【編集部への通信】井上 清著『尖閣列島 釣魚諸島の史的解明』 

【編集部への通信】井上 清著『尖閣列島 釣魚諸島の史的解明』 

 読者のKさんより、尖閣諸島問題につき、井上清著『尖閣列島 釣魚諸島の史的解明』(著者は京都大学名誉教授、1996年、第三書館発行)の紹介を強く勧められた。
 本書は、最初、現代評論社から1972年に刊行されたもので、その2年前から「尖閣列島」(歴史的には正しくは「釣魚諸島」)の領有権をめぐって日中間の争いが激しくなり、「日本政府とその与党はもとより、社会党も共産党も、マスコミ諸紙もいっせいに尖閣列島は明治28年(1895年)以来、日本が「無主地」を「先占」して領有し実効的支配をしてきた日本領であると主張してきた。「この日本側の主張に、日本帝国主義の再起の危険性を強く感じた」著者は、この問題の「歴史的真実、および国際法理上の真理を明らかにすることが先決である」として研究に取り組み、現代評論社から発行されたものであった。1973年2月には、本書の中国語訳『釣魚列島的歴史和主権問題』(英憲訳、香港・七十年代雑誌社)も出された。
 1972年の初めまではこの問題への関心は高かったが、72年9月、日中両国政府の共同声明で国交が回復し、日中平和友好条約締結の交渉が進む過程で、中国側は、釣魚諸島問題の解決は後世の人の知恵にゆだね、当面はこの問題を棚上げにしようという方針をとるようになり、日本政府も表向きは騒がなくなっていた。ところが、「1996年に入って、日本側は再び釣魚諸島に荒い波風を起こし、右翼の団体が釣魚諸島の一つの小島に灯台を建て、日本政府もそれを禁止しようとしない重大な対中国挑発行為」が高まる状況で、「24年前の本を再び世に問う」ことにしたのが1996年であった。
 そして、2010年、再びこの問題が日中間の重大な係争問題としてクローズアップされているが、著者の主張はきわめて明快で、一貫している。それは、国際法上の「無主地先占」はまったく根拠がない。だから、尖閣諸島は中国領である、というものである。その歴史的解明は、以下の目次のように行われている。

1.なぜ釣魚諸島問題を再論するか
2.日本政府などは故意に歴史を無視している。
3.釣魚諸島は明の時代から中国領として知られる
4.清代の記録も中国領として確認している
5.日本の先覚者も中国領として明記している
6.「無主地先占の法理」を反駁する
7.琉球人と釣魚諸島との関係は浅かった
8.いわゆる「尖閣列島」は島名も区域も一定していない
9.天皇制軍国主義の「琉球処分」と釣魚諸島
10.日清戦争で日本は琉球の独占を確定した
11.天皇政府は釣魚諸島略奪の好機を九年間うかがいつづけた
12.日清戦争で窃かに釣魚諸島を盗み公然と台湾を奪った
13.日本の「尖閣」列島領有は国際法的にも無効である

 以上、Kさんからぜひ読者の皆さんに知っておいてほしいあらましを、編集部によりまとめて、意義ある本書の紹介といたします。(I) 

 【出典】 アサート No.396 2010年11月27日

カテゴリー: 政治, 書評 | 【編集部への通信】井上 清著『尖閣列島 釣魚諸島の史的解明』  はコメントを受け付けていません

【書評】「ポピュリズムへの反撃-現代民主主義復活の条件」

【書評】「ポピュリズムへの反撃-現代民主主義復活の条件」
(山口二郎著、2010.10発行、角川書店、724円+税)

ついに、いや、やっと出版されたか、と感慨ひとしおである。
劇場型だとか、無党派層の反乱だとか、ここ数年を賑わせた政情にモヤモヤしたものを感じていたのは私だけではないだろう。
また、何となく「これはポピュリズムだ」と解釈しながらも、それ自体が一体何なのか、十分に理解しないまま言葉を使っていたことも事実である。
本書は、そういった疑問に対してスッキリと一つの答えを示してくれているばかりではなく、「反撃」の糸口をも示してくれているのである。

<本書の意義>
まず、山口氏は冒頭に「最近の日本の政治を見ていると、『今頃になって気がついた、しかしそれでは遅すぎる』ということが、いくつもあったような気がします。」と述べ、現在大きな社会問題となっている医療難民、介護難民、派遣切りなどを小泉政権時代の医療制度改革や規制緩和の当然の帰結であると指摘しつつ、国民が一時的であれあれ程「熱狂」したことについて、きちんと反省し、分析しなければ、同じことを繰り返すことになるとしている。
そして、そのことをポピュリズム=大衆のエネルギーを動員しながら一定の政治的目標を実現する手法、その動員に決定的に重要な意味をもつ言葉のあり様という切り口でもって考えようとしている。

<ポピュリズムの定義>
ポピュリズムとは何か。山口氏はイギリスの政治学者バーナード・クリックの言葉を借りて「ポピュリズムとは、多数派を決起させること、あるいは、少なくともポピュリズムの指導者が多数派だと強く信じる集団を決起させることを目的とする、ある種の政治とレトリックのスタイルのことである。そのときこの多数派とは、自分たちは今、政治的統合体の外部に追いやられており、教養ある支配層から蔑視され見くびられている、これまでもずっとそのように扱われてきた、と考えているような人びとである。」と定義している。
その際に決定的な役割を果たす「わかりやすい言葉」という欲求を利用した「単純化」と「二項対立」、そしてステレオタイプこそが、ポピュリズムの手法の危険性を表している。
<ポピュリズムへの批判>
「郵政民営化を成し遂げることが改革である」「ロクに仕事もしない郵政公務員を民間の会社員にしてしまえ」…大衆のもつ欲求と怨嗟を基盤にしながら、短いフレーズで「わかりやすく」煽ることにより熱狂的な支持を受けようとするやり方を我々は何度もみてきた。
しかしそこには、「なぜ民営化が必要なのか」「民営化が何をもたらすのか」といった冷静で論理的な思考は一切なく、ただ単に不満の矛先を「設定された」敵に向かわせ、圧倒的な支持さえ受ければ、「論点」としたこと以外の課題でも何をしてもいいとばかりに振舞うポピュリストの姿が浮かび上がるのである。
山口氏は他にも「官から民へ」「国から地方へ」「利益誘導」「ばらまき」「政治主導」「官僚制の打破」など、一世を風靡した「言葉」に対して、そのカラクリを暴露するとともに、ステレオタイプに加担したマスコミと学者を徹底的に指弾している。
また、最も直近の事例として、橋下・大阪府知事や東国原・宮崎県知事、鹿児島県阿久根市長の手法を「地方ポピュリズムの惨状」として批判し、地方政府が「大統領制」であり、強いリーダーが現れやすい反面、ポピュリズムが噴出しやすい土壌にあることを指摘している。

<ポピュリズムにはポピュリズムを>
では、そのようなポピュリズムに対して、我々はどう反撃していけばいいのか。
山口氏は、ポピュリズムをすべて否定し、これを叩き潰せばよいという単純な話はしていない。現代の民主政治には多かれ少なかれポピュリズムの要素が含まれることは不可避であるとした上で、ポピュリズムが本来持っていた強者への対抗、平等化のベクトルをうまく生かしていこう、と訴えている。
雨宮処凛の運動を引き合いに、偽物の「われわれと奴ら」という対立図式ではなく、客観的な利害状況に沿った対立図式で政治的な戦いを仕掛けること、「あなたたちが置かれている状況はこうであって、あなたたちの利害、抱えている不利益はこういうことなのだ」ということをわからせる手法として、また、政治参加を促進させる手法として、ポピュリズムという要素は必要であると説いているのである。
そして、小泉流の「われわれと奴ら」の線引きから、「敵味方」の線を引き直す必要性を指摘し、その点でマルクスを再評価し、一番大きな対立の構図は「やはり働いている人と人を働かせて利潤を取っている人の違い」としていることは非常に興味深い。
さらに、中間団体をいかに再生させるかが重要な手がかりだとして、無党派層と中間団体の間に線を引いた対立構造を壊すために、部落解放同盟や労働組合にもう一度戦う必要性さえ訴えていることは、我々にも多くの示唆を与えている。

<いざ反撃へ>
私の在住する大阪では、山口氏が本書で最も指弾している橋下・大阪府知事のポピュリズム手法が席捲している。
デマゴーグを駆使して木原氏を堺市長の座から引き摺り下ろした記憶も生々しい中で、定義さえ曖昧な「大阪都構想」こそが大阪を救う唯一の道であるという飛躍した論理を振りかざしつつ、大阪市長や大阪市職員をはじめとした公務員を仮想敵に設定し大衆の不満を煽って、来春の統一地方選挙から再来年の大阪市長選、府知事選まで、極めて綿密に戦略が練られている。
選挙にさえ勝てば全て白紙委任、何をしてもいいと言わんばかりの彼の危険な行動を何としても阻止しなければならない。
本書を手に、山口氏のいう「正確な現状認識と論理的な思考」をもって、今一度しっかりと「考える」ことの大切さを改めて肝に銘じ、反撃を急がなければならないのである。

(なお、本書は、講義録を基に書かれており、話し言葉で読みやすい内容となっているが、それ故に構成にやや難がある。また、新書であることの限界も相まって、客観的な資料や根拠の乏しいことが残念である。次なる著作を切望するものである。)
(大阪 江川 明)

【出典】 アサート No.396 2010年11月27日

カテゴリー: 政治, 書評 | 【書評】「ポピュリズムへの反撃-現代民主主義復活の条件」 はコメントを受け付けていません

【コラム】ひとりごと —迷走する民主党に思う— 

【コラム】ひとりごと —迷走する民主党に思う— 

 ○民主党政権の迷走が続いている。尖閣問題、小沢問題、そして柳田法相の失言問題とマスコミネタに事欠かない。○しかし、どうもそれだけではないようである。マニフェストを墨守するべきか、否かの議論にも繋がるが、民主党のコアな理念がはっきりしないことであろう。○小泉路線=極端な市場原理主義・新自由主義に対して、「生活が第一」を掲げ、ポジションとしては、中道右派的な立場を取ったことや、「消えた年金」問題や自民党の政権たらい回しに飽きた国民の選択により政権交代が実現したのは、つい1年前のことであった。○私自身は、民主党独自の理念が曖昧になってしまったのではないかと思っている。鳩山の「友愛」や「アジア共同体構想」、「温暖化防止政策」までは、理念として、「民主党らしさ」を映してはいた。○財政再建問題の解決にあたって、民主党の「看板」であった「事業仕分け」だが、費用対効果に純化する傾向が強かった。確かに官僚の天下り先を確保するような「無駄な事業」は、徹底的に廃止すれば良い。ただ、行政の守備範囲には、費用対効果だけでは判断できない事業・仕事がある。○福祉や教育の分野に多く見られる。まさにこうした分野に「民主党らしさ」を出さなければいけない。○旧来の自民党的手法に対して、際立った政治運営の手法さえも、明確にできていない。小沢書記長時代には、利益誘導・配分型政治への回帰とも映る手法が復活されもした。○
 そこに、尖閣問題などのように、深刻な国際問題が起こると、経験のなさからか、官僚のサボタージュなのか、迷走としか映らない混迷が生じて、非常に不安定な印象が目立ったのである。○尖閣問題だが、私は自身は明らかな海上保安庁の「暴走」が発端だと見ている。そこに民主党の外交戦略の不徹底が重なり、事件解決を長引かせたのではないか。○映像流出事件で我々も「事件映像」を見ることができたが、故意の衝突とは見えにくい。船上での始末書を確保することで十分ではなかったか、と思う。○中国政府も、反日デモを当初は容認していたが、反政府の要求が色濃くなった時点で、沈静化へと舵を切った。この動きも十分に予測できる範囲だろう。○結局、民主党の基本政策が明確でないこと、、政権としての政策方向の徹底、行政機関・官僚への徹底がされていない事を浮き彫りにしたにすぎない。○TTP(環太平洋戦略的経済連携協定)問題も同様であろう。突然の首相発言のように報道されているが、この議論は自民党政権時代から始まっている。そして、民主党内で「内紛」状態などと報道され、目も当てられない。○関税なき経済関係は望ましいものであり、少なくとも輸出なしに成り立たない日本経済である以上、基本的に前向きに考えることが大切だというのが基本であろう。その上で、デメリットをどう解決するのか、だと私は思うが、党内論議不足が原因であろうが、この問題でも民主党の混迷と映っている。○私の仕事分野である生活保護行政を見ても、民主党政権になったからと言って、ほとんど何も変わっていないし、何か新しい政策提案や制度運用の変化は見られない。○本気で考えているなら、生活保護法の改正議論を主導すべきであろう。リーマンショック以来の失業問題への政策は、ほぼ麻生政権末期の政策が、ほとんどそのまま延長されているにすぎないのである。○政権発足直後の昨年末は、東京の派遣村やハローワークでの「ワンストップサービス」の実施に向けて、相当の労力が費やされたように思うが、今年は、あまり聞こえてこない。若干の労働市場の上向き感があるものの、すでに生活保護受給者が激増した後なのか、「政権の危機感」も薄れているのだろうか。○補正予算審議は、尖閣問題・柳田法相発言問題で時間を取られているが、本当の勝負は、来年度予算であろう。ただ聞こえてくるのは、確かに「増税」議論ばかりだ。○再来年からだろうが、介護保険本人負担の2割化や「環境税」の新設。そして、少し封印された感のある消費税問題。○2回目の予算編成こそ、「民主党らしさ」を鮮明にすべきである。ただ、その「民主党らしさ」が少々怪しくなってきているのである。○民主党には綱領がないらしい(?)。私も確認していない。選挙マニフェストがそれに替わるものだそうだ。ここにも問題がある。ここの政策の羅列では、一貫性は生まれない。私自身は、社会民主主義的な方向であるべきと思うが、実際は、新自由主義に傾斜した議員が多いのも事実である。○山口二郎氏の近著「ポピュリズムへの反撃」に詳しいが、現在の民主党は「新しい政治」を理念・政策・実行手法を貫いていく必要があるのではないか。○菅総理は、「市民派」であったが「革新派」ではない、という話もある。○混迷が続くようなら、政権空中分解の恐れは十分に迫っている。(佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.396 2010年11月27日

