【コラム】ひとりごと—サブプライム問題が明らかにしたもの—-

【コラム】ひとりごと—サブプライム問題が明らかにしたもの—-

○サブプライム問題に端を発した信用不安・住宅資産価格下落によりアメリカ住宅バブルが破綻し、2007年のアメリカ経済は、株式の大幅下落などにより大きな後退を余儀なくされた。投機資金は株式から逃避し、通貨においても円の買い戻しが進んだ。8月には、最大の下げ幅を記録したのをはじめ、円高・ドル安が、一層の原油高騰を呼び込むなど、2007年の世界経済は波乱の内に暮れようとしている。○日本においても、大幅な損失を補填するため、日本株を外国人投資家が売りに売り抜けたのである。○証券化されたサブプライム・ローン債権などを保有していた欧米の大手金融機関は、7-9月期決算で巨額の損失の計上を余儀なくされ、経営者が交代した銀行も続出した。○今後も、低利子期間が終わり、高利率が適用されるサブプライム案件・返済不能が続出する可能性が高いとも言われている。サブプライム金融危機は、まだ始まったばかり、との評価もある。(世界規模で最大44兆円の損失が発生するという予想もある)○欧米の金融機関が相次いで損失を織り込みんだこと、アブダビ投資庁が、資金をシティバンクの増資に投入するなど、金融機関の資金不足を手助けしたこと、アメリカ政府が今後発生するサブプライム関連の個人債務について、利子補填するなどの対策を講じると発表したことなどで、危機的状況については一旦落ち着きを見せているようにも見える。○しかしながら、本当の危機は、これから訪れるのではないか。サブプライム問題が引き金を引いたのは、ドル優位の現行国際通貨システムの幕ひきではないのか。○サブプライム問題によるアメリカ金融システムの不信、住宅バブルの崩壊、購買力低下による個人消費の冷え込み、経済の低成長化により、意識的なドル高政策は不可能となった。サブプライム危機の回避のためのFRBによる政策金利・公定歩合の引き下げは、一層のドル安要因となる。今後一定期間、ドル安基調が続くことは必至であろう。○NHKの報道によると、先日開催されたOPEC総会の秘密会議では、ドルに対して固定相場制を採用している産油国から相次いで、「新しい通貨システム」検討の発言があったという。ドル安によって、今後自国通貨も価値が下がる。膨大なオイルマネーは、ドル保有として蓄積されている産油国にとって、外貨準備をドルのみに頼ることはリスクが多きすぎる。ただ、急激な通貨政策の変更は、ドルの暴落を招きかねないとの危惧から、慎重な姿勢であるとの事だが、ドル離れの基調は進行するだろう。○ドル安によってアメリカの輸出が増えるのだから、アメリカ経済はまた復活するのではないか、との議論もある。しかし、アメリカに競争力のある輸出品はあるのか。自動車は環境対策の遅れから、トヨタをはじめとした日本車や欧州車に水を明けられている。80・90年代にアメリカから主要な製造業は姿を消した。IT分野と金融・投資手法が最後に残ったアメリカの売りだったはずである。アメリカが生み出したローン・不動産の証券化手法そのものが、サブプライム問題で破産に追い込まれているのである。唯一残るのは軍事産業だけではないのか。○サブプライム債権は、様々な金融商品に「分散」して組み込まれ、AA格付けであった金融商品まで5割以上の下落したと言われている。破壊的リスクがほとんどの金融商品に際限なく影響を与えてしまったのである。○本紙9月号(NO.358)で杉本氏も述べているように、基軸通貨としてのドルの地位の一層の低下を、サブプライム問題は促進していると言えるのである。○2007年はアメリカ発の金融不安が世界を駆巡った1年であった。2007年は、イラク戦争の誤りが国際社会において明らかになった事、そしてサブプライム問題でアメリカ発の金融不安が爆発した事、この二つによって、アメリカの凋落が誰の目にも明らかになった年として記憶されるだろう。○明らかに支払い能力のない人にサブプライム・ローンを組ませ、そのローンをすぐさま証券化して売ってしまった「住宅販売会社」に負債が発生しない、などという仕組みは、1980年代バブルを経験した日本もない事だったろう。まさにバブルは弾けるべくしてして弾けたのである。○ドルの地位低下、原油など資源・商品の価格高騰、経済の停滞、2008年もこの基調は続くと思われる。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.361 2007年12月15日

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【投稿】「大連立」構想の破綻と小沢代表の辞意撤回

【投稿】「大連立」構想の破綻と小沢代表の辞意撤回

<<仕掛けられたワナ>>
 安倍政権が突如、9/12、前代未聞の無責任きわまる政権投げ出しを行って退場し、まだ二か月も経たないうちに今度は、11/4、小沢民主党代表が突如記者会見を開き、二回にわたる党首会談を経て、自民党との大連立を前提とした政策協議について持ち帰り、民主党役員会にはかったところ、それが拒否されたことは「代表として不信任を受けたに等しい」、「多くの議員、党員を指導する代表として、また党首会談で誠実に対応して下さった福田総理に対し、けじめをつける必要があると判断した」と発言し、党代表の辞職願を提出したことを明らかにした。これまた党首の座を投げ出したのである。日本の二大政党の指導者のあきれ果てた未熟さぶりには驚かされるばかりである。安倍氏と対比された小沢氏の「豪腕、らつ腕、こわもて」はこの程度のものでしかなかったこと、いとも簡単に大連立構想に乗せられ、踊らせられ、有権者を裏切る小心者でしかなかったことをぶざまに見せつけたといえよう。
 そもそもこの「大連立」構想なるもの、きわめて謀略的であり、一部マスコミの情報操作、世論誘導が露骨に行われ、意図的に小沢代表に仕掛けられたものといえよう。すでに周知の事実として明らかにされているように、参院選の自民党の敗北直後の八月初めから読売新聞が社説で「大連立」構想を提起し、福田政権登場と共に、渡辺恒雄・読売新聞グループ本社会長が「仲介人」として直接乗り出し、小沢氏の記者会見によれば、10月半ば以降、また連絡があり、「福田総理もぜひそうしたいとの考えだ。ついては、総理の代理の人と会ってくれ」という話があった。私も、むげにお断りできる相手の方ではないので、じゃあ参りますと言って指定の場所に行き、「本当に総理はそんなことを考えているのか」と質問すると、「総理もぜひ連立をしたい、ということだ」。「では、あなたも本気か」とその総理の代理という方に質問したら、「おれも本気だ」という話でした。この総理の「代理人」というのが森元首相であった。つまりは渡辺恒雄氏と森元首相の作り上げた「大連立」シナリオどおりに福田・小沢両党首会談が行われ、合意にこぎつけたと仕掛けた側は見たのである。
 11月4日付読売新聞朝刊は、小沢氏の提案が民主党役員会で拒否されたことを知るや、1面トップの見出しで、「『大連立』小沢氏が提案」、「絶対党内まとめる」と報じ、その記事の中で、「小沢氏は「これで決める。(連立参加で)私が党内をまとめます」と明言。首相が「大丈夫ですか」と問いかけると、小沢氏は「絶対にまとめます」と重ねて強調した。」、「そもそも、10月30日の最初の党首会談を持ちかけたのも小沢氏の側だった。」と、謀略的な暴露記事を掲載したのである。この報道は毎日新聞側にも流された。
 小沢氏は記者会見で、「『小沢首謀説』なるものまでが、社会の公器を自称する新聞、テレビで公然と報道されています。いずれも、全くの事実無根です。事実無根の報道が氾濫していることは、朝日新聞、日経新聞等を除き、ほとんどの報道機関が政府・自民党の情報を垂れ流し、自らその世論操作の一翼を担っているとしか考えられません。」と強く抗議したが、ときすでに遅しであった。

<<乗せられた小沢代表>>
 小沢氏は明らかに乗せられたのである。乗せられるだけの弱点、政治経歴、政治姿勢が付きまとっていたからこそ引っ掛けられたとも言えよう。その一つのきっかけは、先月号でもすでに筆者が指摘したことであるが、月刊誌「世界」(岩波書店)11月号で、「国連の活動に積極的に参加することは、たとえ結果的に武力の行使を含むものであってもむしろ憲法の理念に合致する」とした政治姿勢であった。これなら「大連立」出来ると評価されたのであろう。「世界」12月号では、この小沢論文に石破防衛大臣が現行憲法に反するとして反論するという攻守逆転現象が生じている。もちろんその他にも、防衛疑惑やアメリカ側からのさまざまなリーク説などが流されている。
 しかし、たとえそうであったとしても、問題の基本は、小沢氏が、自らこれまで何度となく強調してきた「総選挙による政権交代」を放棄し、「自民党との大連立」の方向に擦り寄ったことは、公約違反であり、有権者に対する背信行為であったということである。七月の参院選で示された民意は、衆院においても徹底的に自民党を追及、孤立させ、解散総選挙に追い込み、野党連合の結束を強め、自民・公明連合の議席を過半数以下に激減させること、その結果として「政権交代」を勝ち取ること、自民党政治に幕を下ろさせることこそが、民主党の果たすべき役割であり、党代表の最大の責務であった。「政権交代」が公約であって、「大連立参加」は公約ではなかった。有権者は「政権交代」、「生活第一」という公約を支持したのであって、小沢氏個人を支持したのではなかった。それが、総選挙近しといわれる現下の状況の下で、窮地の自民党に手を差し伸べ、大連立構想に乗せられ、もっとも安易な政策協議の道に踏み出そうとしたことは、有権者に対する裏切りであり、その責任は重く、有権者の政治不信と失望が一挙に拡大したことは間違いがないし、その悪影響は計り知れないほど重大であり、深刻でさえある。メディアの策謀だけが先行し、政治不信が拡大され、結果として福田政権がほくそえんでいる構図である。
 民主党の役員会がこの大連立構想を拒否したことは当然のことであり、このような策謀に加担した小沢氏が党代表を辞任することも当然であったといえよう。
 ところが問題は、この大連立構想に乗せられた経過、内容、党首会談の一切合切が、民主党の側からは、今に至っても一切公表も説明さえもなされず、それに対する民主党の態度が一向に明らかになっていないし、むしろあいまいでさえある。

<<「慰留」大合唱>>
 その象徴が、民主党全体を覆いつくしたかのような「小沢さん、やめないで」コール、「慰留」大合唱であった。小沢代表は記者会見で辞意に至った理由を「不徳のいたすことから党に迷惑をかけた。そういう思いが強くて、気力を張りつめていたものが途切れたというか、ぷっつんした。そのため、これ以上、表に立っていれば党に迷惑をかけ、国民に迷惑をかける。けじめをつけなきゃと心がいっぱいになった。」と述べている。民主党はこれをそのまま受け止め、了承すべきであった。「ぷっつん」体質は、本人が吐露しているように気力を張り詰めていればこれからも起こりうる「不徳のいたす」ところである。その意味では危険極まりない。即刻代表選を実施し、速やかに後継者を決定し、負の遺産を最小限で食い止め、再生民主党のスタートを切り開くべきであったし、出来たはずである。200人以上の衆参議員を抱えていれば、これまでの党首とは異なったすぐれた人材もいるはずであるし、発掘すべきであろう。ところが出てきたのは小沢氏にすがりつく「辞めないで」コールであった。鳩山幹事長や菅副代表など民主党幹部のうろたえぶりも、実に情けない姿であった。そして小沢代表自身が、当選回数別の民主党議員の会合で慰留工作が拡大することを期待し、それを待ってから態度を決めるかのような態度を取り、ホテルの一室でその報告を聞くという横柄さである。
 その結果として、小沢氏は「恥をさらすようだがもう一度頑張りたい」と辞意を撤回した。ところが小沢氏はこの11/7の辞意撤回の記者会見で、「私の無精や口べたで誤解があるなら反省し、わかりやすく丁寧にいろんな場面に応じていきたい。」と語りはしたが、党内で議論さえ行わずに大連立構想に加担したことへの反省の弁は、遂に語らずじまいである。政策協議についても、「政治は国民のためにいいことをやるというのが、最終目標。年金でも農業でも、基本的な考えは全く違うが、我々の主張が一つでも実行できるなら、それもひとつの方法ではないか。政策協議をするというのはいいんじゃないか、ということを役員会に諮ったら反対だったので、やめた。」と語っている。こうも態度をコロコロ変え、ゴタゴタとお騒がせを得意芸とするような党首を担いでいては、民主党内はもちろん、他の野党にとってもどこまで信用できるのか疑心暗鬼をかえって拡大し、信頼回復などできようはずがないし、有権者はそれ以上に厳しい目で民主党を評価するであろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.360 2007年11月17日

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【投稿】原油高騰と「ピークオイル論」

【投稿】原油高騰と「ピークオイル論」
                            福井 杉本達也

1.原油の最高値更新
 11月7日午前のニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)で原油先物相場は上昇。WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)で期近の12月物は一時1バレル98.62ドルを付け過去最高値を更新した。国内でも11月には原油高のコストを転嫁するため、ガソリンの給油所店頭価格はレギュラーガソリンで全国平均は1リットル149.9円と150円に迫った。
IEAは11月7日に「2007年版・世界エネルギー見通し」を発表したが、世界のエネルギー需要は2030年までに5割超増える一方、原油価格は30年には150ドルを上回ると予測している。いったい、原油価格に何が起こっているのか。

2.世界の石油の埋蔵量
 BP統計によると(以下、『BPエネルギー統計レポート』吉田高行)、2006年末の世界の石油確認可採埋蔵量は1 兆2,082 億バレルであり、可採年数は40.5 年である。埋蔵量を国別に見ると、サウジアラビアの2,643 億バレルであり、全体の22%を占めている。第2位はイラン(1,375 億バレル、11.4%)、第3位イラク(1,150 億バレル、9.5%)と続き、以下クウェート、UAE、ベネズエラ、ロシア、リビア、カザフスタン、ナイジェリアの各国が挙げられる。これら10 カ国の世界シェアの合計は82.3%に達する。

3.石油生産量
 2006 年の世界の石油生産量は日量8,166 万バレルであった。これを地域別でみると中東が2,559 万バレルと最も多く全体の31%を占めている。欧州・ユーラシア1,756 万バレル(22%)、北米1,370 万バレル(17%)、アフリカ999 万バレル(12%)、である。埋蔵量と生産量を比較して、将来の石油生産を維持又は拡大できるポテンシャルを持っているのは中東のみである。国別にでは、最大の石油生産国はサウジアラビアであり、生産量は1,086万バレルであった。第2位はロシア(977 万バレル)であり、両国で全世界の4分の1(25%)の石油を生産している。この後には米国(687 万バレル)、イラン(434 万バレル)、中国(368 万バレル)が続いている。5 位以下、メキシコ、カナダ、UAE、ベネズエラ、ノルウェーである。

4.中国などの新興国の消費増大
 2006年の世界の石油消費量は日量8,372 万バレルであった。北米が2,478 万バレルと最も多く全体の30%を占めている。このうち米国は2,059 万バレルで世界全体の25%の石油を消費している。次に多いのがアジア・大洋州の2,459万バレル(29%)であり、このうち、中国が745 万バレル(9%)、日本が516 万バレル(6%)、インドが258 万バレルとなっている。欧州・ユーラシア2,048 万バレル(24%)であり、このうち、ロシアが274 万バレル、ドイツ262 万バレルであり、これら3地域で世界の石油の8 割以上を消費している。
 特に最近消費量が急拡大しているのが中国であるが、李志東氏の計算によると、中国が今後も7%台の経済成長を続けると、「石油輸入量は2010年代前半に日本を超え、2030年に日本の約3倍となる。」これほど膨大な石油が確保できるかどうか問題であるが、中国はこの間、エネルギー安全保障対策として、①石油と天然ガスの国内開発を促進、②石油と天然ガスの輸入先を多元化、③海外資源の確保による開発輸入の促進、④輸送インフラを整備(『世界』2005.2)等の対策を行い、一定程度の成果を上げてきた。しかし、こうした資源外交の展開は、スーダン=ダルフール、イラン、ナイジェリア、ベネズエラ、エチオピアやマラッカを迂回するミャンマーでのパイプライン計画、石油中継基地としてのパキスタン・グアダールなど世界各地で様々な摩擦を引き起こしている。

5.ベネズエラの台頭
 1960年に設立されたOPECは、メジャーに握られていた石油価格の支配権を産油国に取り戻すことが主眼であった。 しかし80年代後半から90年代にかけて逆に石油価格は長期にわたり10ドル(バレル当り)台に低迷し、OPECのシェアは55%から43%に低下し、この間、OPECだけで価格操作ができる状況にはなくなった。それに替わって台頭しているのが、ベネズエラである。ベネズエラのチャベス大統領はこのOPECの政治的インパクトの再復活を狙っている。米国に対抗するために、アンゴラ、スーダン、エクアドル、ボリビア4カ国をOPECに加えようとしている。
 2002年4~12月、チャペス政権は米石油資本によるクーデターの危機に直面したが、国内貧困層の支持を集め、逆に2007年5月にシェブロンなどが権益を持っていたオリノコ油田を国有化してしまった。おかげで、空前の原油高騰にもかかわらず、エクソンモービルやコノコフィリップスの今年9月期決算は減益となった(日経:11.2)。ベネズエラの危機直前の2002年1月には17~18ドル/バレルであった原油価格は、クーデター危機時には32ドルまで一気に高騰した。

6.ロシアによる資源の囲い込み
 ソ連は1980年代に石油生産のピークを打った後、91年12月のソ連の崩壊で、石油産業もその影響をまともに受けた。2000年以降、石油大国ロシアとして復活をみせるが、ユーコスのミハイル.ホドルコフスキー社長などのオリガルヒが、石油産業を支配するようになる。03年6月に、このような新興財閥に対し、プーチン政権は、全面対決へ踏み切る。10月にユーコスのホドルコフスキー社長を逮捕したのを皮切りに、欧米石油資本と一体化したオルガリヒを一掃する。04年にはユーコスを解体し、直近では、サハリンでもロシア政府は外資に開発権益の譲渡を迫るなど資源開発の国家管理が進んでいる。
 また、天然ガスについても、ロシアは埋蔵量、生産量、輸出量いずれも世界1 位である。ロシアの天然ガスは、年産6,400億立方メートルで、石油とガスを合わせるとロシアは世界長大のエネルギー生産国である。現在世界の天然ガス輸出の75%はパイプラインであり、残り25%がLNG である。これらのロシアから欧州へのパイプラインはウクライナやバルト三国などでの紛争の種となっているが、欧州へは、ウクライナを迂回してバルト海底からドイツに直接入る「北ヨーロッパ・ガス・パイプライン」を建設して更に供給を増やす計画だ。一方、中国に対しても、西シベリアからカザフスタン・モンゴル間の狭隘な中露国境を串刺しにして新産ウイグル自治区の「西気東輸」パイプラインと接続して上海に至る「アルタイ・ガス.パイプライン」を建設中で、稼働開始は2011年を目指している。ロシアはユーラシア大陸の西と東とに市場を確保し、双方を競わせるしたたかな戦略をとっている(本村真澄『エコノミスト』2006.7.16)。

