【コラム】ひとりごと—民主党は、もう一度出直した方がいい—

【コラム】ひとりごと —民主党は、もう一度出直した方がいい—

○目も当てられない状況である。昨年の政権交代による政治への期待がものの見事に吹き飛んでしまった。○参議院選挙では、民主党が敗北した。消費税問題が一番大きいと言われている。果たしてそれだけだろうか。「鳩山・小沢」ならもっと負けていた、という声もある。○確かに、鳩山は「死に体」状態だった。小沢の問題が、現職国会議員を逮捕して立件する程の問題であったのか疑問は残るが、マスコミが作り出した状況の中では、鳩山・小沢の「政治とカネ」問題は、民主党の政治姿勢の根幹を揺るがすことになった。○最後に止めを刺したのが、普天間問題であった。○筆者は、政権交代があったのだから、新たな日米関係の再構築を前提として、違った選択肢があるはずだし、もっと厳しい交渉が可能だったのではないかと考えている。なぜできなかったのか。○さらに菅新政権が、退任直前の「日米共同声明」を簡単に引継いだことで、問題は残った。外交・防衛問題における民主党の基本路線が曖昧なままになっている。○そして「消費税問題」である。選挙の争点が消費税だったのか。結果として、そうなった。○自民党の消費税10%方針に、「参考にしたい」と菅総理が発言したことから、始まったと言っていい。その意味で責任の所在は明白である。○衆議院選挙からまだ1年しか経っていない。予算も1回しか組めていない。マニフェスト公約は4年間で実現するものであろう。1年間の取り組みを確認し、残り3年で何をするか、それを明確にすれば良いだけのはずだった。衆議院選挙では、4年間消費税は上げないと鳩山が言って政権交代が実現したはずだ。○さらに「事業仕分け」を行い、ムダを省く努力を続けると言えばいいだけではないのか。ここが「謎」である。○まして参議院選挙である。政権選択の選挙ではない。消費税を持ち出すなら、衆議院選挙で国民の信を問えばいい。○何故、それができなかったのか。財務省官僚に唆されたのか、そんな簡単な話ではないだろう。○鳩山政権が信頼を失い、人心一新で誕生した菅政権だったが、逆に余りに準備不足だったのではないか。○東京・大阪の選挙区では、事業仕分けでマスコミの注目を浴びた蓮舫・尾立両候補がトップ当選等を果たしている。自民党ではできなかった「切り込み」に国民の支持が高いことが確認できる。○しかし、負けは負けである。菅総理もポストに連綿としがみつかない方がいいと思われる。少なくとも、選挙総括をやり切り、基本政策をしっかり立てて、組織を立て直す必要があるだろう。○政権交代といっても官僚は自民党時代の役人がそのまま残っている。かつての自民党時代は、大臣は省庁官僚の手のひらの上で踊らされていたのを、政権交代ですぐに変わるとも思われない。少々の時間がかかるのもしょうがない。○それが、比例票では2000万は切ったとは言え、1800万票が取れた要因だろう。○一から出直すことを民主党に期待したい。○一方、脱官僚・脱霞ヶ関と訴えて議席を増やしたのが、「みんなの党」であろう。民主に流れていた自民党・保守票、そして無党派層の取り込みに成功した。皮肉なもので、かつての民主党のスローガンとそっくりだ。ただ公務員(国も地方も)の賃金切り下げの主張が強烈で、「民・みん」は避けてほしいものである。○さて、共産党である。消費税増税反対を強く訴えていたはずだが、逆に得票を大幅に減らし、356万票に留まり、比例議席も1議席減らす結果となった。07年の参議院選挙と比べて84万減らしたことになる。○消費税が焦点と言われるが、消費税反対の共産・社民は、大幅に票を減らす結果となっている。○ここも焦点であろう。普天間問題でも最も鳩山政権を批判してきた政治勢力だからである。○今回の選挙結果については、私自身、まだ戸惑っている。消費税を10%にすると言った自民党が勝利した。消費税に曖昧に言及した民主党と合わせて95人の議員が当選した。○逆に、消費税議論については、民主党の大敗を別にすれば、国民の拒否反応は少なくなったと言えないこともない。それだけ、社会保障や将来のことについて国民の中に不安があるということを逆説的に証明しているとも言える。○民主の大敗によって、衆参でのねじれ状態が生まれた。現時点では、連立ではなく、政策・法案毎の国会運営になるという。何が起こるのか、予想もできないのが政治の世界というが、民主党への試練、大いに結構。一から出直せばよいのである。(2010-07-19佐野)

【出典】 アサート No.392 2010年7月24日

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【投稿】菅新政権:「国民生活が第一」から「財政再建が第一」への路線転換

【投稿】菅新政権:「国民生活が第一」から「財政再建が第一」への路線転換

<<「自己都合第一」>>
 政局はめまぐるしく動き、鳩山内閣は倒れるべくして倒れた。民主党・小沢幹事長との抱き合い心中のごとき内閣崩壊劇の中で、菅直人新政権があわただしく登場、20%を切っていた内閣支持率が60%台に回復するや、この好機を逃すまじと、党首討論も予算委員会も開かず、参議院では決算委員会の締めくくり総括も行わず、各委員会の会期末処理(請願の処理)もさせず、さらに前代未聞の、閉会にあたっての本会議開催さえも拒否して、6月25日公示、7月11日投開票の参院選へと一気に逃げ込んだ。菅新政権への衆参予算委員会での論戦を封殺したまま国政選挙に突入する姑息な「逃げの戦法」は、まさに「ズル菅」菅直人の面目躍如といったところである。しかも菅首相自身が亀井金融担当相との間で、国民新党と取り交わした合意書でさえ、わずか一週間足らずで反故にしてしまう。
 しかし、かくして菅新政権は、国政選挙を目前に控えながら、民主的討論を通して政策と選択肢を明らかにするという最低限のルールさえ投げ捨てる暴挙をあえて強行することによって、船出の初めから「権力欲むき出し・自己都合第一」という重大な汚点を撒き散らして船出したのである。
 この菅新政権は、はたして支持率V字回復に値する政権なのであろうか。
 鳩山前首相は辞任せざるを得ない理由として、第一に「沖縄の普天間基地の問題で県外移設を果たせなかったこと」、そして第二に「自身の政治とカネの問題」を挙げた。普天間基地の問題に関しては、辺野古案に回帰することによって「結果として沖縄の人たちに基地を押しつける形になってしまったこと」「3党合意も沖縄との合意も取れずに日米で合意してしまったこと」「連立を組む社民党の福島党首を罷免する結果になってしまったこと」を挙げている。ならばこのような事態をもたらし、むしろそこに追い込んだ重要閣僚、岡田外相、北澤防衛相、沖縄担当相の前原国交相がなぜそのまま責任も問われることもなく、辞任することもなく、菅新政権に横滑りしているのであろうか。もちろん、副総理であった菅氏自身の責任も問われるが、この三閣僚は、平野前官房長官とともに、鳩山前首相の「最低でも県外、できれば国外」路線に徹底して抵抗し、ろくに日米交渉も行わず、ただひたすら辺野古案に回帰することを押し付け、鳩山内閣を崩壊へと追い込んだいわば戦犯、実行犯である。6/11のBS朝日の番組に出演した前首相の鳩山氏は、鳩山氏が目指した県外移転には、米国だけでなく、外務、防衛両省も非協力的だったことを明らかにしている。鳩山首相とともに辞任・罷免すべきこのような非協力的な閣僚をそのまま重用したところにむしろ菅新政権の本質が露骨に示されているといえよう。それは、あやふやな鳩山内閣の「辺野古の海を汚してはいけない」「最低でも県外、できれば国外」路線から、あくまでも沖縄県内での基地たらいまわし・辺野古基地建設強行、日米軍事同盟強化路線への転換である。

<<「現代の参勤交代」>>
 果たせるかな、菅新首相は6/11の施政方針演説のなかで、「日米同盟は日本の防衛のみならず、アジア・太平洋の安定と繁栄を支える国際的な共有財産といえます。今後も同盟関係を着実に深化させます。」と断言した。日米同盟が「国際的な共有財産」とはなにごとか、ここまで日米同盟を礼賛するのは、あの小泉政権以来のことであろう。
 そして実は、菅首相は官邸入りしたその日の夜の内に、アメリカのオバマ大統領に電話をし、辺野古「移設」合意を「しっかりやる」と約束し、ルース米駐日大使に対しても直接、同様の言明をしたことも明らかになっている。あらためて新首相としての菅氏が、たとえ県民の合意を得られなくても、沖縄県内新基地建設路線を強行することを申し出て、米政権への追随政策の遂行を約束したのである。そして逆に沖縄県民に対しては、6/23の沖縄全戦没者追悼式典には参加するが、「長年の過重な負担に対する感謝の念を深めることから始めたいと思います」として、あくまでも「過重な負担」を押し付けることを鮮明にしたのである。岡田外相や北沢防衛相は、日米合意で8月までに決めることになっている基地の配置や工法について、「沖縄の合意を求めなければならないものではない」と公言する事態である。民主党の玄葉政調会長に至っては、6/13のNHK政治討論番組で、「沖縄問題を反基地闘争にはさせない」とまで発言しているが、沖縄の人々の反感と反発におびえるその政治感覚の低劣さは、菅新政権の象徴でもあろう。
 菅首相が過去に海兵隊不要論を公言したことを代表質問で指摘した社民党の福島瑞穂党首に対して、首相は「自社さ政権で村山富市首相も安保廃棄の社会党方針を撤回した。首相の立場の高度な判断だった」と切り返した。何という言い草であろうか。マニフェストで公約して政権交代を勝ち取った民主党政権が、公約を反故にして鳩山政権が辞任に追い込まれたのである。何のための政権公約なのか、政権をとってしまえば、「首相の立場の高度な判断」で何をしてもいいという、あきれた論法である。菅氏が過去に、新首相が真っ先にアメリカ大統領に電話を入れることを「現代の参勤交代ともいうべき慣行」だとか、海兵隊は「抑止力とはいえない」とか、「海兵隊は沖縄から撤去させる」とか、その場その場で適当な都合のよい発言をしていたことをいちいち問い返すことは、もはや無意味となっているが、「最低でも県外、できれば国外」は、どう弁解しようとも首相を先頭とした民主党の公約だったのである。であればこそ昨年夏の衆院解散・総選挙で民主党を中心とした民主・社民・国民新党の三党連合が沖縄県で全勝し、社民党、国民新党を含む与党連合が政権交代を成し遂げられたのである。その公約を反故にしたことを追及されて、「今は変わった」などと開き直る菅氏の姿勢は、語るに落ちる、としか形容しようのないものである。

<<「強い、強い・・・」>>
 さらに菅新政権にとって決定的ともいえるダメージは、6/17に行われた民主党の参院選マニフェストの発表会見で、消費税について「早期に結論を得ることをめざして、消費税を含む税制の抜本改革に関する協議を超党派で開始する」と打ち出し、その会見の場で菅首相自身が、具体的な税率について自民党案の10%を参考にする、と踏み込み、党内の正式な論議や手続きも経ないままに、消費税の10%への増税を首相自身の公約として勝手に打ち出してしまったことである。
 問題なのは、民主党が昨年8月の解散・総選挙で掲げたマニフェストでは消費税率の引き上げにはまったく触れていないばかりか、当時党代表だった鳩山氏が「私どもが政権を担う4年間、消費税の増税をする必要がない」と明言して、その上で勝ち取った政権交代であった。それがわずか九ヶ月足らずで、この基本政策をひっくり返し、なおかつ2012年度よりいきなり10%に増税するというのであるから、公約違反もはなはだしき暴挙である。閣内に疑問と亀裂を生じさせたが、それでも玄葉政調会長は「10%」が党の公約となるかについて「当然そうなる」と開き直り、前原国交相も「首相を全面的にサポートしたい」と語るのである。これまでの公約の嘘・偽りを平然と認め、誠実さのひとかけらさえも見せようともしない、いったいこうした人々はなんなのであろうか。ここでも小泉政権の再来が、如実に示されているといえよう。第二小泉政権の始動である。
 それはすなわち、財務省主導の財政再建原理主義、弱肉強食に最も都合のよい市場原理主義・新自由主義に取り込まれた路線の再来である。ここに民主党は、明らかに「国民生活が第一」の路線から「財政再建が第一」の路線に転換したのである。「国民生活が第一」を放棄して、「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」などと「強い、強い・・・」を連発する強がり、そしてやたらと「リーダーシップ」を強調する姿勢は、かつての小泉路線のスタイルと酷似し始めている。
 連立相手の国民新党の亀井氏は、「国民新党は断じて賛成しない」と消費税増税への反対姿勢を鮮明にし、「民主党がコペルニクス的な転回をして消費税アップを決めるのであれば、そういう事態も予想される」として連立離脱の可能性にまで言及しているにもかかわらず、選挙戦に突入するや、菅氏は今の財政状況ではギリシャの金融危機と同様になり、国家危機となると危機感を煽り立てる先頭に立っている。その帰結が、「増税で景気が良くなる」とまでの暴論・珍説の開示にまで至り、暴走し始めている。
 こんな民主党なら願い下げである。早晩頓挫するこんな路線での参院選圧勝など許されてはならないといえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.391 2010年6月26日

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【投稿】「最少不幸社会」は右を向くのか、左を向くのか?

【投稿】「最少不幸社会」は右を向くのか、左を向くのか?
                           福井 杉本達也 

1 法人税率は果たして高いのか?法人税率を引き下げれば所得が海外移転するだけではないのか?
 6月11日付の日経新聞によると、直嶋正行経産相は、日本の法人税率は国際水準より15~20%高いので、税制の抜本改革の議論を待たず「法人税の税率を来年度にまず5%下げる必要がある。」と発言している。しかし、本当に日本の法人税率は高いのか。少なくとも日本の税収と歳出のバランスは1991年までは均衡を保ってきた。これを大きく崩したのは、富裕層への所得税の大幅減税と伴に、1998年に法人税率を34.5%に下げ、1999年にはグローバル化に対応するため「国際水準並みにする」として30%に引き下げたことにある。一方で政府が『財政健全化目標』を掲げ、もう一方で大臣が『抜本改革の議論を待たず法人税を下げろ』というのでは何をか言わんやである。
 そもそも、日本の法人税率は高いのか。広義の法人所得負担は、国税と地方税だけでなく、社会保険や民間医療保険なども加えて比較しなければならない。神奈川県の井立雅之氏の「法人課税の負担に関するGDP対比による国際比較」によれば、2004年で日本は9.4%であるのに対し、アメリカは11.2%、イギリスは8.3%、ドイツが9.2%、イタリアが14.3%、フランスが15.8%であり、決して、日本の法人負担が高いことはない。しかも、この四半世紀において、我が国の法人所得課税への負担は、他の先進国と比較して、最も軽減が図られてきたのである(「法人課税の負担水準に関する国際比較について」)。
 法人税率を下げたとろで、カネが『成長』に回るとは限らない。日産の取締役の「平均報酬額は単純計算で1億6900万円となり、トヨタ自動車(3752万円)などと比べても突出して高い。日産の取締役のl人当たりの報酬額が高いのは、カルロス・ゴーン社長の報酬水準が高いためと見られる」(日経:2010.6.8)と報じられている。また、「『外国人役員はべらぼうな報酬をもらっている。1億5千万円くらいとっている』。亀井静香郵政・金融担当相は先月、2期連続赤字となった新生銀行を記者会見で批判」(日経:6.10)しているが、法人税率の下げは、成長投資には投入されず、役員報酬と配当に回り、その一部は海外流出する恐れが高い。直嶋大臣は「労働貴族」との評判ではあるが、その言動から察するに「国際金融資本のエージェント」と評価すべきであろう。

2 誰も言わない所得税の累進課税強化
 2005年の厚労省の「所得再分配調査報告書」によると、当初所得のジニ係数(社会における所得分配の不平等さを測る指標。係数の範囲は0から1で、係数の値が0に近いほど格差が少ない状態で、1に近いほど格差が大きい状態であることを意味する。)は1993年には0.3703であったものが、2005年には0.4354となり所得格差が拡大している。主要な要因は高齢化によるもので、社会保障+税による再分配によって再分配所得は0.3074(1993年)→2005年では0.3225と改善されている。2005年における社会保障による改善度は22.8%、税による改善度は4.1%(計26.4%)となっており、年々社会保障による改善度の比重は高まり、逆に、税による改善度は6.5%(1993)→4.1%(2005)と微々たるものになりつつある。世帯主の年齢別所得再分配状況では、30~44歳の子育て世代層では現金給付は9.0~18.6であるのに対し、医療などの現物給付は34.3~41.4となっており現金給付は圧倒的に少ない。一方、60~74歳の年金生活世代層では現金給付が119.7~223.8、医療介護などの現物給付が 70.4~90.9となっており、医療なども膨らむが、生活を支える年金等の現金給付が多くなる。世帯員の年齢階級別の再分配所得は30~44歳の層でM字型に落ち込んでおり、この子育て世代を下支えするには、税による現金給付が重要である。したがって、6月から支給開始された「子ども手当」や「高校無償化」は非常に重要な政策手段である。所得税は1986年以前の15段階・70%の最高税率が6段階・40%にまで引き下げられてしまった。当初所得格差が拡大してきていること及び税による再分配機能が年々低下していることを考えるならば、所得税の累進課税を強化すべきである。

