【投稿】「対テロ戦争」参戦もくろむ麻生政権 

【投稿】「対テロ戦争」参戦もくろむ麻生政権 

<継接ぎだらけの海自派遣>
 政府・与党は「ソマリア沖の海賊対策」を口実に、なりふりかまわず海上自衛隊の派兵を急いでいる。
 1月28日政府は安全保障会議で護衛艦の派遣を決めた。これを受け浜田防衛相は海自に派遣準備を指令、海自は呉基地の護衛艦「さざなみ」「さみだれ」に特別警備隊を搭乗させ、ソマリア沖に送り込むことを決定した。
 そして2月20日には海上保安庁との合同訓練を実施、3月上旬の出撃にむけた準備が着々と進められている。さらに、「新対テロ特措法」に基づいてインド洋に派遣されている、補給艦と護衛艦をソマリア沖に投入する計画も明らかになっている。 
 海自の派兵は当初、交戦権を付与した「海賊対策新法」を制定した上でとされていたが、欧米各国に加えアジアでもインドに続き、中国、そして韓国も海軍艦艇の派遣を決定。
後塵を拝す形となった日本政府は、新法が間に合わないとわかるや、当面の「つなぎ措置」として自衛隊法の「海上警備行動」を根拠に、とりあえず派兵そのものはクリアしつつ、相手が海賊なので警察権行使の問題は、海上保安官を同乗させて対応するという、はじめに海自派兵ありきの、なんとも奇妙な文字通り泥縄式の弥縫策をひねり出した。
 これは陸上自衛隊イラク派兵に関する小泉総理(当時)の「陸自のいるところが非戦闘地域」との詭弁に勝るとも劣らないでっち上げである。政府は主要国の艦隊が終結している海域になんとしても、軍艦旗をはためかせたいのである。こうして決められた計画では、実際に海賊取り締りに効果があるかなどは二の次となっている。
 
<「ソマリアのボラ釣り」>
 日本では海賊について「重武装」「ハイテク装備」などと過大評価がふりまかれているが、元来地元漁民である海賊の武装は北朝鮮の工作船以下である。
 携行する火器はAK自動小銃、RPG7ロケット砲がせいぜい、母船といえども遠洋漁船程度の船体であり、実際に「獲物」を襲撃する船は木造の小型ボートがほとんどである。
 対する軍艦からみれば海賊船など取るに足らないものであり、NATO艦船の標準的な艦砲(127㎜砲、76㎜砲)が漁船程度の舟にあたれば、文字通り木っ端みじんになってしまうだろう。
 すでにロシアやインド海軍が海賊に対する「戦果」を上げているが、「オーバーキル」との批判を受けている。しかも、インド軍が昨年11月オマーン沖で撃沈した「母船」は、海賊に乗っ取られたタイのトロール漁船だったことが判明した。
 そこで欧米の艦艇は、実際の取り締りに当っては、機関銃を搭載したヘリや高速ボートで海賊を追跡、拿捕をしている。先進国の軍隊にとってソマリアの海賊を捕まえるのは、ボラを釣るように簡単なことなのだ。
 こうした状況下でも、海自としては、武器使用は原則として正当防衛や緊急避難に限られており、インド海軍の例もあるので慎重を期さざるを得ないだろう。(ただし現場では何が起こるか分からない)
 
<新法で3軍派兵>
 そのため政府としては、船体射撃や外国船の保護も可能な「海賊対策新法」を早期に制定し、大義名分が立ちやすい海賊相手に、海外での武力行使という既成事実をつくりたいのである。そして、それを突破口に次なる自衛隊の海外展開につなげようとしているのである。
 政府・防衛省はソマリア沖への艦隊派遣につづき、空中からの監視のためP3C対潜哨戒機、さらには拠点となるジプチの基地警備の名目で、陸上自衛隊をも派遣しようとしている。そして肥大化した遠征部隊への物資輸送のため、空自輸送機をも送り込む計画もある。
 これまで同時期、近接地域に、3軍部隊が派遣されてきた(イラク、クェート、インド洋)実態はあったが、ソマリア沖派兵では本格的な実戦での3軍の統合運用を行う目論見がある。
 これは海賊対策の域を大きく逸脱しており、まさに牛刀で鶏を殺すようなものである。
 
<「海賊」の次は「山賊」>
 こうした強引な軍「革」路線は、アメリカが進める対テロ戦争への本格的な参戦に通じる。
 オバマ政権は、アフガニスタンへの1万7千人の増派を決定、これにより駐留米軍は5万人規模に達する見込みである。当然国際治安支援部隊(ISAF)としてイギリス、ドイツなど既に部隊を駐留させているNATO諸国への増派、そして日本への新たな貢献も求められることになる。
 現在アフガンでは、武装勢力や部族勢力が、パキスタン国境のカイバル峠付近で橋梁を爆破するなど、ISAFの輸送ルートに対する攻勢を強めている。さらに、山岳地帯は無政府状態化し、武装強盗による村落や民間人に対する襲撃も相次いでいる。またキルギス政府は2月4日、これまで米軍に使用を認めていたマナス空港の使用停止を通告した。
 アフガンへの既存の補給路が断たれれば、ISAFの作戦遂行は計り知れない打撃を蒙るだろう。そこで山岳地帯の輸送に陸自のヘリ部隊を、との要望が強まってきているであり、麻生政権はこれを最大限利用しようとしている。
 当然、輸送部隊には警護部隊がつく。具体的には輸送ヘリに攻撃ヘリが随伴する作戦が考えられるだろうが、ソマリア沖の「海賊狩り」の次はアフガンの「山賊退治」というわけである。
 麻生政権は、こうした「実績」の積み重ねで、戦争が当たり前の国家づくり=東アジアにおける軍事的プレゼンスの強化を目論んでいるのである。
 自らが泥沼に沈むのは仕方がないが、人々を引きずり込むのを許してはならない。(大阪O)

 【出典】 アサート No.375 2009年2月28日

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【投稿】誰のための裁判員制度か

【投稿】誰のための裁判員制度か
                      福井 杉本達也 

1.国民の過半数が反対
 裁判員制度が今年5月21日より施行され、7月下旬からは実際に裁判員が加わる裁判が開始される。制度が適用される事件は地方裁判所で行われる「刑事裁判」のうち、殺人罪、傷害致死罪、強盗致死傷罪、現住建造物等放火罪、身代金目的誘拐罪などの重大犯罪についてであり、有権者から無作為に選ばれた裁判員が裁判官とともに裁判を行い、「国民の司法参加により市民が持つ日常感覚や常識といったものを裁判に反映するとともに、司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上を図ること」が目的とされている。裁判員は審理に参加して、裁判官とともに、証拠調べを行い、有罪か無罪かの判断と、有罪の場合の量刑の判断を行うことになる。
 裁判員制度については、当初国会でほぼ全会一致に近い状態で成立した(2004年5月)こともあり、具体的反対論が見られなかったが、施行間近の今になって根強い拒否論が目立つようになっている。毎日新聞の世論調査では裁判員制度を「評価する」が35%に対し、「評価しない」が56%を占めている。また、「一般市民が死刑判決にかかわること」について、68%が反対している(毎日:2009.1.28)。

2.法曹人口の拡大と裁判員制度は表裏一体
 2001年6月に出された『司法制度改革審議会意見書』は、改革の柱として特に①「司法制度を支える法曹の在り方」②「『国民的基盤の確立』のために、国民が訴訟手続に参加する制度の導入」を柱として掲げている。つまり、法曹人口の拡大と裁判員制度は「司法制度改革」の根幹であり裏表のセットなのである。
 このうちの①法曹の在り方について、意見書では「〇弁護士が、国際化時代の法的需要に十分対応するため、専門性の向上、執務態勢の強化、国際交流の推進、法曹養成段階における国際化の要請への配慮等により、国際化への対応を抜本的に強化すべきである。〇日本弁護士と外国法事務弁護士等との提携・協働を積極的に推進する見地から、例えば特定共同事業の要件緩和等を行うべきである。」(『意見書』「司法制度を支える法曹の在り方」2001.6.12)という表現で書き込まれ、2004年4月から法科大学院が開講し、法曹3000人化計画として走り出している。

3.司法改革は1994年の米国の要求から始まった――代理人は宮内義彦氏
 そもそも、司法改革を最初に打ち出したのはオリックスの宮内義彦氏である(関岡英之『奪われる日本』講談社新書・田中克人『殺人犯を裁けますか?』駒草出版)。宮内氏の見解は経済同友会の「現代日本社会の病理と処方」(1994.6)の中に反映され、日本社会の病理を行政の肥大化にもとめ、その処方箋は行政に代わって司法の役割を増大させるべきであるとする。グローバル化・規制緩和の進行の中で、司法は行政追随と批判されても仕方がないような消極的態度から、時代に合った法判断を適切に行い、個人も社会的ムードや体勢に流されない確固とした態度を身につけるべきであるとし、①法曹人口の大幅増員 と②抜本的司法改革への着手の2点が提言されている。さらに、宮内氏は、「司法改革委員会のような強力な組織を作り、司法はどうあるべきか基本論を戦わせなければならない。法曹関係者を排除して、利用者である国民中心の議論の場とすべきです」(「日本の司法をどう変える②」日経:1998.2.15)と、「利用者である国民」の名を騙り、専門家を出来るだけ排除し、誰が選んだかわからないような委員により、国民の目から真実を隠し、密室審議を進めようとしたのである。
なぜ、密室でなければならないのか。宮内氏が主導してきた「規制改革委員会」「総合規制改革会議」同様、その種本は『米年次改革要望書』にある。年次要望書は1993年4月の宮澤・クリントン会談により決定されたものだが、第1回の1994年から早速、米国は日本の法制度の規制緩和を要求し、「Eliminate all restrictions on the ability of foreign lawyers to represent parties in international arbitrations conducted in Japan」(1994.11.15 「米年次改革要望書」米国駐日大使館HP:英文のみ)と述べ、国際的な裁判における外国人弁護士の日本参入への規制緩和を要求している。さらに1996年には「司法研修所の司法修習生受入人数を年間1500人以上増やすこと」(1997.11.7「米年次改革要望書」)を要求している。イラクのマリキ政権は我々日本人から見れば米軍の傀儡政権である。その傀儡政権と見られるマリキ政権でさえ、米軍の撤退次期を明確にするとともに、基地外で米兵が犯した重大犯の裁判権がイラク側にあることを明記している(日経:「イラク議会・地位協定承認」2008.11.28)。国際社会でどこに法曹の数まで一々“宗主国”の指示に従う国があろうか。宗主国の意向に従った結果はすぐに表れた。日弁連は2008年7月18日に法曹人口の拡大の「ペースダウン」についての緊急提言を行ったが、当時の町村官房長官から「見識を疑う」と一蹴されてしまった。

4.将来の紛争予防措置として出された『中間報告』
 では、もう1本の柱である裁判員制度については、これだけ国民に反対の多い中で、なぜ今持ち込もうとしているのであろうか。疑問を解く鍵は審議会の『中間報告』(2000.11.20)にある。報告は、司法改革の目的について、我が国は「世紀を終わろうとする今、膨大な財政赤字と経済的諸困難を抱え、ある種の社会的閉塞感にさいなまれている」と国際金融資本によるグローバル化への閉塞感・危機意識から説き起こしている。その中で我が国の現状は「様々な国家規制や因習が社会を覆い、社会が著しく画一化、固定化し…内外の時代環境の変容に対応する柔軟かつ力強い国政の運用が阻害されてきた」として、国民の所得格差を是正し福祉社会を目指す社会的規制を一括りにして切捨て、「この国の基層にあった集団への強い帰属意識とそこから醸成される使命感、連帯感が…加速的にグローバル化の進展する国際社会にあって十分な存在感を発揮していく上で、決して第一級のものとは言い難い。」と社会の連帯意識をグローバル化への桎梏とみなす。そして、「我が国は、このような危機感と問題意識に立って…政治改革、行政改革、地方分権推進、規制緩和等の経済構造改革等を構想・具体化し既に実施に移しつつある。」と規制緩和・構造改革の新自由主義イデオロギーの一連の流れを諸手を挙げて評価し、「国民一人ひとりが、統治客体意識から脱却し、自律的でかつ社会的責任を負った統治主体として、互いに協力しながら自由で公正な社会の構築に参画していく」として、「客体」から「主体」へ、「依存」から「自律」へという掛け声の下、国民の意識を国家に、しかも国民の生命・財産を国際金融資本に売り払うとんでもない国家に絡めとり、「今般の司法制度改革はその最後の、かなめとも言うべきものである」とし、「司法改革は、従前の静脈が過小でなかったかに根本的反省を加え、世紀のあるべき『この国のかたち』として、その規模及び機能の拡大・強化を図ろうとするものである」と結んでいる。
 ようするに、国際金融資本への売国政策によって国民の不満が高まることを恐れて、あらかじめ国民の意識を国家に絡めとり、国家の暴力装置である「司法権力」を強化し、属国の『この国のかたち』を死守しようとすることがその目的である。

5.日弁連はどう対応したのか?
 日弁連の司法改革への対応について、宮本康昭弁護士(判事補再任拒否事件当事者)の『司法制度改革の史的検討序説』(『現代法学』第10号)が詳しい。1998年7月の日弁連司法改革推進センターの見解は「規制緩和政策に基づく国家改造計画のひとつとしての司法再編」「外国からの規制緩和要求に応じ、司法の国際基準へ適合させるための司法再編」の恐れがあるとしながらも、司法改革の要求について客観的に一致する部分があるとし、「このチャンスは千載一遇のものとして、利用に値する」と評価したのである。宮本氏の言葉では総論不一致・各論一致という「同床異夢の意識を持ちながらも尚かつ司法制度改革の流れに乗っていくのが正しいと決断した」というのが日弁連の答えである。
しかし、日弁連のこの目論見は「中間報告」で「改革」の方向性を事実上付けられてしまった。残る課題は「国民の司法参加」という“曖昧な”言葉を何によって担保するかであった。日弁連の主張する陪審制とそれに反対する最高裁・法務省側の「総論不一致」の妥協の産物として突如出されたのが「裁判員制度」である(2001.1.30「第45回審議会」)。この“日本的造語”「裁判員」は有罪か無罪かだけを決める陪審制よりも、有罪の場合量刑まで決めるという限りなく参審制に近いものであった。しかも、参審制は裁判官は、良心に従い日本国の「憲法及び法律にのみ」拘束されるとする憲法76条で保障されている裁判官の独立を侵すものとして、限りなく憲法違反に近いとするのが通説であった(上記・田中克人)。
 日弁連は「同床異夢」のまま2階に上がったものの会議の途中ではしごをはずされてしまったのである。それは、国際金融資本に主導された一連の「改革」の流れを、「司法改革」だけなら自らの力だけで分離できると誤認したからに他ならない。

6.裁判員制度から民事訴訟をはずした理由
 では、裁判員制度は「市民が持つ日常感覚や常識といったものを裁判に反映する」といいながら、なぜ、「刑事裁判」に、しかも殺人罪などの重大犯罪に絞ったのであろうか。審議会の当事者であった井上正仁東大教授(刑事訴訟法)は、「私も個人的には、刑事で、しかも特に重大な事件とうのが本当に適切だったのかどうか、再考の余地があると思いますが、審議会の圧倒的多くの方の意見は、そういうことでした。」(『ジュリスト』2004.6.1)と述べている。当事者さえ嘆く裁判員制度とは何なのか。市民の目線で裁判をするならば「民事訴訟」や「行政事件訴訟」の方がより市民の目線で裁判ができるのではなかろうか。
 民事訴訟について関岡氏は「自国企業が外国企業と争う裁判では、陪審員は自国の企業に有利な判決を下すケースが多い。アメリカで裁判に訴えられ、アメリカ人陪審員に不利な判決を下され散々泣かされてきた…日本の司法改革案では、陪審員(裁判員)制度は重大な刑事犯罪の裁判に限ってのみ導入され、これならアメリカはまず関係ない。(『拒否できない日本』文藝春秋社2004.4.20)とし、「民事訴訟」を裁判員制度から抜かした理由を上げている。
 一方「行政事件訴訟」の場合はどうであろうか。「国相手の訴訟では、被告側は親方日の丸、税金で訴訟を行う。担当者は、十分給料を貰っている。負けても、『まだ最高裁がある』と上告する。上級審は結構行政側に理解がある。…1審で勝っても、最終的に勝つのはさらに長い道のり。兵糧攻めで、弾も食糧も尽きて降りざるを得ない」(阿部泰隆神戸大学名誉教授HP)のが現状であり、国家の牙城に楯突くストーリーは「改革」の最初から排除され、ろくろく検討もされた形跡はない。

7.たった3日の審理で何がわかるのか
 狭山事件の石川一雄氏とお会いする機会があった。誘拐の脅迫状を書いた万年筆を発見したとされる焼失した鴨居を復元したとのお話をされた。氏の家屋が焼失したことを知らなかったが、1971年に氏宅を訪問した折、氏のご両親から丁寧に鴨居の説明をしていただいた。鴨居からの万年筆の発見は事件後3ヶ月も経過した3度目の捜索によるものである。鴨居は175cmと少し背伸びすれば私の身長でも十分見通せる位置にあった。警察による物的証拠の捏造が疑われる。裁判員制度では、一般の裁判員を集めて集中的に審理を行うことになる。結論を出す期間はせいぜい3・4日間である。とすれば、公判前に整理手続きで、何を裁判員に見せるかを限定せざるを得ない。事前にこうした物的証拠のスクリーニングがかけられてしまう。

8.やわらかなファシズムへの動き
 オリックスへの「かんぽの宿」の売却を巡る疑惑がテレビや新聞を賑わしている。しかし、不思議なことに「かんぽの宿」売却と「郵政民営化見直し」麻生発言を意図的に結び付けない報道がなされている。新聞で最もひどいのが「かんぽの宿―筋通らぬ総務相の横やり」「西川社長が説明した内容は、しごくもっともに思える。」と書いた朝日新聞であり(社説:2009.1.18)、「総務相の『待った』に異議あり」と書いた日経新聞である(社説:2009.1.9)。 2月13日のテレビ朝日「報道ステーション」では、「かんぽの宿」疑惑が拡大するなかで、司会の古舘伊知朗氏は懸命に、「国民の多数が支持した郵政民営化」と「個別問題である「かんぽの宿疑惑」」とを完全に切り離して考えなければならないと絶叫し続けたが、古舘氏の意図と裏腹に、コメンテーターの寺島実郎氏は「「かんぽの宿」疑惑は郵政民営化が一体なんだったのかという根本的な問題を投げかけるテーマだ」とコメントし、両問題が一体的であり、国民の財産の叩き売りであり、郵政民営化の「影」(鳩山郁夫総務相:2.17会見)であることを明らかにした(植草一秀Blog「知られざる真実」2009.2.13)。宮澤内閣不信任案可決後の選挙戦まっただ中の1993年7月にクリントン大統領が訪日し羽田孜氏など当時の野党指導者と会談し露骨な政治介入を行った。“奇しくも”(?)2月16~18日にはクリントン国務長官が訪日し小沢氏と会談した。国家破綻の危機に臨み、クリントン氏は小泉氏・竹中氏の約束した大量の請求書を持って日本を外遊先の1番最初の訪問国に選んだことは間違いない。我々は、マスコミや日本国家全体が国際金融資本と一体となって情報操作を行っていることに目を凝らさなければならない。ほぼ全会一致で成立した裁判員制度もその例外ではない。

 【出典】 アサート No.375 2009年2月28日

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【本の紹介】『失墜するアメリカ経済 ネオリベラル政策とその代替策』

【本の紹介】『失墜するアメリカ経済 ネオリベラル政策とその代替策』
       著 者 ロバート・ポーリン  訳 者 佐藤良一 芳賀健一
       日本経済評論社 2008年11月20日 第1刷発行 3400円+税

