【本の紹介】ポスト戦後政治の対抗軸

【本の紹介】ポスト戦後政治の対抗軸
                 (山口二郎著 岩波書店 2007-12 2000円+税)

 90年代以降、日本の政治は冷戦の崩壊、自民党政権の退場と連立政権成立、自社政権から小泉長期政権を経て、21世紀初頭の今、2大政党が政権交代争う状況を迎えている。山口二郎氏が、日本の政治のあり方について、論壇に登場したのはまさに、政治が激動期を迎えつつあった頃であった。(岩波新書「政治改革」93・5)以来、私は、山口氏の論説を共感をもって読み、期待してきた。今回出版された本書は、90年以降の日本の政治状況を解明し、書名の通り「ポスト戦後政治の対抗軸」を展望を考える上で、大変参考になると思われる。以下に紹介することにする。
 本書の構成は、以下のとおりであり、ここ数年間に発表された論文に書き下ろしを加えたものである。
  序 ポスト・デモクラシーとポスト戦後政治(書き下ろし)
  Ⅰ 90年代政治再編における左派の蹉跌
  Ⅱ 党改革の政治学
  Ⅲ アカデミック・ジャーナリズムとしての丸山眞男
  Ⅳ 右派論壇の不毛
  Ⅴ 統治機構の改革は政党政治をどう変えたか
  Ⅵ 改革政治の変容(書き下ろし)
  Ⅶ 平等をめぐる民意
  結 2007参議院選挙の意味と政治の行方(書き下ろし)
 ここでは、序、Ⅰ、ⅡとⅣ以下を中心に紹介することにしたい。
 
<社会党は、なぜ解体したか>
 90年代以降の日本の政治を考える際、1955年以降40年に渡って野党であった社会党の問題向きには語れないだろう。この政党は一貫して自民党に対抗して平和と平等を求め続けた政党であった。しかし、1995年の自社連立政権を最後に解体する。
 Ⅰにおいて、著者は、社会党などの左派が90年代に急速に力を影響力を失う要因を分析し、Ⅱにおいては、英労働党など西欧社会民主主義政党が、80・90年代に党改革を成し遂げ政権党に成長した経過を、日本社会党と比較して分析されている。
 90年代の政治を既定した要因に、冷戦の崩壊、経済のグローバル化・バブルの崩壊、世代交代を著者は挙げる。冷戦の崩壊は、反対政党とも言われた社会党にはポスト冷戦の外交防衛戦略が求められた。バブルの崩壊によって右肩上がり経済を前提にした政治・経済・財政運営の転換が求められ、戦後生まれが有権者の過半数を占めた90年代は、所謂無党派層が増加し、政党の集票方法も転換が求められた。
 しかし、こうした状況に対応した党改革は社会党では進まず、湾岸戦争で右から提起された「国際貢献」論に対して、PKO法案に牛歩戦術で抵抗したものの、92年の参議院選挙では国民の支持を得られず議席を減らした。
 一方の自民党も同様の変革を迫られ、相次ぐ汚職事件で党内は揺れ、宇野内閣は不信任を受け分裂し政権を失うことになる。社会党も従来の平和主義路線が、国民の支持を得られず、「創憲論」などの見直し論議が進まない中、連立政権の崩壊、村山自社政権の成立とともに、政治の継続性を理由になし崩しの「安保容認、自衛隊容認」に政策転換を行った。以後の経過はご存知の通り、新民主党への合流組、社民党、新社会党へと分裂・解体していった。他方、西欧の社民政党は、英労働党に象徴的なように改革を成し遂げ、政権を奪うのである。(内容的には、筆者の既出書評に譲る)
 
<日本的擬似社会民主主義>
 なぜ、日欧の社民政党の改革に決定的な落差が生じたのか。著者は、日本の擬似社会民主主義の特殊性について論じている。
 80年代までの日本は、比較的平等な社会であると言われてきた。所得格差も小さかった。これを「日本型社民主義」と著者は名づけ、その特徴を、リスクの社会化-個人化、裁量的政策-普遍的政策の縦横軸で分類する。それまでの日本はリスクの社会化と裁量的政策に位置していた。比べて西欧はリスクの社会化と普遍的政策となる。(現在の日本は、リスクの個人化、「裁量的政策」と言えようか)
 しかし、護送船団方式に特徴的なように、政策・分配は裁量的政策で行われ、主に自民党の政治家の介入による利益誘導が常態化し、汚職構造が生まれた。社会党など野党は、基準・ルールの曖昧さを問題とすることなく、賃上げなどの再分配などに依拠して、本来の社会民主主義的プログラムの開発を怠ってきたのだ、とする。
 「1990年代の日本システムの行き詰まり状況に対して、左派の側は擬似社民主義を真の社民主義へと改革するという政策を持たなければならなかった。しかも、その場合の社民主義とは、伝統的な大きな政府ではなく、官僚制の病理を克服し、市場活力と共存できるような洗練された政策でなければならなかった。」
 西欧の社民主義では、福祉国家の財源として付加価値税(消費税)が定着しているが、日本の場合、社会党が導入に反対であったことは「皮肉なめぐり合わせ」であった。それが、「山が動いた」との89年の参議院大勝・土井ブームを生み出したことも、また政策の転換を遅らせることになった。
 「このように、左派は旧来型の政策に安住し、グローバリゼーションへの対応を怠り、経済システムの改革に関して建設的な政策の提示をしなかったのである。その結果、日本型の擬似社民主義の破壊という作業は、もっぱら新保守主義的言説によって定式化されることとなった。」
 
<新自由主義への道筋>
 「Ⅵ改革政治の変容」と「Ⅶ平等をめぐる民意」は、村山・橋下政権から小泉政権に至る新自由主義的政治の道筋を辿るとともに、新自由主義(格差社会議論)に対する民意のありかを探る論説である。
 90年代、擬似社会民主主義からの転換はどのように進んだのだろう。
 著者は、90年代は、正面から貧困を議論する段階ではなく、「新中間階層」論や「生活者重視」「消費者重視」などの政策に示されるように、擬似社民主義の「平等感」や豊かさの上に、議論設定されていたという。議論の中では、市場化のベクトルと市民化のベクトルが共存していた。規制緩和は、官僚支配の打破・腐敗の根絶と言う意味では、野党のスローガンにもなった。しかし、橋本政権の終盤からは、市場化のベクトルは、「構造改革」=新自由主義的方向へと強まったのに対して、市民化のベクトルは、野党が低迷していることもあり、弱まった。、
 自民党は、橋本政権において、行政改革により省庁再編を行ったが、それがやがて「構造改革」論へと進んでいった。野党の側では、社会党右派とリベラルの合同として結成された民主党が「市民が主役」のスローガンを掲げ、省庁の腐敗を「霞ヶ関官僚」支配が元凶であるとした。しかし、民主党は、新進党の分裂で、小沢グループや民社党などが合流するなど、党勢の拡大は、必ずしも政党色を明確にできず、「リベラル色」を薄めていく。
 小渕・森首相と続いた自民党も国民の厳しい批判を受け、瀬戸際にあった。しかし「自民党をぶっつぶす」と宣言した小泉政権が誕生し、状況が変わった。以後、「改革には痛みが伴う」などリーダーシップを求めた国民の支持のもと、5年という長期政権の間、新自由主義的論調が一世風靡する間に、格差と不平等は進んでいった。
 東京都・北海道で、格差問題についてのアンケートを基に、著者は「努力に報いる」民意が存在すると言う。「貧乏なのは努力が足りないからだと切り捨てる新自由主義的な見方は少数派であり、努力にも関わらず貧乏な生活を余儀なくされているという社会の矛盾に対する義憤を多くの人は共有していると言えよう」。そこから「リスクの普遍化の中で、今こそリスクを社会化する安定的な制度構想が必要とされている。・・・小泉時代にそうした平等化装置が破壊されたことによって、人々は大きなリスクに曝されるようになった。そのことは、日本において初めて平等を争点とする左右の対立軸が明確になる条件が整ったことを意味しているはずである」と。

<07年参議院選挙の意味するもの>
 07参議院選挙について、まず著者は、小泉時代に「巨大な地震を引き起こすプレートの歪みのように」社会経済に矛盾が蓄積されていたことを指摘する。「小泉時代の経済政策は、強者の利益に奉仕する猛々しいものになった」。戦後半世紀も政権を維持できた最大の原因であった温かい保守政治は消えうせ、「痛みという名目で政策は冷酷無慈悲なものに変化した。」
 また、自民党も小泉によって従来の自民党ではなくなっていた。強いリーダーに頼る中で、党内派閥は意味を失い、党内抗争もなくなった故に、魅力ある政治家が減り、替わって二世・三世議員が増えた。地域格差拡大・公共事業の削減により、従来の集票システムが崩壊した。郵政選挙の圧勝は、自民党の旧来基盤を弱める結果となった。
 一方民主党は、衆議院選挙後、構造改革路線に近い前原代表となったが、偽メールで降板し、この部分の影響力が弱まることになり、社会民主主義とは言わないが、新自由主義に傾く自民党に対して、中道的なポジションを取ることが可能となった。「こうして、民主党自体は社会民主主義という言葉は使わないものの、政策内容に即してみれば、『新自由主義の自民党』対『社会民主主義の民主党』という二極的な政党構図ができた」のである。
 次に問われるのは、「民主党が社会民主主義路線を説得的に提示できるかどうか」と著者は言う。「有意味な対立軸を立てるためには、民主党が単なる利益配分への回帰ではない、新たな再分配政策を提示しなければならない。そしてその際の鍵は、再分配における透明なルールを確保すること、財源の明示、そして公共セクターの信頼回復の三つである」と言われる。
 このように、小泉・安倍政権によって進められた新自由主義路線に対して、野党が打ち出すべき対抗軸は、「信頼できる政策パッケージとしての社会民主主義政策」という事であろう。民主党が、先の参議院選挙で「生活が第一」としたスローガンは、それに繋がる内容であったが故に、アジテーター小泉なき新自由主義路線の与党に対抗できたと言える。信頼性を如何に野党が獲得できるかであろう。コアの支持者だけでなく、広く国民の信頼が必要である。総選挙への政策議論において本書は整理された議論課題を明示していると思う。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.365 2008年4月26日

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【投稿】米金融市場の混乱と福田政権

【投稿】米金融市場の混乱と福田政権

<<「取り付け騒ぎ」>>
 ついにアメリカ経済における金融大崩壊への前兆、あるいは雪崩ともいえる現象が噴出し始めたのではないかと危惧されている。3/14、米証券大手ベアー・スターンズの幹部らが、サブプライム問題に端を発した金融市場の混乱で、事実上の「取りつけ騒ぎ」があったことを明らかにした。同社によると、3/10、資金繰り難による経営不安説が流れたのを受け、「市場のうわさには根拠がない」とのコメントを発表したが、逆に取引先のヘッジファンドが一部取引を他社に移すなど顧客離れが続き、13日には複数の金融機関などから証拠金の積み増し要求や資金の引き出しなどが相次いだという。本来「身内」であるはずのこうした金融業界にも見放され、「最後の貸手」の当局に駆け込まざるを得なくなったのである。米連邦準備理事会(FRB)や財務省、証券取引委員会(SEC)など当局は、3/13深夜から早朝にかけて緊急会合を実施。3/14、ベアー社は急遽、ニューヨーク地区連邦準備銀行の資金繰り支援を受けることを決め、FRB高官は同日、ベアー・スターンズ向けの資金供給について、資金繰りを助ける緊急融資枠を設け、JPモルガン・チェースが、FRBから借り入れた資金をベアー・スターンズに貸し出すことを明らかにした。決済を担う銀行ではなく、証券の取引を業務とする投資銀行の救済は極めて異例である。
 金融分野の大型破綻の回避では、98年のヘッジファンド「ロングターム・キャピタル・マネジメント」や、84年の「コンチネンタル・イリノイ銀行」に匹敵するものである。今回、米当局が救済に動かざるをえなかったのは、米国で5番目の投資銀行という経営規模の大きさがもたらす影響の広がりはもちろんのこと、ベアーが破綻すれば、「次のベアーはどこか」と、ほかの米大手証券などにも経営不安の連鎖が広がりかねない、「終わりの見えない負の連鎖」(大手証券のディーラー)が現実性を増していること、しかもサブプライムローン問題が象徴する、どこまで負債を抱え込んでいるかを各金融機関が把握し得ないという投機マネーゲーム経済の自己矛盾の恐怖からくるものであり、それは同時に米金融危機の根深さ、重大性を物語っている。

<<いくつかの銀行が破綻」>>
 こうした事態を予測させるものとして、すでにバーナンキ米FRB議長は、2/28の米上院銀行住宅都市委員会で半期に一度の金融政策に関する報告を行った際、多額の住宅ローン関連証券に投資している金融機関の金融リスクについて尋ねられ、「いくつかの銀行が破綻する可能性がある。例えば、住宅価格が急落している地域の不動産に多額の投資をしている小さな銀行や、あるいは、多くの場合、新設されたばかりの銀行がそうだ」と述べている。同議長は、もちろんすぐそのあと、「金融システムの大部分を構成する、国際金融業務を行っているような大手銀行は、その種の深刻な問題に陥るとは考えていない」と、金融不安の可能性を否定したが、FRBのトップの発言だけに、市場にかなりのショックを走らせたのだが、事態はそんな予測を超えるものといえよう。
 このFRB議長の銀行破たん発言に驚きあわてた米連邦預金保険公社(FDIC)のシェイラ・ベアー総裁は、翌日の2/29、銀行が経営破たんした場合、預金などを保護する当局として、「FDICの問題がある金融機関リストに名前が載っているのは76行だが、それらの総資産はわずか2200億ドル(約23兆円)で、全金融機関の資産規模から見れば、大海の一滴に過ぎない」とし、さらに「全銀行の99%は、自己資本が十分あり、全く安全である」と述べ、銀行破たん発言の火消しに躍起となった。
 しかし、2/26にFDIC自身が発表した2007年第4四半期(10-12月)の銀行と貯蓄金融機関の決算状況によると、最終利益は、前年比83%減の58億2000万ドル(約6000億円)と、91年以来16年ぶりの低水準、2007年全体でも、前年比27.4%減の1055億ドル(約1兆円)となっている。すでに米証券大手メリルリンチは、同じ07年第4四半期決算をで、当期損益が前年同期の23億4600万ドル(約2500億円)の黒字から98億3300万ドル(約1兆500億円)の赤字に転落したことを発表しており、米金融最大手のシティグループも同規模の赤字決算に追いやられている。さらに金融機関の住宅ローン関連損失額は、昨年8月の調査時点での1500億ドル(約15兆6000億円)の予測を大幅に上回る、4000億ドル(約41兆6000億円)と予測されている。

<<「強いドルを信じて」>>
 3/14のニューヨーク金融市場は、ニューヨーク連銀などのベアー社への異例の金融支援という事態を受けて信用不安が高まり、ドル、株がともに急落、円相場は一時、1ドル=98円台、95年9月末以来約12年半ぶりのドル安となり、逆に「安全資産」としての金相場は連日史上最高値を更新する事態となっている。
 3/12、アメリカを起点とする世界的な金融不安への懸念が消えない状況に対し、国際通貨基金(IMF)のリプスキー第一副専務理事は、公的国際機関の幹部として初めて公的資金注入の必要性に言及し、世界の金融システムを守るために「公的資金を使うことを含め、すべての選択肢を備えておかなければならない」とし、米国金融機関への公的資金注入を促すような発言をする事態となった。
 ブッシュ米大統領は14日、米経済についてニューヨークで演説し、「住宅や金融市場で厳しい時期を迎えている」「我々は難しい状況に対応している」と述べ、しぶしぶながらも急減速中の景気に懸念を表明せざるをえなくなった。それでもまだ「強いドルを信じている」と、1月に発表した緊急経済対策への期待を述べたが、もはやレイムダック化しつつあるブッシュ政権の弱々しい期待表明でしかなかった。金融不安と信用収縮を手っ取り早く解消するために、金利をさらに引き下げれば、よりいっそうのドル安が助長されるし、世界的なドル離れから、ドル暴落という事態まで招きかねない。放置すれば、ドル決済の石油など国際商品価格がさらに上昇して、米国のインフレ再燃の恐れが高まる。すでにドルはほとんどの国の通貨に対し下がり続け、ドルの名目実効レートは1973年を100として69と、過去最低の水準にあり、逆にユーロはドルに対して最低時に比べ7割程度も高く、かつ安定し、各国外貨準備に占めるユーロの比率は約25%まで高まっている。
 瀬戸際に立たされながら、ブッシュ政権である限りは、事態打開のための政策選択余地は極めて限られている。もちろんその背景には、ブッシュ政権が推し進めてきた昨年で7100億ドルという巨額の貿易赤字と、対イラク戦費の拡大と財政赤字の再拡大、製造業の海外流出と投機的金融業の肥大化とその破綻という根本問題が横たわっている。これらの根本的政策転換こそがアメリカには問われている。警戒しなければならないもう一つのブッシュ政権の選択は、戦争時の「強いドルを信じて」、「イラン空爆」などの危険な冒険政策への執着である。3月16日から、チェイニー米副大統領が「イラン包囲網強化」を目的に、イスラエルを訪問するという。要警戒といえよう。

