【投稿】増税・原発再稼動を担う民主・野田政権

【写真】9月19日 さよなら原発全国集会のパレードから。
 行進しているのは、呼びかけ人の大江健三郎さん、内橋克人さん、落合恵子さんなど。  
 9月19日 さようなら原発全国集会の詳細は、平和フォーラムHPを参照ください。


【投稿】増税・原発再稼動を担う民主・野田政権

<<「最大限の協力を申し上げたい」>>
 東日本大震災と内外に放射能汚染を拡大し続けている福島第一原発の重大な事故の衝撃によって、菅政権は曲がりなりにも脱原発路線への転換を余儀なくされたが、そのあいまいで弱腰きわまる政治姿勢によって自滅せざるを得なかった。歴史的、あるいは人類的使命がかけられ、なおかつ現実的可能性が今ほど高まっているときはないこの脱原発路線への全面的な転換が、後継・野田政権によってさらに後退させられようとしている事態に対し、厳しく監視することが必要とされていると言えよう。
 野田首相は首相就任後の初会見で、今後の原発については「新たに造るのは現実的に困難。寿命が来たものは更新せず、廃炉にしたい」と述べていたにもかかわらず、9/13の所信表明演説では、「『脱原発』と『推進』という二項対立でとらえるのは不毛」と言い切り、「定期検査後の再稼働を進める」と表明したのである。
 首相就任直後からこの所信表明演説に至るまでの間に、首相は先ず最初に、日本の原発を礼賛してやまず、「再稼働しないと電力不足で工場を海外移転せざるを得なくなる」などと脅し発言を続ける経団連の米倉会長に挨拶に伺い、互いにエールをかわし、米倉氏は浜岡原発稼動中止を契機に一種の断絶状態にあった菅前首相との関係とは打って変わって、野田首相に対しては「最大限の協力を申し上げたい」と応じたのであった。もちろん、「最大限の協力」の対象は、TPP(環太平洋連携協定)推進、法人税減税、消費税の大幅増税、原発の再稼動と輸出促進、そしてこれらを支える大連立等であることは言うまでもない。
 野田氏は、月刊誌『文藝春秋』2011年9月号の「わが政権構想」の中で、「日本の電力不足は日に日に悪化する懸念があります。東日本に加え、関西電力など西日本地域も不足しています。現在稼動している原発は来年四月までには、すべての発電所が定期検査を迎えます。これらの原発が再稼動しない場合、電力の予備率はさらに悪化します。」と、米倉氏と同じ認識をたてにして、「厳しい現実を直視すれば、安全性を徹底的に検証した原発について、当面は再稼動に向けて努力することが最善の策ではないでしょうか。」と述べ、さらには原発輸出についてさえも肯定的な意見を述べている。

<<「潜在的な核抑止力として機能」する原発>>
 そしてこれを後押しするかのように9/7日付・読売新聞は「エネルギー政策 展望なき『脱原発』と決別を」と題する社説を発表した。同社説は、「野田首相は、電力を『経済の血液』と位置づけ、安全が確認された原発を再稼働する方針を示している。唐突に『脱原発依存』を掲げた菅前首相とは一線を画す、現実的な対応は評価できる。」として首相を持ち上げる。しかし、「首相は将来も原発を活用し続けるかどうか、考えを明らかにしていない。この際、前首相の安易な『脱原発』に決別すべきだ。」と述べ、今や国内外問わず圧倒的な多数派に転化しつつある脱原発の世論に、敢えて真正面から棹差し、これに反対の意を表明し、野田首相に対して「脱原発」から明確に「決別」することを迫っているのである。原子力推進派の主張の核心をきわめて意図的かつ政治的に前面に押し出したものである。
 同社説はさらに、「新設断念」は早過ぎる、と題して「野田首相は就任記者会見で、原発新設を『現実的に困難』とし、寿命がきた原子炉は廃炉にすると述べた。これについて鉢呂経済産業相は、報道各社のインタビューで、将来は基本的に「原発ゼロ」になるとの見通しを示した。」「代替電源を確保する展望があるわけではないのに、原発新設の可能性を全否定するかのような見解を示すのは早すぎる。」と警告し、「高性能で安全な原発を今後も新設していく、という選択肢を排除すべきではない。」と忠告する。
 そして最後に同社説のあからさまな本音が吐露される。「日本は原子力の平和利用を通じて核拡散防止条約(NPT)体制の強化に努め、核兵器の材料になり得るプルトニウムの利用が認められている。こうした現状が、外交的には、潜在的な核抑止力として機能していることも事実だ。首相は感情的な「脱原発」ムードに流されず、原子力をめぐる世界情勢を冷静に分析して、エネルギー政策を推進すべきだ。」と結論付ける。
 ここに読売社説は、原発推進の核心となる役割について、「潜在的な核抑止力として機能」する原発、核兵器製造の核心となるプルトニウムを製造する原発、まさにそのような原発を「積極的に評価」する立場をここで鮮明に打ち出したのである。事故があろうが、放射能汚染を撒き散らそうが、そしてたとえ電力が余っていようが、原発推進は核武装と同様の核抑止力として必要なのだという驚くべき主張である。自民党の軍事オタク・石破氏の主張と同一である。読売にとって電力不足は原発推進のお飾り的理由であって、本音はここに集約されている。
 原発推進派でもここまで露骨な主張はできるものではない。それがたとえ本音であったとしても、それは明らかな暴論であり、外交的にも言ってはならないことを公然と吐露してしまったのである。「核の平和利用」は表面上の理由であって、実は日本は核兵器製造を準備万端怠りなく行うために、それが果たす核抑止力のために原発を推進しているという、国際的には許しがたい重大な逸脱行為として糾弾・追及されるべき犯罪的主張である。読売の伝統とはいえ、最大の発行部数を誇る新聞の社説が、守るべき原則を完全に踏み外してしまった、知的常識的抑制さえ効かない程度の新聞に成り下がってしまった、その意味では「画期的」社説である。強まる「脱原発」の流れに不安と焦りを感じた結果であろうが、この本音は見逃すことのできないものである。

<<節電キャンペーンが実証したもの>>
 ともあれ、読売の社説は原発推進・原発再稼動の第一の理由に挙げるのは、表面上は原発停止による電力不足である。同社説は、節電だけでは足りない、として「原発がなくなっても、節電さえすれば生活や産業に大きな影響はない、と考えるのは間違いだ。」と主張する。
 ところが、原発推進勢力にとっては、天気予報ならぬ電気予報や電力予報を駆使したこの夏の節電キャンペーンの結果は、「原発再稼動が絶対に必要」という彼らの意図に反して、実は原発に依存しなくても電力供給は十分に可能であるという現実を見せつけることとなったのである。
 年間で最大発電量を必要とするこの夏、稼動中の原発は11基、日本全国54基の20%にすぎず、少なくともこの時点で43基の原発は廃炉にしても差し支えない、電力不足も十分に乗り越えられるという事態を実際に示して見せたのである。しかも大震災に見舞われた東北電力(全4基)は地震で全基停止、問題の東京電力(全17基)でも地震等で15基停止、稼動しているのは2基、245万kw強のみであった。それでも東電は1,000万kw以上も余力があり、稼働中の東電柏崎・刈羽の2基の原発を停止しても電力供給に不足が生じない事態を実証して見せたのである。そして、中部電力(全3基)、北陸電力(全2基)では稼働中の原発は0であり、稼働中の全国の原発の電力合計は986万kWにしかならず、なおかつ定期検査を迎えて全国でこの年内に5基、来春には残りの全機が停止する予定である。
 なぜそれでは電力供給に不足が生じなかったのであろうか。それは電力独占事業にとって「国策」を理由に自らの懐を痛めずに最も利幅の多いうまみのある原発を24時間稼動させることをベースに、水力・火力発電を調整電力としてしか稼動させてこなかったのが、この非常事態の中で、これまで大半は休ませていた水力・火力を再稼動させれば発電余力は十分にあり、なおかつ原発と違って水力・火力は稼動と停止が容易であり、需要に応じた出力調整が自由自在であることを改めて立証してしまったのである。つまりは、定期検査後の原発の再稼働はすべて不要であり、地域的に不足する事態が予測されても、この間に必要かつ適切な対応をとれば電力供給に不足は生じないのである。もちろんそれと並行的に再生可能エネルギーの促進、他の電力資源の積極的活用を進めるとともに、なによりも独占的事業によって、その豊富な資金提供によって政財界、マスコミ、学会、労組をまで牛耳ってきた電力独占資本を、独占を許さない体制、送電・発電事業の分離と開放をさせることが、電力供給それ自体にとっても重要であることを示している。
 野田新政権が、原発推進・原発再稼動勢力に媚を売り、屈するならば、そして復興再生を台無しにさせるような増税路線を突き進むならば、またもやこの政権も不安定極まりない政権となって漂流する、と言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.406 2011年9月24日

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【投稿】核から今すぐ撤退せよ

【投稿】核から今すぐ撤退せよ
              福井 杉本達也

1 科学に後戻りはある
 「原発をやめると、という選択は考えられない。」「発達してしまった科学を、後戻りさせるという選択はあり得ない。それは人類をやめろ、というのと同じ」(日経:2011.8.5)と評論家の吉本隆明(40台以下の世代にはよしもとばななの父親といったほうが分かりやすいか)はいう。しかし、残念ながら人類を滅亡させる科学は後戻りさせるほかはない。原発に吉本がいうような「完璧な安全装置を」(同上)つけることはできない。一方は核反応とそれに附随する放射線崩壊であり、数万年・数十万年単位(プルトニウムの半減期は2万4千年)の世界であるのに対し、他方は化学反応であり、生物が生活する数十年単位の世界だからである。鉄(圧力容器)やコンクリート(格納容器)で作られた「完璧な安全装置」も化学反応により錆びたり劣化したりして数十年単位で朽ち果てていく。フィンランドでは10万年間放射性廃棄物を保管する最終処分場を建設中だが、10万年後に人類が生存するかどうかも疑問である(毎日:2011.7.31)。恐竜か「猿の惑星」に管理を託すしかない。要するに管理不可能なのである。

2 熱は宇宙に放出できるが、放射能は地上にたまり続ける
 地球に生命が存在できるのは、大気と水があることによって、太陽からの熱を逃がさないようにするとともに、それが循環することによって、余分な熱エントロピーを宇宙に捨てているからである。ところが、物の場合はどうであろうか。セシウム137やプルトニウム239といった放射性物質は大気や水よりかなり重いため、宇宙空間に余分な物として排出することは出来ず、どんどん地上にたまり続けることになる。今回の福島第一原発事故では広島型原爆30発分の放射能がまき散らされたが、この放射能は今後どんどん減っていくということはない。福島県内の農地の5000ベクレル/kg以上の汚染土壌を深さ5㎝程度削り取るだけで400万トンの廃棄土壌が出る。この土壌はどこへも持っていくことはできない。数百年間に亘り管理しなければならない。まして、1マイクロシーベルト/時を超える汚染された山林は福島県の1/7もあり手の施しようがない。表土をたった5㎝削るだけで1億立法メートルを超える。国はあたかも「除染」によって放射能がなくなるかのような情報操作を行っているが、放射能が消えてなくなることはない。こちらにあった物をあちらへと移動するに過ぎない。福島県を中心として宮城・岩手・栃木・茨城など東日本全体にばらまかれた放射能の総量は変わらないのである。そもそも、広い面積の稲株の残る凸凹した農地をわずか5㎝だけはぎ取るなどということは可能なのだろうか。はぎ取る厚さが増えれば廃棄土壌は大幅に増えるし、作業が杜撰であれば放射能を土壌中に鋤き込んでしまう。自然の浄化作用は放射能には効かない。

3 当初、核エネルギーに驚嘆した科学者
 原子力資料情報室を設立した物理学者の武谷三男は原子爆弾が広島に投下されたとき「私がうけた強い印象は、ついに人類が原子力を解放したということであった。新しい時代が始まったのである。科学者として率直にこの喜びとほこりを感じた」(『素粒子の探求』1965.5.30)と高揚感に満ちた受け取り方をしている。ノーベル賞を受賞した湯川秀樹も「ついに 原子バクダンがさくれつしたのだ ついに 原子と人間とが 直面することになったのだ 巨大な原子力が 人間の手にはいったのだ」(湯川秀樹詩「原子と人間」)と巨大なエネルギーの解放に期待を込めている。しかも、科学者ばかりではなく当時、富山県黒部産の「風邪にピカドン」という置き薬(1包40円)が発売されており(加藤哲郎:2011.9.1)、また、手塚治虫の「鉄腕アトム」(ウランちゃん)やビキニ環礁での原爆実験の衝撃をデザインした「ビキニ水着」の流行など民間でも核エネルギーに対する期待は大きいものがあった。当時、核は発電だけではなく、飛行機や鉄道などの輸送手段や原子力製鉄などへの応用といった幅広い分野での「無限のエネルギー源」の利用が期待されていた。「科学的なエネルギーやさまざまな電気的エネルギーの使用形態がだんだん進んで、核物理の到達点から技術的適応としての核の平和利用に進んでいく歴史の流れの延長上に、日本人が進歩とか発展というものを見ようとした」「一種のバラ色の科学技術未来論」(高木仁三郎『原子力神話からの解放』2000.8)であった。しかし、その『未来論』は核エネルギーの制御のし難さから・放射能の危険性から急速に萎んでいった。吉本隆明は技術の困難さという途中が抜けて、いまだに66年も前の「高揚感」を引きずっているに過ぎない。

4 金儲けのために原爆が落とされた
 核はなぜ1945年8月6日に広島に無警告で落とされたのか。米国の公式見解は「対日戦争を早く終わらせるため」であったとされる。しかし、哲野イサク氏は原爆投下を事実上決定した「暫定委員会」(軍からはスティムソン陸軍長官ら・科学者からはオッペンハイマーらが参加)の議事録から丹念に原爆使用の政策意図を掘り起こし、①ソ連を核兵器開発競争に狂奔させるために、日本に対して警告なしの原爆使用を行った。(日本への原爆使用が「警告なし」に決まったのは、原爆の華々しいデビューを飾るためだった。そしてそれはソ連の目の前で、人口密集地に投下して、原爆を実際に使って見せ、ソ連を恐怖させ、ソ連を原爆開発に狂奔させるためだった)②その政策意図は、ソ連に核兵器開発させて、核兵器を中心においた準戦時体制を構築することだった。③準戦時体制(冷戦)は戦時体制同様、議会(正確にはアメリカ国民)からノーチェックで厖大な投資が予想される原子力エネルギー開発へ予算を注ぎ込むことだと結論づけている(「トルーマン政権、日本への原爆使用に関する一考察」2010.8.13)。ソ連に対する警告とか核抑止力という後付の高尚な理由ではなく、国民の税金を使って新たな基礎研究開発を政府が行う、しかもその基礎研究の成果は排他的に一部の大企業だけが利用できる仕組みを構築する。戦争が終わった後に継続的に予算が確保されるというシステムを作り出すために「軍産学の鉄の結束」を維持するという、自らの金儲けのために人類と地球を危険に曝すことをいとわなかったし、現在もそうしている一部勢力が存在するということである。


5 原子力技術は核武装につなげるものであると公言する読売新聞社説

 9月7日の読売新聞社説は「エネルギー政策 展望なき『脱原発』と決別を」と題し、「日本は原子力の平和利用を通じて核拡散防止条約(NPT)体制の強化に努め、核兵器の材料になり得るプルトニウムの利用が認められている。こうした現状が、外交的には、潜在的な核抑止力として機能している」そのための「原子力技術の衰退を防げ」という。これまでも潜在的核開発能力があるとかを公言する政治家は度々いたが、ここまであからさまな社説も初めてである。先日、燃料交換のための炉内中継装置が落下し復旧作業を行っていた高速増殖炉もんじゅがほぼ事故前の状態に復旧した。なぜ、そこまで作業を急ぐのか。「もんじゅの真の目的は、超軍用プルトニウムを製造することである。そのため、半年に一回燃料を交換する。その際ブランケット燃料集合体の4分の1を交換する。つまり毎年半数のブランケット燃料集合体を取り出し、超軍用プルトニウムを毎年62キログラム生産するように設計されている」(『隠して核武装する日本』槌田敦・中嶌哲演他:2007.11.26)との指摘と社説を重ねるだけで十分であろう。ちなみに超軍用プルトニウムは純度97%以上であるが、もんじゅのそれは99.8%であり2kgもあれば核兵器が作れる。原子力に巣くう勢力は「ムラ」という生やさしい勢力ではない。国民の税金を湯水のごとく使い、自らの金儲けのためだけに人類と地球を危険に曝すことをいとわなない犯罪者集団である。こうした犯罪者集団のこれ以上の跋扈を許してはならない。このままでは人類は核による地球の汚染で死滅してしまう。今すぐ核から撤退すべきである。 