<<中谷巌氏の「懺悔」>>
 ネオリベラリズム、すなわち、新自由主義は、かつてない規模と速さと深刻さで世界を巻き込んでいる経済恐慌を前にして、もはやその威光も色褪せてきたのは間違いないといえよう。その強引な規制緩和や自由競争原理主義の押し付けが不可能となり、社会の分断・格差拡大をもたらしてきた新自由主義の破綻が誰の目にも明らかになってきた証左でもあろう。戦争経済と弱肉強食路線を主導してきたブッシュ政権が圧倒的多数の有権者から唾棄され、そうした路線を「チェンジ」することを呼びかけたオバマ政権が登場したことは、新自由主義に代わる新しい時代への移行の象徴ともいえよう。オバマ政権が果たしてこの新自由主義に代わる政策をいかなる内容でどのように提起してこの難局を克服できるのか、オバマ政権の布陣はそれを疑問視させるものであるが、全世界が注視する最大の焦点ともなっている。
 しかしいまだに日本の政権与党や民主党内には、この新自由主義の呪縛から脱することができずに、小泉・竹中路線以来の規制緩和や「小さな政府」論を振り回し、それを「構造改革」と称し、離合集散や政界再編、路線選択の要としている人々が少なくない。
 こうした人々にとっては、昨年12月15日に「自戒の念を込めて書かれた『懺悔の書』」として刊行された『資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言』(集英社インターナショナル 1700円+税)は、衝撃の著作であろう。なにしろ著者・中谷巌氏は、「構造改革」を謳い文句に登場した新自由主義の思想と、そのマーケット第一主義の結果として現出したグローバル資本主義、米国型金融資本主義を鋭く批判し、所得格差の拡大、地球規模で進む環境破壊、グローバルに進む食品汚染、崩壊する社会の絆――これらはグローバル資本主義という「悪魔のひき臼」がもたらした副産物であると説いているのである。よく知られているようにこの中谷氏は、細川内閣の「経済改革研究会」、小渕内閣の「経済戦略会議」などで委員や議長代理を歴任し、規制緩和の旗振り役を務め、竹中平蔵氏と共に新自由主義・市場原理主義を礼賛する急先鋒の論客であった。その中谷氏が、新自由主義の破産が誰の目にも明らかになってきた今頃になって、「アメリカかぶれ」になっていたことを反省し、懺悔している。『週刊現代』(08/12/27、09/1/3合併号)に寄稿した『小泉改革の大罪と日本の不幸』、さらには『週刊金曜日』(08/12/19、09/1/2合併号・佐高信インタビュー)にまで登場し、「かつてアメリカに留学して経済学を勉強したとき、あまりにも見事な理論体系に魅了されました。」「しかし最近、日本がアメリカみたいな社会になったらえらいことになるとの思いが強くなりました。経済学で社会をすべて語ることがおこがましいとようやく気がつきました。」と述べている。
 中谷氏の反省は、たとえ遅きに失したとしても、学者としての良心も感じられ、貴重であり、大きく評価できよう。しかしながら、氏が「アメリカの経済学」に対置するものは「歴史的伝統や文化、社会など」であり、「我々自らが欲望を抑制すること」といった精神論である。これらは無視し得ないものではあるが、よって立つ社会と経済を離れては空疎なものとなる。しかも懺悔してやまないはずの新自由主義「経済学」を、「あまりにも見事な理論体系」と捉え、「構造改革」に果たした役割を評価している。しかも、いまだに反省も懺悔もなく新自由主義の旗を振り回している竹中氏を、たとえ皮肉な言い方であれ、「竹中平蔵さんはどんな問題にもきちっと答えられるでしょう。経済学の知識が体系立てて頭に入っている人は、どんな問題でも必ず答えられる」と評価している。竹中氏の頭に入っている「経済学」とは、粗雑かつ単純な自由競争原理主義でしかない。中谷氏に本来要請されているのは、社会を分断し、破壊し、犯罪的な役割を果たし自らもそのお先棒を担いできたそうした新自由主義「経済学」の根底的な批判でなければならない。この「経済学」こそが、実体経済と遊離した金融資本の肥大化とマネーゲーム化、サブプライムローンなどの詐欺的金融を「金融工学」を駆使し、蔓延化させ、グローバル化させた元凶なのである。その意味では中谷氏には、新自由主義「経済学」に対置すべき経済学が欠落しているともいえよう。

<<「巨匠」の反省>>
 ここに紹介するロバート・ポーリン氏の『失墜するアメリカ経済 ネオリベラル政策とその代替策』は、そうしたアメリカの新自由主義「経済学」を、1980年代に興隆した淵源から明らかにし、レーガン政権以来の共和党政権のネオリベラル政策、二期にわたるクリントン政権期の「ニューエコノミー」政策、同じく二期にわたるブッシュ政権期の富裕層への減税とアフガン・イラク侵攻・戦争経済を強引に推し進めた剥き出しの自由競争原理主義について、歴史的、具体的、実証的に分析し、それぞれの特徴を明らかにし、鋭いメスを入れている。著者はなおかつ、「失墜するアメリカ経済」をもたらし、この期間一貫して採用されてきたネオリベラル政策に代わる、現実的で実行可能で必要不可欠な代替策を提起している。その論旨はきわめて明快である。
 オバマ政権との関連で言えば、二期にわたるビル・クリントン大統領期(1993年1月~2001年1月)の民主党政権は、先行する共和党政権のネオリベラル政策に対抗して、「国民第一」と「第三の道」のスローガンを掲げて登場したのであるが、その「ニューエコノミー」の実際の姿は、「根拠無き熱狂」(グリーンスパン)といわれた株式投資ブーム、それに引き続くITバブルの亢進であり、結果として所得不平等と格差は拡大し、投機的マネーゲームによって金融不安定性はよりいっそう増大するという、ネオリベラル政策そのものの姿であったことを明らかにしている。
 著者によれば、こうした「虚ろな経済」を、金融面から支えてきたのがグリーンスパン連邦準備制度理事会議長であった。彼はレーガン大統領期の1987年8月からブッシュ政権第二期の2006年1月まで実に18年余にわたって君臨してきたのであるが、まさにこの間のネオリベラル政策の体現者そのものであった。著者が指摘するように「連邦準備制度理事会議長としての十八年にわたる任期において、アラン・グリーンスパンは金融市場投機とバブルの規制に一貫して反対してきた」のである。
 そのグリーンスパンも、昨年10月23日、米下院公聴会で迫り来る金融大恐慌の責任を問われて、「金融市場の規制緩和や自由競争主義に欠陥があった。非常に悩んでいる。」と反省の弁を述べざるをえなくなったが、在任中はマエストロ「巨匠」の名をほしいままにしていたのである。

<<「国民のための経済は可能だ」>>
 さらに本書がネオリベラル政策の帰結として追究している重要なところは、ネオリベラル政策のグローバル化の問題である。アメリカ政府の主導によって、IMF(国際通貨基金)および世界銀行を通して、発展途上国にまでこのネオリベラル政策が強制され、その経済開発を促進するどころか、投機的取引の増大によって逆により一層深刻な経済危機を引き起こし、途上国の経済の不安定化を常態化させてしまった経緯とその帰結を分析している。著者は述べる。
 「たしかに、国際通貨基金と世界銀行が主導するネオリベラル政策は、赤字とインフレの抑制という狭い意味で成功を収め、また新興金融市場での投機的取引の増大にも成功した。しかし開発途上国のネオリベラリズムは、経済成長の促進、とりわけ適正な雇用機会の拡大という見地からすれば、失敗であった。開発途上国におけるインフォーマルな働き口 - 例えば、日雇農業労働者、都市部の露店商、衣料品の家内労働者 - が占める割合は、全就業者の約三五~五〇%を占め、しかも上昇しつつある。この現実こそが、開発途上国の多くの貧しい人びとがアメリカ合衆国や他の豊かな国での生活を何とかして手に入れようとさせているのだ。豊かな国の労働市場の最底辺で働いても、平均賃金は自国と比べて十倍以上になる。」
 そして本書の最も重要なテーマは、こうしたネオリベラリズムにとってかわる代替策である。著者は述べる。「要点は、アメリカ合衆国と他の国ぐにの双方において、適正な働き口と社会的投資 -保健医療、教育、環境保護を目指す- の拡大が、経済政策の礎石になる必要があるということだ。難題が立ちはだかってくるのは、そうしたプログラムを実行可能なものにするときだ。だが、すでにみてきたように、克服できない純然たる経済的難題は存在しない。十分な資金を見つけることができる。ブッシュがイラク侵攻を望んだ際に私たちがはっきり目にしたとおりだ。財政赤字を激増させる必要はないし、破壊的インフレも生じない。もっとも厄介な障害は政治である。だがおそらく、ここで検討している政策を実行可能にすること自体が政治的抵抗を弱め、その結果として雇用・保健医療・教育・環境に配慮した成長をめざす実現可能な経済プログラムの障害物を除去するのに役立ちうるのである。」
 著者は、本書の附論「国民のための経済は可能だ」の中で「二〇〇八年の時点で実効性をもつ平等主義的な経済プログラムの主要目標ははっきりしている。そこには以下のものが含まれる。」として
 ・適正な働き口での完全雇用に近い状態
 ・国民皆保険
 ・あらゆるレベルにおける適正な教育機会の劇的な拡大
 ・自然保護と再生可能エネルギーを基礎にしたクリーンな環境の創造
 ・実効性をもつ事業規制体系(とくに金融市場と独占禁止の分野における)の再構築
を提起し、「いまや左派は、適正な働き口・国民皆保険・質の高い教育・クリーンな環境について、道徳的命題の見地から考える必要がある。実際、これらの目標の実現に向けた最初の大きな一歩は、左派が政治的力を結集して、イラク戦争と富裕層への減税についてブッシュをまさに反転させることだ。これらの問題に関する反ブッシュ的課題を真っ向から押し進めれば、進歩的な経済課題の基礎を構築できる。」と断言する。
 オバマ政権に問われているのは、こうしたプログラムに向けての政治的力の結集だと言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.375 2009年2月28日

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【投稿】恐慌の深化と自公政権の立ち往生

【投稿】恐慌の深化と自公政権の立ち往生

<<惨憺たる世論調査結果>>
 年明け早々のメディア各社の世論調査は、麻生内閣にとって惨憺たるものであった。もはや見放されたも同然であると言えよう。
 『朝日』の調査(1/10~11日)によると、内閣支持率は前回調査(12月)の22%を下回る19%で発足以来最低、不支持率は67%に達した。定額給付金については、「やめた方がよい」が63%に達し、「政府の方針どおり配った方がよい」の28%を大きく上回った。「いま投票するとしたら」として聞いた衆院比例区の投票先でも、自民25%(前回28%)、民主38%(同36%)など、民主の自民に対するリードが拡大している。
 『読売』の調査(1/9~11日)によると、支持率は前回調査(12月)から0・5ポイント減の20・4%、不支持率は5・6ポイント増の72・3%に跳ね上がった。内閣の不支持率が7割を超す高水準に突入したのは、森内閣以来の危機的状況であり、定額給付金についても、「支給を取りやめて、雇用や社会保障など、ほかの目的に使うべきだ」との意見に賛成と答えた人は78%に達し、支給撤回に反対する意見は17%に過ぎない状況となった。
 産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)の合同世論調査(1/10~11日)でも、内閣支持率は18.2%に落ち込み、不支持率は13.1ポイント増の71.4%とこれも7割を超えている。政党支持率でも、自民党が23.4%だったのに対し、民主党は26.6%となり、自民党は麻生政権発足以来、初めて逆転を許す結果となっている。さらに、次期衆院選の比例代表で投票する政党を聞いたところ、民主党は41.5%を獲得し、29.0%の自民党を大きく引き離している。定額給付金については、「ばらまき」で好ましくないと答えた人が75.1%。給付金の財源2兆円についても「ほかの政策に回すべきだ」と答えた人は79.8%にものぼった。
 『共同通信』の調査(1/10~11日)でも、支持率は昨年12月の前回調査から6・3ポイント下落し19・2%。不支持率は8・9ポイント増の70・2%と森内閣以来約8年ぶりに70%を超えた。定額給付金については「評価しない」が70・5%。麻生太郎首相と民主党の小沢一郎代表の「どちらが首相にふさわしいか」への回答は、小沢氏が46・4%(昨年12月調査から11・9ポイント増)で麻生氏の22・1%(11・4ポイント減)の2倍以上となった。望ましい政権の枠組みは「民主党中心」が51・4%と初めて過半数になり「自民党中心」30・5%に20・9ポイント差をつけた。次期衆院選比例代表での投票先も、民主党が39・7%で自民党26・3%を13・4ポイント上回った。政党支持率も民主党が2・4ポイント増の31・1%、自民党は1・4ポイント減の27・5%と、麻生内閣では初めて逆転した。
 『時事通信』の調査(1/9~12日)では、麻生内閣の支持率は17.8%にまで落ち込み、2カ月連続で2割を割り込んでいる。次期衆院選の比例代表の投票先では、民主党が37.1%で、自民党の21.7%を倍近く引き離し、「首相にふさわしい政治家」では、小沢一郎民主党代表が同4.4ポイント増の39.2%。同3.1ポイント減で20.8%にとどまった麻生首相を圧倒する結果となっている。

<<「カッコつけ」>>
 1月5日の新年早々に勢い込んで通常国会を召集し、昨年末まで出し惜しみにしていた第二次補正予算案を提出し、本予算との一括採択に持ち込む政権政党の、与党連合の優位性を前面に押し出したにもかかわらず、その直後の世論調査結果がこの有様である。内閣支持率が20%を切り、不支持率が70%を超えるような内閣は、過去の例からして半年と持つものではない。
 自民・公明連合は、麻生という首相の首をすげ替えて出直しに打って出るか、それともここまでくればすげ替える首も、その時間的人材的余裕もなく、あえて麻生首相とともにこのまま突っ走り、心中するのか、その岐路に立たされているといえよう。
 ここで、世論調査でも圧倒的に不人気であり、愚作とさえ指弾されている「定額給付金」について、あえて政策転換を行い、「定額給付金は取りやめる」、ないしは民主党の言うように「補正予算から切り離す」と言えば、事態は一気に前進するかもしれないが、それはすぐさま政治的危機に結びつき、与党連合の崩壊から、内閣総辞職が不可避となろう。もはや公明党の選挙協力なしには自民党は存立しえず、自民党と連合することによってしか自己の党派的利害を押し通すことが出来なくなってしまった公明党にとっても、そうした政策転換は呑めるものではない。しかしそれぞれの党の内部事情は別物である。さまざまな主張が飛び交い、事態は「定額給付金」問題から、2011年度からの消費税増税問題へと軋轢が強まり、さまざまなグループ形成、派閥連合、その離合集散に執行部は慌てふためき、収拾が取れなくなってきている。
 「定額給付金」については、首相自身がその目的・性格について二転三転し、「人間の矜持」とまで言って受け取りを固持する姿勢を示していたはずが、いつのまにか自らが受け取るかどうかの明言を避け、閣僚17人中11人が受け取る意向を表明したが、5人は態度保留、首相側近のはずの甘利明行革担当相は「辞退」を明言し、これに頭にきた細田幹事長が「カッコつけ」と口撃するなど、閣僚、党執行部の意見がまったくバラバラなのである。
 さらに消費税増税問題では、塩崎恭久元官房長官が「消費税を引き上げる前に、まず公務員制度改革や国会議員の定数削減などに取り組まなければ国民の理解は得られない」と方針の見直しを主張し、中川秀直元幹事長も「(一一年度からの)消費増税は党内で一度も議論されていない」と調整不足を批判、さらに決定的なのは自民党税調の責任者である津島雄二税調会長が1/17、麻生首相が税制改正関連法案の付則に11年度からの消費増税の明記を指示したことについて「(与党の)税制改正大綱では時期は明示していない。付則でも明示する必要はない」と語るに至っている。
 痺れを切らし自民党を離党し別グループを結成した渡辺喜美・前行革担当相は、前記のFNNの調査では与野党全体の“首相にふさわしい人”で、小沢、小泉に続く3位で、現・麻生首相をさえ上回る事態となっている。

<<「解散は麻生太郎が決断する」>>
 問題は、麻生首相自身にこうした混乱する事態を収拾させる指導力もなく、ここまで政治的政策的能力もなく、自らの言動でさえ次から次へと迷走し、しゃべればしゃべるほど身内や支持勢力に反対勢力をわざわざ拡大させる、与党にとってはまったく期待はずれの予想外の人物であったというところにあろう。しかしいまさら引くに引けなくなったのが実情であろう。
 年頭1月4日の記者会見で、麻生首相は「解散は総理大臣、麻生太郎が決断する」とわざわざ息巻いて見せたが、もはや追い込まれ、解散の時期を失してしまった現状では、4月の予算成立直後か9月の任期満了直前か、いずれにしても事実上、首相は自らのイニシャチブによる解散権の行使は封じ込められてしまったともいえよう。
 しかしながら、日本の政治のこうした末期的症状は、金融恐慌から、いよいよ実体経済がどんどん悪化する世界的経済恐慌に突入している最中にあっては、きわめて否定的で許しがたい状況をもたらすものであることが警告されねばならない。
 不正規雇用労働者・派遣労働者の解雇、住宅からの追い出し、正規雇用労働者にまで及ぶ人員整理と賃下げが、資本の一方的論理で横行し、今後さらに失業者があふれ出す事態を前にして、その場しのぎの責任逃れの対策しか講じられない現在の政治状況は、一日も早く退場させることこそがもっとも緊急に要請される課題と言えよう。経済恐慌の深化に対応できる、アメリカの戦争政策と手を切り、戦争経済からの脱却こそが恐慌克服の最大の近道であることを明らかにし、大胆な政策転換を実行できる政権に取り替えられなければならない。その際の要は、小泉・竹中路線の自由競争原理主義・規制緩和路線を全面的に改め、決別することを鮮明にし、健康保険から雇用保険、労働法制に至るまで、ずたずたに切りちじめられて来た労働者、全勤労者、若者から高齢者に至る全世代の権利・人権、社会保障制度、社会的セイフティネットを再建し、再確立する、そのような政策転換でなければならない。この点では与党のみならず、野党にも自由競争原理主義・規制緩和路線から脱却できない、むしろいまだにその路線に拘泥する路線からの決別が要請されている。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.374 2009年1月24日

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【投稿】人員削減の嵐と派遣労働

【投稿】人員削減の嵐と派遣労働
                          福井 杉本達也

1.急速に悪化する雇用情勢
雇用情勢が急速に悪化している。いまトヨタが昨年中に派遣社員5800人、今年3月末までに期間工5300人を、日産が派遣社員2050人を削減し3月までに非正社員をゼロに、マツダも1300人の派遣社員を削減するなど全完成車メーカーが人員削減に着手した外、キャノンが1200人、ソニーが全世界で16000人の削減を打ち出すなど、名だたる大企業が率先して大量解雇を行っている。福井においても電子部品大手子会社の福井村田製作所が1000人の派遣社員のうち400人を解雇し、残り600人も検討中という(福井:2008.12.12)。トヨタ系自動車部品製造のアイシン・エイ・ダブリュ工業も400人の“首切り”(日経:11.29)など、これまで比較的好調であった雇用は急激に悪化している。昨年11月の有効求人倍率は1.01とかろうじて1を超えてはいるが、隣県の石川は0.90、富山は0.77と1を大きく割り込んでいる。『東洋経済』(2008.12.20)によると、08年の1~10月までの有効求人倍率の減少幅のワーストは、愛知の▲0.48を筆頭に、三重・滋賀・石川・福井と自動車・電機産業が集中するこれまで景気を引っ張ってきた地域の落ち込みがひどい。
 こうした中、年末31日から1月5日まで東京日比谷公園で行われた「年越し派遣村」は全国的に注目を集めた。こうした中、国会では野党が2004年から解禁されている製造業への派遣を再度禁止する労働者派遣法改正の動きをみせている(毎日:2009.1.15)。

2.急速な雇用情勢の悪化は雇用政策の大転換に
雇用悪化の原因は1999年に雇用政策を大転換したことにある。1985年の労働者派遣法成立(施行1986年)当初は専門知識が必要なソフトウェア開発など常用雇用の減少にさほど影響しないと思われる業務のみが許可されたが、派遣業務を原則自由化したのである。これまでのポジティブリストがネガティブリストに転換され、港湾運送・建設・警備・医療・製造の5業種が禁止対象とされた。それが2004年には製造業がネガティブリストからはずされ解禁されてしまう。さらに、当初1年以内とされていた派遣期間も2007年3月には最大限3年に延長されることとなった。
中野麻美氏は派遣法の労働スタイルを「労働者の派遣とその条件を取り決めた労働者派遣契約が、業者間の”商取引契約“であるのに派遣労働者の雇用や労働条件を実質的に決める機能がある」とし、「それが、働き手には大きなリスクとなる反面、ユーザーである派遣先に、必要に応じて受け入れたり排除したりでき、また労働条件もダンピングできるといった、”使い勝手のよさ”」で、派遣元企業間の激しい料金競争の中で派遣労働者を「技能・労働時間・料金などあらゆる角度から競争させ」「労働法による規制が機能しない、働き手が自己責任で使う側本位に決めた値段で成果物やサービスを提供するという労働の液状化」が起こっているとし、「働く条件を決めるのは市場原理であり、各人の力」であるという「働き手にとっては最も過酷な商品としての性質に収斂」される様を「雇用の融解」と表現している(岩波新書『労働ダンピング』2006.10)。