<<武藤日銀総裁への固執>>
 問題は、世界的な信用不安と経済危機の進化が、たとえ米国発のものであったとしても、徹底的にブッシュ政権に寄りかかり、この円高・原油高・株安・景気後退という非常事態に何の対策も打てない、打とうともしない自民・公明政権のふがいなさ、無責任体質がいまだに何の反省もなくまかり通っていることである。福田首相の態度は、年金公約違反の対応、イージス艦事故の対応と同じで、まるでひとごとのように傍観者的で、事態を正確に認識する意欲も能力さえ無きかのごとき状態である。内閣不支持率はほぼ50%、過半数に達しようとしているにもかかわらず、政権の座に居座ることだけには執着している、すでにレームダック化している状態である。
 日銀総裁人事をめぐって、政府・与党側は「総裁が不在になると国際経済社会に影響を与える」「日銀総裁人事が混迷するマイナスは大きい」として、あくまでも参議院側で不同意となった武藤敏郎日銀副総裁の昇格案に固執し、再提出までもくろみ、果ては現総裁の任期延長といった奇策まで持ち出そうとして、結局は差し替えに応じざるを得ないことが分かっていながら、現日銀体制の維持に必死であった。
 しかし、福井総裁は村上ファンド問題で不正投資に関与し、本来辞任していなければならない不適格者であったにもかかわらず、武藤氏は福井総裁のスキャンダル隠しに奔走し、延命を図った人物である。国会での所信聴取では、民主党の仙谷由人・党国会同意人事検討小委員長に「副総裁就任時と比べて経済は好転したか?」と聞かれて、武藤氏は「すばらしく良くなった」と答えるほどの、格差拡大などこの世に存在しないかのような認識の低さである。さらに同じく聴取に参加した社民党の阿部知子衆院議員は「デフレを防ぐためにゼロ金利を含めて適宜適切だったと言うのですが、そのしわ寄せは庶民に来た。年金、医療、介護が崩壊している最中、預貯金も目減りして、格差は広がる一方です。一家の家計を毀損しても、市場に金を回すことを優先させた結果ですが、それで内需が拡大したか。外需依存はそのままです。こうした現状に、金融を担当する者としての気配りが感じられなかった。武藤氏が財務次官時代に社会保障費を3000億円削減したことを思い出しました」と述べている。与党が武藤氏を日銀総裁にしたかった理由がここに見て取れよう。

<<「日本の苦悩」>>
 ところが、大手マスコミは一斉に民主党に噛み付き、与党を弁護する始末である。朝日は社説で「腑に落ちぬ不同意の理由」「民主党の反対理由は説得力がない」「不同意方針に福田首相を追い詰めようとの政局がらみの思惑が感じられる」と民主を批判、読売も「民主党の対応は、とても責任ある政党のものとは言えない」と決め付け、日経は「不同意ありきの民主党は無責任だ」、毎日は「採決棄権も民主の選択肢だ」などと文句をつけている。しかし、武藤案を提示すれば、民主党が反対することは初めからわかっていたことであり、わかっていながら出した与党は、混乱の責任を民主党に負わせようというそれこそ党利党略の「政局がらみの思惑」がみえみえであり、本来、与野党が合意できる人事を提案すればすむ話であった。大手マスコミの、ジャーナリストとしての本来の批判精神の欠落、権力擦り寄り、堕落ぶりが見て取れる。
 森田実氏のホームページ「森田実の時代を斬る」によると、イギリスの経済誌『エコノミスト』2008年2月23日号〈世界経済〉欄の「日本の苦悩」と題する記事は、日本の政治に対してきわめてきびしい指摘をしている。
 「まず見出しからきびしい――〈世界第2位の経済大国はまだ落ち込んだままだ―その原因は政治にある〉。この指摘は、そのとおりである。記事は、米国と日本の両国政府を比較して、米国政府は経済の崩壊が起こると金融や財政的刺激策を果敢に実施したのに、日本政府は惨状を何年も隠し続けてきた、と日本政府への強い不信を表明している。
《第一にとがめるべきは安倍氏だ。彼は経済改革に無関心で鈍感だった》
《第二に責任を問われるべきは自民党の古ダヌキたち(中曽根元首相、森喜朗元首相)、渡辺恒雄読売新聞グループ代表だ》
《第三に問われるべきは民主党の小沢一郎だ。小沢氏は怒りっぽくて専制的である。密室で取引する。小沢氏は透明さと説明責任を果たさなければならない政党の指導者にはふさわしくない》
《民主党の指導者、小沢一郎は、かつては改革者としてのおもむきはあったのに、今や自民党の古いタイプのボスのように見える。》」
 いずれも的確な指摘といえよう。3月末から4月は、さらにガソリン税と年金問題をめぐって与野党の攻防が一段と激しくなり、福田政権を退場に追い込む正念場となろう。問われているのは、日本の与党、マスコミだけではない、野党も厳しく問われていると言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.364 2008年3月22日

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【投稿】噴出する「華夷体制」の矛盾

【投稿】噴出する「華夷体制」の矛盾

<繰り返される悲劇>
 1937年、当時ナチスドイツに併合されていたオーストリア出身の登山家、ハインリッヒ・ハラー(1912~2006)は、ヒマラヤ遠征の帰途、第2次世界大戦の勃発により、英領だったインドに抑留された。
 収容所を脱走したハラーは、日本軍との合流をめざし中国に向かうが、途中チベットで若きダライ・ラマ14世と出会い、請われるままラサに留まることになる。その7年の出来事を描いたのが「チベットの7年」である。
1997年に映画化された「セブン・イヤーズ・イン・チベット」では、平和を謳歌するチベットに人民解放軍が侵攻するシーンが描かれており、中国政府は「反共プロパガンダ」だとして、猛烈に抗議、上映禁止とともに、ブラッド・ピットら出演者の入国禁止措置をとった。
 そして、今年3月2日には、アイスランド出身の女性歌手ビョークが、上海公演で楽曲の最後に「チベット独立」を叫び、当局を慌てさせたが、それは10日後におこった事態のプロローグだった。
ラサでは3月10日より僧侶を中心とした、デモが行なわれていたが、公安当局が参加者多数を拘束したため、一般市民が次々と抗議行動に参加、強制排除に乗り出した警察部隊と衝突、大規模な「暴動」に発展した。
 おりしも全人代開催中であり、さらにオリンピックを控えた中国政府は、直ちに鎮圧を開始するとともに、新華社通信で異例の報道を行い「事件は、ダライ・ラマに扇動された一部の者が起こしたのもので、犠牲者は一般市民10人」であると、中国政府の正当性を強調している。
 しかし、インドのチベット亡命政府は「死者は抗議行動に参加した者を中心に少なくとも80名」と発表、中国側と大きな食い違いを見せているが、「暴動」直後に外国人は「避難」させられ、新たなラサ入りも規制されたため、実情を把握することは困難となっている。
 中国政府は、事態の沈静化をアピールしているが、16日には四川省や甘粛省にも抗議行動が拡大、これらの地域でも多数の死傷者が出ている。
 ダライ・ラマ14世は、自らの関与を否定するとともに、「文化的虐殺」と中国政府を厳しく非難、話し合いによる解決を求めているが、今後の見通しは予断を許さないものとなっている。
 
<経済成長で拡大する矛盾>
 1950年の侵攻、その後の武装蜂起「チベット動乱」を経て、中国政府は同化政策を展開、社会主義化も進み、「暴動」や衝突はたびたび発生したものの、一定の自治が保障され相対的な安定が続いたが、現在の急激な成長路線が再び矛盾を拡大した。
 とりわけ、2006年7月「青蔵鉄道」の開通により、外国人観光客を含む大量の人と物がチベットに流れ込みラサは活況を呈していた。しかし、その恩恵に浴しているのは主に漢族の資本家、経営者であり、チベット族には僅かな利益しかもたらせられていない。
先ごろNHKで放映された番組では、漢族のホテル経営者が、ロビーに展示するため、チベット族家庭に伝わる仏像や民具を買いあさり、チベット族の労働者やエンタティナーを酷使する映像が流されていた。押し寄せる市場経済の波に翻弄され、僅かな現金収入を得るため伝来の仏具を手放す高齢者、故郷を後にしてホテルで観光客相手に民族舞踊を披露する青年の姿は痛々しいものがあった。
 今回の「暴動」の背景には「チベット独立」というイデオロギッシュな要求以前に、経済的支配者に対する直接的な反発が存在する。紹介されたホテルが今回の暴動で襲撃の対象となったかは定かではないが、漢族の経営する商店や銀行が放火、略奪されたのは象徴的である。
 今後事態が沈静化したとしても、経済発展による貧富の差の拡大、近代化による伝統的共同体の崩壊が進めば、一時の懐柔策では根本的な安定には結びつかないだろう。
中国国内における経済格差に起因する社会問題は、それが縮小すれば解消に向かうだろうが、チベットのように民族問題が絡む「辺境」では、経済が発展したとしても、そのことが民族意識を高める要素にもなりうる。中国政府は他の少数民族やイスラム教徒の動向に、 目を凝らし続けなければならないだろう。

<他民族・他地域への波及はあるか>
 現在延辺の朝鮮族自治州は安定しているが、今後、北朝鮮で不測の事態が起こった場合、混乱が波及する可能性がある。
 アメリカのシンクタンクの研究者が昨年6月訪中した折、人民解放軍幹部など北朝鮮専門家が、北朝鮮が不安定化した場合、人民解放軍を派遣する可能性に言及していたことが今年の初め、明らかとなった。
 私は以前「中国は、北朝鮮が崩壊した場合、朝鮮族を主体とした人民解放軍の進駐までもを想定しているだろう。この間中国は中朝国境地帯の中国化、いわゆる「東北工程」を押し進めている。・・・」(本誌347号)と指摘したが、今回それが裏付けられた形となった。
 「中国人(漢族)は周りの国なんか属国だと思っていますよ」という言葉を、朝鮮族の留学生から以前聞いたことがある。今回のチベットや朝鮮、あるいは過去のベトナムに対する対応を見るならば、「中華思想」という指摘に肯首せざるを得ないものがある。
 社会主義にもとづく民族自決権擁護政策という衣がほころび始めると、露骨なナショナリズムが突出し、武力衝突、内戦の惨事に拡大するのは、旧ユーゴ、旧ソ連でくり返された光景である。
 中国でそうした事態を起こさないためにも、早急にダライ・ラマ14世の求める話し合いを基本とする、解決の方策を胡錦濤政権が選択することが望まれる。(大阪O)

 【出典】 アサート No.364 2008年3月22日

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【投稿】本当に温暖化ガスを削減できるのか—「排出権取引」への疑問—

【投稿】本当に温暖化ガスを削減できるのか—「排出権取引」への疑問—
                           福井 杉本達也

1.「排出権取引」に180度の転換をした経団連
 1月26日、福田首相がダボス会議で地球温暖化防止に向けて、「国別総量目標」を提案して以降、ここ1・2ヶ月、急速に日本国内においても「排出権取引」に対する動きが活発化している。日本経団連はそれまでの「排出量取引制度や環境税に頼るのではなく、民間の自主的な取り組みを生かしていくことが重要だ」(御手洗富士夫会長:2007.12)という強固な反対姿勢から、一転して「私自身は大反対と言った覚えはない」(同会長:2008.2.25)と180度「変節」した。政府は「地球温暖化問題に関する懇談会」の座長に奥田碩前経団連会長(トヨタ相談役)を充て、経団連内の根強い反対論を封じ込め、今年7月の洞爺湖サミットに向け日本が発言力を強める狙いがあるとマスコミは解説する(朝日:2.27、毎日:3.4)。

2.ダボス会議とは
 昨年12月にバリで開かれた「温暖化防止バリ会議」で、日本は、当初の議長案にあった「温暖化ガス削減目標」に対し、「結果を予見するような目標はおかしい」と主張し日本は「温暖化ガス排出削減に消極的」との印象を与えていた(日経:2007.12.16)。また、同時期の「産業構造審議会・中央環境審議会合同部会」(経産省・環境省共管)では排出権取引の先送りを決めていた(日経:2007.12.15)。それがなぜ、正式な国際的会合でもないダボス会議を前に突然ひっくり返ったのか。
 ダボス会議の正式名称は「世界経済フォーラム 」(World Economic Forum)といい、スイスの実業家クラウス・シュワブが設立したジュネーヴに本部を置く独立の非営利財団であり、毎年、世界中の大企業約1000社の指導者、政治指導者(大統領、首相など)、選出された知識人、ジャーナリストが参加する会議を主催する。米国のライス国務長官、サマーズ元財務長官、英国のブレア前首相、マイクロソフトのビル・ゲイツ会長、著名投資家のジョージ・ソロス等々、ようするに欧米中心の金融資本家・多国籍企業経営者の全くの私的集まりである。日本からは福田首相など政府首脳のほか、奥田碩氏や竹中平蔵氏らが出席した。そこで、福田首相は無理やり英国の主導するEU排出権取引制度への参加を迫られた。

3.排出権取引制度とは何か
 2005年2月に京都議定書が発効し、日本は2008年から2012年までの5年間に1990年に比較して6%の温室効果ガスを削減する義務を負うこととなった。ところが、2005年度における温室効果ガスの排出量は1990年と比較して7.8%の増となっている。単純に言うと13.8%の削減が必要となっており、日本は厳しい状況に立たされている。そこで政府は2006年に目標達成計画を閣議決定したが、①森林吸収で3.8%、②CDM(クリーン開発メカニズムプロジェクト)などの海外からの排出権獲得で1.6%、③国内での削減で0.6%削減することとなっている。ところが、やっかいなことに、オフイスなど業務部門からの排出量が1990年と比べ45%、運輸部門が18%、家庭部門も37%も増加しているのである。そこで、産業部門で-8.6%、電力などのエネルギー部門で-16.1%として、民生・運輸部門の増加を吸収しようというものであり、国内対策が限られる中、これを京都メカニズムを活用してクレジットを購入して達成しようとするものである。
 しかし、めざす「低炭素社会」への移行をどのように進めていくのかについては明確な海図は何もない。それを、市場経済手法の組み入れによって進めようとするものである。「炭素に価格をつける」ことによって、「工場や家計で今まで計上されていなかった環境費用が、排出する主体にとって金銭的な費用として顕在化されるので、費用を減らそうとする結果として、各主体にCO2削減の動機付けが働く。」(植田和弘「地球温暖化防止への環境経済戦略」『世界』2007.9)というのである。「市場で排出権についた価格が排出権の希少性を表す信号となり、その価格信号を通じて、環境保全という目的と、それを最小の費用で達成するという『効率性』の目的とが同時にかなえられる」(岡敏弘「排出権取引の幻想」『世界』2007.11)というストーリーであるが、環境破壊は市場経済の失敗によるといわれる中、市場の活用と環境の保全が、そう簡単に調和するものとなるのであろうか。
 
4.矛盾のある排出権取引制度
 「あちらで安く減らせるから、削減努力をこちらからあちらへ回すということが、温暖化対策のために重要なことだろうか」と岡敏弘福井県立大教授は上記論文で排出権取引制度に根本的な疑問を投げかけている。欧州排出権取引制度(EU-ETS)は京都議定書の目標達成のために、2005年にEU25カ国内の大規模排出施設1万640ヶ所を対象に導入され(第Ⅰ期)、約22億トンの排出権が国別配分計画により配分された。個別施設への排出枠は実績排出量から算定され無償で配分され、その合計を総配分量から差し引いた残りが電力に配分された。2008年から始まる第Ⅱ期も約19億トンと総配分量は減るが、減った分の負担は加盟各国とも電力だけにしわ寄せしている。電力産業の排出量は許可量よりも大きいので、電力産業は排出権を購入している。ようするに、国際的競争に曝される業界には多少「キャップ」はかかるものの実績排出量に基づいて排出枠が与えられ、実質排出量と排出枠との差を国際競争に曝されない電力産業で負担しようというものである。
これでは、生産設備の古いエネルギーを大量消費する企業・生産量の大きい企業・衰退産業ほど多くの配分を受けられ優位な立場に立つことができ、強いて排出量を削減しようとする誘引は起きない。また、電力の場合には、排出量を削減するには、例えば石炭火力から天然ガスへのエネルギー源の転換が効果的であるが、石炭火力を閉鎖し新たにガス火力にすると、石炭火力の排出枠は没収され、少ないガス火力の排出枠を配分されることとなる。電力への投資は長期的なものであり、排出枠がころころ変動するようなものであれば投資はできない。

5.英国の仕掛ける温暖化ビジネス
 元々、排出権取引は2002年に英国でスタートしたものである。国際競争に曝されるようなエネルギー多消費産業はもちろん、まともな製造業は今の英国にはほとんどなく、排出枠を厳しくしても、ドイツやフランスのように反対の声はほとんど上がらない。排出権取引制度には「契約の枠組みのつくり方、コンサルタントによるアドバイス、金融手法を駆使した決済のシステムなど英国の優位性を発揮させるチャンスが数多く含まれている」(浅妻一郎:「世界を席巻する排出量取引制度の深層」NIKKEI BPNET『ECOマネジメント』2008.3.10)。「ロンドンを排出権取引など炭素市場の世界的取引センターとして活性化させるねらいがある」(植田和弘)のである。
そのストーリーを作ったのが2006年10月に公表された「スターン・レビュー」(「気候変動の経済学に関するスターン卿調査」)である。元世界銀行上級副総裁のニコラス・スターン卿が英財務省のスタッフとともに、気候変動に関わる経済効果について報告したものである。気候変動への対策を講じない場合、損害は世界全体のGDPの20%以上にもなり、早急に対策を講じた場合のコストはGDPの1%程度に留まるという内容で、これをブレア前首相が大々的に取り上げた。「早期の地球温暖化防止策を実施することこそ…経済的でもある」(植田和弘)というのだが、山口光恒氏によると「途上国を含むすべての国がキャップ(排出量上限値)を受け入れ、全世界規模で排出権取引が行われる」ことがレポートの前提であるが、「現実問題として考えにくい」、つまり「最適政策以外は政策実施費用が便益を上回る」(「費用便益分析と『スターン・レビュー』」『ECOマネジメント』2008.2.18)とし、温暖化防止策が経済性と両立するというスターン説を批判している。

