【投稿】小泉政権の危険な暴走と参院選挙

【投稿】小泉政権の危険な暴走と参院選挙

<<「サージェント(軍曹)」>>
 小泉首相の危険な綱渡りがいよいよ度を超えだした。6/8から始まった「シーアイランド・サミット」、初日に行われた日米首脳会談で、小泉首相はブッシュ大統領に対して、米国が安保理に提出した「イラク国連新決議」の採択について、「これは米国の大義の勝利だ!」と持ち上げ、絶賛したのだからあきれたものである。ブッシュの大義などことごとく化けの皮がはがれ、ブレア英首相ともども支持率が急落し、次の再選もおぼつかない状態である。問題の新国連決議でさえ、米国原案は三度にわたって修正を余儀なくされ、なおかつそれでもフランス、ドイツ、ロシアからは米国が主導する多国籍軍には参加しないことを明言されている。さらに、米国が求めた「イラク債務」の削減もこれら諸国からはねつけられている一方で、小泉首相だけがイラク債務の大幅削減に真っ先に賛同している。ブッシュ大統領から「小泉首相と会うたびに建設的な話し合いができる」とその腰ぎんちゃくぶりをほめられて喜んでいる姿は、ブッシュが陰では小泉首相のことを「サージェント(軍曹)」と呼んでバカにしているとの報道と符合するものであろう。
 問題の多国籍軍について、暴走するブッシュ大統領をいさめるどころか、小泉首相は「ぶれない大統領に敬意を表する」などとお追従発言を繰り返し、何の国内合意もなしに、それも突如ブッシュ大統領の前で「自衛隊をイラクの多国籍軍に参加させる」と言明したのだから、その無責任さと軽挙妄動は断固として糾弾されるべきであろう。このブッシュへの卑屈な忠犬ぶりは、あらためて日本が今後果たそうとしている役割を全世界に鮮明に印象付けたのである。

<<首相の越権行為>>
 そもそも多国籍軍参加問題については、これまで国連安保理決議によって十数回にわたって多国籍軍がつくられてきたが、一貫して「武力行使を伴う多国籍軍への参加は憲法上許されない」という政府見解のもとに、一度も参加したことはなかったのである。それほど重要な、歴史的な分岐点、転換点となる問題の判断を、小泉首相は単独で、国会審議も、法改正もせずに、勝手に独断で決定し、表明してきたのである。民主主義の原則とは似ても似つかない、思い上がった独裁者の原則であり、それは民主主義を否定する首相の越権行為なのである。こんなことが許されるのであれば、次に何をやりだすのかわからない、自衛隊をブッシュ.小泉の私兵の如く世界の各地の戦場に派遣しかねない事態を招きかねないともいえよう。
 首相は、小泉内閣メールマガジン第144号のなかで、「新しい全会一致の国連安保理決議のもとでの自衛隊の支援活動は、(1)日本の指揮下に入る、(2)非戦闘地域に限る、(3)武力行使と一体にならない、(4)イラク特別措置法の枠内、これら4点を守って、イラク暫定政府が要請した多国籍軍の中で、これまでどおりの人道復興支援活動を行うことになります。」と釈明している。この線であわてて閣議を開き、与党協議を行い、ドタバタと事後承認を取り付けているが、国会審議も承認もない、違法行為であることには変わりはない。

<<「口頭」の了解>>
 そして首相の釈明そのものに即して検討したとしても、多国籍軍に参加した自衛隊が、(1)日本の指揮下に入る、などということははなから問題にもされず、マクレラン米大統領報道官が6/15の記者会見で明確に語っているように、「日本の自衛隊もふくめて、多国籍軍全体が米軍司令部によって監督される」のであり、米軍と自衛隊との関係は、「調整」「連絡」ではなくて、事実上の指揮・監督下に置かれるということを米国政府自身が認めていることである。
 そもそも国連安保理決議一五四六では「多国籍軍に参加する軍隊は統一された指揮の下に置かれる」と明記されており、国連決議との関係で、「参加するが指揮下に入らない」ということは成り立たないのである。
 首相は事態をごまかすために、政府の「基本的考え方」なるものを急遽作成し(6/16)、「自衛隊は、…わが国の主体的な判断の下で活動するものであり、統合された司令部の指揮に従い活動するものではない」とし、独自の指揮権確保について「米、英両政府と我が国政府との間で了解に達して」いるとして、日本政府の方針に反する要請があった場合は断り、「活動の中断、撤退等の措置」をとることも「了解に達している」と言い出した。しかしその了解も「口頭」でしかないことが暴露され、「なぜ口頭『了解』なのか。憲法違反かどうかを決める大事な問題を口約束ですますのか。だれとだれが交渉したのか」と追及されると、「名前は明らかにできない」(川口外相)というのであるからいかがわしいものである。野党側からその「了解文書」の提出を迫られているが、当然、出しようもないであろう。

<<「順序が逆。めちゃくちゃだ」>>
 東京新聞15日社説「通常国会 これで閉じていいのか」は、「順序が逆。めちゃくちゃだ。自衛隊の多国籍軍参加を対米公約した後で与党調整、そして国民も従えと。年金法もまた、大事な情報が後から続々。これで国会を閉じられては主権者軽視も甚だしい」「本来ならば国会は会期を延長して首相の独走を諫(いさ)め、憲法とのかねあいをめぐっての精査をあらためて必要とすべき」と鋭く問題を提起している。
 ところが自衛隊の派兵を積極的に支持してきた「読売」は、「自衛隊の役割が、ますます重みを増す」(十日付社説)と礼賛し、同様な主張をしてきた「産経」も、参加の「意義は大きい」と積極的に評価している。しかし世論調査では、自衛隊の多国籍軍参加については、「賛成」は33%にすぎず、「反対」が54%に上り、過半数を超えている(毎日6/15日付)。事態は流動的である。
 小泉首相が日米首脳会談で多国籍軍への参加を表明した翌十日、井上ひさし、梅原猛、大江健三郎、奥平康弘、小田実、加藤周一、澤地久枝、鶴見俊輔、三木睦子、以上九氏の呼びかけによる「九条の会」の記者会見が行われた。ところが「朝日」は第三社会面で写真つきの囲み記事で報じたが、「毎日」は社会面「情報ファイル」での短信扱い、「読売」や「産経」には一行もなし、自衛隊派兵や改憲に反対する行動、気に食わないものは黙殺するマスメディアの面目躍如である。
 そして政府が多国籍軍への自衛隊参加を閣議決定した十八日、約千二百の団体・市民が共同声明を発表し、「自衛隊のイラク多国籍軍参加は、まったく違憲・違法なものであり、私たちは絶対に反対です」と訴えた。記者会見には、札幌地裁でイラク自衛隊派兵の違憲訴訟をおこした元郵政相で元防衛政務次官の箕輪登さんが同席。「自衛隊を(多国籍軍に)参加させるというのは、国会をはなはだ侮辱する行為だ。憲法九条が固くことわっている。武力行使の道具をイラクに持ち出したことは重大だ。国会の承認もなく、ブッシュに会ったら約束してくるというこんなばかな話がありますか。ほんとうに憤りを感じる」と語ったが、大手マスコミはほとんど無視という状況である。

<<全野党の大同団結の呼びかけ>>
 また、沖縄においては、直面する参議院選挙に向けて重要な一歩が踏み出された。先月5/24に発表された、全野党の大同団結の呼びかけである。呼びかけは次のように述べている。
 「私たちは、今回の参院選において、沖縄における全野党統一候補の実現、ひいてはその勝利が、沖縄の民衆運動を活性化させ、閉塞状況にある日本、さらには世界の政治情勢を未来に向けて切り拓く一つのきっかけになると考えました。そこで、小泉自公政権の危険極まりない政治的スタンスと政策展開に反対する全野党に対し、小異を残して大同に立つ立場から、民衆と共に沖縄の未来を切り開く方向で大同団結することを呼びかけました。同時に、志を同じくする一人ひとりの市民の想いを政党関係者に伝えるべく「沖縄の明日を切り拓くために―来る参院選をどうたたかうか―」をテーマとする「市民集会」を開催しました。選挙のあり方について、一般市民が、すべてを政党関係者にゆだねるのではなく、主体的にそれぞれの意思表明を行う市民集会を開いたのは、市民の政治参加を考える上で意味のある試みだったといえるでしょう。
 全野党関係者が、こうした試みの中で表明された様々な市民の想いを真摯に受け止め、糸数慶子全野党統一候補が実現したことを私たちは心から歓迎します。全国的にも類似の試みがなされなかったわけではありませんが、それが実現したのは、唯一沖縄のみであったことは特筆すべきことです。それは沖縄が置かれている特殊な状況と、そうした状況を打破しようとする民衆の想いの反映です。
2004年5月24日「来る参院選勝利のために大同団結を」呼びかけ人 安里英子、新崎盛暉、親泊康晴、金城睦、桑江テル子、高里鈴代、山内徳信」
 参議院選挙に向けては、老人党の提案者、なだいなださんが次のように述べている。
 「参議院選挙は、これまでと原則は変わらないが、沖縄の「きなしょうきち」さんが民主党から立候補した。迷った末の選択だろうが、いまどき個人として、迷いなく推薦できるのは、この人ぐらいだ。民主がこの人を将来、自分たちの看板にするようだったら、政権交代は近いだろう。ぼくの個人的な考えはこうだ。今回の選挙は、直接政権交代に結びつかないが、それでも政権交代を頭において投票する。だが、比例区では個人的には中村敦夫の「みどりの会議」と福島みずほの「社会民主党」を推薦したい。出来ることなら二つの連合が出来て欲しい。きなさんは民主をここに引っ張ってきて、この連合にくわわればいい。それに共産党が孤立主義を改めて加わってくれれば、こちらもあれこれ迷わないですむ。」なかなかの提案ではある。
 それぞれに重要な動きだといえよう。これらもマスメディアは無視している。

<<「九条の会」発足>>
 先に紹介した「九条の会」は、そのアピールの冒頭で「憲法制定から半世紀以上を経たいま、九条を中心に日本国憲法を「改正」しようとする動きが、かつてない規模と強さで台頭しています。その意図は、日本を、アメリカに従って「戦争をする国」に変えるところにあります。そのために、集団的自衛権の容認、自衛隊の海外派兵と武力の行使など、憲法上の拘束を実際上破ってきています。また、非核三原則や武器輸出の禁止などの重要施策を無きものにしようとしています。そして、子どもたちを「戦争をする国」を担う者にするために、教育基本法をも変えようとしています。これは、日本国憲法が実現しようとしてきた、武力によらない紛争解決をめざす国の在り方を根本的に転換し、軍事優先の国家へ向かう道を歩むものです。私たちは、この転換を許すことはできません。」と訴えている。
 アピールは最後に「日本と世界の平和な未来のために、日本国憲法を守るという一点で手をつなぎ、『改憲』のくわだてを阻むため、一人ひとりができる、あらゆる努力を、いますぐ始めることを訴えます」と結んでいる。
 このような努力が今こそ必要とされているといえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.319 2004年6月26日

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【投稿】小泉訪朝の意味するもの

【投稿】小泉訪朝の意味するもの

<用済みにされる被害者、家族>
 在任中の「日朝国交回復」を明言した小泉首相は5月22日に訪朝、2回目の日朝首脳会談で25万トンの食料支援、1千万ドルの医薬品支援、さらに特定船舶入港禁止法=経済制裁を「平壌宣言が遵守される限り」発動しないことを金正日総書記に約束したうえ、拉致被害者家族8人のうち2家族の子ども5人と共に帰国した。
 この唐突な訪朝は当初から、参議院選挙をにらみつつ、年金問題、民主党党首選などから国民の眼を逸らすための政治的パフォーマンスであると指摘されていた。
さらに、核開発問題、拉致問題で踏み込んだ成果が得られなかった首脳会談の結果は、北朝鮮を一方的に利するものとして、「考えられる最悪の結果」と拉致被害者家族会のみならず、閣僚や自民党有力者からも「首相は北朝鮮に軽く扱われた」などと批判が噴出した。
 ところが、報道各社の世論調査では、大方の予想を裏切り訪朝を評価する人が6~7割にも及び、逆に厳しい小泉批判を行った家族会や政治家には非難が殺到したのである。こうした圧力に家族会や批判者は発言の撤回や弁明をせざるを得ない状況へ追い込まれた。
 さらに一月が経過した今も、死亡したとされる拉致被害者10名の再調査や、曽我ひとみさん一家の「帰国」が事実上、放置されているにもかかわらず、小泉訪朝支持の世論は強く、参議院選挙直前でありながら、野党も追及に及び腰となっている。
これに気をよくした小泉総理は6月2日の衆議院委員会で「金正日は独裁者」としながら「快活で頭の回転の速い人」などと評価。さらに自民党議員との懇談では「大した人物」と持ち上げたという。
 さらに、シーアイランド・サミットでは、「2度も金正日とあった西側指導者」としてブッシュ大統領をはじめとする各国首脳に「成果」を吹聴してまわったのである。
小泉首相が金正日総書記を「独裁者」と称したのも決して否定的意味合いで言ったのではなく、自らの憧憬も含めた尊称ではないかと思えてくる。少なくとも中国の胡錦涛総書記や韓国の廬武鉉大統領よりは、親しみを感じたのではないか。
 いずれにしても訪朝前に早々と「自分の任期中に日朝国交正常化を成し遂げたい」と表明したことを考えると、一連の性急な動きも驚くに当たらない。ゴールとタイムを先に決めてしまえば、そこから逆算して、目的に添うように問題を処理していくだけである。
 こうなれば、本誌315号で指摘したように目指すゴールが違う「拉致被害者家族会」「拉致被害者を救う会全国協議会」は、邪魔者でしかない。小泉首相は無情にも彼らを切り捨てることを決めたようだ。冒頭述べたような「家族会バッシング」は、イラクでの人質や家族に浴びせられた攻撃と同様、官邸の煽りで仕組まれたことが指摘されている。
 最優先されているのは拉致被害者の救済などではなく、小泉首相自らの自己顕示欲と党利党略であることが、ここに至り露骨に示されたのである。

<小泉自身が不安定要因>
 このように自らの引いたレールを強引に突き進む小泉首相であるが、それは暴走と紙一重である。ブッシュ大統領との会談では、核問題に関する米朝協議を望む金正日総書記の要望を伝えたがけんもほろろに拒否された。小泉首相は何の為の6カ国協議か判っていないのではないか。
 さらにジェンキンス氏の問題についても、形の上ではアメリカに「善処」を要望してはいるものの、それが不可能なことは百も承知なうえでの猿芝居だ。仮に北朝鮮に拉致された米国人女性が「よど号」グループメンバーと結婚していたとして、アメリカから「善処」を要請されても、日本政府が訴追免除など行うわけがないではないか。
 シーアイランドでは、言わずもがなのこととしてブッシュ大統領からはリップサービスさえなく、「北朝鮮で暮らせばどうか」などと冷たくあしらわれたのに対し、「生活水準が違う」などとボケた返しをした。
 また当初、曽我さんの意向を無視して、強引に北京再会案を進めたため、結果的に中国のメンツをつぶす結果となった。さらに朝鮮総連への接近と在日朝鮮人への処遇の改善も手放しでは評価できない。なぜなら在日コリアンの参政権問題では、それに反対の立場をとる朝鮮総連の意向が強く反映されかねないからだ。韓国政府は日朝対話こそ歓迎しているが、日本国内のこうした動きには、敏感にならざるを得ないだろう。
 このように見れば、小泉首相が動けば動くほど6カ国協議での信頼醸成、良好な環境作りに悪影響を及ぼしていることは明白である。
これまで巧みなパフォーマンスを繰り返し、世論操作を行ってきた小泉首相だが、ついに綻びが広がってきた様である。最新の世論調査では年金制度問題での動きが批判され、内閣支持率は軒並み低下傾向を示している。
 支持率回復、参議院選挙の勝利を画策し、切ることが出来る北朝鮮カードは、もうほとんど無い。これに対し北朝鮮は永住も視野に入れたキムヘギョンさんの訪日をちらつかせている。この案は拉致被害者10名の再調査終了を前提としたものと言われているが、小泉首相は飛びつきたくて仕方がないのではないか。さらに参院選投票日直前、バリ島での曽我さん一家再会が計画されている。 
 自己保身のために被害者、家族、ひいては国民をなりふり構わず引き回し使い捨てるパフォーマンス政治は、一刻も早く止めさせなければならない。そのためにはこの参議院選挙で明確な答えを出していくことが求められている。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.319 2004年6月26日

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【投稿】均等待遇で公正な社会を拓く

【投稿】均等待遇で公正な社会を拓く

<選択の余地のない多様化>
 東京都では何年ものあいだ正規職員は減りこそすれ増えていない、例え退職者が出ても正規職員の採用は控える。その代わり無権利状態のパート(賃金職員)を雇う。かつての美濃部都政の頃は、予算がつくと、優先してパートさんから採用した、それは1つのルールだった。
 しかし、石原都政では、有給休暇なし、ボーナスなし、交通費なし、生理休暇もまして産休などなく妊娠すれば即「退職」という労働基準法の主旨に大きく違反した実態の賃金職員が増えた(1年の総労働日数が約200日になる人も多い)。
 労基法上、6ヶ月以上働かせると有給休暇の付与や年度をわたって働かせると臨時的な仕事ではないとの解釈となり、正規職員として雇用すべきと考えられる。その為6カ月で任期満了とし次の1ヶ月は雇わない、年度替わりには又任期満了で、1ヶ月たつとまた賃金職員として採用する。そんな働かせ方をして人件費を削減している。
 この「多様化」は、辞める以外他に選択の余地はなく、不満なら辞めて結構と「任期が満了しました」との一言で解雇・雇い止めができる。
 東京都は、公共機関として男女平等の実現を社会の先頭に立って図るべきであるにも関わらず、姑息な方法で労基法をすりぬけている。
 
<間接差別の禁止明記を>
 厚生労働省「パートタイム労働者総合実態調査」(14年)でパート労働者は、全雇用者の22.9%、1205万人である。正社員と職務や職責が同じパート労働者が「いる」事業所が40%あり、半数以上の事業所で過去3年間に正社員の仕事がパート労働者にシフトしているとの報告もある。そのほとんどは女性であり、その結果「女性の平均賃金は男性賃金の65.3%」と顕著な差別の実態が生まれている。
 政府や東京都が人権擁護の先頭に立ってこそ、多くの女性は勇気づけられ、差別のない将来を信じて、羽ばたけるのではないか。
 一方、04年6月10日厚生労働省「男女雇用機会均等政策研究会」の報告書(案)には、男女間の職域分離の是正と賃金格差の縮小、均等法改正についても97年には見送られた「間接差別(一見、性別と関係のない基準による募集や採用などで女性が不利になる制度や運用)の禁止」も盛り込まれ、大筋が合意されている。
 
