【投稿】小渕政権の迷走と介護保険問題

【投稿】小渕政権の迷走と介護保険問題

<小泉元厚相「倒閣運動」宣言>
自自公連立の小渕政権は、いよいよ抜き差しならない迷走状態に突入し始めたと言えよう。
周知のように、すでに小泉元厚相は「自自公連立政権は即刻解体し、小渕総理も即刻退陣すべし。倒閣運動という新しい仕事に入る」と宣言している。10/30には、横浜で開かれた民主党議員主催の公開討論会に出席して、「自由党と公明党の言いなりになる政権なら、ないほうがいい。小渕総理は退陣してもらいたい」と発言して、民主党との共闘にまで言及、自民党内においても「介護サービスだけ実施して、負担はさせないというのは選挙目当てがミエミエだ。こんな見え透いたウソはすぐに国民に見破られる。自自公連立政権に反対しようということで加藤前幹事長とも一致した」(『週刊現代』11/20号)と断言する事態である。
一方、自民・公明だけで衆参とも過半数を超える現実に、小沢・自由党の焦り、発言力低下への危機感から自由党も迷走し出した。10/15,16の小渕・小沢のゴルフ場会談で、小沢氏の方から自民党への「合流」を持ちかけ、できれば「保守再編」を名目に「今国会中」と期限を切って調整を要請した。しかしこれが報道されるや、党内の反発に慌てて「自民党への合流など要請していない」と否定してみせたが、その一方で「政策実現のためにともに力を合わせて実行していこうという仲間がいれば、いっしょに手を携えて協力してやるのは当然」と開き直ってもいる。事実上、自由党内の多くが「合流」に期待せざるを得なくなっている。しかし、自民党内で「合流」を歓迎しているのは江藤・亀井派のみ、加藤、山崎派は反対を鮮明にし、主流派の森派でも異論が続出、肝心の小渕派でも慎重論と警戒論が大勢を占め、もはや両者とも身動きが取れない事態である。

<「介護保険版地域振興券」>
そこで再び小沢・自由党は連立政権離脱の瀬戸際政策をとり始めた。突如、介護の財源を全額消費税でまかなう「税方式」への転換が入れられなければ「連立の根幹にかかわる問題だ」(11/11、小沢・記者会見)として、介護保険問題を裏取引の道具立てに利用し始めたのである。
そもそも初めに連立ありきで、政策合意は後回しにして、適当に妥協すれば何とかなるだろうという、こうした連立政権のあり方そのものに問題があったのであり、そのツケが回ってきているに過ぎないものとも言えよう。しかし問題なのは、来年4月実施にまでこぎつけてきた介護保険という年来の重要な政策課題を、政権延命の手段、裏取引材料としてしか見ることのできない小渕政権、現在の自自公三党の無責任きわまりない姿勢、路線変更を何ら説明すらできない不真面目な態度である。
その典型が、実施を半年後に控えて、自自公連立政権発足と同時に提起されてきた与党三党合意である。それがあの「保険料の半年間凍結」と「家族介護への現金支給」である。サービスの供給を開始しながら、保険料の徴収は見合わせるという、明らかに迫りつつある選挙対策ミエミエのばら撒き発想である。当面の保険料負担が緩和されるかのように見せること、これだけの発想である。民主党が批判しているように、これは露骨に「選挙までは徴収しません、終わったら取りますという発想」にしかすぎない。総額1兆円近くに上る財政負担は国債増発でまかない、後は野となれ山となれ、選挙さえしのげばそれでいいというでたらめさである。三党は、地域振興券に代表されるご機嫌取り型のポピュリズムの先陣争いを展開しているにすぎないのである。

<逆行の典型>
しかし提起されている問題はそんなことで済むものではない。こうした介護保険の制度の根幹にかかわる不可解極まりない路線変更が許されるならば、膨大な国民的ツケが回ってくるのである。
直ちに、全国市長会や全国知事会など、自治体の全国組織は相次いで、保険料徴収の半年延期策を批判する声明を出しており、自民党内においてすら猛反発を受け、合意形成は不可能な状態となっている。小渕首相は、臨時国会冒頭の所信表明演説で、介護保険制度の根幹にかかわる将来の負担方式に言及できないまま、三党合意の「誠実な実行」を約束したが、それすら、自由、公明から不徹底であると抗議を受ける始末である。
確かに現在提起されている介護保険制度には問題が多く存在していると言えよう。無収入の対象者からの保険料徴収、年金からの天引き、”保険料あって介護なし”になりかねないサービス供給体制、自治体間格差、等々解決していかなければならない問題は山積している。しかしこうした問題の解決は、中央集権・押し付け型の福祉から、地方自治と住民参加、地域のイニシャチブを支援し、人的資本に投資し、地域と福祉を活性化させる社会的資本投資に改編し、より効果的でより民主的な参加を誘う分権型・自立型の福祉の中でこそ解決されるべきものである。給付額がトップダウンで決まるような非民主的なやり方、生計費や家族介護の慰労金なるものを直接支給し、保護と管理を押し付けるような中央お伺い型・くれてやる・お恵み・押し付け・ばら撒き型・資源浪費型福祉はもはや時代の要請に逆行するものでしかない。三党合意はこうした逆行の典型だとも言えよう。

<アテ外れの自自公連立>
それでもあえてこうした逆行を無理やり押し通そうとしている小渕政権の意図は、より一層事態が悪化する前に混迷する現在の政局を是が非でも乗り切りたいと言う焦りとも言えよう。
明らかに小渕政権は自自公三党連立政権の合意以来、すべての世論調査で支持率が急速に低下してきており、とりわけ公明党を加えた連立には厳しい批判が急増している。今や自自公連立を「評価する」ものは20%前後、「評価しない」が65%前後に達する事態である。このまま選挙に突入すれば、自自公の大敗は間違いない。自民党の森幹事長などは責任回避のために弱気論を吹聴して回り、連立への配慮から自民党は過半数の250議席どころか、前回選挙の239議席にも届かないと語り、野中前官房長官は「比例が20議席削減されるとすると、せいぜい210~215議席」と分析している。実際、9月の参院長野補選では、公明推薦の自民党候補は総得票の3割も取れずに惨敗している。
自民党にしてみれば、数の絶対優位を確保したにもかかわらず、自自公連立は完全にアテが外れたのである。政権発足わずか1カ月で空中分解寸前の事態である。
今や小渕首相自身が自自公連立政権の積極的成果を語れない、臨時国会の冒頭の所信表明演説でも、まずは謝罪表明から始めざるを得なかった。東海村臨界事故と自由党推薦・西村前防衛政務次官の起用問題である。いずれも「核」に対する基本姿勢が問われている重大な問題であった。しかし首相の謝罪は、組閣の派閥抗争に明け暮れて東海村臨界事故に何ら対処できなかった責任や、以前からいわくつきの問題行動・問題発言を繰り返し、「核を持たないところが一番危険なんだ。日本が一番危ない」「核とは抑止力なんですよ。強姦しても何にも罰せられんのやったら、オレらみんな強姦魔になってるやん」と公言してはばからない西村氏を防衛政務次官に起用した責任については、驚くほどずさんで、その場限りの謝罪、責任者として厳しく省みる姿勢がまったく感じられない、正面から答えようとしない、首相の政治姿勢がこれほど如実に現れたものはないであろう。「人のいいオジサン」の正体見たりである。

<「選挙準備は7合目まできた」>
そこでこのところ急速に登場してきたのが、早期解散・総選挙論の台頭である。野中前官房長官が、「選挙準備は7合目まできた」「何があっても対応できるように、準備を進めている」「首相が決断すれば24時間以内に選挙準備を終える」などと発言。さらに青木官房長官も「来年7月の沖縄サミットと解散はまったく関係ない」と早期解散を意図的に流し始めている。
介護保険料徴収の半年間延期と家族介護への現金支給が急遽登場し、ゴリ押しされてきた理由の第一はこの総選挙対策にあると言えよう。自自公批判かわしの人気取り策で守勢を挽回しようというわけである。
さらに野党側の体制が整っていないうちに解散・総選挙を急いだ方が有利であるという判断である。とりわけ民主党の選挙準備が大幅に遅れており、これまで民主党が公認した候補は、小選挙区と比例代表の重複候補が169人、比例単独候補が14人の計183人にすぎない。300におよぶ全小選挙区はもちろん、党が目標として掲げている「250人以上の公認候補(推薦も含む)」はまだまだ先の話である。解散風で野党を揺さぶるだけではなく、この際、年末か年明け早々の解散・総選挙を断行する現実性が浮上してきた理由でもある。しかしこれは自民党にとって危険なカケでもあると言えよう。今や税金のばら撒きで支持が集められるといった単純な事態ではない。必ずそのツケが膨大な形で回ってくることを庶民の誰もが感じ始めているのである。野党側には、逆に大きな政局転換のチャンスがめぐってきており、それを生かす努力こそが求められていると言えよう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.264 1999年11月20日

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【本の紹介】「新左翼運動40年の光と影」

【本の紹介】「新左翼運動40年の光と影」(1999年9月15日 新泉社)

この本は、渡辺一衛、塩川喜信、大薮龍介の3氏の編集による、多数の意見集という形式を取っている。3氏の他にも菅孝行、樋口篤三、小寺山康雄、白川真澄、村岡 到氏なども登場する。
この本の問題意識を私なりに要約すると、次のようになる。
50年代末から、日本で青年労働者・学生の運動の中で、「旧左翼」に飽きたらない「新左翼」が生まれ、60年安保や70年安保、さらに70年代中盤までは、日本の社会に大きな影響を与えてきた。しかし、そのエネルギーはすでに分散し、過激派という言葉すら、死語になりつつある。あれだけの爆発的な運動がどうして、今のように萎んだのか。「あの運動を基盤にした国会議員の一人すらいない」現状(経験者という議員はいるが)、こうした停滞に対して、それぞれが、反省も込めて振り返りつつ、新しい運動を構想する、というようなことだろうか。
前月号の投稿にも、広島のSさんから、我々の運動の総括が必要、という意見があったが、私自身も、また我々も、60年代以降の時代を生きた人間として、運動の概括的な総括や今後の運動への新たな視点を求められていると感じている。言わば、「時代の総括」を行う必要が、個人にも組織も求められているわけである。
この本の出版については、インターネットの「マル共連BBS」での「書き込み」で知り、購入したわけだが、それなりに重みのある内容となっている。

<「新左翼」の理論自体が古典的理論だった>
共通して述べられている問題の一つが、「反スターリン主義」(或はトロッキー主義)についてである。新左翼各派は、総じて「スターリン主義」に反対して、「レーニン主義」の立場を取った。ところが、この「レーニン主義」自体が、例えば「何をなすべきか」(レーニン著)の中にあるように、自然成長主義に対して、少数の前衛主義であり、他党派に対する理論闘争であったり、また唯一前衛党主義であったり、それ自身がすでに「古い理論」でしかなかったということである。
塩川氏(『新左翼の創成、そして今』)によると、50年代後半に生まれた新左翼の共通点は、第1に、「・・・古典的革命理論の信奉であり、前衛党の指導の必要性、国家権力の掌握と革命権力の樹立、国有計画経済などなど・・」、第2は組織論について、レーニンの「何をなすべきか」に代表される、「職業革命家を軸とする前衛党が、鉄の規律をもって革命を遂行するというテーゼであり、第3には、60年代からの新しい資本主義的発展に対する認識の限界があった、第4には、従来のマルクス主義の理論では無視・軽視されてきた環境や資源問題など新しい矛盾への対応の遅れ、第5には、階級闘争の枠に収まらない地域闘争や差別問題への軽視、などを指摘する。
つまり、新左翼とは言うものの、理論は60年代時点でも、現在から見れば極めて古い理論に立脚していたのではないか、というわけである。もちろん、この本の著者の皆さんは、マイナス面と同時に、これらの運動のもっていた新しい側面の評価を忘れてはいない。
そして結論的には「こうした総括の期待される結果は、「左翼」・「新左翼」の再生や「復活」ではなくて、今は名付けることのできない、新しい運動と組織、そして様々な運動やさまざまな組織の関係(ネットワーク)についての、創造力と想像力に富んだ理念ではないだろうかと。

<内ゲバに表れた民主主義論の欠如>
大藪龍介氏は、『新左翼党派運動の歴史的意味』と題して、「・・・スターリン主義との決別、・・・共産党にかわる新しい政党、別党路線を選んだのは画期的だったが、・・・新左翼党派は、ロシア革命をモデルとし、・・・何よりも国家権力の奪取に的を絞り、それを拠点として経済、社会の変革という基本方位をとった。・・・このように新左翼党派が立脚したのは、党・国家中心主義的変革構想であった。・・・しかし、40年程を経て、20世紀社会主義の歴史を総括的反省に立ちうる今日の時点では政治革命主義や国家主導主義をもってしては革命と建設の諸問題の成功的な解決を果たしえないこと」は明白だ、と指摘される。
前衛党の建設論や唯一前衛主義や我が派独善主義は、やがて、対立党派メンバーの物理的抹殺=内ゲバ主義へと行きつき、それは党派に限らず、無党派にも向けられる。反対派を粛清したスターリンと同一の独善主義にたどり着いたことの悲劇である。現在でも、存続している新左翼党派で、過去の内ゲバの反省を総括的に行った党派が存在しないことも触れられている。
大藪氏は、この内ゲバに至る新左翼党派の原因について、第1には、民主主義に関しての決定的な歪みを指摘し、第2には至上化された自党派への集団主義的滅私奉公を挙げ、第3には、スターリンの大テロルに対する批判の薄弱さを指摘する。民主主義については、プロレタリア民主主義という一階級の中での民主主義に過ぎず、近・現代では、むしろ被支配諸階級を含む民主主義でなければ社会は成り立たないことを理解していなかったこと、党内民主主義の至上化と党間民主主義の軽視、などを指摘されている。

紙面の都合でこれ以上の紹介は行わないが、なかなか示唆に富んだ内容と言える。私自身の思いで言えば、年代の違いや党派の違いはあれ、おそらく数万人の人々が新左翼運動や我々も含む構造改革派(?)的な運動に参加したはずである。しかし、「前衛党至上主義」や党派囲い込み運動、また内ゲバの蔓延などが、大半の人々に運動への不信、幻滅を抱かせ、運動から遠退かせた責任は大きい。イギリスでもフランスでもイタリアでも、60年代後半の学生運動世代が、社会運動の主導的グループを形成し、運動を継続させていることを考えると、日本における、「世代の総括」が求められていると思うのである。
「新左翼の光と影」は、こうした世代・時代の総括を考える上で、どちらかと言えば、旧「新左翼」の皆さんからの運動総括と言う意味で、ぜひ読者の皆さんも一読されてはいかがでしょうか。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.263 1999年10月23日

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【書評】『障害学への招待–社会、文化、ディスアビリティ』

【書評】『障害学への招待–社会、文化、ディスアビリティ』
         (石川准・長瀬修編著、1999.3.31.発行、明石書店、2,800円)

「障害学」(ディスアビリティスタディーズ)という聞き慣れぬ学問とは、従来の個人のインペアメント(損傷)の治療を目指す医療や「障害者すなわち障害者福祉の対象」と見なす社会福祉の視点から、障害・障害者をとらえるものではない。それらの枠組みからの脱却を求める。
「障害学にとって重要なのは、社会が障害者に対して設けている障害、そしてこれまで否定的に受けとめられることが多かった障害の経験の肯定的側面に目を向けることである。障害者が持つ独自の価値・文化を探る視点を確立することである」。
こうして本書は「障害学」を全面に掲げて、障害者像の見直しと、障害者独自の文化を模索する論集として刊行された。その内容は、生涯とアイデンティティ、テクノロジー、自己決定、出生前診断、優生思想、ろう文化、「差異派」障害者運動、精神障害、と多岐にわたっている。論者の中で「障害学」に対する態度は必ずしも一致しているとは言い難いが、従来の学問、意識の枠を超えて、横断的な学としての「障害学」を構築しようとする姿勢は是としなければならない。
しかしそれにしても「障害学」が扱う問題は多い。しかもその上に問題を扱う視点そのものが現代社会の制度と意識の根幹にかかわるが故に、より複雑かつ隠蔽された形態を含んでいるのである。このことは次の言葉で示される。
「たしかに、障害とは、見えない、聞こえない、身体が動かない、頭が動かない、というように、特定の機能が機能しないあるいは『正常』な状態から見て不十分にしか機能しないということが固定した状態であり、(略)行為遂行を困難にするものであるという単にそれだけのことであるから、障害や障害を持つ者への否定的な差異化はいうまでもなく、肯定的な価値付けであっても、それ以上の過剰な意味付与には根拠はない、
というのは、排除カテゴリーとして外化され差別されてきた『障害者』を統合(あるいは再統合)するために近代社会がたてた平等へのシナリオである」。
「けれども、障害者の排除・差別は非合理的なもの(略)なのだろうか。(略)機能と能力によって人を執拗に分類し、細かく等級を付ける近代こそ、障害者カテゴリーを構築し障害者を排除する張本人なのではないだろうか。能力次元への射影による差異の縮小は、能力主義の徹底を意味するとは考えられないだろうか」。
この視点はもっと先鋭化して以下の主張となる。
「つまり、バリア・フリー社会とは、実はできないまま社会に参加することにいっそう不寛容な社会なのではないかとする批判である。たしかに、できるようにする技術(enabling technology)を媒介して障害者と健常者が共に生きる社会とは、障害者の生身の身体をいっそう受け入れない社会になりかねない危険をはらんでもいる」。
この意味で、「差異」を踏まえた「固有の文化」としての「障害者の文化」が提唱されるのである。これは、「日本脳性マヒ者教会青い芝の会(青い芝の会)」による「内なる健全者幻想」との闘い」、「異化としての障害者プロレス」=「ドッグレッグズ」、「劇団熊変」の「差異化された身体」から「差異化する身体」への試み等に見ることができる。
この試みは、例えば「青い芝の会」の運動では、こう語られる。
「障害者は一般社会へ融け込もうという気持が強い。それは『健全者』への憧れということだが、君達が考えるほどこの社会も、健全者といわれるものもそんなに素晴しいものではない。それが証拠に現に障害者を差別し、弾き出しているではないか。健全者の社会へ入ろうという姿勢をとればとる程、差別され、弾き出されるのだ。だから今の社会を問い返し、変えていくために敢えて今の社会に背を向けていこうではないか」。
そしてこのような「差異化をめぐるヘゲモニーの掌握」の運動の延長線上に、「健常者中心に組織された知の秩序の脱構築をめざす障害学という『運動』」も置かれねばならないのである。
以上のように本書は、障害・障害者についての根源的な視点の変換を求める提言である。「米国の自立生活パラダイム、英国の社会理論、社会モデルの確立によって、個人の問題という視点から、環境、社会の排除、差別へと視点は転換してきた。そして、そこにとどまらず独自の文化集団、コミュニティとしての障害まで意識する必要がある」という本書の言葉は、まさしくこのことを意味している。
ただし本書のような視点が、どこまで深く社会に 浸透していくことができるかということには、運動の現状から見ても、予断を許さないものがある。本書において「ろう」以外の障害について論じられているところが少ないのも、気にかかるところである。それだけにこの問題提起が他の諸分野においても論議されることを期待したい。(R)

