【投稿】後期高齢者医療制度の問題点と今後の医療改革

【投稿】後期高齢者医療制度の問題点と今後の医療改革
                            福井 杉本達也 

1 山口2区補選ショック
 「高齢者医療、補選の衝撃 与党候補が大敗した衆院山口2区補選ショックが、4月に始まったばかりの後期高齢者医療制度を揺さぶっている。」(朝日:2008.4.29)丹羽雄哉元厚相は「私は地元で、この制度の『諸悪の根源』扱いされている。早く手を打たないと持たない」(毎日:5.16)と述べている。
 医療費は誰かがどうにかして賄わなければならない。4月から75歳以上の後期高齢者1300万人を「後期高齢者医療制度」に移行し、全員が個人単位の保険料を支払うこととなった。慶應大学の土居丈朗准教授は「我々は長寿化という幸せの見返りに、75歳以上の生活での費用をどのように賄うかを真剣に考えてこなかったツケが今のしかかっており、キリギリスのように能天気に対応してはいられないのです。」(村上龍「Japan Mail Media」:2008.5.12)という。また、福田首相は山口2区の選挙応援演説で「お金いるんだけどね、若い人も支えてくれる。お年寄りの医療はお金かかるが、若い人もせっせと支えようと言っているんだから。そういう、医療を必要とする高齢者の方は幸せですよ。だけど、少しぐらい負担してくれてもいいじゃないの、というのが今度の医療制度なんだけどね。」(4月20日:福田首相・山口県下松市のショッピングセンター前で行った演説)と後期高齢者医療制度を説明したが、はたしてそうか。今年3月までは「老人保健制度」ということで、高齢者も、被用者は被用者保険に、退職者や無職者は国民健康保険(国保)に入っていた。会社員の扶養家族となっていた高齢者200万人は健康保険で支払っていたが、後期高齢者全員が土居氏の言うような「キリギリス」の生活をしていたわけでも、福田首相のいうように「少しぐらいの負担」もしていなかったわけではない。

2 なぜ、保険料は高くなるのか。
 福田首相や枡添厚労大臣は7割りの人は保険料が安くなると叫んでいたが、実際は高くなる人が続出し、厚労省も保険料が安くなるというのは何の根拠もないと前言を翻した。これは詐欺に類する行為であるが、では、なぜ保険料が高くなるのか。土居氏によると「保険料負担が増えた人は、それまでその人が入っていた保険で若い人たちがより多くはいっていたために少ない保険料で済んでいたことが一因としてあるのです。若い人たちが保険料や税金を負担してくれたお蔭で、高齢者が負担する保険料が低く抑えられている」としている。
 これまでの国民健康保険では、市町村単位で運営されており、市町村は法定繰り入れ分の他に任意で3600億円もの税金を投入し保険料を安く抑えてきたのである。特に大規模市を中心に保険料の軽減措置が行われてきた(詳しくは『日本の医療保険制度と費用負担』小松秀利)。これが、県一本の広域連合となることによって、各市町村が行っていた独自の補填・給付は全て切り捨てられることとなった。厚労省の机上の空論とは違って、保険料は都道府県によっては1万円以上も上がる。そこで、保険料を下げるため東京とは独自に17億円を公費投入するなど8都道府県が公費投入計画である(朝日:2008.4.15)。しかし、全国でわずか、20億円程度では焼け石に水である。

3.破綻寸前の国保会計を助けるためが本当の理由
 後期高齢者医療制度の財源は本人の負担が1割、税負担5割、健康保険・国保等4割となった。具体的に各保険からの医療費の支援金を見ると、健康保険組合からは940億円の増、共済組合からは162億円増となる一方、国民健康保険では5,378億円の減、政府管掌健康保険で2,910億円の減となる(福井:5.14)健保の場合、前期・後期を含めて国保への負担増は「後期高齢者支援金が1 兆1,256 億円、前期高齢者納付金が1 兆0,501 億円で、20年3月分の旧制度負担分等を含めた拠出金等負担総額は、2 兆8,423億円となり、対前年度比5,094 億円、21.8%と大幅に増加する見込みとなっている。また、保険料収入に対する拠出金等の割合は46.5%を占め、前年度(39.4%)から大きく増加する見込み」(『平成20年度健保組合予算早期集計結果の概要』)としている。
 国保は、国民皆保険を支える制度として、他の制度に加入しない高齢者や無職者など、保険給付額が多い反面保険料負担能力が少ないものが多い。人口1万人規模の町村では破綻状況にあり、数万人規模の市でも小泉内閣以来の「構造改革」による交付税の削減などにより財政運営は極めて厳しい。一般被保険者分、退職被保険者等分及び介護保険分を合わせた収支状況は、単年度収支差引額は、1,113億円の赤字、さらに、一般会計繰入金(法定外)のうち赤字補填を目的とするものを収入から除くと3,689億円の赤字となる(「平成17年度 国民健康保険(市町村)の財政状況について」)。そこで、都道府県単位に一本化し、これまでの老人保健法と異なって、健保・国保から完全に制度を切り離したのである。財源的には、これまでと同じように、健保・国保からの財源を4割充てることになるが(支援金)、制度の主体ではないことから、財源を出し渋ることとなる。そのことによって、医療費を財源の枠内に抑制しようとする方向に力が働く=キャップ制。そもそも、ほとんどが生産人口ではない・罹患率が高い高齢者のみを対象としたハイリスクの保険が『保険制度』として成り立つはずはない。当然、今後保険料の値上げ、医療の制限へと踏み込まざる終えなくなる。高齢者の不安が噴出したのは、高齢者の切捨てと直感したからであろう。今回の制度の唯一の成果は、75歳以上高齢者を他の年齢層から切り離すことによって、一部の専門家の間でのみ議論が為されてきた、『高額な医療費』『これからひひたすら死んでいくだけのはずのお年寄りの無駄遣いする医療費』(中村利仁北大助手:村上龍「Japan Mail Media」:2008.5.13)が見えるようになったことだけである。しかし、全体像が見えることと、具体的な解決策が提示できるかは全く別の問題である。

4.医療制度の『抜本的改革』を目指すことは幻想である
「構造改革」とは「医療費の伸びの」の徹底的な抑制である。小泉政権の5年間は厳しい医療費抑制・患者負担拡大への急旋回であった。2002年の健康保険法改正による本人の自己負担率の引き上げと、2006年の診療報酬引き下げ・後期高齢者医療制度の改正である。結果、日本の医療費水準はG7中最下位になる一方、患者負担の割合は「最高」になった。既に、『保険制度』としては限界に達している。
特に、現役並み所得の高齢者の3割負担化等の負担増と「在宅での看取り」の促進による医療費抑制は高齢者の狙い打ちである。「後期高齢者医療制度は、出来るだけ後期高齢者の方々にも負担をお願いすることができる(つまり、勤労世代の負担を相対的に抑制する)仕組みとして、画期的なのです。」と土居氏は臆面もなく述べているが、後期高齢者の1割負担、前期高齢者の2割負担は、高齢者の1人当たり医療費が非高齢者の4倍強となることを無視しており、きわめて不公正である。同じ負担「率」でも高齢者の自己負担「額」は4倍以上になることが考慮されなければならない。「やっても治らないようなところ[終末期医療]にはもう金をかけない。病院で死んでいるけれども、在宅で死んでもらう[ようにする]こともありうる」と久間章生氏はテレビ番組で発言したが、「在宅での看取り」の促進による医療費抑制効果はほとんど期待できない。全死亡患者の死亡前1カ月間の「死亡直前期」医療費(1998年度)は7859億円にとどまり、国民医療費の一般診療費(約23兆円)のわずか3.5%にすぎない。しかも、この統計には急性疾患などの医療費も含まれている。生活習慣病対策による医療費抑制も「机上の空論」である。生活習慣病対策による医療費抑制効果を証明した大規模な実証研究はない。主観的願望にすぎない。医療は人件費が5割を占める労働集約型産業であり、しかも医療技術の進歩で人件費が減ることはほとんどないため、医療の質の向上と医療費抑制との両立は不可能である(二木立・『医療改革』)。医療制度改革には『抜本的』という幻想を捨てることこそ求められている。

5.公的医療費増加の主財源は『消去法』では社会保険料しかない
 今、早急に行わなければならないことは、2006年に閣議決定された2011年までにプライマリーバランスを取るという『骨太の方針』を撤回し、年間2200億円の社会保障関係経費のマイナスシーリングをやめることである。しかし、それだけでは、国保・政府管掌保険などガタガタとなっている『保険制度』を再構築するには不十分である。百家争鳴の与党の高齢者医療の見直し案では、扶養高齢者の保険料免除に300億円、前期高齢者の窓口負担凍結で1400億円など財源は2000億円を上回るとはじいている(日経:5.16)。2200億円のマイナスシーリングを元に戻しても、それだけではチャラでしかない。
 5月16日の朝日紙上で、広井良典千葉大教授は高齢者医療の財源を「保険・税の混在が問題」だとし、消費税の15%程度への引き上げによる税による全面負担を主張している。一方、堤修三大阪大教授は「保険による相互扶助」を主張している。
公的医療費増加の主財源は社会保険料の引き上げと所得税・法人税、消費税を組み合わせるしかない。現在の政治状況では、10%程度の消費税引き上げでは、大半はまず、先に決定されている基礎年金の国庫負担1/2への引き上げなどに使われてしまい、医療費にまわる余地はほとんどない。消費税を15%にでも上げれば別だが、過去の消費税上げの経過などを考えると政治的には不可能に近い。後期高齢者のみを全体の保険制度から切り離すという考え方は、ハイリスク者を切り離すということであり、本来の『保険』の思想を根本から逸脱するものである。この考え方の根底にはアメリカ流の新自由主義の思考方法が潜んでいる。高齢者を全体の保険制度から孤立させないためには、『消去法』では主財源は社会保険料しかない。国民は良質な医療を平等に受けることを求めているが、公的医療費の総枠拡大には否定的なのである。

6.なさけない都道府県の立場
 国保に3600億円もの財源を持ち込んでいた市町村と比較して、後期高齢者医療制度を支援する立場にある都道府県の体制はあまりにも貧弱である。前述のようにたった8都道府県に公費投入計画だけであるし、後期高齢者医療制度への加入が任意となっている65歳から74歳までの重度身障者を強制加入しようとした道県が10もある。都道府県の場合、直接住民との接点が少ないことで、今回の後期高齢者医療制度への支援にしても想像力を全く欠き、腰が引けているといわざるを得ない。少なくとも市町村よりは財政的余力があるはずであるが、改正法成立後の2年間に何か手だてを講じた形跡はみられない。泥縄の厚労省の通知待ちの状況であった。これでは、広域連合が厚労省の出先機関として医療費抑制のお先棒を担ぐことになりかねない。医療制度の再構築には都道府県がしっかりと自立することが求められる。

 【出典】 アサート No.366 2008年5月24日

カテゴリー: 医療・福祉, 杉本執筆 | 【投稿】後期高齢者医療制度の問題点と今後の医療改革 はコメントを受け付けていません

【投稿】新たな段階に進む「北朝鮮核問題」

【投稿】新たな段階に進む「北朝鮮核問題」

<「急転直下」の合意へ>
 北朝鮮核開発問題は、アメリカの求める「完全かつ正確な核開発計画申告」をめぐり、一時停滞していたが、4月8日に行われた、アメリカのヒル国務次官補と北朝鮮の外務次官との会談後の4月24日、ブッシュ政権は、北朝鮮がシリアの原子炉建設を秘密裏に支援していたことを公表した。
 さらに4月30日には「07年版国際テロ活動に関する国別報告」が発表され、北朝鮮は引き続き「テロ支援国家」とされた。
 こうした流れを踏まえ、「アメリカ政府、議会内で対北朝鮮強硬派が台頭」「やはり拉致問題の解決なくしてテロ支援国家指定解除はあり得ない」「発表に反発した北朝鮮が強硬姿勢を強めるのは必死」などの期待と憶測が、日本政府など一部で強まり、「6カ国協議の早期進展は遠のいた」との観測が流れた。
 しかし5月1日、バーシュボウ駐韓アメリカ大使は「北朝鮮が核施設の無能力化と、完全、正確な申告を行えば、テロ支援国家指定解除等を議会に通知する」と発言した。これを受け5月8日、北朝鮮は過去のプルトニウム核開発に関し、1万8千ページにも上る関連文書を提出した。その内容は1986年以降のプルトニウム開発の詳細な記録で、国務省も「徹底的な調査」を前提としつつも、高く評価していることを明らかにした。
 アメリカ政府は今後、数週間から1か月間をかけて、提出資料の綿密な分析を進めるが、「不十分」との結論は出されず、解除45日前の議会報告義務を踏まえ、調査中にもテロ支援国家指定解除予告を両院に通知する可能性が、極めて高くなってきている。
 また、指定が解除されれば北朝鮮政府は、「無能力化の証し」として、の核施設解体作業の一部を公開するという、一大パフォーマンスを決行する計画があると、複数のアメリカマスコミが報道した。

<止まらない流れ>
 この方針は6カ国協議参加国のうち中国、ロシア、韓国も了解済みと考えられ、拉致問題にこだわる日本のみが孤立することになるだろう。この点に関しても、バーシュボウ大使は、韓国マスコミのインタビューで「日本人拉致問題の解決はテロ支援国家指定解除の前提条件ではない」との考えを示し、日本政府に対し予防線をはった。
 この間日本政府や運動体はアメリカや韓国でロビー活動を繰り広げ、北朝鮮への制裁強化を主張してきたが、拉致は非核化に優先することはない、とのアメリカの認識が明確になったといえる。
 また韓国は、李明博新政権で対北朝鮮融和政策が見直され、日本政府も強硬策の展開に期待を寄せていたが、今回はアメリカと同調する方向となっている。
 この流れは止まりそうにもなく、5月19日ワシントンで開かれた日米韓の6カ国協議首席代表会議では、日本政府の立場は主張しつつ、全体の方向性を認めざるを得なかった。
そもそも今回の動きは、4月8日のシンガポールでのヒル―金会談で大筋合意されていたものある。
 アメリカ強硬派の反発や、日本の反対も織り込み済みで、シリアへの技術協力問題の暴露も、北朝鮮を追い詰める手立てではなく、アメリカの中東政策がらみであることは、明らかだった。

<狼狽する福田政権>
 日本政府としては、4月の間に激変するであろう情勢への対応を進めるべきであったが、「強硬勢力」への期待、「対話と圧力」という硬直したスタンスと、「ガソリン税」「後期高齢者医療制度」などの「内患」に縛られ、「外憂」にまでは手が回らなかった。それでも、4月10日に福田総理と面談した小泉元総理が訪朝を勧め、自民党有力者が秘密裏に韓国での「横田一族再会」を計画したものの、頓挫した。
 横田氏らの訪韓計画報道を受け、町村官房長官は5月9日、「政府が韓国に北朝鮮との仲介を要請したことなどない、報道は事実無根」「めぐみさんの『遺骨』の北朝鮮への返還も政府の方針ではなく、大変遺憾だ」と記者会見で釈明。また交渉代理人と目された中山首相補佐官も、今回の報道を色をなして否定した。
 この「騒動」は、司令塔不在の福田政権の狼狽ぶりが際立つ結果となったが、日本政府は、6月初めにも再開が予想される6カ国協議に、何らの手も打てないまま臨み、「拉致問題解決なしの核問題解決」という「煮え湯」を飲まされる可能性が、ますます大きくなったといえる。
 今後、北朝鮮核問題は核廃棄という新たな段階へと進むこと思われるが、6カ国協議は日朝協議とは違い、お互いに履行義務を持つことが決められているので、日本政府は衆人環視のなかで、国交回復交渉を始めることが求められる。
 八方塞がりともいえる状況のなかで、国民の支持を得ていない福田政権の対応には限界があり、東アジアにおける日本の政治的位置は、一層希薄になることが予想される。(大阪O)

 【出典】 アサート No.366 2008年5月24日

カテゴリー: 平和, 政治 | 【投稿】新たな段階に進む「北朝鮮核問題」 はコメントを受け付けていません

【コラム】ひとりごと–橋下知事の財政再建試案の行方–

【コラム】ひとりごと–橋下知事の財政再建試案の行方–

○4月11日橋下大阪府知事は、財政再建プログラム試案を発表した。その内容は、至極単純なもので、赤字を解消するために、財産処分、人件費削減、府事業を縮小という内容である。○大阪府は、平成13年度より一般会計の財源不足に対して減債基金からの借り入れを行ってきているが、平成16年度以降は、通常の借換額を超える借換債を発行してきた。累計額は平成18年度で4522億円、19年度には992億円を予算化していた。○本年1月、太田知事の末期、これが1000億円の赤字隠しと報道されたことなどで、注目された。○2月に知事選挙で当選した橋下知事は、言わば、借金返済のために借金をするような借換債の増発を行わず、「平成20年度から収入の範囲で予算を組む、財政再建化団体にならない」を改革の目標に掲げ、少数のプロジェクトチームによる「財政再建プログラム試案」(以下試案と表現)を発表したのである。○府議会に対して提案された20年度予算は7月までの4ヶ月予算であった。府内市町村は、その段階では、3分の1の補助金等は確保されるであろうが、8月以降はどうなるのか、と疑心暗鬼の中にあった。しかし、今回の試案では、市町村への影響が大きいことが明らかになったことで、府内市長会、町村会から不満が爆発しているのである。○4月17日の知事と府内首長との意見交換会では、知事批判が爆発し、「歴史上、類のない大改革を唱える橋下知事は市町村との全面対決に突入した」(朝日新聞)のである。○府内自治体では、まだ試案の段階であるが、その影響を把握する作業に追われている。福祉の分野では、数年前、それまで無料だったひとり親家庭、老人、障害者医療について、1月1000円負担を導入した経過があり、福祉施策の充実を行うとの大阪府の約束として多くの「アクションプログラム」が設定されたが、今回の試案では4福祉医療について、原則1割負担、月額限度額2500円とし、アクションプログラムで実施された事業(府補助金)を軒並み廃止するという内容である。○自治体側が試案に対して反発するのも当然であろう。○また、特に注目すべきは、部落解放運動が築き上げてきた成果に対して、軒並み削減対象としている事である。地域就労支援事業や人権相談事業は、相談件数に対して、コストが高いとして廃止しようとしているし、総合福祉協会への補助金をゼロにするという。○障害者施策への上乗せ補助も軒並み削減の方向で、試案がそのまま実行されると、大阪府の特色など消滅する。大阪府が単なる国の出先機関に成り下がるだけのことであろう。○さらに人件費の削減である。試案では、今年度(8月以降分)で300億~400億円の削減、来年度以降は、450億~600億円の人件費削減が盛り込まれている。賃金10%カットとも言われている。すでに大阪府は、平成10年の財政再建プログラム以降、府職員の人員削減、賃金引下げを行ってきているし、教員、警察官も対象である。橋下知事は、首長との懇談会以後、「市町村の職員賃金も高すぎる、賃下げをするべき」と発言したものの、4時間後に撤回する一幕もあった。連合メーデーも民主党色が強すぎると欠席。人権対策と同様に労働政策にも、軒並みゼロベースの方向である。○歳出・歳入の総点検は結構なことだが、独裁者であっては困るのである。○自公の議員団も、これでは府民の理解は得られないと、修正の動きがでているが、橋下は「理解いただきたい」と言うのみ。反対する府民の声、良心的な職員の諫言に耳を傾ける気配はまったくない。○財政危機の底流には在阪企業の相次ぐ本社機能の東京移転や法人税収入の落ち込み、関西経済の低迷が背景にある。ならば、税収構造の抜本的改革を国に提言するべきであるが、権力に擦り寄るのみの橋下知事は、一向に国に対する毅然とした対応は出てきてない。○強気一本勝負の橋下知事だが、府民の意見には耳を貸さず、財務省にひざまずき、地方自治の根性もなく、数字合わせだけで立案された「改革」の行方は、必ず挫折することになると思われる。(佐野)

