【書評】三浦耕喜『兵士を守る──自衛隊にオンブズマンを』

【書評】三浦耕喜『兵士を守る──自衛隊にオンブズマンを』
                 (2010年7月発行、作品社、1,800円+税) 

 「自殺者数は1995年度で44人だったのに対し、1996年度は52人、1997年度には61人と増加。2004年度には94人が自ら命を絶った。この数字は自殺率で言えば、一般国家公務員の倍以上だ。2004年度の一般国家公務員の自殺率(人口10万人当たりの自殺者数)は19だったのに対し、自衛官は39.3にも上る。その後は下がったものの、2008年度は76人と高止まりのまま。自殺率は33.3で、一般国家公務員の21.7より10ポイント以上高い(評者注──この年の一般国民は25.3)」。
 ここに述べられている数字は、自衛官の自殺の数字である。この数字は、自衛官の男女構成比や年齢構成の若さを考慮しても、一般国民よりも高いと言わざるを得ない。諸外国との比較では、2008年ドイツでは、連邦軍兵士10万人当たりの自殺率は7.5(一般国民は11.5)、イラク戦争中の米国では20.2(兵士と同じ年齢構成では一般国民は19.5。ただしイラク戦争前では、兵士の自殺率は9.8であった)。「文化的背景はともあれ、イラクで戦争している米国よりも日本の自衛隊の方が自殺率は高いのだ」。
 本書は、これまでの憲法九条、自衛隊をめぐる論議でほとんど顧みられる事のなかった個々の自衛官の問題に焦点を合わせる。その事情を本書は次のように指摘する。
「振り返れば、日本の国政において、自衛隊は長く『できれば見ないで済ませたい』存在だった。これを用いる側は政治的リスクを小さくするため、極力、自衛隊の活動を『大したことではない』ように言い繕ってきた。(中略)一方で、自衛隊を好まない勢力は、その存在自体を認めようとはせず、自衛官の口を封じ続けた」。
 この中で事実として自衛隊が担う役割が大きくなり、任務が厳しいものになるにつれてストレスもまた大きくなる。そして一番犠牲になっているのが一線の隊員たちであり、その結果が自殺率の増大につながっている、と本書は述べる。しかし自衛隊を是とする者にも、非とする者にも、本書は呼びかける。「その両者にとって大切なのは、まずは自衛隊で任務に就くひとりひとりの自衛官について『知ること』ではないのかと。兵士のつぶやきに耳を傾け、その思い、悩み、不満、苦しみをくみ取るところから議論は始まるのではないのかと。そのような声を聞かずして、自衛隊をめぐる是非を論じることはできない。自衛官の生の声を聞くための仕組みを考え、人間としての自衛官を大切にすることが、すべての出発点ではないのか」と。
 そしてこのことは、民主主義国家として自衛隊を正しくコントロールしていくためにも重要とされる。機密性が特に重大な意味を持つ軍隊は外部から見えにくいだけに、兵士の苦悩も隠され勝ちであることを考えれば、兵士の声を直接聞く制度が不可欠となる。
 このような視点から本書は、兵士のありのままの姿を把握するための軍事オンブズマン制度の設立を要求する。周知のようにオンブズマン制度とは、議会・市長などから任命されて、任命者から独立して行政の活動を調査、苦情を処理する機関を指すが、この場合は、防衛省や自衛隊幕僚監部から独立して、幹部自衛官のフィルターを通さずに第一線の自衛官たちから直接彼らの訴えを聞き、問題を処理していく機関である。
 本書では、このオンブズマン制度が確立しているドイツ連邦軍を紹介しつつ、その効果を強調する。そこではかつてのナチス・ドイツ時代の軍隊の反省から、兵士を「制服を着た市民」として扱い、「ひとりの兵士を大切にすることを目的としながらも、それによって信頼される軍隊を築き、国外での活動を円滑に進めている」実例が示されている。またドイツ軍自体が兵士に対して、自分自身で判断できる能力を身につけ、自分の良心に反する命令には逆らうよう指導をしていること(「内面指導」)、さらには兵士に対する命令の最後の責任は決定した政治家にあるとして、兵士自身が団結して声をあげる「軍隊の労働組合」(独連邦軍協会)の活動が紹介される。そしてこれらの諸策によって、軍全体を民主主義国家のコントロールの下に置き、社会とのつながりを維持し、国民的合意を形成していく道筋が語られる。
 翻って日本では、自衛隊の成り立ちからしてドイツとは異なった経過を歩んでき、与野党で現実からかけ離れた論議が繰り返されたが、しかし組織としての自衛隊において自衛官一人ひとりの悩みが問題にされることはほとんどなかった。この秘密主義、政治や国民との風通しの悪さが、互いの不信感を生み、高い自殺率とつながっていると言えよう。この意味で本書は、自衛隊のあり方の論議に一石を投じたものである。さまざまな立場からの議論が沸き起こることが期待される。
 最後に参考までに、命令への「服従」を規定した日本の自衛隊法とドイツの兵員法の条文を掲げておこう。(R)

○自衛隊法、第57条【上官の命令に服従する義務】「隊員は、その職務の遂行に当っては、上官の職務上の命令に忠実に従わなければならない。」
○兵員法 第11条【服従】「(1)兵士は上官に従わなければならない。兵士は最大限の力で、命令を完全に良心的に、かつ遅滞なく実行しなければならない。ただし、命令が人間の尊厳を侵し、勤務目的のために与えられたものでない場合には、それに従わなくても不服従とはならない。(2)命令は、それによって犯罪が行われるであろう場合には、兵士は命令に従ってはならない。(後略)」 

 【出典】 アサート No.411 2012年2月25日

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【資料】ウォール街占拠運動–99%対1%の闘いは続く–

【資料】ウォール街占拠運動–99%対1%の闘いは続く–

 以下は、2012年1月3日、「オキュパイウォールストリート」(OWS)のサイトに掲載された新年の呼びかけである。(訳 生駒敬)

<<2011: 反乱の1年>>
 2011年は反乱の一年として、貧困と抑圧、暴力によって支えられている容認しがたい世界的システムに終結をもたらす、その開始の一年として記憶されることでしょう。アラブ世界をはじめ何十もの国々で、人々は経済の崩壊と抑圧的支配体制に反対して立ち上がり、独裁者たちを打倒し、世界中を行動に奮い立たせました。何百万もの人々の、緊縮政策と労働者の権利剥奪に対する大衆的な抗議行動は、ギリシャ、アイスランド、スペイン、ポルトガル、イタリア、イギリス、チリ、ウィスコンシンなど、いたるところで展開されました。
 夏頃までは、「ウォール街占拠」の声はオンライン上のささやきのようなものでしたが、7月14日に、われわれがドメイン・occupywallst.orgを登録し、組織化を開始、最初ののニューヨーク市での全体集会が8月2日に開かれ、リバティスクエアの占拠が9月17日に始まりました。
 富める者と貧しい者のますます広がる格差に対する怒りを燃料として、大多数の人々の犠牲の上に少数エリートに奉仕する政府の政策に失望して、根本的な経済的不平等に対処できない既成権力者たちの我慢しがたい失策に対して、OWSは新しい解答を提起したのです。われわれは、何千もの人々に食事を提供するピープルズ・キッチンを作り上げ、図書館をオープンし、より安全なスペースを創り出し、誰もが利用できるシェルター、寝具、医療、その他必要なものを必要とする誰にでも提供したのです。 われわれを冷笑する人たちは、われわれがリーダーを選出し、政治家に対して要求を並べることを要求していたのですが、われわれは、そうした既成制度に代わるもの、まさにそれらを創造することに集中していたのです。 革命がセットされ、動きだしたのです。それは止められるものではありません。
 大手メディアはわれわれを無視しましたが、チュニジアやエジプト、イランなど、指導者のない抵抗運動から学び、ソーシャルメディアやライブ・ビデオ・ストリーミングを利用して、われわれのメッセージを広げたのです。われわれは、情報が創造され、共有される世界的な急進的民主化運動の一部であり、それは大手企業資本の集中化されたメディアを今日的な意義を持たないものとさせるものです。情報の急激な変化は、集団的決定をすばやく行い、論議し、世界的に構想し、効果的な直接行動の提起を可能にさせ、警察の残虐行為を立証することを可能にしたのです。今や以前にもまして、「全世界が見守っているぞ!」とシュプレッヒコールするとき、それは根拠のない脅しではありません。
 今日では、何万もの人々が日常的に、連帯、相互援助、反抑圧、自治と直接民主主義のような理想を実行しており、個々人は、市規模の全体集会にともに参加し、そして自主的に共通の目的を持ったグループに参加しているのです。合意と、上意下達式ではない、自主的な個人参加を通じて、われわれはここかしこで新しい世界の骨組みを文字通り設定しつつあり、現実化しているのです。
 余すところは、歴史です。 新年にあたり、われわれがこれまで達成したもののおおよそのところは以上の通りです。「占拠」が行われたすべての場所と行動をリストアップすることは不可能でしょう。しかし新年を、いくつかの勝利のハイライトを祝うことによって、そして来たるべき行動提起を踏まえて開始するものです。

<<2012年: われわれは、準備している>>
 われわれの運動の自然発生的で、指導者をもたない性格は、われわれに強さを与えています。未来は記録されていないのであり、可能性は限りないものです。2012年には、この「占拠」運動はあらゆる所で、団結する人々の強さを示し続けるでしょう。われわれは、1%と政府側からの攻撃に反撃する闘いを継続します。以下は、現在提起されているいくつかの単なる「予告」にしかすぎないものです。

・われわれは、アイオワの大統領選キャンペーン事務局の占拠を続行します。それは、「リベラル対保守、民主対共和といった二分法は、アメリカ社会を掘り崩している真の社会的対立、99%対1%という真実から目をそらすもの」だということを世界に想起させるための占拠なのです。
・1月3日、本日、ニューヨークのOWSは、国防権限法にもとづく「無期限勾留」に抗議します。
・同じく本日、オキュパイ・アトランタは、さらなる差し押さえ競売に抗議し、続いてトロイ・デイビスに敬意を表して死刑に反対する行進を行います。
・1月6日、ニューハンプシャーの大統領予備選に対処します。
・1月14日~16日には、オキュパイ・ジョブズ・ネットワークは、仕事、住宅、教育と人々の権利を要求して行動します。
・1月15日には、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの誕生日を記念して、団結のための世界的規模のキャンドルライト行動をもちます。
・1月16日、オキュパイ・ザ・ドリームは連邦準備制度理事会の占拠行動を行います。
・1月17日、議会選挙行動を予定しています。
・1月20日、オキュパイ・サンフランシスコは、金融地区を再占拠します。
・2月29日、オキュパイ・ポートランドの呼びかけで、企業の操業閉鎖行動を行います。
・4月7日、オキュパイ・シカゴは、国際的占拠行動に呼応して「春季攻勢」を展開します。
・5月1日、世界は注視することとなるでしょう。
・5月19日、シカゴでのG8とNATOサミットに対抗します。

 以上は、先月号掲載の予定であったが、原稿量多く次号掲載となったもので、上記にあるこれまでの予定のオキュパイ行動はすべて実行されており、
2/18現在、シカゴ・オキュパイが、貧困地区の小学校の民営化に抗議して、シカゴ・ハムボルトパークにあるピッコロ校の占拠行動に立ち上がり、保護者や教師、生徒たちが多く参加し、キャンプを設営、シカゴ教職員組合も支援を表明、シカゴ警察とにらみ合いが続いていたが、警察は撤退を決定、シカゴ・オキュパイはテント持参の参加をさらに呼びかけている。

 【出典】 アサート No.411 2012年2月25日

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【投稿】「崖っぷちに」に立つ民主党政権

【投稿】「崖っぷちに」に立つ民主党政権

<<危ういバランス>>
 2012年は昨年に引き続き、破綻してもはや泥沼の状況に世界を追い込んでしまった新自由主義路線・自由競争原理主義路線といかに対決するかが問われる年となろう。リーマンショックに象徴される2008年の金融恐慌から今日に至るまでの事態が白日の下にさらしたものは、この新自由主義路線こそが世界的規模で弱肉強食・規制緩和を推し進め、金融資本の横暴、地域経済を無視した投機行為とマネーゲームが世界をかき回し、もはや収拾のつかない世界を作り出してしまったことである。その結果、今や世界中のいたるところで、世界経済恐慌への不気味な胎動が目立ち始めている。世界中が各国との金利差や為替差に一喜一憂し、何の規制も受けない野放し状態のマネーゲームの中、危ういバランスが一気に崩れ、綱渡りも不可能な破滅的な危機に暗転しかねない事態である。
 ユーロ圏、米、中、ロシア、そして日本、それぞれ国内事情は異なれど、新自由主義路線・市場原理主義路線がもたらしたすさまじい格差と貧困の拡大と失業の増大、金融資本と巨大企業の横暴、経済的危機の進行は今や世界中共通の様相を示している。そしてこれら諸国のいずれにおいても今年は、これにいかに対処するかが問われ、大統領選挙や政権交代が問われている。
 そして先進各国において共通に問われているのは、ことここに至ってもなお幅をきかしている新自由主義路線である。グローバル資本と金融資本の横暴きわまる力を背景に、いずれの諸国においても危機の解決策は、グローバル資本と金融資本の徹底的な規制と解体ではなく、彼らをあくまでも温存、放免、救済し、「99%対1%」というウォール街占拠運動のスローガンに象徴される圧倒的多数の庶民の犠牲において事態を乗り切ろうとする、1%の利益をあくまでも擁護し追及する現政権の策動である。その象徴が財政引き締め・緊縮経済路線・増税路線である。
 しかしこの路線は、国際通貨基金(IMF)が従来第三世界に押し付け、ことごとく失敗してきた路線である。緊縮政策は、需要を縮小させ、さらに失業を増大させ、景気を悪化させ、したがって税収も減少させ、結果としてよりいっそう債務を拡大させる路線でしかない。ユーロ危機の背後にあるゴールドマンサックスやJPモルガン・チェースをはじめとする国際金融資本こそがギリシャを食い物にし、財政危機を巨大なものにさせた真犯人と言えよう。ギリシャの人々の強力で粘り強い闘いやアラブの春やウォール街占拠運動の高揚は、もはやこうした政策は許しがたいものであり、こうした政策の続行は、厳しい反発と広範な人々を結集した激しいデモや大衆行動、ストライキに直面して、緊縮政策を進めることはもちろん、権力の維持ばかりか、支配階級自身の存在さえ危うい事態をもたらしており、こうした政策に追随する政府や既成政党は見放される存在でしかないということを明らかにしたとも言えよう。

<<「すさまじい痛みでもやる」>>
 1/16に開かれた民主党定期大会で野田首相は「一体改革」や環太平洋連携協定(TPP)にふれて、「これらの政策をやりきることなくして日本と国民の将来はない」「痛みは当然ともなう」と述べ、言うに事欠いたのか「崖っぷちに立っているのは民主党ではない。日本と国民だ」と声を荒げる傲岸不遜極まりないと態度を披瀝してしまった。原発震災で何の反省もない経団連の米倉会長が来賓あいさつで、この野田首相の姿勢を大歓迎、「全面的に協力させていただく」とエールを送る始末である。連立を組む国民新党の亀井代表があいさつのなかで「暴風雨のなか、TPPや消費税の風を吹かし、帆を上げて安全航海ができるとお思いか」と釘を刺したが、野田首相には「崖っぷちに立っている」のは首相本人であり、「日本と国民」を「崖っぷち」に追い込んでいるのが自らの政権であるという自覚が完全に欠落しているのである。
 そして野田首相とともに財務省に体よく踊らされている安住財務相は、「社会保障の維持・充実のための消費税増税」という表面上の政府宣伝さえ忘れてしまったのか、消費税率10%への大増税だけでは「社会保障の維持・充実」はできないので、給付や福祉サービスの切り下げ、負担の増大など、「トータルで社会保障を抑制していく」「(社会保障で)痛みを伴うものについてもやらざるをえない」と繰り返し、あげくの果て「すさまじい痛みでもやる」とまで言い切ったのである(1/15、フジテレビ系「新報道2001」)。これではいったい何のための増税なのか、ころころ変わる彼らの論理破綻は行き着くところを彼ら自身が知らないし、知ろうとさえしていないのであろう。
 さらに、今回の内閣改造で入閣して悦に入っている岡田副総理は、「消費税の引き上げは、2009年の衆院選における民主党の選挙公約[4年間は消費税の増税はしない]に違反しない。なぜなら引き上げ時期は2014年で、総選挙のあとになるからだ。」というまったくの詐欺的な詭弁を弄して、なんら恥じることも、ことここに至った責任も感じない発言をし(1/15、NHK「日曜討論」)、さらに1/22には「年金抜本改革の財源は今回の(2015年10月に引き上げる消費税の)10%増税に入っていない。さらなる増税は当然必要になる」と断言(フジテレビ番組)、「どのくらい必要になるかは、最低保障年金をどれだけ大きくするかと釣り合った問題なのできちんと議論したい」と増税底なし発言を平然と言ってのけている。社会保障改革を「エサ」とした、何の裏付けも展望もない、まさに「やらずぶったくり」、ただただ増税あるべしの路線と言えよう。

