【コラム】ひとりごと—自殺者3万人時代に思う—

【コラム】ひとりごと—自殺者3万人時代に思う—

○少なくとも1996年まで、年間の自殺者は2万人台で上下していた。ところが翌年の1997年に一気に3万人台に急増する。以来一昨年まで5年間、自殺者が3万人台の前半で推移しており減少する兆しもない。女性の自殺はそれほど変化していないが、1997年の自殺急増の要因は、男性の自殺が8千人近く増えた結果である。○人口10万人あたりの自殺者数で比較してみると、世界的に見ても、日本の26人と言う数字は、アメリカの12人、イギリスの8人、ドイツ16人と比べても圧倒的に多い。○平成14年の年齢別死因順位では、男性25歳から44歳では、自殺がトップとなっている。交通事故での死亡が1万人を突破した時、大変話題になったが、今は交通規制や飲酒運転の規制の結果、数年前から8千人程度と減少している事と比べても異常な事態である。○厚生労働省も、事態の深刻さを認識してか、2002年から自殺防止のための対策を強めてはいる。同省ホームページを見れば、自殺防止の取り組みを知ることができる。新潟県では、平成13年の自殺者数が人口10万人比で34.2人、秋田県では、平成12年に38.4人という数字が出ている。特に急増している年齢層としては、50歳代の男性という結果もあり、生きがい作りや自殺に関係が深いと言われる「うつ病」の早期対策を行うよう事業を進めてはいるようだ。○長引く不況とグローバルスタンダードを旗印にした労働慣行の急速な激変という環境の変化の中、中高年の自殺の激増という事態の責任の大半は、むしろ厚生労働省にこそあるはずであろう。○心理学者の加藤諦三氏は、1960年代以降の経過を分析し、むしろ高度成長期に入った時期から、会社人間、経済第一主義が蔓延し、日本人男性が会社や仕事にしか生きがいを持てないように強制されてきたのであり、精神的不安定を内在させてきたこと、現在のリストラ時代を迎えて、一層の不安と焦燥感が中高年男性に襲い掛かってきていると分析されている。(『「日本型うつ病社会」の構造』)○自殺3万人という事態は、日本という国が、如何に働く仲間に過酷な国なのか、労働者を使い捨てにしてきたのか、と言う事を現しているのだ。(佐野)

【出典】 アサート No.315 2004年2月21日

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【本の紹介】『アメリカの保守本流』

【本の紹介】『アメリカの保守本流』
    著者:広瀬 隆 2003/09/22発行 集英社新書

<<石油のための戦争という誤解>>
 ブッシュの対イラク戦争は、結局は石油利権をめぐる「石油のための戦争」だとよく言われる。そのような側面を持っていることは間違いないと言えよう。大統領自身が石油利権に深くかかわっており、軍需関連企業で、世界第2位の石油関連サービス会社でもあるハリバートンのCEO(最高経営責任者)であった副大統領のチェイニー、石油メジャー・シェブロンの社外取締役であったライス国家安全保障担当補佐官、天然ガス.石油会社トム・ブラウン社のCEO兼会長であったエバンズ商務長官をはじめ、取り巻きの多くが石油業界の出身であり、その利益を代弁していることは明らかなところである。首都バグダッドに対する「恐怖の畏怖」作戦と言われる猛烈な大量爆撃のなかでも、石油省の建物だけは無傷に確保したことにそれは象徴されている。しかしここに紹介するこの本の著者は、「石油のための戦争」というのは誤解であり、間違っている、と主張する。
 著者は、「イラクの原油埋蔵量は、サウジアラビアについで世界第二位であり、油田の権益獲得のためにイラク攻撃を仕掛けたという陰謀論は最もわかりやすい。しかし、イラク侵攻は、過去の湾岸戦争と同じ単純な石油利権獲得のために起こされた軍事行動ではない。動機は間違いなく、アメリカ国民の間に新たに芽生え、広がった報復感情にある。」と、主張する。「それは石油利権以上に深刻な事態である。」、なぜなら、「その行動パターンは、石油への欲望を超えている。湾岸戦争のような石油利権獲得のための侵攻であるなら、今後の暴力行為をおさえられる可能性もあるが、大統領ブッシュを取り巻く集団は、はるかに危険な世界軍事制覇の野望に邁進」するものであり、「この人脈は全米に根を張り、今後長い期間にわたって勢力をふるうおそれがある」と警告し、「その正体と構造を、普段報道されないアメリカ史から明らかにするのが本書の目的である。」としている。

<<行き当たりばったりの軍事侵攻>>
 「石油のための戦争をやめろ」と書かれたプラカードを見て、むしろ石油資本の代表者達は、事態の推移を苦々しく受け取っていることであろう。なぜなら、「ほとんどの人が忘れていることがある。第一に、石油会社はアメリカ政府がイラクを攻撃せず、親善外交を展開したほうが、はるかに確実に油田の権益を確保できた、という事実である。サダム・フセインを批判し続けたアメリカは、反米独裁者支配下のイラクから必要なだけ原油を輸入してきた。イラク侵攻のために財政収支・経常収支とも地獄におちるほど巨額の軍事費を使い、世界から批判されてまで大量の死者を出さなくとも、もともとアメリカとイギリスの石油企業は容易にイラクの原油を入手できたし、実際、ほかの産油国でその実績をあげてきたのである。」
 ところが今回の対イラク戦争は、「はじめから大嘘を出発点としたので、その後に持ち出した『中東を民主化せよ』という言葉ほどあからさまな矛盾はない。サウジ、クウェート、カタールなどが完全に民主化されれば、これまでのように親米王室を抱き込んでも、アメリカは中東を自在に操れなくなる。石油利権交渉は一層熾烈なビジネスとなって、石油メジャーは悲鳴をあげる。ブッシュを大統領に担ぎ上げたアメリカ財界が最も恐れるのは、中東に真の民主化が進むことである。現在のアラブ諸国で公正な選挙を行えば、圧倒的な人気を誇る反米感情のイスラム宗教政党が政府と議会を動かすようになるのだ。」こんな割に合わない戦争を始めてしまったブッシュについて、「アメリカが石油のためにイラクを攻撃した」と主張することは、「アメリカが利益を得るほどブッシュ政権は頭がいい」と主張することに他ならない、著者は指摘する。むしろ「まず気がつかなければならないのは、ブッシュ政権は知性に欠け、エヴァンズを除いて実業の実務者がいないという事実である。ブッシュ、チェニー、ラムズフェルド、ライス、ホワイト、全員が利権者であって、成功した実業家ではない。」と強調する。
 「議会から軍事予算を無制限に引き出し、行き当たりばったりに進めた軍事侵攻のあと、そのままでは国益どころか大損害をもたらすことに、無計画なホワイトハウスがようやく気づいた。油田から上がる収入で穴埋めしようと次々と石油独占の手を打ち始めたが、それは石油利権欲しさより、金不足に慌てふためくブッシュ・ネオコン政権のぶざまな姿だった。20世紀前半までのように、イラクの油田をアメリカが占有するという植民地支配ができるなら陰謀論のとおりになるが、ネオコン・グループはうかつにも心にもない『中東の民主化』を攻撃の口実にしたので、イラクを植民地にすることは不可能である。」

<<現代の好戦的シオニズム>>
 問題は、ことここに至らしめたネオコン・グループである。ラムズフェルド国防長官の指揮のもとにあるペンタゴン、そこに形成された影のサークル–ネオコン七人組は、国防副長官ウォルフォウィッツ、副大統領主席補佐官リビー、国防政策会議議長パール、国防次官ファイス、ホワイトハウス報道官フライシャー、スピーチライターのフラム、保守派の論客・元主席補佐官クリストルから成るという。
 彼らの共通の特徴は、いずれも、2001年にイスラエルの首相となったアリエル・シャロン、レバノンでの難民殺戮について「進歩の名において、時には人間は死ななければならない」とうそぶき、虐殺さえ公然と肯定し、”ベイルートの虐殺者”と呼ばれてきたこの「シャロンの政策を賛美し、シャロンと密接な関係を持ってきたユダヤ人」だというところにある。
 彼らの共通項について著者は、「先に紹介した新保守主義者七人と、副大統領候補リーバーマン、手錠をかけられて逮捕されたエンロン最高財務責任者ファストウの共通項は、ユダヤ人というより、強烈な戦略的シオニストである。イラク攻撃中のペンタゴン戦略会議には、クリントン政権の国防長官ウィリアム・コーエンと、カンボジア空爆を強行したニクソン~フォード両政権のCIA長官・国防長官ジェームズ・シュレジンジャーも招かれた。彼らには共和党と民主党の壁はなく、好戦的シオニストという共通項がある。中東に平和を望み、反戦運動を続けてきた愛すべきユダヤ人ではない。」と指摘する。著者は、「ネオコンの仮面をとれば、至るところに好戦的シオニストの顔が現れる」事例をその系図に至るまで詳細に列挙している。
 そして、「世界にとって不運なこと」は、この「ペンタゴンには、アメリカ全体の経済を思考できる戦略家がいない。ウォール街もまた、詐欺集団に堕するまでの腐敗を続けてきた。ビジネスの実務を知らない閣僚と補佐官達がホワイトハウスにろう城し、独力で思いどおりに地球を動かせると思いこみ、腕力だけの帝国に鞭打って暴れ馬を一直線に暴走させ始めたのである」。彼らは次の標的としてシリアとイランの名をあげ、ウォルフォウィッツはソマリア、イエメンからインドネシア、フィリピンまで攻撃対象にあげて戦線を拡大する意思を示し、ついには最大の標的としてサウジアラビアが浮上、インド.パキスタン国境に火をつけ、次なる標的として北朝鮮と、韓国、中国、台湾から日本までを戦火の中に引きずり込み、利害が対立するシルクロードの国々を連鎖的に巻き込もうと焚きつける。だからこそ、「それは石油利権以上に深刻な事態である」と、著者は指摘する。

<<ロスチャイルド人脈>>
 とりわけ重要な役回りを演じている国防政策会議議長について著者は述べる。「2002年5月に、業績の急激な悪化が表面化し、破綻した通信大手グローバル・クロッシングと通信回線の空き容量を相互に売買する収益水増しの巨大な会計不正が発覚した。このグローバル・クロッシングの顧問をつとめて不正に手を貸していたのが、ペンタゴンの危険人物、イラク攻撃を煽ったネオコン総帥リチャード・パールだった。ラムズフェルドを動かして米軍をイラクの殺戮攻撃に導いた国防政策会議議長は、詐欺集団の一員だったのだ。彼は9月11日事件に関してウサマ・ビンラディンとサウジアラビアを批判しながら、裏で何をしていたか。中東で兵器をばらまくサウジの”死の商人”アドナン・カショーギとフランスで密談し、私服を肥やそうと動き回っていた。イラク攻撃を主張したパールの二重人格が雑誌”ニューヨーカー”2003年3月17日号に暴露されると、その記事を書いたシーモア・ハーシュを”告訴するぞ”と脅迫したのもパールだった。そのパールが、イスラエルのシンクタンクに所属してシャロンやロスチャイルド財閥と内通するペンタゴン・グループを形成してきた。」という。
 そして彼らの最も重要な資金面の後ろ盾、「それはニューヨークで投資銀行と金融経済顧問を兼ねるロスチャイルド社のアーウィン・ステルザーだった。」という。ロスチャイルド社は、9月11日事件の影響を受けて倒産したトランスワールド航空とユナイテッド航空の破産処理を請け負うなど、アメリカ経済界の最重要案件を扱い、一方で日本の破綻銀行・倒産企業を買収する禿鷹金融グループの黒幕となり、アメリカの鉄鋼業界を支配しつつある。ステルザーは保守派のシンクタンク「アメリカン・エンタープライズ研究所」を支配して副大統領夫人リン・アン・チェニーを幹部に迎え、98年からは保守派のシンクタンク「ハドソン研究所」を動かし、”暗黒の王子”リチャード・パールを幹部に引き立ててブッシュ政権のペンタゴンにラムズフェルドの右腕として送りこみ、研究所の名誉理事に副大統領だったクエールを迎えた。
 パールがイギリス紙”デイリー・テレグラフ”に「必要とあればブッシュ大統領は単独でイラクへの軍事行動を起こすだろう」と寄稿し、戦争を挑発したのである。同紙はロスチャイルド一族のユダヤ財閥ハンブローたちが重役室を動かしてきた新聞で、パールはその系列会社ホリンジャー・デジタル会長のポストをあてがわれた。ロスチャイルド子飼いのパールがブッシュと米軍を動かしたのである。一方でロスチャイルド社のステルザーは、自らマードック支配下の”サンデー・タイムズ”にコラムを書き、クリストル編集長の”ウィークリー・スタンダード”を実質支配する編集者も兼ねていた。
 著者は、「つまり世にネオコンと呼ばれる集団は、全員が彼のロスチャイルド人脈だった。これが好戦的シオニズムとネオコンを結びつけたネットワークである。」と結論付ける。

<<攻撃と反撃のエスカレート>>
 著者は、「ネオコンの始祖アーヴィング・クリストルについては、世界革命を求めるトロツキストからの転向者である、というイデオロギー的な解説がしばしば見られるが、それは本質論ではない。」という。著者はトロツキーについて、「トロツキーは、レイブ・ブロンシュティンとしてウクライナに生まれたユダヤ人である。1969年にはじめて女性としてイスラエル首相に就任し、パレスチナ人に対する原爆攻撃さえも計画したゴルダ・メイアもウクライナのキエフ生まれで、彼女の社会主義運動とトロツキーは重なり合う。ブルジョワ地主の息子だったトロツキーが、立場の反する共産主義革命に参加した真の目的は、おそろしいばかりに差別され、ゲットーに閉じ込められる世界中のユダヤ人の解放にあったので、ソ連国内にとどまる革命には関心がなかった。農民と手を組んで蜂起したクロンシュタットの水兵の反乱を鎮圧するため、赤軍のトップとして虐殺を指令したトロツキーは、飢餓に苦しむ農民の見方でもなかった。」と断じている。かなり一面的ではあるが、ある側面の本質を突いているともいえよう。
 そして「トロツキーの娘ジナイーダにはダヴィッド・アクセルロッドという孫があった。彼はニューヨークからイスラエルに移住し、1990年にイスラエルの極右組織カハのメンバーとしてパレスチナ人に対する破壊工作を続け、11月にはイスラエル警察に殺人容疑で逮捕された危険人物である。その思想は、パレスチナ全土に大イスラエルを建設し、すべてのパレスチナ人を追放せよと主張しながら、入植地建設を進めるというものだ。まさしくネオコンの政策である。」という。
 その特徴的な手法が、先制攻撃論であり、「言いがかりをつけて相手を叩けば、必ず反撃がくる。その反撃を受ければ、こちらの軍事勢力が立ち上がる。世論も、身の安全を求めて共についてくる。かくて攻撃と反撃がエスカレートする。」というものである。「シャロンはイスラエル国内でその手法を続け、首相の座を守ってきた。9月11日事件後、同じ手法がアメリカで実施され、ペンタゴンを”イスラムの敵”の立場に立たせることに成功したのである。」というわけである。

<<米電力の半分を生み出す石炭>>
 著者は「イラク攻撃が石油のためではないという答は読者にとって意外だろうが、その裏には『石炭』と『鉄道資本』が握る共和党政界のメカニズムがある。これこそ保守本流の地盤である」として、いくつかの重要な指摘を行っている。その一つは、アメリカの「保守本流」にとって石油よりも石炭が占める地位の高さ、重要性である。その基本的な骨子は以下の通りである。
 「2000年におけるアメリカ人一人当たりの発電量は、日独伊仏加平均の2倍近く、中国の13倍にも達し、大量の資源を使っての発電量は、全世界の四分の一に達した。このアメリカの電力を生み出している資源は何か。日本の多くの人はエネルギー=石油と想像するが、石油ではない。アメリカでは、石油はすでに3%しか発電に使われていないのでゼロに近い。原子力と、急速に伸びてきたガスはいずれも二割に達しない。最大の資源は、アメリカの電力の半分を生み出している黒いダイヤ、石炭なのである。
 この半世紀を通じて、石炭の発電量は一直線に伸びてきた。アメリカは、石炭の埋蔵量では群を抜く世界一の国家であり、中国の二倍を軽く超える。2001年末の石炭埋蔵量は、2500億トンに達し、世界シェアの四分の一を占めている。2001年レベルで大量消費した場合でも、採掘可能年数は250~275年とされるが、実際の存在する埋蔵量は優にその10倍を超え、数千年分のエネルギ-資源が地底に眠っているという推定まである。そのうち現在の石炭採掘量でアメリカの第一位はワイオミング州であり、全米の三分の一を算出する。
 ワイオミング州から登場したホワイトハウスの要人、チェニーは、89年から父ブッシュ政権の国防長官に抜擢されて湾岸戦争を指揮し、息子ブッシュ政権の副大統領として、元ハリバートン会長として石油利権のシンボルのように言われてきたが、、実際の彼の利権は、地元ワイオミング州が生み出す石炭の支配力にある。やがて彼の一族は、ワイオミングの地底に眠る巨大資源オイルシェールを掘り出すだろう。
 石炭は、鉄道を支配しなければ輸送できない商品だ。チェニーが下院議員時代の84年、全米屈指のユニオン・パシフィック鉄道が、ワイオミング州東部の巨大石炭埋蔵地パウダー・リヴァー炭田への接続線を完成したのである。そのユニオン・パシフィック鉄道の支配者が、ほかならぬブッシュ親子を大統領に育てた鉄道王アヴェレル・ハリマン一族だった。ハリマン家が経営する投資銀行ブラウン・ブラザーズ・ハリマンの最高幹部から転じて上院議員に当選したのがプレスコット・ブッシュであり、その息子が父の資産をもとにテキサスで石油を掘り当ててCIA長官から大統領になり、続いて出来の悪い息子が間違って大統領になってしまったのだ。
 二酸化炭素温暖化論には科学的な証明が足りないとする息子ブッシュ~チェニー組が大統領選で勝利したことを、石炭産業の労働者たちは、ゴアの環境保護論に勝ったと皮肉をこめて表現したのである。」

<<アメリカの労働者分布>>
 もう一つの重要な指摘は、アメリカの労働者分布の異常さである。日本との共通性もあれば、相違もある、この重要で異常な傾向はさらに丹念に検討されなければならない課題をつきつけていると言えよう。その骨子は以下の通りである。
 「2002年時点の産業労働者を見ると分かるが、今やアメリカで物を製造する工業界・産業界で、直接生産に携わる労働者は非常に少ない。失業率の計算対象となるアメリカの労働者を分類すると、製造業に農業を足し合わせて2700万人、全就労者のうち20%にしかならない。国民総数2億8000万人に対する比率ではさらに低くなり、一割を切る。どれほどコンピューター社会だといっても、2002年1月時点の労働省統計を見て驚くのは、工業機械や備品の製造に携わっている人はほんの187万人で、そのうち最先端のコンピューターを含む事務機の分野には32万人弱しか働いていない。半導体を始め、衣類に至るまでモノの大半を、外国から買い込んでいるからだ。コンピューター業界の社員の大半は、宣伝・発送・販売・修理・トラブル対応などに従事している。
 この現象がすべての産業分野に広がっている。石炭採掘に従事しているのは、たった8万2000人である。この人達が人口2億8000万のアメリカで、電力の半分の資源を地中から掘り出している。つまりモノを生産して実生活を支える人はわずかである。残りの人間は、モノをつくらずに、それを宣伝したり運んだり売ったり資金を融通する、いわゆるサービス業に従事し、サービス分野の労働者は8500万人を数える。病気に関連する保健業務はサービス分野で最大の1055万人に達し、労働者人口では全米最大の産業になっている。
 そしてこれらの生産でもサービスでもない、もう一つの労働者グループがある。それは連邦政府、州政府、郡市町村の自治体である。地方自治体職員1359万人、州政府494万人、連邦政府261万人、合わせて2114万人がアメリカ人の税金を動かす仕事で生きている。
 農業の場合、現在は世界中に穀物や肉類を輸出するアメリカだが、1910年に1300万人を超え、全人口の15%近くを占めていた農民は、1950年から減少が一直線に進み、大規模な機械化によってすでに300万人を切り、全人口のわずか1%になっている。
 人間がモノを生産せずに、外国から買い込むだけでよいのだろうか。上り坂の90年代の株式投機の世界では、『ダウはもはや株価指標ではない。新興のナスダックを目標にしろ』という言葉が飛び交ったが、経済学的には、それが大きな間違いであることは明白だった。」なかなか示唆に富む指摘である。その労働者分布は以下の通りである。

農業・製造業  万人
建設・重機 ************ 661.5
機械・電子・電気 ****** 334.6
農業 ****** 298.8
金属  **** 206.7
化学.ゴム.プラスチック  *** 193.6
食品 *** 168.6
自動車・航空機 *** 168.0
部品・木工具 *** 158.9
印刷・出版 ** 143.7
紙・繊維・皮革 ** 112.2
装飾・家具 ** 102.8
石材・非金属鉱物 * 66.6
石油・ガス採掘 * 34.2
石油・石炭製品 * 12.6
石炭採掘 * 8.2
その他  * 40.8
サービス業
保健・医療 ******************* 1055.1
小売業 ****************** 929.9
企業 ****************** 923.1
飲食店 **************** 823.8
輸送・倉庫 **************** 802.8
金融・保険・不動産 *************** 774.8
卸売業 ************* 670.2
社会事業・教育 *********** 562.2
農業・食品 ******** 428.6
ホテル.観光・娯楽文化 ******** 417.1
個人サービス.会員組織 ******* 376.1
エンジニアリング ******* 362.4
通信 *** 166.0
司法 ** 105.3
電力・ガス・水道 * 86.2
その他 * 42.3
政府・自治体職員
地方自治体 ******************* 1359.3
州政府 ********* 493.5
連邦政府 ***** 260.9
うち軍事従業者官民合計 ******** 445.0
2002年1月アメリカ政府統計(グラフで掲載されていたものを簡略化した)
  以上、不十分な紹介ではあるが、多いに刺激的な内容と言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.315 2004年2月21日

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【出版情報】森信成著『改訂新版唯物論哲学入門』発刊さる!