【出典】 アサート No.263 1999年10月23日

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【投稿】連合結成10年に思う–連合第6回大会を傍聴して

【投稿】連合結成10年に思う–連合第6回大会を傍聴して

今年11月12日で、連合は結成10周年を迎える。10年を経た今日、労働運動は新たな戦略を構築する必要がある。原点に立ち戻れだけでは不充分なのである。

<マスコミは厳しい評価>
「減少する組合員:反失業の輪、広げられず」「揺れる政治路線:また裂き解消遠のく」(毎日新聞)、「連合10年:不況化の苦悩」など、連合の第6回定期大会(10月14・15日)を前後してこぞって連合に対する厳しい厳しい評価が目立つ。
大きく論点は3つある。一つは、失業率が4.7%、失業者300万人と言う中で、労働組合として連合の活動は十分であるのか、どうかというもの。
二つには、連合結成10年が過ぎようとしているのに、未だに旧4団体、旧総評と旧同盟というような、過去の仲間意識の方が強く、本当に統一体になっているのかと言う点。
三つ目は、社会党・民社党と、結成当時は、政党支持団体がまた裂きになっていたが、現在でも依然各産別の政党支持状況に、一体化が出来ていないという政治をめぐる点である。

<組織率の低迷と連合の組織拡大運動>
確かに組織率は、年々減少している。労働省の調べでは1970年(35.4%)から昨年6月は22.4%となった。しかし、組合員数は1200万人前後と余り変わっていない。それは就労人口が2000万人近く増加したからである。すなわち、女性の社会進出やパート・派遣職員など不安定で低賃金の労働者が増えたためである。また、これらの労働者は、短時間労働であったり、変則的な勤務であったり、従来型の労働形態とは大きく異なっている。これらの増大する新しい職場における労働組合のあり方、またそれをバックアップするナショナルセンター・連合の体制が、その組織化にまったく対応していないからである。
連合は、96年10月から3ヵ年計画で「110万人組織拡大計画」という拡大行動を組織してきた。この結果の中間報告が大会で報告されている。全体では、20万人余りを拡大したが、目標には遠く及ばない。その第1の問題は、組織拡大が産別任せということである。
組織拡大3ヵ年実績報告一覧によれば、一万人以上拡大した産別は、ゼンセン同盟(54748人)、自治労(11553人)、電機連合(12991人)、損保労連(12426人)、ゼンキン連合(11529人)の5つのみ、加盟74産別の内で、40近い産別が拡大ゼロという結果になっている。
この中身は、未加盟組合の連合新規加盟も含まれているので、単純に未組織労働者の組織化という点でみれば、さらに厳しい評価がされる必要がある。
この拡大運動は、他方で厳しい経済状況を反映して、既存組合もリストラや倒産などで組合員数が減少するのと重なり、結果、現在の連合の組合員数は759万人と結成時よりも30万人が減少することとなっている。
3年間の第1次組織拡大計画の反省の上に今大会で連合は1999年10月から2001年10月までを第2次組織拡大実行計画を決定しているが、既存組合員の雇用確保と共に、未組織労働者を地域で組織化していく戦略をしっかり持たないと、より悲惨な結果が待っているかもしれない。それは、産別加盟原則の大胆な修正も含めて、有無を言わさぬナショナルセンター・連合の存在意義を問う課題となっている。

<未だに弱い一体感:旧総評と旧同盟>
連合大会に参加して気になったのが、鷲尾会長、笹森事務局長の以下のような発言であった。「連合10周年といいますが、4団体の時代の方が、政治的力は発揮されていたように思います。ひとつになった以上、いっそう力の発揮が求められている。」(鷲尾)、「連合結成の統一の原点、熱意を思い出して欲しい。怒りを忘れれば、労働運動ではない。もの分かりの悪い労働運動をつくろう」(笹森)などの表現である。
鷲尾会長は、旧4団体への回帰現象が目立つとか、の表現も使っていたし、笹森事務局長も「旧組織へのふるさと回帰意識が出ている(毎日新聞)」との発言もある。
すでに10年が経過しているとはいえ、連合内部の一体感は非常に乏しい。連合結成時に整理がつかない問題として、政治、平和、原子力政策、部落解放の課題などがあり、それぞれカンパニア組織は存続させることとなった。旧総評センター以来の労組会議は中央ではすでに解散した。しかし、これらの組織の存続が、旧4団体意識を存続させている、との議論には私は立たない。むしろ、先に述べた未組織労働者の組織化の課題や、地域組織での活動形態、方向などが、十分に機能していない現状こそ、旧意識を存続させているし、政治分野での分裂状況がこれをむしろ固定化させてきている。
旧総評のオルグ団体制は、旧同盟への気遣いから連合結成とともに解消された経過があるが、連合中央や県レベルの連合よりも、むしろ市町村単位での地域組織の活性化、地域の未組織労働者の「駆け込み寺」的名役割の強化が求められている。当然、人と金が必要になる。地域レベルの役員体制は、すでに連合結成時の役員は引退し、新たな役員体制となっているところが多い。これが良いほうに働くかどうか、期待したい。

<民主機軸を決定したが・・・>
連合大会で奇妙だったのが、政党来賓の挨拶だった。大会初日の午前中は、10周年記念式典ということで、海外代表のICFTU(国際自由労連)の会長挨拶、小渕総理などの挨拶があった。午後からの大会は、ちょうど来賓挨拶の時間が、天皇主催の秋の園遊会と重なり、午後4時ごろ、経過報告への答弁後に政党挨拶があった。並んだのは、民主鳩山、公明神崎、自由藤井、社民土井、改革クラブ小沢の5氏だった。
マスコミ報道も盛んに取り上げたように、鳩山が「民主党の党首選の最中に、連合は介入はされなかったが、関与はされた」さらに「公明さんは、早く迷いから醒めてくださいね」というやんわりとした皮肉に、会場は多いに沸いたのである。これは、大会初日のヒット発言だった。
鷲尾会長は、主催者挨拶の中で「これまで反自民でやってきた公明・自由の動き(連立参加)は、誠に遺憾である。」とはっきり発言しているし、「89年以降のの社会主義の崩壊、それは資本主義の勝利を意味しなかった。しかし、競争が支配する原始的資本主義は、格差や貧困を生みつづける。今、社会的連帯、コミュニティ精神、などが求められている。新自由主義は、市場万能・自己責任礼賛、弱肉強食の原始的資本主義への逆戻りであり、それに対抗する、自由と連帯の運動が必要である。我々は、市場を認めるが、市場主義ではない」と私も共感できる内容であった。しかし、前には自民党・共産党以外の政党がズラリと並んでいるわけである。
一方で、政治方針では「次の衆議院選挙を・・・政権交代に向けて民主党を機軸とした政治勢力の結集と伸張を期して、選挙活動を進める」ことを決定した。実態上は、新進党以来の公明の支持を重要な基盤にしている議員が多いわけだし、正直この問題は大会であまり触れないような配慮があったとしか思えない。ちなみに、政党挨拶では、自由・公明に野次一つ飛ばなかったのが印象的であった。

<グローバル化に対応した運動を>
ICFTUのビル・ジョーダン事務局長は挨拶の中で次のように指摘している。
「世界で12500万人の組合員を要する組織に成長したICFTUだが、ICFTUの歴史は組合員の決意と行動でつくり上げられてきた。ICFTUは来年の4月南アフリカで開催される2000年度総会で、改革をうち出す方針を提起します。組合を効果的に動員できる政策。今政府・使用者は、発展という名目で、変化を要求している。組合の要求は変わらない。公正な賃金、団結権・交渉権の保障、児童労働、強制労働の禁止などだ。日本では補償されているが、アジアやアフリカでは補償されていない。グローバル化、その波は、大企業によって推進されてきた。GMは経営規模はノルウエーより大きい。世界競争は、欲の拡大を生んできた。金融多国籍企業の成長、金融危機はアジアに破滅的な影響を与えた。規制のない金融は、破滅的な影響を与えることを示した。日本は戦後はじめて、人員削減、賃金カットの不安に襲われている。日本の長年の未解決課題、脆弱な金融システムが労働者にしわ寄せされるべきではない。すべての先進国で組織率が低下している。組織拡大を強める必要がある。世界各国の組合は、広がる非典型雇用に対して、組織化の方向をうち出す必要がある。
世界の労働組合は、最大の試練の時を迎えている。とりわけ、グローバルライゼイションへの対応を求められているのだ。」と。
世界共通の労働組合の課題、それはグローバル化のもとで進行する不安定雇用の増大に対していかに労働組合が対抗できるか、否かと言うことだ。連合10周年、厳しい試練が待っているが、これを克服する以外に残された道はないと言える。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.263 1999年10月23日

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【投稿】原発撤退以外に道なし –東海村臨界事故と自自公政権–

【投稿】原発撤退以外に道なし –東海村臨界事故と自自公政権–

<<核暴走の放置>>
またもや重大な事態の発生に際しての日本政府の無責任・無能ぶりがさらけ出されることとなった。場合によっては大震災以上に日本全国、周辺諸国にまで致命的な影響を及ぼしかねない放射能汚染にたいする認識の欠如である。
周知のように、東海村で臨界事故が発生したのは9/30午前10時35分であった。しかし首相官邸は2時間以上も経過した午後1時前になっても事故の発生すら知らず、記者団からの情報で初めて事態の一端を知る始末であった。それより前の11時半過ぎ、事故発生から1時間後に茨城県側に第一報が届き、県は「重大事故」を示唆する最初の防災無線を流しているのである。核の暴走が1時間以上も知らされなかったことも重大であるが、問題はさらにその1時間後に臨界事故の発生を知らされたその後の政府の対応である。
小渕首相は、野中官房長官、青木次期官房長官と執務室にこもりっぱなしで事故に対する対策も指示も何も出さず、すべて科学技術庁任せに放置していたのである。その科学技術庁からのあやふやでいいかげんな情報を元に、午後4時過ぎには、野中官房長官が何の確たる証拠や調査もなしに「被害はこれ以上、拡大しないと認識している」と発表。茨城県も3回目の防災無線放送からは「現在は通常の値に戻っている」と流し、一部地域では「通常どおりの生活を行っても問題はありません」とまで放送していた。
しかしこの間、事故現場では核の暴走に打つ手が何もなく、監視装置も制御・抑制装置も何もない状態でただ呆然と当事者たちだけが直ちに避難し、傍観し、核事故を隠して消防署の救急隊員まで被爆させ、放射能汚染がどんどん垂れ流されていたのである。

<<低次元なやり取り>>
午後5時ごろ、首相は、再臨界という事態の深刻さを科学技術庁から知らされたが、それでも「しばらくしたら三党首会談をやる」と野中官房長官に指示し、自自公政策協議と組閣、三役人事に没頭していたのである。政府対策本部を立ち上げたのは事故発生から10時間も経過した午後9時過ぎである。すでにそれよりずっと前の午後3時半ごろには、350m以内の住民に避難勧告が出されたが、それとて、事故発生からすでに5時間以上もたっていた。
首相の頭の中では、臨界事故などただ単に迷惑な程度のことにしかすぎず、地元住民の避難措置や不安など何も考えておらず、すべての神経は組閣人事に絞られていたわけである。実際、7時過ぎには、自民党総裁選で善戦した加藤紘一氏に電話をして報復人事の最後通告をし、「オレだって、総裁選をやりたくてやったんじゃない。あんたはオレに逆らったじゃないか」と低次元なやり取りに全精力を傾けていた。公明党の擦り寄りに気を良くし、一気に三党協議を決着させようとしていたが、自由党の小沢党首がゴネて雲隠れ、そもそもその日中の決着には無理があった。それでも野中氏が何度も内閣改造の延期を進言しても渋りつづけたという。テレビで住民の避難勧告と特別番組のあわただしい画面を見て初めてこれはまずいと判断、組閣の延期と政府対策本部の設置を決めたのが実態であった。そして対策本部と協議して茨城県が屋内退避を勧告したのは、実に事故から12時間後のことであった。
10/3付けニューヨーク・タイムズ紙が「日本政府が緊急事態を宣言し、最高幹部らが指揮を取るまで、12時間も要したのは何故なのか」と問うのも当然といえよう。

<<時期尚早な「安全宣言」>>
さらに問題なのは、事故の重大性に気づかず、危険性を知ってからはその重大性を隠しつづけた為政者たちの責任である。それは、事故発生から安全宣言の発表に至るまでの、あまりにも場当たり的な対応に象徴的である。
10/1午前6時30分には、被爆覚悟の「決死隊」によって水抜き作業の結果、臨界状態は停止した。同日午後6時30分には避難勧告もとかれたが、プラント内には大量の放射能を抱え放射しつづける沈殿槽があり、手付かずのまま放置されている。臨界状態が停止しただけなのである。
10/2午後6時30分、「放射線と土壌を念入りに調査し、原子力安全委員会で厳密に分析した結果、放射線レベルは通常の範囲に復帰いたしました」として、野中官房長官が「安全宣言」を発表している。この発表の1時間前、午後5時30分には、1万袋もの土嚢を用意して問題のJCOの建物の周囲を囲み、それでも建物南側の放射線量が下がらず、積み足し作業を行っている。誰が見ても単なる応急措置にしか過ぎない段階であることが歴然としているにもかかわらず、この「安全宣言」である。いったいいつ、どこで「念入りな調査」を実行したのであろうか、明らかにすべきであろう。
政府内部には、現場から350m以内に土中のガンマ線の数値が高水準の地域が残っているという理由で、安全宣言は時期尚早という意見があったにもかかわらず、結局は事故で遅れた組閣を進めるためにも事態を早く収束させようとする”政治的判断”がここでも働いたわけである。
「安全宣言」の翌日には、JCOの工場の南側を通る県道62号線の一般路上で通常の5倍以上の放射線量が記録されている。通行禁止措置が解除されるなどもってのほかであった。
半径10km以内の屋内退避の仕方もいいかげんなもので、「15kmにすると県庁も対象になり、11~12kmでは水戸市の中心部が入ってしまい、パニックになってしまう。そこで区切りのいい10kmにした」という。さらにより危険な350m以内の地域は中性子線が届くと予想される範囲内であった。政府の現地対策本部では、事故発生翌日の未明、現場周辺への中性子線放射が続いていることから、「避難の範囲を350mから500m圏に広げるべきだ」という意見が出たにもかかわらず、「深夜で雨も降っており、混乱が予想される」などの理由で放置され、住民が被爆しつづけることを知りながら避難範囲の拡大を見送ったのである。

<<信じがたい実態>>
この中性子線測定については、より重要な問題が存在している。臨界事故には必ず観測される不可欠な測定であったにもかかわらず、事故発生から6時間近くも実施されていなかった。ガンマ線の測定でさえ始めるまでに約1時間もかかっている。しかし、JCOから1km以内にあるニュークリアディベロオプメントと三菱原子燃料東海事業所では、事故発生直後の午前10時37分、放射線の上昇を検出、屋内退避が指示され、さらに2km離れている原研那珂研究所でも臨界事故直後に異常を検知、原研東海研究所に報告、構内放送で建屋内退避が呼びかけられたていたのである。それぞれには中性子線測定装置がありながら、使われなかったし、情報公開はもちろん、相互の連絡、協力も行われなかったのである。
この中性子線放射は、現場から2300m離れた地点でも1平方センチ当たり数千個も観測されており、現場から800mの地点では23万個前後に達していたという(10/17朝日、学術調査グループ暫定報告)。中性子線はコンクリートなどの構造物も貫通、透過する。屋内退避であっても容赦ない。兵員、人員だけを強力に殺傷する中性子爆弾の原理である。
「安全宣言」のあと、住民の被爆量調査が行われたが、これは表面の外部被爆にしか過ぎない。中性子線による体内被曝の調査は除外されているのである。
日本で最初の原子力発電所が立地し、その後の各種の原発や原子力関係の様々な施設が集中している東海村、いわば「原子力の先進基地」でのこのひどい実態である。そして、この「先進基地」内の事故について、東海村は「安全神話」のもとに全面的に協力してきたにもかかわらず、村当局はホットラインもなく、込み合い、なかなかつながらない電話回線に依存して事態の推移がつかめないという信じがたい実態が暴露されてしまった。他の原発地域も似たり寄ったりであることは間違いないといえよう。