<<「消費税ゼロでも財源は30兆円もある」>>
 2009年の政権交代とはいったい何であったのだろうか、ことここに至れば改めて問われる事態と言えよう。あの政権交代は、小泉・竹中路線に象徴される弱肉強食の市場経済原理主義・規制緩和路線がもたらした経済格差の拡大と非正規雇用と貧困の増大、セーフティネットとしての社会保障政策の大幅な後退、マネーゲームの横行と社会の荒廃、そしてこうした新自由主義路線と軍事力強化路線を唱導するアメリカへの追随外交に「ノー」を突きつけたものであった。あの政権交代は曲がりなりにも民主党が「国民生活が第一」のスローガンの下に、有権者のこの「ノー」を吸収し、反映したものであった。しかし、民主党の根幹に根太く息づいていた新自由主義路線が、この政権交代の成果を台無しにし、政権交代の公約のほとんどすべてを裏切ってきたのがこれまでの民主党の路線の変遷とも言えよう。今や旧来の自民・公明政権と変わらない事態を現出させ、その最後のあがきと崩壊の過程で登場してきたのが増税・緊縮路線とも言えよう。
 しかし、先述した危険極まりない世界経済の動向の中で、そして今なお進行するデフレ不況下でのこうした増税・緊縮路線の強行は、きわめて危険な経済恐慌と社会の荒廃を招き寄せるだけである。「崖っぷち」に立たされているのは、この増税・緊縮路線であり、民主党政権なのである。
 この増税・緊縮路線に対して対置されるべきは、この新自由主義・市場競争原理主義路線からの根本的転換であり、それこそ「国民生活が第一」のセーフティネットと社会的インフラの拡充を柱としたニューディール政策であり、大規模な震災復興政策、原発ゼロ政策への転換と新たなエネルギー政策、マネーゲームを徹底的に規制する金融資本規制であり、所得再配分機能として本来あるべき税制の抜本的改革である。消費税がゼロであっても、膨大な不労所得が分離課税によって不当に減税されている現状を改め、所得課税の総合課税と累進税率の強化によってだけでも30兆円近い財源が確保できることがこれまでに何度も試算され、ごく最近も発表されている(「週刊金曜日」2012/1/20号「消費税ゼロでも財源は30兆円もある」)。
 問題は、こうした根本的転換にあくまでも抵抗する政権と、政党、それを支える政・官・財をいかに孤立させるかにかかっているといえよう。それこそ「政府、財務省、日銀、東電を占拠」する怒りと抗議の波が組織されなければならないと言えよう。
(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.410 2012年1月28日

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【投稿】「ストレステスト」という机上の空論で再稼働を目論む原発帝国主義

【投稿】「ストレステスト」という机上の空論で再稼働を目論む原発帝国主義
                           福井 杉本達也

1 「安全神話」崩壊後もなお事故は無かったかのように振る舞う“専門家”
 山名元京大原子炉実験所教授は原発の今後事故が起こる確率について「この40年の日本の実績で計算すると確率は500分の1です。これだと、今後も10年に1回、福島級の事故が起こることになってしまう…だけど、これから安全を強化することを考えると、そんな確率はあり得ない。…これ以下をめざすべきだという標準値がある。国際原子力機関(IAEA)の要求、これが10万分の1。IAEAの標準値のように低くできる、ということを前提に。安全対策をきちっとやったうえで、…本来あるべき確率で考える」(朝日:2011.12.21)との奇妙な論理を展開する。山名氏のいう「500分の1」の確率は原子力委員会で原発のコストを試算する中で事務局より出されたもので、今回の福島第一原発において3基の原子炉が過酷事故を起こしたので、その発生確率を3炉÷1494稼動年≒0.002(炉/稼動年)≒1/500(炉/稼動年)と単純に割り返したものに過ぎず、一方「本来あるべき確率」というのは、事故がおこってしまった(確率=100%)ものをあたかもなかったように考える(都合の悪いことを無視する)という実に非科学的態度である。人間、未来を予測するには限界がある。ある事故が「起こるかもしれない」し「起こらないかもしれない」。確率とは「ある事象がおこることの可能性の程度、あるいは確からしさを数量的に表現したものである」(竹内啓:「確率的リスク評価をどう考えるか」『科学』2012.1)。数学・確率のイロハも分からない人を内閣府原子力安全委員会原子力発電・核燃料サイクル技術等検討小委員会委員に“専門家”として委嘱するというのはいかなる政府か。

2 ストレステストは現実を無視した机上の空論
 フォールト・ツリー(故障の樹)解析(Fault Tree Analysis-FTA)は米国で1960年代に弾道ミサイルの事故解析のために開発されたが、その後、原発の危険性の数量化=事故が発生する確率あるいは発生しない確率を計算する客観的で定量的な方法はないかということで、特に1974年に米国原子力委員会が行った商業用原子炉プラントの災害危険性評価(WASH-1400 いわゆる『ラスムッセン報告』Rasmussen Report)に活用された。その後、日本の原発の評価にもこの確率論的安全評価(PSA)の方法が持ち込まれた。確かにFTAは①システムにどのような変化があった場合でも、その安全性への影響を評価しうる、②事故の兆しやその結果を解析することによって、特定の事故の位置を明らかにし確認に役立つ。しかし、システムの安全性(信頼性)を定量的に予測することはできない(『原発の安全性への疑問』憂慮する科学者同盟 1979.6.5)。数学的方法を使うには前提条件を明確にしなければならない。しかし、今回の地震や津波に対する原発の設計の不備からも明らかなように前提条件を明確にすることなど不可能である。また、GEマークⅠ型炉のように当初から設計者が格納容器の小ささを指摘されていたものもある。また、設計通りに施工されたかも不明である。FTAは具体的にはイベント・ツリー(Event Tree)で事故を個々の要素に分解―たとえば『主要故障』を①「補助給水ポンプによる蒸気発生器への給水」ができない故障として、②「電動補助給水ポンプ」と③「タービン動補助給水ポンプ」による要因に分け、③をさらに④「タービン動補助給水ポンプ自体が動かない」場合と⑤「主蒸気系配管の破断」に細分化し要因を追求していく。これを、フォールト・ツリーで①の故障がおきるのは②と③が同時に起こることによる(ANDゲート)、③の要因が起こるのは④又は⑤のどちらか一方が起こる場合(ORゲート)というように再構成し、それぞれのおこる確率から『主要故障』の起こる確率を求めて行こうとするものである(参照:『大飯発電所3号機の安全性に関する総合評価(一次評価)の結果について』添付資料5-(1)-11 2011.10.28 『FTA安全工学』1979.4.27)。その結果がたとえば山名氏のいう「10万分の1」である。
 しかし、原発のような巨大システムではこうした要素分解とその相互関連をとことんまでやることは不可能である。さらには地震・津波・台風といった自然現象との相互作用もある。また、今回の福島第一のように地震で送電線が倒壊し、ディーゼル発電機も津波で故障、配管も破断するという要素の共倒れ現象もある。一方、故障の基となる要素部品の故障率は充分にはデータ把握ができない。このため、アメリカ航空宇宙局(NASA)ではFTAはアポロ宇宙船には使えないとして放棄してしまった。アポロ計画のロケットの故障が着実に減り出したのは、テストを重ね、起こった事故原因を徹底調査し、その対策を立て弱点を一つ一つなくしてゆく方法に方針を切り替えてからである(参照:武谷三男『原子力発電』1976.2.20)。今回の大飯原発3、4号のストレステストはこうしたこれまでのコンピューター上だけの机上の空論の積み重ねの上に計算されたものであり、全くあてにならない。

3 原発災害は“ブラック・スワン”か?-統計の「正規分布」と「ベキ分布」の違い
 明治大学客員教授の高安秀樹氏は福島第一原発のような災害はこれまで我々が馴染んできた統計学の「正規分布」ではなく、「ベキ分布」で捉えるべきだという。正規分布とは、ある標本集団のばらつきが、その平均値を境として前後同じ程度にばらついている状態を示し、平均値を線対称軸とした左右対称の釣鐘型でなだらかな曲線を描く。一方、ベキ分布とは、極端な値をとるサンプルの数が正規分布より多く、そのため大きな値の方向に向かって曲線は長くなだらかに裾野を伸ばしていく。ベキ分布に従う災害では、過去のデータから平均的にリスクを推定する常識的方法には限界がある。過去に例のない規模の災害が発生すると保険のような仕組みでは災害を担保できない(日経:2011.4.7 2012.1.16)。同様の声明を日本数学会理事会も出している。宮岡洋一理事長は「絶対安全なんていうことはあり得ない…確率は低いかもしれないけれども、低いのとゼロは違います…災害の規模と災害が起こる確率の関係が『べき指数』法則に従うとしたら、災害の規模の期待値なんて存在しない…まずないんだから無視するという考え方は通用しない。」(「日本数学会理事会声明について」『科学』2011.9)と述べている。
 原発災害が巨大になるということは、1958年、日本の最初の原子炉(コールダーホール型)をイギリスから導入しようとした時、イギリスは「イギリスが製造し、イギリスの原子燃料を使う原子炉で事故が起こっても、イギリス政府は一切責任をとらない」という『免責条項』を無理矢理契約に入れたこと、製造者が製造物の責任を引き受けない無責任体制となったことを受けて民法学者の我妻栄が中心となり1961年に作った「原子力損害賠償法」で事業者の賠償責任は50億円(当時)までとし、それ以上は実質的に国が補償するという規定を設けたことからも明らかである(有馬哲夫『原発・正力・CIA』2008.2.20)。原発の巨大災害は正規分布によって保険料を算定する民間保険では保障できない・国家しか補償できない(国家でさえ補償不可能の場合もある)ということは当初から明らかであった。

4 軍事的に重大な影響があるにもかかわらずスペースシャトルを捨てたNASAに学べ
 竹内啓氏は別の角度から原発事故のような絶対起こってはならない現象に対しては、「大数の法則」や「期待値」にもとづく管理とは別の考え方が必要であると説く。大数の法則は多くの偶然現象が積み重なれば、偶然的な影響はお互いに打ち消しあって一定の傾向が現れ、釣鐘型の正規分布となる。自動車などの大量生産において重要なのは製品の平均品質であり、規格を満たさない不良品の率が低いことであり、部品が一定の規格を満たし、つねに取り替え可能なこと、労働者は平均的な能力を持っていることである。そこでは大数の法則が支配し、統計的方法と確率論の対象となる。しかし、原発やジャンボ機・人工衛星・スペースシャトルのような数百万の部品からなる超複雑なシステムは、たとえ一カ所の欠陥でも、全体の機能を失わせてしまう危険が含まれている。そこでは統計的抜き取り検査で検出できるような「不良率」が出現することは許されない。もし、事故が起こったら「おしまい」である。すべての部品が十分は性能をもたなければならない。大数の法則によって補正されるような偶然誤差が許容される余地はない。したがって技術に課される目標は「期待リスク」を小さくすることではなく、危険が生ずる確率を事実上ゼロとすることである(竹内啓『偶然とは何か』2010.9.17 参照:加藤尚武『災害論―安全性工学への疑問』2011.11.10)。
 宇宙飛行士の古川聡氏は宇宙船に乗るに当たり遺書を書いた。スペースシャトル・ディスカバリー号に乗船した山崎直子氏は2度も遺書を書いたという。100分の1程度の事故確率があるからである。1986年・スペースシャトル・チャレンジャー号事故の調査を行った物理学者のファインマンはNASAの幹部が失敗の確率を10万分の1(山名氏と同様の)と主張したことに対し、「いったいぜんたいこの数字はどこからひねり出したのだろうか。」「パイプが破裂する確率は10のマイナス7乗などと書いてあるが、そんなことが簡単に計算できるはずがあるものか!1千万に1つなどという確率を概算するのはほとんど不可能に近いはずだ。エンジンの一つ一つの部分につけた確率の数字は、あとで全部足せば10万分の1の確率になるように、はじめから細工してあるのは見えすいていた。」(『困ります、ファインマンさん』2001.1.16)、「『成熟』してからのロケットについては…部品の選択と検査に細心の注意を払えば、100分の1以下の信頼度も可能ではあるけれども、今日のテクノロジーでは1000分の1の信頼度はおそらくは期待できまい」「もし失敗の確率がほんとうに10万分の1程度の低さであるというなら、その判断には実際問題として膨大な回数のテストを重ねなくてはならない…NASA幹部たちは…自らの製品の信頼度をそれこそ夢か幻の域にまで拡げて誇張しているように見受けられる…ロシアンルーレットで、一発目が無事だったからといって、二発目も無事と安心してはいられまい」(「チャレンジャー号事故少数派報告書」『ファインマンさんのベストエッセイ』2001.3.15)と分析している。工学的には1000分の1程度が限界である。この指摘は不幸にも2003年のコロンビア号の空中分解事故となって証明される。結果、昨年、米国は最終的にスペースシャトルから撤退した。
 電力中央研究所による1979~1997年の16年間における国内49基の「原子力発電所の確率論的安全評価用の機器故障率の算出」(2001.2)では即炉心溶融につながる非常用のディーゼル発電機の「起動失敗」が14件報告されている。電力からの任意の報告というバイアスがかかっており、そのうち5件は継続運転時間さえ不明である。報告書は故障率を10のマイナス4乗台と推計しているが、いずれにしても電源系統が大きな弱点であることは2001年以前から明らかであった。原発はこれまで1979年のスリーマイル島事故・1986年のチェルノブイリ事故・そして今回の福島原発事故と大規模な事故を繰り返してきた。信頼度はそれほど高くはない。「500分の1」という数字は当たらざるとも遠からずである。原発事故は極めて希な現象ではない。1月14日に保安院が関電のストレステスト評価結果を妥当とした大飯原発3、4号は関西圏に極めて近い。京都市の一部もヨウ素剤の配布区域に含まれる。もし事故が起きれば関西の水瓶・琵琶湖も放射能で汚染される。北西の季節風が吹けば名古屋も危ない。日本列島は壊滅である。ストレステストといった机上の空論をしている場合ではない。早急に廃止すべきである。 

 【出典】 アサート No.410 2012年1月28日

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【投稿】アメリカの「アジア回帰」と新戦略

【投稿】アメリカの「アジア回帰」と新戦略

「対テロ戦争」の終結
 オバマ大統領は昨年11月17日、オーストラリア国会で行った演説で、アジア太平洋地域を最優先として、アメリカの経済、軍事的影響力を拡大していくことを明言、具体的措置の一つとして、ダーウィンの豪州軍基地に米海兵隊を常駐させることを明らかにした。
 これはアメリカの「アジア回帰」として報じられ、中国のこの地域、とりわけ南シナ海における影響力拡大に対処する戦略転換と日本などでは解釈されている。
 そして12月14日、オバマ大統領はノースカロライナ州のフォート・ブラック陸軍基地で、03年以来の「イラク戦争」の終結を宣言した。イラクに於ける「アメリカの戦争」は10年の戦闘終結宣言をもって事実上終了していたが、この演説で形式上も勝利無きままに、8年9ヶ月で終戦となった。
 さらにアフガニスタンでも、カンダハルやへルマンド州など南部のタリバン支配地域の平定をめざした大規模な軍事作戦も、顕著な成果が上がらないまま膠着化している。
 こうしたなか、民間人殺害や「友軍」であるパキスタン軍も含めた「誤爆」が相次ぎ、先日には、海兵隊員が殺害したタリバン兵に対し放尿するという衝撃的な動画が暴露された。
 このようなモラルハザードの頻発は、日中戦争でも、ベトナム戦争、そしてイラク戦争でも見られたように、侵攻した側が泥沼にはまりこんだ証左である。
 最早、軍事的勝利による情勢打開が絶望的になったのであり、アメリカ政府は、カタールに開設される「タリバン連絡事務所」を通じての和平交渉に臨まざるを得なくなっている。
 今後、アフガンからも戦闘部隊は順次撤退が進められるが、9,11テロを発端とした「対テロ戦争」は、昨年5月のビン・ラディン殺害を最大の戦果として、約10年で事実上終結したと見て良い。