3.短期利益を追求する国際金融資本・多国籍企業に振り回される労働力
どうして米国発の金融危機が、即日本の派遣労働者の解雇につながるのか。時価会計の導入以降、日本の企業も米国流の四半期ごとの短期の利益を追い求める経営が主導的になっている。「派遣切りの問題は、ここ数年高まっていた資本主義原理主義とでも言うべき流れと切り離しては語れない…会社が株主のものであり、株主の利益のみに奉仕すべきである、という思想が強まった結果…経営資源をいかに効率的に使っているかを極めて短期的な視点で判断されるようになったことだ。…経営者は根拠なきレバレッジで膨らませた資金をつかって参入してくる株主の胃袋を満たすために短期的な成果をあげ続けていかねばならない。…直ちに(つまり四半期以内に)対処できることが株主的には有能な経営者であるわけで…製造業で通常固定費の大きな部分を占める人件費の一部を変動費化することはこれも当然の経営判断(Blog「厭債害債」2009.1.6」となったのである。
野村證券金融経済研究所によると2007年度の配当と自社株買いによる株主還元額は12兆3千億円と、前年度比1兆6千億円増加し、3兆円台で推移していた1990年代と比較すると4倍もの還元を行っている(日経:2008.8.2)そして、その配当の多くが海外に持ち出されている。ゴーンの日産やフォードのマツダなどの自動車産業ばかりでなく、キャノンやソニーなどは資本の過半数を外資が握っており、その経営思考は外資そのものである。村田製作所など電機産業の多くも外資比率が30%を超え、役員の解任要求ができるなど、経営者はたった「3ヶ月で」どう“成果”を出すかを迫られている。米国発金融危機以降、外資は自らの傷んだ財務の補填のためわずか半年間に21兆円もの資金を引き上げたが(日経:2009.1.14)、その点、派遣切りは短期に結果を出せる格好のターゲットとなったのである。「経済は変質した。国際金融資本や多国籍企業の視線に国家も国民も振り回されている。」しかし、「日本企業はまだ米国型に百%染まってはいない。役員会で労働者を切って配当を確保しようという財務担当者に対して、雇用を守ろうと必死に主張する人事担当者がいると信じたい。」(朝日:2008.12.28)と品川正治氏(経済同友会終身幹事)は述べている。
4.場当たり的な人材活用
佐藤博樹氏は日本の製造業の競争力は、①工程内での品質の作り込みや現場での改善能力、・安全確保力を含めた現場の技術力の高さ、②企業内における開発部門と生産部門の間の情報共有や緊密な連携、③企業を超えたメーカーと協力会社の間の情報共有や緊密な連携にあるが、「もの造りの担い手に外部人材が加わることによって、こうしたもの造りの競争力基盤を構成する現場の技術力にマイナスの影響がもたらされている」(『Business Labor Trend』2005.2)と指摘する。『日経ものづくり』2008年11月号-特集「派遣の現場」レポートによると、製造現場は減少する正社員を派遣社員が必至になって支えているのが実態であり、短期的には企業はコストメリットを享受できるが、長期的には外部人材を請負から派遣、派遣から請負へと入れ替えるたびに作業訓練を施さなければならない等々、「コスト削減の追求」→「外部人材の乱用」→「内部人材の弱体化」→「独自技術・技能の断絶」→「業績の悪化」→「コスト削減の追求」という負のスパイラルに陥いると懸念する。2007年の『労働力調査』では、派遣・契約・パートアルバイト等の非正規労働者は1732万人と全雇用者数の33.5%を占めている。製造業への派遣解禁前の2003年に電機連合が実施した実態調査では、正社員と請負スタッフの作業分担では、請負スタッフが主に行う仕事としては、加工・組立・検査・梱包・運搬などの「1週間程度の経験や訓練でこなせる仕事」が最も多いが、「工程の設定や切り替えの仕事」「機械の故障や工程のトラブルなどへの対応をともなう仕事」なども正社員と同様に行っている割合も高い(藤本真「製造現場における業務請負活用の実状と課題」『Business Labor Trend』2005.2)。調査時点以降、急速に派遣労働者等が増え、雇用者数の1/3を占めるまでになっていることを考えるならば、非正規労働者がこうした「すりあわせ技術」に深く関与し、正社員の分野をも蚕食しており、非正規労働者を解雇したとたん現場の技術力の空洞化につながりかねない。「コスト削減のみを重視した場当たり的な外部人材の活用は、生産現場におけるもの造り競争力基盤の弱体化」を引き起こしている(佐藤:上記)。

5.「雇用の融解」か「横断的労働市場」への基礎か
恐慌からの脱出は「ニュー・ディール」では不可能で、第二次世界大戦のような戦争による「有効需要」を起こさなければならないという物騒な話も聞こえるが、既に、米政府の金融危機対策費は8.5兆ドルと、独立戦争~イラク・アフガニスタン戦争までの経費(7.2兆ドル)をはるかに超えている(Blog「本石町日記」2009.1.8:米議会調査局)。このような未曾有の危機にあっても全米自動車労組(UAW)はストライキを背景として労使交渉を進めるという(日経:2009.1.11)。また、ドイツ金属産業労組(IGメタル)は昨秋16年ぶりの高水準の8%の賃上げ要求を掲げて交渉に臨み、各地で時限ストを展開し、11月12日に4.2%の賃上げで合意している(労働政策研究・研修機構HP:2008.12)。労働力商品は資材のように在庫の効く商品ではない。明日の生活があり家族がある。したがって、資本と「自由契約」すれば個別に買い叩かれることは当たり前である。商品として高く売るには労働力商品自らが労働組合を組織して交渉する以外に道はない。もちろん、交渉を自由競争市場の枠外として法が適正に保障することは重要である。しかし、国や自治体による住居の提供や失業対策の事業はあくまでも緊急避難である。
上記『日経ものづくり』は、派遣社員が比較的低い費用で質の高い労働力を提供するようになり、かつ、正社員も疲弊しており、これまでの正規/非正規のバランスが崩れつつあるとし、派遣社員の多くは正社員との間に大きな実力の壁が立ちはだかっていると考えているが、実際の壁はさほど高くないと分析する。株主の1/3という数字が経営に大きな影響を与えるように非正規雇用者の1/3という数字も大きな意味を持っている。国際金融資本・多国籍企業に主導権を奪われる中で、中野氏の表現する「商取引契約」の大海の中で「雇用の融解」によって、企業別労働組合自体も「融解」してしまうのか、企業別に分断されてきた労働市場から、逆説的ではあるが、長年希求してきた「横断的労働市場」の基礎ができてきたとして正規・非正規の枠を超えた交渉を組織できるのか正念場である。

 【出典】 アサート No.374 2009年1月24日

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【本の紹介】『監獄ビジネス - グローバリズムと産獄複合体』

【本の紹介】『監獄ビジネス - グローバリズムと産獄複合体』
      著者 アンジェラ・デイヴィス   訳者 上杉 忍
      発行 岩波書店 2008年9月26日 第1刷発行 2300円+税

<<「産獄複合体」という言葉>>
 「産獄複合体」という言葉は、初めて聞く言葉である。軍事費の増大と直接に結びついてきた「軍産複合体」は、軍拡競争と軍事産業、帝国主義的覇権の代名詞でもあったし、対テロ戦争の名の下にいまだにその影響力は衰えてはいないし、世界平和への最大の脅威の源ともなっている。ブッシュ政権は軍産複合体に奉仕し、チェイニー米副大統領は彼らの直接の代弁者でもあった。彼らのあくなき利益追求こそが、対イラク・アフガン戦争に世界を引きずり込み、イスラエルのガザ侵攻を鼓舞している。
 それでは「産獄複合体」とはいかなるものか?
 著者は、この著書の「第五章 産獄複合体」において、
 「株式会社による囚人労働の搾取は、株式会社と政府、監獄関係者、メディアを結びつけている一連の諸関係の一局面である。今日われわれが産獄複合体と呼んでいるものは、このような諸関係によって構成されている。この「産獄複合体」という言葉は、犯罪率の上昇が監獄人口増大の根本的原因だとする通俗的な考え方に異議を唱える活動家や研究者が使い始めた言葉である。この人たちは、犯罪率の上昇が監獄人口増大の根本的原因だとは考えず、人種差別主義と利潤追求のイデオロギーが監獄建設とその新しい建物に収監者を補充しようとする力を駆りたててきたのだと主張する。社会史家マイク・デイヴイスは、カリフォルニア州の懲罰制度に群がる経済的・政治的な勢力が、一九九〇年代にアグリビジネス(農業関連巨大産業)や土地開発に対する主要な競争相手として台頭しはじめたと考え、この勢力を支える体制のことを「産獄複合体」という言葉ではじめて表現した。」と述べている。

<<「産獄複合体の時代」>>
 しかもこの「産獄複合体」は、レーガン・ブッシュ時代の脱工業化とグローバリズム、自由競争原理主義時代の産物であり、社会保障・福祉・教育予算の削減、社会的セイフティネットの破壊、社会的分断と自己責任主義、厳罰化の流れと直接に結びついており、その意味では、今の時代は「産獄複合体の時代」なのである。
 著者はこうした時代の特徴について、以下のように述べている。
 「もしわれわれが、監獄の膨張をより大きな今日の経済構造と結び付けてとらえようと努力すれば、今まで見えなかった多くの重要なことが見えてくる。われわれは今、企業が移動し続ける時代に生きている。企業は、国内の労働組合や高賃金、福利厚生制度などを回避し、低賃金労働力を求めて世界中のどこにでも移動してしまう。企業は、地域社会全体を大混乱に陥れることなど気にもかけず出て行く。多くの人が職を失い、将来の雇用の展望も失う。地域社会の経済的基盤が壊されてしまうので、その地域の教育その他の社会サービスが厳しい打撃を受ける。こうした地域社会では、子どもを含む住民の多くが、おあつらえ向きの監獄行き候補者となるのだ。
 他方で、懲罰産業にかかわる企業は、囚人の管理で利益を上げ、監獄人口が増えれば増えるほど利益が上がると感じるようになる。端的に言って、今の時代は産獄複合体の時代なのである。監獄は、現代資本主義の有機廃棄物が処分されるブラックホールになっている。大量投獄は社会的富を食いつぶすと同時に、利益を生み出し、人々を監獄に追い込む条件を再生産している。一九八〇年代にその頂点を迎えた脱工業化の過程とレーガン・ブッシュ時代に始まった投獄人口の急増との間には、しばしば、非常に入り組んだ関係がある。しかし、監獄がもっと必要だとの議論は、いたって単純明快な言葉で世論を説得してきた。より多くの犯罪に対しては、より多くの監獄が必要だというのである。しかし、多くの研究者によれば、監獄建設ブームが始まったころには公的な統計でも犯罪発生件数は減少し始めていた。そして、この時期に一層厳格な麻薬取締法が立法化されつづけ、「スリーストライク制」の規定が多くの州で採用された。」
 ここにいう「スリーストライク制」とは、厳罰化の流れの中で、過去に2度の犯歴がある被告が3度目の犯罪を起こすと、犯罪の内容に関係なく重罰を課すものであり、カリフォルニア州では単純な万引きやピザ1切れを盗んで禁固25年とされたり、ビデオ3本を盗んで無期刑となるようなケースが続出し、刑務所があふれかえる事態となっているという。

<<民営監獄会社>>
 このような時代的潮流を背景として、これまで政府や国家の懲罰政策や業務とはほとんど関係ないと思われていた株式会社、民間資本が、監獄制度の強化と恒久化に強い利害関係をもつようになり、懲罰産業がもはや、経済構造の周縁的存在ではない事態が生み出されている。
 著者によれば、「二一世紀初頭の今日、合衆国で経営している数多くの民営監獄会社は、連邦および州の収監者合計九万一八二八人を抱える施設を所有し、運営を任されている。実数では、テキサスとオクラホマが一番多くの民営監獄収監者を抱えている。民営監獄収監人口の全収監者に占める比率で言えば、ニューメキシコ州が四四%で最も高く、モンタナ州、アラスカ州、ワイオミング州で二五%を超えている。連邦、州、郡の各政府が各収監者あたりの手数料を民間監獄会社に支払っているそのやり方は、囚人貸出制度を思い起こさせる。当然、これらの株式会社は、収監者をできるだけ長く留め置き、施設を一杯にしておくことに強い関心を抱いている。
 テキサス州には三四カ所の政府所有・民間経営監獄があり、五五〇〇人の州外の囚人が収監さている。これらの監獄は、テキサス州に年間八〇〇〇万ドルの収入をもたらしている。」という実態である。
 さらにこれに人種差別的大量逮捕が加わる。
 「二〇〇一年九月一一日の攻撃直後、中東諸国からの移民の人種差別的大量逮捕と、それに引き続く移民帰化局拘留センター(そのいくつかは民間企業が所有し運営している)への拘留に関する情報秘匿は、民主主義の将来に暗い影を落としている。ますます増える南の世界からの不法移民の無制限の拘留は、産獄複合体と結びついた構造とイデオロギーによって少なからず支えられている。もしわれわれが、この産獄複合体が人種差別主義や外国人嫌いを強化するうえで大きな役割を果たしていることをきちんと理解しないならば、われわれはニ一世紀における正義と平等の方向に向かって進むことは決してできない。」

<<グローバル化する「監獄民営化」>>
 さらにこの「監獄民営化」がグローバル化しているという。
 「二〇〇〇年には、合衆国の二八州でおよそ一五○の施設を運営している利潤目的の監獄ビジネス株式会社が二六社あった。この会社のうち最大のCCAとワッケンハットは、世界の民営監獄市場の七六・四%を占めている。テネシー州ナッシュヴィルに本部を置いているCCAの二〇〇一年までの最大株主は、パリに本部を置く多国籍大手給食会社ソデクソ・アライアンスだった。このソデクソは、合衆国の子会社ソデクソ・マリオット社を通じて合衆国の九〇〇大学で給食事業を行っている。若者中心の団体「監獄モラトリアム運動」は、全国の大学でソデクソ・マリオット社に抗議する運動を行った。ソデクソ社との契約を解除した大学には、ニューヨーク州立大学オールバニー校のほかガウチャ大学、ジェイムズ・マディソン大学などがあった。学生たちは五〇以上のキャンパスで座り込みや集会を行い、二〇〇一年秋ソデクソは、CCAの株を売却することに同意した。」
 「監獄の民営化は、多くの国々で急激に懲罰施設設立の主流になろうとしている。民営監獄会社は合衆国だけでなく世界中で女性収監者が増えていることに便乗しようとしてきた。一九九六年にオーストラリアのメルボルンに最初の民営女性監獄がCCAによって建設された。ヴィクトリア州政府は、「民営化の合衆国モデルを採用し、ひとつの業者に、監獄の財務、設計、建設、所有を任せ、政府が、その後二〇年以上監獄建設に対して払い戻すことにしている。これは、その業者が監獄を所有しているので、もはや事実上、その業者を排除することは出来ないことを意味している。」
 メルボルンの反監獄活動家集団の運動の直接的結果として、ヴィクトリア州政府は二〇〇一年CCAとの契約から手を引いた。しかし、オーストラリアの監獄制度のかなりの部分はなお民営である。二〇〇二年秋、クイーンズランド州政府は、七一〇のベッドを備えたブリズベーンの監獄経営の契約更新をワッケンハットとの間で交わした。五年契約の価格は、六六五〇万ドルである。ワッケンハットは、ブリズベーンの監獄のほかに、オーストラリアとニュージーランドの一一の監獄を経営し、ヴィクトリア州の一一の州立刑務所に予防医療サービスを提供している。」

<<日本の「民営刑務所」>>
 こうした事態は日本でも進行しつつあると言えよう。とりわけ2001年に小泉政権が誕生して以降、「官から民へ」「民にできることは民に」といった自由競争原理主義に便乗した刑務所民営化路線が、犯罪厳罰化・刑務所過剰収容の流れと呼応して、具体的な姿をすでに現してきている。
 2007年5月13日に開所した山口県美祢市の「美祢社会復帰促進センター」は、全国初の「民間」刑務所として報道されている。そもそもこのセンターが建てられた場所は地域振興整備公団(現・都市再生機構)が造成し、美祢市が整備した工業団地「美祢テクノパーク」であったが、バブル崩壊後、1997年の分譲開始以来、一社も進出せず、2001年から刑務所の誘致活動に転換したものであった。05年4月22日に事業者選定の競争入札が行われ、セコム、清水建設、小学館プロダクションを中心とした「美祢セコムグループ」が落札し、セコム・新日本製鐵などが中心となりSPC(特定目的会社)である「社会復帰サポート美祢株式会社」を設立し、この株式会社と国が20年間で約517億円の事業契約を結び、整備・運営にあたっている。職員は法務省の刑務官が約120人、民間職員がパートを含め140人以上である。
 07年10月13日に開所された栃木県さくら市の「喜連川(きつれがわ)社会復帰促進センター」は「半官半民刑務所」「民活(「PFI=民間資金活用による社会資本整備」を略した)刑務所」と報道されている。さらに08年10月新設の島根県浜田市旭町の島根あさひ社会復帰促進センターは、収容人員2000人(初犯)、職員と家族合わせて1500人になるという。この民営刑務所は、06年に入札、大林組・ALSOKグループ が約878億円で落札している。このグループは、大林組が代表企業で、総合警備保障、日本電気、丸紅、グリーンハウス、合人社計画研究所、イオンディライト、コクヨ中国販売、PHP研究所の9社で構成されている。

<<監獄のない世界へ>>
 それでは懲罰が株式会社の利潤の源泉となることを許さない、「監獄のない世界」はどのように展望できるのであろうか?
 著者の主張は一貫している。
 「もし留置所や刑務所が廃止されるなら、では、何がそれにとって代わるのか? この問いは、監獄廃止の展望について考える際に、われわれをしばしば思考停止状態に陥れてしまう厄介な問いである。どうして現行の収監制度にとって代わるものを想定することがそんなに難しいのか?これまでとは全く異なった、そしてたぶんより平等な司法制度を最終的にもたらすと思われる理念の前でわれわれが尻込みしてしまいがちなのには、いくつもの理由がある。第一に、われわれは、過度に収監に依拠している現行制度を無条件の前提として意識しており、そのため今日、留置所や刑務所、少年院、移民拘留センターなどに収監されている二〇〇万以上の人々を、それとは異なったやり方で扱うことを想像すること自体が極めて難しいのである。皮肉なことに死刑反対運動でさえ、終身刑が死刑に対する最も合理的な対案だとの前提に立っていることが多い。
 懲罰が株式会社の利潤の源泉となることを許さない制度が想定出来るとすれば、それはどんなものなのだろうか? 人種や階級が懲罰の第一の決定要因とならない社会というのはいったいどんなものなのか? あるいは、正義実現の中心的手段が懲罰でないような社会とはどんなものなのか?
 このような疑問に対して答えねばならないわれわれ廃止主義者は、われわれの社会そのものおよびイデオロギーから監獄をなくしてしまう最終目標に向かう戦略や諸制度を頭に思い浮かべねばなるまい。われわれは電子監視手錠によって管理する自宅軟禁といった監獄の代用を探し求めたりはしない。包括的戦略として監獄人口を解消することを前提に据え、われわれは例えば、学校の非軍事化、すべてのレベルでの教育の再活性化、精神病を含めた無料医療の全対象者への提供、懲罰や復讐ではなく補償と和解に基づく裁判制度など、収監制度に対する一連の対案を検討すべきであろう。」
 さらに当面する具体的提案として、収監者の多数を占める麻薬使用と売春、飲酒の非犯罪化の提案を、各地域の無料麻薬・売春・飲酒対策プログラムと結合させる必要、必要書類を持たない移民の非犯罪化、等を提起している。
 「産獄複合体」、「監獄のない世界」、いずれもこれまで問題にもされてこなかった課題について鋭く切り込んだ問題提起の書といえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.374 2009年1月24日

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【新春訪問】吉村励先生と語る(2009-01-10)

【新春訪問】吉村励先生と語る(2009-01-10)
   —-100年に1度の金融恐慌への対応について—-

 恒例の新春訪問ということで、1月10日に生駒・佐野・T君の3人で吉村先生宅をお尋ねしました。先生は今年87歳ということですが、現下の金融恐慌について、お話を伺いました。
 
【吉村】生駒君ね、1929年の恐慌というと僕はまだ小学校でね、七つだよ。ただ家が地主で何となくね、小作の方がね景気が悪くて年貢を下げてくれという話し合いをね、おやじとやっていたのを覚えているよ。しかし、後でバルガの世界恐慌史を読んでね、あれが恐慌だったのかと思ったわけだ。だから、記憶としては何となく不景気だったということは覚えているんだ。しかし、それから80年ぶりの今の恐慌だ。君らは客観的にちゃんと見ておいて欲しいわけだね。
【生駒】だってこういう経験はまずありえないですからね。
【吉村】100年に一度というからね。
【生駒】当事者、記録者でないとだめなんですね。ちょうど80年ですね。
【吉村】しかしびっくりしたね。世界があれほど結びついているとはね。
【生駒】しかも早いですね、展開が。去年の9月15日のリーマン・ブラザーズの破綻からの事態の進行は予想以上でした。
【吉村】日本の企業が海外の株をあれほど持っているとはね。そして海外勢が日本の株を持っていたこともね。あれほど緊密なものであったとはね。概念的には知っていたけれど。
【生駒】けったいな合成債権を農林中金まで大量に買い込んでいたわけですね。
【吉村】本当にたちまち影響が広がったね。
【生駒】しかも、本格的にはこれから、ということですね。実体産業の方への影響は。
【吉村】29年の恐慌は33年くらいまで続いてね、そして33年がヒトラーの政権獲得でしょう。31年が満州事変なんですね。29年の恐慌は戦争で克服されたという側面がある。今度はどうなるか、というところですね。今戦争されたのでは困るわけでね。
【生駒】そうですね。中東の事態も怪しいですね。ブッシュのいる内に、という面もあるが、どう進展するか、危険ですね。
【吉村】100年に一度の歴史的な時を生きているということを認識してほしいですね。私自身も実際の恐慌というのは初めてなんですからね。
【佐野】私も不景気はたくさん経験しているわけですが、経済学的にですね、恐慌の定義というのはあるんですかね。
【吉村】恐慌という言葉を使うのは、大体マル経なんですね。近経の連中は絶対に恐慌という言葉を使わないです。だから、不況というだけなんです。
【生駒】それでもクラッシュとは言いますね。ガルブレイスは、The Grate Crashと言ってますね。
【吉村】ただ違う点はね、昔アルゲマイネクリーゼと言ってましたが、全般的危機と。革命的情勢という点もあって、政治的危機と絡めてね。現在は、アメリカ一極の世界支配の下にあるという違いはありますが。君達はしっかりメモとスクラップをしておくことだね。ほんとうに貴重な経験ですよ。こんな恐慌は初めてですよね。
【生駒】29年恐慌と言っても、日本では33,4年に影響がでているわけですね。
【吉村】日本はね、世界不況の中で景気の島と言われていたわけですね。31年の満州事変しかりですね。戦争というのは使ったものは、見事に消えていくわけですね。過剰物資が残るわけではない。だから資本主義にとっては過剰生産を克服するためのもっとも有効な手段であるわけだ。それだけに、ある意味で戦争の可能性があるという危惧を感じますね。
 だから日本だけが不況の中に浮かぶ景気の島と言われた。考えてみると、アメリカの成長と言うか拡大というかね、その過程ではいつも戦争をやっていたわけだ。朝鮮戦争・ベトナム戦争、そして湾岸戦争・アフガン・イラク戦争とね。
【佐野】過剰生産のはけ口としての戦争ということなんですが、現状では派遣切りに特徴的なように、直ちに生産縮小体制に入ってますね。今回の恐慌の特徴が、膨張した金融が破綻することから始まっていますから、価値の減価が急激に起こったわけで、過剰生産のはけ口と言う意味と少し性格が異なっているようにも思えるのですがね。中国も生産縮小に入っていますからね。
【生駒】しかし、ここまで世界経済が緊密化しているから、戦争による解決というのはしんどいのではないでしょうか。
【吉村】解決は3年くらいはかかると言われているけれどね。
【佐野】アメリカの失業率が7.2%で、すぐに10%を越えると言われていますね。いくら救済策を出しても、ビッグ3は破綻するんじゃないかな。だってあの大型車は売れませんよ。売れないと再建はないわけですね。環境対応の電気自動車をすぐに売り出せれば話はちがいますけれど。それから、マインドの点の影響も大きいですね。リーマン破綻以後ですね。
【吉村】アメリカとしては市場原理主義でね、まだ確保しようと思っていただろうけれど、AIG問題では、これは潰せないと判断したわけだね。その上に、ビッグ3問題ですね。3社の社長が首を並べて大統領にお願いするわけだ、資金融資をね。芝居を見ているようだったね。
【生駒】あの巨額報酬には恐れ入るな。無茶苦茶ですね。リーマンを退職した社長の退職金が150億円とかね。
【吉村】年俸が100億とかね。日本と桁違いだね。
【生駒】ソニーがアメリカ人社長を迎えた時、その社長が報酬が低すぎると不満だったといいますね。年俸3億だったかな。アメリカでは考えられないとね。
【佐野】アメリカもオバマ大統領の登場を待っている面もありますね。大型投資で400万人の雇用を創出するということですが、財政赤字が拡大するばかりで、さらに円高ドル安が進むのは必至です。
【吉村】アイスランドですか、国家破綻したのはね。もしEUに入っていたら展開は違っていたでしょうね。小さな国はドル圏を選ぶか、EU圏を選ぶかね、国家の選択が問われるね。
【佐野】外資が入って金融で繁栄していたかに見えたのが、外資の逃げるのは瞬時だったですね。
【生駒】まさに、空中楼閣だったわけだね。もともと漁業国ですよ。そもそも金融立国というのがおかしいですよ。
【吉村】ブレドンウッズ体制というアメリカの一極支配が崩壊したあと、どんな体制が必要なのか、現役の諸君の課題として考えてほしい。今後議論していきたいね。
【生駒】先生、最後にちゃんと予測しておいてくださいよ。
【吉村】それはもう、君らの仕事だよ。(笑)・・・・・

