【投稿】自公政権打倒への政権交代

【投稿】自公政権打倒への政権交代

<<政治の劣化・疲弊・腐敗現象>>
 自公政権は、あろうことか二年も続けて現首相が突如政権を投げ出すと言う、統治能力はおろか、もはや自らの自己管理能力さえもたない、あきれ果てた無責任きわまる実態をさらけ出してしまった。これは二世議員の幼稚さ、世間知らずのお坊ちゃま気質といった程度の問題では片付けられない、政治の劣化・疲弊・腐敗現象そのものの現われと言えよう。
 9/1に福田首相は政権を投げ出し、9/10に自民党の総裁選を告示、それから12日間もの空疎で無内容な5人の候補者の全国行脚を演出、マスコミ・テレビはこれを垂れ流し続けた。NHKなどは、自民党広報局に成り代わったかと思えるような特別番組編成まであえて行うに至った。しかし五人の候補者は、いずれも小泉内閣の閣僚であったことからして当然なのであろうが、「市場原理主義・小さな政府・規制緩和・公的福祉予算の削減」という路線ではほとんど変わらず、差がない。石原候補と小池候補は純粋小泉路線の継続を訴える、石破候補の独自性は、軍事オタク丸出しの自衛隊海外派兵路線だけ。与謝野候補は、財務省の代弁者として財政危機を煽り立て増税路線を説く。本命の麻生候補は景気回復が当面の最大の課題だと訴えてはいるが、小泉路線こそが現在の日本社会の劣化と格差の拡大、自由放任・無責任主義の蔓延をもたらしたことをまるで自覚していない。「パートや派遣社員が増えたので、正規社員との所得格差は拡大したけれど、失業者がその分だけ減っているとすれば、社会全体としての格差は縮小したという面もあるのではないだろうか。」などと著書・『とてつもない日本』(新潮新書)で述べるお気軽さである。さらに麻生氏そのものが差別発言を日常茶飯事とする常習者であり、格差拡大の一方の富める家系の代表として、選挙演説で「下々の皆さん」と平然と言ってのけた人物である。これほど低劣な候補者しかそろえられなかったところにこそ、現在の自民党の疲弊し、腐敗した真の姿があるともいえよう。

<<麻生太郎氏の差別発言>>
 東京新聞2008年9月15日付け朝刊で、政治学者で北海道大学教授の山口二郎氏が、「総裁の資格」と題して、以下のように書いている。

 「自民党総裁選挙が始まったが、麻生太郎氏が大きくリードしていると新聞は伝えている。私は麻生太郎という政治家を基本的に信用していない。理由は以下の通りである。
 魚住昭氏が書いた『野中広務 差別と権力』(講談社刊)という本の中で、麻生氏が野中氏について、被差別部落出身者を総理にするわけにはいかないと自民党河野派の会合で発言したこと、その後、引退直前の最後の総務会で野中氏自身が麻生氏の面前でこのことを暴露し、厳しく糾弾した。ことが書かれている。先月末、野中氏がTBSの番組に出演し、麻生氏を批判したことには、こうした背景があると思われる。
 発言が事実なら、麻生氏は総裁失格どころか、政治家失格、人間失格である。差別を是認する者は、公的世界から即刻退くべきである。事実無根ならば、麻生氏はきちんとそのことを訴えるべきである。決して曖昧にできる話ではない。
 メディアにもひとこと言いたい。一国の最高指導者になろうとする政治家について、その言動をチェックし、適格性を吟味することは、メディアの使命である。
 アメリカのメディアは大統領候補について、そうした厳しいチェックを行っている。これだけ重大なことが本に書かれていながら、なぜ日本のメディアは何も伝えないのか。」

 この山口二郎氏の指摘は非常に重要なことである。これは決して曖昧にできる話ではないし、メディアも言動をチェックすればすぐ分かることであるにもかかわらず、なぜ日本のメディアは何も伝えないのか、重大な問題提起といえよう。
野中氏本人は、山口氏が指摘しているように、今年の8月24日放映のTBS番組『時事放談』で、「私は、私個人のことについてもですね、麻生総理総裁が出来たらね、自分の生命にかけて、国民に分かるようにしますよ」と発言している。麻生氏が野中氏に対して明確に釈明なり、謝罪できないのであれば、総理総裁どころか、議員としての資格さえないといえよう。
そんな麻生氏であるが、「政権禅譲密約」、出来レースの締めくくりとして、9/22の投票で麻生総裁を決定。9/24に首班指名と組閣、臨時国会冒頭の所信表明と選挙向けのばら撒き補正予算を提示。そして、麻生人気が衰えない内に、麻生氏の差別体質と放言癖の馬脚が現われ、賞味期限切れにならない内に、まだ支持率の回復とご祝儀相場が期待できる内に衆議院の解散・総選挙になだれ込む、これが腐りきった自公政権の意図するところであろう。実に一ヶ月近くの、解散・総選挙まで含めれば二ヶ月近くの政治的空白が浪費されようとしている。

<<ブッシュの右往左往>>
 この間9/9には、くすぶり続けていた米住宅金融2社(政府系住宅金融の連邦住宅抵当公庫・ファニーメイと、連邦住宅貸付抵当公社・フレディマック)の破綻回避と救済に向けた2000億ドル(約21兆6000億円)もの公的資金注入が明らかにされ、バブル破綻の巨大な悪影響がますます懸念されることが明らかになった。住宅ローン債権を元にした両社関連の証券は各国の金融機関や中央銀行などが約1兆6000億ドル(約170兆円)も保有しており、日本の金融機関の購入額も約14兆円に上っており、政府・日銀でも8兆円分保有している。両社の破綻は直接的な、日本も含めた世界的な金融危機の連鎖を引き起こし、ドル暴落の引き金にもなりかねない事態であった。
同じ9/9に、米大手証券リーマン・ブラザーズ株は45%も急落、9/11には同社の株は3ドル台に暴落、9/15にはついに破産申請に追い込まれ、清算手続きに入った。負債は六十兆円に上り、アメリカ史上最大の企業倒産である。そして同じ9/15にはリーマン同様にサブプライム問題関連の損失拡大に苦しむ米証券大手メリルリンチが米銀大手バンク・オブ・アメリカ(バンカメ)に買収、合併されることが明らになった。同日、これによってバンカメ株は上がるどころか、逆に21%も値下がりしている。たった一日で米四大投資銀行の内、二つが消えてしまったのである。さらに同じ9/15、世界最大の保険会社AIG株が61%も下落、翌9/16には、ついにAIGの破綻が明らかとなり、リーマンを見放した米連邦準備制度理事会(FRB)は、AIGについては総額850億ドル(約8兆8千億円)の公的資金を緊急融資し、同社の株式の8割を購入する権利を取得し、事実上の国有化に踏み切らざるを得なくなった。アメリカ発のマネーゲーム野放しの自由競争原理主義が招いた金融恐慌という事態に全世界は直面しているのだと言えよう。
9/17のニューヨーク株式市場は、前日比449.36ドル安の1万0609.66ドルと急落、全世界の株式市場は全面株安とドル売りが席巻する事態となった。
9/19、ブッシュ大統領は声明を読み上げ、「米国経済は前例のない困難に直面しており、我々は前例のない手段で対応する」と強調、まさに「前門の金融危機、後門のドル暴落」という事態に、ブッシュ政権にとっては場当たり的対応、右往左往の連続であった。問題はこれで終わらず、これからさらに厳しい事態が、金融恐慌から本格的な経済恐慌へと深化していく危険性が高まっている。米大統領選で巻き返しに成功したと言われていたマケイン陣営は、こうした事態の進展に一気に苦戦に追い込まれている。

<<政策転換の基軸>>
 ところがこの間の日本は、福田政権であれば当然なのでもあろうが、政権投げ出しに引き続く政治的空白の連続によって、こうした世界恐慌の様相を帯びる事態をただ手をこまねき、傍観し、何ら有効な政策的決定も打ち出しえない、世界の投機マネーのなすがままに放置されている状態が継続している。
 今、日本政府がなすべきは、これまでの小泉路線、「市場原理主義・規制緩和・小さな政府・社会福祉削減」路線を排し、投機マネーへの課税強化と市場の民主的規制に踏み出すことである。そして、庶民減税と累進課税の強化、不正規雇用の全面的規制と最低賃金の大幅引き上げ、福祉重視と社会資本の充実、環境保護と農業保護、危険な原発廃止と自然エネルギー重視の政策へと政策軸を大きく転換することこそが必要であろう。もちろんそれらの前提条件として、アメリカの戦争政策追随を拒否し、軍事予算増大、自衛隊の海外派兵、ミサイル防衛網の構築など有害無益な垂れ流し政策をストップさせることが必要である。
一部富裕層のみが豊かになり、社会の貧困化がよりいっそう進展し、格差がよりいっそう拡大する自由競争原理主義が、政治的にも経済的にも明確に破綻した今日、圧倒的多数を占める庶民の経済的社会的地位の向上をもってこそ、社会の底力が強化され、景気回復の最大の原動力となることを肝に銘ずべきであろう。その意味でこそ「国民生活が第一」(民主党の選挙スローガン)でなければならないし、自公政権に対置すべき政策を具体的に明示すべきであろう。
政権交代は、このような政策転換に一歩でも二歩でも近づき、その成果が有権者に還元されるものでなければならない。ましてや、政権交代がそのような政策転換をうやむやにさせてしまう「大連立」などの踏み台にされるようなことがあってはならない。
解散・総選挙の日程がいよいよ固まり、自公政権を妥当する最大のチャンスが到来している今日、野党の対置すべき政策、結束こそが試されている。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.370 2008年9月27日

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【投稿】原発の耐震設計を根底から“揺るがす”「変動地形学」

【投稿】原発の耐震設計を根底から“揺るがす”「変動地形学」
                              福井 杉本達也

1.“どんどん伸びる”?原発の想定する活断層
 昨年7月16日に東京電力柏崎刈羽原発を襲った新潟中越沖地震以降、国も電力事業者も思考停止状態にある。柏崎刈羽原発の目の前、国も東電もこれまで活断層はないといってきた領域で想定を遙かに上回る地震が起こったためである。東電は、2003年に中越沖地震の震源断層と思われるF-B断層を約23kmと確認しながら、中越沖地震後5ヶ月近くも沈黙し、12月にようやく明らかにした。調査では、中越沖地震の震源断層の延長は2003年時点の調査で20km、2007年12月の発表で23km、2008年3月の発表では30kmに、さらに、4月28日の発表では34kmへとどんどん伸びてきている。東電調査を元に、さらに石橋克彦神戸大名誉教授は佐渡海盆東縁断層として50kmの延長があるとし、マグニチュード7.6~7.8程度の地震を引き起こす恐れがあるとしている(福井:2008.5.20)。
 活断層の長さが伸びると何が困るかといえば、原発が想定する地震動が大きくなるからである。松田時彦氏が地震断層の長さと断層変位量の関係を式にしているが、地震の規模と震源断層の長さには相関がある。変動地形学の中田高広島工大教授らが2001年に過小評価を指摘した、島根原発の南を走る鹿島断層を、中国電力はこれまでの10kmから22kmに変更し、島根原発の安全基準を456ガルから600ガルに引き上げている(朝日:2008.3.20)。
 一連の活断層延長の発表は、2008年3月31日の電気事業各社による原発の耐震安全性調査結果報告書(耐震バックチェック報告)の一斉提出による。調査は新耐震指針に照らした耐震安全性評価のためであるが、報告で調査方法について「敷地周辺、敷地近傍、敷地の地形、地質、地質構造について、設置許可申請以降の文献を調査するとともに、陸域については、変動地形学的知見を反映して地表地質調査、ボーリング調査、トレンチ調査等を実施しました。」(もんじゅ耐震安全性評価結果報告書概要等)とわざわざ「変動地形学」にふれている。これが、活断層の“大量発見”につながっている(そもそも“F-B”断層などというのは名前もなかったので新たにつけられたものである)。しかし、原子力保安院は電気事業者の報告だけでは信用できず、独自に、中越沖のほか、福井県沖、福島県沖の海域断層調査を始めた(福井:2008.3.20)。

2.もんじゅ・美浜原発炉心直下に活断層
 福井県内の各原発の耐震安全性調査についても、中田高氏や渡辺満久東洋大教授に活断層と指摘された浦底断層が敷地内を走る日本原電敦賀原発は、断層をこれまでの3.6kmから10kmに変更し、浦底-池河内断層など3断層を一体評価するとともに、柳ヶ瀬山断層と連動すればマグニチュード6.9の地震を起こす可能性があるとした。原子力機構の高速増殖炉もんじゅでは新たに敷地内地表部で炉心の西530mを通り、炉心直下1kmに向け60度の角度で滑り込む白木―丹生断層(15km)が走り、これと平行した炉心の直下5kmを走る今回新たに発見されたとするC断層(18km)が関電美浜原発の直下4km地点にまで伸びており、南北の海域断層と連携してM6.9の地震を起こすとした。また、関電大飯原発・高浜原発付近の若狭湾では新たにFo―A断層(23km)、Fo―B断層(10km)などの海域断層3本、陸域では26kmの断層1本を新たに確認している(各事業者バックチェック報告、)。いずれもこれまで活断層ではないかと指摘されていたものだが、事業者側は「当時の知見ではわからなかった」「新たに調査した結果」と口をそろえていいわけしている(朝日:2008.4.1)。特にもんじゅでは地震動評価を炉心に最も近い白木―丹生断層ではなく、新たに発見されたC断層で行っており、地震動を耐震設計内に収まるように恣意的に選んでいる疑いが濃厚である。

3.活断層が直下にあることの重大性
 活断層が原発の近くを通ることと直下にあることとは根本的に話が異なる。ところが、原発の耐震指針改定に加わっている大竹政和東北大名誉教授は「重要なのはどれくらいの規模の揺れが起きるかであって、直下に活断層があることがすぐに問題になるわけではない。新手法で調査した結果、新たな活断層がでてきたことは、むしろ評価できる。」(朝日:2008.4.1)との無責任きわまりないコメントを出している。これまで原発は活断層のあるところには造らないといってきたのではないのか。原発が活断層の直上にあるということは、地震規模の揺れによる破壊ではなく、「地盤変位」=断層がずれて切断されるので、いかに耐震設計を強固にしても無意味である。兵庫県南部地震による野島断層の横ずれで、コンクリート塀が折れ曲がり1.4m横ずれした民家が資料館に保存されているが、直上まで断層変位が達すればいかなる構造物も崩壊をまぬかれない。強固な建物ばかりではなく巨大な岩盤自体が崩落した四川大地震の北川県などの例をみても明らかである。

4.変動地形学による活断層評価
 渡辺満久教授は、いつも「変動地形学」を説明するに当たって、変動地形学は東洋大学では理系に分類されるのではなく文系の社会学部に分類されているといくことから始める。地形学は、地形を取り扱う自然地理学の一分野であり、「大地を切り裂く活断層。その活断層のずれが長期間のうちに何回となく繰り返されると、やがて岡や山脈が造り上げられていく。そのさまは大自然の造形美であり、地形学者はそれに魅了されてきた。」(『活断層大地震に備える』鈴木康弘)のである。渡辺氏自身は原発には賛成であり、電力の供給には必要だとの立場をとっている。当初は原発は安全な地層の上に建てられていると思い込んでいたという。ところが、自身で島根原発や敦賀原発、六ヶ所村などの活断層を調査する中で国や電力事業者による原発周辺の活断層調査がいかに杜撰なものであるかを発見してしまったのである。
 これまでの原発の活断層調査が誤っていたのは直線的な崖に注目してリニアメントを決定し、活断層かそうでないかを決めていた。しかし、実際の活断層はそこにはない。ないところでいくらトレンチ調査(地面を掘り下げて調査用の溝の中で地層を観察する)をしても活断層が見つかるはずがないという。川が極端に曲がっている、谷底平野が折れ曲がっているという地形に注目し、そのような場所を連ねて活断層と判読している。その結果、島根原発の鹿島断層や敦賀原発の浦底断層の正確な位置を特定できたのである。また、日本原電は浦底断層ではボーリング調査も行ったが、調査データを自己の都合のよいように恣意的に解釈し、5万年間堆積土が動いていないという結論を出している(断層の上に積もった地層が5万年以上も動いていないからもう活断層ではないという解釈)。しかし、ボーリングで分かることは、ボーリング地点の情報だけであり、ボーリングとボーリングの間の地層は推定しかないのである。活断層は地下調査や地下探査で必ずしも「見える」とは限らない。調査のために「掘ることのできる範囲」も限られており、断層通過地点だけ見ていても見逃すことがあり、その周辺を含めた「広域的な変位・変形」も検討対象とすべきあるとし、谷底や段丘の変形、海成段丘面の局所的な変形など幅10m~数十kmにわたる緩やかな撓み(六ヶ所村のケース)なども検討すべきだとしている。
 電力事業者や国では、これまで、断層面が「見えた」かどうかが重視され、見えない場合には「活断層はない」と判断されてきたが、地層が「狭い範囲に急激に撓みこんでいる」などの「地下深部に断層運動を想定しなければ物理的に説明し得ない現象」を見逃さないことである(雑誌『科学』2008.1 鈴木康弘・中田高・渡辺満久:「原発耐震安全審査における活断層評価の根本問題」、渡辺満久:「活断層見逃しの現場を見る」資料 2008.6.10 原子力資料情報室)。炉心直下に活断層の見つかったもんじゅなどは「当時の審査としては妥当」などという寝言を言っている暇はない。活断層が動き、MOX燃料を炉心に抱え・放射能を浴びた液体ナトリウム配管が複雑に絡み合う構造物を切り裂くこととなったらどうするのか。国・原子力機構は、来年2月の運転再開に向けて、規準地震動Ss―DHを評価結果に収まるような姑息な画策をするのではなく、過去の活断層評価の誤りを真摯に反省し、真剣に廃炉に向けた準備を進めるべきである。福井県も「エネルギー拠点化計画」などという戯れ言を何年も言い続けているのではなく、住民の安全のために廃炉を国に真剣に求めるべきである。

