【投稿】安部政権退陣を決定づける参院選へ

【投稿】安部政権退陣を決定づける参院選へ

<<自ら招いた逆風>>
 安倍首相は、参院選が公示された7/12の第一声で「60年ぶりに教育基本法を改正した。防衛庁を省に昇格させた。国民投票法を成立させた。私は負けません。今回は何が争点か。それは今後も改革を進めることができるかどうか」だと声を張り上げた(東京・秋葉原)。しかし首相のこうした「戦後レジームからの脱却」路線は、聴衆にうつろに響き、何の拍手喝采もえられず、すぐさま5000万件の「宙に浮いた年金記録」問題に移り、「私も社保庁何やってるんだと思う」とまずは責任を転嫁し、「私の内閣で解決を約束する。最後の一人までチェックし、出来る対策はすべてやっていく」とトーンを上げたが、これまた選挙向けのポーズと冷めた視線で疑問視する聴衆の賛同や共感を得られるものではなかった。首相が声を張り上げ、もがけばもがくほど、その危険で底の浅い強行突破路線、その場しのぎのおざなりなつじつまあわせに聴衆は冷め、疑問視する人々をさらに増大させていくという悪循環が続いているのである。
 そうした結果として、低迷している安倍内閣の支持率が、朝日新聞の世論調査でついに2割台(28%)にまで落ち込んだ(7/2、朝日)。3割を切ったのは小泉内閣時代にはなく、あのシンキロー内閣と揶揄された森内閣までさかのぼる、最悪の記録である。
 しかしここまで落ち込んだのは、首相自らが招き寄せたものである。
 その第一は、もちろん、「年金5000万件未処理」問題である。この問題は民主党の長妻議員が一年以上も前から追及し続けていたものであるが、安倍内閣はタカを括り放置していた。今年の二月になって5000万件を超える未処理が明らかになっても何ら対策を取らず、問題の重大性がクローズアップされた五月になると、元厚生大臣であった民主党の菅直人氏に責任があると、首相本人がいかにもえたりかしこしと言い出し、周囲をあきれさせ、撤回せざるをえなくなっても、それでもあきらめきれぬほどの政治的鈍感さを白日の下にさらけ出した。事態が不利になるや、冷静に対処すべき問題を、「一年以内に5000万件の照合作業を終える」と発言し、選挙が近づくと「さらに三ヶ月前倒しする」とまで言い出し、強引に第三者委員会の設置で全ての問題の棚上げを図り、公務員攻撃と社会保険庁解体に論点をすり替え、ことごとくその場しのぎのつじつま合わせで乗り切ろうという魂胆が見えミエなのである。
 しかしこの問題は、5000万件以外にさらに明らかになった1430万件もの未入力案件、83万件の「被保険者台帳」違法廃棄案件、191市町村の被保険者名簿破棄案件、船員保険36万件未入力等々、未解決案件が山積しており、一つ一つを着実に具体的に解決し、なおかつ抜本的な年金制度の改革・一本化と連動して解決しなければならない問題なのである。だからこそ先の朝日の世論調査でも、年金記録の問題について、安倍内閣の一連の対応を「評価する」が24%に対して、「評価しない」が59%にも達しているのである。これは首相自らが招いた逆風といえよう。

<<「月八百円だ」>>
 そして第二の逆風は「政治とカネ」の問題である。安倍内閣はまさにこの問題をめぐって、自浄能力も危機管理能力もないことを浮き彫りにしたのである。すでにこの短期間のうちに3人の大臣が辞め、そのうちの一人は安倍首相の姿勢によって現職閣僚が自殺に追い込まれるという前代未聞の事態を招きながら、その後任に指名した赤城大臣にまたもや同じ事務所経費問題が発覚した。そのずさんな税金を食いものにした経理処理を追及されると、自らの任命責任や自浄能力も棚に上げて、「(水光熱費は)月八百円だ。八百円の人を辞めさせるのか」などとキレてしまい、その程度のことしか反論できないほど低劣な論理しか持ち合わせていないことを自ら暴露する。仲間内サークルでしか政権運営も組閣も出来ない安倍内閣の軽薄さを象徴するものである。
 第三の逆風は、住民「増税」6月ショックである。6月から実施された定率減税全廃と税源移譲による住民税大幅増への問い合わせが殺到し、新潟県五泉市では無職男性(63)が「市税が何倍にもなりこれでは年金暮らしの自分は生活できない。死ねと言うことか」と抗議し、ナイフで説明用紙を破り、公務執行妨害で逮捕されるという事態まで生じている。史上空前の利益をあげる大企業への減税はそのまま続行しながら、庶民の家計を直撃する定率減税全廃だけを決めた結果がこれである。安倍内閣にとっては、「年金」「政治資金」に続くトリプルパンチである。
 さらにこれも安倍首相自身が招いたものであるが、米議会委員会で、慰安婦決議案が39対2の圧倒的多数で可決され、参院選最中の七月第二週にこの決議が下院本会議に上程され、可決されることがほぼ確実とまで言われている。米議会の討論では民主、共和両党の議員が、強制性を否定した安倍首相の発言を批判し、「日本の謝罪は不十分」との声が相次ぎ、ペロシ下院議長は「慰安婦」問題では、「日本政府には、もっとすべきことがある」と指摘、「過去の過ちを認識し、その歴史を繰り返さないために、未来の世代を教育するのに遅すぎるということはない」と語っている。これに対し、安倍首相は「米議会ではたくさんのけつぎがされている。そういう中の一つ」「コメントするつもりはない」と無視する姿勢を明らかにしているが、日米同盟一体化を説く首相にとっては気が気ではない逆風であり、自らが招いた取り返しのつかないジレンマに立たされているのである。こうした首相の姿勢を支援する意図を持って、6/14に「従軍慰安婦」の「強制連行はなかった」と主張する自民、民主両党の「自虐史観反対」派の国会議員らの米紙ワシントン・ポストへの意見広告は、かえって逆効果をもたらしのである。

<<野党有力候補に票の集中を!>>
 さらに逆風には枚挙に暇がない。規制緩和利権に群がり、介護事業を食いものにし、較差拡大を徹底して利用し、不法な派遣事業で大儲けをしてきたコムスン・グッドウィルグループの社長を持ち上げ、賞賛し、自ら広告塔となってきたことが、コムスンのホームページで明らかになり、あわててその対談記事・写真を隠したが、今さら遅しである。
 そしてあの“久間暴言”に際しても首相は当初、「原爆しょうがない」というのはアメリカの立場を言ったのでしょうなどとかばい続け、抗議が殺到するやあわてて発言注意でことをごまかし、逃げ切りを図ったが、与党内からも批判が相次ぎだして、ついに大臣交代に追い込まれる。政治状況を読む力もなければ、対処する能力もない、その未熟さばかりを際立たせたのである。
 そして首相自身が消費税の引き上げをめぐって、7/5のテレビ発言で「消費税を上げないなんて一言も言っていない」と消費税増税を示唆したが、与党幹部はこれを「失言」ととって問題にしだすと、翌日のテレビ番組では「消費税を引き上げない可能性も十分ある」と急に姿勢を転換するうろたえぶりである。
 ネオナショナリストといわれる安倍首相がいくら「闘う政治家」を気取り、「戦後レジームからの脱却」を唱えても、そうすればするほどその底の浅さが、この短期間のうちに明らかにされてしまったのである。
 こうした状況に対する最大の反撃は、与党連合を徹底して孤立させ、過半数割れに追い込むことであろう。今回の参院選はその現実的可能性が極めて高いことを明らかにしている。圧倒的多数の人々が安倍政権に幻滅し、怒りを表明している。事態はほうっておいても安倍政権は自壊しかねないほどその支持基盤を失っている。それでも大手マスメディアのほとんどは安倍政権を支える姿勢を鮮明にしている。その力をあなどることは出来ない。問題は野党がいかに結束して与党連合に対抗し、協力体制を築き、少なくとも29の一人区では与党候補に対抗して闘う野党候補の有力候補に票を集中することが出来るかどうかにかかっているといえよう。そうしてこそ初めて与党連合に楔を打ち込み、孤立させ、安倍政権が退陣に追い込まれざるを得ないほどに議席を減少させることが可能となる。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.356 2007年7月21日

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【投稿】年金記録問題の“ウラ”と“オモテ”を読む

【投稿】年金記録問題の“ウラ”と“オモテ”を読む
                         福井  杉本達也

①年金記録の問題は、年金不信を煽りに煽ってきた結果
 2007年2月17日 納付者を確定できない国民年金や厚生年金の納付記録が、06年6月現在、5095万件(60歳以上が約3850万件、60歳未満が約2215万件、生年月日を特定できないものが約30万件)あることが民主党等の指摘で明らかになった。年金記録問題の煽りをまともに受け、安倍内閣の支持率は33・5%と、昨年年9月の内閣発足以来の最低を更新した。不支持は9・0ポイント急増、57・7%と初めて過半数に達した(共同:6月23・24日・世論調査)。
 厚生年金の掛け金は労使折半であり、経済界は一方の重要な当事者のはずである。ところが、奇妙なことに、年金記録の問題をめぐって、経団連をはじめ経済人の発言は全くといってよいほどない。発言がないのは、自らにやましいところがあるからである。5月に発表された経団連の『規制改革の意義と今後の重点分野・課題』では、「企業年金制度では、雇用の流動化に即した規制改革を進め、特に企業型確定拠出年金に従業員拠出制を導入し、制度普及を促進すべきである。」(2007.5.17)と述べており、ASSERT2006年7月号で指摘したように、「財界としては厚生年金負担部分の2倍もの企業年金を支払っており『二重負担』となっているので(経団連:2004年度福利厚生事業費調査)、これ以上の公的年金の保険料率の引き上げはかなわないというのが本音」なのである。このため、経済界としては、この間一貫して、日本の年金方式である賦課方式(積立金を作らず、現役世代から徴収した保険料で、その年の年金受給者への年金をまかなう方式。)を攻撃し、年金不信を煽ってきたのであり、安部内閣と供に“共同正犯”である。
 
②経団連会長企業自身が偽装請負で厚生年金を負担せず
 キヤノンはグループ全体で、請負労働者が約1万5000人、派遣労働者は約7500人いるが、偽装請負が相次いで発覚している。「子会社のキヤノンファインテック(茨城県常総市)やキヤノン化成(茨城県つくば市)、大分キヤノンなどが、04年以降、労働局から指導を受けた。本体でも昨年10月に文書指導を受け、法令順守の徹底が求められていた」(Asahi 2006.7.31)。 といわれるように、本来は正社員化すべき労働者を偽装請負化し、厚生年金など社会保険を負担せずごまかしている。御手洗冨士夫経団連会長は、「請負労働者に技術指導出来ないのが制約になっている」、「偽装請負のおかげで産業の空洞化がとめられている」などの趣旨の主張を経済財政諮問会議の席上などでしている(議事要旨:2006.1013))。
 社会保険庁は、年金記録処理に対する国民の信頼を回復するために、6月4日に年金記録問題への対応策を公表し、基礎年金番号に結びつけられていない記録について、徹底的なチェックを行い、基礎年金番号に結びつける、今後1年間(20年5月まで)にプログラムを開発し名寄せを確実に実施するとしている。しかし、社会保険庁が本気で名寄せをすれば、本来、加入要件を満たしながら加入していない企業があぶりだされてくる。キャノンに代表される偽装も明るみに出る。社会保険の滞納事業者も10万6千事業所(全体の6.4%)もある(日経:2007.06.20)甚だしい話が、労働者本人からは給与天引きしながら社会保険料を納付しない脱保険料企業(日経:2007.6.26)も表にでてくることは必定である。
 
③所管が曖昧だった年金制度
 1961年に国民年金法が成立し国民皆保険制度が成立したといわれたものの、その後も国民年金は機関委任事務として市町村の窓口において行われてきた。また、厚生年金などの事務は都道府県知事の指揮下で地方事務官が行っていた。これを整理したのが、1997年の地方分権推進委員会第3次勧告であり、年金は国の直接執行事務として社会保険庁が一元的に実施することとして整理された。これを受けた2002年4月の地方分権一括法の施行に伴い、国民年金保険料の徴収については、国が直接行うものとし、地方事務官制度も廃止された。
 社会保険庁の職員数28800人(常勤17400人、非常勤11500人)という現体制は、5万6千人を抱える国税庁とは比較にならない。税務調査は5年前に遡るだけであるが、年金は一生である。軍人恩給などの事例をみても分かるが、戦後60年以上もたった現在も、日中戦争から第二次大戦期の埃にまみれボロボロとなった軍暦の台帳は捨てられないのであり、過去の資料を整理・突合するには膨大な手間と時間がかかる。厚生年金は、事業主からの届出に基づき、事業所ごとの被保険者名簿により被保険者記録を管理。被保険者名簿の記録は、資格喪失した際に社会保険業務センターに送られ、年金を裁定するために必要な記録を被保険者ごとに原簿で管理。 マイクロフィルム化がされているので当時の台帳の確認が可能であるが、オンライン化する際に別の読み方で登録されている記録もあり記録が見つかりづらい。また、国民年金は市町村で、被保険者名簿により被保険者記録を管理。社会保険事務所は、市町村の被保険者名簿に基づき作成した被保険者台帳により記録を管理しているが、廃棄されている台帳もあり、納付記録の確認が困難なケースもある(161自治体(約10%)は、国民年金加入者の名簿を廃棄)。また、自治体そのものの納付記録が不完全であったとの指摘もある(日経:2007.6.5)。1974年にオンライン化したとはいうものの、安部首相のいうように1年で名寄せが完了するとはとても思えない。
 
④社会保険庁法・年金法改悪の真の狙いは公的年金の私的年金化
 社会保険庁法・年金法改悪の真の狙いは、公的年金の所得代替率を低く抑えることにより、私的年金に、そして世界市場に膨大な年金資金を回すことである。米国はこれまで執拗に日本に対し私的年金の拡大を要求している。『日米投資イニシアティブ 』(米国大使館:2006 .12 .5)では、わざわざ「確定拠出年金」の項を起こし「非課税拠出限度額の引き上げや被雇用者拠出を認めることにより、年金の加入を拡大・深化させ、労働移動性を強化する。」「被雇用者拠出を認める(例えば、雇用者拠出額と同額の拠出)。」「加入者への投資助言サービスを認める。」ことなどを事細かに要求している。
 米国の圧力を受け、国内では、経済同友会の『社会保障改革委員会』(2006.5.10)は、「『世代間共助』から『各世代自立』へ:世代会計を示して世代間格差の是正を」「権利と義務の主体を『世帯』から『個人』へ:個人番号と個人会計の導入を」とし、「個人は、一生涯に亘り社会保障との関わりを持つが、生を受けたと同時に個人番号を割り当て、個人会計を設ける。各制度の給付と負担を個人単位にて、ライフサイクルを通じて管理する仕組みとして構築する。」との提言をしている。これは、現行の公的年金の「賦課方式」を根本から否定し、「積立方式」=確定拠出年金制度への解体を意図するものである。そもそも、この委員会には副委員長として、津 野 正 則 (ラッセル・インベストメント)、松 井 秀 文 (アメリカンファミリー生命保険)、松 島 正 之 (クレディ・スイス証券)氏らが入っている。誰の利益を繁栄した委員会であるかは一目瞭然である。
 こうした流れを受け、安倍政権の『骨太方針』では、「加入者が給付・負担の情報を容易に把握し管理できる仕組みの導入を目指すこと」、「社会保障においても、現在の世代が将来世代の選択肢を狭めることがないよう、ほかの世代に過度に頼らない『世代自立』の社会構造を目指すことが必要である」と強調し、「投資促進の観点から、確定拠出年金における拠出の在り方の見直しを検討する。」と明記した。(「経済財政改革の基本方針2007」:2007.6.19)
 さらに、安倍首相は、年金記録問題のどさくさに紛れ、6月14日の参院厚生労働委員会で、「年金や医療、介護などの給付と負担を一元的に管理するための社会保障番号制度の導入に向けた検討を急ぐ考えを」(日経:2007.6.15)表明し、また、7月5日の参議院選にあたっての記者会見でも年金・医療などの個人情報を一元管理する「社会保障カード」を11年をめどに発行すると繰り返した(日経:7.6)。では、なぜ、唐突にも『基礎年金番号』の名寄せもうまくいっていない段階での、全社会保険を網羅する『社会保障番号』制度の導入を提案するのか。
 
