【投稿】現行の「教育基本法」を活かそう!

【投稿】現行の「教育基本法」を活かそう!

 「教育基本法改定」の採決が来週末までには行なわれそう、という大変な事態を迎えている。安倍政権の最重要法案として、この臨時国会で何としても成立させようとしている。
「何としても」という至上命令に、内閣府や文科省は、政府主催の教育改革タウンミーティング(TM)で「やらせ質問」を仕掛けた。「教育基本法改正のため『やらせ質問』をやらせたことが事実なら、教育基本法改正案は直ちに取り下げるべきである。
『やらせ質問』まで行って教育基本法改正を実現しようとする、いやしい勢力に教育を語る資格はない。国会は『やらせ質問の疑惑』が晴れるまでは教育基本法改正の議論をやめるべきだ。事は重大だ。この事件に内閣府が関与していたとすれば、内閣府の責任者である安倍晋三首相と塩崎恭久内閣官房長官は責任を免れることはできない。
 この問題をうやむやにして教育基本法改正案を採決することは許されない。安倍首相と塩崎官房長官は他人事のような対応をしているが、こんなことが許されていいはずはない。」 <2006.11.6 『森田実の言わねばならぬ』[468]> 全く森田さんの言う通り!
 「いじめ自殺」の連続と「高校単位未履修問題」は底辺を広げており、野党側は一致して文部科学委員会の開催を要求しているが、与党は応じる気配はない。安倍首相をはじめとする「教基法改悪→憲法改悪」を目論む勢力は、「改正ありき」で事を急いている。
 現在生起しているこうした諸問題に誠実に向き合うことなくして解決はあり得ないし、「自死」の道を選ばざるを得なかった生徒たちの遺志を生かすことはできない。
 安倍首相は「教育再生会議」を立ち上げ、そのメンバーとして各界の著名人を並べたが、教育労働者の声を代弁し得る人は皆無である。「やらせ質問」に象徴される全体主義的傾向が進むと、「いじめ」はなくなるどころかますます陰湿化する可能性が高い。現行の教育基本法が謳う「個人の尊厳」を学校現場で徹底させ、人権教育を「再生」強化していくことこそが求められている。
「男女共学の趣旨が広く浸透し、性別による制度的な教育機会の差異もなくなっている」という表向きの理由で、「改正案」から「男女共学」が削除されている。
 しかしながら、現行法の第5条を削除して、新たに第10条として「家庭教育」の条項を設けたことに、今回の「改正」の意図が透けて見え、より男女の性別役割を強調する内容となっている。これは、「男女平等」「男女共同参画」「男女共生」へと進んできた歩みを、大きく逆戻りさせることになり、世界の流れにも逆行している。
 「家庭教育」にまで踏み込むところに、「改正案」の国家主義が見え隠れするが、「我が国と郷土を愛する心」強要に至っては、大変問題だ。戦前、国家主義教育の下「お国のために」と強要され死地に赴いて行った多くの若者たち。同じ過ちを繰り返してはならない。
 問題だらけの「改正案」の成立を阻み、現行の「教育基本法」を現場で活かしていきたいものだ。 (教育労働者 KAWACHI) 

 【出典】 アサート No.348 2006年11月18日

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【投稿】飛鳥会事件と大阪市政“改革”への疑問

【投稿】飛鳥会事件と大阪市政“改革”への疑問
                            福井 杉本達也

<マスコミ報道等による同和行政を巡る一連の事件の概要>
 大阪市では、昨年末から、130億円を無担保融資してきた民間の旧芦原病院の経営破たん、「大阪府同和建設協会」(同建協)に所属する業者を入札で優先的に指名してきた発注方式を談合をとして、職員3人の起訴、5月には、大阪市開発公社の直営駐車場を巡る業務上横領事件で、財団法人「飛鳥会」理事長の小西邦彦被告が逮捕(部落解放同盟大阪府連合会飛鳥支部長だった)されるなど同和行政を巡る一連の事件が起こった(読売2006.7.5)。解放同盟大阪府連は、飛鳥会事件について「同和をかたり、個人が利益を得ているとすれば、エセ同和行為である」との見解を表明した。市は同和行政の見直しを進めるとして、8月29日、旧芦原病院(民事再生手続き中)や財団法人「飛鳥会」を巡る事件など、一連の問題について、「不適切な事務の執行を命じた」などとして、前健康福祉局長を諭旨免職するなど職員計99人と、外郭団体などの6人の計105人の処分を発表した(読売2006.8.29)。
 さらに市は同和事業の見直しとして、「高齢者福祉や教育など、委託したり補助金を支出したりしている19事業について2008年度末までに廃止する基本方針を決定した。廃止される委託事業は高齢者パソコン講習や老人健康相談、保育所環境整備事業など14件。取りやめられる補助金支出は被差別部落史編さんや地域医療の研究大会への補助など5件。このほか市内12カ所の同和地区に1館ずつある青少年会館も廃止。同和行政の中核として各地区に設置された人権文化センター(旧解放会館)も統廃合を検討する。廃止される施設の職員と同和地区内の保育所に基準を超えて配置されている保育士など約300人も本年度末で引き揚げる予定」としている(共同10.10)。

<事件は一大フレーム・アップ-筋書きは1年以上も前に>
 同和対策事業の見直しは、2006年6月に設置した「調査・監査委員会」の8月に出した提言を受けてということになっているが、実に奇妙なことに既に2005年時点で、一連の筋書きが出来上がっていたのではないか。2005年9月27日の「市政改革本部案」(2006年2月一部修正して「市政改革マニフェスト」)では「人権文化センター13 ホール、会議室利用率12.7% 【何が問題か】・事業目的によっては年齢等の利用者制限を設けた施設が存在し、空き室があっても利用できない状況が生じている。平均利用率が…低く、特に1割程度しか利用されていない施設も存在する」「【今後の具体的な取組課題】②施設の…統廃合を進める。③ 監理団体等派遣職員の大幅な引きあげ」等々具体的な見直し項目を上げていた。
 特に市政改革マニフェストの見過ごすことのできない問題点は民間企業に対しては、「②市政全般への民間企業等との協働の推進…全庁的な検討体制のもと、監理団体等も含めた事務事業全般にわたり、官民協働推進の観点からの検討を行う。」としながら、市民・地域団体に対しては「③市民・地域団体との健全な協働の推進」とし、「地域振興会等地域団体や、コミュニティ協会・社会福祉協議会等本市の関与が大きい関連団体等への委託料、補助金等について実態を調査し、健全な協働推進を図る。不明瞭であるとの批判のある地域団体など各種団体との関係について点検し、業務委託契約・施設利用のあり方などを見直す。」としていることである。どうして市民・地域団体には『健全な』という形容詞をつけなければならないのか。『健全でない』市民・地域団体があるという意味なのか。そもそも、地方自治の基本的構成要素である市民・地域団体を不審者呼ばわりするこの「マニフェスト」には、市民・地域団体を自治の主体とは見ず、統治の対象としてしか見ない思想が根底に流れている。
 大賀正行氏は今回の一連の事件について、「飛鳥小西事件は第2期の行政闘争方式と「特措法」時代のもつ マイナス面が典型的に出たもので、これはいわば氷山の一角である。私はこれに早くから気付き『特措法強化延長』から『部落解放基本法』にスロ-ガンを変えさせ、特措法時代の終結後を見越して第3期論を15年以上もまえから提唱してきたが、指導しきれなかった無念の思いに駆られる。しかしながら飛鳥小西事件は同和行政打ち切りの口実として、権力側がマスコミと一体となって仕掛けてきたもので、私らが苦労して積み上げてきた50年の成果を一挙に、元に戻すという一大反動と弾圧である。今月末に発表される大阪市の同和行政見直し案は全国すべての同和行政への悪いモデルになることは必至だ。」(2006.7.31)としている。事件は2002年3月に「特措法」という法的根拠が無くなるのを待って、1年以上の月日をかけて官憲・マスコミを総動員し、「社会意識としての差別観念」をフルに利用しての綿密に練られた一大フレーム・アップ(frame-up)事件ということができよう。

<差別意識を煽って、市民の財産を掠め取る>
 ではこの一大フレーム・アップはいったい何を目的としているのか。市の改革会議の委員長を務める上山信一慶應大教授(大阪市大特任教授)は2006年10月3日付けの日経紙上で「官業 民間に『大政奉還』を」と題して、「大阪市では、市営地下鉄の完全民営化を検討中だ。メリットは予想以上に大きい。公務員法などの制約がなくなり顧客サービスと経営効率を同時追求できる。…私鉄並みの駅ナカビジネスや遊休資産の有効活用も始まる。市内にある広大な操車場の郊外移転など都市構造のあり方に直結する動きも予想される。今まで眠っていた交通局の膨大な資産が…フル活用される。」「官の事業と資産を徹底解体し、民の手に委ねる。…官という名の大木を引き倒し、それを市場という名の土に還(かえ)していく。」と述べている。
 また、マニフェストにおいても「市営住宅の建替え等」として、「市政全般への民間企業等との協働の推進」の項目の中で、「市営住宅の建替事業により生み出された余剰地において、コンペ方式等による民間マンションやコミュニティビジネスの拠点施設等の導入を図るなど、民間のノウハウを積極的に活用する。」とし、また、「②民間企業やNPO 等の活用」の例として「焼却工場の施設整備について、これまでの公設整備に加え民間資本の活用についても検討する。」ことなどが列挙されている。
 ようするに、地下鉄の操車場用地や老朽化しつつある市営住宅の底地をはじめ、大阪市民がこれまで営々と築き上げてきた『社会的共通資本』を、いとも簡単に「民間企業」にたたき売ろうというのである。『社会的共通資本』の提唱者である宇沢弘文東大名誉教授は「社会的通資本はどのような所有形態をとろうと、その管理、運営は決して官僚的基準にしたがつて管理されてはならないし、また、市場的基準によつて大きく左右されてはならない。それぞれの社会的共通資本にかかわる職業的専門家集団によつて、専門的知見と職業的倫理観にもとづいて管理、運営されなければならない。」(エコノミスト2003.5.6)と明確に指摘している。
 では、社会的共通資本を民間にたたき売るとどうなるのであろうか。上記論文で上山教授が評価してやまない小泉改革について、日本医師会の坪井栄孝前会長は「小泉政治のスタイルは、あらゆる面で『アメリカンイデオロギー感染症』に侵されており、決定にあたっては、自民党の意思よりアメリカの意向を、日本の専門家よりアメリカナイズされた学者や営利業者を優先する傾向を持っています。…小泉政権の中枢を司る経済財政諮問会議や総合規制改革会議のメンバーは、財務省の息のかかった、人の命よりも財政を最優先させる学者や民間人のみが起用されています。…日本国を持参金つきで外資に売り渡すことに余念がないと言われても仕方がない現実もあります。例えば、長銀はリップルウッドというアメリカの投資会社に3兆円以上の持参金つきで売り渡され、今度はあおぞら銀行がサーベランスに売り渡されます。そもそもこれらの売り渡し先は、ユニバーサルバンクですらありません。定見のないアメリカ追従の政策が、財政一本やりの聖域なき改革の流れをつくってきています。」(日本医師会総会挨拶:2003.3.30)と正当にも述べている。10月7日の日経によると、あおぞら銀行(旧日本債券信用銀行=国策銀行であった)は近々再上場されるが、その株の売出価格は1株570円に決まり、全体の株の6割を保有する米ハゲタカ・ファンドのサーベランスは持株の1/3の株を放出するが、1000億円もの金が入るというのである。また、村上ファンドを後ろで支援したオリックスにも数百億円の利益が入ると報道されている。社会的共通資本の民営化とはこのようなものである。地下鉄の操車場を売り、市営住宅の底地を売り、公園・緑地や道路までも民間に売ろうというのであろうか。その際、最も邪魔になるのが解放同盟である。

<ニュー・パブリック・マネジメント(NPM)とは詐欺行為>
 「今回の改革は、いわゆるニュー・パブリック・マネジメントの手法を採用したものである。」とする市政改革マニフェスト― 解説資料では、ニュー・パブリック・マネジメント(New Public Management)を「民間企業の経営理念・手法を可能な限り公的部門に導入したもので…徹底した競争原理を導入し、政策の企画立案と実施執行の分離をする。そのことで事業の効率化・活性化を図ろうとするものである。」と定義する。上記の上山論文の表現を借りれば、「BS改善させる平成の払い下げ」とし、「事業と資産の民間移譲、政府は一段のスリム化が必要だが、従来手法での予算や人員、組織の削減には限界がある。…今後は、債務圧縮や資産の有効活用などBS(貸借対照表)面の改革を重視すべきだ。具体的には、官の事業と資産を徹底して相対もしくは市場経由で民間譲渡すべきである(「平成の払い下げ」)。空港・港湾の経営、保険・年金事務など、当然のごとく政府の仕事とされてきた業務を資産とともに民間企業に譲渡すべきだ。」ということである。
 しかし、よほどの成長分野でない限り(あるいはホリエモンのような粉飾をやらないかぎり)「貸方」の資産を民間企業に売却すれば反対勘定の「貸方」には債務が残らざるを得ない。「借方」の債務は結局税金を投入して(市民の負担で)清算する意外にはバランス(BS)は回復しない。国鉄の民営化でも最終的には28兆円の税金を投入することとなった。「BSを改善させる」などというのは会計学のイロハも知らない(あるいは知らない者をたぶらかす)ごまかし以外の何ものでもない。そもそも、民間企業がまっ先に利益の源泉である大事な工場を売り払うということがあるであろうか。工場を売り払うのは借金が払えず企業が倒産する時である。“官の事業と資産を徹底的に売り払う”とは「官」を無くすということである。無くした後の「政策の企画立案」とは何を意味するのか。それこそ無用のものである。経営学とは何か、マネジメントとは何かを知らない者のする議論である。国と異なり、地方自治体の行政は市民生活に密接なものがほとんどである。施設管理など部分的に民間委託できるものもあるが、売れるものはしれている。港湾開発の資産にしても、売れないからこそ三セクが特定調停に持ち込まれたのではないか。しかも、『相対』でとは、ある特定の利害関係者に売却するということである。

<「身の丈改革」とは地方分権からの「敵前逃亡」>
 マニフェストは『身の丈改革』というキーワードで、「過剰行政の実態については、『人口1 万人あたりの職員数』という指標でみると、大阪市役所は185 人で、横浜市役所の95 人、名古屋市役所の138人、政令指定都市平均の111 人を大きく上回っている。」というが、「昼間人口1万人当たり職員数」では川崎市より低く、名古屋市や神戸市と同等である(2005.7.29 有識者会議資料「財務リストラクチャリングの考え方」)。大阪市は元々中心都市であり、周りの市から市内の企業へ・商業地区へと人が集まってくる。その為に地下鉄を整備し、道路を整備し、下水道を整備してきたのではないか。たとえば、夜間人口を基準に下水道を整備していたならばすぐにパンクしてしまうことは明らかである。横浜市や川崎市のような周囲にまだ広大な“田舎”を抱える都市とは構造が基本的に異なっている。他都市の比較はシロウト目には分かりやすく見えるが、安易なものであり、何も問題を解決するものではない。都市構造・歴史の違いをしっかりと分析して政策を立てる以外にはない(詳しい評価は『市政研究』06春『「市政改革」雑感』木村収大阪市大特任教授)。他都市と比較した数字でしかマニフェストを書けないところに大阪市官僚の職業的倫理観の欠如と上山氏ら新自由主義者の理論の無内容さと低俗性がある。三位一体改革で交付税も減り、税収入も増えず、その一方で借金が膨らみ、市民の高齢化や60年代・70年代に建てた市営住宅の老朽化も進むなど、地方自治体を取り巻く問題は山積みではあるが、それを、民間に売ったから後は知らない、民間に管理委託したからプールで死人がでても知らないとはいえない。それこそ、地方分権が進む中で、目の前の困難を避けての敵前逃亡である。

 【出典】 アサート No.348 2006年11月18日

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【書評】『クルド学叢書 レイラ・ザーナ—クルド人女性国会議員の闘い』

【書評】『クルド学叢書 レイラ・ザーナ—クルド人女性国会議員の闘い』
    中川喜与志・大倉幸宏・武田歩編、2006.1.15.発行、新泉社、2,800円)