カテゴリー: 政治, 雑感 | 【コラム】ひとりごと —迷走する民主党に思う—  はコメントを受け付けていません

【日々雑感】最近涙したこと、その2

【日々雑感】最近涙したこと、その2

 今から思えば、あー、この夏は何と暑い夏だったことだろう。お天道様に痛め付けられ、日本中の人々が、焼き尽くされんばかりの猛暑を味わいました。多くの人々が熱中症で亡くなりましたね。毎日、夕刊を配達している私でさえ、頭がクラクラーとなり「これはヤバイ」と感じたことが2度3度とありました。
 そんな8月の下旬だったでしょうか。灼熱の炎天下で、細身の中年の女性が、80才位のおじいさんを背中に負ぶってヨロヨロと歩いては休み、を繰り返し、座り込んでいるのを目にしました。そのおじいさんは、足がお悪いらしく、難儀しているようでした。私は見兼ねて、「どうしたのですか?手伝いましょうか?」と声をかけると、そのご婦人は、気の毒そうに「お願いします。」と言われました。私は、おじいさんを私の自転車の後ろの荷台に座らせ、ご婦人に後から支えてもらい、自転車を押しながら、ゆっくりゆっくりと運んでおりました。その時2人の若い建設作業員が声をかけてくれて、「力仕事やったら、俺らにまかせとき」と、おじいさんを2人で背負い、私は、おじいさんのお尻を支えて運びました。細身で痩せてはいるが背の高いおじいさんで、身をまかせきった時には、人間1人がこんなに重いものかと感じさせられました。私が必死の思いで、お尻を支えていると、2人の若者から「おっちゃん、息が上がっとるなー」と笑われました。1kmほどの道のりを、旧家の一軒家の玄関に、おじいさんを運び入れ、お礼の缶ジュースを1本ずついただいて、3人とも名も告げずに、その家を後にしました。
 この件は、これで終わったと思っていたのですが、何と言う偶然でしょう、私が大腸ガンで手術をした病院へ、2ヶ月に1度の術後通院をした10月半ばのこと、診察待ちしていた多くの人の中に、あのおじいさんがおられたのです。親族の方々と共に付き添っておられたあのご婦人が、私の顔を覚えておられ、ツカツカと私のそばに寄ってこられ、お礼を言われたのです。「あの折は本当に有難うございました。お名前や住所も伺わず申し訳ございません。あの2人のお兄さん達の住所も教えていただけませんか?あんなに狭い地域のことだから、いつかはお目にかかれるのではと思い、いつも3枚のお礼の封筒を持ち歩いておりました。どうぞお受け取りください。」と小さな手かばんの中から商品券の入った封筒を、押しつけるように渡されました。私は固く固辞したのですが、再三にわたっての親切に断りきれず、拝み手をして拝受しました。数m離れた所から「どうぞどうぞ」と笑顔で手を指し出している、おじいさんを見た途端、私はボロボロと、溢れる涙を、押さえることができませんでした。
 ”かけた情は水に流し、受けた恩は石に刻め”とは、私の最も好きな格言ですが、そのご婦人のお心使いに感謝しつつ、その場でお別れをしました。「あの2人のお兄さん達は、道の途中にあった、○○という看板が出ている、小さな建設事務所に入って行かれましたよ。」とお教えしておきました。
 小泉政権以来の、この殺伐とした格差社会で、人々が自分のことで精一杯、他人のことまでかまってられぬ、見て見ぬふりをすることは、当り前の砂漠社会で、厄介なことには、関わりたくないと考え勝ちですが、社会的弱者や手助けを求めている人々に、手を差し伸べる、小さな勇気を、自分の心のなかで、育ててゆきたいものです。恥ずかしいから等の気おくれを振り払い、困っている人には、できる人が、できる形で、できる限り係わってあげたいものですね。最低限でも一声、声かけをすることの大切さを学ばせてもらいました。(早瀬達吉) 

 【出典】 アサート No.396 2010年11月27日

カテゴリー: 雑感 | 【日々雑感】最近涙したこと、その2 はコメントを受け付けていません

【投稿】菅政権と危険で挑発的な前原・枝野路線

【投稿】菅政権と危険で挑発的な前原・枝野路線

<<「粛々と対応する」>>
日本と中国をめぐる対立の激化は危険な様相を呈し始めている。中国各都市における反日デモの拡大は、いったん修復に向かいかけていた流れを押しとどめ、政府間レベルの小手先の妥協や手打ちを許さない雰囲気を醸成し、容易に解決し得ない、根の深い問題へと進展し始めている。
そもそもこの問題、日中対立の激化の発端となった中国漁船と海上保安庁巡視艇との衝突事件に際し、日本側は、尖閣諸島=日本の「固有の領土」論を、この時期に意識的、意図的に強調し、事件当時の国交大臣で海上保安庁を指揮する前原誠司現外相は「東シナ海には領土問題は存在しない」、「日本の国内法に基づき粛々と対応する」と発言したところに重大な挑発的、対決的な政治姿勢が色濃く浮き出されている。
前原氏はすでに9/7の事件発生の時点で、小泉政権時代に尖閣諸島に上陸した中国人を即刻強制送還して問題の拡大を防止した前例を踏襲するのではなく、むしろこの事件を好機として、尖閣諸島には「領土問題は存在しない」ことを強引に既成事実化し、これを外交案件ではなく、「日本の国内法に基づき粛々と対応する」挑発的姿勢を鮮明にし、中国漁船船長の逮捕・起訴を視野に入れていたのである。現実に、9/14の民主党代表選を経て今度は外相となって登場してきた前原氏は、9/16、石垣海上保安部を急遽視察し、直後に「日本の国内法に基づき粛々と対応する」と発言している。前原氏は事件発生当初から、このような姿勢をとれば当然中国側の激しい反発を招くことを承知の上で、それでもこの姿勢を貫くことが、反中国感情を煽ることが、行き詰る民主党政権の起死回生のチャンス、菅政権をリードし、無為無策の菅首相をあやつり、事実上の前原政権とする最大のチャンスと捉えたのであろう。この時点で、このような前原外相の冒険主義的で危険な路線に牛耳られた菅政権はすでに、あの小泉時代の反中国姿勢よりもさらに強硬な反中国対決路線に転換したのだといえよう。

<<「米国の力となるホープ」>>
さらに前原外相は、9/23、ニューヨークでクリントン国務長官と会談した際に、前原外相のブリーフィングとして、米国務長官から「明らかに尖閣諸島には日米安全保障条約が適用される」という言葉を引き出した、といかにも自慢げに発表している。これではあたかも「アメリカが尖閣諸島で日本を守る」ことを明らかにしたと大宣伝するようなものであり、事実日本の大手メディアはいっせいにそのように報じたのである。このような挑発的で子どもじみた言動は、わざわざ中国側に軍事対決を煽り、「我が方には米軍あり」といきがっているに過ぎないものである。
ところが、この日米外相会談のわずか4時間後のクローリー国務次官補とホワイトハウス国家安全保障会議のベーダー・アジア上級部長の記者会見では、「米国は仲裁の役割を果たすつもりはない。日中間による平和的対話での早期解決を願う」と言明しており、クローリー国務次官補はその記者会見で、「クリントン長官が会談で伝えたのは、日中両国の対話による早期解決を望むということ。われわれは軍事問題への発展を望んでいない」ことだと語り、北朝鮮やイラン、アフガニスタン情勢などに続いて、前原外相が中国との緊張を議題として取り上げ、日本側が司法の範囲で取り組んでおり、解決への自信があると説明し、これを受けてクリントン国務長官が「同地域の安定において日中関係はきわめて重要。平和的対話によるすみやかな解決を望む」と伝えた、のだと述べているにすぎないのである。さらにクローリー国務次官補は、記者の質問に対して「米国は調停など特定の役割は担っていない。日本のように成熟した国なら、問題を解決する能力があるはずだ。尖閣の領有権についてわれわれは特定の国を支持する立場をとらない」と強調し、尖閣諸島が日本の固有の領土であるという主張でさえ斥けられているのである。米政府にとっては尖閣諸島は係争中という認識であり、これが米政府の公式見解なのである。前原外相のブリーフィングでは触れられなかったことこそが日米外相会談の真実であったといえよう。
ここでさらに問題なのは、前原外相にとってはこの初の日米外相会談で、「米国の力となるホープだ」と持ち上げられ、会談に同席していたキャンベル国務次官が、グアム移転費について米議会からさらに圧力がかけられていること、そして日米防衛同盟を強化すべきなのに日本の支援が未だにGDP1%枠内を出ないことに「日本の協力が足りない」と不満を表す米議員が増えているなどと説明し、クリントン国務長官が理解と協力を求めたのに対して、前原外相は、思いやり予算の大幅増額を初め、米側が提示するほとんどの内容について「日米同盟の深化のためには不可欠だ」と協力的姿勢を示し、普天間問題について、移設先を名護市辺野古とする日米合意の履行に向け、すでに対策は講じており、対中関係の緊張で、在沖縄米軍基地の抑止力や必要性に関する国民の理解も高まっている、と米側への追従姿勢を明確にしたことである。まさに「米国の力となるホープ」としての、日本政府における米側代理人としての立ち位置、本質を明確にしたのである。
日本の外相として本来、米側に伝えるべき、基地撤去を訴える圧倒的な沖縄県民の民意をまったく伝えもせず、対中国対決姿勢を米の威を借りて煽り、いったい何の対策を「すでに講じている」のか、沖縄の抑止力論をますますふりかざして、沖縄の民意を蹴散らそうとしている前原外相の姿がここに浮かび上がってくる。

<<「悪しき隣人」>>
さらにこの前原外相の姿勢に輪をかけて、反中国姿勢を煽り立てているのが枝野民主党幹事長代理である。菅首相が10/1の所信表明演説で「中国との戦略的互恵関係の深化」を基本方針に掲げたその翌日の10/2、さいたま市での講演において、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件に触れて、「中国との戦略的互恵関係なんてありえない。あしき隣人でも隣人は隣人だが、日本と政治体制から何から違っている」「中国に進出している企業、中国から輸入に依存している企業はリスクを含めて自己責任でやってもらわないと困る」「中国は法治主義の通らない国だ。そういう国と経済的パートナーシップを組む企業は、よほどのお人好しだ」「(今後の外交について)より同じ方向を向いたパートナーとなりうる国、たとえばモンゴルやベトナムなどとの関係をより強固にする必要がある」などと述べ、講演後、中国を「悪しき隣人」と呼んだことについて記者団に聞かれると、「良い隣人だと思うか?」と食って掛かる始末である。前原外相とは最も近い関係にあることからも、「偏狭なナショナリズム」を煽る二人の露骨な反中国姿勢は、その共謀姿勢が明らかである。
議員個人の個人的な発言ではなく、菅政権発足直後の民主党幹事長であり、菅首相の側近として、参院選敗北の責任もろくに問われることなく、菅首相と岡田幹事長の強い要請により再び民主党の要職である幹事長代理に就任した公人としての発言である。菅政権が「中国との戦略的互恵関係」を表向きは必死に維持しようとしているさなかに、そんなものは「ありえない」と断言し、「そういう国と経済的パートナーシップを組む企業は、よほどのお人好しだ」と茶化し、中国進出企業の撤退と経済的パートナーシップの破棄を勧めているのである。日本経済の現実を無視した、これほど好戦的・敵対的で乱暴極まりないやくざまがいの発言は過去にも例がないであろう。このような枝野発言は、いわば中国への絶交宣言、断交宣言に等しいものである。理性と謙虚さ、品位さえも失い、個人的憎悪をエスカレートさせることしかできないこのような政治家が民主党、菅政権の中枢に座り、その発言の責任も問われることなく居座り続けていること自体が異常であると言えよう。
このような乱暴で危なっかしい発言を容認していれば、日中間の平和的共存関係は根底から破壊されてしまい、政治的経済的に計り知れない災厄をもたらすことは明らかである。
それにしても不可解なのは、このような事態を放置し、首相としての指導性もなんら発揮できない菅直人首相の政治姿勢である。菅首相言うところの「政治主導」が聞いて呆れる、その「政治主導」は、反中国対立激化の政治主導になってしまっているのである。しかもその政治主導は、前原・枝野路線の政治主導であり、菅首相は操り人形のごとく踊らせられ、官僚任せの責任転嫁と事後処理に追われ、明確な平和外交と共存関係の再構築にリーダーシップをまったく発揮できないのである。菅氏は、ただただ権力の頂点に座り続けていたいだけなのであろうか。前原・枝野両氏を指導・監督すべき仙石官房長官でさえ、中国側の強い反発に直面して「司法過程についての理解が(日中間で)ここまで異なるということについて、もう少し我々が習熟すべきだった」という程度の現状認識しか持ち合わせていない政治的認識のお粗末さである。いずれにしても、このような菅政権のお粗末さに乗じた傲慢でエリート臭ふんぷんで危険極まりない親米・反中の前原・枝野路線を野放しにしていては、菅政権は予想よりも早く瓦解せざるを得ないであろう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.395 2010年10月23日

カテゴリー: 政治, 生駒 敬 | 【投稿】菅政権と危険で挑発的な前原・枝野路線 はコメントを受け付けていません

【投稿】「正義」のゆくえ

【投稿】「正義」のゆくえ—「自分だけが正しい」という思い込みはさらなる混乱を招く
福井 杉本達也

1.「正義」を求め続けるとどうなるか
現在の英仏間の国境を画定した「百年戦争」の終盤・1407年に「オルレアン大公暗殺」という事件が起った。暗殺を謀ったブルゴーニュ大公はフランス国王・シャルル六世の赦免を拒否し、オルレアン大公の信奉者たちも国王が赦免を与えることを拒んだ。王の赦免による曖昧(あいまい)な解決ではなく、正義の裁きを希求する「自分だけが正しい」という双方の思い込みが、その後に続くブルゴーニュ党とアルマニャック党(オルレアン大公派)の内戦を招き、これにイギリスの侵略が加わって、フランスはジャンヌ・ダルクの登場(1429年)まで長い混迷を強いられるのである。正義の裁きを求めての復讐(ふくしゅう)と懲罰がさらなる混乱を引き起こしたのでる(毎日:2010.10.10:鹿島茂書評・『オルレアン大公暗殺』ベルナール・グネ著)。

2.「日本の法律」は何処にでも通用すると思うな
尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件にについて、植草一秀氏は「中国人釈放刑訴法拡大解釈は治外法権容認を意味」するとし、「日本の法律に照らして極めて悪質な犯罪であることを理由に、中国人船長を逮捕、勾留したのなら、粛々と起訴して犯罪を明らかにする必要がある…中国の外交圧力に屈して…釈放したもので…このような弱腰な政権運営を行う政権に、国の主権を守ることは不可能である。」(植草一秀ブログ:2010.10.2)と述べているが、日本の法律は日本にしか適用されない。一方、中国は日本の領土とは認めていない。日中国交の時点で「棚上げ」で合意していた事項を一方的に破棄し、日本の法律を強行に適用しようとしたからこそ、今回、中国は強固な対抗措置をとってきたのである。植草氏のように「粛々と起訴」してとなれば、日中間の武力衝突まで行きかねない。
きわめつけは、文芸評論家・山崎行太郎氏の「中国に限らず、ロシア、北朝鮮、韓国というような国境を接してる国々が、『日本、怖るるに足らず』と錯覚し、『日本沈没』を画策し、妄想し、領土拡張の誘惑に駆られていくことは、決して日本にとって得策ではない。言い換えれば、核武装論を拒絶するならば、安保マフィアのように、いつまでも米軍基地存続を願う『従米属国派』のように、これからも宗主国の顔色を伺ってばかりいる半独立植民地国家・日本で行くしかない」(『毒蛇山荘日記』2010.10.3)との文章である。 領土防衛論から一気に独自核武装にまで飛躍してしまう。日本が核武装するということは政治的にも経済的にも東アジアから完全に孤立するということであり、明確な核拡散防止条約違反として、北朝鮮のような厳しい経済制裁を受けるということになる。その「結果」を考えて発言しているのか、それとも米軍産複合体への従属をいっそう深め・「貢ぎ物」を多くするために、エージェントとして、ここぞとばかりに“危機”を煽っているのか。
そもそも、「6月8日初閣議で尖閣列島で『解決すべき領有権の問題は存在しない』の答弁書決定。係争地なら武力衝突につながる国家権力使用は抑制…領有問題なしなら日本領への侵入。断固たる措置可能。『初閣議』で準備ない者に誰が主導権をとってこの決定をしたか。要チェック」(9.23)と孫崎享氏は述べているが、“危機”のどさくさで頭に血を上らせて裏で仕組み・操作する輩が存在するということである。それは尖閣危機が起こる2ヶ月も前に“準備”されていたという事実である。「国際政治は『あるべき』で行動すべきでない。相手の過激な行動をどう押さえるか、それをまず考えるべし。道徳の競争でない。」(孫崎:同上)