<<うんざりするお粗末さ>>
さらに「安全宣言」の中で「茨城産の農畜産物については、すべての安全性に問題はないという結論に達した」と強調している問題である。10/6になってようやく現地入りした小渕首相が例によってカメラの前で茨城産のメロンを頬張って見せたのであるが、10/4に現地調査を実施した京大原子炉実験所の調査によれば、葉物類のヨモギから放射性ヨウ素が検出されている。半減期が8日であり、事故から2日しかたっていない段階での「安全宣言」は明らかに早すぎるし、そのずさんな調査の実態をさらけ出してもいる。
そもそも今回の東海村事故では、当初ヨウ素131は検出されていないと発表されていた。その後、10/11になって廃棄筒からもれていることが判明したとして、科学技術庁は「早く対策を取るよう指導すべきだった」と対応の遅れを認めているが、すでに遅しである。こうした事態は当然確実に起こりうることであったにもかかわらず、一切の対応措置を取ってこなかったということこそが問題なのである。さらに付け加えるのもうんざりするのであるが、その廃棄筒の停止後もヨウ素の放出は止まっていなかったことがわかり、吸収フィルターを設置したのが実に10/16というお粗末さである。
この放射性ヨウ素131は、甲状腺に急激に沈着し、甲状腺がんを引き起こすことはチェルノブイリ原発事故で広範囲に実証されており、最も警戒しなければならないもののひとつであった。しかし東海村現地ではこれに対する対症療法としてのヨウ素材も常備されていなかった。この事故後に、全国各地からヨウ素材への発注が急増したというが、形容しがたいほどの「安全性神話」の崩壊を表現していると言えよう。

<<「想定外の事故」の責任>>
当然予想されたことであるが、今回の事故に対して政府・与党は、「想定外の事故」、「技術者のモラルが弱くなっている」などとして、すべての責任をJCOに押し付けようとしている。この7月の敦賀原発の再生熱交換器事故でも「想定外」が使われたばかりである。今回の事故は、原発・原子力処理施設で、上から下まで天下り官僚と独占企業が事業を分け合い、下請けに丸投げして責任を転嫁する典型だと言えよう。

「臨界事故は想定していない」から制御装置も監視装置も多重防護装置も警報装置も事故の場合の対処対策も一切ない、それでも科学技術庁も原子力安全委員会も安全審査をパスさせ、JCOの高濃度ウラン加工事業の変更許可申請に、「臨界事故対策に対する考慮は要しない」として許可していた。許可条件を追及されると、84/2と84/4のJCOの変更許可申請の書類は行方不明、89/2の申請書は一部非公開と逃げ回る。まさに今回の事故は、政府当局のこうした姿勢の必然的帰結であり、重大な犯罪行為なのである。
さらに今回の事故は、通産省が「資源の有効利用策」として推進し、2010年までに16~18基の実現を見込んだプルサーマル計画を柱とする「核燃料サイクル」に不可欠な高濃縮ウラン製造過程で生じたものであり、明らかに安全性も危険性も無視して無理やりこれを推し進めてきた政府当局と電力業界が最大の責任を負うべきものである。
こうした政策のひずみの中で、今年6月には、原発内に貯蔵しきれなくなった使用済み核燃料を一時的に原発の敷地内に保管できる「中間貯蔵」の法案が通った。これから建設されるこの中間貯蔵施設がまたもや安全性を無視した危険と隣り合わせの大問題となることは必至であろう。
今や世界的には、こうした危険極まりないプルサーマル計画などどこの国も推進しようとはしていない異常な行為である。原発そのものさえ、その安全性、経済性、放射性廃棄物の処分問題、いずれをとってももはや耐えがたい負担となっていることから、アメリカ、カナダ、イギリス、ドイツなどでは原発増設など1基もなく、閉鎖・縮小の方向である。もはや一刻も早く原発から撤退すべきことを今回の事故は訴えていると言えよう。
当面、10/7、水戸市で発表されたグリーンピース・ジャパンの要求と提言の内容が確実に実行されるよう、要求し監視していく必要が問われているのではないだろうか。
(生駒 敬)
———————————————————————
グリーンピース・ジャパン
10/7 「当面の要求と提言」

[1]政府に対して、以下を要求する
<事故原因の究明と責任追求>
・ 原因の究明に当たって、原子力産業と関係のない団体なども含めた公平な第三者機関を設置し、JCOだけでなく国や原子力安全委員会などの責任も明らかにすること。
<原子力関連施設の安全管理>
・ 全ての原子力関連施設の一斉点検と安全菅理の強化を図ること。
・ 核燃料取り扱い施設を含む全ての原子力関連施設の設置許可・安全審査基準を見直すこと。特に原子力災害対策を審査項目に加えること。
・ 全ての原子力関連施設に、周辺自治体との安全協定などを義務づけること。
<防災計画の見直し>
・ 現実の原子力事故に対応し得る「原子力防災計画」を整備すること。特に地震など自然災害との複合災害対策を確立すること。
<情報公開>
・ 原子力行政及び原子力関連産業の情報公開を義務化すること。
<原子力政策の全面見直し>
・ プルサーマル計画を凍結すること。また、高速増殖炉・新型転換炉などから撤退すること。東海村再処理工場の操業再開を許可しないこと。
・ その上で、原子力からの撤退を視野に入れて原子力政策を全面的に見直し、代替エネルギー政策の研究と推進をはかること。

[2]原子力災害は広範囲にわたる可能性があることから、全国の自治体に、以下を提言する。
<自治体独自の安全管理能力の確立>
・ 自治体独自の原子力安全管理に関わる部門を強化し、専門家、原子力に批判的な学者・識者、周辺住民なども含めた委員会や協議会を設置すること。また周辺自治体同士による連携・協力をはかること。
・ 原子力関連施設との現行協定を再検討し、必要であればそれを見直すこと。
<情報公開>
・ 原子力施設の安全管理に関わる情報公開を拡充すること。
<事故対策、実効性のある防災計画の確立>
・ 今回の事故に関わる茨城県関係市町村の経験を共有化し、今後の対策に役立てること。
・ 実効性のある原子力災害時緊急体制を整備・拡充すること。
以上

【出典】 アサート No.263 1999年10月23日

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『詩』 ライサ逝く 

『詩』 ライサ逝く        
               大木 透

なにも
武器をもたない
あなたたちが
クリミアから生還したとき
薄手のジャンバーと
少し皺の目立つ
ワンピース姿のままで
もっと別の道から
どこか森へ分け入って
もっと遠いところへ
行ってしまうのか
と 思った
チルチルとミチルのように

偶像なしに
生きられなかった
あの頃のことを
思い出したからといって
それは
あなたたちの知らないことだ
青春と呼びたい
最後の日々に
あなたたちと
ともにあったからといって
それは
あなたたちの知らないことだ

いつかこんな時が来て
知らねばならないと思った
あなたの国の
花を散らすそよ風や
あなたの国の
誰でもが使う言葉たちが
どんなに色づいて
どこへ流れて行くか

もう
それも見ることができない
あなたと
あなたの未来を失って
風に手を翳すことさえ
忘れてしまった人
あなたが
あなたと呼んでいた人
あなたを
君と呼んでいた人

あなたたちに代わって
はっきり言おう
あなたたちは生きていた
生きている
生きて行くであろう
そして
いつも
帰ってくるであろう
生きている人々のもとへ
生きて行こうとしている
人々のもとへ
    
(一九九九・九・二三)

 【出典】 アサート No.262 1999年9月15日  

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【読者の声】by 広島・S

【読者の声】by 広島・S

 先日、広島県立図書館で小野義彦先生の追悼録を見つけて読み、4年後の2003年は民学同(以下、MG)結成40年になるんだな、ということに気づきました。
 今、インターネット・ホームページ、例えば、「マル共連BBS」ではMGのことが時々、取り上げられ、大阪市大ではこのぐらいの勢力だったとか、80年ごろの筑波大反処分闘争の時はどうだったとか、書き込みがありますが、多くが新左翼系の残党のNWの見方なので、民青の亜流としか見られていません。(別の機会にこうした書き込みを再録してもいいですが)
 従ってアサートでは今後、もっとかつての同志間の運動経験を本音で出し合い、検証し、60年代以降の「構造改革路線」の大きな潮流の中でMGの歴史を記録する作業を始めてはどうかと思います。労働運動研究所(労働者党系)などの協力を得れば、可能だと思いますし、小野人脈だけでもすごい。最近では政治グループ稲妻(第四インター分派、共産党員との対話を追求)の村岡到氏が戦後の自己の運動体験を歴史と重ねあわせて「協議型社会主義」を提唱する一冊を出版していますが、個人・有志の作業の形でもいいかと思います。
 地方に住む私はアサート誌上で横山ノック府政や石原慎太郎都政の評価など読みたくありません。マスコミで十分です。先日の吉村励先生との座談会などが、本当に読みたいものです(物足りなさはありますが)。
 われわれは当時、「平和と平和共存」「反独占民主主義」を掲げましたが、結局、「平和共存」はソ連のお先棒かつぎだったし、反独占とは中小企業保護の選挙政策にしか物質化できなかったのではないでしょうか。すると残るは民主主義だけです。民主主義のとらえ方だけが誇れる唯一の遺産でしょう。
 インターネットの時代です。誌上で投稿者のメールアドレスも公開し、より機動的な意見交換ができるようにすることも提案します。まず、編集部がアドレスを公開して下さい。パソコン通信より可能性が広がります。(広島・S) 

 【出典】 アサート No.262 1999年9月15日

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【投稿】「労働運動の未来を考える意見交換会の記録」を読んで

【投稿】「労働運動の未来を考える意見交換会の記録」を読んで   

長い時間の座談会の記録をとるのがどれだけ大変なのか理解できるだけに、その分じっくり読ませてもらいました。2ヶ月に一度くらいおやりになると書かれていましたが、その後音沙汰なしのところをみると、やはり大変だったのかと、あらためて編集部の方々に感謝しております。
さて、「記録」についてですが、労働問題から社会主義の総括、現代若者の意識、新社会主義(?)へ導く生産スタイルの問題等々、話題が多岐にわたっていましたが、私は労働問題についてのみに絞って感想を述べたいと思います。
座談会の順をおっていいますと、まず不安定就労層について、インターネットによる労組への「誘い」と自治労などの組織化が紹介されています。組織化のための「経費」がどれだけのものか、巣張さんは苦労された経験があるので具体的におわかりだと思いますが、その「経費」を出すための論議が必要だと思います。すでに連合は今年度からそうとうの経費を地方連合などに供出してきていますが、全国一般、JAM、ゼンセン同盟など活発に未組織の組織化に取り組んでいる産別がどうしているのか、についても考える必要があると思います。アメリカの労組が相当の費用をつぎ込んで大量の組織化に成功している例もあります。問題はそういう経験をどう生かすかではないかと思います。
次に、電機連合の春闘見直し論ですが、ここで大変重要な指摘をされていると思います。基本給比率が総額の30%ほどになっている民間の賃金ではベア中心の春闘では運動にならないといっていますが、まったく同感です。業績給や能力給の導入、○○手当のアップなど、賃金にしめる基本給が少なくなればなるほど、労働組合で賃金の交渉をする余地が少なくなります。ですから、銀行や証券に労働運動がなくなったのが典型的な例だともいえます。ですから電機のような見直しがでるのは当然で、しかも大企業ほどそういった賃金要求になっているのだと思います。やはり原点に返って、賃金を見直す時期にきていると感じています。今、連合でも新たな賃金綱領を作成していますが、ここでどういう視点に立つのかが問われています。
また、地区労運動や労働者連帯、連合の会議にも触れられていますが、現在の労働運動の状況ではこれも当然で、春闘という労組の基本的な役割がなかなか機能しない中で、個別の分野だけ活発になりえないと思います。問題は、どこから「手」をつけていくかで、やはり既存の組合員にも、未組織の労働者にも「労組は必要」というところまで期待を集められるだけの存在にすることではないでしょうか。実際に管理職ユニオンはそこでは成功しています。またマスコミはあまり報道しませんが、連合東京でも「未組織の組織化」のもと、外資系企業の組織化、派遣労働者の組織化などかなり成功してきています。もちろん先に述べたゼンセンなどもパチンコ産業にも触手をのばしていますし、全労協系の東京東部労組もコンビニのパート店員の組織化にまできています。
ただ、こうした組織化運動は規模としては小さいし、相当の「経費」がかかっていることと思いますから、いかに「省エネ」でやるか、産別の協力体制、地域の協力体制なしにはなかなかしづらいと思います。ナショナルセンターの役割分担まで産別大会での春闘論議からでてきていますが、役割分担ではなく、相互の影響を言い方向にもっていく協力体制をつくることをしないと、産別自決路線、個別企業自決路線にまいもどる危険性があります。今、未組織の組織化と失業問題をめぐって総労働体制ができそうなときに、これを大事にする運動をみていきたいと思います。
座談会は、そういう意味でも大変刺激的ですので、どんどんやっていって下さい。
(立花 豊)

【出典】 アサート No.262 1999年9月15日

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【投稿】欧州での労働者協同組合と雇用創出の可能性

【投稿】欧州での労働者協同組合と雇用創出の可能性 

1999年9月12日~13日、「労働者協同組合法」国際フォーラム(市民の仕事おこしと地域の再生/協同労働の法制を求めて)が明治大学「リバティーホール」において開催された。主催は日本労働者協同組合連合会。ちなみに日本労働者協同組合連合会(以後労働者協同組合を 労協 と略す)は共産党系団体としてみられているようだが、全労連からも激しく批判されている団体であり単純なレッテル貼りで見ないでいただきたい。実践的には地域ごとに差もあり確かにそうした方々も多く参加しているが内容は単純なものではないことを理解していただきたい。ここではフォーラムの内容や、参加した率直な感想を特に雇用問題と併せて報告したい。
開会挨拶にたった大内 力(東京大学名誉教授)は「今年の東大法学部卒の就職率も50%だった。『日本のどこかで毎日90人もの人がみずから命を絶っている』という事態の厳しさをきちんと認識し、雇用もサービスも企業依存から脱却していかねばねらない」と日本での21世紀の協同法制定の意義を語っていたのは印象的だった。
フォーラムには欧州からフィリッペ・ヨワヒム(CECOP 欧州労働者協同組合連盟 副会長)、チャーリー・カッテル(イギリス、協同組合コンサルタント)、アルテェステ・サントゥアーリ(イタリア、非営利セクター開発研究機構)の各氏を迎え、協同組合法成立までの経過やその実践について報告された。EU、ユーロ発足後、ヨーロッパでも巨大な企業グループがM&Aを繰り返し熾烈な競争時代へと突入している。わたしの友人で日本で取引のある化学系のある会社では「輸出輸入先の会社名が3ヶ月ごとに変わっている状態だ」というほどである。そして深刻な雇用危機と財政危機である。その中で労協が雇用創出のおおきな部門としてEU内で認められつつあると言うことだ。
結論から先に述べさせてもらうと、日本の大企業のリストラに歯止めがかからないのは団塊の世代を中心として年齢構成が高齢化し、しかもこれらの人たちの給与が高すぎるからである。単純に中小零細民間労働者の2倍近いの高給であることには間違いない。大企業の社員の25%以上が年収800万円以上というのはとても一般的な民間中小では考えられない水準である。日本の会社はゼネラリストをめざして人づくりをしてきたが、これは総じて人件費コストの底上げをしてきた。国際競争社会のなかでのコスト競争でこれは日本企業にとっての大きな負担となってしまったのである。欧米並とすれば、いまは核となる管理者とスペシャリストが会社の中心にいて、あとは必要なときに必要な人を集めればいいのである。さすがの一方的なリストラに「日本企業の力を弱めてしまう」と一部からも不安がもれるほどである。そしてもうひとつ考えられるのは大企業準拠の公的部門である。国レベルはおいておくとして、地方では財政出動がもはやそれほど有効でなくなってきているし、できる範囲も限られている。今後、21世紀にも持続的に行政サービスを提供するとしてもこの問題をどのように解決するのかということに答えを出していない。「サービス拡大=人件費コストの増加」や「人件費コストの削減=サービスの低下」という繰り返しですましていいのかということだ。
今回のフォーラムでかいま見られたのはこの事に関するふたつの選択である。
ひとつは新保守主義が行政サービスを切り捨てていったことは欧州でも同様であるが、この受け皿の一つとして労協があるのである。例えば、イギリスのかつては自治体が運営していたスポーツクラブ(健康増進センターなど)は、労協がこのサービスを請け負い、しかも以前より内容や規模も充実させているのである。今ではこうした部門のほとんどが労協の委託になっているそうである。労協が選択された理由は、地元の事業体であること、持続可能な事業体であることなどである。事業拡大には労協に対する税制的な優遇措置もあることが大きい。労協法が欧州で制定された背景も十分理由があるのである。社民政権という政治的状況だけではないということだ。
もう一つは競争激化の中で、地方レベルで大きなシェアを持つような会社でもオーナーが事業(あるいは事業の一部の)継続を放棄する事態が出てきたことと労協の誕生である。雇用確保という場合にこうした選択もありえるという方向性だ。もちろんこの事業がそれ自体採算性や継続性がなければ意味がないし、こうした判断も労協のコンサルタントといっしょに労協の組合員が判断するのである。
日本でも今後、景気拡大が単純に雇用に結びつくとは考えられない。むしろ適正なワークルールと共に多様な働き方を支援する施策が必要である。そしてここで述べたようにサービスの提供者としてセミパブリックな事業体の形成も不可欠であるように思える。バブル期を通じて自治体がどんどん様々な事業化をこころみたが、その結論はなんだろうか? 必要とされるサービスを持続的に継続的に提供するために大胆な発想の転換も必要であろう。
以下は集会報告者の講演とレジュメを文章化したものである。

