【書評】『日本海軍はなぜ過ったか──海軍反省会四〇〇時間の証言より』

【書評】澤地久枝、半藤一利、戸髙一成
『日本海軍はなぜ過ったか──海軍反省会四〇〇時間の証言より』
            (岩波書店、2011.12.6.発行、1,600円+税)

 本書は、2009年NHKスペシャル「日本海軍四〇〇時間の証言」の放映後、これを基にした鼎談の記録である。澤地久江はノンフィクション作家(『妻たちの二・二六事件』『滄海よ眠れ』等)、半藤一利は編集者を経て作家(『日本のいちばん長い日』『ノモンハンの夏』等)、戸髙一成は呉市の大和ミュージアム館長である。
 番組とこれら3名の鼎談の視点・集約点を、番組のチーフ・プロデューサー藤木達弘が次のようにまとめている。
 「反省会(「海軍反省会」、昭和52(1977)年から平成3(1991)年まで存続した–評者注)のテープは、次々と新しい歴史的事実を私たちに提供してくれた。それと同時に私たちが注目したのは、当時の海軍士官の多くは『実は戦争には反対であり』『戦えば必ず負ける』と考えていたにもかかわらず、組織の中に入るとそれが大きな声とはならずに戦争が始まり、間違っていると分かっている作戦も、誰も反対せずに終戦まで続けられていった、という実態である。/そこには日本海軍という組織が持っていた体質、『縦割りのセクショナリズム』『問題を隠蔽する体質』『ムードに流され意見を言えない空気』『責任の曖昧さ』があった。それは、現在危機が進行中の、東京電力福島第一原子力発電所事故への関係機関の対応に見られるように、そのまま現代日本の組織が抱える問題や犯している罪でもあった」。
 至言である。本書はこの視点から、戦争当時海軍内で少将・大佐クラスであったトップエリート士官たちの「海軍反省会」での発言を分析する。そしてそこでは、海軍の国際情勢の分析と作戦構想の偏り、長期展望の欠如、参謀教育の欠陥、組織における排除の論理、日露戦争以来の大国意識等々の実態が曝け出される。その詳細は本書を一読願いたいが、注目すべき諸点について紹介しよう。
 例えば、海軍の作戦構想については、こう語られる。
「(司会)反省会でも言われていた、ロングスタンディングがなかったという軍令部ですが、なぜこの組織のなかで、そうした失敗や躓きが起きるのでしょうか。
(中略)
半藤:いまでも通じてるんですよ。軍人というのは、過去の戦を戦うんですよ。
澤地:日露戦争の教訓でいいのですね。レーダーと飛行機の時代なのに。
半藤:そいうふうに思ったほうがいいんです。それは、軍人さんというのはどうも、教育からしてそうなんです。過去の戦を戦う。アメリカと戦っても、遠くから来攻してくるアメリカの艦隊を迎え撃って、日本近海まで呼び寄せて艦隊決戦をやって、戦艦『大和』以下の、大巨砲を装備した四隻が乗り出していって撃ち沈める、と。これね、遠くからやってきたバルチック艦隊を迎え撃った日本海海戦なんですよ。
澤地:自分たちはぜんぜん傷つかない。相手だけが沈んでね。そんな戦争ないでしょう?
半藤:明治以来、と言ってもいいと思いますが、そういった形でしか戦闘の型を決めていないんです。
澤地:戦訓がないんですね。
半藤:ない、というか。大勝利のそれはあるんですけどね」。
ではこのような作戦を立てるエリート参謀たちは、どのように教育されたのか。
「半藤:(前略)陸軍大学校は明治15年、海軍大学校は21年と、早めに創設されるんですが、これは何を教えたかったかというと、参謀教育なんです。参謀教育とは何かというと、授業の中身をみればわかりますが、戦術とか、本当に戦いに勝つことばかり勉強する項目が多くて、国際法とか、いわゆる一般常識、日本の歴史とか世界史、そんな授業なんて本当に少ないんです。海軍大学校のほうが少し多いですが、それにしても健全な良識のある人間をつくるといった授業がとくに少ない。文学なんてまったくない。本当に戦術のお化けみたいな軍人ばっかりを養成しました。/それが、この反省会に出てくる非常に優秀な人たちなんです」。
 そしてこの養成された士官たちで構成される海軍の組織では「排除の論理」がまかり通ることになる。
「半藤:あの当時のことをよく調べますと、組織というのは不思議なくらいに、飛び抜けて一歩進んだ人はいらないんです。邪魔なんですね。排除の論理というか、阻害の論理というか、『俺たち仲良くやってんだから、おまえ、そんなつまんない変なこと言うな』というような、排除の精神が動くんです。どこの会社や組織でもそうだと思います。/)なかには盆暗でも偉いことを言う奴もいるけど、そういうのではなくて、きちんとした勉強をして素質的にも優れた人がいたにもかかわらず、海軍としての組織は排除するんです」。
 その結果は、戸髙の発言にあるように、「自分の組織が第一なんですね。海軍もそうですけれど、もっと小さな部署部署でそれを守って大きくしていくわけで、自分の部署が大事」、「海軍あって国家なし」ということになる。
このような組織が戦争を遂行していったことに愕然とするが、次の澤地の言葉には、もっと暗澹たる思いがする。
 「この海軍反省会に出席している、軍令部のいい地位にいた参謀の人が戦後、自衛隊の幕僚長とかになっていますね。この人たちがもっている体質というようなものが、戦中と戦後にずっと、人から人へつながっていっている。つまり人間的につながっている。そういう形で、自衛隊という軍があるわけです。いまは、旧軍隊の関係者はいなくなったそうですけれど、組織ができていくというときは、ゼロからではない。何か精神的構造みたいなものを、どこかから受け継ぐんです。/それと、自衛隊のエリートたちはみな、アメリカに留学しています。(中略)不思議に思えるような話ですが、アメリカの軍隊の教育を受けた人たち、そして、戦前の軍隊の体質を受け継いでいる人たちが、いまの自衛隊の土台をつくっているということを、ちゃんと目を開いて見ていなくてはいけないと思います」。
 まさしく本書は、過去の経験の重要な教訓から、現今の緊急の課題をも示唆する。「戦争を知らないのは半分子供だ」という大岡昇平の言葉を引く澤地の視点を、本書によって今一度噛みしめてみる必要があると思う。(R) 

 【出典】 アサート No.410 2012年1月28日

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【日々雑感】少しの光明を見る思い 

【日々雑感】少しの光明を見る思い 

 遅ればせながら、新年のご挨拶をさせていただきます。本年もよろしくお願い致します。
 元旦の朝3時頃、タバコを吸いに表玄関を出てみると、荷台に山ほど新聞を積んだバイクが危なっかしそうな状態で通り過ぎました。後で知人の配達員さんから聞いた話によると元旦は、チラシ・折込が多いから普段の3倍位の量になるので、毎年のことながら3回に分けて店を往復して配るとのこと。
 そんなに苦労して配らせている元旦号だから、おそらく新聞各社共に、熱の入った記事を載せているだろうと期待をして読みました。私の読んだのは、毎日新聞ですが、その添付された正月特集の記事に感心しました。内容を長々と書くわけにはいかないですが、色々良い記事が載っている中で、エネルギー問題が大切だという観点から、二つ三つ紹介させていただきます。
 一つは、清水建設が提唱する「ルナリング」構想で、巨大な太陽光発電所を月に建設するもので、同社技術研究所の金森洋史宇宙・ロボットグループリーダーは「発電所に必要な個々の原理は、すでに実証されている」と、自信をみせているそうです。
 「電力不足問題に萎縮しないで、大きな夢を描こう」と金森氏は呼びかけています。
 もう一つは、ジェット気流で風力発電というもので、浮かせた風車とジェット気流で発電し、地上に電力を届ける、こんなユニークな発電について研究しているのは、東京農工大学の長坂研准教授(電気電子工学専攻)です。熱い赤道から冷たい北極に流れ込む空気と地球の自転により生まれるジェット気流は、日本列島がある北緯30度あたりで絶え間なくk西から東へ流れている。ジェット気流の端にあたる標高300mあたりでも毎秒30m程度の風がある。風船型風車はこの風を活用し、空中で発電する計画だ。地上とはワイヤなどで接続し送電する。土地がほとんどいらず、設置コストも格段に安いのが売りだ。かつて航空会社の事務員だった長坂准教授は「地下資源の少ない日本にも、空には豊富な天然資源が吹いています。」と話す。頭の中には、風船型風車がそこに浮かんでいる未来の世界が見えているという長坂准教授の写真入りの記事です。
 さらにもう一つは、水と二酸化炭素から「人工光合成」というもので、トヨタグループの豊田中央研究所(愛知県長久手町)が、植物と同様に水とCO2だけの原料で人工光合成に成功、世界初の快挙を成し遂げたとのこと。同研究所は、石油の代替資源を探している中で「自動車が排出しているCO2を資源にできれば一石二鳥だ」とひらめき、約5年前から人工光合成の研究に着手、10人弱の研究チームで実験に取り組み、試行錯誤の末、特殊な触媒を活用することで、水と水素と酸素に分解して電子を抽出する反応と、その電子をCO2とくっつける反応を同時に起こすことに成功。「ギ酸」という有機物をつくり出すことに成功したというものです。
 この技術の応用で世界のエネルギー問題は解決に向けて大きく前進する。将来的にはアルコールなど、より付加価値の高い有機物をつくり出せる可能性もある。梶野勉主席研究員は「『温暖化の元凶』と悪者にされているCO2が資源になれば、将来の有機物を使った循環社会という理想の社会に近づくことができる」と夢を膨らませる、という記事でした。 私は思います。東は東京電力という電力資本の横暴、西は橋下のハシズムと揶揄される、芽のうちに摘み取らなければならないファシズム的な動きが危惧される、うっといしい日が続く一方で、科学技術の分野でこんなに努力されている人々もいるのだなあと。少し光明を見る思いです。(2012-01-19 早瀬達吉)

 【出典】 アサート No.410 2012年1月28日

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【投稿】あきれ果てた原発事故収束宣言と大阪維新の勝利

【投稿】あきれ果てた原発事故収束宣言と大阪維新の勝利

<<「幕引きとはあきれ返る」>>
 野田首相は12/16の記者会見で「発電所の事故そのものは収束に至ったと判断される」と福島原発事故の「収束」を内外に宣言し、細野原発担当相は「事故収束は極めて難しいと考えていた。なんとか年内の冷温停止状態の達成、そして事故の収束を達成することができたことは、極めて厳しい状況の中で日本が瀬戸際で踏みとどまったという意味で、今日(12/16)は大きな日ではないかと感じている」と胸を張った。東京電力の西沢社長も政府・東電の統合会見で「事故の収束がはかられた」と右へならえの発言である。この日、政府・東電の事態のごまかし、現実を直視しない、不信をいっそう拡大させる無責任きわまる姿勢が頂点に達したともいえよう。
 記者団の質問の矢面にたった細野氏が「工程表は『事故の収束に向けた道筋』となっている。『冷温停止状態』が実現されたから『収束』だ」と無理やりにこじつけたことに対して、記者団から「冷温停止=事故収束」とは書いていない、と詰め寄られると、自らの論理破綻に窮して、「あんまり言葉尻をとらえないほうがいいと思う」と正面から答えることができずに、質疑が続く中、テレビ番組出演のために逃げるように記者会見から退席している。
 12/17付け東京新聞・社説は「事故収束宣言 幕引きとはあきれ返る」と題して、その冒頭から「福島第一原発の『事故収束』を野田佳彦首相が宣言した。放射性物質の放出や汚染水の懸念も残り、絶対安全の保証はどこにもない。廃炉までの長き道のりを考えれば、幕引きとはあきれ返る。『原子炉は冷温停止状態に達し、事故そのものが収束に至った』と述べた野田首相の言葉に誰もが耳を疑ったことだろう。」と断じている。
 同紙が報じているように、原発建屋内ではいまだに高い放射線量が計測され、人が立ち入れない場所もある。さっそく現場作業員から「政府はウソばかり」と批判の声が上がったほどだ。「発電所の事故そのものは収束に至った」はずの肝心の福島第一原発の現場で働く作業員からは、「冷温停止状態」を通り越し「事故収束」にまで踏み込んだ首相発言に、あきれと憤りの入り交じった声が上がり、汚染水の浄化システムを担当してきた作業員は「本当かよ、と思った。収束のわけがない。今は大量の汚染水を生みだしながら、核燃料を冷やしているから温度が保たれているだけ。安定状態とは程遠い」と話し、ベテラン作業員は「収束作業はこれから。今も被ばくと闘いながら作業をしている。また地震が起きたり、冷やせなくなったら終わり。核燃料が取り出せる状況でもない。大量のゴミはどうするのか。状況を軽く見ているとしか思えない」と憤り、別の作業員も「政府はウソばっかりだ。誰が核燃料を取り出しに行くのか。被害は甚大なのに、たいしたことないように言って。本当の状況をなぜ言わないのか」と話している。
 1979年にメルトダウンにいたった米スリーマイル島原発事故では10年超かけて溶融核燃料を回収し、汚染水処理を終えた後に、内外の専門家が「収束」を認めた経緯がからすれば、今回の野田政権の一方的な「発電所の事故そのものは収束に至った」という宣言は、現実と全く乖離したものであり、内外の叡智と努力を結集せずに、まったく自己の政治的都合、原発再稼動、原発輸出継続路線にあわせた、つじつまあわせによって「冷温停止状態・事故収束」を宣言したものに過ぎない。こんなことを平然と宣言できる野田内閣、東電、電力業界、原子力ムラの無責任体質、こうした政権、経産省や文科省、そこに巣食う原子力安全保安院や学会、原子力ムラをこそ「収束」、解体、撤去、廃止させなければならない、と言えよう。

<<「日本政府のプロパガンダ」>>
 そもそも「冷温停止」という言葉は、メルトダウンなどを前提にしていない、通常運転している原発で核燃料を制御できている段階で、定期点検等、原子炉の核分裂反応を制御棒の挿入によって停止させ、原子炉の安定した冷却状態を確保している段階で用いられる用語である。核燃料が溶融してメルトダウンからメルトスルーにまでいたって、核燃料の状態さえまったく把握できない、その具体的な溶融核燃料の形態、位置、状況さえ掌握できない、ましてや制御などまったく不可能な段階で、おこごましくも「冷温停止」などといえる代物ではない。東京電力に30年余り勤めた蓮池透氏が指摘するように、「冷温停止は、正常な原発に使う言葉。事故を起こした原発に冷温停止という概念はない」のである。ましてや、2号機では11月に放射性キセノンが検出され、臨界が疑われる事態であり、1号機から4号機までいずれも炉心、燃料、燃料プール、冷却系配管、汚染水処理、すべてが不安定極まりない、原子炉建屋内にはいまだに作業員が近づけない、当然、原子炉内部の状態を正確に把握できない、放射性物質の外部への飛散は続き、コントロール自体が不可能な事態に直面し続けている。手前勝手な、都合のいい解釈で、「冷温停止」ではなく、ただ水を注ぎ込み、冷却しているにすぎない現段階を「冷温停止状態」などと用語のすり替えでごまかして済ませられる問題ではない。
 しかも、「事故収束」宣言翌日の12/17には、この「事故収束」をあざ笑うかのような、1号機原子炉建屋にある使用済み燃料プールの代替冷却装置から、2次系冷却水約100リットルの水漏れ事故を発表している。そしてその直前の12/4には、高濃度汚染水の処理システムのうち、淡水化するための蒸発濃縮装置の建屋内で約45トンの水漏れが見つかったと発表しており、漏れた水は、海水に放出できる基準の約百万倍という高濃度のストロンチウムを含むとみられる、犯罪的な水準でさえあり、海洋への放射能の流出はむしろ拡大しているのである。
 このような冷温停止宣言について、ニューヨークタイムズは、「現実を無視した宣言であり、原子炉の安全性への脅威から目をそらせることがねらいだ」、「安定状態だという日本政府の発表を多くの専門家は疑っており、世論の怒りをなだめるために勝利宣言をしたのではないかと懸念している」と伝え、米CNNテレビは「日本政府は大きな出来事としようとしているが、現実は違う」「(原発の安全性に関する状況は)6月時点と基本的に変わっていない」との専門家の見方を紹介、ドイツの公共放送ZDFは、「危機が存在しないというような言い方は誤り」、「冷温停止の発表は日本政府のプロパガンダだ」など専門家の見方を紹介、シュピーゲルも「東京電力には良いことだが住民にとっては意味がない」と報じる事態である。韓国聯合ニュースでも「事故の収拾作業が峠を越えたと国内外に示そうとする意図」であり、「一部の専門家は『性急だ』と批判している」と報じ、中国国営の新華社通信も、「損傷した原子炉内の温度を正確に測定することはできず、原子炉がどれほど安定した状態にある かを断定することはできない」としたうえで、「世界の人々に間違った印象を与えるおそれがあり、日本政府はステップ2を年内に達成するということに固執しすぎるべきではない」と報じている。
 小出裕章京都大原子炉実験所助教(原子核工学)は、12/17付け夕刊紙フジで「なんてあきれた人たちなんだ」とし、「炉心が溶け落ちて圧力容器の底を抜いて出ていき、どこにいったか分からない。誰もその状態を見に行けないし、測定器すらない。そんな状態で冷温停止もへったくれもない。溶けた炉心が地下水と混ざれば、どこまで拡散するか分からない。せめて炉心と地下水が接触しないような防護壁を作るなどしてから宣言すべきだ」と語っている。

