【投稿】総選挙と同化した東京都議選

【投稿】総選挙と同化した東京都議選

<<都議選で麻生に復讐する>>
 東京都議会議員選挙の投開票日7月12日まで、1か月を割った。告示は、7月3日であり、本来は終盤戦のはずであるが、情勢は急速に変転している。
 ここ1週間で、都議選の動向を判断する上で重要な2つの事件が立て続けて起きた。
 一つは、千葉市長選で、民主推薦の31歳熊谷氏が、52.9%の得票で当選したことである。東京都心部への通勤圏内であり、住民は「千葉都民」とさえいわれている。政治意識と投票行動において、「東京都民」と異同はなく、都議選にも同じ傾向が期待される。
もう一つは、警視庁による統一教会幹部逮捕である。容疑は、霊感脅迫印鑑商法である。系列政治部隊と見られている国際勝共連合は、永年にわたり首都圏の各級選挙で自民党に活動家を派遣してきた。この時期での幹部逮捕で、選挙事務所の行動隊配置に、相当の支障が出る候補者もいるようだ。
 馬の鼻先につけたニンジンのように、衆院解散・総選挙を小刻みに引き伸ばされてきた有権者は、その代償をまず都議選において得ようと、国政と都政を一体の塊りとして意識してきているようである。6月に入り、各報道機関の世論調査が続き、その結果は、「麻生自民党」に対する不支持評価が、そのまま都議候補への選択にスライドした様相を強めている。

<<「争点は石原」ではなくなった>>
 6月5~7日に、東京新聞は、都議選に関する世論調査を行なった。その結果は、石原知事周辺にとっては、「分かっていたけど、でも衝撃的」であった。2007年参院選よりも、都政与党(自民・公明)にとって悪い傾向を示している。民主党は、黒い霧刷新都議選(半世紀前1965年)の社会党45議席に迫る勢いを持ってきた。
 石原知事は、対立軸を「石原支持」に移そうと必死になっているが、麻生国政の否定的インパクトがあまりにも強く、その目論見は効を奏していない。
 その上、麻生自身が自民都議全候補者事務所訪問を表明(「異例の自民候補予定者全員の応援入り」毎日)し、14日には「都議選、負けると極めて深刻」(産経)と演説する始末である。現時点でも麻生国政の評価によって、都議選が乗り越えられると考えているのだろうか。それとも、情勢や都民の意向などまったく読めずに、また助言できる参謀が存在しないのだろうか。
(東京新聞調査では、石原都知事支持は、
・支持する41.4%
・支持しない23.3%
・どちらともいえない34.2%
となっている。)

<<東京新聞世論調査の結果>>
 東京新聞都議選調査の数値を追ってみる。
1.投票政党は、
・自民20.3%+公明7.9%=28.2%
・ 民主32.5%+共産4.9%+社民1.3%
+生活者ネット1.1%=39.8%
・無所属6.4%
(なお、同じ調査で、次の衆院選比例での投票政党は、
・自民20.3%+公明7.8%=28.1%
・ 民主36.5%+共産4.8%+社民2.6%
+国民新党0.3%+新党日本0.2%=44.4%
となり、都議選と近似値を示している。)

2.政党支持は、
・自民19.3%+公明7.3%=26.6%
・民主21.2%+共産3.8%+社民0.8%+生活者ネット0.7%=26.5%
・支持政党なし44.1%

3.投票に行くかは、
・絶対行く53.8%+たぶん行く29.5%=83.3%
(前回2005年都議選調査は76.3%で、実際の投票率は43.99%)

<<選挙の目標>>
都議定数は127である。
前回当選は、
・自民48(得票率31%)+公明23(得票率18%)=71(得票率49%)
・民主35(得票率25%)+共産13(得票率16%)+生活者ネット3(得票率4%)=51(45%)
・その他1(得票率1%)+無所属4(得票率6%)=5(得票率7%)
ところが、2007年参院選(比例)では、自民26%、公明12%、民主39%、共産9% となっていた。このときの投票率は57.86%であった。

 個別の特殊な選挙区事情はあるが、あえて概観してみると、
(1) 都議の選挙区は42あり、定数は1から最大8となっている。
(2) 定数1人区は7選挙区あり、前回は、民主の2勝5敗であった。今回これが逆転すると、都議会与野党差は、それだけで6も短縮する。
(3) 2人区は16ある。基本的には1:1になる。
(4) 3人区は5ある。公明が入り2:1となる。
(5) 4人以上区は14ある。複数候補か会派乱立となる。
これらを集計すると、石原与党の自民+公明の過半数割れは十分に見込めることになる。ではそれは、民主の過半数獲得を意味することになるのか。

<<麻生NO!>>
 ところが、民主の立候補予定者は、過半数64を下回る60にとどまる。民主の目標は、都議会における比較第一党になることに過ぎない。
 この候補者が足りなく議席獲得目標を高く置けないのは、前回選挙の35という低水準が大きく影響している。小選挙区制ではない場合、一挙の挽回は困難なことを学ばなければならないだろう。
 自民候補者の多くが、選挙区内ステイク・ホルダーの代表者という性格を持つ。いわゆるどぶ板活動のベテランである。(反面、民主は、全42選挙区に候補者をそろえるために、落下傘さえ用いた。)
 ところが、有権者の判断基準は、麻生自民党に対する評価を基軸にしているようだ。前述したように、麻生自身も「わが身中心主義」を推し進めている。「比較第一党獲得」と宣言し、首相自らハードルを高めた。
 「麻生NO!」と民主が掲げ、麻生自民党は「麻生YES!」とそれに応えた。この構図が、都議選における民主の有利な局面を切り開いてきた。
 さらに、名古屋市長→千葉市長と続いた大都市での首長選挙が、来るべき衆議院議員選挙の前哨戦となった。
 都議選は、さらに強く衆議院議員選挙と一体となった様相を示すだろう。都議選勝利(自民「比較第1党」+公明による過半数獲得)への夢想を、完膚に打ち崩すために、もう一歩の奮闘が必要になっている。
【注】都議選では、石原都政に対する評価も、改めてし直さなければならない。(都民の主要関心事も、前回とは大きく転換してきている。)しかし、今回は論旨を絞ったためそこまで言及できなかった。
(2009.6.16 和田三郎)

 【出典】 アサート No.379 2009年6月21日

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【コラム】ひとりごと—政治を堕落させている自民党・公明党政権—

【コラム】ひとりごと—政治を堕落させている自民党・公明党政権—

○奇妙な政権末期である。内閣支持率は小沢ショックによって一時回復したが、鳩山問題で、再び25%(09-06-15日経調査)、朝日・毎日調査では、20%を下回っている麻生政権に対して、「発言には気をつけて」のような苦言は出ても、政権離脱も含めた連立そのものの是非についてのメッセージが公明党から出てこない。○そして今回の総選挙も連立に向けた政策論議や連立政策の提示・公開もないまま、自公連合のままで総選挙に臨みそうな様子である。○これほど政権に擦り寄る「政党」があっただろうか。ここまでくれば、自由公明党でも合同・結成して、国民の信を問うために総選挙に臨むべきなのである。○国民の声に耳を傾けず、政権入りだけが目的、これが現在の公明党の姿であり、公明党=創価学会の組織力なくして選挙も闘えない自民党。このふたつが「野合」しているものが、現在の麻生政権に他ならない。○最近2冊の公明党=創価学会を扱った書籍を読んだ。1冊は、矢野絢也氏による『黒い手帖–創価学会「日本占領計画」の全記録』(講談社2009-02)であり、もう1冊は、白川勝彦氏による「自公連立解体論」(花伝社2008-10)である。○矢野絢也氏は公明党委員長経験者だが、今は学会から異端者として執拗な攻撃を受けている人物である。学生以来学会員だった矢野氏が昨年5月に家族共々に創価学会を脱会。「黒い手帖」には、公明-学会の暴力・陰謀・マスコミ支配までも、すべて明らかにしたという内容となっている。○矢野氏によると、公明党ー創価学会はこれまでに三つの大きな危機を乗り越えてきたという。一つ目は、1970年の言論出版妨害事件による政教分離問題、第二は、日蓮正宗との対立と破門、三つめは、1990年代中盤の選挙制度の改正=小選挙区制の導入であった。○しかし、小選挙区制は、一面では公明党議員数の拡大に歯止めをかけることになったが、自公連立という枠組の中では、学会票と動員力を駆使して、逆に与党自民党を「支配」することが可能になった。○現時点では、次の総選挙において、自公が少数派に転落する可能性もあり、矢野氏は、公明ー学会幹部は、戦々恐々の状態であるといい、今まさに、4つ目の危機を迎えていると指摘する。○本来公明党には、平和と福祉の党というイメージがある。矢野氏もかつてはそうであったという。しかし、池田大作氏を守るために、連立与党に参加する選択をした以上、消費税にしろ後期高齢者医療、自衛隊の海外派遣などに対しても、自民党との連立を優先して、賛成の立場に回らざるをえなくなり、すでに党内議論も圧殺されているという。○矢野氏は、公明党=創価学会からの脅迫・「暴力的」対応に対して、裁判も起こしている。黒い手帖とは矢野氏の国会議員時代の克明な記録を記した100冊に及ぶ国会手帖である。政教一致があったとする手記を文藝春秋に掲載した矢野氏を批判する学会側は、貴重な資料としての国会手帖を、元公明党議員3名を矢野氏の自宅に向かわせ、脅迫によって持ち去った。生命の危機すら感じさせる状況も綴られているのである。○一方、白川氏は元自民党国会議員であったが、自公連立に原則的反対の立場であった。そのため、当時の野中幹事長によって重複立候補順位を後位にされ、惜敗率はトップであったが落選。その後も執拗な妨害を受け、現在は弁護士活動をされている。○白川氏の論理は明快である。憲法20条に照らして、公明党=創価学会の政権参加は憲法に抵触するというものである。憲法20条には「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」と書かれているのである。○そして、自公政権について、森田実氏の文章を引用して批判する。すなわち、「・・・大義名文がなくなった自民党との連立を(公明党は)解消すべきである。自民党と公明党の連立の唯一、最大の大義名分は、参議院での過半数確保にあった。参議院での自民党の議席数が過半数に不足したため、数を補うために連立したのである。だが、去る7月29日の参議院選挙で自民・公明の合計が過半数に達しなかっただけではなく、民主党単独の議席数をも下回った。自民党は衆議院では過半数を上回る議席をもっている。これで政権は維持できる。公明との連立してもしなくても状況は変わらない。自民党と公明党が連立する意味も、大義名文もなくなったのである。それでも両党が離れられないほど一体化しているのであれば、合同すべきである。大義名分なき連立は政治を堕落させる。」と。○さらに公明党は、選挙区での自公連携を通じて、足腰の弱った自民党を支え、実質「支配」していると、白川氏は、その危険性を指摘しているのである。○いよいよ総選挙が近づいている。自民党と連立を組んでいる公明党が、野党に転落した場合どう動くのだろうか。○一方、民主党は、マニュフェスト作りを加速させており、最近になって社民党と国民新党が、総選挙後の連立に言及をし始めたことは、民主党を中心とする政権交替の可能性・現実性の印象を国民に与えている。政策の一致を前提にしているが、連立の土俵に乗ろうという意思、政策の一致点を追及しようという姿勢はまったく正しい。○小泉改革の評価をあいまいにしつつ、不況下の景気再生論議だけで政策転換させつつある自公の「政治的堕落」と対照的である。○名古屋市・さいたま市・千葉市と続いて政令都市市長選挙では、民主党推薦候補が自公候補者を倒して当選し、いよいよ東京都議選が来月に迫っている。○投票率が低ければ、自公協力で勝てるなどという「民主主義否定」の野合連立に引導を渡す日が近づいている。(2009-06-16佐野)

 【出典】 アサート No.379 2009年6月21日

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【投稿】民主党・鳩山新代表が直面する課題

【投稿】民主党・鳩山新代表が直面する課題

<<「一点のやましいところもない」>>
 政権交代を前面に掲げながら、与党自民党とまったく同じ体質の不透明な企業団体献金を平然と受け取り、辞任要求を拒否し、続投の意欲を示しつづけてきた小沢前民主党代表も、ついに辞任を受け入れざるを得なくなった。
 問題は、たとえそれが不当な国策捜査であったとしても、それとの闘いは、そのような政治をゆがめ民主主義をゆがめる金権政治とはきっぱりと一線を引く政治姿勢こそが求められていた。ところが小沢氏は、5/11の、その遅すぎた辞任会見に至ってもなお、「一点のやましいところもない」と「身の潔白」を強調し、民主党の他の幹部もそうした態度を容認してきたところに、この間の民主党の支持率の低下が顕著に現れたのである。
 検察権力の意図的・政治的国策捜査に対する批判と追及は当然なされなければならないが、「一点のやましいところもない」、「身の潔白」はあくまでも手続き上、ザル法である政治資金規正法上でのことであって、そのような巨額の疑惑献金を長年にわたって平然と受け取り、政治活動上の重要な資金源としてきた、そのような政治姿勢自身の不健全性が問われたのである。
 民主党の代表選は、この献金疑惑にふたをしたまま急いで鳩山前幹事長を新委員長に選任し、新規巻き返しに挑もうとしている。鳩山新代表は、党の結束の名の下に小沢前代表を選挙を取り仕切る代表代行という要職に抱えることとなった。当然、代表選では、与党と対決する民主党としての政策論議が明確にされるべきであったが、ほとんど行われることはなく、ただ「政権交代」の言葉だけが強調された。
 しかし問われているのは、何のための「政権交代」であるのかであろう。「政権交代」が必要なのは、アメリカの戦争政策とグローバリズム・新自由主義、それにことごとく追随してきた小泉政権以来の自由競争原理主義が経済恐慌をもたらし、社会を破壊・不安定化させてきた弱肉強食の規制緩和政策、社会的セイフティネットをことごとく危機に陥らせてきた社会保障費削減政策、これらを根本的に転換させる政策転換のためにこそ「政権交代」が緊急かつ切実な要求として提起されているのである。

<<「友愛の日本」>>
 政策転換が明示されない、明確でないような「政権交代」論では、選挙での勝利はおぼつかないし、与党側のふがいなさ、敵失に頼るばかりである。小沢前代表の「政権交代」論は、与党側の弱体化をついた選挙戦術論ではあっても、基本政策での対決、根本的政策転換を掲げた「政権交代」論ではなかった、あるいはそれらを示し得なかった「政権交代」論であったといえよう。
 鳩山新代表は就任後の記者会見で、衆院選の争点には「政権交代の実現」をすえる考えで、「官僚起点から生活者起点。中央集権から地域主権。『日本の姿が変わる』と示していく」と強調している。果たしてこれが、与党との対決の焦点になるのであろうか。危機感も切迫感もない、抽象的な言葉だけが踊ることが危惧される。鳩山氏が代表選公約として掲げた「友愛の日本を創る最重点政策」にしても、年金制度の一元化、農家への戸別補償制度、子ども手当の創設、高校教育の無償化、高速道路の無料化などほとんど小沢前代表の政策と変わってはいない。今回の代表選で鳩山氏は、「日本の少ない医療費予算や 教育予算を 欧米水準に引き上げる」という公約を明示したことは評価できるが、基本的に、現民主党の幹部は総体として、現下の進行しつつある経済不況への認識が甘く、危機感が乏しく、それに対応する政策が前面に出てはいない。もちろんその背景には、新自由主義政策においては小泉・竹中路線とそれほど変わらず、むしろ「構造改革」を自民党と競い合ってきた経緯も存在しており、それがいまや明確に破綻していることに戸惑い、政策転換に躊躇しているのであろう。「チェンジ」されるべきは、民主党そのものともいえよう。
 民主党としてはもっと明確に、危機を克服するためにこそ、「生活第一路線」を堅持し、九条改憲は行わない、武力増強ではなく、平和・軍縮外交へ全面的に転換する、規制緩和と自由競争原理主義から決別し、セイフティネットの再構築、そして何よりも教育・年金・医療・介護・子育て・若年層の就労支援等への財政や金融を総動員した緊急の大胆な不況・雇用・社会保障対策を実行する、金権政治から決別し、企業・団体献金を全面的に禁止する、等を具体的に掲げるべきであろう。

<<「安心社会実現会議」>>
 一方の麻生・自公連合政権は、なし崩し的な政策転換、付け焼刃的なばら撒き政策で事態を乗り切ろうとしている。さらに首相直轄の「安心社会実現会議」なるものを設置し、社会福祉政策を専門とする学者や連合会長、「派遣村」村長の湯浅誠氏まで招いて意見を聞き、いかにも路線転換に取り組んでいるかの姿勢を演出している。
 この間の麻生内閣支持率上昇の要因は、民主党側の敵失によるところも大きいといえるが、こうした路線転換の演出や高速道路料金の引き下げ、定額給付金の支給が貢献したことも疑いないといえよう。
 さらに麻生政権は、既に4月から実施されている自動車取得税と重量税の減免に加えて、追加経済対策において、エコカーへの買い替え、エコ家電への買い替えに対する補助金、エコポイント支給政策を具体化させている。これらが本来の環境政策と合致するのかどうか大いに疑問とするところであるが、麻生政権にとっては利用できるものは何でも政権維持のために利用するという姿勢が露骨に出ていると言えよう。政権与党であるということの有利さを十分に利用しているわけである。
 問題は、現在の麻生政権与党は、それでも決して自由競争原理主義の根幹に触れる政策転換には決して賛同せず、むしろ明確に拒否していることである。それらは、派遣労働の禁止や医療・介護・年金政策において、これまでの政策を決して改めようとしていないことに端的に現れている。あくまでも付け焼刃であって、後で消費税増税で取り返すという戦略なのである。
 民主党や野党側の、中途半端で抽象的、生半可な政策対応では、「政権交代」の展望は容易ではないといえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.378 2009年5月23日

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【投稿】「豚インフル」の政治経済学

【投稿】「豚インフル」の政治経済学
                             福井 杉本達也 

1 「豚インフル」と「新型インフル」の間
 WHOは4月27 日に「豚インフル」(swine influenza)の呼称を、「A(H1NI)型インフル」=日本での呼称「新型インフル」へと変えた。呼称の変更は、「豚インフル」では豚肉の輸出に支障が出るという米国の強い圧力によるものである。既に4月26日には、中国が米国のインフル感染州産の豚肉の輸入を禁止している。ロシア、インドネシアなども同様の措置を取っている。日本は米国産豚肉の輸入規制をしないということで、米国から“感謝”されている。インフルエンザは医療の問題ではあるが、政治経済とは無関係ではない。むしろ、感染症=公衆衛生は政治経済と密接に結びついている。WHOという組織は国際機関としての公正さを装いながら、米国の政治経済的利益を代弁する機関である。

2 感染症による緊張状態の創出
 今後さらに深化するであろう世界恐慌下にあって、再び階級社会に分裂しつつある社会を、今回の豚インフル騒動は、危機意識を煽ることによって社会を統合しようとする政治的臭いがぷんぷんする。政府・自治体各機関・大企業では豚インフルが発生した場合、職場にどれだけの割合の職員が残るかという調査をしている。発生段階に応じた人員計画として、たとえば職員の欠勤率が40%の場合は業務はどう継続する、最大80%の場合は既存業務の大部分を縮小するとかをシミュレーションしているが(「事業継続計画(BCP)」)、現在の豚インフルへの対応=「水際作戦」=隔離政策から類推すれば、ある課で豚インフルの患者が発生すれば、その課の全職員のみならず、そのワンフロアの全職員は「監禁」である。むしろ、本所と支所の指揮命令系統をそっくり入れ替える方が「危機管理」対応であろうが、調査者はおそらくそのようなことは考えていまい。本所(自分)だけは感染とは無関係に「生き残り」指揮命令を行えると考えているのであろう。これは非常に危険である。指揮官を除き、他の職員は「鉄砲玉」という軍隊の発想である。しかも、部分核戦争を想定した軍隊である。

3 「水際対策」は有効ではない
 国は、「水際作戦」ということで、全勢力を水際に持ってきている。上昌広氏(東京大医科学研究所)は国の豚インフル発症者の隔離対策について「厚労省は、ゴールデンウィークの帰国ラッシュの検疫のため、現に診療にあたっている医療機関の医師・看護師に検疫させようとしました。文部科学省も、検疫業務に当たる医師の派遣を3空港に近い千葉大、東京大、大阪大、京都大、九州大の5大学の病院に要請したのです。他の検疫所や自衛隊の医師・看護師が応援に行くのならまだ理解できますが、病院の体制を強化し、準備を整えなければならない今、病院で診療を行っている医師・看護師を、診療から引きはがすのでは本末転倒です。」(2009.5.6)と述べている。
 全世界で水際対策をやっているのは日本だけである。いくら島国とはいえ、いつまでも水際対策を続けられるはずはない。欧米各国ではSARSの例からも水際対策は有効ではないと結論されている。感染症対策の元締め・岡部信彦感染症情報センター長でさえ「現在の強化した検疫体制を保ち続けて水も漏らさぬようにするのは難しい。現在は機内検疫がうまくいっているが、アジアからの航空機にまで対象が広がれば無理が生じる。どこかの段階で(国内の感染を見越した)医療体制の充実へとスイッチを切り替える必要があろう。」(日経:2009.5.6)と指摘している。今回の豚インフルは北半球ではこれから夏に向かう時期であり、インフルエンザの流行期は過ぎている。これが流行期に向かう時期であれば大混乱が生じる。感染症病棟(病院)の確保はどうするのか、濃厚接触の疑いのある停留者のホテルの確保はどうするのか、大量な停留者を受け入れてくれるホテルなどあるのか等々。今回の国の対応はあくまでもごく少数者の隔離政策による対応であり、インフルエンザのような大規模に流行する恐れのある感染症には有効な方法ではない。政府の目的はいたずらに不安感を煽ることにあるといえる。

4 「隔離政策」の過去
 日本の感染症の隔離政策には暗い過去がある。1907年に「癩予防ニ関スル件(らい予防法)」が制定され、全国に癩療養所を設けられた。戦後、プロミンなどの特効薬が導入され、ハンセン病患者の大部分は全快したにもかかわらず、国は科学的な根拠もなく元患者の隔離政策を数十年に亘り継続するなど、政治的色彩が濃い。多くのハンセン病元患者が岡山県瀬戸市の国立療養所邑久光明園を始めとする全国に点在する隔離施設に収容されていた。「らい予防法」が廃止されたのはなんと1996年4月である。その後も元患者は差別され出身地に帰れないでいる。2003年にもハンセン病元患者のホテルへの宿泊を拒否するなどの事件が起きている。現在の厚労省の政策はこうした過去の反省を全く踏まえてはいない。

5 テポドンで実施済みの危機訓練
 4月5日に北朝鮮は人工衛星の打ち上げ実験を行ったが、これに対し、日本はMD体制で迎撃すると牽制して、MDシステムの弾道軌道直下・及び東京への配置を行った。秋田県など東北及び全国の「地方自治体をもろに巻き込んだ、まさに核戦争への準備態勢の構築である。今回の政府の15兆円の経済危機対策第3次補正予算(2009.5.13衆議院通過)の中で、J-ALERT(弾道ミサイル情報網)の全国一斉整備予算として103億円を計上している。これは、自治体に情報がうまく伝わらなかったという反省によるものだが、救急体制の整備など住民に直結する予算よりも、危機管理の予算が1/3以上を占めるという異常な構成となっている。こうした整備は2003年に成立した「事態対処法」及び2004年の「国民保護法」に基づく一連の計画の一環であるが、自治体に対し住民の生活と福祉とは無縁の水と油の全く異質なもの=「国家総動員体制」を持ち込むこととなっている。
 ところで、北朝鮮の核実験やミサイル発射と日本の一連の“騒動”とその後のMD整備や米軍移転予算の増額などには奇妙なことに相関がある。「朝鮮総連」(中公新書:882円)の著者・朴斗鎮氏も本の中で、北朝鮮と統一教会の関係に触れているが、安倍晋三元首相も、かつて統一教会に祝電を送っている。安倍氏の祖父・岸信介元首相も統一教会と関係があり、米CIAのエージェントで、日本の属国化を維持するために大量の金を貰っていたということが米公文書の公開から明らかとなっている(「CIA秘録」上・下:ティム・ワイナー著:文藝春秋:各1950円)。統一教会は「ワシントン・タイムス」(「ニューヨーク・タイムス」や「ワシントン・ポスト」とよく混同される)という広告媒体を持ち米軍産複合体と繋がっていると考えるのが自然であろう。軍産複合体からは「ミサイル防衛システムは機能しない。ミサイルをミサイルで打ち落とすなど出来ない。」と発言するような鴻池元官房副長官はじゃまでしょうがないのであろう。

