【投稿】戦後民主主義を問い直す (no7の補論)

【投稿】戦後民主主義を問い直す (no7の補論)

<いま、何かが確実に変わってきている>
小林よしのりの『新ゴーマニズム宣言スペシャル 戦争論』(幻冬社 1500円)がこの7月に発売以降、2ヶ月あまりで34万部を突破したと言われている。9月6日の毎日新聞第2面に、紙面3分の1のスペースを使った広告も掲載されている。トーハン調べの単行本(ノンフィクション)でも9位に入っている。この手の固い出版物としては脅威な数字らしい(産経新聞 9月6日)。また、自由主義史観研究会編集の『教科書が教えない歴史(全4巻)』(扶桑社)は、百万部を越えるベストセラーとなっている。来春発売予定の「新しい歴史教科書を作る会」編集の『(仮題)国民の歴史』予約申し込み件数も20万部を軽く突破していると言う。
今、何かが変わってきているのではないか。戦後50年が過ぎて、ようやく近・現代史も歴史として冷静に見つめて行こうという無意識の国民欲求の現れではないだろうか。
自由主義史観研究会や新しい教科書を作る会に対する疑問や反論や、批判、誹謗中傷が「左・右」立場を問わず展開されてきた。そのすべてに目を通したわけではないが、「左」に位置していると思われる側からの批判、反論には、誹謗中傷の類が大部分で、これまでの持論の言いっぱなしに終始し、全く論点を噛み合わせヨうとしていない様に感じる。それに比べ、「右」と言われてきた側からの反論や批判には、それなりに噛み合っており、読んで参考になる事が多かった。
私は、小林よしのりや自由主義史観研究会、新しい歴史教科書を作る会の著作に対するこれまでの「左・右」の側からの批判、反論より、これまでなんとなく「左」の側の主張する歴史観に同調していた人達が、これらの著作を読む中で、もう一度みずからの頭で考えて行かねばならないのではないかと変わってきた現象に注目している。

<「左」の批判は的を外している>
いま彼らの著作を購読し、その活動に注目している人達の大部分はこんな人達であろうと推測する。この動きが、これまでと違うのである。これまでの筋金入りの「右翼」や自民党「保守勢力」肝いりの運動とは、全く質の異なる変化であると言うことにいまだ気がつかず、従来と同じような問題意識で「保守・反動」側からの危機感の現れとしての策動と捉える「左」の側の反応は、完全に的を外しているのである。
逆に、「左」の側が、戦後50年間、「保守・反動勢力」側の攻撃に抗して築きあげてきた「戦後民主主義の成果」を、改めて「保守・反動勢力」側が、時の権力と一体になって突き崩しにかかっていると言う時代認識・危機感を持っているのだろうと思う。だから、自らのこれまでの歴史観に固守した反論の域をどうしても脱することが出来ず、論点を噛みあわそうとあえてしないのではないかと思われる。
「左」の側からの反論の代表的なものを選んで、徹底的に論じてみたいと言う衝動に駆られる事もあるが、既に論じ尽くされている事に屋上屋を重ねる事になるので、何処か気が進まなくなるのである。
もし、「アサート」に反論が載るなら、論じてみたい。と言うのは、これまで「アサート」に載った断片的な反論を読んで感じるのは、批判の対象としている側の著者の著作をまともに読んでの反論とは思われないからである。「揺らぎ」が全く感じられないのである。本誌225号の当麻太郎論文には揺らぎがあった。その揺らぎの内容に、私は共感し、共鳴した。当麻さん。再度投稿をお願いしたい。論争にも、遊びの面がなければ、面白くない。真剣一点張りでは疲れます。論破されてもかまわない。みずからの考えが間違っていたら改めたら良いのだからと、私は気楽に考えている。
アサート247号の論文「何が問題化ー戦後思想の課題」の中に、重要な依辺さんの問題提起がある。それは「しかし、このような各論のテーマはとりあえずこの場では意味がない。要するに、日本の戦後責任を明確にし、元慰安婦の人権を擁護すべきだと考える人々にとっては、自らが前提とする正当性に疑問が投げかけられること自体が認められないからである。」と言うところである。
言うまでもない事ではあるが、私は、日本の戦争責任を明確にすべきだと思っている。元慰安婦の人権を擁護すべきだと思っている。問題は日本の戦争責任とは何なのか。元慰安婦の人権を擁護するという事の内容は何なのかという事である。それを自明の事のように主張し、断定した物言いに「ちょっと待った」と感じるのである。

<新たな「侵略戦争論」の提起が必要>
あの「大東亜戦争」が、侵略戦争であったか、自衛戦争であったか、どちらかと問われれば、私は、現時点でどちらか一方に決められない「揺らぎ」を持っている。ただ、侵略戦争だと主張している側の論調への違和感が日増しに強まってきており、彼らの論調には多くの間違い、思い込みからくる「決めつけ」があると思い始めているだけである。
侵略戦争だと主張している従来の論調に違和感を持っていると言う事、あるいはその論調に異を唱える事自体が、侵略戦争を否定していることには直接つながらないと言う事が、彼らには理解ができないのである。いま侵略戦争だと主張している人達の論調そのものに明確に反対する立場からの、侵略戦争であったという論調もありうるし、そんな論調が出てこなければならないのではないか。出ているとしたら、ぜひ紹介して欲しい。
「強い普遍性や狭い絶対性を主張する近代的理性は、討議によって改めて位置付けられない限りドグマに転落する。」(アサート247号)という依辺さんの指摘はここでも省みられるべきであろう。
「右」と言われる側のあの戦争や歴史に関する論調は、さまざまな立場があって知的好奇心を覚える。いま、「左」と「右」の論争より、「右」と「右」のし烈な論争の方がはるかに質が高く、実証的であると私には感じられる。この問題に対する「左」と「左」のあいだの論争がないのは本当に不思議である。いままで、さんざん「左」の間で、さまざまな論争があったのに、この問題に対しては一枚岩のように見える。これは不自然である。社会主義世界体制が崩壊し、これまでの冷戦構造が崩れた現在社会の中で「いまの歴史教科書は、これでいいのか」について、「左」のあいだで論争がなぜ起こらないのだろうか。「左」の懐の浅さ、硬直性を感じずにはおれない。
最後に一冊の書物を紹介したい。『社会科教育98年別冊NO457号近現代史の授業改革9-特集:近現代史を見直すための文献案内』(明治図書)である。
今の私の問題意識は、(1)日本の近現代史を核としながら、世界史の中に日本の歴史を位置付けし直してみなけれなならないという事。(2)戦争論の整理と、国際法、国際条約の関係の問題。(3)グローバリズムとナショナリズムの関係から、国際金融市場の発展と近代国民国家の今後の機能変化についての問題、ポストモダン時代における国民国家論とは何なのか。そこにおける民主主義のあり方について、勉強していきたいと思っている。今回でこのシリーズを終えます。最後まで掲載していただいた編集子に感謝申し上げます。(1998・8・9織田 功)

【出典】 アサート No.251 1998年10月24日

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【書評】ロシア革命と社会主義建設の本質に迫る

【書評】ロシア革命と社会主義建設の本質に迫る
          ロイ・メドヴェージェフ『1917年のロシア革命』
          (1998.9.20.発行、石井・沼野監訳、現代思潮社、2500円)

社会主義国家ソ連の成立と歴史をどのように分析・総括していくかは、きわめて困難ではあるがしかし緊急を要する重大問題である。この問題についてのメドヴェージェフの新著が本書であり、本書はロシア革命の発生、ソ連の成立時代を扱う概史という内容を持っている。著者メドヴェージェフは、スターリン主義下のソ連において反体制的立場を取り続けた歴史家であり、『共産主義とは何か(上下)』(邦訳、1973~4年、三一書房)、『10月革命』(同1989年、未来社)等でよく知られている。またこの10月初旬に来日したばかりでもある。
さて著者は、ロシア革命(二月革命、十月革命)に関する定義論争に、「フランス革命には、(略)1789年から94年にかけての全事件が含まれるように、ロシア革命にも1917年2月から、ネップ[新経済政策]への移行が完了しソヴィエト連邦が成立した1922年12月にかけてわが国で起った全事件を含めるべきなのである」と主張する。そしてこの革命におけるさまざまな要素と諸問題を分析した上で、「ボリシェヴィキによって準備・組織され、臨時政府の支配に終止符を打った武装革命は、あっと言う間に、しかもほとんど無血のうちに終った」、「政権に就いたボルシェヴィキは、自らの勝利を確実にし拡大するための大規模な活動を展開した。十月革命後百日間の彼らの活動は、ほとんどあらゆる観点からみて順調であった。しかしながら、そのプロセスの多くは自然発生的に進行したのだった」と指摘する。それ故十月革命直後から、次のような状況が出現した。
「国民および社会生活の運営と整備に移行する段になってボリシェヴィキとレーニンは、まだ自分たちに解決の準備ができていなかったある問題にぶつかった。何を、どのような方法でロシアに創造するかを決めなければならなかったのである。(略)これらすべての問い(経済、国家建設等──引用者)に対するはっきりした答はなかった。というのは、そもそも社会主義とは、そして社会主義一般とロシアにおける社会主義革命とは何なのか、という肝心の問題がはっきりとは理解されていなかったからである」。
「1913年春、マルクス没後三十周年にあたって小論を発表した時、わずか五年後にはプロレタリア国家がいかなる『新しいもの』を創造し、いかなる『古いもの』を一掃すべきかという一般的でない具体的諸決定を自分が下さねばならなくなろうとは、レーニンには思いもつかなかったであろう。それがボリシェヴィキの多くの失敗や敗北の原因となった。レーニンと党にあったのは科学的理論ではなく、単なる社会主義の思想であった」。
そしてこの点については、レーニンのみならず、マルクスもエンゲルスも同様であったと著者は述べる。
「十九世紀および二十世紀の社会思想や社会・政治運動に彼(マルクス──引用者)が与えた影響は、何よりもまずプロレタリアートの歴史的使命についての学説と結びついていた。プロレタリアートは支配階級となって人類を社会主義と共産主義に導かねばならない、というものである」。
しかし「批判的分析を始めれば気付くように、マルクスは、新しい社会・経済の発展段階としての社会主義に関してまとまった学説など皆目持ち合わせていなかったし、彼もエンゲルスも社会主義社会とそれが機能するためのメカニズムについての何らかの詳細な計画をつくろうなどしていなかったのである。二人は傾向や目的について語り、若干の仮説を提示したに過ぎなかった」。
かくしてレーニンにとっては、「革命が勝利した『翌日』、この党は一体何をすればよいのか? あるいは百日後に何を?」ということがさし迫る大問題であった。「しかし、一つ彼が確信していることがあった。一刻も早く『収奪者を収奪し』、生産手段の私有、貨幣の力、商業および商品生産を廃止すべきだということである」。
このような状況の下にソ連の国家建設が進められることになるが、しかしその場合の「急進主義」「社会主義を理解する際の視やの狭さや教条主義」がかえってソ連の困難をもたらし、「大多数の国民の利益や要望に反する政策を実施しはじめた」とされる。
この点について著者は、こう述べる。
「ソヴィエトの文献では長いこと、内戦と干渉こそが『戦時共産主義』や『赤色テロル』を生んだとの説が定着していた。しかし実際はその逆だった。当時誰も『戦時共産主義』政策とは呼ばなかったボリシェヴィキの極めて厳格な経済政策こそがテロルや内戦を引き起こしたのであり、食糧徴発やテロルの激化がその内戦を長引かせ、深刻化させたのである」。
この経過と評価については、さらに研究が進められるであろうが、しかしともかくこの後に実施されたネップが新生ソ連を危機と荒廃から救ったということについては異論がないであろう。
「1924年にはまだレーニンは、ネップを農民への一時的譲歩、一時的後退であるとしていた。同年末レーニンは『後退は終わった』と書いた。レーニンは多くのことに驚かされていた。彼の覚書にはネップを戦術的駆け引きとする書き込みが少なくない」。
「1922年秋頃になると、レーニンの気分とネップに対する態度は変化し始めた。農民たちは難無く、ほとんど何の強制もなしに食糧税の義務を遂行し、そのことが経済的にも政治的にもソヴィエト政権を強化した。1922年秋頃すでにレーニンは、ネップについて1921年秋とは違った調子で発言しはじめた。今度は問題は、戦術ではなく戦略であり、一時的譲歩ではなく『本腰を入れた、長期にわたる』政策であり、また革命的方法から『改良型』の方法への移行であった」。
かくしてソ連は徐々に安定度を増していく。しかしそれは皮肉にも小ブルジョア型の綱領によってであった。そしてここに、後の時代に一層大きな困難となる問題の種が蒔かれることになる。すなわち「レーニンは、経済政策の自由化がこうした政党の影響力強化につながりはしないかと懸念していた。したがって、経済の自由化が政治の民主化を伴わなかった」のである。
この点について総括して、著者は次のように述べる。
「ネップの枠内で経済活動の自由を徐々に拡大していきながら、政治活動の自由も徐々に拡大してゆくべきであった。(略)ネップの導入を主張し、党に対してこの新経済政策が『本腰を入れた、長期にわたって』実施されるものであることを説得しながらも、レーニンは社会主義的民主主義を拡大させる必要性については一言も言わなかった。それどころか彼はテロルの維持、つまり法によって規制されない暴力の維持を要求した。ネップ導入はレーニンの最大の功績であり、民主主義の役割と重要性の過小評価が、彼の最大の誤りであったと私は思う」。
このレーニンとボリシェヴィキについての厳しい評価が、現在1990年代のロシアの状況に対する評価にまでつながっていることは、本書の終わり部分を読むと理解されるが、著者の立場からは、次の語が結論となる。
「いずれにせよ民主主義の軽視こそが基本理念としてのレーニン主義の危機だけでなく、ソヴィエト社会主義のあらゆるモデルの危機の原因になったと断言してもよいだろう」。
以上本書は、ロシア革命と社会主義の本質の深く迫るものであるが、また翻ってわが国の社会主義運動を考える際にも、他山の石として多くの教訓を与える書であると言えるであろう(R)

【出典】 アサート No.251 1998年10月24日

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【本の紹介】「子どものトラウマ」 西澤 哲 著

【本の紹介】「子どものトラウマ」 西澤 哲 著  講談社現代新書

「トラウマ」という言葉をご存知だろうか。「心的外傷」とか訳されている。アメリカでは子どもへの虐待に対する研究の中で1960年代から使われてきた考え方らしいが、日本では1995年の阪神大震災を契機に注目されるようになった。「トラウマ」とは一言で言えば大事故、戦争、暴力等によって大きな被害を被った人の心理的・精神的なダメージであり、幼いころ受けた心の傷は10年、20年を経てもその人の精神的な健康に著しい影響を与えつづけることがありえる。
この本では、子どもへの虐待に焦点を当て、「トラウマ」という観点からその現状、扱われ方、心理的影響、研究の歴史を概観し、次に虐待する親の側からもその背景について述べている。最後に、その治療や臨床心理的な援助についての展望を示している。最近の子どもをめぐる現状を見るとき、ただ「理解できない」と突き放すのではなく、もっと心のヒダに分け入って彼らを理解する必要があるかもしれない。逆に、様々な問題の子どもの心に対する影響について十分に慎重である必要があるだろう。
「トラウマ」という考え方はその際の一つのアプローチの仕方として有効であろう。最近は、この「トラウマ」という考え方を背景とした「アダルトチルドレン」「インナーチャイルド」「癒し」といったタイトルの本が本屋にたくさん並んでいて、一種のブームの様相を示している。しかし、「トラウマ」の一面的な解釈には、「子どもの問題を何でも家庭や親の問題にしてしまう」という批判のあることも付け加えておく。
内容的にはやや難しいが、新書版の読みやすい分量であり、具体的な実践を背景にしているため、人間の心や子育てに関心のある人には実におもしろく示唆に富んだ本である。
(若松一郎)

【出典】 アサート No.251 1998年10月24日

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【コラム】ひとりごと–大阪府の財政危機について思うこと–

【コラム】ひとりごと–大阪府の財政危機について思うこと–

、大阪府は火の車。今後、このままの財政危機が続けば、単年度で約5,000億円から6,000億円以上の財源不足が見込まれ、準用再建団体も必至と言われている。府の財政当局は、この財政危機の要因を法人二税をはじめとする府税収入の大幅な落ち込みと人件費をはじめとする義務的経費の増加にあると説明している。そして府は、その財政危機の乗りきり策として財政再建プログラム(素案)を発表し、事務事業の大幅な見直しと30%シーリングを中心とする施策経費削減、さらには7,000人の職員定数の削減、定期昇給の2年ストップなどの大幅人件費削減を打ち出している。○しかし、確かに府の財政危機の構図が基本的には、そのとおりだとしても、いささか疑問な点も感じる。まずは、財政硬直化の要因として人件費の増加を上げているが、その人件費の大半は一定、法律で定数配置が義務づけられている教員と警察職員であり、また一般行政部門においても高度経済成長期における行政ニーズの増大に対応して、職員定数条例の範囲の中で採用されてきたものである。いわば歳出の中で、人件費が多く占めるのは、地方行政を運営する上で必然的なものであり、あたかも「自治体職員の肥満が赤字の原因」とイメージするような吹聴には納得できない。○いずれにしても、こうした構造的な要因とは別に、行政運営上の失政はなかったのだろうか。財政再建プログラムでは「建設事業費については、~平成8年度以降、抑制に努めてきた」と、さらりと流しているが、果たして本当にそうだったのだろうか。少なくとも筆者の認識する限りでも、バブル崩壊以降の府税収入落ち込みの過程でも、なお公共事業の継続がされていたものがある。また今回、公共施設の管理見直しに示されているものの中には、上方演芸資料館、府立中央図書館、弥生文化博物館、近つ飛鳥博物館等、設置されて間もないものも含まれており、当初のランニングコストの甘さを指摘せざるを得ない。○一方、今後の解決方策においても、職員の人件費削減はもとより、市町村振興補助金、私学助成費、老人等の医療費公費負担事業費等、府民福祉に関る事業についても、大幅な見直しが目白押しである。なお一方、一定「点検・見直しを行う」というものの、なお事業を継続するものとして、あいも変わらす、和泉・岸和田コスモポリスや津田サイエンスヒルズ等が盛り込まれている。また関西国際空港のⅡ期工事についても、なお事業継続となっているが、その膨大な事業経費と言い、採算性と言い疑問を持たざるを得ないし、特にアジア諸外国では急ピッチに大型空港建設ラッシュが続いており、果たして関西国際空港が名実共にアジアのハブ空港としての機能を持ち得るかについては、識者の中でも疑問の声を出す者も多い。○最後に定期昇給2年ストップをはじめとする人件費削減について言えば、真に心の通った行政サービスを提供するには、モノでもなくカネでもなく職員の真心である。その意味で言えば、職員も労働者であり、生活者であり、公務員としての基本的な賃金・労働条件の保障なくして、精神的訓示だけでは優しさをもった公務労働への気概が発揮し難いのも事実である。今、府庁内部には、閉塞かつ萎縮した気分が鬱積しつつあり、こうした状況もまた財政再建にどのように影響するのか、考えてもらいたいものだ。(民)

【出典】 アサート No.251 1998年10月24日

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【投稿】「アメリカ発」金融恐慌への道

【投稿】「アメリカ発」金融恐慌への道

<<気の抜けたコメント>>
この10月の第二週は、たった1週間の間で1ドル=136円から111円まで一気に円高が進む異常な事態となった。8月の147円からすれば36円もの円高である。クリントン大統領は10/8、「円はこれまで弱くなりすぎた。円相場が回復するならばそれは良いことだ」と円高・ドル安を容認する姿勢を示し、ただし「それが何らかの不安定を反映する一時的な現象なら、問題解決を目指す必要がある」、円が強くなれば鉄鋼、自動車など、米国の輸出業者の競争力が強化され、米経済にプラスになるとともに、「日本は多のアジア諸国からの輸入を増やすことができる」などと、一気に危機に陥りかねないドルと株の暴落の重圧を前に気の抜けたようなコメントを述べた。不倫疑惑・虚偽証言で窮地に立たされている大統領の苦境は、ついに支持率の高さの源泉でもあったアメリカ経済の苦境と同調し始めたかのようである。
その直前の10/3には、ワシントンでG7蔵相・中央銀行総裁会議が開かれ、各国の不協和音と不一致の中で、唯一、日本問題だけがクローズアップされ、「日本の景気回復が世界にとって決定的に重要」として、「破綻目前金融機関に公的資金を投入する措置を早期に立法化すべきだ」と要求する共同声明を発表したばかりであった。もちろんこれには日本の政府・自民党・大蔵省がこうした場を利用して意図的に「外圧」を作り出して、国際的合意をタテに与野党合意を骨抜きにして当初案を甦らせよという魂胆丸見えの、自作自演の怪しげな共同声明であった。
しかし事態の進展は、そんな合意もふっ飛ばしてしまった。唯一我が世の春を謳歌し、他国に責任を転嫁してきた強いドルの時代が終わり、アメリカ版金融バブルの崩壊が目前に迫ってきたのである。

<<ノーベル賞学者のプログラム取引>>
きっかけは米大手ヘッジファンドのロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)の資産運用の失敗が表面化したことである。ヘッジファンドは、個人や法人から資金を集めて国際的投機取引で運用する金融会社である。当局からの監督や規制をほとんど受けない。94年に設立されたこのLTCM、ウォール街の天才トレーダー、「投資の神様」と呼ばれたメリウェザー・元ソロモンブラザーズ副会長が創設し、元FRB副議長のD・マリンズ氏を首脳に据え、95年には43%、96年には41%という驚異的な高配当で世間を驚かせ、その後も米国債金利が5%前後に対して40%以上の運用配当を行ってきた。
このLTCMの、無数の債券どうしの利回り格差の拡大・縮小両面で利益を生み出す自動的判断プログラムを作成したのが、スタンフォード大のショールズ教授とハーバード大のマートン教授で、二人は金融デリバティブ理論解明で昨年、ノーベル賞を受賞している。この二人をブレーンとして、裁定取引という理論的には損をしない仕組みで運用する、「絶対儲かる取引き」という触れ込みで資金を集め、金融ハイテク技術の粋を集めたように見せかけていたのである。
最盛期には48億ドルの純資産を担保に銀行から1250億ドルもの資金を借り、金融派生商品(デリバティブ)などで1兆2500億ドルの取引契約をしていたという。一時は、集めた資金を使いきれず、一部を返還しなければならないほどだったのであるが、取引き自体は社債と国債の金利格差の上下動の繰り返しで利益を取り出すという単純な手法であった。
しかしこうした一見高度な数理モデルを駆使して作ったプログラム取引きも、しょせんは主観的な希望的賭けであり、投機にしか過ぎなかった。実際には、超低金利の円を調達して、それをドルに替えて利回り50%前後というロシアの国債などに投資する極めてリスクの大きい投機取引に没頭、当然誰もが予測すべきロシアの経済危機と支払不能宣言の前に手も足も出せず、巨額の評価損を発生させたのである。金融エリートやノーベル賞のエリートたちも結局はギャンブラーに過ぎず、現実の前に敗退せざるを得なくなった。

