【投稿】集団的自衛権の迷走

【投稿】集団的自衛権の迷走

<躓いた安倍政権>
 安倍政権は集団的自衛権の解禁を強引に推し進めようとしているが、これに対する予想以上の反発から具体案に関しては二転三転している。
 安倍政権は昨年夏以来、これまで解釈改憲の前に立ちはだかっていた内閣法制局を、長官の首のすげ替えで抑え込み、総理の私的諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇:座長柳井俊二元駐米大使)に、政権の意に沿った報告書の作成を進めさせるなど、「集団的自衛権の全面解禁」を目論んできた。
 しかし、安倍総理の「政府の最高責任者は私だ。(解釈改憲についての)政府答弁は私が責任を持って行い、選挙で審判を受ける」(2月12日衆院予算委員会)と、立憲主義を否定し、法治から人治へ転換するかのような答弁を行うなどの、あまりに性急な姿勢に連立与党である公明党や、身内である自民党からも疑問が呈された。
 さらに、昨年末の靖国神社参拝以降、国際社会から厳しい視線が向けられていることも相まって、「全面解禁」から「部分解禁」へ「時間をかけて丁寧に」進める方向に軌道修正を余儀なくされた。
 こうした流れを主導しているのが自民党の高村副総裁である。高村副総裁は「日本の領土、領海、領空内と、公海上で日本の安全に重要な海域での必要最小限度の集団的自衛権行使」という落としどころで、与党の意見集約を進めようとした。
 憲法解釈など行政府が勝手にできるなどと強弁していた安倍総理も、集団的自衛権容認の法的根拠として、1959年の「最高裁砂川事件判決」を持ち出さざるを得なくなった。
 これは、あまりに唐突なものであり、後知恵丸出しの屁理屈である。そもそもこの判決が集団的自衛権を認めているなら、以降の内閣はそれに沿った解釈をしているはずであり、現在論議になどなっていないだろう。
 またこの最高裁判決自体を、司法の独立を放棄した政治判断として再審請求する動きもあるなかでの牽強付会の解釈であると言わざるを得ない。
 4月3日に初めて行われた、自民、公明両党の協議でも、高村副総裁が、砂川事件判決を根拠に「集団的自衛権の行使は必要最小限の範囲で行うこと」として理解を求めた。
 これに対し公明党の山口代表は「砂川判決は集団的自衛権を認めたものではない、想定されるような事態には個別自衛権と警察権で対応可能」と応酬し、見解の相違が浮き彫りになった。

<換骨奪胎の高村案>
 高村副総裁サイドは、自民党、公明党の理解を得るため、部分解禁の対象となる「日本の安全に深刻な影響を及ぼす事態」の事例について、「日本近隣での有事」それに基づく「機雷の掃海」「アメリカ軍への支援」に絞り込む方向で調整に入っていたのである。
 具体的には、①日本周辺(朝鮮半島)で発生した有事で、戦闘行動中のアメリカ軍に対する攻撃からの防衛、攻撃国(北朝鮮)への武器運搬船に対する臨検②戦闘継続下でのシーレーンにおける機雷掃海③臨検した船舶の拿捕、が検討されていた。
 こうした事例に対し公明党は「個別自衛権、警察権で対応できる」としたのである。実際高村副総裁が提案した「日本の領土、領海、領空内と、公海上で日本の安全に重要な海域での「必要最小限度の集団的自衛権行使」はほぼ個別自衛権=「最小限度の自衛権の行使」に含まれる内容である。
 また想定されている臨検などの作戦は1999年の「周辺事態法」でほぼクリアされているものでもあり、ことさら憲法解釈を変える必要はないもとなってしまう。
 つまり高村案は名称は「集団的自衛権行使」であっても内容は「個別的自衛権」の「上乗せ、横だし」レベルのものなのであり、憲法解釈の変更に慎重であった自民党の重鎮や参議院サイドも理解を示し始めた。
 これに憤激したのが、「安保法制懇」及びその黒幕である外務省だ。高村案のように、地域を限定して、活動内容まで詳細に決められては、フリーハンドが無くなり、とりわけ「これでは中東地域での地上戦に参加できない」と慌てたのである。
 「安保法制懇」は、「海外で戦闘中の多国籍軍に対して自衛隊が兵士の輸送や医療活動などの後方支援ができるよう、憲法9条1項の「国際紛争」の解釈を「日本が当事者である国際紛争」と変更するよう求める」と報道された(4月12日「朝日」)。
 これを補強するように、自民党の石破幹事長は、4月5日テレビ東京の番組で「集団的自衛権の行使を容認した場合の自衛隊の活動範囲について、地球の裏まで行くことは普通考えられないが、日本に対して非常に重大な影響を与える事態だと評価されば、行くことを完全に排除しないと述べ、地理的な懸念に制約されるものではないとの考えを示した」(4月6日「読売」)のである。
 外務省は、余程、莫大な資金を提供したのに感謝されなかった湾岸戦争時の屈辱がトラウマになっているようである。
 さらに4月17日の共同通信報では「安倍政権は、集団的自衛権行使を容認する憲法解釈変更の閣議決定に先立って策定する『政府方針』に、朝鮮半島有事など行使を可能とする具体例を明記しない方向で調整に入った」ことが明らかにされた。
 これらの動きは、高村案を根底から覆すもので、政府、自民党内での混乱、暗闘が如実に表れている。安倍政権は、公明党の了承を得ずに「みんなの党」や「日本維新の会」との連係で強行突破することも選択肢としているようである。
 しかし「みんなの党」は渡辺代表の辞任による求心力の低下、「日本維新の会」は橋下共同代表が「大阪維新の会」との分党論を提唱するという分裂含みの事態になっており、すんなりと行くめどはない。
 このような強硬派の巻き返しに対し、内閣法制局が集団的自衛権の行使要件を「放置すれば日本が侵攻される場合」=「北朝鮮軍が韓国全土を制圧し、さらなる南下の動きを見せる」など実際には起こりえない事態に限定し、公海上でのアメリカ軍防衛などは個別的自衛権の拡大で対応するとした案をまとめたことが明らかとなった。
 これまで集団的自衛権の行使自体を認めてこなかった法制局の見解からは、大きく踏み出すことになるが、疾病で判断能力を喪失している小松長官に変わり事務方が見せた最大限の抵抗と言えよう。

<アメリカとの温度差>
 このような安倍政権の前のめりと、日本政府内での混乱をよそにアメリカは、淡々と自らの道を歩んでいる。アメリカは今後中東地域を最重要視することに変わりはないが、そこで戦争を起こす気はない。
 泥沼化したアフガン、イラク戦の教訓に加え、議会による軍事予算の削減圧力は日々強まっている。
 2月24日発表されたアメリカ国防総省の2015会計年度予算方針、および3月4日公表の「4年ごとの国防政策見直し(QDR)」を見ると、アメリカ陸軍は第2次世界大戦以降最少レベルまで縮小され、海軍も空母11隻体制は維持するものの、主に中東沿岸での作戦用に建造された「沿海域戦闘艦」は当初予定の52隻から32隻に削減された。
 このように、湾岸戦争やイラク戦争レベルの戦争はもちろん、中東および周辺地域での軍事介入も、この間のシリア内戦やウクライナ問題への対応から明らかなように有りえない。したがって集団的自衛権を解禁しても自衛隊の出番はないのである。
 アジア地域に関しても、オバマ政権はアジア重視の「リバランス政策」を掲げているが、スローガン倒れになっていることが明らかとなった。
 4月17日のアメリカ上院外交委員会の報告書によると、国務省の2015会計年度予算でのアジア地域に係わる予算要求は8%に過ぎず、中東の35%、南・中央アジアの27%はおろか、欧州、ユーラシアの14%、アフリカの9%にも及ばないものとなっている。
 軍事面でも、アメリカ軍による尖閣諸島問題にかかわる日本へのリップサービスは盛んだが、米中は相互に配慮しあっている。そもそも尖閣諸島問題は集団的自衛権のレジームではなく、個別的自衛権と日米安保の問題である。
 尖閣諸島を巡って米中が真っ先に武力衝突を起こすことなどありえないにもかかわらず、集団的自衛権の解禁でこの海域での日米共同作戦が進展するかのような幻想がふりまかれることは、アメリカも迷惑だろう。
 アメリカ国防省は4月1日、今月下旬に予定されていた青島での、中国海軍主催の国際観艦式への艦船派遣を行わないことを決定、結果的に観艦式は中止となった。 
 これは海上自衛隊が招待されていなことへの不快感の表明であるとして、日本の右派勢力から拍手喝采を受けた。
 しかしその直後の4月7日ヘーゲル国防長官は中国の空母「遼寧」を視察した。「泥を塗られた」はずの中国側にとっては大サービスであるが、大人の対応というものである。
 観艦式に関しては、消息を絶ったマレーシア航空機の捜索が続けられるなか、韓国では旅客船が沈没し多数の犠牲者が出るというアジア地域の状況を考慮すれば、「お祭り」もいかがなものかということになったであろう。(派遣を決めていた韓国も海難事故を踏まえ見直しをしただろう)ただ「西太平洋海軍シンポジウム」は予定通り開かれ、海自幹部も出席する予定となっている。
 こうしたなか、4月19日横須賀に海自の護衛艦、補給艦など艦船14隻、イージス艦に至っては6隻中4隻が集結するという「総動員」体制のなか「護衛艦カレーナンバー1グランプリ」が開催された。
 これは、市民に艦内を開放し、各艦秘伝のレシピで調理したカレーの味を競うというイベントであるが、演習で艦艇が集まる機会を利用して開催されたという。
 関係国であるアメリカ、中国は極めて冷静であり、現場である海自も至って「平和」であるというなかで、血眼になって集団的自衛権解禁のボルテージを上げる安倍政権の危険な姿が浮き彫りとなっている。(大阪O)

【出典】 アサート No.437 2014年4月22日

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【投稿】「エネルギー基本計画」批判

【投稿】「エネルギー基本計画」批判
                            福井 杉本達也 

 4月11日に閣議決定された新しい国の『エネルギー基本計画(以下「計画」)』は、2011年3月11日の福島第一原発事故を「忘れ」、「無かった」ことにし、原発を今後も使い続けるようとする宣言である。原発を、基本的な電力供給源の役割を担う「ベースロード電源」と位置付け、使用済み核燃料を「再利用する」核燃料サイクルという名目で独自核武装のための1954年来の60年間の壮大なフィクションを維持するものである。

1 福島原発事故対応の無責任
 計画は「事故で被災された方々の心の痛みにしっかりと向き合い」「発生を防ぐことができなかったことを真摯に反省し」「再発の防止のための努力を続けていかなければならない」との言葉を羅列する一方、事故処理の「国民負担を最大限抑制」すると居直る。「原子力賠償、除染・中間貯蔵施設事業、廃炉・汚染水対策や風評被害対策などへの対応を進めていく」とするものの放射線の健康被害に関しては一切の言及はない。

2 何を持って「世界で最も厳しい規制基準」というのか
 「事故の反省と教訓を踏まえ」「世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた場合には、その判断を尊重し原子力発電所の再稼働を進める」というが、何を持って「世界で最も厳しい」というのか。比較はどこの国の基準なのか全く不明である。そもそも、事故の原因をまともに追及せず、さらには輪をかけて事故を「津波」だけのせいにし、地震による原子炉破壊・電源喪失・核爆発を伴う水素爆発・当初のヨウ素131による被曝・その他の証拠の隠滅を図ろうとするなど、何一つ『真摯な反省』をしていない国が「世界で最も」と勝手に叫んでも、「世界」はそのような基準を信じない。

3 事故を起こさないという「精神論」か「過小評価の」論法か
 「二度と原子力事故は起こさないとの強い意思を持ち、原子力のリスクを適切にマネジメントするための体制を整備するとともに、確率論的リスク評価(PRA)等の客観的・定量的なリスク評価手法を実施する」というが、「強い意思」を持っていれば事故は防げたのか。これは「科学」の世界ではない。「信念」「思い込み」「カミカゼ」の世界である。少なくとも国家が国民や世界に向かって発表するレベルの文書ではない。
 今回の福島では1度に4基の原発がレベル7の事故を起こした。単純に原発の運転期間から計算すると500年に1回の事故である。現在の50基の原発で割れば10年に1基ずつ事故が起きる計算となる。これでは日本(我々国民も)は消滅である。確率論的リスク評価(PRA)で「定量的」なリスク評価が行えると本当に思っているのか。「定量」の中に福島事故は含まれていない。「無かった」ことにして、ごまかしでもするつもりなのか。

5 原発停止で輸入燃料費増による貿易赤字が増えたという嘘
 『化石燃料への依存の増大とそれによる国富の流出、供給不安の拡大』の見出しがあるが、「原子力発電所が停止した結果、震災前と比べて化石燃料の輸入が増加することなどにより、日本の貿易収支は赤字幅を拡大してきている」「日本の貿易収支は、化石燃料の輸入増加の影響等から、2011年に31年ぶりに赤字に転落した後、2012年は赤字幅を拡大し、さらに2013年には過去最大となる約11.5兆円の貿易赤字を記録した」とし、「原子力発電の停止分の発電電力量を火力発電の焚き増しにより代替していると推計すると、2013年度に海外に流出する輸入燃料費は、東日本大震災前並(2008年度~2010年度の平均)にベースロード電源として原子力を利用した場合と比べ、約3.6兆円増加すると試算される。」と述べている。
 化石燃料の増加による赤字が3.6兆円というのは東京新聞の特報(2014.4.12)からもその嘘が明らかである。「『輸入量が増えた分が大体7割、資源価格上昇が2割、為替要因が1割強』。茂木経産相は3日の参院予算委員会で、経産省の試算の内訳を説明した。 この割合で3.6兆円をみると、原発停止による液化天然ガス(LNG)や石炭、石油など火力発電の燃料の輸入増加分は約2.52兆円にすぎない。残る3割ほどの約1.08兆円は、資源相場の上昇や円安による輸入費用増加だ。」と指摘している。
 そもそも、日本の貿易赤字の原因は輸入増加というよりも輸出減少にある。輸出数量がプラスなのは自動車・化学・建機などだが電機は震災以降もダラ下がり状態である。これまで日本の輸出を牽引してきた輸送機械と並ぶ両輪の一方が欠けると一気に輸出の勢いが削がれる(藻谷俊介『エコノミスト』 2013.11.12)。経済の元締めとも言うべき経済産業省の官僚はこのようなことも分からずに作文したのか。それとも、明日にでもばれる嘘でも原発再稼働のためには大嘘をつくのか。いずれにしても日本の官僚機構の劣化は甚だしい。

6 地球温暖化の嘘
 原発の停止が「地球温暖化対策への取組に深刻な影響を与えている」とし、「これまで国際的な地球温暖化対策をリードしてきた我が国の姿勢が問われかねない状況となっている」と脅し、原発は「原子力燃料投入量に対するエネルギー出力が圧倒的に大きく、数年にわたって国内保有燃料だけで生産が維持できる低炭素の準国産エネルギー源」であり、「運転時には温室効果ガスの排出もない」「重要なベースロード電源である」とする。
輸入ウラン100%の原発が「準国産」と言い張るのはどのような思考なのか。供給が途絶えても「数年間生産が維持できる」といっても所詮電気だけである。生活のあらゆる面に使用される石油でも半年間の備蓄はある。
 地球温暖化説に対しては、このところ、地球の平均気温は10年以上上がっておらず、むしろ寒冷化の傾向が見えることから幾多の疑問が提起されている。今回発表されたIPCCの第5次報告書では平均気温が産業革命以前より最大2.5度上昇したとしても経済に与える損失は収益の0.2~2%という(日経:2004.1.7)。8年前の前回の報告書では、100年の温暖化が世界のGDPを5-20%減少させ、不況や飢餓、難民、紛争を引き起こすと危機感を極端に煽るように書かれていたことと比較すると温暖化の地球環境への影響は微々たるものであることが明らかとなった。むしろ事故で放射能をまき散らす原発こそ地球破壊の元凶でkある。

7 天然ガスについて
 計画には一部常識的なことも書いてある。発電の1/2を占める天然ガスについて「今後、利用の増加が見込まれる天然ガスについては、パイプラインを含めて安定供給を確保する観点からの検討が必要である」と述べる。国内的には「太平洋側と日本海側の輸送路、天然ガスパイプラインの整備」を、また国際的には「ロシアの豊富な資源ポテンシャル、地理的な近接性、我が国の供給源多角化等の点を考慮すれば、ロシアの石油・ガス資源を有効活用することは我が国のエネルギー安定供給確保にとって大きな意義を持ちうる」とし、「将来的なパイプラインネットワークを活用した供給形態の多様化を視野に入れ、望ましい国際的なサプライチェーンの在り方と可能性についても検討を進める」とし、数少ないまともな文面となっている。日本は天然ガスを一度液化してLNGとし、船で運んできて、再び気化して利用している。海底パイプライン化すれば液化・輸送費が大幅に安く済む。

8 石炭について
 石炭についても「低廉で安定的なベースロード電源」として位置付けている。米国ではシェール革命の影響で「電源を石炭から天然ガスにシフトする動きを加速している。これにより米国から欧州への石炭の輸出が拡大しており、欧州では石炭火力発電への依存が深まりつつある」と述べる。「石炭火力発電は、安定供給性と経済性に優れている」として積極的に推進する姿勢を見せている。如何にバカな官僚群といえども『核』という色眼鏡を取れば世界的には方向は同一にならざるを得ない。

9 電力の国際的融通について
 「我が国の電力供給体制は、独仏のような欧州の国々のように系統が連系し、国内での供給不安時に他国から電力を融通することは」できないとしているが、ASEANでは2020年を目標に加盟国を繋ぐ送電網の整備(ASEANパワーグリッド)が進められようとしており、日本企業の三菱商事や日立も参画するという(日経:2013.8.13)。これに東アジアの電力網を繋ぐのが『アジア大洋州電力網』(『エコノミスト』2012.5.22)である。日本が東アジアでロシアや台湾・韓国・北朝鮮・中国との送電網の整備を進めることは何ら不可能なことではない。自らの目を曇らせているのは『安全保障』という名の『孤立化』政策だけである。

10 独自核武装への道について
 独自核武装について、計画は「原子力の平和・安全利用、不拡散問題、核セキュリティへの対応は…世界の安全保障の観点から、引き続き重要な課題である」とし「周辺国の原子力安全を向上すること自体が我が国の安全を確保することとなるため、それに貢献できる高いレベルの原子力技術・人材を維持・発展することが必要である」「核燃料サイクル政策については、これまでの経緯等も十分に考慮し、関係自治体や国際社会の理解を得つつ、再処理やプルサーマル等を推進する」とあくまでも独自核武装をあきらめない姿勢をとっている。しかし、日本を核攻撃するのに正確で小型の核弾頭は必要とせず、電源か水の供給さえ遮断すれば通常弾頭のミサイルだけで核攻撃以上の打撃を十分与えることが可能であることが原発自体(燃料プール)が核爆発した福島の事故からも明らかになってしまった。無意味な『独自核武装』は自滅への道である。