「本書は、一人のクルド人女性の半生を通して、パレスチナ問題と並ぶ中東世界のもう一つの焦点であるクルド人問題の本質を探るとともに、少数民族問題とは何か、テロリズムとは何か、民主主義とは何か、といったテーマに可能なかぎり迫ることを試みたものである」(「序 民主化の旗手か、テロリストか?」)。
 中東の先住の民、クルド人は、2500~3000万の人口を持ちながらも、自らの国家を形成できぬままに、トルコ、イラク、イラン、シリア等複数の国家にまたがって居住している。このような状況に至らしめたものは、それぞれの国家がクルド民族とその居住地域(クルディスタン)を分割、併合したからであった。この意味でクルド人問題は、「多国間植民地」の問題である。
そしてそれはまた、「それぞれに民族主義(アラブ民族主義、トルコ民族主義、ペルシャ民族主義)あるいはイスラーム主義がクルド人たちを無権利状態に置く、他民族支配のイデオロギーとして機能してきた問題でもある」とされる。
 「そして、全クルド人口の約半数(1200万~1500万)のクルド人が暮らし、そのクルド人たちに対して最も過酷な同化政策、抑圧政策をとってきたのがトルコ共和国である」。
 1923年のトルコ共和国建設において、トルコ共和国に暮らす全住民が「同胞としての“トルコ人”」と見なされるというスローガンが宣言された。一見したところ進歩的で寛容に見えるこのスローガンは、しかしながら現実的には、クルド民族、クルド語の存在を否定するスローガンとして展開され、暴力的に押し付けられるものとなった。すなわち「このスローガンの意味するところは、現実には『単一民族国家』の建設であり、それは、その後のいくつかのクルド人反乱を経て、『クルド民族は存在しない』『クルド語なる言語は存在しない』という究極の同化政策を生んだ」。すなわち「トルコのクルド人は『少数民族』ですらなくなった」のである。
 本書編者は、上のように紹介することで、クルド人たちの置かれている過酷な現状を批判するが、この状況に抗して、トルコにおけるクルド民族の権利を主張して登場したのが、本書で取り上げられているレイナ・ザーラであった。
 レイラは、1980年代末よりクルド人の、女性の活動家として大きな注目を集めていたが、1991年、トルコ大国民議会(国会)総選挙に同国東部のクルド人居住地域(クルディスタン)から立候補、30歳の若さで当選した。そして議員就任式に際して、クルド民族の伝統色をまとったレイラは、トルコ語で議員宣誓を行なった後、「クルド人とトルコ人の兄弟愛に万歳!」と数語のクルド語を発する。まさに「クルド民族の存在」が公然と主張されたのである。
 この事件を発端としてレイラは、国会議員不逮捕特権を剥奪され、1994年より2004年にかけての約10年間、首都アンカラの中央刑務所に投獄されることになる。この事件についてレイラ自身の「獄中メッセージ」から引用しよう。
 「私が議会で最初に発言したのは、公職に就くにあたっての宣誓を行う時だった。(中略)1980年のクーデターによって成立した軍事政権が起草し、制定した、その反民主的な文書の諸原則を尊重することを、おごそかに誓わなければならなかった。それは苦痛以外の何ものでもなかった。(中略)この憲法は、クルド民族の存在の否定を法律として成文化し、クルド人アイデンティティのいかなる主張も犯罪とした。要するに、トルコの政治・軍部の支配層は、クルド民衆に選ばれた代表である私たちに、公に自らのアイデンティティを、民主的な闘いの存在意義を、放棄するよう求め、そのような体制に忠誠を誓うことを求めていたのだ。(後略)」。
 「どのようにして、私たちは国会議員としての経歴のまさに最初から、一連の罠を回避することができたのだろうか? 誰もが、とりわけ私たちを選んだ民衆は、『クルド人のラ・パッショナリア』(マスコミが私をなぞらえたように)がどうするかを注視していた。私は圧倒的な重さでのしかかってくる責任を感じていた。私は屈服しない道を選び、自らのアイデンティティに対する誓いをはっきりと表明するため、クルド民族を象徴する色彩のスカーフを身につけた。私の名前が呼ばれた時、議会の満員のホールを重い沈黙がおおった。演壇から私の座席までを分かつ距離は、果てしないように見えた。(中略)これは、私の真実の瞬間なのだ、と私は自分に言い聞かせた。ライオンの穴に投げ込まれた、クルディスタンの農村の幼い少女・・・」。
 「私はこの状況に対処するために、ありったけの力を奮い起こした。最初に、宣誓文のトルコ語の文章を静かに読み上げた。それは、公式に私に[議員としての]権限を有効にした。そして、私は次の文章をクルド語で加え、トルコ語でも読み上げた。
 『私は強制されたこの形式的行為を耐えました。私は民主主義の枠内で、クルド人とトルコ人の友愛的な共存のために闘うつもりです』。
 このわずかばかりの言葉は、議場内に集団ヒステリーを爆発させた。『分離主義者! 売国奴!』という叫び声が四方から聞こえてきた。(中略)議員の中には、『逮捕しろ、絞首刑だ!』と叫んでいる者もいた」。
 かくしてレイラは、この後10年間にわたり獄窓に閉じ込められることになるが、本書はこの事件を、「Ⅰ なぜレイラ・ザーナは投獄されたのか?」「Ⅱ 夜を照らす暗黒–レイラ・ザーナ半生記」(映像作家ファイサル・ダールの寄稿)「Ⅲ 獄中からのメッセージ」「Ⅳ 獄中からの手紙」「Ⅴ 起訴状と弁論–1994年レイラ裁判」「Ⅵ トルコにおける政党政治とクルド人たち」(社会学者イスマイル・ベシクチの寄稿)という構成で、資料を駆使して詳細に焙り出す。
 そして編者は、レイラ問題の背景には、トルコ建国後にケマル・アタテュルクによって掲げられた「六つの矢」の原則(共和主義、民族主義、世俗主義、民衆主義、国家主義、革命主義)が持つ矛盾が存在すると指摘する。
すなわちこれらの中で最も重要な国民統合のイデオロギーとなってきたのが、民族主義(トルコ民族主義)であり、「トルコ民族主義は、共和国建設後、クルド民族の存在否定という政策を通して成長、発展してきたと言っていい」。
 ところが近年、建国以来西欧を範として追求してきた「近代化」の象徴的な目標として、トルコのEU加盟が日程に上ってきた。この「近代化」は、「世俗主義」との結び付きが強く、国内のイスラーム主義に対抗するイデオロギーとして機能してきたので、「EU加盟はトルコの近代化路線にとって外せぬ課題となってきた」のである。
 かくして「トルコ民族主義と表裏一体の関係で実行されてきたクルド民族の存在否定と近代化=西欧化という二つの路線が、トルコのEU加盟という問題を通して、相容れない矛盾として立ち現れたのである」。
 このトルコの建国イデオロギー(ケマル主義)の内含する矛盾の最中に、レイラ問題は置かれている。そして民族主義(クルド民族の否定)と近代化(西欧民主主義化=クルド民族の承認)の分裂という局面は、2004年6月のレイラの突然の釈放という事態で、トルコ政府の一定の譲歩を生み出した。しかしクルド民族拒否イデオロギーは強固に温存されており、レイラが言うように、「入り口に立ったばかりで、道はまだまだ続く」。
 「トルコのクルド人問題が今後、いかなる展開を見せるか依然不透明だ。それを動かす諸要因はかつて以上に複雑に絡み合っている、そんな環境のなかで、レイラ・ザーナたちは政治活動再開の新たなる一歩を踏み出した」と編者は述べる。
 なおまたレイラがマスコミによって「ラ・パッショナリア」と呼ばれていることは、かつてのスペイン市民戦争(1936~39)において「ラ・パッショナリア(受難華、もしくは情熱の花)」と呼ばれたドロレス・イバルリ(1895~1989)思い起こさせる。トルコとスペイン、対トルコ民族主義と対ファシズムという地域や時代の差、あるいは彼女たちを取り巻く政治情勢の違いはあるとはいえ、民族と民主主義への思いには通じるものがあると言えよう。そのイバルリは、『奴らを通すな!』(久保文訳、1970年、紀伊国屋書店)の最終章「新しき出発」でこう叫んでいる。
 「鎖につながれた国、牢獄のスペイン、拷問のスペイン。即決死刑のスペインの土に、新しい信頼と希望の光があらわれた。裏切りの侵略に対するわれわれ人民の叙事詩のようなレジスタンスを力づけた光、未来への人道主義を導く光、民族の苦悩の深みから輝き出る光、牢獄の暑い壁を通してさしこむ光、不死の人々のひびきわたる声で全世界に次のように知らせながら、
  スペインは生きている!
  スペインは戦っている!
  スペインは存在する!
 (中略)
 異った道から、異った遠い出発点からお互いにちがったものが同じ結論に達した。
 『死者たちのあの重荷を今生きている物が再び負わないために戦うこと、フランコがその行手をふさいでしまったスペインの歴史をつづけるために』」。
 本書は、このような状況下のクルド人問題に踏み込んだ最初の本格的な書であり、一読に値する。(R)

 【出典】 アサート No.348 2006年11月18日

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【投稿】金正日-ブッシュ-安倍 その危険な緊張激化・挑発路線

【投稿】金正日-ブッシュ-安倍 その危険な緊張激化・挑発路線

<<怪しげな核実験>>
 10/9、北朝鮮外務省は地下核実験の実施とその成功を発表した。
 しかし世界各国からの核実験監視データを集約しているウィーンの包括的核実験禁止条約(CTBT)事務局は10/13、今回の爆発による揺れの規模はマグニチュード(M)4.0(誤差0.3以内)で、核実験を示す放射性物質は検知できなかったと関係各国に通知している。M4.0ならTNT火薬換算で1.5キロトンに相当する。地震波測定に関しては、韓国ではM3,58、アメリカではM4,2、日本の気象庁はM4,9と発表している。
 CTBTの監視網は、1キロトン程度以上の地下核実験探知を目指しており、これは広島型原爆(濃縮ウラン型)の約15分の1、長崎型原爆(プルトニウム型)の約20分の1相当である。これより小さな小型核爆弾は、米ロなど核実験を重ね、高度な製造技術の蓄積が必要なため不可能とみなされている。とすれば、今回の爆発実験の規模は、ほぼこの下限ぎりぎりか、それ以下である可能性が高い。
 さらに核実験を行えば、実施後に自然界には存在しないストロンチウム90やセシウム137、クリプトン85などの放射能物質が放出されるが、韓米中ロ日のどの国も、まだこれを感知していない。米軍は、10/10以降連日、沖縄の嘉手納基地から気象偵察機WC135を出動させ、北朝鮮上空、日本海沿岸で大気を採取してきたが、放射性物質を採取できず、10/13に微量の放射性物質を検知したと発表されたが、特定できていないという。
 韓国の地質資源研究院では今回の爆発を、M値からTNTで400~500トン規模の爆発力と推定している(事前の推測では北朝鮮の核爆発は15キロトン(15000トン)~20キロトン(20000トン)であった)。しかもその地震波は、大きな波がいくつかに分かれ、「理想的な核爆発」とは考えにくいという。
 いずれにしても今回の核実験は核兵器の実験にしてはあまりにも爆発力が少なく、本来想定された核分裂エネルギーの数パーセントしか発生させられなかったといえよう。その意味では、客観的には失敗したものといえよう。核爆発にはこぎつけたかもしれないが、プルトニウムが核分裂を起こした段階で爆弾本体が臨界を維持できなくなった未熟実験であり、金正日政権が目指した核兵器の獲得には失敗したというのが真相であろう。

<<「強いられた」核実験>>
 同じく核実験を強行したインドとパキスタンの場合、1998年に5~6発の核爆弾を連続して爆発させることによって、核爆弾としての実戦使用能力を実証し、核保有を誇示したわけである。北朝鮮の場合も当然、そのために二回目以降の実験強行が予測されたし、今後もその可能性は大ではあるが、すでに1発目の段階で深刻な実験続行の危機に直面したし、その隠しがたい技術的実戦的に未成熟な実態を世界中にさらけ出したと言えよう。7月にはミサイル・テポドンの発射にも失敗したというのが事実であろう。
 今後核実験の継続を試みたとしても、それを取り巻く内外の環境、条件、ハードルはますます高くなり、その過重な負担は耐え難いものとなろう。これまで曲がりなりにも友好国として利用してきたはずの中国政府からも支持を取り付けられず、国連の対北朝鮮制裁決議が全会一致で採択されるという事態を招いている。
 金正日政権は、焦れば焦るほど追い詰められ、より過激な瀬戸際政策に頼らざるを得なくなり、それは自らの政権基盤を疲弊させるばかりである。まだ冷静に事態を分析し、対処できる能力があるならば、そして10/11の北朝鮮外務省声明にあるように、今回の実験強行が「米国の戦争の威嚇の増大を阻止するため、我々は核兵器を保有していることを証明することを強いられた」とするならば、同じ声明の中で「米国が原因で核実験を行ったものの、対話と交渉を通じた朝鮮半島の非核化への努力は続ける」という、その「非核化への努力」をこそ具体的に明らかにし、まずは自らの一方的な核放棄政策をこそ宣明し、実行すべきであろう。
 ここで問題は、むしろこうした事態の進行に最大限の利益を見出し、危機を挑発し、核軍拡と全世界的なミサイル防衛網の拡充にここぞとばかりに精を出しているブッシュ政権の役割であろう。その意味では、客観的にみてブッシュと金正日は手を組んでいるのである。
 すでに米国内ではこうしたブッシュ政権の姿勢こそが今日の事態をもたらしたとし、ホルブルック米元国連大使は、ブッシュ政権はもっと早い時点で平壌との直接対話に踏み切るべきだった、と指摘(10/13朝日)、米国戦略国際問題研究所のミッチェル上級研究員は「ブッシュ政権は北朝鮮政策で柔軟性を示すべきだった」(10/12毎日)、ヒラリー・クリントン上院議員も「ブッシュ政権の失敗した政策が背景にある」と切って捨てている。そしてカーター元大統領は10/11付のニューヨーク・タイムズ紙に寄稿し、米政府に対し「信頼できる特使」を北朝鮮に派遣するよう主張している。

<<立ち上がりから「エンジン全開」>>
 ここで俄然張り切りだしているのが安倍政権である。ブッシュとともに今回の核実験で最も喜び、恩恵を受けたのは安倍晋三その人ともいえよう。
 安倍内閣メールマガジンの創刊号(10/12)で安倍氏は「安倍内閣は、立ち上がりからエンジン全開です。連日、国会審議に全力投球しつつ、連休を利用して中国首脳、韓国首脳との最初の会談を行いました。日本を出てからもどるまでの36時間、疾風のごとく動き回わった初めての首脳外交、充実した会談だったと思います。また、ブッシュ大統領とも緊急連絡をし、国際的に連携をし、断固とした姿勢で臨むことを確認しました。国民の安全を守るのが私の第一の仕事です。私はこの問題で決して妥協することなく、強いリーダーシップをもって、私たちの国の、そして、世界の平和と安全を守る気概です。」とまさに「エンジン全開」、気負い立っている。
 なにしろ、自らの主張を押し隠し、村山談話・河野談話を受け継ぐことを表明せざるをえなかったとはいえ、靖国問題が事実上棚上げされ、北朝鮮に対する制裁で共同歩調までとれるという出来過ぎたシナリオが用意され、支持率上昇の絶好のチャンスとばかりに張り切りだしたのである。
 しかしこの「エンジン全開」は、北朝鮮の危険な挑発路線に便乗した、強硬政策一点張りで突っ走り、日本が真っ先に独自の制裁政策をぶち上げ、すぐさま実行し、北朝鮮船舶の臨検・軍事的衝突まで想定した、むしろ北朝鮮が暴走することをさえ願い、煽っているかのような「エンジン全開」である。そこには冷静な対話と外交努力によって事態を平和的に解決しようというかけらさえない、妥協を排した「断固とした姿勢」の危険な路線である。その意味では金正日と同様の危険極まりない挑発路線である。
 今年の8月に開かれた「日米安保戦略会議」でコーエン前米国防長官が、北朝鮮のミサイル発射実験を指して、「金正日はよくがんばってくれた」と高く評価し、これを受けて、宝珠山・元防衛施設庁長官が「いや、これからもっと頑張ってもらわなければ」と応じたというが、こうした彼らの露骨な発言からも言えるように、北朝鮮・米国・日本の金正日-ブッシュ-安倍政権は、軍事的緊張激化路線・挑発路線において、客観的には緊密な提携関係にあるとさえいえよう。

<<「ブッシュ化」する安倍>>
 9/27付け『ニューズウィーク(日本版)』のジェームズ・ワグナー副編集長の巻頭言の表題は〈「ブッシュ化」する安倍新首相の恐怖〉である。その中でワグナー氏は次のように述べ、問いかけている。
 <もっとも恐ろしいのは、安倍が「ブッシュ化」するという仮説だ。00年の大統領選でジョージ・W.ブッシュは「思いやりのある保守主義」を掲げ、外交面でも謙虚さが必要だと訴えた。
 ギリギリで民主党のゴア前副大統領に勝利したブッシュは、超党派的なコンセンサスを重視するだろうと多くの人が予想した。だが実際は、ネオコンが描いたイメージにアメリカ社会を変身させた。9.11テロ後、国民はブッシュが国を守るためだと言いさえすれば、何でも好きにやらせてしまった。
 北朝鮮の金正日総書記は、安倍にとってのウサマ・ビンラディンになるのか。日本国民は恐怖のあまり、国を変身させてしまうのか。>
 これはきわめて現実的な問いかけであり、警告と言えよう。「思いやりのある保守主義」は、空虚で中身のない「再チャレンジ」政策であり、復古主義的な教育基本法改悪、そして憲法改悪政策である。「外交面での謙虚さ」は、反中・反韓的本質を覆い隠した日中・日韓首脳会談であった。日本国民にとって悲劇的なのは、日本のマスメディアにこうした警告を発する真摯な問いかけがほとんど皆無に近く、むしろ危機と緊張激化をことさらに強調し、大騒ぎをして吠えまくる政治家や言論人が跋扈し、マスメディアを独占して、挑発政策に反対し、平和的解決を求める行動はほとんど報道されず、批判的言論が押しつぶされ、大政翼賛的状況が作り出され、「恐怖のあまり、国を変身させてしまう」危険な路線が持ち上げられ、やむをえないものとして受け容れられ、さらなる強硬政策をさえ要求していることにある、と言えよう。その上に悲劇的なのは、沖縄を除いては、近づく補選や国政選挙においていまだに反自民の統一候補さえ立てられないという事態である。野党の責任は重大と言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.347 2006年10月21日

