【投稿】公的資本注入論議の盲点

【投稿】公的資本注入論議の盲点

■増額査定のくれてやり方式
 金融再生委員会は、2/12、昨年98/3に引き続く、二度目の公的資本注入の仮決定を発表した。昨年の21行、1兆8000億円から、今回は15行、金額は4倍以上の計7兆4500億円もの公的資本注入である。各行が提出する「経営健全化計画」の最終的な内容を見極めた上で、3/10をめどに正式決定するという。昨年と同様、今回も申請全銀行が合格審査でパスし、しかも当初の銀行側の申請額は合計5兆円に満たなかったのに、無理やり増額査定のくれてやり方式で2兆7200億円も上積みしたのである。
 とりわけ問題なのは、すでに信託、長信銀と都市銀行との垣根が取り払われ、その役目が終わったと言われる信託銀行6行(安田信託は富士の子会社化)への資本注入である「生き残れる」信託はせいぜい2社といわれ、いずれも格付けも株価も最低ラインを低迷、自己資本比率も悪く、いつ行き詰まってもおかしくはない状態の各行に一律2000億円以上、三井信託には2500億円も上積みして3500億円も注入しようとしている。この三井信託、すでに「日債銀の次か」とささやかれており、来年4月の中央信託との合併を発表したのも束の間、長銀、日債銀と全く瓜二つの不良債権飛ばし、ペーパーカンパニーのダミー会社への不良債権移し替えが続々と発覚している。このままでは、失敗した昨年春の資本注入の二の舞を演じかねない事態である。

■承知していたが、中立的な立場だった
 実はこの間題、昨年3月の一律横並び資本注入で、金融不安の抑制どころか、かえって銀行の財務実態への疑念、不良債権隠し、公的資金の騙し取りへの疑惑を深め、その後の長銀、日債銀の連続破綻をもたらした、あの構図が何らの反省もなされていないことと深く絡んでいるといえよう。それどころか、大蔵・日銀・政府自民党の意図的隠蔽工作が国会審議の場でさらけ出されても、それらが深く追及されることもなく、臆面もなくまかり通っているという情けない実態である。
 2/12の衆院予算委員会で、97年春の日債銀(日本債券信用銀行)に対する救済をめぐって、当時大蔵省が「奉加帳方式」で日銀や34の民間金融機関に対して出資を引き出すために、日債銀の不良債権は「7000億円」、「日債銀は再建可能」と説明していた問題が取り上げられた(民主党・仙谷議員)。
 当時大蔵省が実施した日債銀への緊急検査の結果(97年春)、第三分類額(回収懸念債権)が実際は1兆1212億円で実質的に債務超過状態であった。ところがこの事実が明らかにされたのは、昨年12/13の日債銀を一時国有化するという金融監督庁の記者会見の場であった。実に1年半以上にわたって意図的に隠しつづけられてきたのである。
 この間題を追及された日野・金融監督庁長官は、「7000億円は日債銀が勝手に、自分達の感触として出した数字が一人歩ぎした」と無責任極まる答弁をし、中井・大蔵省銀行局審議官らが「日債銀は再建可能、純投資対象としても、いい話だ」と説得に回っていた事実についても、大蔵省も金融監督庁もそうした要請をした事実を示す記録はないと逃げ回り、あげくの果てに日野長官は「日債銀に検査結果を示達したのは97/9。その前に7000億円という数字が流布していたのは大蔵省も承知していたが、それを否定しなかったのは、認めたわけではなく中立的な立場だった」と自ら共犯者であることを暴露する始末である。おまけに日銀から送り込まれていた日債銀の東郷頭取が、1兆1212億円という数字を知りながら、日銀には「第三分類は7000億円」と報告していたという。

  98/11時点 99/2/12 上積み額
住友 4000 5000 1000
三和 6000 7000 1000
富士 5000 10000 5000
第一勧銀 5000 9000 4000
さくら 4000 8000 4000
東海 3000 6000 3000
あさひ 4000 5000 1000
大和 3000 4000 1000
日本興業 5000 6000 1000
三菱信託 2000 3000 1000
住友信託 2000 2000 0
三井信託 1000 3500 2500
中央信託 1300 2000 700
東洋信託 2000 2000 0
横浜 0 2000 2000
15行計 4兆7300億円 7兆4500億円 2兆7200億円                          (単位:億円)
■事実上の国有化
 そこでさらに問題なのは、昨年の98/3、日債銀に600億円の公的資金注入を決めた金融危機管理審査委員会(佐々波委員会)にこうした債務超過の実態については「具体的には報告されなかった」(松田・預金保険機構理事長、2/12衆院予算委員会)という事実である。日野長官のいうように日債銀に検査結果を示したのがたとえ97/9であったとしても、それから半年以上も後の98/3に至ってもなお、これら関係者のすべてが実態を隠し、日債銀は「健全銀行」として公的資金の投入を決定し、実行したのである。当時の松永蔵相は「日債銀は債務超過ではない」と断言していたのである。彼らはすべて事実を知りながら意図的に公的資金を投入し、どぶに捨てられた資金に何の痛痒も責任も感じない犯罪者だと言えよう。徹底的にその犯罪性と責任が追及されるべきであろう。
 今回は、早期健全化法をもとにまたもや「健全銀行」向けに25兆円の公的資金注入枠を用意した。こうして投入される公的資金が個々の銀行の資本金に占める割合は、富士銀行で59%、第一勧銀で実に64%、さくら57%、三和58%、中央信託は何と66%という事態になる。)優先株の制限により株主総会での議決権がないとはいえ、「事実上の国有銀行」、国有化であるともいえよう。)にもかかわらずそこには、情報開示も民主的管理も、第三者機関による公的監査体制も提起されていない。米金融当局は、通常でも大手主要銀行に対して、検査官を常駐させ、常駐検査官は、各種報告を求めるだけでなく、財務に関する行内会議などにも参加するという(1/17日経)。日本でもようやく、「再生委員会に期待されるのは、具体的な不良債権処理を前提に各行別の、監査役や財務部門への人員派遣を公的関与策として検討してはどうか」(同、日経「公的資金注入論議の盲点」)と提起されてき出した。
 しかし逆に、金融再生委員会や金融監督庁は対象となる各行を三分類して優先株の配当負担に差をつけたり、個別申請額の増額を目的に圧力をかけたり、一方では公的資金の早期返済を求めず、ゼネコンへの借金棒引きの資金にまで公的資金を使える、市場売却も認める、金融界の新たな再編の動きに対しては公的資金の追加投人で支援していくといった新たな恋意的で保護主義的な裏取り引き的な裁量行政に乗り出そうとしている。これでは失敗した昨年の公的資金注入劇の二の舞いになることは明らかである。まずはその責付の徹底究明と断罪、情報開示から始めるべきであろう。      (生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.255 1999年2月20日

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【投稿】混乱する「ガイドライン論議」

【投稿】混乱する「ガイドライン論議」

 核兵器、ミサイル開発疑惑で米朝協議が難航するなか、アメリカの核関連施設への先制攻撃や、第2次朝鮮戦争の危険性が取り沙汰されている。
 戦争を回避し、平和裡な交渉で事態の打開をめざすのは当然であるが、一方で最悪の事態に対する準備を進めることも必要であり、両者は何ら矛盾するものではない。
 そのために「新ガイドライン」の問題が浮上してきたわけであり、国会で、「ガイドライン関連法案」の論議が行なわれているが、特別委員会の設置もできないままとなっている。
 これまでの国会での論議を見る限り、「周辺事態」の定義を巡る論議に象徴される様に、要領を得ない人間が、要領の得ない質問、答弁を繰り返しており、このままでは今後、「特別委員会」設置されたとしても、国民にとって訳が判らないままに、事態が進みかねない状況がある。
 その要因は小渕総理を代表とする国会議員の認識不足と、あまりに抽象的な「周辺事態」像と、具体的な個々の協力内容が交錯し、整合性に欠ける論議が行なわれている事、さらに混乱に輪をかける様にマスコミが、想像、思い込みで、あり得もしな事態が起こるかの様に、煽り立てるためである。
 いくつか例を挙げると、まずガイドラインの論議の前に、国連の平和維持活動(PKO)の論議を持ち出したことがある。
 PKF本体業務への参加凍結解除と言う一般的な課題は、差し迫った問題ではないのだから、ガイドライン論議を先行させるべきであった。
 ところが、自自連立という党利党略を優先させたため、「内戦」や「戦後処理」に関する任務を遂行するPKFの活動が、「周辺事態」における協力であるかの様な誤解を与えた。
 次に「周辺」「事態」に関する論議も、地理的概念をベースに事態のランクによって整理されるのが当然で、例えば台湾空域で、中国軍機と台湾軍機が交戦した場合でも、それが1~2機の場合と、数十機の場合とでは、「周辺事態」かどうかの判断が違ってくるのは当たり前である(発生確率的には「周辺事態」は「第2次朝鮮戦争」であり、中・台戦争ではない)。
 それを中国への刺激を避けるため、「地理的概念ではない」と説明するものだから、矛盾が生じて、「朝令暮改」の様相を呈するのだ。
 また野党、とりわけ民主党も自らのスタンスが曖昧なものだから内容を整理して、「この点はこうすべきではないのか」と詰め寄るのではなく、ただ与党の見解の相違をつくことに終始したのは無責任のそしりを免れない。
 さらに、米ソ冷戦時代の遺物である「有事法制」を、一部の政治家や「制服」サイドが持ち出し、悪のりしたマスコミが「地権者の許可が無ければ自衛隊は陣地も作れない」「道路交通法で戦車も走れない」と書き立てている。
 そもそも、「新ガイドライン」とは、米ソ対決を前提とした日米安保が、冷戦崩壊で情勢にそぐわなくなったのを改定しようという話であるのに、ソ連軍の日本上陸を想定した、日本国内での「陣地構築」や戦車の作戦行動を持ち出すのは、現在の論議と全くズレているし、自衛隊法の不備を補うのではなく、文民統制を否定しようとする意図が見え隠れするのである。
 また、ガイドラインの内容とは直接関係はないが、「周辺事態」が発生すれば「大量の難民が日本に押し寄せる」と言うのもナンセンスである。難民は、飢餓や内乱で発生する。すなわち支持を失った政府や、国内の敵対勢力から逃れるために、国を捨てる「遠心力」的な現象である。しかし対外戦争の場合は「求心力」が極限まで高まる事態である。逆に言うなら「敵に向かって誰が逃げるのか」と言う事である。
 そんな事態が発生するなら、平時の今こそとっくに飢餓の北朝鮮から難民が押し寄せてなくてはならないが、日本に漂着するのは無残な死体だけではないか。
 以上述べた様に、ガイドラインについては、本質的な部分以外の、瑣末な問題で混乱、消耗する嫌いがある。
 冒頭指摘した様に、全体像を明らかにするとともに、「基本計画」の内容をさらに踏み込んで体系的に、できれば、時系列的、数量的に整理して、可能な限りオープンにしながら、国民の判断を仰がなくてはならない。
 その意味で、「アメリカの先制攻撃に協力するのか」と最も分かりやすい論議を提供しているのは、皮肉にも日本共産党である。

「周辺事態」のアウトライン

 私も11月号の「テポドンが落ちる日」で、第2次朝鮮戦争の発端をアメリカ軍の先制攻撃と想定した。
 ただ違うのは、共産党は米朝協議決裂後の核関連施設への先制攻撃を想定しているのに対し、私は非武装地帯への兵力集中など、北朝鮮が開戦準備を完了したという、物理的な兆候を判断したうえでの、ミサイル基地への先制攻撃を想定している(もちろん同時に核関連施設への攻撃もあり得る)事である。
 前者については、起こり得る可能性は否定しきれないことは事実である。ただ、それだけでは連続的に第2次朝鮮戦争には発展しないというのが私の考えである。
 戦争準備が整っていない段階での限定的な攻撃に対し、政治的、軍事的な意味で直ちに全面的な反撃が不可能なのは、昨年末のイラク攻撃でも明かである。
 その後の選択として、北朝鮮が全面的な戦争準備を進めるか、テロなどの限定的な報復を仕掛けるかは、それとも政治交渉を再開するかは、断定できない。
 これに対して後者は、もう戦争準備は完了しているので、アメリカの攻撃があれば、連続的に即時に、大規模な衝突に発展するという状況である。
 こうした事態が、前者を経て惹起するか、それなしに進行するかは判らない。ただ、核関連施設への攻撃が必ずしも「周辺事態」を意味しないと言うことは、認識しなくてはならない。
 現在のところ第2次朝鮮戦争勃発の可能性は低いと思われるが、仮定として話を進めよう。第2次朝鮮戦争はどの様な段階を経るにせよ、北朝鮮軍の休戦ライン突破から本格化する。
 開戦直後の山は、ソウルを巡る攻防である。北朝鮮軍のソウル奪取が阻止できたなら、米韓連合軍(多国籍軍の可能性もある)の本格的反抗が始まる。
 日本が本格的な支援を求められるのはこれ以降となる。主要には①機雷掃海②武器、弾薬、燃料、食糧の輸送③捜索、救難等である。 これらを具体的に検証するとこうした支援内容は、「後方支援です」と政府の言うほど単純ではないことがわかる。
 機雷掃海は、公海上のものはさして問題になならず、「連合軍」の上陸予定地近海(元山)や補給拠点港(釜山)付近に敷設された機雷が対象となる。こうした場所に海上自衛隊の掃海艇を単独で行かせる訳にはならず、米軍や護衛艦がつくとしても、北朝鮮の攻撃を受ける可能性がある。
 また政府は、輸送任務にしても、「公海上での米軍艦艇への物資補給」などを挙げているが、狭い海域でロスの大きい洋上補給などやってられないだろう。現実には自衛隊の輸送艦が日本海を突っ切って釜山や元山まで行くことになるが、やはり攻撃を受ける可能性は否定できない。
 捜索、救難とは、脱出した米軍機のパイロットや、撃沈された艦艇の乗員を助けにいくことである。この場合、どの地域であれ、そこは直前に戦闘が行なわれた地域であり、再度交戦が行なわれる危険性がある。
 これらの場合確かに「米軍の武力行使と一体化」するものではないし、攻撃を受けた自衛隊が反撃するのは、自衛権の問題となってくる。
 そうなれば、まさに「日本の戦争」になるのであるが、そのまま日本がいわゆる戦場になるわけではない。
 この間日本本土では、西日本の空港、港湾の使用制限が行なわれるため、関係自治体の協力と一般市民の旅行の自粛程度は求められるだろうが、昭和天皇のXデー前後の自粛ほど、日常生活に大きな変化は起こらないだろう。
 「テポドン」「ノドン」の問題については、11月号でも述べたが、現時点では湾岸戦争時、毎夜「スカッド」の攻撃を受けたイスラエルの様な事態になるとは想定されず、大した脅威にはならないだろう。
 ただ、本土で注意すべきは基地や原発に対するテロ攻撃である。これについては開戦前から、警戒しなくてはならないのは事実であるし、周辺地域では、夜間外出の差し控え等で、多少の不便は被るだろう。
 戦争自体は、休戦ラインや、朝鮮半島の東西から進攻した「連合軍」が、平壤を制圧すれば収束に向かうが、日本にとって本当に大変なのは、戦争が終わってからである。
 いずれにしても、「周辺事態」の具体的なイメージ無しに、「空中戦」を演じても、時間の浪費に終わるだけであり、国民に対する政治の責任を果たしたことにはならない。
 共産党や社民党は別として、各党が安全保障に関し、基本的な認識と枠組みで一致して、論議を進める限りは「周辺事態」の様相をも共有し、何をすべきかを明らかにしていかねばならないのである。
 そして、今は「周辺」の環境の変化に対応するため、とりあえずガイドラインだけの論議が進められているが、これはあくまで緊急避難的なものであり、安全保障政策を全面的にカバーするものではない。
 したがって、今後は日米安保そのもの、国内法である自衛隊法、さらには憲法の見直しも、積極的に進めていく必要があるだろう。(大阪 O)

 【出典】 アサート No.255 1999年2月20日

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【投稿】ユーロ誕生雑感

【投稿】ユーロ誕生雑感 

明るいニュースが少ない中で、1月1日のユーロ誕生は久々に未来への明るい展望を垣間見たような、興奮するニュースだった。ユーロの誕生は、現在の世界の唯一の基軸通貨であるドルに対抗し、アメリカの一人勝ちという世界の経済地図を塗り替える可能性を持っているわけだが、このことの経済的な評価は生駒さんにまかせるとして、このニュースの様々な報道を見ていて私は「なるほど」と二つのことに感心した。一つは、「ユーロ」誕生の背景にあるヨーロッパの思想であり、もう一つは現実に「ユーロ」を生み出したヨーロッパの人々の「構想力」についてである。
金融ビッグバンやヘッジファンドによるマネーゲームを見ていると「ドル」が体現している思想は、まさに資本主義そのものの、「弱肉強食」の「競争」そのものではないかとつくづく思う。これに対し、「ユーロ」の背景には、「連帯」があると言う。「ユーロ」誕生の背景には、常に戦火にみまわれ続けたヨーロッパの不幸な歴史があり、統一通貨、統一経済圏の形成はこのような戦争の可能性をできるだけ減らす効果があるだろう。一方で、ヨーロッパのそれぞれの国には長い歴史によって築かれた豊かで多様な文化がある。この多様性を大切にしながら、統一を達成するのはまさに「連帯」だとヨーロッパの指導者達は言っている。
また、これは、連合大阪の新春の集いで前川会長が挨拶で述べていたことだが、ヨーロッパの統一市場、統一通貨への努力はECの結成以来40年以上にわたって続けられてきた。最初は、本当に理想論から出発し、誰もそんなことが実現できるとは本気で思っていなかったかもしれない。まして、その間、各国の政権は次々と変わり、ベルリンの壁の崩壊など大きな国際情勢の変化もあった。にもかかわらず、参加各国は不動の目標を目指して努力を積み重ね、この夢のような「大構想」を実現した。そして、この構想が実現した時には、参加国のほとんどに社民政権が誕生しているというのも意義深い。
現在の日本本の政治、自治体の行政、そして労働組合にもこのような「連帯の思想」と「壮大な構想力」が求められているのではないだろうか。      (若松一郎)