<<振って沸いたような米銀の不良債権>>
9月中旬、LTCMの危機的状況が表面化し、9/20ごろから急遽、ニューヨーク連邦準備銀行がLTCMに融資をしている欧米の金融機関15社に緊急融資を働き掛け、9/23にニューヨーク連銀に15社代表が招集され、事実上の脅迫と強制によって35億ドルの救済計画を作らせ、今やLTCMは救済役の銀行団の監視下に入り、清算対象同然となった。
NY連銀の、事情聴取をしてから救済決定までわずか5日間という、他国には非難してやまないこの不透明で身内エリートをかばったような「公的関与」について、マグドナー総裁は「大金持ちしか投資していないファンドをなぜ助けるのか」という追及に対して、「もし清算していたら、75に上る金融取引の相手先が取引きを転売、市場が機能停止となっただろう」と世界的な危機の連鎖への発展に言及し、議会での弁明とした。
実はこのLTCMには、メリルリンチ、JPモルガン、ゴールドマンサックス、トラベラーズグループなどウォールストリートのエリート金融機関が軒並み出資し、欧米の銀行や証券会社が多額の投融資をしていたのである。そして住友銀行も1億ドルの投資をしていた。最大の貸し手であったスイス最大手の銀行UBS会長は、このLTCMへの投資で9億5000万フラン(約940億円)の損失を出した責任を取って他の二人の経営陣とともに引責辞任に追い込まれた。イタリアの中央銀行は2億5000万ドルを投資していたが、「ヘッジファンドだとは知らなかった」という始末である。
事態はさらに進展し、バンカメリカとネーションズバンクが合併して9/30に発足したばかりの米国最大の銀行グループとなった新生バンカメリカが、有力ヘッジファンド(D・E・ショー)への融資で3億7200万ドル以上の損失を被り、7-9月期78%の減益となったことが明らかとなった。同社向け不良債権償却額は9億200万ドルに達している。同行幹部は「資産総額200億ドルのヘッジファンドを管理下に置く」と述べているが、「FRBは劇的な措置を取らざるを得ない可能性がある」と観測されている。
続いて、不動産担保証券の投資で有名なヘッジファンド米エリントン・キャピタル・マネジメントの経営危機が表面化、数日間で10億ドル以上の証券売却に追い込まれている。追い討ちをかけるように、世界最大の投資銀行メリルリンチは、3400人の解雇計画を発表。まさに突如、振って沸いたような米銀の不良債権と経営危機の噴出である。これまで涼しい顔で他国の不良債権と金融システムの危機を嘆いていた連中が突如慌てだしたのである。

<<世界的な信用収縮の暗雲>>
こうして緊急避難とも言える米系ヘッジファンド、日本を含む多くの金融機関、機関投資家による大量のドル売り・円買いが進行した。そしてドルと株の暴落の現実的進行を前に、膨張しきっていた信用が一転して収縮に向かいだしたのである。これまでアメリカの株価の上昇は、94年以来12.5兆ドルの資産効果を家計にもたらしたといわれる。そしてドル高は株高とともに世界の資金を大量に吸収し、世界最大の債務国にもかかわらず消費景気の拡大をもたらしてきたのだが、その株価が下がり始め、ドル安が進行し始めると、資本の流出と「逆資産効果」が一挙に押し寄せ、景気拡大を支えてきたドル高と株高の終わりが、景気の減速に拍車をかける逆回転の歯車が回りだしたのである。今回は「アメリカ発の金融恐慌」が現実のものとなりかねなくなったといえよう。
ここに来て、米連銀は信用収縮に対抗するために、金利の低め誘導を実施するしかなくなってきた。
10/15、米連邦準備理事会(FRB)は、「貸し手の警戒感の高まりと金融市場の不安定な状況は、将来の総需要を抑制する恐れがある」との声明を発表し、米金融市場が機能不全に陥ることへの強い危機感から、9/29の利下げに引き続いてわずか半月の間に2度に渡る電撃的な追加利下げに踏み切ることを明らかにした。今回は2年9ヶ月ぶりに公定歩合も下げた。ほんの数ヶ月前までは、株式市場の過熱と労働市場の逼迫を抑えるために、利上げに踏み切るのではないかといわれていたのである。
ドル逃避を防ぐために、ヨーロッパや日本に対しても協調利下げを求め、日本は9/10に短期金利の目標値を引き下げたが、すでに利下げの余地は超低金利のためにほとんど残ってはいない。イギリスは利下げに応じたが、ドイツ、フランス、イタリアは通貨統合を優先させて考えており、ティートマイアー・ドイツ連銀総裁は「通貨統合への調整自体が協調利下げとなっており、行き過ぎた利下げは利益にならない」と言明している。
すでに欧州のの金融機関も日本に劣らず深刻な経営危機に陥っており、ABNアムロ(オランダ)、ドイツ銀行、UBS(スイス銀行)などが経営悪化の様相を露呈し、世界的な信用収縮の暗雲が漂い始めている。

<<「焼畑のごとく破壊」への協力者>>
これまでアメリカ経済の発展とニューエコノミー論の象徴、「投資の神様」とまでもてはやされていたヘッジファンドの金融資本が、今度は一転してアジアからロシア、南米に至る世界各国の経済を「焼畑のごとく破壊」した張本人として取り上げられ、情報開示や規制論が急浮上する事態である。ここに来て今更何をという感がしないでもないが、「金融自由化」の名の下に、当然あり得べき、また存在してきた規制をわざわざ外させ、こうした事態になるまで放置し、そこから莫大な利益を導き出してきたものの責任こそが問われるべきであろう。実際の生産や需要とは無関係な、「自由な資本移動」がもともとバクチ的行動に走り、投機的投資は危機を誘発することは必然である。
現実の事態の進行は、確かに貿易取引の30倍もの投機資金が利益を求めて全世界を駆け巡るそのような投機経済の破綻を明確に示している。
実際に、東京外為市場の実態を見てみると、今年4月の取引高は約416兆5682億円であるが(日銀調査)、これに対し同月の輸出入の実需貿易額は7兆578億円(大蔵省国際収支統計)、実に60倍近くが実需とは無関係な為替差益を求めた投機的取引きで占められている。東京外為市場の98%は、実際の輸出入に対応した為替取引とは無関係な実需外取引きなのである。超低金利で対ドル円安は、こうした投機資本提供の格好の市場となり、欧米資本ばかりか日本の金融資本もこぞって円を調達してドルに替え、「焼畑のごとく破壊」しつくすこうした投機的金融資本グループに投資、融資してきたのである。今更不良資産になったからといって泣き言をならべても、何をかいわんやである。庶民の犠牲の上に超低金利と公的資金をつぎ込んでまで救済してきた日本の金融資本がとってきた行動は徹底的に検証されなければならないといえよう。

<<「法案も 商品券で 買う予定」>>
9/25、金融監督庁の幹部が民主党幹部に対して「長銀がつぶれたら、芙蓉グループもそれに連鎖して大変なことになりますよ。それでもいいんですか、先生」と恫喝したという(エコノミスト誌10/13号)。その際、長銀が破綻すると、富士銀行がメーンバンクとなっているゼネコンが経営危機に陥り、資金繰りが逼迫、預金の大量流出、を想定させる資料を差し出したという。しかし富士銀行は、それとは無関係に9/30、株価が一気に275円に下落、下落率76%という危機的状況にあえいでいる。
いずれにしても各党に対して行われたであろうそうした脅しの効果があったのかどうか、金融再生法案の迷走劇は、当初は、自民党と民主、平和・改革の間で合意が確認され、約束した直後に首相も自民党もそれを反故にする発言を繰り返し、その後の個別党首会談、紆余曲折という旧弊依然たる「渋い演出」に時間をかけ、自由党が野党共闘から身を引いたと思いきや、当初から自民党に擦り寄っていた平和・改革とともに今度は民主党をはずして手打ち式、まことにもって日本的なわけの分からぬ決着が図られた。
「野党案丸のみ」といいながら、野党サイドが「引けない一線」としてきた問題が、次々に換骨奪胎され、銀行の経理実態についての徹底的な情報公開、それに伴う経営者や株主の責任の明確化といった当然の要求が、強制償却制度や厳格な情報開示が伴わない銀行の自己申告制度などにすりかえられ、それすらも画餅程度のものでしかない決着となった。
公明が国民すべてに一人当たり3万円の商品券を支給し、それを来年1年間で使い切るという「商品券支給法案」を提出したのに対して、10/8の閣僚懇談会で「具体化を早急に検討する」方針で一致、宮沢蔵相は「常識では考えられないようなことも考えなければならない」と答弁する始末である。「打つ手に困っているからといって、『どんな案でもいただきます』では、政策立案力すら枯渇したと受け取られても仕方あるまい。」(10/9付け朝日社説)、「これによって消費が本当に刺激されると考えているとすれば、国民をばかにしている」(10/9付け日経社説「『商品券減税』の発想の貧困」)、という厳しい指摘にも恥じるところがない。これには総額3兆9000億円の資金が必要であるが、ここでもまたしても恒久減税などの基本的問題の先送りの手段に使われている。まさに「法案も 商品券で 買う予定」(10/11付け朝日川柳欄の一句)そのものである。
小渕内閣は、今や歴代内閣の最末期に近い記録的な不支持率に、溺れるものワラをもつかむといった状態である。公的資金導入に当たっては、たとえ成立した金融再生法案であっても三段階に分けて実行されるシナリオであり、その度に紆余曲折と社会的批判が渦巻くであろうことは眼に見えている。その際ますます、金融システムの危機よりも、政治システムの危機を解決するほうが、危機解決の最短距離であることが問われてくる。民主党は、今は政権交代を当面の目標としないなどといっていて良いのであろうか。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.251 1998年10月24日

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【書評】司法制度改革とリーガル・ミステリー

【書評】司法制度改革とリーガル・ミステリー
           中嶋博行『司法戦争』(講談社、1998.7.15.発行、2000円)

1994年に『検察捜査』で江戸川乱歩賞を得てデビューした、現職の弁護士作家・中嶋博行の第3作が本書である。中嶋の作品は、前作『違法弁護』(1995年)でもそうであったが、その職業柄、司法世界という「業界」の内情と知識を広く伝えてくれる面でも興味深い。
本書では、判検交流によって検察庁から派遣されている最高裁調査官・真樹加奈子が主人公となる。ストーリーは、この真樹が勤務する最高裁の判事が沖縄で殺害されるという一大事件から始まる。そしてその背景が探られていく中で、司法権力をめぐる複雑怪奇な闘争が次第に姿をあらわしていく。すなわち、最高裁内部の権力闘争、これと拮抗する法務省と検察庁の暗闘、そして独自の調査を目指す警視庁と各県警の相克、さらにはこれらとは別系統の内閣情報調査室と、ざっとあげただけでもこれらの各種機関がそれぞれの縄張りを争いながら、事件をめぐっての互いの星の潰し合いを演じるのである。
そして事件そのものとりも、これを端緒として最高裁の内情──その猛烈な忙しさ(「全国の高等裁判所から最高裁に上告される事件は一年間で六千件に達していた。各調査官のデスクには、毎年毎年二百件の新しい訴訟ファイルが山づみされる」)とは対照的に少ない予算(国家予算のわずか0.4%)──が紹介され、また日本の司法制度に対する外圧──外国人弁護士の自由化要求──も問題とされる。
さらに事件の解明が進んでいく中で、日本の原子力開発公社に対するアメリカの企業のノウハウ(企業秘密)訴訟との関連で、ICカード(電子マネーに使用される)を通じて日本の電子市場を乗っ取ろうとするアメリカの意図が暴露されて、事件は外交問題絡みとなる。そしてその前哨部隊としてアメリカ最大のローファームによる日本の弁護士事務所の支配や、ソ連崩壊後に軍事・政治スパイから産業スパイに変貌しつつあるCIAの民間偽装要員NOC(ノン・オフィシャル・カバー)なるものの存在も明らかになる。
このように本書は、日本の司法制度をめぐる諸問題総絡みといえる状況においてストーリーを展開していくのであるが、われわれは、世間一般からは聖域と考えられている司法界の暗部をゲーム感覚で案内されることになる。
著者が現在の日本の最高裁をどのように見ているかということは、例えば次のような文に示されている。
「最高裁はその政治的中立性の建て前にもかかわらず、現実には政府や議会与党とならんで国家権力を支える一員であり、保守的なイデオロギーをもっている。イデオロギーという死語化しつつある表現をさけるなら、保守的な体質とおきかえてもいい。いわば、『政治の世界に口を出さない』といった消極的方法で現状を追認する役割をはたしていた」。
またその官僚制としての振る舞いについては、こうである。
「最高裁は号令を出すかわりに、クモの巣から司法行政の糸をくりだして、目のまえに昇進や栄転をぶらさげ、目ざわりな者に対しては左遷と再任拒否をちらつかせて、全国の裁判官の忠誠心と恐怖心をチクチクと刺激していた」。
そしてその司法行政の中枢である最高裁事務総局については、次のように指摘する。
「最高裁事務総局をただの事務屋と考えては、この部局の役割を半分も理解していないことになる。事務総局は(略)千五百人の判事、六百人の判事補、八百人の簡裁判事の人権をにぎった最高支配人でもある。ひとことでいえば影の権力だった。(略)ここの幹部はすべて少数の裁判官によって占められている。彼らは大多数の実務判事と選別された文字どおりエリート中のエリートで、任期中にヘマを犯さなければ、そのまま最高裁内部にとどまって純粋培養されていく。ろくでもない裁判現場などほとんど経験せずに、彼らはひたすら司法行政のキャリアをみがき、地裁所長や高裁長官への最短距離を走っていた」。
このような認識は、ほぼ現状を正しく反映している。この状況下において先述の複雑怪奇な抗争が、事件を含んで進展していく。その詳細とドンデン返しの結末は、ミステリーであるため、これ以上触れることはできないが、それが現状の司法制度の改革に関するものであることは、前2作からも推察される。というのも、第1作『検察捜査』は、検察至上主義の検察官たちによる「検事の独立採用制」の試みを、第2作の『違法弁護』は、司法試験合格者増による弁護士の過剰・没落の予測を扱っているからである。
そしてこのような司法改革が不可避の時代がすでに到来していることを、著者は、本書の最後に示唆する。
「この事件全体では二十人以上が殺されている。信じがたいことだが、これだけ大量の血が流されているのに、表面上はなにもかわっていない。大きなスパンで考えれば、いまや司法の全体がゆっくりと黄昏の時代をむかえようとしていた。裁判所は過重労働で、弁護士は過当競争で、検察庁は精密刑事司法の魔力にとりつかれて、それぞれが衰退の長いプロセスに入っているのだった」。
以上にのように本書は、『2020年からの警鐘──日本が消える』(日経新聞社、1997年)でも指摘された、世界の趨勢から取り残されつつある日本の司法制度の象徴のようにも読むことができる。ただ本書の表現には、極端に断言し過ぎる部分があって、少々引っかかりを感じるが、この点を差し引いてもユニークなリーガル・ミステリーであることに変わりはないであろう。(R)

【出典】 アサート No.250 1998年9月25日

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【投稿】建設省にレッドカード!長良川DAY98

【投稿】建設省にレッドカード!長良川DAY98
        –少し元気のない集会報告–

9月12・13日と恒例の「長良川DAY98」が、長良川伊勢大橋左岸の河川敷で開催された。私はもうこの取り組みにあまり関わるまいと思いつつも、しがらみから今年も参加しました。簡単に集会・イベントの紹介をしておきたいと思います。

<集会のメインテーマは「建設省にレッドカード!」>
長良川河口堰は、3年前の95年5月、当時の野坂建設大臣(社会党)の判断で「運用」が開始され、堰は閉じられ3年が経過した。多くの学者が指摘したとおり、堰が閉じられたことで、長良川河口堰周辺の生態系は重大な変化をきたしている。
海水と淡水が周期的で微妙な混合を繰り返す「汽水域」は生物の宝庫であり、長良川のしじみなどは、この環境の中で生育していたものだが、堰が閉じられたことで、堰の上下でヘドロの堆積が進行するとともに、下流域では海水の上を淡水が覆い、川底は海水の塩分濃度が上昇するとともに、酸素が不足する状態となった。ヤマトシジミなどの汽水性動物はもはや生存さえ、不可能な壊滅的打撃を受け、ほとんど死に絶えた。
さらに、堰上流域では流れが停滞し、春から秋にかけて、藻類が大発生し、アオコも観測された。運用しても心配ないと建設省がしきりに否定してきた夏期に川底が無酸素状態になる現象も発生、建設省の主張は見事に否定されている。

<利水のなし崩し的修正>
堰の目的のひとつに「利水目的」があったが、工業用水については需要はゼロで、採算のめどはまったく立っていない。こうした状況を受けて、建設省は工業用水から飲用水への利用を考えており、まったく水需要予測がいかに杜撰なものであったがわかる。さらに、河口堰の水は、周辺の住民の下水や廃水、汚水が注ぎこんでおり、危険性の高い飲料水になることは明らかである。さらに、飲料水は建設省の管轄ではなく、厚生省であり、費用負担の変更も考えられる。ただでさえ周辺自治体は河口堰建設負担に苦しんでいるにも関わらずである。(現在工業用水需要が全くないにも関わらず、愛知県720億円、三重県570億円、名古屋市150億円の費用負担がある)

<円卓会議の早期開催を>
実は、河口堰運用開始の時点で、建設省と市民団体、学者などで「円卓会議」が開かれたが、市民団体側の主張に十分に応えないまま、運用の結論が野坂建設大臣によって下され、運用が開始された経過がある。しかし、運用(堰を閉める)にあたって、野坂建設大臣は①運用を開始しても被害は軽微だ。②運用後も5年間モニタリング調査を続けるので、問題が生じれば、モニタリング委員会で運用の見直しもある。③国が国民の血税を使って行う公共事業にまちがいのあろうはずがない、私の判断が正しいかどうかは将来の歴史が判断する、というのを前提とした経過がある。
運用の被害は「甚大」であり、生態系の問題、水需要・利水の問題、災害対策など最新のデータで科学的に議論する場が必要であり、それが運用開始の前提であった。運動側は、こうした状況の中で、早期の「円卓会議」再開を今求めている。

<集会規模はかなり縮小>
状況について長くなった。集会・イベント等は12日にシンポジューム、そして前夜祭。13日は国会議員や各地の環境NGOが活動報告の後、デモとカヌーデモが行われ「建設省にレッドカード!」を訴えた。各地での川を守る運動が広がっているのに対して、長良川のそれは、すでに堰が完成・運用されているという状況から、かつての工事再開反対の時や、運用開始反対のころをピークに参加者は激減と言ってもいい状況ではある。またそれでも500人くらいがデモに参加するという粘り強い運動といっていいのか、少し迷うところではある。科学的データをもとに、建設省と渡り合う、そして公共事業のありかたを問うという政治的課題ともなってきているわけだ。他方で公共事業の見直しが進み、ダム建設計画が中止になった箇所も多く、なぜこれだけ環境破壊が進む長良川河口堰の運用が止まらないのか、それは不思議としか言いようがない。
私も12日からキャンプをしてデモに参加した。建設省はひとつの可動堰を開いていた。カヌーで河口堰上流を散歩をしたが、以前とは水の様子が違う。なにか澱んでいるという感じだ。毎年会う仲間とも再開し、恒例のイベントとは言え、運動パターンに少し変化が必要という感想を得て帰ってきた。10月には、四国徳島の吉野川で「吉野川河口堰」建設反対のイベントがあるそうで、これにも何とか参加しようと思っているところだ。(S)

【出典】 アサート No.250 1998年9月25日

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【投稿】戦後民主主義を問い直す NO7(続)

【投稿】戦後民主主義を問い直す NO7(続)

<風潮が容認する正しさが優先される社会>
「従軍慰安婦問題の何を議論するかについては織田氏の提起は未整理である」といわれる。どこが未整理なのか、考えてみた。語っていない点はまだまだあるが、ポイントは押さえているつもりだと思っているんですが。
「元慰安婦が直接日本政府に対して補償を要求するという枠組みそのものに疑問がある。元慰安婦が軍と直接の身分関係にあったわけではない事は明らかなので、もし補償を課題にするなら自国政府を通じた国家間外交の課題とすべきである。また対象者をどの範囲とし、どのように認定して補償するのかという問題もあるし、戦争被害者補償をこの時期に拡大するのなら、他のさまざまな戦争被害者に対してどのように対処するのかも明確にする必要があろう。政策化には余りにも問題が多い。」これは卓見である。アサートによる従軍慰安婦論争もここまで来たという意味では、本当に高まったと思う。ここには元慰安婦個人補償要求の問題点が現実的まつ本質的に提起されているということに、アサート読者は同意されるであろうか。
私が「戦後民主主義を問い直すNO2」でつぎのように書いた事とつながっていると思っている。「当時の日本政府・軍が国策として『強制連行』を行ったか否かが、当時の戦時国際法に照らして国家犯罪か否かに直結するからである。もし、『強制連行』が確かに存在したとしても、『極東国際軍事裁判』によって日本の戦争犯罪が裁かれた経過、ならびに戦後日本政府と中国、韓国、東南アジア各国との間で交わされた条約や戦争賠償金の支払いの経過からして、今日日本政府が被害者のかたがたに国家による個人賠償をするべきか否かについては、国際法、国内法的に大いに議論のあるところだと思う。」とやや控えめに書いた。
「しかし日本は何一つ『賠償』を行っていないのですから、『軍隊慰安婦』だけでなく、すべての植民地出身者等に対して国をあげた賠償が必要なのだと思います。(アサート242号大阪Sさん)という論調や、「織田氏や依辺氏の意見に一言。従軍慰安婦への補償について、証拠が明確でないとか、戦争被害補償が拡大されたら困るといった認識自体がアジア民衆との対話を妨げている事を考えるべきです。第二次世界大戦の敗戦に至るまで、日本が果たしてきた否定しようもない犯罪的現実に対して、掘り下げてさらに真実を明らかにし、真摯に反省する姿勢がまったく感じられません。」(アサート248号読者の声大阪Y・I)に代表される「風潮」が日本を覆っているのである。依辺さんが強調される「法や制度よりも『風潮が容認する正しさ』が優先される社会」とはこのことである。戦後日本政府が諸外国と交わした「戦後処理」に関わる条約や賠償金の支払い内容について、われわれ日本国民はどれほど正確に認識しているであろうか。

