【本の紹介】『脱=社会科学 19世紀パラダイムの限界』

【本の紹介】『脱=社会科学 19世紀パラダイムの限界』
         ウォーラーステイン著、93年9月15日発行、藤原書店、5800円

<<「世界システム分析」論の提起>>
国際政治経済学者でニューヨーク州立大学教授のイマニュエル・ウォーラーステイン、この名前を聞かれたことがあるだろうか。今、注目の学者であり、日本でも昨年、12月7日、国立京都国際会館で、京都精華大学開学25周年事業として開かれた講演会で満員の聴衆を前に「リベラリズムの苦悶」という講演を行っている。
氏は、長期の大規模な社会的変化を研究の中心にする視座としての世界システム分析を提唱している。ここで提起される世界システム論とは、これまで分析の中心を占めてきた「国民経済」という経済単位では、世界経済の全体像を表現するには不十分であるとして、ヨーロッパに始まり全世界を覆うに至った世界システムとしての資本主義の出現に分析の中心を据え、そのシステムには中核(コア)、半辺境(セミ・ペリフェリ)、辺境(ペリフェリ)という三つの地域から構成される一つのシステムして見なければならない、その意味では世界システム分析は、19世紀社会科学の批判を目指しているという立場である。このように書くと、世界を三つの地帯に分けて、都市を農村が包囲するという毛沢東の「中間地帯」論を思い出させるのであるが、似て非なるものである。

<<19世紀社会科学の危機>>
氏は、われわれは今、史的システムの危機の只中にあるという。「構造的な緊張があまりに大きくなったために、結局システムそれ自体が消滅せざるをなくなるような状態、しばしば100年から150年間の期間を要する移行期、資本主義世界経済から何か別のもの、おそらく社会主義的な世界秩序であろうが、危機への移行期に生きているのである。」
それはとりわけ19世紀社会科学の支配的な見方の危機として取り上げられる。そうした支配的な見方とは「世界システムとしての資本主義の出現の結果でありまたその支えともなった知識のシステム、ニュートン、ロック、デカルトによって体系化された、人は理性によって、普遍的法則という形態での真理や正確さに到ることができるという信念」である。
ここでウォーラーステインは、こうした見方に対置するものとして、以前にも何度か紹介したことのあるI・プリゴジンの自己組織化論、複雑性の科学を取り上げる。「この新しい根底的な批判の代弁者の一人であり、社会科学にとっての意味をも熟知しているのは、イリヤ・プリゴジンと、かれのいわゆるブリュッセル学派である」。「自然を、普遍的法則によって支配される、単純な現実に還元することはできないこと」、「ハイゼンベルグの不確定性原理はミクロ的な現象にだけ当てはまるものではない」ことを主張する。
そして氏によれば、「世界システム分析は、種々の社会科学の批判として登場したが、それはまずもって、1960年代を通じて世界中で社会科学を支配しているようにみえた発展段階論と近代化論の批判として登場したのである」。

<<政党マルクス主義の危機>>
ここで当然、マルクス主義も批判の爼上に乗せられる。「マルクスの思想は、政党マルクス主義によって組み立てられた解釈に従って、政治経済学批判の追究であるよりは、支配的な認識論の一部となり果ててしまっている」。
そして社会主義運動は、つまり「マルクス主義者たち」は、「三つの主要なメッセージを引き出したように思われる。1=資本主義世界の経済的及び政治的過程に占めるプロレタリアートの中心的地位。しかも工業プロレタリアートだけが剰余価値を生産し、「鉄鎖の他は失うものは何も持たない」。2=最「先進」諸国の先進性。資本主義とは、それ以前の諸形態に対する「進歩」を示すものであった。ここからヨーロッパ中心主義は単に正当であるだけでなく、必須でもあった。3=商人資本と産業資本の区別の経済的重要性。一定の国における商人資本に対する産業資本の勝利はとにもかくにも進歩的」という、周知のメッセージである。マルクス主義を、あるいは社会主義運動をこのように単純化、図式化することには当然問題のあるところであるが、それらを克服し得なかったことは事実といえよう。
この点についてウォーラーステインは、一方では「わたしはここで、もう一人のマルクスに、19世紀社会科学の支配的な見方に抵抗したマルクスに立ち戻ってみたい」として、いくつかの論点を上げているが、ここでは省略する。
いずれにしても、氏は「世界システム分析は、発展主義、自由主義的・マルクス主義的合意、そして最後にはニュートン的科学観念、これらに対する批判であり、こうした考え方からどう自由になるか、自己を解放しうるかということを目的としています」と強調する。

<<反システム運動の危機>>
同様の批判は、反システム運動にも向けられる。「反システム運動そのものが資本主義世界経済の産物であった。結果としてその運動は自らの行動によって世界システムを掘り崩しただけでなく、この同じシステムを支えもしたのである。したがって、世界システムが危機にある一方で、それに対抗する反システム運動も危機にあり、さらに付け加えるならば、このシステムの分析的な自己反映構造、つまり科学も危機にあるのである」。
そして反システム運動の存在にもかかわらず、「世界経済の境界の拡張は、新たな低賃金労働の統合様式として機能するようになった。その統合様式のために、実際にはどこか他のところで実質賃金の上昇が埋め合わせられ、そうして世界的平均を低下させたのであった」。
反システム運動の中では、「一方で、発展は国内的平等の推進、つまり根本的な社会的(あるいは社会主義的)変革を意味すると考えられていた。他方では、発展は先導者に「キャッチアップ」していくことを含む、経済成長を意味すると考えられていた」のである。
しかし、何らかの形態の空間的な不等価交換、半周辺地帯の構造的な存在、賃労働とならんで、非賃金労働が大きくかつ持続的な役割を演じている点、そのシステムの組織原理としての人種差別や性差別の根本的な重要性が、反システム運動の中では忘れ去られてきたが、これらは世界システム分析にとっては、決定的に重要な地位を占めている。

<<第三世界、階級、エスニシティ>>
ウォーラーステインは、「第三世界というように呼んでいる、階級-エスニシティの(つまり国民-階級の)下層がまさに世界レベルで存在していること」の重要性を指摘する。今日の世界で「階級-エスニシティの下層」をもたない国家の名前は一つも思い浮かばない。「下層がいたるところに存在するのは一体なぜかを問うのみならず、たいていの場合その下層がエスニックな次元を有しているのは一体なぜなのか、を問わねばならないのだ」と主張する。
そして「人種差別と低開発はジレンマ以上のものではないだろうか。わたしのみるところ、それらは史的システムとしての資本主義世界経済の構成要素となっている。それらによって、史的資本主義の存在理由である、不断の資本蓄積が可能となる。それらをともなわない資本主義世界経済の概念を構築することは不可能である」と強調する。
先進国の賃金に比べて、10分の一、50分の一、100分の一という国が数多く存在し、しかもその人口は先進国の何倍にもなるという現実、そしてこれらの諸国は低賃金労働でしか世界に対抗し得ないという現実、さらに難民や移民、不法入国、出稼ぎ労働といったさまざまな形態を通じて先進諸国の最底辺の最も低賃金な労働に組み込まれている現実を見るならば、この指摘の重要性はますます高まってきているといえよう。

<<「史的社会科学を建設すべし」>>
ウォーラーステインは、このような分析の上に立って、われわれは「システムの危機の只中にいるが、この危機は目には見えるが予想のほか緩慢な速度で進展する長期のものである、と言いたい。その方向を予想することは出来るが、確信はもてない。だが、方向に影響を与えることが出来る」と主張する。
そして「現在われわれは長い移行期に生きており、そのなかにはそのシステムの矛盾があるがゆえに、その機構を調整し続けることは出来なくなっている。この時代は、そのシステムの旧来の仮説にもとづいては理解できない時代である。世界システム分析とは、史的社会科学を建設すべしという要求である。その史的社会科学は、移行の不確実さに違和感をもたず、善が不可避的に勝利するという信念をたよりにする手段に訴えないで、さまざまな選択枝を明らかにすることによって、世界の移行に貢献するものである」と提起している。
世界システム論という言葉の中に、何か形式論的で自己完結的な、還元論的な色彩を感じるのであるが、既成社会科学に対する批判は鋭く、本質的でもある。氏の言う史的社会科学の建設、19世紀パラダイムを超える新たなパラダイムの構築に向けた呼びかけは傾聴に値するものがあるのではないだろうか。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.200 1994年7月15日

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【書評】労働時間短縮から個の生の自由へ

【書評】労働時間短縮から個の生の自由へ
             山科三郎『自由時間の哲学--生の尊厳と人間的共同』
              (1993.6.10発行、青木書店、2472円)

長時間労働による人間疎外、およびその究極の帰結としての「過労死」、これが現代のわが国の縮図であり解消されるべき課題であると言われながら、今日もまた長時間労働が繰り返されている。この現実を暴露、告発している書が過労死にいたるまで働かされ続けた労働者の怒りやその家族の悲しみを訴えている時でさえ、長時間労働は止まる気配すら見せていない。
本書は、かかるわが国の社会を支配している独占資本の異常な長時間労働方策に対して、労働時間の短縮の闘いこそが人間の尊厳性の回復、人間の解放へのキー・ワードであることを主張する。すなわち、長時間労働の実態と構造を解明する第Ⅰ部「”企業社会”の陰影---長時間労働の根源はなにか」、人間の生活時間における労働時間(賃労働時間)の本質と位置について検討する第Ⅱ部「長時間労働と生活時間の構造の変化---時間から人間疎外をとらえなおす」、そして労働時間の短縮から自由時間の獲得を通じて人間疎外の克服と全面的発達を目ざす方向を探求する第Ⅲ部「自由時間の獲得・享受と人間の再生---”わたし”が”わたし”らしく生きるために」である。
著者はまず「一見、労働者の主体的な行為にみえる長時間労働は、労働者のいのちを全面的に否定(過労死)するにいたらしめる緩慢な、社会的殺人の未遂行為であるといわなければならない」として、過労死を「計画的な、凶器なき殺人」と特徴づけ、この長時間労働を強制するものとして、①企業社会維持のための秩序原理=「能力」主義的序列の原理(「業績」主義)、②優勝劣敗の原則の「競争」の原理、③「日本」的集団主義の原理、④「巨大企業による労働者の全生活過程の包摂の原理」を指摘する。
そしてこれらの原理に対応して(対応させられて)、労働者の側には独占資本による人格管理=「企業内人生」という生活意識が形成されて、彼らを長時間労働に駆り立てている。その内容は、①労働者の「意識革命」=企業への帰属意識を基盤にした、労働者の精神的生活を生涯的に管理する「生産管理」論、②「個人の消費(水準)が社会的権威を示すという生活原理」、および③「市場にあふれる商品世界への物神崇拝」=「飽食」と「浪費」によって象徴される「ゆたかさ」への渇望、である。こうして「労働者自身が主体的に『能力』競争をつうじて企業目標を達成することのうちに、自分の”生きる喜び”と”労働の誇り”を感じとる人間」=「ワーカホリック」となって長時間労働が遂行されることとなる。
しかしこのことは、彼の全生活時間の構造を根本的に変化せしめ、規定することになる。すなわち著者によれば、個人の一日の生活時間は、(a)生理的生活時間、(b)社会的労働(生活)時間、(c)家事的生活時間、(d)社会的・文化的生活時間に区分される。しかしこ
のうちの(b)社会的労働時間は、資本主義社会においては、労働者の「生命の発現」とい
う労働の本来的意味においてではなく、「賃労働時間」として、資本によって直接的に拘束された時間としてあらわれてこざるを得ない。従って右の個人の生活時間はまた、拘束時間としての(b)賃労働時間と、非拘束時間のその他(a)(c)(d)の各時間とに区別される。 周知のように資本主義社会においては資本の目的は利潤獲得であり、このためにはいかなる手段をも辞さないというのが資本の本性である。従って資本は、拘束時間の延長、非拘束時間の短縮のためにその全機構をあげて邁進する。この結果労働者は、(d)から(c)、(c)から(a)へと必要性の高い生活時間の領域に次々に追いつめられ、最後には(a)の生理
的生活時間すら削らざるを得ない状況に陥っていくのである。そしてこの挙句の果てに過労死に導かれると言えよう。かくして労働者は、二四時間稼働体制の下で彼の家族をも含めてその生活過程を支配され、「時間ドロボー」たる資本に従属し、疎外された生活時間(賃労働時間)を送ることになる。
ではこのような状況を克服する方向はどこにあるのか。著者はこれを、労働時間の短縮に見出そうとする。労働者の現状が右に見てきたようなものであるとするならば、「労働時間の短縮は、いまや、わたしたちの現実的生活過程全体の構造的な変革の問題」として位置づけられる。それは「労働者の”人間宣言”」なのである。この視点から現在闘われている労働時間短縮要求の運動を見るならば、労働時間短縮は、たんに労働者の生命を摩耗させる長時間労働からの一時的脱出という意味にとどまらず、「理屈ぬきで自分自身にかけられる時間」を獲得し、「人間らしく生きるための前提条件」となる。すなわち、「賃労働時間短縮は、(中略)疎外された労働をしいられる生活時間の長さを短縮し、短縮した長さだけ形式的には、自分の自由な生活時間として自分の生を未来につなぐというかたちで、労働者の日常生活における全面的な要求のうちに内在する未来志向に、(中略)表現する」。
それ故労働時間短縮には同時に賃金引上げがともなわねばならず、また法的社会的に公認させると共に、自由時間における社会的文化的生活活動の手段を活用し得る権利をかちとらなければならない。こうしてはじめて労働者は、「個の生の自由」と全面的発達の可能性を手に入れることができるのである。
ところがこの労働時間短縮の要求に対して、資本の側は、彼ら自身育成してきた「会社人間意識」、「企業内人生」によって希薄化してきた「余暇意識」を逆手にとることで、「余暇=自由時間」という宣伝を行ない、賃労働時間を他の生活時間に優先させる方策を打ち出している。そして余暇を企業社会において資本が労働者に対して精神的肉体的限界まで剰余価値を搾取するための社会的必要条件として位置づけ、これに従って労働者の「余暇」管理、余暇の消費過程の支配まで目論んでいるのである。
かかる独占資本の新たな領域に対する攻撃に対して、著者は、「自由時間---それは余暇時間であるとともにより高度な活動にとっての時間である」というマルクスの言葉を引用しつつ、その「より高度な活動」とは、「目的意識性」、「目的生活活動(目的志向型)」、「人間的な共同関係の創造」をメルクマールとする「人間活動の本質」であるとする。またこのためには「自由時間を使用する人間的な力、自由時間の使用能力の形成」が不可欠であることを指摘する。
そしてこのような労働者の自由時間、全面的発達を目ざす運動は、実は資本主義的大工業自体が発展過程において(社会的生産力の発展、労働者の全面的可動性等々によって)その客観的諸条件を可能性として形成しつつある。従って労働者は企業社会の原理に対して、「人間の原理」、「人間的共同の原理」、「自治的共同の統御」を全面的に打ち出すべきであるとされるのである。
以上のように本書は、長時間労働の批判から、労働時間短縮の主張を通して人間的共同という将来への展望を有するものとなっている。人間の本質的活動が労働にのみ限定されず、その他の生活時間にも眼が向けられている現在、本書のように労働時間に焦点を合わせて問題を論ずるタイムリーな姿勢は評価されるべきであろう。ただ賃労働の克服が労働時間短縮をひとつの契機とするとはいえ、これのみにとどまらないことは明かであり、また独占資本の側からの強力広範囲かつ組織的な日常攻勢にどのように抗していくかについては、自由時間の目的意識性に加えて、労働者の側からの積極的かつ組織的な対応が重要な環を占めると考えられる。現在のところ本書にそこまで要求するのは無理であるとしても、本書が人間の生活活動を考察する上でひとつの指針を照らし出したことは確かであり、今後、自由時間・遊び・創造的活動等人間の本質を検討する際に示唆を与えるものであろう。(R)

【出典】 アサート No.200 1994年7月15日

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【投稿】これからのASSERT~「何でもあり」の時代に~