<<枝野「福島のような事故が発生し得る」>>
 さらに今後の原発再稼動を狙う野田政権の、看過し得ない、許しがたい、危険極まりない路線が、枝野経産相によって吐露されている。それは、12/6の衆議院震災復興特別委員会で社民党の服部良一議員の質問に対する答弁で示されたものである。
 服部議員が、原発の再稼働について、原発安全神話が崩壊した以上、福島のような原発事故が再び起こり得るとの前提の下で再稼働を認めるのかと質問したことに対して、枝野経産相は、「福島第一原発のような原子力事故を二度と発生させてはならないが、人間のやることに”100%”はありえない。原発再稼働に際しては、福島のような事故が発生し得るとの前提の下で進める。事故が起きてはまずいが、もし事故が起きた場合でも、周辺の住民の方が安心して暮らしてゆけるように、損害賠償のあり方について、心配のないような体制を整備しておくことが重要で、そのために支援機構などを発足させ、従来の原賠法を抜本的に見直すこととした。」と答弁したのである。
 なんと驚くべきことに「原発再稼働に際しては、福島のような事故が発生し得る」ことを請け合っているのである。「原発再稼働に際しては、福島のような事故」をそもそも二度と発生させてはならないのである。これは人災であり、人類的犯罪なのである。損害賠償のあり方以前の問題なのである。「人間のやることに”100%”はありえない」からこそ、脱原発を明確にし、原発再稼動をそもそも認めるべきではないのである。
 ところが枝野氏は、「福島のような事故が発生し得るとの前提」をなんのてらいもなく当然視し、「原発事故が仮に発生しても、損害賠償のスキームがしっかりと確立されていれば、周辺の住民は安心して暮らしてゆける」と請け合う。とんでもない暴論である。これほどの原発事故被災者の存在を無視した酷薄で冷酷、無慈悲で衝撃的な発言は過去に例を見ないのではないだろうか。いったん原発事故が起きてしまえば、今回のように、たとえ「損害賠償のスキームがしっかりと確立」されていようと、放射性物質は国内外に広く拡散・放出され、その被害は底知れず深く、広く、長く続き、「周辺の住民は安心して暮らして」ゆけないのである。「損害賠償のスキーム」と放射能汚染は何の関係もない。第一、周辺の住民を二度とわが故郷に帰れない事態に追い込むのである。こんな基本的で根本的な原発災害の現実を直視することも、感覚として受け止めることもできないような人物は、完全に政治家として失格しているといえよう。枝野氏は辞職すべきであろう。こんな暴論を吐ける人物が政権の中枢に居座り、しかも原発再稼動の路線を左右している、許しがたい事態と言えよう。このような暴論を見過ごしている国会も、大手メディアもいったいどこに目をつけているのであろうか。野田内閣、民主党政権の実態が、ある意味ではこの枝野発言に浮き彫りにされているともいえよう。いまや、政権交代に託した庶民の期待とまったく相反する事態が進行しているのである。

<<幸福度最下位の大阪府>>
 二年前の政権交代選挙の結果が、民主党の度重なる公約の背反と、裏切りとも言える路線転換によって、かくも情けない事態を生み出してしまった。こうした事態をもたらした根本的背景には、「国民生活が第一」という民主党がマニフェストで掲げた路線と相反する路線、すなわち、市場経済万能・効率重視の、グローバル経済の名の下に強欲資本主義が主導する新自由主義・市場競争原理主義・規制緩和路線が、いまだに根強く民主党政権を支配し、その路線が今や民主党を牛耳り、動かしていることにあるといえよう。
 そのもう一つの象徴が、今回の大阪府知事・大阪市長ダブル選挙の結果にも現れているといえよう。
 10月に発表された「47都道府県幸福度ランキング」(坂本光司・法政大学教授、発表)によれば、幸福度最下位は大阪府であった(詳細は「エコノミスト」2011/12/13号に掲載されている)。ランキング上位に共通しているのは、労働・企業部門の充実、雇用の安定が生活、治安、社会福祉へと好循環をもたらしているが、ランキング最下位の大阪府は、働きやすさを測る「労働・企業部門」が46位、住みやすさを測る「生活・家族部門」が44位、他の「安全・安心部門」、「医療・健康部門」も30位台とすべての部門が悪い。特に完全失業率=46位、正社員比率=45位、障害者の就業支援施設の平均工賃月額=47位と、「労働・企業部門」の指標が悪く、生活保護=47位、悩み・ストレス=46位と「生活・家族部門」や「安全・安心部門」へ連鎖的に悪影響が出ている。それ以外にも刑法犯認知数=47位、老衰死亡者数=46位、保育所定員=44位と改善が必要な指標が実に多いのである。
 橋下氏は、大阪維新の会は、まさに大阪の庶民のこの幸福度最下位の現実から出発し、「弱者の心理」に巧みに付け入り、既成政党を罵倒し、雇用の安定を享受している公務員を罵倒し、既得権益の象徴としての市役所の解体を叫び、それをもって「社会を変える」と息巻いて、貧困と格差、非正規就業、低賃金にあえぐ庶民の「とにかく早く社会を変えてほしい」という声を悪誘導して票をかっさらったといえよう。
 橋下氏の政策そのものは、新自由主義路線であり、弱肉強食・効率重視・市場原理主義そのものであり、セーフティネットを解体し、公的社会資本を民営化し、マネーゲームをもてあそぶカジノ誘致路線であるが、選挙活動は「既存秩序の破壊」にすべての重点を置いたのであった。平松氏陣営は、前回得票よりも票を伸ばし、よく健闘したと評価できるが、こうしたファシズム的悪煽動の前には、時代的状況の前にそれを上回る対抗状況を作り出すには至らなかったといえよう。つまり橋下氏に票を集中させた庶民は、よりいっそう弱者を増大させ、格差をさらに拡大させる、自らの首を締め付ける路線に手を貸してしまったのである。いずれ化けの皮がはがれざるを得ないが、全体の政治状況が混迷している中では、よりいっそうの危険な路線展開も警戒しなければならないであろう。
 こうした時代状況を跳ね返し、ファシスト的政治手法を許さない、幸福度最下位をもたらすような路線との明確な路線対決を形成し、それにもとづいた広範な庶民を結集した粘り強い、創意ある闘いこそが要請されているといえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.409 2011年12月24日

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【投稿】日本地図から「福島」の抹殺を図る「原子力帝国主義」

【投稿】日本地図から「福島」の抹殺を図る「原子力帝国主義」
                         福井 杉本達也

1 福島の「黒い近未来」をデッサンする悪人たち
 福島原発事故の長期間の低線量被曝の健康影響を検討する政府の作業部会(前川和彦東大名誉教授・長瀧重信長崎大名誉教授)は、12月15日に、現在避難基準となっている年間20ミリシーベルト(mSv)の低線量被曝のリスクは低く適切であるとして容認すると提言した。つまり、現在の20mSv以下の地域の住民は避難せずに住み続けろと命令したのである。20mSv以下の地域に住民を住まわせようというのは、除染して放射線値を下げることが不可能であること、国が11月11日に除染対象として閣議決定した1mSv以上の地域の住民を避難させるには150万人(福島県内)~300万人の移動が必要でありあまりにも厖大で事実上不可能として責任を放棄したこと、賠償をできるだけ支払いたくないことがあげられる。
そのため、東大付属病院の中川恵一氏は毎日新聞や『週刊新潮』などで「年間5mSvではがんは発症しない」「内部被曝と外部被曝は同様であり、健康への影響は同じである」「日本人は医療被曝が多いので6.5mSvまでの被曝は許容される」「ヒロシマは被爆者への医療体制を充実したので放射線被爆のマイナスよりもプラス面が上回る」「甲状腺がんは検査すれば多くに人に見つかるが命にかかわらない」「大規模な避難は精神的なストレスなどで逆効果になる」という論理を一所懸命に展開している。飯舘村では原子炉が爆発してから2週間も経った3月29日になって始めてヨウ素131(半減期8日・甲状腺に蓄積する)の緊急被曝線量の調査を行ったが、幼児の最大被曝線量は35mSvであったという。20mSvの地域に強制居住を勧める国は、数年後にがんが発症しても、「命にかかわらない」とし、「不要な手術はするな」「検診をやみくもに受けてはならない」などと諭し、「『健康都市』フクシマ」を宣言するであろう。

2 放射線業務に当たる一般労働者の被曝限度
 放射線による被曝災害を避けるため放射線業務従事者には『放射線障害防止法』(文部科学省)、『労働安全衛生法』(厚生労働省)、『医療法』(厚生労働省)が適用される。また、公務員に『人事院規則』(人事院)が適用される。
3月14日まではどの法律でも5年間で100mSvを超えないこと(ただし、1年間に50mSvを超えないこと)、妊娠可能な女子の場合は3ヶ月間に5mSvを超えないこと、人命を救助するとかの緊急作業の場合でも100mSvを超えないことが定められていた。ところが、福島第一原発が1号、3号、4号、2号機と危機的状況に陥る中、3月14日に保安院と労働基準局長の協議により、3月14日から福島原発での緊急作業の場合に250mSvへ引き上げられた(毎日:2011.7.15)。ところが、同時に改正すべき『人事院規則10-5』の改正はすっかり忘れ、3月17日施行となってしまった。通常「忘れる」などということはない。いかに国家・官僚機構が無能であり慌てふためいていたかが分かる。
地方自治体の職員である消防職員は労働安全衛生法が適用される。しかし、国家公務員である自衛隊員には人事院規則が適用される。この「忘れた」3日間(実際は労安法が15日に決定し、14日に遡って施行されたので2日間)によって、3月16日に実施するはずだった米国に日本の“本気度”(忠誠心)を見せるための陸上自衛隊ヘリによる上空からの3号機への水の投下作業(わずか7.5トン)は17日へと1日遅れてしまった。この政治ショーを昼間に見せるため、東京消防庁による本格的な注水作業はわざと困難が伴う18日の夜にずらして行われることとなった。深夜に行った東京消防庁の映像は事後会見を除きほとんど放映されることはなかった。「国民の生命と国家の存亡」「首都圏3000万人避難」も予想される事態となっていてもなお政治ショーを優先したのである。
さらに17日に250mSvを500mSvに引き上げる案も議論されたが、自衛隊側の反対により挫折した。100mSvへの引き下げは事態が落ち着き始めた11月1日から施行された。しかし、既に福島原発内で作業に従事している労働者などは被曝量が多く限度を超えることから、引き続き250mSvの限度が適用されるという変則的なものとなっている。厚労省規則改正の資料では8月末現在で100mSvの被曝限度を超す労働者は137人となっている。

3 ほとんど認定しない放射線被曝の労働災害
 厚労省は4月27日に、がんになった原発労働者のうち、過去35年でたった10人しか累積被曝線量から労災認定していないことを明らかにした。うち白血病が6人、累積被曝線量は129.8~5.2mSvだった。このほか多発性骨髄腫が2人で、それぞれ70.0、65.0mSv、悪性リンパ腫も2人で、それぞれ99.8、78.9mSvだった。『労働基準法施行規則』では対象疾病を狭く限定している。急性放射線症、皮膚潰瘍等の放射線皮膚障害、白内障等の放射線眼疾患、白血病、肺がん、皮膚がん、骨肉腫、甲状腺がんなどである。さらに『電離放射線に係る疾病の業務上外の認定基準』は対象の疾病であってもそれぞれ被曝線量や発症時期などの要件を細かく規定している。たとえば、白血病の場合は、「相当量(5mSv × 従事年数)の電離放射線に被ばくした事実があること。」などが要件となっており、こうした細かい規定が労災認定を困難にしている。

4 「冷温停止宣言」によるフクシマ棄民政策
 12月16日、野田首相は記者会見を開き、福島第一原発の原子炉は「冷温停止状態に達した」と宣言した。メルトダウンを起こし、圧力容器を貫通し、格納容器のコンクリート床まで浸食した原子炉は何の覆いもなく無惨な姿をさらしたままでいまなお放射能を放出し続け、大量の注水と引き換えに大量の汚染水を太平洋に流し続ける現実を全く顧みることなく事故収束宣言をするというのはいかなる感覚を持っているのか。
12月14日付けのNYT紙は「政府の勝利宣言は事故についての国民の怒りを和らげるためだけのもので、原子炉の安全性を脅かす危険から注意をそらすのではないか、ということである」との見方を紹介する。収束宣言をすることにより、福島から国民の注意をそらし、忘れさせ、一方で20mSvの地域に強制的に居住させ、避難させないことにより賠償金を払わないことこそ政府の方針である。今後、放射線によるがんなどの疾病が多発してきても科学的因果関係はないといって切り捨てる。この方針は既に労災認定で実証済である。
年間20mSvの地域に5年も居住すれば100mSv(5年間)は楽に超えてしまう。そもそも当初のヨウ素131をどれだけ浴びたかも不明であり、食品や水の摂取による内部被曝も不明である。一般住民ではなく放射線を取り扱うことを仕事とする放射線従事者に適用される労働安全衛生法上の被曝限度を楽に超えてしまうであろう。さらに「妊娠可能な女子の場合は3ヶ月間に5mSvを超えないこと」とされている。妊娠可能な女性とは10歳から60歳までである。妊婦の場合にはとんでもない被曝量となる。しかも、この規定は18歳以上の者に適用されるものであり、福島県内36万人の子供はもちろんこうした制限値の極めて下でなければならない。今、政府は何本もの法律による厳格な被曝限度を決めながら、一方で、自らが作ったこうした法律を全く無視して子供を含めて高濃度汚染地域に封じ込めようとしている。これを棄民政策といわずしてなんというのか。 

 【出典】 アサート No.409 2011年12月24日

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【投稿】大阪ダブル選挙が示した「民意」の意味

【投稿】大阪ダブル選挙が示した「民意」の意味
 
 「大阪秋の陣」は、橋下-松井の「大阪維新の会」候補が圧勝した。大阪市長選挙では、共産党が候補者を取り下げ、「反ハシズム統一戦線」が構築されながら、接戦どころか大差がついた。大阪府知事選挙では、半数もの市町村長が反維新候補を支持しながら、共産候補の票数を加えても、知名度の低い松井の足元にも及ばなかった。
 マスコミは例によって「既成政党にNOが突きつけられた」「政治不信の表れ」などと評価し、あたかも大多数の有権者が維新の会の政策を支持したかのように報道している。
 実際のところはどうなのか。大阪府南部の某市投票所では、以下のような「異様な」投票行動が繰り広げられた。今回の選挙の象徴的なエピソードなので紹介したい。