【出版情報】森信成著 『改訂新版唯物論哲学入門』発刊さる!

☆懐かしくもあり、また新しくもある書物が再刊されました。哲学者森信成先生の『改訂新版唯物論哲学入門』(新泉社 \1800)です。読者の方より、昨年秋に再刊の予定があるようだ、との情報が届いていましたが、2月になって同じ方から、既に大阪梅田の紀伊国屋に平積みにされているとの情報。早速、機会を見て探してみると、哲学のコーナーに、5冊積み上げて置いてありまして、記念にと1冊購入しました。(1972年出版本は持っているのに)
 あとがきには、山本晴義先生の書き下ろしの新しい解説も添えられています。
 我アサート読者諸氏の中には、学生時代に本書をスタートに唯物論の扉を開いた方も多いはずであり、平易な語り口で唯物論を解明し、弁証法・疎外論もに理解を深めることができましたね。
☆昨年亡くなったが『ナニワ金融道』の漫画作者として有名になった青木雄二氏が世界観の確立のための最良の1冊として本書を紹介されたことがきっかけとなって、再版となった経過を山本先生は解説で触れられています。どれ程関心を呼ぶのか、少し不安ですが、広がることを期待したいものです。
☆解説の中では、森先生が1960年代、学生や労働者の中に唯物論を広げる活動を精力的に積極的に進められ、学生唯物論研究会の結成や、民主主義学生同盟の結成にも深く関わられたことも紹介されています。また、年譜も整理されて掲載されています。この再刊を契機に、森哲学の再評価などを行う必要があるのではないか、と思っております。「唯哲入門」再刊にあたり、是非感想や思い出も投稿いただけたらと考えています。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.315 2004年2月21日

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【解説】「改訂新版 唯物論哲学入門」(山本春義さん)

改訂新版・唯物論哲学入門(2004)

「改訂新版 唯物論哲学入門」 解説 山本春義

 この夏、新泉社の編集部から、一九七二年に刊行された故森信成さんの『唯物論哲学入門』を復刊したい、ついては初版で私が書いた「解説」を、現在の地平から新たに書き直してほしい、という依頼があった。 いささか遺巡した。ソ連や社会主義体制の崩壊を挟んでいる以上、「戦後思想史」を書くというのであればともかく、本書の 「解説」を簡潔に書き直すというのは、生やさしいことではない。そもそも森さんは私より十一歳年長であるが、森さんと私の関係が近すぎるのである。私自身の思想的立場の新展開については、不十分ではあるが、 一九八〇年代から現在にかけて、自己検証の書『現代思想の稜線』(一九九四年、動草書房)や『対話・現代アメリカの社会思想』(二〇〇三年、ミネルヴァ書房)を書いているので、参照していただくことを希望しておくにとどめ、以下、いまでは知る人も少なくなった森信成さんをできるだけ客観的に紹介することを主眼に、本書の解説をしたいと思う。
 

 森信成さんは、 一九七一年五月から六月にかけて、「大阪労働講座」 で四回にわたって「哲学」について講義された。そして気迫に満ちた講義をおこなったわずかあとの七月二五日の朝に、五七歳の若さで亡くなったのである。この本は、森さんの死後、その時の録音テープをもとに文章化し、編集したものである。
 先日、やはり若くして亡くなった、すぐれた漫画家、青木雄二さん(二〇〇三年九月逝去)が、全国の地方紙に配信された共同通信の記事で「心に残る一冊」と題して、本書を強く推薦された。現在の日本の大衆の中に蔓延している「無力感」を克服し、はっきりした「世界観を得たい人」にとって、三〇年前に出た森さんのこの『唯物論哲学入門』は「最良の一冊である」と書いておられるのを読んで、私は驚いたが、また共感もした。
 この本がすぐれているのは、疎外論を駆使していることだろう。宗教的疎外(非合理的な奇跡や信仰)とそれからの解放(理性的な科学と道徳)、政治的疎外(国家による社会の共同的利害の吸収)とそれからの解放(人類の平等、民主主義)、それに疎外のいちばんの基礎である経済的疎外(資本・生産手段の私的所有)とそれからの解放(生産手段の社会的共有)というように、それこそ私たちの生活の根本にかかわる人間観、世界観の問題が、疎外論を軸にしてわかりやすく説かれているのである。


 森さんは、 一九一四年(大正三年)、大阪市の福島の町家の次男として生まれた。三一年、旧制大阪府立北野中学を卒業後、旧制高知高等学校に進み、三五年、京都大学法学部に入学した。ここで小野義彦、奈良本辰也、野間宏、村上尚治、永島孝雄などの諸氏と知り合った。翌年、文学部哲学科に転入し、学友会代議員になる。下宿をともにしていた小野さんの証言(「森信成の死とその生涯」、大阪唯物論研究会編『知識と労働』第三号、 一九七一年一二月)によれば、この学友会の民主化のための運動の成功と発展が、三六年ごろ世界的に高揚していた反ファッショ人民戦線運動の波と相侯って、森さんの後の思想運動の姿勢の基礎を形づくった。日中戦争が開始される直前の一九三七年五月二六日に京都朝日会館でおこなわれた京大事件三周年記念の 「京都学生祭」は大成功だった。森さんは、そこでの末川博博士の反ファッショ講演に、熱狂し、「人民戦線万歳」を両手をあげて絶叫し、四条河原町までデモをしたという。
 この間、森さんはまた、先輩梯明秀さんを中心に、同氏の家でおこなわれていた「哲学研究会」に熱心に参加した。森さんが唯物論者になる転機になったのは、この研究会においてであった。
 一九三九年、森さんは卒業論文に指導教官であった田辺元教授の哲学の批判、「田辺哲学批判」を書いたがパスせず、結局同じテーマの卒論を三度書いて、四一年に卒業した。


 森さんが学生のころ熱中して読んだ本は、当時ソ連邦で刊行された教程本、広島定吉氏らによって邦訳されていたミーチン監修『弁証法的唯物論』(一九三四年)、ミーチン、ラズウモフスキー監修『史的唯物論』(一九三四年)、シロコフ、アイゼンベルグほか『「弁証法的唯物論」教程』(一九三一年)などであった。
 一九二〇年代、ソ連では学問や芸術の世界でも活発な論争がおこなわれていた。哲学の領域でもブハーリンとサラビヤノフとの論争、機械論者グループ(ティミリャーゼフ、アクセルロードなど)とデボーリン派(ルソポル、リャザノフなど)との論争、デボーリン派と 「西欧マルクス主義」(ルカーチ、コルシュなど)との論争、そしてデボーリン派とミーチン派(ュージン、アドラツキーなど)の論争などである。
 だが三〇年代になるや、共産党内の反対派を粉砕し、ほとんど無限の権力を握ったスターリンは、哲学界に対しても政治主義的な介入をおこない、「一枚岩のような団結」をもった前衛党を要求し、革命を阻害する最大の要因を社会民主主義=「社会ファシズム」 に見いだした。ミーチン派はスターリンに追随し、真理の基準を党の決定に求め、機械論者グループ、デボーリン派や「西欧マルクス主義」をすべて 「反マルクス主義的、反レーニン主義的なメンシェビーキ的傾向の観念論」だと断罪した。
 言うまでもなくこのような主張は、 一九三五年のコミンテルン(共産主義インターナショナル)第七回大会で決定した 「反ファシズム統一戦線、人民戦線」 の方針と矛盾するものであったし、森さんが熱狂したあの学友会活動の体験と対立するものであった。このころから森さんは終生、ヘーゲルとフォイェルバッハを読み、 「ロシア・マルクス主義の父」 プレハーノフを重視し、またロシアの民主主義者チェルヌイシェフスキー、ドブロリューボフ、 ベリンスキーから吸収したが、やはり当時の国際的な風潮にしたがって、「マルクス・レーニン主義の哲学」「ソヴェト・マルクス主義の哲学」=廿ミーチン派の哲学につき、その負の影響は戦後においても存続した。森さんの哲学に教条主義的な傾斜があるのはそのためである。
 「ソヴェト・マルクス主義」 の特徴は、晩年のエンゲルスの哲学からレーニンの 『唯物論と経験批判論』(一九〇九年)の系譜にしたがって、「すべての哲学の最高の問題」を、いきなり超歴史的、教条的に 「精神と自然とどちらが根源的か」、「思考は存在をただしく反映することができるか否か」と問い、観念論か唯物論かに分裂させる考え方であった。
 

 戦後、森さんは、一九四八年五月に大阪商科大学(大阪市立大学の前身)の専任講師に就任したが、以後、教授で亡くなるまで、唯物論哲学を説いた。戦後思想の激動の中で、森さんの思想運動の基盤は 「民主主義科学者協会(民科)大阪支部」(一九四七–五五年)、「大阪唯物論研究会」(一九五七–七四年)、「日本唯物論研究会」(一九五九–六五年)であった。
 一九四三年、コミンテルンが解散され、戦後の四七年にはコミンフォルム(共産党・労働者党情報局)が設立されたが、そこでは「スターリン主義」がむしろ強化された。わが国でも、ソ連共産党と同型の、分派も潮流も許さない、中央集権主義にもとづく前衛党がもとめられた。大衆の自発性、創造性、積極性への信頼をもたず、多様な大衆団体の自主性や独自の役割が認められず(=伝導ベルト理論)、むしろ分派の禁止や統制が大衆団体をも風靡するようになった。
 森さんは、日本の対米従属のみを強調する日本共産党の民族主義的偏向に反対した。そして日本独占資本の再建と自立に対して、反独占の広範な民主主義闘争、民主的民族的統一戦線の結成と社会主義への移行、つまり「構造改革論」を主張した。


 一九四七年、民主的な科学者の統一戦線の場として民科・大阪支部が設立された。四九年中ごろには、専門・非専門の会員数一三〇〇人近くに達し、哲学、政治、経済、科学・技術など一〇近い部会ができた。 しかし五〇年の日本の共産主義へのコミンフォルムの批判(スターリンによる)とそれをきっかけとした日本共産党の大分裂を転機に、党の利害や内紛が大衆団体に直接持ち込まれ、研究会でのまともな理論論争は不可能になり、研究会は機能麻庫に陥った。東京の民科中央は五六年に解散した。
 しかし、大衆団体引き回し主義に憤慨して、大衆団体の独自性を主張した森さんは、小松摂郎さんを中心に、船山信一、清水正徳、鈴木亨、元浜清海の諸氏や私とともに、哲学部会を継続した。ふたたび活発な討論が復活し、会員も拡大した。民科大阪支部哲学部会は五九年まで続いた。一九五六年のソ連共産党第二〇回大会におけるフルシチョフのスターリン批判は、森さんや私
にとって大きな衝撃であった。しかし「ソ連派」 であった私たちは、いまだソ連社会主義体制の驚くべき国権主義や官僚主義を把握することができなかった。せいぜいスターリン個人に責任を帰することはできまいと考える程度であった。


 翌一九五七年、森さんを中心に、横田三郎さん、小野さん、そして私とで、大阪唯物論研究会を結成した。そして私たちは、その規約のはじめに、次の文章をかかげた。
「(1)唯物論の立場は、科学と基本的人権の立場であり、その徹底である。唯研はそれゆえに、科学と基本的人権を尊重し、無条件に擁護しようとする万人に開放され、その権利は確保されなければならない。(2)言論の自由は、基本的人権の基本的条項に属する。それは、言論による批判以外の、いかなる手段によってもおさえられてはならない」。


 一九五九年六月、全国各地(東京、松山、札幌、名古屋、下関、のちには水戸、静岡)の 「唯物論研究会」(名古屋は「現代哲学研究会」)の盛り上がりの中で、日本唯物論研究会が設立された。この結成にあたって、森さんの果たした役割はめざましいものであった。まず、東京唯研が主張した全国単一組織に反対して、森さんは強硬に、各地唯研の特殊性に応じた連合体組織を主張した。また、六〇年に創刊された機関誌『唯物論研究』(青木書店)の 「創刊のことば」案において、東京唯研がいきなりもちだした 「党派性の承認」という規定に対して断固反対した(「日本唯物論研究会の「創刊のことば」をめぐる論争」、神戸大学総合雑誌『展望』第四号、 一九六一年、参照。森信成『毛沢東「矛盾論」「実践論」批判』一九六五年、刀江書院に所収)。
 森さんが連合体形式に固執したのは、もちろん、あの民科時代の中央集権主義、モノリシズム(一枚岩主義)の苦い経験があったからであり、「党派性の承認」 に反対したのは、その名の下に言論の自由の抑圧、スターリンの 「伝導ベルト」化の危険があったからである。結局、日本唯研は連合体組織となり、「創刊のことば」は、日本唯研の委員長、出隆氏の 「創刊にあたって」という短い文章にかえられることになった。
 もっとも、森さんや大阪唯研がとったこのような態度は、その後、六〇年末以降、国際的に明らかになった世界の社会主義運動の新しい地平への転換をめざしてのものではなかった。つまり、コミンテルン以来、「旧左翼」がひきずっていた 「唯一前衛党主義」から「複数党派のネットワーク」 への転換をめざしたわけではなかった。また、もっぱら国家権力の奪取をめざす「旧左翼」の「政治革命」 に対して、「社会」 のさまざまな領域における「社会革命」 の重要性の視点に立ったものでもなかった。
 だから六〇年代にはいって、中ソ論争が先鋭化していくや、日本唯研は、中国共産党やソ連共産党に対する権威主義的追従や事大主義に陥り、次第に、理論上での対立者を、政治的に断罪するようなスターリン主義が蔓延した。六五年二一月、機関誌『唯物論研究』は二三号で廃刊に追いこまれ、日本唯研は実質上崩壊した。ソ連支持であった森さんも、大阪唯研も、根本的にはスターリン主義的体質が清算されていなかった。
 しかし、日本唯研は連合体組織であったため、大阪唯研は存続した。新しく、小野さんを中心に、機関誌『知識と労働』が一九七〇年から七五年まで刊行された。そしてその第三号(一九七二年一二月)は森さんの追悼号となった。


 大阪唯物論研究会結成以来、森さんは小野さんらとともに、学生や労働者の啓蒙活動に精力的にのりだした。また、学生たちが関西の各大学に「学生唯物論研究会」をつくるのに、献身的に協力した。六三年には「民主主義学生同盟」が結成されたが、その実現に大きな思想的影響を与えた。
 森さんのマンションには、年中、学生や労働者が出入りし、また、森さん自身も電話で呼び出しては、次から次へと喫茶店を渡り歩いた(森さんは酒がのめなかった)。 大声で議論しながら、町から町へと歩いた。ほとんど私生活を犠牲にして、多くのすぐれた研究者や活動家を育てた。
 もともと天衣無縫の人であり、無類のお人好しで、日常生活における八方破れの行動や、かけあい漫才的な会話は、終生変わることがなかった。激しい論争を挑んだ人であったが、相手が権威主義者でないかぎり、おたがいに憎しみあうということはなかった。


 まえにも記したように、森さんの哲学には 「マルクス・レーニン主義の哲学」 「ソヴェト・マルクス主義の哲学」 の教条主義的な傾向が存在した。だから森さんは、どこでも権威主義、官僚主義や中央集権主義を攻撃して、民主主義、思想・言論の自由を擁護したのであったが、つねにセクト主義、客観主義だと非難されることになった。
 国際的に見ても、マルクス主義が 「ソヴェト・マルクス主義」 の限界を脱却して、それまで無視されていた 「初期マルクス」 の研究がおこなわれ、初期マルクスをふくむマルクスの全体像が明らかになってくるのは、やっと六〇年代に入ってからであった。 森さんが、著書『マルクス主義と自由』(一九六八年、合同出版)の 「あとがき」 で述べているように、わが国でも、マルクスの 『経済学・哲学草稿』(一八四四年執筆)の翻訳が、三種類も次々出版され、マルクスの豊かな人間観と人間疎外の理論、人間解放の思想が明らかになったのである。六五年には慶松渉さんが、アドラツキー版『ドイツ・イデオロギー』 の編輯にさいしての偽造を指摘し(「『ドイツ・イデオロギー』編輯の問題点」『唯物論研究』第二一号)、翌年、花崎皐平さんがバガトウーリァ版の訳を出した(『新版ドイツ・イデオロギー』合同出版)。 当初から、森さんが主張していた、マルクス主義にとってのフォイェルバッハの意義と重要性についても、ひろく理解されるようになった。まさに「マルクス・ルネッサンス」 の時代であった。
 冒頭で述べたように、この本に人々が人間的な共感をもち、人々がこの本から正しく生きていくための確信を得るのは、このような 「マルクス・ルネソサンス」 の時期に、また世界の社会主義運動の地平が、スターリン主義から大きく転換していく中で、懸命に思索し、学生や大衆とともに闘っていこうとする森さんの“純粋さ”のゆえにほかならないと思う。
 おわりに、森さんの録音テープを文章化するにあたって、佐野米子さん、木村倫幸さん、田原利継さんの苦労があったこと、さらに原稿をこのような形にまで編集するにあたっては鷲田小弥太さん、田畑稔さんの努力があったことを記しておきたい。
 なお本書の復刊にあたって、快くご承諾いただいた著作権者、森さんの長女間野嘉津子さん、またいろいろとご盤力にあずかった田畑稔さん、新泉社の石垣雅設社長、同社編集部の安喜健人さんに厚く御礼申し上げる。
                           二〇〇三年一二月二〇日

京大時代の森さん(中央)

若き日の森信成さん
1936年 京大文学部学生(於京都北白川)

中央 森,左小野義彦,右奈良本辰也
大阪唯物論研究会編『知識と労働』第3号(1971年12月)より転載

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【投稿】「ミサイル防衛」と武器輸出三原則問題

【投稿】「ミサイル防衛」と武器輸出三原則問題

<<「初詣では日本の伝統」>>
 年明け早々、小泉純一郎という人物は、相当にたちの悪い政治家であることをまたもや内外にさらけ出してしまった。正月早々、よりによって元日を選んで、小泉首相が突然、これみよがしにはおり袴姿で靖国神社を参拝し、いかにもしたり顔で「初詣でという言葉があるでしょ。日本の伝統じゃないですかね」、「初詣では日本の伝統で、多くの方が神社にお参りしている」、「どこの国でも、その国の習慣を尊重することに異論はないと思う。(私は)毎年参拝している。だんだん理解いただけると思う」などと平然と言い放ったのである。
 3年前の01年4月 自民党総裁選の討論会で「総理大臣に就任したら8月15日にいかなる批判があろうと必ず(靖国神社を)参拝する」と“公約”し、首相に就任するや「総理大臣として参拝したい」「よそから批判されてなぜ中止しなくてはならないのか」と居丈高に答弁(01/5/14衆院予算委員会)、実際には隙をかいくぐるように8月13日に靖国神社に参拝、これが1回目であった。翌年はこれまた隙をうかがうように4月21日に突如2回目の参拝、この時は「終戦記念日やその前後の参拝にこだわり、再び内外に不安や警戒を抱かせることはわたしの意に反するところだ」と弁明。3回目の参拝は、昨年の1月14日、この時は「平和のありがたさをかみしめて、二度と戦争を起こしてはいけないという気持ちで参拝したい」と言いながら、「死者に生前の罪まで着せて、死んでもなお許さないという気持ちは、あまりなじまないのではないか」と開き直った。
 そして今回の四回目である。よほど唐突な抜き打ち参拝がお好きな方ではあるが、今回には特別な意味とねらいが込められていると言えよう。目前に迫った自衛隊のイラク派兵を何にも増して意識し、国会で「(派兵の結果)殺すことも、殺されることもあるかもしれない」と平然と言ってのけた小泉首相である。戦死して「靖国の英霊」になることが最大の美徳とされ、侵略戦争推進の精神的な柱となってきた靖国神社、そして戦後はA級戦犯として処刑された東条英機元首相らを「昭和殉難者」として合祀している靖国神社に「殺されることもあるかもしれない」自衛隊員を、再び「英霊」としてまつりあげることを夢見ているのであろう。とんでもない危険な「初詣で」「初夢」である。

<<「所詮日本はこんな国か」>>
 直ちに中国外務省は、小泉首相が靖国神社に再び参拝したことに強い憤りを表明し、戦争被害国の人民の感情を傷つける行動だと非難し、「小泉首相が侵略の被害を受けた中国とアジアの人民感情と、国際的な共通認識と良識を無視し、再三にわたってA級戦犯を祭る靖国神社に参拝したのは、首相自身が侵略の歴史を反省するとした言明に反するだけでなく、中日関係の政治的基礎を損なうものだ」と述べ、程永華駐日代理大使は、「中国の国民感情を何度も傷付けたばかりか傷跡に塩を塗るようなものだ」と強く抗議している。韓国の外交通商省も深い憂慮と強い憤りを表明している。
 翌日の1/2付けの韓国の朝鮮日報社説は「所詮日本はこんな国か」と題して、「日本首相がこれ見よがしに堂々と参拝した今回の姿は、日本が引き起こした戦争で多くの国民が銃弾の盾となり、強制労働に駆り出され、異国の地で息絶えたアジアの被害国家に対し、日本が一体どう認識しているのかを再び確認させてくれた。首相は参拝後、「どんな国であれ、歴史、伝統、習慣は尊重されるべき」と語った。日本が自国の歴史と伝統、習慣を尊重する方法は、最高指導者が被害者の視線はさて置き、侵略戦争を引き起こした戦犯を追悼することしかないのだろうか。だとすればいっそのこと、日本は過去の侵略戦争に関してその立場は変えられないと、初めから宣言した方がよっぽどいいのではないか。」と手厳しく論評し、「日本の歴史認識とそれに伴う行動が日増しに逆行しているという事実は、日本だけではなく、北東アジアの未来に極めて不幸なことだ。政府の強い対応を求めてやまない。」 と結んでいる。
 さらに元従軍慰安婦の女性たちが共同で生活している京畿道・広州の「ナヌムの家」は2日声明を発表し、「小泉純一郎首相がA級戦犯の位牌が安置された靖国神社を参拝したことは、目に見えないテロ行為」だと非難し、「毎年繰り返される参拝行為に対し、根本的な治癒なしに論評だけを行っている韓国政府と各政党もやはり、このテロの共犯者」とし、「われわれが求める同伴的な韓日関係は、清算されない過去の正しい解決と、日本政府の強い意志によって形成されるということを小泉首相に警告したい」としている。