<1.29の回復は、クオーター制から>
 さきの国会で年金法案・給付引き下げ・掛け金値上げが強行採決された。自民・公明党議員の多くが、国民の義務と定めた年金を未納のまま未納の事実を公表もせずにである。議員の給与も年金も我々の税金である、納税者に事実を公表し説明するのは義務である。国民から乖離して、ギロチンのつゆと消えたルイ16世でさえ、食事も結婚初夜までも国民に公開していた、恥を知れと言いたい。
 その上、出生率1.29の数字を隠したあげく、年金収入が減るのは大変と「より多くの女性に子供を生ませよう、その策は」と議論している姿はあまりにも女性をばかにしておりグロテスクですらある。
 同様に異様な人々がいる。女性を子を生む道具としかみない差別意識を持つ人々が、雅子さんを軟禁状態とも言える状況下におき「男の子を生むこと」を迫りつづけた。宮内庁や男系・天皇制信奉者のかたくなで非情な態度は、憲法に保障された基本的人権を侵害して、厚顔無恥である。反省・謝罪発言もなく、更迭もされない。「皇室」のなかで一人の優秀な女性外交官がスポイルされ、人間としての幸福まで奪われた。この”セクシュアルハラスメント”とも言える人権侵害を放置してきた政府もともにその責任が問われねばならない。
 無責任な政治家や女性差別意識が根深い中で忘れてはならない視点は、女性の平均寿命85.2才(02年)の現代において、生殖適齢期、子育て期間はせいぜい20年である、後の65年間はどう考えるのか。女性がどんな人生設計を立うるのか、自己実現の道を探り、社会に役立つ仕事もしたいと考えるのは自然なことだと思う。その延長線上に、パートナー選びがあり、結婚があり、子を生み育てることもある。しかし、こんなにも差別が公然とされる状態では、家庭を持ち子供を育てるなど無理と諦める人が多くなるのはこれもごく自然なことであろう。
 年老いた男ばかりが目立つ国会。女性議員比率は10,2%(03年3月朝日新聞)、都議会で14.9%である。10%そこそこの代表しかいない議会で女性にとって大切な法案が決められている。「男が決めて、ついて来ればよい」そんな時代錯誤のパターナリズムでは、出生率の上昇は実現しない。政策立案・決定の場に女性の代表を増やすこと、まずは「クオーター制」の実現が緊急の課題である。

<短時間正社員制度の確立をめざす>
 日本では、自殺者3万2千人の数字が示すように、中高年労働者と、時間給1000円程度で正規労働者と同じ労働をさせられている立場の弱いパート労働者に対する差別が顕著である。これで大きく人件費の削減をした企業が「景気上昇・回復」をはたしているが(朝日6月11日)労働者の犠牲のうえに達成された景気回復といえよう。
 また、政府が本腰を入れて行った95年以来の支援策である育児休業制度の実態は、公務員では、共済組合から1才までは、給与の4割が休業手当てとして支給され、共済掛け金が免除(雇用主負担分免除)されるが、住宅ローンの支払いや生活費を考えると利用者が増えるにはまだまだ不十分である。また子供の看護休暇制度として年間5日の有給休暇(東京都など)が実現したのは評価できるが、学齢期に達するまでの乳幼児が一体どれくらい医者通いの必要が生じるかは、母親の20日ある有給休暇のほとんどを子供の為に使い切ってしまう現実からは焼け石に水である。しかしそれでも実際にこの制度を使えるのは「組合」のある大手企業や公務員だけである。大勢のパート労働者は無権利状態であり、生理休暇もなく、産休を取って働き続けたくても、妊娠すれば即「退職」を迫られるのでは出生率が上がるはずがない。
 これと対照的に、欧州・北欧は、ほぼ10年前、ILO175号条約を採択している。この条約はパートタイム労働を自由に選択された労働とみて、フルタイム労働との均等待遇を図ったものである。基本的労働条件は違いがなく、所定時間による差異(8時間労働と6時間労働のように)によって、労働時間に比例した報酬や有給休暇が保証されるというもので、「短時間正社員」「短時間公務員制度」という働き方の実現につながっている。
 真に仕事と家庭が両立し、社会的公正が実現すると、出生率が回復することはこれらの国で実証ずみである。

<衆議院選挙での民主党の躍進を>
 「人はその労働に対して等しく報われなければならない(丸子警報機事件判決)」という理念のもと均等待遇の法整備が急がれる。
 民主党は「パート労働者の均等待遇確保法案」を、04年6月11日衆議院に提出している。これは連合が2001年来求めてきた「パート・有期契約労働法案要項骨子」を基礎にしたもので、この法案の成立は、パート労働者の賃金労働条件の改善につながって、社会的公正を実現するだけでなく、超高齢化社会を目前に税・年金等社会保障制度の社会基盤の安定に大きく寄与するものであろう。(E,T) 

 【出典】 アサート No.319 2004年6月26日

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【書評】池田晶子『14歳からの哲学──考えるための教科書』

【書評】池田晶子『14歳からの哲学──考えるための教科書』
             (2004.3.20.発行、トランスビュー、1,200円)

 「試しに訊いてみようか。生きていることはつまらないって悩んでいる君、じゃあ生きているとはどういうことなのか、わかっているのかな。生きていることはつまらないって君の言う、その『生きている』とはどういうことなのか、本当にわかっているのかな。
 生きているってことは・・・・・生きていることです。ほら、君はそれ以上まだわからないね。だからこそ、これから、考えるんだ。悩むのではなくて、考えるんだ。さあ、生きているということは、本当は、素晴しいことなんだろうか、つまらないことなんだろうか。『生きている』って、そもそもどういうことなんだろうか。」
 本書は、このような問いかけで、中学~高校の年代に当たる14歳の読者に、「悩む」ことではなく、「考える」ことを呼びかける。平易な表現による—-しかしその内容は必ずしも平易ではない—-哲学的書物であり、大人が読んでも考えさせられる書である。上の問いかけは次に、ソクラテス風にこう展開される。
 「生きていることが素晴らしいとかつまらないとか思うことが、どうしてできるのか。それが僕にはわからない。だって、それを思うことができるのは、僕が生きているからなんだけど、僕には、僕が生きているということがどういうことなのかが、わからないんだ。でも、それがわからなければ、生きていることがすばらしいとかつまらないとか思うことが、どうしてできるんだろうか」と。
 この問題を捉える手がかりとして、「言葉」が取り上げられる。著者の視点は、「言葉」という媒介—-それは次には「観念」という媒介に発展するが—-によって、「自分」、「心」とこれにつながる世界を規定していこうとするところにある。
 「言葉は自分の中にある、と君は思うだろうか。なるほど、自分が話し、自分が書く限り、言葉は自分の中にあると言いたくなる。でも、言葉の意味を決めたのは君じゃない、(後略)。だとしたら、言葉は、自分の外にある。言葉というものは、自分の中にあると同時に、自分の外にある、そういう不思議な存在なんだ。だとすると、この『自分』ってそもそも何だろう。それは、君がそう思っているほど、確かな何かなんだろうか」。
 ここから著者は、「現実とは目に見える物のことである、とただ思い込んで」いる大人に対して、「言葉こそが現実を作っているという本当のこと」を主張する。すなわち「目に見える物は、目に見えない意味がなければなく、目に見えないこともまた(美、正義、善等々—-引用者)、目に見えない意味がなければない。『犬』という言葉がなければ、犬はいないし、『美しい』という言葉がなければ、美しい物なんかない」。「言葉がなければ、どうして現実なんかあるものだろうか」というわけである。
 同様のことが「自分」の「体」と「心」についても言われる。外見の「体」(物質としての体)に対して、「内から感じる体」、すなわち「調子がいいとか悪いとかの感じそのもの」は、目に見える物ではない。この意味で「体というのは、見えるけれども見えないという不思議な二重のあり方をしている」。そしてこの目に見えない「思いや感じ」を「心」と呼ぶとすれば、「目に見えない体とは、じつは、心のことではないだろうか」ということになる。
 かくしてここに目に見える物によって説明をしようとする「科学」では説明できない「心」が、本書の中心に据えられることになる。では、この「心」とは何であるのか、それは、こう説明される。
 「『心』という言葉があるせいで、人はつい、そういう何かが物みたいにどこかにあるようなつもりになってしまうけど、その意味では、心なんてどこにもない。だって、君が悲しい気持ちでいる時、その悲しい気持ちはどこにあるだろう。(略)ただ悲しいという気持ちが明らかにあるだけじゃないだろうか。(略)その悲しいという気持ちが、すべてを悲しくしているんだから、その意味では、心とは、すべてなんだ。体のどこかに心があるのではなくて、心がすべてとしてあるんだ」。
 換言すれば、世界は、「自分が見ているその光景」であり、「すべてが自分として存在する」。この「自分」とは、この「小さい自分」であるとともに、「大きい方の自分」につながるという意味で、「自分は自分でしかないことによってすべてである」とされる。
 このように著者の立場は、「言葉」によって(それ故「観念」によって)囲まれた世界—-それはまた全宇宙であり、自分でもある—-を確立し、そこから、家族、社会、規則、友情と愛情等々を論じていこうとする。そしてそのそれぞれの項目においては、それなりの、時には鋭い主張がなされている。しかし「現実」の社会に関わる側面では、例えば、こういう問題を含む姿勢となる。
 「で、『社会』というのは、明らかにひとつの『観念』であって、決して物のように自分の外に存在している何かじゃない。(略)『社会』は、観念として自分や皆の『内に』存在しているものなんだ」。
 つまり、社会とは、皆が思っている観念の外への現れであり、人びとの思い込み(幻想)であるとされる。
 「社会がそうなら、国家というものもそうなんだ。『日本』という国が、国旗や国歌や国土以外のものとして存在しているのを、君は見たことがあるかい。(略)その日本なんて、どこにもない。人々の観念の内にしかない。なのに人は、『日本』という国家が、外に物のように存在していると思って、それが観念であることを忘れて」行動している、と著者は言う。
 ここに至って、著者の視点の意味するところが明確に浮彫りにされる。「社会」「国家」は、共同幻想体としてのみ、人々の「観念」の中に存在しているに過ぎないとされるわけである。この姿勢は、他の項目、例えば規則と自由について考える章でも、規則に対する個人の関心の有無によって、自由を感じるか否かを論じるという個所でも例証されている。
 それ故ここからは、社会を変えていこうとする視点では、現実の諸矛盾を認識、分析して運動を構築していこうというのではなく、「社会を変えようとするよりも先に、自分が変わるべきなんだとわかるな」とする方向が説かれることになる。
 以上簡単に見てきたが、本書には、自分の頭で考えていくことを強調する割には、それが社会での動きとどのような関係を有しているかについての視点が決定的に弱いようである。デカルト風の考察による自己の精神の確立と、カント的理性吟味の論議から、論理実証主義的言語世界へと進む本書の展開は、「観念」による「幻想共同体」へと至る。しかし「現実」の視点から言えば、自分の頭で考える行為自体が—-心の形成、意識自体が—-社会性を持っていること、さらには社会、国家等々が、幻想ではなく、さまざまな抑圧機構—-露骨な暴力的抑圧装置から社会的教育的イデオロギー的制度に至るまで—-を通じて、日常的に人々を管理していることを看過するわけにはいかないであろう。
 社会的にいろいろと話題を呼んだ書ではあるが、本書が話題性を持ったということ自体が、現代社会のメディアシステムによってであった、ということは事実である。このことが本書の最大の特徴であるとするのは、皮肉に過ぎるであろうか。ともあれ自分の頭で読んで考えてみる書ではある。(R) 

 【出典】 アサート No.319 2004年6月26日

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【コラム】ひとりごと —三菱自動車の凋落について—

【コラム】ひとりごと —三菱自動車の凋落について—

○トラックの故障隠し・リコール問題の影響から三菱ふそう・三菱自動車の経営が困難になってきている。製造物責任法(PL法)を紐解くまでもなく、この企業の隠蔽体質は深刻で、法的にも国民ユーザーの立場からも厳しい罰則が加えられなければならない。死亡事故が続発しても、隠蔽し続けていたという事実から、経営の存続問題にまで波及することは確実で、三菱ブランドの乗用車が市場から消えていく日もそう遠くはないかもしれない。○しかし、ひとり三菱だけの責任か、と言えばそうではなかろう。そもそも日本の交通行政は製造者擁護の構造を持っている。一例を交通事故に取れば、欧米では自動車事故について情報公開が進んでいる。どのメーカーのどの車がどんな事故を起こしているのか。その原因は何か、などが情報集中され、市民は誰でも見ることができる。○当然にも事故の多い車は、国民から支持されなくなる。企業の安全への姿勢も積極的であると言える。○確かに日本の車は良くなっており、技術的にも欧米車と肩を並べるところまで向上してきているのは事実であろう。しかし、自動車の製造者責任を監視する機関は果たしてあるのだろうか。テレビ番組の「新車情報」でも、本来「JAF」が利用者の立場からこうした役割を担うべきなのに何もしていないと批判していたが。○交通事故死亡者が1万人を割り込み、飲酒規制も強化されたが、交通事故の犠牲者の多くは、歩行者であり、老人や子供、同乗者である。走る兇器は自動車なのである。○マスコミはひとり三菱の問題であるかのような印象を与えている。しかし、こうした自動車行政・交通行政の情報公開こそ求めるべきであろう。(佐野)

【出典】 アサート No.319 2004年6月26日

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【本の紹介】『宮本常一という世界』

【本の紹介】『宮本常一という世界』
       佐田尾信作著、みずのわ出版、2004/1/30発行、3000円+税

<<もちはなぜまるいか>>
 宮本常一という人については、初めてこの本を通じて知らされた。しかし何かのある懐かしさを感じてもいた。それが何かがよくわからぬままに読み始めてすぐに気づいたのは、すでに故人となって久しくなってしまった志賀義雄氏の『もちはなぜまるいか』という著作を思い出したからである。戦前の軍国主義下の十八年の獄中生活を経て、戦後再建、再刊された日本共産党の機関紙アカハタに、志賀さんは1947年1月から「もちはなぜまるいか」を連載し始めた。「科学の新しい発展のために」という副題のついたはしがきの中で、「もちはなぜまるいか」そんなことはどうだっていい、闘争には関係ないという人が、元旦にもちを食わなければ、まだしもつじつまがあっている。またそのもちくいを迷信だと労働者を説得しても、だれもそれにしたがわない事実に当面したら、なぜかを考えるとよろしい。むろんわれわれすべてが民俗学の研究にうつつをぬかす必要はない。おのおのその努力に応じてするしごとは多いからだ。だがそうした研究の成果を活用するだけの心がけは必要だ。・・・と書いている。志賀さんの側で仕事をし、ともに生活をしていた時期、毎月のように柳田国男と折口信夫の著作を買い込んでいた志賀さんの姿が彷彿としてよみがえってきたのである。

<<柳田民俗学>>
 志賀さんはこの著作の中で、「柳田氏はその専門が、日本の天皇制にとって、もっとも致命的な領域にわたっていた。それは日本人民の日常生活の歴史的現実性を対象とするものであるから、その現実性が明らかにされればされるほど、天皇制の神的支配の秘密が暴露される。だが革命的核心を神秘的形態につつんだ弁証法をドイツにはやらさせたヘーゲルがプロシャ国立大学の哲学教授としてホーエンツォルレルンの神権をまもる最良のイデオロ-グと思われたように、農林省の勅任官から貴族院の書記官長となり、退官後は日本の民俗学の組織者として、天皇主義者から自由主義的俗物まで、官学からディレッタントにいたるまでの尊敬と愛読の的となってきた柳田国男氏も、その学問の対象の内的必然性から、革命的核心を神秘的形態でつつんでいたのだからおもしろい。そしてまのぬけた天皇主義者は津田左右吉博士を目のかたきにしたが、津田博士とほぼおなじときにその労作をつぎつぎに発表していた柳田氏の方がはるかに「危険思想」へみちびく研究を進めていたのだ。だが天皇主義者は柳田民俗学の神秘的形態にくらまされて、まるでそれが天皇制の永遠化を証明してくれるものであるかのようにおもいこんだ。」と指摘している。実に核心をついているといえよう。

<<『宮本常一の伝説』>>
 この機会にもう少し宮本常一という人をよく知ろうと、『宮本常一の伝説』(さなだゆきたか著、阿吽社、02/8/15発行)を読むと、はたして「橋川文三は柳田国男のもとに出入りしたマルクス主義者として、志賀義雄・中野重治・浅野晃・水野成夫・石田英一郎などの名前を上げている。そして柳田の『昔話と文学』・『木綿以前の事』などが「民俗学になじみのうすい一般読者層にもひろく読まれ、青年・学生層の間にファンというべきもの」が生まれていた、と語っている。また、その理由として二点を指摘している。第一は「社会科学的なものが権力によって抑圧されたのち、観念的な歴史学の横行するのに反感をいだいた人々にとって、その文学的なかおりと実証的な調査との魅力が、ある心の安らい場所となった」こと、第二は「フォークロアが、そのブルジョア的起源にもかかわらず、やはり十九世紀の実証科学としての本質を失わず、民衆の生活実態に対する関心を保持していた」ことであるという。」という記述に出くわした。やはりそうだったのか、なるほどとうなずけるのではあるが、いくつかの気にかかることもこの『宮本常一の伝説』では明らかにされている。
 その一つは、「柳田が戦争に、好意的ではないが、しだいに協力していった」という現実、そしてその門下生や協力者が、西洋文化に対する日本回帰的、ナショナリズム的な方向を強め、戦争協力へと傾斜し、とりわけ共産党からの転向者といわれる人々が大東亜民俗学からナチス民俗学へ傾倒し、宮本常一氏もその時代の波に翻弄されざるを得なかったということである。