 【出典】 アサート No.406 2011年9月24日

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【投稿】牙をむく橋下・大阪維新の会 反ファッショ統一戦線の形成を

【投稿】牙をむく橋下・大阪維新の会      反ファッショ統一戦線の形成を
元田 隆文

<迫る大阪市長選挙>
11月に予想される大阪市長・府知事のダブル選挙に向けて、橋下大阪府知事を代表とする地域政党「大阪維新の会」は15日、府と大阪市、堺市を再編する大阪都の実現とそこに至る工程表を記した都構想推進大綱、府知事選と大阪市長選のマニフェスト(素案)を公表した。大阪都への移行時期を2015年4月1日とし、都による都市経営権の集中と、民営化、職員数の削減などを特色としている。
「これほどはっきりとビジョンを示した迫力あるマニフェストはない。史上最高だ」と橋下知事は大ミエをきって自画自賛する(維新の会の政治資金パーティーで)。しかし、都構想の内容は従来のものに多少色づけした程度のものでしかない。しかも、それぞれ完成版は10月末とするという。小出しにしつつ、マスコミの報道を煽り、批判的な指摘についてはそれを無原則に取り入れて修正していく、という例のポピュリズムの手法である。
詳細な分析は別途として、ここでは、これらの内容が従来明らかにされたものより一層問題の多い危険なものへと深化していることを指摘しておきたい。また、橋下知事が、自らの政治手法の危険な性格を、より露骨に隠すことなく表明しだしていることにも注意しなければならない。

<矛盾を深める「大阪都構想」>
大阪都構想に関して、この間次のようなことが報道されている。
選挙後、府、大阪・堺両市に「大阪都移行本部」を立ち上げ、知事や市長らをメンバーとする協議会を設け、両市を人口約30万~50万人の特別自治区に分割する。都は、成長戦略や警察、環境、危機管理、雇用対策など、区は、保健衛生や福祉、小中学校教育、防災などを担う。区議会のほかに「ボランティア議員」の役割を担う地域協議会も設置。区議会の定数と議員報酬はより低いコストに抑え、都と区の総職員数は現在の7割以下に。区は中核市並みとし、財源は1000億円規模とし、都区間の財源調整は、都に39%、区に61%に。また、地下鉄、バス、水道は民営化し、大学、病院などは一体経営とする。日銀や参議院など首都機能を大阪に分散するよう要請する。また、府内の市町村の合併も進める、など。
問題は、従来言われてきたことよりも「都に一層権限を集中する」こと、また、特別自治区での格差と市民サービスが切り捨てられる虞について全く解決されていないことである。大阪全域の公立26病院を地方独立行政法人によって一体的に経営するというのは、そのうちの多くの施設の廃止にすら繋がりかねない。他方、海外資本によるカジノなどの大型エンターテインメント施設などの誘致が優先課題に挙げられている。財政の建て直しと行政の効率化という名の下に、都の財源は大規模公共投資に。利権に繋がらないものは、市民のボランティアに。教育、福祉、医療は切り捨てと利権化へ。自治体の使命は、独裁とカネ儲け、そして利権に奉仕すること、と言われても仕方のないものである。

<公務員攻撃の目指すもの>
橋下知事は9月12日の維新の会合で、「大阪都構想」などに反対する大阪市幹部職員を降格させる意向を示し、また、構想実現に参画させる大阪市の幹部候補者を10月初旬をめどにリストアップするよう指示した(各紙の報道)。そして、「「政治に足を踏み込んできている市職員がいる。根こそぎ外しにかかってください」と力を込めた」(9月13日朝日)。「大阪市長選出馬を示唆する橋下知事は早くも、都構想の賛否を巡る市幹部職員の選別に乗り出した」(9月13日毎日)のである。
これに先立ち、維新の会は、5月府議会で、学校行事での「君が代」の起立、斉唱を処分で強制する条例を各党の反対を押し切って強行採決したほか、教育への政治関与を明示する「教育基本条例」や、公務員の「整理解雇」条例の提出を予定している。
これらの一連の公務員・教員への攻撃について、橋下知事や維新の会は、「公務員は、政治家である知事や市長の言いなりに黙って従うべきである」という論理を振りかざしている。これは、市民の公務員に対する不満と妬みに依拠して選挙の票にしようとするためである。同時に、独裁者の国家、公務員に対する本質的な要求が露骨に現れたものと見なければならない。公務員、教員は、国家、自治体に対して忠誠を誓うものではあっても、時々の個別権力者におもねるものではない。法令に基づき、公平、公正、継続性、に立った公務を誠実に行うべきものである。また、公務員といえども政治的な基本的人権は守られるべきものであり、職員組合などが政治的立場を表明することに何らの問題はない。
大阪市職員は、維新の会という一議会会派や別の自治体の長でしかない府知事の言いなりになることは許されるべきものではない。ましてや、現大阪市長の平松氏は「大阪都構想に反対」なのである。橋下知事の発言自体が地方自治の精神や法体系の趣旨に反するのである。
橋下知事、維新の会の狙いは、自らの独裁体制を築くため、公務員を法令に反してまでも、自らの意のままに操ろうとしたい、このために公務員攻撃をしているのである。さすがに、教育基本条例には橋下知事が任命した府の教育委員ですら反対しているという。
付言すれば、維新の会幹部は、経済産業省大臣官房付の古賀茂明氏に出馬要請したという。同氏は現民主党政権をマスコミで公然と批判しており、まさに知事のいう政治的活動をしている典型的な公務員である。自らの言動に矛盾しようが、都合の良いことは勝手に行い、法令や他者の基本的人権は侵害してもかまわない。独裁者的発想である。

<守れ!大阪市の自治>
橋下知事は、前記のパーティーで「世界の大都市と張り合えるトップじゃないと大阪の未来はない。平松大阪市長には退陣していただく」と述べた。現職の知事の発言である。何様であろうか。しかるに、マスコミでは何の批判もなく繰り返し報道されているのである。
大阪市長選挙では、平松現大阪市長は、政党を超えた支持を得るため完全無所属での出馬を予定している。しかし、共産党は渡司考一氏の出馬を決め、また、自民・公明両党は独自候補を立てる予定と報道されている。おそらく橋下陣営有利との判断の下、自らの陣営のアピールだけを考えているのであろう。こうした候補者乱立は橋下・維新の会陣営を有利にするだけであろう。自民・公明の陣営においては、橋下路線がいかに危険なものであるかの認識も薄いのではないかとすら危惧される。いかに国政が末期的状況にあるにせよ、大阪の地方自治と市民生活を守るために、反橋下・維新の会路線という一点で結束し、平松現市長を統一候補として、その再選を期することが望まれる。

【出典】 アサート No.406 2011年9月24日

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【投稿】大阪府「日の丸・君が代条例」と「橋下主義(ハシズム)」 

【投稿】大阪府「日の丸・君が代条例」と「橋下主義(ハシズム)」 

 橋下徹大阪府知事と大阪維新の会は、6月、学校での「日の丸」の常時掲揚と「君が代」斉唱時の教職員の起立と斉唱を義務化する条例を強行に成立させた。さらに、9月府議会には、複数回の「不起立」を行った教職員を免職にする「ルール」を条例化すると公言している。
 なぜ今、「君が代・愛国心」を強制する「条例」成立を強行しようとするのか。橋下知事は、政治と教育を一体に語り「国際社会は食うか食われるか、競争は絶対に必要だ」「子どもにはしっかり競争してもらう」と主張するなど、教育に政治的なねらいを露骨に持ち込もうとしている。学力テスト競争、エリート育成のための進学指導特色校の推進など、競争と選別の教育を推進している。さらに、教育委員会つぶしと教育の「民営化」を推進し、公教育への責任を放棄している。
 しかし、教育にいっそうの競争と自己責任を持ち込む、新自由主義「改革」は、知事の思惑通りには進んでいない。学力テスト競争のおしつけには多くの教育関係者から反対の声が出され、テスト結果の開示には小中学校校長の9割以上が批判、超エリート校の設置に対しても府立高校校長の7割が反対した。この間橋下知事が強硬にすすめてきた「大阪の教育破壊」に対し、教育現場では校長や教育委員会も含めて、批判と反対の声が広がっている。
 橋下知事はこうした状況を一気に打開するため、教職員と教育委員会を服従させようとしている。「政治に必要なのは独裁」と語る知事。
 「君が代起立斉唱条例に関して、毎日新聞が記者の目と言う記事で『教育現場に強制はなじまない』との主張をしていました。・・敢えて言います。教育とは2万%、強制です」(6月12日橋下ツイッター)
 戦前の教育は、「陛下の御為、皇国の為に死するを名誉」と教え、国民を戦争へとかりたて、「国家有用の皇国民の錬成」を目的に、内心の自由を侵害し愛国心を強制した。「国家のための教育」へ、学問の自由は否定され国策に役立つものだけが真理とされ、人間を国家のための手段とし戦争の道具とした。戦後は、この過ちを二度と繰り返さないため、個人の尊厳を大切にし、教育の目的を「人格の完成」「真理と平和を希求する人間の育成」と定めて、命令・強制の関係を排除した。
 中東での民衆革命は、独裁者を倒し独裁政治を終焉させた。そうした世界の流れに全く逆行しているのが、「橋下主義(ハシズム)」。まさにファシズムである。「選挙によって支持を得た=民意」として、「選ばれた首長」に絶対服従するのが公務員の責務だと強弁する橋下徹。民主主義の理念を「自己流」に解釈し、独裁政治を正当化しようとする橋下徹が、わたしには、第一次大戦後のドイツ国内の混乱に乗じて、「社会民族主義」を標榜しつつ独裁体制を築き国民を破滅の道に引きずりこんで行ったヒットラーに重なって見える。
 今秋、大阪の教育現場はこれまで以上の厳しさが予想されるが、わたしは、独裁者に奉仕する教職員の道を拒否し、これまでと同様、格差社会の下で懸命に生きている子どもたちに寄り添い、地域・保護者の願いに応えられる教職員として生きていく決意である。
                        (大阪府教職員 田中雅恵) 

 【出典】 アサート No.406 2011年9月24日

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【投稿】ロシア脅威論の虚構

【投稿】ロシア脅威論の虚構

 8月末から極東に展開するロシア太平洋艦隊などは、カムチャッカ半島などオホーツク海一帯、さらには日本海で大規模な軍事演習を開始した。
 この演習の一環として9月8日、ロシア空軍の戦略爆撃機2機が日本の領空を沿う形で列島を周回飛行し、翌日にはロシア太平洋艦隊の艦艇24隻が宗谷海峡を通過した。
 こうした直近の活動に加え「フランスからの強襲揚陸艦購入と太平洋艦隊への配備計画」「最新型原潜のカムチャッカ半島への配備」「国後、択捉島の兵力増強」といった軍事面での動き、さらにはメドベージェフ大統領以下相次ぐ要人の北方領土訪問などから、ロシア脅威論が再び声高に叫ばれようとしている。
 本誌7月号では、中国脅威論について考察したが、本稿ではロシア脅威論について考えてみたい。

強襲揚陸艦は旧CIS諸国、北朝鮮向け
 ロシアは、フランスから「ミストラル」級強襲揚陸艦4隻を購入する予定となっている。「ミストラル」級は、満載排水量21500トンで、兵員のほか戦車などの戦闘車両から構成される一個大隊程度の部隊を積載し、これらを各種ヘリコプター、上陸用舟艇で、目的地域に速やかに戦力を投入することを目的としている。
 また同級には充実した医療設備があり、こうした機能を生かしてこの間のリビア内戦では避難民保護のために出動をしており、多目的母艦の性格も併せ持つ艦船である。
 ロシアが同級に注目したのは、08年の対グルジア紛争の戦訓からである。北京五輪の最中、旧ソ連領であったグルジアは突如、ロシアへの併合を求める南オセチアに侵攻、ロシアとの間で武力衝突に至った。この紛争は短期間でロシアの圧勝に終わったが、この地域への緊急の兵力展開には大型の揚陸艦が必要との判断から、「ミストラル」級の購入を決定したのが出発点である。
 こうした計画に対し、やはり旧ソ連領であったバルト三国などからは直ちに懸念の声があがった。この動きは欧米諸国に波及しロシアに対する警戒感を高める恐れがあるため、ポポフキン国防次官は「ミストラル級の配備はクリル諸島と、リトアニアとポーランドに挟まれたロシア領=カリーニングラード防衛のため」という見解を明らかにした。
 この発言を捉え日本では、「ミストラル」級配備の主要な目的は北方領土防衛と解釈されたが、紛争が予想される地域ではないカリーニングラードを持ち出したのは、欧州配備を正当化するのが目的である。
 確かに、太平洋艦隊には2隻が配備される予定であるが、「自衛隊に占領されたクリル諸島を奪還しに行く」というシナリオは相当無理がある。北海道から国後、択捉までは指呼の間であるのに対して、対してウラジオストックからは津軽海峡経由の最短距離でも約1500キロである。そして紛争時は当然海峡封鎖がなされるので、津軽通過は不可能であり、宗谷海峡突破も困難だろう。また同級は、最高速力19ノットで対空兵装もさして強力ではないので、護衛艦隊や直掩機をつけなければ、ウラジオを出て日本に接近する以前に撃沈されるだろう。
 さらに同級はフランスの戦略に基づいて建造されているので、主要な活動領域は、同国の旧植民地が点在する地中海やアフリカ沿岸が想定されている。この海域は通年比較的穏やかであり、写真でも分かるようなズングリした船体でも操艦は容易である。したがって黒海での運用はロシアの戦略からしても整合性を持つ。しかし、オホーツク海ではそのようなわけにはいかないのは明らかである。
 日本近海で同級を有効に活用できるのは、実は北朝鮮沿岸である。ウラジオから北朝鮮の羅津、清津までは100~200キロ程度、東部の重要都市である元山まででも、600キロ弱である。北朝鮮が騒乱状態になった場合、避難民の保護を含めて同級はその能力を発揮するだろう。

太平洋艦隊、クリル守備隊は貧弱
 冷戦時代ソ連太平洋艦隊は、原子力、通常動力潜水艦約100隻に加え、重航空巡洋艦(軽空母)2隻、重原子力ミサイル巡洋艦(巡洋戦艦)1隻などが配備されていた。
しかし1980年代以降艦隊の稼働率は著しく低下し、ソ連崩壊以降は欧州方面の北方艦隊が優先された(現役の空母、巡洋戦艦はすべて北方艦隊所属である)。太平洋艦隊は相次ぐ艦船の老朽化に、新規配備はおろか修理もおぼつかなくなり、現在可動できる潜水艦は10隻程度と見積もられている。水上艦艇も、軽空母は退役し、巡洋戦艦も書類上在籍しているものの可動状態にはなく、巡洋艦1隻と駆逐艦若干が実戦力に過ぎない。ロシア帝国の太平洋艦隊は日本海軍により全滅させられたが、ソ連の同艦隊は戦わずして壊滅した。 
 こうした状況の中、ミストラル級2隻、さらには最新鋭戦略原潜「ユーリー・ドルゴルーキー」(艦自体は就役しているものの搭載予定の弾道ミサイルは試験中)の配備をもってしても、ロシア太平洋艦隊の海上自衛隊、アメリカ第7艦隊に対する劣勢は覆うべくもない。そもそもこの原潜配備は、アメリカが進める東欧諸国へのMD(ミサイル防衛システム)配備で、欧州の弾道ミサイル戦力が低下することに対する対応措置である。
 さらには韓国、中国海軍の増強にも神経質にならざるを得ない状況である。(この情勢を利用しているのが北朝鮮である。8月4日ウラジオ訪問を終えた中国艦隊が15年ぶりに元山に寄港した。中国艦隊が日本海に面した港湾を利用できるようになれば、ロシアにとって重大問題である。その後訪露した金正日総書記はメドべージェフ大統領と会談し債務放棄、天然ガスパイプライン建設といった経済援助を取り付けた)。
 国後、択捉島などは戦後冷戦期を通じて、見捨てられた土地だった。配置された兵力も迎撃機30機を含め国境警備、防衛以上のものではなく、とても「北海道侵攻の拠点」という実態ではなかったのである。しかし、プーチン政権下での経済発展はウラル山脈を越え、シベリアを横断しクリル諸島へも波及、島々の資源開発、インフラの整備が進められ、昨年11月のメドベージェフ大統領の訪問に至る。