 【出典】 アサート No.370 2008年9月27日

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【投稿】底知れぬ金融不安–米政府の綱渡り続くが–

【投稿】底知れぬ金融不安–米政府の綱渡り続くが–

 先週の1週間は、サブプライムローン問題に端を発する経済不安が、金融システムそのものの機能停止の瀬戸際まで危機が現実化したという意味において、新たな段階に進んだと位置づけられる出来事の連続だった。
 この影響は、アメリカに止まらず欧米、アジアなど世界的規模に及んでいる。正に戦後最大のバブル崩壊の底深さを示したものと言えよう。
 2007年8月に表面化したサブプライム問題だったが、最初は、デフォルト(債務不履行)となった住宅ローン証券化商品の価値が減価し、これを購入していた投資銀行、証券会社、銀行などが決算期に巨額の引当金を計上することにより、大幅な減益決算などを余儀なくされた。これに先立ち、アメリカでは住宅バブルの崩壊が始まり、住宅価格の値崩れは、価格上昇を前提として組まれていた高金利高リスクのサブプライムローンの焦げ付き、新規住宅購入・建設の低迷から一層の住宅価格の下落が進むことになった。
 破綻の連鎖は、続いて、住宅ローンの保証会社であるモノラインの破綻の危機となって現れた。2008年3月には投資銀行であるベア・スターンズが経営危機に陥ったが、モルガン・スタンレイが買収することで、一旦危機は収まったかに見えた。
 また、中東やシンガポール、中国などの政府系投資機関が、自己資本不足に陥ったアメリカの証券・投資会社の増資要請に応じたことで、経営危機そのものについては、一息ついたと思われた時期もあった。この間、FRBは、一貫して従来のドル高路線を放棄し、5%を越えていた金利を2%まで引き下げてきた。さらに、住宅バブルの崩壊から個人消費が低迷し、景気減速を恐れたブッシュは、7兆円を越える所得税減税を実施したが、個人消費の減少を短期間止めることしかできなかった。四半期決算毎に、アメリカの金融機関は、デフォルトに伴う赤字予想を引き上げざるを得なかったのである。
 7月には、政府系住宅金融公社2社において、住宅ローンの焦げ付きの影響により、株価が45%下落し経営危機に陥った。同社が保障しているローン残高は、5.2兆ドルであって、同社の発行する債権は、世界各国の中央銀行も所有しており、これが破綻すれば、世界的な金融破綻の可能性があった。アメリカ政府は、急遽公的資金の投入を含めて資本増強する事を決定したが、市場の動揺はさらに深まることになった。(9月には、2社を政府管理することを決定)
 そして、先週1週間の出来事である。前週の末からリーマン身売りのニュースが溢れ、韓国政府系金融機関などの買収も囁かれていた。しかし、リーマンは、投資会社の中でも、飛びぬけてリスク性資産を抱えていたため、アメリカ政府にも見放され、民事再生・倒産を余儀なくされた。負債総額は6000億ドルを越える。
 さらに、同じ投資会社のメリル・リンチは、バンク・オブ・アメリカにおよそ500億ドルで事実上救済合併されることとなった。こうして、アメリカの主要投資会社は、モルガン・スタンレーとゴールドマン・サックスを除いて、退場となった。投資会社は預金機能を持たないため、資産が減価し、資金供給が弱まれば忽ち窮地に立つことになる。先週は、不安の連鎖のため実際の銀行間の貸出金利(短期市場金利)が7%を越える事態となったという。
 さらに、先週アメリカ最大の保険会社AIGも、巨額のリスク性資産保障を負っているとして、株価が急落、経営危機に陥ったが、こちらは影響が多くの国民に及ぶとして、アメリカ政府が850億ドルのつなぎ融資を決定して、破綻を一旦免れることとなった。
 ドル資金が減少するという事態を受け、アメリカ・日本などの6つの中央銀行が協調してドル資金総額36兆円を市場に供給する事を決定。さらにアメリカ政府は、不良資産を公的資金で買い取る法案を議会に提案した。総額75兆円と言われる。さらに個人資産である投信型MMFの保障、株式の空売り規制を打ち出している。
 このように、先週1週間の出来事は、アメリカ発の金融破綻が、新たな段階に至ったと言えるのではないか。金融機関・企業間に疑心暗鬼が蔓延し、短期市場金利が急上昇するなど、信用収縮が起こっているのである。経営悪化した企業に資金が供給されないとなると破綻企業は一層増加する。すでにアメリカ地銀は昨年4行が破綻、今年になって12行が破綻しているのである。(200行近い地銀が破綻する予想もある)
 モラル・ハザード論など言ってはいられないほど、アメリカの金融不安は深刻である。公的資金の投入なくして危機の回避は不可能となっている。「市場がすべて」のアメリカ・スタンダードがこの有様である。対岸の火事ではない。市場原理主義・新自由主義の行き着く先をしっかり見つめる必要あるのではないか。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.370 2008年9月27日

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【本の紹介】「閉塞経済—金融資本主義のゆくえ」 金子勝著

【本の紹介】「閉塞経済—金融資本主義のゆくえ」 金子勝著 ちくま新書

 泥沼の金融不安が9月15日アメリカと世界の金融界を覆った。アメリカ第3位の証券会社リーマン・ブラザーズが倒産したからである。サブプライムローン問題を発端にした金融不安は、アメリカの投資会社・証券会社・銀行・保険会社が次々に破綻の危機に瀕する事態となっている。動揺を繰り返す金融資本主義はどこへ行くのか、金融資本主義を分析するためにどのような経済学が必要なのか、それを明らかにしようとしたものが、本書「閉塞経済–金融資本主義のゆくえ」である。
 
<バブルを繰り返すアメリカ経済>
 著者は、1970年代の通貨の変動相場制移行と1980年代の為替取引の自由化によって、商業資本主義・産業資本主義の時代から、金融資本主義の段階に移行し、カネがカネを生む構造、バブルの生成と崩壊・破綻を繰り返すことこそ現代資本主義を特徴づけるものであるとされる。
 1997年の東アジア通貨危機、98年のLTCMの経営破綻、2000年末のITバブル崩壊、2001年9・11テロそしてイラク戦争と、金融市場が危機に陥ろうする度に、金利の引き下げ、国際協調による通貨供給が行われてきたため、世界には「膨張した投機マネー」が溢れた。行き場を失った金が、利益を求めて次々と投資先を求め、新たな金融商品が作りだされた。今回のアメリカにおける金融不安も、住宅バブルの破綻と、ローン証券化商品価値の大幅な毀損が発端となっている。
 著者は、こうしたバブルの生成と破綻を正面に据えた経済学がほとんど存在しないと指摘する。バブルは特別の出来事であり、「個別の金融政策や財政政策に原因を求めるという通常の経済学の説明では、起こっている事態をうまく説明できなくなってしまう」と指摘する。「ほとんどの経済学者は『変動相場制は、為替が自由な取引になるから、資本の配分の効率性を高めて、金融制度が効率化していく』と説明し」ている。「市場は万能の神」というが、「その根本テーゼそのものが、バブルとバブル崩壊を作りだす元凶になっている」と。
 1970年代以降は、先進資本主義国における成長率の鈍化もあり、余ったカネは行き場を失い、高利益を求め「過剰流動性」となって、土地、株式、石油や穀物まで、先物相場などへ流れ込んでは逃げ出して、バブルを繰り返しているのである。
 
<金融緩和政策がバブルを生み出す>
 著者は、バブルとバブル崩壊を繰り返す原因について、以下のように説明する。
 第1要因としての、石油ショック以後の投資機会不足、第2要因として変動相場制への移行があり、アメリカの双子の赤字を背景にしたドル還流策としての為替取引の自由化・金融の自由化が第3の要因。そして、バブル危機の度の金融緩和・低金利政策が第4の要因であると。
 「変動相場制と金融自由化が進んだもとでは、金融緩和政策はバブルを作る政策となり、バブルが崩壊すれば、また金融緩和政策をせざるを得なくなるというように、バブル病を進行させる役割を果たすようになってしまいます。」
 さらに今回のサブプライム問題では、ローン証券化商品により「リスク分散」が出来るという「金融革新」策の破綻が問題を深刻化させています。1998年のLTCMの破綻の前には、ヘッジファンドのレバレッジの手法が編み出され、いずれも「リスクを回避しつつ、資金を効率的に運用していく」という手法である。
 しかし著者は、「問題は、本来はリスクを回避するためにあった金融革新が、逆にリスクを深めてしまう点にあります」として「高度な数学を駆使する『金融工学』は、個別の金融商品の設計はできても、金融市場全体のリスクを管理することはできなかったのです。そして、金融革新の手段がかえって金融危機を深めてしまった」と指摘する。
 
<「影の銀行システム」の崩壊>
 さらに、今回のサブプライム問題で明らかになった事は、住宅ローン担保証券やそれを組み合わせたCDOが、「影の銀行システム」で取引されていた点であると、著者は指摘する。すなわち、銀行や証券会社本体ではなく、SIV(資産運用会社)やヘッジファンド間などで取引されていた事であり、「市場の外」で行われていたのである。アメリカの銀行は、連結決算の対象とならないファンドとの証券取引で収益を上げていたといわれ、この取引は、自己資本比率が適用されない。FRBの規制やSECの監督規制も及ばない。「まさに金融革新の先端にあった『影の銀行システム』が崩壊の危機に瀕している」のだと。
 また、今回の金融危機が、クレジットバブルと住宅バブルの崩壊が同時に起きている点についても、過去のLCTM問題、ITバブル崩壊と違って、信用と実態経済の両面が相互作用・連鎖して悪循環に至る危険性を指摘されている。まさに戦後最大の危機(バブル崩壊)と言えるのである。
 
<構造改革の経済学>
 第2章構造改革の経済学では、石油ショック以来長期経済停滞の局面で、日本の場合はバブルとバブル崩壊、不良債権処理問題になりますが、長期の経済停滞やバブルに対処する議論において、「供給サイド」か「需要サイド」なのか、という議論が繰返し行われたが余り意味を持たず、状況の変化に対応出来てこなかったこと、そして小泉構造改革路線の評価を通じて、求められる政策方向が示されている。
 90年代以降の長期停滞に対して「経済学者の間では、供給サイドの政策をやるのか需要サイドの政策をやるのか、どちらで長期の不況を脱するのかということが絶えず議論されてきた。・・・しかしどちらの政策をとっても、日本経済の先行きはなかなか見えないという状況は深まるばかりでした。従来の経済学ではそれ以外の選択肢はなくアクセルを踏みながらブレーキを踏むというような混迷ぶり」だった」と著者は言う。
 「では、効果的な政策とはどういうものか。まず、本丸の不良債権処理をきちんとおこなうと同時に、財政政策、金融政策を補助的な政策として使うという組み合わせでなければならなかったのです。」しかし、こうしたことは経済学の教科書には書かれていないと著者は言います。「主流派経済学にとって、あくまでもバブルは例外的事態にすぎないからです。」

<「構造改革」は何をもたらしたか>
 金融の自由化・規制緩和が進めば成長すると主張する構造改革論者は「経済が成長したのは規制緩和のおかげで、停滞するのは、規制緩和や民営化が足りない」という呪文のような主張を繰り返し、橋本「構造改革」以来、小泉内閣まで10年余り、「構造改革」が何をもたらしたか、を著者は明らかにしている。
 スイスの国際経営開発研究所の国際競争力ランキングでは、1996年の4位から2007年には24位に転落するなど、「構造改革」が、国際的競争力を高めていない事実。大きな政府であっても競争力を維持している北欧のケースなど、構造改革の10年が「新しい成長分野をほとんど生まなかった事実を厳粛に受け止めなければならない」と。
 さらに、2001年3月末には380兆円だった普通国債残高は、2006年9月には670兆円に膨れあがるなど、「構造改革」路線は財政再建も実現できなかったのが事実であること。
 膨大な国債発行に依存する以上、低金利政策を維持する他はなく、円安誘導による輸出増によってもたらされたのが「いざなぎを越えた」といわれる「長期の景気上昇」の正体であり、雇用の流動化策・非正規労働者の増加で、企業は潤い、労働者国民には格差を一層拡大させてきたのである。
 規制緩和と民営化、小さな政府路線ではなく、新たな成長戦略が求められていると著者は語り、とくに教育投資と環境エネルギー対策の重要性を指摘されている。
 
 第3章格差とインセンティブの経済学においては、医療・介護・年金問題などインセンティブに基づく格差政策への批判が行われている。
 このように、金融自由化を推し進めてきたアメリカ自身が戦後最大の経済危機を迎えている現在において、本書は、金融資本主義の閉塞状況を明らかにするとともに、変化に対応した経済学が求められているとの立場からの問題提起の書となっている。(2008-09-21佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.370 2008年9月27日

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【コラム】ひとりごと–総選挙で自公過半数割れを!–

【コラム】ひとりごと–総選挙で自公過半数割れを!–

○9月22日の夜、友人と軽い夕食で駅前のラーメン屋に出掛けた。そこへ新たな客の中年男女が入ってきて、女性の方が店主に名刺を差し出し挨拶している。今度は私の所にも来て、名刺を出して「事務所を開設しましたので」という。地元選挙区の自民党候補の妻だったらしい。他にやる事はないのだろうと思ったのだが。○9月23日の朝、我が家の電話が鳴った。相手はANNリサーチセンターからと告げる録音による女性の声だった。「2・3分で終わりますので、アンケートに協力してください」と言う。○総選挙がらみのリサーチであった。質問は4つ。支持政党はあるか・ないか。どの政党を支持しているか。総選挙では、どの政党候補に投票するか。衆議院選挙の投票には行くか、どうか。○電話のプッシュダイヤルを押すだけの、妙に無機質な応答であった。すべて民主党と答えておいた。○自民党、民主党とも選挙の顔である総裁・代表も決まり、いよいよ、解散を待つばかりとなり、上述のように、いろいろ騒がしくなってきた。○10月14日告示26日投票が有力とされているので、あと1ヶ月ということ。○自民党は、政治ショーよろしく、総裁選挙を繰り広げたが、国民の反応は冷ややかであった。公明党の定額減税提案などを受け入れ、財政出動も辞さずとの拡大路線の麻生太郎の当選が確実しされていたからであり、2度続けての首相辞任による総裁選に、かつての小泉旋風のような盛り上がりを期待すべきもない。総選挙なしに3人の首相が入れ替わるということ自体、国民をバカにした対応であり、政治家・政党としての潔さが全く感じられない。○来る総選挙で注目されているのは、自民党議員が何人落選するかである。○サンデー毎日は、90議席を越える落選・減少を予測していたが、単独過半数割れに止まらず、自公で過半数割れも予想されるのではないか。○年金問題、高齢者医療、医師不足の医療問題などに応えることなく、加えてアメリカ発の世界的金融不安が日本の実態経済にも深刻な影響を与え始めたこの時期に「勝手に政権を投げ出し」ての総選挙である。与党に風が吹くはずがない。○バラマキ公約にも、国民は反応薄である。○与党がそんな状況であるから、政策の是非、財源議論などはあって然るべきだが、政権交代をしても良いのではないか、という空気がひたひたと広がっている。○まだ、民主党の選挙政策は、文書として示されていないが、昨年の参議院選挙政策をベースにした「生活が第一」という、格差社会の見直し・こども手当などの生活重視の政策になるだろう。それで十分だ。○憲法問題も、テロ対策も自民党自身が、自信をなくして争点にはできない。選挙前から、政権交代の可能性が十分に有りうる今回の総選挙である。圧倒的に、自民・公明を落選させ、野党中心の政権を作るため、総選挙闘争に突入だ!(佐野)

 【出典】 アサート No.370 2008年9月27日

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【投稿】近づく自・公連立政権の終焉

【投稿】近づく自・公連立政権の終焉

<<きしみが目立つ自・公連立政権>>
 臨時国会召集をめぐる与野党間、そして与党内の攻防は、いよいよ年内解散・総選挙の様相を現実化し始めている。福田首相は当初、インド洋での給油活動が非常に大事だとして、新テロ給油特措法延長法案の再可決に必要な日程を確保するため、何よりも給油一時停止という昨年の悪夢を避けるため、なんとしても8月下旬には臨時国会を召集する構えであった。しかしその意図はもろくも崩れ去った。
 その第一の原因は、公明党対策に応じざるを得ない、その意向を無視しては政権維持ができないぎりぎりのところに追い込まれているところから来ていると言えよう。
 昨年と同様、参院野党が否決した新テロ給油法延長を、衆議院において再び強行再可決する自民党に同調すれば、公明党は独自性どころか単なる自民党の付属物と化してしまう、「平和の党」の看板は完全に色あせてしまう。本音では同調することを前提としながらも、抵抗する姿勢を示さざるを得ない公明党は、新テロ特措法の延長に慎重姿勢を示し、再可決を前提とした臨時国会の早期召集に反発し、来年夏の東京都議選に全力を傾けるためにも臨時国会は短期で閉会し、来年1月までに衆議院の解散・総選挙を行うように求めたのである。
 さらに公明党にとって厄介な問題は、創価学会を提訴した公明党の矢野絢也元委員長と前公明党参院議員の福本潤一氏が国会喚問に積極的に応じる姿勢を明らかにし、「(国会)招致が実現すれば、私は政治とカネの問題、矢野氏は(学会による)人権侵害の問題を証言することになります」(福本氏)と述べていることである。参議院多数を握る民主党、野党によって、この問題が臨時国会で徹底追及され、政教一致問題から池田大作名誉会長の国会証人喚問にまで事態が発展すれば、公明党・創価学会にとっては死活的な重大な危機に立たされることは間違いない。なんとしてもそうした事態を阻止するために、公明・学会幹部は、喚問つぶしから連立組み換えのゆさぶり、民主党への接近、個別野党との選挙協力の誘い水まで、さまざまな裏工作に必死である。こんなときに臨時国会の早期召集や再可決を前提にした、「参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取った後、国会休会中の期間を除いて六十日以内に、議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる。」という、衆議院可決必要会期 +「60日ルール」適用の長期国会など呑めるものではない。結局は9/12召集、会期は70日という中途半端な妥協で折り合わざるを得なかった。公明党にとって、自民党との軋轢やきしみが目立とうとも、背に腹は代えられないのである。

<<「何も発信しない総理」>>
 公明党の太田代表は9/21のCS・朝日ニュースターの番組収録で、衆院解散・総選挙の時期について「どのあたりが勝ちうる状況を生み出すのかを考えなくてはいけない。(勝てる)状況をつくることからいくと、年末年始というのは一番最初に出てくる選択肢だ」とわざわざ具体的な時期に言及し、福田政権を解散・総選挙に向けた流れに押し出そうとさえしている。「11月23日総選挙説」が急浮上する火元でもあろう。
 さらに公明党としては、福田首相が「安心実現内閣だ」と胸を張った八月初めの大幅な内閣改造にもかかわらず、実態は「追い込まれ改造」内閣、「短命・消費期限付き」内閣、自民幹部からは「ぐず内閣」の声まで出るほど、政権浮上のリーダーシップも期待できない、無為無策、支持率低下も止められない、だとすれば、総選挙向けのバラマキ経済対策を早急に復活させ、補正予算案など生活に密着した法案に絞り、会期は短く、早期解散への圧力を強めていく、出来れば、福田首相早期退陣-麻生内閣による衆院解散というシナリオまでが期待されている。
そしてこれに呼応するかのように、「総理からも指示された」と、麻生幹事長ら自公与党幹部が8/13に打ち出した補正予算の規模は「1兆円超」だという。内閣改造に際して自民党幹事長に就任した麻生氏は、自らの役割を「景気対策を進めると、確実に財務省とぶつかる。その突破を、柄の悪い麻生にやらせるのが一番となったのだろう」と小泉路線からの転換を公言し、これを支援するかのように森元首相は、8/17の民放番組で、「チマチマ出しても役に立たない」と大型の景気対策を打ち出すよう主張、キングメーカー気取りで「ポスト福田」にも言及し、「『次は麻生さんに』という気持ちは自民党に多く、わたしもそう思っている」とまで明言している。さらにこれを念押しするかのように、麻生幹事長の側近とされる甘利明前経産相(山崎派)が8/18、BS放送の番組収録で「(福田内閣の)支持率が20%を切ったら党内から『態勢立て直しを』という声が出てくる。その時に党内合意が図られるのは麻生幹事長だ」と述べ、総選挙前に麻生政権になるとの見通しまで示している。福田首相と麻生幹事長の「政権禅譲密約」説の火元もこのあたりであろう。
 そして自民党の中川昭一元政調会長が8/23、福田首相の直接批判にまで乗り出した。中川氏は、福田内閣の経済政策に触れて「緊急の非常対策をまず発信すべきだ。何もしていないのは政治の無責任と言わざるを得ない。このままでは日本が沈没しかねない。何も発信しない総理では駄目だ」と首相を批判し、「2兆~3兆円相当の財政出動が必要だ。必要なことは何でもやって難局を乗り切るべきだ」とブチ上げている。