 【出典】 アサート No.374 2009年1月24日

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【コラム】ひとりごと—連合結成20年に思う—

【コラム】ひとりごと—連合結成20年に思う—

○連合は、昨年11月に結成20年を迎えている。1998年結成10年の連合中央第6回大会(会場は有楽町の東京フォーラム)には、私も産別組合の代表として、傍聴ではあったが参加することができた。(「連合結成10年に思う」ASSERTNo263参照)○私もすでに労組役員を卒業し、直接的な運動現場の雰囲気・空気を感じることはできなくなったが、労働組合運動への思いは変わらない。昨秋来、不況になれば解雇自由とも言うべき「派遣切り」が横行し社会問題となっている。今号の杉本報告にもあるように、現出している雇用問題にどのように連合運動が対応するのか、正に連合の組織と運動が問われていると思う。○連合結成は、旧総評・同盟などの労働4団体を中心にした労働戦線の統一の産物であった。共産党系は、連合結成に合わせて、官公労の自治労・教組からの分裂を強行し、全労連を結成している。○両団体とも結成20年ということで、機関紙を見ると特集記事が目立っている。ただ、いつまでも「対立関係」にこだわり続けているかというとそうでもない。例えば、大阪自治労連の代表は機関紙で「反連合・反自治労という狭い視野ではなく・・・」と表現しているし、テレビ番組では共産党の市田書記局長が「連合は本工組合員だけのための運動をしている」との批判に、「年越し派遣村には連合系の組合も参加して協力してくれた。」とごく自然に発言し、対立関係一色から、意見の違いはあれ、労働者の組織であるという当たり前の立場に立っているな、という印象を受けた。(もちろん、選挙対策でもあろうけれど)○しかし、全労連系には、非正規の組織化面では運動強化が図られている面があるものの、ナショナルセンターを名乗る無理がいろいろ出てきているようだ。自治労連の独自共済を見ても、経営が限界にきている印象がある。公務員・教員の公務組合が中心では、やはり限界があるようだ。○さて、年末年始に派遣切りで職と住居を失った労働者に対して、年越し派遣村の取組みが展開された。この取組みには、連合系も参加した。テレビの報道の中に元連合会長の笹森氏の姿も日比谷にあった。○12月4日に都内で開かれた派遣法改正を求める集会は、連合・全労連・全労協など従来の立場を超えて2000名が結集した。この流れが年越し派遣村に繋がったと毎日新聞は報じている。(毎日1月12日)○生きるか死ぬか、こんな状況に置かれている労働者を支援することに、労働組合の路線対立は障害ではありえない。反貧困ネットの湯浅事務局長のような存在が、労働団体の垣根を越えた協力関係を創りだしていることが重要だ。○その上で民主党・共産党・社民党も協力体制を組み、1月6日には野党が一致して「雇用と住まいを確保する緊急決議」案が衆参両院に提案され、参議院で一部修正の上可決に至っている。(衆議院では自民が反対している)○このように、「反貧困」では野党と労働運動側の統一が創られている。評価すべき出来事だと思う。この流れは、止めることなく引き継がれる必要がある。○平成20年の労働組合基礎調査によると、組織労働者は1006万5千人、組織率は18.1%となった。連合は662万3千人(昨年比1千人増)全労連は66万3千人(同2万1千人減)である。両組織を合わせても、730万人弱である。○今次の恐慌の進行は派遣・期間工などの削減だけで終わるはずがない。正規職員にも失業の危機が迫っている。反貧困・反失業をスローガンに、全労働者を巻き込んだ闘争を仕掛けていく必要があると思う。○今後の雇用情勢を考えると、結成21年目の今年は、連合にとって組織の命運がかかっているのである。連合は産業別組合が中心の運営ではある。その分小回りが効かない組織なのである。連合の地域組織も中央の縦割り組織をそのまま小さくしただけの感がある。○その点、非正規や中小を組織する地域ユニオンには、行動力があり、行動で統一していく自由さがある。○かつての地区労的スタイルを排除してきた連合のように思うが、個々の企業で生起する解雇などの雇用問題に対して、機敏に対応できる連合の組織体制が必要のように思える。○ユニオン運動の弱点を連合組織がカバーし、連合の小回りの効かないところをユニオン運動と連携しつつ、自らも地域の運動課題に具体的にコミットできる体制を作ること。地域で見える運動、企業の枠を超えて労働者の連帯を作りあげる運動と体制確立が連合に求められているように思う。(佐野秀夫2009-01-19)

 【出典】 アサート No.374 2009年1月24日

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【投稿】経済恐慌の進展と反恐慌政策

【投稿】経済恐慌の進展と反恐慌政策

<<「世界中の街角が危機」>>
 2008年は、9月初め以来顕著となってきた金融恐慌から世界的経済恐慌への様相をますます鮮明にしながら暮れようとしている。それは、勤労諸階層と中小零細企業に最も重くのしかかる倒産と失業の時代の到来である。今次恐慌の最大の特徴は、自由競争原理主義の破綻が、これまで築き上げられてきた社会的資本、社会的インフラ、医療・労働・年金を初めとする社会保険・社会福祉、社会的セーフティネットを利潤追求の道具に切り売り・民営化し、労働基本権や社会的諸権利・人権をことごとく切り縮め、所得再配分を放棄して富める者はますます富み、格差を徹底的に拡大してきた結果としての恐慌であるがために、まさにグローバルに、国内外の隅々に至るまで深刻な害悪をもたらそうとしていることである。本来、恐慌を回避し、その影響力を弱め、脱出できるための防波堤の再建・再生から始めなければならないのである。自由競争原理主義の罪の重さは計り知れないと言えよう。
 すでに国際労働機関(ILO)は、金融危機の影響で世界の失業者が2千万人増える可能性があり、09年終わりには2億1千万人に上り、過去最高に達し、「米国の金融街だけでなく、世界中の街角が危機にさらされている」と警告し、「社会的な危機に発展するのを避けるため、各国政府が迅速かつ連携した行動をとる必要がある」と強調している(08/10/20)。
 すでにこの自由競争原理主義のもとで荒稼ぎをしてきた日本の名だたる大企業が軒並み、遠慮会釈のない大量人員整理に取り掛かっている。製造業への派遣労働の解禁によって最も潤ってきた大企業が、真っ先に派遣労働者の解雇に我れ先きにと乗り出す、その無責任さはかつて見ないほど傲慢、冷酷そのものである。

<<「キャノンが解雇したものではない」>>
 その典型がキヤノンである。12/1、麻生首相が、経団連会長の御手洗冨士夫キヤノン会長を官邸に呼び、非正規雇用の維持を求めたわずか数日後、大分キヤノンが同社で働く請負会社の従業員を年内に約1100人削減することを明らかにしたのである。首相の要請をあざ笑うかのようなこの解雇を、御手洗会長は「誤解である。キャノンが解雇したものではなく、請負・派遣元が解雇したものだ」として、同社の責任ではないとの発言をしている(12/9)。しかし「請負・派遣元が解雇した」のは、キヤノン側が発注を削減したためであることは明らかである。よくもぬけぬけと言えたものである。派遣法に基づく派遣先指針でも、派遣先に解雇の原因がある場合、派遣先の関連会社に就職をあっせんするなど雇用を確保しなければならないと定めているにもかかわらず、一切の努力もしない一方的解雇である。
 御手洗氏はまた「世界的な景気の急激な落ち込みにより各社も減産に追い込まれ、苦渋の選択で雇用調整が行われている」などと言い訳をしているが、キャノン自身だけをとってみても、1~12月の一年間で5800億円もの営業利益(連結)を見込んでおり、7~9月期決算でみても、社内にため込んだ剰余金は9月末で3兆3000億円を超えており、この一年間の増加分は約2800億円に達している。約1700人の非正規社員の雇用維持に必要な額は、その増加分のわずか1.2%にすぎず、正社員化して雇用を維持するにも十分な剰余金も体力も有しているのである。
 「ガテン系連帯」労働組合日研総業ユニオン大分キヤノン分会の御手洗氏とキャノンへの申し入れ書は次のように述べている。

 現在、貴社をはじめ多数の大企業が競い合うようにして「派遣切り」「期間工切り」を中心とした人員削減を発表しており、これら派遣・請負社員が解雇後の新たな仕事先を自力で見つけるのは至難の業というべき状況にあります。そればかりか、他府県からやって来た大半の派遣・請負社員は寮に住み込んで働いていたので、解雇されたがために、この年の瀬になって、その住まい(寮)からも追い立てられようとしています。まさに生存権が脅かされる事態です。
 大分キヤノンは、「国内唯一のキヤノンカメラ生産拠点」、「世界に広がるカメラ生産の拠点」の名の通り、キヤノンのデジタルカメラ製品の製造を一手に担い、02年から5カ年間で売上高は2,511億円から4,425億円へとほぼ2倍に伸ばしました。この空前の業績を製造現場から支えたのは、いうまでもなく無数の派遣・請負社員です。貴社らは、「企業理念」として「共生」をかかげ、「文化、習慣、言語、民族などの違いを問わずに、すべての人類が末永く生き、共に働いて、幸せに暮らしていける社会」をめざすと表明しています。
 この理念通りであるなら、正社員とともに汗を流して来た派遣・請負社員の雇用確保に、いまからでも遅くはないので、ぜひともあらゆる手だてを尽くしてほしいものです。
 そこで、下記の通り申し入れますので、派遣・請負社員の危機的現状を速やかに打開するために検討してください。
 1.新たな「期間社員」の募集について  
大量の派遣・請負社員の契約解除の一方で、多数の期間社員を新規に募集する理由を説明してください。
 2.派遣・請負社員の優先的採用について
これまで大分キヤノンで働いてきた派遣・請負社員のうち、希望する者については、貴社らが新規募集する期間社員として優先的に採用してください。

 こんなささやかな要求も呑めないキャノン、「地域の活性化」、「雇用の増大」を口実に巨額の補助金まで大分県に出させて工場進出したキャノンがこれまで唱えてきた「企業の社会的責任(CSR)」を完全に放棄した背任行為ともいえよう。

<<「この無責任政治」>>
 そして11月初め以降は、トヨタ自動車をはじめ、自動車大手が軒並み、期間工、派遣労働者などの非正規労働者に解雇通告を連発、さらに、ソニーは内外16000人の正規・非正規労働者の削減を明らかにし、首切りの嵐は電機大手から、輸出産業のほとんど、その関連企業、基礎産業にも及んでおり、日本中を人員削減の嵐が吹き荒れる状況が現出されている。いずれもこの5~6年にわたって増収増益を続け、膨大な内部留保を抱え、まだ赤字経営にもなっていないにもかかわらず、なおかつ来年三月期決算でも、利益幅こそ減少が見込まれてはいてもなお相当巨額な利益予想をしている大企業が先頭に立って人員整理の旗を振っている。
 意図的、過激ともいえる、これらのパニック的な解雇攻勢は、情け容赦のない暴力的な破壊攻撃であり、危機への対応能力を失った資本の、むしろ経済恐慌促進政策とさえいえよう。そこには、社会的合意や、セーフティネット、ワークシェアリングなど激変緩和政策への配慮のひとかけらさえない、寒風吹きすさぶ歳末に寮やアパートからも即日退去を迫る、社会的糾弾がもっとも必要とされる、許しがたいあくどさである。そこには、強欲資本主義の横行を礼賛する小泉政権以来の自由競争原理主義の荒廃した日本社会の姿が露骨に投影されていると言えよう。
 こうした事態を野放しにし、むしろ促進してきたのが自公連立政権であった。麻生政権はその最後の幕引き政権として、もっとも無能力な醜態をさらけ出して、解散・総選挙の「選挙の顔」として登場したはずが、今や「選挙のじゃま」ものとして取り扱われ、自民党内からさえ、「漢字だけじゃなく、庶民の感覚が読めてない」(後藤田正純)、「ブレブレ首相が世の中をかく乱している」(渡辺喜美)、「解散先延ばしのツケがこの無責任政治だ」(平沢勝栄)と、ボロクソに罵倒される事態である。最近の各紙世論調査でついに麻生内閣の支持率は急落し、20から22%という、もはや解散もできない、総辞職もできない、一種の政治空白状態に陥ってしまっている。

<<「生活安心保障」勉強会>>
 問題は、経済恐慌進展の下で、その破壊的影響を食い止め、それから脱出させるべき政治が、危機への対応能力をほとんど持っていない、その基本政策さえ明らかに出来ない、そこに真の危機が存在しているといえよう。打ち出されるのは全て中途半端なとりあえず今をしのぐつぎはぎだらけの痛み止めに過ぎず、それでさえ、実行は常に先延ばしにされ、今や期待さえされていない。一人1万2千円・年内配布を目玉とした定額給付金の2次補正予算も今国会には提出できず、来年3月配布さえ怪しくなりだし、その経済効果はますます低下し、あまつさえ、それと引き換えに3年後の消費税大幅増税を公約にするという、景気拡大政策に逆行し、個人消費をかえって冷え込ます政策を公言しても矛盾を感じないところに、この政権の末期的症状が象徴されている。
 ところが、反麻生で結集しだした小泉構造改革路線を金科玉条とするグループがまたぞろ小泉氏を担ぎ出して「生活安心保障」のための勉強会なるものを立ち上げて、蠢動しだした。さんざん社会保障費を削減し破壊してきたグループが「生活安心保障」とは、よくもいえたものだが、その看板に相反してあいも変わらず、社会保障費の自然増分二千二百億円の抑制と財務省の縮小均衡路線を主張して恥じないところに、そしてこれにまた動揺させられ、それと同一歩調をとる麻生首相の立ち位置の中途半端さに、この党の反人民的本質が明瞭に映し出されている。
 しかしこの点では、民主党においても、財務省の縮小均衡路線、市場原理主義路線からの決別が極めて不明確である。与野党の政策対立の最大の争点が、この路線から脱出すること、新たなニューディール政策によって、失業を減らし、雇用を拡大することにこそ焦点があわせられる必要があり、それこそが反恐慌政策の最大の要であることを強調すべきであろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.373 2008年12月20日

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【投稿】大量破壊兵器と化した「時価会計」の恐怖

【投稿】大量破壊兵器と化した「時価会計」の恐怖
                          福井 杉本達也

1.企業目的をコペルニクス的に転換した「時価会計」
 時価会計とは「望みどおりの」利益を出す方法である。これまでの「企業の目的は利益を稼ぐことであった。」が、いまや利益は経営者の思うままに操作できるようになった。時価会計によって収益・利益の前倒し計上が可能になった。時価はこの商品が「売れたらいくら儲かる」という仮定(バーチャル)の世界である。しかし、債権・デリバティブ商品の今日付いている値段が、明日もあるいは来期も5年後も続くとは限らない。むしろ、続かないと考えるほうが自然であろう。その将来の「たられば収入」を評価差益として益金を計上し、ストックオプションなどを通じ経営者に高額報酬をもたらし、株主にも高配当してしまい、後は野となれ山となれというものである(参照:田中弘神奈川大教授:『不思議の国の会計学』税務経理協会)。しかし、その落とし穴は現金=キャッシュ・フローがついてこないことにある。この商品はいくらで売れるというその時点の「時価」で評価しただけであり、その商品を売ってしまったわけではないので、肝心の現金は入ってこない。いくら帳簿上利益を計上しても、「たられば」であるから肝心の財布に現金がないのである。したがって、いつかは破綻する会計トリックである。落語の「花見酒」の世界である。六代目春風亭柳橋の作であるが、あらすじは「”酒が無くてなんの桜かな”と言われるように、花見には酒が付き物です。『向島に花を見に行ったら酒屋がない、だから我々二人が金を出し合って酒を売らないか』と言う事で酒を仕入れて売る事になった。倍儲かるから2両が4両、4両が8両になって、8両が ・・・・、両手でも数えられないほど儲かるという。借りのある酒屋だがそこで2両の酒を買った。一斗樽に仕込んだが底の方にわずか入った程度で、担いで出掛けた。腹が空きすぎて力が出ないと言って1貫だけ残して置いた。この1貫で芋でも買って力を付けて働く事にしたが、芋を買えば芋屋に儲けさせてしまう。だったら、無駄がないように我々の酒を買えば損が無く、倍儲かるよ。樽をそこに置いて、まず相手に1貫の金を払って一杯の酒を買って飲み出した。金を受け取った相棒も待ちきれずに、その一貫を相手に渡して一杯やった。イイ酒だと感心しながらやった。相手が美味そうに飲むので 、その1貫で交互にまた飲んだ。向島に着いて、酔った勢いで店開きをした。最初の客が付いたが、酒が無く売り切れていて断った。2両の金で仕入れているので、4両にはなっているはずで、そのお金で再び酒を仕入れて来る事にした。相棒に売上金を出さすと1貫しか無い。『2両で仕入れたのに1貫しか無いとはおかしいじゃないか』、『1貫出してお前が飲んで、俺が飲んで、またお前が飲んで、俺が飲んで・・・、で売り切れた』、『それなら、無駄が無くって良かったな』。(HP:「吟醸の館」「落語の舞台を歩く」より『花見酒』)という世界なのである。
 右肩上がりのインフレ時には、債権の価格も上がり土地の価格も上がるので破綻しないが、一旦、デフレに陥れば「含み益を吐き出させる会計」から「含み損を作る会計」に逆転する。破綻したときには貸借対照表の「借方」である「資産の部」には過大に時価評価されてきた無価値の、今や紙くずとなったCDS(Credit default swap)や各種デリバティブ商品があり、「貸方」である「負債・資本の部」には“あるはずだった”自己資本が全くなく、これまた膨大に積みあがった借金だけが残る。現代の会計学は「詐欺」になってしまった。
 10月7日付け日経新聞のマーケット総合欄に末村篤氏が「現在価値革命の暴走と挫折」という記事を書いている。「投資銀行のビジネスモデル崩壊の教訓は、高レバレッジ(負債によるテコの原理)経営の失敗だけではない。投資銀行が担った金融文化の特徴は、あらゆる資産を市場取引の対象とするために、価格を時価で評価する会計思想である。市場価格がないものにまで「時価」を付ける「現在価値革命」の暴走と挫折が、投資銀行を葬り去った。現在価値革命は、資産価値を過去の採用や利益の積み上げではなく、将来収益の割引現在価値で認識し、すべての金融取引に適用する金融文化を指す。会計上の資本概念は、払込資本に内部留保を加えたものから、時価評価後の資産から負債を引いたものにコペルニクス的転換を遂げた。」と評している。

2.欧米の時価会計見直しに鈍感な金融庁・日本公認会計士協会
 本家の米国証券取引委員会(SEC)やEUが時価会計の見直しに舵を切ったにもかかわらず、日本の金融庁や公認会計士協会は鈍感であったし、今でも鈍感であり続けている。SECが時価会計見直しに関するガイダンスを発表した(9月30日)時点で、「証券化商品の時価会計適用を事実上緩和する発表について、日本の金融庁は真意を測りかねている」(日経:2008.10.2)との間の抜けた報道対応をしている。「アメリカから時価評価が出てきて、アメリカがまずそれを放棄してしまったということで日本は困惑している」(平松一夫関学教授:「税経通信」2009.1)のである。米国にいわれるままに、米国のすることは全て正しいことだとしっぽを振って二階に上がったとたんハシゴをはずされてしまったのであるから困惑するのも無理はない。
 ところが、増田公認会計士協会会長は「会計基準は経済の実態を表す物差し。基準の変更で(会計上の) 白己資本比率を変えるのは本末転倒」と指摘し、「金融商品の時価会計を凍結することには賛同できない」と述べ、(日経:2008.10.24)時価会計の緩和に反対している。さらに輪をかけて、佐藤金融庁長官は12月3日の企業会計基準委員会で、「一部の金融機関から(時価を基礎とする)会計基準を緩和すべきだとの意見があるが、(混乱を回避する狙いとは) 逆に作用する」「会計に期待するものは単純で、企業の財政状態を公正、正確に示すもの。損失が発生すれば迅速かつ正確に開示すべきだ」と述べ、不良資産の切り離しや自己資本の積み増しなどを金融機関に要求し(日経:2008.12.4)、企業への「貸し渋り」を加速させ、さらに不況を深刻化させようとしているかのようである。