 【出典】 アサート No.366 2008年5月24日

カテゴリー: 分権, 大阪維新関連, 雑感 | 【コラム】ひとりごと–橋下知事の財政再建試案の行方– はコメントを受け付けていません

【報告】旧交を温めて–恩師訪問– 

【報告】旧交を温めて–恩師訪問– 

 今年の5月連休は、二人の恩師を訪ねることができました。吉村励先生と横田三郎先生です。それぞれ訪問記を以下に記します。
 
<吉村先生> 早期ガン手術を乗り越え、元気な先生
 吉村先生には、恒例の新春訪問を予定していました。しかし、昨年12月に電話連絡したところ、12月中旬に胃がんの手術を施されたとのこと。11月の検診で見つかり、自覚症状もない初期段階であったそうですが、胃を3分の2切除された直後でもあり、先生の回復を待っての訪問が延び延びになっていました。
 4月29日、生駒さんと私の二人で訪問しました。先生は少しスリムになっておられましたが、元気そのもので、様々な時事問題や、旅行の思い出話に花が咲き、3時間余りが短く感じられました。自慢の玉の茶器で、玉露をいただき、芳醇な香りと味に感動しました。
 胃が小さくなったことで、小食とならざるを得ず、持病の糖尿病がかなり改善したこと、4月からは普通食に戻ったとの事。
 山口補選、後期高齢者医療制度については、本来病気の可能性の高い高齢者だけを切り離すという事は、全体で支える制度としての「保険制度」が意味を為さないのではないかとの指摘もされました。大阪市のチェックオフ禁止問題では、ヨーロッパでは労使関係で決まった事には介入しないという原則が確立している事と比較すると、労使自治の慣行を確立できなかったという点では反省が残りますとも話されていた。
 マルクスの育った街トリアのお話、ヨーロッパとマリア・キリスト教との深い関係のお話など旅の話もたくさんお聞かせいただきました。行ける内に旅をしなさい、との指示もいただいた次第です。先生も86歳、自分でもここまで生きられるとは、と話されていましたが、まだまだ現役、また投稿いただくようお願いもさせていただきました。
 
<横田先生> 敗戦戦後の広島時代を振り返って
 横田先生は、2年ほど前に島根県大田市から高槻市内に帰って来られた。私は6年前に大田市を訪ね、夕日の綺麗な海沿いのお宅にお邪魔して以来の再会でした。海に落ちる夕日が気に入られての転居だったそうですが、年を経る毎に寒さの方がこたえるということで、娘さんの住む高槻市に新居を構えられたとのことでした。
 5月4日、市大同期のT君とお尋ねしましたが、T君も広島出身ということで、先生とT君の広島の思い出、8月6日原爆投下、先生の敗戦前後の思い出などに話が集中しました。
 先生は、敗戦直前に海軍に入営したものの、既に船も航空機もなく、配属された神奈川で、本土決戦に向けた敵戦車に対する肉弾攻撃の訓練に明け暮れ、敗戦記念日を迎えることとなった。運命とは不思議なもので、応召された先生は生き延び、広島に残った同級生の多くが原爆の犠牲となったとのこと。また、戦前は、部落、朝鮮人に対する差別が学校でも地域でも根強かったことなど。
 ドブロリューボフ著作選集18巻(島影社発行)を2006年1月に出版されたが、最近は、年のせいか翻訳のペースが格段に落ちてお困りの様子であった。これから補論をまだ出版したいのだが、中々進まないとのことでした。
 中曽根・小泉・安倍と続いた極右保守政権の流れに強い危機感を感じておられ、民学同などの流れを汲むの各グループがゆるやかであっても連携を取ってもらいたいとの「指導」いただきました。
 奥様との二人暮らしですが、ご夫婦ともお元気で、夜には晩酌も楽しまれているとのこと。(佐野)

 【出典】 アサート No.366 2008年5月24日

カテゴリー: 追悼 | 【報告】旧交を温めて–恩師訪問–  はコメントを受け付けていません

【投稿】自壊・憤死寸前の福田政権

【投稿】自壊・憤死寸前の福田政権

<<小泉答弁の全否定>>
 4/17の名古屋高裁判決は、航空自衛隊がイラク首都バグダッドに多国籍軍を空輸していることについて、憲法9条に違反する活動であるとの画期的判断を下した。
 判決はまず、現在のイラク情勢について、「イラク国内での戦闘は、実質的には03年3月当初のイラク攻撃の延長で、多国籍軍対武装勢力の国際的な戦闘だ」と指摘し、とりわけバグダッドは、「まさに国際的な武力紛争の一環として行われている人を殺傷し物を破壊する行為が現に行われている地域」であるとして、イラク復興支援特別措置法の「戦闘地域」に該当すると認定した。その上で、航空自衛隊の活動のうち「少なくとも多国籍軍の武装兵員を戦闘地域であるバグダッドに空輸するものは、他国による武力行使と一体化した行動で、自らも武力の行使を行ったとの評価を受けざるを得ない」ものであり、これは「武力行使を禁じたイラク特措法に違反し、憲法9条に違反する活動を含んでいる」としたのである。
 イラク特措法の審議に際し、小泉元首相が「どこが戦闘地域で、どこが非戦闘地域か、私に聞かれたってわかるわけない」とか「自衛隊の派遣されるところが非戦闘地域だ」などという荒唐無稽な詭弁、空疎かつ無責任きわまる答弁、その後の安倍、福田両政権が踏襲した論拠が全否定されたのである。判決は、こうしたイラク特措法を根拠に政府が決定し、実施した派兵活動が憲法9条に違反しているばかりか、イラク特措法そのものにさえ違反していると断じたことの意味は大きいといえよう。
 さらに判決は、原告側が主張した「平和的生存権」について、「平和的生存権は全ての基本的人権の基礎にあってその享有を可能ならしめる基本的権利である」と認定し、「9条に違反するような国の行為、すなわち戦争の遂行などによって個人の生命、自由が侵害される場合や、戦争への加担・協力を強制される場合には、その違憲行為の差し止め請求や損害賠償請求などの方法により裁判所に救済を求めることができる場合がある」との見解を示し、平和的生存権には具体的権利性があると判示したことの意義も看過し得ない重要な判決といえよう。ただ今回の場合、「原告らの平和的生存権が侵害されたとまでは認められない」と述べ、この点については原告側敗訴としたが、逆に国側が勝訴であるがために上告できず、なおかつ原告側は実質勝訴として上告しないため、このまま判決が確定することの意義も大きい。
 日本の裁判所が「高度な政治性を有する国家の行為は憲法判断を控えるべき」として、憲法判断を避ける傾向が強く、行政追認・追随が定着しつつあった中で、今回の名古屋高裁の違憲判決は画期的であり、歴史的でもある。「イラクおよびその周辺地域への派兵禁止と、その行為の違憲確認を求めた」訴訟は、04年1月に元郵政大臣・箕輪登氏(故人)が提訴して以来、全国で12件、原告総数約5,800名、弁護団は800名を超えている、そうした努力と闘いの一里塚であり、成果でもある。

<<「そんなの関係ねえ」>>
 このような司法の自衛隊派遣の違憲判断に対して、当の福田首相は「それは判断ですか。傍論。脇の論ね」と受け流し、空自の活動について「問題ないんだと思いますよ」と他人事のように語り、「裁判のためにどうこうする考えはありません」と、判決を一顧だにせず、頭から司法の判断を無視する姿勢を明言している(4/17)。このような態度は、法治国家としての基本、憲法の定める三権分立原則を政府みずから無視し、ふみにじる行為であり、憲法99条に定める、閣僚の憲法遵守義務を正面から否定する違憲行為であり、内閣総理大臣罷免要件に該当する挑発的な発言、行動である。小泉、安倍、福田と続くまったく無責任・無思慮・軽挙妄動が常態となり、それがあたかも当然であるかのようにふるまう自公連立政権の象徴ともいえよう。
 首相が首相なら、閣僚も押して知るべしであろう。町村官房長官は記者会見で「総合的な判断の結果、バグダッド飛行場は非戦闘地域の要件を満たしていると政府は判断している。高裁の判断は納得できない」、自衛隊の活動への影響は「全くない」と、これまた判決を完全に無視する姿勢を表明。高村外相に至っては、名古屋高裁の判断を「後生大事にする必要もない。裁判所が傍論でそういうことを書いたという事実はあるから、外務大臣をやめて暇でもできたら読んでみますよ」とまで酷評している。真剣に対処しなければならない司法の判断を、「暇でもできたら読んでみます」とは、何事か。ここには最低限あるべき閣僚としての襟度、品位や節度、知性のひとかけらさえない。
 こうしたおごりと法治体制を無視した規律の緩みを最も典型的に示したのが自衛隊制服組のトップの発言である。防衛省の田母神俊雄航空幕僚長は4/18の会見で、高裁判決が現地で活動する隊員に与える影響を問われ、「純真な隊員には心を傷つけられた人もいるかもしれないが、私が心境を代弁すれば大多数は『そんなの関係ねえ』という状況だ」と発言したのである。シビリアン・コントロールを無視するばかりか、お笑いタレントの言葉を借用して、司法判断をからかい、揶揄するなどということが自衛隊の中で堂々とまかり通る事態はきわめて危険な兆候である。野党は、直ちにこの幕僚長を衆参両院に喚問して発言を撤回させ、このような事態を野放しにしている石破防衛相ともども罷免すべきであろう。

<<「しょうがないことはしょうがない」>>
 「物価が上がるとか、しょうがないことはしょうがないんで。耐えて工夫して切り抜けていくことが大事だ」、これは4/2の桜を見る会での福田首相の発言である。まったく気楽なものである。生活必需品から光熱費に至るまで物価高騰が一方的に進行しているにもかかわらず、そして世界的な景気後退の進行を前にして、ブッシュ政権でさえ戻し税をはじめ16兆円規模の緊急経済対策に乗り出したにもかかわらず、福田政権は何の景気対策も提起できず、ただただ財務官僚言いなりの縮小均衡路線、高齢者切り捨て、地方切り捨ての収奪政治にだけ執心し、その惨憺たる不評を省みることもできない。まさに二世議員・福田首相ならではの発言である。そもそも庶民の生活感覚など遠い存在であり、物価も年金も、医療保険も、保険料天引きの強制的実施も首相にとっては、航空自衛隊派遣の違憲判決と同様、他人事であり、”一切私には関係ございません”というところなのであろう。
 だからこそ、年金公約違反では、「年金を必ず払う、と過分な期待を抱かせた」と陳謝し、後期高齢者医療制度については「もう少し早く、段取りよく、十分な説明をして、いささかの不安も与えないようにしなくてはいけない。まずかったなと反省している」、ガソリン税の暫定税率期限切れについては「国民に多大な混乱を生じた」とこれまた陳謝するが、「物事が決まらない時間切れの政治。拒否権を振りかざすだけの政治」として野党に責任を転嫁する。福田首相のこれらの発言に特徴的なのは、起きてしまった事態に対して常に後ろ向きであり、前向きに事態を打開し、前進させる何の展望も示すことができないことであり、そうした事態を招いた自らの政治責任については一切合財頬被りをしていることである。
 さすがに首相のこのような態度に対しては、与謝野馨前官房長官が、日銀総裁人事をめぐる混乱に関し「人事の責任は政権、与党にある。どんなに民主党が幼い政党であっても、そのせいにしてはいけない」(4/13、テレビ朝日)と苦言を呈し、党首討論のやりとりについても「もうちょっと次元の高いことを話すかと思ったが、約束を守ってくれなかったとかいう話で、レベルが低い」と指摘し、さらに首相を支える立場の町村官房長官や伊吹自民党幹事長らを念頭に「官邸や執行部が意を尽くしていない。首相が携帯片手に『いいのか悪いのか』と電話しているのはかわいそうだ」とまでこき下ろしている。福田離れが露骨に噴き出してきた証左でもある。

<<「後期高齢者医療制度ショック」>>
 それでも政府与党はあくまでも、圧倒的多数の世論の動向も無視してでも、ゴールデンウィークを前に、ガソリン税再値上げを目指して、4月末の再議決、暫定税率の復活に執念を燃やしている。
 4/14に発表された民主党と国民新党の共同の緊急経済・生活対策にあるように、道路特定財源の暫定税率廃止によるガソリン値下げは、結果としてすでに「生活減税」となってしまったものである。とすれば暫定税率の復活は、新たな増税以外の何物でもなくなる。福田内閣に甘い読売の世論調査でさえ、暫定税率復活方針に賛成が30%、反対が61%という事態である。与党内の“造反者”の動きまで報道されている。再議決の強行は、当然、野党からの首相の問責決議案上程を必至とし、福田内閣は解散か、総辞職か、居座りか選択を迫られ、政局は一挙に緊迫しよう。小泉内閣の時とは違って、福田内閣に対しては支持率は低落する一方であり、今や20%台に低迷している。
 その上にさらに決定的なのは、4月15日、日本中を震撼させたといわれる「後期高齢者医療制度ショック」である。この日、政府が勝手に線引きをした75歳を越える「後期高齢者」の年金から一方的に有無を言わせず、事前に知らされもしなかった高額の保険料の天引きが実行された結果、政府・厚労省の傲慢なやり方に対する問い合わせや苦情、抗議、怒りの声が爆発し、窓口に殺到する事態をもたらしたのである。
 そもそもこの問題は福田首相が言うような「不手際、説明不足」「ネーミングがよくないんじゃないか」といった問題ではない。この制度は世界中のどこにも例を見ない、はじめから高齢者の医療費を抑制するために設定された差別的医療制度なのである。まず、75歳以上の高齢者全員を「後期高齢者」として、これまでの「世帯単位」から「個人単位」に強制加入させ、その全員から保険料を強制的に徴収、つまり200万人にも達するこれまでの扶養家族からも新たに保険料を徴収し、しかもホームドクター制への登録の名の下に月額の診療報酬を上限600点に押さえ、受診抑制を図ることを主たる目的としたものである。さらに70-74才の「前期高齢者」の窓口負担も現在の1割から2割に引き上げることも確定されている。さらに、現在老人保険を受給している65才以上の障害を持っている人も、選択制の建前でありながら事実上は後期高齢者医療制度に加入させられ、重度心身障害者医療の受給資格を失わせ、窓口負担を3割(70-74才は2割)に引き上げるなど、重度障害者医療費助成制度自体までも解体しようとするものである。「姥捨て山」を法的に制度化したきわめて悪質な差別医療制度といえよう。
 さすがに事態の深刻さに驚いた与党の中から、「最終的には制度廃止が会の目的」とする「後期高齢者医療制度を考える会」が発足し(4/17)、設立総会では「国民に今のままの説明しかできないなら次の選挙は戦えない」などの悲壮な声が上がったという。山崎派16人、古賀派6人、町村派5人、津島派4人、伊吹派1人、二階派1人、無派閥9人がこの設立総会に出席している。
 次の衆議院解散・総選挙は、「老人の反乱」によって政権交代が実現されるともいえよう。いずれにしても、福田内閣は満身創痍、自壊・憤死寸前の事態に直面している。野党が一致して政策をすり合わせ、練り上げ、福田内閣打倒に向けて協力・団結することが要請されている。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.365 2008年4月26日

カテゴリー: 政治, 生駒 敬 | 【投稿】自壊・憤死寸前の福田政権 はコメントを受け付けていません

【投稿】チベット暴動と北京五輪妨害の背景を考える

【投稿】チベット暴動と北京五輪妨害の背景を考える
                          福井 杉本達也 

1.チベット暴動と北京五輪聖火リレーの妨害
 中国・チベット自治区ラサで3月14日、独立を求めるチベット仏教の僧侶や市民による大規模暴動が起き、警官隊との衝突で多数の死傷者が出た。その後、チベット族の住む四川省や甘粛省にも飛び火し、海外ではギリシャでの北京五輪聖火の採火式やロンドン・パリ・サンフランシスコなどでの聖火リレーが妨害されるなどの抗議行動が展開されている。中国・温家宝首相は、「ダライ・ラマ14世一派が北京五輪破壊を狙い組織的に企てた策動」とインド北部ダラムサラを拠点とするチベット亡命政府を批判する一方、ダライ・ラマ側は「チベット人を自国領内の二級市民として扱う中国の政策への深い反発が、当然の結果を招いた。チベットの中国政府当局者が、地元チベット人にひどい対応をしていると」(CNN:3.12)中国政府のチベットへの民族政策を批判している。胡錦濤国家主席は「ダライ一派との闘争は、民族や宗教の問題ではない。国家の統一を守るか、あるいは祖国の分裂を許すかという問題だ」(豪首相との会談で:4.12)とし、今回も、1989年のラサ暴動と同様、武力鎮圧で収拾を図ると見られるが、独立を求める動きはチベットだけでなく新彊ウイグル地区でもくすぶっている。