【投稿】これからのASSERT~「何でもあり」の時代に~

ASSERTに改題してから半年が経過し、同時に通算で200号を迎えることとなりました。私たちの新聞が現在の形態に変わってからというもの、ソ連-社会主義の崩壊、クリントン米民主党政権の誕生、自民党一党支配の崩壊-連立政権の誕生と、これまでの私たちの「常識」を覆す様々な出来事がありました。今にして思えば、当時の段階でよく新聞の形態を変えていたなぁとつくづく感心します。これが政治的主張のアジテーションのみという旧来の形態であれば、主張の内容に詰まり、どんな内容にするのかということで延々と議論し、中途半端な折衷的内容が掲載され、到底時代の流れにはついて行けず、あげくの果てにはこの新聞は消滅の一途をたどっていったのではないかと思うのです。ソ連の崩壊を目の前にして途方にくれた当時の悩み、葛藤が生の声として掲載されたからこそ、堰を切ったように本音が飛び出し、時代を追って、新たな価値観を生み出そうとする前向きな「動揺」が次々と投稿されていったのです。
ASSERTに改題してもそれは変わりません。むしろ時代の流れは加速し、連立政権は期待された役割を果たすことなく崩壊し、私たちがその動向を最も注目していた社会党は何と自民党と組んで首相を出すという、まさしく「何でもあり」の時代になり、私たちの悩みは益々深まるばかりです。連立政権参加以来の社会党のぶざまな動揺は、まさしく私たちの姿そのものなのではないでしょうか。
新聞がこの形態になって、ひとつ不満なことがあります。様々な主張が掲載されるのはいいのですが、いまいち議論になっておらず、一方的になっているのではないかと思うのです。確かに多様な価値観に基づく意見は出ているのですが、やや時流追認の傾向があるのは否めません。真っ向から反対の意見の人や賛同できるが一部納得できないという意見の人が必ずいるはずです。「最近の新聞の論調についていけない」というメッセージを編集委員あての年賀状のスミに書いていた人もいたそうです。そんな人たちの意見を聞きたいのです。現場の最前線や地域でがんばっている私はこう思う、という意見のぜひ聞いてみたいです。書き手が固定化しているのではないかといわれているこの頃、そういった人たちの声は貴重です。
「そうはいっても文章を書くのはちょっと構えてしまう」「ASSERTは結構レベルが高くて難しい」という声もあります。そんなことは気にせずに、どんどん書こうじゃありませんか。こんな拙文でも堂々と記事になるんです。要は「私はこう思う」というのがはっきりしていれば立派な「主張」なのです。そんな文章の方が、起承転結はきっちりしていても退屈な文章より、よっぽどおもしろいと思います。また、ネタは政治に限りません。世相や日常の雑感も時代の反映です。そんなことが掲載されない方がおかしいのです。
「そんな新聞では単なるおしゃべりサロンではないか。この時代に明確な指針を」と思う方もいるでしょう。おしゃべりサロン、大いに結構ではありませんか。私たちに指針を指し示すリーダーはもういらないのです。自分たちで考え、議論し、悩み、苦しみ、行動、展望を切り開いていくことが求められているのであって、甘ったれた「メシア主義」とはおさらばしなければならないのです。
せっかく毎月定期的にある程度リアルタイムに発行できるようになったのですから、自分たちのやっていることの情報交流や紹介をもっと積極的に掲載していってもいいのではないでしょうか。例えば、読者の中に「公務員の国籍条項撤廃」の運動をやっている人がいると聞きます。今の運動の状況や次の集会などの案内を広く紙上で呼びかけることはできないものなのでしょうか。これだけの貴重なメディアなのですから、有効に利用したいものです。
何だか支離滅裂な文章になってしまいましたが、これからのASSERTをどうすればいいのかという私なりの意見です。地域の読者会というのも考えたのですが、何か前衛党的な感じもしてピンときません。でも年に1回は読者の集いみたいなものをやって、生で議論してみるのは必要なことだと思います。また、ひとつのテーマにひと区切りつけば、別冊で特集を組んでみるのもおもしろいかもしれません。やれることはいろいろあるような気がします。主張だけにとどまらず、いかに参加・交流をはかっていくのかが、これからのポイントになるような気がします。
メディアの基本は、受手(読者)のニーズがどこにあるかを的確に把握することです。みなさんの求めているものは一体なんなのでしょうか。ぜひ教えてください。
(大阪 江川 明)

【出典】 アサート No.200 1994年7月15日

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【投稿】ドル安・円急騰と村山政権の登場

【投稿】ドル安・円急騰と村山政権の登場

<<ドル売り・円買いに走る日本企業>>
6/21正午過ぎのニューヨーク外為市場で、外為ディーラーがあっけにとられるうちに円は1$=100円を突破した。そのきっかけは、このところ強まってきていたドル暴落の危険性を予感して、今の内に少なくとも100円台で円をドルに替えておきたいという日本の輸出企業、その浮き足立った注文を受けた金融機関が一斉に円買い・ドル売りに走ったことにあり、しかもそのドル売りの規模は50億ドルに達したという。利益確保の行動が、逆に急激な円高という逆襲を受けることとなった。
こうした事態はさらに拍車をかけ、その後一気に95円台をうかがうに到り、協調介入も行われ、とりわけ日銀の円売り・ドル買い介入は100億ドル以上に達した。ドル買い支えのために政府の外為会計の累積為替評価損は94年度末で10兆円を突破する勢いである。泥縄式に惜しげもなく使い捨てられた評価損の規模は、決して無視し得ない巨額なものであり、これらが円の国内購買力を高め、貧困な社会資本の充実に使われていたならば事態はまったく違った展開になっていたであろう。

<<一顧だにされないサミット特別声明>>
そして少なくとも通貨対策ぐらいは注目されていたナポリ・サミットであるが、各首脳はワールドサッカーの結果に気もそぞろで、何らの合意も獲得できず、為替対策にいたっては、「ドル安は好ましくない」との蔵相特別声明だけで終わった。市場は、この特別声明を無視し、あざ笑うかのように、いっそうのドル売りを進行させている。冷戦終結後のサミットには、個々の不安定な国内事情、ブロック化した経済とその維持に精いっぱいで、もはや国際的に強固な意思統一を期待すべきリーダーも政策も不在であり、サミット廃止論まで登場する中、国際的な市場と経済に影響を与えたり、コントロールできるような先進国サミットの時代が終了したことを明らかにしたといえよう。
それは同時に、国際通貨体制について言えば「今やドル本位制ではなく、市場本位制なのだ」という新たな時代への移行期をも表している。ドルの包括的支配の時代、決裁通貨としてのドル垂れ流しの時代がもはや許されないし、さらにはサミット参加諸国を含めた先進国が世界市場を支配し得ていた時代が、すでに過去の時代のものとなったのである。それぞれの諸国の当局の動き、そしてサミットでの合意でさえ、急速にグローバル化し、拡大した国際市場の中では、それらの比重は以前ほどの重さを持ち得なくなっており、いわば市場の一材料に過ぎなくなってしまったのである。

<<景気回復下のドル不信>>
もちろんドル安の放置は、クリントン政権にとって最も危険なドル暴落をもたらしかねないし、短期的にも物価上昇をもたらし、インフレ抑制の大きな障害になる。しかしこれまでクリントン政権は貿易赤字縮小の最も手っとり早い手段として、公然とドル安を求める発言を繰り返してきた。その結果、今年の1月から6月にかけてドルの実効為替レートが5%も下落してきたのであるが、今回の新たなドル安は、株・債券を含めたトリプル安をもたらし、金融・株式市場の混乱を伴った新しい段階に入っていることを示している。
これまで米国にとっては、「ドル本位」制を続けておれるかぎり、膨大な経常赤字対策を先延ばしにし放置してきても、他の諸国や黒字国が対外資産をドル建てで運用する限り、赤字が自動的にファイナンスされる利点を徹底的に利用してきた。だが基軸通貨であり決済通貨であるドルだけに働くこの特権も、もはや通用しなくなってきたのである。市場は放漫財政を支え、ドル紙幣を乱発する体制を支えきれなくなり、逆に規律を失ったドルと、支えるに値しなくなってきたドル支援体制そのものをも投機の対象とするようになってきた。
そして皮肉なことに、米景気回復が明瞭になるとともに、ドル信認低下のムードが広がってきたのである。94年上期には米経済は、4%台の経済成長を達成している。ところがレーガン・ブッシュの放漫財政のツケは、景気回復とともに、財貨・サービスの輸入(実質)のテンポが同輸出より早いという経済構造を根付かせてしまっている。これを改善し、逆転させるには、ドル安政策からドル防衛政策に転換し、財政赤字穴埋めのための対外借り入れ依存から脱却し、金融引き締めと財政の構造的赤字の大胆な削減の実行が迫られている。しかし、11月に議会の中間選挙を控え、内政外交上で多くの行き詰まりを打開できず、個人的スキャンダルで傷つけられているクリントン大統領にはそれが出来ないであろうという不信感が市場を支配している。

<<MIT教授「日本は5年程度の減税先行が必要」>>
クリントン政権下の米エコノミストの主流は、レーガン・ブッシュの共和党政権時代に影響力のあったシカゴのマネタリスト派からハーバード、MIT(マサチューセッツ工科大学)系のネオ・ケインジアン派などに移っているといわれる。その一人、ドーンブッシュMIT教授は、「いまのように米国内の投資が好調で、貯蓄をはるかに上回っている状態では、経常赤字が減少しないのは当然だ」として、「むしろ米国とは逆に投資が増えずに貯蓄がたまり、経常黒字の減らない日本が、景気低迷を放置していることこそ問題なのではないか」と主張している。もちろん一方では、「ドルの全面安になった段階で、米政府はドル安放置がいい政策ではないことをはっきりと認識した」と政策転換の必要性は認めている。しかしドルは、円とマルク以外の通貨に対しては強含みであることから、特に日本の財政・景気政策に不信を投げかけ、官僚の強大な抵抗を問題にし、とりわけ日本の内需拡大に不可欠な減税問題について、「大蔵省の力が非常に強いから結局、消費税の引き上げが減税とセットになるだろう。減税の先行期間は1年より3年の方がいいに決まっている。実は日本を消費者重視の経済にするには5年程度の減税先行が必要だ」と述べている。(6/17日経)
日本の内部では、減税先行論は財政に無責任な暴論としてまともに検討もされず、旧連立与党では新生党と公明党が大蔵省と組んで、社会党に無理矢理消費税の大幅増税を認めさせようと、次から次へとハードルを高く設定してきたことは周知の通りである。
景気回復に冷水を浴びせるような暴論が、責任政党の必須条件に祭り上げられていたわけである。

<<村山新連立政権登場の意味>>
たしかに世界中を駆けめぐる投機資金は、日本が抱える巨額の経常黒字を格好の標的にしていることは間違いない。大蔵省の貿易統計によると、不況進行下の92年度の平均1$=125.15円から、93年度1$=108.17円へ、約13%円高が進んだのであるが、それでも輸出額は3662億$で、前年度を6.5%上回っている。94年度に入っても、実質数量ベースでは減少傾向が明瞭になっているといわれながらも、ドル換算の輸出額では、4月が前年同月比7.3%増、5月も同4.4%増と、増え続けているのである。最近は5月の通関統計によると、貿易黒字額が前年同期比15.9%も減少するなど、明らかに円高で輸入が増える作用の方が強く働いているのであるが、90円台に入った急速な円高によってドルベースでは逆に、94年度の貿易黒字額も当初の見通しより40-60億$増額すると試算されている。
大胆な内需拡大を目指した景気拡大政策が実行されない限り、円高攻撃は止まないであろうし、一部には1$=80円台説まで言われ始めている。すでに94/1-6月期、円高倒産が近畿地区では前年同期の5倍近く発生している。こうしたさなかに村山新連立政権が登場したのであるが、旧連立政権とは違って、ハト派色を鮮明に打ち出し、所得税減税の先行を明瞭にし、消費税増税については何よりも国民合意を重視し、論議の公開性と民主的手続きの重要性をうたっている。そしてサミットでの村山・クリントン会談では村山首相は、大衆の生活に根ざした公共投資の見直しと拡大を提起している。唐突な社会党と自民党、新党さきがけとの連立政権の登場ではあったが、ある意味では現実の要請と必然性に敏感に対応したものであったとも言えよう。
モンデール駐日米大使は村山政権の登場とともに「羽田政権とはかなり違った話が出来た」ことを評価し、税制改革について「減税は恒久的ということなら非常に良い。増税は景気が回復してから考えれば良い」と強調し、「日本に戻ったら大蔵省があいまいにしているようだ」と大蔵官僚の批判を忘れてはいない。(7/16日経)
問われているのは、日本の官僚を乗り越える政治経済改革の具体性と整合性、そして国民の合意を背景にした実行力ではないだろうか。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.200 1994年7月15日

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【投稿】官僚主義から民主主義へ

【投稿】官僚主義から民主主義へ
               —-村山大連立政権と政界再編の行方を考える——

<羽田=小沢ファッショ政権の崩壊>
6月29日、47年振りに社会党の党首が首班となって第1党自民党と第2党社会党による大連立内閣が成立した。この1年の間に、自民党一党支配とそれがもたらした政治腐敗に対する国民の不信感が、細川・羽田という2代の連立政権を生んだ。自民党を初めて野党に追い込んだことによって、念願の政治改革が緒に着き、選挙制度改革や政党助成が準備されていた。しかし、「改新」という新会派づくりを社会党に何の断りも得ずに進めたことで、社会党の存在を数合わせとしか見ていない小沢ファッショ内閣の本質が明らかになって、社会党の政権離脱と羽田=少数与党内閣の成立という波瀾ぶくみの展開となった。政局の焦点は、自民党政治に止めをさすのか、「普通の国」=政治大国へと一気呵成に突き進もうという小沢の政治戦略に止めをさすのかという消極的な選択にうつった。
社会党がそのキャスティングボードを握った。なぜなら、その選択について党内が真っ二つに割れていたからである。右派のデモクラッツは反自民の連立をあくまで追求するべきだと主張したが、これは連合の社会・民社両党の協調という路線に後押しされていた。しかし、小沢ファッショ政治は歩み寄りを見せなかった。すなわち消費税の大幅な引上げを年内に決めること、欧米主導の国連安保理事会の常任理事国入りに積極的になることなど反国民的、好戦的課題について社会党の一方的な譲歩を迫った。大蔵省を始めとした官僚とマスコミが一体となって展開された福祉のための増税という大キャンペーンや「普通の国」に対抗するビジョンを国民に示せなかった自社大連立派の政策面での弱さによって、国民の期待はまだ反自民連立政権にあった。したがって、世論の後押しを受けた小沢ファッショ政権の内閣総辞職から政権協議へという動きに同調する社会党右派のデモクラッツの動きも楽観的であった。
しかし、小沢は海部という切札をもっていた。これによって社会党を割り、自民党の政治改革推進派を取り込むという、自社を分裂へと追い込む勝負に出た。この勝負は、小沢の後ろに中曾根が付いていたことが会期末ぎりぎりになって明らかになったことで、デモクラッツの村山首班指名への方針転換につながった。しかし、74人の衆議院議員の内3分の1の24人が白票か海部票だったことに社会党内の混乱振りが現れている。

<「ハト派政権」の波紋>
自民党が社会党の首班を担ぎ、しかも社会党の政権構想を丸飲みするという決断をしたこと自体が自民党の政権奪取への並々ならぬ意欲を示している。社会党の従来からの「反自民」の看板もわずか一日で降ろされてしまった。このような姿勢を国民は「野合」政権ととらえている。確かに一年前の選挙まで全国津々浦々で宿敵のような闘いを演じてきた両党がなぜ簡単に連立を組めるのかという疑問が湧いて当然である。その疑問をいち早く捉えて大連立への道を清めたのが新党さきがけである。「ハト派政権」という国民のもっとも受け入れられやすいネーミングで時代遅れのイメージが定着しつつあった社会党への国民の再評価と分裂を繰り返してきた自民党の体質の変化を端的に表現し、国民の自社大連立アレルギーを幾分和らげた。
新党さきがけの「普通の国」批判は、ビジョンとして国民に示されるところまでまだいかないが、国民に何が論点かを示している。国連安保理事会の常任理事国になることによって発生する責任と義務の重さ、そして積極的になることによって加重する軍事的貢献の危険性を指摘したことが、社会党や自民党の平和国家路線を結びつける触媒の役割を果たした。ここでも官僚とともに羽田政権が、国民の重大な進路選択を国民の前にわかりやすく説明することなしに既成事実を積み重ねていた。このような官僚が国民の意思を問うことなく重要な意思決定をするという官僚政治の悪弊は、族議員という形で一定程度の発言力を持っていた自民党政治よりもひどい状態、すなわち小沢と彼を支える創価学会=池田というごく一部の人間にだけ官僚が意思を聞けばよいという国民不在の政治になりつつあった。
新党さきがけと自民党が社会党の村山を担いで結束できたのは、このような一部の人間が密室で政治を行うというファッショ政治の阻止ということが最大の理由である。しかもこの羽田=小沢政権の好戦的性格に対してアジアの国々が警戒の色を強めていたことに示されるように、社会党が政権構想を骨抜きにして反自民の連立に付いていたならば、消費税の大幅引上げがもたらすであろう軍事大国化に周辺諸国の警戒はますます強まっていたと思われる。村山内閣の誕生を中国が歓迎の意思で迎えたことと日本をカードとして国連で使いたい覇権主義のアメリカが落胆の色を隠せなかったのは、当然の結果である。

<官僚支配から民主主義の国づくりへ>
消費税の問題は村山政権の命運を掛けた大問題であると同時に、日本の官僚支配を政治の側が第1党と第2党の大連立で打ち破れるかという民主主義をかけた戦いである。国民が選んだ政治家たちが国の進路に関わる政策決定に何の影響も及ぼすことができないという官僚支配の壁を破壊するための闘いが、自民、社会、新党さきがけのサンフレッチェ内閣で始まることを、国民が本当に期待できるかが問われている。民衆の立場を代弁するという当たり前のことを政治がしはじめたとき、政治不信が解消に向かいはじめる。消費税問題にしろ、国連安保理事会の常任理事国入りにしても国民の声と村山内閣の政権合意とはみごとに符号していることに一縷の望みがある。
問題は、このような国民の声を実行できるだけの力量が村山内閣にあるかどうかということである。官僚の壁は厚く一筋縄ではいかないが、国民世論を味方にして闘いを挑むのか、55年体制のような密室での取引に終わるのかによって内閣の命運が決まるだろう。村山内閣が自らの公約を国民の生活に密着した具体的なビジョンとして国民に示し、行政改革と大企業優遇税制の是正、誰もが安心して暮らせる福祉社会づくりといった公正な政策を確実に実行に移すことがまず必要なことである。
・—新しい連立政権の樹立に関する合意事項(1994年6月29日)—–
①政治改革の継続的推進 ②行政改革と地方分権の推進 ③経済改革の推進
③農林漁業振興の推進 ④高齢社会と税制改革 ⑤外交・安全保障・国連改革
⑥戦後50年と国際平和 ⑦朝鮮民主主義人民共和国の核開発への対応 ⑧教育
の充実と男女共生社会の創造 ⑨連立政権与党の運営
(1994年7月15日 大阪 M)

