【書評】『我、自衛隊を愛す 故に、憲法9条を守る──防衛省元幹部3人の志』

【書評】『我、自衛隊を愛す 故に、憲法9条を守る──防衛省元幹部3人の志』
                   (2007.3.発行、かもがわ出版、1,400円)

 憲法九条改定の流れは、今のところ足踏み状態のようにも見えるが、この問題は九条のみならず、これを取り巻く社会的経済的及び日常的な体制に関わる権力の動きとして認識されなければならない。しかしこれに対して、抵抗する側の九条擁護の運動も根強く、各地の「九条の会」を始めとしてさまざまな形態で進められていることは周知の事柄であろう。さらにこれらの運動や主張の中には、今まで伝統的にイメージされてきた運動とはニュアンスの異なる、新たな視点を持ったものも少なくない。九条擁護の運動は、さまざまなバリエーションを持った運動となる要素を含んでいるのである。これらをどう取り入れていくかが、これからの九条擁護運動の幅と深さを方向付けると言えよう。
 本書は、「防衛省元幹部3人の志」という副題を持って、元防衛政務次官/箕輪登、元人事教育局長・官房長/竹岡勝美、元防衛研究所長・教育訓練局長/小池清彦の連名で出されている。このようないわゆる「タカ派」と思われている人々が、イラクへの自衛隊派兵を憲法違反と断じ、九条改定論を批判するという一見したところ戸惑いを覚える本である。しかしその主張は、耳を傾けるに値する。
 例えば、小池清彦はこう述べる。(「第1部 小池清彦—-国民の血を流さない保障が九条だ」)
 「制定当時あまり意識されなかった憲法第九条、平和憲法の持つ大きな意義についてであります。それは、もし平和憲法がなかったら、日本は朝鮮戦争(1950~53年)にも、ベトナム戦争(1965~75年)にも、湾岸戦争(91年)にも、世界のほとんどの戦争に参戦させられていたということであります。(中略)/このたびの憲法違反のイラク出兵は、まことに言語道断であります。安保条約は、平和憲法と両立する形の日米の同盟条約でありアメリカもこれに同意している条約であります。安保条約からは、日本のみならず、アメリカも絶大な恩恵を受けているのであります。日本が毅然としてアメリカに対してこそ、真の友好同盟条約が生まれるのであります。/日本は極力、独力で国を守ることができる防衛力を整備すべきであります。しかし、海外派兵は厳に慎むべきであります。日本は世界の警察官になる道をたどってはなりません。それは国民が血を流し、国が没落する道なのであります」。
 竹岡勝美は、「日本の国恥とも言うべき敗戦以来存続している広大な米軍基地の撤廃どころか縮小すら言挙げできない日本」の現状と「独立国・日本が米国の属国のごとくあまりにも米国に依存している独立気概への疑問」を呈する。(「第2部 竹岡勝美の決意—-憲法九条改定論を排す」)
 「確かに日米安保条約で日本を守ってやっていると言われれば、日本は米国に頭が上がりません。しかし、そもそも自衛隊を堅持する日本には、米軍に駐留をお願いして守ってもらうべき恐ろしい脅威が周辺諸国に存在するのか。/世界は侵略戦争を禁止しました。戦後の日本は、海外における植民地や国家権益を失い、この狭い島国に軍事的に閉じ込もり、平和憲法を護持して、もはや周辺隣国との間には戦うべき一片の軍事争点もありません。冷戦期にあっても極東ソ連軍が日本のみに一方的に侵攻してくる有事シナリオは米軍ですら否定していました。/かつて私が防衛庁に在勤していた当時、陸上自衛隊は、自分たちの唯一の出番と心得ていた極東ソ連軍の北海道侵攻を要撃する演習に際し、在日米軍が参加してこないのが不満でした。『一体何のための日米安保か』と陸上自衛隊は怒りましたが、米軍は『冷戦下のソ連軍は西に200万のNATO軍、南に中国の400万、東に200万の米軍と一触即発の対峙の中で、どうしてノコノコと日本のみに一方的に侵攻してくる馬鹿があるか』と陸自案を一蹴したといいます」。
 「現在はどうか。脅威とは、日本に届き得る距離にある周辺隣国、即ち中国、ロシア、南北朝鮮の四国のいずれかの国が、少なくとも数十万の大軍を率いて、一方的に日本本土に上陸侵攻して来る時でしかありません。さきに有事法制として立法された『武力攻撃事態』がそれです。/もちろん、私はそのような有事は起り得ないと確信しています」。
 そして「日本の有事とは、まさに在日米軍を含む米軍と日本周辺国家との戦争に巻き込まれる波及有事のみです。万一にも、米軍が一方的に北朝鮮を崩壊させようとした時、北朝鮮の二〇〇発のノドン・ミサイルが、日本海沿岸に濫立する十数基の原発を爆砕するかも知れません」と警告する。
 箕輪登は、自衛隊イラク派兵差止北海道訴訟での口頭弁論における証言において、国会議員になった当時からの思いを熱っぽく語る。(「第3部 箕輪登の遺言—-命をかけて自衛隊のイラク派兵阻止を訴える」、証言は、2006年2月27日、この後5月14日に死去。)
 「佐藤総理、岸、そのときは元の総理ですが、何回か会ったもんですからお話をして、そうじゃないと、自衛隊は専守防衛なんだと、どこからか攻められたときに、武力攻撃を受けたときに、日本の国の独立を助けるんだと、そういう考えの自衛隊であって、自衛隊法をもっと勉強せいと言われました。自衛隊法のどこに、外国に行ってもいい、戦争してもいいなんて、どこにも書いてないよ。それは、自衛隊法七六条、外国から攻撃がなければ武力行為は取れないんだと、武力行為を取るにしても、国会の承認がなければ取れないんだということを聞かされました。佐藤さんからも岸さんからも聞きました。で、だんだん調べているうちに、そうかなと思って、これがあるんだと思ったんです。で、今ごろ思い出すのが遅かったんですが、そのときに佐藤さんが、自衛隊ができても自衛隊の海外出勤は禁ずるという参議院の国会決議があるよということを思い出しまして、調べてみたところが、いまだにやっぱりまだあるんです」。
 「僕はイラク特措法を勉強したことはありませんけれども、イラクという外国に自衛隊が出動したことは、何と理屈付けても・・・、自衛隊の任務の中に、自衛隊法の第三条ですよ、外国の治安を守れとか、人道支援をせえとか、復興を支援しろとは、美辞麗句を並べるけれども、使命の中には入っていないんじゃないか。自衛隊法を補足、直すならば、第三条を変えなかったら、第三条は日本の国の独立を武力攻撃があったときに守るだけですよ、自衛隊法に書いてあるのは。外国まで行って外国の治安を維持するなんて、一つも書いてない。アメリカの言うとおりやっているだけじゃないですか。そのアメリカは、国際法違反のイラク戦争だと、国連事務総長のアナンが言い切ってるんです」。
 この訴訟の背景については、本書の最後に「〈解説〉自衛隊派兵差止訴訟と箕輪さん」で、北海道訴訟弁護団事務局長の佐藤博文弁護士が、要領よくまとめている。その中で、箕輪の未来への現実的な展望を端的に示している証言がある。
 「アジアでは、今、どの国も皆日本としっくりいっていません。しっくりいかせるのが外交であり、防衛対策です、先般、西ドイツのシュレーダー首相が、かつてテロ組織の存在したルーマニアで言いました。『ECは今や二五ヵ国。今までドイツはこんなに友人が増えたことを経験していません』と。これこそが安全保障だと私は思います」。
本書に登場するのは先にも触れたように、わが国の防衛政策を直接になってきた人々である。しかしこのような視点を持った人々が存在し、イラク派兵反対、憲法九条擁護を主張していることはまた、この運動が広がりと深さを持っていることの証拠でもある。自衛隊の存在とシビリアン・コントロールについて、防衛力と専守防衛について、また集団安全保障のあり方についての彼らとの意見の相違は存在するが、これらの問題をも含めて議論することの必要と、有効な視点を取り入れることのできる運動の構築への提起として本書はあると言えよう。(R)

 【出典】 アサート No.369 2008年8月30日

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【コラム】ひとりごと—橋下「改革」の悪影響は深刻—

【コラム】ひとりごと—橋下「改革」の悪影響は深刻—

○7月22日、府労連と橋下知事との徹夜の労使交渉は決裂し、知事は大幅な賃下げを労使合意抜きに断行した。○続く、大阪府議会では、自公に続いて、何故か民主党系府議団も賛成し、大阪府の平成20年度本格予算は、6月提案の「維新プログラム」案を若干修正した形で成立することとなった。○2月に初当選した知事は、収入に見合う支出でなければならないと、1100億円の歳出カットを提案。事業関係400億、資産処分350億、そして賃金カット350億というフレームで、財政再建プログラム(案)を4月に提案している。その後、タレント人気を背景にした世論形成と徹底したマスコミ対策で、財政破綻を強調。総務省ですら、府の財政危機は、まだまだ深刻ではないと認めているにも関わらずである。○橋下知事の行動の特徴は、マスコミや市民受けを狙ってのすばやい方針転換であろう。まず、4月「財政再建プログラム」を発表するや、警察関係・教育関係・市町村・障害対策関係団体から、反発が出てきた。警察からは新庁舎計画の凍結、人員問題で強い批判が出る。一番早い軌道修正は警察関連予算だった。○続いて、PTA・教員関係団体から、35人学級の見直し案に対して、短期間に100万名を超える署名が提出され、これも修正。市町村補助金についても、市長会から厳しい批判が出され、「涙の答弁」となったわけだが、これも演技か、修正し、交付金方式、来年度に本格見直しに修正する。そして、障害者、ひとり親などの医療補助についても本格実施は来年からという調子である。○そして、公務員の職務・賃金に市民に支持が少ないと見て取るや、最大の眼目である賃金カットは、ほとんど無修正に近い断行ということになった。○賃金カットについては、最終若干の修正を行ったとされているが、職員への影響は大きい。中堅職員では年間70万円を越える減収を余儀なくするものである。それも労使合意抜きの強行という手法である。破産企業なのだから賃金は低くてあたりまえ、などの論理は、明らかに「民間の論理」ですらない。誠に乱暴な手法である。○今回の賃下げは、単に大阪府に留まらない問題であろう。新しい財政再生法では、一般会計だけでなく、国保会計や介護保険会計、病院や土地開発公社など特別会計との連結型となり、一定の指標を超えると財政再生団体の指定を受けることになる。○平成20年度決算を指標とするとされており、全国では相当数の自治体がこうした団体指定を受ける可能性がある。○財政再生・再建団体となれば、大阪府の例を参考に、賃金引下げは当たり前とされる可能性が高い。○2005年5月自民党は、大阪市に国会議員による調査団を派遣し、大阪市職をはじめとする自治労単組に「宣戦布告」し、公務員労組弾圧が開始された。まさに橋下は、自民党の願望をストレートに「実現」して見せたのである。○民主党府議団の対応も、最終局面で賛成に回ることになった。旧社会党系、旧民社党系などの混成部隊であることは承知しているが、果たして正しい判断であったかどうか、私は疑問を持っている。議員歳費の引き下げを自主的に行うなど、議員自身の危機感も相当なものだろうが、自公政権に連なる橋下知事に、対抗できなかったという事実は間違いがないのではないか。○ともあれ、北京五輪の開催で夏休みというところであったが、これからが勝負と考えて、橋下府政と一線を画して、対応していく必要があろう。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.369 2008年8月30日

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【投稿】G8の無力さとG8時代の終焉

【投稿】G8の無力さとG8時代の終焉
     —洞爺湖サミットが明らかにしたもの—

<<「空っぽのスローガン」>>
 存続自身が危ぶまれている福田政権にとって、政権浮揚のチャンスと狙っていた洞爺湖サミットは、何の見るべき具体的な成果も合意も展望も示せず、完全な失敗に終わったと言えよう。残り半年余りの任期を数えるだけとなり、もはやレームダック(死に体政権)と化し、マイナスの影響しかもたらさなくなったブッシュ米大統領に引きずり回され、福田首相はリーダーシップをふるえるどころか、ブッシュの傀儡として、ブッシュの顔色をうかがう単なるご機嫌取りの役割しかあてがわれなかったのである。
 洞爺湖サミットは、まず第一に、メインテーマとした「地球温暖化問題」で、「2050年までに世界の排出量を少なくとも半減させるという目標についてのビジョンを、国連気候変動枠組み条約の締約国と共有し、採択することを求める」という首脳宣言を打ち出した。しかしこれはすでに昨年の独ハイリゲンダム・サミットで「50年までに半減」という目標を「真剣に検討する」と申し合わせたものを、今回は「すべての主要経済国の貢献が必要」との文言を加えて途上国の責任に転嫁しながら、G8自身の責任や意思についてはまったく触れずに、問題を世界規模に広げてあいまいもこなものにしたにすぎない。
 問題は、これに先立ち、途上国側の中心となる中国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカの5カ国首脳がサミット期間中の7/8に札幌で会合を開き、50年までにCO2半減を受け入れるにはG8側も20―30年の中期目標として60-85%の削減を実行すべきだとの方針を決めるという重要な提起があったにもかかわらず、G8側にはどの首脳にもこの問題提起に積極的に応えて、イニシアチブを発揮しようとはしなかったし、できなかったのである。ホスト役の福田首相をはじめ、G8首脳は歴史的に重大な汚点を残したといえよう。
 7/10付ワシントン・ポスト紙が論評しているように、50%削減目標はすでに「昨年メルケル独首相が提起したものであり、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が80%の削減を求めていることからすれば、つまらないもの」である。さらに世界自然保護基金(WWF)インターナショナルが緊急声明の中で、途上国が国連交渉の場で具体的な提案を出していることと比較して、「洞爺湖における交渉で、カナダ、日本、米国は国際交渉を前へ進める気がないことが鮮明に示された」と指摘しているとおりである。南アのムベキ大統領がこのG8合意について「空っぽのスローガンだ」と批判するように、アメリカを筆頭とするG8首脳たちは、わざわざ洞爺湖サミットという場で、先進国としての責任放棄を改めて全世界に明らかにしたものだともいえよう。首脳宣言の文書の上でも、G8自身が「50年に半減」に合意したとはついに書けず、先進国自らが、どこまで責任を果たそうとしているかについても具体的に表明できなかった、つまりG8は解決能力もなければ、その意思もない、G8の時代はすでに終わったということを自ら明らかにしたものでもある。

<<「エコノミストではありません」>>
 さらに極めつけなのは、暗雲漂う世界的大不況の進行に対して、今回のG8は世界経済に関する首脳宣言を採択したが、何の根拠も上げられずに「世界の経済成長に引き続き肯定的」な総括をしていることである。
 首脳宣言は、米国の信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題について、「深刻な緊張は依然存在している」としつつも、「過去数カ月、状況はいくぶん改善した」と述べているが、根底に横たわる米国経済のバブル崩壊現象について真剣な分析や議論は一切なされなかった。その理由たるや、「首脳たちはエコノミストではありませんから」というものである。そもそも1975年に始まったサミットは、本来、第一次石油危機に際して直面する世界経済の課題について論じ合う場であったものであろう。第三次石油危機ともいわれる状況の中で、G8は本来の論議さえできない、その能力も意思もない、したがって世界経済の動向に何らかの前向きな影響力を行使することさえ期待できない、無力な存在、単なる無用の長物と化してしまったことを自己暴露したのである。
 サミットと同時進行で明らかになっていることは、「状況はいくぶん改善」どころか、事態はより一層深刻化していることを示している。サブプライム問題は、ついに米住宅金融の中核を担う政府系金融会社、米住宅ローン5兆ドル(約530兆円)を保有・保証している連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ)と連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)にまで波及。7/13、米政府は、無制限での政府融資と公的資金による株式買い取りという異例の支援策を打ち出さざるをえなくなり、7/15にブッシュ米大統領が金融市場の緊張を受けて記者会見し、米国の金融システムについて「基本的に健全だ」と強調したその日に、米株式市場は2年ぶりに1万1000ドルの大台を割り込み、この2カ月間で約16%も急落している。
 さらに、米銀大手JPモルガン・チェースが7/17に発表した08年4~6月期決算は、当期利益が前年同期比53%減の20億300万ドル(約2100億円)で、3四半期連続で減益になったことが明らかになった。7/18朝に決算を発表した米メリルリンチも、約97億ドル(約1兆円)ものサブプライム関連損失を計上し、4-6月期に46億5400万ドル(約4900億円)の最終赤字を計上、赤字は4四半期連続。全米4位の銀行、ワコビアも、同期は26億-28億ドル(約2700億-約2900億円)の赤字に陥るとの見通しと、最高経営責任者の交代を発表している。そして7/18日夜に発表されたシティの4-6月期決算は、住宅ローンの証券化商品などの評価損が72億ドル(約7600億円)にも達し、貸倒引当金を含めたサブプライム関連の損失は計約140億ドル(約1兆5000億円)に達したこと、昨年7月から今年3月までに460億ドルものサブプライム関連損失を処理し、4-6月期の分を含めると、ここ1年間で約600億ドル(約6兆4000億円)もの関連損失を処理したことが明らかになっている。巨額損失計上による赤字ラッシュが続々と控えている危険な状況である。
 すでに7/11には、資産規模320億ドル(約3兆4000億円)の米カリフォルニア州の住宅ローン大手、インディマック・バンコープが経営破綻している。同社の破綻は、資産規模で過去3番目の大きさである。インディマックは今後、米連邦預金保険公社(FDIC)管理のもとで営業を続け、その間に受け皿となる買収先を探すなどして再建策を模索する。日本のバブル崩壊時の住専が直面した事態と同様の事態がさらに大規模な形で進行しているともいえよう。すでに米金融機関の破綻は今年で5件目であり、こうした住宅ローンを中心業務にした米地銀のうち90ほどが経営破綻するとの観測が現実視されている。米地銀の連鎖破綻から米国発の金融危機・世界的大不況を目前に控えたような現実は、G8首脳たちの世界経済に対する「肯定的」な総括をあざ笑っているのである。

<<投機マネー野放し政策>>
 さらに洞爺湖サミットが現実と遊離した姿を明らかにしたのが、食料価格高騰と原油価格の急上昇問題であった。サブプライム問題の深刻化と共に、住宅・土地関連ローンから逃避した膨大な投機資金、アメリカのバブル崩壊と密接に連動する世界的なドル安と金融不安の中でドル資産を離れて世界を闊歩する投機資金が、食料と原油に殺到し、原油・穀物市場がマネーゲームの場と化している実態に切り込み、価格と供給の安定にサミットがいかに対応するかが問われていた。最も必要とされている打開策は、こうした市場への投機マネーの流入を規制し、グローバルな資本移動、為替取引に対しては国際的な規制と同時に国際的な課税、たとえば現在提案されている「国際連帯税」(トービン税)を課税するといった抜本的対策こそが問われていた。つまり現在の無政府主義的な市場原理主義に対する、徹底した短期的投機的利益の追求に対する封じ込め戦略である。世界が求めているのはこうした政策的な大転換であった。
 しかし今回のサミットでは、投機マネーの流入で高騰する原油や食料価格について、首脳宣言は「価格上昇に強い懸念」を表明してはいるが、対応策としては「商品先物市場の透明性向上」を強調するだけで、投機マネーへの直接規制などの対策には、自由経済主義にそぐわないとの理由で一切踏み込むこともできず、むしろ逆に市場原理主義一辺倒の「開放的で競争的な資本市場は、経済成長を促進させる」と居直り、「国際的な貿易及び投資に対するあらゆる形態の保護主義的な圧力に抵抗する」として、むしろ投機的な競争政策の促進を擁護しているのである。
 サミット初日は、アフリカ諸国との拡大首脳会合を開いたが、議長国・福田首相の思惑とは異なり、議論はアフリカ側の意向で食糧や原油価格高騰に集中し、まず何よりも、G8が過去数年間に示した対アフリカ援助の約束を十分に履行するよう求めたのである。それは、2005年のグレンイーグルズサミットでG8は、対アフリカ援助を2010年まで毎年500億ドルに増額すると約束していたが、実際にはその約束は14%しか達成されていないという現実の、空約束に対する反撃でもあった。「空っぽのスローガン」を羅列し、食料高騰や原油高に何の打つ手も示すことのできないG8首脳たちに対するせめてもの抵抗であったともいえよう。