<<「ボロボロと荷崩れ」>>
一方こうした流れに対して、中川秀直・元自民党幹事長は、自らのホームページ上で「首相の明確な経済財政路線に反対する人が執行部にいるとは信じられない」と、麻生幹事長を露骨に批判している。8/24の「中長期ビジョンこそが政党の生命線」という主張では、「いずれにしても、90年代の「失われた10年」となった一時しのぎとなった財政出動によるばらまき政策の繰り返しの愚を犯してはならない。2001年4月からの小泉構造改革によって、足元の景気対策より、中長期の政策として、財政再建の旗を掲げて、不良債権処理を最優先した結果、02年2月からの戦後最長の景気回復が生じたのである。財政出動なしにである。」と主張し、いまだに小泉路線の自由競争原理主義を「構造改革」などと称し、自らのグループの研修会の冒頭でも、「財政再建、改革路線と両立させないといけない」、「改革をあきらめた政党にあすはない」と強調し、自民現執行部や公明党の動きを強く批判している。
しかしこうした小泉路線こそがもたらした膨大な破綻と社会の隅々にまで否定的影響をもたらした自由放任・無責任路線と貧困の蔓延と生活基盤の破壊、格差の拡大、社会保障の破綻について口をぬぐう限りは、 小泉チルドレンと同様、そしてまた福田現政権執行部と同様、政局の動きから取り残された存在と化し、彼ら自身にも「明日はない」と言えよう。
 サンデー毎日(2008年8月24日号)の総選挙予測によると、政党支持率は、自民26.1、民主29.7、公明0.7、共産4.9、社民1.4、国民新1.5、無所属5.4、「まだ決められない」30.3で、すでに民主党の方が自民党より上となっている。「官房長官・町村信孝も元副総裁・山崎拓も津島派会長・津島雄二も現状では当然の見込みがなく、財務相・伊吹文明も楽観できない」、「リードを保つ自民党現職は、広島4区の中川秀直元幹事長やテレビ出演の多い愛知13区の大村秀章氏ぐらい」、「自民党本部内では、『このままいけば8、9割は下野だろう』との不安が消えない。足元の支持組織がボロボロと荷崩れを起こし、次期衆院選に向けた明るい材料が何一つ見当たらないからだ」と指摘されている。「一度も衆院選に負けたことのない小選挙区は95、これを死守した場合、比例代表は60ぐらい。小選挙区、比例代表合計で155議席、ここからどれだけ積み重ねられるか、そういう選挙になる」という。
 週刊朝日(2008年8月22日号)の白鴎大学教授・福岡政行氏の総選挙予測によると、与党の予測獲得議席は、自民189(±13)、公明27(+4、-3)、自公合計216(+17、-15)。野党の予測獲得議席数は、民主226(±17)、共産(+2、-3)、社民7(±2)、国民7(+4、-2)、日本1(+3)、大地1、無所属10(-4)、野党合計264(+15、-17)で、衆院過半数(241議席)を大きく割り込み、自公連立政権は惨敗し、政権を失う、との予測である。
 現在の福田政権の路線の不明確さ、無為無策、他人事のような責任放棄、出しては引っ込める定見のなさ、茫然自失のダッチロール、リーダーシップの不在、こうした福田内閣を特徴付ける事態が続けば、さらに与野党の差は拡大するばかりであろう。自・公連立政権の崩壊と終焉がこれまでにも増して近づいていると言えよう。これは与党側の自壊作用ともいえるが、自壊=政権交代とならない以上、これを確実なものとする野党の対応こそが問われている。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.369 2008年8月30日

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【投稿】ブッシュに翻弄される親米国家

【投稿】ブッシュに翻弄される親米国家

<グルジアの悲劇>
 8月8日、ユーラシアの東端で灯された聖火をあざ笑うかの様に、その西端で戦火が吹きあがった。南オセチアに侵攻したグルジア軍は、州都ツハンビリを一時制圧、オリンピック開会式に合わせたと思われる奇襲作戦は成功したかに思われたが、ロシアのプーチン首相は北京から直ちに反抗を指示し、ロシア軍の攻勢が開始された。
 それは、南オセチアに駐留する「平和維持軍=ロシア軍」への増派に止まらず、グルジアに対する陸海空からの本格的な攻撃となり、瞬く間に形勢は逆転した。
 ロシア軍がグルジアの幾つかの拠点を支配下に置いた段階で、フランスによる和平交渉で停戦とロシア軍の撤退が合意され、大規模な戦闘はひとまず終結し、聖火が消える前に戦火が消えることになった。
 そもそも、グルジアはソ連崩壊による独立後、シュワルナゼ政権下でCISにとどまったが、サーカシビリ政権成立後に急速に親米化、積極的にイラク派兵をすすめるなどし、コーカサスにおける「ブッシュのポチ」の地歩を揺るぎないものとし、NATO加盟をめざしてきた。
 アメリカも軍事顧問団を派遣するなど、政権と軍の強化を図ってきたことからして、当然グルジア軍の南オセチア侵攻作戦を事前に察知しても、見て見ぬ振りをする「暗黙の了解」を与えていた可能性が指摘されている。
 サーカシビリ政権としては、そうした「阿吽の呼吸」により侵攻1,2日の段階で、アメリカの積極的な介入を期待し、南オセチアの実効支配を既成事実化する目論見であったと考えられるが、結果的にブッシュに梯子を外された結果となった。
 ブッシュはプーチンとは対照的に、北京でオリンピックを楽しんでいたようだ。今回の紛争で、アメリカはロシアを厳しく非難し、グルジア支持を世界に向けてアピールしている。しかし軍事介入は行わず、人道支援と黒海への艦船派遣というパフォーマンスにとどまっている。
 今回の紛争がもう少し長引けば、グルジア軍は壊滅的打撃を受け、政権崩壊も免れなかっただろう。現時点でもグルジア内の親露勢力台頭と、政権弱体化が進行しNATO加盟は遠のくなど、得るものは無かったと言っても過言ではない。

<明日は我が身の日本政府>
 これを対岸の火事と見てはいられないのが日本政府である。米軍再編に伴い在日米軍の任務も「対テロ戦争」にシフトされ、自衛隊もその作戦支援へと役割が変わり、日米安保自体が変質しているにもかかわらず、自民党の一部などには、周辺国と武力衝突が勃発した場合、アメリカ軍の支援を期待する向きがある。
 しかしアメリカは今後も中国に対し敵視政策をとることはないだろうし、すでに対北朝鮮政策で、日本はブッシュ政権から突き放されている。テロ支援国家指定解除は、延期されているが、その理由はあくまで核計画の検証方法を巡る問題であって、拉致問題ではない。また、竹島問題に関してもアメリカ政府地名委員会は、一度は帰属未確定としたものの、再度韓国領と記載することに決定した。
 日本政府は国民を犠牲にして、莫大な予算と軍事基地を提供し、さらにはイラク、インド洋派兵などを推し進めているにもかかわらず、この有様である。次期臨時国会において新テロ対策特別措置法改正案=「給油法案」を衆議院での再議決で成立させ、一層の軍事貢献を図ろうとする目論見がある。
 ところが開会中にアメリカ大統領選挙(11月4日投票)は、2000年のような事態にならない限り、終わっているわけで、その結果如何で国会運営はきわめて難しくなるだろう。
 こうした展開が想定される情勢にあっても、明確な外交政策を指し示すことなく、漂流するかのような政権運営を続ける福田政権が、完全に国民から見限られる日は近いだろう。(大阪O)

 【出典】 アサート No.369 2008年8月30日

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【書評】池内了著「疑似科学入門」

【書評】池内了著「疑似科学入門」
                     福井 杉本達也

 水を燃料として走る自動車を売り出したという。水から電流を取り出す新しい発電システム「ウォーターエネルギーシステム」だというふれこみである。水が燃料なら石油もいらないし、CO2も出さないから地球の環境問題は一気に解決だと思う。6月に大阪府の議員会館でも説明会が行われ大勢が詰めかけたそうだが、福井市内で行われた説明会の主催者は、実は、昨年金沢で爆発事故を起こし、「開発者」?の同僚を死亡させ過失致死罪で起訴されている。恐らく、水を電気分解する際の水素ガスに引火したのではと思うが、電気分解するにはエネルギーが必要であり、水からエネルギーを作り出すというのは「エネルギーの保存の法則」に反した「永久機関」であり、まさしく「疑似科学」である。
 今日、様々な「疑似科学」や「ニセ科学」が流行っている。疑似科学とは、科学のようなふりをしているが科学ではないもののことである。科学的であるためには、①客観的であること、②合理的な説明がつくこと、③いつでも・どこでも実証できること、といった基準を満たす必要がある。だが、科学的な言葉をちりばめただけの疑似科学の例には事欠かない。
 著者は疑似科学を三種類に分けている。第一種の疑似科学は人の心の揺らぎにつけ込む「まやかしの術」であり、占い系、超能力・超科学系、「疑似」宗教系である。TVでは毎日のように、超常現象の番組が放映されている。日本のTV局は全く異常な番組作りを行っている。そんなことはあるわけがないと信じなければよいのだが、中には信じてしまう者もいる。なぜ、信じるかであるが、自らの体験としての情報は、見る、聞く、覚える、考えるという感覚への刺激から脳における再現・合成という過程を経るが、この情報処理過程でエラーが生じるのだという。「情報を得る」段階と結果を「信じる」段階の間に「認知」の過程があり、たとえば、「知覚エラー」や「記憶エラー」あるいは「思考バイアス」―たとえば、ある仮説に対して、それに合った事例のみで判断してしまい、反証事例を検討しない-などがあるという。
 第二種の疑似科学は科学の活用・援用・乱用・剽窃・誤用・悪用・盗用などで、科学的装いをしているが、何ら根拠のないものであるという。松下電器を始め大手家電メーカーはいまだにエアコンや掃除機をはじめ電化製品に使っている「マイナスイオン」などである。確かにマイナスイオンというものはあるが、プラスイオンとどう違うのか、「マイナス」のどこが健康にいいのか全く不明である。このようなものが、どんどんイメージを膨らませてTVCMに流され続けている。「波動」「フリーエネルギー」「ゲルマニウム」「ポリフェノール」「エイコサペンタエン酸(EPA)」「アルカリイオン水」等々、関西テレビで打ち切りになった「発掘あるある大辞典」などでも様々な商品が「紹介」?されたが、こうした事例は枚挙にいとまがない。著者は、現代人にとって、時間の感覚が加速されていることから、早く結果を知って安心したい、手早く簡単に効能を得たいとして、じつくり考えることをせず、すぐに答えが得られる方を選び、それを紗呑みにしてしまう。「テレビで言っているから」「エライ先生が推薦しているから」と、手軽に怪しげな商品に飛びつく。自分の頭で判断することなく周囲の雰囲気に同調してしまうのだという。
 第三種の疑似科学(これが本書の核心部分であるが)は、気象や気候変動、環境問題や生態系など非線形・複雑系の、現代科学が明確な判断を直ちには下せない不得意な分野である。その解決には時間がかかるのもやむを得ないのに、そのことを忘れ、短絡的に原因と結果を結びつけたり、原因が不明だから結果も曖昧だとしたり、相反する要素をあげつらって不可知論に持ち込んだり、挙げ句は科学は信用できないと断じたりするという。
 ここで、著者が大胆にも論争の火中の栗を拾ったのが「地球温暖化問題」である。地球は複雑系であり、地球が温暖化していることは事実であるが、二酸化炭素を始めとする温室効果ガスが大気中に増えていることも事実であるとしつつも、過去の地球の歴史を見れば、二酸化炭素の量が上昇してから温暖化が起こった場合もあるし、温暖化が起こってから二酸化炭素が増加した場合もあり、いずれが原因で、いずれが結果であるか、簡単には判断できないとの立場を取る。
 洞爺湖サミットの直前に各テレビ局は地球温暖化特集を組んだが、特にひどかったのがNHKである。「ためしてガッテン!常識逆転!地球温暖化ビックリ対策術」という番組は、北極のグリーンランドで氷が溶ける姿や、南極の棚氷の先端が崩落する映像などで海面水位の上昇を煽り、旱魃の被害映像などをたれ流し続けた。8月17日、国土交通省と気象庁は今夏の猛暑と局地豪雨を温暖化に結びつけて調査すると発表したが、何もかも温暖化に結びつけて良いのだろうか。このような傾向に対し、著者は、少しでもこの数年なかったことであれば、直ちに「異常」と断じ、「地球温暖化のせい」と決めつけてわかった気になる風潮に危うさを覚えるという。見かけの効果だけを取り上げて解釈し、自然現象に責任を押し付け、思考停止になっており、「地球温暖化」が合い言葉になり、真実を見えなくしていると警鐘をならしている。
 著者は、複雑系である地球温暖化など、結果から原因を「科学的に証明しづらい」「未成熟科学」の問題に対しては『予防措置原則』を適用すべきだとする。地球が複雑系であるために原因や結果が明確に予測できないとき不可知論に持ち込むのではなく、人間や環境にとっていずれの論拠がプラスになるかマイナスになるかを予想し、危険が予想される場合には、それが顕在化しないよう予防的な手を打つべきだと主張する。たとえその予想が間違っていたとしても、人類にとってマイナスの効果を及ぼさないと。この部分で著者はIPCCに同調している。
 地球が温暖化していることは確かであるが、しかし、それに『予防措置原則』を適用して、はたして温暖化を防止できるのであろうか。岡敏弘福井県大教授は『世界』2008.9号で、温暖化ガスの排出削減方法は2つしかないとし、①生産活動量は一定にしながらエネルギー利用効率を上げる・エネルギー減を変えるなどして排出量の原単位を下げる方法、②活動量を下げたり、我慢したりする方法であるとする。岡氏は、②の活動量を抑えるためには排出量の総量を規制して、個別に割り当てねばならず、割り当てるには排出権取引制度が有効であるが、取引の導入を強く主張している人の口からは活動量削減まで踏み込むべきだと明言したものは誰もいないと皮肉る。現在の炭素排出量の50%を削減しようとすれば日本では1970年代初期の生活に戻る必要がある。また、発展途上の中国やインド、アフリカ諸国に生産量を削減し、生活向上の努力を放棄せよといえるのであろうか。岡氏は活動量を削減するということは分配の問題と不況の問題から危険であるし、排出権取引などできもしないといいきる。一方の①の新技術によって原単位を下げる方法はどうであろうか。日本でも、廃止した福島県沖のガス田などにCO2を埋める技術の開発などが行われようとしている。革新的な新技術が開発できればいいが、温暖化の速度ほど技術開発の進む可能性は低い。岡氏も確実にそうなるとは予測できないとしている。岡氏の言葉を借りて、結論を急げば、温暖化の速度に見合うだけの炭素排出量の削減は不可能であり無駄であるだけでなく、途上国と先進国・国内における持つ者と持たざる者の分配の問題と経済的混乱を招くだけであるということである。
 同様の指摘は、IPCCの見解に反対する立場からもなされている。赤祖父俊一アラスカ大学国際北極圏研究センター所長は「生産を中国に任せながら炭酸ガスの放出量を削減せよと要求するのは全く勝手な話であり、ここに大きな矛盾が起きている。」「どの国も自国の産業を守るため炭酸ガスの放出量を削減することは絶対にできない…この問題について合意に達したことはなく、合意したとしてもそれを守ることは最初からできない。」「現在では地球温暖化問題は裕福国と貧困国の争いの道具となっているだけである。」「日本以外の国は建前と本音の役割を上手に使い分けている。」「何も炭酸ガスを抑制しなくてもよいと主張しているのではない。ただ、竜のような空想的なものを追うために何の役にも立たない膨大な予算を注ぎ込み、国際的経済問題を引き起こすより、現在目前に実際起きている環境破壊を問題にする方がはるかに役立つ。」(『正しく知る地球温暖化』2008.7)と手厳しく指摘している。「予防」は先が見通せる場合にだけ適用できる。やみくもに「予防措置」を適用しようとすると、排出権取引制度を金科玉条ごとく振りかざす、新古典派経済学のような疑似科学に陥るのではなかろうか。先記した国交省の豪雨対応でも、神戸市などの都市河川を安易にコンクリート三面張り構造にしてしまったからこそ、河川の流速が異常に早くなり、わずか10分で増水に巻き込まれてしまったのではないか。温暖化調査の前にやるべきことは沢山ある。気象学も経済学も科学の基本である「③いつでも・どこでも実証できること」ではないだけに特段の注意が必要である。
 話は全く変わるが、北朝鮮の拉致事件の被害者・横田めぐみさんの遺骨鑑定をめぐって、日本の鑑定機関はめぐみさんの遺骨ではないとのDNA鑑定を出した。これに対し、雑誌『Nature』誌(2005.2.3 3.17)は1000度以上もの高温で焼かれた遺骨から本当にDNAが採取できたのかという疑問を呈した。専門家の間では検出できないというのが定説になっており、著者は政治が関与すると科学的真実も曖昧にされてしまうと述べている。当書は、このように随所に様々な「疑似科学」に対する見方がちりばめられており、読めば読むほど味のある入門書である。
 著者は最後に、疑似科学に引き込まれない心構えを説く。心のゆらぎがあり、時間が加速される現代、疑似科学は廃れないが、処方箋としては、懐疑する精神をいかに育てて、いかに保つかであるという。また、疑似科学であるかどうかを知る目安として、それをどんな人間が言っているかを見て判断する方法があるとしている。その科学者は研究を極めれば極めるほど謙虚になる。謙虚か謙虚でないかが科学者の見分け方の初歩だという。、我々の周囲には、タミフル騒動や新型インフルエンザへのワクチンの事前予防接種・腹囲男性85㎝(女性90㎝)のメタボ検診等々、直接の影響を受け、すぐにも判断を迫られるが、「疑似科学」かどうか即断できかねる事例が多々ある。著者のいうように、疑い続けるのはしんどく不安なものだが、それによって洞察力を養うしか方法はないようである。

 【出典】 アサート No.369 2008年8月30日

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【書評】『我、自衛隊を愛す 故に、憲法9条を守る──防衛省元幹部3人の志』