<<軍事オタクに同調する人々>>
 こうしたアジア諸国の人民感情をわざわざ逆なでするような行動や発言を唐突に“初詣で感覚”で平然とやってのける、しかもまったく独り善がりで直情的、自らの立場を客観的に冷静に考えることが出来ずに意固地になって誤りを繰り返す、こんな思慮も分別もない人物は首相失格であり、危険でさえある。ところがこんな人物がえてして世の中を闊歩するものであろう、同じような性格のブッシュ米大統領と肝胆合い照らす仲であり、底知れぬ泥沼の危険な戦争に付き従うことに懸命である。
 首相をさらにいびつに変形させたのが石破防衛庁長官であろう。「危険地域に自衛隊派兵する理由」を問われると、「自衛隊が行くところが非戦闘地域だ」と応え、危険地域と言うなら「東京でも女子中学生が突然襲われた」と反論する人物である。このいかにも目つきの悪く、テレビに出ても意味不明の発言を繰り返すこの軍事オタクは、自宅、議員会館、防衛庁長官室に戦艦、戦闘機の模型を所狭しと飾りたて、さらに武器輸出で潤う三菱重工などの「防衛関連株」を多量に持っているという。だからであろう、同長官は1/13、訪問中のオランダ・ハーグ市内で、ミサイル防衛(MD)の共同研究を進めている米国とだけではなく、欧州やロシアとも兵器の開発や生産をしたい。古い自衛艦を東南アジアに輸出したい。そのために武器輸出三原則を見直すという、何とも物騒このうえない見解を公然と披瀝した。
 官邸筋はこの発言の火消しにおおわらわであるが、福田官房長官自身が12/18の記者会見で、12/19に政府として導入を決定する「ミサイル防衛」に関連して、武器輸出を事実上、全面禁止した「武器輸出三原則」の見直しを検討する考えを示しおり、明けて今年の1/4放送のNHK番組「日曜討論」の中で 安倍幹事長は「他国との共同作業で新しい防衛システム、新しい武器をつくっていくなかにあって、(武器輸出)三原則が今までの解釈で支障が出てくるのであれば、見直すことが政治家の責任だ」と主張しており、公明党の神崎代表も「ミサイル防衛構想の開発・配備の段階になると、(日米の)共同研究の成果を具体化する必要がある。その限りにおいて、三原則の例外をつくることは、検討の余地がある」とのべているのである。そして民主党の菅代表までもが、「ミサイル防衛については、必要性は感じている」として、「そういうものを進める上で見直しが必要か、検討する余地はある」とのべている。

<<「ビジネスチャンス」>>
 この「ミサイル防衛」への参加と武器輸出三原則の見直しに関連しては、すでに昨年11/20の「日米安全保障戦略会議」で相当露骨な発言が繰り返し表明されており、国防族を代表する自民党の久間章生幹事長代理などは「(武器輸出三原則のために)日本の防衛産業は、保有している技術力を生かすビジネスチャンスを失っている。武器輸出制限政策は、一部見直してもいいのではないか」、「十年あまりにわたって減少を続けている防衛庁の正面契約額を、増加に転じるときがきていると思う」などと発言しており、民主党の前原誠司衆院議員に至っては、「(周辺事態で米軍の)武力行使と一体化し、(自衛隊が米軍への)後方支援活動を中止すれば(日米の)同盟関係、信頼関係はずたずたになるだろう。ミサイル防衛を(日米)共同でおこなっていくこと、また、シーレーン(海上交通路)防衛が必要になってくると思うし、そういったことをやっていく上では、憲法の問題でブレークスルー(突破)しなければいけないところはある。憲法を改正し、九条に自衛権を明記して、集団的自衛権の問題もブレークスルーしなければいけない」とまで発言している。
 将来的には数兆円の予算がかかるという「ミサイル防衛」の共同技術研究には、すでに三菱重工をはじめ、国内の主要軍需企業が参加。防衛庁と契約を結んで、「海上配備型ミッドコース防衛システム」の試作に参加し、ノーズコーンなど四つの部品の試作を請け負っている。内外の軍需企業.防衛産業は鵜の目鷹の目で今後の軍事費の増大に期待をかけている。
 しかし、このように不用意で軍事費膨張志向の危険な事態の進展は、近隣諸国との信頼関係を大きく損ない、日本をアジアからますます孤立させるものである。今日本に必要とされているのは、「ミサイル防衛」への参加でもなければ、武器輸出三原則の見直しでもない、むしろ武器輸出三原則の徹底であり、国内国際を問わず武器取引及び生産の全面禁止、軍事予算の削減、軍備の縮小である。このようにしてこそ日本が平和へのイニシアチブを取ることができるのであり、アジア近隣諸国との友好善隣関係を築くことが可能となるのである。自公連立の小泉政権は逆の道を今年からさらに一歩も二歩も進めようとしているのである。
 日本とは反対に、ドイツのシュトルック国防相は1/13の記者会見で独連邦軍再編計画を発表し、今後十年ほどで現在の年間軍事予算を上回る約260億ユーロ(約3兆4千億円)を削減し、兵力も現行の28万5千人から向こう二年間で25万人に削減し、軍事基地も現在の621カ所のうち約百カ所を減らすことを明らかにしている。軍事費の削減は可能なのである。
 今年は何としても何よりもまず小泉政権を退場させることに全野党勢力が結集し、それを現実のものとすることが最大の課題と言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.314 2004年1月24日

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【投稿】なぜ、大企業の事故は続発するのか?

【投稿】なぜ、大企業の事故は続発するのか?
                    福井 杉本達也

 昨年は大企業などの大事故が相次いだ。2003年8月のエクソンモービル名古屋油槽所の石油タンク火災、三重県のゴミ固形燃料(RDF)発電所の燃料貯蔵タンク爆発、9月の新日鐵名古屋製鉄所の水素ガスタンク爆発、ブリジストン栃木工場の火災、出光興産北海道精油所の原油タンク火災、11月のイオン大和ショッピングセンターの生ゴミ処理室爆発,12月のJFE岡山製鉄所の爆発など枚挙にいとまがない。出光北海道精油所火災では泡消化剤も消防車も足りず、ついには全国から消防車をかき集め、泡消化剤を積んだ自衛隊機が出動するまでとなり、さらには、わずか2基のタンク火災で全国の泡消化剤約1年分の生産量:1,600キロリットルを消費してしまい、米国、韓国、中国や在日米軍からも緊急輸入するはめとなった。

 2003年10月7日付けの朝日新聞社説は連続する事故に対し「日本製品の品質を支えてきたのは、しっかりした管理体制だったが、その根元が腐り出しているような不安を感じる」とし、企業のコスト減らしを事故の原因とし、①安全投資の削減、②外注・下請けまかせ、③現場情報が経営陣に上がっていないことなどを例示している。また、9月30日付けの日経新聞社説も原因を「バブル期以降、急速に進んだコスト削減」にあるとし、①プラントの老朽化、②現場の人手不足・経験不足、③安全管理面での慢心などをあげている。

 経済産業省は「産業事故調査結果の中間取りまとめ」を、さる12月16日に発表した。調査数100件のうち、人的要因が76件と事故の発生要因の多数を占め、誤操作・誤判断・マニュアルの不備などによるとしている。人的要因の内訳としては、マニュアルの不遵守が66件を占めている。さらに、人的要因の分析において、「製造現場においてはこの10年間で生産労働者の人的構成が大きく変化しており、保安技能の伝承や保安教育が問題となっている。」としている。また、協力会社を含めた保安体制では、ヒアリング対象事故100件中、自社従業員の死者48人に対し、協力会社社員50人とほぼ同数となっており、「協力会社等を含めた業務の確認体制や保安体制の構築・強化が必要である。」と指摘している。また、調査は設備的要因についても分析を行い、「製造業全体の設備の平均年齢は1991年の約9.3年から2002年には約12.0年と上昇し、米国に比較しても高い状況にある。」こと、「事故が発生した設備の設置年からの経過年数の平均は約22.2年であり…高齢の設備であること」から「設備ごとの状態に応じた劣化診断等を適切かつ確実に行っていくことが重要である。」としている。

 事故は人的要因によることが多く、マニュアルを遵守しなかったり、現場の経験不足のため判断ミスをした場合に発生することが多い。しかも、合理化による人手不足の中、下請けまかせとなり、事故情報の共有化ができず、新たな設備投資も出来ず設備が高齢化している。コスト削減の嵐の中、安全管理は個々の企業まかせとなり、したがって、トップは安全意識を高めようという精神論が幅を利かせることとなる。

 しかし、こうした事象の裏にさらに根本的な問題が潜んでいる。まず、どの事故も事故の極限状況を想定していないことにある。出光精油所の原油タンク火災も、タンク浮き屋根と側壁接合部のリング火災しか想定せず、タンクの全面火災対策を一切とってこなかったこと、特に消防庁は大規模火災を想定せず、消化剤の量を2倍放出できる米製消化剤放出装置を許可すらしてこなかったことが災害をさらに重大なものにしている。まして、タンク崩壊などは夢想だにしなかったことである。1999年9月の東海村JCO事故について、技術評論家の桜井淳氏は「定められた手順なら安全だというのではいけない…多重事故と人為ミスをともに想定し、なおかつ確立の低い事故も想定しなければならない。…経済性を考えて安全面の『スソ切り』をするような20世紀型安全規制では…安全性を考えるレベルが高くなった時代には対応できなくなった」(『サイアス』1999年12月号)と述べている。今回の事故の連鎖を考えるならば、日本の企業のトップ・技術者も原子力安全・保安院も「20世紀型安全規制」の枠内をいまだに徘徊しているといえる。

 次に、「規制緩和」と称して、安全の根幹である行政・第三者による保安検査をやめ自主検査と称する実質無検査体制へ改悪していたことである。原子力安全・保安院は昨年12月11日付けで協和油化の高圧ガス法に基づく認定保安検査実施者としての認定を取り消した。処分の理由は「保安検査(耐圧試験(開放検査)、肉厚測定、安全弁の作動試験及び圧力計の検査)の一部を実施しなかった。特に、全ての配管の肉厚測定については検査台帳上に記載されず、検査対象から脱落していた。これにもかかわらず、検査が適正に実施されていたとする虚偽の内容の検査記録を千葉県知事に届け出ており」ということである。ようするに、検査らしい検査はなにもしていないのである。これは、協和油化だけの問題ではない。日本ゼオン、東ソー、新日本石油精製、三井化学等々(東洋経済2003年12月6日「続発する製造業の不祥事」)7年前の保安検査の規制緩和以降石油化学業界の“常識”となっていたのである。事故の再発を防ぐには原子力安全・保安院は早急に現在の保安検査のやり方を再検討すべきである。

 さらに気がかりなことは、企業全体に法律順守意識があまりにも希薄なことである。先にトヨタ自動車において小型自動車整備士技能検定試験問題の漏洩が明らかとなったが(日経2003年12月13日)、一昨年の東電の事故隠しをはじめ、雪印食品等々、数多くの企業に法令順守の片鱗も見られないことが明らかになっている。法律は経済性を考慮したその時点での最低限の規制である。最低の規制すら守らない企業に安全性を確保出来るはずはない。そして、この法令順守意識の希薄さをさらに行政・学者が後押ししている。昨年11月14日に福井県の「もんじゅ安全性調査検討専門委員会」(委員長:児嶋眞平福井大学長)は高速増殖炉もんじゅについて「工学的には十分安全」だとし、「放射性物質により周辺に深刻な影響を与える可能性は無視できるほど少ない」と結論づけている(福井新聞2003年11月15日)。昨年1月の名古屋高裁金沢支部の控訴審判決が指摘した『炉心崩壊事故の可能性』についても「検討の結果起こらないと判断した」と切り捨てている(日経2003年11月11日)。調査委の報告書では、18年もの長きにわたり、国・推進側学者・原告・反対側学者が法廷の場において証拠・証人を出し合い闘わされた議論と判決を真摯に検討した様子は見られない。控訴審判決は「高速増殖炉に大きなリスクがあるととらえ、高度の注意義務を必要とする『予防原則』の視点」(吉岡斉九州大教授判決コメント・福井新聞2003年1月28日)から画期的な判決を組み立てたが、報告書はいまだ「20世紀型思考」に停止している。EUでは「持続可能な発展」への関心の高まりから、2007年にはCSR(Corporate Social responsibility:企業の社会的責任=企業経営に法律順守や人権といった社会的公正や環境への配慮を取り込むこと)をISOで国際標準にする動きが急ピッチで進んでいるが(日経2003年10月19日・2004年1月14日)、日本はまだあまりにも遠いところに位置している。

 【出典】 アサート No.314 2004年1月24日

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【討論】衆議院選挙についての意見交換会(その2)

【討論】衆議院選挙についての意見交換会(その2)

<本当の意味での「官から民へ」が必要>
E:今回の選挙でも自民党も民主党も「官から民へ」という事を言っていたわけです。ところが小泉も規制改革ということで「官から民へ」と言うわけだが、実際自民党の本流は官主導勢力であるわけですね。既存の利権団体との結びつきも強い。自分の現在の仕事分野の事にも関係あるわけだが、例えば福祉の分野では官がすればコストも時間もかかる課題を、障害者や家族、ボランティアがしっかりすればNPOという形でコストも抑えて事業化することは可能であるし、そういう意味での民を支援していくというのは正しいと思うわけですね。かつて私も労働組合の役員時代に、民間委託反対と言ってきたわけだが、むしろ民の中身が問われていると思いますね。そして、それらを支援していくシステムが求められている。市民のイニシアティブをどう創るかということですね。社会の仕組みをどう変えていくのか、ということを民主党ははっきり主張すべきだと思います。
 「民主党は第二自民党だ」とか共産党は批判しているけれど、国家予算の40%が借金で組まれているという事態に国民は危機意識を明らかに感じているし、その変革を民主党に期待している事は事実ですね。
 
<よりマシ論でだけで評価でいない民主党>
A:民主党と自由党の合併について、政権交替をめざす民主党に重厚感が出た事は事実だと思いますが、「類似商品じゃないか」という評価も当たっているとも思うわけです。確かに違いがあることは認めますが、本質的な違いかということなんですね。階級闘争論まで持ち出す気持ちはないけれど、政党というのは、ある程度社会的階層の代弁者であって、依拠する社会階層があると思うのです。民主党は連合とも組んでいてリベラル的であるとは思うけれど、本質的に「勤労者・労働者の利害を代表する政党か」と言えば、そこまでも思えないわけですね。そう考えると、民主党をよりまし論で評価できるとは思いますが、それ以上に高くは評価できるか?-という意見です。また私は、二大政党論も積極的に肯定しない立場ですから。
C:Fくんの意見なんですが、選挙ということでも合併したのは効果がでていますね。得票も増えているし、その事で勝ったということも言えます。
 私も今回の選挙の争点は非常に曖昧なものだったと思っています。特にイラク問題についても、歯止めをかけるようなカウンターパワーを発揮しているか、と言えばそうでもない。例えばイギリスでは20万人のデモとか報道されているけれど、民主党がデモを組織するとか、対抗軸として行動を提起しているとかは全然感じられないわけですね。
E:物理的な力??

<民主党のイラク問題への対応について>
C:60年安保じゃないけれど、選挙でやっているだけだったら、それだけの事になる。自民党を引っ張りだしてきて国民の前で白黒はっきりさせるとか、そういうことがないと選挙で票や議席が伸びたといっても、ズルズルいきそうな気がしてしょうがいない。
D:イラク問題で民主党はもう少し後退した言い方になるかと思っていましたが、はっきりと出したというのは評価していいと思うよ。
F:ものすごくはっきりしていますね。
D:遅かったとは言え、評価していいと思う。それが争点になっていった。よくやったと言うべきじゃないのかな。
A:選挙後半に争点として、はっきりさせたということは認めるけれど、だからと言って民主党は、積極的に「平和の党」とは言い難いわけだ。
D:それは期待してもしょうがないことなんじゃないの。
A:出したことは評価するけれど、出したからと言ってそれ以上の評価はできないということかな。つまり、出さなかったらもっと(民主党を)ぼろくそに言っているということ。出したからと言って民主党を過大に評価するつもりはないという意味なんだけれど。
D:そう短絡に評価するものではない。だから小沢と横路の話が前提にあるからね。

<特定利害か、市民・国民の立場か>
F:小沢さんの議論を聞いていると、一番最初から自衛隊のイラク派遣に反対なわけです。もちろん彼の反対は、Aさんの言うような「平和の党」としての反対ではなくて、一国の軍事力を行使するなら、国連の枠組みの中で派遣すべき、つまり「きちんと筋をとおして」派遣すべきだという内容ですね。先ほど「原理原則や行動基準を示す」ことの重要性を指摘しましたが、逆に言うと、自民党と公明党という今の連立与党は、まさに「個別利害」で組んでいるにすぎないということです。特定業界の利害、公明党の場合は特定階層の利害ですが、それで連立している。ところが、菅さん、小沢さんのそれはもう少し抽象的なんですね。キーワードは、「市民」という言葉と、「国民」という言葉。菅さんの場合はずっと「市民党」たらんとしてきたわけですが、小沢さんの場合は、純粋な意味で「国民政党」をめざすと言っている。朝日新聞の論説委員が、「市民の党」と「国民の党」は一致できるのかと疑問を呈していましたが、僕から言わせれば、それは同じです。つまり、「市民」と言おうが「国民」と言おうが、抽象的存在を重視して考える点が同じなんですね。要するに特定の個別利害ではなくて、公共の利害、全体のバランスを考えてどこに着地させるのかということを議論しましょうということ。ただ、この違いを見えるようにできるかどうかが問題なんですが。
 では民主党を支える労働組合はどうなのかということになるんですが、労働組合は元々は特定の個別利害を代表する組織。ところが、段々そうでは済まされなくなっている。それに、労働組合の組織する階層自身が分化し、内部に利害の分岐も広がりつつありますよね。そこで個別特定の層の利害に関心を特化するのではなく、組織としてはより幅広い対象としての市民や国民全体の利害を考慮するようになってきた。その結果として、労働組合員の支持政党も分散傾向にあるわけです。となると、労働組合は特定業界利害や特定層の代弁組織ということではないわけですから、市民や国民的立場で行動や方針の合意形成を図るというアプローチについていけると思いますよ。民主党としては、この差を明らかにできればいいわけですが、それは非常に分かりにくい。だからこれは、抽象的なスローガンでも勝てる都市部、それでは勝てない地方という構図にも繋がる問題でもあると思うな。
B:投票率でも都市部では低調でも、田舎では高い投票率できっちり選挙に行かせますよね。

<自民党集票構造に変化が>
D:先ほどの投票率なんですが、今回の選挙で戦後最低の投票率になった県が青森、山形、茨城、山梨、石川、福井、長野、奈良、和歌山、鳥取、島根、広島、香川、愛媛、高知、福岡、佐賀、熊本。戦後最低を記録したそうです。ある意味で、これまで自民党の利益配分にあずかってきた部分で、票が逃げているとも評価できるわけですね。そういう意味での支持構造は崩壊しつつあると言ってもいいのではないか。

<公明党は自民党の生命維持装置>
F:一区現象、つまり地方の県で一区と言われる県庁所在地の若干都市化した所で特に自民党が弱いという構造ですね、郡部では勝てるけれど、都市では勝てない。長期低落傾向と言われてきた自民党だけれど、本当はもっとすごい事になってきているわけです。今、自民党の延命装置になっているのが、公明党ですが、この生命維持装置が外れると、もう終わりというところまで来たんですよ。
A:その構造変化を促進させたのは、小泉自身だよ。
F:公明党がひっくりかえったら、自民党も終わりですよね。
D:公明党もだいたい都市が基盤なんだ。
E:公明党は難しい政党ですね。自民党を助けているから駄目と単純に評価するのか、それとも公明党さん、よく考えた方がいいですよ、みたいな姿勢を取るのがね。
B:彼らの出自から言えば、そうじゃないのと違うのか、という意味でね。
C:本当に大阪の地方選挙での公明党の位置は大きいものがあるね。