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【投稿】北朝鮮「崩壊」と東アジアの混沌

【投稿】北朝鮮「崩壊」と東アジアの混沌

<核実験は失敗か>
 10月9日、北朝鮮は核実験を行ったと発表した。当初は核爆発にしてはあまりに規模が小さく、放射能も観測されなかったため、大量の通常火薬を爆発させた「偽核実験」ではないか、との見方もあった。
 しかし、その後大気中で放射性物質が確認され、爆発規模の詳しい解析などから、核爆発は起こったが、失敗であったという見解がアメリカでは支配的になってきている。すなわち原爆は起爆したものの、核分裂は中心部のみで、残余のプルトニュームは反応を起こす前に吹き飛ばされてしまった、というのである。
 7月の「テポドン2号」も、発射直後に空中分解したことが明らかになっており、北朝鮮の核ミサイル開発は弾頭、運搬手段とも完成の域には達しておらず、戦力化にはほど遠いことが、はからずしも明らかになった。いわば北朝鮮の一連の実験はアメリカに対する「決意表明」の意味合いはあっても、恫喝にはなり得ないのは明白である。
 今回の核実験は、技術水準を露呈させたうえ、対米関係の進展をはかられなかったことのみならず、韓国の太陽政策を事実上破綻させ、中国やロシアにまで、匙を投げさせてしまったあげく、日本の軍拡にさらなる口実を与えるという、最悪の結果となった。
 さらに国際的な孤立も進んだ。国連安保理も、制裁決議を全会一致で採択した。特定品目の禁輸や在外金融資産の凍結と、そのための船舶検査など、その内容が完全に履行されれば、北朝鮮にとっては大打撃となり、金正日体制の存続にも大きな影響が出てくるのは避けられない。しかし、決議の確実な実行による早期の体制崩壊があるかと言えば、そうはならないと思われる。中国、韓国、ロシアは外交努力による解決で一致している。
 
<崩壊危惧する中、韓、露>
 それは直接国境を接する中国、韓国、ロシアそれぞれが、金正日体制の崩壊を想定しつつ、ポスト「金王朝」を巡っては激しく対立する可能性があり、当面は体制維持、できることなら穏健改革路線への転換と言う軟着陸を望んでいるからである。
 とりわけ中国、韓国の立場は微妙である。中国が一番危惧するのは、北朝鮮の急速な崩壊により中朝国境地帯のみならず、朝鮮族が多く住む中国東北部に混乱が拡大、長期化することだ。こうした事態は、2年後の北京オリンピックに深刻な影響を及ぼすだろう。
 中国は、北朝鮮が崩壊した場合、朝鮮族を主体とした人民解放軍の進駐までもを想定しているだろう。この間中国は中朝国境地帯の中国化、いわゆる「東北工程」を押し進めている。
 中国社会科学院は昨年9月、朝鮮系騎馬民族国家と理解されていた「高句麗」や、その遺臣が建てたと言われる「渤海」を独立国ではなく、唐など古代中国の地方政権であると規定。一部の中国歴史学者は「古代は(ソウルを流れる)漢江以北までが中国領土」とまで主張している。
 また最近では長白山(朝鮮では白頭山)を中国領として世界遺産に登録申請をするなど、して、韓国の反発を招いている。中国社会科学院の見解は政府の認識と軌を一つにするだけに、韓国では、これら「東北工程」は北朝鮮崩壊後、中国が影響力を拡大するための「地ならし」ではないかと言われている。
 しかし、それがオリンピック前では大変不都合なのであって、もしそんなことをすれば、モスクワオリンピックの二の舞になる可能性が高い。しかし手をこまねいていて先述のように、中国国内に混乱が波及すれば、同じようにオリンピックは危なくなるのである。
 もっとも北朝鮮崩壊に際し国連で然るべき決議がなされ、平和維持活動としての駐留ならば国際的な合意も得られようが、その場合の中心部隊はは韓国軍となり、アメリカ、ロシアもそれに加わるであろうから、中国の影響力行使は限定的にならざるを得ない。
 いずれにしても、中国としては北朝鮮の崩壊は当面望むところではないのである。またその事態が避けられないにしても、オリンピック以降、できれば2010年の上海万博以降に先延ばしすべく、それまでは北朝鮮を支えていくだろうし、金正日もオリンピックを人質に取っているつもりではないか。
 それは韓国も同じであり、南北統一の理念は掲げつつ、北朝鮮崩壊に際しての、国内の混乱、中国との軋轢、よしんば韓国主導で統合できたとしても、以降の莫大な経済的負担を考慮すれば、急速な崩壊は避けたいのが本音である。
 
<「制裁」突出する日本政府>
 しかしながら、北朝鮮の現体制が厄介なのはロシアも含めての共通認識であり、金正日の後継者体制が確立するまでに、アメリカも加わった形で何らかの協議がもたれる可能性もある。それは核問題のみならず、ポスト「金王朝」をどうするかというレベルのものになるだろう。
 仮にそれで朝鮮半島の安定が保障されたとしても、関係各国の利害を最優先させたスキームでは、肝心の北朝鮮国民の意思が反映されない。最も好ましいのは国民自身による北朝鮮民主化を通じた安定ではあるが、それは望むべくもないのが現実である。当面、窮乏化する国民への支援を継続するほかはないが、それさえも断ち切ろうとしているのが安倍政権である。
 日本政府は国連決議を超えて、全面禁輸など独自の経済制裁をさらに強化し、武力行使につながる船舶検査も強行する姿勢であるが、北朝鮮国民の生活に関しては一顧だにしていない。そればかりか早期の体制崩壊を願い、混乱を楽しむかのようである。国連決議でさえ「大量破壊兵器関係、贅沢品の禁輸」と中枢に対する制裁にとどめているのに、指導者と一般国民を分けて考えるのが大嫌いな安倍晋三ならではの対応である。
 先の中国、韓国歴訪で表面上は関係改善に動いたかに見える東アジア外交であるが、所詮は爪を隠しての訪問である。北朝鮮制裁で日本が突出することになれば、振り出し以前に戻ることになるだろう。(大阪O)

 【出典】 アサート No.347 2006年10月21日

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【投稿】日本に資源戦略はあるのか 

【投稿】日本に資源戦略はあるのか 
    ―アザデガン油田の権益縮小と東シナ海天然ガス開発の行方―
                            福井 杉本達也

1.米国に脅されて撤退するアザデガン油田開発
 イラン南西部のアザデガン油田の開発交渉で、国際石油開発は10月6日、75%持っていた権益を10%に引き下げることでイランと合意した。開発投資に対する政府からの融資保証が得られないため、事実上の撤退である。2004年に開発契約を締結。推定埋蔵量260億バレルと中東最大級を誇るアザデガン油田は、日本にとって悲願の大規模自主開発油田となるはずだった。日量26万バレルは、日本の原油輸入の6%分に相当する。しかし、契約前から、米はイランの核開発疑惑を理由に日本の参画に反対を表明。開発着手は延期が重ねられた。イラン側が早期着工を強く求めたのに対し、日本は対米追随か、資源獲得との板挟みに陥り、この2年間、交渉は混迷を極めてきた。
アザデガン油田の開発交渉は、2000年11月ハタミ大統領が来日時に、日本が優先交渉権を獲得するという形で始まり、優先交渉権の見返りとして日本側が30億ドルの原油購入の前払い金を支払うことで合意した。当時わが国最大のアラビア石油がサウジアラビア・カフジ油田の利権を失った。サウジの見返り要求が過大すぎることが原因であった。このため日本はこれにかわる大型油田を求めていた。日本は原油輸入量の15%程度をイランに依存しており、アザデガン油田開発と言う経済協力によってイランとの絆を強め、同時に26万バレルの石油を確保できることは、日本にとってまさに一石二鳥の開発計画であった。
 10月13日の日経は社説で「エネルギー安全保障は、国家の総合的な安全保障政策の一部であり、両者の間に矛盾があってはならない…日本が国際社会と足並みをそろえて核拡散を阻止するという政策をとる以上、自主開発油田の確保もそれに沿ったものでなければならない。」と対米追随こそ『国益』と述べるが、果たしてそうか。日本が今後も米国の意向に忠実に従えば、米国が日本のエネルギーの安定確保を保証してくれるのであろうか。米国は世界最大のエネルギー輸入国であり、その最大の石油供給源であるベネズエラでは反米機運が高まっている。世界的に資源ナショナリズムの高まる中、イラクへの侵略は何としても中東の石油を押さえておきたいというエネルギー戦略の一環であり、米国は今後も自国の国益を優先し、その分け前は米英系石油資本にしか配分されない。日本がいかに対米追随の姿勢を示しても見返りは期待できない。そもそも、自衛隊のイラク派遣もアザデガン油田開発の『お目こぼし』を狙ったものであったが、石油に関する限り米国の態度は厳しいものがある。中国・インドをはじめ発展途上国も原油確保に必死となる中、その膨大な量を他に代替を求めようと言うのは幻想に過ぎない。日本のLNG需要の3割近くを占めるインドネシアも、一時期、輸出削減を打ち出し、ロシアのシベリア石油パイプラインも中国への敷設を優先され、日本の商社が権益を得て液化天然ガス(LNG)生産を目指すロシアのサハリン2プロジェクトも「環境問題」で頓挫の危機にある。アザデガン油田開発からの撤退は小泉内閣5年間の対米追随外交のみじめな失敗の結果である。

2.ようやく『共同開発』の方向へ動き出すか・東シナ海天然ガス開発
 一方、この間、日中の政治的緊張の中で膠着状態にあった東シナ海天然ガス開発は、さる10月8日の安倍首相と胡錦涛国家主席らとの首脳会談により、ようやく『共同開発』の方向へ動き出す気配である。この東シナ海の天然ガス開発問題は、尖闇諸島の領有権も絡む。「日本側が主張するEEZ境界である日中中間線付近の複数のガス田で開発を進める中国側に日本側は『日本側のEEZの海底にあるガスも採掘される懸念がある』と中国側に主張している」(日経:10.8)。国連海洋法条約では、EEZが重なりあう場合は、中間線をもつて境界とするとされているが、国土の地形・地質的自然延長としての大陸棚はそれに接する国のもの、という規定もあり、中国は東シナ海の大陸棚と琉球列島との間にある沖縄トラフまで権利があると主張している。
 中国側が設置した採掘井プラットフォームは、この中間線より中国側に五キロメートル人ったところにある。「油や天然ガスが眠る鉱脈が境界線をまたいで日本側の海域につながっている可能性があるため、日本は開発中止を要求」(日経:2005.7.15)。日本は『コップの中の飲み物をストローで呑み尽くすに等しい』という中川経産相(当時)の比喩に代表されるように、日本国内のナショナリズムを煽り、いたずらに日中間の緊張状況を作りだしてきた。
 しかし、元石油資源開発取締役の猪問明俊氏など、資源探査の専門家からは日本側の主張に疑問の声が上がっていた。「日本の国内法では、石油・ガス井戸は鉱区境界から100㍍離せば掘ることが認められており、それだけ離れさえすれば、先に掘った者が結果的に隣の鉱区の資源を採ることを禁じていないのである。隣の鉱業権者がそれで不満なら、自分も境界から100㍍離して井戸を掘るほかなく、相手に対して開発をやめろという権利はない。国際的に、国境からどれだけ離せという法律はないし、日中間でそのような取り決めもないのだから、「春暁ガス田」 の開発をやめろというのは国際的に通らない要求なのである。中国は、「春暁ガス田」を見つけるまでに不成功井を含め、いろいろな調査や掘削を実施し、その結果、地下地質資料を蓄積してきたはずである。そのために膨大な投資をしてきたことは間違いない。つまり、地下地質資料というのは、石油開発会社にとつては貴重な財産なのである。それを見返りもなく見せろという日本側の主張は、工業製品メーカーにその特許技術を開示しろと迫るのと同じくらいに失礼なことで、この業界では世界のどこでも通用しない要求である。」(東洋経済2005.10.1『非常識な日本側の要求中国と共同開発交渉を』)と猪間氏は明確に述べている。

3.身勝手な米国の対インド政策と追随する日本
 今年3月1日、ブッシュ大統領はインドを訪問し、両国は「グローバルな戦略パートナーシップ」であると確認し合った。インドは核不拡散体制の要であるNPT(核不拡散条約)に公然と背を向け、非加盟を貫いてきた。米国がインドに原子力協力することは、NPT否定派のインドのこれまでの行為を容認するものである。1974年の核実験実施以降米国はこれまでインドの核計画を非難し、1998年の再度の核実験を受けて核技術輸出を禁止した。しかし、9.11で米国は対印制裁を解除、日本も米国に追随し何の整合性もなく2001年にはインドに対する経済制裁を解除した。米国の豹変の背景には台頭するインド経済への接近政策と中国への牽制がある。
 インドはイランの天然ガスを輸入しようと、イランからパキスタンを経由してインドに至る全長2,800KMのパイプラインを敷設する総額70億ドルのプロジェクトを計画している 。インドとパキスタンは対立しているが、エネルギーを安定的に確保するために両国は協力しようとしている。イランの孤立化を図りたい米国は、この計画からインドに手を引かせるため、インドに民生用の核開発技術を供与することに合意したのである。NPTに加盟していないインドに核技術を供与することは米国の明らかなダブル・スタンダード(二重基準)である。そして思惑通りパイプライン・プロジェクトは立ち消えつつある。麻生外相はイラン制裁が議論される中、8月1日に「『アザデガン油田で話の趣旨を変えるつもりはない。核(問題解決)の方が優先だ』と述べ」対米追随政策を明らかにした(日経:8.2)。今回の北朝鮮の核実験により、日本政府の否定にもかかわらず海外のメディアの間には日本の核武装を論じる報道が目立ち始めた(日経:10.12)。背景には日本が大量のプルトニウムを保有することにある。核拡散は防がなければならないが、米国追随のダブル・スタンダードでは国際的信用も得られずエネルギーの確保もままならないことを自覚すべきである。

 【出典】 アサート No.347 2006年10月21日

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【書評】『検証・憲法九条の誕生

【書評】『検証・憲法九条の誕生
     –「押し付け」ではなく、自ら平和条項の条文を豊富化した論議の全過程』–
           岩田行雄編・著〔自費出版〕、2004年6月30日初版、500円)–

「自衛隊の存在は憲法違反である。その自衛隊の海外派兵、さらに多国籍軍への参加は、二重、三重の憲法違反である」(本書『刊行にあたって』)。
しかし「政府は、自ら創り出した憲法違反の状態を解消し、日本を、戦争を出来る国にするために、憲法の改正を急いでいる」。そして「憲法前文の書き換え」と「第九条の見直し」を主張し、改憲に関しての根拠を並べ立てる。
それらは、「『現憲法は占領軍に押し付けられたもの』であり『自主憲法の制定を求める』とするもの、『古くさくなった』というもの、個別的自衛権から進んで集団的自衛権を容認するもの(中略)、等様々だが、最大の狙いは第九条の廃棄である」。
本書は、この問題意識に立って発行された。「本書を刊行する目的は、これらの主張に対して、歴史的事実を以って第九条が押し付けられたものではないこと、平和憲法の先駆性を明らかにし、憲法改悪に真っ向から反対し、第九条を守る運動を広げ、その運動を勇気付けることにある」。
そしてこのこのために本書は、二つの具体的歴史的文書を再現して詳細に検討することでその根拠を裏付ける。
その第一は、憲法草案の準備過程で作成された法制局による『憲法改正草案に関する想定問答』(昭和21年4月及び6月作成)と『憲法改正草案逐条説明』(昭和21! 年4月及び5月作成)であり、第二は、第九十回帝国議会衆議院本会議、帝国憲法改正案委員会議、帝国憲法改正案委員小委員会の議事録からの憲法九条に関するすべての論議の再録である。
著者は言う。「これらの資料で論議の全体を通して読んでみると、各党の議員と政府の間での自主的な、そして真剣な論議により、平和の理念が語られ、平和条項である憲法九条が、短文ながらも格調高い、豊富な内容を持った条文に仕上がっていく様子が手に取るように分かる」。
第一のものからあげれば、まさしく文字通りの、法制局の役人による政府答弁用の文章が残されている。
「第九条 本条はわが国が今次の戦争の経験に徴して、将来全く戦争を放棄することを宣言した条文であって、草案の最大の特色を成すものであり、世界に比類を見ざる徹底した平和主義の表明である。
(中略)
おもふに従来の世界に於ては、各国余りにも、紛争の解決に、武力を手段として恃(たの)み過ぎた。(略)これをわが国の例に徴するに戦前及び戦時中を通じて戦争及び武力行使は、他の目的を達成する手段と謂うよりも寧ろ、夫れ自体が目的と為ったかの観があり、(略)戦争に依て、政治的、社会的或は経済的に不當の利益を得んとする、悖徳漢(はいとくかん)は遂に国を誤って国民を無限の苦悩に陥れ、剰(あまつさ)へ相手国の国民に譬(たと)うべくもない苦痛を蒙らしめるに至った」(『逐条説明』より)。
また第二の記録からは、戦争の廃棄に関して次のような議論がなされているのも注目すべきであろう。
「野坂議員(日本共産党):(略)戦争には、我々の考えでは二つの種類の戦争がある。(略)一つは正しくない不正の戦争である。これは、日本の帝国主義者が満州事変以来起したあの戦争、他国征服、侵略の戦争である。これは正しくない。同時に侵略された国が自国を護るための戦争は、我々は正しい戦争と言って差し支えないと思う。この意味において、過去の戦争において、中国或いは英米その他の連合国、これは、防衛的な戦争である。これは、正しい戦争と言って差し支えないと思う。
一体、この憲法草案に戦争一般放棄という形でなしに、我々はこれを侵略戦争の放棄、こうするのがもっとも的確ではないか(後略)」(第九十回帝国議会での論議、昭和21年6月28日)。
これに対して政府側はこう答えている。
「吉田内閣総理大臣:また、戦争放棄に関する憲法草案の条項につきまして、国家正当防衛権に依る戦争は、正当なりとせらるるようであるが、私は、かくの如きことを認むることが有害と思うのであります(拍手)。近年の戦争は多くは国家防衛権の名において行われたることは顕著な事実であります。故に、正当防衛権を認むることが、たまたま戦争を誘発する所以であると思うのであります。(略)正当防衛に依る戦争がもしあるとするならば、その前提において侵略を目的とする戦争を目的とした国があることを、前提しなければならぬのであります。
故に正当防衛、国家の防衛権に依る戦争を認むるということは、たまたま戦争を誘発する有害な考えである(後略)」(同日)。
吉田は、これについて他の答弁でも、こう述べている。
「吉田内閣総理大臣:(略)私の言わんと欲しました所は、自衛権に依る交戦権の放棄ということを強調するというよりも、自衛権に依る戦争、また侵略による交戦権、この二つに分ける区別そのことが有害無益なりと、私は言ったつもりで居ります。今日までの戦争は、多くは自衛権の名に依って戦争を始められたということが、過去における事実であります。自衛権に依る交戦権、侵略を目的とする交戦権、この二つに分けることが、多くの場合において戦争を誘発するものであるが故に、かく分けることが有害であると申したつもりであります。(中略)交戦権に二種ありとするこの区別自身が無益である。侵略戦争を絶無にすることに依って、自衛権に依る交戦権というものが自然消滅すべきものである」(7月4日の発言)。
ここに見られるのは、「理論的には自衛戦争は正しいにしても、すべての戦争が自衛戦争の名を借りて、しからざる戦争に赴くという労いを、憲法の中に残して置くような言葉を避けるほうがよろしいという考えも成立する訳であります。この憲法は、そのような考えに依りまして、特に区別せず、いわば捨身になって世界の平和を叫ぶという態度を執った次第であります」(7月11日、金森国務大臣の答弁)という明確な姿勢であろう。
本書に掲載された九条成立の帝国議会での論議を通じて、われわれは、第九条についての当時の真摯な雰囲気を感じ取ることができる。この後の世界情勢の激変に伴って、残念ながら政府の姿勢は次第に変化していくことになるが、しかしわが国の敗戦直後の再出発にあたっての平和を希求する熱意は、今なお汲み取られるべきものであろう。
またこの中の「第七章 改正案委員小委員会論議」において、「国権の発動」か「主権の発動」か、「戦争の放棄」か「戦争の否認」か、「保持せず」か「保持しない」か、等の語句と順序に関わる論議の記録も興味深い。
本書は、著者の心意気による九条擁護運動の普及のための自費出版であるので、購入には直接注文することになるが、是非一読を薦めたい。(R)