【書評】『我、自衛隊を愛す 故に、憲法9条を守る──防衛省元幹部3人の志』
                   (2007.3.発行、かもがわ出版、1,400円)

 憲法九条改定の流れは、今のところ足踏み状態のようにも見えるが、この問題は九条のみならず、これを取り巻く社会的経済的及び日常的な体制に関わる権力の動きとして認識されなければならない。しかしこれに対して、抵抗する側の九条擁護の運動も根強く、各地の「九条の会」を始めとしてさまざまな形態で進められていることは周知の事柄であろう。さらにこれらの運動や主張の中には、今まで伝統的にイメージされてきた運動とはニュアンスの異なる、新たな視点を持ったものも少なくない。九条擁護の運動は、さまざまなバリエーションを持った運動となる要素を含んでいるのである。これらをどう取り入れていくかが、これからの九条擁護運動の幅と深さを方向付けると言えよう。
 本書は、「防衛省元幹部3人の志」という副題を持って、元防衛政務次官/箕輪登、元人事教育局長・官房長/竹岡勝美、元防衛研究所長・教育訓練局長/小池清彦の連名で出されている。このようないわゆる「タカ派」と思われている人々が、イラクへの自衛隊派兵を憲法違反と断じ、九条改定論を批判するという一見したところ戸惑いを覚える本である。しかしその主張は、耳を傾けるに値する。
 例えば、小池清彦はこう述べる。(「第1部 小池清彦—-国民の血を流さない保障が九条だ」)
 「制定当時あまり意識されなかった憲法第九条、平和憲法の持つ大きな意義についてであります。それは、もし平和憲法がなかったら、日本は朝鮮戦争(1950~53年)にも、ベトナム戦争(1965~75年)にも、湾岸戦争(91年)にも、世界のほとんどの戦争に参戦させられていたということであります。(中略)/このたびの憲法違反のイラク出兵は、まことに言語道断であります。安保条約は、平和憲法と両立する形の日米の同盟条約でありアメリカもこれに同意している条約であります。安保条約からは、日本のみならず、アメリカも絶大な恩恵を受けているのであります。日本が毅然としてアメリカに対してこそ、真の友好同盟条約が生まれるのであります。/日本は極力、独力で国を守ることができる防衛力を整備すべきであります。しかし、海外派兵は厳に慎むべきであります。日本は世界の警察官になる道をたどってはなりません。それは国民が血を流し、国が没落する道なのであります」。
 竹岡勝美は、「日本の国恥とも言うべき敗戦以来存続している広大な米軍基地の撤廃どころか縮小すら言挙げできない日本」の現状と「独立国・日本が米国の属国のごとくあまりにも米国に依存している独立気概への疑問」を呈する。(「第2部 竹岡勝美の決意—-憲法九条改定論を排す」)
 「確かに日米安保条約で日本を守ってやっていると言われれば、日本は米国に頭が上がりません。しかし、そもそも自衛隊を堅持する日本には、米軍に駐留をお願いして守ってもらうべき恐ろしい脅威が周辺諸国に存在するのか。/世界は侵略戦争を禁止しました。戦後の日本は、海外における植民地や国家権益を失い、この狭い島国に軍事的に閉じ込もり、平和憲法を護持して、もはや周辺隣国との間には戦うべき一片の軍事争点もありません。冷戦期にあっても極東ソ連軍が日本のみに一方的に侵攻してくる有事シナリオは米軍ですら否定していました。/かつて私が防衛庁に在勤していた当時、陸上自衛隊は、自分たちの唯一の出番と心得ていた極東ソ連軍の北海道侵攻を要撃する演習に際し、在日米軍が参加してこないのが不満でした。『一体何のための日米安保か』と陸上自衛隊は怒りましたが、米軍は『冷戦下のソ連軍は西に200万のNATO軍、南に中国の400万、東に200万の米軍と一触即発の対峙の中で、どうしてノコノコと日本のみに一方的に侵攻してくる馬鹿があるか』と陸自案を一蹴したといいます」。
 「現在はどうか。脅威とは、日本に届き得る距離にある周辺隣国、即ち中国、ロシア、南北朝鮮の四国のいずれかの国が、少なくとも数十万の大軍を率いて、一方的に日本本土に上陸侵攻して来る時でしかありません。さきに有事法制として立法された『武力攻撃事態』がそれです。/もちろん、私はそのような有事は起り得ないと確信しています」。
 そして「日本の有事とは、まさに在日米軍を含む米軍と日本周辺国家との戦争に巻き込まれる波及有事のみです。万一にも、米軍が一方的に北朝鮮を崩壊させようとした時、北朝鮮の二〇〇発のノドン・ミサイルが、日本海沿岸に濫立する十数基の原発を爆砕するかも知れません」と警告する。
 箕輪登は、自衛隊イラク派兵差止北海道訴訟での口頭弁論における証言において、国会議員になった当時からの思いを熱っぽく語る。(「第3部 箕輪登の遺言—-命をかけて自衛隊のイラク派兵阻止を訴える」、証言は、2006年2月27日、この後5月14日に死去。)
 「佐藤総理、岸、そのときは元の総理ですが、何回か会ったもんですからお話をして、そうじゃないと、自衛隊は専守防衛なんだと、どこからか攻められたときに、武力攻撃を受けたときに、日本の国の独立を助けるんだと、そういう考えの自衛隊であって、自衛隊法をもっと勉強せいと言われました。自衛隊法のどこに、外国に行ってもいい、戦争してもいいなんて、どこにも書いてないよ。それは、自衛隊法七六条、外国から攻撃がなければ武力行為は取れないんだと、武力行為を取るにしても、国会の承認がなければ取れないんだということを聞かされました。佐藤さんからも岸さんからも聞きました。で、だんだん調べているうちに、そうかなと思って、これがあるんだと思ったんです。で、今ごろ思い出すのが遅かったんですが、そのときに佐藤さんが、自衛隊ができても自衛隊の海外出勤は禁ずるという参議院の国会決議があるよということを思い出しまして、調べてみたところが、いまだにやっぱりまだあるんです」。
 「僕はイラク特措法を勉強したことはありませんけれども、イラクという外国に自衛隊が出動したことは、何と理屈付けても・・・、自衛隊の任務の中に、自衛隊法の第三条ですよ、外国の治安を守れとか、人道支援をせえとか、復興を支援しろとは、美辞麗句を並べるけれども、使命の中には入っていないんじゃないか。自衛隊法を補足、直すならば、第三条を変えなかったら、第三条は日本の国の独立を武力攻撃があったときに守るだけですよ、自衛隊法に書いてあるのは。外国まで行って外国の治安を維持するなんて、一つも書いてない。アメリカの言うとおりやっているだけじゃないですか。そのアメリカは、国際法違反のイラク戦争だと、国連事務総長のアナンが言い切ってるんです」。
 この訴訟の背景については、本書の最後に「〈解説〉自衛隊派兵差止訴訟と箕輪さん」で、北海道訴訟弁護団事務局長の佐藤博文弁護士が、要領よくまとめている。その中で、箕輪の未来への現実的な展望を端的に示している証言がある。
 「アジアでは、今、どの国も皆日本としっくりいっていません。しっくりいかせるのが外交であり、防衛対策です、先般、西ドイツのシュレーダー首相が、かつてテロ組織の存在したルーマニアで言いました。『ECは今や二五ヵ国。今までドイツはこんなに友人が増えたことを経験していません』と。これこそが安全保障だと私は思います」。
本書に登場するのは先にも触れたように、わが国の防衛政策を直接になってきた人々である。しかしこのような視点を持った人々が存在し、イラク派兵反対、憲法九条擁護を主張していることはまた、この運動が広がりと深さを持っていることの証拠でもある。自衛隊の存在とシビリアン・コントロールについて、防衛力と専守防衛について、また集団安全保障のあり方についての彼らとの意見の相違は存在するが、これらの問題をも含めて議論することの必要と、有効な視点を取り入れることのできる運動の構築への提起として本書はあると言えよう。(R)

 【出典】 アサート No.369 2008年8月30日

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【コラム】ひとりごと—橋下「改革」の悪影響は深刻—

【コラム】ひとりごと—橋下「改革」の悪影響は深刻—

○7月22日、府労連と橋下知事との徹夜の労使交渉は決裂し、知事は大幅な賃下げを労使合意抜きに断行した。○続く、大阪府議会では、自公に続いて、何故か民主党系府議団も賛成し、大阪府の平成20年度本格予算は、6月提案の「維新プログラム」案を若干修正した形で成立することとなった。○2月に初当選した知事は、収入に見合う支出でなければならないと、1100億円の歳出カットを提案。事業関係400億、資産処分350億、そして賃金カット350億というフレームで、財政再建プログラム(案)を4月に提案している。その後、タレント人気を背景にした世論形成と徹底したマスコミ対策で、財政破綻を強調。総務省ですら、府の財政危機は、まだまだ深刻ではないと認めているにも関わらずである。○橋下知事の行動の特徴は、マスコミや市民受けを狙ってのすばやい方針転換であろう。まず、4月「財政再建プログラム」を発表するや、警察関係・教育関係・市町村・障害対策関係団体から、反発が出てきた。警察からは新庁舎計画の凍結、人員問題で強い批判が出る。一番早い軌道修正は警察関連予算だった。○続いて、PTA・教員関係団体から、35人学級の見直し案に対して、短期間に100万名を超える署名が提出され、これも修正。市町村補助金についても、市長会から厳しい批判が出され、「涙の答弁」となったわけだが、これも演技か、修正し、交付金方式、来年度に本格見直しに修正する。そして、障害者、ひとり親などの医療補助についても本格実施は来年からという調子である。○そして、公務員の職務・賃金に市民に支持が少ないと見て取るや、最大の眼目である賃金カットは、ほとんど無修正に近い断行ということになった。○賃金カットについては、最終若干の修正を行ったとされているが、職員への影響は大きい。中堅職員では年間70万円を越える減収を余儀なくするものである。それも労使合意抜きの強行という手法である。破産企業なのだから賃金は低くてあたりまえ、などの論理は、明らかに「民間の論理」ですらない。誠に乱暴な手法である。○今回の賃下げは、単に大阪府に留まらない問題であろう。新しい財政再生法では、一般会計だけでなく、国保会計や介護保険会計、病院や土地開発公社など特別会計との連結型となり、一定の指標を超えると財政再生団体の指定を受けることになる。○平成20年度決算を指標とするとされており、全国では相当数の自治体がこうした団体指定を受ける可能性がある。○財政再生・再建団体となれば、大阪府の例を参考に、賃金引下げは当たり前とされる可能性が高い。○2005年5月自民党は、大阪市に国会議員による調査団を派遣し、大阪市職をはじめとする自治労単組に「宣戦布告」し、公務員労組弾圧が開始された。まさに橋下は、自民党の願望をストレートに「実現」して見せたのである。○民主党府議団の対応も、最終局面で賛成に回ることになった。旧社会党系、旧民社党系などの混成部隊であることは承知しているが、果たして正しい判断であったかどうか、私は疑問を持っている。議員歳費の引き下げを自主的に行うなど、議員自身の危機感も相当なものだろうが、自公政権に連なる橋下知事に、対抗できなかったという事実は間違いがないのではないか。○ともあれ、北京五輪の開催で夏休みというところであったが、これからが勝負と考えて、橋下府政と一線を画して、対応していく必要があろう。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.369 2008年8月30日

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【投稿】G8の無力さとG8時代の終焉

【投稿】G8の無力さとG8時代の終焉
     —洞爺湖サミットが明らかにしたもの—

<<「空っぽのスローガン」>>
 存続自身が危ぶまれている福田政権にとって、政権浮揚のチャンスと狙っていた洞爺湖サミットは、何の見るべき具体的な成果も合意も展望も示せず、完全な失敗に終わったと言えよう。残り半年余りの任期を数えるだけとなり、もはやレームダック(死に体政権)と化し、マイナスの影響しかもたらさなくなったブッシュ米大統領に引きずり回され、福田首相はリーダーシップをふるえるどころか、ブッシュの傀儡として、ブッシュの顔色をうかがう単なるご機嫌取りの役割しかあてがわれなかったのである。
 洞爺湖サミットは、まず第一に、メインテーマとした「地球温暖化問題」で、「2050年までに世界の排出量を少なくとも半減させるという目標についてのビジョンを、国連気候変動枠組み条約の締約国と共有し、採択することを求める」という首脳宣言を打ち出した。しかしこれはすでに昨年の独ハイリゲンダム・サミットで「50年までに半減」という目標を「真剣に検討する」と申し合わせたものを、今回は「すべての主要経済国の貢献が必要」との文言を加えて途上国の責任に転嫁しながら、G8自身の責任や意思についてはまったく触れずに、問題を世界規模に広げてあいまいもこなものにしたにすぎない。
 問題は、これに先立ち、途上国側の中心となる中国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカの5カ国首脳がサミット期間中の7/8に札幌で会合を開き、50年までにCO2半減を受け入れるにはG8側も20―30年の中期目標として60-85%の削減を実行すべきだとの方針を決めるという重要な提起があったにもかかわらず、G8側にはどの首脳にもこの問題提起に積極的に応えて、イニシアチブを発揮しようとはしなかったし、できなかったのである。ホスト役の福田首相をはじめ、G8首脳は歴史的に重大な汚点を残したといえよう。
 7/10付ワシントン・ポスト紙が論評しているように、50%削減目標はすでに「昨年メルケル独首相が提起したものであり、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が80%の削減を求めていることからすれば、つまらないもの」である。さらに世界自然保護基金(WWF)インターナショナルが緊急声明の中で、途上国が国連交渉の場で具体的な提案を出していることと比較して、「洞爺湖における交渉で、カナダ、日本、米国は国際交渉を前へ進める気がないことが鮮明に示された」と指摘しているとおりである。南アのムベキ大統領がこのG8合意について「空っぽのスローガンだ」と批判するように、アメリカを筆頭とするG8首脳たちは、わざわざ洞爺湖サミットという場で、先進国としての責任放棄を改めて全世界に明らかにしたものだともいえよう。首脳宣言の文書の上でも、G8自身が「50年に半減」に合意したとはついに書けず、先進国自らが、どこまで責任を果たそうとしているかについても具体的に表明できなかった、つまりG8は解決能力もなければ、その意思もない、G8の時代はすでに終わったということを自ら明らかにしたものでもある。

<<「エコノミストではありません」>>
 さらに極めつけなのは、暗雲漂う世界的大不況の進行に対して、今回のG8は世界経済に関する首脳宣言を採択したが、何の根拠も上げられずに「世界の経済成長に引き続き肯定的」な総括をしていることである。
 首脳宣言は、米国の信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題について、「深刻な緊張は依然存在している」としつつも、「過去数カ月、状況はいくぶん改善した」と述べているが、根底に横たわる米国経済のバブル崩壊現象について真剣な分析や議論は一切なされなかった。その理由たるや、「首脳たちはエコノミストではありませんから」というものである。そもそも1975年に始まったサミットは、本来、第一次石油危機に際して直面する世界経済の課題について論じ合う場であったものであろう。第三次石油危機ともいわれる状況の中で、G8は本来の論議さえできない、その能力も意思もない、したがって世界経済の動向に何らかの前向きな影響力を行使することさえ期待できない、無力な存在、単なる無用の長物と化してしまったことを自己暴露したのである。
 サミットと同時進行で明らかになっていることは、「状況はいくぶん改善」どころか、事態はより一層深刻化していることを示している。サブプライム問題は、ついに米住宅金融の中核を担う政府系金融会社、米住宅ローン5兆ドル(約530兆円)を保有・保証している連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ)と連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)にまで波及。7/13、米政府は、無制限での政府融資と公的資金による株式買い取りという異例の支援策を打ち出さざるをえなくなり、7/15にブッシュ米大統領が金融市場の緊張を受けて記者会見し、米国の金融システムについて「基本的に健全だ」と強調したその日に、米株式市場は2年ぶりに1万1000ドルの大台を割り込み、この2カ月間で約16%も急落している。
 さらに、米銀大手JPモルガン・チェースが7/17に発表した08年4~6月期決算は、当期利益が前年同期比53%減の20億300万ドル(約2100億円)で、3四半期連続で減益になったことが明らかになった。7/18朝に決算を発表した米メリルリンチも、約97億ドル(約1兆円)ものサブプライム関連損失を計上し、4-6月期に46億5400万ドル(約4900億円)の最終赤字を計上、赤字は4四半期連続。全米4位の銀行、ワコビアも、同期は26億-28億ドル(約2700億-約2900億円)の赤字に陥るとの見通しと、最高経営責任者の交代を発表している。そして7/18日夜に発表されたシティの4-6月期決算は、住宅ローンの証券化商品などの評価損が72億ドル(約7600億円)にも達し、貸倒引当金を含めたサブプライム関連の損失は計約140億ドル(約1兆5000億円)に達したこと、昨年7月から今年3月までに460億ドルものサブプライム関連損失を処理し、4-6月期の分を含めると、ここ1年間で約600億ドル(約6兆4000億円)もの関連損失を処理したことが明らかになっている。巨額損失計上による赤字ラッシュが続々と控えている危険な状況である。
 すでに7/11には、資産規模320億ドル(約3兆4000億円)の米カリフォルニア州の住宅ローン大手、インディマック・バンコープが経営破綻している。同社の破綻は、資産規模で過去3番目の大きさである。インディマックは今後、米連邦預金保険公社(FDIC)管理のもとで営業を続け、その間に受け皿となる買収先を探すなどして再建策を模索する。日本のバブル崩壊時の住専が直面した事態と同様の事態がさらに大規模な形で進行しているともいえよう。すでに米金融機関の破綻は今年で5件目であり、こうした住宅ローンを中心業務にした米地銀のうち90ほどが経営破綻するとの観測が現実視されている。米地銀の連鎖破綻から米国発の金融危機・世界的大不況を目前に控えたような現実は、G8首脳たちの世界経済に対する「肯定的」な総括をあざ笑っているのである。

