【投稿】低投票率で政権を決めていいのか

【投稿】低投票率で政権を決めていいのか

<自民単独政権にさせていいのか>
第18回参議院選挙の告示が真近に迫ってきた。6月号が読者に届く頃には、選挙期間に突入していることだろう。筆者も選挙運動のど真ん中に居て、感じることも多い。雑感になるが、意見を述べてみたい。
選挙運動をする側から見ても、今回の選挙の盛り上がりは今一つである。その原因は何なのだろうか。理由はいくつか挙げることができる。最大の問題は、政権交替につながるような、あるいは引き続き参議院で自民党に過半数を渡さないことが可能な展望を野党勢力が国民に示し得ていないことであろう。この展望を切り開こうとしているのは民主党だけだ、というのが私の意見だが、残念ながら、まだまだ結成されて二ヶ月という民主党には、国民が安心感をもって支持できる条件はまだ未成熟というのが実態だ。
しかしながら、両院で自民党単独過半数という事態が何をもたらすか、を考えれば、また、経済失政・無策に止まらず、ゼネコン・建設業をはじめ大型補正予算や政権党という地位を利用した、まさに従来型の利権誘導型選挙の色を濃くしてきた自民党の有り様に対する批判が強まれば、今後の選挙戦の展開如何で、自民党一人勝ちという状況は食い止められるのでは、というところか。

<強まる民主党への逆風>
そういう意味で、マスコミがこの間、特に民主党への批判を集中的に行ってきた姿は印象深い。新進党分解という結果を受けて、分立した小政党(?)と、旧民主党が新「民主党」を結成したわけだが、選挙体制や各地方における様々なちぐはぐさは否めない。特に3年前の参議院選挙で「新進党」枠で当選した議員と今回もそうした旧「新進」の枠組の候補者VS前回社会党枠で当選した旧民主党議員や候補との調整は複雑を極め、岐阜、神奈川、愛知や長野(後に調整されたが)そして岡山では、選挙区に民主複数立候補という「調整力不足」が批判の的になった。調整力が不足しているという批判そのものはその通りだろうが、「政党連合」という構想もあっただけに、新党という形が整わない、時間不足が現実であろう。ただ、「共倒れ」の危機感から、そうした県内での選挙活動は逆に熾烈に展開されており、その結果がどう出るのか、興味深いものがある。
さらに、連合が統一対応で比例区は民主党支持を決定し、また可能な限り選挙区でも連合統一候補を擁立している動きに対しても、民主党批判の材料にされている。労働組合が政治に口をはさむのが悪であるかのように。そして、民主党が労組支配下にあるかのような「ネガティブキャンペーン」が行われている。さらにご丁寧に、連合の中にも社民支持産別があるとか民主支持の産別労組の中にも社民党労組、地域がある、と連合の「指導力」を「心配」する形で、連合・民主党への批判が続いている。
しかし、連合サイドから見れば結成9年目にして、はじめて政党との関係で股裂き状態が基本的に解消され、社民勢力を除けば統一対応ができた画期的な選挙となっている側面の方が規定的なのではないか。参議院選挙の結果がどうあれ、連合の政治的統一は大きな一歩を踏み出したのは事実で、この流れが本物になるかどうか、次の総選挙でこそ試されると理解すべきだと思うのだが。

<社民党最後の国政選挙になるか>
明らかに、末期的症状を呈してきたのが社民党である。与党離脱しても橋本内閣不信任案には反対票を投じ、細川議員辞職に伴う熊本1区補選では、組合OBを担ぎ出し、供託金没収とい犠牲を払って、自民党議員を当選させ(現地では自民党から社民党に金が動いたという噂が飛んだほど)、国会議員の中からは、次回の総選挙では自民党に擦り寄ろうとする議員が続出し、参議院選挙後は「与党復帰」が確実視される、という一連の事態から浮かび上がるのは、「死に体」という姿であろう。今回の参議院選挙では選挙区全滅が確実である。すでに自民党は公明を時期のパートナーとする準備を進め、自民復権という社民党の逆説的な「歴史的使命」は終わりを告げようとしている。それとともに国会における社民党自体の消滅もカウントダウンが始まっている。

<「自共対決」キャンペーンの真実>
低投票率が予想される中で、共産党の躍進が確実視されている。新進党の結成・解党や社民党分裂・旧民主党結成、新民主党と「政党がコロコロ変わっていく」という中で、唯一党名が変わっていないということ、財政構造改革や不況という中で、社会保障費の削減などへの反対政党としてのわかりやすさが、支持を拡大している要因と言える。
しかし、躍進といっても共産党が、公明と並んで「拒否政党」である事実は基本的に変わっていない。6月9日付け日経の世論調査でも、政党支持率と好意政党支持率(好意を持っている政党支持)の差が1%未満である。
また、自民党筋が「自共対決」を強調するのは民主党を浮上させないためのキャンペーンであり、「自共対決」よりは、地方での「自共連携」が進んでいることも事実である。城陽市の例、また大阪の大東市の例など、共産党が「革新市政」と呼ぶ実態の中には、保守の一部と連携して、単に首長与党となっているケースが数多くある。
イタリアの「左翼民主党」のような、統一戦線思考はなく、もはや「躍進」もそろそろ頭打ちの状況だと思う。宮本の影がいつまで続くのかはわからないが、統一思考への転換を望んでも無駄だと思うが・・・・・・・。

<争点は、経済政策になるか>
実際はすでに選挙終盤である。自民党は、大型補正予算で得意の利益誘導型配分で業界を締め上げ、国民には「景気回復は自民党安定政権で」と、不況の時は保守に流れる傾向に期待している。しかし、生駒さんの文章で展開されているように、5月からの円安の流れ、そして6月での急速な円安の進行と日米協調介入の経過で示された「アメリカのいいなり橋本政権」の「ふがいなさ」と一方での不況倒産の増加、失業率4%という経済環境の一層の悪化に示される経済無策、不良債権処理と内需拡大を世界に約束した責任を橋本政権が果たせるのかどうか、こうした状況に対して野党側の対抗的政策の提示が、選挙を通じて、どこまで自民党への国民的批判に結びつくか、どうかが最後のポイントになるような気がする。すでにマーケットは橋本政権の格付けを引き下げた。アジアの、さらに世界的な不況の火付け役を避けたい橋本自民党だが、選挙中、マーケットはどう動くのか。

投票率如何によっても大きく左右される。自民党一人勝ちを許さないためにも、50%に近づく投票率となるような、終盤の盛り上げが必要である。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.247 1998年6月26日

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【投稿】戦後最悪のマイナス成長と参院選

【投稿】戦後最悪のマイナス成長と参院選

●意表を突く日米協調介入
 6/17夜、日米両政府が2年10ケ月ぶりに意表を突く形で為替市場への協調介入を行った。進行する円安がニューヨーク株価暴落の引き金になりかねないという危惧からである。急遽、クリントン・橋本両首脳が為替問題で電話会談するという前代未開の事態である。サマーズ米財務副長官が東京に急派され、「協調介入の効果が消えないうちに、明確な景気対策を打ち出すべきだ」と、優柔不断な橋本政権を突き上げ、「減税という手段もある」ことを説得して回るという力の入れようである。6/20には先進7カ国とアジア太平洋諸国の蔵相・中央銀行総裁代理級会合=東京通貨会合が招集され、「日本経済と金融システムを立て直し、再び活性化させることが急務である」という共同声明が採択された。
 前回の協調介入は、1ドル=79円に突入した、円高がピークにあったときであった。今回はその倍近く、1ドル=146円という急激な円安におそれおののいた対応であった。この結果、一時は1ドル=133円台に戻りはしたが、東京、ニューヨーク両市場とも乱高下が激
しく、不安定要因が今年は重くのしかかっていることを示している。すでに橋本政権への不信から、再び為替相場は円安の方向へ戻り出している。

●「日本発の経済不安」
 これは、世界最大の債権国が不況に坤吟し、世界最大の債務国が加熱気味の好況を謳歌するという、史上例を見ない異常な現象の反映でもある。もちろんこうした事態が引き続いているということは、そこに客観的根拠が存在していることを示しているのであるが、それは同時に、何らかの形で事態の急激な変化を予測させるともいえよう。今年はその鍵となる年になるのではないだろうか。
 アメリカは、昨年に続き好況を持続させ、98年第1四半期のGDP(国内総生産)成長率は4.2%を記録したが、逆に日本は97年度は23年ぶりのマイナス成長を記録(-0.7%)、経済成長率としては戦後最悪を記録、引き続き98年第1四半期も-1.3%を記録し、4月の完全失業率が戦後初の4%台に上昇している。しかし事態がここまで進むと、アメリカの景気に暗雲が漂い始めたともいえる。このところその多くの兆候が出始めている。たしかにマネービジネスは全盛だが、他国通貨の大幅な下落によって米国産業の競争力は大幅に後退しており、今や製造業のGDPに占める比率は2割台に縮小、ドルという基軸通貨の特権を利用した他国犠牲の消費社会の構造は限界に達しつつあり、バブルの典型とも言えるキャピタルゲイン景気は最終段階にさしかかっているのではないだろうか。
 アメリカが誇る情報産業の花形、ハイテク代表銘柄であるインテルの株価でも、6月初めには2週間で2割以上の下落を示し、6/3にはマイクロソフトも下落、銀行株、医薬品株も下落、ニューヨーク株式市場は8800ドル台割れ、6/12には「日本発の経済不安」への警戒感から100ドル近く下落、8700ドル台にまで落ち込んだのである。9000ドル台を超え、1万ドル台間違いなしといわれていたのはつい最近のことである。

●「1ドル150円もあり得る」
 事態の急展開はささいなことからいつでも起こり得る段階に来ているとも言えよう。今回は、ルービン米財務長官が「日本が経済政策に失敗すれば、1ドル150円もあり得る」と発言したと報道されたことが、急激な円安のきっかけであった。実際は、1ドル=170円説から、ついには200円説まで飛び出してきている。本人はその報道を否定したが、そこには明らかに日本には利上げをしないように圧力をかけ、アメリカでは金融引締めに転じながら日米の金利差を維持・拡大し、円安で資金をドルに呼び込むことで株価を維持しようという意図がありありであった。
 同長官は、ゴールドマンサックス会長からクリントン政権入りした生っ粋の金融マンであるが、株価急落前の辞任説が急浮上しており、後任として経済学者のサマーズ財務副長官が取り沙汰される事態である。迫りつつあるバブル崩壊をできるだけ先延ばしし、この
間に自己に有利な実務を築き、がっぼりと稼ぐことが氏の至上命題となっているのであろう。
 しかしそうした政策自体が、米国経済の危うさを加速しつつある。米国債券市場で顕著となっているのが、海外資金の大量流入である。97年に海外勢が購入した米財務省証券は約1808億ドルに達したが、これは米国資金の海外純流出額に相当し、同時にまた経常赤字額の1664億ドルを上回る規模である。この結果、財務省証券の海外保有率は急速に高まり、94年末の19.0%から97年末には33.5%と全体の三分の一に達している。
 こうした事態は何をもたらすであろうか。米債券市場が海外資金なしには成り立ち得ない依存体質を強め、その動向にに翻弄されやすくなったことは否定しようがないであろう。事実、日銀が4月に為替介入資金の調達のために財務省証券を大量売却した際には、大き
く動揺している。日本を含めたアジア金融市場の混乱は、台湾、タイ、韓国を初め、すでに大量の米債売却を引き起こしている。日本は保有額が最も大きく減少、208億ドルも減少しており、再び進行しつつあるアジア金融危機のより深刻な再燃の中で、さらにアジア各国からの米債売却が続く事態となれば、ドル暴落の事態も想定せぎるを得ないであろう。

米財務証券保有減少国            米財務証券保有増加国
97/7保有額 98/2末 億$            97/7保有額 98/2末 億
日本    3,177   2,969   ▲208    イギリス   2,654   3,049   +395
スペイン  542    498    ▲44     ドイツ     803   920   +117
OPEC    547   507    ▲40     オランダ    508   547   +39
韓国     96    64    ▲32     中国     445    477   +32
ベルギー   280    258    ▲22    香港     334    365   +31
カナダ    274    254    ▲20    スイス      246    269   +23
タイ     108    88    ▲20     メキシコ       177    182    +5
シンガポール  351    339    ▲12    フランス      109    111    +2
台湾    316    307    ▲9    (保有額は公的部門と民間部門の合計額)

●いずれ破綻せざるを得ない
 「日本の低金利で絞り出されるように円資金が海外に流れている」(6/10日経)といわれる事態である。円安でいくら日本が競争力を回復し、貿易黒字、経常黒字が増えても、それ以上の資本収支の赤字があれば、外為市場で円売り・ドル買い圧力が優勢になるのは当然と言える。今年になってからの大きな特徴は、日米金利差の拡大を背景としたアメリカヘの資本流出が円安に拍車をかけ、それがさらにアジア各国の通貨を軒並み再度下落させ、株式市場の動揺も招いていることである。その意味では円安と連動した通貨危機の特徴が鮮明になりつつある。
 5/27は円安の進行とともに、世界各地の株式市場が急落、モスクワの株式市場はその日、11%も下落、ロシア中央銀行は海外勢の資金流出を防ぐためとして、20~30%から50%へ引き上げたばかりの公定歩合をなんと150%にまで引き上げた。外貨保有も一挙に半減、先進各国に緊急支援を求めるほどの動揺ぶりである。
 エリツィン政権の底の浅さも暴露されてしまった。今後の鍵を握るのが、まだ米財務省証券の保有を増大させている中国、香港の動向、とりわけ中国の人民元切り下げの動向である。中国は、94/1に人民元を33%引さ下げ、これがアジア各国に大きな影響を与え、
金融不安を拡大させたことは周知の通りである。
 このところ中国経済の減速が表面化し始めてきてはいるが、今のところ中国は輸出促進を狙った通貨切り下げを行うつもりはないと言明している。しかし「アジア各国の通貨が軒並み切り下げられている中で、人民元だけが切り下げなしというのはありえない」こと
でもある。
 末路基首相は最近の金融工作会議の席上、「一部の地方の金融秩序はコントロールできなくなっており、預金の取り付け、銀行へのデモが発生している。一部の企業や機関は権力を利用して金融機関に対して返済の見通しが立たないのに融資を強要している。この結果、銀行の不良債権はどんどん膨張している。これはいずれ破綻せざるを得ない」と発言している。その不良債権額は1兆500億元(1元=約16.6円)にも達し、これは貸し出し総額の20%にも相当する巨大なものである。国有企業の70%近くが赤字、失業者が1500万人という事態は改善されるどころか、より一層深刻化している。
 アジア各国通貨の下落により、予想されている以上に中国の輸出にブレーキがかかり、外資の参入にもそれが影響をもたらし、資金不足に陥り、さらに事態を見越した中国からの資金流出や対外債務が急増するならば、そして香港ドルが売り浴びせられた場合、中国としても買い支えることができない事態に直面するであろう。

●「貸し渋りを逆手に高笑い」
 間題は戦後最悪のマイナス成長に陥った日本経済の動向であり、今や世界的な焦点ともなっている。しかし当の橋本自民党政権は、国際的には信用度ゼロに近い状態といえよう。
 問題の不良債権処理に関しては、今年度、98/3の銀行決算では、10兆7500億円の不良債権の償却を行ったにもかかわらず、全体の不良債権は97/3の19兆3000億円から21兆9800億円と、逆に2兆6800億円増加している。これはあくまでも公表数字である。日銀の内部資料によると、主要加行の不良債権は実際は38兆9780億円に上っているという。さくら銀行は公表約1兆4800億円に対し実際は、3兆7600億円、大和銀行は公表約9600億円に対し、実際は約1兆7900億円といった具合に、軒並み公表の2~3倍の不良債権を抱えている。そのほとんどはバブル3業種といわれるゼネコン、不動産、ノンバンク向け融資に集中している。金融機関全体の不良債権の総額は76兆円と公表されている。
 政府・日銀が史上最低の超低金利によって銀行救済に乗り出して以来の、この4年間を振り返ると、銀行は毎年のように「不良債権の償却は山を越した」といいながら、減るどころかむしろ不良債権を増大させ、さらにアジア通貨危機の再燃により新たな不良債権を発生させる可能性さえ高くなっている。ところがこうした今回の決算の直前に、1兆7000億円もの公的資金を注入し、全銀行横並びで公的資金の申請をしながら、減配をしたのは1行だけで、残り18行は安定配当を続けたという。これでは国から株主へ所得移転が行われただけであり、銀行の問題解決への姿勢が実にずさんなものであり、税金の無駄遣いであるかを如実に示している。
 ところが「銀行の貸し渋りを逆手に高笑い」といわれる中小零細事業者相手の商工ローンでは、20%を超える高金利の貸し出しが行われており、「貸付金利は地銀なら4%ほどなのに、商工ローン業者から借りると22~30%にも跳ね上がる」実態で、東証一部上場になった日栄などは、「このまま貸し渋りが続けば続くほど、うちの業界は繁栄する」とポロ儲けを謳歌しており、この日栄だけで「貸付残高1兆円が目標」という繁栄ぶりである。
 さらに消費者金融大手(武富士、アコム、プロミス、アイフル、三洋信販)の98/3期の経常利益はいずれも過去最高となっている。これら各社は調達金利が超低金利下で下がっているのに、貸出金利は年25~27%台と高い水準のままである。まさに高利貸しそのものである。利息制限法では元本10万円未満で年20%、100万円未満が年18%と上限が定められているにもかかわらず、これを上回る無担保ローンが堂々と出回っている。裁判になれば超過した分は無効であるが、年40.004%を超えるまでは、借り手が任意に返済していれば問題はない、という現行制度の欠陥を巧みについて過去最高のぼろ儲けをしほうだいという、庶民にとってはなんとも許し難い事態である。大手金融機関は庶民には貸し渋りながら、こうした高利貸しにはふんだんに資金を提供しているのである。