<日本の戦後補償の取り組み>
「『戦後補償論』は間違っているー『敗戦国外交』からの脱却に向けて」(岡田邦宏著 日本政策研究センター 平成8年版)からの引用で、簡単に説明したい。
(1)元慰安婦をはじめ、サハリン残留韓国人、英国ーオーストラリアの元捕虜、「強制連行」されたという韓国人、戦争被害を受けたと主張する中国人・・・こうした人たちが被害補償、賃金の未払い、人権侵害などを理由に日本政府に対して「補償せよ!」と要求している額は、毎日新聞の集計によれば、19兆3千億円になるという。(平成6年)
(2)今日の「戦後補償」要求は、個々の要求がすべて事実であり、それに対しての当時の日本国に法的責任があるという前提がなければ成り立たない。また、責任があったとしても、日本が関係各国との間で「戦後処理」に関わる条約や協定を交わしてこなかったという前提がなければ、要求する根拠は成り立たないのである。
(3)日本は課せられた戦後処理を誠実に行ってきたことは事実であり、さらにその上で、更なる「補償」をというのであれば、それは「無限責任」を認めるに等しい。
(4)戦後、日本の賠償・補償の大筋が決定されたのは対日講和条約であるサンフランシスコ平和条約においてである(45カ国との間で締結)。その後日本の戦後処理が本格的に始まる。
(5)アジア諸国に限って言えば、フィリピン、ベトナムは日本と賠償協定、借款協定を締結。フィリピンには賠償1980億円、借款900億円(供与開始昭和31年)。ベトナムには賠償140億円、借款60億円(同昭和35年)。インドネシアは賠償803億円、借款1440億円(同昭和33年)。ビルマには賠償720億円、借款180億円(同昭和30年)。カンボジア、ラオスは講和条約で規定された賠償請求権を放棄したが、日本は賠償に代わる措置としてカンボジアに15億円、ラオスに10億円の無償援助を行った。韓国は連合国ではないために賠償は請求できなかったが、昭和40年日韓基本条約と同時に経済協力協定が結ばれ、日本は無償経済協力1080億円(3億ドル)、有償経済協力720億円(2億ドル)、そして3億ドル(1080億円)以上の民間借款を供与した。
(6)支払われた賠償、補償の総額は、3565億円(供与当時の円価格)の賠償金と、2687億円の借款で合計6252億円にのぼる。これを昭和30年から23年間かけて支払い完了したのが昭和52年である。もっとも早く昭和30年に賠償協定が結ばれたビルマの場合、総額900億円であったが、その年の政府予算は9900億円である。いかに10年払いとはいえ政府予算の9%にあたる。フィリピンの時の政府予算は約1兆円である(昭和31年)。20年の分割とはいえ予算の3割近い賠償を支払ったのである。韓国の時の昭和40年でさえ予算は1兆7600億円、予算の1割を超える1800億円(5億ドル)を供与した。当時の外貨準備高が18億ドルであった。
(7)この他にも、日本が海外で保有していた在外資産は、政府が海外に持っていた預金、満州や朝鮮半島の鉄道、工場、個人の預金、住宅に至る資産はすべて放棄させられた。終戦直後、日本銀行が大まかに集計した数字でさえ約1兆1000億円に達するという。

<戦後補償の事実を正確に認識すべき>
いずれにしても、日本がいかに誠実に賠償・補償を実行してきたか。これらはすべて国民の税金によってまかなわれてきたのである。こうした事実を無視して、「日本は何もしてこなかった」とどうしていえるのか。われわれ日本人はもっとみずからの国が行ってきた「戦後補償」の事実を正確に認識すべきではないだろうか。これら諸外国と日本との間での賠償交渉の経過、そして賠償協定、借款協定の内容を十分に踏まえながら、なおかつ戦後53年たった今、何故に日本が諸外国に新たな戦後補償をしなければならないのか、国際法に照らしてその責任が存在するのか否かについて、実証的に明らかにしていく事が必要だと今切実に思う。
そして日本政府に新たな戦後賠償を要求する場合、19兆3千億円もの補償賠償額を日本国民が支払う覚悟を持って、国民全体にも納得させられる事実と根拠が明らかになっていなければならないのは当然のことである。
依辺さんがいう「元慰安婦が直接日本政府に対して補償を要求する枠組みそのもの」が問題だという指摘はまったくそのとおりだと思う。新たな補償を課題にするなら自国政府を通じた国家間外交と課題にすべきなのは、当然である。しかしその場合でも、事実関係が明確になっている事は当然である。事実であったとしても、問題は山積している。国家と国家が結んだ平和条約に基づく、賠償、借款協定に合意し、それが終結した後何十年が過ぎても、一方の国がまだ戦後賠償があるとしてあらたなに要求する事に、相手国が応じなければならない義務が、国際法上存在するのか。もしあるとしたならば、世界各国で戦われた戦争での「戦後補償」をめぐって、新たな交渉が連綿と続いていく事になるだろう。まさに「無限責任」である。
大戦末期に、アメリカ政府が日本国内の主要都市を無差別爆撃し、広島、長崎に原爆を落とし民間人を無差別虐殺した行為は、明らかに戦時国際法違反である。しかし日本はそのことも踏まえ、サンフランシスコ平和条約に調印し、国内の被害者に対する補償は国内問題として、日本政府の責任で処理することが国際的に決定したのである。今改めてアメリカ政府に、日本の被害者やその遺族が「戦後補償」を要求して、アメリカ政府は相手にするであろうか。それぞれの国の「戦後補償」をめぐって世界は大混乱を起こすだろう。この問題は、本質的にそんな内容を含んでいるのではないか。国際法、戦時国際法の専門家からの見解をぜひ聞きたいものである。
元慰安婦問題の根本は、国家として強制連行したかどうかが国の責任を問える根本である。あるひとつの軍が軍のみの意向や、ある兵士たちの単独行動で強制連行があったとしても、それはその軍の責任者、兵士がその時代の法に基づき処罰されるのである。処罰するのは国家権力である。現に一例だけ、明らかになっている。オランダ女性を現地の軍が強制連行し慰安婦にした。その事実は明らかになり3ヶ月で強制的に閉鎖させられている。あくまでも問題は、国策として慰安婦の強制連行が存在したのか否かにつきるのである。
しかし、「法や制度よりも風潮が容認する正しさが優先される」今日の日本社会では、私の真意はまだまだ理解されないだろうと思っている。今後反論があれば、さらに探求を深め、論争に参加していきたいと思っている。今の私の問題意識は、(1)日本の近現代史を核としながら、世界史の中に日本の歴史を位置付け直してみなければならないということ。(2)戦争論の整理と、国際法、国際条約の関係の問題。(3)グローバリズムとナショナリズムの関係から、国際金融市場の発展と近代国民国家の今後の機能変化についての問題、ポストモダン時代における国民国家論とは何なのか。そこにおける民主主義制度の在り方について、勉強していきたいと思っている。今回で、このシリーズを終えます。最後まで掲載して頂いた編集子に感謝申しあげます。(1998・8 織田)

【出典】 アサート No.250 1998年9月25日

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【投稿】「危機をさらに悪化させる」指導者たち

【投稿】「危機をさらに悪化させる」指導者たち

<<「モニカ・ミサイル」>>
「ポーラ・ジョーンズよりダウ・ジョーンズが大事」、今年1月、クリントン米大統領のセクハラ訴訟が却下されたとき、こんなセリフがはやったと言う。右肩上がりの株価に不安感が漂い始めたときである。まだクリントンは高い支持率に自信満々であった。だが、この訴訟の証言過程で浮かび上がってきたホワイトハウス研修生モニカ・ルィンスキーとの不倫疑惑は大統領権限を利用した偽証疑惑へと発展し、8月には一部謝罪と開き直りで乗り切りを策し、焦点そらしか、アフガニスタンとスーダンのあやしげな「国際テロ拠点」への報復攻撃を行った。危険な火遊びは外にまで拡大されたのである。北朝鮮の「テポドン」どころではない。その巡航ミサイルは「モニカ・ミサイル」と皮肉られる始末である。
9/11アメリカ連邦議会はスター特別検査官のクリントン大統領の偽証疑惑に関する報告書を公開し、インターネットでも全文公開した。この11、12の二日間だけでも約600万人がインターネットからダウンロードしたという。再びクリントンは、深刻な表情で謝罪を表明した。「モニカ・ミサイル」の逆襲である。次には証言模様のビデオ録画が公開される。またここでも謝罪せざるを得ないのであろう。かくして謝罪のタイミングが後手後手に回り、政治的効果が一向に上がらない、さらに「追い詰められなければ、謝らない」、それがさらに自らを追い詰めてしまう。日本の政府・自民党のこの間の政変劇、不良債権問題と同一の過程でもある。
この間、ニューヨーク株式市場のダウ・ジョーンズ工業株30種平均が8/27(357ドル下落、史上3番目)に急落して以後、下落は止まらず、8/31には512ドル下落(史上2番目)し、7月につけたピークの9338ドルから、今や7000ドル台にまで暴落、ダッチロール状の乱高下を繰り返している。もはや一時期「ニューエコノミー」論でもてはやされたような楽観論は影を潜めてしまった。

<<「弱くて、頼りにならない」>>
9/2付けのワシントン・ポストは「弱い指導者たちが危機をさらに悪化させる」という見出しを掲げて「世界は経済崩壊の危機に直面しているというのに、これを救うことができる世界的指導者は誰もいない。先進国のどこを見ても、弱い指導者や頼りにならない国際機関しか見当たらない。最も重要な存在であるはずのG7諸国は、従来ならば協力して世界の経済危機を乗り越えるところだが、彼らはそれぞれの国内問題を抱えてかつてなかったほど弱体化している」、「クリントン大統領はルィンスキー疑惑による辞任要求で気が散っているし、日本の小渕首相は、銀行システムへの対応の仕方で批判を浴びており、ドイツのコール首相も再選が危ぶまれ、その政治生命が危機にさらされている。いうまでもなく、ロシアのエリツィン大統領は経済政治問題で身動きが取れない」といらだちを隠し切れない。
今回の8月以来の世界的な同時的株式市場の危機は、「日本発」よりも「ロシア発」の形態を取った。8/14にエリツィン大統領が、ルーブルの切り下げは絶対にありえないと断言したその三日後の8/17、ロシア政府とロシア中央銀行は、ルーブル切り下げのみならず、国債の償還繰り延べや民間対外債務支払いの一次停止を一方的に発表したのである。何しろ公定歩合が150%、国家予算の50%以上が国債の利払いに当てられ、その短期国債の利率が1ヵ月もので実に210%という高率の異常さである。国際投機資本がこの高利に殺到し、食い物にし、そして見切りをつけて引き上げるのも当然である。
そうした中で、8/27には、とうとうルーブルと外貨の交換を停止し、ロシア市場は事実上機能停止状態に陥ったのである。たちまちニューヨークはもちろん全世界に「株式市場のメルトダウン」といわれるほどの全面安を波及させた。すでにロシアではインフレ高進、銀行取付が始まっており、事実上、国家的デフォルト(支払不能)の危機が進行しているといえよう。これまでIMFや世銀、2国間ベースで与えた巨額の対露支援は底無しの腐敗と投機の泥沼の中に藻くずと消え、これまでIMFや米国が要求してきた処方箋は一体なんだったのかという深刻な疑念が世界的規模で浮上し、「鎖国」政策の正当性が公然と語られ、各国に波及し、マレーシアはついにその実施に踏み切り出す事態である。

<<いつどこから噴出してもおかしくはない>>
世界的な経済恐慌への進展は、日米を含めてもはや世界のいつどこから噴出してもおかしくはない事態といえよう。今回の同時株安の影響を最も大きく受けたのは中南米諸国であった。アジアが1年かけて下がった分を、中南米はほんの1ヵ月で下げ、株やブレイディ債、為替の急落が襲ったのである。原材料(石油、鉱産物、コーヒー、農産品)が輸出のほぼ半分を占める中南米にとって、アジアの需要後退に伴う一次産品価格の急落(商品価格指数で昨年7月以来、25%下落、原油価格も約1/3下落)、そしてのしかかる対外債務の重圧(年間の元利返済額/年間の財・サービス輸出額(デット・サービス・レシオ)は、途上国平均が17%なのに対し、ラテンアメリカ平均は34%と大きい)がさらに増大したことは、大きな動揺をもたらしている。
次の国際投機資本の攻撃目標はブラジルかあるいは別の中南米諸国かといわれている。しかしこの地域には、米銀のラテンアメリカ向け融資が634億ドルに達しており、しかもアメリカの中南米向け輸出は全輸出の2割を占めるだけに、市場暴落による米国の輸出への悪影響は、アジア市場の暴落よりも影響が大である。
通貨の切り下げを回避しつづけている中国も、今後は火種になる可能性が多いにあるといえよう。中国はすでに事実上、元を切り下げているといわれる。それは闇市場でのレートがすでに10%前後下がっており、政府がそれを放置しているからである。中国の闇市場は、総貿易額の実に8割にも達する。公式レートが闇レートと乖離すれば、これまでは政府が外貨準備を使って統一してきたのであるが、今回は背に腹は変えられず、放置している。香港経済も第1四半期はマイナス2.8%(13年ぶりのマイナス成長〕、第2四半期も、さらに悪化し、マイナス4.8%となり、当初目標の3~4%成長など夢幻となってしまった。こうした中であくまでも元の切り下げを回避し、香港ドルの米ドル連動制を維持しようとすれば、国際投機資本の格好の餌食となることは眼に見えている。

<<ドル・バブルがもたらしたもの>>
こうした国際投機資本の資金調達は、ロシアの通貨危機でも明らかになったように、史上最低金利の日本円でまかなわれている。これを、バブル状態にありながらも基軸通貨の特権を利用できるドル通貨に変えて投機的な金融戦争を仕掛け、グローバル化した市場を巨額の資金移動で席巻し、翻弄しているわけである。貿易の取引額が年間5兆ドルに対し、為替の取引額が1日で1兆6000億ドルという途方もない乖離である。世界中からアメリカに流れ込んだ過剰な資本が、実体経済への投資よりも投機的な為替差益とマネーゲームでの一獲千金を目指して世界を徘徊しているわけである。

ウォール街は、「資本移動と金融の自由化」を旗印に、こうして冷戦崩壊後の世界の金融市場の支配を目指してきたのであるが、しかしこのようなモノとサービスの実態とかけ離れた巨大なマネー経済の投機攻勢が、いよいよ自らに跳ね返り始めたのである。今やアメリカの経済と市場は自らが撒き散らしてきた投機攻勢におびえ、バブル崩壊の危機に瀕しているとも言えよう。
これまでは世界の資金は黙っていてもアメリカへ流れ込んできた。世界最大の債権国であるにもかかわらず、その高い経済成長率を維持し得たのは、海外からの資本流入でまかなわれてきたからでもある。とりわけ97年以降は、1年間で3割も上昇した株価が世界の資金を引き付けた。だが今やその魅力が失われ、いつ暴落するかもしれない、不安要因となってきた。すでに過去最低利回りになっている債券も魅力がなくなってきた。すでに多くの資金が逃避を始めだしたのである。すでに日欧の通貨が乱高下とは言え急上昇し始めており、今後はアメリカへの資本流入が急速に鈍化する事態が予測され、米国株は96年12月の6400ドルかそれ以下まで下げるだろうといわれる状態である。
今回の世界同時株安の根本的な原因は、一昨年来、香港からアジア発、日本発、ロシア発とめぐってきたものが、実はそれは本来アメリカ発のものであり、ドル・バブルにこそその原因があることを明らかにしたとも言えよう。

<<「消える銀行」候補>>
もちろんこうしたアメリカの政策に追随してきた日本の責任も免れるものではない。最近、アメリカ側からの日本問題についての内政干渉的発言や言及に対して、日本側が反発してみせたり、苛立ちを隠しきれないでいるが、同じ穴のむじなである。日本は、95年8月以降、ドル高・円安政策に意識的に切り替え、また同年9月以降は、バブル崩壊後の金融資本救済を露骨な目的とした超低金利政策を採用した。こうして日本からアメリカへの資本逃避を自ら積極的に促進してきたのである。日本の市場の魅力を放棄してきたその結果が、日本の金融資本の不良債権の肥大化であったことは、当然とも言えよう。
たとえ円高ドル安にふれても、このままいけば日本の株価は当面、1万1000~1万2000円程度まで下落する可能性が言われている。日経平均が1万4000円の水準でも、大手銀行19行の含み損は4兆円前後に達すると推定されている。今や実質上破綻が自明となっている長銀に加え、すでに「負け組み」とされている大和、日本債券信用、さくら、富士、安田信託が、「消える銀行」候補に上げられる事態である。さくらは急遽、トヨタ自動車や三井物産など三井グループに対して3000億円規模の増資を要請することに踏み切り、瀕死の事態乗り切りに必死である。
ここまで来ても、政府・自民党はいまだに迷走を繰り返し、当然のことながらそのぶれがいよいよ大きくなり、解決能力も意欲もないことがあからさまになりつつある。金融再生トータルプランの柱に据えたブリッジバンク方式は、大手銀行には使えない、「too big to fail 大きすぎてつぶせない」として自ら放棄してしまった。
9/4に訪米した宮沢蔵相はルービン財務長官の一方的な要請に何の反論もできず、ただうなだれて同意しただけであったという。彼が唯一明言したことは「長銀は絶対につぶさない」との約束であった。しかしそれも怪しくなってきた。すでに臨時国会終了後の宮沢蔵相辞任説まで流されている。

<<なぜ「検査結果は開示しない」のか>>
この長銀について、宮沢氏は蔵相就任当時、国会答弁で「資金繰りには問題がない。債務超過ではなく、つぶれることはない」と再三にわたって発言した。ところが8月末になると「今は大丈夫だが、公的資金がなければ長銀は破綻する」(8/27衆院予算委員会)、として事実上長銀が債務超過状態にあることを認めたのである。ところが今年3月、金融危機管理審査委員会が、長銀に対して健全な銀行(自己資本比率8%以上)として、1700億円もの公的資金を投入してしまっていた。それがわずか5ヶ月後に5000億円以上の公的資金、実は1兆2000億円以上が必要になったという事実について具体的な事実解明や情報開示を何一つなしえなかったのである。
そこには宮沢蔵相では解明しようにもし得ない理由が存在していた。長銀系列ノンバンクの中で最大の不良債権を抱えている日本リースを清算しないで、5000億円に上る債権放棄を行ってまで存続させようとしている理由である。この「日本リース」の大口融資先には、住宅金融債権管理機構(中坊社長)から貸金返還の訴訟を起こされている宮沢氏のファミリー企業・太陽エステートが再び不良債権リストに登場しているのである。さらにこの日本リースの不良債権リストには、太陽エステートを初め他にも大蔵官僚や政治家とのつながりが次々に明るみに出かねない癒着・トンネル企業が多数存在しているという。
大蔵省や日銀の「検査結果は開示しない」という方針をうけて、独立検査部門として発足し、情報開示を約束したはずの金融監督庁までが、ほぼ終了している検査終了後も、個別銀行の検査結果を発表しない方針を取ろうとしている。金融機関の自主開示を待つというが、何の信頼性もない自主開示などなきに等しいといえよう。
このようにすべてにおいて不透明かつ正当性を確保できない、情報公開なしで公的資金を注ぎ込もうとする腐敗と汚辱にまみれた護送船団方式が、かえって金融不安拡大の原因となっていることが誰の目にも明らかになりつつある。
野党三会派との合意内容は、破綻前の長銀への公的資金導入をめぐって実は合意がなされていなかったというていたらくである。小渕首相は前評判どおり、政策的指導性も何ら発揮できず、牽引力もリーダーシップもないことがより一層鮮明となった。首相は本来なら長銀処理を終え、金融再生法案も成立させた上で訪米し、クリントン大統領との会談に臨む予定であったが、それもむなしくついえ去った。不幸中の幸いか、いまや日米両首脳ともお先真っ暗であることだけは共有できる嘆きか。
もはや退場願うしか道は残されていないといえよう。野党、政権奪還の政策と展望が問われている。(生駒 敬)

【出典】 アサート No.250 1998年9月25日

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【投稿】戦後民主主義を問い直す No7

【投稿】戦後民主主義を問い直す No7

<自立した思考>
依辺さんの投稿「何が問題かー戦後思想の課題」(アサート247号)を読ませて頂いた。さっそく次号に投稿すべきだと思ったが、参議院選挙の関係で時間が取れず、今回にならざるを得なかったことを編集部にもお詫びしたい。さすが依辺さんである。地方分権について、シリーズで本誌に投稿された時も感じた事であるが、依辺さんは物事をまず、徹底してあるがまま、リアルな目で捉えつつ、決して現状維持派にはならず、かといって現状をまず否定してかかる立場からの今日はやりの「改革派」にも流されず、物事の肯定すべき、維持していくべき面と改革していく面を踏まえた論を展開される。そして今議論し突きつめなければならない事は何か、何故に突きつめなければならないのかを思考しつづけながら、論理的に提起していくのである。まさに自立した思考者である。今求められているのは、こうした一人一人の自立した思考である。
今回の依辺さんの投稿には、多くの「戦後思想の課題」が提起されている。いくつか印象的な点をあげてみる。依辺さんは「戦後政治思想が大きく欠落させたテーマの一つが公共性にまつわる議論」であるとし、何故に欠落させたかといえば「公共性を民主主義とって否定すべき概念と捉えたからだ」と述べている。そしてそれは「戦後の民主主義思想が戦前の思想、戦前の国家体制の徹底的な否定によって形づけられたがゆえに、あらゆる国家的なものは否定されてきたからだ」と論を発展される。「特に、明治天皇制による国家と政府の一体化が、戦争責任の追及による過去の、そして過去の政府を清算しない現在の政府の否定を、国家の否定へ論理的に飛躍させてしまい、国家の影がちらつくものすべてをナショナリズムで危険なものと排斥し、国会の脱構築を進めたのが戦後民主主義」」であったと分析している。そして、依辺さんが公共性を重視するのは「民衆が、自己の私的利害、得失を離れて自己を超えた公共的見地に立たなければ、民主主義なるものは私欲の最大限化を図るための『欲望民主主義』に変質する。」からだという。重要な指摘だと思う。
わたしが戦後民主主義を問いなおすべき主要な点の一つとして提起しようと思っていたことは、まさにこのことである。そしてこのあたりの問題について、最近特に注目される論者が、佐伯啓思であるということについて、「やはり依辺さんも佐伯啓思に注目していたか。」と納得するとともに、新たな勇気がこみあげてくるのである。
アサートに最初に「戦後民主主義を問い直す」と題して投稿したのが1997年の5月である。その年の7月に佐伯啓思の「『市民』とは誰かー戦後民主主義を問いなおす」(PHP新書)が発刊されるのである。サブタイトルがまさに同じであった。そして、その内容たるや、私が整理しようとしてなかなか整理できない問題意識が、その本質から整理されていることに「やっぱり学者や。こういう人を学者というんや」という深い感銘を覚えたのである。この著作を前にして、私がいまさら、チマチマ「戦後民主主義」の問題点をアサートに書き綴るより、この本の書評を書くほうがよっぽど私の真意が伝わるのではと、何度思ったかも知れない。しかし書評はなかなか難しい。何故に今その本を書評するのか。みずからの問題意識とどこでぶつかり、それが現代社会の焦眉の課題とどう関わっているのか。読者がその本を実際に読むと言う行為を起こさせるエネルギーを秘めた書評はなかなか書けるものではない。大概が、書評氏のこれまでの価値観を再認識するための書評か、自らの価値観を「啓蒙」「解説」するための書評である。私がここ10年あまり必ず目を通す書評氏の一人が鷲田小彌太である。たえずみずからのこれまでの思想基盤を現実と衝突させ、みずからの思想の持続すべき面と突き崩すべき面との思考の道筋が肌で感じられるからである。
依辺さんは思わず言う。レッテル張りが好きな人は、佐伯啓思に西部*と同じく保守主義者というレッテルを貼るだろうと。依辺さん。あなたがそうことわらざるをえない気分は分かりすぎるほどわかりますが、「保守主義者」というレッテルは、佐伯、西部両氏にたいするレッテル貼りにはならないのではないですか。彼らは自らを保守主義者と自負しているのですから。レッテル貼りが好きな人の彼らに対するレッテルは、「保守反動・右翼軍国主義者」でしょう。そう決め付ける事によってその人との対話や議論を、はじめから拒否するのである。それが依辺さんが指摘する戦後民主主義のもう一つの問題点である。
つぎに、「ポリティカル・コネクトネス」という概念を紹介し、「歴史的な法律・道徳・習慣・伝統などに照らしての正当性よりも、現在の人々が置かれている現実の政治的・社会的、社会的な状況に照らしての正当性を優先すべきだという考え、すなわち「法や制度よりも風潮が容認する正当性が優先される社会」に、ますます今日の日本社会がなってきており、特に人権、平和、環境など近代的な普遍価値があらかじめ前提となっている政策分野では、もろにその影響を受けやすいので特に注意が必要だと依辺さんは指摘している。
この指摘は、歴史認識においてとりわけ重要だと強調したい。簡単に言えば過去の歴史を現在の基準で裁いてはならないという事である。その時代時代の条件の中での法律・道徳・習慣。伝統に照らして物事を認識することをせず、今日到達した価値基準をものさしにして過去の出来事の善悪を決め付けがちな今日の社会風潮への鋭い批判である。
アサート246号で依辺さんに投稿をお願いした私の呼びかけに、さっそく本格的に応じてくれた「何が問題かー戦後思想の課題」に対する私の共感はこんなところである。