2.なぜこの時期に「チベット」か
 8月の北京オリンピック開催を間近に控え、また、全国人民代表大会開催中のこの時期に、中国政府側がチベットに騒動を起こすよう引き金となるような強権行動を取るとは思えない。3月はダライ・ラマ14世がチベットからインドに亡命した1959年のチベット暴動から49周年に当たる。今回の暴動が、チベット自治区のみならず四川省甘孜自治州・アバ自治州や甘粛省甘南自治州など、チベット民族の居住する『大チベット』において同時多発的に発生したこと、ロンドンからの聖火リレーに焦点を合わせたことなどを判断すると、チベット亡命政府筋による北京オリンピック・全人代・22日投票の台湾総統選挙などに焦点を合わせ、チベット問題を国際化しようとする動きといえよう。

3.暴動を企画したものに成果はあったのか
 計画的暴動であったにもかかわらず、89年時のような大規模な騒乱には至らず、人民解放軍が正面に出た鎮圧行為はなかった。暴動へのチベット民族の参加は少数に留まったといえる。また、同じ中国からの独立を掲げる台湾においても、焦点の総統選挙は国民党・馬英九氏の圧勝に終わり、選挙結果に影響を与えることはできなかった。欧米においては、ロンドンやパリなどの聖火リレーにおいてチベット問題をアピールし、ドイツ・メルケル首相、イギリス・ブラウン首相の北京オリンピック開会式不参加を引き出し、一定の成果はあったが、肝心の米国においては、ブッシュ大統領の不参加を引き出すまでには至っていない。4月2日に訪中したポールソン財務長官は王岐山副首相と会談し、サブプライムローン問題で青息吐息の米経済の「軟着陸」を図るよう要請した。「米金融市場の要である米国債の保有額はこの1月末が4926億ドルで、日本の5669億ドルに次ぐが、日本がこの1年間で400億ドル売却したのとは対照的に中国は910億ドル買い増した。中国はことしに入っても、全世界の米国債追加購入額のうち25%を引き受けている。」(マネー・経済:4.9)というように、米国の関心はチベットにはない。一方、フランス・サルコジ大統領は、開会式の出席について、当初の「欠席」から「チベット問題は条件ではない」と発言を修正し、中国との経済関係の強さを反映して、「チベット問題に対する仏政府の対応のちぐはぐぶりが露呈した」(日経:4.7)と皮肉られている。さらには、中国国内で、仏資本スーパーのカルフールに対する不買運動が起こり、カルフールはHP上に五輪に協力する旨の声明を出すなど、逆に中国側から揺さぶられる立場となっている。

4.情報戦について
 4月2日付けワシントン発の共同通信は、中国大使館が米議会議員に「ダライ・ラマは親ナチ」とのメールを送っていたこと、「ナチス元親衛隊(SS)の元将校とされる人物と握手する写真も掲載している。真偽は不明」と報道している。この報道はトリックである。「ナチス元親衛隊将校」とはアイガー北壁の初登頂に成功した有名な登山家ハインリヒ・ハラーである。ハラーは1944年から1951年の7年間チベットへ潜入し少年時代のダライ・ラマの個人教師を務めていた(自叙伝「セブンイヤーズ・イン・チベット」等)。SS隊員であったという事実は、1997年に上記自叙伝の映画封切時にドイツ「シュヒーゲル」誌によって暴露された国際的に有名なスキャンダルであり(新編「白い蜘蛛」訳者あとがき・長谷見敏(山と渓谷社))、なんら「真偽不明」ではない。問題は、ハラーがなぜ、第二次世界大戦中にチベットに行ったかであるが、単にヒマラヤを登るためであるはずはない。1904年の英軍のラサ占領以来、チベットはイギリスの影響下にあったが、そこで情報戦をおこなっていたと見るべきである(1900年前後の中国西域をめぐる情報戦については金子民雄「西域 探検の歴史」(岩波新書)に詳しい。)。ナチスドイツ解体後、ハラーは英国との何らかの取引の上にチベットに留まったと考えることが自然である。59年のダライ・ラマのインド亡命以降も、ハラーはチベット独立を支援し続け2006年に亡くなっている。中国大使館のメールは背後の英国へのメッセージと考えられる。
 ところで、今回の一連の情報戦について、ロシア・ノーボスチ通信は「世界のリーダーシップを失いつつある国のお気に入りの武器は情報という武器だ。そのことは我々はオリンピックに関して中国の生活を困難にし、中国に不適切な行動を取らせるよう煽動する試みを持った歴史の中で見ることができる…情報の武器は、テロリズムに比べ、汚さやふしだらさの点で少しも劣らない…ヨーロッパとアメリカの文明は、非政府組織を自分の自由意志で創り出しそれに対して代金を払う激怒した市民を利用し、この極めて冷笑的した芸術を完璧に作り上げている…彼らの気高いエネルギーが「グローバルな競争相手」に反対する「代替戦争」のために上手く利用されている…世界には、「チベット」のような、つまり何らかの国家からの独立を求める民族的運動を人為的に作り出すことができる地域が最大で170ある。そしてこのような「チベット」の一部は、同じヨーロッパにもアメリカ自身にもある。」しかし、中国人は「アメリカやヨーロッパのように巧みに情報戦争に持ち込む能力が身に付いていない」(ノーボスチ通信:4.12)と批評している。
 
5.上海協力機構
 上海協力機構は、かつてアムール川の中州をめぐって戦火を交えたことのある中ロ(旧ソ連)の共同イニシアティヴの下で、旧中ソ国境地域の信頼醸成措置と国境画定問題を議論するフォーラムとして始まった。ソ連崩壊により分離独立した多数の新興国の内政は非常に不安定であったが、1997年には国境地域における信頼醸成について、関係国が非武装地域の設置と軍事情報を交換し、国境地域を安定させることに合意した。2001年、中国・ロシア・カザフスタン・キルギスタン・タジキスタンにウズベキスタンを加えた6か国による多国間協力組織として上海にて設立された。2004年にはもう1つの長大国境を接するモンゴルがオブザーバー参加し、2005年にはインド・パキスタン・イランもオブザーバー参加することとなった(「上海協力機構と日本」・岩下明裕)。
 インドが参加することによって、チベット亡命政府は大きく行動を制限されることとなった。インドと中国(チベット)は途中のネパール・ブータンを挟んで長く国境を接しているが、マクマホンラインなどの国境の解釈をめぐって1962年に武力衝突が起きている。しかし、2005年、マンモハン・シン首相と温家宝首相の間で、「政治主導による国境問題解決」の合意ができ、インドとしては中国と事を構えにくくなっている。また、先日総選挙が行われたチベット難民が2万人もいるネパールでは毛沢東派が第一党になるといわれているが、亡命政府に対しては冷たいといわれる。
 ロシア・モンゴル国境は、モンゴルと内モンゴル自治区に分断されたモンゴル族に対し、カザフスタン・キルギスタン・タジキスタン国境はウイグル族等に対し、インド国境はチベット族に対してと、一部カシミール・アクサイチン地域などの不安定要因を抱えるものの、中国の少数民族問題を国際紛争化しない対策は完成する。
 
6.青蔵鉄道の開通とチベット経済
 2006年7月に「青蔵鉄道」(全長1956キロ)が全線開通した。チベット自治区・ラサと青海省のゴルムド区間1142キロを結ぶもので、観光客ばかりでなく、物資の輸送、解放軍の大量移動も可能となった。チベット自治区の「都市部住民1人当たり可処分所得」は5536.00 元で前年同期比伸び率は32.30 %、「農村牧畜区住民1人当たり純収入」は908.74 元で、前年同期比伸び率は17.80 %となっている。農村部は西部地域でも最も貧しい状態が続いているが、都市部は西部地域トップの重慶市住民の6990.15 元などの所得に急速に近づきつつある(中国情報局ニュース:2007.8.21)。2006年の観光客数は前年比36.1%増の245万人、観光収入は39.5%増の27億元に上った(同:2007.1.4)としており、鉄道開通がチベット経済の発展に急速に反映しつつあるといえる。それは他の地域との一体化が進むことでもあり、漢民族の定住化も進むということでもある。裏を返せばダライ・ラマの「わたしたちの山の中の、質素で貧しい生活のなかにこそ、世界の大部分の都市生活におけるよりも、おそらく、はるかに大きい心の平和があった」(自伝)チベットの「文化」は『資本主義経済化』によって、急速に掘り崩されていくことになろう。
 
7.チベットはどうあるべきか
 中華人民共和国成立以来のチベットへの民族政策は失敗の連続であった。1951年の解放軍のラサ進駐以降、56年からの土地改革と各地での反乱と59年のダライ・ラマの亡命(62年ほぼ鎮圧)・反乱部隊への米CIAの介入(~74年まで)、58年からの中国全土での大躍進運動と人民公社化、65年からの文化大革命、69年の反乱、89年のラサ暴動等々、チベット民族は多大な被害を被った。中国共産党の極端な政策とそれに乗ずる形での英・米の介入が被害をさらに拡大した。反乱の結果は人口統計ににも歴然と現れる。青海チベット人人口の動態をみると、53年の49万人から64年の44万人へと10年間に5万人も減少している。1990年センサスでは年齢別の性比は1925年生まれ以上人口で、漢人103.2に対し、チベット人54.9しかない。「つまり反乱が始まったころ31歳以上だったチベット人のうち、男性は女性の半分近くしか生存していない」(「もうひとつのチベット現代史」阿部治平)。しかしそれでも、われわれは、英・米のプロパガンダに乗るべきではない。それはチベット民族の人的・物的・文化的被害をよりいっそう拡大するだけだからである。中国の長大国境がほぼ確定し、経済的にも安定しつつあり、中国政府も冷静に民族政策を考え、チベットに投資する余裕が生まれている。チベットのことは中国政府とチベット民族に任せる以外に解決の方法はない。

 【出典】 アサート No.365 2008年4月26日

カテゴリー: 人権, 平和, 杉本執筆 | 【投稿】チベット暴動と北京五輪妨害の背景を考える はコメントを受け付けていません

【本の紹介】ポスト戦後政治の対抗軸

【本の紹介】ポスト戦後政治の対抗軸
                 (山口二郎著 岩波書店 2007-12 2000円+税)

 90年代以降、日本の政治は冷戦の崩壊、自民党政権の退場と連立政権成立、自社政権から小泉長期政権を経て、21世紀初頭の今、2大政党が政権交代争う状況を迎えている。山口二郎氏が、日本の政治のあり方について、論壇に登場したのはまさに、政治が激動期を迎えつつあった頃であった。(岩波新書「政治改革」93・5)以来、私は、山口氏の論説を共感をもって読み、期待してきた。今回出版された本書は、90年以降の日本の政治状況を解明し、書名の通り「ポスト戦後政治の対抗軸」を展望を考える上で、大変参考になると思われる。以下に紹介することにする。
 本書の構成は、以下のとおりであり、ここ数年間に発表された論文に書き下ろしを加えたものである。
  序 ポスト・デモクラシーとポスト戦後政治(書き下ろし)
  Ⅰ 90年代政治再編における左派の蹉跌
  Ⅱ 党改革の政治学
  Ⅲ アカデミック・ジャーナリズムとしての丸山眞男
  Ⅳ 右派論壇の不毛
  Ⅴ 統治機構の改革は政党政治をどう変えたか
  Ⅵ 改革政治の変容(書き下ろし)
  Ⅶ 平等をめぐる民意
  結 2007参議院選挙の意味と政治の行方(書き下ろし)
 ここでは、序、Ⅰ、ⅡとⅣ以下を中心に紹介することにしたい。
 
<社会党は、なぜ解体したか>
 90年代以降の日本の政治を考える際、1955年以降40年に渡って野党であった社会党の問題向きには語れないだろう。この政党は一貫して自民党に対抗して平和と平等を求め続けた政党であった。しかし、1995年の自社連立政権を最後に解体する。
 Ⅰにおいて、著者は、社会党などの左派が90年代に急速に力を影響力を失う要因を分析し、Ⅱにおいては、英労働党など西欧社会民主主義政党が、80・90年代に党改革を成し遂げ政権党に成長した経過を、日本社会党と比較して分析されている。
 90年代の政治を既定した要因に、冷戦の崩壊、経済のグローバル化・バブルの崩壊、世代交代を著者は挙げる。冷戦の崩壊は、反対政党とも言われた社会党にはポスト冷戦の外交防衛戦略が求められた。バブルの崩壊によって右肩上がり経済を前提にした政治・経済・財政運営の転換が求められ、戦後生まれが有権者の過半数を占めた90年代は、所謂無党派層が増加し、政党の集票方法も転換が求められた。
 しかし、こうした状況に対応した党改革は社会党では進まず、湾岸戦争で右から提起された「国際貢献」論に対して、PKO法案に牛歩戦術で抵抗したものの、92年の参議院選挙では国民の支持を得られず議席を減らした。
 一方の自民党も同様の変革を迫られ、相次ぐ汚職事件で党内は揺れ、宇野内閣は不信任を受け分裂し政権を失うことになる。社会党も従来の平和主義路線が、国民の支持を得られず、「創憲論」などの見直し論議が進まない中、連立政権の崩壊、村山自社政権の成立とともに、政治の継続性を理由になし崩しの「安保容認、自衛隊容認」に政策転換を行った。以後の経過はご存知の通り、新民主党への合流組、社民党、新社会党へと分裂・解体していった。他方、西欧の社民政党は、英労働党に象徴的なように改革を成し遂げ、政権を奪うのである。(内容的には、筆者の既出書評に譲る)
 
<日本的擬似社会民主主義>
 なぜ、日欧の社民政党の改革に決定的な落差が生じたのか。著者は、日本の擬似社会民主主義の特殊性について論じている。
 80年代までの日本は、比較的平等な社会であると言われてきた。所得格差も小さかった。これを「日本型社民主義」と著者は名づけ、その特徴を、リスクの社会化-個人化、裁量的政策-普遍的政策の縦横軸で分類する。それまでの日本はリスクの社会化と裁量的政策に位置していた。比べて西欧はリスクの社会化と普遍的政策となる。(現在の日本は、リスクの個人化、「裁量的政策」と言えようか)
 しかし、護送船団方式に特徴的なように、政策・分配は裁量的政策で行われ、主に自民党の政治家の介入による利益誘導が常態化し、汚職構造が生まれた。社会党など野党は、基準・ルールの曖昧さを問題とすることなく、賃上げなどの再分配などに依拠して、本来の社会民主主義的プログラムの開発を怠ってきたのだ、とする。
 「1990年代の日本システムの行き詰まり状況に対して、左派の側は擬似社民主義を真の社民主義へと改革するという政策を持たなければならなかった。しかも、その場合の社民主義とは、伝統的な大きな政府ではなく、官僚制の病理を克服し、市場活力と共存できるような洗練された政策でなければならなかった。」
 西欧の社民主義では、福祉国家の財源として付加価値税(消費税)が定着しているが、日本の場合、社会党が導入に反対であったことは「皮肉なめぐり合わせ」であった。それが、「山が動いた」との89年の参議院大勝・土井ブームを生み出したことも、また政策の転換を遅らせることになった。
 「このように、左派は旧来型の政策に安住し、グローバリゼーションへの対応を怠り、経済システムの改革に関して建設的な政策の提示をしなかったのである。その結果、日本型の擬似社民主義の破壊という作業は、もっぱら新保守主義的言説によって定式化されることとなった。」
 
<新自由主義への道筋>
 「Ⅵ改革政治の変容」と「Ⅶ平等をめぐる民意」は、村山・橋下政権から小泉政権に至る新自由主義的政治の道筋を辿るとともに、新自由主義(格差社会議論)に対する民意のありかを探る論説である。
 90年代、擬似社会民主主義からの転換はどのように進んだのだろう。
 著者は、90年代は、正面から貧困を議論する段階ではなく、「新中間階層」論や「生活者重視」「消費者重視」などの政策に示されるように、擬似社民主義の「平等感」や豊かさの上に、議論設定されていたという。議論の中では、市場化のベクトルと市民化のベクトルが共存していた。規制緩和は、官僚支配の打破・腐敗の根絶と言う意味では、野党のスローガンにもなった。しかし、橋本政権の終盤からは、市場化のベクトルは、「構造改革」=新自由主義的方向へと強まったのに対して、市民化のベクトルは、野党が低迷していることもあり、弱まった。、
 自民党は、橋本政権において、行政改革により省庁再編を行ったが、それがやがて「構造改革」論へと進んでいった。野党の側では、社会党右派とリベラルの合同として結成された民主党が「市民が主役」のスローガンを掲げ、省庁の腐敗を「霞ヶ関官僚」支配が元凶であるとした。しかし、民主党は、新進党の分裂で、小沢グループや民社党などが合流するなど、党勢の拡大は、必ずしも政党色を明確にできず、「リベラル色」を薄めていく。
 小渕・森首相と続いた自民党も国民の厳しい批判を受け、瀬戸際にあった。しかし「自民党をぶっつぶす」と宣言した小泉政権が誕生し、状況が変わった。以後、「改革には痛みが伴う」などリーダーシップを求めた国民の支持のもと、5年という長期政権の間、新自由主義的論調が一世風靡する間に、格差と不平等は進んでいった。
 東京都・北海道で、格差問題についてのアンケートを基に、著者は「努力に報いる」民意が存在すると言う。「貧乏なのは努力が足りないからだと切り捨てる新自由主義的な見方は少数派であり、努力にも関わらず貧乏な生活を余儀なくされているという社会の矛盾に対する義憤を多くの人は共有していると言えよう」。そこから「リスクの普遍化の中で、今こそリスクを社会化する安定的な制度構想が必要とされている。・・・小泉時代にそうした平等化装置が破壊されたことによって、人々は大きなリスクに曝されるようになった。そのことは、日本において初めて平等を争点とする左右の対立軸が明確になる条件が整ったことを意味しているはずである」と。