●「金融再生トータルプラン」
 今や国際的な公約ともなった不良債権処理と内需拡大政策であるが、政府・自民党のやることはすべて後手後手、規模・内容ともに中途半端で一貫性がなく、内外から一致して見放されているといった実態である。そもそも橋本政権の政策は、消費税増税、医療費負担の増大以来、財政構造改革法に至る、ことごとくが消費支出を収縮させる政策が基本に据えられ、その手直しとしてしか景気政策が位置づけられていない、つまり不況深化政策を根本から改めようとしていないところに特徴があるといえよう。9兆円もの増税と公的負担の増大を前提にして、2兆円程度の時機を失した小出しで一貫性のない減税は、かえって政策不信と今後の増税を予感させ、実質所得増効果を台無しにしてしまっている。
 16兆円の総合経済対策も、「真水」が不明瞭でそれぞれの政官財の利益ぶんどりの縄張りに取り込まれて、砂漠に水を撒くかのごとくに吸い込まれて、その効果が一切現れてこないという実態である。
 そこで今回、自民党が準備を進めている「金融再生トータルプラン」なるものは、今後2年間で金融機関が抱えている不良債権をすべて処理するというものである。加藤幹事長は「大きなゼネコンや不動産業の不良債権処理に国が介入することがいいことなのかという論議が必ず出てくるが、日本経済を本格的に回復させるにはぜひ必要なことだ」として、銀行が抱えているゼネコン向け不良債権を、またもや公的資金=税金で買い上げようという、これまた後退いの禰方策である。その額、1伽兆円にも達する銀行とゼネコン、不動産業の救済策である。バブル期にさんざん儲けるだけ儲け、無責任経営を野放しにしてきたこれら業界と、これと結びついてきた政界・行政、官僚機構の責任を全く放置しているかぎり、国民からの支持など得られるものではない。
 各種世論調査でも、橋本政権の支持率はかつてなく低下し、30%を割り込んでいる。しかし新進党の崩壊の中で保守系議員を次々に復党させ、今や衆議院500議席のうち、自民党は261議席の過半数以上を確保している。
 社民・さきがけは閣外協力の与党連合から離脱したが、参院選後は再び自民党との連携の可能性を念頭においており、これには自由党、新党平和・公明までもが自民党に媚びを売っており、自民党執行部は笑いが止まらない状態とも言えよう。
 参院選の波乱要因は、史上最低の投票率、自民独走のもとでの、民主党、社民党、共産党の消長いかんといった事態に終わらせてしまっては、日本の政治・経済の展望は開けてこないといえよう。橋本内閣を退陣に追い込む、対決軸の明確さこそが求められている。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.247 1998年6月26日

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【投稿】戦後民主主義を問い直す  No.6

【投稿】戦後民主主義を問い直す  No.6

<「アサート」を論争の場に!>
「戦後民主主義を問い直す」と銘打ってのわたしの投稿も、今回で終了したい。当初考えていた道筋とは、やや違った展開になってしまったきらいもあるが、まあこんなもんだろうと思っている。「従軍慰安婦問題」をテーマに書けば、当然反発が出てくる事は十分わかっていた。わかっていたからこそ書いたともいえるし、この問題に触れなかったら、戦後民主主義を問い直すという意味がなくなるほどの、今日的テーマだと思ったから書いたのである。
わたしの投稿に対する反論は、「アサート」紙上でいまだ本格的に出ていないと痛感する。誰か真正面から反論する人はいないのか。そうでなければ論争は高まっていかない。
戦後民主主義の問題点も生き生きと浮かび上がってこない。その実験がしたかったからこそ、投稿しつづけたとも言えるのである。(このテーマで書くにあたっては、内面では葛藤があるんですよ。目に見えないプレッシャーが)
わたしの問題意識を理解してくれていると思った投稿は、「『戦後民主主義を問い直す』論考をめぐる論考について」(NO239号依辺論文)であった。正直あの論文を読んだ時、これで論争が高まるきっかけとなるかなと思ったが、そうはならなかった。「アサート」読者には、教職員も多数おるはずなのにどうした事か。田中さんからも私からの反論以降音沙汰がない。田中さんどうなっているんですか。あなたが仕掛けてきた論争ではなかったんですか。当然再反論してくるべきではないかと思いますが。
無い物ねだりをしても仕方がないので、「戦後民主主義」に対する私の考えを展開し、このシリーズをひとまず終わりたいと思う。「アサート」は論争の場にならなければだめだと思う。切れば血の出るような論争が、今日求められているのである。「アサート」で展開されているさまざまな投稿に、読者がすべて同意しているとは到底おもえない。現にわたしは、議論、論争してみたくなる投稿が毎号にある。もちろん共感するものもあるのは当然だが、最近は前者のほうが多くなっている。私が「右翼」になってきているからだろうか。「議論、論争に及ばないほどくだらない」と読者が思っているとしたら、「アサート」の命は枯れたという事だろう。論争よ起これ!と言いたい。
「アサートNO243」の編集子佐野さんの返信「織田さんからのご意見について」一言触れておきたい。佐野さんは次のように書いている。「私の認識では『戦後民主主義を問い直すNO2/NO3』では、歴史観論争の一方の立場の紹介にとどまり」と断定し、「今回の投稿は『新しい歴史教科書を作る会』を評価する内容です。残念ながら、現在のアサートの読者の多くは『戦後民主主義』の影響下にあり(私の私見ですが)、私自身も、織田さんのように一足飛びに『戦後民主主義の超克』はできていない。…私は織田さんの主張が、現実世界の中に具体化された時点で、昔流の言葉で言えば右翼的スローガンになってしまうと思います。そうした危険性を感じています。」と決めつける。
「一方の立場の紹介」ではないのである。これまで明らかになった事実の紹介なのである。今日明らかになっている事実から自ずと現実世界の中に具体化されることを言っているに過ぎない。それが「右翼的スローガン」になるのだろうか。「右翼的スローガン」とは何なのか。「右翼的スローガン」は悪いのか。「右翼的スローガン」は正しいのか。こんな大人げない事を言ってしまいたくなる。わたしが述べた「一方的立場の紹介」のどこが事実と違うのか、事実にもとづいて批判すべきである。最後には、「私自身の認識では、自虐史観云々という皆さんは、いわば文部省の反動政策の『民間委託』を受けた下請け業者程度であるという認識の域を現時点では出ていません。それ以上の関心は持っておりません。」という。「昔流の言葉で言えば」文部省の反動政策にたいして労働組合の進歩政策とでも言うのだろうか。
「『戦後民主主義を問い直す』論考をめぐる論考について」(依辺論文NO239)は述べている。「わたしは、最近、努めていろいろな立場で書かれたものを読むようにしている。『右翼』だの『保守反動勢力』だのとレッテル以前に、問題なのはその内容だと考えているからだ」と。わたしもまったく同感である。問題なのは、内容である。依辺さん。再度、本格的に論じてもらえませんか。

<慰安婦訴訟山口地裁下関判決について>
かつて慰安婦や女子勤労挺身隊員だった韓国人女性10人が日本政府に謝罪と損害賠償を求めた訴訟で、4月27日、山口地裁下関支部は国に対し元慰安婦に30万円ずつの慰謝料支払いを命じる判決を出した。
27日晩、タクシーのラジオの報道でこの判決を聞いたとき、「えっ!まさか」と思う反面「これまでの状況からして、ありえる話だ。」と合点もしたのである。「問題は、判決内容だな」と思いながら、翌朝の朝刊で判決要旨を読み、あまりにも想像どおりの判決内容に、「ほんまに今の日本はどうしようもないな」と改めて思わざるを得なかった。
3人の元慰安婦に30万円ずつ国が慰謝料を支払う事を命じた根拠を判決文ではどう言っているか。新聞報道による判決要旨によれば、「立法不作為による国家賠償責任」という事である。不作為とはどういう意味か。「法律で当然すべきことを、わざとしないですますこと」(新明解国語辞典 第4版)と書いてある。
判決は言う。「一般に、国会がいつ、いかなる立法をすべきか。あるいは立法をしないかの判断は、国会の広範な裁量のもとにあるが」「日本国憲法の根幹的価値に関る基本的人権の侵害をもたらしている場合には、」「立法不作為にかんする限り」「例外的な場合として国家賠償法の違法を言う事ができる」としている。そして、「従軍慰安婦制度は、甘言、強圧等により本人の意思に反して慰安所に連行し、旧軍人との性交を強要したものである。徹底した女性差別、民族差別であり、女性の人格の尊厳を根底から侵し、民族の誇りを踏みにじるものであって、日本国憲法の認める基本的人権の侵害であった…」しかしながら「日本国憲法の制定前の出来事につき、直ちに同憲法による現在の義務を導き出す事はできない。」が「「帝国日本と同一性ある国家である被告国は、従軍慰安婦とされた女性に対し、より以上の被害の増大をもたらさないよう配慮、補償すべき法的作為義務があったのに、長年にわたって慰安婦らを放置し、その苦しみを倍加させて新たな侵害を行った。そして、平成5年8月、内閣官房内閣外政治審議室の調査報告書が提出され、当時の河野洋平内閣官房長官も『慰安所は当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所における生活は強制的な状況の下での痛ましいものであった』との談話を発表している。これにより、右作為義務は、日本国憲法上の賠償立法義務として明確となったが、合法的立法期間としてみとめられる3年を経過しても被告国会議員は右立法をしなかったから、被告国は、右立法不作為による国家賠償として、慰安婦原告にたいし、各金30万円の慰謝料支払い義務がある。しかし公式謝罪義務まではない」というものである。そして30万円の根拠は「将来の立法で被害回復が想定される」からとしている。ここでも「河野官房長官談話」である。これによって憲法上の賠償立法義務が明確になったとされている。翌日の産経新聞主張(1998・4・28)「禍根を残した『河野談話』」が、この判決に対する常識的評価だと思う。(1)判決は河野談話の後、国会議員に賠償立法の義務が生じたとしたうえで、その義務を尽くさなかったとした。(2)河野談話の根拠となった資料のどこにも軍や警察による「強制連行」を裏付ける証拠はなかった。元慰安婦からの聞き取り調査だけを根拠にし、その裏付け調査も行われなかった。(3)裁判は、まず、正確な事実認定が大前提である。憲法判断や法律の解釈以前に、河野談話の信憑性について、もっと審理を尽くすべきであった。(4)河野談話によって、日本の国会議員になぜそれに基づく立法義務が生じるのか。三権分立のもとでは、政府の意向で国会が立法義務を負う事はありえない。仮に政府提出法案を国会が否決したとしても、義務を果たさなかった事にはならないのと同じだ。(5)この判決では、昭和40年に日本と韓国の間で戦後処理をめぐって締結された日韓基本条約との関係が不明確である。と批判している。
同日の朝日新聞の社説「歴史をまっすぐ見よう」はどう書いているか。(1)今回の判決は「立法府の怠慢」に言及せざるを得なかった。このことは、誠実な戦後処理を怠ってきたこの国の姿を、改めて私たちの前に見せつけたといえる。(2)「女性のためのアジア平和国民基金」が設立され、橋本首相も「お詫びの手紙」を公表した。だがそこには法的責任を回避する周到さが目立った。戦後50年たっても、なお過去の歴史を直視しようとしない日本の現実がある。(3)今回の判決をも契機として、慰安婦問題を含め日本が戦争でもたらした被害と責任について、真剣に議論を重ねる必要があるのではないだろうか。と、例によって判決内容に対する朝日新聞としての評価を述べず、一方的にこれまでの朝日独特の説教を垂れているに過ぎない。
河野洋平氏はこの判決に対して「コメントできない」として逃げている。今の政府筋は「驚いた。談話で強制連行を認めた事とは別次元の問題だ」と判決の解釈に疑問の声が上がっている。(4・28産経)。

司法の世界もおかしくなっていないかほんまに、まったく日本の政界も司法の世界もどうなっているのか。わたしは、「アサートNO237」でこう書いた。「『強制連行』を当時の日本政府、軍が行ったか否かがこの問題の根本である。…それは、当時の戦時国際法に照らして国家犯罪か否かに直結するからである。もし・・存在したとしても、『極東国際軍事裁判』によって日本の戦争犯罪が裁かれた経過、ならびに戦後日本政府と中国、韓国、東南アジア各国との間で交わされた条約や戦争賠償金の支払いの経過からして、今日日本政府が被害者のかたがたに国家による個人賠償をするべきか否かについては、国際法、国内法的に大いに議論のあるところだと思う。しかし、わたしは「強制連行」が当時国策として行われていた事が事実であるなら現在の日本政府そしてわれわれ日本人はその道義的責任を、同じような道義的責任を持っていると思われる諸外国に先駆けて、積極的に担うべきと思う。そのための特別税を導入してでも償うべきである。そして諸外国にも道義的責任を迫っていくべきである。」
根本の「強制連行」の根拠を「河野談話」に求めるのみで、その信憑性をはっきりと国民の前に明らかにしないで、国民に賠償金の支払いを命じる今回の判決。だんまりを決め込む河野氏。今になって河野談話に慌てる日本政府。河野談話が事実であると現日本政府が確信しているなら、はっきりとした根拠を持って当然国会に国家賠償法案を提案すべきである。事実が判明していないにもかかわらず、河野談話が発表されたと考えるなら、国内外に訂正すべきである。あいまいにすればするほど、問題は複雑化し、国際的信用を無くすのである。はっきりさせろといいたい。何を恐れているのか。
今回の朝日新聞社説も意図的にか今回の判決の根拠となった「河野談話」には一切触れていない。河野談話の信憑性を明きからにできないで、できないにもかかわらず「歴史をまっすぐ見よう」と説教をたれ、みずからの歴史観を押し付ける進歩的新聞朝日。昔のわたしですら、こんなひどい態度はとらなかったと思う。かつて「狭山事件」で石川青年(当時)の無実を求めて訴えた時、何故に石川青年が無実だと考えるか、一つ一つ無実である根拠を「紙芝居」にして学生に教室で訴えた事を思い出す。石川青年の証言だけで無実だと確信したわけではないのである。それと同じことではないか。
「戦後民主主義」に対するわたしのシリーズをひとまず今回で終えようと思ったが、本論に入る前に長々と書いてしまった。次回を最終にしたい。(織田功 1998・5)

【出典】 アサート No.246 1998年5月23日

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【書評】近代思想の系譜の新たな視点を探る

【書評】近代思想の系譜の新たな視点を探る
       –山本晴義『対話近代思想史』(三一書房、1998.3.31.発行、1900円)

戦後のマルクス主義哲学について、ラディカルに自己検証を続けている著者による近代思想史である。それ故本書には、これまでマルクス主義哲学では問題にされてこなかったり、あるいは見落とされていた視点が随所に見られる。
著者の基本的視点は、ルカーチの『理性の破壊』に依拠してきた「正統マルクス主義」=スターリン主義の立場を次の2点で批判しているところにある。その第一は、「哲学の根本問題」という「超歴史的な教条、公式」から出発することですべての思想を評価し批判していくことの誤りであり、第二は、レーニンの『帝国主義論』、コミンテルンの『世界綱領』、「資本主義の全般的危機論」の誤った規定である。著者はこれらの点を押さえた上で、近代思想の発展段階を区分する。
それらは「近代」──これはさらに(a)17・18世紀の絶対主義・市民革命の興隆期、(b)19世紀の産業資本主義に分けられる──と、(c)「現代」──19世紀末~20世紀の「後期資本主義」あるいは「大衆的資本主義」という区分である。
(a)では、アダム・スミスとヘーゲルが、(b)では、J.S.ミルとニーチェ、およびM.ウェーバーが、(c)では現代アメリカの思想──T.パーソンズ、G.H.ミード、C.W.ミルズ──が取り上げられる。(なお(b)の時代最重要の思想の一つであるマルクス、エンゲルス、ドイツ社会民主主義等のドイツを中心とする思想については、著者の「自己検証」が未だ不十分のため後日を期したいとして割愛されているが、残念と言わざるを得ない。)
(a)さて本書の特徴を示している主な事柄を指摘すれば、まずアダム・スミスの、一定批判的ではあるが予定調和的な独立生産者の社会観に対するヘーゲルの「市民社会」における個(特殊性)と全体(普遍性)との分裂とその統一という積極的な課題が取り上げられていることである。そしてこの課題がマルクスへとつながっていく過程が次のように述べられる。
「マルクスは、ヘーゲルが行ったこの近代社会における個と全体の合一という課題を、市民社会の矛盾の国家への楊棄としてではなく、市民社会の徹底的な批判と実践をつうじて楊棄してゆくなかで国家を吸収していこうとしたのだと言えるでしょう」。
そしてこのマルクスの姿勢がグラムシへと通じていると著者は指摘する。すなわちグラムシの、「国家──政治社会+市民社会」「国家とは、強制力の鎧をつけたヘゲモニー」という規定、「国家(政治社会)の市民社会への吸収」という規定こそ、グラムシがヘーゲルから学び、マルクスの国家論を継承している所以のものとされる。
(b)次にJ.S.ミルにおいては、その社会主議論でもっとも注目に値するのは、各種の協同組合(アソシエーション)、特に生産協同組合の問題であるとされる。そしてこれ
に関連して、いわゆる「ユートピア社会主義」と呼ばれてきた思想の意義が検討される。
「オーエンやサン・シモン、フーリエにみられるように、そしてJ.S.ミルやトーマス・ヒル・グリーンの社会主義にみられるように、資本主義的矛盾は原子論的な個人主義や科学的な実証主義では非人間化された大部分の人々の願望をみたすことができず、それを内在的に乗り越えるような高い倫理的・精神的な結合、種々のアソシアシオンを生み出したのでした」とする著者の分析は的確である。
さて本書で最も注目されるべきは、これに続いて検討されるニーチェであろう。この箇所において著者は、従来ニヒリズムを提唱する非合理主義哲学者としてしか見られていなかったニーチェの先駆的思想を指摘する。
「マルクスは、あくまで理性と民主主義・社会主義の見地に立って『市民社会(ブルジョア社会)』における『社会的生活諸活動』を追求し、そこにおける人間の『物象化』、人間の貧困化(『ブルジョア社会の唯物論』)を暴露し、労働者階級による反省と批判をつうじて実践的に楊棄することを説きました。ニーチェは市民社会が目指していた理性的調和が現実には大衆社会化状況をもたらしつつある現実に対する批判から、理性そのものに対する反逆を内面の中でやろうとします」。
つまりニーチェは、近代資本主義社会が生み出した「大衆社会化状況」(社会の合理化・機械化の貫徹、マスコミの拡大による大衆の平均化・画一化・受動化、議会主義の空洞化等)の「負の側面」を強烈に批判していると著者は評価し、この批判は同時に社会主義国にもあてはまるとする。
「1989年から崩壊したソ連をはじめとする社会主義国の現実は、まさにニーチェが言う『畜群的人間』のルサンチマンとデカダンス、ニヒリズムの支配する社会と言えると思う。また『真理への意志』、『絶対的に正しい真理への信仰』に対するニーチェの批判も、スターリン主義に対する批判として重要だと僕は思います。なぜなら『認識論主義』や『科学主義』、全ての『科学的真理』や『世界観』を自負している『マルクス・レーニン主義的革命家』のもとでは恐怖的な権威主義が生まれてくるのは不可避だからです」。
このニーチェの評価は、彼の近代社会に対する批判を肯定するものであるが、しかし著者はまた「とくに後期になると単なる反理性主義、非合理主義が露骨になりますね。ナチスに利用されても仕方がない」として晩年のニーチェの思想に批判をくわえる。そしてニーチェをナチスに積極的に結び付けた人物として、彼の妹エリザベート・ニーチェの存在が決定的に重要であるとされる。『権力への意志』は実はエリザベートによって編集されたものであり、「端的に言って『権力への意志』はニーチェの著書ではないということ」、そして「ともあれニーチェはドイツの国粋主義を否定しています」という著者の指摘は、これまでのニーチェ思想の評価の再検討を迫るものであり、同時にナチス時代の思想(ハイデッガーを含めて)のさらなる探究を要請するものであろう。
続いてニーチェとの関連で、ウェーバーの近代社会批判が取り上げられる。ウェーバーは、近代社会の原理として目的行為的類型を取り出し、これが現在では「鉄の檻」にたとえられるような化石化した「官僚制」(ビューロクラシー)の世界組織──官庁、企業、工場、学校、軍隊等──にまで巨大化し、自主的責任主体の喪失にまで至ったとする、絶望的なペシミズムの立場に立つ。この意味でニーチェの精神的系譜に属しているとされる。
(c)の時代では、主としてアメリカの現代思想が社会学を中心に論じられる。ウェーバーと同様の問題意識を持ちながら、ペシミズムとは逆のオプティミスティックな「社会システム論」によって体制支配の安定した形態を正当化したパーソンズ。これに対してラディカル・デモクラシーの立場から批判を加え、「社会学的想像力」の提唱によって歴史形成に主体的に参加する能力を主張する「率直なマルクス主義者」ライト・ミルズ。さらには「シンボリック相互作用論」によって自我の形成と社会的諸関係の不可分の関係を認識することでコミュニケーションの重要性を主張したミード(「普遍的な討論は、したがって、コミュニケーションの形態上の理想である。もしコミュニケーションが行われ、完全に成し遂げられれば、そこには・・・民主主義が存在する」)等々である。
このように著者の問題意識は近代思想史から現代を見通し、これらの思想の延長上に「現代の稜線」として、ハーバーマス(「主体的中心理性」から「コミュニケーション的理性」への展開)、ウォーラステイン(「世界システム論」)、グラムシ(「国家(政治社会)の市民社会への吸収」)を見い出す。そしてこれらの思想の中にこそ次の時代への跳躍の鍵が存在すると主張する。著者の思想の自己検証と現代についての深い問題意識が、この展望を生み出していると言えよう。小著ながら価値ある一冊である。(R)