【出典】 アサート No.347 2006年10月21日

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【コラム】ひとりごと–『新平等社会」への疑問』–

【コラム】ひとりごと–『新平等社会」への疑問』–

○私は、アサート327号に山田昌弘氏の「希望格差社会」の書評を書いている。本書は、ニートやフリーターと呼ばれる若年で非正規・不安定労働者層の増大する現実を解き明かし、「希望格差」が拡大することが社会的不安定を増大させることを指摘していた。○さらに、高度成長時代を通じて比較的安定的に推移してきた家族・教育・労働などの社会システムが崩れていく中で、こうした層が形成されたことを解明したことなど、問題提起の書としては、一読に値すると紹介した。○しかし、今回、同氏が出版された「新平等社会–希望格差を超えて」(文藝春秋 2006年9月)を読んでみて、前著とはまったく違う印象を受けた。○「経済改革には賛成(限定付きだが)、その結果生じた格差拡大への対処のため、生活の構造改革を進めるべしという立場である」(本書15P)と。全体を通じて、これが本書の結論である。構造改革の結果として格差拡大は止むを得ない。しかし、行き過ぎると社会に悪影響が出る。生活にも構造改革が必要だ、という事のようだ。○本書の随所に「小泉改革が格差拡大を進めたのではない」「格差拡大は不等ではない」との表現が多数ある。本当にそうだろうか。○今回の本に決定的に欠落しているのは、非正規労働・不安定労働を拡大し、成果主義賃金で総賃金を抑制してきた資本への批判であろう。高度成長期でさえ、日本の経営者達は、労働側への分配を渋ってきた。中小企業などでは、社会保険の負担コストさえ渋ってきた。○バブル崩壊後、中高年のリストラを強行し、派遣やパートなど非正規・不安定労働を拡大してきた資本は、労働者福祉からの一層逃亡を決め込んでいる。雇用保険や厚生年金加入を強める制度改正を一貫してサボタージュしている者への批判は微塵もない。まさに小泉の構造改革そのものである。○前書の書評においても、こうした資本への批判が欠落している点について、私は指摘している。今回の書では、それが一層あからさまになっている。ニューエコノミーになって、専門的知的労働と単純労働に労働は二極化することは、避けられない所与のものとして著者は受け止めているらしい。○その純化のヒントは、本書の中にあった。著者は、竹中平蔵経済担当大臣が報告書「日本21世紀ビジョン」の作成にあたって、生活・地域グループの一員として参加したらしい。残念ながら、こうした政府系の審議会に参加した人は、二つのタイプに別れる。知らぬまに、政府系の御用学者になるか、革新と思われる人の場合は、現場と政府との間に立たされて、悩んでしまうか、である。私は後者の例を知っている。山田氏の場合は、前者のようである。○安倍新政権は、「格差拡大の何が悪い」と居直った小泉と違い、「再チャレンジ政策」を抽象的に掲げている。新自由主義的立場をちょっと薄めようと言うわけだ。この線に乗るには、本書はピッタリである。○ちなみに、彼が参加した「日本21世紀ビジョン」の生活・地域グループの座長は、八代尚弘氏だが、彼は今回新たに経済財政諮問会議メンバーになった人物である。最近のテレビ番組で、八代氏は、「年功制があるから若者の雇用拡大が進まない。長期雇用は全廃しないと雇用の流動化は進まない」と発言していた。新自由主義の御用学者そのものである。○社会的不安定を生み出す格差拡大には対処が必要だ。保守でも、公明でも言うセリフである。本書は、その程度の本であることを紹介し、間違っても買わないようにお勧めする。私は買ってしまったが。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.347 2006年10月21日

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【投稿】翼賛・安倍政権の危うさと弱さ

【投稿】翼賛・安倍政権の危うさと弱さ

<<核武装論者が広島で出馬会見>>
ただただブッシュ米政権の路線に追随し、中国・韓国との対立を煽り、民営化路線と無責任な放言によって日本の政治と社会、そして経済を荒廃させてきた小泉政治が終焉を迎え、そのもっとも悪しき路線が、安倍政権によってより純化された形で、より民族主義的、よりファシズム的な形で継承されようとしている。
しかし彼らが依拠し、頼みとしてきたブッシュ政権は今や反テロ戦争、対アフガン・イラク戦争の泥沼から這い出すことが出来ず、最低の支持率で呻吟し、この11月の中間選挙で敗北すれば、大統領任期を後2年残しながら衰退化一途のレームダック化政権に陥ることが確実視されている。
そしてこのブッシュと行動をともにしてきたスペインのアスナール、イタリアのベルルスコーニ政権は敗退し、イギリスのブレア首相は激しい労働党内部の批判に耐え切れず、退陣を予告せざるを得ない事態に追い込まれている。ブッシュ取り巻き四人組の最後、日本だけは、小泉首相が幸か不幸か、批判的精神をなくした翼賛的マスコミに支えられて、高支持率の中で、より極右で好戦的な安倍晋三氏にバトンタッチできるという悲劇的状況が形成されてきた。
その意味では自民党総裁選は一種の茶番劇であった。親中派やハト派といわれてきた議員までが安倍支持にわれもわれもと群がり、“勝ち馬乗り”現象で総裁選をやる前から、安倍の圧勝は決まっているという出来レース、結果が分かっていても国民の投票権とは無関係な総裁選を大々的にやり、いかにも国民に支持されたかのように取り繕う必要があったのである。そこで、あわよくば入閣を狙い、次を狙う麻生外相、谷垣財務相の2人は自民党本部で出馬会見をしたのに対して、9/1の安倍官房長官の総裁選出馬会見は、どういうわけかわざわざ“平和の地・広島”が選ばれた。会場となった広島プリンスホテルには巨大スクリーンがしつらえられ、海外メディアのための同時通訳機まで用意し、安倍氏が登場するやその顔がスクリーンに照明変化つきで大写しにされ、安倍新首相の前景気を煽り、まるで新しい独裁者の登場を歓迎し、祝うかのような前代未聞の演出である。

<<村山談話踏襲しない>>
そもそも「憲法上は原子爆弾だって問題ではない」、「小型核兵器なら核保有はもちろん核使用も憲法上認められている」、「9条は時代にそぐわない」、「私自身の手で憲法を書き換えていきたい」などと発言してきた人物が、被爆地・広島で出馬会見などという姿勢そのものが広島の地を侮辱、愚弄するものである。
つい先日ともいえる8/6の平和祈念式典で秋葉・広島市長が、核廃絶を願う世界の市民の声を「世界政治のリーダーたちは無視し続けている」と痛烈に批判し、日本国政府には、被爆者や市民の代弁者として、核保有国に対して「核兵器廃絶に向けた誠実な交渉義務を果せ」と迫り、世界に誇るべき平和憲法を遵守し、日本政府が「ミサイル防衛」システムの導入を推進していることを強く批判したばかりである。これは小泉政権に向けられたものであるが、今となっては、広島の願いとはまったく対極に位置し、ミサイル防衛ばかりか先制攻撃論まで容認しだした安倍氏にとりわけ向けられた批判の矢ともいえよう。
ここで、総裁選に至るこの間の安倍氏の政治姿勢でさらに明らかになってきた問題点を確認しておこう。
まず第一は、9/7の発言で、「植民地支配と侵略」を反省し、謝罪した95年の村山首相談話について、「踏襲するのか」と聞かれ、「その内閣において認識を示すべきだと思う」として意図的に明言を避け、踏襲するつもりのないことを明らかにしたことである。
安倍氏は村山内閣当時、自民党の終戦50周年国会議員連盟事務局次長として、その結成趣意書で先の戦争を「日本の自存自衛とアジアの平和を願った」と正当化し、「後世に歴史的禍根を残すような国会決議は決して容認できるものではない」として、村山談話を潰そうとした中心的存在であった自らの行動にあくまでも忠実であることを改めて示したと言えよう。そして村山談話より、さらにあいまいな表現の戦後50年国会決議でさえ、安倍氏は採決を欠席している。
しかしこの村山談話に関しては、後の橋本、小渕、森、小泉の4代の政権に引き継がれ、近隣諸国の理解を得て、国際的にも認知、評価され、日本のアジア外交の基本となってきたものであり、小泉首相ですら「(村山首相と)同じ認識を共有している」と明言してきたものである。これを安倍政権が否定するとなれば、政権発足当初からアジア外交の再建など希望ゼロとなってしまう、きわめて危険で愚かで危うい事態を招来しよう。安倍氏は、小泉氏以上に中国・韓国・アジアに対して挑発的・挑戦的である。これだけでも安倍氏には、首相の資格なしといえよう。そしてこうした政治姿勢は、安倍政権が失速し、迷走しかねない最大の弱点となろう。

<<改憲は5年以内に>>
第二に安倍氏は憲法改定の時期については、それを5年以内に、目安がつけばさらに前倒しもありうる、とこれまで以上に踏み込んだ発言をしたことである。9/11、日本記者クラブ主催で行われた自民党総裁選の公開討論会で、憲法改定について「五年近くのスパンで考えないといけない。しかし、国民的議論が進み、三分の二のコンセンサスを得る目安が付けば、さらに前倒しもありうる」と述べたのである。
安倍氏は、総裁選「政権公約」の冒頭で「新たな憲法の制定」を掲げ、次期政権で政治日程にのせると公言し、出馬会見では「新憲法を制定するためにリーダーシップを発揮していく」と宣言、同時に、最近出版された『美しい国へ』(文春新書)では「憲法も教育基本法も占領下でできた。自分たちの手で、この国の姿かたちを、子供たちをどう教育していくかを書こうではないか。この目標は残念ながら後回しにされて(自民党結党から)50年たってしまった」と述べている。
さらに同書では、憲法前文に書かれている文章は「詫び証文」だと批判し、「われらは、平和を維持し、……国際社会において、名誉ある地位を占めたい」という文章は、「妙にへりくだった、いじましい文言」とまで述べるに至っている。
安倍氏にとってはだからこそ「まさに憲法の改正こそが、『独立の回復』の象徴であり、具体的な手だてだったのである」とし、それが後回しにされたがために、「弊害もあらわれ、損得を超える価値、たとえば家族の絆や、生まれ育った地域への愛着、国に対する思いが、軽視されるようになってしまったのである」と書いて、時代錯誤調の復古的な「何でも憲法が悪い」論の典型を披瀝して恥じない空疎な程度の低さである。
この程度の認識で、自らリーダーシップをとり、安倍政権として憲法改定を政権公約の冒頭に掲げる行為は、その「強い意欲」のゆえに、その危なっかしい政治姿勢への離反者を増大させ、声高に唱えれば唱えるほど内外の警戒心を高めさせ、そのことが安倍政権の躓きの石となりうる可能性を大いに秘めていると言えよう。
すでにこうした安倍氏の政治姿勢に対して、同じ改憲論者であるはずの民主党憲法調査会長の枝野幸男氏から、「改正発議の権限を持つのは国会であって、内閣ではない。政権の課題として改正を進めようという安倍氏が自民党総裁になったら、憲法の論議は止まる」と強く牽制されている。

<<「闘う政治家」>>
他の政策課題については安倍氏はほとんど語れない、何もない、先の同書でも経済、財政、金融、税制、年金、格差問題、どれ一つ政策課題を出せず、したがって政策提言もない。唯一「再チャレンジ」支援政策が同書の最後の部分でほんの少し語られるが、具体的な言及は出来ない、官僚に丸投げ、中身もないという有様である。ただ「世界から尊敬される美しい国をつくっていく」と繰り返すだけで、だからこそ組しやすしと見られたのであろう、自民党の多くの議員が雪崩を打って安倍支持へと回った。実体はバブル的な支持であり、もろくて崩れやすいのである。
逆に言えばそれだけに「闘う政治家」を気取り、「強い政権体制づくり」を目指す危険な傾向が現れだしている。その一つが「首相官邸機能強化」である。安倍氏は「首相補佐官を増やす、広報機能を充実させる、総理の目指す方向へ省庁が力を合わせる体制を、そのためスタッフの公募も」と強調しだした。安倍氏の側近の下村博文衆院議員は、「首相官邸機能強化のなかには国家安全保障会議、情報収集する日本版CIAのような機能の強化も必要。官房副長官(現在三人)は七人くらいいていい」「総理主導のもとに教育再生会議(仮称)をつくる。すでに十テーマくらいある。」と語っている。
すでに安倍氏は、政権発足直後の臨時国会の喫緊の課題として「大切なのは教育基本法の改正、防衛庁の省昇格、(成立の)難易度が高いが、テロを防止するための刑法の改正だ」と述べ、その強権的姿勢を明らかにしている。
田中真紀子元外相が9/4、民主党議員の研修会で講演し、「小泉さんは4尺玉の花火。安倍さんは線香花火」、「ドーンと上がってみんなが政治が変わると飛び出したら、5年たったら何だったの、というのが小泉さん」、「(安倍さんは)線香花火がつくと思ったら、すぐ落ちてしまうことに国民は気づく」と評したという。
危うさ、弱さ、もろさ、未熟さ、線の細さが常に付きまとう政権の出発である。野党は自民党政権打倒の最大のチャンスを生かすかどうかが問われている。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.346 2006年9月23日

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【投稿】9.11から5年–「悪の枢軸」化する日米同盟

【投稿】9.11から5年–「悪の枢軸」化する日米同盟

<反米活動を拡散させたアメリカ>
 9.11同時テロ事件から5年が過ぎた。アメリカ、ブッシュ政権は「対テロ戦争」を口実に、アフガニスタン、イラクを攻撃、タリバン、フセイン両政権を崩壊に追い込んだ。
 しかし、この間にもスペイン・マドリードでの列車爆破(04年3月)、イギリスロンドン・での地下鉄・バス爆破(05年7月)、インドネシア・バリ島などでの連続テロなど、イスラム原理主義組織の犯行とされる事件が頻発している。
 先月には、イギリス発の米旅客機爆破を狙ったテロが、未然に発覚、国際テロは封じ込められるどころか、かえって拡散、増加していることが明らかになっている。またアメリカがテロの首謀者とするビンラディンについては、生死・所在も不明であり、アルカイダも「なりを潜め新たな攻撃を準備している」との見方がもっぱらとなっている。
 アフガン、イラクでは「新政権」が誕生したものの、その基盤は脆弱でNATO軍やアメリカ軍による事実上の占領が続いる。とりわけイラクでは、アメリカ軍による住民虐殺などが後を絶たず、国民の激しい抵抗が繰り広げられ、またイスラム各宗派などの抵抗組織同志の衝突やテロにより内戦状態となっており、開戦以来の市民の犠牲者は4万人近くに達している。
 さらにアフガンでも復興が進まない中、タリバンが勢力を盛り返してきており、各地で激しい戦闘が続いている。アメリカ中央軍司令部のキミット准将は「タリバンが強くなっていることに驚いた」と焦燥感を露わにしているが、アメリカ軍はイラクで手一杯で、アフガンへの増派の余裕はなく、治安回復の目処は立っていない。
 パレスチナでは、イスラエルがレバノンに大規模な侵攻を開始したが、ヒズボラの徹底抗戦で制圧に失敗、国連による停戦を受け入れざるを得なくなった。オルメルト政権は戦争推進派と反戦派の双方から厳しい批判を受け、窮地に立たされている。
 当初アメリカはイラク西部の強力な抵抗組織の壊滅と、それを支援するシリアへの圧力強化のため、イスラエルの侵攻を歓迎した。しかし、一般市民の犠牲が拡大し、日増しに高まる国際的な批判の前に、軌道修正を余儀なくされた。この事態にヒズボッラーやハマスを支援しているイランはますます自信を深め、アフマディネジャド政権は核開発を推進、アメリカとの対決姿勢を強めている。

