【投稿】維新・住民投票連敗が意味するもの--統一戦線論(71)

<<右派ポピュリズムの限界>>
11/1の大阪都構想をめぐる住民投票は、今回2回目であり、仕掛ける側の維新幹部からすれば、「絶対に負けるはずのない」、「勝って当然」の闘いであったはずである。
維新は今回、前回は「大阪都構想」に反対だった公明党を抱き込み、たとえ公明支持層がすべて賛成に回らなくても、その2割、3割でも維新側について、賛成票を投じてくれれば楽勝と計算していたのは当然であろう。何しろ前回の得票差は、約1万票である。5千票以上が寝返ってくれれば勝つ、という机上の計算ではその通りであった、と言えよう。
ところが現実は、投票率は前回より4.48ポイント下回る62.35%にとどまりながら、票差は接近するどころか、逆に約1万7000票差に拡大して、再び否決されてしまった。しかも、公明支持層は、朝日新聞出口調査によれば、賛成46%、反対54%で、相当数賛成票に流れたにもかかわらず、この結果である。実質的には、裏取引で増大したはずの賛成票をさらに減少させてしまったのである。
ここに、維新敗因は、右派ポピュリズムの限界を端的に示していると言えよう。その根本は、公務員攻撃と民営化、二重行政の解消、「身を切る覚悟」などと叫びながら、現実には府立病院の閉鎖や保健所の削減など、社会的セーフティネットワークを根本から破壊する、住民の利益に密着しない、地方自治と民主主義を破壊し、独裁主義的・権威主義的な権力集中を図る自由競争原理主義の限界なのである。
そうした右派ポピュリズムからすれば、まどろっこしい地方自治や分権ではなく、権威主義的な権力集中を掲げ、その環境整備のために、政治的上部構造の裏取引で物事はやすやすと進められると踏んだのであろう。維新発足当初はそうした独裁主義的手法が功を奏し、既得権益と既成政治勢力打破を叫び、安倍政権に引き続き菅政権とも改憲策動で連携し、より密接な関係を構築してきた、勝って当たり前だったはずである。しかし、その限界は、住民の、市民の利益に合致し、それに依拠していない、依拠できないところからきているのである。

<<「合理的自立的主体」への依拠>>
前回の住民投票で、なぜ維新の提案が否決されたのかについて、独自の詳細な世論調査や分析を通じて、『維新支持の分析 ポピュリズムか、有権者の合理性か』(有斐閣、2018/12/25発行)の著者・善教将大氏(関西学院大)は、同書の中で、維新支持者の内にある批判的志向性が都構想への賛成を踏みとどまらせたこと、その意味で操作されやすい、疎外された「大衆」ではなく、合理的自立的主体である、と分析されている。

氏は同時に、維新の代表であった橋下徹氏の支持率は、大阪市長就任後低下している現実、高い水準にあったのは大阪府知事期、しかも維新設立前に限定され、2010年末ごろより低下し続け、2014年2月には50%を下回り、ポピュリスティックな支持の調達に成功するどころか、失敗し続けてきた現実を指摘されている。
維新の台頭は、地方レベルの政治における既成政党の機能不全に根差すものであり、大阪都構想に関しては、市民の知識は大きく偏ってはいなかったし、維新支持層であってもそのデメリットの認識があったことを指摘されている。2回目の今回の住民投票はこうした指摘をさらに確認させるものとなったと言えよう。しかも今回は無謀にも、新型コロナ感染危機の真っ只中、大阪が突出して感染拡大している最中に行われたのである。
前回投票前の朝日・読売の世論調査は、賛成の方が10%以上高く、直前には反対が増える、という現象は、二回目の今回と全く共通した現象である。賛成派による活発な活動にもかかわらず、有権者は冷静な判断を下したのであった。
その冷静な判断の下支えとなった反対派の市民団体、多くの党派やグループの多様な活動、大阪都構想のずさんな現実と実体を知らせる情報提供が、維新の野望を打ち砕いたのである。
ひるがえって、野党共闘・統一戦線にとっての、今回の住民投票の重大な教訓は、維新と同じような政治的上部構造における取引や根回しにかまけていたのでは、足元をすくわれてしまう、ということであろう。首相指名投票で、共産党が立憲民主党・枝野氏への一本化に踏み切ったことが、野党共闘への巨大な前進であるかのような幻想は、たとえそれが一歩前進であったとしても、それぞれ10%にも満たない脆弱な野党支持率の現実を直視していない、浮ついた印象を有権者に与えるものと言えよう。市民、有権者の生活に根差した政策、政治の根本的な政策転換を求める多様な統一戦線を一から再構築することこそが求められているのである。
(生駒 敬)

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【投稿】米大統領選の結果が示すもの--経済危機論(33)

<<パンデミック対応の明暗>>
 「危険なほど無能」(ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン)、「ヒトラーよりも悪い」(ノーム・チョムスキー)とまで批判されてきたトランプ米大統領、ついに退場せざるを得ない事態に自らを追い込んでしまったと言えよう。トランプ氏は不正選挙・「盗まれた選挙」としてあくまで平和的な権力移譲を拒否し、分断と暴力を煽り、徹底抗戦の構えである。その動きは過小評価も過大評価もすべきではないであろうが、もはや事態を巻き返しはできない段階であろう。
 トランプ氏敗北の最大の要因は、新型コロナウイルスを徹底的に軽視し、感染拡大への対応が、「危険なほど無能」であったばかりか、自ら先頭に立ってパンデミックの「スーパースプレッダー」として行動し、一日に新規感染者が10万人を超えるような事態をもたらしてしまったことにある(11/6には過去最多の12万人6714人)。この感染拡大は、経済危機の拡大と結合したことによって、大量の失業者の増大と、健康保険資格喪失者の増大、感染が疑われても検査・診察、治療さえ受けられない、生活と健康をめぐる格差の拡大、セーフティネットの欠如を以前にもまして赤裸々にアメリカ社会に問題を投げかけたのである。
 本来なら、民主党のバイデン候補は、トランプ氏に大差をつけて圧倒的勝利を獲得できたはずであったが、上院選挙では逆転もできず(50:50の可能性は残されている)、下院選挙でもかろうじて多数派を維持できたに過ぎないのである。ここでも、民主党伸び悩みの最大の要因は、パンデミック危機対応にあったと言えよう。このパンデミック危機のさなかに、民主党主流はあくまでも医療を自由競争原理主義にゆだね、儲け主義本位の医療・製薬・保険・金融産業に媚びを売り、セーフティネットの構築をないがしろにし、バイデン候補自身が国民皆保険としてのメディケアフォーオール(Medicare for All)に反対し続けてきたことにあった。それでもバイデン氏が勝利できたのは、マスク装着と社会的距離を堅持し、対照的にあまりにもトランプ氏がひどかったからであろう。
 問題は、どちらの大統領候補も、パンデミックの時代に包括的なセーフティネットを提唱せず、事実上、最も脆弱な人々を置き去りにしたことにある。

<<「問題は、きわめて明快」>>
 民主党左派のオカシオ・コルテス氏は「問題は、きわめて明快」として、「どのような民主党員が敗北し、どのような民主党員が勝利したかを見ると一目瞭然」であるとして、民主党下院選立候補者のメディケアフォーオール(M4A)に支持か反対かで勝敗がくっきりと別れた対照表を明示している。(November 07, 2020 by Common Dreams

メディケア・フォー・オール(M4A)に賛成か反対か、    選挙の勝敗は

 バイデン氏は、トランプ氏に投票した人々も「愛国者」だとして、融和を図ることを第一義にしようとしているが、問題意識が外れているのである。敗北が歴然としている現段階に至ってもなおトランプ支持者には、投票集計所であるフィラデルフィアコンベンションセンターを武装攻撃せんとしてFBIによって逮捕されている「愛国者」もいるのである。彼らを「彼らは敵ではない。米国人なのだ」「私たちの国を愛する人々」だとして賞賛・迎合することに力点を置けば置くほど、自らの勝利を掘り崩しているのである。
 今回の大統領選で、トランプ氏は意外にも、黒人、ラテン系アメリカ人、LGBTQ、および女性の有権者の支持を、前回よりも相当大きく伸ばしているのである。それは、民主党がこうした人々への政策をないがしろにしてきた裏返しでもある。
 あるミズーリ州の共和党員ジョシュ・ホーリーがツイート(11/4 Josh Hawley @HawleyMO)して、「私たちは今、労働者階級の党です。それが未来です。」と述べ、大きな反響を呼んでいるのはその一つの証左でもあろう。うかうかしていると、2022年には上下両院とも民主党が敗北する事態を迎えよう。
 バイデン氏に問われているのは、パンデミック危機を抑え込み、経済危機を打開するためには、トランプ政権からの根本的政策転換が今決定的に必要、緊急不可欠なこと、ニューディル政策をを明確にすることであろう。
(生駒 敬)

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【投稿】新型コロナウイルス感染対策失敗と「大阪市廃止」の住民投票での再否決

【投稿】新型コロナウイルス感染対策失敗と「大阪市廃止」の住民投票での再否決

                              福井 杉本達也

1 大阪市廃止の2回目の住民投票も否決

⼤阪市廃⽌の是⾮を問う2回目の住⺠投票が11月1⽇に⾏われたが、「反対」多数で⼤阪市の存続が決まった。そもそも、2015年の住民投票で否決された案件を2度も住民投票にかけるのは住民無視も甚だしいが、大阪維新の会が2010年の結党時から掲げてきた、⼤阪市をつぶし、権限も財源も「府」に吸い上げ、道州制という国家による地方自治の圧殺と、土地や財産を外資や民間に叩き売り新自由主義の草刈り場をつくろうとした「大阪都構想」は頓挫し、維新代表の松井一郎大阪市長は23年4月の市長任期満了での政界引退を表明した。

前回投票では反対に回った公明党を抱き込み、また、NHK、朝日放送、関西テレビ、読売テレビ、テレビ大阪、朝日新聞、産経新聞、読売新聞、日経新聞などほとんどの在阪メディア(距離を置いたのは、毎日新聞、毎日放送くらい)からべったりの支援を受け、吉本興業の芸人なども総動員した。吉村洋文大阪府知事は、新型コロナウイルス対応では「大阪モデル」なる呼称を創出して連日テレビ出演、「最も評価する政治家」の第1位に躍り出でた。また、9月には「自助」ありきの新自由主義政策を推し進めようという、維新・松井市長と蜜月関係にある菅義偉政権も誕生し、住民投票は「賛成多数は確実」と予想されたが、まさかの敗北となった。

1日深夜の会見で、松井市長は「制度が変わることへの不安を解消するには、僕の説得力が不足していた」と敗戦の弁を述べたが、そうではあるまい。高千穂大学の五野井郁夫氏はtwitterで「大阪市民の反対派は当初から物量ともに劣勢だった中、草の根運動を展開して他の市民に熟慮し、熟慮した人々は合理的投票を行った。そして再び反対の民意が上回った。今回の逆転劇は再び民主主義を信じるに値する制度だと教えてくれた」(五野井郁夫 2020.11.2)と評価した。草の根の市民の活動の結果であり、反対多数は票差以上に重みがある。