日露間に緊張なし
 そして、今年5月にマカロフ参謀総長はクリル諸島に関して「陸・海・空すべての面で確実な防衛体制をとる」と表明したが、この流れで冒頭述べた軍事演習について一方的な挑発行為と決めつけることはできない。(もちろん、日本を意識していないわけではないが、気候の安定するこの時期、日本海やオホーツク海での演習は毎年行われている。また同時期、ロシア北方艦隊は空母も参加する大規模な演習を実施しており、ロシアの軍事政策が対日に重点を移したとは言えないのである)。
 今回の演習が「過去最大規模」となった背景には、昨年11月の北朝鮮による韓国・延坪島砲撃事件直後の12月に行われた「過去最大規模」の日米合同軍事演習「キーンソード2010」がある。今回のロシア軍の演習規模(動員1万人)をはるかに凌駕する「キーンソード2010」(動員4万5千人)は北朝鮮対象と言うにはあまりに過大であり、その前段で行われた米韓演習も合わせると、ロシア、中国を非常に刺激したものとなった。
 ロシア軍の演習に対し日本政府は懸念を表明したが、ロシア政府は「演習目的はカムチャッカ半島東方の大陸棚の権益を守るため」と説明し、無用な摩擦は避けた。また演習終了後太平洋艦隊の一部は、舞鶴に寄港し海上自衛隊との海難救助演習を実施、さらにグアム沖で米第7艦隊との合同演習にも参加する予定となっている。
 さらに椿事の類であるが、8月21日、一人でサバイバルゲームをしていた琉球大学生のゴムボートが国後島沖に漂流、一時ロシア側に身柄を拘束される事件があった。件の大学生はモデルガンやGPSを所持しており、韓国、北朝鮮の38度線付近のような緊張状況にある場所で発生したなら、射殺されていても不思議ではなかっただろう。これが笑い話ですんだのは、この海域がロシア軍の演習開始直前であるにもかかわらず、「緊張の海」ではなかったことの証左ではないだろうか。
 2010年2月に改訂されたロシアの「軍事ドクトリン」では、NATOを名指し、その東欧への拡大を軍事的「危険」と位置づけ、さらにMD配備、大量破壊兵器の拡散などを列挙し、核兵器使用のガイドラインを明らかにしている。この「危険」のなかには「領土要求」が挙げられているが特定の国は示されていない。また差し迫った軍事的「脅威」としては領土内での非合法軍事組織の形成や挑発目的の軍事的デモンストレーションなどが示されている。
 すなわち、ロシアの軍事的関心は外にあってはアメリカ―NATOの動向、内にあっては、チェチェンなどの武装勢力の活動であり、ソ連時代の陳腐化した兵器とシステムの更新である。
 極東への関与強化は、経済発展とそれを支える地下資源の確保が主要目的であり、軍事行動の活発化はアメリカそして、中国も視野に入れたものであることを見ておかなければならない。そしてアメリカさえ放棄した「2正面作戦」を行える能力はロシアにはない。
 現在、クレムリン指導部の最大の関心事は、来年の大統領選挙とその行方を占う今年年末の下院議員選挙である。大統領や首相の発言やパフォーマンスもそれを意識したものとして見ておく必要がある。
 ロシア情勢の的確な分析能力の無い外務省(大統領の北方領土訪問について当時の駐露大使は直前まで「ありえない」と公言し、菅前総理の怒りを買い更迭された)と、脅威を過大に見積もる防衛省の言いなりでは、「寸土も譲らず」の野田新政権での日露関係の改善は望めないだろう。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.406 2011年9月24日

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【追悼】横田三郎先生 一周忌に寄せて

【追悼】横田三郎先生 一周忌に寄せて
   —忘れられない先生のご恩—
                八尾野 広

市大文学部入学当時の私は、実は教育学科ではなく国文科を志望していた。万葉集や記紀歌謡に関心があり、高校の古典担任の先生から、市大には古代文学研究で有名な教授が居る、と聞いていたからであった。しかし国文科には志望者が多くレポート選考となった。著名な教授による文芸講話のような講義をすぐに受けられるものと勝手に想像していた私は、与えられたレポートのテーマが余りにも非文学的で瑣末実証主義的なものに感じられてすっかり幻滅し、早々と国文科を諦めてしまった。
そこで、部落研の先輩の誘いもあり、横田先生が指導教授を務められていた教育学科に転科を申し出た。ドブロリューホフの研究者である横田先生の指導を直接受けられるという魅力はもちろんだが、学科活動が盛んであった事もその理由の一つであった。
先生のゼミでは、テキストにドブロリューホフの著作の英訳本が使われた。先生は既に立派な和訳を出版されていたので、なぜそれを使わないのですか、と聞くと、先生は「言葉を自分で調べ、訳しながら学ぶことで一層その意味を深く知る事ができる。自分も英訳本から学んだ。学問とはそういうものだ」と言われた。
先生の講義の中で特に印象に残っているのは、教育における「体罰」に対する厳しい批判、否定であった。それは暴力であり、教育の放棄と教師の敗北である。それはまた、強制的で軍隊的な規律によって子供を支配する反動思想である、と強調された。私は教員にはならなかったが、この言葉はその後地域で同和教育の取り組みを進める上で、また自分の子育ての過程で何度も思い出して自らを戒めた。
このように先生の教育思想と人柄にも触れられる有意義なゼミではあったが、学生運動に走り回っていた私は、家にもあまり帰らず、予習を含めてちゃんと勉強する時間を持てなくなり次第にゼミから足が遠のいてしまった。私が大学で生きた学問を学ぶ数少ない貴重な機会を自ら放棄したことを今も悔やんでいる。
もうひとつ、先生には個人的なご恩がある。当時、教養課程の必修単位の一つにデューイの「学校と社会」をテキストに使った別の教授の授業があったが、教条的なプラグマティズム批判に藉口して、これもさぼり続けて出席日数が足りず、単位授与のための救済策として小論文提出を担当教授から命ぜられた。
窮余の果てに山本晴義さんのプラグマティズム批判を丸ごとなぞった様な文章を一晩で書いて提出したところ、教授からは「こんな内容は授業で教えていない、書き直すように」と言われ、私はそれを峻拒した。直後に横田先生がわざわざ連絡を下さり、「君の思想信条は分かるが勉強は別だ。僕が取りなしてやるからとにかく書き直して単位を貰え」と叱責を頂いた。しかし既に大学での勉強そのものに価値を見出せなくなっていた私は、先生の折角のご配慮を無駄にし、論文の再提出をせず、結果、卒業も諦めてしまった。
思えば余りにも無意味な抵抗であり、サボり学生のたわ言であった。今思い出しても汗顔の至りである。(余談だが、最近の人権教育の中でもプラグマティズムの方法論と共通するような体験型、参加型の取組が多く取り入れられている。この評価も誰かに聞きたい)
その後、何度か先生にお会いするたびに「卒業はしたのか、どうしてるんや」とご心配を頂いた。最後にお目にかかったのはもう10数年も前、大阪市内のホテルでの会合の帰りにロビーでばったりお会いした。私が上田卓三代議士の秘書をしていることを報告し、その時ご一緒だった上田夫人を紹介した。「おおそうか、上田さんは大事な人やからしっかり支えるように」と励ましを頂いた。その時の温顔を思い出しながら、遅ればせのお礼と共に、改めて横田先生のご冥福を祈るばかりである。先生ありがとうございました。

(写真は、2008年5月佐野が同窓生と高槻市の先生宅を訪問した際に写したものです。)

【出典】 アサート No.406 2011年9月24日

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【日々雑感】ある日の親子の会話 

【日々雑感】ある日の親子の会話 

 先月という古い話で申し訳ないですが、8月8日の夕食時だったと思います。息子が、「お父、今日のテレビ番組で、竹中平蔵が出てたよ。」と言いました。息子は、私が常日頃から、小泉純一郎に協力して、毎年自殺者3万人を越える社会を生み出した竹中批判を耳にしていたから興味を持っていたのでしょう。
 私は、「その番組で、竹中は、どういう事を言ってたのや?」とたずねた。息子曰く「原子力発電は、日本の復興に、必要不可欠なものだというような事を言ってたよ。」とのことでした。私は、あきれてしまって「まだそんな化石みたいな事を言ってるのか?そんな人間が慶応大学の教授とは情けないなぁ、慶応大学には金子勝というようなりっぱな教授もおられるのになぁ。」と言っておきました。さらに話が進んで、今回の原発事故に対して、東京電力のとった態度、対応に話が及びました。何と国民を愚弄した企業集団なのだろう。世界に向けて、放射能をたれ流し、企業防衛の為なら、言う事を、コロコロと変えて恥じないという、こういった会社が未だに存在していること自体が問題だと思いますが、犯した罪の後始末は、可能な限りさせなければならないのは当然でしょう。
 故平井憲夫氏が予言されていたように、東電の杜撰な原発運営や、国の原子力行政が引き起こした今回の原発事故を思う時、これはその形や表れ方こそ違え、ある意味ではファシズムではないかと思います。
 私が20代、30代の頃読んだ、ゲオロギー・ディミトロフという人の著作で「反ファシズム統一戦線理論」という書物がありますが、その中でディミトロフは、「ファシズムの本質とは、それは一言で言うならば、金融資本そのものである。」と述べております。私はこの歴史的名言を胸に抱いており、物事の判断は分からなくなった時、いつもこの原点に返って考えるように心掛けております。今回の原発事故とファシズムを結びつけるには、何かこじ付けみたいで、少し無理があるかも知れませんが、巨大電力資本や、経団連等の原発推進資本が引き起こした惨事と言えるのではないでしょうか。そして必要以上に「日本、日本、日本は一つになれるんだ。」と煽り立てるのは何なのでしょうか。
 そして私が、もう一つ腑に落ちないし、どのメディアも取り上げようとしないし、新聞に一行たりとも載せようとしないのは、あのプロ野球楽天の星野仙一監督のことです。彼は、東北大震災以前までは、さんざんテレビやマスコミで、原発推進のCMに出ていたではないか。
 それが震災以降は、CMにはピタリと出なくなったし、楽天の監督として、現地では大歓迎で迎え入れられている。マスコミも、彼が示し合わせたかのように、彼の不利な点は書かない。これは何なのでしょうかね。私がもし彼の立場だったら、先ず東北の人々に、誤ったCMに出たことを詫びた上で、監督に就任しますがねえ。それが人としての道筋だと思います。八百長相撲ではないが、これでもし楽天が、今年と言わないまでも、ここ2・3年で日本一にでもなれば、現地は沸くだろうし、再び「日本、日本」の大合唱が起こることになる。舞台装置は整っているように思うし、背後でそういう資本の力が働かないことを祈るしかありません。何でもがファシズムへの道への地ならしになるのだということを、身近な事柄から注意して見ていかなければならないと思うと同時に、この度のマスコミ、メディアの情報取扱いの不公平さを感じた次第です。(2011-09-17早瀬達吉) 

 【出典】 アサート No.406 2011年9月24日

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【投稿】菅政権最後の仕上げ—泊原発運転再開強行がもたらしたもの

【投稿】菅政権最後の仕上げ—泊原発運転再開強行がもたらしたもの

<<ダブルチェックの茶番>>
「脱原発」を掲げたはずの菅政権が、政権崩壊間際に最後に行ったことは、定期検査中であった泊原発3号機(北海道泊村、出力91・2万キロワット)の運転再開の強行であった。8/17、「脱原発」をないがしろにし、骨抜きにすることにその存在意義をかけている経済産業省は、5ヶ月間にもわたる違法・異常な定検中のフル稼働・調整運転をしていたこの泊原発3号機の定期検査終了証を北海道電力に交付し、北電は直ちに3号機の営業運転に移行したのである。
この運転再開には世論を欺く虚虚実実の裏取引・仮面劇が行われていた。海江田経済産業相が北海道の高橋はるみ知事に対し、知事が容認するまで営業運転の再開を認めない方針を伝える一方で、経産省原子力安全・保安院が8/9、道の判断を待たずに北電に定検の最終検査を受けるよう指導、これに北電が直ちに応じて最終検査を申請。このようなやり方に対し、自民推薦・経産省出身の高橋知事が表面上は「地元軽視で、甚だ遺憾だ」と強く反発。この反発を受け、海江田経産相は8/10夜、北海道の高橋知事に電話、「道の判断は大切なので待ちたい。数日くらいのうちに結論をいただければ」と伝え、高橋知事は「大臣の申し入れを踏まえて、道としての考え方をできる限り早く集約する」と答える。一方、経産省原子力安全・保安院は、8/9~10に行った最終検査で、特段の問題はなかった、調整運転の長期化についても、影響はなかったと報告。そして内閣府の原子力安全委員会は8/11、原子力安全・保安院が最終検査の結果、問題はなかったとした報告を了承。8/16、高橋知事は道議会・特別委で、経産省原子力安全・保安院に加え、原子力安全委員会が特例措置として検査結果をチェックしたことは「安全性確保の観点から評価できる」と強調、8/17、高橋知事は海江田経産相に電話で営業運転再開を容認することを伝え、これを受け、経産省原子力安全・保安院の原子力発電検査課長が同省で、北電の東京支社長に終了証を手渡した、という構図である。それぞれの立場を仮面にしているが、みな同じ穴の狢である。
高橋知事は安全性の判断について、最終的に「原子力安全委員会によるダブルチェックによって安全性が確認された」ことを根拠にした。ところが8/11に開催されたという原子力安全委員会の実態は、泊3号機の運転再開に関する議論はわずか15分、班目委員長は、安全委員会としての判断はしないとはっきりと公言。「定期検査は原子力安全・保安院でしっかりやってもらうことになっている」「保安院が報告したいと言ってきたので議題にあげただけだ」と開き直る始末。あきれたものである、ダブルチェックなど初めからする気もなければ、そもそもチェックする体制など組んでいないのである。その存在もしなかったダブルチェックを根拠に「安全性が確認された」と言い放つ。何という恥知らずで、無責任極まりない茶番であろうか。

<<「犯罪」意識の欠如>>
高橋知事は、10km圏内の利権まみれの地元4町村の合意を得たとしているが、「原発立地による地方交付金が232億円も泊村に落ちているんです。そのおかげで、漁業しかなかった過疎の村は道内でももっとも裕福な自治体になったのです。医療費は無料、子ども手当ても国からとは別途支給、ゴルフも無料、村民は、道内でももっとも裕福な生活を送ることができるのです」(8/15、北海道UHBキャスター大村正樹氏)という原発立地町村との合意であり、それ以外の、10km圏外の蘭越町、ニセコ町、余市町等は、知事から情報さえ伝えられず、30キロ圏9町村の合意もえず、原発から60キロメートルしか離れていない人口192万を抱える大都市・札幌市は合意の対象外であり、周辺自治体との協議・参加もないままの営業運転再開の容認であった。しかも北海道電力はこの5月に、東日本大震災後では全国で初めて、プルトニウム・ウラン混合酸化物燃料(MOX)の検査を経産省に申請、2012年度までに泊原発3号機での危険極まりないプルサーマル計画を強行しようとしている。
いずれにしても、3・11の福島第1原発事故以降、検査中の原発が営業運転を再開するのは初めてのことである。菅首相自らが求めていたストレステストやあるいはダブルチェック、イタリアのような国民投票、住民投票もなく、ドイツのような8基の原発の即時運転停止を含む期限付きの段階的全面的原発廃棄計画もなく、ただただ原発推進勢力の圧力に屈して、いきなり営業運転の再開を決めたのである。定期検査中の原子力発電所で営業運転を再開したところは一つもなかったのであるから、原発推進勢力はこれを小躍りして喝采し、さらに攻勢を強めてくることは必至である。
福島第1原発の事故はいまだ収束していないばかりか、いつさらなる汚染拡大が起きてもおかしくない状況にありながら、事故の実態も小出しにしか明らかにされず、もちろん事故の検証も終わっていない中、なおかつ放射性汚染物質を海洋に、大気に放出し続けている状況にありながら、日本はどの国よりも早く原発再開への道に踏み出してしまったのである。脱原発への歴史的転換点にありながら、そして巨大地震の活動期のさなかに日本がおかれており、その中で原発を運転し続け、破産したことが明瞭な核燃サイクル事業やもんじゅにいまだに大量の膨大な資金と資材、人材、資源をつぎ込むことは、国内のみならず、国際的「犯罪」であるという意識が根本的に欠如しているとしか言いようがない事態である。