【出典】 アサート No.200 1994年7月15日

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【投稿】コンピュータ業界をめぐる買収・合併

【投稿】コンピュータ業界をめぐる買収・合併

いまパソコン(パーソナルコンピュータ)を筆頭にコンピュータ業界は大きく揺れ動いている。ソフトウェア分野では相次いで企業の買収・合併がおこなわれ、業界は大きく再編成されようとしており、さながらサバイバル合戦である。
アメリカの業界アナリストは次のようにいっている。
「1920年には、およそ300ものアメリカの会社が自動車を製造していた。1930年になると、この数字は25に落ち、1940年には10となった。そして、今では自動車メーカーは3社にすぎない。そのスピードが速いだけで、同じことがソフトウェア業界でも起きている。0から始めて1億台のPCを作るのには20年もかからない。このペースでいけば、1年前に始まったこのソフトウェア業界の淘汰にかかるのは、長くても5年というところだろう。」
もちろん日本でもいずれこうした事態は避けられないことは、今、人気あるソフトウェアのほとんどがアメリカでつくられたものをローカラズ(日本語化)したものであることからも予測できる。
これらを押し進める背景には
①ハードウェアのコストパフォーマンス強化
②ダウンサイジング
③ソフトウェアの高機能化と高度化
④コンピューティングとコミュニケーションの集約
がある。
私は印刷業に携わる者であるが、この産業においてももはやコンピュータを理解し、操作し、生産の道具としてこれらを駆使できない企業は存在を危うくさせている。そして、顕著なことは、いままでの印刷機器メーカーの専用システムに代わり、これら一般に市販されているパソコンとソフトウェアが生産に直結したことによって、新しい生産の工程と価格競争を生みだしつつあることだろう。とくに、コンピュータをめぐるこの3年ほどの大きな変化がこれらを決定的な局面にまで押し進めていることは疑いの余地のないことである。
例えば、先の①~④の点についてもう少し言及するとしよう。
①については、日本国内においてはここ1年半ぐらいは特に顕著である。ちなみに、私がやっと昨年の暮れで3年間のローンを払い終わったシステムは、当時100万円相当のものであったが、今ではその2倍以上の演算能力とソフトウェアの実行処理を行えるものが現在15万円相当である。今は100万円もつぎ込めば、およそ個人ユースでは能力を持て余す最高のパソコンシステムを揃えられるのである。
かつて、「ジャパン アズ ナンバーワン」といわれた日本的生産の特徴は、何よりも「安くて高品質」を売りものとしていたが、これは完全にアメリカにとって代わられたといえるだろう。日本の多くのパソコン生産がいまや海外に委託され、日本で作っているものは半導体チップぐらいなものになってしまうだろう。東京の秋葉原の電機街で、家電製品の売上をパソコンの売上が抜いたということは象徴的である。家電製品もほとんど海外生産となっているが、売れる商品がないことや価格が廉価であることから、企業収益がよくないらしい。ちなみに株主総会での報告では昨年、大手メーカーはリストラを敢行して管理職を含めた大幅な合理化に踏み切ったこともあり、来年度には企業収益を回復する見通しをたてているというし、さらにこれまで日本経済を牽引してきた自動車・電機産業などが軒並み海外へ生産をシフトさせていることは、雇用環境をいっそう悪化させかねない。
②のダウンサイジングとは何だろう。簡単に言えば、おおよそ次のようなことである。パソコンの処理能力が飛躍的に高まり、生産だけでなく管理・監督部門でのコンピュータの広範な利用が急速に進展したことにより、昔ながらのメインフレームと呼ばれる大規模でピラミッド型の中央集中管理的なコンピュータシステムはその役割を終え、高度な処理能力を備えた水平分散処理型のネットワークシステムが需要をのばしている。以前は情報処理部門は多くの人から隔離された場所であり、ひとつの処理をさせるにも、専門のプログラマーなりシステムエンジニアが介在しなければ動かなかったが、今では作業者自身が簡単なオペレートでこれらの処理をパソコンに代行させることが出きるようになった。高価な値段でシステムの維持費だけでも莫大なメインフレームは売れなくなり、日常の生産・管理・監督業務の大半がパソコンによるネットワークシステムで処理できるようになったのである。そして個人でも簡単にそして平等にこれらの技術と情報を得られるような時代となったといえる。
③はとくに昨年あたりから顕著な動向であり、今後ますます、パソコンとそのソフトウェアは使いやすくなり、同時にリアルタイムで数値や文字、制止画や動画など様々なデータを一括して処理できるようになってきている。そして、しかもハードウェアの異なるアーキテクチャを超えてデータの互換が可能な方向へと向かっている。これは昨今「マルチメディア」という言葉に代表されていることであるが、内容的にはまだまだメディアの特徴を生かしたものとはなっていない。また様々なアプリケーションにおける同様なインターフェースの採用により、操作性は自動車を運転するが如く、統一されたものになりつつある。アメリカは世界中のソフトウェアのほとんどを供給しているが、この国で起きているソフトウェア会社の吸収合併・買収はすざまじい。
④はアメリカで「スーパー情報ハイウェイ」といわれていることと密接に結びついているし、日本でも次の新しい産業として昨今持ち上げられている。アメリカでの例では、今まで音声のみを運んでいたケーブルやラジオの周波数を使って、デジタルのビデオ信号を送れるような技術の見通しがついてきたため、電話会社の新製品として登場する予定である。今ある電話回線に取り付けられ、電話とテレビ用出力機能をもったボックスである。電話回線がテレビ番組を吸収するこの機器の実態はコンピュータそのものである。映画を見たり、ゲームをしたり、データベースやネットワーク通信にアクセスしたりといった双方向のデジタルサービス通信がこれで可能となる。したがって、NTTなどの通信電話会社だけでなく、家電メーカーやゲームメーカー、パソコンメーカーなどありとあらゆる関連産業がここに参入をもくろんでいる。

さて、では自分の周りをみるとどうであろう。日本ではアメリカに比べパソコンの普及率は極めて低い。企業においてもアメリカに比べ3年から5年以上は遅れているといわれている。だが、まちがいなく以上述べたことは夢物語ではなく、近々にアメリカでは現実となることである。もはや「技術立国」を売り物にしてきた日本も、アメリカに大きく遅れをとろうとしている。日本の大手企業はどんどんこの事業にアメリカで参入しているが、自分の国ではさっぱりである。これでは再び、「ジャパンバッシング」にあうことはうけあいである。業界の再編もまだまだこれからが本番であろうから、国内事業のたち上げを急がなければ雇用環境はよりいっそう悪化するだろう。
最後に、パソコン雑誌ASCII(アスキー)に載っていた、アメリカ在住の日本人プログラマーが書いていたことを紹介しよう。
「確かにこちらは田舎です。すべてが日本ほど丁寧ではないし、給与も安いですが、セントラルヒーティング付きの家1軒(土地200坪、建物60坪程度)が1500万円以下であり、20代の終わりには大抵の人が家を持てます。果物、野菜、肉は、東京地区の1/2から1/10くらいの値段です。出勤前後に9ホールのゴルフが700円でできます。近くに8カ所のスキー場があり、一番近いところは20分で行けます。高速道路や駐車代をとられることもありません。……また大学が2つあります。ブリガム・ヤング大学と少し離れたソルトレイクシティの、アラン・ケイの出たユタ大学で、この2つのコンピュータ学科の卒業生たちがノベルとワードパーフェクト(注)に大きなプラスをもたらしています。いわゆる日本でも名の通った一流大学ではないのですが、こんな田舎に世界的なソフトウェア産業が成り立っていて、私のような外国人の雇用があるのです……」
(注:ノベルはつい最近ワードパーフェクトを買収した。ノベルは、ソフト業界のナンバーワンともくされるマイクロソフトに対抗できる唯一のメーカーと注目されている)(東京 Woz)

【出典】 アサート No.199 1994年6月15日

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【投稿】今 労働組合に求められているもの

【投稿】今 労働組合に求められているもの

連合が結成されて5年ということで、一定の中間的総括をする必要があると考えています。今日、政局が非常に流動的な中で、労働運動について中間的に総括していくと言う機運がもう一つ足らないわけですが、しかし、自治労・日教組なりの統一の過程で組織の分裂を経験してきた単産等では一定の節目認識を持っているところです。
以下、1のところでは、連合他の組合運動の現状について、2では私自身の私見ということでご理解をお願いします。
Ⅰ、労働戦線の再編成で何が変わったのか。
1連合
(1)89年の連合統一以降、連合労働運動は前進したのか。
①賃金闘争--連合結成の時期はバブル景気の時期だったが、「やがて来る不況のために賃上げには応えられない」との経営側の賃金抑制姿勢を打破できていない。連合結成時には、統一に寄って賃金闘争も力を増すんだ、という論理で期待もしたが。
その後の平成不況では、「賃上げか、雇用か」との恫喝のもと、結果的にリストラが進められ、今春闘賃上げ相場も3%前後と戦後最低。賃上げも雇用も抑制されている。
②制度・政策闘争--年金改正の論議では、厚生省(大内大臣)から出された改革案が自民党政権下の素案がベースであったこと、官公労と民間の立場の違い、などもあり、年金審議会から65才までの支給繰り延べ問題で連合側委員が退席するまで至ったが、十分に戦えたとは言い難い。減税では、昨年までは減税列車で中央闘争を行うなど、積極的に取り組んだが、特に今年は、減税と消費税の関連で、制度減税ではなく、政策減税で落ち着いた。結果的には連合のイニシアティブを発揮する闘争展開とはならなかった。
高齢社会対策や教育問題など、さまざまな制度政策課題があるなかで、連合としては労働政策については重要視することが大切という私見を持っている。日経連や財界団体が経済政策に口をはさむように、連合が労働政策にきちっとした政策提起をすることが大切です。その意味では、総評・同盟の時代よりは、労働政策については、総合的な政策を連合は提起してきたと評価しています。育児休業法、時短促進法などで、連合が労働側の意見を政策に反映させ大きな役割を果たした。今後、労働基準法の改正やパート労働者の問題、解雇制限法など制度・政策では連合が労働者の利益を代表する政策をより明確に打ち出すべきだと思います。
③政界再編成への役割ーー「自民党政権に替わる政治勢力の結集」をスローガンに政界再編成に一定の役割を果たした。細川政権維持にも大きな役割を持った。現時点では、社会党の政権離脱ということはあるにせよ、旧総評・同盟、社会党・民社党の股裂き状態と言うのは連合的にもやって行けない状態であり、政界再編第2幕に向け、「社民リベラルの結集」には、黒子の役割を連合に対して期待する。

(2)総括的評価
①本来の労働組合としての役割においては、期待はずれの感がある(賃金・労働条件・雇用など)。「力と政策」を標ぼうして結成さえた連合統一であったが、数の統一だけでは、十分な力を発揮することができなかった。その原因は、全労連が批判するように労使協調的な統一であったから、前進しなかったのではない。「数の統一」に問題があるのではなく、統一以前からある労働組合の弱体的な体質に問題があった。春闘に見られるように余りにも、管理化・システム化された労働組合運動の実態がある。連合統一後も旧来の大産別の実態があり、連合統一以後もそうした体質は変わっていないからである。
また、「『安定的労使関係』と『自立した労働組合』」とは何かを再考すべきではないか。
いかに労働組合の団結と交渉力、闘争力を常に維持・背景にしながら、労使関係におけるモラル・経営参画意識を担保するかが問われている。
②制度・政策要求では、全般的なヴィジョンを打ち出すには、まだまだ未熟。「数」の権威で背伸びをし過ぎている。しかし、将来の社民リベラル政権をも展望した粘り強い論議は必要。社民リベラル政権ができた時点を想定すれば、連合がしっかりした政策の提言に責任をもたなければならない。しかし、旧総評・同盟、民間と官公労、大企業労組と中小企業労組などの間に意見の相違があることも歴然とした事実であり、大綱的な一致を追求するための粘り強い論議が必要。高い政策能力をつけるためには、この克服は不可欠ではないか。労働政策では、まとまった政策を積極的に打ち出すべきである。
③政治では「数」の権威で政界再編成に大きなインパクトを与えてきたことは事実。総評=社会党、同盟=民社党というブロック意識の脱却についても、一定前進している。しかし、山岸会長の政治的発言などには連合内で十分な議論がされていないこともあり、反発やとまどいも起こっている。とりわけ旧総評では、反戦・平和・人権課題を連合に集約できず、平和人権センターで、ということになっているが、その場も社会党の基本政策の見直しの論議などの方向にある。労働組合の動員型の平和・人権運動には限界があり、逆に市民型への脱皮について議論を進めるべきではないか。
今年のメーデーは、一方で社会党の政権離脱という事態の中でも、連合の中では、政界の動きを連合組織の亀裂にさせてはならないという、組織内の気遣いもあって連合組織の健全性を感じる。
山岸会長の目立った動きのような、政治のパワーゲームの中での黒子的な役割ではなく、労働団体の目的に徹した、労働者に取っての政権・政策を主体的に求める姿勢を堅持して、現実の選択肢の論議・合意を求めるための努力こそ連合の役割だと考える。

2、全労連
(1)賃金労働条件では、スローガン・要求は勇ましいが、結局は全体の労使の力関係の枠の枠に限定されている。もちろん、教条的な姿勢で「闘う労働組合」と言っているが、争議件数などを見ても、特に全労連が多いというデータはない。
(2)制度・政策、政治闘争では、明らかに共産党の受け売りでしかない。
3全労協・無所属
賃金労働条件闘争では、全体として少ない争議組合の中では、比較的集中している。戦闘性は残しつつも、結果的には抑制攻撃を打破できていない。
一方で、地域合同労組の面では、未組織労働者が増大している中で活発な動きがある。総評東南ユニオン、北摂ユニオン、泉州ユニオンなど。全国的も同様の動きがあり、昨年、全国交流会が開催されています。労働組合の組織状況については、組合数、組合員数も実は増えているんです。ところがそれを上回る雇用労働者の増があるので、全体として組織率は下がるということです。サービス産業なり、労働移動が頻繁なところで、組織化が進んでいないため、一人でも入れる合同労組が「駆け込み寺」としてある。連合大阪もパート労組=ハートフルユニオンを昨年結成しています。これらの地域合同労組のまとまった連携の動きが顕著になれば、新たな労働運動として今後注目すべきものである。

Ⅱ、労働運動に問われているもの

以下に述べるのは、あくまでも私個人の私見であり、自らの労組の運営を見て、切実に感じるところでして、うちの組合はそうでもない、と言う点もあるかも知れません。

1、求められる労働組合の自己改革
(1)組合運営
①親分政治からの脱却=急がれる世代交替
組合運営について、いつまでも古い幹部の意見に規定される場合が多いわけで、世代交替が求められるとともに、論議できる執行部の形成が必要だと思います。ひとに改革・改革と主張する組合自身は実は非常に自己改革がへたであるということは事実ではないでしょうか。
②ニーズの変化への対応=集団型から個別・家族型へ
現在は、個人や家族を中心とした運動提起が必要であって、全体からものを見た発想よりも、個人から積み上げて、参加型の運動の提起が必要だと思います。
③互助機能の強化=勝ち取るだけでなく、労働者相互扶助の精神
賃金闘争もなかなか、困難な状況の下で、労働者自主福祉の活動は、重要な組合活動の分野と位置づけることが必要です。
④形式的な組合民主主義でなく、実質的な組合民主主義を
機関決定がすべてではなく、組合員一人ひとりに問いかける論議が常に必要です。結論先に有りきの場合が多いわけです。良きも悪しきも判断するのは組合員であるというセンスが大切です。
⑤運営から会計執行までガラス張りで。公開の原則が大切ではないか。労働組合にも腐敗は起こります。役員の行動を組合員は良く見ているわけで、役員が思う以上に潔癖な感覚であることを忘れてはならないと思います。
(2)運動方針について
①最近、大会の運動方針などをコンパクトなものにする傾向があります。しかし、それが単なる見栄えを狙っているだけ、という場合が多いわけです。組合員が本当に願っていることを的確に表現することが大切です。
②教条的な「・・・でなければならない」ではなく、「これならできる」論で、組合員と共に着実に実行していくスタンスが必要ではないかと思います。
★総じて、組合員が望む組合イメージは、「強い組合」より「やさしさの感じる組合」になっているのではないか。吉村先生は「労働組合は労働力の一括販売組織」という整理をされましたが、私は「労働組合とは使用者に対して、労働力を集団的に販売する組織」と言わせていただきたい。その集団性を担保し、維持発展させるためには、「やさしさ」を通じた「団結の努力」が必要であると考えます。

2、連合統一は果たされたが、組合交流は図られたか
連合は結成されて5年経ちましたが、個々の組合員が連合の組合員であると認識できる行動があったか、なかったのではないか、これが実感です。これは連合統一が幹部統一であったからであります。今からでも遅くはないわけで、幹部統一から現場レベルでの統一への努力が必要だと思います。連合の地域運動についても、小選挙区制に対応した地域組織の再編問題で議論が盛んですが、地域運動は選挙闘争だけではないわけです。青年・女性レベルの交流などできるところから、現場レベルの交流からはじめることが大切ではないか。こうしたことの積み上げで結局、連合春闘といっても、産別自決だということで、従来の春闘パターンが路襲されている現実に対して、企業内組合意識からの脱却への積み重ねが必要ではないかと思っています。(94・06・12大阪U)

*「政界再編と社会党」「今労働組合に問われているもの」の2文書は、6月上旬に大阪市内で行われた会議の中での報告を、アサート編集委員会の責任において文章化したものです)