3.時価会計は『勝ち組』が100年に1度のチャンスをものにする道具
 12月4日、欧州中央銀行は政策金利を大幅に下げ2.5%に、同時にイングランド銀行も1%にした。さらに11日にはスイス国立銀行はゼロ金利に、11月26日には中国も1.08%もの異例の利下げをするなど、世界の実体経済は完全にデフレに陥ってきた。デフレ下においては全ての財やサービスは下落する。欧米諸国は時価会計の一部凍結を決めたのに、日本だけが時価会計の見直しに消極的であれば、日本の企業は不況下でどんどん下がり続ける資産を「時価」で再評価し資本が縮小していくことになる。結果、自己資本過小となり破綻に至ってしまう。日本の金融機関は、BIS規制により海外展開する企業は8%以上の自己資本が要求され、国内展開している地銀などの金融機関も4%以上という金融庁の指導がある。自己資本がそれを下回れば金融事業からの撤退や他行との強制合併を迫られる。そこで、金融機関は自己資本率を維持するために競って企業への貸し出しを制限し「貸し渋り」を行い、不況に喘ぐ中小企業を無慈悲に切り捨て、派遣労働者の首を切らせ、株価を暴落させ、不動産を売り急ぎ、実体経済をさらに深刻化させることになる。
 しかし、100年来の金融危機・恐慌は、ゴールドマン・サックスをはじめ一部投資家の『勝ち組』にとっては逆に100年に1度の資本を集中化するチャンスでもある。ゴールドマンは米金融界の時価会計の緩和に反対している(日経:2008.10.30)が、池にはまった『負け犬』を叩けば叩くほど『負け犬』の資産を安く手に入れることができて儲かる。日本が時価評価に消極的であれば、日本の企業はそれだけ資本が棄損する。ゴールドマンにとっては資本を集中化する際に日本の競争相手が少なくなる。9月に破綻した米リーマン・ブラザーズのアジア部門などを買収した野村やモルガン・スタンレーに出資した三菱UFJのように海外展開しようとする企業も足元をすくわれる。野村・三菱UFJなど大手金融機関は、この間、棄損した自己資本の増強するため、あわてて劣後債や優先株・普通株などを発効し4兆円もの資本増強に走り出している(日経:12.1)。また、日本の株価がさらに下がり(外国人投資家による意図的な日本売りを含め)、時価評価による資本棄損によりさらなる投売りが進めば、ゴールドマンらにとっては日本企業を買収しやすくなる(米国企業は資本を無駄にするものだとして日本企業のような株式の相互持ち合いなどをしていないので株式に時価評価は適用されない。日本だけが株式の評価損によって大打撃を受ける)。投売りされる日本の不動産も買い易くなる。「法人企業統計調査」によると、資本金10億円以上の金融業・保険業の自己資本比率の推移は、平成20年4~6月期の5.4から、7~9月期の5.0へと低下しており、自己資本は確実に毀損してきている。竹中平蔵・山本有二・渡辺善美氏など歴代の金融担当大臣の多くは米国金融資本の代理人ばかりである。「日本の会計は、独自路線を行くようなことを口にしながら、やっていることは、アメリカ追随です」「アメリカにとって、日本は『やり放題』の国です。アメリカのいうことはすべて実行し、いわれてもいないことも、あうんの呼吸で相手の希望や願望を嗅ぎ取って、『自発的に』自分を変えようとします」(田中:上記)と田中弘氏は指摘しているが、「時価会計」は米英アングロサクソン金融資本の国策会計である。日本は国策会計にまんまと乗せられ、騙されてきているのである。そして、それに気脈を通じ、日本の企業経営を内部から堀崩そうとする大臣や会計士がいる。その結果、大量の派遣労働者が首を切られ、正社員にも失業の波が及ぼうとしている。金融庁や会計士協会の動きに十分注意を払い、日本は早急に廃止に向けた議論をしなければならない。

 【出典】 アサート No.373 2008年12月20日

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【本の紹介・論評】大暴落1929 (The Great Crash 1929)

【本の紹介・論評】大暴落1929 (The Great Crash 1929)
                   著者 ジョン・ケネス・ガルブレイス
          発行 2008年9月29日第一版第一刷 日経BP社 2200円+税

<<「『ブラックマンデー』でしたっけ……」>>
 麻生首相は先月30日夜、八重洲ブックセンター本店で、国際政治や外交に関する本を4冊購入したという。この時にこのガルブレイス著『大暴落1929』も買っている。その1カ月前の11月1日にも八重洲ブックセンターに立ち寄り、同じく4冊の本を購入している。ところがすでに購入済みの本を今回また買ってしまった。マンガだけでなく、書籍も読めることをアピールする目的のパフォーマンスであったが、ただ買っただけで読んではいないことを自ら露呈してしまったともいえよう。
 首相は、これまで解散・総選挙を逃れる逃げ口上として、最初は10/25に、現在の世界経済情勢について「百年に一度の国際的な経済危機だ」と指摘して、まずは経済対策をこそ先行させなければと述べ、これ以降何度も「百年に一度の大暴風雨」などと発言している。これは、アメリカの連邦制度準備理事会(FRB)のグリーンスパン前議長が10/23の米下院公聴会で「我々は世紀に一回のツナミのまっただ中にいる」との発言を援用したものであろう。当然、1929年の大恐慌ぐらいは自ら調べるなり、学習し、レクチャーぐらい受けていてしかるべきであろう。
 ところが首相は、APECでの会見(11/23)の記者団とのやりとりで、「1929年のいわゆる『ブラックマンデー』でしたっけ……」と口にした。まずいと感じた事務方が「恐慌!」と声を上げ、首相が「恐慌」と言い直す場面があったと報道されている。
 1929年10月24日のニューヨーク証券取引所の株価大暴落は、暗黒の木曜日(Black Thursday)であり、続いてさらに値を下げた10月29日は、悲劇の火曜日(Tragedy Tuesday)であった。「ブラックマンデー」はあくまでも、1987年10月19日月曜日の暴落のことである。
 「K(空気が)Y(読めない)」だけではなく、「K(漢字も)Y(読めない)」「K(経済も)Y(よく知らない)」とまで言われる首相には、もはや退場する道しか残されていない情勢になりつつあるが、この際、せっかく購入されたのであれば、「歴史が生き生きと語りかけてくることを書き留め」(著者まえがき)たこの書籍をぜひとも最後まで読み通していただきたい。実に読みやすく、約80年前の大恐慌と今日進行しつつある大恐慌との共通点、相違点、著者が警告することが浮かび上がってくる好著である。

<<「暴落を仕組んだ」>>
 ガルブレイス氏は、1908年に生まれ、2006年に亡くなっている。この名著とも言われる『大暴落1929』は、初版が1955年春である。以来四〇年以上、版を重ねている。著者は、「一九九七年版まえがき」の中で、「この本がこれだけ長いこと売れ続けているのは、著者はともかく中身がいいからだと評価していただいているようだ。まずいくらかは役に立つかも知れない。だがこの本が時代を超えて長寿を保っているのは、別に理由がある。増刷され本屋の店頭に並ぶたびに、バブルや株安など何事かが起きるのだ。すると、この本への関心が高まる。そう遠くない昔に好景気が一転して深刻な恐慌につながったときのことを、多くの人が知りたいと考えるからだろう。」と述べている。
 初版を出したときに著者は、「ワシントンに呼ばれ、上院の公聴会で過去の投機と暴落について証言したのだが、まさにその最中に株価が突然落ち込んだのである。おかげで私はあちこちから恨みを買うことになった。年季の入った投資家からの攻撃はことにすさまじく、生かしてはおけないといった脅しの手紙が大量に送られてきたものだ。もう少し上品な人からは、ガルブレイスが病気になって早死にするよう祈っていると言われた。証言から数日後、バーモントでスキーをしていた私は足を折り、新聞がさっそくこれを報じる。祈りは聞き入れられたという喜びの手紙が何通も舞い込んだ。どうやら私は、少なくとも宗教には何らかの貢献をしたらしい。また当時の風潮の中、共和党の上院議員ホーマー・E・ケープハート(インディアナ州選出)からは、ガルブレイスは共産主義の擁護者であり、資本主義を陥れるために暴落を仕組んだのだと言われたものである。」
 「一九五五年の出来事はほんの手始めに過ぎない。七〇年代にはオフショア・ファンドが相次いで破綻。八七年にはあのブラックマンデーがあった。どれも一九二九年の出来事ほど劇的ではなく、また深刻に懸念するにもおよばなかったが、それでも多くの人があのときを思い出し、その結果この本は印刷され続けることになったのである。一九九七年のいまもそうだ。」
 そして2008年金融大恐慌の発生が、この著を再び店頭に並ばせたのである。

<<「ファンダメンタルズは問題ない」>>
 著者は、「29年の大暴落は、それに先行した投機ブームの必然的結果であった。値上り益を狙って株を持っていることは無益となり、売り逃げラッシュが始まる。過去における投機の狂宴はすべてこうして終わった。29年においても同様であった。今後においてもそうであろう。」とのべ、続いて「とは言え、一九二九年の大暴落後ほどひどいことにはなるまい。当時の銀行はひ弱で、預金保険もなかった。証券市場より農作物市場の方が重要な地位を占めていたが、こちらはとくに脆弱だった。おまけに失業保険、福祉給付、社会保障といったセーフティ・ネットも整備されていなかった。いまでは、これらはすべて改善されている。だがそれでも景気後退は起こりうるし、それはごく正常なことだ。そうなったとき、政府はきっと、国民を安心させようと決まり文句を言うだろう。市場があやしい雲行きになったときの常套句、すなわち「経済は基本的には健全である」とか「ファンダメンタルズは問題ない」というものだ。この台詞を聞かされたら、何かがうまくいっていないと考える方がいい。」と警告する。この同じ常套句が、2008年の現在においても繰り返されている。
 著者は、1929年の経済は、間違いなく「基本的に不健全であった」と述べる。まず、所得分配において、「金持ちは途方もなく金持ち」で、総人口の5%が所得全体の1/3を占有し、不平等と格差が拡大し、個人消費が伸び悩んでいたこと。さらに企業構造において、「詐欺やペテン師の長い歴史の中でも、この時期は企業犯罪の全盛期であった」こと。そして1920年代後半の自動車・鉄鋼・電気製品の過剰生産、工業の繁栄に取り残された農業の慢性的不況、世界的保護貿易主義の拡大(29年輸入品平均関税33%→40%に引上げ:各国報復関税で世界の貿易量29年→33年1/3に激減)を指摘する。保護貿易主義を除いては、いずれも2008年の現在の状況と酷似するものがあるといえよう。

<<共通点と相違点>>
 1929年大恐慌と2008年金融恐慌から2009年大恐慌への共通点と相違点はどのようなものであろうか。
 まず、どちらも金融バブルの破綻という点では本質的な共通性を持っている。その前段階での、自由放任主義的金融政策とその破綻という点でも共通している。
 そして、恐慌とは「資本主義的生産の衝動と対比しての、大衆の窮乏と消費制限である」(マルクス『資本論』)という本質規定においても共通である。恐慌の役割が、これを制御できない社会において、暴力的に価値を破壊し、低落した利潤率の回復と均衡を取り戻すという不可避的な過程であるという点においても共通している。収奪のしっぺ返しとしての恐慌という共通点、そして収奪された人々に最も重くのしかかるという共通点。
 相違点は、29年当時は存在しなかったマネーゲームの手段としての各種金融派生商品取引残高が07年6月で516兆$と、世界の名目GDPの約10倍の規模に達し、世界中にばら撒かれ、広さ、深さ共により深刻である。
 さらに、今次恐慌では無縁な世界が存在し得ないほど影響が世界的規模であり、波及が即時的でさえある。なおかつ、巨額の資金が一瞬のうちに世界を駆けめぐる金融市場の規模とスピードを支えるネットワークと技術の存在。
 そして、マネーゲームに狂奔するカジノ資本主義の進展は、アメリカの実体経済そのものの空洞化を推し進め、製造業の基盤を崩壊寸前にまで追い込み、その中で恐慌が進展していることの深刻さである。
 同時に29年恐慌との違いとして指摘されねばならないことは、ガルブレイス氏が指摘するように、「資金の最後の貸し手」としての中央銀行制度、IMF(国際通貨基金)など国際的な機構や協調体制が存在し、国家財政が経済に占める比重も格段に大きくなり、各種の需要喚起策や景気対策を発動する条件が多様に存在し、失業・健康保険など社会保障制度、銀行業務と証券業務の分離、預金保護制度など、恐慌に対処する条件が存在してきたことである。

<<『世界を不幸にするアメリカの戦争経済』>>
 問題は、こうした恐慌に対処できる条件を、自由競争原理主義が躍起になってぶち壊してきたところにあり、金融ビッグバンなど徹底した規制緩和が進む中で、巨額な富が多国籍企業・資本に集中し、膨大なワーキングプアと貧困層を増大させ、格差を極大化させることによって恐慌を進行させ、よりいっそう深化させつつあることころにある。
 さらに指摘されるべきは、アメリカ発の恐慌となった、『戦争経済』の果たした役割である。2001年9月11日以降の対アフガン・イラク戦費は、米国経済に3兆ドルに上る過酷な経済負担を強い、財政赤字を極大化させ、ドルの下落を決定的にさせ、エネルギー価格を暴騰させ、「石油のための戦争」が逆に4倍ものガソリン高をもたらし、他のコストも合算すれば6兆ドルもの不生産的出費を余儀なくさせ、恐慌に突き進ませたことである。ステイグリッツ著『世界を不幸にするアメリカの戦争経済 イラク戦費3兆ドルの衝撃』(2008年5月31日発行、徳間書店)は、この点を克明に分析・追及している。
 今次恐慌によって、もはやアメリカを中心としたG7の時代は終わった、G7ではこの世界的金融恐慌を克服する力も能力もないということが、誰の目にも明らかになってきたと言えよう。それはまた同時に、サブプライムローンの破綻から今日の金融恐慌に至る、虚業が実業を圧倒するマネーゲームと投機的金融資本主義の破綻、とりわけブッシュ政権が押し進めた軍備増強と戦争経済優位がもたらした国家的破綻と泥沼状態、その結果としてのアメリカの凋落、そして無法と無責任・格差拡大・弱肉強食の市場原理主義、新自由主義がもはや継続しがたく、持続不可能であり、崩壊の危機に瀕している端的な現われでもある。

<<恐慌脱出政策>>
 とすれば、恐慌脱出政策としての反恐慌政策の第一は、当然、アフガン・イラク戦争からの撤退・停止でなければならない。即刻対処が可能であり、それが及ぼす積極的プラス効果はきわめて大きい。同時に、ドル基軸通貨体制の転換が必要ではあるが、何よりも決定的に重視され、指摘されねばならないことは、もはや破綻し泥沼化しているイラク戦争、アフガニスタン戦争を即刻停止させ、戦争経済から平和経済への転換を明確にすることこそが、世界経済恐慌回避への最大の近道であり、そうした転換を前提としない新たな国際通貨体制では危機の回避は不可能であることを認識しなければならないであろう。
 第二は、国際・国内両面における市場原理主義からの決別である。それは、国際・国内両面におけるニューディール政策への転換でもなければならない。マネーゲームとも言われ、カジノ資本主義とも言われる投機経済、野放しの弱肉強食経済に対して、多国籍企業・国際金融資本・投機資本に対する徹底した民主的規制を課すこと、同時にそれらの国際的資本移動と収益に対して国際的共通課税を課すことを国際的ルールとし、それらを原資とした地球規模の環境対策、貧困対策、食糧危機対策、これらを包括した国際的規模のニューディール政策に前進すること、資本や資金の流れをこれらの政策に合流させることを明らかにすることである。29年恐慌におけるニューディール政策を上回る、世界的規模でのニューディールが要請されていると言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.373 2008年12月20日

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【コラム】ひとりごと—無届老人ホーム増加の意味するもの—-

【コラム】ひとりごと—無届老人ホーム増加の意味するもの—-

○楡周平の「プラチナタウン」(2008-7祥伝社)を読んだ。図書館で見つけた本だ。主人公は商事会社の幹部であったが、子会社への出向を打診された時、故郷の同級生が郷土の町長に立候補を頼みに来る。企業誘致のための開発をしたものの企業進出はなし、夕張のように公共施設は沢山あるが、採算は取れず町財政は破綻状態。○一流大学を卒業し大企業へ就職した同級生に白羽の矢を立ててきたわけだが、主人公は心ならずも立候補するはめになり、見事当選。財政の破綻状態に驚きながらも、高齢者施設の誘致を実現する。人口の増加、雇用機会も増えて、東北の小さな町にも夢をつながれるというストーリーだ。○財政破綻した町財政の再生、再生プロジェクトに利権を見出そうとする古参の議員たち、そして巨大な高齢者住宅・介護関連施設の建設など、自治体に関係のある話に興味をそそられ読んだ。○サスペンスもので有名な作者が、一転して身近な問題に取り組んだもので、フィクションではあるが、福祉が雇用を創出するという仕組みをうまく描いている。○そこでである。私は福祉関係の部署にいるのだが、この2・3年、気になっているのが、高齢者住宅の問題であった。○認知症の進んだ高齢者や要介護度の高い高齢者には、特別養護老人ホームや老人保健施設が相応しいのだが、圧倒的に不足している。いずれの自治体も高齢者福祉計画等で一定数の施設は確保しているものの、実態は圧倒的に不足している。○高齢者福祉計画の必要数分については建設費についても補助金が出る。しかし必要数が確保された後は、補助金は出ない。○需要はあるのに供給が追いつかない。そこで、「金儲け」のための施設が建設されることになる。○大阪府内でも「有料老人ホーム設置指針」が策定されているが、必置施設・人員など、補助金が出ない前提となるとハードルは高い。○施設というより、高齢者向け住宅として建設し、食事提供や介護サービス・管理費でペイしようというものである。介護保険上はあくまでも在宅サービスとなる。○月額15万円程度で利用できるという場合が多いが、生活保護世帯には、別料金を設定している場合が多い。○こうした「介護付老人住宅」が全国で急増しているのである。しかし、問題も多い。規制や公的指導の対象ではないため、経営が破綻し高齢者が放置された高齢者住宅についての報道もあった。(2008年8月31日毎日新聞)実質的には「老人ホーム」なのに、届出義務は徹底されず、実態調査もまだ行われていない。○問題は他にもある。こうした高齢者住宅については、社会的コストが高くつく事である。住宅と介護サービスはセットされ、介護サービスは枠一杯まで使われる場合が多い。○単なる住宅であるから、民間会社が経営しチェーン展開をしている場合もあるし、医療法人や社会福祉法人が、医療・介護とセットできるメリットもあり参入が相次いでいるのである。○介護保険事業は来年度から4期目となるが、介護費用は伸び続けている。高齢者が増えているのだから、伸びるのは当然としても、こうした「無届老人ホーム」の増加は、求められる「在宅福祉」と言えるのだろうか。○消防設備の完備していない施設も多く、数年前のカラオケ店火災、大阪のビデオ店火災などを教訓に、「無届老人ホーム」にも立ち入り検査が行われているとも聞くが十分ではない。○総務省の調査によると、こうした無届のままの老人ホームは、全国に353施設あると言う(2008年9月5日産経新聞)。食事の提供、介護の提供、洗濯・掃除、健康管理のいずれかのサービスを提供する施設という定義が有料老人ホームだが、これら無届ホームは、高齢者住宅を看板にし「介護付き」などを売り物にしている場合が多いのである。総務省は、厚労省に対して届出指導を都道府県に徹底させるよう求めていると報道されている。○増え続ける社会保障予算の中心となりつつある介護保険事業だが、介護職場で働く労働者の厳しい労働条件・低賃金の実態改善に加えて、増え続ける「無届老人ホーム」(介護付高齢者住宅)についても、規制していく必要があると思われる。「民に任せれば、金儲けが優先される」のである。「民に任せれば、うまくいく」という新自由主義的発想の行き着く先が、無届老人ホームではあるまいか。安心できる介護サービスの提供には厳格な公的規制こそが必要である。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.373 2008年12月20日