6 豚インフルと保護主義
 もう1点は豚インフルが世界経済の保護主義化を煽る可能性である。既に中国などは感染国からの豚肉の輸入禁止をしたが、2,3年前なら考えられない行為である。即WTOに提訴され、世界中から袋だたきに合い貿易制裁されるところであろう。中国は4月29日、昨年発表し今年から実施するとしていた、ITセキュリティー製品の技術情報をメーカに強制開示させる制度(強制製品認証制度)を1年間延期すると発表した(日経:2009.4.30)。米国などの反発が強いからであるが、このような政策を打ち出せること自体、ここ数年間の米国の弱体化と中国の政治的経済的立場の強化と力関係の変化を物語っている。中国は既に米国債最大の所有者・買い主となっており、米国の不当な内政干渉に負けて、坂村健東京大学教授のトロン計画を葬った国とは大違いである。オバマ大統領は5月14日、「中国などがいずれ(米国債の)購入意欲をなくすのは確か。その時には金利を上げなければならない」(日経:2009.5.16)との述べ米国経済が中国に首根っこを押さえられていることとその危険性を公に認めた。米中は相互に依存しつつも矛盾を孕んでおり、中国は豚インフルで米国の出方を伺い、米国は東シナ海や中国の内海である黄海での“調査船”で挑発すると共に、北朝鮮との暗黙の連携による瀬踏みを行っているように見える。また、石油価格でロシアを追い込みつつ、サハリン2の交渉で上海協力機構の内部攪乱を図ろうとしている。日本もその片棒を担いでいる。元々、3.5島返還論は麻生氏自身が打ち出したものであるが、唐突な谷内正太郎元外務次官の北方領土3.5島返還論もその延長線上にある。(日経:2009.4.22)。
東アジアで劇的な力関係の変化が進む中、麻生政権は感染症による鎖国をつづけ、驚くべき売国政策から国民の目をそらそうとしている。広瀬隆氏は2003年から2008年のリーマンショック直後までで東証株式時価総額の340兆円もの金が国際金融資本に持ち逃げされたと計算している。また、1999年からのゼロ金利政策によって、国民の富300~400兆円が海外に流出したとしている(「資本主義崩壊の首謀者たち」・集英社新書)。国民は「創られた危機」に右往左往せず、売国政権を交代させるために冷静な判断をしていかねばならない。

 【出典】 アサート No.378 2009年5月23日

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【本の紹介】『中国は世界恐慌にどこまで耐えられるか』

【本の紹介】『中国は世界恐慌にどこまで耐えられるか』
             著者 仲大軍 訳者 坂井臣之助
        2009年3月2日発行 草思社 ¥1,600 + 税

<<「5つの楽観的シグナル」>>
 この5/7に、中国国務院新聞弁公室傘下のチャイナネットが発信した「世界経済回復の5つの楽観的シグナル」という論評は、「ここ最近、人々は国際経済情勢に対しより楽観的になれなくなっている。しかしどうであれ、希望は存在し、情勢が困難で人々を不安にさせている状況でも、多くの喜ばしいシグナルは現れている。」として、「楽観的シグナルその1」として、「中国と米国のPMIが同時に上昇」を取り上げ、「先週末、中国と米国からうれしい知らせが届いた。中国と米国が発表した4月の製造業購買担当者指数(PMI)は、世界金融危機が発生した昨年9月以来の最高となった。」と指摘。
 次いでその2として、「米国経済情勢の最大変数の一つである不動産市場の暴落が収まってきており、これも実体経済が好転していると解釈できる現象と言える。」
 その3として、5/1以降、ニューヨーク株式市場が反発し始め、ダウ平均は8200ポイントを突破した。その4として、「一時期「国家破たん」の見方が強まった東欧国家にも春の風が吹き始めた。」こと、さらにその5として、「景気の変化に非常に敏感な代表的原材料である銅価格が最近、国際市場において急騰している。銅材は自動車製造や建築の際によく使用される金属で、…過去の経験からして、景気回復時に銅の需要は増加するだろう。」と、実に楽観的な5つのシグナルを披瀝している。
 そしてこれらの楽観的シグナルにおいて決定的なのは、中国の占める位置とその役割である。同論評は、「中国は世界経済を救う過程で中心的役割を果たすと考える人がますます多くなっている。英『フィナンシャルタイムズ』は1日、トップニュースで「中国政府が昨年11月に行った大規模な経済刺激計画はすでに効果を現し始め、多くのエコノミストは中国経済の予測を上方修正している」と報じた。『フィナンシャルタイムズ』のアナリストは、中国政府の「保八(GDP8%成長の確保)」の目標達成は問題ないと見ている。また同日、米『ウォール・ストリート・ジャーナル』も「中国政府が大規模な経済刺激計画を行ってから、米国のタイヤ企業からファーストフードまで、すべてが利益を得ている」と報じた。」と手放しの楽観論である。
 しかし、このところ上昇傾向であった株価は、5/13からニューヨーク株式市場は急落し始めており、GM・クライスラーの破産、失業率の上昇、等々、実体経済の悪化はこれからがむしろ本番ともいえよう。
 そして、安価な労働力、安価な土地、安価な資源、それらの浪費を決定的な武器としてグローバル経済に組み込まれ、外向型発展を遂げてきた中国自身にとっても、これからの本格的な「世界恐慌にどこまで耐えられるか」は、全世界注視のテーマでもある。5/12に発表された4月の通関統計によると、中国の輸出は6カ月連続減少しており、4月の輸出額は前年同月比22.6%減で、3月(17.1%減)よりも減少率が拡大しているのである。事態はそう楽観できるものではない、といえよう。

<<「腐敗と全体主義の時代」>>
 ここに紹介する本の著者・仲大軍(ちゅう・たいぐん)は、同書によれば、「1952年、山東省済南生まれ。上海・復旦大学卒業後、国営新華社通信で経済関連を担当、95年、『中国経済時報』(国務院発展研究中心[センター]発行)記者。2000年、民間シンクタンク「北京大軍経済観察研究中心」を設立。官庁エコノミストとは一線を画し、一貫して庶民の立場に立って積極的に提言するほか、官僚主義政治、既得権益層の固定化を批判。調査・講演のために全国をくまなく歩く実践派エコノミスト」である。

 著者の問題意識は、この著書の見出しにも明確に出されている。
第1章 中国はいかにしてアメリカ発の大難から逃れるか
第2章 今こそ外向型戦略から内向型戦略への転換を
第3章 中国には労働契約法があるだけでは不十分だ
第4章 メイド・イン・チャイナの問題と解決策
第5章 改革から三〇年、拡大する格差、矛盾と深刻な腐敗
第6章 王権政治と官僚政治、民主政治を比較する
第7章 二〇〇九年の経済展望と中国の対応
資料 中国は重商主義を深く反省すべきだ―我が国の発展戦略調整に関する一考察

 著者の政治的立場は、「日本語版への序文」の中で明瞭に示されている。
 「……前世紀の九〇年代以後、経済建設を中心とする改革目標の導きの下、中国政府の権力は日増しに強大になった。二一世紀に入ると、この政府は超級政府へと変質し、たんにマルクス・レーニン主義の普通選挙政治(すべての主要な政府官員は必ず選挙で選ぶ)に合致しないだけでなく、孫中山(孫文)時代の三民主義(民族、民権、民生)からもますます遠く離れ、民有(民族の独立)、民治(民主制の実現)、民享(地権平均・資本節制による経済不平等の是正)は弱められた。こうした局面は国際社会の共通の規範と甚だかけ離れるものであり、これを正し変革することが絶対に必要である。
 だがこのプロセスは苦難に満ち、曲折したものになる。なぜなら現在の中国政治は辛亥革命、中華人民共和国初期に比べ、極端に言えば文化大革命期に比べても退歩しているからだ。その主なメルクマールは、現在の政府がますます巨大になり、すべてを包括し、ますます全知全能の独裁政府となっていることである。」
 著者は、そうした政治的立場から、第5章において、「経済建設を中心とする改革は三〇年間進められ、経済の領域では大きな進展を勝ち取ったが、政治の領域では逆に(一九四九年の)建国以来見られなかったほどの腐敗と全体主義の時代に入った。」と述べ、「どこから来てどこへ行くのか。胡錦躊・温家宝政権は慎重に選択しなければならなくなっている。文革期に批判の対象となったのが政権内の走資派だけだったと言うなら、現在一掃すべきは政権内の汚職腐敗分子であり、もっと言えば汚職腐敗を生む制度である。当時毛沢東が運用したのが大衆手段だったと言うなら、今日取るべき方法は法制を大衆の監督と結びつけることである」と核心を突いている。だが同時に著者は、「総じて言えば、改革開放後のやり方では官僚階層の尊大な振る舞いを抑えられず、中国は新たなルート、新たな方法を見つけ出さねばならない。中国は西側の多党制(複数政党制)の真似をする必要はなく、やはり(改革開放以前にあった)伝統的なやり方を取り、大衆の意見に耳を傾け、問題を解決したほうがよい。中国の伝統的な方法こそ最も有効な方法である。全体主義政治の核心は人であり、人を正しく選ぶ限り、問題は即座に解決しよう。東洋の政治と西洋の政治の差異はここにある。こうした方法を取らなければ天下は大いに乱れ、問題は依然として未解決のままであろう。」と述べる。腐敗と全体主義が本質的には一体であるならば、これは矛盾した立場といえよう。一方で著者は、「中国は共に豊かになる社会主義の発展方向を放棄してはならず、エリート階層の利己主義的な全体主義の発展モデルを、断固として排除しなければならないのである。中国は社会主義の道に戻らねばならない。」とも述べており、民主主義と社会主義との結びつきこそが問われているというべきであろう。

<<アメリカに「拉致された」状態>>
 さて、著者は現下の世界恐慌と中国のおかれた状況をどのように判断しているのであろうか。
 それは、まず第1章「中国はいかにしてアメリカ発の大難から逃れるか」において、「なぜ今日の中国はアメリカに「拉致された」状態(巨額のドル建て外貨準備を持っていることが、逆に人質としてとられていることを指す)にあるのだろうか。なぜアメリカは、一緒になって市場を救済するよう中国に要求しているのか。なぜ中国は如何ともし難い、受け身の状態に置かれているのだろうか。」という問題意識に現われている。
 「その主な理由は、中国とアメリカがあまりにも接近しすぎており、あまりにも関わり合いが深いからである。たとえば、二〇〇七年の中国の輸出総額一兆二〇〇〇億ドルのうち、対米輸出は約四〇〇〇億ドルだった。中国の海外投資の約九〇パーセントが対米投資で、アメリカの国債と住宅供給公社二社、「ファニーメイ」と「フレディマック」の社債などを合わせると約一兆二〇〇〇億ドルにのぼる。アメリカの輸入が減少すればすぐさま中国の輸出に影響し、アメリカで金融危機が発生すれば中国が購入した米国債券はたちまち巨額の損失を蒙ることになろう。それでは、中国の手に残ったドル建ての外貨準備は保全が可能なのだろうか。それは不可能である。なぜなら、今後ドルの大幅下落が起これば、我々が持っているドルは、極端な場合、一文の値打ちもなくなってしまうかもしれないからだ。」と警告を発している。
 そこで著者は、{もしもアメリカの市場救済に参加すれば、肉団子を投げて犬を追い払うようなもので、新たに投入したお金が戻ってくるかどうかを心配しなければならない。中国政府は今、心理的に大きな矛盾を抱えている。それゆえ私は、もはや猶予はできない、何らかの方策を講じてドル債券を在中アメリカ企業の株主権と交換せよ、この方法によってのみ中国の海外資産を保全できると政府に建議したのである。」ことを明らかにしている。

<<「行きすざた私有化、国際化、グローバル化」>>
 著者が問題にするのは、「中国がなぜアメリカに「拉致された」かである。危機爆発の経験と教訓を総括すれば、過去の多くの問題と誤りを見出すことができよう。」として、「それでは、我々は今何を反省すべきだろうか。第一に反省すべきは我々が近年、行きすざた私有化、国際化、グローバル化を進めてきたことである。」として、以下のように述べる。

 朱鎔基氏が首相をつとめた最後の数年間、中国では私有化、国際化、グローバル化の波が勢いを増した。その具体的な流れは以下のとおりである。
 (1)私有化とは、MBO(Management Buyout=経営陣買収。すなわち経営管理者が所有権を山分けすること)の後に、残り少なくなった中・大型国有企業を私有化することである。二〇〇三年以降、この活動が全国で展開され、各地の経済貿易委員会は、期限内に私有化を完遂するよう命令を下した。その結果、瀋陽工作機械工場のような大型国有企業までが急ピッチで私有化を実現した。
 (2)私有化の後は国際化であり、それは具体的には以下のような形で現われる。すなわち、多くの国有企業と民有企業が国際社会とリンクするため、いわゆる戦略投資家となって海外で上場した。中国石油(ベトロチャイナ)、中国石油化工(シノペック)、中国銀行、建設銀行、工商銀行が海外で上場し、株主権を海外の投資家(企業)に売却したが、その結果、これらの外国企業は丸儲けした。
 (3)国際化は同時にグローバル化である。いわゆるグローバル化とは多国籍企業化、つまり国内企業を大量に売り出し、門戸を大きく開けて外資の進出を受け入れ、外資が中国企業を買収したり、あるいは中国企業に資本参加するのを認めることである。
 蒙牛集団(大手牛乳メーカー)、三鹿集団(大手乳製品メーカー)、アリパパドットコム(電子取引大手)、新浪網(SINA。中国のポータルサイト最大手)などの企業株主権の大半が外国人の手に落ちた。これだけでは足りず、一部の政府部門たとえば商務省は、さらに大きな企業売却プランを策定し、甚だしきは、国家経済の命運に関わる一群の企業をすべて外資に譲与しようとしたのである。重機メーカーの大手、徐州工程機械(徐工集団)をアメリカの投資会社カーライル・グループに売却しようとしたのはその典型的な一
例である。

 著者は、「こうした私有化、国際化、グローバル化がすさまじい勢いで展開されていた時、国内の一部の学者などから強力な反対の声、抵抗の声があがった。そこでまず私有化のMBOが強制的に停止を命じられ、次いで銀行の海外上場は民衆から感情的な反発を買い、さらにカーライル・グループによる徐工集団の買収が撤回された。二〇〇三年以降、中国にこのような一群の愛国的な社会勢力が現われなかったら、あるいはこの勢力が精神的なバックボーンとして力を発揮しなかったら、中国企業の所有権はとっくの昔に外資によって山分けされてしまっていたであろう。もしそうなっていたら、アメリカ発の金融危機の後、中国の手中にある外貨準備はその価値を大幅に目減りさせただけでなく、国内の企業資産もみな外国人の手中に落ち、中国はさらに悲惨な境遇に陥ったかもしれない。振り返ってみると、まことに冷や汗が出る思いがする。」と率直に述べている。

<<中国の「新自由主義」>>
 こうした「冷や汗が出る」事態をもたらした原因を、著者は中国の「新自由主義」にあると見る。それは、著者に言わせれば、「社会主義の放棄」である。
 その結果として、「近年、中国の経済理論は完全に西側にコントロールされ、中国政府が起用するのは主に西側諸国に留学した学者である。中国では思想・文化面で、かつてないほどの西側崇拝と迷信が出現しただけでなく、経済面においても、かつてないほど過度の外国依存が見られるようになった。中国の理論界、経済界は二の足を踏むことなく、アメリカの導くモデルに沿って走っていたのだが、幸いなことにアメリカの金融バブルがタイムリーに破裂した。危機が爆発した時に改めて振り返ってみれば、誰が正しく誰が間違っているかはすべて明らかになろう。」と指摘する。
 「この重大な戦略的誤りを振り返った時、我々はなぜ誤りを犯したのか、その原因を探らねばならない。中国が回り道をした根本原因は、思想の制高点(展望がきく要害の高地)が西側に占領され、経済学、政治学の理論が外国人によってコントロールされ、経済政策の制定すら西側政府の直接の影響を受けていることにある。正か否か、見極めのつかない経済発展の方法(新自由主義を指す)がアメリカで問題を起こしてはじめて中国は目が覚め、西側の理論と観点に問題があることを知った。
 中国の改革のなかで生じた最大の問題は、二極分化の自由資本主義の道を歩み、共に豊かになる社会主義の道を放棄したことだ。近年は貧富の格差拡大が進み、全体主義の官僚政治体制がこうした傾向に拍車をかけた。自由市場経済を言うだけで民主平等の政治を言わない自由主義経済学者たちは、二極分化の歩みを加速させ、中国社会の腐敗を促進させた。」
 著者がとりわけ強調しようとしていることは、以下の警鐘に集約されている。
 「今日の中国の最も重要な任務は、なぜ社会主義を行わねばならないかの道理をはっきり見極めることである。なぜなら社会主義のみが社会の富を均衡化し、少数の人々によって富が占有されるのを阻止できるからだ。社会主義は、貧富の格差拡大に向かって社会を二極化へと発展させるものではなく、社会の富を均衡化し、全人民を均衡に発展させる制度を可能にするものだ。近年、我が国では社会の富を均衡化するシステムが働かなくなっており、社会の富を均衡化する法律や政策は欠如したままであり、資産税、相続税など、金持ちの富を制限する税目が制定できずにいる。
 社会主義が放棄されたからこそ、貧富の分化がこれほど猛烈に発展する現象が中国社会に出現したのである。それゆえ、中国は科学的発展観をあらためて樹立しなければならない。最も重要なことは平等思想を確立し、わずかな個人がひたすら富を追求し、財物をかき集める事態を矯正し、わけても経済を発展させるだけで思想道徳を顧みない単一の発展モデルを正さねばならない。三鹿集団による有毒粉ミルク生産・販売事件は、中国社会に警鐘を鳴らした。改革の方向を再び矯正しないなら、中国社会の総崩れは免れがたいであろう。」
 そして著者は、「これからの中国は、内向型の発展の道に戻らねばならない。そしてその成果は人民や一般大衆に与えるべきであって、一握りのエリート特権階層に与えるべきではない。次に中国がなすべきことは、現在の極端な所得格差を縮め、労働者・農民に一定の消費能力を持たせ、安価な製品の輸出を減らし、資源を国内にとどめることである。」と提議する。

<<ガイトナー米財務長官の訪中>>
 著者は現下の恐慌の進展に照らして、中国政府に対して、きわめて具体的な提議を行っている。
 「中国が損失を免れる上での第一の目標は、二兆ドル近い外貨準備を防衛することである。中国は金融面ではアメリカによって「拉致された」被害者だが、中国の手中には駆け引きのカードがある。中国が損失を具体的に回避する第一の方法としては、我が国の海外債券を使ってアメリカの在中国投資企業の株主権を買い取ることである。アメリカの大手自動車メーカー、ゼネラル・モーターズ(GM)が上海に投資しているが、中国は米国債を使ってその株式を買い入れ国有化しなければならない。アメリカの在中投資企業が、中国の安全保障に関わる企業であればすべてその株券を購入し買収する、つまり外資企業の国有化を進めるべきである。
 中国が損失を回避する第二の方法は、我が国の企業が海外で売却した株主権を速やかに買い戻すことである。近年、我が国の少なからざる大型国営企業が安い価格で海外で上場したが、中国は金融危機というこの時機に、国益の観点から介入し、これら上場国営企業の株主権をできるだけ早期に買い戻さねばならない。その対象となるのは中国石油、中国石油化工、工商銀行、建設銀行などの大型国営企業で、我が国の主権基金(政府ファンド)が真っ先になすべきことは、これらの企業の海外にある株主権を買い戻し国有にすることである。」
 こうした建議に最もあわてているのはアメリカ当局である。この5/14、オバマ大統領自身が、「中国などはいつか米国債の購入に飽きてくる。購入を控えた場合、資金借り入れのための金利を引き上げなくてはならず、米経済に悪影響を与える」との発言まで行い、急遽、日本の頭越しに、ガイトナー財務長官が5月末に中国を訪問することが発表され、6月1、2の両日に中国政府高官と会談し、米中経済関係を強化するという。ガイトナー氏は今年1月の財務長官承認の議会公聴会の際に「中国は人民元を為替操作している」と批判していたのだが、今や、巨額の景気対策を打ち出した中国を評価する姿勢に一転して、なだめることに必死なのである。
 中国の現状を把握する上で、タイムリーな好著と言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.378 2009年5月23日

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【投稿】オバマ核軍縮演説と麻生首相親書

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<<安倍・前原の危険な二人三脚>>
 いまさらこんな人物にあれこれ語ってもらいたくはない、その第一位に上げられるのは安倍晋三元首相であろう。施政方針演説をしたその直後に突如政権を放り出した無責任首相が、このところの北朝鮮の人工衛星ロケット・ミサイル発射騒動に乗じて俄然元気を取り戻し、またもや危険な戦争挑発・改憲路線の推進に自らの存在価値をかけ、あわよくば政権復帰をさえ狙っているのであろう、歯の浮いた浅薄な発言を繰り返している。
 憲法九条改憲ではお互いに同志的関係にあるのであろう、安倍氏と民主党の前原誠司副代表は揃ってアメリカに出かけ、息を合わせてオバマ政権に文句と注文をつける発言を繰り返している。
 先ず安倍氏は、米・民主党政権に政策的な影響を及ぼしてきたブルッキングス研究所を訪れ、そこでの講演の中で、オバマ政権が北朝鮮政策で2国間協議を排除しない姿勢を示していることに対し、露骨な警戒感を示し、「北朝鮮が日米を離反させる意図で米朝対話を進める危険性を常に頭に置いておかなければいけない。原則を大切にして、核や拉致の問題を完全に解決することに資する協議でなければならない」と注文をつけ、北朝鮮問題を受けた国連安全保障理事会の対応が、拘束力を伴う決議でなく議長声明にとどまったことについても、「残念」と失望感を示し、暗にアメリカの弱腰外交を批判し、問い詰めたのであった。小泉訪朝には安倍氏はただ随伴しただけで、それ以降、日本の政府・与党が対北朝鮮外交では何ら有効な直接対話の努力もしないで、ただただ非難と制裁のエスカレートを叫び続けて、六カ国協議のアメリカ代表からさえ不快感を示され、国際的に孤立している自らの姿に気づかない、井の中の蛙、大海を知らずのあきれた姿勢である。
 だがこんな安倍氏を励まし、呼応するかのように、民主党の前原氏は同じく4/17、ワシントン市内で講演し、北朝鮮のミサイル問題を取り上げ、「5~8個の保有が推測される核弾頭とミサイルが結び付いたら悪夢だ。(日本には)ミサイル防衛網整備と発射基地攻撃能力の保有が必要だ」と強調し、北朝鮮基地の攻撃が可能な防衛力を日本は保有し、整備すべきだと述べたのである。以前に安倍氏が述べた対北朝鮮先制攻撃論を、民主党の前原氏がより露骨に表明したわけである。日米の軍需関係企業、軍産複合体は大いに拍手喝さい、さらなる安倍・前原支援を申し出ていることであろう。
 安倍氏は、講演後の質疑で、「政権交代すれば民主党の外交政策は」と問われて、「この質問に答えるには、一緒に来た前原さんを連れてきた方がよかったかもしれない」と述べ、「前原さんが民主党政権で首相になれば、自民党とほとんど変わりがない」と請け合ったのであった。この発言には、両者の浅薄で、底の浅い、本質的同一性が浮かび上がっている。まさに、危険な二人三脚である。