⑤『社会保障個人会計』の導入によって、社会をバラバラに
 現在の公的年金体系を解体し、日本版401(K)のような「確定拠出年金」型の導入を図り、年金資金管理を民間保険会社に任せるには「各制度の給付と負担を個人単位にて、ライフサイクルを通じて管理する」『社会保障番号』は欠かせない。
権丈善一慶應義塾大学商学部教授によれば、経済財政諮問会議に巣食う輩は「公的年金の世代間格差をことさらに問題視する姿勢を示し、積立方式化や民営化を論じては必要以上に国民に年金不信を植え付け、この国で暮らす人びとの生活不安の根源を長きにわたって醸成してきた。彼らは個人の負担と給付を一元管理する社会保障個人会計を2010年前後に導入するつもりでいる。公的年金の世代間格差論よりもはるかに大きく多くの楔を、この国の人びとの間に打ち込み、互いに反目するすさんだ社会を、彼らはどうしても作りたいらしい」(権丈善一教授HPより)のである。既に社会保険庁長官には、損保ジャパン副社長であった村瀬清司氏が送り込まれている。 又、日本の生命保険会社の多くはAIGグループを中心とする欧米資本に乗っ取られている。
 ところで、「生命保険会社全38杜の過去5年間の不払いの合計が約44万件・約359億円に達すること…不払いの可能性があり今後調査の必要な契約も170万件超あることが判明…不払いの規模がさらに膨らむのは必至だ。」(日経:2007.4.20)と報道されているが、生保・損保の保険金の不払い問題を指摘するまでもなく、こうした民間企業は個人が掛けた年金をまともに個人に返すとは思えない。厚生労働省企業年金研究会は、現在「企業が導入した確定拠出年金「日本版401(K)で、企業にしか認められていない掛け金拠出を会社員本人にも広げることを提言する…会社員の投資意欲を高めるのが狙い。」(日経:2007.6.27)としているが、国内外での投資リスクや為替変動の荒海の中で、個人の年金原資が消滅していくことは火を見るよりも明らかである。 社会保険庁の非公務員型公法人「日本年金機構」への改組=外郭団体化は、理事に保険会社のエージェントが乗り込み、その予算・運営・決算を含めて、国会・国民の監視の目が届かないようにするものである。安倍首相の役割は、こうした大きな流れに沿った道化にすぎない。

 【出典】 アサート No.356 2007年7月21日

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【本の紹介】偽装請負—格差社会の労働現場

【本の紹介】偽装請負—格差社会の労働現場
  (朝日新聞特別報道チーム 朝日新書 2007・05) 

 朝日新聞は2006年7月31日から紙面において「偽装請負」追求のキャンペーンを開始した。このキャンペーンは、当初13名の記者によりチームが編成され、07年3月末までに、約60本の「偽装請負」関連記事が掲載されている。
 本書は、こうした取材に基づき、偽装請負を続けてきたキャノン・松下電器の実態、そして請負供給の側の人材派遣大手会社の興隆と凋落、労災隠しの実態をまとめたものである。
 
<御手洗キャノンが続けた偽装請負>
 1985年のプラザ合意以降、急速に進んだ円高は「円高不況」を生み出し、日本国内の製造業は、安価な労働コストを求めて工場の海外移転が進んだ。国内においても製造現場においては、正規職員ではない期間工の導入が進んだ。当時は、派遣労働は、製造業において認められていなかった。90年以降、期間工よりも「融通の利く」請負労働の導入が進む。キャノンでは95年頃、期間工は、請負労働者にとって変わった。
 請負とは、一定の業務を別の会社に一括して請け負わせるのであるから、仕事の指示は、請負業者が行う、とされている。そして雇用関係は、労働者と請負業者の間に成立。しかし、キャノンでは、請負会社からキャノン工場で働く請負労働者への指示は、キャノン社員が行い、工場ラインではキャノン社員と請負労働者が混在して就労し、請負量による精算ではなく、実労働時間に応じて請負金を支払うなど、「偽装請負」が常態化していた。
 マスコミでも取り上げられたが、キャノン宇都宮光学機器事業所で働く25名の労働者が組合を結成した。請負労働であったが10年以上光学機器の製造現場で働き続けてきた人もいるという。長年働いていても、社会保険もなく、賃金も上がらない、いつ職場を失うかわからないという不安が組合結成に結びついた。
 組合のキャノンへの要求に対する回答は「・・貴組合員は請負会社の従業員であり、請負会社の指揮命令下において当該請負業務に従事しているにすぎず・・・」「労働組合法上の使用者性は認められず、団体交渉の応諾義務はない・・・」という内容であった。
 キャノンの御手洗社長は、現在経団連会長、事ある毎に「雇用の流動化をもっと進めるべき」と主張し続けている。そのお膝元では労基法違反の「偽装請負」が常態化しており、労働基準監督署から度々指導を受けてきたことは、朝日新聞の報道により、広く世に知られる事となり、国会でも今年2月野党は一斉にキャノンの偽装請負問題を取り上げることとなった。
 2004年製造業への派遣が1年間の期限付きで解禁された。この年の春、宇都宮事業所の請負労働者も、1年間の派遣契約に変更されたが、1年経過して再び請負契約に変更されたという。1年を経過して直接雇用に切り替わったものはいなかった。
 御手洗の出身県である大分キャノンには7000人が働く。しかし、そのうち請負労働者は、5000人にのぼるという。
 現在の派遣法では、派遣労働の期限を3年としそれ以後直接雇用を義務付けている。キャノンでも、偽装請負摘発を受けて、一部を派遣契約に切り替えている。しかし、3年後に直接雇用される保証は何もない。
 
<松下電器の悪質さ>
 松下PDP茨木工場では、大量の社員が請負会社に出向になった。1500人の労働者の内、半数が請負労働者というこの工場に、大阪労働局は、偽装請負是正の行政指導(05年7月)を行った直後だった。社員が請負労働者に指揮命令している事実が発覚し、行政指導となったのを受けて、社員も請負会社の社員となれば、違法状態を言い逃れできると判断した結果だった。この事実を朝日新聞が2006年8月1日朝刊で報道した後、松下は、請負労働者から2割を正社員雇用するとの記事が日経新聞に載ることになる。
 そして、2006年10月、大阪労働局は「大量の請負会社出向は、職業安定法違反にあたる」と判断した。こうした「脱法行為」が許されれば、「偽装請負」は、日本中どこにも存在しない事になるのである。
 この大量出向問題について、労組も容認していたようだと本書は書いている。果たして、連合大阪の現会長は松下労組出身である。私の経験だが、かつて連合近畿のセミナーで松下電器の人事部長(現在関空会社社長)は、日本の製造業には終身雇用がふさわしいと講演していた(地域別賃金への制度変更導入を説明したうえだが)。さらに松下創業の祖である松下幸之助氏は「会社は社会の公器」と企業理念を明確にしていた。私も中学生時代にPHPが出版した松下氏の名言集を愛読書にしていた記憶からも、本書に書かれている松下の悪辣さには、ちょっとショックでもある。
 
<100万を越える請負労働者>
 キャノン、松下を取り上げている本書だが、当然他の製造業でも同様の違法行為がまかり通っていると思われる。御手洗経団連会長らの唱える「雇用の流動化」は企業に有利な、労働者の使い捨て政策に他ならない。
 また、権利を主張すれば職を追われかねない情況の中で立ち上がったキャノンの労働者達の闘いに共感するとともに、労働諸法を持って不正に対して労働者が立上がる事を期待したい。
 大企業が労働者の基本的権利を奪い続けるという「偽装請負」の実態を告発する朝日新聞のキャンペーンは、まさに時期を得たものであり、社会的不正に対して世論を喚起した意味でも大いに評価できるものと言える。
 本書は、丹念な取材を基にしており、読み物としても読みやすく日本の労働実態を明らかにしたものとして、是非一読願いたいと思い、紹介した次第である。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.356 2007年7月21日

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【再録】「旗」と「萃点」 

【再録】「旗」と「萃点」 

 2007年03月24日付の朝日新聞【天声人語】に、作家の城山三郎さんが亡くなられたことに触れ、同氏の「旗」という詩が紹介されていた。「旗振るな/旗振らすな/旗伏せよ/旗たため……ひとみなひとり/ひとりには/ひとつの命」(『城山三郎全集』新潮社)。この詩に、筆者はわが身を振り返ってある種の感動をさえ覚えさせられた。
 それは、一つは自らのこれまでの思考・行動のあり方に対する反省でもあり、今後への示唆・自戒でもあったからである。しかしそれはまた、ニッポン人脈記「安倍政権の雰囲気」に見られるような、最近の朝日新聞がことさらに安倍政権に擦り寄るかのような論調を展開していることに危惧を覚えざるをえない、小泉・安倍政権と連なる一つの時代的な転換点の最中に置かれているという時代感覚のせいでもあるようにも思える。それは言い換えるならば、昭和史を鋭く検証し追及されてきた保阪正康氏の言う、「笑顔の国家管理システム」から「恫喝の国権至上主義」への移行、あるいはまた、「国策捜査」で脚光を浴びる佐藤優氏の言う、国際協調的愛国主義から自国中心的ナショナリズムへの転換、というなにやらおぞましくも危なかしい移行期の時代の反映でもあろう。
 こうした移行や転換を図らんとする論調、雰囲気、勢力、等々に対して、こうした移行や転換に抵抗し、これを阻止しようとする人々の力が、幅広い、裾野の広い多くの人々の支持や励まし、支援があるにもかかわらず、何かしらもの足らず、歯がゆく、いかにもか弱く、互いにいがみ合い、結集されてもおらず、頼りない。こうした状況への警鐘が、この「旗」という詩に込められていると感じられ、感動をさえ与えたように思われる。その警鐘は、「旗振る」ばかりで、その旗の下についてくることしか期待しない、違う旗には排除と一方的決め付け、罵倒、毛嫌いでしか対応できない、そうした対応が誰をもっとも喜ばせているかということにも考えが及ばない、そのような宗派的閉鎖的思考・行動様式がいまだに目に余るからでもあり、そうした事態への厳しい視線だとも言えよう。
 同じ文脈の中で、また朝日新聞を引用して恐縮だが、2007年02月20日付「多様なものが共生する視点」(大江健三郎 定義集)の中で、昨年七月に亡くなられた鶴見和子さんが、「多様なものが共に生きる」という視点、「異なるものが異なるままに共に生きる道を探求する」という曼荼羅の思想、「私は、わが去りしのちの世に残す言葉として、九条を守ってください、曼茶羅のもっている知恵をよく考えてください。」と最後の講演で述べられたことが紹介されている。要約すればこれだけのことであるが、示唆する中身は思想的政治的、哲学的に深いと言えよう。
 鶴見氏はこの南方熊楠の言う「曼荼羅」の中で、周知のようにこれは熊楠の造語だと思われるが「萃点」という、「さまざまな因果系列、必然と偶然の交わりが一番多く通過する地点」を取り上げ、「この萃点を押さえて、そこから始めるとよく分かる」と述べ、さらに「萃点移動」というものについて触れ、「南方の場合には、移動するのよ。『萃点移動』と私はいうんだけれどね。萃点はいつでも一つではないのよ」、「萃点は移動してもいいというゆとりが彼の中にあるということ。固定しなければならないという考えではないということよ。」と述べている。萃点は固定したものではなく、変化し、移動する、しかも一つではない、と言う。これはあまり注目されていないように思われるが、非常に重要な視点だといえよう。
 大江健三郎氏は、「憲法九条の会」を呼びかけた理由の中で「一番はじめに、私はこの会がどうなるか考えていた。それは教育基本法と結びつけて考えたいが第一。二番目にすい点というのがある。たくさんのものが集まっているところという意味だ。ある方向に運動をしようとする、声を発する。どんどん声を発していけば、声を直線と考えれば集まる点があるだろう、黒々とした点がある。それをすい点といっている。」、「いま4500の声が発せられて、それはどんな党派にも属していない。日本共産党にも、社民党にも属していない。ただ、日本人として憲法の権利と義務をになっているものとして、運動を始めている。党派的なものの考え方、党派による指導性を考えることをやらないで、一人ひとりの声が重なって真っ黒になってくる点がある、すい点がある。そこを支えにして、九条を廃止するかどうかの国民投票があれば、そこではっきりした力をみせてやろうというのが私の考えだ。」と述べている。さらに大江氏は「蛇足だが」と述べて、「九粂の会は日本共産党の指導下にある、憲法行脚の会は社民党の影響下にあるという言い方をした新聞があった。三木睦子さんは、二つの会は同じ方向で協力するのではないかといった。この記事を読んで感じたのは、最初の呼ぴかけが理解されていないと思った。私たちは、どの党派にも属していない人間が自分の声を発した。同じように自分たちの声を発した人が日本中に広がるだろう、そして九条の会が始まると考えていた。」と結んでいる。
 ところで冒頭に紹介した城山三郎さんは、佐高信さん、落合恵子さん、姜尚中さんや辛淑玉さんらとともに「憲法行脚の会」の呼びかけ人となって、やはり憲法改悪に反対する運動を闘って来られた。その存在は貴重であり、さらに拡がることを期待したい。すべてを自分たちの主導下、指導下に囲い込み、それ以外の存在を認めない、自分たちの主導下にない存在には手を携えることさえせずに見下し、結果として広範囲な多くの人々の結集を妨げるような、そんな運動であってはならないだろう。
 大江氏の萃点には、「萃点はいつでも一つではない」という視点、「萃点は移動してもいいというゆとり」があるのかどうかは定かではないが、運動の強さと広がりにとっては当然そうあってしかるべきであろう。
 「旗」と「萃点」が偶然結び合わせた、筆者の願いでもある。
(生駒 敬)
             <「季刊唯物論研究]」 第100号 2007/05より再録>

 【出典】 アサート No.356 2007年7月21日

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【コラム】ひとりごと –参議院選挙に思う—-

【コラム】ひとりごと –参議院選挙に思う—-

○安倍政権最初の国政選挙となる参議院選挙が12日に公示され、1週間が経とうとしている。今月号が手元に届く頃には、残り1週間となっている。○筆者の経験から考えて、選挙というものは、市会議員であろうが、国会議員選挙であろうが、本当の水ものである。○最後まで結果はわからないのが常識である。私も組合の本部時代に選挙に張り付いた経験がある。しんどい、しんどいと言っていた選挙が、終盤に「風向きが変わって」民主党に風が吹いたことがある。○逆に言うと、最初から有利だと言われている選挙は、ふたを開けると、負けてしまう事が多いのである。○今回の選挙については、明らかに安倍政権に逆風の中で推移している。比例区の投票先についての朝日新聞の調査では、5月中旬と公示後の7月14・15日分の推移を見ると、自民党(28%→22%)、民主党(21%→30%)と逆転し、選挙区についての7月調査でも、自民党(31%→26%)、民主党(22%→32%)と、民主党優位の結果が出ている。内閣支持率も不支持が55%、支持が30%であり、安倍効果は裏目に出ている。○閣僚の失言(確信犯だが)の連続、政治とカネをめぐる不透明拡大、年金ショックの爆発と、「戦後政治のレジューム」「憲法改正」は焦点から吹き飛び、民主党の「生活が第一」の方に現在のところは強い追い風が吹いているように思える。○最近の国政選挙で、自民党が事前調査でここまで不評であった選挙はなかったのではないか。しかしである。自民の敗北が見えてくると、一定の層は、世論調査結果の逆の行動に出る可能性もあるので注意が必要だ。○さらに、与党に逆風が吹いているのは当然としても、政党支持率では、民主党支持率が目だって上昇していないのは気になるところであろう。○ただ、「参院で与野党逆転できない場合、政界を引退する」と発言し背水の陣の小沢党首に対して、安倍首相は、カンペしか読まないような印象を与えているし、「安倍不人気」は益々自民離れを引き起こしているように思える。身内をかばい続けるのも、自民党内の不協和音を増幅させているのではないか。公明・学会内部でも相当の安倍政権批判があるとも言われている。○衆議院で圧倒的多数を確保しているものの、今回の選挙では民主党・共産党・社民党など野党勢力の躍進によって、自公与党の憲法改正・新自由主義路線に対して、No!を突きつけることが必要である。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.356 2007年7月21日