<<「金持ちクラブの無力さ」>>
 かくして洞爺湖サミットは、福田首相がサミットの議長総括で「多くの成果を生み出すことができた」と自賛して見せれば見せるほど、逆に、世界が直面する課題について具体的なことは何も決めることができずに終了し、むなしい空騒ぎの結果、G8には、もはや、世界が緊急に直面する短期的で切実な課題についてさえ解決能力がないこと、G8の時代はすでに終わってしまっていることをさらけ出してしまったのである。
 フランスのフィガロ紙は7/9付で、食料・燃料価格の高騰や地球温暖化など世界が直面している緊急の問題で説得力のある対策を提示できなかった先進国首脳会議について、「金持ちクラブの無力さ」と題する社説を掲載し、英インディペンデント紙は「キャビアやウニを食べつつ食料危機を考慮」の見出しで、「アフリカの飢餓問題など、食糧危機の協議は、腹の減る仕事なのだ」と皮肉を込めて伝えたという。タイムズ紙は、開催国日本の姿勢について、サミット開催費で、アフリカの人々をマラリアから救う一億の蚊帳を買うことができると述べ、その過剰な費用と贅沢な消費は日本のエコや環境重視の主張と「矛盾する」とまで批判している。
 サミットは「多くの成果」どころか、原油と食料の異常高騰で苦しむ諸国民、世界各地で拡大している農民・漁民・運輸業界、これらに従事する労働者の抗議行動に一切答えるものではなかったばかりか、失望させるものでしかなかった。日本においてさえ、漁船約20万隻が一斉に休業するという漁業者の事実上のゼネストと抗議行動が展開されたが、福田首相は、「今月も値上げが相次ぎ、皆さんのご苦労は増すばかりだと思います」(7/3「福田内閣メールマガジン」)とまるで他人事である。こんな実生活の苦しさとは無縁な「豪華ディナーを食べながら食料危機を語る」連中が寄り集まるサミットは、その存在自体が有害無益であることを明白にしたといえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.368 2008年7月30日

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【投稿】国家詐欺の系譜について

【投稿】国家詐欺の系譜について
     —いつまで「鉄火場」に国内資金を投げ込むつもりか—
                         福井 杉本達也

(1)洞爺湖サミットは「環境問題」ではなく、米国の「金融危機」を覆い隠すため
 洞爺湖サミットの直前、NHKが地球温暖化で北極の氷が溶けシロクマの生息に影響があるなどの地球環境問題に関する特集を放映したり、7月7日のサミット当日にはパナソニックが全国紙に全面広告を打つなど様々なキャンペーンが行われた。しかし、実際には何も決まらなかった。サミットの裏舞台では、米国の金融危機への対応が話し合われたようだ。6月6日のNY株式市場での株価急落以降、欧米の金融市場はまたまた急速におかしくなっている。サミット終了後の7月10日には米政府支援機関(GSE)とよばれ住宅金融を手掛ける住宅公社ファニーメイとフレディマックの業績が大幅に悪化したとして株価が急落した。金融危機に直面したポールソン財務長官は、日曜日の13日、両社に必要ならば公的資金を注入して資本を増強するとの緊急声明を出した。
 
(2)渡辺金融相の国内の金融危機を煽る不可解な発言
 このような米国発金融危機の状況の中で、7月15日午前に行われた閣議後の記者会見で渡辺喜美金融担当相は米住宅金融公社が発行している債券に関して触れて「官民でも(保有残高が)かなりあるので、対岸の火事というわけにはいかない。警戒水準を高くして注視していく」とし、さらに続けて「GSE債のアジアの保有額が大体8,000億ドル位でしょうか、…日本勢が2,280億ドル位ですか、中国が3,760億ドル位となっております。…したがって、日中で非常に多くのGSE債を抱えているという現実があるわけでありますから、これはもう他人事ではないということであります。」との“不可解な”発言を行った。これが市場の不安感を煽る形となった。米政府による住宅金融公社救済策の発表を受けて押し目買いが広がっていたが、この不可解発言をきっかけに、三菱UFJが5.5%、三井住友が6.1%、みずほが5%下げるなど大手銀行グループ株は完全に梯子を外されてしまった。
 実際には、国内では民間が10兆円、政府も外貨準備高1兆ドルの運用先として何割かを、また、年金管理運営法人が2兆円近くを保有しているが、民間も政府も「米住宅債は相対的に信用力が高く、米国債に比べ上乗せ金利があり、中核の運用対象と見るところが多い。現時点での影響は『実質的な政府保証があり、損失の可能性は低い』と見ている」(日経:7.17)。では、渡辺金融相の「もう他人事ではない」とする発言の真意はどこにあるのか。
 
(3)自民検討チーム・10兆円規模の公的年金を資金に日本版SWFの設立を提言
 7月3日付けのロイターは、「自民党の国家戦略本部のSWF(政府系ファンド)検討プロジェクトチーム(座長:山本有二前金融担当相)は3日、日本版SWFの設立を提言する中間報告を取りまとめた。運用原資は公的年金基金として、規模は10兆円とした。運用のプロを採用し、高い利回りの確保を目指す。…公的年金資産は、厚生年金と国民年金の積立金で約150兆円。…公的年金の利回り向上策をめぐっては、経済財政諮問会議のグローバル化改革専門調査会(会長:伊藤隆敏・東大大学院教授、経済財政諮問会議民間議員)が5月23日に報告書を発表した。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)に専門家を採用して、運用の効率化と収益の最大化を図るべきとする報告をまとめている。」と報道している。
 「運用のプロを採用」してうまくいくならサブプライム問題など発生するはずはない。サブプライムローンで苦しんでいる欧米資本を助けるために、またぞろ我々の貴重な年金資産を外資に提供しようと画策している。日本版SWFの大本は外資の『日本出張所長』・竹中平蔵元総務相である。竹中氏は「市場の専門家を集め、公的な資金の運用を任せる組織を作って欲しい。シンガポールでは『シンガポール政府投資公社(CIC)』が存在し資金運用している。」(日経:2007.12.15)などと機会を捉えて発言している。それにしても、伊藤隆敏東大大学院教授もひどい。日銀副総裁にしなくてよかった(2008年3月7日、政府は伊藤を日本銀行副総裁に起用する人事案を国会に提示。3月12日、参議院の野党4党の反対多数で不同意となる)。
 
(4)日本の経済は一流ではない?
 1月18日の国会演説で大田弘子経済財政担当大臣は「日本の経済は一流ではない」と発言した。「大臣が評論家になってしまったのだ。発言を率直に解釈すれば、二流国である日本の株は買わないほうがいいですよということになる。」(日経:3.5「大機小機」)。大田大臣は何としても日本売りを誘い、株価を下げたいようである。与謝野馨元官房長官も「(日本の株式市場で、外国人投資家の日本売りが進んでいるが)彼らはサブプライムローン問題の資金繰りのために売りに出ている。日本売り、というより自分たちの都合です。」「最近は大臣が、もはや日本経済は一流じゃない なんて平気で言う。何が狙いか知りませんが…私に言わせれば、日本経済は一流、ただ経済学者が一流という保証がないだけ」(『波』2008.5)と批判している。与謝野氏の考え方はまともである。日本の経済は一流である。一流だと資金が日本に集まってしまう。日本に資金が集まってもらってはサブプライムローンで青息吐息の欧米の金融市場が破綻してしまうのである。
 
(5)社会保障費の抑制挫折なら、「世界の信任得られず」
 額賀福志郎財務相は6月29日出演のNHKのTV番組で、2006年にまとめ「骨太の方針」に盛り込んだ、社会保障費の自然増を5年間で1.1兆円抑制するという目標について、「三年目で挫折しては世界の信任を得られないし、国民の将来不安もぬぐえない」(日経:6.30)と語り、後期高齢者医療制度に見られるように完全に破綻した社会保障費の抑制をさらに続ける考えを示した。これを受け、7月12日には財務省は2009年度の概算要求基準で社会保障費2200億円の抑制策を堅持する方針を固めた(日経:7.3)。しかし、そもそも、額賀財務相の『世界の信認』とはどこの国の信認なのか。欧米の外資であろう。しかし、「外資」に投資してもらわなければならない理由は日本にはない。日本の国内資本は余りに余っている。むしろ『円キャリー取引』で大量に海外に持ち出されている。“国内資本”も“外資”も金に色は付いていない。「世界の信任得られず」というのは額賀財務相の詐欺話である。「独立国」の財務相がここまで“外資”にへりくだり、国民を騙す必要があるのか。実に情けない状況といわざるを得ない。
 どうして、額賀氏や竹中氏のいうように、2011年にプライマリー・バランスを回復しなければならないのか。神野直彦東大教授は「大阪『橋下改革』の評価」(毎日:6.29)の中で「財政の使命とは、失業率や犯罪率の増加など市場経済の結末として起きた失敗を解決することだ。ところが、大阪府がそのために独自に試みてきた福祉事業にまで切り込もうとしている。『楽しんできたんだから無駄を省け』という借金取りの論理だ。財政危機とは歳入と歳出のバランスではなく、財政の機能不全によって起きている危機を指す」と財政の使命を述べている。どうしても必要な社会保障経費までも削り、国内投資を切りつめ、海外の「鉄火場」に資金をもちだそうというのが額賀氏のいう『世界の信認』である。欧米金融資本は「でかした」というであろう。
 
(6)外資のJ パワー株の買増し問題を「日本は閉鎖的と見られる」と発言する大臣は“外資のエージェント”
 1月15日に英ファンドTCIがJパワー(電源開発)の株買い増しを表明した。これに対し、経産省の北畑隆生事務次官は「経営ノウハウを持ち込む外資は歓迎するが、資本だけならば国内に余っている」「企業の発展と同じ船に乗る株主と、そうではない株主とを分けて考えるべきだ」とし、「株主は…すぐに売れということで浮気者、無責任、有限責任、配当を要求する強欲な方なんです」と真っ向から反対した。「本当は競輪場か競馬場に行っていた人が、パソコンを使って証券市場に来た。最も堕落した株主の典型だ。バカで浮気で無責任というやつらですから、会社の重要な議決権を与える必要はない」とまで述べている(朝日:2.8)。全くの正論である。経産省も経団連と組んで、これまで、会社法の改正や時価会計の導入など、外資の提灯持ちをやってきたがようやくまともになってきたということであろうか。ところが、またぞろ渡辺善美金融相や大田経済財政担当相などは「持株の増加を認めないと日本は閉鎖的と見られる」・「外資を規制するのは官僚の利権を守るため」と、先頭に立って外資を擁護した。
 「上場会社の所有者は株主」なのではない。「会社は、株主ではなく、社長以下の社員、取引先、地域住民が協力し合って利益を生み出す」(北畑次官)ものである。日本には買収防衛ルールがない。米国は連邦法での規制はないが、州会社法で自州の企業を守る法制を整備している。英国はシティコードやその実施機関であるシティパネルによる安定的なルールが現に存在する(日経:6.5)のである。
 外資の提灯記事を得意とする日経は「政府の内向き姿勢の弊害は株の下落という形で既に顕在化している。…日本が経済成長を持続するには、外に開かれた国づくりが不可欠だ。逆に内向き姿勢を強めれば、成長どころか、現状維持さえもおぼつかなくなる恐れがある。」(日経「社説」「霞ヶ関は日本を開くのか、閉じるのか」2.14)と逆に経産次官を攻撃した。しかし、「外資の売り越しが始まったのは昨年の8月頃からである。しかしこれは『日本の改革が後退した』というのではなく、外資金融機関の資金調達が困難になったからである。…つまり外資系ファンドは資産(株式など)の換金売りに迫られていたのである。しかし株の換金売りといっても簡単ではない。新興国のような小さなマーケットで換金売りを行えば、それこそ相場は大暴落する。したがって日本のようにある程度の規模がある市場が最初に狙われた」(ブログ「経済コラムマガジン」:2.3)のである。
 
(7)「鉄火場」資本主義に吸い尽くされる日本と底に穴の空いた財布を持つ日本政府
 米証券取引委員会(SEC)は7月15日、日欧米の金融機関株19銘柄(19機関には米国債を扱う大和証券とみずほFも含まれている。)について、株券を借りずに空売りすることを一時的に禁止する緊急命令を出した(FujiSankei Business i 7.17)。空売りとは自分が保有していない株券を株主から借りて売り、相場が下落した段階で買い戻すことにより利益を得る方法である。米住宅公社の経営危機に続き、大きな痛手を被ったシティやJPモルガンといった金融機関株が空売りされ倒産に追い込まれることを避けるためである。
 つまり、お互いに空売りされることを心配し疑心暗鬼に陥っており、もう欧米の金融市場はほとんど機能していないということである。奇妙なことに日本の新聞ではこうしたきわめて重要な情報が殆ど報道されていない。米シティは6月13日から日本円で購入できる「サムライ債」を1865億円募集したが、わずか4日で完売したという(夕刊フジ:7.7)。東京以外の市場が完全にマヒする中、東京市場だけが機能している。「サブプライム危機の影響が比較的軽微であった日本の資金市場は、有り体に言ってしまえば、『財布の紐が緩い』市場と言えるわけだ。資金繰りに汲々としている市場よりも、『財布の紐が緩い』市場の方が、資金調達の条件が有利になる」(Nikkei NBオンライン 7.16)。パンディット・シティグループCEOは「我々が旧日興コールディアグループを買収したのは戦略的理由がある…今後1500兆円という個人金融資産が証券分野にシフトする」(・日経:7.11)と、日経のインタビューにぬけぬけと答えている。その東京市場の資金を日本国内市場で使わせず欧米金融資本の「鉄火場」に投げ込もうというのが先の渡辺金融相の不可解な発言の真意である。さらに、輪をかけて、7月16日、渡辺金融相は訪ねてきた米政府元高官に語りかけた。「米政府が必要とすれば日本の外貨準備の一部を公社救済のために米国に提供するべきだと考えている」(産経:7.16)と。企業も国益も格安でバーゲンセールする日本人という汚名の影で、おいしくてたまらない人々の凱歌がこだまし続ける(日経「大機小機」:6.5)。

 【出典】 アサート No.368 2008年7月30日

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【投稿】権力の三位一体のたかりのために「新銀行東京」はつくられた

【投稿】権力の三位一体のたかりのために「新銀行東京」はつくられた
                    2008.7.1 東京 和田三郎

1.「新銀行東京」は税金を食い潰す
 「新銀行東京」は、2005年4月、資本金(および資本準備金)1187億円で発足した。その84%、1000億円は東京都の出資であった。
 開業後の事業実績は、各種報道が描くとおり惨憺たるものであった。2008年3月期決算短信によると、『当期純利益は、前期比360億円の改善』としたが、それは、前期△547億円が今期△209億円に‘改善’したことであり、開業以来3か年で累積赤字は1000億円を越えた。減資により累損の解消を図ったので、つまりは、東京都の出資分は泡と消えた。
業務内容を見ても、前期比で、預金総額は、5231億円から3757億円へ1474億円の減、貸出金総額も、2464億円から1894億円へ570億円の減となっている。営業店舗はすべて閉店し、都営地下鉄駅構内にあったATMはすべて廃止した。現在は、都の分庁舎を間借りし、取次ぎ窓口を置くのみとなった。どう見ても、縮小へ突き進んでいる。当初の計画は開業3年目の単年度黒字化(「都新銀行マスタープラン」2004年2月)を標榜していたが、その実現をさらに3か年引き延ばした。
 しかし、2月策定の「再建計画」においても、3月の「調査報告書」においても、経営上の実効を生み出しそうな事項は、まず見当たらない。石原知事の今任期中に黒字転換できると信じる者は、都議会与党内にもいないだろう。
 東京都は、都議会第一回定例会で、400億円の追加出資議案を、与党(自民党、公明党)の賛成で承認し、4月30日には払い込まれた。石原知事の主張は単純であり「追加出資しなければ潰れる。」であった。しかし、追加出資すれば潰れないという根拠は、何も語られていない。
 この400億円は、自己資本比率4%割れを回避するための一時しのぎに過ぎないだろう。
(都の主張は、図らずも、副知事猪瀬直樹が書いた都労働経済局長都議会答弁紹介文がリアルだ。http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/inose/080318_33rd/index4.html)
 石原のこの論理は、今後も「新銀行東京」への追い銭が発生することを示している。いままでの都の直接出資額1400億円は、都民1人当たり1万円強になる。なお、都の当初出資額1000億円は、その7割を30年償還起債によっているので、元利償還金の総計は2000億円近くになるという試算もある。(この他に、新銀行担当幹部職員へ支払われた給与総額は、1億円を上回るだろう。)これらがすべて、納税者の負担によって実行された。
 さらに、新銀行東京には、現在、金融庁の立ち入り検査が行われている。他行への検査と同様な(債権者区分の厳しい)査定が行われれば、その結果によっては、巨額の貸倒引当金の積み増しが必要となってくる。

2.金融危機下の石原妄想と腹心官僚群の跋扈
 新銀行構想の出発点は、2001年にある。大前研一氏によると、彼自身が知事に「メトロポリタン銀行」構想を提案したところ、翌日には、大塚俊郎出納長(:当時。後に副知事、現・新銀行東京取締役会議長)が来訪し、プロジェクトチーム立ち上げを決めた、という。
(大前氏は、その後、意見の相違により、「新銀行東京」と離れている。)
2001年には、金融クライシスからの回復がまだ果たせず、大銀行の株価は、年内に36から67%も下落していた。社会全体に、金融機関への不信と不安が満ちていた。既存金融資本の弱体化と社会からの批判は、歴史的に高まっていた。国による公的資金注入にも世論の支持は低かった。
 そのとき、石原が、この世論をてこに、金融業界支配を通した一大支配圏構想を妄想したとしても、不思議ではない。(あのヒットラーも、大不況の中で金融資本への国民の憎悪を煽り、ついには金融独占資本主義の最も凶暴な支配形態、ファシズム支配を確立した。) 「東京こそ日本であり、世界である。」 その後に来る、東京金融マーケットの凋落を、予測だにしていない。もとより、政治家石原の野望は、関東平野3300万人口圏での総領(=首都州長官)になることである。それでこそ、中央政府=内閣総理大臣に対峙できる。これが第一の注目点。
 第二の注目点は、都庁官僚群の対応である。
 1990年代の中小金融機関の淘汰整理は、東京においても、地域金融の機能を縮小させた。代わって地域金融に登場した都市銀行も、中小零細企業向け与信を放棄していた。貸し渋り・貸し剥がしである。
 そこで主張されてきたのは、地域金融を行政による公的金融が担うことである。従来から、東京都や都内自治体による制度融資(行政による貸出利子補給と信用保証)は、実績を上げていた。貸出元の民間金融機関への自治体からの預託金は、10倍の融資額を生み出すと言われていた。
 制度融資の融資先には、経営不安定なより小規模零細事業者が多く、金融危機の中で最も痛手を負っていた層であった。ところが、この層への資金シフトは、都庁内で主張はされたが、新銀行設立の趣旨(「知事の本心」と読み替えるべし。)とは違うとして、採用されなかった。
 石原知事にとって必須なのは、既存の金融業界へ華々しく割って入ること、すなわち、自ら支配できる民間金融機関の設立と、その成育による覇権確立であった。スローガンは「東京から金融革命」となった。
 この意図を知ったが故に、全国銀行協会はじめ既存金融機関は、‘都立銀行’の設置に大反対した。セブン銀行など新銀行開設時には、既存金融機関が実務スタッフを送り込むのが通例であったが、新銀行東京にはそれもなかった。(あったのは、リストラに励んだ金融機関が解雇・退職させた、つまり経営者が不要とした実務経験者の採用である。)だから、1年間の準備期間で金融業のマネージメントを確立すること自体、画餅であった。