<風潮が容認する正しさが優先される社会>
「従軍慰安婦問題の何を議論するかについては織田氏の提起は未整理である」といわれる。どこが未整理なのか、考えてみた。語っていない点はまだまだあるが、ポイントは押さえているつもりだと思っているんですが。
「元慰安婦が直接日本政府に対して補償を要求するという枠組みそのものに疑問がある。元慰安婦が軍と直接の身分関係にあったわけではない事は明らかなので、もし補償を課題にするなら自国政府を通じた国家間外交の課題とすべきである。また対象者をどの範囲とし、どのように認定して補償するのかという問題もあるし、戦争被害者補償をこの時期に拡大するのなら、他のさまざまな戦争被害者に対してどのように対処するのかも明確にする必要があろう。政策化には余りにも問題が多い。」これは卓見である。アサートによる従軍慰安婦論争もここまで来たという意味では、本当に高まったと思う。ここには元慰安婦個人補償要求の問題点が現実的まつ本質的に提起されているということに、アサート読者は同意されるであろうか。
私が「戦後民主主義を問い直すNO2」でつぎのように書いた事とつながっていると思っている。「当時の日本政府・軍が国策として『強制連行』を行ったか否かが、当時の戦時国際法に照らして国家犯罪か否かに直結するからである。もし、『強制連行』が確かに存在したとしても、『極東国際軍事裁判』によって日本の戦争犯罪が裁かれた経過、ならびに戦後日本政府と中国、韓国、東南アジア各国との間で交わされた条約や戦争賠償金の支払いの経過からして、今日日本政府が被害者のかたがたに国家による個人賠償をするべきか否かについては、国際法、国内法的に大いに議論のあるところだと思う。」とやや控えめに書いた。
「しかし日本は何一つ『賠償』を行っていないのですから、『軍隊慰安婦』だけでなく、すべての植民地出身者等に対して国をあげた賠償が必要なのだと思います。(アサート242号大阪Sさん)という論調や、「織田氏や依辺氏の意見に一言。従軍慰安婦への補償について、証拠が明確でないとか、戦争被害補償が拡大されたら困るといった認識自体がアジア民衆との対話を妨げている事を考えるべきです。第二次世界大戦の敗戦に至るまで、日本が果たしてきた否定しようもない犯罪的現実に対して、掘り下げてさらに真実を明らかにし、真摯に反省する姿勢がまったく感じられません。」(アサート248号読者の声大阪Y・I)に代表される「風潮」が日本を覆っているのである。依辺さんが強調される「法や制度よりも『風潮が容認する正しさ』が優先される社会」とはこのことである。戦後日本政府が諸外国と交わした「戦後処理」に関わる条約や賠償金の支払い内容について、われわれ日本国民はどれほど正確に認識しているであろうか。

<日本の戦後補償の取り組み>
「『戦後補償論』は間違っているー『敗戦国外交』からの脱却に向けて」(岡田邦宏著 日本政策研究センター 平成8年版)からの引用で、簡単に説明したい。
(1)元慰安婦をはじめ、サハリン残留韓国人、英国ーオーストラリアの元捕虜、「強制連行」されたという韓国人、戦争被害を受けたと主張する中国人・・・こうした人たちが被害補償、賃金の未払い、人権侵害などを理由に日本政府に対して「補償せよ!」と要求している額は、毎日新聞の集計によれば、19兆3千億円になるという。(平成6年)
(2)今日の「戦後補償」要求は、個々の要求がすべて事実であり、それに対しての当時の日本国に法的責任があるという前提がなければ成り立たない。また、責任があったとしても、日本が関係各国との間で「戦後処理」に関わる条約や協定を交わしてこなかったという前提がなければ、要求する根拠は成り立たないのである。
(3)日本は課せられた戦後処理を誠実に行ってきたことは事実であり、さらにその上で、更なる「補償」をというのであれば、それは「無限責任」を認めるに等しい。
(4)戦後、日本の賠償・補償の大筋が決定されたのは対日講和条約であるサンフランシスコ平和条約においてである(45カ国との間で締結)。その後日本の戦後処理が本格的に始まる。
(5)アジア諸国に限って言えば、フィリピン、ベトナムは日本と賠償協定、借款協定を締結。フィリピンには賠償1980億円、借款900億円(供与開始昭和31年)。ベトナムには賠償140億円、借款60億円(同昭和35年)。インドネシアは賠償803億円、借款1440億円(同昭和33年)。ビルマには賠償720億円、借款180億円(同昭和30年)。カンボジア、ラオスは講和条約で規定された賠償請求権を放棄したが、日本は賠償に代わる措置としてカンボジアに15億円、ラオスに10億円の無償援助を行った。韓国は連合国ではないために賠償は請求できなかったが、昭和40年日韓基本条約と同時に経済協力協定が結ばれ、日本は無償経済協力1080億円(3億ドル)、有償経済協力720億円(2億ドル)、そして3億ドル(1080億円)以上の民間借款を供与した。
(6)支払われた賠償、補償の総額は、3565億円(供与当時の円価格)の賠償金と、2687億円の借款で合計6252億円にのぼる。これを昭和30年から23年間かけて支払い完了したのが昭和52年である。もっとも早く昭和30年に賠償協定が結ばれたビルマの場合、総額900億円であったが、その年の政府予算は9900億円である。いかに10年払いとはいえ政府予算の9%にあたる。フィリピンの時の政府予算は約1兆円である(昭和31年)。20年の分割とはいえ予算の3割近い賠償を支払ったのである。韓国の時の昭和40年でさえ予算は1兆7600億円、予算の1割を超える1800億円(5億ドル)を供与した。当時の外貨準備高が18億ドルであった。
(7)この他にも、日本が海外で保有していた在外資産は、政府が海外に持っていた預金、満州や朝鮮半島の鉄道、工場、個人の預金、住宅に至る資産はすべて放棄させられた。終戦直後、日本銀行が大まかに集計した数字でさえ約1兆1000億円に達するという。

<戦後補償の事実を正確に認識すべき>
いずれにしても、日本がいかに誠実に賠償・補償を実行してきたか。これらはすべて国民の税金によってまかなわれてきたのである。こうした事実を無視して、「日本は何もしてこなかった」とどうしていえるのか。われわれ日本人はもっとみずからの国が行ってきた「戦後補償」の事実を正確に認識すべきではないだろうか。これら諸外国と日本との間での賠償交渉の経過、そして賠償協定、借款協定の内容を十分に踏まえながら、なおかつ戦後53年たった今、何故に日本が諸外国に新たな戦後補償をしなければならないのか、国際法に照らしてその責任が存在するのか否かについて、実証的に明らかにしていく事が必要だと今切実に思う。
そして日本政府に新たな戦後賠償を要求する場合、19兆3千億円もの補償賠償額を日本国民が支払う覚悟を持って、国民全体にも納得させられる事実と根拠が明らかになっていなければならないのは当然のことである。
依辺さんがいう「元慰安婦が直接日本政府に対して補償を要求する枠組みそのもの」が問題だという指摘はまったくそのとおりだと思う。新たな補償を課題にするなら自国政府を通じた国家間外交と課題にすべきなのは、当然である。しかしその場合でも、事実関係が明確になっている事は当然である。事実であったとしても、問題は山積している。国家と国家が結んだ平和条約に基づく、賠償、借款協定に合意し、それが終結した後何十年が過ぎても、一方の国がまだ戦後賠償があるとしてあらたなに要求する事に、相手国が応じなければならない義務が、国際法上存在するのか。もしあるとしたならば、世界各国で戦われた戦争での「戦後補償」をめぐって、新たな交渉が連綿と続いていく事になるだろう。まさに「無限責任」である。
大戦末期に、アメリカ政府が日本国内の主要都市を無差別爆撃し、広島、長崎に原爆を落とし民間人を無差別虐殺した行為は、明らかに戦時国際法違反である。しかし日本はそのことも踏まえ、サンフランシスコ平和条約に調印し、国内の被害者に対する補償は国内問題として、日本政府の責任で処理することが国際的に決定したのである。今改めてアメリカ政府に、日本の被害者やその遺族が「戦後補償」を要求して、アメリカ政府は相手にするであろうか。それぞれの国の「戦後補償」をめぐって世界は大混乱を起こすだろう。この問題は、本質的にそんな内容を含んでいるのではないか。国際法、戦時国際法の専門家からの見解をぜひ聞きたいものである。
元慰安婦問題の根本は、国家として強制連行したかどうかが国の責任を問える根本である。あるひとつの軍が軍のみの意向や、ある兵士たちの単独行動で強制連行があったとしても、それはその軍の責任者、兵士がその時代の法に基づき処罰されるのである。処罰するのは国家権力である。現に一例だけ、明らかになっている。オランダ女性を現地の軍が強制連行し慰安婦にした。その事実は明らかになり3ヶ月で強制的に閉鎖させられている。あくまでも問題は、国策として慰安婦の強制連行が存在したのか否かにつきるのである。
しかし、「法や制度よりも風潮が容認する正しさが優先される」今日の日本社会では、私の真意はまだまだ理解されないだろうと思っている。今後反論があれば、さらに探求を深め、論争に参加していきたいと思っている。今の私の問題意識は、(1)日本の近現代史を核としながら、世界史の中に日本の歴史を位置付け直してみなければならないということ。(2)戦争論の整理と、国際法、国際条約の関係の問題。(3)グローバリズムとナショナリズムの関係から、国際金融市場の発展と近代国民国家の今後の機能変化についての問題、ポストモダン時代における国民国家論とは何なのか。そこにおける民主主義制度の在り方について、勉強していきたいと思っている。今回で、このシリーズを終えます。最後まで掲載して頂いた編集子に感謝申しあげます。(1998・8 織田)

【出典】 アサート No.249 1998年8月22日

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【意見交換会】1998年8月参議院選挙結果から何を導き出すか

【意見交換会】1998年8月参議院選挙結果から何を導き出すか

<参議院選挙の感想>
H)7月号には、東京、広島、名古屋、埼玉から各地の参議院選挙の感想という形で紙面を構成させていただきました。今日(8月2日)は特に在阪メンバーの編集委員・協力者の皆さんに集まって頂いて、さらに議論を深めていきたいと思います。

議論の柱の柱としては、
*参議院選挙の結果から何を導くか
*自民党の敗因とこの党の行方
*民主党・共産党の躍進をどう考えるか
*有権者の投票行動の変化と特徴
*今後の「対抗軸」と、政治勢力の再編について
*小渕政権と経済対策
などをテーマに意見交換会を進めていきます。最初にそれぞれから率直な感想を出していただいて、はじめたい。

<予測できなかった投票率アップ>
A)組合と地域のことで手一杯で、今回の選挙についても余り関わっていません。あまりよくわからない、というのが正直なところです。参加させていただいて、意見を聞いてこようというのが実際です。
B)昨年から保守系の議員に関わった仕事をしています。選挙戦に入って投票率は、45%くらいしかないだろう、と予想をしていました。大阪では自民党と共産党の3位争いになるだろう、と思っていました。それが投票日の3・4日前になって、何か変わってきたのでは、と感じはじめた。結果的には60%に近づく投票率となった。45%と言われていたのが、なぜ60%まで伸びたのか。票にして1300万人くらいになるわけだが、3・4日前までは投票に行かないつもりの人々が、どうして投票に行くことになったか。そこを解明すべきだ。これはマスコミ含めて誰も予想しなかったこと。普通、マスコミや誰かが予想できるのだが、今回はできなかった。それはどうしてなのか。そこに興味を持ちます。また自民党の敗北、民主党の前進はどうして起こったのか、解明したいと思う。客観的に分析して、議論したいと思います。

<バス、飲み屋でも橋本アカンの声が>
C)今回の選挙もお茶の間で、選挙ウォッチャーとして過ごしていました。93年の選挙以来ずっとです。7月号にも書きましたが、予想もしない結果でした。中務の選対(民主党の大阪選挙区候補)の人と話していて、23万票かな、と言う話をしていました(54万票を獲得)。しかし、橋本の減税問題の迷走の前後から街の雰囲気が変わってきた。バスの中とか、飲み屋、地下街の人の会話の中に、「橋本はアカン」とかいう話題が聞こえてきたし、終盤に民主党菅代表が大阪入りした時の街頭演説を聞いている人の雰囲気も変わってきたし、高校生が菅直人が来ていると寄ってきたり、というように雰囲気が変化してきた。7月号に書いたのはまだ不充分な分析なので、今日きっちりと分析していきたい、と思います。

<白紙委任を撤回した有権者>
D)96年の総選挙の後の、この意見交換会で「解釈枠組み」みたいなものを問題にしたように記憶しています。低投票率・自民党の勝利というのは、逆に言えば、「白紙委任」を有権者がした、ということで、「政治不信」という捉え方は十分でなないと。今回は、その逆で白紙委任をしていた有権者がそれを撤回したということ。問題は問題だと感じたのではないか。では、有権者が何を問題と感じたのかということです。投票行動に結びつくには、2つの原因が必要で、一つは「現状が何かおかしい」という意識。そして投票の結果、展望というものが要る。認識と結果への確信が必要になる。そういう意味で、なぜ3日前に、という話があったが、自民党の支持が伸び悩んでいるとかデータが出ていましたから、自分が投票に行けば、大きな変化が起こる、という意識が共有化されたのではないか。

<時間延長、不在投票緩和はプラス要因>
E)今回選挙法の改正で、投票時間が2時間延長になり、不在者投票の緩和が実施された。自治省なりに「低投票率」を改善しようということが、マスコミの事前の評価では、そんなことで効果があるのか、という反応だった。結果的には投票率はかなり上がったわけです。この改正はかなり効果があったと言えると思う。政治に関わる人たちの見方ではなく、一般市民の眼からみると、ハンコはいらない、旅行が理由でも不在投票ができるわけで、これまでは、どこで、何をして、などと事細かに聞かれていたのが、簡単にできるようになったということで、心理的な圧迫を少なからず取り除いたと言えます。選挙の評価にあたって、自民党の政策云々という問題とは別に選挙投票制度の改正は、大きな効果があったと感じています。選挙当日に私も投票事務に従事していましたが、延長された2時間だけで、私の投票所は10%投票率が伸びています。また、幼児を連れてくることが出来ることになったことも、効果があったと思います。さらに、延長された最後の2時間ですが、かなりリラックスした有権者の姿がありましたし、私の地元の投票所だったのですが、明らかに若者たち、それもこれまでは投票しなかったであろう20代前半の人の投票が目立ったのが印象的でした。こんな若者が地元にいたのか、と思うほど若者の投票が目立ちました。

<直前の補欠選挙では自民勝利だったが>
F)選挙期間中、連合系など労組事務所を訪問する機会がありました。これでいいのかと言う程、選挙活動のため事務所が閑散としていたのが印象的でした。選挙の評価は別にしていろいろ厳しい時に、選挙に集中というだけでいいのか、という感想を持ちました。さて、参議院選挙の1ヶ月ほど前に、いくつかの補欠選挙があったと記憶しています。いずれも民主党は躍進できず、自民党が勝ったと思います。そこから2週間、また1ヶ月の間に何があったのか、ということです。あまり大きなことは起こっていないと思います。しかし雰囲気が変わってきた、といのは私も感じていました。自民党圧勝と言われていたのが、これはヤバイぞ、という感じです。一番に思うのは、それまでも経済状況は悪かったのですが、円安の進行や、アメリカとの経済協議でも後手々に廻ったということ、恒久減税も選挙終盤に出され、さらにゴタゴタがあった。さらに不良債権問題処理の不明確さなど、マスコミ評価も一致して、自民党不信を露にしてきた。これが一つ目の問題。さらに投票率の問題です。このままではいけないのでは、という国民の意識もあったし、投票に行かないのは良くないことだ、ということをマスコミがかなり強烈に訴えていた。いつも投票率の良くない自治体にマスコミが入ってキャンペーンをしたとか。「皆で投票に行きましょう」という構えではなく「投票に行かないのは良くない、恥ずかしいこと」という宣伝が功を奏したと思う。時間延長・不在者投票の緩和ももちろん影響しています。最後に、参議院選挙が比例区において、国民の支持が直接議席数に反映するという面がある。小選挙区の衆議院選挙に当てはめれば、どんな結果になるか、興味があるところだ。

<投票率上がれば自民党に不利>
G)投票率の問題です。投票率が上がれば、自民党が不利になるというのはここ最近のことで、自社の55年体制の時代には投票率が上がれば、自民・社会が伸びる、という傾向があった。しかし、細川政権以後、必ずしもそういう傾向はなくなった。連立政権に期待しながら、連立政権が崩壊していく過程とともに、投票率は下がっていったわけです。棄権というのは現状肯定という見方もありますが、しかし醒めた眼で、ニヒリスティックな対応でもあったが、今回、3日前というのはわかりませんが、選挙に入ってから、自民党の政策が右往左往しはじめ、経済政策にも絡んで、「このままこんなことを許していたのではいけないのでは!」という意識が芽生えてきた。ただし、その受け皿となるべき民主党などが有効な政策を持っていたかと言えばそうでもない。しかし結果は無党派の人の30%が民主党へ、20%が共産党に流れた。自民、公明には各10%ということから言えば今回投票した人の投票行動と言うのは、現状肯定ではなくて、現状の変革をどうしたらいいのか、という視点があった。先ほどのEさんの話ですが、延長後の2時間で10%伸び、かつ若い人が多かったということです。さらに若い人が共産党に投票した場合が多い、というのは意外でした。最近のエコノミストによると、最近の投票率を調査すると、さっきの話とは逆に20代は20%、30代は30%、40代は40%と言う傾向があり、若者の投票率は依然低いというのです。ただし、今回の大きな特徴は都市部で投票率が上がったことだ、ということは注目する必要があると思っています。

<民主党が「化ける」可能性あり>
H)7月4・5日の時点でマスコミは事前調査を行ったわけで、その結果は自民は過半数を確保するものの、民主は現状維持、共産躍進というものだった。しかし、選挙終盤に菅代表が大阪に入りましたが、動員者をはるかに越える聴衆が集まるんですね。近鉄奈良駅前には千人の動員に3千人が集まった。その時点で民主党は橋本の後を追うように菅代表を行動させていた。それでも、投票率がここまでくるとは誰も予想できなかったんですね。民主党は躍進したが、党そのものの政策などで躍進したのではない、という議論があります。しかし、今評価すべきは、それでも「化ける」ことがある、ということです。自民党が大敗しましたから、自公連携と言われた公明も動けない、首班指名で自由・共産が一回目から菅に投票するという、このイメージ。力があるから躍進した民主党ではないけれど、勢いが付いてしまうと、化ける、ということは忘れてはいけない。
統一地方選挙を前に、無所属の議員、また社民党議員の中にも、民主党へ移りたいという議員の話が聞こえてきています。労働組合の方は、民主党へ一本化の方向が、時間がかかってもほぼ確定という状況でしょう。

<再び、山が動いた?>
D)投票行動の話が出ましたが、僕が特徴的だなと感じたのは、住宅都市整備公団が開発作った新興団地があるんですが、これまでは常に低い投票率だったんです。階層的にはサラリーマンや中流といったところ。ところが今回の選挙では、市内の他の投票所と比べても、この団地の投票率は、異常に高くなったわけです。これはすごい、と思ったわけですが、山が動いたとか土井さんが言ったことがありましたが、今回もそうだったわけです。無党派、無関心と言われた層が大挙動いたということです。
H)選挙公示後、不在者投票が前回より3倍だとか増えている、という報道が続いて、棄権するのは罪悪とまではいかないが、投票に行かなないといけない、というムードができていたのは事実。

<投票日制から投票期間制へ変化した>
C)日本の選挙は投票日制度なんだが、不在者投票が簡単になったことで、告示以後は毎日が投票日という「投票期間制度」になったと考えるほうがいいのではないか。
D)また、投票できる場所も増えたこともある。不在者投票を活用したのは公明だったと思う。バスを出して毎日、同じ人が運んでいた。これまでは、投票日のみの対応が、不在者期間中ずっとだった。
H)結果として、投票数全体の10%近くが不在者投票で、500万票を超えているようだ。

<従来の不況対策の有効性に疑問>
B)ちょっと本質的な話に入りたい。投票率が上がって、自民党というか世の中への批判が集中したということなんだが、良く言われるのが、自民党の不況対策がなかったからだ、というマスコミ報道。一面事実だと思うけれど、さらに本質的に言って、自民党であろうと民主党であろうと、経済政策が国の経済に与える影響力の限界が低下してきているのではないか。グローバル経済の進行の中で一国経済の中だけで解決できることが困難になってきている。膨大な投機資金が国際金融界で動いている中で、有効な不況対策が果たして出せるのだろうか。それは自民党であろうと民主党であろうと、そう簡単にだせるものなのか、減税の額を争ったり、公共投資云々という議論になっている。こうした対策はこれまで有効だったが、それ自体が限界に来ているのではないか。まだまだ内向きに「一国経済主義」で解決できるかのような幻想を振りまいているのではないか。自民党への批判が集中したが、これが民主党ならできるのか、ということだ。国際的に金融資本が3000兆円がうごめいていると言われているが、アメリカは国益に基づく戦略で対応しているのに対して、日本が「国益を守る」という国家戦略を持っているのかな、と思うわけだ。政党も我々もマスコミも持ち得ていないと思う。国際的に見ても、こうした感覚はまだまだ日本では成熟していない。民度はそこまで行っていない。

<政策よりもスジが問われたのでは>
D)不況対策なり税問題なり、今回の選挙もそんなに争点が明確ではなかった。例えば消費税の導入に賛成か、反対かのような択一の選挙ではなかった。今回有権者が問題があると認識して、自民党にNOの反応をした原因は何だったのか、と言えば、仮説なんですが、日本語でいうと「スジ」ということではないか。それは今風の言い方でアカウンタビリティ(説明責任)ということだが。自民党は構造改革をやらないといけないと六大改革を言ってきた、特に痛みを伴う諸改革を行う場合はきちっと説明責任を果たすことが必要になってくる。その改革が本当に正しいのかどうか、本当のことはわからないんだけれど、しかし、やらねばならないのなら、説明をして、やりきる必要がある。少なくとも前回の選挙では橋本首相は「大見得を切った」んです、「火だるまで行革を」と。ところが今回政策転換をなし崩し的にやりましたね。特に有権者の反発を買ったのが、金融機関の不良債権処理の問題だった。あるいはゼネコンの問題もあった。例えば金融機関の経営責任の問題をどこまで明確にさせるのか、という面では、やはり菅さんの方がはっきりしていたということがある。普通の主婦の人が言っていることです。将来に赤字を先送りしたらいけない、といいながら、不況対策と言い出す。そんなぐじゃぐじゃした対応でいいのかという意見は多い。そういう「筋の通らない」やり方では、任されない、という意識は強い。そんな「スジ」という切り口で見たら、自民党・社民党が負けるというのは当たり前で、筋が通っていない。社民党なんか特に筋が通っていないわけで。民主は、菅さんの個人的イメージがある、エイズ問題での実績がある。共産党はそれこそスジの政党で、彼らなりにスジを通すわけ。だからそれなりの安心感がある。内容の問題よりも、我々(政党)が何を重視して、何をめざすか、をきちっとやっていく。もし、間違いであれば、きっちり説明をして転換をするというプロセスが大切ではないか。自由党も苦戦を言われていたが、スジという意味ではプラスに作用したということでしょうか。ここで民主党が「クチャクチャ」としてくると、信頼を失うことになると思う。そういう意味で、政策形成のプロセスメイキングみたいなものをしっかりする必要がある。