苦し紛れの新戦略
 これら一連の店じまいを経て、オバマ大統領は1月5日、ペンタゴンで演説し新たな国防戦略を明らかにした。それは冷戦終結以降の中東と朝鮮半島への大規模な陸上兵力展開を想定した「2正面作戦」を転換、アジア=対中国を唯一の正面としつつ、それに充てる戦力は「ジョイント・エア・シー・バトル」戦略に基づき空、海軍を軸とすること。
 これ以外の地域や非対称の脅威に対しては、特殊部隊や無人攻撃機など新たな戦術、システムで対応し、余剰の陸上兵力=陸軍、海兵隊は大幅に削減するというもので、「1正面+α戦略」とも言われている。
 新戦略の具体像として言われているのは、日本の西南諸島から台湾を経てフィリピンに至る、いわゆる「第1列島線」以西へのアメリカ艦隊の進出を阻む「接近阻止戦略」に対し、中国の対艦ミサイルの射程外から、中国艦隊を攻撃するシステムを構築し抑止力とするというものである。
 10年2月に発表されたペンタゴンの「4年ごとの国防戦略見直し(QDR)」でも「2正面作戦」の見直しは言及されていたが、悪化の一途を辿る国家財政と議会の圧力に強く背中を押された形で、今回の大統領演説として具体化した。
 しかし全般的な軍事情勢と財政的必然性から考えるならば、本来は「0正面」であって然るべきところを、軍産複合体の権益との板挟みになり、活路をTPP構想=経済的アジア回帰との関連に求めた妥協の産物である。アジア諸国との軋轢を抱える中国を安易に仮想敵としたかのような新戦略は、精緻に練られたものとは考えられない。
 軍事的な観点からいえば、1正面は維持するにしても、アジアに固定化するのではなく、「世界のどの地域でも正面展開しうる能力を保持していく」戦略としてフリーハンドを維持するのが得策である。しかし、TPPを睨んだ経済的戦略から軍事的にもアジア重視というリップサービスが必要だったのだろう。 

同盟国へのテコ入れなし
 本当に新戦略がアジア重視と言うなら当該地域への戦力の集中が必要であるが、その工程表は明らかにされていない。現在アメリカは原子力空母11隻を保有しているが、これは「1正面」には明らかに過剰であろう。ましてや大西洋方面の脅威が低減しているなら、大幅削減したうえ、アジア地域に集約することも可能だと考えられるが、新戦略ではスルーされている。
これ以外にも米軍のアジアシフトについては、ダーウィンへの海兵隊配備以外には明示されておらず、1正面の削減分を幾何かでもアジアに回すという積極的な戦略ではなく、軍のリストラ優先であることがわかる。
 それでは、米軍を増強する代わりにアジア諸国の軍備拡張を促進するのかといえばそうでもない。
 96年や08年の台湾総統選挙の際は、中国の動きに対応して台湾近海に空母2隻~3隻が展開されたが、米中とも馬英九総統の再選を望んでいた今回の選挙ではそうした動きは一切なかった。
 アメリカが本気で中国の軍事的封じ込めを進めるのなら、台湾の求める能力向上型F16戦闘機やイージス艦の購入(本来はF35を希望)を認めるなどすれば良いものを「中国を刺激するから」として承認していない。これは逆に言えば新戦略は中国を刺激しないと認めているようなものである。
 さらに、スプラトリー諸島を巡って中国と対立しているフィリピンへの支援も中途半端となっている。もともとフィリピン軍は、「新人民軍」や「モロ民族解放戦線」などの国内の反政府武装勢力に対応するための軍隊であり、対外戦争を行う能力は無い。
比海軍の主力水上戦闘艦は、第2次大戦中に就役した骨董品の元アメリカ駆逐艦が1隻であり、ようやく最近、アメリカ沿岸警備隊の巡視船(カッター)1隻を「軍艦」として編入したという水準である。「回帰」というなら92年に閉鎖した「スービック海軍基地」「クラーク空軍基地」の再開までは行かなくても、軍事インフラの整備や一定の部隊の再配置は必要だろう。
 またパラセル諸島を巡り、過去中国と武力衝突に到ったベトナムは、海軍力の増強を進めており、対中国艦隊の主力となる潜水艦は当然のことながらロシアから購入している。
 「アジア回帰」の象徴とも言われるオーストラリアへの海兵隊配備にしても、ダーウィンの豪州軍基地の間借りである。アメリカは「アジア回帰」と言いながら、この地域への軍事的投資を行っていないのである。

早くも綻びる新戦略
 1月に明らかにされたばかりの新戦略の前途は、イラン情勢の緊迫で早速、困難な局面にさらされている。イランの核開発に対して欧米諸国は、原油の輸出停止を軸とする経済制裁を進めようとしており、これに反発するイランはホルムズ海峡の封鎖を示唆し対抗しようとしている。
 アメリカは現在、この海域に2隻の空母を展開中で、パネッタ国防長官は現在の体制で十分としているが、さらに1隻が南シナ海に、また1隻が横須賀に待機中であり、事実上中東が「正面」となっている。
アメリカ、イランもしくはイスラエルが武力衝突に至る可能性は低いと考えられるが、この状況はしばらく続くだろう。パレスチナ問題も未解決のなか、中東はアメリカにとってさまざまな意味で「正面」であり続けるだろう。
 また、「アジア回帰」に疑念を抱く中国に対し、昨年12月15日、バーンズ米国務副長官がマレーシアで「アメリカのアジア回帰は、中国を抑止するためのものでなく、中国との間でパートナーシップを構築することが最大の目標」と明言しており、対中強硬姿勢を期待する日本政府などに肩透かしを食らわせている。
 実態として軍事的には現在でも中国は封じ込められているのであり、当面の間、日米の優位は変わらない。昨年末中国はウクライナから購入した空母を就役させ、今後国産空母を建造するとみられている。しかし日米の海上戦力の拡大はそれを上回るペースで進んでおり、「アジア回帰」でアメリカが新たに担う責務は存在しないといってよい。
 そもそも「アジア回帰」にせよ新戦略にせよ、オバマ大統領の再選戦略の一環としての性格が強いものであり、11月の大統領選挙の結果如何でどうなるか分からないものである。日本にせよ比、越両国にせよ、中国との領有権問題は最終的には2国間問題として帰着するものと考えられる。
現在民主党政権は、アメリカに依拠する形でしか、外交、軍事政策を構想できてない。「尖閣諸島を守るにはアメリカに頼るしかない」などという考えに囚われていると、足元を掬われることになるだろう。(大阪O)) 

 【出典】 アサート No.410 2012年1月28日

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【追悼】未来を目指した知的冒険家を偲ぶ —小野瞭さんを偲んで—

【追悼】未来を目指した知的冒険家を偲ぶ —小野瞭さんを偲んで— 

 2011年12月10日 小野 瞭さんの家族から電話を頂き 亡くなったことを知った。数年前にはこだて未来大学を病気休職したのは知っていたが 連絡が取れず それほどの重病だったのかと自分の迂闊さを恥じた。学生時代の激しい環境の中で 自治会再建運動をともに過し 卒業後も議論を続けた仲間だった。

<学生時代 小野君は 大衆運動の優れたリーダーだった>
1970年当時の関西大学は 新左翼諸派の破壊活動によりほとんどの授業が休講だった。たまに気骨のある先生が開講しても ヘルメット・タオル姿の学生がなだれ込み 結局休講となるのがオチだった。キャンパスの荒廃は次第にエスカレートし 内ゲバ殺人事件へと泥沼化していく。
 一年生の夏休み明けの頃のことと思うが 経済学部学舎前でヘルメットも被らず 大量のビラを新聞少年のようなスタイルで 行き交う学生に配っている人がいた。真面目顔の口を引き締めビラ配りをしているその人が小野君だった。思わず声をかけると「おっ 君は関心があるか 話そう」と言い 芝生の上で熱心に溢るるばかりの彼の話に聞き入った。
「世界観」「唯物論」「弁証法」といったはじめて聞く新しい言葉と 社会を腑分けする彼の見識が新鮮だった。数日話し込んだ後 彼の提唱する自治会再建を目的とするクラス連合結成の運動に協力することになった。
 当時のクラス連合結成の呼びかけ文には 大意次のようなことが書かれていたと記憶する。「大学当局が学生の自治の為の学友会費を凍結しているのはけしからん。凍結解除させるには自治会再建が必要である。再建準備の為のクラス連合を結成しよう。」 学生の最大の潜在欲求は授業を正常に受けることなのだが この論理では新左翼諸派も反対する論拠がなく むしろ魅力すら感じたことだろう。
 政治的知験も理論も希薄な一年生のはずだが 小野君には再建にいたる全プロセスと超えるべきハードルが見えているように感じた。再建運動の妨害を避け 取り除きながら運動を日々進めていく方策の 悩みをいつも一人で抱え込んでいるような風情が彼にはあった。非暴力の我々が 新左翼諸派の妨害を排除し 日常化した小競り合いに耐えながら運動を進めていくには 圧倒的な学生の支持とスクラムが背景になければならなかった。その自然発生的な支持の盛り上がりを呼び起こす苦慮を重ね 小野君は仲間とともに常に先頭に立ち 不屈の態度で1972年に学部自治会再建を達成した。
 これは関西大学経済学部創設百周年記念誌に記録されている。

<小野君の未来志向>
学生時代に仲間とともに「共産党宣言」を読み 自由に平等に労働し暮らしていける社会とは どんな世界だろうと議論し 想像すらできず要領を得ぬままとなったことがある。
 あれは 一年生の冬のことだと思うが 小野君が突然「経済学部に入ったらマルクスの資本論くらい読まなあかんよ。一緒に来るか」と言って Y先生の研究室へ行き 初めて「資本論」を手にした。後で聞くと 彼も始めての挑戦であった。ひたすら読み通し最後に少し議論するのだが 難解でありよく理解できないまま読み通しただけで私は終わった。小野君はその後も研究を続けていたようだ。
小野君が亡くなり 奥さんから唯物論研究誌を頂き 彼の遺作『資本主義「後」の世界~個人的所有の再建の現実的可能性』を読ませて頂いた。もう10年前以上になるのか 日本経済研究会で彼から「万人起業家社会論」の報告を受けたことがある。経済論として受け止めた為 良く理解できずにその場は終わった。
今回改めて彼の著作を読み 色々と過去に議論したテーマを思い出す。この著作では 論述スタイル 組織と個人 所有構造 市場概念 未来のあるべき社会像等 数多くの議論を呼び起こす提起を行っている。
今の社会経済システムに多くの人が限界を感じる状況が深まる中で 現在の科学観を越えたあるべき未来の社会像を描き出そうとする以前と変わらぬ彼の意欲的姿が思い浮かぶ。社会主義は共産主義への過渡的形態と信じていた時期があった。計画統制経済の失敗 官僚組織の腐敗が多くの社会主義国の政治的経済的敗北をもたらし 社会活動に携わる多くの人に幻滅と理論的根拠の喪失感をもたらした。彼は失敗の原因を究明し 再び理論的思想的根拠を取り戻し 社会変革ののキャスティングボードを握れといっているかのようだ。
最後に昨年小野君からもらった年賀状の一節を紹介し 追想とする。
「医者からは 執筆も控えよといわれています。経済学・社会科学のみならず 科学と学問の観点からの見直しの為 これからもベッド上で頑張っていく所存です。  一進一退ですが 運・天・気を信じて がんばっています。」
(千葉 秀夫)

 【出典】 アサート No.410 2012年1月28日

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【書評】『日本海軍はなぜ過ったか──海軍反省会四〇〇時間の証言より』

【書評】澤地久枝、半藤一利、戸髙一成
『日本海軍はなぜ過ったか──海軍反省会四〇〇時間の証言より』
            (岩波書店、2011.12.6.発行、1,600円+税)

 本書は、2009年NHKスペシャル「日本海軍四〇〇時間の証言」の放映後、これを基にした鼎談の記録である。澤地久江はノンフィクション作家(『妻たちの二・二六事件』『滄海よ眠れ』等)、半藤一利は編集者を経て作家(『日本のいちばん長い日』『ノモンハンの夏』等)、戸髙一成は呉市の大和ミュージアム館長である。
 番組とこれら3名の鼎談の視点・集約点を、番組のチーフ・プロデューサー藤木達弘が次のようにまとめている。
 「反省会(「海軍反省会」、昭和52(1977)年から平成3(1991)年まで存続した–評者注)のテープは、次々と新しい歴史的事実を私たちに提供してくれた。それと同時に私たちが注目したのは、当時の海軍士官の多くは『実は戦争には反対であり』『戦えば必ず負ける』と考えていたにもかかわらず、組織の中に入るとそれが大きな声とはならずに戦争が始まり、間違っていると分かっている作戦も、誰も反対せずに終戦まで続けられていった、という実態である。/そこには日本海軍という組織が持っていた体質、『縦割りのセクショナリズム』『問題を隠蔽する体質』『ムードに流され意見を言えない空気』『責任の曖昧さ』があった。それは、現在危機が進行中の、東京電力福島第一原子力発電所事故への関係機関の対応に見られるように、そのまま現代日本の組織が抱える問題や犯している罪でもあった」。
 至言である。本書はこの視点から、戦争当時海軍内で少将・大佐クラスであったトップエリート士官たちの「海軍反省会」での発言を分析する。そしてそこでは、海軍の国際情勢の分析と作戦構想の偏り、長期展望の欠如、参謀教育の欠陥、組織における排除の論理、日露戦争以来の大国意識等々の実態が曝け出される。その詳細は本書を一読願いたいが、注目すべき諸点について紹介しよう。
 例えば、海軍の作戦構想については、こう語られる。
「(司会)反省会でも言われていた、ロングスタンディングがなかったという軍令部ですが、なぜこの組織のなかで、そうした失敗や躓きが起きるのでしょうか。
(中略)
半藤:いまでも通じてるんですよ。軍人というのは、過去の戦を戦うんですよ。
澤地:日露戦争の教訓でいいのですね。レーダーと飛行機の時代なのに。
半藤:そいうふうに思ったほうがいいんです。それは、軍人さんというのはどうも、教育からしてそうなんです。過去の戦を戦う。アメリカと戦っても、遠くから来攻してくるアメリカの艦隊を迎え撃って、日本近海まで呼び寄せて艦隊決戦をやって、戦艦『大和』以下の、大巨砲を装備した四隻が乗り出していって撃ち沈める、と。これね、遠くからやってきたバルチック艦隊を迎え撃った日本海海戦なんですよ。
澤地:自分たちはぜんぜん傷つかない。相手だけが沈んでね。そんな戦争ないでしょう?
半藤:明治以来、と言ってもいいと思いますが、そういった形でしか戦闘の型を決めていないんです。
澤地:戦訓がないんですね。
半藤:ない、というか。大勝利のそれはあるんですけどね」。
ではこのような作戦を立てるエリート参謀たちは、どのように教育されたのか。
「半藤:(前略)陸軍大学校は明治15年、海軍大学校は21年と、早めに創設されるんですが、これは何を教えたかったかというと、参謀教育なんです。参謀教育とは何かというと、授業の中身をみればわかりますが、戦術とか、本当に戦いに勝つことばかり勉強する項目が多くて、国際法とか、いわゆる一般常識、日本の歴史とか世界史、そんな授業なんて本当に少ないんです。海軍大学校のほうが少し多いですが、それにしても健全な良識のある人間をつくるといった授業がとくに少ない。文学なんてまったくない。本当に戦術のお化けみたいな軍人ばっかりを養成しました。/それが、この反省会に出てくる非常に優秀な人たちなんです」。
 そしてこの養成された士官たちで構成される海軍の組織では「排除の論理」がまかり通ることになる。
「半藤:あの当時のことをよく調べますと、組織というのは不思議なくらいに、飛び抜けて一歩進んだ人はいらないんです。邪魔なんですね。排除の論理というか、阻害の論理というか、『俺たち仲良くやってんだから、おまえ、そんなつまんない変なこと言うな』というような、排除の精神が動くんです。どこの会社や組織でもそうだと思います。/)なかには盆暗でも偉いことを言う奴もいるけど、そういうのではなくて、きちんとした勉強をして素質的にも優れた人がいたにもかかわらず、海軍としての組織は排除するんです」。
 その結果は、戸髙の発言にあるように、「自分の組織が第一なんですね。海軍もそうですけれど、もっと小さな部署部署でそれを守って大きくしていくわけで、自分の部署が大事」、「海軍あって国家なし」ということになる。
このような組織が戦争を遂行していったことに愕然とするが、次の澤地の言葉には、もっと暗澹たる思いがする。
 「この海軍反省会に出席している、軍令部のいい地位にいた参謀の人が戦後、自衛隊の幕僚長とかになっていますね。この人たちがもっている体質というようなものが、戦中と戦後にずっと、人から人へつながっていっている。つまり人間的につながっている。そういう形で、自衛隊という軍があるわけです。いまは、旧軍隊の関係者はいなくなったそうですけれど、組織ができていくというときは、ゼロからではない。何か精神的構造みたいなものを、どこかから受け継ぐんです。/それと、自衛隊のエリートたちはみな、アメリカに留学しています。(中略)不思議に思えるような話ですが、アメリカの軍隊の教育を受けた人たち、そして、戦前の軍隊の体質を受け継いでいる人たちが、いまの自衛隊の土台をつくっているということを、ちゃんと目を開いて見ていなくてはいけないと思います」。
 まさしく本書は、過去の経験の重要な教訓から、現今の緊急の課題をも示唆する。「戦争を知らないのは半分子供だ」という大岡昇平の言葉を引く澤地の視点を、本書によって今一度噛みしめてみる必要があると思う。(R) 