7.いわゆる「ピークオイル論」
 「ピークオイル論」とは、石油消費量の増加ペースが油田開発による新規埋蔵量の追加と生産量増加のペースを上回る状況を危惧したものである。
確認可採埋蔵量の増加は拡大期と停滞期を繰り返している。BP統計の1980年~2005年までの25年間の埋蔵量の変化を見ると、80~89年までは埋蔵量が急拡大し、90~95年は停滞、その後2002年まで増加を続けた後、2003年以降は停滞している。03年以降に埋蔵量の増加が停滞しているのは、90年代に石油価格が低迷し十分な投資がなされなかったことが最大の要因であるとされているが、確認埋蔵量増加の主要部分を占めている中東については増加要因がはっきりしない。中東の2000年の増加量162億バレル及び2002年の336億バレルは、それぞれカタールとイランによるものであるが、これは新規油田の発見ではなく、既存油田の可採埋蔵量を見直したものであり、その技術的根拠が極めて曖昧である。中東産油国ではこのような埋蔵量の大幅な上方修正は過去にも幾度か見られる(例えば、サウジアラビアは1988年に1,700億バレルから2,600億バレルに見直している。『ピークオイル論を検証する』吉田高行)。
 マシュー・R・シモンズの『サウジ石油の真実』によると、世界最大の確認埋蔵量を誇り、今後とも世界の原油生産の主軸を担うとされるサウジアラビアは、その生産量を世界最大のガワール油田など少数の老朽化した巨大油田に頼っている。これらの油田の「生産能力が実は既に地質学的な限界に達しており、一方新規の巨大油田の発見と開発は滞っていて、将来発見される可能性も殆ど無いので、同国の原油生産は今がピークであり、後はどんどん生産能力の減退が進むはずである」と指摘している。サウジは正確な地質・技術的詳細データを公表せず世界を欺いているのではないかというのがシモンズの主張である。これまでの「ピークオイル論」が世界的な統計をベースとしたマクロ分析だったのに対し、本書は個別油田の地質・技術的データによるミクロ分析からの評価だけにその衝撃は大きい。
 今年2月、ロシアのプーチン大統領がサウジ・カタールを初訪問した。カタールのLNG 輸出は近年急激に伸びており、昨年インドネシアを抜いて世界1 位となった。西側諸国は「ガス版OPEC」ではないかと危機を煽り立てたが、狙いは天然ガスのパイプラインやLNGによる輸送手段等の開発をすすめることにあるのではないだろうか。世界の天然ガスはロシアと中東という二つの地域に極端に偏在しているが、いずれにしても、サウジも石油から天然ガスへのシフトが始まっていることに注意すべきである。
 この間、日本はイラン・アザデガン油田からの撤退、中国との東シナ海大陸棚油田調査での対立、ロシアとのパイプライン交渉の失敗・サハリン1・2でのロシア権益の拡大など、石油・天然ガスなど資源確保に積極さは全く見られない。「不安定の弧」(麻生太郎)などと大上段に構える、海自によるインド洋での給油活動をめぐる議論だけが空回りしている。むしろ、焦点化することによって、今日、世界で進みつつある現実から目をそらし、欧米メジャーによる日本エネルギー支配構造の隠蔽をしようとしているのではなかろうか。8月5日付けの日経は、「ベネズエラから日本に原油出荷・三井物産など」という目立たない見出しで、国際協力銀行の支援を受けた200万バレルの「融資買油」契約の記事を載せているが、こうした取り組みこそ必要とされる。

 【出典】 アサート No.360 2007年11月17日

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【書評】『茶色の朝』

【書評】『茶色の朝』
        (F・パヴロフ・物語、V・ギャロ・絵、高橋哲哉・メッセージ、
             藤本一勇・訳、大月書店、2003年12月、1,000円+税)
 
 一読したところ、特に冒険があるのでも、感動的なシーンがあるわけでもない短い童話である。
 物語は、「陽の光がふりそそぐビストロで脚を伸ばしながら、俺とシャルリーは、とくに何を話すというわけでもなく・・・」座っている場面から始まる。
 二人が話しているのは、日常生活のとりとめもないこと。しかし、「俺」は、シャルリーが犬を安楽死させねばならなかったことに引っかかる。
 「わかるだろう、/あの犬を茶色だって言い張るには無理があったんだ」
 「たしかに、あんまりラブラドールの色じゃないよな。
  けど、何の病気だったんだ?」
 「病気のせいじゃない。茶色の犬じゃなかった、ただそれだけさ」
 「何だって?猫といっしょになっちまったてことか?」
 「ああ、同じだ」
 ここで、この物語の背景が明らかとなる。この国では都会に猫が増えすぎたため問題が起こり、その対策として、「科学的」研究を踏まえて「ペット特別措置法」で、もっとも繁殖率の低い「茶色」の猫のみ飼うことが許されることになったのである。このため「街の自警団の連中が毒入り団子を無料で配布していた。えさに混ぜられ、あっという間に猫たちは処理された」。
 そしてこのとき「俺」は、猫を処分していた。
 これについて「俺」は、「そのときは胸が痛んだが、/人間ってやつは『のどもと過ぎれば熱さを忘れる』ものだ」と思う。
 しかし今その対象が、猫から犬にまで広げられ、その後、この法律を批判し続けてきた新聞『街の日常』が廃刊に追い込まれる。
「それから、図書館の本の番だった。/これまた、あんまりすっきりした話じゃない。/『街の日常』の系列出版社がつぎつぎと裁判にかけられ、/そこの書籍は全部、図書館や本屋の棚から/強制撤去を命じられた」。
 そして会話でも、自主規制が始まる。
 「だれに会話を聞かれているかわかったもんじゃない。/用心のために、言葉や単語に茶色をつけくわえるのが習慣となってしまっていた」。
 しかしこのことにも、馴染んでしまった。
 「最初は、『茶色のパスティスを1杯』なんて/ばかみたいだったが、結局は、言葉なんて慣れの問題で、/仲間うちで何かにつけて『くそ野郎!』と言うのとおなじように、/茶色に染まることにも違和感を感じなくなっていた」。
 そしてある日には、「俺」が新しく茶色の瞳と茶色の毛並みの雄猫を飼い、シャルリーが新たに茶色の犬を飼い始めたことがわかり、「俺たちは笑いころげた」。これはすごく快適で安心な時間だった。
  「まるで、街の流れに逆らわないでいさえすれば/安心が得られて、面倒にまきこまれることもなく、/生活も簡単になるかのようだった。/茶色に守られた安心、それも悪くない」。
 「茶色の安全」「茶色の安心」の中での生活、「俺」の気持ちは、ここまで来てしまう。
しかしこの「安全」「安心」の生活は、突然崩壊する。シャルリーが、自警団によってアパートから連れ去られたのだ。人々のひそひそ話で、その理由がわかったのだ。
「だけどやつの犬はほんものの茶色だったぜ」
「ああ、だけどあいつらが言うには、/前は、茶じゃなく黒の犬を飼っていたからっ
てことらしいぞ。黒をな」
「前は、だって?」
「そう、前はだ。/いまじゃあ、前に茶色じゃないのを飼っていたことも/犯罪なんだとさ。/そんなこと簡単にばれちまう。近所に聞けばいいんだからな」
「俺」はやっと気がつく。
 「茶色党のやつらが/最初のペット特別措置法を課してきやがったときから、/警戒すべきだったんだ」
  「いやだと言うべきだったんだ。/抵抗するべきだったんだ」。
 しかし「俺」は、まだ言い訳を探し続ける。
 「でもどうやって?/政府の動きはすばやかったし、/俺には仕事があるし/毎日やらなきゃならないこまごましたことも多い。/他の人たちだって、/ごたごたはごめんだから、/おとなしくしているんじゃないか?」
 そして朝、「俺」の家。
「だれかがドアをたたいている。こんな朝早くなんて初めてだ/・・・/陽はまだ昇っていない。/外は茶色。/そんなに強くたたくのはやめてくれ。/いま行くから」。

 このすべてが「茶色だけ」になってしまう物語が、本書である。出版されたフランスにおいて、「茶色」はナチスを連想させ、そこからさらに、全体主義、「極右」を連想させる色となっている。
「茶色」の状況に囲まれた、「俺」とシャルリーは、極力「事を荒立てぬよう」行動し、「茶色に守られた安心」を得る。しかしその後の展開は、・・・というところで物語は終わる。
 本書から、どのような教訓を汲み取るべきかについては、読者の視点に任せる以外にないが、本書の後半に、高橋哲哉による「やり過ごさないこと、考えつづけること」と題するメッセージを一つの手がかりとして読まれたい。
 本書に出てくる「俺」とシャルリーのような人々は、わが国にも、いたるところに存在している。かつて詩人・高良留美子は、次のような詩を書いた。

「 大きな手
大きな手が耳をそぎにくるとき/ほんとうは少しほっとするひとがいる
大きな手が鼻をそぎにくるとき/ほんとうは少しほっとするひとがいる
大きな手が首を絞めにくるとき/ほんとうは少しほっとするひとがいる
大きな手の手先になるとき/はじめてほんとうにほっとするひとがいる」

 憲法改定が日程に上っている現代のわが国で、本書は、権力に対する個人の姿勢を問う重要な課題を提起している。そして本書が、2002年の大統領選挙でシラク大統領と一騎打ちとなった、極右政党・国民戦線のルペン候補に対する大きな批判の力となったことも想起するべきであろう。(R)

 【出典】 アサート No.360 2007年11月17日

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【本の紹介】「素描・1960年代」(川上徹・大窪一志 同時代社 2007-03)

【本の紹介】「素描・1960年代」(川上徹・大窪一志 同時代社 2007-03)

 9年前、本紙上で書籍『査問』を紹介した。1972年日本共産党が民青同盟本部役員・県委員長などを「新日和見主義」として断罪し、数百人を処分した事件の当事者川上徹さんの著書であった。川上さんは、1991年に離党して、査問以後の経過を書かれたのである。 今年の7月、川上さんは『査問』が後編とすれば、前編にあたる「事件」に至る経過を中心に振り返る内容の著書を大窪一志氏と共著で出版された。それが『素描・1960年代』である。
 一読して、本書は60年代から70年代の青年学生運動の担い手になる「時代記」として、また、それを通じての運動総括への問題提起の書として、私は特別の書ではないかと感じた。一つには、立場は共産党・民青系であっても、60年代の時代精神である「革命への確信」を持つ世代が、60年代後半の「学園紛争期」を経て、その「自由の精神」故に弾圧されていく経過が綴られていることである。
 1964年の「民青全学連」再建後、新左翼、構革派などとの「競争」時代に入り、川上さんによれば、学生運動分野は、党勢拡大運動を除けば、学生対策部を中心に、党中央からの介入は少なかった。学生部分と民青の中では、自由な空気があったと言う。しかし、東大闘争の突然の党中央主導の方針変更に続いて、共産党の議席増など躍進が進む中、70年を前後して党中央は議会至上主義にのめり込み、党員に対して「教養を身に付けろ」、「服装は清潔に」など、選挙の票を減らさないために腐心し、「革命代行主義」を強めた。民青運動にも党に従属させるよう介入を行う。民主連合政府路線などの「議会主義」の跋扈に、川上氏らは違和感を感じていく。そしてこれに抗して、民青本部、県委員長を中心に大衆運動に軸足を置いた反論が組織されていくことになる。この動きを弾圧したものが「新日和見主義事件」であった。本書の中で川上氏は前回の『査問』では語られなかった「分派活動」の詳細についても触れておられる。
 二つには、60年代後半からの学生運動の「急進化」について、否定的・敵対的な対応ではなく、「ノンセクト・ラジカル」的な多数の学生をどう理解し、獲得しようとしたのか、という問題意識について語られて、60年代後半の青年学生運動全般の総括について貴重な問題提起が行われている事である。
 全共闘VS民青という構図が一般的には理解されている。バリケード派と反バリケード派とでも言おうか。大窪氏が関わった、1968年の医学部と文学部で学生処分に端を発した東大闘争では、すべての党派を巻き込んで「全学行動委員会」が結成され、機動隊の導入に対しても全学ストが闘われた。東大民青の左バネが自由に放たれたという。少なくとも、1968年11月の文学部長カンヅメ団交と党中央による介入までは。
 川上さんは述べている。「だが、運動は動いている。<敵>とわれわれだけが広い野原で対決しているのではない。そこには大衆が存在しているのであり、対決の帰趨を決定するのはその大衆をどちらが獲得するかなのだ。そこに大衆がいる限り、僕らは出かけていかなければならない。ましてや自主的で大衆的な<かたまり>が現にそこにあるとき、その中にひとりやふたりの(敵)が紛れ込んでいたところで、どうしてその<かたまり>全体を(敵)扱いできよう。そこから逃亡することなどもってのほかではないか。
 「トロ」とその影響下の学生(ノンセクトラジカル〉を区別せよ。後者をわれわれの陣営に引きつけよ。そのためには彼らの声を開け。よーく聞いて彼らと行動方針を一緒に決めよう!。こうした考え方に、一部からは「それは危険な考えだ」という声もあった。急進化した学生たちの声を聞いているうちにそっちに引きずられるから、というのがその理由だった。実際、新日和見主義事件のあと、共産党は一連のキャンペーンの中で、「この人たち」(僕らのことを指して)は、結局のところ「トロツキストたちの思想的影響」を深く受けることになったのだ、と。」
 大窪氏は1966年に東大入学。川上さんとは6つ年下だ。彼によると、1967年入学の学生の雰囲気は明らかに変化していたという。それまでの学生運動参加者の特質でもある「倫理意識」は薄らぎ、ベトナム戦争に加担する日本に不満を感じ、贖罪意識と行き場のない不満を根底にもつ世代。彼らは、戦後生まれであり、高度成長期に少年少女時代を過ごした、後付すれば「団塊の世代」であった。
 「そして、ヴェトナム戦争を考えることを契機にしてかきたてられた世界に対する罪責意識が、ヴェトナム戦争に実質的に荷担しながら、それに頬かぶりして平和を唱え経済成長を追い求める日本社会の集団エゴイズムに対する反撥を呼び起こしたのだ。僕は、この点こそが六〇年代後半の学生運動のエートスの原点だったと思う。「ヴェトナム」こそが僕らをそうした原点に立たせたのだ。」
 さらに、自己否定にまで行き着いた全共闘は「安田講堂決戦」のように、行動それ自体が目的となり、一方に武装路線の赤軍派の自己破産、一方に「企業戦士」として、運動それ自体から「身を引く」一般学生という2極を生み出していった。
 三つには、「新日和見主義」で処分された部分は、実は立場は違え、大衆運動の先頭に立ち、現場から運動を創ってきた部分であり、これらを切り捨てた共産党に残ったのは、議席増のための赤旗拡大、中央に従うだけの「優良党員」だけとなった。民青も67年には、20万人を組織したというが、「新日和見主義事件」の後は、停滞の坂を下ることになった。
 東大闘争の方針転換を、党中央直轄の部隊を投入して乗り切った宮本共産党だったが、それは組織内で「党不信」の種を蒔く事になった。72年の「弾圧」まで、彼らがどのように考え、行動したのか、『査問』の前史が語られているのである。
 「ところが、これからいよいよ正念場という11月に大転換がやってきた。まさに『やってきた』のである。
 11月初め、文学部秘密教授会を察知した文学部の日共=民青系学生が会場に乱入、教授会に対して追及を始めた。これに革マル系学生が便乗、「無期限カンヅメ団交」が始まった。マスコミはこれを非人道的なつるしあげあるいは「人質」作戦であるかのように書き立てたが、実態はそんなものではなかった。・・・・
 そんな団交が数日つづく中、突然、文学部の共産党員に、有無をいわせぬ「撤退命令」が伝えられ、翌朝の『赤旗』に党中央青年学生対策部副部長・土屋善夫名の「声明」が出て、僕らにはなんの事前連絡もなしに、東大闘争のありかたを非難し、方針転換を示唆した。
 なんなんだ、これは!?といっているうちに、11月16日、いきなり、「東大民主化行動委員会」なる聞いたこともない団体から活版刷りのビラが出た。・・・・いったい、いつ、どこで、こんな政策と組織が論議され、決定されたんだ!?東大闘争勝利行動委員会は、解散させられた。東大闘争の初期から東大に常駐して指導をしてきた共産党都委員会青学対部Kさんが解任された。」
 一方、民青本部にいた川上さんは、宮本指導による方針転換を学生にオルグする立場で動くことになる。本書では、党本部において宮本が主導する方針転換を党ぐるみで強要する過程が詳細に記されている。
 69年から70年にかけて、全学連再建当時の三役全員など10名程の研究グループが秘密裡に動き出した。そして、71年12月共産党は六中総を開催し「民青同盟に対する指導と援助について」という決議を採択する。共産党に従属する民青となるよう指導を強化する内容だった。しかし、川上さんらには「・・・六〇年代末から七〇年代初頭に至る青年学生連動の経験総括は、ここにはまるで反映されてはいなかった。代わりに「学習」「教養」「文化・スポーツ」が青年同盟に相応しい活動として奨励されていた。共産党版の「期待される民青像」がここに凝縮されていた。」と感じたという。
 さらに、民青の年齢資格を25歳とし、幹部も30歳以下とするという「年齢条項」は、内部提案として含まれていた、「『六中総決議』は民青活動家とくに都道府県委員長をはじめとする機関幹部には衝撃をもって受けとめられた。その多くが三〇歳以上だったからだ。」
 延期された民青大会での「六中総決議」の方針化の過程で、先の研究グループの輪は極秘の内に民青会館常駐者、県委員長などに広げられる。
 そして、72年5月、民青大会を前にした、運動方針と年齢条項論議において、川上さんらは党中央の方針に反対を組織し、決定すらできない情況を生みだすことになる。この直後、『査問』の網が打たれることになった。
 川上さんによれば、「シンヒヨ」は、秘密グループである必要はなかった。民青三役を除いた中央常駐者、各県委員長など総体が、党方針に反対で結集したのだという。それにより、幹部としての立場を失う確実な予感はあったが、党革新のためならば、「捨石」となる覚悟があったようだ。四半世紀におよぶ沈黙も頷けるのである。