3 消費税増税の大合唱の中身
 マスコミの論調や自民党のマニフェストは消費税の増税と法人税の減税、社会保険料の削減で、そして社会保障費の削減である。しかし、これは昨年8月30日以前の日本に戻すことである。確かに財政的余裕はない。今後とも国債を無限に増発していくことはできない。安定財源としては付加価値税が考えられる。日本の付加価値税率はドイツの19%、フランスの19.6%、中国の17%などと比較して、国際的には著しく低い。しかし、消費税の増税と抱き合わせで法人税の減税をやらせてはいけない。それは国民の負担で大企業や国際金融資本を肥え太らせ、日本の資金を海外に漏出させることである。「小泉構造改革」の再来である。法人税の税率見直しは、事実上の補助金となっている租税特別措置の見直しと抱き合わせでなければならない。
 マスコミの消費税増税大歓迎の論調にはバイアスがかかっている。マスコミはこの間、日本の国債残高はGDPの2倍もあり、財政は持続不可能だと「危機」を煽ってきた。しかし、「『危機』を感じさせるイベントが起こったときに、妙に活性化する一群のビジネスがある。」と山崎元氏は説く。「行動経済学は、損をしている場合に人間がリスクのより大きい状態を好む傾向があることを指摘している。ヘッジファンドの提供者側から見ると、損を抱えた年金基金運用担当者は、格好のマーケティング・ターゲットだ。官庁も広義のビジネスだと考えると、なんとしても『増税』を行いたい官僚たちの意を受けて、日本の財政はギリシャ並みかそれ以下だとあおる宣伝が盛んだ。… いずれにせよ、顧客の危機感につけ込んで、恐怖と一緒に売る商品にろくなものはない。」(『ダイヤモンド』2010.6.12)と述べている。財政健全化論議も「恐怖」と一緒に煽られてはろくな商品にはならない。財政危機を煽って増税したい主体は官僚ばかりではない。国際金融資本は、日本国民の資産を、安全な国内預金や郵便貯金・日本国債から引きはがして、米国債や海外のハイリスクの資産運用に持ち込みたいのである。

4 アメリカ型低福祉社会を目指すのか、欧州型高福祉社会を目指すのか?
 米国では上位1割の所得階層が、全所得の49.3%を有している。特に利子・配当所得の偏りは顕著で、100 万ドル以上の所得層(2006 年納税申告者数の0.3%)がその過半を独占している(2000年:55.7%、2006 年:61.4%)(田村 太一「アメリカの証券資本主義と所得格差」2009.3.31)。所得税の全税収に占める割合は70%もある。こうした不平等社会では、所得税の累進税率を上げることによって税収を確保することが容易である。日本の場合、課税所得が900万円超の階級・97万人で課税所得は18.3兆円(全課税所得の17.2%)、税収は4.8兆円と全所得税収入の40.2%となっている(平成21年度税制調査会資料)。つまり、日本のように相対的に平等な社会では、中堅の330~900万円の階級でも900万円超の階級に匹敵する4.6兆円の所得税を支払っており、累進税率だけでは大きな税収を確保することは困難である。既に、自民党時代からの国民年金の1/3から1/2への国庫負担増部分(2.5兆円)や子ども手当(5.3兆円 満額支給すると12.6兆円)などで税負担の先食いを行っており、赤字国債となっている。やはり、安定的な財源としては現行の消費税を欧州的なインボイス方式による付加価値税に変え、そのうえで、累進課税を組み合わせ、支出面では所得再分配による福祉政策を行うしかない(伊東光晴「付加価値税と累進課税で所得の再分配を進めよ」『東洋経済』2010.4.24)。日本はアメリカ型の社会を選ぶのか、欧州型の社会を選ぶのか、民主党・与党を含め国民自身の腰が全く定まっていないことに問題がある。 

 【出典】 アサート No.391 2010年6月26日

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【本の紹介】『マルクスへ帰れ RUBEL on KARL MARX』

【本の紹介】『マルクスへ帰れ RUBEL on KARL MARX』
     著 者 マクシミリアン・リュペル
     編訳者 ジョゼフ・オマリー キース・アルゴージン
     訳 者 角田史幸
     発 行 こぶし書房 2010年4月15日 3,200円+税 

<<マルクスの思想的原像の復原>>
 マルクス主義経済学、マルクス主義哲学、マルクス主義的歴史観、等々、常々、社会科学にはマルクス主義は不可欠であり、マルクス主義的立場に立脚せんとしてきた者にとって、ここに紹介する本書は、実に刺激的であり、かつこれまで抱えていた疑問や問題点、反省点に鋭く切り込む視点を与えてくれる格好の書である。
 著者のリュペルは、1905年オーストリア=ハンガリー帝国領チェルノヴィッツ生まれ。ドイツ占領下のフランスでレジスタンスに身を投じて戦い、そのただなかでマルクス研究を開始。戦後、フランス国立科学研究センターで研究の傍ら、『マルクス学研究』の編集にあたる。すでに1996年パリにて死去している。
 しかしこの著者についてはほとんど知られていない。それは、「訳者あとがき」によると、「マルクス研究において圧倒的な量と質を有するリュペルの行跡が、これまで紹介される機会があまりに少なかったからである。この事情は、フランス語圏以外の地域に当てはまる。原書の編者ジョゼフ・オマリーの言葉を借りるならば、「未公刊テキストを含めたマルクスの全テキストに関して、リュペルが約四十年間にわたって一貫して取り組んできた研究の蓄積や、しばしば先駆的な成果を生み出したその学識に匹敵できるような人物は、ほとんど誰もいない。(中略)英語圏においては、リュペルのマルクスに関する見解は、リュペルよりも質も畳もはるかに劣る学識に依拠しているだけのマルクス解釈学者たちほどには知られていない」という実情から来ている。「特筆すべきは、彼が生涯一貫して、いかなる党派からも独立した単独の研究者として、原資斜に基づくマルクスの思想的原像の復原に取り組んだことである。リュペルが生涯かけて目指したのは、未だに完全版が存在していない(それどころか、カール・コルシュの言葉によれば、「削除され、改竄され、偽造された」劣悪版しか存在しない)マルクスの全テキストに関して、歴史的批判版を編集・刊行することであった。一九七〇年代、この目標のためにリュペルは、世界中の独立研究者に呼びかけ、マルクス死後一〇〇年を期した記念碑版を編集・刊行するための準備を進めた。しかし折しも、モスクワと東ベルリンのマルクス主義・レーニン主義研究所は、新MEGA(新『マルクス・エンゲルス全集』)の刊行を予告していた。リュペルの試みは「アンチMEGA」として位置する否定的なものにすぎないという臆断の中、協力者の脱落という事態によって日の目を見ることなく終わったのである。」

<<「マルクス主義」と『資本論』>>
 本書は、編者による序文、に続いて、
第1章 「マルクス伝説」、あるいはマルクス主義の創始者エンゲルス
第2章 社会主義と倫理
第3章 ロシアへの予言的遺言
から成る。
 この第1章において著者は以下のように強調する。

 「マルクスは、この〔マルクス主義という〕概念から自分自身を切り離そうと、不断の努力を払った。彼は、繰り返し、そして断固としてこう宣言した。「私が分っていることのすべては、ただ、私自身はマルキストではない、ということだ」。このような驚くべき警告を、彼らのセクト的な弟子たちと後世に伝えたのは確かにエンゲルスの功績ではあるが、しかしそれでもなお、そのことによって、「マルキスト」とか「マルクス主義」とかいう用語を自分の権威をもって最終的に認可した責任から、エンゲルスが免れるわけではない。自分以外の人物によって「発見され」洗練されたと自ら認める当の理論の守護者、継承者として、エンゲルスは、マルクスの名前を称揚することこそが誤りを正すことになる、と確信していた。しかしながら、まさにそうすることで、彼は、ある一つの神話の生育を促進していたのだ。その神話の破壊的な思想的結末を、彼自身、まったく予期しなかった。」

 このエンゲルスとの関係で重要なのは、マルクスの主著『資本論』そのものの成り立ちである。「編者による序文」はこの点について以下のように述べている。

 「マルクスが意図したのは、六部からなる政治経済学批判の叙述である。しかし、自らの「経済学」であると彼自身が言明したこの著作は、彼の死によって、大部分が書かれないままに残された。この著作は、マルクスが一八五七-九年の時期に定式化し公表したプラン、その後彼が決して放棄せず、重要な変更もしなかったそのプランに従って、仕上げられ完成されるはずであった。構想された六部のうち、マルクス自身が完成し出版できたのは、第一部のそのまた一部分、すなわち、今日われわれに『資本論』第一巻として知られているものだけであった。彼の死のあとには、程度の差こそあれ、未完成な草稿の山と生の研究データが残された。エンゲルス、そしてその後はカール・カウツキーが、これらの材料から『資本論』の残りの部分を創作した。エンゲルスが第二巻と第三巻を編集し、カウツキーが第四巻(『剰余価値学説史』)を編集した。世間一般の見解、それは同時に、正統派マルクス主義のプロパガンダによって広められている見解であるが、『資本論』がマルクスの政治経済学の教義全体を表わしているという見解は、次の二点において誤りである。第一に、『資本論』は、たとえその四巻すべてを合わせたとして、マルクスが自身の「経済学」として構想したものと同じものではなく、ただ単に、後者の一部をなすものに過ぎない。第二に、エンゲルスの編集による形でわれわれの手もとにある『資本論』第二巻・第三巻は、完成された論稿と見なされるように編集されているにもかかわらず、実際には決して完成されたものではない。むしろそれは、程度の差こそあれ、マルクスの生原稿の集積であり、それも、エンゲルスによって時として恣意的に選択されアレンジされたものである。従って、これらの二点から次の事柄が導かれる。政治経済学におけるマルクスの理論的著作の性格に関して、それは、通常考えられているよりも、あるいは、正統派マルクス主義のふれ込みよりもはるかに未完成である、と。
 リュペルの見解によれば、『資本論』は未完成な作品であり、しかも、ただ未完成であるだけではなく、修正し得るものである。未完成の第二巻・第三巻に当てられたマルクスの草稿は、厳密、且つ確定的を構築物であるよりは、むしろ往々にして、批判的推論や予備的仮説への試みとしてある。さらに、自身の「経済学」のために立てられたマルクスの幅広いプランが示すものは、硬直した体系であるよりはむしろ、修正や拡大へと開かれた思考のパターンである。総じて、リュペルが提示するのは、閉じられ、完結し、公理的な体系をもった単一体としてのマルクスではなく、生きたマルクスであり、その教義が、常に開かれてあり、未完であり、まさにその作者の批判的精神に忠実である、そのようなマルクスなのである。」

 以上の指摘は非常に重要であり、含蓄のあるものといえよう。

<<「偉大な社会的ユートピアンの系列」>>
 第2章「社会主義と倫理」は、マルクスを「普遍的な人類共同体についてのユートピア、最も多数且つ最も貧しい人々によって構成される階級と、その階級によって意志され実現される普遍的な人間共同体についてのユートピア」に合理的な基盤を与えた「偉大な社会的ユートピアンの系列」に位置づける。著者は次のように述べている。

 「マルクス文献の歴史的-批判的テキスト・クリティークにかかわっている研究者にとっては、マルクスの歴史の理論を、エンゲルスが定めたような、いわゆるプロレタリア的世界観と同一視することは、もはやまったく正当化され得ない。また同様に、彼の理論を、いかにそれが弁証法的であろうとも、思弁的な「唯物論」と定義することもできない。まして、マルクス主義というレッテルが貼られているか否かにかかわりなく、マルクスの理論を何らかの党派の戦略的、戦術的教義へと還元することなど、まったく正当化され得ないのだ。さらにわれわれは、マルクスの社会的ユートピアが、彼の後期の経済理論と矛盾しないばかりか、むしろ、全生涯にわたる仕事の中心的動機をなすと見なすべきものであることを発見する。人間性の全面的な回復への展望を提唱する人間として、マルクスは、偉大な社会的ユートピアンの系列のうちに位置する。しかし、社会主義へ到達するために彼らユートピアンたちが提唱したものが幻想的手段に過ぎなかったのと異なって、マルクスは、社会主義の実現という倫理的要請を、資本主義崩壊の科学的法則へと結び付け、さらに、人間の行為に関する内在的帰結へと結び付けることによって、社会主義のユートピアに合理的な基盤を与えたのである。」

 この指摘と関連して、「労働者階級の党に関してマルクスが抱いた概念を通じて、われわれには、プロレタリアの自己解放という彼の公準の倫理的本質を明確に証明することが可能となる。自身の存命中に存在したプロレタリア党に関して、自分が関与したか否かにかかわらず、いかなるものも自らの理想に一致しないとマルクスが考えていた事実は周知である。さらに、より知られておらず、まず驚きをもって迎えられるのは、共産主義者同盟の解体からインターナショナル創出までのあいだでさえ、マルクスは、あたかも現存する実体であるかのように、「党」について語り続けていたという事実である。」という指摘も実に含蓄に富んでいるといえよう。

<<「偽造してミイラ化」>>
 第3章「ロシアへの予言的遺言」も示唆に富む。ここでは、スターリンによるマルクス思想の改竄・神話化が、レーニンに遡ってその淵源を抉り出している。著者は、レーニンについて次のように述べる。

 「〔レーニンの〕再三にわたる政治的適応能力の高さを保証したものは、恒常的、且つほとんど強迫的なまでの自己批判、自己反省だった。彼ほどに、ロシアの経済的、文化的後進性-これは、史的唯物論(科学的社会主義の基本原理)の視点からすると決定的な要因であった-に気付いている者は、他のボルシェビキ政治家には誰もいなかった。また、彼ほどに、バクーニン、ネチャーエフ、あるいはトカチョフらによって提示された「思想や方法」に対するマルクスとエンゲルスの批判と、そこから導き出される警告に注意をとめている者は、ロシア・マルキストの中には誰もいなかった。その警告こそ、ボルシェビキ党の政策に対しても、依然として妥当だったのである。」
 「従って、レーニンによって提案された革命のプログラムは、その開始時点から、私的資本主義を弱体化させ、国家資本主義の発展を加速する方向へと設定されていたことになる。それは、「あらゆる土地と農地の国有化-すなわち、国内のあらゆる土地と農地の、中央国家権力所有への移行」を、そしてさらに、「全銀行と資本主義シンジケートの国有化、あるいは少なくとも、それらに対するソヴィエトによる直接的統制の導入…」を要求する。レーニンが強調したのは、これらの革命的政策は、確かに、「社会主義の導入」を意味するものではないが、しかし、にもかかわらずそれは「社会主義へと向かうステップ」である、ということだった。資本に関するマルクスの理論の基本にきわめて精通していたがゆえに、社会主義に向かう最重要ステップは資本の最高度の集中と蓄積とともに達成されることを、彼が知らないはずはなかった。」
 「最初はコミューン弁護論として開始されたレーニンのスピーチは、次第に、スペシャリスト・オルガナイザーとしての、すなわち、私的資本のシステムを国家資本のそれによって置き換える野望を待ったきわめて有能な産業マネージャーとしての思考ラインに沿って進むようになる。実際に彼は、マルクスが「資本家的関係」と定義したような社会構造のヒエラルキーを、手つかずのまま残した。その際彼は、不可分の権力-ラッサールの言葉を使えば、「知見による独裁」を求める党の要求を正当化するために、「弁証法」を名人芸的に使用する。「社会主義と、は、全人民の利益のために採用され、その結果、資本主義的独占であることをやめたような、国家資本主義的独占以外の何ものでもない」。レーニンは、「国家社会主義」という概念より以上に、「国家資本主義」という言葉を使うのをためらわなかった。しかしこのようなやり方は、マルクスの理論の視点からすれば、まったく維持され得ない。」

 このロシア革命の過程での、最初は「付随事項」であった〔スターリニズム〕が、「マルクスの思想を政治目的のために悪用」する一方で、それを「偽造してミイラ化」させた。すなわち、マルクスのテキストの一部を「神聖化」する一方で、他のテキストを、混迷と恐怖を植え付けられた人たちの手による劣悪版に貶めた。スターリニズムはかくして「あらゆる文化の絶対的な否定」という自身の正体を暴露した、と著者は結論付ける。
 以上、著者の主要な論点のごく一部を紹介しただけであるが、一読の価値ありといえよう。
(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.391 2010年6月26日

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【コラム】ひとりごと—参議院選挙、緊張感のある結果を望む— 