11 『もんじゅ』の取扱い
 もんじゅについて「放射性廃棄物を適切に処理・処分し、その減容化・有害度低減のための技術開発を推進する。具体的には、高速炉や、加速器を用いた核種変換など、放射性廃棄物中に長期に残留する放射線量を少なくし、放射性廃棄物の処理・処分の安全性を高める技術等の開発」するのだという。核燃料を取り囲むブランケットという場所で純度98%の核兵器級プルトニウムを生産できるもんじゅを「何としても生きながらせたい」”気持ち”が浮かび上がっている。『高速増殖炉』から核燃料を『増殖』できるというこれまでの大嘘を放棄し『高速炉』という名称に改めたが、『核種変換』などという出来もしない夢物語の作文は正気の沙汰とは思われない.。 

【出典】 アサート No.437 2014年4月22日

カテゴリー: 原発・原子力, 杉本執筆, 環境 | 【投稿】「エネルギー基本計画」批判 はコメントを受け付けていません

【書評】『(株)貧困大国アメリカ』 堤未果

【書評】『(株)貧困大国アメリカ』 堤未果
             (2013.6発行、岩波新書) 

 『ルポ貧困大国アメリカ』(岩波新書、2008年)、『ルポ貧困大国アメリカⅡ』(岩波新書、2010年)に続く本書は、「いま世界で進行している出来事は、単なる新自由主義や社会主義を超えた、ポスト資本主義の新しい枠組み、『コーポラティズム』(政治と企業との癒着主義)にほかならない」として、現在のアメリカ経済を分析し、アメリカの実体経済が世界各地での経済事象の縮図であるとする。その基本的な視点は次のようなものである。
 「グローバリゼーションと技術革命によって、世界中の企業は国境を超えて拡大するようになった。価格競争のなかで効率化が進み、株主、経営者、仕入れ先、生産者、販売先、労働力、特許、消費者、税金対策用本社機能にいたるまで、あらゆるものが多国籍化されてゆく。流動化した雇用が途上国の人件費を上げ、先進国の賃金は下降して南北格差が縮小。その結果、無国籍化した顔のない『1%』とその他『99%』という二極化が、いま世界中にひろがっているのだ」。
 そして巨大化した多国籍企業は、その手法である「効率化と拝金主義」を強力に推し進めて公共の領域に進出し、「国民の税金である公的予算を民間企業に委譲する新しい形態へと進化した」。食産複合体、医産複合体、軍産複合体、刑産複合体、教産複合体、石油・メディア・金融各業界等々である。
 これにより「国民の主権が軍事力や暴力ではなく、不適切な形で政治と癒着した企業群によって、合法的に奪われる」という状況にいたった。その実態レポートは生々しいが、本書の目次を一瞥しただけでもそのおおよその見当がつくというものであろう。
 養鶏業界を独占し食品安全検査さえをも骨抜きにする大企業(第1章「株式会社奴隷農場」)。一人勝ちしたウォルマートが作り出した食品生産業者~小売業者等々からなる巨大な垂直食品市場(第2章「巨大な食品ピラミッド」)。GM種子・化学肥料・殺虫剤のセットによってイラク、インドなどの伝統的農業を押しつぶし、支配権を手に入れたアグリビジネス(農産複合体)(第3章「GM種子で世界を支配する」)。破綻した自治体を株式至上主義の支配する商品として解体・改革する政策(第4章「切り売りされる公共サービス」)。法律案を企業と合同で考案し、連邦政府、州政府等への成立の働きかけするシンクタンク(第5章「政治とマスコミも買ってしまえ」)等々である。
 中でも特筆すべきは、最後の章で出たシンクタンクALEC(米国立法交流評議会)の刑務所ビジネスであろう。これについては上掲の『ルポ貧困大国アメリカⅡ』でも触れられているが、筆者はこう伝える。
 「ALECは過去数十年間、アメリカ国内のあらゆる分野を、企業がビジネスをしやすい環境にする取り組みを続けてきた。九〇年代から急速に花開いた刑務所産業もその一つだろう。世界最大の収容率を維持するアメリカの囚人人口は1790年から二〇一〇年のまでの四〇年で七七二%増加、今や六〇〇万人を超えている。実体経済が荒廃してゆくなか、この産業の確実な成長は、ALECのたゆまぬ努力のたまものだった」。
 刑務所は、最低時給一七セントで労働法が適用されない労働力を供給する宝庫であり、「ALECによって生み出されたこの新しいビジネスチャンスは、今では一〇万人を超える巨大市場に成長した」。
 このような例はいくらでもあげることができるであろう。学位がなければワーキングプアになると思いこまされ、法外な学費を払うために借りた教育ローンで金縛りにあい、兵士としてあるいは戦争請負会社の派遣社員として戦争ビジネスを支えている若者たち、貧困者に対するSNAP(補助的鋭要支援プログラム)=フードスタンプによって購入する食料(安価なジャンクフードや糖分の高い炭酸飲料、栄養のない加工食品が主)によって貧困児童の肥満率と糖尿病が激増し、その結果医療費の増加を増やして低所得層の家計をさらに圧迫している現実がある。結局利益を得るのは常に独占的大企業群であり、これによる攻撃で、今まで本来的に公共サービスの分野と見なされきた分野が掘り崩され、国民の生活と健康、公教育、治安までが根底から脅かされつつある。このような深刻な事態が、アメリカを発祥の地として全世界的に広まりつつあると、著者は警告する。
しかしこれら独占的大企業群に支えられている政治家たちは、次のような発言をしてはばからない。
 「今、世界の市場に参加しようとしている企業が、あまりにも多くの場所で、あまりにも理不尽な貿易障壁という嫌がらせを受けています。こうした壁は多くの場合、純粋な市場原理から発生したものではなくて、間違った政治的な選択が生み出しているのです。/それが世界のどこであれ、企業が不公正な差別に直面した場合はいつでも、自由で、透明、公正で開かれた経済ルールを確立するために、アメリカは勇気を持って立ち上がるでしょう。私はボーイング社やシェブロン社やゼネラルモーターズ社、その他多くのすばらしい企業のために戦うことを、心から誇りに思います。・・・」(2012年11月18日、ヒラリー・クリントン国務長官(当時)のシンガポール大学での講演)。
すなわちアメリカのとっての外交とは、単なる投資や通商条約という狭い範囲のみでなく、もっと広く大規模に生活世界全体を支配下に置くことを目指しているのである。
 このような動きに対してどう抵抗していくのか。上記の諸問題は、わが国においてすでに始まっている。現に安倍晋三首相は、所信表明演説で「世界で一番企業が活躍しやすい国を目指します」(2013.2.28.)として、同様の路線を推し進めることを明言している。
本書は、アメリカで起こっている深刻な事態が、われわれのすぐ傍で日常生活の中で起こりかけているということを警告し、このような波をいかに跳ねのけていくのかという問題提起の書である。(R) 

【出典】 アサート No.437 2014年4月22日

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【投稿】都知事選をめぐって 統一戦線論(3) 

【投稿】都知事選をめぐって 統一戦線論(3) 

▼ 4月6日投開票の京都府知事選は、投票率が前回の41.09%を下回り、前回比 -6.64%の34.45%で、過去最低の記録を更新した。当日の有権者数は205万7594人で、投票総数はその3分の1強の70万8889票でしかなく、オール与党の山田啓二氏が 481,195票(得票率 69.04%)、共産系の尾崎望氏が 215,744票(同、 30.96%)であった。消費税増税後初めての大型地方選で注目されたが、全く盛り上がりに欠けた選挙戦に終始し、当選した山田氏の絶対得票率は23.38%でしかない。(ちなみに都知事選では、投票率は前回比 ー16.46%の 46.14%で、得票率は、舛添氏 43.40%、宇都宮氏 20.18%、細川氏 19.64%、田母神氏 12.55%、当選した舛添氏の絶対得票率は19.77%にしか過ぎなかった。)
 この京都府知事選について、4/7付しんぶん赤旗は、共産党京都府委員会の声明として「前回より後退した党勢で臨んだ選挙戦だった」が「善戦・健闘した」と報じているが、4/9付同紙は、4/7に開かれた「知事選報告集会」で、ネットを中心に勝手連として尾崎氏を支援した「下京原発ゼロネット」の代表が、「身内で小さくまとまった選挙運動の限界」という発言に、「会場は大きな拍手で応えました」と報じている。
 同紙はその詳細を報じていないが、ネット上でその集会での勝手連代表の寺野さんの壇上からの発言が映像として公開されている。同氏は、「この選挙の結果に関して、健闘したとか、善戦したというようなまとめで終わらせたくはありません。」として、「敗北の原因は何なのかということ」、「投票率の低さが意味するものは何か」について、「背景にある大きな戦略、ここににひとつの課題があったのではないか」と、問題を投げかけ、「あまりにも多くの公約を入れすぎ、並べすぎた」、「そのために一般の多くの京都府民の方々を巻き込めなかった」、それによって「大きなムーブメントを起こすことができなかった」、結果として「小さくまとまった選挙運動というのはここに来て大きな限界を迎えていると思います」と、鋭く切り込んでいる。共産系の集会でこうした発言が、最も大きな拍手で応えられたという現実は、肌身に感じるほどの厳しい現状認識が多くの支援者の中にさえ広く存在していることの証左でもあろう。
 都知事選における宇都宮陣営の選挙戦略の本質的欠陥が、この京都府知事選においても露呈していると言えよう。それは、焦眉の課題における幅広い統一戦線戦略が基本的に欠落している、諸要求羅列で争点を不明確にし、献身的ではあるが身内だけのセクト主義的な選挙闘争に終始する不可避的な結果でもある。
▼ 3/16、希望のまち東京をつくる会の都知事選ふりかえり集会「東京デモクラシー、起動中。――2014都知事選から歩み出すために」が開かれ、中山武敏・選対本部長が開会挨拶で「宇都宮候補だけが安倍政権の暴走をストップすると掲げた」と述べるや、会場からは「そうだ。細川はできなかった」との声が出た、という。続いて宇都宮氏本人が、「細川問題を克服して前進したことは大きな意義がある。私は後出しじゃんけんをせず、一番先に出馬表明をし、政策を掲げて正々堂々と闘ってきた。細川氏の欠席を理由にテレビ討論会が流れたことが問題である。国会議員や首相を経験した人が信念を語る覚悟がないことには失望した。著名人頼み、風頼みの選挙ではダメである。これは教訓として残す必要がある。私達は前進した。日常的な運動を強化しなければならない。」と述べている。
 宇都宮氏は一体誰と闘ってきたのであろうか、悲しいかな氏の視点はあくまでも反細川なのである。反舛添の広範な統一戦線思考はまったく氏にも、それを支える陣営にも存在していないかのようである。
 月刊『創』2014年4月号で香山リカ氏は「都知事選の反省をただ一度だけ」と題して、「現実路線で腹の中は隠しながらどんどん外とも手を結び、勢力を拡大していく今の与党」、逆に「まずは過去の過ちからの謝罪から」とか、「挨拶がないのは失敬」とか、さらには、「よくあんな人を信用できるね」とか、「仁義や大義、けじめにこだわる古風すぎる価値観の持ち主が多いことを今回も思い知らされた」、「清廉潔白さは貴重ではあるが、その結果、自分たちの言いたいことも伝えられないほど勢力が衰えてしまうのは、まさに本末転倒なのではないだろうか」と宇都宮陣営の狭量な現実を指摘している。
 『週刊金曜日』2014/3/28日号の投書欄には、宇都宮氏は舛添氏に「得票数で2倍以上の差をつけられ、しかも氏の得票数は前回より1万4000票しか増加していない。それなのに、氏は「大いに善戦、健闘した」と言う。普通はこれを惨敗と言うのではないか。・・・また氏は、「一番先に出馬を表明」したと得意気だが・・・そもそも出馬の順番など何の意味もない。・・・本来なら都知事選で勝利できなかったことを嘆くべきであろう。氏が「選挙戦を終えて大変清清しい気持」にひたっているのが理解できない。・・・氏は著名人に頼るような選挙をしてもだめであり・・・というが、進歩的と言われる著名人の多くが細川候補の応援に回ったことに対する私憤があるのではないかと疑いたくなる」、という厳しく、核心をついた投書が掲載されている。
 また、月刊『社会民主』2014/3月号によれば、選挙戦のさなか、社民党の新春パーティに宇都宮氏が来て挨拶したが、「いま情勢調査では、細川さんより私が上に行っているようだ」と嬉しそうに語った、という。ここでも宇都宮氏の視点はあくまでも2位争いであって、いわば保守の陣営から細川・小泉陣営が「脱原発」で動いた、保守・中道をも獲得する絶好のチャンスを逃さず、生かして、統一して闘うことによって舛添陣営を追い詰め、勝利するという基本姿勢が欠落しているのである。
▼ 以上、宇都宮陣営の基本的な問題点を取り上げてきたが、細川陣営にも宇都宮陣営にも共通する問題点を取り上げておきたい。それは、統一戦線の政策課題であって、実はこれが勝敗を決する決定的問題だといえよう。
 細川氏は、原発ゼロ社会を目指して「一刻も早く原発再稼働をやめるべきである」という、焦眉の、緊切な課題を争点の中心に据えている点において、諸要求の羅列ではない、宇都宮陣営にない優位性を立脚点においていたことは確かである。しかし、その政策的根拠について、細川氏は「経済成長主義ではなく」、「脱成長の路線」、「価値観の転換を図るべき」だと訴える。なぜなら、それは「成長のためには原発が不可欠である」という現自民・公明政権、安倍政権の路線への対抗路線としてなのである。
 ところがこの細川氏を支援した小泉純一郎氏は、細川氏と同じ街宣カー上から「原発ゼロでも経済成長できることを世界に示すのだ」と強調し、「 私どもは、夢を持っている。理想を掲げるのは政治じゃないと批判する人もいます。しかし、原発ゼロで東京は発展できる、日本の経済は成長できるという姿を見せることによって、日本は再び世界で自然をエネルギーにする国なんだな、環境を大事にする国なんだな、そういう発信をする国になりうる。その夢や使命感を持って、候補者は立ち上がってくれたんです。」と訴えている。至極当然で、原発ゼロ政策と成長政策を結合させる基本姿勢が表明されていると言えよう。
 しかし肝心の候補者である細川氏は、原発ゼロ政策=成長抑制路線として、「もう成長の時代が終わった」などとして、それを否定してしまうことによって、原発ゼロ政策が、日本経済、エネルギー政策の根本的転換と結び付けられなかったのである。雇用を拡大させ、窮乏化にストップをかける、そうした根本的転換を促進する具体的政策、原発依存の独占・集権型エネルギー政策から、再生エネルギーを促進する分権・分散型エネルギー政策への転換をこそ前面に掲げるべきであったが、成長抑制路線によって、デフレ経済下で進行する貧困化と格差の拡大を克服する戦略を提起できなかったのである。それは宇都宮陣営においても同様で、原発ゼロを諸要求の一つとして掲げれども、その実現に向けた政策提起も、それを中心に据える統一戦線戦略も提起しえなかったところに最大の政治的・政策的敗北の原因があったと言えよう。
▼ 田母神氏の予想外の得票から、若者の保守化・右傾化を指摘する論者が多いが、彼らをそこへ追いやる、共産党から社民党、民主党に至る既成政治勢力の政治姿勢こそが問われるべきであろう。彼らの、一見、潔癖で禁欲主義的な政策は、様々な諸要求を羅列すれども、結果として資産階級・富裕層が最も恩恵を受けるデフレ政策、総需要抑制政策を追認、擁護し、貧困と格差の拡大を許し、積極的な景気拡大・浮揚政策、成長政策でそれを打破する対抗政策を提起しえなかったことにこそ、大衆的信頼を獲得できなかった最大の問題があると言えよう。
 とりわけ民主党が自民党から政権交代を果たし、庶民が期待した、緊縮財政・福祉切り捨て・縮小均衡政策のデフレ政策からの根本的転換がことごとく裏切られ、財務省の財政縮小路線と自由競争原理主義の新自由主義路線にとりこまれてしまい、3・11の東日本大震災と福島第一原発事故が投げかけた、そうした政策からの脱出の最大の契機さえ把握することができずに、衆議院解散に追い込まれ、アベノミクスに、本来あるべき成長政策がかっさらわれてしまったのである。しかしそのアベノミクスも、成長政策の体をとりながらも、従来型の利権がらみのバラマキ政策に終始し、実際には増税路線とセットであり、さらなる規制緩和と非正規雇用の一層の拡大政策等々、貧困と格差の拡大をさらに促進する、実質的にはデフレ政策とセットなのである。
 こうした反自民勢力、あるいは左派勢力が本来掲げるべき積極的な景気拡大・浮揚政策、成長政策を、逆に田母神陣営は、タモガミクス(東京総合経済対策)三本の矢(一本目 都民税減税により、4月の消費税増税による景気の落ち込みを防ぐ 二本目 防災・五輪関連の公共事業拡大 三本目 中小企業の「仕事」と「所得」を増やす)として掲げ、たとえそれが欺瞞的であれ、アベノミクスを「補完するタモガミクス」として提起し、雇用不安と貧困に喘ぐ若者の支持を相当程度獲得し得たこと、その現実をこそ注目し、総括すべきであろう。
 本来、安倍政権の軍事的緊張激化や軍国主義化に反対する、反自民、平和・憲法9条擁護の勢力に結集できる若者や生活苦と格闘する人々を、増税・財政抑制・総需要抑制政策・縮小均衡路線に組みすることによって、民族差別や戦争挑発政策や人権抑圧の支持者に追いやってしまってはならないのである。
 これまでの行きがかりを乗り越えた、統一戦線政策の政治的・政策的総括こそが要請されていると言えよう。
(生駒 敬) 

【出典】 アサート No.437 2014年4月22日

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【投稿】ウクライナ情勢と安倍外交

【投稿】ウクライナ情勢と安倍外交

<クリミアの「無血占領」>
 2月24日、ウクライナで反ロシア勢力による実力行動で、ヤヌコビッチ大統領が追放され、欧州連合寄りの新政権が誕生した。
 新政権はトゥルチノフ大統領代行のもと、大統領選挙の繰り上げ実施、ロシア語の非公用語化など脱ロシア政策を進めようとした。
 これに対して、ロシア、プーチン政権は即座に対応、オリンピック閉会とパラリンピック開会の間隙をぬって、ロシア系住民が多数を占め、黒海艦隊の基地、セバストポリがあるクリミア自治共和国を事実上占領した。
 旧ソ連による1979年のアフガン侵攻は、西側諸国による翌年のモスクワオリンピックボイコットにつながった。08年の北京大会開催中にはロシアとの関係が深い南オセチアに侵攻したグルジアに対し、軍事力を行使、短期間で屈服させた。
 今回またしても、オリンピック期間、およびロシアに係わり緊張が高まる結果となった。しかし過去の事態と異なるのは、本格的な交戦は発生しておらず、クリミア半島でウクライナ軍の動きを封じ込めたロシア軍は数日のうちに姿を消し、あとはロシア系住民の「自警団」=民兵が主要地域を掌握するという展開である。
 もっとも完全にロシア軍が撤退したわけではなく、セバストポリの黒海艦隊基地や「自警団」内には相当数の特殊部隊が潜在、潜入していると考えられる。
 さらに、ウクライナ東部とロシアの国境地帯には、大規模なロシア軍地上部隊が集結し、加えて、地中海東部には、重航空巡洋艦(空母)「アドミラル・クズネツフォフ」と重原子力ミサイル巡洋艦(巡洋戦艦)「ピヨトール・ヴェリキー」など強力な地中海作戦連合部隊が展開している。
 これらの艦船は、もともとシリア情勢と国際協力による化学兵器廃棄活動を警護するため派遣されたものであるが、タイミングよくウクライナや欧米に対する牽制の役割も果たすこととなった。