2 じわじわ増える大阪の新型コロナウイルス感染

大阪府では新型コロナウイルスの感染者が増加傾向にある。11月1日発表では東京都の116人を上回る123人と全国最多となった(東京都は土日は極端に検査能力落ちるという要因もあるが)。「堺市の『泉北陣内病院』では患者11⼈の感染が新たに判明。22⽇までの感染者は計69⼈となった。また、亡くなった80代男性は、クラスターが⽣じた東⼤阪市の『市⽴東⼤阪医療センター』の患者」(サンスポ:2020.10.22)。「松原市の⾼齢者施設では、クラスターが発⽣」(関西テレビ:2020.10.29)、「大阪市北区の加納総合病院で同じ病棟の患者3人と職員6人、門真市立中学校で生徒ら7人の感染が判明」(秋田魁新報:2020.10.31)などと連日クラスター発生の報道をしている。

児玉龍彦東大先端研教授は、感染症対策の基本は感染者がどこに集まっているかを把握し、感染集積地と非集積地を分ける。さらに、非感染者の中で感染したら危険な人を選り分けることだとし、検査、診断、陽性者の追跡を精密に行う。包括的かつ網羅的な検査体制をつくり、感染実態を正確に把握することである。感染集積地を網羅的に把握し、学校や会社、病院、高齢者施設などの集積地でのPCR検査を徹底することだとしている。

春の第一波下で、橋下徹元大阪市長は3月まで、本人がPCR検査を受けるまではPCR検査不要論を唱えていた。大阪市では4月中旬、相談から検査までに最長10 日間かかっていた。当時、府内では、大阪健康安全基盤研究所(大阪市)や医療機関などで1日当たり計約 420件の検査能力しかなかった(時事:2020.5.4)。ちなみに、人口76万人しかいない福井県でも3台の機器を所有し、1日最大196件の検査が可能であり、明らかに大阪府の検査能力は不足していた。5月に、吉村知事は「大阪モデル」を打ち出したが、大阪市内では、「なみはやリハビリテーション病院」(生野区)での130人感染、「大阪府済生会泉尾(いずお)病院」(大正区)での14人の感染(産経:2020.5.3)、天王寺区の「第二大阪警察病院」など、府内でも吹田市の「大和病院」、「市立ひらかた病院」、「明治橋病院」(松原市)など院内感染が多発した。「医療崩壊」が起きていた。

ところが、これへの対応は、松井市長の公衆衛生における自治体の役割を放棄した「雨がっぱ」であり、吉村知事の非科学的な「イソジン」(ポビドンヨード入りうがい薬)会見であった。吉村知事は「検査数だけが注⽬されることには 『(PCR検査は)命を守るためにやってま す。“数”も⼤事ですけど、誰がどこで早くやれる かが⼤事。命を考えた検査を』」(デイリースポーツ:2020.8.6)と記者取材で答えていたが、8月の時点でも「医療目的検査」と「社会的検査」の違いを理解していないことは明らかであった。島田悠一コロンビア大学医学部助教授が指摘するように、PCR検査の目的には、治療方針などを決めるための個人に対する検査と、どういった政策を打ち出すべきかなどの集団に対する検査があるとし、PCR検査に基づいて集団としての戦略を決定するためには多くの検査数が必要で、数が多くなればそれだけ正確なデータに基づいた政策決定ができるとしている。こうした、非科学的なパフォーマンスだけの愚策と新型コロナウイルスの検査に対する“敵意”が、新型コロナウイルスをしっかり抑え込めず、秋以降の第二波の状況を招いたといえる。

仁坂和歌山県知事や大村愛知県知事などは国の“指導”に従わず、徹底したPCR検査を行った。和歌山県知事は「早期発見し重症化させないことが大事。『医者にかかるな』というのはおかしい、従わない」共同:2020.2.28)と国の指導に抵抗し、徹底した検査を行い医療崩壊を食い止めた。また、愛知県の大村知事は「病院に入れない、救急を断るのは医療崩壊で東京と大阪で起きた。医療崩壊を起こしたら行政としては負け。何を言いつくろっても結果だ」と批判した(朝日:2020.5.27)。住民は知事や政令市長の“能力”によっては殺されかねないことを肌で感じとった。 続きを読む

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【書評】『働き方改革の世界史』

【書評】『働き方改革の世界史』

       濱口桂一郎・海老原嗣生著、2020年9月発行、ちくま新書、840円+税)

                              福井 杉本達也

「働き方改革」というよりも労働組合論、「世界史」というよりも、「世界史」の物差しから見た「日本史」といった方が正解かもしれない。本書では英米独仏の11の古典を取り上げ、第1章「トレードからジョブへ」では、古典中の古典:シドニー&ベアトリス・ウエブの『産業民主制論』に始まり、企業横断的な職業組合を前提とするイギリスの雇用システムを、そしてテーラーの「科学的管理法」・「フォードシステム」が導入され熟練が解体されるアメリカにおいてのトレード(職業・職種)からジョブ(職務)への移行を、そして第2章「パートナーシップ型労使関係という軌跡」では、ギード・フィッシャーの『労使共同経営』などドイツ共同決定に基づくパートナーシップなどを紹介、第3章「パートナーシップなき企業内労使関係の苦悩」においては、G・D・H・コールの『労働者―その新しい地位と役割』などを紹介、第4章「片翼だけの労使関係」と、各国でどのように労働運動が展開し、どんな考え方が生まれたのか、「ジョブ型」とされる欧米の雇用システムがどのような経過をたどってきたかを要約している。

しかし、本書の意図はこうした古典の単なる紹介にあるのではない。底流に流れるのは日本の労働組合の「ガラパゴス的な形態」への批判である。著者は「日本の場合、多くの労働組合が、企業ごとに組織され、他社とは別の団体となっている」とし、「それは世界の中では異端なのです」、「多くの国では、労働組合は企業横断的に作られており、それは職業別に組織されたり、もしくは産業別に組織されたりしています」と序章で告白する。

そもそも、日本において労働組合の存在は年を経るごとに希薄になっている。評論家の佐高信が、長崎大学の集中講義を頼まれ、過労死やサービス残業になどにふれた際、学生から「『先生、労働組合ってないんですか?』 もっともな疑問である。一瞬詰まって、私は、『あるけど、ない』と返し、一応あるけれども…苦しい言いわけ」をしたと書いている(社会新報:2020.10.7)。佐高の話は2000年代のことであるから、現在の学生ならば「労働組合ってなんですか?」という根本的な質問が返ってくるのではなかろうか。新型コロナウイルス対策での「雇用調整助成金」の申請書類に「内容に誤りがなければ、従業員の代表の方に署名してもらってください」と「労働者代表」の署名・押印をする欄がある。労働者代表とは「労働者の過半数を代表する労働組合がある場合その労働組合が、労働組合がない場合は、労働者の過半数を代表する人を選出し、その選出された代表者」とされているが、申請企業の何割が文章の趣旨を理解しているのであろうか。10月13日、最高裁第3小法廷は「バイトに賞与」、「契約社員に退職金」、「不支給『不合理と言えず』」という判決を下した。日経ではコメントを弁護士や労働法学者の水町勇一郎東大教授などに求めたが(日経:2020.10.14)、労働組合の全国組織である連合に求めることはなかった。むしろ、「産別自決」を基本とする連合にあっては、個々の産別が関係する事項へのコメントは避けたかったのかもしれない。

そして、著者の本音は第12講で思い切り炸裂する。「外につながらない労働組合が、社内だけで労働運動を続けるという片翼飛行は、どのような帰結を見せるのか。協調、なれあい、そして組合弱化。そうした将来は、なんと60年近くも前に、もう見えていた」とし、「今ではほぼ完全に忘れられた本」である藤林敬三の『労使関係と労使協議制』を紹介する。藤林は労使関係を第一次関係の経営対従業員関係と第二次関係の経営対組合関係」に分け、第一次関係は「元々が労使の親和、友好、協力の関係」であり、第二次関係は「賃金ならびに労働諸条件、すなわち団体交渉の中心的な事項を対象」とし、「労使は明らかにここで利害が対立している」、「この二つの関係は性格上まったく相異なる」とする。そして、日本の労働組合は「この二つの関係が明確に区別され分離されることなく、からみ合って不分離の状態で存在」し、「その労使関係は、非常に曖昧模糊たる状態にあり、また非常に矛盾した複雑微妙な関係を示す」と洞察した。さらに、かつての総評、現在の連合などの上部団体の意義について、「そのまま放置すれば労使関係の第一次関係に傾こうとする経営対企業内労組関係を、その企業内労組を外部から指導支援することによって、経営対組合関係としての第二次関係の方向に事態を押しやろうとする」ところに存在意義があり、そのために「必要以上の左翼理論」、「イデオロギー」で強引に第二次関係へ引き上げようとしたと述べている。しかし、60年後「イデオロギー」が皆無となった今日、日本の労働社会は「利害対立の第二次関係が限りなく希薄化し、労使協力の第一次関係に埋没」してしまった。

10月27日、ANAは4,000億円の経費削減のため、「雇用は維持しつつ、人支件費を抑制するため、来春には400人以上の社員を外部に出向させる。家電量販大手のノジマや小売りの成城石井など企業や自治体を予定している」(日経:2020.10.28)という。キャビンアテンダントなどとして採用された職種が家電の売り場に立つのであろうか。
職務や勤務地、労働時間などが限定されない純粋なメンバーシップ型雇用が続く日本の特異さと、今後の先行きを考えさせられる。斜め見からは、「働き方改革」ができないのは日本の労働組合にあるというのが本書の趣旨なのかもしれない。

ところで、本書は第2章で「労使共同決定」を取り上げている。「1918年11月のドイツ革命では、前年に起きたロシア革命でボルシェビキ(共産党)が唱えた『すべての権力をソビエトへ』に倣って、『すべての権力をレーテへ』が唱えられました。ソビエトもレーテも労兵評議会という意味です」、ところがドイツ社会民主党指導部は軍部と連携し、急進派の反乱を鎮圧するが、この混乱の中で労働組合と労働協約の承認、事業所委員会の設置などの協定が結ばれる。この企業の意思決定への参加は、ワイマール共和国では実現できなかったが、第二次世界大戦後の1952年、監督役員会への3分の1の従業員代表制、1976年の共同決定法では労使同数とされ、従業員の代表が経営に入り込み、労働側の意思を反映させる仕組みが出来上がった。著者は「ここで面白いのは、『ソビエト』のドイツ語版であり、ドイツ共産党のシンボルであった『レーテ』」を「『ラート』として(見事に換骨奪胎されて)受け継がれたことです(『レーテ』は『ラート』の複数形)。その後の社会民主党や労働組合はまさにナフタリ流の『経済民主主義』路線を歩んでいき、共産党とは敵対関係になりますが、その中核に革命期の『レーテ』という言葉が残っている」と書いている。