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【投稿】迷走する麻生政権と金融サミット

【投稿】迷走する麻生政権と金融サミット

<<「期待小さく、失望感なし」>>
 米国・ワシントンでこの11月14、15の両日に開かれた金融サミット(G20)は、もはやアメリカを主導国とした先進国クラブのG7やG8では、現下の世界的な経済恐慌の進展という深刻な事態には対処できない、なおかつマネーゲーム・金融バブルの肥大化と破綻・崩壊をもたらした市場原理主義、ドルを基軸通貨とする一極体制の継続は不可能であり、これを徹底して押さえ込み、規制をかけ、新たな国際的協力体制を作らない限りは現在の深刻な事態から脱出できないであろうという現実の反映であった。
 サミットは、先進国と新興国など20か国・地域(G20)の首脳会議として開かれ、世界経済の成長回復や世界の金融システム改革に向けて協調することで合意するとともに、「必要なあらゆる追加的措置の実施」を盛り込んだ首脳宣言を採択して閉幕した。
 宣言は、今回の金融危機の原因について、「いくつかの先進国の規制当局が金融の技術革新についていけなかった」と指摘しているが、危機がアメリカ発であることからして、何よりもアメリカに対する指摘であり、要求である。そしてそのその最大の要求項目は、「金融危機の克服と再発防止に向けた監督や規制の枠組みの強化」であった。アメリカも合意せざるを得なかった、金融市場改革についての合意は、1)市場の透明性と金融機関の説明責任を強化、2)市場の適正な規制と監視の強化、3)金融市場における公正性の促進、4)各国規制当局の連携の強化、5)新興国の発言権の拡大などを含む国際金融機関の改革—-の5つの共通原則を確認し、これらの原則を「完全かつ精力的」に実行するため、各国財務相の責任に基づいて追加的な提言の策定を要請し、優先度の高い項目を「行動計画」として規定。実施状況を協議するため、2009年4月30日までに再度会合を開くことを決めたのであった。
 問題は、ブッシュ政権があと二ヶ月しか存在し得ない政権であり、ブッシュ共和党政権の政策の継続を正面から否定し、それの「チェンジ」を掲げて圧勝したオバマ政権への移行期間であるにもかかわらず、ブッシュ大統領はあくまでも市場原理主義にこだわり、欧州が主張する金融規制強化では市場の自由度が失われるとして、「自由市場の資本主義の重要性」を訴えて規制強化に反論し、アメリカ自身が即刻行動に移すべき追加の景気刺激策にすら言及することができず、合意が総花的かつ具体性に欠け、今進行中の危機に対して具体的な一致した行動が何もなきに等しい合意でしかなかったことにある。「市場の事前期待が小さかったため、特段の失望感はない」という市場関係者の指摘どおりともいえよう。

<<「ポストドル」とか勇ましいこと>>
 それにしても、この期に及んでもなお、ブッシュ大統領に媚を売り、追随する麻生首相、その自公連立政権は、もはやその存在自体がますます有害であり、醜悪なものとなってきている。
 首相はサミット後の記者会見で、1997–98年に金融危機に直面し、克服した日本への期待の大きさと役割の大きさを感じたと指摘。「日本の経験を示し、新しい枠組みを主導し、具体的な提言も行った。宣言にも反映された」と述べ、今回のサミットが「歴史的なものと後世、評価される」と大見得を切っている。
 しかし今回のサミットの重要な争点となり、その弊害こそが指摘されているドル基軸通貨体制について、麻生首相はあくまでも「ドル基軸体制の堅持と自由主義市場の範囲内での金融規制強化が必要だ」とわざわざブッシュ弁護を買って出て顰蹙を買い、最も改革されるべき国際通貨体制について、中国やインド、中東・南米諸国など新興国の改革要求と対立する姿勢をとったのである。「ドルは、もはや基軸通貨とはいえない」現実に対して、欧州連合(EU)議長国フランスのサルコジ大統領が「ブレトンウッズ体制」の改革にまで言及し、ブラウン英首相が、合意された「新興国の発言権の拡大などを含む国際金融機関の改革」について、これを「新たなブレトンウッズ体制への道」と表現し、「首脳宣言を見れば、われわれが将来に向けた新たな体制を構築しようとしていることは明確だ」とする姿勢とは雲泥の開きがある。「最も先鋭化しているフランスから英国を切り離し、日米側に引き込んだポイントは大きい」(首相同行筋)などとブッシュへの貢献を自慢し、「『ポストブレトンウッズ』とか『ポストドル』とか勇ましいことを言ってるのが世界中にいるが、現実にできるかと考えてみた時、なかなかできない」などと放言する麻生首相の行動原理が、ただただ「日米同盟堅持」の一本槍で、現在の経済恐慌の現実と原因を真剣に考えようともしない、またその能力も持ち合わせない首相の姿勢と現実を如実に暴露している。
 またそもそも、97–98年の日本の金融危機対応策は、事実上アメリカのハゲタカファンドに食い物を提供し、公的資金注入(98年3月)後も景気の悪化が進行、長期にわたって継続し、デフレの深刻化とともに、ついに現在に至るまで景気回復の実感すらつかめない実態は、日本国内のみならず、国際的にも周知の事実といえよう。危機を克服し景気回復につながるような国際舞台で胸を張れるような実績は皆無であり、むしろ日本のようにならないことが国際的教訓なのである。それを「日本の経験を伝え、指導的役割を果たした」などとは、笑止千万であろう。

<<「年内と言ったか?」>>
 さらに麻生首相にとって決定的なのは、金融サミットの合意を受けて日本が直ちに着手すべき景気対策について、麻生政権自体が茫然自失の迷走状態に入っていることである。10/30に首相がブチ上げた追加経済対策の目玉は、2兆円の給付金バラマキであったが、当初、「年度内(来年3月まで)」といわれた給付金支給について、突然、「(実施が)年内と年を越すのではだいぶ意味が違う」と語り、年内支給を示唆、その舌の根も乾かぬうちに、「市町村の事務手続きに要する時間を考えれば、年内は困難」との指摘を受けると、「年内といったか?」と簡単に年度内に軌道修正。
 さらに支給対象について、最初は「全世帯が対象。4人家族で約6万円になるはず」と表明していたものが、1週間もたたないうちに「生活に困っているところに出すんであって、豊かなところに出す必要はない」と、前言を翻し、「困っているところ」と「豊かなところ」をどう区別するのかと問われると、「その基準はない」。そこへ閣僚内、自民党内からの異論噴出、首相自身の発言も二転三転、閣内の意思統一さえできない前代未聞の事態を出来。挙句の果てに首相は支給の根拠となる「法律を設けると面倒なことになる」と国会審議まで放棄したのである。しかも政府・与党は、11月30日に会期末を迎える臨時国会を延長せず、定額給付金などを盛り込む第2次補正予算案の今国会成立を見送る方向まで明らかにしている。
 これでは、金融危機を「100年に1度の暴風雨」と呼び、「政局よりもまずは景気対策だ」と公言し、「国民の生活の安全保障のための経済対策」などと説明してきたのは真っ赤な嘘で、選挙対策としての2兆円の給付金バラマキ、選挙民買収政策であったことを歴然とさせるものである。解散・総選挙をずるずる先延ばしにしてきたために、給付金のバラマキもそれに合わせて延ばしているにすぎないのである。問題はこんな姑息なことをすればするほど、その本質、愚策ぶりがあまねく暴露され、経済効果どころか選挙効果さえ怪しくなってきており、いまや各種世論調査においてもほとんど評価されない事態を生じさせている。政権の求心力は地に堕ち、解散・総選挙どころか、それ以前に総辞職せざるをえないという事態さえありえよう。

<<「単なる読み間違い」>>
 そうした事態を加速させかねないのが、麻生氏自身の庶民とかけ離れた生活感覚、無責任で品性下劣な行動と発言が隠しようもなくなってきていることである。
 「政界一の経済通」を気取りながら、株式市場の前場を「まえば」と言うお粗末さ。高級ホテルやクラブのバーの桁外れの値段を知ってはいても、スーパーに視察に行って常識的な物価水準さえろくに知らない、そのことを質問した新聞記者に居丈高に食ってかかる。「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の主人公、“両さん”の銅像の除幕式に出席し、「毎週月曜日に『少年ジャンプ』を買って、『こち亀』を読んで笑えないと、今週は疲れているなぁと、健康のバロメーターにしています」と言い、アキバ(秋葉原)に出かけてわざわざ「オタクのみなさん!」と呼びかけることを庶民的と勘違いし、マンガは週10冊以上も読んでいるのに、「新聞は読まない」と自ら公言・吹聴する。日中青少年友好交流年の閉幕式でのあいさつで、「四川省で発生した大震災、みぞうゆうの自然災害と」と「未曽有(みぞう)」を「みぞうゆう」としか読めず、さらに「1年のうちにこれだけ煩雑に両首脳が往来した」と「頻繁(ひんぱん)」を「煩雑(はんざつ)」と間違える程度の漢字知識しか持ち合わせていない。極めつけは、11/7の参院本会議で、侵略戦争と植民地支配を謝罪した村山富市首相談話を「踏襲」ではなく「ふしゅう」と答弁し、記者団に「んーそうですか。単なる読み間違い。もしくは勘違い、はい」とかわしたが、その前の10/15の参院予算委員会でも、従軍慰安婦問題に関する河野洋平官房長官談話を踏襲するかとの質問に「ふしゅう」と答えていたことが分かり、あまりにも一国の首相としてはお恥ずかしい実態、その無責任さと能天気ぶりを自らさらけ出してしまっている。
 当初は、少々のことは許容範囲と大目に見てくれていた庶民も、ここまで来ると見放さざるを得ない段階にまで来てしまっているといえよう。こういう政権には一日も早くご退場してもらう以外にないが、対する野党の追及はあまりにも迫力に欠けており、延命に手を貸しているのではないかと疑いたくなるほどである。その典型が、「日本が侵略国家だったとは濡れ衣だ」などと主張する田母神俊雄空将に対する追及である。4/17の名古屋高裁判決が、航空自衛隊がイラク首都バグダッドに多国籍軍を空輸していることについて、憲法9条に違反する活動であるとの画期的判断を下した際にも、この人物は、お笑い芸人のギャクを引用し「そんなの関係ねえ」と発言した、公務員としての憲法遵守義務もまったく意に介さない、札付きの「確信犯」である。今回またもや国会の参考人招致の場で、政府見解として麻生内閣の下でも、それこそ「踏襲」されている村山談話について「村山談話は言論弾圧の道具」と言い放っている。文民統制はもとより、日本国憲法の精神を真っ向から否定し、侵略戦争を正当化するこの人物に対する追及に与野党共にまるで「怒り」がないのである。麻生内閣の「腐臭」が、野党にも伝播しているのであろうか、徹底した監視が必要ではないだろうか。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.372 2008年11月22日

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【投稿】日本はアジアと真摯に向き合え —-米国の衰退と田母神の乱—-

【投稿】日本はアジアと真摯に向き合え —-米国の衰退と田母神の乱—-
                             福井 杉本達也

1. 日米同盟を根底から揺るがす田母神前空幕長クーデター
 10月31日深夜、政府は、「日本が侵略国家だったとは濡れ衣」とするアパグループ懸賞論文を発表した田母神空幕長の更迭を決めた。そもそも深夜の持ち回り閣議で解任を決めるなどは尋常ではない。さらに、事務次官を戒告処分したにもかかわらず、田母神氏を「懲戒免職」ではなく「定年退職」という“公務員論理”の枠内で処分したことも異常である。今、政府もマスコミも最も触れて欲しくないことを国民の視線から覆い隠すことに狂奔している。それは、田母神論文の「『蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者』などと断じる」(毎日:2008.11.9)部分にあるのではなく、それに続く「日本はルーズベルトの仕掛けた罠にはまり真珠湾攻撃を決行する…東京裁判はあの戦争の責任を全て日本に押し付けようとしたものである。そしてそのマインドコントロールは戦後63 年を経てもなお日本人を惑わせている。このマインドコントロールから解放されない限り我が国を自らの力で守る体制がいつになっても完成しない。アメリカに守ってもらうしかない。アメリカに守ってもらえば日本のアメリカ化が加速する。日本の経済も、金融も、商慣行も、雇用も、司法もアメリカのシステムに近づいていく。改革のオンパレードで我が国の伝統文化が壊されていく。」という部分にこそある。この論文は米国からの“独立宣言”独自(核)武装派のクーデターの呼び掛けである。
 1997年の「日米防衛協力のための指針」以降、日米同盟は大きく変容し、自衛隊は事実上米軍の指揮下に入る「共同統合作戦調整」がなされている。その空軍の最高司令官が米軍に反旗を翻したのでは米日共同軍の統率はできない。それどころか、「米軍の横田基地や横須賀基地などに自衛隊が攻撃を仕掛け」(上記論文)るかもしれない。論文に激怒したのは米国であり、それに震え上がったのは麻生首相である。
 戦後63年間、日本は米国の占領下にありマインドコントロールされていることは事実である。その精神安定剤は中国・韓国やロシア(旧ソ連)であり、スパイスは北朝鮮であった。このマインドコントロールは、日本が米国の核の傘の庇護下で経済成長を謳歌していると考えていた間はきわめて“効果”があったし、プラザ合意に続くバブル崩壊後の日本の閉塞感に基づく不安・不満も靖国神社や尖閣諸島・竹島などのように中国や韓国に向いている間は有効である。 しかし、これまでも米国は、靖国の遊就館の展示物や櫻井よしこ・屋山太郎氏らのワシントン・ポスト紙への意見広告など、第二次大戦の結果を否定し、米国の日本占領の根拠を揺るがすような動きに対しては厳しく対処してきた。

2.米国の衰退が対米従属の破綻をもたらし、日本人の閉塞感を強めている
 これまで、米国は毎年日本に対し「年次改革要望書」を出している。その中身は郵政民営化にはじまり、電気通信、エネルギー、医療機器、医薬品から弁護士の増、談合の廃止にいたるまで多岐に亘り、日本の国内問題そのものであり、不当な内政干渉である。今年度も10月15日に同様の要望書が提出された。「医療機器・医薬品」では、「医療装置と医薬のためにその返済価格設定と監査機関システムの改革を求める。」と述べているが、米国の革新的な薬品・医療機器を、早く承認して買えということである。「M&A」についても、「買収防止措置を採用するに際し、株主利益を保護する。」と日本が企業買収防止策をとらないように牽制している。これら要望の数々を米国のいいなりに粛々と実行してきたのが、小泉元首相や竹中平蔵氏などである。その結果、日本の生命保険の4割がAIGなどの外資の軍門に下り、三井住友銀行もゴールドマン・サックスの配下に入り、無理やり倒産させられた旧長銀は安く外資に買い叩かれ新生銀行となってしまった。旧日興証券はシティに吸収され、民営化された郵便貯金・簡易保険の350億円の財産を身ぐるみ海外へ持っていかれようとしている。竹中氏や奥田碩・八代尚宏氏などの諮問会議委員の規制改革・新自由主義が低賃金の派遣労働者を生み出し、米の「強いドル」を支えるため、わが国の金利は1995年以来13年間も0.5~0%の低金利に抑えられ、国民の所得水準の大幅な低下を招いている。米保険会社の医療保険・年金保険の参入を図るため医療・年金不安が煽られ、対米盲従の結果が日本の国益を損ない、国民に多大な損害を与えている。政治的・軍事的従属で経済的利益を得ようとしていた国策は、いつの間にか膨大な富の米国への移転に転化してしまった。さらには、北朝鮮のテポドンで危機を煽り、総額3兆円ものMDシステムを購入する羽目に陥ってしまった。米軍再編で海兵隊のグアム移転にも3兆円も米国にくれてやることになった。
 この間、注意深く隠されていた日米関係が誰の目にも明らかになりつつある。その結果が日本人の閉塞感をもたらしている。「日本国内には、孤立感や、何かの拍子に何もかも崩れそうな脆さや、傷つきやすい雰囲気が漂う。日本のアンテナは引き続き太平洋の向こう側にしっかりと向けられており、ますます厳しさを増す米政府の要求に応えようと努力している。その間、自称ナショナリストたちの行き場を失ったエネルギーが向かう先は、確信に満ちていた過去の一時期に立ち返ることによって『明るい』歴史や『誇りのもてる』日本人のアイデンティティを取り戻そうとする運動だ」(ガバン・マコーマック著『属国』:凱風社)。
 しかし、昨年来のサブプライムローンに端を発した米国発の金融危機以降、米国の地位低下は覆い隠しようがない。「今の日本は、米国内の一部の勢力だけに賭け、全体像が見えていない。日本は非常に危険な状態にある。国家や国民の姿勢としても、米国という強者(いじめっ子ジャイアン)の後ろについていけば安泰だという姿勢は不健全である。しかも、その強者が崩壊しかかっているのに気づかずゴマすりばかりやっているとなれば、なおさら不健全で格好悪い。」(田中宇2008.11.05)。田母神氏は確信犯であり、この米国の衰退・軍産複合体の衰退を見て“反乱”を起こしたのである。

3. 改憲・先制攻撃・独自(核)武装化への道は“妄想”
 懸賞論文を企画したのは耐震偽装事件などで名前の挙がったアパグループ代表・元谷外志雄氏である。田母神氏とは小松基地以来の知り合いであり、安倍晋三元首相の安晋会副会長でもある。今回の田母神氏の論文は、急に突発したものでも、氏個人の意見でもなく安倍(中曽根に始まり、一時期の中断を挟み、森・小泉・安倍・福田・麻生ら「レーガン革命」流の反動政権の流れ)―元谷―三菱重工などの軍産複合体によって慎重に培養されてきたものである。
 11月11日、参院外交防衛委員会に参考人招致された田母神氏は、憲法9条に関し「直した方がいい」と述べ、改正すべきだとの考えを表明したが、これは、アジア各国の不信を招き、ますます日本の孤立化を深めるものである。残念ながら、中国と日本の経済関係から考えても、米国の意向から考えても、田母神氏が望むようにはいかない。所詮「米国という『大仏』の手のひらの上でくるくる回りながら大声で歌い踊っているようなもの」(上記『属国』)である。田母神氏は、2.26事件での皇道派と同じ役割を与えられているに過ぎない。しかし、皇道派の“蜂起”の裏には東条英機らの統制派の動きがつきものである。十分注意しなければならない。

4.アジアに真摯に向き合う
 11月15日のG20金融サミットに向け、日本はドル基軸体制維持のため外貨準備から10兆円のIMFへ資金拠出を提案した。一方、中国は57兆円もの景気刺激策を打ち出した。中国は米国1国のみが拒否権を持つIMF=ドル基軸通貨体制の維持に興味はない、米国の消費の落ち込みを中国は国内で賄うと宣言したのである。EUも景気対策と金融分野への規制を掲げた。日本だけが「定額給付金」というばらまきの景気対策さえも来年の通常国会に放り投げてサミットに臨んだ。
 アジア各国は、1997年の経済危機ではIMF=米英金融資本に煮え湯を飲まされている。インドネシアは政権が転覆され、タイの経済は崩壊し失業者であふれた。韓国では大手銀行のほとんどを外資に乗っ取られ、財閥系企業の多くが解体されてしまった。危機当時、大蔵省財務官の榊原英資氏はIMFのアジア版(AMF)をつくってアジアを円の共通通貨圏にしようと動いたが、サマーズの圧力と中国の日本不信もあり、幻に終わってしまった。今回、麻生首相が当時のIMFと同じことをしようとすれば、アジア諸国から総スカンを食うことになろう。
 日本がまずやるべきことは、米英金融資本を助けることではない。米英金融資本が貸し込んだ国は米英資本が身銭を切って助ければよい。そもそも、マネーロンダリングやMDシステムなどと引き替えに金融を呼び込もうとした国などを日本が助ける通りはない。榊原氏は、IMFに金融監督の能力はない、いったん米国中心の国際金融システムは壊れるが、崩れ切るには時間がかかる。当面、政府はシステムの崩壊がもたらす混乱が大恐慌に向かわないような手当に徹すべきだとする(日経:11.15)。
 11月6日、トヨタは今期の営業利益が74%減益となると発表した。自動車産業など、輸出産業を中心に日本の景気も後退局面に入った。これまで日本は民間からの資金を吸収し、さらに超低金利で家計から企業へ所得移転し、企業は賃金切り詰めで国民の購買力を奪ってきた。その結果は個人消費の落ち込みであり、年収200万円のトヨタの派遣労働者は車も買えない状況に追い込まれたのである。今なすべきことは家計中心の内需主導経済への転換である。
 それは、定額交付金のような無定見なばらまきの景気対策を行うことではない。ましてや、タミフルの在庫を景気対策と称して積み上げることでもない。北海道大学の中村利仁氏は崩壊しつつある病院医療建て直し策として、入院医療の平均利益率の小泉政権前の水準への戻し,急性期病院について手術点数などの15%程度引き上げ、非医療専門職員の約18万人増、後期研修医や専門看護師・病棟薬剤師等の養成プログラム、存亡の危機にある診療(救急,分娩,NICU)などの整備などに総計4兆5,000億円投資すれば,病院医療を再建できる(小松秀樹・虎の門病院:「『医療崩壊』と『医療再生』~医療再生のための工程表義解」月刊「保険診療」2008年10月号)と提案しているが、こうしたセイフティーネット型の需要喚起策を積み上げるとともに、派遣労働の規制・最低賃金の引き上げなどを含め労働分配率の向上や個人消費の拡大を目指すべきであろう。個人の負担が異常に大きい教育への投資もまた個人消費に結びつく。排出権取引などという金融ゲームに埋没するのではなく、省エネルギー投資などにより新たな技術への投資などにより国内需要の拡大を図り、米国の消費に頼り切らない経済に作り替えることである。
 G20金融サミットを決めたフランスのサルコジ大統領は「21世紀の通貨はひとつではない」と述べ、ブラジルとアルゼンチンは10月3日から両国間の貿易決済をドルから自国通貨にした。また、中国とロシアもドルから人民元・ルーブル決済への移行を決めた。韓国の李大統領も毎日新聞とのインタビューで「ドルの世界的地位は低下した。日中韓3カ国が単一通貨に合意すれば、アジアに広げるのは難しくないだろう」と述べている(毎日:11.11)。その場合には、「米国への服従と、周囲に優越して誇り高く純粋な歴史を持つ日本のアイデンティティとを同時に成立させよう」(上記『属国』)という根本矛盾の自己同一を見直しアジアと真摯に向き合うことである。