【出典】 アサート No.199 1994年6月15日

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【投稿】「価格破壊」「価格革命」の背後にあるもの

【投稿】「価格破壊」「価格革命」の背後にあるもの 

<<「新物価指数」の登場>>
このところディスカウントストアの広告だけではなく、あらゆる流通分野から、ついには自動車にまで、この「価格破壊」、「価格革命」といった言葉が踊りだしている。3-400万円台の4輪駆動の車が150万円台から(トヨタ)、アメリカのスポーツ車「マスタング」が200万円台で登場というわけである。
洋服の青山商事は、アジアにおけるネットワークの展開、委託加工などにより背広の売上原価を50%以下に引き下げたといわれている。そして小型カラーテレビは今や二万円台で買える時代である。はたして本当に物価は低下しているのであろうか。
このほど日銀が、4000人の消費者に聞いた調査(94年3月)によると、「最近値下がりしているものが目につく」との見方に対し、肯定した割合は29%にすぎず、逆に否定した割合は44%に達した。ただし輸入品の値下がりを認める消費者が47%いたという。事実、総務庁が発表する消費者物価指数は小幅ながらも下記のように上昇している。これには通産省やスーパー業界から調査方法や抽出品目について異論が出され、今年からそれぞれが独自の物価指数を発表し出した。実態を正確に反映するためには大いに結構なことであろう。

消費者物価指数  総務庁           +1.2%(93年度)
新消費者物価指数 通産省 総務庁調査より    -7%
卸売り物価指数 日銀             -3%
西友物価指数 西友              -7%

<<実質賃金の低下、ノンユニオンの増大>>
今年3月時点の消費者物価指数は前年比+1.3%、卸売物価指数は同-2.0%である。こうした傾向は日本に限らず、アメリカでは消費者物価上昇率は2.4%、生産者物価上昇率は-0.4%、インフレに悩まされてきたドイツでも消費者物価指数に相当する生計費指数が今年4月時点で前年比3%台に低下してきている。
総じて、先進国といわれる諸国では、このところ物価安定の傾向にあることは事実であり、それに照応して、いやそれ以上に賃金上昇率が大きく低下してきていることが特徴となっている。アメリカの賃金上昇率は、89年の4%をピークに年々低下し、93年は2.4%というこれまでにない低さであり、ドイツにおいても、時間当たり賃金上昇率は93年で4%程度まで低下し、94年春の賃金交渉では1-2%程度の低い賃上げ率となり、いずれも実質賃金の低下を続けているのである。
さらに労働組合への組織率においても後退を余儀なくされている。とりわけアメリカにおいては、景気回復にともなう雇用拡大にもかかわらず、93年度の民間企業組合員総数は前年比14万人減少し、組織率は11.2%にまで低下している。公共部門を入れた全体の組織率は15.8%であるが、これは先進国中最低の水準となっている(英、独40%台、日本24%)。いずれの国においてもノンユニオン、未組織労働者の増加が顕著な傾向となっている。

<<「賃金が50分の一、100分の一の国」>>
こうした背景には、もちろん合理化やリストラ、流通革命も上げられるが、それ以上に先進諸国への急速な低賃金労働の流入の増大が指摘できよう。それは直接間接さまざまな形で流入しており、広範囲の影響を及ぼしている。冷戦体制崩壊後の経済の国境が急速に取り払われた、いわゆるボーダーレス化によって、旧ソ連圏、東欧諸国、中国、ベトナムなどの極端な低賃金労働力の利用が可能となり、これまでの第三世界の低賃金労働と合わせて、資本にとってはこれまでにないコスト削減が可能な状況をもたらしている。それがたとえ一時的過渡的なものであったとしても、不可避的な流れとなっている。世界的にみてもその重要な中心はアジアである。
「アジアには日本に比べて賃金が10分の一、50分の一、100分の一という国がある。労働生産性の差はそれほど大きくないから、日本の企業が低賃金国へ移動するのは必至の方向だ」(5/30日経、金森氏)というわけである。そして事実、日本資本は、当初は近隣の韓国、台湾、香港への進出から始まり、それぞれ人権費が高くなってくると、次はシンガポール、タイ、マレーシア、インドネシアへと安くて豊富な労働力を求めて次々と渡り歩く「渡り鳥」という悪評を浴びながら、現在では、中国そしてベトナムに熱い目を注いでいる。

<<スネークヘッド暗躍の背景>>
何よりも中国については、93年4月に報告された世界銀行の「世界経済の展望と途上国」によっても、10年後の2002年には、中国に香港、台湾を加えた「中国経済権」の実質経済規模は日本の2倍、そしてアメリカをも上回り、世界一になる可能性がある。低賃金労働はもちろんのこと、将来の「膨大な市場」の確保をめぐってすでに激烈な競争が開始されている。ごく最近でも家電グループは言うに及ばず、野村証券グループやトヨタが大規模な工業団地、製造ラインの建設に乗り出している。(この間の事情については、関満博著『フルセット型産業構造を超えて』中公新書が詳しい)
そして中国からは、日本の「高賃金」をめざして密入国しようとする中国人のニュースが絶えず、蛇頭(スネークヘッド)なる名前のシンジケートに数百万円も払って密航を企てるような状況である。そして日本のいわゆる3K職場には外国人労働者が目立ち始めている。
家電のシャープの調べによると、経営資源の地域別価格比較は次の通りであり、その価格差は歴然たるものである(6/8日経)。

項目            日本   米国   欧州   タイ   中国
土地            100     8    4     1    10
建築コスト         100    73    56    45     –
人件費           100    65    32     6    4
陸上運賃          100    19    15    25     –
電力            100    30    25    45    28

<<「低賃金でしか先進国に太刀打ちできない」>>
当然、アジアのNIES諸国も黙ってはいない。中国には韓国、台湾、香港、シンガポールなどが次々と進出しており、さらにはベトナム、カンボジアにはタイ資本が参入、ミャンマーにもシンガポール、インドネシアが相次いで接近を始めている。いずれも自国よりは賃金が安いこと、労働力が豊富に存在することが前提である。
こうした苛烈な競争の悲惨なしわ寄せが児童労働の問題に現れている。最近の報道でも、タイ、バンコク郊外のジーンズ工場では、14歳前後からの大勢の少女が24時間監視で働かされ、賃金は政府が決めた最低賃金の2割にも満たない月600バーツ(約2500円)で働かされている。皮革製品やカバン工場では、15歳未満の子供を100人も使い、摘発を免れている工場が多数あるという。
世界には15歳未満の児童労働者が約2億人も存在しており、アジアでは労働力全体の11%、中南米では12-26%を占めている。フィリピン、バングラデシュの衣料製品、インド、パキスタンのカーペット製品は児童労働によって支えられている状況である。そしてアメリカ・カリフォルニア州の農業労働もメキシコから「不法入国」した大量の少年少女の労働によって支えられている。
さらに南アジアに位置するインド、パキスタン、バングラデシュは、ASEAN諸国よりさらに賃金が安く、人口は東南アジアの約2.5倍をかかえ、一人当たりGDP(国内総生産)では1/3程度にとどまっており、社会環境も劣悪である。これら諸国は次のねらい目となっており、「低賃金でしか先進国に太刀打ちできない」状況に追いやられようとしている。
国際的には同時に、こうした労働条件や児童労働の問題が新しい通商摩擦、不公正な貿易問題として浮上してきている。ILO(国際労働機関)の場でも深刻な問題として取り上げられいる。冷戦体制下で先進諸国間貿易が過半を占めていた時代とは違って、経済のグローバリズム化によってよりいっそう鮮明に浮上してきたこれらの問題について、新しいインタナショナリズムが求められているのではないだろうか。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.199 1994年6月15日

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【投稿】政界再編と社会党

【投稿】政界再編と社会党

1、社会党の連立政権離脱について
<改新結成は口実ではないか>
まず社会党の政権離脱問題です。裏話などは、最近はテレビでも報道されているのそちらを参考にして下さい。羽田首相が首班指名された直後にいわいる「改新」という院内会派ができて、今までコメ問題とか国民福祉税構想とか政策的な問題や、細川辞任後の第2の連立政権をつくる時の政策協議の時点で、連立政権離脱・離脱と言いつつも与党の合意を守る形で社会党は政権に留まってきたわけで、「改新」結成という時点でも、政権離脱はないのではないかと思われてきたわけですが、結果的にはたった一晩で出てしまった。それにあたっては、党内で政策論議の時のように右派と左派が喧々額額の論議もなく、右派も「ここまでなめられたら」という感情を背景に、村山委員長のイニシアのもとに離脱が行われたわけです。
考えに考え抜いた末ではなく、結局「改新」結成が信義にもとるということで出たわけですが、落ち着いて考えてみたら、決断自体は情緒的な判断、感情に流された決断と言えるわけで、「改新」結成ということで政権離脱と言いますが、それは口実にすぎない。そのきっかけに過ぎないと思えてくる訳です。
細川連立政権をつくったときは良かったのですが、それ以降、社会党の主体性というものが、与党の中で埋没してしまい、フラストレーションがかなり溜まっていたと、いうことでしょうか。とりわけ、いままで野党の立場に安住して、主義主張・国家を論じておれば足りる、という経過を持つベテランの議員を中心に、連立政権の中では、「えーかっこ」ができないということで、不満が溜まっていたわけです。村山委員長自身のバックも左派と言うことで本人も、中選挙区派なんです。小選挙区か中選挙区かという政治改革の関係において、参議院での議決の時期でもいわゆる番記者に「どうしたら政治改革法案をつぶせるのかな」と聞いたと言う話もあり、そんな本音を胸に秘めて来た人なわけです。
そんな村山委員長を筆頭に、「改新」問題から巻き返しを図った、ということでしょうか。

<政策論議は久保書記長に権限・・村山(左派)の出番>
離脱に至る過程での与党内の政策論議の中では、そこに出て行くのは久保書記長なわけで、会議の中ですり合わせをして各党に持ち帰る、そして論議されるわけですが、党を代表してまとめてきた内容に、あまり露骨な反対もできないわけです。政策論議を口実に、国民福祉税や北朝鮮への制裁問題などでも与党代表者会議で持ち帰ったものに村山委員長でさえある意味で従わざるを得なかった。
しかし、改新結成の問題では、政策論議と言うような問題ではなく、久保書記長もその判断に権限が及ばない、委員長の決裁事項だというような関係で、村山委員長が巻き返して、守旧派というか左派と言うか、そんな部分が動きだし、さらにデモクラッツも決断ができず引っ張られ、わずか一夜で離脱したわけなんです。
いろいろ言われていますが、とくかく党内がまとまっていないという現状が隠しきれないわけで、他の政党に足元を見すかされている現実があるわけです。地方においても兵庫県の例もありますが島根など右と左の対立が起こっています。連立政権の8ヶ月の間も双方の政策論議は綱渡り的にしかまとめられていないわけです。一枚板の公明党や近頃ぶれていますが新生党などから見れば馬鹿にされてしまう現実があったわけ。
政権離脱後、テレビなども取り上げて、社会党の支持が若干上がったのではという幻想が蔓延して「もっと行け!」という空気もありましたが、落ち着いて考えてみると、与党の中で8ヶ月間を一挙に無にしてしまう軽率な行為ではなかったか、と思います。そんな空気がようやく党内で出てきている状況です。

<狙いは中選挙区選挙?>
連立与党を離れたわけですが、僕はほとんどの議員が「中選挙区」がいいと思っていると思います。例えば昨年の選挙で70まで減ったわけですが、東北の場合、ほとんどの選挙区で共倒れになっていまして、今度中選挙区で一人に絞れば、最低10は回復できる、また与党の中での 一・一ラインへの反発もあり、もう少し上積みできる、九〇近くまで・・というように考えれば、ほとんどの議員が中選挙区でやりたいというのが本音ではないか。同様に中選挙区での選挙を望んでいる自民党の議員連中とも、自社連立の動きがそれの基礎にあるわけです。
改新結成に端を発した連立離脱の問題の底流に、こうした背景があるのではないか、と思います。

2、羽田政権の評価について
<自民党、社会党あるいは自社連立よりまし>
そうして政権離脱後は、閣外に出て国会の中で羽田政権に対して、北朝鮮の核疑惑やコメ問題・ゼネコン汚職の続きなどで攻めているわけですが、そこで羽田政権の評価ということです。
是々非々ということで予算を通すまでは支持をすると言っているわけですが、結局自民党や社会党の単独政権、あるいは自社の連立政権よりは羽田内閣の方がましである、ということが言える。自民党単独政権ということは元に戻るということですし、社会党の単独政権はありえないにしても、ちょっと心もとなく、与党の経験を忘れてしまった社会党というのは、党内から見ていても少し恐い気がします。また、自社と言う場合も、それぞれの良いところがひっつけばいいのですが、どうも悪いところがつながっているようです。政策の勉強会ということで自社の有志での意見交換などをやっていますが、自民党から出てくるのが亀井静香など、小沢一郎よりも更に右であるような、どうしようもない連中が出てきているようです。そんな連中と組むというような話で有れば、自社連立という話ももし中選挙区での選挙であっても、大敗は必至であるということを客観的に認識しないといけないと思います。

<内閣不信任案は無茶>
結局羽田政権に替わる明確なビジョンが出せない、羽田政権に対して本当の是々非々の対応をしていく、もちろん、羽田政権の中には、永野法務大臣の発言や柿沢外務大臣の豹変とかいろいろ言われていますが、問題のある閣僚はたくさんいるわけですが、危機管理内閣というよりは、それ自身が危険な内閣であると言われています。しかし、結局は不安定な内閣ですので、タカ派的な部分も持ちつつも、最後までつっぱしれない。小選挙区での選挙を経た後でなければ安定しないと思われます。今の与党の中には、そんな認識がありますので、何としても中選挙区での解散・総選挙は避けたい、ということで動かざるをえないわけで、ヘタに自社を刺激するようなことはせずに、調整・合意を図りつつ、進んでいかざるをえないわけです。自社いずれかから、内閣不信任案をだすということで、最初はボルテージは高かったわけですが、社会党が野党になった途端、奥田議会運営委員長の解任と言う方向が出ましたが、社会党の中でかなり異論がでまして、自社連合は最初からつまずきました。内閣不信任案についてもまだ良く分かりません。久保書記長も盛んに連立復帰、その前提は自主的な内閣総辞職だ、と言っておりまして、不信任案先行の自民党河野総裁と微妙な違いも出てきているわけです。
不安定な要素を含みつつ、現時点では会期延長をしても小選挙区の区割り法案を今国会に提出するという構えで、秋には小選挙区での総選挙を行うとしています。

3、新たな政権構想について
<政策より人物?>
そこで、新たな政権構想という動きが出てきているわけですが、何が軸になるかということです。自社の勉強会、改新の動き、社会党の有志と新生党とのつながりなど、かなり複雑になっています。明確に政策を出して、それに賛同する政党による政権づくりということからすれば、非常にわかりにくくなっています。むしろ、政策よりも人物の問題になってきています。端的には、小沢なのか反小沢なのか、といった立て方ですね。しかし、小沢が好きな人も嫌いな人も、小沢を過大評価し過ぎていると思います。小沢が日本の将来を左右するんだ、みたいな考え方が両者共にあるわけです。思いこみが激しいため、政策などが埋没する傾向にあります。
小沢という人は、実際健康に不安があるわけです。これは本当のようです。胸にペースメイカーを入れていますし、この前ヨーロッパに極秘に行きましてイタリアの小選挙区選挙を見てきたと言っていますが、ペースメイカーの取り替えに行ったという話もあります。かなり健康に不安があるため、生き急いでいる、と言う話です。自分が元気な内にいろいろしたいということでしょうか。小沢と久保書記長が仲がいいということですが、やはり久保さんも心臓が悪いわけなんです。

<民主主義対ファシズムの幻>
反小沢というような「人間」を対象にした連合で果たしていけるのか、そうであれば、非自民で集まる方が政策的な問題やどより分かりやすい対応ができるのではないか。
しかしながら社会党の護憲派とか自民党のリベラルと言われている人たちが出している構図なんですが、「ファシズム対民主主義」というのがこれからの政治の軸ではないかと言うわけです。これも、小沢や一・一ラインに対する過大評価に基づく構図であって、日本が戦前のようなファシズムに戻るとかまた、それに反対するとしている自民党の皆さんが本当に民主主義なのか、ということも含めて安易に「ファシズム対民主主義」で危機感を煽っていく(共産党も同様の主張)のでは、誤るのではないか。社会党の先祖返りを促進するだけだと思います。むかしのように反対闘争一本槍にならないか。
小沢一郎の言う政策で集まれ、と言う問題ですが、政策で一致する新党つくりはそれなりに筋は通っているわけで、それに対して自民党・社会党が打ち出している方向は、有る意味で政治技術の問題になる。それではすれ違う。自社でやるといっても、武村の小さくてもきらりと光る国みたいな路線で一致できるかというとこれも難しいわけです。どこで政策的な一致を自社で出来るかと言えば、ほとんどできないとしか言えないわけです。護憲もあれば、改憲もあり、そこでどうした一致が可能か、ということなんです。自社でどのような政治勢力ができるか、といえば全く霧の中としか言えないわけです。