【出典】 アサート No.246 1998年5月23日

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【投稿】混迷サミットが提起したもの

【投稿】混迷サミットが提起したもの

<<サミット直撃・核実験>>
5/17、バーミンガム・サミット閉幕直前にパキスタンが核実験を強行したことがエリツィン大統領から知らされた。インドの核実験非難の声明を確認したばかりの、それを嘲笑うかのような行動である。今回のサミットほど、開幕直前から閉幕まで、先進8カ国首脳の影響力の低下がまざまざと示されたことはなかったのではないだろうか。
インドの核実験については、1回目の核実験を事前に察知できなかったばかりか、2回目も阻止できず、アメリカでは情報関係部門の責任問題にまでなっている。もちろんパキスタンへの説得工作もままならず、「インドの軍事力増大にはあらゆる手段を動員し、相殺できるだけの核力を持つ用意がある」としたパキスタン当局の声明を軽視していた。
この核拡散問題に関しては、インドは一貫して「最大の脅威は現存する数万発の核弾頭であり、究極的に核保有国にそれを放棄させねば安定しない」、「核保有国が他国にその保有を禁止することは、保有国側の都合の良い理屈でしかない」、「廃棄計画を示すことが先」とした主張を展開して、みずからの核武装を合理化していることは周知のことであった。2ヶ月前に誕生したばかりの国粋主義的なヒンドゥー教主導のインド・バジパイー政権は発足当初から核武装を公言し出していた。こうした論理を打ち砕くために本当に緊急性をもって要請されていたのは、地球を何十回も破壊できるほどの核兵器を今なお保有しながら、未臨界核実験などに今なおうつつを抜かしているアメリカやロシアの抜け穴を全面的に禁止し、核兵器の全面的な禁止と撤廃の条約にこそリーダーシップを発揮することであった。核保有大国とそれに追随する諸国にはそうした意欲も、事態の緊急性に対する認識もなかったし、それぞれの思惑と足並みの乱れによってかれらのリーダーシップなどはじめから期待されてもいなかったし、バーミンガム・サミットはそのことを浮き彫りにしたのである。

<<「無神経すぎる」先進国>>
さらにサミット直前から大きく動き出したインドネシア情勢の深刻化についても同様のことが言えよう。
サミット開催中の5/16、マレーシアのマハティール首相は、インドネシア情勢に関連して、IMFがインドネシア政府に求めた補助金削減を「無神経すぎる」と批判、「普通の状況なら可能でも、国民が貧しくなっているときの補助金カットは、、人々を(暴動に)煽っているようなものだ」、「経済改革に伴う社会的コストに、IMFはあまりに無神経に見える」と先進国側の対応を公然と批判している。
IMFは、インドネシアへの400億ドルの融資と引き換えに財政緊縮化、増税と歳出カットを要求、ガソリンや小麦粉など生活必需品に対して政府が支払っていた補助金の中止、行政組織の簡素化を要求し、こうしたIMF勧告に従って、インドネシア政府は、5/6、ガソリンと灯油などに対する補助金をカットしたのである。この結果、ガソリン代は71%の値上げ、バス代や列車の運賃も6~7割値上げ、灯油は25%値上げ、電気代も2割アップといった事態が、為替切り下げによる物価高騰と失業者の急増の最中に行われたのである。民衆の反撃は当然のことである。
長女を社会相に、次女や身内を閣内に取り入れ、スハルトファミリーとイエスマンで固めてきた開発独裁型ネポティズム(縁故主義)政権はもはや事態の掌握力を失いつつあり、政権崩壊による地域の不安定化が現実のものとなってきている。そうした事態がもたらす衝撃は、すでに政治・経済難民としてシンガポール、マレーシアに押し寄せており、アジア全域の政情不安へと発展しかねない勢いである。
サミットでは、ブレア英首相は「アジア金融危機は我々を驚かせた」と理解不能の姿勢を暴露し、日本は、アメリカ側から「インドネシアは日本のベビーだ」とおだてられ、ここぞ出番とばかりに橋本首相は、「日本はアジア経済に積極的に責任を持って対応していく」と見栄を切った。思わぬ国際情勢の展開から日本叩きサミットの様相を免れた橋本首相は、調子に乗りすぎて、「国際社会のルールを守る国には報酬を与え、破る国にはペナルティを科すべきだ」と、まるで国際法廷の検事よろしく、その実、国際帝国主義の代弁人、悪代官丸出しの姿勢をさらけ出してしまった。

<<日増しに高まる暴落の懸念>>
今回のサミットでは初めての試みとして、事前にG8の外相・蔵相会議が開かれたが、もっぱら欧州勢が米国政府およびFRB(米連邦準備制度理事会)のバブル容認政策を批判して利上げを迫り、米側は弁明に終始したことも、今回のサミットを特徴づけるものであった。
5/13、ニューヨーク株式市場は、いったん下落し始めていた平均株価が再び上昇し、9211ドルの史上最高値を記録した。警戒心が出始めたにもかかわらず、逆に長期株高を信じて疑わない米国人が増えるという明らかなバブル崩壊の兆候現象である。市場心理が強気に傾いたときには、株価はすでに危険水域に入っているといわれる。
その兆候は様々な形で出始めてきている。
96/1に前年同月比で3.7%増まで沈静化した米銀の住宅不動産融資はおよそ2年ぶりに9%台に乗せ、大型の商業不動産をめぐる投資価格の高騰ぶりは、住宅価格の比ではなく、2年前の相場の実に1.5倍の水準に跳ね上がり、こうした動きが全米の主要都市に広がり始めている。不動産価格の上昇が株価を押し上げ、さらなる高額買収を引き起こす拡大のメカニズムである。バブル期日本の典型的症状が繰り返されているのである。今や「不動産の高値買いが賃貸料から上がる収益を食いつぶしている」(5/15日経、ハッドック・クレセント社会長)という事態である。ニューヨークやサンフランシスコなどアメリカの主要都市のオフィスの賃貸料も、昨年1年間で20%前後も値上がりしている。
さらにこれまで株価上昇をリードしてきた情報通信系企業の収益がダウンし始めてきた。インターネット事業に代表されるニュービジネスが虚業の壁に突き当たり、現在の技術基盤では明らかな成長限界が見え始めたのである。化学、自動車などの従来型産業でも、アジア経済の急落でかげりが出始め、輸出量ダウンに加え、価格下落も進行、収益悪化が進む気配である。
そして日本でも経験済みの現象として、高級家具がバブル時期の最後の買い物といわれるが、アメリカで今最も売れているのがこの高級インテリアであるという。
具体的な予測も登場してきた。「大胆に予測すれば、98年夏口には、アメリカの株価暴落は70%の確率であり得る。ダウン幅も3000ドル、ダウ平均は6000ドルまで下落しよう。日本の不況が世界経済の足を引っ張ると批判されているが、むしろアメリカ経済にその気配が濃厚になってきたといえまいか。」(三菱総研MRI TODAY5/4「アメリカの株価は暴落する」)早ければ6月、遅くとも10月までに欧米株の暴落を予想、その場合、日本株も1万円台まで下落する可能性まで取り上げられている。

<<基軸通貨「ユーロ」への挑戦>>
サミット直前の5/2、こうした危険な情勢に対抗措置を取るかのように、EU首脳会議では、来年99/1から欧州通貨統合の参加国がドイツ、フランス、イタリア、スペイン、ポルトガル、オランダ、ベルギーなど11カ国と決まった。
この通貨統合参加各国の中央銀行は、来年1月には金融政策を実施する権限を新しく設立される欧州中央銀行に引き渡す。各国独自の通貨は、3年間は各国の中央銀行に発行権限が残され、新通貨ユーロは現金としてではなく、銀行口座、小切手、株式、債券の額面として流通され、預金者は自国通貨建てとユーロ建て両方を利用できる。3年の移行期間経過後の2002年1月からはそれがユーロに切り替えられ、その6ヶ月後には各国の独自通貨は廃止される予定である。
まだまだ紆余曲折があり、矛盾も噴出してくるであろうが、世界のGDPの2割、人口3億、「ユーロ」という共通の基軸通貨を持つ「巨大な準国家」が誕生しようとしている。ドル=世界の基軸通貨、グローバルスタンダード=アメリカンスタンダード(世界標準=アメリカ標準)という現実に対抗する、多様な民族と国家の集合体であるEUの現実的であると同時に歴史的にも意味深い果敢な挑戦であるといえよう。

そうした最中にダイムラー・クライスラーが誕生した。クライスラーが事実上買収されたのである。欧州に生産拠点を持つGM、フォードが現地市場でともに17%のシェアを確保しているのに対して、クライスラーは現地事業に失敗・撤収し、そのシェアは1%に過ぎなかった。大衆車=クライスラーにシフトするダイムラーと、ロールスロイスの買収で高級車を加えるフォルクスワーゲン、日産など日本の自動車メーカーをも巻き込んだ激しいシェア争いと再編の闘いが、ユーロ統合が進行するのと並行して、欧州大陸での競争から、アメリカ大陸、アジアでの競争へと舞台が拡大してきている。

<<「覚醒剤政策」>>
大きく世界が変わろうとして胎動しているにもかかわらず、「変われない日本」の姿が浮き彫りになっている。
4/24、政府は総事業費16兆6500億円の総合経済対策を発表したが、市場、民心ともに冷めた反応でしかなかった。政策転換が稚拙かつ不十分であり、すべてが中途半端、景気の落ち込むスピードに対して、あまりにも対応が遅く、小出しでケチくさいことに対する失望感が強く、すべてが見透かされていたといえる。
規模は拡大し、ある程度の効果があることは認められても、風呂敷きを大きく広げてみせたわりには、実際の中身は小さく、4兆円の減税追加といっても、結局実施されるのは、94年度以降実施されている2兆円の特別減税の継続であり、2兆円ずつの各年度配分にしかすぎない。公共事業も、当初予算の出発点が3~4兆円のマイナスだから、上積みしても大したことはない。しかもこの内1.5兆円は地方単独事業で実施が確実ではない。その上、こうした従来型の公共事業は、国民経済に還元されるよりも、政府・自民党および業界独占系列に食い物にされ、官僚と政界、業界に利権が垂れ流されるものにしか過ぎないことが誰の目にも明らかになってしまっている。先に事業規模を膨らませて額だけ膨張させ、後から中身を埋めるような政策では、誰からも信頼されないのである。これは、覚醒剤政策であって、痛みを止めるだけの政策で、しかも量をだんだんと増やさなければ効かなくなると揶揄される始末である。
5月の連休中に加藤・自民党幹事長は訪米し、ワシントンで「所得税の恒久減税の景気への効果はきわめて限られている」などと発言してたちまちその本質を見破られ、この発言で日経平均株価は500円近く急落している。大蔵省は「等価原理」なるものを持ち出して、「恒久減税をすれば将来の増税や社会保障負担の増加を懸念して、消費に慎重になる」などと加藤弁護を買って出たが、9兆円もの増税と国民負担増がこうした事態をもたらしたことについて「等価原理」はどう説明するのであろうか。
一貫性も信頼性もない無責任な御都合主義はもはや誰からも相手にされなくなってきているのである。
今や「首相退陣が最大の景気対策」とまで言われ、参院選直前の6月退陣説、参院選直後の退陣、秋の「日露首脳会談」花道退陣説などが取りざたされる事態である。社民党は5月中にも、日米防衛ガイドラインとその関連法案をめぐって連立離脱を決めると報道されており、現実に社民党が連立を離脱し、民主党などの内閣不信任案に賛成する動きに転じた場合、一挙に政局が転換する可能性が浮上してくるとも言えよう。首相周辺からは衆参同日選挙の話が漏れ出しており、「変われない日本」からの転換の契機を野党側がいかに奪い取るか、その政治的政策的能力が問われている。(生駒 敬)

【出典】 アサート No.246 1998年5月23日

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『詩』  男の住所は 分かったが

『詩』  男の住所は 分かったが

                 大木 透

男は
無言のまま
去っていった
姿を見せぬまま
消えるように
まるで
四隅の
はっきりしない
白黒映画を
見ているような
別れだった
俺は
恨んでも
恨まれても
帰らぬ青春のほうに
話が向かうのが
恐ろしくて
つとめて
明るく
煙を吐きながら
待っているよ
と言ったのに
そのまま
線を引きちぎるように
電話は
切れた
それは
自費出版の
詩集を送って
数日後の
電話だった
感想を書くよ
と言っていた

それから
お世話になった
大学教授が死んだ
時代の色が
変わるように
それでも
男は
現れなかった
俺の
自費出版の
詩集の「傾向」に
怒っていたのだ

想えば
北浜の
デパートの屋上で
危ないレポをし合った
あの時の
あの夢の境界を
すっかり過ぎて
その果てに
来てしまっているのに
無限であるはずの
夢の膨らみもなく
ともに
外国に飛ばされそうになって
男は
実際に
何十年も
外国暮らしを
余儀なくされたというのに
男のために
帰るべき
語るべき
一行もない
俺の
身勝手に
男は
怒っていたのだ
(一九九七・一二・三〇)

【出典】 アサート No.245 1998年4月24日

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【書評】「何となく日本人、いつまでも日本人」を歴史的視点から批判

【書評】「何となく日本人、いつまでも日本人」を歴史的視点から批判
        網野善彦『日本社会の歴史(上中下)』
        (岩波新書、1997年4・7・12月発行、上・中630円、下640円)

戦後日本社会の評価をめぐって、主に歴史観上での論争が続いており、本紙でも一石が投じられて波紋を呼んでいる。それは、日本の戦後民主主義に根本的な疑問を提出することから、「日本」および「日本人」そのもののあるべき姿を問題にするところまで、進んでいる。
このような折に本書は、この「日本」および「日本人」という表現を、われわれが何とはなしに了承して使用していることを指摘し、これに対して明確な「日本」および「日本人」像を歴史的事実として認識することを目指す。すなわち著者は、「これまでの『日本史』は、日本列島に生活してきた人類を最初から日本人の祖先としてとらえ、ある場合にはこれを『原日本人』と表現していたこともあり、そこから『日本』の歴史を説きおこすことが普通だったと思う。いわば『はじめに日本人ありき』とでもいうべき思い込みがあり・・・」、こうした状況が日本人の歴史像と自己意識を不鮮明なものにしてきたとする。
ところが「事実に即してみれば、『日本』や『日本人』が問題になりうるのは、列島西部、現在の近畿から北九州にいたる地域を基盤に列島に確立しつつあった本格的な国家が、国号を『日本』と定めた七世紀末以降のことである」。「それ以前には『日本』も『日本人』も、存在していないのである」。
著者は、こう述べることで、現代日本人の持っている「『なんとなく日本人、いつまでも日本人』という曖昧きわまる自己認識」を厳しく批判する。そして本書においては、この列島上に成立した人類の社会の歩みが、アジアの諸地域との切り離しがたい関係の中で考察される。本書は、通史というかたちをとるが、その中で現代の日本人および日本国の形成過程と、その形成過程そのものによって否応なしに規定された現代日本の諸問題が浮かび上ってくる。このことは、根源的には「社会」と「国家」との矛盾対立、妥協と抑圧という過程を認識していくことであるが、それはまた歴史的に多様な豊かさを持ったこの列島諸地域の「社会」の存在を確認していくことで、「日本」という呪縛に根底的な疑問を呈することでもある。
本書は、原始時代の列島社会から説きおこし、首長たちの時代、古代小帝国日本国の成立発展矛盾、中世の東国王権(鎌倉幕府)と日本国王室町将軍を経て、近世の地域小国家の分立抗争と再統一(17世紀前半)までを叙述している。江戸時代前期までで終っているのは残念と言う他ないが(これ以降現代にいたるまでの時代については、「展望」として略述されている)、ここまで読んでみても、この列島社会が単色の「日本」というかたちで括りきれないことは明らかであろう。
しかしそれにもかかわらず、われわれが今なお「日本」というかたちにとらわれ続けているのは何故か。著者はその理由を、明治国家が教育を通じて社会全体に徹底的に刷りこんでいった、偏り・誤りにみちた「日本国」「日本人」の像にあるとする。
例をあげよう。著者は、こう述べる。
「いうまでもなく、(略)日本列島はアジア大陸の北と南を結ぶ懸橋であり、こうした列島の社会を『孤立した島国』などと見るのは、その実態を誤認させる、事実に反し、大きな偏りをもった見方であるが、明治国家のつくり出したこの虚像は、最近にいたるまで研究者をふくむ圧倒的に多くの日本人をとらえつづけ、いまもなおかなりの力を持つほどの影響力を及ぼしつづけているのである」。
「この政府の姿勢が農業に偏していたことは確実であり、農業以外の生業をみな兼業・副業としか見ない、現在もなお生きているとらえ方は、(略)明治以後、さらにきわめて深く社会に浸透したことは間違いないといわなくてはならない。こうした政府の姿勢のもとにあって、河川、海、山に依拠した多様な生業が日本人自身の視野から大きく落ちていったことも間違いなかろうが、これもまた、現在にいたるまで、なお研究者をふくむ圧倒的多数の日本人をとらえつづけている歴史認識なのであり、明治政府の陥った『偏向』の影響はまことに甚大であったといえよう」。
このように現在のわれわれの「常識」とされている見方が、その実明治国家によって刷りこまれた「日本」という呪縛であることが指摘される。そしてこのことがわれわれ自身の明確な自己認識を阻止するシステムとなってきたのである。
この視点から著者は、「明治政府の果たした役割については、これまでよりもはるかにきびしいマイナスの評価をしなくてはなるまい」とし、「明治以後、敗戦にいたる過程だけではなく、敗戦後の政治・社会の動向についても、前述した『常識』の誤った思いこみを捨て、『日本』そのものを歴史的な存在と見る視点に立って、徹底した再検討を行うことが、今後の緊急な課題として浮かび上ってくる」と主張する。
以上本書は、保守勢力のみならず、進歩革新勢力をも巻き込んだ圧倒的多数の日本人の「日本」観と「日本人」観に対して、根底的・徹底的な視点の変革を実証し、要求する。それは日本列島の社会が、決して単一でも均質でもないことを確認するとともに、列島外の諸地域との深い関わりを解明把握しようとする(例えば、現在は『日本海』と呼ばれている内海についての適切な呼称の検討も今後の課題の一つとされる)。この意味で本書は、現在行われている「日本」および「日本人」をめぐる論争に大きなインパクトを与える書であるといえよう。(R)