6.「温暖化」がカネになる?
 『「温暖化」がカネになる』(北村慶著)という本がある。内容は、「二酸化炭素」で金儲けを狙う、その金儲けの欲望が地球環境を守るというものだ。そもそも、「排出権」はエネルギー源である「石油」や「天然ガス」などとは反対位置し、それ自身としては何も生み出さない、“0”又はむしろ“負”の価値である。「負の財産」に一定の公的規制を課することによって「財産」とみなされることになるのであるが、それは「効率性の利点を持たず、投機の可能性を作り出す『虚財』」(岡)である。2005年からの第Ⅰ期EU-ETSでは当初CO2/1トン:6ユーロだったものが、5月には20ユーロを超え、2006年4月には30ユーロを超えたが、その後第Ⅰ期の排出割当量が過大であることが判明し9ユーロ辺りまで大きく値を下げた。2005年のEUでの排出権の取引量は3億2千万トンと発表されているが、電力業界を中心とする実需は4千万トンと推定され、実需の8倍の取引が行われていた。つまり、圧倒的に投機者の参加が多いということを示している。投機はゼロ・サムゲームであり、温暖化ガスの削減には全く寄与しない。わずか数ヶ月間で3倍以上も価格が変動することは、むしろ電力や鉄鋼などの長期的な排出削減投資を妨げるものである。山本隆三氏(住友商事)は「将来の不確実性がある場合には投資の意思決定を先送りすることにより、事業の価値を高めることができる。温暖化ガスの排出権取引のように削減費用と便益について不確実性が高い場合には、意思決定の先送りが生じることとなり、技術革新への投資が行われない可能性が高い」(横山彰編『温暖化対策と経済成長の制度設計』2008.1.25)としている。
 3月14日のロイターによると、米連邦準備理事会(FRB)は14日、米証券大手ベアー・スターンズへ緊急貸出を行ったという。預金機関以外への融資は大恐慌以来だという。ベアーは連銀窓口から直接借り入れることができないため、JPモルガン・チェースが介在する形をとったと説明している。今、欧米金融資本は大恐慌の一歩手前で死にものぐるいにもがいている。サブプライム・ローンといういかがわしい債権の証券化がその発端である。「プライム」とは最良ということである。「サブ」とは接頭詞で下ということ、二流・三流のあぶない債権ということである。わずかのカネしか賭けられない客に無理矢理大金を貸して身ぐるみ剥いでしまう賭場の胴元同様、本来は住宅を持てそうにもない貧困層に高金利のローンを組ませ、荒稼ぎしようとしたのである。つまり、サブプラプライム・ローンも「虚財」である。その「虚財」をノーベル賞お墨付きの「金融工学」を駆使し、「格付け」を行って、あたかも価値の高い商品のように世界中に売りまくったのである。
 ロンドンには「ロンドン気候変動サービス」という公的団体があり、学者やエンジニア、コンサルタント、弁護士、トレーダー、ブローカー、ITサービス提供者がこれに参加しており、金融市場の優位性・「商品のお墨付き」を高めることができる。すでに欧州の排出権市場は400億ユーロ(6兆4000億円)以上の「経済的価値」をつくり出し、さらに「グローバル・カーボン・マーケット」が実現すれば、英国標準の市場が膨れ、ロンドンは排出権取引市場の一大中心となる(浅妻一郎)。だが、それはサブプライム・ローン以上の「虚財」である。
3月14日、EUは温暖化対策の遅い国を対象に、鉄鋼・セメント・紙などといった国際競争力にさらされる業種を対象に輸入規制をし、域内産業を保護する方針を決めた。つまり、EU-ETSの制度が益々金融取引だけに重点を置き、むしろ製造業にとっては負担になること、域内の温暖化ガスを大量に排出する非効率の施設を国際競争から守るという行為を通じて温暖化ガスの排出抑制をできないことが明らかになりつつある。最も温暖化ガスを排出しない「低炭素社会」を代表する“理想的”産業は、電子画面で瞬時に取引の成立する『金融資本』だけである。

 【出典】 アサート No.364 2008年3月22日

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【コラム】ひとりごと–近づくアメリカ金融帝国の凋落– 

【コラム】ひとりごと–近づくアメリカ金融帝国の凋落– 

○サブプライムローンの破綻・住宅バブルの崩壊が引き金を引いたアメリカ経済の破綻が、最終章に近づいている。金融機関の破綻という問題である。3月17日には大手証券会社ベア・スターンズをJPモルガン・チェースが買収すると報道された。200億ドルといわれる資金はFRB(米連邦準備制度理事会)貸出しであり、明らかな「公的資金」の投入である。○バーナンキFRB議長は、2月28日「いくつかの金融機関が破綻する可能性がある」と議会証言したが、いよいよ現実味を帯びてきている。○信用不安に対してFRBは、相次いでFFレートの引き下げを行ってきたが、実際の市場では、貸し渋りや債権の回収が先行し、信用収縮が起こっていると言われている。○日本の不良債権問題でも、金融機関の不良債権額が明らかにされず、疑心が疑心を呼んで不況回復が長期化したが、今回のサブプライム関連の不良債権は、「金融工学」理論によって証券化され、隠れているのが特徴である。当初は「リスクの分散」の象徴のように言われていたが、把握不可能なのが実態である。証券会社・金融機関の破綻危機が現実的となれば、次々と連鎖の罠が待っているのではないか。○FRBなどは、追加的利下げを連発しているが、資金の流動性を高める効果はあっても、金融機関の破綻には効果は薄い。○一方、ブッシュは大統領選挙を前に、失政を認めるわけにはいかず、また金融機関、増してや証券会社の破綻に公的資金の投入は躊躇するのは確実と言われており、ベア・スターンズに続くであろうヘッジファンドの破綻、証券・金融機関の破綻の影にアメリカ経済は怯えているのである。○サブプライム問題は、金融機関の巨大な損失に始まったが、金融機関のリストラと新規雇用者数の減少・失業率の高止まり、そして住宅含み資産の減価による消費の冷え込みにより、アメリカ実体経済の失速にまで及んでいる。○一方、流動資金は株式から逃避し、原油や金、金属、小麦などの商品市場へ雪崩れ込み、資源・商品先物価格の暴騰をもたらした。そして、3月第2週以来急激なドル安円高の進行となった。3月17日には95円代までドル安・円高が進んだ。○ドル安の進行は、原油の暴騰に一層拍車をかけることになる。産油国は今だドルペッグ制度であり、ドルの減価は、実質的な原油安となり、一層原油高を生むことになる。○いざなぎ景気を越える長期の景気拡大が続いているとされてきた日本経済もまた、株価の急落・円高の進行・原油高で、先行き不安が強まっている。輸出頼みで国内では労働分配を渋り、内需拡大を怠ってきたツケを円高で払うことになる。○08春闘は、交渉最中の株安・円高進行で、急ブレーキがかけられ、大幅賃上げとはほど遠い結果となった。今後の物価の上昇にも追い付かないのが実態である。○ブッシュのイラク戦争が生み出した中東の政情不安と原油高騰、「金融工学」が行き着いたサブプライム破綻と金融危機、最大の債務国アメリカに資金を集めるためのドル高政策と破綻、いずれもアメリカ発である。○世界の盟主の地位が、あらゆる面で揺らぐアメリカ。金融帝国の凋落が始まっているのである。(佐野)

 【出典】 アサート No.364 2008年3月22日

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【投稿】岩国市長選と沖縄少女レイプ事件

【投稿】岩国市長選と沖縄少女レイプ事件

<<ウソ・デタラメの大量ビラ>>
 岩国市長選の結果は非常に残念な結果ではあったが、井原前市長と井原氏を支えた人々はよくここまで善戦したと、筆者は評価している。米空母艦載機移転反対を貫いた井原前市長と移転容認派の前自民党衆院議員福田良彦氏との差はわずか1782票にすぎない。得票は、45,299票対47,081票で、得票率にすれば、49%対51%、得票率の差はわずか1.92%である。
 しかも肝心の米空母艦載機移転問題については、中国新聞の出口調査によると、米空母艦載機移転について「反対」は46%、「賛成」は 8・4%、「どちらかといえば」を加えると、「反対」は市民の65.7%、「賛成」は24.0%にすぎなかったという現実である。朝日の調査でも、「反対」47%、「賛成」18%であり、福田氏に投票した人でも、「賛成」は30%しかなかったのである。共同通信社の出口調査でも、艦載機移転に「賛成」と明確に答えた人は全体の二割にも届かず、福田氏に投票した人でも七割以上は「やむを得ない」と消極的な賛成であった。また、毎日の出口調査で注目すべきなのは、「移転反対」は41%、「反対だが仕方がない」20%、「条件付き賛成」33%、「無条件で賛成」2%で、問題はこの「移転反対」の人のうち、11%が福田氏に、「仕方がない」の82%が福田氏に投票した、という事実である。
 今回の選挙戦で福田陣営は、米空母艦載機移転問題については、「条件闘争」を主張し、「騒音・治安の問題で受忍の限度内との確約を取る」、「まず住民の不安を解消する。国の言いなりにはならない」、「国が土日の訓練中止など条件が飲めないなら反対」などと表明し、石破茂防衛相が、米軍再編計画に盛り込まれた岩国基地への艦載機移転の重要性を訴えたいと現地入りを打診したが、福田陣営は「来ると逆効果」と防衛相の来援を断り、自民党の閣僚や国会議員の応援演説も求めず、“政府・与党色”を消すことに懸命の努力をする一方で、井原陣営に対しては徹底したデマ攻撃と中傷攻撃を繰り広げた。井原市政のままでは財政が破綻すると強調するビラが何種類も作られ、「岩国は夕張のように財政破綻する」「井原市長が再選されtると税金が二倍になる。年金もなくなる」「艦載機を受け容れたら、国から五千億円から一兆円が交付され、市民も一人二万円もらえる」といった恐喝と脅し、アメとムチのウソ・デタラメのビラが大量にまかれたのである。「移転反対だが、仕方がない」という人々には、結果的にはこれが効いたとも言えよう。

<<民主党の情けなさ>>
 さらに福田陣営にプラスしたのは、福田氏の議員辞職に伴い、四月二十七日に実施される衆院山口2区補選に出馬を予定している民主党の平岡秀夫陣営が、あきれたことに「福田票もほしい」と自主投票を決め込んだことであった。民主党の情けなさ、ふがいなさが福田陣営を大いに喜ばしたことは間違いがない。
 こうしてやっとのことで僅差の勝利を獲得した福田陣営であるが、ウソ・デタラメの約束、「条件闘争」は自らに跳ね返ってこざるをえない。中国新聞2/11付けが報じるように、「政府が今後も強硬な姿勢を取り続ければ「移設反対」の機運が再燃する可能性もはらんでいる。」ことは間違いない。
 町村官房長官は2/12、十日の岩国市長選を受けて「米軍再編が着実に進む環境が整い、歓迎している」と市長選の結果に大いに満足の意を表明したが、艦載機が計画通りに移ってくれば、岩国基地の米軍機はいまの2倍の120機に増え、沖縄県の嘉手納と並ぶ極東最大級の航空基地となる。さらに米軍再編後の岩国は、「アジア最大の基地」になり、米軍と自衛隊を合わせると、現在の沖縄・嘉手納の100機をも超える142機の航空機が配備され、年間離着陸は嘉手納の約7万回を遙かに超える約10万回に、米兵・軍属・家族は嘉手納の約9700人を超す1万0300人になる計画である。福田新市長を待ち受けているのは、このような厳しい現実であり、福田氏当選にもかかわらず圧倒的多数の住民がこのような艦載機移転に反対しており、移転の結果がもたらす、そして基地の拡大がもたらす災厄の発生が避けられないことである。
 そして現実に、2月10日の岩国市長選が終わった途端に、沖縄で米兵による女子中学生レイプという悲惨な事件が発生し、表面化した。沖縄では、今回と同じ沖縄市で昨年10月に、米軍人の息子が強姦致傷容疑で逮捕されており、今年の1月にも、普天間基地所属米海兵隊員2人によるタクシー強盗致傷事件など凶悪犯罪が続いている。事件が起こるたびに、米軍当局は毎回のように「綱紀粛正」や「二度と事件を起こさぬ」と約束するが、事件は後を絶たないばかりか、凶悪化している。

<<レイプ事件の共犯者>>
 今回の女子中学生レイプ事件で新たに明らかになった問題は、在沖縄米海兵隊は04年6月以降、犯罪防止のため、若い隊員に対しては夜間外出を制限しているが、今回の容疑者は基地外に住んでいたためその対象外であったこと、基地外に住む米兵・軍属や家族は野放し状態であり、なおかつ米軍基地を抱える自治体が基地外に居住する米兵の数を米側に照会しても、地位協定をたてに、公表を拒否していることである。
 さらに問題なのは、基地外の日本の統治権内に居住しているにもかかわらず、日本政府でさえ「実態を十分に把握していない」(岸田文雄沖縄・北方担当相、2/15)という現実である。米軍の情報紙によれば、基地外に住む米兵の数は〇六年で8595人、在日米軍の兵力約四万八千人の約18%、軍属や家族を加えると、これを大きく上回る米軍居住者の実態が地位協定をタテに公表を拒否されているのである。今回の犯罪が発生した沖縄県北谷町では、町職員が一軒一軒歩いて調査し、約千二百世帯が米軍関係だとの推計を出したが、これは北谷町の全世帯の実に約15%にもあたるという。こうした米軍人とその関係者がパスポートもビザもなしに出入国し、外国人登録も免除されて、居住できるという特権のもとに野放し状態で放置されているところに、見過ごしえない犯罪の温床があることは否定しえない。
 さらに、社民党の保坂展人議員によって明らかにされたことであるが、国交省が自己財源であるかのように私物化している問題のガソリン税を財源とする道路特定財源を流用して、佐世保道路建設の名の下に、たった8棟の「米軍住宅」を28億2千万円もかけて建設していたという事実である。道路特定財源が、米軍住宅建設に化けてしまうという許しがたいこうした事態がこれまで問題にされることもなくお手盛りで横行してきたのである。しかもその米軍住宅については、日米両政府とも地位協定をタテに実態を明らかにしない。
 今回のレイプ事件に際しても政府は、「今回の事件で地位協定の問題は生じない」として、見直しをまたもや否定している。レイプ事件の共犯者は日本政府であるとも言えよう。
 筆者は、このレイプ事件に対して、2/16の米総領事館への緊急抗議行動に参加したが、いちゃもんをつけ食って掛かる人間もいたが、道行く人々の関心も高く、その抗議行動は日本政府への抗議行動でもあった。沖縄県民の、そして岩国を含め基地を抱える住民の怒りと不信感は、米軍ばかりか日本政府に対しても向けられていることを銘記すべきであろう。(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.363 2008年2月23日

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【投稿】米軍再編と地方自治体

【投稿】米軍再編と地方自治体

<繰り返される米兵犯罪>
 米空母艦載機の移駐を巡り2月10日に行なわれた岩国市長選挙は、移駐容認派の前自民党衆議院議員が接戦の末当選したが、開票作業が進む同日午後10時半、沖縄県北谷町では米海兵隊員による女子中学生への暴行事件が起こっていた。
 岩国市長選の勝利で、こう着状態となっている沖縄の普天間基地移設など、日本国内の米軍再編計画が進展するかに思えた矢先、沖縄の事件で政府与党は安堵から一転、狼狽することとなった。福田政権は、1995年の二の舞を避けるため、米政府に対して抗議の姿勢をとり、米軍、米政府もシーファー駐日大使が沖縄に飛び、仲井真弘多知事に謝罪するなど、低姿勢に終始している。
 しかしながら、再発防止策について福田政権やアメリカは「米軍と県警の合同パトロール」「「外出制限対象軍人の拡大」「繁華街への防犯カメラの設置」という弥縫策や、「基地外住居者がいるのが問題」などと枝葉末節の論議でお茶を濁している。
その一方「日米地位協定の見直し」「在日米軍の大幅削減」といった本質的な問題については、高村外相、石波防衛相が衆議院予算委員会で日米地位協定について、「運用の改善で対処」「地位協定の内容は世界でトップレベル」などと述べるなど、早々に頬かむりを決め込んでいる。
 しかし、イラクとアフガンで泥沼の戦いに陥っている米軍の士気低下は深刻なものがあり、10日の事件後も続発する不祥事に、町村官房長官が「たるんでいるとしかいいようがない」と嘆いても、根本的な解決策は「対テロ戦争」の中止と海外駐留兵力の撤収しかないのである。
 政府・米軍の不誠実な対応に対し、沖縄では怒りが高まっている。2月14日、沖縄県議会は「在日米軍などへの抗議決議と日本政府への意見書」を全会一致で可決、同意見書は米兵の犯罪が後を絶たないとして「米軍の綱紀粛正への取り組みや軍人への教育のあり方に疑問を抱かざるを得ない」とのべ、再発防止策について万全を期すことなどを求めている。
 昨年沖縄では、沖縄戦における県民集団自決を巡る教科書検定問題で、大規模な抗議集会が開かれたが、今回の少女暴行事件についても、同様の超党派による県民抗議集会が計画されている。