<北朝鮮をめぐる問題>
現在、北朝鮮の問題、税制改革、政治改革、地方分権の問題が焦点になっています。
北朝鮮の問題ですが、先日京都府警が強制捜査で失敗しましたが、若干緊張が高まっているかに見えます。社会党が言うのは対話による解決ということです。それはいいのですが、対話による解決と言うのは、金日成が死ぬことによって可能だ、ということにならないか。北に対する対応をめぐって2つの意見がでていますが、実際に対話路線と言っても、自然に北が変わるのを待つということしか意味していません。NPTをどう評価するのか、という問題があります。核を持っているアメリカが北朝鮮のことを言えるのか、というもっともらしい言い方があるのですが、日本のアジア侵略について、欧米も植民地を持っていたのだから、日本のことに口を出すな、みたいな論理でしかないわけで、北朝鮮も核を持ってもいいんだみたいな論理に組みすることはできません。それは北朝鮮だから認められないのではなくて、これ以上核保有国が増えてはいけない、と言う立場から北の核保有については止めさせる必要があります。どうして止めるかと言う議論では、対話の政策といっても具体的には何もない、制裁を主張する方もありますが、肝心なのは北朝鮮がどんな国なのかということです。
先日大阪で北朝鮮に帰ってから行方不明になった人を探そうという集会が行われたのですが、朝鮮総連系の人々がこれを妨害して潰すということがあり、大阪府警の強制捜査のきっかけになりました。あれは、北朝鮮国内の政治を日本の中に反映している事件であって、もちろん北朝鮮国内では、そうした集会は開くことができません。日本国内でさえ集会を潰しにくるという対応をみれば、北朝鮮の政治体制がどういうものなのかということが分かるわけです。対話という主張も分かるのですが、一定の制裁もやむを得ないと私は思います。

<税制、政治改革、地方分権>
税制問題、政治改革、地方分権の問題ですが、羽田政権発足の時に合意した政策があります。村山委員長なんかはこの合意はご破算だと言っているようですが、それは無責任と言わざるを得ないわけです。国民からあきれられます。現実問題として今後の高齢社会対策、自治労も最近税制改革の政策提起をしていますが、どのように進めるか、積極的な提起をしていく、その場をつくるためにも、新たな政権の中での対応が問われています。政治改革についても同様です。
地方分権ですが、羽田政権になってから地方分権のことは忘れられた感がありますが、細川政権時代は、首相も官房長官も県知事出身者ということで地方分権が前に出てきたと思うですが、羽田政権には知事出身の閣僚がいないわけです。そうであればこそもっと地方分権を前に押し出していく必要があると思います。

4、社会党の仕事とは
<世界観だけの主張か>
今社会党が言っているのは、しんどい課題は避けて、またしても世界観の一方的な主張をしはじめているわけです。何度も言いますが、与党で何を勉強してきたのか、ということです。今社会党がしなければならないのは、内閣総辞職などに向かう手続きの問題は詰めなければなりませんが、早急にさきがけなどと政権構想をだすといわれていますが、どれだけ現実的な政策を出せるかに掛かっている。それを軸に政権に復帰を試みるべきだろう。それについていけない人には出て言ってもらうしかないように思います。左派と言われる人たちは、自民党との共闘など言わずに、共産党との共闘を言うべきです。(現実には不可能としても)

<デモクラッツは期待できるか>
デモクラッツですが、派閥的に見られていますが、まだまだサロンのようなもので、現実の力になっていませんし、参加している各議員がどれだけ腹をくくっているのかと言えば、まだまだ根性が座っていません。
現実的には、社会党の看板をいつ降ろすのか、ということになっていきます。来年は統一地方選挙がありますが、果たしてそれまで社会党があるのか、と迷っている方も多いようです。すでに、社会党の歴史的役割はほぼ終わったと思いますし、はっきりと「民主党」などを創る動きをしながら、連立政策も練り上げ、世界観の主張みたいなことではなく、地味な課題にも取り組んでいくことが必要かと思います。
福祉、教育、人権、環境などの問題について、公明党は国家間の問題では一・一ラインで右だと言われるわけですが、国際司法裁判所への核問題での対応では左バネが働いたと言われていて、地味な課題などで社会党に替わる役割を公明が取っていくことになれば、非常に難しい問題になります。早急に政権協議を開始して、連立復帰が望ましいと私は考えています。(94・06・12大阪O)

【出典】 アサート No.199 1994年6月15日

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【投稿】南アフリカに祝福あれ!

【投稿】南アフリカに祝福あれ!
        —南アフリカ制憲議会選挙でANC勝利—

<世界の人権闘争の画期的成果>
国連をはじめとした国際社会の長年の目標がやっと達成された。
この4月実施された南アフリカ制憲議会選挙の結果、これまで反アパルトヘイト闘争を中心的に担ってきた最大の黒人政党アフリカ民族会議(ANC)が62.6%の得票を獲得。5月9日にはANCの闘士マンデラが大統領に就任し、オランダ人の入植以来340年にわたる白人の支配、南アフリカのアパルトヘイト体制に終止符が打たれた。人類最大の恥と言われたアパルトヘイト(人種隔離政策)に対するANCを中心とした黒人たちの長く苦しい闘いの中から、私たちはおおいに学ぶところがあると思う。
何よりも感動的なのは、平等を求めて生命をも賭して闘い続けた黒人たちの熱い情熱である。マンデラが終身刑を受けた法廷で述べた「肌の色にとらわれない南アを築く理想のためには、一命をささげる覚悟がある」と言った言葉が、子どもたちにいたるまで南アの黒人の根っこに燃え続けていたからこそ、シャープビルの虐殺やソウェト蜂起という過酷な弾圧にも耐えて、今日の勝利を獲得することができたのだ。
そしてもう一つ重要なのは、アパルトヘイト廃止のためになされた、経済制裁をはじめとする国際的な包囲網である。この国際協力がなければアパルトヘイト廃止はもっと時間がかかったであろう。しかし、これも一朝一夕で各国政府が動いたわけではない。各国の人権団体の国内での激しい突き上げで、各国政府は初めてやっと重い腰を上げたのだ。反アパルトヘイトの国際的な運動は、真に大切な国際協力とは何かを示している。世界が南アへの経済制裁を行っている中で、日本が南アとの貿易取引高1位になるという醜態は、政府や企業に対する私たちの運動の弱さをも示しているだろう。
さらに、マンデラ釈放以後ANCが示した、現実的で忍耐強い政策と運動は新生南アの結実を確実なものにしたと言ってよいと思う。白人の進歩派や黒人右派のインカタ自由党を今回の制憲議会選挙に巻きこむことなしに、選挙勝利によるANC政治的権威を確立することはできなかっただろう。4年にわたる制憲交渉の粘り強い交渉には敬意を表したい。今回の選挙でANCの得票が、他党の合意なしに正式憲法を採択できる三分の二に達しなかったことはかえって良かったのかもしれないとも思う。今後連立政権の手綱を握るマンデラ大統領の手腕に期待したい。

<南アフリカ黒人の真の解放はこれから>
アパルトヘイト体制が廃止され、黒人大統領が誕生しても、南アの黒人のおかれている悲惨な状態は変らない。人口の約四分の三を占める黒人の平均月収は304$で白人の五分の一以下、16才から30才までの年齢層の失業率は、白人4%に対し、黒人は57%にも及ぶ。プールつきの高電圧を通した塀をめぐらした大邸宅に住む白人と、バラックが並ぶタウンシップに住む黒人という図式はまだ変わっていないのだ。マンデラ大統領も少数白人支配の間に、多数派の黒人が貧困、飢餓、失業、低識字率にあえぐ現状の打開が政治、経済的安定のため最大の急務だという認識を示している。また、黒人に対する差別は制度がなくなっても根強く残っていくだろう。黒人の真の解放にはまだまだ多大な努力が必要であり、国際的な協力もぜひ必要である。

<問われる日本政府・日本人の姿勢>
アメリカのクリントン大統領は5月3日、今後3年間で南ア向け援助を従来の計画のほぼ2倍の6億$(約606億円)に増額することを声明した。10日にはオーストラリア政府が今後3年間で約22億円の援助を発表した。また、イギリスは今回の制憲議会選挙のために約400万ポンド(約6億4千万円)の緊急援助をおこなった。今こそ各国政府は南アに対する積極的な援助をすべきである。日本政府も人権確立のため大きな役割を果たせるはずである。「人権赤字国」の汚名を返上し、真の国際貢献を行ってほしいものである。また、NGO等民間の運動体の果たす役割も大きい。今回の選挙でも国連の選挙監視ボランティアとして多くの日本人が参加している。私たちも平等な新生南ア建設のため今まで以上に運動を盛り上げ、日本の真の国際化を実現したい。
6月11日(土)午後2時から大阪市弁天町のYMCAヴェクセルで全人種参加選挙に立ち会った人々による南アフリカ報告会が催される。関心のある方はぜひ参加してください。できるところから南アの民主化を支援していきましょう。
アフリカに祝福あれ! コシシケレリアフリカ!

【出典】 アサート No.198 1994年5月15日

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【本の紹介】『アメリカ民主主義の裏切り-誰が民衆に語るのか』

【本の紹介】『アメリカ民主主義の裏切り-誰が民衆に語るのか』
            W・グレイダー著、94年3月10日、青土社発行、2800円

<<アメリカ民主主義の体制的崩壊>>
冷戦体制の崩壊は、ソ連邦の崩壊と軌を一にしたが、それでは一方この冷戦体制はアメリカ社会に何をもたらしたのであろうか。この本の著者、グレイダーは、「長期にわたる動員体制は、民主主義的な関係を根底から変えてしまい、遠く離れまた責任を持てない場所に権力を集中し、機密保持を体制化し、大衆に対する目に余る欺瞞と偽善を育んできた。またそういう動員体制は、習慣化してしまったやり方で法を犯した。またそれによって、国家目標の大きな問題点を軍事的な政治エリートに任せることになった。またこの体制は、すべての民主的機関を犠牲にして、大統領職に権力を集中させた。問題は、つまり、敵が消えてしまったからには、民主的秩序を回復することが可能か、ということである」と、問いかけている。
著者は冒頭から、アメリカ民主主義に対するきわめて厳しい評価から出発する。「アメリカ民主主義の腐敗状態は捉えにくい。それはそうした事実が隠されているからではなく、至る所に見えるからである。頼もしい見せ掛け、定例の選挙などの裏で自治の実質的な意味は空洞化してしまっている。形式的な外部の裏にあるものは、私たちが民主主義と呼ぶ共通の市民的価値の体制的崩壊である。」
著者はこのように断言して、アメリカ民主主義の体制的崩壊の実態を、あらゆる角度から、徹底的に検証する。その手法は、抽象的観念的なものではなくて、政府や行政組織、財界や巨大企業、ホワイトハウスと二大政党、議会やロビィストの実態を、具体的な個人名や企業名、組織名を上げて、その発言から行動、データ、そして生々しいインタビューを含めて実に執拗に実像に迫るものである。それは著者が、30年以上にわたる記者生活の中で、さまざまな分野のあらゆる現場に飛び込み、格闘してきた成果の反映でもある。それは多くの点で日本の政治の腐敗と共通するものであるが、そのせめぎあいは日本以上に熾烈であり、根深く、また階級的である。
<<国境を越えた民衆の連帯>>
しかし著者は同時に、「こうしたわびしい現実に対し、重要な反対の真理がある。それはまれにしか認められることはなく、それ故広く理解されない真理である。それはすなわち、公式な代議制の失敗にもかかわらず国民は異常な政治的エネルギーで満ちているということである。あらゆる種類・身分の市民が、実際、いかなる妨害にもめげず、大衆的議題を提出しようとする動きになんらかの形で参加している。一般の市民は、選挙の方は見限ってしまったかもしれないが、なお民主主義の意味を求め、しかも創意に富んだ多様性をもって奮闘している」と、指摘するのである。
このように著者は、アメリカ民主主義への希望を捨ててはいない。捨ててはいないどころか、アメリカ民主主義再生の道をさまざまな形で提起している。しかもその再生の重要なポイントを、環境破壊や労働条件の悪化と関連して、世界的規模での新しい国際的な「国境を越えた民衆の連帯」と結びつけることに置いていることである。とかく民主主義を狭く理解しがちなだけに、われわれの目を大きく開かせてくれるものがあるのではないだろうか。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.198 1994年5月15日

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【書評】社会主義崩壊と「自由の二重性」

【書評】社会主義崩壊と「自由の二重性」
        西尾幹二『全体主義の呪い--東西ヨーロッパの最前線に見る』
               (1993・12・15発行、新潮選書、1200円)

東ヨーロッパ諸国の社会主義の崩壊後、社会主義とは本来何であったのかの模索が進められている現在、その探求は同時に、今までに存在していた社会主義体制の徹底的な反省と批判とを必要としている。本書は、このような試みのひとつとして、ドイツ、チェコ、ポーランドの現地を取材することによって社会主義の意味していたものを抉り出し、そこから逆にわれわれ自由主義資本主義世界に内在するディレンマを浮かび上がらせようとする。
著者によれば、第二次世界大戦後の共産主義の歴史を二分する重要な分岐点は、ヴァーツラフ・ハヴェルに倣って、一九六八年の「プラハの春」であるとされる。それは第一に、「共産主義的全体主義の最初の本格的動揺のしるしであっただけでなく、瓦解を前にしたある悲鳴であったこと」、第二に、「それにも拘らず、体制はさらにぬらりくらりと二十年生き延びた」、「そして硬い秩序から軟らかい秩序へと巧妙に衣更え」したこと、第三に、「自由主義資本主義体制の側にもきわめて注目すべき地殻変動が生じている事実」(大学紛争と青年の叛乱、「新左翼」の出現等)によって示される。
ここで一言付け加えれば、著者の使用している「自由主義資本主義体制」、「共産主義全体主義」という言葉は曖昧であって、社会主義を正面から論ずる文としては問題があると思われる。これらはいずれも、ハナ・アーレントの『全体主義の起源』との関連で使用されており、ナチズムとスターリン主義をほぼ同一視する立場を著者も踏襲している。しかし厳密には先程の言葉も、またこれらも区別されて使われるべきである。
右のことはとりあえず措くとして、著者に従えば、この年を境にして共産主義全体主義の構造と特質は前期と後期に分かたれるのであり、例えば東ドイツの場合、全体主義的支配という形態は、アーレントのいう積極概念としての運動から、国家保安官(シュタージ、(Ministerium fur Staatssicherheit)--秘密警察のこと--)という名の示すとおり、Sicherheit(保安、安全)を守るための消極的な機関へと変質しているのである。この結果としてシュタージは、病的なまでに過剰な防衛反応を引き起こし、東ドイツ全国民千七百万人のうち四百万人を監視、スパイし、その報告書は紙の厚さでキロメートル単位で表記されているという信じ難い活動を行った。そしてここから、夫婦間、親子間での相互のスパイ行為や少年達までが監視の対象になるといった悲劇も暴露されてくるのであるが、かかる事情がドイツにおいては後期全体主義支配の被害者と加害者、秘密警察の犠牲者と協力者の境界を曖昧にする結果となっている。
すなわち全体主義の罪に対して著者は、全ての国民に罪があるとする共同責任論か、または「集団の罪」を各機関、地位に応じて可能な限り広く公平に処罰する措置か、換言すれば「罪を犯した国家が自分をできるだけ閉ざすか、開くかする以外に」方向が考えられないにも拘らず、現実にはこれらの中間に落ち着いてしまうという事実は、「それぞれ敗者の自己防衛と勝者の自己貫徹の論理」を含んだ「戦争が終わった後の戦争の継続」(傍点筆者、以下同じ)を表していると分析し、ドイツ人の場合このことは、戦後ナチズムから遠いほど道徳的政治的に安全という抑え込みとなったが、それが逆に正反対の全体主義の世界に縛られてしまう結果となったのではないか、そして現在共産主義的全体主義の崩壊後、二つの全体主義に対して国民がいかに措置すべきかが再び自己に問われている、と主張するのである。なおここで著者は、このようなドイツ人の対応に対して、「日本人はそんなことをしない。恐らくもっと謙虚である。戦勝国の力を正義の尺度として受け入れる点でもっと素直である。だからといって戦勝国に打倒されもしない」として日本人の対応を肯定的に評価している。しかしこの姿勢が、日本の戦争責任の所在を明確にせぬまま今にいたるまで責任を放棄し続けている政府の立場につながるものとならないのかどうか、検討を要するところである。
さてこのような問題を抱えた東ヨーロッパ諸国は、例えばポーランドで見られるように、自由への第一歩を踏み出し、そのことを自讃している。しかし著者によれば、かかる自由は共産主義に支配されていた地域の、ローカルな、初歩的な自由であって、われわれの自由が過剰ともいえる西側諸国、自由主義社会では、自由が大きな曲がり角にさしかかっていることが認識されなければならない。この意味で「ポーランドの不完全な自由がもつ幸福は、われわれが苦渋に満ちた・・・・・・・われわれの自由を映し出してみる反面鏡の役割を果す」のである。すなわちポーランドとは逆に、物質と情報量が飛躍的に増大したいわゆる高度産業社会においては、自由はあり余る状態であり、欲求もその限界を知らない。そしてこのことが人間に自己の存在を不安にする喪失の感情を感じさせるのであり、そのためにかえって人間は、自ら一定の「場」、枠(自己閉塞状況)を設定してそこで自己の安定を得ようとする傾向を示すのである。この「・・・・・・自由の二重性」、「苦渋に満ちた自由」こそが注視されるべきなのである。
このことは著者によって、西側の自由主義社会において共産主義イデオロギーに取り憑かれる人々の病理学的解明として語られる。即ち共産主義イデオロギーとは、東側においては外敵から国民を守る防壁であったが、西側においては、行き過ぎた自由の状況下での自己安定化のための自己閉鎖装置であったというわけである。つまり西側にあって東側を礼賛したというのは、「完全に開かれた自由の状況(中略)、近い未来にも遠い未来にもなにもない無の状態、ニヒリズムの状態に耐えていけない弱さの表現である」とされる。 そしてこの状態が、実は東側の後期全体主義社会でシュタージに与えられていた条件と瓜二つであること、すなわち「情報の量が途方もなく多く、言葉や数字の網に手足を搦め取られる。しかも責任主体がいない。(中略)そして何ものにも、道徳にも拘束されず、自由である」等々区別できないことが指摘されて、そこから「われわれがこれから襲われる可能性のあるのは、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・初めから後期全体主義であるような全体主義ではないだろうか」という結論が引き出されるのである。著者は「そのような予測を、不安をもって意識している」のであり、現代世界の全体主義化の傾向に対して、他国の経験、過去の歴史に学ぶことで備えよ、と説くのである。
以上われわれは著者の主張の主要な側面を指摘してきたが、本書においては東ヨーロッパ知識人へのインタビューとシュタージの旧東ドイツ国民に対する犯罪の詳細な暴露が大きな比重を占めており、それぞれに興味深い内容となっている。ただし著者の立場は、現代資本主義社会を高度産業社会かつ自由が完全に開かれている社会と見倣す、あるいはこの社会の中でわれわれ自身の置かれている状況と旧東ドイツ支配体制の根幹として置かれたシュタージの状況とを同一視するなど異論が残るものである。というのも本書では、現代社会の不平等すら完全に開かれた自由の産物とされるのであるが、果たしてそう断定できるものであるのかどうか、またわれわれに自由が完全に開かれ、情報がわれわれの手許に完全に届いているのかどうか、著者のように無前提に認めることができないからである。われわれには自由ではなく管理ことがわれわれを取り巻いているというのが実感ではないであろうか。著者に従えばこれは既に後期全体主義の兆候であるということになるが、しかしかかる状況についての著者の立場そのものの検討が是非とも必要であることは明かである。この意味で反面鏡として本書を一読する価値はあると言えよう。(R)