 知事の本心を読み取った腹心官僚群がとった手法は、次の3点に整理できる。
 第1は、すばやく発足するために、既存金融機関を買収し、民間金融機関として運営することである。2005年春の都議選が迫っていた。
 外資であるBNPパリバ信託銀行の買収が2004年4月に実現し、看板を付け替えて、1年後に新銀行東京は発足した。注目すべきは、公的金融機関の設立ではなく、行政が出資(買収)した民間金融機関を設立したことである。
 この結果、2つの矛盾を抱えた。1つ、地銀・都市銀が(リスクを包含できず)撤退した中小企業向け融資を、‘新しい’公設民間金融機関が担うことになった。既存金融機関が負うべきだった負債(焦げ付き債権)は、‘新しい’公設民間金融機関がすべて負う。これは、実質的に、民間から自治体への負債の移転であり、発足3年間をして都の1000億円の出損金棄損は、必然的な結果である。
 もう1つの矛盾は、発足当初から、フルスペックのフルバンキングメニューの営業形態をとったことによる経営不全である。既存都市銀行さえ凌駕してみせるという石原知事の高揚感を満足させることは、彼らの発想の根源である。初期投資は、新設金融機関の例に反し肥大化した。すべて既存金融秩序に割って入るために必要と主張された。つくられたのは、中小企業向け融資専業銀行ではなく、個人顧客向けセフティネットも最初から採用された。勘定系を含めコンピュータシステムも、既存の各種パッケージの寄せ集めであり、全体として他行の規模に比べ誇大なものであったといわれている。
(そういえば、某課長が新銀行東京への定期預金を勧誘して回っていたのを思い出した。紹介パンフレットも配られていた。とにかく10万円でもと粘り、周りの管理職連中は皆応じていた。都内自治体管理職の内5000人が10万円ずつ預金しても5億円になる。すご!)
 第2は、都議会与党など、政治銘柄の紹介・持込案件へ簡易に融資する装置と仕組みを考案することであった。2003年知事選の公約を、2005年春の都議選に向け実施に移すことで、彼らはその後の地位保全にリーチした。双方にとって甘い汁が湧き出た。
 「赤字でも、すぐに融資する」ために、スコアリング・モデルを変形させた。元来スコアリングとは、青色申告程度の記帳を最低要件としていたが、それも無視された。融資担当社員のフェイスツーフェイスの高度スキルは、不要とされた。内部からの批判(日経ビジネス2008年3月)も生かされなかった。
 なぜか。こうしておくことによって、議員や支持団体有力者や一部役員による‘紹介’案件が、「新融資方式による見える化」(実は、エセ見える化による不良債務者隠し)として、融資実行できたからである。もとより、多くは都銀等では相手にされにくいグレーゾーン融資であった。本年1月までに、融資先企業のうち2345社が経営破たんし、285億円が焦げ付く(「調査報告書」2008年3月)。もちろん、既存金融機関の常套手段である、個人担保保証も求めなかった。
 この場合、新銀行東京の貸出利率は、年利10から15%といわれている。「都立バンクだから、返済は気にしなくて良い。」と紹介者からささやかれていれば、この利息制限法限度に近い高金利も、障害にはならない。実際、「経営破たんした融資先の内、法的措置をとり回収に乗り出したのは、わずか2.5%の59社14億円にとどまっている。」(読売新聞2008年3月10、13日) 乗り出した結果の回収額は明らかにされていない。
新銀行維持経費が、都財政支出2000億円であっても、それは、かの臨海再開発事業の清算額に比べそんなに多くの額ではない、と考えているのだろう。伝統的な保守都政の中心支持基盤である「各種団体連合会」は、中小企業経営者による支えを細めていた。新銀行東京による融資こそ、彼らの‘活性化’の‘紐’(紐付きの)になると考えた。このように、新銀行東京を、保守地盤の再構築のためにしゃぶり尽すことは、彼ら陣営の使命でもあった。
(これらに加えて、石原ファミリーの選挙地盤である城南地域への融資が濃厚であったとの報道もある。このデータは、金融庁が検査結果を公表しない限り隠されたままになるだろう。都議会野党に、そこまでの意気と力があるか。)
 手法の第3は、民間企業経営者の招請である。
 民間金融機関経営者では、知事による既存金融機関大批判が生きてこない。
 民間資本の導入に失敗した後に、都と民間企業との協業という風袋をとるには必須の条件となった。トヨタグループから仁司氏が代表執行役に送り込まれた。
その結果、市場経済の動向に無知な腹心官僚群が設計図を描き、銀行経営に経験の無い経営者に、その実行を引き渡すことになった。およそ、コーポレート・ガバナンスの確立など期待できなかった。中小企業向け地域金融の確立は、石原知事の選挙公約であったが、それを選挙戦術の口上に過ぎないと社内で喝破する経営幹部はいなかった。
 新銀行発足の2005年当時、地銀・信金・信組の淘汰再編が一山越えていた。首都圏では、都市銀行が地域金融に乗り出し、商工ローンを新たな収益源としてきた。公的資金の注入によって金融クライシスを乗り越えた既存金融機関が描いた新ビジネスモデルであった。
仁司氏は、「新銀行マスタープラン」に従い、事業拡大路線を進んだ。それが、石原知事の意向であると信じたからである。ところが、都官僚群は業績悪化を心配し、事業縮小に路線転換した。その対立の結果、2007年3月決算を発表した6月、仁司氏は‘更迭’(日経ビジネス2008年3月)された。(新銀行東京は、現在、仁司氏の刑事責任も追及するとしている。)
 後任には、皮肉にも、既存金融機関・りそな銀行取締役を経験した森田徹氏を招請したが、5か月間で退任した。次にいよいよ、銀行開設時の都・銀行設立本部長であった津島隆一元港湾局長が、代表執行役員に登場した。
 ここに至って、金融関係者は誰もが、都が新銀行東京の店じまいを目指すことになったと知った。知事腹心官僚群が打ち立てた初期経営フレームの完全破綻である。
 津島元港湾局長は、臨海再開発の膨大な第3セクター負債を、融資元金融機関と交渉し‘円滑に’処理した功績者であると、都庁の中では評価されている。また、都関係第一級格の港湾利権(調達と権益)支配の当事者でもあった。関係優良企業は、‘自主的に’新銀行東京からの融資を受けると期待されているのだろう。
 一方、都が秘かに進めた民間金融機関への売却交渉は、津島代表の威光をしても、外資系ファンドを含めすべて成立しなかった。冷厳な市場の法則が貫徹している。(貸出債権あるいは銀行全体の民間売却交渉は、津島代表の下で、その後も続けられている。売却が、唯一可能な店じまいの方法だからである。)

3.三位一体のたかり構造と新銀行東京の今後
 以上の状況を要約すると、
(1) 石原知事は、客観的な合目的性の無い政治的プロパガンダに、新銀行設立を使った。緊急の必要性があったにもかかわらず、中小企業向け地域金融政策の確立を阻害した。
(2) 周辺政治勢力は、ハイエナのように新銀行東京を食い散らした。企業コンプライアンスを一顧だにしないことを示した。
(3) 知事腹心の都庁官僚群は、客観性が無いと分かっていても、無理な計画を推進した。自らの勢力拡大と保身と名誉欲のためである。天下り組織の新たな確保が見込まれるため、 都官僚機構は、全体として、新銀行東京の新設を支持した。
の3項目になる。どれもが、自治体が本質的に持つ公共の役割を踏みにじった‘三位一体のたかり’であり、石原都政が持つ構造的欠陥の現れである。
 では、今後の展望はどう開くか?
 第一の視点は、新銀行東京とは離れた、中小零細企業融資のフレームを、都の手でつくることである。当面、制度融資を大幅に拡充し、少額事業融資は、都が原資を負担し、市区町村による直接融資も行う。また、社会的起業向けなどソーシャル・ファンド設立を、資金面でサポートすることも必要となる。
(栃木県の保守県政は、足利銀行の倒産・国有化に際し、地元企業向け制度融資の大拡充を図り、地域金融の空白を埋めた。その試みは現段階では成功している。これが実例!)
 第二の視点は、新銀行東京の機能と営業範囲を徹底的にスリム化することである。ビジネスモデルを樹立できない中で、市場に存在する必要性は無い。早い時期に(売却できなかった)貸出債権のみを管理する清算会社に転換する必要がある。
 第三の視点は、新銀行東京に対する情報公開を、徹底して求めることである。合わせて、4分の1以上出資団体への、地方自治法第199条で定める監査委員監査あるいは同第252条の27で定める個別外部監査によって、出資金(資本金等)棄損原因を調査させなければならない。
 現経営陣は、どうも、都の調達関係企業への融資獲得に焦点を当てているように思われる。優良貸出先の確保による利益計上を目指しているのだろう。しかし、政治的手法による行動は、官僚の発想である。金融という最もグローバルな商品には、経済的合理性が貫徹する。
 すでに、新銀行東京の中小企業向け融資は総融資額の5割を割った、といわれている。ますます都市銀など既存金融機関とのマーケット競合が激しくなる。すでにフルバンキング化を放棄し、事業縮小に進み始めた新銀行東京が、フルバンキング機能を持つこれら金融機関と競争する経営力量を持っていくのは困難だろう。

 前章で、知事腹心の官僚群がとった手法を3点あげた。
 その計画つくりは、知事腹心の大塚俊郎取締役会議長(元副知事)を中心にすすめられた。大塚氏は、局長時代から、知事の唱えた「銀行戦争」の現地司令官であったが、結局は、銀行新税(外形標準課税)も都運用資金のみずほ(都指定金融機関であるみずほ銀行)剥がしも、実益をもたらさなかった。今また、新銀行東京の再建に失敗したとして、だれも意外とは思わないだろう。閉鎖計画を、(津島代表執行役とともに)作成し、実行することにより、むしろリベンジに満足感を覚えるに違いない。
 来春の都議選に向けて、与党が、新銀行東京を(前回のように)集票装置に使うことは、まったく不可能になった。むしろ、争点隠しに狂奔するだろう。次に石原知事の夢想は、都庁官僚群によって逆の方向へ動き始めている。民間経営者はすでに去った。
 課題解決を具体的に考えるなら、もはや新銀行東京は消滅してもらうのが必然である。
実効的な中小企業振興への資金シフトに、東京都は全力をあげるべきである。
以上

 【出典】 アサート No.368 2008年7月30日

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【コラム】ひとりごと—「没落から逆転できるか」— 

【コラム】ひとりごと—「没落から逆転できるか」— 

○筆者は、榊原英資氏の本は基本的に買って読むようにしている。最近では「幼児化す日本社会」「日本は没落する」「政権交代」と出版されている。一番新しいのが、「没落からの逆転–グローバル時代の差別化戦略」である。○一連の著書に共通しているのは、日本経済と社会に対する危機感である。まさに没落の危機にあるとの認識が出発点である。○比較的文量の少なめなので、一読いただけたらと思うのだが、その中で、いくつかの論点を紹介してみたい。○要約するならば、著者の主張は、米英流の「普通の国」をめざすのではなく、日本の文化・伝統を大切にして、グローバリゼーション化の中での日本の特殊性を核にした発展の方向(差別化戦略)こそ、求められている、ということになる。○気になる論点をいくつか紹介してみよう。○差別化のキーワードを「和」とされている。日本の歴史において、国内で宗教戦争が起こらなかった要因として、少なくとも明治以前は、仏教と神道が並存し、さらに、この二つが権力者よりも高い精神性と権威を保持していた事を著者は指摘する。それが、平安時代の350年間、江戸時代の250年間の合わせて600年間国内戦争がない歴史を形成した。○ヨーロッパでは、民族間・宗教間の対立から戦火の絶えない歴史を持って来たこととの比較において、世界に類を見ないと。○さらに、富と権力の分離、分権システムなどが歴史的に形成されてきた事を日本社会の特徴とされている。まさに「和」のシステムの伝統を本来日本は持っているというのである。○これが、欧米列強の侵略の脅威の中であったとはいえ、明治維新によって、断絶され、当時の「普通の国」=「植民地主義・侵略国家」に変質、極端な排外主義・ナショナリズムが支配し、第2次世界大戦の敗北で、破綻したのである。○特に、司馬史観とも言われるが、幕末・明治初頭の政治指導者は良かったが、日清・日露から日本は変質していった、との議論に疑問を投げかけ、明治維新において、すでに破綻のレールは引かれていたのであり、その中身は「和」のシステムの放棄、中央集権主義、廃仏毀釈のような神仏習合の否定、極端な欧化主義と伝統の放棄だというのである。○著者は、「普通の国」に異議を唱える。アメリカ流の拝金主義を是とするグローバリゼイションに迎合した小泉・竹中路線にも厳しい批判をされる。軽軍備経済重視路線を基本に対米交渉をおこなった吉田・池田・宮澤などの本来の保守の本領について語り、これを忘れ対米追従の小泉や現自公政権を批判するのである。○さらに、アメリカ追随ではない積極的平和政策を掲げることこそ、世界の信頼を勝ち取る道であり、そのためには、明治の不平等条約改正問題以来、特殊な地位を与えられている外務省の解体とその機能を内閣府・官邸が担うこと、などを提言されている。○こうして、没落からの逆転のキーワードこそ「開かれた差別化戦略」であり、そのためのインフラである戦略・組織の改変が必要だと主張されるわけである。○日本経済と社会が、閉塞感と停滞に突入していく中で、保守の側からの危機感は深刻でもある。突破口を求める議論に対して我々の側もしっかりと受け止める姿勢が必要だと思われる。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.368 2008年7月30日

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【投稿】道州制論議が加速する中での都道府県の漂流 -橋下大阪府政の例-

【投稿】道州制論議が加速する中での都道府県の漂流 -橋下大阪府政の例-
                             福井 杉本達也

1.道州制論議の中での都道府県の位置
 今年に入り都道府県を廃止し、より広い行政単位に移行しようという議論が加速している。特に3月の政府の「道州制ビジョン懇談会」中間報告では2018年までに移行すると明記した。全国を10程度のブロックに分け、国・道州・市町村は相互に余り関与しない関係とし、市町村を基礎に「補完性の原理」であり方を考えるとしている。市町村は地域に密着した対人サービスなど(消防・福祉・小中高・住宅・下水など)を、道州は基礎自治体の範囲を越えた広域行政(広域公共事業・高等教育・雇用対策・警察など)を、国の役割については国家の存立および国境管理、国家戦略の策定、国家的基盤の維持・整備、全国的に統一すべき基準の制定とし、外交、安全保障、金融、通商などを限定列挙した。
これを受け、自民党の「道州制推進本部」でも6月12日までに全都道府県知事・議長のヒアリングを行っている。ヒアリング結果では、大阪を除く近畿5府県知事、東京都、富山・石川・福井の北陸3県知事など14都府県が道州制に慎重な意見を表明している(福井:2008.6.13)。特に大きな問題点は「補完性の原理」といいつつ、国と道州と市町村の役割が明確でないところにある。辻山幸宣氏は『月刊自治研』(2008.6)において、都道府県の役割について「都道府県政府はいったい何を使命として、誰によって設立された政府なのだろうか。何のためにこの世に生み出されたのか」(「都道府県改革の視点」)と書いている。
 元々、都道府県は国の統治機構の一部として発足し、戦後もGHQに解体されることなく「機関委任事務」という形で統治機構の実態が残されてきた。都道府県の事務の8割は機関委任事務といわれた。2000年の地方分権改革で機関委任事務制度は廃止されたが、意識としては国の「指示を受け」、市町村長に「指揮監督する」立場から抜け切れず、基礎自治体の「補完」?という『定位置を求めて』(辻山氏)漂流しているのである。
 
2.橋下知事は「小さな政府」志向の『貧乏神』か?
 大阪府の橋下知事は6月5日に、事務費・人件費の665億円削減などを柱とした「大阪維新プログラム案」を発表した。中身は、私学助成金の削減、国際児童文学館の廃止・ワッハ上方の廃止、ドーンセンター(女性総合センター)の補助金廃止、職員給与の削減・退職金の削減など、財政再建団体への転落回避を最優先するものである。
 プログラム案の「改革の基本姿勢」では、「将来世代に負担を先送りしません。大阪の未来のための布石を打ちます。」「府がこれまで実施してきた様々なサービスの水準や内容について、優先順位付けや、一定の見直しを行わざるを得なくなり…”少しずつのがまん”をお願いすることになります。」とし、「財政再建の考え方」では「平成20年度から、(1)減債基金からの借入れをしない、(2)借換債の増発をしない、ことを前提に「収入の範囲内で予算を組む」ことを徹底します。すべての事務事業、出資法人、公の施設についてゼロベースでの見直しを行うことにより…財政健全化団体にならないよう、財政構造改革に着手します。」と述べている。
  しかし、これだけでは「小さな政府」を志向する財政均衡論のドグマに犯された、単なる質の悪い『破産管財人』である。市町村ならば、サービスの質の高低差は別として、消防、福祉、学校、ごみ、水道、下水道など基礎自治体としてどうしてもやらなければならない、一律に削減することができない事業が必ず列挙される。「府」の立場でも、市町村が処理するには無理がある削減できない事務があるはずである。例えば、救急医療とか、雇用とか、治水に重点を置くとか。すべての事業を見直すというだけでは「府」としての存在意義は見えてこない。元鳥取県知事の片山善博氏も「この案から漏れ落ちている要素の一つは国だ。国の直轄事業負担金は手付かずで聖域化している。…国にしても議会にしてもうるさいところは素通りして、ものを言いやすいところに負担増を求めている」(朝日:2008.6.9)と批判的コメントをしている。
 
3.淀川水系などの国直轄事業に切り込めるか?
 6月15日付けの朝日新聞によると、国直轄事業負担金は国の道路や河川の整備費用の一部を地方自治体に負担させる仕組みで、今年度の大阪府の負担額は410億円を超える。負担金は法律で決められが、河川整備計画については、1997年の河川法の改正で「住民意見の反映」することとさている。大戸川ダム(大津市)など淀川水系4ダムの整備について「淀川水系流域委員会」(宮本博司委員長)はダムの治水効果に疑問を呈し、見直しを求める意見書を出している(日経:5.12)。橋下知事は4月・6月に流域委員会の意見を聞いているが、「大阪だけのことだけを考えたら『ダムは要らない』と言えるが、京都や滋賀があふれるならば被害を防ぐためにダムは必要なのか」(毎日:6.7)と微妙に揺れる発言をしている。委員会の意見を尊重して、国の聖域に切り込むことができるかどうかで、橋下知事の顔がどちらを向いているかが判断されよう。
 
4.都道府県は河川管理を担えるか?
 5月28日、「地方分権改革推進委員会」は国の管理する道路や一級河川の一部の整備・管理移譲などを明記した第一次勧告を行った。例えば北陸では富山県の黒部川・常願寺川、石川県の手取川などの名前が上がっている。このうち、常願寺川は標高差2661mに対し、川の延長は僅か56kmという、わが国屈指の急流荒廃河川であり、明治時代のお雇い技師のデ・レーケは、「これは川ではない。滝である。」と言ったと伝えられている。1852年に起こった飛越地震で立山カルデラの火口壁が崩れ落ち、常願寺川上流部の真川、湯川をせき止め、大小の湖を作った(今回の岩手・宮城内陸地震の斜面崩壊のように)。その後、立山カルデラから大量の土石流が発生し、富山平野に押し寄せ、死者は140人、負傷者が8,945人という大被害をもたらしている。元々加賀藩であった流域の富山県西部はこのように昔から水害に悩まされ、明治時代に一時期石川県に編入された際に水害対策への不満から旧越中国の住民から分県運動が起こり、再び富山県に編入された歴史を持つ。
 河川は洪水時と通常時では全く様相を異にする。3・4年の期間で異動を繰り返す技術者では手に負えない。少なくとも10年・20年と同一河川を見続け、河川の性質を知り尽くした技術者を養成しなければならない。「自民党地方分権改革推進特命委員会」では「河川管理を(都道府県)に移したら、災害の時に心配だ」という異論が噴出した(朝日:6.19)。しかし、武田信玄の釜無川(山梨県)の例や、加賀藩の手取川・常願寺川の治水の例を挙げるまでもなく、江戸期以前においては、現在の県単位程度の『藩』が治水の責任を負っていたわけであり、本気で地方分権を進めるのであれば、都道府県は河川管理の一部を担う「気力」が必要であろう。
 
5.道路特定財源をめぐる都道府県のドタバタ劇
 2~5月にかけ道路特定財源をめぐって国でも地方でもドタバタ劇が繰り広げられた。全国の自治体の首長で、暫定税率の廃止及び一般財源化に反対しなかったのは広島市長など6自治体しかなかった。知事は全てが廃止・一般財源化反対であった。地方分権とは名ばかりで、あまりにも中央集権的な実態をこれほど明確にしたものはない。もちろん、今年度の予算は組んだものの、暫定税率分の税収が入らない・交付金がこないので道路工事が始められないという当座の考えは分からないこともない。しかし、全くの「無思想」ではどうしようもない。
 2006年度の道路予算では軽油引取税など道路特定財源の歳入が2.2兆円、これに一般財源1.8兆円を継ぎ足して、総額4兆円の地方道路予算である。このうち国直轄事業負担金が1.7兆円、地方単独道路予算は2.3兆円である(週間ダイヤモンド:2008.3.22)。既に、特定財源と同規模の一般財源を継ぎ足しているのである。どうして一般財源化に反対するのか、首長からは結局明確な答えを聞くことはなかった。暫定税率の維持ではさらに「思考停止状態」である。なぜ、一般財源化して暫定税率の維持なのか。道路建設を促進するための暫定税率を上乗せしたのである。一般財源化すれば道路だけに使うのではないから上乗せの根拠はない。そのような子供にでも分かる理屈をどの首長も一言も触れず、ただひたすら霞ヶ関に陳情を繰り返すだけであった。本当に財源が足りないのであれば、首長は住民に財源が足りないと説得すべきである。
 自ら財源の手当ての努力もせず、自らの本来的な役割も定められない自治体は廃止されるしかない。しかし、その延長線上での道州制は戦前の内務省体制の復活である。橋下知事は「均衡財政」を振りかざし「府」の地方自治体としての内実を完全に掘り崩すことによって国交省地方整備局などの国の出先機関に権限を集中し、内務省型道州制への道を開こうとしているようも見えるが、うがった見方であろうか。

 【出典】 アサート No.367 2008年6月28日

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【呼びかけ】大阪府労働情報総合プラザを守ろう!