<小泉バブルがはじけた>
F:前回の総選挙の後、「オランダモデル」のことを書きました(ASSERT 272号)。オランダにおいてはキリスト教民主主義政党が、戦後長らく政権の座にあったわけですが、政権崩壊したという話です。その時には政界再編があって、「紫連合」と言う「右派自由主義・左派自由主義・社会民主主義の連立政権」が政権をひっくり返すんですね。その政権の基本的な政治路線は「小さな政府」路線です。要するに社民的大きな政府の破綻の下で、反既得権益で社会的枠組みをどう変えるかという大きな観点での政権合意ができたわけです。その時私は、日本でも民主党をある種の左派自由主義政党に脱皮させ得たら、自由党、あるいは自由民主党から自由主義的政策志向の強いグループを分裂させて連立政権を樹立し、「自公保」的な「国家財政私物化政権」を崩壊させることができるのではないかと書きました。実は今、それに似たトレンドが進行しているのではないか、そんな気がしているんです。
E:前回の選挙では、小泉改革ということで、自民党が都市部にウイングを広げたという事がありましたね。あれは一時的なことで、元に戻ったですね。
F:小泉バブルがはじけたと言う事じゃないでしょうか。そして、森内閣の時代の構造に戻って、さらに崩壊が進行したということ。その時に比べると、社民、共産などが薄れて自公保と民主党との対置関係が、はっきりしてきたということではないでしょうか。
E:大阪の自民党って本当に最低の水準の自民党なんですね。選挙も下手だし、見識もない。それで民主党も助かってるんだけれど。
F:結局、自民党を支えている人材も全部選挙地盤の安定している地方出身の議員なんだね。大物議員ね。
E:加藤も福島県出身だね。
F:近畿で言えば、谷垣がいるけれど京都の田舎の方ですね。

<薄れる消費税増税への反発>
B:国民の関心が、誰のために予算を使うのかと言う面より、どういう使い方をするのかという面が中心になってきているのではないか。年金財源の問題にしても、消費税増税によって年金財源に充てるという議論にも違和感が薄くなってきている。どの党がどの層を代表しているという議論よりも、どういう使い方をするか、という意味でマニュフェストが出てきた背景があるのではないか。
A:僕はちょっと違う。国民政党的な傾向はあると思うけれど、二大政党的枠組みがそれを促進している面もある。
B:労働者のためにだけ、金を使います、ということはありえないでしょう。
A:そうは言っていないよ。少なくとも、そもそも政党とは何ぞや、という議論をすると、どの層に依拠しているのか、ということが基本だと思う。自民党は農村と大企業を基盤にしてきたわけだね。

<小選挙区制導入の経過>
F:今の議論について言えば、政党という存在に対する仮説の違いがあるよね。従来言われてきた社会的階層であったり、階級的な一般利害を代表する形で政党が組織されるという前提を認めるか認めないかということですが、そういう性格で政党が構成されるというのは、今やあり得ないと私は考えているわけです。
A:それはね、二大政党と小選挙区制という枠組みの中では、そうならざるを得ないのではないか。中選挙区制が良かったかどうかは別にして、複数政党を選べる制度であれば、違う選択肢もできるのではないか。
F:政治の設計としてありえない事だと考えますね。中選挙区制のシステムで特定・個別の利害を代表する多種多数の政党が存在して、時々の課題で連合して政権を取るという方法では、大きい利害集団を代表している政党が永続的に長期政権を形成するわけです。そこに反対政党が存在して若干の譲歩を引き出して終わり、という構造になるだけじゃないですか。そんな政治が繰り返されてきたわけですね、戦後50年間ね。特定・個別の利害をどう反映させるかという政治ではなくて、Bくんが言ったように、政治そのものの、日本の意思・国家としてのガバナンスを行う政治が必要だという理解の上に立って、違う仕組みにしましょうということで小選挙区が導入されたわけですから、それはそれで何としても完結させる必要があると思います。
A:「いろいろな階層の利害のコーディネイト機能のある政党-政権(が求められている)」と言っているように思いますが、では、それが果たして民主党なのか-とも思います。いずれにしても問題なのは、その時の基本的理念は何なのかという点です。結果的には、その中で多い(強い)勢力の利害が優先されていくのではないでしょうかね。

<マニュフェストの有効期限>
F:それもね、固定的に確定していけるものではないわけで、マニュフェストも何年かの期限をつけて、政策を提案していくという形になってきている。今の利害対立というのは勤労者の利害か、企業の利害かという切り口だけで説明できるものではないわけで、例えば、高齢者と若年層の世代間利害の対立もある。労使を含む業界間の利害対立もある。国家レベルの課題では、中央政府重視か、分権国家をめざした地方の重視かというのもありますね。一番大事なのは、国家としての外交戦略だとか、セイフティーネットをどう作っていくのかという点ですし、その話もどこに財源を調達するのかという議論抜きにできなくて、さらに各論の話になっていくわけです。それをマニュフェストにまとめて、有効期限を決めた政策を出していくんですね。絶対的な政策はないわけだから、あくまでも暫定的な調停案です。そういうものを提示して合意形成をして実行する、政治とはその繰り返しではないでしょうか。政治を「力関係」で決まるものという大雑把な理解をするのではなくて、対話と調整、折衝の世界で決まっていく過程として理解する必要があるのではないうか。
B:国会議員選挙なんかでいうと、国家に任せるのか地方なのかという問題がある。まだまだ実際の争点というわけではないけれどね。地方分権の理念ね。イラク派兵問題などはまさに国政選挙の課題なんですね。
D:マニュフェストというのもそうだったんだね。これまでの「ズルズル」したものに対して、このまま続いたらマスイと、こういう政策体系で政権交替した方がいいということが支持を広げて、基盤もできたということではないか。
F:あとは政権を構成できる判断と深まりを形成できるかどうかですね。道路公団の民営化議論もまだ枝葉の議論のような気がしますね。

<マニュフェストを出したのは民主党だけ>
D:事実上マニュフェストを出したのは、民主党だけなんだね。深まるところまで行かなかった。それでも提起した事の意味は大きかった。
A:それは「政権担当能力」というような言い方で、これまでも問題にされてきたテーマではないのかな。マニュフェストで初めて出てきた問題ではない。かつての社会党にしても言われてきた。ある意味、強制的に二大政党にして、かえって抽象的な選択肢の範囲での設定になってしまったとも言える。現実に階層の利害対立は熾烈なものがあって、その議論を回避・阻害する役割を果たしてしまったのではないかという考えを持っている。それも小選挙区制という強制装置を用いてね。
D:具体的な政策のあり方を巡って、政界再編は有り得ると思うよ。実際に公明党は自民党に対して規制をかけているわけだ。彼らは都市部の低所得階層の利害を反映しているが、その存在感を増した。これは連合政権なんだね。しかし、この連合政権は自民党主導であるために優位性を持てないことに対して、民主党がマニュフェストで対抗しているわけだ。公明党も内部では揺れざるを得ない。さらに公明党は二大政党制に移行することはできない、小選挙区に10人しか立候補させられないから、あとは比例区で通さざるを得ない。圧倒的多数は自民党を支える役割をしている。単純に階層別に云々というのではなく問われ方が違ってきている。

<二大政党志向に異議あり>
A:21世紀における日本の政治の基本的なあり方として、小選挙区制によって二大政党にすることが本質的に正しいことなのかという点に疑問を持っているわけです。
D:今の政権を倒すためには、それも有りではないのか。
E:僕は二大政党が望ましいと言っているわけではないよ。民主党が生まれた経過を考えると、社会党が政権を取るためにはどうするのか、という議論から始まっている。自治労内の議論でいうと政権交替可能な政党として社会党を変えようという議論があった。その結末がここまできた。二大政党というのも、二大政党連合が政権を争うというパターンもありうる。イタリアなどは与野党とも政党連合なわけ。日本でも自公は政党連合ですね。野党の側も最小限の政策連合で政権を争うこともできる。たまたま自公対民主党での二大勢力による選挙になっただけ。10年前、細川政権がもし2年でも3年でも自民党から予算編成権を奪っていれば、違う可能性があった。そういう意味で自民党を政権から放り出す必要があると思うわけで、その可能性があるのは現在民主党しかないのではないか、というのが僕の意見だよ。こうした環境下で、共産党、社民党の生き残りはどこに見出されるのか関心があるわけだね。

<政策議論が回避されていないか>
A:しつこいようだけれどね、二大政党による政権交替があり得るということを頭から否定しているわけではない。ただ、それが果たして、言われるほど理想的にそうなるのか。そこに吸収されない課題も多いわけだ。「国民の-市民の党として」というけれど、二大政党によってホームレスの問題、労働者の実態の問題、社会的マイノリティの課題なども含めて反映・コーディネート機能が持ちうるのかということですね。
F:どうも出発点が違うように思えるなあ。今の社会における政治制度に、これが絶対に正しくて「あるべき制度」だというものはないんですね。よりましな状態をどう作りだすか、仕組みをつくるかというアプローチしかないわけです。現在の選挙制度が導入されたのは、自民党の長期安定政権の下で腐敗が起り、ダイナミズムがなくなり、日本の国家としてのあいまいさが出てきて、それをどう改革するのかという議論の中で、政権を延命させない制度、政権交替可能な制度は何かという問題意識に対する「解」だったはずですよね。但し、完全小選挙区制ではなく、少数政党にも議席が与えられるという意味で比例区も残されたわけですが。こういう制度を作った以上、掲げた目的は完結する必要があるわけで、それが「政権交替」なんです。
A:出発点の違いというより、(政権交替までの)戦略論であり、プロセス論の違いということかな。

<宮沢の危機感>
F:自民党がズルズル状況に流される体質を持っている中で、今、本当に問題なのは対米関係ですね。アメリカでネオコンと言われる人々が出てきた。新聞で宮沢さんが、「我々の知っているアメリカと今のアメリカは違う。思慮深いアメリカが傲慢で乱暴なアメリカに変わった」と言っていましたが、これは非常に深い危機意識なんですね。これまでのようにズルズルと安心して付いて行けたアメリカと、今のアメリカは違うわけですから、日本の主体的な判断が問われているという事ですね。とは言っても孤立主義は取れないわけで、世界平和や秩序維持にどう貢献するか、自ら判断することが必要なのです。
E:昔はいっぱい政党が出たよね。
A:もう出られないよ。
E:それだけ成熟してきたとも言える。

<少数政党の未来>
A:成熟という評価ができるのかな。共産も社民も、あと1,2回選挙をすれば議席がなくなってしまう可能性がある。それが本当にいいのかという事なんだよ。「二大政党によって政権交替を可能にする」ということの結末としてね。仮に、やむなくもそのプロセスが進行しているとしても、評価をしておく必要がある。例えば自民党と民主党との関係において、改憲などの妙な動きが出てきても歯止めが利かないという事態も起りうる。そうした動きに左翼バネというか、ブレーキをかける装置を用意する必要はないのか。比例区があるから少数政党として生き残るというもののね。
D:比例区は定数が180なんだよ、これはかなり大きな数字だ。
A:例えば共産党が、改憲などの動きに対して議会選挙だけに頼らず、あらゆる集会やデモなど大衆運動に力を入れることを決定したという話もあるが、そういう動き・世論と二大政党下における議会内での改憲論議と乖離することもある。二大政党化によって政権交替を可能とするという流れが全く間違っているとまでは言わないけれど、これで結果的によかったと評価する気にもならないわけです。
B:結果的によかったとは誰も思っていないし、民主党だけを評価しているわけでもないけれど。しかし、もし自民党が敗北して民主党が地方分権を大胆に推進したら、それは大きな激動になるとは思っていましたよ。自民党ではできないわけだから。

<長期政権を崩壊させるため>
F:議論が噛み合っていないような気がします。Aさんの問題意識を選挙制度に絡めるからややこしくなっているのでは?今、問題にされていることを、誰が政策化し、誰がそれを代弁するのかという課題は、選挙制度の問題ではなくて、そのことの利害を代表する社会的存在とか社会的代表などという基盤的な話なんですね。それを選挙制度の問題にするから話がずれるのでは?
A:選挙制度(小選挙区制)ということも通じて、僕の問題意識が出てきているのでしょう。
F:「勤労者階層」の利害を代弁するような政党が出てきて、この選挙制度の中でも一定の位置を占めるようにならないか、という話ならば、それは甘いと思いますね。本当は逆の話で、政策ややるべきことが固まって、政党に影響を与えるようになった時に初めて政党が取り上げるという事ではないのかな。
A:それもそうだけれど、それなら一緒のことでしょう。つまり「政党の中で大きな勢力になれば取り上げる」ということなら、結局、政党の内部でも階層の利害対立はあるということになるわけだ。
F:中選挙区制というのは近しい政策を持っている複数の政党が乱立して、ワアワアやったけれど、自民党の長期政権という構造を変えることはできなかった。二大政党に近い今の制度であれば、政権を取ったところが、国民の中の利害調整をしなければならないわけです。どっちが政権を取ろうがね。ただ、自民党・公明党というグループと他のグループがあったとしたら、どちらが今の既得権益とは違う利害調整の可能性があるかと言うことを見る必要があるし、その点を明確にする必要があるわけです。長期政権を続けている政党には変革の芽があるかどうかが疑わしい。それを一旦崩さないと、本来必要な利害調整どころか、まともな議論をする状況すら生まれてこないですよ。

<階層間の利害対立と政党>
A:例えば二大政党になって、少数階層の利害を独立した政党がなくて、大きな政党の中で政策を決める時には、結局、その政党内で利害対立があって、その上で政策が決まっていくという事になる。民主党でも連合が多くの議員を生み出せば、労働者的な政策が重視されるとということですかね。政党間の意見の違いという形なのか、大きな政党の中の利害対立という違いになるのか、いずれにしても、そこで決定的なのは、やっぱり階層の利害ということだと考えるべきなのではないか。
F:いろんな利害を調整するということが政治の機能にはある。しかし調整だけに留まってられない問題もあるんです。外交や国家の成り立ちを決める問題とかはね。また、限りのある財源の中で何かを具体化し、何かを決めようとすれば、何かを捨てなくてはいけない。もちろんその場合は利害調整が必要となる。しかし、その時に、どこに重きを置いて利害調整するのかという問題になると、理念の問題となる。例えば、アメリカ型の競争社会をめざすのか、それともセイフティーネットに重きを置くのか、ということですね。もしアメリカ型をめざすのなら、議論の余地はない。セイフティーネットの理念を重視するならば、利害調整が必要になる。その差が出てくるんです。中選挙区制の下では、長期政権を許すことはあっても、政権交替によって政治にメリハリを付けることはできない、それが戦後の日本の政治の歴史ではなかったのか。民主党が今後どういう政策を出してくるか、純化された新自由主義でいくのか、社民的要素を残してセイフティーネット型でいくのか、それも中央と地方の国家システム上の変革問題とも絡んで、まだ見えていない段階なのに、高速道路問題だけやけに突出しているところが、よくわからないんですね。
 民主党も基本路線がまだ固まっていないわけですが、国連待機軍の話とか、地方分権の推進の話とか、少なくとも民主党は既得権益との関係でがんじがらめではないわけだから、制度政策設計において自由度が高いわけですよ。まして、自治労や連合という影響力を行使できる力もあるわけだから、それを自覚して絵を描いていく必要があると思います。

<自民党を復活させた旧社会党>
E:私個人の意見だけれど、社民党については自社連合を組んだ時点でバツなんです。あの選択をした時点でね。護憲や平和の問題について賛同できるとしてもね。政権離脱して、労組にも逃げられて総選挙で大敗したあと、市民と女性の党として再生をめざしたわけで、元々大衆運動の政党なんだから、運動を作れなかったという反省から、次の再生に注目したいわけ。そして共産党です。地方議員も多いし、組織はそこそこあるわけで、独自の運動を形成する力は持っている。しかし、統一戦線志向は未だに皆無に近いし、高齢化は進んでいる。このままの路線では先がないわけだね、もっと介入政策を取るべきだと前月号にも書きました。

<統一戦線的な視点から>
A:二大政党の流れに対して、僕が批判的な意見をもっているのも、元々、中選挙区制のときから野党間の統一戦線を進めるべきとの考えがあるからだ。実際、中選挙区制の時代も自民党は議席数では過半数を取っていたが、得票では過半数を取っていなかった。要するに連合政権志向が日本の政党に弱いわけだね。四大政党、五大政党があって連立すればいいわけね。諸外国にはあるのに、なぜ日本にないのか。各政党の基本原則はあっても、政権交替のために、当面の大局に付くという連立志向が弱い。
 それを「一票の格差」などの他の重要な選挙制度の問題もあるのに、そこに抜本的メスを入れることなく、「政権交替が可能な」ということで、安易に小選挙区制が導入されたとの思いがある。

 <低成長期の政治スタイル>
C:僕も元々はAさんのように政党を考えてきたわけ。議論を聞いてきて、二人の姿勢が全然違うなと感じるわけね。これまでのように階級の利害を代表する政党としての政策の作り方と市民とか国民とか抽象的な立場から政策を作るというのは全然違ったものになる。一方の利害対立を中心に考えてきたのは、成長期の利益の配分をめぐる勝った負けた時代の話で、二大政党では、勝った負けたではなく、政策の中身は問題であるにしろ、階級の利害を離れて全体から受け入れられるトータルなよりましな政策を打ち出さなければならないのかなとも思うわけですね。
D:長期政権の自民党政権を倒すという事が大前提なんと違うの。そこを変えないと。
F:なんか古い郷愁を感じる議論だね。
B:まだまだ社民党も地方議員をもっているし、共産党は最大数の地方議員をもっているわけで、代議士のレベルの議論ではなく、地域を基盤にした本来の政党という見方をすれば市民運動をベースに意見反映していく回路は社共も十分に持っているのではないか。

<二大政党制を国民は支持しているか>
A:そもそも国民は、本当に二大政党制を支持しているんだろうか。
D:今回の選挙では、現政権・自民党政権を倒すという意味において、それは支持されたのではないか。
A:今回の選挙議論で、二大政党化における政権交替の枠組みについての議論はあったとは思うけれど、政権枠組み議論だけで、個別の利害対立や議論を回避しているのではないか、という危惧を僕は強く持っていますけどね。
F:「二大政党」というのはあくまでも象徴的な言葉でね、政権交替を可能にするには、こちらからこちらへというわかりやすい受け皿が用意されないといけない。問題は二大政党が固定的な二大政党なのかどうかということです。そもそも戦後の日本で、社会階層の中に本当に深刻な対立が生じていたのかという疑問があるんですね。確かに高度成長期に新たに出てきたパイ、新規の利益の配分をめぐる対立は、勝った負けたの世界になる。この配分を給料に積むのか社会保障に積むのか、他に使うのか、ぶんどり合戦という意味でね。けれども、これが縮小して全体の再調整が必要な時期には、勝った負けたの単純な二項対立の世界ではなく、複雑な調整の世界になっているのではなかろうか。また、今の二大政党も、自民党と公明党が袂をわかって、自民党の凋落が始まれば、また違う組み合わせが生まれる可能性もある。結局、二大政党の区分線も、政策の区分線も変動していくという前提で対応していくべきで、政策の実現における政権交替の重要性を過小評価してはいけないんです。また、区分線をどう引くのかが中心になってくると、現状維持の与党に対して野党の側には、区分線の線引きについて新しい考え方を設定できるイニシアティブがある。小泉は政権政党にありながら改革やら、自民党をぶち壊すなどという発言をして大衆受けをしてきたが、極めて特殊なケースだし、もう賞味期限も切れてきたと思うよ。

<新しい投票行動は生まれるか>
C:その時は投票行動も変わってくると思う。自分の利益ははっきりしているけれど、区分線の右か左か、全体の利害・判断で大局的な判断の投票行動が出てくるかもしれない。これまでの既存の政党への投票行動というパターンからの変化がね。
F:そう、マニュフェストという形で政権選択と線を引かせることがリンクしたという意味で今回の選挙は意義があったと言えるわけ。まだ結果は出ていないけれどね。細川政権から10年を経過して、条件が整ってきて、次へ繋がる、変化させられる条件がやっとできてきたように感じます。(終了)
(遅れて参加のGくん:今回の選挙も、巻き込まれることもなく一市民で過ごせたんです。イラク情勢がどうなるか、イラクで斃れた外交官の葬儀がありましたが、自衛隊が派遣されて、こうした事態が日常茶飯事になるような情勢になると公明党から異論が出てくるし、政権の不安定性が一層深刻になるのかなと感じています。)

 【出典】 アサート No.314 2004年1月24日

カテゴリー: 対談・意見交換, 政治 | 【討論】衆議院選挙についての意見交換会(その2) はコメントを受け付けていません

【新春対談】吉村先生を訪ねて

【新春対談】吉村先生を訪ねて

 新年1月10日、編集委員のメンバーで吉村励先生を自宅にお尋ねしました。2年ぶりの訪問でしたが、吉村先生ご夫妻ともにはすこぶるお元気で、和やかな時間を過ごすことができました。以下は、是非とも先生が皆さんに伝えておいてくださいと言われた点について、佐野の責任で文章化したものです。

<米軍のマイノリティ比率は>
吉村:アメリカのマイノリティが、人口比で25%であるが、ところが陸軍の兵士の割合ではマイノリティの方が高い。海兵隊や航空関係になると比率が低いという報道がありましたね。だから、差別がちゃんと出てきているわけです。
生駒:リンチ上等兵の事件が出た時に報道されましたね。奨学金や特典を求めているのはマイノリティなんですね。
吉村:スクラップを取っているんですが、4月11日の朝日新聞ですね。
佐野:日本の自衛隊にも、良く似た構造があります。
生駒:都会からではなく、九州の宮崎、鹿児島が多い、という話もありますね。
吉村:そこは、また自民党の独占区であったりするんですね。
(マイノリティの比率は人口比25%に対し、兵隊は35%、陸軍では45%、空軍では逆に低くなっている。)