3.政治とカネの問題
政党への政治資金が特定の団体に偏れば、当然その政党の政策は特定の政治勢力の利益を代表せざるを得なくなる。しかし、政党というものは霞を食って維持できるものではない。野党時代の民主党を維持してきた大きな財源は小沢氏のカネと鳩山氏の“贈与資金”と労働組合からのカネ及び人の提供であった。しかし、これは少なくとも外国からの資金提供ではない。自民党の場合には政党の発足自体が外国からの干渉によるものであり、「CIAによる秘密献金は少なくとも1960年代終わりまで続けられた」(テイム・ワイナー『CIA秘録』)。さらには国民の税金である内閣官房報償費(機密費)を政治資金として下野する直前まで着服している(日経:2009.11.21「官房機密費・前政権の多額引き出し」 毎日:2010.5.21「野中広務元自民党幹事長・機密費月7000万円」 鈴木宗男氏:TBS「沖縄知事選で機密費」2010.7.21)。また、旧社会党右派には、1958年・アイゼンハワー政権下では「より親米的で『責任ある』野党が登場することを期待して左派系野党から穏健派を分裂させる隠密工作」を行っている(同上『CIA秘録』)。公明党の場合には「創価学会へ適正な税務調査が行われていない」という税法上の疑惑が指摘されている(伊東光晴:『政権交代の政治経済学』)。共産党の場合は長年に亘り議長を務めた野坂参三(1993年死亡)自身がソ連・秘密警察のスパイだったことが明らかとなっている(モスクワ旧ソ連邦公文書館資料:加藤哲郎HP:「歴史における善意と粛清 ―国崎定洞の非業の死からみた『闇の男――野坂参三の百年』の読み方」)。
政党が自立した政治資金を作れないならば、今後も外国の干渉を招くことになる。小沢氏の政治資金の取り扱いが、検察審査会の2度の議決が必要なほどの重要な犯罪案件なのか疑問である。さらには、議決に欠陥があり、法に定められた審査会の議事録があるのかも不明で、審査員の入れ替えも不明の検察審査会自体の「正義」も疑われる(日経:2010.10.6「告発にない犯罪事実追加」 Asahi:2010.10.14「小沢氏起訴議決の検察審査員、平均34.55歳に再訂正」)。

4.検察=「正義」か?
厚労省部長の村木厚子氏を逮捕・起訴したいわゆる「郵便不正事件」は大阪地検特捜部担当検事による「証拠改竄事件」及びその上司である特捜部部長・副部長らの逮捕という組織的な犯行を疑わせる内容へと発展しつつある。元々はこの事件は民主党の石井一議員を狙った「議員案件」である。ところが村木氏への無罪判決でも指摘されたように「口利き依頼日」に石井議員がゴルフに行っていたことが判明し、検察の狙いは崩れたにもかかわらず、虚構のストーリーを継続したことが冤罪事件につながったものである。
最高検は大坪特捜部長・佐賀副部長の責任というトカゲのしっぽ切りストーリーでこの「改竄事件」を処理したいようであるが、大坪・佐賀両氏は検察組織内部の「公然の秘密」を知り尽くした者達である。日経記者が拘置所で面会したところによると(10.15)、徹底抗戦の構えを見せている。その主張は①「自分たちは最高検の作ったストーリーによって逮捕された」、②「密室での違法・不当な取り調べによる虚偽の自白で、多くの冤罪が生み出されてきた」ので「全面可視化」の要求、③最高検による両容疑者への「接見禁止の申し立ての却下」である。③の「接見禁止」が認められると、マスコミには「最高検のリーク」記事で溢れかえり、一方的に偏った記事で、村木氏のように両容疑者は起訴前にも犯罪人扱いされ・社会的に抹殺されてしまう。大阪地裁は、こうした最高検の「ストーリー」を拒否した(上杉隆:「検察3つの“公然の秘密”」ダイヤモンド・オンライン:10.14)。接見許可の成果が上記日経の面会記事となっている。
日経「歪んだ正義」(10.16)の中で元特捜検事の堀田力氏は検察の「ストーリー」擁護して「事件の捜査では、いくつもの筋や可能性を考えるが、1つ1つを追いかけて裏付け捜査をしていくと、自然と真実が浮かび上がる。真実の裏付けは取れるが、ウソの裏付けは取れないからだ」とのたまう。これこそ全くのウソである。「ストーリー」に合わない事実は証拠として採用せず切り捨てられ、合う事実のみが証拠として採用されるのである。その中で「証拠」同士でどうしてもつじつまが合わないものが「改竄」される。最高検と特捜部上司との争いは「皮肉」である。
村木さん無罪判決の直後・9月16日に北九州八幡東病院の上田里美看護課長の「つめはぎ事件」の無罪判決が福岡高裁で出された。これは高齢の認知症患者の「つめを深く切った行為」が「故意につめを剥いだ虐待」に当たるのか、「認知症患者に対する適切なフットケア」に当たるかが争われた事件である。一審福岡地裁では「傷害」として懲役6ヶ月(執行猶予)の判決を受けてしまった。「つめ切り」という事実は1つであるが、司法の「解釈」によっては懲役刑を科せられるというとんでもない冤罪の事例である。
堀田氏は上記で政治家や経済人の「20件のうち1件でもいいから摘発することで抑止効果が出る」と述べるがとんでもないことである。政治資金規正法の些細な違反事例での摘発やそれもできなければ「虚偽のストーリー」を作るという行為こそ法治国家としてあってはならない。
摘発すべきは岸信介や緒方竹虎といったCIAのエージェントとして長年に亘り活動し(加藤哲郎・早稲田大学「20世紀メディア研究所・特別研究会―CIA と緒方竹虎」2009.7.25)、日本の国益を外国に売り渡してきたような巨悪とその「相続者」である。

【出典】 アサート No.395 2010年10月23日

カテゴリー: 人権, 政治, 杉本執筆 | 【投稿】「正義」のゆくえ はコメントを受け付けていません

【投稿】北朝鮮の権力世襲と東アジア情勢

【投稿】北朝鮮の権力世襲と東アジア情勢

<「三代将軍」披露>
9月28日、朝鮮労働党代表会が44年ぶりにひらかれ、金正日総書記の三男、正恩氏が党中央委員および党中央軍事委員会副委員長に任命され、党内序列5位(6位という説もある)についた。前日には人民軍大将の称号も与えられており、正恩氏は金正日総書記後継者の地位を確立した。
正恩氏の経歴については、少年時代スイスに留学したこと以外は明らかになっておらず、軍務に就いたことも、党務の経験もおそらく皆無に等しいと思われる。
しかし、同じ「三代将軍」でも徳川家光のような「生まれながらの将軍」ではなく、正恩氏は兄弟、とりわけ次兄の正哲氏との後継者争いを勝ち抜いてきたことは事実であり、そうした政治的経験を軽視すべきではないかも知れない。
金正日政権は先軍政治路線を進め、核開発や韓国に対する軍事的挑発を繰り返してきた一方、民生分野の充実を軽視してきた。
度重なる自然災害や食糧危機、あるいは昨年末のデノミの失敗に際し、先軍政治路線の弊害が噴出、多くの国民が犠牲となっており、今後も経済の再建は困難と考えられる。
それでも、10月10日の朝鮮労働党結成65周年軍事パレードは、正恩氏観閲のもと、戦車など機甲部隊や中距離弾道ミサイルなどを登場させた過去最大規模のものとなり、先軍政治路線の継承と強化を印象づけた。
この様子は朝鮮中央テレビがライブで放映したほか、諸外国のメディアの取材も許可するなど、正恩氏の一連の「お披露目」の有終の美を飾るイベントともなった。

<移行期間が問題>
今後は、金正恩氏の実績づくりが進められるが、核開発を材料とした対米交渉の進展が最優先し、経済再建を二の次とする非常に危ういものとなるだろう。
国内の不満を抑え込み、こうした路線を強行して行くには、権力基盤の確立が急務となる。 それを支えるのは、叔母の金敬姫とその夫である張成沢ら党最高幹部の親族、そして何より金正日総書記である。
今回の代表者会で金総書記は再選され、また依然として国防委員長の地位にあるが、健康状態は不安定であり、内蔵疾患とともに脳疾患による判断力の低下が指摘されている。今回後継者確定を急いだのも、そうした背景があり、徐々に権力以降が進むのか、突然最高権力者となるのか予断を許さない。
移行期間が長ければ、その間に権力基盤を固めていくことが可能で、正恩政権の安定度は高まるだろうが、近いうちに金総書記が死亡するような事があれば、不安を抱えたままの船出となり、その影響は国内のみならず国外にも波及するだろう。
しかし、この間正日、正恩父子は権力移行をスムーズに進めるため、不安定要因の除去に努めている。早くに後継者争いから脱落した長男の金正男氏は、世襲反対を明言している。しかし北朝鮮国内の正男氏シンパは正恩氏の意向を受けた公安組織により駆逐されたといわれており、実際の影響力はほとんど無いものと思われる。

<金正恩支える中国指導部>
金正日総書記は今年5月、および8月、年2回病身を押しての異例の訪中を行った。2回目には秘密裏に、正恩氏も同行したのではないかと推測されており、その真偽はともかく、訪中の目的が自らの後継者についての説明と支援要請であったことは間違いない。
中国はこれまで社会主義体制下に於ける権力世襲については、疑問を呈する姿勢であったが、今回の正恩氏の後継者擁立については、肯定的な対応を示している。
中国指導部は、北朝鮮を対米緩衝地帯と位置づけており、後継者を巡る権力闘争を発端に不安定化し、無政府状態に陥った場合、国境を接する中国東北部に混乱が波及するような事態を非常に危惧している。
今回中国は北朝鮮崩壊を避けるための最も無難な措置として、世襲を是認することにより、北朝鮮権力内に存在する「不満分子」に睨みをきかすことを選択したと考えられる。今後中国は、北朝鮮に6ヶ国協議再開を促し、金正日存命中に核開発問題の決着を図る方向で動いていくだろう。

<金正恩体制に備える韓、米>
韓国は、李明博大統領が8月15日「光複節」の演説で、南北統一に言及、北朝鮮が崩壊した場合の莫大な財政負担を補うため「統一税」の創設を提唱した。また10月13日の「朝鮮日報」は、韓国軍がその時発生する「北朝鮮難民」を最大200万人程度と見積もり、受け入れなどの対応措置を計画している、と報じた。
3月の「チョナン」撃沈以降続く、南北の緊張状態は継続しており、10月14日には韓国主催で大量破壊兵器拡散阻止(PSI)海上演習が、日米豪の参加で開催された。しかし、この演習は「特定の国を対象としたものではない」(韓国政府)とされ、実施海域も釜山沖で事前のセミナーは非公開とされた。
今後韓国政府は、北朝鮮の崩壊というシナリオを描きつつ、中国の金正恩承認という展開を踏まえ、金正恩体制を前提とする対話路線という両睨みの対応を模索していくこととなるだろう。
オバマ政権は、8月のカーター元大統領の訪朝時点では「金正恩が後継」という確証は得ていなかったようだが、10月9日ゲーツ国防長官が、政府高官としてははじめて「金正恩氏を後継者とみなしている」と発言、金正恩後継を確認した。
アメリカは8月イラクから戦闘部隊を撤収させ、来年7月以降、アフガンからも撤兵開始という事実上の対テロ戦争敗戦処理を進めているが、アジア戦略については、新たな脅威としての対中国関係の不安定化という要因をかかえながらも、北朝鮮については6ヶ国協議の枠組みを保持しつつ、韓国との連携を強め対処していくという、これまでの路線に変化は無いだろう。

<鈍感な民主党政権>
こうしたなか、菅政権、日本政府はまったく主体的な動きを見せていない。この間の日中関係の緊張激化とその修復や、臨時国会への対応に忙殺されているとはいえ、依然として日朝関係=拉致問題という自民党政権時代からの枠組みに縛られたままであり、高校授業料無償化に係わる朝鮮高級学校への適用問題についても、結論が先延ばしされ続けている。
拉致問題に関しては、7月の金賢姫元工作員来日や先日の柳田担当大臣の「おわび」など、パフォーマンスを繰り返しているが、大局的な視点を持った行動は皆無である。
北朝鮮とのパイプなど、ある意味自民党よりも豊富であるにもかかわらず、様々なルートを使った情報収集や接触が行われているとは思えない。韓国との関係は、概ね良好であり、中国とも首脳会談の再開など好転の兆しが見えている現在、両国との協調を保ちつつ独自の動きが必要なのではないか。
今後11月の横浜APEC首脳会議では朝鮮半島情勢も論議されるが、議長国が率先して地域安定にむけたイニシアティブを打ち出さなければ、「東アジア共同体構想」など雲散霧消してしまうだろう。(大阪O)

【出典】 アサート No.395 2010年10月23日

カテゴリー: 平和, 政治 | 【投稿】北朝鮮の権力世襲と東アジア情勢 はコメントを受け付けていません

【書評】『ナマコを歩く──現場から考える生物多様性と文化多様性』

【書評】『ナマコを歩く──現場から考える生物多様性と文化多様性』
(赤嶺淳著、2010.5.発行、新泉社、2600円+税)

