の構築を
2面 レーガン一般教書演説
3面 88春闘を大衆的に闘おう
4面 ドル本位制の崩壊へ–1988年初頭の展望

 

【主張】春闘勝利へ   「資本と闘う」大衆的労働運動の構築を

1.「連合」初の春闘.
「賃上げが去年を下回る条件は何もない」(黒川総評議長)、「まさに春闘日和」(山田連合事務局長)の言葉にある様に、今年は景気も八六年末を底に八七年から回復基調に転じ、製造業も三期連続の増収が見込まれる中での春闘となっている。
 しかし、昨年は、「円高不況」の直撃を受け‘賃上げ率は史上最低の三.五六%(労働省調べ)に終っている。加えて、「争議による労働損失日数」「労働組合への組織率」も戦後統計史上最低を記録している。先の両氏の発言は、逆に取れば「負けは許されない春闘」とも言える。
 既に、日経連は「賃上げは”生産性基準原理"の枠内」の主張を繰り返している。更に、「春闘の終焉」をも強調している。一方、「連合」が昨年、組織労働者の四三%、五百三十九万人を組織してスタートした。この「連合」にとっては初めての春闘であり、その成果が試される。総評は、中立労組連絡会とともに昨年までの「春闘共闘会議」に「代る」「国民春闘連絡会」を結成し、純中立を中心に七十七単産を集めている。統一労組懇は初めて「白書」を作成し、「独自」路線を強めている。又、国労を中心に、「連合」にも統一労組懇にもいけない、いかない組合が「春闘懇談会」を結成している。いずれにしても、「連合」が春闘の中心にならざるを得ないが、各組織とも、その存在が問われる春闘となる。
 又、国際的には、五月三十日からの第三回の「国連軍縮特別総会」の開催、ソ米のINF削減から戦略核兵器の削滅合意へという大きな軍縮の行動が進められている。一方、自民党竹下新政権の下で「新型間接税」が着々と準備されており「土地対策」「軍事費のGNP1%枠」「核持ち込み」等々重大な政治課題が国会内外で問題となっている。更に、政界再編も進行する中での春闘になる。

2,賃上げ停止と春闘解体を目論む「労問研」報告
 今年の日経連「労問研」報告は「真の先進国への脱皮を目指して」とのサブタイトルにある様に、例年以上に対政府要求を強調した内容となっている。
 その特徴は、①「連合」の発足を新たな時代と賛美し、「勤労者の生活向上のため、共通課題は共に政府に要求しよう」と労働者に呼びかけている。
②その重要課題とは「農業を中心とする市場開放」であり、「内需拡大」である。特に「内需拡大」については「安易な財政金融政策でなく、日本の経済社会機構の改革を通じて」と強調している。
③その上で「円高で日本の賃金水準は世界でトップ水準になった」として「問題は名目と実質のギャップをどう埋めるかにある」その唯一の課題は「あらゆる物価を引き下げること」で「名目賃金を引き上げることは経営コスト増で国際競争力の弱体化を招くので絶対に取るべき選択ではない」と強調している。具体的には、「物価の割高」「円高差益の還元」「土地・住宅政策」を労使共同して政府に求める、ということである。(この間の「物価上昇」「円高差益の抱え込み」「地価引き上げー全て独占自らが、政府とともに政策として容認してきた結果が今日の状況である。)
④労働時間短縮と貨金はパッケージで論じるべきである、として「時短=賃上げ」という論理を展開している。
⑤最後に「名目賃金の引き上げを横ならびに要求する春闘の見直し」を提言している。

3,「豊かな社会」実現とは
 88春闘では、労資とも「豊かな社会」という、スローガンを掲げているが、それが示すものは現実が全く「豊かな社会」ではないということである。労働者に幻想を与えていた「中流意識」は「崩壊」し、労働者の生活・権利破壊の実態は、いつ爆発してもおかしくない程に深刻である。
 「連合」「総評」は六~七%の賃上げと時短、滅税などの制度・政策闘争で〈働きすぎ→貿易摩擦→円高〉の悪循環にピリオドを打ち、「豊かな社会」を実現させると主張している。問題は「豊かな社会」というスローガンのもとに、その根底にある階級対立がいささかも曖昧にされてはならないことである。オイルショック、安定成長、低成長、円高不況のいずれの局面においても、資本は高利潤を確保してきたのである。その一方で労働者の生活は貧困化の一途を辿ってきたという事実を忘れてはならない。
 昨年来の地価高騰で、戸建て住宅はもとよりマンションすら取得する夢ははるかに遠のき、都心での賃貸アパートすら困難な状況である。「豊かな社会」とは狭いアパートの中で大画面テレビやビデオ見て、自動車を買い替え、たまの旅行やレジャーを「楽しむ」ことであろうか。そして、その為にわずかばかりの貯蓄までも掃き出させようとする“消費キャンペーン“と”カード時代“に他ならない。
 更に、終身雇用の保証はなくなり、出向・単身赴任・海外派遣が横行し、拒否すれば”解雇“という企業の戦力にならなければ、いつでも切り捨てると言わんばかりの、「人間切り捨て・使い捨て」の労務政策が進められている。今や労働者は形を変えた「潜在的失業」の恐怖の中での生活を強いられている。
 「亭主元気で留守がいい」のコピーや「かまって音頭」の流行は、家庭から父親が消えつつある現実を示しており、それに伴って深刻な家庭・教育問題が起きているのである。
 こうして、労働者の生活は全般的に破壊され、それは地域や家庭にまで及んでいる。財界の主張・戦略は労資(中小零細も含め)の「共存・共栄」(労働者の犠牲の下での)の関係の確立と、対政府という幻想の構造を作りあげ。一挙に構造転換を実現しようというものである。その意味からも、「基本的な対立は何なのか。敵は何なのか」ということが鮮明に打ち出されるぺきである。

4,春闘の大衆的再構築ヘ
 先に述べた労働運動の三つの最悪の記録の意味することは、労働運動が独占の進める産業構造の転換に対応できずに、三分の二以上の労働者が未組織労働者として運動の枠外に放置されているという現実である。更に組織労働者の中に進行している「組合員の労働組合離れ」という現象であり、最低の争議日数にも見られる「資本と闘い抜ける労働運動」の減少である。
 このことは、労働運動のあり方が再検討されなければならないことを示している。「喰える賃金要求」が「喰える賃金」になった時、なぜ、賃金闘争は停滞を始めたのか。「物価上昇十α」という要求基準に問題点はないのか。欧米なみ賃金とは。内需拡大を理由とした賃金要求とは。国民春闘がなぜ国民的闘いへと発展しなかったのか。等々はもう一度検討しなければならない。そして、問われるべきは、「連合」「総評」「統一労組懇」ともこのような問題を克服し得る政策を持ち、今春闘に臨んでいるのかということである。事態は否定的である。
 我々は「連合を闘いの舞台に、連合の中で変革を」「その為の活動家の結集を」と呼びかけてきた。我々自身の職場・生産点において、大幅賃上げや時短、諸権利獲得の闘いを「言葉の真の意味で大衆的に」展開し、その中で我々自身が労働運動を変革していく闘いと理論を具体的に築き上げていく立場で、今春闘に取り組み、その出発点にしていくことである。

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