<<国分一太郎氏のこと>>
 もう一つは、志賀義雄氏とともに、核実験停止条約に反対するような日本共産党の独善的でセクト主義的な態度を批判して除名された国分一太郎氏について、戦前のあの時代に宮本常一氏が言及していることも初めて知ったことである。国分さんは何度かお会いし、その人柄のにじむお話も聞いたことがあるだけに思わずほっとさせられたのである。というのは、国分氏は戦前の生活綴り方運動を代表する人物であり、国分氏にとっては宮本氏が属する「垣内・芦田の線は、ぼくたち山形県に住むものにとっては、思想善導のためにしかれた権力者の旗じるしのようなものであった」のであり、「ぼくたちの生活綴方運動は、しだいに警戒と弾圧を加えられていった。山形県は、小学校教師が「中央公論」・「改造」などを読むことも禁止した。」という状況であった。宮本常一氏はそうした状況の中で「かつて生活派の綴方盛なりし頃我々の心をうった作品は東北に多かった。それは子供として、波荒い世を生き抜こうとする姿であった。宮城の仲間、今いづこ、秋田の仲間今いづこ、独り山形の国分一太郎氏の精進が、関西の我々の眼にも入る。派とか主義とかを越えて、只管に精進する者に対しては、お互尊敬してよいのではないかと思ふ。」 (「東北雪の旅日記」)と述べているのである。

<<生活者の視点>>
 宮本常一氏の民俗学が独自のスタイルを持ち、宮本民俗学と称されるゆえんについて、先ごろ亡くなられたばかりである網野善彦(神奈川大学教授/日本中世史)氏は、宮本常一氏の名著『忘れられた日本人』岩波文庫版の解説で、「多少とも『中央的』な権威の匂いのする既製の民俗学に抗して、泥にまみれた庶民の生活そのものの中に、人の生きる明るさ、たくましさをとらえようとする自らの『民俗学への道』」に自信を固め、「そうした野心的な宮本氏の歩みのなかで書かれた」と述べている。それは言い換えるならば、宮本民俗学の原点にあるのは、資料・文献を中心とした分析学的視点よりも、「旅を愛し」、「家へ村へ役立つ」、生活者の視点に重きをおくという立場でもあろう。
 佐田尾氏の『宮本常一という世界』は、まさにその点で出色であり、現実に存在し、生き続けている日本全国の「宮本常一という世界」を生き生きと活写し、問題を投げかけてくれる。宮本常一が対馬に残したメッセージに始まり、「周防猿まわしの会」に至る実に楽しく意義ある旅を提供してくれる。
(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.319 2004年6月26日

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【投稿】小泉政権の危うい綱渡り

【投稿】小泉政権の危うい綱渡り

<<出し抜けの訪朝発表>>
 5/14、北朝鮮訪問を突如発表した小泉首相の心中は穏やかなものではなかったであろう。この日夕刻、首相官邸で開かれた政府与党首脳会議で、訪朝決断の経緯説明の最後に「決して、この日に合わせて発表するわけではありません」とわざわざ釈明をしたのである。この同じ日、民主党の新代表に小沢一郎氏が決まり、さらに決定的な首相自身の年金未加入・未納が明らかになった。週明けに発売される「週刊ポスト」誌上に、首相の未加入問題が報道されることを知り、急遽、出し抜けの訪朝発表でメディアをかく乱し、あわよくばこれらを打ち消そうという、いかにも姑息で小賢しい、しかも見え透いた汚いやり方が誰の目にも明らかになったのである。これは危険な綱渡りに首相自身がびくついている証左でもある。
 これまで首相は「(年金未納期間は)ありません」と言い切り、「衆院議員当選前も含めて未納はないか」と念を押されても「ありません」と断言し、福田官房長官が辞任したときも、首相はみずからの支払いについて「ちゃんと払っている。調べてくれればわかる」と語り、続いて菅民主党代表が辞意を表明したときにも、自身の未納の有無を問われて「ありません」と明言してきた。そして連立相手の公明党の神崎代表らの未納が発覚したときには、「意図的じゃないんでしょ」などとかばい、自分たちだけはやむをえない事情を認め合い、まるで他人事のようにすり抜けてきた。
 ところが、5/14に明らかになった首相の未納期間は6年11カ月間にも及び、これまでの誰よりもはるかに悪質だった。しかも「週刊ポスト」誌によると、首相は衆院議員に初当選した後、1年半以上にわたって、議員と不動産会社社員とを兼職し、勤務実態もなく厚生年金に違法加入していたという。これはかつて民主党副代表だった鹿野道彦氏が議員になった後も、三重県の後援会企業の社員を兼職し、勤務実態がないのに給料を受け厚生年金に加入していたことが02年に発覚し、離党に追い込まれたケースとまったく同一の、架空加入、脱税の悪質な違法行為である。

<<「きょう知った」>>
 さらに悪質なのは、こうした問題に対する首相の姿勢である。同じ14日夜に開かれた緊急の記者会見で、6年以上にわたる国民年金の未加入期間について、「きょう知った」と述べ、「未加入と未納は違う」、「国民年金が強制加入になった86年4月以降は払っている。加入すべき期間は払っている」として、自らの政治責任については「全くない」と強弁し、「40年も前のことですよ。問題にするほうがおかしい」、「学生時代のことまで覚えてないよ。よく調べた人がいるもんだな」と空とぼけ、「国民が納得すると思うのか」と突っ込まれると、「国民はやっぱり(年金は)複雑な制度だと思っているでしょうね」などとぬけぬけと言ってのけ、薄ら笑いをさえ浮かべるその政治姿勢である。「百年先も安心」どころか、計算根拠が薄弱で嘘とごまかしだらけで、しかも一時しのぎにしか過ぎない今回の年金法案を提案している当の最高責任者が、自らの年金履歴についてまったくこれまで調べもせずに放置して、「複雑な制度だ」と無知をさらけ出し、あげくの果てに「個人情報が本人の承諾なく週刊誌に載るのはどうか」などとメディアを威嚇し、無責任な放言をして居直っているのである。問題に対処する誠実さも真面目さのひとかけらもない、都合の悪い事には知らぬそぶりをし、それでも追及されると居直るその政治姿勢である。
問題の未加入期間についても、首相の個人事務所で保存している銀行口座の引き落とし状況などから確認したといい、年金の支払いを管理する社会保険庁には確認もしていなければ、問い合わせさえしていない。それを追及されると、秘書官は「不都合がありますか」と開き直っている。首相は「ちゃんと払っている。調べてくれればわかる」と言いながら、自身の納付情報の確認さえこれまでしてこなかった、そのことについて謝罪の一言もない、そのあきれはてたずうずうしさ、厚顔、無恥さ加減には開いた口がふさがらないと言うたとえそのままである。
 民主党の岡田克也幹事長は14日の記者会見で、「国民にウソを言っており、許し難い。首相以前に政治家を辞めてはどうか」と衆院議員の辞職を求めたが当然のことである。この際、内閣総理大臣の不信任案を提起すべきであろう。

<<未払い率41%>>
 この首相にしてこの閣僚ありであろう。「うっかりミス」(石破防衛庁長官)、「忘れていた」(中川経産相)、「思い込み、勘違い」(福田官房長官)、「仕組みに不慣れ」(竹中金融・経財相)、「誠に不明の至り」(谷垣財務相)などといずれも過失を装っておとぼけ、辞任はおろか、政治責任の自覚などゼロである。竹中大臣にいたっては、未納問題発覚直前、急いで2年分の保険料を一括納付して、未納期間を「11か月」と短縮することに躍起になっていたと言う。小泉内閣の大臣17人中、実に7人が未払いである。国民年金の未払い率が37%だといわれるが、小泉内閣の未払い率がそれを上回る41%にも達しているのだから、そもそも小泉内閣には、年金法案を提案したり、審議する資格などないし、ましてや強行採決する権限などはなからないといえよう。おまけに年金の主管官庁である厚生労働省の森英介、谷畑孝の両副大臣までがいずれも未納だったというのだからお笑いである。二人とも発覚するまで知らぬ顔をしていたのだからあきれ果てたものである。
さらに年金法案を与党で単独強行採決した自民党の衛藤晟一厚生労働委員長が、初当選の90年2月以来、まったく払っていなかったというのだから、もはや二の句もつげない。この衛藤という人物、読売新聞の調査に「未納は当然ない」と答えていたのだから、公然と嘘をつきながら年金法案の審議を取り仕切っていたわけである。「仕組みに不慣れ」で「うっかりミス」で保険料を払ったこともない犯罪者が裁判長席につき、国民を被告席に立たせて、もっと納付率を上げよ、保険料も多く支払え、とさしずをして審議をしていたようなものである。
 法案を主導する政府閣僚、与党幹部だけではなく、与党議員の中からも未納者が続出し始め、野党各党が所属の国会議員の納付状況を調査して公表しているにもかかわらず、自民党は党としての調査も実施できない、実施する意図もない、安倍幹事長にいたっては「魔女狩りのごとくだ」と述べて、未納議員を問題視すること自体を非難する始末である。
 自民党衆参議員360人中、「読売」で76人(21%)、「毎日」で二割が未回答で、少なくとも「読売」で61人、「毎日」で58人が未納議員であり、その中には首相経験者や閣僚経験者などがずらりと並んでいると言う。こんな無責任な事態を放置し、平然と政府や与党が居座っておられること自体がおかしいし、これは法治国家以前の状態と言えよう。こんな政府・与党の下では年金不信はいっそう深まり、納付率は下がりこそすれ、上がることはありえないと言えよう。

<<「きちんと処分する」>>
 そして連立の相手である公明党の対応も同罪、あるいはそれ以上に悪質と言えよう。民主党を初め野党が次々と全議員調査を公表しているさなかにも、ただひたすら隠し通し、年金法案が衆院通過(5/11)した翌日になってから、神崎武法代表自身と冬柴鉄三幹事長、北側一雄政調会長ら三役を含め未納者計十三人を公表したのである。
 議員の未納率では全政党でトップの地位を占めている。その居直り感覚も小泉首相と同等である。自らも未納の先頭に立っていた神崎代表は、民主党の菅直人代表の未納問題での辞任に際しては、「国民の信頼を損ねた以上、辞任はやむを得ないだろう」とのべ、そして菅代表の辞任表明後は「政党のトップとして国民の信頼を損ねた以上、辞任はやむを得ない」とすまし顔で語っていたのである。そして「わたしたちの党内でも現在調査を進めている。未納者がいたら、きちんと処分する」(5/8)と述べ、自らの納付状況に関しては「完済したことを社会保険庁に確認している」と述べていたことまでもがまったくの嘘でたらめであったことが今回暴露されたのである。「国民に大きな不信感を与え、誠にざんきに堪えない」と陳謝はしたが、「きちんとした処分」は「けん責」で済まし、「代表、幹事長は引き続き責任を持って職務に精励してほしい」と激励されたと述べて、辞任を拒否して、居座っているのである。
 同党出身の坂口厚生労働相は、5/15のパーティー会場で、9年9カ月間、保険料を納めていなかった公明の山下栄一参院議員について「いろいろと失敗もある。どうか山下さんにお力添えを」と激励する始末である。さらに同相は、各議員の年金情報が個人情報にもかかわらず、社会保険庁自身から漏出しているとして、犯人探しと情報隠しに乗り出している。

<<「三党合意」>>
 ここまでくれば、本来ならば自公連立内閣は総辞職し、今回の年金法案は廃案にして、年金改革のマニフェストを争点に解散・総選挙をして仕切り直すことが当然であろう。ところがこの間の未納議員続出の中で、民主党は菅代表の辞任問題に揺れ、しかも、その最中に自民、公明、民主の3党が、年金一元化を含む制度改革について3年後をめどに結論を出すことで合意し、民主党は政府案の採決を認める事態をもたらした。菅代表は、みずからの年金未納ばかりか、この3党合意が党内からの猛反発に直面して辞任を決断せざるをえなくなった。未納問題で言い訳に終始して反転攻勢に打って出るべきチャンスを見失い、3党合意という玉虫色の空手形で自公両党に助け舟を出すという誤算が民主党に混乱をもたらしたと言えよう。
 後任の民主党代表に決まった小沢氏は、この3党合意に反対する姿勢を明確にしており、事実、年金法案と「三党合意」に基づく修正案を採決する衆院本会議を、「公平で安定した年金制度の確立を求める国民などへの背信行為であり、賛成できない」とコメントして、採決に欠席している。そして現執行部が承認した「三党合意」の取り扱いについても、「私の政治理念、哲学、信条、信念はどんな立場になろうとも変わらない」とのべ、反対の意思を明確に示している。その小沢氏に党首就任を頼らざるを得ないのであれば、民主党はこの際、三党合意についても仕切りなおしをすべきであろう。
今回の年金未納問題を通じて、有権者は全政党に辟易とし、醜いどたばた劇と裏取引にうんざりとし、政治不信をいっそう募らせたことは否定しようがない。しかし最大の不信を向けられているのは小泉政権である。これほど小泉政権が醜態をさらけ出している今こそ、野党は奮起して政治姿勢を再点検し、小泉政権を退場に追い込むべきであろうし、その可能性は大であると言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.318 2004年5月22日

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【討論編】 広がりつつある能力・成果主義-

【討論編】 広がりつつある能力・成果主義-
             どうなる?これからの賃金システム
                                                 (参考:広がりつつある能力・成果主義<報告編>

<公務員と民間における問題>

A:東京都の場合、2003年6月から係長級職員に対して「勤勉手当てへの成績率」が導入されています。また2004年4月からは、業績評価に基づき第1次評定総合及び第2次評定総合がDの者(A~E)は、「普通昇級不可」となり3月延伸となります。実際にそれを「告知」された職員はとてもショックを受けています。また公務労働の場合にはメリットがあるのかどうか疑問です。そして生涯賃金を考えた場合、今の若い人の場合、ある程度高い給料から出発していきますが、年齢の高い人々は、若い時に10年は低い賃金でも、10年20年したら、人並みになる。最後は年金も出るから、トータルとしてはたくさん貰えるよ」などと言われて働いてきたわけです。そんな団塊の世代が、定期昇給も止まり、加えて何年も4%カットされているのですから、この5年間は連続の年収減でカーブは下を向いてしまっています。組合はどう対応していくべきかということです。
 
B:民間の場合は営業実績といった、ある程度数値化できる場合が多いのでしょうが、公務労働の場合、何をもって業績評価するのか-という事が難しいと思います。ただ、「日本的雇用慣行」が最も残っているのが公務員と思いますが、その公務員の中でも若年層に限らず、指摘された事とはまた別の不満もあるのではないでしょうか。私も現実に悪平等はあると思っています。しんどい仕事から逃げている人でも、毎日出勤していれば給料は下がらないわけですから。A・B評価は別にしても、職務に後ろ向きな場合、ペナルティーをもたらす評価は入れざるをえないのではないか。今後の公務員制度を考えた場合、それもダメということにはならないと思います。それでなくても公務員批判が強い中では社会的批判にも耐えられないのではないでしょうか。
 ただ一方、公務員の成果主義を考えた場合、個々の公務労働をどう評価するかが難しいという点に加えて、役所の単年度主義の中で、いわゆる「企業の中長期ビジョンと、それに応じた個人の目標管理」といったことがなかなかできない。また成績評価も、民間企業よりも主観的になりやすい傾向もあります。その意味で下からの評価制度も入れていかないといけない。公務員の管理者ほど自分には甘いのが実態ですから。労働組合もその点をしっかり主張すべきだと思いますね。
 団塊の世代の賃金問題ですが、民間でもどんどん見直しが進んでいます。能力成果主義賃金導入の動機の一つが中高年の賃金対策にあると述べましたが、その最たるものが退職金制度であるわけです。確かに団塊の世代の不満もよくわかるのですが、制度が転換していく時には、どこかに一定のしわ寄せが来ることも事実で、そのコンセンサスを得ることは実に悩ましい問題です。しかし一方、企業は強引に導入しようとしており、そこでは絶対反対論では立ち行かない事もあるのではないでしょうか。
 望むと望まないに関わらず、賃金制度を巡って大きな転換点にあるわけで、いかに軟着陸をさせていくかも労働組合の選択肢と役割ではないかと思います。
 
C:民間でも製造部門、営業部門、そして事務管理部門があると思いますが、後方作業になる事務部門などは公務員と同じような仕事です。私も人事評価や賃金体系などについても、取り組んだ経験がありますが、事務労働を成果主義と結びつけるというのは非常に難しい問題ですね。一人の人間がいくらがんばったって、小さな会社なら突出した有能な人がいればすごい成果をあげる事もあるけれど、規模が大きくなるほど事務労働というのは評価が難しい。特に組織が円滑に流れていくことが求められる事務管理部門では、各自の成果を評価するなどということは、まず無理ですね。
 また仕事は部門に分かれていますから、最後の成果が見える部門だけを評価するわけにもいかない。前工程なしに後の工程はありえないのに、成果が見えやすい後の工程だけを評価したら、前の工程の人は腐りますね。

B:最近では、事務部門についてはアウトソ-シングして、部門として能力成果主義の対象外とする会社もありますが-。

C:確かに一時的にはアウトソーシングによって合理化されたかのように見えます。ただ、パートや派遣社員で事務部門をアウトソーシングした会社も、また元に戻り始めています。何故かというと、事務部門の仕事に連続性がなくなるからです。顧客対応についても継続的な対応が実際はできない場合が多いのですね。仕事の連続性が無くなってうまく回らない場合も多いのです。

<能力成果主義をどう評価する>

D:成果主義賃金について、そもそも日本の経営者として、賃金のあり方について自信をもっているものではない。例えばトヨタの場合でも、「業績主義だ」と言いながら、給料を上げているかというと上げていない。能力主義についても、評価できないものを無理に評価しようとしてギクシャクする。結局は、経営者全体としての狙いは総賃金の抑制であって、それしかない。組合側はどう抵抗するのかということになる。
 地方自治体でも成績導入が始まっているということですが、やる気云々という議論もあるが、総賃金の抑制という点から言えば、生活給をどう確保するか、という視点をしっかり持って対応していくことしかないと思いますね。23歳で月給50万の人と18万の人がいるというのはバランスが悪い。
 今日、転職が当たり前といわれますが、それは賃金や労働条件が保障されないから転職するのであって、引き抜かれて転職するという例はほんの少数でしかないのです。転職すれば労働条件は悪くなるのが常識です。そういう現実を見れば経営側の思う壺にはまっていくのはいかがなものか。総労働対総資本の視点で見ることが必要です。
 能力主義導入に対しては、最初の報告にも指摘されていたように、多面的な歯止めを行う必要があるとして、そこで新たな規制をどうつくるかというと、現実的には結局、ほとんど電産型賃金のようになっていくのではないかと思います。
 いずれにしても、今後の賃金制度のあり方として考えた場合、歴史的経過などを踏まえていくと、なかなか時間のかかる課題という事になる。労使関係や社会保障の問題なども踏まえた議論にしないといけない。どんな産業にいっても最低限の給料は保障すべきというのが原則ですから、最低保障給なり、最低賃金を確保した上でどうするのか-ということでしょうね。

