【コラム】ひとりごと–医療がおかしい–

【コラム】ひとりごと–医療がおかしい–

○日本の医療を巡って、注目すべき事態が起きている。ひとつ目は、医者がいないこと。医者不足から、産婦人科が閉鎖される病院が多い。都市部・地方を問わずだ。○激務と言われる産科に限らない。特に自治体病院から医者が消えていく。大阪府内では医科大学が医師を大学に引き上げたことで、内科閉鎖に追い込まれ、病院そのものの存続が危ぶまれる自治体病院も出てきた。奈良県では婦人科救急の受け入れがないために、昨年・今年と患者がたらい回しされ、死亡に至った事例が続いた。○付き合いのある医師の話だが、原因の一つは、研修医制度の改正だと言う。これにより、医大卒業後、2年間臨床研修が義務付けられた。それまでの研修医は、所属医療機関の戦力として、夜勤などにも従事したが、制度改正により、2年間は大学病院の指導の下に「研修」に力点が置かれ、大学側にも「指導」体制が求められた。○大学は指導担当医を確保するために、医者を病院に呼び戻す。こうして病院から研修医が消え、中堅の医師も消えた、というわけである。○さらに、研修中は、幅広い研修ということで、単科に絞った研修はできず、2年経っても「一人前」にならない、と知り合いはもらす。○二つ目は、病院経営が厳しくなってきていることだ。平成18年度に、診療報酬が平均で3.6%引き下げられた。個別で見ると10%近い引き下げもあり、18年度は10%近い減収となったという。○2年毎の診療報酬改定ということで、20年度の改定は、開業医報酬に的が絞られているという。特に24時間診療体制が取れるかどうか。厚労省は、開業医にアンケートを実施したが、大阪の医師会は回答を拒否する事態となった。○介護病棟の見直しも、医療介護現場に混乱を招いている。○医療報酬の引き下げは、自治体病院には深刻な影響を与え、自治体そのものの財政危機も重なり、病院身売りも現実味を帯びてきている(国保会計は助かっていると言うが)。○こうした情況の中で、日本医師会も一枚板でなくなってきている。小泉改革推進派(武見派)と反対派が会長選挙で対立した。先の参議院選挙でも、医師会は自民党支持に一本化できなかった。○さらに、20年4月から75歳以上を対象にした後期高齢者医療制度が発足するが、利用者には負担増、医師には報酬減が確実な制度となりそうだ。○小生、福祉の現場にいるので、医療の事は、薄々わかる。驚く程の医療費請求に直面する毎日で、医者・病院に対する印象は、はっきり言って悪い。薬漬け、たらい回し、高額請求、治癒した患者にあまり出会えない。○小生は、幸いな事に過去5年間は医者要らずで過ごしてきた。今後もそうありたいが、そうも行くまい。○いずれ、お世話になる時もあると思うが、現状の医療の現実を見る限り、余りに問題が多すぎるのが気になる。○医療不安解消もまた、早晩行われる総選挙の重要なテーマにしなければならないと思う。(佐野)

 【出典】 アサート No.358 2007年9月22日

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【投稿】参院選大敗と安倍内閣の命運

【投稿】参院選大敗と安倍内閣の命運

<<自民大敗がもたらしたもの>>
 「戦後レジームからの脱却」を掲げる自民・公明連合の安倍政権が、今回の参院選で大敗を喫し、参議院で過半数を大きく割り込んでしまったという事実の重さは、はかりしれないものがあるといえよう。安倍政権がどのようにあがこうとも、安倍氏が首班である限りは、もはや「死に体内閣」として、あらゆる政策決定局面において身動きの取れない事態、遅かれ早かれ退陣せざるをえない事態に追い込まれよう。
 「戦後レジームからの脱却」の冒頭に掲げた憲法改定は、最大の焦点である9条改定については賛成議員は当選者の26%にしかすぎず、それに対し反対議員は54%に達し、非改選議員を含めた新勢力全体でも賛成31%、反対50%という結果になったのである。これにより、改憲勢力は、憲法改正発議に必要な三分の二はおろか、過半数も獲得できず、これから最低でも3年間、逆転がない限りは6年間は、憲法改定はほぼ不可能となった。
 当然、改憲原案を審査・提出する権限をもつ常設機関である「憲法審査会」の立ち上げを選挙直後の臨時国会でもくろんでいたが、8/6の与野党協議で合意に至らず、次期国会以降に先送りされることとなった。
 続いて、安倍首相がことさらに意欲を見せてきた集団的自衛権の行使容認のための憲法解釈の変更も頓挫せざるを得ない事態に追い込まれている。首相が容認賛成論者ばかりを集めて設置した集団的自衛権を研究する有識者懇談会は、今秋にも行使容認を報告書にまとめて提言するが、公明党の北側幹事長が8/8、憲法解釈の変更に反対する考えを表明。そもそも今回の参院の与野党逆転により、自衛隊法改正など必要な法整備も可決できない事態に直面し、報告書の棚上げ、法制化の見送りに追い込まれよう。

<<テロ特措法延長問題>>
 さらに、参院の与野党逆転下で迎える秋の臨時国会の最大の焦点として、11月1日に期限が切れるテロ対策特別措置法の延長問題が控えている。
 民主党はこれまでも同法の延長には反対してきており、小沢代表は当然反対することを明らかにしている。うろたえる安倍政権の頭越しに、シーファー駐日米大使は8/8に小沢代表との会談を求め、同大使は「(米英軍などは)テロに反対する国際的な活動部隊であり、日本の貢献は非常に重要だ。日本が燃料提供をやめたら、英国やパキスタンは参加できなくなる」と述べ、「(米軍に関する)機密情報も提供する準備がある」とまで述べて、同法を延長する必要があると要請した。こうした行為自体一種の内政干渉であり、強要とも言えよう。
 ところが小沢氏は、アメリカの期待に反し、「アフガン戦争はブッシュ米大統領が『アメリカの戦争だ』と言って、国際社会のコンセンサスを待たずに始めた。日本と直接関係ないところで、米国あるいは他国と共同作戦はできない」と民主党の立場をより鮮明にし、これに反論した大使が「今年3月に採択されたアフガニスタンに関する国連安保理決議に、(活動部隊は)言及されている」と指摘したが、これにも小沢氏は「米軍中心の活動を、直接的に規定する国連安保理決議はない」と反論し、会談は平行線、物別れとなった。しかもこの会談は、約45分間にわたって行われたが、小沢氏の意向により記者団にすべて公開された。
 小沢氏がここまでして態度を鮮明にした背景には、安倍政権に対してはもちろん、民主党内にもあるテロ特措法容認論を強くけん制したものと言えよう。これより前の8/4午前の読売テレビの番組で、民主党の前原誠司前代表は、テロ特措法の延長について「必要だと思う」と述べ、「(延長反対で)米国との関係をまずくするのは、まさに政権担当能力が問われる」として、反対する方針を表明した小沢代表に異論を唱えていたのである。事態の推移は予断を許さないものがあるが、テロ特措法容認勢力にとっては手痛い打撃といえよう。

<<取り返しのつかない打撃>>
 このテロ特措法の延長問題で重要なポイントは、たとえ衆議院で延長が可決されたとしても、参議院で否決された場合、確かに、参議院で否決された法案は、60日間経過したのちであれば、再び衆議院に戻して再可決することはできる。だが、テロ特措法は11月1日に期限が切れる。またもや強行採決を無理やり強行したとしても、60日前を逆算すれば、この8月中には衆議院で最初の可決を済ましていなければならない。しかしそれはもはや日程的にも政治的にも物理的にも困難な情勢となってしまっている。
 今後、与野党対決法案はすべてこの試練に立たされるのである。参院選直前の国会で次から次へ強行採決したような暴挙はもはやできなくなり、与党提案はすべて野党との了解を経なければ順調な審議さえ出来ない事態に追い込まれることになろう。ファッショ的暴挙がただ単に民主的審議に置き換えられるだけといえばそれまでであるが、与党にとっては取り返しのつかない打撃ではある。
 問題はそればかりではない。与党提案は参議院で否決されるだけではなく、野党提案が可決され、衆議院にそれが廻され審議せざるを得ないという事態が現出するのである。その先駆けが、8/9に民主党などが提出した郵政民営化見直し法案と、年金基金目的外流用禁止法案であった。政治資金規制法の抜本的な改正も提起されようとしている。これらは当然、与党内にも分岐をもたらし、政局の流動化をもたらすであろうことは間違いない。
 さらに参議院で野党が過半数を制したということは、野党が国政調査権の主導権を握ったということをも意味している。これまでの審議を通してあいまいな答弁で終始し、多数で審議を打ち切り、政府や官庁、官僚機構が隠し通してきた膨大な彼らにとっての不利益な事実・データを吐き出させ、政・官・財の癒着と腐敗の実態を国政調査権を駆使して解明する道が開けたのである。さしずめ、年金問題でのずさん処理と社会保険庁に群がった政治家の腐敗の解明は、さらなる与党政権の腐敗の実態を明らかにする端緒となりえよう。

<<「葬り去られる運命」>>
 参院選直後の米紙ロサンゼルス・タイムズ7/30付は、「日本の有権者は安倍晋三首相の民族主義的執念に痛烈な打撃を与えた」と述べ、教育基本法を改定して「学校に愛国的なカリキュラムによる教育を求め」、防衛庁を防衛省に昇格させ、「平和憲法改定に道を開く」国民投票法を通過させたことなどを挙げて、「日本を『美しい国』にするという情緒的で民族主義的な修辞は葬り去られる運命にあるようだ」と述べている。
 また米紙ニューヨーク・タイムズは8/1付の「ロープに追い込まれた安倍氏」と題する社説で、安倍氏の敗因について「軍国主義的な精神の復活にばかり熱心な印象を与えた」「年金問題のような本質的な問題を放置した」ことなどを挙げ、「日本のひどく不人気な首相である安倍氏は、辞めないと言い張っている。だが(選挙の)政治的メッセージは明らかだ。留任するなら路線転換が必要だ」と指摘している。
 いずれも的を射た指摘だと言えよう。こうした事態が明らかにしていることは、もはやこのまま安倍氏が化粧直しをして居座り続けたとしても、独自色として打ち出してきた「安倍カラー」がすべて否定・封印され、ただただ政権にしがみつきたいという「形骸」だけの政権となり、与党連合にとっては何一つ益になることがないという手詰まり状態である。
 毎日新聞が参院選後の8月4-5日に行った調査によると、安倍内閣支持率は22%、不支持率は65%という最悪の状態である。FNN世論調査(7月31日-8月1日)でも、安倍内閣支持率22.0%、不支持率64.8%であり、「早期解散・総選挙を望む」が56.0%。「安倍内閣は年内退陣する」が56.4%に達している。選挙後も安倍内閣は、判官びいきから回復するどころか、より一層支持率が低下し、明らかに世論から見捨てられつつあるといえよう。
 安倍内閣を退陣に追い込む野党勢力の攻勢こそがカギとなろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.357 2007年8月25日

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【討論】 参議院選挙結果意見交換会

【討論】 参議院選挙結果意見交換会   —-民主圧勝で様変わりする政治状況—- 

<民主圧勝で様変わりする政治状況>
A)全体的な傾向は、レジメでまとめられていると思うけれど、私は結果としてこうなった事(参議院で野党が過半数確保)の意義が、今後大きな影響力を発揮していくと感じています。
 その先触れはいくつもある。まず、民主と国民新党共同で郵政民営化見直し法案が提出され、年金の流用禁止法案も提出されましたね。自民党にとっては両方とも強烈なパンチですね。臨時国会では廃案になったけれど、再提出されることになる。こういう攻勢がはっきり言って拒否できないわけですね。審議に応じなければ参議院が機能しないということは、衆議院にも直接影響を与えて自民党内部に動揺をもたらすことは間違いがない。それは早速出てきています。
 次に、憲法問題で改憲手続法が通ったけれど、それに基づいて衆参両院の憲法審査会の設置をこの臨時国会で決め、常設機関としようとしていたけれど、今回の選挙結果によって先送りとなったわけです。
 それと平行するけれど、集団的自衛権問題で、安倍が自分に都合のいい学者や論壇の人間だけを集めて「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」をつくり、その答申が9月に出すという方向であったものも、その答申もほぼ棚上げされるということが、ほぼ確定したというわけです。
 憲法解釈の修正もそれ自身が不可能になりつつある、そのように非常に大きな変化の先触れになってきている。
 その他にも、例のホワイトカラー・エグゼンプションの導入を去年決めたけれど、今年になって安倍がちょっとまずいと、待ったをかけたわけだね。選挙後に再びやろうとしていたわけだが、これも9日の労働政策審議会で厚労省がホワイトカラー・エグゼンプションを除外した重点政策ということで決着するよう提案したようで、今回は断念せざるをえないくなってきている。
 
<軌道修正迫られる安倍路線>
 それから被爆者の問題について、安倍は広島の被爆者との話し合いを最初拒否していた。ところが会わざるをえなくなり、会ったら今度は原爆症の認定について専門家を新たに集めて検討させると明言せざるを得なくなったわけです。これも明らかに安部の政策変更ですね。同じ事を長崎でも言った。長崎市長の平和宣言は、非核三原則の法制化を打ち出さした。記者団の質問に対して安倍は法制化は無視したけれど、非核三原則を国是として守ると言わざるをえなかった。これも安部の本心からしたら、きわめて遺憾な出来事となったはず。従来の安倍路線にブレが出てきている、足元が揺らいでいる。
 
<まずはテロ対策特措法で対決>
 最後に決定的なのが11月に失効するテロ対策措置法の問題。これについて、米駐日大使が小沢に直接会見を申し込んできたわけです。まだ自民党と民主党が話し合いもしていないのに、おかしな話なんです。政権の頭越しに野党党首と話し合いというのは極め異常な事態で、安倍政権は期待を込めていたんだろう。ところが小沢は逆に、アメリカのこれまでの行動は、国連でオーソライズされていないとして、支持できないとはっきり言った。これは結果として重要な意味があった。また、ブッシュ大統領は国際社会の合意を待たずに米国独自で開戦した、日本の平和と安全に直接関係ない地域でのアメリカとの共同作戦には参加できない、と明確に拒否したと言う事は、民主党内のいろいろな問題と絡んで、非常に重要な論点になっている。
 というのも、駐日大使との会見前に、前原前代表が、8月4日の読売テレビでテロ対策特別措置法の延長は必要だ、そして小沢代表の延長反対論には反対と明確述べて、「延長反対で米国と協調しないのでは、まさに政権担当能力を問われる」と対米重視の観点から前向きに対応すべきだと述べていた。
 それを駐日大使との会見で、真っ向から小沢代表は否定したわけです。
 前原グループというのは民主党の中で30名ぐらいと言われているわけですね。参議院では少ないそうだが。テロ対策措置法の参議院審議をひっきり返そうとおもったら、17名ほどが自民党の側にひっぱり込む必要があって、それは不可能だろうと。しかし、自民党にとって希望の星は、前原グループになっているという。「自公前」三党連立政権構想まで囁かれるほど、前原問題が焦点化しているという。そこまで見越して小沢は、駐日大使への厳しい対応を取ったのではないか、と思いますが。
 参議院選挙の結果を表面的なものだけ挙げても、エポックメーキングなものがこれだけあるわけだが、これから具体的な攻め具合では政権を揺さぶる事態も出てくる可能性があるのではないか。

<続投がウラ目に、退陣へのスパイラル> 
C)いろいろ噴出しているけれど、安倍続投が決まって以降、一層混乱が出ているようにも思えますが・・・
A)あれだけ負けて続投宣言をすれば、普通判官贔屓から支持率は上がるのではと言われていたが、さらに下がったね。今22%になっている。
B)どのマスコミの調査も2割台になっていますね。読売でも27%ですね。お灸をすえた後も、さらに支持率が低下している。
C)続投に続いて、赤城農相の突然の辞任も、的が外れてましたね。一層、安部の指導力・決断力の無さが明らかになってしまった。
A)選挙前にやっておけばよかったのに、一層不信を買っているね。

<年金問題への失態が局面を変えた>
B)年金が最大の焦点ということで、選挙中自民党は盛んに自治労攻撃をしていましたね、社保労組の攻撃を。窓口の職員の対応も悪かったというのも事実ですし、厳しいものがあるかな、とも思っていたのですが、やはり使用者責任、政権責任ということで自民党に責任があると国民が判断したのは賢明であったと思います。あれだけ悪罵の限りを尽くして中川や安倍が公務員攻撃をやっても、効を奏さなかったわけです。
 さらに次の臨時国会では年金流用禁止法案が再度提案されますね。これは大きな問題になると思います。窓口での未納処理などは職員の責任も問われるべきだとは思いますが、グリーンピアに金を流すなどというのは職員に全く関係が無い話ですね。社保長官なり厚労省の幹部などの高官が仕組んだ事です。天下り先の確保と言う事ですね。自民党の政治家も含んだ金の流れをあぶりだされるという意味では、自民党も相当こたえると思います。
 郵政民営化問題ですが、象徴的な問題ですが、これは誰も本気にしていないと思いますが、国民新党の怨念が篭ったものですね。揺さぶりにはなりますね。
 
<給油支援で士気低下著しい海自>
 一番は、テロ対策特別措置法がどうなるかですね。アフガンの関係で何をしているかというと、インド洋でアメリカ、オーストラリアの艦船に給油を海上自衛隊がしているということです。しかし、海自の現場の思いからすれば、「オレらはタンカーか、洋上ガソリンスタンドか」ということで、モラル・士気が非常に落ちているそうです。プライドが傷つけられている実態があるそうです。海自は止めさせて欲しいというのが本音なのですが、戦闘行為はできないということで、政府は最低の支援ということで続行を考えていたわけです。
 安倍グループは、参議院選挙後、アフガンに陸自を送るという構想があったようです。イラクに送ったようなインフラ整備や医療の支援ではなく、治安維持を担当するような部隊を送るという構想です。これも選挙の結果で吹き飛んでしまい、現状の延長さえも厳しい情況を迎えているわけです。
 安部のそういう姿勢の中で、終戦記念日の靖国への閣僚参拝問題ですが、全閣僚の見送りという前代未聞の事態となっていますね。だれか根性のある奴はいないのか、という感じですね。そんな右からの批判がでてきそうな雰囲気ですね。「安倍はうわべだけの国家主義者か、それが美しい国か」と右翼からも異論が出てきますね。
 安倍が何故続投をしたのか、という点ですが、岸の娘であるお母さんから「止めなくていい」と言われたんだ、みたいな話も出てきています。