<<「ポンコツ政治」>>
 しかもこの危険な二人三脚の当事者である安倍氏に、「外交の麻生」を持って任じているはずの首相が、直接自らの意思を伝えるのではなく、オバマ大統領宛ての親書を託し、4/13の首相官邸での記者会見で「米国と連携して核兵器の廃絶に取り組む意向を伝える親書を、14日から訪米する安倍元首相に託した」と発表したのである。
 しかし、オバマ大統領がチェコの首都プラハで演説、「核のない世界」の実現に向けた新政策を打ち出したのは、4/5である。このときオバマ氏は、「米国は、核保有国として、そして核兵器を使ったことがある唯一の核保有国として、行動する道義的責任がある」という政治姿勢を明確にし、「核のない世界」を目指し、「核の脅威に対応するため、より厳しい新たな手法が必要だと改めて思い起こした」として、「核兵器のない平和で安全な世界を追求する責務を米国が負っていることを、私は明確に宣言する」とのべたのである。そして、ロシアのメドベージェフ大統領と、核兵器を大幅削減する新条約を年内に締結すると合意したことを明らかにし、ブッシュ前政権がストップをかけていた包括的核実験禁止条約を批准し、さらに兵器用核分裂物質の生産禁止条約の交渉開始を目指すと明言し、「米国の安全保障戦略の中での核兵器の役割を減らす」と宣言した、明らかにブッシュ政権の核政策からの大きな転換であり、画期的な意義を持つものである。
 何よりも米国の大統領が、日本の広島、長崎への原爆投下を念頭に「核兵器を使った道義的責任」を語り、核廃絶への決意を表明した、この歴史的意思表明には、日本の首相が直ちにそれに応え、その意義を高く評価し、その思いを重く受け止め、被爆国政府として、核軍縮と核廃絶にむけて日本が先頭に立って努力をすること、これまでとは質的にちがった全国民的全世界的努力に日本が傾注することをこそ明確にすべきであった。ところがこのときには、首相は「日本は核軍縮を一貫して言ってきた数少ない国。米国が取り組むのは極めていい傾向だ」、などという、まるでその歴史的意義もその画期的政策転換の意味することも理解していない、被爆国の当事者であることをも忘却した評論家のような、通り一遍のひとごとのようなコメントを発表しただけであった。それから一週間以上も経過した10日後になって、安倍元首相に親書を託したことを明らかにした。いくら右翼的好戦的姿勢で同じであり、同志的関係であるとはいえ、核武装論・先制攻撃論を唱えて恥じない、従軍慰安婦問題ではその存在をすら否定して米国議会で追求をされた、このような人物に、オバマ大統領の重要な政策転換に関してそれとはまったく相反する時代錯誤的な主張を展開するこのような人物に親書を託する、その政治的鈍感さは救いがたいものである。『ニューズウィーク日本版』3月11日号に「世界が呆れる」「ポンコツ政治」と書かれるのも当然といえよう。

<<「国連脱退くらいの話」>>
 折りしも日本では、それこそ戦争ごっこのようなマスコミを総動員した「ミサイル騒動」が展開され、それに乗じて日本のさらなる軍備拡大、先制攻撃能力保持、核武装論までが再び登場しだしている。読売新聞の憲法九条改憲に関する世論調査では、昨年とは逆転して改憲論のほうが九条擁護論を上回ったと報じられる、意図的にきな臭い事態が醸成されている。
 4/6に行われた自民党外交、国防両部会の合同会議では、山本一太参院議員が「対北朝鮮に対しては、自衛権の範囲内での敵基地攻撃を本気で議論することが抑止力につながる」と主張するなど、自衛隊の先制攻撃・「敵基地攻撃能力」保有についての意見が相次ぎ、翌4/7の自民党役員連絡会では、坂本剛二組織本部長が、北朝鮮のミサイル発射について「北朝鮮が核を保有している間は、日本も核を持つという脅しくらいかけないといけない」という趣旨の発言をし、国連安全保障理事会での決議の採択が難航していることに対しては「国連脱退くらいの話をしてもよい」とまで述べたという。
 そしてここでも安倍元首相が4/7の民放テレビ番組で、日本の核武装について、「核の危険が近くにあるわけだから、核戦術についての議論はあり得る」との認識を示して、再び核武装や先制攻撃論について自らの存在感を高めることに躍起となっている。
 支持率の低迷にあえいでいた麻生政権は、この「ミサイル騒動」でいたずらに国民の不安を煽り、「破壊措置命令」などという戦争前夜の状態を演出し、イージス艦や迎撃ミサイル配備体制をこれ見よがしに誇示し、大本営発表体制を築き、地方自治体や市町村にまでそれに従わせ、ここぞとばかりに強硬姿勢を競い合い、武力行使を容認し、国際緊張を煽ることで支持率を回復させる、それこそ麻生好みの安易で危険な路線に希望を見出そうとしている。
 問題は、このような路線に対抗すべき民主党が一貫した平和外交政策、「対話」と「平和」と「軍縮」の政策で対決する姿勢をまったく提示できておらず、むしろ前原副代表のような意見が野放しにされ、自民党に利用され、振り回されているところに、現在の民主党の政治的沈滞状況が凝縮されているといえよう。民主党は一刻も早く、体制を一新し、このような自民党の路線に対決できる平和政策を提示できない限りは、政権交代などまったくおぼつかない、といえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.377 2009年4月25日

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【投稿】外国人管理と排除—入管法改定の狙うもの—

【投稿】外国人管理と排除—入管法改定の狙うもの—

<外国人管理を一元化>
 政府は、3月3日、6日「住民基本台帳法」(住基法)「出入国管理及び難民認定法」(入管法)および「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国に関する特例法」(入管特例法)の各改正案と「外国人登録法」(外登法)の廃止案を閣議決定し、開会中の171通常国会に上程した。
 日本はこれまで、外国人については長年、在日朝鮮人を主要な対象として、「入管法」(1951年制定当時は政令)と1952年制定の「外登法」の2本立てで管理をしてきた。
 しかし在日コリアンを中心とした民主勢力の闘いによる、指紋押捺制度の段階的な廃止から全廃など「外登法」の度重なる改正や、1991年の「日韓覚書」に基づく特別永住資格=「入管特例法」制定によって管理体制形骸化が進んだ。
さらには90年代以降の「合法(日系ブラジル人、中国残留邦人の子孫など)」、「非合法(オーバースティ、無資格者など)」を問わない外国人労働者の大幅な増加による外国人の多国籍化によって、軸足を「ニューカマー」に移した管理システムの再編が迫られていた。
 これまでも政府・法務省はアメリカの進める「対テロ戦争」への協力を口実に、2007年にはテロリストの上陸を阻止するとして、新規入国者からの指紋採取と写真撮影=「生体情報認証制度」を導入するなど、巻き返しとも言える「入管法」の強化を行ってきた。
 しかし、今後東南アジア各国とのFTA(経済連携協定・現在はインドネシア、フィリピンと締結)による、介護・福祉労働者の受け入れ、さらには来年からは難民の第3国定住制度試行(当面はミャンマー難民)がはじまる。こうした「外圧」に加え、経済界の要求する安価な労働力の確保という「内圧」により、日本社会の「国際化」は一層進むこととなる。
 こうした情勢の変化を踏まえ政府・法務省はこれまで、外国人の「出入り」だけをチェックしていた「入管法」へ在留状況の管理システムを加味し、一気に外国人管理一元化を強行することとしたのである。
 今回の「法改正」では在日外国人を①旧植民地出身者とその子孫など「特別永住者」②定住者など各種在留資格を持つ「中長期在留者」(前述の日系ブラジル人や中国残留邦人の子孫、FTAによる労働者などはここに含まれる)③オーバースティなど「非正規滞在者」という三つのカテゴリーに分類することとなっている。
 これら外国人のうち①と②には、それぞれ法務省が地方自治体を通じICチップを埋め込んだ「特別永住者証明書(永住者カード)」および「在留カード」を発行し、「改正住民基本台帳法」に基づく外国人住民基本台帳に登録する一方、③については「在留カード」の発行や台帳への登録は行われない。

<処遇改善は不十分>
 今回の改訂の問題点は、①については、表面上日本国籍者に準ずる自治体住民として扱うものの、ひきつづき法務省の管理下におかれ、カードの常時携帯義務や罰則は「外登法」廃止にも関わらず、「改正入管特例法」でそのまま継続される。
一方で目立った改善点は「特別永住者カード」への記載事項が、現在の「外国人登録証明書」に比べて減るくらいであり、今回の「改正」では事実上の放置状態に置かれていると言っても過言ではない。
 ②については、とりわけ「不法就労」摘発のため、「在留カード」には就労可否欄がもうけられ、仕事に就こうとした場合カードを提示しなければならない。さらに事業所も「就労不可」の外国人を雇用した場合、ペナルティを受けることになる。
 また「在留カード」登録事項の転居や転職など各種変更については、変更から14日以内など届け出を細密、厳格化し、偽造や虚偽記載など違反者には刑事罰が科せられる。
 入管局が登録事項等に虚偽が無いかを、外国人が就労、留学している事業所、学校に情報提供を義務づけ、居住する自治体とは専用回線で情報の照合を行い、警察とも綿密な連携を進めるとするなど、管理システムと法務省権限の強化が著しいものとなっている。
 ③については、住民サービスの対象から除外されるのはもちろん、基本的には「日本に存在してはならない者」として扱われる。
 外国人や支援団体からの批判に対し、政府・法務省は、労働基本権が保障される「就労研修」資格新設や、再入国要件の緩和を認めるなど、一定の権利拡大や住民票の発行等、「市民サービス」の向上をもって、在日外国人の利便性に配慮した内容であることをアピールしている。

<目的は管理強化と排除>
 しかし、見てきたように外国人関連法案改定の目的は、主には「中長期在留者」の管理強化であり、無資格在留者の排除徹底であることは疑いない。
 とりわけ、先に述べた就労以外にも公共、民間の各種サービス、特に入居やクレジットカードなど契約関係において「在留カード」の提示が求められることが「指導」され、そうした光景が常態化する恐れがある。   
 さらに入管一元管理により、これまで「外登法」下では、福祉や教育施策などにおける、自治体や公立学校の裁量が可能であったが、「改定入管法」下では、「法定受託事務」であっても、それらが大幅に制約され自治体が「入管の出先化」することが懸念される。
 これらのことは多くの外国人支援組織が進める取り組みに、重大な影響を及ぼすことになる。今後懸念されるのは、現在の経済情勢とあいまって、排外主義が進みかねないことである。
 この間の事態は、経済界の唱える「外国人労働者受け入れ」の本質が、いかなるものであるかを明らかにした。
 すでに日系ブラジル人など多くの外国人労働者が職を失い、家族共々不安な日々を送ることを強いられている。安定した在留資格である「定住者」でさえこうした状況に置かれているのである。
 在留資格を持たない「非正規滞在者」はさらに悲惨な状態にある。この間大きく報道された、フィリピン人のカルデロンさん一家のケースでは、長女ののり子さんへの在留特別許可は出たが、両親は帰国せざるを得なくなった。ネット上では一家と支援者に対する悪罵が飛び交っている。

<共生社会の実現へ>
 しかし、一家が住んでいた埼玉県蕨市では、約2万人の支持署名が集まり、3月3日市議会で「カルデロンのり子さん一家の在留特別許可を求める意見書」が全会一致で可決された。また、大阪府八尾市でも、同様のケースで退去強制が迫られている中国人一家への支持署名が1万7千人を超えている。
 入管法改定に対する全国レベルの取り組みでは、1月24日には多くのNGOが東京に結集し「管理ではなく共生のための制度を!NGO 共同声明」が発せられた。さらに2月19日には日弁連が「新たな在留管理制度の構築および外国人台帳制度の整備に対する意見書」を公表、管理強化に走る政府・法務省に警鐘を鳴らしている。
 麻生内閣は未曾有の不況を奇貨として、日本人と外国人の分断、さらには外国人相互の分断を図ろうとしている。そして新たな外国人管理制度は、住基ネットを端緒とする市民管理システムを、さらに高度化させるための「社会実験」ともいえる。
 民主勢力は日本から排除されようとしている外国人に対する個別支援と、入管法改定反対の取り組みを結合させ、全ての在日外国人が安定した生活を送れる制度作りを進め、真の国際化、多文化社会を実現しなければならない。 (大阪O)

 【出典】 アサート No.377 2009年4月25日

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【書評】『ランド 世界を支配した研究所』アレックス・アベラ著 

【書評】『ランド 世界を支配した研究所』アレックス・アベラ著 
               (牧野洋訳 文芸春秋刊 2,095円)
                          福井 杉本達也 

 昨年9月のリーマンショック以降、書店には世界恐慌・金融危機関連のコーナーができている。本書は、戦後アメリカを代表するシンクタンクの歴史を描いたものであり、直接金融危機を扱ったものではないが、その世界を支配した思考回路=社会哲学は今回の金融危機をもたらした経済学の考え方そのものである。「ランド」という研究所の名前はResearch ANd Development(研究と開発)の頭文字からとったものある。ランドは第二次世界大戦後、ソ連の脅威に対抗する軍事戦略研究のため、原爆を開発したマンハッタン計画のような軍部と科学者の連携を戦後にも継続しようと民間の研究所として誕生した。委託者は空軍であり、最高の頭脳を集めるべく、毎年、莫大な研究費が投入された。
 原著のタイトルは「Solders of Reason」(合理性の兵士たち)であり、ランドの研究者・出身者の考え方は「数値至上主義」と呼べるものであり、人間は物質的利益という意味での合理性に基づいて行動する合理的存在だとし、人間の行うことはすべて分類できて、計測できて、配分できるとする信念である。ランドの研究者は17世紀のイエズス会のように「数値至上の世界観」「客観的合理性」という教義を信じる兵士として、自らのイメージするところに従って、神のように世界を作りかえることを目的とし、国全体の主導者、計画者、延臣の役割を担うことであった。
 本書の軸となっているのは、大恐慌時代にトロッキスト系の革命労働者党同盟に所属し、その後ネオコンの教祖的存在となった核戦略研究家ウォルステッターであるが、最も興味をそそられる部分は、ランドの創設期に関与したケネス・アローである。アローは、後に史上最年少でノーベル経済学賞を受賞することとなるが、1948年に研修生としてランド入りした。アローに与えられた仕事は、核戦争に際してソ連の支配者(特にヨシフ・スターリン)がどのような行動を取るかについてシミュレーションすることであった。人間行動を数値化し、一連の方程式、公式、定理で表そうと試みた。その過程で、人間は集団として合理的決定をすることは不可能であるという『アローのパラドックス』という定理を導いた。アローは、人間というものは合理的であると仮定し、自己の利益の最大化を求めて行動するという一貫した選考を持っているとした。その行動の背後にある論理は文化的なものではなく、あらゆる人間に共通するものであると仮定した。科学的法則は普遍的であり、資本主義の科学者と共産主義の科学者にそれぞれ違った選択肢の体系があるわけではないとした。社会を集団=階級を基本として編成させようとするマルクス主義は間違っている、人間は集団によって規定されるのではなく、個人的利益の追求が人間活動のあらゆる側面を定義しているとする『合理的選択論』の基礎を確立した。この『合理的選択理論』はその後のアメリカの打ち出す政策の土台を構築することとなる。この理論が企業に適用されると、企業は社会的な存在であるにもかかわらず、株主に対する責任以外の社会的責任からはいっさい解放されることとなり、政府に適用されると、「政府は問題を解決してくれない。政府こそが問題なのだ」(ロナルド・レーガン)という「小さな政府論」に繋がっていった。この理論は、政府の適切な介入によって人々の感情が刺激され消費を促すというケインジアンを駆逐し、市場原理主義者・サプライサイドの経済学者を政権中枢に押し上げた。
 アローについて、第1次ブントの創設メンバー(ペンネーム:姫岡玲治)の1人であり「比較制度分析」の権威・スタンフォード大学名誉教授の青木昌彦氏が日経新聞に連載した「私の履歴書」(単行本:『私の履歴書 人生越境ゲーム』日本経済新聞出版社 2008.4.24)で紹介している。数理経済学の聖地・スタンフォード大「セラ・ハウス」の項で、「どれをとっても当代超一級の学者で、世界中から優秀な若手研究者を集めていた。日本人に限っても宇沢弘文、森嶋通夫、稲田献一、根岸隆、村上泰亮ら錚々たる諸教授がかつてのセラ・ハウス組だ。」とし、氏の隣部屋にはコルナイ・ヤーノシュ(ハンガリーの経済学者・ハーバード大学名誉教授)がいたと書いている。
 原子爆弾の開発や「ノイマン型コンピュータ」とも言われ現在のほとんどのコンピュータの動作原理を発明したフォン・ノイマン(ハンガリー名:ナイマン・ヤーノシュ)も1950年にランドの職員となっている。ノイマンは有名な『ゲーム理論』の生みの親である。ゲーム理論の中で好まれる「囚人のジレンマ」でソ連とアメリカが軍縮をするかどうか、相手が裏切って先制攻撃をするかどうかを研究した。しかし、ランドの結論は「囚人のジレンマに対する解答には真の解答はない」というものであった。
 また、1960年春、若い技術者ポール・バランは、ソ連の爆撃機がわずかな数でもアメリカ領土内に入れば、アメリカに深刻な打撃を加え、電離層の中で核爆発の影響が広がり、無線通信が全て不能になるかもしれないと考えた。アメリカのミサイルを発射するために必要な指令・制御・通信システムは何も残らないことになると。バランは神経細胞の相互結合で構成される『ニュートラルネット』に関心を持っていた。人間の肉体は、あるシステムに負荷がかかり過ぎると、別のシステムが救いの手をさしのべてくれるという柔軟な対応ができる。バランは低周波のAMラジオ局に注目し、全国に散らばるAMラジオ用アンテナを代替手段としてICBMを打ち上げるという独創的案を考え出した。ただ、非効率的なアナログ回路を使っていては雑音が多すぎるので『デジタル』化しなければならないと考えた。さらにバランの発想が画期的だったのはメッセージをデジタル化しただけでなく、『パケット』へ小分けしたことである。残念ながらバランの場合、時代の先を進みすぎていて、世界が二進法に進む用意が整う前であった。1966年、今日のインターネットの原型である国防総省の「ARPANETは」    イギリス人科学者のドナルド・デイビスの考えを採用した。
 ウォルステッターの重要な歴史上の功績は『フェイルセーフ』(多重安全装置)の概念である。今日の原発の安全管理を始め、様々な分野にこの概念が使われている。「もし核爆弾搭載の爆撃機が誤ってモスクワに向けて出撃したら、どのように呼び戻せばよいか」という課題である。ウォルステッターは攻撃命令が確かに出ていることを確認するため一連の「チェックポイント」を設け、爆撃機がそれぞれのチェックポイントでチェックを受けなければ、攻撃を続行できないようにすべきだと考えた。任務続行を求める具体的な指示がない限り、爆撃機は基地に帰還する。無線通信の一部に障害が発生していたのだとしても帰還する。安全側に倒すということである。フェイルセーフの概念は空軍に採用され、1979年には電話交換手のミスで誤報が流れ、実際にこのシステムが機能することとなった。
 1947年、ランドのエンジニアであったエド・パクソンは『システム分析』という概念を思いついた。パクソンは1945~46年に戦略爆撃調査団のコンサルタントを務めていた。パクソンの考えた「システム分析」は第二次世界大戦中の「オペレーショナル・リサーチ」(OR)から派生したものである。ORはイギリスで開発された。狙った標的を最大の衝撃をもって破壊するためには、爆撃機への搭載機器などの荷重は全体でどのくらいにしたらいいのか?敵の攻撃を防ぐために対空砲をどこに配置すべきか?護送船団の規模は?目的を述べ、利用可能なデータを分析し、改善策を提案し、実験し、結果を分析する。ランド設立前のコルボムはORを使って、日本に出撃するB29の効果を高めるにはどうしたらよいかを分析した。結論は「機上に搭載する装甲機器のほとんどを捨て去れば、B29は基地からより遠くまで、より上手に、より安全に飛べる」というものであった。B29に搭載された焼夷弾は日本の民間人を標的に最大限の被害をもたらすことを目的としたものであった。1945年3月の東京大空襲は人倫を無視したORの “大成果”であった。
 しかし、ORには統計に依存するというアキレス腱があった。既知のデータがなければ機能しない。既にあるものから最前の結果を導き出す手法であり、以前から存在している環境に自分を適応させるという非常に“ヨーロッパ的”手法である。しかし、パクソンらのシステム分析は全く“アメリカ的”であった。既に存在する現実に制約されることを拒んだ。システム分析の質問は、我々はここから何を望んでいるのか?我々の目的は何か?もし目的を達成する手段が存在しないのなら、それらを作るのはどれだけ難しいのか?コストは?期間は?現実の世界には一定の選択肢しかないという考え方を捨て去り、自ら望む方向へ世界を変えてしまおうと努力する方法・精神である。その場合、仮説を立てることとなるが、その問題のあらゆる側面を数量化して仮説を検証する。しかし、検証不可能な友情や誇り、士気といった人間的な要素は実証不可能として切り捨てられてしまう。
ランダイトは人間の存在で重要なものはすべて数字で表すことが可能であり、数字で表すことによって人類はその原動力、つまり自己利益を把握できるという。アローによれば、自己利益とは商品の物質的な消費であり、自由民主主義にとって最高の政府は、消費を無限大に刺激する政策を取る政府であるとする。しかし、ランドの『合理的選択理論』はいつも「何が最適か」と問うが、「人々が何を望んでいるか」とは問わない。“自由な国”のトップレベルの科学者・エンジニア=自称専門家達が密室で決めるのに都合のよい理論である。ランドは一種類の合理性だけが存在するような架空の数学的世界を仮定したが、その思い通りに行動してくれるほど従順な人々だけで世界が構成されているであろうか。しかし、現実は違う。「私欲(self-interest)が競争を通じて社会全体の幸福(well-being)を増大させるというのが、アダム・スミスを始祖と仰ぐ経済学の基本的視点であったが、この25年間で生じたことは、情報の不完全性からスミス的世界は妥当しないということである。それは市場全体にいえる。とくに、金融市場は不完全情報の典型である。エンロン(Enron)やワールドコム(WorldCom)は確かに私欲を追求した。しかし、その私欲は社会全体の幸福を増大させなかった。金融という産業が私欲を追求した結果、経済は底なし沼に沈みつつある。」(スティングリッツ NYT:2008.10.16)。この間、得をしたのは上流階級であり、損をしたのは中流階級であった。人口の上位5%が富の60%を握り、企業経営者の平均報酬は平均的な労働者の400倍になった。ランドの『合理的選択理論』は歴史性を持たない“共和国”・人造国家アメリカにおける国際金融資本の独裁・支配に相応しい理論であるが、人々がランドに背を向け、国際金融資本に牙をむき出しにしてかみつく日が来るかもしれない。

 【出典】 アサート No.377 2009年4月25日

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【本の紹介】『原発と地震-柏崎刈羽「震度7」の警告』

【本の紹介】『原発と地震-柏崎刈羽「震度7」の警告』
                 著者 新潟日報社特別取材班
            発行 講談社 2009年1月30日 1500円+税

<<無知・無責任「逆転判決」>>
 先月の3/18、名古屋高裁金沢支部で、国内最大級の北陸電力志賀原発2号機について、16都府県の128人が北陸電力を相手に運転差し止めを求めた訴訟の控訴審判決が行われ、高裁は運転差し止めを命じた06年3月の一審・金沢地裁判決を取り消し、住民側の請求を棄却する逆転判決を言い渡した。
 一審・金沢地裁判決は、国内55基目の商業用原発として営業運転を始めたばかりであったこの志賀原発2号機に対して、1、直下地震の想定が小さすぎること、2、考慮するべき断層による地震を考慮しなかったこと、3、耐震設計の際、地震動の想定に使われている「大崎の方法」に妥当性がないこと、などを主たる理由として「電力会社の想定を超える地震動が原子炉の敷地で発生する具体的な可能性があるというべきだ」と認定し、「被告の耐震設計は、地震によって予想される本件原発周辺住民が受ける被害の内容や規模に照らして相当と評価し得る対策を講じたものとは認め難い。よって、原子炉を運転してはならない」という主文の判決を結論としたのである。営業運転中の原子炉の運転差し止めや原子炉設置許可の取り消しを求めた訴訟で、原告の訴えが認められたのはこれが初めてであり、なおかつ地震動が原発運転差し止めの主たる理由として認められたのは歴史上初めてのことであった。まさに原発震災への画期的な警告を発した歴史的判決であった。
 そしてこの地裁判決が予見したとおり、07年3月には能登半島地震が発生し、問題の志賀原発2号機は想定の約二倍の揺れを観測し、さらに、その4カ月後の新潟県中越沖地震では、東京電力柏崎刈羽原発の揺れは680ガルを記録、東電の想定(最大加速度220ガル、耐震設計300ガル)をはるかに上回ったのであった。
 ところが名古屋高裁金沢支部は、こうした現実をまったく考慮することなく、「活断層の評価や地震の揺れの調査手法は最新の知見を反映している」「安全対策は国の新耐震指針に合致し、震災で住民が被ばくする具体的な危険性もない」「原子炉の安全は保たれている」として、「住民らの生命、身体、健康を侵害する具体的危険性は認められない」と言い切ったのである。地裁判決とはまったく逆の判断である。その判断根拠は、「原子力安全・保安院によって概ね妥当と評価されている」ということにつきるのである。上級裁判所に行くほど、国やその出先機関の主張をそのまま鵜呑みにし、責任を回避し、逃げ回る司法の姿をさらけ出している。
 判決は「安全対策は国の新耐震指針に合致し」としているが、この改定を余儀なくされた06年9月の新耐震指針でも、耐震設計指針は震度についてM7.0からM7.3程度までを考慮することが示されているにもかかわらず、判決は「地表地震断層が明瞭に現れずにマグニチュード7.3の規模の地震が発生するということはできない」から原告の主張を採用する必要はなく、北陸電力のM6.8でよい、とまで主張して新耐震指針をさえ無視し、既知の地表地震断層が無い場合でもM7.3の地震さえ起きているとの原告主張に対して、裁判所はそれさえも認定しなかったのである。その際、鳥取県西部地震を既知の活断層によるものとするなど、無知と判断能力のなさはあきれるばかりである。
 さらに、一審以降に隠ぺいしていたことが明らかになった臨界事故や、その後発生したタービン損傷事故についても原告側の主張を退け、「07年3月の能登半島地震でも放射能漏れにつながるような原子炉の損傷はなかった」などと述べているが、このとき志賀原発の2基の原発は、臨界事故隠し(1号機)とタービン損傷(2号機)のために止まっていたがために、重大事故には至らず済んだものであって、運転中であれば危険で深刻な事態が当然予測されたものであって、そのことに思いも至らない、北陸電力側の主張をことごとく認める無責任判決であった。
 そして、この判決の最も決定的な欠陥は、最も間近に直面した2007年7月16日の新潟県中越沖地震の深刻な体験が全く考慮されていないことである。この地震が東京電力柏崎刈羽原発を襲った被害の深刻さに少しでも触れると、控訴審判決は維持できないであろうと本能的に感知し、徹底的に回避したのだともいえよう。