 【出典】 アサート No.410 2012年1月28日

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【日々雑感】少しの光明を見る思い 

【日々雑感】少しの光明を見る思い 

 遅ればせながら、新年のご挨拶をさせていただきます。本年もよろしくお願い致します。
 元旦の朝3時頃、タバコを吸いに表玄関を出てみると、荷台に山ほど新聞を積んだバイクが危なっかしそうな状態で通り過ぎました。後で知人の配達員さんから聞いた話によると元旦は、チラシ・折込が多いから普段の3倍位の量になるので、毎年のことながら3回に分けて店を往復して配るとのこと。
 そんなに苦労して配らせている元旦号だから、おそらく新聞各社共に、熱の入った記事を載せているだろうと期待をして読みました。私の読んだのは、毎日新聞ですが、その添付された正月特集の記事に感心しました。内容を長々と書くわけにはいかないですが、色々良い記事が載っている中で、エネルギー問題が大切だという観点から、二つ三つ紹介させていただきます。
 一つは、清水建設が提唱する「ルナリング」構想で、巨大な太陽光発電所を月に建設するもので、同社技術研究所の金森洋史宇宙・ロボットグループリーダーは「発電所に必要な個々の原理は、すでに実証されている」と、自信をみせているそうです。
 「電力不足問題に萎縮しないで、大きな夢を描こう」と金森氏は呼びかけています。
 もう一つは、ジェット気流で風力発電というもので、浮かせた風車とジェット気流で発電し、地上に電力を届ける、こんなユニークな発電について研究しているのは、東京農工大学の長坂研准教授(電気電子工学専攻)です。熱い赤道から冷たい北極に流れ込む空気と地球の自転により生まれるジェット気流は、日本列島がある北緯30度あたりで絶え間なくk西から東へ流れている。ジェット気流の端にあたる標高300mあたりでも毎秒30m程度の風がある。風船型風車はこの風を活用し、空中で発電する計画だ。地上とはワイヤなどで接続し送電する。土地がほとんどいらず、設置コストも格段に安いのが売りだ。かつて航空会社の事務員だった長坂准教授は「地下資源の少ない日本にも、空には豊富な天然資源が吹いています。」と話す。頭の中には、風船型風車がそこに浮かんでいる未来の世界が見えているという長坂准教授の写真入りの記事です。
 さらにもう一つは、水と二酸化炭素から「人工光合成」というもので、トヨタグループの豊田中央研究所(愛知県長久手町)が、植物と同様に水とCO2だけの原料で人工光合成に成功、世界初の快挙を成し遂げたとのこと。同研究所は、石油の代替資源を探している中で「自動車が排出しているCO2を資源にできれば一石二鳥だ」とひらめき、約5年前から人工光合成の研究に着手、10人弱の研究チームで実験に取り組み、試行錯誤の末、特殊な触媒を活用することで、水と水素と酸素に分解して電子を抽出する反応と、その電子をCO2とくっつける反応を同時に起こすことに成功。「ギ酸」という有機物をつくり出すことに成功したというものです。
 この技術の応用で世界のエネルギー問題は解決に向けて大きく前進する。将来的にはアルコールなど、より付加価値の高い有機物をつくり出せる可能性もある。梶野勉主席研究員は「『温暖化の元凶』と悪者にされているCO2が資源になれば、将来の有機物を使った循環社会という理想の社会に近づくことができる」と夢を膨らませる、という記事でした。 私は思います。東は東京電力という電力資本の横暴、西は橋下のハシズムと揶揄される、芽のうちに摘み取らなければならないファシズム的な動きが危惧される、うっといしい日が続く一方で、科学技術の分野でこんなに努力されている人々もいるのだなあと。少し光明を見る思いです。(2012-01-19 早瀬達吉)

 【出典】 アサート No.410 2012年1月28日

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【投稿】あきれ果てた原発事故収束宣言と大阪維新の勝利

【投稿】あきれ果てた原発事故収束宣言と大阪維新の勝利

<<「幕引きとはあきれ返る」>>
 野田首相は12/16の記者会見で「発電所の事故そのものは収束に至ったと判断される」と福島原発事故の「収束」を内外に宣言し、細野原発担当相は「事故収束は極めて難しいと考えていた。なんとか年内の冷温停止状態の達成、そして事故の収束を達成することができたことは、極めて厳しい状況の中で日本が瀬戸際で踏みとどまったという意味で、今日(12/16)は大きな日ではないかと感じている」と胸を張った。東京電力の西沢社長も政府・東電の統合会見で「事故の収束がはかられた」と右へならえの発言である。この日、政府・東電の事態のごまかし、現実を直視しない、不信をいっそう拡大させる無責任きわまる姿勢が頂点に達したともいえよう。
 記者団の質問の矢面にたった細野氏が「工程表は『事故の収束に向けた道筋』となっている。『冷温停止状態』が実現されたから『収束』だ」と無理やりにこじつけたことに対して、記者団から「冷温停止=事故収束」とは書いていない、と詰め寄られると、自らの論理破綻に窮して、「あんまり言葉尻をとらえないほうがいいと思う」と正面から答えることができずに、質疑が続く中、テレビ番組出演のために逃げるように記者会見から退席している。
 12/17付け東京新聞・社説は「事故収束宣言 幕引きとはあきれ返る」と題して、その冒頭から「福島第一原発の『事故収束』を野田佳彦首相が宣言した。放射性物質の放出や汚染水の懸念も残り、絶対安全の保証はどこにもない。廃炉までの長き道のりを考えれば、幕引きとはあきれ返る。『原子炉は冷温停止状態に達し、事故そのものが収束に至った』と述べた野田首相の言葉に誰もが耳を疑ったことだろう。」と断じている。
 同紙が報じているように、原発建屋内ではいまだに高い放射線量が計測され、人が立ち入れない場所もある。さっそく現場作業員から「政府はウソばかり」と批判の声が上がったほどだ。「発電所の事故そのものは収束に至った」はずの肝心の福島第一原発の現場で働く作業員からは、「冷温停止状態」を通り越し「事故収束」にまで踏み込んだ首相発言に、あきれと憤りの入り交じった声が上がり、汚染水の浄化システムを担当してきた作業員は「本当かよ、と思った。収束のわけがない。今は大量の汚染水を生みだしながら、核燃料を冷やしているから温度が保たれているだけ。安定状態とは程遠い」と話し、ベテラン作業員は「収束作業はこれから。今も被ばくと闘いながら作業をしている。また地震が起きたり、冷やせなくなったら終わり。核燃料が取り出せる状況でもない。大量のゴミはどうするのか。状況を軽く見ているとしか思えない」と憤り、別の作業員も「政府はウソばっかりだ。誰が核燃料を取り出しに行くのか。被害は甚大なのに、たいしたことないように言って。本当の状況をなぜ言わないのか」と話している。
 1979年にメルトダウンにいたった米スリーマイル島原発事故では10年超かけて溶融核燃料を回収し、汚染水処理を終えた後に、内外の専門家が「収束」を認めた経緯がからすれば、今回の野田政権の一方的な「発電所の事故そのものは収束に至った」という宣言は、現実と全く乖離したものであり、内外の叡智と努力を結集せずに、まったく自己の政治的都合、原発再稼動、原発輸出継続路線にあわせた、つじつまあわせによって「冷温停止状態・事故収束」を宣言したものに過ぎない。こんなことを平然と宣言できる野田内閣、東電、電力業界、原子力ムラの無責任体質、こうした政権、経産省や文科省、そこに巣食う原子力安全保安院や学会、原子力ムラをこそ「収束」、解体、撤去、廃止させなければならない、と言えよう。

<<「日本政府のプロパガンダ」>>
 そもそも「冷温停止」という言葉は、メルトダウンなどを前提にしていない、通常運転している原発で核燃料を制御できている段階で、定期点検等、原子炉の核分裂反応を制御棒の挿入によって停止させ、原子炉の安定した冷却状態を確保している段階で用いられる用語である。核燃料が溶融してメルトダウンからメルトスルーにまでいたって、核燃料の状態さえまったく把握できない、その具体的な溶融核燃料の形態、位置、状況さえ掌握できない、ましてや制御などまったく不可能な段階で、おこごましくも「冷温停止」などといえる代物ではない。東京電力に30年余り勤めた蓮池透氏が指摘するように、「冷温停止は、正常な原発に使う言葉。事故を起こした原発に冷温停止という概念はない」のである。ましてや、2号機では11月に放射性キセノンが検出され、臨界が疑われる事態であり、1号機から4号機までいずれも炉心、燃料、燃料プール、冷却系配管、汚染水処理、すべてが不安定極まりない、原子炉建屋内にはいまだに作業員が近づけない、当然、原子炉内部の状態を正確に把握できない、放射性物質の外部への飛散は続き、コントロール自体が不可能な事態に直面し続けている。手前勝手な、都合のいい解釈で、「冷温停止」ではなく、ただ水を注ぎ込み、冷却しているにすぎない現段階を「冷温停止状態」などと用語のすり替えでごまかして済ませられる問題ではない。
 しかも、「事故収束」宣言翌日の12/17には、この「事故収束」をあざ笑うかのような、1号機原子炉建屋にある使用済み燃料プールの代替冷却装置から、2次系冷却水約100リットルの水漏れ事故を発表している。そしてその直前の12/4には、高濃度汚染水の処理システムのうち、淡水化するための蒸発濃縮装置の建屋内で約45トンの水漏れが見つかったと発表しており、漏れた水は、海水に放出できる基準の約百万倍という高濃度のストロンチウムを含むとみられる、犯罪的な水準でさえあり、海洋への放射能の流出はむしろ拡大しているのである。
 このような冷温停止宣言について、ニューヨークタイムズは、「現実を無視した宣言であり、原子炉の安全性への脅威から目をそらせることがねらいだ」、「安定状態だという日本政府の発表を多くの専門家は疑っており、世論の怒りをなだめるために勝利宣言をしたのではないかと懸念している」と伝え、米CNNテレビは「日本政府は大きな出来事としようとしているが、現実は違う」「(原発の安全性に関する状況は)6月時点と基本的に変わっていない」との専門家の見方を紹介、ドイツの公共放送ZDFは、「危機が存在しないというような言い方は誤り」、「冷温停止の発表は日本政府のプロパガンダだ」など専門家の見方を紹介、シュピーゲルも「東京電力には良いことだが住民にとっては意味がない」と報じる事態である。韓国聯合ニュースでも「事故の収拾作業が峠を越えたと国内外に示そうとする意図」であり、「一部の専門家は『性急だ』と批判している」と報じ、中国国営の新華社通信も、「損傷した原子炉内の温度を正確に測定することはできず、原子炉がどれほど安定した状態にある かを断定することはできない」としたうえで、「世界の人々に間違った印象を与えるおそれがあり、日本政府はステップ2を年内に達成するということに固執しすぎるべきではない」と報じている。
 小出裕章京都大原子炉実験所助教(原子核工学)は、12/17付け夕刊紙フジで「なんてあきれた人たちなんだ」とし、「炉心が溶け落ちて圧力容器の底を抜いて出ていき、どこにいったか分からない。誰もその状態を見に行けないし、測定器すらない。そんな状態で冷温停止もへったくれもない。溶けた炉心が地下水と混ざれば、どこまで拡散するか分からない。せめて炉心と地下水が接触しないような防護壁を作るなどしてから宣言すべきだ」と語っている。

<<枝野「福島のような事故が発生し得る」>>
 さらに今後の原発再稼動を狙う野田政権の、看過し得ない、許しがたい、危険極まりない路線が、枝野経産相によって吐露されている。それは、12/6の衆議院震災復興特別委員会で社民党の服部良一議員の質問に対する答弁で示されたものである。
 服部議員が、原発の再稼働について、原発安全神話が崩壊した以上、福島のような原発事故が再び起こり得るとの前提の下で再稼働を認めるのかと質問したことに対して、枝野経産相は、「福島第一原発のような原子力事故を二度と発生させてはならないが、人間のやることに”100%”はありえない。原発再稼働に際しては、福島のような事故が発生し得るとの前提の下で進める。事故が起きてはまずいが、もし事故が起きた場合でも、周辺の住民の方が安心して暮らしてゆけるように、損害賠償のあり方について、心配のないような体制を整備しておくことが重要で、そのために支援機構などを発足させ、従来の原賠法を抜本的に見直すこととした。」と答弁したのである。
 なんと驚くべきことに「原発再稼働に際しては、福島のような事故が発生し得る」ことを請け合っているのである。「原発再稼働に際しては、福島のような事故」をそもそも二度と発生させてはならないのである。これは人災であり、人類的犯罪なのである。損害賠償のあり方以前の問題なのである。「人間のやることに”100%”はありえない」からこそ、脱原発を明確にし、原発再稼動をそもそも認めるべきではないのである。
 ところが枝野氏は、「福島のような事故が発生し得るとの前提」をなんのてらいもなく当然視し、「原発事故が仮に発生しても、損害賠償のスキームがしっかりと確立されていれば、周辺の住民は安心して暮らしてゆける」と請け合う。とんでもない暴論である。これほどの原発事故被災者の存在を無視した酷薄で冷酷、無慈悲で衝撃的な発言は過去に例を見ないのではないだろうか。いったん原発事故が起きてしまえば、今回のように、たとえ「損害賠償のスキームがしっかりと確立」されていようと、放射性物質は国内外に広く拡散・放出され、その被害は底知れず深く、広く、長く続き、「周辺の住民は安心して暮らして」ゆけないのである。「損害賠償のスキーム」と放射能汚染は何の関係もない。第一、周辺の住民を二度とわが故郷に帰れない事態に追い込むのである。こんな基本的で根本的な原発災害の現実を直視することも、感覚として受け止めることもできないような人物は、完全に政治家として失格しているといえよう。枝野氏は辞職すべきであろう。こんな暴論を吐ける人物が政権の中枢に居座り、しかも原発再稼動の路線を左右している、許しがたい事態と言えよう。このような暴論を見過ごしている国会も、大手メディアもいったいどこに目をつけているのであろうか。野田内閣、民主党政権の実態が、ある意味ではこの枝野発言に浮き彫りにされているともいえよう。いまや、政権交代に託した庶民の期待とまったく相反する事態が進行しているのである。

<<幸福度最下位の大阪府>>
 二年前の政権交代選挙の結果が、民主党の度重なる公約の背反と、裏切りとも言える路線転換によって、かくも情けない事態を生み出してしまった。こうした事態をもたらした根本的背景には、「国民生活が第一」という民主党がマニフェストで掲げた路線と相反する路線、すなわち、市場経済万能・効率重視の、グローバル経済の名の下に強欲資本主義が主導する新自由主義・市場競争原理主義・規制緩和路線が、いまだに根強く民主党政権を支配し、その路線が今や民主党を牛耳り、動かしていることにあるといえよう。
 そのもう一つの象徴が、今回の大阪府知事・大阪市長ダブル選挙の結果にも現れているといえよう。
 10月に発表された「47都道府県幸福度ランキング」(坂本光司・法政大学教授、発表)によれば、幸福度最下位は大阪府であった(詳細は「エコノミスト」2011/12/13号に掲載されている)。ランキング上位に共通しているのは、労働・企業部門の充実、雇用の安定が生活、治安、社会福祉へと好循環をもたらしているが、ランキング最下位の大阪府は、働きやすさを測る「労働・企業部門」が46位、住みやすさを測る「生活・家族部門」が44位、他の「安全・安心部門」、「医療・健康部門」も30位台とすべての部門が悪い。特に完全失業率=46位、正社員比率=45位、障害者の就業支援施設の平均工賃月額=47位と、「労働・企業部門」の指標が悪く、生活保護=47位、悩み・ストレス=46位と「生活・家族部門」や「安全・安心部門」へ連鎖的に悪影響が出ている。それ以外にも刑法犯認知数=47位、老衰死亡者数=46位、保育所定員=44位と改善が必要な指標が実に多いのである。
 橋下氏は、大阪維新の会は、まさに大阪の庶民のこの幸福度最下位の現実から出発し、「弱者の心理」に巧みに付け入り、既成政党を罵倒し、雇用の安定を享受している公務員を罵倒し、既得権益の象徴としての市役所の解体を叫び、それをもって「社会を変える」と息巻いて、貧困と格差、非正規就業、低賃金にあえぐ庶民の「とにかく早く社会を変えてほしい」という声を悪誘導して票をかっさらったといえよう。
 橋下氏の政策そのものは、新自由主義路線であり、弱肉強食・効率重視・市場原理主義そのものであり、セーフティネットを解体し、公的社会資本を民営化し、マネーゲームをもてあそぶカジノ誘致路線であるが、選挙活動は「既存秩序の破壊」にすべての重点を置いたのであった。平松氏陣営は、前回得票よりも票を伸ばし、よく健闘したと評価できるが、こうしたファシズム的悪煽動の前には、時代的状況の前にそれを上回る対抗状況を作り出すには至らなかったといえよう。つまり橋下氏に票を集中させた庶民は、よりいっそう弱者を増大させ、格差をさらに拡大させる、自らの首を締め付ける路線に手を貸してしまったのである。いずれ化けの皮がはがれざるを得ないが、全体の政治状況が混迷している中では、よりいっそうの危険な路線展開も警戒しなければならないであろう。
 こうした時代状況を跳ね返し、ファシスト的政治手法を許さない、幸福度最下位をもたらすような路線との明確な路線対決を形成し、それにもとづいた広範な庶民を結集した粘り強い、創意ある闘いこそが要請されているといえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.409 2011年12月24日