<経済政策が問われた選挙> 
C)私は今回の選挙は、前の衆議院選挙の揺り戻しだとか、また政策のない選挙だとかマスコミを中心には盛んに言われてきた議論に対して、そうではないと思っていました。敢えて言えば、小泉政治が生み出した様々な影の部分に対して、それを否定する国民の声が噴出したのだと思います。そういう意味では、小沢民主党の「生活が第一」というフレーズは、国民に受け入れられたということですね。競争を強めて成長を促すという安部の成長戦略、それは市場原理主義的な成長路線、新自由主義路線に他ならないわけですが、それでは大変な事になると国民が意識した事の現われと見るべきだ、と思います。千葉商業大学大学院の斎藤教授は、今回の選挙について、憲政史上初めて経済政策を争点にした選挙であると、選挙前・選挙後に日経新聞のwebサイトに書かれていましたが、全く同感です。
 衆議院での多数を背景に選挙直前には強行採決を繰り返した政治手法も、選挙の結果を受けて、様変わりすると思います。そういう意味では、投票率も上がって、選挙結果が大きく政治を変えていくことができるということを国民も学んだと思いますね。これから一層その変化を感じることができると思います。

<強行採決連発に国民が反発>
D)皆と同じような感想なんですが、今回の選挙はかなりムード的なものがあったと思います。マニュフェスト議論も希薄であったし、やはり中心は年金問題でしたね。年金制度に対する不信があって、それに対して政権与党がきちっと対応できなかったと。次から次へと問題が連続して、消えた年金問題ですか、そして破棄された年金記録問題などね。それを追求した民主党の方がきっちりやっているように映ったわけですね。
 もう一つ、国会の運営問題ですね。あれだけ強行採決や委員長報告で本会議採決するなどひどい運営を与党は行った。日本の民主主義は、与えられた民主主義などという人もいますが、それなりに定着しているんであって、あれだけ乱暴な運営をすれば、「多数の横暴」に対して批判が起こるのは当然なんです。これに対する反発は大きかったと思います。年金と国会運営、これは大きな問題だったと思います。
 
<争点にできなかった格差と憲法> 
 残念だったのは、以下二つの点です。一つは、格差社会の問題です。この問題は、打ち出しようによっては票を獲得できる課題です。社民党が格差社会の問題を一番強く訴えたと思いますが、やや抽象的、教条的な部分があった。もっと具体的に格差社会の実態を訴えられなかったのか。民主は格差社会問題では弱いところがあったのではないかと思います。鮮明な争点にはならなかったわけです。
 もう一つは憲法問題ですね。これも争点にはならなかった。社民党が全面に主張していました、自民党はむしろ避けた感もあります。「これからも責任を取ります」とか「美しい日本」などとノン・イデオロギー的な響きであって、美しい国などは、人によって基準も違うという曖昧なものでしかない。これが政策的テーマだと言われると、センスが悪いとしか言いようがありません。要は憲法問題を自民党は避けた、社民党は憲法問題が大事だとした。しかし、残念ながら争点にならなかった。それは年金・社保庁問題と、国民全般にある生活不安とか将来不安とか言われるように、景気がいいと言っても一向に上がらない賃金問題などですね、そちらの一般的な問題に流れた感があります。例の労働基準法の割り増し賃金問題とか最低賃金の引き上げを実行した後に、選挙があったら、どうなっていたのかな、と思います。
 憲法と格差社会が焦点になっていたら、民主よりも社共の方が伸びたのかな、とも思います。そんな経過なので、民主が伸びたのは理解できる。社共に伸びて欲しかったのだけれど。今回は民主の一人勝ちだからね。

<小泉政治の負の遺産>
B)言われているのは小泉の負の遺産が大きかったということですね。
D)負の遺産と言う場合、二つあると思います。一つは格差社会ですね。規制緩和で雇用の流動化を一層すすめ、ワーキング・プアを増やしたわけですね。もう一つは、自民党をぶっ壊したことです。地方の自民党集票組織を壊してしまった。以前農村票はほとんど自民党でしたね。公共事業の削減で土木建設業者の集票能力も地に落ちている。
B)特に格差・規制緩和で格差が広がっている中で、安倍がそれをリカバリーするような政策をひとつも出さなかったでしょ。
D)安倍は、基本的に小泉政策の追随だからね。継承と言ってもいい。安倍カラーというのはよりタカ派を押し出してきた小泉路線だと思います。
B)唯一言ったのが「再チャレンジ」というのですが、非常に精神論的な政策であって、具体論に乏しいわけです。国家公務員のフリーター枠と言ったところで、高学歴のフリーターもあるし、フリーターの定義そのものが曖昧でしょ。
D)労働者的に考えれば、低賃金構造の解消や不安定雇用の改善、社会保険加入の義務化の徹底などが求められるわけで、経営者を追い詰める必要がある。成長すれば解決するなどの新自由主義の修正が必要だと思う。

C)確かにD君の言うように、格差社会が争点というわけではなかったと思う。しかし、民主党のテレビCMは、前回の「嵐の中の小沢丸」から変わって、静かに生活者の視点で医療や介護、年金への不安を訴えたもので、それに対して「生活が第一」と。これは、明らかに生活不安・将来不安に対して「美しい国」「新自由主義的成長戦略」の安倍政権では解消できない、と主張していた。広い意味で格差社会への批判になっていると思うけれど。
D)その点は同感だ。最初は憲法改正などのタカ派的主張、年金問題が出てきて以降の「鈍感な対応」に終始し、揚句は強行採決。国民の実感と逆の事ばかりの対応だったね。負けるのは必然だった。そのイメージのまま続投だというのだがら、支持率が下がるのも当然だ。

<民主、1人区で圧勝>
C)具体的な選挙結果について、話をしましょう。
A)一人区で民主が圧勝したわけだね。九州では、野党が分裂していた大分で自民は議席を確保したが、従来の牙城であるの山陰や四国で全滅と言う結果になった。
C)そして3人区で民主が2人当選させていますね。
A)公明が、改選5を3議席落として、2しか取れなかったというのも痛いやろな。
C)公明は、3年前より選挙区で候補者をひとり増やしていますね。それでも比例区の票は全体で100万票近く落としています。
A)これは、公明にとっては深刻やね。前自治大臣の白川勝彦が「公明不敗神話の崩壊だ」と言っているね。本来公明は勝てるところしか立てないということなんだから、それが落選して相当なショックを受けていると思う。
 実は、選挙前の事前予想で、どの新聞も公明の劣勢を報道していなかったんだね。自民の敗北は予想していたわけだけれど。

<組織力低下著しい社民> 
C)比例区、選挙区の全国集計を見て思うのは、社民党というのは、選挙区の票よりも比例区の票数が多いということ。候補者を出している県でも同じですね。それだけ組織力が低下していると判断できるのでは。
B)大阪選挙区に社会党が公認した最後の候補が福間さんという女性でしたが、その時でも30万くらいしか取れなかったですね。あの時でも「こんな票か」という印象だった。荒木さんや牧内さんを出そうか、という議論もありましたね。
 大阪では、辻元清美が張り付いても、この結果ですね。
C)今回は、自公で票のやり繰りはなかったのかな。
A)公明が自民に厳しい意見を言っているようだね。票を回さなかったとね。公明は最大限まわしたのに。
B)東京の丸川は、ギリギリでしたね。
A)東京の丸川は、最終盤に、某宗教団体が応援に回ったという噂だね。反公明・創価学会という立場でね。
A)共産は、前回の参議院選挙から若干増やしているが、2年前の衆議院選挙との比較では、かなりの票を減らしているわけ。票を減らしていることに、あまり触れていない。投票率が上がっているのに、55万票以上減らしている。

<変わらぬ共産・社民の姿勢>
 老人党のなだいなださんがそれを批判している。彼は、これまで社民党か共産党に投票してきた。今回も社民党と共産党に、統一候補を立てるよう申し入れしたのに、応じなかった。その結果、だめだったというわけね。
 さらに、社民党に関しては「・・・選挙前、評論家の斎藤貴男さんが社民党から立候補の要請を受けていると聞きました。・・・しかしその話は最後のところで実らなかったらしい。斎藤さんは、川田竜平さんを社民党公認候補にするか推薦候補にするという条件を付けたところ、社民党は東京で独自候補を立てるという面子にこだわり、社民党が断ったからだと聞きました。こういう事では護憲派は愛想をつかして離れていく・・」とHPに書いておられます。
C)共産・社民に共通する事ですが、今回も2大政党が主役のような選挙展開になり、いわいる埋没情況は続いているわけです。両政党とも選挙でも政策でも部分共闘でも民主党と組んでいくという姿勢を示さないと、一層ジリ貧が進むと思います。
 それは、両政党を否定する、非難する立場ではなく、彼らなりの運動の基盤を大事にする意味でも、タイミングを間違ってはいけないと思います。残された時間はそんなにないように思いますが。
B)大阪でも意外と共産党候補の宮本は票を取っていないですね。自民党谷川を脅かすかとも思っていたんですが。
C)大阪で共産は14万票増やしても勝てなかった。民主がダメだというなら、社共連合という選択もあるはずなんですね。護憲派にこだわるならば。

<望まれる共産・社民の統一姿勢>
C)共産党と社民党が得票を減らし続けていることは、どうなんだろうか。
D)そうやねん。今回の選挙で共産、社民に票を減らす要素はあったのかな。投票率も上がったわけでね。社民は比例区で大きく減らしている。
C)前回の参議院選挙との比較では、社民、公明が比例票を大きく減らしている。共産党は横ばい。比例では民主の一人勝ちになった。といっても民主の票は浮動票が大半と思う。連合の票も今では余り当てにならない。しかし、今回は民主に流れた。逆に自民党は集票組織が崩壊状態。医師会も離反したし、建設業も公共事業削減でパワーを失った。旧来の支持層である農村票も離れた。今回は都市でも地方でも自民党・公明党は票を減らしたわけだね。共産・社民にも浮動票は流れなかったのではないか。
D)私は今回は社民に入れたけれどね。ただ共産についてはバッシングがかなりあった。ちょうど宮本の死去もあって、テレビ番組でも政策を訴える時間もくれなかったよ。それにしても、票を減らしすぎだ。
C)確かに生活不安・格差社会を問題にしていたのだから、躍進でなくとも健闘ぐらいの結果は出てもよかった。しかし結果は、ジリ貧。共産・社民ともプライドもあって、選挙後の政権戦略は民主と距離を置くような発言があったけれど、果たしていつまで言っていられるか。民主にやわらかい左バネが効いているうちに、共同する戦略に転換しないと議席ゼロなんでことになってしまう気がするけれど。

<格差社会対応は、もっと具体政策で>
D)格差社会については、もっと具体的な問題を提起すべきと思う。グッドウィルやフルキャストなんて、とてもひどい事をやっている。企業名も挙げてもっと告発していく必要がある。今経営者は外国人労働者はいらないと言い出している。派遣や請負で十分低賃金の労働者を確保しているわけだ。日本語もしゃべるしね。
B)低賃金労働者のプールはできているというわけやね。
D)こんなことにもっと切り込んでほしいね。
B)やはり党が小さくなっていくと、調査能力や政策能力は低下してきましね、特に社民党ですが。党が小さくなっていくと情報がまず入ってこない。悲しい事ですが。
D)やはりまだ「イデオロギッシュ」すぎる。ムード的なものしか言っていない。中小業者の事も配慮しすぎで、もっと専門化しろと言いたい。労働者の立場に徹すればいいと思う。さらに言えば、不安定雇用の人、ワーキングプアの皆さんは、選挙に行っていないのではないかという事もあるね。
B)ネットカフェで寝泊りしている人は、住民票も田舎にあったりしてね。
D)毎日働きまっくっているわけで、選挙にいく元気もないのではないか。本当に生活に苦しい人は選挙に無関心という実態もある。
 そして憲法の問題だけれど、例えば具体的な外交政策と絡めて憲法改悪反対というべきだね。「9条を守れ!」というだけでなく、現実の外交政策、日米軍事態勢の改変問題とかイラク戦争と絡めて主張しないといけない。
B)自民党も余裕がなくなって、当面憲法問題を争点にできないのではないかな。

<政治に緊張感が出てきた>
D)僕はあまり心配していない。小沢民主党にね。小沢は大局観のある人だし、自民党との違いを常に明らかにしていくような気がする。今回のテロ対策法の対応などもそうだ。それを貫かないと、自民党と一緒かと言われかねない。
B)選挙前から、アメリカは安部の背中を打つような対応をしていますね。まず6カ国協議で日本の頭越しに北朝鮮と妥協した。拉致問題も取り上げずに。そして次は慰安婦問題での非難決議、採決の日は選挙後でしたが。
C)選挙はいろいろやってきた僕だけれど、参議院選挙は、他とくらべると非常にしがらみの無い選挙ですね。地域の利益代表でもないし、業者関係や地縁血縁で締め付けてくると言うのも少ないわけです。そうした参議院選挙ですが、比例区では民主・共産・社民票他を合計すると過半数を越えるわけですね。前回の郵政選挙に続いてね、政治を変える力が選挙にあるんだ、と言う事を示したし、自公対野党でがっぷりよつになれば、いつでも政権は変わるということになるね。
D)これが衆議院選挙であれば、こわい結果が出るね。51%で総取りだからね。(終)
<文責 佐野秀夫>

 【出典】 アサート No.357 2007年8月25日

カテゴリー: 政治 | 【討論】 参議院選挙結果意見交換会 はコメントを受け付けていません

【投稿】全ての原発は耐震設計の考え方を根本的に見直せ

【投稿】全ての原発は耐震設計の考え方を根本的に見直せ
                            福井  杉本達也

<原発の耐震設計の2.5倍の揺れ>
 7月16日に起こった新潟中越沖地震で東京電力柏崎刈羽原発は大きな被害を受けた。同原発1号機では地盤面で『設計最大震度』(S1)273ガル(ガルは加速度の単位で、1ガルは1秒間に秒速1センチの加速)・「およそ現実的ではないと考えられる限界的な地震」(e-原子力HP)と表現される『設計用限界地震』(S2)450ガルをも大幅に上回る680ガルを記録した(S1・S2とも「旧耐震設計指針」による)。3号機タービン建屋1階にあるタービンを載せる台上の地震計は2058ガルの揺れを観測した。設計時の想定834ガルの2.5倍だった。地震波の周期ごとの分析では、1~7全号機でほとんど全ての周期帯で想定を超えた。2~5号機では、放射能漏れなどにつながる原子炉圧力容器や燃料集合体、主要配管など重要機器の損傷を招きかねない周期帯(周期0.1~0.5秒程度)でも超えていた。破損した6号機の天井クレーンに最も近い地震計では上下方向に重力加速度980ガルを上回る1541ガルを記録。最大の揺れを受けて一瞬、浮いた可能性がある。6号機地下8mの地盤面の揺れは325ガルであるから、地上45mの天井付近では4.7倍にも増幅されたことになる。全ての原発でスロッシング現象により使用済核燃料プールから放射能を含んだ溢水、3号機では所内用変圧器が火災を起こし、原発内の自衛消防では対応できず2時間後に柏崎消防よって消し止められた。

<しぶしぶ耐震設計の誤りを認めた国・東電>
 安倍首相は参院選の真只中であったにもかかわらず、急遽長崎での遊説を中止し、甘利経産相と供に当日の午後に自衛隊ヘリで現地入りした。安倍首相は与党不利の状況の中、地震対策が与党に有利に働くとの打算から、何の準備もなく現地入りし、いきなり原発の「安全宣言」を行ったが、その後の東電の発表は首相の目論みを大きく覆すものであり、逆に首相としての指導力のなさ、“冷静な危機意識”の希薄さを有権者に強く印象付けるものとなってしまった。東電は16日・当日に「安全宣言」を出したものの、翌日には7号機排気塔からヨウ素などの放射性物質を大気放出したこと、使用済核燃料プールから水が溢れ出たことなどを発表した。さらに、23日には上記溢水がケーブル配管を伝って外部に流れ出たことを明らかにした。極め付けが24日に発表した6号機原子炉クレーンの破損である。
 全く状況が掴めていない時点でいきなりの「安全宣言」、その後、小出しに被害状況を発表するという東電・国の姿勢に地元もあきれ、会田柏崎市長は消防法に基づく危険物貯蔵タンクの停止命令を18日午前に出した。しかし、鈴木篤之原子力安全委員会委員長 は19日、「今回の地震は、非常に大きな地震動をもたらしましたが…原子炉施設の安全は確保されており、その意味では、審査指針を含む耐震安全の考え方は基本的に有効と考えられます。」と、これまでの原発の耐震設計に誤りはないと居直ったのである。
 エルバラダイIAEA事務局長も全面調査が必要と日本政府に迫り、21日には泉田新潟県知事もIAEAの調査受入を要望し、国は望んでいなかった日本の原発政策への国際的介入でもあるIAEA調査団を受け入れざるを得なくなった。その後も鈴木原子力安全委員長は日経とのインタビューで「原発の耐震指針 見直さず」と答えるなど頑なな姿勢に終始した(日経:7.24)。そのため、泉田新潟県知事は「保安院の顔が見えない。県民は東電が信頼できなくなっている。安全か危険か、事業者任せでなく保安院がコメントしないと、住民は安心できない」(新潟日報:7.24)と、23日に新潟県庁を訪れた保安院長に直接抗議。地元を初めとする立地自治体・住民の余りの反発の大きさに、甘利経産相は、24日、東電の耐震審査を「国が確認する対応が不十分だったといわれればそうであろうと思う」(毎日:7.25)としぶしぶ過去の耐震審査の不備を認めた。その後、急遽設置することとなった原発調査委員会の斑目春樹委員長は「想定地震動の見積は大間違いだった。しっかり見直さなければならない。」(福井:7.29)と耐震設計指針の大幅見直しに言及せざるを得なくなった。