C:単純にはいかないよね。年功賃金や体系はその会社の歴史ですからね。それを一挙に崩すというのは難しい。能力成果主義賃金も賃金の抑制という機能が強く、今日的には年功賃金が、全体の賃金コストを高くしたことも事実だろうと思います。企業側からすれば、これを何とかしたいと出てきたのが能力成果主義賃金だろうと考えます。

D:年功賃金も、実は職場経験とともに能力も自然に上がるという前提での一種の能力主義賃金だとも言えますね。

<男女雇用均等法もひとつの契機だった>
C:年功賃金制の歴史の中で賃金コストが企業にとって重くなってきたという議論とともに、もう一つは男女雇用機会均等法ができた時に、僕は必ずこの問題が出てくると思っていました。結局、男女賃金格差というのは大企業程、大きかったわけですね。それが均等法が出てきた時に、その格差を残せなくなったわけですね。そこで総合職制だとかいろんな形で能力主義を少しずつ取り入れて崩しにかかったわけだ。均等法も能力成果主義賃金導入の契機になっていると思いますね。それがどんどん変形してきて現在の形になったのでは-。

E:言われていることもあると思うけれども、雇用している人をいつでも首が切れる状態にしたいという経営側の意図もあるのではないか。年功制度というのは、人が長く居てもらう方が成長の根源だったからで、多く人を雇用して、初めは賃金を安くしてきたということだ。それが経済が変わり、需給関係がまったく逆転し、年功序列で抱いてきた人が重荷になってきた。できるだけ辞めてもらいたいというのが本音だと思う。今、勤続10周年で報償を与えるとか、長く勤めることが良いことだという制度はほとんど廃止されてきています。会社にとって必要な時には人を雇うけれど、必要でなくなれば、できるだけ早く縮小したいという状況になってきています。評価の公平性という議論もあるが、一番大切なのは生活保障給の確保ということです。
 それから社会保障制度の充実も図っていかなければならない。「会社に貢献のある人だけ残ってもらいましょう」というのが能力成果主義ですから、そこに公平性を求めても限界があります。やはり、生活保障給を確保する法律といったことが必要ですね。能力成果主義賃金の制度に対案を出していくのも意味のないことではないが、生活保障給を要求していく方が、団結の方向に向かうのではないか。そもそも分断が目的の制度なのだから。
 特に大切なのは年金ですね。企業は、退職金・年金の負担に耐えられなくなって、この負担をなくそうとしています。これを公的に保障する制度にしていく必要があります。
 
B:望むと望まざるとに関わらず、雇用の多様化は進行しているという現実があります。ハローワークの求人の多くが非正規雇用になってきています。「世の中が非正規雇用の時代に入った」と言っても過言ではないでしょう。雇用が流動化していくということは、企業の枠を超えていく人が数値としては多くなるわけです。だとするならば、何処で働いても、また離職しても生活の保障があるシステムをつくる必要がある。例えば退職金ですが、何処の企業で働こうが通算して退職金が出る制度とか-、現に建設業界には退職金共済制度のようなものがあります。雇用保険の失業給付にしても、ヨーロッパ並の長期にするとか-。年金も基礎的部分を引き上げ、また企業負担を引き上げるとか-。雇用は流動化しても、企業が労働者への負担から逃がさない制度・システムが必要になると思います。
 ただ、能力成果主義の評価について言えば、民間の経営側の担当者は、結構、問題点も認識して研究もしています。経営側も悩んで出してきているので、決して短絡的に見てはいけないと思います。
 

<能力成果主義と年俸制>

C:能力成果主義との関係で年俸制の問題ですが、今、若い人にも年俸制が取り入れられてきています。しかし年俸制という名の下で、無茶苦茶な時間外労働をさせられています。もちろん無給でね。「年俸制なのだから」と言って、夜の12時、1時まで働かされています。
 
B:「年俸制だから時間外賃金を払わない」というのは、明らかな労働基準法違反です。「残業代も含むという年俸制」の場合、契約の中に残業代はいくらと明記する必要があります。そして、残業実態が残業代より上回れば、その差は未払い賃金ということになります。法律的にはそうですが、それをチェックし、監視することができているかということとは別ですが-。
 付け加えて、先ほど「能力成果主義賃金とは、企業側が総賃金を抑制するためだ」という意見がありましたが、それをさらに補強する動きがあります。この間、大企業でも不払い残業の摘発が続いていますが、経団連の労働部会の中で、能力成果主義賃金制度に係わって「時間ではなく成果で見るのだから、残業代を支払うのはおかしい。労働基準法の方が間違っている」として改悪を検討しているようです。これに対しては、個別企業や個別産別の問題ではなく、まさにナショナルセンターの課題であり、真剣な取り組みが必要ではないかと考えています。
 ただ、私の能力成果主義に対する意見は、確かに経営側は、能力成果主義から労働基準法の改悪まで考えていることは事実ですが、能力成果主義自体は一つの流れとして受け止め、そうした経営側の目論みにいかに対抗するか、また制度内容において、どう歯止めをかけていくかが問われており、そのためには、労働側内部の論議とコンセンサスを早急に図ることが重要だと考えます。
(文責:ASSERT編集委員会) 

 【出典】 アサート No.318 2004年5月22日

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【資料紹介】「9条の生みの親」を知ろう

【資料紹介】「9条の生みの親」を知ろう
      1、田英夫議員のHPより
      2、亀田得治弁護士の弁論より

 以下に紹介するものは、2004年3月16日発行の、田英夫とジャーナリストの会「直言極言」第13号、「 ◎憲法の原点を見つめよう」に紹介されたものである。憲法九条の戦力放棄を明確に規定した「9条の生みの親」は、実はアメリカから押し付けられたものではなく、日本帝国主義の敗戦の年、1945年10月に内閣を組織した幣原喜重郎首相であったという、しかも幣原氏自身が、思い付きや、「一時的なものではなく、長い間考えた末の最終的な結論だ」と語っているという、これまでほとんど知らされていなかった貴重な事実である。
 「こんなことを知っていましたか?」と筆者の大先輩である小坂貢さんに聞くと、「いや初めて聞いた」と言って、すぐに朝日新聞社発行の『現代日本 朝日人物事典』で幣原喜重郎の項を調べていただいた。そこには幣原喜重郎について江口圭一氏が相当詳細に解説し、「外人記者と会見する首相」の写真が掲載されており、その説明にも「知米派、反軍といった評判で首相に就任したが、時代の流れはそうしたレッテルのはるか先に進んでしまい、晩年は保守色が目立った」と記されてはいるが、「9条の生みの親」であったという最も重要な事実についてはまったく触れられてはいない。これを書いている筆者自身も、学生時代に「憲法研究会」等で活動してきたにもかかわらず、そうした事実を知らなかったし、多くの憲法学者の著作からもそのことを知り得なかった、あるいはひょっとして見過ごしてきたのかもしれないが、この「直言極言」第13号を見るまで、少なくともその重要性を指摘したものにはめぐり合わなかったという情けない現実である。今からでも遅くはないので、ここに紹介する次第である。(生駒 敬)

▼「9条の生みの親」を知ろう

田英夫 憲法についてよく「押しつけられたもの」という説があるが、憲法9条は、実は当時首相だった幣原喜重郎さんが考えてマッカーサーに提案したものだった。

 彼は、第1次大戦後、不戦思想が世界に広がっている時期の外相だった。1921年(大正10年)のワシントン軍縮会議の代表でもあった。戦後首相をしたのだが、引退後に平野三郎さんという衆院議員に話したことが残っている。実に明瞭に言っているから、君たちも読んでほしい。幣原さんは同じようなことを著書、「外交50年」(原書房、1951年)で書いているけれどね。(注1)

 要するに、「戦争をなくすには世界中が軍備を廃止するのが一番良いが、それができないならまず日本がやる」というんだ。確かに今までの常識では非武装宣言は狂気の沙汰だが、では、戦争のための武装は正気か、という。世界は一人の狂人が必要だで、そうならないと蟻地獄から抜け出せない、というんだ。彼の話はマッカーサーの米議会での証言にも裏付けられている。マッカーサーは最後に幣原の影響を受けたんだろう。

「米国は戦争廃棄の用意があるというべきだ」という非武装論者になったような発言もあるよ。(注2)

 -確かに、これを読むと感動しますね。戦争をしてはいけない、という決意はすごい。こういう話を無視してはいけないですね。

 注1:「幣原提案」についての文書
 「幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について-平野三郎氏記」(内閣憲法調査会事務局、1964年2月)の抜粋。

 ○平野:第9条は占領下の暫定的な規定か。

 ○幣原:そうではない。一時的なものではなく、長い間考えた末の最終的な結論だ。

 ○平野:丸裸のところへ攻められたらどうする。

 ○幣原:一口で言えば「死中に活」だ。確かに今までの常識ではおかしいが、原子爆弾ができた以上、世界の事情は根本的に変わった。それは今後さらに発達し、次の戦争は短時間のうちに交戦国の大小の都市が灰燼に帰すだろう。そうなれば世界は真剣に戦争をやめることを考えなければならない。戦争をやめるには、武器を持たないことが一番の保証になる。

 ○平野:日本だけがやめても仕様がないのでは?

 ○幣原:世界中がやめなければ本当の平和は実現しない。しかし、実際問題としてそれはできない。すべての国はその主権を捨てて世界政府の下に集まることは空想だろう。しかし、少なくとも各国の交戦権を制限できる集中した武力がなければ世界の平和は保てない。
 二個以上の武力が存在し、その間に争いが発生すると、平和的交渉の背後に武力が控えている以上、結局は武力が行使されるか、威嚇手段として使われる。したがって二個以上の武力間には無限の軍拡競争が展開され、ついに武力衝突を引き起こす。だから、戦争をなくすための基本は武力の統一だ。例えば軍縮が達成され、各国の軍備が国内治安を保つに必要な警察力の程度にまで縮小され、国際的に管理された武力が世界警察として存在し、それに反対して結束するいかなる武力の組み合わせよりも、世界警察の方が強力というような世界だ。
 このことは理論的には昔からわかっていたことだが、今まではやれなかった。しかし原子爆弾が出現した以上、いよいよこの理論を現実に移すときが来た。

 ○平野:そのような大問題は、大国どおしが話し合って決めることで、日本のような敗戦国がそんな偉そうなことを言ってみたところでどうにもならないではないか。

 ○幣原:負けた日本だからこそできる。軍拡競争は際限のない悪循環を繰り返す。集団自殺の先陣争いと知りつつも、一歩でも前へ出ずにはいられないネズミの大群と似た光景だ。要するに軍縮は不可能で、可能にする道は一つだけだ。

 それは、世界が一斉に軍備を廃止すること。もちろん不可能である。ここまで考えを進めてきたとき、第9条が思い浮かんだ。「そうだ。もし誰かが自発的に武器を捨てたとしたら―」。
 非武装宣言は、従来の観念からすれば狂気の沙汰である。しかし武装宣言が正気の沙汰か? それこそ狂気の沙汰というのが結論だ。要するに世界は一人の狂人を必要としている。自らかって出て狂人とならない限り、世界は軍拡競争の蟻地獄から抜け出すことができない。これは素晴らしい狂人である。世界史の扉を開く狂人である。その歴史的使命を日本が果たすのだ。

 ○平野:他日、独立した場合、敵が口実を設けて侵略してきたらどうするのか。

 ○幣原:我が国の自衛は、徹頭徹尾「正義の力」でなければならないと思う。
 その正義とは、日本だけの主観的な独断ではなく、世界の公平な世論に裏打ちされたものでなければならない。そうした世論が国際的に形成されるように必ずなる。なぜなら、世界の秩序を維持する必要があるからだ。

 ある国が日本を侵略しようとする。それが世界の秩序を破壊する恐れがあるとすれば、それによって脅威を受ける第三国は黙っていない。その第三国は、日本との条約の有無にかかわらず、日本の安全のために必要な努力をするだろう。要するに、これからは世界的な視野に立った外交の力によって我が国の安全を守るべきで、だからこそ「死中に活」があるというわけだ。

注2:1951年5月5日、米議会上院軍事外交合同委員会公聴会でのマッカーサー元帥の証言(幣原平和財団「幣原喜重郎」=1955年刊=から)
「幣原首相は『長い間熟慮して、この問題の唯一の解決は、戦争を無くすことだという確信にいたり、ためらいながら軍人のあなたに相談に来ました。なぜならあなたは私の提案を受け入れないと思うからです』『私はいま起草している憲法に、そういう条項を入れる努力をしたい』といった。私は思わず立ち上がり、この老人の両手を握って『最高に建設的な考えの一つだ』『世界はあなたを嘲笑するだろう。その考えを押し通すには大変な道徳的スタミナを要する。最終的には(嘲笑した)彼らは現状を守ることはできないだろうが』。私は彼を励まし、日本人はこの条項を憲法に書き入れた」

1955年1月26日、米在郷軍人会ロサンジェルス郡評議会主催正餐会でのマッカーサー元帥のスピーチ

「首相が来て、国際的手段としての戦争を廃止すべきだと主張した。賛成した私に『世界は私たちを夢想家と嘲笑するだろうが、百年後には予言者と呼ばれるだろう』といった。遅かれ早かれ、世界は生き延びるためにこの決定をしなければならないが、それはいつか。それを学ぶ前に、われわれはもう一度戦わなければならないのか。(略)先人たちが新世界に出会ったときのように、われわれは新しい考え、新しい思想を持たねばならない。われわれはいまこそ諸大国と協力して戦争廃棄の用意あることを宣言すべきだ。」

日本国憲法第九条
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。

【追加資料紹介】  
      自衛隊法違反事件裁判での亀田得治さんの意見陳述

 以上のような事実について筆者は、他にも幾人かの人々に尋ねてみたが、皆虚を突かれた感じであった。この4月3日に大阪で開かれた、自由ジャーナリストクラブなどが主催した「戦争と報道を考える集い」でも、筆者は講師の原寿雄さんに質問をする形でこの憲法第九条の生みの親の件について紹介し、尋ねてみたのであるが、やはり同様の反応であった。ところがその後、この集いに同じく参加されていた弁護士の松本健男さんから、以前に亀田得治さんが同趣旨の発言をされていることを教えていただき、公判での陳述資料を送っていただいた。貴重な資料なのであわせて以下に紹介したい。以下の発言は、1971年10月14日に開かれた新潟地裁での自衛隊法違反事件での弁護人としての発言であり、自衛隊は憲法第九条第二項に違反するとの理由をもって控訴棄却を求めた弁護人による意見陳述である。