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【投稿】日本地図から「福島」の抹殺を図る「原子力帝国主義」

【投稿】日本地図から「福島」の抹殺を図る「原子力帝国主義」
                         福井 杉本達也

1 福島の「黒い近未来」をデッサンする悪人たち
 福島原発事故の長期間の低線量被曝の健康影響を検討する政府の作業部会(前川和彦東大名誉教授・長瀧重信長崎大名誉教授)は、12月15日に、現在避難基準となっている年間20ミリシーベルト(mSv)の低線量被曝のリスクは低く適切であるとして容認すると提言した。つまり、現在の20mSv以下の地域の住民は避難せずに住み続けろと命令したのである。20mSv以下の地域に住民を住まわせようというのは、除染して放射線値を下げることが不可能であること、国が11月11日に除染対象として閣議決定した1mSv以上の地域の住民を避難させるには150万人(福島県内)~300万人の移動が必要でありあまりにも厖大で事実上不可能として責任を放棄したこと、賠償をできるだけ支払いたくないことがあげられる。
そのため、東大付属病院の中川恵一氏は毎日新聞や『週刊新潮』などで「年間5mSvではがんは発症しない」「内部被曝と外部被曝は同様であり、健康への影響は同じである」「日本人は医療被曝が多いので6.5mSvまでの被曝は許容される」「ヒロシマは被爆者への医療体制を充実したので放射線被爆のマイナスよりもプラス面が上回る」「甲状腺がんは検査すれば多くに人に見つかるが命にかかわらない」「大規模な避難は精神的なストレスなどで逆効果になる」という論理を一所懸命に展開している。飯舘村では原子炉が爆発してから2週間も経った3月29日になって始めてヨウ素131(半減期8日・甲状腺に蓄積する)の緊急被曝線量の調査を行ったが、幼児の最大被曝線量は35mSvであったという。20mSvの地域に強制居住を勧める国は、数年後にがんが発症しても、「命にかかわらない」とし、「不要な手術はするな」「検診をやみくもに受けてはならない」などと諭し、「『健康都市』フクシマ」を宣言するであろう。

2 放射線業務に当たる一般労働者の被曝限度
 放射線による被曝災害を避けるため放射線業務従事者には『放射線障害防止法』(文部科学省)、『労働安全衛生法』(厚生労働省)、『医療法』(厚生労働省)が適用される。また、公務員に『人事院規則』(人事院)が適用される。
3月14日まではどの法律でも5年間で100mSvを超えないこと(ただし、1年間に50mSvを超えないこと)、妊娠可能な女子の場合は3ヶ月間に5mSvを超えないこと、人命を救助するとかの緊急作業の場合でも100mSvを超えないことが定められていた。ところが、福島第一原発が1号、3号、4号、2号機と危機的状況に陥る中、3月14日に保安院と労働基準局長の協議により、3月14日から福島原発での緊急作業の場合に250mSvへ引き上げられた(毎日:2011.7.15)。ところが、同時に改正すべき『人事院規則10-5』の改正はすっかり忘れ、3月17日施行となってしまった。通常「忘れる」などということはない。いかに国家・官僚機構が無能であり慌てふためいていたかが分かる。
地方自治体の職員である消防職員は労働安全衛生法が適用される。しかし、国家公務員である自衛隊員には人事院規則が適用される。この「忘れた」3日間(実際は労安法が15日に決定し、14日に遡って施行されたので2日間)によって、3月16日に実施するはずだった米国に日本の“本気度”(忠誠心)を見せるための陸上自衛隊ヘリによる上空からの3号機への水の投下作業(わずか7.5トン)は17日へと1日遅れてしまった。この政治ショーを昼間に見せるため、東京消防庁による本格的な注水作業はわざと困難が伴う18日の夜にずらして行われることとなった。深夜に行った東京消防庁の映像は事後会見を除きほとんど放映されることはなかった。「国民の生命と国家の存亡」「首都圏3000万人避難」も予想される事態となっていてもなお政治ショーを優先したのである。
さらに17日に250mSvを500mSvに引き上げる案も議論されたが、自衛隊側の反対により挫折した。100mSvへの引き下げは事態が落ち着き始めた11月1日から施行された。しかし、既に福島原発内で作業に従事している労働者などは被曝量が多く限度を超えることから、引き続き250mSvの限度が適用されるという変則的なものとなっている。厚労省規則改正の資料では8月末現在で100mSvの被曝限度を超す労働者は137人となっている。

3 ほとんど認定しない放射線被曝の労働災害
 厚労省は4月27日に、がんになった原発労働者のうち、過去35年でたった10人しか累積被曝線量から労災認定していないことを明らかにした。うち白血病が6人、累積被曝線量は129.8~5.2mSvだった。このほか多発性骨髄腫が2人で、それぞれ70.0、65.0mSv、悪性リンパ腫も2人で、それぞれ99.8、78.9mSvだった。『労働基準法施行規則』では対象疾病を狭く限定している。急性放射線症、皮膚潰瘍等の放射線皮膚障害、白内障等の放射線眼疾患、白血病、肺がん、皮膚がん、骨肉腫、甲状腺がんなどである。さらに『電離放射線に係る疾病の業務上外の認定基準』は対象の疾病であってもそれぞれ被曝線量や発症時期などの要件を細かく規定している。たとえば、白血病の場合は、「相当量(5mSv × 従事年数)の電離放射線に被ばくした事実があること。」などが要件となっており、こうした細かい規定が労災認定を困難にしている。

4 「冷温停止宣言」によるフクシマ棄民政策
 12月16日、野田首相は記者会見を開き、福島第一原発の原子炉は「冷温停止状態に達した」と宣言した。メルトダウンを起こし、圧力容器を貫通し、格納容器のコンクリート床まで浸食した原子炉は何の覆いもなく無惨な姿をさらしたままでいまなお放射能を放出し続け、大量の注水と引き換えに大量の汚染水を太平洋に流し続ける現実を全く顧みることなく事故収束宣言をするというのはいかなる感覚を持っているのか。
12月14日付けのNYT紙は「政府の勝利宣言は事故についての国民の怒りを和らげるためだけのもので、原子炉の安全性を脅かす危険から注意をそらすのではないか、ということである」との見方を紹介する。収束宣言をすることにより、福島から国民の注意をそらし、忘れさせ、一方で20mSvの地域に強制的に居住させ、避難させないことにより賠償金を払わないことこそ政府の方針である。今後、放射線によるがんなどの疾病が多発してきても科学的因果関係はないといって切り捨てる。この方針は既に労災認定で実証済である。
年間20mSvの地域に5年も居住すれば100mSv(5年間)は楽に超えてしまう。そもそも当初のヨウ素131をどれだけ浴びたかも不明であり、食品や水の摂取による内部被曝も不明である。一般住民ではなく放射線を取り扱うことを仕事とする放射線従事者に適用される労働安全衛生法上の被曝限度を楽に超えてしまうであろう。さらに「妊娠可能な女子の場合は3ヶ月間に5mSvを超えないこと」とされている。妊娠可能な女性とは10歳から60歳までである。妊婦の場合にはとんでもない被曝量となる。しかも、この規定は18歳以上の者に適用されるものであり、福島県内36万人の子供はもちろんこうした制限値の極めて下でなければならない。今、政府は何本もの法律による厳格な被曝限度を決めながら、一方で、自らが作ったこうした法律を全く無視して子供を含めて高濃度汚染地域に封じ込めようとしている。これを棄民政策といわずしてなんというのか。 

 【出典】 アサート No.409 2011年12月24日

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【投稿】大阪ダブル選挙が示した「民意」の意味

【投稿】大阪ダブル選挙が示した「民意」の意味
 
 「大阪秋の陣」は、橋下-松井の「大阪維新の会」候補が圧勝した。大阪市長選挙では、共産党が候補者を取り下げ、「反ハシズム統一戦線」が構築されながら、接戦どころか大差がついた。大阪府知事選挙では、半数もの市町村長が反維新候補を支持しながら、共産候補の票数を加えても、知名度の低い松井の足元にも及ばなかった。
 マスコミは例によって「既成政党にNOが突きつけられた」「政治不信の表れ」などと評価し、あたかも大多数の有権者が維新の会の政策を支持したかのように報道している。
 実際のところはどうなのか。大阪府南部の某市投票所では、以下のような「異様な」投票行動が繰り広げられた。今回の選挙の象徴的なエピソードなので紹介したい。

 投票開始早々、ある女性有権者が知事選挙の投票を済ましたあと、怪訝な表情をしてキョロキョロと佇んでいる。そして、選挙立会人にこう尋ねた。
「あのぉ…、もう一つの選挙の投票用紙は…」
 一瞬の戸惑いの後、職員がすぐに気がつき、女性に答えた。
「ここは、大阪市ではありませんから、大阪市長選挙はありませんよ」
女性は「あ、そうか。そうですね…」と気恥ずかしそうに投票所を後にした。
職員や立会人たちは「勘違いしてる人がいるもんなんですねぇ」と苦笑した。あれだけ「ダブル選挙」と報道されれば、選挙の基本的な仕組みが分かっていない人が稀にはいるだろう。みな、そう軽く考えていた。
しかし、事態はもっと深刻だった。
「なんで一つしかないの?」「もう一つの用紙は?」…
次から次へと、ひっきりなしに同じような行動をとる有権者が現れたのだ
 職員に尋ねる人だけではない。記載台の候補者名をじーっと眺め首を傾げる人、辺りを見渡し二つ目の投票箱がないのを確認して遅ればせながら気がつく人…。口に出さずに戸惑う人達を含めると、相当の数の有権者が大きな「勘違い」をしていたのである。恐らく、その大半は「橋下」と書きたかった人たちではないのだろうか。
 投票事務も終わり、開票所に集まった職員たちは口々にその「異様な」光景を語っていた。これは、この市だけの特異な傾向ではなく、大阪市以外のどの市でも見られた光景ではなかっただろうか…。

 誤解を恐れず敢えて言うならば、「大阪都構想は信任された」といっても所詮この程度の「民意」なのである。基本的な選挙制度の仕組みすら理解されていない中で、政令市の課題や二重行政の問題点が十分に認識された上での選択であるとはとても思えない。
 もちろん、大多数の有権者がそうだったと言っているわけではない。熟慮に熟慮を重ねて冷静に投票された方も多くいたであろう。しかしながら、大きな流れをつくってしまうのは、「何かしてくれそう」「歯切れがいい」といった「リーダー」像に引っ張られ、公務員や「既得権益」への感情的な反発を煽るムードに乗せられる、静かな不満層であることは事実である。
 政策や中身への評価ではなく、イメージが優っていることは、咲州庁舎の被災という、橋下のみならず「大阪維新の会」そのものの大失策の責任が全く問われることなく、連勝していることからも明かである。むしろ、パフォーマンスをすることも、マスコミに取り上げられることもなく、着実に改革を進め地道に行政に取り組んでいる現職が、維新候補あるいは「若くて歯切れがいい」というだけの候補にあっさり敗れるという、「現職受難」の時代なのである。
 橋下新市長は、早速次から次へと「改革」案を打ち出し、マスコミもそれを受けて「スピード感」を演出している。迎える大阪市役所も「迎え撃つ」どころか、官僚の本分をキッチリと発揮し、柔軟かつ従順に橋下新体制を築こうとしている。大阪府庁がそうであったように、そのうちに様々な矛盾が生じ、それは職員へのしわ寄せとなって現れるだろう。
 国政選挙への影響を恐れた既成政党は、早速秋波を送り、大阪都構想への「理解」を示し始めている。情けない限りである。
 私自身、小泉郵政選挙や橋下維新の会選挙と同じポピュリズムの観点で、民主党の政権交代選挙を捉えていたが、今回の結果とも比較して考えると、当時の民主党が個人の際立ったカリスマ性がない中でマニフェストに依拠して勝利したことは、有権者が政策を選択したものとして、健全な選挙だったと言える。民主党は今一度、市民、労働者の視点に立った政策本位という原点に帰るべきであろう
 個人のカリスマ性のみに依拠した勢力は、小泉チルドレンの末路を見るまでもなく、必ず飽きられ、自壊していく。今の「冬の時代」は、決して悲観することなく、格差の拡がりや将来への不安感など、選挙結果の背景に何があったのかを冷静に分析しながら、職場や地域で地道に活動を積み重ね、来るべき反撃のときに備えなければならない。
(大阪 江川 明)
 
 【出典】 アサート No.409 2011年12月24日

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【投稿】ダブル選挙 維新完勝で変わる政治地図 

【投稿】ダブル選挙 維新完勝で変わる政治地図 

<大阪秋の陣 維新の会が完勝>
 去る11月27日に投開票が行われた大阪府知事選挙・大阪市長選挙は、大阪維新の会の松井一郎、橋下徹両氏が、共に勝利した。市長選挙の方は、敗北したとは言え、現職の平松氏がよくふんばったように思える。知事選の方が、120万VS200万票で、予想もしない大差となった事と比較すれば、平松氏の善戦であり、勝ったとは言え、橋下の方は、少々苦い勝利となったことは事実だろう。選挙後、マスコミによく登場する橋下だが、幾分表情が硬く感じるのは、その成果だろうか、それともお決まりの「マスコミ対策」だろうか。
 「旧態依然たる規制政党」か「スピード感のある改革派」か、という事だけを選挙中に訴えていた維新の会。お役所批判や公務員・労組批判なら、街頭に出れば、言い放題という様相で、議論や政策の選挙ではなかったようだ。大阪地域の経済の低迷に対する閉塞感を持つ市民・府民が、「改革」を求めて選択したことは、事実であるとしても、大阪都構想、職員基本条例、教育基本条例など、維新の会のマニュフェストの実行に賛同したと言えるわけではない。
 
<何が目的がだったのか?>
 むしろ維新の会はアドバルーンは上げてみたものの、それを実行・実現可能と考えていないように見える。ダブル選挙以前に、大阪府議会では春の統一地方選挙で、維新の会が過半数を制していた。とすれば、両条例とも、10月の時点で府議会可決は可能であった。しかし、敢えて採決をしなかった。そして、これがダブル選挙の争点だとしたわけである。ところが、今度はダブル選挙で勝利したにも関わらず、松井新知事は、職員基本条例案は、来年2月に案文修正の上で知事提案すると、就任早々に表明している。
 選挙の争点と言いつつ、選挙で勝っても、自らが幹事長として提案した案を、たな晒しにするというわけである。本来ならばわけのわからない話ではないか。
 さらに、大阪都構想にしても同様である。選挙後、橋下は「都構想実現のためには、国政も視野に入れる」と語りだし、さらに目標を国会に向け始めた。地方自治法等の改正なしに「大阪都構想」が実現しないのは、最初から分かっていた話である。4年以内に云々と「スピード感」を持って実行すると言っているが、残念ながら彼らの言う「二重行政」に少々手を付けるだけで、またぞろ、舞台を変えて「国政」へと舵が切られようとしている。

<擦り寄る「既成政党」>
 少々情けないのは、選挙後の「既成政党」の対応であろう。選挙で敗れた途端に、「大阪都構想も検討する必要がある」と、民主・自民両党の中央から発言が飛び出した。2年以内に必ず来る総選挙を考慮し、国政選挙に影響を与えかねない大阪維新の会に、擦り寄ろうとしているのは明らかである。政権与党である民主党こそ、地方分権・地域主権を実現する決意と政策を明示する責任がある。ここでグラグラするようでは、先は見えているのではないか。
 確かに、府議会を制して、知事、政令都市大阪の市長をも獲得した政治勢力がどう動くか、に対して慎重に判断することは、必要であろう。
 人気はあるが、大阪府知事時代を思い起こせば、橋下に何の成果があったのか。学力テスト結果の公開をさせて、「学力」が上がったのか。WTCビルを買って、巨額の後年度負債を増やしたのは誰なのか。何がしかの成果を上げることができるかもしれないが、マイナスの方が、はるかに大きいだろう。
 