【出典】 アサート No.254 1999年1月25日

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【新春対談】吉村励さんを訪ねて

【新春対談】吉村励さんを訪ねて

 1月9日に、生駒、佐野、民守の3名で吉村励先生をご自宅にお尋ねして、お話を伺いました。先生も76歳ということですが、多方面に渡って話を伺うことができました。編集者の判断で割愛した部分もありますが、すべて編集委員の責任ということでお許しください。
佐野)明けましておめでとうございます。今日は、押しかけ対談・勝手放談ということで、すこしお話を願いたいと思います。

<そろそろ整理の時期か>
吉村)ヨーロッパの動きを見ていると、社会主義的勢力が台頭していますよね、あれを見ていると、社会主義というのを、もう一度考え直してみる必要があると思っています。(この間、少し録音に失敗し、省かざるをえない部分あり・・・佐野)社会党も、村山政権の時に安保から自衛隊問題と上の方で方針を変えてしまいましたし、民主党の方もいいんじゃないかな、と思いながらも、我々の知っているのも両方にいるということでね。だから私も揺れているんですよ。
佐野)そろそろ昔のことから整理したい、ということでしょう。そういう時期かなと。僕らも実際整理がついていませんからね。
吉)「平和と社会主義」も、最近ちょっとややこしいことを時々書いているわね。整理をつけるというのは、しかも一人では難事業なんで、心覚え程度でも、まとめてみて皆の討議にかけて、ということは考えているわけです。そろそろね、私自身も揺れに揺れて、やっぱり堪えました。そして、その上に、ロシア革命まで、単なるクーデターであってロシア人民に対する戦争というか体制が作られた、極端にそこまで行っていますから、あれは余りひどいと思うのです。
佐野)最近、欧州の状況に興味を持っています。EU15カ国の内、13カ国が何らかの形で社会民主主義勢力が政権についていること。また、日米欧という3極の中で、今年1月から通貨統合をスタートさせるなど、注目する必要があると思います。それに対して、保守であれ左翼であれ、日本の側は、21世紀に至る戦略を持っているのか、というのが問題です。
吉村)戦略と言う意味で、今、怖いと思うのは、恒久減税の問題なんです。一時的なものではなく所得税の最高税率を50%から30%に、地方税も15%から10%でしたか。そうすると高所得の者が儲けて、低所得者が増税になる、とブルジョア新聞でも書いています。景気を上げるために恥も外聞もないんだ、と300兆も残ったら。景気が上がれば税金が増える、というわけですが、景気が上がっても恒久減税ですから、税収は上がらない。怖いと思うんです。
 国債の残高が100兆円を越えた時、皆やかましく言ったわけです。百兆といったら一年の国家予算です。そのツケをどうするんでしょう。
生駒)それは、消費税でいこう、というわけでしょうか。

<顔を会わせて議論を>
佐野)今年は小さな研究会でも定期開催したいな、と思っているんです。
吉村)これは生駒君に御願いしたいんだが、気の合うものでもいいが、一月に1度でも顔を会わして、雑談をするということでも、良いことだと思うわけです。たくさん頑張っている人がたくさんいるんですよ。アサートも頑張ってくれているけれど、そういう結集の機関紙にはなっていないわな。
佐野)人はたくさんいるんです。しかし、集まれていませんね。
吉村)何か気の張らない、疑問や問題点を出せるような、やはり会えば元気が出てきますよ。
佐野)私もそう思います。顔と顔を会わせないといけないと。中々忙しいのでね。
私も、機会があれば、東京などへ行っても、いろんな人と会うようにしていますが。
民守)労働関係に興味がありますが、特にリストラが深刻だと思います。大企業の場合、いじめ、セクハラなどひどい状況が見受けられます。中小企業の場合は、荒くったい合理化ですね。
吉村)昔から、窓際なんて言いましたがね。もっとえげつなくなあってますね。
民守)とても陰湿なものになっています。仕事を与えないとか有給休暇を無理やり取らせるとか。労働組合は何をしているのか、という気持ちになります。雇用も守れないような労働組合なら、労働組合を辞めたほうがましですよ。
吉村)ほんと情けないね。一番労働組合の必要なときに、影が薄くなってしまいましたね。まだ、自治労が、かっこが取れているのかな。

<市場の原理と国有化>
佐野)そう思いますね。ところで今注目すべき労働関係の学者と言えば、誰になるんでしょうね。
吉村)今度自治研センターを引き継いでくれる大谷強君なんか、頑張ってくれてますが、専門は社会福祉なんですね。大阪市大の福原君、大阪経済大学の伊田君なんかも頑張ってくれています。
佐野)運動の側から、どんどん要請をしていく必要があると思いますね。
吉村)横田さんも鳥取に引っ越してしまいましたがね。
佐野)吉村さんあたりから、呼びかけてもらえたらなんて甘いことも考えるんですが。
吉村)2月に大阪自治研究センターの総会で退任するんですが、それで公職はすべて退任ということになります。奈良市の同和対策の会長も、解放研究所の労働対策部長も退任しましたから。この年になって、うろうろしているのもかっこ悪いな、というのもある。そして年をとると少し保守的になるんですね。
佐野)吉村さんを顧問にして、研究会でもスタートさせましょうか。
吉村)大学のゼミでも、学生に自由な発言をさせた時、いろいろ参考になることが多かったですよ。また、私がここまでやれたのも、いろいろな運動団体に関係していたので、問題提起や要請があって、答えを出さないといけなかった、ということもありましたね。反論があったらやっつけとかないといけないとか。生駒君もそういうことがあったでしょ。
 それから、この間、ロシアでこれまでエリチィンの支持団体だった炭坑組合が反対にまわって、デモのありましたが、500万人くらいが参加したらしいんですが、新聞ではあまり書いていませんが。
 そして、君達に聞きたいんだけれど、国有化という問題で、長銀を国有化するということがいたってスムーズにいって、それ自身について、新聞にも出てこない。国有化ということ、市場原理だあとかいう議論からはどうなるんでしょうか。そういう議論が抜け落ちているのでは。
生駒)あの国有化というのは「市場原理を貫徹」させるための国有化ということですかね。アメリカ的スタンダードを日本でもやろうということですね。住専では、7000億円弱であれほどもめたのに、30兆円でもすんなり行きましたね。
吉村)それから公的資金と言うのですか、パブリック・マネーとでも言うのでしょうが、イギリスではそうは言わないそうです。タックス・ペイヤード・マネー、はっきり税金ということですね。だから、税金の投入なんですね。昔、ガダルカナルからの転進というのがあったし、敗戦を終戦と言ったようなものでごまかしなんですね。
生駒)片方で企業活動の自由を言いながら、「公的資本」という税金を投入させてね。
吉村)伊田が好きだった「国独資」なんですね。
生駒)ヨーロッパの傾向は、自由放任的な独占資本がやりたい放題をするのはだめで、社会的規制がいるという考えの反映なんですね。しかし、日本の場合は、何らかの規制緩和が必要という雰囲気が、労働側にもうまく醸成されていますね。
吉村)野放図の市場の原理が現実にやられているのに理論的に確認しない、そして一方で市場原理といいながらやっていることは逆のことなんですね。
佐野)日本の資本主義って、真っ当な資本主義ではないんですね。長銀の処理でも、リース会社でひどいことをやって、しかも政治がらみの影もあった、揉み消したんでしょうが。日債銀も同じでしょう。
吉村)しかし、バブルというのは資本主義につきものなんでね。オランダのチューリップバブルから。日本の場合、それが土地がらみであったということでしょうか。
佐野)最近バブルの総括みたいな書籍が結構売れています。「マネー敗戦」などもそうです。80年代の円高時代には、それまでのアメリカにドル建ての日本債権が大幅に減価したり、製造業ではアメリカに勝利しても、金融(マネー)政策では、アメリカに完全に負けていると、そんな議論もありますし、法人資本主義論の奥村教授なんかは、日本の株式は、高度成長の時代から実態と乖離したバブル株価だったとか、日本の資本主義はおかしい、という議論も。ただ理論的にどうなんだと言われていると・・・。

<労働運動研究のこと>
吉村)・・・『労働運動研究』は今の労働運動関係の雑誌の中では、中々面白いですね。
生駒)そうですね、ヨーロッパの社会民主主義の非常に重要な動向を、あれで教えてくれますね。
佐野)やっぱり柴山さんですかね。
生駒)それと、植村さんとかね。面白いのが時々ありますね。イタリア共産党から転換していった社会主義運動の歴史的教訓として具体化できれば面白いですね。先生がコミンテルンの総括なんかをされていたころから、ああいうイタリアの路線というのは続いているんですね。
吉村)そうですね。片桐さんですね、半年前にもグラムシの研究会をするので来て欲しいと言う連絡がありましたが、ずっと続いているんですね。だから生駒君、君がね、柔らかいネットワークでそろそろね・・・・
生駒)いやいや・・・・・
吉村)いろんなところにたくさん、人はいるんだからね。
佐野)石を投げたら当たるくらいいますよ。うちの連中は責任感強いので、一度経営側に身を置くと、また一生懸命するんですわ。
民守)運動をしていた連中は、やはり優秀なんですね。
吉村)私のゼミからねK社にかなりヘルメットをかぶっていた連中が行きましたがね、向こうの労務課長が君が言ったような事を言ってましたよ。
民守)私は、経済については不勉強なんですが、現在は生産と消費という面より、金融や投機的な動きが前面にでていますね。そこで行きすぎた面には規制をかけようという動きがあります。健全な資本主義の育成があるのかないのか、わかりませんが、資本主義的手法と社会主義的手法が混在しているように思うんですが。

<社会主義の規定について>
吉村)私も君の言ったことにこだわっているんですが、結局社会主義ってなんだったのかとね。結局、規制と管理ですね。そこで誰のために管理するか、で資本主義と社会主義とが違ってくるのではと。逆に、民主的な、できるだけ多数の人間のために管理するのが社会主義だというように、そして民主的に管理する、それが社会主義だ、と言い直しても。
民守)私も、前からそう思っていました。社会主義という言葉でなくとも、内容はそうなるし、説明できます。
生駒)実際やっていたのは民主主義闘争であったし、社会主義=プロ独裁と国有化という規定が問題だったのでは。
吉村)そういう視点からね・・・
民守)かつて社会主義を訴えた団体が、労働者の支持を得られなかったのも、労働者は現実的ですから、よりましであればよいわけで・・・・
<*わけあって中断??>
民守)現状のように、マネー経済が横行するなかで、労働者の対置する政策の、金融政策、また労働政策、雇用政策、このあたりが非常に遅れている。派遣労働や契約労働や雇用形態が多様化している中で、雇用の流動化状況を連合は一定支持しているわけです。連合が雇用の流動化を一定支持するにしても、新しい雇用形態に対する政策は出されていない。労基法・派遣法などの対応などに危機感を感じているんです。全労協などの対応などの方がまだましなのではと思ってもしまうんですが。

<60年安保の頃からのスクラップ帳>
吉村)私は、午前中テープを聞きながらスクラップを取るのが好きなんです。それが日課なんです。旅行にいくと溜まるので、今遅れて11月のを取っています。それでもこれは1960年からずっと続いているんです。安保の年からです。これは去年の8月分です。アサートもちゃんと貼ってあるよ。この頃はあまり書かなくなりましたが、書いていた頃は、3年ほどのスクラップを読み返して、付箋を入れて、コピーして、と役に立つんですよ。もうここに収まらないので、60年から80年頃の分は産業大学に置いているんです。大学も全部は引き取ってくれないのです。アサートだけじゃなく、「解放」や「統一の旗」もありますよ。楽しみでやっていますからね、小野君が言ってましたが、国際経済研究所に行くと専属のスクラップ係がいるそうですが、私の方は手工業で楽しみながらだから、時々脱線した記事もあるんです。(笑い)
 その記事の中で、DINKですかそれも最近は言わなくなったけれど、30歳代で30%の女性が結婚したくないという調査がありましたね。こういうことは伊田にね、彼はシングル婚だから、書かせてはどうか、と思ったりするんです。

<民主主義と農村共同体の残存>
生駒)中国もわからない国ですね。いずれあの政治体制ももたなくなるでしょうね。
吉村)民主主義というのは、農村の共同体的なものが崩壊しないと育たないのではないか、逆に農村共同体的なものが残っている限りは、過渡的な意味でプロレタリア独裁が必要だあったとしても、はずすべき時に、ロシアははずさなかった。そういう意味でも中国はまだ続いているのではないか、と思うんです。そんな気もします。日本も民法で家族の解体というのがありましたが、長子というのが残りましたし、農村にもまだ水利だとか共同体的なものが残っている、だからいつまで経っても民主主義が浸透しない。自民党の利益誘導政策だけではなしに、共同体的なものが残ってきたことが、民主主義がうまく機能しない原因なのでは、とも思うわけです。そうでなければ中国でも天安門事件を起こしてもそれで通った、また経済成長8%が5%に落ちてもまだ続いているというのはそういうことがあるのではないかと。だから農村共同体的関係の残存といいますか、農村から出てきた者がそれを温存しているわけで、日本の民主主義もですね、お盆と年末に皆が田舎に帰らなくなあったら、民主主義が成熟するのではと、かつて言ったことがあります。
生駒)スターリン的な独裁や家父長的な独裁も農村的な家父長的な基盤があればこそできたというわけですね。
吉村)彼らは、個人崇拝を否定しながら、結局それに乗っかってしまった。
生駒)人民公社もそれでできたんでしょうが、それが崩壊して、幹部の金儲けみたいなことが横行してまあた新たな崩壊が起こっていますね。一度レーニンがネップの中で農村政策を協同組合的なものにしましたが、それも崩壊しましたね。
吉村)その当時ですね、ベオブラディンスキーですか、社会主義的原資蓄積論というのがありまして、皆間違いだとやっつけましたが、意外と彼が正当だったかもしれませんね。だから原資蓄積の場合、資本主義では絶対主義がありましたが、原資蓄積の間はある意味で独裁が必要であったのかも知れません。そんな事を時々考えます。おそらくスターリン憲法を出した時点で、多党制に移行すべきだったんでしょう。
生駒)そんな余裕は彼らにはなかったんでしょうが。
吉村)そうそう、一昨年、ベルリンの壁崩壊後はじめてロシアへ行ったんです。われわれが以前ソビエトに行っていたころ、ロシアのホテルですね、昔「エタジュナーヤ」というのがいたでしょう。各階に4.5人いて、外出するときには彼女らに鍵を預けて行きましたね。フロントが集中管理していないわけ。エレベーターもまたおばさんが座って管理していましたね。しかしあれでは、太刀打ちできない、しかし反面、雇用を確保していたとも言えないことはないけれど。あのやり方だと、資本主義とのコスト競争には勝てないわけですね。
 そこで、トロッキーが一国社会主義ではなくて少なくともいくつかの国で同時に社会主義にならないと社会主義はもたないという話がありました。
生駒)あの頃は、ロシアだけで終わらないと、次々と社会主義になっていくという期待が強かったですね。
吉村)現に、戦争直後、バイエルン中心にソビエト共和国ができたんですね。ハンガリーなんかでもバルガベラクンガね。

<負けるのは覚悟で声を上げる必要>
佐野)今私が一番気になるのは、地方財政危機です。大阪府はじめ東京、神奈川、愛知など大都市圏の。税の落ち込みが一番の原因ですが、不況対策で増大した公債費も高くなっています。
吉村村)それと、バブル期のものがありますね。
民守)ほんの数年前にできた上方演芸館なども整理の対象になっていますが、何を考えて作ったのかという感じです。
吉村)それは、無茶苦茶「箱物」を作ったからですよ。後の管理費の方が高くつくのにね。甘えですね。うちの息子も嘆いてましたが、あの定昇ストップというのは堪えるんですね。というのは、60年安保の時ですが、私は市大の組合の委員長だったんです。山崎春成とか、森信成、小野義彦も中執でしたが。
民守)えらい濃いメンバーですね。(笑い)
吉村)ストをやったんです。当時助教授でしたが。私には学長が訓示をたれるということですんだんですが、書記長が昇給ストップをくらったんです。それで組合で保障するということになった。皆、簡単に考えた。しかし、それから毎年保障額も上がっていくわけで、1800人くらいの組合でしたから、これで組合財政が持たない、破産するということになって、対市交渉をして3年間で復元させたんですが、一生続いていたら、大変なことでした。金額を実際に計算してみるとわかりますが、大きな額になるんです。
民守)大阪府の今回の2年間定昇ストップの場合、若い人で1000万円を越える減額になるんです。当局も人勧と定昇なら、定昇を止めたいと、思っているわけです。
労働組合が財政の心配をすることもわかるんですが、労働組合は組合員の生活と権利が基本の組織ですから、物分りが悪いと言われようが、基本的労働条件については、ささやかな抵抗でも、していくことが必要です。
吉村)負けるとわかっていても、そう言うときには、抵抗して声を上げていかんといかんのです。声を上げておかないと、言うたという実績を残さないといけない。
民守)最近の労組幹部は、負けたと言われないような、負け方をしたいと思っているんです。
吉村)そこは、はっきりさせとく必要があるんですね。負けたということを。一人になって出ていなかあかん時になって、組合が必要だということがわかるんです。そうでしょう。だから、放りだされる時になると、皆組合を作る、管理職だって作るんです。でもその時になって組合を作っても遅いわけで、少なくとも、そんな時代に組合があったらいいな、と思えるだけ、組合に意義があったとは言えますね。
 アメリカでは、GMでしたかね、組合が経営者のリストラを潰しましたね、そういうのは商業新聞は取り上げないですから。そういう意味では、どんどん書いてもらわないと。大きなメディアが欲しいですね。
民守)確かに企業内組合のビッグユニオンは組織率も減っているんですが、地域合同労組などは逆に組織率を若干ですが、高めているということもあるんです。
吉村)そういう組合への、援助もあって良いと思うんですね。その点がほったらかしなんですね。
民守)三層構造と言ってるんですが、ビッグユニオン、旧総評の全国一般のような中小企業の労働組合、そして一人でも入れる地域労組、これは新左翼系がよく入っているんですが、この3つがもっとメジャーになるか、課題だと思うんです。模索の段階ですが、自治労も連合もハートフルユニオンだとか、しようとしていますから。
吉村)その通りですね。
佐野)組織拡大という意味では、連合の中でも、組合員を増やしているのは、ゼンゼンと自治労です。
吉村)そういう意味で、自治労の役割は大きいですね。
民守)ゼンセンは、漢字の「全繊」からカタカナの「ゼンセン」になって、パートとかいろんな産業に組織を拡大していますから。