<07年参議院選挙の意味するもの>
 07参議院選挙について、まず著者は、小泉時代に「巨大な地震を引き起こすプレートの歪みのように」社会経済に矛盾が蓄積されていたことを指摘する。「小泉時代の経済政策は、強者の利益に奉仕する猛々しいものになった」。戦後半世紀も政権を維持できた最大の原因であった温かい保守政治は消えうせ、「痛みという名目で政策は冷酷無慈悲なものに変化した。」
 また、自民党も小泉によって従来の自民党ではなくなっていた。強いリーダーに頼る中で、党内派閥は意味を失い、党内抗争もなくなった故に、魅力ある政治家が減り、替わって二世・三世議員が増えた。地域格差拡大・公共事業の削減により、従来の集票システムが崩壊した。郵政選挙の圧勝は、自民党の旧来基盤を弱める結果となった。
 一方民主党は、衆議院選挙後、構造改革路線に近い前原代表となったが、偽メールで降板し、この部分の影響力が弱まることになり、社会民主主義とは言わないが、新自由主義に傾く自民党に対して、中道的なポジションを取ることが可能となった。「こうして、民主党自体は社会民主主義という言葉は使わないものの、政策内容に即してみれば、『新自由主義の自民党』対『社会民主主義の民主党』という二極的な政党構図ができた」のである。
 次に問われるのは、「民主党が社会民主主義路線を説得的に提示できるかどうか」と著者は言う。「有意味な対立軸を立てるためには、民主党が単なる利益配分への回帰ではない、新たな再分配政策を提示しなければならない。そしてその際の鍵は、再分配における透明なルールを確保すること、財源の明示、そして公共セクターの信頼回復の三つである」と言われる。
 このように、小泉・安倍政権によって進められた新自由主義路線に対して、野党が打ち出すべき対抗軸は、「信頼できる政策パッケージとしての社会民主主義政策」という事であろう。民主党が、先の参議院選挙で「生活が第一」としたスローガンは、それに繋がる内容であったが故に、アジテーター小泉なき新自由主義路線の与党に対抗できたと言える。信頼性を如何に野党が獲得できるかであろう。コアの支持者だけでなく、広く国民の信頼が必要である。総選挙への政策議論において本書は整理された議論課題を明示していると思う。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.365 2008年4月26日

カテゴリー: 政治, 書評 | 【本の紹介】ポスト戦後政治の対抗軸 はコメントを受け付けていません

【投稿】米金融市場の混乱と福田政権

【投稿】米金融市場の混乱と福田政権

<<「取り付け騒ぎ」>>
 ついにアメリカ経済における金融大崩壊への前兆、あるいは雪崩ともいえる現象が噴出し始めたのではないかと危惧されている。3/14、米証券大手ベアー・スターンズの幹部らが、サブプライム問題に端を発した金融市場の混乱で、事実上の「取りつけ騒ぎ」があったことを明らかにした。同社によると、3/10、資金繰り難による経営不安説が流れたのを受け、「市場のうわさには根拠がない」とのコメントを発表したが、逆に取引先のヘッジファンドが一部取引を他社に移すなど顧客離れが続き、13日には複数の金融機関などから証拠金の積み増し要求や資金の引き出しなどが相次いだという。本来「身内」であるはずのこうした金融業界にも見放され、「最後の貸手」の当局に駆け込まざるを得なくなったのである。米連邦準備理事会(FRB)や財務省、証券取引委員会(SEC)など当局は、3/13深夜から早朝にかけて緊急会合を実施。3/14、ベアー社は急遽、ニューヨーク地区連邦準備銀行の資金繰り支援を受けることを決め、FRB高官は同日、ベアー・スターンズ向けの資金供給について、資金繰りを助ける緊急融資枠を設け、JPモルガン・チェースが、FRBから借り入れた資金をベアー・スターンズに貸し出すことを明らかにした。決済を担う銀行ではなく、証券の取引を業務とする投資銀行の救済は極めて異例である。
 金融分野の大型破綻の回避では、98年のヘッジファンド「ロングターム・キャピタル・マネジメント」や、84年の「コンチネンタル・イリノイ銀行」に匹敵するものである。今回、米当局が救済に動かざるをえなかったのは、米国で5番目の投資銀行という経営規模の大きさがもたらす影響の広がりはもちろんのこと、ベアーが破綻すれば、「次のベアーはどこか」と、ほかの米大手証券などにも経営不安の連鎖が広がりかねない、「終わりの見えない負の連鎖」(大手証券のディーラー)が現実性を増していること、しかもサブプライムローン問題が象徴する、どこまで負債を抱え込んでいるかを各金融機関が把握し得ないという投機マネーゲーム経済の自己矛盾の恐怖からくるものであり、それは同時に米金融危機の根深さ、重大性を物語っている。

<<いくつかの銀行が破綻」>>
 こうした事態を予測させるものとして、すでにバーナンキ米FRB議長は、2/28の米上院銀行住宅都市委員会で半期に一度の金融政策に関する報告を行った際、多額の住宅ローン関連証券に投資している金融機関の金融リスクについて尋ねられ、「いくつかの銀行が破綻する可能性がある。例えば、住宅価格が急落している地域の不動産に多額の投資をしている小さな銀行や、あるいは、多くの場合、新設されたばかりの銀行がそうだ」と述べている。同議長は、もちろんすぐそのあと、「金融システムの大部分を構成する、国際金融業務を行っているような大手銀行は、その種の深刻な問題に陥るとは考えていない」と、金融不安の可能性を否定したが、FRBのトップの発言だけに、市場にかなりのショックを走らせたのだが、事態はそんな予測を超えるものといえよう。
 このFRB議長の銀行破たん発言に驚きあわてた米連邦預金保険公社(FDIC)のシェイラ・ベアー総裁は、翌日の2/29、銀行が経営破たんした場合、預金などを保護する当局として、「FDICの問題がある金融機関リストに名前が載っているのは76行だが、それらの総資産はわずか2200億ドル(約23兆円)で、全金融機関の資産規模から見れば、大海の一滴に過ぎない」とし、さらに「全銀行の99%は、自己資本が十分あり、全く安全である」と述べ、銀行破たん発言の火消しに躍起となった。
 しかし、2/26にFDIC自身が発表した2007年第4四半期(10-12月)の銀行と貯蓄金融機関の決算状況によると、最終利益は、前年比83%減の58億2000万ドル(約6000億円)と、91年以来16年ぶりの低水準、2007年全体でも、前年比27.4%減の1055億ドル(約1兆円)となっている。すでに米証券大手メリルリンチは、同じ07年第4四半期決算をで、当期損益が前年同期の23億4600万ドル(約2500億円)の黒字から98億3300万ドル(約1兆500億円)の赤字に転落したことを発表しており、米金融最大手のシティグループも同規模の赤字決算に追いやられている。さらに金融機関の住宅ローン関連損失額は、昨年8月の調査時点での1500億ドル(約15兆6000億円)の予測を大幅に上回る、4000億ドル(約41兆6000億円)と予測されている。

<<「強いドルを信じて」>>
 3/14のニューヨーク金融市場は、ニューヨーク連銀などのベアー社への異例の金融支援という事態を受けて信用不安が高まり、ドル、株がともに急落、円相場は一時、1ドル=98円台、95年9月末以来約12年半ぶりのドル安となり、逆に「安全資産」としての金相場は連日史上最高値を更新する事態となっている。
 3/12、アメリカを起点とする世界的な金融不安への懸念が消えない状況に対し、国際通貨基金(IMF)のリプスキー第一副専務理事は、公的国際機関の幹部として初めて公的資金注入の必要性に言及し、世界の金融システムを守るために「公的資金を使うことを含め、すべての選択肢を備えておかなければならない」とし、米国金融機関への公的資金注入を促すような発言をする事態となった。
 ブッシュ米大統領は14日、米経済についてニューヨークで演説し、「住宅や金融市場で厳しい時期を迎えている」「我々は難しい状況に対応している」と述べ、しぶしぶながらも急減速中の景気に懸念を表明せざるをえなくなった。それでもまだ「強いドルを信じている」と、1月に発表した緊急経済対策への期待を述べたが、もはやレイムダック化しつつあるブッシュ政権の弱々しい期待表明でしかなかった。金融不安と信用収縮を手っ取り早く解消するために、金利をさらに引き下げれば、よりいっそうのドル安が助長されるし、世界的なドル離れから、ドル暴落という事態まで招きかねない。放置すれば、ドル決済の石油など国際商品価格がさらに上昇して、米国のインフレ再燃の恐れが高まる。すでにドルはほとんどの国の通貨に対し下がり続け、ドルの名目実効レートは1973年を100として69と、過去最低の水準にあり、逆にユーロはドルに対して最低時に比べ7割程度も高く、かつ安定し、各国外貨準備に占めるユーロの比率は約25%まで高まっている。
 瀬戸際に立たされながら、ブッシュ政権である限りは、事態打開のための政策選択余地は極めて限られている。もちろんその背景には、ブッシュ政権が推し進めてきた昨年で7100億ドルという巨額の貿易赤字と、対イラク戦費の拡大と財政赤字の再拡大、製造業の海外流出と投機的金融業の肥大化とその破綻という根本問題が横たわっている。これらの根本的政策転換こそがアメリカには問われている。警戒しなければならないもう一つのブッシュ政権の選択は、戦争時の「強いドルを信じて」、「イラン空爆」などの危険な冒険政策への執着である。3月16日から、チェイニー米副大統領が「イラン包囲網強化」を目的に、イスラエルを訪問するという。要警戒といえよう。

<<武藤日銀総裁への固執>>
 問題は、世界的な信用不安と経済危機の進化が、たとえ米国発のものであったとしても、徹底的にブッシュ政権に寄りかかり、この円高・原油高・株安・景気後退という非常事態に何の対策も打てない、打とうともしない自民・公明政権のふがいなさ、無責任体質がいまだに何の反省もなくまかり通っていることである。福田首相の態度は、年金公約違反の対応、イージス艦事故の対応と同じで、まるでひとごとのように傍観者的で、事態を正確に認識する意欲も能力さえ無きかのごとき状態である。内閣不支持率はほぼ50%、過半数に達しようとしているにもかかわらず、政権の座に居座ることだけには執着している、すでにレームダック化している状態である。
 日銀総裁人事をめぐって、政府・与党側は「総裁が不在になると国際経済社会に影響を与える」「日銀総裁人事が混迷するマイナスは大きい」として、あくまでも参議院側で不同意となった武藤敏郎日銀副総裁の昇格案に固執し、再提出までもくろみ、果ては現総裁の任期延長といった奇策まで持ち出そうとして、結局は差し替えに応じざるを得ないことが分かっていながら、現日銀体制の維持に必死であった。
 しかし、福井総裁は村上ファンド問題で不正投資に関与し、本来辞任していなければならない不適格者であったにもかかわらず、武藤氏は福井総裁のスキャンダル隠しに奔走し、延命を図った人物である。国会での所信聴取では、民主党の仙谷由人・党国会同意人事検討小委員長に「副総裁就任時と比べて経済は好転したか?」と聞かれて、武藤氏は「すばらしく良くなった」と答えるほどの、格差拡大などこの世に存在しないかのような認識の低さである。さらに同じく聴取に参加した社民党の阿部知子衆院議員は「デフレを防ぐためにゼロ金利を含めて適宜適切だったと言うのですが、そのしわ寄せは庶民に来た。年金、医療、介護が崩壊している最中、預貯金も目減りして、格差は広がる一方です。一家の家計を毀損しても、市場に金を回すことを優先させた結果ですが、それで内需が拡大したか。外需依存はそのままです。こうした現状に、金融を担当する者としての気配りが感じられなかった。武藤氏が財務次官時代に社会保障費を3000億円削減したことを思い出しました」と述べている。与党が武藤氏を日銀総裁にしたかった理由がここに見て取れよう。

<<「日本の苦悩」>>
 ところが、大手マスコミは一斉に民主党に噛み付き、与党を弁護する始末である。朝日は社説で「腑に落ちぬ不同意の理由」「民主党の反対理由は説得力がない」「不同意方針に福田首相を追い詰めようとの政局がらみの思惑が感じられる」と民主を批判、読売も「民主党の対応は、とても責任ある政党のものとは言えない」と決め付け、日経は「不同意ありきの民主党は無責任だ」、毎日は「採決棄権も民主の選択肢だ」などと文句をつけている。しかし、武藤案を提示すれば、民主党が反対することは初めからわかっていたことであり、わかっていながら出した与党は、混乱の責任を民主党に負わせようというそれこそ党利党略の「政局がらみの思惑」がみえみえであり、本来、与野党が合意できる人事を提案すればすむ話であった。大手マスコミの、ジャーナリストとしての本来の批判精神の欠落、権力擦り寄り、堕落ぶりが見て取れる。
 森田実氏のホームページ「森田実の時代を斬る」によると、イギリスの経済誌『エコノミスト』2008年2月23日号〈世界経済〉欄の「日本の苦悩」と題する記事は、日本の政治に対してきわめてきびしい指摘をしている。
 「まず見出しからきびしい――〈世界第2位の経済大国はまだ落ち込んだままだ―その原因は政治にある〉。この指摘は、そのとおりである。記事は、米国と日本の両国政府を比較して、米国政府は経済の崩壊が起こると金融や財政的刺激策を果敢に実施したのに、日本政府は惨状を何年も隠し続けてきた、と日本政府への強い不信を表明している。
《第一にとがめるべきは安倍氏だ。彼は経済改革に無関心で鈍感だった》
《第二に責任を問われるべきは自民党の古ダヌキたち(中曽根元首相、森喜朗元首相)、渡辺恒雄読売新聞グループ代表だ》
《第三に問われるべきは民主党の小沢一郎だ。小沢氏は怒りっぽくて専制的である。密室で取引する。小沢氏は透明さと説明責任を果たさなければならない政党の指導者にはふさわしくない》
《民主党の指導者、小沢一郎は、かつては改革者としてのおもむきはあったのに、今や自民党の古いタイプのボスのように見える。》」
 いずれも的確な指摘といえよう。3月末から4月は、さらにガソリン税と年金問題をめぐって与野党の攻防が一段と激しくなり、福田政権を退場に追い込む正念場となろう。問われているのは、日本の与党、マスコミだけではない、野党も厳しく問われていると言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.364 2008年3月22日

カテゴリー: 政治, 生駒 敬 | 【投稿】米金融市場の混乱と福田政権 はコメントを受け付けていません

【投稿】噴出する「華夷体制」の矛盾

【投稿】噴出する「華夷体制」の矛盾

<繰り返される悲劇>
 1937年、当時ナチスドイツに併合されていたオーストリア出身の登山家、ハインリッヒ・ハラー(1912~2006)は、ヒマラヤ遠征の帰途、第2次世界大戦の勃発により、英領だったインドに抑留された。
 収容所を脱走したハラーは、日本軍との合流をめざし中国に向かうが、途中チベットで若きダライ・ラマ14世と出会い、請われるままラサに留まることになる。その7年の出来事を描いたのが「チベットの7年」である。
1997年に映画化された「セブン・イヤーズ・イン・チベット」では、平和を謳歌するチベットに人民解放軍が侵攻するシーンが描かれており、中国政府は「反共プロパガンダ」だとして、猛烈に抗議、上映禁止とともに、ブラッド・ピットら出演者の入国禁止措置をとった。
 そして、今年3月2日には、アイスランド出身の女性歌手ビョークが、上海公演で楽曲の最後に「チベット独立」を叫び、当局を慌てさせたが、それは10日後におこった事態のプロローグだった。
ラサでは3月10日より僧侶を中心とした、デモが行なわれていたが、公安当局が参加者多数を拘束したため、一般市民が次々と抗議行動に参加、強制排除に乗り出した警察部隊と衝突、大規模な「暴動」に発展した。
 おりしも全人代開催中であり、さらにオリンピックを控えた中国政府は、直ちに鎮圧を開始するとともに、新華社通信で異例の報道を行い「事件は、ダライ・ラマに扇動された一部の者が起こしたのもので、犠牲者は一般市民10人」であると、中国政府の正当性を強調している。
 しかし、インドのチベット亡命政府は「死者は抗議行動に参加した者を中心に少なくとも80名」と発表、中国側と大きな食い違いを見せているが、「暴動」直後に外国人は「避難」させられ、新たなラサ入りも規制されたため、実情を把握することは困難となっている。
 中国政府は、事態の沈静化をアピールしているが、16日には四川省や甘粛省にも抗議行動が拡大、これらの地域でも多数の死傷者が出ている。
 ダライ・ラマ14世は、自らの関与を否定するとともに、「文化的虐殺」と中国政府を厳しく非難、話し合いによる解決を求めているが、今後の見通しは予断を許さないものとなっている。
 
<経済成長で拡大する矛盾>
 1950年の侵攻、その後の武装蜂起「チベット動乱」を経て、中国政府は同化政策を展開、社会主義化も進み、「暴動」や衝突はたびたび発生したものの、一定の自治が保障され相対的な安定が続いたが、現在の急激な成長路線が再び矛盾を拡大した。
 とりわけ、2006年7月「青蔵鉄道」の開通により、外国人観光客を含む大量の人と物がチベットに流れ込みラサは活況を呈していた。しかし、その恩恵に浴しているのは主に漢族の資本家、経営者であり、チベット族には僅かな利益しかもたらせられていない。
先ごろNHKで放映された番組では、漢族のホテル経営者が、ロビーに展示するため、チベット族家庭に伝わる仏像や民具を買いあさり、チベット族の労働者やエンタティナーを酷使する映像が流されていた。押し寄せる市場経済の波に翻弄され、僅かな現金収入を得るため伝来の仏具を手放す高齢者、故郷を後にしてホテルで観光客相手に民族舞踊を披露する青年の姿は痛々しいものがあった。
 今回の「暴動」の背景には「チベット独立」というイデオロギッシュな要求以前に、経済的支配者に対する直接的な反発が存在する。紹介されたホテルが今回の暴動で襲撃の対象となったかは定かではないが、漢族の経営する商店や銀行が放火、略奪されたのは象徴的である。
 今後事態が沈静化したとしても、経済発展による貧富の差の拡大、近代化による伝統的共同体の崩壊が進めば、一時の懐柔策では根本的な安定には結びつかないだろう。
中国国内における経済格差に起因する社会問題は、それが縮小すれば解消に向かうだろうが、チベットのように民族問題が絡む「辺境」では、経済が発展したとしても、そのことが民族意識を高める要素にもなりうる。中国政府は他の少数民族やイスラム教徒の動向に、 目を凝らし続けなければならないだろう。