<<評価と相反する不支持>>
こうした事態からの根本的転換を図ることこそが、民主党政権に課せられた歴史的使命であったはずであり、今なおそうであるといえよう。しかし菅政権は、まったくそれに応えることができなかった。
8/8発表の朝日の世論調査によると、脱原発依存を表明した菅首相の発言を「評価する」人々が61%もあるのに、内閣支持率はさらに低下して14%となったのである。共同通信が7/23,24両日に実施した世論調査においても、菅直人首相が表明した「脱原発」方針に対し、「賛成」は31・6%、「どちらかといえば賛成」が38・7%で計70・3%も占めたのに、内閣支持率は17・1%と前回より下落し、発足以来最低となっている。いずれも「脱原発」には賛成だが、「菅直人」には、あるいは菅政権には反対、支持できないという声が鮮明に示されている。そこには菅首相の騙しとペテンを横行させるような政治的駆け引きの低劣さに多くの人々が気付き、これでは成るものも成らないと感じていることの反映でもあろう。なによりも菅首相には一貫した政治的信念が基本的に欠落しており、その時々の課題を敏感に利用はすれども、戦術的であって、戦略的一貫性に常に欠けていることに根本的欠陥があることを人々は察知したのである。
そして脱原発に関して言えば、むしろ、菅首相が脱原発を叫べば叫ぶほど、その具体的政策は曖昧もことなり、抜け穴だらけ、一貫性も、政策の連続性も連関性も計画性もなくなり、結果として旧自民党政権時代の原発推進政策に逆戻り、あるいはせいぜいのところ若干の手直しをした程度にしか過ぎない事態を現出させている。つまりは、菅政権である限りは、原発震災が突きつけた時代の要請であり、歴史的かつ人類的課題でもある脱原発政策への全面的根本的転換は不可能であるという事態を、菅政権自らが創り出してしまったのである。
しかしポスト菅をめぐる民主党の現状は、この程度の菅政権の脱原発政策でさえ、明確な態度表明すらできない候補者がほとんどという情けない状態である。増税と緊縮財政路線に拘泥したけちけち、ちまちま路線から脱却し、発送電分離と自然エネルギー活用、原発の段階的計画的停止と廃炉を柱とした大胆な脱原発のニューディール路線、それと密接に連関した大規模な復興路線、そして緊急に必要とされる放射能汚染を除去する緊急対策と恒久的除染対策、これらがしっかりとした一貫性のある基本政策として提起されるべきであろう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.405 2011年8月27日

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【投稿】「脱原発」=「再生可能エネルギーの導入」ではない

【投稿】「脱原発」=「再生可能エネルギーの導入」ではない
                             福井 杉本達也 

 「脱原発」と「再生可能エネルギーの導入」がセットで語られているが、両者を結び付けるには大きな論理的飛躍がある。「脱原発」は人類にとって正しい選択である。なぜなら、①核エネルギーの制御は不可能であり、事故時には膨大な人的・物的損害を発生するからであり、②放射性廃棄物の処理ができないからである。しかし、そのことが「再生可能エネルギーの導入」と=(イコール)で結びつくものではない。

1 経済成長至上主義
 「再生可能エネルギー」の旗頭・環境エネルギー政策研究所の飯田哲也所長は「人類が永続的に豊かな文明を営んでゆくためには、再生可能エネルギー資源を再生可能な範囲で利用する文明へと移行するほかに道はない」とし、「自然エネルギーは人類史で農業・産業・ITに次ぐ『第4の革命』と呼ばれるほどの急成長を遂げつつあり…グリーン経済は10年後には10倍の200兆円を超えると予想されている」(「原発依存社会からの離脱」『科学』2011.7)と煽っている。2007年の日本の自動車産業の製造品出荷額は57.2兆円でGDPの20%を占める巨大産業である。日本が額で世界の1/4を生産しているとして、その自動車産業にも匹敵するというのである。そもそも、米国債の評価が格下げされドルが不安定化しているのは、実体経済が成長していないにもかかわらず、見かけの成長を維持するため、無理に供給力を膨らませようとITバブルを煽り、住宅・土地の投機を煽り、最後にはサブプライム・ローンといった紙屑までにも手を出して、ついに膨らみきった経済が行き詰まり、その不良債権補填のため国家破綻に直面しているからではないのか。200万円もする太陽光発電や億円単位の風力発電が自動車や家電のような裾野の広い消費を生み出すとは思えない。生活を便利にする商品でも・居住環境を改善する商品でもなく、単に電気を生み出す装置にすぎない。既にスペインの太陽光発電は補助金をカットされた(買い取り価格の大幅削減)途端にバブル崩壊している(山口光恒「太陽光発電 スペインの教訓―固定価格買い取り制度の光と陰」『ECO』2011.4.8)。

2 電力で社会のシステム全てを動かすことはできない
 再生可能エネルギーも原発と同様、電力を生み出すだけである。日本の燃料種別最終エネルギーの消費に占める電力の割合は20%である。最終エネルギーの60%は石油が支えている。社会のシステム全てを電気で動かすということを具体的にイメージすれば、オール電化=ガス湯沸器ではなくIHや電気温水器であり、ストーブではなくエアコンであり、ガソリンエンジンではなく電気自動車であり……。しかし、コークスを使用する溶鉱炉やセメントを製造するクリンカはどうするのか。電気でジェット機を飛ばすことはできないし、ロケットも飛ばすことはできない。身の回りを離れて少し社会システム全体を見回せば化石燃料なしには現代社会が存続不可であることは目に見えている。

3 再生可能エネルギーは本当に無限のエネルギーか
 確かに、太陽光は太陽から地球全体に降り注ぐので、元手はゼロである。しかし、太陽光発電装置はシリコンなどの工業製品の塊である。工業製品を製造はむろん廃棄するにも多大なエネルギーを必要とする。現状の太陽光発電単価は1kWhあたり、40~50円である。これは石油火力(10円/1kWh)の4~5倍である。単価が高いということはそれだけ製造工程でエネルギーを食っているということである。安い中国製品も大量に輸入されていることから考えると今後劇的に単価が下がることは考えにくい。
 さらに問題は相手が自然なだけに発電量の予測が不可能だということである。太陽光発電は天候により出力が大きく変動する。風力発電も短い周期で激しく変動する。このままでは電力会社の送電網に直接系統連携することは困難である。出力の平滑化のためには蓄電装置を併用する必要がある。風力発電のような大規模発電では蓄電装置も相対的に安くなるが、太陽光発電の場合には60万円/kWhの蓄電池を取り付ければ単価は100円以上にもなってしまう。(参照:近藤邦明「脱原発は科学的な必然」2011.5.11)。
 電力の問題は溜められないことにある。発電=即消費である。原発も揚水発電とセットでなければ機能しない。原発は出力調整が極めて難しい(危険である)から100%出力で運転し、夜間の余剰電力は揚水発電に水の位置エネルギーとして溜めておくのである。原発の発電単価は8.64円/kWhで火力発電の9.8円/kWhよりも安いように見えるが、原発と揚水発電をセットで考えると10.13円/kWhとなり高くなってしまう(立地費用や放射性廃棄物費用を含めればさらに高くなる。大島堅一:『再生可能エネルギーの政治経済学』2010.3.11)。電力を安く(エネルギー損失を少なく)大量に溜めることができればエネルギー問題はほとんど解決してしまう。しかし、きわめて難しい。

4 脱原発の本命は天然ガス
 8月19日、寒冷前線が日本列島を南下し、今年の猛暑も一服という気象庁の解説である。散々電力会社や政府・マスコミは電力不足を煽ってきたが、原発がなくても電力需給は安定していることが実証されてしまった。電力業界は、ここへ来て、LNG火力の増設計画を相次いで発表した。北陸電力は富山にガスタービンと蒸気タービンを組み合わせた最新鋭のコンパインドサイクル(GTCC):40万kWの発電所を(日経:7.28)、東電は鹿島に80万kWのガスタービン発電所を1基建設する(日経:7.30)。この動きは既に4月から始まっていたもので、東電では千葉県内の姉崎、袖ヶ浦、千葉の3火力発電所の施設内でガスタービンなどの発電設備を新設し計120万kWを上積みしており(日経:4.16)、また、電力会社以外でも大阪ガスは2020年までに電力供給を2倍の600万kWとする計画を発表している(日経:8.12)。特にGTCCの熱効率は50~60%と原発の2倍、工期は2,3年、費用は1/20の200億円、CO2排出量も石炭火力の半分であり、原発のように全く出力調整が出来ない電源とは異なり運転の立ち上がりも早く最大出力まで1時間しかかからず変動する電力の需給調整をしやすい(『東洋経済』2011.7.9)。しかも、天然ガスは米国が2000年代半ばから岩盤の中に封じ込められたシェールガスを取り出す技術を開発し、それまで石油と連動してきた天然ガス価格は大幅に値下がりする傾向にある。米国を供給先として開発してきたカタールの7700万トンの天然ガスなど市場はだぶつき気味である(参考:上記『東洋経済』及びJOGMEC調査部 伊原賢「シェールガスのインパクト」2010.5)。
 日本の1次エネルギー源に占める天然ガスの剖合は17%で、主要国平均の24%と比較すると異常に低い。これは電源として原発を優先してきたこと、一旦液体化して船で輸入せざるを得ないLNG中心であり原油価格連動の相対取引であることが大きい(それだけムダなエネルギーを投入しているので高くなる)。これを、ロシア・サハリンから北海道経由のパイプラインで輸入すれば価格は大幅に低下する。そうすれば日本も、ロシアから天然ガスを輸入し一次エネルギーの需給を安定化した上で「脱原発」をめざすドイツ・イタリアと初めて同一線上に並ぶことが出来る(ドイツ・イタリアが「脱原発」を宣言できたのは、電力に占める再生エネルギーの比率が高いからではない。これまでの確固とした一次エネルギーの戦略があるからである。それは1970年代のヴィリー・ブラント首相の「東方外交」以来の蓄積である。またドイツは国内炭坑を残している。)。また、中央アジア(カザフなど)からのガスパイプラインとロシア・シベリアからの石油パイプラインによって一次エネルギーの安定供給をめざそうとする中国とも肩を並べることが出来る。
 しかし、このことは同時に日本がこれまでの海洋国家よりの姿勢から大陸国家よりをめざすことである。当然、米英アングロサクソン石油金融帝国主義からの強い反撃を受けることとなろう。しかし、日本が原発から、核の脅威から抜け出すためにはこの方向しかない。「再生可能エネルギーの導入」という言葉は、こうした明確な方向性を攪乱するためのマヌーバーではないのか。

5 「科学技術」の“成功体験”神話を引きずる
 原爆開発を目的に進められたマンハッタン計画は莫大な開発費(当時の金額で19億ドル)と、著名な物理学者のロバート・オッペンハイマーやニールス・ボーア、エンリコ・フェルミ、ジョン・フォン・ノイマンら大量の第一線級の科学者・技術者6700人を投入し、開発目的(ジェノサイド兵器の開発)と開発スケジュール(当時、トルーマン大統領はチャーチル首相の再三の督促にも関わらず1945年7月16日のトリニティ実験成功日まで日本とドイツの戦後処理を話し合ったポツダム会談の日程を1か月以上も引き延ばした)が明確に定められた。そのプロジェクト主義の“成功体験”が『科学技術』(Innovation in science and technology)という言葉に代表されるように科学の成果が直接技術に繋がる=基礎科学への資金投入はそれなりの期間を経て技術的成果につながると考えられることとなった。「人間は技術を使って最終的にあらゆる存在を制御できるようになる」という盲信を生み出した。そして、核エネルギー=無限のエネルギーの利用=自然条件の制約からの解放=永続的な経済成長という幻想を追いかけてきた。しかし、今回の福島原発事故では放射能を国土に・地球環境にまき散らし、膨大な被害なしに無限のエネルギー利用などあり得ないことを思い知らされた。
 飯田氏は「東北2020年自然エネルギー100%プラン」の中で、現在、1840万kWの東北地方の電力設備を、327万kWの原発のみならず、LNG火力587万kWを含む化石燃料1025万kWをも全廃し、全て太陽光・風力などの自然エネルギーに置き換え、2020年には倍増の3700kWにするという復興プランを打ち立てている(飯田:同上)。ここには「科学技術」の未来に対する驚くべき楽観論と無責任さが同居している。おそらく耕作放棄地に太陽光発電を林立させるプランであろうが、福島原発事故後を考えるとき、核に汚染されてしまった東日本の未来を考えるとき、このような楽観論が許されるのか。さらには「再生可能」という言葉にも無限のエネルギーによる倍増・倍増の永続的な経済成長を図ろうとする経済成長至上主義の古い臭いがつきまとっている。 

 【出典】 アサート No.405 2011年8月27日

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【投稿】「橋下・維新」の野望を打ち砕こう! 

【投稿】「橋下・維新」の野望を打ち砕こう! 

 今年4月の統一地方選挙、大阪府内は橋下知事率いる「大阪維新の会」が、圧倒的な強さを見せて席捲した。府議会で過半数を獲得、大阪市会でも議席を倍増した。
 そして、この秋、任期満了に伴う大阪市長選挙が11月27日に予定されており、橋下知事は、自ら知事を辞任して(知事任期は、来年2月)、大阪市長選挙立候補に意欲を見せており、「大阪秋の陣」の幕は切って落とされている。

<君が代条例を可決>
 過半数の力を持って、大阪維新の会議員団は、何をしたのか。6月には、他会派(自民・公明・民主・共産)の反対を押し切って、「君が代条例」を強行採決した。公共・教育施設での日の丸掲揚と公立校の教職員に君が代の起立斉唱を義務づけるという内容であり、全国初であるらしい。これが教育現場にとって、今もっとも必要な施策であると考える維新の会の面々の「教育観」を疑うしかないわけだが、起立斉唱(職務命令)に従わない教員には処分を行うという、次の「条例案」につながっていく。
 
<免職含む罰則規定盛り込む服務規律条例の制定>
 次の府議会・市議会に維新の会が議員提案しようとしているのが、「職員基本条例案」と「教育基本条例案」である。
 橋下は、「公務員が身分保障されていることに、市民の反発は強い」として、職務命令に3回違反した職員は免職などの内容が含まれ、市民の理解は得られると発言している。
 教育基本条例案の主な内容は、大阪府立、大阪、堺両市立校の校長を全員公募し、予算権や採用権を与える。正副校長を条例制定後5年以内に任期付き採用に切り替える。知事らが、教育委員会と協議のうえ「目標」を設定、教育委員が実現の責務を果たさない場合、議会の同意で罷免(ひめん)できる。入学者数が3年連続で定員を下回った府立高は、改善の見込みがなければ統廃合する。同じ職務命令に3回違反した職員は免職とする、などの内容になると報道されている。自治体職員への「職員基本条例案」も、同様の内容になるわけだが、8月22日には正式発表される予定である。
 
<多数を頼りの思想なき迎合>
 橋下は、「普通に仕事をしている職員にはほとんど影響はない。本当にだめな、ごく少数職員に適応されるだけ」と説明・弁解しているが、二つの面で批判する必要がある。
 まず、教員を対象とした条例だが、筆者の立場は、日の丸・君が代反対の立場だから、我が子の入学式でも起立も斉唱もしなかった。その上での話だが、ここまで教育に介入する必要があるのか、という点である。今求められる教員の質や力は何か、という点がすっぽり抜け落ち、君が代問題だけを焦点化している。職場に規律が必要だという論点から、その点だけで、教員を排除することを可能にすることになる。職務命令に3回従わなかったら免職、というのも、わかりやすいように映るが、そんな簡単なことか。
 民間のように余剰人員を解雇できる、それを公務員にも適用するんだ、とこれも聞こえがいいが、どこの自治体も退職者の完全補充をしている話は聞いたことがない。非正規労働者が職場に溢れているのが現実である。
 
<宙に浮いた「大阪都構想」> 
 統一地方選挙の際の維新の会のメインテーマは、「大阪都構想」だった。具体案もプログラムも何もない代物だった。今になっても、選挙の時以上の内容は明らかにされていない。おそらくできないのだろう。吹田や守口で市長選挙にも手をだした維新の会だが、当選した維新派市長は、大阪都構想について消極的である。基礎自治体が、どうして大阪府(都)に、拠出しなければならないのか。関空はじめ大阪府のプロジェクトはほとんどが失敗ではなかったのか。大阪市を批判できる立場ではない。
 こうして宙に浮いたままの大阪都構想だけでは、失速しかねない「維新の風」を、またもや「公務員批判」で乗り切ろうとしている、過半数にあぐらをかいた「思いつき政策」ではないかと思う。
 
<現在、神経戦の大阪市長選挙>
 大阪市長・大阪府知事の「ダブル選挙」は、3ヵ月後に迫ってきた。現職の平松大阪市長と橋下知事は選挙を意識して、事ある毎に対抗的に対応し、前哨戦の様相である。関西電力の筆頭株主である大阪市が、節電の必要を呼びかければ、橋下は節電の必要はない(後に節電に修正)、平松市長が区毎の区政集会を開催すれば、橋下・維新陣営も同様の区民会議を開催するといった具合である。
 旧WTCを大阪府が買い取り、「大阪都」庁舎・大阪府庁舎にすると橋下は考えていたが、先の東日本大震災で見事に被災し、修復費用が多額に上った他、大阪府庁舎を旧WTCに移転する案も、防災の専門家会議で否定されるなど、橋下知事の「思いつき施策」は、中々日の目を見ていない。大阪市が役人天国で赤字を垂れ流しているとの批判も、大阪府の方が一向に赤字が減らず、将来負担比率では大阪市の方が改善が見られる事実など、具体論では、橋下の大阪都構想には、疑問符が付く内容であることは、先に述べた通りである。
 また、本当に大阪市長に転進するのか、転進すれば、誰が知事候補になるのか。また、知事を辞任した場合、反大阪都構想陣営が誰を知事候補に立てるのか、いずれも現時点では明らかになっておらず、神経戦の様相である。
 統一地方選挙後も、橋下・維新の会の勢いは、まだまだ強いのは事実である。残り3ヶ月を如何に闘うか。橋下・維新の会の「野望」を挫くための努力が求められている。(2011-08-22佐野) 