「熱帯雨林の伐採とならび、ダイナマイト漁によるサンゴ礁の破壊が『地球環境問題』として注目を集めている。/(中略)サンゴ礁が破壊されると、まず海中の二酸化炭素の吸収がおぼつかなくなり、そして水温が上昇をはじめ、今度は逆に二酸化炭素が放出され、さらに地球温暖化が加速されるから、というのである。/科学的にもっともな説明ではあるが、この視点には、サンゴ礁に暮らす人びととかれらをとりまく政治経済状況への理解が欠如している。いうまでもなくサンゴ礁の発達する地域は熱帯なのであり、そのほとんどは、いわゆる発展途上国である。他方、ダイナマイト漁民を批判するのは、だいたいが先進国に暮らすわたしたちである」。
本書は、この視点から、われわれが「いわゆる世界システム—-先進国が先進国たりうるのは、発展途上国からあがる利益が先進国に環流する仕組み」のなかで生活しているという現実を見れば、「たんなる科学的見地から環境問題を論じるのは無責任にすぎる」と指摘する。
そしてダイナマイト漁に関わるフィリッピン漁民の調査から、問題は、東南アジアのプランテーションの問題、フィリッピン国内での政治的軍事的対立、さらには南沙諸島海域での関係諸国の対立にまで広がっていくことが解明される。
本書は、このダイナマイト漁を皮切りに、ナマコをめぐる「エコ・ポリティクス」—-資源利用者の漁民、資源管理の枠組み作りの主体である国家や国際機関、ボーダーレスに環境保護運動を推進する環境NGOなどが入り乱れて関係しあう動態──を描く。
実は本書には、約20年前に出版された先駆書がある。鶴見良行著『ナマコの眼』(1990年刊、現在、ちくま学芸文庫で読むことができる)がそれである。鶴見は、当時だれも関心を寄せなかったアジアの辺境—-それは絶海の孤島という意味ではなく、植民地主義に見捨てられた、政治経済的にも学問史的にも見落とされた地域を指す—-のナマコをめぐる現地調査から、逆に、植民地主義、国家主義を見返す視点を確立した。その特徴は次の点にある。①「モノ研究」、ある商品=ナマコに着目して、生産から、流通、消費という連鎖が持つ歴史性を一貫して追及し、このことで世界市場はヨーロッパだけに成立したものではないことを実証した。②アジアは植民地主義にからめとられたという通説に対して、ナマコに眼を向けることにより、西洋中心主義的な植民地万能主義の歴史理解を打破しようとした。③この書が扱う地域は近代国家の枠を超えてアジア史を目指しており、この意味で脱国家主義を指摘することができる。
本書は、この鶴見の視点を受け継ぎ、それ以降のナマコをめぐる世界的情勢—-鶴見の時代とのもっとも大きな差異のひとつは、グローバルに展開される環境保護運動がローカルなナマコ産業にも影響を与えている点であるとされる—-を、特に環境保護運動との関わりで述べる。ナマコそれ自体については、生産・種類(それは東南アジアのみならず、日本、メキシコ湾、ガラパゴス諸島に及ぶ)、消費・料理(中国は言うに及ばず、ソウル、アメリカのナマコ事情も語られる)が詳述されているので、本書を紐解かれたい。
本書は、環境倫理学者鬼頭秀一の提起する「切り身」と「生身」という概念を用いて、自然と切れた関係では、自然の搾取も過度な環境保護もある意味では同一であるとし、部分的であろうとも自然とつながりを求める姿勢を「生身」の関係として評価する。地球環境問題では、時として加害者と被害者の二極に色分けしたがる傾向があるが、本書は、自然との「生身」の関係を求めて,さまざまな立場からの多面的な議論の必要を説く。本書の「人道主義をもちだすまでもなく、人命を危険にさらしてまでナマコ文化を守れ、と主張するつもりはない。同様に人びとが自立する権利をおかしてまで、ナマコなど保護する必要性も感じていない」という言葉が端的にこのことを示している。そしてこの意味で、ナマコとともに、捕鯨、オランウータンの保護の問題に触れることで、生物多様性の危機と文化多様性の問題を提起する。
更に本書の視点は、鶴見と同様、東南アジア社会を鏡として、日本社会の将来を批判的に構想する展望にまで立ち至る。この視点は、東南アジア社会を「フロンティア社会」(外部に開かれた移動性の高い社会)と見ることで、日本社会の価値観のみを基準とする貧弱さを批判する視点ともなる。東南アジアを「遅れた社会」ととらえたり、明治期以降につくられた、「鎖国」に起因する日本社会を閉鎖的な農業社会、均質な社会としてとらえるイメージ、あるいは「島国根性」というフィクションをどう打破していくのか、という歴史認識の転換ということでも本書は大きなヒントを与える。本書が扱うナマコは動かないが、しかし動かない視点であるからこそ、むしろ世界の動きがよく見えるということであろうか。(R)

【出典】 アサート No.395 2010年10月23日

カテゴリー: 書評, 書評R, 環境 | 【書評】『ナマコを歩く──現場から考える生物多様性と文化多様性』 はコメントを受け付けていません

【日々雑感】最近涙したこと、その1

【日々雑感】最近涙したこと、その1

私は、故広沢虎造の次郎長伝等の浪曲も好きな、涙もろい浪花節人間で、感激派。9月、10月には、テレビ、ラジオ、その他で、いろいろ涙したことは、ありましたが、その中からひとつふたつ。
こんな私ですが、年に1回、柄にもなく、オペラやコンサートを楽しみに行っております。クラシックには疎い私ですが、これは以前にお世話になったO氏とのお付き合いという意味もあるのですが、そのO氏より送られてきた、渡辺千賀子さんのリサイタルの案内書を見て、ホロリとさせられました。
案内書の中で、大阪日々新聞の記事を紹介しているのですが、その中で、渡辺さんは、声楽を学んだ短大卒業前後、被差別部落出身者という理由で結婚を反対された友人の話で、自分も同じ出身であると知った。そのショックは重く、27才までそのことを隠していたが、夫から「出生を隠すことは自分だけでなく、子供や親を卑下することになる」と諭され、自然体で差別問題と向き合うようになった、と、記載されておりました。
渡辺千賀子さんは、国連のハマーショルドホールでも歌い、世界的名声のある歌手ですが、私が感激したのは、そのご主人の言葉です。
立派なご主人と歩まれている千賀子さんにエールを送るとともに、10月16日のリサイタルに行ってきまーす。(早瀬達吉)

【出典】 アサート No.395 2010年10月23日

カテゴリー: 雑感 | 【日々雑感】最近涙したこと、その1 はコメントを受け付けていません

【訃報】横田三郎先生 急逝

【訃報】横田三郎先生 急逝

 悲しいお知らせです。現代民主主義教育論や解放教育論、そしてドブロリューボフ研究家として活躍された横田三郎先生が、去る九月五日に急逝されました。
 十月中旬に、横田三郎先生の奥様からのお手紙が届きました。いやな予感がしました。横田先生の訃報でした。お手紙によりますと、去る九月四日先生は突然体調を崩され、入院。医者は「脳に小さい出血が見られるが、1週間安静にすれば退院できます」と説明したとのこと。しかし、翌朝、来院の指示があり、ご家族が駆けつけたところ、すでに意識はなく、九月五日朝五時四十四分に永眠されたとのことでした。今月二十四日には、早「四十九日」を迎え、島根県大田市(奥様のご実家)の墓所で「追善供養」されるとのことです。
 以下に、私にいただきましたお手紙を引用させていだだきます。
 
 「いつまでも暑い日が続いています。お元気でご活躍のことと存じます。
 さて、突然ではございますが、去る九月五日夫三郎が急逝いたしました。・・・
 九月四日正午急に体調を崩しまして、すぐに病院に運びました。医師の診断の結果「脳に小さい出血が見られますが、一週間も安静にしていれば退院できるでしょう」ということで、主人は「なぜ入院?」と訝っていましたが、すぐに入院の用意を整え一応帰宅いたしました。翌朝四時、すぐ来院をという電話で娘たちと駆けつけましたが、既に意識がありません。五時四十四分眠っているような安らかな最後でした。
 本人の意志で、大阪医科大学へ献体いたし、葬儀も遺言通り行いませんでした。
 翌九月六日三郎本人の著書ドブロリューボフの翻訳本数冊と思い出の品を纏めまして、私の実家の寺の墓地へ収めて参りました。
 佐野様とは去々年尋ねてくださったのが最後になりましたが、よく学生さんの話は伺っていました。本人はもっと世の中の役に立ちたいと思っていたと存じますが、せめて彼らしい思いきりの良い誠に豪快な終焉であったと、心から喜ばしく存じております。
 何分急なことでしたのに、息子や娘、孫達に看取られ幸せな最後であったと安堵しております。・・・・」
 
 昨年7月に上梓された「ドブロリューボフ著作選集 別巻 同時代人たちの回想の中のドブロリューボフ」(鳥彩社)が最後の訳書となりました。私にとっても専門学部の恩師であり、市大の研究室で、ラーメン鍋を指差し「これがわしの唯物論の基礎や」とおおらかに、明るく語っておられた先生独特の語り口、お姿を思い出します。
 横田先生のご冥福をお祈りいたします。(佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.395 2010年10月23日

カテゴリー: 追悼 | 【訃報】横田三郎先生 急逝 はコメントを受け付けていません

【投稿】菅改造政権と名護市議選、オスプレイ配備

【投稿】菅改造政権と名護市議選、オスプレイ配備

<<どちらが首相なのか>>
民主党の代表選は、これまでそれほど明確ではなかった菅氏の政治姿勢をさらに明らかにする機会でもあった。先の七月の参院選に際しては、菅内閣発足直後の支持率の上昇に舞い上がり、財務官僚や一部学者の主張を鵜呑みにして、突如党内論議さえ経ていない消費税10%増税を公約化し、反発を食らうや慌ててしどろもどろの軽減税率や税の全額還付などその場しのぎの姑息な「逃げ」、「ぶれ」、「ごまかし」、「すり替え」に終始し、あげくの果てに「次の衆院選までは1円も上げない」と言及するなど、この政治家は、基本的な政治家としての政治理念、あるいは政治信念、そして立脚基盤がいまだに定まっていないのである。その結果として参院選での大惨敗を喫したのであり、その最大の政治的責任は菅氏自身にあることが明瞭になったのである。この時点で菅氏は責任を取り、本来辞任すべきであったのである。
幸か不幸か菅内閣は成立した直後という事情に助けられ、ろくに責任追及もされず、菅氏はすべてをほおかぶりして低姿勢でやりすごしてきたのである。しかし菅氏の泥縄的付焼き刃的政治手法では、当然のこととして綿密な政策形成もできず、党内合意、政権合意すら手順を踏めず、おだてられればそれに乗っかり、トロイカ体制の復活といえばそれに乗り、不利となれば媚も切り捨てもいとわず、ただひたすら自己の地位と権力にしがみつくことが「最大目標」となってしまい、今回の民主党の代表選はそのことをいっそう明らかにしたのであった。
民主党大会での現首相である菅氏の決意表明は、民主党が問われ、決断を迫られている基本政策よりも、国会議員の職業を羅列して出席している個々の議員に媚を売り、情緒的感傷的に訴え、挑戦者である小沢氏に対しては「クリーンな政治を」と当てこすりはすれども政策論議はすべて避けて通る、対して小沢氏は日本が直面する政治課題について菅氏では語れない政治選択、政策選択を迫るという、どちらが現職首相であるか、まったくあべこべの状況が現出されたのであった。とりわけ小沢氏が普天間基地問題についての日米合意について、日米関係は対等であり、沖縄住民と米国の双方が受け入れられる解決策に向けて米政府と改めて話し合うという政策を提起し、菅氏の対米追随一辺倒の路線との違いを際立たせた意義、政権交代の意義を誰の目にも明らかにできる焦点を明らかにしたことの意義は大きいといえよう。しかしそれでも、小沢氏は負けるべくして負けたのであった。

<<奇兵隊から新撰組へ>>
「負けるべくして負けた」最大の要因は、小沢氏が身にまとい続けてきた政治とカネの問題、その金権体質、独裁的政治手法もさることながら、大手メディア・マスコミあげての「首相がコロコロ代わるのは好ましくない」という世論形成であった。朝日新聞8月27日付社説は「小沢氏出馬へ―あいた口がふさがらない」として、小沢氏の代表戦出馬そのものさえ問題視し、代表選当日9月14日付の社説「再び民主議員へ―新しい政治を突きつめて」では「小沢一郎前幹事長が勝てば、1年で3人目の首相になる。自民党のたらい回しを批判してきた民主党としては、およそ筋が通らない。」として露骨に小沢氏に投票をするなという民主党議員への呼びかけであった。「あいた口がふさがらない」のは、政策の是非を問わない、したがって政権交代の歴史的意義を踏まえない、むしろこうした強引な民主党代表選への介入であろう。菅氏への選択は、ただただ「首相が短期間で代わるのは良くない」という消去法での選択、負の選択としての、実質上ぎりぎりの過半数に過ぎなかったといえよう。
そしてむしろ問題なのは、菅首相自身が街頭演説で「1年で3人も首相が代わってもいいんですか」と絶叫する姿、その政治姿勢である。そして民主党議員自身も「首相がコロコロ代わるのはよくない」を最大の理由として菅氏を支持する、「コロコロ代わる」事態をもたらしたのは菅首相自身の責任であり、民主党の責任なのである。有権者の責任ではないし、有権者の前で恥ずかしげもなく大声で語ることではないし、語るべきは対米追随一辺倒と、弱肉強食の新自由主義の自民党長期政権からついに政権交代を果たした政権交代の歴史的意義をいかに具体的に実現していくかをこそ語り、実践することであった。しかし現実の菅政権の政治姿勢は、小泉的自民党政権とまったく似通った路線に逆戻りしてしまっていることに最大の問題があるといえよう。こんな再選では、求心力の強化どころか、拮抗する勢力バランスとグループ再編、疑心暗鬼と報復合戦で早晩行き詰ることが目に見えているといえよう。
菅氏をよく知り、付き合いをしてきた田中秀征(元経済企画庁長官)氏が「菅内閣は、自らを高杉晋作の「奇兵隊」と称して出発した。長年、彼は自民党政権を「霞ヶ関政権」と断定して攻撃の先頭に立った。それなら幕府に挑戦した奇兵隊と言ってもよい。しかし、何と彼は、鳩山政権下においても全くその努力をしないどころか、自民党よりもひどい官僚主導の方向に転ずる主役となった。それが最後には、参院選前の消費税10%発言になり、自ら志を捨てた姿を明らかにした。・・・菅奇兵隊は、何といつの間にか“霞ヶ関幕府”を警護する“新撰組”に大変身してしまったのである。・・・菅首相は、既に参院選で、首相に不適格と判定されている。“脱官僚”どころか“没官僚”になっている。」(9/9ダイアモンド・オンライン)と指摘、糾弾している。正鵠を射ているといえよう。
ある意味では、小沢、菅両氏は、共に辞任していて、新しい次のリーダーを立てて闘うという、政権交代の歴史的意義を実現する道を踏みにじってしまったのである。