【出典】 アサート No.198 1994年5月15日

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【投稿】死刑と人権“死刑廃止条約の批准に向けて”

【投稿】死刑と人権“死刑廃止条約の批准に向けて”

《はじめに》
昨年3月26日後藤田法務大臣は、3人に死刑を執行しました。11月26日には三ケ月法務大臣が、4人に死刑を執行しました。日本では、後藤田による執行まで3年4カ月死刑執行がなく、日本も事実上の死刑廃止国になってほしいと期待していた人々にとって1年に7人もの執行は大きな衝撃でした。

《死刑廃止は国際的な流れ》
1976年に発効した市民的政治的権利に関する国際規約(国際人権規約B規約・日本は1979年に批准)第6条で、「死刑を廃止していない国において」死刑を科することができる場合を「最も重大な犯罪」に限定し、これらの条文を「死刑の廃止を遅らせ又は妨げるために援用されてはならない」としました。この規約の第二選択議定書(死刑廃止条約)は1991年7月11日発効し、その前文で「死刑の廃止が人間の尊厳と人権の漸進的な発展に寄与すること」を信じると述べています。
昨年10月27日、28日規約人権委員会で日本の人権が審査された際に、婚外子差別、部落差別、代用監獄などとともに日本の死刑制度も審議され、委員会として「日本が死刑廃止への措置を講ずること、廃止までの間は死刑は最も重大な犯罪に限定されなければならないこと、死刑の執行を待っている被拘禁者の状況が再審査されること、また被拘禁者に対するいかなる形態での不当な取扱いも規制する予防的措置をさらに改善すること」を勧告しました。(三ケ月による執行は、この勧告の直後です。)
アムネスティ・インターナショナル(AI)の最新の資料(1993年12月現在)によれば、すべての犯罪について死刑を廃止した国は、オーストラリア、スウェーデンなど53カ国、通常犯罪についてのみ死刑を廃止した国は、カナダ、英国など16カ国、事実上の死刑廃止国(過去10年間無執行)は、ベルギーなど21カ国、そして、死刑存置国が、日本、中華人民共和国、米国など103カ国となっています。世界の半数に近い国が、少なくとも通常犯罪につき、または、事実上死刑を廃止しています。世界は死刑廃止に向かっていることは明らかです。

《何故死刑を廃止しなければならないか》

前記のとおり、死刑は、国際的には人権問題として語られています。さまざまな理由から、死刑廃止を語ることができますが、私は、死刑が人権侵害であるというその一点において死刑廃止を主張したいと思います。人権侵害の究極は人の命を奪うことです。殺人は、究極の人権侵害の行為であって、憎むべき行為であり許されません。さあ、犯人を捕まえたとしましょう、決して冤罪ではありません。この犯人を国家が正義の名において殺すことが死刑です。再び、しかも、計画的に究極の人権侵害を犯罪者に対して行うことが死刑です。殺人は許せません。同じ理由で、死刑も許せません。なぜなら、いずれも、人権侵害であり、人間の尊厳を傷つけるものだからです。
遺族の感情を語ることで死刑制度を擁護する人がいます。この人たちは、事件と関係のない第三者である場合が多いのです。本当の遺族の感情を軽視することはできません。犯罪被害者や遺族に対し、経済的及び精神的に支援するシステムが用意されるべきであると考えます。犯人を死刑にすることで、遺族が本当に慰められるでしょうか。慰められると考えることは、遺族の尊厳までも傷つけることにはならないでしょうか。

《死刑廃止に向けた活動》
AI日本支部では、死刑廃止ネットワークセンターが大阪と東京で、各国への死刑廃止の働きかけの調整や、国内の死刑廃止団体と協力しながら日本での死刑廃止のための活動をしています。AI日本支部もその構成員である「死刑廃止条約の批准をめざすフォーラム90」の運動の成果として、今年4月に死刑廃止を推進する議員連盟も結成されました。国内においても死刑廃止の運動は盛り上がってきています。また、地方議会で死刑廃止の意見書を採択するべく、市町村議会議員に対し全国のAIのグループが働きかけています。昨年、高槻市議会と泉南市議会が死刑廃止の意見書を採択したことを受けて、これを全国に広めるために、AI死刑廃止ネットワークセンター大阪がよびかけているものです。今後、教職員組合や自治体などの労働組合などにも死刑廃止のための働きかけをしていくことになると思います。
尚、AIでは免田栄「獄中の生」(監督・小池征人)を上映します。元死刑囚免田栄さんが獄中から出し続けた手紙を元に作られた映画です。AI東京事務所職員岩井信(死刑廃止担当)を中心にフリートークの場も設けますので、死刑廃止を考えるきっかけとして参加されるようお願いします。 (岸田和男)

免田栄「獄中の生」上映とフリートーク 主催:AI日本支部関西連絡会
日時 6月4日(土) 18:30~21:00 (開場 18:00)
場所 アピオ大阪 (森ノ宮駅西へすぐ。TEL06-941-6332)
参加費 当日 1000円 前売 800円
問い合わせ先 AI大阪事務所 (TEL06-376-1496)

【出典】 アサート No.198 1994年5月15日

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【投稿】連立政権の「再々編成」へ

【投稿】連立政権の「再々編成」へ
           —民主的で公開されたイニシャチブを—

<<歴史的な認識と国際感覚の欠如>>
第2期連立政権・羽田内閣は、実に「すったもんだ」の悲喜劇の中で誕生した。日本の政治は、否応なく大きな変革期の渦中にあるが、それはあまりにも低劣な次元でもがいているようである。一方、南アフリカ共和国マンデラ大統領の実現は、20世紀末の歴史的な事件であり、人種差別とアパルトヘイトに終止符を打ち、人類の進歩と民主主義のありようを示す象徴的な出来事であった。マンデラ大統領就任式というこの歴史的な瞬間に、アメリカはヒラリー大統領夫人、ゴア副大統領夫妻など各国とも首相、外相、重要閣僚が出席しているのに、日本政府代表の姿はなく、暴力団と癒着し、挑発的な改憲発言で辞任した中西元防衛庁長官が出ていただけ、しかも偶然パレスチナにまで行っていた柿沢新外相はこれまた改憲を意図した問題発言でそそくさと帰国するとは、あまりにも歴史的な認識と国際感覚が欠如した非常識な対応だといえよう。しかし日本の政治状況においては、いわば羽田内閣はそれどころではなかったのである。
そして羽田政権は発足から十日で国際的にさらにいやしがたい姿をさらけ出してしまった。あの永野法相発言である。南京大虐殺をでっち上げであると否定し、太平洋戦争を植民地解放戦争などと美化し、従軍慰安婦問題を公娼であったと合理化し、それを女性蔑視とか韓国人差別とかは言えないと開き直ったのである。しかも発言が問題になると、手のひらを返したように撤回して居座りを画策し、ついに辞任に追い込まれたのであるが、これを羽田首相は、「バランス感覚のある人」などと擁護し、出来ればそのまま続けさせたい意向を表明したのである。柿沢外相が集団的自衛権の行使へ憲法論議を提唱し、有事法制の整備も主張するなど、安保・防衛政策での突出発言がめだった政権となったことと合わせて考えれば、すべて朝鮮半島情勢を利用して有事体制をこの際導入してしまおうという、むしろそうした人物だからこそ法相ならびに外相に起用したのであろう。「改革」「改新」を唱えながら、その実、自民党の反動的保守本流や日本の右翼国粋派の最も古色蒼然とした歴史観に依拠する新生党の一面を暴露するものである。明らかに細川政権誕生の歴史的意義から大きく後退したといえよう。

<<対決姿勢鮮明な「朝日」と小沢氏の反論>>
羽田主犯指名直後のだまし討ち的な「改新」結成騒ぎ、社会党の連立離脱というそれこそドタバタ劇に関連して、朝日新聞は4/27「無軌道な政治に対決せよ」、4/29「この政権に何を望めよう」、4/30「連立内の批判派は奮起せよ」と連日、社説において羽田政権との対決姿勢を鮮明に打ち出した。
4/27社説「数を集めるのに手段を選ばず、公党間の信義も無視するのでは、サル山のボス選びにも劣るのではないか。首相も十分知らないうちに新会派が発足するような政治は危なっかしい。「改新」結成であきれたのは、国会での首相指名が終わるのを見計らって、一挙に既成事実を作ろうとしたやり方だ。これはクーデター的手法と言うべきである。こうした露骨な数の論理を抜き打ち的に突きつけるのでは、連立政権の最低の基礎である各党間の信頼関係は期待できない。基盤が変質して国民の信頼を失った政権に、政治を改革する望みを託すのは無理だと思う。」
4/29社説「政策の善し悪し以前に、こういう手段をとる人々が指導する政権に、私たちの国の政治を任せていいのか、という不安を感じているのである。社会党も時代の変化の中で悩み、迷っている。それはある意味で、戦後を生きてきた日本人の姿を象徴してもいる。何はともあれ、手を携えることになっていた相手ではないか。権力闘争の間にそういうことすら忘れてしまったのなら、福祉や人権、公正を口にしても信用はされまい。そして、そう難しくもない社会党の心理を読み間違った人たちに、外交の機微が分かるだろうか。細川政権の変質に加え、羽田政権はまったく期待を裏切ってしまった。ロッキード事件で「灰色高官」とされた加藤六月氏の入閣も、政治改革政権からの変質を象徴している。自民党の権力派閥の復権かと錯覚するような、新生党主導内閣の顔ぶれを論じる気にもなれない。」
4/30社説「羽田新連立政権は、社会党、新党さきがけが閣外に去り、構造から性格までがらりと変わった。一・一ラインに対して、批判し、ブレーキをかける力がなくなった。この根本的な弱点をどう克服するか、すべてはここにかかっている。調整役を果たすべき日本新党は影が薄れるばかりである。」
まさにその通りである。さらにここに、小沢氏の「どの女と寝ようがいいじゃないか」という政治理念、政策以前の低劣な女性蔑視発言が加わった。同氏はいよいよせっぱ詰まって反撃に転じたが、それがお粗末限りない。朝日を「アカ新聞」「ブラックジャーナリズム」呼ばわりし、「この間も朝日新聞にまさに誹謗、中傷の記事が載った。私はこうしたペンの暴力を断じて許してはならない、こういう信念で戦っている」として、戦前の軍部独裁に追随した報道に朝日をなぞらえて「今日も同じ誤りを犯そうとしている」と虚勢を張った。これに対して朝日の5/18社説「事実の報道は誹謗ではない」は、これは国会内のエレベーターで話した言葉、「どの女と寝ようがいいじゃないか」と口走った発言であり、自らの目的のためには、誰と手を組もうと勝手だ、という政治観であると批判し、さらに小沢氏は昨秋、「自分に確かめずに事実と違うことを書いた」として、日本経済新聞と産経新聞の記者を会見から排除し、最近では、朝日新聞記者の閉め出しを記者団に求めたことまで明らかにした。
小沢氏は逆にこうした経過の中で、戦前の軍部への批判を一切許さない、権力への追随だけを強制するのと同一線上の、権力志向丸出しのおごり高ぶった危険な政治家であることを自ら暴露したといえよう。

<<「新しいリベラリズム」?>>
こうして羽田内閣は「だまし討ち内閣」「一・一誤算内閣」「超軽量内閣」などと揶揄されながら出発したが、確かにいつ倒壊してもおかしくはない事態に直面しているとはいえ、これに対抗する勢力は国民に見える形で明確な姿勢を打ち出し得ていない。
社会党の最大派閥デモクラッツは先頃、政権構想を明らかにしたが、自分たちが連携・融合をめざすのは「新しいリベラリズム」であって、「新保守主義」とは区別され、その両要素は新生、公明両党グループにも、自民党にも内包しているとしている。そして自民党が「旧保守勢力」と、新しいリベラルを志向する勢力とに分解することは必然であり、前者は「新保守」に吸収され、後者は私たちとの合流が可能となって、本格的な二大勢力へと収斂していく、と展望している。具体的には、①さきがけ・青雲や日本新党、民社党その他の与党議員に呼びかけ、共同の政権構想作りの場を設ける。②国会内統一会派「新民主連合」の結成。③統一候補者の調整と選挙協力態勢。④選挙結果に応じた多数派の形成、という構想を示し、社会党の発展的解消と、「新勢力結集」の母体として再出発することを提唱している。
このデモクラッツの研修会(5/14)で講演した矢野・前公明委員長は、「自民党がハトとタカに割れればハトと組む。そんなの百年待ってもできませんわ。(自民党と社会党が)大連立を組めば(自民党の)タカ派は出ていくんです。ハイエナのように食らいつけ」、「自社両党は二分されており、簡単に握手できない。(羽田政権は)有利なポジションを占めており、小数でも安定性のある政権だ。自社は分断撃破される」、「皆さんが衆院解散・総選挙を望むなら、自社両党が首相指名投票で組みそうだという恐怖感を与えるべきだ」、とデモクラッツのあいまいな態度を批判し、再編のイニシャチブの重要性を指摘している。
矢野氏がこのような発言をするのは、公明党内においても小沢・市川の一・一コンビに危うさを感じている証拠とも言えよう。新生党内においても小沢批判が表面化しており、日本新党は離党者が続出している。民社党は二分状態である。とすれば、「新しいリベラリズム」といった定義に心を砕くのではなく、矢野氏の言うようにもっと大胆な政界再編のイニシャチブに具体的に踏み出すべきであろう。キャスチングボートを握っている社会党はその意味では、いちばん有利な立場にあるとも言える。そのかなめは、非自民連立政権の大胆な再編成である。それは、新生党・小沢一郎代表幹事、民社党・大内委員長、公明党・市川書記長、日本新党・細川代表の解任、ないしは辞任、そして軍事力強化や改憲策動に荷担する閣僚を解任し、政策決定の民主性と公開性を条件に社会党並びに新党さきがけが連立政権に復帰して、与党連合の再編成を行うことではないだろうか。その条件は各党の事情からもすでに熟してきているといえよう。それとも週刊誌でスッパ抜かれている「6月、後藤田護憲政権へ」の自社極秘工作の方が現実的なのであろうか。連立政権誕生の歴史的意義からすれば、前者が成功することの方が望ましいのではないだろうか。
(T.I)

【出典】 アサート No.198 1994年5月15日

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『詩』 <気になる男の信条> 

『詩』 <気になる男の信条>
                    大木 透

アレクサンドル・ヤコブレフ氏は経済は手段であって、目的でないと言い、人間の自由と創造性の発展のためには、市場経済の形成が不可欠であると言う。しかし、一方でこの制度が円満に発展するには、社会と人間の相互関係において、倫理的道徳的な一定の成熟がなければならないと言う。この円環の矛盾は歴然としている。これを批判し愚弄するのはたやすい。しかし、これで終わりという訳には行かない。市場経済(等価交換とその実現に介在する人間的営為の尊重を目指す)に分のあることは無視しえない歴史的現実であるし、またそこに倫理性の欠如が存在するという厳然たる事実は放置されたままということになるからだ。彼ほどの人間がこのような矛盾を平気で言えるからにはそれ相応の理由があってのことであろうが、この矛盾の中をじっくりと生きるのが彼の信条なのかも知れない。少しでも、人間や社会のことを考えようとしている人々にとって、これは示唆に富むものであろう。
(『マルクス主義の崩壊』を読んで)

何の因縁もないのに
妙に気にかかる奴がいるものだ
酒好きなのかどうか知らないが
ちょっと赤ら顔で
鼻頭が
がしっとしていて
あまり知的な風貌ではないのだが
何か喋っていると
ちょっと聞き耳を立てたくなる

臆病者だとの噂もあるが
そればかりではあるまい
危うきに近寄らぬ
君子なのかも知れない
心の底に
激しい嵐が吹き荒れていても
じっと耐える
度量を持っているのかも知れない

男は
執拗に
矛盾を生きているが
まるで
それに気づかぬように
さわやかに
どっしりと
ものを言う

(1994.4.7)

【出典】 アサート No.197 1994年4月15日

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【本の紹介】『マルクス主義の崩壊』

【本の紹介】『マルクス主義の崩壊』A・ヤコブレフ著、1994.2発行、サイマル出版会、2500円
『コミュニズムとの訣別』A・ツィプコ著、1994.2発行、サイマル出版会、2300円