 【出典】 アサート No.405 2011年8月27日

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【コラム】ひとりごと —増加する虐待と福祉の課題—

【コラム】ひとりごと —増加する虐待と福祉の課題—

○今年6月、障害者虐待防止法が成立し、来年10月1日に施行される。内容は、障害者に対する虐待の防止、通告の義務化、そして養護者への支援などである。○養護者(家族)からの虐待、障害者施設での虐待、作業所や企業などの雇用の場での虐待に対して、都道府県・自治体が対応することが明記されている。○障害者に対する虐待は、中々表に出てこない性格を持っており、家庭内では養護者、施設等では職員などから、身体的・経済的虐待は潜在的に存在している。虐待防止法が成立したことは、大きな前進であることは間違いがない。○しかし、市町村の職場での実態を考えると少々問題があるのである。○虐待防止法は、これで3つ目である。2000年に児童虐待防止法が制定されている。そして2006年制定の高齢者虐待防止法。そして今回の障害者を対象とした虐待防止法となる。○いずれの法も、基本的フレームは同様であろう。虐待の防止・通告の義務化・一時保護規定などである。○それでは、どのように対応されていくのだろう。児童の場合、通告先は、児童相談所または家庭児童相談室(いずれも自治体窓口)で、対応は通告から48時間以内での児童の安全確認から始まる。高齢者の場合の通告窓口は、高齢者総合相談窓口である「地域包括支援センター」である。○今回の障害者の場合は、「市町村障害者虐待防止センター」を開設して対応するとなっている。○児童の場合は、直接に自治体担当部署が対応するが、高齢者・障害者の場合は、それぞれのセンターとなっているが、委託である場合が多く、一時保護などの処分は、自治体部署が決定することになる。○小生、障害者虐待への対応の経験はないが、児童・高齢者虐待への対応は身近で頻繁に生起している。これが、中々手間がかかるのである。安全確認も、いきなり家庭に飛び込んでも、拒否的対応が多い。家庭内で起こっているため重篤な場合でない限り、加害者が認めないことには、前に進まない場合が多く、自然と見守りケースが増加していくことになる。○重篤な、死亡や大やけど、骨折等の場合は、傷害事件として警察の出番となる。しかし、大半は両親や家族(高齢者の場合)に対する「見守り」指導ケースとして、時間をかけて信頼関係を作りつつ指導を継続するわけである。○児童虐待の場合は、児童福祉法の絡みで、従来から相談員が選任で配置されている場合が多いが、高齢者虐待の場合は、おそらくどこの自治体も選任の職員はいない。介護や高齢者福祉の係が、兼任で対応しており、専門家と言われる職員はおらず、ただでさえ人減らしで少人数職場であるので、事件が起こるとたいへんな事態になる。家族との接触も夜間になる場合もある。○ちょっと愚痴っぽい話になったが、本論に戻ると、極端に言って虐待対応の専門家は、自治体にはほとんどいないのである。○児童の場合は確かに専門家である相談員がいる。児童福祉法が基礎にある。児童福祉法は、戦後の混乱期、戦争で親をなくし浮浪児となった子ども達を保護する必要から制定され、経済的理由や家庭的理由から、親元を離れて施設等で養育することを規定している。○しかし、昨今の虐待事案は、ある意味、こうした古典的理由から生起していない。若年の母親であったり、未婚の内縁者から、虐待を受ける場合も多いし、両親の精神的理由から起こる場合が多い。つまり、現在の児童虐待は、養育者(親)の方に深刻な問題がある場合が多いのである。○虐待防止法は、通告・安全確認・保護というシステムだが、本来の原因は、養育者にあり、ここに焦点を宛てた「教育的対応」を法律は規定していない。最悪行き着くのは、傷害罪などの刑事罰しかない。○精神的な問題を抱える家族への対応には、精神保健福祉士の手を借りることになる場合が多いが、児童の担当部署には、その人材はいない場合がほとんどだ。○新たに障害者虐待への対応を来年に向けて準備することになるのだが、こんな縦割りの対応をすることが、現実的なのか、と思うわけである。○確かに、児童・高齢者・障害者、さらに女性(DV防止法)と、対象者を区分して、虐待対応施策は整備されてきた。システムはほとんど同じである。これらに別々の担当者を配置することが現実的なのだろうか。法律の規定があるため、対応せざるをえないだろうが、虐待という人権侵害に統一的に対応する方が、現実的であるように思えるのである。○厚生労働省は、おそらく、それぞれの虐待問題に、○○防止協会などの外郭団体を作って「天下り先」を、生産し続けるのだろう。○社会が内向き志向になり、社会生活のストレスの捌け口が、家庭内に向かう現実の中で、「法律を作りましたので、対応しております」などの官僚答弁で何も解決しないだろう。現実に向き合い、「専門性」を打破し、トータルに対応できる福祉の人材が求められていると感じる今日この頃である。(2011-08-20佐野) 

 【出典】 アサート No.405 2011年8月27日

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【日々雑感】どうする?この罪は! 孫子の代まで及ぶツケ 

【日々雑感】どうする?この罪は! 孫子の代まで及ぶツケ 

 先月のアサート403号でお約束していた2011年6月15日(水)の日経夕刊のコラムを紹介させていただきます。筆者はドイツ文学者・エッセイストの池内紀という人です。
 ・・・・福島第一原発の事故から3ヶ月が過ぎた。冷静を取り戻した頭で整理のためにメモをとってみよう。
 第1に私たちの無知である。原子力発電の恩恵を受けながら、それがいかなるものかを知らなかった。たとえば原子炉の寿命が40年とされ、その後の廃炉、また使用済み核燃料の処理に莫大な費用と長い歳月を要するということを知らなかった。
 第2に私たちの怠慢である。原発の危険、また建設と廃棄に要する巨大な経費を考えれば、決して安い電力ではないことは、少数の学者たちがくり返し警告していた。それに耳をかそうともせず、きちんと受けとめて考えるのを怠った。
 第3に私たちの欺瞞である。必ずしも無知だったわけではなく、チェルノブイリやスリーマイル島の事故のことを知っていた。地震大国に原発を50基も設置した無謀さも感じていた。絶対安全といわれても、世の中に「絶対」といえるものなど何ひとつないことをよく承知している。知っていながら知らないふりをし、感じながら自分とは関係ないようにみなしてきた。
 第4に利益のこと。私たちを無知にとどめ、怠慢にさせ、利己主義と自己欺瞞に導いたものがある。無知にとどめておくほうが自分たちに都合がよく、知らないと思いこませることが利益になる。それについて私たちはうすうす感じていたのだが、大勢に従って安楽を享受してきた。
 日本人が大きな罪を犯した。とてつもなく地球を汚し、とり返しのつかない荒廃を引き起こした。しかもこの罪は孫子の代まで私たちにつきまとう。罪に目をつぶるのは、とても卑しいことなのだ。・・・・・
 以上がコラムの全文ですが、これを読むにつけても1996年に故平井憲夫氏(アサート402号の拙稿で紹介)が書き残されたことが見事に的中したかと、やりきれない気持ちにさせられます。すこし原稿が長くなりますが、平井氏の文章の最後の部分を、噛みしめる思いで書き出して筆を置きます。
 ・・・だから、私はお願いしたい。朝、必ず自分のお子さんの顔やお孫さんの顔をしっかりと見てほしいと。果たしてこのまま日本だけが原子力発電所をどんどん造って大丈夫なのかどうか、事故だけでなく、地震で壊れる心配もあって、このままでは本当に取り返しのつかないことが起きてしまうと。これをどうしても知って欲しいのです。
 ですから、私はこれ以上原発を増やしてはいけない、原発の増設は反対だという信念でやっています。そして稼動している原発も、着実に止めなければならないと思っています。原発があるかぎり世界に本当の平和はこないのですから。
 優しい地球 残そう子どもたちに・・・・・(以上) 早瀬 達吉(2011-07-18)

  【出典】 アサート No.405 2011年8月27日

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【読者の声】「中国脅威論の虚構」を読んで

【読者の声】「中国脅威論の虚構」を読んで

 「中国脅威論」には、現時点では確かに虚構がたくさん含まれており、これを口実とした日米同盟の強化や日本の軍備増強に反対しなければならないという主張は正しいでしょう。

 しかし同時に、私は中国の現状と今後について、強い危惧を抱きます。

 まず、中国は社会主義国でしょうか。いや、中国はもはや完全な資本主義国でしょう。私は数値的な資料を持ちませんが、資本の集積・集中も、すでにそうとう進んでいるとみてよいのではないでしょうか。そして、その経済力は、すでに日本を凌駕しているだけでなく、やがてアメリカ帝国主義をしのぐことになるでしょう。少なくとも、そうなったときの中国は、もはや「中国帝国主義」と呼ぶ以外にないのではないでしょうか。

 また、既に中国は、「強大な資本主義経済の上に、他者の批判を許さない独裁政権が君臨している国家」だと言えます。このような国家は、かつてファシズム国家と呼ばれました。ファシズム国家は激しい他民族抑圧を行いましたが、現在の中国も同様、チベットを初めとする国内の少数民族に対して激しい弾圧を加えています。ファシズム国家は周辺への侵略を積極的に行いました。中国もまた、ヴェトナムなどの近隣諸国に対して、目に余る圧迫・侵略政策を遂行しており、この国の対外膨張の意欲は異常です。

 こうしてみると、いったい、中国とナチス=ドイツとは、本質的にどこが違うと言えるのでしょうか。

 もし中国がそのような意味で危険な存在であるなら、世界は平和共存の主張で足並みを揃え、中国を包囲していかなければなりません。そして、そのような方向性について中国国内の民主的・平和的な人々との連携を強め、中国の民主化を支援していかなければならなのではありますまいか。(大阪 Iさん) 

 【出典】 アサート No.405 2011年8月27日

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【投稿】迷走政権から脱原発政権への転換を!

【投稿】迷走政権から脱原発政権への転換を!

<<菅首相「脱原発依存」宣言>>
 日本は今、3・11の東日本大震災と、その最も深刻な象徴でもあり、なおかつ人災の典型でもある原発震災によって、いかにこれを克服するのかという重大で歴史的な局面、時代の転換点に直面している、といえよう。
 フクシマ原発震災によって、地震列島に林立する原発はすべてその危険極まりない存在がもはや許されないものとして問われることとなり、流れは一変したのである。かくも重大な事故が無ければ原発推進政策を転換できないという事態は、やりきれないものがあるが、たとえ原発推進を打ち切り、原発廃炉計画を推進しえたとしても、それでも後世に重大で背負いきれぬほどの負担を押し付けることが明確な、使用済み核燃料処理、高レベル放射性廃棄物の処分などバックエンド(後処理)対策、「核のゴミ」処理対策は、まったく未解決であり、見通しさえ立てられず、恐怖の連鎖を食い止めるためには途方もない年月と費用、技術的困難さが確実視されている。ましてや日本の経産省と米エネルギー省、東芝などがモンゴルに核廃棄物の貯蔵・処分場を建設するという日米の計画などは、自らの原発のツケを札びらで他国に押し付けるものであり、到底許されるはずもないし、それは明確な人類的犯罪でもある。
 どのような困難があろうとも、脱原発政策への明確な転換こそが今問われているのである。その歴史的ともいえる選択は、被災した人々のみならず、内外から、全世界から注視されており、その厳しい評価に耐えうるものであるかどうかが問われているのである。
 しかし現在の民主党政権、菅政権は完全な迷走状態、機能不全状態でさえある。
 7/13、菅首相は久方ぶりに官邸で記者会見をし、原子力を含むエネルギー政策について「原発に依存しない社会をめざすべきだと考えるに至った。計画的、段階的に原発依存度を下げ、将来は原発がなくてもやっていける社会を実現していく」と語り、「原子力事故のリスクの大きさを考えた時、これまで考えていた安全確保の考え方だけでは律することができない技術だと痛感した」と説明、その上で「原発に依存しない社会」を挙げ、「これから我が国がめざすべき方向だ」として、さらに昨年6月に閣議決定されたエネルギー基本計画について、「2030年に原子力の発電比率を53%に高める内容だが、それを白紙撤回する」と述べた。 「脱原発依存」宣言である。遅きに失したが、原発震災直前までベトナムなど原発の海外への売り込みに走り回り、その成果を誇っていた菅首相個人にとってはそれでも画期的なことである。言や良し、たとえそれが政権延命の手段、口実であったとしても、それが本心であるならば、具体的な道筋を明示すべきである。そしてこの路線転換に反対し、原発のリスクへの反省がないのではと問われて「そう思っていただいて結構だ」と開き直る与謝野経済財政相や路線転換に抵抗する海江田経産大臣や彼らに追随する閣僚を罷免し、首相権限で直ちに実行に取り掛かるべきであろう。

<<「個人の夢」「単なる願望」>>
 ところが公人として首相官邸でわざわざ公式に記者会見で表明し、エネルギー基本計画の白紙撤回までも明言したのにもかかわらず、これを枝野官房長官は「政府の見解というより、首相は遠い将来の希望」を語ったものとすり替え、岡田幹事長は「首相の思い」と言い切り、野田財務相は「個人の夢」、仙谷官房副長官にいたっては「単なる願望」と切って捨てたのである。エネルギー基本計画の白紙撤回は、「遠い将来の希望」ではなく、差し迫った具体的な政治選択である。そして「脱原発依存」がたとえ「個人の夢」であっても、私的な内輪で語ったことではなく、公式な首相官邸での記者会見である、首相を支える政権幹部は公式なメッセージの重要性をこそ認識すべきであろう。問われている政策転換の重要性をまともに受け止めないこれら政権幹部は、何という取り巻きなのであろうか。そして肝心の首相までもが「政府見解として公式に述べたということではなく、決意を述べた」とずるずると後退し、釈明する始末である。
 菅政権発足以来、めまぐるしく変わる「新たな政策課題」、「最優先課題」は、就任直後の消費税増税と「雇用・雇用・雇用」の連呼、そして「税と社会保障の一体改革」、次いで「TPP参加」、3・11直後の「復興構想」、その時々で首相は、政治生命を賭けて、命がけで、全力を挙げて、と叫んできたが、いずれも一貫性のない思いつきで、次の政策課題に乗り換え、途中放棄する。6/28には、菅首相はさらに「次期総選挙ではエネルギー政策が最大の争点」と「原発解散」を示唆する発言をまでする。すべてが自己の政権延命の手段、口実としてとらえられ、そこには信念も一貫性もない首相の姿勢があぶりだされ、首相引退をめぐる密約、詐欺、ペテン、だましが公然と横行し、虚虚実実の裏取引に明け暮れ、首相への信頼感が地に落ちてしまった菅政権の実態がさらけ出されているともいえよう。
 しかし最後の「脱原発依存」は、その中では唯一まともな「最優先課題」であり、それは原発震災の深刻な実態が言わせたものでもある。それがまた浜岡原発停止を提起させ、電力業界も受け入れざるを得なかったものである。まともに検討したものとも思えないが、単発的に観測気球的に首相が発言する、発電・送電の分離、原子力安全・保安院の分離独立化、電力会社の国有化、再生エネルギー促進法案、これらが脱原発路線にしっかりと位置づけられるならば、政策転換の最も重要な柱となり、政権交代の意義を改めて再確認させることのできる「最大の争点」とすることができるものである。菅政権の最大の弱点は、この最も重要な「最優先課題」である脱原発政策への大胆な転換を、政策的綱領的信念の下に位置づけることができず、逆に自らの手で封じ込め、立ちはだかり、展望を失わせ、その価値を貶めていることにあるといえよう。