<政権与党は、なかなかスジが通せない>
B)スジという意味では、その通りだと思うんだが、政権与党と言うことになると、与党というのはスジを通せないんだな。なぜかと言えば民主主義の問題なんだ。民主主義というのは哲学的問題ではなく、ルールの問題として認識しているんだが、今の民主主義について言えば、あの当時、財政構造改革と言いながら、不況になって行く中で、法の凍結という議論も自民党の中でやっているんだが、後世に負債を残さないということで財政構造改革では各省一律で削減という形しかできなかったわけだ。不況ということになると、いろいろなところから異論、不況対策を求める声がでる。市場経済から出てくる要望にスジが通せなくなる。スジが通せない中でも、きっちりとした説明が必要だったとは思う。それを確かに自民党はしていなかったと思う。野党は説明ができるんだ。与党を追及する時、スジがなければいけないわけだ。なぜ社民党がああなったか、さきがけも。私は良くわかる。与党になればあらゆる団体、階層の利害を調整しなければならない、という意味からも与党はなかなかスジが通せない。もし民主党が政権を取ったときも、同様のことに直面するはず。こういう日本の民主主義の形態というのが日本の問題だと私は認識をしている。

<自民の否定票が、民主・共産に>
F)消費税の時と今回が似ている、という意見がありましたが、私も同感です。消費税の時も、それはかなわん、という意識が国民にあった。消費税を導入しない場合の、国の財政をどうするんだ、という議論も十分ではなかったけれど。今回の場合も自民党の経済政策が後手後手だし、実際に失業率も戦後最悪を更新し続けているわけで、倒産件数も増えているという状況の中で、自民党政権は何をしているんだ、という意識は強い。じゃ、民主党が政権を取っての政策内容等で国民が選択したのか、と言えばそうでもない。自民党への否定から民主・共産に流れた、と言う意味で89年の消費税の時と変わらない。小渕内閣は経済政策を転換すると言っている。しかしながら、国家財政が大変な赤字で、不況対策とは言え、この財政危機の中で赤字国債で対策を行うと、それで大丈夫なのかと。積極経済政策で行くというわけですが、それが不況打開につながるかというと誰も責任を持てないと思う。皆さん難しいことを言っているが、結局自民党の経済政策が国民に受け入れられなかったということで良いのではないか。説明したのか、どうか、と言う問題ではないのではないか。民主主義のルールということで言うと、解散・総選挙ということになる。民主党が政権を取る可能性もある。ただ、民主党が政権を取っても有効な経済政策が出せるかというとまだまだ疑問だ。民主党の中がまとまるか、どうか。旧自民党系もいる、連合系でも民社、旧社会系もある、というところでは未知数だ。今回の選挙の評価もその程度で十分ではないかと思う。

<不況即政権批判にはならない>
D)私は、Fさんの意見に全然納得できない。自民党の政策に有権者がNOと言った、それだけの説明では単純すぎると思う。自民党の経済政策が失敗して、批判が出ていたのは、参議院選挙の以前からだった。だから、そんな状態の中でも、世論調査が「自民党が過半数を確保する勢い」とある時点で出したのは、それなりに現実を反映していたわけ。経済不況は深刻だけど、自民党はそこそこ勝つという評価だった。それはたぶん正しかったのではないか。それは、経済の状況が悪いから政権与党に否定票を入れる、ということに直結しないのではないか。景気が悪いということは、一種、今日は天気が悪い、というのと一緒で、それだけで自民党批判が強まることを意味しない。
しかし、現実はそうなった。そうさせたのは何か、ということを評価すべき。それは、選挙に入ってからの、橋本の言動であり、それまでも不信を募らせていたのに、減税問題、不良債権問題などでさらに「火に油」を注いでしまった。

<不良債権処理策に厳しい不信感>
G)その一つが金融再生トータルプランだ。少なくとも3月前後で30兆円規模を提起したわけ。その時銀行横並びで1000億円を申請した。説明責任なにも無しだ。皆不信に思った。だって体力もいろいろ違うだろう。ところが皆同じ。誰も責任も取らない、説明もなし。また今度もそうなると皆思った。さらに10兆円ということになったらもう100兆円になる。こんな奴らに任せて置けないということ。そういう意味では、自民党の政策というのは、グローバルな経済から離れている。いまこそアカウンタビリティが要請されているわけ。ところが内向き・内向きの「解決」で、以前からの護送船団方式をなんとか守ろうとしているのがみえみえだ。これに対する批判だ。
F)意見の対立が何処にあるのか、わからないので、同じことを言うかもしれませんが、自民党の経済政策、または姿勢に批判が集中したということ。従来、不況の時は、自民党が強い、安心ということがあった。しかし、今回の不況は循環型不況とは違う、国民は感覚的にわかっていると思う。だから、具体的な経済政策を的確にやっていかないとだめだろうと、ところが現実には自民党の政策への不信感から、国民が自民党から離れたということだ。政策対立で民主党がより良い政策を出したから勝利したわけではない、そういう意味で消費税の時と同じと言っているわけです。

<新しい形の投票行動だったのではないか>
D)今回の選挙について、私はさっき「スジ」というものを出しましたし、アカウンタビリティという話をしました。、個々の具体的な政策、例えば税制、消費税などの政策ではなくて、政策の展開手法なり姿勢、質なり体質なり、そこをめぐって有権者が投票行動を行った一つの新しい形の選挙結果ではなかったか、と私は言いたいわけです。つまり、私の姉が、夫の家業の事務手伝いをしている専業主婦みたいなことをしていますが、そんなに政治意識が高いわけではないのですが、テレビを見ていて、やっぱり菅さんの言うことは正しいというわけです。菅さんは金融機関を救済するやったら、全部に管財人をおいて経理を公開させて、その上でどうするか決めると言ってたと、それは当たり前のことやと言うわけです。自分のところの会社もしんどいけれど皆自己責任でやっているわけで、なぜ銀行だけが、横並びで資金を入れてもらったりできるのか、自己責任をはっきりさせるということは大事や、と平場の常識をいうわけ。金融トータルプランがどうとか、消費税5%がどうとかいうことはみんな疑問を持っているわけだけれど、減税やっても景気が良くなる、とは誰も思っていないし、個々の政策の評価よりも、政治へのスタンスとか姿勢に対して、行動を起こしたのではないか。そう言う意味で新しいことだった、と思うわけです。

<消費税3%案、共産党にはプラス要因>
G)ただ、共産党の消費税5%を3%に戻せ、というのは、共産党の票が伸びる一定の要因になったと思う。共産党だけがこれを言ったのではなく、一定の財界とアメリカも言ったと。だから、それで景気が戻るとは皆思わないけれど、一定の層には受けたと思う。
B)自民党の党員も言っています。銀行はスジを通さんかいと。自民党の党員は商売人や鉄工所のおっさんなんか。あんなえーかげんなことをして、とこれは民意です。問題はなぜこれが出来ないかということ。皆デスクロージャーして、自己責任を取ればいい。自民党は金融資本の利益の代表者だからできないのだろうか。
G)そうなんとちゃうの。
B)いや、なぜ出来ないのかというところ。ここはイデオロギーを抜いて考えてほしい。もし経済恐慌が起これば、国民全体が被害を受ける。金融資本だけが無傷でおられるわけがない。なのに、なぜ、こんな状態なのかということ。
G)責任を取らせる体制になっていないからで、それはなぜなんや。
B)それはわからん。自民党支持者もみんなそう言っている。自民党に票を入れた人も皆そう思っている。
F)あまり、複雑にこねくりまわしても、しょうがないわけで・・。例えば、この前、エイズのテープ問題もあったし、大蔵省の隠蔽問題もあった。官僚と業界の結びつきも現にあるわけ。大蔵省、金融機関、自民党の関係構造は、中々拭い切れないものがある。エイズ問題でも菅さんがディスクロジャーさせてやっと解決の道も見えた。不良債権問題でも共産党のように、預金者は一千万円ですか、保護する、銀行は潰しても雇用は守る、というところまで言いきるかは別にして、すべてを明らかにして、だから公的資金導入必要、あるいは必要ない、というところまでやらないといけない。
C)それは既得権がない人間がやらないとしょうがないでしょう。しがらみというか。民主党の候補者はみんな自分はしがらみがない、ということを訴えていましたが。横にしがらみのある羽田幹事長が立ってましたが。
B)みんなしがらみで通ってくるんだよ。しがらみのない候補なんて激烈な選挙に勝ち抜けないよ。労組もそうだし、業界もそうだ。きれいごとでは勝てない。
F)どことのしがらみかということが問題なんです。銀行資本とのしがらみがあるから、白黒を付けられないのでしょう、自民党は。

<「都市政党」思考など自民は危機>
H)話題を変えますが、今自民党の問題が出ましたが、私は自民党はかなり危機だ思う。総裁選の最中、3候補がテレビ討論をしていましたが、「財政構造改革法の凍結」とか「6兆円減税をする」とか言っていました。国会を乗り切るためには、民主党の案を丸のみしてもいいとか幹部が言ったり、政党としてのアイデンティティが危機的だ、と言える。また「都市政党」を作る、という報道が流れた。都市部でほぼ全滅ということで、都市部の自民党の議員が危機意識をもったようです。統一地方選挙もやばい、ということで。確かに民主党は、参議院選挙で「最大風速」がその時吹いて、あんな結果になったけれど、逆に負けた方は、数字の上でも、意識の上でもほんとうの危機になっている、ということは見ておく必要がある。そんな自民党内部の議論はないのか。
B)私はまだ聞かないが、大阪の府議会議員40何人が、梶山で行くように決議をあげたということはある。そうしないと統一自治体選挙が戦えないと。そういう意味で危機感は特に都市部の議員は持っていると思う。
F)なぜ、小渕でなく梶山で、ということなんだろう?
B)それは感覚的なものだろう。こんな乱世の時代には、ちょっと乱暴でもいいからと。
C)都議会の自民党は分裂しましたからね。自民党が二つできたんです。2,3日前の話なんですが。会派が二つになりましたよ。
B)そういう意味では、自民党が危機であることは、間違いでない。ただ危機の中身なんだ。今の不況の状況の中で、その打開策を巡る本など読むんだけれど、まだ心にピッとくるものがなんだな。

<宮沢に誰も期待していない>
G)大蔵大臣が宮沢ではなくて、中坊公平になんて声もあるが、責任をはっきりさせろ、ということなんだ。そういうことが自民党ではできなんだ。誰も責任を取らない中で、住専機構は責任を取らせているんだ。宮沢がそんなことをするか、誰も信じていない。
B)ただ、今回の選挙で国民は、どこを選択したのか。民主党でも27議席なんだ。自民党は40数議席を取っているわけ。事実から議論すべきなんだ。事実から言えば、自民党が否定されたなら、もっと落ち込むべきなんだ。
F)さっきから言っていることなんだが、自民党が否定的評価で敗北したけれど、民主党が積極的評価で前進した、というわけではないんだ。
H)そうかなあ。自民党は選挙区で32しか勝っていないし、無所属の大半は選挙区で自民党に勝った候補で、民主に近い候補だ。
F)負けたのは負けたけれど、全体の得票で一番多いのは自民党、というのは変わっていないんだ。民主党の政策が正しくて勝った、というわけではないんだ。
G)しかし、大都市では軒並み負けているんだ。
B)自民党の得票率は、そんなに落ちていないよ。
G)都市部を見るべきだ、と言っているんだ。圧倒的に人口が多いところを見るべきだ。
D)比例区では、得票率で2%落としている。選挙区では、5%上げているが。

<日本の新しい経済システムの姿は?>
A)少し話題を変えさせていただきます。今回の選挙は争点はやはり経済問題・不況対策だったと思います。アカウンタビリティの問題もあると思うんだけれど、まだピンとこないわけです。それは今の日本の経済が一体どんな状況にあるのか、ということ。アメリカなんか、もう日本は破産したように言っているわけで、日本バッシングがすごい。株価に翻弄される日本経済みたいな。私の認識では、やはりこの前のバブルの時が絶頂であって、いずれイギリスのようになるわけで、バブルのツケが今来ている。減税も不良債権処理もあるけれど、日本の新しい経済システムをどう描くのか、ということがどの党からも提示されていないのではないか。バブルを再来してもしょうがないわけで、さきがけは環境政党とか言っていたが、武村が琵琶湖でゴミ拾いしているけれど。そんな打ち出し方がないから、よくわからないんだな。政党がよく見えないわけ。

<バブルのツケは、土地に集中している>
D)それは見えていないんじゃなくて、日本の経済には、実態の経済と「表層」の経済みたいなものがあると思う。日本の実態経済には、製造業の国際競争力にしても根強いものがある。消費構造、生活基盤みてもきっちりしたものがあると思う。ただ、日本の場合、戦後一貫した右肩上がりの土地政策がどっかで狂ってきたわけで、資産としての土地があって、これを基礎に経済が動いてきた。これがバシャっと崩れたわけだ。バブル以降おそらく数兆円の資産が霧になって消えたわけ。その最大の影響を受けたのは、ゼネコンであり銀行だったわけだ。生保もそうで、土地本位的に海外にも進出していたが、それが崩れた。これは凄いインパクトで、これをどう処理するのか、当面の課題だと思う。これは何処かが泣なあかんわけ。個人レベルでも、株などかなり不良債権処理をやったはずなんだ。ただ、「金融システム」を守る、というのは抽象概念なわけで、そのために公的資金を導入するというのは、個別の銀行を守るというだけでは国民の反発を招くわけだが、システムを守るというのは、国民経済が機能する基礎だから絶対にやらないといけない。個人の経営責任とシステムを守ることが、ごっちゃになっているので、わかりにくくなっている。そこを明確にして、表層経済の部分も絡んで複雑になっているのを早く整理しなければいけないと思う。それがやれるかどうか、一番大事な問題だ。

<金融再編と雇用問題>
F)そこで、教えてほしいことがある。不良債権でなかなか処理できず、グルグル廻っているんだが、そこを解決してグローバル経済に日本がぞう改革していくかが、問われている。しかし、そこで我々は労働者なんだな。だから働くもののことを考えないといけないわけだ。勤労者として、それがどうなんだ、という話をしなきゃいけない。具体的に言えば大阪の信組再編問題があって、来年3月には3行に再編され、ほとんどの職員が首になるという問題がある。信用組合なんていうのは、庶民・中小企業向けの金融機関ですから、不良債権の中身というのも大手の銀行の紹介融資で焦げ付いているのが多いわけです。自らバブルに踊ったというわけでもない。共産党は、預金者と労働者は守らないといけないと言っているわけで、他は、内部留保を吐き出してとか言っているだけ。福徳銀行とどこかの合併などの話もあるように、その過程で銀行業界ではリストラが進んでいるわけです。ゼネコンは吐き出せとか、銀行は潰れてもいいという話になっているんだが、そこに労働者の解雇という問題が忘れがちだ。雇用を守るために護送船団方式で行く、という道も出てくるだろうが、おそらくそれでも持たないことは分かっているんだが。働くものの立場に立った金融再編という議論が必要だと思っている。
B)金融再編のシステムの問題と個別の経営責任はわけて考えるべきだ、というのがDくんの意見だったと思う。金融システムが安定しなければ、預金者も国民もみんな被害を受けるわけで、公共政策の立場で考える必要がある。システムを考えれば公的資金を導入して支えるべきという議論が出てくるが、無責任な経営者に対しては、銀行でも何でも潰れればいいという議論になる。そこで、解雇・失業はどうするのか、という議論も出てくる。
F)改革には痛みが伴う、という議論もあるが、我々は労働者なんだからその立場から区別した議論が必要だと思うのだが。

<大銀行の不良債権が最大の問題>
G)不良資産が発表されるたびに、増えていくわけ。少なくとも昨年なら12,3兆円だった。ところが今年の初めには30兆円になった。3月には50何兆円になり、つい最近は73兆円だという。皆ここに疑問を持っている。このままでいくと利息もついてどんどん増えていく。これに公的資金を導入するということに皆疑問を持っているわけだ。第3者機関であれ、メスを入れなければいけない。ところが彼らだけで決めて、横並びで一千億円というわけだ。金だけもらってちゃんと株主に配当もしている。税金から配当しているわけで、こんなことは許せない。とするならば、それぞれのディスクロージャーしかない。しかも、その不良資産の圧倒的なものは19行の中の6行か7行が半分を占めている。Fくんの言う中小金融機関の不良債権なんて、これらと比べると極めて小額なんだ。東京三菱銀行の不良資産だけで27%くらいになる。ところがビクともしない。
H)Fさんの意見に対してだが、労働者はまじめに働いてきた。給料もそんなに高くない。大阪のシステム論として信組再編で自分に責任がないのに解雇、ということで、それに反対だ、という論理が今通用するのか、ということを半分くらい思う。大量失業ということに対して逆に社会システム上、雇用対策が必要であるということはわかるけれど、単純に労働者に責任がないという言い方は、もうしんどいのではないか、と感じている。労働組合は失業に反対し、雇用政策を要求するのは当然としても、全員を守るというのはしんどいだろうな。
D)個別の資本や企業を救済するということができないのは、はっきりしている。金融機関であっても、個別私企業の経営責任というものが明確。その結果は何千人が路頭に迷うという意味で。経営責任は重大なものだ。中小企業の経営者もそれは厳しい経営責任を意識していると思う。山一の場合もそうで、社員が全く経営責任から無縁だ、ということにはならないと思う。経営にチェックを入れるとか、意見を言うとか。

<労働者の立場からの金融再生>
F)雇用対策ということで、護送船団方式で公的資金導入・救済するということは、ええとこ取りだ、ということは私も理解する。だけど、中小企業の労働者に経営への意見を言うべきだ、ということだが、実際働いてみればわかるが、ちょっと意見を社長に言っただけで「窓際」になるか、ハラスメントならましな方で、早くリストラされてしまっている。そんな中で、労働者にも責任がある、というのは言いすぎだと思う。問題は、銀行が潰れたら、その社員でなくなることは確かだが、それと雇用対策をどう出すか、は別の話だと思う。それでは労働者から出している金融改革プランということにはならないと思う。
D)そもそも労働者側から出す金融改革プランという考え方がよくわからない。金融システムというのは、高度な公共政策でしょ。そこに、労働側とか資本側とかの二項対立があると思われないんですが。
F)リストラされる立場になれば、そう簡単に割り切れない。銀行が潰れても受け皿銀行とか、債権回収機構とか、金融分野で新たな雇用を生み出すという政策抜きではダメなのではないか。構造改革が必要と皆が言うけれど、それで労働者が多数路頭に迷うと言うことになれば、それは納得することができないが。
D)個別金融機関の倒産に関わってどうするか、というのは極めて個別対策で明確にする必要がある。ただ、宮沢さんがこの間言っていたように、ハードランディングなら誰でもできる、ソフトランディングを考えることが必要ということでしょう。
F)信組全体で1700名の社員がいるというのだが、再編信組に行けるのは200何人名と言われている。これを膨らませても、不良債権取りたて会社を作ってもせいぜい500人、まだ1000人が残るわけだ。だから金融再編と言っても、高度な問題だといっても、この問題をどうするのかをセットに出さないと、働くものにとっての金融再編とは、単に巻き込まれて負けました、というだけなんだ。そこで民主党が政権を取ったとしても、低賃金とか雇用問題で、政策を出さないと、少なくとも連合が民主党を担いでいる意味はないわけ。
G)普遍的な問題と具体的な問題があるわけやな。
F)その通りだが、この事を強調しておかないと、経済研究会だけの議論に終わるのではと思うわけだ。
G)それならば、具体的な提起はないのか。
F)そういう意味では共産党の言っている公的資金論はある程度正しいと思っている。1000万円の預金者保護には公的資金を導入することと、雇用の問題では、国が3セク的に金融監視制度を作って、という話です。数字的に無理があるというのは事実なんだが。
D)それは、Bさんも言っていたが、国際金融の中で、日本の金融システムをどう守るのか、という高度な問題であり、金融改革を進めつつ雇用対策も行う、ということなんですが、一つのことを進めようとすると、輻輳的に色々な問題が出てくるわけです。こんな問題に幅広く、調整してまとめあげてきたのがこれまでの自民党の政策だった。そうした輻輳的な問題の中で、単一の課題を突き付けてきたのが、これまでの労働組合であったし、野党であったわけだ。こうすれば全部解決できる、という一般解を出せる政党なんかないわけで、ないからこそ、いろいろな問題があることはわかっている、けれど、それを引き上げて一つの政策にしていくときに、こういうやり方でいきたい、その原則はこれです、こういう手法で調整していきますよ、みたいなシステムで議論しますよ、というように民主党が関係者を集めて、オープンに議論して政策形成していく、という形なら民主党はもっと支持が増える。自民党はもっと見えない所で調整をやっているはずなんです。上のレベルで。だから参加型の政策形成はできない、そこで違いを出すべきだと思う。民主党は違うやり方で利害調整をするんだ、というシステムにしないと。けれど、結局出てくるのは同じものが出てくるかもしれないが。

<共産党の躍進をどう考えるか>
H)話題を、共産党の躍進をどう考えるか、ということに移したいが。
B)共産党は確かに変わってきたと感じている。宮本が退陣したでしょ。あれが大きいな。関西財界が御堂フォーラムということで月一回の講演会をしているんだが、そこへ志位書記長が呼ばれた。宮本という大阪の候補がいたが、彼が大阪の商工会を廻っているということがあったが、その前段にすでに志位が来ているわけだ。いっぺん共産党の言うことも聞いてみようということだったらしい。それが参議院選挙につながっている。宮本が退陣したが、志位はどちらかというと市民派だな。立場性にこだわらんな。オールドマルキストでないモダンマルキスト(?)かな。そうでないと菅に投票するなんて考えられない。変わってきつつある、と見るべきかな。
E)常任幹部会にカメラを入れたとか、中国共産党との和解とか。
F)共産党が変わってきた、というのは私もそう感じている。労働法制の規制緩和問題で中央では連合と全労連が集会をしたし、全労連系が連合系にさかんに呼びかけをしてくる。本気でやっている。参議院選挙で言えば、民主党の野党共闘の呼びかけに最初に賛同したのは共産党でしたよね、社民がぐずぐずしているのに。くやしいと思ったらいいのか、いいことやと思ったらいいのか、複雑ですが、我々が昔言っていた統一戦線思考になったきたのかな、と思わせるふしがあるが、いつまた独自路線に転換するか不安感はあるが、変わってきたな、という感じはする。
D)変われへんと思うよ彼らは。ただ、いろんな分野で彼らが正当性を競う相手がなくなってきたわけで、これまでは労働運動ならば、社会党系と違いを出さないといけなかった。あらゆる運動分野で競合状態にあった。はっきり言ってそれは解消したのではないか。社会党系、新社会など論外の状況になったわけだ。・・・・
F)・・・・それと反共意識というのが薄れてきたというのがある。実はうちの母親が共産党に入れたというんです。自民党大好き、共産党大嫌い人間がね。年金生活者には共産党が一番いいというんですね。
D)現実基盤が無くなったという意味で、ソ連がなくなったといのが大きい。そういう意味で脅威が無くなっている。
B)ただ共産党の影響力はあまり世の中に及ばないと思う。変わるなら変わって民主党に流れるのか、スジを通していくのか、といっても、ここが政界をどうにかするということはないと思う。そういう意味で共産党に興味はなくて、民主党、あるいは自民党に興味がある。
G)もし、共産党が「オリーブの木」連合路線に転換するというなら、その意味は大きいと思う。その場合与党になり得るんだから。そこまで転換できるかどうかだ。
E)細川政権時代なら、共産党なしで政権は形成できたが、現在の状況なら、共産党がキャスティングボードを握る可能性もありうる。
D)比例区選挙が参議院も衆議院も入っているでしょ。この場合、共産党にとって有利ですよ。これが、中選挙区制ならまずしんどい。選挙制度改正は共産党にとってはメリットに働いている。