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【投稿】安倍政権崩壊への機会到来

【投稿】安倍政権崩壊への機会到来

<<自爆テロ>>
 いよいよ安倍自公連立政権は、自らの焦りと暴走によって自壊する兆しを濃厚に見せ始めてきた、と言えよう。
 疑惑と不安が底無しの状況になってきた「消えた年金」問題では、冷静な対処・問題の解決を完全に忘れ去り、ドロナワ式に作成し、わずか5時間の審議で無理矢理に強行採決した「年金時効停止特例法案」によって、5095万件にも及ぶ給付漏れ処理にフタをし、苦情処理は第三者機関に丸投げし、さらに社会保険庁を解体して、それを新たな特殊法人・「日本年金機構」に移行させることによって、政府・与党の全ての責任をこれに転嫁させ、一切合切の責任からの逃げ切りを計ったのである。そして首相自ら、何の根拠もその現実的可能性も示しえないままに「一年以内に5000万件の照合作業を終える」と発言したが、その舌の根も乾かぬうちに、1430万件ものそもそもコンピューター入力作業さえしていない未入力案件の存在がさらに明らかになり、今や泥沼の底なし状態である。しかも消失記録の件数は調査すればするほど増え、しかもその多くはもはや破棄されたり、確認不能である事が明らかになっている。社会保険事務所には多くの人々が押しかけ、そのずさんな処理にあきれ、怒り、暴発寸前ともいえよう。
 6/7、自民党の中川幹事長は、政府が08年5月までに「宙に浮いた年金記録」5000万件の照合作業を終える方針を示したことについて、「安倍総理が責任を持つと言った。これ以上重い言葉はない。『できなければ私が政治責任をとる』という意味だろう」と述べ、遂に政治責任に触れざるをえなくなった。ところが、言うに事欠いて、こうした年金記録の問題が次々と明らかになる状況について「社会保険庁を国家組織として存続させたい勢力が(社保庁改革法案を廃案にするため)自爆テロをしかけている。これからも自爆テロが続くことを覚悟しなければならない」と語ったのである。氏のヤカラ的体質をあらわにした暴言であり、責任を果たす代わりにこうした暴言でしか事態に対応できない、現在の安倍政権の末期的症状を象徴するものである。

<<民主が自民を上回る>>
 そして、安倍首相個人にとっては、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」以来の「靖国派」の仲間であり、共に歴史教科書への「慰安婦」記述の掲載削除を要求し、NHKの「慰安婦」番組に圧力をかけてきた松岡利勝農水相という現職閣僚を自殺に追いやるというショッキングな事態に見舞われた。この時点ですでに首相の面相はこわばり、落ち着きをなくしだしている。当然、一時持ち直していたかに見えた安倍内閣の支持率も急落し始めた。
 松岡農水相の自殺前に行われた毎日新聞の世論調査(5/26-27実施)ですでに、内閣支持率は32%に急落し、不支持率は44%と差は広がり、参院選で勝ってほしい政党では、民主が42%、自民が33%と逆転してしまったのである。
 6/1-2に実施された共同通信の世論調査でも、安倍内閣の支持率は35.8%と5月中旬の前回調査から11.8ポイントも下落し、昨年9月の内閣発足以来、最低、不支持率も48.7%と10.5ポイント上昇している。参院選を今、実施した場合の投票先では、民主党が28.8%と、自民党の26.5%を超え、36.6%が民主党中心の政権を望み、自民党中心の政権の継続を望むのは35.7%で、いずれも初めて、民主党が自民党を上回る結果となった。
 6/2-3の朝日新聞の世論調査でも、内閣支持率は30%に下落、政権発足後最低を更新、不支持率は前回の42%から49%に上昇している。
 安倍内閣のその場しのぎの発言やドロナワ式のザル法の作成、責任逃れの強行突破姿勢、そして争点回避のためにとってつけたような環境問題重視が見透かされ始め、大きく流れが変わり始め、これまで安倍政権を支持していた層までが背を向け始めたのである。
 事態は、これまでの安倍内閣発足以来の、「政治とカネ」疑惑、靖国参拝組の復党、定率減税の廃止と負担増、「貧困と格差」の拡大、支離滅裂な「教育再生」論、そして右派「安倍カラー」としての教育基本法改悪・憲法改悪・集団的自衛権行使へのなりふりかまわぬ暴走姿勢が、今回の年金問題と結びついて、安倍内閣の存続そのものを揺るがす重大な政治的危機、もはや取り戻しのきかない、退陣する以外解決の方途がないような政治的危機へと発展していると言えよう。
 このまま参院選に突入すれば、自民党の敗北、自公与党連合の参院過半数割れ、安倍内閣の退陣は必至となろう。

<<「指導力の発揮」>>
 こうした安倍政権にとっては思いもかけない事態の進展、危機的局面に直面して右往左往し、必死にもがき、あわてふためき、冷静さも失って打ち出した対応策が、「指導力の発揮」であった。中川幹事長は「指導力を発揮することで安心感と信頼感が広がる。V字形の支持率回復もあり得る」と期待をかけている。首相は、「1年で調査を終える」「審査する第三者機関をつくる」「過去に遡って、責任の所在をはっきりさせる」「社会保険庁の歴代長官の責任を追及する」と、約束を連発しているが、すべて空手形であり、化けの皮がはがれつつある。
 その一方で空手形ではない、安倍首相のはきちがえた「指導力」は、民主主義的議論・討論を極限にまできり縮めた強引な国会運営、国会は“議論の場=議会”ではなく、議会を単なる採決マシーンと化させ、一週間に三度の強行採決を行うという危険極まりない独裁型強権政治に向かって暴走させ始めたのである。それはさすがに河野洋平衆院議長が「連日の強行採決は国民から見ていかがなものか」と釘を刺さざるをえない事態を招来し、こうして焦れば焦るほど、その短慮と性急さはさらに政治不信を増大させ、自らの政治危機を深刻化させている。
 かくして安倍政権は自滅・自壊への道を歩み出したと言えよう。安倍政権崩壊への絶好の機会が到来している。しかしこれを現実のものとし、実際に安倍政権を退陣へと追い込むためには、野党が、こうした与党の政治姿勢と明確に対決する姿勢を明らかにし、そのもとに連合・結集することが不可欠であろう。まさにこの点で野党には多くの心ある人々がふがいなさと不安を感じており、それを克服出来るかどうかを注視している。その意味では、与野党共に、大胆な政治的再編成が要請されているとも言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.355 2007年6月16日

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【投稿】在住外国人の増加と多文化共生

【投稿】在住外国人の増加と多文化共生

<急増する在住外国人>

 法務省入国管理局の発表によると、2006年末現在の外国人登録者数は208万4,919人で、200万人を突破した05年末に引き続き過去最高記録を更新した。この数は、05年末現在に比べ7万3,364人(3.6%)の増加、10年前(1996年末)に比べると66万9,783人(47.3%)の増加で、10年間で外国人登録者数は約1.5倍になったことになる。日本の総人口(1億2,777万人 総務省統計局06年10月1日現在推計人口)に占める割合は1.63%になっている。
近年の日本在住外国人の増加は著しい。1990年の入管法改定により、日系南米人、特にブラジル人の増加が著しい。この間の増加によって、在住外国人の内訳は大きく変化している。その大きな特徴の一つは国籍の多様化である。入管協会の在留外国人統計によれば、1995年末の国籍別外国人登録者数では、「韓国又は朝鮮」が57%だったが、2004年末では、その割合は30%に減少し、中国25%、ブラジル15%、フィリピン10%と様々な国の人たちが在住してきていることがわかる。第2の特徴は在留資格の多様化である。同じ統計で、95年末には特別永住者(いわゆる旧植民地出身者)が最も多く、約40%であるが、04年末には約25%程度に減少し、変わって一般永住者が大きく増え、定住者(日系人等)も増加している。
これらの外国人の増加は地域的に偏在しているのも特徴である。特に南米出身者は愛知県・静岡県・群馬県等の製造業等の盛んな地域に集住し、群馬県の大泉町では、人口の15.8%が外国人登録者という状況になっている。(2006年4月1日現在)

<在住外国人増加の背景>

 日本の在住外国人増加の原因は決して、日本固有のものではない。冷戦体制崩壊以降の世界の急激なグローバル化、それに伴う世界的な経済格差の拡大によって、人口移動が世界的な規模で起きている。お隣の韓国でも在住外国人が急激に増加し、その対応を迫られている。問題は、このような必然的な流れをどのように受け止め、どのような対策をとるかである。この点では、国による差は大きい。
 日本政府の外国人受け入れ施策は非常にいびつでその場しのぎ的であり、現状に正しく対応できていない。そのことによって様々な矛盾と問題を生んでおり、結局そのしわ寄せは日本に住む外国人の上に重くのしかかっている。
 1980年以降、在日韓国・朝鮮人等の旧植民地出身者とその子孫(オールドカマー)に替って、その他の国からのニューカマーが急激に増加していくのだが、その波は大きく3つあったと言われている。第1は、遅ればせながら日本が難民条約に加入した1981年以降のインドシナ難民の受け入れである。第2は、日中国交正常化から9年後の1981年にようやく始まった中国残留日本人の帰国である。第3は、1990年の入管法の改定による日系人と研修生・技能実習生の受け入れである。そして、これらの外国人、特に第3の日系人、研修生・技能実習生は、いわゆる3K職場、日本人の忌避する仕事の空席を埋めるような形で日本の労働力構造に組み込まれていった。もちろん、外国人流入には当然その家族、親戚が伴っており、労働力としてだけではなく、地域での生活者として定住していっているのである。
 しかし、これらの受け入れは、いわば外圧によってやむを得ず門戸を開放し、無理やり制度をつくった性格が強く、定住化する外国人のニーズと実態に適合しておらず、その不十分さは在住外国人への人権侵害を助長している。
 日本政府の外国人受け入れの基本方針は、「専門的・技術的分野の労働者は積極的に受け入れ、単純労働者の受け入れは慎重に」というものである。しかし、この方針はすでに破綻しているといっても言いすぎではない。専門的・技術的分野の積極意的受け入れと言いながら、日本にはそのような労働者を育てる環境も生かす体制もなく、むしろ優秀な日本人の知識労働者がどんどん海外に流出しているのが現状である。在留資格でこの分野にあたる入管法別表一の二のうち、一番多いのが「興行」なのはなんとも皮肉である。
 一方、国内の労働力需給ミスマッチで、資本側から単純労働者の受け入れが要求されているが、政府は表向き受け入れができない。そこで編み出されたのが1990年の入管法改正による日系人への活動制限のない在留資格の付与と、「労働者」ではない研修生・技能実習生受け入れというウルトラCである。しかし、十分な受け入れ体制を作らない中での中途半端な施策は、日本の産業に不可欠な労働力を間接労働者として低賃金層に沈め、偽装請負等の違法労働を生み出し、日系人が日本で人間らしく生きていくための条件を全く保障していない。研修生制度は、賃金未払い、残業強要、劣悪な労働環境など深刻な人権侵害を引き起こしている。政府の方針にもかかわらず、外国人の単純労働者は益々増加しており、トヨタ等の空前の利益も彼らによって支えられているのである。

<早急に求められる対策>

 このような状況の中で、外国人が集住している都市では、公立小中学校における日本語指導体制の問題、不就学の問題、社会保険加入の問題、労働環境の問題、外国人登録制度の問題等様々な問題が生じてきている。前述した群馬県の大泉町をはじめ、愛知県豊田市(人口に対する外国人の割合3.6%)、岐阜県美濃加茂市(同9.6%)、静岡県浜松市(同3.8%)、三重県鈴鹿市(同4.6%)等、日系南米人を中心とする外国人住民が多数居住する18市町が2001年5月に「外国人集住都市会議」を結成し、同年に「浜松宣言」、2004年に「豊田宣言」、2005年に「規制改革要望書」「よっかいち宣言」を出し、地域共生、教育、社会保障、労働、コミュニティー、教育に係る提言を国、県に発し、また外国人登録制度の改善等を要望している。また、経団連も2004年に「外国人受け入れに関する提言」を発表し、資本の立場から、国と地方自治体が一体となった整合性ある施策の推進、新しい就労管理の仕組み、外国人の生活環境整備等を提言している。
 このような動きに対し、外国人をあくまで管理の対象としてしか扱ってこなかった国もようやく「経済財政諮問会議 骨太の方針2005」でこの問題を取り上げ、「生活者としての外国人」ということを言い出すようになった。
 この動きを受けて、総務省では2005年に「多文化共生の推進に関する推進に関する研究会」を設置し、2006年に「コミュニケーション支援」「生活支援」「多文化共生の地域づくり」を柱とした、報告書と多文化共生プログラムをまとめた。「多文化共生」という言葉は、川崎市の先進的な取り組みや阪神・淡路大震災で立ち上がった「多文化共生センター」の活動から作り出され広がったものである。自治体やNPOの運動の中で作られた言葉が、政府の文書に用いられているのは画期的なことだ。逆に言えば、この分野について、政府は何もしてこなかったということだろう。「多文化共生センター」は「①基本的人権の実現 ②文化的・民族的少数者の力づけ ③相互協力できる土壌づくり」を活動の理念としている。
 また、政府は2009年に入管法の改正を行おうとしている。この動きは、一方で在留許可制度と外国人登録制度のばらばらな運用の統一により、在住外国人の雇用実態把握を行って、社会保険未加入等の労働現場での問題を解決すると言っているが、他方で、廃止された指紋押捺を、特別永住者を除くすべての外国人に復活させようというとんでもない人権侵害の内容である。結局、政府は本当の意味での多文化共生を全く理解していないということではないだろうか。

<日本の将来と多文化共生>

今後、日本の少子高齢化は益々進行し、一方で、外国人の受け入れの圧力は国内からも国外からも強くなってくる。このような中で、どのように外国人を受け入れ、日本社会の一員として定住させていくかは日本の将来にとって最も重要な課題の一つになってきている。しかし、現状を見る限り、日本政府の対応は全く時代錯誤で矛盾だらけとしか言いようがない。
この点、歴史的・地理的な条件が違うとは言え、ヨーロッパにおける外国人受け入れ施策はかなり様相を異にする。
ヨーロッパ最大の移民受け入れ国であるドイツでは、移民政策と社会融和政策を組み合わせた総合的で戦略的な政策にもとづいた移民の受け入れが行われており、新規移民が教育機関や労働市場にアプローチすることを容易にする当初研修や、イスラム教徒のアイデンティティーを守るためのイスラム教の授業の取り入れなど、移民の定住を前提とした様々な施策が実施されている。ドイツにおいて、外国人労働者は「国民総生産に毎年1000億ドイツマルクの貢献をする」と言われている。ドイツの企業の中には、外国人労働者の割合が40%を超える企業もあるとのことで、各地で共生を目指した様々な施策が展開されている。しかし、厳しい財政事情で、州政府、地方自治体などは処遇方針の見直しや予算の削減を行わざるを得ない状況にあり、状況は必ずしも楽観できるものではない。
いずれにしても、ヨーロッパ各国は様々な試行錯誤を繰り返しながらも、少子高齢化を視野に入れた社会統合をめざす戦略的な外国人受け入れ施策を展開しており、内外人平等原則に基づく国際人権規約を批准したにもかかわらず、相変わらず排外主義が見え隠れする、場当たり的な日本の外国人受け入れ施策とは根本的に違うように思える。
すでに、新たな外国人の流入の波が押し寄せてから25年以上が経っている。国が有効な政策を打ち出せず、十分な対応がされない中で、当初入国した子どもは大人になり、子どもが生まれ、成人は高齢者になってきている。在住外国人の問題は出生から、教育問題、労働問題、高齢者対策まですべてのライフステージの問題になっており、それは日本の労働政策や福祉政策に大きな問題提起を投げかけている。今後、先進国は生き残りをかけて外国人の受け入れをうまくできるかどうかの競争の時代に突入するという人もいる。「多文化共生」は日本の将来にとってのキーワードとなるかもしれない。
しかし、少なくとも、現在の自民党政権の排外的・差別的な政策の延長には真の「多文化共生」は実現しないだろう。自治体が実施したアンケートの回答で、あるベトナム人研修生は、期待に胸ふくらませてやってきた日本で、賃金はまともに払われず、休日まで働かされ、その上雇用者に差別され、もう二度と日本には来ないと書いていた。これが「美しい国」の実態である。
(大阪 若松一郎)
 追記:ドイツの移民政策については、(財)自治体国際化協会、(財)国際貿易投資研究所のHPを参考とした。

 【出典】 アサート No.355 2007年6月16日

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【投稿】「反戦の母」シーハンさんを決別させたもの 

【投稿】「反戦の母」シーハンさんを決別させたもの 

<<「熟考を重ねてきた結果」>>
 すでに報道されていることではあるが、大手メディアでは詳細が不明であり、日本の現状に照らして、とりわけ反戦・平和運動、憲法改悪反対運動に共通の問題が鋭く提起されているのでは、という視点から、「反戦の母」シーハンさんの引退が問いかけるものを捉え直してみたい。
 米兵であったわが息子をイラクで亡くし、05年8月からブッシュ大統領との面会を求めて大統領のテキサス州クロフォードの自宅農場前に座り込みを続け、米軍のイラク撤退を掲げ、全米各地で抗議運動を続け、「反戦の母」として反戦平和運動の象徴的存在となってきたシンディ・シーハンさんが、そうした活動からの引退を表明した。5/28、戦没将兵追悼記念日の朝であった。
 その引退表明に、「目立ちたがり屋の尻軽女、厄介払いでせいせいしたでしょう」といった挑戦的な表題をつけながらも、そこに至るまでの決断は「胸が引き裂かれる」ものであり、「それは、衝動的な思い付きではなく、この1年間熟考を重ねてきた結果」であり、「じっくりと、そしてまったく意に反してやむをえず行き着いた結論」であることを明らかにしている。