◆CECOP 欧州における労働者協同組合と社会的企業のめざましい発展
CECOPは、「欧州労協連」と言いい、正式には、「欧州労働者協同組合・社会的協同組合・労働者参加企業総連合会」(The European Confederation of Workers Cooperatives’ Social Cooperatives and Participative Enterprises)である。伝統的な労働者協同組合だけでなく、「新しい協同組合」の大きな渦をなしている社会的協同組合、そして労働運動の新たな流れとしての労働者自主管理企業を、その主体と戦線に包含する連合組織となっていることがまずもって注目される。
その会員は、31の連合組織、61の地域組織、200の協同組合開発機関から構成され、その傘下には、全体で6万企業、150万人の労働者が所属している。企業の内訳は、工業・手工業33%、サービス38%、建設14%、社会的協同組合(社会サービス供給ないし社会参加支援のための協同組合)13%、文化・教育活動2%となっている。
「行動計画」は、次のような欧州労協・社会的協同組合の挑戦課題を提示している。
情報とコミュニケーション:会員組織が欧州の建設に加わり、自らに関わる政策や計画に参加し、行政的・法的な環境を変え、欧州基金にアクセスすることを保証するための情報の提供と、会員の優れた実践の欧州規模での交流研修・教育:「協同労働」企業経営者のための欧州研修センターの創設や、組合員に対する協同組合の歴史と原則の教育
企業ネットワーク:一つ一つの企業の民主的で柔軟な側面を維持しながら、競争力や規模の経済を保証するための企業のネットワークや事業連合の形成
地域開発:地域の協同組合開発支援機構を発展させ、自治体と結ぶとともに、支援機構を欧州規模でネットワーク化する
女性企業家と平等な機会:女性の研修と新しい協同組合づくりを支援するとともに、その前提として各機関での「ジェンダー・バランス」を確立すること
伝統的部門を固めつつ、文化、旅行、ニューメディア、環境などの新しい分野を開発すること
環境と持続可能な発展:資源の利用を減らしながら、その効率的利用を通じて、持続可能な環境の発展を達成し、適切な生活の質を享受する権利をすべての人びとに保証すること
◆欧州の「社会的経済」の広がり
CECOPの挑戦は、これを広く包み込む欧州規模の「社会的経済」の中に置くとき、いっそう鮮明にすることができる。
「*REVES憲章」によれば、欧州の社会的経済は、640万人の人びとの仕事(総雇用の4.4%)を生み出している。その内訳は、「アソシエーションないしボランタリー部門」59%、「協同組合部門」34%、「共済部門」7%です。これら社会的経済の総セクターは、他の公共・民間の経済セクターよりも雇用を急速に伸ばしており、欧州委員会が「新たな雇用源」と見なす分野ではとくに伸長が著しいと言われている。
◆EUのパートナーとして、社会的企業が勃興
大事な点は、これらの躍動が、欧州連合=EUとのパートナーシップとして、「より民主的で社会的な欧州、より開放的で連帯を基礎とした、より市民に目を向けた欧州の実現」という点から位置づけられていることです。とりわけ政府に相当する欧州委員会が、新たな雇用政策の枠組みの中で、社会的経済の重要性を認めるに至ったことは重要です。
事実、この間、CECOPのパイロット事業と、その調査研究によるフォローアップ、事業のいっそうの展開という一連の循環が、EUの資金提供を受けて進められています。
欧州委員会第5総局(雇用・社会・教育)の後援による「社会的企業と欧州における新たな雇用」「欧州におけるコミュニティに根ざした都市再生」、第11総局(環境・核安全・市民保護)の後援による、環境と仕事おこしを結び付けた「グローバル・エコロジー-環境と社会の再生」、第12総局(科学・研究・共同開発センター)の後援による「社会的経済の勃興-欧州における社会的排除に対する新たな回答」をテーマとする欧州ネットワーク(EMES)の立ち上げなど、欧州の経済・社会政策の立案・実行主体としてCECOPは確実に地歩を築いているようだ。それは、21世紀的な協同組合と公共政策の新たなあり方を予兆するものであると言える。
◆「協同労働者」の定義と法制化をめざして
CECOP会員組織の共通のアイデンティティは、「労働者の参加と所有」に置かれますが、この「参加と所有」は、今日では「企業のリスク、経営、運営、および付加価値の分配」に及び、参加する人びとが社会のニーズに責任を持って応える、「知的で適応可能な構造」の企業創造の挑戦に至っていること。それは、賃金労働者とも、自営業者とも異なる「第三の労働モデル」であり、こうした「協同労働者(associated worker)」の地位と「それに照応する義務、リスク、権利と原則を定義する憲章」の制定が求められていることが述べられている。
(東京 RI)

【出典】 アサート No.262 1999年9月15日

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【(投稿】大揺れの円高・ドル安と日米経済

【(投稿】大揺れの円高・ドル安と日米経済

<<GDP2期連続のプラス成長>>
9/15、政府・日銀の度重なるドル買い・円売り介入にもかかわらず、一時1ドル=103円台にまで円高が急速に進行し、東証株価も700円以上も下がるという事態を迎えた。今や年内に1$=90円台への移行も現実的と言われ出している。そうした事態は、9/9に経企庁が発表した4-6月期の国民所得統計で、国内総生産(GDP)が前期比0.2%増、前年同期比0.8%増と、2期連続プラス成長を受けたものでもあった。「日本の不況は底をついた」「景気は上向きとなった」「銀行危機もほぼ片付いた」と楽観論が支配したあとの右往左往である。景気回復を見越した為替相場の動きが、逆に回復を台無しにし、後退させるという皮肉な構図である。
2期連続プラス成長が経済実態に基づいた堅調な回復ならば、少々の円高も問題ではないし、十分に吸収し得ると予測もできよう。しかしそれは前々回にも指摘したところであるが、政府の放漫な財政赤字の大判振る舞いによってゲタをはかせられたものに過ぎなければ事態の展開は違ったものにならざるを得ない。

<<「自立的回復」にほど遠い実態>>
発表された統計数字からだけでもわかることは、まず景気回復の足取りが、前期が2%増(年率換算8.1%増)であったのに対して、今期は0.2%増(年率換算0.9%増)と、その伸びが明らかに頭打ち傾向を示していることである。一昨年、昨年と2年連続のマイナス成長、しかも戦後最悪のマイナス成長をベースとして比較すれば、最悪期を脱したとすれば、ほんの少しの回復でも相当な伸びになる可能性は当然予想されることである。しかし実態はこの程度にとどまっている。
さらに問題はプラス成長の中身である。まず、民間設備投資は減少率が低下してきているとはいえ、依然として大幅な前年同期比減を続けており、リストラの本格的始動はこの点でも設備投資増を期待できる余地などほとんどないことを示している。民間最終消費支出、つまり個人消費は微増はしているが、きわめて低調であり、最悪の失業率の更新と可処分所得・実質賃金の低下傾向によってここでも期待できる余地は限られている。住宅や軽自動車などで回復傾向が見られるが、まだまだ限定的である

唯一大幅な増大を示しているのが公的資本形成、つまり公共投資である。このように2期連続のプラス成長とはいっても、公共事業のカサ上げによって押し上げられていることが歴然としており、「民需の自立的回復」には程遠い実態なのである。
9/10付けウォールストリートジャーナル紙が「日本政府発表の統計を信用するものはない」というモルガン・スタンレーのR・フェルドマンの発言を引用し、さらに経団連会長の「円高が輸出に水をさし、雇用は依然悪化している」との談話を引き合いに出して、無理やりプラス成長を演出している姿勢に疑問を投げかけているのも当然であろう。

実質国内総支出   98/10-12    99/1-3    99/4-6
————————————————-
国内総支出     473,515    482,872   483,942
GDP        ▲0.8      2.0     0.2
〃年率換算      ▲3.3      8.1     0.9
民間最終消費支出  281,480    284,989  287,369
〃前年同期比    (▲0.1)    (0.8)   (1.8)
民間企業設備    73,573     75,836   72,831
〃前年同期比    (▲17.0)  (▲9.7)  (▲8.9)
公的固定資本形成  42,629      47,009    45,130
〃前年同期比    (8.9)    (22.8)   (21.0)
————————————————-
単位10億円

<<「一触即発の危機」>>
こうした日本経済の実態にもかかわらず、円高・ドル安が進行している。このところ、毎月1兆円規模に上る外国勢の日本株の買い越しが行われており、今回の急激な円高も「海外市場ではヘッジファンドが円急騰を演出した」(9/11日経)と報道されている。円の購買力平価は1$=163円(98年、OECD調べ)程度とみなされているにもかかわらず、確かに「7月半ばを境に、円ドル為替レートには大きな潮目の変調が生じている」。1$=120円台から、9月以降は100円台すれすれに、1ヶ月半で20円前後の急激な円高・ドル安である。そこには、日米経済関係の新たな変動が生じてきているとも言えよう。
9/10午前の東京市場で、大蔵省・日銀が円売り・ドル買いの市場介入に踏み切ったのであるが、アメリカは日本の市場介入に冷ややかで、サマーズ財務長官は日本の市場介入を「操作」だと批判し、クリントン大統領も「円高で日本が米国やアジアの製品をたくさん買うことができることは、国際経済にとっても米国の労働者にとってもよいことだ」(9/9記者会見)と突き放している。日米協調介入などまったく問題にもしていないのである。
しかし、根底的な問題はアメリカ経済自身が抱え込んでいる株高、過剰消費等に現れている「一触即発の危機」の進行である。国際通貨基金(IMF)がこの9/8に発表した報告で「米国株は割高であり、株価が急落した際、大きな問題を引き起こしかねない」と指摘している事態の進行である。8/30、ニューヨーク金融市場はすでに株・債券・ドルのトリプル安に見舞われている。何かあれば一転、パニック的な反応を示すバブル末期の症状が出始めたともいえよう。

<<「日本と同じ運命をたどるのか?}>>
8月末のNY株式市場の続落で株の資産価格は計500億ドル以上の値下がりとなっている。すでに資金の流れがいっせいに変更され始めた兆候でもある。ドル資産離れである。問題はドル資産から移すべき相手方も膨大な不安要因を抱えていることにある。それでも不安を抱えた米系金融資本のみならず、日本の機関投資家も日本への資金回帰傾向をますます強めざるを得ないところにきている。これが一層のドル安・円高進行の原動力でもある。
さらにこれに拍車をかけているのが米貿易赤字の急増である。昨年の貿易赤字は、対前年比で26%も増加したが、今年はこのところ月間260億ドル規模と記録的な赤字を続けており、今年上半期の赤字累計は1181億ドル、実に前年同期比56.9%増という急増ぶりである。巨大な赤字リスクを抱えたまま、株高と過剰消費に依拠した米国の繁栄が最終段階にさしかかっているのだとも言えよう。
8/31付けのニューヨークタイムズ紙は「米国株式市場は日本と同じ運命をたどるのか?」という見出しを掲げて、米連邦準備制度(FED)定例集会での山口泰元日銀総裁の「1980年代の日本のバブル経済の絶頂期が、米国の現状に無気味なほど酷似している」という発言を紹介している。
これに対して、9/3付けウォールストリート・ジャーナル紙は「グリーンスパンのバブルを破れ」と題した、グリーンスパンFED議長の「株価バブル説」に真っ向から反論する論説を掲載している。株価の適正評価に使われているリスク率が誤りだと指摘しているのであるが、日本のバブル絶頂期の「虚業こそ実業」といった「行け行けどんどん」式の強気エコノミストの論調を彷彿とさせるものである。
マネー資本主義のグローバル化に日本が追随している限り、政治も経済も打開の道は開かれないと言えよう。(生駒 敬)

【出典】 アサート No.262 1999年9月15日

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【コラム】ひとりごと –キャンプ事故に思う–

【コラム】ひとりごと –キャンプ事故に思う–

○今年のお盆は、直前までの国会会期末における予野党攻防報道のあと、一変して神奈川県の玄倉川でのキャンプ遭難事故報道に明け暮れた感がある。正直言って、キャンプ・アウトドアーは定着したというものの、実態はこの程度だという思いであった。○議論の前提として、山の中でも河原でも、自然に対する恐れであったり、未知の世界との出会いという緊張関係が問われなければならない。天気も快晴ばかりが続くわけではない。天候の変化がもたらす諸条件の変化を想定した準備が求められている。私もこの夏、キャンプに出かけた。カヌーツアーとのセットであったが、あえてキャンプ地は高原を選んだ。下見をした時点で、余りの水質の悪化と環境の悪さを敬遠した結果であったが。○今回の事故の場合、90%は遭難者の認識不足、責任と私は考える。この川のように上流にダムがある場合、ダムからの放流が行われる可能性は常に存在している。通常、サイレンなどで放流前の通報が行われることを明示した看板などがあるもの。今回のように、ダム関係者や警察の警告も聞かなかったとなれば、自業自得というものだ。○よく言われることだが、日本の場合、例えばため池で子供の事故があった場合、管理者の責任が主に問われる。しかし、本来は、危ないことを理解していない、させていない方に責任の半分以上はある。欧米の場合には、池の柵などもない場合が多い。自己責任を基本にしているからだ。○自然環境への憧れやすがすがしさから、ここ10年ほどで、キャンプ人口は急増したと言われている。それにも増して、アウトドアーは単純に考えると安上がりなのである。旅館やホテルの利用と比べると格段の違い。さらに、キャンプ用品の充実と低価格から、キャンプが家の延長という雰囲気もある。こうして不況の中、夏の手軽で安上がりなレジャーということでキャンプ人口は増えている。しかし、今回の事故で明らかなように、本来、自然は恐ろしいものなのである。人間の認識をはるかに超えた状況を、瞬時に作り出すことがあるのである。○自然と人間との関係を、はっきりさせた事件として、心に刻みたい。亡くなった方々に哀悼の意を表しつつ。(佐野)

【出典】 アサート No.261 1999年8月21日

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【書評】福田静夫『「いのち」の人間学──社会福祉哲学序説』

【書評】福田静夫『「いのち」の人間学──社会福祉哲学序説』
                   (青木書店、1998.10.25.発行、3,800円)

「『いのち』という言葉は、近代以降、一方では、生物学や医学の場合に見るように『生命』という言葉に置き換えられて定着する内容を分化させていったし、また他方では、社会科学や哲学において『生活』もしくは『生』という表現を与えられていく部分を生み出してきた。(略)むしろ『いのち』という言葉は、『生命』という言葉によって開かれた新しい適用分野をも組み込んでその外延を拡げるとともに、新しい内包を付け加えることでいっそうその豊かさを獲得していった」。
本書は、「いのち」という中心概念に依拠して、現代社会・人間の諸問題に迫ろうとする試みである。この未定形な言葉(「いのち」)をキーワードに据えることで、かえって現代社会のすべての側面にアプローチしていくことが可能になるのではないかとする著者の立場は、これまで余り顧みられることのなかった独自の視点を提供する。
本書の構成は、「いのち」の概念の多面性に即して、現代社会の多彩な諸問題を反映している。その主な内容は、次の通りである。
[序 章]「いのち」の歴史と人間──「いのち」の自然史、社会史、「いのち」と「環境」の問題など。
[第一章]現代社会と「いのち」の諸相──「いのち」の生みと育ち、「いのち」の南北問題、「従属人口」、「いのち」の終末など。
[第二章]現代史のなかの「いのち」──戦争、高度成長、日本資本主義の格差構造
と「いのち」など。
[第三章]グローバリゼーションと「いのち」の理念型──「ゾーン・ポリチコン」
と「自然法」、「レッセ・フェール」と「疎外」、      「従属」
理論、「正義」論と「平和学」など。
[終 章]「人権」と「福祉」(「いのち」の21世紀へむけて)──「人権」問題
の新しい地平、日本型「福祉国家」の問題性など。
ここに見られるように本書では、「いのち」が、自然史的、生物学的な問題、出産や子供や老人の問題、戦争や労働との関わりの問題、理論的な諸問題あるいは世界システムとの関係の問題等々と絡めて提起されている。その個々の諸問題について詳述することはできないが、ここでは、戦争と高度成長(労働)の問題に関して、「いのち」についての著者の姿勢を見てみよう。
戦争と「いのち」の問題について、著者は、明治国家による「10年刻みの対外戦争」から「アジア太平洋戦争」にいたる日本の対外侵略での、犠牲者への戦争責任を厳しく批判するとともに、「戦後」の戦争についても言及する。 「非常にはっきりしていることがある。それは、『戦後』は、決して戦争のない時代などではなかった。反対に、相互連関の深まった20世紀後半の『戦後』の世界は、その前半の『戦前』の世界よりもはるかにしばしば戦争を体験していたし、そこで生み出された『いのち』の被害は、世界大戦のそれに匹敵する」。
「そして忘れてはならないことは、この『いのち』の犠牲の巨大化に対して、日本は世紀の前半には直接の加害者として荷担し、促進してきた責任を問われるだけでなく、『戦後』の日本の経済復興において、朝鮮(1950~52)とベトナム(1960~75)で戦われた戦争によるアメリカ軍の『特需』に支えられた不幸な歴史を持っているということである」。
「日本の支配的な文化は、残念ながら、20世紀の歴史に刻み込まれている戦前、『戦後』のこの加害体質をなお重く引きずっている。日本の国民が、この加害体質に無自覚でいるとするならば、いやおうなく国民の戦争責任、『戦後』責任が問われ続けていくことになるであろう」。
「戦後」の「いのち」への加害責任についての著者の指摘は、「買春大国」日本の問題を含め、現在真剣に考えられねばならない問題であろう。
また高度成長(労働)と「いのち」の問題については、次のように述べられる。 「戦後の日本が『経済大国』の位置にたどりつくまでの道には、いわば死屍累々と言っていいほどの莫大な『いのち』の犠牲が横たわっている。『いのち』にとって、戦後の日本はけっして生きやすい国ではなかった」。
このことは、戦後統計の存在する1952年以降の労災事故による死者数が特段の減少の傾向を見せていないこと(年間の労災による死者数は、1986年以来ずっと2300~2400名台で推移している)、驚くべき増加を示している交通事故の死傷者数(1996年で、死者約9900名、負傷者約94万2000名──1日当たり死者約27名、負傷者約2580名)、そして自殺者の数が、1977年以来95年まで(91年を例外として)年間2万人を超えていること等にあらわれている。つまり高度成長を生み出してきた日本の社会構造は、また「いのち」に辛い社会をも生み出してきたのである。
この構造は現在もなお、「ジョウゴ型の所得格差構造」、企業間格差、男女間の賃金格差や女性間格差、長時間労働と過労死等々というかたちで厳然と存在しており、著者は、これらの問題に対する取り組みと同時に、その根本的な原因としての資本主義経済システムの改革が不可欠であると強調する。
というのも「資本主義という経済システムが世界史的に勝利する時代が、『いのち』にとって苛酷な時代となったのは、資本主義というシステムが人間格差をその存在条件としているからである」。
すなわち著者によれば、資本主義の基本的過程である商品の生産・交換・消費は、制度・交通などの諸関係と人間関係の複合した複雑な資本主義適過程をたどる。しかしこの過程は同時に、市民が多面的に営む人間的生活過程でもある。そしてこの場合、前者(資本主義的過程)を条件づけている利潤による「資本主義的な合理性原理」は、後者(人間適生活過程)の「人間主義的な合理性原理」とは、必ずしも一致せず、両者の矛盾の中でで絶えず前者が優先される。この社会構造の隅々にまで利潤優先の構造が行き渡ってしまっている状況こそ、まさしく今日の日本社会なのである。
著者は、このように「いのち」を中心概念として、多面的かつ複合的に、社会構造に存在している諸問題を解明していく。この切り口は、総体としての社会に検討を加える方法としては有効であると言えるであろう
ただし、「いのち」というキーワードが、未定形ということから、今後「いのち」自体の明確な規定が必要とされていることは指摘しておく必要があろう。さらに、「いのち」という包括的総体的な視点からの社会へのアプローチという大きな問題提起が、特定の「政治的」立場の狭い枠組みにとらわれて語られている箇所が見い出されるのは、残念であると言わざるを得ない。また整合性の問題も残されているが、本書は、「いのち」学の始まりに置かれたひとつの礎として評価されるべきであろう。(R)