【呼びかけ】大阪府労働情報総合プラザを守ろう!

 ただただ大阪府の財政再建のみに突き進み、なりふりかまわず弱者や文化を切り捨てる橋下知事の財政再建案は、この間培ってきた府民の、いや全国の労働者全体の貴重な財産をもぶっ潰そうとしている。
 府立労働センター(エル・おおさか)内にある社会・労働関係の専門図書館「大阪府労働情報総合プラザ」は、人事・労務管理の実務書、労働関係の専門書などの図書約2万5000冊、新聞や「労働判例」などの雑誌1万8000冊をそろえ、労組関係者、研究者、労務担当者等が利用している。この図書館には、労組・NPOの機関紙、企業の広報誌などの資料約4万5000冊も保存されており、近江絹糸労組のガリ版刷り職場新聞や大阪春闘共闘資料など貴重なものも多い。総評大阪地評や大阪同盟が保存していた資料はそっくり受けついでおり、公立図書館や研究機関にもない希少性の高い一次資料が豊富にある。
 もともとこの図書館は府の直営であったが、2000年に(財)大阪社会運動協会に運営を委託し、資料室を「大阪社会運動資料センター」として公開したり、インターネットで蔵書検索をできるようにしたりして、少ない職員で利用者を4倍に増やしてきた。ある意味、効率化の優等生であるこの図書館を、6月5日に発表された橋下財政再建案「維新プログラム案」は7月末で廃止とし、予算には文書整理料111万円と書籍廃棄料21万円のみが盛り込まれようとしている。私たちのとって宝の山であるこれらの資料も橋下知事にとってはただの「ゴミ」でしかないのだ。この件でも彼の価値観がよくわかる。
 このような、労働運動の貴重な財産を廃棄・散逸させてはならない。現在、「大阪の社会・労働関係専門図書館の存続を求める会」がインターネット署名運動を行っている。(http://rodoshomei.web.fc2.com/)
 また、6/13~7/14に行われるパブリックコメント「『大阪維新』プログラム(案)に対する府民等の意見・提言の募集」にコメントを送って、府議会へ向けてプラザの存続をアピールしている。(https://www3.shinsei.pref.osaka.jp/ers/Uketuke/Form.do?tetudukiId=2008060006)
 さらに、労働運動団体も存続に向けて大きく協力をすべきであろう。読者の皆さんの持ち場でのご協力をよろしくお願いします。
(若松一郎)

 【出典】 アサート No.367 2008年6月28日

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【投稿】岩手・宮城内陸地震が警告したもの

【投稿】岩手・宮城内陸地震が警告したもの

<<「発生確率0%」の直下型地震>>
 5/12に発生した中国・四川省大地震の記録映像かと思わず錯覚しそうな、崖崩れどころか、山崩れそのものといった映像が、日本の東北地方で現実に展開された。道路の寸断、橋の崩落・損壊、巨大な地滑り・落石、土砂崩れ、土石流が山間地域、市町村、温泉宿を急襲した。6/14の「岩手・宮城内陸地震」である。震災ダム決壊の恐れも四川大地震と同様である。地震は震源の深さ8キロ、規模がマグニチュード(M)7・2と推定されている。内陸部の直下型の地震であり、1995年1月の阪神大震災や昨年7月の新潟県中越沖地震などと同じタイプの地震である。
 今回の震源地付近、岩手県南部の奥羽山脈と北上盆地の境界には、奥羽山脈を持ち上げるような逆断層が南北に走っており、付近の主な活断層として、北上盆地の西側にある「北上低地西縁断層帯」については、政府の地震調査委員会が長期評価の対象にしてきたものである。しかし地震調査委員会は2001年6月に、北上低地西縁断層帯全体でM7.8の大地震が起きると予測していたが、30年以内の発生確率はほぼ0%と評価していたものである。さらに震源付近には、この断層帯の一部を構成する出店(でたな)断層帯(長さ約24キロ)があるが、岩手県が、政府の交付金でおこなった活断層調査でも、同断層で想定される地震の規模はマグニチュード7・3だが、300年以内に発生する確率はほぼ0%と評価していた。しかしこうした評価は現実によって完全に覆されてしまった。活断層調査の不徹底と限界を誰の目にも明らかにしたといえよう。
 東北地方は、太平洋側から太平洋プレートが、日本列島が乗っている「北米プレート」の下に沈降する、東西に圧縮される力が常に働き、ひずみが蓄積され、地下の断層を動かし、海岸部のみならず、内陸部であっても、しばしば地震が発生してきた地域である。その意味では今回の内陸直下型の地震は、日本全国どこで起きてもおかしくはないタイプのものでもある。

<<史上最大級の揺れ>>
 現実の岩手・宮城内陸地震を起こしたとみられる断層は、付近にある活断層「北上低地西縁断層帯」とは離れた位置にある、いわば「空白域」の中の「未知の断層」であるが、それが震源地の南北15キロにわたって地表に現れ、50~80センチの段差で、西側の地盤が東側の地盤に乗り上げる形で地表が変動しており、場所によっては断層のずれが、最大で垂直方向に約3メートル、水平方向に約4メートルにも達しており、地下では長さ30キロ幅10キロ前後の断層が動いたと考えられている。片方の地盤がもう片方に乗り上がる「逆断層型」というタイプの地震であった。
 しかもその揺れの強さは、史上最大級を記録している。震源に近い岩手県一関市西部で、瞬間的な揺れの強さを示す最大加速度が、これまでの観測史上最大の4022ガル(ガルは加速度の単位)を記録していたという。国内の地震で、4000ガルを超える加速度が記録されたのは初めてである。これまでの記録は、気象庁が2004年10月に新潟県中越地震で観測した2515.4ガルが最大であった。
 2006年3月24日の金沢地裁判決は、「電力会社の想定を超える地震動が原子炉の敷地で発生する具体的な可能性があるというべきだ」と認定して、「北陸電力は、志賀原子力発電所2号原子炉を運転してはならない。」という画期的な判決を出したが、その判決の中で、「我が国において、過去の地震活動性が低いと考えられていた地域で大地震が起こった例が珍しくはない上、むしろ従前地震が起こっていない空白域こそ大地震が起こる危険があるとの考え方も存在する。・・・原子炉敷地周辺で、歴史時代に記録されている大地震が少ないからといって、将来の大地震の発生の可能性を過小評価することはできない。そうすると、被告が設計用限界地震として想定した直下地震の規模であるマグニチュード6.5は、小規模にすぎるのではないかとの強い疑問を払拭できない。」と述べていた、その強い疑問が、今回またしても的中してしまったのである。

<<28.1ガルの揺れでも>>
 今回のような直下型地震が、山間部ではなく、人口の密集した都市部で発生していたら未曾有の大災害を引き起こし、想像を絶する被害を受けていたであろうとことは言うまでもない。しかしそれ以上に身の毛がよだつのは、もしこうした直下型地震が原発立地や六ヶ所村再処理工場などを襲っていたとすれば、日本のみならず、取り返しのつかない全世界的人類的大災害を引き起こしていた可能性が極めて大きいということである。
 今回の地震に関しては、東北電力によると、女川原発(宮城県)2、3号機に異常はなく、地震後も通常通り運転中という。同1号機と東通原発(青森県)は定期点検中で運転していなかった。そして東京電力によると、福島県の福島第1原発(双葉町、大熊町)、福島第2原発(富岡町、楢葉町)も、通常通り運転を続けているという。いずれも海岸部に位置し、揺れも影響も軽微だという。女川原発で観測された地震の最大加速度は57.1ガル、東通原発で5ガル、福島第1原発で33.1ガル、福島第2原発で28.1ガルであったと発表されている。また原子力安全・保安院の発表によると、その他の近隣の原子力関係施設、日本原燃(株)六ヶ所再処理施設、濃縮施設、埋設施設には警報の発報はなく、六ヶ所再処理施設の使用済燃料貯蔵プールにおける水の飛散も確認されておらず、JAEA東海再処理施設、原子燃料工業東海事業所、三菱原子燃料でも警報の発報はなく、JAEA東海再処理施設の使用済燃料貯蔵プールにおける水の飛散も確認されていないという。
 しかしそれでも福島第2原発の建屋内では放射性物質を含む水の飛散が計5カ所で発生している。飛散が見つかったのは、4号機原子炉建屋5階(使用済燃料プールの1階下)通路での飛散、原子炉内で中性子計測などに使った部品を一時保存するサイトバンカ建屋2階の固体廃棄物貯蔵プールの周辺で7箇所の飛散(合計約14.8リットル、放射能量約29万ベクレル)、サイトバンカ建屋2階のピットの底部内に水溜まり約1リットル(放射能量約7,110ベクレル)、2号機原子炉建屋4階東側通路空調ダクトの下への飛散、である。いずれも放射線管理区域内で、放射性物質の外部への漏えいなどはないという。28.1ガルの揺れでもこれほどの放射性物質の飛散が発生しているということに驚きを禁じ得ない。海岸部でも今回と同じような直下型地震が発生する可能性はきわめて高く、4000ガル前後の激しい揺れがこうした原子力施設を直撃した場合、施設そのものの崩壊まで覚悟しなければならないであろう。

<<「断層隠し」「断層刻み」>>
 今年の3月31日までに、東京、東北、四国、中国、関西電力など全12事業者が、原発の新耐震指針に基づいた耐震性再評価に関する中間報告を経済産業省原子力安全・保安院に提出している。それによると全12事業者が「揺れ想定」を軒並み引き上げ、想定される最大地震の揺れの強さ(加速度)である「基準地震動」を1・2~1・6倍に引き上げると発表し、それでも現状のままで耐震性に問題はないと説明している。
 ところが今回の調査で新たに明らかにされた中には、高速増殖炉「もんじゅ」の直下数キロや横数百メートルに、昨年の新潟県中越沖地震並みの地震を起こす恐れのある活断層が走っており、「もんじゅ」の直下1キロには別の活断層も存在していることが原子力事業者自身によって確認されている。活断層が原発敷地内に存在することが明らかになった日本原子力発電の敦賀原発(福井県)についても、従来は耐震性の検討対象にしていなかった敷地内の断層を、長さ約25キロでマグニチュード(M)6・9の可能性がある活断層と認定せざるを得なくなった。北海道電力の泊原発は、原発30キロ圏内を含む五カ所の活断層を新たに評価対象に加え、九州電力の玄海原発は、旧指針の断層が4カ所から8カ所に増加し、中国電力の島根原発は、原発近くの活断層を10キロと過小評価していたものを22キロに再評価せざるを得なくなった。関西電力の美浜原発についても、いくつもの断層を細切れにして影響はないとしていた断層を15キロと11キロの活断層として新たに認定し、上下の2つの断層が同時に動いた場合を最大地震の揺れとして評価せざるを得なくなった、等々、これまでの「断層隠し」や、影響を過小評価させるための「断層刻み」など、これまでの官民一体のごまかしの実態が露呈されている。

<<原発急襲を前提にした議論>>
 今回の再評価・見直しの実態は、柏崎刈羽原発直下の岩盤で1000ガル近い揺れを観測しているのに、最大想定で浜岡原発の800ガルにとどまっている。東北関係では、
女川     想定宮城県沖地震(M8.2) 580(←375)ガル
福島第1   敷地下方の地震(M7.1)  600(←370)
六ケ所再処理 出戸西方断層(M6.5)   450(←375)
といった見直しでしかない。
 これまで東北地方では、宮城県沖や三陸沖で数十年おきに繰り返し起きるプレート境界直近の海溝型の大地震への警戒が地震対策の中心にすえられてきていたが、今回の「岩手・宮城内陸地震」は、地震発生のメカニズムは同一だとしても、発生形態はまったく別の内陸直下型地震であり、震源域が浅ければ浅いほど、断層の隆起、沈降、横ずれ、移動が直接甚大な被害をもたらすことを明らかにしている。
 しかもこの内陸直下型地震は、これまでの従来から知られていた活断層以外の、これまでいわばなおざりにされてきた「空白域」で突如発生する可能性が大であるという、発生周期も不明で予測が非常に難しく、したがって対応策も設定しづらいという問題を投げかけている。「未知の活断層」、内陸直下型地震が原発直下や六ヶ所村再処理施設や濃縮施設、埋設施設を急襲する現実的可能性を前提にした議論、調査、対策こそが真剣に求められている。
 しかしこれは東北地方に限られた問題ではなく、日本列島そのものがプレート同士がせめぎ会う境界域の真っ只中に存在している以上、こうした内陸直下型地震が日本列島のどこにでも発生しうることを明らかにしている。
 福田首相は「まるで『山が動いた』かのような大きくえぐれた崖崩れの跡、・・・上空から目の当たりにした被害の状況に、今回の地震のすさまじさを改めて実感しました」(6/19付け福田内閣メールマガジン)と述べているが、一時しのぎの捜索活動と復旧活動を語るのみで、「地震のすさまじさ」から当然導き出すべき、真の危機管理対策にとって最も決定的な「原発震災」については触れようともしていない。原発政策の根本的見直し、全面的撤退政策への転換こそが求められているにもかかわらず、この点では、与野党共に実に鈍感であり、現状追随的でさえある。今回の岩手・宮城内陸地震は、こうした事態を放置している現状に対して、重大な警告を発したものと言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.367 2008年6月28日

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【投稿】不透明な「拉致問題解決」へ

【投稿】不透明な「拉致問題解決」へ

6月13日、日本政府は、前日まで北京で開催されていた日朝公式協議において、北朝鮮が①日本人拉致事件について再調査を行うこと、②「よど号ハイジャック犯」の引き渡しに協力することを表明したと報じた。また、それに伴い経済制裁の一部を解除することも併せて明らかにした。
これを待っていたかのように、アメリカのライス国務長官は18日、シンクタンクで講演し、まもなく北朝鮮が中国に対して、核計画に関する申告書を提出する見通しである、として、それを受け、テロ支援国家指定解除と対敵国通商法による経済制裁解除を、議会に通告する意向を明らかにした。
日本政府は「拉致問題解決なしの核問題解決」という「煮え湯を」飲まないため、「拉致問題解決」を取り繕うのに必死となっている。これまでも何をもって拉致問題の解決とするのかは、政府与党、運動体の間でも曖昧だったが、今回は皮肉にもそれが功を奏した形となった。「拉致被害者の全員帰国」を解決としていたなら、今頃は完全に立ち往生しているところである。
政府は、「進展」「前進」という言葉を使い分け、自らハードルをどんどん下げながら、テロ支援指定国家解除の効力が発生する議会通告後45日前後に発表されると予想される、北朝鮮の拉致再調査結果をもって事実上の「解決」とせざるを得なくなっている。
これは、日本政府、とりわけ小泉、安倍政権が拉致事件を政治利用し、拳を振り上げ駆けのぼったところが、アメリカに梯子を外されてしまった、ということである。したがって小泉、安倍の尻拭いをしているつもりの福田としては、多少の無理は我慢しろ、ということなのだろう。
しかし、このような動きは、拉致被害者家族はもとより、安倍晋三ら拉致問題強硬派には我慢ならないことであり、「福田応援団」の山崎拓らの動きを激しく批判している。
この前総理と元副総裁の場外乱闘は、政府・与党内の混乱に拍車をかけている。当初は再調査着手をもって経済制裁の一部解除方針を示していた外務省も、高村大臣が22日テレビで「再調査は日本による検証が必要」とのべ、次回日朝協議で北朝鮮が日本の関与に合意して初めて、制裁の一部解除に応じると軌道修正した。
また斎木アジア大洋州局長も19日、ヒル国務次官補と会談し、拉致問題が進展しない限り、テロ支援国家指定を解除しないよう求めた。
しかし、現在の日米両政府のスタンスでは、これらは時間稼ぎ、アリバイづくりにしかならいだろう。核廃棄という第3段階にいたる、「平壌の45日」の幕は間もなくあけるが、日本は脇役でしかないのである。(大阪O)

【出典】 アサート No.367 2008年6月28日

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【本の紹介】「金融権力」 本山美彦著 岩波新書

【本の紹介】「金融権力」 本山美彦著 岩波新書 2008年4月

 本書は、サブプライム問題により顕在化した金融危機について、1990年代以降に急速に肥大化したアメリカの金融ビジネスの構造を解明し、その歴史・理論を明らかにし、新たな金融のあり方まで提起する読み応えのある新書である。
 筆者は、「売られ続ける日本、買い漁るアメリカ」(ビジネス社2006年3月)、「格付け洗脳とアメリカ支配の終わり」(ビジネス社 2008年3月)を相次いで出版されている現大阪産業大学経済学部教授の本山美彦氏である。

<金融権力とは何か>
 かつてアメリカには、軍産複合体と呼ばれる支配構造が存在したと言われる。冷戦終結後は、軍事分野に替わって、金融経済分野でアメリカの世界支配が目標になった。それが、金融複合体=「ウォール街・IMF・ワシントン複合体」である。「ワシントン・コンセンサス=資本の自由な国際的移動こそ、世界の経済社会を繁栄させるという信念を共有して、資本の国際的自由化を進めることをめざす政治経済的合意を指している。しかし、そうした自由化措置は世界中に投機的経済を広めてしまった。(J・バクワッチ)」
 「金融複合体は、社会的に必要なものを作り出す「しもべ」ではなく、金儲けをするための最高の「切り札」に位置づけてしまった。その結果、自由化の名の下に、人々の金融的欲望を解放してしまう金融システムが作り出されてしまった。カネがカネを生むシステムがそれである。そうした金融システムが、現在、「金融権力」として猛威をふるっている」と筆者は言う。

<サブプライム問題が明らかにしたもの>
 昨年来吹き荒れるサブプライム・ショックは、こうした金融複合体が牽引してきた金融ビスネスの破綻でもある。「リスク理論」「デリバティブ」「先物取引」など、現物生産を伴わない金融ビジネス理論が生み出した「信用不安」の根は余りにも根深い。
 住宅バブルを背景とし、住宅価格上昇を不変の前提に、低所得者向け住宅融資は2000年を前後して膨れ上がった。初当選したブッシュ・ジュニアの持ち家政策強化も拍車をかけた。その貸し倒れリスクをローン債権の証券化により分散させ(ABS)、投資会社に販売する。この時点で、住宅ローン会社のリスクは回避される。(そのため、悪徳ローン会社の無理な販売を加速させた。そして住宅価格上昇により、低所得者はローンを借換を繰り返し、消費に廻していた)。証券化されたローン債権(ABS)を複数組み合わせて、切り分け、CDO(債務担保証券)として販売する。格付けの高い担保証券と組み合わされることで、「リスクは分散された」に見えたのである。しかし、2006年夏、住宅価格の下落が引き金に、暴落が始まった。2007年10月時点で、1兆3000億ドルも、サブプライム関連の債権が発行されていた。少なくとも3500億ドルがデフォルト状態にあったと言われている。2008年3月には巨大証券会社リーマン・ブラザーズが破産の瀬戸際まで至るのである。
 