<<「右か左か」ではない>>
 彼女が指摘する最大の問題は、反戦・平和運動の最も重要な課題は、「右か左か」ではなく、「正しいことか、間違っていることか」であるにもかかわらず、この問いかけには誰も答えず、所属するあるいは支持する党派の枠内でしか物事を見ようとしない、党派性、別の言葉で言えばセクト主義の問題である。
 彼女は言う。「私は過激派だとみなされています。それは、民主・共和両党が同様に支持した虚偽に基づく戦争によって何十万もの人々が死んでいる時、党派的政治は決別されるべきだと私が確信していることからきています。相手の政党に対して、問題に鋭く切り込み、レーザー光線のようにさまざまな嘘、虚偽の説明やご都合主義に照準を合わせられる人々が、いざ自分の属する政党となると、そうしたことを認めることを拒否するのです。これは私にとっては驚きです。どの政党の側に立っていようと、無条件的な支持は危険です。・・・私が悪魔にしたてられるのは、私が人を見るときに、その人の党の所属や民族など気にせずに、その人の心をこそ見ることからきています。」
 この指摘は、そのまま日本の現状にも当てはまるものである。

<<「あのグループとは」>>
 彼女はさらに言う。「私はまた、平和や人間の命よりもしばしば個別的なエゴが上位におかれるような平和運動の中で活動を試みてきました。このグループはあのグループとは一緒に活動したくはない、あの人が行くなら私はそのイベントには参加したくない、何故シンディ・シーハンばかりがどこでも注目されるのか、といった運動です。平和運動とは言うもののこのようにいがみ合った状況の中で平和のために活動することはきわめて困難なことです。」
 これもまったく普段の日常の活動でよく見られる光景である。運動が幅広ければ、そうした状況が一部に見られても容認も包容も出来る範囲であろうが、それが主流となってしまったような観のある日本では、平和運動、護憲・憲法改悪反対運動ではごくありふれた光景になってしまってはいる。しかしこうした状況の継続は、反戦・平和の運動が本来持つべき徹底した幅の広さや裾野の広がりを自ら閉ざし、党派間のいがみ合い、罵り合い、悲観主義をしかもたらさないものである。シーハンさんが指摘しているのは、問題はこうした運動の状況が、システム化し、体制内化してしまっていることへの警鐘と言えよう。

<<「消耗し尽くされてしまう前に」>>
 シーハンさんは最後の「さようなら、アメリカ」という言葉の前で、「これはアメリカの反戦運動の「顔」としての私の辞職願です。これは私の「転向」のためのものではありません。なぜなら私は、古き良きアメリカ合衆国と言う帝国に傷つけられている世界中の人々を支援するのを断念するつもりは決してないのです。しかし私は、こうしたシステムの枠内で活動することを終わりにし、むしろこうしたシステムの外に出ます。このシステムから支援を受けるにはさまざまな抵抗が覆いかぶさり、活動を支援しようとする人々を消耗させてしまいます。私や私が愛する人々、私に残されたものまでがすべて消耗し尽くされてしまう前に、私はこのシステムの外に出ようとしているのです。」と述べている。日本でもいかに多くの心ある人々が「消耗」しているかということを想起させるものである。

<<セクト主義という業病>>
 「9条ネット」という「あらゆる憲法擁護勢力の共同候補の擁立ないし選挙協力の実現」をめざす団体が、共産党、社民党にも選挙共闘の申し入れをしながら、元レバノン大使の天木直人氏等を参院選の公認候補として擁立して活動している。これに対して、日本共産党は5/1付け「しんぶん赤旗」で、「「9条ネット」とは、ことし2月に「憲法擁護」を看板にして、参院選にむけて立ち上げられた政治団体です。しかし、その実態は新社会党委員長らを国会に送ろうという運動団体です。・・・新社会党の「別働隊」のようなものです。・・・「9条ネット」と新社会党は、先の東京都知事選で浅野史郎氏を支援しました。浅野氏は、改憲勢力である民主党が支援した候補者であり、マニフェストにも「憲法」の言葉がなかったことは周知のことです。・・・新社会党は、「部落解放同盟」(「解同」)と密接な関係があります。・・・(解同は)日本の民主主義にとって決定的な害悪を流してきました。」と、実に共産党特有の党派的でセクト主義的な悪罵を羅列している。たとえいまだ萌芽的で小さな組織であっても、またそれが既成の組織であっても、さらにいえば保守勢力であっても、平和と九条擁護など、共有できる目標を掲げ、ともに闘い協力し合おうという姿勢を明確にしている限り、悪罵を投げつけ排除するのではなく、ともに闘い、結集できるさまざまな形態を模索し、協力の輪を広げ、もっとも悪質な改憲・復古・反動勢力をこそ孤立させていく、そのような姿勢こそが求められているのに、逆である。日本の左翼に深く根付いたセクト主義という業病を克服しなければ、事態は前進しないし、自らを「消耗し尽くしてしまう」であろうし、多くの心ある人々から「決別」されてしまうであろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.355 2007年6月16日

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【書評】『人はなぜグローバル経済の本質を見誤るか』 

【書評】『人はなぜグローバル経済の本質を見誤るか』 
   水野和夫著 日本経済新聞出版社 2007年3月14日 2200円+税
                               福井 杉本達也

 2006年の米国の貿易赤字は7636億ドルと5年連続で過去最大の赤字を記録した。対中赤字は5年連続、対日赤字も2年連続となっている。バーナンキ議長がCBOの推計として挙げた数字によると、連邦の債務の国内総生産(GDP)に対する比率は06年の37%から30年には100%に急上昇する。国の借金と経済規模が並ぶのは第二次世界大戦時以来という。(日経:2007.1.27)今、米国は、自国では必要な資金を調達できない経済となってしまっている。年間8800億ドルの債券を売り、資金調達しなければならない。赤字金額は、イラク・アフガン戦費調達のため、年々増えている。この赤字をファイナンスするのが、貿易黒字国の日本と中国であったが(約40兆円:米国の必要額の40%)、直近の1年では、産油国マネーが、3190億ドル(32兆円:米国の必要額の32%)をファイナンスするようになっている。つまり、米国は毎年約100兆円の資金流入がないと金利が跳ね上がり株価が暴落してしまう可能性がある。2005年に米経済学会は「アメリカの国際収支の維持が困難であること、ドルの大幅減価が必要であること。ドルが十分下落すれば、現地通貨建てである対外資産のドル表示総額が大幅に上昇する一方、ドル建ての対外債務は総額が変わらないので、アメリカは純債務国から純債権国へと変身できる。」とするハードランディング・ストーリーを描いている。(日経:2007.5.6)
米の対外不均衡は恐ろしい状態にまで積みあがっている。常識的には米経済学会の指摘どおりであろう。しかし、現実は、さらに急速に過去の最大値を更新しようという純債務国に今なお資金は流入し続けている。これをどう解釈するべきか。水野氏は「米対外不均衡問題は、米国が輸入を抑制すれば、是正に向かうという従来の常識が、グローバル化で覆った。」(水野・2006.5.31)という。「外国から対米投資が十分行われている限りにおいて、米国は所得を上回って消費をすることができる」のであり、米国への「資本流入を進めるための戦略は…①金融の自由化を進め、かつ②米国の海外資産価値を高めるべく、外国の内政にも影響力を行使すること」=「米国の『帝国』化」であるとする。「主権国家を前提とした『覇権国家』を目指すことは米国にとってもはや意味がない。日本の資産を安く買って高く売却するには、外国の銀行に対して不良債権の基準を厳しくするよう要求することができる『帝国』でなければならない。」「世界のルールが国民国家のルールから帝国のルールに変わってしまった。日本は、自らの意思で対外投資するという立場から、自国の貯蓄を相手国に利用されるという立場に置き換えられてしまった」というのである。三菱UFJ証券参与という証券業界のチーフが本書を書いたという意味は大きい。
 水野氏の指摘は早くは、吉川元忠氏によって「新『帝国循環』の時代」として、「世界最大の経常赤字を続けている国が、異常な低金利という日本側の『自滅』にも助けられて、赤字をはるかに上回る規模の外国資金を引き寄せ、結局はこれを原資として巨額の対外投資を行う。アメリカはふたたび『帝国』として世界マネー移動の中心軸を形成することになった」(『マネー敗戦』:1998年)と分析されている。98年時点の吉川氏の場合には、『敗戦』は避けられないとしつつも、なんとか日本経済の自立=円の活路を見いだそうとする意志があるが、水野氏のそれは「帝国」支配への諦めの意識が強い。この10年、特に小泉内閣以降の厳しい現実が強く反映しているといえよう。その諦めの意識が、「新しい中世」論への逃げ込みとなっているが、これはいただけない。「95年以降、米国の『強いドルは国益』(ルービン財務長官(当時))はグローバル化とドルの間に蜜月関係が存在していたが、それは例外的な関係であったことになる。グローバル化を推し進めていけば資本の論理(グローバリゼーション)と国家の論理(ドル本位制)が衝突するのが必然である。」とするが、あくまで、米「国家」=ドルあってのグローバル化でありその逆ではない。
 また、『ドメスティック企業』(中小企業・非製造業)についても、「長期停滞に陥っているのは国民国家と運命共同体であったからであり、グローバル企業が高成長を実現できたのは国境を容易に超えることが出来るからである。」とし、「改革が進んでいないから、中小企業・非製造業はマイナス成長が16年も続いている。」と突き放した見方をしているが、はたしてそうなのか。3%もの金利差を収奪され続けていてプラス成長もないであろう。『経済学批判』が必要なのではないのか。
田中宇氏によると「5月18日からドイツで開かれたG7の財務相・中央銀行総裁会議に、アメリカのポールソン財務長官が欠席した。『G7会議の直後の日程で、中国の代表団が訪米し、2度目の米中戦略会議が開かれるが、ポールソンはこの準備に忙しいのでG7に出る暇がない』というものだった。米財務省は、G7より中国との2国間会議の方が重要だ、と宣言したのである。ウォルフの記事によると、今の世界経済にとって最も重要な課題は、巨額の外貨を貯め込む中国に対し、いかに金を使わせるかということであり、そのため中国が入っていないG7より、米中交渉の方が重要なのだという。」そのすぐ後に「中国の空母建造に協力を申し出たアメリカ」という冗談とも本気ともとれる記事がある。(田中宇:「中国の大国化、世界の多極化」2007.6.5)
 米国は日本に対し、グローバルスタンダードを押し付けてきたが、中国は米国の圧力には屈しない。中国が元の切り上げに抵抗を続けるのは、日本を反面教師として見ているからである。米国は日本の金利を無理矢理下げさせてドルを還流させてきた。しかし中国は日本のようには行かない。6月8日には、日本の金利は1.92%まで上昇した。米国の金利も8日は5.24%まで上昇した。世界的に金利が上昇すると、米国への資金流入に変調をきたす恐れがある。米国がこれ以上金利を上げることができず、日本とユーロが利上げ基調に変われば、ドル債の購入を誘っていた金利差が縮小する。減価する通貨「ドル」を守るために産油国が買い続けるのかどうか?米国への資金還流が、維持可能でなくなる日も近づいているのでは。 

 【出典】 アサート No.355 2007年6月16日

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【書評】「被爆動員学徒の生きた時代―広島の被爆者運動」

【書評】「被爆動員学徒の生きた時代―広島の被爆者運動」
            (小畑弘道著・たけしま出版・1365円)

 本書は広島被爆者団体連絡会議の生みの親で初代事務局長、近藤幸四郎(二〇〇二年死去)の生涯をたどる一冊だ。遺言で託された被爆者運動関係の一切の資料、広島平和会館の移転に際して広島県被団協から寄贈された大部の資料、これを労働運動の仲間の小畑弘道がまとめたものである。
 ぼくも松江澄(元広島県原水禁常任理事、二〇〇五年死去)を通じていつのころからか、近藤を知ることになる。最後に会ったのは、秋葉忠利が広島市長に立候補した八年前、その決起集会の場だったことを思い出す。
 小畑は宮崎安男(元広島県原水禁事務局長、二〇〇七年死去)らの近藤評を引いて「タテの発想になりがちな労働組合において、彼は徹底したヨコの発想で異色な存在であった」「タダ酒を拒否し、完全な割り勘主義で、地位や身分ではなく、どんな立場の人とも対等に接し、一対一の人間の絆を求めた」と書いている。ぼくはあまり深い付き合いではなかったが、そんな人なんだ、と今思い返している。
 近藤は一九四五年八月六日、修道中学一年の時に被爆。建物疎開作業に動員されていたが、この日は休みをもらっていた。このことが生き残ったうしろめたさとして、原水禁運動にのめり込む原体験になるのだろう。
 電電公社に就職し、全電通の労働運動を通じて被爆者援護法運動にかかわる一方、電通被爆者協の結成を通じて現地の職域被爆者組織結成にかかわった。原水禁運動の形成と分裂という複雑な情勢の中で被爆者援護法の制定、フランスの核実験抗議、陸自第一三師団市中パレードに対する抗議、原爆慰霊碑前での座り込み、原爆の「加害と被害」問題への取り組みなど、戦後の被爆者問題で近藤がかかわらなかった問題はなかったと言ってもいい。
 近藤は労働組合幹部によくある「天下り」の道に進まず、晩年は広島駅前で「ギフト・コンドウ」という商いをしながら運動を続けた。もともと父親が組合長をしていた駅前商業協同組合という個人商店が集まった木造建屋の二階には松江らの事務所があったという。父親も松江らの運動にシンパシーを感じ、カンパしていたという。筆者が初めて広島に来た七〇年代後半、「広島市民新聞社」という看板が駅前に見えたが、それがこの事務所だったのだろう。むろん、今はその看板を見ることはない。
 松江は旧満州の戦線を経験し、復員して朝鮮戦争までの五年間、占領軍と対峙した日鋼争議の指導や「原爆廃棄」を初めて訴えた平和擁護広島大会の開催など運動のうねりの渦中に身を置く。レッドパージで勤務先の中国新聞を追われ、路線対立から六一年に共産党を離れ、社会主義革新運動(社革)に参加。二十数年後の八四年、社会主義の優位性を批判する論文を発表した。ソ連の崩壊はその七年後だった。「神のごとく尊ぶ」という批判的な言い回しをよく使っていた。その対象が天皇制であり、「前衛党」だった。最後にたどり着いたのは「もっと民主主義を」だった。
 個人的に思い起こすと、共産党の中国地方の指導部にいた松江はいわば広島の運動の「プリンス」あるいは「カリスマ」だった。それに対し、労働運動たたきあげの近藤はある意味で畏怖された汚れ役であり、また黒子だったのだろう。しかし、その語り口には人間の実があったと思うし、小畑が「新人記者の教育係と言われたことがある」と書いているように辛抱と目配りの人だった。そう言えば、そんな「記者の教育係」が、つい二十年ほど前の広島には何人もいた。
 ここ五年で、近藤、松江、宮崎と相次いで広島県原水禁の古参の活動家たちがなくなった。今年に入って亡くなった宮崎の葬儀に参列した。参列者の一人が「迷ったら現場に帰れ」が宮崎の口癖だったことを披瀝した。近藤も終生現場の人だったし、松江もむしろ晩年は若い市民運動家とつながりを深めた。
 本書の主題、副題、或いは帯に「近藤幸四郎」の名前がないのは残念だ。一般的な被爆者運動通史ではなく、一人の被爆者・運動家の生きざまに光を当てた書だということを関係者に知ってほしいとも思う。(広島・S)