<孤立深める日米両政権>
 キューバのバハナで開かれた非同盟諸国首脳会議では、イランだけでなく、ベネズエラのチャベス大統領を始め中南米、アフリカ諸国の首脳が相次いでアメリカの一国行動主義を非難、極めて反米色の強い共同声明を採択し、反米やいわゆる非米のうねりが強まっていることが確認された。
予想外の展開に、アメリカを軸とする有志連合の綻びが拡大している。欧州ではスペイン、イタリアの政権交代を受け、フランス、ドイツの「古いヨーロッパ」が優勢となり、イラン核問題、パレスチナ問題でも強硬姿勢を崩さず、イスラエル支持一辺倒のアメリカとの距離を広げつつある。アフガンに派兵しているNATO諸国も、情勢の悪化により方針転換を迫られる可能性がある。
 これまでアメリカの最大のパートナーだったイギリスも、ブレア首相が与党・労働党からの批判に晒され1年以内の辞任を表明、政府は混乱し末期的症状を見せつつある。欧州でアメリカへの支持を明らかにしているのは、対ロシア関係からアメリカに頼らざるを得ない、旧社会主義国のみと言っても過言ではない。
 このように「対テロ戦争」勝利の展望が一向に見えないなか、ブッシュは同時テロから5年目の9月11日、ホワイトハウスから国民に向けテレビ演説を行った。ブッシュは「今、敵を倒さなければ、核武装したテロ国家と急進的独裁者が支配する中東を子供たちに引き継ぐことになる」と戦争の正当性と中東民主化の必要性を強調し、国民の団結と支持を請うた。
 イラク侵攻の大義名分であった「大量破壊兵器」の存在や、アルカイダとフセインの関係も否定された今日、ブッシュは「対テロ戦争」を「文明を守るための闘い」「21世紀の重要な思想闘争」と強弁、詭弁を呈して、実は自らが最も危険な原理主義者であることをさらけ出している。
 しかし、中間選挙を目前にしながらブッシュの支持率は30%前後で低迷したままであり、国民の団結どころか「対テロ戦争」の口実となった「9.11」さえ、政府の「自作自演」ではないかと疑念が国民の間に広まっている。
またブッシュが議会に承認を求めている、「テロ組織メンバー」への拷問合法化を目論む特別軍事法廷設置法案に対しては、パウェル前国務長官をはじめ共和党有力議員からも反対の声が上がっている。こうした状況ではブッシュがいくら自らの戦線への結集を国民に、世界に訴えてみても空虚に響くのみである。
 孤立を深めるブッシュに対し、脱落しつつあるイギリスに変わってパートナーに名乗りを上げているのが、日本政府である。小泉首相は戦略外交の一環として中央アジア諸国、モンゴルを相次いで訪問した。これはアメリカが「不安定の弧」とするユーラシア地域で、影響力を拡大させつつある上海協力機構に楔を打ち込む狙いがあった。しかし、退任間際のあたふたとした外遊は、表敬訪問を超えるものではなかった。
 安倍新政権は、小泉の日米同盟の強化、東アジアでの孤立路線を継承、さらにそれを強めようとする構えである。新政権がこうした道を歩む限り、国際的な孤立は避けられず、それがますます日米同盟を危険なものとし、実はそれこそが「悪の枢軸」に他ならないと評されるだろう。(大阪O)

 【出典】 アサート No.346 2006年9月23日

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【投稿】原子力安全委員会の背信行為

【投稿】原子力安全委員会の背信行為

<<パブリックコメント>>
本紙4月号で「原発震災への画期的な警告—金沢地裁・志賀原発運転差し止め判決—」としてその画期的な意義を紹介した判決は、今年の3月24日であった。その際、翌日の読売社説などはこの[志賀原発判決]を「科学技術を否定するものだ」と題して「原子力に「絶対安全」を求めた問題判決と言えるだろう。」と反発はしたものの、原子力発電所の耐震設計審査指針については、「現在の指針は20年以上前に作られた。最新の知見に合わせて、もっと安全に余裕を見込み、分かりやすいものにすべきだ、という声は多い。」、「政府の原子力安全委員会は5年近く前から見直しを検討中だ。だが、専門家の間で議論がまとまらない。今回の判決はその隙(すき)を突かれた、とも言える。」と述べて、判決の根拠を逆に証明してしまっていることは、すでに指摘したとうりである。
その後、問題の原子力安全委員会・耐震指針検討分科会は、判決直後の3/28、4/7、4/8と審議を急ピッチで進め、しかもしばしば長時間にわたって行い、5/23には「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針(案)」、「原子力安全基準・指針専門部会の見解」、「各種指針類における耐震関係の規定の改訂等について(案)」を発表し、これに対する意見募集を、行政手続法に基づいて公表し、その際、この「パブリックコメント」という意見募集について、「本意見募集に応募いただいた意見のうち反映すべきものは、原子力安全委員会の調査審議に反映させるとともに、その反映状況をとりまとめ公表いたします。」と内閣府原子力安全委員会名で明らかにした。
そしてこのパブリックコメントへの公募には、実に726通もの多数の意見が寄せられ、しかもそのほとんどは発表された原案の見直しを求めるものであった。とりわけ、中田高・広島工業大教授ら活断層研究の専門家から「指針に基づいて決められた活断層調査の基準は不十分。過小評価につながる恐れがある」との厳しい問題点が指摘され、同時に原案発表後の今年5-6月には、中田高教授らによる調査によって、島根原発近くで中国電力による調査を大幅に上回る活断層が見逃されていたこと、その活断層ではM7級地震が起こる可能性があることが判明、指針や改定案の不十分さが浮き彫りとなり、耐震指針検討分科会においても、この最も重要な活断層の扱いが大きな論点となったのであった。何しろ新しい指針案は耐震設計の最大震度を電力会社が容認するM6.8にとどめることを至上命題としていたのである。

<<石橋委員の辞任>>
そして、耐震指針検討分科会は、パブリックコメントを受けて7/4、7/19、8/8、8/22と開かれたが、「議論を蒸し返さない」ということだけがしきりに強調され、これらの意見募集の結果に対して「調査審議に反映させる」どころか、十分な審査・検討をほとんど行わず、結果的にはこれらの意見募集を単なるアリバイ作りとして位置づけることになったのである。8/22には鈴木篤之・原子力安全委員長自らが分科会論議で発言し、「修正はできれば必要最小限にしていただきたい」と露骨な圧力をかけ、「指針改訂案をできるだけ早期に確定いただくことを何としてもお願いしたい」として、議論に終止符を打たせ、とにかく幕引きを急ぎ、事務局の主査に一任して検討分科会が閉じられたことが明らかになった。
その耐震指針検討分科会の結論を決定し、改定案を取りまとめる最終日の8/28、会議の冒頭、神戸大の石橋克彦教授が原子力安全委員会・耐震指針検討分科会の委員辞任を表明したのであった。
議事録によれば、石橋委員は次のように述べている。
「本分科会の5年に及ぶ審議のなかで、「活断層」の心髄に迫る議論や外部専門家の解説は、行われなかった。したがって、分科会関係者全員が「活断層」のことを正しく知らないまま改訂指針案がまとめられた、といっても過言ではない。」
「私が一番残念に思う点は、活断層研究の第一線にいる変動地形学者の生の説明を分科会で聴けなかった、聴かなかったことであります。複数の外部専門家による貴重な活断層問題の解説があったわけですけれども、そのときに同時に変動地形学者にも来ていただいて、彼らが、地形発達史というようなものも論理的によく考えながら活断層をどのように認定して実証しているか、そこにどんな困難や問題点があるか、そういう話を直接伺っていれば、もちろん私を含めて分科会の委員、それから原子力安全委員の先生方、事務局、関係各省庁、民間の関係者の方々の理解が恐らく格段に深まって、意見公募で指摘された大きな問題点を事前にクリアできたのではないかと思います。」
「きょう提出されている震分第48-2号の事務局から出された修文案は私としては非常に納得しがたいものであります。つまり、これは7月4日以来、特に19日以来、私が非常に強く主張している2つのこと。つまり、改正行政手続法に基づいて意見公募を行ったその提出意見を十分に尊重すべきであるということ。それから、島根原子力発電所の近傍で6月に生じた活断層の大きな問題、これが一般的な、根本的な問題であるということ。原子力と活断層の問題をきちんと反省するというか振り返ってみること。その2つを根本にすえて修文を考えるべきであるということも私、主張していたわけですけれども、その2つともが全く理解されなかったというか理解しようとされなかったという結果、こういう修文案が出てきたんだ、と私は理解しております。」

<<分科会の正体・本性>>
ことここに至って、石橋委員は最後に「私は地震科学の研究者として自分の知識や考え方を極力その社会に役に立てたいという気持ちでこの会に参加してきたわけでありますけれども、このような分科会のありさまでは、このままここにとどまっていても私は社会に対する責任が果たせないと感じます。むしろ今これだけのパブコメが寄せられてそれを取り上げて議論している中で、この状況ではむしろ私としてはパブコメを寄せてくださった方に対する背信行為を行いつつあるような感じすらいたします。ですので、今ここで私は原子力安全委員会の専門委員を辞任いたします。耐震指針検討分科会の委員をやめさせていただきます。これまで4年9カ月ぐらいですけれども、分科会の委員の先生方、それから原子力安全委員の先生方、それから事務局の方々、あと外部の専門家の方々から非常に多くのことを学びました。それは大変感謝しております。しかし、最後の段階になって、私はこの分科会の正体といいますか本性といいますか、それもよくわかりました。さらに日本の原子力安全行政というのがどういうものであるかということも改めてよくわかりました。私がやめればこの分科会の性格というのが非常にすっきり単純なものになるだろうと思います。ですので、そこであとは粛々とこの審議を進めていただいて合意をなさったらよかろうと思います。」と述べている。
石橋氏は、退席後、原子力安全・保安院、原子力安全委員会のこれまでの活断層調査が現在の活断層研究の常識からみて、あまりに不合理であり、「原子力における活断層研究は異常。非常に特殊なごく一部の人が牛耳っている」と報道陣に述べている。
石橋氏が一貫して原発震災がもたらす重大で悲惨な結果に警鐘を鳴らし、原子力安全委員会の専門部会においても「少しでも良いものに」という真摯な姿勢がついに受け入れられなかったのである。それは原子力安全委員会なるものの正体・本姓が、石橋氏の警告を受け容れられなかったことを示している。

<<「残余のリスク」>>
原子力安全委は今月中にも開く本委員会で改定案を正式決定する予定であるが、原案通りとなることが見え透いている。これまでの耐震基準は全国一律に最大マグニチュード(M)6・5と想定していたものを、M6・8程度に引き上げるが、全国一律とはせず、また旧指針では「過去5万年間に動いた活断層」を対象にしていたが、「過去12万年間」に広げてはいる。
しかし、この「M6・8」という基準は、電力業界が「新たな目安」として国に要望していた数値であり、既存の原発に適用しても、巨額の経費がかかる耐震補強工事は必要ないと強弁しているものである。
だが現実には、阪神大震災ではM7・3を記録しており、00年の鳥取県西部地震では、活断層が見つかっていない地域でM7・3の地震が起き、05年には宮城県沖でM7・2の地震が起こり、原発が建つ岩盤上の揺れが設計上の限界を超えている。パブリックコメントでも多くの意見がM6・8の基準では不安が残るという声を寄せているのは至極当然のことと言えよう。
新指針案は、サラ金規正法における金利上限審議と同じく、いやそれ以上に業界寄りの妥協値なのである。
これと関連して新指針案でもう一つ指摘しておきたい重大な問題は、今回新たに「残余のリスク」の存在なるものを言い始めたことである。新指針案によれば「残余のリスク」とは「策定された地震動を上回る地震動の影響が施設に及ぶことにより、施設に重大な損傷事象が発生すること、施設から大量の放射性物質が放散される事象が発生すること、あるいはそれらの結果として周辺公衆に対して放射線被爆による災害を及ぼすことのリスク」というものである。「この残余のリスクを十分認識しつつ、それを合理的に実行可能な限り小さくするための努力が払われるべきである」としている。
これは明らかに、彼らが低く見積もった想定の震度を上回る現実的可能性を排除できないが故の逃げの論理である。しかも「合理的に実行可能な」とは、これまた低い震度までは最大限の努力をしてきたのだから、それ以上の震度による被害に関しては責任を負えないという責任回避の論理である。そもそも「施設に重大な損傷事象が発生すること、施設から大量の放射性物質が放散される事象が発生すること、あるいはそれらの結果として周辺公衆に対して放射線被爆による災害を及ぼすことのリスク」が存在するのであれば、原発の建設は即刻中止すべきであり、認めるべきではないのである。ここにも重大な原子力安全委員会の背信行為が行われていると言えよう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.346 2006年9月23日

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【投稿】もはや「死んだも同然」長良川–ゲート開放が最後の手段—

【投稿】もはや「死んだも同然」長良川–ゲート開放が最後の手段—

<シジミは絶滅し、鮎は消えた>
 9月上旬、長良川上流域の郡上八幡を訪れた。郡上踊りで有名なこの町は、また水の町であり、長良川に注ぐ吉田川が町を貫き、水と共に生きる町でもある。町の中には水路によって水が導かれ、生活用水として活用されている。それが町の風情を演出し、多くの観光客を呼びこんでいる町であった。
 しかし、長良川のはるか上流でながら河口堰の影響は確実に現れてきている。下流に河口堰が完成しゲートが閉められて11年が経過し、長良川は、まさに死の淵にあるのである。
 すでに、ゲート閉鎖により長良川の汽水域(海水と淡水が交じり合う場所)は消滅し、長良川のヤマトシジミは絶滅した。
 年々漁獲量が減少している鮎は、毎年稚魚放流が40トンから50トン程度行われてきた。しかし、1992年は1029000kgの漁獲量があったが、2005年には181800kgと17%に激減している。もはや長良川は鮎の棲みかではなくなっている。これに比例して、鮎の日釣券の販売も、1993年16500枚(延べ16500人の釣り客が来た)であったものが、2005年には6100枚と3分の1強にまで激減しているのである。鮎師達は長良川から去っていった。
 長良川は鵜飼で有名であったが、鮎の激減などにより観光客が激減している。昨年は愛知万博の影響で若干増えたというが、2004年は、過去最高であった74年の3割にも満たない鵜飼乗船者数であった。この影響は、岐阜市内の旅館・ホテルの廃業となって表れてきている。
 
<生態系が激変し、川は湖沼化している>
 ゲートが閉鎖されて、単に魚道が無くなり、鮎の遡上ができなくなっただけではない。ゲート上流には、ヘドロが堆積し、自然の浄化作用が無くなり、水質が異常に悪化している。川に生息するすべての生き物の生態系が激変しつつあるという。
 河口堰近くの上流部は、すでに川ではなく湖沼化しており、水中のリン・窒素濃度の上昇によりかつては見られなかったアオコの大量発生が繰り返されている。また、水位の上昇によりヨシ原が激減し、自然の浄化作用も奪ばわれてしまった。
 郡上周辺のある川では、ヨシノボリ(淡水魚で高級魚)が大量発生したという。サツキマスなどの大型川魚が激減したためではないかと言われている。
 
<利水も治水も、事業目的に利用されず>
 事業目的が消滅しても、事業変更しないのが、国土交通省(旧建設省)はじめ日本の公共事業は特徴である。長良川河口堰についても同様である。最初「利水」目的によって河口堰は計画されたが、ゲートが閉じられても、利水は一向に進んでいない。
 当初の計画では、愛知・三重に、工業用水として14.8立方m/s,上水7.7m/sの利用であった。しかし、堰のゲートが閉められて11年間、1滴の水も中部地方の工業用水として利用されてはいない。困った当局は、地元の反対を押し切って愛知・知多地方に河口堰から上水を供給した(1.6m/s)。しかし、異臭が強いと不評である。また、河口堰周辺に堆積した大量のヘドロの浚渫工事が行われたので、水害対策としても河口堰は必要が無くなっている。
 
<ゲートを開放し、長良川を自然に任せよ>
 こうして、ゲート閉鎖から11年が経過し、何が残ったのであろうか。工業用水も上水も売れない、買わないとなれば、建設費用は誰が負担するのか。自然資源の激減は、漁獲量の激減となって漁業者を廃業に追い込むことだろう。観光客の減少も同様である。
 建設コストを回収できないばかりか、自然が本来持っている浄化作用や再生作用を奪った結果、建設コストをはるかに上回る再生コストが必要となるのではないか。さらに、川の自然が生み出してきた産業は衰退し、経済に与える影響も計り知れない。
 確実な答えは一つしかない。河口堰ゲートを開放し、本来の姿をもう一度再現することであろう。漁協関係者からは、鮎の遡上時だけでもゲートを開けたらどうかとの要望もある。売れない水を貯めておく必要もない。治水が目的というなら、梅雨や台風シーズンを除いてゲートを開放するという方法もあり、どのような変化が現れるか、実証すればいいのである。
 しかし、現時点では、国土交通省は従前の姿勢を変えていない。小泉は公共事業を縮小したというが、有効な公共事業のあり方もまた求められているのではないか。
 ゲート開放こそ、長良川再生に必要なのである。(佐野秀夫)
  