<脅かされる地方自治>
 この事件は、市長選挙が終了した岩国はもとより、米軍基地を抱え、あるいは移駐先となっている全国の自治体に動揺を与えている。防衛省は岩国市に対し、空母艦載機移駐を決定した場合、凍結中の新市庁舎建設補助金とほぼ同額の約35億円の補助金を、別の法律に基づいて交付することを明らかにするなど、「アメ」をもって基地拡大反対の声を押さえ込むのに躍起となっている。
 今後、岩国に厚木から艦載機が移駐した場合、問題の夜間離着陸訓練地も硫黄島から移ることになり、すでに移転先候補として、鹿児島県のいくつかの離島が取り沙汰されている。また米軍再編にともない、日本各地での陸、海、空の日米実働演習も拡大していくことになる。
 昨年11月には3年ぶりの大規模な日米合同統合演習が、10日間にわたり北海道から九州にかけて行なわれたばかりであり、詳細な演習内容を知らされなかった自治体、住民の間では今後の動きに不安が広がっている。
 市民を無視して強引に進められる米軍再編に対して、今こそ地方自治体は抗議の声を強めなければならない。とりわけ、首長は県民、市民の安全・安心確保のため政府・与党に対して要求を突きつけていくべきである。
 こうしたなか、大阪府の橋下知事は、岩国市長選と住民投票に関し「防衛政策について地方自治体がとやかく言うべきではない」などと、あたかも「官選知事」のごとく地方自治の本旨を逸脱した仰天見解を述べている。「子どもの笑顔」を標榜する橋下知事は、今回の沖縄の事件をどう見ているのか。
 いずれにしても、基地頼りの活性化では、真の地方再生を果たすことができないのは明らかであり、地方分権確立に向けた取り組みの中で「基地問題」をしっかりと位置づけることが求められている。(大阪O)

 【出典】 アサート No.363 2008年2月23日

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【投稿】「地方財政健全化法」の狙いは何か

【投稿】「地方財政健全化法」の狙いは何か
                           福井  杉本達也

1.連結財政指標は自治体に何をもたらすか
 咋年6月、地方自治体財政健全化法(破綻法)が成立したことをうけ、総務省は12月7日に自治体の財政破綻などを認定するための「早期健全化基準」について通知を出した。破綻法制の考え方は、自治体の財政状況を把握し、早期健全化を促すこと、漫然とした財政運営を行い「経営に失敗すれば。自治体も破綻という事態に立ち至る、という危機感を持つこと」(2006.5「総務省報告書」)だとしており、基準は08年度より適用される。破綻認定の基準は、①普通会計の赤字を示す「実質赤字比率」、②病院や下水道など公営企業会計の赤字を含めた「連結実質赤字比率」、③毎年の借金返済の負担を示す「実質公債費比率」、④第三セクターの借金など自治体が将来肩代わりする可能性のある負債も考慮した「将来負担比率」である。
 ①の「実質赤字比率」はこれまでの財政再建団体に陥り、起債制限される基準である市町村で20%以上、都道府県で5%以上の値が採用されている。「早期健全化基準」はこれまでの地方債協議から許可制度への移行基準と破綻基準の中間値である、市町村で11.25%~15%、都道府県で3.75%となった。これについては、これまでも「再建団体」の指標として自治体関係者は熟知しておりさほどの違和感はない。今回の基準の焦点は②の「連結実質赤字比率」である。破綻の基準は市町村が30%、都道府県は15%とされた。2005年度のデータでは、この破綻基準を超えている自治体は、夕張市、室蘭市、熱海市、泉佐野市など9自治体ある。さらに、市町村16.25%~20%、都道府県8.75%の早期健全化基準に該当しそうな自治体が、和歌山市、守口市など6自治体ある。さらには、米子市、高知市、福岡市、京都市、神戸市、徳島市、堺市といった県都・政令指定都市も連結では赤字となっている(「『連結実質赤字比率』を05年度データで試算」石川達哉『エコノミスト』2008.1.29)。このうち特別会計で262億円の累積赤字を抱える和歌山市は財政再生団体転落を回避するため、和歌山県より15億円の融資を受けることとなったと報道されている(毎日:2008.2.10)。

2.連結決算で自治体財政を見ることは良いことか
 連結で決算を見ることは自治体の起債の償還能力を見るうえではよいが、連結で赤字に陥った自治体の原因は様々である。北海道の赤平市は病院会計の赤字、室蘭市は造成土地の赤字、泉佐野市は関西空港関連の開発費の赤字である。しかし、病院事業と土地造成事業や観光事業による赤字を一緒くたにしていいのであろうか、神野直彦氏は「新たに導入された連結実質赤字比率は、実質赤字の『質的相違』を無視して加算する。観光施設の赤字であれば、住民は観光施設の売却を考えるかもしれない。しかし、医療は住民の生活を支える。…財政指標をよくするために診療所などが廃止され、地域医療に悲劇的な状況が生じている」(『エコノミスト』2008.1.29)と赤字の質的相違を無視する総務省の指標に異議を唱えている。

3.目的は地方債の市場化
 今日、地方財政は危機的状況にある。しかし、いまだその危機的状況を自覚せず、整備新幹線だ、基幹道路の整備だといって、漫然とした財政運営を続ける自治体も多々ある。そのような自治体に危機意識を持たせるために「指標」を利用することには意義がある。しかし、三位一体改革と称して実態は5兆1000億円もの地方交付税を削り、元々交付税依存の高かった市町村を危機に追い込んできた総務省のこれまでの対応を見るならば、地方財政再建制度の目的は別にあると見なければならない。2003年の住宅供給公社・土地開発公社への「減損会計」(いわゆる「時価会計主義」)導入あたりから総務省は市場原理主義の考えに染まってきていたと考えられる。
 既に地方債の財政投融資会計による引き受けという手段は、財政投融資会計の解体と郵政民営化によって遮断されつつある。市場化路線の次の手は『破綻法制』で厳しく財政再建を義務づけ、国による償還保証をやめて、『完全自由化』へと導くことである(日経:2007.11.15)。しかし、国債とは違い、東京都などの一部の地方債を除き、発行条件は同じで財政状況に応じて金利に差がつく“市場原理”は働いてはいない。2007年11月7日に行われた日経の「地方財政シンポジウム」で、竹中平蔵氏は「地方債は財政の手段だと思われているが、金融の手段だ。市場の声を謙虚に受け止め、自己改革」すべきだと率直に述べている(日経:2007.11.15)。現行の地方財政制度の大幅な変更は、「戦後50年以上見直されなかった財政再建団体制度が機能不全に陥ったことにある」(宮脇淳北大教授:日経:同上)のではなく。意識的に機能不全に陥らせ、地方の『自立』という旗印の下、国際金融資本の儲け口にすることにある。

4.自治体と地方金融機関をグローバル化の波に投げ込もうとする総務省の策動
 自治体は市場から資金を調達すべきだというが、現状の縁故債などによる調達ではどうして具合が悪いのであろうか。確かに指定金融機関との貸借条件をめぐっての不透明さはある。和歌山県土地開発公社や宮崎シーガイアのように、自治体と金融機関とのもたれ合いによる膨大な損失もあろう。しかし、それでも地方の自治体の財政状況を一番良く理解しているのは、指定金融機関などの地方銀行である。また、地方で集めた資金が地方の自治体の事業を通じて再び地方に還流する。米国では自治体は個々の信用力により資金調達を行っているが、一般債権と同様、金融保険会社(モノライン保険会社)の格付けで評価されて起債を行っている。今の地方債のシステムを、いきなり米国のように「格付け」で評価しようとするには無理がある。そもそも「格付け」が正確とは限らない。今回のサブプライムローン問題では格付会社自体の信用が問われている。地銀や信用金庫は、融資先の企業の財務諸表だけを見て赤字か黒字かで融資を判断しようとはしない。現在は赤字でもその企業の技術力や経営力などを総合的に判断して融資するものである。それは地元の地銀・信用金庫だからこそ総合的な情報に基づいて判断できるのである。
 上記の「シンポジウム」で、ニッセイアセットマネジメントの徳島勝幸氏は投資家が地方債を購入する理由として「国債に対する超過収益を得るため」「投資家の投資判断には利回りとスプレッドが重要」と述べ、政府の保証からの切り離しによるリスクの顕在化を求めている(日経:2007.11.15)。リスクが顕在化するということは金融資本にとってはそれだけ儲ける機会があるということである。早期健全化基準手前の連結決算が赤字の自治体の起債を、低い格付で評価し、高い金利を取り、さらには債権である地方債をサブプライムローンのように証券化して売り抜けてしまうという発想もでてこよう。その際の高い金利差の負担は自治体の住民の税金で賄われることになる。

 【出典】 アサート No.363 2008年2月23日

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【投稿】労働者派遣法改正問題について –規制緩和は労働者を保護しない—

【投稿】労働者派遣法改正問題について –規制緩和は労働者を保護しない—

 自宅で購読している毎日新聞の日曜版には、たくさんの求人広告折込が入る。仕事柄一読するようにしているのだが、正規職員の募集は極めて少ない。パート・アルバイトは前からあるにしても、多くなっているのは、派遣型の募集である。実際の職場や企業名は記載されていない。組み立て工であるとか販売スタッフなどの表示であって、これらは労働者派遣会社が登録者を募集しているのである。当然ながら、社会保険完備などの表記は見当たらない。
 こうした派遣労働が常態化しつつある。近年のワーキング・プア問題が社会問題化され、政府もこれを無視することはできなくなってきたため、労働者派遣法の見直し・改正問題が焦点化しつつある。
 民主党は、今国会に労働者派遣法の改正案を提出する。特に「日雇い派遣」を全面的に禁止するという内容と言われている。仕事があるときだけ雇用契約を結ぶ登録型派遣がワーキング・プアの温床になっているという認識に立って、日雇い派遣の禁止、2ヶ月以内の労働者派遣の禁止、派遣先・派遣元の共同使用者責任を明確にすることが柱になっている。
 連合は、今年の連合白書の中で「連合は、労働者派遣制度は、創設当初の原則に立ち返るべきと考えている。当面の措置としては、登録型の非26業務について、禁止を含めた方向での抜本的見直しが必要である。連合は、労働者保護をはかる視点から、諸外国におけるみなし雇用制度、派遣元・派遣先の連帯責任、均衡・均等待遇原則等を参考に、労働者派遣法の見直しをもとめていく」としている。
 
<労働者の権利強化は、失業をもたらす??>
 使用者側の主張は、これと真っ向から対立したものと言える。
 昨年5月政府の規制改革会議・再チャレンジワーキンググループ・労働タスクフォースは、「脱格差と活力をもたらす労働市場へ–労働法制の抜本的見直しを–」と題する提言を発表している。一読して、あきれ果てる内容だが、辛抱して読んでおく必要がある。
 「流動性の高い労働市場を構築して初めて、働き方を変えたいと思う個々人が、意欲や努力により働き方を変えることができる機会のある、すべての人々にとって再チャレンジが可能な社会となりうる」
 「一部に残存する神話のように、労働者の権利を強めれば、その労働者の保護が図られると言う考え方は誤っている。不用意に最低賃金を引き上げることは、その賃金に見合う生産性を発揮できない労働者の失業をもたらし、そのような人々の生活をかえって困窮させることにつながる。」
 「真の労働者の保護は、「権利の強化」によるものではなく、むしろ、望まない契約を押し付けられることがなく、知ることのできない隠された事情のない契約を、自らの自由な意思で選び取れるようにする環境を整備すること、すなわち、労働契約に関する情報の非対称性を解消することこそ、本質的な課題というべきである。」と述べる。
 要するに「徹底した規制緩和が、労働者を保護する」との主張するのである。この文章は、ちょうど安倍前内閣が「再チャレンジ政策」を打ち出した時期に出されており、安倍前内閣の新自由主義的労働政策を、隠さずに書かれたとも言えるのである。
 規制ではなく、市場がすべてを解決すると言いたげな内容だが、この内容をまともな議論と受け止める労働者はいない。経営者の中にも違和感を感じる人は多いはずである。
 「労働者保護が強まれば、正規社員雇用は少なくなる」というが、「労働者保護規制が弱まれば、正規職員は増える」とは、言わないのである。「労働者の再チャレンジ」のためと装いつつ、一切の有期雇用を否定し、労働権を認めず、使用者と企業利益を至上とする労働市場をつくろうとしているのである。
 提言では、さらに、解雇規制の緩和(判例の積み重ねで、解雇規制が実質的に存在している事を批判し、解雇法制の整備を主張)、労働者派遣における規制の一層の緩和を求めている。
 
<現行制度でも労働者は保護されていない>
 しかし、労働市場はますます労働者を酷使し、無権利・低賃金・長時間労働を当然のこととして、労働者に押し付けてきた。
 キャノンで発覚した偽装請負事件。派遣労働者が立ち上がったことで、経営側は07年3月3500人を直接雇用するとした。しかし、期間工として採用したにすぎず、5ヶ月契約最長2年11ヶ月で雇い止めするという内容だった。正規雇用は拒み続けている。
 マクドナルドの店長は管理職と企業内で位置づけられ、時間外労働も青天井という実態である。東京地裁は、労働実態からして「管理監督者」とは言えないと2年間の残業代約755万円を支払えと判決をだした。しかし、同社はこれを認めず控訴するという。正規社員であっても、時間外労働コストを削り、長時間労働が野放しになっているのである。
 今年1月悪名高いグッドウィルが日雇い派遣の業務停止命令を受けた。介護サービス・コムスンの不正請求に続いて、派遣業務でも二重派遣を行い、派遣法で禁止されている港湾・建設業務への違法派遣が摘発されたからだ。二重派遣で港湾作業を行っていた労働者が労災にあったことが発端だった。派遣業界は5兆円産業とも言われるほど成長著しく、グッドウィルが撤退を余儀なくされても、現在の派遣法制のままであれば、次の悪徳企業が出てくるに違いない。
 2月8日国会で共産党の志位委員長は、派遣問題に的を絞った国会質問を行い、話題になった。「日雇い派遣で倉庫作業と言われて現場に行くと冷凍庫内での作業で凍傷になった」労働者の話、また「アスベスト除去作業にいったが、正規社員は防塵マスクがあったが、派遣労働者はコンビニでマスクを買えと言われた」など、労働者を使い捨てとして扱う現実を明らかにして政府を追及したのである。新聞によれば、反響は大きくインタネットの書き込みは4000件を越えたと報じられている。
 現行法の基でさえ、労働者の権利は踏みにじられている。さらなる規制緩和が何をもたらすかは明らかである。
 
<さらなる規制強化・労働者保護を>
 1985年に労働者派遣法が制定された。当初は業種を限定していたが、99年には対象業務を原則自由化し、一挙に広がった。低賃金で、社会保険負担から逃れることができ増員も減員も派遣会社任せという、企業の論理を優先させる派遣労働市場が拡大してきた。
 その結果、非正規雇用が一挙に拡大、低賃金・無権利の労働者を大量に現出させ、働いても低賃金(ワーキング・プア)層を拡大してきたのである。まさに、格差社会化を促進させてきたのである。
 小泉・安倍と続いた新自由主義路線も、参議院選挙の大敗という国民の拒否反応に立ち往生し、福田内閣では「格差社会」是正を一部に容認するという「修正」の動きが出てきているのも事実である。労働者派遣法の改正について、政府も有識者委員会で検討するという方向を打ち出さざるを得なくなっている。
 もちろん、経済界は従来の主張を変えてはいない。雇用の流動化路線に変化はない。法令違反企業には制裁を認めるものの、派遣の原則自由化については、先の提言に近い主張を行っているのである。
 連合は、09春闘の柱を、大手、中小、そして非正規問題と位置づけているが、その本気度が問われている。企業業績が上向いている今春闘こそ、大手のみならず、非正規労働者の権利拡大と待遇改善を勝ち取る好機であろう。まさに労働組合の社会的連帯の質が問われているのである。
 逆転参議院という有利な状況こそ、労働者の権利拡大・労働市場の規制強化のために活用しなければならない。日雇い派遣規制を突破口に「格差社会反対」の実績を、野党は統一して勝ち取る必要がある。それこそが政権交代に繋がる労働者の信頼と支持拡大を生み出すと考える。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.363 2008年2月23日