【出典】 アサート No.245 1998年4月24日

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【投稿】戦後民主主義を問い直す  No.5

【投稿】戦後民主主義を問い直す  No.5

本誌前号(NO244)・Rさんの書評論文の最後に、この間のわたしの投稿に関わって述べられている点について、感じたことを今回は書くことにしたい。Rさんは、次のように述べられている。
「戦後民主主義をどう見るかという問題は、現在の日本社会をどう見るか(内側からと同時に外側から)という問題と不可分であるということである。」と前置きした上で「ここで重要なことは、「日本という近代国家」が成立してきた歴史的経過を解明することではないか」として、その具体例として近代国家として「無理にまとめてきた明治政府の強権的政策の内容(教育、軍隊、宗教、天皇、戸籍などの諸制度から、時間・空間・人間関係・身体にいたるまで拘束管理社会の形成を目指した)などは、まだ充分に解明されているとは言い難い。」と述べられている。そして「『日本的なもの』ということの中味が多種多様であるという中で、『世界史の中に日本の歴史を位置づけなおして見なければならないのではないか』という問いは、そう簡単に明々白々たる答の出るものではない。しかし少なくとも『世界史の中で日本の歴史を位置づけ直す』にあたっては、日本がアジア諸国から、過去においてどう見られてきたのか、また現在どのように見られているのか、という視点だけは落とすべきではないと考える。(このことは現在に関して言えば、アジア諸国への経済進出やODAの評価のみならず、それらの国々での買春ツァーや子供ポルノの大半に日本人が関係しているという事実等をも含めての日本の評価が必要だということである。)」と締めくくられている。
現在の日本社会をそう見るかという問題と不可欠であるという点についてはまったくそのとおりだと思う。私は「戦後民主主義を問い直すNO1(NO234号)で、次のように書いた。「市場経済と社会的規制の共存的発展が、先進資本主義国の国民の生活の飛躍的向上と、格差是正(平等性)を実現させた。とりわけその両方を著しく実現したのが、戦後50年間における日本であったのではないだろうか。」と。
わたしは、今日の日本は先進資本主義国の中でも、優れて所得間格差の少ない、平等性・医療・社会福祉・教育制度の確立した国に到達していると考えている。もちろん内側から見て、問題点が多々あり、今後解決しなければならない難問がつきまとっているのは当然である。しかし外側(諸外国)から見て、比較すればそう断言できる。(いちいち論拠を挙げないが、アメリカの所得格差やイギリス、フランスの身分性の強さと比較しても)
日本がここまできた到達点を、われわれ国民がどう評価するのか。この到達点には光と影が当然存在するわけであるが、大部分の国民は本音として、光を明確には把握できないまでもそれなりに評価していると思う。光とは何なのか、影とは何なのか、それはどのような歴史の営みの中で産み出されてきたのかということを、国民的共通認識として確立することが求められており、その光をまず踏まえながらこれから21世紀に向け、影の問題をどう解決していくか、これこそ、民主主義社会に生きているわれわれ国民が責任を持って取組んでいくべき国民的課題だと思う。
しかしながら、この我が国日本の到達点の光と影をどう評価するかについて、戦後50年あまり、知識人、文化人と自らを規定し社会的にもそう評価されてきた人々を中心とした言論界やマスコミの世界では、影ばかりを強調し、光を評価することを意識的に無視する論調が主流を占めつづけてきたと思う。私も含めて自らを左翼と規定してきた陣営は言わずもがなである。そして、無意識の中で光の部分は十分享受しながら、影の部分については意識的に言論界やマスコミの論調に乗って、批判することがあたかもみずからの権利の主張、進歩的思考のごとくする風潮が、戦後民主主義の中に存在してこなかったか、そのことを私は今自らに問い続けているのである。
そんな思いから、「戦後50年間、日本では国益論、公共論を真っ正面から論議することを避けつづけてきた。今日のさまざまな改革論議の根底には、『自己責任』という観点から国家を考え、地方を考える力が戦後50年の営みの中で国民についてきつつあるととらえるべきであり、そこに信頼を置いた常識的論議、論争ができる環境作りが大事になってきているとおもえてならない。『常識的』とは、歴史的に形成されたそれぞれの国民の生活の中から自ずと出てくる実感に言葉、表現を与えるということであろう。あらかじめ決めている価値観、イデオロギーのもとにどちらが正しいかという論争や、どこかに主要敵を作りそれが諸悪の根源だとする思考からは、生き生きした現実的改革は産まれない。諸悪があるとすれば、その諸悪の一端を自らも何らかの場所や行為でになっているという自覚、またそれを改善する権利が自らに保障されている社会に住んでいるということの自己責任が求められているのである。」(本誌NO234)と書いたのである。
Rさんは「重要なことは日本という近代国家が成立してきた歴史的経過」すなわち日本を近代国家として「無理にまとめてきた明治政府の強権的政策などの内容などは、まだ十分に解明されているといは言い難い」と述べている。明治政府の強権的政策と決め付ける事について異論があるが。日本という近代国家が成立してきた歴史的経過が十分に解明されていないと言う点については、私もそう思っている。一歩譲って強権的政策といってもかまわない。歴史的に大事な事は、何故に明治政府は「強権的政策」をとったのか。とらざるを得なかったのか。ほかにあるとしたらあの時代どんな政策が可能だったのかと言う事について、当時の国際環境の中で日本が置かれていた立場から実証的に検証するとともに、それが国民生活にいかなる光と影を及ぼしたのかを明らかにしていくことであり、そのことを今のわれわれが認識することだと思う。なぜ今日に至ってもそのことが解明されていないのか。歴史学者は何を研究してきたのかといいたくなる。そのことが今鋭く問われているのである。いまだわれわれは、日本人として共通の日本の歴史を共有できないでいる。おそらくこれまで日本の歴史学の主流を占めていた歴史学研究の方法論に大きな問題があったのだろうと素人ながら思わざるを得ない。
また、世界史の中で日本の歴史を位置づけ直すためには「日本がアジア諸国から、過去においてどう見られてきたのか、また現在どのように見られているのか、という視点だけは落とすべきではないと考える」といわれるが、私にはこういう物言いに大いに違和感を覚えるのである。過去においてという過去とはいつの時点からを言うのか。いつからを起点にするのかで大きく変わる。またアジア諸国からと簡単に言うが、アジアにはいろいろな国がある。国によって日本への見方は大きく違うのである。世界史の中で日本の歴史を位置づけ直すためには、特にヨーロッパの国々や、ロシア、アメリカなどとの関わりを抜きには語れないのも当然のことである。そしていつの時代でも国家間で歴史を共有しようとすることは、その努力は必要ではあるが、至難の事だと思う。国益と国益がまずぶつかる事は当然であり、未だ国によって言論の自由のあり方、政治体制のありようが大きく違うアジア地域では、なおさらだと思う。日本人としていまだ日本の歴史を共有できないでいる段階では、なにをかいわんやである。
まず、日本人としての日本の歴史の共有こそが必要なのではないか。光と影があるのは当然であり、それをその時代時代の条件の中で、その光と影がどうであったのかをその時代の人になりきって考えるという思考方法こそが、歴史の教訓に学ぶということであり、古きをたずねて新しきを知ると言う事に通じるのだと思う。
「アジアへの経済進出やODAの評価」と「買春ツアーや子供ポルノ」を同列にして日本の否定的評価と断定しているような書き方にも大いに疑問である。どうもかつての「日帝のアジア侵略」という思考方法ちょっと水で薄めたような捉え方で本質的には何も変わっていないのではないかと思う。(1998・4 織田)

【出典】 アサート No.245 1998年4月24日

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【投稿】「オリーブの木」戦略を考える

【投稿】「オリーブの木」戦略を考える

最近、民主党の菅代表が「オリーブの木」という言葉を良く使っている。私も勉強不足のため、あまり気にしていなかったが、イタリアから代表を招いての全国連続フォーラムが大阪でも開催され、参加する機会を得て、少し勉強することができた。関連する著作も読む事ができたので、簡単な紹介と私の意見を述べてみたい。

<イタリアの経験から>
言うまでもなく、「オリーブの木」はイタリアの中道左派「政党連合」の名称である。その構成政党は、左翼民主党(イタリア共産党主流派が前身)、人民党(旧キリスト教民主党から分岐した中道政党)、緑の党などであり、共産主義再建党(イタリア共産党内左派が前身) は閣外協力して、ブロディ政権を支えている。94年に行われた総選挙は、日本の自民党のような政権与党であったキリスト教民主党の閣僚経験者などのほとんどが汚職で摘発されるという状況の中で、左翼連合、中道連合、右派連合という三つ巴選挙となった。しかし、ベルルスコーニの「フォルツア・イタリア」が大きな右派連合を選挙直前に実現して、僅差で右派連合が勝利した。
96年になって、ベルルスコーニの関連企業の犯罪摘発を契機に、総選挙が行われることしなったが、左翼民主党を中心とする左派連合は、さらに中道派も巻き込む中道左派連合を形成して、総選挙に勝利する。

<小選挙区での政権戦略>
詳しくは、後述する文献や、インターネットでの「オリーブの木」戦略研究会のホームページを参照していただくとして、箇条書き的に、この戦略を整理する。
1)「オリーブの木」戦略は、小選挙区選挙における政権交代を可能にした構想であり、イタリアの「オリーブの木」は、すべての小選挙区で政党連合の候補者を一本化した。あるところでは左翼民主党、あるところでは、人民党、他では共産主義再建党というように。それは「休戦協定」と呼ばれ、勝てそうな政党候補がいる場合、他の政党は候補者を立てない、という調整が行われた。
2)その一致点は、「ブロディを首相に」と政権担当者と4年間で行う政策の中身であった。
3)さらに、政党連合とともに、全国に「ブロディ首相実現の委員会」という自発的市民団体が4000以上結成され、政党連合と連動して活動された。特徴的な活動は、「政党が政策を国民に押し付けるのではなく、国民が自分たちの要求を政党に実現させる」という立場で、市民団体が政党への「FAX攻勢」をかけて、政党を監視した。

<「鼻をつまんででも、統一させる」>
大阪のフォーラムには、イタリアから「オリーブの木」国際報道担当のピオ・デミーリア氏が参加し、日本でのオリーブフォーラムが、東京・仙台・横浜・京都・札幌・長崎・岡山・名古屋を受けた最後であったため、日本の事情にかなり詳しい講演が行われた。
上述の3点なども含めて話され、特に休戦協定に触れて、3月の東京4区の補選でも、休戦協定があれば自民党に勝てた、選挙民の70%は自民党森田を選んでいないこと。選挙で勝つためには「休戦協定」が不可欠、ということを力説された。特に日本では、日本共産党を考えると、とても考えられないことは、よく分かるが、しかし、これは必ず必要になる。「無理をしても休戦協定を、鼻をつまんででも統一させる」ことが必要だと。
イタリアの場合は、むしろ左翼民主党が先頭になって政党連合を引っ張ったことを考えると、日本の場合は共産党がむしろ問題とのフロアー発言も出たが、デミーリア氏は、どちらが先か、という問題ではなく、ほんとうに自民党政治を終わらせたいかどうか、休戦協定にかかっていると述べていたのが印象的だった。

<参議院選挙でこそ、政権選択を迫る必要>
さらに、名古屋大学の後房雄教授(「オリーブの木」戦略研究会の主催者) も講演され、新民主党の結成という事態は、すこし拙速であるが、新民主党も実態はまだ、政党連合に近いものであり、総選挙の前哨戦という位置づけでは不充分であり、参議院選挙で過半数をめざして、総選挙実施を迫る、という戦略が必要。98参議院選挙までに如何に「政権選択肢」が出せるかが求められること。社民党伊藤茂も「オリーブの木」云々と言っているが、「独自路線」というのでは話しにならない。むしろ、社民・さきがけは「自社さ連合」で、政権選択肢を明確にした選挙を行わないと、国民を裏切ることになる、と語られた。

<政党連合という考え方>
こうした議論を受けた私の印象は、中々良い戦略だな、ということ。小選挙区で二大政党制・政権交代可能な政治の実現、と言われたものだが、そんなに簡単に実現することはないだろう。それなら、自民単独過半数を阻止する、そのただ1点でも「休戦協定」を結ぶぐらいの「大胆な戦略」が求められていると思う。
しかし、選挙はすでに動き出している。マスコミの争点も新「民主党」への国民の支持がどうなるか、という点に絞られている。もちろん、問題も多く、一筋縄では行きそうもない。4月27日に結党される新民主党の動向を「政党連合」という視点で、注目していきたい。( 佐野秀夫)

【出典】 アサート No.245 1998年4月24日

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【投稿】「橋本首相=現代のフーバー大統領」論

【投稿】「橋本首相=現代のフーバー大統領」論

<<アメリカの現在=バブル期日本?>>
4/6、ニューヨーク株式市場は史上最高値を更新しつづけ、ついに9000ドルを超えた。4/14には、さらに9110.20ドルの終値を記録した。95/3に4000ドル台、昨年6月に8000ドル台を突破してから9ヵ月あまりでしかない。1万ドル台は「時間の問題、おそらく2000年以前に達成されるでしょう」(4/7ウォールストリート・ジャーナル、エコノミストのE・ヤルデニ)とまで言われている。6000ドルを超えた頃でも、内外のエコノミストがアメリカ経済がバブルの領域に入ったと強く警告していたが、それを嘲笑うかのような上昇である。
問題なのは、1月以来、今年第1四半期の企業売り上げは落ち込み、それにともない減収予想が報道され、企業業績不振予測が報じられているにもかかわらず、株価が上昇していることである。米国の貿易赤字は、1996年の1481億8000万ドルから、97年には1664億5000万ドルに上昇、史上2番目の最大赤字を記録、昨年後半の第4四半期だけでも456億2000万ドルの赤字である。アジアの経済危機によって今年に入ってもさらに赤字が拡大しており、事実、昨年10月まで前年同月比で二桁近い伸びを続けてきた米国製品の対アジア輸出は、昨年11月からは前年割れに転じ、今年1月には11.4%減と大幅な落ち込みを記録している。ところがそのあおりを食って行き場を失った世界中の投機資金が、不安と危険と高まる投機性を同居させた米国市場に還流、集中する実態が急激な株価上昇に象徴されているとも言えよう。
4/12付けNYタイムズは、豊かさと裕福さの点で現在の米国は、バブル絶頂から崩壊直前の、1989年の日本に似ており、現在の米国経済には多くの危険要素があると指摘している。

<<アメリカ「ハゲタカ・マネー」の襲来>>
周知のように80年代後半、日本企業はロックフェラービルや有名ビルを次から次へと買いあさり、ゴルフコースから映画会社までを買いまくったが、今やほとんど手放してしまっている。今回は逆の事態の到来である。
これまで高度成長を謳歌してきたアジア経済の崩壊過程が、米資本にとってはアジア進出の絶好のチャンスとして、「通貨安と株安を利用してアジアの戦略企業を安く買い叩く好機」到来として浮上してきたわけである。それを後押しすべく、経済のグローバル化を盾に、米政府・財務省とIMFは、救済資金供与と抱き合わせで、アジア各国に資本市場開放や敵対的M&Aの容認を一挙に実現させつつある。
すでにシティコープは韓国のソウル銀行はじめ数行との買収交渉、タイではファースト・バンク、シティ・バンクなどの過半数株式取得へ乗り出し、チェース銀行も韓国の韓一銀行の買収・経営権取得に動いている。今や、この地域の商業銀行、証券会社は投げ売り状態で、さながらバーゲンセールの様相を呈しているといわれる。こうして米欧多国籍企業と大銀行が、韓国、タイ、インドネシア、香港、シンガポールなどの主力企業、金融機関を買い取ろうとしている。もちろん、不良債権を切り捨てた良いとこ取りである。
今や43億ドルもあれば、現代建設や三星電気、大宇重工、LG電子、LG化学など韓国10大財閥の中核企業の株式の三分の一を買い占め、経営権を握ることができる状態である。GMは大宇自動車、フォードは起亜自動車、サムスン自動車の買収に乗り出し、エクソンがタイ・ペトロケミカルを傘下に収めている。
当然、日本に対してもこれまでにない好機到来として動き出している。メリルリンチはすでに自主廃業した山一証券のリテール部門の買収を決め、「山一難民」を引き取り、GEキャピタルが東邦生命と合弁事業設立に乗り出した。
さらに、日本の大手金融機関が抱える大量の不良債権を、担保の土地やビルごと極端な安値で買い受けており、米国資本がこの1年間に買い取った日本の土地やビルは約200億ドル=2兆6000億円に達している。それも融資額=簿価の10分の1以下、平均7~8%で投げ売りされているという。1000億円のビルなら70~80億円という極端なダンピングである。これが国内売買であれば、不当廉売として贈与税が課せられ、損失分は回収義務を負わされるが、外資であれば売りっぱなしが許されるというわけで、投げ売りがまかり通っている状態である。

<<偏在した繁栄の危険性>>
果たしてこうした事がいつまでも続けられるものであろうか。NYタイムズが指摘するように、現在の米国経済には多くの危険要素がありすぎるほどであり、いつ爆発してもおかしくない事態に突入しつつあるとも言えよう。
その最大の問題は、これまで何度も指摘してきたように、国際決済通貨としての基軸通貨の特権を利用したドル紙幣ばらまきの借金体質である。確かに双子の赤字といわれた財政赤字の方はこの間、急速に改善してきている。これこそがアメリカ経済再生の証であると主張されている。しかしもう一方の一国の収支バランスである経常収支の赤字は、むしろ拡大傾向にありその対外債務は1兆ドルを超してしまっている。
つまりアメリカは、依然として世界最大の借金国、とっくに破産してもおかしくはない債務国なのである。
赤字のままで成長率が高いということは、黒字による裏付けがなくなってしまった紙切れにしか過ぎないドル紙幣で他国の生産物を借金して購入していることを意味しており、これは必ず破綻せざるを得ないものである。現に外国からの重層的な借金の積み重ねを続けることで高度成長を維持してきたタイやインドネシア、韓国などで、ついに見せかけの成長が破綻し、為替相場が急落し、借金体質の脆さと弱さが露呈された、それと同じようなことがアメリカでも起こる危険性を増大させているのである。
もう一つは、株価上昇の背景である。89年から95年にかけて、失業率が低下し、平均所得が増加した景気回復期に、米国の中間層の所得は3.4%低下したのであるが、これは戦後初めてのことである。このことは、ごく一部の高所得者層がますます富を貯え、それ以外の大部分の家計の所得は低下し、所得格差が一層拡大していることを示している。そしてこの間、米国の製造業就業者は先進国で唯一、実質賃金の下落に見舞われており、逆に言えば、賃金を労働生産性で割った単位労働コストがほぼ一貫して低下していく過程で、株価が上昇してきていることである。
ニューエコノミー論者が言う生産性の向上も、一部の業種にかぎられた現象であり、全体的には労働者にしわ寄せがいっている。生産性が上昇しているのは、非効率部門をアウトソーシングしたハイテク製造業であり、その他の業種に負担を強いているに過ぎない。しかもその労働生産性の向上がまったく賃金に反映されてこなかったのである。つまりアメリカ経済は借金と労働者の犠牲の上に、そして他の諸国の忍従と犠牲の上に一部に偏在した繁栄を謳歌しているともいえよう。