 投票開始早々、ある女性有権者が知事選挙の投票を済ましたあと、怪訝な表情をしてキョロキョロと佇んでいる。そして、選挙立会人にこう尋ねた。
「あのぉ…、もう一つの選挙の投票用紙は…」
 一瞬の戸惑いの後、職員がすぐに気がつき、女性に答えた。
「ここは、大阪市ではありませんから、大阪市長選挙はありませんよ」
女性は「あ、そうか。そうですね…」と気恥ずかしそうに投票所を後にした。
職員や立会人たちは「勘違いしてる人がいるもんなんですねぇ」と苦笑した。あれだけ「ダブル選挙」と報道されれば、選挙の基本的な仕組みが分かっていない人が稀にはいるだろう。みな、そう軽く考えていた。
しかし、事態はもっと深刻だった。
「なんで一つしかないの?」「もう一つの用紙は?」…
次から次へと、ひっきりなしに同じような行動をとる有権者が現れたのだ
 職員に尋ねる人だけではない。記載台の候補者名をじーっと眺め首を傾げる人、辺りを見渡し二つ目の投票箱がないのを確認して遅ればせながら気がつく人…。口に出さずに戸惑う人達を含めると、相当の数の有権者が大きな「勘違い」をしていたのである。恐らく、その大半は「橋下」と書きたかった人たちではないのだろうか。
 投票事務も終わり、開票所に集まった職員たちは口々にその「異様な」光景を語っていた。これは、この市だけの特異な傾向ではなく、大阪市以外のどの市でも見られた光景ではなかっただろうか…。

 誤解を恐れず敢えて言うならば、「大阪都構想は信任された」といっても所詮この程度の「民意」なのである。基本的な選挙制度の仕組みすら理解されていない中で、政令市の課題や二重行政の問題点が十分に認識された上での選択であるとはとても思えない。
 もちろん、大多数の有権者がそうだったと言っているわけではない。熟慮に熟慮を重ねて冷静に投票された方も多くいたであろう。しかしながら、大きな流れをつくってしまうのは、「何かしてくれそう」「歯切れがいい」といった「リーダー」像に引っ張られ、公務員や「既得権益」への感情的な反発を煽るムードに乗せられる、静かな不満層であることは事実である。
 政策や中身への評価ではなく、イメージが優っていることは、咲州庁舎の被災という、橋下のみならず「大阪維新の会」そのものの大失策の責任が全く問われることなく、連勝していることからも明かである。むしろ、パフォーマンスをすることも、マスコミに取り上げられることもなく、着実に改革を進め地道に行政に取り組んでいる現職が、維新候補あるいは「若くて歯切れがいい」というだけの候補にあっさり敗れるという、「現職受難」の時代なのである。
 橋下新市長は、早速次から次へと「改革」案を打ち出し、マスコミもそれを受けて「スピード感」を演出している。迎える大阪市役所も「迎え撃つ」どころか、官僚の本分をキッチリと発揮し、柔軟かつ従順に橋下新体制を築こうとしている。大阪府庁がそうであったように、そのうちに様々な矛盾が生じ、それは職員へのしわ寄せとなって現れるだろう。
 国政選挙への影響を恐れた既成政党は、早速秋波を送り、大阪都構想への「理解」を示し始めている。情けない限りである。
 私自身、小泉郵政選挙や橋下維新の会選挙と同じポピュリズムの観点で、民主党の政権交代選挙を捉えていたが、今回の結果とも比較して考えると、当時の民主党が個人の際立ったカリスマ性がない中でマニフェストに依拠して勝利したことは、有権者が政策を選択したものとして、健全な選挙だったと言える。民主党は今一度、市民、労働者の視点に立った政策本位という原点に帰るべきであろう
 個人のカリスマ性のみに依拠した勢力は、小泉チルドレンの末路を見るまでもなく、必ず飽きられ、自壊していく。今の「冬の時代」は、決して悲観することなく、格差の拡がりや将来への不安感など、選挙結果の背景に何があったのかを冷静に分析しながら、職場や地域で地道に活動を積み重ね、来るべき反撃のときに備えなければならない。
(大阪 江川 明)
 
 【出典】 アサート No.409 2011年12月24日

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【投稿】ダブル選挙 維新完勝で変わる政治地図 

【投稿】ダブル選挙 維新完勝で変わる政治地図 

<大阪秋の陣 維新の会が完勝>
 去る11月27日に投開票が行われた大阪府知事選挙・大阪市長選挙は、大阪維新の会の松井一郎、橋下徹両氏が、共に勝利した。市長選挙の方は、敗北したとは言え、現職の平松氏がよくふんばったように思える。知事選の方が、120万VS200万票で、予想もしない大差となった事と比較すれば、平松氏の善戦であり、勝ったとは言え、橋下の方は、少々苦い勝利となったことは事実だろう。選挙後、マスコミによく登場する橋下だが、幾分表情が硬く感じるのは、その成果だろうか、それともお決まりの「マスコミ対策」だろうか。
 「旧態依然たる規制政党」か「スピード感のある改革派」か、という事だけを選挙中に訴えていた維新の会。お役所批判や公務員・労組批判なら、街頭に出れば、言い放題という様相で、議論や政策の選挙ではなかったようだ。大阪地域の経済の低迷に対する閉塞感を持つ市民・府民が、「改革」を求めて選択したことは、事実であるとしても、大阪都構想、職員基本条例、教育基本条例など、維新の会のマニュフェストの実行に賛同したと言えるわけではない。
 
<何が目的がだったのか?>
 むしろ維新の会はアドバルーンは上げてみたものの、それを実行・実現可能と考えていないように見える。ダブル選挙以前に、大阪府議会では春の統一地方選挙で、維新の会が過半数を制していた。とすれば、両条例とも、10月の時点で府議会可決は可能であった。しかし、敢えて採決をしなかった。そして、これがダブル選挙の争点だとしたわけである。ところが、今度はダブル選挙で勝利したにも関わらず、松井新知事は、職員基本条例案は、来年2月に案文修正の上で知事提案すると、就任早々に表明している。
 選挙の争点と言いつつ、選挙で勝っても、自らが幹事長として提案した案を、たな晒しにするというわけである。本来ならばわけのわからない話ではないか。
 さらに、大阪都構想にしても同様である。選挙後、橋下は「都構想実現のためには、国政も視野に入れる」と語りだし、さらに目標を国会に向け始めた。地方自治法等の改正なしに「大阪都構想」が実現しないのは、最初から分かっていた話である。4年以内に云々と「スピード感」を持って実行すると言っているが、残念ながら彼らの言う「二重行政」に少々手を付けるだけで、またぞろ、舞台を変えて「国政」へと舵が切られようとしている。

<擦り寄る「既成政党」>
 少々情けないのは、選挙後の「既成政党」の対応であろう。選挙で敗れた途端に、「大阪都構想も検討する必要がある」と、民主・自民両党の中央から発言が飛び出した。2年以内に必ず来る総選挙を考慮し、国政選挙に影響を与えかねない大阪維新の会に、擦り寄ろうとしているのは明らかである。政権与党である民主党こそ、地方分権・地域主権を実現する決意と政策を明示する責任がある。ここでグラグラするようでは、先は見えているのではないか。
 確かに、府議会を制して、知事、政令都市大阪の市長をも獲得した政治勢力がどう動くか、に対して慎重に判断することは、必要であろう。
 人気はあるが、大阪府知事時代を思い起こせば、橋下に何の成果があったのか。学力テスト結果の公開をさせて、「学力」が上がったのか。WTCビルを買って、巨額の後年度負債を増やしたのは誰なのか。何がしかの成果を上げることができるかもしれないが、マイナスの方が、はるかに大きいだろう。
 
<職員基本条例案、大阪市・堺市で否決>
 さて、職員基本条例案と教育基本条例案は、もう一つの政令都市である堺市議会にも、ダブル選挙中に議員提案され、審議されている。選挙後の11月末から12月初旬にかけて、本会議での質疑、常任委員会での質疑を経て、最終本会議で、他会派からの賛同を一切取り付けることもできず、否決されている。本会議質疑の様子は、インターネットで見ることができる。(市議会のHP)
 公明・民主(ソレイユ堺という会派)・自民・共産、無所属議員が、本会議で質問に立っている。焦点となった点は、条例と地方自治法との関係(地方公務員法第5条、地方の条例制定は認めているが、それは法の趣旨の範囲を逸脱できないという規定がある)で、違法性のある条例案ではないかという点、局長級以上の職員は、準特別職とし、外部の人間を任期付職員」として市長が指名するというが、これも「任期付職員を求めた法の趣旨に反する」という点、そして人事評価において、職員を相対評価で5段階評価し、最低ランクのD評価(5%)が2年続くと免職させるという点、人事委員会が、分限処分の審査をおこなうという点などであった。
 
<ボロボロの議会質問への対応>
 インターネットで、議論の顛末を見てみたが、維新の会の答弁はひどすぎる。とにかく、「違法性は無い」とペーパーを見ながら繰り返すだけなのである。ある維新の議員は「民意は改革してほしいということであり、我々は、現行法制度上で運用されていることにも多少の疑義を持っている。現行、法制度に疑義があるのだから、完全に一致することはできない、違法性の恐れがあるのか、本当に違法なのか、そんなところに踏み込んでいこうと考えている。」と答え、むしろ「違法であって何が悪い」とも取れる発言をする有様である。良識ある議会は、当然にもこれを完全に否決したわけである。
 奢れるものは久しからずであろう。「民意」があるから、何でもできると思っておられるらしいが、選挙だけがすべてではない。
 
<大阪に「冬の時代」が・・・>
 11月19日橋下大阪市長が誕生する。すでに総人件費2割カットや大阪地下鉄の民営化など、大阪市労連に結集する労働者に的を絞った公務員攻撃が始まっている。おそらく、大阪の公務員労働運動に「冬の時代」が到来することだろう。しかし、これに耐え、効果的に反撃し、橋下の「仮面」を剥がして、地方分権と大阪の復権を実現しなければならないと思う。(2011-12-19佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.409 2011年12月24日

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【投稿】私の主張(老いの繰り言) 

【投稿】私の主張(老いの繰り言) 

○ 今日の日本の状況を見ていると、私が言うまでもなく誠に嘆かわしい。
 このまままでは日本はいったいどうなってしまうんだろう。日本に明日はあるのか、こんな日本に誰がしたのか・・・というのは杞憂だろうか。大げさすぎるのか。私たち、老人世代は、、子、孫たちに顔向けできなくなるのでは。
○ 今、日本が抱える問題の一つは、老人問題である。もし、平均寿命を10年、20年と縮めることができれば、年金問題や医療問題のかなりの部分が解決するように思う。つまり、老人が多すぎ、寿命が長すぎ、石を投げれば老人に当たるような世の中でなくなれば・・・。金を貯めこんであの世に行くまで財布を手放さない人々の金が、より若い世代に廻れば、景気もよくなり、世の中の元気も出ることだろうと思うのだが・・・。長生きすることが喜ばれ、皆が幸せに感じられる世の中でありたいが。
○ 今、老病者について、延命措置を望む人々が多いそうだ。理由は、生を望むというより、死なれると困る、何が何でも生かしておいてください、年金がもらえなくなりますから、ということらしい。親の年金が途絶えないようお願いします、というのは一体・・・。
○ 高齢化社会では、日本は世界の最先端にあるようだが、聞くところでは、韓国や中国も後に続いているそうで、東アジアは老人先進国地帯となるような気配、われわれは世界にどんな未来を指し示すことができるのか。
○ 今、チマタで次々と増えているものに、歯医者、リハビリセンター、それに各種マッサージ施設(整骨院etc)などが目立つのでは(他にもあるだろうけれど)・・・。もちろん、老人人口の増加が関連していよう。もう一つ、確実にどんどん増えているもの、それはお墓。古来、日本では先祖代々の墓が主流だったんだろうと思うが、今は、どんどん一代墓、個人墓が増えているようだ。都会の寺院では団地墓がはやっている。永代供養とは言いながら、二代三代経てば大部分は訪れる人もない無縁墓となることは目に見えている。日本中にお墓があふれ朽ちていくのも淋しいものがある。
○ USA、ロシア・・・世界の若者たちが皆声を上げ、行動している今、日本の若者は何してる、眠ってる時じゃない、遊びほうけている時じゃない。
○ このままでは大変、青年が立ち上がらないのであれば、われわれ老人が率先して立ち上がろうではないか、立ち上がれ老人、民老同(民主主義老人同盟)を結成し、この旗の下、日本の行く末のため頑張ろうではないか。
○ 正確には覚えていないが、明治維新前後の日本の人口は確か三千数百万人だったと記憶している。今、日本は人口減少期に入っているようだが、多少人口が減ったところで何ほどのことがあろうか。市場規模ということでは問題はあるが、国としては直ちにどうこういうことはない。日本より人口の少ない国は世界にゴマンとある。活気が薄れるという問題はどうなのか。個人の国に占める割合は高まるのかな。そんな中、老人ばっかり増えるほうがよっぽど問題で、これは人類がかつて経験したことのない事態であろう。
ひとつ民老同で、死ぬ気で頑張ってみるか、諸姉諸兄。
(WK 東京、一老生) 

 【出典】 アサート No.409 2011年12月24日

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【日々雑感】日の丸、君が代、バクチ打ち、挙句の果ては・・・・? 

【日々雑感】日の丸、君が代、バクチ打ち、挙句の果ては・・・・? 

 先月11月の大阪のダブル選挙も終わり、大阪府民、大阪市民は、よくもまあ、最悪の選択をしてくれたものだと、悶々とした毎日を送っているのは、私だけではないでしょう。
  書き出しからして、過激な見出しになってしまいましたが、先日知人から新潮45という雑誌の11月号を薦められ、買って読んでみた、これが、一言で言うと私の読後感です。
 またまた橋下批判の記事を書かねばならんかと、ウンザリさせられるが、この橋下の為に自殺に追い込まれた人々の無念を思う時、私の胸に憤りが込み上げてきて、書かざるをえなかった。そして先ず、新潮45の記事を書いた人々の努力に頭が下がります。よくもまあ、これ程の調査をし、記事を書かれたものだと、感心いたします。
 悪徳かどうかは知らないが、年収3憶の債権取立て弁護士をしていた人間が、市民目線で物事を見れないと思うし、府庁・市役所職員の犠牲者が、今後出ることのないよう、只々祈るしか無いです。
 そして今回の市長選挙での、共産党候補の立候補見送りは、評価に値するが、この姿勢をなぜ知事選にも見せてくれなかったのか残念に思います。反ファシズムという観点に立ってほしかった。そうすれば、むざむざと知事職をとられることも無かったのに・・・と悔やまれますが、皆さんはどう思われますか?(2011年12月15日 早瀬達吉) 

 【出典】 アサート No.409 2011年12月24日

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【訃報】小野みどりさんが、11月16日に亡くなられました。

【訃報】小野みどりさんが、11月16日に亡くなられました。

 ご家族から届いた喪中はがきによると、故小野義彦先生のご夫人みどりさんが、去る11月16日96歳で亡くなったとのこと。奇しくも、小野先生は、1990年11月19日に亡くなられており、3日違い、21年後の最後となられました。
 私が最後にお目にかかったのは、2009年の1月。奈良市のケアハウスにみどりさんを訪ねた折でした。生駒さん、Tくんの3人でお邪魔しました。

 みどりさんは、急に昔の歌を思い出した、と歌ってくださいました。
 
 10月10日我らの日、
 硬く閉ざされし牢屋の扉、開かれて
 ぞくぞくと我らの同志帰り来たる
 
 1945年10月10日、仙台刑務所・府中刑務所から小野先生含めて、徳田・志賀など政治犯が釈放された「解放の日」の歌であろうと思われます。
 
 戦前・戦後と、小野先生とともにあって、若い活動家を支えてくださったみどりさんに感謝しつつ、ご冥福をお祈りいたします。(佐野)

 (なお、写真は、2000年11月、小野先生の墓参会後の交流会での一場面です。小野先生の思い出話に花が咲きました。その後、みどりさんから「小野義彦と私-敗戦戦後」の原稿をいただき、本紙で掲載しました。佐野撮影)

 【出典】 アサート No.409 2011年12月24日

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【投稿】原発、増税、TPP、普天間問題  暴走する野田政権の危うさ