 さらに詳しい情報は、以下の「長良川ネットワーク」参照のこと。
 http://nagara.ktroad.ne.jp/network

 【出典】 アサート No.346 2006年9月23日

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【コラム】ひとりごと—親王誕生と皇室典範—

【コラム】ひとりごと—親王誕生と皇室典範—

9月6日秋篠宮家に親王が誕生した。これが女帝論議をぶっ飛ばした。小泉の私的審議会が、女性天皇も可能とする見解をまとめたことが嘘のような雰囲気だ。
マスコミは競って奉祝報道を終日繰り返していたが、一人の特別な子供の誕生を騒ぎ立てる雰囲気が不愉快だった。望まれて生まれてくる子供がいる反面、子育てもできない父母の間に生まれてきた子供もいる。それぞれが一つの命なのである。いずれ天皇になる子供だ、と特別扱いすることは、見捨てられてしなう子供を容認することを招く。
さて皇室典範問題である。万世一系の男子家系では天皇制が危ういと、女帝論議が始まったが、確かに男女平等の時代には、天皇も女性であっていい、という一面前向きな雰囲気で、危機回避論議がされ、春の国会では採決強行論もあった。しかし、紀子さんの懐妊報道が、機運を鎮めた。見守ろうというわけだ。週刊誌では、男子誕生論も出ていた。今は、皇室典範改正議論は遠のき、時期を待ってもいいのではと、事実上たな晒しとなった。皇太子親子は、出産の時期を見計らって欧州へ静養に出かけ、マスコミ報道の的になることを避けたが、何かしら「権力闘争」のような雰囲気も漂う。
男子出生を喜ぶ流れは、明らかに世間一般の常識とは異なる。天皇制・天皇家という存在が、明らかに時代遅れというべきか、時代錯誤の存在となりつつある事態は、今回の親王誕生によっても何ら止まるものではない。皇室典範論議を推進した方々の「ご苦労」も、何らの国民的議論を呼ぶこともなく、いずれ忘れ去られるのであろう。それ自体がまた、天皇制の衰弱過程であり、天皇制の実質的な死滅への一歩をまた歩んでいる事ではないか。男子誕生でも天皇制礼賛・保守主義者達の焦りは静まらないのである。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.346 2006年9月23日

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【投稿】小泉・安倍政治のの破滅的路線

【投稿】小泉・安倍政治のの破滅的路線

<<ヒロシマ「連続出席」のうつろさ>>
 被爆61年の8月6日、ヒロシマ、4万5000人もの人々が参列した広島の平和記念式典。昨年もそうであったが、式典に出席した小泉首相のあいさつの、耐え難いほどの軽さ、そのうつろな響き、今年はそれが一層際立ち、式典参加者の思いとはかけ離れたものであった。ただただ無内容な原稿を急いで読み終え、一刻も早くこの場から立ち去りたい意識が丸見えの、熱意もお得意の感情表現さえもないそのあいさつは、直前の広島市長の平和宣言、子ども代表二人の真剣で熱意のこもった訴えとは、格段の対照を成すものであった。
 秋葉忠利市長は平和宣言で、核廃絶を願う世界の市民の声を「世界政治のリーダーたちは無視し続けている」と痛烈に批判し、日本国政府には、被爆者や市民の代弁者として、核保有国に対して「核兵器廃絶に向けた誠実な交渉義務を果せ」と迫る、世界的運動を展開するよう要請、そのためにも世界に誇るべき平和憲法を遵守し、さらに「黒い雨降雨地域」や海外の被爆者も含め高齢化した被爆者の実態に即した人間本位の温かい援護策を充実するよう求めます、と訴えている。
 秋葉市長はまた、「平和問題に関する要望」の中で、日本政府に対し、憲法にのっとり、核廃絶に向けた積極的な外交を展開することとともに、「広島・長崎の記憶と声そして祈りを世界、とりわけ米国に伝え、明日の世界のために戦争を未然に防ぐ責任を果たす」ことを求め、同時に、日本政府が「ミサイル防衛」システムの導入を推進していることに言及。「広島としては、この計画が、世界の核兵器体制をより不安定なものとし、宇宙における新たな核軍拡競争を招きかねないことを強く危惧している」と批判している。
 そして伊藤一長長崎市長も、「長崎平和宣言」の中で核兵器廃絶に真摯に取り組もうとしない核保有国を批判し、日本政府に対しては、憲法の平和理念を守り、非核三原則の法制化、被爆者援護の充実を要求している。いずれも当然の要求である。
 ところが小泉首相は、式典への6年「連続出席」の実績を強調すれども、一度としてこうしたヒロシマ・ナガサキの要望や訴えに応えるどころか、それとは逆の好戦的で挑発的な敵対的外交、軍拡と憲法改悪路線を順次エスカレートさせ、レールに乗せてきたのである。首相のあいさつがうつろに響くのは当然でもあり、早く式典から逃げ出したかったのであろう。

<<「公約は守るべき」>>
 そして首相が今年もやはり出席しなかったのが、6日の平和記念式典後、広島市内で開かれた「被爆者代表から要望を聞く会」である。首相が被爆者代表と会うこの場は、30年前に原爆症認定訴訟の判決が直前にあり、国の不認定処分が取り消され、当時の三木首相がこの会に出席し、被爆者代表を前に「控訴しない方針」を表明した。その後、00年の森首相まで計15回、首相が被爆者代表と会見し、被爆者の要望を聞いてきたものである。ところが、小泉首相は就任直後の01年だけ出席したが、その後は欠席。
 折りしもこの8月4日には広島地裁で原爆症を訴える被爆者41人が全員勝訴したばかりであり、首相は当然この場からも逃げ出したかったのであろう。「控訴断念」を期待していた、「最後になぜ小泉さんはこの場に来てくれなかったのか」という被爆者の声は、その後の国側の控訴という、冷酷無慈悲な小泉政権の政治判断にかき消されてしまったのである。被爆者援護という国の公約、「被爆者の実態に即した人間本位の温かい援護策」とはかけ離れた、被爆者にまったく冷たい仕打ちである。
 ところがその一方で首相は、広島の平和記念式典出席後、取り囲まれた記者団に対して、8月15日の靖国参拝について、これまで靖国参拝は私的、個人的な「心の問題」であるとしていたものを、突如、これは公約であり、「公約は守るべき」だと意図的に言い出したのである。
 ところでこの靖国についての公約なるもの、01年4月の自民党総裁選において、遺族会票を獲得して、公式参拝を控えていた対立候補の橋本龍太郎・遺族会会長に勝つために、「8月15日に靖国神社に公式参拝する」との取り引きを行ったに過ぎないものである。この取り引きは、靖国神社問題を自民党の総裁選挙に利用するための、それまで靖国参拝など無縁であった小泉首相の、遺族会票欲しさの政略的取り引きであった。その行動の出発点からして、そもそも「心の問題」どころか、特定集団との取り引きという、政治家としても人間としても「よこしまな」動機にしかすぎないもので、およそ「公約」とは縁遠いものである。取り引きと公約を区別できない、あるいは意図的に混同させる、首相が得意としている薄っぺらで無責任なご都合主義がここでも顔を出している。

<<「無分別の極み」>>
 そして小泉首相は、8月15日、やめる寸前の最後っ屁のようにして、文字通りの靖国神社公式参拝を強行した。これは日本の平和憲法に意図的に背反する違憲行為であり、中国、韓国を始めとするアジア諸国民、国際社会への挑発行為である。任期切れを待たずして、首相失格を自ら宣言したものである。
 しかし、批判されるとメンツをつぶされたかのごとく怒り、中国、韓国から批判されると内政干渉のごとく事態を偽ってナショナリズムを煽り、ムキになって反発し、外交断絶もいとわない、こんな愚かな行為も、マスコミにかかると、筋の通った人気者に仕立てられてしまい、世論操作がまかり通ってしまう。危険な体制翼賛政治への傾斜である。
 そして事実、この挑発行為は、報道ヘリが空を飛び交い、前夜から待機するテレビカメラの放列、数千人にも及ぶ厳重警戒網の中、公用車が空から生中継され、到着するやフラッシュが次から次へとたかれ、メディアは首相の公式参拝を持ち上げ、全面協力するかのように報道する、空疎だが物々しく、行く末が危ぶまれる政治ショーとして展開された。
 8/16付け英フィナンシャル・タイムズは、「日本の犯罪を名誉としアジアでの日本の侵略を無視するこの記念碑・靖国神社を小泉首相がしつこく参拝したことはアジアでの日本のリーダーシップの望みを傷つけ、日本の国連安保理常任理事国への支持を失わせた」と論評している。
 同じく16日付のフランス紙リベラシオンは、小泉首相を、オーストリアの極右政治家ハイダー氏になぞらえ、2人の共通点として「急進的自由主義と過去への愛惜の思いに加え、人類に対する罪を擁護しようという傾向がある」と指摘、「ハイダー氏が権力の座に就き、(ナチス政権下の)ドイツ帝国の犠牲者らを愚弄)する様子を想像してみればいい。小泉首相のしたことはそれに近い」と批判する社説を掲載した。
 また同じ16日付の南ドイツ新聞は、「小泉首相は、靖国神社参拝という反抗的で愚かな行為を最後に国際政治の舞台から去ることになった」とし、今回の参拝で小泉政権の外交は「無分別の極みに達した」とまで批判している。

<<「次の首相もその次の首相も」>>
 さて、このような小泉首相が「反抗的で愚かな行為を最後に国際政治の舞台から去ることになった」ことによって、今後の事態がどのように展開するのか、事態はより悪い方向への警戒を必要としていると言えよう。
 問題は、小泉後の最有力候補とされている安倍官房長官である。安倍氏は、小泉首相の最初の参拝のときは、「ここ数年間、(歴代)首相の参拝ができていない中で、小泉首相が行かれた意義は大きい。大切なのは何年も連続で参拝することだ」(01年8月)として靖国参拝を称賛し、04年4月に小泉首相の靖国参拝に違憲の司法判断が出ても「判断を気にせず今後も参拝してほしい」と司法判断を無視し、05年5月には「次の首相もその次の首相も当然お参りしてほしい」と首相の靖国参拝を自らの基本的政治姿勢としてきた人物である。そして本人自身が自民党幹事長、幹事長代理として八月十五日に連続参拝し、官房長官就任後も、今年四月に参拝しているのである。今回は、情勢が不利と見たのか、「(靖国に)行くか行かないか、あるいは(今年4月に)参拝したかしないかについて申し上げるつもりはない」と卑劣な論法に逃げている。しかし、私人として参拝したと言いながら、「内閣官房長官安倍晋三」と記帳としたという。小泉首相と同じく支離滅裂であるが、首相の取り引き公約とはちがって、より悪質な確信犯である。
 さらにより悪質なのは、安倍氏は「A級戦犯を含めた先の大戦の評価は歴史家の判断に任せたい」、「東京裁判はわが国が主体的に裁いたわけではない。彼ら(A級戦犯)が犯罪人かと言えば、そうではない」などとして、靖国神社へのA級戦犯合祀の妥当性をしきりに強調していることである。小泉首相がA級戦犯を戦争犯罪人と認めているのに対して、安倍氏はこれを否定しており、自民党の加藤紘一・元幹事長も、「安倍さんは基本的に東京裁判を認めないというニュアンスだ。小泉さんより、きつい靖国観だ」(8/15)と語っている通りである。
 そして安倍氏はこのところ「闘う政治家」を気取りだしたのであるが、その中身は要するに反中国、反韓国的姿勢をより鮮明にし、従来からの核武装論をも含めて「先制攻撃」論を公然と掲げ、憲法九条改悪に執念を燃やすところに、小泉「亜流」以上の危険な路線が横たわっているのである。「再チャレンジ」などとオブラートで包んではいるが、これは日本の政治的経済的破滅の路線である。
 ところがこんな人物をマスコミはおだて挙げ、人気者に仕立てているところに日本の危険な状況が位置していると言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.345 2006年8月26日

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【投稿】事故経験の継承よりも金がそんなに大事なのか?

【投稿】事故経験の継承よりも金がそんなに大事なのか?
     -関電美浜3号配管破断事故から2年-
                           福井 杉本達也

 5人が死亡・6人がケガを負った関西電力美浜3号機事故から、8月9日で丸2年がたった。当日は森詳介関西電力社長らが美浜発電所内の事故慰霊碑に参り、事故発生時刻の3時22分には本店を含め全社員が黙祷をしたが、関電の「稼働率優先」「安全無視」の体質はこの2年間で変わったのだろうか。
 
<再稼動に遺族が反発>
 既に関電は同原子炉の再稼動に向け、燃料装荷作業を終え、原子炉圧力容器の組立作業に入っている。9月下旬には一度出力を100%に上げる「試験起動」を予定している。その後、一旦原子炉を停止し、再度安全確認をした上で営業運転に入りたい考えである。
 そもそも「試験起動」というややこしい手続きを関電が踏まざるを得なくなったのは、5月26日に福井県知事に対し運転再開を申し入れた時点で、事故で死亡した遺族に全く説明していなかったことにある。事故で死亡した亀窟勝さんの義母・田中多磨さんは、福井新聞の取材に対し「県も美浜町も、運転してもらわないとお金が入らないという魂胆が見え見え。われわれ遺族の感情には全く配慮がない」(福井:2006.5.27)と、一斉に反発したことによる。

<遺族の心情を逆撫でした県の拝金主義>
 遺族の言葉を待つまでも無く、県が5月26日に3号機の運転再開を認めたのは、法定外普通税の核燃料税率を10%から12%へ2%の引き上げを行うことと引き換えであった。県は5月末に再開を認め、6月県議会で核燃料税の改正条例を提案・可決し、11月より税率を引き上げる算段でスケジュールを描いていた。そこには、安全性に対する思慮も、遺族に対する配慮の欠片もなかった。同税の引き上げによって、今後5年間の税収は373億円と見込まれ、直近5年間の実績よりも66億円増える計算をしている。
 これまでも、事故のたびごとに5%から7%、そして10%へと税率は増加してきたが、その度毎に、関電をはじめ事業者側の強い抵抗があった。しかし、事故を受けた今回はほとんど無抵抗の状況で引き上げが決められたといってよい。税率アップの「千載一遇のチャンス」とばかりに金に目のくらんだ県には「原発の安全性」も「遺族の心情」も目にはいるはずはなかったのである。

<破断配管の交換工事の刻印改ざん事件もうやむや>
 破断した配管の交換工事中の昨年11月、三菱重工業による交換配管の刻印改ざん問題が起きた。破断した配管の交換工事を請け負った三菱重工業が配管をつなぎ間違えてしまい、気付いた後に配管に刻印されていた固有の製品番号を削って正しい配管の番号に改ざんしていたのである。事件に対する関電側のコメントは「技術基準上は配管を当初の計画通りに取り付けているので問題はないと考えている」(「関西電力地域共生・広報室」福井:2005.11.10)という能天気なものであった。刻印は取り付けに当たって作業員が誤らないように、また、設計通りに取り付けているかどうかを第三者も後から確かめることができるためにある。固有の製造番号を削っていたということは、作業者・技術者としてはあるまじき行為・犯罪であり、日常的にそのような行為が行われていた(いる)ということであろう。刻印が改ざんされてしまっていては、設計どおりのものが取り付けられていたかどうかの確認はできない。品質管理=原子力プラントの安全性の根本を揺るがすものである。
 原子力安全・保安院は、「品質保証についての教材を作り、社員全員に浸透させる」との関電の再発防止策を12月7日に受け取って一件落着としてしまった(福井:2005.12.8)。しかも、関電のこの問題に対する対応策を受け取る前々日の12月5日に美浜3号機の「交換配管は技術基準に適合している」として運転停止命令を解除してしまったのであるから何をか言わんやである。「技術基準に適合している」かどうかは、改ざんせず、設計どおりのものが取り付けられていて始めて言えることである。原子炉の再稼動を急ぐあまり、ろくろく検査もせず取り付けたものであろう。関電も三菱重工も保安院も結局、事故からは何も学んではいない。

<進まぬどころか逆行する「高経年化対策」>
 事故を受け2004年12月に、経済産業省は「高経年化対策検討委員会」を設け、その後、核燃機構内に「高経年化調査研究会」を立ち上げたが、事故等にかかるデータベースの蓄積といったものに留まっており、根本的な高年化対策は打ち出せていない。それどころが、「国の定期検査を廃止し、電力会社の計画に基づく自主検査に変える」(2006.3.2)とか、現行13ヶ月ごとに行われている定期検査間隔の延長、「原発運転中の点検や補修をタービンなど一部について認める」稼働中検査の解禁などを観測記事として相次いで日経紙上に載せ(2006.3.6)、高年化対策に逆行する動きを強めている。
 結局、保安院は定期検査間隔の延長は断念したが、「従来は定検停止中に分解して調べているポンプなど機器の一部で、運転中の音や振動などを常時監視する方法で健全性が確認できるか、試験的にデータを収集する」として稼働中検査については諦めていない(福井:2006.5.17)。
 このような状況で起きたのが6月15日に発生した中電浜岡5号機と北陸電力志賀2号機の低圧タービン羽根破損事故である。浜岡5号は事故の起きた12段目のタービンの羽根840本中、実に662本が(脱落した1本を除く)、志賀2号は同840本中258本が破損していた(経産省・第4報:2006.8.3)。もし、1本の羽根がたまたま脱落せずに事故に気づかず浜岡5号を動かし続けていたらタービン全体が吹っ飛んでタービン建家を崩す大事故を起こす可能性もあった。経産省の発表によると、破損が目視で確認できたのは、浜岡5号で268本、志賀2号ではわずか5本にすぎない。残りは非破壊検査によってはじめて破損を確認できた。いかに運転を停止した状態での検査が重要かがわかろう。
 高経年化対策は、これまでの高圧ガス法・コンビナート規則・ボイラー規則対象施設の事故経験からも明らかなように、1次系ばかりか2次系も含め、主要配管を全てステンレス鋼化する・15年に1回は全面的に交換する・熱交換器など応力のかかりやすい部品は特に重点的にそっくり交換する、交換することが不可能な部材は検査の頻度を大幅に高める以外にはない。技術とはそのように1つ1つを積み上げる地味なものである。いくら「高経年化」を研究しても永久に使える機械や部材は出てきはしない。しかし、原発の場合、問題なのは放射能の存在である。上記のようなことを繰り返せば、その作業は驚くほど高価になり、また定期検査を含む停止期間も膨大にならざるを得ない。それでも採算が取れるのか、国も関電も三菱重工も、金に目のくらんだ福井県も事故の犠牲者を放っておいて、未だ結論を出そうとしない。