 読み終えて見て共感を覚える記述が多い。60年代民青と新左翼・構革派との分岐が鮮明になって以降、党の直接指導は低下し、運動指導では、大衆的青年同盟としての「一定の独自性」が保たれ、運動は飛躍的に伸びた。しかし、それが党の許容を超えた時、弾圧が開始された。それが「新日和見主義事件」の本質だった。60年代の青年学生運動を語るに際して、貴重な書と言えるだろう。(佐野秀夫)

追記:本書の訳注には、民学同40年を考えるHPの中で紹介している「青年学生運動革新会議」の文書も、URL(P408)で紹介されている。

 【出典】 アサート No.360 2007年11月17日

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<<「クリンチ内閣」>>
 安倍政権の前代未聞ともいえる政権放り出しを冷ややか、かつほくそえみながら眺めていた福田康夫氏のとりあえずの急造・ありあわせ内閣がドタバタ騒ぎの中で登場した。この内閣は、「ダラダラ小泉路線継続内閣」、あるいは「クリンチ内閣」、はたまた「安倍康夫内閣」、「ヤケッパチの開き直り内閣」などと形容されているが、いずれもその本質の一端を浮かび上がらせているといえよう。ほころびや格差の拡大に言及しながらも、そうした事態をもたらした弱肉強食の市場原理主義を推し進める「改革の継続」にあくまでもこだわり、「戦後レジームからの脱却」路線は表面上は引っ込めたものの、その路線に邁進してきた閣僚をほとんどそのまま引き継ぎ、「こちらはひたすら低姿勢。理解をたまわること」などといって、ただただ野党に抱きつき、自らの弱さをカバーし、クリンチして体力消耗を防ぎ、相手の弱みを引き出そうとする、政権交代回避を最大の目的とした過渡期の内閣といえよう。これまでさんざん数の横暴で最低限の民主主義的な議論さえ無視して、無謀な強行採決を繰り返してきた与党連合が、参院で過半数を失うや、とってつけたように「話し合い」、「協議」などとその「低姿勢」ぶりを強調しているが、それはそうせざるをえないところまで追い詰められた彼らの不本意のやむを得ざる選択以外の何のものでもない。
 さらに福田首相自身が相当に悪質なのは、自身の政治団体で領収書の改ざんが見つかり、それが少なくとも100枚以上に達することが分かった際に、「枚数はね。ずいぶんありますよ。毎年そうやって、誰からも文句を言われなかった。改ざんではなく正しく直したということ」と平然として居直り、あとはムニャムニャと論旨不明の言葉を発して逃げる、その手法である。自身の政治団体への公共事業受注企業からの違法献金問題でも同様である。これでは政治資金問題について、その領収書の公開基準などについて論じる資格などそもそも持ち合わせていないことを自ら暴露したようなものである。一政治家としてのみならず一国の首相として、政治資金の使途について問われている問題の本質をまるで理解もしていず、危機感すら持っていないという鈍感さの、その程度の低さである。施政方針演説に対する答弁でもこの手法で、都合の悪いことはすべてはぐらかし、論旨不明のムニャムニャ、つかみどころのない答弁で逃げ切る、一方で「低姿勢」「話し合い」といいながら、これでは何の本質的な協議や話し合いも進まないの当然といえよう。福田内閣の悪質さは、それらの責任をすべて野党側に押し付けようとしていることである。

<<世論調査の逆転>>
 それでも世論の動向は、メディアの誘導とも符合して一種浮付いたものでもある。読売新聞10/10付けの世論調査では、福田内閣の支持率は59.1%と、不支持率26.7%を大きく上回り、1978年発足の大平正芳内閣以降の発足直後の支持率調査では「4番目の高さ」だという。それは焦眉の争点となっているインド洋での海上自衛隊の給油活動継続の賛否についても現れており、給油活動継続について「賛成」49%、「反対」37%と、安倍辞任直前の9月8、9日に行った同紙の世論調査では、「賛成」29%、「反対」39%であったのが、完全に賛否逆転しているのである。
 こうした事態に気を良くしたのか、自民党内では年内解散説が飛び交い、テロ特措法で混乱直後の11月16日解散、12月4日公示、16日選挙という具体的日程まで取りざたされているという。
 問題は野党の、とりわけ民主党の対応である。
 当初民主党の小沢代表は、「アフガニスタンの戦争はブッシュ米大統領が『米国の戦争だ』と言って、国際社会の合意なしに米国独自で始めた。日本の直接の平和、安全と関係ない区域に米国や他の国と部隊を派遣して、共同の作戦をすることはできない」「米国を中心とした作戦は直接、国連安保理で認められていないという認識だ」(8/8、シーファー駐日米大使との会談での発言)としてテロ特措法延長に反対する態度を表明していた。ここまでは「国際社会の合意」、国連決議がない以上、テロ特措法延長には賛成できないという態度であった。
 ところが、10月2日の記者会見ではさらに進んで「基本的に(給油は)憲法上許されないという考え方だ」「憲法上許されないという原則については、協議のしようがない」と語り、テロ特措法延長には妥協しないし、与党との協議もしようがないという考えを明らかにした。これは国連決議があろうがなかろうが、テロ特措法による海上給油は、給油活動を通じて米国の戦争に協力するものであり、それは憲法9条に違反するものであり、許されない、という態度を表明したものである。反対の論拠が以前よりもさらに本質的なところで組み立て直されたと見るべきであろう。当然のことではあるが民主党の党内情勢からすれば、大いなる前進であろう。いつまでこれを堅持できるかは疑問でもあるが、政府与党にとってはこれは衝撃であり、町村官房長官は、「(憲法違反などという小沢発言は)まったく理解できない」と気色ばむ事態となった。

<<攻守逆転>>
 ところがその後の事態は、疑問が危惧となって現れることとなった。
 小沢氏は、月刊誌「世界」(岩波書店)11月号で、「米国は自分自身の孤立主義と過度の自負心が常に、国連はじめ国際社会の調和を乱していることに気づいていない」と指摘し、インド洋上での給油活動については「国連活動でもない米軍等の活動に対する後方支援」であり、「(憲法が禁じる)集団的自衛権の行使をほぼ無制限に認めない限り、日本が支援できるはずがない」とテロ特措法反対の姿勢を改めて明らかにしているが、その一方で、国際社会への日本の対応について「平和維持への責任をシェアする覚悟が必要」と強調し、「国連の活動に積極的に参加することは、たとえ結果的に武力の行使を含むものであってもむしろ憲法の理念に合致する」とし、「私が政権を取って外交・安保政策を決定する立場になれば、ISAF(国際治安支援部隊)への参加を実現したい」と述べている。
 これでは明らかな武力行使容認論である。小沢氏は同誌論文の最後で、「貧困を克服し、生活を安定させることがテロとの戦いの最も有効な方法だ。銃剣をもって人を治めることはできない。それが歴史の教訓であり、戦争の果てにたどり着いた人類の知恵だ」と述べてはいるが、武力行使容認論と明らかに矛盾するものである。
 政府・与党は早速この問題を取り上げ、高村外相は10/7の民放テレビ番組で、民主党の小沢代表が国連決議に基づくアフガニスタンの国際治安支援部隊(ISAF)への自衛隊参加は可能との見解を示していることについて「陸上でのアフガニスタンはすべて戦闘地域みたいなもの。憲法解釈上難しいのではないか」と指摘し、さらに石破防衛相も「国連が決めたら突如として日本の主権が消えて憲法9条に反しないという理論が本当に党内で賛同されているのか」と批判し始めた。 まさに憲法9条をめぐる攻守逆転である。
 テロ特措法をめぐるこのような政治的対決の時期に、まったく矛盾した不用意な論理を展開することは民主党にとって何の利益ももたらないばかりか、混乱をしかもたらさないであろう。憲法第9条はそもそも、「国権の発動たる戦争」だけでなく、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と明確に規定しているのである。そして憲法9条の輝きはここにこそあるといえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.359 2007年10月20日

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【投稿】朝鮮半島和平の行方  

【投稿】朝鮮半島和平の行方  

<激変した朝鮮半島情勢>
 10月2日~4日、平壌で開かれた第2回南北首脳会談は、韓国の盧武鉉大統領と北朝鮮の金正日総書記が、会談の成果を盛り込んだ共同宣言=「南北関係発展と平和繁栄に向けた宣言」に署名し終了した。
 宣言では両国が経済、政治分野などで両国間の往来、交流を推進するとともに朝鮮半島の非核化、休戦状態にある朝鮮戦争を終結させ、恒久的和平の実現に向け、全力を傾注することが明らかにされている。
 今回の首脳会談は、今年2月の核問題に関する6カ国協議での合意以降、米朝協議の進展から、安倍政権の崩壊へと劇的に変化した情勢のなかで開催された。日米はこれまで朝鮮半島における民族主導の和平に対して、干渉をして来たが、政策転換と政権交代により韓国、北朝鮮はほぼフリーハンドで会談に臨むこととなった。
 朝鮮戦争から冷戦時代においては、米ソのくびきのなかで翻弄されつつ、時にはそれを自らの独裁政権の正当化に利用してきた、南北両国であるが、冷戦崩壊後、民主化を達成した韓国と、金日成亡き後の北朝鮮は、新たな環境のもとでの存立を模索してきたといえる。
 それが2000年の第1回首脳会談として、具現化したものの、翌年の9,11テロによるブッシュ政権の対テロ戦争=「悪の枢軸」発言=イラク侵攻という緊張激化策のもと、和平進展は停滞した。
 さらに、北朝鮮の核武装計画の推進、とりわけ昨年10月の「核実験」により緊張は高まったが、今年に入っての急激な局面変化により首脳会談開催の環境は再び整ったのである。
 ただ、首脳会談の切望度については、大統領選挙を控える盧大統領側がより大きく、本来なら金総書記がソウルを訪問するのが筋であるにもかかわらず、訪朝するなど、大幅な譲歩をしたのは事実である。

<朝鮮戦争終結、非核化へ>
 共同宣言では、朝鮮戦争について「南北は現在の休戦状態を終結させ、恒久的和平を構築するという共通認識」のもと、終結宣言に向け「3~4か国による会合を開催」すると述べている。
 これに関し、中国政府は劉建超外務相報道局長が記者会見で「中国は停戦協定の重要な締結国である。朝鮮半島、北東アジア地域の平和メカニズムの問題で、重要で建設的な役割を果たす」とのべ、積極的な姿勢を示している。
 アメリカとしても、先にヒル国務次官補が「朝鮮戦争の休戦協定に代わる朝鮮半島の恒久的和平体制を目指す機構の創設」を提案しており、ブッシュ大統領も盧大統領との電話会談で「4カ国会談」に賛意を示したという。
また、共同宣言を踏まえ、11月には南北国防相会談も予定され、軍事境界線付近における緊張緩和、衝突防止策が具体化されていくこととなっており、朝鮮戦争は実態的にも国際法規上も終結へ向かうこととなる。
 こうした動きと連動し、6カ国協議の進展も加速化している。アメリカ政府はニューヨークで、北朝鮮と実務者レベルの協議を行い、金融問題やテロ支援国家の指定解除など、米朝間の問題をテーマ別に議論する分科会の設置について検討した。
一方、宋旻淳韓国外交通商部長官は10月8日、朝鮮半島終戦宣言に向けた4カ国首脳会談を、北朝鮮核施設の無能力化を前提に推進することを明らかにした。 宋長官は「非核化と平和体制は両輪の輪のように並んで進行する」との認識を示した。
こうした流れから、来年初めまでには、韓、朝、米、中の4カ国会談が実現する可能性が大きい。年内に「無能力化」が達成できれば、連続して「朝鮮戦争終結」「テロ支援国家指定解除」に進むことが考えられる
 さらに、北朝鮮の核施設「無能力化」に向け、平壌入りしたアメリカの専門家チームは、年内の「無能力化」実現のため、具体的な計画策定を進めている。

<政策転換せまられる日本政府>
 このような環境変化に日本政府は対応できていない。小泉―安倍政権下であまりに硬直した北朝鮮政策の転換は容易ではないだろう。福田政権は北朝鮮への経済制裁延長を決定した。ミャンマー軍政への制裁に関し「中国、ロシアが不参加では実効がない」と消極的なのに比べると、明らかなダブルスタンダードである。
 しかし、日本政府もいずれは軌道修正を余儀なくされるだろう。福田首相は記者団の質問に対し、在任中の訪朝―日朝首脳会談の可能性に言及した。タイミングとしては6カ国、4カ国会談の日程をにらみながら、解散総選挙への影響を考慮し進められるだろう。福田政権としては、小泉政権のように拉致被害者帰国を最大限利用したいところであろう。ところが先の首脳会談で金総書記は盧大統領に対して「拉致日本人はもういない」と言い放ったという。政府はこの発言に対し、無視を決め込んでいるが、今後「進展」があったとしても「遺品の返還」くらいが関の山ではないか。
 拉致問題を日朝交渉の機軸にする限り事態は動かないのは明白である。朝鮮半島の非核化、東アジアの緊張緩和に日本がどう関わるかが問われているのであり、国会での論議の深化、総選挙での争点化が望まれる。(大阪O)

 【出典】 アサート No.359 2007年10月20日

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【投稿】「成長を実感に」とは資本の『反革命』である

【投稿】「成長を実感に」とは資本の『反革命』である
                           福井  杉本達也

1.「生活第一」か「成長の実感」か
先の7月の参院選では民主党の掲げた「生活第一」か、自民党の掲げた「成長の実感」かが争われたが、どうも「いざなぎ景気を超える」といわれるにもかかわらず「実感のない成長」が嫌われたようである。
政府は景気の回復基調は崩れていないと強調していたが、9月10日発表した2007年4―6月期の国内総生産(GDP)改定値は物価変動の影響を除いた実質で前期比0.3%減、年率換算で1.2%減と3四半期ぶりのマイナス成長となった。改定値に反映する統計で設備投資が振るわず、8月の速報より前期比は0.4ポイント、年率では1.7ポイント下方修正された(日経:07.9.11)。この間、石油、鉄鉱石、非鉄金属、穀物など輸入原材料の価格が高くなっている。中国やインドをはじめ発展途上国の経済発展による一次産品の需要増もあるが、世界的な金余りによる投機マネーの流入が大きい。しかし、日本のGDP統計を見るかぎり、輸入品の価格が上昇しているのに、GDPのデフレータはほとんどゼロ(マイナス0.2%)である。これは輸入原材料費の高騰を日本国内のどこかで吸収しているからである。つまり、輸入原材料費の値上げの皺寄せを労働者・中小企業が被っているからである。合理化されたのは人件費と下請業者である。労働分配率は低下を続けている。また下請の中小企業は選別発注で納入価格が下落を続けている。

2.大幅に低下した労働分配率
 「法人企業統計」の2001年と2005年を比較すると、労働分配率は63.5%から60.0%へと低下している。さらに細かく見ると、資本金10億円以上の企業では、従業員給与と福利厚生費は4兆円減って、労働分配率は2001年の62.9%から実に53.8%へと大幅に低下しているのである。
経済がどん底だった1997年と比較すると、2006年度は全産業の経常利益は54兆円と倍増したが、雇用者の報酬は6%減となり、残業時間は15%も増えている(日経:07.10.1)。2006年度の「損益分岐点比率」は76.35%と前年比で1.46ポイント低下し5年連続で低下し続けている。損益分岐点が低下するというのは、売上高が伸びるにもかかわらず人件費が多くを占める固定費部分が低下することである(日経:07.9.8)。
 国税庁の「平成18年度民間給与実態統計調査」によると、民間企業の給与は2000年から9年に亘って下がり続けており、06年は平均で434万円、非正規社員の増加により300万円以下の層は38.8%と増え続けている。特に女性の中央値は200万円以下~100万円超であり472万人、100万円未満が287万人となっており、男性の200万円以下の層をあわせると、1千万人を超え、実に4人に1人が200万円以下の所得層となっている。「各種の経済統計が示す景気回復の影響が給与には及んでいない」のである(日経:07.9.29)。
 さらに、定率減税の廃止などの増税・社会保険料の引き上げなどによって、家計の可処分所得は2000年度の298兆円から2005年度の283兆円へ15兆円も減っている。給与実態調査によると、給与天引きされる所得税は9兆9千億円で、05年度より10.4%も増加している。
 
3.大企業の株主配当・役員報酬は大盤振る舞い
 前記の「法人企業統計」では、資本金10億円以上の企業では、従業員給与は減っているのに、役員給与・賞与と株主配当の合計は逆に6.2兆円も増えている。労働分配率の低下に反比例して資本への分配金は9.4%から25.6%への大幅な増加となっている。一方、1億円未満の中小企業の場合の労働分配率は同期間に62.3%から61.9%へと若干低下しているものの、役員給与・株主配当の資本への分配金も20.7%から18.5%へと低下している。つまり、大企業は派遣労働者や偽装請負、パート労働者等で人件費を大幅に切り下げるとともに、中小企業に対しては発注単価を徹底的に絞っており、中小企業の業績も悪くなっているのである。
 統計上からは経済が成長しない状態で、所得格差だけが大きくなったことが分る。この傾向は2006年、今年と年を追うごとに拡大する傾向にあり。上場企業は株主配当と自社株買いにより今年4-9月期の中間配当を5兆5200億円も行っている(日経:07.9.24)。
 日本企業は人件費の節約分を製品価格の引き下げによってグローバル競争に勝ち抜こうといいながら、「実際には、人件費の下落を上回る分が、まるまる企業のもうけになっていたのだ。」(nikkeiBP:07.9.10 「節約した人件費の向かった先」 森永卓郎)。さらに詳しく業種別に分析するならば、この間の円安により外国人による日本株取得が大幅に増えているが、「外国人持ち株比率が30%を超える輸送用機械(自動車を含む)の04ー06年の実質賃金は、労働生産性の伸び率に比べ3・4%低い…精密機器や電気機械でも同様に賃金の伸びが低めに抑えられている…外国人株主は利益を株主配当に優先的に回すべきだとの要求も強い。一方、外国人持ち株比率が15%未満の建設や電気・ガスといった『内需型』の業種では、生産性の伸びに比べた賃金が高めになっている。」(日経:07.5.25)。何のことはない。日本の労働者の賃下げ分が欧米資本によって海外に持ち去られているのである。グローバル化とは労働者の賃金原資を欧米金融資本に提供することである。