<<緊迫の証言>>
 ここに紹介する『原発と地震-柏崎刈羽「震度7」の警告』は、2007年7月16日の地震発生1週間後の7月23日から約1年間にわたり、新潟日報が、原発と地震の問題を深く掘り下げた連載、特集、関連ニュースの報道を展開し、その長期連載企画「揺らぐ安全神話 柏崎刈羽原発」と関連ニュース報道が高く評価され、2008年度の日本新聞協会賞(編集部門)を受賞し、日本ジャーナリスト会議のJCJ賞も受賞し、このほどそれらをまとめた単行本として発行されたものである。そこに明らかにされている緊迫の証言は、身の毛もよだつ、という表現以上のものがあり、いくつもの偶然が重なってたまたま人類的大災害にいたらなかったにすぎない、人間の愚かさを告発し、原発震災という未知の領域の深刻な事態を警告している。
 その緊迫の証言の一端を同書から見てみよう。まずは地震直後の2007年7月16日午前10時13分。
 ・ 運転中の柏崎刈羽原発7号機の中央制御室、運転責任者の目崎俊弘(44)は「立っていられない」ほど強く横に揺さぶられた。思わず本棚につかまった。・・・操作パネル手前の天井にある照明が次々と落下、音を立てて割れた。目崎は次に「隠れろ」と叫び、机の下にもぐり込んだ。・・・
 ・ 7号機では、冷却用の復水機に蒸気を引き込むためのボイラーが地震で故障、通常は自動操作で冷やすところを、手動でやらざるを得なかった。
 ・ 岩盤に直接建てられた原子炉建屋の揺れも激しかった。協力会社の男性作業員は「わっ」としゃがみ込んだ。「逃げる余裕なんてない。自分の身を守ることで精いっぱいだった」
 ・ 原発構内の事務本部1階には災害時の司令部「緊急時対策室」があり、・・・だが「入り口の防火扉がゆがんでいて開かなかった」
 ・ 変圧器の火災、もうもうと立ち上がる黒煙、ところが、肝心の消火配管が地震で寸断、・・・

 このように、突如襲う地震は想定外の事態を次々ともたらし、人間が適切に対処できる時間も余裕など無きに等しい事態をもたらす。さらにその後の深刻な事態が次々と明らかになる。
 ・ 同二時半ごろ、(放射性物質がありえない)原子炉建屋三階の非管理区域の水たまりから放射性物質が検出された。・・・結果は最悪だった。水は床下を伝わって地下一階の排水槽にたまり、自動ポンプで日本海に放出されていた。
 ・ 5号機では炉内の水を循環させるジェットポンプと呼ばれる配管を留める金具にずれが見つかった。燃料集合体に今も地震発生前から許容範囲内でのずれはあったが、地震の揺れで斜めになり、引き抜けないトラブルが発生。炉内が大きく揺さぶられたことを示した。
 ・ 6、7号機では、緊急停止の際などに核分裂反応を抑え、原子炉を止める役割を果たす制御棒計三本が一時、引き抜けなかった。
 ・ 原子炉圧力容器内以外では6号機で原子炉のふたを開ける作業で使うクレーンの継ぎ手部分が折れた。ふたなどの開閉中に地震が起き、ふたが炉内に落ちる可能性について、東電は「クレーンは落下しない措置が取られている」と安全性を強調するが、部品交換以上の措置は取っていない。
 ・ 原発は、核分裂反応による熱で水を蒸気に変える。蒸気を基に発電機を回すのがタービンだ。点検では全号機のタービンで羽根と羽根が擦れ合って削れた跡を確認した。修理方法は未定だが、傷の程度などから羽根は交換せず、表面を磨いてなめらかな面に戻す作業になる見通しだ。
 ・ タービンは一分間に千五百回転している。破損して遠心力によってミサイルのように飛び散った場合、周辺機器を壊す恐れも指摘される。経済産業省原子力安全・保安院によると、米国の原発で一九九一、九三年に「タービンミサイル」事故が相次いで発生。発電機や復水配管などを傷つけた例があっただけに、中越沖地震で、高速回転中だったタービンが軽微な損傷にとどまったのは幸いだったともいえる。

<<「思考停止の政治」>>
 不幸中の幸い、偶然のなせるわざでたまたま世界的規模の被害をもたらす大災害を免れただけであることをこれらの事態は明らかにしているといえよう。同書が明らかにしているところによれば、「柏崎刈羽原発では、激震が残した傷跡は軽微なものまで含めると、〇七年十二月現在で三千件を超える。最も高い耐震性が求められる原子炉内の重要機器の一部も定位置からずれていたことが分かり、まだまだ被害の全容把握には至っていない」のが実態であり、「隠れた損傷」、機器の揺れはけた違いに大きく、「独立行政法人原子力安全基盤機構の高島賢二は「柏崎刈羽では、ほぼすべての機器で想定値を超えた。『安全余裕がある』で済ませてはいけない」と警鐘を鳴らす。中越沖地震の強い揺れで各機器に安全余裕の限界領域にまで達する力が加わり、性能の限界に近づいたのではないかと懸念するからだ。」と指摘されている。
 ところが、東京電力は柏崎刈羽原発の5月営業運転再開を目指しており、4/7、新潟県の泉田裕彦知事は、県が設置した「原子力発電所の安全管理に関する技術委員会」が、機器の点検作業が最も進んでいる7号機(改良型沸騰水型炉、135.6万キロワット)の安全性について、再開容認の見解をまとめた最終報告書を知事に提出したのを受けて、「運転再開に向けた前提条件の安全性はおおむね確保されていると受け止めた」と語り、運転再開容認の姿勢を明らかにしている。
 しかし、この「技術委員会」委員の一人である立石雅昭新潟大教授が、7号機の事実上の運転再開に当たる「起動試験」入りにあらためて反対する意見書を県へ提出し、同意見書で立石氏は、同原発沖の活断層評価などについて「審議が尽くされたとは思えず、見解には同意できない」と主張していたことが明らかにされ(3/22)、泉田知事は同委員会に対し、「(委員間の意見の)溝を埋めるよう努力してほしい」と求めていたものである。そこへさらに、4/11、柏崎刈羽原発敷地内で火災事故が発生、同地震後の同原発内での火災が9件と相次いでいることから、4/21に新潟県議会全員協議会に再開を諮る予定であったが、この火災事故を受けて知事は「延期したい」と表明、月内にも見込まれていた「起動試験」入り、運転再開が遅れる見通しとなっている。 安全を無視して運転再開にあせる東京電力、それを後押しする国、その間をふらふらと揺れ動く地方自治体。
 新潟日報の取材に答えて、作家・高村薫さんは「本当に助かったのは、阪神大震災のエリアに原発がなかったことです。」「今の政治には防災だけに限らず、国民の命を第一に守るという発想はない。三日間は自力で生きてくださいというのが国の防災計画。そんなものは生き延びられたらの話です。問題はいかに死なせないかということなのに、そういう発想はない。思考停止の状態。そういう政治をつくったのは私たちです。きちんと政治を見詰めてこなかった。国民一人一人が自分で思考することからすべてが始まる。それしかないんです。」と強調している。まさに至言である。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.377 2009年4月25日

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【コラム】ひとりごと—群馬火災から、再び「無届老人ホーム」について—

【コラム】ひとりごと—群馬火災から、再び「無届老人ホーム」について—

○筆者は、昨年12月のNo373に「無届ホーム増加の意味するもの」を書いている。介護施設不足から、無届老人ホームが増加していること、無届であることから行政のチェックが届かず、安全上も問題が多い事を指摘した。○3月19日群馬県の「無届老人ホーム」で起こった火災は、正に心配していた事が起こったというしかない。○多くの入居者が死亡したこともあり、それ以後マスコミも「無届老人ホーム」の問題を取り上げ始めている。○あの火災以後に焦点化したように見られているが、実は1月のNHKの番組以降、厚労省は、一定の実態把握に動きだしていた。○その番組では、千葉県や茨城県など関東地方に、無届老人ホームが多い事実を取り上げていた。その入居者の多くが東京都内から転居してきており、東京都内の福祉事務所が生活保護費を支給しているというのである。番組では6畳くらいの和室に男女の区別なく3~4人を詰めこんている「施設」が紹介されていた。○問題の多い無届ホームに入所させている点もさることながら、本来これらは介護サービス付きのアパートといった性格であり、入居すれば生活保護の実施は、「施設」のある千葉や茨城の自治体に引きがれるのが原則である。しかし、入居後も引き続いて東京都内の福祉事務所が保護費を出していたのであった。○こうした保護の特例実施例が1000人以上存在している、そんな番組であった。○東京都内での認知症や一人暮らしが困難になった高齢者の施設は圧倒的に不足しており、このような実態が生まれたのである。○生活保護は単に費用を負担するだけではなく、定期的な訪問が必要である。しかし、都内から遠距離にある「施設」では、訪問も途絶える。どんな実態の施設なのかの把握もできない。○今回の群馬の「施設」で多くの死亡者を出したのは東京都墨田区から転居した方が多かった。○このNHKの番組以降、1月下旬であっただろうか、厚労省から福祉事務所に「社会福祉各法に規定されない高齢者住宅」についての実態調査依頼が届いている。○この結果は群馬火災の後、3月31日に公表され、全国に無届老人ホームは579箇所と報告されている。(老人福祉法適用の施設は4110、15都道府県がゼロと回答。)しかし、これはかなり少ない数字であろう。そもそも現状では「届出の必要のない」施設ということであり、実態把握は難しいからである。おそらくその倍以上の「施設」があると見るべきだろう。○群馬火災に驚いた厚労省は、生活保護受給者が入居している無届ホームについて、生活保護のケースワーカーが、火災防止機器の有無や防火体制を調査するよう指示を出している。消防署の専門官がすべきことであり、根本的な把握になるはずもないが。○1990年代であったか、長崎県の老人グループホームの火災で多数の死者がでた。その後老人施設の場合、延べ面積が1000㎡を越える場合、各部屋にスプリンクラー設置が義務付けられた。○無届ホームの場合は、単なるアパートとして建設されるか、既存の住宅や建築物が利用される。○当然、防火義務は建物の持ち主ではなく入居者自身ということになる。○要介護3や4の高齢者が対応できるはずもない。○今回の群馬の施設も、夜間は外から施錠されていた。火事になって対応が遅れた場合、外に出ることもできないのである。○既に指摘したように、無届ホームには、生活保護受給者が多い。住宅費や介護費用が必ず支払われるわけで、事業者は安定な経営が出来る。当然防火施設などは、消防署の指導があっても、「うちはアパートや」と逃れようとするのである。○これも「貧困ビジネス」の一つである。貧しいものをネタに金儲けをしている連中が経営している場合が多い。○かつて、NPOを名乗って働けなくなった人をアパートに入居させ、食事は弁当をひとつ、生活保護費をピンはねする「ビジネス」が流行ったが、この時はひどい待遇に入居者が逃げ出した。しかし、高齢者の場合、それができない。もの言えぬ人も多いからである。○貧困からの脱却を支援するのが福祉である。しかし、無届ホームの実態は、貧しい人を「貧困な施設」に送り込んでいることを示したのである。○今後厚労省は、一定の基準を満たさない「無届ホーム」への生活保護費に規制を設けて対応することになると思われる。○しかし、問題は圧倒的な施設の不足である。寝たきりを増やさないための介護保険制度であったが、核家族化の進行と単身生活者の増加により共同生活施設の需要は、想定をはるかに超えているようにも思える。小規模であっても、しっかりとした安全の運営が確保された、そして安価な共同生活施設の充実が求められている。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.377 2009年4月25日

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【投稿】深まる金融・経済恐慌とG20

【投稿】深まる金融・経済恐慌とG20

<<G20第2回金融サミットに向けて>>
 3/14-15、ロンドンで開かれた主要20カ国・地域(G20)の財務相・中央銀行総裁会議は、共同声明を発表し、「世界の成長を回復し、貸し出しを支えるためのさらなる行動と、世界の金融システムを強化する改革に合意した」と成果をうたい、世界的な経済危機に対するG20としての対処方針を明らかにした。その骨子は、
・各国は成長を回復するまであらゆる必要な行動をとる
・保護主義に対抗し、自由な貿易や投資を維持する
・財政出動の速やかな実施と、国際通貨基金(IMF)による評価
・各国の中央銀行は必要な限り金融緩和を続ける
・ヘッジファンドや格付け会社を登録制にし、情報も開示する
というものである。
 今回の会合は、4月2日にロンドンで開かれるG20の首脳会議(金融サミット)に向けた準備会合と位置づけられ、全世界を襲う未曾有の金融危機と大不況に対するG20としての対処方針を示すことにあった。
 第1回G20緊急サミットは、昨年11月にワシントンで開かれ、(1)市場の透明性と金融機関の説明責任を強化(2)市場の適正な規制と監視の強化(3)各国の規制当局の連携(4)新興国の発言権の拡大などを含む国際金融機関の改革――などが盛り込まれ、優先度の高い項目を「行動計画」として規定、実施状況を協議するため、2009年4月30日までに再度会合を開くことを決めたのであった。しかしこんなことは07年以来のサブプライムローン破綻問題以来自明のことであって、具体策こそが求められていたが、それが皆無であり、総花的で即効性はなく、「サミットは何もなかったに等しい」と酷評され、市場からは完全に無視されたものであった。これを議長を務めたブッシュ前米大統領が「大成功だった」と自讃し、Goodbyeと宣言発表会見を結んで事実上サヨナラし、麻生首相は「歴史的なものと後世、評価される」と大見得を切って、第2回金融サミットについて「日本は開かれる場所としてふさわしい」と自己の保身・延命策丸見えの東京開催案を提起したがまったく相手にされなかったいわくつきの会合であった。

<<米経済はがけから落ちた」>>
 この第1回金融サミットから四ヶ月、その二ヶ月前の金融危機の発端となった昨年9月のリーマン・ショックから半年、事態は改善されるどころか、世界的な金融恐慌の進展が、いよいよ実体経済へと波及し、日米欧、先進諸国はほとんどすべてマイナス成長に陥り、世界経済は09年の今年、戦後初めてのマイナス成長に転じ、世界の貿易量の減少幅も過去80年間で最大になることが確実視され、さらにそのマイナス成長が長引く「大不況」(ストロスカーン国際通貨基金〈IMF〉専務理事)、1929年恐慌を上回る経済恐慌への危機感が募りだしている。
 しかもこの間、世界的な金融不安は収束していないばかりか、欧米金融機関の経営危機が再び深刻さを増してきている。07年の10月には1万4000ドルを超えていたニューヨークダウ平均株価が、この3/9には6500ドル台まで下落し、金融関連株はリーマン破綻直前と比較して、シティ17ドル→1.7ドル、JPモルガン・チェース41ドル→23ドル、バンク・オブ・アメリカ33ドル→5.7ドルと、下落率はシティが9割、バンカメが8割、JPモルガンでも4割に達する下落であり、シティ株の一時1ドル割れは歴史上初めての最安値であった。東京株価も07年の7月には1万8000円台であったものが、この3/10には、日経平均7,054.98円と6000円台目前にまで下落している。
 3/3にはオバマ米大統領がブラウン英首相との会談後、米国株は今が「買い時」、「長期的な視点に立てば、株を購入するのは得策だ」との見解を示したにもかかわらずこの有様である。オバマ氏は「株式市場の日々の乱高下は気にしない」と強調したが、市場は大統領肝いりの金融安定化策に対する失望売りで応えたのであった。著名投資家のウォーレン・バフェット氏が「米経済はがけから落ちた」と発言する事態である。この間、米欧金融機関への公的資金の注入や政府管理下に置いたりする動きが一挙に広がり、政府の財政負担も急膨張しているにもかかわらず、金融危機収束の展望はまったく見えてはいないのである。
 そして実体経済への影響は深刻さをさらに増している。3/6に米労働省が発表した2月の雇用統計によると、失業率は前月より0.5ポイント高い8.1%と、約25年ぶりの水準に悪化し、非農業部門の雇用者数は1949年10月以来、約59年ぶりの大幅な落ち込みとなったことも明らかになった。雇用者数の減少は14カ月連続であり、雇用減は昨年1月からの合計で約440万人に達し、米雇用情勢は戦後最悪のペースで悪化が続いている。毎月60万人を超すペースで雇用が失われていることからすれば、年内には1000万人以上の雇用喪失となってしまう事態である。

<<GDP比2%目標>>
 G20財務相・中央銀行総裁会議は、経済規模で世界の85%を占めるG20が、直面する危機克服策でいかなる対処方針を打ち出し、いかに足並みをそろえられるか、先進国と新興・途上国間の利害対立をいかに調整できるか、それが焦点であった。共同声明は「世界の成長を回復し、貸し出しを支えるためのさらなる行動と、世界の金融システムを強化する改革に合意した」と成果をうたい、各国の経済対策について「需要を刺激する上で力強く、抜本的」と評価した。
 会議でガイトナー米財務長官は、「世界が一緒に動かないと、米国も深く長い景気後退に直面する可能性がある」との懸念を表明し、G20諸国が足並みを合わせ、国内総生産(GDP)の2%に相当する財政刺激を来年まで毎年実施する「2%目標」を呼びかけたのであった。しかし現実にG20各国が表明・実施中の景気対策で、GDP比2%以上を満たすのはサウジアラビア3.3%、スペイン2.3%、豪州2.1%、米国と中国各2.0%の5カ国にとどまり、日本は1.4%、独1.5%、英1.4%、仏0.7%、伊0.2%という現実であった。このため米国側には「主要20カ国の中には、今後の景気刺激のために十分な資金を出していない国々がある」との不満がくすぶるが、ユーログループは、G20を前に「欧州勢に追加の財政努力を求める米国の呼びかけは好ましくない。我々は回復策を先に進める準備を整えていない」(議長のユンケル・ルクセンブルク首相)と不快感を表明。ドイツのシュタインブリュック財務相も追加策に必要な「新たな資金はないだろう」と発言、フランスのサルコジ大統領は「問題は歳出を増やすことでなく、危機の再発を防ぐ金融規制のシステムを導入することだ」と牽制したという。欧州連合(EU)は加盟各国に毎年の財政赤字をGDP比3%以内と義務づけているが、すでに進行中の危機対策で、09年にユーロ圏の財政赤字はGDPの4・0%に膨らむ見通しである。まずはマネーゲームを暴走させ、実体経済を空洞化させたアメリカ発の金融規制緩和・ビッグバンを徹底的に改め、金融規制の徹底を優先させることが筋というわけである。
 日本は米国に同調する姿勢をとり、与謝野財務相はガイトナー長官と会談し、GDP比2%という「そのレベルは超える」追加刺激策、GDP0.6%分に相当する3兆円を超える財政出動を打ち出す方針を表明したが、会議は結局、アメリカが求めてきた数値目標は盛り込まれなかった。

<<「通貨切り下げ競争」>>
 さらにG20財務相・中央銀行総裁会議に出席していたブラジル、ロシア、インド、中国の新興4カ国(BRICs)の財務相は、共同声明を出し、国際通貨基金(IMF)における各国の出資比率の見直しと新興国の発言権拡大を強く求め、原油価格の下落などを受け、ルーブルを切り下げたロシアのクドリン財務相は、現実は「切り下げ競争と呼べるだろう。ある国が切り下げれば、他国も追随せざるを得ず、問題になる」と述べ、世界的な「通貨切り下げ競争」への警告を発する事態であった。
 共同声明とは裏腹に、利害は錯綜し、保護主義の蔓延と通貨切下げ競争への怖れが、当面をつくろう妥協的な、具体性のない合意をしか生み出さなかったともいえよう。4/2からのG20金融サミットが金融恐慌と経済恐慌の真の脱出口を見出せるのかどうか、危ぶまれる事態が現出されたのである。
 このロンドン金融サミットに対して、イギリスの労組全国組織・労働組合会議(TUC)とその傘下の労組および非政府組織(NGO)が、この3/13に、「人間を第一に」と題した政策提言を共同で発表し、3/28に「人間を第一に」「雇用を、正義を、気候変動対策を」のスローガンを掲げた、共同のデモンストレーションを呼びかけている。
 金融・経済恐慌脱出の最短で決定的な役割を果たすものは、3兆ドルから6兆ドルもの過酷な経済負担を強いているイラク戦争、アフガニスタン戦争を即刻停止させ、それらに関与している全外国軍隊を早急に撤退させるという、戦争経済から平和経済への転換を明確に打ち出すことである。オバマ政権はいまだにこのメッセージを明確に打ち出せずに、逆のあいまいな戦争関与政策に拘泥していることが、恐慌脱出への真の展望を見出せなくしているのである。そして第二は、国際・国内両面における市場原理主義からの決別を明確にすることである。それは、投機経済と野放しの弱肉強食経済に最大の責任を有する多国籍企業・国際金融資本・投機資本に対する徹底した民主的規制を課すこと、同時にそれらの国際的資本移動と収益に対して国際的共通課税を課すことを国際的ルールとし、それらを原資とした地球規模の環境対策、貧困対策、雇用対策、食糧危機対策、これらを包括した国際的規模のニューディール政策、29年恐慌におけるニューディール政策を上回る、「人間を第一」とした「雇用、正義、気候変動対策」の世界的規模でのニューディール政策を打ち出すことが要請されているのである。
 しかし日本の政局は、こうした要請からまったくかけ離れたものとなり、「死に体」同然となってきた麻生政権は、自己の延命にのみ汲々とし、謀略的な西松献金事件に一喜一憂し、小沢民主党はこれに振り回されて、この危機的経済状況に最も必要とされている基本政策を打ち出すこともできず、新執行部構築、反転全面攻勢という局面打開のイニシャチブも取れないでいる。猛省が促されるところである。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.376 2009年3月21日

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【投稿】経済恐慌下で旧財投復活?-密かに針を戻す与謝野財務相

【投稿】経済恐慌下で旧財投復活?-密かに針を戻す与謝野財務相
                            福井 杉本達也 

1 国際金融資本は「崖から落ちた」-米国発金融恐慌は第二段階へ
 米シティグループの政府管理下入りに続き、英銀行大手のロイズ・バンキング・グループも3月7日、2,600億ポンド(3,700億ドル)のリスク資産を英政府の資産保護スキームに参加させることに合意したと発表、実質国有化されることになった。こうした動きをきっかけに世界的に金融不安が再燃している(ロイター:2009.3.9)
 米AIGへの支援額は1,500億ドル規模となっており、アメリカの人口を3億人とすれば、赤ん坊から老人まで一人当たり500ドルすなわち約5万円がAIGに支払われる。今回さらに300億ドルの追加支援。アナリティックスのアナリスト、ドン・ビックレー氏は、政府によるAIG救済の規模が最終的に2,500億ドルに達し、そのほとんどが返済されない可能性があるとの見方を示している。「厭債害債」氏は「AIAとかALICOとか『主として海外で事業を展開している』保険会社を米国政府がコントロールしてしまった…せっかく簡保とか民営化しそうだと思ったら、今度はアメリカ国営保険ですか?という猛烈な脱力感にさいなまれそうですね。…このような個別保険会社に対しての政府支援が米国法域内でおこなわれるならそれは各国マターなんですが、日本で営業している会社に事実上の支援をつけて営業を継続させるというのはいかがなものなんでしょうかね?…今後100年ぐらいはアメリカ様におかれては、他国の非関税障壁とか不公正な貿易慣行とか補助金がどうのとか一切口にされることはないと信じておりますが。」と皮肉っている(blog「厭債害債」:2009.3.5)。
 米著名投資家ウォーレン・バフェット氏は9日、CNBCテレビに出演。米国経済は「崖から落ちた」と形容した上で、米国経済は最悪ケースに近いシナリオに沿って推移しており、「すぐに回復に転じることはあり得ない」と述べた。