亀田弁護人 約六〇分しか時間がございませんので、きわめてかいつまんで私の意見を申し上げたいと思います。
 その第一は、憲法九条の由来と意義ということを若干申し述べたい。憲法第九条は日本国憲法の最大の柱である。そしてまた世界で初めて完全非武装というものを明記した条章である。その条章が本件裁判において論争の対象になっておるわけです。私は、第九条についての詳細な法律論、あるいほその法律論の裏付となる自衛隊の実態論、こういうようなことについては他の弁護人から詳細に申されると思いますので、一切省略いたします。
 ただ、私が長い間国会活動の中で、憲法問題には相当集中的に取り組んだつもりでありますが、その中で得た各種の資料に基づきまして、若干歴史的にこの問題を見てみたいと思うんです。なぜならば、この第九条を正しく理解するためには、単なる文字だけの解釈、簡単な条文ですからいろんな理屈がつけられると思いますが、それだけでは足らないわけでありまして、どうしても成立当時の事情というものを頭に入れてもらわなけれはならないと思うのであります。こういう立場から申し上げまして、いろいろ問題があるわけですが、二つだけ私、この際申し上げたいと思います。
 その一つは、この憲法第九条、これは敗戦という悲惨な日本民族の体験の中から日本人自体が生み出した歴史的な所産なんだと、このことをひとつ大きな問題として考えていただきたい。日本国憲法については、たとえば総司令部から押し付けられたとか、いろんな憲法改正論者からの非難がご承知のようにございます。
 当事総司令部が若干日本国憲法の制定について介入したという事実、これは私も認めます。しかし、その介入の基は何であったかと、むしろ日本人としてはそこを反省すべきなんです。当時日本政府が閣議等で議論をしておりましたのは、松本国務大臣を中心として作っていた松本試案です。これは裁判所もご覧になっておるかもしれませんが、旧憲法と本質的には殆ど変りません。とてもそんなもので日本の民主化が進むようなものではありません。そこに司令部の介入があったことは、はっきりしている事実なのであります。
 しかし.そういう中においても、この憲法第九条だけは全く違った立場でこれが生まれたということを、本当に考えていただかなけれはならないと思います。端的に言うならば、この第九条は当時の幣原総理が初めて提案したものであります。幣原総理は、当時の閣議において絶対非武装というふうな自分の考えを持ち出しても、とてもそれに対して同調Lてくるような大臣諸公ではないと、そういうふうに見抜いていたようであります。
 それで幣原総理は、まずこの考えを総司令部に納得させる必要がある。これは窮余の策ですね。そうして総司令部の意向という形で出てくれぱまとめやすいと、こう考えたようであります。で、彼はそういう立場から、一人でマッカーサーに面会いたしました。これが昭和二一年一月二四日であります。
 丁度その前に幣原総理がかぜをこじらせて、何か肺炎になりかけたんですが、そういう時に、司令部のほうからぺニシリンをもらったようです。これは非常にきくからと、それをのんで直ったと、それで幣原さんとしては、薬をもらってそうして病気がよくなった、その礼を述べに行きたいというふれこみで、この日出かけたわけであります。本当に自分の気持をほかの諸君に悟られたくないという気持で、そのようなふれこみで行ったものと思います。
 当時のことはいろんな文献にも残っておるんですが、たとえばマッカーサーの書きました回想記、これは方々で引用もされる文章でありますから、裁判所もご覧になっているかと思いますが,しかし大事な歴史的な事実でありますから、ぜひ一つご記憶喚起の意味で聞いていただきたい。
 それによりますと、「幣原男爵は、一月ニニ日の正午に私の事務所を訪れ、私にペニシリンの礼を述べたが、そのあと私は、男爵がなんとなく当惑顔で何かをためらっでいるらしいのに気がついた。」少しもじもじしておったんでしょう。言いにくかったんですが、「私は男爵に、何を気にしているかと尋ね、それが苦情であれ何かの提議であれ、首相として自分の意見を述べるのに少しも遠慮する必要はない、と言ってやった。首相は、私の軍人という職業のためにどうもそうしにくい、と答えたか、私は、軍人だって時折言われるほど勘が鈍くてがんこなのではなく、たいてい心底はやはり人間なのだ、と述べた。首相はそこで、新憲法を起草する際、戦争と戦力の維持を永久に放棄する条項を含めではどうか、と提案した。」
 その提案の理由をその次に若干説明しておりますが、それに続いてマッカーサーの言葉ですが、「私は腰が抜けるほど驚いた。長い年月の経験で、私は、人を驚かせたり異常に興奮させたりする事柄には殆ど不感症になっていたが、この時ばかりは息も止まらんはかりだった。」と、こういう表現です。それからその幣原さんの提案にマッカーサーがそういう形で同意し、非常に両者の息が合ったようです。
 幣原さんがその事務所を退出する時のことを続いて書いておりますが、「私の事務所を出る時は、感きわまるといった風情で、顔を涙でくしゃくしゃにしながら私のほうを向いて」、あとは幣原さんの言葉ですが、「世界は私たちを非現実的な夢想家と笑いあざけるかもしれない。しかし百年後には、私たちは予言者と呼ばれますよ、と言った。」と。こういう事実、これを私は大事な事実として把握をしてほしいと思うんです。
 憲法第九条は、そういう意味で、当時の日本の代表者である幣原首相自身が戦争の苦い経験の中から考え出し、また当時の多数の国民の賛同を得て、そうLてこれが生まれた。本当にこれほもう歴史的な産物、世界でただ一つの条文、世界史的な意義を持っておる大事な産物だと私は思うのであります。
 それからもう一つ、私が特に裁判所に申し上げたいことは、そのようにしてできました憲法第九条、これに対する憲法制定議会における吉田総理の説明があるわけです。これも専門家の間では全く周知のことだと思いますが、しかしこれはきわめて大事な問題点でもりますから、再現をしたいと思うのであります。
 私は憲法第九条が完全非武装を決めたものであると、これはもう先ほどから申し上げた成立の過程自身で明らかであると思うんです。いわゆる政府が言うように、防衛のためなら戦力を持っていいんだと、そんな考えであれば、そんな考えは何もそれほど珍しいものではないし、マッカーサーにしたって腰が抜けるほど驚くわけはないんです。
 こんなことは明確でありますが、正式の憲法制定議会において、吉田総理が、この第九条について、これは完全非武装ということを決めたんだということを明確に公式の場で答えておるんです。これは普通の法律と違いまして、これは大事な説明だと私は思います。
 一つは、衆議院において昭和二一年六月二六日原議員の質問に対するものです。「戦争放棄に関する本案の規定は、直接には自衛権を否定はしておりませんが、第九条第二項において、一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争もまた、交戦権も放棄したものであります。」と。これはよく言われることでありますが、自衛権自体はこの際も認めておるわけです。但し、自衛戦争はそれと区別してはっきり否定すると、これはもう明確な説明ですね。
 ところが、更に昭和二一年六月ニ八日、野坂議員の質問に対する吉田総理の答弁です。これはもっと明確な形でこの点を点を強く断定的に答えております。読んでみますと、「国家正当防衛権による戦争は正当なりとせられるようであるが、私はかくのごときことを認めることが有害であると思うのであります。」、ここで拍手が起きております。「近年の戦争は、多くは国家防衛権の名において行なわれたことは顕著なる事実であります。故に正当防衛権を認めることが、たまたま戦争を誘発する所以であると思うのであります。」。ずっと続けて最後に繰り返して、「正当防衛権を認めるということ、それ自身が有害であると思うのであります。」と、「ご意見のごときは、有害無益の議論と私は考えます。」と、ここでまた議場では大きな拍手が起きております。
 つまり、正当防衛権に基づく戦争ならいいではないか、というような主張は有事無益だと、こうまで言い切っておるんです。こういうわけで吉田総理の説明、これは誠にはっきりしておるわけであり、またこの説明に対して、議場内だけではなく、大多数の国民が、当時これに対してはっきりと賛意を表明しておるわけであります。
 私は、憲法第九条をどう理解するか、解釈するかという場合に、こういう大事な、二つの事実、これを抜きにして考えることはできないと思うのであります。われわれの見解からするならば、そういう歴史的事実というものを念頭に置いておれば、憲法第九条、これはもう一見明白であります。完全非武装、一見明白であります。それに対していろんな異論を唱える。これはもう全く政策的な立場からする、殊更にする議論としか考えられません。
 私が先ほど申し上げた幣原総理の憲法第九条に対する提案、これに対してもいろんな改憲論者からの異論があります。それは幣原の提案であったかどうかわからないと、憲法改正運動に有利になるようにするためにそういう議論を投げかける人があります。しかし、この点については、私は先ほどマッカーサー自身の回想記だけを引用したのでありますが、そのほかにもたくさんの資料がそろっておるわけです。従ってその事実と、今申し上げた憲法制定議会における誠にほっきりした考え方、この二つを土台にして、ひとつ憲法第九条というものを正しくやはり見てほしいと思うのであります。

 【出典】 アサート No.318 2004年5月22日

カテゴリー: 政治, 歴史, 生駒 敬 | 【資料紹介】「9条の生みの親」を知ろう はコメントを受け付けていません

【投稿】ベトナム戦争から何を学んだか–

【投稿】ベトナム戦争から何を学んだか–
      —イラク日本人人質解放におもう—

 私は、2004年春、ホー・チミン市のWar Remnant Museumをおとずれた。
 学生時代、ベトナムに平和を市民連合(ベ平連)の主催する反戦デモに参加した事を思い出した。当時はデモに参加することにしばらく悩んだ挙げ句(人生初めてのデモだった)に参加し、反戦の意思表示をしたと自分なりに納得していた。
しかし、ベトナムの戦地では、1965年ダナンに始めて米軍が上陸して以来、1975年の米軍撤退まで、実に300万人のベトナム人民殺されており、米軍の投下した爆薬800万トン、枯れ葉剤7800リットルと記録されていた。

<今なお枯れ葉剤に苦しむベトナム>
 枯れ葉剤による奇形児の出生や発病、死亡はあとをたたず、そのための奇形児といわれたベトちゃん、ドクちゃんは、今20才になり、一人は大学生で恋人もいるが、もう一人はホー・チミン市の病院に植物人間となって入院しているという。
 枯れ葉剤が含むダイオキシンが遺伝子の異常を誘発するのは学問的にも証明されており、ベトナム全土の被害者は300万人といわれている(毎日新聞『インドシナの光と影』04.02.17)。ベトナム戦争の間に、枯れ葉剤を作った会社や戦闘機や爆弾など武器を作った会社はどんなに稼いだことか。世界各国で反戦運動が起きたが戦争がようやく終わるまでの10年間に、米国は300万のベトナム人を殺し、爆薬や枯れ葉剤を購入するために米国政府は国民の税金でその金を支払ったのだ。枯れ葉剤の影響は現在第3世代にも表れて始め、タイビン省の調査では15才以下の枯れ葉剤の影響を受けたとみられる子供は約4000人、そのうち200人は祖父が従軍経験者という(前掲毎日新聞)。
 
<村に落とされた地震爆弾>
 中庭には、当時アメリカ軍の戦車や戦闘機とともに、巨大な円筒形の鉄の固まりが展示されていた、これは地震爆弾と呼ばれて恐れられた6.8トン爆弾であった。直径100メートル以内を破壊し尽くし、その為の振動は3、2キロ範囲に地震を引き起こしたと説明がついていた。
 しかし平和な日本に住む当時の私には、やはり遠い他人の事であり、何度かの「デモに参加した」ことで、良心の呵責から逃れられるかのごとく自分に感じさせていた事実が、胸に厳しく迫って、涙があふれた。
 この時期、極東におけるアメリカのグリーンベレー:対ゲリラ戦専門の特殊部隊(ボリビアのチェゲバラを殺したのはパナマの基地から派遣されたグリーンベレーの兵士であった)の基地が沖縄にあり、この基地からはベトナム爆撃の戦闘機が毎日のように飛び立っていた。
 当時、アメリカは『共産ゲリラが民族解放闘争の仮面をかぶって浸透してくる』のを防ぐための戦場にベトナムを選んだといわれていた。
 現在アメリカが『テロと大量破壊兵器を温存する悪の枢軸を根絶やしにする』とフセイン攻撃を始めたイラク戦争の展開と酷似しているではないか。
 
<日本人フォトジャーナリストの活躍>
 記念館に展示されていた沢田教一の「河を渡る親子」「拷問の末、された農婦の殺される直前のうつろな、しかし強い意思の読み取れるベトナム農婦の写真」や「ソンミ村虐殺現場の500人近い村びとの死体;ほとんどは子供、婦人、赤ん坊」「飛行機から落とされるベトコン捕虜」「記念写真を撮る4人の米兵;ベトコン捕虜の首をきりそれを手にしている」などなどの写真、それらの多くは日本人写真家沢田教一のものであった。展示場には撮影活動途中に死亡した各国のフォトジャーナリストの30人近い遺影も飾られていた。
 『戦争の原因に深くメスを入れ、2度と同じような事を起こさせないための証拠となる報道写真をりたい』とベトナム戦争従軍記に記した岡村昭彦など、命をかけて発信されたこれらの写真は、インターネットのない時代、反戦運動の強力な起爆剤であった。
 
<イラク日本人人質事件の解決>
 4月15日、高遠菜穂子、郡山総一郎、今井紀明の3氏が解放された。国際的な救出の声が届いた証である。
 アメリカは、今もファルージャ市民を殺戮している、子供100人以上を含む600人の市民がアメリカの爆撃で殺されている(毎日4.17)。その極限状況においてさえ、3人の日本人を解放すると判断し、実現したことは、イラク・イスラム聖職者協会を含め、イラク人の理性を信じる事ができる。
 ベトナム戦争という言葉が事の本質を覆い隠していて、ベトナムではアメリカが侵略したのであり、抗米戦争と呼ばれている。これと同様にイラク戦争はイラクの国民にとってすでに「抗米戦争」であり、自衛隊はその同盟国日本の軍隊でしかない

 この救出事件のなかで、被害者と加害者、被抑圧者と抑圧者、被差別者と差別者、人間の歴史の中にあるその構図が、誰がどの立場に立つのかが、首相をはじめそれぞれの発言と行動に明らかにされてきた。NGOの活動家、ジャーナリスト、劣化ウラン兵器反対運動が、イラク人の側に立つ支援者であり、イラク人が求めている「支援」が何なのかが明らかにされている。
 ちなみに自衛隊の派遣費用は377億円とされているが、イラクの10万人の1年間の給水費用は6000万円で可能という、我々の税金を無駄に使って欲しくない。NGOへの資金を含め積極的な協力を通じた生活支援こそ行うべきである。
 我々は、平和外交に力をつくし、諸国が互いの存在をその文化も含めて認めあい、共生するために働き、相互の繁栄をめざす政府を自分達の代表として選びたい。  
 
<どん欲な戦争嗜好者はいらない>
 ベトナ戦争、湾岸戦争、イラク攻撃、さらには朝鮮半島へと「戦争の場」を次々に求めるアメリカは、兵器産業と利権集団に突き動かされる戦争嗜好者としかみえない。
 自民党は、選挙時に”公約”として国民に判断を求めただろうか。小泉首相は「平和憲法を捨てる」という大きな外交方針転換に際して、憲法改悪も含めて十分に国民に説明責任を果たさなければならない。その後に「国民投票」など国民がみずから判断する機会を作ってこそ、一国のリーダーとして認められる。
 59.8%の投票率(2003年11月第43回衆議院)のその半分の自民党が国の重大な方を議席の半数プラス1で決める事ができるのは、現在の民主主義:選挙制度の重大な欠陥である。国政選挙で議席の過半数を得れば「国民が全権委任した」として十分な説明も判断の機会も与えずに、国会運営だけで事を決めるのであれば、我々は、それを補う方法を考え実現させなければならない。
 来る2004年7月参議院選挙の大きな争点として「平和外交を日本の方針とする」ことを論争し『強欲なブッシュの戦争に加担して加害者となることを拒否する』道を国民一人一人が判断できる状況を作り出すべきだと思う。
 戦地に赴くのは小泉やブッシュでなく、労働者や学生であり、爆撃で殺された何百万の人間も、戦争の後遺症に苦しむ多くも、女性や子供を含む一般市民である。 
 今イラクでアメリカがしている事、ダーテイーウィーポンといわれる劣化ウラン爆を使い殺戮をくり返し、何世代にもわたってイラク国民と米兵をともに苦しめる、その事実とそれを支持する小泉政権を野放しにしてはならない。(2004.4.17 東京 E.T)

 【出典】 アサート No.317 2004年4月24日

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【報告と討論】広がりつつある能力・成果主義

【報告と討論】広がりつつある能力・成果主義
 –どうなる?これからの賃金システム–

<賃金の若干の歴史>
能力成果主義という前に、日本の民間企業における賃金制度の流れを見てみたいと思います。日本の賃金制度は電産型賃金からとよく言われます。基準内賃金・基準外賃金という分け方そのものが「電産型賃金」の典型といわれます。基準内賃金には本人給、勤続給がありますが、これは生活保障給の性格をもったもので、年功序列を基本にしています。 もともと、この戦後の賃金制度の賃金制度の基本とも言われる電産型賃金にも、一定の能力主義的要素を含む賃金体系ではあったわけです。しかし、それはあくまでも年功給を前提として、一定の職業能力、業務能力に応じて一部要素としての能力的部分があったということで、「生活給としての賃金」が基本的な考え方です。
1960年代から70年代の高度成長時代は、この制度が労働者の生産意欲を高めるのに効果的であったといわれています。ただ、70年代の後半から、能力給への一部転換が図られてきます。それが職能給というものです。職能給というのは、一定の資格だとか能力のレベルを会社側の基準に沿って、係長とか課長とかのポスト給とは別に、職業能力的要素を導入してきたわけです。ただ、あとで述べます能力成果主義賃金との違いは、目標管理だとか行動指標を見るとか、パフォーマンスを見るとかの評価基準が導入されたわけではないのです。

<能力成果主義の全面的導入>
90年代に入って、成果主義という考え方が導入されてきて、いわゆる目標管理・行動評価が言われはじめます。ただ、2000年以降との違いは、それが成果主義の導入ということが、戦後以来の年功給、生活給などの賃金制度をそれなりに維持しながら導入されたということです。
ところが2000年代に入ると、そういう年功序列的・生活給的な側面を一掃・払拭していこうとする流れが顕著になってきます。最近では、かつて日本型雇用慣行の代表とまで言われた松下電器産業でさえ、全面的に能力成果主義賃金を導入するということが報道されています。労働組合との協議の中で30歳未満の若年層については、一定、年功部分を残すということにはなっているようですが、年功序列につながる要素はほとんど払拭され、非管理職・現業を問わず、全面的に能力成果主義が導入されるようです。

<能力成果主義導入の背景>
このような能力成果主義賃金が導入されてきた背景なんですが、一つには「右肩上がり」の経済環境はすでに過去のものとなり、経団連の春闘対策での「賃金コスト全体を抑制し、賃金管理を徹底していく」ということにも現れているように、経営側の賃金コスト抑制の意思が強く反映されてきていることです。一方、経営側は能力成果主義賃金を「労働者にとっても良いことなんだ」と強調しています。その理由は、「60歳定年制から65歳定年へと全体として雇用延長が進むであろうという状況の中で、それだけに全体の賃金管理のため、能力成果主義はより必要」ということです。しかし、その本音はおそらく、「優秀な人は能力成果主義によって残ってほしい。しかし、優秀でない人は40歳くらいでやめてほしい」ということでしょう。現にある流通関係企業では、30歳後半から40歳にかかて、会社貢献度が高くない労働者に「最後まで勤めたいかどうか?」と転職・退職勧奨をして、選別していくことが行われています。
二つ目の能力成果主義導入の背景として経済のグローバル化があるかと思います。
国際的な企業間競争の激化ということで、とりわけアメリカやヨーロッパにおいても、日本企業が現地法人を設置していくことになります。海外での労務管理手法や雇用慣行に馴染んでいこうとすれば、企業として均一である方がやりやすい-そういう意味で賃金制度におけるグローバル化とも言えるわけです。
三つ目に、IT技術などの進展の中で、従来の経験だとか熟練だとか、歳を重ねることで身についていく技術があまり無くなってきたこともあります。経験や習熟度を考慮しなければならないウェイトが少なくなってきたわけです。
四つ目には、就労の多様化との関係です。就労の多様化という場合、一般的には、正社員と派遣・契約社員といった雇用形態での多様化と思うわれがちですが、それだけではなくフレックスタイム、変形労働制、裁量労働制といった労働時間の多様化もあります。賃金においても、能力成果主義の一形態として年俸制が広がっています。すなわち、就労の多様化とは、労働を取り巻く環境のすべてが多様化してるというのが実態だと思います。その意味で、終身雇用制が崩壊し、それに替わる「様々な多様化」に対応するものとして、能力成果主義の流れもあるわけです。
<能力成果主義の実態>
そこで現実の能力成果主義はどうなっているのかというです。まず導入状況は、すでに半分以上が能力成果主義を導入しているということです。従業員3000人以上といった大企業になればなるほど導入しています。1000人未満では、「導入していない」が54.4%ですが、今後導入される傾向にあります。(資料『労政時報』)
ただ、今後の予想として、急速に広がるかと言えば、そうではないだろうという考え方があります。一つは100人以下の企業の場合は、広がることは疑問です。何故かというと、能力成果主義というのは、管理能力・経営能力が経営側に逆に求められる制度でもあるわけです。100人規模までの企業では、社長一人で切り回している企業も多く、人事管理体制についても脆弱です。経営側の管理能力が成熟していない場合、能力成果主義は導入しても機能せずに失敗することが十分、考えられます。実際に導入した後で、やめてしまった会社も少なからずあります。それだけ、この制度は導入意図どおりいかない難しい制度でもあるわけです。従って急速に広がることはないけれど、拡大傾向にはあることは確かでしょう。
次に、どのような能力成果主義が導入されているのかということです。個々の企業を具体的に調べてみますと、結構千差万別な内容になっています。流通関係と製造業では評価基準もかなり違っています。ただはっきりしてるのは、目標達成度(会社から与える目標達成度、自己が設定する目標達成度)、そしてパフォーマンス-30の能力の人が60の力を発揮したら倍増、80の人が90を達成しても大きく努力したということにならない-そういうパフォーマンスの部分を組み入れるというケースが共通的に見られます。
こうした能力成果主義制度は、アメリカが初期に導入された能力成果主義の原型が単純に結果のみであったことと対比して、日本型の能力成果主義制度とも言われています。
次に、導入のメリット・デメリットについての企業の感想についてです。メリットとしては、「個人の貢献度と賃金のギャップが縮小し、貢献の高いものへ報いられるようになった」というのが一番です。ここで、中高年と若年層の意識のギャップが示されています。若い人にとっては、「自分たちはがんばっているのに、働いていない中高年層の給料が高い」という不満があり、働きに応じた処遇を求める声が強いということです。また三番目に「賃金のコントロールがしやすくなった」ということが上がっています。
デメリットの方では、一番目に「納得できる評価制度が確立できず不満が出ている」二番目に「目先の成果や目標達成ばかり追うようになった」-「自分の成果ばかり気になっており、社員のやる気が逆に低下した」などが上げられています。
このデメリット感想に関して指摘しておきたいのは、能力成果主義というのは、とりわけ能力を評価する側、管理職の管理能力が試される制度であるという点です。管理職の管理能力と表裏一体だということです。例えば企業が中長期的ヴィジョンを示して、それに基づいて営業部が、それに応じた戦略をだせるかどうか。それをさらに配置されている部下に対して具体的に示していけるか、伝えられるか。そして部下が自立的に行動できるかどうか、という点になります。つまり企業の中長期目標、職場の中長期・短期目標、そして個々人の目標を管理できなければ、能力成果主義の効果は発揮されないわけで、そういう点で失敗しやすいということです。特によくある失敗事例として、一部のやる気を出す者と大半のやる気を無くす者を生み出すということが起こりうるということが、この制度の大きな問題という事になります。