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【感想】アサーティブ(assertive)であること

【感想】アサーティブ(assertive)であること

 本紙は、「青年の旗」から1994年に「アサート」に変更した。以来15年が経過しようとしている。当時は決して一般的な言葉ではなかった。前衛主義から決別し、しっかりと主張する、議論する姿勢を示す言葉として、名称変更議論の中から選ばれた言葉が「アサート(assert)」だった。最近、私はこの言葉を最近いろんな文脈で見つけるようになった。
 アサーティブな生き方、アサーティブなコミュニケーションなどである。
 一例を挙げよう。セクシャルハラスメントについて学習するパンフレットにこんな文章を見つけた。「相手の気持ちも立て、自分の気持ちもきちんと主張する力。これからは『アサーション』が大切」と見出しがある。
 「アサーション(assertion)とは、自分の意見を押し通すことだけでなく、相手の気持ちや意思を尊重しつつ、きちんと自分の意思や気持ちを伝える自己主張のことです。こうした、双方が対等に上手に自分の気持ちを伝え合えるアサーティブな関係こそが職場のメンタルヘルス向上にもつながります。このような上手な自己主張の方法を日ごろから職場などで研修したり、練習することもセクハラ防止の大切な手段です。」と。
 「アサーティブ・ジャパン」というNPOもある。アサーティブなコミュニケイションを研修する団体らしい。そのHPには、以下の文章があった。
 「アサーティブトレーニングは、1970年代における人権擁護の思想と女性解放の理論を土台として発展してきました。そして責任を伴った主体的な自己主張・自己表現および交渉の方法論として欧米を中心に、広くマネージメントの場面を中心に取り入れられてきました。」
 「 私たちが日常生活のなかでついとりがちなアサーティブでないコミュニケーションのパターンには、次の3つがあります。
・人に食ってかかる攻撃的なタイプ(攻撃的)
・自己犠牲的で、ふみにじられても黙っているタイプ(受身的)
・攻撃性を隠して相手をコントロールするタイプ(作為的)
それに対して、自分の気持ちと意見を誠実に、率直に、対等に伝えられるタイプをアサーティブであるといいます。」
 つまり、相手と対等に、そして自己主張も行う、そんなコミュニケーション・スキルとして、アサーティブな態度・発言・関係が重視されているということだ。
 アサート194号では、『「ASSERT」は英語の動詞で「主張する」という意味です。第183号から第187号に連載された依辺瞬氏の論文「労働組合運動の再構築にむけて」の一節「<主張的>(assertive)であることが自立した個人の重要な要素である」(第184号所収)からヒントを得て・・』と説明されているが、とても現代的であり、我々の姿勢を現す言葉であることを再認識している次第である。
 『「アサーティブネス(Assertiveness)」の訳語は、「自己主張すること」。しかし、アサーティブであることは、自分の意見を押し通すことではありません。自分の要求や意見を、相手の権利を侵害することなく、誠実に、率直に、対等に表現することを意味します。』まさに、我々の姿勢そのものであると言える。最近、自己主張から遠ざかっている読者の皆さん、どんどん自己主張(投稿?)していただければ、幸いである。(H)

 【出典】 アサート No.363 2008年2月23日

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【コラム】ひとりごと–橋下大阪府知事は何処を向いている—

【コラム】ひとりごと–橋下大阪府知事は何処を向いている—

○またしても大阪府民は、間違った選択をしてしまった。先の選挙で、タレントで「弁護士」の橋下知事を誕生させてしまった。○テレビに良く出ていたというだけで、若い人たちは、橋下に投票したのだろう。東京・石原、宮崎・東国原、大阪・橋下と続いている。○今回の知事選挙では、選挙直前になって、前知事の金銭管理問題が浮上し、民主・自公ともに、前知事の推薦を断念することとなった。選挙の1ヶ月前のことであった。○そして従来の支持構造が変化した。昨年11月の大阪市長選挙では民主対自公の構図で、民主候補が勝利したこと、政権交代・衆院選挙も睨んで、地方における相乗り批判、与党対野党の構図がまず生まれていた。そこへ失地挽回をめざす自民党の要請を受けた橋下が乗っかり、民主も大学教授を擁立するという構図で、事実上、与野党3候補の立候補となったわけである。○このように短期戦であったため、知名度が決定的であったことは否めない。○橋下候補は、知名度を逆に生かして、ドブ板作戦。何もしなくても人は集まる。民主候補は、有名人・政党首脳も乗り込んでの街頭作戦となった。○結果は、ダブルスコアーで橋下知事が誕生したのであった。それでも、短期戦、知名度で劣勢であったとは言え、民主候補の100万票近い得票は、評価できると思っている。民主の力も捨てたものではない。大阪の良識票と評価したい。○そこで、橋下知事である。残念ながら品格も良識もない事が、2週間も経たない内に露呈してきているのは、当然と言えば当然でもある。○公約は、すでにいくつかが放棄された。府債発行は一切認めないと当選時に発言したが、レクチャーの後に撤回。○首相との面談や駅伝参加など、マスコミ受けする行動はお好きなようで、府民・府政よりも、カメラがお好きなようである。○また、現代っ子よろしく、よく「キレル」。これもマスコミネタ提供サービスでもあろうか。○「大阪府は財政破綻状態、破産企業の職員の賃下げは当たり前」と言い放つ。賃金カットで財政再建ができるとでも思っているのだろう。しかし、すでに知事部局職員は1万人前後(20年前は2万人以上だったはず)。警察・教員も含めて、財政破綻の責任は職員にあるという論理は、どこまで通用するのだろう。それこそ、職員組合、議会含めて、橋下包囲網が早晩形成されることだろう。○さらに、効率の悪い公共施設の身売り・廃止を打ち出している。人権関連・労働関連の施策・施設に対しても同様に、縮小の対象とするのは必至であろう。これでは、単なる貧乏神である。与党には擦り寄るだけ。地方から政治を変える気概もない。○そもそも橋下は一体何が専門の弁護士なのだろうか。債権取立ての代理人に、彼の名前をみた行政マンは多いはずであるが・・・○彼を担いだ自民・公明府議団が、誤りに気付くのはそう遠くはないはずで、むしろ、もう気付いているのではないか。○府民・職員・議会を敵に回すことは確実であろう。ただ、信念も政治信条もあるのかないのか、分からない方なので、直ぐに豹変し、撤回し、媚を売る方向に修正する可能性も大いにある。政権交代があったら、与党の言うことは聞きます、とまた豹変するのだろう。ノック知事に続いて、この知事である。大阪府民は、また一から学習しなければならないとは、不幸という他はないのである。(佐野)

 【出典】 アサート No.363 2008年2月23日

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【投稿】縮小均衡路線と景気後退の暗雲

【投稿】縮小均衡路線と景気後退の暗雲

<<ブッシュの景気対策>>
 世界経済に暗雲が立ち込めている。昨年来の米住宅バブル崩壊の端緒となったサブプライムローン(低所得者向け住宅融資)問題は、問題の根の深さ=マネーゲームに組み込まれた投機的経済の破綻、そしてその広がり=住宅以外のあらゆるクレジット、ローン、保険のデフォルト(債務不履行)にまで進行しようとしている。バーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)議長は1/17の下院予算委員会で証言し、サブプライムローンの焦げ付きは、現時点で1000億ドル(約10兆7000億円)、11月には1500億ドルに達し、今後「その数倍」に膨らむ恐れがあるとの見方を示している。同じ1/17、米証券大手メリルリンチは、07年第4四半期(10~12月期)決算を発表し、当期損益が前年同期の23億4600万ドル(約2500億円)の黒字から98億3300万ドル(約1兆500億円)の赤字に転落したと発表している。メリルリンチの当期赤字は、その前々日1/15に発表された最大手シティグループと同額である。この1/17のニューヨーク株式市場は、前日比306.95ドル安の1万2159.21ドルで終了、証券信用不安は底が見えず、信用収縮による景気後退が、底なしの経済危機に突入しかねない事態に直面しているとも言えよう。
 こうした事態を受けて、1/18、ブッシュ米大統領は急遽、米経済の「カンフル剤」としての景気対策の発表に追い込まれ、所得税や法人税の減税を中心に、約1400億~1500億ドル(約15兆~16兆円)規模の財政出動に踏み切る方針を明らかにした。
 その骨子の第一は、個人消費喚起のために、戻し税方式で納税者1人あたり800ドル程度(約9万円)の所得税減税を実施し、共働き世帯では1600ドル(約17万円)を想定、ITバブル崩壊に伴う前回01年の景気後退局面で実施した戻し税額の3倍近い金額で、会見に同席したポールソン財務長官は具体例として、納税者一人当たり八百ドルに相当する税金還付であることを明らかにしている。ホワイトハウスのラジアー経済諮問委員会委員長は、消費支出は国内総生産(GDP)の約七割に相当するとし、〇一年、〇三年に続く減税に踏み切ったと説明。
 今後さらに200万世帯が住宅を差し押さえられるとの予測もあるサブプライム救済策では、住宅の差し押さえを防ぐため、ローン契約の変更を手助けする地域団体や非営利組織(NPO)への補助増額、景気減速で悪化している州財政への補助を増やし、差し押さえ住宅の保全を支援し対策を急ぐという。
 さらに、失業保険の給付期間の延長や、困窮者層の食料購入費を対象にした生活補助(フードスタンプ)の増額なども検討するという。
 法人税減税では、雇用を担う中小企業に焦点をあて、減価償却費の損金算入枠拡大による法人税減税によって、「経済成長に重要な企業投資と個人消費をテコ入れする」(大統領)として、新たに約50万人の雇用を生み出す効果を期待している。
 しかしそれでも、1/18のニューヨーク株式市場は、ブッシュ大統領が同日発表した景気対策の概要について、効果は不透明だという見方が広がり、根強い景気後退懸念を背景に売り注文が優勢な展開とり、前日終値比59.91ドル安の1万2099.30ドル、4日続けての続落となった。

<<無策・傍観の福田政権>>
 さて問題の日本は、こうしたアメリカの動きと連動するように下降線をたどっているが、先進国では日本市場の低迷ぶりがとりわけ際立っている。にもかかわらず、福田首相を先頭に政府・与党首脳はまったく無策・傍観、ただただ「ファンダメンタルズは悪くなく、当面は見守っていく」と繰り返すばかりである。半年前の日経平均1,8000円台の株価が1,3000円台に急落、福田政権登場後3カ月だけでも2,500円も値を下げている。
 自民党は1/17、党大会を開き、党総裁として初めて臨んだ福田首相は「自民党に対する国民の不信、不満を痛感している。国民は政治や行政に憤っている」と指摘し、「立党以来の最大の危機」と位置づけ、「国民の中に入り、国民の声に耳を傾け、まだ消えぬ期待の炎を燃えさかる支持と支援の炎に変えていく」と語ったが、いかなる政策を中心にすえるのかという肝心かなめの基本政策はまったく展開しえず、年内にも予想される解散・総選挙に向けた戦略などは先送りして、一切触れることはなかった。当然、大会を政治決戦の年の幕開けにふさわしい場にするべく準備していた、15あった衆院選の候補者が決まっていない空白区(現在は11)について「党大会の際に発表」するはずがこれも先送りされ、現職が競合する選挙区の公認調整も事実上ストップし、首相を先頭に「解散風をあおることだけは避けたい」という姿勢が露骨に示され、野党の挑戦、解散・総選挙を受けて立つ気迫は微塵もない党大会となってしまった。
 そして1/18の通常国会冒頭の内閣発足後初めてとなる施政方針演説で、「国民本位で」「国民の目線で」「国民の立場に立って」とやたらに低姿勢を強調しながらも、その実は小泉・安倍内閣以来の「歳出・歳入一体改革」を「徹底して」進めることをあらためて表明し、「財政健全化」の名の下に徹底した「社会保障抑制」路線と、さらに消費税率の引き上げを含む「税体系の抜本的改革」について「早期に実現を図る必要がある」として、消費税増税路線に福田内閣が乗り出す姿勢を明らかにしたのである。さらに問題なのは、年間約五兆円にものぼる軍事費には一切手をつけず、この巨額の軍事費を食い物にする政界・経済界・軍事官僚の癒着構造が明らかになった防衛省汚職について何の反省の言葉すら述べることなく、「真相究明」の意思も表明せず、逆に「平和協力国家日本の実現」を掲げ、その目玉として、「迅速かつ効果的に国際平和協力活動(=自衛隊の海外派兵)を実施していくため、いわゆる『一般法』(恒久法)の検討を進める」ことを打ち出したのである。何のことはない、低姿勢を表看板にしただけの小泉・安倍路線、実質憲法改悪路線の継承である。

<<政権交代の年へ>>
 その本質は、財務省官僚が唱える「財政支出の均衡こそ第一」と考える「財政原理主義」であり、縮小均衡路線である。しかもその縮小均衡路線は、マネーゲーム万能の市場原理主義と結びついた弱肉強食路線、格差拡大路線である。市場原理主義者のブッシュ米大統領でさえ今回提起せざるをえなかった景気対策とはまるで対極に位置する、増税・消費抑制・マイナス成長路線である。取られるべきは拡大均衡路線であるべきなのに、これでは不況をますます深刻化させ、財政破綻をより一層拡大させるものでしかない。
 拡大均衡路線によってこそ、医療・福祉・介護・年金を再建することが可能となり、格差拡大をストップ・縮小させ、雇用を拡大させ、社会資本を充実させ、地方経済を立て直すことが可能となる。地震対策と原発の縮小、地球温暖化対策、環境対策にも大胆な政策転換と投資を投ずべきであろうし、そのことは日本社会全体の喫緊の課題として重視されるべきであろう。
暗雲立ち込める景気後退に対して、まず取られるべきは最低賃金の引き上げと所得税減税、石油・ガソリン減税を含めたあらゆる可能な消費税減税、社会保険・雇用保険給付金の底上げと給付期間の延長であろう。事態はこれによって大きく改善されることが期待されるといえよう。
しかしこうした政策を実現させるためには、政治の大胆な政策転換が不可欠である。自民・公明連合を与党とする福田内閣の無策・傍観路線、縮小均衡路線ではこれは望むべくもない。
対する野党も、この点では不明瞭であり、明確な政策対置がなされていない。しかし石油価格の高騰と共にあらゆる商品の物価騰貴が押し寄せ始め、庶民は悲鳴を上げ始め、事態は大きく転換しようとしている。何はさておいても、自民・公明連合の政権を一刻も早く引き摺り下ろし、政権交代を勝ち取ることが必要不可欠の最低条件になっており、野党はそのために結束を強め、政策対置を明確に提起し、奮起すべきであろう。2008年は、そのことが可能となる重大な年と言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.362 2008年1月26日

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【投稿】08春闘に向けて —タクシー労働者の春闘課題に寄せて— 

【投稿】08春闘に向けて —タクシー労働者の春闘課題に寄せて—   
                                立花 豊 

 昨年12月4日、連合は中央委員会を開催し、「08春季生活闘争方針」を決定した。その内容は、格差拡大、ワーキングプアの増大という労働者にとって極めて厳しい情勢を受けて、昨年までより一歩突っ込んだ方針を掲げたものになった。「基本スタンス」として①マクロ的には、労働側に実質1%以上の配分の実現。②月例賃金を重視した賃上げに取り組み、非正規社員や低所得者を重視し、全体の底上げをはかる、③法定最低賃金の引き上げにつながる企業内最賃協定の締結・改定に向けた取組み、④総実労働時間の短縮と時間外労働割増率の引き上げ、⑤中小共闘、パート共闘等の強化を挙げている。全体として格差是正・全体の底上げを全面に出したスタンスを取っているのは当然だが。今春闘では中小地場の「到達すべき水準値」を初めて示した。
 また、同12月6日にはパート共闘会議がひらかれ、「取組み目安」が決定されている。連合の全体方針に合わせ、①組織拡大、②均等・均衡処遇の実現、③時間給の改善として絶対額1000円程度、上げ幅25円程度、④企業内最賃の協定化に取り組むとされている。
 さて、こうした労働側に対して、企業側は「賃上げ容認」の姿勢をみせてきている。日本経団連は、08春闘に向けた臨時総会で、業績好調な企業は賃上げをすべきとした。もっともこれは昨今の消費不況から抜け出せていない経済情勢などの条件付の賃上げ容認論だが、経営側が容認せざるを得ないほどの企業環境ということだろう。原油の国際価格高騰をきっかけとした様々な生活必需品や食料品の値上げラッシュの中で、労働者の家計は昨年の住民税問題と併せて、これまでになく切り詰めざるを得なくなってきていることを考えると一部「余裕のある」企業だけの賃上げでは到底おぼつかない情況であろう。
 私の所属するタクシー職場も、昨年から年明けにかけて大きな動きがあった。昨年11月「タクシー乗務員の生活向上を図るため」に、国交省はタクシー料金の値上げを認めた。12月31日に認可された料金の上げ幅は東京地区でおよそ7%程度だが、これがそのままタクシー労働者所得の向上になるとはもちろん不明である。1月17日付けの日経新聞によると、東京乗用旅客自動車協会(東旅協:約380社)が、会員35社を対象に実施した調査で、値上げ後1ヶ月間の1日当たり営業収入は前年同期比で2%減ったとしている。輸送回数も同8.9%減少し、約7%の値上げ効果は打ち消され、減収になったのである。企業の大小に関わらず減収となっている模様で、これまでの増収手段としての増車から一転して、企業としてのコストダウンを図るため減車に方向を転換したタクシー会社も出てきた。
 02年2月の規制緩和以来、利用者が減少する中で、各社は増車を選択し総台数は増え続け、結果乗務員の年収は平均400万円から300万円台へと大きく減らされてきている。タクシーの労働組合は減車、乗務員のプロ化などを掲げ政府の規制緩和策に声を上げるようになってきた。今後こうした企業側の動きはより大きくなるであろうが、労働者としては賃金の完全歩合制を大きく変更しない限り安易な増車に歯止めはかからないだろう。固定給部分の創設・アップ、歩合給部分の削減を図り、乗務員の生活安定化に取り組むべきだ。また、実質年間2800時間もの労働時間も大幅に削減し、生活の余裕をつくって健康と安全を確保しなければならない。さらに労働者間の団結の阻害となっている正社員・準社員等の差別的処遇を改善させることは急務となっている。
 また同様に比較的劣悪な労働条件下にある運輸労働者・トラック運転の労働者と連携する中で、政府の規制緩和政策を止めさせる展望が開かれるのではないだろうか。