<「結集軸形」から「ネットワーク型」へ>
吉村)ただ、僕なんかも、公務員の組合をずっとやってきたので、公務員の賃金は吉村に書かせ!、みたいなことになってしまった。逆に、外から見た公務員論みたいなことをして欲しいと思うんですね。脇田さんなんか、北攝でパートの問題なんか頑張ってられます。我々の周りにはたくさんの人がいるわけですから。それらが余り表に出てこない。いろいろな人を一つの流れにしていく必要がありますね。不況・反動の時ですからね。
佐野)縮こまる時ではないですね。前を向いていく、大胆にもなる必要もありますね。
民)「結集軸」方式ではなく、ネットワーク型で良いと思いますね。選り好みせず、来る人は拒まず、ということでなければ。
吉村)この部屋は、空いていますから、そんな寄り合いに使ってもらっていいんですよ。やはり顔を会わせないとね。
佐野)長い間、ありがとうございました。私の「責任」で、文章にさせていただきます。
民)このごろうちの読者も年を食いまして、字がちいさいとか、長い文書より、生もの=対談とかが良いという声もありますので。
生駒)今日はどうもありがとうございました。(文責はすべて編集委員会です) 

 【出典】 アサート No.254 1999年1月25日

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【投稿】希望と危惧の政治・経済

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◆ユーロのメリット
 新年明けの1/4は、ユーロの登場とその順調な滑り出しで希望を持たせるものであったが、それもつかの間、今年は昨年にも増して内外の政治経済にとって波乱と撹乱要因が目白押しであることが鮮明になってきている。
 まずは1/4、世界金融市場におけるユーロ取引きは、予想を上回るユーロ高水準でスタート、「第二の基軸通貨」ユーロヘの期待の高さを裏付けたといえよう。「ドル・ユーロ二大通貨時代の幕間け」である。時差の関係からまずはアジア市場で最初に取引きされ、東京市場では1ユーロ=132.58円、欧州金融市場では1.1827ドルで取引きされ、初期設定価格を超えて、ユーロの優勢を海外に示すこととなった。EUの統合欧州経済に対する期待感から、株価指数もフランクフルトで5.7%、パリで5.2%、ミラノで5.9%それぞれ上昇したが、一方、ユーロに参加していない英国の株式市場では一時大幅値下げを演じ、欧州市場でユーロ登場の恩恵に浴さなかったのは英国市場だけという違いを際立たせた。
 伊勢神宮参拝もそこそこに急いでEU諸国に駆けつけた小渕首相、「円とユーロの安定に日欧が協調」、「ドル、ユーロ、円の三極通貨体制確立を目指す」とぶち上げたが、果たしてその意味するところ理解をしているのであろうか。いわばその当然の結果としての1ドル=108円(1/11)といったドル安・円高の進行に慌てて市場介入せざるを得なかったのは日本であり、円である。アメリカの投機市場はそれを見越してドル売り・円買い攻勢を仕掛け、まんまと引っかけられたのである。
 フランスのジョスパン首相は「ユーロのメリットの一つは欧州がドル支配から逃れることだ」と言い放った。EU(欧州連合)11カ国の内、スペインとアイルランド以外はすべて中道左派かあるいは社民党勢力が政権を担当している。これら諸国は、アメリカンスタンダード=グローバル化という、アメリカ主導でアメリカにのみ利益をもたらす、しかも極めて投機的で独占的、得手勝手な市場原理主義、自由放任主義にいかに対抗するかという政治的経済的政策形成と合意に努力を傾注し、ようやくのところでユーロの登場に結実させたのである。まだまだ前途多難であるといえよう。しかし世界最大の債務国が他国を犠牲に好景気を謳歌し、これがまかり通っているのはあくまでもドルが基軸通貨であるという特権を握っているからに過ぎない。こうしたものに対抗し、国際的・社会的規制を加え、各国の連携と連帯を強め、資本の横暴を許さない経済的社会的対案こそが求められている。世界的な投機的行為で莫大な利益を上げてきたジョージ・ソロス氏までが「今や市場原理主義こそが全体主義よりも大きな脅威になっている。それは社会に破壊的、退廃的な影響を及ほしている」と叫び出した。
 ところが世界最大の債権国である日本への期待と要望に反して、日本の与党にも野党にもそうした対案どころか責務や意識さえ見当たらず、ドル支配とそれへの追随を前提にしたつぎはぎ政策に終始しているのが現状だといえよう。「三極通貨体制」どころか円の国際化自身さえも、近隣諸国から信用されていないのが現実であろう。

◆ブラジル・クライシス
 問題の米株式市場は、1/8、ハイテク、インターネット関連株の急騰と年末の課税対象を翌年にずらす米株式市場特有の「1月効果」を受けて最高値を更新、終値9643.32ドルを記録し、またもや株価「1万ドル突破近し」と騒がれ、それも1月中にと楽観論が流れ出した。実際にはこれは「バブルいよいよきわまれり」といったところであり、米連邦制度準備理事会FRBは「企業収益では正当化できない」、「株価の破壊的な下落を招く恐れがある」と警告に必死である(1/12リプリン副議長)。実体経済は確かに、年末12月の米国の製造業界の生産動向指数を見ても、11月の48.6から45.1にさらに下降しており、これで7カ月連続50以下を記録、明らかにアメリカの製造業の生産は収縮が続いていることを示している。
 そして1/12には、米株式市場の平均株価は9474.68$に下落、翌日のウォールストリートジャーナル紙は「荒れ狂った市場」と形容し、先行きさらに不透明であることを印象づけた。さらにこれに追い打ちをかけたのが「ブラジル・クライシス」であった。
 1/13、ブラジル中央銀行は突如、ドル連動相場制をとっている通貨レアルの約7.6%の切り下げを発表したのである。これは直ちにニューヨーク市場、ユーロ、東南アジア、中国、香港、東京に波及し軒並み大幅下落を記録することとなった。
 NY市場のダウ工業30種平均は228.63ポイント安の9120.93ポイント、昨年9/1のアジア・ロシア危機の時の222ポイント下落以来の大幅な下落であり、年初来の値上がり分がすべて吹き飛んでしまった。同時に「1万ドル突破近し」も急速にしぼんでしまった。ユーロの動揺、影響も厳しいといえよう。
 ブラジル通貨切り下げ問題は、当然、同国に融資している大銀行の株価に影響することは必至である。昨年6月末現在の米銀のブラジル向け融資残高は167憶ドル、ヘツジファンド経由や直接投資を入れるとさらに膨れ上がっており、ついでドイツの127憶ドル、日本の51億ドルと続いている(BIS国際決済鈍行調べ)。すでにこの「ブラジル・クライシス」によって相当のダメージを受ける金融機関には、アメリカのシティグループ、JPモルガン、バンクボストン、フランスのソシエテ・ジェネラル、ドイツのドレスナー、オラン
ダのABNアムロ、スペインのバンコ・ビルバオ・ビスカヤ、バンコ・サンタンデールなどの名前が取り沙汰されている。
 1/15付けフイナンシヤルタイムズは、これは「予想外の通貨切り下げ」であるが、「このブラジル問題はそう簡単には終わらないだろう」とコメントしている。

◆中南米発国際金融危機
1/15、ブラジル中央銀行は膨大な外貨流出に歯止めがかけられず、ついに通貨レアルの固定相場制を放棄、事実上の変動相場制への移行を容認することとなった。カルドゾ大統領は「すべてはコントロール下にある」と虚勢を張っていたが、ついに口先だけのコントロールも放棄せぎるを得なくなった。昨年のロシア危機の際には、700憶ドル強を誇った外貨準備があっという間に400億ドル台にまで減少したのであるが、今回は一日に10憶ドル以上が流出するという事態にもはや切り下げた固定相場刺さえも維持できなくなったのである。
 これによって対外債務の支払いは一層困難となり、総額1千憶ドルを超える対外債務の今度は国家的モラトリアムという崩悪のシナリオさえ予想されだしている。もちろんそうした最悪の事態を避けるべく、あわただしい動きが展開されているが、影響を受けるのは
先進国だけではなく、むしろ中南米諸国であり、中でもアルゼンチンは同国通貨ペソとドルを一対一で固定する固定相場制を採用しており、切り下げで維持するか、それを放棄するか迫られており、それは当然ベネズエラ、チリなどにも広がり、中南米全体に通貨切り下げの連鎖が広がり、再び世界的な問題へと急速に発展する危険性を秘めているといえよう。
 この「ブラジル・クライシス」のきっかけは、1/6、ブラジル連邦政府に134億ドルの債務を持つミナスジエライス州のフランコ知事が財源不足を理由に90日間の一方的モラトリアム(支払停止)を宣言し、政府の緊縮政策に反旗を翻したことにあった。この背景には、ブラジル政府が昨年8月のロシアの金融危機が波及してきた時に、IMFと緊急協議を行い、10月末には政府支出の大幅カットと増税によって財政赤字を3年間で半減させるという緊縮計画を打ち出しことに端を発している。「経済再生の旗手」として二期目に入ったばかりのカルドゾ政権は、IMFの融資条件を守るために、増税はもちろん、年金負担の引き上げ、教育・福祉予算の削減、地方への債務の押し付けをはかる大規模な緊縮財政計画を発表、これによって11月にはIMFから410憶ドルの資金援助を取り付けた。これによって一時は為替や株の相場は安定を取り戻したかにみえたが、わずか2カ月余りで今回の通貨切り下げ、変動相場制への移行に追い込まれたわけである。IMFや日米欧主要七カ国G7の対応がいかにお粗末であったかを全世界に示すことになったともいえよう。

◆自民党右派応援団
 99年度中の「ハツキリとしたプラス成長」を公約とした小渕首相にとっても、こうした事態の進展は気が気ではないはずである。このまま行けば公約実現など望むべくもないし、連続マイナス成長が見えている。第一、圧倒的多数の給与所得者が実質増税になるような減税案を出して、この不況下にさらに消費を冷えこます大愚策をだしながら、景気回復など期待するほうがおかしいとも言えよう。しかしそんなことはそしらぬ振りで、10%台の支持率しかない小渕政権が不人気などどこ吹く風で居座り、自自連立で「平成の保守合同」を成立させ、自民総主流派体制構築で、任期一杯ビころか続投の意欲まで見せているという。
「ブラジル・クライシス」の最中、1/14、自自連立政権発足の記者会見が行われ、小渕首相は「小沢氏は豪速球、私は若干軟投型」などとのんきなことをいい、「新たな日米協力のための指針(ガイドライン)については、早急に国会で審議いただき、成立・承認をいただきたい。いずれにしても日本の安全保障の遂行という観点では自民党も自由党の考え方にはいささかの相違はない」として、あたかも最大の問題が安全保障問題にあり、連立形成のかなめであるかのように述べ、自由党の小沢党首もこれに呼応して「わが党の主張がほぼそのまま両党の合意として確定し、来週から始まる通常国会で法律の必要なものは速やかな成立をめざし、・‥」と応じている。
 そもそも自由党は連立の条件の一番目に掲げていた消費税の凍結と抜本的見なおしがいつの問にやら腰砕けとなって、引っ込めてしまったのである。「その代わりに独自性を浮かび上がらせる論点に安全保障問題を取り上げ、「武力行使と一体化」した行動は取れないとする従来の政府の憲法解釈に、「普通の国」の海外派兵の合法化を対置して、この点では自由党に負けず劣らずの改憲・武力行使派が控えていることを援軍にして、自民党右派応援団に堕してしまったのである。
 かくして、国連平和維持軍の本体活動への参加凍結の解除が、まともな議論も無いまま合意されたことの危険性が、新ガイドライン関連法から、有事関連諸法令の成立と、有事の際に機能する新国家機関の成立も急ピッチで準備されていることに露骨に表れている。
 コーエン米国防長官が来日して新ガイドライン関連法の成立に尻叩きに精を出し、自自連立に援護射撃に走り回ったことは間違いない。そしてこのところアメリカ側から意図的に強調されている北朝鮮のミサイル・核開発疑惑。これらは確かに一種の危険な兆候をあらわしているとも言えよう。

◆パンカーバスター
 先般の米軍のイラク空爆では、攻撃開始直後という異例に早い支持表明を行ったのは小渕政権だけであった。このイラク空爆でアメリカは、地下軍事施設を破壊するための「新兵器」の実験を行ったといわれる。「バンカーバスター」と呼ばれる新型爆弾GBU-28は着弾地点では爆発せず、地下数十メートルまで突き進んでから爆発する、重さ約2トンの新型兵器である。相手が核施設であれば接爆発から放射性物質のバラ撒きまで不測の事態を起こしかねない危険極まりない兵器である。
 自由党の小沢党首は週刊ポストの1/15.22号インタビューに応えて、「政治問題としては朝鮮半島が緊迫する可能性が一つあります」「あるときに、アメリカは、今のKEDOを中心とした枠組みを再検討せざるを得なくなることもある。つまり2月だか3月に、アメリカ議会は対北糾鮮の重油支援の実施を認めないことになるかもしれない。それは、KEDOの約束を破棄すること、スキームを破棄することでしょう。それは大変な事態を覚悟しなけりゃやれないよ。だから、日本にとってはイラクの時の何十倍も大変な事態になるということだ」「その意味では、日本の国自身が実質的な戦場になることも考えておかなければならない」「(アメリカが北桝鮮を爆撃する事態というのは)起こり得るかもしれない」と述べている。「バンカー・バスター」と重ねあわせると、何とも危険で胡散臭い示唆である。
 野党はこうした連中が主導する保守連立政権にいかに対応するのかが厳しく問われていると言えよう。       (生駒 敬)

 【出典】 アサート No.254 1999年1月25日

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【コラム】ひとりごと–雇用不安・失業率戦後最悪について思うこと–

【コラム】ひとりごと–雇用不安・失業率戦後最悪について思うこと–

◆長期不況は益々、深刻で、完全失業率は戦後最悪の4.3%を更新しつづけ、有効求人倍率も統計史上、最悪の0.48倍となっている。実際、職業安定所に行くと、職を求める人、失業給付の手続きに行く人で殺到している◆安定所職員の話によると、求人開拓の努力で、求人数は昨年より若干、増えているとのこと。しかし、それ以上にリストラが進行して、悪化の傾向にあるらしい。また最近では、ニーズに応えて午後6時30分まで開所しているのだが、夕刻に訪れる人も結構、多いとのこと。その人達は、今現在は仕事があるのだが、どうやら会社から内々にリストラを宣告されて、職探しに来ている人も多くいるようで、やがて、こういう人達も失業者としてカウントされると思うと、空恐ろしい感がするという◆政府は緊急景気対策と銘打って、7兆6379億円もの補正予算での措置を行っているが、その内容は、合いも変わらず6割が公共事業などの社会資本整備費。そして3割が、金融特別対策。公共事業が景気に与える影響には疑問があることは定説になってきていると思うのだが。それよりも今日の不況の要因には、個人消費の冷え込みも大きいと思うのだが、減税は、不評の地域振興券とやらで、もっと低所得者から中堅所得者全般に行き渡る消費効果を高める政策を打ち出すべきではないか。そして、なお思うのは雇用対策費は、たかだか1,246億円。特に低成長期に入って以降、景気が回復傾向にあったとしても、経営側は雇用を抑制する姿勢にあり、必ずしも景気と連動しないことを見ると相当、意識的に雇用創出政策を打ち出さないと、雇用不安は一層、固定的なものになるのではないかと危惧される◆若干、話は変わるが、自自連合の絡みで消費税の引き下げも議論されているが、政府は安定的税収確保のために、引き下げには応じる姿勢にはない。福祉目的税として限定する代案もささやかれているが、そこで筆者がかねてからの持論を敢えて言いたい。消費税を3%にする変わりに税収を大きく落ちこまさないためにインボイス方式にする。そうすれば消費税の取りこぼしもないし、税に関る不公平・不透明感も解消される。おそらく、これを実行すれば、商工業者からは、相当の反発が予想されるし、政治家が口にしないのは、大幅な票の落ち込みを気にするからだろう。しかし我々、賃金労働者から見れば、何かと私的なものまで必要経費に落としているところを見ると何とも言いがたい不公平感を持つ。所得の透明性と公平な負担、そして減税と一体的な税政策も望みたい。(民)

【出典】 アサート No.253 1998年12月19日

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【書評】『 いま自然をどうみるか(増補新版) 』

【書評】『 いま自然をどうみるか(増補新版) 』
         (高木仁三郎著、白水社、1998.6.10.発行 2,000円)