<戦闘地域は、攻める側が決める>
吉村:皆さんへの年賀状に書きましたね。この頃は、ゲリラと言いますが、われわれの時代はパルチザンと言いました。毛沢東の持久戦論にも出てきますが、相手が圧倒的に優勢な場合にはね主力の損傷を避けてね、衝突を回避する、そして相手が平坦線だとか一定の場所でこちらが優勢な場合に、そして人民の海に隠れて攻撃すると。その通りですね。人民の海を消さないかぎり「テロ」には勝てないわけです。爆撃するなんて言うのはもっての他のやり方ですね。背景に人種差別があるように思います。アフガンでもそうだったですが爆撃をすれば、きっちり目標だけというわけにはいかない。
 非戦闘地域かどうか、という議論がありますが、それは攻撃する側が決めることですね。こっちが決める事ではない。明日は戦闘地域になっている場合があるわけです。中国大陸での旧日本軍もベトナムのアメリカ軍もそうでしたね。
 
<総選挙の評価について>
吉村:是非あなた方に言っておきたい事があるんです。総選挙について総括しましたか。小選挙区の票を分析するとね、51の選挙区で社民党と共産党が民主党を押しておれば、自民党・公明党の候補が落選しているわけですね。自民党候補の当選した選挙区の票を調べて見たんですね。
 民主党の憲法に対する態度がはっきりしないとか言って社民党や共産党はね、二党政治になって意見が消えると言っている点について議論があると思います。長い間続いた自民党を潰して自民党にくっついている高級公務員、政管の癒着を断ち切る事が当面第一位であって全力を挙げるべきですね。だから、共産党も方向を間違ったから敗北したわけですね。むしろ連携してね、自分たちのいい所では票をもらってね、51区で逆転が起れば、自民党を下野させることができたわけです。そして権力を握ったら、これまで自民党のやってきたインチキや利権が暴露されるわけです。
 
<社民党と共産党が自民党を助けた!>
 私もびっくりしましたが、奈良の一区、二区で民主党が当選しましたね。私も候補者を知らないくらいでね、どうせあかんやろうけれど、民主党にしておこうとね。やっぱり我々が思っていたよりもね、(支持が)高いわけです。信頼していいと思うんですね。
佐野:我々も、座談会をしましてね、同じような議論をしています。
吉村:もし逆転が起っていたら、民主党もイラク派兵は反対と言っていたわけだから。
公明党は自民党を助けて88勝たせたと言っているわけですね。そうすると、社民党と共産党が自民党を助けたということになるわけです。それをはっきり言ってほしい。
佐野:私も同じ意見で、自民党を倒した後で、各党は競えば良いわけですね。
吉村:それよりもいい事は、民衆自身が自信を持つことです。

<未だに党内議論を認めない共産党>
吉村:友人に共産党の人もいるが、これまで意見の違うものを修正主義者だと放り出してきたから、一般人民は思想の違いで弾圧するのでは、と思うのは当然なわけだ。それを持っていて人民の代表とは言えないですね。それを言うとね、彼らは、未だに「それだけはね・・」というわけだ。
生駒:結局社会主義崩壊の原因がそれですよ。
吉村:私の場合も、いつのまにか、「あなたは党費を払っていないので、党籍はない」という形で、放り出されたわけですから。小野さんの問題でがんばったことが原因ですね。そして、4・17ストで意見書を出したら、「貴方には党籍がありません」と言われたわけで、査問はなかったわけですが。
生駒:極めて事務的で、官僚主義的な対応ですね。
佐野:4・17と言うことは、1964年ですね。・・・

 などなど、様々な問題について2時間にわたってお話を伺うことができました。2月が誕生日で82才になられる吉村先生はとてもお元気で、議論を楽しみにされているように感じられました。吉村先生、ありがとうございました。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.314 2004年1月24日

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【投稿】イージス艦派遣の真相 

【投稿】イージス艦派遣の真相  

 政府は12月4日アメリカのイラク攻撃への間接支援を目的として、海上自衛隊のイージス艦派遣を決定、これをうけ16日横須賀基地から護衛艦「きりしま」がインド洋に向け出航した。
 昨年の対テロ特措法成立以降、イージス艦の派遣は再三にわたり企てられてきたが、同艦が高度な情報処理能力を持つため、その情報で米軍が戦闘を開始した場合、集団的自衛権行使にあたるとの指摘で、見送られてきた経緯がある。
 今回も、野党はもちろん、与党である公明党、さらには自民党の一部からも厳しい反対意見が出されている。
 政府が、こうした反対意見を押し切り派遣を決めた理由は、(1)派遣している艦艇が交代時期にきている (2)高度の情報処理能力を持って補給作業の安全を期する (3)厳しい勤務環境の改善、であるが、これらは説得力を持つのだろうか。
 
<魔法の船?> 
 このうち最も問題なの2番目の理由である。イージス艦(システム)は元来冷戦時代に、アメリカが空母をソ連の攻撃機、対艦ミサイルから守るために開発したものであり、日本は現在「こんごう」型4隻を保有している。
 イージス艦は高性能レーダーとコンピューターをリンクさせ、100個以上の標的の進路、高度、速度を検知し、そのうち十以上の目標を同時に対空誘導ミサイルで迎撃できる性能を持つ。
 また、1998年8月、北朝鮮によるテポドン発射の際、イージス艦「みょうこう」がその航跡を追尾したこと、さらにイージスシステムを改良すれば弾道ミサイルの迎撃も可能なことから、「万能艦」というまさに、「イージス神話」が創られたと言ってもよい。
 しかし、イージス艦はあくまで、正規軍同士の「正々堂々」たる戦争を前提に作られたものであり、対テロ戦争のような非対称戦争に有効かといえばそうではない。
 航空兵力を持たないテロ組織(イラクも同様である)に対してはイージスシステムも「宝の持ち腐れ」である。またイージス艦は、不審機や不審船が何者かを識別可能なように喧伝されているが、実際にはそうした能力はない。
 対象が敵か味方かが判るのは、イージスシステムとは別の敵味方識別信号の送受信によるものである。戦闘地域では味方と識別されないものは敵と見なされるのだが、自衛隊の活動地域は戦闘地域ではない。
 したがって、仮に接近してくる飛行機、船があっても、それらは敵味方識別信号には反応しないので、それが本当の民間のものなのか、テロ組織のものなのかは容易には判らないのである。
 とはいえ、現実問題としてテロ組織は(イラクも)自衛艦隊の活動地域に到達できる攻撃手段、それ以前に自衛艦隊の位置を探知できる情報収集能力を持っていない。こうした条件が変わらない限り、攻撃を受ける可能性はないのである。
 唯一危険なのは、陸上から目視できる湾岸地域周辺である。2000年10月イエメンのアデン港沖で米海軍のイージス駆逐艦「コール」はアルカイーダの自爆ボートによる攻撃を受けた。油断していたとはいえ、さしものイージス艦もボートが爆発する瞬間まで、テロ組織の船とは判らなかったのである。
 以上のように、現在の活動地域ではテロの脅威は低いこと、入港時などのテロ組織の攻撃方法に対しては、イージス艦の能力は発揮できないこと(その意味でイージス艦も普通の護衛艦も変わりはないどころか、ヘリが搭載できない「こんごう」型は、むしろ不適切でさえある)から、2番目の派遣理由は破綻している。

<ホテル「イージス」>
 3番目の理由は士気の低下を自ら吐露しているようなものである。事実、先日明らかになった派遣艦隊最高幹部の飲酒事件は、それを如実に示すものだ。いかに高性能の装備であっても、それを使う人間の能力が低ければ、性能は発揮できない。
 なぜ、士気が低下しているのか。現在の海自による支援活動は「対テロ戦争支援」という大義名分はあるものの、それは隊員の士気を奮い立たせるどころか、緊張を維持するには程遠い「意義と任務」なのである。
 派遣艦隊は攻撃をする可能性も、攻撃を受ける可能性も無く、米英軍への補給活動時以外は、遊弋しているだけと言っても過言ではない。入港、停泊、出港時には緊張を強いられるが(上陸中は緊張は一気に弛緩する、寄港地で事故死した隊員もでた)、公海上にでればうだる暑さの中、無為に日々を過ごすのみであり「厭戦気分」が蔓延するのも無理はないと言える。
 そこで考え出されたのが、勤務状況の改善である。現在派遣中のヘリ護衛艦「ひえい」は艦齢28年、冷房は旧式で艦内は30度の暑さ、ベッドも3段式で窮屈だと言う。これに対してイージス艦は最新の空調で25度、ベッドも2段式で快適だと言うのである。
 たしかに乗組員の負担は軽減されるかもしれないが、意義が見いだせない任務の中では、本質的な解決にはならないだろう。また「快適さ」を基準にするならば、イージス艦よりも艦齢の新しい護衛艦がある。
 旧日本海軍の戦艦「大和」「武蔵」は兵装だけでなく艦内設備も最新鋭のもので、水兵もハンモックではなくベッドで寝ることができた。しかし大艦巨砲の時代は過ぎ去り、実戦参加の機会もなく、ただ停泊地に浮かぶ両艦は「大和ホテル」「武蔵旅館」などと揶揄されたという。今回派遣された「きりしま」も、同じ運命をたどらないと言えようか。
また、交代理由のひとつとして旗艦能力を有する護衛艦のローテーションが言われている。しかし今程度の任務と艦隊編成に本格的な司令部機能は必要無い。

<X,masプレゼント>
 ところで、派遣に当たり危惧されている「海自イージス艦の情報で米軍が攻撃」する事などは現実にあるのだろうか。その様な仮定は、日米の軍事力の差を無視した論議と言わざるを得ない。米軍は多数のイージス艦と早期警戒機、電子戦機、さらには偵察機、偵察衛星などを結ぶ戦場ネットワークを構築し、自衛隊など足元にも及ばない高度な情報収集能力を有している。自衛隊が米軍の情報の提供を受けることはあっても、その逆はあり得ない。言われているような形で、集団的自衛権を行使しようとしても無理なのである。日本国内での論議を聞いて、アメリカは苦笑しているに違いない。
 先日、イエメンにスカッドミサイルを運ぼうとしていた北朝鮮の輸送船が臨検を受けた。これも出航時から追跡していたアメリカの情報で、スペイン海軍が臨検したのものである。 
 いずれにしても今回の派遣劇は、はじめにイージス艦ありきで、派遣理由はいずれも説得力を持ち得ない。今回のイージス艦派遣は、対テロ戦争からイラク攻撃に突き進もうとしている、アメリカに対する同盟国の象徴としての「クリスマスプレゼント」なのである。(大阪O)

 【出典】 アサート No.301 2002年12月21日

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【コラム】ひとりごと――マイナス人勧の悪影響はじわじわと押し寄せる‐‐

【コラム】ひとりごと――マイナス人勧の悪影響はじわじわと押し寄せる‐‐

○今年の人勧は、制度発足以来初のマイナス人勧となった。月給ベースで7700円(‐2.03%)、一時金で0.05ヶ月分の引き下げという内容だ。
○経済低迷の影響から民間賃金も大幅な切り下げが横行し、失業率も高止まりしている現実の中で、民間賃金準拠という制度設計が行なわれている人事院勧告制度である以上、マイナスの賃金勧告が有りうる。しかし、理屈の話と現実とは違う。一度として経験したことのない事態なのである。さらに加えて、予定されているのは国家公務員の退職金について、民間との比較調査が行なわれ、10%の退職金引き下げが現実のものになろうとしている。○多数の都道府県では、これまでに独自の賃金カットを実施してきているが、来年度もこれを継続する姿勢が硬い。北海道庁では、年末闘争でも4年前から強行実施されている一時金の7.5%カットの停止を勝ち取れず、マイナスを4月に遡る減額遡及も強行されている。東京都も、これまで財政再建を理由として期限付きで実施されてきた一般職員の給与カットを継続する提案を行なった。○大阪府堺市では退職金10%カットの提案が行われるなど、大阪府でも減額遡及問題に加えて基本賃金のカットや昇給延伸提案を行う市が相次いでいる。人勧とは切り離しての年末闘争の方向のようだが、年度末に向けて火種は残っている。
○一方で、人事院勧告はこれまで各種補助金等の人件費算出の基礎となってきた。人勧の引き上げ率が次年度算出の基礎となってきたのである。マイナス人勧ということで、現在作成されつつある2003年度予算でも、軒並み人件費部分が引き下げられつつある。特に福祉関係の補助金には、施設福祉にしろ社会復帰施設関連にしろ人件費部分の占める割合が大きい。○まだ、全貌は明らかになっていないが、補助金の基準額の引き下げということになれば、行き着く先は、関係労働者の賃下げという事態である。介護保険関連でも、個別の単価では引き上げられるものもあるが、全体としては介護報酬は5%程度の引き下げの方向が出された。現在でも介護関係労働者は、介護報酬部分の44%程度しか賃金を受け取っていない。(ヘルパーの平均時給を1,261円とすると、ヘルパー賃金率は44%(=1,261円/2,867円:介護基準報酬)○さらに、労組の存在しない企業や、公共関連の様々な職場・企業では、人勧を元に賃金決定が行われてきている。言わば世間相場としての人勧である。マイナス人勧の影響はこうした職場を直撃することだろう。あくまでも引き上げ率としての人勧を横目で見た来たわけだが、引き下げ要因となる。○この数年の一時金引き下げ、そして今回のマイナス人勧だといっても、年収ベースで数10万の賃下げであり、まだまだ一般的な労働者の賃金水準と比べれば比較的優遇されているのだろう。春闘が萎み、賃下げが横行し、そして公務員賃金が下がる。しかし、この結果は、社会の隅々の賃金決定システムを縛り、影響を及ぼしていく。○公務員のマイナス人勧の悪影響はじわじわと押し寄せてくるのである。その意味を初めての経験から学ぶことが必要だ。社会的連帯の本当の意味と賃金闘争の大切さを。(佐野) 

 【出典】 アサート No.301 2002年12月21日

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【投稿】自公政権の危険な綱渡り—対イラク自衛隊派兵閣議決定—

【投稿】自公政権の危険な綱渡り—対イラク自衛隊派兵閣議決定—

<<憲法のつまみ食い>>
 ついに日本は小泉政権の下で、「自衛隊」初の「戦地」派遣に決定的な一歩を踏み出した。12月9日午後4時すぎにイラク復興特別措置法に基づく自衛隊派遣の基本計画が閣議決定されたのである。交戦権を明確に放棄した平和憲法を踏みにじるこの歴史的に重大な決定にもかかわらず、国会に問題提起することも、首相の所信表明すら行わず、2日間だけの予算委での総括質疑で逃げ回ってきたあげく、小泉首相が行ったことは、閣議決定後の一方的な記者会見だけであった。
 しかもあろうことか、「憲法改正」を国会で公言し、自民党公約として2005年までの改憲案づくりを踏み出した本人が、日本国憲法前文の一部を読み上げて、派兵の正当化をはかったのである。憲法前文には「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて…日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」とある、だから「まさに、日本国として日本国民として、この憲法の理念に沿った活動が国際社会から求められている」と、目を吊り上げてまくし立てた。笑止千万である。「日経」12/10日付によると、首相は記者会見に向けて「この一週間、憲法の前文を暗記していただけ」だという。
 12/11付け朝日社説は「だが、それは前文の一部を取り出して都合よく解釈したに過ぎない。前文全体を読んでいただきたい。そこには、国連憲章に通底する紛争の平和解決という理念がどれほど深くにじんでいることか。逆に、9条には一切触れることがなかった。前文と9条には『すき間』があるとかねて言ってきた首相だが、もはや9条の存在を忘れ去ろうとしているかのようだ。こんなことで『国民の精神が試されている』と鼓舞されてはたまらない。首相に求めたいのは、見かけの気迫ではなく冷静に国際社会を見て判断する力である。」と手厳しい。

<<完全な「戦争モード」派遣>>
 首相が目もくれなかった憲法第九条第一項は、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」と明示し、第二項において「前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と国内外に向けて宣言し、この徹底した「恒久平和の希求」をもって「名誉ある地位を占めたい」と誓ったのが、憲法前文の精神である。首相の手前勝手な憲法の引用は、抜き差しならない泥沼の論理に落ち込み、破綻した首相の姿勢を浮き彫りにしただけである。
そもそも憲法はおろか、イラク特措法自体においてさえ、自衛隊が活動する全期間を通じて戦闘行為がないと認められる地域(非戦闘地域)にしか派兵できない定めである。この「非戦闘地域」の設定については、憲法が禁じる海外での武力行使を避けるための「法的な担保」(石破防衛庁長官)としてきたにもかかわらず、政府は「非戦闘地域」を特定できないどころか、米占領軍のサンチェス現地司令官が明言しているように、イラクはいま、「全土が戦闘地域」なのである。
しかも、政府答弁においてさえも、フセイン残党による組織的計画的な攻撃は「戦闘行為だ」とし、さらに「フセイン残党(の攻撃)と確認できない、その可能性が排除できない」場合であっても、「(戦闘が)予測される地域になる」(6/27石破防衛庁長官、衆院イラク特別委)として、派兵できないとしてきたのである。
 ところが、今回発表された基本計画は、「戦闘行為」を前提とした無反動砲や対戦車弾、装輪装甲車など、自衛隊の海外派兵ではかつてなかった重武装の完全な「戦争モード」である。このような派兵は、「非戦闘地域」で活動するのなら不必要な武力行使を想定しており、派兵される場所が「戦闘地域」、「戦闘予測地域」であることを自ら語っている。これはまさに米英軍の国連をも無視した不法・不当な軍事侵略と占領に加担し、それを正当化するための軍事戦略としての派兵なのである。

<<「驚天動地発言」>>
 ところがそれでも、首相は「日本は戦争に行くんじゃない。自衛隊は復興人道支援に行く」とシラをきり続けたのであるが、勢いあまって記者会見で、自衛隊による武器・弾薬の輸送は「行わない」と明言した。しかしこれまで政府は、イラク特措法の国会審議で、自衛隊による武器・弾薬の輸送も行うとしてきたところから、首相の発言は、政府内で「驚天動地の発言」(外務省幹部、「朝日」12/11付)と受けとめられたという。石破茂防衛庁長官は同日の記者会見で「法的に不可能だとは認識していない」と補足したが、首相は自ら提出した「基本計画」さえろくに読まず、理解さえもしていない底の浅さを露呈したわけである。首相は、武器・弾薬の輸送は「行わない」と明言したが、その意味することなどには無頓着であり、それを守る気などさらさらない。
実際にこの「基本計画」では、派遣される航空自衛隊の任務を、クウェートの空港とイラク国内のバグダッド・バスラ・バラド・モスルなどの各空港間の空輸としており、空輸する物資は「内実は米英軍向けがほとんど」(「日経」12/10)で、カタール駐留の米空軍の輸送調整のもとで空自も活動することが歴然としており、政府は、武装米兵の輸送も可能だとしている。
 さらにこの「基本計画」には、自衛隊の「安全確保支援活動」として米英軍など占領軍への軍事支援が明記されているにもかかわらず、「復興人道支援」の名目上、首相は一切言及しなかったというか、言及できなかったのであろう。翌日12/10の福田官房長官の記者会見では、記者から「総理は(九日の会見で)、安全確保支援活動について一言も触れなかった」と指摘され、「治安を維持する他国の支援をするということは、間接的に復興に役立つ」などととってつけた言い訳に四苦八苦である。
 このいい加減さ、無責任さが小泉という人物の本質的な特徴であろう。首相は、とってつけたように「国際社会の一員としての責任を果たす。これは憲法の前文にも合致する」、「必ずしも安全でないことは認識しているが、テロに怯えて屈してはいけない」、「自衛隊は一般国民にできない仕事ができる」「(戦闘が)泥沼化する時は自衛隊が手を引いた時だ」などと語るが、このような粗雑な論理では、底知れぬ泥沼に引きずり込まれ、自らテロと混乱を呼び寄せているようなものである。首相にとっては、何が何でもとにかくブッシュと約束した以上、早く派兵したい、本心はこれだけであろう。結局、イラク派兵の理由として残るのは「日米同盟の重要性」だけである。

<<「考え直すべき機会」>>
 「基本計画」を閣議決定したその日、12/9、イラク統治評議会のハミド・カファイ報道官は、カタールの衛星テレビ・アルジャジーラとのインタビューで日本政府の自衛隊派兵閣議決定について「これ以上の外国軍はいらない」と否定的な立場を表明し、「外国軍に関する統治評議会の立場は明白である。われわれはイラク国民こそがイラクを統治すべきと考えており、イラクの問題はイラク人自身で解決すべきである」と述べ、「復興支援」の対象である当事者から、日本の自衛隊派兵が歓迎されざるものとして拒絶されていることを銘記すべきであろう。
 そして同じその日、バグダッド国際空港を離陸した米軍のC17輸送機が、ミサイル攻撃を受け、被弾している。同じ空自のC17輸送機も当然レジスタンス側の攻撃対象となることは明らかであろう。
 小泉首相の必死の特別記者会見にもかかわらず、その後の世論調査はすべてイラク派兵反対の声が圧倒的多数であることを明らかにしている。小泉首相は大義もなければ説得力もない自らの立場を反省も出来ずに、「政府の批判とか自衛隊(のイラク派兵)反対ばかり言わないで、マスコミのみなさんも激励してあげてください」(12/11)と体制翼賛報道を要請する始末である。福田官房長官にいたっては、世論調査で過半数を超えた自衛隊のイラク派兵反対の声を「考え直すべき機会ではないか」と述べて(12/12)、世論の動向を考慮するどころか敵視し始めたのである。石原・東京都知事が「平和目的で行った自衛隊がもし攻撃されたら、堂々と反撃して、せん滅したらいい。日本軍というのは強いんだから」と語った(12/2)のと同じレベルである。危険極まりない綱渡りを即刻取りやめ、「考え直すべき機会」を与えられているのは、自民・公明政権の当事者たちなのである。