【出典】 アサート No.261 1999年8月21日

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【本の紹介】住管機構 債権回収の闘いー司法の理念と手法をもってー

【本の紹介】住管機構 債権回収の闘いー司法の理念と手法をもってー
     1996年6月17日発行 著者/住管機構顧問弁護団、中坊公平
            発行所/ダイヤモンド社 定価/2700円

[主な内容]
第1章○司法の理念と手法をもって
第2章○回収スキームと法的課題
第3章○債権回収の実践
第4章○執行妨害との対決
第5章○大口・悪質案件を追う
第6章○各地の回収最前線から
第7章○関与者責任の追及
第8章○「創業から守城へ」、そして新しい出発
第9章○債務者の姿・形に合わせた回収を
資料編

いま時の人、中坊公平を取り上げた本は、書店に行けば必ずある。
これは、中坊氏個人だけではなく住管機構の約1100日に渡るまさに実録、戦記である。中坊氏を筆頭に28名の住管機構顧問弁護団が著者となつている。

<<「平成の鬼平」>>

「鬼平」とは皆さんご存じの池波正太郎の「鬼平犯科帳」の主人公、火付盗賊改方の長官「長谷川平蔵」のこと。江戸時代、火付盗賊は重大な刑法犯であり、「十両盗めば首が飛ぶ」時代。いずれも市中引き回しの上、獄門、さらし、火あぶり等の極刑。
平成の世での火付け盗賊にあたるものは、6850億円という国民の税金を投入させ、8兆円という膨大な不良債権を生じさせた連中のこと。
これと対決する中坊氏の武器は「司法の理念と手法」。民事、刑事ありとあらゆる手法を駆使し悪党を追い詰めて行く。具体的には回収の”5つの武器”
1、「大義名分」
2、「預金保険機構の特別調査権」
3、「競売」
4、「警察、捜査機関との連携」
5、「国・自治体との連携」
ここに書かれていることが事実であることの迫力は驚感。

<<理念とそれを求める気迫>>

中坊氏いわく「国民に二次負担をかけない」本来ならば「国民になるべく二次負担をかけないよう努力いたします。」というのが正しい表現であろう。しかし、彼は言い切る。「国民に二次負担をかけない」「自らの退路を絶つ!」これが、彼の出発点。預金保険機構の100%出資による資本金2000億円の商法上の株式会社、これが住管機構。この会社の社長就任にあたり中坊氏の要求は「閣議決定による社長就任」「政府の代表として大蔵大臣が社長就任を内外に宣言すること」を求めた。いくら国策会社とはいえ、このようなことは前代未聞。
これも、住管機構の持つべき基本理念の確立ためには必要条件。さらに、いわく「私に社長就任を依頼されるのはいったい誰ですか。全国民が私に依頼するのであって、全国民が委任状を書くわけにはいかないから、政府を介して私のほうに依頼したこと、このように考えさせていただいていいですか」
このときから中坊は株主(預金保険機構・大蔵・政府)に対する役員責任から、全国民に対する責任を負うことになる。このような気甲斐、気迫がなければ8兆円という途方もない敵、さらにはそこにうごめくさまざまな権力、闇の勢力に対峙できないだろう。「不退転の決意」

<<現場指揮官と組織者>>
日本の国家予算の10%を超える額の不良債権と闘う彼の軍団の陣容は、旧住専関係710人、銀行からの出向310人、弁護士あるいは大蔵、警察、検察の各OBが60人、総勢1080人。これを旧住専ごとに1~7の事業部、大口、悪質事案を担当する特別整理部(東京、大阪)の2部に配置しており数回組織改編が行われている。これが主な戦力。さらに関与弁護士が二百数十名おり住管機構の理論武装(回収の実務能力)を飛躍的に強力にしている。
とどめは、預金保険機構の特別業務部との連携。この組織は現役の裁判官、検察官、警察官、国税局、金融監督からなつておりその威力は絶大。国税局の査察なみの質問調査権と立ち入り調査権を有し、それぞれの出身の機関とも緊密に連携をとっている。
某広域指定暴力団が「中坊とだけはケンカを売るな!」と回状を廻したとの噂の出所はここかも?いまでは、預金保険機構の特別業務部から住管機構の内部に特別対策室を設置している。
このような組織体を形成すると同時に中坊氏は8兆円の債権の内4.3兆円を特別整理部、3.7兆円を7つの事業部に振り分け、そのうち特別整理部と事業部の7000億分を「社長直轄制」とした。自らが現場の指揮をとりその責任を取るやり方で回収の実績をあげていった。(やりにくい面もあるのでは?)
また、回収業務は厳しい局面の連続。そのためセキュリティーの確保に最大の注意が注がれている。

<<責任の分析と追及>>
借り手に対する責任追及も当然だが貸し手の責任も明確にし追及されてしかるべき。

特に破綻した旧住専の経営者、そこへ話を持ち込んだ、あるいはそういう状況を造りした系列の母体行の責任は看過することはできない。特に住友銀行は住管機構の申し入れに対し法廷での決着を求めるという、まさに開き直りとしか言いようのない態度で臨んできた。最後は和解に応じ30億円を支払うこととなる。このときの論理構成がすさまじい。134件の問題事案の中から具体的に不法行為、共同責任、誘発助長責任を検討し、積み上げていく中で問題点を明らかにしていった。中でも住友銀行は73件の事案に対して指摘されている。これら銀行等の金融機関としての公共性、安全性、収益性、誠実公正義務の諸原則に反しているとの主張したのだ。これらの諸原則が守られていればこそ銀行の信用性が確保されるので、これらを踏みにじる行為は断じて許せない。
このような諸原則を議論する場合、抽象的になりがちである。原則は倫理規定みたいなものでミニマムな規定であるため、法律に違反していないと開き直る卑しい人間がいる。それが、住友銀行だった。それを許さず追い詰めたことに賞賛。

<<国民主権の実質化運動>>
「儲かればよい・・・・」この発想が全金融機関をここまで堕落させてしまっただけでなく、日本を閉塞させているいちばんの根底にあると中坊氏は言う。「失われたパブリックの思想」 豊島の事件の時、彼は島民にどんな被害を誰が与え、誰が受けたのか、被害を受けた側にも新たな責任があるのではないのか。「自らが、すべてのことを自分を主体と考え行動していかなければ」と言う。けっして上からの指導者でもなければ運動家でもない。「国民主権の実質化運動」と彼は言う。
法的に問題がなければ問題ではない。このような思想との闘いをパブリックに依って立ちパブリックを最大の武器に闘った記録。道理とか倫理は法律よりも高いところにあり重い存在であることを考えさせられた1冊でした。
最後に、小柄でメガネで禿頭で70才の関西弁のおじいやん。このおじいやん二足のワラジをはいてるらしい。ひとつは京都で修学旅行を相手の旅館業、もうひとつは弁護士。
(豊中 宝山)

PS.本書の中に住管機構全社員に宛た中坊社長からの書簡が2通収録されています。これほどまでに簡潔に自社の状況と見通しを説明し、全員に話しかける様な書簡を久しぶりに目にしました。

【出典】 アサート No.261 1999年8月21日

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【本の紹介】『汚名 いわれなき元党員が、27年の沈黙を破って告発!』

【本の紹介】『汚名 いわれなき元党員が、27年の沈黙を破って告発!』
       油井 喜夫(ゆい よしお)著、99/6/20、毎日新聞社発行、1600円

<<「格好つけんじゃねえよ!」>>
「なぜ査問されることになったか、わかっているな」「実は・・・」間髪を入れず諏訪の鋭い怒声が査問部屋に響きわたった。「釈明権はない! やったかやらなかったのか、質問にこたえればいいんだ!」「調子にのるな!こたえればいいんだ!」「君はもう底が割れてんだ。いまさら格好つけんじゃねえよ」、白眼を剥いた諏訪が、ものすごい形相で私をにらみつけた。
これは、ここで紹介する『汚名』に登場する「査問」のほんのごく一部のさわりでしかない。ヤクザ顔負けの恫喝のセリフである。あるいはよく刑事もののテレビドラマで登場する硬軟両用に脅す取り調べデカの例のセリフでもある。口汚くののしり、脅しているのは、日本共産党中央委員会常任幹部会委員で同党東京都委員会委員長でもある諏訪茂書紀局員である。突如入院中の病室から連れ出され、四日間にわたって薄暗い査問部屋に連れ込まれ、それこそ締め上げられ、ついにはありもしない、したがって身に覚えのない「新日和見主義分派」に連座したことを供述させられたのは、元共産党静岡県委員で民主青年同盟中央委員・同静岡県委員長であった油井喜夫氏である。

<<「屈辱的な敵性分子の扱い」>>
なぜ著者はデッチ上げの供述調書を書かされ、署名することになったのであろうか。当然の疑問が浮上する。氏が何度も繰り返している「共産党の反戦平和・主権在民・弾圧に屈しない、すばらしい歴史と伝統に対する畏敬」、これが先見的に思考や行動を制限し、結果としてその宗教的な帰依にがんじがらめにされていたことからきているともいえよう。。しかしその無謬の絶対性と信仰にも似た党への信頼は、自らの体験を通じて崩れ去ることとなった。
現実の「査問」に直面して氏は、「屈辱的な敵性分子の扱いを受け、党の私に対する信認が地響きを上げて崩落しつつあることを知ったとき、私は衝撃の余り、なす術を知らなかった」という。党本部の中の迷路のような複雑な通路を通った薄暗い陰気な小部屋に閉じ込められ、諏訪をはじめ、茨木良和(幹部会委員)、宮本忠人、雪野勉などといったお歴々の党の幹部・査問官たちに取り囲まれ、「露骨な敵意と憎々しげに見下した」脅迫の連続の中で、一日中取り調べられ、宿直室風に仕切られた留置部屋と査問部屋を一日一往復する。「あとは、監視人付きで便所に行くことが許されるだけだった」。
さらに「取り調べられる者は他と完全に隔離され、行動の自由は奪われる。わずかな自由と言えば、査問からいっとき解放された夜の闇のなかだけだった。しかも添い寝人・大須賀の監視のもとである」。この添い寝人・大須賀は党静岡県委員長として当初油井氏の理解者として登場するが、たちまち豹変、自殺防止の監視人として添い寝する。

<<「苦痛からの解放」を求めて>>
「査問官に肝臓で入院中であることを告げたが、彼らは誰も体調を気にしなかった。体力が急速に衰え、肝臓障害によくある疲労が急激に全身を覆い始めていた。査問官たちは、私を病院からひっぱりだしておきながら病状にたいして一顧だにしなかった。彼らは肝臓障害の病態がいかなるものか、無知だったというかもしれない。しかし、病院に外泊が延びるという連絡すらとらせなかった。」その非人間性は弁解の余地などまったくないものである。
共産党の査問は素直に応じれば応じるほどつけあがって過酷になる。「私は査問の進行とともにこうしたやり方に背筋の震えるおびえを感じた。」そして、「査問されるごとに自分で自分を追いつめる、供述書の書き直しは人間の精神を破壊していく」、こうしてついに、「私は苦痛からの解放を求め、査問官に迎合的になった。そして、六中総に反対したと供述させられた」のであった。共産党指導部が強調してやまない「民主集中制の原則」を堅持した「自主的な本人の意志にもとづく供述調書」の完成である。
しかし「諏訪茂が、密室の査問部屋であれほど私を脅しあげた、朝鮮人参・分派資金・反党旗あげ計画に至っては、何一つでてこなかった。」彼らの官僚体制維持というさもしい根性と知的道徳的退廃がこうしたでっち上げとフレームアップを拡大させ、デマの破綻が明確になり、引っ込みがつかなくなって登場してきたのが「新日和見主義」であったともいえよう。

<<「道を歩けないぞ」>>
著者は、「終わりに、個人的意思--査問官・諏訪茂書記局員の虚言により、強制下の密室でなしたいっさいの供述は無効であり、私はこれに関連するすべての文書を撤回する--を表明して本稿を閉じることにする」と言明している。当然のことである。共産党はこれにどう答えるのであろうか。いまだ答えられないのである。
氏は振り返って言う。「一般社会の犯罪容疑者も留置場に監禁され、人権が制限される。しかし、彼らには黙秘権がある。ところが『代々木』の査問部屋にはそれがない。釈明権すら否認された。党規約の実行という大義のもとで、容易に人権を蹂躙していく党体質が、ここに鮮明に浮かび上がってくる。」「党規約の発動としての統制行為が、日本国憲法の奴隷的拘束の排除を保障する自由権を超えるとするなら、それはこの憲法が定めるものとは異質のものとなる。」
査問官の諏訪は「君らのことを公開すれば道を歩けないぞ。いま住んでいるところに住めないぞ」と脅している。もし彼らが権力を握っていれば、スターリン、毛沢東体制と同じくでっち上げ裁判や公開銃殺、あるいは都合が悪ければ拷問やリンチを通じて闇から闇へと異見を持っていたものは葬られていたことであろう。

<<不破「政治倫理の問題です」>>
こうした体制の権化でもあった宮本顕治氏に代わって、今や共産党の最高責任者となった不破哲三委員長は、どう答えているのであろうか。不破氏は、日本記者クラブで、新日和見主義「事件」の「査問」に関連した質問に応えざるを得なくなり、次のように語っている。「『査問』問題というのは、これは政党のなかのいわば政治倫理の問題です。党大会で人民的議会主義という方針が決まったときに、『それはおかしい』という人たちが、いわば一つのグループをつくって、かなり手広い活動をやっているのを、調べたということであって、これは政党としての自己規律の問題、政治倫理の問題です。こういうことがいわば派閥をつくる問題になりますから、われわれはそれを認めていません」(1998年9月13日「赤旗」)。これだけである。あとは一切黙して語らずである。「政治倫理」とはよく言ったものである。知性と人間性による説得などとはまったく無縁でおよそ最低限の倫理性も欠落したこうした「査問」行為への反省などひとかけらも見られないのである。
油井氏はこれに対して、「それは、一般社会でいう調べとはおよそかけ離れた非人間的なものだった。しかし、それを調べであったとサラリといってのけた。私は、この感覚に驚かざるえない。それなら、疑わしい党員を調べるため、今後も監禁のうえ、人権無視の査問を行うというのか。共産党の政治倫理とは、意見を持つ党員を、派閥をつくる問題になるから調べの対象にするというのか。しかも、新日和見主義『分派』を人民的議会主義にたいして『それはおかしい』といったグループだったと単純化してしまった」と憤りを込めて批判している。

<<スパイKの登場>>
この『汚名』の中でスパイ問題が登場している。
「1974年前民青中央常任委員・大阪府委員長のKが公安警察のスパイとして摘発された。つづいて翌75年、現職の民青愛知県委員長らもスパイであることが発覚した。ところが愛知のスパイの親玉は前愛知県委員長・Nであることがわかった。私は、KとNの摘発記事が「赤旗」に写真付きで載ったとき、強い衝撃を受けた。私達を処分した主要幹部だったからである。彼らは新日和見主義糾弾で大いに活躍した。Kは、1960年5月、入党する以前から権力機関の人物と接触を持ち、潜入して以後も知り得た党と民青、民主団体の動向などを逐一権力機関に報告するとともに、詳細にメモした各種の会議ノート、資料なども売り渡していたという。」
実はこの本の紹介を書いている筆者自身も、このスパイKこと北島の直接の指揮と臨席の下に除名された経験を持っている。さかのぼること10年以上も前の1962年から63年にかけてのことである。当時の党指導部に忠実であった川上徹氏らの「平民全学連」というセクト主義的で分裂主義的な方針に頑強に抵抗して内部闘争を展開していたのである。北島は当時民青大阪府委員会の副委員長であったと記憶しているが、共産党の8回大会綱領路線と絡めて執拗な挑発と分裂を持ち込んできたのであった。内部に挑発に乗せられ、あるいは呼応するものがあり、共産党本部からは熊野某などが派遣され、それこそ「取り調べ」が行われ、結局は除名処分に至ったのであるが、私たちはこれに黙して語らずというのではなく、すぐさま当然の権利として、除名処分の不当性を訴えた意見書を党および民青の中央から全国の府県委員会にわたって発送した。この処分に関する調査団が派遣され、大阪府委員会直属として処分は撤回された格好にはなったのだが、もちろんなしのつぶてであった。それはある意味では、大衆運動の利益を守る上では好都合でもあったし、成果もあった。しかし反省すべき点も多々あったと考えている。