【コラム】ひとりごと—参議院選挙、緊張感のある結果を望む— 

○6月4日、菅内閣が誕生した。鳩山政権の後を受けて、参議院選挙に臨むことになる。個人的感想から言えば、理想的なパターンである。しかし、危なさも残る。○理想的なパターンという意味は、「本来の民主党路線」への回帰のイメージを作りだし、小沢主導路線が持っていた「自民党的」政権運営からの変化が期待できるという意味である。○危なさとは、「小沢抜き」でやれるのか、ということ。一昨年の参議院選挙での勝利から昨年の衆議院選挙での政権交代へと民主党が躍進した経過には小沢指導の存在を抜きに考えられないからである。○一般的な国民から見れば、旧民主党は「左派」過ぎたのかもしれない。小沢自由党との合流、選挙采配などなど、政治経験が長く手腕のある小沢とそのグループが民主党に合流したことで、ある種の「安心感」が生まれたことは否定できない。○小沢手法は、連合系の主要組合出身者も取り込んでしまった。連合について選挙の現場部隊としての力を小沢は評価しているのであるし、逆に前原グループなどが、既得権益反対の意味からも労組と距離を置こうとしたことと比較すると、中々すご腕であると思う。表向き、「小沢抜き」は結構だが、実績を上げられるかどうか、菅新体制は問われることになる。○菅政権誕生後の世論調査では、民主党の支持率は急速に回復した。(政権発足直後の週末に実施された調査では、民主の政党支持率は39%(同29%)に伸びている。自民は過去最低の5月調査に並ぶ14%(同18%)に後退した。)敵失にのみ期待していた谷垣自民党や「第3極」を期待していたみんなの党なども、支持率が急降下する結果となった。○高支持率の要因は何なのだろう。それは、擬似政権交代のように国民に写ったからであろう。ひ弱な鳩を凄腕の小沢が操っているかのような前政権から、民主党結成以来の主要メンバーが内閣・党人事に納まったことで、違った意味での安定感も生み出すことに成功したのではないか。党三役も小沢色を一掃したことで、同じ民主党連立政権であるのに、全く新しい政権であるかのような印象を与えることに成功。新閣僚も蓮舫議員などの新メンバーなどを加えて、新鮮さも感じられた。○新政権の最大の課題は、財政再建であろうか。昨年の政権交代後、鳩山政権は、事業仕分け等の目玉政策実行でムダの削減に取り組んだように見えるが、子ども手当・高校無償化といった新政策への財源措置は、新年度予算では税収減もあり国債増発に頼ることとなった。○「強い財政・強い経済・強い社会保障」と菅首相は唱えている。強い財政とは、安定した税収の確保だろう。消費税も含む税制全般の議論を進める必要があるだろう。○小泉以来高所得者の減税が進められたが、所得再分配の観点から所得税の累進性を高めると共に、インボイス制・軽減税率制度を導入し、使途先を社会保障・年金などの財源にするとの設定であれば、国民が納得する可能性はあると思う。○しかし、鳴り物入りで事業仕分け第3弾の特殊法人や独立行政法人への切り込みは、財務省主導のため、ほとんど成果をあげていない。この点では、昨年のマニフェストに謳われた特別会計そのものの解体をめざすのでなければ意味がない。一般会計の3倍の規模を持ち、官僚の天下りの聖域に徹底的に切り込むことが大切である。○ただ、細川連立政権が、福祉目的税=付加価値税導入問題で退陣した記憶も甦るが、菅首相が「与野党含めて広範に議論したい」としている点は、控えめで中々したたかである。○参議院選挙は、新内閣誕生の余韻覚めやらぬ中で執行されるということ、民主が支持率を回復しているということから、とりあえず「民主党勝利」ということになるのだろうが、単独過半数となるかは不明であろう。○外交・防衛問題での国内移設方針は、米軍基地の段階的縮小も言われているとはいえ、このままでは自民党と変わらない。○例え過半数確保できなくとも確実なことは、この選挙を乗り切れば、向こう3年間「民主党政権」が長期化することである。○谷垣自民党は目標議席を40とするなど、戦う前から自民劣勢が濃厚であり、自民党公認から無所属への変更する候補者も出てきている始末である。○大阪では、橋下知事が地域政党「大阪維新の会」を立ち上げ話題になっている。しかし、加入する議員のほとんどが自民党党員である。自民党は地域政党であるということで、自民党籍を残したまま、大阪維新の会への帰属を認めざるを得ず、すでに崩壊が始まっている。沈み行く泥船から議員が逃げ出しているとも言えるのである。自民の弱体化の結果であるという側面が強い。(民主党から移行した2人の府会議員の場合は、除籍という「処分」となった。)○基地問題、消費税問題、マニフェスト修正の是非などが焦点という参議院選挙の様相であるが、すでに公示されている状況の中、自民の没落は当然としても、民主単独過半数ではなく緊張感のある議席配分になるのではないか。もちろん、私は懇意の民主党新人を応援することになるけれど。(2010-06-20佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.391 2010年6月26日

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【投稿】辺野古回帰・鳩山政権存在意義そのものの否定

【投稿】辺野古回帰・鳩山政権存在意義そのものの否定

<<「怒」の渦の中>>
 5/23、鳩山首相は再度沖縄を訪問、県庁前を埋め尽くした「怒」を高く掲げた抗議の渦の中、仲井真知事との会談を行い、この場で初めて米軍普天間基地の移設先として「辺野古周辺」と明言するに至った。米軍キャンプ・シュワブ沿岸部を埋め立てる前自公政権が取り決めた現行計画を「自然への冒涜」と批判し、「辺野古の海を汚してはいけない」、「最低でも県外」と主張し続けてきた自らの態度を完全にかなぐり捨てたのである。
 防衛大臣や外務大臣が辺野古現行計画を前提に対米追随交渉を展開していても、首相はあくまでも県外移設を追及しているかのようなそぶりを繰り返し、4/24付けワシントン・ポスト紙が岡田克也外相が辺野古案を大筋で受け入れる態度を示したという報道に対しても、首相は「外相が大使と会ったのは事実だが、内容は必ずしも事実ではない」「そういう事実はない」と否定し、同じ4/24の記者団の質問に対して、「私は辺野古の海に立って、海が埋め立てられることの自然への冒涜を大変強く感じた。現行案が受け入れられる話は、あってはならない」と述べていたのである。たった一ヶ月足らず前のこの態度表明はいったい何であったのであろうか。ずるずると期待を持たせるだけ持たし、あげくの果てに前政権の現行計画への逆戻りとは、まったく沖縄県民を愚弄するものであり、その不誠実で「裏切り」にも等しい態度は許せるものではないし、もはや首相としての資格をさえ喪失したものともいえよう。それは、政権の存在意義そのものを自ら否定したものでもある。

<<「全く交渉さえしてこなかったのでは」>>
 この沖縄訪問の直前、5/21、当初は中国、韓国だけを訪問する予定だったクリントン米国務長官が来日し、鳩山首相、岡田外相との会談が持たれ、首相は会談後、記者団に「北東アジアに大変緊張感が漂っている時、日米同盟の重要性で一致できた。普天間問題は五月末までに(日米で)合意すると言ってきた。クリントン氏もその考えで努力していただいている」と力を込め、岡田外相も「(沈没事件は)普天間問題に直接影響するものではないが、日米同盟の重要性を国民に再確認させた」と強調し、今回突如浮上した韓国海軍哨戒艦沈没事件で緊迫する朝鮮半島情勢をこれ幸いと利用し、米軍普天間飛行場の沖縄県内たらいまわし決行と「五月危機」乗り越えの絶好の機会ととらえたのであろう。
 しかし、クリントン長官との会談は、中国には5日間も滞在しながら、日本にはほんの3時間あまりの立ち寄りであり、しかも普天間問題にわずかでも触れたのは3分程度でしかなく、しかも共同記者会見での「日米は共通の危機に直面している」として在日米軍基地の重要性を強調した発言は、日本に「辺野古現行案」をそのまま承認させ、実行させる絶好の機会として米国側に巧みに利用され、鳩山政権側もそれに便乗したものともいえよう。
 鳩山首相と仲井真知事の会談録(5/23付け沖縄タイムス)によれば、首相は「私はこれまでぜひ、『普天間』の代替施設は県外にと考えて、実際にそれも追求してまいったわけでございます。それがなぜ県内なのだと、皆さまのご懸念、お怒りはもっともなことだとも思っております。これは昨今の朝鮮半島の情勢からもお分かりだと思いますが、今日の東アジアの安全保障環境にまだ不確実性がかなり残っているという中で、海兵隊を含む在日米軍全体の抑止力を現時点で低下させてはならないということは、一国の首相として、安全保障上の観点から、皆さま方に、低下をさせてはならないと申し上げなければならないことでございまして、」と、朝鮮半島情勢を早速に利用している。続いて首相は「批判、ご批判をちょうだいしておりますことから、逃げるつもりもございません。同時に、ただ今回の政府の方針の中には、これまで実現はおろか、米国と本当に交渉してきたんだろうかと、全く交渉さえしてこなかったのではという点も含めまして、・・・」と発言をしているが、実際には今回のクリントン長官との会談でも明らかなように交渉らしい交渉などほとんどしていないのが実態といえよう。

<<首相との面談拒否、議員全員座り込み>>
 この時点で明らかになったことは、政権交代を成し遂げて誕生した鳩山政権は、その政権交代にこめられた民意、期待を背負って誕生したにもかかわらず、これまでの自公政権と同様の対米追随外交をしか展開していない、民意を無視することにおいては前政権以上に期待を持たせ続けただけにより悪質とさえいえる、さらに日米双方ともに、民意無視の県内移設を強行することを双方が了解した上で、協議を急いでいる、という否定しようのない現実が鮮明に浮かび上がってきている。
 しかし民意を無視した基地建設の強行は、もはや不可能となっていることをこそ、日米双方ともに認識をすべきであろう。強行すればより重大な、取り返しのつかない失政と災厄に見舞われることは間違いない。
 肝心かなめの沖縄現地の民意は、これまでよりもより強固になり、その激しい怒りは強まりこそすれ弱まることなどありえないといえよう。
 すでに5/21、沖縄県議会は21日、各会派の代表者会議を開き、鳩山首相との面談を拒否することを決め、48人の県議全員が県議会棟前に座り込み、県内移設断念を訴えることも申し合わせ、高嶺善伸議長は「県民の思いを伝えるためには、いままでとったことのない行動で全国民に訴える方が有効だという結論に至った。県内移設が政府原案と決まっても、県議会はそれを容認することはない」と決意を表明している。
 さらに辺野古現地を抱える稲嶺市長は、首相が米軍普天間飛行場を名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブに移設する方針を正式表明したことについて、「『ようこそ』という気持ちにはとてもなれない。これまでの思いを裏切ることで怒りを覚える。断固反対する」と述べ、受け入れをあくまでも拒否する考えを明瞭に表明している。
 鳩山政権に残された道は、ごまかしの負担軽減策などではなく、徳之島の大久保町長が的確に指摘しているように、「基地を、ここやあそこに移すという議論でなく、今こそ軍縮をしていけばこのような問題にはならない」という立場を貫くことである。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.390 2010年5月29日

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【投稿】高速増殖炉もんじゅの運転再開

【投稿】高速増殖炉もんじゅの運転再開
福井 杉本達也

1 因縁めいた連立政権下でのもんじゅの再稼働
民主党は原子力推進が基本的立場となっている。昨年8月のマニュフェストでは、「安全を第一として、国民の理解と信頼を得ながら、原子力利用について着実に取り組む」とし、さらに政策集では、再処理や放射性廃棄物処分について、国が技術の確立と事業の最終責任を負い、安全と透明性を前提にして技術の確立を図るとしている。また、連立政権での3党連立政権合意書の中には、原子力政策に対する言及はない。合意書では「調整が必要な政策は、3党党首クラスによる基本政策閣僚委員会において議論し、その結果を閣議に諮る」としており、原子力政策は位置づけが全く不明確のまま地球温暖化対策という名目の下、強引な推進政策が展開されようとしている。
こうした中、高速増殖炉もんじゅは1995年12月に二次系配管室で起きたナトリウム漏れ事故から14年5カ月ぶりに5月6日に運転を再開した。14年間も停止した原子炉の再開は世界的にも例がない。ところで、16年前にもんじゅの稼働ボタンを最初に押したのは、当時、細川連立政権下で科学技術庁長官であった江田五月現参議院議長(当時:社民連)である。今回の連立政権下での再稼働は因縁めいた感触が拭えない。

2 全ての想定が誤りであった高速増殖炉開発
高速増殖炉を開発する目的は(1)ウランは希少であり,低コストで採掘できる鉱床は早期に枯渇してしまう。(2)増殖炉は,軽水炉との経済的競争カを早期にもつようになる。(3)増殖炉は,軽水炉と同じぐらい安全で信頼性のあるものになる。(4)増殖炉と、それに伴う燃料サイクルの核拡散リスクは,対処しうるというものであった。しかし、これらの想定は,すべて間違っていることが判明した。
2009年6月の「総合資源エネルギー調査会小委員会報告」の「天然ウラン需給の見通し」では「現在、核兵器の解体に伴うウラン供給等により、濃縮ウランの需給バランスが保たれているが、ロシアの解体核兵器からの濃縮ウランの供給は、2013年で停止される可能性があり、世界的な需要拡大に伴い世界的な供給不足に陥る可能性がある。」と書かれているが、OECDの原子力機関が「2008年に出した隔年報告書によると,インフレにもかかわらず,130 $/kgU未満で採掘できるウランの在来型確認埋蔵量〈世界全体〉比は約470万tから約550万tに増加している」(雑誌『科学』2010.2フランク・フォンヒッヘル「プルトニウムの科学・各国の増殖炉計画の経験と現状からの考察」)のであり、一時的に投機的な動きがあったとしても枯渇したり価格が急激に高くなることはない。
また、軽水炉との経済性では、「高速増殖炉の建設単価については、たとえば原型炉「もんじゅ」は電気出力28万kWに対して建設費5900億円となっており、発電容量あたりの建設単価は210.7万円/kWである」。また、使用済み後のウラン燃料の直接処分を1とすると、MOX燃料の再処理は1.87倍であり、「高速増殖炉は、建設単価、サイクルコストの両面で経済性がないと、現在よりもウラン価格が10倍以上高くならなければ、直接処分よりも経済的に優位ではないことがわかる。」(地層処分問題研究グループ 「核燃料サイクルのコスト評価について」2004.9)としており、全く破綻している。
増殖炉は、中性子の速度を落とす減速材(水)を使用しない。連鎖反応を継続させる中性子が「高エネルギー」(高速)のままでいるようにするためである。中性子は水の原子核と衝突すると急速に速度が落ちる。そこで、増殖炉の冷却材には,溶融ナトリウムを使用する。ナトリウムは,水と比べ,冷却材として安全性上の大きな短所をもっている。空気に触れると,水分と激しく反応し燃える。また、軽水炉においては,冷却材が失われた場合、連鎖反応は止まるが、増殖炉では,プルトニウムの濃度が高いため,冷却材がなくなっても,連鎖反.応を維持し続け、炉心はその高熱のため崩壊するに至り、さら高度な超臨界形状となり,炉心がチェルノブイリ原発事故のように吹き飛んでしまう可能性もある。さらに、冷却材である溶融ナトリウムは空気に触れると発火し・また、水のように透明ではないため、原子炉容器内の燃料取替えや修理を複雑かつ困難なものとしている(『科学』同上)。

3 プルトニウムの管理の問題
周知のように、プルトニウム約6kgで原爆1発が作れるという。日本における分離されたプルトニウムの量は六ヶ所村の再処理工場が“順調”に稼働すると仮定すると、海外処理の返還分と合わせ、2020年には約120トンという膨大なものになる(『科学』2010.2勝田忠広・「日本のプルトニウム需給バランス」)。しかし、このような大量のプルトニウムをどう管理していくのか。
わが国は、原子力開発利用を平和目的に限るとしている。また、核不拡散条約(NPT)に加盟し、全ての核物質に対して国際原子力機関(IAEA)の保障措置を受け入れることとなっている。もんじゅの運転は、回収されたプルトニウムの利用を前提としており、核不拡散問題について国際的に懸念を生じないよう、核物質管理に厳重を期し、必要な量以上のプルトニウムを持たないようにすることを“建前”としている(1981.8「我が国における核燃料リサイクルについて」)。当初の計画では、増殖炉の常陽・もんじゅで70~80トンのプルトニウムを利用する計画になっており、プルトニウムの収支は何とかつじつまが合っていたのであるが、予測される120トンという量は何とも説明がつかない。米国とその指揮下にあるIAEAがこれを“容認”にしているのは、日本を“核の傘”の下に置き、日本独自の安全保障戦略を無効化すること(考えさせないこと)、及び、プルトニウムという取り扱いの難しい物質を平時は日本の費用負担により管理させ、万が一の時に米国の管理下に置くことにある。

5 もんじゅは地域振興に寄与するのか?
もんじゅという「迷感施設を引き受けた見返りに地域振興を引き出そうとする受け身の姿勢を脱し、自立的な地域振興を図ろうと県はエネルギー研究開発拠点化計画を進める。」としており、地元はもんじゅを中心とした国際的研究開発拠点の整備としてFRBプラント技術研究センター、福井大学附属国際原子力工学研究所などの活用による新産業の創出や知の拠点になることを期待している(福井:2010.5.3)。また、県は北陸新幹線の金沢から福井までの延伸を要望している。
しかし、増殖炉や軽水炉などの原発は本当に新産業などの創出になるのか。周知のように、原発機器のほとんどは、三菱・東芝・日立といった重電メーカーが製造している。また、軽水炉の最重要部品である圧力容器などの鍛造品は日本製鋼所が製造している。こうしたメーカーの個別技術の集積が原発プラントを構成しているのであり、逆ではない。プラントがいくら集積しているからといって新しい技術を生み出すものではない。さらには福井県にはそのようなプラントを修理する企業の集積もない。これでは技術の波及効果を期待しても無理がある。地元の構想する「エネルギー拠点化計画」は幻想でしかない。また、こうした計画の一環として、福井県立病院内に陽子線がん治療施設を建設した。しかし、治療費は県が補助しても240万円もかかる。健康保険の適用外だからである。保険適用とならないのは陽子線治療が前立腺がんなど一部の治療にしか明らかな効果が認められないことにある。設備費はシンクロトロンなど約100億円といわれ、三菱電機が受注しており、財源は電源交付金であるが、カネはみごとに原発企業に回収されており、地元振興に役立つとは思えない。

高速増殖炉は将来、実用化につながる可能性はなく、経済的にも成り立たず、溶融ナトリウムの取り扱いに苦慮して欧米諸国も撤退した技術である。さらには、核兵器用の高純度のプルトニウムが容易に生産できる。しかも、もんじゅ直下には活断層の存在も明らかとなっており、耐震安全性についても疑問が深まっている。民主党の核燃料サイクルを強引に推進しようとする流れを転換させねばならない。

【出典】 アサート No.390 2010年5月29日

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【投稿】続「チョナン」爆沈の衝撃 

【投稿】続「チョナン」爆沈の衝撃 

<「北の攻撃」と断定>
 韓国海軍コルベット「チョナン」の沈没原因について、韓国の軍民合同調査団は5月20日、「北朝鮮による魚雷攻撃以外に考えられない」とする調査結果を公表した。
 この事件については、5月に入ってから北朝鮮の関与に結びつく「爆薬反応」「金属片」「プロペラ」などの物的証拠が次々と検出、発見されたとの情報がリークされ、魚雷攻撃説に固まりつつあるものの、実行主体の特定は避けるのではないかという観測もあった。しかし今回の調査団発表は、北朝鮮の犯行と自信を持って断言する内容となっている。
 当日の発表では、海底から回収されたプロペラなど魚雷の駆動部と北朝鮮が輸出用に作成した図面を照合し、魚雷の型番を特定したほか、北朝鮮独特のマーキング=「1番」が公開された。さらに当該北朝鮮潜水艦の攻撃前後の行動なども明らかにされ、これらが決定的証拠とされた。
 一方同艦の被雷に至る状況については、明らかにされなかったが、これは結果として、攻撃を回避できなかった艦長(生存)の処分問題や、下手をすれば海軍上層部の責任も絡んでくるからと推察される。
 いずれにしても、北朝鮮潜水艦は、日常から韓国艦艇の行動を完全に把握しており、予想される航路近くで、待ち伏せをしていたものと思われる。
 「チョナン」が対潜警戒を密にしていなかったのも事実だと思われるが、潜水艦が機関を停止して潜んでいれば、探知は難しかったと考えられる。