<能力成果主義と労働組合の役割>
そこで、こうした能力成果主義に対して労働組合がいかに対応すべきかということです。連合においても能力成果主義への対応について、内部的に検討はしていると聞いているものの、今の段階では労組として一番、中心的課題である賃金闘争の大きな環境変化にも関わらず、ヴィジョンとして対抗するものは見あたりません。また、各産別においても考え方はまちまちで、「従来どおり生活権を根拠とした賃上げ要求」を唱えるのもあれば、ある産別幹部は「そんな事を言っている場合ではない。職種業種でも賃金は変わる。企業の70%を占めるホワイトカラーの労働者がやる気を起こすような賃金体系は、年齢に依拠したものではなく、職種業種に沿った制度の改正が必要だ」等々、労働組合として能力成果主義に対して積極的な対応すべきとの意見もあります。
私見としては、能力成果主義が広がりつつあるある中で、春闘時の一律的なベア要求が果たしていつまで有効なのかということには疑問があります。そして、能力成果主義に対応した賃金要求、配分を求める闘いとは何か、という事について、早急に明確にする必要があると考えます。
また、こうした根本論議とは別に、「一定の年齢層や職種において能力成果主義制度の影響を低める」「固定賃金幅を確保する」「企業年金や退職金も視野に入れた生涯賃金確保を図る」などの歯止め交渉をきっちり行い、協定化しておくことが重要でしょう。そして、こうした取り組みを積み重ねる中で、労働組合としても許容できる能力成果主義の枠組みの設定=能力成果主義対する「ミニマム運動」が重要だと考えます。
加えて能力成果主義制度そのものに対しては、「公平性」「平等性」「客観性」「公開性」などの4原則に基づく労組としての制度関与を、いかに果たしていくべきかについても重要な課題であろうと考えます。(民守 正義)

(この報告は、3月中旬に開催されたアサート東京読者会での報告です。討論の部分も興味深い内容ですが、次号掲載とさせていただきます。佐野)

【出典】 アサート No.317 2004年4月24日

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【書評】森信成『唯物論哲学入門』再刊

【書評】森信成『唯物論哲学入門』再刊
      (2004.2.25.再刊、新泉社、1800円)

 1972年に発刊された本書が、32年ぶりに再刊されることになった。そのきっかけが、漫画家・青木雄二が共同通信に書いた、「心に残る一冊」という記事であったことは、本書の内容を象徴している。青木雄二と言えば、『ナニワ金融道』シリーズで、金融界=資本主義体制の内幕、その非道性、残酷性(アコギさ、アクドさ)を、「借金」という庶民の日常的現実に即して描いてきた骨のある漫画家であったが、その彼が「絶賛」したというのは、恐らく「唯物論か観念論か」という「哲学の根本問題」と、ここから発する「疎外–神、国家、資本」についての単純明快な説明によってであろうと推察される。これらの説明は、かつて著者の最も得意とするところであったし、それだけに本書のもととなった当時の講演においても熱の入ったところであった。このところを本書から引用してみよう。
 「疎外というものが重要な意味を持っているということは、疎外現象がどういうものかを考えてみると非常によくわかります。疎外が思想の面で、イデオロギーの面であらわれてくるのが神です。政治の領域で疎外現象としてあらわれてくるものが国家です。経済的には、それは資本という形をとっているものです。この三つをあわせて考えてみると、疎外という概念がどれほど重要な意味を持っているかということが了解できると思います。」
 そして著者はこの疎外概念が、「哲学の根本問題」と次のような密接な関係を有しているとする。
 「神のうちには、神学的な、非人間的な側面と、人間的側面があります。この二つは絶対的に対立しています。前者を代表するのが観念論で、後者を代表するのが唯物論です。(中略)次に国家についていえば、国家には、民主主義の側面と、もう一つは、階級的な支配を支えている独裁的な側面があります。これが国家における人間的なものと非人間的なものです。資本の場合には、資本が、社会的な生産力でありながら、同時に搾取の源泉としての死んだ生産力(私有財産)という形をとっています。」
 このような疎外された社会では、それ故に社会の利益と個人の利益が絶対的に対立し、「万人の万人に対する闘争」=無政府的な自由競争が支配する。
 「これは商品経済一つとってみてもすぐわかります。売る方は高く売ろうとするし、買う方は安く買おうとし、お互いに相手を打倒することによってのみ自分の生存を維持し、自分の利益を拡大することができるのです。成功者というのはどのような人間をいうのかといえば、同業者を打倒し、その得意先を奪って没落させた人間のことです。他人の没落が自分の発展の条件になり、自分の没落が同時に他人の発展の条件になります。」
 つまり「このような社会においては、社会関係によって人間はエゴイストたらざるを得ないようにされている」のであるから、そこでこの社会において疎外の最も基本的な原因となっているものを取り除くこと=資本を人民の手に取り返すことが不可欠である。つまり資本が人民から切り離されて特殊な人間の所有物になっている状態(私有財産)の廃止の運動=社会主義が目指されなければならないし、それが民主主義の前進であると、著者は主張する。そしてこの社会主義への道は、革命によってブルジョア国家機構を人民の手に取り戻し、これを死滅させる方向(プロレタリア独裁)でしかあり得ないが、この道は「人間の意識的行動の背後に」ある「意識的行動そのものを支配する必然性」=われわれの意識から独立して作用する法則が存在していることが保障されており、これに合致した行動が「自由と必然の一致」する行動であるとされる。
 著者はこのように、「哲学の根本問題」から説き起こして、疎外の克服、社会主義革命への展望と必然性を語るのであるが、しかしこの社会主義革命へのコミンテルン方式がすでに破綻をきたしたことは、1991年のソ連崩壊を見ても明らかとなっている。そしてこれから後、マルクスの思想における目指されるべき社会主義像は、ある側面においては、グラムシの思想やあるいはアソシエーションといった画期的な思想として提起されているとはいえ、なお混迷の最中にある。
 この意味で著者の思想的立場は、現在においては、時代にそぐわないものとなったと言わざるを得ない。さらに「哲学の根本問題」に関して言うならば、著者の依拠したレーニンの『唯物論と経験批判論』の唯物論の規定が、一面的であるとともに誤りを含むものであったことも指摘されている。
 例えば、本誌第306号(2003年5月)で紹介した高橋準二『科学知と人間理解–人間観再構築の試み』(2002年、新泉社)の第4章「日常知と科学知–20世紀物理学と唯物論的認識論の再出発」では、レーニンの唯物論について、次のように述べられている。
 「唯物論は、意識から独立な客観的実在を承認することであり、客観的実在が提示する客観的真理を認めることだと、レーニンは言う。客観的真理は感覚器官にもとらえられるのだが、いっそう厳密な確証は科学によるとレーニンは考えた。科学によってえられる知識は歴史的に限定されているが、科学上の発見は『絶対的真理に新しい粒をつけ加える』ように成長すると理解される。科学はすべてのことを知っているわけではないが、科学において確証されたことが客観的真理であり、客観的真理が存在することは無条件に正しいと言う。」
 高橋は、「この見解は、一つには、科学の発展に関する進歩主義的(略)見方をしている点において一面的であり、さらに重要なことに、科学を真理の独占者にするという点において独断論的である」と評価して、「この独断論からレーニンは『科学的イデオロギー』の概念を引き出した」のであり、この概念こそが『唯物論と経験批判論』の演じた「政治的役割のかなめであった」と指摘する。けだし「世界の合法則的発展と絶対的真理の承認が唯物論であるならば、『哲学的唯物論を社会生活の研究や社会史の研究の押しひろげること〔により〕・・・社会史は社会の合法則的発展となり、・・・科学となる』(レーニン)、つまり『社会の発展法則にかんする科学の結論もまた客観的真理の意義をもつ確実な結論である、ということになる』(同)からであり、「プロレタリアートの党が社会発展の合法則性の体現者として自らを宣言するならば、そこにすべての哲学・科学・社会政策の客観的真理があることになる」からである。
 この「合法則性にもとづく運動の結果が、ソ連型社会主義への崩壊へとつながっていったことは、言を待たない。
 著者の立場は、「哲学の根本問題」から社会主義の展望にいたるまで一貫しているわけであるが、しかし上で見たように今日の運動の現状とはかなりズレがある。ただ著者が指摘・批判する疎外の現実–神(宗教)、国家、資本–については、的を射たものがあることは確かである。それは、悪徳宗教に憤り、国家権力の横暴さに拳を振り上げ、解雇の不安に耐えつつ、資本の非情さとアクドさに怒る庶民の気持ちに通じるものである。著者の時代においては未来の光であった「社会主義」への展望の確信が持ち得ない現在ではあるが、庶民の不満と怒りが社会変革への熱となり共生への意思となるような運動の構築が求められている。このための教訓を汲み取ることが、本書再刊の意義であるように思われる。なお山本晴義氏の解説も、かつての民科、日本唯研での経験を踏まえて、興味深いものとなっている。(R)

(追記:先月号(№.315)の5ページの書評の題名は、『疑似科学と科学の哲学』でした。訂正いたします。)

 【出典】 アサート No.317 2004年4月24日

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【投稿】自衛隊撤退と「自己責任」論

【投稿】自衛隊撤退と「自己責任」論

<<首相の「卑劣な論理」>>
 まさか小泉首相は、どんなにブッシュ政権が孤立しようとも尻尾を振ってこびへつらってきたことからすれば、パウエル米国務長官からたしなめられるなどとは思いもしなかったであろう。3人の人質について同長官は「よりよい目的のために自ら危険を冒した日本人たちがいたことを私はうれしく思う」と述べ、さらに「日本では、人質になった人は自分の行動に責任を持つべきだという人がいるが」と聞かれて、これに反論し、むしろ「日本の人々は誇りに思うべきだ。もし人質になったとしても、『危険をおかしてしまったあなたがたの過ちだ』などと言うべきではない」と語ったのである(4/15インタビュー)。 「今年に入ってからは既に14回、危険ですからイラクには入らないでくださいと退避勧告を出していた。政府の退避勧告を全ての日本人が真剣に受けとめていただきたい。これに従わないでイラクに入る人がまだいるようですが」と言って、「自己責任」論を何度も強調してきたのは、首相自身である。この自己責任論に冷水が浴びせられたのであるから、さぞかし肝を冷やしたことであろう。
 しかしながら、そもそもイラクが安全だといい続けてきたのは政府であり、首相自身である。自衛隊派兵に際しては、イラクは「戦地」ではないと言い、だからこそ平和的な復興支援事業に派遣するのだと言いつくろい、むしろ危険性を意図的に薄めることに腐心し、事態をごまかしてきたのである。最高度の危険性と避難勧告を認識しているのならば、まずは自衛隊を撤退させることが政府・与党、首相らの「自己責任」である。
しかも首相は、人質事件の一報を知らされた直後もその後も2時間にわたって赤坂プリンスホテルで酒宴に興じ、ホテルを出た後は、事件の対策本部が置かれた首相官邸には顔さえ出さず、仮公邸に直行して帰宅してしまったのである。一夜明けた9日になって、何よりも第一に自衛隊撤退の要求を拒否し、しかも相手側を挑発するかのようにわざわざ「テロリストの卑劣な脅迫に屈してはならない」と言明し、「(拘束が)事実であれば、無事救出に全力を」と発言したが、その後も仮公邸に引きこもり、関係閣僚に「とにかく、情報収集お願いします」の一点張りで、「無責任総理」の面目躍如たる姿をさらけ出した。家族からの「総理にお会いして、自衛隊の早期撤退と息子たちを返してもらうよう、お願いしたい」との訴えにも、「それは外務省が対応することですから」とにべもなくはねつける冷たさと卑劣さである。

<<“いわぬこっちゃない”>>
 読売新聞は、4月13日付の社説で「3人は事件に巻き込まれたのではなく、自ら危険な地域に飛び込み、今回の事件を招いたのである。自己責任の自覚を欠いた、無謀かつ無責任な行動が、政府や関係諸機関などに、大きな無用の負担をかけている。深刻に反省すべき問題である」と述べる。同じような論調は、「誤解を恐れずにいえば、“いわぬこっちゃない”とは、本来、人質になった三人の日本人に対していわねばならぬ言葉だ。確かに、国家には国民の生命や財産を保護する責務はある。しかしここでは『自己責任の原則』がとられるべきだ。」(4/10付、産経新聞・産経抄)にも見られる。
 こうした論調に悪乗りして、3人を「恥さらし」となじったり、家族をあざ笑ったり、品性下劣な口汚い被害者叩きが行われ、被害者の一人、高遠菜穂子さんのホームページの掲示板には、様々な誹謗中傷が書き込まれ、閉鎖に追い込まれた、という。
 こうした風潮に力を得たのであろう、公明党の幹事長や自民党の幹事長が「躊躇せず被害者に救出費用の一部請求を行う」べきだと言い出し始めた。あきれた連中である。なんの法的根拠もない「救出費用自己負担」論など、彼らがイラクへの自衛隊派遣によって招き寄せた彼ら自身の責任を放棄した、きわめて悪質、無責任かつ不見識な暴論である。
 20億円以上もかかったというが、政府・与党がやったことは、「3人の命よりも対米関係を優先する」というメッセージを世界中に発信したのと同じことであり、救出を遅らせこそすれ、救出そのものは政府・与党とは別の次元で実現されたものであり、彼らのアメリカ一辺倒の姿勢が事態を悪化させたことは間違いがないことといえよう。事件を招いた第一の責任者は、小泉首相自身である。九日の記者会見で、自衛隊派兵を強行した自らの責任を問われて、「私自身の問題ではない、、国全体の問題だ」と気色ばんで、うろたえたことにそれは象徴されている。

<<ファルージャの虐殺>>
 いまやイラク全土が、米英軍とそれに協力する有志軍の軍事占領支配に怒り、抵抗運動を強め、文字通り全土が戦闘地域になっている。政府・与党が「安全だ」、「非戦闘地域だ」と叫んできたサマワでさえ、陸自宿営地を狙って三発の砲弾が撃ち込まれ、市内でも連日、砲撃事件が発生し、日本を含めた外国軍の撤退を要求するデモが展開されている。すでに現実は、「非戦闘地域なんかどこにもないということであれば、撤退ということもございましょう」(石破防衛庁長官、2/9、参院イラク有事特別委員会)という事態である。首相自身も2/14に行われた党首討論で、「戦闘状況においてたいへん遺憾な状況が起こっているのは事実だ」、「ファルージャの状況は厳しいものがある。(米軍の包囲作戦が)イラク国民の反発を買っている向きもある」と苦渋の表情で認めざるを得ない事態である。
 このようにイラクの現状は、明らかに「戦闘終結」どころかいよいよ激化する戦争状態であることを示している。すでに、駐留米軍司令官は八日、ナジャフ、クートの両都市が米軍の統制下にはないことを認めており、今月四日からたった五日間で、ファルージャの包囲作戦ではイラク人600人以上を無差別に虐殺するという事態を引き起こしている。この問題のファルージャでは、市全体が米軍により完全に包囲され、一般市民が、女性や子供が米狙撃兵によって、撃たれ続け、遠隔制御無人戦闘機で爆撃され、「集団処罰」を受けているという。住民は二つのサッカー競技場を集団墓地にして、次々と死体を葬っている。「一時停戦」の最中にも包囲網をとかずに爆弾を投下し、海兵隊員が間断なく狙撃している。これが「ファルージャの虐殺」であるが、日本のメディアではろくに報道されもしない。米軍はいまや、民衆の解放どころか、民衆を虐殺し、血に飢えた侵略者の本性をあらわにし、民衆からの大規模な反撃をがむしゃらに押さえ込もうとしている。米英軍こそがもっとも凶暴なテロリストなのである。

<<すがる気持ちの方針転換>>
 こうしたイラク情勢の「泥沼化」に、ブッシュ大統領は2/14、「必要なら決定的な軍事力を行使する」として、2個旅団(1万人)から4個旅団規模のさらなる兵士の増派を明らかにした。いまや大義も大量破壊兵器も主張できなくなり、今度は言うに事欠いて、「文明世界」によるイラクの暴徒に対する闘争の一部だと主張した。いくら強がってみても、「戦闘終結」後の増派は、度重なる失敗と誤算を自ら表明したようなものである。
 さらに4/16の米英首脳会談の共同記者会見でのブッシュ発言は、これまで国連を無視し、袖にしてきた米政権としては、一転して、暫定政権づくりに国連の主導的な役割を認めるという、追い詰められた末のすがる気持ちの方針転換であった。この国連案支持の表明も、結局は自らの占領政策の失敗を認めたことでもある。たとえ表面上の妥協、ごまかしではあっても、こうでもしなければ、袋小路から脱出し、イラクはもちろん、全世界で燃えさかる反米感情の緩和も、ますます高くつく財政的軍事的負担の軽減にも、そして何よりも大統領選での反転攻勢にも打って出られないと判断したのであろう。
 だが、一方で強行突破の軍事力行使のために増派している限りは、泥沼化をいっそう促進させるだけであろう。思い切って軍事占領を解かない限りは事態は改善しないといえよう。スペインの新政権は選挙公約通りに撤兵することを明らかにしている。開戦当初の米、英、スペインの一角が崩れ、突出した日本の無批判な追随ぶりがあらためて浮き彫りになっている今日、この意味でも小泉政権のブッシュ追随は百害あって一利なしである。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.317 2004年4月24日