本書に「レーテ」という懐かしい言葉が出てくるとは思わなかった。かつて、若き日の吉村励大阪市大名誉教授の『ドイツ革命運動史』(1953)や「ドイツ経営協議会の発生・展開」(「大阪市大経済学部『経済学年報』第8集」1958)などの血沸き肉躍る文章をよく読んだものである。教授は「ラート」(経営協議会あるいは工場委員会)と労働組合の役割の違いについて「労働組合は、あくまでも個別企業の枠をこえて、各企業にわたって共通の問題を統一的にとりあげる組織である。この共通の枠からはずれた企業特有の問題や最低労働条件にプラスする問題をとりあげるのは工場委員会である。…したがって労働組合は、本来企業外組織であり、企業内組織としての工場委員会とは、組織的に別個の組織である。…工場委員会は企業特有の問題や職場の特殊問題をとりあげながら、企業内に埋没して終局的に個別資本の労務管理の補助機構に堕してしまうことを防止する外枠、その横の連帯によるブレーキを、その企業内における活動の出発点、基準を、労働組合に見出す」と書いた(『労働組合と戦線統一』1972)。したがって、わが国の企業別組合は、厳密な意味における組合ではなく「半組合」であるとし、この「半組合」を労働組合に変えるために教授は生涯闘ったといえよう。

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【書評】『人新世の「資本論」』

【書評】『人新世の「資本論」』

           斎藤幸平著、2020年9月発行、集英社新書、1020円+税)

                               福井 杉本達也

ベルリンの壁崩壊が1989年、ソ連邦の崩壊が1991年末であるから、1987年生まれの著者はマルクス主義とはほぼ無縁の時代に育ったといってよい。それが、150年間見過ごされてきた新しいマルクスの史料を発掘し、果敢に新しいマルクス像に挑戦したのが本書と言える。

著者は既存のマルクス主義を「進歩史観」=「生産力至上主義」と「ヨーロッパ中心主義」であるという。これは若き日のマルクス像であり、晩年のマルクス像とは異なるという。若きマルクスは「資本主義が早晩、経済恐慌をきっかけとした社会主義革命によって乗り越えられる…資本主義の発展は過剰生産恐慌によって革命を準備してくれる。だから社会主義を打ち立てるために、資本主義のもとで生産力をどんどん発展させる必要がある」と考えていた。しかし、人間の活動の痕跡が地表を覆い尽した「人新世」に突入したといわれる中で、生産力至上主義は「生産が環境にもたらす破壊的作用を完全に無視」し、「資本主義のもとで生産力の上昇こそが、環境危機を引き起こしているという厳然たる事実」を過小評価しているという。

もう一点の「ヨーロッパ中心主義」からの決別は、マルクスが亡くなる2年前の1881年に書いたロシアの革命家『ザスリーチ宛ての手紙』であるとし、「この手紙にはマルクスの思想的到達点が秘められている」という。ザスリーチの「ヨーロッパ中心主義的な進歩史観は、やはり正しいのでしょうか」という問いを突きつけられたマルクスは手紙の中で、「近代化を推し進めることで、わざわざロシアに残っている共同体を破壊してしまう必要はない。むしろ、ロシアにおいては、これらの共同体が、拡張を続けて世界を飲み込もうとする資本主義に対する抵抗の重要な拠点となる」と書いている。晩年のマルクスは共同体研究に熱中し、ゲルマン民族社会のマルク協同体の分析では、共有地(コモン)が「誰のものでもなかったがゆえに、所有者による好き勝手な濫用から守られ…土地の持続可能性を担保」、「強い共同体的規制によって、土壌養分の循環は維持され、持続可能な農業が実現」したとする。著者は、この「持続可能性」と「社会的平等」は密接に関係しており、「共同体社会の定常性こそが、植民地主義的支配に対しての抵抗力となり…資本の力を打ち破って、コミュニズムを打ち立てることさえも可能にする」とし、「生産力至上主義」とも「エコ社会主義」とも違った「脱成長コミュニズム」が晩期マルクスの将来社会像であるとする。

著者は、資本の無限の価値増殖としての「無限の成長を断念し、万人の繁栄と持続可能性に重き置く」というが、果たしてそのような対抗軸は可能なのであろうか。「脱成長コミュニズム」の柱として、①「価値」ではなく、「使用価値」に重き置いた経済に転換して、大量生産・大量消費から脱却する。②労働時間を削減して、生活の質を向上させる。③画一的な労働をもたらす分業を廃止して、労働の創造性を回復させる。④生産のプロセスの民主化を進めて、経済を減速させる。⑤使用価値経済に転換し、労働集約型のエッセンシャル・ワークの重視 によって経済成長をスローダウンさせることであるとし、国家が押しつける新自由主義的な政策に反旗を翻すバルセロナが呼びかける「フェアレス・シティ」や食料主権を取り戻す「南ア食料主権運動」、飛行場の新設禁止、自動車の広告禁止などを提案する市民議会(特にフランス)など、実際にこの共同体づくりに動き始めた実例を紹介している。

ところで、本書で気になる点は「気候正義」という言葉に代表される気候変動問題への前のめりである。はたして地球は温暖化しているのか、温暖化しているとしても化石燃料の消費のみが主要原因なのか、原因だとしても2030年までに半減することは可能なのか。そもそも、気候変動問題には「グローバル・サウス」を無視した「ヨーロッパ中心主義」の匂いはしないのか。人為的に「半減する」という目標に自然循環に人間が強制的に介入していく「生産力至上主義」の匂いはないのか。16世紀に神をその地位から引きずり下ろし、乗っ取ったヨーロッパ「科学」に対する根本的批判が必要と思うがどうだろうか。

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【書評】『コロナ禍で暴かれた日本医療の盲点』

【書評】『コロナ禍で暴かれた日本医療の盲点』

        島田眞路・荒神裕之著、2020年10月発行、平凡社新書、920円+税)

                               福井 杉本達也

本書は、主に新コロナウイルスへの対応を扱った第1章「山梨大病院での新型コロナウイルス対応と日本と世界におけるPCR検査」と地方大学(大学病院)の困難を扱った第2章「地方国立大学病院と地方医療の苦境」・第3章「山梨大学の模索」に大きく分かれる。第2章・第3章はやや大学(病院)関係者向きであるため、第1章を中心に紹介する。

著者の島田眞路山梨大学学長・荒神裕之山梨大病院医療の質・安全管理部特任教授は、4月時点でも「日本の検査レベルは途上国並みだ」、「PCR 検査体制強化に今こそ大学が蜂起を!」と医療現場から多少過激とも思える表現で政府の無策ぶりに果敢に挑戦しており、第1章は『医療維新』というm3.comのコーナーに掲載された文章を中心にまとめられたものである。

まず「はじめに」において、「積年の脆弱なPCR検査体制を横目に、検査のデメリットばかりを強調して医療後進国並みのPCR検査数で世界の潮流を大きく外れ、クラスター対策に執着して戦略転換のタイミングを見誤った。さらにリスクコミユニケーションの配慮も乏しいまま、過大な推計値で社会を大混乱に陥らせ、蓋を開ければ欧米より被害が小さいからミラクルだと自画自賛する。こんな状態で本当によいのか」という危機感があり、「後進国並みのPCR検査体制は日本の恥」というやや過激な発言を行ったと述べている。

なぜPCR検査が少なかったかについて「件数が途上国レベルに低迷していた最大の理由は、3月下旬まで、地方衛生研究所と保健所がPCR検査をほぼ独占していたことにあった。」とし、「世界各国でほPCR検査体制を増強しており、そういう世界の流れをしり目に、日本でほPCR検査を地方衛生研究所・保健所にはぼ独占させ続ける現状を事実上容認し、その結果、PCR検査の上限を世界水準からかけ離れた低値にとどめ続けることにつながり、果ては医療のレベルが低い国と似た数のPCR実施件数という大失態を招いた」。しかし、著者は、それを地方衛生研究所・保健所をあげつらうつもりで言っているのではない。「PCR検査体制の強化は、従来の地方衛生研究所・保健所のスキームだけでは達成不能であることは明らか」であるとし、「未曽有の国難、それも臨床現場と密接に関わるPCR検査の問題を行政機関のみに依存してきたこれまでの体制がそもそも無理筋」であり、「PCR検査数の大幅な増加に向けたパラダイム・シフトを早急に図る必要があった」とする。

「その担い手として期待されるのが、民間検査会社と大学病院である」。しかし、「3月下旬以降、民間検査会社はPCR検査数を伸ばしてきたが、それに対して大学病院の検査数の伸びほ非常に鈍かった。」が、「大学病院の強みはアカデミズムだ。数多くの研究者を擁する大学は、専門的知識と技術が結集しており、研究施設などにおける機器の種類や数も比較的豊富である。PCR検査機器もその一例であり、大学病院ほもちろんのこと、大学にある研究施設も含めれば相当の数の機器が確保できる。これらのPCR検査の量的充足に加えて、検査精度などの質の高さも欠かすことができない。これこそ大学ならではの強みであるアカデミズムにより実現可能となる。したがって大学病院には、これらの強みを最大限に活かした日本におけるPCR検査体制の構築への貢献が求められる。」と大学病院が積極的に関与すべきであると説く。 続きを読む

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【投稿】福島第一原発の放射能汚染水を海洋放出させてはならない

【投稿】福島第一原発の放射能汚染水を海洋放出させてはならない

                              福井 杉本達也

1 議論を無視して突然に発表された汚染水の海洋放出

政府は、福島第一原発でたまり続けている放射能汚染水についてトリチウムなどの放射性物質の濃度を40分の1程度に薄めてから海洋放出する方針を固めた。梶山経産相は、10月16日の会見で、「日々増加する処理水の取り扱いについて、早期に方針を決定していく必要があると考えております」とし、敷地内の保管場所が逼迫する中で、いつまでも方針を決めずに先送りすることはできないと述べた。19日には、「薄めて海洋に放出する方針を27日に決定する方向で最終調整に入った。廃炉・汚染水対策関係閣僚等会議(議長・加藤勝信官房長官)を開催し、決める。」(時事:2020.10.19)と発表した。もちろん福島県内だけでなく全国の漁業関係者は大反対であり、女川原発の再稼働を容認する原発推進派の村井宮城県知事でさえ記者会見で「原発事故から9年半が過ぎた現在も、県内の農林水産業には風評被害が影を落とす。知事は『風評被害が一部の国で残る中で(処理水の)議論をしなければならないのは非常に残念だ』と指摘。『海洋放出の影響は間違いなく日本全体に及ぶ』」(河北新報:2020.10.20)と反対の姿勢を示した。