<<日本がクラッシュすれば>>
しかしこうした事態は、歴史的にもすでに1920年代に、同様に製造業の単位労働コストが低下するとともに、株価が急上昇し、結局最後は大暴落した恐慌を経験している。こうしたアメリカ経済の本質的な弱点が克服されない限り、株価を安定させ、ドルを下げたくても下げられない、いつ急落するかもしれないという危険な綱渡りが続くことは間違いないといえよう。
英エコノミスト誌4/11号は、「日本がクラッシュ(破綻)すれば」と題する巻頭論文を掲載、ニューヨーク株式市場崩落の危険性が高まっていることを警告している。その中で、もっとも大きなリスクは「危険なほど過大評価されているように見える」ニューヨーク株価が日本からの予期せぬ悪いニュースで崩落することだと指摘。さらに、米国民の株式保有は今や、直接あるいは投資信託や年金プランを通じて1980年代のほぼ倍の規模に膨れ上がっている点を強調し、米経済は以前に比べ株価下落に弱い体質になっていることに注意を喚起している。
この点は確かに、米国民の資産構成が大きく変化してきており、90年には不動産がトップで33%、株式が12%であったものが、97年には株式28%と逆転、トップに立っている。家計の株式残高も、90年には1兆7610億ドルから、97年には5兆7380億ドルにまで膨らんでいる。グリーンスパンFRB(米連邦準備制度理事会)議長は「1年か1年半後に、後悔する投資家が出てくる可能性も十分ある」と不安を表明するような事態である。
一方、「貯蓄超大国」の異名を取る日本では、一般消費者の貯蓄高平均が過去4年間で初めて縮小したことが判明した。昨年1997年、日本の一世帯当たりの貯蓄平均は1635万で、前年比1.3%減少している。経済企画庁の発表では、増税と賃金減少が直接原因であるという。当然のことである。それでも日本の貯蓄総額は1200兆円で、日本人口の倍である米国のそれを2.5倍も上回っている。
さらにこのところ鋭い論評と分析で注目されているリチャード・クー氏は、「景気以外の指標を見れば、日本は貿易収支、外貨準備ともに世界最大であり、何のリスクもない。…日本経済が景気後退に陥った最大の原因は、財政再建を急ぎすぎ、97年度予算で極端な緊縮財政を組んだことにある。…消費税率を上げず、特別減税を廃止せず、社会保障費も上げなければ、現在の状況を招くことはなかったであろう。」(「エコノミスト」4/21号)と指摘している。

<<MAMIZU(真水)の要求>>
4/3付けワシントンタイムズで、ソニーの大賀会長が「橋本首相は世界を恐慌に導いたハーバート・フーバー大統領の二の舞を演じかねない。このまま放置すれば日本が世界の不況の口火となる」と発言したことが、アメリカでは大きく取り上げられている。
こうした発言にさらに力を得て、このところアメリカの日本叩きは一層激しく、執拗で、しかも具体的である。ルービン財務長官は訪米した宮沢元首相に対し、単刀直入に「MAMIZU(真水)で8兆~10兆円の減税はできないか」、「5%の消費税を元の3%に戻せないか」と迫った事実が明らかにされている。
こうした一連の欧米からの対日要求や批判に対し、松永蔵相が「日本の経済政策は日本が決めること」と反発したり、加藤・自民党幹事長が「外国の助言に基づいて政策を決めることはしない」と反発する意見を公表する事態に進展、4/9付けNYタイムズは、「最近のクリントン政権の細かな忠告は行き過ぎで、忠告というよりは命令に近い」と反省を促したが、しかし同時に、米国が日本の内政にこと細かく指図していることを非難する山崎政調会長に対し、「80年代、日本経済が最高潮にあった頃、日本は同じことを米国にしていた」と釘をさしている。4/10付けワシントンポストは「日本の遅い対応」という見出しで、「日本は昔から外圧がないと変化が起こらない国である」と突き放している。
4/15から開かれたG7蔵相・中央銀行総裁会議でも、松永蔵相が、橋本政権が先に発表した総合経済対策を説明したが、「各国代表はそれにほとんど満足しておらず」、ルービン財務長官は「松永蔵相に対する失望を隠そうともせず、効果を見届けるまで安心できない」と発言(4/16NYタイムズ)する始末である。
このまま行けば、5/15からのバーミンガム・サミットでは、日本だけが各国から「袋叩き」にされると憂慮し、もはや時間的余裕もなくなってきた橋本首相はついにもやもやっとした中途半端な路線転換に踏み出さざるを得なくなったのであろう。これまでの間違いについて一言の謝罪の言葉すらなく、政策転換であることも認めず、「政治責任というが、目の前の経済危機に対し、何もしないほうが政治責任を問われる」などとまるで他人事のように開き直り、4/9、今年2月から実施している2兆円の所得税・住民税の特別減税にさらに2兆円の上積みをすること、来年度も2兆円規模の減税を継続すること、その他福祉、教育、投資分野での政策減税を検討することなどを盛り込んだ景気対策を発表した。それでも翌4/10の東京株式市場は、逆に200円近く値下がり。市場は何も評価しないことを示した。対策は、総じて小出しで、かつあまりにも遅い、まさにtoo little too late なのである。そして本来、アメリカに対して要求すべきことには、全く口をつぐんでしまっている。橋本首相が現代のフーバー大統領になる可能性は大いに有り得るとも言えよう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.245 1998年4月24日

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【本の紹介】「21世紀労働論–規制緩和へのジェンダー的対抗」伊田広行 青木書店

【本の紹介】「21世紀労働論–規制緩和へのジェンダー的対抗」伊田広行 青木書店

 以前、著者本人から「性差別と資本制」(95年2月刊)の紹介記事を掲載した経過もありますが、同著者が「21世紀労働論」を出版されたので、興味深く読みました。時間的制約もあり、十分読みこなせていないのですが、結構論争的な内容なので、読者からの投稿・意見を期待する気持ちで紹介されていただきます。
女性を中心に増え続けるパート、非正規雇用。財界も「総パート化」を戦略化させ、労働法制の規制緩和も基本線は、資本にとって自由で安価な労働力の確保、労働の弾力化に他ならない。パート・非正規雇用労働者から見れば、これまでの賃金差別、労働条件格差は変わらない。これまでもこの問題は、学者・労働運動側から叫ばれてはきたが、一向に基本的改善がなされない現状に対して、伊田は、「家族単位の生活給・年功賃金」が男子には比較的高賃金を与え、それと一体に、女性には低賃金を強いてきた、との分析から、①同一価値労働同一賃金原則を徹底させ、年功制賃金を撤廃し、職務評価を確立する運動を労働組合が真剣に取組まなければならないこと。②性差別に反対する立場で、家族単位の賃金労働システムから、個人(シングル)単位の発想によるシステムの再編へ労組も労働者も意識改革が必要だ、という主張を展開している。
第1章では、低賃金の女性非正規労働者の賃金実態が明らかにされている。第2章では、家族単位で組み立てられている雇用・社会の有り様と、それに対抗するシングル単位での発想の転換の重要性を示そうとしている。フェミニズム論と労働問題論の関連が明らかにされている。
「経済学の分野でも、ジェンダー視点は非常に弱かった。・・・家事役割が女性に集中していることの裏側としての男性の長時間労働、それと結びつく年功システムの家族単位という性格などの分析などが欠けている」と。「こうした女性への差別的扱いは、・・・家族単位で発想する思想から生み出される」と。
そこで、年功制が問題とされる。「より根本的には、年功賃金制は、職務・職種と賃金を結びつける視点がなく、男性世帯主の生活給という非合理かつ差別的な賃金体系性質をもっていたことがあげられる」。そこには、同一価値労働・同一賃金原則が最初から入っていないと。「年功システムの解体」こそ目標とされなければならないと著者は言う。
第3章は対策編「シングル単位の労働論」パート問題・女性差別問題・働き過ぎ問題への基本的視点は「家族単位の発想を解体して、個人(シングル)単位の発想で労働領域でも労働システムをつくりなおすことである」。
第4章は、理論編「反能力主義・反差別としての同一(価値)労働同一賃金原則」として、能力主義・年功制と賃金原則との関連を理論付け、年功制の廃止と職務評価、同一価値労働同一賃金原則の具体化が語られている。
年功賃金・あいまい職務給を許してきた労働運動への手厳しい批判が多いのには少々困惑するところだが、「職務の明確化、職務評価」という議論は、労働組合サイドでも「能力主義的勤務評定」の動きが自治体でも強まっており、それに対抗する議論として興味深く読ませていただいた。共産党批判と思われる「評価には反対、何でも平等賃金」への批判はそのとおりだと思う。
ただ、年功賃金の評価については、少し乱暴な気がする。「毎年定期昇給があり、給料が上がっていくが、それは労働の価値が毎年上がっていくわけではない」との記述は、残念ながら私の実感とは違う。自分自身の給料明細を見ても、これが私の労働の価値か、と思うと情けないくらいである。労働運動は、理念のための運動ではない。組合員の生活があり、意識があり、現実がある。そこからスタートするし、そこに結果が待っている。運動を組織する側として、「年功制から完全個人賃金へ」という議論は、議論として理論として成立っても、運動には、まだ距離がある、というのが実感だ。とは言え、少々実践・現実傾斜ぎみの私にとっては、賃金・労働分野で骨のある議論に出会って、刺激されたということは事実である。著者の指摘する問題について、私なりの整理も今後していこうと思っています。是非ご一読を。(佐野) 

 【出典】 アサート No.244 1998年3月20日

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【本の紹介1】「査問」川上徹

【本の紹介1】「査問」川上徹 筑摩書房 97年12月20日

最近興味深い2冊の本を読んだ。「書評」というところまでま行かないが「紹介」ということでお許し願いたい。

その1
査問という言葉は、「業界用語」である。その業界とは、共産主義運動に関わる、或いは関わった人々の世界のことである。日本共産党の党規約第59条第1項に「すべての党員は党の規律をかたく守らなくてはいけない。党員の義務を怠り、党の統一を破壊し、決定にそむき・・著しく党と人民の利益に反するものは規律違反として処分される・・・」とあり、これに基づく「調査審議」が行われるというが、その「調査」が査問ということになる。著者川上徹の場合、1972年5月9日から13日間、代々木本部で身柄を拘束され、「査問」を受けた。容疑(?)は「新日和見主義分派の首謀格」。
著者をはじめ、民青全学連再建当時の書記長だった新保、学生対策の広谷俊二はじめ、民青本部だけでも20名を超える人々が査問の対象となり、最終的に処分が決まる72年9月には民青中央委員108名中30名が自己批判などの処分を受け、他にも民青本部勤務者、全国の都道府県委員会など、査問を受けた関係者は、灰色決着も含めて600名とも1000名ともあったという説もあると著者は言う。著者をはじめ民青の専従であった人々は職場を追われ、それぞれが厳しい人生を歩んできたという。
すでに25年が経過している。私も学生時代、日本共産党・民青の中に「新日和見主義」という分派活動が発覚した云々ということを知っていたし、73年に共産党が出した『新日和見主義批判』という本を読んだことは覚えている。それにしても、25年が経過した歴史とも言える事実を今になって、という気になる。
川上は、1960年に東京大学に入り、共産党入党。64年には民青全学連を「再建」し、中央執行委員長となり、その後民青本部の専従となる。本書によれば、大学紛争期には、民青本部の学生対策員として、東大闘争などで民青の指導的立場にあった。本書では回想的に、民青・全学連グループと党の青年学生担当で、意見の相違が生まれ、民青大会が延期になっていた経過も触れられている。

この事件で、川上たちは、党を除名というわけではなく、また大半は党籍は残したまま一党員として生活するものが多かったという。川上自身も本書によると、晩年は党に批判的であった哲学者の古在由重の死後、追悼集会を企画したことで党から除籍扱いの決定を受け、91年に「離党」ということになった。こうした経過を経て、この本は書かれた。
ところで、「新日和見主義」とは、一体何だったのか。本書の内容を要約すれば、大学紛争終了後の学生運動を舞台に、大衆運動を強めようとした民青や民青全学連グループと党員拡大や学習路線という党強化を進めようとした宮本共産党路線の「論争」が、一方的に党内民主主義の破壊によって、川上らが「分派活動」として批判された事件ということになろう。さらに、その特殊性は「新日和見主義事件は日本共産党内部で起こった一種独特の『お家騒動』であった。・・しかし『事件』の結果として断罪された者達も、数少ない除名者も、すべての関係者が長期間にわたって党員の論理、党の組織原理で終始行動した(沈黙という消極的行動も含めて)という点で、その内部性はほぼ完璧なほど保たれてきた」という。彼らは中央委員を解任され、また本部勤務という「職場」から追放されることになった。
今になってみれば、これらの人々を「追放する」ことで、日本共産党は一層純化していったのだろうし、論争を保障しない組織が、人権侵害を平然と行い得るのか、今もそう変わってはいないだろう。著者の淡々とした語り口、また60年代に学生運動に関わり、70年へと至る運動過程への自己回顧には真摯な姿勢が滲んでいる。共産党への批判というよりは、自らの人生を語るという落ち着いた文章には、同じ処分を受けた同僚との固い信頼感が溢れている。是非一読願いたい著書である。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.244 1998年3月20日

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【投稿】「民政連」から新党「民主党」へ

【投稿】「民政連」から新党「民主党」へ

3月17日の新聞報道によると、民主党はじめ4つの政党代表が「統一準備会」の初会合を開き、新民主党の党首には菅直人民主党代表の就任が決まり、4つの委員会(理念・基本政策、組織・規約・財政、選挙対策、女性参画)で新党に向けた原案をまとめる方向という。予想以上に早い展開だ。昨年末、ようやく協議離婚が整った新進党が解党し、年明けには6つの政党が出現した。その6つの政党の内、小沢自由党と、公明系の改革・平和を除く友愛・国民の声、太陽党、フロムファイブ、そして民改連と民主党が、院内統一会派「民政連」を立ちあげたのが、1月7日のことであった。以後2ヶ月あまり、参議院選挙に向けて、「統一会派か新党か」で民友連内部で議論されてきたが、3月7日の細川提案から、新党への動きが本格化してきた。

<民主党の強気と民政・友愛の譲歩>
野党が分立していては自民党のひとり勝ちになる、共産党への支持率アップも心配という中で、今回新党を準備している4党には、それぞれに統一会派または新党を急ぐ理由がある。民政党は、旧太陽党・羽田グループであり、新進党が無くなれば、党基盤はないに等しい。同様に友愛も、民社協会・友愛会は存続しているが、小選挙区ともなれば、選挙にもならない状況にある。今年3月の政党支持率では、両党とも1%にも満たない状況である。もちろん、支持率の低迷は民主党とて同じだ。連合推薦型の民改連は別として、友愛・民政は国会議員後援会はあっても、党組織は皆無に近い。民主党は46都道府県に組織が出来ており、支持勢力としての労組組織もあるが、何よりも「菅直人」という首相候補を持っている。政権構想を沖縄での党大会で確認したが、民主党だけで自民党に対抗するにはまだ非力である。何らかの「反自民統一」の動きで、政権交代への決意と体制を作る必要があった。
2月当初は、民主党も独自路線のもと、統一会派論が優勢で、新党には慎重な傾向にあった。その中で民主党の基本戦略は、イタリアの政治連合「オリーブの木」路線を持って、議論に参加してきたが、新党名は「民主党」でという細川提案(3月7日)を断りきれなかった、また民政・友愛側もそこまで譲歩しないと、新党で参議院選挙は闘えない、というところまで認識が一致したということだろう。
統一・新党結成の仕組みはこうだ。理念・政策の一致が前提だが、民主党以外の3党は一旦解党し、民主党に合流する。民主党は合流組を受け入れるため、5月上旬にまでに臨時大会で新党の方向を確認し、新民主党の結党を行う。友愛側は、理念・政策・規約などは新しく作る、ということを「対等合併」と理解し、民主側は党名に民主党を使い、3党は解散するが、民主党は解散せず、組織を継続させることで、「吸収合併」だ、という理解が民主党側にはある。

<連合、股裂き解消の好機>
新党を推進させる、応援団の存在も加速化の要因だ。これまで、新進党(友愛グループ)支持と社民党、そして民主党支持と構成産別の中に矛盾を抱えた連合は、昨年来、民主・友愛・社民含めて「連合新党」または統一名簿方式による「反自民・非共産」結集という路線で、鷲尾新体制の中で、取組んできていたが、少なくとも昨年末までは、方向性は確認できても具体化できない手詰まり状況にあった。各党との協議も精力的に協議が進められたが、社民党には与党離脱も含めて要請したが、すでに比例区・選挙区とも社民党単独選挙との意向が土井委員長から表明されていた。
民友連の統一論議の進展を受けた、3月10日の連合三役会議は、「国民は小さな政党は批判し、大きな出現を望んでいる。連合は民友連を中軸とする統一対応( 新党)の実現を期待し、出来あがった形(新党)と支持・協力関係を持ち、全面的に支援する」ことを確認し、新党統一準備会に対して、「理念・政策について、連合方針・基本政策が活かされるよう対応する」との方針を確認している。具体的には比例区は新民主党、選挙区は可能な限り統一候補擁立、公明・自由・社民とは選挙区事情を総合的に勘案し調整、という方向のようだ。
しかし、現時点では、4党の統一準備会の急激な動きに、労組側は戸惑いぎみだ。旧総評系の民主リベラル労組会議は、民主党基軸を基本としつつ、民主・社民両党軸にした民主リベラル結集という方向で組織内議論が、産別間の違いはありつつも進んでいたわけで、社民派は独自路線、民主派は新党という状況で、新民主党で統一対応という状況には、まだ時間がかかる、というのが実状だ。