 【出典】 アサート No.362 2008年1月26日

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【投稿】「医療崩壊」考

【投稿】「医療崩壊」考
                       福井 杉本達也

1.「たらいまわし」報道
 1月15日NHK昼のニュースは、2006年に大阪市内の救急搬送受け入れ拒否(病院に20回以上受け入れ要請したケース)が104件にものぼったと報じられた(大阪市消防局調べ)。これを、NHKは「たらいまわし」と報道している。「たらいまわし」とは大辞林によると「ある一つの物事をなれ合いで他の者に送りまわすこと」とある。むろん否定的な意味合いが濃厚である。最近、大阪・奈良を中心に執拗に救急病院叩きの報道が続いている。「大阪府河南町で昨年3月同府内の男性(70)が、21病院に受け入れを拒否され、救急搬送中に心配停止に陥って17日後に死亡」(福井:1月13日)、「大阪府富田林市で昨年3月、自宅で心配停止状態になって、救急搬送された女性(当時77)が13の病院に受け入れを拒否され、約1時間10分後に死亡」(日経:1月14日)。1月19日NNNニュース「大阪16歳少女・7病院に断られ死亡」(わざわざ2年前の治療を拒否してきた拒食症の少女の事例を出して不信を煽る・「搬送先の病院によると、少女は拒食症で、到着時にはショック状態で意識が無かった。」(時事:1.19))等々。ついには4コマ漫画でA:「キミ医学部学生だったね」B:「ハイ」A:「いまどういうのを習っているんだい」B:(たらいを足で回すシーン)A:「たらい回しか」(産経:2007.12.15「サラリ君」NO.9472)と皮肉る事態にまでに至っている。これらを「天漢日乗」氏はブログ上で『「大阪東南部焦土作戦」遂行中』と評している。

2.マスコミによる“犯人探し”は何をもたらすか
 こうした、マスコミによる“犯人探し”、医療機関・特に救急医療機関叩きは何をもたらすであろうか。上記「天漢日乗」氏の情報によると2007年8月の「奈良高槻妊婦搬送問題での行き過ぎたマスコミの奈良県立医大産婦人科教室叩きが原因となって、研修予定者が辞退を決めたという。産科医不足は深刻と、マスコミは報道する一方で、医師を悪者に仕立てるために過剰な奈良県立医大産婦人科教室叩きをこの何日か続けた。その様子を見て、これから研修を予定していた若手医師が辞退した。産科は慢性的に人が足りない。特に奈良では、大淀病院産婦死亡事例での毎日新聞が第一報で誤報を垂れ流し、メディアスクラムが起きた結果、この3月に奈良県南部の産科の最後の砦であった大淀病院産科が閉鎖されただけでなく、近隣地域でも産科の閉鎖・縮小が相次いでいる。辞退した若手医師についてだが、たった一人であっても、影響は大きい。一人の医師の養成には最低でも10年かかるのだ。その医師が、その10年の間に扱うお産は年間100件を超え、場合によっては200件になる。つまり 一人の医師が産科に進まなかっただけで、1000人~2000人の「未来の母親」が、掛かるべき産科の医師を失ったことになるのだ。そして、受け入れる側の奈良県立医大産婦人科教室では、当然、研修医をシフトに入れて、産婦人科の運営を考えていたはずで、それが白紙に戻ったことになる。予定していた医師が一人減るわけで、これが奈良県立医大産婦人科教室の過重労働をさらに悪化させることは間違いない。」(2007.9.1)とその影響の大きさを分析している。

3.医師不足はなぜおきたのか
 厚労省の調査によると、日本の医師総数は26万人である。人口千人当たり2.0人である。これをOECD諸国の人口当たり平均医師数3.1人と同等にしようとすると14万人たりない計算となる。雑誌『保険診療』の座談会では「ずっと以前から医師たちは過酷な労働時間で働いてきた。それが顕在化した」最近「医者たちが声を上げるようになった」(本田宏:埼玉県済生会)「医療事故の記述が99年あたりから急激に増えてくる…そこから3年ほど経った2002~03年ころから急に増え始め、04年の『新医師臨床研修制度施行』を機に加速されます」(権丈善一:慶応大)「医師のモラールの高さと長時間労働によって医療が支えられていた」(近藤克則:日福大)(『保険診療』2008.1座談会:「医療崩壊」の先に何があるか)と分析している。ようするに、これまで厚労省が「医師数は過剰である」としてきたことは、国際水準からいっても、また、現場の長時間労働という勤務実態から言っても大ウソであり、大学医局の講座制=徒弟制度の枠によって表面化しなかっただけであり、ここ数年、医師の意識が変化してきたことによって表面化してきたものである。それをさらに助長したのが、99年以降の医療瑕疵をめぐる医療裁判、医療事故に対する“誤報の垂れ流し”であり、最終的に「新医師臨床研修制度」の施行によって講座制のタガが完全に外れたのである。講座制のタガのあった99年ころでも、福井医科大学(現福井大学医学部)の場合、毎年百数十名が卒業生するものの、地元に残るものは3割であり、たとえば、主力の第一・第二・第三とある内科講座に残る卒業生はわずか6人しかいないという実態であった。福井県では多くの過疎地域を抱えるが、金沢大学や福井大学の卒業生は全く当てにできず、自治医科大学の2名の卒業生の10年間の「年季奉公」期間のうち研修期間を除く期間で必死にやりくりしているのが実情である。こうした中、原発の交付金などを財源として73億円をかけて整備した市立敦賀病院は03年度には47人の医者がいたものの、07年には38人となり、医師不足のため375床の病床のうち43床を閉鎖に追い込まれ経営危機に直面している(福井:2007.12.23)。

4.総務省の自治体病院の切り捨て
 総務省は12月7日に自治体財政破綻の新基準を策定した。自治体本体に地下鉄や病院事業会計を加えた「連結実質赤字比率」で自治体の財政破綻を宣告しようというものである。総務省の「公立病院改革懇談会」では、連結の対象となるため、経営改善の必要な公立病院の「独立採算」を強く求め、3年以内に経営の効率化をするよう病床削減や診療所への転換、民間への指定管理者制への移行を指導するという。公立病院の7割は赤字といわれ経営難ではあるが、地域医療の中核を担う公立病院がなくなれば地域の医療は崩壊する。こうした中、05年には福岡県が5県立病院の廃止・民間への譲渡と委託を、また、大阪府も5病院の独立行政法人化を行っている。しかし、民間譲渡・独法化・指定管理等の方策が地域医療の改善に繋がるとは思えない。職員給料の削減・長時間労働のさらなる常態化とそれに伴う医師・看護師のさらなる確保難・設備の老朽化や小児科や産婦人科などの赤字部門の廃止へと回転していくだろう。自治体が自らの財政状況を正確に把握するということは重要ではあるが、無目的に一般会計からの繰出しを減らし、病院に「独立採算」を押し付け、地域医療に対するコミットをできるだけ薄くしていこうとすることは、地域のさらなる疲弊と地域全体の崩壊を早めることになろう。

5.マスコミによる救急医療機関攻撃の本当の目的は何か
 前記座談会で虎の門病院の小松秀樹氏はマスコミの報道について、被害者の感情をそのまま出してしまうというのが日本のメディアの病気であり、『誰それが悪い』ということを根拠もなしに社会に植えつけ、『正義のために』と書いた記事が、結果として社会に悪い影響を与えていると分析しているが、はたしてそこに本当の目的があるのであろうか。
攻撃の目標は日本の医療サービス体制の根幹の1つを担う救急医療体制を崩壊させることにあるのではなかろうか。在日米国商工会議所は2006年版の『ビジネス白書』で、「医療制度の包括的改革にあたっては、現行の国民健康保険関係規則が本制度の足枷になっている…診療報酬体系や複雑なモニタリング規則に縛られ…医療資源の効率化および費用の効果的活用という目標としばしば矛盾した対応に走るケースが見受けられる。市場主導のシステム…効率的な資源配分を促す決定を反映させるべく、新たなインセンティブの設定が必要である。」と日本の医療制度を勝手に分析し、「医療財政の効率化のため、競争と選択の機会を拡大」し、「 効率的な医療制度を実現するため、自己負担を通じて患者に適切なインセンティブを提供」すべきであるとし、「医療機関に株式会社としての組織化を認めることは、医療機関のみならず、サービスの提供を受ける患者側の選択の幅を広げることになる。資金の新たな調達先や調達方法が医師や医療機関にもたらされれば、医療サービス産業への国の内外からの新規参入が促進」されると病院の株式会社化を要求している。
 救急医療体制を崩壊させることは、地域医療の中核を担ってきた総合病院をなくすということであり、国民皆保険制度に風穴をあけるととになる。病院経営は「競争と選択」の嵐の中に投げ込まれ、赤字を抱える自治体病院・独立行政法人病院は撤退を余儀なくされ、民間の中核病院は小児科や産婦人科など費用や手数のかかり、医療訴訟のリスクの大きい医療部門から撤退し専門科に特化せざるを得なくなる。地域医療の焼野ヶ原には、外資ファンド・保険会社を後ろ盾とし、「自由診療」ないしは「混合診療」を柱とする株式会社が容易に参入してくるである。
 米ベクテル社の主導により神戸・ポートアイランドに『医療産業都市』が整備中である。ベクテル社の構想によれば、『メディカルイノベーションクラスター』の形成には「「研究」-「治験」-「製造」-「医療サービス」の各過程を通じて産業化され、これがクラスターの成長の起動力となる。特に「研究」-「治験」の過程には、何回かのフィードバックが必要であり、そのプロセスが長いほど投資額は巨額になる。そこで、…研究者と臨床医を集積させ、また臨床疫学の研究を進めることで…効率化することが可能となる。」(『神戸健康科学振興ビジョン』)としている。つまり、人体を使った新薬の臨床試験=「治験」を繰り返すには「次世代の優秀な臨床医の集積」と大量の「国内外からの患者の集積」(同ビジョン)が必要なのである。福井県立大の本山美彦氏は「神戸空港を降りれば再生医療都市です。世界の最先端の医療が受けられます。しかも、米スタンフォード大学と遠隔指令で結ばれている。おそらく、アジアの有事を考えています。我々は、PETなどを受けに行きますが、いろんなアジア人の医療データが収集されていくのでしょう。」と指摘しているが、大阪・奈良の救急医療の焦土化作戦によって自然とべクテル社が描いた『医療産業都市』神戸・ポートアイランドに“全てが”集中することとなると考えるのはうがった見方だろうか。

 【出典】 アサート No.362 2008年1月26日

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【本の紹介】『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』

【本の紹介】『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』
  著者 ジョン・J・ミアシャイマー(シカゴ大学教授)
     ステイーヴン・M・ウォルト(ハーヴアード大学教授)
  第一部 2007/9/4 第二部 2007/10/15 副島種彦訳 発行 各 1,800円 講談社

<<「衝撃の問題作」>>
 本書は、昨年9月4日、世界十カ国以上で同時発売され、二部構成の大部であるにもかかわらず、たちまちベストセラー入りした注目の書である。発売直後の9/6付けニュヨーク・タイムズ紙は「イスラエル支持者に対する、検察官による罪状読み上げのような本」と題する書評を掲載し、著者たちが「イスラエルを米国にとってのごく普通の外国の一国として処遇すべき時だ」と記述していることに対して、「そんなことはできない。イスラエルは米国にとって特別な国であり続けるし、そのように考えることこそがリアリズムだ」と酷評、9/11付けワシントン・ポスト紙はリチャード・コーエン筆の書評「イスラエルが消滅することを正当化する論理の提起である」を掲載し、「今のイスラエルは米国にとって戦略的にすでにお荷物になっている。イスラエル・ロビーの活動は米国の国益を損なっている」という著者たちの主張に同意しながらも、「著者たちの主張はあまりに温かみに欠け一方的だ」と抗議している(以上、「訳者あとがき」より)。このように激しい反発と著者たちの勇気と誠実さを賞賛する賛否両論を巻き起こした「衝撃の問題作」である。
 共著者の二人は、国際政治学、国際関係論の分野では知らぬ人のいないほどの学者であり、国際政治学における現実主義という学派を唱道し、そこに属しているという。

<<「イスラエル・ロビー」とは>>
 著者たちの主張はその序文で明確に示されている。
 「私たちの主張は率直でわかりやすい。まず米国がイスラエルに与えている高レベルの金銭的、外交的な支援について記述した。そしそ戦略的な理由や人道的な理由だけではこれらの支援は説明がつかないことを示した。だから<イスラエル・ロビー>の政治的な力が米国のイスラエルに対する大きな支援を生み出している、と私たちは主張する。<イスラエル・ロビー>とは、イスラエルを利する方向に米国の外交政策を向かわせるべく、影響力を行使している諸団体や個人の緩やかな連合体のことである。〈イスラエル・ロビー〉は米国がイスラエルを無条件に後押しするように促す。それに加えて、彼らは米国の外交政策が形成される際に重要を役割を果たしている。イスラエル・パレスチナ紛争、災いをもたらしているイラク侵攻、シリアやイランとの今なお続く衝突など、様々な米国の外交政策について〈イスラエル・ロビー〉は重要な役割を果たしているのだ。私たち著者は次のように主張する。
「こうした米国の外交政策は米国の国益に適っていない。それどころか、イスラエルの長期的な利益をも損なう」

<<より開かれた議論>>
 実に明快である。しかし反応はすさまじかった。
 「私たちの論文への反応は大変なものであった。〇六年七月までに、ハーヴアード大学のウェブサイトに掲載した論文は二十七万五千回もダウンロードされた。私たちの許には『ロンドン・レヴュー・オブ・ブックス』に掲載された論文の翻訳許可や転載許可の依頼が殺到した。予想されたことだが、私たちの論文は〈イスラエル・ロビー〉に属する有名な諸団体や個人から数多くの批判を浴びた。それはまるで嵐のようだった。私たちは〝名誉毀損防止連盟″(ADl)、『ニューヨーク・サン』『ウォールストリート・ジャーナル』『ワシントン・ポスト』『エルサレム・ポスト』などの各紙の論説委員たちから〝反ユダヤ主義者〟と非難された。『ニュー・リパブリック』誌は私たちの論文を攻撃するために四本の論文を掲載した。多くの批評家たちが「この論文には歴史と事実に関する多くの間違いが含まれている」と私たちを非難した。しかし彼らの非雉こそ間違ったものだった。
 イスラエルや〈イスラエル・ロビー〉に関する重要な諸問題について、より開かれた議論が行われる兆候が見られるようになった。」

<<執筆の意図>>
 本書は当初別の出版社から依頼され、05年1月に原稿が送付されたが、掲載を拒否され、その後著者たちによってハーバード大学のインターネットサイトに所属教授論文集の一編として掲載され、上記のような活発な議論を巻き起こし、07年に至ってようやく改めて出版されるにいたった。その間の事情と執筆の意図について、次のように述べている。
 「しかし、依然として〈イスラエル・ロビー〉は米国の中東政策に大きな影響力を持っている。中東地域で米国とイスラエルが直面している諸問題は、私たちの論文が発表された後も小さくなってはいない。実際には中東地域の抱える諸問題はますます悪化するばかりだ。
 米国が行ったイラク戦争は完全に失敗だった。イスラエル国民とパレスチナ人は紛争にからめ取られ、そこから抜け出せないでいる。ハマスとファタフアはパレスチナでの主導権を巡って争いを続けている。レバノンにおけるヒズボラが果たしている役割はトラブルをもたらすだけだ。イランは自国内で核燃料サイクルを完成させようと努力を続けている。アル・カイダのようなテロリスト・グループは、今なお活発に活動を続け、危険である。そして、先進諸国はペルシャ湾の石油に依存している。これらは大変に悩ましい問題だ。もし、私たち米国民が、中東地域での自国の利益と〈イスラエル・ロビー〉を含めた自国の外交政策形成に影響を与える様々な要因について冷静な議論ができなければ、この国が直面している諸問題を効果的に解決することは不可能だ。今後の継続的な議論を促進するために私たちは本書を執筆しているのだ。」