2 郵政民営化をめぐる暗闘
 こうした金融恐慌の最中、日本では郵政民営化をめぐって昨年12月26日に日本郵政がかんぽの宿70施設をオリックスに一括譲渡すると発表したが、今年1月6日に鳩山総務相が「国民が出来レースと受け取る可能性がある」と述べこれに待ったをかけ、2月13日にオリックスへの譲渡を断念させた。その間に麻生首相は2月5日の衆院予算委で「郵政民営化には賛成ではなかった。内閣の一員として最終的に賛成した」「今4つに分断した形が本当に効率としていいのかどうか、もう一回見直すべき時に来ている」「総務相だったが、郵政民営化担当から外されていた。濡れ衣をかぶせられると甚だ面白ない」との一連の「郵政迷走」発言を繰り広げた。これに対し、2月12日、小泉元首相が「怒るというより、笑っちゃうくらい、ただただあきれている」と批判した。しかし、こうした小泉氏側の反撃にもかかわらず、鳩山総務相は24日の衆院総務委で、「日本郵政が検討している(敵対的)買収防衛策だけではなく、外資規制も検討事項だ」と述べ、郵政民営化に伴うゆうちょ銀行とかんぽ生命保険の株式上場計画に関し、外国資本による金融2社の株式買収に歯止めをかける考えを示した。その間にG7での中川財務相「酩酊記者会見事件」があり、そして、3月に入っては民主党小沢代表への西松建設献金疑惑事件である。しかし、この一連の動き・事件を権力側の内紛・あるいは野党側の失策などと個別バラバラに見てはいけない。

3 日本郵政の運用資産の中身
 郵政事業は「郵便局㈱」「郵便事業㈱」「㈱ゆうちょ銀行」「㈱かんぽ生命保険」に4分社化され、その持株会社として日本郵政株式会社があり連結決算を組んでいる。日本郵政㈱の資本金は3兆5,000億円で全額「財務大臣」=国民が保有している。2008年9月末のゆうちょ銀行の総資産195兆円であり、うち国債が156兆円(80.1%)、地方債が6.8兆円(3.5%)、残りを社債が4%程度を占める。財政投融資預託金は2008年3月期決算をもって0となった(郵政民営化委員会(田中直毅委員長):「郵政民営化の進捗状況」2009.1.14)。かんぽ生命は総資産110兆円で、うち国債が71兆円(64.8%)、地方債が4兆円(3.7%)、貸付金が19兆円(17.4%)、社債が9.2兆円(8.4%)などとなっている。
 これだけ国債の保有率が高ければ、当然ながら総資産に対する当期純利益率は低い水準に止まる。ゆうちょ銀行の場合0.14で、都銀の0.22、地銀の0.21と比較すると2/3でしかない。これでは巨大な金融2社を維持できない。「金利リスクから市場リスク・信用リスクへ、リスク配分のリバランスを進めていくことが必要である」として、取り敢えず2008年5月から「クレジットカード」「変額個人年金保険」「住宅ローン媒介業務」を認可している。しかし、巨大資金の運用先としては余りにも小粒である。民営化委の意見聴取では、「機関投資家型のビジネスモデルを目指すべきである。」との声が強い。
 さらに、2008年10月15日の米年次改革要望書でも「米国は、郵政の民営化と改革が完全に市場志向型で実施されるならば、日本経済にとって多くの潜在的利益があるプロセスであるとの認識から、引き続き重大な関心を払っている。」とし、「かんぽ生命による新たな、または変更された保険商品の導入、ならびにゆうちょ銀行による新たな貸付業務および他の金融商品の元売りなどが郵政金融機関に認可される前に、郵政金融機関と民間金融機関の間に対等な競争条件が確保されるよう引き続き求める。」として、競合する分野への進出に釘を刺している。がんじがらめに縛られれば、巨大な資金の脱出先は海外投資以外にはない。

4 先例-農林中金の海外投資の失敗
 海外投資へのお手本になると、これまで郵政が熱い視線を送ってきたのが、農林中金であった。しかし、そのビジネスモデルはあっけなく崩れた。農林中金は今年2月20日、総額1.9兆円という巨額増資を発表したが、これは、リーマン・ブラザーズ破綻以降の国際金融恐慌下で1.5兆円もの有価証券の含み損を抱えたからである(11月27日現在)。農林中金は単協や信連から豊富な余剰資産を預かり、国内外で債券や株式などの有価証券で運用してきた。農林中金が海外投資に“飛躍”を遂げたのは90年代後半、バブル崩壊後の超低金利で、国債中心の投資ではグループを支えきれなくなったことにより、活路を米国などに求めたからである。しかし、積極的海外展開は完全に裏目にでた。2008年9月末現在の農林中金の運用資産は58.1兆円となっている。そのうち有価証券が33兆円を占める。うち外国債券が13兆円で1兆円の評価損・その他が10.3兆円で1兆円の損失を出している(農林中金ディスクロージャー誌)。今後の損失は予測できないが、23兆円うちさらに2~3割が評価損になるとすると、4~7兆円という恐るべき額になり、とても農協や信連への奉加帳回しで補填できる金額ではない。たちまち自己資本が10%を割り込み、国際金融市場から締め出されることになる。その時は農林中金が23兆円の債権もろともに沈むこととなる。

5 恐慌下における政策金融機関の役割の増大
 日経は「再膨張する政策金融」という特集記事を組んだ。金融危機に対応し、政府は政策金融をフル活用した企業への資金繰り支援など異例の対応を次々に打ち出している。政府系金融機関改革で昨秋に“民営化”した政策投資銀行がCPを買い入れることとなった。政府系金融機関の日本政策金融公庫の資金で政投銀に2兆円のCP購入枠を来年度末まで設ける。損失が発生した場合は政府が一部を補填する。財務省は最大6,000億円の負担を想定する。また、大企業・中堅企業向けの低利融資として、公的資金で08年度、09年度にそれぞれ最大1 兆円を融資する(日経:2009.2.24)。
 また、国際協力銀行(JBIC)は昨年10月に中小企業金融公庫などと統合、政府系金融機関の日本政策金融公庫の一部門となった。先進国事業向け融資は「民間で担える」として原則撤退したばかりだった。だが昨秋以降、状況が一変。「必要なドルを調達できない」と、欧米に進出する自動車メーカーなど大手優良企業からも悲鳴が上がり、急遽、中川前財務相がJBICによるドル調達支援検討を指示し、廃止後わずか3カ月での先進国事業向け融資が復活した(日経:2009.2.25)。
 さらに、金融危機で一時的に経営の傾いた企業に公的資金を活用して資本注入する制度の新設だ。産業活力再生特別措置法の適用認定を受けた企業を対象に政投銀や民間銀行が資本支援する。保証枠は最大1.5兆円。損失の5~8割を政策金融公庫が保証し、最終的には政府が負担する。既に半導体大手のエルピーダメモリや全日空・富士重工など数社が同制度の活用を検討すると表明。経済産業省には問い合わせが急増している(日経:2009.2.28)。

6 秘密裏に、しかし、大胆に旧財政投融資の復活を図る
 政投銀の09年度計画の資金調達額は1.5兆円であるが、財源は財政融資借入金が21%、財投機関債が16%、長期借入金が21%などとなっている。国際協力銀行の場合も08年度の9,000億円の資金調達は財政融資資金借入金が4,000億円、政府保証外債が1,800億円などとなっている。いずれにしても政策金融機関の資金調達は国家信用に頼らざるを得ない。
 総資産で見ると、政投銀は約12兆円、商工中金は11兆円、政策金融公庫は旧国民金融公庫部門が7兆円、旧中小公庫部門が7兆円、国際協力銀行部門が20兆円であり、全て合わせても57兆円規模でしかない。この他、中小企業への信用保証や貸付枠を30兆円に拡大し、又、金融機関へは別途、新金融機能安定化法よる資本注入枠12兆円を用意したが、今回の底のない恐慌下にあってはこれだけでは全く不十分である。
 国際金融資本の『総本山』で金融の「社会主義化」が進む中、ついに与謝野財務相も『宗旨替え』を行った。10日の参院予算委で小泉政権の経済政策を「国民金融公庫とか中小企業金融公庫とか商工中金とか日本政策投資銀行とか農林漁業金融公庫とか、こういうものを結局民営化しようと。政策金融機関も不要だ(と判断した)」と評価し、「不況が来ないことを前提とした経済学で、間違いだった」との認識を示した(日経:3.11)。これは極めて重大な橋本政権以降の歴代自民党の経済政策の転換である。「金融ビックバン」・「政策金融機関の解体と民営化」・「郵政民営化」路線の完全な行き詰まりを公に認めたのである。
 3月11日の日経は政府が政投銀がCP買い入れなどを行う危機対応業務に対し、ゆゅうちょ銀などが基金に政府保証つきで低利融資すれば、政投銀の緊急融資枠を数兆円に拡大でき、一方でゆうちょ銀行の余剰資金の運用先も増えるとする“観測記事”を1面トップに持ってきた。このストーリは既に有田哲文・畑中徹氏らが「政投銀が貸出しをする資金の出所の大半は、財務省から借りる財政融資資金や政府保証債を発行して調達したものだ。現在の財政融資資金は財務省が市場から集めたお金だが、かつては郵便貯金や年金から強制的に集められた財政投融資資金が使われていた。その政策投資銀行は2008年10月に国が株式を持つ特殊会社になり、2012~2014年までに完全民営化する。完全民営化されれば自分で債券を発行して資金を調達しなければならなくなる。…それよりも郵便貯金と一緒になったほうが調達にかかるコストが安いのではないか、という見方が出ている。…そんなことになれば、かつて調達を把っていた郵便貯金と運用をしていた政府系金融機関が元のサヤに収まることになる。」と指摘しているものである(『ゆうちょ銀行』東洋経済新報社2007.9)。

7 財政投融資制度の「改革」は何のためだったのか
 そもそも、財政投融資制度の「改革」は2001年4月に始めたが、それまでは、郵便貯金は全額が大蔵省所管の資金運用部特別会計に預託されていた。それをやめて、郵貯は郵貯で自主運用、資金運用部特別会計は「財政融資資金特別会計」と名称変更して、財投債を発行して資金調達し、商工中金などの各財投機関は財投機関債を自らが発行して資金調達するというスキームであり、郵便貯金・資金運用部・財投機関の三者全体が巨大な金融機関として繋がる仕組みを解体「民営化」しようとする目論見であった(小西砂千夫:『特殊法人改革誤解』東洋経済新報社:2002.8.22)。小西氏は「財投というシステムそのものの欠陥であったのか、財投という政策手段を使いきれなかった政治の問題であるのか」と問い、「財投というシステムはそれなりに制御できるようなシステムになっており、その政策手段を後年度の負担を考えて慎重に運用できないことに原因があった」とし、「財投というシステムに切り込むのではなく、その政策手段のガバナンスを高める仕組みを開発」すればよかったと批判し、「政策手段を破壊することは、本当は危険である。経済運営における危機管理ができなくなる」と警告していた(同上)。そして、今回、経済恐慌下で小西氏の警告どおりの結果が招来している。国際金融資本のいわれるままに「郵政解散」まで行ってシステムを破壊した責任はいったい誰が取るのか。

8 レモン社会主義
 NY株価に連動し、3月10日の日経平均は7,000円割れ目前まで下げバブル後最安値を付けた。こうした中、公的金融を一方的に収奪しようとする動きもある。政府・与党は銀行等保有株式機構の20兆円枠を使って株式指数に連動する上場投資信託(ETF)を買い取る検討を始めた。この原資を政府保証するというものである(日経:3.7,3.13)。3月7日付けの日経社説は「三月末の決算期を前に、企業が資金調達に四苦八苦している。平時なら十分に存続できる企業もがカネ詰まりで破綻してしまうようなら、日本経済にとって重大な損失となる。政府・日銀は公的金融も活用して資金繰りを死守してほしい」と、これまでの主義・主張を180度転換したかのようである。しかし、政府が直接介入して株価を買い支えるというのは常軌を逸している。ポール・クルーグマン教授は米政府の銀行救済策を”lemon socialism”(レモン社会主義)と皮肉っているが、これは「socialized losses, privatized profits(損失の社会化、利益の私物化)」である(NYT:1.30)。2008年中の外国人の日本株の売越額は3.7兆円であった(日経:2009.1.15)。さらに今年に入っても2.2兆円もの売り越しをしており(日経:3.13)、日本経済の相対的状況及び円ドルの為替レートから、まだ比較的有利な日本の市場から急速に資金を引き揚げている。こうしたところに公的資金を原資にした資金を突っ込んでも国際金融資本の餌食になるだけである。

9 政策転換に露骨に反対する国際金融資本のエージェント=マスコミ
 ところで、今回の経済政策の転換へのマスコミの反応は“悲惨”なものがある。上記の与謝野氏の発言について、朝日(3.13)は小さな囲み記事程度の扱いであり、他紙はほとんど無視である。また、3月10日の日経社説は「麻生政権には小泉政権以来の構造改革路線にブレーキをかける閣僚が少なくない」とし、6日の参院予算委で与謝野氏が「一時期、規制緩和はすべて善であるという信心がはやったが、間違った信心だ」と述べたことに、「反改革の流れを見すごすことはできない」と国際金融資本を代弁した批判に終始している。日本の資金を“勝手に”日本国内で使われては困るのである。
 その一方で各紙・TVは何の裏づけも取らず、西松建設献金問題や拉致被害者と金賢姫“元工作員”?との会見の怪情報を垂れ流し続けている。経済が恐慌の谷へと重落下しつつある中、何としても日本の資金を確保したい国際金融資本は必死である。北朝鮮が人工衛星を打ち上げるとするものをMDで打ち落とすと挑発し、6カ国協議の合意事項を無視して東アジアにおける緊張を煽り日本に揺さぶりをかけている。
 3月8日のテレビ朝日「サンデー・プロジェクト」で、田中真紀子氏は、「既得権益を守りたい1割の勢力が政権交代を絶対に阻止したいと考えている。検察・メディアを活用して世論の誘導を働きかけている。日本人がどれだけマチュア(成熟している)であるかが試される」と述べ、また、政治学者の飯尾潤氏も民主党に対し「代表の問題を組織としてうまく処理できないようでは、政権を担当してからも難題を自ら解決できないのではと疑われる。そう考えれば、この問題は、民主党が政権担当能力を示すべき機会なのである。」(福井:2009.3.10)と分析している。正に今、日本人とその政党の成熟度が試されている。

 【出典】 アサート No.376 2009年3月21日

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【本の紹介】『小林多喜二-21世紀にどう読むか』

【本の紹介】『小林多喜二-21世紀にどう読むか』
               著者 ノーマ・フィールド
               岩波新書 2009年1月20日発行 780円+税

<<恐慌の「心的な前触れ」>>
先月の2月1日に放映されたNHKのETV特集「しのびよる破局の中で」に出演した辺見庸氏は、昨年2008年6月8日の秋葉原事件を取り上げ、これは三ヵ月後の株の暴落を端緒とする金融恐慌、そして経済恐慌への「心的な前触れ」であった、と指摘している。
この事件は周知のように、25歳の、トヨタ自動車系列大手、関東自動車工業の工場への派遣社員であった男性が、レンタカーとして借りた、赤い帯の入った白色の2tトラックで東京・秋葉原交差点の赤信号を突っ切り、横断中の歩行者を跳ね飛ばし、タクシーと接触して停車して車を降りた後、道路に倒れこむ被害者や救護にかけつけた通行人・警察官を立て続けに、所持していた両刃のダガーナイフでメッタ刺しにし、7人を死亡させ、10人に重軽傷を負わせた事件である。すでに進行しつつあった派遣切りに直面して、「生活に疲れた。世の中が嫌になった。人を殺すために秋葉原に来た。誰でもよかった」などと犯行の動機を供述していることからして、これはすでにその時点で、個人的な特異な事件といったものではなく、こうした青年を救い得ないセーフティネットの欠落した日本の政治・経済・社会が招いた、重大な社会的事件であったと言えよう。
辺見氏は、この事件と関連して、1929年~36年のまさに大恐慌期に活躍した作家・夢野久作の作品「れふきうた(猟奇歌)」から次の二首を取り上げ、
「自分より優れた者が 皆死ねばいゝにと思ひ 鏡を見てゐる」
「白塗りのトラツクが街をヒタ走る 何処までも/\ 真赤になるまで」
秋葉原事件と、そのあまりにも酷似した「心的」状況、今の時代の特有の悪、「忍び寄るかつてない破局」を警告する。
この「猟奇歌」を読むと、さらに
「自分が轢いた無数の人を  ウツトリと行く手にゑがく」
「殺すくらゐ 何でもない と思ひつゝ人ごみの中を 濶歩して行く」
「満洲で人を斬つたと 微笑して 肥えふとりたる友の帰り来る」
という歌が見られる。この三首目はまさに、恐慌の解決策を満州に求めた1931年9月18日の満州事変、大日本帝国陸軍・関東軍が自ら鉄道線路を爆破し、満州(現中国東北部)全土の占領に乗り出した時代状況と重なっている。

<<パンデミック>>
辺見庸氏はさらに、現在の危機的状況は「単層」のものではなく、1920年段階とも30年段階とも違った、異質の危機、破局が同時進行するパンデミック(ペスト、インフルエンザのような感染大爆発)だと指摘する。そこでは、人々は一切の権利がない、保障されない、ポイ捨てできる存在としての人間という商品に落とし込められる。しかし、逆に今は、人間の価値を問い直すチャンスでもある、と指摘して、フランスの作家アルベール・カミュの『ペスト』を取り上げる。最初は人々は、ネズミの死体を見てまさかと思う、つまり過小評価する。とんでもない事態が進行しているとは思いたくない。そしてペストが蔓延してしまうと、事態をごまかし、つらさを隠し、これは一時的なものだと考え、ペストでの死者をその日の数だけでしかみなくなって、日常化し、慣れてしまう。カミュの言葉、「絶望に慣れることは、絶望そのものよりもさらに悪いのである。」を引いて、辺見氏は、今のわれわれはこうした「無意識なすさみ」の中にあると指摘する。
1943年のドイツ・ナチス軍の占領中に書かれ、戦争、ファシズムという疫病に対する抵抗を象徴する作品として受けとめられたこの『ペスト』では、「天災というものは、事実、ざらにあることであるが、しかしそいつがこっちの頭上に降りかかってきたときは、容易に天災とは信じられない。この世には、戦争と同じくらいの数のペストがあった。しかも、ペストや戦争がやってきたとき、人々はいつも同じくらい無用意な状態にあった。」と述べられている。
こうした事態の中で、『ペスト』の主人公・リウーは、「ただひざまずいて、すべてを放棄すべきだなどといっている、あの道学者たちに耳を貸してはならぬ。闇の中を、ややめくら滅法に、前進を始め、そして善をなそうと努めることだけをなすべきである。」という立場を堅持し、「聖者に対してよりも敗者に対して連帯感を持つ」と語る。
新潮文庫版の訳者である宮崎嶺雄氏は、「誠実の人リウーを中心に、神を信じるパヌルーから理性を信じるタルーにいたるまで、できるだけ広く人々の立場を糾合して、「人間」のための強力な人民戦線を結成しようとしているように見える。コンミュニスムとキリスト教とのあいだに、より人間的な第三の道を求めようとしているカミュの立場を、これほど遺憾なく表現しえている作品はない。」と解説している。

<<『蟹工船』ブーム>>
さてここで、ノーマ・フィールド著の『小林多喜二 - 21世紀にどう読むか』の紹介である。
著者のノーマ・フィールド氏は、「エピローグ - 多喜二さんへ」の中で、「この原稿に向かったとき、『蟹工船』ブームなどおよそ想像もできませんでした。あなたについてものを書くことが世間によって認められることは喜ぶべきなのでしょう。でも、格差社会に喘ぐ人たちが増えたためのブームである以上、憂うべきだという考え方もあります。・・・今、読者が『蟹工船』を買うだけでなく、実際読んでいるなら、自分たちの現状を、驚きをもって認識する手がかりであることを発見するはずです。そして、そこからあなたの他の作品に手を出し、人々が、団結のために葛藤する姿を見て欲しいのです。それは連帯への欲求に目覚めるために、です。かすかになってしまったこの欲求自体に息を吹き込むために、です。」と述べている。
著者が指摘するように、非正規雇用の増大、ワーキングプア層の拡大、そして経済恐慌の進展と同時にそれに先駆けて無慈悲に推し進められた派遣切り、こうした社会的経済的背景のもとに、昨年は小林多喜二著『蟹工船』が再評価され、書店の目立つ一角を占め、新潮文庫の『蟹工船・党生活者』が50万部以上のベストセラーとなり、流行語大賞の中にもあげられる事態となった。
この『蟹工船』は、全日本無産者芸術団体協議会の機関誌『戦旗』1929年の五月号、六月号に発表されたが、六月号は発売禁止となり、その後戦旗社から三つの単行本として刊行され、二つの版は発売禁止となり、直接配布によって総計3万5千部が売り尽くされたという。当時の状況下では異例のベストセラーであった。しかもこの作品中、十章の献上品の缶詰に「石ころでも入れておけ!」という文章で作者は召還され、1931年に不敬罪で追起訴を受けている。それにもかかわらず、同年八月の『読売新聞』紙上では、この作が1929年上半期の最大傑作として多くの文芸家から推薦されたという(角川文庫版の手塚英孝「作品解説」による)。さらにこの『蟹工船』はいち早く舞台化され、翻訳を通して世界に広がり、1933年までに中国語、ロシア語、英語に訳されたのである。
それが80年後の今日にブームとしてよみがえった。ノーマ・フィールド氏は、「ブームはつくられるものであると同時に起こるものである。意図的な働きかけと幅広い状況の出会いであり、偶然と必然の融合でもある。」と指摘している。まさにそのとおりであろう。氏は、「『私たちはいかに「蟹工船」を読んだか』に集められた2008年のエッセ-コンテストの入賞作に、ネットカフェ部門の23歳の男性の詩」の中程の二行
「足場を組んだ高層ビルは 冬の海と同じで 落ちたら助からない。
でも落ちていなくても もう死んだも同然の僕だ。」
を引用し、「ひとつのイメージで多喜二の作品と現在を見事に結び付けている。」と述べている。
雨宮処凛著『闘争ダイアリー』(集英社、2008年5月10日刊、1470円)でも、著者は「生まれで初めて『蟹工船』を読み、打ちのめされた。それと同時に、『蟹工船』の時代に逆戻りしていることをひしひしと惑じた。共通点はいくつもある。例えば、集団で貧しい人々が蟹工船に乗り、働かされる。出身は、函館の「貧民窟」や東北の農家。「斡旋屋」が絡み、働く人々は蟹工船に乗るまでの汽車代、そして毛布代や布団代などを取られ、蟹工船に乗る時点で既に借金を抱えている。・・・一方、現代のプレカリアートたちはどうか。「斡旋屋」ではなく、人材派遣会社は北海道や東北、沖縄などに多くの事業所を抱えている。どこも若年失業率が高く、最低賃金の安い地域だ。そこで「月収30万可能」などという誇大な求人広告をバラまき、入を集め、まるで人さらいのように群馬あたりのトレーニングセンターに連れていく。そこから全国の工場に「派遣」する。しかし、給料からは寮費や光熱費、そして布団やテレビやこたつやカーテンの「レンタル料」が差し引かれ、手元にはいくらも残らない。」「私たちは蟹工船に乗っている。知らないうちに」と述べている。
これは必然的な出会いであったとも言えよう。しかしこの出会いは、ノーマ・フィールド氏の言うように「人々が、団結のために葛藤する姿を見」、「連帯への欲求に目覚め」、「かすかになってしまったこの欲求自体に息を吹き込むために」、生かされねばならないであろう。
小林多喜二の時代の当時の共産党の社会ファシズム論や社会民主主義主要打撃論は、いまだに現在の共産党によって克服されたとは言い難い状況ではあるが、カミュが指摘するような地道で誠実な闘い、以前とは質的にも異なった幅広さと裾野の広い闘いこそが、今次恐慌の中で問われていると言えよう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.376 2009年3月21日