地球的規模で人類の諸課題が検討されはじめた現在、人類・人間社会をその根底で支えてきた自然そのものについての見方もまた再検討される必要がある。
本書は、自然科学者の眼から、自然観の根本的な変革を迫る試みである。元々本書は、1885年に出版されたが、その直後の86年に起こったチェルノブイリ原発事故、さらには近年のバイオテクノロジーの進展、エコロジー思想の浸透等を踏まえて増補されたものである。
本書は、第一部「人は自然をどう見てきたか」と第二部「いま自然をどうみるか」に分かれ、前者では、今日の社会に受け入れられている二元的な自然観の形成過程が説明され、また後者では、その自然観から統一的な自然観への転換が論じられる。
著者はまず、われわれの自然観が、「感性的・身体的なもの」(第一の自然)と「科学的・理性的なもの」(第二の自然)とに引き裂かれて、「第二の自然」が「第一の自然」をわれわれの内部で支配しつつあると指摘する。そしてその結果であるわれわれの慣らされてきた西洋的な自然観は、次のような特徴をもつとされる。
すなわち、・自然を人間にとっての克服すべき制約として見ようとすること、・自然を人間にとっての有用性と考え、そこから能うかぎり多くの富と利潤を引き出そうとすること、・このような人間の自然利用は、基本的に自然の私有を前提としていること、・人間はそのような自然に対する人間中心主義的な働きかけを、人間の主体性の発露と自由の拡大とみて、進歩と自由の名において正当化したこと、である。そしてこれが「近代の精神」そのものであったと主張される。
そしてこのような自然観について、著者は、「人間がより多く自然を制御し、支配・活用することこそが、人間を人間として向上させ、自由を拡大させるという合理主義的な思想が、じつは実利的な自然利用の思想以上に、人間中心主義の自然観をはぐくむ温床だったのではないだろうか」と根本的な疑問を投げかける。
この視点は、「労働を自然に対する一方的な働きかけと見なし、そのことに人間の主体性をみようとする」近代主義の労働観をも例外とはせず、この労働観が、「人間の自然支配を正当化し、とめどない自然破壊に道をひらいた」のみならず、また「人間の自然の営みを合目的性の枠内に押しとどめることによって、人間から自然とのやりとりの最も根源的な部分を奪ってしまった」と批判する。
それ故著者にとっては、「自然との根源的な結びつきの復活」が最重要な課題となり、これは結局、「みずからの内なる自然性の発現を基軸に、外なる自然ともつながっていくという、『ナチュラリズム』」へと向かう。この視点から著者は、エコロジズムに大きな可能性を見る。すなわち、「単純に自然の全体の中に人間を埋没させることとしてではなく、人間の精神を広大なる自然へ向かって解放するかたちで人間を相対化するものとして、エコロジー的な自然と人間の関係を構想したい」というのが著者の主張である。
このことは同時に、「たんに個人的なレベルで実現するよしもない。自然さに依拠した社会的な運動が志向される」ことが必要であるとされる。そしてその運動とは、次のようなものである。
「多くの人がそれぞれ多様に、ごく自然に振る舞い、自分の意見を出しあいながら、その多様さがおのずからある好ましい社会への流れをつくっていけるような、その意味で真にナチュラルな運動ということが求められていると思う。ナチュラリズムはまた運動論でもあるはずだ」。
「従来の政治闘争型の運動が地域性や個別性を捨象した普遍理念によってつながろうとするのに対して、これらの運動は、それぞれの地域の風土に依拠し、それぞれの個別性をむしろ前面に出して表現しようとする。そして地域の違いや考え方の違いが互いに感じられることによって、その違いにもかかわらず人々の間に共通に流れるある思いのようなものが、より多くの共感を呼びおこしうるのである」。
かくして「自然をどうみるか、それは結局みられるべき自然の側の問題ではなく、私たちの側の問題である。そしてそうであるならば、問題はつまるところ、私立ちがどう生き、どう運動するかということになってくる」という著者の結論が出てくる。
この意味で著者は、現代の課題として、「地球環境問題」という捉え方に疑問を呈し、これは「地球に対して人間が問題を起こしているのであり、問題は人間のほうにある」のだから、むしろ「地球人間問題」と言うべきだとする。また平和的共生、積極的共生という観点から、「三つの共生」(・エコロジー的共生──この地球上におけるすべての生命の共生、・人びとの共生──同時代的な、異なる地域、社会、文化、エスニシティー間の共生、・通時代的共生──過去や将来の世代たちとの共生)を提言する。
さらには「オルターナティブな科学」(研究しながら提起し、社会的に行動する科学)を目ざす。
以上のように本書は、極めて鋭い問題意識から、自然観についての歴史的総括と未来的展望を与えようとする試みであり、現在のわれわれの自然観の転換(それは同時に、社会観、科学観、人間観の転換でもある)に大きな問題を提起するものと思われる。(R)

【出典】 アサート No.253 1998年12月19日

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【投稿】川上徹著『査問』の意味

【投稿】川上徹著『査問』の意味
       (川上徹著『査問』筑摩書房刊、定価1800円)

ふるい記憶の中に点灯して残る同時代の思想家が、私には何人かいる。しかしそれはその時代が過去のものとなり、その思想家が後にたどった道筋によって関心や記憶の程度も異なってくる。かって敬愛していた故に、その思想家のその後に失望し意識的に記憶の中から排除しようとしたものもある。本書の著者川上徹の場合、あるところから途切れており、私の中でほとんど忘れられていたのであるが、通勤の途中、偶々立ち寄った書店の本棚に見出した一冊の本の奥付けに、その名前を発見したとき、ふるぼけた記憶の一部があざやかに蘇ってきたのである。川上徹というのは、あの全学連の委員長であった川上徹だろうか、という思いと、当時(六〇年代末期)私たちがセクトの典型とみなしていた雑誌類に名を見たことのある、あの人物と同一だろうかといった疑いであった。
それにしてもあの川上徹が活動していたということは感動的であった。そうかあのころ指導者の立場にいた人たちは、もう五十代の半ばを過ぎているのだ。急に私の内部で三十年も前のことが生き返った。一九六七年に京都の私立大学に入学した私にとって学内は既に騒然としているように感じられた。つぎつぎと起きる社会的事件を、父が共産主義者であった故に理解することができたけれども、そこで触れるものは自分の生活や知識とは隔絶するものが多かったのである。
そのころの「新左翼」と呼ばれた学生運動家の一般的傾向としては、難解な用語をふりまわし行動を促すことに性急で、実のところ私が父親経由で得ていたマルクス主義の理解では理解不能といったものが多かったのだ。殊にそこで語られる「疎外」や「実存」ということばは、本当のところ当人の情緒的な表現以上のものではなかった。
だが雑駁な知識の吸収の中から、その正体が「トロッキイズム」であること、彼らはすでに日本共産党と決別しており、急進的で日本社会党とは別のマルクス主義をもっていることなどは分ってきた。そしてそのきっかけは一冊の新書版であり、その著者のひとりが川上徹であった。私は彼の名をその本で覚えその後彼の書くものを読んでいったのである。
だがその名前を、たとえば「新左翼」の活動家たちが語るようには、私は語らなかったように思う。それは胸中にひそかに秘されている名前であった、今、ふり返ってみると当時私はこう考えていた。私の入学した仏教ミッションの大学は、施設設備の面でも思想水準においても後進的であり、そのような場で他で展開される大学「解体」論を無媒介で主張したり、反対にセクト的な主張をクラス討論の場で繰り返すのは無意味である。学内の多様な見解を統一させる場を保ちつつ、全体として大学の「近代化」を推進させねばならない。そのためには性急なセクト的主張を排して現場の実践を優先させつつ反動的右翼的立場を孤立させていかねばならないと。このような考えが当時の熱狂的な学生運動家や「君たちのいうことはオジサンやオバサンの共鳴を得られない」と説教する人たちに好意を持ってむかえられるはずもなく、有効な組織も方法も持たぬ私はやがて自分の孤立を自覚することとなるのである。
川上徹の名が忘れられていくのもそのころであって、一九六八年から六九年にかけて、彼らが「民主化行動委員会」と名乗り出してから、私は彼らの主張に批判的にならざるを得なくなったのである。ただひとりだけ記憶に残る民青の女性同盟員の先輩だけが、私の主張を聞いてくれるのであった。本書『査問』はいわば私の記憶の中から消えていった川上徹がその後どのように生きていったかを詳述したものである。それは一九七二年日本共産党内に発生したといわれる新日和見主義分派と呼ばれる事件をめぐる十二日間の査問とその後の川上徹氏の思索の後を記したものである。しかし本書はその題名から推して、査問の可否、また自己の正当性のみを述べ立てたものではない。「糾弾ならもっと早い時期にやっていた」と氏はいう。それならば本書で問われるのは可否や正当性の言挙げではない。川上氏の生きた内容なのである。
「査問」という体験を通して共産主義者としての自分の生き方をどうつらぬいてきたか、その「歴史」が本書であるのだ。そう考えるならば査問以後二十五年を経て今日川上氏がその体験とそれ以後の思索を公けにしたことの意味があきらかになるはずである。それだけ思策を深め思想的に深めていかなければ個人の体験は「歴史」とならず糾弾したり反発することに終始し客観性をもたなくなりやがて転向といった現象になるであろう。
本書を読みながら私が得た感想は、ここにはあの「トロッキイズム」批判を行った川上徹はそのままいて、集団的に方向転換していったのは日本共産党の方であったということが明瞭になるということだ。氏は自己の体験を歴史化し糾弾しないことにおいてこの明瞭さを示したのである。その意味で氏の姿勢は二十五年前も(それ以前の本書で触れられることのない書物も含めて)一貫しているのである。この日本共産党の集団的方向転換の結果が大衆運動-殊に部落解放運動における分裂であった-に対する介入であり今日の選挙党への変貌であったのである。
本書はまさにその変貌の分岐をあきらかにしたといえるであろう。それにくわえて本書は多方面にわたり深い内容を含めている。この分派事件に連座した人々のその後の人生。離党した哲学者古在由重の晩年の姿などもしるされている。今日のマルクス主義と共産主義運動に関心を持つ多くの人々が読み、今後を考えるうえで貴重な文献となることを私は疑わない。本書を読了して私は左翼崩壊期といわれるこの時代に優れた思索のあることをあらためて実感した。どんなことでもいい。あの六〇年代から七〇年代初頭にかけて考えていたことを体験したことを、みんなはもう一度文章化し提起すべきである。各人は各人の歴史を持っている。自分の思索はどうであったか。どのように自分の思索が推移していったか。沈黙には意味があるはずなのだ。川上氏は沈黙を守った。それがたんなる-当時私たちがいった「党物神崇拝」でなかったとすれば-「党」への没入ではなかったとすれば氏の「新左翼」トロッキイズム批判には傾聴すべきものがあったのだ。そうした意味も含めて私たちは考えるべきことが多いのである。
ゆくりなくも私はこの意気消沈することの多い時代の中で、本書を読みながらそんな思いにかられたことであった。(K.I)

【出典】 アサート No.253 1998年12月19日

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【投稿】「自自連立」崩壊への道

【投稿】「自自連立」崩壊への道

<<破綻への道・「救済合併」>>
今年の流行語大賞に「凡人・軍人・変人」、「冷めたピザ」、「ボキャ貧」といういずれも小渕首相を形容するさえない、ネガティブな言葉が三つも入ったという。しかも「ボキャ貧」は首相自らの自己評価にもとづいて、自ら披瀝したものである。支持率、指導性ともども最低のラインから出発した一種の開き直りや自己卑下によるものであろうが、支持率は最低を更新し続けている。
そこで首相は乾坤一擲、大勝負に打って出た。「自自連立」である。今まで調整ばかりで、イニシャチブなど発揮したことがないだけに、初めての独自性発揮である。しかしこれとて、野中幹事長発案、梶山元官房長官根回し、亀井元建設相の立ち回り、またもや俺の出番と中曽根元首相の叱咤激励、これぞ最後のチャンスとばかり、渡りに船の藁をも掴みたい小沢党首の食いつき、これらが一挙に表に飛び出してきたことが見え見えである。
11/19の自民・自由連立合意書では、「いま、日本は国家的危機の中にある」、「かかる危機を乗り切り、国家の発展と国民生活の安定を図るため」などとして、「両党は政権を共にし、責任ある政治を行うことで合意する。予算編成後、通常国会までに連立政権を発足させる。選挙協力については、国・地方を通して両党間で万全の協力体制を確立する」ことで合意し、小渕・小沢両党首が署名している。本人たちは「憂国の志士」ぶっているが、保守同士が泥沼の後退に救命ブイを投げ合った「自民党による自由党の救済合併」といったしろものであろう。
しかしこのところ、長銀・住信、日債銀・中央信託に象徴的なように「救済合併」は常に手遅れ、破綻への道をしか用意していない。

<<ハードルの上げ下げ>>
早速、自民党内では泥試合が始まった。もともと野中氏は「人間として許せない。小沢さんと組むなら無所属になっても闘う」と公言していた人物である。それがいとも簡単に「目標が同じだと気がついた」という。政治の「大政翼賛会化傾向」に警鐘を鳴らした人物としてはいいかげんなものである。また、急遽、「危機突破・改革議員連盟」(四派議連)を旗揚げし、その代表についた梶山氏とて、「政治改革とかきれいごとを言っているが、小沢君のは権力闘争だ」と吐き捨てていた人物である。それが「私たちが保守本流だ。今は保守の亜流が多数派を占めて『保守の本流だ』と言っている」(12/7梶山)などと述べて、早くも「新主流派」の名乗りをあげ、執行部入りと内閣改造で論功行賞を露骨に要求しているわけである。小渕派は、「梶山さんは非主流派をまとめて連れてきた。副総裁になってもらってもいいぐらいだ」と持ち上げる。
保守の亜流とされた加藤前幹事長らYKKラインはとまどい、反発、妥協にゆらぎ、森幹事長は「内閣改造は通常国会後に先送りすべきだ」として、改造先送りと自由党の閣外協力論を流布させる。
これに流されてはなるまいと、小沢氏は「閣僚数削減などが実行されないなら、連立解消もあり得る」、「国連軍への参加は従来の政府の憲法解釈の変更になる」とわざわざハードルを上げる一方で、「(党首合意では)(消費税の)凍結は約束していない」(11/20テレビ番組)と本音を出し、閣僚数削減でも時期、数にこだわるものではないなどと他の幹部に発言させ、自らは入閣を固辞しながら、自党の幹事長や国対委員長を閣僚に推薦する、何ともあさましきポスト欲しさのハードル下げをちらつかせる。
小泉前厚相はこうした事態をとらえて「小沢氏は何のために自民党を出たのか。小沢氏はこれが自民党に戻る最後のチャンスだと考えたのだろう。もっと筋のある政治家だと思っていたが、自民の軍門に下った」と評価し、「首相は何もしないで一番先鋭な野党をつぶし、自民党を総主流派態勢にした。『凡人』じゃない」と述べているが、案外当たっていると言えるのかもしれない。しかしいずれにしても危なっかしい綱渡りであり、双方にとって国民から見放された墜落と瓦解への道を踏み出したとも言えよう。

<<「減税が増税にすりかわる」>>
彼らがいかに党利党略に溺れ、現在の危機的な不況の深化に鈍感であるのかは、12/11に発表された自民税調決定の所得税・個人住民税「減税」案に端的に表れている。一時は18兆円減税を唱えていた自由党幹部でさえ音無しである。この表面上の減税案は、消費を拡大させ、内需を喚起する景気対策どころか、逆にそれらをさらにいっそう冷えこます増税案なのである。
すでに各紙で指摘されているように、年収862万円以下では増税となる。4兆円減税が聞いてあきれる実態である。国税庁の統計によると、昨年の年収800万円以下の給与所得者は全体の86.3%、900万円以下では90.5%と圧倒的多数を占めるのである。減税の恩恵を被るのはわずか1割程度の金持ち層にしか過ぎない。かれらの最高税率を65%から50%に引き下げるだけで、5000億円の財源を費やしているのである。
さらに驚くべきことには、以下の表でも明らかなように、年収500万円では納税額が実に10万円以上も増える。さらにこれまでの特別減税の廃止により、年収306万3000円から427万3000円の課税階層は税額ゼロであったものが新たに課税されることになる。まさに圧倒的多数を占め、消費不況打開の糸口となるべき中・低所得者層にもっとも打撃を与える増税政策であり、「減税が増税にすりかわる」不況深化政策なのである。

年収(万円)  98年税額  99年税額  差引増減税(円)
—————————————————
  300       0       0       0
増  400       0    49,175   + 49,175
  500    32,500    138,600   +106,100
  600    157,500    240,100   + 82,600
税  700    321,500    375,400   + 53,900
  800    516,500    538,400   + 21,900
  862    680,180    680,256     + 76
—————————————————
  863    682,820    682,544     ▲276
減  900    780,500    767,200   ▲ 13,300
  1000   1,044,500    996,000   ▲ 48,500
  1200   1,640,500   1,505,000   ▲135,500
税 1500   2,901,500   2,672,400   ▲229,100
  3000   9,977,000   9,264,000   ▲713,000
  4000  15,615,000  14,014,000  ▲1,601,000
  5000  21,790,000  18,764,000  ▲3,026,000
—————————————————
(片働き夫婦、子ども2人の4人家族の大蔵省モデル)

<<内需不振と貿易黒字の拡大>>
すでに給与所得世帯の98年の賃金所得は前年比で約4兆円のマイナスとなることが明らかとなっており、これまでの特別減税の効果を完全に打ち消した形である。さらに今冬のボーナスは前年比約2.2%のマイナスである。今回の増減税案はこれらに追い打ちをかけ、内需不振、国内消費落ち込みをさらに増進させるものと言えよう。
これに呼応するかのように、98年度上半期の貿易黒字は、実に44.7%増を記録し、この10月で19ヵ月連続、前年同月の水準を上回っている。これは、輸入額が97年下半期に引き続き二期連続減少し、97/4の消費税率引き上げ以降、内需不振、国内消費が大幅に落ち込んでいることを浮き彫りにしたものである。
以下の表にも明らかなように、黒字幅は7兆4108億円という過去2番目の水準を記録、昨年来の通貨危機でマイナス成長に苦しむ対アジア地域の縮小を補って、対米黒字が41.3%増、四期連続の増加、対欧州黒字は倍近く急増、いずれも貿易摩擦と内需拡大策をめぐる対日圧力を激化させる要因をさらに増大させている。
確かに、10月になって、輸出は円相場の急騰などで5ヶ月ぶりに減少に転じたが、輸入は内需不振を反映し、10ヵ月連続減少、対米黒字は25ヵ月連続増加、10月は鉄鋼輸出が倍増という事態である。すでに日本からの鉄鋼輸入が141%も跳ね上がっている米鉄鋼業界はダンピング訴訟を提起、ダンピング課税が実施されようとしている。
国内最終消費を押え込み、結果として景気後退と円安で貿易黒字を拡大させる日本の経済政策はもはや世界的にも受け入れられない事態を招来している。

98上半期  輸出       輸入    出超額 (億円)
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総 額  259,087(+ 2.4)  184,978(▲8.3)  74,108(+44.7)
対米国   79,453(+14.2)  45,211(▲0.3)   34,242(+41.3)
対EU   47,449(+23.5)  25.479(▲4.7)   21.970(+88.1)
対アジア   89,528(▲17.3)  68,487(▲9.5)   21,041(▲35.5)
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(10/28・大蔵省98年度上半期貿易統計速報、()内は前年同期比)