<<「勘弁してくれ」>>
この民主党代表選のさなかに、普天間移設問題を巡って二つの重要な動きが明瞭となり、どちらも今後の政治情勢に無視し得ない事態をもたらしている。一つは言うまでもなく、9/12の名護市議選の結果である。選挙前まで辺野古移設反対派と容認派が拮抗していた議会の力関係が、移設反対の市長派圧勝で一変したのである。前原国交相は沖縄担当大臣として、辺野古移設容認派の島袋前市長と二度にわたって密談を凝らしていたことが暴露されており、前原氏らの必死のてこ入れと支援にもかかわらず辺野古移設容認派は敗退し、辺野古現地の市長と市議会は「移設反対」で結束し、菅政権が現地に望みを託す可能性は封じられてしまったのである。次なる最後の望みは、この11月11日に告示、28日投票の沖縄知事選である。菅政権は、すに八月初めに自民党の候補者である現職の仲井間知事と会談した際に、北沢防衛相が「政府としては仲井間知事に当選していただきたい」と発言しており、仲井間知事をおびやかす有力な対抗馬である宜野湾市長の伊波洋一氏を落とすべく、民主党としての第三の候補を含めて現地住民の分裂を策することに躍起になっている。きわめて悪質な介入といえよう。
もう一つの新たな事態は、今まで巧妙に隠され、発表されていなかった米軍の垂直離着陸機MV22オスプレイの配備問題である。岡田外相は9/9の国会答弁で、辺野古の代替施設に同機が配備される可能性を初めて認め、「可能性があるなら、そういう前提で議論すべきだ」といとも簡単に言ってのけ、米側も配備計画を日本に伝達していることを明言したのである。そして北沢防衛相も9/10の会見で「事務方の協議の中でも米軍はそれ(オスプレイ)を想定した意見交換をしている」と述べ、米側の配備方針が事務レベルで伝わっていたことを平然と認めたのである。これでは、辺野古に移設されるのは、普天間飛行場の海兵隊ヘリの「代替施設」ではなく、新たなオスプレイ基地の建設であることを明らかにしたようなものである。事態は新たな展開と火種をもたらしたのである。
このMV22配備は1996年当時から、代替飛行場計画の運用所要に盛り込まれ、米国防総省が97年9月にまとめた普天間移設計画の報告書では、36機のMV22を運用することを前提に代替飛行場の規模などを検討していたものであった。ところが日本政府は、米側から配備計画について正式な説明は受けていない、と嘘の説明を繰り返し、オスプレイ配備を前提にした騒音予測は行っておらず、当然、辺野古への移設計画で進めている環境影響評価に反映させてこなかったものである。稲嶺名護市長は「(オスプレイ配備は)以前から指摘されており、日本政府はひた隠しにしてきた。地元には『危険はない、騒音は軽くなる』と説明してきたが、全部うそだったということになる。許せるものではない」と怒りをあらわにし、仲井真知事でさえ「事故を起こした機種だ」「県民が『わかりました』と言える種類のものではない」と言い切り、「勘弁してくれ」というほどの反発を表明している。このオスプレイ、ヘリコプターとプロペラ機の機能を合体させた垂直離着陸輸送機で、騒音がすさまじく、「未亡人製造機」といわれるほど開発過程から事故を多発し、すでに30人以上が死亡しているしろものである。岡田外相はこんなしろものの配備を「可能性があるなら、そういう前提で議論すべきだ」などとして受け入れることを平然と認めようとしているのである。仙谷官房長官も9/14、オスプレイが配備された場合、現行案(V字案)を前提として進められている環境影響評価の見直しの可能性について、「そういう認識ではない」と述べ、見直しは不要という立場を鮮明にしている。よくこんな不誠実な態度が取れたものである。
そして菅改造内閣の新たな布陣は、菅首相のもとに仙谷官房長官、岡田幹事長、前原外相、北沢防衛相という体制となった。沖縄から見れば、まさに「日米共同声明」を強行突破するための布陣であり、岡田、前原、北沢という三頭立て馬車に菅首相と仙石官房長官が騎手として乗り込み、鞭を振り、沖縄の民意を蹴散らす作戦に乗り出したのである。
こんな政権は、早晩、行き詰らざるを得ないであろう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.394 2010年9月25日

カテゴリー: 政治, 沖縄, 生駒 敬 | 【投稿】菅改造政権と名護市議選、オスプレイ配備 はコメントを受け付けていません

【投稿】尖閣諸島における中国漁船衝突事件と日中関係の緊張

【投稿】尖閣諸島における中国漁船衝突事件と日中関係の緊張
福井  杉本達也

1 中国封じ込めの第一線
『フォーリン・アフェアーズ』誌2010年6月号の巻頭論文:「中国は東半球での覇権を確立しつつある」の中でロバート・カプランは「陸上の国境線を安定化させ、画定しつつある中国は、いまや次第に外に目を向け始めている。中国を突き動かしているのは…エネルギー資源、金属、戦略的鉱物資源を確保することだ。…いまや大中国圏が形成され始めている。…しかし、中国の影響圏の拡大は…米軍の活動圏と不安定な形で接触するようになる。…千島列島から朝鮮半島、沖縄を含む日本列島、台湾、さらにはフィリピン、インドネシアを経てオーストラリアへいたるラインを中国は「第1列島線」と呼んでいる。…この島嶼チェーンには潜在的なフラッシュポイント(紛争の発火点)が複数存在する。すでに中国は東シナ海、南シナ海の大陸棚資源をめぐってさまざまな論争を抱え込んでいる。日本とは尖閣諸島(釣魚島)をめぐって、フィリピンやベトナムとは南沙諸島をめぐって領有権論争を抱えている。…これら第1列島線には、「相手(=米国)が張り巡らした海洋における万里の長城」がある。…中国の太平洋へのアクセスを監視、あるいはブロックする監視ラインとして機能している。」と書いている。尖閣諸島(釣魚島)はまさに中国を太平洋に出さないための万里の長城の一端なのである。

2 「一粒で二度おいしい」領有権紛争
カルバンは「尖閣諸島(釣魚島)」と書いているが、「釣魚島」は中国名の表記であり、米国が尖閣諸島を日本領土と認めているわけではない。孫崎享氏は『日米同盟の正体』の中で、「北方領土は、米国にとり二度、三度と味わったおいしいアーモンドグリコである。…千島列島の範囲を曖昧にしておけば、この範囲をめぐって日本とソ連は永遠に争うことになり…日本は見事に米国の構想の下に踊らされている」と書いているが、尖閣諸島も韓国・北朝鮮との争いがある竹島も同様に米国の手の中で踊らされているのである。カルバンの指摘するもう1つの重要な点は、中国が「陸上の国境線を安定化させ、画定しつつある」ということである。かつて戦火を交えたロシアとはアムール川等での国境線を画定したのをはじめ、西部の旧ソ連諸国やベトナムとも画定している。インドとも画定交渉が進んでいる。また、ロシアもこの9月15日に40年以上争ってきたノルウェーとの北極圏の係争区域を画定している。係争区域が無くなることは紛争の種が無くなるということであり、隣国同士が争い、互いに国力を消耗させ、場合によっては介入しようとする米国の戦略にとってはマイナスである。唯一残っているのが東シナ海・南シナ海をめぐる係争区域なのである。7月に末に行われた米韓合同軍事演習に参加した横須賀を母港とする空母ジョージ・ワシントンは、その後ベトナム・ダナンを訪問し(毎日:2010.8.18)、南シナ海に展開している。また、米海軍は潜水艦の60%を太平洋地域に展開する計画であるが、9月3日には米海軍最新鋭のバージニア級原潜「ハワイ」が横須賀に初めて入港した。特殊部隊をひそかに陸地にも送り込める、東シナ海・南シナ海などの水深の浅い海でも行動できる潜水艦であるとされ、特に中国周辺に展開するものと思われる(NHK:9.3)。

3 中国漁船の拿捕・船長逮捕と日本政府のドタバタ劇
中国漁船が海保巡視船と衝突する事件が発生したのは9月7日午前10時頃であるが、同日夜には海保は船長を公務執行妨害で逮捕し、日本の国内法で裁くこと決めた。当然ながら中国側は再三にわたり日本側に抗議し、極めつけは、12日午前0時に丹羽中国大使を中国外務省に呼びだし外相よりも格付けの高い国務委員が「非礼」ともいえる抗議を行った。これに慌てた政府は14日に急遽14名の乗組員を送還した。その後も中国側は東シナ海ガス田開発条約交渉の延期・9月下旬の国連総会の場で予定した日中首脳会談の中止・全人大副委員長の訪日中止等、矢継ぎ早に手を打ってきている。仙谷官房長官は14日の記者会見で、全人代代表の訪日延期に「甚だ遺憾だ」と述べたが、いまのところ外交的には完全な中国側の勝利である。岡田前外相が主導して任命した初の民間人としての丹羽大使は伊藤忠商事出身であり、社長時代に対中事業に積極的に取り組んだだけに経済界への脅しは決定的である。

4 アーミテージの指図で躍る海保・外務官僚
日本は船長逮捕までのストーリーしか画けていなかったが、中国側からは二の矢、三の矢が次々と飛んできている。日中間の当面の外交日程は全て中止であり、経済関係のも影響を及ぼしかねない。おまけに台湾からの漁船も抗議活動に加わるなど「第3次国共合作」を思わせるほど東アジアにおいて日本は孤立してしまった。日本側の打撃は極めて大きい。外交は政治的駆け引きである。このような稚拙な外交となってしまったのは、海保・外務官僚が米国軍産複合体の指図で踊らされ、後先を考えず”冒険主義”に走ったからである。動揺する官邸にわざわざ代表格・アーミテージ元国務副長官が飛んできて、仙谷官房長官と会談するとともに、記者会見で「いかなる領土も日米安保条約の対象になることを中国は認識すべきだ」と語って動揺する日本を叱咤した(日経:9.16)。しかし、これはブッシュ時代の亡霊であり、オバマ政権下では8月16日の国務省クローリー次官補の会見では尖閣諸島が日米安保の対象となると直接的には言及していない(福井:8.18)。9月10日付けのNYT-Opinionは「The U.S. doesn’t take a position on who owns the islands」(米国は尖閣諸島が日本の所有だという見解を取っていない)としている。煽られた日本は既に梯子を外されている。米国は尖閣諸島の紛争に”公式には”介入はしないということである。日中間に緊張関係がもたらされて歓迎するのは、米軍産複合体の代理人とその配下で国益を無視して動き回る海保・自衛隊・外務官僚の一部である。

5 与那国島では重大な危険と主権侵害があったが日本政府は何もしてこなかった
沖縄県の最西端・与那国島では尖閣諸島などとは比べ物にならない重大な日本の主権侵害が38年にも亘り行われていたが外務省・自衛隊は何の手も打ってこなかった。防衛省は6月24日に「与那国島の上を通っていた『防空識別圏』の境界線を領空(領土から12カイリ)の2カイリ外側まで拡大すると発表した。領空を守るための警戒線が領土の真上に引かれるいびつな状態が解消されることになる。省内規定である訓令の見直しを25日施行する。」(Asahi:6.24)という簡単な報道で誤魔化されているが、沖縄返還後38年にもわたり、事実上の空の国境線が与那国島のど真ん中に引かれ、与那国空港を発着する日本の航空機は「国籍不明機」による「台湾領空侵犯」として常時危険な台湾空軍のスクランブルを受けていたのである。戦後日本を占領した米国は、日本の防空識別圏の西端を、与那国島の上空を南北に通る東経123度に設定し、その東側は台湾の防空識別圏と決めたため、与那国島の西半分の上空は、台湾の防空識別圏に入るという変則的な状態(田中宇:6.24)になっていたからである。

6 緊張緩和に転換する李明博政権と3周遅れの緊張激化に走る日本
9月9日に李明博大統領が突然ロシアを訪問したことに関し、「ドナルド・グレッグ元南朝鮮大使は先月31日、ニューヨークタイムズへの寄稿で、天安艦事件に関するロシアの調査結果がなぜ公表されないのかについて、『信頼できるロシアの友人』が『それが(公表されれば)李明博大統領への相当な政治的ダメージとなり、米国をも困らせるであろうからだ』と語ったことを明らかにしている。」(Korea News No.396参照)また、ロシアのボロダフキン外務次官は「7月に発表された安保理議長声明が緊張緩和を促すことに期待を表し、『中国側と共に、事件の終了に賛成する』と協議終了を主張。『対立の激化を許さなかったことは、地域安定維持のためのロシアの有する手段が求められ、有益であることを表している』と自負した。南北間の対話が再開すれば、半島横断鉄道やガス・電気網の敷設が可能になるとも述べた」(Voice of Russia:9.14)。韓国は中国・ロシアの軍門に下ったといえる。これらを裏付けるように、韓国から北朝鮮への米の援助再開や南北離散家族再開に向けての再協議・北朝鮮開城団地における韓国側従業員の滞留も500人から900人へと増加している。また、金総書記の中国東北部への視察もこうした緊張緩和の一環と位置づけられる。こうした一連の動きを受け、キャンベル米国国務部東アジア太平洋次官補は最近 「何らかの進展(6者会談再開)のために南北間にある種の和解措置が重要だ」と話し(ハンギョレ:9.13)、6カ国協議再開に向けての準備が始まっている。極東アジアは7月までの一触即発の緊張した状況から大きく転換しつつある。こうした流れに逆らうものが、今回の尖閣諸島における事件である。
日中両政府は5月31日の首相会談で、東シナ海ガス田開発問題で条約締結交渉を早期に開始することで合意し、7月27日に初協議を行った。「『友愛の海』は大変いい言葉だ。私も友愛の海であってほしいと思っている」(毎日:7.28)と菅首相は語っていた。合意の前提は領土問題を棚上げにして、経済協力を優先するということである。しかし、米軍産複合体勢力やそれに寄生する日本国内の勢力からすれば、ガス田開発で既成事実を積み重ねられて、日中間の不安定要素が無くなることは自らの立場=売国的権益が無くなることである。協議が積み重ねられる前に潰したい思惑があるといえる。

【出典】 アサート No.394 2010年9月25日

カテゴリー: 平和, 政治, 杉本執筆 | 【投稿】尖閣諸島における中国漁船衝突事件と日中関係の緊張 はコメントを受け付けていません

【投稿】 あえて、民主党代表選―路線の今後

【投稿】 あえて、民主党代表選―路線の今後

私が民主党の代表選挙について、なにかを語る特別な情報もなく、特別な意見を持っているわけではないが、あえて、この数カ月世間をにぎわせた代表選挙について、の雑な感想を書いてみたい。