<弱腰の欧米>
 こうしたロシアの軍事的圧力に対し、アメリカやEUは及び腰になっており、NATO内部でも足並みはそろっていない。
 この構図は、先に述べた南オセチア紛争やシリア内戦と同じである。欧米は矢継ぎ早に強い口調でロシアを非難し、経済制裁を準備しているが実効性については疑問符がついている。経済支援についてもデフォルトも現実味を帯びているウクライナ経済の危機的状況に比べて微々たるものに止まっている。
 ドイツは本音のところで経済制裁に慎重であるし、フランスはロシアとの間で「ミストラル」級強襲揚陸艦4隻の売買契約を結んでいる。建造中の1,2番艦はウラジオストックに配備予定であるが、今後、黒海に配備される可能性のある3,4番艦の契約についてキャンセルする動きはない。
 軍事力行使についてはなおさらで、アメリカは空母「ジョージ・H・W・ブッシュ」を地中海東部に派遣し、黒海にはイージス駆逐艦が入っているが、フランスの原子力空母「シャルル・ド・ゴール」やイタリアの軽空母「カヴール」など主要な艦船は同海域には展開していない。
 黒海と地中海を結ぶダーダルネス海峡については、モントルー条約で空母は通過できないことになっているが、ロシアの空母は「重航空巡洋艦」と呼称しているため黒海への進入が可能であり、欧米にとって不利となっている。
 プーチン政権はこうした欧米の足元を見透かして強硬姿勢に出ているのであるが、決定的な対立を避けるため、クリミア以外のウクライナ領内に侵攻することはないだろう。欧米もそれを前提としながら、今後政治的解決の方向へ進むだろう。
 3月16日には、クリミアで住民投票が行われ、ロシア編入賛成が多数となった。ウクライナ政府や欧米は、これを無効としているが撤回させる有効な手立ては持ち合わせていない。
 今後6月に予定されているソチG8については、G7各国が準備会合をボイコットしたため、流動的な要素が多いが、それまでにロシアの政策の既成事実化が進むものと考えられる。
 
<無為無策の安倍政権>
 このような動きに何も対応できていないのが、安倍政権である。欧米各国の首脳が欠席する中、意気揚々とソチオリンピックの開会式に出席し、日露首脳会談を行ったのもつかの間、足元を掬われる形となった。
 ウクライナ危機勃発の直前にプーチン大統領と会談を行った先進国首脳として、何もしていないというのは、面目丸つぶれであろう。
 安倍総理は盛んにプーチン大統領との人間関係を吹聴しているが、それがこの間の事態打開には何の役にも立っていないどころか、何も言えないことになってしまっており、人間観の底の浅さが満天下にさらけ出された。
 安倍総理はオバマ大統領との初会談時にも「私とはケミストリーが合う」などと独りよがりの感想を述べていたが、その後の「靖国参拝」や従軍慰安婦問題などで日米間は最悪の化学反応を起こしている。
 加えて中国、韓国との関係改善が進展しない中、ロシアカードをつかんだと思ったらジョーカーだったということである。
 こうした外交的行き詰まりを打開しようというのか、安倍政権は3月中旬、モンゴルのウランバートルで横田めぐみさんの両親と孫娘を面会させるという奇策に出た。
 これに関し、安倍総理の直弟子である城内自民党外交部会長は、3月16日フジテレビ系列の報道番組で「拉致問題が進展する可能性は十分ある」と語り、北朝鮮との関係改善を進める意向を示した。
 価値観も何も投げ捨てて彷徨する安倍外交の浅はかさというべきだろう。(大阪O)

 【出典】 アサート No.436 2014年3月22日

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【投稿】プルトニウム返還要求と『潜在的核保有国』

【投稿】プルトニウム返還要求と『潜在的核保有国』
                              福井 杉本 達也 

1 米国のプルトニウム返還要求
 政府は冷戦時代に米国から提供を受けていた東海村:原子力科学研究所内にある「プルトニウムを返還する方向で調整に入ったという(日経:2014.2.27)。米国がこの間再三にわたり返還を求めていたものであり、331キロあるという。純度90%以上という高濃度で軍事利用に適した「兵器級プルトニウム」が大半を占め、核兵器40~50発分に当たる量である。日本は原発の使用済み核燃料の再処理によって他にも約44トン(核兵器に換算すると長崎型原爆5000発分)のプルトニウムを保有するが、研究用のものと比べ不純物が多く、ミサイルに積み込む小型核兵器の材料としては不十分である。また、高速増殖炉「もんじゅ」(福井県)や「常陽」(茨城県)の核燃料を取り囲むブランケットと呼ばれる燃料体内には純度98%以上の兵器級プルトニウムが存在するが、再処理してプルトニウムだけを抽出する必要があるが、青森県六ケ所村の核燃料再処理工場はトラブル続きでうまく稼働しない。直ぐに核兵器に利用できるのはこの331キロのプルトニウムである。
 ではなぜ米国は何十年も前に預けたプルトニウムを今返せといっているのか。「安倍政権への不信」が根底にある。数カ月で核兵器を作る物理的、人的、知的能力を有している日本は今「独自核武装」に向けた動きを強めている。最悪のシナリオでそれを使う可能性があるという懸念をアメリカが持っているということである。

2 「核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルを常に保持する」が『国策』
 1994年8月1日・毎日新聞は外務省が1969年、極秘会議で「核兵器については、NPT(核拡散防止条約)に参加すると否とにかかわらず、当面核兵器は保有しない政策をとるが、核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持するとともにこれに対する掣肘をうけないよう配慮する」と決定したと報じた。『核兵器の製造能力を保持する』(『潜在的核保有』)というのが日本の『国策』である。核拡散防止条約から脱退しさえすれば、ただちに核攻撃政策に切替えられる。このため、プルトニウムの製造と濃縮を自由に行う技術・施設(高速増殖炉「もんじゅ」と六ヶ所村の再処理工場)と核を自由に取り扱う権利(「日米原子力協定」の改訂)が追求された。日米原子力協定は改定までは原発で製造されるプルトニウムの使用について日本はフリーハンドをもっておらず、アメリカの許可(個別同意)を要した。それを1988年、30年間のフリーハンドを得る「一括同意」形式に変えることに成功した。
 この日本の過去60年来の『国策』について、3月11日の米NBCの報道は、日本は核兵器を隠し持っているとの見出しを使い、「The hawks love nuclear weapons」(日本のタカ派は核兵器を愛しており) 「They don’t want to give up the idea they have, to use it」(それを使用する試みを諦めていない)と報じている(2014.3.11参考:大沼安史)。

3 「原発再稼働」への道か、「原発ゼロ」への道か
 朝日新聞主催の『核燃料サイクルを考える』シンポジウム(2013.12.5 朝日記事:12.17において、オバマ政権で核拡散問題を担当したスティーブ・フェッターは日本は利用計画がないままプルトニウムを増やし続けているとし、再処理をやめるべきだと指摘、無理なら利用計画を明らかにし、必要最小限の量まで減らせとせまった。貯まったプルトニウムはどうするのか。プルトニウムの利用先が明確でなければ保持・再処理は認められないこととなっており、このままでは日米原子力協定の前提が崩れることとなる。
 安倍政権は、尖閣で中国を挑発し、従軍慰安婦問題で河野談話の否定を画策し、オバマ政権の意向を逆撫でし靖国神社を参拝するなど、必死に米国の従属体制から脱却しようと暴走の気配を見せている。こうした中、原発の再稼働を明言し、『エネルギー基本計画案』に「高速炉や、加速器を用いた核種変換など、放射性廃棄物中に長期に残留する放射線量を少なく」する(2014.2.25)という夢物語を書き込んででももんじゅを何が何でも動かし、「核燃料サイクル政策については、再処理やプルサーマル等を推進する」(同)として六ヶ所村の再処理施設も稼働を目指している。しかし、保持しているプルトニウムはどうするのかへの言及は全くない。
 これまで、日本の独自核武装論者は、核燃料サイクルを回すことによってもんじゅでプルトニウムを消費し、それでも余る余分なプルトニウムはプルサーマルで燃焼させるという“つじつま”合わせのロジックを展開してきた。しかし、本質は逆であり、もんじゅで純度の極めて高い兵器級プルトニウムを製造し、六ヶ所村の再処理工場でそのプルトニウムを取り出し、貯め込むことで核武装のための準備を整えることにあり、それ以外のことは考えられない(後は国土が核汚染しようが、人が放射能で死のうがお構いなし)というのが本音である。
 1988年に結ばれた日米原子力協定の日本側交渉責任者を務めた遠藤哲也は「軽水炉プルサーマル―当初は、2010年頃に16-18基の軽水炉でのプルサーマル使用を想定していたが、実際はそれをはるかに下回っている。…軽水炉でのプルサーマルの実現が困難となると、海外を含めて日本が保有する全てのプルトニウムについてバランスをとることは非常に難しい」「プルトニウムの利用の途がはっきりしなければ、余剰プルトニウムは持たないとの大方針により再処理自身が出来なくなる」と認めている。そこで苦し紛れの提案として「再処理、高速炉事業の国際化…核燃料サイクルを一国で完結させるという従来の方針を脱却してサイクルを国際化しては…例えば、六ヶ所再処理工場に多国間管理を導入するとか、海外の使用済み燃料を受け入れるとか、プルトニウム・バランスをグローバル化することである。」(遠藤哲也元原子力委員会委員長代理「日本の核燃料サイクルとプルトニウム」日本記者クラブ2012.9.26)と述べている。プルトニウム・バランスは遠藤の簡単な試算からでも崩れ去っている。それは独自核武装のための口実にすぎず、国民や国際社会のみならず、自らをも「楽観論」で騙すためのフィクションにすぎない。
 外務官僚で元外相の川口順子は朝日新聞のシンポジウムで、高レベル放射性廃棄物の体積を減らし、エネルギー源を確保する観点から、再処理を含めた核燃料サイクルが日本には必要だと主張。「日本が再処理をやめたからといって、他国が核武装をやめるとは限らないと居直った(朝日:2013.12.17)。
 安倍が第二次世界大戦後の世界秩序に本気で挑戦し、「国際連合(United Nations)」を拒否し、「枢軸国」体制への復帰を夢想するならば、いかに『属国』とはいえそのような国にプルトニウムを置いておくことはできない。2018年の日米原子力協定では、「包括同意」を外さざるをえない。今回の米国のプルトニウム返還要求は、そのことに向けた警告である。国際的な合意は日本への制裁と孤立への道である。
 『原子力の平和利用』(=原発=表)と『潜在的核保有政策』(裏)という中曽根康弘・正力松太郎らが一貫してこの60年間続けてきた日本の「原子力政策」の裏表の壮大なる欺瞞は、今回の安倍政権の暴走とアメリカの返還要求決定によって、選択肢から消えさるかもしれない。いや、今こそ日本が国際的に孤立せず生き残るためには、こうした選択を無くさなければならない。核燃料サイクルを放棄し、保持しているプルトニウムは何らかのかたちで国際社会の管理へ委ね、『潜在的核保有政策』の放棄を内外に明確に宣言し、脱原発平和国家への道を歩まねばならない。

4 日本の「非核三原則」には「独自核武装」という幽霊が付き添っていた
 「日米原子力交渉」における日本の言い訳が「非核三原則」であった。日本は「核をもたず作らずもち込ませず」と国際社会と国民に宣言しているので核兵器は開発しないというロジックである。川口順子は上記シンポジウムにおいて「日本はNPTの『優等生』の座を守ってきた。核兵器をつくってNPTから離脱するということは、北朝鮮やイランのように世界から制裁をされることを意味する。民主主義国の日本で、そんなことに賛成する人がいるわけがない。法律で原子力は平和利用に限ると決めている。日本はそのことを、もっと説明する必要がある。」とウソを並べ立てた。
 また、寺島実郎は「国際的管理、原子力の平和利用制御において、日本が蓄積してきた原子力の技術基盤を失うことは賢い選択ではないということだ。核保有国と一線を画し平和利用だけに徹して原子力に関わる日本の立場は、今後原発を保有しようとする多くの国に対しても重要であり、この分野における発言力、貢献基盤を失ってはならない」「蓄積してきた日本の原子力基盤技術を生かし、『日米原子力共同体』を逆手にとって、国際社会での原子力分野での日本の影響力を最大化し、『核なき世界』(原子力の軍事利用の廃止)の実現や平和利用の制御に向けて前進すべし」(寺島:「リベラルなエネルギー戦略の模索」『世界』2013.12)と「核武装」と「脱核」の間にあたかも「第三の道」(=「平和利用」という)があるかのように振る舞い、『潜在的核武装』を諦めるつもりはさらさらないようである。
 一方、日本共産党も『提言』において「原発からの撤退後も、人類の未来を長い視野で展望し、原子力の平和的利用にむけた基礎的な研究は、継続、発展させるべき」とし、これもまた今もって「第三の道」?=『潜在的核武装』を放棄するつもりはないようである(赤旗「原発からのすみやかな撤退、自然エネルギーの本格的導入を」2011.6.13)。
 しかし、福島原発事故後の今、日本に求められるのは「非核三原則」といった「独自核武装」のためのロジックに騙されることなく、また自己欺瞞に陥ることなく、原発を含む「全ての核の放棄」を世界に宣言することである。 

 【出典】 アサート No.436 2014年3月22日

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【投稿】維新退場の序曲–大阪市長選挙– 

【投稿】維新退場の序曲–大阪市長選挙– 

<盛り上がらない選挙>
 3月9日大阪市長選挙が告示された。大阪都構想の実現をめざす法定協議会において、区割り案を巡り、維新を除く政党が反対の立場を取ったことで、事実上来年4月までの住民投票実施が不可能になったことを受けて、橋下市長が「信を問う」と辞職したことが発端である。
 大阪市会は、これを承認せず、橋下市長は自動失職となり、23日投票の市長選挙が実施されることとなった。自民・公明・民主・共産の各党は、任期途中の辞任・市長選挙には大義はないとして、対抗馬の擁立を見送ったため、実際に立候補したのは、無所属候補3人を加えた4名となった。当初、対抗馬の擁立を検討していた共産党系団体も、大阪府委員会の決定を受け立候補を見送っている。
 事前の世論調査でも、任期途中の辞任・選挙には「賛成しない」意見が6割を超え、維新内部からも、石原代表が「選挙は意味がない」と発言する始末であった。それでも、強行するのが「橋下流」なのであろうか。選挙で当選し、民意は都構想を支持している、として法定協議会の委員を入れ替え、大阪都構想を強力に推進すると橋下は唱えているが、法定協議会がその名の通り、法律に基づくものである限り、現状の議会構成を反映しなければならないのであり、新しい法定協議会の構成比は、これまでと変わらないし、公明との蜜月関係が終焉した今、都構想の実現そのものが、もはや不可能となったことは明白な事実として受け止めるべきであろう。

<市議会は、目玉施策を減額>
 市長不在という中でも、3月は次年度予算審議の重要な時期であり、大阪市会でも市長提案の予算案の審議が進められている。その中では、自民・民主・公明と共に共産も加えた橋下野党が一致して、橋下色の強い事業予算について、相次いで修正を行い、選挙で当選しようとも、議会では橋下維新が、何もできない状況が形成されつつある。
 3月14日には民間公募校長の研修関連費用や、大阪都構想の推進経費6億6千万円を、維新を除く全会派の賛成多数で減額を決めている。バス・地下鉄の民営化条例案も継続審議が決まった。3月議会を終えて、「市長選を「黙殺」で共闘した野党は、市長選後を見据え「維新包囲網」に自信を見せている(毎日新聞)」という。

<投票率は、過去最低予測>
 盛り上がらない選挙状況を反映して、期日前投票も前回市長選挙より7割も低迷している。告示から1週間(3月14日まで)の投票者数は、16,236人。前回選挙の35%に止まっている。他に候補が3人立候補しているが、ポスター掲示も少なく、選挙報道も告示前後に解説記事が盛んに出ただけで、宣伝カーを見ることも稀である。このまま推移すれば、歴史的投票率になる可能性が出てきた。前回の投票率は、60.92%。過去最低は、平成7年の28.45%だが、この最低数字をさらに下回る可能性も出てきた。20%を下回るようなら、まさに大義なき選挙への市民の無言の抵抗とも言える。まさに「橋下NO」の声であろう。
 橋下はタウンミーティングを開催して、選挙宣伝に努めているようだが、選挙本番中とあって報道はほとんどされていない。
 一方、4党が一致して候補者擁立を見送ったことから、投票行動との関係でいろいろな議論がある。投票そのものを拒否する宣伝はどの政党も行っていないが、結果としての低投票率を持って、橋下包囲網をさらに強めたいとの意図は明らかだ。せめて、白票投票で抗議の意思を示すべきと私は考えているのだが。

<崩壊を前に、混乱の維新議員>
 大阪府議会では、維新が過半数を失っている。泉北高速鉄道を所有する大阪都市開発(第3セクター)の株売却をめぐる問題で4人の府議が造反、維新は除名処分とした。さらに、もう1名の維新派府議が離党の意向を表明し、維新退潮が明白になる中、前回の統一地方選挙で、当選した自民党離党組や「参入組」を中心に来年の統一地方選挙が近づくにつれ、この流れが一層強まると予想される。一方、自民党は、全選挙区での候補者確保に向けて、公募を行っており、離党組には時間が残されていない。これら議員が、市長選挙に力が入っていないことも当然であろう。
 
<他の首帳選挙も様子見か>
 通常選挙では、大阪府内でいくつかの首長選挙が、この春に予定されている。しかし、維新派は、未だ態度を明確にしていない。維新退潮を織り込んで、かつて常勝であった大阪府内の首長選挙での候補者選びも進んでいないようだ。
 
<統一地方選挙で終止符を撃つために>
 選挙結果は投票日に明らかになる。おそらく、橋下再選ということになる。投票率や得票数などによって、維新退潮の新たな状況が明白になるだろうが、どのような状況が生まれるかを予測することはできない。厚顔無恥の橋下なのだから、当選という事実そのもので、居直りを決め込むのは予想の範囲である。しかし、待っているのは、野党4党がまとまって橋下維新に対峙する大阪市会である。
 しかし、さらに見据えるならば、注目すべきは来年の統一地方選挙であろう。維新の退潮・分解傾向は当然としても、その議席を自民党に明け渡すわけにはいかない。安倍政権の下、政権与党の有利な状況下ではあるが、原発推進、TPPでの裏切り、さらにアベノミクスの停滞から破綻という状況を革新的民主的勢力の前進を勝ち取る必要がある。
 都構想に代わる自治体改革の政策をしっかりと打ち立て、選挙を準備していく必要があると思われる。維新がガタガタにした大阪の地方自治を再建する大きな戦略的展望を持った再生論議が必要になると思われる。(2014-03-16佐野) 