汚染水を巡っては、2013年以降「タックスフォー」、2016年からは「小委員会」、2018年から「公聴会」と処分方法を巡った議論がなされてきた。2020年4月6日の公聴会では、福島県旅館ホテル生活衛生同業組合理事長の小井戸英典氏は「処理水にはトリチウムなどの放射性物質が含まれていることは事実であることから、この処理をする期間にもたらされる損失は、風評被害ではなく、故意の加害行為による損害であると我々は認識するところです」、「原発事故による被害が収束していない福島県内の状況下で、さらに放射能をまき散らす行為につていはとうてい許容できるものではない、というのが当業界の大勢を占める意見です」と述べている。こうした膠着した議論を打破しようとしたのが、安倍前内閣の改造で退任する直前の原田義昭環境相の発言である。原田環境相はトリチウムを含んだ処理水について「所管を外れるが、思い切って放出して希釈するしか方法がないと思っている」と述べ、地元や漁業者の意見を無視しようとする観測気球をあげた(日経:2019.9.11)。今回の突然の“決定”はこうした安倍前政権の“宿題”の正面突破を図る行為である。信濃毎日新聞の10月17日の社説も「原発処理水放出 突き進めば禍根を残す」と警鐘を鳴らす。

2 敷地に余裕がないというのは真っ赤な嘘

福島第一原発では壊れた建物に地下水や雨水が流れ込み、高濃度の放射性物質に汚染された水が1日180トン(2019年現在)も発生している。これを多核種除去設備(ALPS)などで一部の核種を取り除いて敷地内のタンク1000基に約123万トン保管しているが、汚染水が毎日増え続ければ2022年10月には満杯になるとしている。汚染水を敷地内にため続ければ今後の廃炉処理工程に影響が出かねないというのが政府の言い分である。汚染水には現在の技術では取り除くことが困難な放射性物質であるトリチウム(三重水素)が含まれている。放射線が減衰するまでタンクに保管すべきではないか。

元々、福島第一原発敷地内では7,8号機の増設が予定され、双葉町側に広い用地を取得していた。その双葉町側、北側には「土捨場」「新土捨場」という広いエリアがある。また、原発敷地外にはさらに、福島第一原発の周囲16㎢という広大な敷地が、放射性廃棄物の中間貯蔵施設として用意され、福島県内の放射能汚染土のフレコンバッグの中身が運び込まれている。タンク建設の敷地がないというのは真っ赤な嘘である。タンクの建設費よりも海洋放出が安価だから放出したいのである。

3 「トリチウム水」と言いながら、トリチウム以外の核種が多数含まれる

政府・東電はストロンチウムやセシウムを始め「汚染水からトリチウム以外の放射性物質を取り除いた」と説明していたが、いわゆる「トリチウム水」には、その他の放射性物質が取り切れずに残っている。2017年度のデータでは放射性の62核種のうちヨウ素129(I-129)、ルテニウム106(Ru-106)、テクネチウム99(Tc-99)が法律で定められた放出のための濃度限度を65回も超えていた。東電によると、原発構内で保管する処理水約123万トンのうち、約8割が放射性物質の基準値を上回っているとしている(日経2018.9.29)。 続きを読む

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【投稿】混乱・内戦危機まで煽る米政権--経済危機論(32)

<<「危険なほど無能」なトランプ政権>>
10/8、創刊から200年以上の歴史を持つアメリカの権威ある医学誌「ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」が異例の論説、「リーダーシップ不在の中の死亡」と題する論説を発表し、トランプ大統領に率いられる米政権の新型コロナウイルスへの対応は、「危険なほど無能」であると断定。これまで一度も政治的態度表明を行ってこなかった同誌が初めて、トランプ大統領の再選に加担するべきではない、と態度を明確にしただけに注目を集めている。論説には34人の同誌編集者が署名している。

同論説は、新型コロナウイルスをめぐるトランプ政権の対応について「ほとんど全てのステップで失敗した」「この失敗の大きさは驚くべきものである」と指摘。「世界をリードする疾病対応組織」がありながら、「政府の非常に重要な意思決定から除外され」、「十分な警告があったにもかかわらず、病気が最初に発生したとき、効果的に検査することができず、医療従事者や一般の人々に最も基本的な個人用保護具すら提供できなかったのである」、「指導者たちは専門家を無視し、軽蔑することを選択し」、「専門知識に頼る代わりに、政権は、真実を覆い隠し、完全な嘘」をばらまき、「危機を乗り越える代わりにそれを悲劇に変え」てしまった、と述べている。対照的に、「中国は、最初の遅れの後、厳格な検疫と隔離を選択し、感染を排除し、死亡率を100万人あたり3人に減らし」、これに対して「米国では500人以上」、「この国の死亡率はカナダの2倍以上であり、脆弱で高齢者の人口が多い日本を約50倍上回っており、ベトナムのほぼ2000倍に」達している、と指摘する。そして、「真実はリベラルでも保守でもありません。私たちの時代の最大の公衆衛生危機への対応に関しては、現在の政治指導者たちは、彼らが危険なほど無能であることを示しています。」「このまま彼らに仕事を続けさせれば、さらに何千人ものアメリカ人が死亡する危険があり、そんなことに加担するべきではありません」と結論付けている。 続きを読む

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【投稿】大阪都構想問題が問う民主主義

【投稿】大阪都構想問題が問う民主主義

<「フェイク」と「すり替え」>
 「大阪都構想」=「大阪市解体、特別区への移行」の住民投票は、賛否の十分な討議の機会も閉ざしたまま、コロナが未解決の中、実施されようとしている。大阪市解体は、一部の新自由主義者などを除けば、専門家、自治体関係者のほとんどが反対、危惧しているものだ。しかし、大阪維新の会は、フェイクで塗り固めた大量宣伝をする一方、“外部は黙っておれ”との松井市長の発言に典型的にみられるように、反対論をあらゆる手法を使って封じ込めてきた。
 維新の論理は、『「広域行政を府に一元化し、二重行政を解消」すれば、「大阪経済は成長」し、「住民サービスは向上」する。そのためには「特別区にすることが必要」だ』。『大阪市を特別区に分割すれば、永久に二重行政が出来なくなり、かつ、住民に近い行政が実現する』。これだけに尽きる。
 この大阪維新の会の宣伝はフェイクそのものだ。何故経済成長が可能なのかなどの理由についても、集中投資だからという以外の説明はないし、住民サービスについても、ただただ「低下しない」と言うだけである。
 この推進論の論理的破綻は、反対論の中で明確に主張されているので、ここでは幾つかの論点を指摘するだけにしておく。
・広域行政一元化(=大規模投資)は、政令市存在下でも実現できる
・特別区制度となれば二重行政が解消しない。解消するとは財政貧困を意味するだけ
・広域行政の一元化は経済成長に直結しない。都市制度と経済成長の直接因果関係はない
・経済成長があったとしても、住民サービス向上につながらない
・特別区制は身近な行政の拡充にならない
・民間移管と大阪の自立は言語としても疑問。何を移管するのか。自立する大阪、とは
など。
 マスコミはメリット、デメリットの対比が盛んだ。だが、ここには、注意すべきすり替えがある。
 政令指定都市も特別区もが同じ基礎自治体である以上、日常の個々の市民サービスについて行うべきことは本質的に同じである。財政状況などで将来的には格差が生じる事務事業も、発足時の協定書では、現在と同一水準が可能なように見せることは容易い。推進派は、将来の不安を、「大丈夫だ」の一言で逃げている。将来の財政状況など誰にも分からないから、水掛け論にしてしまえるのだ。
 つまり、マスコミは、メリット、デメリット論“だけ”を取り上げることによって、都構想の本質的な問題である「都市制度の在り方」については注意深くネグレクトしている。これにより、「日常の住民生活には変わりがないから、行政投資の効率化にメリットがあるという特別区移行が良い」と、市民意識を誘導しているのだ。
 
<「住民生活でなく、資本投資の論理」のための制度移行>
 何故ここまでして、都構想を実現したいのだろうか。“大阪維新の会の一丁目一番地”や“松井維新代表の個人的メンツ”もあるだろうが、これが本質ではあるまい。大阪市解体で利益を得るのか。一般市民、住民ではないことは明確だ。
 「広域行政一元化で利益を得る(大規模投資で利益を得る)」もの、言い換えれば、「将来、IRに反対するような大阪市長が出てきては困る」もの、すなわち大規模投資利権と、“上級”行政庁として権力を増したい大阪府などの合体勢力であろう。
 基礎自治体が強いと、住民の直接コントロールがより強く働き、利権として動くのに面倒になる。従来、関経連が主張してきた道州制の導入論のケチケチ版ともみえる。(ただし、道州制は、「地方自治体の権限を吸い上げる制度設計」と、「国の権力を分散させる制度設計」で全く反対の意義を持つものとなることに注意)
 この視点からの検討は、マスコミで全く消されている。 続きを読む

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【投稿】トランプ脱税と租税回避--経済危機論 (31)

<<億万長者が所得税ほとんど払わず>>
9/28、ニューヨーク・タイムズ紙は、億万長者と自称するトランプ氏が、米大統領となった2017年に支払った所得税はわずか750ドル(約7万9000円)しか支払っていない、2016年もそうであった、当選前の15年間のうち10年は所得税をほとんど支払っていなかったと、衝撃的な事実を暴露した。これは、法的に許可された情報源から入手したもので、20年間のトランプ氏の納税申告書の10,000語の要約を公開したものであるという。
 その脱税・節税の手口は、例えばトランプタワーの自らの居室・家族の居室すべてがオフィス扱いで経費に計上、フロリダやニュージャージーの居宅もビジネス用施設
に計上、プライベートジェット飛行機や別荘の利用、あのヘアカット代がテレビ出演のためとして総額7万ドル(740万円)とか、娘のイヴァンカ氏は、ファミリー企業の役員であるにもかかわらず、その企業から74万7000ドル(約7800万円)がコンサルティング料として支払われ、それも個人所得ではなく自らの財産管理会社の収入にして費用と相殺する、自らの所得から支払われるべき個人的な費用まですべて経費にぶち込む、等々、詐欺的手法、手口のあくどさは、ずるがしこい富裕層ならだれでもやっていることといえばそれまでであるが、トランプ氏の場合はその上に、ゴルフコースで3億ドル以上、ホテル事業で5500万ドル以上など次から次へと巨大な事業損失を計上して、課税所得を徹底的に相殺してきたのである。しかも、トランプ氏はこうした実態が表面化するのを回避するために、歴代大統領らの慣行に反し、納税申告書の開示を拒否している。
ニューヨークタイムズ紙はまた、トランプ氏が大統領に就任して以降も、フィリピンからの300万ドル、インドからの200万ドル以上、トルコからの100万ドルを含む数百万ドルの海外ライセンス取引を獲得し、その過程で彼と彼の企業はフィリピンに157,000ドル近く、インドに145,000ドルの税金を支払っている、という。同紙は、今後もさらに多くの事実を発表することを明らかにしている。
トランプ氏はこうした報道に対して直ちに、「完全なフェイク(偽の)ニュースだ」「でっち上げ。フェイク、“多額の”税金を納めた」「数百万ドル(数億円)を支払った」と声を荒げているが、その証拠も示せず、肝心の納税申告書の開示については、税務当局と係争中のためとしてあくまでも拒否している。
「完全なでっち上げ」なら、これまで度々してきたように、直ちにニューヨークタイムズに対して、名誉毀損訴訟や、予告されている今後のさらなるレポートに対して裁判所の差し止め命令を訴え出ないのか、できないのであろう。 続きを読む