 【出典】 アサート No.355 2007年6月16日

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【投稿】改憲・集団的自衛権行使への危険な暴走

【投稿】改憲・集団的自衛権行使への危険な暴走

<<「謝罪旅行」>>
安倍政権誕生後七ヶ月目にしてようやく実現した日米首脳会談は、安倍首相にとって実に気の重い謝罪旅行だったと言えよう。首相にとっての唯一の救いは、アメリカ滞在は一泊二日のみであったこと、その実態は、慰安婦問題の追及を恐れて公式記者会見もせず、晩餐会も開けなかったことにあるが、ともかく早く切り上げられた。さらに幸いなのは、ワシントン入りした4/26は、米議会で軍費に制限をかけ、イラクからの撤兵を促す決議案が上下両院とも可決され、ブッシュ大統領はこれを「敗北主義による立法」だと激しく非難し、拒否権行使を発動する姿勢を明らかにし、米メディアはこの「撤兵決議案」と「民主党大統領候補TV討論」にほとんど主力をさき、日米首脳会談などほとんど取り上げられなかった、あるいは意図的に黙殺されたことであろう。
それでも、当初首脳会談では取り上げる予定にはなかった従軍慰安婦問題について、本人が蒔いた種とはいえ、国際的信用を著しく落としてしまった結果として、日米首脳会談の焦点の一つとなってしまい、自ら謝罪の発言をせざるをえなくなった。首相は、大統領に対して「人間として首相として心から同情し申し訳ない思いだ。21世紀を人権侵害のない世紀にするため努力する」と釈明。記者会見では、大統領は「河野官房長官談話と米国内における首相の発言は、ともに極めて率直で心からのものだ」と評価したことになっているが、たとえナショナリスト・アベとはいえ、日本軍の強制があったことを認めた河野談話まで否定し、逸脱することは、対アジアのみならず、日米関係にまで害を及ぼしかねないとクギを刺されたことを意味しており、日米首脳会談でそれが確認されたことは、安倍にとってのみならず日本の右派・保守勢力にとって重い足かせとなったことを意味していよう。
首相はさらに米下院でペロシ下院議長ら議会指導部と約1時間会談し、ここでも従軍慰安婦問題について「申し訳ない気持ちでいっぱいだ」と述べ、「私の真意や発言が正しく伝わっていないと思われるが、私は辛酸をなめた元慰安婦の方々に、個人として、また首相として心から同情し、申し訳ないという気持ちでいっぱいだ」と語らざるをえなくなった。

<<「世界のどこでも人権を侵害」>>
しかしこうした謝罪発言は、いったい誰に向かってなされているのだろうか?首相が謝罪すべきなのは、韓国や北朝鮮、中国をはじめとするアジア各国の元慰安婦、その遺族、親族、関係者に対してでなければならない。ところがそうした本来の謝罪をせずに、国内で批判されても、あるいはアジア各国から批判されてもまったく意にも介せず、いけしゃあしゃあと戦争犯罪を擁護しながら、米国内で問題視され、紛糾し始めるやあわてて米国内での謝罪と自己弁護に回る。安倍内閣の面々は、「戦後レジームからの脱却」を掲げる本人を筆頭にそのほとんどが、自虐史観反対を叫び、歴史修正主義を掲げる戦争犯罪擁護派である。その内にまた問題発言が飛び出し、その後始末に追われる。村山内閣・河野官房長官談話を除いて、日本政府・与党は一貫してこうした悪循環を繰り返してきた。したがってこうした取ってつけたような謝罪は、実に奇妙であるがゆえに、誰からも心からの本当の謝罪とは認められはしない。
さらに安倍首相が悪質なのは、米国での共同記者会見で、「20世紀は人権侵害の多い世紀であり、世界のどこでも人権を侵害してきた。日本も無関係ではなかった」とまるで他人事のように述べ、日本の戦争犯罪を免罪し、「慰安婦」問題を人権一般の問題にすりかえ、人権については「世界のどこでも人権を侵害してきた」と言い逃れ、世界と日本を同列に並べ、20世紀にはよくあったこととして、日本の国家・軍が関与し、強制した戦争犯罪の責任を回避しようとしたことである。
こうして安倍首相は今回の訪米で、懸命に自らの失態の挽回を図ったにもかかわらず、米議会下院に提出されている、「慰安婦」問題で日本政府に公式な謝罪を求める決議案は、取り下げられるどころか、当初の共同提案者が六人であったものが、首相訪米前には九十人に達し、首相訪米後の5月に入ると100人を超え、決議案は外交委員会アジア太平洋小委員会、外交委員会全体会議の順に審議された後、本会議に上程される見通しである。

<<「前提条件にはならない」>>
さらに今回の日米首脳会談で明らかになったことは、日本側が北朝鮮による日本人拉致問題の解決がなされない限り、米国が北朝鮮をテロ支援国家指定から解除しないでくれと要請してきたことに対して、その要請を「配慮する」とするとしながらも、米国側はそれは法的な面で「前提条件にはならない」と日本側に説明していたことである。首脳会談で、安倍首相が「拉致問題の解決をテロ支援国家指定解除の前提条件にして欲しい」と要請したのに対し、同席していたライス国務長官が、指定や解除の根拠となる国内法に照らして判断すると説明したうえで、「米国民が直接(拉致の)被害にあったわけではない。前提条件にはならない」と述べ、拉致問題を切り離したままで米朝交渉を進展させる可能性を示唆されたのであった。何とか合意を取り付けようとした首相の意図・策略は挫かれたと言えよう。ここでも首相の過去の戦争犯罪を弁護しながら、現在の拉致問題を糾弾して、これを反動的な支配体制の再編に利用しようとする二枚舌外交、六カ国協議をないがしろにする挑発的で極端な跳ね上がり強硬外交が災いし、孤立していることが明らかにされたのである。
しかし安倍首相の今回の訪米の目的は、このように目的が達成されなかった謝罪・要請旅行ではなかった。首相自身が、「今回の訪米の最大の目的はブッシュ大統領との間でかけがえのない日米同盟を確立することだ」と述べ、「安倍内閣の使命として、戦後レジーム(体制)からの脱却を目指すと説明した」と述べたうえで、「安全保障の法的基盤をつくり変えるための有識者会議を設置した」ことを報告、説明し、憲法九条改悪の前段階から、憲法九条そのものを踏みにじる「集団的自衛権の行使」を解釈改憲によって可能にすることを対米公約としたことである。この点に関しては戦費調達に苦しみ、相次ぐ同盟軍の撤退に悩まされているブッシュ政権からは、米国政府自身が日本に求めてきたことでもあり、憲法九条を無視して直接軍事行動に協力・加担してくれる以上、最大限の賛辞を得たであろうことは間違いがないであろう。しかしこれは、歴代の政権が小泉政権まで含めて国際的に公約し、遵守してきた、集団的自衛権の行使を禁じる憲法解釈を完全に覆すことであり、安倍首相の重大な越権・違法行為である。

<<“血の同盟”>>
この有識者会議の人選について、安倍首相は会議設置を発表した4/25、「高い見識を持った有識者に各界からお集まりいただいた」と記者団に強調したが、13人中12人がこれまでの集団的自衛権の行使を禁じてきた政府見解を見直し、集団的自衛権の行使を容認すべきだという論者であり、初めから“結論ありき”の会議設置である。初会合は5月18日で、10回程度会合を重ね、秋をメドに報告書をまとめるという。(【有識者会議のメンバー】=岩間陽子・政策研究大学院大学准教授(国際政治)▽岡崎久彦・元駐タイ大使▽葛西敬之・JR東海会長▽北岡伸一・東大院教授(日本政治外交史)▽坂元一哉・阪大院教授(国際政治)▽佐瀬昌盛・防衛大学校名誉教授(国際政治)▽佐藤謙・元防衛事務次官▽田中明彦・東大教授(国際政治)▽中西寛・京大教授(国際政治)▽西修・駒沢大教授(憲法)▽西元徹也・元防衛庁統合幕僚会議議長▽村瀬信也・上智大教授(国際法)▽柳井俊二・前駐米大使)
共同通信の調べによると、この内の12人は、過去に国会に参考人として呼ばれた際の発言や論文などで、政府の違憲解釈を批判したり、解釈変更を求めていたことが明らかになったという。つまりそんな人物ばかりをわざわざよりすぐって集めたのである。
メンバーのひとり、岡崎久彦氏は、安倍氏との対談で、安倍氏が「軍事同盟は“血の同盟”だ。日本が外敵から攻撃を受ければ、アメリカの若者が血を流す。しかし今の憲法解釈では、日本の自衛隊はアメリカが攻撃されたときに血を流すことはない」と発言したことに答えて、「解釈は裁判所が決めたわけでもないし、憲法に書いているわけでもない。単に、役人が言っただけだから、首相が『権利があるから行使できる』と国会で答弁すればいいんです」 と放言してはばからない人物である。こんな人物のどこに「高い見識」があるのか、お恥ずかしい限りである。
公明党の太田代表は4/27の記者会見で、この懇談会について「集団的自衛権の行使に道を開くものであってはならないし、そうではないということを首相から聞いている。憲法解釈をなし崩しにしてしまう指向性を持つことはあってはならない」と述べているが、これまでの経緯からしてどこまで抵抗できるのか怪しいものである。
あれよあれよという間に、改憲手続き法が強行採決されてしまい、参院選を前にして今度は、わずか数カ月の議論で集団的自衛権の行使に向けて憲法解釈の変更をめざす、きわめて強引で一方的なやり方、焦りと暴走に安倍政権は走り出したのである。
野党と民衆の反撃が試されているといえよう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.354 2007年5月19日

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【投稿】「カネが全てではない」…統一自治体選挙・特徴的な首長選から…

【投稿】「カネが全てではない」…統一自治体選挙・特徴的な首長選から…
                           福井 杉本達也 
                           
1.「資本」は逃げるが「住民」は逃げることができない(夕張市長選)
 夕張メロンで有名な夕張市。今統一自治体選挙の「財政再建団体」下の市長選では、道内外の7人が乱立し、全国的に注目を集めたが、地元出身の元会社社長藤倉肇氏が当選した。「古里の窮状を見かね、立て直したいとの熱い思いに有権者が共鳴し、市再建を委ねたといえる。…どん底の地域社会・経済を再生する滑り出し役を務める。国の管理下という限られた裁量の中でいかに再生の道筋をつけるか、藤倉氏への期待は大きい」(愛媛新聞:4.24)と報道されている。コートも脱がずに後藤健二前市長と対談するみのもんたの威圧的なTV取材に代表されるように、昨年6月に前市長が、財政再建団体申請を表明して以来、「夕張市」の名前は全国最悪の自治体のような扱いを受けてきた。宋文洲氏の『単刀直入』では「どうせ皆で借金するなら、どうにもお手上げになるまでは無理して解決する必要もありません。「赤信号、皆で渡れば怖くない」なのです。子供に金銭を与え続けるといつまでも成人しません。…中央が地方の財政に資金を投入し続けると地方はいつになっても自立しません。最後は必ず全国民の税金で始末してもらえると思えば、慌ててコスト管理して、あえて近所の人々の反発を買うことはありません。」(NIKKEINET:2006.6.26)と夕張市の財政運営を批判している。
 しかし、はたして事実はそうであろうか。かつて、夕張は炭鉱の街として栄え人口11万人を数えたが、国のエネルギー政策転換により、60年代から次々と炭鉱が閉山され、最後の三菱南大夕張炭鉱が90年に閉山した。閉山により、会社が設置したインフラを市が買収することとなる。82年には夕張炭鉱病院を市立病院にするため40億円を負担している。さらに北炭は鉱山税61億円を未払いのまま計画倒産。炭鉱住宅・上下水道設備なども市が買収し、閉山対策費は総額583億円に達した。このため、観光事業へとシフトするべく、中田鉄治市長時代にテーマパーク、スキー場、映画祭、企業誘致により地域経済の再生、雇用創生などを図ったが、これが、逆に過大な投資となり、市の財政を圧迫していった。産炭法が2001年に失効したことなどで、財政状況がさらに悪化し、ほぼ破綻(はたん)状態になった。各種基金や金融機関からの借り入れという形をとって自転車操業状態で急場をしのいできたが、これが「粉飾」・「ヤミ起債」といわれる。
 当初、国・道とも、責任を夕張市に押し付けるのみで、自らの責任を回避する姿勢であったが、昨年11月に行われた住民説明会で、「情報公開もせずに負担だけ押し付けるのか」という住民の強い反発により説明会が流れる事態ともなり(日経:06.11.19)、結果的に道は、再建期間短縮等の観点から、赤字額の360億円を年0.5%の低利で融資(市場金利との差額は道が負担)、国も地方交付税交付金などによる支援を打ち出した。 これにより、再建期間は18年間の見込みとなった。財政再建計画は3月6日に総務相の同意を受けた。早期退職希望者が130人を超え、全職員の約半数の152人が3月末で退職した。また、市が保有する観光施設31施設の内29施設を運営委託、売却、廃止された。市民負担も、市民税が個人均等割3,000円から3,500円に、固定資産税が1.4%から1.45%に、ごみ処理は有料化、施設使用料も5割増、下水道使用料が10m3あたり1,470円から2,440円に値上げ、図書館は廃止。市内で唯一の老人ホームは、2008年度に廃止される予定。しかし、住民の反発などもあり、小学校の1校統合は再検討中である。
 産炭地など鉱山地帯が終掘後自治体として維持された成功例は、映画「フラガール」で有名となった日立グループの常磐炭田など、世界的にも極めて稀(まれ)である。三井系や三菱系の炭鉱資本ように「資本」は“食い逃げ”できるが「住民」は逃げることができない。特に高齢者は町を出て行くことはできない。確かに夕張市の施設は身の丈に合っていなかったが、多くの失業者を抱える中で一気に縮小できなかったのである。『財政再建団体』は資本や国・道の替わりに、必死になって“身の丈以上の背伸びをして”地域経済を支えようとした『結果』である(この辺りの事情は「夕張財政破たんの本質とは」吉田博『地方財政』2007.2に詳しい)。結果のみを批判する者には別の意図が隠されていると思わざるを得ない。

2.「財政再建」のみを優先するな(あわら市長選)
 北陸の代表的温泉郷芦原温泉のある福井県あわら市では任期1年を残した松木前市長が突然辞任し統一地方選挙中の選挙となり、中学校の統合反対を公約とした橋本前市議が400票の小差で当選した。あわら市は2004年にJR芦原温泉駅のある金津町と芦原温泉のある芦原町が合併して誕生した市で、人口は3万1千である。合併当初は元金津町長の松木氏が無投票で市長に当選し、合併の旧町間のしこりも少ないかに見えたが、当選後、松木市長が合併協定を破り2校ある中学校の統合を打ち出したところから、隠れていた旧町間の感情が表面化した。3月には市長のリコール運動までに発展する中での先手をとった辞任・選挙劇であったが、合併後の行政実績と財政再建を優先し、2校「存続なら“第二の夕張”」とする松木前市長に対し、橋本氏は2校存続で「理想の教育環境守る」との1点のみで選挙戦を闘った。
 あわら市の中学生総数は950人である。生徒数が500人を超えると生徒の個別把握が難しくなる。あわら市の隣接町(現在は合併により市)では、生徒数1300人を超える中学校があったが、近年、生徒の放火による中学校体育館全焼事件があり、この衝撃的な事件を契機にもう1校中学校を増設している。松木氏は25年後には少子化の影響もあり500人程度になり1つの学校で十分だと訴えたが住民の理解を得ることはできなかった。「財政再建」のみを優先し、住民サービスをどんどん切り捨て、住民に負担を転嫁していくならば地方自治はない。財源が不足する中にあっても、自治体が提供するサービスの何を切ってはならないのかが厳しく問われた選挙戦であったといえる。
 
3.「札束」で住民の安全は売り渡せない(東洋町長選)
 高知県の東の端、漁業中心の地区と農山村地区に分かれ、有権者数3,000の人の東洋町は高レベル核廃棄物処分場の誘致問題で揺れた。4月22日投票の町長選では反対派の澤山保太郎氏が得票率70.5%の大差で田嶋前町長を破り圧勝した。澤山新町長は公約どおり応募取り下げを表明し、当選翌日の23日、応募撤回の文書を原子力発電環境整備機構と資源エネルギー庁に郵送した。
 06年3月、田嶋前町長は助役に「金儲けの話がある」と切り出し、町会議員と執行部との間で勉強会の形で秘密に協議されていた。これが9月20日の高知新聞報道で暴露され一気に問題が表面化した。応募ではなくて理解を深めるための勉強をするという言い方だった。しかし、さらに今年1月10日、前町長が文献調査を 原環機構に1年前にすでに内緒で応募しており、原環機構から受理を拒否されていたことがマスコミに暴露された。その暴露を受けて、前町長は議会での反対を押し切り一方的に1月25日に文献調査に応募してしまった。そのような事情を承知の上で国が応募を受理することはあるまじき行為である。財政難に苦しむ自治体の弱味につけこんで処分場を押しつけるため、文献調査の段階で2年間で20億円という多額の交付金をちらつかせ、ともかくも応募させてしまおうというのが、「公募」のしくみである。3月に国は原環機構に調査の認可をした。田嶋前町長はリコールの動きが本格化する中で、国や電力会社の支援を受け、4月5日に辞表を出し選挙戦に打って出た。今回の東洋町の選挙はする必要の無い選挙であった。24日の閣議後、甘利経産相は「(有権者が)誤解をしたまま賛否が諮られると、当然こういう結果が出る」「(処分場は)保管施設で、安全性は120%確保されている」「処分場がなくても生活を維持できるという誤解は、解いてもらわないといけない」(朝日:4.25)と述べたが、この住民を無視した言葉こそ、わが国・国家行政の腐敗堕落と原発行政の無策を象徴している。廃棄物問題を棚上げにしたまま建設が進められてきた原発は、「トイレなきマンション」と言われて続けてきた。原発の建設・利用を推し進めながら、「札束」で、どこかの地域に廃棄物を押し付けようとする倫理が問われた選挙であった。