98/10    輸出       輸入    出超額 (億円)
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総 額   43,826(▲ 5.7)  30,119(▲14.9)   13,707(+23.9)
対米国   14,118(+ 8.0)   6,920(▲ 9.1)   7,197(+31.9)
対EU   8,392(+11.7)   4,131(▲ 8.4)   4,261(+41.8)
対アジア   14,453(▲23.7)  11,299(▲17.0)   3,155(▲40.9)
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(11/19・大蔵省98年10月貿易統計速報、()内は前年同月比)

<<出し惜しみの「緊急基金」>>
政府は、11/16の緊急経済対策で、「雇用活性化総合プラン」(事業規模1兆円)なるものを提起している。その一つは中高年の非自発的失業者を支援する「緊急雇用創出特別基金」の創設である。それは、45~60歳までの失業者を採用した企業に補助金を支給するというものであるが、ただし「完全失業率が三ヶ月連続5.2%を上回った場合、地域的には6ヵ月連続で5.7%以上を記録したところ」(労働省総合政策課)という、なんとも出し惜しみも度が過ぎた、さらに景気が悪化しなければ発動されないようなしろものである。
すでに7-9月期の完全失業率は、平均4.2%(前年同期比+0.8%)、9月はさらに悪化して4.3%、完全失業者数は295万人で、史上最高を記録し、北海道や近畿では5.2%を記録している。有効求人倍率は全国平均0.49倍となり、求職2に対し求人1以下であることを示す0.5以下の府県は20都道府県にも及んでいる。このような事態に対して、このような政策しか出せない、出そうとしない小渕政権である。
11/30、国会の代表質問に立った民主党の菅党首は、「首相はリーダーシップのかけらもない指導者」、「景気に対する判断の恐るべき鈍感さ」、「小渕外交は『かわし外交』と呼ぶべきだ」と弾劾して、このところ受け身に立っていた立場から攻勢に転じ、「『小渕沢政権』が従来の自民党政権とどこが違うのか徹底的に究明する」(11/28日本記者クラブ)としている。大いに期待されるところであるが、その一方で「地域振興クーポン券」について、同じ代表質問の中で「世間ではこれを『7000億円の国会対策費』と酷評している」と誰もが周知の当然の言わずもがなの発言で、公明党から猛抗議を受けて陳謝し、発言を議事録から削除する失態を演じている。自民党までもがこれに乗じて、菅党首の発言は小渕首相に対する侮辱発言であるなどと息巻いている。こんなことにとらわれることなく、「自自連立」を孤立化させ、崩壊に導き、それに取って代わる対抗軸の形成こそが、民主党に課せられた課題だといえよう。(生駒 敬)

【出典】 アサート No.253 1998年12月19日

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【書評】特攻隊員から平和運動へ

【書評】特攻隊員から平和運動へ
 信太正道『最後の特攻隊員–二度目の「遺書」』(高文研、1998.9.20.発行、1800円)

「災害救援」の名目で自衛隊の海外派兵が既成事実として積み重ねられようとしている時期に、本書はタイムリーな書であろう。
著者は、戦前は海軍兵学校~神風特攻隊員として死の崖っ淵に立たされ、戦後は海上保安庁で朝鮮戦争の掃海作戦に参加、その後海上・航空自衛隊のパイロットを経て、日航機長として空を飛ぶという波乱多き人生を送ってきた人物である。
それ故著者の歩んできた道は、戦前戦後を通じてのわが国の軍隊組織の性格を問う素材に満ちている。
例えば、敗戦によって特攻隊が解散帰郷する際に行なわれた司令の訓示を聞いて、「戦争中にも、戦争に疑問を持ちながら戦い続けてきた大先輩のいたことに、複雑な気持ちになりました」と感想を述べたすぐ後に、「もっとも、この司令は数名の兵隊を使い、民生に使える軍需物資を大量に自宅に運んだと伝えられています。これが職業軍人の本当の姿であったのでしょう。たてまえと本音の使い分け、これが軍人精神であるとわかったのは、私が本当の大人になってからでした」と指摘することで、帝国軍人の姿を見る。
あるいは、戦後のある時(1950年)、富岡少将(太平洋戦争開戦時の軍令部作戦課長)との会見で、海軍の本音に触れて愕然とする。それは次のような場面である。
「富岡少将はまた、私に聞きました。
『日本の仮想敵はどこかね』、『ソ連です』
『海軍の仮想敵は?』、『・・・・?』
『海軍はアメリカを仮想敵にして、アメリカと戦ったのだろう』、『はい』
『ではなぜ海軍はアメリカを仮想敵にしたのだ?』
そんなこと、二四歳の青年に答えられるわけがありません。もじもじしていると、彼は言いました。
『もし、海軍がソ連を仮想敵にすると、海軍は陸さんの運送屋にされてしまう。それでは海軍は陸の三割も予算が取れない』
やっとわかりました。海軍の敵はアメリカではなく、陸軍だったのです」
国を守るのではなく、ましてや国民を守るものではない、自分たちの「組織」のみを守ることしか念頭にない軍隊の本質は、現在の自衛隊においての根強く残っているし、また「仮想敵」を次々とつくり出していくことでその「組織」を維持していく努力は営々として続けられている、と著者は指摘する。その代表的なものは、こうである。
「1953年のスターリンの死は、全自衛隊員にとって大ショックでした。これは一般市民には理解しにくいかもしれません。『ソ連の脅威』が消滅し、自衛隊の存在理由が消滅する恐れがあるからです。(中略)私たちには・仮想敵・の存在が飯の種なのです。91年にソ連が崩壊したときも、自衛隊員にはやはりショックだったと思います。
ところが、イラクのフセイン大統領が救世主のなってくれました。しかも、棚からぼた餅に『国際貢献』のおまけまで付いてしまいました」。
このような軍隊を体験することで著者は、現在の自衛隊の本質が、アメリカの「フェンス(防波堤)」であり、「米衛隊」であることを確信し、次第に批判的姿勢を強めて、日航退職(1986年)後は、平和運動に邁進することになる。
その内容は、池子米軍基地住宅建設問題、硫黄島での米軍機発着問題、大韓航空機撃墜事件訴訟の証人、スミソニアン博物館での「原爆展」中止問題、ゴラン高原PKF違憲訴訟の原告等々と多岐にわたり、いずれも元航空自衛隊および日航パイロットとしての経験から、説得的な現実的視点を提起している。
それらは、海外邦人の救出を民間機で行なうことの適切さ(自衛隊機で行なうことの不適切さ、危険さ)の検証であり、「国際貢献」という美辞麗句の下に隠された自衛隊の海外派兵の危険性の暴露であり、軍事理論的に決定的重要性をもつ、「米海軍の父」マハンの戦略──海軍戦略は、戦争によって獲得し難いような、ある国の重要地点を、平時に購入または条約締結のいずれかによって占有することにより、最も決定的な勝利を収めることができるとする(沖縄のような、領土所有ではなくて領土占有がその例)、また海外貿易の大中心地の至近にある同盟国の港の中に基地を見つけ出し通商破壊の準備とする(横須賀の例)等々──の的確な指摘である。
以上のような立場から著者は、近年の自衛隊の動向に危険を察知して警鐘を鳴らし続ける。そしてそれは、太平洋戦争末期に特攻出撃の前に書いた(書かされた)「遺書」に対して、人生をふりかえって書いた二度目の「遺書」としての本書として結実する。この意味で本書は、具体的経験からの反戦書として価値があると言えよう。
ただ本書の場合、著者が平和運動に力を注げば注ぐほど、日本の平和運動の現状との間にギャップを感じさせるということも指摘しておかねばならない。著者の平和に対する「善意」について疑いをさしはさむことができないが、その「善意」を運動として拡げていく過程でのさまざまな障害のあらわれを本書のあちこちに見ることができる。これは、著者の責任であるというよりもむしろ、運動を進める側の責任であると言わねばならないであろう。すなわち、せっかくの著者の鋭い現実的な視点も結局は散発的・党派的なものに終ってしまうという事態そのものが、現在の平和運動の狭い枠の限界を示している。著者のような「善意」が幅広く受け入れられるような社会運動・平和運動の厚みと深みの時代の到来を期待したい。(R)

【出典】 アサート No.252 1998年11月21日

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【投稿】「テポドン」の落ちる日

【投稿】「テポドン」の落ちる日
                ・・・・・・何が起こるかわからない?

北朝鮮が8月に行なった「テポドン発射」を巡り、はたしてそれが人工衛星の打ち上げであったのか、ミサイルの試射であったのかは、いまもって定かとはなっていない。
しかし、確実に言えることは、北朝鮮が日本全土を射程に捉える、ロケット推進の運搬手段を開発したという事であり、それが軍事目的に使われる可能性が、否定しきれない現在、極めて不気味な存在であるという事だ。
もちろんわが国の最新型ロケットの開発技術をもってすれば、ICBMも製造可能であることは、よく知られているが、搭載すべき核弾頭の開発はおろか、それらの軍事目的への転用の意図も無いし、実行できるシステムもないことは、国際的に明白となっている。 ところが、北朝鮮の場合、核兵器保有(開発)宣言に等しい、IAEAやNPTからの脱退を公言した経過がある。現在は朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の枠組みがあり、関係国の援助が、核兵器非保持の担保となっているものの、実際のところ、金正日がどの様な意図を持っており、どの程度まで核兵器の開発が進んでいるのか判らないし、化学兵器に至ってはもっとやっかいである。
もちろん朝鮮半島の緊張緩和が根本的な解決方法である事は確かだが、それには、北朝鮮の民主化が必要不可欠である。しかし「北風」であろうと「太陽」であろうと、外圧によってそれをなし遂げるのは、望むべくもない。
したがって、北朝鮮が戦域弾道ミサイルを配備し、近い将来はICBMを保有するという可能性も含めて、対応しなければならないのも事実であるが、一部にある如く明日にでも「ノドン」や「テポドン」が飛んでくるかのように騒ぎ、直ちに対抗手段や報復手段を持たねばならない、と煽り立てるのは、過剰反応と言うものであるし、アメリカの軍需産業に甘い汁をすわれるだけである。(ただし、アメリカに振り回されず、自分で判断できる情報を入手するために「情報衛星」を保有するのは妥当である)
いずれにせよ、実際のところ、たとえ北朝鮮が「テポドン」を配備したとしても、何の兆候もなしに、それがある日突然わが国を目標に発射される、などという事態は100%あり得ない事である。

何が起これば起こるのか

それでは、どんな場合に「テポドン」が日本に向けて発射されるのか、それは「周辺有事」すなわち、第2次朝鮮戦争以外にはあり得ない。
第2次朝鮮戦争については、いわゆる「新ガイドライン」の主題であり、実務レベルの研究は既に終わり、可能なものから新機軸の合同演習などの形で、それに備えた準備が始まっているし、残っているのは、国内の法整備ぐらいとなっている。
さらには全く個別の動きの様ではあるが、先頃日本海で行なわれた海上自衛隊とロシア海軍による「救難演習」も、「周辺有事」とは無関係ではあり得ない。
このなかに、「テポドン」発射という新たなシナリオが書き加えられる事になるのであって、決して北朝鮮と日本の2国間の枠組みのなかで、進展するような問題ではないのである。
すなわち、そこには必ずアメリカが当事者として介在するわけであるし、「テポドン」への第一義的な対処も米軍の仕事となるだろう。具体的には、38度線(休戦ライン)を挟む非武装地帯への、異常な兵力の集中が確認された時点で、アメリカは巡航ミサイルまたは、徹甲爆弾によるテポドン基地攻撃を準備するだろう。また、移動式発射台に対しては、戦闘爆撃機による波状攻撃が準備されるだろう。
そして、基地の状況と平壌や38度線の動きを監視しながら、攻撃のタイミングを判断することになるが、場合によっては、北朝鮮軍の攻撃開始以前に、攻撃指令が出されるかもしれない。
この方法が最も確実に「テポドン」の驚異を取り除く作戦である。
この様に考えられる、シミュレーションにおいては、基地攻撃への直接の自衛隊の出番は有りそうにない。(「第2次朝鮮戦争全般」への対応については、別問題であり、新ガイドラインで求められる「不審船舶の臨検」や「機雷掃海」さらには小規模の派兵も考えなくてはならないだろう)自衛隊の対処が必要なのは、討ち漏らしたミサイルが日本に飛んでくる場合である。これについては、海上からの迎撃を行なった上、それでもだめなら、最後は日本上空での迎撃となるだろう。
そのためには、アメリカが開発中の既存のイージス艦の改良を中心とする、海上配備型のミサイル防衛システムと地上配備のパトリオットPAC-3(99年配備予定の性能向上型)との組み合わせが、日本の地形や信頼性、また、コストの面からも最も効果的と考えられる。
全地上配備型の戦域ミサイル防衛(TMD)=戦域高高度迎撃(TAHHD=サッド)ミサイルとパトリオットPAC-3によるシステムについては、肝心のサッドの実験が5回連続失敗するなど、信頼性において未知数であり(メーカーのロッキード・マーチン社は、後5回の実験中3回成功しなければ、アメリカ政府から莫大なペナルティが課せられる)しかも開発費、調達費を合わせれば、莫大な経費を要するものである。
そのため、日本を巻き込んでおきたいとの思いが、先行する海上配備型を追撃するように「テポドン」を利用した盛んなセールスとなっているわけであるが、日本が単独で北朝鮮と交戦するのでなければ、あえて地上配備TMDに躍起になる必要はない。それを強行するなら、軍備において「一点豪華主義」的傾向の強い日本が、「大和」の二の舞を繰り返さないと言えるだろうか。
また、政府は「攻撃された場合相手の基地を叩くのも自衛の範疇」という趣旨の国会答弁を昭和31年に行なっており、先の通常国会でも再確認されているが、現在その能力を持とうとすれば、巡航ミサイルや、それこそ戦域弾道ミサイルを配備しなけれならない。 現在の日米、米韓間の連携を前提とする限り、アメリカは自分(在日米軍基地)を守るために、「テポドン」発射以前に動かざるを得ないのであり、そのような日本の軍拡は、逆効果でさえある。
わが国も経済情勢を含め、そうした総合的観点から冷静に判断し、対抗手段については、必要最小限の整備を進めながら、北朝鮮の「暴発」を防ぐため、最大限の努力を傾注しなければならいのである。(大阪 O)

【出典】 アサート No.252 1998年11月21日

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【投稿】地方財政危機と地方分権

【投稿】地方財政危機と地方分権
               —自治労自治研全国集会に参加して—

10月28日から30日、米子市内で第27回自治研全国集会が開かれた。今回の集会は、地方財政危機が進む中で、地方分権を議論の段階から実行の段階に移すための実践的課題がテーマになった。私は残念ながら最初からは参加できなかったが、地方税・財政の分科会に参加し、かなり刺激を受けて帰ってきたので、簡単に報告したい。
ご存知のように、自治体財政は、長引く不況による税収の悪化と数次にわたる国主導の景気対策の影響を受けて危機的状況になっている。98年度に限ってみても歳入不足は1兆円を越え、公債費の借入れ残高は160兆円を越える見込みになっている。国のさらなる減税実施によって、これでは予算編成ができないと悲鳴を上げる地方自治体も出てきている。大阪府では1998年度予算編成過程で、1997年度の税収見込みが1300億円程度下回ることが明らかになり、今後毎年約2500億円の財源不足が生じる見通しとなった。その後状況はさらに悪化、11月11日には、府税収入の大幅な不足から1998年度の赤字決算は避けられない見込みだと財政危機宣言を行い再建団体転落の瀬戸際という危機的な状況に陥っている。この状態は大阪府ばかりでなく、神奈川県、東京都、愛知県等も同様であり、市町村も収入構造は違うものの財政全体の構造は同様で同じ危機をはらんでいる。
このような状況の中で、自治研の地方税・財政分科会には例年の3倍の参加者があり、自治体労働組合がいかに危機意識を持っているかがうかがわれた。最初に、地方分権推進委員でもある神野東大教授からの問題提起があった。その要約を「自治労大阪」から引用すると「減税と公共事業を進めるほど地域経済は停滞する。国と地方との関係は親企業と子会社のように系列化されており、国の赤字が地方に押し付けられているのは現状だ。今、市民は雇用不安や社会保障の切り捨てで将来への不安を感じている。不安を断ち切るために、自治体がセイフティーネットを構築する必要がある。地方が財政を立て直しセイフティーネットを構築するためには、1、国から地方への財源移譲 2、地方税の増税と国税の減税 3、消費税の地方分(地方消費税)の引き上げ 4、法人税を外形標準課税方式に変えるなどが必要だ」ということである。地方財政危機は深刻で、定数削減や人件費削減等組合運動にも大きなマイナス要因になっているが、この危機を逆に地方分権の条件を整えるチャンスにして行こうという発想である。税源移譲には法律的な壁があるが、現状でも具体的に、土木費等の公共事業費を削って、町田市では福祉型財政への取り組みや、上越市では国際的環境マネジメントシステムであるISO14001認証を取得しての環境型財政の先進的な取り組みが行われている。また、大阪自治研センターからは、景気回復や雇用対策という点からも、公共事業よりも福祉に財政投資した方が、地域への雇用・経済効果の点で上回るとの心強い研究発表も行われた。地方財政危機は自治体労働運動にとって重苦しい重圧としてのしかかっているが、組合も一皮むいて、日本の根本的なシステム改革の重要課題として地方分権の視点からこの問題に取り組む必要があると気づかされた。財政分析の重要性が訴えられていたが、労働組合だけでやるのではなく、市民と一緒にやることで組合と違う視点で分析してみる必要があるのではないだろうか。
(若松一郎)

【出典】 アサート No.252 1998年11月21日

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【投稿】 労働力の流動化に新ワークルールの確立が急務–労基法「改正」によせて–