<<「通過儀礼」としてのストレステスト>>
 これが自民党政権、自公政権であったれば、浜岡原発の停止などもちろんありもせず、玄海原発やその他の停止中の原発の再稼動など当然のごとく押し進められていたであろう。もちろんまったく展望のない核燃料サイクル事業やもんじゅの継続も当然のこととして推し進められよう。
 この7/20に発表された自民党の国家戦略本部の今後の中長期的な政策立案の柱となる報告書は、<既存原発の稼働維持が不可欠>と明記し、「安全強化策」の実施を掲げ、再生可能エネルギーの促進を掲げたものの、これまでの自民党時代の野放図な原発推進政策への反省は一言もなく、将来の原発の<存廃>には一切触れない、という代物である。
 自民党の河野太郎氏は「国家戦略本部の提言とはいえ、権限のない事柄まで含むものを総裁が発表するのはおかしい。自民党は、まず、なによりも過去の野放図な原発推進に対する反省をきちんとしなければならない。」(ごまめの歯ぎしり 7/21号)と述べているが、「やはり原発を推進したいという人間が自民党の中にいる」という証明でもあろう。さらにこの「政権公約」ともいえる報告書では、安全保障では、政府が憲法解釈で禁じている集団的自衛権の行使を「認める」ことをあらためて打ち出し、「核兵器を積んだ艦船の寄港などについては容認する『非核二・五原則』への転換を図る」とまで強調している。原発震災や核の脅威にまったく鈍感な旧態依然たる自民党の本姓、本質がそのまま打ち出されている。民主党の失点が次から次へと重ねられても、自民党の支持率がそれほど上昇しない原因がここにも現れているといえよう。
 問題は、現在の民主党執行部が、次から次へとこの自民党路線に妥協し、譲歩していく姿は、結果としてこれまでの自民党政権と何も変わらない路線へと民主党を追い込んでいるところにある。
 レームダック寸前の菅首相が、突如提起した原発再稼働をめぐる「ストレステスト」実施も、電力会社任せの自主テストであり、電力会社の報告を受けて保安院が妥当性を評価し、原子力安全委員会が確認し、首相と関係閣僚で最終判断するという。1次評価は地震、津波、全電源喪失など4項目について設計上の想定を超える条件に対し、配管やポンプなどの重要な機器類がどれだけ余裕度があるかを調べる。2次ではより厳しい条件にどこまで耐えられるかを評価するという。 しかしそのテスト自体が電力会社任せで、なおかつ原発推進側の原子力安全・保安院や原子力安全委員会の責任を不問にし棚上げにしたまま、彼らがその内容を確認するという。この手法は、3・11以前の馴れ合いの産物でしかない。そもそも日本の原発はすべて、今回の福島原発を襲った地震震度に耐えられる設計にはなっていないことが明確になっており、すべて不合格なのである。それでもこのストレステストは余計なことであり、少々時間もかかるが、彼らにとっては、原発再稼動のための単なる「通過儀礼」にしかすぎないものである。菅首相の提起したものは、かくしてすべて骨抜きにされ、首相自身も公然とそれを容認する。結果として何も変わらない事態が醸成されていく。しかし問題は、3・11以降の事態は、そういう原発業界・財界・政府・学界・電力関係労組等々、総じてこうした「原子力村」の馴れ合いを許さない、新たな時代の転換点にさしかかっていることである。
 脱原発政策への転換は、日本の復興・再生のかなめであり、原発震災が突きつけた時代の要請であり、歴史的かつ人類的課題でもある。民主党が息を吹き返し、生き残る唯一の道は、迷走と混迷を深める現在の路線から、脱原発路線への明確な路線転換を行うことにあることを肝に銘ずべきであろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.404 2011年7月30日

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【投稿】ヒロシマ・ナガサキそしてフクシマと低レベル放射能の危険性

【投稿】ヒロシマ・ナガサキそしてフクシマと低レベル放射能の危険性
                             福井 杉本達也 

1 「ヒロセタカシ現象」
 反原発の作家・広瀬隆氏が福井県内を連続に講演して回った。6月25日は日本原電敦賀1・2号機と高速増殖炉「もんじゅ」が立地する敦賀市と大飯1~4号機に隣接する小浜市で、26日は福井市と敦賀原発から20キロ圏内に一部入る越前市で講演が行われた。敦賀会場では270人と思いの外多くの人が集まり、福井でも250人の会場は満杯となり入場制限する状況であった。25年前は原発の簡単な構造を書いた模造紙1枚での説明だったが、今回はプロジェクターを利用した豊富な写真・資料による説明であり隔世の感がある。3時間の長丁場の講演も十分集中できるものであった。今、広瀬隆は反原発の講演会で全国を飛び回っている。
 ところで、最初の「ヒロセタカシ現象」はチェルノブイリ原発事故直後の1986‐88年に起こっている。著書『危険な話』は「30万部を超えるベストセラーとなった。広瀬の講演会は東日本を中心に全国的に展開された。あたかも組識的に演出されたかのようにびっしり講演スケジュールが組まれ、各会場とも盛況だった。…こうして婦人層、若年層に放射能による食品不安、原子力発電不要感が広がった。」(中村政雄 『原子力と報道』中公新書ラクレ)。
 この「ヒロセタカシ現象にとどめを刺したのは、共産党系といわれている日本科学者会議原子力問題研究会だ。…話題の本『危険な話』を取り上げた。『内容に誤りが多いいたずらに人を不安に陥れようとするものだ』と複数の研究者が強く批判した。」(中村)。野口邦和氏(現在は同研究会委員長)は『文化評論』(1988.7)に「広瀬隆「危険な話」の危険なウソ」を掲載し、さらにその記事を一部改稿した「デタラメだらけの『危険な話』」を販売部数の多い『文芸春秋』(1988.8)に再掲載した。「この一撃以後、広瀬の発言は信頼を失っていった…その後、原子力発電に対する支持率は回複し、ほほ安定した。」(中村)。

2 チェルノブイリ原発事故の無視
 野口氏の上記「デタラメだらけの『危険な話』」を現在時点で読み返すと、奇妙な点がいくつもある。1986年4月のチェルノブイリ原発事故の影響をことさら小さく見せようとしている。その一例が、『石棺』の完成により「原子炉の埋葬が完全に終了した」とするソ連の公式発表に対し、広瀬氏が「とんでもない。それほど簡単に永久処分が可能」ではないとしていることに対し「『ソ連の報告書をちゃんと読みなさい、広瀬さん…ソ連が発表したのは、破壊された『原子炉の埋葬が完全に終了した』ということ、つまり原子炉の放射能密閉工事が終了したということである」と反論しているのであるが、ソ連の公式発表を鵜呑みにして、『石棺』の完成によって原子炉事故が最終的に『終了』したものであると考えている。しかし、現実には25年後の今、『石棺』は風化しつつあり、内部の放射能はエネルギーを発し続けている。原子炉の『埋葬』などできない。また、「『甲状腺ガンがすさまじい勢いで発生する』は文学的表現であろうか…広瀬さんは『(甲状腺ガンの)兆候は出はじめている』とあっちこっちで講演して回っているわけだから、完全なウソ、作り話である。」と事故による甲状腺ガンの発生を明確に否定している。だが、現実にはチェルノブイリの北側で汚染したベラルーシの統計では事故後1990年頃から小児甲状腺がんは着実に増加し、1995年には年間90件に達している。事故から2年も経過し事故の全容が明らかになりつつある時点でのこの文章の放射能に対する評価は明らかに過小である。いずれにしても、「ヒロセタカシ」攻撃を通じて、チェルノブイリ原発事故の放射能の影響を低く見積もろうとしたことは明らかである。

3 「低線量放射線」=「内部被曝」の影響の軽視
 では、なぜ野口氏は熱心にチェルノブイリ原発事故の影響を軽視しようとするのか。事故から9年後、東京反核医師の会で野口氏は「低線量放射線の影響=核兵器・核実験被害」(1996.10)という講演を行っているが、「原発事故の被害と原爆被害は別物である」と述べている。「チェルノブイリ事故の被害住民は、爆風による被害には遭遇しなかった…チェルノブイリ事故の方が広島・長崎の原爆より放射能がずっと多かったということを書いていた記事がいくつかありましたけれども…熱線による被害はまったくありませんでした。…初期放射線による被害は…まったくありませんでした。」と。確かに原爆被害の直接的影響は爆弾の原理としての熱線と爆風であり、臨界によるγ線と中性子線の放射である。はじめから被害を最大限にすることを目的として開発された「爆弾」と「発電施設」として開発された原発の被害が同一であるはずはない。では、なぜ、野口氏は原爆と原発の間に深淵を設けるのか、残留放射能の影響を低く見積もろとするのか。その根底に流れる思想は「低線量放射線」=「内部被曝」の影響の軽視または無視である。核兵器を持つものは通常兵器と同様に使おうとする。原爆は局所的な破壊しかもたらさない効率的な大量破壊兵器であり、影響は使用した国に及ばないとなれば核保有国は使用する誘惑にかられる。野口氏はこの核の『恐怖』と『恫喝』の前に、核エネルギーのあまりの『巨大さ』の前にひれ伏している。兵器は与える被害の空間と時間が限定されるからこそ兵器となる。「爆風」や「熱線」・「初期放射線」はそれである。ところが、「残留放射能は」被害の空間と時間を使う側の都合のよいように勝手に区切ることができるものではない。大気中にまき散らされた「残留放射能」は使われた側だけでなく、使った国民の頭上にも『限定されずに』降り注ぐまことにやっかいなものである。悲劇はヒロシマ・ナガサキといった地域的に限定されるものではない。大気中に放出された放射能は全人類の生存を脅かすものである。チェルノブイリは10日(『石棺』完成までには6ヶ月)で「埋葬」されたかに見えたが、25年たった今も1万平方キロメートルもの土地に人が立ち入ることができず、40万人の住民が家を失った。今だに多くの人が内部被曝によるがんで亡くなっている。

4 低レベル放射能の危険性
 「ただちに健康への影響はない」という呪文で、現実から目をそらしてはならない。1945~63年の米ソ冷戦時代には盛んに大気圏内の核実験が行われ、大量の放射能が空中に舞い上がり全世界にばらまかれた。セシウム137は食物連鎖の中に侵入し、日本人の尿中のセシウム137の濃度は1961年から増加し続け、最大の年平均体内量は1964年に531Bqに達した。(「フォールアウトからの人体内セシウム」ATOMICA)。スターングラスは1968年までの米国での40万人の新生児が死の灰の影響で生後1年以内に死亡したと結論を出した。低レベル放射能は明らかに危険なのである。恐怖の均衡の中、大気圏内核実験だけでも、十分に人類を死滅させることができることが分かってきた。そこで、1963年に大気圏内核実験禁止条約が締結され、以降、乳児の死亡率は正常な下降を示している(『人間と環境への低レベル放射能の脅威』ラルフ・グロイブ/アーネスト・スターングラス著 2011,6.25)。
 しかし、それでは核兵器を使えなくなってしまう。そのため、低レベルの放射能は危険ではないとするプロパガンダがはられた。1957年の段階で武谷三男は米原子力委員会のウィラード・リビー博士が日常の放射線と死の灰を比較して無害を証明しようとする「理論」を批判している(『原水爆実験』岩波新書・1957.8.22)が、福島原発事故でもホウレンソウや牛乳から基準値以上の放射能が検出された時から、消費生活コンサルタントを自称する市川まりこ氏の「直ちに健康に影響が出るわけではない。もともと、食品には自然界の放射性物質も含まれており、私たちは微量ながらも日々口にしてきていることも理解すべきだ。」(日経:2011.3.20)との同一理論のコメントを載せ、住民の目をごまかそうとしている。
 戦略爆撃の『効果確認』を目的とした原爆の医学調査のため、1947年にアメリカによってABCC(原爆傷害調査委員会Atomic Bomb Casualty Commission)が広島・長崎に設立された。16万の被爆者を選び、どこでどんな状況で被爆したかを数年かけて一人ひとりにインタビユーし、亡くなった7500人を解剖した。疫学調査としてこれを超える規模のものは世界に存在しない。しかし、調査をしても被爆者の治療は行わなかった。しかも調査の全ては軍事機密となり米国に持ち去られ、その結果「広島・長崎における原爆の影響は局所的であり、放射能汚染は問題にならない、放射線そのもので死んだ人間の数は少なく、…放射能の長期にわたる影響を完全にそして公式に否定した。」「内部被曝はアメリカ国家の最重要機密になり意図的で巧妙な隠蔽工作が続いてきた」「米国政府による放射能汚染に関する情報操作はほとんど完璧だった。」(『内部被曝の脅威』肥田舜太郎/鎌仲ひとみ・ちくま新書)。今も日本の放射線研究はABCCの影響を大きく受けている。ABCCの仕事を受け継いだのが現在の財団法人放射線影響研究所であり、米国財政の悪化から「日米交換公文」によって、財政も含め「日米折半」で運営管理すると定めているが、米国が何の影響力も行使せずに金だけを払っているとは思えない。
 7月に入り稲わらを餌とする肉牛から放射性セシウムが検出された。当初、福島県産だけの稲わらが放射能汚染されていると思われていたが、宮城県北部の登米市や鳴子温泉で有名な大崎市産の稲わらから検出されるに及んで、非常事態となった。稲わらに放射性セシウムが検出されるということは、人もコメも野菜も水も汚染されている恐れが強い。しかも宮城県は年産40万トンという全国7位のコメの一大産地である。既に、今年始まったコメの先物取引では東北地方以外からコメを手配しようとする動きが広がっている。牛肉は副食だがコメは主食である。コメなしに日本の食卓は考えられない。9~10月に向け、危機は確実に深まっている。日本は完全に放射能汚染国家となってしまった。国・自治体は早急に食品や水・土壌等の検査体制を整え、汚染情報を全面公開し、今後数十年~百年にわたる監視を行っていかねばならない。 

 【出典】 アサート No.404 2011年7月30日

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【投稿】中国脅威論の虚構 

【投稿】中国脅威論の虚構 

利用される「不透明性」
 7月6日、中国の江沢民前国家主席の死亡情報が世界を駆けめぐった。7月1日の中国共産党創建90周式典に江沢民が姿を見せなかったことから「重病説」が流布し、香港のATVテレビが「死亡」を「スクープ」したため、日本をはじめとする各国のメディアが、後追い報道を行った。多くは「死亡か?」「香港のテレビが死亡と報道」と慎重な論調であったが、「死亡した」とウラ取りもせずに飛ばし記事を書いた新聞もあった。
 その後の展開は周知の通りであるが、現代において国家の最高権力者レベルの死を隠し通すことなど、北朝鮮であっても無理なことである。こうした中国に関するネガティブな報道は要人の動静だけでなく、軍事力に関しても同様のことが言える。中国の軍事費の透明性が低いことは明らかであるが、これを良いことにして軍事力を過大に見積もり、アフリカなど世界各地に於ける影響力拡大と合わせ「侵略の意図、能力あり」として自国の軍拡に利用しているのが日本政府である。
 とりわけ、昨年9月の中国漁船事件以降、尖閣列島やガス田を巡り東シナ海における中国の行動を日本に対する差し迫った脅威と断じ、この海域や南西諸島を侵略する軍備を着々と整備しているかに報じられているが、実態はどうなのか。
 中国は1998年、ウクライナから旧ソ連の未成空母「ワリャーグ」を購入し改装中である。これは近々「練習艦」として就役する見込みであるが、この存在については以前から明らかになっていたし、改装の進捗状況も定点観測的な映像をネット上で見ることができる。

続出する「秘密兵器」
 これをあたかも中国の「秘密兵器」のごとくに取り上げ、日本に対する一大脅威の様に論じられることがある。軍事費の透明性から見れば、空母の予算が計上されているか判らないため憶測が飛び交うのだが、さらに中国は数隻の国産空母を建造中であり、これら機動部隊をもって近い将来東シナ海や南シナ海を支配下に置くとも、しばしば報じられている。
 これについて人民解放軍の陳炳徳参謀総長は、空母を建造中であることは認めたものの、隻数については「指導部が決めていない」(7月12日「毎日新聞」)と語ったという。さらに、空母を運用するに際しての各種ノウハウについては未だ取得中であり、要は自動車教習所内での座学中で、「ワリャーグ」の就役を持ってようやく教習車に乗れるといったところではないか。さらに空母を護衛する艦隊の整備もこれからの段階であり、本免許取得までの道のりは長いと言わざるを得ない。
 また、陳参謀総長はもう一つの「秘密兵器」といわれ、アメリカの空母に対する接近阻止戦略の切り札とされる、対艦弾道ミサイル「東風21D」について「まだ研究中で試験中だ」として、一部で報じられた実戦配備を否定した(同)。
 このほかにも中国の「秘密兵器」としては、ステルス機「殲20」がある。先日ネット上で試験飛行の動画が関係者によって非公式に公開されたが、これは日本の海上保安官による尖閣ビデオの公開と同じく勇み足と思われる。「殲20」も開発中であり要求通りの性能を発揮できるか不明な段階であり、人民解放軍としては公開できるレベルではないと判断していたと考えられる。
 7月23日、中国の高速鉄道が衝突、転落事故を起こしたが、民生部門のみならず、軍事技術においても同様の、未熟性、不安定性を内包していることは、明らかである。 