<岩盤上に設置されているのに一般住宅よりも大きな被害>
 8月10日に東電は被害状況の第19報(東電:HP)を出したが、これまでの発表経緯を見る限り全面的な信頼に耐えうる文書とはいえない(7月30日に東電は総数97台もの地震記録データの一部を公開したが加速度応答スペクトルの状況など全く不十分な資料である。そもそも、原発サイトの地震の影響解析が福井県原子力安全専門委HPからの情報発信量の方が多いというのも異常である)。被害状況については、今後さらに詳細を調査しなければならない。1号機では原子炉圧力容器の在る1階部分で884ガルの揺れを記録しているし、また、タービン台上でも1842ガルを記録している。無数の配管・計器類をはじめ重要機器が無傷とは思えない。建物の一部を構成する天井クレーンが破損したということは建物本体の損傷も疑われる。
 ところで、一般住宅の被害状況については、新潟大災害復興科学センターが、柏崎市内3地域で木造の約860棟を調査、被害を比較している。沖積層と砂丘地の境目で被害が大きくなる“なぎさ現象”が起き、最も被害の集中した同市東本町・西本町地域では旧住宅(「直接基礎」(石などの上に柱を置いただけのもの))が36%、旧住宅兼店舗24%であったが、コンクリートによる「布基礎」の住宅は10%だった。同市栄町でも旧住宅(直接基礎)は21%となったが、布基礎の住宅は大破率が低く、「耐震基準を満たせば、なぎさ現象にも強い」と指摘している(新潟日報:7.25)。こうした一般住宅と比較して、岩盤の上に建てられており、コンクリートの塊で、本来揺れが少ないはずの原発で、2000ガルを超す揺れがあり、重要度Bクラスの直径5センチもあり鉄の塊ともいえるクレーンの継ぎ手が全面破断するなどの被害状況は異常である。もし、50トンもの圧力容器の上蓋や燃料棒を吊り上げなどの負荷のかかった状態で地震にあっていたら重大な被害となっていたことは明らかである。また、作業台の落下などもあり、当日はたまたま土曜日の休日に当たり、定期点検などの作業を休止していたことが数人の負傷者だけで済んだのであり、不幸中の幸いだったといえる。

<国・電力会社は現実を直視せよ>
 中越沖地震を引き起こした海底断層は東電の建設時評価の7~8キロを上回る30キロもの断層だった疑いが出ている。中田高広島工大教授は「明確な根拠もなく断層の長さが短く見積もられたのではないか」(福井:7.20)と指摘している。耐震設計指針を旧指針のマグニチュード6.5程度ではなく、内陸型地震では最低でも阪神大震災クラスのM7.3の直下型地震にも耐えうるような設計にしなければならない(2006.3 志賀2号建設差止訴訟金沢地裁判決)。そうするならば、おそらく原発はさらに巨大な構造物となり、建設費は膨大なものとなる。とても経済的にペイするものとはならないであろう(日経:8.17 平野光将原子力安全基盤機構)。そもそも、旧指針のM6.5の根拠すら曖昧であるが、おそらく米国原子力規制委員会(NRC)及び米国機械学会(ASME)の安全規制を引き写したものであり、根拠規定を変更することとなれば現行原発の根本的な設計変更は避けられず、保安院や原子力安全委員会の手に余るものであろう。とするならば、現在の原発に偏った電力政策がよいのかどうかを見直さなければならない。稼働中の原発は16箇所あるが、2005年8月の東北電力女川原発、今年3月の北陸電力志賀原発、そして今回の柏崎原発と短期間のうちに3箇所もの原発が想定を上回る地震に見舞われている。これはきわめて高い確率である(日経:8.14)。柏崎原発は斑目委員長の言葉からしても数年間は稼動停止される。820万キロワットもの発電設備が一挙に数年間も失われたということは国のエネルギー政策が根底から破綻したことを意味する。代わりに東電は旧式の石油火力の発電量を21.5%も増やさねばならなくなったが、こちらは温暖化対策の計画にも重大な影響を与える。神戸大学の石橋克彦氏は『阪神・淡路大震災の教訓』(岩波ブックレット)の中で「危機感をあおるのはよくないという専門家もいますが、事態を直視することが全ての始まりです。それによって冷静な危機意識と健全な緊張感をもつこと」が大事であると指摘している。国・電力会社は現実に目をつぶることなく、冷静な判断を示さなければならない。

 【出典】 アサート No.357 2007年8月25日

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【呼びかけ】「憲法九条改憲阻止の会」への呼びかけ

【呼びかけ】「憲法九条改憲阻止の会」への呼びかけ

 去る6月15日に、東京・日比谷野外音楽堂で「9条改憲を許さない6・15共同行動」が実行委員会主催で行われ、主催者側の予想を上回って約1200名の人々が結集し、国会デモを行ったという。60年安保反対闘争を闘った世代を中心に、当時の学生自治会活動家、全学連、全自連、その後の平民学連、全共闘世代が呼びかけ人となり、直前の6月13日時点で663名の人々が名を連ねている。
 当日の集会の経過報告によると、
 第1に、「九条改憲阻止!」をたった一つの目標に掲げ、ひたすら個人参加を前提にして、「行動の一致」を目指しました。これが活動の基点であった、ということ。
 第2に、「個人参加を原則にして、肩書きを持たない呼びかけ人が、集会の主催者であり、参加者であり、運動の担い手である」ということ。
 そして第3に、九条改憲を許さないというこの一点での一致を大切にし、小異を残して大同につくという運動の大原則に立ち返ること。
 以上を運動の原点として、呼びかけ人個々人は、「「九条改憲阻止」という点を除けば、さまざまな意見の相違を持っています。・・・かつての運動の中には、意見の一致点よりも相違点を強調し、ある場合には暴力的対立抗争に及ぶという傾向もありました。私たちはこうした傾向を、運動の利益より政党・党派の利益を優先させるものであり、有害無益と考えています。」と強調し、
 さらに、「私たちは先行する運動に学び、連帯し、運動の輪を広げていきたいと思っています。」と運動に取り組む謙虚な姿勢も明らかにしている。こうした姿勢こそが運動の輪を広げていくものであろう。
 60年安保からすれば45年以上を経過して、ようやくにしてこうした運動の基調、原点にたどり着けたのかという一種の感慨を抱かせるものであるが、関西の当時の活動家の多くが、まさにこうした姿勢を一貫して主張し、堅持してきたことが想起される。
 そこで関西の地においても、同じ運動の原点に立ちながら、「憲法九条改憲阻止の会」を立ち上げることとなり、筆者も呼びかけ人と一人として参加し、何度かの準備会合を経て、その第一回会合が、さる8月11日に持たれ、出来れば毎月会合を持ち、広げていくことが確認された。
 以下はその際の、呼びかけ分の抜粋である。
「平和憲法が第二次大戦後の世界平和にそれなりに貢献してきたことは紛れもない事実ですが、その第九条をはじめとする非戦・平和・民主主義・主権在民の根幹をことごとく打ち壊そうとする衝動が、総資本と保守政権を突き動かしています。壊憲の道となる国民投票法がすでに成立しています。
 平和と民主主義を培ってきた私たちはこれを座視するわけには参りません。すっかり衰退・崩壊している諸運動の現実を見るとき、私たち自身の責任を痛感し、再び人民主権の運動を再興するために立ち上がることを決意しました。
 対立と分裂を重ねてきた運動の反省に立って、一致できる一点なりとも大切にし、互いの力を寄せ合うことが今ほど求められているときはありません。
 改憲阻止ー反戦・平和・民主主義・人民主権の運動を私たちと共に再生させようではありませんか。
 「憲法九条改憲阻止の会」へのあなたの参加を切望し、呼びかけます。」
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.357 2007年8月25日

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【コラム】ひとりごと—米住宅バブル崩壊で世界同時株安が進行—–

【コラム】ひとりごと—米住宅バブル崩壊で世界同時株安が進行—–

○アメリカの株式市場・金融市場が大揺れだ。つい最近ダウ平均が14000ドルを史上初めて突破したところだが、「サブプライムローン」の相次ぐ破綻、もしくは破綻懸念が噴出し、ダウ平均が急落した(8/15)。○以来、サブプライムローンを問題を発端にした株安は欧州・日本・アジア市場に波及し、信用収縮(クレジット・クランチ)が懸念される事態となった。EU中央銀行に続きFRBも合わせて数十兆円にのぼる資金供給を金融市場に行うと共に、アメリカFRBは公定歩合を0.5%緊急に引き上げる対策に乗り出し、今日(8/20)現在は、各市場とも安定化の方向に向かっていると言われている。○また、米株価の急落は、ドル離れを急速に進め、8/16を前後して、円が4円以上一夜の内に急騰する事態となった。円高の急速な進行により、いわゆる「円キャリートレード」投資が焦げ付く事態となり、一層の円買いを呼んだとも言われている。急速な円高を受けて8/17には、日経平均が800円を越えて暴落することになった。○何ともめまぐるしい事態の進行だが、その原因となった「サブプライム・ローン」とは何なのか。アメリカでは、金持ちには低金利、低所得者には高金利が常識だそうだ。カードローンの利率まで大きな較差がある。○当然住宅ローンも同様で信用力の低い人、要するに低所得者には12%を越える高金利の住宅ローンが存在する。これが「サブプライムローン」である。アメリカの住宅価格は経年による価値の低下は日本と比べると少なく、資産価値が上昇尾する場合もある。不動産バブルが重なり、高金利を越える住宅価格の上昇が続いたためサブプライムローンによる住宅取得が拡大した。○ローン会社はこのローン債権を証券化し、市場化した。年10%を越える利鞘にアメリカのみならず欧州・日本から投資が行われてきたが、住宅販売の不振・住宅価格の低迷が、このローンの焦げ付きを顕在化、一挙に「住宅バブルの崩壊」という事態となった。○日本でも1000億円を越える損失が金融機関や投資ファンドに生じている。○アメリカは世界最大の債務国でありながら、国内消費の底堅さにより経済が支えられている国である。(機軸通貨の強みもあるが)その消費を支えてきたのが、住宅バブルであり、ローンを借りても資産が増えるのだから使えばいい、という発想であろうか。その基礎構造にサブプライムローンがあったのである。○しかし、アメリカの住宅ローンの破綻が、何ゆえ欧州や日本、世界の金融市場を激震させているのか。○かつてLTCMなどのヘッジファンドの破綻が世界株安の引き金になった。今回の場合も、ローン債券の証券化により高金利を当て込んで世界中のファンドが投資をしていたわけである。○LTCMの場合と違い、今回は「疑念」が「疑念」を呼んで、脱兎のごとく資金が逃げ出し金融市場が収縮した。まだ破綻するサブプライムローン会社の規模も明らかになっていないのにである。今後高金利支払い期が到来する債券も大量であるという。○高金利・利益を当て込んだ「過剰流動性」資金は、国を越えて暴れまわっている。原油高騰をはじめとする原料価格の高騰も、これら流動性資金の投機的運用の結果と言われている。○実体経済に基づかない資金の流れが市場を決定している。○日本に目を移すと、歴史的低金利が続いているが、今回の世界同時株安で8月利上げはないと言われている。となれば円安基調に変化はない。日本の金融当局には静観以外の金融政策は存在しないかのようである。○唯一あるとしたら、労働市場において低下した労働分配率を引き上げる政策を実行し、勤労者国民の所得を向上させ、内需を高めることしかない。一向に改善しない低賃金の状況に対して、唯一の選択を経営者に押し付けることが必要であろう。輸出主導の経済では円安頼みになる。内需拡大で成長が可能となるよう労働者への配分増こそ必要である。○サブプライムローン問題と乱高下する世界株、そして円高に怯える輸出主導日本経済、不安定な状態が今後も年末まで続くのは必至であろう。世界同時株安は安倍政権に課題を突きつけている。アメリカの言いなり政策では、国民が不幸になることは目に見えている。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.357 2007年8月25日

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【投稿】安部政権退陣を決定づける参院選へ

【投稿】安部政権退陣を決定づける参院選へ

<<自ら招いた逆風>>
 安倍首相は、参院選が公示された7/12の第一声で「60年ぶりに教育基本法を改正した。防衛庁を省に昇格させた。国民投票法を成立させた。私は負けません。今回は何が争点か。それは今後も改革を進めることができるかどうか」だと声を張り上げた(東京・秋葉原)。しかし首相のこうした「戦後レジームからの脱却」路線は、聴衆にうつろに響き、何の拍手喝采もえられず、すぐさま5000万件の「宙に浮いた年金記録」問題に移り、「私も社保庁何やってるんだと思う」とまずは責任を転嫁し、「私の内閣で解決を約束する。最後の一人までチェックし、出来る対策はすべてやっていく」とトーンを上げたが、これまた選挙向けのポーズと冷めた視線で疑問視する聴衆の賛同や共感を得られるものではなかった。首相が声を張り上げ、もがけばもがくほど、その危険で底の浅い強行突破路線、その場しのぎのおざなりなつじつまあわせに聴衆は冷め、疑問視する人々をさらに増大させていくという悪循環が続いているのである。
 そうした結果として、低迷している安倍内閣の支持率が、朝日新聞の世論調査でついに2割台(28%)にまで落ち込んだ(7/2、朝日)。3割を切ったのは小泉内閣時代にはなく、あのシンキロー内閣と揶揄された森内閣までさかのぼる、最悪の記録である。
 しかしここまで落ち込んだのは、首相自らが招き寄せたものである。
 その第一は、もちろん、「年金5000万件未処理」問題である。この問題は民主党の長妻議員が一年以上も前から追及し続けていたものであるが、安倍内閣はタカを括り放置していた。今年の二月になって5000万件を超える未処理が明らかになっても何ら対策を取らず、問題の重大性がクローズアップされた五月になると、元厚生大臣であった民主党の菅直人氏に責任があると、首相本人がいかにもえたりかしこしと言い出し、周囲をあきれさせ、撤回せざるをえなくなっても、それでもあきらめきれぬほどの政治的鈍感さを白日の下にさらけ出した。事態が不利になるや、冷静に対処すべき問題を、「一年以内に5000万件の照合作業を終える」と発言し、選挙が近づくと「さらに三ヶ月前倒しする」とまで言い出し、強引に第三者委員会の設置で全ての問題の棚上げを図り、公務員攻撃と社会保険庁解体に論点をすり替え、ことごとくその場しのぎのつじつま合わせで乗り切ろうという魂胆が見えミエなのである。
 しかしこの問題は、5000万件以外にさらに明らかになった1430万件もの未入力案件、83万件の「被保険者台帳」違法廃棄案件、191市町村の被保険者名簿破棄案件、船員保険36万件未入力等々、未解決案件が山積しており、一つ一つを着実に具体的に解決し、なおかつ抜本的な年金制度の改革・一本化と連動して解決しなければならない問題なのである。だからこそ先の朝日の世論調査でも、年金記録の問題について、安倍内閣の一連の対応を「評価する」が24%に対して、「評価しない」が59%にも達しているのである。これは首相自らが招いた逆風といえよう。

<<「月八百円だ」>>
 そして第二の逆風は「政治とカネ」の問題である。安倍内閣はまさにこの問題をめぐって、自浄能力も危機管理能力もないことを浮き彫りにしたのである。すでにこの短期間のうちに3人の大臣が辞め、そのうちの一人は安倍首相の姿勢によって現職閣僚が自殺に追い込まれるという前代未聞の事態を招きながら、その後任に指名した赤城大臣にまたもや同じ事務所経費問題が発覚した。そのずさんな税金を食いものにした経理処理を追及されると、自らの任命責任や自浄能力も棚に上げて、「(水光熱費は)月八百円だ。八百円の人を辞めさせるのか」などとキレてしまい、その程度のことしか反論できないほど低劣な論理しか持ち合わせていないことを自ら暴露する。仲間内サークルでしか政権運営も組閣も出来ない安倍内閣の軽薄さを象徴するものである。
 第三の逆風は、住民「増税」6月ショックである。6月から実施された定率減税全廃と税源移譲による住民税大幅増への問い合わせが殺到し、新潟県五泉市では無職男性(63)が「市税が何倍にもなりこれでは年金暮らしの自分は生活できない。死ねと言うことか」と抗議し、ナイフで説明用紙を破り、公務執行妨害で逮捕されるという事態まで生じている。史上空前の利益をあげる大企業への減税はそのまま続行しながら、庶民の家計を直撃する定率減税全廃だけを決めた結果がこれである。安倍内閣にとっては、「年金」「政治資金」に続くトリプルパンチである。
 さらにこれも安倍首相自身が招いたものであるが、米議会委員会で、慰安婦決議案が39対2の圧倒的多数で可決され、参院選最中の七月第二週にこの決議が下院本会議に上程され、可決されることがほぼ確実とまで言われている。米議会の討論では民主、共和両党の議員が、強制性を否定した安倍首相の発言を批判し、「日本の謝罪は不十分」との声が相次ぎ、ペロシ下院議長は「慰安婦」問題では、「日本政府には、もっとすべきことがある」と指摘、「過去の過ちを認識し、その歴史を繰り返さないために、未来の世代を教育するのに遅すぎるということはない」と語っている。これに対し、安倍首相は「米議会ではたくさんのけつぎがされている。そういう中の一つ」「コメントするつもりはない」と無視する姿勢を明らかにしているが、日米同盟一体化を説く首相にとっては気が気ではない逆風であり、自らが招いた取り返しのつかないジレンマに立たされているのである。こうした首相の姿勢を支援する意図を持って、6/14に「従軍慰安婦」の「強制連行はなかった」と主張する自民、民主両党の「自虐史観反対」派の国会議員らの米紙ワシントン・ポストへの意見広告は、かえって逆効果をもたらしのである。