<金融ビジネスの理論・歴史>
 本書では、第3章「リスク・テイキングの理論」と第4章「新金融時代の設計者たち」において、いわゆる金融工学に行き着いた理論家とその実践者達が描かれている。
 ハリー・マーコビッツの「ポートフォリオ選択」、ロバート・コックス・マートンの「ブラック・ショールズモデル」(1973)は、リスクを避け得るポートフォリオ構築の可能性を明らかにしたと言われる。そして、ノーベル経済学賞を受賞するMM理論のマートン・ミラーなど。
 更に、通貨先物市場の創設の立役者・レオ・メラッド。戦後、反マルクス主義・反ケインズ主義の立場から、市場経済と開かれた社会の促進を目的とする国際組織「モンペルラン協会」。これらに共通するのは、国家による規制を排除した完全市場が人間を幸福にするとも言うべき徹底した市場主義というものであろうか。
 私にとっては、聞きなれない人々ではあるが、アメリカの金融工学なるものがこうした経済学者や投資理論・実践者によって構築され、またサブプライム問題が準備され、そして破綻したということである。
 筆者は言う。「現在の人間生活に恐ろしい脅威を与え続けている金融システムに対抗するためには、まず、システムを支配する新自由主義のイデオロギーから私たちは自らを解放しなければならないと訴えたい」と。
 
<リスクビジネスのはてに>
 低所得者に貸付られた過剰なローンが、「証券化によるリスク分散」の魔法により、安全な債権とされ、ハイリターンを求めてアメリカのみならず欧州・日本の金融機関がそれに莫大な投資を行ってきた。それがデフォルトを起こした。証券化が過剰貸付を生み出し、破綻したわけである。
 第5章「リスク・ビジネスのはてに」では、証券化金融の歴史について分析が行われている。その起源として筆者は、1980年代のメキシコ危機に対してアメリカ政府がとった手法だと指摘する。
 そして、「サブプライムローン問題を引き起こした極めつけの原因は、世界的な過剰金融にある。それがアメリカの新金融商品に飛びついたからである」。サブプライム問題での最初の焦げ付きは、欧州で起こっている。過剰金融の原因のひとつが、低金利政策でもある。ITバブル崩壊後、FRBグリーンスパン議長時代から低金利政策が取られており、市場には資金が溢れていた。ドルに対して相対的に低金利であった円も、キャリートレードを活用されて、投資資金を世界に供給してきたのである。
 さらに、筆者はサブプライム問題によって、ドル体制の低下、資源国の台頭など国際金融地図に大きな変化が生じていると指摘する。「このようにサブプライム問題は、単にアメリカに経済停滞をもたらし、それによって世界経済を不況に追いやること以外に、金融の世界地図を塗り替えつつあるという側面のあることを世界に示した。このことの世界経済に与える衝撃は巨大なものである」と。
 
<金融権力に抗するために>
 最終章では、金融権力に抗するために、生産・地域・人間と結びついた金融のあり方について問題提起をされている。
 プルードンの人民銀行、バングラディッシュのグラミン銀行、NPO銀行、イスラム金融、ラテン・アメリカの「南の銀行」などが紹介されている。そして、ESOPと言われる「従業員への税制優遇自社株配分制度」である。アメリカで発展しているESOPは、従業員に積極的に企業活動に関わってくれることを意図する一種の従業員報酬制度であり、日本では三洋電機のみが導入しているという。経済同友会なども導入を提言しているが、それは企業買収防止策に重点が置かれているなど、本来のESOPではないと言われる。
 そして「いま求められているのは「自由」の美名の下で金融ゲームに走る金融権力をいかに制御するのか、という社会の知恵である。」と結論付けられている。
 
<格差社会を作った金融権力>
 長期金融から短期金融へ、間接金融から直接金融へ、とマネーゲームを進めてきたワシントン金融複合体。その日本への影響が顕著になるのは、1998年であろうか。この年、日本では、山一證券、日本長期信用銀行などが相次いで破綻した。もちろん、経営危機の原因は、バブル経済下での過剰投資であったわけだが、最後のボタンを押したのは、BIS規制やアメリカの金融権力からの圧力であったと言われている。間接金融と長期金融は、長期雇用や生産活動重視という日本の金融経済の基礎でもあったわけで、これ以後、日本経済は、金融・経済において新自由主義が跋扈することになる。株主価値を向上させる経営者には莫大な報酬を与え、労働者は出来るだけ安く雇用し、非正規雇用を増やし、貯金より投資だと、政府もこれを推奨してきたのである。まさに格差社会を根底から生み出してきたのは、金融権力ではないか、これが本書を読んだ私の実感である。是非一読願いたい。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.367 2008年6月28日

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【投稿】中国・四川大地震が投げかけたもの

【投稿】中国・四川大地震が投げかけたもの

<<阪神大震災の30倍>>
 5/12、中国・四川省で発生した大地震の規模、エネルギーは、マグニチュードで8・0に達し、その破壊力は、阪神大震災の30倍にもなるという。震源から1500キロも離れた北京で高層ビルが揺れるほどの地震であった。未曾有の震災被害に対する世界的な人道支援、救援・連帯・協力が要請されている。
 今回の地震は、四川省を走る長さ三百~五百キロメートルに及ぶ竜門山断層の一部が動いて発生したとみられているが、四川・雲南地震活動帯とよばれ、ユーラシアプレートとインド・オーストラリアプレートがぶつかり合い、エベレスト山系を含むチベット高原を形成し、ひずみがたまって地震が多発する地域であり、過去にもたびたび、マグニチュード7レベルの大地震が発生してきた地域であったという。ユーラシアプレートは、プレート運動によって東へ動き、年間四~六ミリメートル程度のひずみが蓄積され、過去数百年間に七、八回の相当規模の被害地震が起こってきた地域であった。さらにさかのぼれば今回の大地震よりもさらに大規模な地殻変動が発生していたはずである。
 まさに、地球表面上の大陸は、それぞれのプレートとして地球内部の定常的な対流運動に照応して、その動きに乗って移動している、そしてプレート同士がぶつかり合う境界部では、ぶつかり合うエネルギーが上昇・移動・沈降として発散され、造山運動、列島形成、火山、断層、地震等の種々の地殻変動を発生させるという、1960年代後半に確立されたプレートテクトニクス理論を実際に証明するものでもあった。
 その意味では今回の大規模な地震は、特殊で、他の地域ではありえない、発生し得ないといった希望的な観測や予測を根底から打ち砕くものでもあったといえよう。とりわけ日本列島は、ユーラシアプレートが日本海東部、本州中部(フォッサマグナ地域)にかけての長いラインで北アメリカプレートと接して活動しており、また、相模トラフから南海トラフ、南西諸島海溝、フィリピン海溝にかけての海域ではフィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈み込み、錯綜しているきわめて危険な地域であり、地震・断層・地殻変動の多発地帯でもある。四川大地震を上回る地殻変動でさえ想定しなければならないであろう。
 ところが、そうした活断層上の真上ないしは直近に敦賀原発、美浜原発、新型転換炉「ふげん」、高速増殖炉「もんじゅ」、大飯、高浜原発、島根原発、柏崎刈羽原発、女川、福島第1、第2、浜岡、志賀原発が、そして六ヶ所再処理工場が存在していることが明らかになっている。今回の地震で最も肝を冷やしたのは、こうした原発関係者であったであろう。今回の四川大地震級の地震が発生すれば、阪神大震災の30倍にも達する破壊エネルギーである、こうした原発や再処理工場、核廃棄物貯蔵施設など核関連施設はひとたまりもなく破壊され、全世界に膨大な放射性物質を撒き散らし、制御し得ない核事故を誘発し、日本発の原発震災によって、取り返しのつかない全地球的・全人類的被害・災害をもたらすであろうことは間違いがない。昨年7月の中越沖地震・柏崎刈羽原発被災はまさにその一歩手前であったことを示している。経済産業省原子力安全・保安院によると、「断層が直下にあるような原発は、日本以外、世界のどこにも無い」(4/4、衆院内閣委政府答弁)という異常な事態を日本は抱えている。現実に想定可能な原発震災を目前にして、事態を放置し、震災発生後に「原子力発電は地球温暖化阻止に貢献する」はずであった、「到底想定し得なかった」、「史上初めての事態であった」などといって言い逃れできる筋合いのものではない。事態の深刻さを真摯に受け止めるならば、すべての原発、核関連施設から日本は早急に撤退することこそが第一義的義務である。

<<核汚染防止問題専門家の派遣>>
 ところで今回の四川大地震で、中国の核関連施設はどのような状況にあったのであろうか。今回の震源の近くには、成都に大規模ウラン濃縮施設(建設中)、綿陽に「核物理・化学研究所」を含む「中国工程物理研究院」(核兵器研究開発製造施設)、震源地の北東約270キロの広元にはプルトニウム製造用の原子炉を持つ「プラント821」と名付けられた中国最大のプルトニュウム製造施設が存在するといわれる。さらに綿陽には核兵器を担当する部隊が駐屯しているという。綿陽や広元でも死者数が、数千人以上に達しており、心配されるところである。
 フランスの核監視団体「放射能保護および核安全のための機構」が5/13(現地時間)、四川省の周辺にある核施設(4、5カ所)は無事であり、「まだ安心はできないが、地震の影響を受けた地域にある核施設から放射能が漏れる可能性は極めて少ない」と発表している。また、5/16付の米紙ニューヨーク・タイムズは、中国四川省で起きた大地震で、米国がスパイ衛星を使って、地震による影響で同省の核兵器製造施設から放射能が漏れている兆候がないかどうか監視していると報じ、米政府当局者の話として、現時点では懸念される兆候はないとしている。
 中国当局自身の動きとしては、中国環境保護省が5/14までに、四川大地震を受け核汚染防止対策を取ることを決定、李幹傑次官を中心に核安全局担当者や汚染防止問題の専門家を四川省の被災地に派遣したと発表した。大規模な地震で核施設が破損、放射能漏れなどがないか調査し、汚染防止対策に努めるためとみられる。環境保護省はまた、四川省や甘粛省、青海省、陝西省など内陸各地区に緊急通知を出し、核施設の状態について厳重に調査し、放射能漏れなどがないよう全力を挙げるよう求めた(共同通信 2008.5.14)、と報じられている。四川省以外に甘粛省、青海省、陝西省など内陸各地区に緊急通知を出さなければならない核施設が存在し、核汚染防止対策を取る必要があることを明らかにしている。
 さらにまだ安心できないのは、大規模ダム決壊の恐れである。今回の大地震で四川省にある6千余りあるダムの内、803のダムで亀裂が入ったり水がもれたりして決壊の恐れがあることが5/17、地元当局者の話でわかっている。地震による山崩れが川をせき止めてできた「土砂ダム」が四川省内だけで21カ所あることも判明しており、強力な余震がまだ続いており、雨が降り続けば決壊の恐れはさらに高まる。震源地に近いブン川(ぶんせん)県にある紫坪鋪ダムにはすでに多数の亀裂が入り、被災者救済本部のある都江堰(とこうえん)市が水没する恐れさえ指摘されている。こうしたダム決壊が広がれば、核関連施設にも当然被害が及びかねないであろう。二次災害・三次災害を防ぐ強力な対策、国際的救援・支援体制が不可欠である。

<<問われる中国の原発政策>>
 中国の原子力政策それ自身も今回の大地震によって大きく問われよう。
 中国では現在、四つの原発、秦山原子力発電所(5炉)、大亜湾原子力発電所(2炉)、嶺澳原子力発電所(2炉)、田湾原子力発電所(1炉)が稼動しているが、いずれも中国東部海岸沿いであり、今回の地震地域からは離れている。しかし原発を稼動させれば当然、原発それ自身の危険性以外に、放射性廃棄物の処理という最も厄介な問題に直面せざるを得ない。放射性廃棄物の地下埋蔵は、膨大なコストを要しながら、長期的、半永久的に環境破壊と地震破壊の危険性におびえなければならない。中国は、すでに中低放射性廃棄物の処理場を、甘粛省玉門と広東省北竜の2カ所に建設しており、さらに高放射性廃棄物処理場を甘粛省の北山に建設する予定だという(「北京週報日本語版」07/9/25)。甘粛省は四川省の北側に位置しており、震源にも近く、放射性廃棄物の地下埋蔵は危険極まりなく、懸念されるところである。
 地震の二ヶ月弱前の3/23、新任の国家能源局の張国宝局長は、中国の今後の原子力開発の指針を示し、中国のエネルギー構造の調整における優先選択肢として原子力発電の発展に力を入れていくと述べ、「中国で稼動している原子力発電所の発電設備容量は現在約900万キロワットだが、全発電設備容量に占める割合は1.3%と非常に低い。我々は原子力発電の中長期発展計画を調整し、2020年までに原子力発電の割合を5%以上とするよう努力する」と述べている。その二日後の3/25に開かれ、米国、ロシア、フランス、日本の原子力発電大手企業が参加した第10回中国国際核工業展で、中国核工業集団公司の康日新総経理は開会式の挨拶において、「原子力発電は中国が抱えるエネルギー不足を解決し、また、環境問題に対応するための有効な手段の1つで、前途は非常に明るい」と述べ、間もなく田湾原子力発電所3号、4号ユニットの建設計画を具体化させていく予定だと発言している。
 すでに昨年の7月、東芝は傘下の米ウエスチングハウス(WH)を通じて中国国家原子力発電技術公司との間で中国国内に原発4基を建設する契約を結んでおり、浙江省の三門原発1号機と2号機、山東省の海陽原発1号機と2号機の建設を09年から着工、13年以降に順次運転を始める予定である。
 今回の大地震は、こうした中国全土に安易にばら撒かれる原発増大政策に重大な警告を発し、警鐘を鳴らしたものともいえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.366 2008年5月24日

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【投稿】後期高齢者医療制度の問題点と今後の医療改革

【投稿】後期高齢者医療制度の問題点と今後の医療改革
                            福井 杉本達也 

1 山口2区補選ショック
 「高齢者医療、補選の衝撃 与党候補が大敗した衆院山口2区補選ショックが、4月に始まったばかりの後期高齢者医療制度を揺さぶっている。」(朝日:2008.4.29)丹羽雄哉元厚相は「私は地元で、この制度の『諸悪の根源』扱いされている。早く手を打たないと持たない」(毎日:5.16)と述べている。
 医療費は誰かがどうにかして賄わなければならない。4月から75歳以上の後期高齢者1300万人を「後期高齢者医療制度」に移行し、全員が個人単位の保険料を支払うこととなった。慶應大学の土居丈朗准教授は「我々は長寿化という幸せの見返りに、75歳以上の生活での費用をどのように賄うかを真剣に考えてこなかったツケが今のしかかっており、キリギリスのように能天気に対応してはいられないのです。」(村上龍「Japan Mail Media」:2008.5.12)という。また、福田首相は山口2区の選挙応援演説で「お金いるんだけどね、若い人も支えてくれる。お年寄りの医療はお金かかるが、若い人もせっせと支えようと言っているんだから。そういう、医療を必要とする高齢者の方は幸せですよ。だけど、少しぐらい負担してくれてもいいじゃないの、というのが今度の医療制度なんだけどね。」(4月20日:福田首相・山口県下松市のショッピングセンター前で行った演説)と後期高齢者医療制度を説明したが、はたしてそうか。今年3月までは「老人保健制度」ということで、高齢者も、被用者は被用者保険に、退職者や無職者は国民健康保険(国保)に入っていた。会社員の扶養家族となっていた高齢者200万人は健康保険で支払っていたが、後期高齢者全員が土居氏の言うような「キリギリス」の生活をしていたわけでも、福田首相のいうように「少しぐらいの負担」もしていなかったわけではない。

2 なぜ、保険料は高くなるのか。
 福田首相や枡添厚労大臣は7割りの人は保険料が安くなると叫んでいたが、実際は高くなる人が続出し、厚労省も保険料が安くなるというのは何の根拠もないと前言を翻した。これは詐欺に類する行為であるが、では、なぜ保険料が高くなるのか。土居氏によると「保険料負担が増えた人は、それまでその人が入っていた保険で若い人たちがより多くはいっていたために少ない保険料で済んでいたことが一因としてあるのです。若い人たちが保険料や税金を負担してくれたお蔭で、高齢者が負担する保険料が低く抑えられている」としている。
 これまでの国民健康保険では、市町村単位で運営されており、市町村は法定繰り入れ分の他に任意で3600億円もの税金を投入し保険料を安く抑えてきたのである。特に大規模市を中心に保険料の軽減措置が行われてきた(詳しくは『日本の医療保険制度と費用負担』小松秀利)。これが、県一本の広域連合となることによって、各市町村が行っていた独自の補填・給付は全て切り捨てられることとなった。厚労省の机上の空論とは違って、保険料は都道府県によっては1万円以上も上がる。そこで、保険料を下げるため東京とは独自に17億円を公費投入するなど8都道府県が公費投入計画である(朝日:2008.4.15)。しかし、全国でわずか、20億円程度では焼け石に水である。

3.破綻寸前の国保会計を助けるためが本当の理由
 後期高齢者医療制度の財源は本人の負担が1割、税負担5割、健康保険・国保等4割となった。具体的に各保険からの医療費の支援金を見ると、健康保険組合からは940億円の増、共済組合からは162億円増となる一方、国民健康保険では5,378億円の減、政府管掌健康保険で2,910億円の減となる(福井:5.14)健保の場合、前期・後期を含めて国保への負担増は「後期高齢者支援金が1 兆1,256 億円、前期高齢者納付金が1 兆0,501 億円で、20年3月分の旧制度負担分等を含めた拠出金等負担総額は、2 兆8,423億円となり、対前年度比5,094 億円、21.8%と大幅に増加する見込みとなっている。また、保険料収入に対する拠出金等の割合は46.5%を占め、前年度(39.4%)から大きく増加する見込み」(『平成20年度健保組合予算早期集計結果の概要』)としている。
 国保は、国民皆保険を支える制度として、他の制度に加入しない高齢者や無職者など、保険給付額が多い反面保険料負担能力が少ないものが多い。人口1万人規模の町村では破綻状況にあり、数万人規模の市でも小泉内閣以来の「構造改革」による交付税の削減などにより財政運営は極めて厳しい。一般被保険者分、退職被保険者等分及び介護保険分を合わせた収支状況は、単年度収支差引額は、1,113億円の赤字、さらに、一般会計繰入金(法定外)のうち赤字補填を目的とするものを収入から除くと3,689億円の赤字となる(「平成17年度 国民健康保険(市町村)の財政状況について」)。そこで、都道府県単位に一本化し、これまでの老人保健法と異なって、健保・国保から完全に制度を切り離したのである。財源的には、これまでと同じように、健保・国保からの財源を4割充てることになるが(支援金)、制度の主体ではないことから、財源を出し渋ることとなる。そのことによって、医療費を財源の枠内に抑制しようとする方向に力が働く=キャップ制。そもそも、ほとんどが生産人口ではない・罹患率が高い高齢者のみを対象としたハイリスクの保険が『保険制度』として成り立つはずはない。当然、今後保険料の値上げ、医療の制限へと踏み込まざる終えなくなる。高齢者の不安が噴出したのは、高齢者の切捨てと直感したからであろう。今回の制度の唯一の成果は、75歳以上高齢者を他の年齢層から切り離すことによって、一部の専門家の間でのみ議論が為されてきた、『高額な医療費』『これからひひたすら死んでいくだけのはずのお年寄りの無駄遣いする医療費』(中村利仁北大助手:村上龍「Japan Mail Media」:2008.5.13)が見えるようになったことだけである。しかし、全体像が見えることと、具体的な解決策が提示できるかは全く別の問題である。