<職員基本条例案、大阪市・堺市で否決>
 さて、職員基本条例案と教育基本条例案は、もう一つの政令都市である堺市議会にも、ダブル選挙中に議員提案され、審議されている。選挙後の11月末から12月初旬にかけて、本会議での質疑、常任委員会での質疑を経て、最終本会議で、他会派からの賛同を一切取り付けることもできず、否決されている。本会議質疑の様子は、インターネットで見ることができる。(市議会のHP)
 公明・民主(ソレイユ堺という会派)・自民・共産、無所属議員が、本会議で質問に立っている。焦点となった点は、条例と地方自治法との関係(地方公務員法第5条、地方の条例制定は認めているが、それは法の趣旨の範囲を逸脱できないという規定がある)で、違法性のある条例案ではないかという点、局長級以上の職員は、準特別職とし、外部の人間を任期付職員」として市長が指名するというが、これも「任期付職員を求めた法の趣旨に反する」という点、そして人事評価において、職員を相対評価で5段階評価し、最低ランクのD評価(5%)が2年続くと免職させるという点、人事委員会が、分限処分の審査をおこなうという点などであった。
 
<ボロボロの議会質問への対応>
 インターネットで、議論の顛末を見てみたが、維新の会の答弁はひどすぎる。とにかく、「違法性は無い」とペーパーを見ながら繰り返すだけなのである。ある維新の議員は「民意は改革してほしいということであり、我々は、現行法制度上で運用されていることにも多少の疑義を持っている。現行、法制度に疑義があるのだから、完全に一致することはできない、違法性の恐れがあるのか、本当に違法なのか、そんなところに踏み込んでいこうと考えている。」と答え、むしろ「違法であって何が悪い」とも取れる発言をする有様である。良識ある議会は、当然にもこれを完全に否決したわけである。
 奢れるものは久しからずであろう。「民意」があるから、何でもできると思っておられるらしいが、選挙だけがすべてではない。
 
<大阪に「冬の時代」が・・・>
 11月19日橋下大阪市長が誕生する。すでに総人件費2割カットや大阪地下鉄の民営化など、大阪市労連に結集する労働者に的を絞った公務員攻撃が始まっている。おそらく、大阪の公務員労働運動に「冬の時代」が到来することだろう。しかし、これに耐え、効果的に反撃し、橋下の「仮面」を剥がして、地方分権と大阪の復権を実現しなければならないと思う。(2011-12-19佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.409 2011年12月24日

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【投稿】私の主張(老いの繰り言) 

【投稿】私の主張(老いの繰り言) 

○ 今日の日本の状況を見ていると、私が言うまでもなく誠に嘆かわしい。
 このまままでは日本はいったいどうなってしまうんだろう。日本に明日はあるのか、こんな日本に誰がしたのか・・・というのは杞憂だろうか。大げさすぎるのか。私たち、老人世代は、、子、孫たちに顔向けできなくなるのでは。
○ 今、日本が抱える問題の一つは、老人問題である。もし、平均寿命を10年、20年と縮めることができれば、年金問題や医療問題のかなりの部分が解決するように思う。つまり、老人が多すぎ、寿命が長すぎ、石を投げれば老人に当たるような世の中でなくなれば・・・。金を貯めこんであの世に行くまで財布を手放さない人々の金が、より若い世代に廻れば、景気もよくなり、世の中の元気も出ることだろうと思うのだが・・・。長生きすることが喜ばれ、皆が幸せに感じられる世の中でありたいが。
○ 今、老病者について、延命措置を望む人々が多いそうだ。理由は、生を望むというより、死なれると困る、何が何でも生かしておいてください、年金がもらえなくなりますから、ということらしい。親の年金が途絶えないようお願いします、というのは一体・・・。
○ 高齢化社会では、日本は世界の最先端にあるようだが、聞くところでは、韓国や中国も後に続いているそうで、東アジアは老人先進国地帯となるような気配、われわれは世界にどんな未来を指し示すことができるのか。
○ 今、チマタで次々と増えているものに、歯医者、リハビリセンター、それに各種マッサージ施設(整骨院etc)などが目立つのでは(他にもあるだろうけれど)・・・。もちろん、老人人口の増加が関連していよう。もう一つ、確実にどんどん増えているもの、それはお墓。古来、日本では先祖代々の墓が主流だったんだろうと思うが、今は、どんどん一代墓、個人墓が増えているようだ。都会の寺院では団地墓がはやっている。永代供養とは言いながら、二代三代経てば大部分は訪れる人もない無縁墓となることは目に見えている。日本中にお墓があふれ朽ちていくのも淋しいものがある。
○ USA、ロシア・・・世界の若者たちが皆声を上げ、行動している今、日本の若者は何してる、眠ってる時じゃない、遊びほうけている時じゃない。
○ このままでは大変、青年が立ち上がらないのであれば、われわれ老人が率先して立ち上がろうではないか、立ち上がれ老人、民老同(民主主義老人同盟)を結成し、この旗の下、日本の行く末のため頑張ろうではないか。
○ 正確には覚えていないが、明治維新前後の日本の人口は確か三千数百万人だったと記憶している。今、日本は人口減少期に入っているようだが、多少人口が減ったところで何ほどのことがあろうか。市場規模ということでは問題はあるが、国としては直ちにどうこういうことはない。日本より人口の少ない国は世界にゴマンとある。活気が薄れるという問題はどうなのか。個人の国に占める割合は高まるのかな。そんな中、老人ばっかり増えるほうがよっぽど問題で、これは人類がかつて経験したことのない事態であろう。
ひとつ民老同で、死ぬ気で頑張ってみるか、諸姉諸兄。
(WK 東京、一老生) 

 【出典】 アサート No.409 2011年12月24日

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【日々雑感】日の丸、君が代、バクチ打ち、挙句の果ては・・・・? 

【日々雑感】日の丸、君が代、バクチ打ち、挙句の果ては・・・・? 

 先月11月の大阪のダブル選挙も終わり、大阪府民、大阪市民は、よくもまあ、最悪の選択をしてくれたものだと、悶々とした毎日を送っているのは、私だけではないでしょう。
  書き出しからして、過激な見出しになってしまいましたが、先日知人から新潮45という雑誌の11月号を薦められ、買って読んでみた、これが、一言で言うと私の読後感です。
 またまた橋下批判の記事を書かねばならんかと、ウンザリさせられるが、この橋下の為に自殺に追い込まれた人々の無念を思う時、私の胸に憤りが込み上げてきて、書かざるをえなかった。そして先ず、新潮45の記事を書いた人々の努力に頭が下がります。よくもまあ、これ程の調査をし、記事を書かれたものだと、感心いたします。
 悪徳かどうかは知らないが、年収3憶の債権取立て弁護士をしていた人間が、市民目線で物事を見れないと思うし、府庁・市役所職員の犠牲者が、今後出ることのないよう、只々祈るしか無いです。
 そして今回の市長選挙での、共産党候補の立候補見送りは、評価に値するが、この姿勢をなぜ知事選にも見せてくれなかったのか残念に思います。反ファシズムという観点に立ってほしかった。そうすれば、むざむざと知事職をとられることも無かったのに・・・と悔やまれますが、皆さんはどう思われますか?(2011年12月15日 早瀬達吉) 

 【出典】 アサート No.409 2011年12月24日

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【訃報】小野みどりさんが、11月16日に亡くなられました。

【訃報】小野みどりさんが、11月16日に亡くなられました。

 ご家族から届いた喪中はがきによると、故小野義彦先生のご夫人みどりさんが、去る11月16日96歳で亡くなったとのこと。奇しくも、小野先生は、1990年11月19日に亡くなられており、3日違い、21年後の最後となられました。
 私が最後にお目にかかったのは、2009年の1月。奈良市のケアハウスにみどりさんを訪ねた折でした。生駒さん、Tくんの3人でお邪魔しました。

 みどりさんは、急に昔の歌を思い出した、と歌ってくださいました。
 
 10月10日我らの日、
 硬く閉ざされし牢屋の扉、開かれて
 ぞくぞくと我らの同志帰り来たる
 
 1945年10月10日、仙台刑務所・府中刑務所から小野先生含めて、徳田・志賀など政治犯が釈放された「解放の日」の歌であろうと思われます。
 
 戦前・戦後と、小野先生とともにあって、若い活動家を支えてくださったみどりさんに感謝しつつ、ご冥福をお祈りいたします。(佐野)

 (なお、写真は、2000年11月、小野先生の墓参会後の交流会での一場面です。小野先生の思い出話に花が咲きました。その後、みどりさんから「小野義彦と私-敗戦戦後」の原稿をいただき、本紙で掲載しました。佐野撮影)

 【出典】 アサート No.409 2011年12月24日

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【投稿】原発、増税、TPP、普天間問題  暴走する野田政権の危うさ

【投稿】原発、増税、TPP、普天間問題  暴走する野田政権の危うさ

<<「一日ゆっくり考えさせて欲しい」>>
 野田首相は11/10、「一日ゆっくり考えさせて欲しい」と言い、「みなさんが国のことを思い、議論したことをしっかり自分自身で受け止めたい。まだ方向を決めたわけではない…」と、TPP参加にはいかにも逡巡しているかのようなポーズを見せながら、その発言の四、五日前には、11/13の日米首脳会談でオバマ大統領に伝える発言内容を、「どういう言葉でTPP参加を伝えるか、日本語と英語の発言内容を決めてい」たという。それにもかかわらず「まだ方向を決めたわけではない」などとごまかし、民主党内プロジェクトチームで慎重・反対意見が多数を占め、「政府は慎重に判断すべきだ」とする提言を決めたことに対するガス抜きとして、また離党届を持参して抗議する5人の議員に対する逃げ口上として、さらには11/11の国会での集中審議で、TPP参加表明に対して集中砲火を浴びるのを避け、事態をうやむやにして乗り切るための方便、その場しのぎの政治的芝居にしかすぎないものとして、「一日ゆっくり考えさせて欲しい」と言ったのであった。それでも首相は、同日の衆院予算委で「一般論で言うと、TPPだけではないが、外交交渉に入るか入らないかは国会で決まってからということではない」などと開き直り、すでに結論ありきの外交姿勢決定への布石は打っていたのである。
 さらに同じ11/10には、首相を追い詰める国会決議案「野田佳彦首相が環太平洋連携協定(TPP)の交渉参加をアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で表明することへの反対決議案」に賛同する署名が衆院議員232人に達し、自民、公明、社民、新党日本の各党が超党派でこの決議案を共同で衆院に提出するという事態に直面した。決議を強行されれば可決する可能性が大であり、進退窮まる事態に追い込まれる。しかしこれは、共産党が「内容には賛同できるが、決議は全会一致を目指すべきだ」とのあきれた無内容な理由で反対したことに助けられて、衆院議院運営委員会は、民主、共産両党の反対多数で本会議に上程しないことを決定、こうしたきわどい状況を打開するためにもこの「一日ゆっくり考えさせて欲しい」という発言が必要だったのであろう。
 こうして11/11に行われた衆参両院の予算委員会での集中審議をのらりくらりと乗り切った直後の同じ日の夜の記者会見で、党内や国会での同意も得ずに、一方的に「ホノルルAPEC首脳会合において、TPP交渉参加に向け関係国との協議に入る」と表明し、すでに前回9月の日米首脳会談でTPP参加を約束していたことが見え見えな、オバマ米大統領が今や遅しと待ち構えるホノルルに向けてそそくさと旅立ったのであった。
 本人は「してやったり」、仙谷、前原、枝野、玄葉氏らTPP推進派幹部と示し合わせた高等戦術であったとほくそ笑んでいるのであろうが、手は混んでいるが、結果的には初めから意図していた一方的な態度表明によってTPP参加を既成事実化しようとするこうしたやり方、その見え透いた、拙劣で不誠実な態度、姑息な政治手法は、あらためてこの民主党政権の質の悪さ、程度の低さを露呈させたといえよう。

<<発足当初からの危惧>>
 こうした野田政権の悪質な政権運営方法は、発足当初から危惧されていたものである。立ち居振る舞いはいかにも穏やか、低姿勢で、対立の調停者であるかのような姿勢をとるが、実際には、重要案件を政権交代の意義を否定し去る方向へ、旧来の自民党政権の政策・方針へとねじ曲げる、しかもその際、国内の民主的な議論や意思決定手続きを無視したままそれを実行する、そして政治における説明責任を一切果たそうとしないという悪質なやり方である。
 野田首相は首相就任直後の初会見で、まずは今後の原発については「新たに造るのは現実的に困難。寿命が来たものは更新せず、廃炉にしたい」と、いかにも「脱原発」路線を推進するかのような姿勢を表明しながら、就任挨拶に赴いた米倉・経団連会長と会談するや、TPP推進、法人税減税、消費税の大幅増税、原発の再稼動と輸出促進、そしてこれらを支える大連立等について互いにエールをかわし、「最大限の協力」を取り付けている。この時点ですでに民主党政権をよりいっそう変質させる方針は決定されていたのだとも言えよう。
 野田政権は、「脱原発」どころか、地球規模で国内外に多大な放射能災害を撒き散らした福島原発震災への深刻な反省も総括もなく、その収束さえおぼつかなく、その情報さえ開示しえないまま、被災者救済も放射能除染対策もガレキ処理対策も、復興対策さえなおざりにし、そして何よりも脱原発を求める圧倒的多数の世論の動向をまったく無視して、今や原発再稼動はもちろん、事実上、「原発の安全性を世界最高水準まで高める」、「世界一安全な原発」推進路線へと舵を切っているのである。しかし、これらは国会審議を含む一切の民主的手続きを経ていない。ただただ、政・官・財、学界、労働界を含む「原子力ムラ」の意向に忠実に従っているだけである。最も肝心なこうした路線転換についての説明責任はまったくといって良いほど果たしていない。
 そして9月の訪米時には、国連の原子力安全首脳会議に出席し、国内での合意や説明も一切ない段階で原発の再稼動と原発輸出路線を演説し、これまた国際公約としてしまっている。

<<「米政府のご用聞き」>>
 そして次にその姑息な姿勢をあらわにしたのが、消費税増税問題であった。11/3、フランス・カンヌで開かれた主要20か国・地域首脳会議(G20)でいきなり、「日本は、2010年代半ばまでに消費税率を段階的に10%まで引き上げる方針を定めた、社会保障と税の一体改革案を具体化し、これを実現するための法案を今年度内に提出する」と、消費税率を2010年代半ばまでに10%に引き上げる方針を、国内ではなく、国際会議の場で表明し、日本の消費税増税がG20サミットの共同声明に書き込まれ、国際公約としてしまったのである。
 そのわずか1週間前の、10月末の臨時国会における所信表明演説では、10%増税という具体的提案や時期、方法について、そもそも消費税の増税問題には一言も触れていなかったものである。首相はG20の同行記者団に対して、消費税増税法案の成立前には、衆院解散・総選挙を行う考えがないこと、「信を問うとするならば、法案が通ってその後に、実施をする前に問うというやり方にしたい」と述べたが、解散は法案成立後という、これまた選挙公約であった民主党マニフェストを踏みにじるものであり、閣議決定さえされておらず、まったく国内世論を無視し、国会を含む民主的手続きを無視、侮蔑する、姑息きわまりない悪質な政治手法である。
 国内で具体的議論を積み重ねれば、自らの意向が貫徹できないという恐れ、自信の無さから、国際公約という既成事実に逃げ込んだのであろうが、これほど民意と自らの党の公約をないがしろにするのは、最悪の政治姿勢と言えよう。国内の了解を得ずに、国際公約で無理やり押し切ろうとするやり方は、すでに沖縄の普天間米軍基地移設問題で破綻が明瞭であるにもかかわらず、それにしがみつく政治姿勢と同根である。
 野田内閣は、次から次へと関係閣僚を沖縄に出向かせ、これまた勝手に国際公約にしてしまった、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設の日米合意に沿い、環境影響評価(アセスメント)の「評価書」を年内に提出して、既成事実を先行させる強行姿勢を明瞭にしている。10/18付けの琉球新報・社説は、「多くの県民の目には「日米同盟」のためなら手段を選ばぬ「強権国家」としか映らないだろう。失望を禁じ得ない。」と指摘し、それを伝えに来た防衛相は、「日米合意の進展を促す米国の声に唯々諾々として従い、知事に方針を伝えただけだろう。県民から見れば、米政府のご用聞きとしか映らない。」と厳しく指弾している。
 低姿勢、調停者を看板に発足した野田政権であるが、わずか三ヶ月にも満たない間に、原発、増税、TPP、普天間問題とこれだけ暴走し、なおかつ、いずれの問題においても圧倒的多数の民意を無視する、合意形成や民主的手続きから逃げまくり、政治における説明責任さえ果たそうとしない、こうした野田内閣の政治姿勢は、早晩破綻せざるを得ないし、そのツケが、今後の野田政権、民主党政権に強く重くのしかかってくることは間違いない、と言えよう。
(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.408 2011年11月19日