【投稿】 労働力の流動化に新ワークルールの確立が急務–労基法「改正」によせて–

●「終身雇用」から労働力流動化への動き
厳しい経済状況の中、地域ユニオンでの労働相談には毎日のように相談が相次いでいる。特に企業倒産に関連する相談と中高年労働者の相談が多いのが、今の経営側の状況を反映した状況となっている。大手企業では終身雇用やそれを前提にした賃金制度にかわり会社や個人の成績・業績を中心にした制度へとどんどん移行している。それは事業やプロジェクトの必要に応じて必要な人材(労働力)を集め、事業目的が達成すれば解散するといった短期集中型の生産・管理が行われてきていることの反映でもある。ナショナルスタンダードな部品の共通化を徹底することによってコストを削減し製品の基礎的な部分については製品サイクルを伸ばし、しかも新技術や新しい外観を取り入れることによって新しい商品価値を与え、1製品当たりの製品サイクルは極端に短くなっているのが昨今の商品の特徴だろう。パソコンや自動車、加工食品、音楽CDにいたるまで、このような「プレミヤ」「レア」「特別仕様」ものブームもその現れといえよう。
労働基準法改正が衆議院段階での修正可決に続き、参院本会議で可決、成立した。裁量制をホワイトカラー業務に拡大するほか、期間を区切った雇用契約の上限を一部業務で3年に引き上げる、裁量制の適用拡大は2000年4月から、そのほかの改正内容のほとんどは来年4月から実施となる。 改正により、現在は公認会計士やコピーライターなど11業務に限られる裁量労働制を企画、立案、調査などホワイトカラー業務に広げる。労働省は今後、裁量制を拡大する業務や対象労働者について指針作りに入る。
今回の労働基準法改正は、言ってみれば経営側にとって「労働力」というコストに対してのフリーハンドを拡大したという一点につきる。労働側は様々な修正を行ったが、結論的には「労働者保護」というよりは経営側の主張にそった内容だ。労働力もフレキシブルに扱えるように法的な合意を与えたことだ。
これらは日経連がかねてから「新日本的経営」の中で、基幹社員以外の労働力を専門職も含めて派遣や契約社員といった流動的なものにしていくという内容とも合致している。
もちろん機会均等法や育児介護休業法をはじめとした関連法を背景とした平等法についての一定の前進はあるものの、重要な点についての保護規定は不十分なままである。特に一部新聞報道で指摘されたとおり、連合内部でのホワイトカラーの裁量労働制導入についての意見の食い違いは、すでに「サービス残業」が恒常化して、これに組合として歯止めをかけられないという労働実態のが多くあることを物語っている。今回の改正でこの実態についても法的な整備を行ったというのが事実だ。すでに日本では「サービス残業」は労働契約にない「時間外労働なんだ」という点さえあいまいになりつつある。今後、企業レベルでの組合側の具体的対応が焦点になってくるが法案の修正審議が本当に成果となるかどうかが厳しく問われる。
生産部門については80年代より高い労働生産性を確保してきた日本であるが、管理部門についてはコンピュータ化も含めて日本は極めて低い生産性であることが指摘されてきた。企業間のネットワーク化も90年代後半に入って本格化したが、これに拍車をかけて管理部門での生産性を向上しようというのが経営側の思惑であろう。退職金の在職期間中の早期支払い制度や年俸制など企業の雇用・賃金システムは激変しつつある。そしてそれは一定の労働者ニーズを持っていることもまた事実であることをきちんと押さえておく必要があるだろう。この点で一律ベースアップ要求を行ってきた組合側のあり方もまた問われている。

●21世紀のワークルール確立をめざして
法案に対して連合をはじめとする労働団体は昨年より様々なキャンペーンと活動を全国的に繰り広げ、労働側の対案も作成し、当初、政府労働省案の廃案をめざして運動を展開してきた。それは21世紀へ向けて、労働のあり方をきちんとルール化しようというワークルール確立の運動として展開された。当初の署名活動も連合地協傘下だけでなく様々なレベルでキャンペーンされ、ひさびさの大衆行動として行われたことも記憶に新しい。しかし当初廃案をめざしてきた労働(連合)側も、国会審議がはじまるや、長引く景気の低迷、いっそうの規制緩和をもとめる財界の声に押され、野党や連合内部の一致した対応が難しいなかで、法案の修正審議へ臨んだ。地域ユニオンの首都圏段階のネットワークでは「労基法改悪No!」ネットワークとして運動を広げ、衆議院での修正が不十分であることをふまえ、参議院でのよりいっそうの徹底審議を追求しようと、デモ行進やハンガーストライキで審議を追求した。
今回の労基法改正の問題点は、(1)新裁量労働制の導入、(2)有期雇用契約の延長、(3)深夜労働の規制緩和、(4)時間外労働の条件緩和などがる。特にパート労働者からみると、(2)有期雇用契約の延長や(3)(4)の残業や深夜労働の条件緩和が重要な問題である。(2)の有期雇用契約は、現状では1年以上の契約を認めていないが、それを5年(改正法では3年)にまで延長しようというのが財界の狙いだ。これは『育児・介護休業法』で労働者に子供や親の育児・介護の権利を保障しながら、「ただし有期雇用契約のものは除外する」という条項があることを前提にしている。つまり、パートや契約社員などを有期雇用契約としてしまえば、5年間も働き続けた労働者にさえ育児・介護休業は保障しなくてもいいという、財界に都合のいい内容となっているからだ。また、男女の雇用平等を基本として出てきた(3)(4)でいえば、日本はただえさえ残業に対して規制がないのが実態なのに、これでは男も女も深夜労働や時間外労働が拡大し、家庭崩壊や子育てができない環境をいっそう拡大することにつながりかねない。残業は労働契約にない時間外労働なんだという働く側の意識も大切ですし、時間外労働や深夜労働が必要ならばきちんとこれをルール化(割り増し賃金等の問題)して、厳しく規制することが必要だ。
改正労基法は、『連合案に比べればなお不十分なものの、労働大臣答弁と付帯決議で「おおむね連合の要諸は満たされたもの」』となったとして、連合は事務局長談話で『成立後も審議課題に取り組む』ことを表明した。「法案成立後の課題は、新裁量労働制の対象業務や対象労働者および労使委員会の機能等に関する専門的機関での検討、深夜労働に関する法令措置を視野に入れたガイドライン作成、時間外労働の上限基準等をはじめとする政省令事項等の重要審議がある。これは主に中央労働基準審議会での審議になるが、連合は労働者代表委員を通じてこれまでの国会での審議はもちろん、労働現場の実態および各界の意見を踏まえつつ、労働基準法改正はまだ終わっていないとの認識で対応していく。
99年4月には今回の新裁量労働制を除く改正労働基準法、改正男女雇用機会均等法、改正育児・介護休業法が施行される。連合は、これら改正労働関係法が真に労働者の労働条件向上に寄与するよう、労働組合においては協約闘争として、未組織労働者には周知・相談活動等として取り組んでいく。(要旨)」
思うにこの10年、経済の国際化の流れとバブル景気を背景に女子労働の本格的な戦力化が行われ、男女を問わず24時間生産・サービス体勢へと駆り立てられ、子育てどころではない少子高齢社会への窓口をあけてきた。女性の自立という面では前進があったが、同時に労働者生活は「コンビニでしか買い物ができない」生活へと向かった。生活はいっしょだが「結婚しない」、「子供を産まない」自由は手に入れたが、「結婚して」「子どもを育てる」条件はますます厳しくなった。今30代前半ぐらいまでの世代はこうした状況下で企業の中でも今後中心をになっていく世代になりつつある。会社で働くことばかりに駆り立てられてきた労働者の意識も今大きく変化してきているが、企業社会が一定、意識の上でも賃金の面でも後退せざるを得ない現状で、労働側がこれに代わるきちんとした労働者としての「生き方」を提示できるかどうか、という点ではよい契機である。
すっかり影を潜めてしまったボランティア活動や環境問題などの地域社会生活、老人介護や子育てなどの家庭生活、そして会社等での労働生活といった3分野で今後重要な選択が問われることは必至である。企業危機や生活危機のなかで、これまで企業に大きく依存してきた領域をどう個人レベルで再構築してゆくか、労働者の権利や労働組合の権利、あるいは「連帯」ということも基本に立ち返って取り組めるだろう。連合の大手組合が相変わらずの企業主義では連合の未来も見えてこないのではないだろうか。(東京・R)

【出典】 アサート No.252 1998年11月21日

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【投稿】 経済危機の進行と与野党再編

【投稿】 経済危機の進行と与野党再編

<<「どうか受け取って頂きたい」>>
先の国会で成立した「金融再生」関連法や「早期健全化」法などによって、60兆円の公的資金を金融機関に投入する法的枠組みが決定された。98年度当初予算の税収が58兆5220億円であることからすると、この1年間の税収をもこえる巨大な金額があれよあれよというまに決定されてしまったのである。
今年3月決算の直前に、大手銀行21行と地銀3行に横並びのリストラ策を提出させ、各行まんべんなく一斉資本注入を行い、約1兆8156億円の公的資金が投入されてまだ半年しか経っていない。当時も今回も「貸し渋り対策」のために投入するのであって、「経営健全銀行」にしか投入しないと言明された。
しかし現実は、健全だったはずの長銀はその後すぐに経営危機を表面化させ、長銀に資本注入された政府保有の長銀優先株約1700億円はただの紙屑となり、貴重な税金がどぶに捨て去られたも同然の事態となった。貸し渋りの方も、公的資金投入直後の4月以降より一層ひどくなった。実際に、公的資金投入直後の4月の貸出平均残高は前年比4.08%減で、3月の同2.92%減よりもさらに悪くなっている。公的資金を受け入れた直後から「貸し渋り」「資金回収」をさらに強化し、「金融収縮」があらゆる分野に拡大し、景気をさらに悪化させてきたことは周知の通りである。公約とはまるで逆行する事態が進行してきたといえよう。
そして今回、この10/28、金融監督庁は「公的資金60兆円」についての説明会を行い、そこに大手18行の担当部長を招集、同庁の浜中次長は「金融システムの安定のためには各行一斉に資本注入を行う必要がある。どうか受け取っていただきたい。」と述べたという。各行一斉に投げ銭を与えるから受け取れというのである。その異常な感覚は通常の理解の限度を超えている。
10/24には、自民党金融問題調査会幹部は、都銀9行、長信銀2行の幹部が会談した際に、「公的資金を投入しても、経営陣の退陣は求めない」と明言して、経営責任不問の密約まで交わしている。その論理は「都銀の内、2~3行はすでに深刻な経営危機に直面しており、早く公的資金を投入しないと破綻しかねない。そうした銀行だけを救済すれば、市場でどこが危ない銀行かが分かってしまう。それを分からないようにするには、責任を不問にして大手18行すべて同時に公的資金を入れるしかない」(自民幹部談、11/13週刊ポスト)と内幕を暴露している。
まさに銀行の経営危機と経営責任を不問にするための60兆円投入である。さんざん克服が叫ばれてきた護送船団方式がまたぞろ事態を支配しようとしているわけである。まず日本興業銀行が資本注入受け入れを申請することを発表、同行の株価が92円高となったのを受けて、経営危機がささやかれている富士、さくら、大和、あさひなどが横並び一斉資本注入の機会を今か今かと待ち構えている。

<<「国民がもっと怒らんといかん」>>
旧住専の不良債権の回収に取り組んでいる中坊公平氏が指摘しているように、バブル期に不良で悪質な融資案件を旧住専に紹介して暴利をむさぼり、ごみ箱のように利用しながら、関与者責任を一切認めず、その後始末に税金を投入させたのは、これら大手金融機関である。
旧住専7社が抱え込んだ不良債権の中でもタチの悪い劣悪債権は5200件にも上り、そのうち紹介責任が明確な134件の内、住友銀行だけで72件も占めているという。中坊氏が社長の住宅金融債権管理機構は今年6月、そのうちの2件について、不公平な紹介、重要な事実を故意に隠して紹介した責任を問い、48億円の損害賠償を求めて住友銀行を提訴、裁判が進行中である。ここでも住友はたとえ「モラル違反」であっても、法律違反がなければ何をしてもいいし、犯罪に問われることはありえないという姿勢を撮り続けており、「裁判で負けない限り払わない」という態度である。
中坊氏は住専処理の6850億円の何百倍にも当たる公的資金の投入について、「法律違反がなければ何をしてもいいという」、「こんなモラルのない金融機関に、いったい国民の税金をもらう受け皿としての適格性があるんだろうか、と大いに疑問があります。」、「あえていえば、金融機関一般が悪いのではなしに、大手銀行の経営者が問題やと思います」、「今の貸し渋りでも大手銀行が先頭を切っている。」
中坊氏は「銀行経営者が変わることへの期待よりも、国民がもっと怒らんといかん。国民が怒らん限り、銀行経営者は責任も取らずにぬくぬくとしているやろ」(10/25日経)と断言している。「公共的だから」といっては税金をもらい、「私企業だから」といっては責任逃れをし、情報開示さえも拒否する、こうした大銀行に対しもっと怒りを結集せよというわけである。まさにしかり、溜飲を下げるだけではなく、こうした事態を放置している政府機関、与野党の責任が追及されなければならない。
9/1の衆院特別委員会で長銀への公的資金投入問題で責任を問われた金融管理審査委員会の佐々波委員長は「個別行の経営内容については把握していない」と述べて、本来なすべき義務をさえ放棄して省みず、その無責任ぶりをさらけ出し、全くズサンでいいかげんな「審査」で税金をドブに捨てるようにばら撒いたことについては、反省の一言も述べることができなかった。これが公的資金投入の是非を審査し、決定を下す機関の責任者であり、さきの金融監督庁の態度といい、あきれるばかりではあるが、こうした事態が放置され、責任が問われない限り、よりいっそう事態は悪化していくであろう。

<<野中氏の立ち回り>>
ところで「長銀は債務超過ではない」と繰り返してきた政府が、なぜ土壇場で長銀破綻に向けて方向転換をしたのであろうか。野中官房長官は、長銀の救済合併先である住友信託の社長を首相公邸に呼びつけ、小渕首相から直接の合併要請をさせ、公的資金を投入してでも破綻前の住信との合併を画策していとこと、日米首脳会談で小渕首相はクリントン大統領に対して長銀はつぶさないとまで公約していたことからすれば当然の疑問が浮上してくる。しかも同行がが法的手続きに委ねられることによって、これまで隠し通してきた粉飾決算、不良債権隠し、政治家がらみの迂回不正融資などの実態が暴かれることに、とりわけそれらに深く関わってきた宮沢派が抵抗してきたことも良く知られている。
しかし一旦崩れ出した堰は止められなかったのであろう。すでに債務超過である実態が長銀内部からさえ具体的な数字をもって流れ出し、金融監督庁も、9月末時点で1600億円の自己資本があるが、有価証券の含み損が5000億円で、これを考慮すると「実質債務超過」であると発表せざるを得なくなった。しかも長銀は破綻した日本リースの債務保証予約をひそかに実行していたことも明るみに出た。今年3月期の有価証券報告書にも記載していなかった。債務保証であれば記載が必要だが、「予約」であれば記載を逃れられるとして編み出され、他の銀行やゼネコンなどでも多用されているという。しかしこれは明らかに証券取引法違反の虚偽記載に該当するものであり、刑事罰を問われることが相当な犯罪である。そして実際に長銀は株価が急落した今年6月、農林中金に補償額に見合う有価証券担保を提供していた。農林中金向けの1300億円を含め、こうした保証予約は2000億円に上っていたという。この日本リースには、農協系金融機関が3588億円、長銀本体が2557億円、住友信託が1549億円、三菱信託が1482億円、など多くの金融機関が債権を抱え込んでいたのである。
もはやここまでくれば救いようがない。しかも野党3党が一致して長銀への公的資金投入に反対しており、長銀問題と金融再生6法案が完全にリンクすることとなった。野中官房長官は、長銀をあきらめる代わりに6法案の成立を民主党との間で確認、しかも菅党首との間で、そのことによる内閣の責任を問わないという約束まで取りつけた。このことによって菅党首は野党間の不協和音と足並みの不一致の口実にされることともなった。野中氏は小渕内閣の延命と同時に野党間にも楔を入れたともいえよう。
野中氏は直ちに記者会見で、長銀救済の最大のネックだった日本リース問題をとりあげ、日本リースへの債権放棄は認めないと言明、これによって直ちに日本リースは破産、長銀救済は音を立てて崩れ去ったのである。
野中氏はさらにもう一つの手を打った。「個人的な感情を横においてでも、基本的な政策で一致する」党との連携をぶち上げ、自民党との連立に党再生の望みを託している自由党の本音を利用して、早期健全化法案については自由党と交渉し、合意を推進したのである。かくして6法案は自由、公明、民主で、早期健全化法案は自民、公明、自由で成立させ、臨時国会は閉幕した。

<<「消費税還元」セールの大当たり>>
ところで、1スーパーストアが始めた「消費税5%還元セール」が大当たりし、今や大手スーパーが全国の系列店で期限付きではあるが、一斉に「消費税還元」、「消費税抜き」を売り物にセールを展開、そこでは売り上げを急増させている。昨年4月以来の不況下に強行された消費税引き上げと増税政策、医療費負担増大がいかに消費を冷え込まさせてきたかを如実に示すものであった。
ルービン米財務長官等から消費税引き下げや一時停止を提起されてもかたくなに拒否してきた政府・自民党内にもがぜん不協和音が吹き出し始めた。危機的な経済状況の深化と自民党政権存続の崖っぷちの状況が、どの野党と手を組むかによって大きく政策を揺れ動かしているのである。
11/10、自民党役員連絡会で武藤元外相は、「消費を喚起しないと景気は良くならない。自分は(自民党税調会長として)消費税率を上げた張本人だが、この際、反省も込めて引き下げを提案したい」と発言、日経連の三好副会長までが「経済危機を救うためには、5%から3%に2年間ぐらいは引き止めておく」ことを提起し出した。