<他民族・他地域への波及はあるか>
 現在延辺の朝鮮族自治州は安定しているが、今後、北朝鮮で不測の事態が起こった場合、混乱が波及する可能性がある。
 アメリカのシンクタンクの研究者が昨年6月訪中した折、人民解放軍幹部など北朝鮮専門家が、北朝鮮が不安定化した場合、人民解放軍を派遣する可能性に言及していたことが今年の初め、明らかとなった。
 私は以前「中国は、北朝鮮が崩壊した場合、朝鮮族を主体とした人民解放軍の進駐までもを想定しているだろう。この間中国は中朝国境地帯の中国化、いわゆる「東北工程」を押し進めている。・・・」(本誌347号)と指摘したが、今回それが裏付けられた形となった。
 「中国人(漢族)は周りの国なんか属国だと思っていますよ」という言葉を、朝鮮族の留学生から以前聞いたことがある。今回のチベットや朝鮮、あるいは過去のベトナムに対する対応を見るならば、「中華思想」という指摘に肯首せざるを得ないものがある。
 社会主義にもとづく民族自決権擁護政策という衣がほころび始めると、露骨なナショナリズムが突出し、武力衝突、内戦の惨事に拡大するのは、旧ユーゴ、旧ソ連でくり返された光景である。
 中国でそうした事態を起こさないためにも、早急にダライ・ラマ14世の求める話し合いを基本とする、解決の方策を胡錦濤政権が選択することが望まれる。(大阪O)

 【出典】 アサート No.364 2008年3月22日

カテゴリー: 平和, 政治 | 【投稿】噴出する「華夷体制」の矛盾 はコメントを受け付けていません

【投稿】本当に温暖化ガスを削減できるのか—「排出権取引」への疑問—

【投稿】本当に温暖化ガスを削減できるのか—「排出権取引」への疑問—
                           福井 杉本達也

1.「排出権取引」に180度の転換をした経団連
 1月26日、福田首相がダボス会議で地球温暖化防止に向けて、「国別総量目標」を提案して以降、ここ1・2ヶ月、急速に日本国内においても「排出権取引」に対する動きが活発化している。日本経団連はそれまでの「排出量取引制度や環境税に頼るのではなく、民間の自主的な取り組みを生かしていくことが重要だ」(御手洗富士夫会長:2007.12)という強固な反対姿勢から、一転して「私自身は大反対と言った覚えはない」(同会長:2008.2.25)と180度「変節」した。政府は「地球温暖化問題に関する懇談会」の座長に奥田碩前経団連会長(トヨタ相談役)を充て、経団連内の根強い反対論を封じ込め、今年7月の洞爺湖サミットに向け日本が発言力を強める狙いがあるとマスコミは解説する(朝日:2.27、毎日:3.4)。

2.ダボス会議とは
 昨年12月にバリで開かれた「温暖化防止バリ会議」で、日本は、当初の議長案にあった「温暖化ガス削減目標」に対し、「結果を予見するような目標はおかしい」と主張し日本は「温暖化ガス排出削減に消極的」との印象を与えていた(日経:2007.12.16)。また、同時期の「産業構造審議会・中央環境審議会合同部会」(経産省・環境省共管)では排出権取引の先送りを決めていた(日経:2007.12.15)。それがなぜ、正式な国際的会合でもないダボス会議を前に突然ひっくり返ったのか。
 ダボス会議の正式名称は「世界経済フォーラム 」(World Economic Forum)といい、スイスの実業家クラウス・シュワブが設立したジュネーヴに本部を置く独立の非営利財団であり、毎年、世界中の大企業約1000社の指導者、政治指導者(大統領、首相など)、選出された知識人、ジャーナリストが参加する会議を主催する。米国のライス国務長官、サマーズ元財務長官、英国のブレア前首相、マイクロソフトのビル・ゲイツ会長、著名投資家のジョージ・ソロス等々、ようするに欧米中心の金融資本家・多国籍企業経営者の全くの私的集まりである。日本からは福田首相など政府首脳のほか、奥田碩氏や竹中平蔵氏らが出席した。そこで、福田首相は無理やり英国の主導するEU排出権取引制度への参加を迫られた。

3.排出権取引制度とは何か
 2005年2月に京都議定書が発効し、日本は2008年から2012年までの5年間に1990年に比較して6%の温室効果ガスを削減する義務を負うこととなった。ところが、2005年度における温室効果ガスの排出量は1990年と比較して7.8%の増となっている。単純に言うと13.8%の削減が必要となっており、日本は厳しい状況に立たされている。そこで政府は2006年に目標達成計画を閣議決定したが、①森林吸収で3.8%、②CDM(クリーン開発メカニズムプロジェクト)などの海外からの排出権獲得で1.6%、③国内での削減で0.6%削減することとなっている。ところが、やっかいなことに、オフイスなど業務部門からの排出量が1990年と比べ45%、運輸部門が18%、家庭部門も37%も増加しているのである。そこで、産業部門で-8.6%、電力などのエネルギー部門で-16.1%として、民生・運輸部門の増加を吸収しようというものであり、国内対策が限られる中、これを京都メカニズムを活用してクレジットを購入して達成しようとするものである。
 しかし、めざす「低炭素社会」への移行をどのように進めていくのかについては明確な海図は何もない。それを、市場経済手法の組み入れによって進めようとするものである。「炭素に価格をつける」ことによって、「工場や家計で今まで計上されていなかった環境費用が、排出する主体にとって金銭的な費用として顕在化されるので、費用を減らそうとする結果として、各主体にCO2削減の動機付けが働く。」(植田和弘「地球温暖化防止への環境経済戦略」『世界』2007.9)というのである。「市場で排出権についた価格が排出権の希少性を表す信号となり、その価格信号を通じて、環境保全という目的と、それを最小の費用で達成するという『効率性』の目的とが同時にかなえられる」(岡敏弘「排出権取引の幻想」『世界』2007.11)というストーリーであるが、環境破壊は市場経済の失敗によるといわれる中、市場の活用と環境の保全が、そう簡単に調和するものとなるのであろうか。
 
4.矛盾のある排出権取引制度
 「あちらで安く減らせるから、削減努力をこちらからあちらへ回すということが、温暖化対策のために重要なことだろうか」と岡敏弘福井県立大教授は上記論文で排出権取引制度に根本的な疑問を投げかけている。欧州排出権取引制度(EU-ETS)は京都議定書の目標達成のために、2005年にEU25カ国内の大規模排出施設1万640ヶ所を対象に導入され(第Ⅰ期)、約22億トンの排出権が国別配分計画により配分された。個別施設への排出枠は実績排出量から算定され無償で配分され、その合計を総配分量から差し引いた残りが電力に配分された。2008年から始まる第Ⅱ期も約19億トンと総配分量は減るが、減った分の負担は加盟各国とも電力だけにしわ寄せしている。電力産業の排出量は許可量よりも大きいので、電力産業は排出権を購入している。ようするに、国際的競争に曝される業界には多少「キャップ」はかかるものの実績排出量に基づいて排出枠が与えられ、実質排出量と排出枠との差を国際競争に曝されない電力産業で負担しようというものである。
これでは、生産設備の古いエネルギーを大量消費する企業・生産量の大きい企業・衰退産業ほど多くの配分を受けられ優位な立場に立つことができ、強いて排出量を削減しようとする誘引は起きない。また、電力の場合には、排出量を削減するには、例えば石炭火力から天然ガスへのエネルギー源の転換が効果的であるが、石炭火力を閉鎖し新たにガス火力にすると、石炭火力の排出枠は没収され、少ないガス火力の排出枠を配分されることとなる。電力への投資は長期的なものであり、排出枠がころころ変動するようなものであれば投資はできない。

5.英国の仕掛ける温暖化ビジネス
 元々、排出権取引は2002年に英国でスタートしたものである。国際競争に曝されるようなエネルギー多消費産業はもちろん、まともな製造業は今の英国にはほとんどなく、排出枠を厳しくしても、ドイツやフランスのように反対の声はほとんど上がらない。排出権取引制度には「契約の枠組みのつくり方、コンサルタントによるアドバイス、金融手法を駆使した決済のシステムなど英国の優位性を発揮させるチャンスが数多く含まれている」(浅妻一郎:「世界を席巻する排出量取引制度の深層」NIKKEI BPNET『ECOマネジメント』2008.3.10)。「ロンドンを排出権取引など炭素市場の世界的取引センターとして活性化させるねらいがある」(植田和弘)のである。
そのストーリーを作ったのが2006年10月に公表された「スターン・レビュー」(「気候変動の経済学に関するスターン卿調査」)である。元世界銀行上級副総裁のニコラス・スターン卿が英財務省のスタッフとともに、気候変動に関わる経済効果について報告したものである。気候変動への対策を講じない場合、損害は世界全体のGDPの20%以上にもなり、早急に対策を講じた場合のコストはGDPの1%程度に留まるという内容で、これをブレア前首相が大々的に取り上げた。「早期の地球温暖化防止策を実施することこそ…経済的でもある」(植田和弘)というのだが、山口光恒氏によると「途上国を含むすべての国がキャップ(排出量上限値)を受け入れ、全世界規模で排出権取引が行われる」ことがレポートの前提であるが、「現実問題として考えにくい」、つまり「最適政策以外は政策実施費用が便益を上回る」(「費用便益分析と『スターン・レビュー』」『ECOマネジメント』2008.2.18)とし、温暖化防止策が経済性と両立するというスターン説を批判している。

6.「温暖化」がカネになる?
 『「温暖化」がカネになる』(北村慶著)という本がある。内容は、「二酸化炭素」で金儲けを狙う、その金儲けの欲望が地球環境を守るというものだ。そもそも、「排出権」はエネルギー源である「石油」や「天然ガス」などとは反対位置し、それ自身としては何も生み出さない、“0”又はむしろ“負”の価値である。「負の財産」に一定の公的規制を課することによって「財産」とみなされることになるのであるが、それは「効率性の利点を持たず、投機の可能性を作り出す『虚財』」(岡)である。2005年からの第Ⅰ期EU-ETSでは当初CO2/1トン:6ユーロだったものが、5月には20ユーロを超え、2006年4月には30ユーロを超えたが、その後第Ⅰ期の排出割当量が過大であることが判明し9ユーロ辺りまで大きく値を下げた。2005年のEUでの排出権の取引量は3億2千万トンと発表されているが、電力業界を中心とする実需は4千万トンと推定され、実需の8倍の取引が行われていた。つまり、圧倒的に投機者の参加が多いということを示している。投機はゼロ・サムゲームであり、温暖化ガスの削減には全く寄与しない。わずか数ヶ月間で3倍以上も価格が変動することは、むしろ電力や鉄鋼などの長期的な排出削減投資を妨げるものである。山本隆三氏(住友商事)は「将来の不確実性がある場合には投資の意思決定を先送りすることにより、事業の価値を高めることができる。温暖化ガスの排出権取引のように削減費用と便益について不確実性が高い場合には、意思決定の先送りが生じることとなり、技術革新への投資が行われない可能性が高い」(横山彰編『温暖化対策と経済成長の制度設計』2008.1.25)としている。
 3月14日のロイターによると、米連邦準備理事会(FRB)は14日、米証券大手ベアー・スターンズへ緊急貸出を行ったという。預金機関以外への融資は大恐慌以来だという。ベアーは連銀窓口から直接借り入れることができないため、JPモルガン・チェースが介在する形をとったと説明している。今、欧米金融資本は大恐慌の一歩手前で死にものぐるいにもがいている。サブプライム・ローンといういかがわしい債権の証券化がその発端である。「プライム」とは最良ということである。「サブ」とは接頭詞で下ということ、二流・三流のあぶない債権ということである。わずかのカネしか賭けられない客に無理矢理大金を貸して身ぐるみ剥いでしまう賭場の胴元同様、本来は住宅を持てそうにもない貧困層に高金利のローンを組ませ、荒稼ぎしようとしたのである。つまり、サブプラプライム・ローンも「虚財」である。その「虚財」をノーベル賞お墨付きの「金融工学」を駆使し、「格付け」を行って、あたかも価値の高い商品のように世界中に売りまくったのである。
 ロンドンには「ロンドン気候変動サービス」という公的団体があり、学者やエンジニア、コンサルタント、弁護士、トレーダー、ブローカー、ITサービス提供者がこれに参加しており、金融市場の優位性・「商品のお墨付き」を高めることができる。すでに欧州の排出権市場は400億ユーロ(6兆4000億円)以上の「経済的価値」をつくり出し、さらに「グローバル・カーボン・マーケット」が実現すれば、英国標準の市場が膨れ、ロンドンは排出権取引市場の一大中心となる(浅妻一郎)。だが、それはサブプライム・ローン以上の「虚財」である。
3月14日、EUは温暖化対策の遅い国を対象に、鉄鋼・セメント・紙などといった国際競争力にさらされる業種を対象に輸入規制をし、域内産業を保護する方針を決めた。つまり、EU-ETSの制度が益々金融取引だけに重点を置き、むしろ製造業にとっては負担になること、域内の温暖化ガスを大量に排出する非効率の施設を国際競争から守るという行為を通じて温暖化ガスの排出抑制をできないことが明らかになりつつある。最も温暖化ガスを排出しない「低炭素社会」を代表する“理想的”産業は、電子画面で瞬時に取引の成立する『金融資本』だけである。

 【出典】 アサート No.364 2008年3月22日

カテゴリー: 杉本執筆, 環境 | 【投稿】本当に温暖化ガスを削減できるのか—「排出権取引」への疑問— はコメントを受け付けていません

【コラム】ひとりごと–近づくアメリカ金融帝国の凋落– 

【コラム】ひとりごと–近づくアメリカ金融帝国の凋落– 

○サブプライムローンの破綻・住宅バブルの崩壊が引き金を引いたアメリカ経済の破綻が、最終章に近づいている。金融機関の破綻という問題である。3月17日には大手証券会社ベア・スターンズをJPモルガン・チェースが買収すると報道された。200億ドルといわれる資金はFRB(米連邦準備制度理事会)貸出しであり、明らかな「公的資金」の投入である。○バーナンキFRB議長は、2月28日「いくつかの金融機関が破綻する可能性がある」と議会証言したが、いよいよ現実味を帯びてきている。○信用不安に対してFRBは、相次いでFFレートの引き下げを行ってきたが、実際の市場では、貸し渋りや債権の回収が先行し、信用収縮が起こっていると言われている。○日本の不良債権問題でも、金融機関の不良債権額が明らかにされず、疑心が疑心を呼んで不況回復が長期化したが、今回のサブプライム関連の不良債権は、「金融工学」理論によって証券化され、隠れているのが特徴である。当初は「リスクの分散」の象徴のように言われていたが、把握不可能なのが実態である。証券会社・金融機関の破綻危機が現実的となれば、次々と連鎖の罠が待っているのではないか。○FRBなどは、追加的利下げを連発しているが、資金の流動性を高める効果はあっても、金融機関の破綻には効果は薄い。○一方、ブッシュは大統領選挙を前に、失政を認めるわけにはいかず、また金融機関、増してや証券会社の破綻に公的資金の投入は躊躇するのは確実と言われており、ベア・スターンズに続くであろうヘッジファンドの破綻、証券・金融機関の破綻の影にアメリカ経済は怯えているのである。○サブプライム問題は、金融機関の巨大な損失に始まったが、金融機関のリストラと新規雇用者数の減少・失業率の高止まり、そして住宅含み資産の減価による消費の冷え込みにより、アメリカ実体経済の失速にまで及んでいる。○一方、流動資金は株式から逃避し、原油や金、金属、小麦などの商品市場へ雪崩れ込み、資源・商品先物価格の暴騰をもたらした。そして、3月第2週以来急激なドル安円高の進行となった。3月17日には95円代までドル安・円高が進んだ。○ドル安の進行は、原油の暴騰に一層拍車をかけることになる。産油国は今だドルペッグ制度であり、ドルの減価は、実質的な原油安となり、一層原油高を生むことになる。○いざなぎ景気を越える長期の景気拡大が続いているとされてきた日本経済もまた、株価の急落・円高の進行・原油高で、先行き不安が強まっている。輸出頼みで国内では労働分配を渋り、内需拡大を怠ってきたツケを円高で払うことになる。○08春闘は、交渉最中の株安・円高進行で、急ブレーキがかけられ、大幅賃上げとはほど遠い結果となった。今後の物価の上昇にも追い付かないのが実態である。○ブッシュのイラク戦争が生み出した中東の政情不安と原油高騰、「金融工学」が行き着いたサブプライム破綻と金融危機、最大の債務国アメリカに資金を集めるためのドル高政策と破綻、いずれもアメリカ発である。○世界の盟主の地位が、あらゆる面で揺らぐアメリカ。金融帝国の凋落が始まっているのである。(佐野)

 【出典】 アサート No.364 2008年3月22日

カテゴリー: 経済, 雑感 | 【コラム】ひとりごと–近づくアメリカ金融帝国の凋落–  はコメントを受け付けていません

【投稿】岩国市長選と沖縄少女レイプ事件

【投稿】岩国市長選と沖縄少女レイプ事件

<<ウソ・デタラメの大量ビラ>>
 岩国市長選の結果は非常に残念な結果ではあったが、井原前市長と井原氏を支えた人々はよくここまで善戦したと、筆者は評価している。米空母艦載機移転反対を貫いた井原前市長と移転容認派の前自民党衆院議員福田良彦氏との差はわずか1782票にすぎない。得票は、45,299票対47,081票で、得票率にすれば、49%対51%、得票率の差はわずか1.92%である。
 しかも肝心の米空母艦載機移転問題については、中国新聞の出口調査によると、米空母艦載機移転について「反対」は46%、「賛成」は 8・4%、「どちらかといえば」を加えると、「反対」は市民の65.7%、「賛成」は24.0%にすぎなかったという現実である。朝日の調査でも、「反対」47%、「賛成」18%であり、福田氏に投票した人でも、「賛成」は30%しかなかったのである。共同通信社の出口調査でも、艦載機移転に「賛成」と明確に答えた人は全体の二割にも届かず、福田氏に投票した人でも七割以上は「やむを得ない」と消極的な賛成であった。また、毎日の出口調査で注目すべきなのは、「移転反対」は41%、「反対だが仕方がない」20%、「条件付き賛成」33%、「無条件で賛成」2%で、問題はこの「移転反対」の人のうち、11%が福田氏に、「仕方がない」の82%が福田氏に投票した、という事実である。
 今回の選挙戦で福田陣営は、米空母艦載機移転問題については、「条件闘争」を主張し、「騒音・治安の問題で受忍の限度内との確約を取る」、「まず住民の不安を解消する。国の言いなりにはならない」、「国が土日の訓練中止など条件が飲めないなら反対」などと表明し、石破茂防衛相が、米軍再編計画に盛り込まれた岩国基地への艦載機移転の重要性を訴えたいと現地入りを打診したが、福田陣営は「来ると逆効果」と防衛相の来援を断り、自民党の閣僚や国会議員の応援演説も求めず、“政府・与党色”を消すことに懸命の努力をする一方で、井原陣営に対しては徹底したデマ攻撃と中傷攻撃を繰り広げた。井原市政のままでは財政が破綻すると強調するビラが何種類も作られ、「岩国は夕張のように財政破綻する」「井原市長が再選されtると税金が二倍になる。年金もなくなる」「艦載機を受け容れたら、国から五千億円から一兆円が交付され、市民も一人二万円もらえる」といった恐喝と脅し、アメとムチのウソ・デタラメのビラが大量にまかれたのである。「移転反対だが、仕方がない」という人々には、結果的にはこれが効いたとも言えよう。