<「全面戦争」と恫喝>
 この調査結果を受けて5月24日、李明博大統領は国民に向けた談話を発表し、北朝鮮に対して「断固たる措置を取る」と述べた。その内容として国連安保理へ提起しつつ、韓国の独自制裁措置として、北朝鮮船舶に対する済州海峡など韓国領海内通行不許可や、一部を除いた南北の貿易・交流を中止することを明らかにした。
 さらに李大統領は北朝鮮政府に対し、謝罪と関係者の処罰を要求、再度の領土への侵犯があった場合、直ちに自衛権を発動すると警告した。
 北朝鮮側は、4月以降韓国内で「北朝鮮魚雷攻撃説」が流布されたことに対し「でっち上げ」と応酬、5月初旬の金総書記訪中の際も、首脳会談で自ら関与を否定したという。
 金総書記の訪中が遅れた要因の一つは間違いなく、「チョナン」爆沈を巡る問題であったと考えられ、中国側に提示できる無実の証を取りまとめる時間が必要だったのではないか。
 そして20日の韓国側の発表に対しては、北朝鮮「国防委員会」は即座に「韓国の発表はねつ造であり、制裁が強化されたなら『全面戦争』になる」と述べ「韓国が示した証拠に対する調査団の受け容れ」を要求。21日には「祖国平和統一委員会」が、韓国が報復などの措置を講じれば、南北交流を全面的ストップし、不可侵合意を破棄するなどの対抗手段を取ると発表するなど、反発を強めているものの、北朝鮮軍の具体的な動きは確認されておらず、韓国軍や在韓米軍も特別の体制はとっていない。

<「上海万博」が人質>
 こうしたなか、苦しい立場に置かれているのが、中国政府である。核開発に関する6ヶ国協議再開を模索するなかで起こった今回の事件は、中国の努力を水泡に帰さすものであり、議長国の面目は丸つぶれである。
 そうかといって、制裁強化に同調した結果、南北の武力衝突にいたらずとも、航路封鎖など、黄海や周辺空域での船舶、航空機の安全、自由な往来に支障を来す事態や、中朝国境の緊張が激化すれば、開催中の上海万博にも計り知れない影響を及ぼすことになるだろう。
 訪中した金総書記と湖主席との首脳会談の詳細は明らかになっていないが、韓国の一部マスコミは、北朝鮮側が大規模な経済支援を要請したが断られ、金総書記は日程を短縮して帰国した、と報じている。
 中国にしてみれば、事件に関する北朝鮮の関与が疑われる状況の中で、韓国や他の6ヶ国協議参加国の手前もあり、積極的に援助することを躊躇したのではないか。
 また、関与を否定する金総書記に対し、それ以上は問いつめたりはしなかったものの、中国が踏み込んで「北朝鮮は爆沈と無関係と考える」旨のコメントを出さなかったことが、中国政府の立場を暗に表明していと言える。
 一方20日の韓国側の発表については是認も否定もせず「冷静な対応」を要請するにとどまっており、それ以前の韓国政府の真相解明に関する協力要請に対しても、色よい返事はしなかった。
 さらに、5月24日、クリントン国務長官は「米中戦略・経済対話」で、中国政府に対しこの問題についての共同歩調を求めたが、積極的な姿勢は見せなかった。
 この間中国は北朝鮮に対しては、「自重」を求めているであろうが、今後も強い対応は取れないだろう。今回金政権は、「上海万博」を人質に、中国政府の足下を見透かしている感がある。

<継続する緊張状態>
 当面は、国連安全保障理事会を舞台にした韓国、北朝鮮の応酬の激化が予想されるが、先月号でも述べたように、国連レベルでの制裁は現時点では実効性あるものにはならず、韓国単独、もしくは日米を加えた「有志連合」の措置になるだろうし、軍事的制裁は考慮の外である。
 アメリカも、中国への働きかけのほか、テロ支援国家再指定などの独自措置の検討を進めているものの、突出した制裁には踏み込まないだろう。
 ただ不測の事態もあり得ないわけではない。李大統領は24日の談話で「再度領土侵犯があった場合自衛権発動」と述べたが、国連と北朝鮮が合意した休戦ラインである陸上の「38度線」とは違って、海上については明確な領海線が存在しない。事件が起こったのは「北方限界線」の南(韓国側)であるが、北朝鮮はこの線引き自体を認めていない。
 事件後の5月15日にも、北朝鮮艦艇が2度にわたり北方限界線を越えた。この時は、警告の伝達、警告射撃で北朝鮮艦艇は引き返した。李大統領の「自衛権」が具体的にはどのような措置なのかは明らかになっていないが、海上の場合、警告射撃を抜きに撃破射撃を実施することだと捉えられている。仮に北朝鮮艦艇が撃沈され、その報復として、度々発射演習が報じられている対艦ミサイルが実戦使用されれば、エスカレートは免れないだろう。

<60年目の「6,25」を前に>
 また韓国は軍事的圧力を強めるため、朝鮮戦争開戦60年の6月にも米韓合同軍事演習を計画していることが明らかとなった。これには、3月の合同軍事演習には参加しなかったアメリカの空母も加わる方向と言われている。
 こうしたなか、ロシア北方艦隊旗艦の重原子力ミサイル巡洋艦(巡洋戦艦)「ピヨトール・ヴェリキー」(満載排水量24、300トン)が、5月18日対馬海峡を通過、日本海に入ったことが確認された。
 「バルチック艦隊」を彷彿とさせる欧州からの来航は、以前から予定されていた日本海での大規模演習に参加するためであり、現下の朝鮮半島情勢とは直接関係はない。
 しかし、演習日程が明らかにされていないなか、さらに黒海艦隊主力の合流が予想されており、当面ロシア艦隊はウラジオストックにとどまるものと考えられ、北朝鮮に対する間接的な圧力になるだろう。
 米韓演習が黄海で実施された場合、奇しくも朝鮮半島を挟んで米ロ艦隊が「対峙」する形となる。これには中国も何らかの反応を示すであろうし、近海での兵力の集中が一気に高まることが懸念される。
 このように流動化する情勢の中、鳩山政権はいち早く、韓国支持を打ち出したものの、緊張を緩和する方向での具体策を示し得ていない。そればかりか鳩山総理は今回の事件を口実に「やはり抑止力は重要」と普天間基地の沖縄県内移設を合理化するような発言を行い、県民の反発を買った。
 さらに、前原国交相は海上保安庁に、中井国家公安委員長は警察庁に警備強化を指示するなど、大はしゃぎである。次は北村防衛相が、護衛艦隊を対馬付近に派遣するとでも言い出しかねない雰囲気である。
 先月号では高校授業料無償化問題への波及を懸念したが、現時点では閣内からそうした声は出ていない。しかし今は本来なら逆に政府は、「在特会」などが跳梁跋扈する状況の中、朝鮮学校生徒への危害行為などが発生しないよう、積極的にアピールをすべきではないか。
 鳩山政権は、対北朝鮮圧力一辺倒の前政権が、何ら成果をあげられなかった教訓を踏まえ、朝鮮半島を巡る諸問題へのアプローチを転換すべきではないか。 (大阪O) 

 【出典】 アサート No.390 2010年5月29日

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【本の紹介】(その1)「橋下イズム」への巻き返しの書

【本の紹介】『我、知事に敗れたり 二〇〇九年九月 堺市長選』
      木原敬介著 2010年5月20日発行 論創社 1500円+税

今回話題の書について、二人の方から投稿をいただくことができました。 
関西の政治状況に関して重要な視点が提示されておりますので、共に掲載
させていただきます(見出しは編集部作成)。
「我、知事に敗れたり」

(その1)「橋下イズム」への巻き返しの書

 本書は、平成21年9月の堺市長選についての、選挙当事者による報告書であり、回顧録である。
 回顧録は、普通、功なり名遂げた人が、暇に任せて著すもので、崇めて遠ざけたくなるものだが、本書の赴きは類書とは大きく異なる。本書はタイトルが端的に示す如く敗北の書である。2009年9月27日の堺市長選挙で著者は、三期目を果たすべく戦ったが新人候補に敗北。それだけなら、一地方都市の首長選挙で、多選候補が、新人候補に敗れるというよくある選挙の成り行きであるが、この堺市長選は一種異様な様相を呈した。橋下大阪府知事が元部下の竹山修身氏を刺客候補として送り込み、知事自身、公務をよそに連日竹山候補の応援に街頭に繰り出したのである。堺市長選はまるで木原候補対橋下知事の選挙戦であるかのような様相を呈したのである。知事が基礎的自治体の首長選挙に直接介入するのは、前代未聞のことである。マスメディアはこの話題に飛びつき、派手に報道したが橋下知事が何を狙って堺市長選挙に介入したのかについては明らかにしなかった。しかし、その真相は、橋下知事のその後の言動を見ると明らかである。橋下知事の介入は、知事の地域政党「大阪維新の会」の結成による「大阪都構想」実現のための前哨戦であったのである。
 本書は、堺市長選の経緯を時系列で淡々と記し、三選で何を目指そうとしたのかを明らかにしている。二期八年で、堺市を一地方都市から関西を代表する政令市として都市格と自治の基盤を作り上げ、いよいよその上に「歴史と伝統ある国際都市」が開花するはずであった。木原第三期市政は頓挫してしまったのである。著者は「数多くの方々に支援され、数多くの方々によって、多くの実績や成果を残すことができた、その一点において、私は本当に幸せ者であった」(『あとがき』より)、と記しているが、内心は憤懣抑え難いであろうことは、紙背に想像するに余りある。氏の忸怩たる思いが昇華されるのは、将来、木原市政継承選挙が戦われるときであろう。
 先般の堺市長選挙は、一地方都市の首長選挙に留まらない、現代政治に潜む深刻な二つの問題を投げかけているように思われる。そのひとつは、地方行政における市民合意の形成の問題である。堺市の場合、LRT建設構想という、まちづくり構想にとって中核的な施策について、市民合意が形成されないまま、選挙の争点になり、それが木原陣営にボディーブローのような影響を与えたと思われることである。この施策に留まらず、8年間の木原市政のさまざまな実績にもかかわらず、それらが、必ずしも木原市政への市民の信頼に繋がっていなかったのではないか、と思われることである。もし、木原市政に対する市民の信頼が磐石であれば、選挙結果は違ったものになっていたのでは、と思われる。もう一つは、選挙戦術の問題である。橋下陣営は、竹山候補をひとつの商品として、市民感覚に会わせてイメージ化してマスコミに売り込むマーケティング戦術をとり、政策論議を一切避けたのである。これにたいして、木原陣営は、生真面目なまでに、オーソドックスに政策と実績を手作りのメディアで訴える戦術に徹したのである。これでは、まるで重火器の装備にたいして、短銃で戦うに等しく、当時の特殊な政治状況を考慮にいれても、戦う前から勝敗は明らかではなかろうか。しかも、橋下陣営の戦術は、2年前の大阪府知事選挙で明らかで、堺市長選挙でも同じ戦術を取ることは予め分かっていたはずである。橋下知事は、知事選で、「私は不特定多数にたいしては、政策を語らない、かれらの感情に訴えるだけだ」(徹底検証「橋下主義」読売新聞社)と語っている。また、精神医家の香山リカ氏は橋下知事のTVを利用した大衆迎合手法を次のように指摘している。「橋下さんは、・・・・市長達に自分が泣いたときに、テレビ的にどんな映像になるか、常に意識しているはずである。でもそのときの視聴者の反応は、絵として子犬がかわいいとか、泣いている女の子がかわいいとか、そんな感情と似た情緒的なものでしかない。そうゆうやり方で支持率を上げていくのは大衆迎合的で、危険な方向に流れていく恐れがある」(同上)このような政治手法をパフォーマンスだとして、切って捨ててしまうだけでは、対抗できないことは明らかである。このような大衆迎合主義(ポピュリズム)が嵐のように吹き荒れている現代日本政治状況のなかで、いかに戦うかが、堺市長選挙を通じて、典型的な形で提起されたと思える。先の堺市長選が、基礎的自治体の住民が政治に対する真の批判力を持ち、一人ひとりが自治の真の担い手として成長していくための試金石となること、このことが単なるきれいごとでなく、現実に木原市政の継承選挙戦が、将来戦われることを願わざるを得ない。
 本稿の執筆中に、橋下地方新党「大阪維新の会」の候補者が、福島区大阪市議会補選に民主党や自民党の候補者を抑えて圧勝した、と新聞は報じている。今後、大阪市長選や統一地方選挙でも、恐らく橋下ポピュリズムは猛威を振るだろうし、マスコミはそれを「改革者」として無批判に持ち上げるだろう。本書が、「橋下イズム」への巻き返しとして、一石を投じることになることを期待したい。(T)

 【出典】 アサート No.390 2010年5月29日

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【本の紹介】『我、知事に敗れたり 二〇〇九年九月 堺市長選』

【本の紹介】『我、知事に敗れたり 二〇〇九年九月 堺市長選』
      木原敬介著 2010年5月20日発行 論創社 1500円+税 

(その2)
 民主主義を冒涜する橋下知事のファシズム的独裁的手法を徹底批判

<<ファシズム的扇情・扇動型選挙の実態>>
 本書の題名が良くない、手にしたときそう感じさせるものがあった。「知事に敗れたり」では、いかにも後ろ向き、消極的であり、諦めと詠嘆に流され、ことの本質が見逃されてしまうのではないか、との危惧がもたれた。しかし読み進むと、昨年九月に行われた堺市長選は、現職の堺市長であった著者が対立候補と闘って敗れたのではなく、マスコミとメディアを徹底的に利用して嘘とでたらめ、デマゴギーで選挙民をたぶらかし、無責任にかき回す橋下徹・大阪府知事との闘いであったこと、それがいかに予想外、理不尽であったとしても、あまり関心のなかった有権者をまで投票に動員し、その先頭に立つ大阪府知事との闘いに敗れた、その選挙の実態と、民主主義を冒涜するファシズム的な危険な様相が詳細に明らかにされ、「知事に敗れたり」という著者の実感が浮かび上がってくる。その具体的で時系列に沿った、橋下徹という特異な大阪府知事の公権力を行使した、政令指定都市市長選挙への直接的介入の実態は、憤懣やるかたないはずの著者が、冷静かつ分析的に叙述しているだけに、このような選挙のあり方、それと対抗する闘いのあり方に多くの貴重な教訓と反省を与えてくれる。
 堺市長選告示後、投票日まで14日間のうち、橋下知事が堺市に乗り込み、直接指揮し、応援演説をする日数は実に9日間に及ぶ、異常な力の入れよう、直接的介入である。さらに橋下知事が主導する「首長連合」には、中田宏・前横浜市長、山田宏・東京都杉並区長らと会談、橋下知事が送り込んだ刺客候補の推薦・支援を決定させ、テレビ、新聞などマスメディアを総動員させ、駅前、繁華街でぶちまくる、小泉流の劇場型選挙を展開、朝日新聞9/23付けは「首長連合 堺へ布陣 きのう松山市長、きょうは名古屋市長」などと各紙に大々的に報道させ、その応援演説で橋下知事は「堺市には太った馬がいる。何もしないで市役所で寝ているだけの馬がいる。そんな馬には、もっとムチを入れて速く走るようにしなければなりません。皆さん、この堺からNOを突きつけましょう!」などと揶揄、中傷する薄汚いお得意の扇情・扇動演説を徹底して繰り返す手法である。
 そして刺客候補自身は、事実誤認を承知しながら現職候補を貶める、明らかな嘘をばらまく手法である。「堺市に、喝を入れます。私が一番問題だと思ったのは、5月17,18日の未明、舛添厚生労働大臣と橋下知事が、午前二時に電話で会談し、中学校、高校の休校を決めた。そのときに堺市に伝えようと思ったのに、伝わらなかった。対策本部を開いていないから。こういった緊張感、どうですか。新型インフルエンザ対策で何もしてこなかった。私は。この事実を見てびっくりしました。」などというまったくの嘘、でたらめ演説を繰り返すデマゴギー手法である。事実は、すでに堺市では4/18に対策本部を設置、以降24時間体制に入り、問題の5/18の休校については事前に堺市への連絡はまったくなく、逆に堺市側から大阪府危機管理室、厚生労働省に問い合わせをしていたもので、後日(7/10)、当日の情報伝達の問題点について大阪府知事は自身の判断や対応に伴う当日の混乱発生について陳謝していたものである。それでもあえて嘘をばらまく、その手法が、市長当選後の臨時市議会で追及され、「新型インフルエンザ対策については、大阪府の担当職員に確認したところ、私の思い違いであり、内心忸怩たるところですが、あくまで堺市民の安全と安心の実現のために発した言葉です。ご理解いただきたい」と、当選してしまえばそんなことはどうでもよいといった逃げの答弁である。こんなことがおおっぴらにまかり通り、発言の責任さえ取らない、民主主義と選挙への冒涜といえよう。