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【投稿】オバマ政権「チェンジ」の放棄と麻生政権の混迷

【投稿】オバマ政権「チェンジ」の放棄と麻生政権の混迷

<<「対テロ戦争」の継続>>
 「今日から米国再生に取りかかる」。1/20、黒人として初めて米国大統領に就任したオバマ氏は、会場を埋め尽くし、期待を込めて見守る人々に向かってこう高らかに宣言した。しかし、その期待に反し、新大統領は「わが国は暴力と憎悪の広範囲におよぶネットワークと戦争中だ」と述べて、ブッシュ前政権がそうした事態をもたらした責任についてはなんら触れることなく、それを「チェンジ」することにも触れず、「暴力と憎悪の広範なネットワークに対する戦争を戦う」という表現で、引き続き「対テロ戦争」を続行させることを明らかにした。
 さらにオバマ氏は、「われわれは自分たちの生き方について謝ることはしないし、それを守ることに躊躇はしない。そして、テロや罪のない人々をあやめて目的を達しようとする者に断言しよう。今こそわれわれの精神はより堅固であり、打ち負かされることはない。われわれは勝利する」と断言し、「コンコード(独立戦争の激戦地)、ゲティズバーグ(南北戦争の激戦地)、ノルマンディー(第2次世界大戦で連合軍が上陸作戦を行った場所)、そしてケサン(ベトナム戦争の激戦地)のような場所で闘い、死んでいった人々のこと」を賞賛し、「今このときも、はるか遠くの砂漠や山岳地帯をパトロールしている勇敢な米国人」に感謝の念を捧げる。しかし、アメリカの独立戦争や反ファシズム戦争は肯定しえても、ケサンはベトナム人民のアメリカの帝国主義・植民地戦争に対する独立戦争の激戦地である。これは、こんな程度の歴史認識しか持たず、アメリカの負の歴史についてさえ何の反省も教訓をもいまだに見出していないオバマ氏の立ち位置を明らかにしている。
 こんな認識であればこそ、引き続き「対テロ戦争」を続行させ、「自分たちの生き方について謝ることはしない」のであろう。オバマ氏は、「我々は責任を持って、イラクをその国民たちにゆだね、アフガニスタンでは苦労して得た平和の構築を始める」とあいまいな表現で述べているが、対イラク戦争・対アフガン戦争を開始したブッシュ政権の責任については一切触れず、なおかつそのブッシュ政権の国防長官ロバート・ゲーツをはじめイラク・アフガン戦争泥沼化に責任ある軍上層部をそのまま新政権に引き継ぐという、政権交代時には前例がない、前政権の戦争政策はそのまま引き継ぐという意図を明確にしたのである。大統領選最中に表明していた、ブッシュの一方的強行路線から、国際協調と対話路線が、政権発足と共にあいまいにされ、就任演説でもぼやかされ、現実に、1万7000人規模のアフガン派兵増派を直ちに決定したことは、オバマ政権によってはこれまでの戦争政策が「チェンジ」されるものでないことを明らかにしたといえよう。
 オバマ大統領は、初のアフリカ系アメリカ人の大統領就任という極めて大きな歴史的意義をもっていることからすれば、オバマ氏こそがアメリカ社会から無視され、抑圧・差別されてきた人種や民族、性差、そして何よりも貧富の差について、これらを克服する社会的政治的意義を明確にし、「チェンジ」する意義をこそ鮮明にすべきであったといえよう。しかしオバマ氏は、そのことをあえて避けたのである。

<<「チェンジ」から「責任」へ>>
 オバマ氏は就任演説の冒頭で「われわれはいま危機の真っただ中にある。果てしない暴力と憎しみに対し戦争を続けている。一部の強欲で無責任な人々のせいだけでなく、皆が困難な道を選び次の世代に備えることができなかった結果、経済はひどく脆弱になってしまった。家を失い、仕事は減り、商売は行き詰まった。医療費は高過ぎ、学校制度は失敗している。われわれのエネルギーの使い方が、敵を強化し、私たちの星を脅かしているということが日々明らかになるばかりだ。」と嘆いている。
 しかし、この深刻な経済恐慌から脱出する最大の近道は、前政権の戦争政策を全面的に否定し、戦争経済から平和経済への転換を明確にすることである。この転換は、大統領選の最大のテーマであり、その点であいまいであったヒラリー候補をもかわすことができたオバマ勝利の最大の要因であったことからすれば、即刻可能であり、しかもそれが及ぼす積極的プラス効果はアメリカ国内のみならず、全世界に計り知れないほど大きい。そうした転換こそが、期待されていた「チェンジ」であり、対イラク・対アフガン戦争、好戦的愛国主義とそれに基づいた民主的諸権利の剥奪、社会的不平等と格差の前例のない拡大、ブッシュ政権時代の悪夢に終止符を打ち、市場原理主義がもたらした史上最悪の経済危機から脱出するオバマ政権の中心的課題でなければならなかった。
 しかしそうした「チェンジ」をオバマ氏は選択しなかった。「チェンジ」への期待を打ち砕いたのである。当然というべきか、就任当日のニューヨーク株式市場のダウ平均株価は8,000ドル以下に急落し、前週末比332.13ドルという暴落、歴代大統領の就任日としては史上最悪の下げ幅となった。
 そしてオバマ氏が「チェンジ」の代りに、政権発足のその日に提起したのが「責任」であった。オバマ氏は言う、「いま求められているのは、新たな責任の時代だ。不承不承ではなく、むしろ喜びをもって進んで責務を果たすことだ」と。そして金融破綻を含めた現在の危機を「私たち全員の失敗」と言い、「新たな責任の時代であり、国民一人一人が自分自身と米国、世界に義務を負うことを認識しなければならない」とまで言う。
 翌日のニューヨーク・タイムスとワシントン・ポストのトップ記事の見出し は、「新たな責任の時代」であった。ウォールストリート・ジャーナル紙は、「スピーチに込められたメッセージは、危機の原因をブッシュ政権やウォールストリートや、今日経済的な損失を被ったものを批判するだけでは充分ではなく、国民総体がそれに連座・共謀したということを受け入れなければならないということだ」とまで書いている。オバマ演説の本質があけすけに語られている。これは、ブッシュ政権やウォールストリートや富裕層やその政策遂行責任者を免罪した総懺悔論である。その典型が、ニューヨーク連邦銀総裁のティモシー・ガイトナーの財務長官への任命である。ガイトナー氏こそは、ブッシュ政権下での金融危機に、バーナンキFRB議長やポールソン前財務長官とともに重大な責任を追及さされるべき当の人物である。こんな人物を財務長官に昇進させたのである。逆に、その被害にあった当事者にまで責任を転嫁し、すべての国民に対して「不承不承ではなく、むしろ喜びをもって」これエから償ってもらうことを予告する「新たな責任の時代」の到来である。これは、これからも一層深刻化し、拡大するであろう金融危機、経済恐慌の原因を、わざわざ曖昧模糊たるものにして、その真の原因を隠蔽し、その責任者を救済し、さらに社会保障やセイフティネットなどの政府支出の削減と抑制を正当化することを宣言したようなものである。

<<クリントンの「成果」>>
 そして一方的に米政権に追随し、そのことによってよりいっそう危機を深めてきた日本の政治的経済的危機が、いよいよ混乱の極みに達してきている。
 麻生政権はもはや風前の灯となりながら、与党連合には泥舟から逃げ出そうとする政治的雪崩現象が起きている。日本の政局は、わが息子に議席を世襲するという前時代的選択しかできなかった、ブッシュに追随し、ブッシュに奉仕すること、その弱肉強食と自由競争原理主義を露骨に実践し、日本社会を一路破綻に導いてきただけの元首相が一言、現首相を批判しただけで、収拾がつかないくらいの混乱である。この深まる政治的経済的危機の被害を受けている庶民の目から見れば、まさに「怒るというより笑っちゃうくらい、ただただ、あきれている」のは、まさにこの発言をした小泉氏とそしてこれに受けて立つこともできない麻生氏、両氏に対して、自民公明連合政権に対してなのである。小泉氏の発言は、かんぽの宿売却問題をめぐる小泉・竹中・オリックス宮内連合の悪事が暴露され、徹底追求されることへの恐れと苛立ちからであることは明白である。これに差別的極右反動的発言をあえてすることに存在意義を見出してきた中川財務相のG7での泥酔記者会見が、さらに麻生首相を追い詰め、この思想的同志をかばい、ついにかばいきれなくなった顛末は、麻生による解散・総選挙を決定的に不可能なものにしてしまったといえよう。
 今や麻生内閣の支持率は、10%台どころか、ついに一桁の9・7%という世論調査まで現れている(日本テレビ、2/13~15調査)。
 この日本の政局の混乱のさなかにヒラリー・クリントン米国務長官が来日し、日本政府との間で、在沖縄米海兵隊のグアム「移転」に関する協定の署名を獲得したのであった。この協定で、米海兵隊のグアム「移転」に関して、日本側が経費の六割にあたる約61億ドルを拠出することを再確認し、同時に協定は、米政府がグアム「移転」に必要な措置を進めるには、沖縄の普天間基地に代わる新基地建設(同県名護市)で日本政府が具体的な進展を図ることが「条件」だとまで明記させている。これは、06年に日米両政府でまとめた「ロードマップ」を、急遽、協定にあえて「格上げ」したものであり、協定は国会の承認を必要としており、政府・与党は協定批准承認案を今国会に提出する方針である。それが今回急に浮上してきたのは、「衆院で三分の二の勢力があるうちに、条約と同レベルの拘束力を持つ二国間協定を結び、政権交代が実現しても、合意内容が変更されたり破棄されることがないよう縛りをきつくする」ものであることが明白である。沖縄県民の意思とかけ離れたこの協定は、さらに「移転」目的以外の使用は認めないと言いながら、実際にはグアムでの米軍基地増強のために、財政支出の対象が際限なく拡大する余地と危険性を内包したものである。
 2月18日付け沖縄タイムスの社説は「[グアム協定署名]むなしく響く負担軽減」と題して、「協定締結の動きが突然、表面化し、内容(全文)も知らされないまま、あっという間に協定が交わされ」、「グアム移転協定の中身は、県民生活に深くかかわり、県の将来を大きく左右する。県議会が昨年七月、「名護市辺野古沿岸域への新基地建設に反対する意見書」を賛成多数で可決したのは、問題の重大さを認識したからだが、県議会の意志は今回、一顧だにされなかった。」ことを糾弾している。
 さらにクリントン国務長官は、麻生政権の先行きに対する不安から、民主党の小沢一郎代表との会談を実現させ、小沢氏からは「私は日米同盟が大事であることを、ずっと以前から、最初から唱えてきた」との言質を取り、小沢氏は「国務長官と継続して話ができるよう、選挙で勝つ」と述べ、「政権交代」に強い意欲を示したという。
 小沢氏は、2/16に放送されたFMラジオの番組で、アフガニスタンへ米軍を増派するオバマ政権の方針について「いくら兵隊を派遣したって絶対に勝てない。ベトナム(戦争の経験)で分かってる」と述べ、疑問を呈し、日本のアフガン支援について「みんなが食べていけるように農地をつくり直して豊かにするのが一番だ。政権を託されたら、そういう貢献をする」と述べ、これまでの見解からすれば大いに評価できる意見を表明していたにもかかわらず、また、民主党は米軍普天間飛行場の県内移設に関する日米合意に反対しているにもかかわらず、いずれについても今回の会談では触れなかったという。内向けと外向けの使い分けなのであろうか、不信感を増幅させるだけである。小沢氏はこれまで「今日のアフガニスタンについては、私が政権を取って外交・安保政策を決定する立場になれば、ISAFへの参加を実現したい」として、国際治安部隊への武力行使をともなう自衛隊の派兵を主張していたことからすれば、どのような整合性をとるのか、一向に不明である。こうしたことにも民主党の不明確さと不安定性が反映されており、与野党逆転、政界再編が迫っているだけに、与党ばかりか、野党混乱の要因ともなっていることを明確にし、何を「チェンジ」すべきなのか、政策的結集軸を明確にすべきであろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.375 2009年2月28日

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【投稿】「対テロ戦争」参戦もくろむ麻生政権 

【投稿】「対テロ戦争」参戦もくろむ麻生政権 

<継接ぎだらけの海自派遣>
 政府・与党は「ソマリア沖の海賊対策」を口実に、なりふりかまわず海上自衛隊の派兵を急いでいる。
 1月28日政府は安全保障会議で護衛艦の派遣を決めた。これを受け浜田防衛相は海自に派遣準備を指令、海自は呉基地の護衛艦「さざなみ」「さみだれ」に特別警備隊を搭乗させ、ソマリア沖に送り込むことを決定した。
 そして2月20日には海上保安庁との合同訓練を実施、3月上旬の出撃にむけた準備が着々と進められている。さらに、「新対テロ特措法」に基づいてインド洋に派遣されている、補給艦と護衛艦をソマリア沖に投入する計画も明らかになっている。 
 海自の派兵は当初、交戦権を付与した「海賊対策新法」を制定した上でとされていたが、欧米各国に加えアジアでもインドに続き、中国、そして韓国も海軍艦艇の派遣を決定。
後塵を拝す形となった日本政府は、新法が間に合わないとわかるや、当面の「つなぎ措置」として自衛隊法の「海上警備行動」を根拠に、とりあえず派兵そのものはクリアしつつ、相手が海賊なので警察権行使の問題は、海上保安官を同乗させて対応するという、はじめに海自派兵ありきの、なんとも奇妙な文字通り泥縄式の弥縫策をひねり出した。
 これは陸上自衛隊イラク派兵に関する小泉総理(当時)の「陸自のいるところが非戦闘地域」との詭弁に勝るとも劣らないでっち上げである。政府は主要国の艦隊が終結している海域になんとしても、軍艦旗をはためかせたいのである。こうして決められた計画では、実際に海賊取り締りに効果があるかなどは二の次となっている。
 
<「ソマリアのボラ釣り」>
 日本では海賊について「重武装」「ハイテク装備」などと過大評価がふりまかれているが、元来地元漁民である海賊の武装は北朝鮮の工作船以下である。
 携行する火器はAK自動小銃、RPG7ロケット砲がせいぜい、母船といえども遠洋漁船程度の船体であり、実際に「獲物」を襲撃する船は木造の小型ボートがほとんどである。
 対する軍艦からみれば海賊船など取るに足らないものであり、NATO艦船の標準的な艦砲(127㎜砲、76㎜砲)が漁船程度の舟にあたれば、文字通り木っ端みじんになってしまうだろう。
 すでにロシアやインド海軍が海賊に対する「戦果」を上げているが、「オーバーキル」との批判を受けている。しかも、インド軍が昨年11月オマーン沖で撃沈した「母船」は、海賊に乗っ取られたタイのトロール漁船だったことが判明した。
 そこで欧米の艦艇は、実際の取り締りに当っては、機関銃を搭載したヘリや高速ボートで海賊を追跡、拿捕をしている。先進国の軍隊にとってソマリアの海賊を捕まえるのは、ボラを釣るように簡単なことなのだ。
 こうした状況下でも、海自としては、武器使用は原則として正当防衛や緊急避難に限られており、インド海軍の例もあるので慎重を期さざるを得ないだろう。(ただし現場では何が起こるか分からない)
 
<新法で3軍派兵>
 そのため政府としては、船体射撃や外国船の保護も可能な「海賊対策新法」を早期に制定し、大義名分が立ちやすい海賊相手に、海外での武力行使という既成事実をつくりたいのである。そして、それを突破口に次なる自衛隊の海外展開につなげようとしているのである。
 政府・防衛省はソマリア沖への艦隊派遣につづき、空中からの監視のためP3C対潜哨戒機、さらには拠点となるジプチの基地警備の名目で、陸上自衛隊をも派遣しようとしている。そして肥大化した遠征部隊への物資輸送のため、空自輸送機をも送り込む計画もある。
 これまで同時期、近接地域に、3軍部隊が派遣されてきた(イラク、クェート、インド洋)実態はあったが、ソマリア沖派兵では本格的な実戦での3軍の統合運用を行う目論見がある。
 これは海賊対策の域を大きく逸脱しており、まさに牛刀で鶏を殺すようなものである。
 
<「海賊」の次は「山賊」>
 こうした強引な軍「革」路線は、アメリカが進める対テロ戦争への本格的な参戦に通じる。
 オバマ政権は、アフガニスタンへの1万7千人の増派を決定、これにより駐留米軍は5万人規模に達する見込みである。当然国際治安支援部隊(ISAF)としてイギリス、ドイツなど既に部隊を駐留させているNATO諸国への増派、そして日本への新たな貢献も求められることになる。
 現在アフガンでは、武装勢力や部族勢力が、パキスタン国境のカイバル峠付近で橋梁を爆破するなど、ISAFの輸送ルートに対する攻勢を強めている。さらに、山岳地帯は無政府状態化し、武装強盗による村落や民間人に対する襲撃も相次いでいる。またキルギス政府は2月4日、これまで米軍に使用を認めていたマナス空港の使用停止を通告した。
 アフガンへの既存の補給路が断たれれば、ISAFの作戦遂行は計り知れない打撃を蒙るだろう。そこで山岳地帯の輸送に陸自のヘリ部隊を、との要望が強まってきているであり、麻生政権はこれを最大限利用しようとしている。
 当然、輸送部隊には警護部隊がつく。具体的には輸送ヘリに攻撃ヘリが随伴する作戦が考えられるだろうが、ソマリア沖の「海賊狩り」の次はアフガンの「山賊退治」というわけである。
 麻生政権は、こうした「実績」の積み重ねで、戦争が当たり前の国家づくり=東アジアにおける軍事的プレゼンスの強化を目論んでいるのである。
 自らが泥沼に沈むのは仕方がないが、人々を引きずり込むのを許してはならない。(大阪O)

 【出典】 アサート No.375 2009年2月28日

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【投稿】誰のための裁判員制度か

【投稿】誰のための裁判員制度か
                      福井 杉本達也 

1.国民の過半数が反対
 裁判員制度が今年5月21日より施行され、7月下旬からは実際に裁判員が加わる裁判が開始される。制度が適用される事件は地方裁判所で行われる「刑事裁判」のうち、殺人罪、傷害致死罪、強盗致死傷罪、現住建造物等放火罪、身代金目的誘拐罪などの重大犯罪についてであり、有権者から無作為に選ばれた裁判員が裁判官とともに裁判を行い、「国民の司法参加により市民が持つ日常感覚や常識といったものを裁判に反映するとともに、司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上を図ること」が目的とされている。裁判員は審理に参加して、裁判官とともに、証拠調べを行い、有罪か無罪かの判断と、有罪の場合の量刑の判断を行うことになる。
 裁判員制度については、当初国会でほぼ全会一致に近い状態で成立した(2004年5月)こともあり、具体的反対論が見られなかったが、施行間近の今になって根強い拒否論が目立つようになっている。毎日新聞の世論調査では裁判員制度を「評価する」が35%に対し、「評価しない」が56%を占めている。また、「一般市民が死刑判決にかかわること」について、68%が反対している(毎日:2009.1.28)。

2.法曹人口の拡大と裁判員制度は表裏一体
 2001年6月に出された『司法制度改革審議会意見書』は、改革の柱として特に①「司法制度を支える法曹の在り方」②「『国民的基盤の確立』のために、国民が訴訟手続に参加する制度の導入」を柱として掲げている。つまり、法曹人口の拡大と裁判員制度は「司法制度改革」の根幹であり裏表のセットなのである。
 このうちの①法曹の在り方について、意見書では「〇弁護士が、国際化時代の法的需要に十分対応するため、専門性の向上、執務態勢の強化、国際交流の推進、法曹養成段階における国際化の要請への配慮等により、国際化への対応を抜本的に強化すべきである。〇日本弁護士と外国法事務弁護士等との提携・協働を積極的に推進する見地から、例えば特定共同事業の要件緩和等を行うべきである。」(『意見書』「司法制度を支える法曹の在り方」2001.6.12)という表現で書き込まれ、2004年4月から法科大学院が開講し、法曹3000人化計画として走り出している。

3.司法改革は1994年の米国の要求から始まった――代理人は宮内義彦氏
 そもそも、司法改革を最初に打ち出したのはオリックスの宮内義彦氏である(関岡英之『奪われる日本』講談社新書・田中克人『殺人犯を裁けますか?』駒草出版)。宮内氏の見解は経済同友会の「現代日本社会の病理と処方」(1994.6)の中に反映され、日本社会の病理を行政の肥大化にもとめ、その処方箋は行政に代わって司法の役割を増大させるべきであるとする。グローバル化・規制緩和の進行の中で、司法は行政追随と批判されても仕方がないような消極的態度から、時代に合った法判断を適切に行い、個人も社会的ムードや体勢に流されない確固とした態度を身につけるべきであるとし、①法曹人口の大幅増員 と②抜本的司法改革への着手の2点が提言されている。さらに、宮内氏は、「司法改革委員会のような強力な組織を作り、司法はどうあるべきか基本論を戦わせなければならない。法曹関係者を排除して、利用者である国民中心の議論の場とすべきです」(「日本の司法をどう変える②」日経:1998.2.15)と、「利用者である国民」の名を騙り、専門家を出来るだけ排除し、誰が選んだかわからないような委員により、国民の目から真実を隠し、密室審議を進めようとしたのである。
なぜ、密室でなければならないのか。宮内氏が主導してきた「規制改革委員会」「総合規制改革会議」同様、その種本は『米年次改革要望書』にある。年次要望書は1993年4月の宮澤・クリントン会談により決定されたものだが、第1回の1994年から早速、米国は日本の法制度の規制緩和を要求し、「Eliminate all restrictions on the ability of foreign lawyers to represent parties in international arbitrations conducted in Japan」(1994.11.15 「米年次改革要望書」米国駐日大使館HP:英文のみ)と述べ、国際的な裁判における外国人弁護士の日本参入への規制緩和を要求している。さらに1996年には「司法研修所の司法修習生受入人数を年間1500人以上増やすこと」(1997.11.7「米年次改革要望書」)を要求している。イラクのマリキ政権は我々日本人から見れば米軍の傀儡政権である。その傀儡政権と見られるマリキ政権でさえ、米軍の撤退次期を明確にするとともに、基地外で米兵が犯した重大犯の裁判権がイラク側にあることを明記している(日経:「イラク議会・地位協定承認」2008.11.28)。国際社会でどこに法曹の数まで一々“宗主国”の指示に従う国があろうか。宗主国の意向に従った結果はすぐに表れた。日弁連は2008年7月18日に法曹人口の拡大の「ペースダウン」についての緊急提言を行ったが、当時の町村官房長官から「見識を疑う」と一蹴されてしまった。

4.将来の紛争予防措置として出された『中間報告』
 では、もう1本の柱である裁判員制度については、これだけ国民に反対の多い中で、なぜ今持ち込もうとしているのであろうか。疑問を解く鍵は審議会の『中間報告』(2000.11.20)にある。報告は、司法改革の目的について、我が国は「世紀を終わろうとする今、膨大な財政赤字と経済的諸困難を抱え、ある種の社会的閉塞感にさいなまれている」と国際金融資本によるグローバル化への閉塞感・危機意識から説き起こしている。その中で我が国の現状は「様々な国家規制や因習が社会を覆い、社会が著しく画一化、固定化し…内外の時代環境の変容に対応する柔軟かつ力強い国政の運用が阻害されてきた」として、国民の所得格差を是正し福祉社会を目指す社会的規制を一括りにして切捨て、「この国の基層にあった集団への強い帰属意識とそこから醸成される使命感、連帯感が…加速的にグローバル化の進展する国際社会にあって十分な存在感を発揮していく上で、決して第一級のものとは言い難い。」と社会の連帯意識をグローバル化への桎梏とみなす。そして、「我が国は、このような危機感と問題意識に立って…政治改革、行政改革、地方分権推進、規制緩和等の経済構造改革等を構想・具体化し既に実施に移しつつある。」と規制緩和・構造改革の新自由主義イデオロギーの一連の流れを諸手を挙げて評価し、「国民一人ひとりが、統治客体意識から脱却し、自律的でかつ社会的責任を負った統治主体として、互いに協力しながら自由で公正な社会の構築に参画していく」として、「客体」から「主体」へ、「依存」から「自律」へという掛け声の下、国民の意識を国家に、しかも国民の生命・財産を国際金融資本に売り払うとんでもない国家に絡めとり、「今般の司法制度改革はその最後の、かなめとも言うべきものである」とし、「司法改革は、従前の静脈が過小でなかったかに根本的反省を加え、世紀のあるべき『この国のかたち』として、その規模及び機能の拡大・強化を図ろうとするものである」と結んでいる。
 ようするに、国際金融資本への売国政策によって国民の不満が高まることを恐れて、あらかじめ国民の意識を国家に絡めとり、国家の暴力装置である「司法権力」を強化し、属国の『この国のかたち』を死守しようとすることがその目的である。