現在の「張り子の虎」
 かつて毛沢東主席は「アメリカの核兵器は張り子の虎である」と断じたが、現在の中国も張り子の虎なのである。それは兵器だけではなく、中国社会自体がそうである。中国は人口抑制のために「一人っ子政策」を続けてきたが、その結果とりわけ男子については、過保護に育てられ「小皇帝」と揶揄されるぐらいである。人民解放軍は志願兵制であるが、そうした子どもの「戦死」を親たちは容認しないだろう。
 今後中国の経済成長が続き、生活水準が向上して行くにつれて、こうした傾向はさらに強まっていくだろう。逆に国内の少数民族や貧困層を報酬と処遇改善を餌に、最前線に送り込もうとしても更なる反発を生むことになるだろう。
 毛沢東は「張り子の虎」に関連し「我が国の人口は6億人だ。核戦争で半分の3億人が死んでも、まだ3億人残るので人口はすぐに回復する」とも豪語したが、そうした時代はとうに過ぎ去っているのである。したがって中国がどこかの国と領土や資源を巡り、多大な犠牲を覚悟で本格的な交戦を開始するとは考えられないのである。
 かつて1979年にベトナムに対して行ったような軍事介入も失敗したし、その後1988年のスプラトリー(南沙)諸島での、近代戦とは言えない小規模な海戦では勝利したけれども、それはこれからの戦いの教訓とはなり得ないだろう。
 現在も中国はパラセル(西沙)諸島を加えた南シナ海で、ベトナム、フィリピンに対する圧力を維持しているが、強硬姿勢はいつまでも続かないことが明らかになってきている。中国は自らの実力を承知している。

南シナ海と東シナ海
 現段階では越、比両国の海軍力は中国に比べ極めて劣勢である。しかしながらこの間、アメリカが介入姿勢を強めていることから7月20日、中国とASEANは高級事務レベル会合で、02年に署名された南シナ海紛争解決のための「行動宣言」を踏まえ、南シナ海における資源探査などの活動、計画に関する8項目の「行動指針」について合意し、翌日開催された中国、ASEAN外相会議正式に確認された。
 一時は、南シナ海で武力衝突間近か、との見方もあったがこれにより、関係各国の協議による事態の改善が進む見通しとなった。アメリカは越、比両国、そして日、豪との合同軍事演習を展開してきたが、緊張緩和の動きを歓迎している。国務省のキャンベル次官補は21日、「行動宣言」の実効性を高める「行動指針」合意に関し、今後の具体化作業を支持すると明らかにした。これを受け日本の松本外務大臣も、21日の日本、ASEAN外相会談で指針の合意に歓迎の意を表した。
 日本政府はこうした流れを評価するのであれば、東シナ海においても同様の政策を進めなければならないはずである。しかし菅内閣は昨年9月以降、具体的な改善策を提起していないどころか、「動的防衛力」=「兵力南西シフト」を明確にした「新防衛大綱」策定など、中国を仮想敵国視した軍事力増強を進めている。
 来年には事実上の軽空母である「22DDH」(397号参照)の建造が始まり、来年度予算では大規模災害対策に有効という大義名分の下、2番艦である「24DDH」の予算が承認されるだろう。さらに与那国島への陸自部隊配備、これをバックアップする南西諸島への戦略物資の事前集積計画も進行している。特定の地域に於ける、特定の国を対象とした兵力の集中は、戦争準備と見られても仕方がない。機能不全に陥った菅内閣のもと、軍拡と緊張激化が一人歩きする危険性は益々拡大している。
 国会では、マニュフェスト見直し論議が錯綜しているが、軍事、外交政策の見直しを放置してはならない。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.404 2011年7月30日

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【本の紹介】「日本の国境問題—尖閣・竹島・北方領土」

【本の紹介】「日本の国境問題—尖閣・竹島・北方領土」
        孫崎 亨著 ちくま新書 2011年5月10日 760円+税
 
 東日本大震災で吹っ飛んでしまった課題に尖閣事件がある。2010年9月7日尖閣諸島海域で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突、翌日逮捕された事件である。
 逮捕によって那覇地検の下に船長は拘留され、日中の緊張は高まった。中国国内では、(政府許容の下)大規模な反日デモが起こる、中国政府がレアアースの輸出を差し止める、国際交流事業も中止になる、といった事態が生まれた。那覇地検は、「政治的配慮」により不起訴を決定し船長を釈放するが、日中の緊張は中々解消されなかった。
 
 本書は、日本が抱える国境問題–尖閣・竹島・北方領土問題について、そもそも国境問題にはどう対処すべきか、それぞれの問題についての歴史的背景明らかにしつつ、平和国家・日本の為すべき外交政策の論点がまとめている。
 
 <中ソ国境紛争を例に>
 1969年に、中ソ国境のダマンスキー島(珍宝島)で国境紛争が起こった時、著者は外務省のソ連留学生としてモスクワにいた。そして中ソそれぞれの対応と経過を現地で調査したという。中国では、毛沢東の後継に林彪が選ばれ、文化大革命のあとの「外敵」を求めていたという。反ソデモには1億5千人の参加があったという。一方、ソ連の側では、逆に冷静な対応が目立った。
 「国境問題があった時、関係国のすべての人が、紛争を円滑に収めようとする訳ではない。紛争を発生させ、それによって利益を得ようとする人が常にいる。」
 この中ソ紛争の中で、林彪は、穏健派の劉少奇派を封じ込めた。一方、ソ連も68年のチェコ事件をめぐる党内論争があり、この紛争を利用した人物・グループが存在したという。
 この中ソ国境紛争を、収束させたのが中国の周恩来であった。1969年9月の国慶節レセプションで「我々から戦いを挑むことはしない」と周総理が発言し、以来22年を要したが中ソ国境紛争は、収束した。。
 この「珍宝島紛争」を収束させた周恩来が、1972年の日中国交回復の際にも、「現状維持・武力不行使」の原則を、日中合意に含ませ「尖閣問題」の沈静化を図った。この合意を生かせなかったのが、昨年の尖閣事件であると著者は指摘する。
 
<尖閣事件処理の問題点> 
 1978年にも、尖閣諸島海域に多数の中国漁船が押し寄せたが、上記の「合意事項」の確認により、緊張は短期間で収束する。そして2000年日中漁業協定が結ばれ、同海域を含む漁業行為について、「それぞれが自国漁船を取り締まる、領海侵犯の行為には外交ルートで解決する」との合意が生まれる。
 昨年の事件では、直接中国漁船を臨検しようとし、衝突事件となった。さらに菅総理は、2010年の総理答弁において、尖閣問題に領土問題は存在しないと署名していた。さらに逮捕後は「国内法で裁く」と前原国土交通大臣が明言し、「領土問題棚上げ」合意を無視し、直接的な領土紛争への引き金を引く。
 中国の強硬な対抗措置は、日本政府(民主党政権)の対応への返礼であろう。
 誰が対中国強行路線を描いたか、それは明らかであろう。そして、残念な事に自民党政権以上に米政権・支配層に従順な民主党政権は、その指示を忠実に実行したのだろう。(これは佐野の私見)。
 本書では、尖閣事件を煽ってきた米政権の分析も行われる。日中の対立を煽ることで、日本の国民の不安感を強め、普天間・日米安保強化政策を推進し易くできる。
 
<北方領土問題を利用したアメリカ>
 北方4島をめぐる問題では、1951年のサンフランシスコ平和条約で日本は千島列島を放棄している。外交交渉問題は別にして、すでに決着している問題である。しかし、日ソ平和条約の動きなどに反発したアメリカは、日本の支配層に「領土問題」をけしかけた。戦後の一時期から、北方領土問題が日本側から持ち出された。アメリカは、日ソの接近を望まなかったのであり、日ソ平和交渉の妨害策として「北方領土問題」を持ち出した。
 かつて、「日本のこえ」の志賀さんが、「北方領土問題」の反ソ性を暴いていたが、この事実と符合する。
 2010年11月、メドヴェージェフ・ロシア大統領が、ソ連時代を含めて最高指導者として始めて北方4島を視察した。ソ連崩壊後、エリツィン大統領と橋本総理の間では、領土問題が進展した時期があった。その時期、ロシアは経済が破綻し、日本の協力を求めていた。しかし、現在、資源大国としてのロシアには、日本に気兼ねする要因が存在しない。おそらく当分の間、この問題での進展は全く望めない。
 まさに領土問題が、時の政権の、あるいは政権内部のあるグループの利害に従属することを示している。
 
<国境紛争地域は、日米安保の対象か>
 著者はまた、「北方領土・尖閣・竹島」で武力紛争が惹起した時、日米安保条約の対象となるか、を明らかにしている。
 安保条約第5条は「各締結国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動する」としている。
 日本の施政の下にない北方領土は対象にならない。竹島はどうか。竹島はアメリカ地名委員会によると国名は大韓民国と表記されている。
 よって、「北方領土」と竹島は、アメリカからすれば安保条約対象外となる。
 それでは尖閣はどうか。アメリカの見解は尖閣諸島は日本の管理下にあり、安保条約の対象である。尖閣の主権問題は係争中であり、そこには立ち入らないということである。
 昨年のクリントン国務長官の発言もこの域を出ていない。それでは、武力紛争に至った場合はどうか。「安保条約の対象である」ことと、「米軍が介入すること」は別問題ではないか、という論点が、ここで浮上することになる。
 日本が米軍の海外基地の全体の30%を提供しているのに、米軍が日本を守らないのか、この重要な点に発言したのが、モンデール駐日大使の1972年の発言であり、これにより辞任を余儀なくされている。すなわち「尖閣は日本の管理下にあるが、主権問題は係争中」である尖閣問題では、武力介入に米国議会の承認は降りないという事を著者は指摘している。

<武力を使わせない知恵>
 著者は、第5章領土問題の平和的解決–武力を使わせない知恵、第6章感情論を超えた国家戦略とは、において、領土問題を武力紛争に至らせないための戦略を展開する。
 最後の部分では9つの方策示して、平和的解決を図ることが重要だとしている。
 第1は、相手の主張を知り、自分の言い分との間で各々がどれだけ客観的に言い分があるかを理解し、不要な摩擦は避けること。第2に、紛争を避けるための具体的な取り決めを行うこと。第3に、国際司法裁判所に提訴するなど、解決に第三者をできるだけ介入させること。第4に緊密な「多角的相互依存関係」を構築すること。第5に「国連の原則」を全面に出していくこと。第6に、日中間で軍事力を使わないことを共通の原則とし、それをしばしば言及することにより、お互いに遵守の機運を醸成する。第7に、係争地の周辺で紛争を招きやすい事業につき、紛争を未然に防ぐメカニズムを作る。第8に現在の世代で解決できないものは、実質的に棚上げし、対立を避けることである。第9に、係争になりそうな場合、いくつかの要素に分解し、各々個別に解決策を見いだすこと、と、まとめておられる。
 「以上、ここに掲げた九つの平和的手段は、どれか一つだけが独立し、それですべてを解決できるものではない。武力紛争に持ち込まないという意識を持ちつつ、各々の分野で協力を推進することが、平和維持の担保になる。」と。
 
<2010年、アジア全域で国境問題が惹起>
 日中では尖閣問題、日韓では竹島問題、南北朝鮮では、延坪島問題、そしてアジアではベトナムと中国の領土紛争と、アジア全域で国境問題が焦点化している。
 中国の経済発展と資源確保政策、そして来年迎える中国共産党の指導者の交替など、中国がその震源ではある。 
 現在、ASEAN地域フォーラム等で、2002年の中国とASEAN諸国との「南シナ海の行動宣言」合意をさらに、「行動規範」とする協議が進められている。アメリカの介入を防ぎたい中国は、強行姿勢を控えてはいるが、予断は許さない。しかし、こうした協議の場を設けることで、中国の拡大路線を鈍らせることは可能であろう。
 こうした中、日本の国境問題を平易に論じる本書は、国境紛争を平和的に解決するためにも、大変役に立つと思われる。(佐野 2011-07) 

 【出典】 アサート No.404 2011年7月30日

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【投稿】混迷政局・復興のかなめは、脱原発・脱増税にこそあり

【投稿】混迷政局・復興のかなめは、脱原発・脱増税にこそあり

<<「原発の再起動をぜひお願いしたい」>>
 まったくあきれたものである。福島原発事故の収束のめどが立たないどころか、さらなる放射能汚染が拡大されかねない深刻な事態に落ちっている真っ只中の6/18に、海江田経済産業相は経済産業省原子力安全・保安院が6/7に電力各社に指示していた各地の原発の緊急安全対策について、「適切に実施されている」と発表し、「原発の安全性については国が責任を持って丁寧に地元に説明したい。原発の再起動をぜひお願いしたい」と述べ、定期点検中の原発22基の運転再開を求めたのである。
 何という神経であろうか。原発推進の経産省の下部組織であり、人事・財政を問わずあらゆる面で電力業界とずぶずぶで、「原子力村」とさえ言われる業界利益を徹底的に代弁し、福島原発事故の究明はおろか、収束さえもできない、そのような「原子力安全・保安院」は、そもそもその重大かつ深刻な責任が徹底的に追及され、即刻解体され、独立の第三者機関に置き換えられるべき存在であるにもかかわらず、菅政権は、この最も緊急に要請されていた新たな体制の確立、原発震災の収束に向けてあらゆる叡智と人材、資材を結集する努力を放棄したまま、あくまでもこの「原子力安全・保安院」にいまだに依存しており、その言うがままなのである。菅政権のこのような原発震災に対する深刻な現状認識の欠如こそが問題なのである。小手先にしか過ぎない対策と「検査」の結果、安全対策を指示してたった十日ばかり、その対策の有効性さえ検証できない、その性急さだけが浮き彫りになる段階で、「緊急安全対策は適切に実施されている」などと請け合っても、誰からも信用もされないし、相手にもされない、そういう事態であるにもかかわらず、「原発の再起動」を臆面も無く語れるその無神経さ、鈍感さ、政治的無能力、判断力の無さには空いた口がふさがらないといえよう。
 しかも菅首相自身が、こともあろうに6/19の自然エネルギー普及に向けたインターネット対話「自然エネルギーオープン対話」の場で、「海江田大臣の考えと私の考えはまったく同じだ」と強調し、「安全性が確認された原発は再稼働を認めていく」と首相官邸から発信しているのである。自然エネルギーと対極にある原発をあくまでも擁護し、なおかつ「自然エネルギー」も場当たりの延命策として活用する、基本的な政治哲学もなければ、脱原発の基本姿勢もまったく欠如した、その場しのぎで延命のためなら何でも利用する、そんな菅首相の本質が如実に現れている。

<<「話にならない」>>
 これに対して立地自治体である茨城県・東海村の村上達也村長は「原発事故の収束も、原因究明もできていない。(再稼働の要請は)話にならない」と突き放し、「産業の空洞化というレベルの話ではなく、地域住民の命がかかっている。事故の原因究明もできていない段階で、安全と言えるのか」、「地震国の日本で原発を稼働するのであれば、小手先の対応ではなく、根本から安全対策を考え直す必要がある。政府や保安院、東電などへの不信感が高まっている状態で、『安全』というだけでは通用しない」(6/19読売)と怒りも露わである。当然の怒りといえよう。
 また東京電力柏崎刈羽原子力発電所が立地する新潟県の泉田知事も、「福島原発の事故原因の検証も行わないまま、経産相から安全性を確認したとの談話が出された。この談話は論評に値する内容を何も含んでいない」と、再稼働要請は論外との認識を示しており、原発銀座を抱える福井県幹部も「新しい内容が出てきたわけではない」として、再開に同意しない姿勢に変わりはないとの考えを示し、「地震や津波の検証、原発の高経年化(老朽化)対策の新たな基準、浜岡原発以外を安全と判断した根拠を明らかにするよう引き続き求める」としている。
 この原発再開方針を「一歩前進」と評価する中部電力の幹部は、「これで、今進める津波対策を取れば、国も浜岡の再開を容認せざるを得なくなるのではないか」と歓迎し、海江田経産相の発表を浜岡原発再開へのステップと受け止めているが、静岡県の川勝知事は「(浜岡原発が含まれないのは)当然だ。完全な対策だと確認できない限り、再開のさの字も出る状況ではない」と述べている。
 福島第一原発事故を抱える福島県の佐藤雄平知事も当然のことではあろうが、運転停止中の福島第二原発については、「再稼働はありえない」と明言している。
 このように、これまで原発立地に協力・追随してきた自治体が、玄海原発を抱える佐賀県の古川知事の「再起動への国の意思が明確に示されたと受け止める」という発言を除いては、ことごとく反対、不信、疑問を表明しており、今後の姿勢が問われることになろうが、何よりも問われるべきは菅政権の基本姿勢といえよう。