 【出典】 アサート No.354 2007年5月19日

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【投稿】都知事選・石原三選を許したものは何か 

【投稿】都知事選・石原三選を許したものは何か 

<<石原「楽勝」ではなかった>>
 先の統一地方選で最大の焦点の一つであった都知事選の結果は残念なものであった。あの驕りと傍若無人、唯我独尊、都政の私物化、軍国主義と差別意識丸出しの知事が再選されるとは情けない、と多くの心ある人が感じていることと思う。「ごめんなさい」のひとことから出発した石原立候補の第一声は、これまでの姿勢では「再選危うし」という危機感からきたものであったが、当確が報道されるやたちまち傲慢で饒舌な姿勢に逆戻りして元の木阿弥。このような結果を許したものはいったい何であるのかについて、問い直すことが改めて必要なことと思われる。
 まず投票結果だけを見てみると、以下の表から分かるように、石原陣営は決して「楽勝」と言えるものではなかった。

都知事選   前回           今回
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投票率    44.94%       54.35%      9.41%増
投票総数   444万票        556万票       112万票増
 石原    308.7万票、     281.1万票    27.6万票減
 反石原   118.1万票      232.2万票   114.1万票増
 (樋口    81.7万票) (浅野 169.3万票)
 (若林    36.4万票) (吉田  62.9万票)
石原-反石原=190.6万票       48.9万票

 前回に比べ、投票率が9.41%増大し、投票総数が112万票増えたにもかかわらず、石原票は逆に27.6万票も減り、浅野・吉田の反石原票は倍増し、114.1万票も増えている。その差は50万票を切っている。前回の楽勝とは雲泥の差である。石原票の1割弱、25万票が反石原の統一候補に移動していれば逆転勝利は可能であったことをはっきりと示している。統一候補を擁立できていれば、当然、選挙ムードも取り組みも熱意も変わり、投票率もさらに数%は上がり、反石原陣営が楽勝しえていた現実的可能性が存在していたと言える。

<<ほくそ笑む安倍・石原>>
 選挙前の三月に、山口二郎・北海道大学教授が「選挙の最大目的が石原を引きずりおろすことにある以上、民主主義を愛し、人間の尊厳を貴ぶ市民は反石原の一点で結集、協力すべきである。その際にはより幅広く市民の支持を得られる候補にまとまることが必要となる。
 共産党のポスターに、「日本には確かな野党が必要です」と書いてある。しかし、共産党が独自候補の擁立にこだわって、反自民、反石原の票を分散させるという行動を続けるならば、共産党が、その意図とは別に、自民党や石原の増長をもたらすという結果になる。そうなると、安倍晋三や石原は、「自民党・石原には確かな野党が必要です」とほくそ笑むことだろう。逆に、都知事選挙において反石原の広範な協力が実現できれば、そこから自公連立政権の悪政に終止符を打つ可能性も広がるに違いない。残された時間は短いが、心ある市民と共産党との対話の可能性をぎりぎりまで追求したい。」(週刊金曜日3月9日号)と訴えた。山口氏はそのように行動されたことは間違いないと思われる。そして多くの市民レベル、勝手連レベルでの統一候補への模索が追及された。
 ところがこれに対する共産党からの反応は、予想通りとはいえ、まったく期待を裏切るものであった。「赤旗」3月21日付で、植木俊雄・広報部長は「誰を知事にするかは都民が決める」として、浅野の政策は石原と「うり二つ」であり、石原から浅野に代えても意味はなく、「確固たる立脚点」を持つ吉田こそ「都政を転換」させるにふさわしいというものであった。当然、執拗な反浅野のネガティヴ・キャンペーンが継続された、
 投票日直前の4月、山口氏は再び、「東京都知事選挙に向けた反石原勢力の結集について書いたところ、特に共産党やその支持者から大きな反発を受けた。この文章は投票日直前に掲載されるので、あえて私の意図をもう一度書いておきたい。」として、「まず大前提として、私は共産党を敵視する意図はまったく持っていない。むしろ、この1年ほどは、共産党と近い関係にある全労連系の労働組合や民医連などの団体にも呼ばれて話をする機会も多く、これらの団体の人々は仲間だと思っている。・・・ただ、これからの国政選挙や憲法改正に反対する国民的な取り組みの中で安倍政治を倒すためには、自公政権の悪政に反対する者の間に最低限の相互了解や信頼が必要である。そのためには、最大の敵が誰であるかという認識を共有することが不可欠である。選挙に勝つこと、政権交代を起こすことによってしか、政治は変わらない。これから我々は何をなすべきか、真剣に考えなければならない。」(週刊金曜日4月6日号)と問題を提起している。

<<「支持の形はどうでもいい」>>
 選挙の結果は、反石原陣営の分裂こそが、あきらめムードと無力感、石原再選をもたらしたものであったことを明らかにした。共産党のわが党第一のセクト主義は、多くの心ある人々から愛想を尽かされ、革新統一にとっての否定的存在としてしか映らない姿に自らを追い込んでいる。石原氏に自民党推薦を拒否された中川幹事長の「支持の形はどうでもいい。石原が勝つことが重要だ」という姿勢とは対照的である。問題は、それでも石原陣営にとってはひやひやものの選挙結果であったということは銘記すべきであろう。
 週刊金曜日4/13号は「誰が石原氏を選んだのか」(対談:落合恵子・筑紫哲也)の中で、石原氏は圧勝したとして、その原因について、都民に切実な要求がない、生活が良く関心がない、地域社会がない、石原氏は父権性の人、大黒柱をほしがっている、等の諸点を上げている。こうした視点に対して、週刊金曜日4/27、5/4合併号・論争欄で渡辺知美(22歳、大学院生)さんは、この「何が石原氏を勝たせたのか」の「切実さがない」「寄らば大樹の陰」に違和感を感じるとして、「切実さがない」というが、「安心して生活できる仕事、・・・切実に何とかしてほしい。でも、こうしたことをすくい上げることは争点になっていなかったように思います。今必要なのは「正しい解決方法を教えてあげる」のではなく、「一緒に悩み、感覚を共有し、ともに実行していく」ことなのではないでしょうか」と選挙の争点上の問題点を指摘している。このことは、たとえ統一候補を獲得しえたとしても、それ以上に若者や無党派層を大きく結集できうる政策・争点が問われていると言えよう。山口氏が言うように、まさに「これから我々は何をなすべきか、真剣に考えなければならない。」
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.354 2007年5月19日

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【投稿】注目すべき「保守派」内部の亀裂

【投稿】注目すべき「保守派」内部の亀裂

一昨年の郵政解散で圧倒的多数を獲得した自民党。参議院選挙を前にして、憲法改正への手続き法案としての「国民投票法案」を強行採決するまでに至っている。
「戦後レジームからの脱却」路線を掲げ、憲法改正を待たずに「集団的自衛権の解釈改憲による既成事実化」まで踏み出そうとしている安倍政権であるが、圧倒的多数を確保・安住しているが故に、保守内部の分岐もまた、深刻になる可能性を無視することはできない。

<親米保守か、反米保守か>
最近、「アメリカの日本改造計画」(イーストプレス 2006年12月)という雑誌を購入した。<マスコミが書けない「日米論」>という副題が付いている。登場するのは、西部邁、小林よしのり、佐伯啓恵、西尾幹二などの右派論客を中心に、森田実や、元自民党の小林興起衆議院議員などが名を連ねている。編者は、関岡英之という人で、数年前に「拒否できない日本」(文春新書)を書いている。
各論は省略するとして、マスコミが郵政民営化選挙の際も、民営化がアメリカの要請に基づくものであることを隠蔽してきたこと、小泉構造改革なるものも、「アメリカが日本を安値で買い叩くための構造改革」であり、直近では、郵政民営化やM&Aを容易に行える「三角合併制度」の導入、古くは、NTT分割民営化や大店法、保険業へのアメリカ資本の参入規制の撤廃など、「規制緩和」と言われるものが、ほとんどアメリカの言いなりになってきたことを、「暴露」する内容となっている。このままでは、「アメリカに搾取されるだけの日本になる」との危機感が溢れているのである。
「国益を守れ」との主張は、右派そのものであるにしても、「国民の利益は、守られているのか、奪われているのか」との観点に立てば、ある程度の内容は、適切に「アメリカの言いなり政党・政権」の実態を暴露しているし、私も同感である部分も多い。
厖大な国民の貯蓄を、かみ屑になる可能性の極めて高いアメリカ国債にすべて投入し続ける日本、アメリカがイラクを攻めると言えば、欺瞞的国会答弁を続けて同調し、海外派兵を既成事実として継続する小泉・安倍政権。<親米保守>では、国益が損なわれる、という主張である。反米と言わないまでも、せめて<自立保守>になれ、との論調であろうか。

<買い漁るアメリカ>
すでに、「年次改革要望書」の問題については、昨年のアサート6月号に杉本氏から投稿をいただいている(http://www.assert.jp/data/2006/34904.html)。本山美彦氏の「売られ続ける日本、買い漁るアメリカ」にも、詳しい。1994年の「日米包括協議」から、日本の経済・財政の政策決定プロセスに、アメリカが露骨に介入し、これに対して規制緩和・市場開放を歴代自民党政権は進めてきた。小泉改革も、竹中平蔵を露払いにして、それに忠実に従ってきたものに過ぎない。この事実を政府も、マスコミも隠し続けている。
昨年来の「談合摘発」「入札制度の透明化」も、一面ではアメリカ建設業の日本市場参入を容易にする目的でもあり、貯蓄より投資(株式)を薦め、「会社は株主のもの、配当を増やせ」云々とのキャンペーンも、M&Aを容易に実現できる「三角合併」も然りである。引き続きアメリカが求めているのは、医療・教育分野であると言われている。国民皆保険制度もまた、アメリカ型の民間医療保険中心の制度へ転換させようというのである。
一方で、憲法改正の根拠が「占領軍の押し付け憲法」との主張と、こうした経済財政分野でのアメリカ追随が共存しているのが安倍政権である。対中韓強行路線であった小泉から替わった安倍首相が、村山・河野談話を継承確認すると明言したことには、右派論客にかなりの動揺が感じられ、その背景にあるのが、「親米保守」の限界なのだ、との主張が随所に語られている。

<保守派の分岐を利用しないわけにはいかない>
郵政選挙は、民営化に反対した自民党議員が除名になったが、まさにアメリカの言いなりにならない議員は切りすてられたわけである。(その後の復党劇は、茶番としか言いようがなく、国民が「失望」したこともまた理解できる)しかし、格差社会の議論も同様で、一部の大金持ちと圧倒的な貧困が共存するアメリカ型市場社会を容認するのか、セーフティネットを優先するヨーロッパ型の社会を目指すのか、という路線においても、保守内部に深刻な対立が再燃することは、予想できるのではないか。そして、野党陣営は、保守の分岐を決して無視してはならないのは当然である。

<保守の分裂を、塗り固める公明の犯罪性>
こうした保守の分岐に対して、「政権参加目的政党」でしかない公明党の果たしている役割は、犯罪的であると言える。すでに集票能力の低下著しい自民党を選挙で助け、キャスティング・ボードよろしく、苦言を呈するポーズを見せながら、結果的には、何ら<親米保守路線>に根本的に異を唱えることもなく、「児童手当の増額は公明党の成果」などなどの「おこぼれ」で自民党に追随しているのが、公明党である。
集票能力は長けているらしいが、反国民的行為を繰り返していることには変わりは無い。

<参議院選挙:自民党に過半数を与えるな>
圧倒的な多数派の自公政権だが、その基盤は脆弱であり不安定であることを忘れてはならない。参議院選挙の結果は、深刻な保守の内部矛盾を一層顕在化させる可能性は非常に高いのではないか。すでに選挙は間近になったが、自民党に過半数を与えないための野党選挙協力の実現、そして国民の選択に注目したい。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.354 2007年5月19日

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【コラム】ひとりごと—統一地方選挙を大阪から考える—

【コラム】ひとりごと—統一地方選挙を大阪から考える—

○今回の統一地方選挙の特徴の一つは、都道府県議会議員選挙で、自民党が大きく議席を後退させ、民主党が躍進したことである。○茨城、東京、沖縄を除く44道府県議選が行われ、合計2544の議席内訳は、自民1212人、民主375人、公明181人、共産100人、社民52人、国民新1人、諸派40人、無所属583人という結果となっている。○自民党は101議席を減らして過半数を割り込み、民主党は63議席増で全都道府県で議席を確保した。○しかしである。我が大阪府では、自民党は議席増を果たしており、民主も横ばいと言う結果となった。そこで、どうして大阪ではこんな結果になったのか、分析してみることにする。○まず、大阪市・堺市を見てみよう。両政令都市を合わせて、1人区が17区、定数が2人以上の区が12区ある。1人区で自民党は13人が当選(13/17)、民主党はわずかに2人。圧倒的に1人区では自民党が確保している。定数2人区以上の12区では、自民党が7名、民主党が7名と互角の戦いであった。○もうお気づきの方もいるだろうが、自民党が当選した1人区は、すべて公明党候補は立候補していない。2人区について見ると、自民公明が1名ずつで独占した選挙区は、大阪市内では淀川区のみ、堺市では2人区は、自民公明が棲み分けをして、5区を分け合ったが、堺区では自公が立候補したが、自民党が落選している。○大阪府内の衛星都市部では、2人区で自公が独占したのは4選挙区だが、残り1区では、自民候補が落選している。○合計大阪の2人区で、自公が立候補した場合、自民は6区中、2区で落選していることになる。○要するに、自民党が単独で闘った場合は、公明の支援を受け、公明は1人区では立候補せず、立候補する場合は、自公で分け合える場合のみである。○大阪の場合は、自民の当選が完全に公明党支援なしにはありえない、ということになる。もちろん、それだけ公明党・学会の勢力が強いということである。○自公政権と言う枠組みであるから、これらの選挙協力はなるほどというわけだが、許せない事態もある。○公明は、労組関係にも、個別のバーター攻勢を積極的に行い、今回の統一地方選挙でも、一部の産別労組が、一部の選挙区で民主党候補の応援を行わなかったことは、紛れも無い事実である。○過去の統一地方選挙において、連合系産別労組と公明が、交換条件を付けて、票をバーターすることは常態化していた。社公民路線の時代があり、反自民連立政権の歴史があったわけで、その時代としては理解ができた。○しかし、政権選択が問われる今になっても、こうした「悪弊」が存続していることはいかがなものか。○弱体化した自民党地方組織と公明・学会の集票マシーンの利害が一致しているわけだが、これを突き破らずして、あるいは分解させずしては、政権交代など、夢のまた夢ではないか、と思うのは私だけであろうか。(佐野)

【出典】 アサート No.354 2007年5月19日

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【投稿】進退窮まる安倍内閣  —従軍慰安婦問題をめぐる世界的孤立—

【投稿】進退窮まる安倍内閣  —従軍慰安婦問題をめぐる世界的孤立—

<<「相手を間違えた」>>
 安倍首相は、従軍慰安婦問題で自ら発した詭弁・ダブルトークでいよいよ進退窮まったのであろう。4月下旬からの訪米を前にして、日米首脳の電話協議を日本側から持ちかけ、4/3、首相自ら電話をかけて、ブッシュ大統領との電話会談を行ったと言う。首相は、従軍慰安婦問題に対する発言が米国内で波紋を呼んでいることを念頭に、軍当局の関与を認めた93年8月の河野官房長官談話を引き継いでいる姿勢などを説明して、「私が何を思っているか、念のために話す。河野談話を踏襲している」などと説明し、大統領に理解を求め、大統領は首相に対して誠実さを評価し、「今日の日本は第二次大戦時の日本ではないと指摘した」としています。
 首相は、「私の発言が正しく報道されていない。今月下旬に訪米するので、誤解があってはならないので念のために真意を伝えた」というが、従軍慰安婦問題のほかにも、北朝鮮の核問題をめぐる六カ国協議への対応や、7月末に期限が切れるイラク復興支援特別措置法を2年間延長する改正案を提出したことなどについても意見交換をしたという。これはあくまでも外務省広報の説明であり、通訳を交えてたった15分で説明や言い訳をし、意見交換まで本当に出来るのか大いに疑問なところであるが、切羽詰った首相としては、事態を沈静化させ、とにもかくにも日米首脳会談ではこの従軍慰安婦問題を取り上げないこと、あわよくば幕引きへの協力を確認したかったのであろう。
 しかしこうした安倍首相の、ほころび隠しの偽善的対応は、頼みとするアメリカのみならず、ますます全世界的な孤立を招くものと言えよう。韓国・東亜日報紙4/5付は、「安倍首相の目にはブッシュ大統領しか見えないのか」と題する社説を掲載し、この電話会談は「米国内の反日世論を好転させようというジェスチャー」であり、「安倍首相は相手を間違えた。ブッシュ大統領ではなく、当事者の韓国国民と慰安婦被害者に直接、釈明すべきだった」と手厳しく指摘している。この問題の本質を突いていると言えよう。