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【雑感】  (大木 透)

【雑感】  (大木 透)

作家の辺見庸が新潟での講演中に脳卒中で倒れたらしい。その後の病状について報道がないのではっきりしないが、その原因のひとつに、彼の極度のストレスがあったであろうことは、世界3月号の彼の文章からもうかがい知ることができる★彼はピースパレードに参加したときの感想をこう書いている。「・・こんなデモ(主催者は、デモの語感は不穏だとでもいうのか、ことさらに『パレード』と称していた)に加わったこと自体、軽率にすぎた気さえしてくる。なぜそんなに平穏、従順、健全、秩序、陽気、慈しみ、無抵抗を衒わなくてはならないのだ。犬が仰向いて柔らかな腹を見せて、絶対に抗いません、どうぞご自由にしてください、と表明しているようではないか。」★彼のこうした気分は傍目にもよく分かる。こうした不満が次のステップを産み出し、より実効的な運動に発展するであろうことも。しかし、これはあくまでも可能性であって、組織する側の注意深いねばり強い努力を必要とする★これを読んで、私は、今、古色蒼然たる記憶のなかから、60年安保や70年安保のいわゆる大衆行動のプロセスのことを思い出している。フランス式デモという道路いっぱいに手をつないで行進するといった大きな盛り上がりが出現するまでの、あのじれったいような惨めな少人数の大衆行動のことを。思えば、この時、十数回にのぼる統一行動の後に、はじめて、大規模な、辺見の言う地が揺れるような運動が可能になったのである★敵の挑発に乗るな、こんな指示を繰り返す指揮者の叱正を聞きながら、もっと激しい行動をという気持ちを抑えるのにどんなに苦労したことか★時代は変わった。学生や労働者の価値観も変わった。内ゲバや火炎瓶闘争の繰り返しのもとで、街頭行動そのものへの失望感も広がった。そういうわけで、こんな歴史に学ぶことはなにひとつなくなっていることも事実だ★しかし、突飛な言いようだが、当時もそうであったように、人々は、身近な生活に直結する要求や不満をないがしろにしたままで、政治的な大衆行動になかなか立ち上がらないということである。そうした考え方に対して、「経済主義だ」、「ドレフェス事件を見よ」、などという批判がなされたものだが、最近では、イデオロギー忌避のためか、政治と経済が一体のものであることが、当然のことのように、忘れ去られてしまっている。むしろ、為政者の方がこのことをよく知っていて、政治と経済の両面で、じりじりと締めつけを強めてきているのだ★昔はどうだったかというと、正直言って、今よりも、経済闘争は活発だったし労働組合もしっかりしていたと思う。そういった土台があって、はじめて、安保闘争は大きな盛り上がりを見せたのだと思う。労働者がストライキで運動に参加するということが、どんなに大きな励みになったことか。当時、学生であった私は、このことをはっきり覚えている★辺見は直接このことには触れていないが、今日の学生や青年の置かれた状態は、当時よりもひどいものだ。数百万人のフリーター、リストラの危機に怯えるサラリーマン・労働者。実際、彼らにはデモやパレードに参加する余裕はないのではないか★こういった点で、日本は、最近のイタリアの年金をめぐるゼネストをあげるまでもなく、ヨーロッパとまったく異なると言わざるをえない。同じ「新しい社会運動」の形をとるにしても、その根底において、日本には欠けたものがある。古くて新しい問題であるが、政党による直接民主主義の軽視、労働組合の無力化が日本の特徴であると思う。今さら、政党や労働組合の指導者を責めても始まらない気もするが、ちょっとは苦言を呈すべきであろう★こうした辺見の焦燥感を「性急な批判」と呼んで、今、行われているような散発的なピースパレードなどの運動をもっと大きなものに育てていく努力が必要だと説くものもいる。(3月18日付け朝日新聞夕刊の千葉真の論評など)また、世界4月号の読者談話室に寄せられている、主催者らしい運動参加者からの厳しい辺見批判もある。しかし、いずれにせよ、辺見も批判者も運動の盛り上がりを期しているのであって、それぞれの想いは認め合うべきものであろう。昔なら、辺見は「トロツキスト」であり、批判者は「代々木」と呼ばれたであろうが、もう誰もそんなことを言い出しはすまい★日本ペンクラブが緊急出版した「それでも私は戦争に反対します。」(平凡社)のなかで、学生運動を闘ったことのある歌人の道浦母都子が次のように歌っている。「ぼたぼたと里桜落ち戦前派戦後派失せてがらんどうの日本」と。なんともやりきれない歌だが、戦前派はともかく、今日の日本を運営しているのは、良くも悪くも、戦後派と「がらんどう」の時空の住人たちなのだから、この顔の見えない人々のこと思い、我何処にありやと思うとき、共感と反発、相半ばするやりきれなさが、一層つのってくる。(3月26日)

【出典】 アサート No.317 2004年4月24日

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【コラム】ひとりごと 地方の反乱は起こるか –7月参議院選挙–

【コラム】ひとりごと 地方の反乱は起こるか –7月参議院選挙–

○小泉「改革」が問われる7月参議院選挙だが、不安材料には事欠かない。それを見越してか、自民党参議院の青木は、改選議席の50を割れば、6年前の橋本政権のように、小泉内閣も当然総辞職ものだとぶち上げた。○日本歯科医師連盟の政治資金問題、そしてBSE対策をめぐる食肉団体への摘発から政界への波及問題、そして最大の問題がアメリカ追随のみの自衛隊のイラク派兵問題であると言える。今回の人質問題も、完全な戦地となったイラク国内で人道支援の方法について、重大な問題提起となっている。○さらに大きな不安材料のひとつが、地方分権と三位一体改革である。○補助金を削減するとは言ったものの、財源・税源の委譲は行われず、それに加えて地方交付税の削減が行われた。地方団体は、この三位一体「改革」に猛反対の声を上げている。○先日行われた全国市長会でも、これまで自民党と協調して行政運営してきた首長たちから、「三位一体改革とは、名ばかりで、実態は地方を切り捨てて、危機的な国家財政のみを救済しようとしている」と軒並み反対の声が上がり、「こうなれば政権交代だ」との発言が相次いだという。景気が回復していると言っても、地方税の増収は望めず、地方自治体の悲鳴は深刻である。○3年前の参議院選挙では総務省(旧自治省)出身の自民党比例区候補の応援を地方自治体の幹部連中に押し付けてきた経過があったが、今回は前回のようなわけにはいかないだろう。○同様の事態は、従来の自民党を支持してきた各種業界団体についても多かれ少なかれ生起している。○集票マシンは公明党・創価学会頼み、という構造も、一人区の多い参議院選挙区の場合は、候補者調整・選挙協力も難航しているという。○4月25日投票の統一補欠選挙は、7月選挙の結果を占うことになるだろう。果たして、昨年の衆議院選挙で、「政権交代」の可能性の匂いを嗅いでしまった国民は、7月参議院選挙においても、どんな判断をするのだろうか。小泉自民党政権に国民の怒りの声を突きつけることが求められている。(佐野)

 【出典】 アサート No.317 2004年4月24日

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【投稿】異常な円売り・ドル買い介入

【投稿】異常な円売り・ドル買い介入

<<かさ上げ統計>>
 政府・内閣府が先月十八日に発表した昨年10―12月期の国内総生産(GDP、速報値)が、名目で前期(7―9月期)比0・7%増(年率換算で2・6%増)、実質で同1・7%増(年率換算7・0%増)であった。小泉首相は「景気の潮目が変わった。内閣支持が回復したのも、景気の好転が大きい」と自画自賛し、「高めの期待はあったが、それ以上の数字だ」(竹中経財相)、「小泉改革が進んでいる証拠」(福田官房長官)と浮かれ、大はしゃぎである。
 バブル崩壊から14年。「バブル期以来13年ぶりの伸び率」などと、いよいよ日本経済がどん底から脱出できると言わんばかりの無批判な報道が横行している。しかし誰しもが肌で感じるとおり、経済実態は冷え込んだままである。ここには明らかに、まやかしがある。「デフレ脱却の動き」とか「バブルがまた始動」といった情報は願望でしかない。
 問題は、実質1.7%増(年率換算7・0%増)という数字である。この数字の最大の問題点は、デフレ経済が進行すればするほど、名目よりも実質数値がかさ上げされるところにある。今回の場合、実質換算する際の物価変動を示すGDPデフレーターの下落幅が2.6%と前期より拡大したがために、名目比ではほんの微増であるにもかかわらず、実質比では実体経済とはかけ離れたかさ上げ数字となってしまい、これを年率換算すればさらに実体のないかさ上げが行われてしまうところにある。この数字の見せかけ、トリックについては、昨年2月も02年10―12月期の実質成長率を0.5%増と発表したが、その後の改定値で0.1%減に大幅下方修正した“前科”がある。
しかも、GDPの約6割を占める個人消費は、デジタル家電が好調だったにもかかわらず、名目で0・4%増に過ぎず、依然冷え込んだままの足踏み状態である。そしてこれに対応した名目の雇用者報酬は、小泉内閣が発足した01年以降、三年連続でマイナスを記録している。一方、今回のGDPをプラスにけん引したのは、民間企業設備投資であるが、名目で3・2%増で、自動車や電子・電機産業など一部大企業の好調ぶりを裏付けてはいるが、この伸びが個人消費の増には結びついていないのである。
「回復」しているのは一部大企業だけ、それも資本金百億円以上の輸出型の製造業であり、その業況判断は大幅上昇している一方、対照的に、中小企業は製造業、非製造業ともにマイナス圏に沈んだまま(内閣府の法人企業動向調査、03/10―12月期)である。その大企業の「V字型回復」も、膨大な円売り・ドル買い介入に支えられた輸出と、徹底した人減らし、賃金抑制・切り下げ、下請け工賃・単価切り下げ、海外への工場移転、等々による「回復」であって、これは当然、地域経済や中小企業、勤労者を直撃している。

<<「フリーター417万人の衝撃」>>
 小泉政権が登場して以来のこの3年ほどの間に、デフレ経済が確実に進行し、経済を冷え込ましてきた結果がこれである。3年前と直近のデータを比較すれば、1世帯の平均消費支出は34万7882円が32万9574円にダウン、就業者数は6427万人から6221万人へとダウン、給与所得者の平均給与も461万円から448万円にダウン、完全失業率も4.8%から5%台に、実質失業率は7%台に上昇している。若者は5人に1人は仕事にあぶれ、失業統計からはずされた疑似就業者、社会人アルバイターと聞こえはいいが、約四分の一の低賃金で、何の社会保障も、労働基本権も保障されていないフリーターが、01年時点で417万人に達し、今現在も増え続けている。3/7のNHKスペシャル「フリーター417万人の衝撃」は、「今後も増え続け、危惧される事態」としてその問題点を報じたが、出席した経団連代表はむしろそのあらゆる面での有効活用を歓迎する事態である。
UFJ総研の調査レポートによれば、15~34歳のフリーターの平均年収が約105.8万円であるのに対し、同年齢層の正社員の平均年収は約387.4万円と、その賃金格差は約281.6万円、約3.7倍に達し、住民税・所得税・消費税を合わせて納税額を算出すると、15~34歳のフリーター1人あたりの平均納税額が年間約6万8000円となり、同年齢層の正社員では年間約33万円と約5倍の格差があるという。フリーターが正社員になれないことによって生じる税収の損失額(2001年価格)は、住民税約2400億円、所得税約5300億円、消費税約4400億円、合計約1兆2100億円と試算され、その社会的経済的損失は計り知れないものがあるといえよう。
 経済の現実は、小泉「改革」によって景気回復の“芽”が出てきたどころか、本来あってしかるべき景気回復にブレーキをかけ、小泉「改革」によって雇用情勢が悪化し、不安定雇用を増大させ、個人消費を冷え込ませ、不良債権処理を名目に中小企業を押しつぶし、社会保障「改革」の名の下に負担増を押し付け、やることなすこと小泉政権がかかわる限りはことごとく、景気回復の“芽”を摘み取ってきたのである。
 その上、2004年度予算案は、税収減を理由に社会福祉費は5.4%カット、失業対策は8.1%減であり、その一方で国民負担増はめじろ押しで、年金給付をカットしながら・年金保険料の引き上げ、高齢者の税負担を軽減している老年者控除の廃止や公的年金等控除の縮小、住民税の均等割の「改正」など、多くの庶民増税項目が並び、合計約3兆円のさらなる負担増が計上されており、紛れもなくデフレをよりいっそう加速させる予算である。

<<「介入中毒」>>
 こうした事態と照応しているのが、このところの政府の異常な円売り・ドル買い介入である。財務省の発表によると、昨年1年間の介入額が24兆4000億円もの巨額に達し、今年はさらに年初からのたったの2カ月間で早くも10兆円を突破したという。倍以上のペースである。昨年の介入額は、貿易黒字総額のほぼ二倍である。為替介入資金の上限は03年度予算では79兆円とされているが、政府はさらにこの円資金の調達枠を「140兆円」まで増やそうとしているから、今後数年で150兆円を超える勢いである。信じがたい規模の市場操作であり、海外から「介入中毒」と批判されても、日本政府は為替市場でまったく惜しげもなく金を使い、大盤振る舞いを行っているのである。
政府は国内では徹底的に歳出を抑え、緊縮予算を唱えていながら、海外では何十兆円もの資金をドル買い支えに投じているのである。それは端的に言えば、日本の大手輸出企業の利益を守り、ブッシュ政権を支えるためである。おかげで輸出企業は利益を確保し、ブッシュ政権は無謀な戦争をしながら減税も行い、財政赤字も国際収支の赤字も膨大なものになっているにもかかわらず、日本が気前よく米財務省証券を購入してくれるおかげで、財政赤字の穴埋めをし、野放図な政策を続けられる。米国のグリーンスパンFRB議長が今月2日、政府の異常な為替介入に警鐘を鳴らしてはみたが、最大の利益を享受している以上、ポーズでしかないことは明らかである。
 「1ドル=105円」を防衛ラインとする財務省・日銀は、1月だけで7兆円を超える円売りドル買い介入をしたが、買い込んだ米財務省証券の目減りで、外為特別会計ではすでに8兆円の含み損が発生している。そもそも現在の円高・ドル安は、野放図な米国の双子の赤字が原因であり、米政権が実行すべきドル防衛策を日本が肩代わりをし、これを円売り・ドル買い介入で食い止めることなどははじめから不可能なことである。

<<マネーゲームの餌食>>
 経済実態とかけ離れた為替相場が人為的に作られているとも言えるが、同じことが株価についても言える。2月下旬以来、平均株価は連日高値を更新し、ついに1万1400円台を回復し、「1万2000円は目前」とハヤされた平均株価がこのところ再び怪しくなり、3/12には1万1200円を割り込み、3日続落となった。証券関係者は、「スペインの同時爆破テロが飛び出して、一気に下げ足を速めた」と分析しているが、それほどやわいものであることの証左でもあろう。
現在の東京株式市場の1日の売買代金の約5割が外国人投資家で、今年の1、2月で2.2兆円もの日本株を買い越しており、これは99年の11兆円をも上回るペースで、史上最大の日本買いともいえる状況である。これほど投資する最大の理由は、もちろん、昨年以来の30兆円にも及ぶ異常な為替介入のもたらすマネーゲームへの期待感の現われである。各国主要通貨がドルに対して急伸しているのとは対照的に、日本政府の円高阻止ドル買い介入のおかげで、2/11には105.16円まで進んでいたドル安が、今や1ドル=115円に迫る円安の勢いである。これは一方で大手輸出企業にとって円安による膨大な利益をもたらし、投資効率の高い株価を押し上げる要因として働いているが、同時に介入の限界を見据えた一斉売り越しによる莫大な利益の確保をもくろんだマネーゲームの格好の対象、餌食ともなっていることを明らかにしている。その時至れば、たちまち急落する恐怖と同居しているわけである。国内的には7月の参院選、国際的には11月の米大統領選までと言われるゆえんでもある。
 問題は、こうした経済の根幹をも揺るがしかねない異常な為替介入のもたらす影響について、なんら根本的な議論がなされず、政府も与党も野党も、マスメディアもほとんど問題ともせず、事務的で実務的なレベルの問題としてしかとらえられておらず、基本的で重要な政治的論点として取り上げられてはいないところにあるといえよう。経済的にはほとんど意味もなければ意義もない、形式と格好つけだけの小泉「改革」に目をとらわれているところに、現代の日本の政治の貧困があるともいえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.316 2004年3月20日

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【投稿】政権交代と地方分権改革

【投稿】政権交代と地方分権改革

<三位一体改革の「結末」>
 昨年来、突如とした「地方共同税」の提案、地方の側の反発、地方分権改革推進会議の「分裂」など、迷走に迷走を重ねた、税源移譲・地方交付税・国庫補助負担金のいわゆる三位一体の改革は、2004年度政府予算案において、ようやく一定の「芽出し」が行われた。
 所得譲与税の創設や税源移譲予定交付金など税源移譲に踏み込んだことなど、一定の前進をみたところではある。しかし、その前提となる国庫補助負担金の一般財源化も、義務教育費国庫負担金や公立保育所運営費負担金など、即座に柔軟な施策実現に使えるような類のものではなく、いわば自由度の低い税源移譲となっている。
 また、地方の歳出見直しを前提とした地方交付税総額の削減も、税収の減少などによる厳しい財政状況にある地方自治体にとっては、傷に塩を塗る事態となっている。
 2006年度までの4兆円改革の端緒としては、あまりにひどい内容であり、地方の側には反発と落胆が広がっている。
 この「結果」を見るにつけ、昨年の総選挙で民主党を中心とした政権交代が実現しなければならなかった、という感を改めて強くしている。