【投稿】原発、増税、TPP、普天間問題  暴走する野田政権の危うさ

<<「一日ゆっくり考えさせて欲しい」>>
 野田首相は11/10、「一日ゆっくり考えさせて欲しい」と言い、「みなさんが国のことを思い、議論したことをしっかり自分自身で受け止めたい。まだ方向を決めたわけではない…」と、TPP参加にはいかにも逡巡しているかのようなポーズを見せながら、その発言の四、五日前には、11/13の日米首脳会談でオバマ大統領に伝える発言内容を、「どういう言葉でTPP参加を伝えるか、日本語と英語の発言内容を決めてい」たという。それにもかかわらず「まだ方向を決めたわけではない」などとごまかし、民主党内プロジェクトチームで慎重・反対意見が多数を占め、「政府は慎重に判断すべきだ」とする提言を決めたことに対するガス抜きとして、また離党届を持参して抗議する5人の議員に対する逃げ口上として、さらには11/11の国会での集中審議で、TPP参加表明に対して集中砲火を浴びるのを避け、事態をうやむやにして乗り切るための方便、その場しのぎの政治的芝居にしかすぎないものとして、「一日ゆっくり考えさせて欲しい」と言ったのであった。それでも首相は、同日の衆院予算委で「一般論で言うと、TPPだけではないが、外交交渉に入るか入らないかは国会で決まってからということではない」などと開き直り、すでに結論ありきの外交姿勢決定への布石は打っていたのである。
 さらに同じ11/10には、首相を追い詰める国会決議案「野田佳彦首相が環太平洋連携協定(TPP)の交渉参加をアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で表明することへの反対決議案」に賛同する署名が衆院議員232人に達し、自民、公明、社民、新党日本の各党が超党派でこの決議案を共同で衆院に提出するという事態に直面した。決議を強行されれば可決する可能性が大であり、進退窮まる事態に追い込まれる。しかしこれは、共産党が「内容には賛同できるが、決議は全会一致を目指すべきだ」とのあきれた無内容な理由で反対したことに助けられて、衆院議院運営委員会は、民主、共産両党の反対多数で本会議に上程しないことを決定、こうしたきわどい状況を打開するためにもこの「一日ゆっくり考えさせて欲しい」という発言が必要だったのであろう。
 こうして11/11に行われた衆参両院の予算委員会での集中審議をのらりくらりと乗り切った直後の同じ日の夜の記者会見で、党内や国会での同意も得ずに、一方的に「ホノルルAPEC首脳会合において、TPP交渉参加に向け関係国との協議に入る」と表明し、すでに前回9月の日米首脳会談でTPP参加を約束していたことが見え見えな、オバマ米大統領が今や遅しと待ち構えるホノルルに向けてそそくさと旅立ったのであった。
 本人は「してやったり」、仙谷、前原、枝野、玄葉氏らTPP推進派幹部と示し合わせた高等戦術であったとほくそ笑んでいるのであろうが、手は混んでいるが、結果的には初めから意図していた一方的な態度表明によってTPP参加を既成事実化しようとするこうしたやり方、その見え透いた、拙劣で不誠実な態度、姑息な政治手法は、あらためてこの民主党政権の質の悪さ、程度の低さを露呈させたといえよう。

<<発足当初からの危惧>>
 こうした野田政権の悪質な政権運営方法は、発足当初から危惧されていたものである。立ち居振る舞いはいかにも穏やか、低姿勢で、対立の調停者であるかのような姿勢をとるが、実際には、重要案件を政権交代の意義を否定し去る方向へ、旧来の自民党政権の政策・方針へとねじ曲げる、しかもその際、国内の民主的な議論や意思決定手続きを無視したままそれを実行する、そして政治における説明責任を一切果たそうとしないという悪質なやり方である。
 野田首相は首相就任直後の初会見で、まずは今後の原発については「新たに造るのは現実的に困難。寿命が来たものは更新せず、廃炉にしたい」と、いかにも「脱原発」路線を推進するかのような姿勢を表明しながら、就任挨拶に赴いた米倉・経団連会長と会談するや、TPP推進、法人税減税、消費税の大幅増税、原発の再稼動と輸出促進、そしてこれらを支える大連立等について互いにエールをかわし、「最大限の協力」を取り付けている。この時点ですでに民主党政権をよりいっそう変質させる方針は決定されていたのだとも言えよう。
 野田政権は、「脱原発」どころか、地球規模で国内外に多大な放射能災害を撒き散らした福島原発震災への深刻な反省も総括もなく、その収束さえおぼつかなく、その情報さえ開示しえないまま、被災者救済も放射能除染対策もガレキ処理対策も、復興対策さえなおざりにし、そして何よりも脱原発を求める圧倒的多数の世論の動向をまったく無視して、今や原発再稼動はもちろん、事実上、「原発の安全性を世界最高水準まで高める」、「世界一安全な原発」推進路線へと舵を切っているのである。しかし、これらは国会審議を含む一切の民主的手続きを経ていない。ただただ、政・官・財、学界、労働界を含む「原子力ムラ」の意向に忠実に従っているだけである。最も肝心なこうした路線転換についての説明責任はまったくといって良いほど果たしていない。
 そして9月の訪米時には、国連の原子力安全首脳会議に出席し、国内での合意や説明も一切ない段階で原発の再稼動と原発輸出路線を演説し、これまた国際公約としてしまっている。

<<「米政府のご用聞き」>>
 そして次にその姑息な姿勢をあらわにしたのが、消費税増税問題であった。11/3、フランス・カンヌで開かれた主要20か国・地域首脳会議(G20)でいきなり、「日本は、2010年代半ばまでに消費税率を段階的に10%まで引き上げる方針を定めた、社会保障と税の一体改革案を具体化し、これを実現するための法案を今年度内に提出する」と、消費税率を2010年代半ばまでに10%に引き上げる方針を、国内ではなく、国際会議の場で表明し、日本の消費税増税がG20サミットの共同声明に書き込まれ、国際公約としてしまったのである。
 そのわずか1週間前の、10月末の臨時国会における所信表明演説では、10%増税という具体的提案や時期、方法について、そもそも消費税の増税問題には一言も触れていなかったものである。首相はG20の同行記者団に対して、消費税増税法案の成立前には、衆院解散・総選挙を行う考えがないこと、「信を問うとするならば、法案が通ってその後に、実施をする前に問うというやり方にしたい」と述べたが、解散は法案成立後という、これまた選挙公約であった民主党マニフェストを踏みにじるものであり、閣議決定さえされておらず、まったく国内世論を無視し、国会を含む民主的手続きを無視、侮蔑する、姑息きわまりない悪質な政治手法である。
 国内で具体的議論を積み重ねれば、自らの意向が貫徹できないという恐れ、自信の無さから、国際公約という既成事実に逃げ込んだのであろうが、これほど民意と自らの党の公約をないがしろにするのは、最悪の政治姿勢と言えよう。国内の了解を得ずに、国際公約で無理やり押し切ろうとするやり方は、すでに沖縄の普天間米軍基地移設問題で破綻が明瞭であるにもかかわらず、それにしがみつく政治姿勢と同根である。
 野田内閣は、次から次へと関係閣僚を沖縄に出向かせ、これまた勝手に国際公約にしてしまった、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設の日米合意に沿い、環境影響評価(アセスメント)の「評価書」を年内に提出して、既成事実を先行させる強行姿勢を明瞭にしている。10/18付けの琉球新報・社説は、「多くの県民の目には「日米同盟」のためなら手段を選ばぬ「強権国家」としか映らないだろう。失望を禁じ得ない。」と指摘し、それを伝えに来た防衛相は、「日米合意の進展を促す米国の声に唯々諾々として従い、知事に方針を伝えただけだろう。県民から見れば、米政府のご用聞きとしか映らない。」と厳しく指弾している。
 低姿勢、調停者を看板に発足した野田政権であるが、わずか三ヶ月にも満たない間に、原発、増税、TPP、普天間問題とこれだけ暴走し、なおかつ、いずれの問題においても圧倒的多数の民意を無視する、合意形成や民主的手続きから逃げまくり、政治における説明責任さえ果たそうとしない、こうした野田内閣の政治姿勢は、早晩破綻せざるを得ないし、そのツケが、今後の野田政権、民主党政権に強く重くのしかかってくることは間違いない、と言えよう。
(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.408 2011年11月19日

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【投稿】 福島原発事故と自治体の役割

【投稿】 福島原発事故と自治体の役割
                    福井 杉本達也 

1 警戒区域の異常な自治体選挙
 11月10日から震災の関係で遅れていた福島県議選や大熊町長選などが始まった。警戒区域内の双葉郡選挙区の各候補は避難先の二本松市などの自治体で街頭演説を行わざるを得なかった。双葉町は埼玉県に本庁舎を移転しており、町議立候補者は埼玉県まで行って届出をした。当然のことながら警戒区域内の地元ではいっさいの選挙活動はできず、他の自治体、果ては県外で選挙活動を行う事態は異常という他ない。この投稿が掲載される頃には結果は出ているだろう。細野原発担当大臣は、「国を挙げて除染に取り組む。そして戻れる方には戻ってもらう」という。だが、11月9日に各紙は、福島大学の福島県双葉郡内の8町村の全世帯アンケートを一斉に報じたが、アンケート結果では27%の世帯が戻らないという結果であった。特に34歳以下では52%が戻る気がないと回答した。戻らない理由として「除染が困難」が83%を占め、「今後の生活設計のめどを立てられないこと」を最大の悩みとしている。「国を挙げて」という政府の方針を今や誰も信用していない。

2 放射能の除染は不可能である
 政府は、放射能除染について、年間の被曝線量が1ミリシーベルト(mSv)以上の地域で実施し、20mSv未満の所を2年後までにおおむね半減させる基本方針を11月11日に閣議決定した。1mSvということは、時間線量0.12マイクロシーベルト(μSv)程度であるから、除染地域は双葉地域はもとより福島市・郡山市など福島県を中心に東北、関東地方に及ぶ広大な範囲となる。放射能の除染はしなければならないが、残念ながら除染はほとんどが不可能である。神戸大学の山内知也教授は、9月14日に福島市渡利地区において「除染」後の計測をしたが、「通学路の周辺において20 μSv/hを超える非常に高い線量が地表面で計測された。コンクリートやそれに類する屋根の汚染は高圧水洗浄によっても除去できておらず、住宅室内における高い線量の原因になっている。除染の対象にはされなかった地域の水路や空き地、神社、個人宅地内の庭で高い線量が計測され、最も高い線量は地表で20 μSv/hを記録した。本来の意味での除染はできていない。」「地域全体が非常に高いレベルで汚染している。側溝の泥を取除く程度の除染では線量は下がらない。各住宅や空き地の表土とともに、アスファルトやコンクリート、コンクリート塀、屋根も除去の対象にしなければ線量は下がらない」と報告している。東大の児玉龍彦教授らが中心となって入っている南相馬市の除染も同様であり、桜井市長は公共施設を除いて除染はほとんど進んでおらず南相馬市の除染だけでも1兆円以上かかると訴えている(内田誠―関西テレビニュースアンカー:2011.11.8)。

3 なぜ除染が不可能なのか
 京大の小出裕章氏は「除染はできない。小学校の校庭だとか、幼稚園の園庭とかの土を剥ぐことはできる。しかし、森林の土を剥ぎ取ることはできないし、野原や田畑の土を剥ぎ取ることもできない。」(たね蒔ジャーナル2011.8.22)という。なぜ除染が不可能なのか。熱力学の第二法則というものがある。熱は高い方から低い方に、物質も濃いものから薄いものへと拡散していく(我々の常識からしても)。これは一方向的であり元へは戻らない(何らかのエネルギーを外から加えなければ)。放射能も原発の中に閉じこめられていたものが一旦外部に拡散された場合、元には戻らないのである。これを、駿河台予備校講師の山本義隆氏は「大気中への窒素化合物や硫黄化合物の拡散、水銀やカドミウム等重金属類の土中や海中への拡散などは、すべて非可逆的なエントロピーの増大…であって、それを人工的に元に戻そうとすれば、おびただしいエネルギーの消費」をもたらす(『熱学思想の史的展開』3・ちくま学芸文庫)と表現している。文部科学省は11月11日に最終的な福島原発からの放射能の拡散マップを公表したが、拡散ルートの1つは浪江町・飯舘村など北西方向に流れた後福島県北部で南西方向に向きを変え、群馬・長野県の県境まで、2つめのルートは海から再び陸地の茨城・千葉県へ、3つめは海へ出た後、宮城県北部から一関市あたりへ拡散している。国土の3%もの広大な地域の除染などできるはずはない。ではなぜ、国は「除染」「除染」というのか。それは賠償金を支払いたくないからである。各紙は東電に8,900億円の融資を行うことにより「事実上の公的管理」になったと報じたが(2011.11.5)、つまり「倒産企業」であり賠償金の支払能力はない。支払うことができるのは国だけである。いいかげんに「事実」を「事実」として発表すべきである。このままでは厖大な被曝者と原発難民が出現する。

4 被災自治体は現実と向き合え
 非常に酷な話だが、被災自治体は現実と向き合う以外にない。双葉地域の多くの町村は永久に戻ることは不可能である。南相馬市も海沿いの一部を除き戻ることはできない。飯舘村はこれまで「までいライフ宣言」ということで自然の中でスローライフな生き方を宣言し村づくりを行ってきた。ホームページからは村民の村を捨てきれない気持ちがひしひしと伝わってくる。前福島県知事の佐藤栄佐久氏も「原発サイトの周りが、もし人が住めなくなって潰れたら、福島県全体が立ち行かなくなる、と言っても過言ではない。それほど重要な場所なのです。浜通りの双葉地域が生きているから、南のいわき市、北の南相馬市や相馬市が地方都市として機能できています。しかし双葉地域が潰れたら、いわきも南相馬、相馬も完全に陸の孤島と化して、産業や文化の血流は止まってしまう。」(『日経ビジネス』2011.11.2)と述べている。しかし、原発の立地する双葉町・大熊町はもちろん19μSv/hを計測する飯舘村や浪江町~その周辺の1.2μSv/hの地域までは人が居住することは困難である。国はこれらの地域を国有化すべきである。
 これらの被災自治体は今後、原発事故の賠償交渉事務と住民の健康管理に特化すべきである。住民がいなければ自治体としては成り立たないので解散せざるを得ない。将来的には何らかの特別な自治組織として事務を行うべきである。また、0.12μSv/hから1.2μSv/hまでの地域を含む被災自治体は避難したい住民には避難させる、その地に留まりたい住民の住宅は除染するなどの選択権を与えるべきである。強制的に住民を留まらせることを考えてはならない。また、いわき市の中心部は幸いなことに0.2μSv/h以下と放射線が低い。また、南相馬市や相馬市の海岸部も放射線は低い。これらの地域は細かく放射線量を調査して、住める場所と住めない場所の色分けをしていくべきである。既に、いわき市は雪が少ないということもあり会津などに一時避難していた浜通りの避難住民が集まり2万人を超え介護や教育などの行政サービスがパンク状態にあるという(日経:2011.11.8)。福島県はこれらの地域に最大限の力を入れるべきである。ところが、「被災3県に医療特区」として、長崎大の山下俊一氏などを中心に福島県立医大などに放射線治療の機器を整備するなどというバカげた計画を掲げている(日経:2011.9.7)。今の福島県の役割は産業資本に奉仕することではない。崩壊しかかっている、あるいはもう既に崩壊している特に浜通りの医療を再建することである。医療という社会的公共資本がなければ住民も留まることはできない。

5 福島原発事故を直視しない自治労
 自治労は月刊誌『月刊自治労』を持っているが、原発特集を最初に行ったのは9月号である。これは4,5月から精力的に特集記事を出した続けた各月刊誌と比較すると2周遅れである。10月号は「どうするエネルギー政策」という特集を出したが、中身は「脱原発」ではなく「再生可能エネルギー」中心でありひどいものである。特集の冒頭に「3.11後の原子力と地域を考える」として逢坂誠二衆院議員と『「フクシマ」論』の開沼博氏の対談を持ってきたが、どうして、この期に及んで「フクシマ」論=地域論なのか。放射能がまき散らされた後での地域論はもう意味はない。既に双葉地域の自治体は“無い”。地域を再建することはもう永久にできない。何十年も何百年も何十万年も人は住めない。自治労の役割は「事実」を「事実」として政府に認めさせること・双葉地域や飯舘村などの高汚染地区の国有化を認めさせることであり、住民を避難させ、他の自治体での定住を斡旋するよう政府に働きかけることであり、そこに自治体を残すことではない。 