 【出典】 アサート No.372 2008年11月22日

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【投稿】アフガニスタン情勢の転換と日本の策動

【投稿】アフガニスタン情勢の転換と日本の策動

<「軍事力では勝てない」>
「9,11テロ」への報復として始まったアフガン侵攻以来7年間を経て、アメリカの「対テロ戦争」は大きな転換点を迎えている。
 タリバン政権崩壊後に樹立されたアフガンのカルザイ政権は、事実上アメリカの傀儡政権であるが、この間タリバン側の勢力拡大に動揺し、対話路線に方向を転じようとしている。
 この背景には米、NATO軍など国際治安支援部隊(ISAF)による軍事作戦が行き詰まりを見せていることがある。
現地では同部隊による「誤爆」や残虐行為により、民間人の犠牲が増加している。さらにコーランを射撃の標的にするなど、イスラム社会に対する冒涜行為も相次ぎ、これによりタリバンもテロを行っているにもかかわらず、政権批判につながるという泥沼に陥っている。
 こうした状況のなか、カルザイ大統領も9月には記者会見で「外国軍により多数の市民が犠牲となった、民間人の犠牲は無くさなくてはいけない」と述べざるを得なくなっている。
 「誤爆」の主犯であるアメリカ軍はしらを切りとおし、正当化してきたが、ゲーツ国防長官がカブールを訪問し、カルザイ大統領に謝罪した。
 そして、アメリカ大統領選挙を控えた10月、アフガニスタン情勢をめぐり、関係国の高級軍人から相次いで重要な発言が出された。
 アフガニスタン安定の命を受け、10月31日着任したペトレアス米中央軍司令官は、就任前に米国内で行った講演で「アフガニスタン情勢の好転のためには、反政府勢力として影響力を拡大してきているタリバンとの対話も必要であると」と述べた。
またこれ以前に、アフガン駐留英軍のカールトンスミス司令官も「戦闘ではタリバンには勝てない、タリバンに交渉の意思があるならテーブルに着くべき」との見解を示している。
アフガン駐留軍の主力部隊である米英軍の最高指揮官が、武力でタリバンを掃討するのは無理であり、和平交渉をすべきと主張しているのである。
 さらにパキスタン軍のパシャ中将は同国議会に対し「武力行使のみではイスラム原理主義組織に永久に勝てないだろう」と、やはり和平交渉の必要性を示したという。

<オバマの新戦略>
 このように、アフガンにおける治安安定化政策が変更されるのは確定的であるが、米大統領選挙前日の3日にもカンダハルで米軍が結婚式会場を「誤爆」し多数の犠牲者がでた。
 これでアメリカの「謝罪」はまったく口先だけのものだったことが明らかになり、政策変更のまえに政権が持たないとの思いから、カルザイ大統領はオバマ次期大統領に向け「空爆ではテロに勝てない」と悲痛ともいえるメッセージを送った。
 オバマ次期大統領は、イラクからの早期撤兵を進めることを明らかにする一方、アフガンへの増派を検討していると伝えられている。しかし戦闘部隊の派遣だけでは、イラクにおけるブッシュ政権の轍を踏むだけであり、事態の改善にならないことは明らかである。
基本的にはタリバン側との交渉に軸足を置き政権に取り込みながら、主敵であるアルカイーダを孤立化させ、こちらは武力による掃討を進めるという戦略であろう。
しかし、アフガン国内、あるいは国境を接するパキスタン領内の部族地域に、アルカイーダが影響力を保持しているかは不明である。米軍は昨年末から二十数回にわたり、アフガン領内の基地から無人機を飛ばし越境攻撃を行っているが、5月に幹部一人を殺害したにとどまっている。
 さらに、前述のパシャ中将の発言などから、アルカイーダが存在していたとしても、攻勢の準備など活発な活動を行える勢力はすでになく、逃亡した少数の幹部が潜伏しているのみではないか、との見方もある。
 ブッシュ政権は「対テロ戦争」継続の口実、たとえばイラク戦争の開戦理由の一つとしてアルカイーダなど国際テロ組織を利用してきたが、このアフガン、さらには10月のシリアへの越境攻撃もその延長線上にあると言える。

<新たな派兵狙う麻生政権>
 オバマ新政権が、「テロとの闘い」を掲げつつ、そうした政策を事実上軌道修正する可能性が強いにもかかわらず、アメリカとの同盟強化をお題目に、自衛隊の新たな海外派兵を虎視眈々ともくろんでいるのが麻生政権である。
 すでに陸上自衛隊はイラクから撤兵し、航空自衛隊も年内にはクェートから引き上げる。新テロ対策特別措置法改正案の行方は予断を許さないが、政府は空白を埋めるため、「アフガン復興支援」を口実に新たな海外派兵を策動している。
 福田政権末期、ブッシュ政権の要請でアフガンへ陸自ヘリ部隊を派遣し、負傷兵の運搬を行う計画が策定されたが、収容時に攻撃を受け応戦した場合「駆けつけ警護」=武力行使に当たるとして、憲法判断上から凍結状態となっている。また、8月に農業指導を行っていた「ペシャワール会」メンバーが殺害される事件が発生した。
 犯行が「テロ組織」によるものであれば、政府は「民間人では危ない、自衛隊の出番だ」と政治利用に走ったであろうが、会の毅然とした対応と、犯人の背後関係が不明なことから、踏み込んだ論議はストップしていた。
 しかし、10月23日の参院外交防衛委員会で中曽根外相が、そもそものアフガンにおける米軍の作戦を「武力行使にあたらない」と発言、民主党から「武力行使でないなら自衛隊をだせるのか」と追及され、河村官房長官が慌てて否定する場面があった。
 マスコミは外交・防衛問題にふなれな中曽根外相の認識不足、と報じていたが、漢字の読み間違いレベルの問題ではなく、政府の本音が出たものではないか。今後の情勢次第ではアフガン派兵が現実味を帯びてくるだろう。
 さらに、麻生政権は「ソマリアでの海賊取り締まりのため」海上自衛隊派遣を画策している。もともとソマリアは「アルカイーダの拠点」で、インド洋も含めた海域での「連合軍」の臨検活動はテロ組織への武器流入の阻止という説明であったのが、いつのまにか「海賊の取り締まり」になっている。
 政府は相手が海賊なら武力行使に当たらないというのであろうが、来日したイエメン沿岸警備隊のマルマフディ作戦局長は朝日新聞の取材に対して「海上自衛隊の派遣は高い効果は期待できない」(11/15朝刊)と否定的な見解を述べている。
 過去のカンボジアやルワンダでも一触即発の危機があり、イラクにおいては前述の「駆けつけ警護」が検討されたことが明らかになっており、武力行使の一歩手前まで状況は進んでいる。
 おりしも田母神前空幕長問題が惹起するなか、こうした考えを持つ幹部自衛官が現地で指揮を執った場合、勝手に戦闘を開始する危険性があることを、政府は認識しているようには見えないのである。
 もっとも最大の問題は「大東亜戦争」と呼称してはばからない麻生総理が、シビリアンコントロールの頂点にいることであり、政権延命に汲々とする与党を厳しく追及することが求められている。(大阪O)

 【出典】 アサート No.372 2008年11月22日

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【緊急寄稿】「何の兆候か?」  

【緊急寄稿】「何の兆候か?」      和田三郎

 11月18日、東京近郊で、相次いで、元厚生事務次官とその家族を狙った殺傷事件が起きた。18日深夜の報道によると、2人が亡くなり1人が重傷という。2件目発生から数時間を置かず、首相官邸に内閣危機管理官が詰め、一方、厚生労働省首脳OBと現役幹部の身辺には、緊急警備体制が敷かれることになった。政府の要請という。
 これも報道によると、政府自民党のみならず野党関係者も、「もし、これが年金問題に係るテロだとしたら、……」という発言を繰り返している。(明朝のワイドショーはどうなることか!)
 狙われた(だろう)2人は、現行の年金制度創設を主導した官僚だという。
『吉原氏は年金局長時代の85年、20歳以上の人が全員加入する基礎年金制度の創設に、亡くなった年金課長山口剛彦さんとともにかかわった。「吉原年金局長―山口年金課長」のコンビで年金制度の大改正を手がけた仲。』(11.18WEB朝日)

 ここまでWEBニュースを追ってきて、重大な発言が、数日前に報道されていたことを思い出した。発言の主は、財界の大御所、奥田碩トヨタ自動車取締役相談役。11月12日の政府の「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」の場で、座長である氏は、次の発言をしている。
 『政府の「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」の座長を務める奥田碩トヨタ自動車取締役相談役が12日の会合で、ワイドショーなどの番組での過度な厚生労働省たたきに不快感をあらわにした。
 奥田氏は「テレビが朝から晩まで年金や厚労省の問題をあれだけ毎日やるのはちょっと異常な話。正直言ってマスコミに報復してやろうかな、スポンサーをやめようかなとも思う。」と発言。「ああいう番組のスポンサーは大きな会社じゃない。パチンコ屋とかサウナとかうどん屋とか」とまくし立てた。
 関係者は「マスコミ公開の会議であることを忘れていたのでは」と奥田氏をかばったが、経済界の大御所の発言だけに波紋を呼ぶ可能性もある。』(抄11.12.WEB日経)

 そこで、以下は、私の仮説である。
 折から国会情勢は急転し、政府与党の本心も、「客観的に見て、数週間の内に解散せざるを得なくなる」となった。そのとき、年金問題追及=テロリスト加担の構図(これをデマゴギーとフレームアップと普通は言うが)を描こうとしているのではないか。今や、全国くまなく行渡っている「自民党政府は、年金泥棒」という声に、選挙戦において弁解する必要性は、薄れる。
 殺害された山口元次官について、時間就任挨拶に(感極まり)涙を流す列席者の映像を、夜のTVニュースは繰り返し流している。次官就任挨拶会場だから、列席しているのは、多分、本省の課長以上だろう。その人たちに対し、事務次官の汚職罷免の後任となった山口元次官は、「皆さんの苦しい気持ちを私は知っている。共に新しい省をつくろう。」と目を潤ませながら、呼びかけていた。
 さて、妙に奥田発言と通じるものを、今回の事件に、私は感じた。
 今回の殺傷事件の被害者たちは、いずれもOBであり、現在の政府の年金行政に影響力を持つ方々ではない。人命という最大価値を除外すれば、権力中枢にとって失うものはあったのだろうか。年金行政について、論理的に国民を説得することは、無理だと承知している。繰り返し批判されることも困る。しかし、「もう年金はいいではないか、回復の対処をしているのだから。むしろ、国の経済再興を目指すのが第一である。」
 これには、年金問題に体を張ったと示せるものが必要となる。人命を、三文政治の具にすることは、もう止めたいものである。[11月19日02:00記]

 【出典】 アサート No.372 2008年11月22日

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【投稿】投機と市場原理主義経済の破綻

【投稿】投機と市場原理主義経済の破綻
     —アメリカ発世界金融恐慌をめぐる闘い—

<<つかの間の「歓呼の声」>>
 アメリカ発の金融恐慌は、10月に入ってさらに深刻な状況に突入していることを明らかにしている。10/9のニューヨーク株式市場は、ダウ工業株平均株価が9000ドルを大きく割り込んで、8579・19ドルへと急落した。7営業日で2271ポイントにも上った下げ幅は、史上最悪の記録であった。ちょうど1年前の昨年10/9は、1万4000ドルを超える史上最高値を記録していたものがこれである。
同じく10/10、東京株式市場の日経平均は9000円台を一挙に割り込み、8276円43銭まで急落、7営業日連続で、下げ幅は計3091円に達した。下落率は53年3月のスターリン暴落に次ぐ史上3位の9.62%であった。ITバブル後の戻り高値である昨年7/9の1万8261円から1年3カ月で半値以下になってしまったのである。そして外国為替市場ではドル売りが加速、円は一時、1ドル=97円91銭まで上昇している。
この9月からの1カ月余りで、世界の主要市場の下落率は日本が36%を記録、米国が25%、英国が23%、中国・上海が16%に達している。大和総研の試算では、世界の株式市場の時価総額は8月末の約49兆ドルから、9日時点で28%減の約35兆ドルに。日本の国内総生産(500兆円強)の3倍近い14兆ドル(約1400兆円)が吹き飛んだとみられている。
 翌10/10、急遽ワシントンで行われた主要7カ国財務省・中央銀行総裁会議(G7)は、各国の主要金融機関に対する公的資金を使った資本注入などを盛り込んだ行動計画を発表して、「現下の状況は緊急かつ例外的な行動を必要としている」と危機的な状況であるとの認識を強調、金融市場の機能回復、銀行の資本増強、預金者保護策の3点を強調し、金融システム全体に影響を与えるような重要な金融機関の破綻を避けるため、あらゆる政策手段を総動員する、との姿勢を打ち出した。
 これを受けて米政府は、総額2500億ドル(約25兆円)の公的資金を使い、金融機関に資本注入する新たな経済危機対策を発表し、まず大手9金融グループに合計で約1250億ドル(約13兆円)を注入し、全米の金融機関に広げることを明らかにした。
このG7の合意を受けた10/13のニューヨーク株式市場は、前週末比936.42ドル高の9387.61ドルと急騰し、過去最大の上げ幅を記録、9000ドル台を回復し、10/14の東京株式市場でも、日経平均株価の上げ幅が1000円を超え、9300円台に上昇。マスコミ報道は一斉に、「歯止めがかかった」「金融危機がいったん遠のいた」「金融不安は後退した」「市場は歓呼の声で応えた」とはやし立て、歓迎ムード一色であった。
ところがこうした希望的観測は二日と持つものではなかった。10/14のニューヨーク株式市場は、9700ドル台まで急伸した後、再び急落、302ドル下落し、9310.99ドルで取引を終了した。翌10/15にはさらに 前日より733.08ドル安い8577.91ドルに急落、下げ幅は、777ドル安を記録した先月29日に次ぐ史上2番目の急落を記録することとなった。
もちろん東京市場も、10/16、日経平均の終値は前日比1089円02銭安の8458円45銭に再び急落、下落率は11.41%と53年3月スターリン暴落の10.0%を上回る史上2位の暴落となった。市場関係者の中には、03年4月に付けたバブル後最安値=7607円の更新を警戒する声も出始めている。
10/16未明には主要8カ国(G8)首脳があらためて「金融機関を強化し、金融システムへの信頼を回復し、共通の責任を果たす」とする異例の緊急声明を発表し、金融危機の回避のため国際協調を打ち出し、各国政府が公的資金の注入や不良債権の買い取りなどを宣言しているにもかかわらず、市場はこれを無視し、株価下落を押しとどめるものではなかった。金融の信用危機ばかりか、政府の信用危機の表明とまでいえよう。

<<ブレトンウッズ2>>
 もはやアメリカを中心としたG7の時代は終わった、G7ではこの世界的金融恐慌を克服する力も能力もないということが、誰の目にも明らかになってきたのである。それはまた同時に、サブプライムローンの破綻から今日の金融恐慌に至る、虚業が実業を圧倒するマネーゲームと投機的金融資本主義の破綻、とりわけブッシュ政権が押し進めた軍備増強と戦争経済優位がもたらした国家的破綻と泥沼状態、その結果としてのアメリカの凋落、そして無法と無責任・格差拡大・弱肉強食の市場原理主義、新自由主義がもはや継続しがたく、持続不可能であり、崩壊の危機に瀕している端的な現われでもある。
そして金融システムの機能不全、金融恐慌の進展には、いよいよ実体経済に直接的悪影響をもたらし、大型倒産・解雇を初めとするあらゆる価値破壊を含む負の連鎖が控えている。すでにアメリカを始め各国にそれらの兆候が拡大し始めている。
 これからまさに金融恐慌から世界経済恐慌への進展をめぐって、いかにそれを回避し克服するかをめぐって熾烈な闘いが展開されざるを得ないともいえよう。
 すでに金融恐慌の進展によって、ドル離れが急速に拡大せざるを得ない状況に直面している。この機会に英政府は、ドルと米国債の破綻を予期し、ロシアやBRICの参加を前提とした新たな国際通貨会議、ブレトンウッズ2を開くことを提唱している。欧州連合(EU)首脳会議は、米国中心の国際金融制度を改革するために、取引の透明性強化や規制導入を含む金融の新秩序づくりを目的に主要8カ国に中国やインドなど新興国を加えた拡大首脳会議の開催を求めるという。ブラウン英首相は「1940年代に国際通貨制度を創設した時に匹敵するようなビジョンが必要だ」と語り、サルコジ仏大統領は「21世紀の金融システムを再構築する機会を逃してはならない」と強調する。IMFはすでに、ドル一極の基軸通貨体制の持続は困難であるがゆえに、ユーロや人民元、円、ペルシャ湾岸諸国(GCC)の通貨などの、他の諸国・地域の有力通貨を加えた通貨の多極化が必要だと表明している。
 当然、ドル基軸通貨体制の転換が必要ではあるが、何よりも決定的に重視され、指摘されねばならないことは、もはや破綻し泥沼化しているイラク戦争、アフガニスタン戦争を即刻停止させ、戦争経済から平和経済への転換を明確にすることこそが、世界経済恐慌回避への最大の近道であり、そうした転換を前提としない新たな国際通貨体制では危機の回避は不可能であることを認識しなければならないであろう。
 次いで明らかにされなければならないことは、市場原理主義からの決別である。マネーゲームとも言われ、カジノ資本主義とも言われる投機経済、野放しの弱肉強食経済に対して、徹底した民主的規制と国際的共通課税を課すことを国際的ルールとし、それらを原資とした地球規模の環境対策、貧困対策、食糧危機対策、これらを包括した国際的規模のニューディール政策に前進すること、資本や資金の流れをこれらの政策に合流させることを明らかにすることである。
 こうした転換の結果としてこそ、世界経済恐慌への進展を食い止めることが可能となろう。

<<「解散引き延ばし」>>
 金融危機を通じて無力の象徴となったブッシュ政権、共和党政権はいよいよ瓦解しようとしている。11/4の米大統領選の投開票日は、ブッシュ氏が率いてきた共和党政権の退場、オバマ民主党政権の登場という歴史的な一日となろう。軍事強硬路線をあくまでも継承しようとするマケイン氏に対して、オバマ氏はイラクからの米軍の撤退を公約とし、対話路線を外交の基本としていることからすれば、重要な前向きの転換といえよう。しかし一方で撤退米軍をアフガン増強に回していたのでは元の木阿弥である。この際、日本をアフガン戦争にさらに深く関与させ、財政的軍事的負担を増強させようとしている政策も危険である。対話路線とも矛盾せざるを得ない。マケイン候補が、一時伯仲していたにもかかわらず、オバマ氏に差をどんどん開けられたのは、皮肉なことにブッシュ氏の経済政策の破綻、金融恐慌に対する無策であった。ここでも徹底した平和経済への転換が問われていたのである。
 一方、日本の麻生政権は、こうした経済危機と政策転換については、まったく無知無能力無方針をさらけ出したままである。
 麻生首相は10/10発売の月刊誌「文芸春秋」に寄稿した論文のなかで、「国会の冒頭、堂々と私とわが自民党の政策を小沢(民主党)代表にぶつけ、その賛否をただしたうえで国民に信を問おうと思う」「強い政治を取り戻す発射台としてまず国民の審判を仰ぐのが最初の使命だ」と述べて、臨時国会の冒頭、所信表明演説と各党の代表質問が終わった時点で衆院解散に踏み切る考えだったことを明らかにしている。
ところが、その後の米国発の金融危機の進展に驚き、金融不安がいっそう広がり、内閣支持率も下がってくるとなると、ずるずると解散戦略の修正を余儀なくされ、もはや追い込まれ解散しか出口がなくなりつつある。金融危機の広がりはすでに八月の末には明瞭な形を取っていたのであり、自らの総裁選で浮かれていた九月中旬にはその深刻さ、危機の日本への波及がさらに明らかになっており、そのような現状を正確に把握することさえ出来ない、情勢の読み誤りにも気づかない政治的能力のなさを露呈している。しかも所信表明演説が、自らの与党としての政策を明らかにし、それへの支持を訴えるのではなく、野党に対する質問・攻撃演説に終始するという前代未聞のあきれた無責任さをさらけだし、それが「強い政治を取り戻す」基本姿勢だと錯覚し、悦に入っていたのである。肝心要の政策は、後手後手のアメリカへの追随政策しかない、「麻生カラー」を出すための政策減税、第2次補正予算についても「詳細を示したら期待はずれになる。骨格だけ示して解散したほうがいい」といわれる始末である。
 麻生政権にとっての唯一の救いは、小沢民主党が「解散引き延ばし」に対抗するために、麻生政権が成立を願っている問題法案、民主党が反対してきた法案まで十分に審議することなく、審議を早めて早期採決、成立させ、結果的に麻生に貢献していることである。問題の対アフガン給油新法改正案もろくな論議もなく成立させられようとしている。このような姑息な対応は必ず手痛いしっぺ返しを受けるであろう。民主党にも平和政策としっかり結びついた経済政策が問われているのであり、亜流アメリカ追随政策と決別することが問われていると言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.371 2008年10月25日