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【投稿】 福島原発事故と自治体の役割

【投稿】 福島原発事故と自治体の役割
                    福井 杉本達也 

1 警戒区域の異常な自治体選挙
 11月10日から震災の関係で遅れていた福島県議選や大熊町長選などが始まった。警戒区域内の双葉郡選挙区の各候補は避難先の二本松市などの自治体で街頭演説を行わざるを得なかった。双葉町は埼玉県に本庁舎を移転しており、町議立候補者は埼玉県まで行って届出をした。当然のことながら警戒区域内の地元ではいっさいの選挙活動はできず、他の自治体、果ては県外で選挙活動を行う事態は異常という他ない。この投稿が掲載される頃には結果は出ているだろう。細野原発担当大臣は、「国を挙げて除染に取り組む。そして戻れる方には戻ってもらう」という。だが、11月9日に各紙は、福島大学の福島県双葉郡内の8町村の全世帯アンケートを一斉に報じたが、アンケート結果では27%の世帯が戻らないという結果であった。特に34歳以下では52%が戻る気がないと回答した。戻らない理由として「除染が困難」が83%を占め、「今後の生活設計のめどを立てられないこと」を最大の悩みとしている。「国を挙げて」という政府の方針を今や誰も信用していない。

2 放射能の除染は不可能である
 政府は、放射能除染について、年間の被曝線量が1ミリシーベルト(mSv)以上の地域で実施し、20mSv未満の所を2年後までにおおむね半減させる基本方針を11月11日に閣議決定した。1mSvということは、時間線量0.12マイクロシーベルト(μSv)程度であるから、除染地域は双葉地域はもとより福島市・郡山市など福島県を中心に東北、関東地方に及ぶ広大な範囲となる。放射能の除染はしなければならないが、残念ながら除染はほとんどが不可能である。神戸大学の山内知也教授は、9月14日に福島市渡利地区において「除染」後の計測をしたが、「通学路の周辺において20 μSv/hを超える非常に高い線量が地表面で計測された。コンクリートやそれに類する屋根の汚染は高圧水洗浄によっても除去できておらず、住宅室内における高い線量の原因になっている。除染の対象にはされなかった地域の水路や空き地、神社、個人宅地内の庭で高い線量が計測され、最も高い線量は地表で20 μSv/hを記録した。本来の意味での除染はできていない。」「地域全体が非常に高いレベルで汚染している。側溝の泥を取除く程度の除染では線量は下がらない。各住宅や空き地の表土とともに、アスファルトやコンクリート、コンクリート塀、屋根も除去の対象にしなければ線量は下がらない」と報告している。東大の児玉龍彦教授らが中心となって入っている南相馬市の除染も同様であり、桜井市長は公共施設を除いて除染はほとんど進んでおらず南相馬市の除染だけでも1兆円以上かかると訴えている(内田誠―関西テレビニュースアンカー:2011.11.8)。

3 なぜ除染が不可能なのか
 京大の小出裕章氏は「除染はできない。小学校の校庭だとか、幼稚園の園庭とかの土を剥ぐことはできる。しかし、森林の土を剥ぎ取ることはできないし、野原や田畑の土を剥ぎ取ることもできない。」(たね蒔ジャーナル2011.8.22)という。なぜ除染が不可能なのか。熱力学の第二法則というものがある。熱は高い方から低い方に、物質も濃いものから薄いものへと拡散していく(我々の常識からしても)。これは一方向的であり元へは戻らない(何らかのエネルギーを外から加えなければ)。放射能も原発の中に閉じこめられていたものが一旦外部に拡散された場合、元には戻らないのである。これを、駿河台予備校講師の山本義隆氏は「大気中への窒素化合物や硫黄化合物の拡散、水銀やカドミウム等重金属類の土中や海中への拡散などは、すべて非可逆的なエントロピーの増大…であって、それを人工的に元に戻そうとすれば、おびただしいエネルギーの消費」をもたらす(『熱学思想の史的展開』3・ちくま学芸文庫)と表現している。文部科学省は11月11日に最終的な福島原発からの放射能の拡散マップを公表したが、拡散ルートの1つは浪江町・飯舘村など北西方向に流れた後福島県北部で南西方向に向きを変え、群馬・長野県の県境まで、2つめのルートは海から再び陸地の茨城・千葉県へ、3つめは海へ出た後、宮城県北部から一関市あたりへ拡散している。国土の3%もの広大な地域の除染などできるはずはない。ではなぜ、国は「除染」「除染」というのか。それは賠償金を支払いたくないからである。各紙は東電に8,900億円の融資を行うことにより「事実上の公的管理」になったと報じたが(2011.11.5)、つまり「倒産企業」であり賠償金の支払能力はない。支払うことができるのは国だけである。いいかげんに「事実」を「事実」として発表すべきである。このままでは厖大な被曝者と原発難民が出現する。

4 被災自治体は現実と向き合え
 非常に酷な話だが、被災自治体は現実と向き合う以外にない。双葉地域の多くの町村は永久に戻ることは不可能である。南相馬市も海沿いの一部を除き戻ることはできない。飯舘村はこれまで「までいライフ宣言」ということで自然の中でスローライフな生き方を宣言し村づくりを行ってきた。ホームページからは村民の村を捨てきれない気持ちがひしひしと伝わってくる。前福島県知事の佐藤栄佐久氏も「原発サイトの周りが、もし人が住めなくなって潰れたら、福島県全体が立ち行かなくなる、と言っても過言ではない。それほど重要な場所なのです。浜通りの双葉地域が生きているから、南のいわき市、北の南相馬市や相馬市が地方都市として機能できています。しかし双葉地域が潰れたら、いわきも南相馬、相馬も完全に陸の孤島と化して、産業や文化の血流は止まってしまう。」(『日経ビジネス』2011.11.2)と述べている。しかし、原発の立地する双葉町・大熊町はもちろん19μSv/hを計測する飯舘村や浪江町~その周辺の1.2μSv/hの地域までは人が居住することは困難である。国はこれらの地域を国有化すべきである。
 これらの被災自治体は今後、原発事故の賠償交渉事務と住民の健康管理に特化すべきである。住民がいなければ自治体としては成り立たないので解散せざるを得ない。将来的には何らかの特別な自治組織として事務を行うべきである。また、0.12μSv/hから1.2μSv/hまでの地域を含む被災自治体は避難したい住民には避難させる、その地に留まりたい住民の住宅は除染するなどの選択権を与えるべきである。強制的に住民を留まらせることを考えてはならない。また、いわき市の中心部は幸いなことに0.2μSv/h以下と放射線が低い。また、南相馬市や相馬市の海岸部も放射線は低い。これらの地域は細かく放射線量を調査して、住める場所と住めない場所の色分けをしていくべきである。既に、いわき市は雪が少ないということもあり会津などに一時避難していた浜通りの避難住民が集まり2万人を超え介護や教育などの行政サービスがパンク状態にあるという(日経:2011.11.8)。福島県はこれらの地域に最大限の力を入れるべきである。ところが、「被災3県に医療特区」として、長崎大の山下俊一氏などを中心に福島県立医大などに放射線治療の機器を整備するなどというバカげた計画を掲げている(日経:2011.9.7)。今の福島県の役割は産業資本に奉仕することではない。崩壊しかかっている、あるいはもう既に崩壊している特に浜通りの医療を再建することである。医療という社会的公共資本がなければ住民も留まることはできない。

5 福島原発事故を直視しない自治労
 自治労は月刊誌『月刊自治労』を持っているが、原発特集を最初に行ったのは9月号である。これは4,5月から精力的に特集記事を出した続けた各月刊誌と比較すると2周遅れである。10月号は「どうするエネルギー政策」という特集を出したが、中身は「脱原発」ではなく「再生可能エネルギー」中心でありひどいものである。特集の冒頭に「3.11後の原子力と地域を考える」として逢坂誠二衆院議員と『「フクシマ」論』の開沼博氏の対談を持ってきたが、どうして、この期に及んで「フクシマ」論=地域論なのか。放射能がまき散らされた後での地域論はもう意味はない。既に双葉地域の自治体は“無い”。地域を再建することはもう永久にできない。何十年も何百年も何十万年も人は住めない。自治労の役割は「事実」を「事実」として政府に認めさせること・双葉地域や飯舘村などの高汚染地区の国有化を認めさせることであり、住民を避難させ、他の自治体での定住を斡旋するよう政府に働きかけることであり、そこに自治体を残すことではない。 

 【出典】 アサート No.408 2011年11月19日

カテゴリー: 原発・原子力, 杉本執筆 | 【投稿】 福島原発事故と自治体の役割 はコメントを受け付けていません

【投稿】動揺するアメリカ、追随する日本 

【投稿】動揺するアメリカ、追随する日本 

<退役軍人の反乱>
 アメリカ政府は、一向に改善しない財政状況のなか、米軍再編の見直し=軍事政策の転換を迫られている。そうしたなか9月から始まった「Occupy Wall Street」運動へのイラク、アフガン帰還兵の参加が、オバマ政権に新たなプレッシャーを与えている。
 ベトナム反戦運動では帰還兵が大きな役割を果たしたが、今回も退役軍人(ベテラン)の行動参加が米政府に衝撃を与えつつある。一般の失業者の訴えには耳を貸さないウォール街やワシントンの人々も、戦闘での叙勲者、負傷兵の言葉は重く受け止めざるを得ない。
YouTubeには、シェーマ―・トーマス元海兵隊軍曹が、略綬(勲章のリボンの部分)をつけた戦闘服姿で、タイムズスクェアに展開する警官隊に対し「ここはウォーゾーンではない!武装した人間はいない」と熱く抗議する姿がアップされ、270万ヒットを数えている。彼はこの後テレビの報道番組にもゲストとして登場し、その時の状況と思いを述べ一躍ヒーローとなった。
 運動に参加している退役軍人の訴えは「我々がイラクやアフガンで戦っている間に金融資本は戦争で儲け、我々が体や心に傷を負ってアメリカに帰ってきたら路頭に放り出された。我々も99%だ」というものである。
 アメリカの労働統計では08年から11年の間に退役軍人の失業率は5,1%上昇し、この10月には12,1%となり、全国の失業率9%を大幅に上回った。なかでも18歳から24歳の除隊した若者の失業率は20%を超えている。
 年末にはイラクからの完全撤退で4万6千人が帰国、加えてアフガンからの第一陣1万人の撤兵が進めば、失業率はさらに上昇すると予測されている。とりわけ、戦闘での身体障害、PTSD、さらに即席爆発装置による衝撃で外傷性脳機能障害を負った退役軍人たちの就労は困難であり、事態はより深刻化するだろう。
 傷ついた若者の叫びに対し、ベトナム帰還兵団体も合流するなど世代を超えてベテランたちが共感を示し、ワシントンDCには、参加者が常駐するキャンプが設営されている。さらにこの動きは現役にも波及しはじめており、抗議行動に彼らが私服で参加する姿が確認されている。
 アメリカ軍将兵の怒りの根源は、元はと言えばブッシュ政権が引き起こした無謀なイラク戦争、対テロ戦争である。しかし、それを引き継いだオバマ政権の稚拙な戦略や経済政策の失敗のため、怒りが増大している。
 退役軍人をはじめ、この間の抗議行動に参加している市民は、その多くが08年の大統領選挙ではオバマを指示した層と考えられており、彼らの離反はオバマ陣営の再選戦略に大きな影響を及ぼすと考えられている。

<「もう待てない」>
 こうした状況を座視できなくなったオバマ大統領は11月7日、退役軍人支援に関する新たな大統領令を発した。その内容は、退役軍人の就労支援のためのオンラインサービスの開始、人材バンクの開設、キャリアセンターでの退役軍人に対する特別サービス制度の創設である。
 この意義についてオバマ大統領は「退役軍人を支援するのは民主党の責任でも共和党の責任でもなく、合衆国としての責任である」と述べたが、これは、オバマ政権が打ち出した「雇用促進法案」に反対している共和党に対する「Can`t Wait」キャンペーンの一環であり、実施に関しては大統領令のため議会の承認を必要としない。
 このように退役軍事人の不満と不安に対する政策は、大統領のイニシアティブで進められている。一方で軍事費については、軍上層部からの批判と議会からの圧力の板挟みに対処しなければならない状況になっている。
 昨年6月にはアフガン駐留米軍のスタンリー・マクリスタル司令官が、雑誌インタビューで政権批判を行い辞任に追い込まれるなど、軍の将官クラスにも不信と動揺が蓄積していることが明らかになった。
 イラク、アフガン派遣部隊を中心に装備の改善と兵力の増強=「軍拡」が以前から求められていたが、最前線が納得する予算措置は図られなかったし、今後は以前にも増して「軍縮」が進められるだろう。
 アメリカ議会としては軍事費の大幅な削減こそ「Can`t Wait」となっており、イラク、アフガンの治安が改善しないばかりか、アフガンではかえって悪化しているにもかかわらず「立つ鳥後を濁す」状況で撤兵を進めざるを得ないまでにオバマ政権は追いつめられているのである。「ホット・スポット」である中東地域でも軍事的整合性を度外視せざるを得ない状況なのであるから、脅威度が低いと見積もられている地域での、軍事費削減圧力はさらに高まるだろう。

<海兵隊は米本土へ?>
 その焦点の一つが沖縄駐留米軍である。沖縄の海兵隊については、8千人をグアムに移駐する計画であるが、アメリカ政府は当初の司令部中心の移転から、戦闘部隊を大幅に増やす方向に転換したことが明らかとなった。
 さらに11月4日、ジョージワシントン大学のマイク・モチズキ教授とブルッキングズ研究所のマイケル・オハンロン上級研究員は在沖米軍再編計画の再考を促す論文をCNNで発表した。二人は、海兵隊8千人の移駐先をグアムではなく、アメリカ本土=カリフォルニアにすべき、と主張。
 さらに普天間基地の辺野古移設については、仲井真知事や名護市の稲嶺市長が反対していることを挙げ、建設強行を戒めている。そして計画自体が「あまりにも高価すぎる」と批判している。普天間移設に疑問を持つ勢力は、民主、共和を問わずアメリカ議会内にも相当数あり、大統領選挙が近づくにつれて、一層拡大していくものと考えられる。
 オバマ政権は現在のところ、「日米合意に基づく現行計画」を推進していく立場ではあるが、今後「前方展開戦略」のさらなる見直しという議会との妥協を図る可能性も大いにあるだろう。それは在韓、在日米軍戦闘部隊の大幅な削減である。 
 朝鮮半島では、度重なる北朝鮮の武力行使と権力継承の移行を見極める必要性から、米軍から韓国軍への指揮権移譲が先延ばしされるなどしているが、中国に加え、ロシアの経済支援が見込まれ、6ヶ国協議が再開されれば脅威度は低減する。さらに来年には韓国でも大統領選挙が実施される。李明博大統領の与党ハンナラ党は、昨年の「チョナン」撃沈事件を受けた地方選挙、そして先のソウル市長選挙でも敗北し、劣勢が伝えられている。選挙で野党勢力が勝利すれば、朝鮮半島の軍縮は再び加速するだろう。
 こうした中、オスートラリアのマスコミが「11月16日からのオバマ訪豪中に海兵隊の豪州配備が発表される」と報じた。部隊の規模などは不明であるが、ダーゥインの豪州軍基地への配備が計画されているという。これが事実であれば、海兵隊が沖縄に配備される意味合いはますます低下する。