5.日弁連はどう対応したのか?
 日弁連の司法改革への対応について、宮本康昭弁護士(判事補再任拒否事件当事者)の『司法制度改革の史的検討序説』(『現代法学』第10号)が詳しい。1998年7月の日弁連司法改革推進センターの見解は「規制緩和政策に基づく国家改造計画のひとつとしての司法再編」「外国からの規制緩和要求に応じ、司法の国際基準へ適合させるための司法再編」の恐れがあるとしながらも、司法改革の要求について客観的に一致する部分があるとし、「このチャンスは千載一遇のものとして、利用に値する」と評価したのである。宮本氏の言葉では総論不一致・各論一致という「同床異夢の意識を持ちながらも尚かつ司法制度改革の流れに乗っていくのが正しいと決断した」というのが日弁連の答えである。
しかし、日弁連のこの目論見は「中間報告」で「改革」の方向性を事実上付けられてしまった。残る課題は「国民の司法参加」という“曖昧な”言葉を何によって担保するかであった。日弁連の主張する陪審制とそれに反対する最高裁・法務省側の「総論不一致」の妥協の産物として突如出されたのが「裁判員制度」である(2001.1.30「第45回審議会」)。この“日本的造語”「裁判員」は有罪か無罪かだけを決める陪審制よりも、有罪の場合量刑まで決めるという限りなく参審制に近いものであった。しかも、参審制は裁判官は、良心に従い日本国の「憲法及び法律にのみ」拘束されるとする憲法76条で保障されている裁判官の独立を侵すものとして、限りなく憲法違反に近いとするのが通説であった(上記・田中克人)。
 日弁連は「同床異夢」のまま2階に上がったものの会議の途中ではしごをはずされてしまったのである。それは、国際金融資本に主導された一連の「改革」の流れを、「司法改革」だけなら自らの力だけで分離できると誤認したからに他ならない。

6.裁判員制度から民事訴訟をはずした理由
 では、裁判員制度は「市民が持つ日常感覚や常識といったものを裁判に反映する」といいながら、なぜ、「刑事裁判」に、しかも殺人罪などの重大犯罪に絞ったのであろうか。審議会の当事者であった井上正仁東大教授(刑事訴訟法)は、「私も個人的には、刑事で、しかも特に重大な事件とうのが本当に適切だったのかどうか、再考の余地があると思いますが、審議会の圧倒的多くの方の意見は、そういうことでした。」(『ジュリスト』2004.6.1)と述べている。当事者さえ嘆く裁判員制度とは何なのか。市民の目線で裁判をするならば「民事訴訟」や「行政事件訴訟」の方がより市民の目線で裁判ができるのではなかろうか。
 民事訴訟について関岡氏は「自国企業が外国企業と争う裁判では、陪審員は自国の企業に有利な判決を下すケースが多い。アメリカで裁判に訴えられ、アメリカ人陪審員に不利な判決を下され散々泣かされてきた…日本の司法改革案では、陪審員(裁判員)制度は重大な刑事犯罪の裁判に限ってのみ導入され、これならアメリカはまず関係ない。(『拒否できない日本』文藝春秋社2004.4.20)とし、「民事訴訟」を裁判員制度から抜かした理由を上げている。
 一方「行政事件訴訟」の場合はどうであろうか。「国相手の訴訟では、被告側は親方日の丸、税金で訴訟を行う。担当者は、十分給料を貰っている。負けても、『まだ最高裁がある』と上告する。上級審は結構行政側に理解がある。…1審で勝っても、最終的に勝つのはさらに長い道のり。兵糧攻めで、弾も食糧も尽きて降りざるを得ない」(阿部泰隆神戸大学名誉教授HP)のが現状であり、国家の牙城に楯突くストーリーは「改革」の最初から排除され、ろくろく検討もされた形跡はない。

7.たった3日の審理で何がわかるのか
 狭山事件の石川一雄氏とお会いする機会があった。誘拐の脅迫状を書いた万年筆を発見したとされる焼失した鴨居を復元したとのお話をされた。氏の家屋が焼失したことを知らなかったが、1971年に氏宅を訪問した折、氏のご両親から丁寧に鴨居の説明をしていただいた。鴨居からの万年筆の発見は事件後3ヶ月も経過した3度目の捜索によるものである。鴨居は175cmと少し背伸びすれば私の身長でも十分見通せる位置にあった。警察による物的証拠の捏造が疑われる。裁判員制度では、一般の裁判員を集めて集中的に審理を行うことになる。結論を出す期間はせいぜい3・4日間である。とすれば、公判前に整理手続きで、何を裁判員に見せるかを限定せざるを得ない。事前にこうした物的証拠のスクリーニングがかけられてしまう。

8.やわらかなファシズムへの動き
 オリックスへの「かんぽの宿」の売却を巡る疑惑がテレビや新聞を賑わしている。しかし、不思議なことに「かんぽの宿」売却と「郵政民営化見直し」麻生発言を意図的に結び付けない報道がなされている。新聞で最もひどいのが「かんぽの宿―筋通らぬ総務相の横やり」「西川社長が説明した内容は、しごくもっともに思える。」と書いた朝日新聞であり(社説:2009.1.18)、「総務相の『待った』に異議あり」と書いた日経新聞である(社説:2009.1.9)。 2月13日のテレビ朝日「報道ステーション」では、「かんぽの宿」疑惑が拡大するなかで、司会の古舘伊知朗氏は懸命に、「国民の多数が支持した郵政民営化」と「個別問題である「かんぽの宿疑惑」」とを完全に切り離して考えなければならないと絶叫し続けたが、古舘氏の意図と裏腹に、コメンテーターの寺島実郎氏は「「かんぽの宿」疑惑は郵政民営化が一体なんだったのかという根本的な問題を投げかけるテーマだ」とコメントし、両問題が一体的であり、国民の財産の叩き売りであり、郵政民営化の「影」(鳩山郁夫総務相:2.17会見)であることを明らかにした(植草一秀Blog「知られざる真実」2009.2.13)。宮澤内閣不信任案可決後の選挙戦まっただ中の1993年7月にクリントン大統領が訪日し羽田孜氏など当時の野党指導者と会談し露骨な政治介入を行った。“奇しくも”(?)2月16~18日にはクリントン国務長官が訪日し小沢氏と会談した。国家破綻の危機に臨み、クリントン氏は小泉氏・竹中氏の約束した大量の請求書を持って日本を外遊先の1番最初の訪問国に選んだことは間違いない。我々は、マスコミや日本国家全体が国際金融資本と一体となって情報操作を行っていることに目を凝らさなければならない。ほぼ全会一致で成立した裁判員制度もその例外ではない。

 【出典】 アサート No.375 2009年2月28日

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【本の紹介】『失墜するアメリカ経済 ネオリベラル政策とその代替策』

【本の紹介】『失墜するアメリカ経済 ネオリベラル政策とその代替策』
       著 者 ロバート・ポーリン  訳 者 佐藤良一 芳賀健一
       日本経済評論社 2008年11月20日 第1刷発行 3400円+税

<<中谷巌氏の「懺悔」>>
 ネオリベラリズム、すなわち、新自由主義は、かつてない規模と速さと深刻さで世界を巻き込んでいる経済恐慌を前にして、もはやその威光も色褪せてきたのは間違いないといえよう。その強引な規制緩和や自由競争原理主義の押し付けが不可能となり、社会の分断・格差拡大をもたらしてきた新自由主義の破綻が誰の目にも明らかになってきた証左でもあろう。戦争経済と弱肉強食路線を主導してきたブッシュ政権が圧倒的多数の有権者から唾棄され、そうした路線を「チェンジ」することを呼びかけたオバマ政権が登場したことは、新自由主義に代わる新しい時代への移行の象徴ともいえよう。オバマ政権が果たしてこの新自由主義に代わる政策をいかなる内容でどのように提起してこの難局を克服できるのか、オバマ政権の布陣はそれを疑問視させるものであるが、全世界が注視する最大の焦点ともなっている。
 しかしいまだに日本の政権与党や民主党内には、この新自由主義の呪縛から脱することができずに、小泉・竹中路線以来の規制緩和や「小さな政府」論を振り回し、それを「構造改革」と称し、離合集散や政界再編、路線選択の要としている人々が少なくない。
 こうした人々にとっては、昨年12月15日に「自戒の念を込めて書かれた『懺悔の書』」として刊行された『資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言』(集英社インターナショナル 1700円+税)は、衝撃の著作であろう。なにしろ著者・中谷巌氏は、「構造改革」を謳い文句に登場した新自由主義の思想と、そのマーケット第一主義の結果として現出したグローバル資本主義、米国型金融資本主義を鋭く批判し、所得格差の拡大、地球規模で進む環境破壊、グローバルに進む食品汚染、崩壊する社会の絆――これらはグローバル資本主義という「悪魔のひき臼」がもたらした副産物であると説いているのである。よく知られているようにこの中谷氏は、細川内閣の「経済改革研究会」、小渕内閣の「経済戦略会議」などで委員や議長代理を歴任し、規制緩和の旗振り役を務め、竹中平蔵氏と共に新自由主義・市場原理主義を礼賛する急先鋒の論客であった。その中谷氏が、新自由主義の破産が誰の目にも明らかになってきた今頃になって、「アメリカかぶれ」になっていたことを反省し、懺悔している。『週刊現代』(08/12/27、09/1/3合併号)に寄稿した『小泉改革の大罪と日本の不幸』、さらには『週刊金曜日』(08/12/19、09/1/2合併号・佐高信インタビュー)にまで登場し、「かつてアメリカに留学して経済学を勉強したとき、あまりにも見事な理論体系に魅了されました。」「しかし最近、日本がアメリカみたいな社会になったらえらいことになるとの思いが強くなりました。経済学で社会をすべて語ることがおこがましいとようやく気がつきました。」と述べている。
 中谷氏の反省は、たとえ遅きに失したとしても、学者としての良心も感じられ、貴重であり、大きく評価できよう。しかしながら、氏が「アメリカの経済学」に対置するものは「歴史的伝統や文化、社会など」であり、「我々自らが欲望を抑制すること」といった精神論である。これらは無視し得ないものではあるが、よって立つ社会と経済を離れては空疎なものとなる。しかも懺悔してやまないはずの新自由主義「経済学」を、「あまりにも見事な理論体系」と捉え、「構造改革」に果たした役割を評価している。しかも、いまだに反省も懺悔もなく新自由主義の旗を振り回している竹中氏を、たとえ皮肉な言い方であれ、「竹中平蔵さんはどんな問題にもきちっと答えられるでしょう。経済学の知識が体系立てて頭に入っている人は、どんな問題でも必ず答えられる」と評価している。竹中氏の頭に入っている「経済学」とは、粗雑かつ単純な自由競争原理主義でしかない。中谷氏に本来要請されているのは、社会を分断し、破壊し、犯罪的な役割を果たし自らもそのお先棒を担いできたそうした新自由主義「経済学」の根底的な批判でなければならない。この「経済学」こそが、実体経済と遊離した金融資本の肥大化とマネーゲーム化、サブプライムローンなどの詐欺的金融を「金融工学」を駆使し、蔓延化させ、グローバル化させた元凶なのである。その意味では中谷氏には、新自由主義「経済学」に対置すべき経済学が欠落しているともいえよう。

<<「巨匠」の反省>>
 ここに紹介するロバート・ポーリン氏の『失墜するアメリカ経済 ネオリベラル政策とその代替策』は、そうしたアメリカの新自由主義「経済学」を、1980年代に興隆した淵源から明らかにし、レーガン政権以来の共和党政権のネオリベラル政策、二期にわたるクリントン政権期の「ニューエコノミー」政策、同じく二期にわたるブッシュ政権期の富裕層への減税とアフガン・イラク侵攻・戦争経済を強引に推し進めた剥き出しの自由競争原理主義について、歴史的、具体的、実証的に分析し、それぞれの特徴を明らかにし、鋭いメスを入れている。著者はなおかつ、「失墜するアメリカ経済」をもたらし、この期間一貫して採用されてきたネオリベラル政策に代わる、現実的で実行可能で必要不可欠な代替策を提起している。その論旨はきわめて明快である。
 オバマ政権との関連で言えば、二期にわたるビル・クリントン大統領期(1993年1月~2001年1月)の民主党政権は、先行する共和党政権のネオリベラル政策に対抗して、「国民第一」と「第三の道」のスローガンを掲げて登場したのであるが、その「ニューエコノミー」の実際の姿は、「根拠無き熱狂」(グリーンスパン)といわれた株式投資ブーム、それに引き続くITバブルの亢進であり、結果として所得不平等と格差は拡大し、投機的マネーゲームによって金融不安定性はよりいっそう増大するという、ネオリベラル政策そのものの姿であったことを明らかにしている。
 著者によれば、こうした「虚ろな経済」を、金融面から支えてきたのがグリーンスパン連邦準備制度理事会議長であった。彼はレーガン大統領期の1987年8月からブッシュ政権第二期の2006年1月まで実に18年余にわたって君臨してきたのであるが、まさにこの間のネオリベラル政策の体現者そのものであった。著者が指摘するように「連邦準備制度理事会議長としての十八年にわたる任期において、アラン・グリーンスパンは金融市場投機とバブルの規制に一貫して反対してきた」のである。
 そのグリーンスパンも、昨年10月23日、米下院公聴会で迫り来る金融大恐慌の責任を問われて、「金融市場の規制緩和や自由競争主義に欠陥があった。非常に悩んでいる。」と反省の弁を述べざるをえなくなったが、在任中はマエストロ「巨匠」の名をほしいままにしていたのである。

<<「国民のための経済は可能だ」>>
 さらに本書がネオリベラル政策の帰結として追究している重要なところは、ネオリベラル政策のグローバル化の問題である。アメリカ政府の主導によって、IMF(国際通貨基金)および世界銀行を通して、発展途上国にまでこのネオリベラル政策が強制され、その経済開発を促進するどころか、投機的取引の増大によって逆により一層深刻な経済危機を引き起こし、途上国の経済の不安定化を常態化させてしまった経緯とその帰結を分析している。著者は述べる。
 「たしかに、国際通貨基金と世界銀行が主導するネオリベラル政策は、赤字とインフレの抑制という狭い意味で成功を収め、また新興金融市場での投機的取引の増大にも成功した。しかし開発途上国のネオリベラリズムは、経済成長の促進、とりわけ適正な雇用機会の拡大という見地からすれば、失敗であった。開発途上国におけるインフォーマルな働き口 - 例えば、日雇農業労働者、都市部の露店商、衣料品の家内労働者 - が占める割合は、全就業者の約三五~五〇%を占め、しかも上昇しつつある。この現実こそが、開発途上国の多くの貧しい人びとがアメリカ合衆国や他の豊かな国での生活を何とかして手に入れようとさせているのだ。豊かな国の労働市場の最底辺で働いても、平均賃金は自国と比べて十倍以上になる。」
 そして本書の最も重要なテーマは、こうしたネオリベラリズムにとってかわる代替策である。著者は述べる。「要点は、アメリカ合衆国と他の国ぐにの双方において、適正な働き口と社会的投資 -保健医療、教育、環境保護を目指す- の拡大が、経済政策の礎石になる必要があるということだ。難題が立ちはだかってくるのは、そうしたプログラムを実行可能なものにするときだ。だが、すでにみてきたように、克服できない純然たる経済的難題は存在しない。十分な資金を見つけることができる。ブッシュがイラク侵攻を望んだ際に私たちがはっきり目にしたとおりだ。財政赤字を激増させる必要はないし、破壊的インフレも生じない。もっとも厄介な障害は政治である。だがおそらく、ここで検討している政策を実行可能にすること自体が政治的抵抗を弱め、その結果として雇用・保健医療・教育・環境に配慮した成長をめざす実現可能な経済プログラムの障害物を除去するのに役立ちうるのである。」
 著者は、本書の附論「国民のための経済は可能だ」の中で「二〇〇八年の時点で実効性をもつ平等主義的な経済プログラムの主要目標ははっきりしている。そこには以下のものが含まれる。」として
 ・適正な働き口での完全雇用に近い状態
 ・国民皆保険
 ・あらゆるレベルにおける適正な教育機会の劇的な拡大
 ・自然保護と再生可能エネルギーを基礎にしたクリーンな環境の創造
 ・実効性をもつ事業規制体系(とくに金融市場と独占禁止の分野における)の再構築
を提起し、「いまや左派は、適正な働き口・国民皆保険・質の高い教育・クリーンな環境について、道徳的命題の見地から考える必要がある。実際、これらの目標の実現に向けた最初の大きな一歩は、左派が政治的力を結集して、イラク戦争と富裕層への減税についてブッシュをまさに反転させることだ。これらの問題に関する反ブッシュ的課題を真っ向から押し進めれば、進歩的な経済課題の基礎を構築できる。」と断言する。
 オバマ政権に問われているのは、こうしたプログラムに向けての政治的力の結集だと言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.375 2009年2月28日

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【投稿】恐慌の深化と自公政権の立ち往生

【投稿】恐慌の深化と自公政権の立ち往生

<<惨憺たる世論調査結果>>
 年明け早々のメディア各社の世論調査は、麻生内閣にとって惨憺たるものであった。もはや見放されたも同然であると言えよう。
 『朝日』の調査(1/10~11日)によると、内閣支持率は前回調査(12月)の22%を下回る19%で発足以来最低、不支持率は67%に達した。定額給付金については、「やめた方がよい」が63%に達し、「政府の方針どおり配った方がよい」の28%を大きく上回った。「いま投票するとしたら」として聞いた衆院比例区の投票先でも、自民25%(前回28%)、民主38%(同36%)など、民主の自民に対するリードが拡大している。
 『読売』の調査(1/9~11日)によると、支持率は前回調査(12月)から0・5ポイント減の20・4%、不支持率は5・6ポイント増の72・3%に跳ね上がった。内閣の不支持率が7割を超す高水準に突入したのは、森内閣以来の危機的状況であり、定額給付金についても、「支給を取りやめて、雇用や社会保障など、ほかの目的に使うべきだ」との意見に賛成と答えた人は78%に達し、支給撤回に反対する意見は17%に過ぎない状況となった。
 産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)の合同世論調査(1/10~11日)でも、内閣支持率は18.2%に落ち込み、不支持率は13.1ポイント増の71.4%とこれも7割を超えている。政党支持率でも、自民党が23.4%だったのに対し、民主党は26.6%となり、自民党は麻生政権発足以来、初めて逆転を許す結果となっている。さらに、次期衆院選の比例代表で投票する政党を聞いたところ、民主党は41.5%を獲得し、29.0%の自民党を大きく引き離している。定額給付金については、「ばらまき」で好ましくないと答えた人が75.1%。給付金の財源2兆円についても「ほかの政策に回すべきだ」と答えた人は79.8%にものぼった。
 『共同通信』の調査(1/10~11日)でも、支持率は昨年12月の前回調査から6・3ポイント下落し19・2%。不支持率は8・9ポイント増の70・2%と森内閣以来約8年ぶりに70%を超えた。定額給付金については「評価しない」が70・5%。麻生太郎首相と民主党の小沢一郎代表の「どちらが首相にふさわしいか」への回答は、小沢氏が46・4%(昨年12月調査から11・9ポイント増)で麻生氏の22・1%(11・4ポイント減)の2倍以上となった。望ましい政権の枠組みは「民主党中心」が51・4%と初めて過半数になり「自民党中心」30・5%に20・9ポイント差をつけた。次期衆院選比例代表での投票先も、民主党が39・7%で自民党26・3%を13・4ポイント上回った。政党支持率も民主党が2・4ポイント増の31・1%、自民党は1・4ポイント減の27・5%と、麻生内閣では初めて逆転した。
 『時事通信』の調査(1/9~12日)では、麻生内閣の支持率は17.8%にまで落ち込み、2カ月連続で2割を割り込んでいる。次期衆院選の比例代表の投票先では、民主党が37.1%で、自民党の21.7%を倍近く引き離し、「首相にふさわしい政治家」では、小沢一郎民主党代表が同4.4ポイント増の39.2%。同3.1ポイント減で20.8%にとどまった麻生首相を圧倒する結果となっている。

<<「カッコつけ」>>
 1月5日の新年早々に勢い込んで通常国会を召集し、昨年末まで出し惜しみにしていた第二次補正予算案を提出し、本予算との一括採択に持ち込む政権政党の、与党連合の優位性を前面に押し出したにもかかわらず、その直後の世論調査結果がこの有様である。内閣支持率が20%を切り、不支持率が70%を超えるような内閣は、過去の例からして半年と持つものではない。
 自民・公明連合は、麻生という首相の首をすげ替えて出直しに打って出るか、それともここまでくればすげ替える首も、その時間的人材的余裕もなく、あえて麻生首相とともにこのまま突っ走り、心中するのか、その岐路に立たされているといえよう。
 ここで、世論調査でも圧倒的に不人気であり、愚作とさえ指弾されている「定額給付金」について、あえて政策転換を行い、「定額給付金は取りやめる」、ないしは民主党の言うように「補正予算から切り離す」と言えば、事態は一気に前進するかもしれないが、それはすぐさま政治的危機に結びつき、与党連合の崩壊から、内閣総辞職が不可避となろう。もはや公明党の選挙協力なしには自民党は存立しえず、自民党と連合することによってしか自己の党派的利害を押し通すことが出来なくなってしまった公明党にとっても、そうした政策転換は呑めるものではない。しかしそれぞれの党の内部事情は別物である。さまざまな主張が飛び交い、事態は「定額給付金」問題から、2011年度からの消費税増税問題へと軋轢が強まり、さまざまなグループ形成、派閥連合、その離合集散に執行部は慌てふためき、収拾が取れなくなってきている。
 「定額給付金」については、首相自身がその目的・性格について二転三転し、「人間の矜持」とまで言って受け取りを固持する姿勢を示していたはずが、いつのまにか自らが受け取るかどうかの明言を避け、閣僚17人中11人が受け取る意向を表明したが、5人は態度保留、首相側近のはずの甘利明行革担当相は「辞退」を明言し、これに頭にきた細田幹事長が「カッコつけ」と口撃するなど、閣僚、党執行部の意見がまったくバラバラなのである。
 さらに消費税増税問題では、塩崎恭久元官房長官が「消費税を引き上げる前に、まず公務員制度改革や国会議員の定数削減などに取り組まなければ国民の理解は得られない」と方針の見直しを主張し、中川秀直元幹事長も「(一一年度からの)消費増税は党内で一度も議論されていない」と調整不足を批判、さらに決定的なのは自民党税調の責任者である津島雄二税調会長が1/17、麻生首相が税制改正関連法案の付則に11年度からの消費増税の明記を指示したことについて「(与党の)税制改正大綱では時期は明示していない。付則でも明示する必要はない」と語るに至っている。
 痺れを切らし自民党を離党し別グループを結成した渡辺喜美・前行革担当相は、前記のFNNの調査では与野党全体の“首相にふさわしい人”で、小沢、小泉に続く3位で、現・麻生首相をさえ上回る事態となっている。