まず、「なぜ代表選なのか」と問う一般紙誌の論調が多かったように思う。それは、この円高による不況のさなか、政府が取り組まねばならない仕事は山積しているではないか、およそ1か月近くの「政治空白」を生じさせることは国民にとって百害あって一利なしとするものである。民主党を支持しないおよそ半数の国民にとっては「そのとおり」であろう。しかし、民主党を支持する、しないにかかわらず、国民の税金が政党交付金として支出されている政党の、しかも国政の第一党である民主党の代表がだれになり、その「路線」が今後どうなるかは国民的なテーマであっていい。
この代表と路線について絞って考えてみると、今回の代表選挙はいまの民主党と日本の政治状況について、いろいろと考えさせられることがある。ほとんどすべてのマスコミを「敵」にした小沢前幹事長と、前委員長の鳩山氏、そして『棚ぼた』で総理になった菅首相の三者三様の対応の、そしてその政治的体質やなスタンスの違いがかなり鮮明になったのではないだろうか。つまり、小沢氏は対検察・世論にたいし、これまではおよそその風貌を連想させるような、「冷たい」対応を続けてきたが、今回に限って「逃げません」と言明し、国会での証人喚問すら応じる気配すら感じられる。その一連の検察との経緯からすれば、「推定無罪」が成立している今、そこまでの必要はないとおもえるのだが、こと代表選挙出馬となると、言わざるをえないのか、言わされてしまったのであった。ここ数カ月の間の検察ファッショとかマスコミの横暴、さらにはアメリカの陰謀とまでいう根拠も自信もないので、「世論」に配慮せざるをえなかったのであろう。が、政策については民主党の「マニフェスト」をオウムのように繰り返すだけであった。また、同時に辞職した鳩山氏だが、「人のうわさも75日」ではないが辞任後ちょうど3カ月たち、小沢氏と「政治とカネ」でやめたことを一切わすれ、「トロイカ体制」なるものをもちだし、菅首相に挙党態勢をせまり、あげく、派閥ボス的な行動として人事の譲歩を要求したと報じられている。ご自身が自らの引退まで語ったことはそう遠い出来事ではないのだが。やはり政治家としての資質を疑わざるを得ない。
一方、首相の菅氏もおそまつであった。先の参院選での民主党の敗北は突然の消費税増税発言にあったとされ、今回の代表選ではその打ち消しにやっきとなり、さらに、突然のように「雇用・雇用・雇用」と言い出した。民主党の有力な、最大の支持団体である連合を配慮したのか、労働問題と福祉をことさら重要視した戦術に変え、政治と官僚の問題についてはかつての舌鋒の鋭さはみられない。小沢氏なみの派閥ボス的な行動で国会議員票の積み上げにやっきとなったとみえる。
こうしたちょっとした茶番的なそれぞれの行動には、それなりの事情や理由があるのだろうが、冒頭で述べた、国民政党としての気概やプライド、公党としての生真面目さがおよそ見えないのである。そして今後の民主党の路線にしても、政府が国民に語り続けなければならない課題にしても、もうひとつ理解しがたいのである。これこそが今の日本の政治状況なのであろう。政党や政治家自身がいまの政治状況を理解できていないのかもしれない。あるいは知っていても、語る必要を感じていないのだろう。選挙というフィルターを掛けるときの政治家の言動はあまり信用ならないことは旧来の自民党支配の時代から、それが当然のことであるとおもわされてきたのだが、新たに出現した、短くとも3~4年は続く支配をもつ、保守政党である民主党(沖縄の基地移転問題でそれがはっきりした)の路線は今後も迷彩をほどこしながら続けられるのか、はたまた、かすかに残存した『いろ』であるリベラル的な、あるいはより民主的な色彩に身を染めて、勤労国民の支持を集め続けられるのか。
代表選挙結果は、小沢氏の主張がこれまでの民主党の政策をより強く打ち出しているかに私にはみえたが、「政治とカネ」「自民党的体質」を否定しきれなかった小沢氏は負けた。しかし、なぜ、菅氏が代表なのか、党員やサポーターの判断は、投票権をもたない一般国民と同様「政治とカネ」「自民党的体質」を嫌ったのであっただろうし、1年に何度も総理を換えるのは(国際的にも)まずいとした考えはそれなりに当然かもしれないが、そんなきわめて消極的な支持でいいのかと思えてしかたがない。 (東京・立花 豊)

【出典】 アサート No.394 2010年9月25日

カテゴリー: 政治 | 【投稿】 あえて、民主党代表選―路線の今後 はコメントを受け付けていません

【人権ひとりごと】 私の人権考

【人権ひとりごと】 私の人権考

私は、中学校時代から部落問題の出会いを契機に、今日に至るまで部落解放運動をはじめ、何らかの人権課題と関わってきたし、また仕事でも深く関わってきた経験がある。

その永い経験の中には、自分自身の内面的成長に役立ってきた反面、「人権」を唱えながら、自分自身の中にある差別性に気がつかず、結果として「人権侵害」の誹りを受けざるを得ない経験もある。

そのように「人権」と向かい合い、悩み、葛藤してきた中で、今の自分が思う「人権考」を徒然したい。

{「完全なる人権者」はいない}

この見出しを見ると、おおよそ二つの感想を抱かれるのではないか?一つは「当然のことではないか」、もう一つは「己の中にある差別性の開き直りではないか」。

私が言いたいのは、人権感覚の極めて優れている人もいれば、極めて鈍感な人もいる。大体においてではあるが、人権感覚の優れている人は、自分の価値観に固執しない人であり、「もし、それが自分の立場であったならー」と想像力の働く人であり、人権感覚の鈍感な人は、その逆である。しかしながら、それはかなりの幅はあるものの、要は程度の差であり、「いつ、いかなるときも、どのような課題にも、常に完全無欠に考え行動できる」人はいない。

{「人権」被害者=「正義者」ではない}

従って、相手の差別性や誤った認識に出遭ったとき、また人権被害にあったとき、その問題指摘のあり方も、その鋭さ、語気の強さはともあれ、その本質的な対応は相互啓発なものでなければならず、ましてや、相手に対し全面否定し、独善的、報復的であってはいけないと考える。

何故なら、その独善的、報復的な問題指摘が、結果的に嫌悪と憎悪を生み出し、より一層、「人権」に対する認識をより後退と膠着化を招くだけだと思うのである。

しかし、だからと言って「人権」被害者が、その被害に対し抗議し問題指摘すること自体を何ら否定するものではない。むしろ被害者だからこそ、最もその抗議と問題指摘する立場にあることは言うまでもない。言いたいことは、要するに問題指摘する立場・資格者であることが、加害者を一方的に裁くこともできる「正義者」であるかのような思い上がりは許されず、それが高い「人権」意識の持ち主である者であればあるほど、戒めて自覚すべきことだと思う。

突き詰まるところ大事な事は、不完全なる者が不完全な者に対し、互いに思いやりと互恵の念をもって、「気づき」を与え合い、また問題指摘を認め合うこと⇒即ち、そのことが「人権」の相互切磋琢磨だと思う。

{今、「人権」で思う世相的問題意識}

一つは、近年の競争原理と自己責任論に基づく保守ムード、右翼的思想傾向の流れもある中で、「人権」と言えば、何故かしら左翼イデオロギーの表象のような見方である。例えば「人権教育よりは道徳教育だ」とか、「何かと(犯罪者の人権や死刑廃止論など)人権派の連中はうるさい」とか「人権の名を借りた自己中心主義」とかーー。

こうした保守イデオロギーによる「人権」に対する攻撃・誤解の一つひとつを今、反論するつもりがないが、ただ包括的に批判するとするならば、まさに前述したとおり、物事に具体的・科学的に思考せず、ただ自己の保守的価値観に頑迷であること、特にマイノリティーの問題には無頓着あるいは軽視的であること、そして何よりも決定的に異なるのは、国家や全体利益のためには、一部少数・個人の存在も否定しても已む無しとする考えがベースにあることである。

二つ目は、「人権」という言葉の概念の混乱である。近年の労働相談統計を見ても「パワハラ・セクハラ」のハラスメント系の相談が増加している。その多くの相談内容は「なるほど、それはひどい!」というものであるが、その一方で「それは感情的に行き違い、対立的であったとしても、とてもハラスメント(人権侵害)というものではないだろう」というものも少なからずある。

特に「パワハラ」の場合、「上司から強い叱責をされた」ことは、マネージメントの拙さはあったとしても「ハラスメント(人権侵害)」というには、いささか無理があり、逆にそのレッテル貼りの方が、人権的に問題ではないかと感じる場合もある。例えば「パワハラ」の概念規定には、そこに「無視、人格否定の発言、差別・侮蔑発言、排斥行為、暴行、等」の具体的事象があったか、どうかが判断要素になる。

こうした具体的判断要素の上に「ハラスメント批判」がなされるべきであって、カタカナ用語の一人歩きにより、不正確な理解の蔓延・使用こそが人権意識の普及に阻害となるのではないかと危惧するのである。

{21世紀の「人権」とは}

「20世紀が戦争の時代であったのに対し、21世紀の時代は「人権」の時代である」と言う。しかし、真に「21世紀を人権の時代」とするためには、「人権」に対する発想の転換とイメージチェンジを図らなければならない。

「20世紀の人権」は、「反差別」「反権力」という概念・意識が優っていたと思う。そしてそこには階級的史観も入り混って、あげくの果ては人権の花咲く社会が「社会主義の展望」まで夢みる者もいたのではないかと思う。それはそれで「20世紀という時代背景としては、進歩的で、反差別抵抗闘争としての歴史的意義はあったと評価すべきことだと考える。

しかし、21世紀に「人権」は、反差別抵抗闘争から脱却し、より豊かなコミュニケーションの高まり、コミュニティの形成、ネットワーク型人権組織の構築が求められているのであり、そのことは「人権」という言葉を使わずしても結果的に中身としては「人権」の具体性を意味することができるのではないか。

即ち「人権」には反差別という「ネガティブ人権」から双方のコミュニケーション・交流・活性化というポジティブ思考の人権意識への変革が求められているのではないか。

「21世紀への人権課題」は、「ネガティブ人権」から「ポジティブ人権」への転換が何よりも求められているのではないか。

小生の無責任・徒然なるままの思いに異論批判があっても、小生の「人権ひとりごと」として許されたい。(民守 正義)

【出典】 アサート No.394 2010年9月25日

カテゴリー: 人権, 雑感 | 【人権ひとりごと】 私の人権考 はコメントを受け付けていません

【日々雑感】—誤認ということ二題—

【日々雑感】—誤認ということ二題—

 まず読者の皆様方に、お詫び訂正しなければなりません。先月号No.393号の「日々雑感」で、私の認識していた事実関係に誤りがあることを、姉から指摘されました。淀川の堤防を、亡母に連れられ逃げたのは、私と2才上の姉であり、その上の姉は、疎開していたとのことでした。ですから5人兄弟のうち、上3人が香川県に疎開していたということになります。さらに、淀川の堤防を逃げる時、私の家の東隣に住んでおられた、山形県出身の、木村のおばあさんもいっしょだったと聞かされました。それ以外は、全て真実です。大変申し訳ありませんでした。尚、このままでは、消化不良気味な感じです。今後の折に、私事で恐縮ですがさらに続けさせていただきたく思っております。
◎誤認と言えば、最近、次のような重要なことがありました。
 先日送付されてきました、私が寄付会員として所属する、日本くまもり協会からの、くまもり通信64号の中で、「現代版万里の長城、尾根筋での風車群設置、風力発電は本当にエコか、静岡県竜頭山風力発電事業計画」という記事には驚かされました。万里の長城と尾根筋の風車群の2枚の写真には、森林破壊の様子が、見事に写し出されておりました。 NPO法人奥山トラストが静岡県浜松市佐久間に所有しているトラスト地294ヘクタールの尾根に、ある業者が、周辺の山を合わせて41基の風力発電計画を立てた。これに対しての、当トラストの闘いには、頭が下がります。
 私は、太陽光発電や、風力発電が、地球環境を守る上で、大変重要であると、素朴に信じてきました。しかし、尾根での風車建設は、エコなんかではなく、莫大な補助金狙いの森林破壊だと知らされた思いです。
 いずれにしろ、ソーラー、風力、水力、地熱、波力等の発電が、重要なことには変わりはありませんが、その設置場所や方法等に。多くの解決されるべき課題が残されているように思われます。
 とりわけ、金融資本や業者が参入してきた場合には、今日の新自由主義経済のもとでは、その立派な理念とは裏腹に、大変な自然破壊に繋がると危惧されます。
 認識不足なら学習によって、その不足は補えますが、誤認が怖いのは、誤ったことを、人に伝え、結果的にウソをついているという点です。誤認と言う思い込みには、先ずその誤りを認め謝罪し、学習により再認識という過程が必要と思います。
 私も今回のことを反省し、くまもり通信等もよく読み返し、エコ発電について正しい知識を持つように努力します。(早瀬 達吉) 

 【出典】 アサート No.394 2010年9月25日

カテゴリー: 環境, 雑感 | 【日々雑感】—誤認ということ二題— はコメントを受け付けていません

【投稿】核抑止論からの脱却こそが民主党政権の生命線

【投稿】核抑止論からの脱却こそが民主党政権の生命線

<<類型パタ-ン通りの挨拶>>
今年、被爆65年の2010年のヒロシマ/ナガサキは、これまでとは明らかに異なった様相と期待が込められた8・6/8・9であった。昨年、「核兵器を使用したことがある唯一の国家として行動する責任がある」というオバマ米大統領のプラハ演説が提起され、その流れの中でアメリカのルース駐日大使や核保有国の英仏の代表もそれぞれ広島の平和記念式典に初めて参列し、過去最多の74カ国が参加する式典となり、国連事務総長として初めて平和記念式に出席した潘基文氏は、広島市の広島国際会議場で、「今がその時だ」と題した講演を行い、「グラウンド・ゼロ(爆心地)からグローバル・ゼロ(核なき世界)」へと訴え、核廃絶の実現に向け、包括的核実験禁止条約(CTBT)の2012年の発効や核の先制不使用主義などを進めることの重要性を訴えた。
そしてこのような核軍縮への期待の高まりの中で、歴代自民党政権の内閣総理大臣挨拶と比して、今年の菅首相の挨拶は政権交代後初の「内閣総理大臣の挨拶」として注目されたが、これまでとまったく代わり映えのしない、これまでの類型パタ-ン通りの挨拶でしかなかった。類型パタ-ンとは、「唯一の被爆国であるわが国」、「核兵器廃絶と恒久平和の実現」、「国是である非核三原則」という決まり文句、そして「被爆者援護」への言及である。
菅首相は、「唯一の戦争被爆国として核兵器のない世界の実現にむけ先頭にたって行動する道義的責任を有している」と述べた上で、「各国首脳に核軍縮・核不拡散の重要性を訴える」「核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向け平和憲法を順守し非核三原則の堅持を誓う」と述べ、「平和憲法遵守」を明言したが、歴代首相の挨拶と同様、それ以上に踏み込むものではなかったし、具体的な核軍縮への歩みを確実にする政策や行動提起、決意表明は一切なされず、期待はずれの挨拶でしかなかった。