 【出典】 アサート No.408 2011年11月19日

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【投稿】動揺するアメリカ、追随する日本 

【投稿】動揺するアメリカ、追随する日本 

<退役軍人の反乱>
 アメリカ政府は、一向に改善しない財政状況のなか、米軍再編の見直し=軍事政策の転換を迫られている。そうしたなか9月から始まった「Occupy Wall Street」運動へのイラク、アフガン帰還兵の参加が、オバマ政権に新たなプレッシャーを与えている。
 ベトナム反戦運動では帰還兵が大きな役割を果たしたが、今回も退役軍人(ベテラン)の行動参加が米政府に衝撃を与えつつある。一般の失業者の訴えには耳を貸さないウォール街やワシントンの人々も、戦闘での叙勲者、負傷兵の言葉は重く受け止めざるを得ない。
YouTubeには、シェーマ―・トーマス元海兵隊軍曹が、略綬(勲章のリボンの部分)をつけた戦闘服姿で、タイムズスクェアに展開する警官隊に対し「ここはウォーゾーンではない!武装した人間はいない」と熱く抗議する姿がアップされ、270万ヒットを数えている。彼はこの後テレビの報道番組にもゲストとして登場し、その時の状況と思いを述べ一躍ヒーローとなった。
 運動に参加している退役軍人の訴えは「我々がイラクやアフガンで戦っている間に金融資本は戦争で儲け、我々が体や心に傷を負ってアメリカに帰ってきたら路頭に放り出された。我々も99%だ」というものである。
 アメリカの労働統計では08年から11年の間に退役軍人の失業率は5,1%上昇し、この10月には12,1%となり、全国の失業率9%を大幅に上回った。なかでも18歳から24歳の除隊した若者の失業率は20%を超えている。
 年末にはイラクからの完全撤退で4万6千人が帰国、加えてアフガンからの第一陣1万人の撤兵が進めば、失業率はさらに上昇すると予測されている。とりわけ、戦闘での身体障害、PTSD、さらに即席爆発装置による衝撃で外傷性脳機能障害を負った退役軍人たちの就労は困難であり、事態はより深刻化するだろう。
 傷ついた若者の叫びに対し、ベトナム帰還兵団体も合流するなど世代を超えてベテランたちが共感を示し、ワシントンDCには、参加者が常駐するキャンプが設営されている。さらにこの動きは現役にも波及しはじめており、抗議行動に彼らが私服で参加する姿が確認されている。
 アメリカ軍将兵の怒りの根源は、元はと言えばブッシュ政権が引き起こした無謀なイラク戦争、対テロ戦争である。しかし、それを引き継いだオバマ政権の稚拙な戦略や経済政策の失敗のため、怒りが増大している。
 退役軍人をはじめ、この間の抗議行動に参加している市民は、その多くが08年の大統領選挙ではオバマを指示した層と考えられており、彼らの離反はオバマ陣営の再選戦略に大きな影響を及ぼすと考えられている。

<「もう待てない」>
 こうした状況を座視できなくなったオバマ大統領は11月7日、退役軍人支援に関する新たな大統領令を発した。その内容は、退役軍人の就労支援のためのオンラインサービスの開始、人材バンクの開設、キャリアセンターでの退役軍人に対する特別サービス制度の創設である。
 この意義についてオバマ大統領は「退役軍人を支援するのは民主党の責任でも共和党の責任でもなく、合衆国としての責任である」と述べたが、これは、オバマ政権が打ち出した「雇用促進法案」に反対している共和党に対する「Can`t Wait」キャンペーンの一環であり、実施に関しては大統領令のため議会の承認を必要としない。
 このように退役軍事人の不満と不安に対する政策は、大統領のイニシアティブで進められている。一方で軍事費については、軍上層部からの批判と議会からの圧力の板挟みに対処しなければならない状況になっている。
 昨年6月にはアフガン駐留米軍のスタンリー・マクリスタル司令官が、雑誌インタビューで政権批判を行い辞任に追い込まれるなど、軍の将官クラスにも不信と動揺が蓄積していることが明らかになった。
 イラク、アフガン派遣部隊を中心に装備の改善と兵力の増強=「軍拡」が以前から求められていたが、最前線が納得する予算措置は図られなかったし、今後は以前にも増して「軍縮」が進められるだろう。
 アメリカ議会としては軍事費の大幅な削減こそ「Can`t Wait」となっており、イラク、アフガンの治安が改善しないばかりか、アフガンではかえって悪化しているにもかかわらず「立つ鳥後を濁す」状況で撤兵を進めざるを得ないまでにオバマ政権は追いつめられているのである。「ホット・スポット」である中東地域でも軍事的整合性を度外視せざるを得ない状況なのであるから、脅威度が低いと見積もられている地域での、軍事費削減圧力はさらに高まるだろう。

<海兵隊は米本土へ?>
 その焦点の一つが沖縄駐留米軍である。沖縄の海兵隊については、8千人をグアムに移駐する計画であるが、アメリカ政府は当初の司令部中心の移転から、戦闘部隊を大幅に増やす方向に転換したことが明らかとなった。
 さらに11月4日、ジョージワシントン大学のマイク・モチズキ教授とブルッキングズ研究所のマイケル・オハンロン上級研究員は在沖米軍再編計画の再考を促す論文をCNNで発表した。二人は、海兵隊8千人の移駐先をグアムではなく、アメリカ本土=カリフォルニアにすべき、と主張。
 さらに普天間基地の辺野古移設については、仲井真知事や名護市の稲嶺市長が反対していることを挙げ、建設強行を戒めている。そして計画自体が「あまりにも高価すぎる」と批判している。普天間移設に疑問を持つ勢力は、民主、共和を問わずアメリカ議会内にも相当数あり、大統領選挙が近づくにつれて、一層拡大していくものと考えられる。
 オバマ政権は現在のところ、「日米合意に基づく現行計画」を推進していく立場ではあるが、今後「前方展開戦略」のさらなる見直しという議会との妥協を図る可能性も大いにあるだろう。それは在韓、在日米軍戦闘部隊の大幅な削減である。 
 朝鮮半島では、度重なる北朝鮮の武力行使と権力継承の移行を見極める必要性から、米軍から韓国軍への指揮権移譲が先延ばしされるなどしているが、中国に加え、ロシアの経済支援が見込まれ、6ヶ国協議が再開されれば脅威度は低減する。さらに来年には韓国でも大統領選挙が実施される。李明博大統領の与党ハンナラ党は、昨年の「チョナン」撃沈事件を受けた地方選挙、そして先のソウル市長選挙でも敗北し、劣勢が伝えられている。選挙で野党勢力が勝利すれば、朝鮮半島の軍縮は再び加速するだろう。
 こうした中、オスートラリアのマスコミが「11月16日からのオバマ訪豪中に海兵隊の豪州配備が発表される」と報じた。部隊の規模などは不明であるが、ダーゥインの豪州軍基地への配備が計画されているという。これが事実であれば、海兵隊が沖縄に配備される意味合いはますます低下する。

<「金縛り」の野田政権>
 これに対し野田政権は「金縛り」にあったごとく、まったく的確な対応がとれていない。日米合意を金科玉条、錦の御旗のごとく振りかざし、辺野古移設を推し進めようとしている。
 さらに防衛省は11月初旬からは中国脅威論に基づき、はじめて北海道から「門外不出」の90式戦車を含む機甲部隊を「徴用」した民間フェリーで九州に移動させる、対中国版「関特演」(関東軍特種演習)とも言うべき、過去最大規模の協同転地演習(397号参照)を実施するなど緊張激化に努めている。
 加えて南スーダンへの陸自派兵では、武器使用基準の緩和が民主党内で取りざたされており、自衛隊の海外での武力行使既成事実化が狙われている。戦地での緊張がもたらすPTSDは、冒頭述べたアメリカだけの問題ではない。
 自衛隊ではイラクから帰還した述べ2万人のうち、自殺者だけでも16人に達し、派遣隊員の自殺率は一般の3倍を超えた。その中の一人のある元中隊長は帰国後、米軍との合同演習の際「あいつらと一緒だと殺される」と叫びパニックになったという。
 自衛隊員の自殺率は平時でも一般の倍近く、東日本大震災で救援に従事した隊員の自殺や過労死も相次いでいる。自民党政権時代からこうした問題は放置状態である。昔は戦地派遣の歯止めを期待して日本社会党に投票する隊員も多かったが、今ではそうした選択肢もなくなっている。海外派兵が常態化し拡大するにつれ、「帰還兵」問題は社会問題化していくと考えられる。
 このように野田政権はアメリカと自民党の負の部分のみを継承しているようである。とりわけ、アメリカに対しては東アジアにおける盟友の地位を誇示せんとしているが、アメリカの政策が転換すれば、辺野古移設をはじめ軍拡、緊張激化路線は破綻をきたすだろう。この際民主党内のTPP反対派は、問題を農業や医療分野の既得権防衛に限定するのではなく日米関係総体の見直しを提言し、外交、軍事政策の転換を求めていくべきではないだろうか。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.408 2011年11月19日

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【投稿】ウォール街占拠運動とコンセンサス 

【投稿】ウォール街占拠運動とコンセンサス 

 以下は、2011年10月29日に発表された、ウォール街占拠運動の刊行物である「ウォール街占拠ジャーナル」に掲載されたデヴィッド・グレーバーの署名記事(全文)と、それに関連した「ドラム演奏と占拠」(10月24日発表、一部省略)と題する無署名記事である。ウォール街占拠運動を始めるに際しての最初の重要な合意として、そしてその後の全米での占拠運動の基本的な運営方針として注目される。それは同時に、上位下達式の、あるいは動員方式や、セクト的・党派的な運動形態を排したものとして、日本のこれまでの運動、これからの運動にとっても、大いに示唆に富んでおり、参考になると思われる。(紹介・訳 生駒敬)

<<(コンセンサスに基づく意思決定)不可能なことを可能に>>
 2011年8月2日、ボ-リング・グリーンでおよそ12人が、円形に座ってウォール街占拠の運動となる一番最初の会合が持たれた。われわれは、そのような社会運動の存在を期待して、自らを「プロセス委員会」と名づけ、熟慮の結果、重要な決定を行った。われわれの夢は、アメリカの全域で実現されることが期待される、そのような民主主義的な集会のモデルとしてのニューヨーク州での集会を創造することにあった。しかしそれは実際にはどのように運営されるものであろうか。
 その場で、無政府主義の人たちが、正気とは思えないような大胆な提案を行った。この委員会のように、コンセンサス(意見の一致、総意)によってしっかりと運営されないものだろうか、と。
 それは少なくとも大胆な賭けであった。なぜならわれわれの知る限り、これまでにそのような事態を一度も見出したことがなかったのである。コンセンサスの過程は、個々の意識を共有するグループや、単一の課題にもとづいて組織された活動家のグループではうまく機能してきたとしても、ニューヨーク市に対応するような大規模なレベルではかつて一度もなかったことである。ギリシャやスペインにおける集会でもそうした試みはなされていない。しかしコンセンサスがわれわれの活動の諸原則と最も一致したものである以上、このコンセンサスの路線に飛躍することとしたのである。
 3ヵ月後には、アメリカ中の大小さまざまな何百もの集会が、このコンセンサスによって運営されている。決定は、投票によることなく、全体の同意によって行われている。これまでの常識から言えば、可能なはずがないが、それは、愛や革命、あるいは生命それ自身(いわば素粒子物理学から展望される)といった不可解な現象と多くの点で共通した現象として、現実に生じているのである。
 ウォール街占拠運動が採用した直接民主主義のプロセスは、アメリカの根本的な歴史に深く根ざしており、それは、市民権運動においても、民主社会をめざす学生連合においても広く用いられてきたものである。しかし、その現在の形態は、フェミニズム運動や精神的な伝統(クエーカー教徒やとアメリカ先住民に共通な)運動と同様に、無政府主義そのものからも、発展してきたものである。直接的な、コンセンサス・ベースの民主主義が無政府主義によって確固として受容され、同一化した理由は、それがおそらく無政府主義の最も基本的な原則を具体化したことにあり、それは、子どものように扱われる人間は子どものようなふりをする傾向があるのと同様に、今現在自らがすでに、成熟した、責任を持った大人として行動することを促進する道なのである。
 コンセンサスは、満場一致の投票システムではない。「ブロック」(論議の中断・停止)は、「ノー」の投票ではなく、拒否権である。それは、基本的な倫理的原則に背反するものであるという提起を行う最高裁の干渉に類するもので、そうした場合には、誰もが勇気を持って裁判官の法服を羽織って異議を唱えることができる。参加者は、それがめったになされることではなくても、それが原則的問題であると感じる場合には、討議を直ちに中止することができるということを承知しているのである。そのことは同時に、マイナーな点での妥協がより容易になることを意味しており、創造的に纏め上げていく過程こそが、本当の大切なことなのである。つまりは、最終的な決定がどのようになされるか、一部か多数かの挙手によるものかは、それほど重要ではなく、誰もがその過程を形成し、また再形成する役割を果たすことができる、そのような場をもたらすことである。
 論理によっては、直接民主主義や自由、人間的連帯の原則に基づいた社会が可能であるということは決して証明できるものではない。われわれは、行動を通してのみそれを示すことができる。アメリカ中の公園や広場で、人々がこの行動に参加し始めて、人々はそのことに気付き始めた。アメリカの人々は、自由と民主主義がわれわれの決定的な価値であり、そして、自由と民主主義に対するわれわれの愛情が、それがたとえ捉えがたくても日常的なものとして、人々を規定付けるものであることを学び、成長し、純粋の自由や民主主義などは実際には決して存在し得ないことを教えられている。
 これまでの誤解を認識したときに、その他の「不可能」だと思われていた多くのことをどれだけ解き放すことができるのか、われわれは問い始めている。そうした問いはここかしこにあり、不可能なことを可能にし始めているのである。

<<ドラム演奏と占拠>>
 リバティスクエアの占拠は、新自由主義とウォール街の犯罪行為に対する闘いであり、経済危機の渦中で人々を所得格差の拡大と失業、抑圧に追い込んだものに対する国際的な闘いの高揚を象徴するものである。先週、われわれはこの占拠運動を追い払おうとする攻撃をうまく跳ね返したのであるが、その際、われわれが近隣住民と打ち立てた関係が重要であり、その文脈において、この広場におけるわれわれの活動について互いに意見を交換しなければならない問題が生じている。
 ここ何週間か、占拠者たち、ワーキンググループ、地区理事会や住民の人たちは、リバティ広場西側でドラマーたちと、彼らが常駐していることをめぐって何度も会話を重ね、接触をしてきた。ドラマーたちは、静かな時間の間はドラム演奏を止めること、開会前の他の音楽は別として、全体集会開催の間はドラムを鳴らさないことを要請された。ドラマーたちは、この革命にリズムをもたらしているのであり、彼らには彼らの意見があり、それが無視され、軽視されていると感じ、状況は緊迫するものとなった。近隣住民ばかりか、広場内部でも、彼らとの壁が高くなり、10月13日に、リバティ広場の全体集会は、近隣住民とのよき関係のために、ドラム演奏の時間を一日2時間、11時から5時の間に制限する決議を行った。多くのドラマーは、これを拒絶した。調停者のグループが動き始め、ドラマーたちとの間で、一日4時間、午後12時から2時の間と、午後4時から6時の間とする合意に達した。ウォール街占拠運動のコミュニティ関係チーム、調停者、ドラマー、地元地区住民の人たちは何週間かを費やして話し合い、信頼関係を打ち立て、ドラマーたちがこの占拠運動と連帯して活動する方途を見出したのであった。その結果、ドラム演奏は一日10時間以上に及んでいたものが、全体集会では2時間に、その後ドラマーたちとの合意によって4時間に圧縮されたのである。
 コンセンサスとコミュニティの精神において、調停はまだ進行中である。ワーキンググループ・パルスがドラマーたちによって作られ、リバティ広場の全体集会への前向きな提案を検討しているところである。この問題は何週にもわたって、公園内でも、全体会合でも、フォーラムでもメールでも話し合われている。これは、コミュニティとしてのわれわれが、この広場をどのように共有し、すべての参加者の間の会話においてどのようにしてコンセンサスを打ち立て、ともに努力をしていくかの一例である。ドラム演奏、そしてパルスはわれわれの運動の重要な構成部分であり、デモ行進や士気、われわれが創り出してきた運動のエネルギーの全般的なムードに不可欠なものである。
 われわれは、この広場を通じて、小さいが、力強くて、多様なコミュニティを構築してきており、そのなかではいくつかの問題が生じており、今後も生じるのは当然なことである。しかしわれわれは、この場所とこの世界で、共に活動し、積極的な変化に影響を及ぼし続けることを望んでいるのである。 