 【出典】 アサート No.345 2006年8月26日

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【本の紹介】「抗日戦争中、中国共産党は何をしていたか

【本の紹介】「抗日戦争中、中国共産党は何をしていたか
                 –覆い隠された歴史の真実–」
               (謝幼田 著、坂井臣之助 訳、草想社 2006-07)

6月号で、毛沢東の犯罪を暴いた「マオ」を紹介した。その後、同じような中国の歴史を扱った書籍が出版された。「抗日戦争中、中国共産党は何をしていたか–覆い隠された歴史の真実–」(謝幼田著 草想社 2006-07)である。
訳者あとがきによると、中国の歴史学会では、抗日戦争における蒋介石と国民党軍の再評価が進んでいるという。2005年9月の抗日戦争勝利60周年記念大会が人民大会堂で開かれ、胡錦濤共産党総書記は、抗日戦争中、国民党軍が「正面の戦場」を担い、戦争初期には、上海などで「日本軍に打撃を与えた」と述べ、国民党の役割を初めて公式に認めた。もちろん、抗日中心は共産軍だったとの基本的主張は変更されていないが。
謝氏は、四川省社会科学院副研究員を経て、現在ハーバード大学フーバー研究所客員研究員の肩書きをもつ。本書は、「中共壮大之謎」として2002年に出版されている。
著者は、自序において、国民党軍の抗日戦争における役割の再評価が進む中、それでは共産軍は何をしていたのかについて研究を進めたと述べている。国民党関係の文献にとどまらず、最近北京で発行されている抗日戦争についての史書を読んでいった。それは党中央の文献でり、元帥・将軍たちの回想録であった。
そこには「中華民族が、(中国共産党に)裏切られてきた事実」があった。

<満州事変から盧溝橋事件まで–国民党の持久・対日戦準備期>
1931年9月の満州事変により本格的な中国侵略を開始した日本に対して、中国国内では軍閥の割拠状態にあり、国内勢力が統一して抗日戦争を戦う準備もできていなかった。その中で、蒋介石・国民党の基本戦略は、全面戦争を引き伸ばすと共に、国民党はじめとする国内勢力の統一であり、軍事的整備であった。日本軍に抵抗する一方で、「一面交渉、一面抵抗」の原則に則り、戦争準備の時間稼ぎを行った。1935年には、国民党第5回全国代表者会議が南京で開催され、分裂していた西南派も合流し、全党一致の団結が実現する。
一方中共は、満州事変から2ヶ月後、江西省瑞金に「中華ソビエト共和国臨時中央政府」を樹立するとともに、満州事変対処のため移動した国民党軍の隙を突いて、中共紅軍は勢力拡張の行動に出て、1932年の第一次上海事変に際しては、国民党の背後を突いて、湖北、湖南など7つの省で国民党に全面攻勢に出てきた。(謝氏によれば、抗日を訴えた中共軍は、満州事変から盧溝橋事件までの間、一発の銃撃も日本軍に行っていない。行っていたのは、背後から国民党軍攻撃と根拠地作りだけであったという。)
内外の敵を抱えた蒋介石は、1932年盧山で「外を攘うには内を安んじなければならない」と有名な「外攘内安」政策を提出、1935年の国民党5全会後には、数十万の国民党軍が中共の陝北根拠地を包囲しつつあるとき、西安事変が勃発、「外攘内安」政策は頓挫することとなった。

<中共秘密文書が語る抗日の実態>
第1次上海事件では、一撃で中国は倒れると豪語していた日本軍に対して、国民党軍はその不敗神話を打ち破り、日本の2度にわたる総攻撃を退けた。しかし、総力としての軍事力の整わない中国国民政府は、「一面交渉、一面抵抗」の考えから、日本との妥協の産物として3つの停戦協定、塘沽協定の調印、奉天・吉林・黒竜江3省と熱河の日本占領を認めざるをえなかった。
これに対して、中共は、「不抵抗」「売国」政策と批判し、抗日に熱情する青年や知識人を煽るとともに、抗日とは名ばかりの宣伝戦と根拠地作りを行い続けた。
「中共中央は、・・ソ連の利益に合致するが中華民族にとっては不利となる一連の文書を出しただけでなく、国民党政府転覆のために多くの軍事行動を起こした。これらの行動は抗日の旗印を掲げていたが、日本軍に対しては、一発の銃弾も撃たず、日本軍と正面から戦っていた国民党政府は再三にわたって襲撃を受けることになった」
著者は、この時期の中共の戦略について示している、二つの文書を挙げている。一つは1934年の「中国人民の対日綱領」であり、もう一つは、「中共が各省委員会、市委員会にあてた最重要の秘密指示書簡」である。
対日綱領では、「中国人民が自らを救い、国を救う唯一の方法とは、みなが立ち上がって武力で日本帝国主義を駆逐すること、つまり中華民族の武装自衛である」として、6項目の行動綱領を提起している。実際には、抗日戦を戦っている国民党軍とは、無関係に即時抗戦を呼びかけた。「これは、ソ連を背景とする中華ソビエト共和国を合法化し、中国において複数の指揮センターを樹立することである。言い換えれば、ソ連の利益のために全中華民族を犠牲にし、弱い国(中国)が戦争準備を必要としている現実を顧みず、人を惑わす表現で即時対日宣戦を主張したのである。」
二つ目の文書は、書簡の印刷を禁止し、必ず口頭で報告することを義務付けている。この中では、「自らの影響力を拡大し、力を結集して国民党政府を転覆させるために、大衆の抗日感情を利用しようと考え、抗日の旗印」を打ち出したことがわかる。戦争準備で総反抗の準備をしている国民党に対して、中共色の薄い人々を抗日で煽り、国民党を批判させ、即時抗戦の綱領をさせる。それに対して中共が賛同し、抗日統一戦線を樹立するという戦術であった。これらの二つの文書からは「国民政府を転覆させるという中共の根本政策は民族の危機が深まっているときもなんら変わらなかった。・・・すなわち抗日の名をもって、時間稼ぎをしながら戦争の準備をするという国民政府の重要な戦略宣伝を「不抵抗」と歪曲するとともに、人民を籠略するために即刻日本に宣戦するよう全人民を扇動した。・・・中共は抗戦の名によって抗戦を破壊し、内部から中国の抗戦を傷つけたのである。」

<「抗日先遣隊」は、抗日を行わなかった>
1934年7月中華ソビエト共和国は、有名な「抗日先遣隊」を派遣する。6000名余りの部隊であったが、派遣された福建省、浙江省に日本兵は一人もいなかった。むしろ退却のための準備行動であった。朱徳も1973年にこの事実を認めている。「つまり紅軍の主力と抗日先遣隊が北上抗日したというストーリーはでっち上げられたものであり、まったく存在しない」。むしろ福建省と浙江省にいた国民党軍を脅かす存在でしかなかった。しかし、中共は宣伝戦において、「中国労農紅軍の北上抗日宣言」などの文書を出して、「一致団結して日本帝国主義を中国から追い出そう」「紅軍の北上抗日運動を擁護しよう」と大量の宣伝物(80万部)を印刷している。
そして、有名な「長征」も、後から名づけられた。1987年になって出版された「中国紅軍長征記」では「・・・この戦略的移転が始まったころは長征とは呼ばず、「移動」「長征行軍」「西征」と呼ばれていた。その目的は、生存できる「場所」を探し、そこに新たな根拠地を建設することであった。当時はあれほど遠くまで行こうとは、とりわけ陝北まで急いで行軍しようとは思いもしなかった。」と。
「マオ」によれば、「長征」とのちの延安における整風運動によって、古参幹部は退けられ、毛沢東の主導権が確立していくのであるが。

<誇大宣伝された成果–平型関の戦い>
第4章において著者は、中共紅軍による抗日戦の実例ととして挙げられている平型関の戦いを詳細に分析している。1937年9月第2次上海事変において、日本軍と中国軍が激戦となっていたころ、華北の日本軍は山西省に侵攻する。1938年最も激しい戦闘である徐州会戦が戦われる。日本軍は中国に存在した兵力の半分以上にあたる30万以上を投入、迎え撃つ国民党軍は、64個師団と3個旅団60万人が対峙した。
1937年山西に入った林彪の第115師、八路軍の2個師団も続いた。詳細は省略せざるを得ないが、平型関の戦役は、国民党軍を主力とする太原会戦の一部であり、9月25日八路軍の戦勝報告は、日本軍1万人を全滅させたとした。この報道は中国全土に伝わり、全国の民衆を大いに鼓舞したという。しかし、1983年の「朱徳全集」では、「平型関の一戦は、八路軍第115師が・・・日本侵略軍を待ち伏せ攻撃した戦闘である。日本軍精鋭の板垣師団第21旅団1000人余りを殲滅し・・・抗日戦争開始後初の大勝利である」と。しかし戦後北京で発行された「日本軍の中国侵略戦争」でも、日本軍一万人殲滅説を採用していない。一方、日本の資料に寄れば、八路軍が殲滅した日本軍将兵は、輜重・自動車隊282人で、車両140両余りを焼却したことになっている。
毛沢東は徹底して勢力温存にはしり、正面戦を禁じた。一方で、小規模の戦闘を誇大宣伝した。しかし、抗日戦の歴史資料をどう読んでも、この平型関の戦いと1940年の百団大戦以外には、八路軍の成果は見出せないのである。

<裏切られた民族>
本書では、続いて「百団大戦と彭徳懐の粛清」「情報工作員潘漢年の悲劇」「日ソ不可侵条約に喝采を送る」「巧みに利用されたアメリカ人」と続くのであるが、詳細はぜひ本書を読んでいただきたい。
中国社会科学院の劉大年教授は、「中国は世界の反ファシズムの主要な戦場の一つであった。中国という戦場があって初めて東方の反ファシズムの勝利があった。日本軍は、最も多い時で陸軍の90%を中国に投入した。1931年から1945年まで海外で死亡した日本人将兵は287万4千人で、そのうち89万人が太平洋戦争で死に、198万4千人余が中国の戦場で死んだ。中国は連続8年間日本に抵抗したのである。・・・中国が自らの力で勝利を勝ち取ったという地位を改変することはできない。」と述べている。もし、中共が国民党転覆を図らず、中国の抗日勢力を消耗させなかったら、この勝利はさらに輝かしいものになったと著者は言う。中国の代償は、中国陸軍においては、戦死者131万人、負傷者176万人、民間人575万人と言われている。中共は、これらの犠牲のもとで戦われた抗日戦が、中共の指導の下で戦われたと言い続けているのである。
私は、過去3回台北を訪れ、観光コースとして忠烈堂、蒋介石の中正祈念堂などを見てきた。国民党が内戦に破れ台湾に渡って以降の歴史は、また別の議論の対象ではある。一度蒋介石の伝記を読んでみようと思っているところである。
戦後61年の今年、特に侵略した側の立場から、「マオ」や本書を読み、戦争の歴史を振り返ってきた。事実を共有してこそ連帯も共感も生まれる。誤れる歴史観を葬る意味でも、日本のアジアにおける立脚点をしっかりさせるためにも、中国の側の歴史の検証作業に注目していくことは必要ではないか、と思う次第である。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.345 2006年8月26日

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【投稿】相次ぐ不祥事に思う–一連の解放同盟をめぐる事件–

【投稿】相次ぐ不祥事に思う–一連の解放同盟をめぐる事件–

大阪の部落解放運動関係者の相次ぐ不祥事に、大いに驚き、そして心配している一人である。飛鳥会をめぐる汚職・横領事件、そして今回の八尾市安中の事件。昨年は、大阪南部泉佐野市で元支部長が地域内の社会福祉法人の理事長の立場で暴力団幹部に資金提供し逮捕された事件もあった。
共通しているのは、幹部が暴力団関係者、または暴力団と繋がっていた事であろうか。元々同和地域は差別が原因で貧しかった。学校へも行けないという現実の中で、任侠の世界に身を投じる人も比較的多かったのであろう。しかし、私が若かりし頃の理解は、それも差別の結果として受け止め、運動の力で押し込んで、逆に運動の力にしていく、こんな理解であっただろうか。彼らもまた差別の犠牲者として包み込むという考え方もあったように思う。まだ懐かしい任侠の世界もあったかもしれない。
しかし、今回の一連の事件は、運動が創り出してきた力を、良からぬ連中が利用したということとも言える。その原因については、残念ながら運動の力の弱まりを指摘せざるを得ないのではないか。そして、未だにいろいろな意味で行政依存型の枠を抜け出ていないという現実もあるように思う。
松本治一郎の伝記「水平記」にこんな一節がある。同和対策特別措置法議論の際、事業法的側面を入れるかどうか、行政対策を織り込むかどうかについて、松本には異論があったという。運動の腐敗について危惧したためだ。金が動けば利権ができる。利権をめぐって、運動家ではない連中が「運動」に入ってくると。
運動の健全性をどう保つのか。共産党のような無責任な批判は論外として、真に運動の発展を願う立場から、真剣な議論と方針化を期待しているのだが・・・。(H)

【出典】 アサート No.345 2006年8月26日

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【コラム】 ひとりごと —小泉の靖国公式参拝をめぐって—

【コラム】 ひとりごと —小泉の靖国公式参拝をめぐって—

○呆れた首相である。「変人」であるのは個人の勝手であるが、政教分離の憲法原則も何のその、心の問題だから、総裁選挙の公約だからと、8月15日に靖国神社参拝を強行した。内閣総理大臣と記帳した公式参拝は、A級戦犯をも英霊として認めたことに他ならない。○昭和天皇が靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に不快感を示したとされる富田朝彦・元宮内庁長官のメモが日経新聞に公表され、「天皇も戦犯合祀に不快感を示していた」とする報道もあり、靖国問題が注目を浴びる中での公式参拝でもあった。○当然、中国韓国などアジア各国からは厳しい反応が起こった。日本の「軍国主義復活」を危惧し、日本の政権の歴史認識を問うたのである。○一方、小泉の靖国参拝は、別の側面でも大きな影響を与えた。首相の公式参拝に異を唱えた加藤衆議院議員の右翼による自宅放火事件であり、秋の自民党総裁選挙の争点に「靖国問題」が浮上したことである。自民党主流は、靖国問題を総裁選で切り離したかったはずである。安倍独走が伝えられるなか、靖国問題の争点化は、安倍のイメージダウンになるからであろう。○A級戦犯とは、ドイツで言えば、ナチスドイツの幹部ということになる。ドイツで同じことが起これば暴動になるのでは、とも言われている。○戦後処理の過程で極東軍事裁判が行われ、戦争責任者として処罰された東条らA級戦犯。極東裁判を否定する事となれば、戦後の国際関係、日米関係も揺らぐことになる。アジアのみならず、アメリカ国内からも小泉の行動には、違和感が伝えられている。○何か信念があるように報道されがちな「小泉靖国参拝」だが、ちょっと違う角度から見ていると、小泉の政治センスの欠陥が明らかになる。在任中、公式・私的参拝を問わず、任期中の参拝を強行し続けた小泉だが、結果したのは、中国韓国のみならず、ロシアによる違法操業への銃撃事件に象徴的なロシア外交の凍結的状況である。ブッシュに同調するだけの日米強化路線で日米同盟は、何とか繋いできたと言われているが。○田中外務大臣を解任し、政権に危機が訪れた2002年、起死回生の一手として行われた日朝首脳会談にしても、北朝鮮専門家と言われている重村智計氏の近著「外交敗北」によれば、日米同盟を揺るがしかねない外交的失態=「外交敗北」であったという。○ブッシュは、テロ国家として北朝鮮を名指しし、核開発中止を要求していた。日朝国交正常化交渉は、日米同盟の観点からは、核開発放棄の明言がない中では、ありえず、当然アメリカの不信感もあり、頓挫せざるをえなかった。また拉致被害者全員の帰国もない中で、国民の北朝鮮への不信感の一層の高まりを招いた。○要するに、重村氏は、小泉改革路線は支持するにしても、小泉政治は外交的には失態の連続であったと述べているわけである(著書の中で妙に安倍を持ち上げているのは気になるが)。○それに対して、確かに厳しい反応があったとは言え、中国韓国の対応は、前年とは違い冷静な面も見える。次期総理の対応を注視しているわけである。したたかな外交が見える。○結論であるが、小泉は外交はさっぱりだめな政治家だということである。○靖国問題は海外からの内政干渉だという議論は全くの的外れである。アジア外交は、侵略の歴史の反省が原点なのだから。(2006-08-20佐野)