<今後の政局、課題について>
H)時間の関係もあるので、議論になっている自民党新政権の行方なり民主党の評価などに移りたい。自民党の危機ということですが、自民党の議員自身が危機を感じているという意味もあるし、また民主党も比例で10取れなければ、解党の危機と言われたのに躍進したため、党内矛盾も隠されてきたという事情もある。また、今回の選挙で特に感じたのは、マーケットの評価がリアルに感じられたということ。円が続落して、倒産が続出するということも考えられる。秋以降の政局ということで意見を出していただきたい。
D)意外と展開は早いと思います。宮沢が大蔵大臣になった。すごい追い詰められているなという感じ。もし何も出来なければ、最後のカードを切ったようなもの。秋口から年末にかけて、極めて不透明だなと感じている。解散・総選挙ということもある。
G)今朝のテレビで、4兆円の所得税減税、法人税減税2兆円はやるといっていたな。
D)自治体の立場からすると、減税はあまりやってほしくないな。住民税減税は自治体財政を直撃しますから。
F)どう転換するかということだが、積極経済政策になることははっきりしている。仕事で聞いた話だが、国の官僚が昨年はマイナスシーリングだったが、今年はそれはしないで認めていきたいと言っているらしい。そのことが具体的に経済に影響してくるのか、すぐには効果はでないわけだから、すぐに小渕内閣の破綻に繋がるとは思えない。ただ経済に政治が敏感な時代なのだから、依然、倒産件数は増加し、失業も増加するという状態が続けば崩壊は早いし、たちまち解散・総選挙ということになる。参議院の結果から見れば、今の衆議院は民意を反映していないわけだから、民意を反映しない無理な政権は崩壊すると思う。意外と早い段階で判断ができるのでは。
B)小渕内閣は従来の自民党政権と違って、発足時から低い支持率で出発した。だから、何か得点できる政策を発揮できれば、逆に支持率は上がるのかな、という気もする。問題は、誰がなっても不況を解決するのは難しいのではと国民は考えている。民主党であろうが。何かをすればどこかで噴出すという複雑な状況は、もうしばらく続くと考えているのではないか。実需の経済もあり、資産もあり、対外純債権もあるのに有効に対策が打てない、そういう中では、一回民主党にやらせてみようということになる。菅さんが経済政策を出すというが、あまり自民党と変わらないものになるのでは。

<ゼネコン救済も空振りの可能性>
D)自民党が出している経済政策なんですが、減税はできますよね。ただ、諸刃の刃で、赤字を増やすことになり、収入も減る。地方財政にとっては厳しいものがあり、公共料金の値上げがおこるだろう。大阪府の財政再建は確実に自治体に影響する。それは国民ベースで言えば、差し引きゼロということになる。一方、積極経済政策なんですが、減税で地方財政を苦しめていますから、公共事業でも地方の一般支出は発生するので、うまく連携できない。建設省・自治省・通産省が連携してが中心市街地の活性化で新しい制度を作り、一兆円規模の予算を付けるというわけです。周辺業界は注目しているらしいが、事業主体の自治体にとってそれに対応できる体力がない。新たな分野に公共投資を拡大すると言っているが、これも結局消化できないと思われる。減税・公共事業が空振りに終わると、経済はあまり変わらない。やはり悪い雰囲気は変わらないわけで、何かの転換をしなければ、という意識は強まる可能性がある。展望なき選挙に打って出るという可能性は高い。
G)結果としていくつかのゼネコンと大手銀行が潰れる可能性がある。秋口にね。富士、さくらまで言われている。ゼネコンも二つ、三つね。
D)PFIという話が国会で出ている。これは、公共施設を民間にさせようという仕組みなんです。事業資金も低利で、補助金も出る、担保物件でもOK、贈収賄事件になっても自首すれば減刑みたいな法案を自民党有志が準備しているらしいが、露骨なゼネコン支援という色合いが濃いので、国会を通ることはむずかしいと思う。それだけゼネコンが抱いている不良土地・建物が多いということだろう。今後中小から大手ゼネコンへ波及したらどうなるのだろうか。
H)都市再開発事業なんかは、もともと土地の右肩上がりを前提の仕組みだ。問題のある土地などは、ゼネコンは先行投資で抱いている場合が多い。この状態で事業がストップすれば、これがゼネコンの不良資産になってくるわけ。これが膨大だといわれているわけだ。これはゼネコンが無理なことをしてきたからだ、というより、システムの問題という性格だ。もちろん、そういう仕組みをさせてきたのは公共に他ならないのだが。
D)それは、金融から見れば不良債権だし、ゼネコンから見れば不良資産ですよね。中心市街地にある不良資産をなんとかしようと、PFIとか中心市街地活性化法なんかが出てくるわけです。しかし、事業主体となる自治体がこの状態なんで、とても見こみがない

<失業率は、ますます上昇>
H)あと、失業率の問題がある。3.9から4.1、4.3%と更新してきたが、5%まで行くでしょう。特にパートであった人の失業も増えてきたというし・・・。
F)現在は、景気がよくなったから、失業が解消するという連動がしないということ。そういう意味でも失業率はまだあがる。構造改革などが進めば一層リストラが進むだろうし、就業者増加が予想されているのは、福祉関係、情報科学関係などと言われているが、まだまだ実態的に増えているわけではない。
G)どんな分野で失業が増えているのか。建設関係とか、
F)建設産業はすでにリストラされてしまっているんです。先ほどパートという話が出ましたが、製造業や建設関係はすでに進んで、第3次産業に失業が増えている。不安定就労者が逆に失業している傾向がある。また中高年層と若年層の二極で進行している。専門職の部分での失業はまだ進んでいないが、年俸制や委託化など雇用形態の変化が進んでいる。情報関係で雇用が伸びるという議論があるが、専門技術者のついては確かに増加し、逆に人材が枯渇している状況にあるらしい。しかし、この業種は国際競争の激しい分野で、人員もかなり絞らないと成り立たないわけで、大量の雇用をつくりだせるか疑問もある。それより、介護保険など福祉分野は確実視されている。また、情報産業について、雇用効果はまだまだだが、経済効果は確実視されている。関西財界も注目している。
D)介護保険導入で何が増えるかというと、医療法人が介護サービスに参入するので、医療法人がヘルパーを雇うとか、そこでの雇用は増える。今までは、福祉法人の分野だったけれど、これからは、福祉と医療の法人の競争が始まるんです。福祉法人はこれまで国の仕組みの中で経営されてきたわけで、医療法人は競争の中で生きてきた実績もあるから、今後潰れる福祉法人も出てくる可能性がある。その垣根は無くなってきます。

(見だし・文章化はすべて編集子の責任で行いました。佐野8月16日)

【出典】 アサート No.249 1998年8月22日

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【書評】漫画で描く障害者問題の本質

【書評】漫画で描く障害者問題の本質
        山本おさむ『どんぐりの家』のデザイン』(岩波書店、1998.5.26.発行、1500円)

アニメ『どんぐりの家』の自主上映が静かな広がりを見せている。その原作者の漫画家・山本おさむが、これまで描いてきた障害者を主人公とする漫画(『遥かなる甲子園』、『わが指のオーケストラ』、『どんぐりの家』の制作過程を通じて、障害者問題、障害者観を考察したのが本書である。
著者はまず、社会にこれだけ漫画があふれている中、漫画界でなぜ障害者を描くことがタブーとされてきたのか、と問いかける。そして「差別語」を書かぬこと、「差別に関する語」を描かぬこと、という漫画界の暗黙の了解事項が「抗議そのものを恐れる自己保身の態度」であるとともに、「『差別』を受ける人たちの人権に配慮するという大義名文のもとに、実際には差別語のチェックを越えて、そのような人たちに関する問題自体を表現しない、という妙な構造を作り出していた」と指摘する。
そして「『障害者問題』というとき、何やら障害を持っている人々が問題を抱えているような印象を受けるが、とんでもないことだ。(略)問題を起しているのは差別する私たちの方ではないか。『障害者問題』とはおこがましい。実は、健常者が障害者に対して差別するb「う問題を背負っているのであって、主語が全く逆ではないのか」と問題の所在を明確にする。
しかしこのような認識は未だ社会的には極めて少数であり、圧倒的な多数は、そこに障害者に対する悪意が存在しないままに、障害ばかりに目を向け、彼らを能力のない、劣った人間と見なしてきた、と著者は述べる。
「私たちの視野には障害を持つ人々のことなど入っていなかったのであり、いわば自然に、無意識のうちに彼らを劣った人間と見なし排除してきたのである。それは私たちが歴史のなかで積み重ね、醸成してきた、いわば社会意識であったろう。このような障害者観は、長い時間を積み重ねて作られ、受け継がれて今日に至っているのである。そして我々の意識のなかにはもちろん、民法や道路交通法、ひいては野球憲章のなかにまでその痕跡を残している」。
ここから著者は、「障害者」に対するイメージ」が「~できない人」という否定型で語られるものではないことに気づき、「やりたいこと(権利)を様々な理由(主に差別)によって阻まれている人」「差別的な状況に挑んで実現しようとする人」という像で描くことになる。この障害者像が結実したのが、沖縄の北城ろう学校野球部の県高野連加盟問題をめぐって野球部員が成長し社会へ巣立っていく過程を描いた『遥かなる甲子園』である。
続いて、上の障害者観とろう教育の関係を扱った作品『わが指のオーケストラ』がかたられる。これは、大阪市立ろう学校の校長高橋潔の教育活動の軌跡を軸に展開する。この作品で問題となるのはろう教育の方法論──手話法と口話法であるが、ろう教育界で政府文部省の支援を受けた口話法陣営と少数派の手話陣営である高橋・大阪市立ろう学校の対立となる。
著者は、この問題に関して、「手話・口話論争は単に教育方法の論争にとどまらず、実は両陣営の障害者観の戦いだった、と私は理解している。口話陣営は『ろう児が手話をしなくてもすむ世界、手話のない世界』を目指し、手話陣営は『ろう児が手話をする世界、手話が認められる世界』を目指した」とする。そしてこのことは障害者観の問題としては、「手話陣営は、障害者であることと人間であることを分けて考えなかった。
『障害者はそのまま人間である』と考えたのに対して、口語陣営は『障害者は正常な人間ではない』と考えた。そしてその異常=障害を正常化することが教育の目的であると考えたのだった」ということになる。
著者はここにいたって、「障害者問題は健常者問題」という視点をさらに明確にすることで、「ノーマライゼーションの理念」に賛意を表明する。すなわち「bアでは、『障害』を老人や子供や女性など同じように、様々な人間がそれぞれに持っている条件や特性として理解しようニしている。この考え方は『障害者』『健常者』という二分法からの解放を意味しており、さらに、様々な条件を持った人々が平等に社会の一員として存在する社会がノーマルな社会である、としている」。それ故この視点からは、障害者の正常化ではなく、障害者をとりまく社会の正常化こそがはかられねばならないのである。
このように著者は、障害者問題を扱うことによって、かえって問題が社会そのものにあることを解明し、われわれの障害者観をも含めて近代社会を推進してきた思想(生産力主義=競争原理)とそのシステムを問い直すことを主張する。このことは、次の『どんぐりの家』において現実化する。この物語は、ろbニ知的障害という二重の障害を持った「ろう重複」障害児を題材にしたものであるが、ここにおいて著者は次の視点にまで到達する。
「結局、いろいろ悩んだ末にいちばん単純なところに行き着いたのだった。それは、生きているということ、障害を持つその子の生命、存在そのものをそのまま丸ごと受け入れるということ、それが『障害受容』ではなか、ということだった。この世に誕生した生命は、どんなに重い障害を持っていようとも育ち、発達する力、すなわち『生きようとする意志』を持っている。(略)この意志を発見し肯定することが『障害受容』であり、『人権』の根本なのではないだろうか」。これは、ノーマライゼーションの理念と通じる「『生命』を肯定する論理」「『共生』の論理」であるとされる。すなわち「自分が一所懸命生きることが他人の生きることを支えている、自分の生命と他人の生命が根っこのところでつながって、互いに支えあっている関係」である。
このように本書は、著者の深められていく障害者観の変遷を、その作品との関わり合いを通じて描いたものであり、著者の差別に対する感性の鋭さと謙虚な姿勢が印象的である。本書とともに、著者の漫画作品そのもの──『遥かなる甲子園』、『わが指のオーケストラ』、『どんぐりの家』──を是非とも読まれるよう推薦する次第である。(R)

【出典】 アサート No.249 1998年8月22日

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【投稿】短命・小渕新内閣退場への道

【投稿】短命・小渕新内閣退場への道

◆「生気に欠ける」内閣の登場
前号で紹介した「(橋本氏の)かわりはさらにひどいかもしれない」、「冷めたピザのように生気に欠ける」、「自身ではほとんど決断しない名目だけの頭首」(7/13付けニューヨークタイムズ紙)とこきおろされた小渕新内閣が現実のものとなった。しかもこの指摘どおりの情けない事態の進行である。ここまで皮肉られても何の反発力さえもみせず、新内閣組閣の出発点からして、いやがり、固辞している「最大、最強の人」=宮沢氏に入閣してもらわなければ組閣もできないと駄々をこね、自らの自信の無さと無責任さを公言して恥じないスタートである。おまけに国民にNOを突きつけられた参院選敗北の最大の責任者=橋本前首相を外交最高顧問にまで据えてしまった。みずからの力で日本の政治・経済・外交の新しい展望を切り開こうと言う気迫も気概も見せることのできない日本政治のお恥ずかしい実態を世界にさらけ出したのである。
それでもいくつかの新しい組閣人事を行いはしたが、野党を取り込むような大胆さにも欠け、やはり保守一党独裁時代のたらい回し人事の踏襲である。参院選の結果が突きつけたこうした自民党政治への重く鋭い批判には何の反省の姿勢も見られない。早速始まった国会の論戦でも、「日本発の世界恐慌」説を吹き飛ばす小渕新首相の絶好のアピールの機会にもかかわらず、まともに正面から応えられず、時々変に上ずって声を荒げはするが、内容ある論戦には程遠く、ほとんどが官僚が作成したおざなりな答弁文章を味気なく読むだけである。文字通り「生気に欠ける」、出発の当初から「短命・中継ぎ政権」論が横行するレイムダック=「死に体」内閣の登場である。こんな内閣は一日も早く退場してもらわなければなるまい。

◆蔵相不適格者の再登場
その新内閣は経済再生内閣と自らを銘打ったが、「宮沢蔵相固まる」の報道が一斉になされた7/28こは、東京市場では日経平均株価が170円上昇したが、逆にニューヨーク市場では一時200ドルを超える急落となった。ウォール街では、小渕政権=宮沢蔵相の登場は、日本経済の不況脱出どころか、「世界恐慌の始まり」と受け止められたともいえよう。
経済再生を全面的に託された宮沢氏こそは、バブル経済を生み、問題先送りで日本経済を不況に突き落とした張本人であるともいえる。中曽根、竹下両内閣の蔵相当時、円高不況対策を名目に地価高騰を煽る従来型・ゼネコン重視の公共事業の大判振る舞いと、超低金利政策を取り、バブル絶頂期にあってもなお、「経済の動きに行政の対応が遅れがちなことは否定しません」(87/11国会答弁)と放置し、さらにそのツケがまわってきたバブル崩壊後に首相になってからも、金融機関の不良債権問題が表面化した92年8月、公的資金導入をめぐって右往左往し、結局は問題の先送りに奔走、見通しの甘さと決断力の無さでは「最大、最強の人」を実証してきた札付きの人物である。ある意味では問題先送り、見通しの甘さ、決断力の無さという小渕内閣を象徴する人事である。
8/11の衆参両院本会議場での野党の追及に、宮沢蔵相自身が「バブル経済発生の前後、何年間か政府におり、この状態に適切に対応できなかったことを今でも反省している」、「過剰流動性がやがて不動産、株への投資になることは分かっていた」にもかかわらず「総量規制が90年に行われたのは遅かった」、「大変申し訳なく思っている」と陳謝せざるをえない、その責任の重さを問われはしても、今やもはや御用済みの蔵相不適格者なのである。こんな人物をこの難局期に蔵相に据えたのは、小渕政権は最初から経済再建に失敗したときの責任回避に走ることを前提にしており、宮沢蔵相は、失敗することを見越した「リストラ要員」ではないかとまでいわれる始末である。

◆まやかしの6兆円所得税減税
問題はその経済再生政策である。小渕首相は6兆円減税をその柱に据え、基本方針として、6兆円のうち法人税減税2兆円、所得税・住民税を4兆円に配分することと、年収3000万円以上の最高税率を現行の65%から50%に引き下げ、さらに課税最低限を引き下げないという方針を打ち出した。
ところがここには明らかなトリックが隠されている。昨年から進行中の現在の4兆円特別減税は、あくまでも1年限りの特別減税であって、来年からは廃止されることが不明確にされているのである。そのことをあいまいにしたまま、ことさら「6兆円減税」などと特別減税の上にさらに6兆円が追加されるかのような印象を与える言い方で内外の厳しい批判を切り抜けようと言う、いずれは化けの皮がはがれるあさましい魂胆である。
この特別減税の廃止と課税最低限を引き下げないという方針は、実際は特別減税実施前の97年の課税水準に逆戻りすることを意味しており、来年度から4兆円の減税が実施されても、年収900万円以下の所得層は特別減税実施前の97年の課税水準に逆戻りして実質増税となる。年収900万円から約1150万円までの層についても、97年よりは減税となるものの、特別減税が実施された今年と比較すると、やはり実質増税となる。つまるところ、大幅な減税の恩恵を受けるのは年収約1150万円を超える層だけという、あからさまな金持ち優遇減税である。
「今年の4兆円特別減税は定額減税だから、どの所得層も減税額は一律13万7500円で、年収491万0000円までは納税額0円だった」、こんなことは続けられない、課税最低限度は特別減税実施前の水準に戻すという宣言である。これでは、納税者の約94%を占める所得約1150万円以下の世帯では、期待に反して増税となり、今年よりも多い税金を納めなければならない。内需拡大、消費の活発化どころか、景気を冷えこます実質増税、不況深化政策でしかない。
しかしこうしたまやかしの減税を具体化するに当たって、小渕内閣は早くも迷走を始めてしまった。宮沢蔵相と自民党税制調査会の協議で、各所得層の税率を一律に引き下げる「定率減税」の方針が打ち出され、6兆円の内訳も、紆余曲折、所得税・地方税が5兆円、法人税1兆円案が浮上、さらに今回も恒久減税ではなく、緊急の景気対策減税と位置づけ、改めて抜本的な税制見直しを議論するという「二段階方式」を取る方針が出されてきたのである。またもや問題先送り、その場しのぎの禰方策である。財源論議もしないままの、本格的な増税の動きが見え隠れしている減税論議なのである。

◆「十月暴落説」の引き金
現在、ニューヨーク株式市場の「十月暴落説」が各紙誌に登場し始めている。日本企業の中間決算の内容が明らかになる10月、恐慌の引き金が引かれるというわけである。最も注目されているのは、経営危機が表面化している複数の大手銀行の破綻問題である。
すでに発足したばかりの金融監督庁は、この7月から大手銀行19行への緊急検査に着手しており、経営危機がすでに表面化している日本長期信用銀行を手始めに、都銀9行、長信銀3行、信託銀行7行の資産内容を子会社を含めて洗い直し、正確な不良債権の実態をつかみ、問題行には早期是正措置を発動し、経営改善命令から業務停止命令まで最終的な「銀行処分」に乗り出す方針が一応は明らかにされている。検査結果が出そろう9月末までには、大手銀行同士の合併・再編、米銀や欧州銀行との碇携・再編の動きが加速されようとしている。都銀9行のうち2行は、問題の不良債権処理を3年間以内に処理する経営体力がないと見なされ、ブリッジバンク移行が噂される事態である。
しかしこのブリッジバンク構想、「受け皿銀行」の登場は、これまでの整理回収銀行にはなかった「健全な借り手企業への融資機能を持つ」のが特徴である。住専の破綻が表面化してから6年、やり方次第では、金を借りまくった乱脈企業まで助けかねない。いやむしろそうした大手建設ゼネコンを救済することを目的に、30兆円という多額の税金を融資の原資に、こうした不良融資先に税金の大盤振る舞いで資金を注ぎ込み、問題企業の延命に手を貸すという、いわば「平成の暴挙」が準備されているのである。
しかもこの破綻金融機関や健全な借り手企業の認定基準が曖昧で、政治や行政による窓意的な裁量の余地が大きすぎる。もちろん政府・自民党の狙いはそこにこそあり、政権党のうまみをそこから引き出そうと言う魂胆である。しかしそうした情報公開に逆行し、責任追及を不問にした構想、その上に不良債権について、引き当て義務も開示義務も従来通りというのであれば、金融の再生など夢、幻となり、そのことがかえって世界的な不信を増大させ、世界恐慌の引き金役を果たすこととなろう。

◆「日本悪玉論」の合唱
8/12日付けのワシントン・ポストの記事は、クリントン大統領、ルービン財務長官、アーロン商務次官などの発言を引用し「小渕政府の対応がおざなりで、世界的に不況が拡がるとすると、それは日本の責任」といった「日本悪玉論」が明快になってきた、と解説を付けている。米当局者も責任回避に必死である。1ドル=146円という急激な円安に急遽、意表を突く形で2年10ケ月ぶりの日米協調介入が行われたのは、つい2ケ月前の6/17であった。ところが小渕政権登場後の8/11には、円はついに147円台に下落、90年8月以来の8年ぶりの最安値を更新した。同日、東京市場の平均株価も銀行株を中心に売り物が殺到、一時315円安まで下落した。それは直ちにニューヨーク、香港、シンガポールなど東南アジア市場にも波及している。ニューヨークのダウ平均株価は一時250ドル以上も急落している。しかし今回は協調介入は行われず、アメリカに加えて中国も「日本政府の経済改革が具体性を欠き、果敢な行動をとらないことが円の劣勢の要因の一つだ」、「円の疲弊の最大の被害者はアジア諸国だ」(8/12付け人民日報)とする「日本悪玉論」の合唱に加わった。
減税法案と金融再編促進関連6法案をめぐる与野党の対決は、いよいよこれからが本番である。臨時国会会期末の9月末には、あらゆる意味で日本の政治・経済・外交が問われる転換点となる可能性が浮上している。第4四半期の10~12月期、「日本版ブリッジバンク」構想も何ら有効な打開策にならず、うやむやな先延ばし処理だけで終始し、現実の銀行破綻だけが明らかになれば、それはすぐさま「日本売り」であり、「世界恐慌の火付け役」となることが自明である。野党側も参院選に勝利したとはいえ、こうした経済危機打開の方針、処方箋については一致しておらず、対案の基本姿勢も不明確なのが実状だといえよう。しかし破綻金融機関の処理については民主、平和・改革、自由党は対案を一本化させる方向が確認されている。これをさらに前進させ、自民党の分裂と小渕内閣不信任案可決にまで持っていけるのかどうか、今や自民党よりも野党のそれぞれの方針と政策こそが問われ、内外注視の的になっている。端的には民主、共産、両党の姿勢が問われているのではないだろうか。   (生駒 敬)

【出典】 アサート No.249 1998年8月22日

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【投稿】98ワールド・カップ観戦記

【投稿】98ワールド・カップ観戦記

<<これがユーロか>>
1998年6月19日(金)AM11:10.JAL425便は雨の中、関空を一路パリに向かい離陸。私たちの出で立ちは、日本代表と同じユニホーム姿。飛行時間約12時間、佐渡島上空を越えて、ハバロフスク、シベリヤ、ウラル山脈、バルト海、オランダからフランス領空へ、とにかく長い、眼下に見えて来たのは広大な農地、さすが農業国フランス。最近の飛行機は、ナビゲーションのようなものが機内のモニターに映り、現在位地、航路等がわかるようになっているのには驚いた。

パリ、シャルルドゴール空港は思いのほか古い感じの建物。大阪・伊丹空港の方がはるかに奇麗。空港からバスに乗り約20~30分でホテルに到着。このホテルが驚き、出発以前に旅行社から「ホテルは期待しないでくださいね」と聞かされていたので、心づもりはしていたがここまでひどいとは、想像を超えたものでした。確かにホテルとは書いてあるが、隣に建ってある大型のスーパーの独身社員寮にしか見えません。
その後、近所のスーパーに行きました。日本と比べて安いという感覚はなし。ただし、肉類とワインは安いかなという程度。ここで一つ発見、価格表示がフランだけでなく、ユーロの表示がありました。なるほど、これがユーロか!