<「金縛り」の野田政権>
 これに対し野田政権は「金縛り」にあったごとく、まったく的確な対応がとれていない。日米合意を金科玉条、錦の御旗のごとく振りかざし、辺野古移設を推し進めようとしている。
 さらに防衛省は11月初旬からは中国脅威論に基づき、はじめて北海道から「門外不出」の90式戦車を含む機甲部隊を「徴用」した民間フェリーで九州に移動させる、対中国版「関特演」(関東軍特種演習)とも言うべき、過去最大規模の協同転地演習(397号参照)を実施するなど緊張激化に努めている。
 加えて南スーダンへの陸自派兵では、武器使用基準の緩和が民主党内で取りざたされており、自衛隊の海外での武力行使既成事実化が狙われている。戦地での緊張がもたらすPTSDは、冒頭述べたアメリカだけの問題ではない。
 自衛隊ではイラクから帰還した述べ2万人のうち、自殺者だけでも16人に達し、派遣隊員の自殺率は一般の3倍を超えた。その中の一人のある元中隊長は帰国後、米軍との合同演習の際「あいつらと一緒だと殺される」と叫びパニックになったという。
 自衛隊員の自殺率は平時でも一般の倍近く、東日本大震災で救援に従事した隊員の自殺や過労死も相次いでいる。自民党政権時代からこうした問題は放置状態である。昔は戦地派遣の歯止めを期待して日本社会党に投票する隊員も多かったが、今ではそうした選択肢もなくなっている。海外派兵が常態化し拡大するにつれ、「帰還兵」問題は社会問題化していくと考えられる。
 このように野田政権はアメリカと自民党の負の部分のみを継承しているようである。とりわけ、アメリカに対しては東アジアにおける盟友の地位を誇示せんとしているが、アメリカの政策が転換すれば、辺野古移設をはじめ軍拡、緊張激化路線は破綻をきたすだろう。この際民主党内のTPP反対派は、問題を農業や医療分野の既得権防衛に限定するのではなく日米関係総体の見直しを提言し、外交、軍事政策の転換を求めていくべきではないだろうか。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.408 2011年11月19日

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【投稿】ウォール街占拠運動とコンセンサス 

【投稿】ウォール街占拠運動とコンセンサス 

 以下は、2011年10月29日に発表された、ウォール街占拠運動の刊行物である「ウォール街占拠ジャーナル」に掲載されたデヴィッド・グレーバーの署名記事(全文)と、それに関連した「ドラム演奏と占拠」(10月24日発表、一部省略)と題する無署名記事である。ウォール街占拠運動を始めるに際しての最初の重要な合意として、そしてその後の全米での占拠運動の基本的な運営方針として注目される。それは同時に、上位下達式の、あるいは動員方式や、セクト的・党派的な運動形態を排したものとして、日本のこれまでの運動、これからの運動にとっても、大いに示唆に富んでおり、参考になると思われる。(紹介・訳 生駒敬)

<<(コンセンサスに基づく意思決定)不可能なことを可能に>>
 2011年8月2日、ボ-リング・グリーンでおよそ12人が、円形に座ってウォール街占拠の運動となる一番最初の会合が持たれた。われわれは、そのような社会運動の存在を期待して、自らを「プロセス委員会」と名づけ、熟慮の結果、重要な決定を行った。われわれの夢は、アメリカの全域で実現されることが期待される、そのような民主主義的な集会のモデルとしてのニューヨーク州での集会を創造することにあった。しかしそれは実際にはどのように運営されるものであろうか。
 その場で、無政府主義の人たちが、正気とは思えないような大胆な提案を行った。この委員会のように、コンセンサス(意見の一致、総意)によってしっかりと運営されないものだろうか、と。
 それは少なくとも大胆な賭けであった。なぜならわれわれの知る限り、これまでにそのような事態を一度も見出したことがなかったのである。コンセンサスの過程は、個々の意識を共有するグループや、単一の課題にもとづいて組織された活動家のグループではうまく機能してきたとしても、ニューヨーク市に対応するような大規模なレベルではかつて一度もなかったことである。ギリシャやスペインにおける集会でもそうした試みはなされていない。しかしコンセンサスがわれわれの活動の諸原則と最も一致したものである以上、このコンセンサスの路線に飛躍することとしたのである。
 3ヵ月後には、アメリカ中の大小さまざまな何百もの集会が、このコンセンサスによって運営されている。決定は、投票によることなく、全体の同意によって行われている。これまでの常識から言えば、可能なはずがないが、それは、愛や革命、あるいは生命それ自身(いわば素粒子物理学から展望される)といった不可解な現象と多くの点で共通した現象として、現実に生じているのである。
 ウォール街占拠運動が採用した直接民主主義のプロセスは、アメリカの根本的な歴史に深く根ざしており、それは、市民権運動においても、民主社会をめざす学生連合においても広く用いられてきたものである。しかし、その現在の形態は、フェミニズム運動や精神的な伝統(クエーカー教徒やとアメリカ先住民に共通な)運動と同様に、無政府主義そのものからも、発展してきたものである。直接的な、コンセンサス・ベースの民主主義が無政府主義によって確固として受容され、同一化した理由は、それがおそらく無政府主義の最も基本的な原則を具体化したことにあり、それは、子どものように扱われる人間は子どものようなふりをする傾向があるのと同様に、今現在自らがすでに、成熟した、責任を持った大人として行動することを促進する道なのである。
 コンセンサスは、満場一致の投票システムではない。「ブロック」(論議の中断・停止)は、「ノー」の投票ではなく、拒否権である。それは、基本的な倫理的原則に背反するものであるという提起を行う最高裁の干渉に類するもので、そうした場合には、誰もが勇気を持って裁判官の法服を羽織って異議を唱えることができる。参加者は、それがめったになされることではなくても、それが原則的問題であると感じる場合には、討議を直ちに中止することができるということを承知しているのである。そのことは同時に、マイナーな点での妥協がより容易になることを意味しており、創造的に纏め上げていく過程こそが、本当の大切なことなのである。つまりは、最終的な決定がどのようになされるか、一部か多数かの挙手によるものかは、それほど重要ではなく、誰もがその過程を形成し、また再形成する役割を果たすことができる、そのような場をもたらすことである。
 論理によっては、直接民主主義や自由、人間的連帯の原則に基づいた社会が可能であるということは決して証明できるものではない。われわれは、行動を通してのみそれを示すことができる。アメリカ中の公園や広場で、人々がこの行動に参加し始めて、人々はそのことに気付き始めた。アメリカの人々は、自由と民主主義がわれわれの決定的な価値であり、そして、自由と民主主義に対するわれわれの愛情が、それがたとえ捉えがたくても日常的なものとして、人々を規定付けるものであることを学び、成長し、純粋の自由や民主主義などは実際には決して存在し得ないことを教えられている。
 これまでの誤解を認識したときに、その他の「不可能」だと思われていた多くのことをどれだけ解き放すことができるのか、われわれは問い始めている。そうした問いはここかしこにあり、不可能なことを可能にし始めているのである。

<<ドラム演奏と占拠>>
 リバティスクエアの占拠は、新自由主義とウォール街の犯罪行為に対する闘いであり、経済危機の渦中で人々を所得格差の拡大と失業、抑圧に追い込んだものに対する国際的な闘いの高揚を象徴するものである。先週、われわれはこの占拠運動を追い払おうとする攻撃をうまく跳ね返したのであるが、その際、われわれが近隣住民と打ち立てた関係が重要であり、その文脈において、この広場におけるわれわれの活動について互いに意見を交換しなければならない問題が生じている。
 ここ何週間か、占拠者たち、ワーキンググループ、地区理事会や住民の人たちは、リバティ広場西側でドラマーたちと、彼らが常駐していることをめぐって何度も会話を重ね、接触をしてきた。ドラマーたちは、静かな時間の間はドラム演奏を止めること、開会前の他の音楽は別として、全体集会開催の間はドラムを鳴らさないことを要請された。ドラマーたちは、この革命にリズムをもたらしているのであり、彼らには彼らの意見があり、それが無視され、軽視されていると感じ、状況は緊迫するものとなった。近隣住民ばかりか、広場内部でも、彼らとの壁が高くなり、10月13日に、リバティ広場の全体集会は、近隣住民とのよき関係のために、ドラム演奏の時間を一日2時間、11時から5時の間に制限する決議を行った。多くのドラマーは、これを拒絶した。調停者のグループが動き始め、ドラマーたちとの間で、一日4時間、午後12時から2時の間と、午後4時から6時の間とする合意に達した。ウォール街占拠運動のコミュニティ関係チーム、調停者、ドラマー、地元地区住民の人たちは何週間かを費やして話し合い、信頼関係を打ち立て、ドラマーたちがこの占拠運動と連帯して活動する方途を見出したのであった。その結果、ドラム演奏は一日10時間以上に及んでいたものが、全体集会では2時間に、その後ドラマーたちとの合意によって4時間に圧縮されたのである。
 コンセンサスとコミュニティの精神において、調停はまだ進行中である。ワーキンググループ・パルスがドラマーたちによって作られ、リバティ広場の全体集会への前向きな提案を検討しているところである。この問題は何週にもわたって、公園内でも、全体会合でも、フォーラムでもメールでも話し合われている。これは、コミュニティとしてのわれわれが、この広場をどのように共有し、すべての参加者の間の会話においてどのようにしてコンセンサスを打ち立て、ともに努力をしていくかの一例である。ドラム演奏、そしてパルスはわれわれの運動の重要な構成部分であり、デモ行進や士気、われわれが創り出してきた運動のエネルギーの全般的なムードに不可欠なものである。
 われわれは、この広場を通じて、小さいが、力強くて、多様なコミュニティを構築してきており、そのなかではいくつかの問題が生じており、今後も生じるのは当然なことである。しかしわれわれは、この場所とこの世界で、共に活動し、積極的な変化に影響を及ぼし続けることを望んでいるのである。 

 【出典】 アサート No.408 2011年11月19日

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【本の紹介】『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』

【本の紹介】『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』
        ナオミ・クライン著、幾島幸子・村上由見子訳 上下二巻
        岩波書店 2011年9月8日発行、各巻2500円+税 
 
<<フリードマンの「反革命」運動>>
 必読の価値ある著作と言えよう。著者のナオミ・クラインはアメリカの独立系放送番組デモクラシー・ナウにしばしば登場し、快刀乱麻、舌鋒鋭く新自由主義や自由競争原理主義、グローバリゼーション問題、環境問題に切り込み、貧困と不正を生む資本主義批判の先頭に立ってきた作家、ジャーナリスト、活動家である。今発売中の岩波書店発行『世界』12月号に、「ウォール街を占拠せよ–世界で今いちばん重要なこと– 」と題して、先月の10月6日の夜、リバティープラザで開かれた「ウォール街を占拠せよ」の集会でナオミ・クラインが登場し、スピーチを行った、その内容が訳出されている。「危機を望んでいる1%」が企んでいることは、「教育や社会保障の民営化、公共サービスの削減、企業権力に対する最後の規制の撤廃」であること、しかも「このシステムがきわめて不公正で、しかも急速に制御不能の状態になりつつあること」を指摘し、これに対抗する「ウォール街占拠」運動、その闘いが、「水平的で、真に民主的であることは素晴らしいことです。もうひとつ、この運動の正しい点は非暴力に徹していることです」と大きく評価している。スピ-チの最後で彼女は「I care about you あなたのことを気づかっています。真の意味でラディカルなこの運動では、お互いを今後長い年月をかけてともに闘っていく同志と考えようではありませんか」と結んでいる。
 さて本書の紹介であるが、訳者の幾島幸子氏が「訳者あとがき」で本書について次のように解説している。
 「著者のナオミ・クラインが本書で徹底して批判するのは、シカゴ大学の経済学者ミルトン・フリードマン(一九七六年にノーベル経済学賞受賞)と彼の率いたシカゴ学派の影響のもと、一九七〇年代から三〇年以上にわたって南米を皮切りに世界各国で行なわれてきた「反革命」運動である。言い換えればそれは、社会福祉政策を重視し政府の介入を是認するケインズ主義に反対し、いっさいの規制や介入を排して自由市場のメカニズムに任せればおのずから均衡状態が生まれるという考えに基づく「改革」運動であり、その手法をクラインは「ショック・ドクトリン」と名づける。「現実の、あるいはそう受けとめられた危機のみが真の変革をもたらす」というフリードマン自身の言葉に象徴されるように、シカゴ学派の経済学者たちは、ある社会が政変や自然災害などの「危機」に見舞われ、人々が「ショック」状態に陥ってなんの抵抗もできなくなったときこそが、自分たちの信じる市場原理主義に基づく経済政策を導入するチャンスだと捉え、それを世界各地で実践していたというのである。」

<<ハリケーン・カトリーナ>>
 著者はこの惨事便乗型資本主義の正体、その全世界のいたるところで展開された行状を実に丹念に、具体的に暴いていく。ここではフリードマン自身が直接に関与した、そのうちの二つだけを取り上げてみよう。まず序章の冒頭で取り上げられているのが2005年のアメリカ南部ルイジアナ州を襲ったハリケーン・カトリーナの災害である。フリードマンはこのときすでに93歳、「ハリケーンはニューオーリンズのほとんどの学校、そして通学児童の家々を破壊し、今や児童生徒たちも散り散りになってしまった。これは教育システムを根本的に改良するには絶好の機会である」とウォールストリートジャーナル紙上で論陣を張り、現在の公立校システムの再建・改良に何十億ドルものカネを注ぎ込む代わりに、ニューオーリンズ市に教育バウチャー制度を導入し、義務教育の学校運営に市場競争原理を持ち込み、私立校にも公的援助金を支給して、競争を図れ、というものであった。州政府運営の学校システムは社会主義の臭いがする、州政府は治安維持のための警察と兵力を持つだけでいいし、無料公教育を含むそれ以外はすべて自由市場を妨害するというわけである。当時のブッシュ政権はこの提案を全面支援、1年7ヵ月後にはニューオーリンズ市の公教育システムは民間運営のチャーター・スクールへの移行をほぼ完了し、123あった公立校がたったの4校に激減、4700人の組合員教師は全員解雇されたのである。「ルイジアナ州の教育改革者が長年やろうとしてできなかったことを、ハリケーン・カトリーナは一日で成し遂げた」とアメリカン・エンタープライズ研究所は報告している。フリードマンは、この最後の論説掲載から1年後の2006年11月に死亡しているが、「現実の、あるいはそう受け止められた危機のほうが、真の変革をもたらす。大改変を成し遂げるには、断固とした行動をとる機会を逸すれば、チャンスは二度とやってこない」と強調している。
 大阪維新の会・橋下徹氏の路線はまさにこの路線の焼き直しともいえよう。

<<中国指導部とフリードマン>>
 もう一つの実例は、中国共産党指導部と天安門事件にかかわるショック療法である。中国は、1980年にフリードマンを招待し、トップ官僚や大学教授、党の経済学者など数百人を前に市場原理理論についての講演を北京と上海で行わせ、政治的自由は付随的なもの、あるいは不必要なもので、「規制のない、商活動の自由」「政府が経済に介入しない」ことこそが必要と説いたのである。このとき「聴衆は全員招待客で、招待状を見せなければ入れなかった」とフリードマンは述べている。
 そして問題の天安門事件の前年、1988年9月に再び訪中し、趙紫陽総書記とは2時間以上にわたり会見、江沢民とも会談、このとき江沢民に「圧力に屈するな、動揺するな」「私は民営化と自由市場、そして自由化を一気に行うことの重要性を強調した」と振り返っている。趙紫陽に宛てた覚書の中で、ショック療法を削減するのではなく、もっと行うことが必要であり、「ますます自由な民間市場への依存を拡大することで、中国はさらに劇的な進歩を遂げることができるのです」と述べている。このとき、フリードマンは中国に12日間滞在していたことを明かし、「政府関係者に客として招待されることがほとんど」で、共産党の最高幹部とも会見したと書き、「ところで私はチリと中国にまったく同じ助言を与えたのです。これほど邪悪な政府に進んでアドバイスしたことで、私は嵐のような抗議を覚悟するべきなのでしょうか」と皮肉たっぷりな問いかけをしている。
 フリードマンが最初にこのショック療法の劇的な有効性を学んだのは、かれがチリの独裁者ピノチェトの経済顧問を務めた1970年代半ばである。このとき、チリの民主的に選出されたアジェンデ政権を米軍の支援の下で打倒した暴力的軍事クーデターの直後、大混乱の中で、彼はピノチェトに対して減税、自由貿易、民営化、福祉・医療・教育など社会支出の削減、規制緩和といった経済政策の転換を矢継ぎ早に強行するようアドバイス、この激烈な手法が「シカゴ学派」の改革と呼ばれるようになったのである。この同じ手法を天安門事件の暴力的弾圧にいたる中国指導に助言したのがフリードマンであった。
 ナオミ・クラインは、中国を世界の「搾取工場」へと変貌させた淵源を、この「企業エリートと政治エリートが相互に乗り入れ、労働者を排除するという構図」、外国資本、共産党、双方にメリットがあった、市場原理主義にもとづいた「まさにこの改革の波によるものだった」と結論付けている。
 新自由主義路線、自由競争原理主義の路線はいまだに世界中を闊歩しており、日本においても、とりわけ民主党幹部には根強くはびこっている路線である。これまでにない鋭い論点を提供してくれているこの著作が、北米のみならず世界的ベストセラーとなり、三十以上の言語に翻訳されているのも当然と言えよう。
(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.408 2011年11月19日

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