<<投機マネー野放し政策>>
 さらに洞爺湖サミットが現実と遊離した姿を明らかにしたのが、食料価格高騰と原油価格の急上昇問題であった。サブプライム問題の深刻化と共に、住宅・土地関連ローンから逃避した膨大な投機資金、アメリカのバブル崩壊と密接に連動する世界的なドル安と金融不安の中でドル資産を離れて世界を闊歩する投機資金が、食料と原油に殺到し、原油・穀物市場がマネーゲームの場と化している実態に切り込み、価格と供給の安定にサミットがいかに対応するかが問われていた。最も必要とされている打開策は、こうした市場への投機マネーの流入を規制し、グローバルな資本移動、為替取引に対しては国際的な規制と同時に国際的な課税、たとえば現在提案されている「国際連帯税」(トービン税)を課税するといった抜本的対策こそが問われていた。つまり現在の無政府主義的な市場原理主義に対する、徹底した短期的投機的利益の追求に対する封じ込め戦略である。世界が求めているのはこうした政策的な大転換であった。
 しかし今回のサミットでは、投機マネーの流入で高騰する原油や食料価格について、首脳宣言は「価格上昇に強い懸念」を表明してはいるが、対応策としては「商品先物市場の透明性向上」を強調するだけで、投機マネーへの直接規制などの対策には、自由経済主義にそぐわないとの理由で一切踏み込むこともできず、むしろ逆に市場原理主義一辺倒の「開放的で競争的な資本市場は、経済成長を促進させる」と居直り、「国際的な貿易及び投資に対するあらゆる形態の保護主義的な圧力に抵抗する」として、むしろ投機的な競争政策の促進を擁護しているのである。
 サミット初日は、アフリカ諸国との拡大首脳会合を開いたが、議長国・福田首相の思惑とは異なり、議論はアフリカ側の意向で食糧や原油価格高騰に集中し、まず何よりも、G8が過去数年間に示した対アフリカ援助の約束を十分に履行するよう求めたのである。それは、2005年のグレンイーグルズサミットでG8は、対アフリカ援助を2010年まで毎年500億ドルに増額すると約束していたが、実際にはその約束は14%しか達成されていないという現実の、空約束に対する反撃でもあった。「空っぽのスローガン」を羅列し、食料高騰や原油高に何の打つ手も示すことのできないG8首脳たちに対するせめてもの抵抗であったともいえよう。

<<「金持ちクラブの無力さ」>>
 かくして洞爺湖サミットは、福田首相がサミットの議長総括で「多くの成果を生み出すことができた」と自賛して見せれば見せるほど、逆に、世界が直面する課題について具体的なことは何も決めることができずに終了し、むなしい空騒ぎの結果、G8には、もはや、世界が緊急に直面する短期的で切実な課題についてさえ解決能力がないこと、G8の時代はすでに終わってしまっていることをさらけ出してしまったのである。
 フランスのフィガロ紙は7/9付で、食料・燃料価格の高騰や地球温暖化など世界が直面している緊急の問題で説得力のある対策を提示できなかった先進国首脳会議について、「金持ちクラブの無力さ」と題する社説を掲載し、英インディペンデント紙は「キャビアやウニを食べつつ食料危機を考慮」の見出しで、「アフリカの飢餓問題など、食糧危機の協議は、腹の減る仕事なのだ」と皮肉を込めて伝えたという。タイムズ紙は、開催国日本の姿勢について、サミット開催費で、アフリカの人々をマラリアから救う一億の蚊帳を買うことができると述べ、その過剰な費用と贅沢な消費は日本のエコや環境重視の主張と「矛盾する」とまで批判している。
 サミットは「多くの成果」どころか、原油と食料の異常高騰で苦しむ諸国民、世界各地で拡大している農民・漁民・運輸業界、これらに従事する労働者の抗議行動に一切答えるものではなかったばかりか、失望させるものでしかなかった。日本においてさえ、漁船約20万隻が一斉に休業するという漁業者の事実上のゼネストと抗議行動が展開されたが、福田首相は、「今月も値上げが相次ぎ、皆さんのご苦労は増すばかりだと思います」(7/3「福田内閣メールマガジン」)とまるで他人事である。こんな実生活の苦しさとは無縁な「豪華ディナーを食べながら食料危機を語る」連中が寄り集まるサミットは、その存在自体が有害無益であることを明白にしたといえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.368 2008年7月30日

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【投稿】国家詐欺の系譜について

【投稿】国家詐欺の系譜について
     —いつまで「鉄火場」に国内資金を投げ込むつもりか—
                         福井 杉本達也

(1)洞爺湖サミットは「環境問題」ではなく、米国の「金融危機」を覆い隠すため
 洞爺湖サミットの直前、NHKが地球温暖化で北極の氷が溶けシロクマの生息に影響があるなどの地球環境問題に関する特集を放映したり、7月7日のサミット当日にはパナソニックが全国紙に全面広告を打つなど様々なキャンペーンが行われた。しかし、実際には何も決まらなかった。サミットの裏舞台では、米国の金融危機への対応が話し合われたようだ。6月6日のNY株式市場での株価急落以降、欧米の金融市場はまたまた急速におかしくなっている。サミット終了後の7月10日には米政府支援機関(GSE)とよばれ住宅金融を手掛ける住宅公社ファニーメイとフレディマックの業績が大幅に悪化したとして株価が急落した。金融危機に直面したポールソン財務長官は、日曜日の13日、両社に必要ならば公的資金を注入して資本を増強するとの緊急声明を出した。
 
(2)渡辺金融相の国内の金融危機を煽る不可解な発言
 このような米国発金融危機の状況の中で、7月15日午前に行われた閣議後の記者会見で渡辺喜美金融担当相は米住宅金融公社が発行している債券に関して触れて「官民でも(保有残高が)かなりあるので、対岸の火事というわけにはいかない。警戒水準を高くして注視していく」とし、さらに続けて「GSE債のアジアの保有額が大体8,000億ドル位でしょうか、…日本勢が2,280億ドル位ですか、中国が3,760億ドル位となっております。…したがって、日中で非常に多くのGSE債を抱えているという現実があるわけでありますから、これはもう他人事ではないということであります。」との“不可解な”発言を行った。これが市場の不安感を煽る形となった。米政府による住宅金融公社救済策の発表を受けて押し目買いが広がっていたが、この不可解発言をきっかけに、三菱UFJが5.5%、三井住友が6.1%、みずほが5%下げるなど大手銀行グループ株は完全に梯子を外されてしまった。
 実際には、国内では民間が10兆円、政府も外貨準備高1兆ドルの運用先として何割かを、また、年金管理運営法人が2兆円近くを保有しているが、民間も政府も「米住宅債は相対的に信用力が高く、米国債に比べ上乗せ金利があり、中核の運用対象と見るところが多い。現時点での影響は『実質的な政府保証があり、損失の可能性は低い』と見ている」(日経:7.17)。では、渡辺金融相の「もう他人事ではない」とする発言の真意はどこにあるのか。
 
(3)自民検討チーム・10兆円規模の公的年金を資金に日本版SWFの設立を提言
 7月3日付けのロイターは、「自民党の国家戦略本部のSWF(政府系ファンド)検討プロジェクトチーム(座長:山本有二前金融担当相)は3日、日本版SWFの設立を提言する中間報告を取りまとめた。運用原資は公的年金基金として、規模は10兆円とした。運用のプロを採用し、高い利回りの確保を目指す。…公的年金資産は、厚生年金と国民年金の積立金で約150兆円。…公的年金の利回り向上策をめぐっては、経済財政諮問会議のグローバル化改革専門調査会(会長:伊藤隆敏・東大大学院教授、経済財政諮問会議民間議員)が5月23日に報告書を発表した。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)に専門家を採用して、運用の効率化と収益の最大化を図るべきとする報告をまとめている。」と報道している。
 「運用のプロを採用」してうまくいくならサブプライム問題など発生するはずはない。サブプライムローンで苦しんでいる欧米資本を助けるために、またぞろ我々の貴重な年金資産を外資に提供しようと画策している。日本版SWFの大本は外資の『日本出張所長』・竹中平蔵元総務相である。竹中氏は「市場の専門家を集め、公的な資金の運用を任せる組織を作って欲しい。シンガポールでは『シンガポール政府投資公社(CIC)』が存在し資金運用している。」(日経:2007.12.15)などと機会を捉えて発言している。それにしても、伊藤隆敏東大大学院教授もひどい。日銀副総裁にしなくてよかった(2008年3月7日、政府は伊藤を日本銀行副総裁に起用する人事案を国会に提示。3月12日、参議院の野党4党の反対多数で不同意となる)。
 
(4)日本の経済は一流ではない?
 1月18日の国会演説で大田弘子経済財政担当大臣は「日本の経済は一流ではない」と発言した。「大臣が評論家になってしまったのだ。発言を率直に解釈すれば、二流国である日本の株は買わないほうがいいですよということになる。」(日経:3.5「大機小機」)。大田大臣は何としても日本売りを誘い、株価を下げたいようである。与謝野馨元官房長官も「(日本の株式市場で、外国人投資家の日本売りが進んでいるが)彼らはサブプライムローン問題の資金繰りのために売りに出ている。日本売り、というより自分たちの都合です。」「最近は大臣が、もはや日本経済は一流じゃない なんて平気で言う。何が狙いか知りませんが…私に言わせれば、日本経済は一流、ただ経済学者が一流という保証がないだけ」(『波』2008.5)と批判している。与謝野氏の考え方はまともである。日本の経済は一流である。一流だと資金が日本に集まってしまう。日本に資金が集まってもらってはサブプライムローンで青息吐息の欧米の金融市場が破綻してしまうのである。
 
(5)社会保障費の抑制挫折なら、「世界の信任得られず」
 額賀福志郎財務相は6月29日出演のNHKのTV番組で、2006年にまとめ「骨太の方針」に盛り込んだ、社会保障費の自然増を5年間で1.1兆円抑制するという目標について、「三年目で挫折しては世界の信任を得られないし、国民の将来不安もぬぐえない」(日経:6.30)と語り、後期高齢者医療制度に見られるように完全に破綻した社会保障費の抑制をさらに続ける考えを示した。これを受け、7月12日には財務省は2009年度の概算要求基準で社会保障費2200億円の抑制策を堅持する方針を固めた(日経:7.3)。しかし、そもそも、額賀財務相の『世界の信認』とはどこの国の信認なのか。欧米の外資であろう。しかし、「外資」に投資してもらわなければならない理由は日本にはない。日本の国内資本は余りに余っている。むしろ『円キャリー取引』で大量に海外に持ち出されている。“国内資本”も“外資”も金に色は付いていない。「世界の信任得られず」というのは額賀財務相の詐欺話である。「独立国」の財務相がここまで“外資”にへりくだり、国民を騙す必要があるのか。実に情けない状況といわざるを得ない。
 どうして、額賀氏や竹中氏のいうように、2011年にプライマリー・バランスを回復しなければならないのか。神野直彦東大教授は「大阪『橋下改革』の評価」(毎日:6.29)の中で「財政の使命とは、失業率や犯罪率の増加など市場経済の結末として起きた失敗を解決することだ。ところが、大阪府がそのために独自に試みてきた福祉事業にまで切り込もうとしている。『楽しんできたんだから無駄を省け』という借金取りの論理だ。財政危機とは歳入と歳出のバランスではなく、財政の機能不全によって起きている危機を指す」と財政の使命を述べている。どうしても必要な社会保障経費までも削り、国内投資を切りつめ、海外の「鉄火場」に資金をもちだそうというのが額賀氏のいう『世界の信認』である。欧米金融資本は「でかした」というであろう。
 
(6)外資のJ パワー株の買増し問題を「日本は閉鎖的と見られる」と発言する大臣は“外資のエージェント”
 1月15日に英ファンドTCIがJパワー(電源開発)の株買い増しを表明した。これに対し、経産省の北畑隆生事務次官は「経営ノウハウを持ち込む外資は歓迎するが、資本だけならば国内に余っている」「企業の発展と同じ船に乗る株主と、そうではない株主とを分けて考えるべきだ」とし、「株主は…すぐに売れということで浮気者、無責任、有限責任、配当を要求する強欲な方なんです」と真っ向から反対した。「本当は競輪場か競馬場に行っていた人が、パソコンを使って証券市場に来た。最も堕落した株主の典型だ。バカで浮気で無責任というやつらですから、会社の重要な議決権を与える必要はない」とまで述べている(朝日:2.8)。全くの正論である。経産省も経団連と組んで、これまで、会社法の改正や時価会計の導入など、外資の提灯持ちをやってきたがようやくまともになってきたということであろうか。ところが、またぞろ渡辺善美金融相や大田経済財政担当相などは「持株の増加を認めないと日本は閉鎖的と見られる」・「外資を規制するのは官僚の利権を守るため」と、先頭に立って外資を擁護した。
 「上場会社の所有者は株主」なのではない。「会社は、株主ではなく、社長以下の社員、取引先、地域住民が協力し合って利益を生み出す」(北畑次官)ものである。日本には買収防衛ルールがない。米国は連邦法での規制はないが、州会社法で自州の企業を守る法制を整備している。英国はシティコードやその実施機関であるシティパネルによる安定的なルールが現に存在する(日経:6.5)のである。
 外資の提灯記事を得意とする日経は「政府の内向き姿勢の弊害は株の下落という形で既に顕在化している。…日本が経済成長を持続するには、外に開かれた国づくりが不可欠だ。逆に内向き姿勢を強めれば、成長どころか、現状維持さえもおぼつかなくなる恐れがある。」(日経「社説」「霞ヶ関は日本を開くのか、閉じるのか」2.14)と逆に経産次官を攻撃した。しかし、「外資の売り越しが始まったのは昨年の8月頃からである。しかしこれは『日本の改革が後退した』というのではなく、外資金融機関の資金調達が困難になったからである。…つまり外資系ファンドは資産(株式など)の換金売りに迫られていたのである。しかし株の換金売りといっても簡単ではない。新興国のような小さなマーケットで換金売りを行えば、それこそ相場は大暴落する。したがって日本のようにある程度の規模がある市場が最初に狙われた」(ブログ「経済コラムマガジン」:2.3)のである。
 
(7)「鉄火場」資本主義に吸い尽くされる日本と底に穴の空いた財布を持つ日本政府
 米証券取引委員会(SEC)は7月15日、日欧米の金融機関株19銘柄(19機関には米国債を扱う大和証券とみずほFも含まれている。)について、株券を借りずに空売りすることを一時的に禁止する緊急命令を出した(FujiSankei Business i 7.17)。空売りとは自分が保有していない株券を株主から借りて売り、相場が下落した段階で買い戻すことにより利益を得る方法である。米住宅公社の経営危機に続き、大きな痛手を被ったシティやJPモルガンといった金融機関株が空売りされ倒産に追い込まれることを避けるためである。
 つまり、お互いに空売りされることを心配し疑心暗鬼に陥っており、もう欧米の金融市場はほとんど機能していないということである。奇妙なことに日本の新聞ではこうしたきわめて重要な情報が殆ど報道されていない。米シティは6月13日から日本円で購入できる「サムライ債」を1865億円募集したが、わずか4日で完売したという(夕刊フジ:7.7)。東京以外の市場が完全にマヒする中、東京市場だけが機能している。「サブプライム危機の影響が比較的軽微であった日本の資金市場は、有り体に言ってしまえば、『財布の紐が緩い』市場と言えるわけだ。資金繰りに汲々としている市場よりも、『財布の紐が緩い』市場の方が、資金調達の条件が有利になる」(Nikkei NBオンライン 7.16)。パンディット・シティグループCEOは「我々が旧日興コールディアグループを買収したのは戦略的理由がある…今後1500兆円という個人金融資産が証券分野にシフトする」(・日経:7.11)と、日経のインタビューにぬけぬけと答えている。その東京市場の資金を日本国内市場で使わせず欧米金融資本の「鉄火場」に投げ込もうというのが先の渡辺金融相の不可解な発言の真意である。さらに、輪をかけて、7月16日、渡辺金融相は訪ねてきた米政府元高官に語りかけた。「米政府が必要とすれば日本の外貨準備の一部を公社救済のために米国に提供するべきだと考えている」(産経:7.16)と。企業も国益も格安でバーゲンセールする日本人という汚名の影で、おいしくてたまらない人々の凱歌がこだまし続ける(日経「大機小機」:6.5)。

 【出典】 アサート No.368 2008年7月30日

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【投稿】権力の三位一体のたかりのために「新銀行東京」はつくられた

【投稿】権力の三位一体のたかりのために「新銀行東京」はつくられた
                    2008.7.1 東京 和田三郎

1.「新銀行東京」は税金を食い潰す
 「新銀行東京」は、2005年4月、資本金(および資本準備金)1187億円で発足した。その84%、1000億円は東京都の出資であった。
 開業後の事業実績は、各種報道が描くとおり惨憺たるものであった。2008年3月期決算短信によると、『当期純利益は、前期比360億円の改善』としたが、それは、前期△547億円が今期△209億円に‘改善’したことであり、開業以来3か年で累積赤字は1000億円を越えた。減資により累損の解消を図ったので、つまりは、東京都の出資分は泡と消えた。
業務内容を見ても、前期比で、預金総額は、5231億円から3757億円へ1474億円の減、貸出金総額も、2464億円から1894億円へ570億円の減となっている。営業店舗はすべて閉店し、都営地下鉄駅構内にあったATMはすべて廃止した。現在は、都の分庁舎を間借りし、取次ぎ窓口を置くのみとなった。どう見ても、縮小へ突き進んでいる。当初の計画は開業3年目の単年度黒字化(「都新銀行マスタープラン」2004年2月)を標榜していたが、その実現をさらに3か年引き延ばした。
 しかし、2月策定の「再建計画」においても、3月の「調査報告書」においても、経営上の実効を生み出しそうな事項は、まず見当たらない。石原知事の今任期中に黒字転換できると信じる者は、都議会与党内にもいないだろう。
 東京都は、都議会第一回定例会で、400億円の追加出資議案を、与党(自民党、公明党)の賛成で承認し、4月30日には払い込まれた。石原知事の主張は単純であり「追加出資しなければ潰れる。」であった。しかし、追加出資すれば潰れないという根拠は、何も語られていない。
 この400億円は、自己資本比率4%割れを回避するための一時しのぎに過ぎないだろう。
(都の主張は、図らずも、副知事猪瀬直樹が書いた都労働経済局長都議会答弁紹介文がリアルだ。http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/inose/080318_33rd/index4.html)
 石原のこの論理は、今後も「新銀行東京」への追い銭が発生することを示している。いままでの都の直接出資額1400億円は、都民1人当たり1万円強になる。なお、都の当初出資額1000億円は、その7割を30年償還起債によっているので、元利償還金の総計は2000億円近くになるという試算もある。(この他に、新銀行担当幹部職員へ支払われた給与総額は、1億円を上回るだろう。)これらがすべて、納税者の負担によって実行された。
 さらに、新銀行東京には、現在、金融庁の立ち入り検査が行われている。他行への検査と同様な(債権者区分の厳しい)査定が行われれば、その結果によっては、巨額の貸倒引当金の積み増しが必要となってくる。