<<一過性の勝利>>
 問題の本質は、それでもこうしたファシスト的な手法がまかり通る、昨今の政治経済情勢の混迷を反映した、人々の不満の鬱積、国、都道府県、地方自治体レベル全般の政治と行政に民意が正しく反映されていない、という間接民主主義には不可避的でもあるいらだちや反感、これらを橋下知事に代表される煽動型ポピュリストたちが、煽り立て、組織していることである。
 その際、いかにも我こそが解決して見せるという、独裁的手法によって、首長の直接選挙という、擬似的な直接民主主義を通じて実現できるかのように大衆に訴えかける。しかし彼らは大衆には一回限りの投票への参加しか期待も、それ以上の評価もしておらず、決して大衆をその直接民主主義に継続的系統的に参加させる意図などもうとう持ち合わせてはいない。反感と憎悪、熱狂を組織すれども、民主主義的な大衆参加など決して組織しない。彼らはつまるところ、不満と反感の対象を、役人・官僚嫌いから組織し、官僚機構、公的諸機関、社会的文化的経済的公的資産、セーフティネットにいたるまでを攻撃し、縮小と破壊の対象にするところへと集約させる。しかもその際に危険なのは、独裁的権力の集中にこそ解決の道があるかのように事態をすり替え、この独裁制を脅かすような制度、組織、運動などを徹底して排斥し、差別と選別を持ち込み、朝鮮高校の無償化対象からの除外など、民族的排外主義をさえ公然と口にし、それを煽り立てることである。彼らにとっては、「大阪都」や「道州制」も、独裁的権力集中への道具立てにしか過ぎない。
 堺市長選挙は、こうした典型的な煽動型ポピュリストの直接的な介入による選挙戦となり、現職市長の積極的な成果をすべて切り捨てることによって、嘘と中傷、デマによって彼らに勝利をもたらした。しかしその本質からして、その勝利は一過性のものにしか過ぎない。反感と憎悪を煽り立てたが、政策的中身は皆無に等しい。自治都市・堺の歴史的伝統と能動性を回復し、市民や市民組織が政策決定とその過程に参加できる仕組み、独裁制とは無縁な民主的政治を再生させる改革こそが問われているのではないだろうか。
(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.390 2010年5月29日

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【投稿】辞任論まで飛び出す鳩山政権の迷走

【投稿】辞任論まで飛び出す鳩山政権の迷走

<<内閣支持率30%台切る>>
鳩山政権はいよいよ重大な岐路に立たされている。内閣支持率が、麻生政権末期の様相に酷似してきており、支持率の下落に歯止めがかからない事態である。
4月3~4日の共同通信の世論調査では内閣支持率が33%(前回より-3.3%)、4月2~4日の読売新聞調査でも同支持率が33%(前回より-8%)であったが、4月10~11日に実施されたテレビ朝日の世論調査では内閣支持率が28.5%、4月9~11日の日本テレビの調査でも28.6%、4月12日放送のNHK調査でも28%台、時事通信が4月16日に発表した世論調査によると、なんと内閣支持率は23.7%(前月比-7.2%)へと急落、4月17~18日実施の朝日新聞調査でも25%に続落、政権維持の危険水域とされる内閣支持率30%をついに下回り始めたのである。

いずれの調査においても、民主党に「失望している」人が7割前後に達しており、支持政党なしの無党派層が5割台に急増している。
それは、米ブッシュ政権の戦争政策と市場原理主義・弱肉強食路線に追随し、社会をずたずたに切り裂き、セーフティネットの破壊と格差の拡大と貧困化を推し進めてきたこれまでの自公政権路線、小泉・竹中路線からの根本的転換を期待して、民主党を中心とする「政権交代」が実現したのであったが、そうした人々の期待に鳩山政権がほとんど応えていないことへの「失望」である。
鳩山政権のこの間の表面的な特徴を列挙するならば、常に基本政策が定まらず、毀誉褒貶が激しく、日毎に発言が変わり、しかも閣僚個々人が勝手気ままに相違する発言を繰り返し、閣僚間でお互いにののしりあい、首相自身がその跡始末に追われ、その首相自身も政策や政治姿勢がぶれまくって定まらないという、なんともお粗末な実態である。首相ばかりか全閣僚に、政権維持能力、統治能力はゼロに近いと採点せざるを得ない状況といえよう。

<<「最大の敗者」>>
表面的な鳩山政権の右往左往と表裏一体なのが、根本的な政策面での迷走であり、実質的には裏切りに近い政権公約違反の実態である。政権交代によるいくつかの積極的な政策転換が実現しつつあるが、それを打ち消して余りある否定的側面が前面に出てしまっている。
最大の懸案である沖縄の米軍普天間飛行場の移設問題にそれは象徴的である。首相自身が昨年の総選挙の際に基地移設先を「最低でも県外」と繰り返し訴えてきたにもかかわらず、外相や防衛相が沖縄県内移設案を繰り返し放言していてもそれを野放しにし、移設先の候補地を二転三転垂れ流し、挙げ句の果てに、沖縄県知事に防衛相や官房長官をして沖縄県内移設案としてのキャンプシュワブ陸上案、勝連半島(同県うるま市)沖の埋め立て案を打診するという背信行為を行っているのである。これだけではまずいと判断したのであろう、鹿児島県・徳之島へのヘリ部隊移転などを組み合わせる案に収斂させようとしている。どれもこれも利権がらみであり、個々の政治家の暗躍が見え隠れし、地元の同意など到底ありえない事態を自ら招いているのである。
さらに醜態なのは、4月12日からワシントンで開かれた核安全保障サミットの夕食会席上で非公式にしか持てなかったオバマ大統領との約10分間の会談でのやりとりである。鳩山首相が米軍キャンプ・シュワブ陸上部などへの移設を組み合わせた日本政府案を念頭に、「5月末の決着に向けて努力している」と説明、そのうえで、「大統領にもぜひ協力を願いたい」と要請したのに対して、オバマ大統領は「(11月の首脳会談で)あなたは『私を信じてほしい(Trust me)』と言った。しかし、何も進んでいないではないか」と不満を表明、さらに、「きちんと最後まで実現できるのか(Can you follow through?)」と、5月末までの決着を疑問視され、日本政府の対応に強い不信感と疑念を示されたという。
4/14付けワシントン・ポスト紙は、核安全保障サミットで最大の敗者(the biggest looser)は日本の鳩山由紀夫首相だと報じ、「不運で愚かな日本の首相」とまで紹介し、「鳩山首相はオバマ大統領に2度にわたり、米軍普天間飛行場問題で解決を約束したが、まったくあてにならない」とし、「鳩山さん、あなたは同盟国の首相ではなかったか。アメリカの高価な核の傘のおかげで何十億ドルも節約してきたんじゃないか。核の傘をお忘れか。その上で、まだトヨタを買えというのか。鳩山首相を相手にしたのは、胡主席だけだ」と報じた。核全廃の精神とも相反し、アメリカが居座り、押し付け、「思いやり予算」をさんざん日本政府からふんだくってきた基地問題の重要性をまったく理解していない、その意味では言いがかり的なたちの悪いコラムを掲載したが、政府は不快感を示しただけで抗議の意思も示すことができないでいる。それは政府・与党にあくまでもアメリカの核の傘に頼り、沖縄に米軍基地が存在してくれることを願う勢力が厳然と存在し、暗躍しているからでもある。腰が定まらないのも当然といえよう。ここまでくれば、じっくりと腰をすえて、米軍基地は米軍本国にお引取り願う戦略にこそ切り替えるべきなのである。

<<「普天間なんて知らなかったでしょう」>>
しかしことここまでにいたってもなお、鳩山首相は普天間問題の「5月末決着」に固執し、自縄自縛に落ちっている。たとえ無理やり政府案を決定したとしても、米側や関係自治体の合意を得るめどは全く立たないことが歴然としているのである。
いらいらをつのらせたのであろう、4/16、国会内で後援会関係者と懇談し、米軍普天間飛行場の移設問題をめぐり、「皆さん、普天間なんて知らなかったでしょう。それが国民の一番の関心事になること自体が、何かメディアがいろいろ動きすぎている」と述べ、問題がこじれているのはメディアの報道に問題があるという責任転嫁論を口にしだしたのである。さらに首相は懇談の場では「5月末決着」についても言及し、「どうせ鳩山なんだから、できないだろうと、メディアが書いているが心配しなくて結構だ。必ず5月末までに結論を出すと言っているのだから、結論を出す」と開き直ったが、自らを窮地に追い込む以外のなにものでもない。首相であるならば、本来持つべき冷静さをまで失いかけているともいえよう。
そしてついにこの「5月末決着」と関連して、首相辞任論までもが現実的可能性として浮上するにいたっている。4/16のTBSの番組収録で仙谷由人国家戦略担当相は、「永田町ではダブル説が流れている。おっしゃる通りかもしれない」と述べ、鳩山首相が辞任した場合に触れ、「(前の衆院選から)1年で申し訳ないが、ダブルを問う可能性がある」と述べ、衆参同時選がありうるとの見方を示したのである。現職閣僚がこのような発言をすること自体が、一種の政権末期症状であろう。
政権交代後一年も経たないうちにこのような事態を迎えたことは、この政権の脆弱性と限界を明らかに示すものであるが、方向を決定付け、それを不可避とさせる広範な世論の結集と大衆運動こそが要請されているのではないだろうか。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.389 2010年4月24日

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【投稿】大阪復権とは無縁の「大阪都」構想―虚構を食い物にする「大阪維新の会」 ―

【投稿】大阪復権とは無縁の「大阪都」構想―虚構を食い物にする「大阪維新の会」 ―
元田隆文

<選挙目当てのみで野合する「大阪維新の会」>
橋下大阪府知事が主導する地域政党、「大阪維新の会」が4月19日に発足した。
この橋下新党は、・府と大阪市などを再編し、ワン(ONE)大阪を目指す、・大阪(伊丹)空港の将来的な廃港、・府庁舎をWTCに移転、・府議会の定数削減、を基本政策として、橋下知事を代表者とし、結成総会には自民党系を中心に府会議員24人、大阪市会議員1名、堺市会議員5名が参加した。そして、いわゆる「大阪都」を実現すること一点を突破口とし、5月の大阪市議補欠選挙を皮切りに、大阪市長、大阪府議と大阪市・堺市議の過半数を制することを目論むというのである。
そもそも大阪に「都制」を導入しようとする案は、前太田知事時代に関西財界の意向を受けて打ち出されたものの全く相手にされずお蔵入りしたという経過がある。「都制」の導入について、橋下知事の政治的野心に一定の距離を置く財界や自民党からも、「大阪府・市の二重行政解消や広域行政投資の迅速・集中化に意義がある」との発言がなされ、マスコミで全面肯定的な報道ばかりが一方的に流されている理由はここにある。
しかし、この「橋下」「大阪都」構想は、前構想と比べても橋下流のバイアスがかかり、大阪復権、地方分権の切り札とはとてもいえず、将来に大きな禍根をもたらす様々な問題を有するばかりでなく、具体的内容や実現の手順などが意図的にぼかされており、決して真面目なものということはできない。
ワイドショー的な話の大きさと面白さで府民を煙に巻き、それへの注目でしか存在しえない政治集団。橋下知事にとっては自分の独裁的府政運営を担保する大政翼賛議会実現を狙い、「誰も本気で府市再編など考えていない(自民府議)」議員にとっては、次の地方選挙を橋下人気にあやかって乗り切りを狙うもので、政治の本質を忘れ、目先の利益を狙う、野合の集団という以外にない。

<府市再編「大阪都」構想の虚構>
「大阪都」構想とは、つまるところ、自治権限の強い政令市を始め市町村自治が存在するから大阪は潜在能力を発揮できないなので、府内経済の大部分を占める地域について、広域行政などの権能と財源を府に移し、地域の行政内容を一手に府がコントロールする制度に変える、というのである。
確かに、これまで大阪には、府と大阪市の対立に根ざす無用な二重行政と地域発展に関する一元的戦略の欠如という大きな問題があり、これが凋落を加速させてきた。
だからといって、2政令都市及び周辺9市を消滅させ、府に権限を集中させれば解決するというのは、論理のすり替えと飛躍でしかない。
そもそも、広域行政の責任主体としての府の責任と能力のなさを棚に上げて、府がやれば何でも旨くいくということ自体がありえない。府がこれまでどれだけ多くの巨大プロジェクトを失敗させ、大阪経済に打撃を与えてきたことかをみれば一目瞭然である。

<地方分権の流れに逆行する「大阪都」>
構想では、大阪市は基礎自治体としては大きすぎるので、基礎自治体機能と広域自治体機能を明確に区分し、基礎自治体はコミュニティ施策に集中することが望ましいとして、大阪市、堺市の分割を主張する。そして、都区は公選の区長と議会を持つから現行政令市の区制より住民のコントロールが効くと、あたかも自治が前進するかのようにいう。
しかし、ここにも嘘がある。大都市内の分権は今後の課題として存するが、都市はそれが全体として持つ権限が大きければ大きいほど市民に還元できる施策の幅も大きくなる。もともとの権限と財源を減らすのでは、公選の区長、議会にするといえども自治の進展とはいえない。まして、周辺9市は、単に市から区に権限を剥奪されるだけであり、何の必然性もない。大阪市は、関西経済活動の中枢機能を担っている。大阪市民は自分たちの身の回りのことだけ関心を持てばよいのであって、大きなことにはよらしむべからず、というのでは、まさに官治の思想であり、大阪の衰退が加速されるだけであろう。
政令指定都市は不十分な制度とはいえ、政治経済が集積する都市の制度として政策的、歴史的、文化的に国民生活の前進に大きな役割を果たしてきたし、今もその役割を担っている。
政令市と周辺市を消滅させて都区にすることは、自治の後退に外ならず、基礎自治体の優先(補完性原理)という世界的自治制度の流れに大きく逆行するものである。地方制度は、第一義的に、自治の制度としていかなる価値のあるものかが問われなければならない。

<「大阪都」では大阪問題は解決しない>
仮に都制が実現したとしても大阪地域の抱える困難な諸課題を解決する保証は全く無い。
大阪・関西の経済的衰退、関空などの困難というのは、本質的には、日本の政治・経済で東京一極集中が進行しその他の地域が衰退している反映であり、大阪の内部事情である府市連携という問題への矮小化で解決できないものである。なるほど、司令塔を一本化し独裁的に運用すれば、戦時経済的に投資効率は向上するかもしれない。しかし、それが大阪全体の嵩上げに繋がるかどうかは別物である。東京都制では、区部と周辺の格差解消問題が旨くいっているわけではないし、区部で独自施策が出来ているように見えるのも、東京一極集中で財政的に余裕があるからなのである。

<橋下構想の不純な意図>
このような問題に加え、構想は、現状の問題点、将来構想の内容などを明確にしていない。橋下知事は、走りながら考えたらよいのであって結論を出してから動くのでは事態を変える力にならないと強弁する。だが、都制しかありえないと決めつけ、それに反対する者を口汚く罵倒して世論誘導するためには、明確にすると支障が出るのである。
さらに、ここでも、橋下知事はデマと論理のすり替えを行っている。
市民の共同体としての自治体としての政令市大阪のあり方という問題であるにもかかわらず、都市制度の点から疑問を呈する平松大阪市長に対し、市長は「大阪市役所」に乗っ取られていると表現し、再編反対者=「大阪市役所」=守旧派というレッテルを貼る。市民の反公務員感情を煽りたて、市民と市役所という架空の対立をでっち上げ、冷静な制度論から市民の目を逸らそうとしているのである。
地方制度というのは、一時的な感情的熱狂で進めるべきものではない。にもかかわらず、何故かくも性急に政治争点として持ち出されているのか。そこには、広域行政の効率化に名を借りて財源を集中し、橋下独裁の下で大型公共投資と都市運営の利権を配分することが目当てという極めて不純な意図が見え隠れする。
なお、橋下構想問題はひとり大阪の問題ではなく、全国に共通する国と自治の問題であり、地域のあり方の問題であることを改めて強調しておこう。

【出典】 アサート No.389 2010年4月24日

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【投稿】米の医療制度改革法の成立と鳩山連立政権の医療政策200日

【投稿】米の医療制度改革法の成立と鳩山連立政権の医療政策200日
福井 杉本達也

1 米の医療保険改革の始動
オバマ米大統領が内政の最重要課題に据えながらも、難航が続いていた医療保険制度改革法案が3月21日に下院本会議で可決・成立した。米史上初めて皆保険制度への道筋をつけたことになる。米国では所得が少なければ医療保険に加入できないのは「仕方がない」と見る風潮がある。このため歴史的に税金を投入して皆保険制度を実施することへの反対は根強い。その意味で今回の改革は1912年以来懸案となっていた米医療制度の大きな転換となる可能性がある。しかし、これを実現するためには、今後10年間で85兆円の財政支出が必要となる。
最後まで公的医療保険制度の導入に抵抗してきた米国が、国民皆保険制度に大きく近づいたことは、金融危機以降、「小さな政府」から「大きな政府」への流れが強まってきたことを意味する。これまで、米国の医薬品・保険資本からの強い圧力により、自己負担3割・高齢者医療費の2割負担、後期高齢者医療制度の導入、医療介護施設からの高齢者の「追い出し」など公的保険制度の破壊、社会保障費の削減を続け、GDPに占める租税社会保障負担の割合はOECD加盟30ヶ国中最低の部類となってしまった日本の政策にも大きな影響を与えるものである。

2 疲弊する日本の救急医療体制
『救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査』(消防庁)では「重傷患者を搬送時に4回以上医療機関に受入れの照会を行った件数」は、全国合計で13,164件(3.2%)となっている。地域別では近畿圏・首都圏が特にひどく、奈良県が11.8%、大阪府が8.9%、兵庫県が6.8%、埼玉県が8.5%、東京都が6.5%などとなっている。受け入れ拒否の理由は、「処置困難」(21.3%)、「手術中・患者対応中」(21.1%)、「ベッド満床」(17.9%)、「専門外」(13.3%)などとなっているが、根底には医師不足がある。
今年3月19日に7病院から受け入れ拒否され女性が死亡した伊賀市のある三重県の場合は同件数は3.2%で中部圏としては最も高くなっている(県民福井:2010.4.13)。三重県の場合、特に県内唯一の医学部のある三重大学の教育機能の低下が医師不足に拍車をかけている。今年度医学部卒業生の中で、大学に研修医として残るのはわずか5~6人である。大学が卒業生に見切られる状況では医師不足の解消はおぼつかない。