<<大勢の日本人>>
6月20日、天気快晴、朝6時起床、今日はいよいよ日本の第2戦目、対クロアチア戦。バスでモンパルナス駅へ、TGV(フランス版新幹線)で2時間、ナントに到着。
もちろんユニホーム姿に身を固め、気合充分、モンパルナス駅のホームは日本の青いユニフォーム姿の人の波で埋め尽くされた状態。その中を迷彩服に身を固めた軍人が、サブマシンガンを手に警備のため三人一組で巡回している景色は不思議な感覚でした。
ナント駅は以外と小さい。「ナントの勅令」で有名な町。駅を出るとここも日本人で一杯、これほどまでにこの町に一時期に大勢の日本人が来たことはないだろう。バスで20分ほどロワール川沿いの道を行きしばらくすると、めざすスタジアムが目前にあらわれた。入り口近くには記念品を売る店、様々なパフオーマンスする人がたくさん。私には、ほとんど理解ができないものもありました。
スタジアムの警備は念入りで、周辺に入る時に第1回のチケットによるチエック、建物に入る直前にボデイーチエックおよび持ち物検査、持ち込もうとするミネエラルウオーターのふたまで捨てる念の入れよう。

<<止まることを知らぬウエーブ>>
いよいよスタンドへ、位置はロイヤルボックスからみて、左手コーナー、前から7、8段目の席。コーナーキックは目の前。ただし左手スタジアム中央にむかいフエンスがあり、これが邪魔。
収容人員約3万9千人。その内、日本人は約8割、1割がクロアチア、残り1割が地元関係。圧倒的に日本人の多いこと、おそらく3万人以上入ってる感じ。
サポーターのボルテージはすでに上がりぱなし。自然と沸き起こる歓声、いつかウエーブが始まりスタンドを一周、さらに一周、さらに、さらに、さらに、・・・・・・・
止まることを知らぬようにウエーブがつづく。
クロアチアも日本もなく全員参加。さすがに、今世紀最後の世界的な祭りは違う!
試合まえの練習が始まり選手がピッチに姿を現した時、スタンドの興奮は更に高まるばかり。川口は男前、中田は頭が黄色いからすぐ分かる、伊原、中山、名波、城・・・・
日本チームは列を組んでウオームアップ。対してクロアチアは、ばらばらにウオームアップ開始。文化の違いかなとおもいつつ更に興奮は極限に。
そのとき、後ろから「ロイヤルボックスに常陸宮がきてる」との声、なるほどおるおる、皇族とゆうのはえええな。わしら12時間もエコノミーで来て、おまけにチケットの心配までしてるのに、とゆうようなことを考えると、応援に身が入らなくなるので集中!
選手達は一度ロッカーに姿を消す、ほどなくクロアチア、日本両国国旗の入場、つづいて両国選手入場。両国国歌斉唱。ペナントの交換。

<<やはり生はいい>>
14:30キックオフ (日本時間21:30)。やはり生はいい、スタジアムの中で選手と、万を超えるサポータと同じ空気を吸えることは感動ものです。試合結果はご存じのとうり1-0で日本の惜敗。神仏やヤタガラスの力を借りても及ばぬ世界の壁。
幾度となく沸き起こる歓声、ため息、歴史的な闘い(日本が初めてワールド・カップ出場)を目のあたりにした感動は忘れられません。
試合の中で、やはり注目は中田の動き。彼だけがスピード、テクニックの点で相手に引けをとらなかつた。世界は、高くて、早くて、力強い。
日本は守備に重点をおいたシフトを固めていた。結果的には3試合とも同じスタメンで同じシフト。確かに岡田監督は以前から、「守備に重点を置く」とは言っていたがまさしくそのとうり。しかし、もう少し攻撃的なゲームができなかつたのだろうか。反面、あのようなシフトでなければ、さらに数点を失っていただろう。

<<「減点主義」と「加点主義」>>
ワールド・カップを見て、聞いて考えたことのひとつは、日本の選手選考方法です。日本は、22人の選手枠に対して、25人をフランスへ連れて行き、大会直前に3人を切るという方法で選考をおこなった。アメリカは20人をまず選び、その後に2人を呼び寄せるという形をとったらしい。よく言われるところの「減点主義」「加点主義」の違いなのか。
予選リーグの3試合とも勝つことができなかった日本。アルゼンチン、クロアチア、ジャマイカ、いづれにしろ日本に比べれば、経済力とゆう点においては明確な格差がありながら、サッカーの世界では逆に明確な格差が生じている。歴史、競技人口等の要因が違うにしてもなにか原因があるのでは。

<<行儀の良さ>>
二つめは、日本人の行儀の良さ、地元紙に報道されたように日本人サポーターは確かにスタンドを掃除していました。フーリガンの事を思えばフランスの人々には驚くべきことのようです。
それにしても、のべ10万人以上の日本人がフランスへ行ったわけですから、日本人のなかにもフーリガンがいるかと思っていたが、みな行儀は良い方だったみたいです。
チケット問題ににしてもワールドカップにはオーバーブッキングによる混乱はつきものだそうだが、今回は完ぺきに「空売り」=「詐欺」が横行したみたいだ。日本の名だたる旅行社が簡単にだまされているわけだ。2002年にはチケットの販売、警備態勢の点で相当の研究が必要。

<<「日の丸」「君が代」>>
三つ目は、「日の丸」「君が代」です。外国で国対抗のゲームを見ていると、ナショナリストになるものです。私も、完ぺきにはまってしまいました。ゲーム前の国歌吹奏の際に3万人以上と一緒に「君が代」を斉唱しました。なかなかの感動ものです。このことを日本に帰つて知人に話すと、「『日の丸』はええけど『君が代』は問題や、君は天皇のことやから」等の話がありました。でも私は、「君が代」「日の丸」はワンセットものだと思う。確かに、近代史的な意味ではアジア諸国民には重大な侵略の事実を押し付けたことはまちがいない。それは、日本の歴史教育の問題であり、日の丸の赤色は、幾多のアジアを主とする何の罪もない人々の無念の「血」で染まっていることを正しく教える事が大切です。こんなことを言うと、現在日本版「アウシュビッツのウソ」ような論陣が流布されるような状況の中で無責任だと言われるかもしれないが、私のなかでは、いたつて盛り上がってしまいました。

<<ラ・マルセイユの歌声と多民族>>
98年フランス大会は地元開催国の優勝で終わりました。優勝の瞬間、シャンゼリゼ通りは150万人の人々で埋めつくされ、ラ・マルセイユの歌声があちこちで沸き起こったそうです。フランスナショナルチームは多民族で、白人、黒人、アラブ人から構成されており、まさしくフランスの現状の反映。
4年後は、日本と韓国の共同開催による大会です。ワールドカップ史上初めての形。かつてオリンピックでもやられたことのない形。日本と韓国の新しい歴史を始めるポイントになるかもしれない大会。
日本が開催国の責任として、強いチーム造りができることをねがい、新世紀の開幕にふさわしい素晴らしい大会になることを心から願ってやみません。
(大阪・宝山 豊)

【出典】 アサート No.248 1998年7月25日

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【読者の声】織田氏と依辺氏の意見にひとこと

【読者の声】織田氏と依辺氏の意見にひとこと

織田氏と依辺氏の意見にひとこと。従軍慰安婦への補償について、証拠が明確でないとか、戦争被害補償が拡大されたら困るといった認識自体がアジア民衆との対話を妨げていることを考えるべきです。第二次大戦の敗戦に至るまで、日本が果たしてきた否定しようもない犯罪的現実に対して、掘り下げてさらに真実を明らかにし、真摯に反省する姿勢がまったく感じられません。「自虐史観」を攻撃する人たちの、持って回ったもっともらしい言葉や論理、結局はそんなことはなかった、あってもやむをえなかった、それほどのことではなかった、戦争にはつきものだ、いやむしろ独立と近代化に良い役割を果たしたなどという、ひどく卑俗で悪意に満ちた、こうした最近の歴史修正主義者の態度には嫌悪感をすら覚えています。(大阪、Y・I)

【出典】 アサート No.248 1998年7月25日

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【書評】「戦後50余年」–戦争=国家の「経済行為」と個人の関係を問う

【書評】「戦後50余年」–戦争=国家の「経済行為」と個人の関係を問う
      小澤眞人+NHK取材班『赤紙-男たちはこうして戦場へ送られた』
(創元社1997.7.10.発行、2200円)

   鬼内仙次『島の墓標──私の「戦艦大和」』(創元社、1997.7.10.発行、1800円)

 半世紀以上を経て「戦後」という言葉が何か遠いものとなり、50余年目の夏がめぐってくる。この時期に過去の日本における国家と戦争と国民について考えさせる書は貴重である、特に現今の「歴史論争」への冷静な眼を養うためには。
 『赤紙──男たちはこうして戦場へ送られた』は、あの戦争を行った国家の巨大な戦争遂行システムを、「動員」の基礎となった「赤紙(召集令状)」に焦点を合わせることで解き明かそうとする。本書は、富山県下のある村でほぼ完全に残されていた兵事資料にもとづいて、庶民にとって最も身近な運命の切符となった「赤紙」が、国家にとって持っていた意味を問う。
 われわれは本書を読むことで、「多くの場合、赤紙はすでに年度初めには作られており、各地域の警察署に保管」されていたこと、その場合に「特業」「分業」(自動車の運転、軍馬の治療、土木技術、無電など、部隊編成上必要な特殊な技能)についての身上調査書が各役場の兵事係によって日常的に作成提出されていて、「赤紙はあらかじめ軍隊に入ってからの役割が決められて、発行されていた」ことを知る。すなわち「ただ最前線に送る兵士を集めていたわけではなかった」のである。
 このことの根底には、本書の冒頭に載せられている陸軍中佐(陸軍省軍事課職員)の発言──「戦争というのは一つの経済行為です。人、もの、金があれば戦争はできる」──にあらわされた軍の認識がある。すなわち近代の総力戦は国家的大事業であり、すべての国民に必要な役割を与え、有限の資源で最大の効率を発揮させる必要がある。赤紙による軍動員は、このための不可欠の制度であった。
 そしてより一層重要な問題は、赤紙に負けず劣らず重視された、これと正反対の「召集延期制度」であった。「戦争が一つの経済行為だ」とする立場からは、軍需工場に携わる工場労働者に関して「いわゆる熟練工を確保し、軍需生産レベルを下げないこと」が必要不可欠であり、「召集延期制度は、国家総動員体制と軍の動員の調整のために生み出された」。しかし「平等を建前とした兵役の義務が、国家の事情のために歪められた例外措置」として、この制度の存在は当時の国民に説明されず、「軍と関係者の機密事項」とされた。ところがこの制度の対象となったのは、戦時中の在郷軍人500万人のうち、その五分の一以上の115万人以上であり、実に在郷軍人の五人に一人が召集延期となっていたのは驚くべき事実である。
 著者は、「召集延期制度は、国民感情からすれば兵役の不公平を招くものであるが、総動員の立場から見ると、避けては通れない重要な問題だった。赤紙と召集延期制度は、戦時経済を運営するために、高度なオペレーションを必要とした近代の総力戦の両輪でもあったのだ」と指摘し、同時に「国民が国家の前に命をさし出すことが当然とされ、赤紙は逃れることのできない国民の務めと信じさせられた大多数の人々。この人たちにとって、平等とされた兵役の義務が建前でしかなかったということをどのように感じるのであろうか」と鋭く批判する。
 『島の墓標──わたしの「戦艦大和」』は、上記の戦争遂行システムが崩壊する最後の断末魔を象徴する「戦艦大和」の沈没から始まる。その舞台は、トカラ列島諏訪之瀬島。この島に「戦艦大和」の戦死体が何日も漂着し、戸数12軒60人に充たない島の人たちが毎日流木を積んでその屍体を焼いたという話から、「大和」から「泳いだ人」(生還者)の聞き取りに及び、「大和」の特攻作戦がいかに悲惨な経過を辿ったかが跡づけられる。その主人公は、最下級、最前線の兵士たちであり、彼らの話から、どこにでもいるような普通の生活人が否応なしに戦争と死に巻き込まれていく状況が淡々と描かれる。この種の本では、吉田満の『戦艦大和』が知られているが、本書は視点を下に据えたところにこれまでとは異なる「戦艦大和」像を提出したと言えよう。
 本書で、実際に戦った兵士たちの姿にも増して心を打たれるのは、漂着した屍体を焼いて弔った島の人たちの姿であろう。そこには次のような光景さえ見られる。 「そのようにして三十体も焼いただろうか、しまいには総代から、『あまり浜に回って探してくれるな』と小言が出た。
 『仕事がさばけんもんで、もう仕様はないで、そう言うたんです』 煙草が切れ、焼酎が底をつき、米も途絶えがちだった。島は島だけの考えで戦争遂行のため少しでも多くの作物を作らねばならぬ。総代の言うのも無理はなかった。そのくせ総代は気持がおさまらぬのか、みつけると、『ぐらしか(かわいそうに)、ぐらしか』と言いながら懸命になって焼いた」。
 そしてその焼かれた後の遺骨は、流木のラワン材で作られた箱に入れられて、桑の木で建てられた小さな「オテラさん」に納められ、供養された。しかしそれらの遺骨は家族の許に帰ることはなかった。というのも、この島は戦後占領軍軍政下に繰り入れられ、本土に復帰したのが昭和27年2月、そしてその年の7月にはじめて遺骨収集団が来たからであった。
 「その日、遺骨収集に立ち合うため懸庁や村役場から大勢の人がやってきて、(略)
それらの人は上陸すると、翌日オテラさんへの径をたどった。島の者は女子供もすべて出た。オテラさんに着くと、一人の男が遺骨を指差してしきりに何か言い、他の者はそれにいちいち頷いていた。(略)
 『収集団の衆が入ってみようやって入ってみち、ながい間オテラさんの中に額ずくようにして、一体一体風呂敷包みを運び出したが、オテラさんの骨箱はみな白蟻に食われて、ばらばらになってたっち。柱は桑の木で造ってあったが、箱は駄目だっち。そいこさあ粉々になりおったち』 それを見て声にならない声が上がったという。島の女の人の中には目頭を押さえて泣き出す者もいた。収集団の人達も無念そうにしていたが、皮肉ではなく、それが戦士を七年間も放っておいてむくいであった。
 遺骨が島を離れる時、一人が泣き出すとつられるように他のみんなも泣いた」。 この情景にわれわれは、「戦争は経済行為だ」とする無機的な国家権力の構造と、素朴過ぎるぐらい素朴な島の人たちの人情との強烈な対比を見ることができるであろう。
 「赤紙」と「戦艦大和」との取り合わせは、庶民と、戦争=国家権力の事業との関係をわれわれに突きつけてくる。われわれはこの2冊の書物で、あのような時代が再び来る可能性の有無を今一度凝視する必要があるのではないかと考える。(R) 

 【出典】 アサート No.248 1998年7月25日

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【各地からのレポート】参議院選挙を考える–広島と大阪–

【各地からのレポート】参議院選挙を考える–広島と大阪–

広島から
a.. 参院選、中国地方は五選挙区で七議席あるうち、自民党は四議席にとどまった。過半数を超したとは言え、広島では二議席独占ができず、新人の一人の奥原氏が無所属(旧同盟系、造船重機)の柳田氏に競り負ける波乱があった。また、山口では公認の新人合志氏が元参議院議員の無所属松岡氏(元光市長、旧日本新党、戦前の外務大臣松岡洋右の一族)に圧勝を許した。岡山では無所属の江田五月氏が入り、鳥取では長老坂野氏が次点の無所属の田村氏(日本海新聞現役記者)に意外な高い得票を許した。
b.. 広島の現職は新社会の栗原君子氏だった。六年前に反戦・反PKOの波に乗って社会党として初当選したが、その後社会党の社民、民主、新社会への三分裂で、今回は広教組出身の社民新人、石田氏と骨肉相食む戦い。結局は共倒れに終わり、県労会議の流れをくむ議員が遂にいなくなった。原水禁運動、反戦・反基地運動の側の失望感は大きい。社民と新社会の間では候補一本化の動きも一時期あったが、潰えた。新社会の方針に大きな影響力を持つ解同広島県連の判断はこれで良かったのだろうか。
c.. 一方、山口は社会、さきがけ、日本新党などが細川政権当時、非自民・非共産の「山口県政治改革協議会」を組織し、動いてきた。労働界が知事選では政策次第で保守系も推す動きが早くからあったが、社会、さきがけは逆にその波にのみこまれ、衆参ともに議席を失った。今回の松岡氏の当選は非自民の力を何とか復活させたと言えるが、本来保守である松岡氏の去就は分からない。
d.. 共産は全国的には躍進したが、中国地方では魅力のある候補を立てることはできなかった。島根で衆院議員を当選させたことのあるさきがけは候補すら立てられなかった。総じて言えば、戦後最大の危機が呼号された参院選にしては論戦のない、候補に魅力の無い選挙だったと言える。重厚長大産業に依存し、産業構造の転換が遅れる山陽三県。過疎・高齢化に歯止めがかからない山陰両県。動脈硬化に陥っている自民党、実態の見えない民主党。民主党よりの候補が三人当選したが、民主党を支持してのこととは思えない。本当は有権者はいずれにもNOだ。(広島・S)

大阪から  「都市住民の怒りと投票動向」
参議院選挙は、マスコミのみならず大敗した自民党、躍進した民主党自身の事前の予想を覆す結果となった。
しかし、そうした兆候は橋本首相(当時)の「恒久減税」を巡る右往左往騒動から、急激に顕在化してきた。
絵に描いたよな「朝令暮改」発言を目の当たりにして「怒るな」という方が無理な状況だった。 89年の消費税選挙の時も、有権者は怒っていたが、バブル経済の追い風もまだあって、どちらかというと、カラッとした「明るい怒り」であった。その為「風」は最初から当時の社会党に向かって吹いていたし、土井たか子も「ダメなものはダメ、やるっきゃない」と気楽に叫んでいれば良かったのである。
ところが、今回の様相はまったく違っていた。戦後最悪と言われる経済のなか、有権者は確かに怒っていたが、もはや大声で怒る元気もなかったのである。
89年を「陽」とすれば、今回はまさに「陰」の怒りであったと言えよう。この様な水面下でたまりにたまった怒りの栓を開いたのが、橋本失言であったわけだ。
こうした動向を見誤った自民党から見れば「ムカついた」有権者が「突然キレた」と映ったのではないか。
とにかく、選挙結果は大量の自民党批判票が、民主、共産両党に流れ、橋本政権は崩壊したわけであるが、どのような人々が、民主、共産に一票を投じたのか。一般には「無党派」と言われる人々であるが、そうした大雑把なくくりでは、マスコミも政党も等身大の姿を見ることはできないだろう。
そこで、民主党が比例区で83万票を獲得した大阪の場合を見てみよう。
民主党が、第一位となった自治体(市町村)は、北摂のほとんど(例外は、摂津市(井上一成の呪い?)、能勢町(旧村)の2自治体)、枚方市、富田林市、大阪狭山、堺市、大阪市内でも都島、中央、北区といった、大きなニュータウンがあったり、新住民の比率が高い地域であり、中堅サラリーマン層を中心とした、本来の無党派層が民主党に投票したことがわかる。
一方、共産党がトップなのは、東大阪市、八尾市、城東区、生野区、大正区などの、下町、中小企業の多い地域であり、元来自民党の強かった所である。
これらでは、元々自民党支持層が民主を飛び越え、共産党に投票したことがうかがえる。今回の怒りは、無党派と党派移動派の合作がもたらしたと言える。(大阪 O)

【出典】 アサート No.248 1998年7月25日

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【投稿】自民党内閣決別を宣言した参院選

【投稿】自民党内閣決別を宣言した参院選

<<「予想を越える食い違い」>>
7/12の参院選挙は、事前のあらゆる予想に反して自民党・橋本政権の記録的な敗北をもたらした。筆者自身の予想も外れた、投票率もその結果も今後に希望を持たせる力強い誤算であった。もちろん、各新聞社・通信社の予測も大きく外れた。いずれの予測も直前の世論調査で、自民党は現有61議席プラス6マイナス7の範囲内であり、「第一党の自民の惨敗を予測できなかった今回の調査は、最悪の結果だった」(朝日新聞・世論調査室長)、「誤差と言うにはあまりに予想を越える食い違いだった」(参詣新聞・編集局次長兼政治部長)と反省しきりである。政局通を売りにしているインサイダー誌の高野編集長でさえ「自民党が改選数を上回って63~65程度を獲得する平凡な結果になる可能性が大きい」と予測していたのである。
このところ国政選挙のたびに、投票率は下がりつづけてきており、しかも今年に入ってからの各地の補欠選挙で自民党が全勝してきた。前回、95年の参院選の投票率は44.5%と過去最低を記録し、今回も当初の予測ではさらに最低記録更新の可能性が予測され、40%を切った場合の選挙の有効性までもが議論されていた。ところが今回、投票率がとりわけ都市部で大きく伸び、結果は58.8%と、14.3%も上昇したのである。
共産党の不破委員長までもが、比例区で819万を超えた得票について、「赤旗読者の3倍以上、党員の20数倍の票です。どこにいるのかつかみようがない」(7/17朝日インタビュー)と言う始末である。