 【出典】 アサート No.436 2014年3月22日

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【投稿】都知事選をめぐって 統一戦線論・再論

【投稿】都知事選をめぐって 統一戦線論・再論

▼ 前号【もうひとこと】欄で、東京都知事選をめぐって、筆者は、「統一候補が実現していれば、何倍にも運動の力は増し、無関心に陥ってきた人々の圧倒的多数を元気づけ、飛躍的な票の増大を獲得できたであろう。そうした未来へのニヒルで否定的な対応こそが、選挙の敗北をもたらしたと言えるのではないだろうか。真剣な総括を望みたい。」と書いた。いささか楽観的すぎるかもしれないが、今でもそう考えているのだが、ネット上では、こうした考え方に多くの疑義と否定的見解があふれている。折しも、月刊誌『世界』四月号は「都知事選で何が問われたか」と題して、対談(河合弘之・海渡雄一、両弁護士)と座談会(池田香代子 (ドイツ文学者・翻訳家)、吉岡達也 (ピースボート)、西谷 修 (東京外国語大学))の二本の記事を掲載している。
 とりわけ対談の方は、「長年にわたり脱原発のための訴訟をリードしてきた、河合弁護士と海渡弁護士。脱原発弁護団全国連絡会の共同代表もつとめる2人が、先の東京都知事選挙では、脱原発を掲げる2人の候補者が立ったことにより、河合氏が細川護煕候補を応援する勝手連の共同代表に、海渡氏が宇都宮けんじ候補の選対副本部長をそれぞれつとめることとなった。」という事情から、それぞれの立場からの率直な論議が交わされ、問われている問題の本質を浮かび上がらせていると言えよう。河合氏の率直で明快な論理に共感するのであるが、いきなり結論に入る前に、都知事選の具体的な状況から検証を試みたい。
▼ 主要な4候補者の得票結果は、
 舛添要一  211万2千票
 宇都宮健児  98万2千票
 細川護熙   95万6千票
 田母神俊雄  61万8千票 である。
 この得票結果で注目すべきことは、細川氏の立候補があれほどもたもたし、まったく出遅れていたにもかかわらず、非常に短い選挙運動期間で、しかも上滑りの感が否めない運動スタイルであったにもかかわらず、宇都宮氏にほぼ近い票を獲得し、二人の脱原発票を合わせれば、舛添氏に十分拮抗し得ていることである。舛添氏が勝利し得たのは、ひとえに脱原発陣営が二つに分裂していたこと、それぞれが勝手に、統一への努力も放棄したまま、お互いを無視した選挙運動に走り、有権者の失望をそれぞれに買い、とりわけ無党派層の本来獲得できた票を取り逃がし、眠らせてしまい、低投票率をもたらしてしまったことにあると言えよう。舛添陣営の平沢勝栄・選対本部長代理が、はじめから舛添の勝利を確信し、その勝因を「相手(対立候補)に恵まれたこと」と言っているのは、まさにこの核心をを突いているのである。
▼ この選挙結果でもう一つ注目すべきなのは、田母神氏の得票であろう。極右候補の泡沫とは言いがたい得票である。若年層の右傾化といった表面的な分析ではなく、なぜこのような事態を招来させたかは別途検討する必要はあるが、非正規雇用が蔓延し、若年層のさらなる貧困化と覆いようもない格差社会が進行し、それを民族主義と差別的な排外主義で事態を糊塗しようとする安倍政権がもたらしたものと言えよう。そしてこうした点において実は安倍・田母神は本質的に一体であり、今回の都知事選で、これに対抗する陣営が分裂して、統一しそうにもないことに舛添陣営の勝利を確信し、同時に保守・右派陣営が安心して田母神陣営への票の結集に励める事態をもたらしたことである。
 安倍・田母神路線にとって、細川陣営の小泉路線は許しがたいものであったからこそ、舛添とは別個に田母神が必要とされ、右派陣営の票を結集させたたともいえよう。小泉氏は、原発再稼働に走る安倍氏に対して、「今ゼロという方針を打ち出さないと、将来ゼロにするのは難しいんだよ。野党はみんな原発ゼロに賛成だ。総理が決断すりゃできる。原発ゼロしかないよ。」と切り込み、安倍氏が頼る原子力村の論理を「原発はクリーンで安いって。3・11で変わったんだよ。クリーンだ、コスト安い? とんでもねえ。アレ全部ウソだって分かってきたんだよ。電事連の資料、ありゃ何だよ。あんなもん信じるもんほとんどいないよ。」と切って捨て、さらには、「潜在的な核武装能力を失うと国の独立が脅かされませんか?」との問いに対して、「それでいいじゃない。もともと核戦争なんてできねえんだから。核戦争なんて脅しにならないって。」と、安倍・田母神路線の核心とも言える独自核武装論まで正面から否定してしまったのである(以上、小泉氏の発言の引用は、小泉純一郎・私に語った「脱原発宣言」、山田孝男(毎日新聞専門編集委員)、月刊『文芸春秋』2013年12月号より)。こうして安倍氏の小泉憎しが、田母神陣営に乗り移ったともいえよう。
▼ こうした保守陣営に対抗すべき宇都宮・細川陣営は、多くの人々の候補統一に向けた真剣な努力を互いに無視し、実を結ばせなかった。宇都宮陣営を支えた共産党は、細川候補の存在さえをも無視するかのような姿勢で、「宇都宮けんじ氏が、都政の転換、安倍暴走ノーの願いを託せる唯一の候補であることがますます明白です。」(2014年2月2日付・しんぶん赤旗主張)と叫び、そこには原発ゼロ社会への選択が基本的選択として都民に提起されていないのである。原発ゼロは以前から主張しております、という、いわゆる諸要求の一つなのである。そこに浮かび上がるのは、共産党の悪しき伝統である諸要求実行委員会方式、セクト主義を合理化する仲間内の論理で、直面する最も重要な課題から人々の目をそらせ、統一戦線形成を常に妨害し、大胆な統一に常に後ろ向きになる業病である。共産党の主張の影響であろう、宇都宮陣営の選挙政策でも、原発ゼロは第三番目にしか位置付けられていない。
 そこには、3・11が提起した原発ゼロ社会への歴史的転換点、分岐点に直面しているという基本的認識が完全に欠如しているのである。都知事選はその転換点に位置していたのであり、多くの有権者はそのことを自覚していたのである。しかし候補者の側が、その認識を欠如させていたのである。選挙直前の世論調査では、原発の運転再開には「賛成」31%に対し、「反対」は56%(朝日1/25、26実施調査)と、多くの人々は歴史的な転換を求めていたのである。NHKの3月10日の世論調査発表によれば、原発を「減らすべきだ」「すべて廃止すべきだ」が合わせて80%近くを占める事態である。体制を整え、統一候補を実現していれば明らかに勝利し得た選挙だったのである。
▼ 宇都宮氏は選挙を振り返って、「大いに善戦、健闘した選挙戦であったが、市民運動がまだまだ保守の固い岩盤を掘り崩すに至っていないことを明確に自覚する必要がある」と反省しておられる。まさにそうであり、だからこそ統一戦線が要請されるのであるが、氏は続けて「保守の固い岩盤を掘り崩すには、著名人やその時々の「風」に頼るような選挙をしていてもだめであり、こつこつと市民運動を広げていく地道な努力でしか達成できないことを学んだ」として、細川氏の選挙運動スタイルを揶揄しておられる(『週刊金曜日』3/7号)が、地道な努力が統一戦線と結びつかなければ実を結ばないことをこそ反省すべきではないのだろうか。
 最初に紹介した対談の中で河合弘之氏は、「これは歴史的な転換点だと思ったのです。私が勝つ可能性がある選択をすべきだと思ったし、…」、「脱原発ということを最大限に優先し、」、これを「他の問題と同一に考えてはいけない」し、宇都宮陣営の「都民が重視する政策として福祉や雇用が先に来て、原発は三番目という状況」を指摘し、批判しておられる。真剣な総括を望みたい焦点がここにあるのではないだろうか。
(生駒 敬)

  【出典】 アサート No.436 2014年3月22日

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【投稿】原発震災から学ぶもの 「自治体再建」(今井照著 ちくま新書)を読んで 

【投稿】原発震災から学ぶもの 「自治体再建」(今井照著 ちくま新書)を読んで 

 3年目の「3・11」を迎えて、改めて大災害とどう向き合うか、国民それぞれが思いを新たにしたことだろう。大地震と津波が生み出した破壊と多数の死者、住み慣れた家や町・地域を失うという悲劇、そして原発災害による複雑で困難な状況。既に3年が経過したとは言え、問題解決や明るい展望を持つことができない現実から目を背けることは、誰もできない。
 今回手にした「自治体再建」は、原発避難で生じた、これまで住んできた町と、避難地の町(「仮の町」「バーチャル自治体」と筆者は呼ぶ)、二つの自治体に関わる避難住民の状況に、二重の住民登録という新たな課題が生じていることが明らかにされている。
 また、被災直後、国・県と連絡も取れない中で、独自の災害対策を実施した現場自治体首長や職員の対応を明らかにして、小さな自治体だからこそできた災害対応についても、具体的に触れている。
 
<住めない町と住んでいる町>
 東北3県では、仮設住宅を含め、避難生活を余儀なくされている方々は26万人であり、特に福島県では13万人が、今尚避難生活をされていると言う。
 福島県では原発事故によって「強制的」に住んでいた地域に立ち入ることもできない状況が続いている。震災直後、原発が危機的状況に陥る中、3月12日から15日、各自治体は、全町民・全村民の避難を決定・実施した。
 これらの決断は、国の決定以前に行われた場合もあった。国や県からの情報が、震災による通信網の遮断という中で途絶えたている中、テレビや地元警察などからの情報に基づき、住民の安全を守るための独自の判断だったという。
 現在、法律では、災害対応は地方自治体の業務である。その費用は、災害対策基本法の規定により、補てんされるのである。これら原発周辺自治体の集団的避難は、いずれも福島県が主導したものではない。通信の遮断によって情報は県からはほとんど届かない。各自治体は、原発から離れた自治体に個別に連絡を取り一時避難所を確保した。
 
<合併しなかった町ができたこと>
 福島の被災地自治体が震災時に、どう行動したのか、その点も本書は丁寧に明らかにしている。平成の大合併にも同調しなかった自治体が、情報の確保・避難指示の徹底、そして町の一体感を維持して避難ができた実例が記される。大きくなった自治体では、支所があるに止まり、情報の伝達すら困難な中での避難となった事と比べると効率論だけで誘導された合併は、問題が多いと言わざるを得ない。
 
<復興の道は遠いが>
 震災3年の報道には、津波に被災した地域の復興が進まず、帰還を断念する方が増えているというものが多かった。2年前に私も南三陸町を訪ねたが、一面に広がる旧住宅区域は、ようやく瓦礫が取り除かれただけだったが、その後住民は帰還できているのだろうか。また、14mを越える防潮堤の建設も、予算は付いたものの、住民からは景観や町を変貌させる施策に反対の声も出てきているという。人が戻ってこその復興だろう。そして人が生きるには雇用の創出も欠かせない。25兆円が本当に復興に役に立っているのか、その検証も求められている。(2014-03-17佐野) 

 【出典】 アサート No.436 2014年3月22日

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【投稿】地域から脱原発、平和構築、反レイイシズムの声を!

【投稿】地域から脱原発、平和構築、反レイイシズムの声を!
            –重要さ増す自治体選挙–

<沖縄の一撃>
 1月19日、沖縄県名護市長選挙の投開票が行われ、普天間基地の辺野古移設に反対する現職の稲嶺進市長が、自民党が一本化した対立候補に大差をつけて勝利した。
 昨年末以降、沖縄選出自民党国会議員や仲井間県知事の辺野古移設容認姿勢への転換が相次ぐ中、「最後の砦」は堅持された形となった。
 自民党候補苦戦が伝えられる選挙戦のさなか、現地入りした石破自民党幹事長は「500億円の振興基金」という露骨な利益誘導をもって、逆転勝利をもくろんだが名護市民の意思に跳ね返された。
 安倍政権は「選挙結果は関係ない」と冷静を装っているが、沖縄においては昨年末以来、仲井間知事の辺野古埋め立て承認に対する反発が相次ぎ、これに抗議する意見書や決議を9自治体議会が可決した。さらに県議会などからは辞職要求が出され、知事は窮地に立たされている。
 こうした状況に危機感を抱いた菅官房長官は2月10日、仲井真知事と首相官邸で会談し、改めて普天間基地の5年以内の運用停止など、基地負担の軽減に取り組む姿勢を明らかにした。
 この場には、普天間基地を抱える佐喜真宜野湾市長らも同席し、官房長官ら関係閣僚と知事・宜野湾市長による協議会の設置や、その作業部会で実務的な作業を進めるよう要望した。
 さらに知事らは浦添市の米軍牧港補給地区を、7年以内に全面返還することや、オスプレイの県外配備に関しても、政府が取り組みを強化するよう要求。
 これに対し菅官房長官は「要望はしっかり受け止め、できることはすべてやる。協議会は早急に設置して政府としてしっかり対応する」と応えた。
 これを受け防衛省は、知事が求める辺野古埋め立て予定地の環境監視の有識者委員会の設置を進め、また外務省は、沖縄県内自治体の米軍基地への立ち入り環境調査に関する特別協定の締結に向けての、日米両政府の実務者会合を2月11日にワシントンで初めて開催した。
しかし肝心の「普天間の5年以内の運用停止」について、アメリカ政府は「辺野古の施設が完成し運用を開始してからの話だ」とけんもほろろであり、沖縄を訪問したケネディ駐日大使は、2月12日には稲嶺市長とも会談するなど、日本政府の対応に不信感を強めていることがうかがえる。
 稲嶺市長が反対姿勢をますます強固なものとしつつある現在、どんなに急いでも10年はかかるといわれている移設事業は、さらなる遅延が確実視されている。
 したがって、辺野古施設建設とリンクした普天間基地閉鎖など現段階では画餅に過ぎない。さらに一連の融和姿勢の一方で政府、文科省は、中学公民教科書選定で、地域の実情に応じた採択を行った竹富町に対し、直接指導に乗り出すという恫喝を行っている。
 このような「アメとムチ」ともいうべき対応に沖縄は不信を拡大させており、政府は、昨年4月28日に華々しく開催した「主権回復の日式典」を今年は見送らざるを得なくなった。
 昨年の式典に対しては、沖縄からの反発に加え、「天皇陛下万歳」三唱などあまりに時代錯誤的な内容に顰蹙が相次いだ。こうしたことから、現下の情勢においての式典実施は、火に油を注ぐだけのものであり、中止に追い込まれたのである。
 また2月14日の「琉球新報」では、沖縄防衛局職員が訪問した岩国市議会議員の質問に対し、辺野古の新基地において、これまで想定されていなかったF35B戦闘機運用の可能性について言及したと報道された。F35Bはオスプレイと同じく垂直離着陸が可能なステルス戦闘機である。
 これが事実であるなら埋め立て承認とリンクする環境影響評価の前提が崩れることとなり、重大な背信行為となる。
 同日開会された2月県議会において、埋め立て承認問題を追及するための「百条委員会」が設置された。今後、仲井間知事の答弁次第では進退問題に発展する可能性を含んでいる。
 予定では、知事選挙は今年末であるが、県内移設反対派の統一候補擁立が急務となっている。

<東京の悲劇>
 東京では「百条委員会」での追及に恐怖し辞職した、猪瀬前知事の後任を決める都知事選挙が、名護とは違った様相を呈した。宇都宮、細川両候補による票の分散が舛添候補の圧勝を準備した結果となった。
 日共、宇都宮陣営は「小泉に勝った」と、新執行部体制においても、主敵を取り違えた相変わらずのセクト主義むき出しの醜態をさらけ出しているが、看過できないのが田母神候補の60万票である。
 選挙戦に於いて田母神本人の主張のみならず、応援演説も目を覆うものがあった。百田尚樹NHK経営委員は「南京大虐殺は蒋介石のでっち上げ」「東京裁判は、アメリカの東京大空襲と原爆投下という虐殺行為を隠ぺいするもの」「ほかの候補には人間のクズのようなやつがいる」と在特会顔負けの「ヘイトスピーチ」まがいの街頭演説を繰り広げた。「永遠の0」ではなく「知性は0」であろう。
 今回の都知事選において、当初安倍総理は、自民党の「憲法案」に対し「右翼的すぎる」などと批判をしていた舛添の擁立に乗り気ではなく、心情的には思想・信条を共有する田母神候補を応援したかったのだろう。そこで安倍総理の肝いりでNHK経営委員となった百田が「代弁者」として登場したのである。
 百田発言に対してはアメリカ大使館が早速「非常識である」との見解を明らかにするなど、困惑が広がっているが、田母神は選挙結果にご満悦で、今後の政治活動の継続をにおわせている。
 ただ、自民党には自衛隊代表として佐藤参議院議員がいるので、極右新党結成もあるのではないかと言われている。安倍総理にしてみれば、崩壊寸前の「日本維新の会」に代わる友軍として渡りに船、といったところだろう。
 田母神善戦に上機嫌の安倍総理は、国会で「私は『人間のクズ』と言われても気にしない」などと開き直り、選挙中は「原発問題は都知事選の争点ではない」と言いながら、早速、原発再稼働に向けて動きだすなど、暴走を加速させている。
 選挙中「原発が無ければオリンピックができない」などと迷言を呈していた森喜朗元総理は、東京オリンピック組織委員長として訪問したソチで、記者団から英語能力を問われ「敵性語だからしゃべれない」と発言、失笑を買った。
 今後、世界中から東京への厳しい目が注がれるだろう。

<大阪は喜劇か>
 大阪では、橋下徹大阪市長が大阪都構想に向けたロードマップが破綻したため、市長を辞職した。
 橋下前市長は当初、1月末の法定協議会に於いて特別区の4再編案を1案に絞り込んで、住民投票に臨み、2015年春に大阪都成立を目論んでいたが、公明党が反対に回ったため頓挫したのである。
 昨年の橋下「慰安婦発言」以降、「維新の会」への支持は凋落し、東京都議会選、参議院選、そして堺市長選挙で相次いで敗退した。
 追い詰められた感がある橋下であるが、籾井勝人NHK会長の「慰安婦発言」に関し、わが意を得たりとばかりに擁護姿勢を見せるなど、一向に反省していないことが明らかとなった。
 3月に予定されている「選挙戦」では東京と同じく百田が応援演説をするのだろう。選挙は主要政党が無視する中、橋下の一人芝居となるが、投票率、投票数の如何によっては、 今後の野党再編にも影響を及ぼす可能性がある。
 このようにこの間の自治体選挙は国政の動きとも密接に関連しており、自治体レベルでの極右、排外主義勢力の封じ込めが求められている。あと一年あまりに迫った統一自治体選挙はより重要なものとなるだろう。(大阪O)