<<米大統領選とイスラエル・ロビー>>
 本年08年11月には米大統領選が控え、予備選の模様が連日報道されているが、著者たちはそこに登場する政治家たちについても次のように述べている。
「米国では大統領選挙の年が近づいている。現段階で選挙結果を予測することは不可能だ。しかし、選挙キャンペーンの特徴のいくつかを予測することは簡単である。候補者たちは、この国が抱える国内の諸問題についてそれぞれ異なる意見を述べ、論争を重ねるだろう。つまり健康管理システム、妊娠中絶、同性婚、税制、教育、移民などだ。候補者たちは外交政策についても活発な議論をすることになるが、論点は次のようなものとなる。イラクにおける活動、ダルフールの危機的状況、イランの核兵器保有への野心、ロシアのNATOへの敵意、中国の台頭などの諸問題に対して米国はどのように対処するのが最善か?地球温暖化やテロリズムとの戦い、そして国際社会における米国のイメージの低下にはどのように対処すべきか?これらの諸問題やその他の多くの問題で候補者たちの意見が相違することを、私たち二人の著者は自信を持って予想できる。
 しかし、ある種の問題に関しては候補者たちが同じようなことしか言わないことも、私たちは自信を持って予想する。大統領選挙が行われる年には決まって見られる光景だが、二〇〇八年も、大統領の椅子を本気で狙う候補者たちは「私はある国と個人的に深いつながりがある」と宣言するだろう。その外国とはイスラエルのことである。それに加えて彼らは、米国がイスラエルへのゆるぎない支援を継続するという決意も述べるだろう。どの候補者も、イスラエルが直面している多くの脅威を正しく理解していることを強調する。自分が大統領選挙に当選したらという前提で、米国はどのような状況になってもイスラエルの利益を守ることを堅く約束するだろう。イスラエルを批判する候補者は誰もいない。また中東地域において米国はより公平な政策を採るべきだ、と提案する候補者もいないだろう。そんなことをしようものなら、大統領選挙からたちまち脱落してしまうからだ。
 アリゾナ州選出の共和党のジョン・マケイン上院議員は「イスラエルを守らねばならなくなった時、私たちは決して妥協することはありません」と高らかに宣言した。
 〇七年はじめ、ニューヨーク州選出の民主党上院議員であるヒラリー・クリントンはニューヨークで、有力な〝米国イスラエル広報委員会″(AIPAC)ニューヨーク支部の面々を前に次のように語った。
「今、イスラエルは大きな困難と危険に直面しています。重要なことは、私たちが自分の友人や同盟国の側に立って行動することであり、私たちの価値観を守ることです。イスラエルは中東地域に立つ、何が正しいかを示す灯台のような存在です。中東地域は急進主義、過激主義、専制政治、テロリズムの悪に覆われています」
 彼女と民主党の大統領候補の座を争っているイリノイ州選出の民主党上院議員バラク・オバマは、〇七年三月、シカゴでAIPACの会員に講演を行い、イスラエルを賞賛した。自分が大統領に当選した暁には、米国とイスラエルの関係を変更しないことを明言した。オバマは、同じ月の選挙キャンペーンではパレスチナ人が過去に味わった苦労に対し同情を示し、パレスチナ人が今なお苦しんでいることに言及していた。にもかかわらず、彼はイスラエルを称えたのだ。その他の有力な候補者も、親イスラエル的な心情を表明している。
 米国とイスラエルとの間の無批判かつ不変の関係について、人々を納得させるだけの人道的な根拠は存在しないのだ。イスラエルが存在することに関しては、強力な人道的な根拠がある。もしイスラエルの生存が危機に晒される場合、米国がイスラエルを助ける約束にも立派な理由が存在する。しかしパレスチナの占領地域において、イスラエルはパレスチナ人に対して野蛮で抑圧的な取り扱いを行っている。イスラエルの占領地政策について考え、さらに人道的な根拠を考慮に入れるなら、イスラエルとパレスチナ双方に対し、米国はより中立的な政策を採るようにすべきだ。もしくは米国政府は、パレスチナ側に肩入れすべきである。しかし私たちは、大統領選挙や議会選挙に立候補する人々の口から、そのような考えを聞いたことがない。
 米国の政治家がイスラエルに対してそこまでへりくだった態度をとるのは、〈イスラエル・ロビー〉の政治的な力を恐れているからなのだ。」
 実に鋭い分析といえよう。確かに注目の書である。

<<本書の目次>>
はじめに
第一部 アメリカ、イスラエル、そしてロビー
第一章 アメリカという大恩人
第二章 イスラエルは戦略上のク賛産″か。負債″か?
第三章 道義的根拠も消えてゆく
第四章 <イスラエル・ロビー>とは何か?
第五章 政策形成を誘導する
第六章 社会的風潮を支配する

第二部 ロビーの実態
はじめに
第七章 〈イスラエル・ロビー〉対パレスチナ人
第八章 イラクと中東体制転換の夢
第九章 シリアに狙いを定める
第十章 イランに照準を合わせる
第十一章 〈イスラエル・ロビー〉と第二次レバノン戦争
終章 何がなされるペきか

(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.362 2008年1月26日

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【コラム】ひとりごと—榊原氏とスティグリッツ氏の近書を読んで– 

【コラム】ひとりごと—榊原氏とスティグリッツ氏の近書を読んで– 

○左派でなくとも、傾聴すべきまともな議論・意見を提起する論者の本は、必ず購入して読むようにしている。○一人は、元財務官の榊原英資氏(現早稲田大学教授)であり、もう一人はジョセフ・E・スティグリッツ(元世界銀行チーフエコノミスト、現コロンビア大学教授)である。○共通しているのは、市場原理主義への批判であろうか。スティグリッツの最近の出版物は、週刊ダイヤモンドに連載されてきた文章を集成した「スティグリッツ教授の経済教室」(ダイヤモンド社、2007年10月)である。○世銀に関わったこともある彼は、グルーバリゼーションが、「富める国はさらに富み、貧しい国はさらに貧しく」している現実を厳しく批判する。市場の開放、外資の導入、変動通貨制度などのプログラムによって、外国資本は儲けるだけ儲けた後は、資本を撤退する自由を得た。それにより貧しい国はより貧しくなった。○中国は、かつて貧しい国だったが、最近の発展は、世銀やIMFモデルを拒否したところに発展の基礎があるという。外資の自由化をしていないし、変動通貨制度も採用していないのである。今後の問題はあるにしろ、中国政府は経済をコントロールできているという。沿岸部と内陸部の経済格差や貧困の存在はあるにしても、全体として貧困から脱却しつつある現実を評価されている。○アメリカのイラク戦略についても批判的である。イラク占領後、アメリカはそれまで国営だった企業の民営化を進めた。しかし、治安もさることながら、経済復興はまったく進んでいないのが現状である。経済復興もできないからこそ、治安も回復できない。○先進国の横暴も批判の対象だ。知的財産の保護を名目に、貧困国への医薬品価格を高止まりさせ、貧しい国のエイズを放置している現実。第1次産品、例えば綿花について、国内の生産者に膨大な補助金を出して、アフリカ諸国の安価な綿花を国内市場から締め出しているアメリカ。○世界経済を見つめる視点は、とても新鮮である。○榊原氏の最近の著書は、「日本は没落する」である。ちょっと刺激的な題名ではある。著者は、近年の著書でも、教育問題を取り上げ、インドや中国など新興諸国の教育と比べても、日本が立ち遅れていると警告されている。教育問題については、私は同意しかねる点が多いのだが、榊原氏の危機感は、前著「幼児化する日本社会」からの継続でもある。中国・インド・韓国において科学技術者が膨大に養成されているのに対して、日本の場合、理科系離れが進んでいること、国を挙げての「戦略」がないことなどが中心と言えようか。○先週の国会で、大田経済財政担当大臣は、「(日本は)もはや経済一流ではない」と述べている。それは、06年の1人当たりの名目GDPが、経済協力開発機構(OECD)加盟国(30カ国)中18位に低下したことが背景にある。EU・中国・インド、そして他の新興諸国の経済発展は目覚しく、日本の地位低下が進んでいることが榊原氏の念頭にあると思われる。○さらに本書で私にとって印象的だったのは、「公(パブリック)の復権」を氏が強く指摘している点である。小泉改革は「民がすべて、官は悪行」という印象を与え続けてきた。また「自己責任」の名の下に、「金がすべて」の風潮を作り出してしまった。社会を支える公務(パブリック)の評価をしっかりすべきであると言う主張であり、まったく同感である。○さらに氏は、「官僚悪玉論」にも批判を加える。民主党の「霞ヶ関批判」が記憶に新しいが、「官僚すべて悪い人」というところまで行き着くと、日本の政策・行政運営力の低下が懸念されるというのである。○現に、「金がすべて」「官より民」という流れのなかで、国家公務員志望が減っているという現実も生まれているのである。○また、天下り批判が、官民の交流まで締め出すところまでいくと、悪弊となるという論調である。現に、氏によれば金融庁や経済官僚の能力が低下しているという。証券・金融の現場を知らない者が金融政策を立てている現実があり、アメリカや欧米と太刀打ちできるはずがないと。こうした「公の崩壊」に対して、榊原氏は「公の復権」が必要と言われているわけであるが、傾聴に値すると思われる。(佐野)

 【出典】 アサート No.362 2008年1月26日

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【投稿】民主党は「大連立」拒否の姿勢を明確にすべき

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<<「出合い頭解散」>>
 日本の政局は、いつ衆議院の解散・総選挙があってもおかしくない時期に突入している。防衛省疑惑がアメリカをも巻き込んだ米軍再編と密接に絡んだ一大疑獄事件の様相を呈し始めており、守屋前次官関連だけで一件落着を図ろうとする政府・与党・防衛族の必死の抵抗の中で、国会審議は混迷と泥沼化に陥り、国会会期の再延長、給油新法再議決をめぐって、「出合い頭解散」が現実味を帯びだしている。参議院での首相問責決議可決という事態になれば、それは「年明け冒頭解散になっていいのか」と自民党は民主党をけん制し、これに対し民主党は山岡国会対策委員長が「2月5日公示、17日投開票」説を公言している。
 しかしこうした表面上の駆け引き、けん制が交錯しながらも、自民・公明与党連合、そして民主党を中心とする野党、それぞれに軸足が定まらず、不安と動揺、爆弾をお互いに抱えたまま事態が推移している。それは互いに挑発しあいながらも、実は互いに落としどころや妥協点を探りあうという、有権者の期待と相反しかねない事態の反映でもあろう。
 民主党の前原誠司副代表は12/5、国会内で講演し、参院で審議中の補給支援特別措置法案について、「会期延長せずにやめた場合、インド洋での活動は長い中断になる。これで解散されたら、うちの党は困る。国益を考えているのかと(批判される)。私はどうやって選挙演説したらいいか分からない」と語り、情けない自らの動揺を吐露している。
 自民党の伊吹幹事長は、次の衆議院選挙後に政界再編が起きるとして、与党が負けた場合には自民党から離党者が相次ぐことになりかねない、「かつて細川内閣ができた時に我慢できない人が自民党からドロップアウトした、それと同じことが起こりかねない」との見方を示し、選挙の時期については、「公明党の支持母体は参議院選挙で疲れ果てている」と述べ、解散を先延ばしする意向を表明している。しかしまたその一方で、「自民党が負けるおそれがあるから総選挙を遅らせているとはまったく考えていない」、むしろ「自民党だけの党利党略を考えればいま総選挙をしたほうがはるかに有利だ」とも述べ(12/6、日本外国特派員協会での講演)、支離滅裂である。
 もちろんその背景には、民主党小沢代表を抱き込んだ「大連立」構想の仕掛けによって生じた民主党の動揺、混乱を利用すること、そして福田内閣のソフトポーズ・対話路線によって支持率上昇を狙うという戦略であったが、期待に反して内閣支持率は発足当初より逆に下降傾向が明瞭になり出したこと、その後の国政選挙の指標ともなる11/18の大阪市長選では、自公連合は大差で敗退したことが大きくのしかかっている。有権者は、参院選に引き続き、大連立や談合・総与党化路線ではなく、政策対決に基づく政権交代をこそ要求していることを明らかにしたといえよう。

<<「ねじれ国会」の成果>>
 政府・与党は、与党提案案件が一本も通過しないこうした事態を「ねじれ国会」がもたらした悪しき事態として描き、「国会が機能していない」と思い通りにならない状況を嘆き、伊吹幹事長は「民主党は子供がピストルを持っているようなものだ」と不満を募らせ、町村官房長官は野党が「同意人事を政府の提案通りに通さなかった理由を説明しろ」などと食って掛かる発言までする事態である。
 しかし先の参院選においてもたらされた、参議院における野党優位、与党少数派という事態こそが、政局に緊張をもたらし、これまでのようにやすやすと数々の腐敗や疑惑にふたをすることを許さず、安倍政権下ではろくな議論もなされずに連発された強行採決がいまや不可能となり、逆に野党提案の参議院での可決という事態に与党側が何らかの形であれ応じざるをえないという積極的で前向きな事態を生じさせている。
 参議院では、航空自衛隊をイラクから撤退させるためのイラク特措法廃止法案が11/28の本会議で賛成多数で可決され、さらに年金保険料流用禁止法案、農業者個別所得保障法案も可決され、衆議院に送られている。国会同意人事では、官僚の天下りを許さない不同意が56年ぶりになされた。その他にも肝炎医療費助成法案、障害者自立支援法応益負担廃止法案等が提出され、被災者生活再建支援法改正案が議員立法で可決・成立し、これまでは政府・与党が頑として認めてこなかった住宅本体部分への支援金の適用が可能となる成果を生み出している。これらはまさに政権交代を要求する民意と、それに基づいた「ねじれ国会」の成果といえよう。
 また、年金問題や薬事行政、防衛省疑惑や政官財の癒着に関して国政調査権によるチェックや情報開示が以前と比較すれば格段に進み、応じざるをえなくなったことは、これまた参議院での与野党逆転、「ねじれ国会」の成果でもある。これまで与党側の圧倒的多数支配によって封じ込められ、単なる通過手続きとして形骸化させられていた国会の本来の機能が、ここに来てようやくのことで発揮され始めたばかりなのである。
 ここでもしも福田・小沢会談に引き続く「大連立」構想が民主党側で受け容れられ、自民党・公明党と民主党の大連立政権ができていたとすれば、衆参両院とも与党連合の圧倒的多数支配となり、戦前の大政翼賛体制以上の国会支配体制が成立するところであった。その帰結するところは、衆参両院を支配する与党連合の独裁体制と、それによる国会の形骸化、民意への敵対であったといえよう。

<<中曽根提案>>
 ところが、民主党の小沢代表は辞任撤回騒動後も、いまだに「大連立は正しい」との発言繰り返し発言している。当初、小沢氏は11月7日の辞意撤回発言で、「党首会談をめぐり、国民、民主党の支持者、党員、同僚議員に迷惑をかけ、心よりおわびする」「いま思えば、「総選挙に向けて頑張ろう。私が先頭に立つ」とまとめればよかったと反省している」と語っていたものが、11月16日付朝日新聞のインタビューで、「政治判断は今でも正しいと思っている」と答え、11月20日には、記者会見で「実際に政権の一端を担うことで、自民政権では絶対できないことを実現できれば国民は喜ぶのではないか。より支援が集まると思っていたし、今もそう思っている」と語りだしたのである。辞意撤回発言での反省発言は一体なんだったのか、疑わせるものであり、信頼を裏切るという意味では自らの政治生命の終わりを語るものでもある。自己に有利な党内情勢の反映でもあろうが、まだ懲りていないのである。党内で反対されたからやめたが、ことと次第によってはいつでもその方向に動き出すという意思表明でもある。それは民主党役員会の決定を公然と否定するものでもある。
 小沢代表を援護するかのように、自民党の中曽根元首相は「衆院解散後の(自民、民主両党の)公約に、『情勢によっては国益を中心に両党の協力関係を構築することもある』という程度のことを入れ、国民の了承をある程度得た後で、大連立に入ることが適当だ」と述べ、自民、民主両党が次期衆院選公約に大連立を明記すべきだとの考えを示した(12/2付け読売新聞)。敵もさるもの、まだあきらめてはいない。むしろこれからが本番と考えているのであろう。
 岡田克也副代表(元代表)が「大連立をすれば最終的に自民党に都合のいい形になる。…小沢氏が「大連立は間違っていなかった」というなら食い違いがある。党の方針にかかわるのできちんと議論しないといけない」(毎日新聞11/20付)と語ったのは当然である。鳩山幹事長も日本記者クラブで講演し、「小沢氏は今でも連立が正しいと思っているのかもしれないが、そんなに単純ではない」と述べ、小沢氏の大連立を批判している(毎日11/20付)。そうであるならば、民主党はこの際、「大連立」構想を明確に否定・拒否し、さらに総選挙前に代表を差し替えるべきであろう。民意を獲得し、政権交代を実現させるためには、最低限、このことに踏み切らなければならない時期に到来しているといえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.361 2007年12月15日

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【投稿】「対テロ戦争」こそ疑惑の源泉

【投稿】「対テロ戦争」こそ疑惑の源泉

<泥沼の「軍事疑獄」>
 防衛省の守屋前次官を軸とする防衛調達品事件は、時がたつにつれ収束するどころか、ますます疑惑が深まっている。
 今回の問題の基本的な構造は、守屋と山田洋行の宮崎元専務が共謀し、航空自衛隊の次期国産輸送機(CX)エンジンなど自衛隊の装備品としてゼネラル・エレクトリック=GE社の製品を無理やり調達させ、巨額の利益を得ていたということである。
 さらに宮崎は日本ミライズという軍事商社を設立、山田洋行の軍事利権を持ち逃げし、海上自衛隊が建造する新型護衛艦のエンジンなどで、より直接的に利益を吸い上げることを目論んでいたのである。
これまでの調べでは、守屋夫妻への接待に巨額の裏金が使われていたことが判明しているが、当然政治家への工作が行なわれていたことは、だれしも想像ができる。民主党は額賀財務大臣が疑惑の宴会に同席していたとして、一度は額賀大臣の証人喚問を参議院で議決したが、確証が取れずに断念した。
しかしながら、いくら実力者とはいえ官僚でしかない守屋前次官を抱き込むだけで、事が思い通り運ぶわけもなく。政治家にカネが流れていたことは確実である。さらには、普天間飛行場の移設など、沖縄県を中心とした米軍基地再編事業においても守屋が介在した、不透明な部分が浮かび上がって来ている。これらの解明が進めば、他省庁や民需部門も巻き込んだ、ロッキード事件にも匹敵する一大疑獄に発展する可能性がある。
政府与党は、一連の疑惑を守屋の個人的犯罪として収束させようと躍起になっているが、歴代の防衛庁長官、総理大臣の責任は免れないところである。とりわけ久間元防衛大臣は、接待を受けていた宮崎らが日本ミライズを立ち上げて以降、今度はCXエンジンを巡り、山田洋行に有利な発言をしていたことが明らかとなっており、徹底追及すべきである。