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【投稿】新自由主義が旗印の菅新政権の経済政策

【投稿】新自由主義が旗印の菅新政権の経済政策

                               福井 杉本達也

1 「自助・共助・公助」の新自由主義が旗印

9月16日菅新政権が誕生したが、読売新聞の世論調査では74%の支持率という。何も具体的な政策を出していないのだから、10日程度で新聞のヨイショ記事のようには政権の評価が定まるわけもないが、菅氏の自民党総裁選での言動や会見、これまでの人的関係から今後の政策を推測してみる。

菅氏について、『週刊新潮』10月1日号は「貧しいのは『家』ではなく『言葉』」という見出しだ。作家の高村薫は「安倍政権を『継承する』の一言しか出なかったことにあぜんとした。」、「国の方針についてこんなに何も語らない新首相ははじめてだ」、「『言葉を持たない人』という印象は強まった」と書いた(福井:2020.9.17)。10日のテレビ東京の番組で「消費税は引き上げざるを得ない」と発言したが、わずか1日後の11日の会見では安倍「首相はかつて今後10年ぐらい上げる必要はないと発言した。私も同じ考えだ」と増税発言を撤回した(日経:2020.9.12)。ようするに確固とした考え方を持っていないということであろう。「憲法改正」などを声高に叫ぶ「指揮官」も問題であるが、自らの考えを持っていない「指揮官」というのはもっと問題である。自らの考えを持たないということは相手の言うがままということである。戦後75年たった今でも日本を属国として扱っている米軍産複合体にとっては最も御し易い相手であり、国民にとては最も不幸な売国者となる。

その中で、唯一自分の言葉で語ったのが「自助・共助・公助」である。もちろん強調したかったのは「公助」ではなく「自助」である。元々は、阪神・淡路大震災において、本来被災者を支援すべき行政自身も大きな被害を受け、被災者を支援することができなかったため、自助・共助による活動に注目が集まったもので、大規模広域災害時の「公助の限界」が明らかになり、生存の可能性のある72時間を自助・共助による「ソフトパワー」でしのぐことが重要とされたのである。それを行政自らが強調することは、戦後、行政があまりにも国民を優遇し過ぎたため、政府に頼り、フリーライダーとなって自助努力しなくなったという論理である。平等・公平を重んじる社会から自己責任・自助努力の競争社会への転換、社会社会保障の切り捨て、公共政策の削減、新自由主義政策そのものの旗印である。

2 突然の竹中平蔵流「ベーシックインカム論」

菅氏は就任直後の18日、早速、竹中平蔵パソナグループ会長と会食した。菅氏は竹中総務大臣のときに副大臣であり、補佐官は現在経済評論家の高橋洋一氏であった。竹中氏は、郵政民営化などを進めた小泉純一郎内閣において、経済財政政策担当大臣・金融大臣・総務大臣などとして、聖域なき構造改革という名の規制緩和を押し進め、非正規雇用を増やし、今日の格差社会を招いた張本人である。

竹中氏は9月23日のBS-TBS『報道1930』に出演し、持論を披露、「月7万円のベーシックインカムを国民全員に支給する代わりに、生活保護と年金の制度を廃止する」、「マイナンバーと銀行口座をひも付け所得を把握」するとした。「国民の皆さん、7万円あげます。後は全部、『自助』・自前でやってください」という話である。竹中氏は既に「少しずつ制度を変えようとすると、絶対に実現できない。既得権益を守ろうとする人たちが必ず出てくるからだ。社会主義国が資本主義にショック療法で移行した時のように、一気にやる必要がある。今がそのチャンスだ。」(竹中:『エコノミスト』2020.7.17)と持論をさらに展開している。「コロナ・ショック・ドクトリン」である。 続きを読む

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【投稿】迫り来る金融危機への警告--経済危機論(30)

<<国際金融犯罪の暴露>>
9/20、米ニュースサイト「バズフィード」が入手し、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)と共同で調査し、公表されたレポートは、ウォールストリートの巨大金融資本が関与した違法・不正な国際金融犯罪が巧妙かつ長年にわたって行われてきたマネーロンダリング疑惑の実態を暴露している。関与した金融資本には、米最大の銀行であるJPモルガン・チェース、米バンク・オブ・ニューヨーク・メロン、英HSBCホールディングス、英スタンダード・チャータード、バークレイズ、バンクオブアメリカ、ウェルズファーゴ、シティバンク、ドイツ銀行などが列挙されている。
その衝撃的なレポートは、テロ組織、麻薬カルテル、および各種国際金融犯罪者からのダーティマネーの数兆ドルの洗浄および流通に、米欧の主要な大手金融資本が意図的・積極的に金融犯罪に関与・加担している実態を明らかにしたのである。

ICIJの調査、米FinCENファイルから(ICIJホームページ

このICIJの調査は、米国財務省の一部門であるFinCEN(米財務省金融犯罪取締局)から漏洩した秘密文書に基づくもので、このレポートは、1999年から2017年の間にFinCENとともに世界最大の銀行のいくつかが提出した21,000を超える「疑わしい活動レポート」(SAR)によるものであり、重大なことは、今なお「5つのグローバル銀行が、違法なマネーロンダリングで、当局から罰金を課された後でも、強力で危険なプレーヤーから利益を得続けている」ことを明らかにしていることである。
このレポートでは、トランプ政権とのかかわりも見逃せないものとなっている。JPモルガンチェースについて、「10年間で5000万ドルを超える支払いを処理した」との記録が含まれており、その取引の中には、トランプ大統領の元キャンペーンマネージャーであるポール・マナフォート(Paul Manafort)による少なくとも690万ドルに及ぶマネーロンダリングと汚職疑惑が浮かび上がっている。

<<18年間で最悪の9月>>
このレポートが発表された翌9/21、ニューヨーク株式市場のダウ平均は前週末比で一時900ドル超も続落する場面に陥り、終値は同509・72ドル安の2万7147・70ドルで、1カ月半ぶりの安値を記録した。S&P500種株価指数は4営業日続落し、ほぼ2カ月ぶりの安値を記録。なかでも不正送金に関与したと名指しされた金融機関の株価が軒並み急落したのである。HSBCは前週末比6%超の下落で90年代後半以来の安値、スタンダード・チャータードも5%超の下落に見舞われている。HSBCは9/21、マネロン疑惑は「すべて過去のものだ。(違法を摘発された)2012年から金融犯罪に対処している」と声明したが、翌9/22の株価はさらに大幅に下落し、95年5月以来の25年ぶりの安値となっている。
パンデミック危機と経済危機の結合により、疲弊した実体経済とかけ離れてきた株式市場もいよいよ重大な局面に差し掛かっていると言えよう。これまで上り調子であった指標は軒並み崩れ出している。不安定な上げ下げを繰り返してきた株式市場は、この1か月間で、ダウ平均は月間4.5%下落し、S&P 500は6%以上下落、ナスダックは約8.5%下落している。今月初めまでは過去最高値圏で動いていた株価が一転、下落傾向に動き出したのである。全体として、市場は18年間で最悪の9月に進んでいると評されており、9/21付けUSAトゥデイは、「迫り来る世界的な金融危機」に直面していることを示唆する記事を掲載する事態である。
マネーゲームとマネーロンダリングにのめり込む金融資本主義は、実体経済を掘り崩し、経済的不平等と格差拡大を加速させ、公的資金を枯渇させ、民主主義を弱体化させ、弱肉強食の自由競争原理主義をはびこらせる犯罪的本質をあからさまにしているのだと言えよう。ニューディール政策への根本的転換において、この金融資本への徹底した独占規制と分割、租税回避を許さない税制改革、累進課税と国際的金融取引課税、等々、徹底した民主的改革こそが要請されている。
(生駒 敬)

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【投稿】先制攻撃論と軍事戦略の転換

北朝鮮はダミー
イージス・アショア計画の頓挫により、急速に台頭してきたのが先制攻撃を含む「敵基地攻撃論」である。
古くは1956年に鳩山一郎が「座して死を待つべしというのが憲法の理念とは考えられない」と先制攻撃を容認する答弁を行った。
さらに96年の「わが国に現実の被害が発生していない時点でも、侵略国がわが国への武力行使に着手していれば、わが国への武力攻撃が発生したと考えられる」との国際法上疑義がある先制的自衛権行使を容認する、野呂田防衛庁長官答弁がある。
いずれも「やられる前にやる」「攻撃は最大の防御」と言わんばかりの、大日本帝国時代と変わらない粗雑な認識である。
何を持って武力行使の着手とするかは、2003年の「東京を火の海にするぞと言ってミサイル屹立をさせ、燃料を注入し始め、不可逆的になった場合は一種の着手」という石破防衛庁長官答弁がある。
しかし、北朝鮮が人工衛星の打ち上げとする、1998年の「光明星1号」を想定したこの石破見解は陳腐化している。当時は射場にロケットをくみ上げ、燃料を注入すると言う悠長な工程であった。
だが現在の中距離弾道弾「火星」シリーズは、巧みに隠匿された移動式発射台を使用するものであり、また開発中と言われる潜水艦発射型弾道弾のいずれも事前の探知は極めて困難であり、全く別の作戦が必要となってくる。
1991年の湾岸戦争で初めて実戦投入された巡航ミサイル「トマホーク」は、先制第一撃としてバクダッドの国防省などイラク軍事中枢(通信指揮・統制・情報)を破壊した。これによりイラクの防空システムは機能を喪失し、多国籍軍航空部隊の進入が容易になり、移動式であるが砂漠地帯で比較的発見が容易な「スカッド」ミサイルの破壊も進んだのである。
こうした敵首都の軍事中枢を無力化する作戦はこの後の、1999年のコソボ紛争に伴うユーゴ空爆や2003年のイラク戦争でも行われ、現代戦のセオリーとなった。
したがって、北朝鮮が「武力行使に着手」したと判断すれば、平壌の軍事中枢機能を先制攻撃する作戦が、軍事的には常識である。日本政府は「トマホーク」に関心を示していると言うが、どのように使われるかは戦訓が示している。
しかし、先述のように現在では「武力行使に着手」したかを確認することは、困難なため、常識的には第一撃を受けてからの反撃と言うことになり、「やられる前にやる」のは不可能である。この場合でも、露見、固定した「ミサイル基地」は存在しないのだから、軍事中枢を攻撃することに代わりは無い。
第一撃を受けることが「座して死を待つ」と言うのであれば、北朝鮮は危険として、「大量破壊兵器の存在」という虚偽の情報で開始された、イラク戦争のような予防戦争に訴えるしかないであろう。
ところが現実には、日本と北朝鮮の間に拉致問題はあるものの、国際紛争の最大要因である領土問題は無く、ある日突然北朝鮮が弾道ミサイルを撃ち込んでくる、などというのは妄想に過ぎない。したがって北朝鮮に対する軍事行動にまつわる論議はフィクションと言ってよい。