 【出典】 アサート No.408 2011年11月19日

カテゴリー: 政治, 生駒 敬, 社会運動, 経済 | 【投稿】ウォール街占拠運動とコンセンサス  はコメントを受け付けていません

【本の紹介】『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』

【本の紹介】『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』
        ナオミ・クライン著、幾島幸子・村上由見子訳 上下二巻
        岩波書店 2011年9月8日発行、各巻2500円+税 
 
<<フリードマンの「反革命」運動>>
 必読の価値ある著作と言えよう。著者のナオミ・クラインはアメリカの独立系放送番組デモクラシー・ナウにしばしば登場し、快刀乱麻、舌鋒鋭く新自由主義や自由競争原理主義、グローバリゼーション問題、環境問題に切り込み、貧困と不正を生む資本主義批判の先頭に立ってきた作家、ジャーナリスト、活動家である。今発売中の岩波書店発行『世界』12月号に、「ウォール街を占拠せよ–世界で今いちばん重要なこと– 」と題して、先月の10月6日の夜、リバティープラザで開かれた「ウォール街を占拠せよ」の集会でナオミ・クラインが登場し、スピーチを行った、その内容が訳出されている。「危機を望んでいる1%」が企んでいることは、「教育や社会保障の民営化、公共サービスの削減、企業権力に対する最後の規制の撤廃」であること、しかも「このシステムがきわめて不公正で、しかも急速に制御不能の状態になりつつあること」を指摘し、これに対抗する「ウォール街占拠」運動、その闘いが、「水平的で、真に民主的であることは素晴らしいことです。もうひとつ、この運動の正しい点は非暴力に徹していることです」と大きく評価している。スピ-チの最後で彼女は「I care about you あなたのことを気づかっています。真の意味でラディカルなこの運動では、お互いを今後長い年月をかけてともに闘っていく同志と考えようではありませんか」と結んでいる。
 さて本書の紹介であるが、訳者の幾島幸子氏が「訳者あとがき」で本書について次のように解説している。
 「著者のナオミ・クラインが本書で徹底して批判するのは、シカゴ大学の経済学者ミルトン・フリードマン(一九七六年にノーベル経済学賞受賞)と彼の率いたシカゴ学派の影響のもと、一九七〇年代から三〇年以上にわたって南米を皮切りに世界各国で行なわれてきた「反革命」運動である。言い換えればそれは、社会福祉政策を重視し政府の介入を是認するケインズ主義に反対し、いっさいの規制や介入を排して自由市場のメカニズムに任せればおのずから均衡状態が生まれるという考えに基づく「改革」運動であり、その手法をクラインは「ショック・ドクトリン」と名づける。「現実の、あるいはそう受けとめられた危機のみが真の変革をもたらす」というフリードマン自身の言葉に象徴されるように、シカゴ学派の経済学者たちは、ある社会が政変や自然災害などの「危機」に見舞われ、人々が「ショック」状態に陥ってなんの抵抗もできなくなったときこそが、自分たちの信じる市場原理主義に基づく経済政策を導入するチャンスだと捉え、それを世界各地で実践していたというのである。」

<<ハリケーン・カトリーナ>>
 著者はこの惨事便乗型資本主義の正体、その全世界のいたるところで展開された行状を実に丹念に、具体的に暴いていく。ここではフリードマン自身が直接に関与した、そのうちの二つだけを取り上げてみよう。まず序章の冒頭で取り上げられているのが2005年のアメリカ南部ルイジアナ州を襲ったハリケーン・カトリーナの災害である。フリードマンはこのときすでに93歳、「ハリケーンはニューオーリンズのほとんどの学校、そして通学児童の家々を破壊し、今や児童生徒たちも散り散りになってしまった。これは教育システムを根本的に改良するには絶好の機会である」とウォールストリートジャーナル紙上で論陣を張り、現在の公立校システムの再建・改良に何十億ドルものカネを注ぎ込む代わりに、ニューオーリンズ市に教育バウチャー制度を導入し、義務教育の学校運営に市場競争原理を持ち込み、私立校にも公的援助金を支給して、競争を図れ、というものであった。州政府運営の学校システムは社会主義の臭いがする、州政府は治安維持のための警察と兵力を持つだけでいいし、無料公教育を含むそれ以外はすべて自由市場を妨害するというわけである。当時のブッシュ政権はこの提案を全面支援、1年7ヵ月後にはニューオーリンズ市の公教育システムは民間運営のチャーター・スクールへの移行をほぼ完了し、123あった公立校がたったの4校に激減、4700人の組合員教師は全員解雇されたのである。「ルイジアナ州の教育改革者が長年やろうとしてできなかったことを、ハリケーン・カトリーナは一日で成し遂げた」とアメリカン・エンタープライズ研究所は報告している。フリードマンは、この最後の論説掲載から1年後の2006年11月に死亡しているが、「現実の、あるいはそう受け止められた危機のほうが、真の変革をもたらす。大改変を成し遂げるには、断固とした行動をとる機会を逸すれば、チャンスは二度とやってこない」と強調している。
 大阪維新の会・橋下徹氏の路線はまさにこの路線の焼き直しともいえよう。

<<中国指導部とフリードマン>>
 もう一つの実例は、中国共産党指導部と天安門事件にかかわるショック療法である。中国は、1980年にフリードマンを招待し、トップ官僚や大学教授、党の経済学者など数百人を前に市場原理理論についての講演を北京と上海で行わせ、政治的自由は付随的なもの、あるいは不必要なもので、「規制のない、商活動の自由」「政府が経済に介入しない」ことこそが必要と説いたのである。このとき「聴衆は全員招待客で、招待状を見せなければ入れなかった」とフリードマンは述べている。
 そして問題の天安門事件の前年、1988年9月に再び訪中し、趙紫陽総書記とは2時間以上にわたり会見、江沢民とも会談、このとき江沢民に「圧力に屈するな、動揺するな」「私は民営化と自由市場、そして自由化を一気に行うことの重要性を強調した」と振り返っている。趙紫陽に宛てた覚書の中で、ショック療法を削減するのではなく、もっと行うことが必要であり、「ますます自由な民間市場への依存を拡大することで、中国はさらに劇的な進歩を遂げることができるのです」と述べている。このとき、フリードマンは中国に12日間滞在していたことを明かし、「政府関係者に客として招待されることがほとんど」で、共産党の最高幹部とも会見したと書き、「ところで私はチリと中国にまったく同じ助言を与えたのです。これほど邪悪な政府に進んでアドバイスしたことで、私は嵐のような抗議を覚悟するべきなのでしょうか」と皮肉たっぷりな問いかけをしている。
 フリードマンが最初にこのショック療法の劇的な有効性を学んだのは、かれがチリの独裁者ピノチェトの経済顧問を務めた1970年代半ばである。このとき、チリの民主的に選出されたアジェンデ政権を米軍の支援の下で打倒した暴力的軍事クーデターの直後、大混乱の中で、彼はピノチェトに対して減税、自由貿易、民営化、福祉・医療・教育など社会支出の削減、規制緩和といった経済政策の転換を矢継ぎ早に強行するようアドバイス、この激烈な手法が「シカゴ学派」の改革と呼ばれるようになったのである。この同じ手法を天安門事件の暴力的弾圧にいたる中国指導に助言したのがフリードマンであった。
 ナオミ・クラインは、中国を世界の「搾取工場」へと変貌させた淵源を、この「企業エリートと政治エリートが相互に乗り入れ、労働者を排除するという構図」、外国資本、共産党、双方にメリットがあった、市場原理主義にもとづいた「まさにこの改革の波によるものだった」と結論付けている。
 新自由主義路線、自由競争原理主義の路線はいまだに世界中を闊歩しており、日本においても、とりわけ民主党幹部には根強くはびこっている路線である。これまでにない鋭い論点を提供してくれているこの著作が、北米のみならず世界的ベストセラーとなり、三十以上の言語に翻訳されているのも当然と言えよう。
(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.408 2011年11月19日

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【コラム】ひとりごと -大阪秋の陣:反橋下・反独裁で統一すれば— 

【コラム】ひとりごと -大阪秋の陣:反橋下・反独裁で統一すれば— 

○大阪府知事選挙は、11月10日に告示され、前池田市長の倉田候補・大阪維新の会松井前府議・共産党推薦の梅田候補などが立候補し、事実上、倉田・松井の戦いとなった。○一方、大阪市長選挙には、現職の平松候補、そして大阪維新の会代表の橋下候補が立候補した。○これで、大阪維新の会VS反独裁連合の闘いの構図となり、まさに「大阪秋の陣」がスタートし、共に27日投票日に向けて、論戦が繰り広げられている。○今回の選挙は、任期途中の橋下が、大阪市解体実現のため、知事を辞任し、知事・市長のダブル選挙にする、と宣言したことから、大きな注目を集めることになった。まさに橋下の仕掛けで始まったわけである。○橋下の狙いが、大阪全域を「独裁的」に支配したいことにあることは明白である。しかし、候補者選びから、すでに躓きが始まった。○アナウンサーの辛坊次郎、元横浜市長中田、前宮崎県知事東国原、民間公募の府立高校校長、果ては堺屋太一まで、すべて実現しなかった。名前が上がっては消え、橋下も「意中の人」がいる、と公言してきたが、結局誰も手を上げず、維新の会府議団長が候補となった。○ここは、ポイントである。WTCを府庁に、と「思いつき」に頼って購入したものの、東日本大震災で被災、90億で安い買い物と思いきや、防災補強など今後1200億円が必要と試算されるほどの「安物買いのゼニ失い」となった。○うそ八百は、橋下「知事」なら、突き通すだろうが、候補に名が挙がった人々は二の足を踏んだことは想像に難くない。○さらに、橋下に大きな逆風が吹き始めた。10月発売の「新潮45」を皮切りに、ジャーナリズムが、橋下批判をスタートさせた。それは週刊誌にも及び、発売日に完売する程大きな反響を呼んだ。○まだまだ橋下人気は根強いものがあるのは事実だが、「そこまで言わんでも」から、「人気にあぐらをかいて、やりすぎ」という空気も出始めているように感じるのは、私だけだろうか。○一方の「反橋下」陣営も、候補者選びでは最後まで混迷した。○自民党府連が、参議院議員の丸山弁護士に要請、民主党は郷原信郎弁護士に要請した。いずれも実を結ばなかったが、前大阪市長会会長の倉田薫氏が、「府内市町村長の支持をいただけるなら」との条件を付けて出馬の意欲を見せると、事態は急変し、倉田出馬に流れが動き始める。○ある市長の話によると、橋下は中学校給食の補助金を予算化した。しかし、各市によっては耐震化を優先したいところもある。橋下は、中学校予算の活用に逡巡する市長に対して、次の選挙で対立候補を立てるぞと、発言したという。このような「地方自治」も「分権」とも無縁な対応に、府内首長も怒り心頭に達して、21首長が倉田支持を公表、30首長が応援に回るに及んで、倉田出馬が決まったと聞いている。○まさに「独裁政治」。反独裁の一点で、良心のある政治勢力は結集する必要がある。○その点で評価したいのが、大阪市長選挙における共産党候補の立候補見送りである。これまで、共産党の政治姿勢を批判してきた筆者だが、この点は大いに評価したい。今後の国政選挙等でも、大局に立った決断が続くことを期待したい。○さて、公明党である。わけのわからない「自主投票」を決めたらしい。共産党の判断と比較すると、なんとも理解に苦しむ。次期衆議院選挙での協力関係を考慮して、と報道されている。府民のための政党ではないことを、改めて証明したにすぎないのだが。○大阪市長選挙について、10月末に2000世帯を対象に選挙リサーチが行われた。橋下候補支持率38.5% 平松候補支持率37.5%との結果であった。まさに接戦・がっぷりよつという状況である。○橋下のマスコミ露出度の多さと逆風の中、橋下の街頭演説への参加が少なくなっており、ますます「キレル」ことが多くなったと伝わっている。「人口10万人の市長が、880万人の大都市のトップには絶対なれません」などの発言も、直ちにネットで暴露されている。○地方自治を破壊する大阪都構想を断固拒否し、地方独裁政治をストップさせるために、府民・市民の良識が問われる選挙となるだろう。(2011-11-13佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.408 2011年11月19日

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【投稿】弱肉強食・新自由主義・原発推進路線からの根本的転換を求める闘いの高揚と連帯

【投稿】弱肉強食・新自由主義・原発推進路線からの
            根本的転換を求める闘いの高揚と連帯

<「ウォール街を占拠せよ」>>
 「1%の富裕層が米国の富を独占している」、「ウォール街は強欲資本主義の象徴」、「ウォール街を占拠せよ」、「われわれこそが99%だ」のスローガンを掲げ、「富める者に税金を/貧しい者に食べものを」「戦争をやめよ」と要求する、米ニューヨークの10・16原発いらん関西行動デモウォール街占拠から始まった運動は、この10/1には、ウォール街から約100メートルのズコッティ公園からニューヨークの交通の要所・ブルックリン橋まで5000人以上のデモ行進が展開され、700人以上の逮捕者を出したが、10/5にはこれが1万人以上のデモ行進となり、今やロサンゼルスやボストン、シカゴ、サンフランシスコ、フィラデルフィア、ワシントンDCなど100カ所を超える全米の主要都市のほとんどで同様のデモが進行中であり、ヨーロッパ、アジア、豪州でもこれに呼応、連帯して、世界同時多発の様相をさえ呈している。
 この10/1、「ウォール街を占拠せよ」組織委員会・#OccupyWallStreetが出した当日の行動、「我々は、99%」連帯行動の呼びかけは、次のように述べている。

 「われわれ、99%は黙ってはいられませんし、脅しに屈しはしません。 われわれのこの土曜日の何千もの行進は、99%の声が示される時であることを明らかにするために、ともに行進するものです。 第二週を記念するこの新しい運動に加わってください。
 これは、10月1日土曜日午後3時に#occupywallstreet運動と連帯して行進する、個人、ファミリー、コミュニティならびに活動グループの皆さんへの呼びかけです。
 われわれは組合員であり、学生、教師、退役軍人であり、初めてこの呼びかけに応える人々、家族、失業者、非正規労働者です。 われわれは、あらゆる人種、性と信条を有しており、圧倒的多数なのです。 われわれは、99パーセントであり、もはや黙ってはいられません。
 われわれは99パーセントの一員として、現在の経済ならびに政治の状況に同意できないこと、そして来るべきよりよき世界の一例として、その象徴的な意思表示として、ウォール街を占拠します。 そこで私たちは、この土曜日午後3時に、99%の仲間たちをわれわれの行進に招待いたします。行進は、LIBERTY & BROADWAY のリバティプラザ(ZUCCOTTI公園)から始まります。
 行進は、午後5時30分、ブルックリン橋公園での集会と少々の食べ物で終了する予定です。」(筆者仮訳)

<<新自由主義=巨大な吸血鬼>>
 そして10月15日には、インターネットで同日を全世界的な「一斉行動の日」にしようとの呼びかけが行われたが、ニューヨークから発せられたこの「10月15日行動の呼びかけ」は次のように述べている。