<<「もどかしさや空しさ」>>
しかしこの本の著者・油井氏ら「新日和見主義者」と烙印を押された人々のほとんどは、実に27年間も沈黙を続け、共産党に貢献し、誠心誠意支えてきた。油井氏は、にもかかわらずついに沈黙を破って今回の手記を発表するにいたった動機を次のように述べている。
「この手記を書けたのは共産党を離党したからだと思います。私のなかに党への二つの思いが複雑に屈折していたようです。一つは、すばらしい歴史と伝統に対する畏敬、もう一つは、共産党の閉鎖的な体質に対するもどかしさや空しさ、そしてこの党が社会の進歩に沿った真の党改革を行わなければ、やはり一部の支持にとどまり、多数の人の支持をえることはできないだろうという思いです。」
「まもなく新世紀がやってくる。私は党の体質を思い切って民主的・公開的に改革する時代がやってきたと考える。共産党はさしあたり査問体質を公然と廃絶すべきである。政権をめざすならなおさらのことだ。この体質を廃絶しないかぎり、この党は『いざというとき、何をするかわからない』といわれても仕方がないと思う。査問体質の廃絶は、党体質の真の改革の大きな一歩になるだろう。」
本誌253号で妹尾健氏がすでにその前に刊行された川上徹著『査問』について、「『査問』という体験を通して共産主義者としての自分の生き方をどうつらぬいてきたか、その『歴史』が本書であるのだ。そう考えるならば査問以後25年を経て今日川上氏がその体験とそれ以後の思索を公けにしたことの意味があきらかになるはずだ」と述べておられる。油井氏の今回の著作についても同じことが言えるのではないだろうか。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.261 1999年8月21日

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【投稿】一消費者が大企業東芝を謝罪させる–見えてきたインターネットの力–

【投稿】一消費者が大企業東芝を謝罪させる–見えてきたインターネットの力–

インターネットをはじめてから2年ほどになるが、これほど「私たちの力になり得るんじゃないか。スゴイ。」と思ったのは初めてである。
事態の経過を、当事者のAKKY氏のホームページより簡単にまとめると次のようなことになる。
AKKY氏は昨年末に東芝のビデオを2台購入した。しかし、2台ともノイズが出る。東芝に問い合わせたところ、いろいろとたらい回しにされたあげく、東芝本社への問い合わせの電話に対し、考えられないような暴言を吐かれた。これに対し、東芝に謝罪を要求したが受け入れられないため、そのやりとりの録音をインターネットのホームページ上で公開した。というものである。
その暴言なるものを聞いてみた。東芝社員の対応はまったくぶっきらぼう、「なんで電話してくるんだ」という感じで、「あんたみたいなのはお客じゃない」「新製品だって不良品があってあたりまえだ」というような発言には唖然としてしまう。これに対し、東芝側は、ホームページの削除の仮処分申請をし、対決姿勢を強めた。しかし、このホームページは大きな反響を呼び、東芝に非難が殺到。とうとう東芝は仮処分申請を取り消し、自らのホームページに7月19日付で謝罪文を載せざるを得なくなった。AKKY氏のホームページへのアクセス数は、7月19日現在でなんと5,974,184という膨大なものである。これらはすべて自分で選んでアクセスしている訳だからその影響力は計り知れない。もし、インターネットを利用しなければ、泣き寝入りか、仮に訴訟を起こしても、その費用と要する時間でとても大企業には太刀打ちできないだろう。まさに、一消費者が、情報の速さ、情報のリアルさ、大量伝達性とういうインターネットの利点を武器にして、大企業を屈しさせたのである。
しかし、歓迎すべき事ばかりではない。AKKY氏には励ましやまじめなアドバイスのメールもたくさんあったようだが、一方で、東芝社員をかたった嫌がらせや、差別的な言辞を弄して彼を非難する卑劣なメールもかなりあったようである。その匿名性ゆえに、インターネットが犯罪や差別の温床だという負の側面も垣間見た気がした。
いずれにしても、インターネットという新しい時代のツールがもつ大きなパワーと可能性を思い知らされた事件であった。
以下、東芝のホームページに載った謝罪文の一部を転載する。

「お客様各位 1999-7-19

株式会社 東芝

VTRのアフターサービス問題について(お詫びとご説明)

(中略)
2.お客様への発言
上述のとおり、1月はじめの修理依頼から改修後の製品の返送に至るまでの過程で、 お客様との間でいくつかの行き違いはあったものの、当社といたしましては、 できる限りの最善の対応を行ったと考えています。
しかし、お客様とのやり取りの中で、一部対応窓口においてお客様に対する態度としては不適当な発言があり、 これがお客様のホームページ上に音声ファイルとして公開され、当社に対し、多くのご批判をいただきました。
当社といたしましては、この発言につきましては、お客様に対する言葉としては礼を失した不適当なものであり、 重大に受け止めています。今回の発言は、いかなる事情を考慮しても、不適当なものであり、真摯に反省しております。
まず、この場におきまして、この不適当な発言により、お客様に多大なご迷惑をおかけし、 不愉快なお気持ちにさせてしまったことにつきまして、心よりお詫び申し上げます。
現在、当社は、お客様から面会を拒否され、直接お会いできない事情にございますが、 あらためてお会いいただくようお願いをし、ご面会の機会が得られましたときには、 改修の技術的内容をあらためてご説明するとともに、不適当な発言があったことにつきまして、 心からお詫びを申し上げたいと存じます。
また、今回の発言について、多くのお客様方から厳しいご批判をいただきました。 これらに対しまして、謹んでお詫び申し上げますとともに、今後、二度とこのようなことがないよう、 あらためて社内に徹底を図っていきます。」(後略)
若松一郎

【出典】 アサート No.261 1999年8月21日

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【投稿】歴史的転換点となった今国会会期末

【投稿】歴史的転換点となった今国会会期末

<<「政権離脱」の大芝居>>
今国会会期末、小沢自由党の「政権離脱」をめぐり連日の大騒ぎが展開されたが、周知のような手打ちが行われ、三方一両損で決着。一両を出した小渕は自由、公明を手なずけて笑いが止まらず、一両損して二両せしめた自由、公明も分け前にあずかってよだれを垂らす。こうして自自公政権をめぐる問題点や矛盾はすべて先送りされた。結果として、自自連立は自自公連立の誘い水に過ぎなかったという事態が現出したわけである。
しかし、落語の大岡裁きなら笑って済ませられるが、この派手な、そして意図的とも言える演出の影で、戦後歴史の転換点ともなる重要な反動的諸法案が次から次へと成立したことは、笑って済ませられることではない。
会期末の最終日、8/13、小渕・小沢の自自会談が行われ、小渕首相は「今国会で166本の法律等を成立させていただいた。自自連立の大きな成果」であると小沢を褒め上げれば、小沢も調子に乗って「私の30年の経験からも、こんなに重要な法案が、しかも166本も成立したのはまさに初めてのことで、まさに自自連立の成果」と自賛する。
「こんなに重要な法案」のその筆頭は言うまでもなく、小沢が「その本質は戦争協力法」だと言ってのけたウォー・マニュアル=日米防衛協力のための新指針(ガイドライン)関連諸法である。これは憲法9条の下で曲がりなりにも維持されてきた「国の交戦権は、これを認めない」という不戦の原則を大きく逸脱するものである。小沢はこれに力を得て、今や公然と憲法9条そのものの改憲を前面に打ち出してきた。このガイドライン法に関連して、周辺事態法が自治体の「協力」義務を規定し、地方分権整備法が自治事務について国の代執行の可能性を認め、改正米軍用地特措法が沖縄等の米軍用地強制収容について自治体の権限を剥奪し、首相の直接代行裁決の制度を導入したのも重大である。これまで日米の軍事協力に足かせとなっていたものが、一挙に取り払われたのである。もはや沖縄県や地元自治体の意向など法的には一顧だにする必要がなくなったのである。

<法案成立の先兵>
さらに、6/28、小渕首相が自自公連立政権構想を正式に表明して以降、「盗聴法案」、「国旗・国歌法案」、「住民基本台帳法改正案」など、これまで法案の成立など念頭にもなく、棚ざらしになっていた諸法案が、急速に法案成立へ向けてあわただしく動き出したのである。いずれも公明が反対、ないしは保留し、法案審議では多くの問題点を指摘し、実際に、鋭い追及を繰り返してきた法案である。
浜四津・公明党代表代行などは、盗聴法反対の集会にも出席し、「戦前の特高警察や旧ソ連あるいはかつてのドイツの例に見られるように、いったん秘密警察的手段を認めてしまえば、歯止めが効かなくなる」と成立阻止を掲げていたのである。「日の丸・君が代」についても、多くの反対ないしは慎重意見が噴出していたものである。

しかしこうした公明の中の自自公連立に批判的な勢力に対してすでに可決・成立してしまったという既成事実を突き付け、「公明党大会でガタガタ言う連中を黙らせる」という方針が、自民党・創価学会・公明指導部の間で合意されたのであろう、たちまち適当な見せ掛けの修正と施しが加えられ、公明はすべて賛成へと方針転換するばかりか、一転して法案成立の先兵となった。
盗聴法については、確かに、法律の規定上は盗聴対象の犯罪を原則として薬物、銃器、集団密航、組織的殺人等に絞り込む形を取ったのであるが、別件盗聴、傍聴判断盗聴、事前盗聴、令状なし・立会人の切断権なしの盗聴がすべて認められている。きっかけとなったオウム真理教などの組織犯罪対象から、宗教団体などが除かれることとなり、これをエサに公明は急遽、賛成に転換。盗聴行為を自ら指揮し、関与したことのある公明・創価学会らしい、汚らしい政治的意図が見え見えの転換である。

<久方ぶりの徹夜・牛歩国会>
しかもこれらの法案については、衆参両院の所管委員会において、与野党の多くの委員から疑問や批判的意見が数多く出され、むしろ審議が進むに連れて、問題点が拡大、露呈し、それぞれの審議はこれからが本番を迎えるところであった。住民基本台帳法案についても、プライバシーの漏洩はもちろん、利便性どころか膨大な税金の浪費にしかならないことなど法案の欠陥も次から次へと露呈し始めていた。
しかし、自自公三党は8/13の会期期限切れを目前にして、これまでの委員会審議の経過も合意もいっさい無視して、審議を打ち切り、委員会での採決すら省略して、いきなり本会議での強行採決へと突っ走ったのであった。
民主党がここに至ってようやく与党側の強行採決という事態に、徹底抗戦を幹部会議で確認。これまでバラバラであった羽田、鳩山系列を含めての結束が、今国会で初めて確立され、それが民主、社民、共産、二院クラブ、無所属議員の結束へと拡大、内閣不信任案の提案、採決にあたり共同で対決していく事態となり、そこで久方ぶりの徹夜国会、牛歩国会が出現することとなった。時すでに遅しではあったが、最後の抵抗も無駄ではない。いかに成果と教訓を引き継ぐかが問われている。
この過程の中で、田中真紀子衆議院議員は、本会議を退席して組織的犯罪対策法案に賛成できないことを明らかにしている。栗本慎一郎衆院議員は「通信傍受法案は盗聴システムやコンピューターを組み込ませようとするアメリカの通信利権だ。小渕内閣は何の主体性もない。反対する民主党も子どもだましのセレモニーだ」と語って、衆院本会議の採決で自民党の方針に造反して退席し、党を除名されている。

<「玉虫色決着」の脆さ>
かくして国家管理を強化し、戦後平和憲法の下で築き上げてきた法体制を大幅に改編する策動が頂点を迎えようとしているともいえよう。自由党の小沢党首が「国民総背番号制と盗聴法は治安目的である」と発言し、憲法9条の改正を露骨に表明する事態である。
唐突に今度は“靖国問題”が持ち出されてきたりする一方で、有事立法が着々と準備されており、憲法改悪もいよいよ日程にのぼせかねない勢いである。
9/9告示、21日投票の自民党総裁選を前に、小渕首相は“私の後は財政が破たんしていて大変だろう”などと無責任きわまりないことを加藤前幹事長に語っているが、再選には自信満々である。公明・創価学会は「宗教団体と民主主義は相容れない」と発言してきた加藤前幹事長に対して根強い不信感を持っており、今や強力な小渕支援者である。総裁選後の内閣改造では、自自公翼賛政権の発足が予定されており、公明党への論功行賞として、浜四津厚生大臣、冬柴幹事長か草川国体委員長には他の重要閣僚といった案がすでに取り沙汰されている。
しかしこの自自公翼賛政権はいわば砂上の楼閣である。平和、改憲、福祉、自治、税制、宗教等々どれをとってもそれぞれにバラバラである。どれかが崩れると一挙に崩壊しかねない代物でもある。
「玉虫色決着」がはかられた定数削減問題はその象徴といえよう。衆院42議席の内、28人が比例区選出の公明にとって、この法案は死活問題であるが、実際に6/23に国会提出された公職選挙法改正案の内容は、全国11ブロックの定数が50削減され、公明の最大の票田である近畿ブロックは現行33が25へ削減される。公明狙い打ちが露骨である。もちろん、自由党にとっても次期総選挙は存亡の危機に直面している。7/7の自由党大会で次期総選挙の公認候補58人を発表したが、その多くが自民党現職のいる選挙区を狙い撃ちしており、さらに3桁の擁立を目指して「選挙協力」に応じないなら、自公の選挙協力も潰す姿勢を表明している。小渕首相は危なっかしい綱渡りをしているのである。
一方の民主党は、9月2日告示、下旬投票の線で、代表選と党役員人事が行われる予定である。国会最終盤で盛り上がった野党の結束をいかに維持・拡大し、自自公翼賛政権に楔を打ち込むか、そのことが問われているといえよう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.261 1999年8月21日

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【投稿】バルカンから朝鮮半島へ –見えてきた新たな「有事」の姿–

【投稿】バルカンから朝鮮半島へ –見えてきた新たな「有事」の姿–

<1>
3月24日から開始されたNATO軍によるユーゴ空爆=「同盟の力」作戦は、6月12日までの約2か月半にわたって続けられ、途中アルバニア系住民への迫害強化や「誤爆」というイレギュラーはあったものの、事実上ユーゴを敗北に追い込み終了した。
ベトナム戦争では精密誘導兵器を含む200万トンもの爆弾を投下しながら、決定的な打撃を北ベトナムや民族解放戦線に与えられなかったアメリカは、その後巡航ミサイルやステルス機に代表される新たな「ハイテク兵器」を次々と開発した。
そしてアメリカ軍にとって、ベトナム戦争以来の大規模な空爆となった湾岸戦争では、それら新兵器の威力が遺憾なく発揮され、戦争の様相を一変させたのである。
「北爆」では、当初ハノイはおろか、発電所、港湾施設、そして空軍基地までもが、攻撃対象とはならなかったのに対して、湾岸戦争では、世界に通用する「大義名分」があったにせよ、戦争はいきなりバクダッド空襲からはじまった。
戦史上、開戦初日に首都が空爆されたのははじめてであり、それを可能にしたのは、防空システムや軍、政府の中枢機能への正確な攻撃能力であった。
とりわけ、一国家の防空能力を1日で破壊してしまう作戦行動など、アメリカにしか出来ない事であり、ソ連ーロシアの没落と相まって、アメリカは「潜在的世界制空権」(さらには「制海権」も)を持ったと言っても過言ではない。
さらに多国籍軍による攻撃は、軍事施設のみならず精油所発電所などにも及び、市街地への無差別爆撃以外は、何でもありに近いものがあった。
この湾岸戦争により首都を中心とする、軍、政府機関、及び情報システム、ライフラインなどのインフラへの早期精密攻撃が、20世紀末の戦争を特徴づけるものとなったのである。
こうしたことが、規模的、量的には小さいものの、質的にはより強化されたのが、ユーゴ空爆であった。 ピンポイント攻撃が強調された湾岸戦争でも、実際は精密誘導兵器は、使用された爆弾、ミサイルの1割程度に過ぎない。
これに対し、「同盟の力」作戦では、7割が精密誘導兵器であり、作戦後半ではさすがのアメリカも製造が追いつかない程の消費量であった。
反面、多大な犠牲を生む地上戦についてはベトナム戦争以来、極力回避する傾向にあり、「砂漠の嵐」作戦では4日で終了し、ユーゴでは当初から異常なほど強い調子で、クリントン大統領によって否定されていた。
これに対して、イギリスなどは積極的な地上軍投入姿勢はみせていたものの結局は、戦後進駐に落ちついた。
つまり今後陸軍の役割は、先のボスニアの例でも示されるように、アメリカのみならずNATO諸国、さらに旧東欧諸国においては、戦後処理、平和維持的任務となっていく方向が明らかとなった。
このような傾向は、21世紀に入っても引き続き暫くは維持されるだろう。