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【投稿】民主党は大胆なマネー戦略を

【投稿】民主党は大胆なマネー戦略を
                     福井 杉本達也 

1.「米ドル資金市場の流動性はほぼ枯渇した」
 米金融救済法案が下院で一端否決される直前の9月29日、日銀白川総裁の会見が行われた。総裁は「リーマン・ブラザーズの破綻等を契機にしまして、米欧の金融機関の株価が急落しましたし、信用リスクにかかる評価であるCDS(Credit Default Swap)のプレミアムが急拡大しました。こうした中で米ドルの調達金利をみますと、オーバーナイト金利は急上昇しており、足許は低下しているものの日中の振れが大きい状況にあります。期日(ターム)物の方は、金融機関相互の間での信用リスク不安が高まる中、長めの資金放出姿勢が極度に慎重化したことからレートが上昇しています。」「米ドル資金市場の流動性はほぼ枯渇したという状況だと判断しています。」と会見で述べている。世界の金融機関は、お互いが持つ巨額の不良債権に怯え、日本を除く世界の銀行間の取引が北極の氷のように凍り付いてしまったのである。要するに民間金融機関の信用が全くなくなったので国家の信用保証に頼るしかなくなったのである。
 米政府はシティーグループ250億ドル、ゴールドマン・サックス100億ドル等金融機関に2,500億ドルの資本注入を含む最大7,000億ドルの投入を決めた。また、連邦預金保険公社(FDIC)が保証する金融機関の債務が1.4兆ドル、これらを併せ、米の金融対策は2.6兆ドルになるという(朝日:2008.10.16)。また、欧州でも、英がRBSやバークレーズ等に9兆円、ドイツが11.2兆円、フランスが5.6兆円と欧州全体で37兆円もの巨額の資金を投入した(日経:10.15)。さらに金融資本の牙城スイスもUBSに5300億円の資本注入と6兆円の不良債権の買い取りを行うなど(日経10.17)、まさに、9月~10月にかけて世界の金融市場は1929年大恐慌以来の激動に飲まれている。ブログ上では『社会主義』の言葉が踊っている。銀行の国有化とはまさに社会主義そのものである。
 銀行の国有化だけでは安定しなかった世界の株式市場も日米欧が一斉に「時価会計の一部凍結」の検討を報じられた(日経:10.17)ことにより、乱高下を繰り返しつつも当面は落ち着きを取り戻しつつあるように見える。今後は、実体経済の停滞が金融機関の資産内容の一段の悪化とさらなる信用収縮をもたらし、これがまた景気に悪影響を与えるという金融と実体経済の負の相乗効果が生じている」(白川総裁:日経:10.18)。
 
2.欧米の金融機関の総損失はいくらあるのか?
 「ビジネス知識源」で吉田繁治氏は米国の住宅関連ローン1500兆円・欧州の住宅関連ローン1500兆円の20%が欠損となるとして、それで、600兆円、この間の世界株価の暴落3,000兆円の30%を欧米の金融機関が持っていると仮定して900兆円、6,200兆円といわれるCDS(債務保証保険)の5%が精算による最終損になるとして310兆円、株式の暴落部分を抜きにして、910兆円、株式を含めれば1,810兆円という天文学的な数字となる。この損害はIMFの見積もりの6倍にものぼる(「ビジネス知識源」緊急特別号「ウオールストリート;恐怖の8日間」2008.10.14)。こんな巨額な損害をどう埋めるかですが、信用の根幹は各国の国債が担保になる。「物的担保を裏付けにしないペーパー・マネーの信用の根源は、各国の、将来の国家財政です。つまり、あらゆる国の国家財政の信用は、将来の徴税力(=課税力)に依存」する(吉田氏)。ところが、米国の純債務は350兆円、英は80兆円もあり、米国債は国内では消化できない。現在でも米国債の94%が海外で消化されているが、今後の膨大な米国債の発行を中国・日本・アラブ諸国でも支えきれない。そうなれば、次のストーリーは米国債の暴落・ドルの暴落である。
 
3.「ブレトンウッズ」
 驚くことにEU側から「ブレトンウッズ」という遠の昔にゴミ箱に捨てられた言葉が戻ってきた。ECB(欧州中央銀行)のトリシェ総裁は「世界の金融システム再構築に当たり、第二次世界大戦後の数十年にわたって市場の安定的な発展の基盤となった『規律』、すなわち『ブレトンウッズ体制』に目を向けるべきだと各国当局に呼び掛けた」(Bloomberg:2008.10.16)。これに、英のブラウン首相も「限られた資本フローを前提として規律を作りあげたブレトンウッズ体制創設者にならい、国際的な資本フローの下で、新しい枠組みを作っていかねばならないと」(同上Bloomberg)表明した。田中宇氏によると『第2ブレトンウッズ会議』を最初に提唱したのは、仏サルコジ大統領で、9月26日に仏ツーロンでの講演の中に盛り込まれていた。」(田中宇:「危機対策の主導権奪取を狙う英国」2008.10.14)という。これに、ロシアも賛成している。田中氏の分析は泥船のアングロサクソン金融資本主義から英だけが抜け出して、アイスランドの危機を仲介にしてロシアと手を組みフランス・ドイツと対抗して新しい通貨体制の枠組みの主導権を握ろうということである。
 
4.日本の立場
 日本は10月10日のG7の場で、日中の外貨準備を活用してIMFを通じたアイスランドなどの金融危機に陥った新興国に対する緊急融資制度を提案(日経:10.10)したようだが完全に無視された。『第2ブレトンウッズ』について「麻生首相は10月16日、拡大G8会議は、できれば開催されずにすんだ方が良いと述べた。日本が対米従属をやめざるを得なくなる世界の多極化を決めるブレトンウッズ2会議など、やらない方がいいという意味だろう。」(同上:田中氏)日本はこの危機に及んでもドルに対して過剰な思い入れをしており、日本の金融政策の基本スタンスはあくまでも対米協調にある。ドルを支え続ける以外に独自のマネー戦略を持たない。三菱UFJの9,000億円のモルガンへの出資や野村のリーマン欧州部門などの買収もこうした政府姿勢の一環であろう。このままではドル暴落の中で、膨大に積み上げた米国債を踏み倒され、ドルと一緒に心中する以外にはない。それは1995年9月に0.5%の金利となって以来、年間10兆円もの金利所得を金融資本や米国に献上してきた日本国民の汗と血の結晶をさらに無にする行為である。
 10月18日の日経社説はオバマ陣営の民主党政策綱領を批判し「ライス国務長官が提唱する六カ国協議を安保機構化するのと同様の発想である。」とし、「それは日米同盟の相対化につながり、さらに形骸化にさえつながる危険がある…ワシントン体制という多国間システムのなかで日英同盟がなくなっていった1920年代の歴史の再現にさえ見える。日英同盟廃棄の後に何が続いたか。あの歴史は語るまでもない。当時の日英同盟に相当するのが現在の日米同盟である。それは日本外交の基軸であり、アジア太平洋の安定装置として機能する。」「日米同盟の維持・強化が日米双方にとっての利益だとすれば、米側だけに努力を求めるのは正しくない…8年前の超党派の米側報告季(アーミテージ・ナイ報告)が日本に求めた集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変更はまだなされていない。」と雑誌「諸君」や「Voice」顔負けの古色蒼然とした時代錯誤の主張を繰り広げている。この思考の延長線上に、麻生首相が今、力を入れるインド洋給油延長法案がある。
 既に旧『日英同盟』の一方の当事者・英国さえも泥船のアングロサクソン同盟から逃げ出そうとしているのである。ドルは規制されなければならない。「日米同盟」は破棄されなければならない。今後も借金を踏み倒し、ドル紙幣を輪転機を回して無制限に供給し続けることは許されない。基軸通貨の地位から引きずり下ろさねばならない。その際、英国やフランス・ドイツ主導の新ブレトンウッズ体制にしてはならない。「六ヶ国協議」の発想で、日本は中国・ロシアと組み、合わせて3.5兆ドルもの外貨準備高に相応しい体制を獲得するために交渉しなければならない。それが、金という実物にリンクするかどうかはわからない。
 いずれにしても、金融危機を理由に総選挙を先延ばしすることなど許されるはずはない。危機の大本の米国こそ大統領選挙の真っ最中ではないか。どうして、被害の少ない日本に先延ばしの必要性があるのか。先延ばしの理由は、今の政権での、米国へのさらなる貢ぎ物が隠されているのではないのか。リーマンの破綻で日本の金融危機のどさくさの中で外資に乗っ取られたあおぞら銀行が486億円、新生銀行が380億円の損失を被ったという。日本は金融危機でもないのに「金融機能強化法改正案」でどうして公的資金枠が2兆円(当初案10兆円)も必要なのか。いかに今の自民党政権が骨の髄から腐りきっているのか。
 
5.「時価会計」は破棄されねばならない
「時価会計」はゴミ箱に入れるべきであり、BIS規制は見直すべきである。時価会計こそが投機の根本原因である。新自由主義イデオロギーの会計上の根本である。何でも市場価値で計れるというイデオロギーである。そもそも、土地や工場・設備といった固定資産や現金や債権などの流動資産以外のブランドや知的財産・人的資源などを何で計るのか。これらを市場価値で計るとすれば、株価の変動に応じて大きく変動せざるを得ない。経営はきわめて短期指向にならざるを得ない。短期指向を突き詰めれば「投機」とならざるを得ない。野村が慰留したリーマン社員の平均給与(年収)は4,000万円であるという。それでも、これまでの給与よりはかなり安いという。27・28歳の社員がぞろぞろと1億5,000万円もの所得を得、経営者が何十億、百億単位の所得を得る経営は異常と言わざるを得ない。
 サブプライムや怪しげなCDSなどを工夫し人の財布から掠め取る以外にそのような所得を支払うことはできない。「通常、巨額の設備投資や研究開発投資を必要とする企業は投資の回収に長期を要するので、中長期的な視野に立った投資計画を必要とします。このような投資計画を実施するためには、短期指向機関投資家を中心とする資本市場からの圧力を受け流すことができる長期平準化利益を算定可能なフロー配分を重視する会計が好ましい」(徳賀芳弘「M&A時代の会計」)のである。

 【出典】 アサート No.371 2008年10月25日

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【投稿】迷走する麻生政権 –民主党は明確な対案で臨め!–

【投稿】迷走する麻生政権 –民主党は明確な対案で臨め!–

<世論調査は自民惨敗予想→冒頭解散断念>
 麻生政権が、迷走している。臨時国会冒頭解散をぶち上げてみたものの、リーマンショックによる世界同時株安の事態に直撃され、10月解散論は吹き飛ばされた。郵政選挙で獲得した圧倒的多数の衆議院議員という上半身と比較して、足腰は、国家戦略なき宗教政党・公明党に頼らざるをえない弱体政党となった自民党には、かつての民主党のように「風向き」次第の国民の意識動向しか、解散時期の判断基準はなくなっているのである。
 総裁選直後には、麻生政権の支持率は50%を越えていたが、所信表明に続く党首対決でも、決定的な優位を獲得できないばかりか、中川国交大臣の妄言により出鼻を挫かれた。国交省は、かつての運輸省。「成田の農民はゴネ得」などは、話し合い路線に転換した同省にとっても容認できない内容だった。たった数日で大臣辞任。任命責任もあいまいなままだ。以後、内閣支持率は下降を始める。
 9月中旬に自民党が全国300選挙区毎にサンプル数1000のリサーチを行ったところ、小選挙区で自民党優勢は106前後、民主党優勢は130、比例区では自民党は67、公明30を加えても最大220議席、落選は130という結果が出たと言う。自公で過半数は不可能という衝撃の結果が伝わったのは、9月末。早期解散はとても出来ないと補正予算優先、第2次経済対策で挽回という方針転換となったのである。
 
<支持率低下が止まらない自民党>
 それでも、支持率低下は止まらない。10月20日に報道された毎日新聞世論調査(10月18・19日調査)では、内閣支持率は36%に低下、勝利期待では、民主48%と自民36%を大きく引き離した。比例投票行動も民主38%、自民25%と逆転され、政党支持率も民主27%、自民24%という結果だった。これでは、解散はまたまた先延ばしであろうか。
 麻生にとって幸いだったのは、米・仏大統領が11月中に緊急G7首脳会議を開催し、世界的金融危機への対応策を呼びかける共同宣言を出した事だ。これで、11月解散・総選挙も、不可能になったのではないか。このままでは、年内解散は不可能になり、2009年予算成立後の4月以降でなければ解散はできなくなる。任期満了解散ともなれば、首相の大権も有名無実であり、敗北を座して待つのみとなろう。
 しかし一方で、選挙区地元では、議員候補が与野党ともに選挙事務所を早々と開設し、選挙モードが高まりつつある。借上げ料や人件費も馬鹿にならず、選挙を待たずに「財政破綻」が囁かれる候補者もいるとか。要するに悲鳴にも似た解散待望論が強まっていることも無視できない状況になりつつある。
 
<あいまいな政権交代論だけでいいのか>
 確かに、政権交代の可能性が極めて高い総選挙になることは重要なことであり、画期的なことである。官僚・政府・与党との悪しき癒着を解き放ち、新たな緊張関係のある政治が生まれることは評価できる。しかし、民主党の「生活が第一」というスローガンが、小泉構造改革への批判であることは理解できるが、アメリカ発の世界金融危機が極限まで進行している現時点では、この危機の根源である市場原理主義とカネ儲け第一の金融資本主義への決別を明確にすることが必要となっているのではないか。
 小沢代表の下で今は声が小さくなっているが前原前代表や松下政経塾出身者を中心に「市場原理主義」「新自由主義」に親和性の高い人々が民主党には多い。元官僚やアメリカ留学経験組などが候補者の中には多いのではないか。
 小泉路線との対決という意味で、「生活が第一」という方向は社会民主主義的「色合い」を結果として意味することができた。しかし、実態は、どちらかと言えば「小さな政府」指向であり、「官より民」という新自由主義的傾向をもっていりのが現実である。
 アメリカ発金融危機の意味するものは、明らかにレーガン・サッチャー以来の新自由主義・市場原理主義の破綻・敗北であろう。国家の基本戦略において、新自由主義と距離を置くこと、ニューディール政策のような官主導の雇用創出政策の実施、不況脱出のための財政出動など「修正資本主義」的政策を国家戦略とすること、対米協調路線からの修正など、今こそ基本政策の転換が求められているのである。

<共産党立候補削減の大きな影響>
 さて、今回の総選挙の行方に大きな影響を与えそうな要因がある。共産党の動向である。これまで、ほぼ全選挙区に候補者を立ててきた共産党だが、先の中央委員会(2008年7月)で、新しい選挙方針を決めている。それは、小選挙区立候補者を130人とすること。比例選挙に重点を置き、比例選挙ブロック毎に全体の獲得目標である650万票を割り振るというものである。
 単純に考えると170選挙区には共産党の候補者はいないことになる。民主・社民・国民新党は、ある程度の選挙区で候補者調整を行っているため、170選挙区では、自民党対野党候補のみの対立選挙となるのである。興味深いデータがある。今年4月に行われた衆議院山口2区補欠選挙であるが、自民・民主の対決となったが、民主候補が当選している。この選挙の各種出口調査によると、共産党支持層の80%以上が民主党候補に投票しているという。共産党・赤旗は、民主党を第二自民党であると批判し、民主党に政権を渡してはならないとの姿勢を取っているが、共産党支持層はより健康である。自民党への拒否感は強くとも、民主党への拒否感はやや薄まる。自民党よりはましという判断である。

<自民に逆風で3%移動すると>
 以下の情報は、宮地健一氏のホームページ(http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/sousenkyosimu.htm)に負っているが、2008年5月5日の中日新聞によると、「自民党支持票の2%が民主党に流れただけで、第一党は民主党に。自民、民主両党が政権をかけて激突する次期衆院選の各党獲得予想議席が、白鳥令・国際教養大教授のシミュレーションで明らかになった。自民党に逆風が吹き、さらに、小選挙区での候補者擁立を絞り込んだ共産党支持票が動くとどうなるのか。白鳥教授のシミュレーションを基に分析した。
 議席予想によると自民党は前回獲得の296議席を大幅に下回る230議席にとどまり、逆に民主党は前回113議席から、190に大幅に躍進する。・・・都市部での落ち込みが激しい。
ただ、福田内閣の不人気が続けば、予想議席は自民党にさらに厳しいものになる。仮に、自民党支持票の1%が民主党に流れると、両党の獲得予想議席は自民206、民主207に、2%なら自民205、民主217と逆転する。・・・自民党は公明党の議席を加えても過半数を割る。3%なら民主党はさらに優位に立つ。」と
これは今年5月の分析だが、自民党にはより以上の厳しい逆風が吹いている。ここに、共産党支持層の票が民主党に流れた場合どうなるか。
「 共産党が候補者を立てない選挙区で、もし同党支持票の30%が民主党候補に流れた場合、自民党は当初の予測から9議席減の221議席となり、逆に民主党は204議席と、10議席増える。また、民主党に流れる共産票が50%に増えた場合、自民217、民主208と、両党はさらに接近する。これに、自民党から民主党への票の流れが加わると、自民党にはさらに不利な展開に。共産票から30%、自民党から1%が民主党に流れれば、同党は第一党になり、民主党に流れる票が共産党から50%、自民党から3%になれば、民主党の予想議席は238に達し、184議席の自民党を突き放す。」と。
シュミレーションであるが、現在の状況は、この結果とあまり変わらないのではないだろうか。麻生政権が、安易に解散を行えない事情がよく分かる。
 
<オバマ大統領誕生と日本の政治>
 さらに、アメリカでは、11月4日に大統領選挙が行われる。民主党オバマ氏が、アメリカ史上初の黒人大統領となる可能性が高い。泥沼のイラク戦争・金融資本主義の破綻は共和党への逆風であり、アメリカ国民は変革の時を迎えようとしているのである。そしてオバマ大統領誕生の余波は、大きく日本にも及んでくるはずである。
 現在最短の解散総選挙日程でも18日公示・11月30日投票となる。すでにアメリカで政権交代が起こった後ということになる。アメリカの政権交代が現実のものとなった後の日本の総選挙ともなれば、一層風向きは民主党に向くことになるだろう。ブッシュ=共和党=新自由主義から、オバマ=民主党=修正資本主義という大きな変化の後だ。すでに、アメリカ国民自身が、金融安定化法提案に「カネ持ち救済だ」と反発し、共和党下院議員も反対に回らざるをえなかった。アメリカ国内においても、金融資本主義・新自由主義に対して批判が高まっていることを示したのである。
 ただ、来るべき日本の政権交代において政権政党が入れ替わっても基本政策が強弱程度の違いだけでは意味がない。民主党内の「社会民主主義」的部分の奮起によって、市場原理主義・新自由主義との決別を実現しなければならないのである。(H)

 【出典】 アサート No.371 2008年10月25日

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【コラム】ひとりごと–金融危機の第二幕は景気急降下–

【コラム】ひとりごと–金融危機の第二幕は景気急降下–

○アメリカ発の金融危機は、欧州・アジア・日本に波及した。金融資本主義・市場原理主義が揺らぎどころか、完膚なきまでに敗北したと認識すべきだろう。○アメリカ・欧州の各国政府は、相次いで巨額の公的資金を金融機関・証券会社・保険会社に投入せざるをえなかった。「市場」から調達することは不可能となり、「市場」に任せていては、金融システムの破綻から企業の倒産、国民の資産が紙くずとなることは確実であったろう。○アメリカは、金融・証券・保険などの金融機関を「国有化」した。まさに「社会主義化」である。○最悪のシナリオが回避されたかどうか、疑問は残るが、金融機関の破綻の底は見えたというところであろうか。○もちろん、75兆円の不良債権買取負担が、ただでさえ財政赤字・貿易赤字という巨大な双子の赤字を抱えるアメリカにとって、如何に巨額であるかは言うまでもない。打つ手はドル紙幣の増刷と米国債の大量発行しか手段はない。○しかし問題は、買い手があるかどうか。○米国債の入札が不調に陥る事態ともなれば、国債の暴落、そしてドル価値の暴落、という世界恐慌シナリオが現実化する可能性も取りざたされ始めている。○産油国のドル・ペッグ維持も限界に来ているらしい。さらに、原油価格の「暴落」は、原油高騰で潤ってきた産油国の財政に大きな影響を与え始めているのである。○そして大量の米国債を保有する日本である。日米協調どころか、アメリカの属国のごとくアメリカに円を還流させてきた。アメリカとの関係を清算しアジアでの政治的・経済的協調関係にこそ軸足を移す絶好の契機であると言えるのではないか。○そういう意味でも、政権交代による国家基本政策の変更が求められているのであるが。○話がそれたが、重要な事は今回の金融危機が、いよいよ日本経済を徐々に直撃し始めていることだ。2008年6月以降前年比10%を越える企業倒産が起こっている。信用収縮・貸し渋りにより黒字企業でも倒産する事態が続出している。景気の先行指数と言われる機械受注も7月から3ヶ月連続で前年比で減少している。○輸出関連では、自動車など対アメリカへの輸出に大きく依存してきたが、金融不安からアメリカでの自動車販売が低迷している影響は大きい。原油高騰もあって、2008年8月の貿易収支は26年ぶりの赤字となっている。○国内でも、2008年6月以降、時間外労働が前年比で低下し、有効求人倍率も2007年12月以降1を切り、7月以降は0.9を割り込み、8月は、0.86まで落ち込み、企業活動が低下の傾向を示している。○一方で、消費者物価は、長期に渡るデフレ・物価の下降傾向から、2008年6月以降は、前年比2.4%の上昇となった。原油・国際商品市況の上昇が物価を押し上げ始めている。○今後は、金融不安が安定化へ向かう事が確実にならない限り、サブプライムで自己資本を毀損した日本の金融機関も不良債権切り離し、貸し渋りの傾向を一層強めるだろう。不動産価格の低迷・住宅・マンション販売の不振により住宅・建設業界は、厳しい状況となるのは確実である。○黒字倒産はもとより、消費の低迷、輸出の縮小、貸し渋りにより、企業倒産は今後一層増加するのは確実であろう。○そして、そのしわ寄せは、労働者へ転嫁されることになる。今年に入って、少なくとも上場企業45社が約5千人の退職募集に踏み切ったと報道されている。今後さらに広がると見られている。○派遣・非正規労働者の就労機会が、すでに縮小していると言われており、失業者の増大は確実である。大企業の組織労働者も決っして安心していられない。失業と貧困の2009年が近づいてきているのである。闘う以外に道は残されていない。(2008-10-19佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.371 2008年10月25日

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