<<「とんでもない大きな失敗」>>
 安倍首相が躍起になって沈めようとしている「米国内の反日世論」は、首相が3/1に河野談話を事実上否定した発言以来、ますます手厳しく、かつ辛らつになってきている。
 米紙ワシントン・ポストは3/24日付で「安倍晋三のダブル・トーク(ごまかし)」と題する社説を載せ、「拉致問題に熱心な安倍首相が従軍慰安婦問題には目をつぶっている」と批判し、首相に「拉致問題で国際的な支援を求めるなら、彼は日本の犯した罪の責任を率直に認め、彼が名誉を傷つけた被害者に謝罪すべきだ」と求めている。
 同紙は、さらに6者協議で拉致問題の進展を最重要課題とする日本政府の姿勢について「この一本調子の政策は、国内で落ち込む支持の回復のため拉致被害者を利用する安倍首相によって、高い道義性を持つ問題として描かれている」と皮肉り、拉致問題については「平壌の妨害に文句を言う権利がある」としながら「第2次大戦中に数万人の女性を拉致し、強姦し、性の奴隷としたことへの日本の責任を軽くしようとしているのは、奇妙で不快だ」と批判し、さらに さらに政府が3/16に決定した答弁書は、93年の河野官房長官談話を「弱めるものだ」と指摘し、歴史的な記録は「北朝鮮が日本の市民を拉致した証拠に劣らず説得力がある」と主張。首相が河野談話を後退させることは「民主主義大国の指導者として不名誉なことだ。日本政府の直接の関与を否定すれば、北朝鮮に拉致問題の回答を求める正当性を高めると考えているかもしれないが、それは逆だ」としている。(以上、朝日3/25付)
 ニューヨークタイムズ紙は3/6付社説に続いて、3/28付でも「安倍首相が慰安婦問題について謝罪するとしながらも、日本政府の役割は否認している」と問題点を指摘し、「北朝鮮へら致された日本人被害者らのおかげで人気を集めた同首相が、慰安婦動員の強制性を否認したのは偽善」であると断じている。
 同じ3/28付のウォールストリートジャーナル紙も社説で「安倍首相は、小泉前首相の靖国参拝で悪化した周辺諸国との関係を改善するとして、昨年9月の就任直後に韓国と中国を相次いで訪問した」にもかかわらず、「そうした安倍首相がこうしたとんでもない大きな失敗をした」と指摘し、「安倍首相の慰安婦関連発言が韓国と中国など東アジア諸国を激怒させ」、「米下院で、日本の謝罪を求める決議案が上程されるなど米国でも日本を非難する世論が広がっている」と指摘している。
 こうした米主要三紙以外にも、ロサンゼルス・タイムズ紙やボストン・グローブ紙、そして米CBSテレビなどが「日本を孤立に追い込む」安倍首相の姿勢を明確に批判している。そして、「慰安婦」問題で日本政府に公式な謝罪を求める下院決議(案)の共同提出議員数が増え続け、三月末で77人となっている。同盟国であり、徹底的に米政権に追随し、奉仕してきた実績からして、これほど批判されるはずがないと侮ってきた結果がこれであり、その意味では安倍首相は「とんでもない大きな失敗」に踏み込んでしまい、いまだにそれから抜け出せてはいない。

<<火に油を注ぐ発言>>
 さらに火消しどころか、逆に火に油を注ぐような発言が首相の身内から飛び出し、首相はこれを諌めも解任も出来ないのである。それが下村発言である。
 下村博文・官房副長官は 3月25日にラジオ日本に出演し「従軍看護婦や従軍記者はいたが、従軍慰安婦はいなかった」「慰安婦がいたのは事実だが、私は“一部の親が娘を売った”とみている。だが、日本軍が関与していたわけではない」などと、日本軍の関与をすべて否定する見解を表明し、その後記者団に、「(強制連行を示す公的資料が)発見されなかった以上、軍や官憲による強制連行はなかったというのが、個人的な見解だ」と説明し、「聞かれたから答えたまで」と開き直っている。これは内閣官房副長官という首相官邸のナンバー3の要職、職責を担いながら、「河野談話」を継承するという安倍内閣の方針を真っ向から否定する発言であり、これでは、首相のおわびや河野談話継承発言はすべてダブルトーク・二枚舌と言うことになるのは当然である。
 この人物は「若手保守の代表格」を自任しており、97年に現自民党政調会長の中川昭一氏が発足させた「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」では安倍晋三事務局長の下で事務局次長を務めた人物であり、安倍首相が首相であるがゆえに言えない真意を官房副長官として解説したと受け取られても仕方ないものである。そして実際にもこの「若手議員の会」は、歴史教科書への「慰安婦」記述の掲載削除を要求し、NHKの「慰安婦」番組に圧力をかけて改変させる中心勢力となり、そのメンバーの松岡利勝、下村博文、菅義偉、渡部善美、塩崎泰久、佐田玄一郎、高市早苗、らがすべて安倍内閣の閣僚におさまっていることからして、押して知るべし、と言えよう。だからこそ、解任も罷免も出来ないのであろう。

<<「現在進行形の人権侵害」>>
 それでも安倍首相は、もはや「官憲が家に押し入って連れて行くような狭義の強制性」はなかったなどという欺瞞が通らないと見るや、あくまでも「河野官房長官談話を引き継いでいる」という姿勢に戻らざるをえなくなった。
 しかしそれでも、ワシントン・ポスト紙が、安倍首相は北朝鮮による拉致問題とは対照的に従軍慰安婦問題で「戦争犯罪に目をつぶっている」と批判されたことに対しては反論せざるをえないと感じたのであろう。在ワシントン日本大使館に対して、米紙ワシントン・ポストに対して「安倍首相と日本政府の考え方を十分に理解していない」と申し入れをさせ(3/27)、同紙のフレッド・ハイアット論説委員長に、日本政府の基本的な立場を「当時の軍の関与の下に多数の女性の名誉と尊厳を傷つけたものと認めている」と説明をさせ、同紙が社説で「国内で落ち込む支持の回復のため拉致被害者を利用する安倍首相」と記したことには「支持率うんぬんの問題ではない」と反論したという。
 そして安倍首相自身が国会内で記者団の質問に答える形で「(拉致と慰安婦問題は)全く別の問題だ。拉致問題は現在進行形の人権の侵害だ」と反論して(3/26)、「従軍慰安婦の問題は、それが続いているというわけではない」と強調する一方、拉致については「まだ日本の方々が北朝鮮に拉致されたままである、という状況が続いている」と反論したのだが、これもまた火消しどころか、逆に火に油を注ぐ結果となっている。
 この発言はあらためて安倍首相が、拉致問題は現在進行の問題だが、従軍慰安婦問題は「過去の問題」として切り捨てる姿勢を明らかに示したものとの批判を招くものである。そればかりか日本政府としての明確な謝罪も国家的な補償もしていないがゆえに、その上に歴史的事実の歪曲までして強制の事実はなかったなどということをこの段階に至ってなお持ち出すと言う意味では、この従軍慰安婦問題は過去の問題とはならず、現在進行形の問題なのである。韓国のハンギョレ紙が「慰安婦問題は決して過去のものではない」と反論し、「まだ多くの慰安婦ハルモニが、その当時の苦痛を持ったまま生きている。安倍首相をはじめとする日本政府の官吏の発言は、傷口に塩を塗る重大な現在進行形の人権侵害だ」と批判したのは当然のことなのである。
 英誌「エコノミスト」3/21号は「東京の誤った方向転換 ~ 従軍慰安所、日本外交を汚す」と題する論評で、「安倍晋三は日本の首相となってわずか六カ月で、戦争中の歴史という藪の中に入り込んだことによって自らの国際的な評価をずたずたにしてしまった」と厳しく批判し、「安倍氏の本当に愚かなところは、慰安婦問題で、世界でも屈指の不快な体制である北朝鮮の金正日の体制に道徳上の優位さを与えたことだ。大した芸当だ。」と嘆いている。これは安倍首相にとっても思わぬ結果であろう。もはや保守の側、体制擁護の側からしても安倍首相は無用の存在と化してきていると言えよう。
 首相にとって最後の頼みは、日米首脳会談であり、中国・温家宝総理の訪日であろう。しかしこれとて、これまでの安倍路線の根本的転換がなければ真の打開は望み薄となろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.353 2007年4月14日

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【投稿】北陸電力志賀原発1号機臨界事故の恐怖

【投稿】北陸電力志賀原発1号機臨界事故の恐怖
                           福井 杉本達也

1.事故の概要
3月15日、北陸電力は志賀原発1号機(石川県志賀町・出力54万キロワット)で1999年6月に「臨界事故」が発生し、しかもその事実を8年間もひた隠しにしていたことを明らかにした。事故が起きた当時、1号機の原子炉は停止中であり、定期検査中であった。核反応を抑える制御棒89本のうち3本が炉心から抜け落ちて「臨界状態」となったものである。臨界状態になると緊急停止信号が出るが、検査の作業中であったため、停止装置は作動せず、運転員が手動で制御棒を元に戻した。その間約15分間が臨界状態であった。原子炉本体の原子炉圧力容器とその外側にある鋼鉄製の圧力容器の上蓋はいずれも開放状態であった。
発表によると、事故発生の原因は制御棒の駆動に水圧を利用しているが、事故時は制御棒試験のため、各制御装置にそれぞれ付いている弁を閉める操作を行っていた。作業員は閉める順序を誤り制御棒を下からの圧力で支える弁を先に閉め、制御棒を抜く方の弁が開いており、水圧がかかったために制御棒が抜け落ちたものである。

2.「臨界」とは
周知のように原発の燃料であるウラン235は核分裂を起こし、その際膨大なエネルギーを放出する。同時に、中性子が放出されるが、その中性子が別のU235に当たると、そのU235も核分裂を起こす。この核分裂反応のサイクルが絶え間なく連続する状態を「臨界」という。通常U235が核分裂する際には平均2.5個の中性子を放出する。しかし、わずか10万分の1秒に2.5倍となるねずみ算式の核分裂が1/10秒時間も継続すれば原子炉が暴走し、核爆発のように原子炉が吹っ飛び膨大な内部の放射能をあたりに撒き散らすことになる(実際は、核分裂しないウラン238や炉構造物に吸収されたりする中性子もあるので、2.5倍よりはかなり少なくなる。それでも、100万キロワットの原発の破壊力はビキニ水爆の1万分の1にもなる。:『原子炉の暴走』石川迪夫著(1996.4:日刊工業))。その典型事故が1986年に旧ソ連・ウクライナ共和国で起こったチェルノブイリ原発事故である。
しかし、原子炉が崩壊するようでは安心してタービンを回し発電することはできない。そこで、核分裂がねずみ算式には増えていかないように、しかし、核分裂反応の連続する状態が続くように制御しようというのが「制御棒」の役割である。単純化していえば、中性子の放出が1個(K=1)になるような状態を継続すればよい(逆にK<1、たとえばK=0.9では縮小していくので臨界は継続せず原子炉の火は消えてしまう)。残りの放出される中性子1.5個が制御棒などで吸収されてU235に当たらなければよいのである。

3.原子炉の暴走
今回の事故隠しの重大性はこれまでの事故隠しとは根本的に異なる。今日の日本の軽水炉ではありえないといわれた原子炉の暴走が起こってしまったからである。通常、原子炉では+型の制御棒の周囲に燃料棒の集合体が4本配置されており、この1本の制御棒を抜いても「臨界」にならないようにK<1以下のぎりぎりの値であるK=0.99になるように設計されている。そうしなければ、1本抜いただけでいきなり暴走するからである。原発の運転ではけっして制御棒を1本抜いた燃料集合体の場所と次の燃料棒を抜く箇所が連続しないように1本置きに千鳥格子状に燃料棒を抜いていく(ワン・ロッド・クリティカルの禁止=1本の制御棒(control rod)を抜いただけで臨界状態(critical state)に至らないように設計すること)。連続して抜くとK>1となってしまうからである(ではK=0.99の制御棒をいくら千鳥格子状に抜いても臨界に達しないのではないかとの疑問が湧くが、何本かの引き抜き箇所から漏れ込んでくる中性子があるので丁度K=1という「臨界状態」に達する)。
北電の抜けた3本の制御棒のうち、2本は隣同士で抜けている。ワン・ロッド・クリティカルの禁止が破られたのである。残り1本はこの2本とは千鳥格子状の箇所で抜け落ちている(2007.3.16:福井)。故意であろうか、経済産業省の北電志賀1号機の事故報告第6報(3.30)には抜けた制御棒の位置を示す平面図はない。
日本原子力技術協会理事長の石川迪夫氏は上記『原子炉の暴走』「原発の安全解析」の項で制御棒1本の落下事故を以下のように解説している。「制御棒の落下という想定は、制御棒の駆動機構を考えれば非現実的である。制御棒には駆動用の連結棒が下方から差し込まれていて、それが圧力容器の下に取り付けられた駆動機構に直結している。したがって連結棒が消えて無くなってしまわない限り、落下することはあり得ない。仮に、外れた連結棒が横にずれたとしても、狭い炉心では制御棒がずれ落ちる隙間はない。したがって制御棒の落下という想定は現実的に起こりえないのであり、その想定自体が不適格と主張する人もいる。だがこの想定は安全評価用の想定として原子力開発の当初より採用されている。SL-1の事故を起こした原因が駆動機構による引き抜きより早かったという事例を重んじ、多少無理なところはあっても認めている」(P147)と。 しかし、原発の専門家と自負する学者達が『想定外』としていた事故が現実に起きていたのである。ことは極めて重大である。沸騰水型原発(BWR)の安全の根幹にかかわる事故である。
4.沸騰水型原子炉の「臨界管理」の崩壊
原子力を扱う場合の基礎の基礎は「臨界管理」である。臨界状態にならないように核分裂性物質を取り扱わねばならない。U235の場合の最少臨界質量は溶液では0.82kg・金属では22.8kgである。プルトニウム239の場合は溶液で0.51kg・金属で5.6kgである。これ以上の質量を同一の箇所に置いて作業してはいけないのである。
臨界を防止するために、濃度の如何にかかわらず臨界には至らない形状とする「形状管理」、濃度を制限する「濃度管理」、質量を制限する「質量管理」などが行われている。しかし、小分けしていては作業効率が悪いといって、無視して大型の容器に移し替えて起こしたのが東海村JCOの臨界事故である。通常の原発の場合には上記で説明した「ワン・ロッド・クリティカルの禁止」というものがこれにあたる。制御棒1本が抜けてもK=0.99では臨界にはならないということは「質量管理」であり「形状管理」である。今回2本以上の制御棒が同時に抜けたということは、この「臨界管理」ができなかったことを意味する。

5. 沸騰水型原子炉は運転をやめるしかない
BWRではなぜ重力に逆らって圧力容器の下から制御棒を差し込む設計をしているのか。「BWRにおける制御棒の利き方が炉心の上部ではあまり効果的ではないためである。…BWRの炉心の上部にはボイドがいっぱい溜る。ボイドのいっぱいある領域では中性子の減速が悪いから、核分裂反応は不活発となり制御棒の利き鈍くなる」(上記:石川:P140)からである。今回の事故で「臨界管理」が破られたという事実は、こうした重力に逆らって制御棒を差し込むBWRの設計思想に根本的な欠陥があることを明らかにした。「臨界管理」の思想とは、たとえどのような想定外の機械的故障や人間の操作ミスが重なっても臨界を起こさないということである。それができない原子炉は使用してはならない。今回の北電及び東電の一連の臨界事故に際し、北電はメーカである日立の担当者に対し“口止め”を要求し、東電は日立に“偽装工作”を要求した(2007.4.7:福井)という。原子力関係者の腐敗堕落もきわまった。そのような者に原子力の安全管理をまかせてはならない。