<<奴隷制社会との酷似>>
周知の通り、ヤコブレフは、ゴルバチョフ、シェワルナゼとともにペレストロイカを推進した重要な人物である。この三人は、切っても切り離し得ない関係であり、彼らにとっては意図せざるソ連崩壊という事態の中で、冷戦構造の終焉という決定的な歴史的役割を果たしてきた。その意味ではもはや歴史上の人物でありながら、現在においても無視し得ない存在感と現実へのさまざまな関与を行っている。ヤコブレフはゴルバチョフ元大統領の首席顧問であり、ソ連共産党の政治局員であったが、もう一方の著者ツィプコは、政治哲学者として両者の顧問となり、ペレストロイカの重要な多くの局面に立ち会ってきており、現在、ゴルバチョフ財団の事務局長である。両書は書かれているスタイルは違うが、内容的には一体のものともいえ、ヤコブレフの著書に、ツィプコは「真実が遅すぎることはない-ペレストロイカ設計者の良心」という前書きを寄せている。 ヤコブレフはペレストロイカ以前のソ連社会について、「奴隷制社会に酷似していた。あらゆる人達をあらゆるところから完全に疎外した結果、システムは全体として下層社会にも上層社会にも誰にも必要でない、という状況が出来上がった。まさにそのせいで『かの社会主義』は、かつて戦争も革命もないのに奴隷制が崩壊したのと同じように、電撃的かつ驚くほどあっけなく崩壊したのだ」と述べている。そして、「70年にわたるロシアの発展の経験が証明しているのは、計画経済、社会化された経済という方法では、労働の生産制、労働の文化、テクノロジーにおける先進諸国からの立ち遅れを克服することはできないということだ。換言すれば、個々の立ち遅れでなく、現象としての、慢性的状態としての後進制は克服できないということだ」と結論づける。

<<独占と選択の自由の問題>>
それは、真理と権力の独占の問題、それと対置される選択の自由の問題として集約される。ヤコブレフは述べる。「マルクス主義は、己の真理性を疑うことはなかった。なるほど、時には、他の思考方法もあり得ると慎重に認めることもあったが、マルクスの教義の心理は、布教の心理であり、予言の、メシア思想の心理であって、科学のそれではない」。「はじめから『真理』が与えられていることが、実は、きわめて大きな損害をもたらすことになった。『真理』が与えられているために、社会主義計画に基づく社会生活の変革における矛盾や、見込み違いや、失敗を分析する可能性は封じ込められた。その結果、マルクス主義は党のイデオロギーと化した」。
ヤコブレフはきわめて率直に語っている。「どうしても理解できない。マルクスほどの、掛け値なしに最高の頭脳の持ち主が、選択の自由という一番重要なものが自分の理論にはないことになぜ気がつかなかったのだろう」。「世界観の選択は言うに及ばず、どんな些細なものにも選択の自由がないのだから、個人の責任もなければ、良心の裁きも、罪も、悔恨の念もないことになる。直接的に社会化された労働という思想は、働き手を厳重に縛り付けることを前提とし、選択の自由とは相容れない」。
独占は、それが政治であれ経済であれ、腐敗と停滞と堕落をもたらすことは体制の違いを問わないものであり、われわれが直接間接経験していることでもある。反独占政策は労働者階級によって提起されたにもかかわらず、資本主義ではそれがせめぎあいの場となってきたが、社会主義では全く無視され、むしろ国家的独占の形態においてよりいっそう醜悪で寄生的な色彩を強めてきたのである。それが現実のソ連社会においては、極限にまで進行していたといえよう。ヤコブレフの指摘するとおり、「独占は、自分そのものが腐敗するばかりか、経済も社会も奈落に引きずり込み、技術的遅れやその他の遅れを決定づける」こととなった。

<<マルクス、エンゲルス、レーニン>>
それではこうしたことにマルクスは責任を負うべきなのだろうか。この点についてヤコブレフは次のように述べている。
「マルクス主義は、科学における自分の地位を保っているし、保ち続けるだろう。それでも、マルクス主義に対する科学的批判は避けられない。出発命題のある部分は、すでに根拠薄弱ぶりを露呈しているが、他の部分は、真理であることが確認されている。通常の科学の基準からいって、この点に不自然なところはなにもない。それに、マルクスは、自分の思想上の遺産を後世の人々がどう扱ったかという問題に責任を負うものではない。」
「現在は、マルクス、エンゲルス、レーニンの名があまりに安易に批判の矢面に引きずり出されている。まして、彼らはすでに故人となっているというのに。彼らがそれに答えられるのは、その昔に書かれた自分の文書によってだけだというのに。」
ツィプコは、「後期マルクスには、自分の学問的成果の再検討が始まっていたことを証明する個々の発言を、実際に見つけだすことができるのである。『ドイツ・イデオロギー』や『共産党宣言』の著者である短気なマルクスと、「祖国雑記」編集部やベーラ・ザスーリッチあての手紙を書いた冷めたマルクスとの衝突は、神でさえ間違うことがあり、共産主義への見方をたえず変えていたことを、読者に示すことを許した」とも指摘している。
さらにヤコブレフは、「過去の一部の思想家の期待に反して、社会の組織化と社会の活動の性格・条件はますます複雑さを増し、人間の生活が営まれる場としての社会構造はますます多様化している。人類の文明の発展は可変的であること、偶然という力が存在すること、人民は政治的・思想的に選択する力を持つこと、政治の指導者達は淘汰されること、これらはもう疑いようがない」ことを強調する。
そうした上に立って、ヤコブレフもツィプコもマルクス、エンゲルス、レーニンの重要な論点を取り上げ、それらを批判し、マルクス主義、コミュニズムとの訣別を宣言している。それはソ連社会70有余年の経験に裏打ちされた批判である。単なる反共主義、反マルクス主義として片付けられるものではない。
当然こうした論調に対して、旧共産党勢力は「裏切り者」の筆頭に彼らを上げ、復讐に燃えている。ヤコブレフは彼らを念頭において、「この雪辱に燃える党が地下に潜ってしまわないように、また自らの立場を公然と、しかも法律にのっとって守るチャンスがこの党に与えられるように、あらゆることをしなければならない。しかしその一方で、この雪辱に燃える党には、民主主義の理想、目的、規範に基づいた刷新の党が対置されなければならない」と強調している。

<<民族主義への「羞恥心」>>
ツィプコは、ロシア民族主義と民主主義の問題について問題を投げかけている。「本書の主人公は、私の国ロシアである。その指導者達や政治家を通して、私はロシアそのものの相貌を理解したい。なぜ、彼女の、つまりロシアの子供たちは母を母と呼ぶことを恐れるのか。東欧諸国の民主化はまず自分たちの国、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ブルガリアを救ったのに、なぜわが国の反対派は、ただ純粋な民主主義だけのために戦ったのか。わが国の民主運動、解放運動のこの「羞恥心」は、何と説明すべきだろうか。この点において、つまりロシアの運命との関わりにおいてのみ、ゴルバチョフやヤコブレフのような政治家が私の興味を引くのである。エリツィンについては、書きたくも考えたくもない。自分の情熱を制御できなかった、この不幸な人間がやったことを考えただけで、ぞっとする。ロシアの悲劇は、エリツィンの個性にはっきりと表れている。しかし、それにしても、ゴルバチョフもヤコブレフも、その根も心もすべてロシアに根ざしているのに、自分たちのロシアの利益を表現することも、守ることもできなかったのだ。私は誰も非難したくない。ただ、彼ら自身の真実を理解したい。ペレストロイカの指導者たちについて、左翼・右翼の反動家たちが国民に植え付けている、皮相的でばかげた観念への抗議の印として、私はこれを書いている」。
ツィプコにはいわばあきらめきれない思いがある。それは「ゴルバチョフはエリツィンと彼のチームが意識的にロシア国家を破壊していると非難して、エリツィンを倒すことが出来た。しかし彼は、自分の権力のなかで、ロシア的な根につながるすべてのものを、極度に恐れた」ということである。つまり「ゴルバチョフはあらゆる弱点にもかかわらず、エリツィンがやったようなことはやれなかったという見方を強めている。数年間クレムリンの主人になるために、自分自身の国を犠牲にすることは、ゴルバチョフにはできなかった」。「残念ながら、ゴルバチョフはあまりに理性的で、西欧的に思考する人間である。彼にはほんの少し、超越性が足りなかった。敗北を避け、今日の惨事を避けるためには、心から発してくる深いメシアニズムが不足していた」ということである。実に意味深長である。

<<「民主的ろくでなし」>>
それではエリツィン・グループについて、著者たちはどのように評価しているのであろうか。ヤコブレフは、ゴルバチョフの優柔不断と迷妄、失敗について舌鋒鋭く多くを語りながらも、常に行動を共にしてきたといえよう。しかし彼は、ゴルバチョフを批判したようにはエリツィンを批判しなかった。批判できる共通の政治的思想的基盤が成立していないのである。彼はエリツィンがしでかしたこと全体に驚き、「私は彼を知っているが、勝利、権力、クレムリンの執務室などの酔いから醒めて、すべてを理解したときには、彼の心は持ちこたえないだろう。一種の狂気だ」と述べている。ヤコブレフは一度も、ロシア共和国のソビエト連邦からの離脱という考えを支持したことがなく、この考えをばかげた無分別なものと見なしていた。独立国家共同体というエリツィンの企てからは何も結果が出ないこと、「ベロベジの森の3人組のなかでいちばんずるい」クラフチュクがエリツィンをだましたとみなしていた。
ツィプコはこの点について、「もしもわが国の民主主義者たちが、もっと賢明だったらとは言わないが、もう少し見る目があったら、彼らは連邦の崩壊ではなく、連邦の刷新に、またエリツィンではなく、ヤコブレフに賭けたはずだ」と述べている。
しかし現在、ヤコブレフはエリツィンの指名によりロシア連邦テレビ・ラジオ放送庁長官を引き受けている。ヤコブレフに全面的な信頼と共感を寄せているツィプコは、著書の最後でこの点についてふれている。「ヤコブレフは純粋に人間的理由だけでも、エリツィンのグループには入れないと、私は思いこんでいた。彼はブルブリスやシャフライがどうしても我慢できず、彼らのことを『民主的ろくでなし』と呼んでいた。彼には、彼が言うところの『エリツィンの坊やたち』に敵意を抱く権利があった。ヤコブレフ自身の言葉によると『カインの烙印』をつけた政治家エリツィン、地滑り的だったソ連の崩壊に基本的な責任のあるエリツィンに、ヤコブレフが接近したことは、今日の情勢では道徳的にも政治的にも自殺行為に等しい」と断言している。
しかし同時にそうせざるをえない混沌としたロシアの状況の重さを指摘する。「ヤコブレフは、赤色愛国者たちや攻撃的民族主義者の攻撃を受けている。だから彼は何よりも保護を、最も単純な、絶えまない身辺警護を必要としている。ところが今日の情勢では、ヤコブレフだけでなくすべての民主主義者にとって、そのような政治的安全の保障となるのは、エリツィン政権だけなのである。
わが国では傑出した歴史的人物さえも尊厳を保つことが出来ない。なぜならわれわれはいまだに、法律がほとんど何も意味しない国、内戦の状況が残っている国、軍とKGBと民警を握る者がすべてを決定する国に住んでいるからである。しかも、ガイダルの「ショック療法」が失敗して、新民主主義政権の名誉が汚された現在、今では愛国者の衣を着ている保守派共産党員による報復の危険が感じられるようになった」。
事態は単純ではなく、複雑であり、また混沌としてもいる。ロシア社会の民主的刷新と再生に苦闘している著者たちに共感を抱かずにはおれない。しかし、ペレストロイカに、マルクス主義の再生と創造的発展を期待してきた者にとって、「マルクス主義の崩壊」、「コミュニズムとの訣別」は、再生の基盤そのものを放棄することを迫っている。(生駒 敬)

【出典】 アサート No.197 1994年4月15日

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【投稿】戦後責任の背景

【投稿】戦後責任の背景
      -『閔妃暗殺』から『悲しみの島サハリン』まで-

<<「過去に目を閉ざす者は」>>
去る3月31日、大阪で、『悲しみの島サハリン-戦後責任の背景-』の出版を祝う会が開かれた。著者の角田房子氏はすでに80歳を越えられているが、次の新たな作品の取材や講演会の途上に出席された。角田氏はすでに、1988年に『閔妃(ミンピ)暗殺-朝鮮王朝末期の国母-』、91年に『わが祖国-禹博士の運命の種-』をいずれも新潮社から出版されており、今回はいわば日韓関係3部作の締めくくりでもあった。そして三度とも、大阪に来られて青丘文化ホール(代表・辛基秀氏)主催の会合に来られて、講演をされている。
角田氏の執筆の姿勢は、非常に明瞭であり、そして一貫している。それはいつも紹介されるドイツのワイゼッカー大統領の言葉に表されている。「われわれドイツ人全員が過去に対する責任を負わされている。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはいかない。過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目となる」。この後、角田氏は「だが日本では大衆に向かって、このような主旨の呼びかけが行われたことは一度もなかったように思う」と語られる。

<<『閔妃暗殺』と『わが祖国』>>
84年に初めて韓国を訪問され、4年後に『閔妃暗殺』を世に問われたのであるが、これには「韓国では誰でも知っている事件を、加害者側の日本ではそんな事件があったことさえ一般には知られていない」、余りにも大きい落差を少しでも埋め、日韓両国民の友好関係を築くためには、まず日本人が歴史の真実を知らねばならぬという思いが託されている。それは、1895年10月8日、日本公使を中心とする暗殺者集団が王宮に乱入し、李氏王朝の王妃を殺害した事件であり、当然韓国の教科書には掲載されている。最近あらためて注目されている安重根の伊藤博文暗殺(1909年10月26日)の第一の理由は、この「国母暗殺事件」への復讐であった。この『閔妃暗殺』は、韓国で翻訳され、出版されている。
角田氏はこの取材の過程で、それ以上に日本人には知られていない事実に突き当たる。それは、日本人に目的も明かされぬまま王宮に乱入して閔妃暗殺事件に巻き込まれた朝鮮軍の大隊長の一人が禹範善(ウボムソン)といい、彼は日本へ亡命したが、祖国からの刺客に殺され、日本女性との間に生まれた遺児・禹長春(ウチャンジュン)が東京大学で農学博士号をとり、育種学者として多くの業績を築き、1950年突如、52歳にして韓国に渡り、韓国農業の近代化に心血を注ぎ、最高の名誉である大韓民国文化褒賞を受けて、これもまた韓国の教科書に掲載されており、誰でもが知っているという事実であった。「父の国と母の国、禹博士はいずれを祖国に思い定めたか、それは何ゆえか」という問いが、『わが祖国-禹博士の運命の種-』に結実したのであった。

<<問われる日本の戦後責任>>
そして今回、『悲しみの島サハリン』である。周知のように、現ロシア領サハリンにはその大多数が日本によって強制連行され、戦後も置き去りにされたまま望郷の念にかられる約4万人の韓国・朝鮮の人々が存在している。戦後日本政府は、それまで朝鮮併合で皇国臣民一体を強調していた「日本国民」を、引き揚げに際しては日本人と朝鮮人に選別し、日本人だけを帰還させたのである。それがその後の朝鮮戦争と冷戦時代への突入の中で、まったく忘れ去られるような状況をもたらしてしまった。そしてゴルバチョフ政権の登場から冷戦体制の崩壊によって、ようやくこの問題に光がさし始めたのである。しかしあまりにも時がたちすぎている。角田氏は、直接サハリンの各地を訪問し、当事者や関係者と面談し、座談会や懇談会を持ち、交通の不便なところまで訪ね歩き、そして生き別れにさせられた韓国の妻や家族を訪問し、共に涙し、怒り、励まし、時には落胆しながらも、地道で綿密な取材をされている。
角田氏は、細川連立政権が登場して、首相が記者会見で「太平洋戦争を『侵略戦争だった』と語った。戦後すでに48年がすぎたが、日本の首相が『侵略戦争』と明言したのは初めてのことである。この首相の発言を、国民のかなり広い層がほっとした気持ちで支持した」と書いておられる。さらにその三カ月後の日韓首脳会談で、首相が日本の植民地支配につき、創氏改名や母国語教育の禁止、徴用など具体的な例をあげて「さまざまな形で絶え難い苦しみと悲しみを経験されたことに対し、加害者として心から反省し、深く陳謝したい」と、かつてない表現で謝罪したことにふれ、そこに信頼も期待も寄せながら、同時に戦後責任を具体的にどのように果たして行くのかが不明であることを指摘されている。その細川首相が自らの政治資金疑惑を理由に辞任せざるを得なくなった。角田氏はきっと落胆されていることだろう。次の政権が、戦後責任を具体的に実行できる政権となるまでは、日本の世界における地位は信頼されるものとはなりえない。それだけに角田氏の三部作の持つ意味が大きいといえよう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.197 1994年4月15日

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【投稿】春闘の『再構築』に向けて

【投稿】春闘の『再構築』に向けて
         –総資本=日経連の攻撃に抗して–

連合は、『春季生活闘争のあり方を考える研究会』(略称・春闘リストラ研)を設置し、4月13日から討議を開始した。この研究会は、鷲尾事務局長をキャップに、単産書記長、学者、新聞記者など18人で構成、春闘改革に向けた事務局長案を作り、連合の機関会議に提起することになっている。特効薬はないと思うが、良い案ができることを期待する。
・ 『春季生活闘争のあり方を考える研究会』  の設置について ・
・1.93春季生活闘争のまとめでは、闘争のあり方も含め『改革』の必要性が問題提起された。こ・れを受け94春季生活闘争では要求目標について・一歩踏み込んだ提起がなされたが、闘い方においては広範な議論が行われたものの、大胆な実行には至らなかった。
結果、94春季生活闘争は引き続き基本的課題を背負ったまま収束せざるを得ず、改革の方向と対策については改めて議論を積み重ねる必要がある。・・・・・
1994年4月13日    連合総合労働局
ところで、春闘の問題点・改革の方向については、冒頭紹介した新聞の社説でも、かなりのことが述べられている。主だったものだけ引用し、それを材料に若干のコメントをしておきたい。