4.医療制度の『抜本的改革』を目指すことは幻想である
「構造改革」とは「医療費の伸びの」の徹底的な抑制である。小泉政権の5年間は厳しい医療費抑制・患者負担拡大への急旋回であった。2002年の健康保険法改正による本人の自己負担率の引き上げと、2006年の診療報酬引き下げ・後期高齢者医療制度の改正である。結果、日本の医療費水準はG7中最下位になる一方、患者負担の割合は「最高」になった。既に、『保険制度』としては限界に達している。
特に、現役並み所得の高齢者の3割負担化等の負担増と「在宅での看取り」の促進による医療費抑制は高齢者の狙い打ちである。「後期高齢者医療制度は、出来るだけ後期高齢者の方々にも負担をお願いすることができる(つまり、勤労世代の負担を相対的に抑制する)仕組みとして、画期的なのです。」と土居氏は臆面もなく述べているが、後期高齢者の1割負担、前期高齢者の2割負担は、高齢者の1人当たり医療費が非高齢者の4倍強となることを無視しており、きわめて不公正である。同じ負担「率」でも高齢者の自己負担「額」は4倍以上になることが考慮されなければならない。「やっても治らないようなところ[終末期医療]にはもう金をかけない。病院で死んでいるけれども、在宅で死んでもらう[ようにする]こともありうる」と久間章生氏はテレビ番組で発言したが、「在宅での看取り」の促進による医療費抑制効果はほとんど期待できない。全死亡患者の死亡前1カ月間の「死亡直前期」医療費(1998年度)は7859億円にとどまり、国民医療費の一般診療費(約23兆円)のわずか3.5%にすぎない。しかも、この統計には急性疾患などの医療費も含まれている。生活習慣病対策による医療費抑制も「机上の空論」である。生活習慣病対策による医療費抑制効果を証明した大規模な実証研究はない。主観的願望にすぎない。医療は人件費が5割を占める労働集約型産業であり、しかも医療技術の進歩で人件費が減ることはほとんどないため、医療の質の向上と医療費抑制との両立は不可能である(二木立・『医療改革』)。医療制度改革には『抜本的』という幻想を捨てることこそ求められている。

5.公的医療費増加の主財源は『消去法』では社会保険料しかない
 今、早急に行わなければならないことは、2006年に閣議決定された2011年までにプライマリーバランスを取るという『骨太の方針』を撤回し、年間2200億円の社会保障関係経費のマイナスシーリングをやめることである。しかし、それだけでは、国保・政府管掌保険などガタガタとなっている『保険制度』を再構築するには不十分である。百家争鳴の与党の高齢者医療の見直し案では、扶養高齢者の保険料免除に300億円、前期高齢者の窓口負担凍結で1400億円など財源は2000億円を上回るとはじいている(日経:5.16)。2200億円のマイナスシーリングを元に戻しても、それだけではチャラでしかない。
 5月16日の朝日紙上で、広井良典千葉大教授は高齢者医療の財源を「保険・税の混在が問題」だとし、消費税の15%程度への引き上げによる税による全面負担を主張している。一方、堤修三大阪大教授は「保険による相互扶助」を主張している。
公的医療費増加の主財源は社会保険料の引き上げと所得税・法人税、消費税を組み合わせるしかない。現在の政治状況では、10%程度の消費税引き上げでは、大半はまず、先に決定されている基礎年金の国庫負担1/2への引き上げなどに使われてしまい、医療費にまわる余地はほとんどない。消費税を15%にでも上げれば別だが、過去の消費税上げの経過などを考えると政治的には不可能に近い。後期高齢者のみを全体の保険制度から切り離すという考え方は、ハイリスク者を切り離すということであり、本来の『保険』の思想を根本から逸脱するものである。この考え方の根底にはアメリカ流の新自由主義の思考方法が潜んでいる。高齢者を全体の保険制度から孤立させないためには、『消去法』では主財源は社会保険料しかない。国民は良質な医療を平等に受けることを求めているが、公的医療費の総枠拡大には否定的なのである。

6.なさけない都道府県の立場
 国保に3600億円もの財源を持ち込んでいた市町村と比較して、後期高齢者医療制度を支援する立場にある都道府県の体制はあまりにも貧弱である。前述のようにたった8都道府県に公費投入計画だけであるし、後期高齢者医療制度への加入が任意となっている65歳から74歳までの重度身障者を強制加入しようとした道県が10もある。都道府県の場合、直接住民との接点が少ないことで、今回の後期高齢者医療制度への支援にしても想像力を全く欠き、腰が引けているといわざるを得ない。少なくとも市町村よりは財政的余力があるはずであるが、改正法成立後の2年間に何か手だてを講じた形跡はみられない。泥縄の厚労省の通知待ちの状況であった。これでは、広域連合が厚労省の出先機関として医療費抑制のお先棒を担ぐことになりかねない。医療制度の再構築には都道府県がしっかりと自立することが求められる。

 【出典】 アサート No.366 2008年5月24日

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【投稿】新たな段階に進む「北朝鮮核問題」

【投稿】新たな段階に進む「北朝鮮核問題」

<「急転直下」の合意へ>
 北朝鮮核開発問題は、アメリカの求める「完全かつ正確な核開発計画申告」をめぐり、一時停滞していたが、4月8日に行われた、アメリカのヒル国務次官補と北朝鮮の外務次官との会談後の4月24日、ブッシュ政権は、北朝鮮がシリアの原子炉建設を秘密裏に支援していたことを公表した。
 さらに4月30日には「07年版国際テロ活動に関する国別報告」が発表され、北朝鮮は引き続き「テロ支援国家」とされた。
 こうした流れを踏まえ、「アメリカ政府、議会内で対北朝鮮強硬派が台頭」「やはり拉致問題の解決なくしてテロ支援国家指定解除はあり得ない」「発表に反発した北朝鮮が強硬姿勢を強めるのは必死」などの期待と憶測が、日本政府など一部で強まり、「6カ国協議の早期進展は遠のいた」との観測が流れた。
 しかし5月1日、バーシュボウ駐韓アメリカ大使は「北朝鮮が核施設の無能力化と、完全、正確な申告を行えば、テロ支援国家指定解除等を議会に通知する」と発言した。これを受け5月8日、北朝鮮は過去のプルトニウム核開発に関し、1万8千ページにも上る関連文書を提出した。その内容は1986年以降のプルトニウム開発の詳細な記録で、国務省も「徹底的な調査」を前提としつつも、高く評価していることを明らかにした。
 アメリカ政府は今後、数週間から1か月間をかけて、提出資料の綿密な分析を進めるが、「不十分」との結論は出されず、解除45日前の議会報告義務を踏まえ、調査中にもテロ支援国家指定解除予告を両院に通知する可能性が、極めて高くなってきている。
 また、指定が解除されれば北朝鮮政府は、「無能力化の証し」として、の核施設解体作業の一部を公開するという、一大パフォーマンスを決行する計画があると、複数のアメリカマスコミが報道した。

<止まらない流れ>
 この方針は6カ国協議参加国のうち中国、ロシア、韓国も了解済みと考えられ、拉致問題にこだわる日本のみが孤立することになるだろう。この点に関しても、バーシュボウ大使は、韓国マスコミのインタビューで「日本人拉致問題の解決はテロ支援国家指定解除の前提条件ではない」との考えを示し、日本政府に対し予防線をはった。
 この間日本政府や運動体はアメリカや韓国でロビー活動を繰り広げ、北朝鮮への制裁強化を主張してきたが、拉致は非核化に優先することはない、とのアメリカの認識が明確になったといえる。
 また韓国は、李明博新政権で対北朝鮮融和政策が見直され、日本政府も強硬策の展開に期待を寄せていたが、今回はアメリカと同調する方向となっている。
 この流れは止まりそうにもなく、5月19日ワシントンで開かれた日米韓の6カ国協議首席代表会議では、日本政府の立場は主張しつつ、全体の方向性を認めざるを得なかった。
そもそも今回の動きは、4月8日のシンガポールでのヒル―金会談で大筋合意されていたものある。
 アメリカ強硬派の反発や、日本の反対も織り込み済みで、シリアへの技術協力問題の暴露も、北朝鮮を追い詰める手立てではなく、アメリカの中東政策がらみであることは、明らかだった。

<狼狽する福田政権>
 日本政府としては、4月の間に激変するであろう情勢への対応を進めるべきであったが、「強硬勢力」への期待、「対話と圧力」という硬直したスタンスと、「ガソリン税」「後期高齢者医療制度」などの「内患」に縛られ、「外憂」にまでは手が回らなかった。それでも、4月10日に福田総理と面談した小泉元総理が訪朝を勧め、自民党有力者が秘密裏に韓国での「横田一族再会」を計画したものの、頓挫した。
 横田氏らの訪韓計画報道を受け、町村官房長官は5月9日、「政府が韓国に北朝鮮との仲介を要請したことなどない、報道は事実無根」「めぐみさんの『遺骨』の北朝鮮への返還も政府の方針ではなく、大変遺憾だ」と記者会見で釈明。また交渉代理人と目された中山首相補佐官も、今回の報道を色をなして否定した。
 この「騒動」は、司令塔不在の福田政権の狼狽ぶりが際立つ結果となったが、日本政府は、6月初めにも再開が予想される6カ国協議に、何らの手も打てないまま臨み、「拉致問題解決なしの核問題解決」という「煮え湯」を飲まされる可能性が、ますます大きくなったといえる。
 今後、北朝鮮核問題は核廃棄という新たな段階へと進むこと思われるが、6カ国協議は日朝協議とは違い、お互いに履行義務を持つことが決められているので、日本政府は衆人環視のなかで、国交回復交渉を始めることが求められる。
 八方塞がりともいえる状況のなかで、国民の支持を得ていない福田政権の対応には限界があり、東アジアにおける日本の政治的位置は、一層希薄になることが予想される。(大阪O)

 【出典】 アサート No.366 2008年5月24日

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【コラム】ひとりごと–橋下知事の財政再建試案の行方–

【コラム】ひとりごと–橋下知事の財政再建試案の行方–

○4月11日橋下大阪府知事は、財政再建プログラム試案を発表した。その内容は、至極単純なもので、赤字を解消するために、財産処分、人件費削減、府事業を縮小という内容である。○大阪府は、平成13年度より一般会計の財源不足に対して減債基金からの借り入れを行ってきているが、平成16年度以降は、通常の借換額を超える借換債を発行してきた。累計額は平成18年度で4522億円、19年度には992億円を予算化していた。○本年1月、太田知事の末期、これが1000億円の赤字隠しと報道されたことなどで、注目された。○2月に知事選挙で当選した橋下知事は、言わば、借金返済のために借金をするような借換債の増発を行わず、「平成20年度から収入の範囲で予算を組む、財政再建化団体にならない」を改革の目標に掲げ、少数のプロジェクトチームによる「財政再建プログラム試案」(以下試案と表現)を発表したのである。○府議会に対して提案された20年度予算は7月までの4ヶ月予算であった。府内市町村は、その段階では、3分の1の補助金等は確保されるであろうが、8月以降はどうなるのか、と疑心暗鬼の中にあった。しかし、今回の試案では、市町村への影響が大きいことが明らかになったことで、府内市長会、町村会から不満が爆発しているのである。○4月17日の知事と府内首長との意見交換会では、知事批判が爆発し、「歴史上、類のない大改革を唱える橋下知事は市町村との全面対決に突入した」(朝日新聞)のである。○府内自治体では、まだ試案の段階であるが、その影響を把握する作業に追われている。福祉の分野では、数年前、それまで無料だったひとり親家庭、老人、障害者医療について、1月1000円負担を導入した経過があり、福祉施策の充実を行うとの大阪府の約束として多くの「アクションプログラム」が設定されたが、今回の試案では4福祉医療について、原則1割負担、月額限度額2500円とし、アクションプログラムで実施された事業(府補助金)を軒並み廃止するという内容である。○自治体側が試案に対して反発するのも当然であろう。○また、特に注目すべきは、部落解放運動が築き上げてきた成果に対して、軒並み削減対象としている事である。地域就労支援事業や人権相談事業は、相談件数に対して、コストが高いとして廃止しようとしているし、総合福祉協会への補助金をゼロにするという。○障害者施策への上乗せ補助も軒並み削減の方向で、試案がそのまま実行されると、大阪府の特色など消滅する。大阪府が単なる国の出先機関に成り下がるだけのことであろう。○さらに人件費の削減である。試案では、今年度(8月以降分)で300億~400億円の削減、来年度以降は、450億~600億円の人件費削減が盛り込まれている。賃金10%カットとも言われている。すでに大阪府は、平成10年の財政再建プログラム以降、府職員の人員削減、賃金引下げを行ってきているし、教員、警察官も対象である。橋下知事は、首長との懇談会以後、「市町村の職員賃金も高すぎる、賃下げをするべき」と発言したものの、4時間後に撤回する一幕もあった。連合メーデーも民主党色が強すぎると欠席。人権対策と同様に労働政策にも、軒並みゼロベースの方向である。○歳出・歳入の総点検は結構なことだが、独裁者であっては困るのである。○自公の議員団も、これでは府民の理解は得られないと、修正の動きがでているが、橋下は「理解いただきたい」と言うのみ。反対する府民の声、良心的な職員の諫言に耳を傾ける気配はまったくない。○財政危機の底流には在阪企業の相次ぐ本社機能の東京移転や法人税収入の落ち込み、関西経済の低迷が背景にある。ならば、税収構造の抜本的改革を国に提言するべきであるが、権力に擦り寄るのみの橋下知事は、一向に国に対する毅然とした対応は出てきてない。○強気一本勝負の橋下知事だが、府民の意見には耳を貸さず、財務省にひざまずき、地方自治の根性もなく、数字合わせだけで立案された「改革」の行方は、必ず挫折することになると思われる。(佐野)

 【出典】 アサート No.366 2008年5月24日

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【報告】旧交を温めて–恩師訪問– 

【報告】旧交を温めて–恩師訪問– 

 今年の5月連休は、二人の恩師を訪ねることができました。吉村励先生と横田三郎先生です。それぞれ訪問記を以下に記します。
 
<吉村先生> 早期ガン手術を乗り越え、元気な先生
 吉村先生には、恒例の新春訪問を予定していました。しかし、昨年12月に電話連絡したところ、12月中旬に胃がんの手術を施されたとのこと。11月の検診で見つかり、自覚症状もない初期段階であったそうですが、胃を3分の2切除された直後でもあり、先生の回復を待っての訪問が延び延びになっていました。
 4月29日、生駒さんと私の二人で訪問しました。先生は少しスリムになっておられましたが、元気そのもので、様々な時事問題や、旅行の思い出話に花が咲き、3時間余りが短く感じられました。自慢の玉の茶器で、玉露をいただき、芳醇な香りと味に感動しました。
 胃が小さくなったことで、小食とならざるを得ず、持病の糖尿病がかなり改善したこと、4月からは普通食に戻ったとの事。
 山口補選、後期高齢者医療制度については、本来病気の可能性の高い高齢者だけを切り離すという事は、全体で支える制度としての「保険制度」が意味を為さないのではないかとの指摘もされました。大阪市のチェックオフ禁止問題では、ヨーロッパでは労使関係で決まった事には介入しないという原則が確立している事と比較すると、労使自治の慣行を確立できなかったという点では反省が残りますとも話されていた。
 マルクスの育った街トリアのお話、ヨーロッパとマリア・キリスト教との深い関係のお話など旅の話もたくさんお聞かせいただきました。行ける内に旅をしなさい、との指示もいただいた次第です。先生も86歳、自分でもここまで生きられるとは、と話されていましたが、まだまだ現役、また投稿いただくようお願いもさせていただきました。
 
<横田先生> 敗戦戦後の広島時代を振り返って
 横田先生は、2年ほど前に島根県大田市から高槻市内に帰って来られた。私は6年前に大田市を訪ね、夕日の綺麗な海沿いのお宅にお邪魔して以来の再会でした。海に落ちる夕日が気に入られての転居だったそうですが、年を経る毎に寒さの方がこたえるということで、娘さんの住む高槻市に新居を構えられたとのことでした。
 5月4日、市大同期のT君とお尋ねしましたが、T君も広島出身ということで、先生とT君の広島の思い出、8月6日原爆投下、先生の敗戦前後の思い出などに話が集中しました。
 先生は、敗戦直前に海軍に入営したものの、既に船も航空機もなく、配属された神奈川で、本土決戦に向けた敵戦車に対する肉弾攻撃の訓練に明け暮れ、敗戦記念日を迎えることとなった。運命とは不思議なもので、応召された先生は生き延び、広島に残った同級生の多くが原爆の犠牲となったとのこと。また、戦前は、部落、朝鮮人に対する差別が学校でも地域でも根強かったことなど。
 ドブロリューボフ著作選集18巻(島影社発行)を2006年1月に出版されたが、最近は、年のせいか翻訳のペースが格段に落ちてお困りの様子であった。これから補論をまだ出版したいのだが、中々進まないとのことでした。
 中曽根・小泉・安倍と続いた極右保守政権の流れに強い危機感を感じておられ、民学同などの流れを汲むの各グループがゆるやかであっても連携を取ってもらいたいとの「指導」いただきました。
 奥様との二人暮らしですが、ご夫婦ともお元気で、夜には晩酌も楽しまれているとのこと。(佐野)

 【出典】 アサート No.366 2008年5月24日

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【投稿】自壊・憤死寸前の福田政権

【投稿】自壊・憤死寸前の福田政権

<<小泉答弁の全否定>>
 4/17の名古屋高裁判決は、航空自衛隊がイラク首都バグダッドに多国籍軍を空輸していることについて、憲法9条に違反する活動であるとの画期的判断を下した。
 判決はまず、現在のイラク情勢について、「イラク国内での戦闘は、実質的には03年3月当初のイラク攻撃の延長で、多国籍軍対武装勢力の国際的な戦闘だ」と指摘し、とりわけバグダッドは、「まさに国際的な武力紛争の一環として行われている人を殺傷し物を破壊する行為が現に行われている地域」であるとして、イラク復興支援特別措置法の「戦闘地域」に該当すると認定した。その上で、航空自衛隊の活動のうち「少なくとも多国籍軍の武装兵員を戦闘地域であるバグダッドに空輸するものは、他国による武力行使と一体化した行動で、自らも武力の行使を行ったとの評価を受けざるを得ない」ものであり、これは「武力行使を禁じたイラク特措法に違反し、憲法9条に違反する活動を含んでいる」としたのである。
 イラク特措法の審議に際し、小泉元首相が「どこが戦闘地域で、どこが非戦闘地域か、私に聞かれたってわかるわけない」とか「自衛隊の派遣されるところが非戦闘地域だ」などという荒唐無稽な詭弁、空疎かつ無責任きわまる答弁、その後の安倍、福田両政権が踏襲した論拠が全否定されたのである。判決は、こうしたイラク特措法を根拠に政府が決定し、実施した派兵活動が憲法9条に違反しているばかりか、イラク特措法そのものにさえ違反していると断じたことの意味は大きいといえよう。
 さらに判決は、原告側が主張した「平和的生存権」について、「平和的生存権は全ての基本的人権の基礎にあってその享有を可能ならしめる基本的権利である」と認定し、「9条に違反するような国の行為、すなわち戦争の遂行などによって個人の生命、自由が侵害される場合や、戦争への加担・協力を強制される場合には、その違憲行為の差し止め請求や損害賠償請求などの方法により裁判所に救済を求めることができる場合がある」との見解を示し、平和的生存権には具体的権利性があると判示したことの意義も看過し得ない重要な判決といえよう。ただ今回の場合、「原告らの平和的生存権が侵害されたとまでは認められない」と述べ、この点については原告側敗訴としたが、逆に国側が勝訴であるがために上告できず、なおかつ原告側は実質勝訴として上告しないため、このまま判決が確定することの意義も大きい。
 日本の裁判所が「高度な政治性を有する国家の行為は憲法判断を控えるべき」として、憲法判断を避ける傾向が強く、行政追認・追随が定着しつつあった中で、今回の名古屋高裁の違憲判決は画期的であり、歴史的でもある。「イラクおよびその周辺地域への派兵禁止と、その行為の違憲確認を求めた」訴訟は、04年1月に元郵政大臣・箕輪登氏(故人)が提訴して以来、全国で12件、原告総数約5,800名、弁護団は800名を超えている、そうした努力と闘いの一里塚であり、成果でもある。