 【出典】 アサート No.435 2014年2月22日

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【投稿】国民は原発事故の「異常」の中での「正気」を取り戻せ

【投稿】国民は原発事故の「異常」の中での「正気」を取り戻せ
                          福井:杉本達也

1 ショック・ドクトリン
 気象庁は2013年8月30日から「特別警報」というものを出し始めた。発表第1号は、9月16日5時5分に京都府・福井県・滋賀県に発表された大雨特別警報で、台風18号の大雨によるものであった。特別警報は「・尋常でない大雨が予想されています。・重大な災害が起こる可能性が非常に高まっています。・ただちに身を守るために最善を尽くしてください。」(気象庁リーフレット)といった内容である。同日福井県の敦賀・若狭地方では小浜市で24時間雨量が384ミリとなる記録的な大雨となり、若狭町の常神半島の3集落では道路のがけ崩れによる閉鎖で1か月間も孤立状態が続いた。また、テレビでは観光地京都の嵐山が冠水した映像が繰り返し流されていた。16日の警報は「特別警戒【大雨】福井県 全域 京都府 全域 滋賀県 全域」という形で出されたが福井市内はそれほどの大雨でもなかった。
 物理学者の佐藤隆文氏は「毎日のように沖縄の南端から北海道まで日本全国の気候や地震の災害をテレビなどの報道で接していると災害に対する自然な感覚が狂ってしまう。」「何が平常かの認識を、その地域までは持っていないのだから反って誤認識を持つ恐れもある。」「いくら国民国家とはいえ、日々の気候災害への関心を一億国民が共有しなければならないというのでは日常性が保てない。」「一般の生活者にとっての気候や災害といった自然現象の共有というのはこの生活圏のサイズと一致して初めて身体的実感を涵養されてくるものであると思う。」(佐藤:「災害実感力の喪失」『現代思想』2013.12)と述べている。
 さらに続けて「『時たま』なら異常でも共存できるが、『常時多発』なら共存不可能である。すなわち実感する生活圏を局限することで共存可能にしているのである。そうでなければ共存できる異常から共存不可能の常時に変貌する。」とし、「生活圏を超えた人間の関わりに目を向けるのは重要ではあるが、その結びつきを感情の赴くままに発露するのは危険である。日常から飛躍するにはそれなりの準備が必要である。」と説く。

2 福島第一原発事故の50ミリシーベルトは『時たま』か『常時多発』か
 産業技術総合研究所フェローの中西準子は、福島第一原発事故による放射線量を非常に低いレベルにまで減らすには、時間と資金がかかりすぎるので、「年間5ミリシーベルト以下という目標なら、1、2年以内にほとんどの地区で達成できますし、その後特に手を加えなくとも15年くらいで1ミリシーベルトに下がります。その間の積算被曝(ひばく)量は50ミリシーベルト以下で、広島と長崎の被爆者に対する追跡調査の結果などを参考にすれば、安心できるレベルといえる」(日経:2013.12.28)という。中西のいう「50ミリシーベルト」は『時たま』なのであろうか『常時多発』なのであろうか。
 そもそも中西は何を持って50ミリシーベルト(mSv)の放射能汚染地域が「安心できる」というのであろうか。原子力規制委は去る1月31日、福島第一原発敷地境界での放射線量が基準値を大幅に超えている問題(最大で8mSv/年)で、2016年3月末までに基準値未満にするよう東電に求めた(日経:2014.2.1)。原発敷地境界の基準は年間被曝線量は年間1mSv未満である。働く者に対しての基準は1mSv未満であり、それ以下でなければ働いてはいけない(放射線業務従事者以外)。一方、原発敷地の外に住む住民に対しては50mSvでも「安心できる」として居住を強制する。これこそ全くのダブルスタンダードである。年間50mSvというのは、「胸のレントゲンを1年に1000回」するということである(胸のレントゲンは1回で50μSv(マイクロシーベルト)だから、1000回分)。誰も毎日毎日3回レントゲンを何十年もに亘り受け続ける者などいない。法律では原発内の放射線管理区域内で放射線業務に従事する労働者でさえ、5年間につき100mSvを超えてはならないことになっている(同規則第4条)。中西のいう年間50mSvは汚染地域住民に福島第一原発で使用済燃料棒の搬出や汚染水処理に従事する労働者の何倍も過酷な被曝をしろという要求である。福島を中心とする放射能汚染地域は「共存できる時たま」ではなく、「共存不可能の常時多発」地域である。

3 津波や地震は「共存可能の時たま」、放射能汚染は「共存不可能の常時多発」
 今回の東日本大震災の地震・津波では東北地方を中心に2万人近くの人が死亡した。しかし、地震や津波は数十年に1回、数百年に1回、千年単位で1回である。三陸沿岸の人々は何回も悲惨な津波の災害に遭いながらも海と共存してきた。それは「時たま」だからであり、避けられないものだからである。だから「津波てんでんこ」(山下文男氏)なのである。数十年に1回の津波はいつ襲ってくるか予測はできないし、犠牲者が多数出ることは避けられないものである。しかし、沿岸の者が全滅するわけではない。また全滅しないようそれぞれが親兄弟を構わず必死に逃げろという冷厳な言葉である。津波から生き残った者が新たな集落を築き海と共存していく思想である。これは、今、宮城県などを中心に国交省が主導して津波を物理的に阻止しようという高さ14.7m、底辺幅90m、総事業費230億円(気仙沼市小泉地区:朝日「土建国家」:2014,2.6)の防潮堤の建設思想とは根本的に異なるものである。
 佐藤は「自然災害は悲惨で不条理であるが避けられないものである。」「古来人間は、居住地を選ぶなどの方策で、それとの共存を図ってきた」「共存の基準の一つは『時たま』である。」とし、しかし、「『時たま』に常時備えるという生活はまた異常なものになる。この微妙なバランスで人々の生活は営まれてきた」(佐藤:同上)と述べているが、「巨大な堤防が建設されれば、漁船が港に着けにくくなり漁業の衰退を招く」(気仙沼市鮪立(しびたち)日経:2014.1.7)。「時たま」に常時備えようという強引な『国土強靱化計画』が被災地の日常生活を異常にしようとしている。
 一方で、旧警戒区域の避難指示解除の動きが広がっている。福島県田村市都路地区では今春に解除することとなっている。住宅地の空間線量は除染したにもかかわらず政府発表で0.34μSv/時(3mSv/年)もある(日経:2013.10.16)。「共存不可能な常時」が今後数十年に亘り続くことは明らかである。中西準子は「モニタリングポストなどが示す空間線量をもとに推計されている個人被曝線量は過大であり…安全性の尺度を個人線量計の値に切り替え」(中西:同上)旧警戒区域に住民を住まわせるよう躍起となっている。その理由は「国からの援助はそう長くは続かない」からだそうである。全てをカネで判断し・切り捨てる中西「リスク論」の“面目躍如”といったところである。いったい誰が今回の事態を惹起させたのか。そもそも恩着の「援助」などではない。国が「全面補償」すべきものである。中西はそれでも「我慢できない場合は移住を早く決断」したらどうかと述べているが、「放射線管理区域内」の場所に「我慢」して住めという感覚自体がどうかしている。

4 異常の中での正気を
 佐藤は同文章の最後で「異常との距離を見極めるのに一番問われるのは正常をよく理解しておくということであろう。平常時の付近の道路や河川や土手などの状況を実感を持って身体化しておくことである。」「正常を正常と見る正気さが涵養されていなければ、異常を見抜くことは不可能なのである。正常での正気さを備えていなければ異常の蠱惑に接近する資格などない」と述べている。
 放射線の場合、「正常」とは法律に定められた1mSv未満である。これを超えるような場所があるならばそれは「異常」である。国も中西などの一部の「専門家」もこの平常時の「正常」値を勝手に変えてしまった。理屈はカネがいるので「復興のための資金と時間を除染のためだけに消費し尽くしてはなりません」(中西:同上)というのである。「正常」時の基準点がなければ「異常」時の状態は把握出来ない。測量するのに基準点をその都度移動するのでは測量する対象物との距離を測ることはできない。しかも、国・気象庁や一部の“専門家”・マスコミはこの基準点を意識的にずらすとともに、『時たま』と『常時多発』の区分もわざと分からないような情報操作を行っている。「東南海地震」・「富士山噴火」・「地球温暖化」・「特別警報」しかりである。テレビ・新聞等で膨大な情報を流すことで『時たま』を『常時多発』であるかのように現実感覚を麻痺させ「災害共同幻想による不健康な連帯感」(佐藤)が生まれている。それは、福島原発事故の放射能汚染による『常時多発』から目をそらさせると同時に、「災害広域情報の共有で国家意識」を強める役割もはたしている(佐藤)。
 佐藤の言うように「歴史的な教訓は、異常なものへの対応の仕方」であり、「異常と正常を行き来出来る正気がなければ異常は制御出来ない」のである。福島原発事故は今、異常事態にある。ところが政府・東電・科学者だけでなく国民自体もそれに目をふさぎ、「異常」を「正常」と言いくるめ、見て見ぬふりをしている。国民が正気に戻らなければ異常事態である事故は収拾できない。収拾出来るかどうかは不明だが少なくとも正気に戻らなければ事態はより破局に向けて進行するであろう。 

 【出典】 アサート No.435 2014年2月22日

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【投稿】橋下・維新、崩壊へ 

【投稿】橋下・維新、崩壊へ 

 日本維新の会共同代表、そして大阪維新の会代表である橋下徹・大阪市長が、さる2月7日、市議会に対して市長辞職を届け出た。
 橋下・維新の看板政策である「大阪都構想」において、特別区の区割りを強引に絞り込もうとする中で、それを審議する法定協議会で他会派の反対に遭い、「このまま4つの案で議論していたら、5年かかってもまとまらない。法定協議会、議員の意思表示に反して1案に絞った設計図づくりを進めようと思えば、今回の(出直し)市長選で市民の後押しを受けなければならない」として、辞職を表明したのである。
 しかし、再選を果たしたところで、大阪市議会、大阪府議会の会派構成が現状のままでは、仮に橋下市長の主張する「法定協議会の議員メンバーの総入れ替え」が実現したとしても、住民投票に必要な議決段階において反対される可能性は高く、手続き面で大いに疑問の残る戦術である。(なお、両議会とも維新の会は過半数を占めておらず、議会選出メンバーの総入れ替えも現実味はない。)
 橋下市長が唯一頼みにしている「民意」にしても、2月8日・9日に行われた大阪市民に対する世論調査(朝日新聞社)によると、出直し市長選の実施に反対が56%、賛成が34%と惨憺たる結果となっている。まさに「大義なき選挙」を市民はしっかりと見抜いているといえる。
 さらに、橋下市長への支持率も支持46%、不支持41%と、大阪市民に限った数字では、初めて5割を切ったのである。
 選挙戦そのものも、自民、民主、公明は早々に候補擁立見送りを決定し、共産党も「野党統一候補の擁立を引き続き模索する」としながらも「独自候補は擁立しない」として、事実上の擁立見送りを決定したことによって、「独り相撲」になる公算が大きく、「民意」に直接訴える機会すら得ることができなくなっている。

 これら橋下・維新の迷走は、今に始まったことではない。
 2011年春の統一地方選挙で維新が大阪府議会の過半数を握り、大阪市議会・堺市議会で第一党を占め、その年の11月に、大阪市長・大阪府知事のダブル選挙を仕掛けて圧勝したころがピークだった。
 その後、石原・太陽との日本維新の会結成の時点から、徐々に「民意」は離れ始めており、昨夏の参議院選挙においても、橋下代表の従軍慰安婦を巡る発言の影響もあってか、大阪選挙区の「大勝」以外はさほどの伸びは得られなかった。
 その大阪においても、昨秋の堺市長選挙では、1期目は橋下の全面的な支援で当選した現職が、大阪都構想に反対を表明して橋下に反旗を翻し、維新公認候補が大敗を喫したのである。
 さらに、大阪南部のニュータウンを貫く優良路線・泉北高速鉄道の売却を巡り、沿線住民の悲願である「高額運賃の値下げ」ではなく、米投資ファンドへの高値売却を優先した維新・松井知事の提案に対し、沿線選出など4人の維新府議が造反したことにより、議案は否決された。維新は造反府議を除名処分としたが、その結果、府議会でも過半数を割ることとなったのである。

 やはり、個人のカリスマ性に依拠した政治勢力は脆い。
小泉チルドレンの悲惨な末路と同様、来春の統一地方選では、橋下バブルの1期生議員らは次々と落選するであろう。また、元自民系の地盤が確立された議員らが、維新を見放して「実家」に続々と帰ることであろうことも容易に想像できる。
 国政レベルでは、原発政策や野党再編の方向性で路線が違い、今回の橋下辞職戦術にも批判的な石原の勢力との東西分裂は避けられない。
 まさに「死に体」への坂道を急激に転げ落ちているといえよう。

 気になる点が一つある。
2月9日に行われた東京都知事選において、田母神俊雄・元航空幕僚長が、予想を上回る60万票を獲得したが、その支持層は20~30代の若者であると分析されている。
先の橋下市長を巡る朝日の世論調査では、年代別の分析までは発表されていないが、恐らく同様の傾向があるのではないだろうか。
 彼らの支持基盤は、「ネトウヨ」と呼ばれる、インターネットを通じて右翼的な発言を匿名で繰り返す若者達である。格差の拡がりや将来への不安感などを背景とした、これらの危険な兆候に対して、我々は十分な注意を払わなければならない。

 一方、この間の動きで特筆すべきは、共産党の統一戦線戦術である。
 負けこそはしたものの、2011年の大阪市長選では、一旦運動を始めた候補者を降ろしてまで、「反ハシズム」統一戦線を形成した。昨秋の堺市長選でも同様に、勝てる見込みのない独自の「赤旗」候補を立てるのではなく、現職を全面的に支援し、維新への勝利に大きく貢献した。「出直し」大阪市長選挙においても、前述のとおり他の野党と足並みを揃えて独自候補の擁立を見送ったのである。
 党勢衰退の結果であるとも言えるが、解放運動や労働運動、学生運動を巡る「分裂」の怨念が渦巻く大阪の地において、限定的であるにしろ統一戦線戦術がとられていることは、意義深く、そして感慨深いものがある。

 橋下・維新の崩壊は近い。いよいよ反撃の時が来たのである。
(大阪 江川 明) 

 【出典】 アサート No.435 2014年2月22日

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【書評】『アイスランドからの警鐘──国家破綻の現実』

【書評】『アイスランドからの警鐘──国家破綻の現実』
  (アウスゲイル・ジョウンソン著、安喜博彦訳、2012年、新泉社 2,600円+税)

 「〔2008年〕10月の最初の数日、レイキャビクの古い首相官邸は、作戦本部の地下壕のようになった。古典様式の大きな邸宅は全体として華麗であったが(略)、それはこの国の危機対策本部になった。10月2日と3日、木曜日と金曜日、ほとんどすべてのアイスランドのリーダーたちがこの建物の中へと急いだ。/(略)/リーマン・ブラザーズの破綻とグリトニル〔註:アイスランドの3大銀行で最初に経営破綻した銀行〕の国有化の試みでの不手際は、システム全体に広がる危機を引き起こし、金融部門にとってのこれまでのすべてのトラウマはまるでウォーミングアップのように思われた。(略)/パニックの形跡は至るところにある。人々は富へのアクセスのみならず、破壊されないですむ安息の地へのアクセスをすべて失うのではないかと恐れた。レイキャビク中の銀行の外には、現金を引き出そうとする人々の行列ができた。紙幣を詰めたプラスチック袋を手に家路につく年配の女性の姿が、しばしば目についた。支店のマネージャーたちは、午後4時の閉店時間に向かって時計の針が速く進むことをただ祈るのみであった。/(略)/食料雑貨店は,共和国がまもなく外貨準備の不足で必需品を輸入できなくなると予想する買いだめの人々でいっぱいになった」。
 本書は、2008年10月のわずか1週間のうちにその主要銀行のすべてと国そのものが破綻したアイスランドの記録である。その主要な論点は、次の4つ、(1)グローバル金融の原動力としてのアイスランドの勃興、(2)一夜のうちの崩壊への事態、(3)米国とイギリスが果たした決定的役割、すなわちビッグスリーの主要中央銀行(米連邦準備制度、イングランド銀行、ECB〔欧州中央銀行〕)からの切捨て、(4)グローバル・エコノミーに及ぼすこれからの影響、である。
 1980年代までタラ漁業以外には見るべき産業がなかったアイスランド経済は、金融市場が自由化された1990年代末に、米国型の投資仲介バンキング・モデルを採用した、野心的で自由市場志向的な銀行家の世代の登場によって、一挙に国のGDPの10~11倍にのぼる国際的バンキング・システムを構築した。経緯は本書の詳細な記述を見ていただきたいが、その火付け役の一人、シグルドゥル・エイナーソン(アイスランドの最大の銀行であったカウプシングの創設者)は、クライアントのエクイティ・ポジション(株式の買い(売り)持分)の引き受けこそが銀行に大きな利益をもたらすとして、アービトラージ(裁定取引、鞘取り)の機会をとらえる積極運用型の投資銀行を目指した。これによりアイスランドはバンキング帝国へと変容し、わが世の春を謳歌することになる。
 しかし最大の問題は、その流動性(換金・交換のしやすさ)のバックアップが、世界で最小の独自通貨であるアイスランド・クローナ(ISK)に依存していたことにあった。すなわちアイスランドの人口はわずか32万人であり、この人口100万人以下の国で世界唯一の独自通貨は、経済規模としては最初から限界を有していたし、国内での流動性の支えとなるには不十分であった。国際バンキング・システムが順調に機能しているときには問題にはならないが、一旦グローバルな危機が襲ってきたときには、この構造的な弱点が致命傷となったのである。
 そしてまさしく9月15日のリーマン・ブラザーズの破綻が、アイスランド金融システム全体を流動性危機という地獄に陥れたのである。著者はこの結果を次のように述べる。
「アイスランドの銀行は、金融システムが外国の債権者やアナリストの信用を失ったときに引き起こされた全面的な銀行取り付けによって倒された。国が通貨準備をほとんど用意せずに独自通貨をもち、中央銀行が最後の拠り所となる信用できる貸主として役立ちそうにないということを前提とすれば、おそらく経済理論からみて、この帰結は不可避的なものだと断言してよいであろう。国の負担能力もまた、銀行に資本注入し、あるいは海外の預金者を保護することによって、銀行支援を用意するには不十分であった」。
 つまり「外部の世界が突然、アイスランドの金融システムを国際的なものとして認めなくなると、その途端に実体としてはただのオーバーサイズの国内的システムでしかなかったということである」。
 そしてこれに輪をかけたのがアイスランドを見捨てたビッグスリーの主要中央銀行の姿勢であった。その事情は次の通りである。
 「第一に、問題解決のコスト、危険状態の国を支えるのに必要な貸付額が大きいことである。第二に、国をデレバレッジ(註:不採算部門の売却による負債削減)し、あるいはバンキング・システムを管理できる規模まで削減するために、アイスランド人が信頼可能なプランを策定しなかった。第三に、アイスランド人には不可能な夢を現実のものにした彼らの国際バンキング・システムを放棄する用意が全然なかったように思われる。(略)/さらに言えば、アイスランドを救い出すことは大した恩恵にならない。国際金融の小さな特異な実体として、アイスランドがたとえ破綻しても、国際金融界にはシステミック・リスクの脅威はない。それは北欧の国であるけれども、他のスカンジナビア諸国はそれとは安全な距離を保っていた。(略)国際的な視点からすれば、国としてのアイスランドそのものは、失敗するには大きすぎるというわけではない」。
 要するに「アイスランドの銀行が助けるには大きすぎただけでなく、国としてのアイスランドは助けるには小さすぎた。アイスランドはEU(欧州連合)には参加しておらず、そのバンキング・システムの失敗は『感染性』の恐威を何ら誘発しなかった」のである。
 かくして「アイスランドは結局、外国人が決して共感を覚えるとは考えられない一つの例外にとどまった」。
 そして「アイスランドのケースは、大きな中央銀行からの救済措置を期待できない他の小さな債務国—-それらの国はまさに、デレバレッジという課題に正面から立ち向かわねばならなかった—-に対する警告として役立つと考えられそうである」という教訓を残すことになった。まさしくアイスランドは、国際市場にとっての「炭鉱のカナリア」としての役割を演じたのである。
 「この表現は、毒ガスに対する警報として炭鉱にカナリヤを連れて行く鉱夫たちの古い習慣に由来する。ずっと小さな生物的システムをもっている小鳥は、みずからがガス漏れに最初に襲われることで、鉱夫たちに避難させる時間を与える。多くの点でこれは真実であった。(略)しかし現在、日々明らかになっているのは、アイスランドは現実に銀行取り付けに圧倒された唯一の国であったけれども、他のほとんどの西側諸国がまさに同じ問題に直面しながら、アイスランドよりもずっと有効性のない対応策しかとれていないということである」。
 このことは、「現在の危機のもう一つの犠牲者(致命的でないものの)であるアイルランドは、もしもEUに加盟せずにユーロ圏でなかったとすれば無力であった。その銀行は、リーマン崩壊の後に預金取り付けに直面し、アイルランド政府はGDPの約2倍にのぼる内外を問わない包括的保護で対応した。保護がさらに求められるとすると、アイルランド国家は支払要求で溺死しかねないがゆえに、これは一種のギャンブルである。しかし、一致結束の支えを得て、預金者を保護する動きは信頼を得て、究極的に成功した」という事実経過を見れば理解できるであろう。
 本書は、この「炭鉱のカナリヤ」としてのアイスランドの波乱に満ちた物語である。
 なお付言すれば、本書は経済学用語が多用され、またしばしば銀行の実務報告のような印象を与える記述もあって、正直言って一般的な読者には読みづらい。しかしグローバル経済が小国家経済に与える圧倒的な動きを理解する有力な手がかりとはなる。(R) 