4.このままでは国民皆保険制度は崩壊し、地域社会も破綻する
 森永卓郎氏によると、非正社員の平均年収は厚生労働省の「『就業形態の多様化に関する実態調査』に中央値を与えて年収を推計すると、120万円程度しかない…特殊技能を持った派遣社員や定年を過ぎた嘱託社員…を除いた一般のパートやアルバイトは、100万円ちょっとの年収で暮らしている人が大半なのだ。こうした年収100万円台の非正社員を放置した場合、将来何が起きるかを考えてみれば分かるだろう。…年収100万円台の人たちの大半は年金を払っていない。このまま放置して、年金制度が崩壊したらどうなるか。彼らの生活保証はすべて生活保護が受け持つことになり、莫大な税金が必要となってしまう。(nikkeiBP・07.10.5:「『年収100万円台の非正社員』を放置していいのか」:森永卓郎)と指摘している。年収120万円では、国民年金保険料の169,200円の支払いはもちろんのこと、国民健康保険料の3万数千円さえも支払うことも難しい。福井県内の某自治体の消防署は市内で発生した急患の無保険者を毎回密かに30キロも離れた中心都市の大病院に救急車で搬送している。医療費を負担したくないからである。無保険者のたらい回しが横行している。
 NHKの10月6日放映のニュースは、「昨年度、生活保護を受けた世帯は107万5000余りと過去最多を更新し、受給者の数も、およそ40年ぶりに150万人を超えました。世帯の内訳では、65歳以上のお年寄りだけの世帯が全体の44%を占めています。」と報道している。
 慶應大学の権丈善一氏は厚生年金適用除外規定に対して「見方を変えれば、パート労働をかかえる企業への租税支出(tax expenditure)――本来支払わなければならない税金を、租税特別措置法によって減免するという形で支払われる補助金――の一種とみなすことができる。( 権丈善一(2006)『再分配政策の政治経済学』)と指摘している。さらに、“補助金”で儲かった利益を法人税で取られないようにと、さらなる法人税率の切り下げを要求する厚かましさである(日経:07.10.3 政府税調議論)。今回、パート労働者への厚生年金・政府管掌健康保険等への加入問題は参議院選のどさくさで無期限延長となってしまったが、労働者の1/4が加入しなければ、国民皆保険制度は崩壊する。生活保護・医療をはじめ、労働者の生活崩壊を何とか地域で食い止めようと努力する自治体も破産する。

5.米国に従属する財政・金融・為替政策をやめ、内需主導の経済の構築を
 日経の「大機小機」というコラムは「グローバル企業が、十分に低下した労働分配率を引き上げれば、景色は違ってくるはずだ。政府は税・財政で民間から資金を吸収し、日銀は超低金利で家計から企業へ所得移転を促す。金利を求める海外への資本流出が招く過度の円安で交易条件が悪化し、企業の賃金切り詰めで国民の購買力を奪った。」とし、「為替と連動する金利の正常化は企業のコストに跳ね返るが、家計の金融所得を増やす。個人消費が拡大すれば、内需依存の中小企業・非製造業を潤す効果を期待できる…内需拡大で世界への貢献を求められる場面がくる。外圧に渋々従うのではなく、財政・税制・金融・為替政策を転換し、家計中心の内需主導経済の見果てぬ夢に再挑戦する時だ。」(日経:「大機小機」07.9.11)と参議院選挙の結果を短い文章の中でうまく論評している。グローバル化という名の下に今、日本は米国型の無保険社会に向かってまっしぐらに進んでいる。このまま制度崩壊が進めば、後戻りのできない所得の再分配機能の麻痺した「弱肉強食」型の世界が出現してしまう。日本資本と欧米金融資本による「反革命」を何としても阻止しなければならない。

 【出典】 アサート No.359 2007年10月20日

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【本の紹介】「日本人だけが知らないアメリカ『世界支配』の終わり」

【本の紹介】「日本人だけが知らないアメリカ『世界支配』の終わり」
         (カレル・ヴァン・ウォルフレン 徳間書店 2007年7月) 
 
 小泉・安倍内閣に続く福田内閣も「テロ特措法」の成立をめざすなど、アメリカ追随の外交姿勢は一貫している。世界の平和と安全保障はアメリカと歩調をあわせるという選択しかないというメッセージを繰り返している。
 しかし、アメリカの「支配」は、軍事・外交・経済・南北問題・環境問題など、いずれにおいても、揺らぎ始めており、福田自公政権の選択はもはや有効性を持っていないと思われる。
 本書は、軍事・外交他それぞれの分野における「アメリカの世界支配」という虚構を暴きだしている。日本の方向を議論するには、この虚構から別れを告げることが必要であろう。
 
<つくられた物語>
 2001年9月11日ニューヨーク・マンハッタンで起きた同時テロ以降、「世界は劇的な変化をはじめた。」ブッシュと取り巻き達は、なぜ事件が起きたかを説明しようとして、「ある物語」を描いた。いわく「犯人達は、アメリカ人を憎んだ、それはアメリカが民主主義国家であり、その価値観故に憎まれた」「テロは恒常的に存在する脅威であり、アメリカはそのような脅威から自分達を防衛しなければならない」「イスラム主義が世界に脅威を与えている」などなど。
 さらに、幻想を生み出したのは、冷戦終結後の世界に「文明の衝突」が起こると「予言」したサミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』であり、ソ連崩壊後に共産主義と資本主義・自由経済主義とのイデオロギー対決は終焉したとしたフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』であった。
 まさに物語は作られる。彼らの行動を正当化するためである。「アラブ世界を民主化する必要性」に行き着いた物語は、イラク戦争を引き起こすのである。
 
<アメリカの覇権は終わった>
 「われわれが聞かされてきた物語の中で最も規模が大きく最も強力であったはずのものが虚構となってしまった。アメリカはもはや世界の覇権国ではない。」
 著者によれば、「覇権というのは軍事力だけでは成り立たない。それは強力な国家の存在を受け入れることから発生する恩恵をこうむっていると理解している国々からの、集団的な尊敬の念に依存している」からである。少なくとも冷戦終結までは、資本主義陣営の国々は、アメリカの行動に信頼を寄せた時期があった。アメリカが戦争に勝利した国に対しても植民地の扱いをしなかった、かつて宗主国イギリスに対する独立戦争の歴史も持っているからであった。
 しかし、現在はどうであろうか。NATO諸国との同盟関係は荒廃し、イラク・アフガンへの軍隊派遣もアメリカの利益のためにすぎないと考えられている。アジアでも、マレーシア・タイはアメリカに背をむけ、フィリピンも米軍基地を必要としなくなった。ラテンアメリカでは、反米左派政権が、アメリカの搾取にこぞって反旗を翻している。
 「ブッシュ政権が登場してからというもの、アメリカは外交努力を放棄し、他の国々との間の相互利益についても語ることがなくなった。」そして「「なぜアメリカはこれまで長期にわたり遵守してきた、世界秩序を守るために、先制攻撃をしないという政治原則を自ら違反してしまったのか?・・・ここにある問題は、盲目的な国家、中東に武力によって民主主義をもたらすという、まったく不可能な虚構を実現しようとする政権の狂気とでも称するべきものがある」と。
 
<巨大な軍事力がさらけだす脆弱さ>
 確かにアメリカの軍事力は世界最強であろう。「ブッシュ政権のもともとの構想は、『フル・スペクトラム・ドミナンス』と呼ばれる、陸上や地下、海上、海中、空中や宇宙を含めた全方位における軍事的優位性を達成することだった。」しかし、圧倒的軍事力が威嚇となり、アメリカのやり方に同意できないものは、自分達に敵対しているとみなすという姿勢をとり続ける限り、それはパワーとは言えないのではないか。
 「今のアメリカは、脅しと賄賂によってでなければ他国の協力を得ることができない。そしてアメリカがこのような事態を迎えた原因の大半は、パワーの実体を正しく認識できないことにあるのだ。」
 
<テロリズムは脅威ではない>
 「これまでに世界でわれわれが耳にしてきた物語の中で、決定的に恐ろしいほどに現実とかけはなれているのが、テロに対する戦争である。・・・だがいかなる角度から見ても、テロに対して闘うことなど、現実の世界では不可能である。」
 なぜなら、「テロは、通常の政治的プロセスによっては達成しえない政治的な目的を実現する方法であ」り、テロは犯罪に似ている。「いまだかつて、どんな独裁的な政府であっても、あらゆる犯罪をなくすことはできない。」と。
 「ならずもの国家という概念は、アメリカ国防総省と、軍産複合体が広めたものである。そして軍産複合体はアメリカの国防予算が一定のレベルを保たないと自らを維持できないため、予算を獲得する口実となる敵を常に必要としている。ソ連が消滅した後、彼らは新しい敵がソ連の地位にとって代わることを求め、その結果として考え出されたのがならずもの国家という実体のない存在なのだ。」
 さらに、テロに共通なのは、「自分達の領土と信じている地域が不当に占領されていることを不服として闘っているという事実である。イラクしかりチェチェンしかりである。「このように、テロリズムの目的はそれぞれの地域に根ざしたものなのであって、地球規模のテロなどという図式がいかに現実とかけはなれているかはおのずと明らか」なのである。
 
<経済格差を広げたグローバリゼイション>
 1990年代、世界の富裕国と貧困国の格差を是正するとしてグローバリゼイションが提唱された。しかし、現実には「当初約束されていた、社会正義と社会の公平をもたらすような経済発展は実現しなかった。それどころかグローバリゼイションはあらゆる地域で持てるものと持たざるものの格差を拡大した」のである。
 「・・・ところがグローバリゼイションが意図していたのは、国内企業と同じ権利を与えることで、アメリカやヨーロッパ、そして日本企業が、開発途上国において活発な経済活動を展開できるよう世界を変えよ、ということだった」のだ。
 その現実を前にして、開発途上国がグローバリゼイションに反旗を翻し始めた。2003年のWTO第5回閣僚会議では、インド・ブラジル・中国が富裕国が国際貿易分野で決定したことには従わないと宣言、そしてドーハ・ラウンドも2006年7月に一時凍結となった。「WTOのもともとのルールが富裕国に有利なことに業を煮やし、貧しい国々は今度は自分達を利する貿易交渉で勝利を得ようとした」のである。
 「自由貿易という原理主義、グローバリゼイションや民営化、政府サービスの削減といった世界銀行やIMFによって押し付けられてきたプログラムに異議申し立てする勢力としてラテンアメリカ諸国が台頭しつつある。」
 著者は、まさにグローバリゼイションの失敗例がイラクだという。イラクでは、フセイン打倒後、国営企業は解体されたり、縮小された。国営企業は、破壊されたインフラ修復から排除された。(建設事業は、アメリカのハリバートン社が独占した。)地元の企業に対する保護措置が撤廃されて、またたくまに多国籍企業が市場に参入し、独占した。これにより地元企業は衰退する。国営企業と地元民間企業の衰退は、国民所得の激減・失業者の増大を招き、治安の悪化、略奪が常態化してしまった。そしてイラク国民の購買力が低下したと見るや、多国籍企業はイラクから撤退してしまう。
 イラクの混乱は、単に宗教や部族の対立が原因ではない。「このようにネオリベラル的手法こそ、イラク社会の崩壊を招いた最大の要因なのである。」
 
<地殻変動をおこす地球経済>
 経済分野において、「アメリカが世界経済の現実を決定づける」という仮定もまた、根拠がなくなっているという。「世界経済の実態というのは、見る者にショックを与える。アメリカはもはや中心にはなく、ヨーロッパや東アジア経済に対する影響力も衰えている。EUも東アジア地域も自力で資金調達をすることができる。これらの地域は自立しており、世界レベルの技術を獲得し、・・・アメリカがいまなお支配的であるという見方にも関わらず、現実にはアメリカが独占してきた世界貿易と金融フローを受け継ぎ、世界経済における需要なセンターとなった。」
 アメリカは債務を増やし続け、東アジアとヨーロッパは債権国の地位にある。そして、アジアからの資金供給がなければアメリカ経済は崩壊すると著者は言う。ロシアも天然ガスをヨーロッパに提供して経済を維持発展させている。
 ラテンアメリカ諸国も、選挙を通じて左派政権が相次ぎ誕生し、ネオリベラル的な経済手法からの転換が進められている。
 
<対米を離れてアジアと世界を見る重要性>
 このように著者は、題名にあるとおり「アメリカの世界支配の終焉」という歴史的過程を本書において描き出している。その要因は、ネオリベラル的経済手法の誤りであり、ブッシュ・ネオリベラリストによる「力による世界支配」の失敗と言えるだろう。
 著者も最終章において、危うい日本の現状について書いているのだが、日本ではいまだ「アメリカの世界支配」を好意的に受け止める保守勢力が優勢である。しかし、アジアとの共生を戦略に掲げ、新しいアジアの枠組みを担いうる日本、アジアの平和と安全保障を推進する日本となるような社会・経済政策を推進することが求められているのではないだろうか。それを考える上で本書は大変参考になると思われる。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.359 2007年10月20日

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【コラム】ひとりごと—異常気象という「不都合な」現実—-

【コラム】ひとりごと—異常気象という「不都合な」現実—-

○今年の夏は、まさに異常気象だった。7月はそれ程暑くはなかったが、8月から9月にかけては、猛暑日・熱帯夜の連続だった。日本における最高気温も更新された。○急に秋の訪れを感じたのは、つい1週間前のことだ。○熱中症で倒れる人が相次いで、死者まで出た。まさに「地球の温暖化」の現実を、すべての日本人が実感したのではないだろうか。○アル・ゴアの「不都合な真実」によると、「今、私達が直面している問題とは、人間が膨大な量の二酸化炭素やその他の温室効果ガスを排出していることから、この大気の薄い層がだんだん厚くなっていることだ。大気の層は厚くなるにつれ、本来ならば大気へ抜けて宇宙に出ていくはずの赤外線放射の多くを逃がさなくなる。その結果、地球の大気や海水の温度は、危険なほどに上昇しつつあるのだ。これが気候の危機なのだ。」○温暖化による気候の変動により、世界各地の氷河の融解し消滅しつつあるのは象徴的な現象だろう。○氷河が消えれば、世界の水(飲料水)の不足は深刻な事態となる。○さらに、北極や南極大陸が痩せ細りはじめたことも報告されている。海水面の上昇も今後確実だろう。○このように地球の温暖化に警鐘を鳴らし続けてきたアル・ゴアと科学者達に今年のノーベル平和賞が贈られることが決まったことは、喜ばしい事であると同時に、事態の深刻さを我々は認識する必要がある。○今年は日本だけではなく、南北アメリカ大陸、アジア全域、オーストラリアでも異常な高温が記録されている。○大気の不安定による局地的な豪雨も観測されたし、海水温の上昇による台風の大型化も進んでいる。○気候の変動による異常気象は、今後次々と起こるであろう。一連の異常気象を地球の温暖化と関連付けて認識していれば、地球市民レベルで事態の深刻さへの理解が深まり、それに対処すべき行動が広がることが期待されている。○冬のスポーツを愛する私は、異常気象の夏に続いて雪のない冬が来るのかな、と心配をしているのだが。(佐野)

 【出典】 アサート No.359 2007年10月20日

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【投稿】安倍政権自壊の必然性

【投稿】安倍政権自壊の必然性

<<「未熟で脆弱、お粗末」>>
 いかにも唐突な、国会や有権者を愚弄した、「未熟で脆弱、お粗末」な政権の前代未聞の辞任劇であった。安倍首相は政権を投げ出し、自壊したのだが、これは遅かれ早かれ来たるべき必然であったとも言えよう。
 第一に、安倍首相が掲げ、衆参両院の過半数を超える多数をもって強行採決を繰り返して成立させてきた教育基本法の改悪、国民投票法の制定、防衛庁の防衛省への昇格、集団自衛権の解釈変更、そして憲法九条改悪にいたる「戦後レジームからの脱却」路線は、そもそも有権者の審判を経て承認されてきたものではなく、小泉政権時の郵政解散の一時的成果を利用したものに過ぎなかったものであり、この「安倍カラー」なる路線は、先の参議院選挙で年金問題放置・政治とカネ腐敗問題と共に、大敗を喫する最大要因となり、「ノー」を突きつけられたものであった。その大敗にもかかわらず、辞任を拒否し、「安倍カラー」を薄めてまで続投に固執してきたが、すでに参院選大敗の時点で安倍政権の存続根拠は破綻していたものである。
 第二に、問題は首相個人の政治的エネルギーの源となってきた「安倍カラー」そのものが、破綻をつくろいえないばかりか、政治生命存続の障害にさえなってきたことである。首相のいわば一枚看板ともいえる対北朝鮮の強硬・制裁路線は、成果をあげられないばかりか、六者協議の進展と共に、米国の対北朝鮮との対話路線にさえ障害となり、完全に取り残されてきた。さらに従軍慰安婦についての、日本軍が強制したという証拠はないという首相発言は、米議会の謝罪要求決議を以前にもまして圧倒的多数で採決を促進させてしまうという事態を招いてしまった。戦争犯罪見直しをめぐる東京裁判を疑問視する首相の姿勢、それと連動したインド訪問時のパル判事遺族訪問は、首相の右翼偏向歴史観を際立たせ、ブッシュ政権にとってさえ、いかがわしい存在になりつつあった。そして自分の任期中にやり遂げたいとしていた「憲法改正」は明らかに遠のいてしまった。