 「この30年以上にわたって、1%は、グローバル経済システム ― 新自由主義 ― を形成し、人権を攻撃し、環境を破壊してきました。新自由主義は世界的規模で広がり、これがわれわれから雇用を奪い、ヘルスケアや教育、食料、ローンの余裕さえなくさせてしてしまっている理由なのです。
 新自由主義がわれわれの未来を奪っているのです。
 新自由主義は世界中どこにおいても労働者の基本的権利を奪い、生活できる賃金、社会保障、地球環境を略奪しているのです。
 それは、「人間の顔を装っているが、お金・マネーのにおいがするところならどこにでもむさぼりつく巨大な吸血鬼イカ」なのです。新自由主義が、世界的に南の世界を荒廃させ、国際金融危機を ― アメリカで、ギリシャで、スペインで ― 引き起こすシステムなのです。 それは強欲の上に築き上げられるシステムであり、社会に打撃を与え不安定化させることで繁栄するシステムなのです。
 新自由主義は、人類を窮乏化させることによって、1%の彼ら自身を豊かにさせるのです。
 こんなことはストップさせなければなりません!
 われわれは、民主主義的で経済的な正義の時代の到来を告げなければなりません。変えなければなりませんし、進化しなければなりません。
 10月15日に、世界は一体となって立ち上がって、叫びます。「もうたくさんだ! われわれはあらゆるところで、互いに分かち合う繁栄、互いを尊重し、互いを助け合い、尊厳を守る時代の到来を告げる、そのような世界的な闘いを開始しているのだ」と。」(筆者仮訳)

 この呼びかけに応えて、ニューヨークはもちろん、全米100都市以上で一斉行動が展開され、さらに全世界80カ国以上、ロンドン、パリ、ベルリンからマドリード、アテネ、カイロ、ヨハネスブルグ(南ア)、シドニー(オーストラリア)、オークランド(ニュージーラン)からムンバイ、東京、ソウルにいたるまで、1500を越える都市で集会やデモが展開された。それはアメリカやカナダ、ヨーロッパのみならず、アフリカ、アジアや豪州にも波及する全世界的な闘いの展開となった。
 デモは欧州の主要都市でも幅広く展開され、ローマにはイタリア全土から参加者が集まり、中心部を行進、「我々は銀行の資産ではない」、「欧州の人々よ、決起せよ」と叫び、参加者は10~20万人規模に上るという。ロンドンでは数千人の人々が金融街シティーの中心に集結、「ノー・カット」と書かれたプラカードを掲げ、緊縮財政政策に抗議し、ドイツの金融の中心地フランクフルトでは欧州中央銀行(ECB)のビルの前に約5千人が結集、欧州連合(EU)の執行機関があるブリュッセルでも2千人以上がデモ行進を行い、20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が開かれているパリでも抗議デモが行われた。
 そしてオーストラリア・シドニーの豪準備銀行(中央銀行)前の広場に集結した2000人を越える市民らが「企業の強欲ではなく人間的な要求を」などのシュプレヒコールをあげた。
 さらに、中国・香港ではビジネス街の中環(セントラル)にある香港取引所前の広場に約500人が集結、国民皆年金の導入や団体交渉権の確立などの要求を掲げ、参加者は「世界の抑圧された人々と連帯し、資本主義と戦う」立場を明らかにしている。
 台北市でも、台湾最大の高層ビル「台北101」の周りを大勢の人々が練り歩き、格差拡大反対を訴え、ソウルでは、市役所近くの広場で多くの人々が合流、「1%に税金を、99%に福祉を」などと訴え、米韓自由貿易協定(FTA)に反対する垂れ幕、「1%(の富裕層)を代弁する資本主義は壊れた」の横断幕も掲げられた。
 日本でもこの運動に初めて呼応して10/15、東京・六本木、日比谷公園など、都内の複数箇所でそれぞれ数百人規模のデモや集会が行われ、東京電力本店前では「格差ノー」とともに脱原発やTPP反対、「放射NO」が叫ばれた。

<<根本的な社会変革運動>>
 この運動の特徴は、参加者の多様性を徹底的に尊重、保障し、多様な要求やスローガンを自由に表明させ、上意下達方式ではなく、民主的な横並び組織運営、民主的運営に基づいた討議事項と決定事項の確認と伝達、暴力的・挑発的行動を禁じた平和的な運動姿勢、そしてインターネットを通じた運動情報の即時公開、ソーシャルメディアの活用、独自サイトでのアピール、呼びかけ、連帯メッセージ、全米各地からの支援物資、刻々と発せられる実際のデモ行進の動画や警察の弾圧や挑発の証拠映像、参加者の多様な声を集めた動画や写真、テキスト配信などにあり、さらにその基本姿勢には「われわれこそが99%だ」という圧倒的多数の庶民の声を代表する政治姿勢、1%の強欲資本主義とそれを富み栄えさせた新自由主義に対する広範な人々の怒りを幅広く結集する運動姿勢にあると言えよう。
 さらにこの運動の特徴として指摘されなければならないのは、この運動が表面的かつ現象的な反貧困・格差是正を求める要求運動でありながら、実はこのような事態をもたらした強欲資本主義の根源に焦点を当て、金融資本主義がもてあそぶマネーゲームの犯罪性を告発し、この30年来のさばり続けてきた自由競争原理主義と新自由主義をこそストップさせなければならない、という社会を、経済を、政治を根底、根幹から変革しなければならないという社会変革運動、本来の革命的な運動の性格を内包したもの、そのような性格を濃厚に帯び、反映した運動だということである。
 もちろんこのように運動を盛り上がらせた背景には、弱肉強食・強欲資本主義、それを根底から支えた自由競争原理主義=新自由主義がもたらしたすさまじい格差の拡大と政治的経済的行き詰まりが、もはや耐え難い段階に達していることにある。

<<バフェット・ルール>>
 今年の8/15のニューヨーク・タイムズ紙上で、カリスマ投資家、世界長者番付で3位に入るウォーレン・バフェット氏が「私自身が支払った所得税、給与税などの連邦税は693万8744ドルである。額だけなら高額に聞こえるかもしれないが、所得との比率で言えば、課税所得の17.4%に過ぎない。一方、私の職場にいるスタッフ20人の税率は33~41%だ。平均で36%にも達する。私の税金は一番低い。」「金持ちの中には、私よりもっと税率が低い人もいる。ある投資マネージャーは何十億ドルも所得があるのに、その15%しか税金を支払っていない。」「富裕層に重税を課すと、投資意欲をそぎ、雇用にマイナスに作用すると叫ぶ人がいる。しかしそれは嘘だ。20世紀末の20年間、私に対する課税率はもっと高かった。1976年にはキャピタルゲイン課税は39.9%だった。それでも4000万件の雇用が創出されている。」「人口の99.7%は100万ドル以下の収入の人々である。その100万ドルを超える課税所得者24万人については、直ちに増税をすべきだ。さらに年収1000万ドルを超える8000人にはより高い税率を適用すべきだ」という、いわゆる「バフェット・ルール」を提起した。
 これには「高額所得層向けの増税は投資を罰することになる」としてオバマ大統領の高所得層向け増税政策に反対してきた共和党、その支持者から反発と批判が巻き起こり、共和党のヒュールスカンプ下院議員(カンザス州)が書簡をバフェット氏に送り、「あなたの話がオバマ大統領の政策の牽引役となっている。このような政策を正当化する証拠を速やかに公開してほしい」と異議を申し立てた。
 これに対してバフェット氏は10/12までに、ヒュールスカンプ議員への返書の中で、昨年のバフェット氏の所得がほぼ6300万ドル(約48億5000万円)で、課税所得はほぼ4000万ドル、納税額が690万ドル、所得税率は17.4%にすぎないことを改めて公表したのである。これはレーガン・ブッシュ以来の新自由主義者が提起してきた金持ち優遇税制がいかに税制をゆがめ、格差を拡大する不公平税制となっているかということを具体的に明らかにし、それにに対する根本的かつ現実的批判を提起するものであったと言えよう。それは同時に、小さな政府と新自由主義を要求する共和党系保守派のティパーティ運動の勢いをなくさせ、現在のアメリカ社会の政治的経済的行き詰りの打開策をめぐる重要な問題提起でもあった。
 そしてこうした行き詰まりの打開をめぐって、先進国の支配層は総じて、さらなる新自由主義の徹底、つまりは弱肉強食支配のためのさらなる規制緩和と市場開放、無権利不安定雇用労働者の大量創出と、徹底した緊縮政策による政府機能・社会的再配分機能の縮小、教育・医療・社会保障政策を根底から破壊する予算削減攻撃、金持ち減税と庶民増税等に活路を見出そうとしている。日本の民主党政権も、政権交代を否定するこのような路線に同調しようとしている。しかしこの路線には今や支配層内部においてさえ異論が噴出し、展望がなく、混迷を続けているのが現状といえよう。やはりここにおいても問われているのは、根本的な路線転換であり、「ウォール街占拠」はそのことを提起したのだといえよう。
(生駒 敬)

(写真は、10月16日 大阪で行われた「原発いらん関西行動」のデモ写真です。俳優の山本太郎さんも、集会でも発言され、デモにも参加されました。)

 【出典】 アサート No.407 2011年10月22日

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【投稿】 原発推進の役割を担った地球温暖化仮説

【投稿】 原発推進の役割を担った地球温暖化仮説
                          福井 杉本 達也 

1 原発産業の斜陽化とともに始まった地球温暖化仮説
 1979年の米国―スリーマイル島原発事故・1986年の旧ソ連―チェルノブイリ原発事故以降、世界的に脱原発の機運が高まっていた。そのような中で、1958年からハワイ・マウナロア山頂の気象観測所にて、大気中の二酸化炭素濃度データの観測・収集・計測を継続的に実施ししていたC.D.キーリングは、観測結果から、大気中のCO2濃度の増加は人為的に放出されているCO2放出量の半分に相当する量が蓄積していると考えられるとした。また、第二次世界大戦後1970年代半ばまで続いた世界的な寒冷化傾向は一転して継続的な気温の上昇傾向を示すようになっていた。この二つの事象を繋ぎ合わせることによって『人為的に放出されたCO2の増加が大気中のCO2濃度の上昇をもたらし、大気中のCO2濃度の上昇による大気の温室効果の増大によって気温が上昇し、このまま気温が上昇すると生態系に壊滅的な打撃を与える』というシナリオに基づいて『人為的CO2地球温暖化脅威論』が作り出された。1988年の米国議会上院エネルギー委員会においてNASAのハンセンは人為的CO2地球温暖化は確実に進行していると証言している。
 この人為的CO2地球温暖化仮説に斜陽化しつつあった米国の原子力関連企業は飛びついた。こうして気象分野の研究者と原子力関連企業の間には強い利害関係が生まれた。それを世界的に広げたのがフランスである。元来、フランスは環境問題に関しては最も冷淡な国家であった。ところが、原子力産業が斜陽化してきたので、CO2を出さない原子力発電は環境によい発電ということになった(参考:近藤邦明HP)。

2 原発を前提としなければ成り立たない地球温暖化仮説の課題解決
 2007年のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第4次評価報告書はCO2削減のためには省エネルギーや燃料転換だけでは不十分で、原子力、再生可能エネルギーシステムの大規模な導入や二酸化炭素の固定と貯留(CCS)が必要だと説く(第3作業部会報告書)―図TS10など)。これを受け、国立環境研究所地球環境研究センターの藤野純一主任研究員は「2050年には世界の温室効果ガス排出量を1990年に比べて約50%削減し、それ以降さらなる削減が求められる」とし、「化石燃料と比べてCO2をあまり排出しない再生可能エネルギー(風力や太陽エネルギー)や原子力発電の割合を増加させる、さらにはCO2排出の少ないエネルギーで製造した電気や水素を効率的に利用するといった対策で、大幅に改善できる可能性」があると『解決法』を提示する(同センターHP:Q&A)。そして、この間「原子力ルネサンス」という言葉がもてはやされた。
 これまで我々は将来の科学技術が現在の課題を解決してくれるであろうという前提で物事を判断してきた。しかし、今回の福島第一原発の事故はこれらの前提を全て吹き飛ばしてしまった。人類は核エネルギー=その反応は我々が日常的に使っている化学反応 (燃焼) の約1億倍にもなり、10万分の1秒というとてつもない短い時間で核分裂を繰り返し加速度的に増加するが、それを制御し暴走しないようにしてエネルギーを取り出そうとする技術の取り扱いに完全に失敗してしまった。核物理の到達点(核兵器)から技術的適応としての核の平和利用に人類の進歩を見ようとしたバラ色の科学技術未来論は崩壊した。
水野和夫氏は「原発事故は、近代の最も重要な概念である『科学技術』万能主義神話を崩壊させた」とし、「技術進歩」を17世紀~20世紀を支配した「成長教」というキリスト教神学に代わる宗教=「大衆は…奇蹟と来世の信徒から一挙に人力の自然支配という技術の奇蹟の信徒となった」(カール・シュミットの引用)であったとし、「3.11で技術も魔術の一つだったと明らかになった…科学技術と成長は人類が抱える問題を解決するどころか、ますます泥沼化」させたとする(『終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか』日本経済新聞出版社 2011.9.5)。
 また、内山節氏は「資本主義には拡大再生産を遂げつづけることによって正常に展開するという側面が付随している。拡大再生産が止まれば、市場の縮小と失業問題、貧困の問題などが一気に吹き出してくる。」ところが「自然が有限だと…不都合なことになってくる…資源の面でもそれが無限に存在しなければ、無限の経済発展とはつじつまが合わない。」つじつまが合わないことを「人はその解決を科学の発展に丸投げしたのである。科学の発展がさまざまな問題を解決していくだろうと仮定することによって、ほとんどの人々はこの矛盾する悩みから解放された」。「将来の科学」が「問題を解決していくのであれば、それは専門家の仕事になる」。問題の解決が専門家にしかできないとすることによって「専門家の暴走を許容する社会」を作り出し、「この発想の延長線上で、福島の惨状は発生した」と述べる(『世界』2011.11』。
 核技術はこの66年間、やっかいな放射能の取り扱いを「将来の科学」に委ねようとしてきたが結局徒労に終わった(だけではなく福島をはじめ東日本に厖大な放射能をまき散らした)。IPCCの掲げる「再生可能エネルギー」や「CCS」も同様の道をたどる恐れが高い。IPCCは地球温暖化という問題は提起したが解決はもはや不可能である。人類や生物が放射能と心中する方が早くなってしまう。ましてや「経済開発が持続可能な形で進められる」ことはない。

3 日本気象協会の犯罪的役割
 日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)と信大病院(松本市)が福島県内の子ども130人を対象に今夏行った健康調査で、10人(7・7%)の甲状腺機能に変化がみられ、経過観察が必要と診断されたことわかった(信濃毎日新聞2011.10.4)。チェルノブイリ原発事故では数年後に小児甲状腺がんが急増している。
 福島原発事故では保安院の発表によると、ヨウ素131は3月15日を中心に広島原爆の2.4倍分が大気中に放出されたという(日経:2011.8.27)。政府は緊急時には15分で計算できるというSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測)を事故後12日も経過した3月23日に発表した。その間に福島県内の36万人もの子供をはじめ、東京を含む関東や東北地方の数千万人の子供が(もちろん日本の人口の半分の大人も)被曝してしまった。自治体によっては少量のヨウ素剤も準備されてはいたがほとんど飲む暇もなかった(ヨウ素剤は放射能が到達する24時間前から2時間後までに服用しないと効果は極端に悪くなる)。これらの被曝は今後の日本人の健康に大きな影響を及ぼすこととなろう。国家による国民に対する重大な犯罪行為である。しかも地球温暖化研究の中心部隊である日本気象学会はこの事実と結果の重大さを十分知りながら、新野宏日本気象学会理事長(東京大学大気海洋研究所教授)名で「放射性物質の拡散が懸念されています。大気拡散は、気象学・大気科学の1つの重要な研究課題」だが「今回の未曾有の原子力災害に関しては、政府の災害対策本部の指揮・命令のもと、国を挙げてその対策に当たっているところであり、当学会の気象学・大気科学の関係者が不確実性を伴う情報を提供、あるいは不用意に一般に伝わりかねない手段で交換することは、徒に国の防災対策に関する情報等を混乱させることになりかねません。会員の皆様はこの点を念頭において適切に対応されるようにお願いしたい。」(同学会HP・2011.3.18 報道・朝日:2011.4.2「放射性物質予測、公表自粛を 気象学会要請に戸惑う会員」など)。との通知を出し政府の犯罪に荷担したのである。会員は放射能の排出量は分からなくても、風向・風速などで地球温暖化の研究よりははるかに簡単に拡散予測はできたはずである。もちろん気象庁も福島県の浜通りの風向きも雨の予想も何一つ発表しなかった。当時、我々はドイツ(Deutscher Wetterdienst)やフランス・オーストリアといった海外の放射能拡散シミュレーションを頼る他なかったのである。