主敵は中国へ回帰
にもかかわらず先制攻撃論が浮上してきた背景には、日本の軍事戦略の転換がある。自衛隊は冷戦下における妥協の産物であったが、1990年代までは60年安保体制の下に安住していれば良く、憲法9条により「専守防衛」の箍がはめられ朝鮮、ベトナム、そして湾岸戦争への戦闘部隊派兵も回避できたのである。
しかし21世紀になり、アメリカの国力低下と中国の台頭と言う国際情勢の変化の中、日本独自での権益確保とアメリカへの軍事支援が求められるようになったのである。
中国に対する対決路線は安倍政権下で一時転換がはかられたが、この間再び緊張拡大が進んでいる。この要因は、コロナ禍による「官邸官僚」の地歩の後退、なにより安倍が当事者能力を喪失したことが大きい。
足元を見た自民党タカ派は、習近平国賓訪日反対、尖閣海域などでの中国公船拿捕要求、さらには香港やウイグルでの事態を口実とした対中強硬路線を声高に叫んでいる。8月15日靖国神社には4年ぶり、安倍政権下最多となる4閣僚が参拝したが、安倍は放置した。政権の箍が全く外れた末期症状を表すものであった。
アメリカとの軍事同盟の強化は2015年の「戦争法」で枠組みが作られた。「予防戦争」も含んだ武力による日本の権益確保のためには、改憲が必須であるが当面これは不可能となっている。
しかしこうした作戦を遂行可能な自衛隊の態勢構築は着々と進んでいる。水陸機動団の増強、護衛艦「いずも」型の空母への改修、極超音速ミサイルの開発、巡航ミサイルの保有検討、さらにはイージス・アショアの代替としてミサイル専用艦建造計画も報じられており、自衛隊の外征能力は大きく拡大しようとしている。
安倍は辞任直前の9月11日、「敵基地攻撃能力」の検討を暗に促す談話を発表し、年末までに方策を示すこと求めた。極めて無責任な言動であるが、「安倍路線を継承」する菅政権の対応を、今後厳しく監視していかなければならない。

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【翻訳】「COVID-19 との闘いにおける焦点は T-Cellsに移っている。」

【翻訳】「COVID-19 との闘いにおける焦点は T-Cellsに移っている。」
The Japan Times, July 25, Friday, 2020
“Focus shifts to T cells in COVID-19 fight”  By Bloomberg

「COVID-19 との闘いにおける焦点は T-Cells に移っている。」

「抗体」(Antibody)*は、病気に罹った患者において急速に減退していくことが示されている。
「抗体」は、昨今のパンデミックの時代において親しい言葉になってきている。恐らく抗体は、恐ろしいコロナウイルスを窮地に追い込む最良の頼みであることを示唆しているからであろう。しかし今週に入って、重要なワクチンのデータが発表され、脚光を浴びたのは、あまり注目されて来なかった免疫の王者:T Cells* であった。
AstraZeneca Plc, Pfizer,Inc, and partner BioN Tech SE., 同様に China’s CanSino
Boilogics Inc. これらの会社すべてが、彼らの実験的試みが結果を示したサインとして、ワクチンの受験者に、これら白血球細胞(T Cell のことか。訳者)の存在を認めている。

最近の研究によって焦点に押し出された T-cell は、一つの注意事項または督促状である。
即ち、身体の防御は、一つの要素、成分よりも、もっと多くの要素に依存していること、そして、COVID-19 に対する免疫反応の多くは未だ不可解(mystery)であること。
特に、賞讃されている「抗体」が長く存続する能力を欠いている、と言うことが研究者達によって明らかにされて来ている時において。
Mr. Paul Griffin, Associate Professor of Medicine at University of Queensland in Brisbaneは、「抗体は全体像の、たった一つの小さい部分である。」と述べている。彼は、Australiaにおける二つの有力なCOVID-19ワクチンの臨床研究を指導している。「しかし我々は実際、新しいコロナウイルスへの人々の免疫を十分に理解するところへは到達していない。」
Pandemicが世界を嵐に巻き込んでいる時、科学者たちは最初に抗体に注目した。抗体、即ち、外からの侵入者に取りつき働けないようにする蛋白質。何故ならば、それを取り出すことが、有効なワクチンの基本であるからである。その免疫蛋白質は、また T-Cell より計測が簡単であり、その前の感染を調べ評価するのに使うことが出来る。
抗体が、軽い病気に罹った患者においても、急速に無くなっていくことを示す研究は、抗体こそが免疫の何らかの継続する形態を供給してくれるという希望を打ち砕いた。

Antibody*
訳者注: Wikipedia等の情報を参考としております
「抗体」 ご存知とは思いますが、細菌やウイルスなどの外来病原体等が「抗原」となりうる。「抗体」は、体に入った「抗原」に対して排除目的で、白血球のB-Cellより作られる蛋白分子で、免疫グロブリンとも呼ばれ免疫の元である。”Y”字型の4本鎖構造を基本構造としている。

T-Cells*
訳者注:ご存知とは思いますが、T-Cells (T 細胞)とは、リンパ球の一種で骨髄で作られた前駆細胞が胸腺での選択を経て分化成熟したもので、細胞表面に特徴的なT細胞受容体を有している。名前の”T”は、胸腺を意味する ”Thymus” に由来する。

尚、生体防衛、免疫系態について整理してみれば以下のごとくです。
1.皮膚(上皮)や消化管上皮、粘膜。
2.自然免疫 : 病原体にたいして別個に応答するのではなくて、常に汎用的な方法で対処するがゆえに、即効性があり、常に臨戦体制にある。反面、獲得免疫のような免疫記憶はなく、長期に渡り防御する仕組みではない。白血球やリンパ球がその働きを担う。先天性免疫、基本免疫でもある。
3.獲得免疫 : 後天性免疫、適応免疫であり特定の白血球の一種であるリンパ球がその働きを担う。B-Cell やT-Cell (Killer T-Cell, Helper T-Cell 等)である。

[私見ながら、COVID-19 や MERS, SARSには自然免疫では対応しきれていず、今は、近く開発されるであろうワクチンに期待をつなぐしかないか、あるいは未だはっきりとは解明されていない過去に他の病気で獲得した免疫による “cross reactivity” (交差反応)に望みを託すしかないか。] 続きを読む

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【投稿】野党は大胆に統一して、解散総選挙に備えよ

【投稿】野党は大胆に統一して、解散総選挙に備えよ

<安倍辞任で、政権不信をチャラには出来ない>
 8月28日安倍首相は、突然の辞任会見を開いた。11年前に政権を投げ出した時と同じ持病の潰瘍性大腸炎の再発が原因と報告され、総理大臣の任務を全うすることができないとの説明だった。
 コロナ感染者が増え続けた7月から8月、安倍は自ら記者会見を行っていない。各国政府の首脳が、国民へのメッセージを訴え続け、支持率を高めていったこととは対照的に「動画問題」やアベノマスクなどの失態を繰り返して、安倍内閣の支持率は下降する一方で、政権としてはすでに末期症状に陥っていた。そして首相在任期間が佐藤栄作を越えたことを待っていたかのように、辞任会見が開かれた。
 日本のコロナ対策が適切であったかどうか、それはこれから検証されるべきであろうが、政府の対応に国民が納得しているか否かでは、答えは明らかであろう。
 現時点で、「第2波」が終息に向かいつつあるかの報道もされているが、感染状況はともかく、経済活動や消費動向は、コロナ前の水準に程遠い。そして、非正規を中心に首切りや雇止めが横行し、回復の目途は全く見えていない。
 持病問題がなければ、無責任辞任のはずであろう。うわさでは、国政の失策を「辞任」で覆い隠して、コロナ禍を幸いとして「オールクリア」を狙っているとの話もある。
 首相辞任→自民党総裁選→新首相誕生の後、解散総選挙を行い、野党の準備が整わないうちの抜き打ち選挙で自公政権の延命が図られているとの認識をもって、今の局面を認識すべきであろう。
 
<自民党総裁選挙の行方と解散総選挙>
 14日投開票の自民党総裁選挙は、告示前から菅優勢の報道がなされている。党員投票の実施について、党内議論があったように見せかけているが、すでに派閥間の密室協議で、菅総理の道は描かれていた。党内派閥利害の調整のみで総理が選ばれる、これが菅内閣の船出のすべてであろう。
 総裁選挙の候補者討論では、菅のみが「安倍政権の継承」を掲げ、石破は「(安倍政治の)グレートリセット」、岸田は「分断から協調へ」と、安倍政治からの転換を訴えた。
 更に、菅は「自助・共助・公助」と、自己責任を第1に掲げて、新自由主義がその基礎にあることを隠しもしない。安倍政治の継承のみが、菅の「錦の御旗」である。
 しかし、アベノミクスの「成果」を語る菅は安倍政権の裏方としてすべてを仕切ってきた責任と罪を背負っている。官僚を恫喝して従わせ、忖度官僚を量産し、国会の機能不全、民主主義の形骸化と破壊を行ってきた「裏方」である菅に、何を期待できるというのだろうか。 続きを読む

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【投稿】米大統領の危険なエスカレート--経済危機論(29)

<<トランプは「政治的ジェノサイドを犯した」>>
この9/15発売予定の新著『Rage』(怒り)で、米紙・ワシントンポストの上級記者・ボブ・ウッドワード氏は、トランプ米大統領が、なんと今年の2月初めには、新型コロナウイルスの危険性について、「ボブ、そいつは空気をすり抜け、接触感染よりも強力なんだ」と、ある意味では正確に認識していたことを暴露している。
2/7、トランプ氏はウッドワード氏に、習近平・中国国家主席から、新型コロナウイルスによるパンデミックの危険性について、明確かつ率直な評価を提供され、話し合ったところだと語っており、録音もされていたのである。

トランプ氏は、「このウイルスは空気を介して感染する。接触感染よりも厄介だ。感染するのに物を触る必要がないんだから。かなり油断ならないウイルスだ。細心の注意がすごく必要だ。これは致命的な問題なんだ。あの致死率1%か1%未満のやっかいなインフルエンザよりも致命的で、…これは5%(致死率)なんだ」と認識していたのである。

このとんでもない事実の暴露(9/9発表)は、トランプ氏のウイルス危険性認識において、これまで流布されていた、まったく楽観視していた、甘く見すぎていた、といった程度の話ではない、深刻なものである。正確に認識していながら、自らの個人的・党派的・政治的利害のために、パンデミックの危険性を徹底的に隠ぺいし、感染拡大を放置して、何万人もの人命を犠牲にしていたのである。今や、全米の死者は20万人にまで達しようとしている。

「トランプは殺人者か?」(9/10, 2020 by Common Dreams)