<<「生けるしかばね」>>
 第三に、直接の辞任のきっかけとして首相自身が取り上げたテロ特措法の延長問題では、「職を賭して」までその成立のために最大限の努力をするとしていたが、実際には何の努力もせず、党首会談申し入れは辞任当日であり、しかもその以前から首相の党首会談申し入れ意向は麻生幹事長ら党執行部によって握りつぶされていた疑惑を実感せざるを得なかった。さらに、首相はあくまでもテロ特措法の延長であったが、党執行部は「国会承認」は「事前」も「事後」も必要としないテロ特措新法を新たに制定する方向に向かい、その成立を期すには参議院で否決されても、衆議院で三分の二以上の多数で再議決する必要があり、相当期間のインド洋給油の「断絶」が避けられない事態に向かっていた。しかもこの再議決には公明党が慎重姿勢を示しだした。自民単独では三分の二には達しない。なおかつ、国会では国政調査権を使った「インド洋給油疑惑」の実態解明が突きつけられ、対アフガンではなく、対イラク戦への横流しが暴露されかねない。かくして自作自演の「国際公約」実行はもはや風前の灯となった。
 9/12の辞任決断以前に、首相はすでに完全に八方塞がりに追い込まれ、遠藤農水相解任に際して明らかになったように、首相は党執行部からさえ無視されていた。自らがまいた種とはいえ、ここまで追い込まれれば「迫力、覇気がなえ、政治的エネルギーがなくなっていた」というのはさもありなんと言えよう。
 それでも首相が「未熟で脆弱、お粗末」なのは、たった一回の党首会談申し入れで断られたと判断し、それを辞任の理由にしてしまう程度の低さである。しかも辞任記者会見では、「テロとの戦い」の継続以外に語る言葉をなくしてしまい、本来ケジメをつけるのであれば語るべき所信表明演説で述べた続投の基本政策、組閣されたばかりの新内閣の基本政策について、辞任によって無責任に放棄することについて一言の謝罪も、何の反省の言葉も語れなかったことである。
 9/13付米紙ワシントン・ポストが、安倍首相が7月末の参院選で惨敗して以来、「生けるしかばね」だったと酷評したのも当然であろう。

<<解散・総選挙へ>>
 このような人物を首相に祭り上げた、前首相の小泉氏、参院選大敗後すぐさま続投支持を表明し、後継を期待・画策した麻生氏、この続投を後押しした公明党幹部の政治的責任はきわめて重大であり、まずは謝罪すべきであろう。そして、こうした国会、国政の無意味な混乱と空白を招いた責任をとって、与党は総退陣し、総選挙で有権者の審判を仰ぐために、野党側に選挙管理内閣の組閣をゆだねるのが本来取るべき責任の取り方であろう。
 しかし事態は、自民党の後継総裁をめぐって、福田・麻生対決を自民党再浮揚のチャンスとしてショー化し、その演出に懸命であるが、「福田雪崩」現象の中で、単なる手続きと化し、盛り上がりに欠け、振り向きさえされない状態である。こうした事態をもたらし、政治的空白を放置してきたことに対して、次の首相と目される福田氏やその内閣が真摯に謝罪を表明するかどうかをしっかりと監視する必要があろう。
 朝日新聞社が9/13におこなった全国緊急世論調査によると、首相の今回の辞任を「無責任だ」と思う人が70%に達し、辞任を「よかった」と受け止める人は51%、「そうは思わない」は29%、首相は辞任の理由として、「局面の打開が必要だと判断した」との説明に「納得できる」は11%に対し、「納得できない」が75%であった。自衛隊のインド洋上での活動継続そのものへの賛否では反対が45%と、賛成の35%を上回った。安倍政権の実績については、「大いに評価する」が4%、「ある程度評価する」が33%に対し、「あまり評価しない」は45%、「まったく評価しない」は15%と、当然の厳しい評価である。衆院の解散・総選挙の時期を巡っては「早く実施すべきだ」が50%で、「急ぐ必要はない」の43%を上回っている。参院選直後の7月末の調査では39%対54%であったものが、逆転している。首相が政権を投げ出すという異常な事態を受け、衆院の解散・総選挙が現実的課題として要請されているといえよう。
 福田新政権にとっては、このような状態の下での衆院の解散・総選挙は到底受け容れられるものではない。しかし、野党の結束と政策対決、国政調査権の発動によって解散・総選挙に追い込むことは十分に可能であり、野党にはそれが求められているといえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.358 2007年9月22日

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【投稿】インド洋に轟沈した安倍政権

【投稿】インド洋に轟沈した安倍政権

<テロ対策支援の実態>
 安倍総理の突然の辞任表明で流動化する政局の中、テロ特措法問題は新たな局面を迎えようとしている。現行法の延長は絶望的であり、政府は新法による給油活動の延長を狙っている。これは、海上自衛隊の活動を給油に限定する一方、国会承認を必要としないという、民主主義を否定する内容となっている。
 現在の海上自衛隊の活動は給油と給水で、米・英やパキスタン海軍等「連合軍」の命綱となっており、日本が撤収すればインド洋上での対テロ戦線が崩壊する、国際公約が守れなくなると、政府・与党は盛んに喧伝している。
 しかし、この間「テロ対策支援」実態が明らかになってきており、虚構のうえに成り立った政府の主張が崩れ始めている。インド洋上での「対テロ活動」の実態は「アフガン復興支援」とは程遠いのが現実だ。「連合軍」はインド洋ではあるが、ペルシャ湾からソマリア沖に展開されており、事実上イラクシフトなっている。主要な任務はイラク情勢への対応であり、自衛隊が米軍に補給した燃料の約8割は、そのために使われたと、当事者の米第5艦隊が明らかにしている。
 また政府・外務省は「日本の高品質の燃料でなければパキスタン艦艇は動かない」などと荒唐無稽な説明をしていたが、11日の記者会見で吉川海上幕僚長は、あっさりとこれを否定した。
 さらに朝日新聞によると「防衛閣僚経験者の一人」が「イスラム国家のパキスタンが米国から給油をうけるとパキスタンの国内世論がもたない」と語ったと伝えているが、そもそもパキスタン世論はアメリカ主導の作戦にパキスタンが参加していること自体に批判的なのであって、本末転倒もはなはだしい。
 そもそもアルカイーダなどに対する臨検などは、補助的なものに過ぎないし、「テロ組織」は船舶を利用した人・物の移送などは、ほとんどしていないのである。産経新聞でさえ「日米軍事筋によると、海自のインド洋での活動開始から今年6月までの5年半に、(連合軍の臨検で)摘発されたのは8件で、大半は同海域でタンカーや商船を狙った海賊で・・・イスラム・テログループは含まれていない」と報じているほどだ。

<日本脱落も視野のアメリカ>
 こうした虚構のうえに成り立っているテロ特措法の役割は、安倍政権の対米貢献のシンボル以外のなにものでもない。
 米中東海軍副司令官のスイフト准将は、インタビューに対し「海上自衛隊による補給がなくなることの損失は大きいかもしれないが、何とか対応可能だ・・・本当の問題は日本が(有志連合に)関与しなくなることだ」(毎日新聞9月12日朝刊)と正直に答えている。
 この間アメリカは、6カ国協議での北朝鮮との妥協、下院本会議での「従軍慰安婦決議」採択など安倍政権の神経を逆撫でする行為を平気でしてきた。対米追随以外に外交上の代替戦略を持たない日本政府としては、何とかアメリカに恩を売る機会を手放したくないと必死なのである。
 しかし、参議院選挙の結果、アフガン派兵など新規の対米軍事貢献は不可能になった。これまで政府はテロ特措法、イラク復興支援法を制定し陸・海・空三軍の派遣を強行してきた。しかし昨年の陸自イラク撤退に続き、海自も撤退すれば、のこるはクウェートの空自のみとなる。これとて、参議院選挙前の強行採決での駆け込み延長であり、遅くとも参院与野党逆転下の2年後に失効となるのはほぼ確実となっている。
 この間ブッシュ政権は、給油活動延長への期待をアピールしているが、作戦上は大きな支障がないことが明らかとなっており、実際は日本脱落も視野に入れているのではないかと思われる。

<日本抜きでも活動は継続>
 海上自衛隊撤収後の代替としては、アメリカとの関係強化が進むインドが考えられる。インド海軍は、空母1を含む艦船141、兵員5万という当該海域の海軍としては、最大の戦力を保持しており、補給活動に欠かせない補給艦3、給油艦6、給水艦1も保持している。国内ではイスラム過激化のテロが相次いでおり、「対テロ」の大義名分もある。アフリカ東海岸を含むインド洋での活動を考えれば、遠く離れた日本よりまさに「自らの海」であるインド海軍のが、よほど適役なのは疑う余地がない。
 今年4月には初の日米印合同軍事訓練が、房総南方海域で、9月には日米印にオーストラリアを加えた演習がベンガル湾で展開されており、インドが洋上での対テロ活動に参加する条件は整いつつある。問題はインドと微妙な関係にあるパキスタンの動向である。パキスタン海軍は活動継続を表明しているが、先のモスク占領事件などで不安定化した政情は、今後ブット前首相の帰国でますます流動化するのは確実である。そのような時期、脆弱な海軍(艦船40、8万5千トン、インドは08年就役の空母1隻で4万5千トン)の派遣は大きな負担であり、対テロ戦線は陸上に限定してもらいたいのがムシャラフ政権の本音であり、日本の撤退を機に戦列のシャッフルもありうるだろう。

<アメリカに見捨てられた安倍>
 APECで空手形を切りまくった安倍は、「テロ特措法延長に職を賭する」と発言、自ら退路を断ったうえ帰国、所信表明演説の翌日唐突に辞任を表明した。テロ特措法の見通しが立たない上、日米首脳会談で「北朝鮮へのテロ支援国家指定解除」「米朝国交樹立」などが伝えられたのでは、という観測も流れている。
 自らの対外公約も国内公約も大きく崩壊し、耐えられなくなったというのである。いずれにしても、ブッシュ大統領が、内患外憂に苦悶する安倍に助け舟を出さなかったのは事実であり、そればかりか追い詰め、最後には突き放した感さえある。
 仕切りなおしとなったテロ対策支援問題であるが、福田新総裁は給油活動継続の意向を表明しており、民主党も反対の姿勢を崩していない。国民の判断を求めるため、早期の解散・総選挙で、対米貢献を是正しアジア重視の協調外交を推進する政権の確立が望まれる。
(大阪O)

 【出典】 アサート No.358 2007年9月22日

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【投稿】「サブプライム問題」-実はドルの特権が揺らいでいる

【投稿】「サブプライム問題」-実はドルの特権が揺らいでいる

                          福井 杉本達也

1.サブプライムローン問題の広がり
 米国のサブプライムローンの焦げ付き多発問題をきっかけにした世界の市場の動揺が拡大している。先行き不透明感から市場参加者はリスクの高い取引を縮小、世界的なカネ余りの修正が加速し、日米欧で市場の動揺が連鎖している。
 欧州中央銀行(ECB)は短期金融市場に8月9日から13日までの3営業日間に資金供給を合計約2035億ユーロ(約32兆8千億円)を投入、米連邦準備理事会(FRB)も 8月9日・10日に620億ドル、13日に20億ドルと計640億ドル(約7兆5千億円)を供給し、たったの3日で日米欧合わせての資金供給総額は約42兆円という驚異的な資金を投入し市場の動揺の沈静化を図ろうとしている(日経:8.14)。しかし、その後も市場の動揺は拡大し続けており、9月14日には英国中銀は中堅銀行ノーザン・ロックに対し緊急融資をすると発表した(日経:9.15)。
 
2.ドルの基軸通貨としての特権が今崩壊の危機に
 1987年のブラックマンデー以降、米国は製造業をあきらめて産業構造を金融にシフトした。90年代のITバブルを経て1997年のアジア通貨危機から1998年のLTCM破綻を経て、2000年にはハイテク株のバブル崩壊により不況に陥ったが、その不況からの脱却を、「9.11」を利用した2001年10月よりのアフガン侵攻とそれに続く2003年からのイラク戦争による軍事特需(いわゆる「対テロ戦争」)によって、また、2001年からの米国の低金利による住宅市況の上昇という新たな延命策によって引き伸ばしてきたが、最終的に今回のサブプライム問題に端を発するバブル崩壊によって終末を迎えようとしている。
 今の米国経済は基軸通貨国であるがゆえに、世界中の資金が集まることで支えられている。この「帝国循環」がいま崩壊しかかっているのである。国家であれ企業であれ、資金繰りさえつけば破綻することはないが、永久に財政赤字・経常収支赤字を積み重ねる国家がいつまでもこの循環を続けることは不可能である。
 これまで、米国経済は、安い海外の資金を導入することによって、国内景気を支え、低金利の住宅ローンで家を買い、値上がりした住宅を担保にしてさらに金を借り、株式に投
投資し、耐久消費財を買い米国経済は成長した。数千万の低所得者層を抱える移民国家米国経済にとって、他人の金によって所得を分配し成長を続けていかない限り社会は分解しかねない。本来は、サマーズ元財務長官のいうように、「アメリカ国民は一時的な苦痛を覚悟しても消費を抑え、地道な生活に戻ることから始めるしかない」のであるが、金融資本家は、投機をあきらめることはない。政府も本気で景気を冷やしたくはないだろう。

3.20年間、米国の資金繰りを支え続けた日本
 1987年のブラックマンデー時は日本の景気は絶好調の時であり、日本は金利を引き上げるべき時だったが、ブラックマンデーの再発を恐れるアメリカの圧力によって、日本は金利を引き上げられなかった。政府日銀は日本を犠牲にして米国を救った。株価も土地価格も急上昇したが政府日銀はそれを放置した。日本の資金が暴落を食い止めたのである。アメリカに出来た大きな負債の穴を日本が一手に引き受けて、日本の投資家は90年代のバブル崩壊で負債の穴を大きくした。その一例が89年の三菱地所のロックフェラーセンタービルの買収である。当時の為替レート換算で1200億円(84600万ドル)で買わされ、1995年9月、三菱地所は4期連続の減益決算と1000億の固定資産除却損を計上してロックフェラーに買い戻された。1000億円がロックフェラーに所得移転したことになる(HP「三菱地所の誤算ロックフェラー・センターとREIT」より)。
 初期のクリントン政権は為替を通商政策の道具に徹底的に使い、1995年4月に円の対ドル相場は79円75銭まで急騰させられた。その後、ルービン財務長官の下で、「ドル高戦略」が採られるようになり、海外からの膨大な資本フローを呼び込み、設備投資の資金に回しIT革命を推し進める政策が採られた。1997年には山一證券を倒産させるなど米国は日本の金融危機を煽り、1998年8月には円は一時150円にまで下落した。この間、ヘッジファンドは低利の円資金を借りてドル建て資産に投資する円キャリー取引を行った。
 ハイテク株のバブル崩壊により不況に陥ったが米国経済は、2001年に低金利政策に踏み切ったが、低金利による住宅ローンにより米経済は再び成長の歩みを始めた。しかし、米国が低金利では米国への投資のうま味はない。米国への資金流入は止まってしまう。ここで米国への資金流入を支えたのが、日本による巨額の為替介入である。2002年までは0だった円売りドル買いの為替介入は2003年1-3月期に2.4兆円、4-6月期に4.6兆円、7-9月期に7.6兆円、10-12月期に5.9兆円と2003年度全体では20.5兆円の巨額介入を行ったのである。さらに、2004年に入っても1-3月期にさらに4.8兆円の介入を行ったのである。この巨額介入はそのまま外貨準備としての米国債の保有となり、米国財政・経常赤字の4割をも補填したのである(吉川元忠:『経済敗走』)。介入の時期はイラク戦争開始の時期ともピタリと一致する。戦争は武器だけではできない。ロジスティック=兵站=資金をどうするかである。日本の資金がイラク戦争を支えたのである。
 その後、米連邦準備銀行(FRB)は2004年後半から、再び高金利政策に転換する。この時期は日本が為替介入を止めた時期と一致する。短期金利は04年夏の1%からしだいに上がり、06年夏以降は5・25%になった。しかし、日本には「ゼロ金利政策」を続けよう圧力が掛けられ続け、時の小泉首相・竹中平蔵は忠実に米国の圧力に従い、短期金利は0・1%のままだった。そのため再び、日米間の金利差を使って円キャリー取引が急増した。金利差を使って再び資金を米国に集めたのである。但し、今回は日本ばかりでなく、中国・資源国の資金も加わることとなった。

4.米国に流動性の危機が迫っている
 サブプライムローンはもともと優良(プライム)以下(サブ)の、元々信用に問題のある借り手への住宅ローンだが、その債権を証券化してファンドに売ることで、ローンの貸し手である金融機関はリスクを回避でき、一方、買い手は、そのリスクを引き受けることで高金利を得ることができるというものである。つまり、「証券化の進展でどこに不良債権があるのかいくらあるのかという危機が見えにくく制御不可能となっている」と指摘されているが、慶應大学の小幡績准教授は、こうした見方に異論を唱えている。「今回の危機の本質は、サブプライムや証券化ではなく、古典的なバブルの生成と崩壊だ。金融市場が発展して資本が増大し、金融技術が進歩すればするほど、逆説的に、バブル発生と崩壊は恒常化し、金融市場の本質となる。…現実に起きているのは、急速な円高及びその裏にある円借り(円キャリー)取引の収縮である。そして、円キャリー取引の収縮とは、世界のリスクマネーの収縮の一例であり、本質は、リスクマネーの収縮によるバブル崩壊なのである。」(日経:8.23「21世紀型バブルが崩壊」)と見ている。
 問題はこの先である。取り合えず各国は巨額の資金を短期市場に投入しバブル崩壊の先延ばしを図るであろう。しかし、問題の根底には米国への資金流入が減少し続けていることにある。FRBは今後、金利を下げざるを得なくなる。日銀も金利を上げることはできないであろうが、日米金利差は確実に縮まざるを得ない。欧州も金利を上げないことに付き合うかもしれない。しかし、それだけで米国の赤字をファイナンスすることはできない。米国の流動性=資金繰りの危機が迫っているのである。イラクから撤退するのか。または、イランやパキスタン辺りで第二戦端を開き軍需景気で乗り切ろうとするのか=戦争か平和かの瀬戸際に立っている。巨額介入を行い米国の軍資金に貢献した時の責任者は小泉前首相であり金融相の竹中平蔵氏であったが、当時の官房長官は福田康夫氏であった。安倍政権下では、このところ、山本有二前金融担当相や塩崎前官房長官らは9200億ドルにも積みあがった外貨の運用について積極的であった(日経社説:7.25「外貨準備運営は入念さが必要」)。ほとんど米国債で運用されている外貨準備金の自主運用がされるとするならば、米国は即破産である。現に発展途上国の外貨準備ではドル資産での運用は60%と2000年に比較して10%も低下し、反対に30%が「ユーロ」で運用されはじめている(日経:9.14)。イラクからなんとしても撤退したくなく、しかも米国への資金流入が先細って八方ふさがりの苦境に陥っているブッシュ政権にとって、安倍政権の動きは絶対に許すことのできない『背信行為』だったのではあるまいか。シドニーではなにが話し合われたのか。