 【出典】 アサート No.435 2014年2月22日

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【本の紹介】 吉村昭著『生麦事件』 

【本の紹介】 吉村昭著『生麦事件』 

 思いがけない予期せぬ事故により入院を余儀なくされ、病床にて、吉村昭著『生麦事件』を読了した。
 まさか安部首相が小泉元首相に挑発されて、靖国神社参拝という愚かな行為に走ってしまったために、頼みとする米国からさえその行為を公式に避難され、内外共に孤立を深めていることなど、さらには都知事選を巡っては、保守は臆面もなく野合し、これと対抗すべき側は、原発問題だけが争点ではないなどとセクト主義にしのぎを削っていたことなど露知らず、読みふけっていた。おかげで著者が相当な年月をかけた労作を短い日時の間に読むことができた。明治維新がなぜあのようなドラスティックな変革になったのか、薩摩・長州、両藩がなぜ連合できたのか、実に具体的で唯物論的でさえある。
 生麦事件は、現在の横浜市鶴見区生麦町、当時の生麦村で薩摩藩の大名行列にイギリス人の商人たちが観光がてら馬に乗って遊覧していた最中に乱入したとして薩摩藩士に一人が切り殺され、数名が重傷を負った事件である。吉村氏によれば、この事件自体は広く知られているが、この事件そのものについての専門の研究者が皆無で、従って研究書も存在しないという。著者は「これは私にとって大きな驚きであると同時に、強く身が引き締まるのを感じた。人の足跡の印されていない史料の山の中に、ただ一人足を踏み入れてゆくような興奮を覚えたのである」と述べ、その歴史的価値ある仕事を振り返っている。
 生麦事件が生起したのは、1862年9月14日(日本暦8月21日)であったが、イギリス人4人が当時の横浜村から川崎大師へ向かう途上、大名行列に遭遇、いわば双方が事件に巻き込まれたものである。これはある意味で必然でもあった。著者はこの大名行列が行われた日を中心に歴史的事実の詳細を丹念に追い、まるで読者がその場に臨場しているかのように明らかにしていく。その筆力には感嘆させられる。同じような分析の視点から明治維新を究明していた故・小野義彦さんなら、本書と実に多くの共有するところがあり、どのように本書を読まれたであろうかと興味の尽きないところでもある。
 詳細は本書に譲るとして、生麦事件そのものからは離れるが、なぜ薩摩藩がずば抜けた兵器、艦船、最新式ライフル銃、アームストロング砲などを大量に買い入れ、武器工場まで作れたかという背景に、過酷きわまりない琉球諸島、大島、徳之島などの支配構造があった。それら諸島で生産される黒糖の増産を強要し、専売制とし、指で舐めただけでも厳罰に処する一方、黒糖一斤に対し島民に米三合を与えるが、それは大阪の米相場で黒糖一斤が米一升二合で取引されていたことからすれば、たとえ輸送経費を入れたとしても、三倍以上の利益を叩き出していたという事実。奄美から八重山に至る沖縄諸島の島唄に歌われる人々の痛切な想いが今につながっていることをひしひしと感じさせてくれる。現代につながる差別と搾取の構造が浮き彫りにされる。1998年の刊であるがお薦めの一冊である。(生駒 敬)
(尚、筆者は現在も病気療養中であることをお断りしておきます。)

【もうひとこと】▼都知事選が終わってそれほど日時が経過していない今だからこそ、この選挙の教訓をしっかりと掴み直す必要があるのではないだろうか。▼決定的に重要だと思われるのは、統一戦線思想の欠如である。今、最も切実に要請されている課題ですべての広範な力を結集させることの、決定的な意義である。▼史上3番目の低投票率に示されているように、舛添陣営は「大勝」ではなく、実はすれすれの勝利でしかなかった。▼原発再稼働なんて多くの人々は望んでいないし、この点で反舛添陣営が、統一戦線戦略をしっかりと堅持していれば、人々の期待と支持を飛躍的に拡大させ、無党派層と言われる人々の票を拡大、吸収できたはずである。▼現実に鎌田慧さんらが選挙終盤まで、候補統一のために必死の努力をしていたにもかかわらず、それを実らせなかった「セクト主義」、伝統的左翼に特徴的な業病としてのこの「セクト主義」こそが問われるべきであろう。▼ウォール街占拠運動でも示されていたように、1%の連中の利害のためではなく、99%の人々の利益のための政策転換を求める大衆運動の姿こそが求められている。▼統一候補が実現していれば、何倍にも運動の力は増し、無関心に陥ってきた人々の圧倒的多数を元気づけ、飛躍的な票の増大を獲得できたであろう。▼そうした未来へのニヒルで否定的な対応こそが、選挙の敗北をもたらしたと言えるのではないだろうか。真剣な総括を望みたい。(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.435 2014年2月22日

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【投稿】猪瀬退陣と都知事選-今必要な「脱原発」の大団結

【投稿】猪瀬退陣と都知事選-今必要な「脱原発」の大団結

 都知事選をめぐる情勢は、この半月で激変した。「脱原発小泉・細川連合」が成立した。その結果、単なる政策選択の域を越えて、自治体首長選挙として安倍内閣信任か不信任かの性格を持つようになった。この性格付与は、都知事選をめぐっては、異例なことではない。
 候補者たちの政治経歴に固執することなく、対安倍決戦に持ち込み、勝つことが、当面の環になった。今年前半のビック決戦に勝利し、安倍自民党内の亀裂を拡大させ、無分別三世政治家を退陣に追い込む一歩とする絶好機である。

<自著作宣伝に開け暮れた猪瀬>
 都知事選は、猪瀬の辞職によって急きょ行われることになったが、遅かれ早かれの辞職は、秋口から予想されていた。まずは、そこに至る石原→猪瀬都政の骨組みを見る。
 2012年12月18日、知事執務室の椅子に初めて座った記者会見時の、象徴的な写真が報じられている。背景に、オリンピック・パラリンピック招請の幟、机上には平積みの自著作本5冊と顔前に立てた近著2冊、その場で「私は434万人の民意に応える」と語った。(この姿をそのまま報じたメディアの媚びる態度も、弾劾されてしかるべきだろう。)
 1年後の追われ去りゆく退任コメントは、新著出版会見予定の前日であった。猪瀬は会見の予行演習をしていたことだろう。「これだけは知事のうちにしたかった。」
 これらの経緯が、猪瀬都政を象徴している。

 石原は、かつて首相への道が閉ざされた後に作戦変更し、「首都圏庁長官」就任を目論んでいた。長官は、経済的・政治的実力において中央政府に対抗した地方政治(地方自治政治ではない!)の総領になり得る、と考えた。ときあたかも「道州制」への再編が強調されていた。その動きを補助力として石原が目指したのは「中央政府首都圏直轄庁長官」であった。都行政組織解体になる点で、都庁官僚組織との対立は顕著であり、関東平野電子都市構築構想などソフト面での進展に留まった。今日でも政治家レベルで残るのは、9都県市首脳会議のみであろう。

 猪瀬は、副知事就任以前に、国交省行政への“鋭い“切り込み隊長としてメディアでもてはやされていた。中央政府への攻撃力(実は、打撃を与える力ではない!)を石原が利用しようとして、副知事に登用した。「自分一人だけでなく、吠える補佐役がほしい」。都機構とは切り離された「無所管副知事」であった。
 ところが当時から、対中央政府交渉に通じた都庁官僚の間では、「結局最後は、国交省プランを呑んでいた」と揶揄されていた。東京メトロと都営地下鉄の九段下駅の隣り合ったホームの“バカの壁”(猪瀬談)を取り除いたのが、交通網再編の唯一の“成果”と言われている。この直接工事費は、10億円を上回った。(ついでに、15億円を集めた尖閣買収募金の言い出しっぺが猪瀬であることも指摘しておく。)
 大局観なく、都民生活への愛着もなく、都政ビジョンも作れず、ましてや地方自治制度への新任職員ほどの学識もなく(通算5年半の副知事時代に学習もしなかった)、そしてブレーンも置けなかった猪瀬の帰着点は、このような目立つピックアップ事業のつまみ食いにしかなかった。「線香花火を打ち上げに使っている」が共通した庁内評価であった。 「でも、火付けのマッチを持っているから火事の元・火の用心」。都官僚組織は、猪瀬副知事を終始必要としていなかった。
 その猪瀬が、石原の後継指名により、自公両党支持に加え、日本選挙史上最多の433万票を得てしまい、裸の王様であることを自覚・自認する、またさせる機会も失った。だから、花火用マッチを火炎放射器と誤認し、都政利権はすべて自分の支配下に来ると錯覚した。

<都政の裏権力>
 ところで、都政の陰の実力者は「各種団体連合会」であると言われている。ゼネコンから中小業界団体、各種公益・地域団体まで、都内を網羅している。総額12兆円に上る都財政資金(=全会計形式収支総額)の相当部分を差配する権限を実質的に握り、政治組織への資金還流機能も持っている。都中央だけで100を超える構成団体の主要部には、都の退職幹部が何代も続き天下りして、実に精緻に配置されている。選挙時には、最も行動的な飴と鞭の集票マシーンになり、歴代保守都政の支え役であった。
 では、知事石原はどうしたのか。家族国会議員が都自民党首脳になることによって、無事受け皿を作り、住み分けを図った。石原は、非自民であることは投票日に終わらせる一方、両者が独自に行動することにした。(現在では、都自民党内に「各種団体協議会」があり、事実上の二重複合組織となっている。)
 ところが、猪瀬は、噛んで含めて後継指名した石原の意図をそもそも理解できなかった。石原傀儡の裏陣営の勝手気ままも放置した。だから、都議会自民党は激怒し、特捜部による情報リークすなわち世論誘導にも同意した。
 具体的展開を要約すれば、
1.上手に都政遊泳をすれば得られる“わずか”5千万円で、德州会マネーに陥落した。
2.辞任発表前には石原が呼び出し、引導を渡した。「都議会与党をかき回したら、知事職は1日だって持たないぞ。オレとは違うんだから。」(面会の使者は石原のお仲間の新右翼実力者と言われている。)
3.自民党新候補者となった舛添は、都議会自民党による面接試問で、この一大勢力への従順を“誓約”したので、候補者となり得た。「この集票・集金マシーンには、一切手を出しません。」これが、“自民党除名行動反省”の、裏の弁であった。
 今回の都知事選は、このような利権・金満構造に、今再びくさびを打ち込む契機を持っている。

<細川支援で安倍自民党にくさびを>
 細川立候補の阻止には、秋口から、自民党本部関係者たちが手を打ってきたが、失敗した。小泉のワン・フレーズ「脱原発が対立点!」によって、政治情勢が激変した。安倍にとって、衣の下の鎧を隠すマヌーバー政治(=「女性進出」を言っても、「男女平等参画」は言わない)が通用する相手ではなかった。今後数日を置かず、自民党は、佐川マネー1億円だけでなく、細川スキャンダルを宣伝し始めるだろう。“闇夜に赤ビラ”も、なりすまし大量メールも用意するだろう。一方、舛添には、(公明党本部は、舛添支援を早々に内諾したことを背景に)Db夫人が田母神応援の街頭演説で「舛添の現在の夫人は某大宗教団体の幹部」とのたまって、同宗教団体の結束を実質的に促した。スキャンダル合戦を仕組み、有権者の嫌気を生み、投票率を下げることは、今、自民党・公明党の望むところである。彼らの得票は、各種団体連合会が1票づつ積み上げ、そして固定した宗教票を得るのを基本戦術としているのだから。
 かつて、都知事選を「ストップ・ザ・サトウ」をメイン・スローガンにして戦い、勝利した歴史がある。首長選挙によって革新ベルト地帯の形成へと進んでいった当時とは、社会経済政治情勢が大きく異なり、有権者意識も多様化している。しかし、当時と同様に、自治体首長選挙の先に、自らの社会ビジョンの実現を描くことはできる。
 今日、住民生活サイドから描くビジョンの具体的な表現が、「脱原発!」である。どの世論調査をみても、国民規模でも都民範囲でも、原発廃止・再開反対は、比較多数を占めている。ところが、安倍は、柏崎刈羽原発の再稼働を前提とした東電計画案を是認した。対して、泉田新潟県知事は「福1発災の総括さえできていないのに」と主張している。
 ここで、「脱原発」が、地方自治と地方分権推進の主張を内包していることに気付く。地方分権改革の政治過程の実態は、中央政府に対抗した地方政府の勢力拡大である。そのプロセスは、20世紀末から連綿と継続している。だから、小泉・細川「脱原発」連合の勝利によって、安倍中央政府と対決した、地方分権を共通項にした地方自治政治(地方政治ではなく)推進の一翼を、新知事の旗振りのもと、都政が担うことを可能にする。
 加えて、第2次安倍政権に対する政治的打撃は計り知れなく、連発する超新保守+旧保守ごった煮政策と、一部財界を含む国民世論との対立を、現行より大幅に増大させるであろう。このように、「脱原発」の主張が争点になったが故に、決して都政をめぐる“シングル・イシュー”と言えない重要な契機となることを、見てとる必要がある。

 都知事選脱原発系候補の一人である元日弁連会長宇都宮氏は、既に活発な地域活動を展開している。その実働部隊には、地域の共産党支持団体の人々が多く、小泉流新自由主義改革との闘いの当事者でもある。それを承知の上で考えてほしいことは、次の3項目である。
(1)小泉の主張は、脱原発のシングル・イシューである。これは、2つのことを意味する。1つは、かつての首相時代のように新自由主義改革を、都政において特段に主張しているのではないことである。2つには、脱原発の主張自体が、前述したように現下の中央政府と対立した地方自治推進の内容を持っていることである。(地方議会の4分の1強が「脱原発」の法定意見書を、国会あるいは中央政府に提出している。)
(2)都政における広範かつ重要な課題のためには、1つは、広範な市民と政治勢力が結集して取り組むことによって、2つには、細川と同様に地方分権改革を主導した元知事たちとの協働体制をとることによって、対応することができる。どちらも、絶対多数を占める都議会の自民党と公明党を規制する力になる。「革新か否か」を、現下の区分点にすべきではない。
(3)共産党の最近の動向を見ると、直近議会選挙の上げ潮を背景に、かつて否定した“我が組織主体性強化論”が勃興していることに危惧を覚える。今からでも、小泉・細川脱原発連合への合流、脱原発陣営大団結への尽力を望むものである。 <東京 和田 三郎>
〔1月18日出稿、日本経済研究会地域活動部会〕