<<「そんなの関係ねえ」>>
 このような司法の自衛隊派遣の違憲判断に対して、当の福田首相は「それは判断ですか。傍論。脇の論ね」と受け流し、空自の活動について「問題ないんだと思いますよ」と他人事のように語り、「裁判のためにどうこうする考えはありません」と、判決を一顧だにせず、頭から司法の判断を無視する姿勢を明言している(4/17)。このような態度は、法治国家としての基本、憲法の定める三権分立原則を政府みずから無視し、ふみにじる行為であり、憲法99条に定める、閣僚の憲法遵守義務を正面から否定する違憲行為であり、内閣総理大臣罷免要件に該当する挑発的な発言、行動である。小泉、安倍、福田と続くまったく無責任・無思慮・軽挙妄動が常態となり、それがあたかも当然であるかのようにふるまう自公連立政権の象徴ともいえよう。
 首相が首相なら、閣僚も押して知るべしであろう。町村官房長官は記者会見で「総合的な判断の結果、バグダッド飛行場は非戦闘地域の要件を満たしていると政府は判断している。高裁の判断は納得できない」、自衛隊の活動への影響は「全くない」と、これまた判決を完全に無視する姿勢を表明。高村外相に至っては、名古屋高裁の判断を「後生大事にする必要もない。裁判所が傍論でそういうことを書いたという事実はあるから、外務大臣をやめて暇でもできたら読んでみますよ」とまで酷評している。真剣に対処しなければならない司法の判断を、「暇でもできたら読んでみます」とは、何事か。ここには最低限あるべき閣僚としての襟度、品位や節度、知性のひとかけらさえない。
 こうしたおごりと法治体制を無視した規律の緩みを最も典型的に示したのが自衛隊制服組のトップの発言である。防衛省の田母神俊雄航空幕僚長は4/18の会見で、高裁判決が現地で活動する隊員に与える影響を問われ、「純真な隊員には心を傷つけられた人もいるかもしれないが、私が心境を代弁すれば大多数は『そんなの関係ねえ』という状況だ」と発言したのである。シビリアン・コントロールを無視するばかりか、お笑いタレントの言葉を借用して、司法判断をからかい、揶揄するなどということが自衛隊の中で堂々とまかり通る事態はきわめて危険な兆候である。野党は、直ちにこの幕僚長を衆参両院に喚問して発言を撤回させ、このような事態を野放しにしている石破防衛相ともども罷免すべきであろう。

<<「しょうがないことはしょうがない」>>
 「物価が上がるとか、しょうがないことはしょうがないんで。耐えて工夫して切り抜けていくことが大事だ」、これは4/2の桜を見る会での福田首相の発言である。まったく気楽なものである。生活必需品から光熱費に至るまで物価高騰が一方的に進行しているにもかかわらず、そして世界的な景気後退の進行を前にして、ブッシュ政権でさえ戻し税をはじめ16兆円規模の緊急経済対策に乗り出したにもかかわらず、福田政権は何の景気対策も提起できず、ただただ財務官僚言いなりの縮小均衡路線、高齢者切り捨て、地方切り捨ての収奪政治にだけ執心し、その惨憺たる不評を省みることもできない。まさに二世議員・福田首相ならではの発言である。そもそも庶民の生活感覚など遠い存在であり、物価も年金も、医療保険も、保険料天引きの強制的実施も首相にとっては、航空自衛隊派遣の違憲判決と同様、他人事であり、”一切私には関係ございません”というところなのであろう。
 だからこそ、年金公約違反では、「年金を必ず払う、と過分な期待を抱かせた」と陳謝し、後期高齢者医療制度については「もう少し早く、段取りよく、十分な説明をして、いささかの不安も与えないようにしなくてはいけない。まずかったなと反省している」、ガソリン税の暫定税率期限切れについては「国民に多大な混乱を生じた」とこれまた陳謝するが、「物事が決まらない時間切れの政治。拒否権を振りかざすだけの政治」として野党に責任を転嫁する。福田首相のこれらの発言に特徴的なのは、起きてしまった事態に対して常に後ろ向きであり、前向きに事態を打開し、前進させる何の展望も示すことができないことであり、そうした事態を招いた自らの政治責任については一切合財頬被りをしていることである。
 さすがに首相のこのような態度に対しては、与謝野馨前官房長官が、日銀総裁人事をめぐる混乱に関し「人事の責任は政権、与党にある。どんなに民主党が幼い政党であっても、そのせいにしてはいけない」(4/13、テレビ朝日)と苦言を呈し、党首討論のやりとりについても「もうちょっと次元の高いことを話すかと思ったが、約束を守ってくれなかったとかいう話で、レベルが低い」と指摘し、さらに首相を支える立場の町村官房長官や伊吹自民党幹事長らを念頭に「官邸や執行部が意を尽くしていない。首相が携帯片手に『いいのか悪いのか』と電話しているのはかわいそうだ」とまでこき下ろしている。福田離れが露骨に噴き出してきた証左でもある。

<<「後期高齢者医療制度ショック」>>
 それでも政府与党はあくまでも、圧倒的多数の世論の動向も無視してでも、ゴールデンウィークを前に、ガソリン税再値上げを目指して、4月末の再議決、暫定税率の復活に執念を燃やしている。
 4/14に発表された民主党と国民新党の共同の緊急経済・生活対策にあるように、道路特定財源の暫定税率廃止によるガソリン値下げは、結果としてすでに「生活減税」となってしまったものである。とすれば暫定税率の復活は、新たな増税以外の何物でもなくなる。福田内閣に甘い読売の世論調査でさえ、暫定税率復活方針に賛成が30%、反対が61%という事態である。与党内の“造反者”の動きまで報道されている。再議決の強行は、当然、野党からの首相の問責決議案上程を必至とし、福田内閣は解散か、総辞職か、居座りか選択を迫られ、政局は一挙に緊迫しよう。小泉内閣の時とは違って、福田内閣に対しては支持率は低落する一方であり、今や20%台に低迷している。
 その上にさらに決定的なのは、4月15日、日本中を震撼させたといわれる「後期高齢者医療制度ショック」である。この日、政府が勝手に線引きをした75歳を越える「後期高齢者」の年金から一方的に有無を言わせず、事前に知らされもしなかった高額の保険料の天引きが実行された結果、政府・厚労省の傲慢なやり方に対する問い合わせや苦情、抗議、怒りの声が爆発し、窓口に殺到する事態をもたらしたのである。
 そもそもこの問題は福田首相が言うような「不手際、説明不足」「ネーミングがよくないんじゃないか」といった問題ではない。この制度は世界中のどこにも例を見ない、はじめから高齢者の医療費を抑制するために設定された差別的医療制度なのである。まず、75歳以上の高齢者全員を「後期高齢者」として、これまでの「世帯単位」から「個人単位」に強制加入させ、その全員から保険料を強制的に徴収、つまり200万人にも達するこれまでの扶養家族からも新たに保険料を徴収し、しかもホームドクター制への登録の名の下に月額の診療報酬を上限600点に押さえ、受診抑制を図ることを主たる目的としたものである。さらに70-74才の「前期高齢者」の窓口負担も現在の1割から2割に引き上げることも確定されている。さらに、現在老人保険を受給している65才以上の障害を持っている人も、選択制の建前でありながら事実上は後期高齢者医療制度に加入させられ、重度心身障害者医療の受給資格を失わせ、窓口負担を3割(70-74才は2割)に引き上げるなど、重度障害者医療費助成制度自体までも解体しようとするものである。「姥捨て山」を法的に制度化したきわめて悪質な差別医療制度といえよう。
 さすがに事態の深刻さに驚いた与党の中から、「最終的には制度廃止が会の目的」とする「後期高齢者医療制度を考える会」が発足し(4/17)、設立総会では「国民に今のままの説明しかできないなら次の選挙は戦えない」などの悲壮な声が上がったという。山崎派16人、古賀派6人、町村派5人、津島派4人、伊吹派1人、二階派1人、無派閥9人がこの設立総会に出席している。
 次の衆議院解散・総選挙は、「老人の反乱」によって政権交代が実現されるともいえよう。いずれにしても、福田内閣は満身創痍、自壊・憤死寸前の事態に直面している。野党が一致して政策をすり合わせ、練り上げ、福田内閣打倒に向けて協力・団結することが要請されている。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.365 2008年4月26日

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【投稿】チベット暴動と北京五輪妨害の背景を考える

【投稿】チベット暴動と北京五輪妨害の背景を考える
                          福井 杉本達也 

1.チベット暴動と北京五輪聖火リレーの妨害
 中国・チベット自治区ラサで3月14日、独立を求めるチベット仏教の僧侶や市民による大規模暴動が起き、警官隊との衝突で多数の死傷者が出た。その後、チベット族の住む四川省や甘粛省にも飛び火し、海外ではギリシャでの北京五輪聖火の採火式やロンドン・パリ・サンフランシスコなどでの聖火リレーが妨害されるなどの抗議行動が展開されている。中国・温家宝首相は、「ダライ・ラマ14世一派が北京五輪破壊を狙い組織的に企てた策動」とインド北部ダラムサラを拠点とするチベット亡命政府を批判する一方、ダライ・ラマ側は「チベット人を自国領内の二級市民として扱う中国の政策への深い反発が、当然の結果を招いた。チベットの中国政府当局者が、地元チベット人にひどい対応をしていると」(CNN:3.12)中国政府のチベットへの民族政策を批判している。胡錦濤国家主席は「ダライ一派との闘争は、民族や宗教の問題ではない。国家の統一を守るか、あるいは祖国の分裂を許すかという問題だ」(豪首相との会談で:4.12)とし、今回も、1989年のラサ暴動と同様、武力鎮圧で収拾を図ると見られるが、独立を求める動きはチベットだけでなく新彊ウイグル地区でもくすぶっている。

2.なぜこの時期に「チベット」か
 8月の北京オリンピック開催を間近に控え、また、全国人民代表大会開催中のこの時期に、中国政府側がチベットに騒動を起こすよう引き金となるような強権行動を取るとは思えない。3月はダライ・ラマ14世がチベットからインドに亡命した1959年のチベット暴動から49周年に当たる。今回の暴動が、チベット自治区のみならず四川省甘孜自治州・アバ自治州や甘粛省甘南自治州など、チベット民族の居住する『大チベット』において同時多発的に発生したこと、ロンドンからの聖火リレーに焦点を合わせたことなどを判断すると、チベット亡命政府筋による北京オリンピック・全人代・22日投票の台湾総統選挙などに焦点を合わせ、チベット問題を国際化しようとする動きといえよう。

3.暴動を企画したものに成果はあったのか
 計画的暴動であったにもかかわらず、89年時のような大規模な騒乱には至らず、人民解放軍が正面に出た鎮圧行為はなかった。暴動へのチベット民族の参加は少数に留まったといえる。また、同じ中国からの独立を掲げる台湾においても、焦点の総統選挙は国民党・馬英九氏の圧勝に終わり、選挙結果に影響を与えることはできなかった。欧米においては、ロンドンやパリなどの聖火リレーにおいてチベット問題をアピールし、ドイツ・メルケル首相、イギリス・ブラウン首相の北京オリンピック開会式不参加を引き出し、一定の成果はあったが、肝心の米国においては、ブッシュ大統領の不参加を引き出すまでには至っていない。4月2日に訪中したポールソン財務長官は王岐山副首相と会談し、サブプライムローン問題で青息吐息の米経済の「軟着陸」を図るよう要請した。「米金融市場の要である米国債の保有額はこの1月末が4926億ドルで、日本の5669億ドルに次ぐが、日本がこの1年間で400億ドル売却したのとは対照的に中国は910億ドル買い増した。中国はことしに入っても、全世界の米国債追加購入額のうち25%を引き受けている。」(マネー・経済:4.9)というように、米国の関心はチベットにはない。一方、フランス・サルコジ大統領は、開会式の出席について、当初の「欠席」から「チベット問題は条件ではない」と発言を修正し、中国との経済関係の強さを反映して、「チベット問題に対する仏政府の対応のちぐはぐぶりが露呈した」(日経:4.7)と皮肉られている。さらには、中国国内で、仏資本スーパーのカルフールに対する不買運動が起こり、カルフールはHP上に五輪に協力する旨の声明を出すなど、逆に中国側から揺さぶられる立場となっている。

4.情報戦について
 4月2日付けワシントン発の共同通信は、中国大使館が米議会議員に「ダライ・ラマは親ナチ」とのメールを送っていたこと、「ナチス元親衛隊(SS)の元将校とされる人物と握手する写真も掲載している。真偽は不明」と報道している。この報道はトリックである。「ナチス元親衛隊将校」とはアイガー北壁の初登頂に成功した有名な登山家ハインリヒ・ハラーである。ハラーは1944年から1951年の7年間チベットへ潜入し少年時代のダライ・ラマの個人教師を務めていた(自叙伝「セブンイヤーズ・イン・チベット」等)。SS隊員であったという事実は、1997年に上記自叙伝の映画封切時にドイツ「シュヒーゲル」誌によって暴露された国際的に有名なスキャンダルであり(新編「白い蜘蛛」訳者あとがき・長谷見敏(山と渓谷社))、なんら「真偽不明」ではない。問題は、ハラーがなぜ、第二次世界大戦中にチベットに行ったかであるが、単にヒマラヤを登るためであるはずはない。1904年の英軍のラサ占領以来、チベットはイギリスの影響下にあったが、そこで情報戦をおこなっていたと見るべきである(1900年前後の中国西域をめぐる情報戦については金子民雄「西域 探検の歴史」(岩波新書)に詳しい。)。ナチスドイツ解体後、ハラーは英国との何らかの取引の上にチベットに留まったと考えることが自然である。59年のダライ・ラマのインド亡命以降も、ハラーはチベット独立を支援し続け2006年に亡くなっている。中国大使館のメールは背後の英国へのメッセージと考えられる。
 ところで、今回の一連の情報戦について、ロシア・ノーボスチ通信は「世界のリーダーシップを失いつつある国のお気に入りの武器は情報という武器だ。そのことは我々はオリンピックに関して中国の生活を困難にし、中国に不適切な行動を取らせるよう煽動する試みを持った歴史の中で見ることができる…情報の武器は、テロリズムに比べ、汚さやふしだらさの点で少しも劣らない…ヨーロッパとアメリカの文明は、非政府組織を自分の自由意志で創り出しそれに対して代金を払う激怒した市民を利用し、この極めて冷笑的した芸術を完璧に作り上げている…彼らの気高いエネルギーが「グローバルな競争相手」に反対する「代替戦争」のために上手く利用されている…世界には、「チベット」のような、つまり何らかの国家からの独立を求める民族的運動を人為的に作り出すことができる地域が最大で170ある。そしてこのような「チベット」の一部は、同じヨーロッパにもアメリカ自身にもある。」しかし、中国人は「アメリカやヨーロッパのように巧みに情報戦争に持ち込む能力が身に付いていない」(ノーボスチ通信:4.12)と批評している。
 
5.上海協力機構
 上海協力機構は、かつてアムール川の中州をめぐって戦火を交えたことのある中ロ(旧ソ連)の共同イニシアティヴの下で、旧中ソ国境地域の信頼醸成措置と国境画定問題を議論するフォーラムとして始まった。ソ連崩壊により分離独立した多数の新興国の内政は非常に不安定であったが、1997年には国境地域における信頼醸成について、関係国が非武装地域の設置と軍事情報を交換し、国境地域を安定させることに合意した。2001年、中国・ロシア・カザフスタン・キルギスタン・タジキスタンにウズベキスタンを加えた6か国による多国間協力組織として上海にて設立された。2004年にはもう1つの長大国境を接するモンゴルがオブザーバー参加し、2005年にはインド・パキスタン・イランもオブザーバー参加することとなった(「上海協力機構と日本」・岩下明裕)。
 インドが参加することによって、チベット亡命政府は大きく行動を制限されることとなった。インドと中国(チベット)は途中のネパール・ブータンを挟んで長く国境を接しているが、マクマホンラインなどの国境の解釈をめぐって1962年に武力衝突が起きている。しかし、2005年、マンモハン・シン首相と温家宝首相の間で、「政治主導による国境問題解決」の合意ができ、インドとしては中国と事を構えにくくなっている。また、先日総選挙が行われたチベット難民が2万人もいるネパールでは毛沢東派が第一党になるといわれているが、亡命政府に対しては冷たいといわれる。
 ロシア・モンゴル国境は、モンゴルと内モンゴル自治区に分断されたモンゴル族に対し、カザフスタン・キルギスタン・タジキスタン国境はウイグル族等に対し、インド国境はチベット族に対してと、一部カシミール・アクサイチン地域などの不安定要因を抱えるものの、中国の少数民族問題を国際紛争化しない対策は完成する。
 
6.青蔵鉄道の開通とチベット経済
 2006年7月に「青蔵鉄道」(全長1956キロ)が全線開通した。チベット自治区・ラサと青海省のゴルムド区間1142キロを結ぶもので、観光客ばかりでなく、物資の輸送、解放軍の大量移動も可能となった。チベット自治区の「都市部住民1人当たり可処分所得」は5536.00 元で前年同期比伸び率は32.30 %、「農村牧畜区住民1人当たり純収入」は908.74 元で、前年同期比伸び率は17.80 %となっている。農村部は西部地域でも最も貧しい状態が続いているが、都市部は西部地域トップの重慶市住民の6990.15 元などの所得に急速に近づきつつある(中国情報局ニュース:2007.8.21)。2006年の観光客数は前年比36.1%増の245万人、観光収入は39.5%増の27億元に上った(同:2007.1.4)としており、鉄道開通がチベット経済の発展に急速に反映しつつあるといえる。それは他の地域との一体化が進むことでもあり、漢民族の定住化も進むということでもある。裏を返せばダライ・ラマの「わたしたちの山の中の、質素で貧しい生活のなかにこそ、世界の大部分の都市生活におけるよりも、おそらく、はるかに大きい心の平和があった」(自伝)チベットの「文化」は『資本主義経済化』によって、急速に掘り崩されていくことになろう。
 
7.チベットはどうあるべきか
 中華人民共和国成立以来のチベットへの民族政策は失敗の連続であった。1951年の解放軍のラサ進駐以降、56年からの土地改革と各地での反乱と59年のダライ・ラマの亡命(62年ほぼ鎮圧)・反乱部隊への米CIAの介入(~74年まで)、58年からの中国全土での大躍進運動と人民公社化、65年からの文化大革命、69年の反乱、89年のラサ暴動等々、チベット民族は多大な被害を被った。中国共産党の極端な政策とそれに乗ずる形での英・米の介入が被害をさらに拡大した。反乱の結果は人口統計ににも歴然と現れる。青海チベット人人口の動態をみると、53年の49万人から64年の44万人へと10年間に5万人も減少している。1990年センサスでは年齢別の性比は1925年生まれ以上人口で、漢人103.2に対し、チベット人54.9しかない。「つまり反乱が始まったころ31歳以上だったチベット人のうち、男性は女性の半分近くしか生存していない」(「もうひとつのチベット現代史」阿部治平)。しかしそれでも、われわれは、英・米のプロパガンダに乗るべきではない。それはチベット民族の人的・物的・文化的被害をよりいっそう拡大するだけだからである。中国の長大国境がほぼ確定し、経済的にも安定しつつあり、中国政府も冷静に民族政策を考え、チベットに投資する余裕が生まれている。チベットのことは中国政府とチベット民族に任せる以外に解決の方法はない。

 【出典】 アサート No.365 2008年4月26日

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【本の紹介】ポスト戦後政治の対抗軸

【本の紹介】ポスト戦後政治の対抗軸
                 (山口二郎著 岩波書店 2007-12 2000円+税)

 90年代以降、日本の政治は冷戦の崩壊、自民党政権の退場と連立政権成立、自社政権から小泉長期政権を経て、21世紀初頭の今、2大政党が政権交代争う状況を迎えている。山口二郎氏が、日本の政治のあり方について、論壇に登場したのはまさに、政治が激動期を迎えつつあった頃であった。(岩波新書「政治改革」93・5)以来、私は、山口氏の論説を共感をもって読み、期待してきた。今回出版された本書は、90年以降の日本の政治状況を解明し、書名の通り「ポスト戦後政治の対抗軸」を展望を考える上で、大変参考になると思われる。以下に紹介することにする。
 本書の構成は、以下のとおりであり、ここ数年間に発表された論文に書き下ろしを加えたものである。
  序 ポスト・デモクラシーとポスト戦後政治(書き下ろし)
  Ⅰ 90年代政治再編における左派の蹉跌
  Ⅱ 党改革の政治学
  Ⅲ アカデミック・ジャーナリズムとしての丸山眞男
  Ⅳ 右派論壇の不毛
  Ⅴ 統治機構の改革は政党政治をどう変えたか
  Ⅵ 改革政治の変容(書き下ろし)
  Ⅶ 平等をめぐる民意
  結 2007参議院選挙の意味と政治の行方(書き下ろし)
 ここでは、序、Ⅰ、ⅡとⅣ以下を中心に紹介することにしたい。
 