3 二木立氏(日本福祉大学教授)の民主党の医療政策批判
『医療改革』(頸草書房)などの著者・二木立氏は当初、政権交代と民主党の医療政策を大きく評価していた。特に、民主党がマニフェストで、総医療費と医師数の大幅増加の数値目標(共にOECD平均までの引き上げ)を示したことは画期的だと高く評価していた。また、医療保険制度改革についても、民主党は高齢者医療制度廃止と医療保険制度の一元的運用を公約しており、氏が評価したところである。
しかし、2010年度の予算編成段階になると、医療費の大幅引き上げが断念され、本年4月からの医療費全体の引き上げは、わずか0.19%にとどまり、診療報酬改定も4年間の任期中に今回を含めて2回しかないことを考えると、総医療費をOECD平均にまで引き上げることは事実上不可能であり、鳩山政権内での医療政策の優先順位が低い(二木立:「日本の政権交代と民主党の医療政策」『日本医療新報』2010.3.6)と批判に転じた。
財源難で手足が縛られていることが要因であるが、それに対しても二木氏は「2009年度予算総額が昨年度当初予算に比べて2.5兆円も増加していること、国債発行額に至っては11兆円も増加していることを考えると、それは言い逃れにすぎず、民主党政権内での医療政策の優先順位の低さの現れというべきです」(二木:「日経メディカル」2010.1.27)と民主党の政策に手厳しい。

4 医療費財源の長期的な見通しが示されていない民主党の政策
二木氏は政権交代前より民主党の医療政策には「医療費拡大のための財源の長期的見通しが明確に示されていないことと言えるかもしれません…税金の無駄使いの根絶と「埋蔵金」の活用等により16.8兆円(2013年度)を捻出できると主張していますが、この試算に対しては、現与党(自民党・公明党)だけでなく、すべての全国紙が疑念を呈しています。私自身も、日本がアメリカと並ぶ「小さな政府」であることを考慮すると、無駄の排除と埋蔵金の活用だけでは、公的医療費拡大の長期的な安定財源は確保できないと考えています。」(二木:「日経メディカルオンライン」2009.8,1)と疑念を呈していた。
確かに、民主党の社会保障や医療政策に財源の長期的な見通しはない。しかし、それは民主党だけに限ったことではない。前政権時代に基礎年金の国庫負担の1/2への引き上げをしたが、財源2.5兆円は今も宙ぶらりんのままである。
小泉政権時の「骨太の方針」=社会保障費の5年間で1兆1000億円の削減は新政権下で完全に撤回された。二木氏は子ども手当や高校無償化への財源の振り向けが気に入らないようだが、それは政策選択の問題である。社会保障費は27兆円と国の一般歳出の51%を占める。何もしなくても毎年1兆円ずつ増える。財源の見通しを立てるには、消費税(インボイスによる付加価値税化)・所得税の累進課税・租税特別措置の整理・納税者番号制と一体的に、財源をどれだけ確保できるかを議論せざるをえない。古川元久国家戦略室長は番号制について「格差の拡大、特に下への格差が広がって、低所得の人が相当増えているはずですが、課税最低限以下の人たちについては、その所得分布状況か全くわかっていないのです。だから、きちんとした手立てを打とうにも打てない。番号の導入によって、本当に手を差し延べなければいけない人に差し延べることが可能になる…一律主義ではなく、めりはりをつけた政策が打てるようになる」(『世界』2010.4 )と述べている。しかし、このような抜本的な税制改正は2~3年では無理である。わずか半年で強引に大改正を行おうとするなら、議会制民主主義を無視したクーデター同様となろう。二木氏はあまりにも結果を焦りすぎである。

5 民主党は公的病院偏重という批判
二木氏は「公的(大)病院偏重という疑念です。…逆に、日本の地域医療の大半を支えている民間中小病院や診療所の役割に対する言及はまったくありません。一般には、救急医療の主役は自治体病院や公的病院というイメージがありますが、それは誤りで、全国的に見ても、救急搬送患者の57%は民間医療機関が受け入れており、…特定の(公益性のあるとみなされた)病院の入院のみを対象にして診療報酬を2割も引き上げる政策は、極めて恣意的である」と公的病院偏重だと批判している(「日経メディカル」2009.8.1)。
確かに、民間の中小病院や診療所が日本の地域医療のかなりの部分を支えていることは間違いない。しかし、限られた財源をどう配分するかである。政権交代後、診療報酬では病院の再診料を60点から69点に、また、救急医療や産科・小児科の診療点数を引き上げた。また、医学部定員を360人増やすとともに、22年度予算で「大学病院の機能強化」などに68億円、昨年の第二次補正予算で大学医学部の定員増を見越し112億円の養成体制強化費が盛り込んだ。医学部の教官が増えるのは、数十年ぶりである。しかし、マスコミはこうした改善点を全く報道しない。
伊東光晴氏は相対的に開業医ら医師の所得は高く看護師らの給与は低いと指摘する。診療所の多くは「風邪」で年間の半分を稼ぐといわれている。「風邪」の原因はウィルスであり、ウィルスには抗生物質は効かない。にもかかわらず、開業医は何かしらの処方(?)を行っている。風邪の季節には待合室は患者で一杯である。昨年5月からの豚インフルエンザ騒動でも多くの開業医は稼げたことであろう。
ところで、豚インフルエンザの「パンデミック(大流行)」という定義をめぐって、WHO内では大激論が交わされている(日経:2010.4.13)。製薬会社の謀略でWHOが意図的に危機を煽ったのではないかという疑いが持たれている。ボーダルク欧州会議保健委員長(ドイツ)は「WHOのある人々は製薬会社とつながっており(各国にワクチンを過剰摂取させるため)恐怖心を拡大させた。こんな戒厳体制を敷く理由はなかった。」と批判している(毎日:2.24)。感染症は全国の開業医が定点となって流行の観測を行っている。日本での流行初期の昨年10月24日の時点で中部大学の武田邦彦氏は「2005年には定点観測で50人の患者さんが出たが,このときのカーブの形は「滑らかなピーク状(正規分布)」になっている.これは流行すると周囲に感染していない人が多いので,患者数が増え,患者が増えてくると「感染していない人の数」が減るのでピークを打つ.さらに一度,感染した人には免疫ができるので…流行は終焉する.実に理窟通りに進んでいる.」と予測した。インフルエンザの研究者が正規分布を知らないはずはあるまい。結果3月末には1126億円もの巨額資金を出した輸入ワクチン9900万回分が行き場を失った。パンデミックを煽った麻生前首相や河村前官房長官が悪いのか、輸入を決定した桝添前厚労相が悪いのか、それとも後の対応を怠った長妻厚労相が悪いのか、統計学も知らない厚労省の医療技官の質の問題か。インフルエンザ特効薬と言われるタミフルはラムズフェルド元米国務長官が会長を務めていたギリアド社が特許権を持っている。貴重な財源を国際医薬・化学資本に掠め取られないよう、また、国内の怪しげな研究者・医師に配分しないようにしなければならない。

【出典】 アサート No.389 2010年4月24日

カテゴリー: 医療・福祉, 杉本執筆 | 【投稿】米の医療制度改革法の成立と鳩山連立政権の医療政策200日 はコメントを受け付けていません

【投稿】「チョナン」爆沈の衝撃

【投稿】「チョナン」爆沈の衝撃

<乱れ飛ぶ憶測>
 3月26日夜、韓国海軍のコルベット「チョナン(天安)」(1200トン級)が、海の38度線と言われる「北方限界線」近くの韓国西岸ペリョン島沖で哨戒任務中、突然強い衝撃を受け、間もなく沈没した。
 この事件で乗組員104名のうち、46名が死亡または行方不明となった。当初は、正確な沈没場所や時間も含め様々な情報が錯綜し、原因についても憶測が乱れ飛んだ。
 沈没原因については、①内部要因説と②外部要因説に大別され、①では「弾薬庫爆発」「艦体(金属)疲労」「過重兵装(トップヘビー)による転覆」「気化燃料に引火」などが示され、②では「座礁」「機雷」「魚雷攻撃」などと見解が分かれた。
大まかに言えば①は事故、過失であり②は、自然現象を除けば北朝鮮の関与を臭わすものとなっており、韓国内では、北朝鮮に対して厳しい姿勢を取る与党関係、保守派などと、融和的姿勢の野党サイドで沈没原因について、その主張が分かれ、行方不明者の捜索をよそに論議が沸騰する事態となった。
 しかし、生存者の証言などから、艦は直前まで既定の進路を正常に航行し、波も穏やかであり、艦内では燃料漏れなど引火爆発にいたるアクシデントも発生していないことが分かり、内部要因説はほぼ否定された。

<魚雷説が有力>
 当然「機雷」もしくは「魚雷」など兵器による爆発に絞り込まれることとなったが、救援、捜索活動による犠牲者が続出したことなどから、艦体引き上げが難行、原因の特定は進まず、韓国国会やマスコミでの論議が続いた。
 4月15日になって引き上げられた艦体の破損状況を見た軍関係者や造船関係者からは「魚雷による爆発の可能性が大きい」との見解が支配的となり、16日、韓国軍民合同調査団は「外部爆発の可能性が非常に高い」との見方を示した。
 魚雷説が確定されたならこれは、北朝鮮による意図的な攻撃ということになり、朝鮮半島情勢は改善への動きは停滞し、今後の展開次第では更なる緊張激化へと進むことが懸念される。
 朝鮮戦争休戦以降、北方限界線付近では3回に渡って、南北艦艇の交戦があり、双方1隻ずつの損失があったが、いずれも小型艦艇であり100人以上が乗り組む1000tを超える水上戦闘艦が「撃沈」され、50名近くの「戦死者」が出たのは初めてである。

<韓米の対応は>
 韓国の柳明桓外交通商部長官は4月18日、KBSテレビのインタビューで「沈没が北朝鮮の攻撃によるものだった場合、まず国連安保理への提起を検討する」と述べた。
 これは、沈没から時間が経過していることから、不幸中の幸いとして、公の場で是非を論じる方向性に進んでいるのであって、「チョナン」爆沈直後は付近を航行中の僚艦がレーダーで探知した「目標」に、主砲による撃破射撃を実施するなど、一触即発の状況があった。
 後にこの「目標」は水鳥の群れだったと説明されたが、北朝鮮の艦艇であった場合、本格的な交戦にエスカレートしていたと考えられる。
 仮に安保理での論議が開始された場合、声明や何らかの制裁が議決される可能性がある。しかし、過去の「ノドン2号改」発射や「核実験」に関わる制裁措置が、中国、ロシアの消極的姿勢で腰砕けになったのと同様の結果となるだろう。
 アメリカとしても、国連においては中、露の協力を得てのイラン核開発への対処を優先させるため、韓国に対し原因究明への協力は行っているものの、6ヶ国協議や米朝協議の再開延期程度の対応にとどまるだろう。

<危惧される展開>
 こうした状況を見ながら北朝鮮は、現在のところ抑制された対応を取っている。朝鮮中央通信は「沈没事件は我々とは無関係」とし「(南)は魚雷攻撃説をでっち上げている」と非難しており、韓国政府の「自作自演」との見方も示している。
 しかし、北朝鮮は1983年、ミャンマーでの韓国政府高官に対する爆弾テロ、87年の大韓航空機爆破テロなどの際も「南朝鮮の自作自演」と主張してきた経過があり、今回も同様ではないかとの疑念が出ている。
 北朝鮮の関与が明らかになった場合、初動と救助、事態究明の不手際を追求されている韓国政府としては、やすやすと攻撃を許したことに対する国民からの非難の声に晒され、アメリカの対応と相まって6ヶ国協議の長期中断や、南北交流の全面停止レベルの事態に進むかも知れない。
 さらに今後北朝鮮が「犯人」と名指しされた場合、金正日政権がどのような動きに出るかは、まったく不透明である。昨年末のデノミ失敗、金正日総書記の健康不安、不確定な後継者問題など、国内情勢は不安定なままである。
 とりわけ金総書記に関しては、年明け以降訪中説が流布されているが、いまだに実現していない。何らかの理由で国外に出られない事態が続いているのだろう。北朝鮮が国際的に「犯人」と指弾されても、絶対に認めはしないだろうし、かえって新たな挑発、暴発の口実とされかねない。
 現時点で韓国政府は軍事報復を選択肢としていない。李大統領も4月19日の犠牲者に対する追悼演説で「原因が明らかになれば断固たる措置をとる」と述べるにとどまっているが、今後新たな「攻撃」があった場合、政権は苦しい対応を迫られるだろう。この間も「これは明白な停戦協定違反であり、韓米相互防衛条約が適用されなければならない懸案だ」(「中央日報社説」4/18)との強硬意見が噴出している。

<反応鈍い鳩山政権>
 このように朝鮮半島情勢は、予断を許さない状況に進みつつあるが、鳩山政権の対応は何とも心許ない。鳩山首相は普天間基地問題で頭がいっぱいかも知れないが、そもそも海兵隊の沖縄駐留理由とされている朝鮮半島情勢に対し、鈍感すぎではないだろうか。 
 朝鮮半島で緊張が激化すれば、ますます沖縄海兵隊の存在が大きくされるのであって、在日米軍縮減や沖縄の負担軽減など画餅に帰す懸念がある。さらに「東アジア共同体」や6ヶ国協議進展を追求するのならば、それと密接にリンクする問題として平和的解決を目指す動きを見せるべきである。
 間違っても今回の問題を、朝鮮高級学校無償化を認めない理由の一つとするような愚を犯すべきではない。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.389 2010年4月24日

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【本の紹介】『趙紫陽 極秘回想録 天安門事件「大弾圧」の舞台裏!』

【本の紹介】『趙紫陽 極秘回想録 天安門事件「大弾圧」の舞台裏!』
           バオ・プー、ルネー・チアン、アディ・イグナシアス(著)
           河野純治(訳)光文社 2010年1月25日発行 2600円+税 

<<冷静な語り口>>
 話題の書である。1989年6月の天安門事件で失脚、その後16年間もまったく非合法的に幽閉され、2005年に亡くなった元中国国務院総理・中国共産党総書記の趙紫陽氏が、極秘裏に録音テープを30数巻残していた、その編集・再現版である。ただし本人以外との対談部分は、その人々の安全のために省かれている。その音声も本書の刊行と同時に公開され、ワシントン・ポスト紙のインターネットサイト上で聞くことが出来る。その録音テープは生前家族にも知らされず、孫たちのおもちゃ箱などばらばらに保管され、子供向けの音楽や京劇が入ったテープに上書き録音されていたという。
 さぞかし自己を不条理な幽閉に追いやった現政権・党指導部に対する激しい怒りや感情の吐露、告発があるものと思われがちだが、その語り口は非常に冷静であり、「はらわたが煮えくり返る思い」をしながらも、自らのおかれたその場その場の状況を客観的に振り返り、政治的状況と力関係を鋭く分析し、なおかつ自らの政治的立場の意思表明や行動がその当時どのような意味を持っていたか、その欠点と長所、不十分さ、至らなさまでを反省をこめて語っており、説得的である。
 圧巻は、天安門事件「大弾圧」に至る舞台裏である。
 1989年4月、前党総書記・胡耀邦の死をきっかけとして起きる追悼行動、学生たちの民主化要求デモ、それに対する4月26日付の人民日報社説、5月16、17日の共産党政治局常務委員会、20日の戒厳令布告、6月3、4日の武力行使・「大弾圧」に至る舞台裏である。

<<「はらわたが煮えくり返る思い」>>
 そのハイライトを「第一部天安門の虐殺 第2章社説が事態を悪化させる」によって簡潔に紹介しよう。

 「ではどうして学生の抗議デモがあんな騒乱に発展したのだろうか?
最大の原因は四月二十六日の社説だった(1989年、人民日報)。それは、学生デモを「反共産党的、反社会主義的な動機から計画された動乱である」と公式に断定するものであった。
 5月16日の夜、私は政治局常務委員会を招集し、委員五人の連名で、学生らにハンストの中止を求める声明を発表することを検討した。声明の草案には「学生諸君の熱烈なる愛国精神は賞賛に値し、党中央委員会と中国国務院は彼らの行動を評価する」という一説があった。李鵬はこれに反対した。楊尚昆が応えた。「学生たちは腐敗を取り締まるよう提案している。それについては評価すると言ってもいいだろう。草案はかろうじて承認された。そこで私は初めて4月26日付社説の判断に修正を加えるよう正式に提案した。李鵬は直ちに反対した。李鵬は、4月26日付社説で示された判断は、鄧小平自身の発言を忠実に伝えるものであるから、変更は出来ない、と言った。楊尚昆は、4月26日付社説の修正は鄧小平のイメージを損なうと警告した。
 こうなると、鄧小平と一対一で話し合い、自分の意見を直接ぶつけるしかなかった。5月17日に電話をかけ会見を求めた。行ってみると、鄧小平は自宅に政治局常務委員会を招集してしまったわけで、すでに自分にとって不利な状況になっていることに私は気づいた。私が意見を述べている間、鄧小平はとてもいらいらして不愉快そうだった。鄧小平が最終的な決断を下した。「いまここで後退する姿勢を示せば事態は急激に悪化し、統制は完全に失われる。北京市内に軍を展開し、戒厳令を敷くこととする。」
そのとき私は、はらわたが煮えくり返る思いだった。このまま総書記として軍を動員し学生を武力鎮圧するなど願い下げだ、そう思った。(辞表が党中央弁公庁秘書局に届けられ、翌日回収)
 6月3日の晩、激しい銃撃の音が聞こえた。ついに起きてしまったのだ。ここまでの内容は、6月4日の悲劇から三年後に私が書きとめておいたものだ。」