<<「今こそ、日本国政府の出番です」>>
一方、秋葉忠利・広島市長は平和宣言の中で、「今こそ、日本国政府の出番です」と訴え、「核兵器廃絶に向けて先頭に立」つために、まずは、非核三原則の法制化と「核の傘」からの離脱、核保有国の首脳に核兵器廃絶の緊急性を訴え核兵器禁止条約締結の音頭を取る、全ての国に核兵器等軍事関連予算の削減を求める等、「選択肢は無限です」と訴えた。
ところが、従来どおりの内閣総理大臣の挨拶に終始した菅首相は、挨拶終了数時間後の記者会見で、秋葉市長が平和宣言で「核の傘」からの離脱を求めたことについてわざわざ反論し、「国際社会では核戦力を含む大規模な軍事力が存在し、大量破壊兵器の拡散という現実もある。不透明・不確実な要素が存在する中では、核抑止力はわが国にとって引き続き必要だ」と述べたのである。「日本国政府の出番」が「核抑止力論の弁護」とは、恐れ入ったものである。核抑止力論こそが核拡散の元凶となっている現実、その悪循環に目をふさぎ、核兵器廃絶に向けた「無限の選択肢」を自ら閉ざしてしまう、この政治的センスの低劣さはどうしたことであろうか。
この問題について外務省で記者に見解を問われた岡田外相も「米国の核の傘なくして日本国民の安全を確保するのは極めて困難。(政府に「核の傘」からの離脱を求めた平和宣言とは)見解が異なる」と述べるだけである。さらに菅内閣の官房長官である仙谷氏は、秋葉市長が非核三原則の法制化を求めたことについても、「原則を堅持する方針に変わりはない。わが国の重要な政策として内外に十分周知徹底されており、改めて法制化する必要はない」と述べ、政権交代以前の自民党政権とまったく同様の見解表明しかできない有様である。政権交代の意義や期待を、ことごとく踏み潰してしまい、核廃絶への具体的展望さえ指し示すことのできない菅政権は失望をしかもたらさない存在と化しているといえよう。
菅首相の発言について、広島被団協は「核の傘からの離脱を求めた広島市の平和宣言を真っ向から否定する考え」「核軍縮、核廃絶の潮流に逆行する発言」と指摘し、「核兵器のない世界の実現へ先頭に立って行動する道義的責任を有する」とした式典でのあいさつに矛盾し、「二枚舌と言われてもやむを得ない」、「核兵器廃絶に本気で取り組もうとしているのか疑問だ」として強く抗議している。
8月9日、長崎市の田上富久市長は平和宣言の中で、核密約により非核三原則を形骸化させた政府の対応に、「強い不信を抱いている」ことを明確にし、「日本政府は、なによりもまず、国民の信頼を回復するために、非核三原則の法制化に着手すべきです。また、核の傘に頼らない安全保障の実現のために、日本と韓国、北朝鮮の非核化を目指すべきです。「北東アジア非核兵器地帯」構想を提案し、被爆国として、国際社会で独自のリーダーシップを発揮してください。」とあらためて訴え、具体的な政策を提起し、独自に行動することを求めている。

<<自民党応援団と化した菅政権>>
菅政権は、内外ともに共鳴し高まりを見せる、ヒロシマ/ナガサキの核兵器廃絶の声に対して、核抑止力は必要であり、核抑止力を残しておくべきであり、核抑止力を前提とした米軍基地が必要不可欠であると宣言したのに等しいといえよう。菅政権は、現実にはそのようにしか行動してはいないし、核抑止論からの脱却への努力が一切放棄されているところに最大の問題があるともいえよう。
その意味では、この11月11日に告示、28日投票の沖縄県知事選は、民主党政権にとって最大の試練の場となろう。8/20、普天間基地を抱える宜野湾市長の伊波洋一氏は、野党三党推薦・無所属で立候補することを明らかにし、昨年の政権交代まで県内移設推進派で自民党の推す現職の仲井真氏と対決し、「今回の知事選は、脱基地を目指す県政をつくるのか、戦後65年も押し付けられた米軍基地の負担と重圧を継続する県政にするかだ」とその態度を鮮明にし、「沖縄の将来を決定付ける重要な選挙。沖縄に基地を押し付けようとする日米両政府に県民の意思を示すことになる」とこの選挙の意義を強調している。この段階に至ってなお、核抑止論と日米共同声明に囚われ、米軍普天間基地の名護市・辺野古への移設・たらいまわしに固執することは、民主党政権それ自体が、沖縄県民総体に敵対する存在以外のなにものでもないことを証明してしまうものである。
ところが、菅政権の閣僚である北沢防衛相は八月初めに仲井間知事と会談した際に、「政府としては仲井間知事に当選していただきたい」と発言していたことが暴露されている(8/13付け朝日新聞)。自民党応援団と化したこの政権にそもそも存在価値があるのであろうか、疑わしいところである。
今年6/1の参院・外交防衛委員会で喜納昌吉議員が「まあ沖縄でうわさなんですけれどもね、来るべき知事選にも官房機密費を使うといううわさが流されていて、私たちも選挙が戦いにくいですね。是非この辺は、そんなことはあり得ないですか、どうですか。」と官房長官につめより、「沖縄では、名護市長選や石垣市長選で自民党支持候補の選挙対策に官房機密費が使われたといううわさがあるんですね。普天間基地移設先の候補地として挙げられたうるま市や徳之島の議員を官邸に呼ぶための経費として使われたとか、徳之島の議員を銀座で飲食させるために使われたとか、様々なそういううわさが飛び交っているんですね。私はやっぱりそのようなうわさを信じたくないですから、そんなことを我が官房長官がやると思っていませんからね。是非私は官房機密費をオープンにしてほしいと思うんですけれども、この辺はどうですか。」と畳み掛けている。さもありなんことであるが、民主党政権の浮沈にかかわる重大疑惑とも言えよう。
一方で、普天間基地の国外移設を主張する川内博史衆院議員ら約20人が日米共同声明に反対する立場から沖縄を訪問し、伊波洋一氏とも面談するという。政権交代の大儀は彼らこそが担っているともいえよう。民主党はこの際、核抑止論から大胆に転換し、脱却することこそが、民主党再生、浮上の最大の鍵であることを肝に銘ずべきであろう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.393 2010年8月28日

カテゴリー: 政治, 沖縄, 生駒 敬 | 【投稿】核抑止論からの脱却こそが民主党政権の生命線 はコメントを受け付けていません

【投稿】世論操作はいかに行われたか・また行われるか

【投稿】世論操作はいかに行われたか・また行われるか
福井 杉本達也

1 闘うべき相手を間違った「不快感」
参議院選挙を総括する民主党の両院議員総会が7月29日に行われたが、枝野幸男幹事長から報告された総括案は、「消費税議論の呼びかけが国民に唐突感を与えたこと」を冒頭に上げた。また、御厨貴氏は「米軍普天間飛行場の移設問題や小沢氏の政治とカネの問題など何一つ解決せずに菅政権にバトンタッチし、その菅さんが10%という数字にまで触れて消費税に言及した。」“政権政党としての迷走ぶり”(朝日:2010.7.13)を敗因とした。しかし、本当の敗因はそこにあるのか。一国の首相がアメリカによって簡単に首を切られたというショックによる国民の諦め・「不愉快な現実」を暴露した不快感(冷泉彰彦:2010.6.10)にこそあるのではないのか。「雁屋哲ブログ」によれば、「(1)鳩山氏はアメリカに負けた。(2)基地問題に於いて、日本人が戦うべき相手はアメリカである。アメリカと戦おうとしている鳩山氏の足を掬い背中から攻撃をする。日本人は、自分たちの敵を間違えている。…鳩山氏が戦後の日本の首相として初めてアメリカと戦おうとしているのに、日本人は一致協力するどころか、鳩山氏の足を引っ張った。(3)日本人は、アメリカの基地問題に本気で取り組む気概を失っている。」(「美味しんぼ日記」:5.25)ことにあるのではないのか。こうした「不快感」は辞任後わずか2,3日しか続かなかった。「不快感」を打ち消そうとした一連の流れが、民主党代表選への世論誘導であり、唐突な消費税議論の争点化ではなかったのか。その中で、一国の首相の首を切った「アメリカ」の文字も「普天間」の文字も完全に消し去られてしまったである。
その証拠の1つは日経の6月3日付けの紙面にある。鳩山前首相の辞任に当たっての『発言要旨』から「米国に依存しつづける安全保障、これから50年、100年続けていいとは思いません。」「いつか、私の時代は無理だが、あなた方の時代に、日本の平和をもっと日本人自身でしっかりとみつめあげていくことができるような、そんな環境をつくること。」(「鳩山首相両院銀総会発言要旨」Asahi:6.2)という肝心の文面を巧妙にも消し去ってしまった。

2 ワシントンの代弁者としての日本のマスコミ
いかに日本のマスコミの論調が歪んだものであるか、朝日新聞の目に余る米国べったりの姿勢を、以下「ゲンダイネット」から引用すると、2009年10月15日の社説では新政権の歓迎ムードで「自民党政権時代は、米軍駐留や基地施設の提供が半ば当然視されてきた。幅広い視野から見直しの俎上(そじょう)に載せてこそ、政権交代の意義がある」と期待を込めていた。ところが、問題解決が長期化し始めると、日米同盟の危機を盛んに煽り出した。「日米関係の基盤は安保条約であり、日本が基地を提供するのは不可欠の要件」(12月10日)、「相互信頼の再構築を急ぐべきだ」(同16日)。「3年前に日米両政府が合意した名護市辺野古への移設も選択肢として否定はされていない」(同29日)と。ヒラリー・クリントンに恫喝され、最後に辺野古案に戻ったら、今度は「米国優先は禍根を残す」と題し、「沖縄の頭越しに米国と手を握るというのでは、県民の目には二重の裏切りと映る」(2010年5月21日)と鳩山元首相を切り捨てた(2010.5.27)。こうしたマスコミ報道の延長線に社民党の政権離脱があった。5月31日の日経は1面トップで「社民、連立を離脱 首相責任論発展も 内閣支持率22%」と報じた。社民党はまさにマスコミに踊らされ、鳩山氏といっしょに切り捨てられたのである。
この1年間のマスコミの世論調査ラッシュは異常である。特に参院選時の“3日ごとの”世論調査にはあきれた。発足間もない何の実績もない菅政権の政策をわずか1ヶ月間に度々評価して何が分かるのか。世論操作のために、調査という名の下の恣意的数字を捏造し続けたのではないのか。

3 読売新聞・日本テレビとCIA
既に、有馬哲夫氏の『日本テレビとCIA ―発掘された「正力ファイル」』や『CIAと戦後日本 保守合同・北方領土・再軍備』など貴重な研究結果などから、読売新聞の社主、正力松太郎がCIAに操縦されていた歴史的事実が明らかとなっている。根拠は、米国公文書館の公開された外交機密文書である。同じCIAのファイルとして既に岸信介元首相や重光葵元外相があるが、CIAは正力を「ポダム」という暗号で呼んで徹底してマークしていた。CIAは1000万ドルの借款を正力に与えて、全国縦断マイクロ波通信網を建設させようとしていたという。戦後、米国は読売グループを親米・反共のプロパガンダ機関として援助・育成したのである。日本テレビの政治バラエティー「太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中」(金曜後7.56)が9月いっぱいで終了することになったが、公共電波を使った全くひどい内容の偏向番組であったが、なぜ、読売グループが積極的に対米追従番組を制作するかは、この歴史的事実からも明らかである。

4 唯一まともな東京新聞(中日新聞)社説
東京新聞(中日新聞)の8月15日の社説は豊下楢彦関西学院大学教授の論考を引用する形で、「米国に依存しつづける安全保障、これから50年、100年続けていいとは思わない」という鳩山辞任演に同感しつつ、安保の分析を試みている。敗戦で昭和天皇が直面したのは戦犯としての訴追と天皇制消滅の危機であり、次なる危機が共産主義の脅威。昭和天皇にとり日本を守ることと天皇制を守ることは同義であった。昭和天皇は、米軍依拠による天皇制防衛の結論に至り、「米軍駐留の安全保障体制の構築」が至上課題となった。象徴天皇になって以降も、なりふり構わぬ「天皇外交」が展開され…例えば1947年9月、マッカーサーの政治顧問シーボルトに伝えられた有名な天皇の沖縄メッセージは「米国による琉球諸島の軍事占領の継続を望む」「米国による沖縄占領は共産主義の影響を懸念する日本国民の賛同も得られる」などの内容で、沖縄の戦後の運命が決定付けられてしまった。もし天皇外交がなければ日本外交は選択肢の幅を広げ、より柔軟なダイナミズムを発揮し得た。安保の呪縛(じゅばく)は戦後の日本外交から矜持(きょうじ)も気概も奪ってしまったと。

5 グーグルと情報操作
中国政府は7月9日グーグルの中国でのネット事業免許の更新を認めた。グーグルは検索結果の自主検閲を巡って中国政府と対立。中国大陸の利用者に香港経由で検閲なしのサービスを提供してきたが、6月末に香港版への自動転送を停止した(日経:7.10)。中国のネット検閲は厳しく、ダライ・ラマやウイグル関係はもちろん、反中国的言動のブログ、我々が日常使っているサイトもブロックされることが多々ある。中国の検閲には大きな問題がある。しかし、グーグルのサイトはいったい何をしているのか。「グーグルのアプリケーションを使えば使うほど、グーグルはあなたについていっそう深く知ることができる。…あなたの一挙手一投足がグーグルに追跡され…入力した検索文字列も、…訪問したウエブサイトも追跡できる。…閲覧の趣味についても追跡可能」なのである(クリストファー・ケッチャム他「グーグルは何をめざすのか」『世界』2010.8)。そして、その収集された情報は非公然諜報活動に利用される。2008年の情報公開法による調査で、グーグルは米国国家安全保障局「NSA」に対して、4つの『検索機能設備』を提供し、その保守契約を結んだことがわかっている。情報はユーザーの知らないうちに第三者に転送される(同上)。これは「エシュロン」(通信傍受システム)の世界である(その存在が2002年に欧州議会特別委員会で初めて公に明らかにされた)。グーグルが収集した情報は、個人が何に興味があるか、何を欲しているか、どうすれば情報操作に協力する人材となるかを瞬時に“計算”している。もちろん、操作したい情報を「検索」のトップに持ってきて、知られたくない情報を隠すことは簡単である。たとえば「小沢一郎」を検索すると「小沢一郎の正体」などの怪しげなサイトがトップにヒットするし、関連する検索でも小沢氏に否定的なキーワードの羅列である。日本人の個々のレベルでの考え方が分かれば、それだけより細やかなソフト・パワーを行使できる。鳩山元首相はヒラリーに恫喝され「海兵隊の抑止力」という思考停止の“奴隷の言葉”を使わざるを得なかった。菅首相も広島で「抑止力」を口にした。海の向こうでは、誰がいかにこの言葉を上手に使うかを監視している。しかし、それを「これから50年100年続けて」はいられない。6月1~3日の短い3日間はそれをわずかでも明らかにした。我々には矜持も気概もある。

【出典】 アサート No.393 2010年8月28日

カテゴリー: 政治, 杉本執筆 | 【投稿】世論操作はいかに行われたか・また行われるか はコメントを受け付けていません

【投稿】「みんなの党」–矛盾を抱える新自由主義– 

【投稿】「みんなの党」–矛盾を抱える新自由主義– 

 7月の参議院選挙において話題を集めたのが「みんなの党」である。民主党菅総理の「消費税議論」に対しては、「増税する前にすることがある」を対置した。2大政党から離れた有権者の受け皿となり、東京・千葉・神奈川選挙区で議席を確保した。比例区では、約794万票を獲得し7名が当選、合計10議席を得て、参議院で11名の議員数となった。(あとひとりはHIV訴訟原告の川田龍平議員で、2007年7月選挙で東京選挙区無所属当選の後、2009年2月「みんなの党」の前身、政治団体「日本の夜明け」に合流。)参議院では社共両党を越えて、第4党の地位を占めるに至る。
 なぜ「みんなの党」が躍進したのか。それは明らかに民主党の敗因の裏返しということになろう。民主党政権の10ヶ月間への期待はずれ、選挙直前からの菅総理の消費税発言により民主党離れが起こった。その受け皿になったのが自民党ではなく「みんなの党」であった。それでは「みんなの党」とは、どんな主張をしているのか、その基盤は何か、余り多くない資料の中から、考えてみたい。
 