【出典】 アサート No.353 2007年4月14日

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【投稿】能登半島地震と原発臨界事故隠し

【投稿】能登半島地震と原発臨界事故隠し

<<不幸中の幸い>>
まったくの偶然とはいえ、金沢地方裁判所が「北陸電力は、志賀原子力発電所2号原子炉を運転してはならない。」という画期的な判決を出したのが、ちょうど一年前の3月24日であった。今回の能登半島地震がその一年後の3月25日である。金沢地裁判決は、「電力会社の想定を超える地震動が原子炉の敷地で発生する具体的な可能性があるというべきだ」と認定して、運転差し止め判決を出したのであるが、その際、判決は、石川県能登半島の原子炉施設立地についても詳細に言及し、「我が国において、過去の地震活動性が低いと考えられていた地域で大地震が起こった例が珍しくはない上、むしろ従前地震が起こっていない空白域こそ大地震が起こる危険があるとの考え方も存在する。・・・原子炉敷地周辺で、歴史時代に記録されている大地震が少ないからといって、将来の大地震の発生の可能性を過小評価することはできない。そうすると、被告が設計用限界地震として想定した直下地震の規模であるマグニチュード6.5は、小規模にすぎるのではないかとの強い疑問を払拭できない。」と述べていた、その強い疑問がまさに的中したのである。
そして問題の志賀原発は、今回の地震の震源から18キロしか離れていなかった。しかも、9時42分の発生当初、マグニチュード(M)は7.1と推定され、現在はM6.9に訂正されたとはいえ、改めて日本に大規模地震の空白域などどこにも存在しないことを見せつけるものであった。これも偶然とはいえ、地震発生時、4月末に再起動を目指していた志賀原発2号機は低圧タービンの羽根の損傷など相次ぐトラブルのため、昨年7月以来運転停止中であり、1号機は99年の定期検査中の制御棒脱落事故で約15分間も臨界状態が継続していたという前代未聞の事故隠しが明らかになり、危険極まりない国内初の臨界事故を隠したのは極めて悪質と判断され、この3月15日に経済産業省原子力安全・保安院から運転停止を指示されて、これも運転停止中であった。地震発生時に北陸電力の2基の原発が動いていなかったというのは、不幸中の幸いと言えようか。

<<データ消失>>
それでも、たとえ運転停止中とはいえ、地震の影響を過小評価し得ない事象がこの志賀原発を襲っている。1号機原子炉建屋4階において、使用済燃料貯蔵プールが大きく揺さぶられ、プール周辺に放射能を帯びた水が約45リットル飛散(放射能量は約750万ベクレル)している。さらに1号機タービン建屋運転階の水銀灯7個、2号機原子炉建屋運転階の水銀灯2個が落下し、使用済燃料貯蔵プール及び原子炉ウェル内に破片が落下した可能性を否定できない事態が発生している。2号機タービン建屋床底面コンクリートが剥がれ、1号機原子炉建屋、タービン建屋の配管穴仕舞モルタルの剥がれ等も発生。北陸電力は「外部への放射能漏れはなかった」、「強度上問題になるとは考えていない」としているが、疑問である。
さらに問題なのは、地震発生後、取得した地震観測データについて、1号機建屋の地震観測用強震計による本震及び一部の余震の時刻歴波形記録(30分程度)が消失していることが判明したという。データ消失の原因は、今回の地震では短時間に多くの余震が連続して発生したこと、収録装置内のICメモリーカードの容量が少なかった(48MB)ことから、保存した本震記録等をサーバーに転送する前に、新たな余震記録により上書きされたためだという。1GBのメモリ数千円という時代に、よくもこんな程度の安全管理体制で済ませてきたものである。
北陸電力によると今回の地震で、1号機の原子炉建屋地下2階の地震計で震度4.8を記録、揺れは226ガル(ガルは加速度の単位)で、想定最大の490ガルを下回るものであったというが、それでも原子炉を緊急自動停止しなければならない190ガルは上回っていた。原子炉稼動中であれば不測の事態が発生していたともいえよう。
北陸電力が、志賀原発1号機の設置許可を88年に得る前に、周辺海域を調査し、今回の震源周辺で、活断層4本を見つけており、M6.1~6.6の地震を起こすと想定していたが、これは最大設計震度M6.6に合わせたものに過ぎず、これらの活断層と今回の地震との関係は不明であるが、現実にはM6.9の地震が発生した。今回の地震では、石川県七尾市と輪島市、穴水町では震度6強、原発のある志賀町、中能登町、能登町では震度6弱を記録し、住民に甚大な被害を出している。気象庁の発表によると、今回の地震の北東側では1729年にM6.6~7、1993年にM6.6の地震が発生しており、さらに2000年10月6日の鳥取西部地震では活断層が未確認の地域でマグニチュード7.3が観測されている。保安院は「今回の地震は発生しうる地震の想定の範囲内とみられる」としているが、その想定自身、そして耐震強度設計自身がいかにずさんで非科学的、実にいい加減なものであるかということを浮き彫りにしたと言えよう。

<<「憤りすら感じる」>>
「不幸中の幸い」と言ったが、地震直前の3月15日に、北陸電力の志賀原発1号機で、99年の定期検査中の6月18日に、挿入されていた制御棒3本が想定外に外れ、停止していた原子炉が一時、核分裂が続く臨界状態になり、すぐ緊急停止信号が出たが制御棒は元に戻らず、原子炉圧力容器の蓋も格納容器の蓋も開いたままで、制御棒を緊急挿入する別の安全装置も働かず、原子炉の制御ができない状態に突入、臨界状態は制御棒が戻るまで15分ほど続いていたことが明らかになった。試験中の操作ミスなどで原子炉が暴走し、原子炉の爆発・崩壊に至った86年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故を想起させる、きわめて重大で危険極まりない臨界事故であった。
ところが、北陸電力は現常務を筆頭に、発電所長ら幹部が協議して事実を運転日誌にも残さず、国などへも報告しないことを決め、記録を破棄し、データを改ざんし、発電所ぐるみ、会社ぐるみで事故をもみ消し、隠蔽し続けてきたのであった。北陸電力がこの臨界事故を徹底して隠蔽してきた最大の理由は、原発の本質的な危険性を隠し通したいということと同時に、この事故が起きたのが、2号機増設の是非が問題になり、同電力が地元自治体の了承を得る直前であったことにあることは間違いない。もしこの臨界事故が明らかになっていれば、県や町が北陸電力の要請どおりにこの増設を了承することは不可能となり、2号機建設計画が頓挫しかねない、その危機感から、この臨界事故を隠し通そうしたと言えよう。
今になって、甘利経産相は「憤りすら感じる。今までのデータ改ざんとは質が違う。厳正に対処しなければならない」と述べ、安倍首相は15日夜、北陸電力の臨界事故隠しについて「こうした隠蔽(いんぺい)は許すことはできない」と批判し、塩崎官房長官は同日の記者会見で「原子力に携わる人たちの倫理観をきちっとしてもらわなければいけない」と、モラルの徹底を求め、その結果として同1号機の運転停止を命じたのであった。

<<制御棒34本が一気に>>
ここでも明らかになったことは、モラルの徹底以前に、国の安全審査の想定がまったく不十分かつ、いかに現実に合わないものであったかということである。国の設計基準事故としては、あくまでも制御棒1本が抜け落ちる制御棒落下事故としてしか想定しておらず、北陸電力のように、制御棒3本が抜け落ちる事故など、想定外であったのである。
その後明らかになった制御棒脱落事故は、東電、東北電力や中部電力など計10基の原発で起きていたことが判明し、東京電力福島第一原発4号機(沸騰水型、出力78.4万キロワット)では、98年の定期検査中、一時的で、臨界には至らなかったというが、原子炉の核分裂を抑える制御棒34本が一気に15センチほど抜ける事故が発生、さらに同じく東京電力福島第二原発3号機では、78年に臨界状態が七時間半も続いたことを、約三十年間ひた隠しにしてきたという。柏崎刈羽原発6号機でも、96年に電気的な操作ミスで、制御棒が4本抜けた例があったという。
さらに見過ごしえないことは、志賀原発の制御棒落下の原因の一つとして、落下防止のツメが外れたままになっていた可能性があると指摘されていることである。原発を地震が襲来した際に、もし落下防止のツメが外れるような可能性があるとすれば、これは重大な欠陥といえよう。地震によってたとえ緊急停止装置が働いたとしても、制御棒落下によって再臨界、核暴走へと突っ走ってしまう可能性が大きくなるからである。空恐ろしい事態である。電力各社は全てのデータを公表すべきである。
しかし、この際とばかりに続々と出てきた電力各社のデータ改ざん・隠蔽問題で、4/5、電気事業連合会が国に報告した不適切な事例は12社で計1万646件に上り、このうち原発に関するものは455件にまで上っているが、これまでの例からして事故隠しがこれにとどまる保証はなく、信頼性に欠けるものである。
悪質な事故隠しと、データの捏造、隠蔽、不正を続けてきた電力会社がとるべき再発防止策は、「原発からの撤退」以外にはないし、原子力安全・保安院は、志賀原発1号機だけではなく、すべての悪質な事故隠しを行ってきた原発に即刻、運転停止命令を出すべきであろう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.353 2007年4月14日

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【感想】死刑=最後の野蛮

【感想】死刑=最後の野蛮

 死刑について吉村先生の考察を読ませていただき、若干これに関連して述べたいと思う。吉村先生があげておられる死刑廃止論の論拠は、まず「汝 殺すなかれ」という基本命題(人道的主義的立場)、次に人間の不完全さ(誤判=冤罪の可能性)、そして犯罪抑止力の観点である。死刑廃止運動に関与している私としても、これらは主な論拠だろうと思う。これにあえて付け加えるとすると次のことである。死刑制度がある限りこれを執行する人がいる!
 死刑制度の存続に賛成する人も、死刑を求刑する検察官も、死刑判決を下す裁判官も、執行命令を出す法務大臣も自ら死刑執行を執り行うわけではない(検察官は執行に立ち会うが求刑した検察官ではない)。長い間死刑囚と接してきた拘置所職員(刑務官)が、その死刑囚の死刑を執行しているのである。死刑執行の苦悩(人を殺さなければならない苦悩である)を刑務官に負わせることをこれ以上続けていいものだろうか。
 かつて、法務省矯正局に属する人に死刑廃止を訴えた人が多い。1956年死刑廃止法案が国会で審議された際には、玉井策郎大阪拘置所長は公聴会で死刑廃止の意見を述べている。国民の目が及ばない場所で執行される死刑に関わらざるを得ない人たちの意見に耳を傾けるべきではあるまいか。
 死刑は残虐で非人道的な刑罰である。死刑=最後の野蛮を廃止しようではないか。
【岸田和男】

 【出典】 アサート No.353 2007年4月14日

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【投稿】最低賃金と生活保護

【投稿】最低賃金と生活保護

「美しい日本」より「格差社会・格差是正」が参議院選挙の争点になりつつある。安倍政権は、成長力底上げ戦略や最低賃金の「引き上げ」などと対応を余儀なくされている。
格差社会議論においては、長時間働いても低賃金のまま、という「ワーキング・プア」が問題とされているように、「最低賃金」そのものの水準が議論となっている。また、生活保護世帯は100万世帯を越え、増え続けている。
以下の小論において、最低賃金・年金・生活保護の関連において、「格差是正」のあり方を考えてみたい。

<最低賃金が保障されても、生活保護基準以下?>
問題提起に単純な比較をしてみる。今年の最低賃金によると(東京都、時間給719円、1日7時間、21日就労の場合)、月収は105.693円となる。一方、生活保護基準では、18歳の1人世帯を想定すると、家賃53,700円として、月額の保護基準は141,680円となる。(1級地の1)実勢を想定し、時給900円としても、132,300円である。つまり、最低賃金で働いても生活保護以下の生活ということになる。
「働いても生活保護以下」ということは、何を意味するのか。生活保護は憲法25条(「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」)に基づき、すべての国民に「最低限度」の生活を保障する制度であり、「働いても生活保護以下」とは、最低限度の生活すら保障されないということである。
さらに、生活保護世帯は、医療・介護などは自己負担なしで受けられる。「ワーキング・プア」問題は、この分野で一層深刻と言える。「働いても生活保護以下」の人々は、社会保険などからも排除されているわけで、一度深刻な病気になった場合、たちまち行き詰る。生活保護に頼るしかない予備軍であるとも言える。
最低賃金制度は、産業別最賃と地域包括最賃があるが、高度成長期を通じては、大きく関心を呼ぶことがなかった。賃金上昇があり、且つ正規雇用労働者が多かったからであろうか。しかし、雇用の流動化が財界の戦略となり、正規労働から非正規雇用にシフトされ始めて以降、低賃金の固定化が雇用の不安定化と同時進行して、「ワーキング・プア」と呼ばれる低賃金労働者を大量に生み出してきた。格差社会議論へ関心の高まりの背景はここにある。

<最賃と生活保護の比較は有効か>
低賃金長時間労働者が大量に生み出され、格差社会が話題になり、連合のパート労働者最低時給1000円要求が支持を集める事態の中で、最低賃金の水準議論が与野党・労使を巻き込んで高まっていることは、大きなチャンスでもある。安倍政権ですら最低賃金の引き上げを言い始めている。
連合は、地域最賃の審議会等で「生活保護以下の最賃でいいのか」と、大幅な引き上げを求めている。07春闘の賃上げ情況を背景に、中央最賃での7月目安の呈示が当面の焦点となっているのである。
厚生労働省は、18-19歳の生活保護費と最低賃金を各県毎にグラフ比較して、住宅費を除けば、必ずしも最賃は生活保護以下ではない、という資料を出しているようだが、議論を混乱させるものでしかない。何故なら、生活保護基準は、夫婦子ども1人の3人世帯を標準に、現在は一般の消費水準の動向に均衡するように決定される。最賃は、1人の労働者の最低時間給を定める制度であり、世帯水準は無視されているからである。
さらに、生活保護基準はまさに最低水準であり、この水準に最賃を合わせるということも、どうなのだろうか。現状の低い最賃水準を打破する論法としては一定有効であるが、最賃・年金・生活保護の一体的議論も必要ではないだろうか。
アメリカでは、民主党の中間選挙勝利を受けて、今年1月下院議会において最低賃金の引き上げが決定した。これまで時給5.15ドル(全国一律)であったが、3年かけて7.25ドルへの引き上げが決まった。日本より低いアメリカの最賃であったが、これで、為替レート110円/ドルとして、来年以降643円、720.5円、797.5円となって、日本の現行最賃のままでは、アメリカの水準を大きく下回る事態となる。

<「ワーキング・プア」の生活保護化を恐れる厚労省>
政府は、今年1月成長力底上げ戦略(基本構想)を発表した。「成長力」を中心のテーマにしているとは言え、明らかに参議院選挙を見据えた「格差拡大」議論への対案であろう。内容は、結果の平等を求めるのではなく、機会(チャンス)を拡大し、人材の労働市場への参加・生産性の向上を図るとしている。内容は、ジョブカードの導入(訓練・実績の情報化)による求職活動の円滑化、就労支援として、母子世帯・生活保護世帯などの就労率を60%に高めるための就労支援事業の実施、障害者の授産施設等での工賃の倍増、最低賃金引き上げのための中小企業支援などとなっている。
就労支援と言えば、聞こえは良いが、その実は、「ワーキング・プアの生活保護化」阻止するための「水際作戦」が本音と言える。
「最低賃金と生活保護との整合性の考慮」も含まれており、一定の最低賃金の引き上げも含むとともに、生活保護基準の引き下げも想定されていると推察する。「40年国民年金をかけても、6万6千円なのに、年金保険料も払わなかった人が生活保護を受けて、10万円以上とは!」などの批判もあり、国民年金に生活保護を合わせて水準を下げるべきとの議論も出てきている。まさに、最低賃金と生活保護、そして年金の給付水準を調整しようというわけだ。最低賃金の引き上げは、ワーキングプアの生活保護化への対策であり、生活保護基準の引き下げは、年金水準との格差を調整し、生活保護の敷居を高くしようというわけである。

<格差社会転換へ社会保障充実を求めよう>
「最賃が生活保護以下」という議論だが、生活保護法をまともに読めば、「ワーキング・プア」層は、生活保護を十分に活用できる。働いても低賃金なのだから、最低生活保障の原則からすれば可能と言える。決して高いとは言えない生活保護水準だが、現行の最賃・年金水準を考えれば、勤労者は、生活保護をもっと利用すべきであるとも言えるのである。(100万世帯というが、未申請の層はその10倍は存在している、という議論もある)
格差社会への対抗策として、労働者の側は、最賃・年金・生活保護などの社会保障に対して、一体のものとして生活防衛の手段として活用し、制度改善を求める必要があると考える。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.353 2007年4月14日

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