 【出典】 アサート No.434 2014年1月25日

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【投稿】「ならずもの国家」へ突き進む安倍政権

【投稿】「ならずもの国家」へ突き進む安倍政権

<傲岸不遜そのもの>
 高支持率と絶対安定多数に奢れる安倍政権は、この間軍事政策を始めとする全般的な分野で、国会、国民そして民主主義、司法(「諫早」、「大飯」、「厚木」判決など)憲法を軽視、侮蔑する言動を繰り返している。
 この政治姿勢は国内のみならず周辺地域に向けても発露されており、東アジアの緊張を高め、国際社会から危険視される方向へ日本を導いている。
 石原環境大臣は6月16日、核汚染廃棄物の中間貯蔵施設建設問題に関し、受け入れに難色を示す福島県自治体、住民に「最後は金目でしょ」という暴言を投げつけた。
 これは、前日までに開催された建設予定候補地である福島県双葉町と大熊町の住民らに対する説明会で、用地買収などの補償額が明確に示されなかったことに対し、参加者から批判が相次いだことへの苛立ちからの発言である。
 こうした事象は、これまでも問題発言を繰り返している石原環境大臣個人の資質もさることながら、安倍政権の驕り高ぶった認識の反映である。
 石原大臣に対しては、衆議院での不信任決議案と参議院での問責決議案が出されたが、与党の反対多数で否決されたが、発言の撤回と地元での謝罪を余儀なくされた。
 1月には名護市長選挙に際して石破幹事長が500億円の「地域振興基金構想」を提示し、露骨な利益誘導を目論んだ。これも「最後は金目」と思い込んでいたからである。
 名護市民を舐めきった提案は手痛い反撃を受けたが、安倍政権は旧態依然の政治手法をまったく反省などしていないことが、今回の石原発言で明らかになった。
 6月18日東京都議会では、少子化対策について質問中の女性議員に対し自民党都議が「早く自分が結婚すれば」「子供を産めないのか」などと、聞くに堪えない差別的ヤジを飛ばした。
 発言そのものも大問題であるが、対象が国政における準与党であるみんなの党所属議員であり、安倍総理にも子供がいないことを考えれば、政治的センスゼロの天に唾する発言であるが、国会、自治体議会を問わず与党に胡坐をかく自民党の認識の一端を如実に示すものと言える。
 自民党女性議員からも批判の声が上がるなど、問題の拡大に慌てた石破幹事長は「あってはならないこと」などと火消しに躍起だが、まず自らの所業を反省すべきだろう。
 こうした傲岸不遜、蒙昧無知の言動は国内だけに止まらない。安倍内閣は軍拡政策の一環として、武器輸出の推進を目論んでおり、6月下旬パリで開催された世界最大規模の兵器見本市(ユーロサトリ)に三菱重工業などが出展した。
 この視察に訪れた武田防衛副大臣は、外国企業のブースで展示品の自動小銃を構え、笑みを浮かべながら銃口を周囲の人に向けるという常軌を逸する行動をとった。軍事に携わる政治家が最低限のマナーさえ守れないという光景は、日本の軍事政策の危うさを象徴するものでもある。

<戦争性暴力被害者を冒涜>
 安倍政権の高慢さは対外政策に於いても顕著となっており日本の孤立化を自ら招いている。
 政府は6月20日、従軍慰安婦問題に関する「河野談話」の検証結果を公表した。当初安倍政権は談話そのものの否定を目論んでいたが、アメリカの反発により「検証はするが見直しはしない」という矛盾した方針に転換した。
 検証報告では「日韓両政府は談話の表現を事前にすり合わせした」「両政府は事前調整について非公表とすることとした」「元従軍慰安婦の聞き取り内容の確認作業は行われなかった」など河野談話の信頼性を損ねる内容が羅列されている。
 政府は検証作業は公正に行われたと主張するが、結論は最初から決まっているわけであり茶番劇そのものである。
 案の定答えは「韓国からの要請で事実に基づかずに作成された政治的妥協の産物」という趣旨であり、さらに「元慰安婦は『補償金』を受け取っている」と「最後は金目でしょ」という安倍政権の思想に貫かれたものとなっている。
 今回の検証作業で「河野談話」は実質的に否定されたも同然であり、いくら安倍政権が「談話を継承する」と唱えようと、それに基づいた根本的解決の道は、一方的に閉ざされたのである。
 6月上旬にはロンドンで「紛争における性的暴力停止のためのグローバルサミット」が開かれ、150か国から政府関係者、法律家、軍人、NGOなど1200人が参加した。
 この会議で韓国政府代表は従軍慰安婦問題に言及したが、日本政府は、河野談話の検証作業はおくびにも出さず、まともな反論はできなかった。
 これに先立つ6月7日にはフランスで、ノルマンディー上陸70周年の記念式典が挙行され、米英仏露の旧連合国に加え敗戦国のドイツも加えた各国首脳が一堂に会し、第2次世界大戦の結果を尊重することを確認した。
 このような国際的潮流に挑戦するかのように、6月15日、日本維新の会の橋下共同代表(当時)は、大阪市内の街頭演説で「ノルマンディー上陸作戦の後、連合軍兵士もフランス人女性をレイプした」と相も変わらない歪んだ歴史認識を露わにした。
 日本政府の強硬姿勢を後押しするような発言は、「地球儀を俯瞰する価値観外交」で成果を出せない安倍総理を勇気づけたことだろう。
 安倍総理は、6月4,5日ブリュッセルで開かれたG7サミットで「中国脅威論」を懸命に説いてまわったが、各国首脳の関心はウクライナ情勢に集中し、首脳宣言でロシアとは対照的に中国を名指しさせることはできなかった。
 反対に3月欧州を歴訪した習近平主席や、6月17日に訪英した李克強首相は異例の厚遇を受け、中国と欧州各国の経済協力関係は一層深化した。
 6月の一連の動きはアジアで強硬姿勢を見せる日本政府の主張は、国際社会では受け入れられていないことを浮き彫りにしたのである。

<日本発脅威の拡散>
 安倍政権は世界における日本への視線を一顧だにせず、軍拡による緊張激化を推し進めている。
 集団的自衛権解禁に関して6月13日、自民党の高村副総裁は公明党に対し武力行使の「新3要件」を示した。
 その内容は、①我が国に対する武力攻撃が発生、又は他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される「おそれ」がある ②国民の権利を守るために他に適当な手段がない ③必要最小限度の実力行使にとどまるべき、となっている。
 この時点では想定される武力行使は「自衛権」に限定されたものとなっており、公明党も第1項目の「おそれ」が拡大解釈を招くので、この表現を削除すれば、与党合意に向けた論議が進む状況となっていた。
 しかし、自民党は19日なり突然「たとえばペルシャ湾(ホルムズ海峡)での機雷掃海については集団安全保障としての参戦も可能」として、「新3要件」は集団安全保障発動下でも適用できると主張を転換したため、公明党が態度を硬化させることとなった。
 この間のイラクにおけるスンニ派の武装集団「イラクとシリアのイスラムの国」(ISIS)の勢力拡大による情勢の不安定化で、「米軍参戦も有りうる」と慌てた外務官僚が自民党に吹き込んだのだろう。
 ところが肝心のアメリカは早々にオバマ大統領が「地上兵力は派遣しない」と表明、空爆も当面行わず、情報収集のため300人の特殊部隊など派遣するにとどまっている。
 今後もアメリカの大規模な介入の可能性は低く、イラク情勢が国連決議を経た集団安全保障の発動に至る恐れはない。自民党の提起は勇み足の形となった。
 安倍政権は、7月第1週の閣議決定を目論んでおり、その文言も「離島防衛」などいわゆる「グレーゾーン」などについてはほぼ固まっており、核心部分の「集団的自衛権」部分の調整を残すのみとなっていた。
 それを米軍支援どころか事実上の多国籍軍参加まで拡大し、安倍総理自身の「湾岸戦争やイラク戦争などのような事態に自衛隊が武力行使を目的に参加することは決してない」との国会答弁を、舌の根の乾かないうちに否定するような内容を国会閉会中に閣議決定を強行しようというのである。
 これまでも、安倍政権は中東地域に「海賊対処法」に基づき派遣していた海自部隊を、目的が同じだからと、昨年12月から多国籍軍(艦隊)である「第151合同任務部隊」に参加させており、法的根拠の相違は無視してきた。
 今回は相手が海賊ではなく国家レベルになるかもしれないということで、法整備に躍起になっているのである。
 まさに奇襲攻撃、騙し討ちと言いうべきものだろう。こうした安倍政権の政治姿勢は、東アジアに於ける振る舞いも含め、国際社会からは「民主主義という価値観を共有する国」とは見られず、地域ばかりか、世界的に緊張を高めかねない存在として注視されることになるだろう。
 先の国会で野党は存在意義を発揮できなかったが、今後単なる数合わせではなく政策による対抗軸構築を進め、安倍政権の暴走に歯止めをかけていかねばならない。(大阪O)

 【出典】 アサート No.434 2014年1月25日

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【投稿】原発輸出で国際緊張を煽る安倍政権

【投稿】原発輸出で国際緊張を煽る安倍政権
                           福井 杉本達也 

 「窓は 夜露にぬれて 都すでに遠のく 北へ帰る 旅人ひとり 涙流れてやまず」宇田博作詞・作曲の『北帰行』(旅順高等学校寮歌の原詞)の第1番である。その第5番は「さらば祖国わがふるさとよ あすは異郷の旅路」となっている。1961年に小林旭の歌で大ヒットした曲である。「北」とはどこか、当時は東北地方あるいは北海道だと考えたが、なぜ「さらば祖国」なのか理解できない一節であったが、1941年の旧満州国の旅順で作詞されたということで納得がいく。祖国を棄てる歌である(参照:赤坂憲雄『北のはやり歌』 2013.10.15)。いま、福島を中心とする東北地方の一部は福島第一原発事故により帰るべき祖国を永久に奪われてしまった。

1 なぜ原発輸出か
 1月7日、安倍首相はトルコのエルドアン首相と3回目もの異例の首脳会談を行った。もちろん日本の原発輸出のためであるが、特に「同国と結ぶ原子力協定には批判もある。日本から移転した核物質について『書面により合意する場合に限り、トルコの管轄内において濃縮し、または再処理することができる』と規定。日本とアラブ首長国連邦(UAE)との協定で『濃縮され、または再処理されない』と明確に禁止したのに比べ、優遇ぶりが目立つ」(日経:2014.1.8)のである。もちろんベトナムやヨルダンにも認めていない。トルコが他の原発輸出国と比べて特別なのは、同国がシリア・アサド政権転覆のための拠点だからである。エルドアン首相は1月7日に都内で行った講演でシリアを「国家によるテロが行われている」と激しく批判している。周知のようにトルコはシリア国内の反体制派を支援している。シリア内戦は米欧軍産複合体(指示)→サウジアラビア(バンダル王子)(日経:「サウジ 米牽せい シリア対応など不満」2013.10.23、ROCKWAY EXPRESS:「 シリア大使・サウジのバンダル王子がアルカイダの実際のリーダー」2013.10.21)(支援)→トルコ(武器)→アルカイダ系の反体制派VSアサド政権(ロシア・イラン支援)という構図であり、中東を不安定化することによって自らの権益の維持を図ろうとするものであり、トルコはその結節点に当たる重要な国である。中東ではイスラエルが核兵器を保有していることは公然の秘密である。南アジアではインドもパキスタンも核実験を何度も行い実戦配備もしており、それを横目に核兵器を開発したい国ばかりである。そこに米欧軍産複合体の意向を受けて核兵器の開発を餌とする原発輸出を行おうとしているのが安倍政権である。トルコに輸出する原発は三菱重工製で、三菱はフランスのアレバと組んでいる。フランスがシリア=アサド政権に攻撃的姿勢であることもその延長にある。したがって、シリア問題を平和理に解決しようとする現オバマ政権の政策ともズレが生じる。

2 日本を核再処理の拠点として核開発を図る米欧軍産複合体の思惑
 元通産官僚の古賀茂明氏は日本の原発輸出について「途上国の核のゴミを一手に集め、日本で再処理をして新たな核燃料として各国に戻す。日本の国民から見れば、とんでもない暴挙だが、安倍政権は、これを「世界貢献」であると考えている。核不拡散のために日本が貢献するしかないという理屈だ。これは昨年から経産省官僚と自民党議員らが描いてきた青写真に沿って進められている。」(古賀茂明 「原発を売り歩く『死の商人』」2013.6.1)と述べる。「原発を輸出して日本を世界の核のゴミの集積・再処理基地にする」という「国際貢献」を果たすために青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場も福井県敦賀市の高速増殖炉もんじゅも推進しなければならない。「これまでは原発に対する風当たりが強かったので、この構想が派手に表に出ることはなかった」(古賀:『エコノミスト』2013.7.2)が、福島原発事故において、「核兵器開発」も「原子力の平和利用」も同義語であることが明らかとなった今、「平和利用」のカモフラージュで核開発を行う意味は薄れた。日本の独自核武装派は事故後居直りを決め、米欧軍産複合体の後押しを得て堂々と主張し始めたといえる。

3 再稼働は何のため
 東京電力は福島第一原発事故の検証もせず、収束も不可能であり、汚染水の処理もままならないにも関わらず再建計画を提出し、政府もこれを認定した。再建計画では新潟県の柏崎刈羽原発の再稼働が前提となっている。新潟県の泉田知事は計画を説明し再稼働への同意を得ようとする東電の廣瀬社長との会談で「今回の計画は、株主責任、貸し手責任を棚上げにした、モラルハザードの計画をお作りになったとしか見えないですよね。結果として、モラルハザードの中でですね、免責をされれば、事故が起きても責任を取らなくてもいいということを意味しますんで、それは危険性が高まるということなんだと思います。安全文化という観点でもですね、今回の計画というのは、極めて資本主義社会から見てもおかしな計画になっている」(新潟県HP: 2014.1.16)と批判している。さらに続けて「銀行と株主を免責した計画、これ、どうお感じになっていますか。」「再稼働圧力が金融機関から来るわけですよ。これ、免責したということになると、安全と全く二律背反しませんか」(同上)とたたみかけた。
 確かに事実上倒産し国有化されている東電の柏崎刈羽原発の再稼働に対し債券を確保したい金融機関の思惑があることは事実であろう。しかし、それは枝葉末節に過ぎない。むしろ圧力の主導権は金融機関ではなく国が握っている。金融機関11社は東電向け融資で足並みをそろえ5000億円の融資を12月26日実施したが(日経:2013.12.18)、それは政府主導による「金融機関にも改革への協力を要請する」(朝日:12.19)強い圧力があったからである。国は東電株の50.1%を握っており、東電が“民間企業”であるというのは国が用意したフィクションにすぎない。廣瀬社長は“猿回しの猿”であり、国民には電力料金の値上げの脅し、金融機関には融資の強要をし、福島の住民への賠償を渋り、放射能を垂れ流し続けている“猿”を操るのは政府である。

4 核兵器の原料プルトニウムをため込む日本
 「日本は、原発の使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、それを燃料として再利用する核燃料サイクル計画を維持している。だが、六ケ所村の再処理工場の運転開始は遅れ、プルトニウムをウランと混ぜたMOX燃料を消費する原発も福島原発事故後は停止中で、サイクル実現のメドは立たない。日本が国内外に保有するプルトニウムはすでに約44トンにのぼり、今後、再処理工場が稼働すれば年間8トンのペースで増え続ける計算になる。核不拡散の観点から懸念の声も上がっている。」(シンポジウム「核燃料サイクルを考える~日本の選択はどうあるべきか」(朝日新聞社、プリンストン大学主催 2013.12.5)朝日デジタル版:12.29)と非難されている。同シンポジウムにおいて、スティーブ・フェッター メリーランド大学副学長(オバマ政権の2009~12年ホワイトハウス科学技術政策局次長(国家安全保障担当))は「日本は使用済み核燃料の再処理によって、核兵器にも使えるプルトニウムを大量に蓄えている。国内に10トン近くあり、核兵器に転用すれば1,500発分になる。海外にあるのは約35トン、5千発分にもなる。青森県六ケ所村の再処理工場が動けばさらに増える。将来の利用計画がないまま増え続ける。日本が核不拡散の強化を考えるなら、少なくとも、プルトニウム保有量を今より増やさないことが必要だ。私はそう思わないが、『日本は核武装のためにプルトニウムをためている』と疑っている周辺国もある。」(同上:12.21)と述べているが、疑っているのは米国自身でもある。
 原発を再稼働しなければ、再処理する必要も燃料を増殖する必要もないため、核燃料再処理工場ももんじゅも不要と見なされ、長年にわたり積み上げてきた独自核武装のための核燃料サイクル路線は破綻してしまう。同シンポジウムで再稼働を急ぐ理由について、佐藤行雄元国連大使は「疑われているならはっきりと説明する必要がある。停止している原発の再稼働の計画を立て、必要なプルトニウムの量を推定し、『これ以上は保有しない』と決めるべきだ。」(同上:12.21)と述べている。同シンポジウムにおいて海外のシンポジストからの提言という形で「分離済みプルトニウムの保有量を最小限にすること。すくなくとも、日本は、分離済みプルトニウムの保有量が最小限の実施可能な作業在庫(約1年分の消費量)に減るとともに、六ケ所再処理工場で分離されるプルトニウムを直ちに消費する態勢が整うまで同工場を運転すべきではない。」(同上:12.29)とクギを刺されている。
 日本の核武装勢力は国内外の圧倒的な脱原発の声にもかかわらず、一旦“勝ち取った”独自核武装という選択肢を放棄するつもりはない。原発輸出によって、日本を核燃料再処理の世界の拠点とするならば、日本は福島を始めとする「北」だけではなく今度は日本全土を失うこととなるだろう。その時には「涙流れてやまず」「さらば祖国わがふるさとよ」と叫んでも遅すぎる。

 【出典】 アサート No.434 2014年1月25日

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【投稿】迷走する安倍外交(2)

【投稿】迷走する安倍外交(2)

<靖国参拝の衝撃>
 昨年12月26日、安倍総理は靖国神社参拝を強行した。安倍総理は第2次政権発足以降、昨年4月の春季例大祭、8月の終戦記念日、10月の秋季例大祭など節目節目に、虎視眈々とチャンスを伺ってきたが、中国、韓国のみならずアメリカも含めた国際的な監視と、菅官房長官など周囲の反対で参拝は見送らざるを得ず、玉串料奉納などでお茶を濁すしかなかった。
 しかし、政権発足1年を迎え、とうとう我慢しきれず九段の鳥居をくぐったのである。「痛恨の極み」という個人の感情を対外関係や「国益」よりも優先させるという、一国の総理にあるまじき愚劣な行為である。
 これでは一時の激情で叔父やその配下を処刑した、金正恩第一書記を批判できないだろう。
 総理周辺は、その影響を最小限に抑えるため、海外の戦没者も含めて慰霊する「鎮霊社」にも参拝し、「不戦を誓うために参拝した」などという総理談話を発表するなど、見え透いた演出で糊塗しようとした。
 しかし、こうした小手先の行為は何の効果もなく、関係国からは激烈な反発が相次いだ。韓国、中国はもちろん、アメリカ大使館からも参拝直後に「日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに米国政府は失望している」という声明が発せられ、これはすぐにアメリカ国務省の見解に格上げされた。
 安倍総理は参拝するに当たり、韓国、中国の対応は織り込み済みで、これ以上関係は悪化しないだろうと考え、アメリカも「強固な日米同盟」、辺野古移設進展で、何も言わないだろうと楽観視していた。
 しかし、それは見事に裏切られ、アメリカの態度が明らかになった以降、潘基文国連事務総長も憂慮を表明、さらにロシアやEU、そして「親日国」のインドからも「日本が他国と論議を深め、協力して問題を解決することを望む」(インド外務省)という、日本に対して中韓との関係改善の行動を促す声明が発せられた。
 まさに、安倍総理の靖国参拝の衝撃は世界を駆け巡り、国際的な反発を引き起こしたのである。毎日新聞によれば安倍総理は参拝前「これで日米同盟が揺らぐなら私の失政だ」と漏らしたという。
 本人にすれば、日米同盟が揺らぐことはないという自信の表れだったのであろうが、年内に予定されていた小野寺防衛大臣とヘーゲル国防長官の電話会談が中止になるなど、日米間の亀裂は広がっていっている。安倍政権は、昨秋訪日したヘーゲル及び、ゲーツ国務長官が、靖国を避けて千鳥ヶ淵の戦没者慰霊碑を訪れたことや、ケネディ大使が赴任したことなど、様々なアメリカ側のサインを読み取れずにいたのである。
 1941年7月、南部仏印進駐を強行し、日米開戦へとつながるアメリカの対日石油禁輸を招いた、当時の第3次近衛内閣の情勢認識の欠如と通底するものがあるといえよう。