 <公務員攻撃が第一の主張>
 「みんなの党」は、代表の渡辺義美が個性のある人物で、公務員制度改革をめぐって自民党内で対立し、後に離党者が相次ぐ中で、一番早く自民党に見切りをつけた人物として異彩を放っていた。昨年の衆議院選挙直前に、江田憲司議員とともに「みんなの党」結成、衆議院選挙では5議席を確保している。その後今回の参議院選挙までに自民党離党者が加入、保守新党として今回の選挙に臨んだ政党である。選挙では、雨後の筍のごとく乱立した自民党脱党組の「保守新党」の中では、唯一民主・自民の間で、大きく躍進している。
 その主張だが、外交・安全保障面では保守党として新しさは何もない。公務員政策・官僚政策において民主・自民を厳しく批判するとともに、消費税増税の前にやることがあると主張し、比例区では約800万票を獲得した(公明を抜き、比例区第3党。)東京・千葉・神奈川での選挙区当選、都市部での高得票など、都市部の無党派層から大きく集票することに成功している。
 「みんなの党」はマニフェストではなく、アジェンダという政策パンフを作っている。手元にあるので、読み返してみた。直感的に感じたのは、これは「小泉路線」とほとんど変わらないということであろう。「小さな政府」「規制緩和」「公務員攻撃」など。
 「増税の前にやるべきことがある」の項では、表題に「小さな政府(スリムな政府)にする」とし、1.国と地方の公務員人件費削減を実現する 2.民主党政権が断念した「天下り根絶」を断行する 3.「郵政再国営化」を許さず「郵政民営化」を進める 4.「官から民へ」を前進させ、独立行政法人の廃止・民営化等を実行する、とある。
 具体的な選挙戦では、この部分を特に強調したと思われる。民主党はマニフェストを実行していないと。
 
<セイフティネットに一定の配慮>
 一方で、小泉路線の反省からか、社会保障・セイフティネット政策には一定の修正が行われている。いわく、「我々「みんなの党」は、「生活重視」を最優先に、全力で取り組んでいく決意である」と。川田龍平議員が参加している印象も影響しているのか。
 「世界標準の経済政策を遂行し、生活を豊かにする」項では、「経済成長戦略で雇用を増やす」とし、1.未来を切り開く「経済成長戦略」を遂行する 2.格差を固定しない「頑張れば報われる」雇用・失業対策を実現する。「「生涯安心」「誰でも安心」のセーフティネットを構築し、生活崩壊をくい止める、の項では、1.病院崩壊、老人ホーム崩壊、年金崩壊を防ぐ 2.「子ども手当」を地域主権の観点から抜本見直し 3.社会保障口座を創設し、社会保障番号を導入する 4.社会的弱者に配慮した所得再分配を強化する などを掲げている。
 但し、税体系議論には、租税特別措置の見直しと法人税の実効税率20%への減税が記述されている程度で、消費税論議も封印。小泉時代までに所得税率が特に高額所得者に有利な税制になっている点、即ち所得税の累進性強化については触れられていない。低所得者に配慮する程度であろうか。基本的に、新自由主義の枠内での政策だと思われる。
 さらに、後述するが、雇用政策・労働政策では、従来の自民党路線と変わらない。年功賃金制の廃止と雇用の流動化推進策である。
 
<雇用の流動化を促進>
 社会保障問題には多くの記述があるものの、労働政策となると曖昧である。「格差を固定しない「頑張れば報われる」雇用・失業対策を実現する」の項には、①原則すべての労働者(非正規を含む)に雇用保険を適用、②同一労働同一待遇(賃金等)や正規・非正規社員間の流動性を確保、③雇用保険と生活保護の隙間を埋める新たなセーフティネットを構築(職業訓練・生活支援手当・医療保険の負担軽減策・住宅確保支援)、④民主党政権の派遣禁止法案は、働き手の自由を損ない、雇用を奪うもので反対、④最低賃金を経済成長により段階的にアップ、サービス残業規制、⑥ハローワークを原則民間開放などがある。
 問題は、雇用の流動化を確保という内容であろう。おそらく、解雇の自由化を意味しているものと思われるが、それは文字にされていない。流動化するということは、年功賃金の徹底した排除と「成績主義導入」ということになる。冒頭の公務員制度改革でも、原則労働基本権を与えた上で、公務員のリストラにより人員・人件費を削減すると書かれている。当然、解雇者・失業者の増大を予測しているだろうが、雇用保険の全労働者加入、職業訓練・失業手当に言及すれば、保険料の引き上げ、使用者側の負担増があってしかるべきだが、曖昧なままである。「流した汗が報われる政治」とは懐かしいフレーズだが、企業負担の増について言及していない。全体にアジェンダは、「検討する」などの曖昧な表現が多い。
 
<矛盾した新自由主義路線>
 同一労働同一待遇や全雇用者の雇用保険加入、低所得者への「給付付税額控除」など、社会的問題となっている貧困問題について、一定の了解事項が生まれつつあることは、選挙結果とは違う観点で評価する必要はあるとも言える。ただ、新自由主義が弱者救済を主張するという矛盾した姿として。
 天下り批判は当然としても、公務員賃金の引き下げ2割カットというのは、余りにも唐突であろう。それも地方公務員も同様である。昨年の民主党マニフェストでは、国家公務員の総人件費を2割カットとされている。この違いは大きい。人気取りの政策は止めた方がいいだろう。(3年間で、国家公務員1兆円、地方公務員4兆円の人件費を削減としている)
 
<地域主権について> 
 地域主権について「みんなの党」は、「地域主権型道州制」の導入で格差を是正するとし、3ゲン(権限・財源・人間)を地方自治体に委譲するとしている。7年以内に「地域主権型道州制」に移行する、国・州・地方自治体の歳入比は、2:3:5とし、国の中央省庁の役割は、外交・安全保障、通貨、マクロ経済、社会保障のナショナルミニマムなどに限定する、消費税は地方の基幹・安定財源とするとしている。
 地域主権は聞こえがいいが、道州制の中身については、上記の内容以上の記述がない。
 
<民主党と政策目標が交錯>
 今回の選挙結果から単純に想像すると、前回の参議院選挙の各党比例区得票から、民主党500万、自民党200万、共産党100万の合計800万票が、「みんなの党」に流れたとも言える。特に民主党の減らした票はほとんど「みんなの党」に流れたのではないか。
 「みんなの党」は、民主党の政権公約である「政治主導」が不十分だとし、脱官僚も同様である。民主党よりもこちらが徹底して行える、と主張したに過ぎない。民主と同様の都市型政党であること、企業・団体献金の全面禁止も掲げている。今後自民党がより衰退するとすれば、その受け皿になる可能性がある。これは3年後(?)の総選挙を待たないとわからない。しかし、ねじれた国会状況の中では、公務員問題があるとは言え、民・みん連携は、将来現実化する可能性が高いと見る必要がある。
 その意味で、特に労働諸課題における、民主党内での徹底した党内闘争、議論は起こしていく必要があると思われる。(2010-08-21佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.393 2010年8月28日

カテゴリー: 政治 | 【投稿】「みんなの党」–矛盾を抱える新自由主義–  はコメントを受け付けていません

【投稿】「へいわに!たのしく!くらしたい!」

【投稿】「へいわに!たのしく!くらしたい!」
     ~「平和の旅」後に、映画「キャタピラー」を観て考えたこと~

 わたしは、6年前から毎夏、教職員なかまとともに「平和の旅」を計画し参加している。沖縄→韓国(『ナヌムの家』)→済州島→知覧→岩国・大久野島→沖縄、それぞれの地で聞きとりをさせていただき、「負」の遺産を多数目にしてきた。
 今夏は、8月9~11日、長崎を訪れた。4月「軍艦島へ行きたい!」と言うメンバーの提案があり、長崎出身の友人のガイドを得て、「長崎平和ツアー」は実現した。
 台風の影響で雨が降ったりやんだりの中、平和公園内の「追悼長崎原爆朝鮮人犠牲者(碑)」に祈念の物を供えた後、原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に参列した。広島での式典に参列する前に、長崎を訪れた潘基文国連事務総長が供えた花輪に引かれ、カメラのシャッターを押した。
 09年4月、オバマ米大統領はチェコ共和国プラハにて、「私は、米国が核兵器のない世界の平和と安全を追求する決意であることを、信念を持って明言いたします。」と演説、「核兵器廃絶」を提唱した。こうしたオバマ大統領の方針を反映し、今年8月6日、広島原爆死没者慰霊式・平和祈念式(平和記念式典)にルース駐日米大使が初めて出席し、潘基文事務総長も国連事務総長として初の式典出席を果たした。
 秋葉広島市長は、平和宣言の中で、「今こそ、日本国政府の出番です。『核兵器廃絶に向けて先頭に立』つために、まずは、非核三原則の法制化と『核の傘』からの離脱、そして『黒い雨降雨地域』の拡大、並びに高齢化した世界全(すべ)ての被爆者に肌理(きめ)細かく優しい援護策を実現すべきです。また、内閣総理大臣が、被爆者の願いを真摯(しんし)に受け止め自ら行動してこそ、『核兵器ゼロ』の世界を創(つく)り出し、『ゼロ(0)の発見』に匹敵する人類の新たな一頁を2020年に開くことが可能になります。核保有国の首脳に核兵器廃絶の緊急性を訴え核兵器禁止条約締結の音頭を取る、全(すべ)ての国に核兵器等軍事関連予算の削減を求める等、選択肢は無限です。」と提唱した。が、菅首相は、式典後の記者会見で「核抑止力は、我が国にとって引き続き必要だ。」と述べ、いろいろありながらも民主党政権を「支持」している者としては、またもや失望させられてしまった。
 旅のメインであった「端島(軍艦島)での学び」は、台風のため船が欠航しあきらめざるをえなかったが、心に残ることがいくつかあった。中でも、「岡まさはる記念長崎平和資料館」の展示資料は、これまで各所で見てきた資料より衝撃的で、日本の「加害」を鋭く問いかけている。長崎を訪れた際には、ぜひ見学を。
 主演の寺島しのぶが、第60回ベルリン国際映画祭銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞したこともあって、話題作となった映画「キャタピラー」を、お盆明けの18日に観た。若松孝二監督は、「6月19日沖縄、8月6日広島、8月9日長崎、8月14日全国劇場」と、公開日にこだわったそうだ。わたしは、公開前から「キャタピラー」という題名が何かしら気になっていたが、視終わった後、「キャタピラー(芋虫)」で描いてみせた「忘れるな、これが戦争だ」という若松監督の強烈なメッセージが心にズシッときた。
 監督が「この映画では、戦争とは何なのか、戦争によって人間が破壊されていくとはどういうことなのかを、正面から描きたかったのです。それも、派手な戦闘シーンなどではなく、人間を通して描きたかった。」と語る、映画「キャタピラー」は、現在(9月10日までは上映予定)、「第七藝術劇場」(阪急十三駅から徒歩3分位)で上映中。
 「へいわに!たのしく!くらしたい!」わたしは、日々そう願っている。世界中の誰もが抱く願いかも知れないが、その完全なる実現には、まだまだ相当な努力が必要だ。「平和の旅」を重ねつつ、努力していきたいと思っている。
(教育労働者 Kawachi) 

 【出典】 アサート No.393 2010年8月28日

カテゴリー: 平和 | 【投稿】「へいわに!たのしく!くらしたい!」 はコメントを受け付けていません

【日々雑感】—65年目の「8月」に思う— 

【日々雑感】—65年目の「8月」に思う— 

 私は、大阪市内の某製薬会社に30年勤め、リストラで早期退職を余儀なくされて、その後いろんな会社を転々として、今は少額の年金暮らしの66才。年金だけでは食ってゆけないので、新聞配達をアルバイトに日々生き恥をさらしております。
 生駒氏、佐野氏のお勧めで、今回投稿させていただくことになりました。
 さて、毎年8月といえば、各メディアが一斉に、平和的な良い子になって、反戦を謳い報道するといわれていますが、それはそれで大変良い事だと思います。茶化す気は毛頭ありませんが、普段の報道でも、しっかりとした報道をしてもらいたいものだと思っております。
 私は、約30年、組合民主主義を願い、御用組合と言われる組合幹部と闘い、会社からも組合からも疎んじられ、いじめられてきたからでしょうか何か私の性格の中に、素直に物事を信じられない性格が形成されてきたように思います。これは私にとっても不幸なことだったかも知れません。息子にも「お前はお父の性格を、どう感じているか知らないが、お父の悪い面は、反面教師としてとらえ、お前のこれからの人生に生かしていってくれ」とは言っております。
 話は横にそれましたが、8月に入ってからの朝日新聞やNHKの番組は、本当に良い報道をしておりますね。日々の忙しさに感(かま)けて、切り抜きもしなかったことが悔やまれます。
 先日のNHKの吉永小百合さんの詩の朗読で、「生ましめんかな」という詩には感激しました。被爆した人々が横たわるあの生き地獄の中で、一人の女性が産気づいたのです。その時に、被爆して息も絶え絶えのお婆さんが「私は産婆をしておりました」と名乗りでたのです。そしてみごとに赤ちゃんをとりあげ絶命されたというものでした。驚くべきことにその赤ちゃんが、立派に成長なさってテレビに出ておられたのです。こういう事実は、何度でも良い、しつこくても良い、語りついでもらいたいものです。これからの若い世代の成長に役立つものですから。
 8・6、8・9、8・15、という日は、人々が心を新たに、反戦を誓い合う日にしたいものです。
 私の亡き母は、5人の子供を育て、上の2人は、四国の田舎に疎開させておりました。下の姉2人と私が、大阪大空襲にみまわれました。母は乳飲み児の私を背負い、姉2人の手を引いて、頭から布団をかぶって、淀川の堤防を逃げました。1人として我が子を死なせてなるものかとの思いだったそうです。私の頭には、その時の爆風で割れた傷口を縫った跡が今も深く刻まれております。布団の綿を引きさいて大きく割れた傷口に押し込んだそうです。
 逃げる途中で後方から「助けてー、助けてー、」と叫ぶ声に振り返ると、胸まで泥沼に浸かってしまって、もがいている婦人がいたそうです。亡き母は、思わずひき帰し、渾身の力で、その婦人の手を引っ張り上げ、後ろも見ずに私と姉2人をともなって、堤防を逃げ延びたと、よく話してくれました。助けた人が女性だったという以外、どんな人だったかもわからないと言っておりました。
 「お母さん、本当に良いことを、しなすったねえ。私は、あなたの子供に生まれて本当に良かった。あなたの子供であることを誇りに思って生き続けますよ。」という思いで毎年8月を迎えております。(早瀬 達吉)
                <表題は、編集委員の責任で加筆しました。> 

 【出典】 アサート No.393 2010年8月28日

カテゴリー: 平和, 雑感 | 【日々雑感】—65年目の「8月」に思う—  はコメントを受け付けていません