<分権のスタンスの違い>
 我が国の地方分権が「中央集権体制の制度疲労」や「行政改革の一環」というあくまで国の都合、中央政府の論理によって進められてきた経過、そして何よりも、地方自治制度の骨格を形作るのは、あくまでも中央政府であり、中央国会であるという、国家体制の現実を考え併せるならば、地方の側からの改革努力のみによる地方分権には自ずと限界がある。
 一方、省庁の権益と地方への利益誘導を基盤としている自民党政権では、住民による自治、地域の自立、その結果としての地域活性化、地域からの再生による国家の再生はなし得ない。
民主党のマニフェストを改めて読み直してみる。国の補助金18兆円を廃止し、そのうち、5.5兆円分を所得税から地方住民税に移譲し、12兆円を一括交付金とする。そして、その案を軸に全国の改革派知事・市町村長とも協力して、税源移譲を進めるとしている。
 「5つの約束」のトップに「ひも付き補助金」の全廃と地方への財源移譲を謳っていること、ややパフォーマンスめいた点もあったが投票日直前に田中康夫長野県知事をネクスト地方分権担当大臣に据えたことなど、民主党の地方分権への「本気度」は本物であると言える。とくに、今回の三位一体改革の「結末」をみるならば、自民党政権との違いは明白である。
 こうしてみると、地方分権改革の実現のためには、今夏の参議院選挙、そして「小泉後」を想定しての総選挙において、民主党を基軸とした政権交代、中央国家体制の転換がやはり必要なのである。

<地方自治体と民主党>
 政権交代は、地方分権のための一つのステップであり、ある意味「手段」であるといってもよい。実際に改革を担い、住民サービスの向上を進めるのは、あくまでも地方自治体である。いくら民主党中心の政権が成立し、三位一体改革を実行したところで、地方の側が旧態依然とした利益誘導政治を続けていけば、移譲された権限、税財源をもって、地方版のミニ田中、ミニ竹下ができるだけである。
 現在、改革派といわれている知事・市町村長の手によって、行政の透明性、住民参加、住民との協働などを基軸とした様々な自治体改革が実行され、成果を挙げているとともに、絶大な住民の支持を得ている。そのほとんどが、既成政党の支援は受けずに、「無党派」を標榜して選挙戦を勝ち抜いてきているのである。
 民主党は、概して、地方議会等の議席数などをみれば、国政レベルでの強さに比して、地方自治体での基盤が強いと言えるような状況ではない。一方で、首長選挙などにおいては、改革派にコミットしている場合もあれば、逆に自民党との相乗りも目立ち、守旧派・既成政党として扱われている場合もある。いわば、地域における基盤は脆弱であり、まだまだ足腰は弱いのである。
 今後、改革の担い手としての地方自治体の存在意義が益々高まっていくことになるであろう。民主党がそこでどういう役割を果たしていくのかが、改革の実現のためにも、政権交代のためにも問われてくることになる。

<政党の課題>
 昨年の総選挙は、民主党の躍進といっても、実態としては、社民党や共産党の議席数を「喰った」だけではないのか、そういった労働者の利益を代表する政党が消滅の危機にさらされ、二大政党に収斂していくのは本当にいいのか、という意見もある。
 私も、民主党がいくら議席増を果たしたとはいえ、与党は絶対安定多数を得ており、「勝利」とはとても言えない実態であり、小政党が消えゆくことに危機感を感じている。
 しかしながら、分権を基軸とした政権交代を実現させるためには、現実的な可能性として民主党を中心とした勢力と与党勢力との選択にならざるを得ず、中央国会における小政党の相対的な位置が低くならざるを得ない。
 むしろ、分権改革が実現し、住民に密着した施策実現の担い手が地方自治体となった場合、政策議論の舞台、「階級利益」のぶつかり合いは、必然的に地方議会に移されることとなる。社民党や共産党はまだまだ地方議会には基盤があり(特に共産党は政党としては地方議員数が最も多い)、その存在意義が失われることはなく、地域に密着した政治勢力として存在意義を見いだしていくべきではないだろうか。むしろ、民主党にこそ、地方における基盤強化が問われているのである。
 「市民派」議員も増え、改革のネットワークも広がっている。政党も含め、首長、議員が住民の目の前でどのような態度をとるのかが問われている。中央政府における政権交代を見据えながら、いかに地方に改革の裾野を広げていけるのか。民主党の課題はまだまだ多い。
(大阪 江川 明)

 【出典】 アサート No.316 2004年3月20日

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【書評】『疑似科学と科学の哲学』

【書評】『疑似科学と科学の哲学』
      (伊勢田哲治、2003.3.10.発行、名古屋大学出版会、2,800円)

 『疑似科学と科学の哲学』と題する本書は、科学哲学の書として「科学」自体を分析の対象とするのではなく、現代の正統派の科学(物理学、化学、生物学等)の立場からは「科学のようで科学でない」として批判否定されている「疑似哲学」を分析の対象とする。「疑似科学」とは、創造科学(ダーウィンの進化論を認めず、キリスト教の聖書の天地創造を正しいとして、これに「科学的な」根拠を提示しようとするもの)、占星術、超心理学、中国医学、ニューサイエンス等の分野を指すが、著者は、これらと正統派の科学とを区分する、いわゆる「線引き問題」が、なかなかすっきりしない困難な問題であることを指摘する。
 例えば、科学と科学でないもの(疑似科学)との「科学らしさ」には、「はげ頭論争」に似た関係があるとされる。それは以下のようである。
 「前提1:はげでない人から髪を1本抜いてもはげにはならない。
  前提2:髪が10000本ある人ははげではない。」
 これについて著者は、これらの前提を認めると、「髪が9999本ある人ははげではない」という結論が導かれ、さらに「髪が9998本ある人ははげではない」という結論が導けて・・・・遂には「髪がゼロ本でもはげではない」という結論が導けるとする。つまり科学と科学でないものの区別はつかなくなって、本質的な差はないことになる。
 しかしこれについては、「何かおかしい」ということで誰でもが一致する。それでは「明確な線を引けないけれども厳然と差はある」ことについて、どう考えていくのか、というのが著者の問題提起である。
 ここから著者は、さまざまな科学論—-クーンのパラダイム論、ポパーの反証主義、「過小決定」の問題、ラカトシュのリサーチプログラム論等—-を取り上げて検討する一方で、科学における「観察の理論負荷性」や「通約不可能」についても言及する。これら諸項目については、本書で詳細に述べられているので、そちらを見ていただきたいが、いずれの検討も困難な事柄が出てきて、線引き問題は解決に至らないことが示唆される。
 そこで著者は、別のアプローチ—-「線を引かずに線引き問題を解決する」方針を探る。それは一つには「統計的検定」よって確率(頻度)を計り有意を得る方法であるとされる。これは、二つのグループ間の違いを知るために、逆に、「二つのグループ間には違いがない」という仮説(ゼロ仮説)を立て、そしてこの仮説が棄却されることで、間接的に本来の仮説=「両者に違いがある」ということが支持されるというものである。しかしこの方法は、適用範囲が狭く融通のきかない面が多いので、これをもう少し融通のきく方法で補おうというのが、ここで提唱される「ベイズ主義」である。
 「ベイズ主義」とは、推定統計学の一つの立場で、確率を徹底して主観説の視点から理解していこうとする。つまり、「仮説の確率=確からしさとは、われわれがその仮説をどのくらい信じるか、という『主観的』な信念の度合いを表わしている」とする。要するにベイズ主義の手法とは、事後確率(証拠Xを考えに入れた後の仮説の確からしさ)を、事前確率、予測確率、裏予測確率(これらについても詳細と事例は、本書で読んでいただきたいが)から導き出すというものであり、「ベイズ主義が扱うのは、われわれと独立に起きている世界の出来事ではなく、それについてのわれわれの認識である、という意味での『主観的』な確率なのである」。「そして、そうした確率のわりあては、科学的方法論が客観的でありうる限りにおいて十分客観的でありうる」とされる。
 すなわちわれわれは、まったくの真空でものを考えるのではなく、「常に背景情報のもとで」考えているのであり、この「背景情報」のもとでの、ある仮説の確率、信念の度合いを検討する。そうすると、背景情報から考えてみてあり得ないようなものに対しては、高い事前確率を与えるわけにはいかないだろう、というわけである。
 冒頭であげた「はげ頭論法」問題では、ベイズ主義では、このように解決される。
  「前提1:ある人から髪を1本抜いてもその人がはげかどうかについての信念の度合いはほとんど変わらない。
  前提2:『髪が10000本ある人ははげだ』という信念の度合いは極めて低い。」
 この二つの前提からは、先に述べたような論法(「髪が9999本ある人は・・・」、「髪が9998本ある人は・・・」)を採用しても、「したがって髪が0本の人がはげだという信念の度合いは極めて低い」という結論は導けない、と著者は主張する。何故なら、髪1本についての信念の度合いは、「ほとんど変わらない」が、それが積もっていく間に(髪が0本になるまでの間に)、前提2の「信念の度合い」が「極めて低い」から、100%近くまで押し上げていくことがあり得るからである。
 このような「程度」思考を、疑似科学にも適用すれば、疑似科学が科学であることの必要十分条件の厳密な検討で悪戦苦闘しなくても、「ある分野がどれくらい科学か」をはかることが可能になるだろうというのが著者の方針である。
 「つまりどの物差でみても成功した科学(正統科学—-引用者)とほとんど類似性がない分野は、やはり『はげ』だと見なされることになろう。わたしの提案は、線引き問題をこういうイメージでとらえなおすべきではないか、ということである」。
 このように本書は、疑似科学を対象としながら、科学の本質がどこにあるかを考察し、その問題解決として「程度」思考を提唱する。そしてこれは、科学の本質規定のみならず、科学政策の意思決定にも有効に寄与することが示される。やや専門的で読みづらい部分もあるが、しかし「科学」に対するこのような方向からのアプローチは興味深く、科学についての別の視点を与えるという意味で刺激的な書である。(R)

 【出典】 アサート No.316 2004年3月20日

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【映画紹介】「風の舞」–闇を拓く光の詩–

【映画紹介】「風の舞」–闇を拓く光の詩–

 1時間あまりのドキュメンタリーだった。周りの参加者から涙で鼻水をすする音が聞こえてくる。私の目頭も潤んできて、涙が今にも頬をつたい落ちそうだった。しかし、私の心の中で、違う声が聞こえる。涙を流す映画ではない。流してもいいけれど、映画のメッセージはそれを期待していない。むしろ、しっかり見つめよ、事実を正面から見つめよ、そしてひとりひとりが力強く生きよ、と映画は、主人公である塔和子さんの詩が訴えていると思えたからだ。
 映画の舞台は瀬戸内海に浮かぶ「大島」にある「国立療養所大島青松園」である。戦前から不治の病とされ多くの患者が隔離されてきたらい予防施設。一度強制隔離・入所させられたら、名前を変え、園内で結婚しても子供を作ることを許されず、一生を終えても、遺骨は故郷に帰れない。家族が墓に入れることを許さない。そんな遺骨を集めて作られた慰霊塔、それが「風の舞」と名づけられた慰霊塔である。まさに差別そのものの中で一生を終えた人々が「風に乗って解き放たれる」。映画の中では、塔は二つ目になっていた。
 ハンセン病が不治の病ではなく、ウイルスが原因であることが究明され、特効薬プロミンによる治療がはじまっても、日本政府は強制隔離政策を続け、昭和28年の「らい予防法」にも強制隔離政策は続けられた。これにより、根拠のない隔離政策が、患者への人権侵害を継続させるとともに、国民の中にハンセン病への恐怖感を植え付けてきた。
 映画は、13歳で発病し、15歳で強制入所させられ、57年間を国立療養所で過ごしてきた塔和子さんの詩を通して、生きることの意味、人間の尊厳を問う。らい・ハンゼン病をめぐる歴史と元患者の闘いを挿入しながら、淡々と療養所の生と死を描く。吉永小百合の詩の朗読もしっかりと心を打つ。
 今年3月には、塔和子全詩集(全3巻)が発行された(毎日新聞)。是非ご覧になっていただきたい映画です。(H)

 【出典】 アサート No.316 2004年3月20日

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【投稿】課題山積みの福祉制度改革–介護保険と支援費–

【投稿】課題山積みの福祉制度改革–介護保険と支援費–

 厚生労働省は、現在悩みを多く抱える省庁の代表格だと言えるだろう。高度成長から低成長・バブル崩壊からリストラ社会へと言える激動の中で、社会的矛盾の「調整役」として、まさに鍵を握る省庁であると言えるからである。特に最近国民的関心事に浮上している例は、年金問題であろう。運用益が上がらない、若者を中心に国民年金保険料の納付率の低下が顕著になり、国民にとって信頼できない制度となりつつあり、年金制度改革はまさに国民注視の政治課題に浮上してきている。(今国会では、年金保険料の年金外使用が焦点になりつつある)
 さらに、医療改革、労働基準をめぐる一連の改悪問題、高齢者・障害者への介護サービスをめぐる制度改正問題はいずれも厚生労働省の所管である。2005年度に向けた動きが出てきている、介護・障害者福祉の分野に限って検討してみたい。

<増え続ける介護サービス供給>
 昨年から今年にかけては、障害者の在宅サービス・施設サービスの一部に「支援費」制度が導入された。これは社会福祉の基礎構造改革に沿ったもので、従来の措置制度から選択・契約制度へと障害者福祉サービスを「利用者本位」に転換するものと説明されてきた。利用者の意思の尊重と多様な民間からのサービス供給を柱にしている。
 昨年夏、制度導入時に、介護保険と違って障害者福祉には、利用量の上限は設けないと説明してきた厚生労働省は、財源不足を理由に、一定の制限を設ける発言を行ったことで障害者団体の強い抗議を受けた。その後、同省は制限を意味するものではない、国庫補助金の決定にあたって、目安にするだけだ、と説明し、利用制限を撤回したことで、一旦治まったかに見えた。厚生労働大臣が「ここが出番」と、今年度は他予算からの流用も含めて、水準を確保すると説明をしていた。
 一方、サービス利用は在宅サービスを中心に予想を上回って増加し、各自治体でも補正予算で対応する事態が生まれてきた。年度末にきて、国庫補助については事業量の8割程度しか対象にできないとの噂が流れはじめ、市町村への補助金を減額することで、実質的な利用限度を行わざるを得ない状況が生まれつつある。補助制度の下、さらにほとんどの自治体が財政悪化が進行しているからである。
 一方、介護保険のサービス対象者数もサービス量も増え続けている。介護保険の対象者(要支援以上の六つの介護度の判定を受けた人)は、年々増え続けている。平成12年4月末に218万人であった要介護認定者は、平成15年10月末には371万人(70%増)となり、サービス利用者数では、平成12年4月の149万人から平成15年8月の214万人(120%増)となっている。この増加が今後も続くならば、保険料の値上げは制度上当然の事として、国・自治体からの繰り入れ金の増額から、介護保険制度そのものの存続の是非論議も必至となるのは確実であろう。
 
<介護保険と支援費制度の合体論>
 そこで昨年末来、急速に浮上してきたのが、高齢者福祉と障害者福祉の統合論である。元々、在宅福祉サービスについては、供給のあり方としては近いものがあるため、障害者福祉を措置から契約制度へ移行させる議論の中で、介護保険との統合する案も検討されてきた。しかし、今回、浮上してきた統合案は非常に唐突であり、且つ乱暴な内容となっている。厚生労働省のあせりと構想力・現場知らずを露呈したものと言えるのである。
 彼ら得意のリーク記事によると、介護保険は急増する対象者、利用量の増大により、財政的も改革が必要と考えられ、2005年の制度改革で抜本改革が必要となっている。そこで、現在40歳から支払っている介護保険料を20歳から徴収することとし、障害者福祉(支援費)、精神障害者福祉も、保険制度としての介護保険に統合する、という案である。さらに現在利用者は利用したサービス費用の1割を負担するわけだが、この負担率を2割に引き上げるという方向も検討されている。厚生労働省は、すでに今年1月から「介護保険改革本部」を設置し、こうした方向への足慣らしを始めている。
 当然、保険料負担に加えて、障害者福祉サービスの利用者負担額も引き上げる事になり、障害者団体はこの統合案に、現時点では否定的な雰囲気と言える。ただ、厚生労働省は、かなりの決意を固めているらしいのである。
 
<福祉サービスを巡る制度設計不足>
 支援費制度は当初より制度的に問題が多かった。介護保険は、要介護度認定にあたり医者などを構成員とする専門委員会で決定し、さらに要介護度に応じて金額ベースの利用上限を設定し、標準的なサービス量を想定し、組み合わせはケアマネジャーという資格者の権限とした。支援費制度には、障害程度区分3段階はあるが、専門家委員会もケアマネも制度化されなかった。さらに標準的なサービス量も示されなかった。自治体にお任せというやり方である。さらに今回の統合論では、2002年から導入された精神障害者への在宅サービスも含まれているが、高齢者介護や身体障害者介護とは、全く性格を異にするスキルが要求されるサービスである。
 いずれも、施設依存型福祉から地域・在宅型福祉への転換という大テーマの下に構想されたことは当然としても、単なる財源論から出発した論議では、高齢者福祉・障害者福祉の向上が望めないのは当然ではないか。

<民間供給サービスの問題点>
 一方、介護保険制度の不正請求も増えてきているし、「俄か事業者」の存在も無視できない事態となっている。介護保険のサービス供給者には従来からの社会福祉法人、NPOに続いて医療法人、他業種の民間会社が参入してきており、「高齢者のための介護保険」というより「事業者のための介護保険」「事業者のための支援費」のような実態も生まれてきている。寝たきりにならないための在宅サービスを重点にした介護保険制度であったにも関わらず、施設サービスの供給の方が増え、施設費用の方が増えている実態など、本来の趣旨から外れてきているとの指摘もある。
 サービスの供給が市場を通じて行われれば、自然淘汰され、良好なサービス提供事業者のみが残っていくなどという「ノー天気」な市場万能主義に浸っていられなくなった厚生労働省もようやく事業者への監査や、第3者による評価システムや情報公開の方法を探り始めてはいるようだが。
 
<国民的コンセンサスを求めているか>
 年金問題然りであるが、制度設計にあたって如何に国民的コンセンサスを取れるか、が問題である。介護保険の場合、すべての人が必ず高齢者になると言う意味で、税の再配分問題として政治性の強い課題である。現在介護保険制度への国の負担が25%、都府県12.5%,市町村12.5%、残りが保険料という枠組みも検討の対象である。こうなれば、単に厚生労働省だけで解決できる問題ではない。年金、医療、福祉を巡っては、国民の関心事でもあり、政治の場を通じて、さらに国民議論を巻き起こして、コンセンサスを得ていく他はないのである。
 日本歯科医師会の不明瞭な政治資金問題が発覚したが、医療、福祉団体の自民党との癒着とも言える結びつきは、こうした議論の妨げにしかならない。そういった意味で、政権交替の必要性は、じわじわと国民の意識に浸透してきていることは間違いがないことだと思われる。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.316 2004年3月20日

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