<アジアの次はアフリカ>
 靖国問題に関して、国際的な批判を受けた安倍政権は、ASEAN諸国はひとまず置く形で、アフリカ諸国に触手を伸ばしている。
 靖国参拝に先立つ12月23日、安倍政権は国連南スーダン派遣団(UNMISS)として南スーダンに駐留する陸自部隊の小銃弾1万発を、国連を通じてという形で韓国軍部隊に提供した。
 この際安倍政権は、発足したばかりの国家安全保障会議(総理、外相、防衛相、官房長官)を開催し、「今回は緊急事態であり、武器輸出3原則の例外」であると、これまでの「武器弾薬の提供は国連の要請でも不可能」という政府見解をいとも簡単に変更し、国会での議論はもとより、政府内での満足な議論も無しに、持ち回り閣議という事実上の事後承諾で事を運んだのである。
 一連の動きで明らかになったのは、国家安全保障会議が国会や内閣の上に超越し、憲法をも顧みない「戦時指導部」であること。
 悪化している日韓関係のなかで、韓国軍の窮地を利用する形で武器輸出3原則の空洞化、集団的自衛権解禁への洗礼を作ったこと。そして、他国軍に対する支援の実施という、アフリカにおける日本の軍事的プレゼンスを拡大したことである。
 この「成果」を踏まえ、次なる対アフリカ外交を進める基盤として、安倍政権は、自衛隊の海外での武力行使を見据え、国連平和維持活動(PKO)協力法などの解釈を見直す方針を明らかにした。
 その内容は、派遣部隊が多国籍軍などに対して行う後方支援の拡大や、PKOでの「駆けつけ警護」=押しかけ参戦容認に関するものである。
 安倍政権はこれと集団的自衛権行使解禁の憲法解釈とあわせて、年内の見直しを強行しようとしている。後方支援活動の拡大では、医療や捜索・救難活動などを戦闘地域でも可能にする方針である。
 今後はイラク派兵時に当時の小泉総理が放った「自衛隊の活動する地域が非戦闘地域だ」などという詭弁を呈さずに済まそうということだろう。
 「駆けつけ警護」とは、「PKOに参加中の自衛隊が、離れた場所で攻撃された他国軍や民間人らを助けることため武力を行使する事」である。この場合、当該の他国軍などからの要請が条件なのか、自衛隊が独自に察知した場合も可能なのか曖昧となっている。つまり、支援を求められなくても押しかけて参戦する事態が考えられるのである。

<ご都合主義外交>
 丁度100年前、第1次世界大戦が勃発し、大日本帝国は日英同盟に基づきドイツに宣戦を布告した。この当時は概念としてなかったが集団的自衛権の行使である。日本はイギリスからは主戦場たる欧州への派兵を求められたが、遠すぎると拒否しつつ、中国本土のドイツ領(青島)や南洋諸島を攻撃し占領した。
これが、その後の対華21か条の要求など中国侵略に続いていく。この時日本は支援を理由に自らの権益拡大を果たしたのである。
 こうしたご都合主義は安倍政権も踏襲している。国連安全保障理事会は先月、南スーダンの安定のためUNMISSの要員を約1万4千人に拡大させる決議を全会一致で採択した。
 これを受けパキスタンやバングラデシュ、ネパールなどが兵員、装備の増派を決定したが、これら諸国は迅速な輸送手段を保持していなかった。
 そこで国連はアメリカとNATO軍の輸送機で、各国から南スーダン隣国のウガンダまで兵員装備を空輸、以降は自衛隊の輸送機で南スーダン首都ジュバの空港まで輸送する兵站計画を立案し、関係国に打診した。
 国連としては、韓国軍に弾薬を提供した自衛隊の実績、さらにジュバ周辺は比較的安定し、自衛隊はジブチに基地があることなどから、当然快諾されるものと考えていたが、安倍政権は先の対応とは一転「自衛隊が他国の部隊や兵器を輸送すれば、憲法が禁じる武力行使との一体化に抵触する恐れがある」として断ってきたという。
 国連としては肩透かしを食らった形となったが、安倍政権としては小銃弾の提供で所期の目的は達成したとして、市民保護や治安の安定は2の次ということなのだろう。昨年末の「迅速な対応」がいかに政治的な思惑に満ちていたかが判ろうというものである。
 こうした動きの中、安倍総理は地ならしが済んだとばかりに、1月14日まで中東、アフリカ諸国を歴訪した。アフリカではコートジボワールとモザンビーク、エチオピア3カ国を訪問、各国との首脳会談では人材育成や地域貢献という人道支援を強調しながら、天然資源獲得という魂胆と中国への対抗意識を露わにし、日本企業の進出を売り込んだ。
 エチオピアの首都、アジスアベバのアフリカ連合(AU)本部で安倍総理は、「日本と日本企業にはアフリカ諸国のお役に立てる力がある」とアピール。2012年には「16年までに10億ドル」としていた円借款の20億ドルへの増資、さらに地域紛争での難民支援や自然災害対策にも3・2億ドルを出資することも表明した。

<世界を彷徨う安倍>
 しかし、札束をチラつかせての資源外交は危ういものがある。安倍総理がエチオピアで「わたしもアベベ」などと軽口をたたいている最中の12日、インドネシアは、国内の加工産業育成などを目的に、ニッケルなど未加工の鉱石の輸出を禁止した。輸入の4割を同国に頼る日本への影響は大きい。
 インドネシア国内では資源収入が自国に還元されていないとの不満が強く、今回の資源ナショナリズムを誘発した。安倍総理は昨年1月にインドネシアを訪問、12月にはユドヨノ大統領が訪日し「戦略的パートナー関係」を結んだにもかかわらず、こうした事態が惹起した。「価値観外交」などという上辺だけの安倍外交の脆さが表れている。
 ふらつく安倍外交の一方で、「第2次大戦の結果を尊重する」という価値観を共有する国々(これは戦勝国連合ではない。敗戦国のドイツも、戦後独立した国もそうした価値観を共有している)、とくにアメリカと中国、韓国は、靖国参拝以降日本包囲網を強めている。
 アメリカ上院では、2014会計年度歳出法案の付帯文書に従軍慰安婦問題で国務長官が日本政府に正式な謝罪を働きかけることを要求する項目が盛り込まれ、1月16日可決された。またバージニア州議会上院では、州の教科書に日本海と東海の併記を求める法案が可決された。
 こうした動きに日本の反動勢力は逆切れをおこしている。日本の右派地方議員で組織する「慰安婦像設置に抗議する全国地方議員の会」の13人は、16日同像が設置されたロサンゼルス近郊のグレンデール市に押しかけ、撤去するよう申し入れた。アメリカ市民の目には、昨年の橋下大阪市長発言の延長線上の行為に映っただろう。
 17日には自民党の萩生田総裁特別補佐が党青年局の講演会で、アメリカ政府の靖国参拝批判に対し「アメリカは共和党政権時代にはこんな揚げ足取りはしなかった。民主党のオバマだからやった」「日本がアーリントン墓地に行くなと言ったら(大統領は)いかないのか」と支離滅裂な反論を行った。常日頃、韓国や中国に「冷静に、冷静に」と呪文のごとく唱えている安倍政権自身が冷静さを失っているのである。
 アメリカは自民党の幹部がネトウヨと同レベルの思考であることに驚いただろう。同じ日、ライス大統領補佐官は訪米中の谷内国家安全保障局長と会談した。そのなかで補佐官は安倍総理の靖国神社参拝問題を取り上げ、日韓関係の修復のため日本側に行動を求めるという強烈なカウンターを放った。
 アメリカ、アジア、アフリカとよりどころを求めて世界を彷徨う安倍総理は、日露首脳会談の前にソチ五輪開会式に出席する意向を示した。欧米各国首脳が同性愛者への抑圧などロシアの人権状況を憂慮し、参加を見合わせる中での訪問である。
 安倍外交は訪問に費やした時間と経費に比して成果が上がっていないのが実情であろう。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.434 2014年1月25日

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【日々雑感】 喪中で観る箱根駅伝 

【日々雑感】 喪中で観る箱根駅伝 

 一年という時の流れの中には、実にいろんな出来事があります。
 去年のアサートの1月号には、妻と一緒に箱根駅伝を観た記事を書きました。
 妻は「私は勝った負けたはどうでも良い。箱根路の風景がきれいなので箱根駅伝を見るのが好きなんや」と言っておりました。私は、「ああ、そんな楽しみ方もあるんだなあ」と感心させられ、妻と一緒に見入ってしまいました。
 ところが今年はその妻も、この世の人ではなくなりました。去年5月に「お父、ユーちゃんと仲良く暮らしてなあ」との遺言を残してあの世へ行ってしまったのです。
 妻は以前から軽いウツ症状があったのですが、薬ぎらい、医者きらいの彼女の症状を見抜けなかったのが、私の失敗でした。
 もっとウツ病のことを学習しておけば良かったのにと思っても後の祭りです。最近では、ウツ症状に関するビデオ等を貸し出して啓発してくれる公的機関もあったのに、残念でなりません。
 そんなわけで、今年の箱根駅伝は、私一人での観戦となりましたが、何と空しいことか、湘南の海や芦ノ湖が映る度に涙が頬をつたいました。「お前ばかりが悲しいのではない。世の中には、もっとつらい別れをした人は、なんぼでもいるんだぞ」という声が聞こえて来る思いでしたが、そんなことは百も承知している。それでも実際に、この身に振りかかってみれば、理屈ではどうしようもない。
 せめて毎年のお正月の2日、3日には位牌をテレビに向けて、菩提を弔ってあげたいと思っております。(2014年1月16日 早瀬達吉) 

 【出典】 アサート No.434 2014年1月25日

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【投稿】中国防空識別圏と安倍外交の迷走

【投稿】中国防空識別圏と安倍外交の迷走

<肩いからす安倍政権>
 11月23日、中国政府は、同国が1997年に制定した国防法などに基づき、東シナ海上空に防空識別圏を設定したことを明らかにした。
これに対し日本政府は過剰な反応を示した。外務省の伊原アジア大洋州局長は同日、韓志強駐日中国公使に電話で「中国の防空識別圏は、わが国固有の領土である尖閣諸島の領空を含むもので、全く受け入れることはできない」と抗議。
 小野寺防衛大臣は同日、防衛省で岩崎統合幕僚長らと今後の対応について協議、終了後記者団に「一方的な指定は大変危険である。警戒監視については従前以上に、しっかりとした対応が必要」と語った。
 太田国土交通相も、中国が求めている民間機の飛行プランの事前提出については必要ないと、強硬姿勢を見せた。
 こうしたなか、11月26日、グアム島の空軍基地を飛び立ったアメリカ空軍のB52戦略爆撃機2機が、中国防空識別圏内を初飛行した。これに安倍政権は欣喜雀躍し「強固な日米同盟で中国に対抗する」と、ますます対決意識をあらわにした。
 しかし、B52の飛行は中国に挑戦するような性質のものではなく、通常の訓練の一環であり、中国側もスクランブルはかけなかったのである。
 前日の25日、中国国防相の楊宇軍報道官は記者会見で、日本政府に対して抗議をしたうえ「防空識別圏は領空ではなく、飛行禁止区域ではない」「外国機は国際法に基づき他国の防空識別圏に侵入できるが、自国も圏内の航空機を確認し、脅威に応じる権利を持つ」「中国と日本の防空識別圏が重なることは不可避だが、そこでは両国が情報交換を行い、互いに飛行を安全にすると考える」と述べている。
 これは当初日本内で報道された「識別圏内で中国の指示に従わない航空機には武力行使も辞さない」という強硬姿勢とは全く違う対応である。アメリカ軍もこれを踏まえ、B52を中国側の出方確認も含め、飛行させたと考えられる。

<緊張激化せず>
 そもそも、防空識別圏とは領空の外側に各国が任意で設ける緩衝地帯のような空域である。
 すなわち仮に自国に敵対行動をとろうとする未確認機が、領空に侵入してからスクランブルをかけては間に合わない場合があるので、航空機がどのような性質のものであるかを目視で確認する(レーダーでは機種、国籍等は判別できない)ためのゾーンであり、軍事衝突を未然に防ぐためのものでもあるのだ。
 日本の防空識別圏も、もともと在日米軍が設定したものを、1969年に自衛隊が引き継いだものである。周辺国に関しては、ロシアも韓国も独自の防空識別圏を設定しており、関係国で綿密に調整する性質のものでもない。
 民間機が撃墜された領空侵犯に関しては、1983年のソ連防空軍機による大韓航空機撃墜事件が有名であるが、冷戦構造が崩壊して以降、領空侵犯事案に関しての武力行使は発生しておらず、防空識別圏内でのそうした動きは考えられない現実がある。
 今回の防空識別圏設定については、B52の飛行以降も米軍機や空自機が圏内を飛行しているにも関わらず、懸念されているような事象は発生していない。これには、中国軍の監視能力(地上レーダーでは500キロ離れている識別圏の東端を探査できない)も関係していると思われる。
 防空識別圏内の航空機を詳細に監視するには、早期警戒機を常時飛行させておかねばならず、これは中国軍にとって相当の負担になる。したがって慣行を逸脱した民間機の飛行プランの提出を求めるのも、こうした負担を軽減させたいがための措置と考えられる。
 また、11月26日演習のため山東省の青島を出港した空母「遼寧」は、当初予想された南西諸島を突っ切る「第1列島線」通過コースではなく、台湾海峡を通り南シナ海に向かった。さらなる緊張激化を望んでいた安倍政権にとっては肩透かしだったであろう。

<アメリカの「背信」>
 さらに安倍政権にとって、足元を掬われるような事態も発生した。B52に中国防空識別圏内を飛行させたアメリカの「英雄的行動」に喜んだのもつかの間、11月29日米政府は米民間航空各社に、中国の防空識別圏内を飛行する際、事前に中国側に対し飛行プランを提出するよう勧告した。
 これを受け、アメリカン航空など3社は早速中国に飛行プランを提出した。米政府は、これは偶発的な事態を予防するための措置と説明しており、軍用機は事前の飛行プラン提出は行わないということであるが、事実上、中国の防空識別圏を黙認したことに他ならない。
 これに驚愕した安倍政権は、12月2日来日したバイデン米副大統領に、アメリカが中国に対してさらなる強硬な姿勢をとってくれるよう懇願した。
 3日に行われた安倍‐バイデン会談では、中国の防空識別圏設定について「一方的な現状変更の試みを黙認しない」ことで一致したものの、安倍政権が目論んでいた「防空識別圏の撤回を求める」までは踏み込めなかった。「黙認しない」と言っても実際の行動がなければ「黙認」していることと同じである。
 バイデン副大統領は中国に対し一定強い調子でメッセージを送ったものの、一方で安倍政権に対し、尖閣諸島周辺での偶発的な武力衝突を防ぐため、日中間で危機管理のシステムや対話のチャンネルを構築すべき指摘した。
 翌日北京を訪れた副大統領は習近平主席と会談したが、防空識別圏問題はお互いの主張を確認したのみで終わり、何かを獲得したとか、譲歩を行ったというレベルの「談判」にはならず、公的な場では友好ムードが支配したという。
 同時期ワシントンではヘーゲル国防長官が記者会見で「防空識別圏は別段不思議なことではない。問題は一方的、突然の実行だ」と表明。同席したデンプシー統合参謀本部議長も「防空識別圏内を飛行するすべての航空機に飛行プランを提出させようとする中国の対応が問題」と指摘した。
 これは「中国の防空識別圏設定自体問題はないが、その運用方法が問題である」ということである。

<孤立深まる日本>
 習‐バイデン会談の翌12月5日、南シナ海で演習中の「遼寧」を監視中のイージス巡洋艦「カウペンス」の進路を中国艦船がブロックする事案が発生した。
 この時両艦が接近中も無線交信は続けられ、衝突は回避された。冷戦時代は黒海でソ連艦艇がイージス巡洋艦に体当たりするという事件が起こっており、今回の事案で緊張が高めまるとは双方思っていないであろう。
 このように安倍政権が頼みとするアメリカも中国との過度な緊張関係を作り出そうとはしていない。それはアメリカの世論からも明らかである。
 外務省は19日、米国で一般国民を対象に実施した対日世論調査の結果を発表。調査では「アジアで最も重要なパートナー」に中国を挙げた人が39%で最多となり、日本は35%で2位となった。さらに一般国民だけでなく、有識者を対象にした調査でも中国がトップとなり、「強固な同盟」は砂上楼閣と化しつつある。
 中国の防空識別圏を巡っては、韓国も自国領と主張する離於島 ( イオド )上空が含まれていることから、厳しく反発。韓国国防部は12月8日、同島を包摂する形で防空識別圏を拡大することを発表した。
 この事態に安倍政権は「中韓連携の崩壊」と思い込み、すでに韓国がアメリカの了解を得ていることから、この措置を容認したが、韓国は一方で、大韓航空、アシアナ航空に中国への飛行プランの事前提出を促しており、日本の硬直的な対応とは違った硬軟織り交ぜた外交を見せている。
 このほか、中国政府の発表では、20か国近くの国の航空会社が事前提出に応じており、日本の国際的孤立はますます明らかになってきている。

<大東亜共栄圏の夢想>
 この閉塞状況を打開するため、安倍政権は活路を東南アジアに見出そうとしている。12月14日には東南アジア諸国連合首脳を東京に招き、日本ASEAN特別首脳会議を開催した。 これは丁度70年前の1943年11月に開催された「大東亜会議」を彷彿とさせるものである。
特別首脳会議では海上安全保障や「航空の自由と安全確保」への協力強化で一致したものの、参加国には東シナ海上空に防空識別圏を設定するなど勢力の拡大に動く中国をにらみ、ASEAN諸国との結束確認にこだわった。
 しかし参加国には、ミャンマー、カンボジア、ラオスなど中国と結びつきの深い国もあり、さらにマレーシアやシンガポールなど華僑の影響力が強い国も、中国との緊張関係は望んでいない。
 対中関係で連携強化できたのは領土を巡り中国との緊張関係が存在する、フィリピン、ベトナムであり、フィリピンとは巡視船の供与などで合意した。(巡視船なら問題はないということであろうが、同国海軍の最新鋭艦は元アメリカ沿岸警備隊の巡視船を改装したものであり、日本の巡視船も海軍に編入される可能性があり、武器輸出解禁の実質的な先取りではないか)
 こうした現状では新たな「大東亜共栄圏」は成立しそうにもない。
 安倍政権は事あるごとに「力による現状変更は認めない」とお題目の様に繰り返しているが、北方領土に関しては「論議による現状変更」を求めている以上、尖閣諸島に関しそれを要求する中国に対し「領土問題は存在しない」との一方的な対応をとり続けては、国際社会の理解は得られないだろう。(大阪O)

 【出典】 アサート No.433 2013年12月28日

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