 【出典】 アサート No.345 2006年8月26日

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【投稿】「火に油を注ぐ」日本の無責任外交

【投稿】「火に油を注ぐ」日本の無責任外交

<<「金正日に感謝」>>
 北朝鮮のミサイル発射に対して、「金正日に感謝しないといけないといけないのかもしれない」、このように発言した麻生外相。これほどズバリ日米ネオコン派の本音をあからさまにした発言はないともいえよう。この発言は、北朝鮮のミサイル発射に関する国連安保理決議案について「(中国、ロシアなど)拒否権を持っている国の顔色を見ながらやるのはおかしい。日本は譲らない。最後まで突っ張る」と、ことさらにミエを切り、制裁条項を盛り込んだ決議案をごり押しし、その結果、安保理が分裂しても構わないということまで示唆した強硬姿勢を打ち出し、「敵基地攻撃能力」保有論を誇示した、7/8の広島市内の講演でのことであった。ところがこの「金正日に感謝」発言は、全国紙では一切報道されず、7/9付のスポーツ紙各紙が「『金正日総書記に感謝』 失言また 麻生外相やっちゃった」(スポーツ報知)、「麻生外相 『金正日総書記に感謝』」(スポーツニッポン)などの見出しで報道したものである。全国紙は、いかにも軽率で品位に欠け、周辺各国を刺激しかねないと判断したのかもしれないが、事態の本質を象徴し、本音をさらけ出した麻生発言に腰が引けたのであろう。今や日本の大手メディアには、小泉政権と、強硬路線を競い合う安倍・額賀・麻生の「敵基地攻撃能力」保有論、総裁選レースで一歩抜き出たと言われる安倍政権誕生への恐れ、気兼ねと遠慮からであろう、大政翼賛化した報道に流され、ジャーナリズムとしての冷静で客観的かつ批判的姿勢がほとんど失われてしまっているといえよう。
 この麻生発言に対しては、韓国の政界、メディアでいっせいに批判が巻き起こり、「北朝鮮の核・ミサイル開発が日本の軍備増強の口実になっていることを、これほどあからさまに表したことはない」(東亜日報7/11付社説)、「日本政府はミサイル発射を北東アジアで軍事・外交的影響力を拡大する絶好の機会にしている。(麻生発言は)日本の内心を出したもの」(中央日報7/11付)、「朝鮮半島に破局をもたらす状況まで辞さず、軍事大国化を図ることが果たして正しいことなのか、国際社会の警戒心を強めるだけではないのか、日本は猛省すべきだ」(国民日報7/11付社説)などと一斉に批判を浴びせている。
 与党「開かれたウリ党」の金槿泰議長は、日本での先制攻撃論について、「われわれは武力では平和を守れないと北朝鮮に言ってきたが、この言葉を日本の強硬派にもはっきりと伝えたい」と強調し、盧武鉉大統領自身も、「日本の政治指導者の『先制攻撃』発言などで、新たな状況が生まれ、事態をさらに悪化させる憂慮がある」と述べ、「北東アジアの平和にただならぬ事態を引き起こす可能性がある」と強い警戒を示している。さらに保守野党ハンナラ党のスポークスマンは、「日本の反応は北朝鮮のミサイル発射を口実に軍国主義の復活を連想させる」とし、「日本の政府高官は先制攻撃発言を直ちに取り消すべきだ」と要求。左派野党・民主労働党のスポークスマンは「朝鮮半島の危機をあおり、利益を得ようという野望の表れ」と非難している。既に韓国大統領府の報道官は、日本国内で敵基地攻撃論が浮上したことについて「日本の侵略主義的な傾向が現れた」と手厳しい批判と警戒感を示しており、韓国与野党、メディアをあげての日本に対する批判の噴出である。

<<「すぐに電話しなければ」>>
 問題は、この韓国と日本を取り巻く政治とメディアの深刻な落差であり、小泉政権登場以降にもたらされたブッシュ一辺倒、反中国・反韓国路線の危険で有害な役割である。
 問題の、国連の北朝鮮ミサイル非難決議案にしても、政府とメディアは意図的に日米緊密連携、対北朝鮮・対中国強硬論を演出・宣伝し、他の諸国から「騒ぎすぎ」と言われるほど、「中国の北朝鮮説得など無視して安保理決議を」と求める突出した強硬姿勢を誇示し、「即刻採決」を主張、日本案が孤立するや、拒否権を持つ「中ロの壁」を強調して伝え、それによって「譲歩を余儀なくされた」かのようにねじまげ、自らの姿勢には何の反省もしない。またそれを肯定するようなメディアの報道が国策報道の如く垂れ流される。
 ところが実際には、この国連決議においても、日本は外交交渉の当事者どころか、カヤの外におかれていたのである。アメリカにしてからが、日本と中国・韓国との対立を煽り、日本の強硬姿勢を支持するそぶりを見せながら、実際には東アジア・太平洋担当のヒル米国務次官補が北京とソウルを外交交渉の真の舞台とし、中国の武大偉外務次官が北朝鮮のピョンヤンを中心舞台とした。ヒル次官補が日本に来たのは北京、ソウル訪問後であった。安倍氏らが「米国とともに」進めていたはずの強硬路線は、米国自身になだめられるやたちまち後景に追いやられ、全会一致の決議案ですら、日本の提案ではなく、英仏の修正提案とリードによって実現したものであり、そのことを日本の政府もメディアも正確に伝えようともしていない。
 7/12、中国外交部の姜瑜報道官は、「国際社会が全力で平和的な外交努力をしているときに、日本政府の一部要人が他国に対する『敵基地攻撃』の実行を言い立てている。このような『火に油を注ぐ』やり方は、無責任極まりなく、理解に苦しむ。これらの言論は、国際社会の外交努力を著しく妨げ、北東アジア情勢の緊張を高めるだけであり、各国の国民にとっては目にしたくないものだ。」と指摘しているが、まさに日本外交の大失態と無能さをさらけ出したものと言えよう。
 あの森前首相からでさえ、現在の日本の孤立した事態に対して、「ブッシュ米大統領とプレスリー邸に行くのもいいが、中国の胡主席、韓国の大統領にすぐに電話しなければ、日本は本当のアジアでの大国とはいえない」と指摘される始末である。
 北朝鮮の暴走を本当に抑えるためには、何よりも中国、韓国と緊密に協議し、共同の努力を行いうる関係を築くことでなければならない。ところが、小泉首相・安倍官房長官・麻生外相という、協力と共同よりも対立と挑発にしか存在価値を見出しえないようなこのトリオは、そうした話し合いの努力を一切行わず、直接対話はもちろん、それこそ「電話一本さえかけず」に、中国・韓国への挑発的で傲慢な発言を繰り返し、大手マスメディアもそれに追随・迎合して世論を誘導し、緊張激化を煽り立てている。裏では「金正日への感謝」の電話でもしているのであろうか。もちろん、すでに客観的には感謝のメッセージは伝えられていると言えよう。

<<ダブルスタンダード>>
 北朝鮮のミサイル実験そのものについては、7/6日付の英タイムズ紙は「ダメージもなく、国際法も破られていない、なぜみんなそんなにざわついているのか?」とする記事の中で、「金総書記の動機を合理的に説明するのは不可能」とか、「金総書記はほとんど狂っている」という受け止め方が日本では強いが、軍隊をもつ国なら世界中のどこでも定期的に行っている訓練である。金正日は残酷な独裁者かもしれないが、狂人ではない。昨日のミサイル発射は、北朝鮮とその指導者の有り様を示すと同時に、西側の外交がいかに力不足だったかを示すものであり、「パニックが起きたのは」ミサイル発射それ自体の脅威よりも、「誰もほとんど何もできないからではないか」と、指摘している。このミサイル実験は緊張を激化する瀬戸際外交の産物であり、北朝鮮自身をさらに政治的経済的に窮迫させるだけだと言えようが、アメリカや日本を含めたその同盟国はさらに大規模で強力な軍事訓練やミサイル実験を行っており、この指摘は間違いないといえよう。
 この同じ時期、なぜか北朝鮮のミサイル発射の4日後にインドは、核弾頭の搭載も可能で、最大射程距離4000キロメートルという中距離ミサイル「アグニ3」を試射している。実験は失敗したようであるが、中国やパキスタン、周辺諸国に脅威を与えるものであることは間違いがない。これはアメリカとの合意と黙認のもとで行われたミサイル発射実験であった。それゆえにほとんど問題にもされず、日本の政府もメディアもロクに報道も非難もしていない。アメリカのダブルスタンダードがまかり通って、日本もそれに追随しているのである。
 ところでアメリカは、中国の働きかけにもかかわらず、北朝鮮が独自路線に固執し続けるや、交渉の中心人物はヒル国務次官補から最も強硬な路線をとるボルトン国連大使にバトンタッチ。同氏は、対北朝鮮国連決議が、軍事行動につながる強制措置を定めた「国連憲章第7章」の文言をわざわざ入れなかったにもかかわらず、「憲章7章に言及していなくても、実質的に『7章決議』だ」と主張、これに対しロシアのチュルキン国連大使は「憲章7章の言及がない。これが『7章決議』のわけがない」と、決議の拘束力をめぐる解釈はまったく相反する。日本の政府、メディアもこのボルトン発言に飛びついている。

<<「沈みゆく夕日」>>
 もちろん、アメリカの思惑は見え透いている。北朝鮮「ミサイル発射危機」がもたらしてくれた絶好の機会を見逃す手はない。なにしろミサイル防衛(MD)配備を加速させ、MDやパトリオットを売り込みむ願ってもない口実を与えくれているのである。この「危機」を利用して、米PAC3ミサイル(地対空ミサイル)の嘉手納基地への配備が前倒しされ、SM3ミサイル(海上配備型ミサイル)を搭載したイージス巡洋艦「シャイロー」の横須賀配備も早まり、さらに自衛隊へのPAC3ミサイルの配備が、入間基地を皮切りに06年度末から始まる。それがまた当然のことのように報道されている。
 なにしろ、政府与党の幹部ばかりか、民主党の議員までが「相手の基地攻撃は『専守防衛の範囲内』、敵基地を攻撃できる防衛力整備などを議論すべきだ」とテレビで発言する事態である(7/8、民主党憲法調査会長の枝野幸男氏)。
 読売新聞社が7/6、7の両日に実施した緊急全国世論調査では、米国と協力して「ミサイル防衛(MD)システム」の整備を急ぐべきかについて、63%が「そう思う」と答え、「そうは思わない」は24%にとどまり、アメリカにとっては願ってもない、笑いの止まらない展開である。
 そして日本の首相である小泉氏は「俺はついている。プレスリーの館で歌っているときにテポドンが飛んできたら格好悪かった」という程度の低い、物見遊山政治を得々と語る首相である。サンクトペテルブルグ・サミットで、「自分も沈みゆく夕日だ」と首相は語ったそうであるが、同じく「沈みゆく」落ち目のブッシュ米大統領、この二人を北朝鮮のミサイル発射はたとえ一時的にせよ勇気付け、危険で膨大な無駄を強いる軍拡競争の道に突き進ませていることは、厳しく指摘されなければならないだろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.344 2006年7月22日

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【投稿】 暴走する北朝鮮と日本

【投稿】 暴走する北朝鮮と日本

<肥大化する北朝鮮軍部>
 7月5日未明から夕刻にかけ、北朝鮮はテポドン2号を含む7発の弾道ミサイルを発射した。このうち以前から動向が注目されてきたテポドン2号については、ハワイ方面に投射されたものの、構造上の欠陥から発射後まもなく破損、その後空中分解し日本海に落下した可能性が高い。その他のノドンやスカッド型ミサイルについては、概ね目標地点に到達したものと思われる。
 1991年の湾岸戦争時、イラクはサウジアラビアやイスラエルに約80発のスカッド型ミサイルを打ち込んだが、今回の北朝鮮の発射はそれに次ぐ規模である。イラクの発射数は桁違いだが、それは実戦であったことを考えると、主観的には「戦争中」かもしれないが、北朝鮮の行為がいかに常軌を逸したものであるかがわかる。
 この時期、北朝鮮が「実験」の範囲を大きく逸脱した、一大デモンストレーションに打って出たのは何故か。それはアメリカの金融制裁に対する「報復」と、6カ国協議が膠着状態にあるなかで、なんとか米朝2国間協議に持ち込みたいがための実力行使に他ならない。米朝協議を実現する方策としては、柔軟路線への転換という選択肢が現実的であったにも関わらず、あえて展望のないミサイル乱発という軍事冒険主義的恫喝を行ったのか。それは一連の事態が軍部主導で進められたからである。
 金正日は朝鮮労働党総書記ではあるが、国家主席はではなく、政府機関内の最高位は国防委員長である。このように軍部を自らの権力基盤とする金正日は、逆に言えば軍部の意向に逆らえなくなっていると考えられる。金正日と軍部の関係は、戦前の昭和天皇と軍部の関係に似ている。昭和天皇は統帥権を持つ大元帥でありながら、統制どころか軍の暴走を「勝てるならかまわない」と追認した。さすがに対米戦争については不安になって、何度も「大丈夫か」と念を押しているが、ミサイル発射に際しても北朝鮮の権力中枢でもそうしたやりとりがあったのではないか。
 北朝鮮軍部の暴走はこの間顕著になっている。南北宥和の進展をアピールするものとして、5月25日に予定されていた両国政府高官を乗せての南北連絡鉄道の試験運行が前日になって突然キャンセルされた。これは韓国、北朝鮮の関係当局が同意、すなわち金正日も一端承認したものであったにも関わらず、北朝鮮軍部が安全保障上の理由から、強硬に反対したため土壇場でひっくり返されたのである。
 この失態は「太陽政策」を進める廬政権のメンツを潰したのみならず、北朝鮮政府内の矛盾も露呈させるものとなったが、軍部はそんなことはお構いなしに、自らの意向をゴリ押ししたのである。さらに今回のミサイル発射では、中国やロシアにも事前通告をせず、両国の怒りを買った。中国は鉄鋼や化学薬品などの戦略物資の輸送を停止、ロシアでは怒ったウラジオストック市民が、北朝鮮領事館に押し寄せる騒ぎとなっている。
 このように北朝鮮権力内では、対外協調を進めようとする勢力が排除され、友好国との関係悪化も厭わない軍部の独走は、国内の民主化をより困難にし、地域情勢を不安定なものとしている。しかし、これにも増して、東アジア情勢を危険な方向へ導こうとしているのは、ミサイル発射を口実として軍拡をすすめる日本の暴走である。

<孤立化するのは日本>
 日本は今回のミサイル発射を奇貨として、大幅な軍拡、東アジア地域の一層の緊張激化を進めようとしている。5日以降「まってました」と言わんばかりの政府要人の過激な発言が相次いだ。額賀防衛庁長官は、北朝鮮ミサイル基地攻撃を念頭に、日本が攻撃された場合に備えて、自衛のために敵のミサイル基地などを攻撃する能力を自衛隊に持たせることを、今後、検討していく必要があるという認識を示した。また安倍官房長官は「ミサイル攻撃を受けるおそれがあり、ほかに手段がない場合は、敵の基地などを攻撃することも自衛権の範囲に含まれる」など先制攻撃論を展開、武部幹事長も、国民の理解を得ながら検討していくべきだという認識を示した。
 さらに日本政府はアメリカと共同で、国連安保理に「国連憲章7章」にもとづく制裁決議案を上程した。これは国連加盟国に制裁措置実行義務を負わせると共に、軍事行動を含む強制措置に道を開くものである。これに対し中国は議長声明案や、ロシアとともに制裁措置を含まない独自の非難決議案を作製、さらに拒否権行使も示唆するなど反発。こうした巻き返しで当初日本案を支持していたフランス、イギリスもより柔軟な内容の決議案に傾き、アメリカも7章明記にこだわる姿勢は見せず、ミサイル発射直後とは逆に日本が国連で孤立する可能性が出てきた。
 慌てた政府は、あくまで制裁にこだわる、これまでの強硬姿勢を転換せざるを得なくなった。その結果、国連安保理は15日午後4時、北朝鮮のミサイル発射を非難し、ミサイル計画の中止を要求する対北朝鮮非難決議を全会一致で採択した。
中国は、対北朝鮮制裁に反対する理由として「6カ国協議の崩壊阻止」「国連安保理の分裂回避」「北朝鮮の孤立化回避」を示していたが、本当は、制裁決議が日本の軍拡にお墨付きを与えることになるのを懸念しているのである。それはロシアや韓国も同じであり、とりわけ韓国政府は額賀や安倍の「先制攻撃」発言に強く反発している。
 また折しも来日中であった台湾国民党主席であり、次期総統と目されている馬英九台北市長は、小泉の靖国参拝について「多くのアジアの人々は改めてほしいと考えている」「A級戦犯が祀られていることで国際問題になっている。アジアのリーダー的な存在である日本にはやるべきことがある」と述べた。このようにアジアで危険視されているのは、北朝鮮よりも日本の暴走であることが明らかとなった。
こうした事態を招いたのは、小泉の靖国参拝や一連の挑発的な発言に象徴される、アジア軽視外交の結果であり、因果応報と言うべきものであるが、当の本人は外遊三昧で脳天気な発言を繰り返していた。留守を任された安倍らは、最初は「制裁決議」や「先制攻撃」を声高に叫んでいきり立ったものの、アジアのみならず欧米諸国や与党の一部を含む国内からの反発で、強硬路線の修正を余儀なくされている。この間の日本外交の根本的転換を進める政権の確立が求められている。(大阪O)

 【出典】 アサート No.344 2006年7月22日

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