<<野党有力候補に票の集中を!>>
 さらに逆風には枚挙に暇がない。規制緩和利権に群がり、介護事業を食いものにし、較差拡大を徹底して利用し、不法な派遣事業で大儲けをしてきたコムスン・グッドウィルグループの社長を持ち上げ、賞賛し、自ら広告塔となってきたことが、コムスンのホームページで明らかになり、あわててその対談記事・写真を隠したが、今さら遅しである。
 そしてあの“久間暴言”に際しても首相は当初、「原爆しょうがない」というのはアメリカの立場を言ったのでしょうなどとかばい続け、抗議が殺到するやあわてて発言注意でことをごまかし、逃げ切りを図ったが、与党内からも批判が相次ぎだして、ついに大臣交代に追い込まれる。政治状況を読む力もなければ、対処する能力もない、その未熟さばかりを際立たせたのである。
 そして首相自身が消費税の引き上げをめぐって、7/5のテレビ発言で「消費税を上げないなんて一言も言っていない」と消費税増税を示唆したが、与党幹部はこれを「失言」ととって問題にしだすと、翌日のテレビ番組では「消費税を引き上げない可能性も十分ある」と急に姿勢を転換するうろたえぶりである。
 ネオナショナリストといわれる安倍首相がいくら「闘う政治家」を気取り、「戦後レジームからの脱却」を唱えても、そうすればするほどその底の浅さが、この短期間のうちに明らかにされてしまったのである。
 こうした状況に対する最大の反撃は、与党連合を徹底して孤立させ、過半数割れに追い込むことであろう。今回の参院選はその現実的可能性が極めて高いことを明らかにしている。圧倒的多数の人々が安倍政権に幻滅し、怒りを表明している。事態はほうっておいても安倍政権は自壊しかねないほどその支持基盤を失っている。それでも大手マスメディアのほとんどは安倍政権を支える姿勢を鮮明にしている。その力をあなどることは出来ない。問題は野党がいかに結束して与党連合に対抗し、協力体制を築き、少なくとも29の一人区では与党候補に対抗して闘う野党候補の有力候補に票を集中することが出来るかどうかにかかっているといえよう。そうしてこそ初めて与党連合に楔を打ち込み、孤立させ、安倍政権が退陣に追い込まれざるを得ないほどに議席を減少させることが可能となる。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.356 2007年7月21日

カテゴリー: 政治, 生駒 敬 | 【投稿】安部政権退陣を決定づける参院選へ はコメントを受け付けていません

【投稿】年金記録問題の“ウラ”と“オモテ”を読む

【投稿】年金記録問題の“ウラ”と“オモテ”を読む
                         福井  杉本達也

①年金記録の問題は、年金不信を煽りに煽ってきた結果
 2007年2月17日 納付者を確定できない国民年金や厚生年金の納付記録が、06年6月現在、5095万件(60歳以上が約3850万件、60歳未満が約2215万件、生年月日を特定できないものが約30万件)あることが民主党等の指摘で明らかになった。年金記録問題の煽りをまともに受け、安倍内閣の支持率は33・5%と、昨年年9月の内閣発足以来の最低を更新した。不支持は9・0ポイント急増、57・7%と初めて過半数に達した(共同:6月23・24日・世論調査)。
 厚生年金の掛け金は労使折半であり、経済界は一方の重要な当事者のはずである。ところが、奇妙なことに、年金記録の問題をめぐって、経団連をはじめ経済人の発言は全くといってよいほどない。発言がないのは、自らにやましいところがあるからである。5月に発表された経団連の『規制改革の意義と今後の重点分野・課題』では、「企業年金制度では、雇用の流動化に即した規制改革を進め、特に企業型確定拠出年金に従業員拠出制を導入し、制度普及を促進すべきである。」(2007.5.17)と述べており、ASSERT2006年7月号で指摘したように、「財界としては厚生年金負担部分の2倍もの企業年金を支払っており『二重負担』となっているので(経団連:2004年度福利厚生事業費調査)、これ以上の公的年金の保険料率の引き上げはかなわないというのが本音」なのである。このため、経済界としては、この間一貫して、日本の年金方式である賦課方式(積立金を作らず、現役世代から徴収した保険料で、その年の年金受給者への年金をまかなう方式。)を攻撃し、年金不信を煽ってきたのであり、安部内閣と供に“共同正犯”である。
 
②経団連会長企業自身が偽装請負で厚生年金を負担せず
 キヤノンはグループ全体で、請負労働者が約1万5000人、派遣労働者は約7500人いるが、偽装請負が相次いで発覚している。「子会社のキヤノンファインテック(茨城県常総市)やキヤノン化成(茨城県つくば市)、大分キヤノンなどが、04年以降、労働局から指導を受けた。本体でも昨年10月に文書指導を受け、法令順守の徹底が求められていた」(Asahi 2006.7.31)。 といわれるように、本来は正社員化すべき労働者を偽装請負化し、厚生年金など社会保険を負担せずごまかしている。御手洗冨士夫経団連会長は、「請負労働者に技術指導出来ないのが制約になっている」、「偽装請負のおかげで産業の空洞化がとめられている」などの趣旨の主張を経済財政諮問会議の席上などでしている(議事要旨:2006.1013))。
 社会保険庁は、年金記録処理に対する国民の信頼を回復するために、6月4日に年金記録問題への対応策を公表し、基礎年金番号に結びつけられていない記録について、徹底的なチェックを行い、基礎年金番号に結びつける、今後1年間(20年5月まで)にプログラムを開発し名寄せを確実に実施するとしている。しかし、社会保険庁が本気で名寄せをすれば、本来、加入要件を満たしながら加入していない企業があぶりだされてくる。キャノンに代表される偽装も明るみに出る。社会保険の滞納事業者も10万6千事業所(全体の6.4%)もある(日経:2007.06.20)甚だしい話が、労働者本人からは給与天引きしながら社会保険料を納付しない脱保険料企業(日経:2007.6.26)も表にでてくることは必定である。
 
③所管が曖昧だった年金制度
 1961年に国民年金法が成立し国民皆保険制度が成立したといわれたものの、その後も国民年金は機関委任事務として市町村の窓口において行われてきた。また、厚生年金などの事務は都道府県知事の指揮下で地方事務官が行っていた。これを整理したのが、1997年の地方分権推進委員会第3次勧告であり、年金は国の直接執行事務として社会保険庁が一元的に実施することとして整理された。これを受けた2002年4月の地方分権一括法の施行に伴い、国民年金保険料の徴収については、国が直接行うものとし、地方事務官制度も廃止された。
 社会保険庁の職員数28800人(常勤17400人、非常勤11500人)という現体制は、5万6千人を抱える国税庁とは比較にならない。税務調査は5年前に遡るだけであるが、年金は一生である。軍人恩給などの事例をみても分かるが、戦後60年以上もたった現在も、日中戦争から第二次大戦期の埃にまみれボロボロとなった軍暦の台帳は捨てられないのであり、過去の資料を整理・突合するには膨大な手間と時間がかかる。厚生年金は、事業主からの届出に基づき、事業所ごとの被保険者名簿により被保険者記録を管理。被保険者名簿の記録は、資格喪失した際に社会保険業務センターに送られ、年金を裁定するために必要な記録を被保険者ごとに原簿で管理。 マイクロフィルム化がされているので当時の台帳の確認が可能であるが、オンライン化する際に別の読み方で登録されている記録もあり記録が見つかりづらい。また、国民年金は市町村で、被保険者名簿により被保険者記録を管理。社会保険事務所は、市町村の被保険者名簿に基づき作成した被保険者台帳により記録を管理しているが、廃棄されている台帳もあり、納付記録の確認が困難なケースもある(161自治体(約10%)は、国民年金加入者の名簿を廃棄)。また、自治体そのものの納付記録が不完全であったとの指摘もある(日経:2007.6.5)。1974年にオンライン化したとはいうものの、安部首相のいうように1年で名寄せが完了するとはとても思えない。
 
④社会保険庁法・年金法改悪の真の狙いは公的年金の私的年金化
 社会保険庁法・年金法改悪の真の狙いは、公的年金の所得代替率を低く抑えることにより、私的年金に、そして世界市場に膨大な年金資金を回すことである。米国はこれまで執拗に日本に対し私的年金の拡大を要求している。『日米投資イニシアティブ 』(米国大使館:2006 .12 .5)では、わざわざ「確定拠出年金」の項を起こし「非課税拠出限度額の引き上げや被雇用者拠出を認めることにより、年金の加入を拡大・深化させ、労働移動性を強化する。」「被雇用者拠出を認める(例えば、雇用者拠出額と同額の拠出)。」「加入者への投資助言サービスを認める。」ことなどを事細かに要求している。
 米国の圧力を受け、国内では、経済同友会の『社会保障改革委員会』(2006.5.10)は、「『世代間共助』から『各世代自立』へ:世代会計を示して世代間格差の是正を」「権利と義務の主体を『世帯』から『個人』へ:個人番号と個人会計の導入を」とし、「個人は、一生涯に亘り社会保障との関わりを持つが、生を受けたと同時に個人番号を割り当て、個人会計を設ける。各制度の給付と負担を個人単位にて、ライフサイクルを通じて管理する仕組みとして構築する。」との提言をしている。これは、現行の公的年金の「賦課方式」を根本から否定し、「積立方式」=確定拠出年金制度への解体を意図するものである。そもそも、この委員会には副委員長として、津 野 正 則 (ラッセル・インベストメント)、松 井 秀 文 (アメリカンファミリー生命保険)、松 島 正 之 (クレディ・スイス証券)氏らが入っている。誰の利益を繁栄した委員会であるかは一目瞭然である。
 こうした流れを受け、安倍政権の『骨太方針』では、「加入者が給付・負担の情報を容易に把握し管理できる仕組みの導入を目指すこと」、「社会保障においても、現在の世代が将来世代の選択肢を狭めることがないよう、ほかの世代に過度に頼らない『世代自立』の社会構造を目指すことが必要である」と強調し、「投資促進の観点から、確定拠出年金における拠出の在り方の見直しを検討する。」と明記した。(「経済財政改革の基本方針2007」:2007.6.19)
 さらに、安倍首相は、年金記録問題のどさくさに紛れ、6月14日の参院厚生労働委員会で、「年金や医療、介護などの給付と負担を一元的に管理するための社会保障番号制度の導入に向けた検討を急ぐ考えを」(日経:2007.6.15)表明し、また、7月5日の参議院選にあたっての記者会見でも年金・医療などの個人情報を一元管理する「社会保障カード」を11年をめどに発行すると繰り返した(日経:7.6)。では、なぜ、唐突にも『基礎年金番号』の名寄せもうまくいっていない段階での、全社会保険を網羅する『社会保障番号』制度の導入を提案するのか。
 
⑤『社会保障個人会計』の導入によって、社会をバラバラに
 現在の公的年金体系を解体し、日本版401(K)のような「確定拠出年金」型の導入を図り、年金資金管理を民間保険会社に任せるには「各制度の給付と負担を個人単位にて、ライフサイクルを通じて管理する」『社会保障番号』は欠かせない。
権丈善一慶應義塾大学商学部教授によれば、経済財政諮問会議に巣食う輩は「公的年金の世代間格差をことさらに問題視する姿勢を示し、積立方式化や民営化を論じては必要以上に国民に年金不信を植え付け、この国で暮らす人びとの生活不安の根源を長きにわたって醸成してきた。彼らは個人の負担と給付を一元管理する社会保障個人会計を2010年前後に導入するつもりでいる。公的年金の世代間格差論よりもはるかに大きく多くの楔を、この国の人びとの間に打ち込み、互いに反目するすさんだ社会を、彼らはどうしても作りたいらしい」(権丈善一教授HPより)のである。既に社会保険庁長官には、損保ジャパン副社長であった村瀬清司氏が送り込まれている。 又、日本の生命保険会社の多くはAIGグループを中心とする欧米資本に乗っ取られている。
 ところで、「生命保険会社全38杜の過去5年間の不払いの合計が約44万件・約359億円に達すること…不払いの可能性があり今後調査の必要な契約も170万件超あることが判明…不払いの規模がさらに膨らむのは必至だ。」(日経:2007.4.20)と報道されているが、生保・損保の保険金の不払い問題を指摘するまでもなく、こうした民間企業は個人が掛けた年金をまともに個人に返すとは思えない。厚生労働省企業年金研究会は、現在「企業が導入した確定拠出年金「日本版401(K)で、企業にしか認められていない掛け金拠出を会社員本人にも広げることを提言する…会社員の投資意欲を高めるのが狙い。」(日経:2007.6.27)としているが、国内外での投資リスクや為替変動の荒海の中で、個人の年金原資が消滅していくことは火を見るよりも明らかである。 社会保険庁の非公務員型公法人「日本年金機構」への改組=外郭団体化は、理事に保険会社のエージェントが乗り込み、その予算・運営・決算を含めて、国会・国民の監視の目が届かないようにするものである。安倍首相の役割は、こうした大きな流れに沿った道化にすぎない。

 【出典】 アサート No.356 2007年7月21日

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【本の紹介】偽装請負—格差社会の労働現場

【本の紹介】偽装請負—格差社会の労働現場
  (朝日新聞特別報道チーム 朝日新書 2007・05) 

 朝日新聞は2006年7月31日から紙面において「偽装請負」追求のキャンペーンを開始した。このキャンペーンは、当初13名の記者によりチームが編成され、07年3月末までに、約60本の「偽装請負」関連記事が掲載されている。
 本書は、こうした取材に基づき、偽装請負を続けてきたキャノン・松下電器の実態、そして請負供給の側の人材派遣大手会社の興隆と凋落、労災隠しの実態をまとめたものである。
 
<御手洗キャノンが続けた偽装請負>
 1985年のプラザ合意以降、急速に進んだ円高は「円高不況」を生み出し、日本国内の製造業は、安価な労働コストを求めて工場の海外移転が進んだ。国内においても製造現場においては、正規職員ではない期間工の導入が進んだ。当時は、派遣労働は、製造業において認められていなかった。90年以降、期間工よりも「融通の利く」請負労働の導入が進む。キャノンでは95年頃、期間工は、請負労働者にとって変わった。
 請負とは、一定の業務を別の会社に一括して請け負わせるのであるから、仕事の指示は、請負業者が行う、とされている。そして雇用関係は、労働者と請負業者の間に成立。しかし、キャノンでは、請負会社からキャノン工場で働く請負労働者への指示は、キャノン社員が行い、工場ラインではキャノン社員と請負労働者が混在して就労し、請負量による精算ではなく、実労働時間に応じて請負金を支払うなど、「偽装請負」が常態化していた。
 マスコミでも取り上げられたが、キャノン宇都宮光学機器事業所で働く25名の労働者が組合を結成した。請負労働であったが10年以上光学機器の製造現場で働き続けてきた人もいるという。長年働いていても、社会保険もなく、賃金も上がらない、いつ職場を失うかわからないという不安が組合結成に結びついた。
 組合のキャノンへの要求に対する回答は「・・貴組合員は請負会社の従業員であり、請負会社の指揮命令下において当該請負業務に従事しているにすぎず・・・」「労働組合法上の使用者性は認められず、団体交渉の応諾義務はない・・・」という内容であった。
 キャノンの御手洗社長は、現在経団連会長、事ある毎に「雇用の流動化をもっと進めるべき」と主張し続けている。そのお膝元では労基法違反の「偽装請負」が常態化しており、労働基準監督署から度々指導を受けてきたことは、朝日新聞の報道により、広く世に知られる事となり、国会でも今年2月野党は一斉にキャノンの偽装請負問題を取り上げることとなった。
 2004年製造業への派遣が1年間の期限付きで解禁された。この年の春、宇都宮事業所の請負労働者も、1年間の派遣契約に変更されたが、1年経過して再び請負契約に変更されたという。1年を経過して直接雇用に切り替わったものはいなかった。
 御手洗の出身県である大分キャノンには7000人が働く。しかし、そのうち請負労働者は、5000人にのぼるという。
 現在の派遣法では、派遣労働の期限を3年としそれ以後直接雇用を義務付けている。キャノンでも、偽装請負摘発を受けて、一部を派遣契約に切り替えている。しかし、3年後に直接雇用される保証は何もない。
 
<松下電器の悪質さ>
 松下PDP茨木工場では、大量の社員が請負会社に出向になった。1500人の労働者の内、半数が請負労働者というこの工場に、大阪労働局は、偽装請負是正の行政指導(05年7月)を行った直後だった。社員が請負労働者に指揮命令している事実が発覚し、行政指導となったのを受けて、社員も請負会社の社員となれば、違法状態を言い逃れできると判断した結果だった。この事実を朝日新聞が2006年8月1日朝刊で報道した後、松下は、請負労働者から2割を正社員雇用するとの記事が日経新聞に載ることになる。
 そして、2006年10月、大阪労働局は「大量の請負会社出向は、職業安定法違反にあたる」と判断した。こうした「脱法行為」が許されれば、「偽装請負」は、日本中どこにも存在しない事になるのである。
 この大量出向問題について、労組も容認していたようだと本書は書いている。果たして、連合大阪の現会長は松下労組出身である。私の経験だが、かつて連合近畿のセミナーで松下電器の人事部長(現在関空会社社長)は、日本の製造業には終身雇用がふさわしいと講演していた(地域別賃金への制度変更導入を説明したうえだが)。さらに松下創業の祖である松下幸之助氏は「会社は社会の公器」と企業理念を明確にしていた。私も中学生時代にPHPが出版した松下氏の名言集を愛読書にしていた記憶からも、本書に書かれている松下の悪辣さには、ちょっとショックでもある。
 