<2>

従来「第2次朝鮮戦争」のシナリオは、ペンタゴンによって「作戦計画5027」として立案され、それに従って各種のシミュレーションや論評も進められてきたし、わが国を揺るがしている「新ガイドライン」問題も惹起したのである。
ところが、今回のユーゴ空爆の結果で、アメリカの大規模な地上兵力(50万程度)の派遣を前提とした作戦の現実性が問われる事態となっている。
「砂漠の嵐」作戦は、同程度の派遣兵力で戦死者は115人だった。ユーゴの場合、民間の研究機関が行った地上戦に突入した場合の犠牲者の想定は、幅があったものの最大で数千人だった。
ところが朝鮮半島で本格的な地上戦が起こった場合最低でも数千人の犠牲者が出ると言われており、これは兵力の投入を躊躇させるに十分な数字である。
したがって、朝鮮半島で武力衝突が発生したとしても、北朝鮮の大陸間弾道ミサイルが現実の脅威になれば別だが、アメリカは徹底した空爆による戦争終結をめざし地上兵力の投入も、在韓の2万7千人以外は小規模な特殊部隊の派遣に止めるのではないかと考えられるのだ。
それが、はたしてアメリカ軍が一歩も二歩も後ろに下がる(そういう姿勢を示す)ことによって、全体の緊張が緩和されるのか。
逆に、犠牲者が少なく済むことによって、衝突の実現性が高まるのか。あるいは北朝鮮がアメリカは地上軍を派遣しないと踏んで強行姿勢にでるのか。また韓国はアメリカの姿勢を容認するのか。現時点では何とも言いがたい。
さらにそうなると、すったもんだの挙げ句成立した「周辺事態法」で規定されたわが国の対応も、影響を受けざるを得ない。
とりわけ自衛隊の活動については「周辺事態法」の範疇に止まらず、見直しが求められるだろう。
それは、先に述べた様な状況の変化に対応できる改革という事であり、「本土決戦」に舞い上がる有事法制推進派の主張などは、論外である。
しかし、わが国に最も必要なのは、アメリカの思惑に振り回されること無く、独自の主張と行動を担保できる、外交、安全保障政策の確立なのである。(O)

【出典】 アサート No.260 1999年7月24日

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【投稿】GDP1.9%成長!?の怪

【投稿】GDP1.9%成長!?の怪

<『ホンマかいな』>
6/10に、まるで小渕首相のサミット初参加にタイミングを合わせたかのように発表された「GDP(国内総生産)1.9%プラス成長」(年率換算7.9%)は、内外に大きな驚きをもって迎えられたことは周知のとおりである。発表した堺屋経企庁長官自身が、「大変高い成長率で、初めて見たときは『ホンマかいな』と驚いた」と語っている。97年第4四半期から6期連続、戦後最悪のマイナス成長を記録し続けてきた事態から、プラス成長へのまさにビッグニュースであった。
しかしこの実態とかけ離れた発表に多くの疑問が提起され、「景気粉飾決算」報道が各紙誌で取り上げられた。中でも大蔵省幹部が明かす統計上のトリックはリアルであった。
その匿名の大蔵省幹部が明かすカラクリとは、「統計上のトリック?それはあえて否定しないね。すべては小渕政権が掲げた国際公約『GDP0.5%』実現のためだったんだ。官邸から『是が非でもGDP0.5%を実現せよ』という指示が降りてきた。そこでわれわれは『成長率にゲタを履かせる』操作をした。…前年度末の1-3月期GDPを押し上げて、次年度のGDPを上げることをわれわれは『ゲタを履かせる』と呼んでいる。そして0.5%から逆算して作った数字が、今回の1.9%だったのだ。当初、1-3月期のGDPを2%に持っていけば、その後の各四半期のGDPがマイナス0.2%になっても平均GDPは0.5%を達成することができると考えていた。だから、そのために3月に巨額の公共投資をブチ込んでカサ上げしたわけだ」。実際に、GDP1.9%増の内、半分近い0.9%を公共投資が占めている。しかもそれは3月に集中している。

<「結果として出てきた」ゲタ>
これには当然、経企庁が反発せざるを得ない。堺屋長官自身が「粉飾決算報道は事実無根」と表明、「GDP算出を行っているのは経企庁です。今回のGDP算出に当たり、大蔵省から何らかの指示や依頼があったという事実はありません」と強硬な抗議が行われた。ところが、これに対して、「1-3月期のGDPにおいて、公共事業の伸びの部分が大きく影響を与えている。小渕政権として国際公約であるGDP0.5%を実現するために、逆算的に1~3月期ににいわゆるゲタを履かせたのではないかということです。前倒しで公共事業が増えている。これは、粉飾ではないんですか?」との反論に対して、堺屋長官「1-3月期の数字が高ければ次年度の数字は確かに高くなります。その場合に言う、ゲタとは、結果として出てくるもので、意図して履かせるものではありません。GDP1.9%の数字が出たときに驚いたのは事実ですが、景気回復宣言どころか、景気底打ち宣言すら、われわれはしていませんよ」と答えている(『週刊ポスト』7/16号、「堺屋長官が本誌に抗議、激論90分」)。薮蛇とはこのことか、結果としてゲタを履かせていることを認めているのである。
米主要紙も多くが「偶然」、「突発的現象」、「政府による数字操作」といった解説をつけており、7/11付けウォールストリート・ジャーナルは「政府の負債が膨大化するというツケだけが残り、発展途上国並みの新たな危機に遭遇する可能性がある」と指摘している。

<「息切れ」対策の「息切れ」へ>
ここでむしろ問題なのはこうして、税金を湯水のようにつぎ込んで嵩上げされた「上げ底」がプラス・マイナスいずれの方向に向かうかにかかっているといえよう。すでに堺屋長官は、「公共事業が息切れする前に補正予算が必要」と、このままだと秋以降に「息切れ」することを認めている。試算では、公的資本形成は前期に前倒し実施しすぎたために、99年度後半は約3兆円減少することが明らかになっている。
一方、産業界がとなえる「過剰三兄弟」=過剰債務・過剰設備・過剰雇用の調整・解消はこれからが本番であり、進行し始めたばかりである。株価はこれをリストラの進行・「雇用なき成長」と評価して歓迎し、1万8000円台に上昇しているが、これらは一方ではむしろ倒産を増大させ、設備投資を減少させ、失業者を増大させ、結果として景気後退を一層促進させるものであり、デフレ圧力をさらに強めるものでもある。とすれば、99年度後半ばかりか、来年度以降も中長期的に公共事業の増大をさらに維持し続けねばならないということになってしまう。
すでに99年度末の国と地方の財政赤字、長期借入金残高は、当初見込みでも600兆円を超えている。これは名目GDP比で120%を上回っており、先進国中で最悪の水準に達している。補正予算の連続と前倒し実施はもはや限界に達しつつあるといえよう。財政の破綻には必ずツケが回ってくるし、その前に国債の増発そのものが金利を急騰させ、それこそ「発展途上国並みの新たな危機に遭遇する可能性」が増大しているのである。

<債権回収→倒産の手段>
もちろんこれまでの景気対策が効を奏しているものもあるといえよう。しかしそれらは余りにも金融資本救済とばら撒き型公共投資に偏りすぎてきた。最も重視されなければならないGDPの6割以上を占める個人消費に対してはむしろ消費を冷え込ませる政策に終始し、自公連携の象徴となった地域振興券は消費拡大にほとんど寄与せず、その成果を上げることもできないほどの惨澹たる無駄遣いであることを周知させたとも言えよう。
また、昨年10月から実施された信用保証協会による特別保証は、確かにこの間の中小企業の倒産減少に貢献してきたことは間違いないと言えよう。すでにこの保証付き融資を受けた企業は75万社を超え、その額はすでに16兆円を超えている。しかしこれは逆に言えば、これら多くの企業が金融資本から見放され、融資も受けられなかったことを如実に示している。問題は、これら特別保証の返済が始まる10月を待たずに、特別保証融資後の倒産がすでに500件を超え、月毎に急増してきていることである。
銀行は融資を拡大するよりはむしろ、債権回収の手段としてこれを利用し、この公的資金によって回収すれば倒産させるというもっとも悪質な行動を拡大させたのである。ここでも公的資金が完全に死に金と化し、特別保証融資が新たな不良債権をさらに追加する事態をもたらしかねないのである。本格的なリストラの進行はこうした事態をさらに拡大、進行させるであろう。
このところ沈静化していた倒産件数も、8年ぶりに1000件割れとなった2月の955件を底にして、すでに3月1269件、4月1166件、5月1360件(帝国データバンク調べ)と再び増大してきていることは見逃し得ないことである。
日銀短観(6月調査)は、大企業・製造業を中心に景況感が改善してきていると、GDPプラス成長を裏付けるかのような発表をして浮かれている背後で、事態は楽観し得ない現実を突きつけているといえよう。

<中高年の自殺ラッシュ>
警察庁が7/1に発表した98年の自殺者数は史上初めて3万人を突破し、3万2863人に上ったことが明らかになった。毎日毎日、1日に90人もの人々が自殺をしているのである。特徴的なことは、40~64歳の働き盛りの中高年の自殺者が1万6540人と、前年より38%も増大したことである。それは自殺者全体の約半分を占め、その内男性が1万2669人となっている。
さらに問題なのは、原因・動機別では、「経済・生活問題」が6058人と、前年より70%も増えていることである。その内、40~64歳は4490人と74%を超えている。
当然のこととはいえ、中高年の家出も急増している。98年中に警察が捜索願いを受理した家出人数だけでも8万9388人、50代の家出人は16.9%も増大、その結果、街には中高年のホームレスがあふれ、東京・隅田川の堤防や大阪城公園にはブルーのビニールテントが所狭しと並び、駅構内や地下街通路もダンボールや新聞紙上で寝、ネクタイ姿のホームレスまで目立ち始めているという状況である。
7/16に発表された「98年の国民生活基礎調査」によっても、52.1%の世帯が暮らしの状況を「大変苦しい」か「やや苦しい」と答えている。「苦しい」と感じる世帯が5割を超えたのは、73年の調査開始以来初めてのことである。
政府・与党は、「70万人以上の雇用を作る」として緊急雇用対策費5429億円の補正予算を組んだが、自治体の事務作業を民間に委託するなど実施対象や具体策が不明で実効性の疑わしい小手先の対策を寄せ集め、水ぶくれさせるために公明党対策用の「少子化対策交付金」2003億円をこの緊急雇用対策費に潜り込ませている。金融機関の救済には60兆円もの公的資金を投入し、ばら撒き型公共投資には事業規模で100兆円を超える対策を実施してきながら、雇用対策にはこのありさまである。逆立ちした政策の根本的な転換こそが求められているといえよう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.260 1999年7月24日

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『詩』 こちらの頭が古い

『詩』 こちらの頭が古い

                大木 透

今年になって はじめて聞いた地名だが
コソボでは 十月には
もう 寒波が 襲うらしい
住人は アルバニア人だという
昔 ホッジャという 男もいた
この近くに
毛沢東が盛んなころだった
こちらは なぜか 疎ましく思っていた
それに なにか 根拠があったか どうか
それを問うてもいいが
それより 懐しさが 先に立ってしまう

この地球を 自分たちのものだと思っていた
夢中になって 遠い未来に 眼を遣っていた
一歩一歩 地球は 美化される
と 信じて
こちらも 美しくなろうとしていた
フラクタルという言葉を知らなかったのに
世界が 美化されて
そして こちらも
武器を持たない素手は
真っ直ぐ アンドロメダに伸びて
背筋を伸ばして 歌っていた
筋の通った世界の歌を
世界の羅針盤の針は
脳裏のなかの森の深さを 測っていた
決して 枉げてなるものか
腕を振りあげていた

聞こえてくる
古い思い出のなかから 煙のように
立ち上ってくる

なぜ コソボなのか
なぜ アイルランドでないのか
なぜ クルドでないのか
なぜ なぜ なぜ
と 古い頭と 萎えた唇は 歌う

(一九九九・六・五)

【出典】 アサート No.259 1999年6月19日

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【討論】労働運動の未来を考える意見交換会の記録

【討論】労働運動の未来を考える意見交換会の記録

<構成>
1、リストラの現場と労働運動の課題
2、欧州の新しい社会民主主義の動き
          (以上はNo.259に掲載)
3、現代若者の労働観と変革の時代
4、「市場(いちば)経済」と資本主義経済
          (以上はNo.260に掲載)

1、リストラの現場と労働運動の課題

<労働現場から見えること>
( 録音の不手際のため、スタートから30分程度の部分が消えていましたので、編集者の責任である程度まで、要約させていただきます)
昨年4月からの大阪府の労働相談の報告を見ていて特徴的なのは、まず相談件数が増えていること。その中でも、解雇問題、退職金、賃金未払いなどの特に解雇をめぐる問題がトップで、いじめなども多く見られます。また、労働組合がないとなおさらですが、労働法の知識が労働者の側に極めて薄いことです。高卒の労働者の場合は学校教えられているそうですが、解雇するには1ヶ月前に通告しなければならないことなど、知らないわけです。労働契約は書面で示すことが経営者の義務であることとか、余りに労働者が知らなすぎる。(こうした報告の後、参加者のフリーな意見交換がありました・・・・)

<不安定労働者と労働組合>
佐野:新しい形態の労働組合も出来ています。連合加盟の全国一般東京地本でしたか、インターネット上でのみの労働組合というのもできていますよ。デモも集会もないけれど、相談などにはインターネットを通じてのみ行うということらしい。
吉村:こういう時代には、そんな組合もあっていいかも。特に若い子には、気楽だからね。
佐野:この組合は、以前にもインターネットによる労働相談なんかもやってますね。
中村:デモとか集会とか一切なしで、インターネットの上だけで相談に応じるんやね。
佐野:巣張さんがおっしゃったことですが、自治労では、正規職員以外の非常勤職員や、公務に関係ある外郭団体の職員なども組織対象にしているんです。相談などあれば自治労の組合を作るようにと。
巣張:それをやっている組合はまだ良いと思うんです。昔から採算上でやらんという風潮もあった。1960年前頃かな、うちの組合でも小さいところの相談を受けるとゼニがかかるわけや。計算すると赤字になるがな、というような考え方もあった。しかし、運動である限りは、みんな作っていく中で存在を高めていかな、ということでね。それはなくなったけれど、こんな所に手をかけて、金取られて、うちも財政的にしんどいのにということはあったな。
総評労働運動の前進の流れの中で、それは運動として考えるべきだ、面倒を見るべきだということになってきた。しかし、最近、見ているとそれがまた組合運動の基本的そのものが、ナショナルセンターではなしに、企業連や単組に重きを置く傾向が強まっているように思います。

<電機連合の春闘見直し論の問題点>
電機連合の春闘改革の方針の話がある。連合の存在、産別運動の存在よりも、特に、「すべて労働協約の改定を中心にした運動をすべきだ」というわけです。そうなってくると、企業連と単組が運動の中心であってね、産別の本部とかナショナルセンターとかは、大まかな運動の調整的機能さえあればいい、これは私の受け取り方なんですが、これが電機連合の春闘改革論の主眼だ、と思うわけです。交渉の中心は企業連と単組なんです。
佐野:まだ公務の場合は、本俸(基本給)の比率が高いわけですが、民間の場合は、基本給が3分の1程度、そして資格給と業績給という構成ですから、ベア中心の平均賃金方式では、運動にならないような気もしますが。
巣張:そういう意味で、労働者連帯がだんだんと薄れているという気がします
吉村:むしろ、労働者的連帯以上に、社会的連帯そのものが薄れてきているとも言える、バラバラになってきている。
巣張:電機は非常に高度な技術的な中心的な労働者の賃金基準を確立する、というのが運動になっている。金属機械は中小だから、たとえば旋盤工の賃金を基準にする。鉄鋼はこの労働者というように、この産業はこの労働者というように基幹労働者の賃金を決めただけで、それを中心にしながら社会的賃金を決めていくということで、それはそれなりに意味があるとは思うんだけれど、労働協約中心に2年に1回の交渉にするとかの話も出ているが・・・・・

<地区労運動の存在>
民守:全体として、運動の力が低下している、という問題はあります。そこには旧総評時代の地区労などの地域運動の存在の問題、そこに停滞の原因があるように思います。昔は、大阪の東南地区でも一人でも入れる組合があり、地区労もあって争議があれば、すべての組合が支援する、という関係がありました。連合になって、地域協、地区協というのが出来ましたが、ほとんど選挙対策が中心で、地域の労働者の運動のウエイトは少ないわけです。
合理化なんですが、最近管理職のリストラが多いんです。従来の労働運動が想定しなかった分野です。それが管理職ユニオンになってきた。もっとも、今まで労働者の首を切ってきた人が組合を作ったわけです。あの時もう少し守っていればよかった、という話もありましたが。そういう個別労使の問題も変形してきている、ということもありますね。
吉村:それは佐野くんの領域やと思うが。連合が選挙対策になっている、ということだが、せめて労働相談のホームページでも開け、ということかな。
佐野:連合も10年になりますが、やっぱり、まだ「おつきあい」の域を出ていないんです。たとえば、連合大阪の執行委員会なんて、1時間やって発言するのは、金属か教組なんで、ほとんど議論がないというのが実態では。産別の協調、つきあいみたいな関係が優先されてしまう。地域へいけば、今度は政治力をつけたいので、首長選挙には力を入れる。また、スケジュール的な平和や環境運動もありますが、ある産別だけが動員力がある、多く出すということでは、またギクシャクする、という具合にね・・・ですから、未組織の組織化が運動の方針にはあげられているが、それを一緒にするというところまで、腹割った話ができていないのでは。連合に対する提案を積極的に行っていく必要があると思う。