<提案を受け入れた民主党>
今後、理念・政策などで集中議論がはじまるが、これまでの経過は「民主党主導」という性格が色濃い。3月7日の細川提案「政権奪還に向けて」をベースに、3月12日に民友連政権戦略会議「政権奪還に向けて」が作成されたが、微妙に修正が行われている。
「われわれの基本的な理念と政策」では「我々は民主主義的な諸価値を尊重する。我々はまた、市場万能主義とも福祉国家至上主義とも異なる立場に立つ。このような立場は、今や世界の潮流となりつつある。こうした『民主中道』の立場に立って、われわれは自由と効率が発揮される市場の機能を活用しつつ、共生の精神や公正さ、機会の平等などを確保する政府の役割を重視する・・・・」と。
3月12日の民主党都道府県代表者会議は、この文書で議論された。拙速な新党議論との発言もあったようだが「すでにルビコン河を渡った」という認識で、まとまったようだ。鳩山幹事長からは「細川試案はまだ不十分なところもあるが、市民が主役という民主党路線を『民主党原理主義』を奮い立たせてかんばる」、「4党による統一は『オリーブの木』を否定していない。公明や市民運動とともに、大きなオリーブの木をめざす」(菅直人代表)などの本部答弁があり、基本的に了承されている。また、地方組織問題は、参議院選挙後に持ち越し、時間をかけていく方向という。

<反自民だけの数合わせとの批判>
こうした経過で、新党議論がスタートしたが、3月11日に「民友連新党結成へ」との新聞報道があった時点でも、新聞報道は冷たかった。「参議院選挙へ急ごしらえ」「反自民の数合わせ」云々。加えて、大蔵汚職に続く日銀創立以来の収賄容疑逮捕と重なり、全体としマスコミの注目度も今少しという状況。
3月中の「理念・政策」議論ということで、さて、どんなものが出てくるか、その時点で議論したいと私は考えている。ただ、「反自民だけの数合わせ」という新聞論調は、少し共産党的な批判だと思う。「政権交代可能な政治」を実現するということは控えめに見ても、評価しないわけにはいかない。出来るだけ民主党色の強い理念・政策を十分議論して、対抗軸を明確にしていくことが求められている。(佐野秀夫 )

【出典】 アサート No.244 1998年3月20日

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【書評】日本の生活文化(大衆文化)の中に「日本人とは?」を問う

【書評】日本の生活文化(大衆文化)の中に「日本人とは?」を問う
        『日本人のこころ──原風景をたずねて』
             (鶴見俊輔編、岩波書店、 1997.12.27発行、1900円)

『日本人のこころ』と題する本書は、哲学者・鶴見俊輔が、映画評論家・佐藤忠男、作詩家・永六輔、漫画評論家・四方田犬彦、作家・池澤夏樹の四人との対談を収めたものである。この中で、話の主題──映画、歌、漫画、物語──を通して、「日本人とは?」ということをさまざまな角度から浮き彫りにしようとする。そしてその結果、次の二つのことが確信されることになる。すなわち(1)日本社会内部における「近代化」(国家権力による近代化の強制と、日本社会単一性という虚構)がもたらした社会の歪みや差別と、これに抵抗する民衆の姿が、多層的・多焦点的に同じ日本人の中に存在していること、(2)さらには、日本人を問題にしようとすれば、必然的にアジア諸国・諸民族との関係に行きつかざるを得ないし、これを抜きにしては日本人というものについて語ることができないこと、である。以下この点に留意して、本書を紹介しよう。
佐藤忠男との対談『映画を通してみる日本人のこころ』では、日本映画の辿ってきた道筋が検討される。この中で佐藤は、「我々は日本的ということがあたかも存在するように簡単に考えますが、日本的なものというのは実際は存在しないと思いますね。日本的なものというのはいろんな階層に分かれておりまして(後略)」、「そのように日本の伝統というのは非常に多様なものであってそれぞれお互いまったく矛盾している。侍の文化が日本的だとすれば黒澤明が代表していると思うのですけれども、溝口健二が代表している町人文化的なものとはまったく、ほとんど相容れないし、小津安二郎が代表している小市民、知識人的な文化ともまったく相容れない。ほとんどお互いまったく相容れないような伝統が日本にあって、そのどれか一つを日本的と言ったってしょうがないんですね」と述べて、その中で、バラバラに存在してきたこれらの文化を、日本映画だけがごちゃまぜにして発展してきたことを評価する。
そしてその上で、日本独特のものだと思われてきた事柄が、実はアジア一円に広く存在していることを指摘するが、ただし佐藤は同時に、「アジア人が日本映画を見る時と欧米の人間が日本映画を見る時では微妙な違いがある」と重要な指摘をする。つまり「アメリカ人と日本人はね、どちらかというとお互い同士力を尽くして戦ったいい相手という気分が時にアメリカ人の気持に湧き起こることがあって、本当は軽蔑しているんだけれど、時々寛大な気持ちになる。しかしアジアの人たちはそうはゆかない」。「日本は中国を好敵手とは思っていなかった。頭から軽蔑していた。それは中国人にはよくわかっていますから」ということなのである。ここにわれわれは、日本とアジア諸国民との歴史感覚のズレを明確に認識していく必要があるように思われる。
永六輔との対談『歌を通して語る日本人のこころ』では、明治政府による日本古来の音階とリズムの否定と、西洋音階とリズムへの強権的な移しかえを批判した永の発言を受けて、鶴見は日本の近代化について、次のように語る。
「それが日本の近代化のリズムで、ものすごい力で近代化して、そのリズムの変化によって軍隊も強くなるし、ビジネスも強くなった。戦争に負けたら今度はビジネスひとつで、アメリカの主要な製品の自動車を凌いだでしょう。こんなことやる力、近代化の原動力一部に確かにリズムの強制という問題がある」。
そして小学校の唱歌に存在する強制力についてこう語る。
「小学唱歌をずっと歌ったり、聞いたりしていくと、日本の政府がこう思ってほしいと思う日本の歴史の図柄が浮かんでくる。あれは大変なものですね。子供たちの内部に国家像を植えつける。リズムと歌の言葉を通して、それをやり遂げたのが日本の近代国家の力なんです」。
しかしこの方向で近代化が進んでいく過程で、明治初期には存在していた冷静公正な眼が、日露戦争以後消え去って、敵をさげすみ、自分を絶対化する思想が支配することになる。その例として、日米戦争末期に流行した「出てこいニミッツ、マッカーサー、出てくりゃ地獄に逆落とし」という歌があげられ、これについて鶴見は、「負けが近いという事実をまっすぐに見すえることなく、こうやって空威張りして威張っていたんだ」と的確に批判する。そして「明治国家のつくった小学唱歌のまゆの中に私は今も閉じこめられている」という彼の言葉に、われわれはイデオロギーによって取り囲まれた社会の強さと危険を認識することができる。
さて次の四方田犬彦との対談『漫画を通してみる日本人のこころ』は、本書の白眉である。この対談で四方田は、1950年代から現代にいたるまでの日本の漫画を4分割して解説する。それは、・日本の漫画が差別や少数派、マイノリティ(在日韓国人、アイヌ人、あるいは被爆者といった権力の外側に排除されてしまう人間)をどのように描いてきたかというテーマ、・そのようなマイノリティ、あるいは差別された人間がいかにそこから逃走するかというテーマ、・また逆に差別を受けた人間がいかに闘っているか(忍者ものなど)というテーマ、そして・逃走でもなく、闘争でもなく、ある種のニヒリズム、絶望、懐疑に陥ってしまうというテーマ、の4分類である。
その詳細については、本書の50ページにわたる四方田の解説を読んでいただく他ないが、この中で特徴的なことは、差別とマイノリティという、一般市民が触れたくない、できれば忘れたいと思っている事実について取り上げている漫画作品が実に多いということである。このことについて四方田は次のように語る。
「手塚治虫の漫画は単なる科学とヒューマニズムとか、人類愛とか、そんなふうに一般にいわれているのですが、実はよく調べてみると、いかに彼が差別された少数派を主人公にしているかが判明します」。
「これは、調べてみてわかりましたが、梶原一騎の漫画の登場人物の半分くらい在日韓国人なのですね。つまり力道山であり、大山倍達、さらに柳川組の組長(略)、これは日本という国家から排除されていた人間であるということがだんだんわかってくる」。
「水木(しげる)さんという人が、非常に主題が一貫している人で、人間社会のそういう権力構造とか社会体制とか、差別構造からいかに出るか、解放されるかということが主題になっています」。
これに対して、鶴見は、「漫画と権力批判、漫画と民主主義というのは不可分の問題なんです」と応えて、さらにこれに加えて、『サザエさん』の重要性を指摘する。
「長谷川町子は明らかに、戦争をひきずっている。戦争のなかから出てきた女性なんですよ。(略)前線の水木しげると違う仕方で、長谷川町子は銃後の戦争体験をしっかりつかんでいると思います。水木しげるや長谷川町子らの仕事は大岡昇平の『レイテ戦記」と向き合っている」。
この対談を読むことで、われわれは、日本文化において漫画の占める重要な位置を知るとともに、それがもつ社会批判の力(それはまた、日本近代社会での天皇の名の下での強権的統一化・富国強兵化に対する批判でもある)を確認することができる。
最後の池澤夏樹との対談『物語を通してみる日本のこころ』では、鶴見は、池澤の『ハワイイ紀行』について、「沖縄から日本本土を見る姿勢になる。日本本土が別のものに見えてくる。(略)そこに私たち本土に住む日本人をまきこむある種のうねりが生まれる。それは、太平洋があって、そこに火山島ができる話なんですから、人間なんかそこにいなくても、海があるという話なんですから」と説明を加えて、近代をこえた「ものすごく長いうねりの中で」「そして空間的な広がりもものすごく大きな空間の広がりの中で」日本を見る姿勢を評価する。
というのも、鶴見によれば、自分というものを考える時に「他人というクッションを使って他人にとっての私として見るほかない」ように、自分の国についても外側の諸国から考える他ないのであるが、「そのクッションを巧みに使えなかった、使えないようにしたのが、明治以後」であり、「外側を見ないような装置ができちゃった」からである。
この点については、池澤も同意見で、次のように述べる。
「明治以降の日本というのは、多分先進諸国に対する恐怖感から身をこわばらせて、猫が毛を逆立てるように──あれをやると大きく見えますからね、ふわふわなんですけれど──そういう形で緊張のあまり判断力がなくなっていた。不安になればなるほど幻想にしがみつく。客観的に見れば勝てるはずのない戦争に精神主義で突入してしまう。
そういう、今にして思うと実に分かりやすい誤謬の道を歩いていたとぼくは思うのです」。
このように四つの対談は、そのジャンルが異なるとはいえ、いずれも「日本人」と「日本人のこころ」に迫る試みであり、最初の方で指摘したように、日本人が多層的・多焦点的な存在であり、そしてその外側=アジアの諸国・諸民族との関係を抜きにしては語ることすらできないことを銘記するべきであろう。

なお本書の書評にも関わることであるが、『アサート』上に掲載された「戦後民主主義を問い直す」作業に従事されている織田氏の提起された問題について触れておきたい。というのも、これまで何回かの書評において、これに関わる事柄を取り上げているからである(例えば、『鶴見俊輔座談・日本人とは何だろうか』・225号、『近現代史の授業改革』・226号、『買売春と日本社会の構造』・230号、『現代日本の社会秩序──歴史的起源を求めて』・242号等)。今回のものも含めて、これらの書評を読まれれば理解されることと思うが、「戦後民主主義」をどう見るかという問題は、現在の日本社会をどう見るか(内側からと同時に外側から)という問題と不可分であるということである。
そしてここで重要なことは、「日本という近代国家」が成立してきた歴史的経過を解明することではないかと思われる。例えば、「日本民族」という言葉自体が近代的で新しいものであるという事実や、この国をそのようなものとして無理にまとめてきた明治政府の強権的政策の内容(教育、軍隊、宗教、天皇、戸籍などの諸制度から、時間・空間・人間関係・身体にいたるまで拘束管理社会の形成を目指した)などは、まだ充分に解明されているとは言い難い。本書でも指摘されているが、「日本的なもの」ということの中味が多種多様であるという中で、「世界史の中に日本の歴史を位置づけなおして見なければならないのではないか」(243号に掲載された織田氏の言葉より)という問いは、そう簡単に明々白々たる答の出るものではない。しかし少なくとも「世界史の中で日本の歴史を位置づけ直す」にあたっては、日本がアジア諸国から、過去においてどう見られてきたのか、また現在どのように見られているのか、という視点だけは落とすべきではないと考える。(このことは現在に関して言えば、アジア諸国への経済進出やODAの評価のみならず、それらの国々での買春ツァーや子供ポルノの大半に日本人が関係しているという事実等をも含めての日本の評価が必要だということである。)(R)

【出典】 アサート No.244 1998年3月20日

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【投稿】学校での「国際理解教育」を考える

【投稿】学校での「国際理解教育」を考える

今やいわゆる「国際理解教育」が一種のはやりのようになっている。不況でその伸びは減ったものの、大阪府下ではどこの市の小中学校にもブラジル人や中国帰国者、いわゆるニューカマーの子弟が在籍している。それに伴って、あらためて在日韓国・朝鮮人の存在にも焦点が当てられているように思う。「国際化」が叫ばれる中で、共生のための「国際理解教育」が注目を浴びるのも当然といえる。マスコミでもよく取り上げられて華やかなイメージだが、実際の中身や成果はどうなっているのだろうか。
アサートでも以前紹介したことのある「地域の国際交流をすすめる南河内の会」主催で、先日、「学校での国際理解教育を考え語り合おう」という公開講座があった。けっこう面白かったので少し紹介したい。
南河内では、富田林、大阪狭山、松原等、公民館を中心に在日外国人の日本語教室が開催され、そこでは日本語を学ぶだけでなく、在日外国人同士の交流、地域の人々との交流の拠点となっている。それに注目をした問題意識のある教師は、ここに集う在日外国人を学校に招いて、異文化の紹介や生徒との交流を盛んに行うようになってきた。そのことは意義のあることだし、それなりに成功しているのだが、招かれた在日外国人たちは、その「国際理解教育」が「楽しかった」「違う文化に触れた」で終わっているのではないか、子どもたちにどう受け止められ、日常的な教育にどう生かされているのかを教師たちと語ってみたいと感じてきた。それが、この公開講座開催のきっかけである。
当日は、教師や学校に招かれたことのある在日外国人を中心に30名ほどが集まった。最初に松原第三中学校と富田林金剛中学校の教師から実践報告があった。そこでは、「国際理解教育」をきっかけに、新しいものの見方を発見し、ボランティアや学習意欲向上に結びついた子どもたちの生き生きとした姿が語られた。
在日外国人の方々は、それらの成果に喜び、日本にいろいろな外国人が住んでいることがあたりまえ感じるように、小学校からぜひこのような教育を進めてほしいという意見とともに、いくつかの疑問点も出された。
在日3世の韓国人の方は、「韓国人」として招かれ、教室で韓国の歴史や文化について語りながら、実際は「外国人」でない自分を感じてとまどってしまうものがあると語っていた。子どもたちに韓国についてもっと知ってもらいたいと思いながら、韓国についてあまり知らない自分を意識するもどかしさ。「在日」としての自分をどう語っていくのかという難しさ。いわゆる、オールドカマーの2世3世の持つ悩みかもしれないが、いわゆるニューカマーも日本に定住する以上、いずれ抱える問題だろう。「国際理解教育」で、「外国人」ではなく「在日」を理解できる内容がもっと研究されるべきだと感じた。
また、教室の中だけでなく、学校運営にももっと工夫が必要ではないのかという意見もあった。PTAの役員に積極的に在日外国人になってもらうといったことである。結局、教室の中だけでの教育だけでは子どもたちの「国際理解」は進まない。親がどう変わるか、地域がどう変わるかが本当に「共生」を保証していくものだろう。学校もそれを意識した取り組みが必要だと思った。
しかし、まだいろいろ課題があるとはいえ、学校での取り組みをやっているかやっていないかでは、子どもへの対応に大きな違いのあることもわかった。「国際理解教育」を積極的にやっている小学校では、3年生の「昔しらべ」で在日韓国人の子どもから積極的に韓国の話を引き出そうとするのに、取り組んでいない小学校では同じ授業で在日中国人の子どもの「昔しらべ」が「パス」されたそうだ。
これから、いわゆるニューカマーたちも地域に定着していく中で、さらに学校での「国際理解教育」の深まりが期待されている。(大阪N)

【出典】 アサート No.244 1998年3月20日

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【投稿】橋本内閣と「信用崩壊」

【投稿】橋本内閣と「信用崩壊」

<<「中央銀行の犯罪」>>
日銀の職員が収賄容疑で逮捕されたのは日銀の歴史上初めてのことだという。確かにそうであろう。しかしこのところ次々に明るみに出てきている大蔵省の腐敗からすればさもありなんというのが、誰しもの実感であろう。しかし、ことはさほど軽視できない問題をはらんでいるとも言えよう。
それは、日銀の現職幹部が、日本興業銀行と三和銀行から多額の接待を受けた見返りに、公開市場操作などの機密情報を漏らしていたという、事実の重みである。それは、証券市場で厳禁されているインサイダー取引にも劣らぬ重大な不正行為であり、「銀行中の銀行」である日銀が、通貨政策の決定事項や国債の売買についての情報を接待や贈賄の見返りに彼らと結託した銀行側にひそかに流し、莫大で法外な利益を上げさせたという、「信用崩壊」の極みの行為であるというところにあるといえよう。
そこには「市場の公正さ」などあったものではない。もともとあったとも思えないのだが、それでも本来ありえないであろう、「インサイダーが横行する不公正な市場」という印象を全世界にばらまいたのである。大蔵省の腐敗・堕落ぶりはこのところ周知の事実となっていたが、中央銀行である日銀までが疑惑にまみれていては、世界的な「信任失墜」はとり返しのつかないものとなり、その影響は決して黙視できぬほど大きなものとなろう。
3/12付ニューヨーク・タイムズ紙が、「逮捕は日本の金融システムについての世界的な信頼に衝撃を与えるという問題を引き起こしている」、「多くの日本人にとって、職務権限をめぐる贈収賄の横行が政府と金融システム全体にいかに広がっているかを、逮捕で確認することになった」と指摘しているように、日本の政治・経済権力者達のあまりの腐敗ぶり、倫理観の欠落、氷山の一角でしかない汚職構造のすそ野の広さを改めて確認させるものであった。

<<「民間が求めている」天下り>>
逮捕された日銀幹部は、贈賄側の日本興業銀行などに対し、金融機関のヒアリング調査にかこつけて宴席を要求、意に従わないと「日銀貸出残高を減らすぞ」などと制裁を予告したという。実際に、資金繰りという金融機関の「生殺与奪の権」を握る日銀が、かつて日銀OBの処遇をめぐって、東海銀行から日銀が貸し出しを引き上げた実績が各金融機関を震え上がらせていたという実績があるだけに、その脅しは効果てき面であろう。
「考査中に、日銀が天下りの受け入れをさりげなく求めることもある」(3/14日経)というように、日銀幹部の「天下り」受け入れを露骨に要求し、それに応じて銀行・金融業界が大蔵省・日銀の幹部達を夜な夜な接待という形の贈賄を繰り返していたという業界ぐるみ、組織ぐるみの接待と腐敗の実態は想像に難くない。
そして事実、大蔵省や日銀幹部の「天下り」は、彼らが国会に提出した資料だけでも、都市銀行から第二地方銀行まで149行に286人、証券会社から生保・損保まで含めると、計660人が金融機関の幹部に天下り、地方銀行・第二地方銀行123行の内、48行が大蔵省・日銀出身の会長・頭取53人を頂いているのである。
日銀の松下総裁自身が、82年、大蔵省官僚トップの大蔵事務次官に就いた後、87年、太陽神戸銀行の頭取に天下り、90年には三井銀行の会長、94年、改称したさくら銀行退職後、日銀総裁に就任している。松下総裁は、住専問題のときに天下り規制が論議になった際にも、そうした「天下り」は、「民間が求めている」ことであり、「許認可の権限を持つ官庁と日銀の立場は違う」などとして自粛する考えのないことを明らかにした人物である。
そして松下総裁出身のさくら銀行は、今回の日本道路公団汚職の贈賄側として登場し、何ら反省も責任も取ることもなく公的資金の投入も申請して、承認されている。あきれるばかりの無責任・腐敗構図の象徴でもある。