<<「福島が脱原発と言わないでどこが言うのか」>>
 その菅政権の基本姿勢、大震災とそれに必然的に伴って惹起させてしまった原発震災、それからの復興を目指す基本的な政治姿勢こそが問われているのである。しかし菅政権からは、その場しのぎの小手先の対策は見えても、復興の中心にすえられるべき基本政策が見えてこないのである。明らかなのは、消費税増税路線だけが周到に準備され、世論形成にマスコミを動員し、段階的増税・10%増税やむなしという路線が着々と推し進められているばかりである。このような復興をないがしろにし、経済を冷え込ませ、いっそう庶民を苦しめる路線からの根本的路線転換こそが問われているのである。
 その路線転換が、まさに原発震災に直面した福島県から提起されている。福島第1原発の事故を受け、復興の考え方を福島県に提言する有識者会議「復興ビジョン検討委員会」が基本理念の原案を取りまとめ、6/15の第5回検討委員会で、復興の基本方針の第1に「脱原発」の考え方で施策を推進することを確認したのである。
 同検討委員会は、復興ビジョンの構成、基本理念(基本方針)、主要施策を検討し、「基本理念」の1点目に「原子力に依存しない、安全・安心で持続的に発展可能な社会づくり」を明確に打ち出し、「『脱原発』という考え方の下、原子力への依存から脱却し、再生可能エネルギーの飛躍的な推進を図るとともに、省エネルギーやリサイクルなどを強力に推進する」としている。検討委座長の鈴木浩福島大名誉教授は「原発へのスタンス(姿勢)を明確にしないと福島の復興ビジョンは始まらない」と語り、さらに検討委メンバーの山川充夫同大教授は「福島がどの方向でいくのかは、県民だけでなく世界中から注目されている。福島が『脱原発』といわず、どこがいうのか。県民、世界に対して一定役割を果たせたと思う」と、委員たちは力を込めて語ったという。県は7月末までに復興ビジョンを策定し、復旧・復興本部で決定することを明らかにしている。
 このような基本政策を中心にすえることこそが、本来は日本政府の基本姿勢にならなければならないものである。「日本が『脱原発』といわず、どこがいうのか」、この路線への根本的転換こそが菅政権に問われているのである。このような基本姿勢を打ち出せない政権は、もはや無用の存在といえよう。
 ましてや、原発を復活させるかどうかを問うイタリアの国民投票で、反原発票が94%という反原発派の圧倒的な大差で勝利した事態を「集団ヒステリー」(自民党・石原伸晃幹事長)などととらえる勢力との大連立などもってのほかである。
 6/14、都内で行われた被災者のための「ふるさと支援」発表会見に出席した俳優の菅原文太、西田敏行両氏が共に「原発はNO!」と語り、「原発の是非を問う国民投票をすべき。菅首相も最後に大きな仕事になる。ドイツもイタリアも脱原発を決めた。良い意味の三国同盟をつくってほしい」(菅原)と訴えたが、菅政権最後の仕事としては大いに意義ある提案といえよう。
  民主党は今、脱原発と脱増税路線への根本的転換こそが復興の要であり、政局混迷打開の要であることを明確にすべきであろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.403 2011年6月25日

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【投稿】「原発よさようなら」・「成長神話もさようなら」

【投稿】「原発よさようなら」・「成長神話もさようなら」
                              福井 杉本達也 

1 何てことをしてくれたんだ
 俳優・西田敏行氏が3月下旬に故郷・南相馬市を訪れた時の光景をこう描いている。「桜も桃も盛んで、山の緑も美しくキラッキラしていた。なのに人っ子一人いなくて、牛だけがいた。何てことをしてくれたんだと。福島県民はもっと怒れ」(県民福井:2011.6.8)。
 仏放射線防護・原子力安全研究所(IRSN)『福島原子力発電所事故から66日後の北西放射能降下区域住民の予測外部被曝線量評価』(2011.5.23 訳:真下俊樹)によると、事故による当初の20km圏内の避難区域の人口は85,000人(区域面積:628?)、最初の1年間の外部被曝量が10ミリシーベルト(mSv)(チェルノブイリ原発事故での旧ソ連邦の強制移住基準はセシウム137が1平方メートルあたり55万ベクレル(Bq)=最初の一年間の外部被曝量換算で約7mSvとなる)以上の波江町・飯舘村・南相馬市などの高汚染区域(最大:100~500mSv)の人口は69,400人(区域面積:874平方キロ)。この高汚染区域の住民に4年間避難対策を行わなかった場合は、チェルノブイリの住民27万人が4年間に受けた集団外部被曝線量は、7,300人・Svであり、福島の住民7万人が4年間に受けると予測される集団外部被曝線量は、4,400人・Svであるので、現在のまま汚染地区に留まると福島原発事故の外部被曝量はチェルノブイリの60%になってしまうと指摘している。しかし、事故後3か月で避難させた場合は被曝量を82%軽減させることが出来るとも指摘している。さらに、5mSv以上の「自主移住」などが必要な区域の人口は292,000人(1,241平方キロ)にもなる。これらの区域では農業や工業の行為も制限される。これらの地域の人口だけで福島県の人口の4分の1(面積で20%)を占める。農地を5年も放置すれば耕作の継続はできない。福島県は新規の教職員の採用もできないほど大量の子供の県外避難が始まっている(毎日2011.6.16によると約1万人)。もはや福島県のコミュニティーは解体状況にある。1mSv以上を低汚染地域とするならば福島県の大部分と北関東・宮城県の一部にまで及ぶ。そのような人口を狭い日本のどこに避難させることができるのか。生まれ育った土地・我々の祖先が数千年来稲や野菜を育ててきた土地・商売を営む土地・毎日生活する土地・そして豊かだった海に「何てことをしてくれたんだ」。

2 放射線の危険性―『許容量』ではなく『がまん量』
 中京大学の武田邦彦教授は放射線による被曝の危険性について、①放射線の被曝によるガンや遺伝性疾患の発生は、「医学的」に明確ではない。②この世には学問で判らない「未知の分野」がある。③ 研究中のことだから、医者や研究者によって言うことが違う。だから、原発事故以来、さまざまな記事が出るので、多くの人は「なにが正しいのか判らない」と悩む。④医学的に判らないのだから、医者や研究機関に聞いてもムダである。そこで、「医学的ではなく」(ここが大切)、「コンセンサス(みんなでとりあえず決めておく)で決める」という方式がとられた(21年前)。⑤それが、「誰でも1年1ミリシーベルト以下なら安全としよう。本当のところはわからないが、それで行こう」と整理している(武田ブログ:2011.6.10)。
 実はこの議論は、今から半世紀も前の1954年に米国の水爆実験で第五福竜丸がビギニ環礁での被曝をしたことを受けて、物理学者の武谷三男氏(人間の認識は現象論的、実体論的、本質論的の各段階を経て発展するという『三段階論』を提唱:日経2009.11.13 益川敏英「私の履歴書」)が自然科学的『許容量』ではなく、社会的『がまん量』であるとの考え方を提案した。「障害の程度を正確に科学的に推定することが不可能な場合、こと安全問題に関しては過大評価であっても許せるが、過小な評価であってはならない。この原則的な立場に立てば、『しきい値』の存在が科学的に証明されない限り、比例説を基礎において安全問題を考えなければならない。ちょうど具合のよいところ所に『しきい値』があって、それ以下は無害と都合よくいっている根拠は何もないからである。そうすると、有害、無害の境界線としての許容量の意味はなくなり、放射線はできるだけうけないようにするといのうのが原則となる。そして、やむをえない理由がある時だけ、放射線の照射をがまんするということになる。…許容量とは安全を保障する自然科学的な概念ではなく、有意義さと有害さを比較して決まる社会科学的な概念であって、むしろ『がまん量』とでも呼ぶべきものである」(武谷:『原子力発電』1976.2.20 、より詳しくは『原水爆実験』1957.8.22 岩波新書)と整理している。

3 『核エネルギー』の幻想を捨て去るとき
 1953年暮れに米アイゼンハワー大統領が「アトムズ・フォア・ピース」を宣言し、これを受け54年には日本でも中曽根康弘氏が3億円の原子力予算を成立させた。こうした政治からの動きに対し、日本の科学者は武谷・湯川秀樹(1956年の初代原子力委員会委員)・坂田昌一(名古屋大学教授・坂田モデルを提唱・弟子にノーベル物理学賞受賞者の小林誠・益川敏英氏らがいる)などの素粒子論グループを中心に軍事研究に利用されるとして慎重であったが、『核エネルギー』の利用そのものに対しては歓迎していた(吉岡斉『原子力の社会史』1999.4.25)。武谷は「原子力は原理的にはすばらしいものを人類が手に入れたことになる。…人類が手にいれたものであるから無限の可能性のきっかけを得たことは確かである。しかし人類に福祉をもたらすための原子力の利用の方面はほとんど無視され、原子爆弾、水素爆弾の数の競争が熱狂的に追求されている」(武谷『戦争と科学』1951.8)。ここには当時の物理学者をはじめ日本の科学者達の巨大な『核エネルギー』に対する信仰のようなものが窺える。
 石油などの炭素が化学反応で燃焼する場合、1個の炭素原子が酸素分子と結合すると4.1 eV のエネルギーが 放出される。ところが、1個の重いウラン235 が核分裂 すると約200 MeV 以上という途方もないエネルギーが出る。これは化学反応 (燃焼) の約1億倍にもなる。その出力は10万分の1秒というとてつもない短い時間で核分裂を繰り返し加速度的に増加する。これが原爆の原理であるが、原発はこの核エネルギーを燃料棒の配置と制御棒の操作によってK(中性子が増加する係数)<1.007(K=1が『臨界』)という範囲内におさめ10分の1秒程度で 核エネルギーが原爆のようには暴走しないよう微妙な管理を行ってきた(石川迪夫『原子炉の暴走』参照)。これまで、原発を推進する側は、原爆は一挙に大量のエネルギーを発生させるのに対し、原発は核分裂の割合を一定範囲に制御し、エネルギーを少しづつ長期間に取り出すので“安全である”と説明してきた(参照:『原子力発電2000』経済産業省)。しかし、100万KW級原発では運転中の1年間に原爆1000発分の放射能を作りだしている。そして、その放射能の崩壊熱は原子炉停止直後で出力の約7%、1日後でも0.5%といものすごい出力が残っている。1986年の旧ソ連のチェルノブイリ事故の場合には核暴走を、1979年の米国のスリーマイル島事故や今回の福島第一では崩壊熱の暴走を止めることができなかった。膨大な放射能が地上にまき散らされた。さらに地下水や海水にまき散らされて止めることができないでいる。今我々は『核エネルギー』の管理に完全に失敗した。1940,50年代、武谷・湯川ら物理学者や科学者が夢見た無限のエネルギーの人類への解放(核の平和利用=自然条件の制約からの解放)という幻想を捨て去る時である。それは同時に「無限の経済成長」という神話も捨てることである。
 ところで、『核エネルギー』の神話の信奉者は何も中曽根氏や正力松太郎氏や当時の科学者ばかりではなかった。1955年の両院原子力合同委員会(中曽根委員長)には左派社会党から志村茂治、右派社会党から松前重義氏(東海大学創立者)らが参加し、まさに挙国一致の体制であった。一方、共産党は「私たちは、党として、現在の原発の危険性については、もっともきびしく追及し、必要な告発をおこなってきましたが、将来展望にかんしては、核エネルギーの平和利用をいっさい拒否するという立場をとったことは、一度もないのです。現在の原子力開発は、軍事利用優先で、その副産物を平和的に利用するというやり方ですすんできた、きわめて狭い枠組みのもので、現在までに踏み出されたのは、きわめて不完全な第一歩にすぎません。人類が平和利用に徹し、その立場から英知を結集すれば、どんなに新しい展開が起こりうるか」(7中総:不破哲三議長発言「しんぶん赤旗」2003.6.30)と、いまだ『核エネルギー』に対する信奉を捨てていない。

4 原発よさようなら
 福島第一原発事故の調査・検証委員会委員長・失敗学の畑村洋一郎氏は産業革命以来、ボイラー事故で1万人が亡くなったとし、技術がある程度完成するまでには200年はかかるとしている(日経:2011,5.30)。しかし、ボイラーは内部圧力でボイラー本体を破壊することは多々があるが、出力暴走で燃料棒が融け・圧力容器の底を融かし放射能を放出することはない。原発の放射能は機器に人が近づくことを困難にし、簡単に検査・修繕・改良・機器の更新をすることができない。機器の検査も交換も出来ないできない技術の改善は不可能である。今後、設備が古くなればなるほど材料の劣化は進み、事故の危険性はますます高まる。しかも、ここ30年で地球環境に放射能をまき散らす決定的な重大事故を3度も起こしてしまった。放射能を閉じこめる最後の防壁である格納容器まで破壊し、水素爆発で建屋まで吹き飛ばした『原子力工学』は“不完全技術”というよりも、もはや“工学”とか“技術”と呼べるようなしろものではない。さらに、4月7日の震度6強の大規模余震では、青森県六ヶ所村の再処理工場で外部電源は喪失し・東北電力女川・東通原発では一時冷却機能を失った。外部電源喪失の可能性はこの他、青森県:Jパワー大間、茨城県東海再処理施設でも指摘されており、今後ボディブローのように効いてくる放射能汚染の影響を含め、現在もなお東京圏を含む東日本全体が非常に不安定な状況に置かれている。
宇宙飛行士の山崎直子氏は5月10日付けの朝日新聞「ウエブサロン」で『シャトルの事故の教訓に学べ』と題して、チャレンジャー号事故前、NASA幹部は宇宙船の大事故発生確率は10万分1と計算していたが、現場のエンジニアは100分の1と見積もっていた。その後事故調査が行われたが、調査委に参加したノーベル物理学賞受賞者リチャード・ファインマンは報告書付録Fの中で「技術が成功するためには、体面よりも現実が優先されなければならない。何故なら自然は騙せないからだ。」と締めくくっていたことを紹介している。 米国は2003年2月のコロンビア号空中分解事故を契機に今年7月の最終打ち上げをもってスペースシャトルから撤退することを決定した。人を騙すことはできても、まき散らされた大量の放射能汚染を騙すことはできない。6月13日イタリアのベルルスコーニ首相は国民投票の結果を受け「原発よさようなら」と宣言した。国土を守るために、地球を守るために、人類が生き残るために、早急に原発を止める以外に道はない。 

 【出典】 アサート No.403 2011年6月25日

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【行動提起】「さようなら原発1000万人アクション」を盛り上げよう!

【行動提起】「さようなら原発1000万人アクション」を盛り上げよう!

   ★「さようなら原発1000万人署名」を実現しよう!
   ★ 9月19日 「原発にさようなら集会」(5万人の結集を目標)に参加を!

 脱原発の大きなうねりを作り出す必要がある中、時宜を得た大きな運動が提起されています。去る6月15日、鎌田慧さん、澤地久枝さん、内橋克人さんが出席して、東京・アルカディア市ヶ谷(私学会館)を会場に、「さようなら原発1000万人アクション実行委員会」の記者会見が開催されました。
 実行委員会として、脱原発、エネルギー政策の転換へ向けて、「さようなら原発1000万人署名」へ取り組むことと、9月19日に5万人規模の結集をめざす、「原発にさようなら集会」の開催が提起されました。
 
 平和フォーラムや原水禁国民会議が中心になって企画されたと推察しますが、福島原発事故によって、国民の中に生まれた日本の原子力政策への不信、脱原発への政策転換を求める国民の声を大きく結集する運動に育てることが求められています。
 
 報道によると、署名と集会・デモの2つの運動は、大江健三郎さん、内橋克人さん、鎌田慧さん、坂本龍一さん、澤地久枝さん、瀬戸内寂聴さん、辻井喬さんの7人が呼びかけたられたもので、呼びかけ人にはさらに落合恵子さんも加わられたとか。
 
 「原発にさようなら集会」は、本年9月19日(月・敬老の日)午後1時から、東京の明治公園で、5万人の参加を目標に開催。また「原発にさようなら1000万人署名」は、脱原発を求める署名を1000万人分集めて、福島原発事故から1年目となる来年の3月11日に、日本政府と衆参両院に提出しようというものです。
 呼びかけ人は、2つの運動の目標として、①新規原発建設計画の中止、②浜岡からはじまる既存原発の計画的廃止、③もっとも危険なプルトニウムを利用する「もんじゅ」「再処理工場」の廃止—の3つをあげています。
 
 職場・地域で、この運動への協力・推進をしていきましょう。情報があれば、今後の紙面でも紹介していきます。(23011-06-19佐野)
 
 【出典】 アサート No.403 2011年6月25日

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