<<「絶対に必要な転換」>>
 問題の5月17日の決定は、朝から鄧小平の私邸で政治局常務委員会が開かれ、前日同様に常務委員5人と楊尚昆、薄一波の2人が出席、鄧小平が北京に戒厳令を発令するよう提案し、李鵬と姚依林が賛成、趙紫陽と胡啓立が反対し、喬石が棄権したため、政治局常務委員会の採決・決定とはならず、形式上は何の権限・権能も持たないはずの鄧小平に委ねられた決定であった。「人民民主主義」の個人独裁的な実態が、ここにも色濃く刻印されているといえよう。
 趙紫陽氏は、6月4日の悲劇の一か月前、5月3日の五四運動70周年記念式典では学生たちの愛国心を評価し、翌5月4日にはアジア開発銀行理事会総会で「学生たちの理にかなった要求を民主と法律を通じて満たさなければならない」「わが国の法制度の欠陥と民主的監察制度の不備が腐敗をはびこらせてしまった」などと演説している。
 同様の主張は、「第三部第12章 腐敗への対処」においても、「最も不可欠な課題は、司法の独立と法治の確立である。独立した司法制度がなく、政府与党が介入できるとしたら、腐敗問題を根本的に解決することなど絶対に出来はしない。」と強調されており、さらに「第六部第5章中国の未来」においては、「戦時体制の国から、より民主的な社会へと変わらないのはおかしい。これは絶対に必要な転換である。もちろん、人民解放軍の国軍化という問題もあるが、それよりも重要な、法制度の改革と司法の独立を優先すべきである。」と趙紫陽氏の年来の主張が明確に提起されている。
 一読の価値ありといえよう。
(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.389 2010年4月24日

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【書評】鈴木正著 『九条と一条—-平和主義と普遍的妥協の精神』

【書評】鈴木正著 『九条と一条—-平和主義と普遍的妥協の精神』
(農文協、1800円+税)

憲法九条に関する議論が、戦力、防衛問題に限らず、もっと広範な領域–東アジア共同体、外国人参政権問題、社会権的基本権(二十五条)等–にまで拡大展開している現在、本書は、この問題のとらえ方そのものに一石を投じる。
例えば、本書の書名『九条と一条』と同一の文章「九条と一条 凝り固まった日本にしないために」には、次のような箇所がある。
「戦争をしないと誓った九条の国家・日本が、これからの世界で指標になるといい。オーバービーが『日本国憲法』九条の条文をアメリカ合衆国憲法への修正条項として導入しようと、(中略)提案している。彼の高貴な理想の戦士・現代のドン・キホーテぶりに私は尊敬と感動を覚える」。
そして著者はその心意気を買い、真剣に九条護持を貫きたいと考える。
ところがここに、一つの問題が生じる。「それは日本人の社会では、竹内好が『一木一草にまで天皇制が宿る』という擬似共同体意識が根を張っている点だ」。「“天皇”を頂点とする社会制度は、部分社会の茶道・華道・歌壇・文壇など、創立者の血統や有力者のコネによるヒエラルヒー秩序にみられるとおりである。家父長的な組織や世襲は政党にさえ現れている」という事実である。
これについての方策を欠いたままでは、九条擁護を言ってみたところで、有効なものとはならない。つまり著者によれば、広い意味での国民の戦争責任を振り返ると、九条と一条は関連があり、「いまの国のあり方の根本的な争点である護憲と改憲がせりあう渦中で、一条の天皇制をなくして共和制に替え、九条はそのまま、という民主主義を徹底させる考え方が、うまく成就する」ことなど、考えられないとする。
天皇制に対して「意識革命を毛細血管的に浸透させ変えてゆく不断の過程」、「天皇制的な心性を無化してゆく大事な営み」が必要不可欠であるとしても、上のような状況から考えれば、九条のみを強調することには問題があることになる。それよりもむしろ、現実の状況を踏まえて運動を進めることのほうが重要となる。著者に言わせれば、「天皇制といってもピンからキリまである」ということである。
ここでの著者の視点は、その研究対象である日本近現代思想史の安藤昌益の「われは兵を語らず、戦わず」という平和主義と「普遍的妥協の精神」(安藤を発見した狩野亨吉の言葉)から出ている。後者の「普遍的妥協の精神」とは、「百年の後を期す姿勢」を持つことであり、「百年の後を期したから、何もしない人間になってはいけない、公にすべきことと、やるべきことはやる、そのやるべきこととはというのは、真道を平和的に人に伝え宣伝することしかない」ということである。
この意味で著者は、現天皇が自分の象徴責任が悪用される恐れがあるときに行う抑止的な政治的発言に注目する。すなわち昭和天皇の戦争責発言をした本島・長崎市長が狙撃されたときに、天皇問題を含めての言論の自由を語っていること、あるいは園遊会で米長邦雄・東京都教育委員が国旗国歌の強制を言ったときに、その発言をたしなめていること、等を評価する。
このことから、「現天皇があのように発言できるのは、それに基いて頼りにするところの日本国憲法が存在するからであろう。その精神をまもることが、いまこそ大切だと私は思っている」と述べることで、著者は、天皇制を超えていく意識変革の不断の努力とともに、現実のできるべき事柄を見極めて実行に移していくことこそが、未来の変革へとつながることを強調する。
以上の議論には徹底性ということからは異論があるかも知れないが、しかしその視点の有効性もまた認識されねばならないであろう。
本書には上のような視点から、三木清、竹内好、グラムシ等、さまざまな日本の近現代思想に関する論稿が収められている。中でも安藤昌益を論じた「安藤昌益の平和主義と普遍的妥協の精神」、そして『中井正一エッセンス』(2003年、こぶし書房)の解説である「中井正一という鏡──実践の論理の回心軸」は、秀逸である。(R)

【出典】 アサート No.389 2010年4月24日

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【追悼】「改憲阻止のつどい・大阪」代表 井上淳一さん急逝 

【追悼】「改憲阻止のつどい・大阪」代表 井上淳一さん、急逝 

 「改憲阻止のつどい・大阪」の代表として活動されてきた井上淳一さんが、この三月末、体調急変により急逝された。その一週間前の「ピース・ウォーク from 沖縄」には、兵庫県から大阪府へ入るコース、二十数キロをともに行進され、「基地はどこにもいらない」、「普天間基地の即時閉鎖」、「憲法九条を守ろう」と訴えられた。3月19日の「改憲阻止のつどい・大阪」の会合では、その意義や行進の模様、これからの予定等を元気に、笑顔で報告され、会合の後の懇親会でも活発に議論され、まとめておられたばかりであり、予想だにできないまさかの急逝であった。
 「憲法九条改憲阻止のつどい・大阪」にとっては大きな痛手である。この「改憲阻止のつどい」は、井上さんが中心となって、2007年8月に結成が呼びかけられたものであり、60年安保闘争時の大阪府学生自治会連合(大阪府学連)委員長としての経験、その後の長年にわたる自治体労働運動、医療労働運動での真摯な運動への姿勢が、その最初の呼びかけ文に現れている。
 以下はその際の、呼びかけ文の最後の部分の抜粋である。
「平和憲法が第二次大戦後の世界平和にそれなりに貢献してきたことは紛れもない事実ですが、その第九条をはじめとする非戦・平和・民主主義・主権在民の根幹をことごとく打ち壊そうとする衝動が、総資本と保守政権を突き動かしています。壊憲の道となる国民投票法がすでに成立しています。
 平和と民主主義を培ってきた私たちはこれを座視するわけには参りません。すっかり衰退・崩壊している諸運動の現実を見るとき、私たち自身の責任を痛感し、再び人民主権の運動を再興するために立ち上がることを決意しました。
 対立と分裂を重ねてきた運動の反省に立って、一致できる一点なりとも大切にし、互いの力を寄せ合うことが今ほど求められているときはありません。
 改憲阻止ー反戦・平和・民主主義・人民主権の運動を私たちと共に再生させようではありませんか。「憲法九条改憲阻止の会」へのあなたの参加を切望し、呼びかけます。」
 運動の基盤と統一の重要性、その大衆的性格、民主主義と多様性を何よりも大切にしてこられた井上さんの思いが、今後に生かされ、受け継がれることを願うばかりである。
(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.389 2010年4月24日

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【投稿】鳩山政権:驕りと軽挙・軽薄な政治への警鐘

【投稿】鳩山政権:驕りと軽挙・軽薄な政治への警鐘

<<「私の不徳の致すところ」>>
 「迷走」という言葉がそのまま当てはまるような鳩山政権の右往左往は、有権者から厳しい審判を突きつけられている。
 先月2/21の長崎県知事選の結果は、民主党候補の大敗であった。民主党は、昨年夏の総選挙で県内4小選挙区すべてで勝利し、選挙区選出の参院議員2人も民主党が占める民主独占県であったにもかかわらず、そして4選に意欲を示していた元自民党衆院議員の金子知事が戦意を喪失、昨年11月、不出馬を表明、慌てた自民党県議団の民主党への相乗り一本化要請を拒否して、「県政にも政権交代を」とあえて絶対有利な、負けるはずがない対決を望んだにもかかわらず、9万票を超す大差で敗北。
 鳩山首相はこの選挙結果について「厳しかった。やはり国政の影響があったことは否めない。政治とカネの問題が影響を受けたと思う。このことに関しては、私どもは真摯に受け止める必要がある」と語ったが、小沢幹事長は「私の不徳の致すところで、大変申し訳ない。」と陳謝すれども「どんな状況でも自民党に勝つような政権党にならないといけない」と自らの責任問題を棚に上げる強気の姿勢を誇示している。
 しかし選挙結果は、功を奏すはずであった小沢幹事長主導の露骨な利益誘導型選挙、組織選も通じなかったのである。選挙戦術にいくら老獪・巧みであっても、問われている政策選択で、前政権と代わり映えのしない、数で押し切る傲慢な利益誘導型選挙では有権者から見放されることの証左でもあろう。
 同じ2/21の東京都・町田市長選においても、昨年の都議選、総選挙で民主党候補が躍進した選挙区でありながら、民主、社民、国民新推薦の候補が大敗し、続く翌週2/28の沖縄県・石垣市長選においても民主、共産、社民、沖縄社大推薦の現職候補が自・公推薦の新人候補に大敗している。長崎を含め、いずれにおいても自民党は弱体化し、回復不能なまでに得票力が格段に減衰しているにもかかわらず、この事態である。

<<危険水域入り寸前>>
 三月に入ってからの世論調査では、鳩山内閣への評価は先月よりもさらに厳しい結果を突きつけられている。
 内閣支持率が軒並み、30%台に突入しだしたのである。
 共同通信社が3/6-7に実施した世論調査では、鳩山内閣の支持率は36・3%と、2月の前回調査より5・1ポイント下落し、昨年9月の内閣発足以来初めて40%を割り込み、発足時に72・0%だった支持率は半年でほぼ半減という事態である。不支持率は3・8ポイント増の48・9%。不支持理由のトップは「首相に指導力がない」であった。
 読売新聞(3/5-7実施)調査では、内閣支持率は41%、不支持率は50%、小沢氏は幹事長を「辞任すべきだ」は78%、「衆院議員を辞職すべきだ」が68%にまで達している。
 JNNの世論調査では、鳩山内閣の支持率は、37.7%、NHKの世論調査でも38%、時事通信の世論調査では、30.9%と、30%割れの危険水域入り寸前である。読売の調査でかろうじて41%であるが、このまま推移すれば、来月以降は内閣支持率が20%台に突入しかねない事態である。
 さらに注目の夏の参院選について、「民主党が参院で単独過半数を占めない方がよい」と答えた人は、共同で58.6%、読売で57%、朝日新聞でも55%に達し、民主党単独過半数に拒否反応が示されている。
 明らかに民主党への追い風は逆転し、逆風が鳩山内閣に吹き始めている。総選挙で民主党に勝利をもたらし、政権交代を実現させた民意、政権交代への期待は、鳩山政権ならびに民主党の実態にあきれ果て、見放されかねない事態に直面しているのである。

<<「斟酌する必要はない」」>>
 半年ばかりの間になぜここまで悪化したのであろうか。それは、小泉政権以来の市場経済原理主義、福祉切り捨て・セーフティネット破壊政策からの転換、米ブッシュ政権の戦争政策への追随からの転換、「国民生活が第一」への「政権交代」を掲げた鳩山政権の誕生であったが、政権成立後の政権運営の実態は、この転換への期待を大きく裏切り、あらゆる政策遂行面において、政策転換の一貫性を欠き、右往左往し、旧来の自民党政権と変わらない混迷に陥っていることにあるといえよう。
 まず第一に、鳩山政権の経済政策は、旧来の小泉政権と同じくあくまでも縮小経済政策、財政均衡第一主義にとらわれ、規制緩和と民営化路線をそのまま引き継いでいることにある。そのために、セーフティネットの新たな再編・構築、失業・雇用対策、中小企業対策、環境保護対策、社会資本整備対策に大胆に予算措置をするニューディール政策を打ち出すことができず、すべてが中途半端なけちけち作戦に終始してしまい、誰もがそこに不況脱出への期待をかけられなくなってきているのである。任期中は上げないと公約していたはずの消費税を、半年もたたないうちに、それを引き上げることが危機脱出の出口であるかのような議論誘導を画策し、問い詰められると、右往左往してお茶を濁すあいまいな政治姿勢が見抜かれてしまっているのである。
 さらに、対米追随・戦争協力政策からの政策転換についても、鳩山政権の姿勢が前政権とは異なる積極的な平和政策の推進であるという政治姿勢がまったく打ち出されておらず、東アジア共同体構想などは事実上忘れ去られてしまい、積極的具体的な平和外交がほとんどなされていない。逆に軍事基地の強化拡大につながる米軍事政策への追随をあくまで堅持することに最大限の配慮を払い、米軍普天間基地の移設問題をめぐっては、沖縄県民の意思など「斟酌する必要はない」と土地の強制収用を匂わせてまで居直る官房長官の姿勢が際立つ、その底意があからさまな政治姿勢が明瞭になっている。それぞれの閣僚は定見の定まらない得手勝手な発言を繰り返し、首相はそれらを打ち消すことを繰り返し、注意はおろか、指導力さえ発揮できない事態がここでも見透かされているのである。

<<「超のんきな性格でございます」>>
 平和と「友愛」、人権と人道に反する極めつけは、高校無償化対象から朝鮮学校を除外するなどという、民族差別と憎悪を煽動するような措置を、鳩山首相自身が容認し、発言が二転三転した結果、「第三者委員会」なるものの判断にまかせるという責任逃れの政治姿勢である。火をつけた中井洽拉致担当相は、首相が衆院予算委員会で、朝鮮学校の生徒と面会する意向を示したことに触れ、「総理は人がいいから、人に会うと、すぐちゃっと迎合する。超のんきというか、総理のご性格でございます」と茶化すような人物であり、こんな不見識極まりない閣僚を首相は野放しにしているのである。
 首相が閣僚に対して行った唯一の注意処分は、前原国土交通相に対してであるが、公表前の公共事業の「個所付け」情報を、国土交通省から民主党を通じて事前に自治体に漏洩させたものであるが、これなどは典型的な権力犯罪といえよう。幹事長室で取り仕切った陳情を利益誘導で恣意的に政権党に有利なように配分し、差配する、旧来の自民党政権が日常茶飯事に行っていたことをより露骨に、あくどく行ったものである。
 こうした権力を握ったものに特有の驕りと傲慢、それを取り繕う軽薄で軽挙な言動、居直り、政権交代への意義をゼロにし、期待を打ち砕くような事態が誰の目にも明らかになってきていることが、現在の鳩山政権、民主党への逆風の正体であり、厳粛な警鐘とも言えよう。鳩山政権が発足してまだ半年しか経過していないにもかかわらず、政権自体の質的人的劣化がここまで明らかになっているとすれば、そしてそれでもなお「政権交代」への期待が存続しているとすれば、民主党には一刻も早い自己改革と再出発が求められている。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.388 2010年3月20日

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【投稿】国の財政危機を煽るものは誰か-その狙いはどこに

【投稿】国の財政危機を煽るものは誰か-その狙いはどこに
                             福井 杉本達也

1 日本は借金中毒?
朝日新聞は3月3日付の社説「借金中毒にもほどがある」において、「財政の先行きがますます不安だ。一般会計総額92兆円は、当初予算で過去最大。新規国債発行額は税収を上回り44兆円にのぼる。借金中毒のような財政の姿がここにある。」とし、財政悪化の理由を、新政権の公約実現への施策に向け、「子ども手当の半額支給や高速道路の一部無料化などが盛られ、歳出額が膨れあがった。政権公約の実現には恒久的な財源が必要だ。それをあえて直視しないで国債増発に頼っているとしか見えない。」と述べ、続いて「『政治がいつまでも増税の検討を先送りし続ければ、いずれ国債が暴落しかねない』。市場関係者の間で、そんな話さえ出ている。米国の有力格付け会社が日本国債の格付け引き下げの可能性を示唆している。ギリシャの財政危機は対岸の火事ではない。」とし、「政権公約の工程表を大幅に見直すなどして歳出の膨張に歯止めをかけねばならない。」と結んでいる。しかし、本当に国債は暴落するのか。

2 財政悪化の原因は何か
そもそも、財政悪化は民主党政権に始まったことではない。現政権が財政悪化に苦しんでいることは、過去十数年にわたる自民党政権下での財政悪化の結果であるにすぎない。少なくとも「子ども手当」が財政悪化と主役であるような議論は、つい半年前までの麻生政権下の財政状況を意図的に忘れ去ったかのような議論である。昨年5月に成立した14兆円の補正予算で11兆円もの国債を発行して財源調達したことを忘れてもらっては困る。さらには、昨年3月末に成立した21年度予算・85兆円は公債費比率を20年度の30%を38%にも引き上げることによってようやく帳尻を合わせたものである。平成21年度国債残高は924兆円と見込まれるが、平成11年度(1999年)の残高が489兆円だったことから小渕―森―小泉―安倍―福田―麻生政権下の10年間で435兆円と倍増したものである。
日本の税収と歳出のバランスは1991年までは均衡を保ってきた。これを大きく崩したのは、1990年代不況対策としての減税であった。まずもって、富裕層への大減税を行ったことが税収激減の理由である。1986年にそれまで所得税+住民税の15段階の累進課税・最高税率88%であったものを、1988年に6段階・76%に引き下げ、1989年には5段階・65%に、1995年には、その65%対象者を3,000万円以下の所得層は55%に下げ、さらには1999年には4段階・50%まで引き下げたのである。一方、中間・低所得者層には2007年 定率減税の廃止〔課税所得200万円未満〕5%→10%の増税を行っている。富裕層への滅税は家計消費の割合を増さず、貯蓄の割合を増している。減税は貯蓄にまわり、不平等を拡大している。
法人税は1998年に法人税率を34.5%に1999年にグローバル化に対応するため「国際水準並みにする」として30%に引き下げられた。その為、税収は1990年度の60.1兆円と比較して、2008年度は44.3兆円であり、15.8兆円も減少している(この間、所得税は11.0兆円、法人税は8.4兆円も減少した)。しかし、こうした減税は不況対策としての効果はなく、不平等を拡大させただけである(伊東光晴:『世界』2009.12)。