<<「つかみ金」の審査>>
そしてこの13兆円にものぼる公的資金の投入、金融機関救済という名の「つかみ金」の額などを審査している「金融管理審査委員会」の7人の委員の一人がこの日銀総裁であり、大蔵大臣である。初めから事態の推移は目に見えているとも言えよう。
この公的資金の投入、申請額には上限がなく、まさに天井知らずの「つかみ金」であるが、東京三菱銀行など大手18行と地方銀行3行が、体力(自己資本)増強のためとして、総額2兆円規模の公的資金受け入れを申請した。ところが、銀行側の申請は、業界トップで全銀協会長行である東京三菱が1000億円としたことから、これに各行がすべて横並び、ピタリと額までそろえたのである。そこまでやるかというほどの、右にならえ!である。これほど露骨で、本来の公的資金導入の目的から逸脱した世論をなめきった態度はないといえよう。
問題は、さらにそれに輪を掛けるように、「金融管理審査委員会」が1日に7行ずつ各行の頭取を呼んでおざなりなリストラ計画なるものを一応は聴取し、審査基準が決まってわずか12日の拙速丸出しの短期間の審査で、申請21行のすべてに公的資金投入を決定したのである。大手9行はすべて接待汚職に関与していたが、その責任の取り方の明示は一切求められもしなかった。
そのリストラ、各銀行は行員の給与1割カットと役員賞与の大幅削減をいっせいに発表、見事なほどの同じ申請内容、同じリストラ策、非常に不可解であると同時にさもありなんというまさに日本的現象である。そこには、膨大な不良債権を作り出したのに責任は一切取らず、公的資金を取れるものなら取ってしまえという安易で無責任な金融資本の体質が露骨に示されている。

<<経済運営能力ゼロ>>
こうした最中の2/21、ロンドンで開催されたG7蔵相・中央銀行総裁会議に蔵相と日銀総裁が出席したが、一時とはまるで落ち込んだ見る影もない存在に転落したといえよう。
各国からは軒並み、日本は、内需を拡大させる抜本的な経済政策がまったく導入されておらず、アジア経済危機を救済する大国としての責任を放棄しているとまで批判される事態となり、日本を除く6カ国で共同声明が発表される異常事態となった。
松永蔵相は「日本の経済政策が公平な評価を受けていない」と反論したが、逆に、「この時期に必要な経済運営能力をまったく持ちあわせていないことを暴露した」と論評されるほどの孤立した状態に陥ったのである。
そもそもこの蔵相、大臣就任挨拶で「大物蔵相が辞めるというのは重い結果。あとのこまごましたことは大方は済んだ」などと腐敗官僚を徹底的に弁護、「厳しく見えるかもしれないが、(弁護私生活が長く)弁護する姿勢が身についている」などと述べ、就任の際約束していた脱税疑惑の元主計局次長の再調査について、大蔵事務次官が「調査するとは聞いていない」と不快感を示すと、直ちに撤回、腐敗隠し、疑惑弁護の姿勢を明瞭に示し、そればかりか通産省課長補佐である自分の長男を蔵相秘書官に人事発令するなどといった、全く程度の低い人物である。確かにこの時期の蔵相どころか、議員としての存在そのものからして全くふさわしくはないであろう。
しかしこれは、橋本内閣そのものの本質と限界が露呈されてきた証左とも言えよう。G7で日本が提示した政策内容は、「銀行と株式市場の救済であって、4兆ドル規模の経済そのものに活を入れるものではない」(2/21付けワシントン・タイムズ)という本質を突いた批判から、「西側先進国の批判圧力にもかかわらず、日本は自国がアジア危機に直接打撃を受けない限り、近隣諸国の救済には出ない」(2/23付けロサンゼルス・タイムズ)自己保身体質の指摘、さらには、「日本が港湾や陸運の規制を緩和するだけでも輸入品価格が10%位下がり、消費者の購買意欲を喚起できる」にもかかわらず、「日本は対米輸出増大で景気回復を狙っている」「根っからの輸出国だ」という批判(ワシントンの経済戦略研究所のプレストヴィッツ所長、2/21付けワシントン・タイムズ)まで、現在の橋本内閣では克服し得ない限界点に達しつつあることを明らかにしてきている。

<<「野党も批判を免れるものではない」>>
このほど、97年度の実質国内総生産(GDP)が、74年の石油ショック以来、実に23年ぶりにマイナス成長に転落することがほぼ確実となった。この石油ショック時のマイナス0.5%以上に落ち込むこともほぼ間違いない情勢である。つまりは戦後最悪の経済状態に陥ってきたのである。これを発表した経企庁の糠谷事務次官は「消費の落ち込みが大きかった」ことを認め、村岡官房長官も「個人消費が低調だったことを反映した」と述べざるを得なかった。これは、経済状況に逆行し、不況効果をしかもたらさないような昨年来の消費税、医療費負担の増大をはじめとする9兆円以上にも及ぶ国民負担の増大がもたらした明らかな政策不況なのである。断固たる政策転換が求められているにもかかわらず、「Too Little ,Too late」な対応しかできない橋本政権の末期的症状の表われとも言えよう。
そして同時に、今回の大蔵・日銀・金融界を中心とした政・官・財の腐敗と癒着の構造について、「橋本首相以下、日本のエリート達は誰もがこうした慣行に漬かってきた。自民党から別れた党を含め、野党も批判を免れるものではない」(3/13付英フィナンシャル・タイムズ)という指摘は、国民誰しもが肌で感じていることである。

誕生しようとしている新「民主党」が、こうした橋本政権の末期的症状に断固とした政策対置に踏み切れず、自民党と代わり映えのしないような右往左往を繰り返していたのでは、政権交代のチャンスなど全くないといえよう。  (生駒 敬)

【出典】 アサート No.244 1998年3月20日

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【投稿】98春闘を元気出して闘おう!

【投稿】98春闘を元気出して闘おう!

98春闘がいよいよ本番だ。大幅な賃上げと減税など制度政策要求の前進を実現して、労働者の生活を守るとともに、経済低迷を打破していくことが労働側に求められている。以下では98春闘を取り巻く情勢の特徴と連合の方針、春闘全体を貫く課題について整理をしてみたい。

<実質賃金低下が生み出した消費不況>
98春闘の特徴の第1は、各種の統計が示しているように、勤労者の賃金が実質的に低下している中で闘われることだ。97年度は所得税特別減税が廃止され(98年2月に補正予算化されたが)、これにより手取り賃金は2%減少したと言われている。さらに健保2割負担化(97年9月)・厚生年金UP(96年10月)など社会保険負担が増し、合わせて3%は手取り賃金が減少したことになる。
この点をまず確認しておくことが重要だ。減税ストップと消費税のアップと医療費負担増で約9兆円が国民全体から奪われた。試算によると国民一人あたりの年間負担増額は8万9千円になり、標準4人世帯では年間36万円と言われている。
相次ぐ金融機関の倒産・廃業などの先行き不安から消費が低迷している、とのマスコミ報道が盛んで、「日本経済の先行き不安と消費税2%アップ」が消費不況の原因のように言われているが、本当の原因は実質賃金の低下にある、という認識が大切である。
消費税アップ等により消費者物価は昨年の4月以降、2%を超える上昇をしており、昨年の賃上げ(加重平均8727円、2.9%)は赤字補填にもならず、今年3%程度の賃上げなら、昨年並みの生活以下ということになるわけだ。
消費不況と言われる状況は深刻で、昨年5月に家計消費支出が前年比5.8% 減になるなど、昨年度の個人消費は戦後初めてのマイナスになるのは確実と言われている。百貨店等の販売額も昨年は3月に消費税アップ前の駆け込み購入による前年比増があった以外は、2%から4%の前年比減となっている。

<政策不況・政府企業の責任を追及する春闘>
特徴の第2は、大型減税要求・労働法制規制緩和に反対するなどの政策・制度要求を一層強く打ち出す必要がある春闘だということ。消費不況は、実質賃金の低下が根底にあるわけだが、緊縮予算と金融政策の誤りによる政策不況という側面も存在している。
低金利政策で国民から利子収入を減少させる一方で、自ら招いた不良債権に喘ぐ金融機関のみを救済し、さらに消費税アップ・減税を廃止するという政府の政策の貧困が生み出したものであることだ。昨年秋のアジアバブルの崩壊・通貨危機に端を発した金融不安の深刻化・大蔵省官僚の金融機関との癒着、所謂護送船団方式を続けてきた自民党政府の責任を追及する必要がある。勤労国民は怒りの声を挙げなければならない。
昨年秋以降の「日本沈没」的状況の中で、2兆円の特別減税を決めるなど財政構造改革路線との矛盾を生み出しつつも、財政出動なしには危機的状況を招く事態となり、自民党内部にも、野中副幹事長の6兆円景気対策などの路線の揺らぎが起こってきている。参議院選挙の年であること、さらに3月期決算対策もあり、自民党幹部は盛んに「口先介入」を行っているが、大型減税の継続実施をこの春闘で実現しなければならないし、その可能性は十分にある。

<経営側は相変わらず賃上げゼロ主張>
日経連は1月末に労働問題研究会報告を発表したが、相変わらずのベア=ゼロを主張し、雇用か賃上げかと主張している。今年の中心は、むしろ構造改革問題に割かれて労働法制の規制緩和などを強調している。労働法制の規制緩和の動きについては、すでにアサート1月号で民守氏から詳しいレポートが出ているの詳しくは触れないが、中央労働基準審議会からの答申を受け、政府による法案づくり・国会審議という段階になっている。時間外・深夜業の女子保護規定の撤廃、裁量労働制の適用拡大・変形労働制の要件緩和・労働契約期間の上限延長などいずれをとっても、労働者に不利益をもたらし、企業側の利益第一の論理の貫徹を許すものである。連合は国会対策を強めるとともに、「怒りの行動」として大衆行動の強化を決めているが、連合の存在意義そのものが問われている。

<企業・産業に格差・ばらつく可能性>
さらに、企業業績という点で、産業間・企業間に二極化の動きのあることは懸念材料である。製造業では4年連続・非製造業でも3年連続の経常利益の増益が見込まれているのに対して、製造業大企業と非製造業中小企業では、はっきりと二極化の傾向となり、企業規模による賃金・労働条件の格差はこの3年間で一層拡大している傾向にある。
格差解消へと「連合中小共闘センター」がスタートし、大企業の労使に対して「下請け価格」のアップを要請するなどの取組みが行われているが、まだまだ緒に就いたばかりという印象は否めない。

<問われる連合のたたかい方>
2月12日には自動車総連の大手組合が賃上げ要求書を提出し、13日には造船重機、19日には電機連合といよいよ98春闘も本番を迎えている。しかし、自動車総連の中でも、好調なトヨタ・本田に対して、経営不振の日産・三菱などと要求にバラツキが生まれているし、電機関連も消費不況の影響を受けて昨年来の大量の在庫を抱え、一時帰休を実施する企業もある中での交渉本番という事態は、先行きが案じられる。
連合は賃金要求15000円(4%)、生活維持向上8900円+定昇2%6100円=15000円と個別賃金要求として、高卒35才勤続17年316700円を要求、公正分配と積極政策で生活改善と景気回復、雇用分野でのワークルールづくり、個別賃金要求で格差是正・1800労働時間・未組織労働者への波及などの春闘要求と減税など制度政策要求の春闘方針を決定している。
成長率2%には、4%の賃上げが必要という要求根拠の一つになっているが、これら大企業労組でさえ、連合の要求基準、昨年より2千円アップの15000円要求以下の1万3千円という低額要求に留まっているのは大きな問題だ。
さらに、大企業労使の責任は重大であり、労働分配率も大企業ほど93年を境に大きく低下している。賃上げ余力がない、などの議論は論外で逆に民間主要50社の別途積立て金はどんどん増えているのが実態だからだ。昨年秋以来の円安も輸出関連製造業には大きなプラス要因でもある。
格差是正という意味で、連合が打ち出した「個別賃金要求」方式もまだまだ定着していない。年齢別最低保障や初任給から定年前までの賃金ラインの一致、また同一産業間での統一要求という段階には程遠いものがある。しかし、経営側は逆に労働法制の規制緩和に見られるように「個人賃金」化の方向を強めており、個別賃金方式の徹底した展開が求められていると考えられる。

<問われる労組の存在意義>
特徴的な情勢と連合の課題を述べてきたが、加えて、労働組合の存在すら問われかねない問題がある。まず、失業率は戦後最悪の3.5%(97年5月以来)となった。失業者数では、93年度175万人、94年度194万人、95年度216万人、96年度225万人と増え続け、97年10月には236万人(連合調査)となっており、企業スリム化進行・倒産などの事態の進行が予測されるなか、今後の回復は一層不透明と言わざるをえない。
さらに低下し続ける「労働組合組織率」の問題がある。昨年12月に発表された「平成9年労働組合基礎調査結果速報」によれば、労働組合員数は1228.5万人で前年より16万6千人減少し、3年連続の減少となった。推定組織率は22.6%。団体別では連合が8万5千人減の757万5千人(組織労働者全体の61.6%)、全労連が1万5千人減で84万4千人(6.9%)、全労協が7千人減の27万5千人(2.2%)となっている。
産別組合で見ると、自動車総連(ー14000人)、電機連合(-25000人)、生保労連(-14000人) 、日教組(-5000人)、CGS連合(-7000人)、金属機械(-3000人) など軒並み減少しているのが分かる。増えたのは、ゼンセン同盟の+10000人くらいだ。もはや繊維産別から複合産別化して、商業系などパート労働者の組織化を進めるゼンセンの健闘のみが目立っている。
しかし、総体として、雇用労働者数が増えているなかで、労働組合員の総数が減少する事態はまさに労組の存在意義そのものが問われていると言える。、
確かに連合は毎年のような組合員の減少に「組織拡大実行計画」を打ち出し、構成産別に組織拡大を昨年から呼びかけている。けれど、未組織労働者の組織化は具体的には地域の中、工場の外でしか組織化はできない。産別よりも基礎組織である、県連合、地域連合の課題と言えるのだが、一番大事なところで、まだ「寄合所帯」という状況では、組織拡大は課題が多いといわなければならない。

<とにかく元気を出して>
私自身も労働組合の現場役員として、労働組合の存在が問われる98春闘、また98年の労働運動を闘い抜きたいと考えている。「厳しい・厳しい」というだけが能ではなく、そこからどう抜け出すか、智恵を出し、組合員参加で状況をどう突破するかを考えなければならない。とにかく元気を出して98春闘を闘いたいと思っている。( 98ー02ー17 H)

【出典】 アサート No.243 1998年2月21日

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【投稿】戦後民主主義を問い直す(NO.4)

【投稿】戦後民主主義を問い直す(NO.4)

戦後民主主義の超克
ここ10年あまり、わたしは戦後民主主義について根本的に問い直さなければならないのではないかという気持ちが強まってきていた。部落解放教育を始めとする教育改革論争やフェミニズム論争、55年体制といわれた政治状況の解体、マルクス・レーニン主義への懐疑などを通じて、戦後50年の日本の思想状況を自らの関わりにおいて検討して見る必要性を実感するようになった。
そのきっかけとなったのが、当時言論界にデビューしてきた小浜逸郎の一連の家族論、学校論、女性論であった。(『学校の現象学のために』『可能性としての家族』『男がさばくアグネス論争』いずれも大和書房)
ここでは、これまで語られてきた戦後民主主義を前提とした枠を突き破り、地に足がしっかりとついた論理が展開されており、わたしは魅了され続けた。その後、続々と発刊されている氏の著作は、思想、哲学に及び、その時々の世相の嘘と実を具体的にとらえた幅広い批評活動を展開されている。小浜逸郎の基本モチーフのひとつは、「戦後民主主義の超克」ではないかと思う。氏の論を前にすると、これまで論じられてきた、そして今も盛んに論じられている巷の教育論、フェミニズム論、人権論、民主主義論の大慨が現実的根拠をもたない虚論であることがはっきりと認識できるからである。
小浜逸郎を通じて吉本隆明の著作に出会った。名前は以前から知ってはいたが、わたしの思想形成の成立ちからか、それまでは全く読む気の起こらなかった人であった。小浜逸郎の思想形成の根幹に吉本隆明が存在することを知ってから、今日に至る10年あまり吉本隆明の著作を読み続けている。自らの20代30代半ばまでの思想形成に吉本隆明の著作が全く無縁であったことを何度悔やんだことか。
ちょうどその時、鷲田小弥太の「吉本隆明論」(三一書房)が発刊されるのである。この著作で、戦後50年の日本の思想状況と吉本隆明の位置関係の輪郭が認識できたように思う。つづけて発刊された「天皇論」「昭和思想史60年」(三一書房)「現代思想」(潮出版社)などは、わたしのこれまでの進歩的左翼思想からの脱却に大きな影響を与えてくれた。それ以降、竹田青嗣、橋爪大三郎、西尾幹二、小林よしのり、坂本多加雄、小室直樹、呉智英など次々と未知の著者の著作に出会う中で、自らの中の戦後民主主義に対する疑問は確信へと変わっていったのである。
次の大きな転機は、1996年初夏に出会った「歴史ディベート 大東亜戦争は自衛戦争であった」という本である。そこから「自由主義史観研究会」を知り、「新しい歴史教科書をつくる会」を知り、そこに集まっている学者・研究者の著作を次々と読んでいった。(「新しい日本の歴史が始まる」幻冬社出版)
まだ、その枠に留まらない、その周りの様々な論者の著作、またそれと全く立場を異とする論者の著作も次々に読むはめになっていくのは当然の成行きであった。一昨年の12月に読んで、ほとほと参ったと思った立花隆の「僕はこんな本を読んできた」という本で語られている、一つの問題に対する立花氏の究明の姿勢に習ったわけではないけれど、この2年あまりは、久しぶりに知的に興奮する日々が続いている。
今のわたしの問題意識は、「戦後民主主義」を問い直すためには、明治維新以降の130年、そしてその前の江戸時代とは、世界史的に見てどんな位置づけができるのか、世界史の中に日本の歴史を位置づけなおして見なければならないのではないかと思うようになってきたことである。今行われている「従軍慰安婦」論争や「侵略・自衛戦争」論争も、世界史の中に日本の歴史を位置づけ直すという作業の中からしか発展的に止揚されないと思っている。その作業を「新しい歴史教科書をつくる会」は始めているのである。
産経新聞に今掲載されている「はじめて書かれる地球日本史」シリーズは、その走りである。また川勝平太の最近の著作『日本文明と近代西洋ー「鎖国再考」』(NHKブックス)や「文明の海洋史観」(中央公論社)、入江隆則著の「太平洋文明の興亡ーアジアと西洋・盛衰の500年」(PLP出版) などは日本史の根本的転換をうながす原動力になるだろうという予感がしてならない。
論争というのは、始めはそこに本当に大事な論点が内包されているにもかかわらず、お互いの主張の違いだけを際立たせ、最後は言い放しに終始し、お互いの立場性だけが変わらず残って終わるだけということになりがちである。しかし、今回の「新しい歴史教科書をつくる会」は、現在の歴史教科書を批判するだけでなく、自らが新しい教科書を作って世に問うというこれまでの批判勢力になかった画期的な取組みを開始しておられる。わたしはこの取組みに注目し期待している一人である。