 【出典】 アサート No.358 2007年9月22日

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【書評】『みんなの9条』

【書評】『みんなの9条』
(『マガジン9条』編集部編、集英社新書、2006.11.22.発行、700円+税)

 政局が流動的で、課題が山積している現在の状況である。しかしこと憲法9条問題に関しては、一時的な足踏み状態はあるとはいえ、既成事実の積み重ねと改憲の雰囲気の中、進行中と言ってよいであろう。
 そんな中で本書は、小冊子ながら憲法問題に関してさまざまな視点を与えてくれる書である。『マガジン9条』とは、2005年3月からスタートした、インターネット上で毎週更新されるウエブマガジンで、その編集部が、「この人に聞きたい」というコーナーでインタビューした記録が本書となった。
 当然のことながらいろいろな分野の人びと–ミュージシャン、作家、映画監督、ゲーム・クリエーター等々–が登場するが、その意見は「まともさ」の感覚で貫かれているというのが、評者の印象である。それぞれにスタンスが異なるために議論が広がってまとまりにくい部分もあるが、改憲派の「現実主義」をキーワードに、二、三紹介しよう。
 作家・橋本治は語る。
 「まず始めに言っておくと、私は基本的に憲法改正に関しては『なんで改正しなきゃいけない理由があるんだろう?』というだけの人間なんです」。
 「憲法で言っているのは『交戦権の否定』ということだけで、自衛隊についてはうやむやですね。でも私は、うやむやでも不都合がないのだから、それでいいのじゃないの、と思う。
 不都合がない、というのは、実はとても重要なことなんですよ。(中略)これは、ずば抜けた才能だと思っていい。
 だから、日本人の知恵として、『自衛隊は自衛隊であって、軍隊ではない』という言い逃れがあったほうが、逆に歯止めになる」。
 橋本は、ここから、日本政府には外交がわからないと断じ、「日本人は『現実』と『未来』を切り離して考えているから、『未来を論ずること』を『現実的でない』と考える。そうじゃないでしょう。現実を考えるというのは、『現実からつながっている未来を考える』ということ。未来を考えることが現実的なんです」とする。この視点は、改憲派の「現実的」という意味に大きな批判を与える。
 また「現実」について、作家・松本侑子は、こうも語る。
 「『現実にあっていないから現実に合わせるべきだ』という考え方もあるようですが、ほかにも現実と乖離している条文はあります。
 例えば、憲法24条では『両性の平等を定めていますが、いまだに実現していません。(中略)25条の『健康で文化的な最低限の生活』についても、毎年三万人を超える市民が自殺をしている国で、果たして、実現していると言えるでしょうか?
 その意味でも、『現実と合っていないから変えるべきだ』という理由には、賛成できません。それならば、24条、25条も、現実に合わせて『男女不平等』『不健康で非文化的な生活』に条文を変えましょう、となります」。
 さらに環境活動家・辻信一は、「現実主義の非現実性」を次のように批判する。
 「北朝鮮が攻めてきたらどうなるんだ、というような議論があるでしょう? その土俵に一度引きずり込まれてしまうと、その対応に追われてしまうことになる。でも考えてみてください。『北朝鮮が攻めてきたらどうなるのか?』というのは、結構すごい想像力です。そんな立派な想像力を持った人なのに、『もし老朽化した原発に大地震がきたらどうなるのか?』とか、『全部が海辺にある原発に津波がきたらどうなるの?』と考えてみるだけの想像力を持てないでしょう。こういう場合の『現実主義』というのは、ものすごく偏っている。実はとても非現実的なわけですよ。(中略)
というのは、僕らはもう、いろいろとんでもない危機の只中を生きているわけです。(中略)人類存続の危機というのは、何千年も先の話でなくて『今そこにある危機』です。戦争も、自然環境の劣悪化に起因する部分が大きくて、人々は土地や水や石油などの資源をめぐって争いを続けている。こんな大問題をさておいて、北朝鮮が攻めてきたらどうするか、と考えることが、あたかも現実的であるかのように議論されている」。
改憲派の「現実主義」の中身が、このようなものであることを、今一度現実から問い直してみる必要がある。
 しかしこれに対する、護憲派の「現実」への対応についても、手厳しい意見が出ている。国立市長・上原公子は、こう語る。
「現在ある自衛隊を具体的にどうやって変えるのか。そのプロセスを示しながら『納得できる具体案』をどんどん提案していく必要があると思います。9条をまもる=急に自衛隊を全部なくす、といったイメージがあるから、『現実的じゃないよ』とみんなから言われている気がするのです。『私たちは平和をまもります』『9条が大事です』とアピールしたところで、『私たちは平和が嫌いです』『戦争をやります』とは誰も言っていないわけですから」。
 先ほどの辻信一も、運動のスタイルについて次のように述べる。
「これまで環境運動にしても平和運動にしても、たとえそれが清く正しくはあっても、なんとなくダサいし、楽しくなさそうだし、おいしそうじゃないし、なんかいらいらしていて安らぎもなさそう、ということがおおかったんじゃないでしょうか。そして、その運動を担っている人たちも、いつの間にかそういうモードに入ってしまっていた。(中略)僕は環境運動や平和運動に関心を持ってあちこち足を運んでいる女性に出会ったことがあるんだけれども、その女性はラテン系な感じですごくおしゃれなんです。だけど、そういった運動に行くときには地味にするという。派手な格好をして行くと、『なんか浮ついているんじゃないか?』と怒られちゃうというんですね。これは非常によくないですよ」。
 同様のことを、漫画家・石坂啓も語る。
「その一方で、護憲のイメージは古びています。9条をまもろうという意見に『正しい主張をしてるのになぜ、わかってくれないのか』という姿勢が見え隠れするのも気になります。ナショナリズムを背景に『わかりやすくて強いもの』が待望されている今、それでは私たちの輪は広がらない。対抗するためには、これまでよりも新しいイメージで、9条はじつはカッコイイ! という賛同者を増やす工夫が必要なのではないでしょうか」。
本書では短いながらも、これ以外に、香山リカ、いとうせいこう、木村政雄、太田昌秀、姜尚中、雨宮処凛、渡辺えり子、伊藤千尋等のインタビューが出ている。議論的には百花繚乱であるが、得るところは大きい。
 例えば、日本の品格について、『サクラ大戦』『天外魔境』等のゲーム・クリエーター広井王子は、こう語る。
 「アメリカから押しつけられた憲法を嫌がる前に、現在の幼稚な資本主義を嫌がるべきなんですよ。(略)
 今の日本で『勝ち組』とか『セレブ』と呼ばれている人たちは、株でもうけたり、お金でお金を生み出している人たちですね。昔だったら、ただの成金ですよ。いちばんいやしい部類の人たちですね。それが今や、社会のトップになっている。汗して働かない者に憧れ、うまくやってお金をもうけ、楽して暮らしたいとか。この考えこそ、アメリカ流のお子様資本主義です。お金を持ったら、そう使うかで、その人の品格が決まります。そして、その国の品格もね。」
 もっともな意見である。憲法問題への視点の広がりについては、改めて論じるつもりであるが、本書は確かにその一助となる書であると言える。(R)

 【出典】 アサート No.358 2007年9月22日

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【コラム】ひとりごと–医療がおかしい–

【コラム】ひとりごと–医療がおかしい–

○日本の医療を巡って、注目すべき事態が起きている。ひとつ目は、医者がいないこと。医者不足から、産婦人科が閉鎖される病院が多い。都市部・地方を問わずだ。○激務と言われる産科に限らない。特に自治体病院から医者が消えていく。大阪府内では医科大学が医師を大学に引き上げたことで、内科閉鎖に追い込まれ、病院そのものの存続が危ぶまれる自治体病院も出てきた。奈良県では婦人科救急の受け入れがないために、昨年・今年と患者がたらい回しされ、死亡に至った事例が続いた。○付き合いのある医師の話だが、原因の一つは、研修医制度の改正だと言う。これにより、医大卒業後、2年間臨床研修が義務付けられた。それまでの研修医は、所属医療機関の戦力として、夜勤などにも従事したが、制度改正により、2年間は大学病院の指導の下に「研修」に力点が置かれ、大学側にも「指導」体制が求められた。○大学は指導担当医を確保するために、医者を病院に呼び戻す。こうして病院から研修医が消え、中堅の医師も消えた、というわけである。○さらに、研修中は、幅広い研修ということで、単科に絞った研修はできず、2年経っても「一人前」にならない、と知り合いはもらす。○二つ目は、病院経営が厳しくなってきていることだ。平成18年度に、診療報酬が平均で3.6%引き下げられた。個別で見ると10%近い引き下げもあり、18年度は10%近い減収となったという。○2年毎の診療報酬改定ということで、20年度の改定は、開業医報酬に的が絞られているという。特に24時間診療体制が取れるかどうか。厚労省は、開業医にアンケートを実施したが、大阪の医師会は回答を拒否する事態となった。○介護病棟の見直しも、医療介護現場に混乱を招いている。○医療報酬の引き下げは、自治体病院には深刻な影響を与え、自治体そのものの財政危機も重なり、病院身売りも現実味を帯びてきている(国保会計は助かっていると言うが)。○こうした情況の中で、日本医師会も一枚板でなくなってきている。小泉改革推進派(武見派)と反対派が会長選挙で対立した。先の参議院選挙でも、医師会は自民党支持に一本化できなかった。○さらに、20年4月から75歳以上を対象にした後期高齢者医療制度が発足するが、利用者には負担増、医師には報酬減が確実な制度となりそうだ。○小生、福祉の現場にいるので、医療の事は、薄々わかる。驚く程の医療費請求に直面する毎日で、医者・病院に対する印象は、はっきり言って悪い。薬漬け、たらい回し、高額請求、治癒した患者にあまり出会えない。○小生は、幸いな事に過去5年間は医者要らずで過ごしてきた。今後もそうありたいが、そうも行くまい。○いずれ、お世話になる時もあると思うが、現状の医療の現実を見る限り、余りに問題が多すぎるのが気になる。○医療不安解消もまた、早晩行われる総選挙の重要なテーマにしなければならないと思う。(佐野)

 【出典】 アサート No.358 2007年9月22日

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【投稿】参院選大敗と安倍内閣の命運

【投稿】参院選大敗と安倍内閣の命運

<<自民大敗がもたらしたもの>>
 「戦後レジームからの脱却」を掲げる自民・公明連合の安倍政権が、今回の参院選で大敗を喫し、参議院で過半数を大きく割り込んでしまったという事実の重さは、はかりしれないものがあるといえよう。安倍政権がどのようにあがこうとも、安倍氏が首班である限りは、もはや「死に体内閣」として、あらゆる政策決定局面において身動きの取れない事態、遅かれ早かれ退陣せざるをえない事態に追い込まれよう。
 「戦後レジームからの脱却」の冒頭に掲げた憲法改定は、最大の焦点である9条改定については賛成議員は当選者の26%にしかすぎず、それに対し反対議員は54%に達し、非改選議員を含めた新勢力全体でも賛成31%、反対50%という結果になったのである。これにより、改憲勢力は、憲法改正発議に必要な三分の二はおろか、過半数も獲得できず、これから最低でも3年間、逆転がない限りは6年間は、憲法改定はほぼ不可能となった。
 当然、改憲原案を審査・提出する権限をもつ常設機関である「憲法審査会」の立ち上げを選挙直後の臨時国会でもくろんでいたが、8/6の与野党協議で合意に至らず、次期国会以降に先送りされることとなった。
 続いて、安倍首相がことさらに意欲を見せてきた集団的自衛権の行使容認のための憲法解釈の変更も頓挫せざるを得ない事態に追い込まれている。首相が容認賛成論者ばかりを集めて設置した集団的自衛権を研究する有識者懇談会は、今秋にも行使容認を報告書にまとめて提言するが、公明党の北側幹事長が8/8、憲法解釈の変更に反対する考えを表明。そもそも今回の参院の与野党逆転により、自衛隊法改正など必要な法整備も可決できない事態に直面し、報告書の棚上げ、法制化の見送りに追い込まれよう。

<<テロ特措法延長問題>>
 さらに、参院の与野党逆転下で迎える秋の臨時国会の最大の焦点として、11月1日に期限が切れるテロ対策特別措置法の延長問題が控えている。
 民主党はこれまでも同法の延長には反対してきており、小沢代表は当然反対することを明らかにしている。うろたえる安倍政権の頭越しに、シーファー駐日米大使は8/8に小沢代表との会談を求め、同大使は「(米英軍などは)テロに反対する国際的な活動部隊であり、日本の貢献は非常に重要だ。日本が燃料提供をやめたら、英国やパキスタンは参加できなくなる」と述べ、「(米軍に関する)機密情報も提供する準備がある」とまで述べて、同法を延長する必要があると要請した。こうした行為自体一種の内政干渉であり、強要とも言えよう。
 ところが小沢氏は、アメリカの期待に反し、「アフガン戦争はブッシュ米大統領が『アメリカの戦争だ』と言って、国際社会のコンセンサスを待たずに始めた。日本と直接関係ないところで、米国あるいは他国と共同作戦はできない」と民主党の立場をより鮮明にし、これに反論した大使が「今年3月に採択されたアフガニスタンに関する国連安保理決議に、(活動部隊は)言及されている」と指摘したが、これにも小沢氏は「米軍中心の活動を、直接的に規定する国連安保理決議はない」と反論し、会談は平行線、物別れとなった。しかもこの会談は、約45分間にわたって行われたが、小沢氏の意向により記者団にすべて公開された。
 小沢氏がここまでして態度を鮮明にした背景には、安倍政権に対してはもちろん、民主党内にもあるテロ特措法容認論を強くけん制したものと言えよう。これより前の8/4午前の読売テレビの番組で、民主党の前原誠司前代表は、テロ特措法の延長について「必要だと思う」と述べ、「(延長反対で)米国との関係をまずくするのは、まさに政権担当能力が問われる」として、反対する方針を表明した小沢代表に異論を唱えていたのである。事態の推移は予断を許さないものがあるが、テロ特措法容認勢力にとっては手痛い打撃といえよう。

<<取り返しのつかない打撃>>
 このテロ特措法の延長問題で重要なポイントは、たとえ衆議院で延長が可決されたとしても、参議院で否決された場合、確かに、参議院で否決された法案は、60日間経過したのちであれば、再び衆議院に戻して再可決することはできる。だが、テロ特措法は11月1日に期限が切れる。またもや強行採決を無理やり強行したとしても、60日前を逆算すれば、この8月中には衆議院で最初の可決を済ましていなければならない。しかしそれはもはや日程的にも政治的にも物理的にも困難な情勢となってしまっている。
 今後、与野党対決法案はすべてこの試練に立たされるのである。参院選直前の国会で次から次へ強行採決したような暴挙はもはやできなくなり、与党提案はすべて野党との了解を経なければ順調な審議さえ出来ない事態に追い込まれることになろう。ファッショ的暴挙がただ単に民主的審議に置き換えられるだけといえばそれまでであるが、与党にとっては取り返しのつかない打撃ではある。
 問題はそればかりではない。与党提案は参議院で否決されるだけではなく、野党提案が可決され、衆議院にそれが廻され審議せざるを得ないという事態が現出するのである。その先駆けが、8/9に民主党などが提出した郵政民営化見直し法案と、年金基金目的外流用禁止法案であった。政治資金規制法の抜本的な改正も提起されようとしている。これらは当然、与党内にも分岐をもたらし、政局の流動化をもたらすであろうことは間違いない。
 さらに参議院で野党が過半数を制したということは、野党が国政調査権の主導権を握ったということをも意味している。これまでの審議を通してあいまいな答弁で終始し、多数で審議を打ち切り、政府や官庁、官僚機構が隠し通してきた膨大な彼らにとっての不利益な事実・データを吐き出させ、政・官・財の癒着と腐敗の実態を国政調査権を駆使して解明する道が開けたのである。さしずめ、年金問題でのずさん処理と社会保険庁に群がった政治家の腐敗の解明は、さらなる与党政権の腐敗の実態を明らかにする端緒となりえよう。

<<「葬り去られる運命」>>
 参院選直後の米紙ロサンゼルス・タイムズ7/30付は、「日本の有権者は安倍晋三首相の民族主義的執念に痛烈な打撃を与えた」と述べ、教育基本法を改定して「学校に愛国的なカリキュラムによる教育を求め」、防衛庁を防衛省に昇格させ、「平和憲法改定に道を開く」国民投票法を通過させたことなどを挙げて、「日本を『美しい国』にするという情緒的で民族主義的な修辞は葬り去られる運命にあるようだ」と述べている。
 また米紙ニューヨーク・タイムズは8/1付の「ロープに追い込まれた安倍氏」と題する社説で、安倍氏の敗因について「軍国主義的な精神の復活にばかり熱心な印象を与えた」「年金問題のような本質的な問題を放置した」ことなどを挙げ、「日本のひどく不人気な首相である安倍氏は、辞めないと言い張っている。だが(選挙の)政治的メッセージは明らかだ。留任するなら路線転換が必要だ」と指摘している。
 いずれも的を射た指摘だと言えよう。こうした事態が明らかにしていることは、もはやこのまま安倍氏が化粧直しをして居座り続けたとしても、独自色として打ち出してきた「安倍カラー」がすべて否定・封印され、ただただ政権にしがみつきたいという「形骸」だけの政権となり、与党連合にとっては何一つ益になることがないという手詰まり状態である。
 毎日新聞が参院選後の8月4-5日に行った調査によると、安倍内閣支持率は22%、不支持率は65%という最悪の状態である。FNN世論調査(7月31日-8月1日)でも、安倍内閣支持率22.0%、不支持率64.8%であり、「早期解散・総選挙を望む」が56.0%。「安倍内閣は年内退陣する」が56.4%に達している。選挙後も安倍内閣は、判官びいきから回復するどころか、より一層支持率が低下し、明らかに世論から見捨てられつつあるといえよう。
 安倍内閣を退陣に追い込む野党勢力の攻勢こそがカギとなろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.357 2007年8月25日