<100万を越える請負労働者>
 キャノン、松下を取り上げている本書だが、当然他の製造業でも同様の違法行為がまかり通っていると思われる。御手洗経団連会長らの唱える「雇用の流動化」は企業に有利な、労働者の使い捨て政策に他ならない。
 また、権利を主張すれば職を追われかねない情況の中で立ち上がったキャノンの労働者達の闘いに共感するとともに、労働諸法を持って不正に対して労働者が立上がる事を期待したい。
 大企業が労働者の基本的権利を奪い続けるという「偽装請負」の実態を告発する朝日新聞のキャンペーンは、まさに時期を得たものであり、社会的不正に対して世論を喚起した意味でも大いに評価できるものと言える。
 本書は、丹念な取材を基にしており、読み物としても読みやすく日本の労働実態を明らかにしたものとして、是非一読願いたいと思い、紹介した次第である。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.356 2007年7月21日

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【再録】「旗」と「萃点」 

【再録】「旗」と「萃点」 

 2007年03月24日付の朝日新聞【天声人語】に、作家の城山三郎さんが亡くなられたことに触れ、同氏の「旗」という詩が紹介されていた。「旗振るな/旗振らすな/旗伏せよ/旗たため……ひとみなひとり/ひとりには/ひとつの命」(『城山三郎全集』新潮社)。この詩に、筆者はわが身を振り返ってある種の感動をさえ覚えさせられた。
 それは、一つは自らのこれまでの思考・行動のあり方に対する反省でもあり、今後への示唆・自戒でもあったからである。しかしそれはまた、ニッポン人脈記「安倍政権の雰囲気」に見られるような、最近の朝日新聞がことさらに安倍政権に擦り寄るかのような論調を展開していることに危惧を覚えざるをえない、小泉・安倍政権と連なる一つの時代的な転換点の最中に置かれているという時代感覚のせいでもあるようにも思える。それは言い換えるならば、昭和史を鋭く検証し追及されてきた保阪正康氏の言う、「笑顔の国家管理システム」から「恫喝の国権至上主義」への移行、あるいはまた、「国策捜査」で脚光を浴びる佐藤優氏の言う、国際協調的愛国主義から自国中心的ナショナリズムへの転換、というなにやらおぞましくも危なかしい移行期の時代の反映でもあろう。
 こうした移行や転換を図らんとする論調、雰囲気、勢力、等々に対して、こうした移行や転換に抵抗し、これを阻止しようとする人々の力が、幅広い、裾野の広い多くの人々の支持や励まし、支援があるにもかかわらず、何かしらもの足らず、歯がゆく、いかにもか弱く、互いにいがみ合い、結集されてもおらず、頼りない。こうした状況への警鐘が、この「旗」という詩に込められていると感じられ、感動をさえ与えたように思われる。その警鐘は、「旗振る」ばかりで、その旗の下についてくることしか期待しない、違う旗には排除と一方的決め付け、罵倒、毛嫌いでしか対応できない、そうした対応が誰をもっとも喜ばせているかということにも考えが及ばない、そのような宗派的閉鎖的思考・行動様式がいまだに目に余るからでもあり、そうした事態への厳しい視線だとも言えよう。
 同じ文脈の中で、また朝日新聞を引用して恐縮だが、2007年02月20日付「多様なものが共生する視点」(大江健三郎 定義集)の中で、昨年七月に亡くなられた鶴見和子さんが、「多様なものが共に生きる」という視点、「異なるものが異なるままに共に生きる道を探求する」という曼荼羅の思想、「私は、わが去りしのちの世に残す言葉として、九条を守ってください、曼茶羅のもっている知恵をよく考えてください。」と最後の講演で述べられたことが紹介されている。要約すればこれだけのことであるが、示唆する中身は思想的政治的、哲学的に深いと言えよう。
 鶴見氏はこの南方熊楠の言う「曼荼羅」の中で、周知のようにこれは熊楠の造語だと思われるが「萃点」という、「さまざまな因果系列、必然と偶然の交わりが一番多く通過する地点」を取り上げ、「この萃点を押さえて、そこから始めるとよく分かる」と述べ、さらに「萃点移動」というものについて触れ、「南方の場合には、移動するのよ。『萃点移動』と私はいうんだけれどね。萃点はいつでも一つではないのよ」、「萃点は移動してもいいというゆとりが彼の中にあるということ。固定しなければならないという考えではないということよ。」と述べている。萃点は固定したものではなく、変化し、移動する、しかも一つではない、と言う。これはあまり注目されていないように思われるが、非常に重要な視点だといえよう。
 大江健三郎氏は、「憲法九条の会」を呼びかけた理由の中で「一番はじめに、私はこの会がどうなるか考えていた。それは教育基本法と結びつけて考えたいが第一。二番目にすい点というのがある。たくさんのものが集まっているところという意味だ。ある方向に運動をしようとする、声を発する。どんどん声を発していけば、声を直線と考えれば集まる点があるだろう、黒々とした点がある。それをすい点といっている。」、「いま4500の声が発せられて、それはどんな党派にも属していない。日本共産党にも、社民党にも属していない。ただ、日本人として憲法の権利と義務をになっているものとして、運動を始めている。党派的なものの考え方、党派による指導性を考えることをやらないで、一人ひとりの声が重なって真っ黒になってくる点がある、すい点がある。そこを支えにして、九条を廃止するかどうかの国民投票があれば、そこではっきりした力をみせてやろうというのが私の考えだ。」と述べている。さらに大江氏は「蛇足だが」と述べて、「九粂の会は日本共産党の指導下にある、憲法行脚の会は社民党の影響下にあるという言い方をした新聞があった。三木睦子さんは、二つの会は同じ方向で協力するのではないかといった。この記事を読んで感じたのは、最初の呼ぴかけが理解されていないと思った。私たちは、どの党派にも属していない人間が自分の声を発した。同じように自分たちの声を発した人が日本中に広がるだろう、そして九条の会が始まると考えていた。」と結んでいる。
 ところで冒頭に紹介した城山三郎さんは、佐高信さん、落合恵子さん、姜尚中さんや辛淑玉さんらとともに「憲法行脚の会」の呼びかけ人となって、やはり憲法改悪に反対する運動を闘って来られた。その存在は貴重であり、さらに拡がることを期待したい。すべてを自分たちの主導下、指導下に囲い込み、それ以外の存在を認めない、自分たちの主導下にない存在には手を携えることさえせずに見下し、結果として広範囲な多くの人々の結集を妨げるような、そんな運動であってはならないだろう。
 大江氏の萃点には、「萃点はいつでも一つではない」という視点、「萃点は移動してもいいというゆとり」があるのかどうかは定かではないが、運動の強さと広がりにとっては当然そうあってしかるべきであろう。
 「旗」と「萃点」が偶然結び合わせた、筆者の願いでもある。
(生駒 敬)
             <「季刊唯物論研究]」 第100号 2007/05より再録>

 【出典】 アサート No.356 2007年7月21日

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【コラム】ひとりごと –参議院選挙に思う—-

【コラム】ひとりごと –参議院選挙に思う—-

○安倍政権最初の国政選挙となる参議院選挙が12日に公示され、1週間が経とうとしている。今月号が手元に届く頃には、残り1週間となっている。○筆者の経験から考えて、選挙というものは、市会議員であろうが、国会議員選挙であろうが、本当の水ものである。○最後まで結果はわからないのが常識である。私も組合の本部時代に選挙に張り付いた経験がある。しんどい、しんどいと言っていた選挙が、終盤に「風向きが変わって」民主党に風が吹いたことがある。○逆に言うと、最初から有利だと言われている選挙は、ふたを開けると、負けてしまう事が多いのである。○今回の選挙については、明らかに安倍政権に逆風の中で推移している。比例区の投票先についての朝日新聞の調査では、5月中旬と公示後の7月14・15日分の推移を見ると、自民党(28%→22%)、民主党(21%→30%)と逆転し、選挙区についての7月調査でも、自民党(31%→26%)、民主党(22%→32%)と、民主党優位の結果が出ている。内閣支持率も不支持が55%、支持が30%であり、安倍効果は裏目に出ている。○閣僚の失言(確信犯だが)の連続、政治とカネをめぐる不透明拡大、年金ショックの爆発と、「戦後政治のレジューム」「憲法改正」は焦点から吹き飛び、民主党の「生活が第一」の方に現在のところは強い追い風が吹いているように思える。○最近の国政選挙で、自民党が事前調査でここまで不評であった選挙はなかったのではないか。しかしである。自民の敗北が見えてくると、一定の層は、世論調査結果の逆の行動に出る可能性もあるので注意が必要だ。○さらに、与党に逆風が吹いているのは当然としても、政党支持率では、民主党支持率が目だって上昇していないのは気になるところであろう。○ただ、「参院で与野党逆転できない場合、政界を引退する」と発言し背水の陣の小沢党首に対して、安倍首相は、カンペしか読まないような印象を与えているし、「安倍不人気」は益々自民離れを引き起こしているように思える。身内をかばい続けるのも、自民党内の不協和音を増幅させているのではないか。公明・学会内部でも相当の安倍政権批判があるとも言われている。○衆議院で圧倒的多数を確保しているものの、今回の選挙では民主党・共産党・社民党など野党勢力の躍進によって、自公与党の憲法改正・新自由主義路線に対して、No!を突きつけることが必要である。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.356 2007年7月21日

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【投稿】安倍政権崩壊への機会到来

【投稿】安倍政権崩壊への機会到来

<<自爆テロ>>
 いよいよ安倍自公連立政権は、自らの焦りと暴走によって自壊する兆しを濃厚に見せ始めてきた、と言えよう。
 疑惑と不安が底無しの状況になってきた「消えた年金」問題では、冷静な対処・問題の解決を完全に忘れ去り、ドロナワ式に作成し、わずか5時間の審議で無理矢理に強行採決した「年金時効停止特例法案」によって、5095万件にも及ぶ給付漏れ処理にフタをし、苦情処理は第三者機関に丸投げし、さらに社会保険庁を解体して、それを新たな特殊法人・「日本年金機構」に移行させることによって、政府・与党の全ての責任をこれに転嫁させ、一切合切の責任からの逃げ切りを計ったのである。そして首相自ら、何の根拠もその現実的可能性も示しえないままに「一年以内に5000万件の照合作業を終える」と発言したが、その舌の根も乾かぬうちに、1430万件ものそもそもコンピューター入力作業さえしていない未入力案件の存在がさらに明らかになり、今や泥沼の底なし状態である。しかも消失記録の件数は調査すればするほど増え、しかもその多くはもはや破棄されたり、確認不能である事が明らかになっている。社会保険事務所には多くの人々が押しかけ、そのずさんな処理にあきれ、怒り、暴発寸前ともいえよう。
 6/7、自民党の中川幹事長は、政府が08年5月までに「宙に浮いた年金記録」5000万件の照合作業を終える方針を示したことについて、「安倍総理が責任を持つと言った。これ以上重い言葉はない。『できなければ私が政治責任をとる』という意味だろう」と述べ、遂に政治責任に触れざるをえなくなった。ところが、言うに事欠いて、こうした年金記録の問題が次々と明らかになる状況について「社会保険庁を国家組織として存続させたい勢力が(社保庁改革法案を廃案にするため)自爆テロをしかけている。これからも自爆テロが続くことを覚悟しなければならない」と語ったのである。氏のヤカラ的体質をあらわにした暴言であり、責任を果たす代わりにこうした暴言でしか事態に対応できない、現在の安倍政権の末期的症状を象徴するものである。

<<民主が自民を上回る>>
 そして、安倍首相個人にとっては、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」以来の「靖国派」の仲間であり、共に歴史教科書への「慰安婦」記述の掲載削除を要求し、NHKの「慰安婦」番組に圧力をかけてきた松岡利勝農水相という現職閣僚を自殺に追いやるというショッキングな事態に見舞われた。この時点ですでに首相の面相はこわばり、落ち着きをなくしだしている。当然、一時持ち直していたかに見えた安倍内閣の支持率も急落し始めた。
 松岡農水相の自殺前に行われた毎日新聞の世論調査(5/26-27実施)ですでに、内閣支持率は32%に急落し、不支持率は44%と差は広がり、参院選で勝ってほしい政党では、民主が42%、自民が33%と逆転してしまったのである。
 6/1-2に実施された共同通信の世論調査でも、安倍内閣の支持率は35.8%と5月中旬の前回調査から11.8ポイントも下落し、昨年9月の内閣発足以来、最低、不支持率も48.7%と10.5ポイント上昇している。参院選を今、実施した場合の投票先では、民主党が28.8%と、自民党の26.5%を超え、36.6%が民主党中心の政権を望み、自民党中心の政権の継続を望むのは35.7%で、いずれも初めて、民主党が自民党を上回る結果となった。
 6/2-3の朝日新聞の世論調査でも、内閣支持率は30%に下落、政権発足後最低を更新、不支持率は前回の42%から49%に上昇している。
 安倍内閣のその場しのぎの発言やドロナワ式のザル法の作成、責任逃れの強行突破姿勢、そして争点回避のためにとってつけたような環境問題重視が見透かされ始め、大きく流れが変わり始め、これまで安倍政権を支持していた層までが背を向け始めたのである。
 事態は、これまでの安倍内閣発足以来の、「政治とカネ」疑惑、靖国参拝組の復党、定率減税の廃止と負担増、「貧困と格差」の拡大、支離滅裂な「教育再生」論、そして右派「安倍カラー」としての教育基本法改悪・憲法改悪・集団的自衛権行使へのなりふりかまわぬ暴走姿勢が、今回の年金問題と結びついて、安倍内閣の存続そのものを揺るがす重大な政治的危機、もはや取り戻しのきかない、退陣する以外解決の方途がないような政治的危機へと発展していると言えよう。
 このまま参院選に突入すれば、自民党の敗北、自公与党連合の参院過半数割れ、安倍内閣の退陣は必至となろう。

<<「指導力の発揮」>>
 こうした安倍政権にとっては思いもかけない事態の進展、危機的局面に直面して右往左往し、必死にもがき、あわてふためき、冷静さも失って打ち出した対応策が、「指導力の発揮」であった。中川幹事長は「指導力を発揮することで安心感と信頼感が広がる。V字形の支持率回復もあり得る」と期待をかけている。首相は、「1年で調査を終える」「審査する第三者機関をつくる」「過去に遡って、責任の所在をはっきりさせる」「社会保険庁の歴代長官の責任を追及する」と、約束を連発しているが、すべて空手形であり、化けの皮がはがれつつある。
 その一方で空手形ではない、安倍首相のはきちがえた「指導力」は、民主主義的議論・討論を極限にまできり縮めた強引な国会運営、国会は“議論の場=議会”ではなく、議会を単なる採決マシーンと化させ、一週間に三度の強行採決を行うという危険極まりない独裁型強権政治に向かって暴走させ始めたのである。それはさすがに河野洋平衆院議長が「連日の強行採決は国民から見ていかがなものか」と釘を刺さざるをえない事態を招来し、こうして焦れば焦るほど、その短慮と性急さはさらに政治不信を増大させ、自らの政治危機を深刻化させている。
 かくして安倍政権は自滅・自壊への道を歩み出したと言えよう。安倍政権崩壊への絶好の機会が到来している。しかしこれを現実のものとし、実際に安倍政権を退陣へと追い込むためには、野党が、こうした与党の政治姿勢と明確に対決する姿勢を明らかにし、そのもとに連合・結集することが不可欠であろう。まさにこの点で野党には多くの心ある人々がふがいなさと不安を感じており、それを克服出来るかどうかを注視している。その意味では、与野党共に、大胆な政治的再編成が要請されているとも言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.355 2007年6月16日

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【投稿】在住外国人の増加と多文化共生

【投稿】在住外国人の増加と多文化共生

<急増する在住外国人>

 法務省入国管理局の発表によると、2006年末現在の外国人登録者数は208万4,919人で、200万人を突破した05年末に引き続き過去最高記録を更新した。この数は、05年末現在に比べ7万3,364人(3.6%)の増加、10年前(1996年末)に比べると66万9,783人(47.3%)の増加で、10年間で外国人登録者数は約1.5倍になったことになる。日本の総人口(1億2,777万人 総務省統計局06年10月1日現在推計人口)に占める割合は1.63%になっている。
近年の日本在住外国人の増加は著しい。1990年の入管法改定により、日系南米人、特にブラジル人の増加が著しい。この間の増加によって、在住外国人の内訳は大きく変化している。その大きな特徴の一つは国籍の多様化である。入管協会の在留外国人統計によれば、1995年末の国籍別外国人登録者数では、「韓国又は朝鮮」が57%だったが、2004年末では、その割合は30%に減少し、中国25%、ブラジル15%、フィリピン10%と様々な国の人たちが在住してきていることがわかる。第2の特徴は在留資格の多様化である。同じ統計で、95年末には特別永住者(いわゆる旧植民地出身者)が最も多く、約40%であるが、04年末には約25%程度に減少し、変わって一般永住者が大きく増え、定住者(日系人等)も増加している。
これらの外国人の増加は地域的に偏在しているのも特徴である。特に南米出身者は愛知県・静岡県・群馬県等の製造業等の盛んな地域に集住し、群馬県の大泉町では、人口の15.8%が外国人登録者という状況になっている。(2006年4月1日現在)