<<民主党の情けなさ>>
 さらに福田陣営にプラスしたのは、福田氏の議員辞職に伴い、四月二十七日に実施される衆院山口2区補選に出馬を予定している民主党の平岡秀夫陣営が、あきれたことに「福田票もほしい」と自主投票を決め込んだことであった。民主党の情けなさ、ふがいなさが福田陣営を大いに喜ばしたことは間違いがない。
 こうしてやっとのことで僅差の勝利を獲得した福田陣営であるが、ウソ・デタラメの約束、「条件闘争」は自らに跳ね返ってこざるをえない。中国新聞2/11付けが報じるように、「政府が今後も強硬な姿勢を取り続ければ「移設反対」の機運が再燃する可能性もはらんでいる。」ことは間違いない。
 町村官房長官は2/12、十日の岩国市長選を受けて「米軍再編が着実に進む環境が整い、歓迎している」と市長選の結果に大いに満足の意を表明したが、艦載機が計画通りに移ってくれば、岩国基地の米軍機はいまの2倍の120機に増え、沖縄県の嘉手納と並ぶ極東最大級の航空基地となる。さらに米軍再編後の岩国は、「アジア最大の基地」になり、米軍と自衛隊を合わせると、現在の沖縄・嘉手納の100機をも超える142機の航空機が配備され、年間離着陸は嘉手納の約7万回を遙かに超える約10万回に、米兵・軍属・家族は嘉手納の約9700人を超す1万0300人になる計画である。福田新市長を待ち受けているのは、このような厳しい現実であり、福田氏当選にもかかわらず圧倒的多数の住民がこのような艦載機移転に反対しており、移転の結果がもたらす、そして基地の拡大がもたらす災厄の発生が避けられないことである。
 そして現実に、2月10日の岩国市長選が終わった途端に、沖縄で米兵による女子中学生レイプという悲惨な事件が発生し、表面化した。沖縄では、今回と同じ沖縄市で昨年10月に、米軍人の息子が強姦致傷容疑で逮捕されており、今年の1月にも、普天間基地所属米海兵隊員2人によるタクシー強盗致傷事件など凶悪犯罪が続いている。事件が起こるたびに、米軍当局は毎回のように「綱紀粛正」や「二度と事件を起こさぬ」と約束するが、事件は後を絶たないばかりか、凶悪化している。

<<レイプ事件の共犯者>>
 今回の女子中学生レイプ事件で新たに明らかになった問題は、在沖縄米海兵隊は04年6月以降、犯罪防止のため、若い隊員に対しては夜間外出を制限しているが、今回の容疑者は基地外に住んでいたためその対象外であったこと、基地外に住む米兵・軍属や家族は野放し状態であり、なおかつ米軍基地を抱える自治体が基地外に居住する米兵の数を米側に照会しても、地位協定をたてに、公表を拒否していることである。
 さらに問題なのは、基地外の日本の統治権内に居住しているにもかかわらず、日本政府でさえ「実態を十分に把握していない」(岸田文雄沖縄・北方担当相、2/15)という現実である。米軍の情報紙によれば、基地外に住む米兵の数は〇六年で8595人、在日米軍の兵力約四万八千人の約18%、軍属や家族を加えると、これを大きく上回る米軍居住者の実態が地位協定をタテに公表を拒否されているのである。今回の犯罪が発生した沖縄県北谷町では、町職員が一軒一軒歩いて調査し、約千二百世帯が米軍関係だとの推計を出したが、これは北谷町の全世帯の実に約15%にもあたるという。こうした米軍人とその関係者がパスポートもビザもなしに出入国し、外国人登録も免除されて、居住できるという特権のもとに野放し状態で放置されているところに、見過ごしえない犯罪の温床があることは否定しえない。
 さらに、社民党の保坂展人議員によって明らかにされたことであるが、国交省が自己財源であるかのように私物化している問題のガソリン税を財源とする道路特定財源を流用して、佐世保道路建設の名の下に、たった8棟の「米軍住宅」を28億2千万円もかけて建設していたという事実である。道路特定財源が、米軍住宅建設に化けてしまうという許しがたいこうした事態がこれまで問題にされることもなくお手盛りで横行してきたのである。しかもその米軍住宅については、日米両政府とも地位協定をタテに実態を明らかにしない。
 今回のレイプ事件に際しても政府は、「今回の事件で地位協定の問題は生じない」として、見直しをまたもや否定している。レイプ事件の共犯者は日本政府であるとも言えよう。
 筆者は、このレイプ事件に対して、2/16の米総領事館への緊急抗議行動に参加したが、いちゃもんをつけ食って掛かる人間もいたが、道行く人々の関心も高く、その抗議行動は日本政府への抗議行動でもあった。沖縄県民の、そして岩国を含め基地を抱える住民の怒りと不信感は、米軍ばかりか日本政府に対しても向けられていることを銘記すべきであろう。(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.363 2008年2月23日

カテゴリー: 政治, 沖縄, 生駒 敬 | 【投稿】岩国市長選と沖縄少女レイプ事件 はコメントを受け付けていません

【投稿】米軍再編と地方自治体

【投稿】米軍再編と地方自治体

<繰り返される米兵犯罪>
 米空母艦載機の移駐を巡り2月10日に行なわれた岩国市長選挙は、移駐容認派の前自民党衆議院議員が接戦の末当選したが、開票作業が進む同日午後10時半、沖縄県北谷町では米海兵隊員による女子中学生への暴行事件が起こっていた。
 岩国市長選の勝利で、こう着状態となっている沖縄の普天間基地移設など、日本国内の米軍再編計画が進展するかに思えた矢先、沖縄の事件で政府与党は安堵から一転、狼狽することとなった。福田政権は、1995年の二の舞を避けるため、米政府に対して抗議の姿勢をとり、米軍、米政府もシーファー駐日大使が沖縄に飛び、仲井真弘多知事に謝罪するなど、低姿勢に終始している。
 しかしながら、再発防止策について福田政権やアメリカは「米軍と県警の合同パトロール」「「外出制限対象軍人の拡大」「繁華街への防犯カメラの設置」という弥縫策や、「基地外住居者がいるのが問題」などと枝葉末節の論議でお茶を濁している。
その一方「日米地位協定の見直し」「在日米軍の大幅削減」といった本質的な問題については、高村外相、石波防衛相が衆議院予算委員会で日米地位協定について、「運用の改善で対処」「地位協定の内容は世界でトップレベル」などと述べるなど、早々に頬かむりを決め込んでいる。
 しかし、イラクとアフガンで泥沼の戦いに陥っている米軍の士気低下は深刻なものがあり、10日の事件後も続発する不祥事に、町村官房長官が「たるんでいるとしかいいようがない」と嘆いても、根本的な解決策は「対テロ戦争」の中止と海外駐留兵力の撤収しかないのである。
 政府・米軍の不誠実な対応に対し、沖縄では怒りが高まっている。2月14日、沖縄県議会は「在日米軍などへの抗議決議と日本政府への意見書」を全会一致で可決、同意見書は米兵の犯罪が後を絶たないとして「米軍の綱紀粛正への取り組みや軍人への教育のあり方に疑問を抱かざるを得ない」とのべ、再発防止策について万全を期すことなどを求めている。
 昨年沖縄では、沖縄戦における県民集団自決を巡る教科書検定問題で、大規模な抗議集会が開かれたが、今回の少女暴行事件についても、同様の超党派による県民抗議集会が計画されている。

<脅かされる地方自治>
 この事件は、市長選挙が終了した岩国はもとより、米軍基地を抱え、あるいは移駐先となっている全国の自治体に動揺を与えている。防衛省は岩国市に対し、空母艦載機移駐を決定した場合、凍結中の新市庁舎建設補助金とほぼ同額の約35億円の補助金を、別の法律に基づいて交付することを明らかにするなど、「アメ」をもって基地拡大反対の声を押さえ込むのに躍起となっている。
 今後、岩国に厚木から艦載機が移駐した場合、問題の夜間離着陸訓練地も硫黄島から移ることになり、すでに移転先候補として、鹿児島県のいくつかの離島が取り沙汰されている。また米軍再編にともない、日本各地での陸、海、空の日米実働演習も拡大していくことになる。
 昨年11月には3年ぶりの大規模な日米合同統合演習が、10日間にわたり北海道から九州にかけて行なわれたばかりであり、詳細な演習内容を知らされなかった自治体、住民の間では今後の動きに不安が広がっている。
 市民を無視して強引に進められる米軍再編に対して、今こそ地方自治体は抗議の声を強めなければならない。とりわけ、首長は県民、市民の安全・安心確保のため政府・与党に対して要求を突きつけていくべきである。
 こうしたなか、大阪府の橋下知事は、岩国市長選と住民投票に関し「防衛政策について地方自治体がとやかく言うべきではない」などと、あたかも「官選知事」のごとく地方自治の本旨を逸脱した仰天見解を述べている。「子どもの笑顔」を標榜する橋下知事は、今回の沖縄の事件をどう見ているのか。
 いずれにしても、基地頼りの活性化では、真の地方再生を果たすことができないのは明らかであり、地方分権確立に向けた取り組みの中で「基地問題」をしっかりと位置づけることが求められている。(大阪O)

 【出典】 アサート No.363 2008年2月23日

カテゴリー: 平和, 政治 | 【投稿】米軍再編と地方自治体 はコメントを受け付けていません

【投稿】「地方財政健全化法」の狙いは何か

【投稿】「地方財政健全化法」の狙いは何か
                           福井  杉本達也

1.連結財政指標は自治体に何をもたらすか
 咋年6月、地方自治体財政健全化法(破綻法)が成立したことをうけ、総務省は12月7日に自治体の財政破綻などを認定するための「早期健全化基準」について通知を出した。破綻法制の考え方は、自治体の財政状況を把握し、早期健全化を促すこと、漫然とした財政運営を行い「経営に失敗すれば。自治体も破綻という事態に立ち至る、という危機感を持つこと」(2006.5「総務省報告書」)だとしており、基準は08年度より適用される。破綻認定の基準は、①普通会計の赤字を示す「実質赤字比率」、②病院や下水道など公営企業会計の赤字を含めた「連結実質赤字比率」、③毎年の借金返済の負担を示す「実質公債費比率」、④第三セクターの借金など自治体が将来肩代わりする可能性のある負債も考慮した「将来負担比率」である。
 ①の「実質赤字比率」はこれまでの財政再建団体に陥り、起債制限される基準である市町村で20%以上、都道府県で5%以上の値が採用されている。「早期健全化基準」はこれまでの地方債協議から許可制度への移行基準と破綻基準の中間値である、市町村で11.25%~15%、都道府県で3.75%となった。これについては、これまでも「再建団体」の指標として自治体関係者は熟知しておりさほどの違和感はない。今回の基準の焦点は②の「連結実質赤字比率」である。破綻の基準は市町村が30%、都道府県は15%とされた。2005年度のデータでは、この破綻基準を超えている自治体は、夕張市、室蘭市、熱海市、泉佐野市など9自治体ある。さらに、市町村16.25%~20%、都道府県8.75%の早期健全化基準に該当しそうな自治体が、和歌山市、守口市など6自治体ある。さらには、米子市、高知市、福岡市、京都市、神戸市、徳島市、堺市といった県都・政令指定都市も連結では赤字となっている(「『連結実質赤字比率』を05年度データで試算」石川達哉『エコノミスト』2008.1.29)。このうち特別会計で262億円の累積赤字を抱える和歌山市は財政再生団体転落を回避するため、和歌山県より15億円の融資を受けることとなったと報道されている(毎日:2008.2.10)。

2.連結決算で自治体財政を見ることは良いことか
 連結で決算を見ることは自治体の起債の償還能力を見るうえではよいが、連結で赤字に陥った自治体の原因は様々である。北海道の赤平市は病院会計の赤字、室蘭市は造成土地の赤字、泉佐野市は関西空港関連の開発費の赤字である。しかし、病院事業と土地造成事業や観光事業による赤字を一緒くたにしていいのであろうか、神野直彦氏は「新たに導入された連結実質赤字比率は、実質赤字の『質的相違』を無視して加算する。観光施設の赤字であれば、住民は観光施設の売却を考えるかもしれない。しかし、医療は住民の生活を支える。…財政指標をよくするために診療所などが廃止され、地域医療に悲劇的な状況が生じている」(『エコノミスト』2008.1.29)と赤字の質的相違を無視する総務省の指標に異議を唱えている。

3.目的は地方債の市場化
 今日、地方財政は危機的状況にある。しかし、いまだその危機的状況を自覚せず、整備新幹線だ、基幹道路の整備だといって、漫然とした財政運営を続ける自治体も多々ある。そのような自治体に危機意識を持たせるために「指標」を利用することには意義がある。しかし、三位一体改革と称して実態は5兆1000億円もの地方交付税を削り、元々交付税依存の高かった市町村を危機に追い込んできた総務省のこれまでの対応を見るならば、地方財政再建制度の目的は別にあると見なければならない。2003年の住宅供給公社・土地開発公社への「減損会計」(いわゆる「時価会計主義」)導入あたりから総務省は市場原理主義の考えに染まってきていたと考えられる。
 既に地方債の財政投融資会計による引き受けという手段は、財政投融資会計の解体と郵政民営化によって遮断されつつある。市場化路線の次の手は『破綻法制』で厳しく財政再建を義務づけ、国による償還保証をやめて、『完全自由化』へと導くことである(日経:2007.11.15)。しかし、国債とは違い、東京都などの一部の地方債を除き、発行条件は同じで財政状況に応じて金利に差がつく“市場原理”は働いてはいない。2007年11月7日に行われた日経の「地方財政シンポジウム」で、竹中平蔵氏は「地方債は財政の手段だと思われているが、金融の手段だ。市場の声を謙虚に受け止め、自己改革」すべきだと率直に述べている(日経:2007.11.15)。現行の地方財政制度の大幅な変更は、「戦後50年以上見直されなかった財政再建団体制度が機能不全に陥ったことにある」(宮脇淳北大教授:日経:同上)のではなく。意識的に機能不全に陥らせ、地方の『自立』という旗印の下、国際金融資本の儲け口にすることにある。

4.自治体と地方金融機関をグローバル化の波に投げ込もうとする総務省の策動
 自治体は市場から資金を調達すべきだというが、現状の縁故債などによる調達ではどうして具合が悪いのであろうか。確かに指定金融機関との貸借条件をめぐっての不透明さはある。和歌山県土地開発公社や宮崎シーガイアのように、自治体と金融機関とのもたれ合いによる膨大な損失もあろう。しかし、それでも地方の自治体の財政状況を一番良く理解しているのは、指定金融機関などの地方銀行である。また、地方で集めた資金が地方の自治体の事業を通じて再び地方に還流する。米国では自治体は個々の信用力により資金調達を行っているが、一般債権と同様、金融保険会社(モノライン保険会社)の格付けで評価されて起債を行っている。今の地方債のシステムを、いきなり米国のように「格付け」で評価しようとするには無理がある。そもそも「格付け」が正確とは限らない。今回のサブプライムローン問題では格付会社自体の信用が問われている。地銀や信用金庫は、融資先の企業の財務諸表だけを見て赤字か黒字かで融資を判断しようとはしない。現在は赤字でもその企業の技術力や経営力などを総合的に判断して融資するものである。それは地元の地銀・信用金庫だからこそ総合的な情報に基づいて判断できるのである。
 上記の「シンポジウム」で、ニッセイアセットマネジメントの徳島勝幸氏は投資家が地方債を購入する理由として「国債に対する超過収益を得るため」「投資家の投資判断には利回りとスプレッドが重要」と述べ、政府の保証からの切り離しによるリスクの顕在化を求めている(日経:2007.11.15)。リスクが顕在化するということは金融資本にとってはそれだけ儲ける機会があるということである。早期健全化基準手前の連結決算が赤字の自治体の起債を、低い格付で評価し、高い金利を取り、さらには債権である地方債をサブプライムローンのように証券化して売り抜けてしまうという発想もでてこよう。その際の高い金利差の負担は自治体の住民の税金で賄われることになる。