 この投稿執筆後、12/14、フセイン元大統領の拘束が発表され、福田官房長官が「自衛隊派兵の追い風になる」と歓迎を表明したが、そのような皮相な甘い認識をこそ「考え直すべき」であろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.313 2003年12月20日

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【討論】衆議院選挙についての意見交換会 (その1)

【討論】衆議院選挙についての意見交換会 (その1)

(12月7日に在阪の編集委員が中心になって、総選挙について意見交換会を行いました。以下は、佐野の責任において編集したものです。今月号と次号に分けて掲載します。表層的な選挙結果分析をはじめ、底流で進んでいる政治をめぐる変化について議論ができました。ご意見などお寄せください。)

E:それでは先日執行された衆議院選挙について、意見交換会を開催します。最初に、それぞれの立場での感想を述べていただきたいと思います。また選挙後、イラク情勢も動いておりますので、後ほど取り上げたいと思っています。

<自民党はマニュフェスト選挙に対応できなかった>
A:まず今回の選挙は、盛り上がりの欠ける選挙だったと思いますし、私自身、さめていたという感じです。
 しかし、その中でもあった争点と言えば、「マニュフェスト選挙」とも言われましたが、民主党が政権を担うことを問うた選挙であったと思います。しかし、実際には政権を展望する決意を示した程度であったと思いますが。
 これに対し自民党は、この民主党が仕掛けた「マニュフェスト選挙」に十分、対応できなかったということですね。「自民党は政権を取っているのだから、今、実行している政策がマニュフェストだ」等と言って。結果的に自民党が追い詰められた感じとなった。
 では、それでは民主党のマニュフェストがどれだけ国民に理解されたかと言えば、それも十分ではなかった思う。道路公団問題、年金問題が争点になったかといえば、そうでもなかった。
 もう一つ、言っておきたいことは、私にとっての選挙の焦点は、イラク派兵問題でした。現実に日本が、実質的にアメリカの軍事行動に加担する状況の中で、何よりも増して重要な争点だと思うのです。自民党は圧倒的多数を得て「イラク問題でも国民的信任を得た」と言っている。私は、野党がイラク問題を、もっと早い段階から全面的に訴えていくべきだったと思っています。民主党も当初は十分ではなかった。後半にはかなり前面に出ていたようだけれど。まあ、自由党と合併した直後であったし、西村慎吾のような者もいる中では、すぐには言いにくかったのかなとも思いますがね。
 
<憲法を守るというだけでは不十分だった社民党>
 最後に社民党の後退についても一言。イラク問題でも社民党がしっかり訴えていたかというと、そう見えていない。ぼやけていなかったか。社民党は「護憲、憲法を守る」と主張していた。「憲法を守るのか、改憲なのか」という問題の立て方でね。そうではなく、今、イラク派兵を前にして、「どう主張するのか、具体的に何を為すべきか」という提起の方が、良かったのではなかったかと思います。社民党は、現時点では政権を展望できる党ではないわけだから、マニュフェスト選挙に張り合わずに、専門店的に「イラクと平和」に焦点を絞った選挙にすべきではなかったか。
  
<存在感を増した公明党>
B:今回民主党が政権獲得をめざしたということ、マスコミも二大政党時代の到来という報道もあったわけですが、投票率は思ったより伸びなかった。大きく動いた選挙であったかというと、自民党も追加公認などもあり安定多数という結果となった。トータルでは社共が減少して、その分民主党が伸びた。民主党は伸びたけれども政権を取れなかったという意味では敗北ということになる。マニュフェストも今回導入されたけれどどれだけの人間が読んだのかということになるとね。これから定着すると思われますが、道路公団ひとつとっても、突然の無料化提案ということも国民は冷静であったのかな、と思います。
 公明党ですが、安定的に議席を確保し、自民党議員当選のキャステングボードを握っている。この影響が、いい面として年金問題などで自民党を制御する面が出てくることを期待するわけだけれど、いずれにしても公明党の存在感が大きくなった選挙であったと思います。大阪では従来からいろいろな意味で公明党との関係が重要という民主党の地方議員も多いという事情がある。投票日の三日前に公明党(学会)がこちらに来たみたいな話が多んですね。
 
<バブル的状況の民主党>
C:選挙結果を見ていつも思うのだけれど、非常に絶妙のバランスというか、一人ひとりが投票しているんだけど、バランスのある結果が出てくるんですね。マニュフェスト選挙ですが、それはよかったと思います。議論になったし、関心も高かった。実際に私の選挙区でも9000部くらい作ったわけだけれど、即なくなってね、倍の増刷をしてもそれもすぐに無くなってしまった。(具体の地元のお話–略–)現実問題としては、民主党も地方の段階で見れば、候補者がいないということや組織がしっかりしていない状況にはあまり変わりがなく、民主党も今の状況はバブル的状況にある。
 イラク派兵問題が私も気になっていて、淡々と何か進んでいるという感じでね。歴史に一線を画すような問題なのに、淡々と進んでいることに対して、これでいいのかな、という気持ちですね。
D:いろんな経過でポッ出の候補者でも、そこそこの票を獲得したということは、やはり民主党にかなりの風が吹いたということですね。私は比例区では社民党に入れたのは、あぶないだろうと言われていた(土井)党首のためにね、その程度だったんですが。

<小選挙区選挙の特徴が出てきたね>
E:私の場合は、96年の旧々民主党結成から、近いところで民主党を見てきた経過がありまして、小選挙区選挙が3回目ということで感じるところが多かったですね。小選挙区で一度当選した現職は、比較的強い候補となる傾向にあることが多いということ、そして小選挙区で勝てる候補が増えれば、比例区でも勝てる傾向が出る。選挙区で落選したからと言っても比例区で当選できれば、議員活動を通じて支持を広げられてる、次の選挙では選挙区で勝てる可能性が強まる、というように上向きの波に少なくとも近畿の民主党は今回乗っているという感想を持ちましたね。政党組織などほとんど無いに等しい組織実態にあるにも関わらずでね。
 前回の比例区で20議席を取った政党も、200万票近く落とした結果、9議席しか取れなかったで、大変こわい選挙制度でもあるわけです。ウォッチャー的な見方に留まらず、しっかり解明する必要があると思います。
 (自分の選挙区の話–略–)共産党の低迷は深刻かな、という感想を持っています。とにかく元気がないんですね。従来のように全戸ビラも少なく、今回初めて新聞折込で共産党のビラを見ましたね。バッシング的にどうしようもない政党なんだから、という意味ではなく、心配しているんです。
 自治労で言えば、社民党として組織内または推薦候補で当選したのは、沖縄の照屋さんだけ。彼は民主党の推薦を受けた候補ですね。そして民主党系は8名が当選した。当然、流れは民主党に一層傾くことになる。社民党系県本部でもはや自力で、また比例であっても議員を当選させることがほぼ不可能になっているわけですね。労組内のバランスも影響を与える結果となったわけですね。来年の参議院選挙まで、この傾向は続くと思いますね。

<都市部と地方に分岐が出てきた>
F:この意見交換会は、これまで何回かやってきてますね。先ほどCさんも言われたように選挙結果そのものには、そんなにドラスチックな展開があったわけではないですね。僕がずっと関心を持ってきたのが投票率なんですが、投票率は全然変わっていない。マニュフェスト選挙と名付けられて関心が高まったかのように言われていたわけですが、かなり低い投票率でした。私はそこに、表面的な選挙上の対立とか結果というものよりも、政治全体の仕組み、今の政治制度をめぐる危機を感じているわけです。
 ただ、今回少し違う流れになってきているなと思うのは、都市部と地方に流れの分岐があるという点です。例えば近畿における小選挙区の結果を見ても、都市化されたところでは民主党が勝っていて、所謂「田舎」的なところで自民党が勝っているわけです。比例区の投票を見ても同様な二極分解が出てきている。そもそも、今の時代、選挙を通して行われる選択というのは、かなり抽象的な議論を判断基準にしなければ選び難いものになってきている。そういう意味で、今の自民党政権の抱えている問題、それを変えないといけないという危機感はやはり都市部の方が多い。それは一つの芽だと思っているんです。ただそこに、明確な議論が立てられていない所に、これまでの限界があるのではないかと感じているわけです。

<「テロ」なのか「ゲリラ」なのか>
 我々が考えなくてはならない一番のポイントなんですが、政治というのは「状況の定義を巡る争い」だと思うんです。一番広義の意味で政治をあらわすとね。どういうことかと言うと、今のイラクの問題でも、現状を「テロ」と表現するのか、「ゲリラ戦」という言葉で表現するのかという違い。あるいは、今、イラクで求められているものは、「戦後復興」なのか、米英軍を中心にした占領下における「治安対策、治安強化」なのかということですね。どう状況を捉えるか、定義するかで次の対応策が変わってくるんです。そういう意味で、あらゆるものについて、問題の立て方と打開策を明示していく必要があるはずで、マニュフェストは本来その体系だった整理が前提になるはずなんです。ところが、今回示されたマニュフェストは、問題の下部にある具体的な話がぽっと出てきている感じがします。例えば、高速道路料金の無料化という提起にしても、単に無料・有料というレベルだけで議論されると、大した問題ではないような感じがするんですね。
 その辺で、もう少し政治や政党政治のダイナミズムを取り戻すプロセスとそこにおける限界なりを、今回の選挙を通じてを考えてみたらどうかと思っています。
 
<マニュフェストの修正はじめた公明> 
E:今回の選挙では、自民党には一度休憩していただくという選択肢もある、ということをより現実的に認識させたものとして民主党のマニュフェストがあったのなかと考えています。昨日アサートの掲示板に書き込みがありまして、マニュフェストというけれど公明党はすでに年金改革でマニュフェストを変更しようとしているという指摘なんですね。
 マニュフェストで国民はチェックしやすくなったわけですね。
A:Fさんと意見が少し違うかも知れませんが、ー小沢が民主党のマニュフェストを見て、「もっとわかりやすくしないとだめ」と言った。国民に争点をわかり易く伝えることは必要だ思いますね。Fさんの言う「問題の立て方」や「打開策」というよりもね。道路公団民営化、無料化提案というのは、それなりに違いをわかりやすくした、と言う意味では面白いと言う評価はできると思いますね。ただ、争点にまでになったかというと別だけど。

<民主党・自由党合併の評価は?>
F:民主党が小沢さんの自由党と合併したことは、僕は非常に評価しているんです。菅さんや小沢さんが言っていたように、「政権を取る」ということですね。それを明確にするためには、選択肢は単純な方がいいわけです。二者択一でね。世の中の物事は、そんな単純なものではないわけですが、こと勝ち負けを決める選挙の場合、特に小選挙区選挙では、単純な選択肢を示さなければならないんです。自民党から政権を奪うということは、新しい政権は自民党と違う政策を明確に、単純に示す必要があるわけですね。そのためには、自民党とは何なのか、ということも明確に定義しないといけないと思います。

<「脱官僚政治」は的を得ているか>
 民主党が一番間違っているのは、そこなんですね。今回の民主党のマニュフェストを貫く理念というのは「脱官僚政治」です。「自民党は利権構造で、政策を官僚に丸投げして官僚支配に踊っているけれど、民主党はそうではありません」と言っているんですね。これは何となく分かったように思えるし、反公務員や反官僚の意識には乗っている定義なんだけれど、実は何も言っていないのと一緒です。中身の違いではないわけです。
D:民主党のポスターは「強い日本」だったかな、これもよく分からんね。
F:そのスローガンもよくわかりませんね。ここに一番の問題があると思いますよ。いわば「気分」しか示せていないわけ。実は、自民党政治の一番の問題は、「状況追随」なんですね。事前にきちんと確立した判断基準に基づく政治ではなくて、個別業界の利害に追随したり、自民党内の力関係に追随したりするわけです。それが端的に現れているのが外交政策で、自らの意志があって行動するというよりも、アメリカの顔色を見て、ブッシュの言うとおりに動く。そういうやり方をしているから、今回のイラク問題なんかでは、状況に振り回されて、ズルズルと流れているという感じですね。何の覚悟も足元の固めもなく、体制もないままに、一国の軍隊を送り出そうとしている。先ほどCさんが言っていたように、交戦状態になった場合の対応など全く不明確なんですね。強い国家的意志でやっているという感じもなく。ズルズルとやっているわけですね。「帝国主義的野望」というような雰囲気ではなく、しょうがなしにやっているというのが実態ではないでしょうか。
C:でも、そこが怖いところではあるんだけれどね。
D:改憲勢力も、明確に「改憲」の旗を揚げだしているしね。
F:でも状況に引きずられて自衛隊を出していくからゆえの、二次的なことかもしれないけれどね。
C:むしろ争点になるのを避けているという感じだけれど。

<争点を避けて、ズルズルと進める自民党流>
F:全部避けているという感じでしょ。自衛隊派遣の枠組みについても、先ず非戦闘地域があるという前提で設定しておいて、今こんな状態になって、非戦闘地域なんてあるのか、という議論になってきたら、「どこかにあるでしょう」と官房長官が人ごとみたいに発言する。そんな言い方されたら、派遣される人はたまったものじゃないわけです。いつ送るのか、という議論についても、状況を見て、という。
 高速道路建設もズルズルとやっていくと。そのあたりに対してね、民主党は「強い日本」ということを対置するのでではなくて、ちょっと違う表現をすれば、行動原理・基準原則を明確にした枠組みの議論を提起できるのではないでしょうか。
 政治がその事をしないから官僚が勝手に暴走しているみたい雰囲気になっているんであって、官僚批判の気分から「脱官僚政治」を掲げても極めてネガティブな捉え方にとどまってしまうんですね。そのあたりを練り上げることが民主党に必要なのではないでしょうか。
B:民主党も選挙前だからマニュフェストでまとまったという状況で、落ち着けば、マニュフェストもどうなるのかなという雰囲気がある。選挙前にまとめるというのではなく、日日の常に具体的な政策のすり合わせが必要になる。その積重ねがあって、選挙前にはマニュフェストが出されるというようにね。

<小沢・横路会談の意味>
F:その点で選挙後面白かったのは、民主党内で小沢さんと横路さんのグループの間で国連派遣軍の話がまとまったという話ですね。自衛隊とは別に国連待機軍を作って、国連の要請に対応するという大筋の合意ができたという話ですが、これは画期的なことですね。
D:横路にしては意外だったね。それは小沢が踏み切らせたんだと思うけれど。自衛隊を変えてしまえばいいわけだ。
F:国連を中心とした国際貢献をする、国際政治における日本の役割を果たすということを日本国憲法の制限の中で、どういう政策的受け皿を作るのか、と言うことにおいて、昔の自社の枠組みを打ち破るものとして、とても面白いと思います。そういうものを次の選挙までに整理していって、大きな意味での自民党政権ではない新しい行動原理に基づくプログラムを作ると説得力がありますね。(次号に続く)

 【出典】 アサート No.313 2003年12月20日

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【書評】山本晴義著 『対話 現代アメリカの社会思想』

【書評】山本晴義著 『対話 現代アメリカの社会思想』
    (2003.10.30.発行、ミネルヴァ書房、2,800円+税)

 現在何事につけても話題に上がるアメリカについては、数多くの著作が現わされて、政治・経済・軍事・民衆等さまざまな側面が論じられている。しかしその中で、現代アメリカの社会思想に関する著作は、本書をもって嚆矢とする。本書は、これまでのアメリカ研究からスッポリと抜け落ちていた側面を照らし出す。この点に注目した著者の慧眼に敬意を表したい。

 さて本書は、現代アメリカの社会思想を第二次世界大戦から今日に至るまで包括的に記述する。章立てに従うならば、(Ⅰ)戦後「アメリカ・リベラリズム」の発展、(Ⅱ)六〇年代「アメリカ・リベラリズム」の崩壊とニューレフト、(Ⅲ)八〇年代アメリカ「新保守主義」の台頭、(Ⅳ)八〇年代アメリカの左翼–アメリカの「フランクフルト学派」、(Ⅴ)グローバリゼーションとポストコロニアリズム、と戦後アメリカがたどってきた道筋を追っていく。

 この道筋は、戦後直ぐの「アメリカ・リベラリズム」が六〇年代に崩壊し、ニューレフトの登場によって新しい局面が開かれるという第一の状況、これに対する保守化の反撃(「ニューライト」)の中で「新保守主義」(ネオコンサーヴァティズム)の進出という第二の状況、そして八〇年代以降グローバリゼーション下でのアメリカ「左翼」のさまざまな変革への試みという第三の状況、と大別して特徴づけられるであろう。この中で本書は、①権力に抵抗する勢力が、旧左翼から多様な諸集団の複数党派のネットワークへと拡大していること、②批判の立脚点が政治的領域から、カルチュラルスタディーズに見られるような、従来の問題提起の仕方そのものを見直すような深まりを持ち始めていることを指摘し、この視点を堅持する。すなわち本書は、現代アメリカの社会思想の検討を通じて社会変革への道を探ろうとする。

 第一の状況において本書は、戦後のオプティミスティックな「リベラリズム」–D.ベル、T.パーソンズ等–の崩壊、諸矛盾の顕在化の中で、公民権運動、黒人運動、ベトナム反戦運動等の多様な運動の爆発を、「旧左翼」に対する「異議申し立て」でもあったとする。その中ではW.ミルズの「多元的なラディカルデモクラシー」やH.マルクーゼの「美的エロス的要求」、あるいはラディカル・フェミニズム(「個人的なものは政治的なものである」)などが取り上げられる。そしてこの時代は、「世界システムにおける『国家』と『市民社会』との力関係が大きく転換し、国家の枠を超えて『社会』の多様な集団(黒人、青年、学生、女性等)がその場に姿をあらわしてきた」、「政治と言えば、もっぱら『国家』あるいは『階級闘争』をめぐる問題(『政治革命』)だと考えられていたのが、社会のさまざまな領域でのいわゆる『ライフスタイルの政治』(『社会革命』)が論じられるようになった」と評価する。

 第二の状況では、ラディカリズム、ニューレフト等の退廃的な現象もあいまって、人種問題から保守化の反撃、「ニューライト」の運動が起こる。政治区分で言えばレーガン大統領の時代に「新保守主義」(ネオコンサーヴァティズム)が台頭する。D.ベルは「『動揺するアメリカ』を解決する鍵を、失われた『プロティスタンティズムの倫理』にかわる『超越的な連帯感』、『公共の哲学』に求め、「自律的な人間」の形成のために「『聖なるもの』の感覚、『宗教の核心となる、何か超越的なものの感覚』を追及すること」を主張するに至る。

 そして第三の状況では、ホルクハイマー、アドルノ、ハーバーマス等フランクフルト学派の思想が精力的に吸収されたこと、また他方では、フーコーやデリダ等の「ポスト・モダニズム」もアメリカ思想界を風靡したという経緯が指摘される。そして本書は、これらのうちでハーバーマスの「生活世界をシステムの植民地化から解放するために、言語コミュニケーションによる、生活・生命の論理」にもとづく「異議申し立て」を評価する。しかし同時に彼が「1968年を境に展開した(中略)ヨーロッパの『近代』に対する知的確信が揺らぐ中で、あくまでも『未完のプロジェクト』としての『近代』を擁護し、未完の啓蒙のプロジェクトを継承しようとする」、すなわち「終始、西欧近代世界の内部、『西洋中心主義』を出ない」姿勢を保持していることを批判する。

 そしてこれに対して、「真の思考は・・・思考自身に抵抗しつつ思考しなければならない」と「否定弁証法」によって「非同一的なもの(他者)」の存在を主張するアドルノ、「ロゴスを基準の中心にしない思惟の可能性を説き、理性を、理性とは別のもの、『理性の他者』との関係のうちで、脱中心化」、「脱構築」、「差延」(ずらす)ことを主張するデリダ、「常識的な思想史、つまり知の連続的、同一性の歴史ではなく、『知の考古学(アルケオロジー)』」、「非連続的で断層をふくんだ知の『歴史』を説くフーコーの主張の持つ意味に注目する。そしてこの展開の中で、「ハーバーマスの視点とアドルノやフーコー、デリダの視点を緊張した統一と考える必要がある」ことを強調する。

 この意味で本書では、近代ヨーロッパ社会を国民国家単位のパラダイムではなく、「世界経済システム」として–「中核諸国家」と「周辺地域」およびその中間の「半周辺の地域」に分かれた一つの有機体として見るウォーラースティンが評価される。つまり「経済発展(中核)と低開発(周辺)は同じコインの背中合わせの両面」(ウォーラースティン)であり、相互に関連しつつ同時に進行するとされる。「だから周辺における労働形態は、古代や封建制の残存ではなく、中核部の賃金と同様、資本主義世界システムにおける労働の一形態」なのである。

 この「『周辺』の視点から『非同一的なもの(他者)』をも包摂していこうとする」ウォーラースティンの視点は、八〇年代から九〇年台にかけてのグローバリゼーションの拡大、ポストココロニアリズムの発展の中で、サイードとスピヴァクの特徴的な思想としてあらわれる。

 サイードは、『オリエンタリズム』において、「歴史的にヨーロッパ(西洋)はオリエント(東洋)を自己とは正反対の他者として措定し、世界をヨーロッパ対オリエントという二項対立によって、自己のアイデンティティを獲得しつづけてきた」として、オリエンタリズムを「オリエントに対するヨーロッパの支配の様式」(サイード)と批判する。しかもそれは、「東洋を生産し再構成するフーコー的ディスクール(言説、話し方)」として存在し、「ディシプリン(規律=訓練)」によって自発的に服従する主体へと仕立て上げられるとされる(「オリエントのオリエント化」)。ここからサイードは、「現在、巨大なグローバリズムの支配の下で、不幸な西洋人と非西洋人がもつ『共通体験』、『重なり合う領域』、『からまりあう歴史』において、西洋と東洋との二項対立を解体する新たな可能性を探ろうとする。