ここにはもちろん、自民党との保保連立をめざす自由党の「消費税は一時的に0%に凍結する」という政策との連動が見て取れる。自由党の凍結政策は一方で、一旦0%にした翌年から1年ごとに毎年消費税を2、4、6%、と段階的に引き上げていく、そうすれば各年度ごとに「駆け込み需要がさらに増大する」というまやかし的な政策が控えている。
一方、公明党との連携で急遽浮上してきた商品券支給構想は、ほとんどの世論調査でそっぽを向かれ、愚策だとけなされているが、それでも額も対象も縮小して「ふるさとクーポン」とか「地域振興クーポン」などとして合意を確認している。しかしその実施に当たっては、「デザインを決め、それを印刷する手間と経費」、「そのデザイン等を周知徹底させる手間と経費」、「対象者本人に確実に商品券を届ける手間と経費」、「使用された商品券を集計する商店、銀行、役所の手間と経費」、いずれも「手間と経費がかかりすぎる。」(10/31読売、山家・第一勧銀総研専務理事)し、商品券偽造の危険、防止用の透かし印刷等々、次から次へと難題が吹き出し、政府・自民党内でこれに触れることがタブー視されてきた。
そこへ消費税問題である。明らかに自公から自自への軸足の移動が見え隠れしているといえよう。参院の過半数127に対して自民党は23足りない。これに対し、自由党は12、公明党は24である。しかし公明は1党だけで自民と手を組むことに躊躇しており、自民党は公明を間に挟んで、民主と自由をてんびんにかけながらも、次第に保保路線への移行が明確になろうとしている。またぞろ中曽根やいかがわしい連中がしゅん動し始めた。短期間の臨時国会終了前後の内閣改造によって野党から閣僚を取り込み、事実上の連立政権とする構想が急浮上し始めた。
こうした自民党の延命に手を貸すのかどうか、今度こそ民主党の存在価値が試されているといえよう。(生駒 敬)

【出典】 アサート No.252 1998年11月21日

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『詩』 「スケッチ九八」

『詩』 「スケッチ九八」
                大木 透

それは
不思議な旅だった
孫や娘夫婦は
例年通り
サンクト・ペテルブルグにいた
連れ合いは
ちょっと活気をなくしていた
俺は
自分を
上から眺める
鳥瞰図に凝っていた
ビュッヘの絵が
法王庁にあるらしいが
そんなものを
想像しながらも
本当に
タブラ・ラサだった

娘夫婦の歳に比べれば
確かに
そう言わざるをえない
この老夫婦は
なにごとかの
新天地を
求めていた

この旅は
孫を迎えに行くことから
始まった
五人組の旅は
歩く旅であった
ユーロスターに乗る
旅であった

日本から
サンクト・ペテルブルグへ
サンクト・ペテルブルグから
モスクワへ
モスクワから
ローマへ
ローマから
ベネチアへ
ベネチアから
ウイーンへ
ウイーンから
プラハへ
プラハから
モスクワへ
モスクワから
日本へ

なんの
変哲もない
旅であった
旅行会社の
パックには
ないが

帰ってから
俺は
地図を広げて
振り返って
四人の名前を
思い出した
レーニン
トリアッティ
ドプチェク
ゴルバチョフ
不思議な
組み合わせ
俺の旅

この旅には
裏街道もあった
裏の旅もあった
ベネチアで
ブロツキーの道を
歩いていた
ウイーンの音楽博物館の
暗い付録の部屋で
シェーベルクの
下手な自画像を見た
プラハ城の裏通りで
カフカの家を見つけ
「最後の手紙」を
買った
モスクワの墓地で
フルシチョフ夫妻の向こうの
明るい日向で
真新しい
シュニトケの
墓に参った
黒いリボンに巻かれた
ロシア文化省の
グラジオラスの束は
萎えていた
(一九九八・九・二三)

【出典】 アサート No.251 1998年10月24日

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【投稿】戦後民主主義を問い直す (no7の補論)

【投稿】戦後民主主義を問い直す (no7の補論)

<いま、何かが確実に変わってきている>
小林よしのりの『新ゴーマニズム宣言スペシャル 戦争論』(幻冬社 1500円)がこの7月に発売以降、2ヶ月あまりで34万部を突破したと言われている。9月6日の毎日新聞第2面に、紙面3分の1のスペースを使った広告も掲載されている。トーハン調べの単行本(ノンフィクション)でも9位に入っている。この手の固い出版物としては脅威な数字らしい(産経新聞 9月6日)。また、自由主義史観研究会編集の『教科書が教えない歴史(全4巻)』(扶桑社)は、百万部を越えるベストセラーとなっている。来春発売予定の「新しい歴史教科書を作る会」編集の『(仮題)国民の歴史』予約申し込み件数も20万部を軽く突破していると言う。
今、何かが変わってきているのではないか。戦後50年が過ぎて、ようやく近・現代史も歴史として冷静に見つめて行こうという無意識の国民欲求の現れではないだろうか。
自由主義史観研究会や新しい教科書を作る会に対する疑問や反論や、批判、誹謗中傷が「左・右」立場を問わず展開されてきた。そのすべてに目を通したわけではないが、「左」に位置していると思われる側からの批判、反論には、誹謗中傷の類が大部分で、これまでの持論の言いっぱなしに終始し、全く論点を噛み合わせヨうとしていない様に感じる。それに比べ、「右」と言われてきた側からの反論や批判には、それなりに噛み合っており、読んで参考になる事が多かった。
私は、小林よしのりや自由主義史観研究会、新しい歴史教科書を作る会の著作に対するこれまでの「左・右」の側からの批判、反論より、これまでなんとなく「左」の側の主張する歴史観に同調していた人達が、これらの著作を読む中で、もう一度みずからの頭で考えて行かねばならないのではないかと変わってきた現象に注目している。

<「左」の批判は的を外している>
いま彼らの著作を購読し、その活動に注目している人達の大部分はこんな人達であろうと推測する。この動きが、これまでと違うのである。これまでの筋金入りの「右翼」や自民党「保守勢力」肝いりの運動とは、全く質の異なる変化であると言うことにいまだ気がつかず、従来と同じような問題意識で「保守・反動」側からの危機感の現れとしての策動と捉える「左」の側の反応は、完全に的を外しているのである。
逆に、「左」の側が、戦後50年間、「保守・反動勢力」側の攻撃に抗して築きあげてきた「戦後民主主義の成果」を、改めて「保守・反動勢力」側が、時の権力と一体になって突き崩しにかかっていると言う時代認識・危機感を持っているのだろうと思う。だから、自らのこれまでの歴史観に固守した反論の域をどうしても脱することが出来ず、論点を噛みあわそうとあえてしないのではないかと思われる。
「左」の側からの反論の代表的なものを選んで、徹底的に論じてみたいと言う衝動に駆られる事もあるが、既に論じ尽くされている事に屋上屋を重ねる事になるので、何処か気が進まなくなるのである。
もし、「アサート」に反論が載るなら、論じてみたい。と言うのは、これまで「アサート」に載った断片的な反論を読んで感じるのは、批判の対象としている側の著者の著作をまともに読んでの反論とは思われないからである。「揺らぎ」が全く感じられないのである。本誌225号の当麻太郎論文には揺らぎがあった。その揺らぎの内容に、私は共感し、共鳴した。当麻さん。再度投稿をお願いしたい。論争にも、遊びの面がなければ、面白くない。真剣一点張りでは疲れます。論破されてもかまわない。みずからの考えが間違っていたら改めたら良いのだからと、私は気楽に考えている。
アサート247号の論文「何が問題化ー戦後思想の課題」の中に、重要な依辺さんの問題提起がある。それは「しかし、このような各論のテーマはとりあえずこの場では意味がない。要するに、日本の戦後責任を明確にし、元慰安婦の人権を擁護すべきだと考える人々にとっては、自らが前提とする正当性に疑問が投げかけられること自体が認められないからである。」と言うところである。
言うまでもない事ではあるが、私は、日本の戦争責任を明確にすべきだと思っている。元慰安婦の人権を擁護すべきだと思っている。問題は日本の戦争責任とは何なのか。元慰安婦の人権を擁護するという事の内容は何なのかという事である。それを自明の事のように主張し、断定した物言いに「ちょっと待った」と感じるのである。

<新たな「侵略戦争論」の提起が必要>
あの「大東亜戦争」が、侵略戦争であったか、自衛戦争であったか、どちらかと問われれば、私は、現時点でどちらか一方に決められない「揺らぎ」を持っている。ただ、侵略戦争だと主張している側の論調への違和感が日増しに強まってきており、彼らの論調には多くの間違い、思い込みからくる「決めつけ」があると思い始めているだけである。
侵略戦争だと主張している従来の論調に違和感を持っていると言う事、あるいはその論調に異を唱える事自体が、侵略戦争を否定していることには直接つながらないと言う事が、彼らには理解ができないのである。いま侵略戦争だと主張している人達の論調そのものに明確に反対する立場からの、侵略戦争であったという論調もありうるし、そんな論調が出てこなければならないのではないか。出ているとしたら、ぜひ紹介して欲しい。
「強い普遍性や狭い絶対性を主張する近代的理性は、討議によって改めて位置付けられない限りドグマに転落する。」(アサート247号)という依辺さんの指摘はここでも省みられるべきであろう。
「右」と言われる側のあの戦争や歴史に関する論調は、さまざまな立場があって知的好奇心を覚える。いま、「左」と「右」の論争より、「右」と「右」のし烈な論争の方がはるかに質が高く、実証的であると私には感じられる。この問題に対する「左」と「左」のあいだの論争がないのは本当に不思議である。いままで、さんざん「左」の間で、さまざまな論争があったのに、この問題に対しては一枚岩のように見える。これは不自然である。社会主義世界体制が崩壊し、これまでの冷戦構造が崩れた現在社会の中で「いまの歴史教科書は、これでいいのか」について、「左」のあいだで論争がなぜ起こらないのだろうか。「左」の懐の浅さ、硬直性を感じずにはおれない。
最後に一冊の書物を紹介したい。『社会科教育98年別冊NO457号近現代史の授業改革9-特集:近現代史を見直すための文献案内』(明治図書)である。
今の私の問題意識は、(1)日本の近現代史を核としながら、世界史の中に日本の歴史を位置付けし直してみなけれなならないという事。(2)戦争論の整理と、国際法、国際条約の関係の問題。(3)グローバリズムとナショナリズムの関係から、国際金融市場の発展と近代国民国家の今後の機能変化についての問題、ポストモダン時代における国民国家論とは何なのか。そこにおける民主主義のあり方について、勉強していきたいと思っている。今回でこのシリーズを終えます。最後まで掲載していただいた編集子に感謝申し上げます。(1998・8・9織田 功)

【出典】 アサート No.251 1998年10月24日

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【書評】ロシア革命と社会主義建設の本質に迫る

【書評】ロシア革命と社会主義建設の本質に迫る
          ロイ・メドヴェージェフ『1917年のロシア革命』
          (1998.9.20.発行、石井・沼野監訳、現代思潮社、2500円)

社会主義国家ソ連の成立と歴史をどのように分析・総括していくかは、きわめて困難ではあるがしかし緊急を要する重大問題である。この問題についてのメドヴェージェフの新著が本書であり、本書はロシア革命の発生、ソ連の成立時代を扱う概史という内容を持っている。著者メドヴェージェフは、スターリン主義下のソ連において反体制的立場を取り続けた歴史家であり、『共産主義とは何か(上下)』(邦訳、1973~4年、三一書房)、『10月革命』(同1989年、未来社)等でよく知られている。またこの10月初旬に来日したばかりでもある。
さて著者は、ロシア革命(二月革命、十月革命)に関する定義論争に、「フランス革命には、(略)1789年から94年にかけての全事件が含まれるように、ロシア革命にも1917年2月から、ネップ[新経済政策]への移行が完了しソヴィエト連邦が成立した1922年12月にかけてわが国で起った全事件を含めるべきなのである」と主張する。そしてこの革命におけるさまざまな要素と諸問題を分析した上で、「ボリシェヴィキによって準備・組織され、臨時政府の支配に終止符を打った武装革命は、あっと言う間に、しかもほとんど無血のうちに終った」、「政権に就いたボルシェヴィキは、自らの勝利を確実にし拡大するための大規模な活動を展開した。十月革命後百日間の彼らの活動は、ほとんどあらゆる観点からみて順調であった。しかしながら、そのプロセスの多くは自然発生的に進行したのだった」と指摘する。それ故十月革命直後から、次のような状況が出現した。
「国民および社会生活の運営と整備に移行する段になってボリシェヴィキとレーニンは、まだ自分たちに解決の準備ができていなかったある問題にぶつかった。何を、どのような方法でロシアに創造するかを決めなければならなかったのである。(略)これらすべての問い(経済、国家建設等──引用者)に対するはっきりした答はなかった。というのは、そもそも社会主義とは、そして社会主義一般とロシアにおける社会主義革命とは何なのか、という肝心の問題がはっきりとは理解されていなかったからである」。
「1913年春、マルクス没後三十周年にあたって小論を発表した時、わずか五年後にはプロレタリア国家がいかなる『新しいもの』を創造し、いかなる『古いもの』を一掃すべきかという一般的でない具体的諸決定を自分が下さねばならなくなろうとは、レーニンには思いもつかなかったであろう。それがボリシェヴィキの多くの失敗や敗北の原因となった。レーニンと党にあったのは科学的理論ではなく、単なる社会主義の思想であった」。
そしてこの点については、レーニンのみならず、マルクスもエンゲルスも同様であったと著者は述べる。
「十九世紀および二十世紀の社会思想や社会・政治運動に彼(マルクス──引用者)が与えた影響は、何よりもまずプロレタリアートの歴史的使命についての学説と結びついていた。プロレタリアートは支配階級となって人類を社会主義と共産主義に導かねばならない、というものである」。
しかし「批判的分析を始めれば気付くように、マルクスは、新しい社会・経済の発展段階としての社会主義に関してまとまった学説など皆目持ち合わせていなかったし、彼もエンゲルスも社会主義社会とそれが機能するためのメカニズムについての何らかの詳細な計画をつくろうなどしていなかったのである。二人は傾向や目的について語り、若干の仮説を提示したに過ぎなかった」。
かくしてレーニンにとっては、「革命が勝利した『翌日』、この党は一体何をすればよいのか? あるいは百日後に何を?」ということがさし迫る大問題であった。「しかし、一つ彼が確信していることがあった。一刻も早く『収奪者を収奪し』、生産手段の私有、貨幣の力、商業および商品生産を廃止すべきだということである」。
このような状況の下にソ連の国家建設が進められることになるが、しかしその場合の「急進主義」「社会主義を理解する際の視やの狭さや教条主義」がかえってソ連の困難をもたらし、「大多数の国民の利益や要望に反する政策を実施しはじめた」とされる。
この点について著者は、こう述べる。
「ソヴィエトの文献では長いこと、内戦と干渉こそが『戦時共産主義』や『赤色テロル』を生んだとの説が定着していた。しかし実際はその逆だった。当時誰も『戦時共産主義』政策とは呼ばなかったボリシェヴィキの極めて厳格な経済政策こそがテロルや内戦を引き起こしたのであり、食糧徴発やテロルの激化がその内戦を長引かせ、深刻化させたのである」。
この経過と評価については、さらに研究が進められるであろうが、しかしともかくこの後に実施されたネップが新生ソ連を危機と荒廃から救ったということについては異論がないであろう。
「1924年にはまだレーニンは、ネップを農民への一時的譲歩、一時的後退であるとしていた。同年末レーニンは『後退は終わった』と書いた。レーニンは多くのことに驚かされていた。彼の覚書にはネップを戦術的駆け引きとする書き込みが少なくない」。
「1922年秋頃になると、レーニンの気分とネップに対する態度は変化し始めた。農民たちは難無く、ほとんど何の強制もなしに食糧税の義務を遂行し、そのことが経済的にも政治的にもソヴィエト政権を強化した。1922年秋頃すでにレーニンは、ネップについて1921年秋とは違った調子で発言しはじめた。今度は問題は、戦術ではなく戦略であり、一時的譲歩ではなく『本腰を入れた、長期にわたる』政策であり、また革命的方法から『改良型』の方法への移行であった」。
かくしてソ連は徐々に安定度を増していく。しかしそれは皮肉にも小ブルジョア型の綱領によってであった。そしてここに、後の時代に一層大きな困難となる問題の種が蒔かれることになる。すなわち「レーニンは、経済政策の自由化がこうした政党の影響力強化につながりはしないかと懸念していた。したがって、経済の自由化が政治の民主化を伴わなかった」のである。
この点について総括して、著者は次のように述べる。
「ネップの枠内で経済活動の自由を徐々に拡大していきながら、政治活動の自由も徐々に拡大してゆくべきであった。(略)ネップの導入を主張し、党に対してこの新経済政策が『本腰を入れた、長期にわたって』実施されるものであることを説得しながらも、レーニンは社会主義的民主主義を拡大させる必要性については一言も言わなかった。それどころか彼はテロルの維持、つまり法によって規制されない暴力の維持を要求した。ネップ導入はレーニンの最大の功績であり、民主主義の役割と重要性の過小評価が、彼の最大の誤りであったと私は思う」。
このレーニンとボリシェヴィキについての厳しい評価が、現在1990年代のロシアの状況に対する評価にまでつながっていることは、本書の終わり部分を読むと理解されるが、著者の立場からは、次の語が結論となる。
「いずれにせよ民主主義の軽視こそが基本理念としてのレーニン主義の危機だけでなく、ソヴィエト社会主義のあらゆるモデルの危機の原因になったと断言してもよいだろう」。
以上本書は、ロシア革命と社会主義の本質の深く迫るものであるが、また翻ってわが国の社会主義運動を考える際にも、他山の石として多くの教訓を与える書であると言えるであろう(R)