 【出典】 アサート No.363 2008年2月23日

カテゴリー: 分権, 政治, 杉本執筆 | 【投稿】「地方財政健全化法」の狙いは何か はコメントを受け付けていません

【投稿】労働者派遣法改正問題について –規制緩和は労働者を保護しない—

【投稿】労働者派遣法改正問題について –規制緩和は労働者を保護しない—

 自宅で購読している毎日新聞の日曜版には、たくさんの求人広告折込が入る。仕事柄一読するようにしているのだが、正規職員の募集は極めて少ない。パート・アルバイトは前からあるにしても、多くなっているのは、派遣型の募集である。実際の職場や企業名は記載されていない。組み立て工であるとか販売スタッフなどの表示であって、これらは労働者派遣会社が登録者を募集しているのである。当然ながら、社会保険完備などの表記は見当たらない。
 こうした派遣労働が常態化しつつある。近年のワーキング・プア問題が社会問題化され、政府もこれを無視することはできなくなってきたため、労働者派遣法の見直し・改正問題が焦点化しつつある。
 民主党は、今国会に労働者派遣法の改正案を提出する。特に「日雇い派遣」を全面的に禁止するという内容と言われている。仕事があるときだけ雇用契約を結ぶ登録型派遣がワーキング・プアの温床になっているという認識に立って、日雇い派遣の禁止、2ヶ月以内の労働者派遣の禁止、派遣先・派遣元の共同使用者責任を明確にすることが柱になっている。
 連合は、今年の連合白書の中で「連合は、労働者派遣制度は、創設当初の原則に立ち返るべきと考えている。当面の措置としては、登録型の非26業務について、禁止を含めた方向での抜本的見直しが必要である。連合は、労働者保護をはかる視点から、諸外国におけるみなし雇用制度、派遣元・派遣先の連帯責任、均衡・均等待遇原則等を参考に、労働者派遣法の見直しをもとめていく」としている。
 
<労働者の権利強化は、失業をもたらす??>
 使用者側の主張は、これと真っ向から対立したものと言える。
 昨年5月政府の規制改革会議・再チャレンジワーキンググループ・労働タスクフォースは、「脱格差と活力をもたらす労働市場へ–労働法制の抜本的見直しを–」と題する提言を発表している。一読して、あきれ果てる内容だが、辛抱して読んでおく必要がある。
 「流動性の高い労働市場を構築して初めて、働き方を変えたいと思う個々人が、意欲や努力により働き方を変えることができる機会のある、すべての人々にとって再チャレンジが可能な社会となりうる」
 「一部に残存する神話のように、労働者の権利を強めれば、その労働者の保護が図られると言う考え方は誤っている。不用意に最低賃金を引き上げることは、その賃金に見合う生産性を発揮できない労働者の失業をもたらし、そのような人々の生活をかえって困窮させることにつながる。」
 「真の労働者の保護は、「権利の強化」によるものではなく、むしろ、望まない契約を押し付けられることがなく、知ることのできない隠された事情のない契約を、自らの自由な意思で選び取れるようにする環境を整備すること、すなわち、労働契約に関する情報の非対称性を解消することこそ、本質的な課題というべきである。」と述べる。
 要するに「徹底した規制緩和が、労働者を保護する」との主張するのである。この文章は、ちょうど安倍前内閣が「再チャレンジ政策」を打ち出した時期に出されており、安倍前内閣の新自由主義的労働政策を、隠さずに書かれたとも言えるのである。
 規制ではなく、市場がすべてを解決すると言いたげな内容だが、この内容をまともな議論と受け止める労働者はいない。経営者の中にも違和感を感じる人は多いはずである。
 「労働者保護が強まれば、正規社員雇用は少なくなる」というが、「労働者保護規制が弱まれば、正規職員は増える」とは、言わないのである。「労働者の再チャレンジ」のためと装いつつ、一切の有期雇用を否定し、労働権を認めず、使用者と企業利益を至上とする労働市場をつくろうとしているのである。
 提言では、さらに、解雇規制の緩和(判例の積み重ねで、解雇規制が実質的に存在している事を批判し、解雇法制の整備を主張)、労働者派遣における規制の一層の緩和を求めている。
 
<現行制度でも労働者は保護されていない>
 しかし、労働市場はますます労働者を酷使し、無権利・低賃金・長時間労働を当然のこととして、労働者に押し付けてきた。
 キャノンで発覚した偽装請負事件。派遣労働者が立ち上がったことで、経営側は07年3月3500人を直接雇用するとした。しかし、期間工として採用したにすぎず、5ヶ月契約最長2年11ヶ月で雇い止めするという内容だった。正規雇用は拒み続けている。
 マクドナルドの店長は管理職と企業内で位置づけられ、時間外労働も青天井という実態である。東京地裁は、労働実態からして「管理監督者」とは言えないと2年間の残業代約755万円を支払えと判決をだした。しかし、同社はこれを認めず控訴するという。正規社員であっても、時間外労働コストを削り、長時間労働が野放しになっているのである。
 今年1月悪名高いグッドウィルが日雇い派遣の業務停止命令を受けた。介護サービス・コムスンの不正請求に続いて、派遣業務でも二重派遣を行い、派遣法で禁止されている港湾・建設業務への違法派遣が摘発されたからだ。二重派遣で港湾作業を行っていた労働者が労災にあったことが発端だった。派遣業界は5兆円産業とも言われるほど成長著しく、グッドウィルが撤退を余儀なくされても、現在の派遣法制のままであれば、次の悪徳企業が出てくるに違いない。
 2月8日国会で共産党の志位委員長は、派遣問題に的を絞った国会質問を行い、話題になった。「日雇い派遣で倉庫作業と言われて現場に行くと冷凍庫内での作業で凍傷になった」労働者の話、また「アスベスト除去作業にいったが、正規社員は防塵マスクがあったが、派遣労働者はコンビニでマスクを買えと言われた」など、労働者を使い捨てとして扱う現実を明らかにして政府を追及したのである。新聞によれば、反響は大きくインタネットの書き込みは4000件を越えたと報じられている。
 現行法の基でさえ、労働者の権利は踏みにじられている。さらなる規制緩和が何をもたらすかは明らかである。
 
<さらなる規制強化・労働者保護を>
 1985年に労働者派遣法が制定された。当初は業種を限定していたが、99年には対象業務を原則自由化し、一挙に広がった。低賃金で、社会保険負担から逃れることができ増員も減員も派遣会社任せという、企業の論理を優先させる派遣労働市場が拡大してきた。
 その結果、非正規雇用が一挙に拡大、低賃金・無権利の労働者を大量に現出させ、働いても低賃金(ワーキング・プア)層を拡大してきたのである。まさに、格差社会化を促進させてきたのである。
 小泉・安倍と続いた新自由主義路線も、参議院選挙の大敗という国民の拒否反応に立ち往生し、福田内閣では「格差社会」是正を一部に容認するという「修正」の動きが出てきているのも事実である。労働者派遣法の改正について、政府も有識者委員会で検討するという方向を打ち出さざるを得なくなっている。
 もちろん、経済界は従来の主張を変えてはいない。雇用の流動化路線に変化はない。法令違反企業には制裁を認めるものの、派遣の原則自由化については、先の提言に近い主張を行っているのである。
 連合は、09春闘の柱を、大手、中小、そして非正規問題と位置づけているが、その本気度が問われている。企業業績が上向いている今春闘こそ、大手のみならず、非正規労働者の権利拡大と待遇改善を勝ち取る好機であろう。まさに労働組合の社会的連帯の質が問われているのである。
 逆転参議院という有利な状況こそ、労働者の権利拡大・労働市場の規制強化のために活用しなければならない。日雇い派遣規制を突破口に「格差社会反対」の実績を、野党は統一して勝ち取る必要がある。それこそが政権交代に繋がる労働者の信頼と支持拡大を生み出すと考える。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.363 2008年2月23日

カテゴリー: 労働 | 【投稿】労働者派遣法改正問題について –規制緩和は労働者を保護しない— はコメントを受け付けていません

【感想】アサーティブ(assertive)であること

【感想】アサーティブ(assertive)であること

 本紙は、「青年の旗」から1994年に「アサート」に変更した。以来15年が経過しようとしている。当時は決して一般的な言葉ではなかった。前衛主義から決別し、しっかりと主張する、議論する姿勢を示す言葉として、名称変更議論の中から選ばれた言葉が「アサート(assert)」だった。最近、私はこの言葉を最近いろんな文脈で見つけるようになった。
 アサーティブな生き方、アサーティブなコミュニケーションなどである。
 一例を挙げよう。セクシャルハラスメントについて学習するパンフレットにこんな文章を見つけた。「相手の気持ちも立て、自分の気持ちもきちんと主張する力。これからは『アサーション』が大切」と見出しがある。
 「アサーション(assertion)とは、自分の意見を押し通すことだけでなく、相手の気持ちや意思を尊重しつつ、きちんと自分の意思や気持ちを伝える自己主張のことです。こうした、双方が対等に上手に自分の気持ちを伝え合えるアサーティブな関係こそが職場のメンタルヘルス向上にもつながります。このような上手な自己主張の方法を日ごろから職場などで研修したり、練習することもセクハラ防止の大切な手段です。」と。
 「アサーティブ・ジャパン」というNPOもある。アサーティブなコミュニケイションを研修する団体らしい。そのHPには、以下の文章があった。
 「アサーティブトレーニングは、1970年代における人権擁護の思想と女性解放の理論を土台として発展してきました。そして責任を伴った主体的な自己主張・自己表現および交渉の方法論として欧米を中心に、広くマネージメントの場面を中心に取り入れられてきました。」
 「 私たちが日常生活のなかでついとりがちなアサーティブでないコミュニケーションのパターンには、次の3つがあります。
・人に食ってかかる攻撃的なタイプ(攻撃的)
・自己犠牲的で、ふみにじられても黙っているタイプ(受身的)
・攻撃性を隠して相手をコントロールするタイプ(作為的)
それに対して、自分の気持ちと意見を誠実に、率直に、対等に伝えられるタイプをアサーティブであるといいます。」
 つまり、相手と対等に、そして自己主張も行う、そんなコミュニケーション・スキルとして、アサーティブな態度・発言・関係が重視されているということだ。
 アサート194号では、『「ASSERT」は英語の動詞で「主張する」という意味です。第183号から第187号に連載された依辺瞬氏の論文「労働組合運動の再構築にむけて」の一節「<主張的>(assertive)であることが自立した個人の重要な要素である」(第184号所収)からヒントを得て・・』と説明されているが、とても現代的であり、我々の姿勢を現す言葉であることを再認識している次第である。
 『「アサーティブネス(Assertiveness)」の訳語は、「自己主張すること」。しかし、アサーティブであることは、自分の意見を押し通すことではありません。自分の要求や意見を、相手の権利を侵害することなく、誠実に、率直に、対等に表現することを意味します。』まさに、我々の姿勢そのものであると言える。最近、自己主張から遠ざかっている読者の皆さん、どんどん自己主張(投稿?)していただければ、幸いである。(H)

 【出典】 アサート No.363 2008年2月23日

カテゴリー: 思想, 雑感 | 【感想】アサーティブ(assertive)であること はコメントを受け付けていません

【コラム】ひとりごと–橋下大阪府知事は何処を向いている—

【コラム】ひとりごと–橋下大阪府知事は何処を向いている—

○またしても大阪府民は、間違った選択をしてしまった。先の選挙で、タレントで「弁護士」の橋下知事を誕生させてしまった。○テレビに良く出ていたというだけで、若い人たちは、橋下に投票したのだろう。東京・石原、宮崎・東国原、大阪・橋下と続いている。○今回の知事選挙では、選挙直前になって、前知事の金銭管理問題が浮上し、民主・自公ともに、前知事の推薦を断念することとなった。選挙の1ヶ月前のことであった。○そして従来の支持構造が変化した。昨年11月の大阪市長選挙では民主対自公の構図で、民主候補が勝利したこと、政権交代・衆院選挙も睨んで、地方における相乗り批判、与党対野党の構図がまず生まれていた。そこへ失地挽回をめざす自民党の要請を受けた橋下が乗っかり、民主も大学教授を擁立するという構図で、事実上、与野党3候補の立候補となったわけである。○このように短期戦であったため、知名度が決定的であったことは否めない。○橋下候補は、知名度を逆に生かして、ドブ板作戦。何もしなくても人は集まる。民主候補は、有名人・政党首脳も乗り込んでの街頭作戦となった。○結果は、ダブルスコアーで橋下知事が誕生したのであった。それでも、短期戦、知名度で劣勢であったとは言え、民主候補の100万票近い得票は、評価できると思っている。民主の力も捨てたものではない。大阪の良識票と評価したい。○そこで、橋下知事である。残念ながら品格も良識もない事が、2週間も経たない内に露呈してきているのは、当然と言えば当然でもある。○公約は、すでにいくつかが放棄された。府債発行は一切認めないと当選時に発言したが、レクチャーの後に撤回。○首相との面談や駅伝参加など、マスコミ受けする行動はお好きなようで、府民・府政よりも、カメラがお好きなようである。○また、現代っ子よろしく、よく「キレル」。これもマスコミネタ提供サービスでもあろうか。○「大阪府は財政破綻状態、破産企業の職員の賃下げは当たり前」と言い放つ。賃金カットで財政再建ができるとでも思っているのだろう。しかし、すでに知事部局職員は1万人前後(20年前は2万人以上だったはず)。警察・教員も含めて、財政破綻の責任は職員にあるという論理は、どこまで通用するのだろう。それこそ、職員組合、議会含めて、橋下包囲網が早晩形成されることだろう。○さらに、効率の悪い公共施設の身売り・廃止を打ち出している。人権関連・労働関連の施策・施設に対しても同様に、縮小の対象とするのは必至であろう。これでは、単なる貧乏神である。与党には擦り寄るだけ。地方から政治を変える気概もない。○そもそも橋下は一体何が専門の弁護士なのだろうか。債権取立ての代理人に、彼の名前をみた行政マンは多いはずであるが・・・○彼を担いだ自民・公明府議団が、誤りに気付くのはそう遠くはないはずで、むしろ、もう気付いているのではないか。○府民・職員・議会を敵に回すことは確実であろう。ただ、信念も政治信条もあるのかないのか、分からない方なので、直ぐに豹変し、撤回し、媚を売る方向に修正する可能性も大いにある。政権交代があったら、与党の言うことは聞きます、とまた豹変するのだろう。ノック知事に続いて、この知事である。大阪府民は、また一から学習しなければならないとは、不幸という他はないのである。(佐野)

 【出典】 アサート No.363 2008年2月23日

カテゴリー: 大阪維新関連, 政治, 雑感 | 【コラム】ひとりごと–橋下大阪府知事は何処を向いている— はコメントを受け付けていません

【投稿】縮小均衡路線と景気後退の暗雲

【投稿】縮小均衡路線と景気後退の暗雲

<<ブッシュの景気対策>>
 世界経済に暗雲が立ち込めている。昨年来の米住宅バブル崩壊の端緒となったサブプライムローン(低所得者向け住宅融資)問題は、問題の根の深さ=マネーゲームに組み込まれた投機的経済の破綻、そしてその広がり=住宅以外のあらゆるクレジット、ローン、保険のデフォルト(債務不履行)にまで進行しようとしている。バーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)議長は1/17の下院予算委員会で証言し、サブプライムローンの焦げ付きは、現時点で1000億ドル(約10兆7000億円)、11月には1500億ドルに達し、今後「その数倍」に膨らむ恐れがあるとの見方を示している。同じ1/17、米証券大手メリルリンチは、07年第4四半期(10~12月期)決算を発表し、当期損益が前年同期の23億4600万ドル(約2500億円)の黒字から98億3300万ドル(約1兆500億円)の赤字に転落したと発表している。メリルリンチの当期赤字は、その前々日1/15に発表された最大手シティグループと同額である。この1/17のニューヨーク株式市場は、前日比306.95ドル安の1万2159.21ドルで終了、証券信用不安は底が見えず、信用収縮による景気後退が、底なしの経済危機に突入しかねない事態に直面しているとも言えよう。
 こうした事態を受けて、1/18、ブッシュ米大統領は急遽、米経済の「カンフル剤」としての景気対策の発表に追い込まれ、所得税や法人税の減税を中心に、約1400億~1500億ドル(約15兆~16兆円)規模の財政出動に踏み切る方針を明らかにした。
 その骨子の第一は、個人消費喚起のために、戻し税方式で納税者1人あたり800ドル程度(約9万円)の所得税減税を実施し、共働き世帯では1600ドル(約17万円)を想定、ITバブル崩壊に伴う前回01年の景気後退局面で実施した戻し税額の3倍近い金額で、会見に同席したポールソン財務長官は具体例として、納税者一人当たり八百ドルに相当する税金還付であることを明らかにしている。ホワイトハウスのラジアー経済諮問委員会委員長は、消費支出は国内総生産(GDP)の約七割に相当するとし、〇一年、〇三年に続く減税に踏み切ったと説明。
 今後さらに200万世帯が住宅を差し押さえられるとの予測もあるサブプライム救済策では、住宅の差し押さえを防ぐため、ローン契約の変更を手助けする地域団体や非営利組織(NPO)への補助増額、景気減速で悪化している州財政への補助を増やし、差し押さえ住宅の保全を支援し対策を急ぐという。
 さらに、失業保険の給付期間の延長や、困窮者層の食料購入費を対象にした生活補助(フードスタンプ)の増額なども検討するという。
 法人税減税では、雇用を担う中小企業に焦点をあて、減価償却費の損金算入枠拡大による法人税減税によって、「経済成長に重要な企業投資と個人消費をテコ入れする」(大統領)として、新たに約50万人の雇用を生み出す効果を期待している。
 しかしそれでも、1/18のニューヨーク株式市場は、ブッシュ大統領が同日発表した景気対策の概要について、効果は不透明だという見方が広がり、根強い景気後退懸念を背景に売り注文が優勢な展開とり、前日終値比59.91ドル安の1万2099.30ドル、4日続けての続落となった。

