【追悼】森信成先生没後50年によせて
1971年7月25日哲学者森信成さんは亡くなった。私は、1972年の大学入学であり、生前、大学での講義や講演を聞くことは叶わなかった。民学同加入後は、社研の例会や組織内の学習会では、必ず森先生の著作を中心に森哲学を学ぶことになった。
思想的統一・議論抜きの、組織の統合・分裂を先行させてはいけない、思想の平和共存は行ってはならず、議論・論争は民主主義的手続きに則って、徹底的に行うこと、組織の利害を大衆運動の利益の上においてはいけない、党派性とは、大衆運動への適格なスローガンを提起することで明確になることなどなど、以後、労働運動や社会運動に関わる心構えは、森先生の教えに基礎があると考えている。
中国共産党が創立100周年ということで、習近平は人民服姿で登場した。政治的民主主義が存在せず、ウィグルやチベットの民族的自治権を認めない、この国をどう評価したらいいのか。中華人民共和国の歴史、文革の功罪など、いろいろ読んでみたが、最後は森先生の「毛沢東哲学批判」ということになった。
マル自(「マルクス主義と自由)や史根(「史的唯物論の根本問題」)は、学習会の素材として何度も読んだが、「毛沢東『実践論』・『矛盾論』批判」(刀江書店)をじっくり読むと、60年代、「唯物論研究」誌を舞台にした、日共系(当時の日共は、中国派)学者との徹底した議論に、論争家として森先生の奮闘が伝わってくる。(市大図書館に「唯物論研究」誌を確認に行ったのだが、合本の何冊か欠落状態で、情けない限りであった。)
哲学分野は、どちらかと言えば苦手な私だが、没後50年ということで、以下に、著作一覧、追悼集からの再録、年譜などまとめることで、森哲学を現代に生かすことができれば、と考える(佐野秀夫)
(※ 以下の資料は「知識と労働」第3号「特集森信成追悼」を基本にしています)
1 森先生の著作一覧
2 森先生の生涯 (追悼文より)
京都大学哲学科 (小野義彦さん)
「民科」「大阪唯研」(山本春義さん)
大阪市立大学 (横田三郎さん)
3 森先生の哲学思想
4 追悼の言葉
5 森先生略年譜
6 関連資料
大阪唯物論研究会 会報 No1(1959年6月1日)