【出典】 アサート No.251 1998年10月24日

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【本の紹介】「子どものトラウマ」 西澤 哲 著

【本の紹介】「子どものトラウマ」 西澤 哲 著  講談社現代新書

「トラウマ」という言葉をご存知だろうか。「心的外傷」とか訳されている。アメリカでは子どもへの虐待に対する研究の中で1960年代から使われてきた考え方らしいが、日本では1995年の阪神大震災を契機に注目されるようになった。「トラウマ」とは一言で言えば大事故、戦争、暴力等によって大きな被害を被った人の心理的・精神的なダメージであり、幼いころ受けた心の傷は10年、20年を経てもその人の精神的な健康に著しい影響を与えつづけることがありえる。
この本では、子どもへの虐待に焦点を当て、「トラウマ」という観点からその現状、扱われ方、心理的影響、研究の歴史を概観し、次に虐待する親の側からもその背景について述べている。最後に、その治療や臨床心理的な援助についての展望を示している。最近の子どもをめぐる現状を見るとき、ただ「理解できない」と突き放すのではなく、もっと心のヒダに分け入って彼らを理解する必要があるかもしれない。逆に、様々な問題の子どもの心に対する影響について十分に慎重である必要があるだろう。
「トラウマ」という考え方はその際の一つのアプローチの仕方として有効であろう。最近は、この「トラウマ」という考え方を背景とした「アダルトチルドレン」「インナーチャイルド」「癒し」といったタイトルの本が本屋にたくさん並んでいて、一種のブームの様相を示している。しかし、「トラウマ」の一面的な解釈には、「子どもの問題を何でも家庭や親の問題にしてしまう」という批判のあることも付け加えておく。
内容的にはやや難しいが、新書版の読みやすい分量であり、具体的な実践を背景にしているため、人間の心や子育てに関心のある人には実におもしろく示唆に富んだ本である。
(若松一郎)

【出典】 アサート No.251 1998年10月24日

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【コラム】ひとりごと–大阪府の財政危機について思うこと–

【コラム】ひとりごと–大阪府の財政危機について思うこと–

、大阪府は火の車。今後、このままの財政危機が続けば、単年度で約5,000億円から6,000億円以上の財源不足が見込まれ、準用再建団体も必至と言われている。府の財政当局は、この財政危機の要因を法人二税をはじめとする府税収入の大幅な落ち込みと人件費をはじめとする義務的経費の増加にあると説明している。そして府は、その財政危機の乗りきり策として財政再建プログラム(素案)を発表し、事務事業の大幅な見直しと30%シーリングを中心とする施策経費削減、さらには7,000人の職員定数の削減、定期昇給の2年ストップなどの大幅人件費削減を打ち出している。○しかし、確かに府の財政危機の構図が基本的には、そのとおりだとしても、いささか疑問な点も感じる。まずは、財政硬直化の要因として人件費の増加を上げているが、その人件費の大半は一定、法律で定数配置が義務づけられている教員と警察職員であり、また一般行政部門においても高度経済成長期における行政ニーズの増大に対応して、職員定数条例の範囲の中で採用されてきたものである。いわば歳出の中で、人件費が多く占めるのは、地方行政を運営する上で必然的なものであり、あたかも「自治体職員の肥満が赤字の原因」とイメージするような吹聴には納得できない。○いずれにしても、こうした構造的な要因とは別に、行政運営上の失政はなかったのだろうか。財政再建プログラムでは「建設事業費については、~平成8年度以降、抑制に努めてきた」と、さらりと流しているが、果たして本当にそうだったのだろうか。少なくとも筆者の認識する限りでも、バブル崩壊以降の府税収入落ち込みの過程でも、なお公共事業の継続がされていたものがある。また今回、公共施設の管理見直しに示されているものの中には、上方演芸資料館、府立中央図書館、弥生文化博物館、近つ飛鳥博物館等、設置されて間もないものも含まれており、当初のランニングコストの甘さを指摘せざるを得ない。○一方、今後の解決方策においても、職員の人件費削減はもとより、市町村振興補助金、私学助成費、老人等の医療費公費負担事業費等、府民福祉に関る事業についても、大幅な見直しが目白押しである。なお一方、一定「点検・見直しを行う」というものの、なお事業を継続するものとして、あいも変わらす、和泉・岸和田コスモポリスや津田サイエンスヒルズ等が盛り込まれている。また関西国際空港のⅡ期工事についても、なお事業継続となっているが、その膨大な事業経費と言い、採算性と言い疑問を持たざるを得ないし、特にアジア諸外国では急ピッチに大型空港建設ラッシュが続いており、果たして関西国際空港が名実共にアジアのハブ空港としての機能を持ち得るかについては、識者の中でも疑問の声を出す者も多い。○最後に定期昇給2年ストップをはじめとする人件費削減について言えば、真に心の通った行政サービスを提供するには、モノでもなくカネでもなく職員の真心である。その意味で言えば、職員も労働者であり、生活者であり、公務員としての基本的な賃金・労働条件の保障なくして、精神的訓示だけでは優しさをもった公務労働への気概が発揮し難いのも事実である。今、府庁内部には、閉塞かつ萎縮した気分が鬱積しつつあり、こうした状況もまた財政再建にどのように影響するのか、考えてもらいたいものだ。(民)

【出典】 アサート No.251 1998年10月24日

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【投稿】「アメリカ発」金融恐慌への道

【投稿】「アメリカ発」金融恐慌への道

<<気の抜けたコメント>>
この10月の第二週は、たった1週間の間で1ドル=136円から111円まで一気に円高が進む異常な事態となった。8月の147円からすれば36円もの円高である。クリントン大統領は10/8、「円はこれまで弱くなりすぎた。円相場が回復するならばそれは良いことだ」と円高・ドル安を容認する姿勢を示し、ただし「それが何らかの不安定を反映する一時的な現象なら、問題解決を目指す必要がある」、円が強くなれば鉄鋼、自動車など、米国の輸出業者の競争力が強化され、米経済にプラスになるとともに、「日本は多のアジア諸国からの輸入を増やすことができる」などと、一気に危機に陥りかねないドルと株の暴落の重圧を前に気の抜けたようなコメントを述べた。不倫疑惑・虚偽証言で窮地に立たされている大統領の苦境は、ついに支持率の高さの源泉でもあったアメリカ経済の苦境と同調し始めたかのようである。
その直前の10/3には、ワシントンでG7蔵相・中央銀行総裁会議が開かれ、各国の不協和音と不一致の中で、唯一、日本問題だけがクローズアップされ、「日本の景気回復が世界にとって決定的に重要」として、「破綻目前金融機関に公的資金を投入する措置を早期に立法化すべきだ」と要求する共同声明を発表したばかりであった。もちろんこれには日本の政府・自民党・大蔵省がこうした場を利用して意図的に「外圧」を作り出して、国際的合意をタテに与野党合意を骨抜きにして当初案を甦らせよという魂胆丸見えの、自作自演の怪しげな共同声明であった。
しかし事態の進展は、そんな合意もふっ飛ばしてしまった。唯一我が世の春を謳歌し、他国に責任を転嫁してきた強いドルの時代が終わり、アメリカ版金融バブルの崩壊が目前に迫ってきたのである。

<<ノーベル賞学者のプログラム取引>>
きっかけは米大手ヘッジファンドのロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)の資産運用の失敗が表面化したことである。ヘッジファンドは、個人や法人から資金を集めて国際的投機取引で運用する金融会社である。当局からの監督や規制をほとんど受けない。94年に設立されたこのLTCM、ウォール街の天才トレーダー、「投資の神様」と呼ばれたメリウェザー・元ソロモンブラザーズ副会長が創設し、元FRB副議長のD・マリンズ氏を首脳に据え、95年には43%、96年には41%という驚異的な高配当で世間を驚かせ、その後も米国債金利が5%前後に対して40%以上の運用配当を行ってきた。
このLTCMの、無数の債券どうしの利回り格差の拡大・縮小両面で利益を生み出す自動的判断プログラムを作成したのが、スタンフォード大のショールズ教授とハーバード大のマートン教授で、二人は金融デリバティブ理論解明で昨年、ノーベル賞を受賞している。この二人をブレーンとして、裁定取引という理論的には損をしない仕組みで運用する、「絶対儲かる取引き」という触れ込みで資金を集め、金融ハイテク技術の粋を集めたように見せかけていたのである。
最盛期には48億ドルの純資産を担保に銀行から1250億ドルもの資金を借り、金融派生商品(デリバティブ)などで1兆2500億ドルの取引契約をしていたという。一時は、集めた資金を使いきれず、一部を返還しなければならないほどだったのであるが、取引き自体は社債と国債の金利格差の上下動の繰り返しで利益を取り出すという単純な手法であった。
しかしこうした一見高度な数理モデルを駆使して作ったプログラム取引きも、しょせんは主観的な希望的賭けであり、投機にしか過ぎなかった。実際には、超低金利の円を調達して、それをドルに替えて利回り50%前後というロシアの国債などに投資する極めてリスクの大きい投機取引に没頭、当然誰もが予測すべきロシアの経済危機と支払不能宣言の前に手も足も出せず、巨額の評価損を発生させたのである。金融エリートやノーベル賞のエリートたちも結局はギャンブラーに過ぎず、現実の前に敗退せざるを得なくなった。

<<振って沸いたような米銀の不良債権>>
9月中旬、LTCMの危機的状況が表面化し、9/20ごろから急遽、ニューヨーク連邦準備銀行がLTCMに融資をしている欧米の金融機関15社に緊急融資を働き掛け、9/23にニューヨーク連銀に15社代表が招集され、事実上の脅迫と強制によって35億ドルの救済計画を作らせ、今やLTCMは救済役の銀行団の監視下に入り、清算対象同然となった。
NY連銀の、事情聴取をしてから救済決定までわずか5日間という、他国には非難してやまないこの不透明で身内エリートをかばったような「公的関与」について、マグドナー総裁は「大金持ちしか投資していないファンドをなぜ助けるのか」という追及に対して、「もし清算していたら、75に上る金融取引の相手先が取引きを転売、市場が機能停止となっただろう」と世界的な危機の連鎖への発展に言及し、議会での弁明とした。
実はこのLTCMには、メリルリンチ、JPモルガン、ゴールドマンサックス、トラベラーズグループなどウォールストリートのエリート金融機関が軒並み出資し、欧米の銀行や証券会社が多額の投融資をしていたのである。そして住友銀行も1億ドルの投資をしていた。最大の貸し手であったスイス最大手の銀行UBS会長は、このLTCMへの投資で9億5000万フラン(約940億円)の損失を出した責任を取って他の二人の経営陣とともに引責辞任に追い込まれた。イタリアの中央銀行は2億5000万ドルを投資していたが、「ヘッジファンドだとは知らなかった」という始末である。
事態はさらに進展し、バンカメリカとネーションズバンクが合併して9/30に発足したばかりの米国最大の銀行グループとなった新生バンカメリカが、有力ヘッジファンド(D・E・ショー)への融資で3億7200万ドル以上の損失を被り、7-9月期78%の減益となったことが明らかとなった。同社向け不良債権償却額は9億200万ドルに達している。同行幹部は「資産総額200億ドルのヘッジファンドを管理下に置く」と述べているが、「FRBは劇的な措置を取らざるを得ない可能性がある」と観測されている。
続いて、不動産担保証券の投資で有名なヘッジファンド米エリントン・キャピタル・マネジメントの経営危機が表面化、数日間で10億ドル以上の証券売却に追い込まれている。追い討ちをかけるように、世界最大の投資銀行メリルリンチは、3400人の解雇計画を発表。まさに突如、振って沸いたような米銀の不良債権と経営危機の噴出である。これまで涼しい顔で他国の不良債権と金融システムの危機を嘆いていた連中が突如慌てだしたのである。

<<世界的な信用収縮の暗雲>>
こうして緊急避難とも言える米系ヘッジファンド、日本を含む多くの金融機関、機関投資家による大量のドル売り・円買いが進行した。そしてドルと株の暴落の現実的進行を前に、膨張しきっていた信用が一転して収縮に向かいだしたのである。これまでアメリカの株価の上昇は、94年以来12.5兆ドルの資産効果を家計にもたらしたといわれる。そしてドル高は株高とともに世界の資金を大量に吸収し、世界最大の債務国にもかかわらず消費景気の拡大をもたらしてきたのだが、その株価が下がり始め、ドル安が進行し始めると、資本の流出と「逆資産効果」が一挙に押し寄せ、景気拡大を支えてきたドル高と株高の終わりが、景気の減速に拍車をかける逆回転の歯車が回りだしたのである。今回は「アメリカ発の金融恐慌」が現実のものとなりかねなくなったといえよう。
ここに来て、米連銀は信用収縮に対抗するために、金利の低め誘導を実施するしかなくなってきた。
10/15、米連邦準備理事会(FRB)は、「貸し手の警戒感の高まりと金融市場の不安定な状況は、将来の総需要を抑制する恐れがある」との声明を発表し、米金融市場が機能不全に陥ることへの強い危機感から、9/29の利下げに引き続いてわずか半月の間に2度に渡る電撃的な追加利下げに踏み切ることを明らかにした。今回は2年9ヶ月ぶりに公定歩合も下げた。ほんの数ヶ月前までは、株式市場の過熱と労働市場の逼迫を抑えるために、利上げに踏み切るのではないかといわれていたのである。
ドル逃避を防ぐために、ヨーロッパや日本に対しても協調利下げを求め、日本は9/10に短期金利の目標値を引き下げたが、すでに利下げの余地は超低金利のためにほとんど残ってはいない。イギリスは利下げに応じたが、ドイツ、フランス、イタリアは通貨統合を優先させて考えており、ティートマイアー・ドイツ連銀総裁は「通貨統合への調整自体が協調利下げとなっており、行き過ぎた利下げは利益にならない」と言明している。
すでに欧州のの金融機関も日本に劣らず深刻な経営危機に陥っており、ABNアムロ(オランダ)、ドイツ銀行、UBS(スイス銀行)などが経営悪化の様相を露呈し、世界的な信用収縮の暗雲が漂い始めている。

<<「焼畑のごとく破壊」への協力者>>
これまでアメリカ経済の発展とニューエコノミー論の象徴、「投資の神様」とまでもてはやされていたヘッジファンドの金融資本が、今度は一転してアジアからロシア、南米に至る世界各国の経済を「焼畑のごとく破壊」した張本人として取り上げられ、情報開示や規制論が急浮上する事態である。ここに来て今更何をという感がしないでもないが、「金融自由化」の名の下に、当然あり得べき、また存在してきた規制をわざわざ外させ、こうした事態になるまで放置し、そこから莫大な利益を導き出してきたものの責任こそが問われるべきであろう。実際の生産や需要とは無関係な、「自由な資本移動」がもともとバクチ的行動に走り、投機的投資は危機を誘発することは必然である。
現実の事態の進行は、確かに貿易取引の30倍もの投機資金が利益を求めて全世界を駆け巡るそのような投機経済の破綻を明確に示している。
実際に、東京外為市場の実態を見てみると、今年4月の取引高は約416兆5682億円であるが(日銀調査)、これに対し同月の輸出入の実需貿易額は7兆578億円(大蔵省国際収支統計)、実に60倍近くが実需とは無関係な為替差益を求めた投機的取引きで占められている。東京外為市場の98%は、実際の輸出入に対応した為替取引とは無関係な実需外取引きなのである。超低金利で対ドル円安は、こうした投機資本提供の格好の市場となり、欧米資本ばかりか日本の金融資本もこぞって円を調達してドルに替え、「焼畑のごとく破壊」しつくすこうした投機的金融資本グループに投資、融資してきたのである。今更不良資産になったからといって泣き言をならべても、何をかいわんやである。庶民の犠牲の上に超低金利と公的資金をつぎ込んでまで救済してきた日本の金融資本がとってきた行動は徹底的に検証されなければならないといえよう。

<<「法案も 商品券で 買う予定」>>
9/25、金融監督庁の幹部が民主党幹部に対して「長銀がつぶれたら、芙蓉グループもそれに連鎖して大変なことになりますよ。それでもいいんですか、先生」と恫喝したという(エコノミスト誌10/13号)。その際、長銀が破綻すると、富士銀行がメーンバンクとなっているゼネコンが経営危機に陥り、資金繰りが逼迫、預金の大量流出、を想定させる資料を差し出したという。しかし富士銀行は、それとは無関係に9/30、株価が一気に275円に下落、下落率76%という危機的状況にあえいでいる。
いずれにしても各党に対して行われたであろうそうした脅しの効果があったのかどうか、金融再生法案の迷走劇は、当初は、自民党と民主、平和・改革の間で合意が確認され、約束した直後に首相も自民党もそれを反故にする発言を繰り返し、その後の個別党首会談、紆余曲折という旧弊依然たる「渋い演出」に時間をかけ、自由党が野党共闘から身を引いたと思いきや、当初から自民党に擦り寄っていた平和・改革とともに今度は民主党をはずして手打ち式、まことにもって日本的なわけの分からぬ決着が図られた。
「野党案丸のみ」といいながら、野党サイドが「引けない一線」としてきた問題が、次々に換骨奪胎され、銀行の経理実態についての徹底的な情報公開、それに伴う経営者や株主の責任の明確化といった当然の要求が、強制償却制度や厳格な情報開示が伴わない銀行の自己申告制度などにすりかえられ、それすらも画餅程度のものでしかない決着となった。
公明が国民すべてに一人当たり3万円の商品券を支給し、それを来年1年間で使い切るという「商品券支給法案」を提出したのに対して、10/8の閣僚懇談会で「具体化を早急に検討する」方針で一致、宮沢蔵相は「常識では考えられないようなことも考えなければならない」と答弁する始末である。「打つ手に困っているからといって、『どんな案でもいただきます』では、政策立案力すら枯渇したと受け取られても仕方あるまい。」(10/9付け朝日社説)、「これによって消費が本当に刺激されると考えているとすれば、国民をばかにしている」(10/9付け日経社説「『商品券減税』の発想の貧困」)、という厳しい指摘にも恥じるところがない。これには総額3兆9000億円の資金が必要であるが、ここでもまたしても恒久減税などの基本的問題の先送りの手段に使われている。まさに「法案も 商品券で 買う予定」(10/11付け朝日川柳欄の一句)そのものである。
小渕内閣は、今や歴代内閣の最末期に近い記録的な不支持率に、溺れるものワラをもつかむといった状態である。公的資金導入に当たっては、たとえ成立した金融再生法案であっても三段階に分けて実行されるシナリオであり、その度に紆余曲折と社会的批判が渦巻くであろうことは眼に見えている。その際ますます、金融システムの危機よりも、政治システムの危機を解決するほうが、危機解決の最短距離であることが問われてくる。民主党は、今は政権交代を当面の目標としないなどといっていて良いのであろうか。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.251 1998年10月24日

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