<<無策・傍観の福田政権>>
 さて問題の日本は、こうしたアメリカの動きと連動するように下降線をたどっているが、先進国では日本市場の低迷ぶりがとりわけ際立っている。にもかかわらず、福田首相を先頭に政府・与党首脳はまったく無策・傍観、ただただ「ファンダメンタルズは悪くなく、当面は見守っていく」と繰り返すばかりである。半年前の日経平均1,8000円台の株価が1,3000円台に急落、福田政権登場後3カ月だけでも2,500円も値を下げている。
 自民党は1/17、党大会を開き、党総裁として初めて臨んだ福田首相は「自民党に対する国民の不信、不満を痛感している。国民は政治や行政に憤っている」と指摘し、「立党以来の最大の危機」と位置づけ、「国民の中に入り、国民の声に耳を傾け、まだ消えぬ期待の炎を燃えさかる支持と支援の炎に変えていく」と語ったが、いかなる政策を中心にすえるのかという肝心かなめの基本政策はまったく展開しえず、年内にも予想される解散・総選挙に向けた戦略などは先送りして、一切触れることはなかった。当然、大会を政治決戦の年の幕開けにふさわしい場にするべく準備していた、15あった衆院選の候補者が決まっていない空白区(現在は11)について「党大会の際に発表」するはずがこれも先送りされ、現職が競合する選挙区の公認調整も事実上ストップし、首相を先頭に「解散風をあおることだけは避けたい」という姿勢が露骨に示され、野党の挑戦、解散・総選挙を受けて立つ気迫は微塵もない党大会となってしまった。
 そして1/18の通常国会冒頭の内閣発足後初めてとなる施政方針演説で、「国民本位で」「国民の目線で」「国民の立場に立って」とやたらに低姿勢を強調しながらも、その実は小泉・安倍内閣以来の「歳出・歳入一体改革」を「徹底して」進めることをあらためて表明し、「財政健全化」の名の下に徹底した「社会保障抑制」路線と、さらに消費税率の引き上げを含む「税体系の抜本的改革」について「早期に実現を図る必要がある」として、消費税増税路線に福田内閣が乗り出す姿勢を明らかにしたのである。さらに問題なのは、年間約五兆円にものぼる軍事費には一切手をつけず、この巨額の軍事費を食い物にする政界・経済界・軍事官僚の癒着構造が明らかになった防衛省汚職について何の反省の言葉すら述べることなく、「真相究明」の意思も表明せず、逆に「平和協力国家日本の実現」を掲げ、その目玉として、「迅速かつ効果的に国際平和協力活動(=自衛隊の海外派兵)を実施していくため、いわゆる『一般法』(恒久法)の検討を進める」ことを打ち出したのである。何のことはない、低姿勢を表看板にしただけの小泉・安倍路線、実質憲法改悪路線の継承である。

<<政権交代の年へ>>
 その本質は、財務省官僚が唱える「財政支出の均衡こそ第一」と考える「財政原理主義」であり、縮小均衡路線である。しかもその縮小均衡路線は、マネーゲーム万能の市場原理主義と結びついた弱肉強食路線、格差拡大路線である。市場原理主義者のブッシュ米大統領でさえ今回提起せざるをえなかった景気対策とはまるで対極に位置する、増税・消費抑制・マイナス成長路線である。取られるべきは拡大均衡路線であるべきなのに、これでは不況をますます深刻化させ、財政破綻をより一層拡大させるものでしかない。
 拡大均衡路線によってこそ、医療・福祉・介護・年金を再建することが可能となり、格差拡大をストップ・縮小させ、雇用を拡大させ、社会資本を充実させ、地方経済を立て直すことが可能となる。地震対策と原発の縮小、地球温暖化対策、環境対策にも大胆な政策転換と投資を投ずべきであろうし、そのことは日本社会全体の喫緊の課題として重視されるべきであろう。
暗雲立ち込める景気後退に対して、まず取られるべきは最低賃金の引き上げと所得税減税、石油・ガソリン減税を含めたあらゆる可能な消費税減税、社会保険・雇用保険給付金の底上げと給付期間の延長であろう。事態はこれによって大きく改善されることが期待されるといえよう。
しかしこうした政策を実現させるためには、政治の大胆な政策転換が不可欠である。自民・公明連合を与党とする福田内閣の無策・傍観路線、縮小均衡路線ではこれは望むべくもない。
対する野党も、この点では不明瞭であり、明確な政策対置がなされていない。しかし石油価格の高騰と共にあらゆる商品の物価騰貴が押し寄せ始め、庶民は悲鳴を上げ始め、事態は大きく転換しようとしている。何はさておいても、自民・公明連合の政権を一刻も早く引き摺り下ろし、政権交代を勝ち取ることが必要不可欠の最低条件になっており、野党はそのために結束を強め、政策対置を明確に提起し、奮起すべきであろう。2008年は、そのことが可能となる重大な年と言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.362 2008年1月26日

カテゴリー: 政治, 生駒 敬, 経済 | 【投稿】縮小均衡路線と景気後退の暗雲 はコメントを受け付けていません

【投稿】08春闘に向けて —タクシー労働者の春闘課題に寄せて— 

【投稿】08春闘に向けて —タクシー労働者の春闘課題に寄せて—   
                                立花 豊 

 昨年12月4日、連合は中央委員会を開催し、「08春季生活闘争方針」を決定した。その内容は、格差拡大、ワーキングプアの増大という労働者にとって極めて厳しい情勢を受けて、昨年までより一歩突っ込んだ方針を掲げたものになった。「基本スタンス」として①マクロ的には、労働側に実質1%以上の配分の実現。②月例賃金を重視した賃上げに取り組み、非正規社員や低所得者を重視し、全体の底上げをはかる、③法定最低賃金の引き上げにつながる企業内最賃協定の締結・改定に向けた取組み、④総実労働時間の短縮と時間外労働割増率の引き上げ、⑤中小共闘、パート共闘等の強化を挙げている。全体として格差是正・全体の底上げを全面に出したスタンスを取っているのは当然だが。今春闘では中小地場の「到達すべき水準値」を初めて示した。
 また、同12月6日にはパート共闘会議がひらかれ、「取組み目安」が決定されている。連合の全体方針に合わせ、①組織拡大、②均等・均衡処遇の実現、③時間給の改善として絶対額1000円程度、上げ幅25円程度、④企業内最賃の協定化に取り組むとされている。
 さて、こうした労働側に対して、企業側は「賃上げ容認」の姿勢をみせてきている。日本経団連は、08春闘に向けた臨時総会で、業績好調な企業は賃上げをすべきとした。もっともこれは昨今の消費不況から抜け出せていない経済情勢などの条件付の賃上げ容認論だが、経営側が容認せざるを得ないほどの企業環境ということだろう。原油の国際価格高騰をきっかけとした様々な生活必需品や食料品の値上げラッシュの中で、労働者の家計は昨年の住民税問題と併せて、これまでになく切り詰めざるを得なくなってきていることを考えると一部「余裕のある」企業だけの賃上げでは到底おぼつかない情況であろう。
 私の所属するタクシー職場も、昨年から年明けにかけて大きな動きがあった。昨年11月「タクシー乗務員の生活向上を図るため」に、国交省はタクシー料金の値上げを認めた。12月31日に認可された料金の上げ幅は東京地区でおよそ7%程度だが、これがそのままタクシー労働者所得の向上になるとはもちろん不明である。1月17日付けの日経新聞によると、東京乗用旅客自動車協会(東旅協:約380社)が、会員35社を対象に実施した調査で、値上げ後1ヶ月間の1日当たり営業収入は前年同期比で2%減ったとしている。輸送回数も同8.9%減少し、約7%の値上げ効果は打ち消され、減収になったのである。企業の大小に関わらず減収となっている模様で、これまでの増収手段としての増車から一転して、企業としてのコストダウンを図るため減車に方向を転換したタクシー会社も出てきた。
 02年2月の規制緩和以来、利用者が減少する中で、各社は増車を選択し総台数は増え続け、結果乗務員の年収は平均400万円から300万円台へと大きく減らされてきている。タクシーの労働組合は減車、乗務員のプロ化などを掲げ政府の規制緩和策に声を上げるようになってきた。今後こうした企業側の動きはより大きくなるであろうが、労働者としては賃金の完全歩合制を大きく変更しない限り安易な増車に歯止めはかからないだろう。固定給部分の創設・アップ、歩合給部分の削減を図り、乗務員の生活安定化に取り組むべきだ。また、実質年間2800時間もの労働時間も大幅に削減し、生活の余裕をつくって健康と安全を確保しなければならない。さらに労働者間の団結の阻害となっている正社員・準社員等の差別的処遇を改善させることは急務となっている。
 また同様に比較的劣悪な労働条件下にある運輸労働者・トラック運転の労働者と連携する中で、政府の規制緩和政策を止めさせる展望が開かれるのではないだろうか。

 【出典】 アサート No.362 2008年1月26日

カテゴリー: 労働 | 【投稿】08春闘に向けて —タクシー労働者の春闘課題に寄せて—  はコメントを受け付けていません

【投稿】「医療崩壊」考

【投稿】「医療崩壊」考
                       福井 杉本達也

1.「たらいまわし」報道
 1月15日NHK昼のニュースは、2006年に大阪市内の救急搬送受け入れ拒否(病院に20回以上受け入れ要請したケース)が104件にものぼったと報じられた(大阪市消防局調べ)。これを、NHKは「たらいまわし」と報道している。「たらいまわし」とは大辞林によると「ある一つの物事をなれ合いで他の者に送りまわすこと」とある。むろん否定的な意味合いが濃厚である。最近、大阪・奈良を中心に執拗に救急病院叩きの報道が続いている。「大阪府河南町で昨年3月同府内の男性(70)が、21病院に受け入れを拒否され、救急搬送中に心配停止に陥って17日後に死亡」(福井:1月13日)、「大阪府富田林市で昨年3月、自宅で心配停止状態になって、救急搬送された女性(当時77)が13の病院に受け入れを拒否され、約1時間10分後に死亡」(日経:1月14日)。1月19日NNNニュース「大阪16歳少女・7病院に断られ死亡」(わざわざ2年前の治療を拒否してきた拒食症の少女の事例を出して不信を煽る・「搬送先の病院によると、少女は拒食症で、到着時にはショック状態で意識が無かった。」(時事:1.19))等々。ついには4コマ漫画でA:「キミ医学部学生だったね」B:「ハイ」A:「いまどういうのを習っているんだい」B:(たらいを足で回すシーン)A:「たらい回しか」(産経:2007.12.15「サラリ君」NO.9472)と皮肉る事態にまでに至っている。これらを「天漢日乗」氏はブログ上で『「大阪東南部焦土作戦」遂行中』と評している。

2.マスコミによる“犯人探し”は何をもたらすか
 こうした、マスコミによる“犯人探し”、医療機関・特に救急医療機関叩きは何をもたらすであろうか。上記「天漢日乗」氏の情報によると2007年8月の「奈良高槻妊婦搬送問題での行き過ぎたマスコミの奈良県立医大産婦人科教室叩きが原因となって、研修予定者が辞退を決めたという。産科医不足は深刻と、マスコミは報道する一方で、医師を悪者に仕立てるために過剰な奈良県立医大産婦人科教室叩きをこの何日か続けた。その様子を見て、これから研修を予定していた若手医師が辞退した。産科は慢性的に人が足りない。特に奈良では、大淀病院産婦死亡事例での毎日新聞が第一報で誤報を垂れ流し、メディアスクラムが起きた結果、この3月に奈良県南部の産科の最後の砦であった大淀病院産科が閉鎖されただけでなく、近隣地域でも産科の閉鎖・縮小が相次いでいる。辞退した若手医師についてだが、たった一人であっても、影響は大きい。一人の医師の養成には最低でも10年かかるのだ。その医師が、その10年の間に扱うお産は年間100件を超え、場合によっては200件になる。つまり 一人の医師が産科に進まなかっただけで、1000人~2000人の「未来の母親」が、掛かるべき産科の医師を失ったことになるのだ。そして、受け入れる側の奈良県立医大産婦人科教室では、当然、研修医をシフトに入れて、産婦人科の運営を考えていたはずで、それが白紙に戻ったことになる。予定していた医師が一人減るわけで、これが奈良県立医大産婦人科教室の過重労働をさらに悪化させることは間違いない。」(2007.9.1)とその影響の大きさを分析している。

3.医師不足はなぜおきたのか
 厚労省の調査によると、日本の医師総数は26万人である。人口千人当たり2.0人である。これをOECD諸国の人口当たり平均医師数3.1人と同等にしようとすると14万人たりない計算となる。雑誌『保険診療』の座談会では「ずっと以前から医師たちは過酷な労働時間で働いてきた。それが顕在化した」最近「医者たちが声を上げるようになった」(本田宏:埼玉県済生会)「医療事故の記述が99年あたりから急激に増えてくる…そこから3年ほど経った2002~03年ころから急に増え始め、04年の『新医師臨床研修制度施行』を機に加速されます」(権丈善一:慶応大)「医師のモラールの高さと長時間労働によって医療が支えられていた」(近藤克則:日福大)(『保険診療』2008.1座談会:「医療崩壊」の先に何があるか)と分析している。ようするに、これまで厚労省が「医師数は過剰である」としてきたことは、国際水準からいっても、また、現場の長時間労働という勤務実態から言っても大ウソであり、大学医局の講座制=徒弟制度の枠によって表面化しなかっただけであり、ここ数年、医師の意識が変化してきたことによって表面化してきたものである。それをさらに助長したのが、99年以降の医療瑕疵をめぐる医療裁判、医療事故に対する“誤報の垂れ流し”であり、最終的に「新医師臨床研修制度」の施行によって講座制のタガが完全に外れたのである。講座制のタガのあった99年ころでも、福井医科大学(現福井大学医学部)の場合、毎年百数十名が卒業生するものの、地元に残るものは3割であり、たとえば、主力の第一・第二・第三とある内科講座に残る卒業生はわずか6人しかいないという実態であった。福井県では多くの過疎地域を抱えるが、金沢大学や福井大学の卒業生は全く当てにできず、自治医科大学の2名の卒業生の10年間の「年季奉公」期間のうち研修期間を除く期間で必死にやりくりしているのが実情である。こうした中、原発の交付金などを財源として73億円をかけて整備した市立敦賀病院は03年度には47人の医者がいたものの、07年には38人となり、医師不足のため375床の病床のうち43床を閉鎖に追い込まれ経営危機に直面している(福井:2007.12.23)。

4.総務省の自治体病院の切り捨て
 総務省は12月7日に自治体財政破綻の新基準を策定した。自治体本体に地下鉄や病院事業会計を加えた「連結実質赤字比率」で自治体の財政破綻を宣告しようというものである。総務省の「公立病院改革懇談会」では、連結の対象となるため、経営改善の必要な公立病院の「独立採算」を強く求め、3年以内に経営の効率化をするよう病床削減や診療所への転換、民間への指定管理者制への移行を指導するという。公立病院の7割は赤字といわれ経営難ではあるが、地域医療の中核を担う公立病院がなくなれば地域の医療は崩壊する。こうした中、05年には福岡県が5県立病院の廃止・民間への譲渡と委託を、また、大阪府も5病院の独立行政法人化を行っている。しかし、民間譲渡・独法化・指定管理等の方策が地域医療の改善に繋がるとは思えない。職員給料の削減・長時間労働のさらなる常態化とそれに伴う医師・看護師のさらなる確保難・設備の老朽化や小児科や産婦人科などの赤字部門の廃止へと回転していくだろう。自治体が自らの財政状況を正確に把握するということは重要ではあるが、無目的に一般会計からの繰出しを減らし、病院に「独立採算」を押し付け、地域医療に対するコミットをできるだけ薄くしていこうとすることは、地域のさらなる疲弊と地域全体の崩壊を早めることになろう。

5.マスコミによる救急医療機関攻撃の本当の目的は何か
 前記座談会で虎の門病院の小松秀樹氏はマスコミの報道について、被害者の感情をそのまま出してしまうというのが日本のメディアの病気であり、『誰それが悪い』ということを根拠もなしに社会に植えつけ、『正義のために』と書いた記事が、結果として社会に悪い影響を与えていると分析しているが、はたしてそこに本当の目的があるのであろうか。
攻撃の目標は日本の医療サービス体制の根幹の1つを担う救急医療体制を崩壊させることにあるのではなかろうか。在日米国商工会議所は2006年版の『ビジネス白書』で、「医療制度の包括的改革にあたっては、現行の国民健康保険関係規則が本制度の足枷になっている…診療報酬体系や複雑なモニタリング規則に縛られ…医療資源の効率化および費用の効果的活用という目標としばしば矛盾した対応に走るケースが見受けられる。市場主導のシステム…効率的な資源配分を促す決定を反映させるべく、新たなインセンティブの設定が必要である。」と日本の医療制度を勝手に分析し、「医療財政の効率化のため、競争と選択の機会を拡大」し、「 効率的な医療制度を実現するため、自己負担を通じて患者に適切なインセンティブを提供」すべきであるとし、「医療機関に株式会社としての組織化を認めることは、医療機関のみならず、サービスの提供を受ける患者側の選択の幅を広げることになる。資金の新たな調達先や調達方法が医師や医療機関にもたらされれば、医療サービス産業への国の内外からの新規参入が促進」されると病院の株式会社化を要求している。
 救急医療体制を崩壊させることは、地域医療の中核を担ってきた総合病院をなくすということであり、国民皆保険制度に風穴をあけるととになる。病院経営は「競争と選択」の嵐の中に投げ込まれ、赤字を抱える自治体病院・独立行政法人病院は撤退を余儀なくされ、民間の中核病院は小児科や産婦人科など費用や手数のかかり、医療訴訟のリスクの大きい医療部門から撤退し専門科に特化せざるを得なくなる。地域医療の焼野ヶ原には、外資ファンド・保険会社を後ろ盾とし、「自由診療」ないしは「混合診療」を柱とする株式会社が容易に参入してくるである。
 米ベクテル社の主導により神戸・ポートアイランドに『医療産業都市』が整備中である。ベクテル社の構想によれば、『メディカルイノベーションクラスター』の形成には「「研究」-「治験」-「製造」-「医療サービス」の各過程を通じて産業化され、これがクラスターの成長の起動力となる。特に「研究」-「治験」の過程には、何回かのフィードバックが必要であり、そのプロセスが長いほど投資額は巨額になる。そこで、…研究者と臨床医を集積させ、また臨床疫学の研究を進めることで…効率化することが可能となる。」(『神戸健康科学振興ビジョン』)としている。つまり、人体を使った新薬の臨床試験=「治験」を繰り返すには「次世代の優秀な臨床医の集積」と大量の「国内外からの患者の集積」(同ビジョン)が必要なのである。福井県立大の本山美彦氏は「神戸空港を降りれば再生医療都市です。世界の最先端の医療が受けられます。しかも、米スタンフォード大学と遠隔指令で結ばれている。おそらく、アジアの有事を考えています。我々は、PETなどを受けに行きますが、いろんなアジア人の医療データが収集されていくのでしょう。」と指摘しているが、大阪・奈良の救急医療の焦土化作戦によって自然とべクテル社が描いた『医療産業都市』神戸・ポートアイランドに“全てが”集中することとなると考えるのはうがった見方だろうか。

 【出典】 アサート No.362 2008年1月26日

カテゴリー: 医療・福祉, 杉本執筆 | 【投稿】「医療崩壊」考 はコメントを受け付けていません