 またスピヴァクは、『サバルタンは語ることができるか』において、サバルタン(「従属的な社会集団」あるいは「下層の人々」–A.グラムシが最初に使用した概念)の声がどのように聞き取られているかという「語る側と聞く側の相互関係」、「知識人主体のあり方」を問題にする。すなわち「問われなければならないのは、自民族中心主義的な主体があるひとつの他者を選択的に定義することで自己を確立してしまうのを避けるためにはどうすればよいか」(スピヴァク)と提起する。

 かくして現代世界のグローバリゼーションに対抗して、「『周辺』、ポストコロニアリズムの視点を包摂して、地域、国家、人種、性差、文化を超えて発展している、『集団的にして個人的』な、多様な運動、『アソシエーション革命』を推し進めていくことが最優先の課題となり、そして『それはマルクスが言う『国家の社会への再吸収』の過程であり、社会主義の世界システムへの過程』となると本書は結論づける。

 このように本書は、現代アメリカの社会思想が、社会変革への道につながっており、拡大深化していることを確信する。もちろんこれに対しての国家権力側からの抑圧の形態の変化やあるいは社会的変化の諸問題(例えば、効率性、計算・予測可能性、管理強化を特徴とする、いわゆる「マクドナルド化された社会」等)についても、今後さらに検討されるべき課題は残されている。しかし本書が提起した視点は、アメリカ社会の考察についての一つの大きな基礎を与えた画期的なものと言えるであろう。過去の総括とともに未来への展望を備えた著者畢生の労作が、多くの読者に向かえられて、運動の糧とならんことを。(R)

 【出典】 アサート No.313 2003年12月20日

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【投稿】早くも公約修正!公明党

【投稿】早くも公約修正!公明党

先の総選挙は久しぶりに面白い選挙でした。達成時期や財源を明記するマニフェストによって従来の選挙戦のイメージが大幅に変わり、有権者が各党の公約をチェックする政治風土ができるきっかけになったと思います。と思っていたらなんでしょうか公明党は。「基礎年金国庫負担引上げ財源を所得税の定率減税の廃止で確保する」という公約を早くも降ろそうとしています。定率減税廃止の是非は議論のあるところですが、せっかく有権者が注目したマニフェストの公約を選挙後ひと月もたたないうちに撤回してしまうとは。これじゃせっかく有権者の関心を集めたマニフェストもやっぱり今までの無責任な公約(ウイッシュリスト)と同じじゃないかと思われてしまいます。だいたい公明党なんて選挙前から絶対少数政党であることが確定してるんだから、マニフェストを出すこと自体おこがましい気がするなあ。もし出すとしたら「何々をいつまでに実現することを約束します」と書かずに「何々をいつまでに実現するために自民党と協議することを約束します」と言うべきだ!これじゃなんだかわからないけど。(近森麻人)

 【出典】 アサート No.313 2003年12月20日

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【投稿】「小泉・安倍効果」なしの選挙結果

【投稿】「小泉・安倍効果」なしの選挙結果

<<まさかの議席減>>
 小泉・安倍コンビの二枚看板で自民党単独過半数獲得・圧勝というシナリオはもろくも崩れ去った。投票日1週間前の11/3に、大手4紙が発表した世論調査では、自民党は地方の小選挙区で民主党を圧倒、都市部でも善戦し、いずれも「自民圧勝の勢い」といった活字が踊り、自民党は単独過半数(241)どころか、常任委員長ポストを独占できる安定多数(252議席)も上回り、全委員会で過半数を握る絶対安定多数(269議席)の可能性さえあると報じていたのである。ところが結果は、自民237(-10)、民主177(+40)、公明34(+3)、共産9(-11)、社民6(-12)、保守新4(-5)、無所属の会1(-4)、その他12(+4)、と自民党が大きく議席を減らし、民主党に予想外の躍進をもたらした。自信満々、単独過半数を確信していた小泉首相にとっては「まさかの議席減」である。「小泉効果」も「安倍効果」もその相乗効果もなかったのである。海外からも「一般の人々は自民党の伝統的なばらまき政治を拒み始め、小泉首相を見限りだした」(11/9 ウォールストリート・ジャーナル電子版)とか、「財政再建や不良債権処理の遅れに対する国民の不満の高まり」(ワシントン・ポスト電子版)などと分析されている。
 各紙が事前の世論調査分析で見落としていたことは、同じそれぞれの調査の中で小泉内閣の支持率が1ヶ月余りの間に12~16%も下落し、47%台に落ち込んでいたことである。この時点ですでに、選挙目当ての小泉内閣のパフォーマンスと無責任な政治姿勢に「ノー」が突き付けられていたといえよう。にもかかわらず各紙が「自民圧勝」を予測したのは、創価学会・公明票のほとんどが自民候補に流れ、自民を大きく下支えすると見たからである。
 事実、公明党は小選挙区には10人しか候補者を擁立せず、他の選挙区では198名の自民党候補を推薦・支援し、そのうち当選者は156名に上っている。公明党の推薦を得た自民の小選挙区候補の勝率は67%という高さである。まさに創価学会・公明票が小泉自民党の死命を制し、命脈を保たせたといえよう。そして、公明党推薦を受けた自民候補者は「比例区は公明党」と支持者に要請した結果、公明党は比例代表で873万(前回776万)票、10選挙区で9議席を確保し、この選挙協力によって議席を3伸ばして、34議席とした。

<<二枚看板、無党派層とらえず>>
 しかしそれでも各紙の出口調査によれば、自民党候補に投票した公明支持層は6割にとどまっている。民主党でも「比例区は公明党」と動いた候補者も存在する。問題はこうした権力維持と打算にもとづいた選挙協力は、広範囲な支持を得ることが出来ず、内輪の裏取引レベルで画策され、組織的締め付けが可能な範囲でしか動作せず、したがって投票率が低ければ低いほど効果を発揮するという宿命を背負っていることである。創価学会・公明党の集票力は全国で800万票あまり、各小選挙区には平均2万5000票あるといわれるが、全有権者からすればしれたものであり、その全てに統制などきくものではない。その意味では、今回の投票率が、これまた事前の予想を外れて、結局59.86%(小選挙区)で確定し、戦後2番目の低さになってしまったことは、事前の世論調査が全て自民圧勝を予想し、その分諦めと棄権層を増大させ、結果として政治不信の大きさをあらためて示したものであったが、逆にそのことが自民・公明にとっては幸いだったと言えよう。しかしそれは薄氷の不安定な勝利でしかない。
 朝日新聞・出口調査によれば、選挙戦の死命を制する無党派層は、比例区では、都市部だけではなく、町村でも半数が民主党に投票し、自民党の倍以上であり、無党派層全体では、小選挙区で51%が民主候補に投票した。東京23区と政令指定都市で58%、その他の市部では51%が民主党に投票し、さらに町村でも41%と、自民党の32%を大きく上回った。 比例区ではその傾向がさらに顕著に表れ、東京23区と指定市、その他の都市で民主党が5割を超えた。前回の総選挙と比べてみても、大都市40%→59%、一般都市37%→56%、町村32%→50%と著しい伸び。同出口調査は、「逆に、自民党への投票率はさほど伸びず、小泉首相・安倍晋三幹事長の二枚看板は、無党派層の心はとらえなかったようだ。」と結論付けている。このことは、数%の投票率上昇で事態は逆転へと大きく変わっていたことを示していると言えよう。

<<『公明自民党』>>
 このような選挙結果は、「改革」の二枚看板をもってしても回復し得ないほど、そして公明・学会票に全面的に依存しなければ維持できないほどに、既存の自民党の支持基盤が崩壊しつつあることをも示していると言えよう。このことは、もはや”選挙の顔”としてあまり役に立たなくなってきた小泉首相にとっては、権力維持の基盤が崩れ出したことを意味しており、公明・学会依存が明瞭となった小泉政権の今後の迷走を暗示している。自民単独過半数を確保すれば、公明の要求を無視しても突っ走れると踏んでいた小泉首相にとっては致命傷である。
 同じことが公明党にとっても言えよう。公明党の立党の理念であったはずの「清潔、福祉、平和」は、今や自公協力によって完全に色あせ、自民党の利権政治やブッシュ追随政策の弁護に追われ、政策の一貫性が失われ、自民党の補完勢力でしかなくなりつつあることが、ますます自己矛盾を拡大させ、支持基盤との乖離を深めるものでしかない。保守新党も解党して自民党に合流した現在では、媒介政党がなく、露骨な自民・公明の一体政権となることによって、もはやそこから逃れるすべが極めて限定されてしまったのである。キャスチングボートを握ったと有頂天になってはいても、都合よく利用され、食い物にされ、結局は一体化されてしまうという自己呪縛である。この事態を、民主党の菅直人代表は「今回の選挙で公明党は自民党を国会運営、選挙と二重にコントロールするようになる。事実上の『公明自民党』になったのではないか」と述べている。
 一方、これに対抗する野党陣営は、反自民・反与党の協力態勢は非常に限られており、民主、社民、共産が競合する選挙区が62もあったことに象徴的である。その多くは野党統一候補であれば、与党候補を打ち破れていたものである。共産党は全小選挙区に候補者を出して与党側を大いに喜ばせ、結果は11減って9議席への激減である。民主党は今回、16選挙区で社民党候補を推薦したが、その社民党は、選挙前の3分の1の6議席への転落である。今回はとりわけ土井党首への攻撃が目に余る形で行われ、公営掲示板の選挙ポスターは、目と口を焼かれる、ポスターごと破られる、拉致被害者の有本恵子さんの写真が貼り付けられる、「土井たか子の首をとれ」という「日本を救う会」の大量の動員者によるキャンペーンが繰り広げられ、「首を取れ」というステッカーが貼られるという異常なネガティブキャンペーンが繰り広げられたと言う。唯一の救いと言えるのは、民主支持層の80%が社民党候補に投票した沖縄2区だけであった。

<<「退屈な2党支配」>>
 問題は躍進を果たした民主党である。確かに民主党は、旧自由党との合併効果により、少なくとも前回29選挙区で共倒れに終わった事態を克服し、単なる足し算以上の成果を上げたと言えよう。それでも無党派層の多くを獲得し、「地すべり的」な勝利によって政権交代を実現するという狙いは果たせなかった。未だ政治的に未成熟であると言えばそれまでであるが、反自民・反与党の政策的対決点がいまだ不明瞭であり、選択を迫れるほどの相違を浮かび上がらせることが出来なかったと言えよう。終盤、自衛隊のイラク派兵反対、高速道路無料化は多いに論議を盛り上げあげたが、各候補者はばらばら、おずおずであったことに象徴的である。
 それでも小選挙区、比例区双方で民主党に投票した人の64%が「所属政党の政策・公約」を挙げ、マニフェスト(政権公約)を重視している有権者が多かったことが出口調査で示されている。しかしそのマニフェスト、いかにも拙速であり、違いも不明瞭、党内合意も不十分、練り上げられていない、等々多くの課題を残している。
 米誌ニューズウィークの最近号の指摘に面白いものがある。「新・民主党の結成で話題にのぼることが多いが「退屈な2党支配」になっては元も子もない」として、「日本は、アメリカより優れた二大政党制を手にできるのか。今のところ見通しは明るくない。自民党と民主党の「マニフェスト(政権公約)」は、政党の名前がなければ、ほとんど区別がつかない。これではアメリカと変わらない。二大政党にこだわることはない。大きな政党が三つ以上あっても、二大政党制と同程度、あるいはそれ以上にうまく機能する可能性はある。それぞれが違う政策を示し、利益が一致したら連立政権を組めばいい。さて、はさみを用意しよう。自民党と民主党からネオコン(新保守主義者)とタカ派を切り離し、「強国党」にほうり込む。両党のリベラル派も取り出して、社民党とまとめて「生活党」をつくる。」(デーナ・ルイス「2大政党制だってバラ色じゃない 」ニューズウィーク日本版2003年11月12日号)というものである。いずれそのような政界再編が必要とされることを今回の選挙は示したのであろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.312 2003年11月22日

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【投稿】「再編と改革」が進む東京都立病院

【投稿】「再編と改革」が進む東京都立病院

 2001年4月独立行政法人制度が導入され、国立病院の法人化も決定されている。
 東京都では石原知事の提唱のもと、病院経営本部は「都立病院改革実行プログラム」(H15年1月)を出し「365日24時間の安全・安心と患者中心の医療」を目指して「東京発医療改革」を推進している。

  すでにこれまでに
 1、「東京ER・墨東、広尾、府中」の開設
 2、「都立病院の患者権利章典」の制定
 3、カルテ開示開始
 4、母子保健院の閉鎖
 を行っており、いっそうのコスト削減など経営改善を実施し、さらに15の都立病院の再編整備と「医療サービスの向上」を進める予定である。
 本当に患者中心の医療は実現するのか、本稿では、都立精神病院について考察する。
 都の精神医療を代表するM病院では、病床削減が進んでいる。平成20年までに1160床から890床へ削減の予定で、今年度すでに約60床が削減されているが、そのほとんどが転院と思われる。
 「日本全国で35万人といわれる社会的入院患者の7万2000人を地域に返す」という厚生労働省の指針に合致させていると思われるが、ほとんどが地域に帰る退院でなく転院であることは今後に大きな問題をはらんでいる。

<精神科救急の現状は>
 『脱入院化』を進めるには、精神科救急医療体制を整備し『365日24時間の安心』を用意しておかなければない。
 2003年10月精神科救急学会で発表された「東京都精神科救急医療体制の実績(2002年9月からの7ヵ月間の実績)をみると『電話相談 3387件、24条警察通報(自傷他害の恐れありとして110番通報して病院に連れて行くこと) 2347件、2次救急 146件、身体合併症救急15件』となっている。電話相談の数の多さと実際に受診161件(146+15)のギャップの大きさと警察ルートの多さ2347件が目立つ。この数字からは「なぜ、警察のお世話にならないと治療が受けられないのか」と素朴な疑問がわく。精神病者は『犯罪と同じルート』でよいという考えがあるとしたら「差別」そのものであり、医療を受ける権利が等しく保障されるように東京都の精神科救急体制そのものを再構築すべきである。
 さらに、退院して地域で生活して行く上で外来通院時・また退院時に十分な服薬指導が不可欠である。現状で何%の各患者が十分な指導を受けているか調査が必要だ。
 つぎに「怖くない精神病院」を実現すること。何をされるかわからない精神病院でなく、本人が嫌なことは拒否できるよう「説明と同意」を真摯に追求すべきである。
 これまでは「精神耗弱、混迷状態で話してもわからない」と患者の了解なしの電気ショック療法が日常茶飯事におこなわれていたのではなかっただろうか。患者中心の医療が言われるようになった現在でも、家族が承諾書へ署名することで無制限に医師に電気ショック療法の実施が委任される。気がついたら「記憶を失う」など侵襲的な治療をされた後だったということも起きているのではないだろうか。
 さらに「一度入院すると鉄格子と鍵のかかった病室から生きてニ度と出られない」と思われている精神病院では、患者は気安く受診できない。また家族もよほど悪くならない限り本人が嫌がる病院に連れていけない。そして本当に『精神症状も、身体症状もすごく容態が悪化してから、それも24条警察通報として医療機関に連れて行かれる』そんな状況が読み取れる。患者からみれば「信頼できる医療」とは程遠い。
 大切なのは「早期に直して退院させる」との医療側の明確な意思とその実行である。
 つぎに任意入院の患者は原則、開放病棟で処遇し退院の自由を保障すること。
 最後に、上記のさまざまを保障するために「患者の権利を擁護する代弁者の制度」の創設が不可欠だと考える。軽症のうちに受診でき、短期の入院治療と在宅医療、24時間救急
受け入れが可能になってはじめて脱入院化政策は有意義なものとなるであろう。
 身体的な病状で救急病院に行っても「精神科の通院歴がある人は精神病院へ行きなさい」と診療拒否され、死んでしまった例が先の学会でも報告されている。
 また、開かれた精神病院をめざしてユーザーと医療者の話し合いの場を労働組合が主催し、13回を重ねている「ご近所フォーラム」という会でも、参加者から不幸な結果になった診療拒否の例が何度か報告されている。
 
 <管理当直;32時間拘束の危険性>
 看護師は3交代(8時間拘束)であるが、薬剤師、検査技師、放射線技師と医師の労働条件は、「管理当直」という32時間連続勤務である。2日間の昼勤務と中の一夜間の勤務となり、翌日朝の9時にも帰れず「代休」といわれる休みもない。
 これは、労働基準法や男女共同参画社会の実現の配慮とは程遠い現状である。乳・幼児の世話、老病の親の介護など、家庭での役割はまったく無視されている。労基法の「人たるに値する生活を営むために必要をみたすべき」という理念は「人として家庭で果たす役割も大切」と私は考えるが間違っているのだろうか。
 『管理当直」では、朝の9時から翌日の夕方17:45分まで勤務しなければならない。人の命をあずかる緊張と正確で適切な判断が要求される。夜間でも仕事ができる状態で待機していて呼ばれれば眠らずに仕事をする、「明け」と言われる代休すらない。次の日はまた朝9時から夕方まで勤務しなければならない。「昼過ぎには眠くてたまらない、無意識に仕事はできるがハッとすることがしょっちゅうある」と管理当直経験者は異口同音にいう。
 組合も勤務条件の改善のために再三申し入れをおこなっているが、東京都は無視しつづけている。そのつけは、労働者が病気になったり、過労死したり、子供の世話や親の介護の必要から退職を余儀無くされたり、さらには医療事故となってあらわれる可能性も否定できない。
 「公務員の人件費削減」「給与削減など公務員攻撃」は不況から失業が増えている世間には受けがいいのかもしれない。しかし税金を何に使うことが本当に必要なのか?何時間も眠っていない医師や医療従事者の医療行為を受けなければならない状況が望ましいのか?
 1日も早く本当に患者中心の精神科医療が実現することを望むものである。(E.T)

 【出典】 アサート No.312 2003年11月22日

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【追悼】労働運動に生涯を貫いた人  —原全五さんを偲んで—

【追悼】労働運動に生涯を貫いた人  —原全五さんを偲んで—
                               巣張 秀夫

<写真は、ありし日の原全五さん(89歳の頃自宅にて>

                  
 「原さん」「全さん」と誰からも親しまれていた戦前からの闘士、原全五さんが2003年7月17日の朝、肺炎のため亡くなられた。享年91才でした。
 原さんは、1912年(明治45年)鹿児島県種ケ島で生まれ、17才の時に大阪にきて、鶴橋付近の鉄工所で見習工となり、1932年3月大阪砲兵工廠に旋盤工として入社された。
 原さんに影響を与えたのは郷土の先輩である山田六左ヱ門(通称・山六)さん、大阪で原さんは、当時すでに全協・金属労組で非合法活動をしていた山六さんからいろいろ話を聞かされ、入社翌月の四月に大胆にも仲間二人と三人で、全協・日本金属労働組合大阪支部砲兵工廠分会を結成、五月には共産党に入党されている。
 以来、1933年、35年、38年と三回も検挙、投獄され、38年の検挙で懲役七年の刑を宣告され、敗戦の年1945年9月に刑期満了で堺の大阪刑務所を出獄されたのである。
 原さんは、この当時のことについて「バリさん、わしは偽装転向でもよい、なんとかして刑務所を出て、戦線に復帰して労働者階級の闘いを前進させることが、一番大事なことだと考えてやってきたんや」と言われていたが、私はこの考えに賛成でした。
 原さんが92年4月に発行された「種ヶ島から来た男=一旋盤工の手記」91頁に「検挙されるということは、捕虜にされることで、その捕虜の任務は、あらゆる手練手管を弄して、一刻も早く敵の手中からのがれて戦線に復帰することであり、囚われの身で大言することではないと思う。しかし、そうはいっても多分それは転向者の弁解にもなるが、にもかかわらず、今もこの考えは変わらない」と書かれている。
 
 原さんの戦後の運動は、西成区今池町にあった日本共産党大阪府委員会に行き、再入党をしてはじまった。
 南大阪地区委員会の常任、翌年には地区委員長として、木津川筋の大和製鋼、浅野セメント、国光製鎖、日本鋳鋼をはじめ多くの工場に細胞が確立されていったが、この中でも原さんが百三十名の大和製鋼で七十名の共産党細胞を組織されたことは有名であった。
 1949年4月、西川彦義氏の紹介で産別会議・全日本金属労働組合中央支部の書記局員となり、8月には大金属関西地方協議会担当オルグとなって、再び大阪を中心に活動されることになった。
 関西地協には、小西節治、小森春雄のすぐれたオルグがいて、原さんを加えてこの三人は、川崎造船泉州工場の閉鎖反対、舞鶴造船の首切り反対、木南車輌の閉鎖反対や大谷重工業の年末闘争にからむ、会社側のロックアウト攻撃との闘いをはじめ、数多くの闘争を指導し関西地方の労働運動に大きな影響を与えた。
 原さんの著作、1981年二月発行の「大阪の工場街から=私の労働運動史」152頁に「私と小西・小森の三人組の活動は、私にとって生涯を通じてもっとも充実した活動の時期であった。」と書かれていますが、この当時のことをよく話されていた。
 1950年、占領軍による共産党弾圧、レッド・パージ攻撃などで産別会議が崩壊したため、原さんは再び党中心の活動をされることになった。
 50年の共産党の分裂では国際派で活躍、55年共産党が第六回全国協議会(六全協)で自己批判したので、党に復帰した原さんは北大阪地区委員会の責任者となり、そして58年7月の共産党第七回大会では中央委員候補となられたが、61年の綱領論争では、綱領草案に反対する春日庄次郎氏ら七人の中央委員、同候補とともに「離党宣言」を出して党を離れられることになる。
 以降、原さんの活動は「前衛党を再建」するために奮闘されることになる。
 社会主義革新会議ー統一社会主義同盟ーそして、志賀義雄、春日庄次郎、内藤知周らと共産主義労働者党の結成に努力するが、これも失敗に怒りーその後、内藤、内野、長谷川浩、松江澄らと労働者党を結成するとともに大阪労働運動研究所を創立するなど、一貫して労働者解放、労働者の幸福をめざして闘いつづけられたのである。
 