<<「怒りが爆発した」>>
自民党の惨敗は、「国民の汗水たらした税金を、いとも簡単に倒産する銀行にまわして救済する。銀行の経営責任は問わずに、公的資金で自民党に都合の良い使い方を平然と行う暴挙」、「少しばかりの減税」で逃げて、「国民にアメ玉をしゃぶらせ、言いくるめるなど許せない政治手段、なりふりかまわぬ橋本政権に、多くの国民の怒りが爆発した」(7/16朝日「声」欄)という声に端的に代表されていると言えよう。

これは明らかに自民党内閣への決別であり、不況期に消費税導入・社会保障負担増大・緊縮財政などと言う橋本内閣のおよそ庶民の生活要求からかけ離れた経済失政への厳しい審判であり、ここまでこうした政権を居座り続けさせてきた自・社・さ連合政権、ふがいない野党の存在感の薄さ、ていたらくに対する拒絶回答だと言えよう。

その結果が、自民党は、比例区の得票率、わずかに25%という大敗、都市部の3~4人区では議席ゼロという壊滅的打撃を被り、61議席の「勝敗ライン」どころか、44議席、保守系無所属を入れても47議席という惨敗をもたらした。
直前に閣外協力を解消した社民党は改選議席12に対して半分以下の5、さきがけは1議席も取れず、その政治的敗北は決定的であり、根本的な路線転換がない限りは両党とも政党としての存在自体もはや再浮上し難いものとなった。
公明党と自由党は投票率の上昇にもかかわらず、横ばいに終わり、その結果、公明は自民、民主に次ぐ第三党の地位を共産に明け渡すこととなった。

<<自共合唱の「自共対決」論>>
こうした結果を大きく左右した無党派層の積極的な登場が、自民党政権に取って代わることが期待されている民主党、自民党への批判票としての存在価値が評価されている共産党という意味ある温度差を持ちながらも、自民党に政権交代を迫るほどの「民主・共産ブーム」をもたらしたことは明らかであろう。
各種出口調査でも明らかになっているように、無党派層の30%が民主党に、20%が共産党に投票している(自民、公明は各10%、社民、自由は各8%)。とりわけ、事前には苦戦を予想されていた民主党がこれを背景に18議席から27議席(無所属入党を含めると30議席)へと躍進した意味は大きいと言えよう。共産党もこれによって6議席から15議席へと、2.5倍増となった。
ここで共産党がしきりに声高く叫んでいる「自共対決」論を検討しておこう。彼らがことさらにこれを叫ぶのは、共産党以外はすべて真の野党ではなく、与党の一翼であり、自民党翼賛政党であり、第二自民であるといった周知の我田引水のセクト的な主張が前面に出たものである。これに呼応して自民党が、逆にこれを利用して反共主義で票を稼ごうと言う見え透いた共産党へのおべんちゃらと持ち上げを行ってきたわけである。今回も自民党幹事長までが「自共対決」を強調して、真の論点、政策対決をすりかえる論法に利用したと言えよう。その意味では自民党を利する論法でしかない。共産党が今後もこうした独善的な姿勢を取り続けるならば、有権者から見放されることは必定である。
しかし今回多くの有権者は実に絶妙な配分をしたと言えよう。民主党に政権交代のチャンスをより多く与えると同時に第二自民党化への傾向に釘をさし、さらに共産党に対しては批判政党としてとどまるのか、より大きく反自民勢力の統一に貢献するのかという試練を与えたのである。共産党の不破委員長は首相指名で民主党の菅代表指名もあり得ると言っている。これは大いに歓迎すべきことであろう。しかしその一方で「今度の結果は自民党が不況対策で迷走したからではなく」、「自共対決の構図がはっきり出た」からだなどと言っているようでは先が思いやられよう。

<<「冷めたピザ」>>
選挙の結果、自民党は参院過半数の127議席を20議席以上割り込んだ。社民、さきがけとの閣外協力を取り付けたとしても124議席、あるいは自由党との保保連合を組んだとしても118議席、いずれも過半数に届かない。公明とならば、130議席になり、かろうじて過半数を確保できる。さっそく旧公明・新党平和の神崎代表は「参院選は統一首相候補を立てて争った選挙ではなかった」として民主党からの誘いを拒否して独自路線を表明(7/13記者会見)し、自民党と民主党の間でキャスチングボートをちらつかせている。もちろん重心は大きく自民党に傾いている。
衆議院で過半数を確保している自民党は、次期首相を目指して派閥間抗争が再燃している。最有力候補で党内多数派を掌握している小渕氏は、内外共に不評判極まりない。7/13付けニューヨークタイムズ紙は、「(橋本氏の)かわりはさらにひどいかもしれない」、「冷めたピザのように生気に欠ける」、「自身ではほとんど決断しない名目だけの頭首」、「首相になっても党長老のかいらいに過ぎないだろう」などと徹底的にこき下ろされている。その小渕氏、「総合力と調整力」を前面に掲げているが、橋本首相との違いを問われて、「なかなか難しいところだが、閣内で相補ってきたのだから」(7/20朝日)と、確かにまるで気力も生彩もほとんど感じられない。
「小渕氏では選挙の顔にならない」として、「トップの決心」を掲げる梶山氏は、(金融危機の認識について)「官房長官だった私が知らなかったのだから、橋本首相はもっと現状を知らなかったと思う」という程度の認識である。「首相の覚悟」を掲げる小泉氏も、「低投票率は変わらない、という錯覚があった」という甘さである。
いずれも小渕氏は外相、梶山氏は官房長官、小泉氏は厚相として、橋本政権の中枢に位置し、今回の惨敗に責任を持った連中ばかりである。彼ら以外に首相候補者がいないとすれば、自民党は、もはや救い難い状況に陥っていると言えよう。
橋本首相退陣後の7/13月曜日の株価は、上昇に転じた。不況と貧乏神のエースの降板は、市場にとってプラス材料ととらえられたのである。しかし後継首相がこんな状態では、深まりつつあるアジア経済危機の第二段階をさらに深刻化させ、日本発の世界経済危機を現実化させかねない。衆議院を解散に追い込む野党の攻勢と政策一致が緊急に要請されている。これほど内外の厳しい眼が日本の政局に注がれていることはないと言えよう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.248 1998年7月25日

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【書評】新マルクス学の可能性の素材を与える事典

【書評】新マルクス学の可能性の素材を与える事典
         『マルクス・カテゴリー事典』
          (同編集委員会編、青木書店、1998.3.20.発行、12,500円)

「マルクス主義事典」や「マルクス・レーニン主義事典」ではない本書は、「マルクス基本概念事典(カテゴリー集)」である。本書が出版された背景には、言うまでもなく、「正統派」とされた「ソ連型社会主義」とこれを思想的に支えてきた「マルクス・レーニン主義」の崩壊があり、従来のマルクス主義への抜本的な反省が迫られている状況がある。
この状況を踏まえて本書は、いま一度「とらわれない目でマルクスを読みなおすことによって、マルクスの思想と理論を解明すること」を試みる。そして「新しいマルクス像の提示」によって「21世紀に突入しようとする現実に即してマルクスを問いなおす」。このことは、マルクスを現代にどう生かすべきかという問題であり、多様な様相をもつ現代社会とマルクスとを厳しく突き合わせることで、その歴史的限界を指摘し、再検討していく問題となる。かかる観点から編集された本書は、それ故、従来のマルクス主義の諸著作にはなかった批判的視点と諸項目を数多く含む、斬新な、しかしそれだけに今後論争を呼び起こす書であると言えよう。
以下本書の130余項目から、目立ったものを幾つか引用してみよう。([ ]は、項目名である。なお本書の叙述形式は、各項目毎にマルクスの著作からの当該箇所のテキスト(複数)を掲載して、それらを参照しつつ説明を加えるという形式をとって理解を助けている。この点は評価すべきであろう。)
例えば、[唯物論]についてはこうである。
[唯物論]・「いわゆる『弁証法的唯物論』からマルクス自身の唯物論への回帰の核心は、マルクス唯物論の二重構造を自覚化することである。マルクスの唯物論は同時に本質的に唯物論批判でもある。マルクス唯物論の物質概念は、「運動する物質」の概念でも「意識から独立な客観的実在」の概念でもなく、まさに「人間たちの物質的生活」の概念にほかならない。マルクスは、「物質的生活の生産」の〈歴史的様式〉という点をベースにすえて、歴史を、特に近代市民社会を総体把握しようとする。・・・」
[意識]については、
[意識]・「・・・人間の意識は、旧来の『意識─反映』論においては十全な位置づけを与えられなかった。いかに反映に能動性が認められるとしても、反映論的解釈にあっては人間は客観的実在の反映=模写としての真理に従属せざるをえない。だが、マルクスの意識論には、意識をもっぱら反映=模写に還元するところは微塵もない。意識は各個人の意識として自在に機能している。たしかにマルクスは、人間各個人の存在が意識を規定することを語った。しかし『意識=反映』論の誤読を反省すれば、存在に規定される意識が各個人の解放力になりうることをマルクスが認めていたのは明らかだろう。・・・」
また[実践的唯物論]の項では次のように記されている。
[実践的唯物論]・「・・・〈対象の主体的把握〉とは、・・・人間にとっての具体的対象を・・・何世代にもわたる人間の実践によって媒介されたものととらえることである。したがってこれは認識に携わる者の主体的立場を問い直すことでもある。すなわち『客観的科学』を標榜する者が想定するように、認識の対象は認識者と切り離されて向こう側に在り、認識者はそれを外側から『客観的』に考察するというのは錯覚でしかない。それこそあ『観照』の立場であった。/逆に認識主体は、まず対象との実践的関わりを明確に自覚し、それによって自らを対象世界の特定の場所に位置づけ、その位置から対象を理論的に把握しなければならない。こうすることで対象は観照的・外在的にではなく、内在的に把握されるのである。・・・」
そして現在論議の焦点である[アソシエーション]については、 『アソシエーション』・「・・・マルクスのアソシエーション論の原像は『ドイツ・イデオロギー』の『諸個人の連合化』論で成立する。『諸個人の連合化』論は自立化/服属視点と個人性生成視点の二つの視点から展開される。つまりそれは、一方では社会的権力として諸個人から自立化した諸個人自身の社会的諸力を、諸個人のコントロールの下に服属させることが唯一可能な社会形態であり、他方では『諸個人としての諸個人の交通』『トータルな諸個人への諸個人の展開』がその下ではじめて可能となる社会形態なのである。未来の社会形態としての『諸個人の連合化』は・・・個人性の本格展開と共同社会性の自覚的組織化という二つの要請を実践的に綜合する〈形態〉として了解されるべきである。・・・」
この他本書には、従来余り重要視されてこなかった諸項目──[意味と価値][協同組合][社会システム][自由時間][女性][テクノロジー]など──や国・地域項目──インド、アイルランド、ポーランドなど──が記載されている。
このように本書は、いわゆる「正統的」マルクス主義から離れて、マルクスの思想をマルクス自身のポジションから把握する試みであり、時宜に適った書であると言えよう。ただ事典という性格上、それぞれの項目の長さに制限があって必ずしも充分に説明しきれていない項目が存在することと、解説者多数のためか、その内容レベルに玉石が混淆している──最新の研究成果を踏まえたハイレベルの解説から、従来の通説をまとめただけの通り一遍の解説まで──ことが残念である。さらに付け加えるならば、本書の高価格もまた阻害要因と言えよう。とはいえマルクスの思想についてのこのような試みは、今後も継続して企画されるべきであり、本書を契機にラディカルな批判と議論が引き起こされれば、と思う。(R)

【出典】 アサート No.247 1998年6月26日

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【投稿】何が問題か--戦後思想の課題 

【投稿】何が問題か--戦後思想の課題 

アサート246号で、「戦後民主主義を問い直す」を投稿されておられる織田さんから、「依辺さん。再度、本格的に論じてもらえませんか」と、依頼(?)を受けた。何を論じればよいものか、私自身よくわからなが、最近、考えていることを述べて、問題提起としたい。

【議論なんてしない?】
昨年の秋だったと思うが、出身大学の学生たちと話す機会があった。3回生だという男子学生の話を聞いて、私や同席していた私と同世代の友人たちが、あまりの文化的ギャップに一種のショックを受けたことを覚えている。
その学生は、「ぼくたちは議論なんかしません」といともあっさり言い放ったのだ。もちろん我々とて、昨今の学生が、社会問題や人生について侃々諤々の議論をしているなどと考えていたわけではないので、その意味するところをもう少し尋ねてみると、次のようなことだった。
ぼくたちは、議論というものはしない。たまに、オタクっぽい奴が滔々と自説を述べることがあるが、誰もが聞いているだけで意見は言わない。誰かの意見に反論がなされ、議論になったりすると雰囲気が気まずくなるからだ。
そこで私の友人が更に彼に尋ねた。どんなことでも何かを多数の人間と一緒に行うためには、話し合いや議論は不可欠ではないか、と。それに対する彼の回答は、次のとおりだった。
ぼくたちのやることは、所詮「関西ウォーカー(イベント・飲食店などの情報雑誌)」に載っている範囲のことだ。つまり、この本に紹介されているどの店へ行くか、どこへ遊びに行くかということぐらいしか決めない。だから、議論など必要ない。いやなら、いやな人だけが話にのらなければいいのだから、と。

【「公共性」の軽視】

私は、今、その話をドイツの哲学者ハーバーマスの思想と重ね合わせて考えている。
現代の思想潮流は、人間の理性を疑うポスト・モダン思想が圧倒的な主流である。その中で、あくまでも人間のコミュニケーションへの信頼、すなわち、人間相互の平等な対話によって支えられた合理性の実現こそが真の秩序を生み出すと主張するのがハーバーマスである。
彼の思想に立ち入る前に、「公共性」というテーマについて少しふれておこう。
実は、戦後政治思想が大きく欠落させたテーマの1つが「公共性」にまつわる議論である。このあたりの問題について、最近、特に注目される論者が、佐伯啓思(レッテル貼りが好きな人は、彼に西部邁と同じく保守主義者というレッテルを貼るだろう)である。
彼も述べているが、ヨーロッパの民主主義には、長年積み重ねられてきたギリシャのポリス以来の自治都市の厚い伝統がある。
例えば、「パブリック」(公共)の上に成立したのが「リパブリック」(共和国)であるというように、語源の上からも両者は分かち難く結びついている。それゆえにヨーロッパでは、民主主義の土台となる「公共性」や社会規範に関する論争が、今でも活発に行われている。
ところが戦後日本の政治思想の中で、「公共性」は胡散臭いもの、否定されるべきものとしてしか扱われてこなかった。それは、「公共の福祉」という憲法上の文言が、権利制約の理由付けの言葉として登場していたため、「民主主義」にとって「否定」すべき概念と映ったからである。また、最近では「公共事業」などというと、無駄や利権と同義であるかのような風潮すらある。
しかし、民衆が、自己の私的利害、得失を離れて自己を超えた公共的見地にたたなければ、民主主義なるものは私欲の最大限化を図るための「欲望民主主義」に変質する。従って、「公共性」という概念は極めて重要なのである。

【「国家」の否定】

「公共性」という問題を議論すると、公共空間としての「国家」や「地域」の問題に至る。それはまた、「公共性」の源泉に関わるテーマである。
1980年代の英米圏における大きな政治哲学上の論争には、リベラルズ(自由主義者)とコミュニタリアンズ(地域主義者)の論争があった。もちろん、コミュニタリアニズムには、ハーバーマスとも共通する、ポストモダンの思想状況を踏まえた近代的自我への根本的な反省や自由主義の根本的な軌道修正を含んでいる。
従って、1989年のベルリンの壁崩壊以降に「市民社会」が論じられる場合の「市民社会」とは、「ブルジョア社会」の言い換えだととらえるマルクス主義的な前提は通用しない。少なくとも、それが世界的な思想状況である。
ところが、日本のいわゆる「進歩派」と呼ばれる立場の論者には、その転換を理解しないで、昔ながらの前提で議論をする人が多い。
同様の問題が、「国家」というテーマにもうかがえる。そしてこれは、日本の特殊事情に起因していると思われる。
つまり、戦後の民主主義思想が戦前の思想、戦前の国家体制の徹底的な否定によって形づくられたがゆえに、あらゆる国家的なものが否定されてきたということである。
特に、明治天皇制による国家と政府の一体化が、戦争責任の追及による「(過去の、そして過去の政府を清算しない現在の)政府の否定」を、「国家の否定」へ論理的に飛躍させてしまった。
本来、政府(Government)と国家(「Nation」、アメリカ人なら「States」)は明確に区別された概念である。日本国憲法の前文で、「政府の行為によって(through the action of government)再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し」とあるように、戦争は政府がとる行動(政策)と捉えることができる。
しかし、国家と政府が一体化してしまった明治以降の天皇制国家体制をマルクス主義的な仮説をもとに批判すると、そうした区分はあいまいにならざるを得ないのである。
国家を論ずることと、ナショナリズムは必ずしも同義ではない。素朴なパトリオシズム(愛国主義)とナショナリズムも異なるものである。もちろん、ワールドカップサッカーで日本チームを日本国の代表として応援することがナショナリズムというわけではない。
しかし、国家の影がちらつくものすべてをナショナリズムで危険なものと排斥し、「国家の脱構築」を進めたのが戦後民主主義であったという佐伯や西部の指摘は正しい。

【コミュニケーション行為】

さて、ハーバーマスの最も重要な哲学的基礎は「間主観性」という考え方にある。これを簡単に説明すると、我々は社会において他の人々との交流の中で生き
ていること、この他者との関係がまっさきにあるのであって、我々の認識はこの関係性の中ではじめて生まれ、分節化されるということである。これはフッサールの現象学からハーバーマスが取り入れたもので、世界や他者から孤立した主観を起点とする近代哲学の主
流である意識哲学と根本的に異なっている。
もっと具体的に述べれば、現代はすでにポスト慣習、ポスト形而上学の時代に入っており、真理、規範、民主主義、公共性などについて、超越的な原理や既成の規範への盲従は許されない。ハーバーマスは、そうした状況を受け入れながら、なおかつ価値相対主義に陥ることなく、対話的な営みの中に、先のような近代的諸価値を位置づけ直したのである。
いかなる強制からも自由な討議が制度的に保障された理想的なコミュニケーションの共同体においては、人々はより説得的な議論を他の人々に示すことができたもの(より良き論拠)だけを権威として認め、自分の意見や個人的な利害を捨てて、より普遍的と思われ
る意見に自分をあわせることになる。人々は自分たちの討議を通して、規範を、価値を作り出し、それを自ら生きようとする。ハーバーマスの思い描く極限的な理想のイメージはこのようなものである。

【対話や議論をはばむもの】

もちろんハーバーマスとて、このような状況が容易に現出するとは考えていない。詳しくは紹介できないが、彼は社会を、日常言語によるコミュニケーションとそれによる行為調整が有効な社会領域である「生活世界」と、貨幣や権力などの制御メディアによる行為
調整が有効な経済や行政などの「サブシステム」に分けて理解する。そして、後期資本主義社会では、システムの論理が生活世界を侵食する「生活世界の植民地化」が生じ、社会のコミュニケーション構造が基本的に変質するとしている。
また、ハーバーマスは、人間のコミュニケーションを情報交換と討議の二種類に分けて考えている。日常的には一定の規範のもとで情報交換が行われているが、その規範の正当性が疑問視されたとき、討議が開始されるとするのである。
とすれば、情報交換はするが、討議はしないという冒頭の若者たちは、彼らが徹底した消費文化の中に生きており、討議を必要とする生活世界が市場経済システムに侵食されて貧困化している結末なのだと言われれば、なるほどと合点がいく。
また、コミュニケーション構造の変質は、公共政策をめぐっても生じる。後期資本主義社会において市民は、国家の単なるクライアント(顧客)と化す。そして、この社会国家において民主的意思形成は、コミュニケーション行為による社会統合に向かうのでなく、
各人が社会的生産物を均等に獲得するための道具として機能するにすぎなくなるというのである(「公共性の構造転換」)。

【従軍慰安婦問題を通じて提起されたもの】

さて、ハーバーマスを引用し、長々と大仰なことを述べてきたのは、次のような理由による。
すなわち、「戦後民主主義を問い直す」という織田氏の投稿とアサート紙上の対応の中で、私が非常に興味深く感じたことが、氏がテーマとして持ち出されている「従軍慰安婦問題」そのものよりも、議論をしたいという氏の気持ちに反して、彼の主張を「右翼的ス
ローガン」と相手にしない雰囲気だったからである。
これは、もちろん、冒頭の若者たちが「議論をしない」というのとは違う性質のものだろう。一言で表現するならば、強い普遍性や狭い絶対性を主張する近代的理性ゆえの対話拒否である。
しかし、両者は同じ結果をもたらすものであって、織田氏が主張される問い直されるべき戦後民主主義の問題点とは、まさにこの点に尽きる。
ただ、従軍慰安婦問題の何を議論するかについては織田氏の提起は未整理である。強制連行があったのかどうかという事実関係を問題にするには、我々はあまりにも情報不足である。個人的な認識を述べるなら、軍による組織的な関与・強制があった事例もあっただろうし、本人の意思にもとづく従事もあっただろうというぐらいのものにすぎない。
しかし、「元従軍慰安婦に対する国家補償」という公共政策を実施すべきか否かをテーマにするのなら、私は日本の戦争責任や歴史観とは別の観点で、実施に対して懐疑的である。
例えば、元慰安婦が直接日本政府に対して補償を請求するという枠組みそのものに疑問がある。元慰安婦が軍と直接の身分関係にあったわけではないことは明らかなので、もし補償を課題にするなら自国政府を通じた国家間外交の課題とすべきである。また、対象者
をどの範囲とし、どのように認定して補償するのかという問題もあるし、戦争被害者補償をこの時期に拡大するのなら、他の様々な戦争被害者に対してどのように対処するのかも明確にする必要があろう。政策化にはあまりにも問題が多い。
しかし、このような各論のテーマはとりあえずこの場では意味がない。要するに、日本の戦争責任を明確にし、元慰安婦の人権を擁護すべきだと考える人々にとっては、自らが前提とする正当性に疑問が投げかけられること自体が認められないからである。

【おわりに】

私は本紙239号で、「ポリティカル・コレクトネス」という概念を紹介した。すなわち、「歴史的な法律・道徳・習慣・伝統などに照らしての正当性よりも、現在の人々が置かれている現実の政治的・社会的な状況に照らしての正当性を優先すべきだという考えとなっ
て、一定の定着をみている」ものである。
それは、「考え方だけをとればとても進歩的で立派なように見えるが、実際にはかなりおかしな現実を生み出す」。いわば「法や制度よりも『風潮が容認する正しさ』が優先される社会となるからだ」とする批判もあわせて紹介した。
強い普遍性や狭い絶対性を主張する近代的理性は、討議によってあらためて位置づけられない限りドグマに転落する。そしてそれは、単なる「風潮が容認する正当性」を前提とした公共政策につながり、その公共性を自らスポイルしかねない。人権、平和、環境など
近代的な普遍価値があらかじめ前提となっている政策分野では、特に注意が必要であろう。
「『アサート』は論争の場にならなければだめだと思う」「論争よ起これ!と言いたい」と主張される織田氏は全く正当である。しかし、それ自体の困難さと具体化のための営みが、日本の戦後民主主義の課題であり、我々が未来永劫背負わなければならない普遍的なテーマだと、私には感じられて仕方がない。(依辺 瞬)

【出典】 アサート No.247 1998年6月26日

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