◇「労務構成や賃金の仕組みの違う各社が、平均の数字を比べるのにどれほどの意味があるのか」(朝日) この点について、連合は昨年大会で『連合賃金政策』を採択し、平均賃上げ方式から、個別賃金の産業別横断化、個別賃金による要求・妥結方式への転換と、そのために、代表銘柄、基準賃金の範囲、賃上げ率・額の表示の共通化を進めていくことになっている。
すでに、この取り組みは、海員、鉄鋼、電機、電力、金属機械などの単産で進められている。

◇「第2は一発回答方式の再吟味である。各企業連合労使が密室で交渉を繰り返し、回答が出たら終わる方式では限界がある。回答次第でストをも打てる態勢がいる」(毎日)
◇「労務担当役員と労組幹部による水面下の交渉が続く『一発回答方式』を見直す必要はないのか」(読売)
この点については、これ以上何も言うことはない。
今春闘における電機連合の取り組みしかりである。
◇「第2に集中決着方式の見直しである。今春闘で連合は、構成組織に『産別自決』を指導している。不況下での下方平準化を打破しようとの狙いだが、集中方式決着では『産別自決』は機能しえない。労使とも他産別の動向をうかがわざるをえないからだ。『産別自決』を徹底させるには、各産別が時期をずらして労使交渉するしかない」(産経)
◇「第3に、JC主導の賃上げ相場づくりのあり方である。JCの水準が低いと、後発の中小企業はそれにひきずられることになる。長期不況とはいえ増収増益企業は約3割はあるという。JCの低水準が増益企業の賃上げを抑制していいわけがない。春闘の枠組みを変えないと、この問題は解決できないだろう」(産経)
この点は、これまでも連合として何回も議論してきたところである。
『集中』を分散させることはともかくとして、各産業別労働組合の自決態勢を強化しつつ、相乗効果を生み出す戦術はどのようなものか、『春闘リストラ研』の議論・提起も含め、各級機関で議論していきたい。

労働組合の『冬の時代』が言われて久しいが、日経連の主張を見ても、このままでは大変なことになる。
連立政権という『有利』な条件も生かしつつ、95春闘に向け、いや21世紀も展望しつつ、粘り強く各方面で奮闘しなければならない。 (大阪 M・H)

【出典】 アサート No.197 1994年4月15日

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【投稿】「史上最低」の94春闘をふり返る

【投稿】「史上最低」の94春闘をふり返る
                    —-「改革」迫られる春闘——

<3月24日の集中回答が出て>
「こんな『春闘』なんて・・・・・ 」「本気で改革を迫られる春闘」「労使は大胆に発想転換せよ」 「不況下の春闘だが信頼関係は崩すな」
以上は、94春闘の集中回答日であった3月24日の翌日の新聞各社の社説の見出しである。(朝日、毎日、産経、日経の順)
連合の山岸会長は、「実質生活維持分として要求していた 3.2%にも届かなかった。不満であると言わざるを得ない。経営側が前面に打ち出してきた悪しき横並び論を打破できなかった。」「電機のスト配置などリストラの力に転化できる可能性が出てきた。春闘が終わり次第、抜本的な議論に入る」と表明。
一方、日経連の永野会長は、「本来賃上げゼロとなるべきところなので企業経営への影響が懸念されるが賃上げ率が春闘史上初めて4年連続でダウンしたことは、企業業績が著しく悪化し企業の支払能力が限界にきていることを労組にも理解してもらった結果だ」「・・今後大詰めを迎える企業は、雇用維持の考えを最優先し、いわゆる『横並び』を廃し、今年を『春闘改革元年とすることをお願いしたい」 労・使・マスコミとも、異口同音に春闘の『見直し』が語られているが、これは同床異夢である。

<日経連と連合の主張 >
94春闘は、「職安に 君達が居て 僕が居た」という川柳や次のような労働経済指標に端的に見られた情勢の下で闘われた。

       93春闘時    94春闘時
        (9211)      (9311)
完全失業者    146万      176万
完全失業率    2.3%       2.8%
有効求人倍率   0.93倍      0.65倍

日経連はこの情勢をとらえて、「現在の企業は賃上げ要求に対応する力はない。雇用の維持を最優先に考えるべきであり、賃上げは事実上困難」との考え方を打ち出した。

連合は、「経営者の実質賃金引き下げ論など企業利害のみに捕らわれた主張は、景気底割れ、構造不況への道に外ならない。我々連合は総掛かりの闘争態勢を確立し、賃上げ、時短、政策制度改善の3本柱の闘いを展開して『消費不況・円高・雇用不安』を打破し、総合生活の改善を進めていく」との方針を決定。
さらに、主要企業50社の財務内容の分析の結果、使途が特定されていない『別途積立金』(自由度が高い流動的な積立金)が、計12兆円で、この50社の 124万人の従業員の賃金総原資 9.8兆円の 1.3倍にもなっていると指摘。「多くの企業はわれわれの要求に応えることが企業財務上からは十分に可能と言うことができる」と日経連に反論した。連合として従来にない主張である。

<今年も経営側の壁を破れず>
しかし、賃上げ結果は、次期経団連会長会社のトヨタ自動車が、総資本の立場から、 9,200円、3.06%(昨年より 2,000円ダウン)という、実質賃金確保の最低ラインと言われた『 3.2%』をも下回る回答となった。この回答を基準として、電機が3.05%。
そして、私鉄が、トヨタと同じく昨年比 2,000円ダウンの11,400円、3.94%で4%を割ることとなった。

・・・・・・・・・     94春闘・主要組合回答一覧    ・・・・・・・・・
・電 機    17組合   7,893円 3.05%(前年比 ▲ 1,191円、▲ 0.55ポイント)・
・自動車    11組合   8,156円 3.06%(前年比 ▲ 1,992円、▲ 0.82ポイント)・
・鉄鋼35歳   5組合   4,500円 1.56%(前年比 ▲ 3,000円、▲ 1.09ポイント) ・
・造船重機   7組合   9,700円 3.30%(前年比 ▲ 2,500円、▲ 0.97ポイント) ・
・ゼンキン連合  13組合   8,536円 3.11%(前年比 ▲ 1,291円、▲ 0.57ポイント)・
・金属機械  13組合   9,517円 3.26%(前年比 ▲ 2,098円、▲ 0.82ポイント) ・
・私 鉄    14組合  11,400円 3.94%(前年比 ▲ 2,000円、▲ 0.80ポイント)・
・電力30歳   9組合  8,300円 3.09%(前年比 ▲ 1,800円、▲ 0.77ポイント) ・
・NTT         10,800円 3.36%(前年比 ▲ 1,600円、▲ 0.63ポイント) ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・
・日経集計    697社  8,579円 3.07%(前年比 ▲ 1,879円、▲ 0.77ポイント
(4/7現在)

造船重機は、 9,700円 3.3%で金属4単産の中では、唯一、 3.2%を超えたが、他に比べて好調な業況の割には、昨年比 2,500円、0.97%ダウンと大きく落ち込む結果となった。(別表参照)鉄鋼の 4,500円、1.56%回答も含め、集中回答日を前後して闘った関連産業・部品産業労働組合や中小組合は苦闘を強いられ、長期不況もあり、従来以上に、各種格差は拡大した。今まだ、春闘は終わっていないが、全体として経営側に押さえ込まれたと言わざるを得ず、多くの問題を残した春闘である。

< 春闘は闘われたか>
今回の春闘では、93春闘における『低位平準化』の反省を踏まえ、戦術面で、不況の影響をまともに受けている金属グループが後ろに下がり、公益グループを前にという試みや、金属グループと公益グループの間を1週間ほど空けて、回答に不満な場合は妥結留保の戦術で闘いを盛り上げることなども議論されたが、結果として実現せず、従来通りのパターンとなった。
また、回答が不満な場合にはストライキという連合でも年々強調されてきている戦術行使も前進したとは言いがたい。
この点を実行したのは、私鉄、ゼンセン同盟、電機連合、情報労連、金属機械など一部の単産にとどまっている。
NTTや電機連合、私鉄総連の大手はストライキに突入することなく通告・回避して解決したが、私鉄総連中小やゼンセン同盟、金属機械などでは、多くの組合でストライキ闘争が展開された。
日経連は、『平成6年版労働問題研究委員会報告』(1994年1月12日臨時総会決定)で、「春季労使交渉が現在のような形をとるようになって40年を経た。最近は改めて春闘見直し論が浮上している。しかし、労使のみならず、国民全体がいわば全国的な勉強の場として、毎年、世界情勢から日本経済、企業業績、さらには国民生活のあり方についてまで広範に議論し、国民的コンセンサスを得る努力を重ねることは、日本経済にとって大変重要なことである」と述べている。
まあ、日経連も言いたいことを言ってくれたものである。この間春闘が経営側のペースで推移してきたこ とによる自信と安心が言わしめたのであろう。
「国民の勉強の場」や「議論の場」に止まっていて は春闘とは言えない。
団結権、団体交渉権に団体行動権(ストライキ権) が加わって初めて労使対等の「議論」「話合い」が実 現するのである。
「回答が不満な場合」「話合いで折り合いつかない 場合」はストライキしかないのである。ストライキを を前提にしないと経営側に押し切られるのは自明の理 なのである。日本の春闘は、この労働組合のイロハか ら再出発しなければならない。大変な状況である。

<強まる日経連の春闘つぶし攻撃 >
日経連は、3月31日付『日経連タイムス』の主張で 次のように労働者を脅かし、春闘に対する攻撃を行っ ている。少し長いが、重大なので引用する。
「ここ数年の円高もあって、わが国の名目賃金は世 界最高水準となった。その一方で、従来型の成長が難 しくなった中で、これ以上、名目賃金を引き上げていったらどうなるのか。産業の空洞化を避け、国際競争 力を保持しつつ、勤労者の生活を実質的に維持・向上させていくには物価を引き下げていく以外にない。そ のためにも思い切った市場開放、規制緩和に加え、低生産性部門の生産性向上努力が不可欠である。」    「昭和30年に『8単産共闘』という形でスタートし たいわゆる『春闘方式』も、やがて40年の節目を迎え る。この間幾多の変遷があったが、総じて言えること は、これまで低生産性・非競争的部門においても、高 生産性・競争的部門にならって、いやそれ以上の賃上 げを繰り返してきたことである。その長年の積み重ねが、今日の物価高を生んだ最大の要因である。こうし た従来型賃上げ方式を見直し、生産性や支払い能力に見合った適正な賃金決定を各産業ごとに実施していく ことが今後は求められる」
そして最後に、「いわゆる『横並び』を排し、永年 の悪循環・悪慣行を改め、今年の交渉を持って『春闘 改革元年』としたいものである」と言い切っている。

これは、連合が春闘を再構築しようとしていること への真向からの全面攻撃である。 端的な例では、この日経連の『横並び打破』だけを 見ても、連合の『悪しき横並び打破』方針に対する全 面否定の主張である。
われわれは、日経連のこのような主張の全てについて絶対認めるわけにはいかない。(M.H)

【出典】 アサート No.197 1994年4月15日

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【投稿】政界再編第二幕—-問われる基本的政治姿勢

【投稿】政界再編第二幕—-問われる基本的政治姿勢

<<「政権投げ出し」>>
細川政権の瓦解は、数カ月前までの高支持率からすれば、実にあっけないものであった。辞意表明の主たる理由は、首相個人の疑惑であるが、これは日本新党旗揚げの時から取り沙汰されていたものである。たしかに、肝心の首相が自分自身の疑惑解明に追われ、予算審議が全くはかどらず、首相官邸でも執務室に一人で閉じ込もってしまうような状態では、政権投げ出しも仕方のない状態であったといえよう。
しかし、細川政権崩壊の決定的な原因は、「国民福祉税構想」をめぐる一連の不明朗な政治手法、いわば政権の変質にあったのではないだろうか。「清新さ」、「国民に開かれた政治」を語りながら、連立各党との協議を無視ししたごく一部との密室政治、深夜の唐突な記者会見、税率の根拠も示し得ないしどろもどろ、撤回をしても反省の弁すら語れない、すでにこの時点で先は見えていたのである。
38年に及ぶ自民党一党支配を打ち破った連立内閣の歴史的な意義と実績は高く評価されなければならないが、連立政権であるがゆえの積極的な意義をぶちこわし、自民党時代へ逆戻りするような政治姿勢によって、もはや自らの存在理由を無意味なものとし、自分で自分の首を切ったのだとも言えよう。与党の日本新党内からも、今回離党者が出たことはその象徴である。

<<新党さきがけの問いかけ>>
日本新党とは「結婚」まで約束していたのに、事実上、切り捨てられた形の新党さきがけは、4/15の声明で「今日の事態は残念ながら必ずしもわが党の期待通りの展開を示してはいない」として、「新内閣の役職にはつかない」ことを明らかにしている。武村代表は、「この八カ月を振り返ると、いろんな反省がある。体質や手法にかかわる話だが、国民福祉税のときのようなコトの決め方に違和感を感じない人たちがいる。権力の二重構造という言葉があるが、もう卒業すべきではないか」と語り、同党は、「新政権は憲法を尊重し、政治的軍事的大国主義を排する固い決意を持った政権でなければならない。新政権は政策決定の民主性、公開性を高めなければならない。特に国民生活に重大な影響を及ぼす政策決定に関しては、民意を十分配慮し、国民合意の形成に務める。改革に取り組む新政権は、言うまでもなく改革を唱えるにふさわしい資格が要求される。政権の廉潔性には厳しい注意を払うべきである」という基本姿勢を打ち出している(4/11)。
本来こうした姿勢は、日本新党が主張し、細川政権の看板であったはずのものであり、同時にその具体的な展開においては多くの矛盾を抱えながらも、連立政権が国民の圧倒的な支持を獲得できた最大の武器であったといえよう。とすれば連立政権の維持を賭けた政界再編第二幕は、こうした基本姿勢にいかなる態度をとるのかが問われている。

<<渡辺氏の強権的大衆蔑視路線>>
この機に乗じて浮上してきた自民党・渡辺氏の動きは、明らかにこうした基本姿勢に対決するものである。渡辺氏は、「多少の妥協があっても政策的に一番近い政党と連携して、最大公約数をめざすのが現実の政治だ。志を同じく出来る人がいれば、一緒に行動したい」として、新生・公明連合と手を組むことを露骨に表明しており、そのためには自民党離党・新党結成も辞さないと公言している。しかし本人の意図に反して、自民党内はもちろん、自派内においてすら多数を獲得できない状況である。
問題はその政治姿勢である。渡辺氏は、「私は連立七党一会派のなかに自民党の政策でくさびを打ち込むために出馬するんだ」「私が首相になれば、必ず景気が良くなる自信がある。救国内閣といっても右左、正反対でも困る」と述べて、明らかに社会党の連立政権からの追い出しと、連立政権の基本姿勢の転換をもくろんでいる。渡辺氏は近著「保守革命」の中で、冷戦後の政治経済に対応する「強いリーダーシップ」を掲げ、国際貢献の分野で軍事力を含む積極的な対応と、必要ならば憲法改正も辞さない、「民意迎合」ではなく、「公益重視」が基本理念だ、いま「政治をプロの手に取り戻そう」と主張している。かつて「クリーンなだけでは政治はできぬ」として腐敗防止と政治改革の努力をあざ笑い、「毛バリ」発言で大衆を蔑視し、人種的偏見と差別に満ち満ちた発言で国際的にも批判を浴びながら、これらについて反省の気配すら見せず、よりいっそう助長させるような政治姿勢を堅持しているのである。今回、自民党から離党した「新党みらい」でさえ、渡辺氏とは一線を画し、同グループの北川氏は、渡辺氏について「基本的なスタンスが違うし、政治手法にも疑問がある」と語り、首相指名選挙で渡辺氏を推す考えのないことを明らかにしている。

<<さまざまな変化と組み合わせ>>
一方、こうした事態の進展は、自民党がますます求心力を失い、政界のさらに大きな再編成が必至であることを示したといえよう。自民党の河野総裁は細川政権に対する代表質問などを通じて、新生党・小沢氏主導の政治路線に「新国家主義」などの厳しい批判を浴びせてきたのであるが、それは渡辺氏に代表される本来の保守本流の路線であったのである。河野総裁の誕生自身が、連立政権の誕生がもたらした、自民党の矛盾に満ちた対応であった。その矛盾がここにきて噴き出してきたのである。
今回の騒動の中で、公明党幹部が「この機会に社会党にあいくちを突きつけることにした。もう連立から離れてくれてけっこうだ、ということだ」という態度を明らかにし、一方それに対して社会党は、「向こうが渡辺と組むというのならば、こっちは自民党のタチの良い人と組んでもいいんだ」として、自民党幹部との接触を図り、「政治腐敗防止」、「護憲」、「政策決定過程の公開性」など合意内容も詰めた、という。(4/14朝日)
今回の事態の進展はそこまでに至らなかったとはいえ、政界再編第二幕の始まりは、さまざまな変化と組み合わせの多様さがあっても不思議ではない事態を予感させているのではないだろうか。(T.I)

【出典】 アサート No.197 1994年4月15日

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