3 景気悪化にどう対応するのか
国家の財政機能には三つある。①道路整備や医療などの市場では出しえない財サービスを供給する「資源配分機能」、②所得再分配機能、③景気安定化機能である。現在、需給ギャップが30兆円あるといわれるが、企業の設備投資がマイナスで、賃金も下落し個人消費が落ち込む中では、政府による支出で景気悪化を食い止める以外にはない。「子ども手当」はその1つである。景気が不確かな中で「歳出の膨張に歯止めをかける」=歳出を絞るなら再び景気を奈落に落とすことになる。むしろ現政権に求められるのは、「労働市場を市場の自由に任せる」というバカげた労働者派遣法の早期改正である。中間搾取=ピンはねをさせない体制を作ることが求められる。中間搾取を廃止すれば、その分が消費に回ることになる。

4 国債は暴落するのか
「増税を先送りすれば、国債は暴落」するというのは本当だろうか。今年1月26 日格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は、日本国債の格付け見通しを「安定的」から「引き下げ方向(ネガティブ) 」に変更したと発表した(日経:2010.1.27)。「日本の借金のGDP比率は200% に近く、太平洋戦争末期と同水準…市場が映す日本政府の信用力はじわりと低下している。国債や社債が債務不履行に陥った際に、債権を全額保証するクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)市場。信用力を反映するとされる『保証料率』は、日本国債の場合、昨秋の0.4% から0.8% に跳ね上がった。主要国では英国と並び市場の信認が低い」(日経:2.17)と危機を煽っている。しかし、日本の国債の90%は国内で消化されている。海外勢の国債保有残高が1兆8千億ドルと半分を占める米国とは根本的に異なるのである。
米テキサス州ダラスにあるヘッジファンド、ヘイマン・アドバイザーズのカイル・バース氏は、日本の国債の「(暴落は)必ず起きる。問題はいつ起こるかだ」と語った。同氏は起こる方に賭けている。バース氏などは、日本国債市場が破綻した場合に利益が出る様々な投資商品を購入している。債券先物相場に関するオプション契約を結んでいる。また、債務不履行に陥った場合の保険になるCDSを購入するトレーダーもいる。バース氏は金利上昇に備え120億ドル相当の日本国債のヘッジに600万ドルほどかけている。現在1.3%の長期金利が3%程度まで上昇したとしても、儲けは大きくないが、4%に達すると、600万ドルの投資で約1億2500万ドルの利益を得られることになる。長期金利がその後1ポイント上がるにつれ、少なくとも1億2500万ドル分の利益が出ることになるという(http://jp.wsj.com/Finance-Markets/node_17946)。
しかし、いくら日経やヘッジファンドが煽っても、長期金利の動きは鈍い。年明け後の新発10年物国債利回りは1.3%台で推移している。銀行勢のカネ余りを背景に、金利上昇圧力は弱い。17兆円を一気に発行した麻生内閣当時の昨年春とは状況が違うのである(日経:2.24)。日本国債が今のところ破綻することはない。破綻すると煽っているのは国際金融資本とそれに連動する国内のトレーダー及び一部の新自由主義者である。

5 格付け会社とは何か
先日廃業した格付け会社・三國事務所の三國陽夫氏は格付けを「収益担保主義」=キャッシュフローあるいは利益で負債の元本と金利を返済していくことができるかどうかで判断してきた。しかし、これではリスクの高い資産=「あぶない資産」への投資はできない(あぶないから利回りが高い)。しかも、債権発行企業からはお金を取らない=勝手に一方的に格付けをする。したがって、債券発行企業との利害関係は生まれない。ところが、これでは儲からないので、1970年代から米国のS&Pやムーディーズなどは発行企業からもお金を取ることにした。この場合、他の人が手に入らないインサイダー情報を基に格付けをすることになり、債権発行者と格付け会社はべったりとなり、いい情報だけで格付けする、悪い情報は握りつぶすということになりかねない。その結果、サブプライム・ローンの証券化のように「何だかその価値がわからないものが取引される」ことになったのである(三國陽夫『世界』2010.3)。亀井金融相が「外国のそういう格付会社がどうこうしたからといって…。日本人というのは、外国に影響されてしまいますからね。あほみたいのが多いのですよ…新聞記者だって」(金融相会見:2010.2.12)というように、海外の格付け会社の格付けを信用するのは愚の骨頂である。

6 ギリシャ(EU)の問題はどうとらえるのか(国際金融資本の謀略)
ドバイ・ショック直後から欧州で、ギリシャなど南欧国債の売り崩しが始まった。CDS市場では、ギリシャ国債(10年物)のスプレッドが急拡大し、リーマン・ショック後の最安値(2.45%) に接近。アイルランドやスペインなども似たような状況となった(日経:2009.12.2)。ヘッジファンドの狙いはユーロ周辺国家である南欧の財政不安を煽って本体のユーロ安を誘い出し利鞘を稼ぎだすことである。ヘッジファンドにとっては残念ながら、独仏を中核とする欧州連合財務相理事会はギリシャを支援することを決定し(日経:2.18)、ひとまずユーロ安は収まった。
ところで、今回のギリシャ財政危機を煽ったヘッジファンドの動きには裏がある。真の目的は米国に資金を還流させることにある。中国などの米国債保有残高は伸び悩んでいる。中国の2009年12月末時点の保有残高は8,948億ドルで、直近のピークである2009年7月末に比べて約5 % 減少した(2月26日米財務省は一旦発表した昨年末の中国の保有残高を大幅に修正した(日経2.28))。これに対して中国の外貨準備高は09年12月末時点で世界最大の2兆3,991億ドルに増えた。米国債以外の運用を拡大しているのである。石油輸出国や韓国、シンガポールもユーロ建て債券などドル以外の資産を増やしている(日経:3.10)。米国債に買い手がつかなければ米国はイラク・アフガン戦争の継続もできない。国家破産である。何としても対抗通貨ユーロを潰し、資金をドルに還流しなければならないのである。
米国は対外債務を返済する気は毛頭ない。三國氏によると、「『二国間に発生した巨額の債権債務関係は決済されない』というケインズの説です。…アメリカは債権国の時に二度損をしているわけです。一度は第一次世界大戦のあと、二度目は第二次世界大戦のあと、アメリカは対外債権債務が決済されないことをいやというほど知っているのですけれども、今度アメリカは債務国ですから、払う気はないと思うのです。…アメリカのファイナンスというのは基本的に払わない。アメリカ経済というのは、お金を返さない仕組みに毒されてしまったわけです。」(上記『世界』)と鋭く指摘している。「お金は返さないけれど、お金を貸してくれ」というのであるから、軍事力で脅すか、ヘッジファンドを使って金融危機を煽り、ドルに資金が還流するように仕向けるか、貿易戦争を仕掛けるかである。独仏は最初から米国に狙いは分かっており、初めから米国債の購入を手控えている。又、中国も米国の狙いを分析して交渉に臨んでいるものと思われる。日本は「米国に貸した約70兆円の金はもう返ってこない」と“割り切った上で”、米国債を今後とも購入するのか、交渉の手段にするのかよく考えることである。

7 消費税と国債のどちらを選ぶのか(他の手段はないのか)
日本の財政危機を煽る論者は意図的に日本が中国に次いで米国債の2番目に多い買い手であることに触れない。日本は2009年中の1年間で米国債を22%・1,397億ドルも買い増した。その多くが民間金融機関である。米国債を買う余裕があるのなら、日本国債は十分にファイナンスしうる。しかし、米国債をファイナンスするために、日本国債を買ってもらっては困る。そのためあらゆる機会を通じて「増税など財政規律改善のための具体的な道筋が示されなければ、日本国債は格下げリスクにさらされる」(モルガン・スタンレー証券伊藤篤:日経:3.1)と恫喝するのである。
しかし、子ども手当、高校無償化などの政策で財源は手一杯となってしまった。そのことは昨年11~12月に行われた事業仕分けや予算編成過程からも明らかである。本格的に基礎年金の国庫負担や医療改革などを推し進めようとすれば明らかに財源は足りない。当面は国債発行アレルギーを排除することによって凌ぐしかないが、長期的には財源の問題は避けられない。現状では財源難によって政策の手段を縛られてしまう。そこで、まず、所得税を1980年代の水準に戻すこと、実質補助金となっている法人税の各種租税特別措置を大幅に整理すること、さらには、消費税を付加価値税に組み直して(付加価値税と消費税の違いは、仕入れ先の納付した付加価値税額を明記した送り状(インボイス)の有無である。これにより税の納付が透明化される)税率を上げる、と当時に負の所得税=ベーシック・インカムを導入することである。

【出典】 アサート No.388 2010年3月20日

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【投稿】デフレ克服なるか 2010春闘 —-春闘の最大のテーマはデフレ脱却に—

【投稿】デフレ克服なるか 2010春闘 —-春闘の最大のテーマはデフレ脱却に—
                                    立花 豊

経済環境・雇用情勢が依然として厳しい状況がつづくなか、2010年春闘が展開されている。この春闘の最大のテーマはデフレ下の春闘をどう戦うかと言っていいだろう。昨年末には政府の景気刺激策や新興国の需要の高まりのなかで、輸出産業を中心とした大企業に一時からの不況感を脱し、増益を確保する企業が相次いだ。全面大雨・嵐状態の日本経済に一服の「感」が出て、底を脱しつつ増益基調にあるようにもみえるが、流通・サービスを中心とした内需型産業には依然厳しさが続いている。また、自動車・電機産業の賃下げや定昇凍結など、労働条件の切り下げ提案が相次いでいる。連合も「取り巻く情勢」を「2009年通じてのGDPはマイナス成長」「2009年の全産業で19.3%の減益が続く企秦収益」「非製造業中心に厳しさが続く中小企業」「短期的にも長期的にも低下が続く賃金水準」「5%前後の高水準の失業率と前年同期比の半分近くの高卒求人数という過去最悪の雇用情勢」「減少した労働時間」と特徴をあげている。当然、連合もデフレ・スパイラルからどう脱却し、内需を高め、雇用を確保し、「自律型経済成長を描けるのか」としている。これが今春闘の大きなテーマと言えるだろう。
では、具体的に労働組合はどういう闘いをしているのか。第56回連合中央執行委員会(2009年12月3日)は、春季生活闘争方針で以下のように現状を把握し、課題を提起している。

『日本経済は回復の兆しが見られるものの鉱工業生産の水準は、ピーク時の76%にすぎず、低迷が統いている。消費や設備投資などの内需も弱いなかで、輸出は中国経済の回復などで量的には下支えされているものの、アメリカや欧州経済の回復も思わしくなく外需の伸びも期待できない。政府の需要刺激策によって一部で消費が回復しているものの先行きの懸念は大きい。これは、「いざなぎ景気」越えといわれた戦後最長の景気回復期においても、成長の成果が勤労者や家計に適正に配分がなされなかったことによるものであり.賃金は10年前の水準から7.6%も低下している。このような賃金水準の低下は、低所得層の増加と中間層の減少によるものであり、所得格差の拡大と二極化は今も進行している。政府も日本の相対的貧困率が2004年の14.9%から、2007年は15.7%に上昇したことを公表した。このような二極化と配分の歪みから、内外需のバランスは大きく崩れ個人消費は低迷したままとなっている。
一方、不況期においては跳ね上がる労働分配率も、マクロ面から見れば急激な上昇は見られていない。これは、夏季一時金の大幅減などによるものである。
雇用面でも、経済の成熟化や雇用労働の規制緩和などによって、一時は雇用労働者の約4割が非正規労働者となった。このことは必ずしも、ワーキングプアに直結するものでは無いが、低所得者層を多く生み出し、雇用と所得の面からも歪んだ状況を呼び起こした。また、長時問労働、過重労働による過労自殺が増えるなど、ワーく・ライフ・バランスの実現という観点からも大きな問題を残したままとなっている。

日本経済・社会はまさに底割れの状祝にある。配分のバランスは崩れ、社会・経済システムの機能低下、セーフティネットも十分に機能していない。貧困間者も年を追うごとに深刻化している。また、こうした状況への様々な対応の結果、デフレがデフレを呼び起こすという縮小均衡の悪循環を招来しており、雇用調整助成金の効果によって低く抑えられている失業率も、その制度改善がなければ大きな社会問題となることが懸念される。このように、日本経済・社会の枠組みは、正に今こそパラダイム転換が必要不可欠となっている。2010年春季生活闘争は、そのための取り組みである。連合は総力をあげ、貸金、労働時間をはじめとする労働諸条件の交渉を強化するとともに、現下の状況において勤労者の雇用と生活を守っていくことが必要である。このため、労働条件の取り組みと政策制度からの取り組み強化が不可欠との認識のもと、国民の生活が第一とする民主党政権との連携を探めつつ、車の両輪として2010闘争を強力に推進していく。』

少々長く引用したが、以上のように、形としてだけの今までのように選挙カンパニア的、「反政府」的な、政治的な春闘でいいわけでなく、厳しい環境のなかで、「パラダイム転換が不可欠」であり、「勤労者の雇用と生活を守っていく」春闘が提起されているといっていいだろう。
今春闘の具体的な要求をみると、連合レベルでは賃上げ基準を設けていない。賃金水準については、わずかに「到達すべき水準値として25歳185000円、30歳210000円」などを例示しているのみである。「賃金水準の維持、底上げ、ゆがみの是正のため」に「賃金カープ維持分の確保をはかり」、「賃金水準重視の取り組み」を行うとしている。

<ペアを要求できない産別>
賃上げ水準を明示できない姿勢は産業別労組に強く影響している(産業別労組の姿勢が連合レベルに影響しているともいえるが)。個別産業では、自動車産業の労働組合を包括する自動車総連は、日本を代表するトヨタはベア0円と、富士重工業を除く各社は軒並みペア0円である。また、自動車とならんで日本経済のけん引役であった電機もほぼベア0円が続いている。他の日本を代表する大企業の新日鉄、東京電力、NTTドコモなども0円ベアとなり、わずかに年間一時金要求で昨年を上回る組合が一部あるといった状況だ。要求段階でベアを望まず(できず)、個別企業の枠のなかに埋没しているといっていい状況である。企業横断的に見られる要求は、「定昇確保」と賃金カーブの維持だけというもので、「業績連動型」という一時金要求にその姿勢はみてとれる。いま『脱デフレ』がテーマなのだから、着実な賃上げをどう実現するのかが問われているのだが、こうした大企業労組の姿勢は、要求段階で中小の要求に悪影響をもたらし、全体に『逆波及」している。全産業的な大幅な賃金水準の上昇はまったく望めず、所得面での『脱デフレ』は到底望めないといっていいだろう。

<孤立する中小の闘い>
一方、こうした大企業労組の影響を受けて、中小労組では明確なベースアップ基準を掲げられない中でも、「格差是正」を要求の柱に掲げている。さらに「全労働者を対象に処遇改善を図るために」「企業内最低賃金協定の締結拡大」とその「水準の引き上げ」を挙げている。中小の闘いは本年も2年目を迎えた共闘連絡会議で賃金の社会的横断化を求めていくことになり、格差是正を要求していく。共闘連絡会議ごとに各産業の代表銘柄の貸金水準を明確化させ、格差是正や体系整備など中期的な取り組みを進めていくとしている。しかし、元請けたる大企業などが軒並みベア0円のなかでどう賃上げができるのか。賃金水準をたとえ維持しえたとしても、大企業との格差は一向に縮みにくいだろう。正規社員ですらこうした状況で、派遣やパート労働者の闘いはより困難を強いられているのが現実である。いきおい、こうした賃金以外の要求として政治解決=民主党や国会での政策にゆだねるしかない。

<政策・制度闘争のゆくえ>
連合は春闘と同時に取り組むべき課題として、A「180万人の雇用創出プラン」および政府の緊急雇用対策の着実な実行に向けた予算措置の実現と中小・地場産業の育成・支援と地域経済活性化の重視、B 雇用の安定・確保にむけた雇用調整助成金の要件緩和対策、労働者派遣法の抜本改正、緊急人材育成・就職支援基金の恒久化、C 最賃の引き上げ、D 医療・介護提供体制の確立、E 公契約基本法と公契約条例の制定、F 公賓労働での労働基本権の確立などを挙げてきた。
民主党などの連立政権は昨年末需要からの成長を中心とする「新成長戦略」を発表した。それは基本的にGDP名目3%(実質2%)を上回る成長を目標として、「環境・健康・観光」で100兆円超の需要を創出するとしている。さらに失業率は3%台へ低下させ、「地球温暖化阻止」を旗印に掲げている。この「戦略」には労働組合の要求する課題と合致するものが多いが、戦略を実行・実現する条件としてはいかにもハードルは高い。短期的に目下の景気をどう浮上させるか、中・長期的には実現する財政的な裏付けが必要だ。消費税すら「4年間はあげない」という程度のレベルで、労働者からみて期待を裏付ける材料は乏しい。労働組合のあげた課題を実現するにも、場当たりな対応にならないか、戦略は画にかいた餅とならないか、危惧されるところである。

【出典】 アサート No.388 2010年3月20日

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