2.金融危機下の石原妄想と腹心官僚群の跋扈
 新銀行構想の出発点は、2001年にある。大前研一氏によると、彼自身が知事に「メトロポリタン銀行」構想を提案したところ、翌日には、大塚俊郎出納長(:当時。後に副知事、現・新銀行東京取締役会議長)が来訪し、プロジェクトチーム立ち上げを決めた、という。
(大前氏は、その後、意見の相違により、「新銀行東京」と離れている。)
2001年には、金融クライシスからの回復がまだ果たせず、大銀行の株価は、年内に36から67%も下落していた。社会全体に、金融機関への不信と不安が満ちていた。既存金融資本の弱体化と社会からの批判は、歴史的に高まっていた。国による公的資金注入にも世論の支持は低かった。
 そのとき、石原が、この世論をてこに、金融業界支配を通した一大支配圏構想を妄想したとしても、不思議ではない。(あのヒットラーも、大不況の中で金融資本への国民の憎悪を煽り、ついには金融独占資本主義の最も凶暴な支配形態、ファシズム支配を確立した。) 「東京こそ日本であり、世界である。」 その後に来る、東京金融マーケットの凋落を、予測だにしていない。もとより、政治家石原の野望は、関東平野3300万人口圏での総領(=首都州長官)になることである。それでこそ、中央政府=内閣総理大臣に対峙できる。これが第一の注目点。
 第二の注目点は、都庁官僚群の対応である。
 1990年代の中小金融機関の淘汰整理は、東京においても、地域金融の機能を縮小させた。代わって地域金融に登場した都市銀行も、中小零細企業向け与信を放棄していた。貸し渋り・貸し剥がしである。
 そこで主張されてきたのは、地域金融を行政による公的金融が担うことである。従来から、東京都や都内自治体による制度融資(行政による貸出利子補給と信用保証)は、実績を上げていた。貸出元の民間金融機関への自治体からの預託金は、10倍の融資額を生み出すと言われていた。
 制度融資の融資先には、経営不安定なより小規模零細事業者が多く、金融危機の中で最も痛手を負っていた層であった。ところが、この層への資金シフトは、都庁内で主張はされたが、新銀行設立の趣旨(「知事の本心」と読み替えるべし。)とは違うとして、採用されなかった。
 石原知事にとって必須なのは、既存の金融業界へ華々しく割って入ること、すなわち、自ら支配できる民間金融機関の設立と、その成育による覇権確立であった。スローガンは「東京から金融革命」となった。
 この意図を知ったが故に、全国銀行協会はじめ既存金融機関は、‘都立銀行’の設置に大反対した。セブン銀行など新銀行開設時には、既存金融機関が実務スタッフを送り込むのが通例であったが、新銀行東京にはそれもなかった。(あったのは、リストラに励んだ金融機関が解雇・退職させた、つまり経営者が不要とした実務経験者の採用である。)だから、1年間の準備期間で金融業のマネージメントを確立すること自体、画餅であった。

 知事の本心を読み取った腹心官僚群がとった手法は、次の3点に整理できる。
 第1は、すばやく発足するために、既存金融機関を買収し、民間金融機関として運営することである。2005年春の都議選が迫っていた。
 外資であるBNPパリバ信託銀行の買収が2004年4月に実現し、看板を付け替えて、1年後に新銀行東京は発足した。注目すべきは、公的金融機関の設立ではなく、行政が出資(買収)した民間金融機関を設立したことである。
 この結果、2つの矛盾を抱えた。1つ、地銀・都市銀が(リスクを包含できず)撤退した中小企業向け融資を、‘新しい’公設民間金融機関が担うことになった。既存金融機関が負うべきだった負債(焦げ付き債権)は、‘新しい’公設民間金融機関がすべて負う。これは、実質的に、民間から自治体への負債の移転であり、発足3年間をして都の1000億円の出損金棄損は、必然的な結果である。
 もう1つの矛盾は、発足当初から、フルスペックのフルバンキングメニューの営業形態をとったことによる経営不全である。既存都市銀行さえ凌駕してみせるという石原知事の高揚感を満足させることは、彼らの発想の根源である。初期投資は、新設金融機関の例に反し肥大化した。すべて既存金融秩序に割って入るために必要と主張された。つくられたのは、中小企業向け融資専業銀行ではなく、個人顧客向けセフティネットも最初から採用された。勘定系を含めコンピュータシステムも、既存の各種パッケージの寄せ集めであり、全体として他行の規模に比べ誇大なものであったといわれている。
(そういえば、某課長が新銀行東京への定期預金を勧誘して回っていたのを思い出した。紹介パンフレットも配られていた。とにかく10万円でもと粘り、周りの管理職連中は皆応じていた。都内自治体管理職の内5000人が10万円ずつ預金しても5億円になる。すご!)
 第2は、都議会与党など、政治銘柄の紹介・持込案件へ簡易に融資する装置と仕組みを考案することであった。2003年知事選の公約を、2005年春の都議選に向け実施に移すことで、彼らはその後の地位保全にリーチした。双方にとって甘い汁が湧き出た。
 「赤字でも、すぐに融資する」ために、スコアリング・モデルを変形させた。元来スコアリングとは、青色申告程度の記帳を最低要件としていたが、それも無視された。融資担当社員のフェイスツーフェイスの高度スキルは、不要とされた。内部からの批判(日経ビジネス2008年3月)も生かされなかった。
 なぜか。こうしておくことによって、議員や支持団体有力者や一部役員による‘紹介’案件が、「新融資方式による見える化」(実は、エセ見える化による不良債務者隠し)として、融資実行できたからである。もとより、多くは都銀等では相手にされにくいグレーゾーン融資であった。本年1月までに、融資先企業のうち2345社が経営破たんし、285億円が焦げ付く(「調査報告書」2008年3月)。もちろん、既存金融機関の常套手段である、個人担保保証も求めなかった。
 この場合、新銀行東京の貸出利率は、年利10から15%といわれている。「都立バンクだから、返済は気にしなくて良い。」と紹介者からささやかれていれば、この利息制限法限度に近い高金利も、障害にはならない。実際、「経営破たんした融資先の内、法的措置をとり回収に乗り出したのは、わずか2.5%の59社14億円にとどまっている。」(読売新聞2008年3月10、13日) 乗り出した結果の回収額は明らかにされていない。
新銀行維持経費が、都財政支出2000億円であっても、それは、かの臨海再開発事業の清算額に比べそんなに多くの額ではない、と考えているのだろう。伝統的な保守都政の中心支持基盤である「各種団体連合会」は、中小企業経営者による支えを細めていた。新銀行東京による融資こそ、彼らの‘活性化’の‘紐’(紐付きの)になると考えた。このように、新銀行東京を、保守地盤の再構築のためにしゃぶり尽すことは、彼ら陣営の使命でもあった。
(これらに加えて、石原ファミリーの選挙地盤である城南地域への融資が濃厚であったとの報道もある。このデータは、金融庁が検査結果を公表しない限り隠されたままになるだろう。都議会野党に、そこまでの意気と力があるか。)
 手法の第3は、民間企業経営者の招請である。
 民間金融機関経営者では、知事による既存金融機関大批判が生きてこない。
 民間資本の導入に失敗した後に、都と民間企業との協業という風袋をとるには必須の条件となった。トヨタグループから仁司氏が代表執行役に送り込まれた。
その結果、市場経済の動向に無知な腹心官僚群が設計図を描き、銀行経営に経験の無い経営者に、その実行を引き渡すことになった。およそ、コーポレート・ガバナンスの確立など期待できなかった。中小企業向け地域金融の確立は、石原知事の選挙公約であったが、それを選挙戦術の口上に過ぎないと社内で喝破する経営幹部はいなかった。
 新銀行発足の2005年当時、地銀・信金・信組の淘汰再編が一山越えていた。首都圏では、都市銀行が地域金融に乗り出し、商工ローンを新たな収益源としてきた。公的資金の注入によって金融クライシスを乗り越えた既存金融機関が描いた新ビジネスモデルであった。
仁司氏は、「新銀行マスタープラン」に従い、事業拡大路線を進んだ。それが、石原知事の意向であると信じたからである。ところが、都官僚群は業績悪化を心配し、事業縮小に路線転換した。その対立の結果、2007年3月決算を発表した6月、仁司氏は‘更迭’(日経ビジネス2008年3月)された。(新銀行東京は、現在、仁司氏の刑事責任も追及するとしている。)
 後任には、皮肉にも、既存金融機関・りそな銀行取締役を経験した森田徹氏を招請したが、5か月間で退任した。次にいよいよ、銀行開設時の都・銀行設立本部長であった津島隆一元港湾局長が、代表執行役員に登場した。
 ここに至って、金融関係者は誰もが、都が新銀行東京の店じまいを目指すことになったと知った。知事腹心官僚群が打ち立てた初期経営フレームの完全破綻である。
 津島元港湾局長は、臨海再開発の膨大な第3セクター負債を、融資元金融機関と交渉し‘円滑に’処理した功績者であると、都庁の中では評価されている。また、都関係第一級格の港湾利権(調達と権益)支配の当事者でもあった。関係優良企業は、‘自主的に’新銀行東京からの融資を受けると期待されているのだろう。
 一方、都が秘かに進めた民間金融機関への売却交渉は、津島代表の威光をしても、外資系ファンドを含めすべて成立しなかった。冷厳な市場の法則が貫徹している。(貸出債権あるいは銀行全体の民間売却交渉は、津島代表の下で、その後も続けられている。売却が、唯一可能な店じまいの方法だからである。)

3.三位一体のたかり構造と新銀行東京の今後
 以上の状況を要約すると、
(1) 石原知事は、客観的な合目的性の無い政治的プロパガンダに、新銀行設立を使った。緊急の必要性があったにもかかわらず、中小企業向け地域金融政策の確立を阻害した。
(2) 周辺政治勢力は、ハイエナのように新銀行東京を食い散らした。企業コンプライアンスを一顧だにしないことを示した。
(3) 知事腹心の都庁官僚群は、客観性が無いと分かっていても、無理な計画を推進した。自らの勢力拡大と保身と名誉欲のためである。天下り組織の新たな確保が見込まれるため、 都官僚機構は、全体として、新銀行東京の新設を支持した。
の3項目になる。どれもが、自治体が本質的に持つ公共の役割を踏みにじった‘三位一体のたかり’であり、石原都政が持つ構造的欠陥の現れである。
 では、今後の展望はどう開くか?
 第一の視点は、新銀行東京とは離れた、中小零細企業融資のフレームを、都の手でつくることである。当面、制度融資を大幅に拡充し、少額事業融資は、都が原資を負担し、市区町村による直接融資も行う。また、社会的起業向けなどソーシャル・ファンド設立を、資金面でサポートすることも必要となる。
(栃木県の保守県政は、足利銀行の倒産・国有化に際し、地元企業向け制度融資の大拡充を図り、地域金融の空白を埋めた。その試みは現段階では成功している。これが実例!)
 第二の視点は、新銀行東京の機能と営業範囲を徹底的にスリム化することである。ビジネスモデルを樹立できない中で、市場に存在する必要性は無い。早い時期に(売却できなかった)貸出債権のみを管理する清算会社に転換する必要がある。
 第三の視点は、新銀行東京に対する情報公開を、徹底して求めることである。合わせて、4分の1以上出資団体への、地方自治法第199条で定める監査委員監査あるいは同第252条の27で定める個別外部監査によって、出資金(資本金等)棄損原因を調査させなければならない。
 現経営陣は、どうも、都の調達関係企業への融資獲得に焦点を当てているように思われる。優良貸出先の確保による利益計上を目指しているのだろう。しかし、政治的手法による行動は、官僚の発想である。金融という最もグローバルな商品には、経済的合理性が貫徹する。
 すでに、新銀行東京の中小企業向け融資は総融資額の5割を割った、といわれている。ますます都市銀など既存金融機関とのマーケット競合が激しくなる。すでにフルバンキング化を放棄し、事業縮小に進み始めた新銀行東京が、フルバンキング機能を持つこれら金融機関と競争する経営力量を持っていくのは困難だろう。

 前章で、知事腹心の官僚群がとった手法を3点あげた。
 その計画つくりは、知事腹心の大塚俊郎取締役会議長(元副知事)を中心にすすめられた。大塚氏は、局長時代から、知事の唱えた「銀行戦争」の現地司令官であったが、結局は、銀行新税(外形標準課税)も都運用資金のみずほ(都指定金融機関であるみずほ銀行)剥がしも、実益をもたらさなかった。今また、新銀行東京の再建に失敗したとして、だれも意外とは思わないだろう。閉鎖計画を、(津島代表執行役とともに)作成し、実行することにより、むしろリベンジに満足感を覚えるに違いない。
 来春の都議選に向けて、与党が、新銀行東京を(前回のように)集票装置に使うことは、まったく不可能になった。むしろ、争点隠しに狂奔するだろう。次に石原知事の夢想は、都庁官僚群によって逆の方向へ動き始めている。民間経営者はすでに去った。
 課題解決を具体的に考えるなら、もはや新銀行東京は消滅してもらうのが必然である。
実効的な中小企業振興への資金シフトに、東京都は全力をあげるべきである。
以上

 【出典】 アサート No.368 2008年7月30日

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【コラム】ひとりごと—「没落から逆転できるか」— 

【コラム】ひとりごと—「没落から逆転できるか」— 

○筆者は、榊原英資氏の本は基本的に買って読むようにしている。最近では「幼児化す日本社会」「日本は没落する」「政権交代」と出版されている。一番新しいのが、「没落からの逆転–グローバル時代の差別化戦略」である。○一連の著書に共通しているのは、日本経済と社会に対する危機感である。まさに没落の危機にあるとの認識が出発点である。○比較的文量の少なめなので、一読いただけたらと思うのだが、その中で、いくつかの論点を紹介してみたい。○要約するならば、著者の主張は、米英流の「普通の国」をめざすのではなく、日本の文化・伝統を大切にして、グローバリゼーション化の中での日本の特殊性を核にした発展の方向(差別化戦略)こそ、求められている、ということになる。○気になる論点をいくつか紹介してみよう。○差別化のキーワードを「和」とされている。日本の歴史において、国内で宗教戦争が起こらなかった要因として、少なくとも明治以前は、仏教と神道が並存し、さらに、この二つが権力者よりも高い精神性と権威を保持していた事を著者は指摘する。それが、平安時代の350年間、江戸時代の250年間の合わせて600年間国内戦争がない歴史を形成した。○ヨーロッパでは、民族間・宗教間の対立から戦火の絶えない歴史を持って来たこととの比較において、世界に類を見ないと。○さらに、富と権力の分離、分権システムなどが歴史的に形成されてきた事を日本社会の特徴とされている。まさに「和」のシステムの伝統を本来日本は持っているというのである。○これが、欧米列強の侵略の脅威の中であったとはいえ、明治維新によって、断絶され、当時の「普通の国」=「植民地主義・侵略国家」に変質、極端な排外主義・ナショナリズムが支配し、第2次世界大戦の敗北で、破綻したのである。○特に、司馬史観とも言われるが、幕末・明治初頭の政治指導者は良かったが、日清・日露から日本は変質していった、との議論に疑問を投げかけ、明治維新において、すでに破綻のレールは引かれていたのであり、その中身は「和」のシステムの放棄、中央集権主義、廃仏毀釈のような神仏習合の否定、極端な欧化主義と伝統の放棄だというのである。○著者は、「普通の国」に異議を唱える。アメリカ流の拝金主義を是とするグローバリゼイションに迎合した小泉・竹中路線にも厳しい批判をされる。軽軍備経済重視路線を基本に対米交渉をおこなった吉田・池田・宮澤などの本来の保守の本領について語り、これを忘れ対米追従の小泉や現自公政権を批判するのである。○さらに、アメリカ追随ではない積極的平和政策を掲げることこそ、世界の信頼を勝ち取る道であり、そのためには、明治の不平等条約改正問題以来、特殊な地位を与えられている外務省の解体とその機能を内閣府・官邸が担うこと、などを提言されている。○こうして、没落からの逆転のキーワードこそ「開かれた差別化戦略」であり、そのためのインフラである戦略・組織の改変が必要だと主張されるわけである。○日本経済と社会が、閉塞感と停滞に突入していく中で、保守の側からの危機感は深刻でもある。突破口を求める議論に対して我々の側もしっかりと受け止める姿勢が必要だと思われる。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.368 2008年7月30日

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【投稿】道州制論議が加速する中での都道府県の漂流 -橋下大阪府政の例-

【投稿】道州制論議が加速する中での都道府県の漂流 -橋下大阪府政の例-
                             福井 杉本達也

1.道州制論議の中での都道府県の位置
 今年に入り都道府県を廃止し、より広い行政単位に移行しようという議論が加速している。特に3月の政府の「道州制ビジョン懇談会」中間報告では2018年までに移行すると明記した。全国を10程度のブロックに分け、国・道州・市町村は相互に余り関与しない関係とし、市町村を基礎に「補完性の原理」であり方を考えるとしている。市町村は地域に密着した対人サービスなど(消防・福祉・小中高・住宅・下水など)を、道州は基礎自治体の範囲を越えた広域行政(広域公共事業・高等教育・雇用対策・警察など)を、国の役割については国家の存立および国境管理、国家戦略の策定、国家的基盤の維持・整備、全国的に統一すべき基準の制定とし、外交、安全保障、金融、通商などを限定列挙した。
これを受け、自民党の「道州制推進本部」でも6月12日までに全都道府県知事・議長のヒアリングを行っている。ヒアリング結果では、大阪を除く近畿5府県知事、東京都、富山・石川・福井の北陸3県知事など14都府県が道州制に慎重な意見を表明している(福井:2008.6.13)。特に大きな問題点は「補完性の原理」といいつつ、国と道州と市町村の役割が明確でないところにある。辻山幸宣氏は『月刊自治研』(2008.6)において、都道府県の役割について「都道府県政府はいったい何を使命として、誰によって設立された政府なのだろうか。何のためにこの世に生み出されたのか」(「都道府県改革の視点」)と書いている。
 元々、都道府県は国の統治機構の一部として発足し、戦後もGHQに解体されることなく「機関委任事務」という形で統治機構の実態が残されてきた。都道府県の事務の8割は機関委任事務といわれた。2000年の地方分権改革で機関委任事務制度は廃止されたが、意識としては国の「指示を受け」、市町村長に「指揮監督する」立場から抜け切れず、基礎自治体の「補完」?という『定位置を求めて』(辻山氏)漂流しているのである。
 
2.橋下知事は「小さな政府」志向の『貧乏神』か?
 大阪府の橋下知事は6月5日に、事務費・人件費の665億円削減などを柱とした「大阪維新プログラム案」を発表した。中身は、私学助成金の削減、国際児童文学館の廃止・ワッハ上方の廃止、ドーンセンター(女性総合センター)の補助金廃止、職員給与の削減・退職金の削減など、財政再建団体への転落回避を最優先するものである。
 プログラム案の「改革の基本姿勢」では、「将来世代に負担を先送りしません。大阪の未来のための布石を打ちます。」「府がこれまで実施してきた様々なサービスの水準や内容について、優先順位付けや、一定の見直しを行わざるを得なくなり…”少しずつのがまん”をお願いすることになります。」とし、「財政再建の考え方」では「平成20年度から、(1)減債基金からの借入れをしない、(2)借換債の増発をしない、ことを前提に「収入の範囲内で予算を組む」ことを徹底します。すべての事務事業、出資法人、公の施設についてゼロベースでの見直しを行うことにより…財政健全化団体にならないよう、財政構造改革に着手します。」と述べている。
  しかし、これだけでは「小さな政府」を志向する財政均衡論のドグマに犯された、単なる質の悪い『破産管財人』である。市町村ならば、サービスの質の高低差は別として、消防、福祉、学校、ごみ、水道、下水道など基礎自治体としてどうしてもやらなければならない、一律に削減することができない事業が必ず列挙される。「府」の立場でも、市町村が処理するには無理がある削減できない事務があるはずである。例えば、救急医療とか、雇用とか、治水に重点を置くとか。すべての事業を見直すというだけでは「府」としての存在意義は見えてこない。元鳥取県知事の片山善博氏も「この案から漏れ落ちている要素の一つは国だ。国の直轄事業負担金は手付かずで聖域化している。…国にしても議会にしてもうるさいところは素通りして、ものを言いやすいところに負担増を求めている」(朝日:2008.6.9)と批判的コメントをしている。
 