トランプ氏は、2/26には、アメリカで15人の感染が確認されていた当時、記者会見で「数日以内に感染者数はゼロに近づくだろう。我々はかなりうまく対処している」としらを切り、インフルエンザのほうがはるかに危険であるとまで示唆している。ウイルスは季節性インフルエンザと同等であると約束し、「消える」と約束し、症例は「減少」していると主張し、ウソと隠蔽で押し切ろうとしている。

さらに3/10には、議会で「落ち着いて。新型ウイルスはそのうちなくなるから」と発言している。それからどんどん感染が拡大してきた9日後(ホワイトハウスが国家非常事態を宣言してから数日後)にトランプ氏はウッドワード氏に対し、なんと、「新型ウイルスについて過小評価したかった。今でも過小評価したいと思っている。パニックを起こしたくないからね」と露骨に、あけすけに自らの言葉で告白しているのである。 続きを読む

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【投稿】データに基づいて考えようとしない厚労省官僚と「専門家」-「黒い雨」訴訟と新型コロナウイルス検査の闇-

【投稿】データに基づいて考えようとしない厚労省官僚と「専門家」-「黒い雨」訴訟と新型コロナウイルス検査の闇-

                              福井 杉本達也

1 「黒い雨」訴訟-データに基づかないことを“科学的知見”と呼ぶ加藤厚労大臣-

7月29日、広島地裁は「黒い雨」訴訟で、原告・被爆者の勝訴の画期的判決を下したが、新型コロナウイルス対策という本来の職務には全く姿を見せない加藤厚労大臣は、こちらこそが厚労省の“本務”とばかりに、「これまで積み上げてきた様々な科学的知見に基づく我々の対応とはかなり異なって」いるとして控訴した。国側は裁判で「100ミリシーベルト(mSv)未満の被ばくで健康被害が発症し得るか定かでない」、「『黒い雨』によって健康被害が発生したとはいえない」旨を主張している。国は「残留放射線については、認定審査に当たっても既に一定の評価をしており、広島・長崎での残留放射能調査のデータ、放射線影響研究所の見解などを見ても、基本的に健康に影響を与えるような量は確認されていないというのが科学的知見である以上、残留放射線に着目して積極的認定範囲を現行以上に広げることは適当ではない」(原爆症認定制度の在り方に関する検討会報告書:2013.12.4)との立場に固執している。

米国は核戦略・核開発の都合上「原爆は、破壊力は大きいが、放射能で投下後に被害を与え続けることは皆無である」との原爆の虚偽像を確立することを目的として、その概念実施のために被爆地域も設定された。核兵器を「残虐兵器」と見なされないために、内部被曝を否定し被曝事実を極小化して隠ぺいしようとした。米核政策に追随する日本政府は被曝地には放射性降下物が「ほとんど無い」ことにし、「放射能による健康被害は無い」という「虚構」を「科学的粉飾」ででっち上げてきたのである。これが、本来は国民の健康を守るべき厚労大臣の“科学的知見”の中味なのである。

訴訟において放射線被曝などに関する証拠を提出した矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授は「『広島黒い雨』全面勝訴を喜ぶ」として、「広島では今まで一貫して見過ごされてきた『高度4kmに放射能を含む水平に広がる原子雲』の存在を明るみに出し、その大きさと位置が『黒い雨』雨域に一致することを意見書および陳述として提出したこと。これにより今まで狭い範囲に空域を限定する科学的根拠とされて続けた『黒い雨に関する専門家会議』の結論を『信頼できない』として,降雨域内外の放射法環境の蓋然性を認めたことです。日米合作の『被曝線量体系:DS86』の『第6章:放射性降下物』のデータが全て枕崎台風(床上1m洪水、太田川の橋20本流失)後に測定されており、被曝地の重大な過小評価を行っていること 内部被曝が無視されていること。内部被曝は外部被曝的に評価できない被曝の危険性を持つ」(矢ヶ崎克馬:「避難者通信」:2020.8.6)と書いている。

「黒い雨」被害を認めるということは、いわゆる「低線量被曝(=100mSv以下の被曝)」とりわけ「低線量内部被曝」の影響を認めるということになる。福島原発事故では、政府は責任を持った「放射能」の測定を行うことを拒否した。「年間20mSv」もの「高線量汚染地域に住民を継続して住み続けさせる」こととした。小児甲状腺癌が通常の50倍以上の頻度で発生しているものの、「原発事故とは関係ない」としている。その根拠は「非科学的データ整理」と「測定しないこと」、これが厚労省の長年の“科学的知見”である。 続きを読む

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【投稿】「大きすぎて」止められない投機市場--経済危機論(28)

<<実体経済と乖離した株式市場>>
このところ、米・ニューヨーク株式市場は、連日、大型株指数のS&P 500、ハイテク株中心のナスダックともに史上最高値を更新し続けている。しかしその実態は、実体経済が回復してきたからではなく、むしろパンデミック危機を利用したわずか6~7株が史上最大の時価総額の拡大を記録していることからきている。上位5銘柄が、S&P 500の25%に相当する事態であり、わずか7銘柄の時価総額が現在、米国のGDPの39%に相当する異常さである。その投機市場へ、純然たる売買差益追求=マネーゲームにむらがる、大量のマネーが流れ込む、しかもその資金源は中央銀行であるFRBが無制限に提供することを確約している。当然、市場を大きく歪めていることが歴然としてきている。株式市場は表面上は好調であるが、フォーブスは、市場は「約77.0%過大評価」されていると指摘する事態である。貧富の格差はとめどもなく拡大し、しかもそれは放置されている。トランプ政権はパンデミックを放置しただけではないのである。
実体経済は、実質経済成長率・GDP4~6月期が年率32.9%減という過去最大の歴史的後退の真っ只中にあるにもかかわらず、株式市場は今や完全に実体経済から乖離してしまったのである。2800万人以上のアメリカ人が現

在、失業手当を申請しており、過去22週間で5,730万人が失業手当を申請し、この内、最初の失業手当申請者の支給期限が終了する8/15には、110万1600人が再び失業手当を申請したと米労働局は発表(8/20)しており、減少するどころか増大しているのである。同時に追加として、543,000人の労働者、いわゆるギグ労働者、自営業者、独立請負業者がパンデミック失業支援(PUA)プログラムに基づいて申請していることも明らかされている。そして多くの食料にも事欠く人々がフードバンクに列をなしている厳しい現実は依然として解消されていない。
もちろんアメリカだけではなく、日本もGDP同期年率27.8%減という戦後最悪の記録であり、イギリスは59.8%減、ドイツ34.7%減、フランス44.8%減、イタリア41.0%減、と主要先進国は軒並み、最悪の経済危機の事態に落ち込んでいる。(一方、GDP同期年率、中国は3.2%増、台湾0.58%減、韓国3.3%減と、対照的である。)
にもかかわらず、株式市場は実体経済と完全に遊離して、各国中央銀行が超低金利で提供する大量の金融緩和マネー、「ヘリコプターマネー」を原資として、金融資本主義の行き着く先である投機・マネーゲームの極大化から脱出できない事態にはまり込んでいるのである。皮肉なことに、超低金利の下でアメリカの金融資本・5大銀行の4~6月期連結決算は、純利益が前年同期比47.8%も減少し、景気回復どころか、人員整理・レイオフが進行している。株式トレード部門だけが利益を稼ぎ出している構図でもある。 続きを読む

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【投稿】新型コロナウイルス対策支援事業と非正規労働者

【投稿】新型コロナウイルス対策支援事業と非正規労働者

                               福井 杉本達也

1 新型コロナウイルス感染拡大による厳しい雇用情勢

新型コロナウイルスの感染拡大による厳しい雇用情勢が続いている。日経新聞によると、5月の緊急事態宣言解除後も企業は人員削減の手を緩めていない。特に非正規の雇用者数は6月に前年同月比100万人超の減少と、比較可能な2014年以降で最大の落ち込みとなった。6月の就業者数は前年に比べて77万人減の6670万人。リストラによる失業者は44万人と前年比19万人増えた。業種別では、宿泊・飲食サービス業、生活関連サービス・娯楽業などで就業者の落ち込みが大きい。休業者は236万人と高水準が続く(日経:2020.8.1)。失業者と求職活動をあきらめた層や短時間勤務でさら働きたい人などを含む「未活用労働力人口」はコロナ禍で123万人増の533万人となっている(日経:2020.8.12)。宿泊・飲食サービス業や生活関連サービス・娯楽業の落ち込みが大きいということは、特に女性労働者や非正規労働者への影響がより大きいことを意味する。

このため、労働時間短縮、休業、解雇・雇い⽌め等で収⼊が減少し、公的な経済⽀援を求める⼈が急増している。政府は2⽉下旬以降、⼀律10万円の特別定額給付⾦や、雇用調整助成金、持続化給付金、⼦育て世帯とひとり親世帯への臨時特別給付⾦、仕事を休む⼈向けのコロナ対応休業⽀援⾦、税や公共料⾦の⽀払猶予、無利⼦・無担保融資の拡充等、多⽅⾯にわたる経済⽀援を打ち出している。⾦額とカバーする範囲からみればEU諸国と遜⾊はない 。しかし、本⼈からの申請が給付の前提となっている。「制度はあるが、アクセスできない」という申請主義に固有の問題が発⽣する。「JILPT調査によれば、コロナ前の通常⽉に⽐べて直近(4⽉)の⽉収/売上⾼が⼤幅に減少した者の割合は、雇⽤者の15.5%、フリーラ ンスの36.6%に上っている。⾔い換えれば、雇⽤者の6⼈に1⼈、フリーランスの3⼈に1⼈は、『潜在的要⽀援層』となっている」「全国では『ハイリスクの要⽀援層』の⼈数規模は、220万⼈を超えるものと試算される。そのうち、雇⽤者数 が207万⼈(5,920万⼈ ×3.5%)、フリーランスが17万⼈(170万⼈ ×10%)となっている。」(周燕飛 JILPTリサーチアイ 第41回 「低い申請者割合にとどまるコロナ困窮者⽀援事業」2020.7.31)。

2 雇用調整助成金

雇用を維持して従業員に休業手当を支払う雇用調整助成金の特例措置が9月末に切れる。政府は、これを12月末まで延長する検討に入った。雇用調整助成金は通常8,330円だが、新型コロナウイルス対策特例措置として1万5千円に引き上げられている。中小企業の助成率は通常2/3だが、100%に、大企業は1/2が3/4に引き上げられている。雇用保険被保険者以外のアルバイトに支払った休業手当も助成の対象となる。休業者は6月時点で236万人いる。雇用調整助金の支給申請件数68万件、このうち57万件を支給決定し、7月末までに5851億円を支給している。今回の特例で特に注目に値するのは、雇用保険財政が財源であることから当然と考えられてきた雇用保険被保険者が対象という要件を撤廃して、「雇用保険被保険者でない労働者の休業も助成金の対象に含める」こととした点である。また、「休業支援金」として、新型コロナウイルスの影響によって休業になったにもかかわらず、企業から休業手当が支払われない労働者に対し、一般財源から繰入れるという形で、国が直接、給与の8割を補償する。ただし、大企業の労働者は対象外である。これまで生計維持型ではないとみなされ、雇用維持政策の対象から外されてきた非正規労働者をも対象に繰り込もうという動きである。実務的なハードルとしては、支給要件に「事業主の指示」で休業したという証明が必要なことである。労働者は「支給要件確認書」の事業主記入欄の「申請を行う労働者を事業主が命じて労働者記入欄1の期間に休業させましたか」という項目において、企業から「はい」のチェックをもらわなければならない。企業はこれを認めたくないのは”当然“であろう。もともと労働基準法上の休業手当の支払い義務があるということになり、それを払っていない時点で労働基準法違反ということだからである。むろん、企業がチェックを拒否すれば救済手段はある。また、大企業の非正規労働者でも、商業施設の閉鎖は会社の責任ではないとして休業手当を支給されないケースも多々ある。