<在住外国人増加の背景>

 日本の在住外国人増加の原因は決して、日本固有のものではない。冷戦体制崩壊以降の世界の急激なグローバル化、それに伴う世界的な経済格差の拡大によって、人口移動が世界的な規模で起きている。お隣の韓国でも在住外国人が急激に増加し、その対応を迫られている。問題は、このような必然的な流れをどのように受け止め、どのような対策をとるかである。この点では、国による差は大きい。
 日本政府の外国人受け入れ施策は非常にいびつでその場しのぎ的であり、現状に正しく対応できていない。そのことによって様々な矛盾と問題を生んでおり、結局そのしわ寄せは日本に住む外国人の上に重くのしかかっている。
 1980年以降、在日韓国・朝鮮人等の旧植民地出身者とその子孫(オールドカマー)に替って、その他の国からのニューカマーが急激に増加していくのだが、その波は大きく3つあったと言われている。第1は、遅ればせながら日本が難民条約に加入した1981年以降のインドシナ難民の受け入れである。第2は、日中国交正常化から9年後の1981年にようやく始まった中国残留日本人の帰国である。第3は、1990年の入管法の改定による日系人と研修生・技能実習生の受け入れである。そして、これらの外国人、特に第3の日系人、研修生・技能実習生は、いわゆる3K職場、日本人の忌避する仕事の空席を埋めるような形で日本の労働力構造に組み込まれていった。もちろん、外国人流入には当然その家族、親戚が伴っており、労働力としてだけではなく、地域での生活者として定住していっているのである。
 しかし、これらの受け入れは、いわば外圧によってやむを得ず門戸を開放し、無理やり制度をつくった性格が強く、定住化する外国人のニーズと実態に適合しておらず、その不十分さは在住外国人への人権侵害を助長している。
 日本政府の外国人受け入れの基本方針は、「専門的・技術的分野の労働者は積極的に受け入れ、単純労働者の受け入れは慎重に」というものである。しかし、この方針はすでに破綻しているといっても言いすぎではない。専門的・技術的分野の積極意的受け入れと言いながら、日本にはそのような労働者を育てる環境も生かす体制もなく、むしろ優秀な日本人の知識労働者がどんどん海外に流出しているのが現状である。在留資格でこの分野にあたる入管法別表一の二のうち、一番多いのが「興行」なのはなんとも皮肉である。
 一方、国内の労働力需給ミスマッチで、資本側から単純労働者の受け入れが要求されているが、政府は表向き受け入れができない。そこで編み出されたのが1990年の入管法改正による日系人への活動制限のない在留資格の付与と、「労働者」ではない研修生・技能実習生受け入れというウルトラCである。しかし、十分な受け入れ体制を作らない中での中途半端な施策は、日本の産業に不可欠な労働力を間接労働者として低賃金層に沈め、偽装請負等の違法労働を生み出し、日系人が日本で人間らしく生きていくための条件を全く保障していない。研修生制度は、賃金未払い、残業強要、劣悪な労働環境など深刻な人権侵害を引き起こしている。政府の方針にもかかわらず、外国人の単純労働者は益々増加しており、トヨタ等の空前の利益も彼らによって支えられているのである。

<早急に求められる対策>

 このような状況の中で、外国人が集住している都市では、公立小中学校における日本語指導体制の問題、不就学の問題、社会保険加入の問題、労働環境の問題、外国人登録制度の問題等様々な問題が生じてきている。前述した群馬県の大泉町をはじめ、愛知県豊田市(人口に対する外国人の割合3.6%)、岐阜県美濃加茂市(同9.6%)、静岡県浜松市(同3.8%)、三重県鈴鹿市(同4.6%)等、日系南米人を中心とする外国人住民が多数居住する18市町が2001年5月に「外国人集住都市会議」を結成し、同年に「浜松宣言」、2004年に「豊田宣言」、2005年に「規制改革要望書」「よっかいち宣言」を出し、地域共生、教育、社会保障、労働、コミュニティー、教育に係る提言を国、県に発し、また外国人登録制度の改善等を要望している。また、経団連も2004年に「外国人受け入れに関する提言」を発表し、資本の立場から、国と地方自治体が一体となった整合性ある施策の推進、新しい就労管理の仕組み、外国人の生活環境整備等を提言している。
 このような動きに対し、外国人をあくまで管理の対象としてしか扱ってこなかった国もようやく「経済財政諮問会議 骨太の方針2005」でこの問題を取り上げ、「生活者としての外国人」ということを言い出すようになった。
 この動きを受けて、総務省では2005年に「多文化共生の推進に関する推進に関する研究会」を設置し、2006年に「コミュニケーション支援」「生活支援」「多文化共生の地域づくり」を柱とした、報告書と多文化共生プログラムをまとめた。「多文化共生」という言葉は、川崎市の先進的な取り組みや阪神・淡路大震災で立ち上がった「多文化共生センター」の活動から作り出され広がったものである。自治体やNPOの運動の中で作られた言葉が、政府の文書に用いられているのは画期的なことだ。逆に言えば、この分野について、政府は何もしてこなかったということだろう。「多文化共生センター」は「①基本的人権の実現 ②文化的・民族的少数者の力づけ ③相互協力できる土壌づくり」を活動の理念としている。
 また、政府は2009年に入管法の改正を行おうとしている。この動きは、一方で在留許可制度と外国人登録制度のばらばらな運用の統一により、在住外国人の雇用実態把握を行って、社会保険未加入等の労働現場での問題を解決すると言っているが、他方で、廃止された指紋押捺を、特別永住者を除くすべての外国人に復活させようというとんでもない人権侵害の内容である。結局、政府は本当の意味での多文化共生を全く理解していないということではないだろうか。

<日本の将来と多文化共生>

今後、日本の少子高齢化は益々進行し、一方で、外国人の受け入れの圧力は国内からも国外からも強くなってくる。このような中で、どのように外国人を受け入れ、日本社会の一員として定住させていくかは日本の将来にとって最も重要な課題の一つになってきている。しかし、現状を見る限り、日本政府の対応は全く時代錯誤で矛盾だらけとしか言いようがない。
この点、歴史的・地理的な条件が違うとは言え、ヨーロッパにおける外国人受け入れ施策はかなり様相を異にする。
ヨーロッパ最大の移民受け入れ国であるドイツでは、移民政策と社会融和政策を組み合わせた総合的で戦略的な政策にもとづいた移民の受け入れが行われており、新規移民が教育機関や労働市場にアプローチすることを容易にする当初研修や、イスラム教徒のアイデンティティーを守るためのイスラム教の授業の取り入れなど、移民の定住を前提とした様々な施策が実施されている。ドイツにおいて、外国人労働者は「国民総生産に毎年1000億ドイツマルクの貢献をする」と言われている。ドイツの企業の中には、外国人労働者の割合が40%を超える企業もあるとのことで、各地で共生を目指した様々な施策が展開されている。しかし、厳しい財政事情で、州政府、地方自治体などは処遇方針の見直しや予算の削減を行わざるを得ない状況にあり、状況は必ずしも楽観できるものではない。
いずれにしても、ヨーロッパ各国は様々な試行錯誤を繰り返しながらも、少子高齢化を視野に入れた社会統合をめざす戦略的な外国人受け入れ施策を展開しており、内外人平等原則に基づく国際人権規約を批准したにもかかわらず、相変わらず排外主義が見え隠れする、場当たり的な日本の外国人受け入れ施策とは根本的に違うように思える。
すでに、新たな外国人の流入の波が押し寄せてから25年以上が経っている。国が有効な政策を打ち出せず、十分な対応がされない中で、当初入国した子どもは大人になり、子どもが生まれ、成人は高齢者になってきている。在住外国人の問題は出生から、教育問題、労働問題、高齢者対策まですべてのライフステージの問題になっており、それは日本の労働政策や福祉政策に大きな問題提起を投げかけている。今後、先進国は生き残りをかけて外国人の受け入れをうまくできるかどうかの競争の時代に突入するという人もいる。「多文化共生」は日本の将来にとってのキーワードとなるかもしれない。
しかし、少なくとも、現在の自民党政権の排外的・差別的な政策の延長には真の「多文化共生」は実現しないだろう。自治体が実施したアンケートの回答で、あるベトナム人研修生は、期待に胸ふくらませてやってきた日本で、賃金はまともに払われず、休日まで働かされ、その上雇用者に差別され、もう二度と日本には来ないと書いていた。これが「美しい国」の実態である。
(大阪 若松一郎)
 追記:ドイツの移民政策については、(財)自治体国際化協会、(財)国際貿易投資研究所のHPを参考とした。

 【出典】 アサート No.355 2007年6月16日

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【投稿】「反戦の母」シーハンさんを決別させたもの 

【投稿】「反戦の母」シーハンさんを決別させたもの 

<<「熟考を重ねてきた結果」>>
 すでに報道されていることではあるが、大手メディアでは詳細が不明であり、日本の現状に照らして、とりわけ反戦・平和運動、憲法改悪反対運動に共通の問題が鋭く提起されているのでは、という視点から、「反戦の母」シーハンさんの引退が問いかけるものを捉え直してみたい。
 米兵であったわが息子をイラクで亡くし、05年8月からブッシュ大統領との面会を求めて大統領のテキサス州クロフォードの自宅農場前に座り込みを続け、米軍のイラク撤退を掲げ、全米各地で抗議運動を続け、「反戦の母」として反戦平和運動の象徴的存在となってきたシンディ・シーハンさんが、そうした活動からの引退を表明した。5/28、戦没将兵追悼記念日の朝であった。
 その引退表明に、「目立ちたがり屋の尻軽女、厄介払いでせいせいしたでしょう」といった挑戦的な表題をつけながらも、そこに至るまでの決断は「胸が引き裂かれる」ものであり、「それは、衝動的な思い付きではなく、この1年間熟考を重ねてきた結果」であり、「じっくりと、そしてまったく意に反してやむをえず行き着いた結論」であることを明らかにしている。

<<「右か左か」ではない>>
 彼女が指摘する最大の問題は、反戦・平和運動の最も重要な課題は、「右か左か」ではなく、「正しいことか、間違っていることか」であるにもかかわらず、この問いかけには誰も答えず、所属するあるいは支持する党派の枠内でしか物事を見ようとしない、党派性、別の言葉で言えばセクト主義の問題である。
 彼女は言う。「私は過激派だとみなされています。それは、民主・共和両党が同様に支持した虚偽に基づく戦争によって何十万もの人々が死んでいる時、党派的政治は決別されるべきだと私が確信していることからきています。相手の政党に対して、問題に鋭く切り込み、レーザー光線のようにさまざまな嘘、虚偽の説明やご都合主義に照準を合わせられる人々が、いざ自分の属する政党となると、そうしたことを認めることを拒否するのです。これは私にとっては驚きです。どの政党の側に立っていようと、無条件的な支持は危険です。・・・私が悪魔にしたてられるのは、私が人を見るときに、その人の党の所属や民族など気にせずに、その人の心をこそ見ることからきています。」
 この指摘は、そのまま日本の現状にも当てはまるものである。

<<「あのグループとは」>>
 彼女はさらに言う。「私はまた、平和や人間の命よりもしばしば個別的なエゴが上位におかれるような平和運動の中で活動を試みてきました。このグループはあのグループとは一緒に活動したくはない、あの人が行くなら私はそのイベントには参加したくない、何故シンディ・シーハンばかりがどこでも注目されるのか、といった運動です。平和運動とは言うもののこのようにいがみ合った状況の中で平和のために活動することはきわめて困難なことです。」
 これもまったく普段の日常の活動でよく見られる光景である。運動が幅広ければ、そうした状況が一部に見られても容認も包容も出来る範囲であろうが、それが主流となってしまったような観のある日本では、平和運動、護憲・憲法改悪反対運動ではごくありふれた光景になってしまってはいる。しかしこうした状況の継続は、反戦・平和の運動が本来持つべき徹底した幅の広さや裾野の広がりを自ら閉ざし、党派間のいがみ合い、罵り合い、悲観主義をしかもたらさないものである。シーハンさんが指摘しているのは、問題はこうした運動の状況が、システム化し、体制内化してしまっていることへの警鐘と言えよう。

<<「消耗し尽くされてしまう前に」>>
 シーハンさんは最後の「さようなら、アメリカ」という言葉の前で、「これはアメリカの反戦運動の「顔」としての私の辞職願です。これは私の「転向」のためのものではありません。なぜなら私は、古き良きアメリカ合衆国と言う帝国に傷つけられている世界中の人々を支援するのを断念するつもりは決してないのです。しかし私は、こうしたシステムの枠内で活動することを終わりにし、むしろこうしたシステムの外に出ます。このシステムから支援を受けるにはさまざまな抵抗が覆いかぶさり、活動を支援しようとする人々を消耗させてしまいます。私や私が愛する人々、私に残されたものまでがすべて消耗し尽くされてしまう前に、私はこのシステムの外に出ようとしているのです。」と述べている。日本でもいかに多くの心ある人々が「消耗」しているかということを想起させるものである。

<<セクト主義という業病>>
 「9条ネット」という「あらゆる憲法擁護勢力の共同候補の擁立ないし選挙協力の実現」をめざす団体が、共産党、社民党にも選挙共闘の申し入れをしながら、元レバノン大使の天木直人氏等を参院選の公認候補として擁立して活動している。これに対して、日本共産党は5/1付け「しんぶん赤旗」で、「「9条ネット」とは、ことし2月に「憲法擁護」を看板にして、参院選にむけて立ち上げられた政治団体です。しかし、その実態は新社会党委員長らを国会に送ろうという運動団体です。・・・新社会党の「別働隊」のようなものです。・・・「9条ネット」と新社会党は、先の東京都知事選で浅野史郎氏を支援しました。浅野氏は、改憲勢力である民主党が支援した候補者であり、マニフェストにも「憲法」の言葉がなかったことは周知のことです。・・・新社会党は、「部落解放同盟」(「解同」)と密接な関係があります。・・・(解同は)日本の民主主義にとって決定的な害悪を流してきました。」と、実に共産党特有の党派的でセクト主義的な悪罵を羅列している。たとえいまだ萌芽的で小さな組織であっても、またそれが既成の組織であっても、さらにいえば保守勢力であっても、平和と九条擁護など、共有できる目標を掲げ、ともに闘い協力し合おうという姿勢を明確にしている限り、悪罵を投げつけ排除するのではなく、ともに闘い、結集できるさまざまな形態を模索し、協力の輪を広げ、もっとも悪質な改憲・復古・反動勢力をこそ孤立させていく、そのような姿勢こそが求められているのに、逆である。日本の左翼に深く根付いたセクト主義という業病を克服しなければ、事態は前進しないし、自らを「消耗し尽くしてしまう」であろうし、多くの心ある人々から「決別」されてしまうであろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.355 2007年6月16日

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【書評】『人はなぜグローバル経済の本質を見誤るか』 

【書評】『人はなぜグローバル経済の本質を見誤るか』 
   水野和夫著 日本経済新聞出版社 2007年3月14日 2200円+税
                               福井 杉本達也

 2006年の米国の貿易赤字は7636億ドルと5年連続で過去最大の赤字を記録した。対中赤字は5年連続、対日赤字も2年連続となっている。バーナンキ議長がCBOの推計として挙げた数字によると、連邦の債務の国内総生産(GDP)に対する比率は06年の37%から30年には100%に急上昇する。国の借金と経済規模が並ぶのは第二次世界大戦時以来という。(日経:2007.1.27)今、米国は、自国では必要な資金を調達できない経済となってしまっている。年間8800億ドルの債券を売り、資金調達しなければならない。赤字金額は、イラク・アフガン戦費調達のため、年々増えている。この赤字をファイナンスするのが、貿易黒字国の日本と中国であったが(約40兆円:米国の必要額の40%)、直近の1年では、産油国マネーが、3190億ドル(32兆円:米国の必要額の32%)をファイナンスするようになっている。つまり、米国は毎年約100兆円の資金流入がないと金利が跳ね上がり株価が暴落してしまう可能性がある。2005年に米経済学会は「アメリカの国際収支の維持が困難であること、ドルの大幅減価が必要であること。ドルが十分下落すれば、現地通貨建てである対外資産のドル表示総額が大幅に上昇する一方、ドル建ての対外債務は総額が変わらないので、アメリカは純債務国から純債権国へと変身できる。」とするハードランディング・ストーリーを描いている。(日経:2007.5.6)
米の対外不均衡は恐ろしい状態にまで積みあがっている。常識的には米経済学会の指摘どおりであろう。しかし、現実は、さらに急速に過去の最大値を更新しようという純債務国に今なお資金は流入し続けている。これをどう解釈するべきか。水野氏は「米対外不均衡問題は、米国が輸入を抑制すれば、是正に向かうという従来の常識が、グローバル化で覆った。」(水野・2006.5.31)という。「外国から対米投資が十分行われている限りにおいて、米国は所得を上回って消費をすることができる」のであり、米国への「資本流入を進めるための戦略は…①金融の自由化を進め、かつ②米国の海外資産価値を高めるべく、外国の内政にも影響力を行使すること」=「米国の『帝国』化」であるとする。「主権国家を前提とした『覇権国家』を目指すことは米国にとってもはや意味がない。日本の資産を安く買って高く売却するには、外国の銀行に対して不良債権の基準を厳しくするよう要求することができる『帝国』でなければならない。」「世界のルールが国民国家のルールから帝国のルールに変わってしまった。日本は、自らの意思で対外投資するという立場から、自国の貯蓄を相手国に利用されるという立場に置き換えられてしまった」というのである。三菱UFJ証券参与という証券業界のチーフが本書を書いたという意味は大きい。
 水野氏の指摘は早くは、吉川元忠氏によって「新『帝国循環』の時代」として、「世界最大の経常赤字を続けている国が、異常な低金利という日本側の『自滅』にも助けられて、赤字をはるかに上回る規模の外国資金を引き寄せ、結局はこれを原資として巨額の対外投資を行う。アメリカはふたたび『帝国』として世界マネー移動の中心軸を形成することになった」(『マネー敗戦』:1998年)と分析されている。98年時点の吉川氏の場合には、『敗戦』は避けられないとしつつも、なんとか日本経済の自立=円の活路を見いだそうとする意志があるが、水野氏のそれは「帝国」支配への諦めの意識が強い。この10年、特に小泉内閣以降の厳しい現実が強く反映しているといえよう。その諦めの意識が、「新しい中世」論への逃げ込みとなっているが、これはいただけない。「95年以降、米国の『強いドルは国益』(ルービン財務長官(当時))はグローバル化とドルの間に蜜月関係が存在していたが、それは例外的な関係であったことになる。グローバル化を推し進めていけば資本の論理(グローバリゼーション)と国家の論理(ドル本位制)が衝突するのが必然である。」とするが、あくまで、米「国家」=ドルあってのグローバル化でありその逆ではない。
 また、『ドメスティック企業』(中小企業・非製造業)についても、「長期停滞に陥っているのは国民国家と運命共同体であったからであり、グローバル企業が高成長を実現できたのは国境を容易に超えることが出来るからである。」とし、「改革が進んでいないから、中小企業・非製造業はマイナス成長が16年も続いている。」と突き放した見方をしているが、はたしてそうなのか。3%もの金利差を収奪され続けていてプラス成長もないであろう。『経済学批判』が必要なのではないのか。
田中宇氏によると「5月18日からドイツで開かれたG7の財務相・中央銀行総裁会議に、アメリカのポールソン財務長官が欠席した。『G7会議の直後の日程で、中国の代表団が訪米し、2度目の米中戦略会議が開かれるが、ポールソンはこの準備に忙しいのでG7に出る暇がない』というものだった。米財務省は、G7より中国との2国間会議の方が重要だ、と宣言したのである。ウォルフの記事によると、今の世界経済にとって最も重要な課題は、巨額の外貨を貯め込む中国に対し、いかに金を使わせるかということであり、そのため中国が入っていないG7より、米中交渉の方が重要なのだという。」そのすぐ後に「中国の空母建造に協力を申し出たアメリカ」という冗談とも本気ともとれる記事がある。(田中宇:「中国の大国化、世界の多極化」2007.6.5)
 米国は日本に対し、グローバルスタンダードを押し付けてきたが、中国は米国の圧力には屈しない。中国が元の切り上げに抵抗を続けるのは、日本を反面教師として見ているからである。米国は日本の金利を無理矢理下げさせてドルを還流させてきた。しかし中国は日本のようには行かない。6月8日には、日本の金利は1.92%まで上昇した。米国の金利も8日は5.24%まで上昇した。世界的に金利が上昇すると、米国への資金流入に変調をきたす恐れがある。米国がこれ以上金利を上げることができず、日本とユーロが利上げ基調に変われば、ドル債の購入を誘っていた金利差が縮小する。減価する通貨「ドル」を守るために産油国が買い続けるのかどうか?米国への資金還流が、維持可能でなくなる日も近づいているのでは。 