<社会党は、なぜ解体したか>
 90年代以降の日本の政治を考える際、1955年以降40年に渡って野党であった社会党の問題向きには語れないだろう。この政党は一貫して自民党に対抗して平和と平等を求め続けた政党であった。しかし、1995年の自社連立政権を最後に解体する。
 Ⅰにおいて、著者は、社会党などの左派が90年代に急速に力を影響力を失う要因を分析し、Ⅱにおいては、英労働党など西欧社会民主主義政党が、80・90年代に党改革を成し遂げ政権党に成長した経過を、日本社会党と比較して分析されている。
 90年代の政治を既定した要因に、冷戦の崩壊、経済のグローバル化・バブルの崩壊、世代交代を著者は挙げる。冷戦の崩壊は、反対政党とも言われた社会党にはポスト冷戦の外交防衛戦略が求められた。バブルの崩壊によって右肩上がり経済を前提にした政治・経済・財政運営の転換が求められ、戦後生まれが有権者の過半数を占めた90年代は、所謂無党派層が増加し、政党の集票方法も転換が求められた。
 しかし、こうした状況に対応した党改革は社会党では進まず、湾岸戦争で右から提起された「国際貢献」論に対して、PKO法案に牛歩戦術で抵抗したものの、92年の参議院選挙では国民の支持を得られず議席を減らした。
 一方の自民党も同様の変革を迫られ、相次ぐ汚職事件で党内は揺れ、宇野内閣は不信任を受け分裂し政権を失うことになる。社会党も従来の平和主義路線が、国民の支持を得られず、「創憲論」などの見直し論議が進まない中、連立政権の崩壊、村山自社政権の成立とともに、政治の継続性を理由になし崩しの「安保容認、自衛隊容認」に政策転換を行った。以後の経過はご存知の通り、新民主党への合流組、社民党、新社会党へと分裂・解体していった。他方、西欧の社民政党は、英労働党に象徴的なように改革を成し遂げ、政権を奪うのである。(内容的には、筆者の既出書評に譲る)
 
<日本的擬似社会民主主義>
 なぜ、日欧の社民政党の改革に決定的な落差が生じたのか。著者は、日本の擬似社会民主主義の特殊性について論じている。
 80年代までの日本は、比較的平等な社会であると言われてきた。所得格差も小さかった。これを「日本型社民主義」と著者は名づけ、その特徴を、リスクの社会化-個人化、裁量的政策-普遍的政策の縦横軸で分類する。それまでの日本はリスクの社会化と裁量的政策に位置していた。比べて西欧はリスクの社会化と普遍的政策となる。(現在の日本は、リスクの個人化、「裁量的政策」と言えようか)
 しかし、護送船団方式に特徴的なように、政策・分配は裁量的政策で行われ、主に自民党の政治家の介入による利益誘導が常態化し、汚職構造が生まれた。社会党など野党は、基準・ルールの曖昧さを問題とすることなく、賃上げなどの再分配などに依拠して、本来の社会民主主義的プログラムの開発を怠ってきたのだ、とする。
 「1990年代の日本システムの行き詰まり状況に対して、左派の側は擬似社民主義を真の社民主義へと改革するという政策を持たなければならなかった。しかも、その場合の社民主義とは、伝統的な大きな政府ではなく、官僚制の病理を克服し、市場活力と共存できるような洗練された政策でなければならなかった。」
 西欧の社民主義では、福祉国家の財源として付加価値税(消費税)が定着しているが、日本の場合、社会党が導入に反対であったことは「皮肉なめぐり合わせ」であった。それが、「山が動いた」との89年の参議院大勝・土井ブームを生み出したことも、また政策の転換を遅らせることになった。
 「このように、左派は旧来型の政策に安住し、グローバリゼーションへの対応を怠り、経済システムの改革に関して建設的な政策の提示をしなかったのである。その結果、日本型の擬似社民主義の破壊という作業は、もっぱら新保守主義的言説によって定式化されることとなった。」
 
<新自由主義への道筋>
 「Ⅵ改革政治の変容」と「Ⅶ平等をめぐる民意」は、村山・橋下政権から小泉政権に至る新自由主義的政治の道筋を辿るとともに、新自由主義(格差社会議論)に対する民意のありかを探る論説である。
 90年代、擬似社会民主主義からの転換はどのように進んだのだろう。
 著者は、90年代は、正面から貧困を議論する段階ではなく、「新中間階層」論や「生活者重視」「消費者重視」などの政策に示されるように、擬似社民主義の「平等感」や豊かさの上に、議論設定されていたという。議論の中では、市場化のベクトルと市民化のベクトルが共存していた。規制緩和は、官僚支配の打破・腐敗の根絶と言う意味では、野党のスローガンにもなった。しかし、橋本政権の終盤からは、市場化のベクトルは、「構造改革」=新自由主義的方向へと強まったのに対して、市民化のベクトルは、野党が低迷していることもあり、弱まった。、
 自民党は、橋本政権において、行政改革により省庁再編を行ったが、それがやがて「構造改革」論へと進んでいった。野党の側では、社会党右派とリベラルの合同として結成された民主党が「市民が主役」のスローガンを掲げ、省庁の腐敗を「霞ヶ関官僚」支配が元凶であるとした。しかし、民主党は、新進党の分裂で、小沢グループや民社党などが合流するなど、党勢の拡大は、必ずしも政党色を明確にできず、「リベラル色」を薄めていく。
 小渕・森首相と続いた自民党も国民の厳しい批判を受け、瀬戸際にあった。しかし「自民党をぶっつぶす」と宣言した小泉政権が誕生し、状況が変わった。以後、「改革には痛みが伴う」などリーダーシップを求めた国民の支持のもと、5年という長期政権の間、新自由主義的論調が一世風靡する間に、格差と不平等は進んでいった。
 東京都・北海道で、格差問題についてのアンケートを基に、著者は「努力に報いる」民意が存在すると言う。「貧乏なのは努力が足りないからだと切り捨てる新自由主義的な見方は少数派であり、努力にも関わらず貧乏な生活を余儀なくされているという社会の矛盾に対する義憤を多くの人は共有していると言えよう」。そこから「リスクの普遍化の中で、今こそリスクを社会化する安定的な制度構想が必要とされている。・・・小泉時代にそうした平等化装置が破壊されたことによって、人々は大きなリスクに曝されるようになった。そのことは、日本において初めて平等を争点とする左右の対立軸が明確になる条件が整ったことを意味しているはずである」と。

<07年参議院選挙の意味するもの>
 07参議院選挙について、まず著者は、小泉時代に「巨大な地震を引き起こすプレートの歪みのように」社会経済に矛盾が蓄積されていたことを指摘する。「小泉時代の経済政策は、強者の利益に奉仕する猛々しいものになった」。戦後半世紀も政権を維持できた最大の原因であった温かい保守政治は消えうせ、「痛みという名目で政策は冷酷無慈悲なものに変化した。」
 また、自民党も小泉によって従来の自民党ではなくなっていた。強いリーダーに頼る中で、党内派閥は意味を失い、党内抗争もなくなった故に、魅力ある政治家が減り、替わって二世・三世議員が増えた。地域格差拡大・公共事業の削減により、従来の集票システムが崩壊した。郵政選挙の圧勝は、自民党の旧来基盤を弱める結果となった。
 一方民主党は、衆議院選挙後、構造改革路線に近い前原代表となったが、偽メールで降板し、この部分の影響力が弱まることになり、社会民主主義とは言わないが、新自由主義に傾く自民党に対して、中道的なポジションを取ることが可能となった。「こうして、民主党自体は社会民主主義という言葉は使わないものの、政策内容に即してみれば、『新自由主義の自民党』対『社会民主主義の民主党』という二極的な政党構図ができた」のである。
 次に問われるのは、「民主党が社会民主主義路線を説得的に提示できるかどうか」と著者は言う。「有意味な対立軸を立てるためには、民主党が単なる利益配分への回帰ではない、新たな再分配政策を提示しなければならない。そしてその際の鍵は、再分配における透明なルールを確保すること、財源の明示、そして公共セクターの信頼回復の三つである」と言われる。
 このように、小泉・安倍政権によって進められた新自由主義路線に対して、野党が打ち出すべき対抗軸は、「信頼できる政策パッケージとしての社会民主主義政策」という事であろう。民主党が、先の参議院選挙で「生活が第一」としたスローガンは、それに繋がる内容であったが故に、アジテーター小泉なき新自由主義路線の与党に対抗できたと言える。信頼性を如何に野党が獲得できるかであろう。コアの支持者だけでなく、広く国民の信頼が必要である。総選挙への政策議論において本書は整理された議論課題を明示していると思う。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.365 2008年4月26日

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【投稿】米金融市場の混乱と福田政権

【投稿】米金融市場の混乱と福田政権

<<「取り付け騒ぎ」>>
 ついにアメリカ経済における金融大崩壊への前兆、あるいは雪崩ともいえる現象が噴出し始めたのではないかと危惧されている。3/14、米証券大手ベアー・スターンズの幹部らが、サブプライム問題に端を発した金融市場の混乱で、事実上の「取りつけ騒ぎ」があったことを明らかにした。同社によると、3/10、資金繰り難による経営不安説が流れたのを受け、「市場のうわさには根拠がない」とのコメントを発表したが、逆に取引先のヘッジファンドが一部取引を他社に移すなど顧客離れが続き、13日には複数の金融機関などから証拠金の積み増し要求や資金の引き出しなどが相次いだという。本来「身内」であるはずのこうした金融業界にも見放され、「最後の貸手」の当局に駆け込まざるを得なくなったのである。米連邦準備理事会(FRB)や財務省、証券取引委員会(SEC)など当局は、3/13深夜から早朝にかけて緊急会合を実施。3/14、ベアー社は急遽、ニューヨーク地区連邦準備銀行の資金繰り支援を受けることを決め、FRB高官は同日、ベアー・スターンズ向けの資金供給について、資金繰りを助ける緊急融資枠を設け、JPモルガン・チェースが、FRBから借り入れた資金をベアー・スターンズに貸し出すことを明らかにした。決済を担う銀行ではなく、証券の取引を業務とする投資銀行の救済は極めて異例である。
 金融分野の大型破綻の回避では、98年のヘッジファンド「ロングターム・キャピタル・マネジメント」や、84年の「コンチネンタル・イリノイ銀行」に匹敵するものである。今回、米当局が救済に動かざるをえなかったのは、米国で5番目の投資銀行という経営規模の大きさがもたらす影響の広がりはもちろんのこと、ベアーが破綻すれば、「次のベアーはどこか」と、ほかの米大手証券などにも経営不安の連鎖が広がりかねない、「終わりの見えない負の連鎖」(大手証券のディーラー)が現実性を増していること、しかもサブプライムローン問題が象徴する、どこまで負債を抱え込んでいるかを各金融機関が把握し得ないという投機マネーゲーム経済の自己矛盾の恐怖からくるものであり、それは同時に米金融危機の根深さ、重大性を物語っている。

<<いくつかの銀行が破綻」>>
 こうした事態を予測させるものとして、すでにバーナンキ米FRB議長は、2/28の米上院銀行住宅都市委員会で半期に一度の金融政策に関する報告を行った際、多額の住宅ローン関連証券に投資している金融機関の金融リスクについて尋ねられ、「いくつかの銀行が破綻する可能性がある。例えば、住宅価格が急落している地域の不動産に多額の投資をしている小さな銀行や、あるいは、多くの場合、新設されたばかりの銀行がそうだ」と述べている。同議長は、もちろんすぐそのあと、「金融システムの大部分を構成する、国際金融業務を行っているような大手銀行は、その種の深刻な問題に陥るとは考えていない」と、金融不安の可能性を否定したが、FRBのトップの発言だけに、市場にかなりのショックを走らせたのだが、事態はそんな予測を超えるものといえよう。
 このFRB議長の銀行破たん発言に驚きあわてた米連邦預金保険公社(FDIC)のシェイラ・ベアー総裁は、翌日の2/29、銀行が経営破たんした場合、預金などを保護する当局として、「FDICの問題がある金融機関リストに名前が載っているのは76行だが、それらの総資産はわずか2200億ドル(約23兆円)で、全金融機関の資産規模から見れば、大海の一滴に過ぎない」とし、さらに「全銀行の99%は、自己資本が十分あり、全く安全である」と述べ、銀行破たん発言の火消しに躍起となった。
 しかし、2/26にFDIC自身が発表した2007年第4四半期(10-12月)の銀行と貯蓄金融機関の決算状況によると、最終利益は、前年比83%減の58億2000万ドル(約6000億円)と、91年以来16年ぶりの低水準、2007年全体でも、前年比27.4%減の1055億ドル(約1兆円)となっている。すでに米証券大手メリルリンチは、同じ07年第4四半期決算をで、当期損益が前年同期の23億4600万ドル(約2500億円)の黒字から98億3300万ドル(約1兆500億円)の赤字に転落したことを発表しており、米金融最大手のシティグループも同規模の赤字決算に追いやられている。さらに金融機関の住宅ローン関連損失額は、昨年8月の調査時点での1500億ドル(約15兆6000億円)の予測を大幅に上回る、4000億ドル(約41兆6000億円)と予測されている。

<<「強いドルを信じて」>>
 3/14のニューヨーク金融市場は、ニューヨーク連銀などのベアー社への異例の金融支援という事態を受けて信用不安が高まり、ドル、株がともに急落、円相場は一時、1ドル=98円台、95年9月末以来約12年半ぶりのドル安となり、逆に「安全資産」としての金相場は連日史上最高値を更新する事態となっている。
 3/12、アメリカを起点とする世界的な金融不安への懸念が消えない状況に対し、国際通貨基金(IMF)のリプスキー第一副専務理事は、公的国際機関の幹部として初めて公的資金注入の必要性に言及し、世界の金融システムを守るために「公的資金を使うことを含め、すべての選択肢を備えておかなければならない」とし、米国金融機関への公的資金注入を促すような発言をする事態となった。
 ブッシュ米大統領は14日、米経済についてニューヨークで演説し、「住宅や金融市場で厳しい時期を迎えている」「我々は難しい状況に対応している」と述べ、しぶしぶながらも急減速中の景気に懸念を表明せざるをえなくなった。それでもまだ「強いドルを信じている」と、1月に発表した緊急経済対策への期待を述べたが、もはやレイムダック化しつつあるブッシュ政権の弱々しい期待表明でしかなかった。金融不安と信用収縮を手っ取り早く解消するために、金利をさらに引き下げれば、よりいっそうのドル安が助長されるし、世界的なドル離れから、ドル暴落という事態まで招きかねない。放置すれば、ドル決済の石油など国際商品価格がさらに上昇して、米国のインフレ再燃の恐れが高まる。すでにドルはほとんどの国の通貨に対し下がり続け、ドルの名目実効レートは1973年を100として69と、過去最低の水準にあり、逆にユーロはドルに対して最低時に比べ7割程度も高く、かつ安定し、各国外貨準備に占めるユーロの比率は約25%まで高まっている。
 瀬戸際に立たされながら、ブッシュ政権である限りは、事態打開のための政策選択余地は極めて限られている。もちろんその背景には、ブッシュ政権が推し進めてきた昨年で7100億ドルという巨額の貿易赤字と、対イラク戦費の拡大と財政赤字の再拡大、製造業の海外流出と投機的金融業の肥大化とその破綻という根本問題が横たわっている。これらの根本的政策転換こそがアメリカには問われている。警戒しなければならないもう一つのブッシュ政権の選択は、戦争時の「強いドルを信じて」、「イラン空爆」などの危険な冒険政策への執着である。3月16日から、チェイニー米副大統領が「イラン包囲網強化」を目的に、イスラエルを訪問するという。要警戒といえよう。

<<武藤日銀総裁への固執>>
 問題は、世界的な信用不安と経済危機の進化が、たとえ米国発のものであったとしても、徹底的にブッシュ政権に寄りかかり、この円高・原油高・株安・景気後退という非常事態に何の対策も打てない、打とうともしない自民・公明政権のふがいなさ、無責任体質がいまだに何の反省もなくまかり通っていることである。福田首相の態度は、年金公約違反の対応、イージス艦事故の対応と同じで、まるでひとごとのように傍観者的で、事態を正確に認識する意欲も能力さえ無きかのごとき状態である。内閣不支持率はほぼ50%、過半数に達しようとしているにもかかわらず、政権の座に居座ることだけには執着している、すでにレームダック化している状態である。
 日銀総裁人事をめぐって、政府・与党側は「総裁が不在になると国際経済社会に影響を与える」「日銀総裁人事が混迷するマイナスは大きい」として、あくまでも参議院側で不同意となった武藤敏郎日銀副総裁の昇格案に固執し、再提出までもくろみ、果ては現総裁の任期延長といった奇策まで持ち出そうとして、結局は差し替えに応じざるを得ないことが分かっていながら、現日銀体制の維持に必死であった。
 しかし、福井総裁は村上ファンド問題で不正投資に関与し、本来辞任していなければならない不適格者であったにもかかわらず、武藤氏は福井総裁のスキャンダル隠しに奔走し、延命を図った人物である。国会での所信聴取では、民主党の仙谷由人・党国会同意人事検討小委員長に「副総裁就任時と比べて経済は好転したか?」と聞かれて、武藤氏は「すばらしく良くなった」と答えるほどの、格差拡大などこの世に存在しないかのような認識の低さである。さらに同じく聴取に参加した社民党の阿部知子衆院議員は「デフレを防ぐためにゼロ金利を含めて適宜適切だったと言うのですが、そのしわ寄せは庶民に来た。年金、医療、介護が崩壊している最中、預貯金も目減りして、格差は広がる一方です。一家の家計を毀損しても、市場に金を回すことを優先させた結果ですが、それで内需が拡大したか。外需依存はそのままです。こうした現状に、金融を担当する者としての気配りが感じられなかった。武藤氏が財務次官時代に社会保障費を3000億円削減したことを思い出しました」と述べている。与党が武藤氏を日銀総裁にしたかった理由がここに見て取れよう。

<<「日本の苦悩」>>
 ところが、大手マスコミは一斉に民主党に噛み付き、与党を弁護する始末である。朝日は社説で「腑に落ちぬ不同意の理由」「民主党の反対理由は説得力がない」「不同意方針に福田首相を追い詰めようとの政局がらみの思惑が感じられる」と民主を批判、読売も「民主党の対応は、とても責任ある政党のものとは言えない」と決め付け、日経は「不同意ありきの民主党は無責任だ」、毎日は「採決棄権も民主の選択肢だ」などと文句をつけている。しかし、武藤案を提示すれば、民主党が反対することは初めからわかっていたことであり、わかっていながら出した与党は、混乱の責任を民主党に負わせようというそれこそ党利党略の「政局がらみの思惑」がみえみえであり、本来、与野党が合意できる人事を提案すればすむ話であった。大手マスコミの、ジャーナリストとしての本来の批判精神の欠落、権力擦り寄り、堕落ぶりが見て取れる。
 森田実氏のホームページ「森田実の時代を斬る」によると、イギリスの経済誌『エコノミスト』2008年2月23日号〈世界経済〉欄の「日本の苦悩」と題する記事は、日本の政治に対してきわめてきびしい指摘をしている。
 「まず見出しからきびしい――〈世界第2位の経済大国はまだ落ち込んだままだ―その原因は政治にある〉。この指摘は、そのとおりである。記事は、米国と日本の両国政府を比較して、米国政府は経済の崩壊が起こると金融や財政的刺激策を果敢に実施したのに、日本政府は惨状を何年も隠し続けてきた、と日本政府への強い不信を表明している。
《第一にとがめるべきは安倍氏だ。彼は経済改革に無関心で鈍感だった》
《第二に責任を問われるべきは自民党の古ダヌキたち(中曽根元首相、森喜朗元首相)、渡辺恒雄読売新聞グループ代表だ》
《第三に問われるべきは民主党の小沢一郎だ。小沢氏は怒りっぽくて専制的である。密室で取引する。小沢氏は透明さと説明責任を果たさなければならない政党の指導者にはふさわしくない》
《民主党の指導者、小沢一郎は、かつては改革者としてのおもむきはあったのに、今や自民党の古いタイプのボスのように見える。》」
 いずれも的確な指摘といえよう。3月末から4月は、さらにガソリン税と年金問題をめぐって与野党の攻防が一段と激しくなり、福田政権を退場に追い込む正念場となろう。問われているのは、日本の与党、マスコミだけではない、野党も厳しく問われていると言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.364 2008年3月22日

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