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【討論】 参議院選挙結果意見交換会

【討論】 参議院選挙結果意見交換会   —-民主圧勝で様変わりする政治状況—- 

<民主圧勝で様変わりする政治状況>
A)全体的な傾向は、レジメでまとめられていると思うけれど、私は結果としてこうなった事(参議院で野党が過半数確保)の意義が、今後大きな影響力を発揮していくと感じています。
 その先触れはいくつもある。まず、民主と国民新党共同で郵政民営化見直し法案が提出され、年金の流用禁止法案も提出されましたね。自民党にとっては両方とも強烈なパンチですね。臨時国会では廃案になったけれど、再提出されることになる。こういう攻勢がはっきり言って拒否できないわけですね。審議に応じなければ参議院が機能しないということは、衆議院にも直接影響を与えて自民党内部に動揺をもたらすことは間違いがない。それは早速出てきています。
 次に、憲法問題で改憲手続法が通ったけれど、それに基づいて衆参両院の憲法審査会の設置をこの臨時国会で決め、常設機関としようとしていたけれど、今回の選挙結果によって先送りとなったわけです。
 それと平行するけれど、集団的自衛権問題で、安倍が自分に都合のいい学者や論壇の人間だけを集めて「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」をつくり、その答申が9月に出すという方向であったものも、その答申もほぼ棚上げされるということが、ほぼ確定したというわけです。
 憲法解釈の修正もそれ自身が不可能になりつつある、そのように非常に大きな変化の先触れになってきている。
 その他にも、例のホワイトカラー・エグゼンプションの導入を去年決めたけれど、今年になって安倍がちょっとまずいと、待ったをかけたわけだね。選挙後に再びやろうとしていたわけだが、これも9日の労働政策審議会で厚労省がホワイトカラー・エグゼンプションを除外した重点政策ということで決着するよう提案したようで、今回は断念せざるをえないくなってきている。
 
<軌道修正迫られる安倍路線>
 それから被爆者の問題について、安倍は広島の被爆者との話し合いを最初拒否していた。ところが会わざるをえなくなり、会ったら今度は原爆症の認定について専門家を新たに集めて検討させると明言せざるを得なくなったわけです。これも明らかに安部の政策変更ですね。同じ事を長崎でも言った。長崎市長の平和宣言は、非核三原則の法制化を打ち出さした。記者団の質問に対して安倍は法制化は無視したけれど、非核三原則を国是として守ると言わざるをえなかった。これも安部の本心からしたら、きわめて遺憾な出来事となったはず。従来の安倍路線にブレが出てきている、足元が揺らいでいる。
 
<まずはテロ対策特措法で対決>
 最後に決定的なのが11月に失効するテロ対策措置法の問題。これについて、米駐日大使が小沢に直接会見を申し込んできたわけです。まだ自民党と民主党が話し合いもしていないのに、おかしな話なんです。政権の頭越しに野党党首と話し合いというのは極め異常な事態で、安倍政権は期待を込めていたんだろう。ところが小沢は逆に、アメリカのこれまでの行動は、国連でオーソライズされていないとして、支持できないとはっきり言った。これは結果として重要な意味があった。また、ブッシュ大統領は国際社会の合意を待たずに米国独自で開戦した、日本の平和と安全に直接関係ない地域でのアメリカとの共同作戦には参加できない、と明確に拒否したと言う事は、民主党内のいろいろな問題と絡んで、非常に重要な論点になっている。
 というのも、駐日大使との会見前に、前原前代表が、8月4日の読売テレビでテロ対策特別措置法の延長は必要だ、そして小沢代表の延長反対論には反対と明確述べて、「延長反対で米国と協調しないのでは、まさに政権担当能力を問われる」と対米重視の観点から前向きに対応すべきだと述べていた。
 それを駐日大使との会見で、真っ向から小沢代表は否定したわけです。
 前原グループというのは民主党の中で30名ぐらいと言われているわけですね。参議院では少ないそうだが。テロ対策措置法の参議院審議をひっきり返そうとおもったら、17名ほどが自民党の側にひっぱり込む必要があって、それは不可能だろうと。しかし、自民党にとって希望の星は、前原グループになっているという。「自公前」三党連立政権構想まで囁かれるほど、前原問題が焦点化しているという。そこまで見越して小沢は、駐日大使への厳しい対応を取ったのではないか、と思いますが。
 参議院選挙の結果を表面的なものだけ挙げても、エポックメーキングなものがこれだけあるわけだが、これから具体的な攻め具合では政権を揺さぶる事態も出てくる可能性があるのではないか。

<続投がウラ目に、退陣へのスパイラル> 
C)いろいろ噴出しているけれど、安倍続投が決まって以降、一層混乱が出ているようにも思えますが・・・
A)あれだけ負けて続投宣言をすれば、普通判官贔屓から支持率は上がるのではと言われていたが、さらに下がったね。今22%になっている。
B)どのマスコミの調査も2割台になっていますね。読売でも27%ですね。お灸をすえた後も、さらに支持率が低下している。
C)続投に続いて、赤城農相の突然の辞任も、的が外れてましたね。一層、安部の指導力・決断力の無さが明らかになってしまった。
A)選挙前にやっておけばよかったのに、一層不信を買っているね。

<年金問題への失態が局面を変えた>
B)年金が最大の焦点ということで、選挙中自民党は盛んに自治労攻撃をしていましたね、社保労組の攻撃を。窓口の職員の対応も悪かったというのも事実ですし、厳しいものがあるかな、とも思っていたのですが、やはり使用者責任、政権責任ということで自民党に責任があると国民が判断したのは賢明であったと思います。あれだけ悪罵の限りを尽くして中川や安倍が公務員攻撃をやっても、効を奏さなかったわけです。
 さらに次の臨時国会では年金流用禁止法案が再度提案されますね。これは大きな問題になると思います。窓口での未納処理などは職員の責任も問われるべきだとは思いますが、グリーンピアに金を流すなどというのは職員に全く関係が無い話ですね。社保長官なり厚労省の幹部などの高官が仕組んだ事です。天下り先の確保と言う事ですね。自民党の政治家も含んだ金の流れをあぶりだされるという意味では、自民党も相当こたえると思います。
 郵政民営化問題ですが、象徴的な問題ですが、これは誰も本気にしていないと思いますが、国民新党の怨念が篭ったものですね。揺さぶりにはなりますね。
 
<給油支援で士気低下著しい海自>
 一番は、テロ対策特別措置法がどうなるかですね。アフガンの関係で何をしているかというと、インド洋でアメリカ、オーストラリアの艦船に給油を海上自衛隊がしているということです。しかし、海自の現場の思いからすれば、「オレらはタンカーか、洋上ガソリンスタンドか」ということで、モラル・士気が非常に落ちているそうです。プライドが傷つけられている実態があるそうです。海自は止めさせて欲しいというのが本音なのですが、戦闘行為はできないということで、政府は最低の支援ということで続行を考えていたわけです。
 安倍グループは、参議院選挙後、アフガンに陸自を送るという構想があったようです。イラクに送ったようなインフラ整備や医療の支援ではなく、治安維持を担当するような部隊を送るという構想です。これも選挙の結果で吹き飛んでしまい、現状の延長さえも厳しい情況を迎えているわけです。
 安部のそういう姿勢の中で、終戦記念日の靖国への閣僚参拝問題ですが、全閣僚の見送りという前代未聞の事態となっていますね。だれか根性のある奴はいないのか、という感じですね。そんな右からの批判がでてきそうな雰囲気ですね。「安倍はうわべだけの国家主義者か、それが美しい国か」と右翼からも異論が出てきますね。
 安倍が何故続投をしたのか、という点ですが、岸の娘であるお母さんから「止めなくていい」と言われたんだ、みたいな話も出てきています。

<経済政策が問われた選挙> 
C)私は今回の選挙は、前の衆議院選挙の揺り戻しだとか、また政策のない選挙だとかマスコミを中心には盛んに言われてきた議論に対して、そうではないと思っていました。敢えて言えば、小泉政治が生み出した様々な影の部分に対して、それを否定する国民の声が噴出したのだと思います。そういう意味では、小沢民主党の「生活が第一」というフレーズは、国民に受け入れられたということですね。競争を強めて成長を促すという安部の成長戦略、それは市場原理主義的な成長路線、新自由主義路線に他ならないわけですが、それでは大変な事になると国民が意識した事の現われと見るべきだ、と思います。千葉商業大学大学院の斎藤教授は、今回の選挙について、憲政史上初めて経済政策を争点にした選挙であると、選挙前・選挙後に日経新聞のwebサイトに書かれていましたが、全く同感です。
 衆議院での多数を背景に選挙直前には強行採決を繰り返した政治手法も、選挙の結果を受けて、様変わりすると思います。そういう意味では、投票率も上がって、選挙結果が大きく政治を変えていくことができるということを国民も学んだと思いますね。これから一層その変化を感じることができると思います。

<強行採決連発に国民が反発>
D)皆と同じような感想なんですが、今回の選挙はかなりムード的なものがあったと思います。マニュフェスト議論も希薄であったし、やはり中心は年金問題でしたね。年金制度に対する不信があって、それに対して政権与党がきちっと対応できなかったと。次から次へと問題が連続して、消えた年金問題ですか、そして破棄された年金記録問題などね。それを追求した民主党の方がきっちりやっているように映ったわけですね。
 もう一つ、国会の運営問題ですね。あれだけ強行採決や委員長報告で本会議採決するなどひどい運営を与党は行った。日本の民主主義は、与えられた民主主義などという人もいますが、それなりに定着しているんであって、あれだけ乱暴な運営をすれば、「多数の横暴」に対して批判が起こるのは当然なんです。これに対する反発は大きかったと思います。年金と国会運営、これは大きな問題だったと思います。
 
<争点にできなかった格差と憲法> 
 残念だったのは、以下二つの点です。一つは、格差社会の問題です。この問題は、打ち出しようによっては票を獲得できる課題です。社民党が格差社会の問題を一番強く訴えたと思いますが、やや抽象的、教条的な部分があった。もっと具体的に格差社会の実態を訴えられなかったのか。民主は格差社会問題では弱いところがあったのではないかと思います。鮮明な争点にはならなかったわけです。
 もう一つは憲法問題ですね。これも争点にはならなかった。社民党が全面に主張していました、自民党はむしろ避けた感もあります。「これからも責任を取ります」とか「美しい日本」などとノン・イデオロギー的な響きであって、美しい国などは、人によって基準も違うという曖昧なものでしかない。これが政策的テーマだと言われると、センスが悪いとしか言いようがありません。要は憲法問題を自民党は避けた、社民党は憲法問題が大事だとした。しかし、残念ながら争点にならなかった。それは年金・社保庁問題と、国民全般にある生活不安とか将来不安とか言われるように、景気がいいと言っても一向に上がらない賃金問題などですね、そちらの一般的な問題に流れた感があります。例の労働基準法の割り増し賃金問題とか最低賃金の引き上げを実行した後に、選挙があったら、どうなっていたのかな、と思います。
 憲法と格差社会が焦点になっていたら、民主よりも社共の方が伸びたのかな、とも思います。そんな経過なので、民主が伸びたのは理解できる。社共に伸びて欲しかったのだけれど。今回は民主の一人勝ちだからね。

<小泉政治の負の遺産>
B)言われているのは小泉の負の遺産が大きかったということですね。
D)負の遺産と言う場合、二つあると思います。一つは格差社会ですね。規制緩和で雇用の流動化を一層すすめ、ワーキング・プアを増やしたわけですね。もう一つは、自民党をぶっ壊したことです。地方の自民党集票組織を壊してしまった。以前農村票はほとんど自民党でしたね。公共事業の削減で土木建設業者の集票能力も地に落ちている。
B)特に格差・規制緩和で格差が広がっている中で、安倍がそれをリカバリーするような政策をひとつも出さなかったでしょ。
D)安倍は、基本的に小泉政策の追随だからね。継承と言ってもいい。安倍カラーというのはよりタカ派を押し出してきた小泉路線だと思います。
B)唯一言ったのが「再チャレンジ」というのですが、非常に精神論的な政策であって、具体論に乏しいわけです。国家公務員のフリーター枠と言ったところで、高学歴のフリーターもあるし、フリーターの定義そのものが曖昧でしょ。
D)労働者的に考えれば、低賃金構造の解消や不安定雇用の改善、社会保険加入の義務化の徹底などが求められるわけで、経営者を追い詰める必要がある。成長すれば解決するなどの新自由主義の修正が必要だと思う。

C)確かにD君の言うように、格差社会が争点というわけではなかったと思う。しかし、民主党のテレビCMは、前回の「嵐の中の小沢丸」から変わって、静かに生活者の視点で医療や介護、年金への不安を訴えたもので、それに対して「生活が第一」と。これは、明らかに生活不安・将来不安に対して「美しい国」「新自由主義的成長戦略」の安倍政権では解消できない、と主張していた。広い意味で格差社会への批判になっていると思うけれど。
D)その点は同感だ。最初は憲法改正などのタカ派的主張、年金問題が出てきて以降の「鈍感な対応」に終始し、揚句は強行採決。国民の実感と逆の事ばかりの対応だったね。負けるのは必然だった。そのイメージのまま続投だというのだがら、支持率が下がるのも当然だ。

<民主、1人区で圧勝>
C)具体的な選挙結果について、話をしましょう。
A)一人区で民主が圧勝したわけだね。九州では、野党が分裂していた大分で自民は議席を確保したが、従来の牙城であるの山陰や四国で全滅と言う結果になった。
C)そして3人区で民主が2人当選させていますね。
A)公明が、改選5を3議席落として、2しか取れなかったというのも痛いやろな。
C)公明は、3年前より選挙区で候補者をひとり増やしていますね。それでも比例区の票は全体で100万票近く落としています。
A)これは、公明にとっては深刻やね。前自治大臣の白川勝彦が「公明不敗神話の崩壊だ」と言っているね。本来公明は勝てるところしか立てないということなんだから、それが落選して相当なショックを受けていると思う。
 実は、選挙前の事前予想で、どの新聞も公明の劣勢を報道していなかったんだね。自民の敗北は予想していたわけだけれど。

<組織力低下著しい社民> 
C)比例区、選挙区の全国集計を見て思うのは、社民党というのは、選挙区の票よりも比例区の票数が多いということ。候補者を出している県でも同じですね。それだけ組織力が低下していると判断できるのでは。
B)大阪選挙区に社会党が公認した最後の候補が福間さんという女性でしたが、その時でも30万くらいしか取れなかったですね。あの時でも「こんな票か」という印象だった。荒木さんや牧内さんを出そうか、という議論もありましたね。
 大阪では、辻元清美が張り付いても、この結果ですね。
C)今回は、自公で票のやり繰りはなかったのかな。
A)公明が自民に厳しい意見を言っているようだね。票を回さなかったとね。公明は最大限まわしたのに。
B)東京の丸川は、ギリギリでしたね。
A)東京の丸川は、最終盤に、某宗教団体が応援に回ったという噂だね。反公明・創価学会という立場でね。
A)共産は、前回の参議院選挙から若干増やしているが、2年前の衆議院選挙との比較では、かなりの票を減らしているわけ。票を減らしていることに、あまり触れていない。投票率が上がっているのに、55万票以上減らしている。

<変わらぬ共産・社民の姿勢>
 老人党のなだいなださんがそれを批判している。彼は、これまで社民党か共産党に投票してきた。今回も社民党と共産党に、統一候補を立てるよう申し入れしたのに、応じなかった。その結果、だめだったというわけね。
 さらに、社民党に関しては「・・・選挙前、評論家の斎藤貴男さんが社民党から立候補の要請を受けていると聞きました。・・・しかしその話は最後のところで実らなかったらしい。斎藤さんは、川田竜平さんを社民党公認候補にするか推薦候補にするという条件を付けたところ、社民党は東京で独自候補を立てるという面子にこだわり、社民党が断ったからだと聞きました。こういう事では護憲派は愛想をつかして離れていく・・」とHPに書いておられます。
C)共産・社民に共通する事ですが、今回も2大政党が主役のような選挙展開になり、いわいる埋没情況は続いているわけです。両政党とも選挙でも政策でも部分共闘でも民主党と組んでいくという姿勢を示さないと、一層ジリ貧が進むと思います。
 それは、両政党を否定する、非難する立場ではなく、彼らなりの運動の基盤を大事にする意味でも、タイミングを間違ってはいけないと思います。残された時間はそんなにないように思いますが。
B)大阪でも意外と共産党候補の宮本は票を取っていないですね。自民党谷川を脅かすかとも思っていたんですが。
C)大阪で共産は14万票増やしても勝てなかった。民主がダメだというなら、社共連合という選択もあるはずなんですね。護憲派にこだわるならば。

<望まれる共産・社民の統一姿勢>
C)共産党と社民党が得票を減らし続けていることは、どうなんだろうか。
D)そうやねん。今回の選挙で共産、社民に票を減らす要素はあったのかな。投票率も上がったわけでね。社民は比例区で大きく減らしている。
C)前回の参議院選挙との比較では、社民、公明が比例票を大きく減らしている。共産党は横ばい。比例では民主の一人勝ちになった。といっても民主の票は浮動票が大半と思う。連合の票も今では余り当てにならない。しかし、今回は民主に流れた。逆に自民党は集票組織が崩壊状態。医師会も離反したし、建設業も公共事業削減でパワーを失った。旧来の支持層である農村票も離れた。今回は都市でも地方でも自民党・公明党は票を減らしたわけだね。共産・社民にも浮動票は流れなかったのではないか。
D)私は今回は社民に入れたけれどね。ただ共産についてはバッシングがかなりあった。ちょうど宮本の死去もあって、テレビ番組でも政策を訴える時間もくれなかったよ。それにしても、票を減らしすぎだ。
C)確かに生活不安・格差社会を問題にしていたのだから、躍進でなくとも健闘ぐらいの結果は出てもよかった。しかし結果は、ジリ貧。共産・社民ともプライドもあって、選挙後の政権戦略は民主と距離を置くような発言があったけれど、果たしていつまで言っていられるか。民主にやわらかい左バネが効いているうちに、共同する戦略に転換しないと議席ゼロなんでことになってしまう気がするけれど。