 【出典】 アサート No.355 2007年6月16日

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【書評】「被爆動員学徒の生きた時代―広島の被爆者運動」

【書評】「被爆動員学徒の生きた時代―広島の被爆者運動」
            (小畑弘道著・たけしま出版・1365円)

 本書は広島被爆者団体連絡会議の生みの親で初代事務局長、近藤幸四郎(二〇〇二年死去)の生涯をたどる一冊だ。遺言で託された被爆者運動関係の一切の資料、広島平和会館の移転に際して広島県被団協から寄贈された大部の資料、これを労働運動の仲間の小畑弘道がまとめたものである。
 ぼくも松江澄(元広島県原水禁常任理事、二〇〇五年死去)を通じていつのころからか、近藤を知ることになる。最後に会ったのは、秋葉忠利が広島市長に立候補した八年前、その決起集会の場だったことを思い出す。
 小畑は宮崎安男(元広島県原水禁事務局長、二〇〇七年死去)らの近藤評を引いて「タテの発想になりがちな労働組合において、彼は徹底したヨコの発想で異色な存在であった」「タダ酒を拒否し、完全な割り勘主義で、地位や身分ではなく、どんな立場の人とも対等に接し、一対一の人間の絆を求めた」と書いている。ぼくはあまり深い付き合いではなかったが、そんな人なんだ、と今思い返している。
 近藤は一九四五年八月六日、修道中学一年の時に被爆。建物疎開作業に動員されていたが、この日は休みをもらっていた。このことが生き残ったうしろめたさとして、原水禁運動にのめり込む原体験になるのだろう。
 電電公社に就職し、全電通の労働運動を通じて被爆者援護法運動にかかわる一方、電通被爆者協の結成を通じて現地の職域被爆者組織結成にかかわった。原水禁運動の形成と分裂という複雑な情勢の中で被爆者援護法の制定、フランスの核実験抗議、陸自第一三師団市中パレードに対する抗議、原爆慰霊碑前での座り込み、原爆の「加害と被害」問題への取り組みなど、戦後の被爆者問題で近藤がかかわらなかった問題はなかったと言ってもいい。
 近藤は労働組合幹部によくある「天下り」の道に進まず、晩年は広島駅前で「ギフト・コンドウ」という商いをしながら運動を続けた。もともと父親が組合長をしていた駅前商業協同組合という個人商店が集まった木造建屋の二階には松江らの事務所があったという。父親も松江らの運動にシンパシーを感じ、カンパしていたという。筆者が初めて広島に来た七〇年代後半、「広島市民新聞社」という看板が駅前に見えたが、それがこの事務所だったのだろう。むろん、今はその看板を見ることはない。
 松江は旧満州の戦線を経験し、復員して朝鮮戦争までの五年間、占領軍と対峙した日鋼争議の指導や「原爆廃棄」を初めて訴えた平和擁護広島大会の開催など運動のうねりの渦中に身を置く。レッドパージで勤務先の中国新聞を追われ、路線対立から六一年に共産党を離れ、社会主義革新運動(社革)に参加。二十数年後の八四年、社会主義の優位性を批判する論文を発表した。ソ連の崩壊はその七年後だった。「神のごとく尊ぶ」という批判的な言い回しをよく使っていた。その対象が天皇制であり、「前衛党」だった。最後にたどり着いたのは「もっと民主主義を」だった。
 個人的に思い起こすと、共産党の中国地方の指導部にいた松江はいわば広島の運動の「プリンス」あるいは「カリスマ」だった。それに対し、労働運動たたきあげの近藤はある意味で畏怖された汚れ役であり、また黒子だったのだろう。しかし、その語り口には人間の実があったと思うし、小畑が「新人記者の教育係と言われたことがある」と書いているように辛抱と目配りの人だった。そう言えば、そんな「記者の教育係」が、つい二十年ほど前の広島には何人もいた。
 ここ五年で、近藤、松江、宮崎と相次いで広島県原水禁の古参の活動家たちがなくなった。今年に入って亡くなった宮崎の葬儀に参列した。参列者の一人が「迷ったら現場に帰れ」が宮崎の口癖だったことを披瀝した。近藤も終生現場の人だったし、松江もむしろ晩年は若い市民運動家とつながりを深めた。
 本書の主題、副題、或いは帯に「近藤幸四郎」の名前がないのは残念だ。一般的な被爆者運動通史ではなく、一人の被爆者・運動家の生きざまに光を当てた書だということを関係者に知ってほしいとも思う。(広島・S)

 【出典】 アサート No.355 2007年6月16日

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【投稿】改憲・集団的自衛権行使への危険な暴走

【投稿】改憲・集団的自衛権行使への危険な暴走

<<「謝罪旅行」>>
安倍政権誕生後七ヶ月目にしてようやく実現した日米首脳会談は、安倍首相にとって実に気の重い謝罪旅行だったと言えよう。首相にとっての唯一の救いは、アメリカ滞在は一泊二日のみであったこと、その実態は、慰安婦問題の追及を恐れて公式記者会見もせず、晩餐会も開けなかったことにあるが、ともかく早く切り上げられた。さらに幸いなのは、ワシントン入りした4/26は、米議会で軍費に制限をかけ、イラクからの撤兵を促す決議案が上下両院とも可決され、ブッシュ大統領はこれを「敗北主義による立法」だと激しく非難し、拒否権行使を発動する姿勢を明らかにし、米メディアはこの「撤兵決議案」と「民主党大統領候補TV討論」にほとんど主力をさき、日米首脳会談などほとんど取り上げられなかった、あるいは意図的に黙殺されたことであろう。
それでも、当初首脳会談では取り上げる予定にはなかった従軍慰安婦問題について、本人が蒔いた種とはいえ、国際的信用を著しく落としてしまった結果として、日米首脳会談の焦点の一つとなってしまい、自ら謝罪の発言をせざるをえなくなった。首相は、大統領に対して「人間として首相として心から同情し申し訳ない思いだ。21世紀を人権侵害のない世紀にするため努力する」と釈明。記者会見では、大統領は「河野官房長官談話と米国内における首相の発言は、ともに極めて率直で心からのものだ」と評価したことになっているが、たとえナショナリスト・アベとはいえ、日本軍の強制があったことを認めた河野談話まで否定し、逸脱することは、対アジアのみならず、日米関係にまで害を及ぼしかねないとクギを刺されたことを意味しており、日米首脳会談でそれが確認されたことは、安倍にとってのみならず日本の右派・保守勢力にとって重い足かせとなったことを意味していよう。
首相はさらに米下院でペロシ下院議長ら議会指導部と約1時間会談し、ここでも従軍慰安婦問題について「申し訳ない気持ちでいっぱいだ」と述べ、「私の真意や発言が正しく伝わっていないと思われるが、私は辛酸をなめた元慰安婦の方々に、個人として、また首相として心から同情し、申し訳ないという気持ちでいっぱいだ」と語らざるをえなくなった。

<<「世界のどこでも人権を侵害」>>
しかしこうした謝罪発言は、いったい誰に向かってなされているのだろうか?首相が謝罪すべきなのは、韓国や北朝鮮、中国をはじめとするアジア各国の元慰安婦、その遺族、親族、関係者に対してでなければならない。ところがそうした本来の謝罪をせずに、国内で批判されても、あるいはアジア各国から批判されてもまったく意にも介せず、いけしゃあしゃあと戦争犯罪を擁護しながら、米国内で問題視され、紛糾し始めるやあわてて米国内での謝罪と自己弁護に回る。安倍内閣の面々は、「戦後レジームからの脱却」を掲げる本人を筆頭にそのほとんどが、自虐史観反対を叫び、歴史修正主義を掲げる戦争犯罪擁護派である。その内にまた問題発言が飛び出し、その後始末に追われる。村山内閣・河野官房長官談話を除いて、日本政府・与党は一貫してこうした悪循環を繰り返してきた。したがってこうした取ってつけたような謝罪は、実に奇妙であるがゆえに、誰からも心からの本当の謝罪とは認められはしない。
さらに安倍首相が悪質なのは、米国での共同記者会見で、「20世紀は人権侵害の多い世紀であり、世界のどこでも人権を侵害してきた。日本も無関係ではなかった」とまるで他人事のように述べ、日本の戦争犯罪を免罪し、「慰安婦」問題を人権一般の問題にすりかえ、人権については「世界のどこでも人権を侵害してきた」と言い逃れ、世界と日本を同列に並べ、20世紀にはよくあったこととして、日本の国家・軍が関与し、強制した戦争犯罪の責任を回避しようとしたことである。
こうして安倍首相は今回の訪米で、懸命に自らの失態の挽回を図ったにもかかわらず、米議会下院に提出されている、「慰安婦」問題で日本政府に公式な謝罪を求める決議案は、取り下げられるどころか、当初の共同提案者が六人であったものが、首相訪米前には九十人に達し、首相訪米後の5月に入ると100人を超え、決議案は外交委員会アジア太平洋小委員会、外交委員会全体会議の順に審議された後、本会議に上程される見通しである。

<<「前提条件にはならない」>>
さらに今回の日米首脳会談で明らかになったことは、日本側が北朝鮮による日本人拉致問題の解決がなされない限り、米国が北朝鮮をテロ支援国家指定から解除しないでくれと要請してきたことに対して、その要請を「配慮する」とするとしながらも、米国側はそれは法的な面で「前提条件にはならない」と日本側に説明していたことである。首脳会談で、安倍首相が「拉致問題の解決をテロ支援国家指定解除の前提条件にして欲しい」と要請したのに対し、同席していたライス国務長官が、指定や解除の根拠となる国内法に照らして判断すると説明したうえで、「米国民が直接(拉致の)被害にあったわけではない。前提条件にはならない」と述べ、拉致問題を切り離したままで米朝交渉を進展させる可能性を示唆されたのであった。何とか合意を取り付けようとした首相の意図・策略は挫かれたと言えよう。ここでも首相の過去の戦争犯罪を弁護しながら、現在の拉致問題を糾弾して、これを反動的な支配体制の再編に利用しようとする二枚舌外交、六カ国協議をないがしろにする挑発的で極端な跳ね上がり強硬外交が災いし、孤立していることが明らかにされたのである。
しかし安倍首相の今回の訪米の目的は、このように目的が達成されなかった謝罪・要請旅行ではなかった。首相自身が、「今回の訪米の最大の目的はブッシュ大統領との間でかけがえのない日米同盟を確立することだ」と述べ、「安倍内閣の使命として、戦後レジーム(体制)からの脱却を目指すと説明した」と述べたうえで、「安全保障の法的基盤をつくり変えるための有識者会議を設置した」ことを報告、説明し、憲法九条改悪の前段階から、憲法九条そのものを踏みにじる「集団的自衛権の行使」を解釈改憲によって可能にすることを対米公約としたことである。この点に関しては戦費調達に苦しみ、相次ぐ同盟軍の撤退に悩まされているブッシュ政権からは、米国政府自身が日本に求めてきたことでもあり、憲法九条を無視して直接軍事行動に協力・加担してくれる以上、最大限の賛辞を得たであろうことは間違いがないであろう。しかしこれは、歴代の政権が小泉政権まで含めて国際的に公約し、遵守してきた、集団的自衛権の行使を禁じる憲法解釈を完全に覆すことであり、安倍首相の重大な越権・違法行為である。

<<“血の同盟”>>
この有識者会議の人選について、安倍首相は会議設置を発表した4/25、「高い見識を持った有識者に各界からお集まりいただいた」と記者団に強調したが、13人中12人がこれまでの集団的自衛権の行使を禁じてきた政府見解を見直し、集団的自衛権の行使を容認すべきだという論者であり、初めから“結論ありき”の会議設置である。初会合は5月18日で、10回程度会合を重ね、秋をメドに報告書をまとめるという。(【有識者会議のメンバー】=岩間陽子・政策研究大学院大学准教授(国際政治)▽岡崎久彦・元駐タイ大使▽葛西敬之・JR東海会長▽北岡伸一・東大院教授(日本政治外交史)▽坂元一哉・阪大院教授(国際政治)▽佐瀬昌盛・防衛大学校名誉教授(国際政治)▽佐藤謙・元防衛事務次官▽田中明彦・東大教授(国際政治)▽中西寛・京大教授(国際政治)▽西修・駒沢大教授(憲法)▽西元徹也・元防衛庁統合幕僚会議議長▽村瀬信也・上智大教授(国際法)▽柳井俊二・前駐米大使)
共同通信の調べによると、この内の12人は、過去に国会に参考人として呼ばれた際の発言や論文などで、政府の違憲解釈を批判したり、解釈変更を求めていたことが明らかになったという。つまりそんな人物ばかりをわざわざよりすぐって集めたのである。
メンバーのひとり、岡崎久彦氏は、安倍氏との対談で、安倍氏が「軍事同盟は“血の同盟”だ。日本が外敵から攻撃を受ければ、アメリカの若者が血を流す。しかし今の憲法解釈では、日本の自衛隊はアメリカが攻撃されたときに血を流すことはない」と発言したことに答えて、「解釈は裁判所が決めたわけでもないし、憲法に書いているわけでもない。単に、役人が言っただけだから、首相が『権利があるから行使できる』と国会で答弁すればいいんです」 と放言してはばからない人物である。こんな人物のどこに「高い見識」があるのか、お恥ずかしい限りである。
公明党の太田代表は4/27の記者会見で、この懇談会について「集団的自衛権の行使に道を開くものであってはならないし、そうではないということを首相から聞いている。憲法解釈をなし崩しにしてしまう指向性を持つことはあってはならない」と述べているが、これまでの経緯からしてどこまで抵抗できるのか怪しいものである。
あれよあれよという間に、改憲手続き法が強行採決されてしまい、参院選を前にして今度は、わずか数カ月の議論で集団的自衛権の行使に向けて憲法解釈の変更をめざす、きわめて強引で一方的なやり方、焦りと暴走に安倍政権は走り出したのである。
野党と民衆の反撃が試されているといえよう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.354 2007年5月19日

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【投稿】「カネが全てではない」…統一自治体選挙・特徴的な首長選から…