<読者の声(特別編)について>
「アサートNO242」の読者の声(特別編)読ませていただいた。大阪のSさんからの投書、並びに、編集委員(佐野)からの返信が掲載されている。わたしの「戦後民主主義を問い直す」シリーズのなかの「従軍慰安婦問題」「歴史観論争」について、読むに絶えない論だから「紙のむだであり、送付を止めよ」ということらしい。また、読者の反応として「こうした意見が載っていること自体が恥ずかしいことだ」という意見がある反面、「論争になってくれば、それは良いこと」という意見もあるらしい。
わたしにはその具体的内容について知る由もない。分かっているのは、この間「アサート」に掲載された田中・当麻・佐野・依辺論文のみである。田中さんよりのNO.238号に対して、わたしはNO239号で返答している。それに対して田中さんからも他からも意見を「アサート」紙上でいただいていない。私はだれのどんな論調に対して反論せよと編集子は言っておられるのだろうか。Sさんの投稿に対してだろうか。それは無理である。編集子も指摘しているように、Sさんからの「新しい視点からの」批判を是非いただきたい。そうでもなければ反論も共鳴もしようがない。
田中さんからのこの間の私へのストレートな批判には、「かなわんなあ。もっと僕の言っていることを冷静に読んでほしい。」とは思いはしつつも、いろんな意味で学んでいるのである。田中さんとは考えは違っても、その違う考えを「アサート」紙上で論争できるということ、その中からお互いが新たな何かを共通につかみとることができるために論争するのである。アサート編集部(とくに佐野氏は)は、これまでもそれを保障してきたし、それを常識化するために奮闘してこられたのである。Sさん。あなたからのご批判ほんとうに待っています。( 1998/2 織田)

【出典】 アサート No.243 1998年2月21日

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【書評】現代日本企業社会の暗部を衝くミステリー

【書評】現代日本企業社会の暗部を衝くミステリー
                  –高村薫『レディ・ジョーカー』(毎日新聞社、1997.12.5.発行、上・下巻と もに1700円)

高村薫が3年ぶりに出した評判のミステリーである。その評にいわく「多視点から『現代』を描いた試みの鮮やかな成果」(毎日)、「現代日本描く『全体小説』」(朝日)等々。いずれも好意的な評価を寄せるだけに、その筋書は面白く、描写は綿密かつ膨大である。
本書の中心をなしている犯罪は、日本一のビール会社「日之出麦酒」の社長・城山の誘拐と、製品を「人質」にした脅迫である。明らかにグリコ・森永事件にヒントを得ていると思われるが、事件は、最初にこの犯人たちが目論んだ予想を越えて、彼らの手には負えない社会の闇の構造をあぶり出していく。
犯人グループは、それぞれの境遇から現代社会に向けての不満を表現しようとし、それが競馬という機会を通して、犯罪というかたちで具体化、実現することになる。従ってその結び付きは偶然であり、動機も、狙う目的も、ある意味では偶然であり、彼らがすべて同一レースに賭けたこと自体、偶然的である(=日常的にはどこにでも存在するもの)という意味をもつ。
「日之出麦酒」の就職差別の問題に絡んで娘婿と孫を失った薬局店主・物井、障害児の娘と情緒不安定の妻をもつ元自衛隊員のトラック運転手・布川、在日朝鮮人の信用金庫職員・高、警察官でありながら下積みの視点から上層部の混乱を夢見る刑事・半田。こうしたメンバーが、ある時、それぞれの特技を寄せ集めて、「レディ・ジョーカー」を名のり、「日之出麦酒」社長誘拐と脅迫を行うのである。
この事件は周到に計画され、成功する。表向き6億、裏取り引き20億の身代金の要求とその受け渡しについての詳細は、本書を繙かれたい。そもそも犯人たちの誰もが金の奪取を第一にしていなかったということから、捜査は困難を極める。そしてそれなりの大事件として存在するこの事件を一つの契機にして、企業社会を取り巻く大きな腐敗構造が顔を出すことになる。
それは、この事件の以前になされた大手都市銀行の絡む不正融資事件であり、その絡まった糸は、永田町、保守党の大物国会議員・酒田へと続いていく。そしてまたその糸は、総会屋へも、闇の仕手筋、韓国の闇組織にもつながることになる。このような腐蝕の構造が、ある時には対立抗争、またある時には妥協と取り引きというかたちで活動を続けるのであるが、著者はこれらの複雑な動きを、脅迫する犯人たち、脅かされる社長を中心とする企業側、これらの事件を捜査する警察組織、その警察組織と張り合う検察庁、これらとは独自に事件を追う事件記者と新聞社組
織、そして以上のどの部分にも多かれ少なかれ触手を伸ばしてくる闇の組織等、というさまざまな視点から多角的に描こうと試みる。それはこの小説の一つの重要な背景をなしている競馬レースに類似している。すべての馬がゴールを目指して疾走しているが、ゴールの先には何もなく、またそれぞれの馬がジョッキーによって操欲望の構造が全篇を包んでいるのである。
本書をどのように読み、本書から何を汲み取るか──社会に対する怒りか、やり場のない嘆きか、息つく暇もないほどの面白さか、等々──は読者によって異なるであろうが、本書の底深く流れている怒りと行き詰まりの感情を無視することはできないであろう。例えば、誘拐事件の犯人の一人、物井は、事件が拡大してもはや自分にはての届かないものとなった時期に、こう考える。
「物井清三は一日じゅう新聞を読み返し、読み返し、この浮世に棲む人間の本性は、七十歳の自分が見てきた以上の何ものかだと考え続けた。(略)自分は悪鬼だと勝手に納得していたが、世の中には、自分のこの黒い腹よりはるかに黒い腹の持ち主たちがおり、はるかに大きな悪意をもって、社会を動かしていくのだ。その前では自分はやはり小さな虫けらに過ぎず、精一杯知恵を絞ったつもりだったレディ・ジョーカーまで、案の定カモにされて、高笑いしているのは結局、自分たちではないどこかの悪党なのだった」。
これに対して、警察組織の中で事件の捜査に従事していながら、その体質による締め付けに辟易している警部補・合田(彼は、高村のこれまでの作品『マークスの山』『照柿』にも主要な登場人物として現われている)は、次のように感じる。
「一兆円企業の社長を逮捕監禁し、(略)商品へ異物を混入して世間をパニックに陥れた凶悪犯レディ・ジョーカーが、こうして今、もっと大きな構造的な不正をめぐる動きに呑み込まれようとしているのだった。もちろん、レディ・ジョーカーの犯行自体は、増えも減りもしない事実として残っていたが、それはまるで、大きな濁流のただ中に取り残された中州のように感じられた。(略)そう思うと、今ある所在なさには、一抹の虚しさや、もうどうにもならないという諦めも含まれていたかもしれない」。
また闇の組織の事件を追い続ける途中で失踪した先輩記者を調査している記者・大久保は、事件についてこう感想を述べる。
「この一年の間に、誘拐や恐喝、強請、詐欺、殺人、自殺といった形で表に現われた多くの事件も同じだった。表面的な因果関係は明らかになったが、そこにはほんとうの発生源はなかったのだ。巨大証券と大手都市銀行の商法違反事件も、解きあかされたのは個別の事犯の個別のメカニズムだけであり、そのメカニズムを動かしている真の駆動装置は見えず、どこに、どんな形で存在しているのかも分からない。辿っても辿っても道はどこかで途絶え、決して発生源に行き着くことがない」。
このように登場人物のそれぞれ──これは、誘拐事件の被害者である城山とて例外ではない──に漂う感情が、全体として現代日本社会の虚無性を示している。
本書は、ミステリーとはいえ、多角的な視点から社会を描き出して、われわれに問題を突きつけている小説であり、筋の複雑さ、多様な面を見せる展開など、エンターテイメントとしても第一級であろう。ただし本書で触れられ、伏線として取り上げられる諸問題(部落差別問題、在日朝鮮人問題、障害者問題、老人問題等)についての掘り下げ方には中途半端さが感じられる。著者が現代日本社会に対して真正面から取り組む姿勢を見せているだけに心残りと言えよう。読後に少々切れの味の悪さが残るのも、現代のわれわれが、どこまで行っても真の解決に至らない社会的諸問題について感じている矛盾と共通するものを含んでいる。(R)

【出典】 アサート No.243 1998年2月21日

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【投稿】金融危機とアジア的・日本的特殊性

【投稿】金融危機とアジア的・日本的特殊性

<<「IMFに聞け」>>
タイでは現在、「恋人と別れてどうすればいいの」、「IMFに聞け」という皮肉たっぷりのフォークソングがはやっているという。周知のように、巨額の対外債務を抱えるアジア諸国は軒並み事実上の「国家的不渡り」=デフォルト(債務不履行)に直面し、国際通貨基金(IMF)や世銀、日米欧の金融支援で事態を乗り切ることに必死である。そこには一昨年までの世界経済をリードするアジア・ニーズ、躍進する新興工業諸国といったイメージは消え失せてしまっている。
中でも「四頭の虎」(韓国、台湾、香港、シンガポール)の先頭に立っていた韓国の事態の進展は象徴的である。
昨年末の史上最大規模のIMF支援にもかかわらず、むしろIMFの融資条件順守(経常収支赤字を対GDP=国内総生産比1%以下、増税による財政の均衡と黒字維持、不良金融債権を抱える金融機関の整理)によって、今年に入って経済悪化がさらに急速に進み、信用収縮が一気に激化、預金引き出し、取り付け騒ぎ、優良銀行への移し替え、資金回収にともなう倒産が頻発、その中で財閥系マーチャントバンク14社が閉鎖に追い込まれている。
事態の急迫にIMFも緊縮条件を緩和せざるをえず、急遽、短期債務250億ドルを政府保証の長期債務に振り替え、2/3には韓国政府が強く要望していた金利引下げにも合意、ようやく小康状態に入ったところである。
しかしIMFはこうした一連の交渉過程で、債券市場の全面開放、敵対的M&Aの許容などを含めた外資の自由化を強く要求、外資を含めた合併・買収による金融機関の整理統合、さらには労働基本権に関わる解雇の自由化までを要求、事実上、欧米資本に、この機会に大幅に値下がりした優良企業や銀行を買いたたく絶好の機会を与えたともいえよう。まさに今後の事態の成り行きは「IMFに聞け」というわけである。

<<金大中新政権に立ちはだかるもの>>
こうしたもっとも困難な最中に、金大中新政権が2/25に発足する。新政権は、金融情勢安定化のために、先進7カ国を中心とする80億ドルのさらなる追加融資、日米欧主要債権銀行との債務に関する個別交渉を提起している。国内的には、財閥と政権との癒着、保護主義の温床を断ち切ることに重点を移し、さらには財政経済院を頂点とする分野別縦割り機構を改革し、金融監督機能を財政から分離することを明らかにしている。
こうした課題は、実に日本と共通するものを持っているが、はたして事態が改善されるであろうか。そう単純ではないし、基礎的条件がきわめて悪化させられていること、立ちはだかる分厚い壁はそう簡単には崩れるものではないであろう。
なにしろ韓国の対外債務は96年末で1000億ドル程度にまで達していたのであるが、97年から98年にかけて通貨が50%強も暴落、ウォン建てで債務が80兆ウォンから170兆ウォンへと増大、90兆ウォンもの為替差損が発生しているのである。
このウォン価値暴落の結果をGDPで見ると、96年のドル建てGDPは4800億ドル、これが今回の暴落レートで再計算すると、実に2300億ドルに激減している。国内総生産の半分近くにも達する対外債務はどのように努力したとしても返せるものではないであろう。韓国とIMFが支援条件に合意した昨年12月3日の直前には、韓国の外貨保有高はわずか37億ドルでしかなかった。にもかかわらず、これまで海外で調達した短期資金を直接東南アジアなどのリスクの高い案件に長期投資してきた結果、たとえばインドネシアへの債権は60億ドルを超えており、これ自身がもはや不良債権化しつつある。

<<現代版徳政令の必要性>>
さらにその借り手であるインドネシアの場合を見ると、事態はもっと劣悪である。対ドル為替相場が80%強も暴落した結果、ドル建てGDPが2300億ドルから何と400億ドルにも急減し、これに対する対外債務が実に1400億ドルにも達しているのである。国内総生産の3倍以上もの債務など返せるはずもなかろう。韓国、インドネシア、タイ、フィリピンの5カ国でGDPは1兆1000億ドルから4600億ドルへと半分以下に縮小したことになる。
これら諸国においては、少々の飢餓輸出、低賃金労働による貿易黒字程度では金利さえ払えなくなっているのが実態である。事態の本質的な解決のためには、債務負担を大幅に軽減し、為替レートの回復をはかるより他に再生への処方箋がなく、そのためには大規模な現代版徳政令、巨額の債務の棚上げ、棒引き、債権放棄が必要なのである。最大の貸し手としての日米欧資本の過剰で無責任な投融資のツケが、相手国の債務危機という形で自分たちに跳ね返ってきたのである。
米国自身が96年末時点でも経常収支赤字が1480億ドルを超え、現状放置すれば米経常赤字が国内総生産GDP比2%程度から3%程度に増えることは間違いがない。他国にはGDP比1%以下を要求しながら、自らは基軸通貨の特権を悪用して赤字のドルを全世界に垂れ流して、他国の犠牲の上に我が世の春を謳歌するという構図がすでに受け入れ難い段階に達しつつあるとも言えよう。
このことは、そのことによって日本的特殊性やアジア的特殊性として主張される情報秘匿の慣行、財閥と政権の密接な癒着構造、閉鎖的な独占的系列支配構造、政・官・財の腐敗構造が免罪されるものではないし、金大中政権の登場やスハルト政権の危機に見られるようにそれぞれの諸国においてもはや許し難い課題になってきていることをも明らかにしている。

<<「セッタイ」「ノーパンしゃぶしゃぶ」>>
その日本的特殊性をまたもや全世界にさらけ出したのが、またかとうんざりするほど出てくる大蔵省と金融機関の癒着・汚職・腐敗記事の連続である。今や、「セッタイ」がそのまま新聞に使われる事態になった。「銀行や金融業界の重役による公僕セッタイは日本に充満している」(1/20付けUSAトゥデイ)と報じられ、この2/4付けウォールストリートジャーナル社説では、「官僚がノーパンしゃぶしゃぶで接待漬けになり、逮捕者、自殺者、辞任者が続出する日本最強の役所」=大蔵省という役所そのものの有り様が問われており、小手先の改造では問題解決など不可能であり、新たに就任した松永蔵相には「腐敗体質是正・金融危機救済を期待できない」とまで断言されている。
さらに1/29付けロサンゼルスタイムズ社説は、橋本首相自身がすでに蔵相辞任の経歴を有しており、その「91年には今回と同様な省内の銀行・証券業界との不祥疑惑にまみれたものだが、そこから今回までどのような改革や学習を得たのであろうか」と指摘、橋本首相は「世界第2位の経済大国にもかかわらず、二流の政策しか取れないのであれば、それはこれまで権力を握ってきた自民党政府の責任が問われねばならないし、同党は政治的にもそのツケを払うべきである」と手厳しい。
大蔵省の検査官が相手先からゴルフ、料亭で豪勢な接待をうけ、しゃぶしゃぶを食いながら、ノーパン女性を侍らせ、懐中電灯で覗きまくり、卑猥な行為に没頭している姿は、腐敗・癒着構造の末期的症状を示すものであろう。接待漬けにあっていたのは大蔵省ばかりか、日銀現職幹部にも及んでおり、あわてて当局は、金融関連部局の在職経験者550人を対象に、過去5年間に受けたゴルフや宴会などの接待の日時、場所、相手などを自己申告させているが、お互いに隠し合うことは眼に見えており、そんな結果報告など誰にも信じられないであろう。
大蔵省は事態を糊塗するために急遽、金融検査官を監査する「金融服務監査官」を新設したが、またもや腐敗の重層化をしかもたらさない身内による監視態勢であり、いったいこの監査官の不正は誰が監査するのであろうか。

<<大蔵省の解体>>
不良資産隠しや不正融資、癒着行政維持のためには手段を選ばぬ企業体質、接待工作と買収、これらには問題の野村証券や日本興業銀行にとどまらず、第一勧銀からあさひ、三和をはじめ、大手銀行、大手証券会社のほとんどがすべて関与、率先していたことが明らかになっている。
大蔵省の監督下に、独占的保護行政のもとで、不良債権がどれだけ膨らもうと情報を互いに隠し通し、問題解決を先送りし、バブルが崩壊しそれでも隠しきれなくなると国民の負担に転嫁し、税金を投入する、なおそれでも情報公開にはかたくなに抵抗する、こうした護送船団方式がもはや通用しなくなってきたにもかかわらず、こうした構造の維持に固執する勢力が厳然として存在しているのである。
橋本内閣の行革は、明らかに大蔵省の財政・金融の権限集中にだけは決して手を触れさせないように仕組んでいる。そこには予算配分から税制、金融行政まで絶大な権限が集中していることに政治的利益を見出し、権力の甘い汁を吸い取ろうとする政府・自民党と大蔵官僚の利害の一致が集中しているとも言えよう。腐敗の構図の最大の温床でもあり、原点でもある。財政と金融行政との完全分離、国税庁の分離・独立、第三者機関による監査・監督体制、大蔵省の解体こそが再度現実的な政治日程に上らせられなければならいのである。
もともとこの点については、一昨年の暮れの自民、社民、さきがけの与党3党合意で「財政と金融の分離を明確にする」とされていた課題である。ところがセッタイ疑惑表面化の直前に、目先の金融不安の拡大を絶好の根拠にして、「当面の金融不安に拍車をかける」として分離に反対する方向が社民、さきがけを巻き込んで確認されてしまった。野党各党も同じ土俵に引きずり込まれ、音無しである。一体、自民党以外の政党の存在意義はどこに行ってしまったのであろうか。3党合意の復活と野党の存在を賭けた奮起を望みたいところであるが、むなしい願望であろうか。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.243 1998年2月21日

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