しかし、雇用調整助成金は労使双方にメリットのある制度であり、うまく活用すれば、新型コロナによる影響を最小限にくい止めることができる。これまでは、不正防止のために社会保険労務士にも連帯責任が課される重い制度であったが、この連帯責任が解除され「使える制度」になりつつある。申請手続が煩雑と指摘されてきたが、記載事項が約5割削減され、添付書類も削減されるなど、申請書類の簡素化がなされている。飲食店や対人サービス業の中小零細企業は、申請に必須の賃金台帳や出勤簿も作成されていないなど、給付にたどり着くまでの障壁はなお大きいが、新制度の意味は大きい。雇用調整助成金は「使うことが当たり前」の制度となってきており、申請をしない雇用主の「言い訳」も難しくなってきている(参考:今野晴貴Yahooニュース 2020.5.31)。

雇用調整助成金は1974年末の雇用保険法への改正で雇用調整給付金として創設されたものである。当時、電機労連書記局員だった小林良暢氏は、法改正に、ゼンセン同盟は繊維不況対策として熱心に取組んできたが、当時の社会党は「解雇をし易くする」と反対していた。そこで、ゼンセン同盟の宇佐美会長、山田書記長、電機労連の竪山委員長、藁科書記長に、同じ民間だから分かってくれるだろうと法案成立への協力を頼み、社会党を法案賛成へ転換させて法案を成立させた。しかし、75年の法の施行時には、繊維産業は慢性不況で工場は閉鎖されてしまい、この新制度を使うことができたのは電機産業であった。75年には、全国でも6万事業所で⼀時帰休を実施、不況でも雇⽤を維持する⽇本モデルが完成したのである。また、この両産別の4⼈が、後の⺠間先⾏の労働戦線統⼀を導くことになる(小林良暢:「ポストコロナで新しい働き⽅が⾒えてくる」『現代の理論』23号 2020.8.1)と書いている。

3 小学校休業等支援金・持続化給付金のフリーランスへの適用拡大

3月から全国の小中高校を臨時休校としたことに伴い、厚生労働省は雇用助成金の枠組みの中で、急きょ「新型コロナウイルス感染症による小学校休業等対応助成金」を創設した。そこに、フリーランスも同じなのに、対象にならないのはおかしいという議論の中で、フリーランス就業者のための休業補償として「新型コロナウイルス感染症による小学校休業等対応支援金」も創設されることとなった。しかも、1日当たり金額も、雇用労働者との比較してから7500円(定額)、1万5000円(上限))となった。

一方、経済産業省所管の持続化給付金は、新型コロナウイルス感染症の影響により売上が前年同月比で50%以上減少している事業者に対し、法人は200万円、個人事業者は100万円給付する。フリーランス就業者は確定申告の際、事業所得ではなく給与所得や雑所得として申告することが多い。当初、持続化給付金は事業所得での申告者のみが対象とされてきたが、6月29日からはフリーランスも適用対象となった。ただし、事業継続の意思があるかどうかが給付要件となるため、収入がなくなり、やむを得ず夫などの扶養家族となった場合には適用されない。国民健康保険保険者証で確認を行うので、新型コロナウイルスの影響で収入がゼロとなり、夫の健康保険組合等の扶養家族となると給付金は受給できない。相談事例では旅行社と契約するバスガイド11名中4名が扶養家族として受給資格外となった。

また、元々、事業所得で申告していた外交員(いわゆる「生保レディー」など、保険の対面販売を禁止されほとんど新規契約ができない)はフリーランスではなく、事業者としての受給が可能である。どこで、バスガイドと外交員の取扱いを分けられたかであるが、国税庁の源泉徴収の取扱いで「No2792:源泉徴収が必要な報酬・料金等の範囲」として「ニ プロ野球選手、プロサッカーの選手、プロテニスの選手、モデルや外交員などに支払う報酬・料金」と定められ、プロ野球選手と横並びで「外交員」が定められている。これは、おそらく、外交員を「個人事業者」として正社員と切り離したかった保険業界の国税への圧力が働いているのであろう。国税からは「事業者」ではなく労働者と判断されるフリーランスのような就業形態の者が、労働法や社会保険の適用上は労働者ではないと判断されるなど、法の狭間に多くの非正規労働者が排除されている。

雇用調整助成金が導入された1970年代は、四人家族の家計の中核的働き手である男子正社員の雇用を維持することが大前提であったが、1990年代以降、家計維持型の主婦パートやアルバイト等非正規労働者層が増大した。2008年のリーマンショック時には、「年越し派遣村」に代表されるように、非正規労働者が雇用保険の対象とならないことが批判の的となった。今回は、雇用保険制度の根幹を大きく変えるものではないが、新型コロナウイルスの緊急事態の対策として雇用調整助成金の財源として要件緩和が行われた。また、国債を財源とした持続化給付金もまた、8月6日までに、294万件:3兆8,320億円を支出し、さらに9,150億円を10兆円の予備費の中から追加支給することとした。もちろん、多くは中小零細企業向けであるが、その一部は非正規労働者に対する保護の拡大に使われる。「雇用類似の働き方」に対する政策が、先行実施されている事態である。こうした政策を通じ、収入が突然蒸発したバスガイドや保険外交員等々が持続化給付金を、70歳を超えた“夜の街”の「スナックのママ」が従業員のために雇用調整助成金などの申請をスマホを駆使して「自力」で行っている。労働戦線統一後30年を経過し、正社員を中心として組織する労働組合がこうした緊急事態における制度の変更を、今後の政策にどうつなげていけるのか、それとも「自力」にまかせるのか、その真価が問われている。(参考:濱野桂一郎『hamachanブログ』)

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【書評】『旧真田山陸軍墓地、墓標との対話』

【書評】『旧真田山陸軍墓地、墓標との対話』
   (小田康徳編著、2019.11.発行、阿吽社、1,800円+税)

 旧真田山陸軍墓地の存在は、今日ひろく社会に知られるようになっている。
 「ここには明治四年(一八七一)の墓地創設から昭和二〇年(1945)の敗戦と陸軍の解体至るまでに軍と戦争に関わって死んださまざまの人びとの墓標が、いまも軍の階級別また戦役別などに区画された一定の広がりの中に整然と立ち並んでいる」。
 その中に個人の名を記す墓碑5,091基以上、日露戦争(1904~05)および満州事変(1931~33)に関する合葬墓碑が5基、日中戦争開始(昭和12年・1932年)~第二次世界大戦終結までについては戦没者男女8249人分の分骨を収めた納骨堂が建てられている。
 本書はこの真田山陸軍墓地に関する総合的かつ実証的な調査を踏まえて、近代日本の戦争と軍隊と国の責任をどのように考えるかという問題を提起する労作である。
 このための視点を本書はこう語る。
 「われわれは、墓地の特性が一人ひとりの生活と不可分であったことに眼を向けた。そして、まず一人ひとりの墓碑等に注目し、その形やそこに記載された文字と対話してみるところから始めてみようと考えた。陸軍墓地とは、軍と戦争に関わって命を落としたさまざまな人びとの生きてきた証となる施設であり。また一人ひとりの生が軍や戦争との関わりで断絶した事実を示す施設でもあること、それを抽象的にではなく、具体的に知っていくことから始めようと考えたのである。おそらくそこには墓碑の数だけの生きた物語があるはずである」。
 かくして本書は、「第一部 陸軍墓地の通史をまとめる」という概説の後、「第二部 さまざまな死者との出会い」において時代を追って、「軍隊や戦争における彼らの生きざまをえぐりだし、また同時に、この墓地に葬られるに至ったその時々における陸軍や戦争の真実を明らかにしてみよう」とする。そして徴兵制が施行される前後の時期の埋葬者をとりあげた「第1章 平時の死没者」に始まり、「第2章 西南戦争と大阪での死没軍人たち、「第3章 日清・日露の戦争から大正期の対外戦争まで」、「第4章 十五年戦争と関わった人々」と続く。
 本書でわれわれは、墓碑銘文やそこから探求された資料から、「墓地は陸軍がつくったが、葬られたのは、一人ひとりの歩みを重ねていた人間である」ことを改めて認識するとともに、その背後にあって彼らを巻き込んだ軍隊と死との関係を実感する。個々の兵士の生きざま・死にざまについてはそれぞれの記述を読まれたいが、これまであまり知られてこなかった「生兵(せいへい:徴兵令初期の新兵を6か月間教育・訓練する制度)」、陸軍での脚気の「流行」、屯田兵や水兵の墓碑、日清戦争時の清国人俘虜や軍役人夫として従軍した民間人の墓碑、第一次世界大戦におけるドイツ兵俘虜の墓碑等々、近代日本が経てきた戦争の諸側面を本書の至る所で垣間見ることが出来る。
 このように旧真田山陸軍墓地は、「旧陸軍と戦争に関わって死んだ内外さまざまな人びとの亡骸を葬る場所であった」が、しかしそこはまた「死者を護国の英霊とし顕彰する」場所としての性格をもあわせ持っていたこと、すなわち「軍隊側からは、対外戦争とともに国家的な戦争の大義に殉じた軍人たちの『遺徳』を顕彰する場として位置づけ」られて来た。この後者の傾向は日中戦争以降ことに強まり、そして敗戦によって陸軍が解体されたとはいえ、今日に至るまでこれら両義の区分けについては曖昧なままに置かれているという、複雑な性格を持っていることが忘れられてはならない。
 「戦後の改革の中で問われなければならなかったのは、そのことがもつ国民にとっての意味だったはずである。戦後の変革期、陸軍墓地をどうするか。その存在と記憶を歴史の中で意味づけ、今後のあり方を検討する。こうした視点は存在していたのであろうか。(略)一方で、靖国神社の歴史的意味が厳しく問われ、その存在も危ぶまれながら、陸軍墓地あるいは忠霊塔の問題についてはその陰に隠れていたのか、議論の中心は進駐軍の政教分離の原則にどうつじつまを合わせるかの検討に終始したと言わざるを得ない」。
 本書は、旧真田山陸軍墓地の調査研究から、まさしく今日なお残されているこの問題をわれわれに提起する。(R)

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