【投稿】「カネが全てではない」…統一自治体選挙・特徴的な首長選から…
                           福井 杉本達也 
                           
1.「資本」は逃げるが「住民」は逃げることができない(夕張市長選)
 夕張メロンで有名な夕張市。今統一自治体選挙の「財政再建団体」下の市長選では、道内外の7人が乱立し、全国的に注目を集めたが、地元出身の元会社社長藤倉肇氏が当選した。「古里の窮状を見かね、立て直したいとの熱い思いに有権者が共鳴し、市再建を委ねたといえる。…どん底の地域社会・経済を再生する滑り出し役を務める。国の管理下という限られた裁量の中でいかに再生の道筋をつけるか、藤倉氏への期待は大きい」(愛媛新聞:4.24)と報道されている。コートも脱がずに後藤健二前市長と対談するみのもんたの威圧的なTV取材に代表されるように、昨年6月に前市長が、財政再建団体申請を表明して以来、「夕張市」の名前は全国最悪の自治体のような扱いを受けてきた。宋文洲氏の『単刀直入』では「どうせ皆で借金するなら、どうにもお手上げになるまでは無理して解決する必要もありません。「赤信号、皆で渡れば怖くない」なのです。子供に金銭を与え続けるといつまでも成人しません。…中央が地方の財政に資金を投入し続けると地方はいつになっても自立しません。最後は必ず全国民の税金で始末してもらえると思えば、慌ててコスト管理して、あえて近所の人々の反発を買うことはありません。」(NIKKEINET:2006.6.26)と夕張市の財政運営を批判している。
 しかし、はたして事実はそうであろうか。かつて、夕張は炭鉱の街として栄え人口11万人を数えたが、国のエネルギー政策転換により、60年代から次々と炭鉱が閉山され、最後の三菱南大夕張炭鉱が90年に閉山した。閉山により、会社が設置したインフラを市が買収することとなる。82年には夕張炭鉱病院を市立病院にするため40億円を負担している。さらに北炭は鉱山税61億円を未払いのまま計画倒産。炭鉱住宅・上下水道設備なども市が買収し、閉山対策費は総額583億円に達した。このため、観光事業へとシフトするべく、中田鉄治市長時代にテーマパーク、スキー場、映画祭、企業誘致により地域経済の再生、雇用創生などを図ったが、これが、逆に過大な投資となり、市の財政を圧迫していった。産炭法が2001年に失効したことなどで、財政状況がさらに悪化し、ほぼ破綻(はたん)状態になった。各種基金や金融機関からの借り入れという形をとって自転車操業状態で急場をしのいできたが、これが「粉飾」・「ヤミ起債」といわれる。
 当初、国・道とも、責任を夕張市に押し付けるのみで、自らの責任を回避する姿勢であったが、昨年11月に行われた住民説明会で、「情報公開もせずに負担だけ押し付けるのか」という住民の強い反発により説明会が流れる事態ともなり(日経:06.11.19)、結果的に道は、再建期間短縮等の観点から、赤字額の360億円を年0.5%の低利で融資(市場金利との差額は道が負担)、国も地方交付税交付金などによる支援を打ち出した。 これにより、再建期間は18年間の見込みとなった。財政再建計画は3月6日に総務相の同意を受けた。早期退職希望者が130人を超え、全職員の約半数の152人が3月末で退職した。また、市が保有する観光施設31施設の内29施設を運営委託、売却、廃止された。市民負担も、市民税が個人均等割3,000円から3,500円に、固定資産税が1.4%から1.45%に、ごみ処理は有料化、施設使用料も5割増、下水道使用料が10m3あたり1,470円から2,440円に値上げ、図書館は廃止。市内で唯一の老人ホームは、2008年度に廃止される予定。しかし、住民の反発などもあり、小学校の1校統合は再検討中である。
 産炭地など鉱山地帯が終掘後自治体として維持された成功例は、映画「フラガール」で有名となった日立グループの常磐炭田など、世界的にも極めて稀(まれ)である。三井系や三菱系の炭鉱資本ように「資本」は“食い逃げ”できるが「住民」は逃げることができない。特に高齢者は町を出て行くことはできない。確かに夕張市の施設は身の丈に合っていなかったが、多くの失業者を抱える中で一気に縮小できなかったのである。『財政再建団体』は資本や国・道の替わりに、必死になって“身の丈以上の背伸びをして”地域経済を支えようとした『結果』である(この辺りの事情は「夕張財政破たんの本質とは」吉田博『地方財政』2007.2に詳しい)。結果のみを批判する者には別の意図が隠されていると思わざるを得ない。

2.「財政再建」のみを優先するな(あわら市長選)
 北陸の代表的温泉郷芦原温泉のある福井県あわら市では任期1年を残した松木前市長が突然辞任し統一地方選挙中の選挙となり、中学校の統合反対を公約とした橋本前市議が400票の小差で当選した。あわら市は2004年にJR芦原温泉駅のある金津町と芦原温泉のある芦原町が合併して誕生した市で、人口は3万1千である。合併当初は元金津町長の松木氏が無投票で市長に当選し、合併の旧町間のしこりも少ないかに見えたが、当選後、松木市長が合併協定を破り2校ある中学校の統合を打ち出したところから、隠れていた旧町間の感情が表面化した。3月には市長のリコール運動までに発展する中での先手をとった辞任・選挙劇であったが、合併後の行政実績と財政再建を優先し、2校「存続なら“第二の夕張”」とする松木前市長に対し、橋本氏は2校存続で「理想の教育環境守る」との1点のみで選挙戦を闘った。
 あわら市の中学生総数は950人である。生徒数が500人を超えると生徒の個別把握が難しくなる。あわら市の隣接町(現在は合併により市)では、生徒数1300人を超える中学校があったが、近年、生徒の放火による中学校体育館全焼事件があり、この衝撃的な事件を契機にもう1校中学校を増設している。松木氏は25年後には少子化の影響もあり500人程度になり1つの学校で十分だと訴えたが住民の理解を得ることはできなかった。「財政再建」のみを優先し、住民サービスをどんどん切り捨て、住民に負担を転嫁していくならば地方自治はない。財源が不足する中にあっても、自治体が提供するサービスの何を切ってはならないのかが厳しく問われた選挙戦であったといえる。
 
3.「札束」で住民の安全は売り渡せない(東洋町長選)
 高知県の東の端、漁業中心の地区と農山村地区に分かれ、有権者数3,000の人の東洋町は高レベル核廃棄物処分場の誘致問題で揺れた。4月22日投票の町長選では反対派の澤山保太郎氏が得票率70.5%の大差で田嶋前町長を破り圧勝した。澤山新町長は公約どおり応募取り下げを表明し、当選翌日の23日、応募撤回の文書を原子力発電環境整備機構と資源エネルギー庁に郵送した。
 06年3月、田嶋前町長は助役に「金儲けの話がある」と切り出し、町会議員と執行部との間で勉強会の形で秘密に協議されていた。これが9月20日の高知新聞報道で暴露され一気に問題が表面化した。応募ではなくて理解を深めるための勉強をするという言い方だった。しかし、さらに今年1月10日、前町長が文献調査を 原環機構に1年前にすでに内緒で応募しており、原環機構から受理を拒否されていたことがマスコミに暴露された。その暴露を受けて、前町長は議会での反対を押し切り一方的に1月25日に文献調査に応募してしまった。そのような事情を承知の上で国が応募を受理することはあるまじき行為である。財政難に苦しむ自治体の弱味につけこんで処分場を押しつけるため、文献調査の段階で2年間で20億円という多額の交付金をちらつかせ、ともかくも応募させてしまおうというのが、「公募」のしくみである。3月に国は原環機構に調査の認可をした。田嶋前町長はリコールの動きが本格化する中で、国や電力会社の支援を受け、4月5日に辞表を出し選挙戦に打って出た。今回の東洋町の選挙はする必要の無い選挙であった。24日の閣議後、甘利経産相は「(有権者が)誤解をしたまま賛否が諮られると、当然こういう結果が出る」「(処分場は)保管施設で、安全性は120%確保されている」「処分場がなくても生活を維持できるという誤解は、解いてもらわないといけない」(朝日:4.25)と述べたが、この住民を無視した言葉こそ、わが国・国家行政の腐敗堕落と原発行政の無策を象徴している。廃棄物問題を棚上げにしたまま建設が進められてきた原発は、「トイレなきマンション」と言われて続けてきた。原発の建設・利用を推し進めながら、「札束」で、どこかの地域に廃棄物を押し付けようとする倫理が問われた選挙であった。

 【出典】 アサート No.354 2007年5月19日

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【投稿】都知事選・石原三選を許したものは何か 

【投稿】都知事選・石原三選を許したものは何か 

<<石原「楽勝」ではなかった>>
 先の統一地方選で最大の焦点の一つであった都知事選の結果は残念なものであった。あの驕りと傍若無人、唯我独尊、都政の私物化、軍国主義と差別意識丸出しの知事が再選されるとは情けない、と多くの心ある人が感じていることと思う。「ごめんなさい」のひとことから出発した石原立候補の第一声は、これまでの姿勢では「再選危うし」という危機感からきたものであったが、当確が報道されるやたちまち傲慢で饒舌な姿勢に逆戻りして元の木阿弥。このような結果を許したものはいったい何であるのかについて、問い直すことが改めて必要なことと思われる。
 まず投票結果だけを見てみると、以下の表から分かるように、石原陣営は決して「楽勝」と言えるものではなかった。

都知事選   前回           今回
—————————————————————————-
投票率    44.94%       54.35%      9.41%増
投票総数   444万票        556万票       112万票増
 石原    308.7万票、     281.1万票    27.6万票減
 反石原   118.1万票      232.2万票   114.1万票増
 (樋口    81.7万票) (浅野 169.3万票)
 (若林    36.4万票) (吉田  62.9万票)
石原-反石原=190.6万票       48.9万票

 前回に比べ、投票率が9.41%増大し、投票総数が112万票増えたにもかかわらず、石原票は逆に27.6万票も減り、浅野・吉田の反石原票は倍増し、114.1万票も増えている。その差は50万票を切っている。前回の楽勝とは雲泥の差である。石原票の1割弱、25万票が反石原の統一候補に移動していれば逆転勝利は可能であったことをはっきりと示している。統一候補を擁立できていれば、当然、選挙ムードも取り組みも熱意も変わり、投票率もさらに数%は上がり、反石原陣営が楽勝しえていた現実的可能性が存在していたと言える。

<<ほくそ笑む安倍・石原>>
 選挙前の三月に、山口二郎・北海道大学教授が「選挙の最大目的が石原を引きずりおろすことにある以上、民主主義を愛し、人間の尊厳を貴ぶ市民は反石原の一点で結集、協力すべきである。その際にはより幅広く市民の支持を得られる候補にまとまることが必要となる。
 共産党のポスターに、「日本には確かな野党が必要です」と書いてある。しかし、共産党が独自候補の擁立にこだわって、反自民、反石原の票を分散させるという行動を続けるならば、共産党が、その意図とは別に、自民党や石原の増長をもたらすという結果になる。そうなると、安倍晋三や石原は、「自民党・石原には確かな野党が必要です」とほくそ笑むことだろう。逆に、都知事選挙において反石原の広範な協力が実現できれば、そこから自公連立政権の悪政に終止符を打つ可能性も広がるに違いない。残された時間は短いが、心ある市民と共産党との対話の可能性をぎりぎりまで追求したい。」(週刊金曜日3月9日号)と訴えた。山口氏はそのように行動されたことは間違いないと思われる。そして多くの市民レベル、勝手連レベルでの統一候補への模索が追及された。
 ところがこれに対する共産党からの反応は、予想通りとはいえ、まったく期待を裏切るものであった。「赤旗」3月21日付で、植木俊雄・広報部長は「誰を知事にするかは都民が決める」として、浅野の政策は石原と「うり二つ」であり、石原から浅野に代えても意味はなく、「確固たる立脚点」を持つ吉田こそ「都政を転換」させるにふさわしいというものであった。当然、執拗な反浅野のネガティヴ・キャンペーンが継続された、
 投票日直前の4月、山口氏は再び、「東京都知事選挙に向けた反石原勢力の結集について書いたところ、特に共産党やその支持者から大きな反発を受けた。この文章は投票日直前に掲載されるので、あえて私の意図をもう一度書いておきたい。」として、「まず大前提として、私は共産党を敵視する意図はまったく持っていない。むしろ、この1年ほどは、共産党と近い関係にある全労連系の労働組合や民医連などの団体にも呼ばれて話をする機会も多く、これらの団体の人々は仲間だと思っている。・・・ただ、これからの国政選挙や憲法改正に反対する国民的な取り組みの中で安倍政治を倒すためには、自公政権の悪政に反対する者の間に最低限の相互了解や信頼が必要である。そのためには、最大の敵が誰であるかという認識を共有することが不可欠である。選挙に勝つこと、政権交代を起こすことによってしか、政治は変わらない。これから我々は何をなすべきか、真剣に考えなければならない。」(週刊金曜日4月6日号)と問題を提起している。

<<「支持の形はどうでもいい」>>
 選挙の結果は、反石原陣営の分裂こそが、あきらめムードと無力感、石原再選をもたらしたものであったことを明らかにした。共産党のわが党第一のセクト主義は、多くの心ある人々から愛想を尽かされ、革新統一にとっての否定的存在としてしか映らない姿に自らを追い込んでいる。石原氏に自民党推薦を拒否された中川幹事長の「支持の形はどうでもいい。石原が勝つことが重要だ」という姿勢とは対照的である。問題は、それでも石原陣営にとってはひやひやものの選挙結果であったということは銘記すべきであろう。
 週刊金曜日4/13号は「誰が石原氏を選んだのか」(対談:落合恵子・筑紫哲也)の中で、石原氏は圧勝したとして、その原因について、都民に切実な要求がない、生活が良く関心がない、地域社会がない、石原氏は父権性の人、大黒柱をほしがっている、等の諸点を上げている。こうした視点に対して、週刊金曜日4/27、5/4合併号・論争欄で渡辺知美(22歳、大学院生)さんは、この「何が石原氏を勝たせたのか」の「切実さがない」「寄らば大樹の陰」に違和感を感じるとして、「切実さがない」というが、「安心して生活できる仕事、・・・切実に何とかしてほしい。でも、こうしたことをすくい上げることは争点になっていなかったように思います。今必要なのは「正しい解決方法を教えてあげる」のではなく、「一緒に悩み、感覚を共有し、ともに実行していく」ことなのではないでしょうか」と選挙の争点上の問題点を指摘している。このことは、たとえ統一候補を獲得しえたとしても、それ以上に若者や無党派層を大きく結集できうる政策・争点が問われていると言えよう。山口氏が言うように、まさに「これから我々は何をなすべきか、真剣に考えなければならない。」
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.354 2007年5月19日

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【投稿】注目すべき「保守派」内部の亀裂

【投稿】注目すべき「保守派」内部の亀裂

一昨年の郵政解散で圧倒的多数を獲得した自民党。参議院選挙を前にして、憲法改正への手続き法案としての「国民投票法案」を強行採決するまでに至っている。
「戦後レジームからの脱却」路線を掲げ、憲法改正を待たずに「集団的自衛権の解釈改憲による既成事実化」まで踏み出そうとしている安倍政権であるが、圧倒的多数を確保・安住しているが故に、保守内部の分岐もまた、深刻になる可能性を無視することはできない。

<親米保守か、反米保守か>
最近、「アメリカの日本改造計画」(イーストプレス 2006年12月)という雑誌を購入した。<マスコミが書けない「日米論」>という副題が付いている。登場するのは、西部邁、小林よしのり、佐伯啓恵、西尾幹二などの右派論客を中心に、森田実や、元自民党の小林興起衆議院議員などが名を連ねている。編者は、関岡英之という人で、数年前に「拒否できない日本」(文春新書)を書いている。
各論は省略するとして、マスコミが郵政民営化選挙の際も、民営化がアメリカの要請に基づくものであることを隠蔽してきたこと、小泉構造改革なるものも、「アメリカが日本を安値で買い叩くための構造改革」であり、直近では、郵政民営化やM&Aを容易に行える「三角合併制度」の導入、古くは、NTT分割民営化や大店法、保険業へのアメリカ資本の参入規制の撤廃など、「規制緩和」と言われるものが、ほとんどアメリカの言いなりになってきたことを、「暴露」する内容となっている。このままでは、「アメリカに搾取されるだけの日本になる」との危機感が溢れているのである。
「国益を守れ」との主張は、右派そのものであるにしても、「国民の利益は、守られているのか、奪われているのか」との観点に立てば、ある程度の内容は、適切に「アメリカの言いなり政党・政権」の実態を暴露しているし、私も同感である部分も多い。
厖大な国民の貯蓄を、かみ屑になる可能性の極めて高いアメリカ国債にすべて投入し続ける日本、アメリカがイラクを攻めると言えば、欺瞞的国会答弁を続けて同調し、海外派兵を既成事実として継続する小泉・安倍政権。<親米保守>では、国益が損なわれる、という主張である。反米と言わないまでも、せめて<自立保守>になれ、との論調であろうか。

<買い漁るアメリカ>
すでに、「年次改革要望書」の問題については、昨年のアサート6月号に杉本氏から投稿をいただいている(http://www.assert.jp/data/2006/34904.html)。本山美彦氏の「売られ続ける日本、買い漁るアメリカ」にも、詳しい。1994年の「日米包括協議」から、日本の経済・財政の政策決定プロセスに、アメリカが露骨に介入し、これに対して規制緩和・市場開放を歴代自民党政権は進めてきた。小泉改革も、竹中平蔵を露払いにして、それに忠実に従ってきたものに過ぎない。この事実を政府も、マスコミも隠し続けている。
昨年来の「談合摘発」「入札制度の透明化」も、一面ではアメリカ建設業の日本市場参入を容易にする目的でもあり、貯蓄より投資(株式)を薦め、「会社は株主のもの、配当を増やせ」云々とのキャンペーンも、M&Aを容易に実現できる「三角合併」も然りである。引き続きアメリカが求めているのは、医療・教育分野であると言われている。国民皆保険制度もまた、アメリカ型の民間医療保険中心の制度へ転換させようというのである。
一方で、憲法改正の根拠が「占領軍の押し付け憲法」との主張と、こうした経済財政分野でのアメリカ追随が共存しているのが安倍政権である。対中韓強行路線であった小泉から替わった安倍首相が、村山・河野談話を継承確認すると明言したことには、右派論客にかなりの動揺が感じられ、その背景にあるのが、「親米保守」の限界なのだ、との主張が随所に語られている。

<保守派の分岐を利用しないわけにはいかない>
郵政選挙は、民営化に反対した自民党議員が除名になったが、まさにアメリカの言いなりにならない議員は切りすてられたわけである。(その後の復党劇は、茶番としか言いようがなく、国民が「失望」したこともまた理解できる)しかし、格差社会の議論も同様で、一部の大金持ちと圧倒的な貧困が共存するアメリカ型市場社会を容認するのか、セーフティネットを優先するヨーロッパ型の社会を目指すのか、という路線においても、保守内部に深刻な対立が再燃することは、予想できるのではないか。そして、野党陣営は、保守の分岐を決して無視してはならないのは当然である。

<保守の分裂を、塗り固める公明の犯罪性>
こうした保守の分岐に対して、「政権参加目的政党」でしかない公明党の果たしている役割は、犯罪的であると言える。すでに集票能力の低下著しい自民党を選挙で助け、キャスティング・ボードよろしく、苦言を呈するポーズを見せながら、結果的には、何ら<親米保守路線>に根本的に異を唱えることもなく、「児童手当の増額は公明党の成果」などなどの「おこぼれ」で自民党に追随しているのが、公明党である。
集票能力は長けているらしいが、反国民的行為を繰り返していることには変わりは無い。

<参議院選挙:自民党に過半数を与えるな>
圧倒的な多数派の自公政権だが、その基盤は脆弱であり不安定であることを忘れてはならない。参議院選挙の結果は、深刻な保守の内部矛盾を一層顕在化させる可能性は非常に高いのではないか。すでに選挙は間近になったが、自民党に過半数を与えないための野党選挙協力の実現、そして国民の選択に注目したい。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.354 2007年5月19日

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