 私と原さんの出会いは、大金属関西地協に来られた時ですから、五〇年以上のお付き合いになりました。原さんで思い出すのは、(1)若い人に希望を持たれていたこと。いろんなグループの会合に参加してきては、あそこには素晴らしい青年があるぞッと言っては喜ばれていた。(2)労働運動の現状についての理解が早かったこと。労働戦線統一についてなど、左派の皆さんの批判が強かったが、原さんはこれらの人々の説得に当たって下さった。(3)ソ連の崩壊についても、早くから教えてくれたのも原さんでした。
 原さんと一緒に活動された今は亡き小森春雄さんは、原さんについて「柔軟な思考、豊かな戦術、批判力にすぐれ、物事を計画し人を動かすことにかけては実にすぐれた人であった。」と言われていたが、原さんは面倒見のよい心の温かな人でもありました。
( 巣張 秀夫)

 【出典】 アサート No.312 2003年11月22日

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【書評】『生・老・病・死を考える15章–実践・臨床人間学』

【書評】『生・老・病・死を考える15章–実践・臨床人間学』
 (庄司進一、朝日新聞社・朝日選書、2003.6.25.発行、1300円+税)

 「あなたは八三歳の老人」「代理母制度を認めますか?」「安楽死を認めますか?」「人工呼吸器をつけて生きる」「白血病の長女のため第二子を産む」等々。本書は、これら生老病死にかかわる「臨床人間学」(筑波大学)の講義録である。「その目標は、生老病死に関する具体的な場面をとおして、人間、個々人の人生の意義や生きがいについて考える機会をもつことにあります。すなわち、生や死の問題を『だれかの』という三人称ではなく、一人称の問題として考えること」にある。本書で取り上げられているテーマは、それぞれ重い。しかしこれらのテーマについて他者の意見、価値観の違いに気づくことで、自らの「生きる」ことの意味を考え直すことにつながる。
 講義では、テーマの提示→情報の提供→小人数での自由討論→概要の報告・全体討論→教官個人の意見の発表、という順序で進められる。すなわち、ここでは二人の教官(「臨床人間学」担当の著者と、これに協力する「臨床看護学」の教官・女性)も、自分の意見を述べる一人の人間として位置づけられているのであり、扱う問題の難しさと絡まって、これを見る視点そのものがまた論議されることになる。
 一例をあげよう。「脳死になったわが子の臓器提供」の講義では、「あなたの二歳の子どもが脳死状態になってしまったとき、親として移植のための臓器提供に同意するか?」がテーマとして取り上げられる。現行のわが国の臓器移植システムという制限(15歳以下の者を対象外とする)があるものの、このテーマについては、次のようなものとなった。
 そこでの諸条件–子どもの臓器の提供で何十人というレシピエントが助かる可能性、しかし臓器移植によって子どもの死期を早めてしまうという現実、そして脳死から心臓死に至る短いプロセスで臓器移植の決断を迫られるという状況等々–を考えて、選択肢が二つ提示される。すなわち①「まずは、積極的に臓器移植を行うという選択」、②「もう一つは、臓器移植を拒否し、治療をそのまま続けて、何日間かあとには亡くなりますが、見守り続ける」という選択である。そして②の場合でも、心臓死の後に提供できる臓器(腎臓や角膜など)もあること、また①の場合にも、どこまで提供するかについてさまざまなパターンがあることが指摘される。
 学生による小人数での討論でも意見が分かれ、その中で、脳死をどう見るかについての、日本の文化・死生観にかかわっての解釈、15歳未満の臓器移植を認めるか否か、人工呼吸器をつけられて生きていることの是非等が出される。そして最後に著者と協力教官の意見が示されるのが印象的である。
 著者は、自分の子どもが成人しているのでその意見に従うと言いつつも、「しかし、もし彼女が二歳のときにこういう状態になったとしたならば、積極的な臓器の移植を決定すことはできない(中略)、二年間、彼女と過ごしたことの思いでと分かれていく、その人の死の準備をするのは、一~二日という日数はやっぱりちょっと短かすぎると思います」と述べる。
 これに対して協力教官は、「私はこれまで、どうしても助けてあげられない小さな子どもを抱えたご両親の姿を見てきました。病気の子どものご両親の身近にいて看護をしておりますと、その気持が痛いほど伝わってきます。なにもしてあげられなかった無念の経験が自分のなかにある現在は、できるだけ積極的に移植をしたいと思います。自分の夫にも賛成してほしいと思います」と述べる。
 このようにテーマについての正解はなく、各人がそれぞれの視点から自分の意見を、他と比べながら考えていくきっかけを得ることが最大の収穫とされる。こうして、「無脳児の臓器提供」問題が、「出生前診断」問題が、「アルツハイマー病」問題が議論される。
 本書ではそれぞれのテーマに割くスペースが限られているので、必ずしも充分な議論がなされていない個所もあるが、しかし随所に、ハッとさせられる死生観、人間観が見られる。
 「安楽死」について:「私は絶対に安楽死をしないと思います。(中略)自分に与えられた命をまっとうすること、それには苦しみや辛さも喜びや悲しみも含まれている、それらすべてを味わいつくすことが生きていくことと思っています」(著者)。
 「出生前診断」について:「自分としては、ひどいと思うけど、障害をもった子どもをちゃんと育てる自信もないし、受け入れられないと思っています。最初の診断もちょっと怖いと思うんですけど、でも、産んだからには頑張って育てようと思っています。自分のお祖母ちゃんが、『そういう子は育てられる親のところにしか産まれてこないよ』といっていました。親戚に障害をもった子どもがいますが、私もそういうふうに考えられるようになったらいいなって思っています」(学生)。
 同上について:「また、前任地の病院で、子どもたちが病院のボランティアとしてやってきましたが、そのとき、六年生の男の子が書いたレポートに、『ボランティアは人のためにするものだと思っていた。でも本当は自分のためにするということが今日わかった』と書いてありました。かれは、障害をもっている方の車椅子を押しながら、ふと『あれ、俺ってこんなに優しい気持をもっていたんだ』ということに気がついたというのです。すごくうれしかったし、感動しました」(協力教官)。
 このように本書を通じて、学生たちの、また教官~学生間の真摯な議論が伝わってくるが、これが、医療現場のみならず、ごく日常の社会一般の意識として広がっていく社会が形成されていくことを期待したい。本書はそのための考える機会を与えてくれる書であり、われわれに新たな視点を与え、勇気づけてくれる書である。(R)

 【出典】 アサート No.312 2003年11月22日

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【投稿】 総選挙を終えて–若干の感想–

【投稿】 総選挙を終えて–若干の感想–

 11月9日行われた総選挙の結果について、いくつか指摘しておきたい。

<本格的な小選挙区選挙になった>
 まず、小選挙区比例代表併用制という選挙制度になって3回目の総選挙であったが、私が思うに今回選挙の最大の特徴こそ小選挙区制度の特徴が如実に現れた選挙となった点である。 
 96年の総選挙では選挙直前に結成された旧々民主党は全国300小選挙区に半数に満たない143名しか立候補できなかった。近畿では2府4県47選挙区に21名が民主党から立候補したが、小選挙区での当選は0、比例区でやっと5名当選したのみであり、全体でも52議席であった。
 2000年の総選挙で民主党は近畿のほぼ全部の小選挙区で立候補者を確保し、全国で小選挙区80(+32)、比例区で47(±0)となった。この時、小選挙区で躍進しながら比例区では、まだまだ自民党に水を空けられていた。(自民対民主の比例区得票率は、96年32.8対16.1、2000年28.3対25.2、今回は、35.0対37.2で逆転している)
 今回の総選挙では、小選挙区で267名が立候補し、小選挙区105、比例区で72が当選、いずれも躍進した。但し明らかに11のブロック比例区で違いが見られ、北海道と都市部と言われる東京、南関東、東海、近畿で自民党を越え、北関東、北陸で自民と互角。その他では自民に負けている。比例区の全国集計では、自民を逆転し自民69に対して72議席を確保した。
 社民党候補を推薦した選挙区も加えるとほぼ300選挙区に民主党が立候補させたことにより、この制度の本来の舞台が出来上がった。その上で政権選択選挙となったわけである。民主党が「マニュフェスト」と言う形で、政権公約を突きつけたことも自民党内の不一致を際立たせて国民の支持を得たようだ。
 さらに、小選挙区で100を越える当選者を確保できると比例区でも連動して多くの当選者を出すことができたのである。次の総選挙はいつのことかわからないが、政権の内紛や政治責任などで早まることも予想される。しかし自民党の弱体化が続いている現状では、3年ぐらい先だろう。そうなると小選挙区で破れたが、比例区で当選した議員の場合、選挙区にあっては国会議員として支持を広げる活動ができるので、次回は小選挙区での当選する確率も一層高まる。次回は政権選択選挙の性格が一層強まるのである。
 
<小政党(?)の不振>
 小選挙区選挙は、大きい政党に有利であり、小さい政党でも議席を確保できるように比例代表制を併用するというのがこの制度の趣旨であった。
 しかし、今回の総選挙の特徴としての、共産党、社民党の大幅な後退があった。これに関連して、「さざなみ通信」の掲示板には、面白い投稿を見つけた。
「Ⅰ.(当選した自民党候補の得票)≦(次点の民主党候補の得票)+(落選した共産党候補の得票)となった小選挙区が北海道や東京や大阪などを中心になんと42区、
Ⅱ.(当選した自民党候補の得票)≦(次点の社民党候補の得票)+(落選した共産党候補の得票)となった小選挙区が兵庫と沖縄の2区、
Ⅲ.(当選した公明党候補の得票)≦(次点の民主党候補の得票)+(落選した共産党候補の得票)となった小選挙区が神奈川や大阪を中心に8区、
Ⅳ.(当選した保守新党候補の得票)≦(次点の民主党候補の得票)+(落選した共産党候補の得票)となった小選挙区が愛知県に2区、それぞれあったようです」
 これらを合計すると54区となり、与党3党の獲得した議席から差し引くと「与党」は、221議席となり、「野党」に転落する。300選挙区すべてに立候補させる共産党の選挙方針を批判する内容です。
「公明党が自民党とやっているように、小選挙区は民主党に票を回すから、比例選では共産党に民主党支持者の票を回せよ…。これぐらいの柔軟性とずる賢さを持ち合わせ、人間的魅力のある指導者、たとえば、ユーロ・コミュニズムを提唱した旧イタリア共産党のベルリングエル氏のような指導者が党幹部に登場したら、共産党は甦るでしょう。」と「オリーブの木」さんは結んでいます。私も賛成です。
 政治に「もしも」はないにしても、かつて全電通が社会主義協会系の社会党候補を推薦しなかった選別方式の逆で、元社会党出身の民主党候補や護憲や平和に軸足を置いた候補を選択して支持するというような「介入」の仕方はあったはずです。
 社民党や共産党は、「二大政党の間で埋没した」との言い訳をしているが、とんでもないことだ。そもそも政党連合を組むことなく、二大グループの両方を批判して独立して闘うことを選択している以上、「第3極」として信頼を集め、支持を拡大できなければ「埋没する」のは必然である。これとよく似た内容の投稿が目に付きますが、残念ながら「さざなみ通信」の皆さんは、むしろ共産党をもっと「左」に導く傾向にあり、あまり耳を貸す気はないようですが。
 
 紙面の都合でここまでにしますが、さらに議論するべき「総選挙分析」としては、「自民・公明連立政権の分析」「世襲議員批判の強まりと自民党の候補者不足」「無党派層の政治行動の評価」「低投票率でも民主が躍進したこと」「組織政党共産党が低投票率でも勝てなかった理由」「社民党のこれから」「民主躍進、社民後退が労組に及ぼす影響」などがあるように思う。
 大阪では、12月初旬に恒例の意見交換会を開催して議論する予定なので、紙面に反映していく予定です。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.312 2003年11月22日

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【投稿】選挙突入と逆転の可能性

【投稿】選挙突入と逆転の可能性

<<日本はATM?>>
 10/17は、小泉首相にとって落ち着かない日であったといえよう。午前中から道路公団の藤井総裁解任劇進行に気を揉み、午後からはブッシュ米大統領を迎えての対イラク戦戦費負担と自衛隊派遣の手打ち式であり、いずれも解散・総選挙に合わせて小賢しく仕掛けた手練手管が吉と出るか凶と出るか気が気ではなかったであろう。
アメリカの大統領をまで総選挙に利用し、応援に借り出したようなものである。しかしなりふりかまわぬその舞台回しのために、戦後のどの政府もなし得なかった密約まがいの憲法違反行為を国会審議も通さずにあえて踏み出したことは銘記されるべきであろう。
ブッシュ来日前の10/15、政府はイラク復興支援を正式表明し、04年度分は15億ドル(約1650億円)、07年までの4年間で総額50億ドル(約5500億円)もの支援をする方向を明らかにし、さらに自衛隊の年内派遣もいつのまにか「本決まり」で、いずれも国会の議決も承認もなしに決定したのである。いかにも日本政府の自主的決定であるかのような体裁をとったが、密室で秘密裏に決定したことには変わりはない。17日の日米首脳会談では、ブッシュから「日本の大胆な行動は国際的な支援を加速させる。称賛したい」と肩を抱き寄せられ、小泉は有頂天である。しかしこれはまだ手始めである。アメリカはイラクの復興と治安維持にかかる費用を向こう10年間で1000億ドル(約11兆円)以上と計算し、日本は前回湾岸戦争と同様、今回も全体の2割にあたる200億ドル程度の負担を要請し、半年前のブッシュ・小泉会談でこの戦費負担と自衛隊派遣が密約されていたのである。そのことは、ブッシュ大統領が今回の訪日に先立ち「彼は約束を守ると信じている」と駄目押しをしたことにもあらわれており、さらにその前の9/30、アーミテージ米国務副長官が下院歳出委員会の公聴会で証言し、「大統領は金を要求しに訪日するのではない。日本がATM(現金自動預払機)とは考えていない」と述べながら、なおかつ日本が「気前よく」資金拠出に応じてくれるとの見通しを示し、「われわれは日本と集中的に取り組んできた。彼らは気前のいい約束をすると思う」と述べ、資金拠出を確約している国名として日本だけを挙げていたのである。小泉政権はこの密約を大統領訪日直前に「自主的に」実行したわけである。

<<「本質的な」問題>>
日本の「4年で5500億円」はケタ外れの巨額である。15カ国が加盟する欧州連合(EU)のイラク支援額は2億ユーロ(260億円)に過ぎないし、ロシアは1ルーブルも出さないことを決めている。英国でさえ、3年間で1020億円の拠出を表明しただけである。
しかもEUは米英占領軍の「CPAからは独立したチャンネル」で人道援助としての復興資金を提供することを決定している。EU理事会は、復興努力の成功にとっての「本質的な」問題として、(1)イラクの適切な治安環境、(2)国連の強力かつ中心的役割、(3)イラク国民に政治責任を移管する現実的日程表、(4)国際社会の支援を集中する透明性を持った多国的な基金の設立-の四点を改めて強調している。
9/23、ブッシュ大統領が国連で演説し、イラク派兵と資金援助を呼びかけたが、「百九十一カ国のうち一国として支援を申し出た国はない」(仏紙フィガロ9/26付)というほどのブッシュにとっては惨憺たる状況である。
 このほど採択されたイラクに関する国連安保理の新決議1511についても、フランス、ドイツ、ロシアは、決議案採択にさいして、共同声明を発表し、決議案を「正しい方向への一歩」として支持しながらも、「国連の役割」「イラク国民への責任移譲」の二つの点で問題があったとして、軍隊も、資金拠出もおこなわないという態度を明確にし、中国政府も同様の立場の表明をおこなっている。
 米国内でさえ、ブッシュの性急な「イラク攻撃は間違っていた」という世論が急速に強まり、ブッシュの支持率は急降下し始め、このままでは再選は無理という見通しさえ出始めている。米紙ロサンゼルス・タイムズ10/13日付社説は、復興資金がどれだけイラクのためになるのか、誰がどのように使うのかが問題だと指摘。米政府が議会にさえ十分な情報提供をしないどころか、復興事業をチェイニー副大統領関連のハリバートン社のような企業に丸投げして契約しているのは納税者の利益に反すると警告するような事態である。そんなブッシュに小泉が大盤振る舞いをすることは、EUの指摘する「本質的な」問題に、世界の趨勢に完全に逆行する資金提供といえよう。

<<Boots on the Ground>>
 自衛隊のイラク派遣の決定方法も国民を愚弄するものである。国会審議では首相自ら「どこが戦闘地域か、私に分かるわけがないでしょう」と責任を放棄して居直り、「非戦闘地域への派遣」原則に答えられず、答弁不能に陥ったまま、事態をうやむやにし、「いつ、どこに派遣するのか」という野党の追及に一切答えなかったものが、国会を解散するや、ここぞとばかりに“派兵指示”である。まさにブッシュとの密約のだまし討ち的実行である。アメリカは日本にこの際、”Boots on the Ground”(軍靴の派遣)を迫り、イラク情勢が改善するどころか悪化する事態に自衛隊の年内派遣が先延ばしされることを懸念し、アーミテージ米国務副長官が「今さら逃げるな」といったとたんの年内派遣決定である。「(調査団の報告を聞いて)日本としてできることがあると感じた」(小泉首相)と、急遽ブッシュとの会談に間に合わせたのである。国会での審議も承認も一切ない、従来のPKO(国連平和維持活動)派遣の手順さえ踏まない、ブッシュとの密約の実行である。
 防衛庁は南部のナーシリヤとサマワの2都市の周辺に絞り込み、初の「陸自戦時派遣」を決断したという。 陸自部隊は施設、警備、通信、本部管理からなる600―700人で、北海道の北部方面隊第2師団(旭川市)が主力となる見通しである。イラク北中部に比べれば比較的に安全だといわれている南部も危険地帯であることには変わりはない。しかも南部のバスラ周辺はペルシャ湾岸まで続く広大な湿地帯で、塩砂漠ともいわれ、大量に投下され発射された劣化ウラン弾をこの塩が弾殻を腐食させ汚染を進行させているという。水溶性のウランは地下水と土壌をも汚染し、食物連鎖による汚染まで起こし、そして当然派遣される自衛隊員をも被爆させ汚染させるであろう。
 米誌ニューズウィークでさえ、「日本は後戻りできない一歩を踏み出してしまった 」として、「多くの同盟国が「軽い介入」ですませるなかで、日本は大風呂敷を広げすぎた。もう「憲法に縛られている」という言い訳は通用しない。いくら財政危機が差し迫っていても、小切手外交の復活を望むアメリカを黙らせることはできない。北朝鮮の金正日総書記の不気味な影が、アメリカ支援に走らせたのだろう。だが日本は今回、やりすぎてしまったのかもしれない。窮地を招いたのは小泉自身だ。スペインのように立ち回るには遅すぎる。」と指摘している。(日本版10月15日号)

<<「何が違うのか?」>>
 「イラク派遣の是非が総選挙の争点になることは避けたい」、巨額の戦費負担についても、ましてやその財源についても争点にはしたくはない、すべてを「構造改革」に流し込め、これが小泉政権の選挙戦略であろう。小泉首相が絶叫してきた「自民党をぶっ潰す」というスローガンがいつの間にか「自民党は変わった」に取って代わり、たとえポーズといえども自らが対決してきたはずの「抵抗勢力」、そのドンである青木幹雄氏と手を組んだことは、今やその支持基盤が崩壊の危機に瀕している自民党政権の延命こそが小泉政権の最大の目的であり、使命でもあることを小泉首相自身が自覚した結果でもあろう。なりふり構わぬ政権への執着が、あの聞くに堪えないほどの絶叫調の身振り、手振り、口舌に表現されている。選挙向けに急遽取り立てられた安倍幹事長は代表質問で「当選3回の私が幹事長職にあたるという一点でも明らかに自民党は変わった」と強調したが、変わったとすれば、日本が核兵器を使用しても違憲ではない、と広言して恥じない、それほど軽すぎる安倍氏が幹事長に就任するほど軽挙妄動の危なっかしい権力機構が登場してきたということであろう。
自民党をぶっ壊すどころか、デフレ加速政策で経済を破壊し、福祉・年金・医療・介護を破綻のふちに追いやり、先制攻撃論に加担して平和の破壊に加担し、ついには憲法の平和条項の破壊にまで手を染め出したのである。総選挙の対決点はこれらに集約されているといえよう。テレビ討論の場で「小泉改革と何が違うのか」と問われて、民主党の岡田幹事長が「一番の違いはスピードだ。我々の方がずっと速い」と答えるようではおぼつかない限りではあるが、小泉政権のおごり高ぶった姿勢は彼らの末期的な弱点をもさらけ出している証左でもあり、自民党の伸び悩みと敗退にさえつながるものである。
 ある選挙情報調査によれば、「小泉内閣の高い支持率とは逆に、各ブロックで自民党の退潮が歴然としており、民主党が単に議席を伸ばすというだけでなく、最大限に見積もった場合、<民主党203+7-15>、<自民党196+18-3>という逆転がありうると分析している。(週刊ポスト10月24日号)
 自民党政権に終止符を打つチャンスでもあるといえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.311 2003年10月25日

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