3.淀川水系などの国直轄事業に切り込めるか?
 6月15日付けの朝日新聞によると、国直轄事業負担金は国の道路や河川の整備費用の一部を地方自治体に負担させる仕組みで、今年度の大阪府の負担額は410億円を超える。負担金は法律で決められが、河川整備計画については、1997年の河川法の改正で「住民意見の反映」することとさている。大戸川ダム(大津市)など淀川水系4ダムの整備について「淀川水系流域委員会」(宮本博司委員長)はダムの治水効果に疑問を呈し、見直しを求める意見書を出している(日経:5.12)。橋下知事は4月・6月に流域委員会の意見を聞いているが、「大阪だけのことだけを考えたら『ダムは要らない』と言えるが、京都や滋賀があふれるならば被害を防ぐためにダムは必要なのか」(毎日:6.7)と微妙に揺れる発言をしている。委員会の意見を尊重して、国の聖域に切り込むことができるかどうかで、橋下知事の顔がどちらを向いているかが判断されよう。
 
4.都道府県は河川管理を担えるか?
 5月28日、「地方分権改革推進委員会」は国の管理する道路や一級河川の一部の整備・管理移譲などを明記した第一次勧告を行った。例えば北陸では富山県の黒部川・常願寺川、石川県の手取川などの名前が上がっている。このうち、常願寺川は標高差2661mに対し、川の延長は僅か56kmという、わが国屈指の急流荒廃河川であり、明治時代のお雇い技師のデ・レーケは、「これは川ではない。滝である。」と言ったと伝えられている。1852年に起こった飛越地震で立山カルデラの火口壁が崩れ落ち、常願寺川上流部の真川、湯川をせき止め、大小の湖を作った(今回の岩手・宮城内陸地震の斜面崩壊のように)。その後、立山カルデラから大量の土石流が発生し、富山平野に押し寄せ、死者は140人、負傷者が8,945人という大被害をもたらしている。元々加賀藩であった流域の富山県西部はこのように昔から水害に悩まされ、明治時代に一時期石川県に編入された際に水害対策への不満から旧越中国の住民から分県運動が起こり、再び富山県に編入された歴史を持つ。
 河川は洪水時と通常時では全く様相を異にする。3・4年の期間で異動を繰り返す技術者では手に負えない。少なくとも10年・20年と同一河川を見続け、河川の性質を知り尽くした技術者を養成しなければならない。「自民党地方分権改革推進特命委員会」では「河川管理を(都道府県)に移したら、災害の時に心配だ」という異論が噴出した(朝日:6.19)。しかし、武田信玄の釜無川(山梨県)の例や、加賀藩の手取川・常願寺川の治水の例を挙げるまでもなく、江戸期以前においては、現在の県単位程度の『藩』が治水の責任を負っていたわけであり、本気で地方分権を進めるのであれば、都道府県は河川管理の一部を担う「気力」が必要であろう。
 
5.道路特定財源をめぐる都道府県のドタバタ劇
 2~5月にかけ道路特定財源をめぐって国でも地方でもドタバタ劇が繰り広げられた。全国の自治体の首長で、暫定税率の廃止及び一般財源化に反対しなかったのは広島市長など6自治体しかなかった。知事は全てが廃止・一般財源化反対であった。地方分権とは名ばかりで、あまりにも中央集権的な実態をこれほど明確にしたものはない。もちろん、今年度の予算は組んだものの、暫定税率分の税収が入らない・交付金がこないので道路工事が始められないという当座の考えは分からないこともない。しかし、全くの「無思想」ではどうしようもない。
 2006年度の道路予算では軽油引取税など道路特定財源の歳入が2.2兆円、これに一般財源1.8兆円を継ぎ足して、総額4兆円の地方道路予算である。このうち国直轄事業負担金が1.7兆円、地方単独道路予算は2.3兆円である(週間ダイヤモンド:2008.3.22)。既に、特定財源と同規模の一般財源を継ぎ足しているのである。どうして一般財源化に反対するのか、首長からは結局明確な答えを聞くことはなかった。暫定税率の維持ではさらに「思考停止状態」である。なぜ、一般財源化して暫定税率の維持なのか。道路建設を促進するための暫定税率を上乗せしたのである。一般財源化すれば道路だけに使うのではないから上乗せの根拠はない。そのような子供にでも分かる理屈をどの首長も一言も触れず、ただひたすら霞ヶ関に陳情を繰り返すだけであった。本当に財源が足りないのであれば、首長は住民に財源が足りないと説得すべきである。
 自ら財源の手当ての努力もせず、自らの本来的な役割も定められない自治体は廃止されるしかない。しかし、その延長線上での道州制は戦前の内務省体制の復活である。橋下知事は「均衡財政」を振りかざし「府」の地方自治体としての内実を完全に掘り崩すことによって国交省地方整備局などの国の出先機関に権限を集中し、内務省型道州制への道を開こうとしているようも見えるが、うがった見方であろうか。

 【出典】 アサート No.367 2008年6月28日

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【呼びかけ】大阪府労働情報総合プラザを守ろう!

【呼びかけ】大阪府労働情報総合プラザを守ろう!

 ただただ大阪府の財政再建のみに突き進み、なりふりかまわず弱者や文化を切り捨てる橋下知事の財政再建案は、この間培ってきた府民の、いや全国の労働者全体の貴重な財産をもぶっ潰そうとしている。
 府立労働センター(エル・おおさか)内にある社会・労働関係の専門図書館「大阪府労働情報総合プラザ」は、人事・労務管理の実務書、労働関係の専門書などの図書約2万5000冊、新聞や「労働判例」などの雑誌1万8000冊をそろえ、労組関係者、研究者、労務担当者等が利用している。この図書館には、労組・NPOの機関紙、企業の広報誌などの資料約4万5000冊も保存されており、近江絹糸労組のガリ版刷り職場新聞や大阪春闘共闘資料など貴重なものも多い。総評大阪地評や大阪同盟が保存していた資料はそっくり受けついでおり、公立図書館や研究機関にもない希少性の高い一次資料が豊富にある。
 もともとこの図書館は府の直営であったが、2000年に(財)大阪社会運動協会に運営を委託し、資料室を「大阪社会運動資料センター」として公開したり、インターネットで蔵書検索をできるようにしたりして、少ない職員で利用者を4倍に増やしてきた。ある意味、効率化の優等生であるこの図書館を、6月5日に発表された橋下財政再建案「維新プログラム案」は7月末で廃止とし、予算には文書整理料111万円と書籍廃棄料21万円のみが盛り込まれようとしている。私たちのとって宝の山であるこれらの資料も橋下知事にとってはただの「ゴミ」でしかないのだ。この件でも彼の価値観がよくわかる。
 このような、労働運動の貴重な財産を廃棄・散逸させてはならない。現在、「大阪の社会・労働関係専門図書館の存続を求める会」がインターネット署名運動を行っている。(http://rodoshomei.web.fc2.com/)
 また、6/13~7/14に行われるパブリックコメント「『大阪維新』プログラム(案)に対する府民等の意見・提言の募集」にコメントを送って、府議会へ向けてプラザの存続をアピールしている。(https://www3.shinsei.pref.osaka.jp/ers/Uketuke/Form.do?tetudukiId=2008060006)
 さらに、労働運動団体も存続に向けて大きく協力をすべきであろう。読者の皆さんの持ち場でのご協力をよろしくお願いします。
(若松一郎)

 【出典】 アサート No.367 2008年6月28日

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【投稿】岩手・宮城内陸地震が警告したもの

【投稿】岩手・宮城内陸地震が警告したもの

<<「発生確率0%」の直下型地震>>
 5/12に発生した中国・四川省大地震の記録映像かと思わず錯覚しそうな、崖崩れどころか、山崩れそのものといった映像が、日本の東北地方で現実に展開された。道路の寸断、橋の崩落・損壊、巨大な地滑り・落石、土砂崩れ、土石流が山間地域、市町村、温泉宿を急襲した。6/14の「岩手・宮城内陸地震」である。震災ダム決壊の恐れも四川大地震と同様である。地震は震源の深さ8キロ、規模がマグニチュード(M)7・2と推定されている。内陸部の直下型の地震であり、1995年1月の阪神大震災や昨年7月の新潟県中越沖地震などと同じタイプの地震である。
 今回の震源地付近、岩手県南部の奥羽山脈と北上盆地の境界には、奥羽山脈を持ち上げるような逆断層が南北に走っており、付近の主な活断層として、北上盆地の西側にある「北上低地西縁断層帯」については、政府の地震調査委員会が長期評価の対象にしてきたものである。しかし地震調査委員会は2001年6月に、北上低地西縁断層帯全体でM7.8の大地震が起きると予測していたが、30年以内の発生確率はほぼ0%と評価していたものである。さらに震源付近には、この断層帯の一部を構成する出店(でたな)断層帯(長さ約24キロ)があるが、岩手県が、政府の交付金でおこなった活断層調査でも、同断層で想定される地震の規模はマグニチュード7・3だが、300年以内に発生する確率はほぼ0%と評価していた。しかしこうした評価は現実によって完全に覆されてしまった。活断層調査の不徹底と限界を誰の目にも明らかにしたといえよう。
 東北地方は、太平洋側から太平洋プレートが、日本列島が乗っている「北米プレート」の下に沈降する、東西に圧縮される力が常に働き、ひずみが蓄積され、地下の断層を動かし、海岸部のみならず、内陸部であっても、しばしば地震が発生してきた地域である。その意味では今回の内陸直下型の地震は、日本全国どこで起きてもおかしくはないタイプのものでもある。

<<史上最大級の揺れ>>
 現実の岩手・宮城内陸地震を起こしたとみられる断層は、付近にある活断層「北上低地西縁断層帯」とは離れた位置にある、いわば「空白域」の中の「未知の断層」であるが、それが震源地の南北15キロにわたって地表に現れ、50~80センチの段差で、西側の地盤が東側の地盤に乗り上げる形で地表が変動しており、場所によっては断層のずれが、最大で垂直方向に約3メートル、水平方向に約4メートルにも達しており、地下では長さ30キロ幅10キロ前後の断層が動いたと考えられている。片方の地盤がもう片方に乗り上がる「逆断層型」というタイプの地震であった。
 しかもその揺れの強さは、史上最大級を記録している。震源に近い岩手県一関市西部で、瞬間的な揺れの強さを示す最大加速度が、これまでの観測史上最大の4022ガル(ガルは加速度の単位)を記録していたという。国内の地震で、4000ガルを超える加速度が記録されたのは初めてである。これまでの記録は、気象庁が2004年10月に新潟県中越地震で観測した2515.4ガルが最大であった。
 2006年3月24日の金沢地裁判決は、「電力会社の想定を超える地震動が原子炉の敷地で発生する具体的な可能性があるというべきだ」と認定して、「北陸電力は、志賀原子力発電所2号原子炉を運転してはならない。」という画期的な判決を出したが、その判決の中で、「我が国において、過去の地震活動性が低いと考えられていた地域で大地震が起こった例が珍しくはない上、むしろ従前地震が起こっていない空白域こそ大地震が起こる危険があるとの考え方も存在する。・・・原子炉敷地周辺で、歴史時代に記録されている大地震が少ないからといって、将来の大地震の発生の可能性を過小評価することはできない。そうすると、被告が設計用限界地震として想定した直下地震の規模であるマグニチュード6.5は、小規模にすぎるのではないかとの強い疑問を払拭できない。」と述べていた、その強い疑問が、今回またしても的中してしまったのである。

<<28.1ガルの揺れでも>>
 今回のような直下型地震が、山間部ではなく、人口の密集した都市部で発生していたら未曾有の大災害を引き起こし、想像を絶する被害を受けていたであろうとことは言うまでもない。しかしそれ以上に身の毛がよだつのは、もしこうした直下型地震が原発立地や六ヶ所村再処理工場などを襲っていたとすれば、日本のみならず、取り返しのつかない全世界的人類的大災害を引き起こしていた可能性が極めて大きいということである。
 今回の地震に関しては、東北電力によると、女川原発(宮城県)2、3号機に異常はなく、地震後も通常通り運転中という。同1号機と東通原発(青森県)は定期点検中で運転していなかった。そして東京電力によると、福島県の福島第1原発(双葉町、大熊町)、福島第2原発(富岡町、楢葉町)も、通常通り運転を続けているという。いずれも海岸部に位置し、揺れも影響も軽微だという。女川原発で観測された地震の最大加速度は57.1ガル、東通原発で5ガル、福島第1原発で33.1ガル、福島第2原発で28.1ガルであったと発表されている。また原子力安全・保安院の発表によると、その他の近隣の原子力関係施設、日本原燃(株)六ヶ所再処理施設、濃縮施設、埋設施設には警報の発報はなく、六ヶ所再処理施設の使用済燃料貯蔵プールにおける水の飛散も確認されておらず、JAEA東海再処理施設、原子燃料工業東海事業所、三菱原子燃料でも警報の発報はなく、JAEA東海再処理施設の使用済燃料貯蔵プールにおける水の飛散も確認されていないという。
 しかしそれでも福島第2原発の建屋内では放射性物質を含む水の飛散が計5カ所で発生している。飛散が見つかったのは、4号機原子炉建屋5階(使用済燃料プールの1階下)通路での飛散、原子炉内で中性子計測などに使った部品を一時保存するサイトバンカ建屋2階の固体廃棄物貯蔵プールの周辺で7箇所の飛散(合計約14.8リットル、放射能量約29万ベクレル)、サイトバンカ建屋2階のピットの底部内に水溜まり約1リットル(放射能量約7,110ベクレル)、2号機原子炉建屋4階東側通路空調ダクトの下への飛散、である。いずれも放射線管理区域内で、放射性物質の外部への漏えいなどはないという。28.1ガルの揺れでもこれほどの放射性物質の飛散が発生しているということに驚きを禁じ得ない。海岸部でも今回と同じような直下型地震が発生する可能性はきわめて高く、4000ガル前後の激しい揺れがこうした原子力施設を直撃した場合、施設そのものの崩壊まで覚悟しなければならないであろう。

<<「断層隠し」「断層刻み」>>
 今年の3月31日までに、東京、東北、四国、中国、関西電力など全12事業者が、原発の新耐震指針に基づいた耐震性再評価に関する中間報告を経済産業省原子力安全・保安院に提出している。それによると全12事業者が「揺れ想定」を軒並み引き上げ、想定される最大地震の揺れの強さ(加速度)である「基準地震動」を1・2~1・6倍に引き上げると発表し、それでも現状のままで耐震性に問題はないと説明している。
 ところが今回の調査で新たに明らかにされた中には、高速増殖炉「もんじゅ」の直下数キロや横数百メートルに、昨年の新潟県中越沖地震並みの地震を起こす恐れのある活断層が走っており、「もんじゅ」の直下1キロには別の活断層も存在していることが原子力事業者自身によって確認されている。活断層が原発敷地内に存在することが明らかになった日本原子力発電の敦賀原発(福井県)についても、従来は耐震性の検討対象にしていなかった敷地内の断層を、長さ約25キロでマグニチュード(M)6・9の可能性がある活断層と認定せざるを得なくなった。北海道電力の泊原発は、原発30キロ圏内を含む五カ所の活断層を新たに評価対象に加え、九州電力の玄海原発は、旧指針の断層が4カ所から8カ所に増加し、中国電力の島根原発は、原発近くの活断層を10キロと過小評価していたものを22キロに再評価せざるを得なくなった。関西電力の美浜原発についても、いくつもの断層を細切れにして影響はないとしていた断層を15キロと11キロの活断層として新たに認定し、上下の2つの断層が同時に動いた場合を最大地震の揺れとして評価せざるを得なくなった、等々、これまでの「断層隠し」や、影響を過小評価させるための「断層刻み」など、これまでの官民一体のごまかしの実態が露呈されている。

<<原発急襲を前提にした議論>>
 今回の再評価・見直しの実態は、柏崎刈羽原発直下の岩盤で1000ガル近い揺れを観測しているのに、最大想定で浜岡原発の800ガルにとどまっている。東北関係では、
女川     想定宮城県沖地震(M8.2) 580(←375)ガル
福島第1   敷地下方の地震(M7.1)  600(←370)
六ケ所再処理 出戸西方断層(M6.5)   450(←375)
といった見直しでしかない。
 これまで東北地方では、宮城県沖や三陸沖で数十年おきに繰り返し起きるプレート境界直近の海溝型の大地震への警戒が地震対策の中心にすえられてきていたが、今回の「岩手・宮城内陸地震」は、地震発生のメカニズムは同一だとしても、発生形態はまったく別の内陸直下型地震であり、震源域が浅ければ浅いほど、断層の隆起、沈降、横ずれ、移動が直接甚大な被害をもたらすことを明らかにしている。
 しかもこの内陸直下型地震は、これまでの従来から知られていた活断層以外の、これまでいわばなおざりにされてきた「空白域」で突如発生する可能性が大であるという、発生周期も不明で予測が非常に難しく、したがって対応策も設定しづらいという問題を投げかけている。「未知の活断層」、内陸直下型地震が原発直下や六ヶ所村再処理施設や濃縮施設、埋設施設を急襲する現実的可能性を前提にした議論、調査、対策こそが真剣に求められている。
 しかしこれは東北地方に限られた問題ではなく、日本列島そのものがプレート同士がせめぎ会う境界域の真っ只中に存在している以上、こうした内陸直下型地震が日本列島のどこにでも発生しうることを明らかにしている。
 福田首相は「まるで『山が動いた』かのような大きくえぐれた崖崩れの跡、・・・上空から目の当たりにした被害の状況に、今回の地震のすさまじさを改めて実感しました」(6/19付け福田内閣メールマガジン)と述べているが、一時しのぎの捜索活動と復旧活動を語るのみで、「地震のすさまじさ」から当然導き出すべき、真の危機管理対策にとって最も決定的な「原発震災」については触れようともしていない。原発政策の根本的見直し、全面的撤退政策への転換こそが求められているにもかかわらず、この点では、与野党共に実に鈍感であり、現状追随的でさえある。今回の岩手・宮城内陸地震は、こうした事態を放置している現状に対して、重大な警告を発したものと言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.367 2008年6月28日