4 金のため自己保身を図る研究者
 放射能の危険性についてわかりやすい発信を続ける中部大学の武田邦彦氏、精力的に反原発の全国連続講演をこなす広瀬隆氏、毎日福島原発と放射能の状況についてラジオで解説する京大の小出裕章氏―いずれも地球温暖化仮説に懐疑的である。一方、日本における地球温暖化脅威論の元締め的国の研究機関-国立環境研究所の安井至氏は「放射線による直接的健康被害がでる可能性はかなりゼロに近いのに対して、今回の事態で精神的うつ状態になる人が今後増加するだろう。チェルノブイリでもそうだった」(安井至HP『市民のための環境学ガイド』「ICRPはなぜ信頼できるのか」2011.10.9)などと原発擁護の姿勢を示している。なぜ、研究者の一部はこうした態度を取るのか。その秘密を伊東光晴氏は「地震研究で文科省所管であれば研究費の額は知れたものである。それを地震“予知”とすることで所管が変わり、巨額な予算が入手できるのである。工学関係者は、こうした予算獲得にたけている」(『世界』2011.11)からだと解き明かしている。人為的CO2地球温暖化仮説に関する研究も環境省・経産省・国交省・農水省など予算は多岐にわたり額も巨大なものである。
 その最たる研究者?の一人が東電の社外監査役で原子力ムラの総本山東大前総長の小宮山宏である。かつて、総長就任前の小宮山はその著『地球持続の技術』(岩波新書1999.12.20)で「代替エネルギーの開発は確かに必要ではあるが、21世紀中に自然エネルギーを化石資源に全面的に代替させることは技術的にも不可能である。また、安全性に対する懸念から、原子力への依存も避けるべきである。」と述べていた。ところが、総長を退任し無事三菱総研理事長に収まった時期の『低炭素社会』(幻冬舎新書2010.5.30)では日本の原発の稼働率が60%と低いことにふれ、「日本も世界で平均的な稼働率である80%を目指せば、化石燃料によらない発電が3%分は増え、その分CO2が減らせます。…CO2削減のためには極めて有効な発電手法の一つであることは間違いありません。」と見事に変節をしている。自己保身や研究費稼ぎのため政府や企業にすり寄り国民に甚大な被害を与えた研究者の犯罪は厳しく断罪されねばならない。 

 【出典】 アサート No.407 2011年10月22日

カテゴリー: 原発・原子力, 杉本執筆 | 【投稿】 原発推進の役割を担った地球温暖化仮説 はコメントを受け付けていません

【本の紹介】「仮面の騎士」橋下徹 独裁支配の野望と罠

【本の紹介】 
★「仮面の騎士」橋下徹 独裁支配の野望と罠
        講談社 2011年10月 1400円+税
★大阪都構想Q&Aと資料–大阪・堺が無力な「分断都市」になる–
        公人社 2011年9月 2200円+税 

 いよいよ「大阪秋の陣」が始まろうとしている。来週には、橋下知事が正式に辞任を表明する予定と言われており、10月31日に辞任との報道もある。こうした緊迫した情勢の中で、時宜を得た本が続々と出版された。書評とまではいかないが、読者各位に是非読んでいただきたいと、概要を紹介したいと思う。

「仮面の騎士」橋下徹 独裁支配の野望と罠<橋下独裁を許さぬ闘いの本>
 まず、「独裁支配の野望と罠」である。すでに先の統一地方選挙においては、大阪府議会の過半数を制した橋下・大阪維新の会。3分の2条項の案件は別として、予算・条例などの議決においては、大阪府の「独裁支配」を完了させたと言ってよいだろう。次に狙いを定めているのが、大阪市である。橋下は、「今の日本の政治で、一番重要なのは独裁。独裁と言われるくらいの強い力だ。」と今年6月の政治資金パーティで発言している。自ら「独裁」という言葉を使った。まさに本音が出たのである。そして、次のターゲットとされたのが、大阪市と大阪市民なのである。
 確かに橋下知事は選挙に強い。特に特定政党を支持していない無党派層に強い支持を持っている。2年前の堺市長選挙、そして先の統一地方選挙しかりである。だが、その政治手法は、意見の違うもの、反対するものを徹底的に排除する手法。まさに「独裁支配」なのである。本書は、橋下知事とは何者であるのか、そして約4年間の橋下・大阪府政が、何を作り、何を壊し、何を残したのか、府政の現場で起こった事を克明に明らかにしている。さらに、維新の会が掲げる「大阪都構想」が、如何に空虚で、大阪の地方自治を破壊し、大阪府民・大阪市民を不幸に陥れるものであるかを明らかにしている。

<「仮面のヒーロー」の素顔は、独裁者だった>
 第1章「大阪維新の会 独裁への危険な体質」では、タレントから大阪府知事へ、そして維新の会結成から大阪都構想に至るこれまでの「軌跡」を追いながら、橋下の素顔を明らかにする。弁護士をめざしたいきさつ、駆け出し時代に債務取立に走りまわり、金融屋の顧問弁護士をして、弁護士事務所を開設、そして視聴者受けする放言を武器にテレビタレント。そしてタレントとしての知名度を生かして、知事へと昇りつめた。
 しかし、府議会では、WTCへの大阪府庁移転・買取をめぐって、議会と対立。この経過の中で、自らの議員グループ=大阪維新の会の育成へと動いていく。

<大阪都構想がもたらす大阪府民の不幸>
 第2章では、大阪市解体をめざす「大阪都構想」とは、何であるのかが、明らかにされている。橋下維新の会の唯一の政策が「大阪都構想」であるが、統一地方選挙を前後して、大阪都構想というビジョンは曖昧性から抜け出ておらず、今も変わらない。この曖昧性こそが、そこに暮らす府民や市民の視線から発想されたものではなく、「成長戦略」の美名の下に、権限と財源を「大阪都」に集中することだけを目的にしていることが明らかにされる。
「大阪都構想の内容について、真面目な議論が巻き起これば起こるほど、様々な問題が噴出し、問題点が白日のもとに曝されてしまうので、それを回避するため、漠然としたムード、イメージだけで市民を動かそうという、意図的な世論操作であることは明らかです。」

<橋下府政の下、何が起こったか>
 第3章「橋下知事の「大阪府政・四年間」を斬る」では、橋下府政の下、何が起こっているのかが明らかにされる。まず衝撃的なのは、大阪府職員の自殺が、橋下知事就任後急増している事実である。それまで、年間1、2名だった自殺者が6,7名に増えた。なぜか、知事の意に沿わない職員は、徹底的に罵倒されるか、干されるか。職員のやる気をなくさせている現実が明らかにされる。
 昨年10月、大阪府商工労働部国際交流促進課参事が、「仕事上の課題・宿題が増え続け、少しも解決しません。もう限界です。疲れました。」との遺書を残して、行方不明となり、淀川で遺体が発見される。彼も橋下の犠牲者である。台湾訪問をめぐるマスコミ対応での朝礼暮改。責任をすべて職員になすりつける手法。大阪府の中では、無原則に知事に擦り寄る職員がいる一方で、大半の職員のやる気がどんどん低下しているという。
 
<橋下にむらがる利権>
 第4章「「大阪都」に生まれる新利権と群がる人々」では、橋下知事が、大阪都構想によって新たな成長を生むとしている政策が、様々な利権と絡んでいることが明らかにされている。まず、府庁をWTCに移転した場合、大阪市の中心部大手前地区に広大な土地が出現し、土地に絡む利権が生まれる。大阪市を手中に収めれば、大阪市地下鉄を民営化・売却というシナリオであり、利権が生まれる。法定金利を上回る貸付利率を適用できる「特区」構想は、金融利権そのものであろう。

<大阪都構想は必ず破綻する>
 終章にあたる第5章「大阪独裁支配の橋下構想は必ず破綻する」では、今ある基礎自治体を衰退させ、地方自治・地方分権に背を向けた「大阪都構想」が、大阪の復権に繋がるどころか、一層の衰退と混乱をもたらすものであることが明らかにされる。
 
 本書は、独裁と民主主義の否定を覆い隠し、イメージ戦略のみで突き進む橋下維新の会に対して、自治体行政の現場から、事実と論拠を示して、真っ向から批判する内容となっている。著者は、「大阪の地方自治を守る会」で、木原敬介氏(前・堺市長)、坂口義雄氏(前・吹田市長)はじめ、7名の行政の現場を経験してきた方々である。是非読んでいただきたい。

大阪都構想Q&A<「大阪都構想Q&A」、丁寧な検討・分析が光る>

次に紹介するのは、「大阪都構想Q&A–大阪・堺が無力な「分断都市」になる–」であり、澤井勝・村上弘・大阪市政調査会によるものである。
 「仮面の騎士」とは趣を異とにしており、現時点で明らかにされている大阪維新の会の政策を、具体的に検討して、平易なQ&A方式で、「大阪都構想」を批判する内容になっている。
 例えば、「Q4 大阪都構想では、大阪市と堺市は廃止されるのですか。」「Q6 大阪都になると、住民サービスはどうなるのでしょうか。」「Q10 大阪府と大阪市の協力は理想であっても、ムリではないですか。」「Q7 大阪都構想のデメリットについてマスコミの報道が少ないのは、デメリットが少ないからですか。あるいは、知事の怒りを恐れるからですか。」「Q18 大阪の競争力を回復させるためには、府と大阪市を一元化するべきではないでしょうか」「Q25 橋下知事の大阪都構想がわかりやすく、同時に分かりにくいのはなぜでしょう」など28問の問いを設定し、それぞれに、丁寧な分析が行われ、それに付随する資料も巻末にまとめられている。
 Q&Aは、著者の一人である村上弘立命館大学法学部教授の手によるものである。
 その中で、私がなるほどと感心したのは、以下の部分である。Q4-Aでは、大阪維新の会が、「廃止」という言葉を徹底的に避けている点。二つの政令都市の廃止が、大阪都構想の核心であるのに、「ONE大阪」という点だけを強調していること。
 さらに、Q6-Aでは、「大阪維新の会マニュフェストでも、経済成長が起これば特別区は行政サービスを改善しうるとしているだけで、改善を約束しているわけではありません。」という分析がされる。
 その他は紹介を省くけれど、大阪都構想が、そのデメリットについて明らかにしていない点は、まさにデマゴギーの部類に属する問題と言える。大阪市・堺市を廃止すれば、その住民は、これまでのように選挙で市長を選ぶことはできない。区長公選にするというが、区の権限は、彼らの言う「基礎自治体」機能に限られ、府知事や府議会選挙が唯一の意思表明の場ということになり、ますます「地方自治」は遠くなる。
 さらに、大阪市の文化、スポーツ、歴史的建造物などが、「大阪都」に移転する。施設を閉鎖しようが、売却しようが、「大阪市民」「堺市民」の意見は届かず、「大阪都」=橋下独裁者の「成長戦略」のためにのみ「活用される」だろう。知事就任時の相次いだ文化施設閉鎖が思い起こされる。
 
 この2冊の本は、それぞれに大阪都構想、橋下独裁支配に対する有効な批判の手引きとなるだろう。是非一読を薦めたい。(2011-10-19佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.407 2011年10月22日

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【追悼集のお知らせ】 「全力疾走、全力投球 追悼 吉田勝次さん」

【追悼集のお知らせ】
「全力疾走、全力投球 追悼 吉田勝次さん」

 読者各位にとっても古い友人であった吉田勝次さん追悼集が、同編集委員会によって、2011年9月に発行されました。
 吉田勝次さんは、大阪大学に1962年入学、学生運動に参加、1965年3月の民主主義学生同盟第4回大会で全国委員長に選出され、学生運動の統一のため奮闘。卒業後は貿易関係の職場を経て、1977年衆議院議員上田卓三さんの秘書となり、まさに水を得た魚のごとく活動されました。1988年上田事務所退職後は、日本国際問題研究協会事務局長などを経て、1994年大阪経済大学客員研究員、1998年からは姫路工業大学(現兵庫県立大学)環境人間学部教授に就任。2008年に同大学を定年退職されました。
 一方、2005年に右腎臓の摘出手術以来、大学教授の仕事と癌との闘いを、吉田さんらしく、明るく、そして徹底的に闘いぬき、「癒す力–がんの患者学入門」(2008年12月)を執筆されていましたが、2010年2月帰らぬ人となりました。
 追悼集には、大学関係者、教え子の皆さん、台湾民主運動の活動家の皆さん、そして学生運動以来の友人など、多くの皆さんからの追悼の言葉が寄せられています。 
 本書をご希望される場合、メールにてお知らせください。アサート編集委員会の方で手配させていただきます。(佐野)

全力疾走 全力投球 追悼 吉田勝次さん
  
          「全力疾走、全力投球 追悼 吉田勝次さん」
             2011年9月 吉田勝次さん追悼集編集委員会
             にんげん出版 ¥3000円+税 

 【出典】 アサート No.407 2011年10月22日

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【日々雑感】「山上憶良」を見て来ましたよ!

【日々雑感】「山上憶良」を見て来ましたよ!

 10月9日(日)に奈良100年会館で行われていた「万葉朗読劇山上憶良と遣唐使」を鑑賞してきました。
 憎々しい橋下のハシズムに、いらいらさせられる毎日が続きます。ヒトラーが、知識人の書物を集めて焼き払い、タリバンが、芸術的価値も高い石仏を砲撃破壊し、橋下が、文化芸術活動に対する予算を切り捨て、教育現場をズタズタにし、言うも事欠いて、戦争被害の経験も無い奴が、国家、日の丸の強制を条例化し、公務員(ユダヤ人と想定もできる)を敵視する政策を推し進めている。挙句の果てには、外国資本も誘致して、カジノを創設云々と、日本をバクチ社会にしようと言うのか?全く思いつきの言動、パフォーマンスで私には、あのオウム真理教で悪名を馳せた「あー言えば上裕」を思い起こさせる。
 こういうときには生温い記事をかくことに後ろめたさを感じますが、反対にこういう時だからこそ、文化、芸術に親しみ、自分の精神を浄化し、内面を高めることも必要かと思い、(奈良に)行ってきました。
 会場では、一千人位入れる中ホールが、ほぼ満員で、68歳の私から見ても高齢と思われる、70歳台の人々も多くを占めておりました。人々は、年を取るとやはり人のやさしさや、ぬくもりを求めているんだなあと感じさせられました。
 名優・浜畑賢吉氏が、山上憶良役で朗読、演技をされており、法相宗大本山薬師寺の山田法胤管主のお姿もお見受けしたように思います。
 私が中学3年生だった頃、社会科の先生が、山上憶良の「貧窮問答歌」を朗々と詠じて下さったのを、懐かしく思い起こします。
 出世にのみ貪欲で、ついには貴族の位を得るまでになった憶良が、いつしか人情や慈悲に満ちた作風で知られる歌人へと成長した物語を楽しみ清々しい思いで帰路につきました。最後に、山上憶良の有名な歌を記し、筆を置きます。

 ○憶良らは 今は罷(まか)らむ 子泣くらむ それその母も、我(わ)を待つらむぞ
 ○銀(しろがね)も、金(こがね)も玉もなにせむに 優れる宝 子に及(し)かめやも
(2011-10-12 早瀬達吉) 

 【出典】 アサート No.407 2011年10月22日

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