<<「解散は麻生太郎が決断する」>>
 問題は、麻生首相自身にこうした混乱する事態を収拾させる指導力もなく、ここまで政治的政策的能力もなく、自らの言動でさえ次から次へと迷走し、しゃべればしゃべるほど身内や支持勢力に反対勢力をわざわざ拡大させる、与党にとってはまったく期待はずれの予想外の人物であったというところにあろう。しかしいまさら引くに引けなくなったのが実情であろう。
 年頭1月4日の記者会見で、麻生首相は「解散は総理大臣、麻生太郎が決断する」とわざわざ息巻いて見せたが、もはや追い込まれ、解散の時期を失してしまった現状では、4月の予算成立直後か9月の任期満了直前か、いずれにしても事実上、首相は自らのイニシャチブによる解散権の行使は封じ込められてしまったともいえよう。
 しかしながら、日本の政治のこうした末期的症状は、金融恐慌から、いよいよ実体経済がどんどん悪化する世界的経済恐慌に突入している最中にあっては、きわめて否定的で許しがたい状況をもたらすものであることが警告されねばならない。
 不正規雇用労働者・派遣労働者の解雇、住宅からの追い出し、正規雇用労働者にまで及ぶ人員整理と賃下げが、資本の一方的論理で横行し、今後さらに失業者があふれ出す事態を前にして、その場しのぎの責任逃れの対策しか講じられない現在の政治状況は、一日も早く退場させることこそがもっとも緊急に要請される課題と言えよう。経済恐慌の深化に対応できる、アメリカの戦争政策と手を切り、戦争経済からの脱却こそが恐慌克服の最大の近道であることを明らかにし、大胆な政策転換を実行できる政権に取り替えられなければならない。その際の要は、小泉・竹中路線の自由競争原理主義・規制緩和路線を全面的に改め、決別することを鮮明にし、健康保険から雇用保険、労働法制に至るまで、ずたずたに切りちじめられて来た労働者、全勤労者、若者から高齢者に至る全世代の権利・人権、社会保障制度、社会的セイフティネットを再建し、再確立する、そのような政策転換でなければならない。この点では与党のみならず、野党にも自由競争原理主義・規制緩和路線から脱却できない、むしろいまだにその路線に拘泥する路線からの決別が要請されている。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.374 2009年1月24日

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【投稿】人員削減の嵐と派遣労働

【投稿】人員削減の嵐と派遣労働
                          福井 杉本達也

1.急速に悪化する雇用情勢
雇用情勢が急速に悪化している。いまトヨタが昨年中に派遣社員5800人、今年3月末までに期間工5300人を、日産が派遣社員2050人を削減し3月までに非正社員をゼロに、マツダも1300人の派遣社員を削減するなど全完成車メーカーが人員削減に着手した外、キャノンが1200人、ソニーが全世界で16000人の削減を打ち出すなど、名だたる大企業が率先して大量解雇を行っている。福井においても電子部品大手子会社の福井村田製作所が1000人の派遣社員のうち400人を解雇し、残り600人も検討中という(福井:2008.12.12)。トヨタ系自動車部品製造のアイシン・エイ・ダブリュ工業も400人の“首切り”(日経:11.29)など、これまで比較的好調であった雇用は急激に悪化している。昨年11月の有効求人倍率は1.01とかろうじて1を超えてはいるが、隣県の石川は0.90、富山は0.77と1を大きく割り込んでいる。『東洋経済』(2008.12.20)によると、08年の1~10月までの有効求人倍率の減少幅のワーストは、愛知の▲0.48を筆頭に、三重・滋賀・石川・福井と自動車・電機産業が集中するこれまで景気を引っ張ってきた地域の落ち込みがひどい。
 こうした中、年末31日から1月5日まで東京日比谷公園で行われた「年越し派遣村」は全国的に注目を集めた。こうした中、国会では野党が2004年から解禁されている製造業への派遣を再度禁止する労働者派遣法改正の動きをみせている(毎日:2009.1.15)。

2.急速な雇用情勢の悪化は雇用政策の大転換に
雇用悪化の原因は1999年に雇用政策を大転換したことにある。1985年の労働者派遣法成立(施行1986年)当初は専門知識が必要なソフトウェア開発など常用雇用の減少にさほど影響しないと思われる業務のみが許可されたが、派遣業務を原則自由化したのである。これまでのポジティブリストがネガティブリストに転換され、港湾運送・建設・警備・医療・製造の5業種が禁止対象とされた。それが2004年には製造業がネガティブリストからはずされ解禁されてしまう。さらに、当初1年以内とされていた派遣期間も2007年3月には最大限3年に延長されることとなった。
中野麻美氏は派遣法の労働スタイルを「労働者の派遣とその条件を取り決めた労働者派遣契約が、業者間の”商取引契約“であるのに派遣労働者の雇用や労働条件を実質的に決める機能がある」とし、「それが、働き手には大きなリスクとなる反面、ユーザーである派遣先に、必要に応じて受け入れたり排除したりでき、また労働条件もダンピングできるといった、”使い勝手のよさ”」で、派遣元企業間の激しい料金競争の中で派遣労働者を「技能・労働時間・料金などあらゆる角度から競争させ」「労働法による規制が機能しない、働き手が自己責任で使う側本位に決めた値段で成果物やサービスを提供するという労働の液状化」が起こっているとし、「働く条件を決めるのは市場原理であり、各人の力」であるという「働き手にとっては最も過酷な商品としての性質に収斂」される様を「雇用の融解」と表現している(岩波新書『労働ダンピング』2006.10)。

3.短期利益を追求する国際金融資本・多国籍企業に振り回される労働力
どうして米国発の金融危機が、即日本の派遣労働者の解雇につながるのか。時価会計の導入以降、日本の企業も米国流の四半期ごとの短期の利益を追い求める経営が主導的になっている。「派遣切りの問題は、ここ数年高まっていた資本主義原理主義とでも言うべき流れと切り離しては語れない…会社が株主のものであり、株主の利益のみに奉仕すべきである、という思想が強まった結果…経営資源をいかに効率的に使っているかを極めて短期的な視点で判断されるようになったことだ。…経営者は根拠なきレバレッジで膨らませた資金をつかって参入してくる株主の胃袋を満たすために短期的な成果をあげ続けていかねばならない。…直ちに(つまり四半期以内に)対処できることが株主的には有能な経営者であるわけで…製造業で通常固定費の大きな部分を占める人件費の一部を変動費化することはこれも当然の経営判断(Blog「厭債害債」2009.1.6」となったのである。
野村證券金融経済研究所によると2007年度の配当と自社株買いによる株主還元額は12兆3千億円と、前年度比1兆6千億円増加し、3兆円台で推移していた1990年代と比較すると4倍もの還元を行っている(日経:2008.8.2)そして、その配当の多くが海外に持ち出されている。ゴーンの日産やフォードのマツダなどの自動車産業ばかりでなく、キャノンやソニーなどは資本の過半数を外資が握っており、その経営思考は外資そのものである。村田製作所など電機産業の多くも外資比率が30%を超え、役員の解任要求ができるなど、経営者はたった「3ヶ月で」どう“成果”を出すかを迫られている。米国発金融危機以降、外資は自らの傷んだ財務の補填のためわずか半年間に21兆円もの資金を引き上げたが(日経:2009.1.14)、その点、派遣切りは短期に結果を出せる格好のターゲットとなったのである。「経済は変質した。国際金融資本や多国籍企業の視線に国家も国民も振り回されている。」しかし、「日本企業はまだ米国型に百%染まってはいない。役員会で労働者を切って配当を確保しようという財務担当者に対して、雇用を守ろうと必死に主張する人事担当者がいると信じたい。」(朝日:2008.12.28)と品川正治氏(経済同友会終身幹事)は述べている。
4.場当たり的な人材活用
佐藤博樹氏は日本の製造業の競争力は、①工程内での品質の作り込みや現場での改善能力、・安全確保力を含めた現場の技術力の高さ、②企業内における開発部門と生産部門の間の情報共有や緊密な連携、③企業を超えたメーカーと協力会社の間の情報共有や緊密な連携にあるが、「もの造りの担い手に外部人材が加わることによって、こうしたもの造りの競争力基盤を構成する現場の技術力にマイナスの影響がもたらされている」(『Business Labor Trend』2005.2)と指摘する。『日経ものづくり』2008年11月号-特集「派遣の現場」レポートによると、製造現場は減少する正社員を派遣社員が必至になって支えているのが実態であり、短期的には企業はコストメリットを享受できるが、長期的には外部人材を請負から派遣、派遣から請負へと入れ替えるたびに作業訓練を施さなければならない等々、「コスト削減の追求」→「外部人材の乱用」→「内部人材の弱体化」→「独自技術・技能の断絶」→「業績の悪化」→「コスト削減の追求」という負のスパイラルに陥いると懸念する。2007年の『労働力調査』では、派遣・契約・パートアルバイト等の非正規労働者は1732万人と全雇用者数の33.5%を占めている。製造業への派遣解禁前の2003年に電機連合が実施した実態調査では、正社員と請負スタッフの作業分担では、請負スタッフが主に行う仕事としては、加工・組立・検査・梱包・運搬などの「1週間程度の経験や訓練でこなせる仕事」が最も多いが、「工程の設定や切り替えの仕事」「機械の故障や工程のトラブルなどへの対応をともなう仕事」なども正社員と同様に行っている割合も高い(藤本真「製造現場における業務請負活用の実状と課題」『Business Labor Trend』2005.2)。調査時点以降、急速に派遣労働者等が増え、雇用者数の1/3を占めるまでになっていることを考えるならば、非正規労働者がこうした「すりあわせ技術」に深く関与し、正社員の分野をも蚕食しており、非正規労働者を解雇したとたん現場の技術力の空洞化につながりかねない。「コスト削減のみを重視した場当たり的な外部人材の活用は、生産現場におけるもの造り競争力基盤の弱体化」を引き起こしている(佐藤:上記)。

5.「雇用の融解」か「横断的労働市場」への基礎か
恐慌からの脱出は「ニュー・ディール」では不可能で、第二次世界大戦のような戦争による「有効需要」を起こさなければならないという物騒な話も聞こえるが、既に、米政府の金融危機対策費は8.5兆ドルと、独立戦争~イラク・アフガニスタン戦争までの経費(7.2兆ドル)をはるかに超えている(Blog「本石町日記」2009.1.8:米議会調査局)。このような未曾有の危機にあっても全米自動車労組(UAW)はストライキを背景として労使交渉を進めるという(日経:2009.1.11)。また、ドイツ金属産業労組(IGメタル)は昨秋16年ぶりの高水準の8%の賃上げ要求を掲げて交渉に臨み、各地で時限ストを展開し、11月12日に4.2%の賃上げで合意している(労働政策研究・研修機構HP:2008.12)。労働力商品は資材のように在庫の効く商品ではない。明日の生活があり家族がある。したがって、資本と「自由契約」すれば個別に買い叩かれることは当たり前である。商品として高く売るには労働力商品自らが労働組合を組織して交渉する以外に道はない。もちろん、交渉を自由競争市場の枠外として法が適正に保障することは重要である。しかし、国や自治体による住居の提供や失業対策の事業はあくまでも緊急避難である。
上記『日経ものづくり』は、派遣社員が比較的低い費用で質の高い労働力を提供するようになり、かつ、正社員も疲弊しており、これまでの正規/非正規のバランスが崩れつつあるとし、派遣社員の多くは正社員との間に大きな実力の壁が立ちはだかっていると考えているが、実際の壁はさほど高くないと分析する。株主の1/3という数字が経営に大きな影響を与えるように非正規雇用者の1/3という数字も大きな意味を持っている。国際金融資本・多国籍企業に主導権を奪われる中で、中野氏の表現する「商取引契約」の大海の中で「雇用の融解」によって、企業別労働組合自体も「融解」してしまうのか、企業別に分断されてきた労働市場から、逆説的ではあるが、長年希求してきた「横断的労働市場」の基礎ができてきたとして正規・非正規の枠を超えた交渉を組織できるのか正念場である。

 【出典】 アサート No.374 2009年1月24日

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【本の紹介】『監獄ビジネス - グローバリズムと産獄複合体』

【本の紹介】『監獄ビジネス - グローバリズムと産獄複合体』
      著者 アンジェラ・デイヴィス   訳者 上杉 忍
      発行 岩波書店 2008年9月26日 第1刷発行 2300円+税

<<「産獄複合体」という言葉>>
 「産獄複合体」という言葉は、初めて聞く言葉である。軍事費の増大と直接に結びついてきた「軍産複合体」は、軍拡競争と軍事産業、帝国主義的覇権の代名詞でもあったし、対テロ戦争の名の下にいまだにその影響力は衰えてはいないし、世界平和への最大の脅威の源ともなっている。ブッシュ政権は軍産複合体に奉仕し、チェイニー米副大統領は彼らの直接の代弁者でもあった。彼らのあくなき利益追求こそが、対イラク・アフガン戦争に世界を引きずり込み、イスラエルのガザ侵攻を鼓舞している。
 それでは「産獄複合体」とはいかなるものか?
 著者は、この著書の「第五章 産獄複合体」において、
 「株式会社による囚人労働の搾取は、株式会社と政府、監獄関係者、メディアを結びつけている一連の諸関係の一局面である。今日われわれが産獄複合体と呼んでいるものは、このような諸関係によって構成されている。この「産獄複合体」という言葉は、犯罪率の上昇が監獄人口増大の根本的原因だとする通俗的な考え方に異議を唱える活動家や研究者が使い始めた言葉である。この人たちは、犯罪率の上昇が監獄人口増大の根本的原因だとは考えず、人種差別主義と利潤追求のイデオロギーが監獄建設とその新しい建物に収監者を補充しようとする力を駆りたててきたのだと主張する。社会史家マイク・デイヴイスは、カリフォルニア州の懲罰制度に群がる経済的・政治的な勢力が、一九九〇年代にアグリビジネス(農業関連巨大産業)や土地開発に対する主要な競争相手として台頭しはじめたと考え、この勢力を支える体制のことを「産獄複合体」という言葉ではじめて表現した。」と述べている。

<<「産獄複合体の時代」>>
 しかもこの「産獄複合体」は、レーガン・ブッシュ時代の脱工業化とグローバリズム、自由競争原理主義時代の産物であり、社会保障・福祉・教育予算の削減、社会的セイフティネットの破壊、社会的分断と自己責任主義、厳罰化の流れと直接に結びついており、その意味では、今の時代は「産獄複合体の時代」なのである。
 著者はこうした時代の特徴について、以下のように述べている。
 「もしわれわれが、監獄の膨張をより大きな今日の経済構造と結び付けてとらえようと努力すれば、今まで見えなかった多くの重要なことが見えてくる。われわれは今、企業が移動し続ける時代に生きている。企業は、国内の労働組合や高賃金、福利厚生制度などを回避し、低賃金労働力を求めて世界中のどこにでも移動してしまう。企業は、地域社会全体を大混乱に陥れることなど気にもかけず出て行く。多くの人が職を失い、将来の雇用の展望も失う。地域社会の経済的基盤が壊されてしまうので、その地域の教育その他の社会サービスが厳しい打撃を受ける。こうした地域社会では、子どもを含む住民の多くが、おあつらえ向きの監獄行き候補者となるのだ。
 他方で、懲罰産業にかかわる企業は、囚人の管理で利益を上げ、監獄人口が増えれば増えるほど利益が上がると感じるようになる。端的に言って、今の時代は産獄複合体の時代なのである。監獄は、現代資本主義の有機廃棄物が処分されるブラックホールになっている。大量投獄は社会的富を食いつぶすと同時に、利益を生み出し、人々を監獄に追い込む条件を再生産している。一九八〇年代にその頂点を迎えた脱工業化の過程とレーガン・ブッシュ時代に始まった投獄人口の急増との間には、しばしば、非常に入り組んだ関係がある。しかし、監獄がもっと必要だとの議論は、いたって単純明快な言葉で世論を説得してきた。より多くの犯罪に対しては、より多くの監獄が必要だというのである。しかし、多くの研究者によれば、監獄建設ブームが始まったころには公的な統計でも犯罪発生件数は減少し始めていた。そして、この時期に一層厳格な麻薬取締法が立法化されつづけ、「スリーストライク制」の規定が多くの州で採用された。」
 ここにいう「スリーストライク制」とは、厳罰化の流れの中で、過去に2度の犯歴がある被告が3度目の犯罪を起こすと、犯罪の内容に関係なく重罰を課すものであり、カリフォルニア州では単純な万引きやピザ1切れを盗んで禁固25年とされたり、ビデオ3本を盗んで無期刑となるようなケースが続出し、刑務所があふれかえる事態となっているという。

<<民営監獄会社>>
 このような時代的潮流を背景として、これまで政府や国家の懲罰政策や業務とはほとんど関係ないと思われていた株式会社、民間資本が、監獄制度の強化と恒久化に強い利害関係をもつようになり、懲罰産業がもはや、経済構造の周縁的存在ではない事態が生み出されている。
 著者によれば、「二一世紀初頭の今日、合衆国で経営している数多くの民営監獄会社は、連邦および州の収監者合計九万一八二八人を抱える施設を所有し、運営を任されている。実数では、テキサスとオクラホマが一番多くの民営監獄収監者を抱えている。民営監獄収監人口の全収監者に占める比率で言えば、ニューメキシコ州が四四%で最も高く、モンタナ州、アラスカ州、ワイオミング州で二五%を超えている。連邦、州、郡の各政府が各収監者あたりの手数料を民間監獄会社に支払っているそのやり方は、囚人貸出制度を思い起こさせる。当然、これらの株式会社は、収監者をできるだけ長く留め置き、施設を一杯にしておくことに強い関心を抱いている。
 テキサス州には三四カ所の政府所有・民間経営監獄があり、五五〇〇人の州外の囚人が収監さている。これらの監獄は、テキサス州に年間八〇〇〇万ドルの収入をもたらしている。」という実態である。
 さらにこれに人種差別的大量逮捕が加わる。
 「二〇〇一年九月一一日の攻撃直後、中東諸国からの移民の人種差別的大量逮捕と、それに引き続く移民帰化局拘留センター(そのいくつかは民間企業が所有し運営している)への拘留に関する情報秘匿は、民主主義の将来に暗い影を落としている。ますます増える南の世界からの不法移民の無制限の拘留は、産獄複合体と結びついた構造とイデオロギーによって少なからず支えられている。もしわれわれが、この産獄複合体が人種差別主義や外国人嫌いを強化するうえで大きな役割を果たしていることをきちんと理解しないならば、われわれはニ一世紀における正義と平等の方向に向かって進むことは決してできない。」

<<グローバル化する「監獄民営化」>>
 さらにこの「監獄民営化」がグローバル化しているという。
 「二〇〇〇年には、合衆国の二八州でおよそ一五○の施設を運営している利潤目的の監獄ビジネス株式会社が二六社あった。この会社のうち最大のCCAとワッケンハットは、世界の民営監獄市場の七六・四%を占めている。テネシー州ナッシュヴィルに本部を置いているCCAの二〇〇一年までの最大株主は、パリに本部を置く多国籍大手給食会社ソデクソ・アライアンスだった。このソデクソは、合衆国の子会社ソデクソ・マリオット社を通じて合衆国の九〇〇大学で給食事業を行っている。若者中心の団体「監獄モラトリアム運動」は、全国の大学でソデクソ・マリオット社に抗議する運動を行った。ソデクソ社との契約を解除した大学には、ニューヨーク州立大学オールバニー校のほかガウチャ大学、ジェイムズ・マディソン大学などがあった。学生たちは五〇以上のキャンパスで座り込みや集会を行い、二〇〇一年秋ソデクソは、CCAの株を売却することに同意した。」
 「監獄の民営化は、多くの国々で急激に懲罰施設設立の主流になろうとしている。民営監獄会社は合衆国だけでなく世界中で女性収監者が増えていることに便乗しようとしてきた。一九九六年にオーストラリアのメルボルンに最初の民営女性監獄がCCAによって建設された。ヴィクトリア州政府は、「民営化の合衆国モデルを採用し、ひとつの業者に、監獄の財務、設計、建設、所有を任せ、政府が、その後二〇年以上監獄建設に対して払い戻すことにしている。これは、その業者が監獄を所有しているので、もはや事実上、その業者を排除することは出来ないことを意味している。」
 メルボルンの反監獄活動家集団の運動の直接的結果として、ヴィクトリア州政府は二〇〇一年CCAとの契約から手を引いた。しかし、オーストラリアの監獄制度のかなりの部分はなお民営である。二〇〇二年秋、クイーンズランド州政府は、七一〇のベッドを備えたブリズベーンの監獄経営の契約更新をワッケンハットとの間で交わした。五年契約の価格は、六六五〇万ドルである。ワッケンハットは、ブリズベーンの監獄のほかに、オーストラリアとニュージーランドの一一の監獄を経営し、ヴィクトリア州の一一の州立刑務所に予防医療サービスを提供している。」

<<日本の「民営刑務所」>>
 こうした事態は日本でも進行しつつあると言えよう。とりわけ2001年に小泉政権が誕生して以降、「官から民へ」「民にできることは民に」といった自由競争原理主義に便乗した刑務所民営化路線が、犯罪厳罰化・刑務所過剰収容の流れと呼応して、具体的な姿をすでに現してきている。
 2007年5月13日に開所した山口県美祢市の「美祢社会復帰促進センター」は、全国初の「民間」刑務所として報道されている。そもそもこのセンターが建てられた場所は地域振興整備公団(現・都市再生機構)が造成し、美祢市が整備した工業団地「美祢テクノパーク」であったが、バブル崩壊後、1997年の分譲開始以来、一社も進出せず、2001年から刑務所の誘致活動に転換したものであった。05年4月22日に事業者選定の競争入札が行われ、セコム、清水建設、小学館プロダクションを中心とした「美祢セコムグループ」が落札し、セコム・新日本製鐵などが中心となりSPC(特定目的会社)である「社会復帰サポート美祢株式会社」を設立し、この株式会社と国が20年間で約517億円の事業契約を結び、整備・運営にあたっている。職員は法務省の刑務官が約120人、民間職員がパートを含め140人以上である。
 07年10月13日に開所された栃木県さくら市の「喜連川(きつれがわ)社会復帰促進センター」は「半官半民刑務所」「民活(「PFI=民間資金活用による社会資本整備」を略した)刑務所」と報道されている。さらに08年10月新設の島根県浜田市旭町の島根あさひ社会復帰促進センターは、収容人員2000人(初犯)、職員と家族合わせて1500人になるという。この民営刑務所は、06年に入札、大林組・ALSOKグループ が約878億円で落札している。このグループは、大林組が代表企業で、総合警備保障、日本電気、丸紅、グリーンハウス、合人社計画研究所、イオンディライト、コクヨ中国販売、PHP研究所の9社で構成されている。

<<監獄のない世界へ>>
 それでは懲罰が株式会社の利潤の源泉となることを許さない、「監獄のない世界」はどのように展望できるのであろうか?
 著者の主張は一貫している。
 「もし留置所や刑務所が廃止されるなら、では、何がそれにとって代わるのか? この問いは、監獄廃止の展望について考える際に、われわれをしばしば思考停止状態に陥れてしまう厄介な問いである。どうして現行の収監制度にとって代わるものを想定することがそんなに難しいのか?これまでとは全く異なった、そしてたぶんより平等な司法制度を最終的にもたらすと思われる理念の前でわれわれが尻込みしてしまいがちなのには、いくつもの理由がある。第一に、われわれは、過度に収監に依拠している現行制度を無条件の前提として意識しており、そのため今日、留置所や刑務所、少年院、移民拘留センターなどに収監されている二〇〇万以上の人々を、それとは異なったやり方で扱うことを想像すること自体が極めて難しいのである。皮肉なことに死刑反対運動でさえ、終身刑が死刑に対する最も合理的な対案だとの前提に立っていることが多い。
 懲罰が株式会社の利潤の源泉となることを許さない制度が想定出来るとすれば、それはどんなものなのだろうか? 人種や階級が懲罰の第一の決定要因とならない社会というのはいったいどんなものなのか? あるいは、正義実現の中心的手段が懲罰でないような社会とはどんなものなのか?
 このような疑問に対して答えねばならないわれわれ廃止主義者は、われわれの社会そのものおよびイデオロギーから監獄をなくしてしまう最終目標に向かう戦略や諸制度を頭に思い浮かべねばなるまい。われわれは電子監視手錠によって管理する自宅軟禁といった監獄の代用を探し求めたりはしない。包括的戦略として監獄人口を解消することを前提に据え、われわれは例えば、学校の非軍事化、すべてのレベルでの教育の再活性化、精神病を含めた無料医療の全対象者への提供、懲罰や復讐ではなく補償と和解に基づく裁判制度など、収監制度に対する一連の対案を検討すべきであろう。」
 さらに当面する具体的提案として、収監者の多数を占める麻薬使用と売春、飲酒の非犯罪化の提案を、各地域の無料麻薬・売春・飲酒対策プログラムと結合させる必要、必要書類を持たない移民の非犯罪化、等を提起している。
 「産獄複合体」、「監獄のない世界」、いずれもこれまで問題にもされてこなかった課題について鋭く切り込んだ問題提起の書といえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.374 2009年1月24日

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