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【投稿】不透明な「拉致問題解決」へ

【投稿】不透明な「拉致問題解決」へ

6月13日、日本政府は、前日まで北京で開催されていた日朝公式協議において、北朝鮮が①日本人拉致事件について再調査を行うこと、②「よど号ハイジャック犯」の引き渡しに協力することを表明したと報じた。また、それに伴い経済制裁の一部を解除することも併せて明らかにした。
これを待っていたかのように、アメリカのライス国務長官は18日、シンクタンクで講演し、まもなく北朝鮮が中国に対して、核計画に関する申告書を提出する見通しである、として、それを受け、テロ支援国家指定解除と対敵国通商法による経済制裁解除を、議会に通告する意向を明らかにした。
日本政府は「拉致問題解決なしの核問題解決」という「煮え湯を」飲まないため、「拉致問題解決」を取り繕うのに必死となっている。これまでも何をもって拉致問題の解決とするのかは、政府与党、運動体の間でも曖昧だったが、今回は皮肉にもそれが功を奏した形となった。「拉致被害者の全員帰国」を解決としていたなら、今頃は完全に立ち往生しているところである。
政府は、「進展」「前進」という言葉を使い分け、自らハードルをどんどん下げながら、テロ支援指定国家解除の効力が発生する議会通告後45日前後に発表されると予想される、北朝鮮の拉致再調査結果をもって事実上の「解決」とせざるを得なくなっている。
これは、日本政府、とりわけ小泉、安倍政権が拉致事件を政治利用し、拳を振り上げ駆けのぼったところが、アメリカに梯子を外されてしまった、ということである。したがって小泉、安倍の尻拭いをしているつもりの福田としては、多少の無理は我慢しろ、ということなのだろう。
しかし、このような動きは、拉致被害者家族はもとより、安倍晋三ら拉致問題強硬派には我慢ならないことであり、「福田応援団」の山崎拓らの動きを激しく批判している。
この前総理と元副総裁の場外乱闘は、政府・与党内の混乱に拍車をかけている。当初は再調査着手をもって経済制裁の一部解除方針を示していた外務省も、高村大臣が22日テレビで「再調査は日本による検証が必要」とのべ、次回日朝協議で北朝鮮が日本の関与に合意して初めて、制裁の一部解除に応じると軌道修正した。
また斎木アジア大洋州局長も19日、ヒル国務次官補と会談し、拉致問題が進展しない限り、テロ支援国家指定を解除しないよう求めた。
しかし、現在の日米両政府のスタンスでは、これらは時間稼ぎ、アリバイづくりにしかならいだろう。核廃棄という第3段階にいたる、「平壌の45日」の幕は間もなくあけるが、日本は脇役でしかないのである。(大阪O)

【出典】 アサート No.367 2008年6月28日

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【本の紹介】「金融権力」 本山美彦著 岩波新書

【本の紹介】「金融権力」 本山美彦著 岩波新書 2008年4月

 本書は、サブプライム問題により顕在化した金融危機について、1990年代以降に急速に肥大化したアメリカの金融ビジネスの構造を解明し、その歴史・理論を明らかにし、新たな金融のあり方まで提起する読み応えのある新書である。
 筆者は、「売られ続ける日本、買い漁るアメリカ」(ビジネス社2006年3月)、「格付け洗脳とアメリカ支配の終わり」(ビジネス社 2008年3月)を相次いで出版されている現大阪産業大学経済学部教授の本山美彦氏である。

<金融権力とは何か>
 かつてアメリカには、軍産複合体と呼ばれる支配構造が存在したと言われる。冷戦終結後は、軍事分野に替わって、金融経済分野でアメリカの世界支配が目標になった。それが、金融複合体=「ウォール街・IMF・ワシントン複合体」である。「ワシントン・コンセンサス=資本の自由な国際的移動こそ、世界の経済社会を繁栄させるという信念を共有して、資本の国際的自由化を進めることをめざす政治経済的合意を指している。しかし、そうした自由化措置は世界中に投機的経済を広めてしまった。(J・バクワッチ)」
 「金融複合体は、社会的に必要なものを作り出す「しもべ」ではなく、金儲けをするための最高の「切り札」に位置づけてしまった。その結果、自由化の名の下に、人々の金融的欲望を解放してしまう金融システムが作り出されてしまった。カネがカネを生むシステムがそれである。そうした金融システムが、現在、「金融権力」として猛威をふるっている」と筆者は言う。

<サブプライム問題が明らかにしたもの>
 昨年来吹き荒れるサブプライム・ショックは、こうした金融複合体が牽引してきた金融ビスネスの破綻でもある。「リスク理論」「デリバティブ」「先物取引」など、現物生産を伴わない金融ビジネス理論が生み出した「信用不安」の根は余りにも根深い。
 住宅バブルを背景とし、住宅価格上昇を不変の前提に、低所得者向け住宅融資は2000年を前後して膨れ上がった。初当選したブッシュ・ジュニアの持ち家政策強化も拍車をかけた。その貸し倒れリスクをローン債権の証券化により分散させ(ABS)、投資会社に販売する。この時点で、住宅ローン会社のリスクは回避される。(そのため、悪徳ローン会社の無理な販売を加速させた。そして住宅価格上昇により、低所得者はローンを借換を繰り返し、消費に廻していた)。証券化されたローン債権(ABS)を複数組み合わせて、切り分け、CDO(債務担保証券)として販売する。格付けの高い担保証券と組み合わされることで、「リスクは分散された」に見えたのである。しかし、2006年夏、住宅価格の下落が引き金に、暴落が始まった。2007年10月時点で、1兆3000億ドルも、サブプライム関連の債権が発行されていた。少なくとも3500億ドルがデフォルト状態にあったと言われている。2008年3月には巨大証券会社リーマン・ブラザーズが破産の瀬戸際まで至るのである。
 
<金融ビジネスの理論・歴史>
 本書では、第3章「リスク・テイキングの理論」と第4章「新金融時代の設計者たち」において、いわゆる金融工学に行き着いた理論家とその実践者達が描かれている。
 ハリー・マーコビッツの「ポートフォリオ選択」、ロバート・コックス・マートンの「ブラック・ショールズモデル」(1973)は、リスクを避け得るポートフォリオ構築の可能性を明らかにしたと言われる。そして、ノーベル経済学賞を受賞するMM理論のマートン・ミラーなど。
 更に、通貨先物市場の創設の立役者・レオ・メラッド。戦後、反マルクス主義・反ケインズ主義の立場から、市場経済と開かれた社会の促進を目的とする国際組織「モンペルラン協会」。これらに共通するのは、国家による規制を排除した完全市場が人間を幸福にするとも言うべき徹底した市場主義というものであろうか。
 私にとっては、聞きなれない人々ではあるが、アメリカの金融工学なるものがこうした経済学者や投資理論・実践者によって構築され、またサブプライム問題が準備され、そして破綻したということである。
 筆者は言う。「現在の人間生活に恐ろしい脅威を与え続けている金融システムに対抗するためには、まず、システムを支配する新自由主義のイデオロギーから私たちは自らを解放しなければならないと訴えたい」と。
 
<リスクビジネスのはてに>
 低所得者に貸付られた過剰なローンが、「証券化によるリスク分散」の魔法により、安全な債権とされ、ハイリターンを求めてアメリカのみならず欧州・日本の金融機関がそれに莫大な投資を行ってきた。それがデフォルトを起こした。証券化が過剰貸付を生み出し、破綻したわけである。
 第5章「リスク・ビジネスのはてに」では、証券化金融の歴史について分析が行われている。その起源として筆者は、1980年代のメキシコ危機に対してアメリカ政府がとった手法だと指摘する。
 そして、「サブプライムローン問題を引き起こした極めつけの原因は、世界的な過剰金融にある。それがアメリカの新金融商品に飛びついたからである」。サブプライム問題での最初の焦げ付きは、欧州で起こっている。過剰金融の原因のひとつが、低金利政策でもある。ITバブル崩壊後、FRBグリーンスパン議長時代から低金利政策が取られており、市場には資金が溢れていた。ドルに対して相対的に低金利であった円も、キャリートレードを活用されて、投資資金を世界に供給してきたのである。
 さらに、筆者はサブプライム問題によって、ドル体制の低下、資源国の台頭など国際金融地図に大きな変化が生じていると指摘する。「このようにサブプライム問題は、単にアメリカに経済停滞をもたらし、それによって世界経済を不況に追いやること以外に、金融の世界地図を塗り替えつつあるという側面のあることを世界に示した。このことの世界経済に与える衝撃は巨大なものである」と。
 
<金融権力に抗するために>
 最終章では、金融権力に抗するために、生産・地域・人間と結びついた金融のあり方について問題提起をされている。
 プルードンの人民銀行、バングラディッシュのグラミン銀行、NPO銀行、イスラム金融、ラテン・アメリカの「南の銀行」などが紹介されている。そして、ESOPと言われる「従業員への税制優遇自社株配分制度」である。アメリカで発展しているESOPは、従業員に積極的に企業活動に関わってくれることを意図する一種の従業員報酬制度であり、日本では三洋電機のみが導入しているという。経済同友会なども導入を提言しているが、それは企業買収防止策に重点が置かれているなど、本来のESOPではないと言われる。
 そして「いま求められているのは「自由」の美名の下で金融ゲームに走る金融権力をいかに制御するのか、という社会の知恵である。」と結論付けられている。
 
<格差社会を作った金融権力>
 長期金融から短期金融へ、間接金融から直接金融へ、とマネーゲームを進めてきたワシントン金融複合体。その日本への影響が顕著になるのは、1998年であろうか。この年、日本では、山一證券、日本長期信用銀行などが相次いで破綻した。もちろん、経営危機の原因は、バブル経済下での過剰投資であったわけだが、最後のボタンを押したのは、BIS規制やアメリカの金融権力からの圧力であったと言われている。間接金融と長期金融は、長期雇用や生産活動重視という日本の金融経済の基礎でもあったわけで、これ以後、日本経済は、金融・経済において新自由主義が跋扈することになる。株主価値を向上させる経営者には莫大な報酬を与え、労働者は出来るだけ安く雇用し、非正規雇用を増やし、貯金より投資だと、政府もこれを推奨してきたのである。まさに格差社会を根底から生み出してきたのは、金融権力ではないか、これが本書を読んだ私の実感である。是非一読願いたい。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.367 2008年6月28日

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【投稿】中国・四川大地震が投げかけたもの

【投稿】中国・四川大地震が投げかけたもの

<<阪神大震災の30倍>>
 5/12、中国・四川省で発生した大地震の規模、エネルギーは、マグニチュードで8・0に達し、その破壊力は、阪神大震災の30倍にもなるという。震源から1500キロも離れた北京で高層ビルが揺れるほどの地震であった。未曾有の震災被害に対する世界的な人道支援、救援・連帯・協力が要請されている。
 今回の地震は、四川省を走る長さ三百~五百キロメートルに及ぶ竜門山断層の一部が動いて発生したとみられているが、四川・雲南地震活動帯とよばれ、ユーラシアプレートとインド・オーストラリアプレートがぶつかり合い、エベレスト山系を含むチベット高原を形成し、ひずみがたまって地震が多発する地域であり、過去にもたびたび、マグニチュード7レベルの大地震が発生してきた地域であったという。ユーラシアプレートは、プレート運動によって東へ動き、年間四~六ミリメートル程度のひずみが蓄積され、過去数百年間に七、八回の相当規模の被害地震が起こってきた地域であった。さらにさかのぼれば今回の大地震よりもさらに大規模な地殻変動が発生していたはずである。
 まさに、地球表面上の大陸は、それぞれのプレートとして地球内部の定常的な対流運動に照応して、その動きに乗って移動している、そしてプレート同士がぶつかり合う境界部では、ぶつかり合うエネルギーが上昇・移動・沈降として発散され、造山運動、列島形成、火山、断層、地震等の種々の地殻変動を発生させるという、1960年代後半に確立されたプレートテクトニクス理論を実際に証明するものでもあった。
 その意味では今回の大規模な地震は、特殊で、他の地域ではありえない、発生し得ないといった希望的な観測や予測を根底から打ち砕くものでもあったといえよう。とりわけ日本列島は、ユーラシアプレートが日本海東部、本州中部(フォッサマグナ地域)にかけての長いラインで北アメリカプレートと接して活動しており、また、相模トラフから南海トラフ、南西諸島海溝、フィリピン海溝にかけての海域ではフィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈み込み、錯綜しているきわめて危険な地域であり、地震・断層・地殻変動の多発地帯でもある。四川大地震を上回る地殻変動でさえ想定しなければならないであろう。
 ところが、そうした活断層上の真上ないしは直近に敦賀原発、美浜原発、新型転換炉「ふげん」、高速増殖炉「もんじゅ」、大飯、高浜原発、島根原発、柏崎刈羽原発、女川、福島第1、第2、浜岡、志賀原発が、そして六ヶ所再処理工場が存在していることが明らかになっている。今回の地震で最も肝を冷やしたのは、こうした原発関係者であったであろう。今回の四川大地震級の地震が発生すれば、阪神大震災の30倍にも達する破壊エネルギーである、こうした原発や再処理工場、核廃棄物貯蔵施設など核関連施設はひとたまりもなく破壊され、全世界に膨大な放射性物質を撒き散らし、制御し得ない核事故を誘発し、日本発の原発震災によって、取り返しのつかない全地球的・全人類的被害・災害をもたらすであろうことは間違いがない。昨年7月の中越沖地震・柏崎刈羽原発被災はまさにその一歩手前であったことを示している。経済産業省原子力安全・保安院によると、「断層が直下にあるような原発は、日本以外、世界のどこにも無い」(4/4、衆院内閣委政府答弁)という異常な事態を日本は抱えている。現実に想定可能な原発震災を目前にして、事態を放置し、震災発生後に「原子力発電は地球温暖化阻止に貢献する」はずであった、「到底想定し得なかった」、「史上初めての事態であった」などといって言い逃れできる筋合いのものではない。事態の深刻さを真摯に受け止めるならば、すべての原発、核関連施設から日本は早急に撤退することこそが第一義的義務である。

<<核汚染防止問題専門家の派遣>>
 ところで今回の四川大地震で、中国の核関連施設はどのような状況にあったのであろうか。今回の震源の近くには、成都に大規模ウラン濃縮施設(建設中)、綿陽に「核物理・化学研究所」を含む「中国工程物理研究院」(核兵器研究開発製造施設)、震源地の北東約270キロの広元にはプルトニウム製造用の原子炉を持つ「プラント821」と名付けられた中国最大のプルトニュウム製造施設が存在するといわれる。さらに綿陽には核兵器を担当する部隊が駐屯しているという。綿陽や広元でも死者数が、数千人以上に達しており、心配されるところである。
 フランスの核監視団体「放射能保護および核安全のための機構」が5/13(現地時間)、四川省の周辺にある核施設(4、5カ所)は無事であり、「まだ安心はできないが、地震の影響を受けた地域にある核施設から放射能が漏れる可能性は極めて少ない」と発表している。また、5/16付の米紙ニューヨーク・タイムズは、中国四川省で起きた大地震で、米国がスパイ衛星を使って、地震による影響で同省の核兵器製造施設から放射能が漏れている兆候がないかどうか監視していると報じ、米政府当局者の話として、現時点では懸念される兆候はないとしている。
 中国当局自身の動きとしては、中国環境保護省が5/14までに、四川大地震を受け核汚染防止対策を取ることを決定、李幹傑次官を中心に核安全局担当者や汚染防止問題の専門家を四川省の被災地に派遣したと発表した。大規模な地震で核施設が破損、放射能漏れなどがないか調査し、汚染防止対策に努めるためとみられる。環境保護省はまた、四川省や甘粛省、青海省、陝西省など内陸各地区に緊急通知を出し、核施設の状態について厳重に調査し、放射能漏れなどがないよう全力を挙げるよう求めた(共同通信 2008.5.14)、と報じられている。四川省以外に甘粛省、青海省、陝西省など内陸各地区に緊急通知を出さなければならない核施設が存在し、核汚染防止対策を取る必要があることを明らかにしている。
 さらにまだ安心できないのは、大規模ダム決壊の恐れである。今回の大地震で四川省にある6千余りあるダムの内、803のダムで亀裂が入ったり水がもれたりして決壊の恐れがあることが5/17、地元当局者の話でわかっている。地震による山崩れが川をせき止めてできた「土砂ダム」が四川省内だけで21カ所あることも判明しており、強力な余震がまだ続いており、雨が降り続けば決壊の恐れはさらに高まる。震源地に近いブン川(ぶんせん)県にある紫坪鋪ダムにはすでに多数の亀裂が入り、被災者救済本部のある都江堰(とこうえん)市が水没する恐れさえ指摘されている。こうしたダム決壊が広がれば、核関連施設にも当然被害が及びかねないであろう。二次災害・三次災害を防ぐ強力な対策、国際的救援・支援体制が不可欠である。

<<問われる中国の原発政策>>
 中国の原子力政策それ自身も今回の大地震によって大きく問われよう。
 中国では現在、四つの原発、秦山原子力発電所(5炉)、大亜湾原子力発電所(2炉)、嶺澳原子力発電所(2炉)、田湾原子力発電所(1炉)が稼動しているが、いずれも中国東部海岸沿いであり、今回の地震地域からは離れている。しかし原発を稼動させれば当然、原発それ自身の危険性以外に、放射性廃棄物の処理という最も厄介な問題に直面せざるを得ない。放射性廃棄物の地下埋蔵は、膨大なコストを要しながら、長期的、半永久的に環境破壊と地震破壊の危険性におびえなければならない。中国は、すでに中低放射性廃棄物の処理場を、甘粛省玉門と広東省北竜の2カ所に建設しており、さらに高放射性廃棄物処理場を甘粛省の北山に建設する予定だという(「北京週報日本語版」07/9/25)。甘粛省は四川省の北側に位置しており、震源にも近く、放射性廃棄物の地下埋蔵は危険極まりなく、懸念されるところである。
 地震の二ヶ月弱前の3/23、新任の国家能源局の張国宝局長は、中国の今後の原子力開発の指針を示し、中国のエネルギー構造の調整における優先選択肢として原子力発電の発展に力を入れていくと述べ、「中国で稼動している原子力発電所の発電設備容量は現在約900万キロワットだが、全発電設備容量に占める割合は1.3%と非常に低い。我々は原子力発電の中長期発展計画を調整し、2020年までに原子力発電の割合を5%以上とするよう努力する」と述べている。その二日後の3/25に開かれ、米国、ロシア、フランス、日本の原子力発電大手企業が参加した第10回中国国際核工業展で、中国核工業集団公司の康日新総経理は開会式の挨拶において、「原子力発電は中国が抱えるエネルギー不足を解決し、また、環境問題に対応するための有効な手段の1つで、前途は非常に明るい」と述べ、間もなく田湾原子力発電所3号、4号ユニットの建設計画を具体化させていく予定だと発言している。
 すでに昨年の7月、東芝は傘下の米ウエスチングハウス(WH)を通じて中国国家原子力発電技術公司との間で中国国内に原発4基を建設する契約を結んでおり、浙江省の三門原発1号機と2号機、山東省の海陽原発1号機と2号機の建設を09年から着工、13年以降に順次運転を始める予定である。
 今回の大地震は、こうした中国全土に安易にばら撒かれる原発増大政策に重大な警告を発し、警鐘を鳴らしたものともいえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.366 2008年5月24日

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