<格差社会対応は、もっと具体政策で>
D)格差社会については、もっと具体的な問題を提起すべきと思う。グッドウィルやフルキャストなんて、とてもひどい事をやっている。企業名も挙げてもっと告発していく必要がある。今経営者は外国人労働者はいらないと言い出している。派遣や請負で十分低賃金の労働者を確保しているわけだ。日本語もしゃべるしね。
B)低賃金労働者のプールはできているというわけやね。
D)こんなことにもっと切り込んでほしいね。
B)やはり党が小さくなっていくと、調査能力や政策能力は低下してきましね、特に社民党ですが。党が小さくなっていくと情報がまず入ってこない。悲しい事ですが。
D)やはりまだ「イデオロギッシュ」すぎる。ムード的なものしか言っていない。中小業者の事も配慮しすぎで、もっと専門化しろと言いたい。労働者の立場に徹すればいいと思う。さらに言えば、不安定雇用の人、ワーキングプアの皆さんは、選挙に行っていないのではないかという事もあるね。
B)ネットカフェで寝泊りしている人は、住民票も田舎にあったりしてね。
D)毎日働きまっくっているわけで、選挙にいく元気もないのではないか。本当に生活に苦しい人は選挙に無関心という実態もある。
 そして憲法の問題だけれど、例えば具体的な外交政策と絡めて憲法改悪反対というべきだね。「9条を守れ!」というだけでなく、現実の外交政策、日米軍事態勢の改変問題とかイラク戦争と絡めて主張しないといけない。
B)自民党も余裕がなくなって、当面憲法問題を争点にできないのではないかな。

<政治に緊張感が出てきた>
D)僕はあまり心配していない。小沢民主党にね。小沢は大局観のある人だし、自民党との違いを常に明らかにしていくような気がする。今回のテロ対策法の対応などもそうだ。それを貫かないと、自民党と一緒かと言われかねない。
B)選挙前から、アメリカは安部の背中を打つような対応をしていますね。まず6カ国協議で日本の頭越しに北朝鮮と妥協した。拉致問題も取り上げずに。そして次は慰安婦問題での非難決議、採決の日は選挙後でしたが。
C)選挙はいろいろやってきた僕だけれど、参議院選挙は、他とくらべると非常にしがらみの無い選挙ですね。地域の利益代表でもないし、業者関係や地縁血縁で締め付けてくると言うのも少ないわけです。そうした参議院選挙ですが、比例区では民主・共産・社民票他を合計すると過半数を越えるわけですね。前回の郵政選挙に続いてね、政治を変える力が選挙にあるんだ、と言う事を示したし、自公対野党でがっぷりよつになれば、いつでも政権は変わるということになるね。
D)これが衆議院選挙であれば、こわい結果が出るね。51%で総取りだからね。(終)
<文責 佐野秀夫>

 【出典】 アサート No.357 2007年8月25日

カテゴリー: 政治 | 【討論】 参議院選挙結果意見交換会 はコメントを受け付けていません

【投稿】全ての原発は耐震設計の考え方を根本的に見直せ

【投稿】全ての原発は耐震設計の考え方を根本的に見直せ
                            福井  杉本達也

<原発の耐震設計の2.5倍の揺れ>
 7月16日に起こった新潟中越沖地震で東京電力柏崎刈羽原発は大きな被害を受けた。同原発1号機では地盤面で『設計最大震度』(S1)273ガル(ガルは加速度の単位で、1ガルは1秒間に秒速1センチの加速)・「およそ現実的ではないと考えられる限界的な地震」(e-原子力HP)と表現される『設計用限界地震』(S2)450ガルをも大幅に上回る680ガルを記録した(S1・S2とも「旧耐震設計指針」による)。3号機タービン建屋1階にあるタービンを載せる台上の地震計は2058ガルの揺れを観測した。設計時の想定834ガルの2.5倍だった。地震波の周期ごとの分析では、1~7全号機でほとんど全ての周期帯で想定を超えた。2~5号機では、放射能漏れなどにつながる原子炉圧力容器や燃料集合体、主要配管など重要機器の損傷を招きかねない周期帯(周期0.1~0.5秒程度)でも超えていた。破損した6号機の天井クレーンに最も近い地震計では上下方向に重力加速度980ガルを上回る1541ガルを記録。最大の揺れを受けて一瞬、浮いた可能性がある。6号機地下8mの地盤面の揺れは325ガルであるから、地上45mの天井付近では4.7倍にも増幅されたことになる。全ての原発でスロッシング現象により使用済核燃料プールから放射能を含んだ溢水、3号機では所内用変圧器が火災を起こし、原発内の自衛消防では対応できず2時間後に柏崎消防よって消し止められた。

<しぶしぶ耐震設計の誤りを認めた国・東電>
 安倍首相は参院選の真只中であったにもかかわらず、急遽長崎での遊説を中止し、甘利経産相と供に当日の午後に自衛隊ヘリで現地入りした。安倍首相は与党不利の状況の中、地震対策が与党に有利に働くとの打算から、何の準備もなく現地入りし、いきなり原発の「安全宣言」を行ったが、その後の東電の発表は首相の目論みを大きく覆すものであり、逆に首相としての指導力のなさ、“冷静な危機意識”の希薄さを有権者に強く印象付けるものとなってしまった。東電は16日・当日に「安全宣言」を出したものの、翌日には7号機排気塔からヨウ素などの放射性物質を大気放出したこと、使用済核燃料プールから水が溢れ出たことなどを発表した。さらに、23日には上記溢水がケーブル配管を伝って外部に流れ出たことを明らかにした。極め付けが24日に発表した6号機原子炉クレーンの破損である。
 全く状況が掴めていない時点でいきなりの「安全宣言」、その後、小出しに被害状況を発表するという東電・国の姿勢に地元もあきれ、会田柏崎市長は消防法に基づく危険物貯蔵タンクの停止命令を18日午前に出した。しかし、鈴木篤之原子力安全委員会委員長 は19日、「今回の地震は、非常に大きな地震動をもたらしましたが…原子炉施設の安全は確保されており、その意味では、審査指針を含む耐震安全の考え方は基本的に有効と考えられます。」と、これまでの原発の耐震設計に誤りはないと居直ったのである。
 エルバラダイIAEA事務局長も全面調査が必要と日本政府に迫り、21日には泉田新潟県知事もIAEAの調査受入を要望し、国は望んでいなかった日本の原発政策への国際的介入でもあるIAEA調査団を受け入れざるを得なくなった。その後も鈴木原子力安全委員長は日経とのインタビューで「原発の耐震指針 見直さず」と答えるなど頑なな姿勢に終始した(日経:7.24)。そのため、泉田新潟県知事は「保安院の顔が見えない。県民は東電が信頼できなくなっている。安全か危険か、事業者任せでなく保安院がコメントしないと、住民は安心できない」(新潟日報:7.24)と、23日に新潟県庁を訪れた保安院長に直接抗議。地元を初めとする立地自治体・住民の余りの反発の大きさに、甘利経産相は、24日、東電の耐震審査を「国が確認する対応が不十分だったといわれればそうであろうと思う」(毎日:7.25)としぶしぶ過去の耐震審査の不備を認めた。その後、急遽設置することとなった原発調査委員会の斑目春樹委員長は「想定地震動の見積は大間違いだった。しっかり見直さなければならない。」(福井:7.29)と耐震設計指針の大幅見直しに言及せざるを得なくなった。

<岩盤上に設置されているのに一般住宅よりも大きな被害>
 8月10日に東電は被害状況の第19報(東電:HP)を出したが、これまでの発表経緯を見る限り全面的な信頼に耐えうる文書とはいえない(7月30日に東電は総数97台もの地震記録データの一部を公開したが加速度応答スペクトルの状況など全く不十分な資料である。そもそも、原発サイトの地震の影響解析が福井県原子力安全専門委HPからの情報発信量の方が多いというのも異常である)。被害状況については、今後さらに詳細を調査しなければならない。1号機では原子炉圧力容器の在る1階部分で884ガルの揺れを記録しているし、また、タービン台上でも1842ガルを記録している。無数の配管・計器類をはじめ重要機器が無傷とは思えない。建物の一部を構成する天井クレーンが破損したということは建物本体の損傷も疑われる。
 ところで、一般住宅の被害状況については、新潟大災害復興科学センターが、柏崎市内3地域で木造の約860棟を調査、被害を比較している。沖積層と砂丘地の境目で被害が大きくなる“なぎさ現象”が起き、最も被害の集中した同市東本町・西本町地域では旧住宅(「直接基礎」(石などの上に柱を置いただけのもの))が36%、旧住宅兼店舗24%であったが、コンクリートによる「布基礎」の住宅は10%だった。同市栄町でも旧住宅(直接基礎)は21%となったが、布基礎の住宅は大破率が低く、「耐震基準を満たせば、なぎさ現象にも強い」と指摘している(新潟日報:7.25)。こうした一般住宅と比較して、岩盤の上に建てられており、コンクリートの塊で、本来揺れが少ないはずの原発で、2000ガルを超す揺れがあり、重要度Bクラスの直径5センチもあり鉄の塊ともいえるクレーンの継ぎ手が全面破断するなどの被害状況は異常である。もし、50トンもの圧力容器の上蓋や燃料棒を吊り上げなどの負荷のかかった状態で地震にあっていたら重大な被害となっていたことは明らかである。また、作業台の落下などもあり、当日はたまたま土曜日の休日に当たり、定期点検などの作業を休止していたことが数人の負傷者だけで済んだのであり、不幸中の幸いだったといえる。

<国・電力会社は現実を直視せよ>
 中越沖地震を引き起こした海底断層は東電の建設時評価の7~8キロを上回る30キロもの断層だった疑いが出ている。中田高広島工大教授は「明確な根拠もなく断層の長さが短く見積もられたのではないか」(福井:7.20)と指摘している。耐震設計指針を旧指針のマグニチュード6.5程度ではなく、内陸型地震では最低でも阪神大震災クラスのM7.3の直下型地震にも耐えうるような設計にしなければならない(2006.3 志賀2号建設差止訴訟金沢地裁判決)。そうするならば、おそらく原発はさらに巨大な構造物となり、建設費は膨大なものとなる。とても経済的にペイするものとはならないであろう(日経:8.17 平野光将原子力安全基盤機構)。そもそも、旧指針のM6.5の根拠すら曖昧であるが、おそらく米国原子力規制委員会(NRC)及び米国機械学会(ASME)の安全規制を引き写したものであり、根拠規定を変更することとなれば現行原発の根本的な設計変更は避けられず、保安院や原子力安全委員会の手に余るものであろう。とするならば、現在の原発に偏った電力政策がよいのかどうかを見直さなければならない。稼働中の原発は16箇所あるが、2005年8月の東北電力女川原発、今年3月の北陸電力志賀原発、そして今回の柏崎原発と短期間のうちに3箇所もの原発が想定を上回る地震に見舞われている。これはきわめて高い確率である(日経:8.14)。柏崎原発は斑目委員長の言葉からしても数年間は稼動停止される。820万キロワットもの発電設備が一挙に数年間も失われたということは国のエネルギー政策が根底から破綻したことを意味する。代わりに東電は旧式の石油火力の発電量を21.5%も増やさねばならなくなったが、こちらは温暖化対策の計画にも重大な影響を与える。神戸大学の石橋克彦氏は『阪神・淡路大震災の教訓』(岩波ブックレット)の中で「危機感をあおるのはよくないという専門家もいますが、事態を直視することが全ての始まりです。それによって冷静な危機意識と健全な緊張感をもつこと」が大事であると指摘している。国・電力会社は現実に目をつぶることなく、冷静な判断を示さなければならない。

 【出典】 アサート No.357 2007年8月25日

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【呼びかけ】「憲法九条改憲阻止の会」への呼びかけ

【呼びかけ】「憲法九条改憲阻止の会」への呼びかけ

 去る6月15日に、東京・日比谷野外音楽堂で「9条改憲を許さない6・15共同行動」が実行委員会主催で行われ、主催者側の予想を上回って約1200名の人々が結集し、国会デモを行ったという。60年安保反対闘争を闘った世代を中心に、当時の学生自治会活動家、全学連、全自連、その後の平民学連、全共闘世代が呼びかけ人となり、直前の6月13日時点で663名の人々が名を連ねている。
 当日の集会の経過報告によると、
 第1に、「九条改憲阻止!」をたった一つの目標に掲げ、ひたすら個人参加を前提にして、「行動の一致」を目指しました。これが活動の基点であった、ということ。
 第2に、「個人参加を原則にして、肩書きを持たない呼びかけ人が、集会の主催者であり、参加者であり、運動の担い手である」ということ。
 そして第3に、九条改憲を許さないというこの一点での一致を大切にし、小異を残して大同につくという運動の大原則に立ち返ること。
 以上を運動の原点として、呼びかけ人個々人は、「「九条改憲阻止」という点を除けば、さまざまな意見の相違を持っています。・・・かつての運動の中には、意見の一致点よりも相違点を強調し、ある場合には暴力的対立抗争に及ぶという傾向もありました。私たちはこうした傾向を、運動の利益より政党・党派の利益を優先させるものであり、有害無益と考えています。」と強調し、
 さらに、「私たちは先行する運動に学び、連帯し、運動の輪を広げていきたいと思っています。」と運動に取り組む謙虚な姿勢も明らかにしている。こうした姿勢こそが運動の輪を広げていくものであろう。
 60年安保からすれば45年以上を経過して、ようやくにしてこうした運動の基調、原点にたどり着けたのかという一種の感慨を抱かせるものであるが、関西の当時の活動家の多くが、まさにこうした姿勢を一貫して主張し、堅持してきたことが想起される。
 そこで関西の地においても、同じ運動の原点に立ちながら、「憲法九条改憲阻止の会」を立ち上げることとなり、筆者も呼びかけ人と一人として参加し、何度かの準備会合を経て、その第一回会合が、さる8月11日に持たれ、出来れば毎月会合を持ち、広げていくことが確認された。
 以下はその際の、呼びかけ分の抜粋である。
「平和憲法が第二次大戦後の世界平和にそれなりに貢献してきたことは紛れもない事実ですが、その第九条をはじめとする非戦・平和・民主主義・主権在民の根幹をことごとく打ち壊そうとする衝動が、総資本と保守政権を突き動かしています。壊憲の道となる国民投票法がすでに成立しています。
 平和と民主主義を培ってきた私たちはこれを座視するわけには参りません。すっかり衰退・崩壊している諸運動の現実を見るとき、私たち自身の責任を痛感し、再び人民主権の運動を再興するために立ち上がることを決意しました。
 対立と分裂を重ねてきた運動の反省に立って、一致できる一点なりとも大切にし、互いの力を寄せ合うことが今ほど求められているときはありません。
 改憲阻止ー反戦・平和・民主主義・人民主権の運動を私たちと共に再生させようではありませんか。
 「憲法九条改憲阻止の会」へのあなたの参加を切望し、呼びかけます。」
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.357 2007年8月25日

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【コラム】ひとりごと—米住宅バブル崩壊で世界同時株安が進行—–

【コラム】ひとりごと—米住宅バブル崩壊で世界同時株安が進行—–

○アメリカの株式市場・金融市場が大揺れだ。つい最近ダウ平均が14000ドルを史上初めて突破したところだが、「サブプライムローン」の相次ぐ破綻、もしくは破綻懸念が噴出し、ダウ平均が急落した(8/15)。○以来、サブプライムローンを問題を発端にした株安は欧州・日本・アジア市場に波及し、信用収縮(クレジット・クランチ)が懸念される事態となった。EU中央銀行に続きFRBも合わせて数十兆円にのぼる資金供給を金融市場に行うと共に、アメリカFRBは公定歩合を0.5%緊急に引き上げる対策に乗り出し、今日(8/20)現在は、各市場とも安定化の方向に向かっていると言われている。○また、米株価の急落は、ドル離れを急速に進め、8/16を前後して、円が4円以上一夜の内に急騰する事態となった。円高の急速な進行により、いわゆる「円キャリートレード」投資が焦げ付く事態となり、一層の円買いを呼んだとも言われている。急速な円高を受けて8/17には、日経平均が800円を越えて暴落することになった。○何ともめまぐるしい事態の進行だが、その原因となった「サブプライム・ローン」とは何なのか。アメリカでは、金持ちには低金利、低所得者には高金利が常識だそうだ。カードローンの利率まで大きな較差がある。○当然住宅ローンも同様で信用力の低い人、要するに低所得者には12%を越える高金利の住宅ローンが存在する。これが「サブプライムローン」である。アメリカの住宅価格は経年による価値の低下は日本と比べると少なく、資産価値が上昇尾する場合もある。不動産バブルが重なり、高金利を越える住宅価格の上昇が続いたためサブプライムローンによる住宅取得が拡大した。○ローン会社はこのローン債権を証券化し、市場化した。年10%を越える利鞘にアメリカのみならず欧州・日本から投資が行われてきたが、住宅販売の不振・住宅価格の低迷が、このローンの焦げ付きを顕在化、一挙に「住宅バブルの崩壊」という事態となった。○日本でも1000億円を越える損失が金融機関や投資ファンドに生じている。○アメリカは世界最大の債務国でありながら、国内消費の底堅さにより経済が支えられている国である。(機軸通貨の強みもあるが)その消費を支えてきたのが、住宅バブルであり、ローンを借りても資産が増えるのだから使えばいい、という発想であろうか。その基礎構造にサブプライムローンがあったのである。○しかし、アメリカの住宅ローンの破綻が、何ゆえ欧州や日本、世界の金融市場を激震させているのか。○かつてLTCMなどのヘッジファンドの破綻が世界株安の引き金になった。今回の場合も、ローン債券の証券化により高金利を当て込んで世界中のファンドが投資をしていたわけである。○LTCMの場合と違い、今回は「疑念」が「疑念」を呼んで、脱兎のごとく資金が逃げ出し金融市場が収縮した。まだ破綻するサブプライムローン会社の規模も明らかになっていないのにである。今後高金利支払い期が到来する債券も大量であるという。○高金利・利益を当て込んだ「過剰流動性」資金は、国を越えて暴れまわっている。原油高騰をはじめとする原料価格の高騰も、これら流動性資金の投機的運用の結果と言われている。○実体経済に基づかない資金の流れが市場を決定している。○日本に目を移すと、歴史的低金利が続いているが、今回の世界同時株安で8月利上げはないと言われている。となれば円安基調に変化はない。日本の金融当局には静観以外の金融政策は存在しないかのようである。○唯一あるとしたら、労働市場において低下した労働分配率を引き上げる政策を実行し、勤労者国民の所得を向上させ、内需を高めることしかない。一向に改善しない低賃金の状況に対して、唯一の選択を経営者に押し付けることが必要であろう。輸出主導の経済では円安頼みになる。内需拡大で成長が可能となるよう労働者への配分増こそ必要である。○サブプライムローン問題と乱高下する世界株、そして円高に怯える輸出主導日本経済、不安定な状態が今後も年末まで続くのは必至であろう。世界同時株安は安倍政権に課題を突きつけている。アメリカの言いなり政策では、国民が不幸になることは目に見えている。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.357 2007年8月25日

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