<日米軍事利権構造の解体を>
 福田政権は「対テロ支援=給油活動再開と疑惑解明は区別すべき」と主張しているが、守屋や宮崎は、「対テロ戦争」や「イラク復興」も悪用し利益を得ていたことが明らかになっている。
 陸上自衛隊が導入した「生物テロ」などに対処する、生物偵察車の検出装置は、守屋の横車で山田洋行の子会社が代理店を努めるイギリスのメーカーが契約した。またクェート駐留の空自輸送機用の対空ミサイルを撹乱するための「チャフ・フレアランチャー」は、代金の水増し請求が発覚している。
12月10日の参院決算委員会で石破防衛大臣は、水増し請求問題について、山田洋行をはじめとする業者からの水増し請求が98年以降12件あり、そのうち10件の過払い額が597億円に上ることを明らかにした。
 こうした所業で、暴利をむさぼる輩を放置しながら「対テロ戦争」への協力や、国際貢献の大義名分を口にしても、まったく説得力を持たない。
 政府与党は防衛省のあり方を官邸主導で見直す有識者会議「防衛改革会議」を発足させた。会議では今回の問題のほか、給油活動実態の様々な改竄、イージス艦情報の漏洩などを踏まえ①文民統制の徹底、②厳格な情報保全、③防衛装備品調達の透明性確保、を中心に対策が検討されるというが、その実効性に対しては疑問符がつけられている。
 守屋や山田洋行が排除されても、巨大な軍事利権は温存され、新たにそれを貪り食う者が出てくるだけである。「官邸主導」にしても「官邸による利権配分の仕切りなおしではないか」との疑念が寄せられている。
 求められているのは、利権を生み出すシステムそのものである日米軍事同盟の、抜本的な見直しである。そもそもアメリカの進める「対テロ戦争~イラク戦争」は軍需産業の要請もありはじめられた。
 イラク情勢が泥沼に陥いり、スペイン、イタリア、オーストラリアなど多くの国が外交政策の転換を図る中、日本のみが親米一辺倒なのは、利権を温存させるためと見られても仕方がないだろう。
 与党は「給油活動」再開に向け衆議院再議決を視野に入れた国会再延長を目論んでいる。民主党をはじめとする野党は、イラク、クェート、インド洋への自衛隊派遣に絡む利権の洗い出しを進めるとともに、今後の米軍再編、日本の軍拡にかかわる疑惑の全体像を明らかにし、総選挙で信を問うことが求められている。(大阪O)

 【出典】 アサート No.361 2007年12月15日

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【投稿】再び、生活保護と最低賃金について

【投稿】再び、生活保護と最低賃金について

 「生活保護と最低賃金」と題して、No355に投稿をした私だが、その後の展開は、最低賃金の一定の引き上げが実現した一方で、来年度の「生活保護基準の改定」において、保護基準の引き下げが行われようとしている。

<成長戦略に配慮した最低賃金引き上げ>
 本年の「中央最賃審議査会」は、時給850円に向けて、今年度平均50円の引き上げを求める労働側と中小企業などの経営を脅かすと大幅引き上げに反対する経営側の意見が対立、しかし、政府の成長戦略推進会議の議論を反映して、Aランク地域で19円、Bランク地域で14円、Cランク地域で9~10円、Dランク地域で6~7円の引き上げ幅の目安を答申した。5年に及ぶ据え置き、低額引き上げだったが、久しぶりの二桁引き上げ目安答申となり、東京・大阪の最低賃金は、739円(+20円)、731円(+19円)となった。さらに、先日与野党合意により成立した改正最低賃金法では、地域別に定める最低賃金が生活保護の給付水準を下回る逆転現象の解消がうたわれ、憲法が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」に配慮する文言が加えられた。まだまだ不十分な引き上げであるが、参議院選挙で示された「格差社会」への国民の不安・改善への希望は、一定の前進を生んだとも言えるのである。しかし、生活保護基準との整合性議論は、以下に述べるように、一方の生活保護基準については、引き下げの方向に進もうとしている。

<生活保護費の引き下げを示唆>
 厚生労働省の「生活扶助基準に関する検討会」は、11月30日に報告書をまとめたが、その内容は、生活保護世帯の生活費(消費支出)が低所得世帯の生活費を上回る現状にあるとして、基準引き下げを求めるというものだ。報告を受け、厚労省は、来年度予算編成と絡めて、基準の引き下げの具体的検討に入ったと報道されている。
 具体的には、夫婦と子供一人の3人世帯で、一般低所得者の生活費は月14万8781円だが、生活保護受給者のそれは15万408円で、1600円上回っている、また単身の高齢者では、同様の比較で9000円高いとの報告となった。(いずれも住宅扶助は別である)
 生活保護が近年急増していることは、「格差社会」化・貧困化の進行の象徴である。今回の保護基準引き下げの議論は、そのような事態の進行に対する有効な対策なのだろうか。残念ながら、全く逆の方向を向いた議論であることは明らかであろう。
 一体どこまでのサンプル調査が行われたのか。現制度では、全国を6つの級地に分けて保護基準が定められているが、級地毎のデータ比較がされたのか、未だ不明である。
 また、今回の検討会の調査は、「消費支出」について比較したとされている。要するにいくら使ったかを比較しているのである。収入の比較ではない。収入が生活保護費(最低生活費)しかない世帯では、それのみが収入である。しかし、少なくとも生活保護受給者ではない「一般低所得者」の場合では、あきらかに収入構造が異なっているし、支出構造も異なる。収入は貧困ではあっても、資産は少々残っている場合もあるし、借金をしている場合もあろう。逆に切り詰めた生活をされている場合もある。将来の不安に備えるためであろう。生活保護世帯の場合は、医療・介護については現物支給であるから、その心配はないと言ってもいい。逆に支出では、保護費を使い切るという事になる。消費支出だけを比較した検討に果たして、どんな意味があるにだろうか。
 生活保護費を一般低所得世帯に合わせるという事だが、一般低所得者の生活実態については問題はないのか。実は、最低賃金が多少引き上げられたとしても、それが低所得労働者の生活改善に大きく寄与する程のものではない。一般の低所得者世帯に対する対策は、置き去りになっているのである。
 
<引き下げは既定路線?目的は保護抑制>
 その中での生活保護基準の切り下げは、まさに貧困の固定化を進める事になる。
 現場で感じているのは、保護基準の構造によって、いろいろある世帯構成間では不均衡を生んでいることである。実感として、他人数の世帯の場合は、感覚の問題であるが、若干のゆとりがあるように思える。他方、2人以下の世帯、単身世帯では、ギリギリの水準と言えるのではないだろうか。こうした、現行制度が内包している問題への対応は先延ばしにして、「引き下げ」ありきの議論では、現場に混乱を生むことは必至だと思うが。
 さらに、保護基準の引き下げは、保護申請への抑制効果があることである。要するに、保護受給が一層厳しくなる。保護基準は、受給者への支給額基準であると同時に、申請に対する審査における「最低生活費」基準でもあるからである。保護基準が下がれば、収入がより低くないと生活保護が開始されない。さらに、現金支給はゼロもしくは若干の自己負担が生じている保護世帯もある。医療費(保険料含む)や介護負担に耐えられない世帯などが存在しているからである。最低生活費(保護基準)が引き下げられれば、これら世帯の中から、保護廃止となるケースも現出してくるであろう。

<制度改正は後回し、引き下げばかり先行>
 2005年12月「生活保護制度の在り方に関する検討委員会」報告では、生活保護基準の在り方・生活扶助基準の評価・検証の項において、「一般低所得世帯の消費実態との均衡が適切に図られているかどうか、・・・5年の一度の頻度で検証を行う必要があり・・平均的に見れば、勤労基礎控除を含めた生活扶助基準額が一般低所得世帯の消費における生活扶助相当額よりも高くなっていること、・・を考慮する必要がある。」との記述がある。今回の引き下げは、この方針の延長上にある。
 「在り方研究会報告」は、生活保護制度全般にわたる検討が行われた結果であり、評価できると思われる点も多い。しかし、先行しているのは、貧困をめぐる変化に対応した制度改正ではなく、保護基準の引き下げばかりである。老齢加算の廃止、母子加算の減額、そして今回の生活扶助費の引き下げである。
 2006年10月の全国知事会・全国市長会は「新たなセーフティネットの提案」を発表し、
全国市長会は同年10月「生活保護制度改革に関する意見」を発表してる。
 共通しているのは、①稼動世代(65歳まで)のための有期保護制度の導入、②貧困の連鎖を避けるための制度改正、③高齢世帯のための新たな制度導入、④若年層の貧困対策・就労支援制度導入、などであろうか。
 これらの抜本的な制度改正について、国における検討は進んでおらず、来年度も見送られる事になるだろう。
 
<利用しやすく、自立しやすい制度に>
 北九州市での餓死事件などを契機にして、福祉事務所における「水際作戦(申請をさせない)」が、問題になった。申請拒否などは問題外としても、現行制度そのものが、利用しにくい制度であることは間違いがない。住宅費だけ、介護費用だけ、あるいは医療費だけ援助してもらえれば、という相談は多いのだが、現行制度は、能力・資産・扶養などすべての点でクリアーする場合のみ保護が開始される。部分的適用はない。逆に、保護開始は、自立のための諸資産をすべて失くした時点で行われるため、自立していくためには、長期の保護期間が必要になるのである。
 こうした制度設計が、「利用しにくく、自立できない」世帯を生み出しているとも言えるのである。
 
<骨太方針は、扶助費削減を明記>
 実は、生活扶助費の引き下げは、政府の規定方針であって、骨太の方針06において、5年間で社会保障費を1,1兆円削減する対象に含まれている。要はその引き下げ幅であるとも言えるのである。仮に一人平均月額1000円の引き下げが行われた場合、国の支出は、受給者150万人とすると、年間支給額で180億円の削減となる(国の負担金額は、75%であるから135億円)。これまで、参議院選挙や総選挙への影響を配慮して、基準額の引き下げは、繰り延べされてきた経過もある。当然、今後行われる総選挙への配慮などから、引き下げ幅、実施時期は、政治的要素が絡んで依然明らかではない。
 しかし、制度改革なき引き下げ先行で、現場の混乱は必至であろう。さらに、原油高騰、資源・穀物価格高騰による諸物価の高騰、来年から始まる後期高齢者医療による高齢者負担の増など、生活圧迫要因は益々増加する中で、引き下げ議論は、世論の支持を果たして得られるのであろうか。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.361 2007年12月15日

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【書評】「株式会社はどこへ行くのか」

【書評】「株式会社はどこへ行くのか」
       (上村達男・金児昭著 日本経済新聞出版社)
                               福井 杉本達也

2006年5月から「新会社法」が施行されたが、how-toものの解説書は多いものの、会社法の本質を抉り出すような著書にはほとんど出くわさない。本書は早稲田大学の上村達男氏と経済評論家の金児昭氏の共著の体裁を取っているが、もっぱら上村氏が理論を展開し、金児氏が聞き役に回るという形で話が進められる。

1.危険がいっぱいの「新会社法」
株式会社はいま危険な領域にある。経済産業省が主導し、市場経済論者がからんで作られた「新会社法」はとんでもない代物となった。株式を公開している大規模な株式会社とこれまでの有限会社のような小規模な閉鎖会社を同列に扱うこととなってしまった。株式会社の資本金が1円でもよいというように、まさに、「なんでもOKの株式会社」ができあがるのである。元々はベンチャー企業用の会社形態で、1円企業も企業再編の自由も緊急時の時限立法のはずであった。それを一般化することによって、民法に近い会社法を作ってしまい、「株式会社とはもっともルーズな有限会社である」ことになってしまった。日本経済の社会的共通資本というべき会社法が徹底的に破壊され、法律条文に禁止事項として「書いていないことはやってよい」という「契約と所有といった古典的な民法理論に近い発想」になってしまった。その結果、「めちゃめちゃな交換比率で投資事業組合が株式交換」をするライブドア事件のような、財産の“収奪”が日常的に行われるような社会になると警告する。

2.株式会社の本質とは
会社がつぶれた場合、お金を出した出資者は債権者に対しどこまで責任をとるのかであるが、無限責任の場合には限度がなく、出資者が持っている全ての財産を債権者から差し押さえられる。だが、有限責任の場合には出資額の範囲内であり、自分の個人財産を切り離すことができる。債権者が路頭に迷おうが、出資者は知らん顔でいられる大変な特権がある。しかし、無限責任では危険すぎて大きな資本を集めることができない。有限責任にして、投資家個人=生身の人間(ヒト)との関係を切ったものが証券化=株式(モノ)である。ヒトとの関係を切ったモノはそれ自身で自由に売買でき、大きな資金を集めることができる。これが株式会社の利点である。他方、ヒトと切り離されたため投機の対象となり、暴走することになる。これが、株式の危険な側面である。したがって、「会社と証券市場という幸福と不幸が表裏一体となった取扱危険物を市民社会がどうやってコントロールするのかという問題」が浮上する。
米オハイオ州で11月中旬に、ドイツ銀行は、 地元の14世帯のサブプライム住宅ローンの借り手を相手に起こした裁判に敗訴した。銀行は以前、オハイオ州の金融機関が貸し出した無数のサブプライムローンを束ねて輪切りにした債券を購入したが、債券の価値が急落したため、もともとのローンの担保となっていた債務者の住宅を競売にかけて債権の一部を取り戻そうとした。裁判では住宅の担保権(抵当権)をドイツ銀行が持っていることを示す証書の提出を命じられたが、権利関係を証明できず、敗訴してしまったのである。銀行が買ったのは、オハイオ州の金融機関が融資した無数のローンを集めてミンチにした「挽き肉」であり、もともとのローンの貸し借りの担保権とは関係の切れた商品である(2007.12.5:田中宇)といった状態が生まれてくる。
そこで、相手の顔が見えないモノの関係で資金を集めようとする場合、一定の社会的ルールが必要となる。ルールによってようやく「予測可能性が確保される」。そのルールが「会社法」や「金融商品取引法」であり、上村氏の提唱する「公開株式会社法」などであるとする。

3.会社は株主のものか?
「会社は株主のもの」という理論がまかり通っているが、そこでいう株主とはグローバル市場においては欧米の金融資本・ヘッジファンドである。「会社は株主のものだ」という考え方は、「お金さえ持っていれば、借金する力さえあれば株主になることができる」・究極的にはマーケットで大量の資金を持っている者が主役だということに行き着く。結果としてヒト自身が「人間のつくったモノの世界に支配される」ことになる。たとえば、英ヘッジファンドのTCIは電力という我国の最重要な社会的共通資本を運営するJパワーの筆頭株主となり、Jパワーに大幅な増配の要求を突きつけているが(日経:2007.12.5)、会社が生み出す価値を体で感じることができない金融資本やファンドは株価を1円でも高く、配当を1円でも多くということにしか関心を抱かない。しかし、「会社はステークホルダーのものである」・従業員、顧客、取引先といった生身の人間・地域社会のものであるという考え方こそ重視されるべきものである。
契約自由に任せておくと最適な状態が生まれるというのは空理空論であり、市民社会の規範意識などといった視点には関心が払われない。アメリカでは経済活動は自由放任だといわれるが、筆者はそうではないという。「アメリカは連邦会社法を持たない珍しい国です。会社法は各州にあります。…それぞれの州政府は雇用や地域社会の問題に対してひじょうに敏感で、各州には外部から州内企業を守るための反テークオーバー法があります。…日本からみれば明らかに『ダブルスタンダード』ですが、このように、自国の国益や企業をしたたかに守りながら、攻めるときは資本の論理を駆使していくのがアメリカの姿」であると上村氏は明確に述べている。こうした事実を我々日本人は知らされていない。法律を作った当時の小泉首相も経済産業省も市場経済論者も、また、その経済理論に影響された法律家や現在の政府の審議会のメンバーもマスコミも意識的に隠し通したのである。その結果、ルールのないところで自由だけが拡大し「ステークホルダーの大半を占める日本人を犠牲にして、グローバルな無国籍な資本に貢献する…日本人はよく理屈もわからないのに、じつにお人好しのグローバル優先人種になっている…日本の企業は外国人に貢献することを目的とする企業なって」いくのである。「株主が誰だかわからない株式会社というのはありえない…匿名でかつ支配に影響をもちうるようなのは単なる投資ではありません…おカネを借りられたから株を買えたという事実だけで、せいぜい数十人の人間が数千万の人間を支配できる。こういう構図こそまさに企業と市場と市民社会という観点からいえば、日本人が懸命になって戦わなければならない」ことなのである。
サブプライム問題で金融資本の危機がいよいよ深まり、12月6日、米ブッシュ政権は、「小さな政府」を信奉する共和党の反対を押し切り、住宅ローン金利の5年間の凍結という“徳政令”を出し危機の沈静化に懸命となっているが、本書は「会社法」の改正という法理論から金融資本の実態に迫ろうとする好著であり、是非一読を進めたい。

【出典】 アサート No.361 2007年12月15日

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