<緊張関係のある労使関係>
巣張:こないだ、京都の諸君と話をした。僕らもOBだが、連合大阪高退会というのがあって、中央にもOB会があり、他の産別のOB連中とも、よく話をするんだが、昔一緒に運動やった人が多いわけで、「なあ、バリさんよ、連合の会議というのは、発言をしない、ということらしいで」という話がありました。現役に諸君に聞いてもそんな話や。京都の諸君も一緒やというわけ。しかし、連合の会議も、産別の会議、さらに単組の会議もね。昔のようにね、年代別とか小グループに分けるとか工夫してね、やったもんやが、組合が第二労務課と言われるよな状況がないのか、どうかね。組合員は生活がかかっているわけだから、うちの組合は負けてないか、ちょっとぐらい負けていても、頼りになると思えば発言するわけや。そういう意味で連合の会議で発言が出ないという事と合わせて、単組の民主的な運営がなされているかどうか、という意味で昔と比べてよくなってきたかどうか。昔の先輩のやり方のかっこだけまねているのではないか。その辺で一から点検して見ないといけない。もう一つは、緊張関係なんだが、昔は会社とも緊張関係をもっていたというわけだ。緊張関係がね、単組でも産別でもナショナルセンターでもね、どうかということ。連合の今年の旗開きで日経連の根本会長が「日本の労使関係は、諸外国から高く評価されている。今後も連合と協力していく」と言わせておいて、いいのか。緊張関係という点ではいかがなものか。昔と比べると、緊張関係、民主的な運営という面でも弱くなって来ている。
レッドパージ以後、一時停滞した時期があった。その頃の地区労の任務は、社会党の選挙などが中心だった。運動が前進する中で、運動もやし、選挙もやった。運動が強いと選挙も強かった。やはり信頼関係で、運動で作られた信頼が選挙も生きたわけやね。あの頃が非常になつかしいですよ。もう現役を離れて10年になるとね。 今は生産関係もすでにオートメイションになって、現役の諸君もえらいと思うけれど、何かええやり方を見い出してもらいたいと思います。
生駒:NHKの討論で、鷲尾が、「我々は、これだけ協力してやっているのに。出してくれてもいいのに」というもののいい方をするわけやから。松下の代表も、それは非常に感謝していると。
民守:労使協調の問題ですが、緊張関係が必要なんですね。労使合体ではいけません。歩み寄る姿勢は別なんですが、基本的には、対立関係ですから。
生駒:私鉄も中央交渉がなくなってきましたね。
巣張:全体が弱くなってくると、どうしても弱い方向に流れるんです。
佐野:確か震災のあと、阪急と阪神が離脱して以降、ずっとですね。
巣張:日本の資本は、実に賢いし、うまいわな。歴史的に資本にとって有利な労使関係を作ろうという流れの中にある。60・70年代は、労働組合をどう弱めるかという企業の講習会もありましたし、会社が担当者を派遣したりしてね。最近はそんな研修の話は聞かなくなりましたね。必要性がなくなってきたのでは、と思うんですね。
生駒:今は、リストラのために管理職を研修に出すそうですね。自己を見つめなおせと。帰って来ないことを前提に、金をかけて追い出すわけですね。
民守:ある本屋さんの労組幹部と話をした時に、労働関係の本はまず売れないと、その中でも買っていくのが、明らかに労務関係の担当者が領収書をもらって買っていくと。経営者の方がよく勉強していると。
さらに、労働関係の流動化とも関連して、いろんな労働形態が生まれてきていて、労働運動が付いていけていないんです。それが実態なんですね。しかし、労使の問題として注目する必要があるのがセクハラ問題なんです。労働省のガイドラインも出されて、労働問題として対応していくことが必要なんです。ところが、職場において労働組合がまだ対応できていないんですね。

<セクハラ問題と労働組合>
中村:セクハラについては、企業の側の方が対応は早いですね。特に60億円の賠償になった三菱重工の事件以来企業イメージの問題やら、訴訟になることなど、セクハラが起きたら、企業が損をする、という発想ですね。最近日経連がセクハラ問題で1000円の本を出したのですが、なかなか面白いです。 労働省の研修にも企業の方が熱心だと。組合も女性部があれば、まだ取り組みがあるようですが、女性部がない組合では、まだまだ取り組みが弱いです。自治体でも女性部のない自治体では指針作りも進んでいません。自治体が一番遅れています。
福岡の事件以降100件の裁判が出てきて、企業はイメージ・労働意欲の問題などで非常に気を使っていますね。止めさせら訴訟になるとかね、金の問題ではなく、訴訟やごたごたなど損になりますよ、と日経連の本は書き出していますが、当たっていると思います。
巣張:金属機械の現場を見ても、重い労働はなくなりましたから、きたない仕事も機械がしてくれる。労働のあり方が違ってくると、組合員の気質も変わってくる。今の現役の諸君がしんどいな、と思うのは、油にまみれていた労働者なら、意気に感じてね、頭でなしに、「委員長が熱弁ふるってるで」と、中身別でも「よし、やったろ」という時代だった。技術革新・高学歴化が進むと、どう理解してもらうか、組合の方針を納得させて、運動してもらわないとあかん。また、ずっと専従というのも少なくなってきている。そして政党の存在もある。それと社会主義の崩壊も大きい。ソビエトが存在していた頃には、常に意識していたが、あれがあんなふうに崩壊したものやから。それも含めて、今の現役は大変や、と思う。組織労働者は1200万人おるんやから、この部隊ががんばればね、何とかなるんやから。

<社会主義運動と労働組合>
吉村:僕もそう思っていたんだが、労働組合の活動家というのは、少なくとも社会主義への展望をね、持った連中が中心であり、その周りに共感するメンバーがおって、幹部、役員、組合員と結んでいたと思うわけ。それがね、「なんぼやっても、資本主義の枠内だ」ということになるとね、出てこないですね。
中村:でもスエーデンなんか、面白いですね。社会主義は結構女性差別なんで。ソビエトよりもデンマークなんかの方が面白いですよ。女性にとったらね。
生駒:本来、そういうふうに発展すると思っていたわけだけれどね・・・
吉村:それに関係するんだけれど、職業紹介ね、民間でいう考え方が全面にでてきましたね。ところが職業紹介を政府機関もしくは認定された機関でしかできないというのは、昔は人入れ稼業みたいなのがあってね、ピンはねだとか中間搾取を排除するのが目的だった。それが、民間で、ということが出てきても誰も言わない。そしたら少なくとも20人でも30人でもいい、これは職業紹介だけの問題だけではないけれど、デモがあったら、問題になっていくだろうと。それもで出て来ない。けしからん事に問題提起していく、それさえも無くなってしまった、という状況でね。
民守:有料職業紹介の原則自由化という事なんですが、職業情報、リクルートというんですか、結構トラブルが多いんです。公的なものが絡まないと、いろんな事が起きる気がしますね。現実にトラブルが起きているじゃないか、という事を発信していくのか、悩ましい問題です。
吉村:商業新聞を読んでいても、問題提起する行動が出てこないんですね。民間化していくのはあたりまえという状況なんですが、基本的な事も消えているわけです。恐いと思うね。
中村:私は自治体ですが、民間と事情が違うと思うんですが、昔は安保とか賃金・労働条件もとか単純だったじゃないですか。今はすごく課題が多くて国会にかかっている法案だけでも、10数件取り組まないといけない。また地方分権や政策課題がすごく多い。昔って課題がはっきりしていて、また価値観もすっきりしていた。昔は皆が安保反対など旗を挙げてやってる、みたいなことがあったけれど、今は社会全体が動いているので課題が多いんです。また、反対反対ではだめで、対案が求められている。反対と言っている方が楽なんですね。また、課題でも夫婦別姓、など役員の中でも価値観が多様化していて、これは好きだけど、この課題はいや、みたいに。昔は百貨店みたいに、好き嫌いを言ってられなかったけれど、やる側も専門化していて、これもあれも、とたいへんなんです。自分の変革を迫られているし、組合自身もなんですね。能力も求められるが、当局は担当者が対応するわけで、介護保険の専門家との対応にも勉強しなければいけないから、大変です。
吉村:それは自治体の場合、言えないよ。組合の側にも専門家がいるわけやから。ごみならごみの専門家がね。それをいかにするかということね。

<国労、NTTの次は自治労に>
巣張:それはね、国鉄の次は公務員の皆さんのところへ来ているという気がするわけやね。NTTは国労と違った対応をしたと思うんですね。今ね、大阪府の賃金問題、東京でも神奈川でも、人員の削減なども出てきている。自治労が今後どのように自治体の運動を展開しながら、組合員の利益を守っていくか。それをやらないと敵の攻撃にやられてしまうのでは、と思いますね。
佐野:大阪府が2年間定昇ストップ、周辺の自治体でも一部で定昇ストップ、人勧の値切りも起こっています。今年の年末には、さらに多くの自治体で厳しい状況が生まれると予測できますね。人勧も民間のボーナス削減を受けて、マイナス人勧の恐れもあります。財政危機なんです。しかし、敵の攻撃という面と実際の財政危機の問題があるんです。組合も事業をチェックし、政策提案をしていく必要もあるんです。また、情報公開が進んでいるので、旧来の「ヤミ」部分では耐えられないわけです。合理的で情報公開にも耐えられて、財政的にも可能、市民も納得するような内容を組合からも提案する必要がある、という認識ではないでしょうか。経営参加の方向と言ってもいいと思います。まだ構想段階とも言えますが。

<100万人雇用創出問題>
吉村:その前にね、行革でね、公務員は何人減らすと出たでしょう。それに対してほとんどマスコミには反論がでなかった。一方で100万人雇用創出と連合も日経連も言っているでしょう。あの時には、福祉関係37万人ですか、教員関係は30任学級12万人ですか、・・その時に抜けていると思ったのは環境産業で何万人というのはなかったね。例えば福祉関係への投資も雇用を生むんだという提案が弱いと思うわけ。それは皆分かっているんです。例えば主婦の間に、アメリカからの食物に遺伝子操作されているものがあり、せめて表示するようにという意見が出ていますね。環境監視する仕事も公務員の仕事なんです。そういう意味で公務員組合の側からこれだけの仕事の拡大、公務員が要ると積極的な提案があるべきだと思うんです。福祉・介護でこんな仕事に何人要ると具体的な数字に基づく提案がいる。一方で首きりに反対しつつ、新たな人員増の提案もしていくことが必要です。
巣張:民間で言えば、発言権の拡大と。企業をつぶせば組合もえらい事になるわけで、こっちのイニシアで頑張るときは頑張ると。それと大体似たような内容だと思うわけやけれど。それをやったら若いもんも付いてくると思う。組合員は、一般的な話のときは寝ているわけ。ところが、「我が社の・・・」と来ると、ぱっと目の色が変わるわけや。
佐野:吉村さんも巣張さんも元気ですね。巣張さんはおいくつなんですか。
巣張:この4月で72や。1988年に現役引退。ソビエトの崩壊が89年、全金の最後も89年なわけ。

<連合と全労連>
生駒:組合の中の政党の組織化はどうですか。共産党はどうですか。
巣張:共産党の方も、連合結成で全労連になったでしょう。全労連になったということであかんわけ。職場に共産党がいる、ということで、職場での議論が活発化したという経過もあるわけだ。
佐野:あれは、お互いさまというところがあって、我が方でもそうだが、向こうも、ぜんぜん議論がなくなったのではないか。向こうも緊張感がなくなっている。
巣張:そういう意味では、僕らの「産別会議」の最後もそうだった。全労連は80万とかいっているわけだが、産別の最後は、我が金属は1万人やったわけ。連合は連合で強くなってほしいけれど、少なくとも80万人が結集しているという全労連ももうちょっと見えることをしてもらわんと、と思うわけやね。しかも、絶好のチャンスなはずなんや。前から言っているように、労働組合政策がないんやな。その意味では共産党の諸君が、連合と一緒になってね。力を合わせないと、敵の思いに乗っていく事になるんやからね。総評でやっている時は、あの諸君は元気やったよ。僕はひやかしたことがある。総評解散、連合結成の時に「そない反対するんやったら、総評時代になんで協力しなかったんや」とね。

<小野先生のことなど>
吉村:瞭くん、小野くんが亡くなって何年になるのかな。
小野:今年の11月で9年になります。
巣張:国労問題で今日のような懇談会をやった時、小野先生も来てはったね。あれが最後やったな。
吉村:9年と言えば、私は小野さんより8つ下やったから、小野さん以上に僕は生きているんやな。
吉村:彼はね、森さんも言っていたように、「吉村、おまえは、やる時はやるけれど、やらんようになったら、何もせん、小野と見てみ、彼はいつもやっとる」とね。小野さんの場合は息抜きがなかったと思うんやね。
巣張:原の全さんが小野さんより3つ上やったな。86か7才ですよ。明治45年生まれやから。
吉村:瞭くんらの後に、30代の人が出てこんといかんわけや。僕が市大の組合の委員長になった時、37才やったな。30代のその世代がいるんやね。
佐野:35才ぐらいまでは、まだいるんです。その後は、学生組織も旗を仕舞いましたので。市大最後のMGという奴もいますが。
巣張:あの時分は良かったよ。なあ(笑い)。

2、欧州の新しい社会民主主義の動き

<報告:欧州社民主義の動向について>
佐野:テーマを変えて、私の方から報告したいと思います。その前に私の問題意識として、現在の「労働の流動化」政策、あるいは「日本的労使関係」をめぐる攻防がどうなるのか、含めて、どこかで整理をしたいと思っています。日本的労使関係と言われるものは、実態的には「無邪気な労働者」と「悪徳な資本家」と言いますか、そんな関係はあるとしても、それなりに維持されてきたわけです。それを断ちきって「個人対企業」という関係にすっきりと変化できるのか、それで活力が生まれるのかどうか、経営者の側も全部がその方向なのか、後日、改めて検証する場を持ちたいと思っています。
1997年にイギリスでは、17年ぶりにサッチャーの保守党から労働党が政権を奪いました。サッチャーはすでに降りていましたが、労働党が政権に帰り咲いて、今の状況では、英の保守党はEU統合問題で分裂しているという中、4年後の総選挙においても労働党が勝つであろうと言われています。
イギリス労働党は1994年に綱領改正をしまして、党規約4条から「国有化」条項を削除しました。旧来の社会主義志向を完全に払拭したわけです。さらに、労働党自身を労働組合が利益代表として作ったという経過から、党への団体加盟という制度がありまして、大会をしますと、団体の構成員数によって、例えば9割も労働組合代表に評決権が与えられるような状況がありましたが、この間、個人加盟を重視して、規約改正が行われるなどブレアー党首という人材も得て、[New Labour]=新労働党として再生してきた。さらに、従来の党支持層に、職員層、知識層などの中間層の上層にも、支持を拡大してきています。
イギリス労働党の場合は、党を維持したままで、政策を転換してきた。79年の「不満の冬」と言われる、労働攻勢が労働党政権を倒すという状況以後、党内に社会主義派の台頭、総選挙での敗北などがあり、その後、現在の新しい路線を確立していったということは、これまで日本では余り紹介されてこなかったことです。
また、同様に中道左派政権であるイタリアの場合ですが、こちらの場合は、共産党自身が、自己変革し、左翼民主党になって以後、中道左派=オリーブの木を推進してきたわけです。我々の記憶でもイタリアは構造改革路線というイメージがあったわけですが、80年代を通じて、共産主義から「新しい左翼民主主義」路線に転換し、現在はDS(左翼民主主義者)という大きな勢力を形成しているわけです。少数政党が乱立をして、キリスト教民主党が政権の軸にいるという状況から、汚職事件の続発によって、キ民主党が分裂、一方で中道も加えたオリーブの木勢力が政権を取ったのが、1997年。その間に、選挙制度も小選挙区制に変わってきています。
先程の世代論との関係で言えば、イタリアの場合も60年代後半に学生運動の高揚期があったわけで、その世代の活動家がほとんど現在の共産党に最終的には加わっているということ。イギリスの場合も80年代を通じてたくさんの不満分子がいたそうですが、これらの人々も大きく現在の労働党の中にいるということ。「ベルリンゲルの子供達」という本が出ているそうですが、ベルリンゲルの背中を見て育った世代が、現在の党中枢にいるというわけです。日本の場合は、どうなのかなと思うわけですね。
EU15ヶ国のうち、13ヶ国がなんらかの形で中道左派政権というヨーロッパの状況について、我々も注目する必要があると思うわけです。
民守:イギリス労働党は、労働政策については、どうなんですか。
佐野:政権について以降、最低賃金法の制定、労働関係の法整備など積極的に進めているようです。

<資本主義は勝利したか>
吉村:89年にベルリンの壁が崩壊して、91年にはソ連が崩壊するということで社会主義体制が崩壊すると、しかし皆思っていたけれど、資本主義もそううまくいくはずがないということ。市場の原理ということで、弱者切り捨てというのが日本でも強く出てきているわけですが、そのプロセスの中で、最初の波が95・6年頃にポーランドでしたか、東欧で党が復活すると。それから97年くらいからヨーロッパで社会主義政権が出てくると。これの評価をね、ヘッジ・ファンドのジョージ・ソロスでしたか、市場の原理はあかんと、ヘッジ・ファンドの頭目自身が社会正義が必要と言い出す.
これらを全般的に社会主義の復活というに考えていいのか、少なくとも資本主義がいきづまっていることは、はっきりしているわけで、行きつく先が、カジノ資本主義と言う状況。さらに、そこで言われている社会主義というのが、従来の社会主義とは違うわけですね。少なくとも社会正義というのを追求し、実現していく、その中身を民主主義的な方法で追求していくわけですが、その形態は国によってそれぞれであると、いろんなプロセスがあって、いろいろ内容は違うけれども、それを社会正義の実現という言葉で包括できるものなら、再生ということで考えていいのかどうか。僕は、主観的にそう考えたいと思うわけです。

<マルクス主義理論の再検討>
さらに、もう一つ、マルクス主義が持っていたもの、唯物論哲学から史的唯物論、剰余価値学説、階級闘争論などの、どこが残って、どこが間違っていたのかと。これは一人ではできないので、つまり分業体系でね、検討する必要もあるのではないか、と思うわけです。
少なくとも、今までの私たちのマルクス主義の概念と確かに違う、ヨーロッパの新しい民主主義とね。どこが違ったのか、理論的再検討をきっちり全分野にわたってやらんといかんと思うわけ。それが皆やれていないしね。何人か集まって、それぞれの分野で、こういう所が間違いであったか、ということをね。
それから、どう考えていいのか分からないが、今年ですかソビエト共産党の第32回大会があって、初めて旧ソ連の構成国から共産党の代表が集まったそうです。そしたら、ヨーロッパにおける社会主義化の波とね、ソビエトにおける共産党の動きに関係があるのかないのか。そして、おそらく共産党の32回大会の事なんか、ほとんど知らないのではないか。
それからもう一つ、吉瀬さんですか、イギリス労働党についてお話を聞いたのですが、働いて賃金をもらっているものは労働者だと、ホワイトカラーもブルーカラーも一緒に考えてきたわけだ。しかし彼の場合には、ブルーカラーがホワイトカラー化した、そしてホワイトカラー化した労働者に適応しながらイギリスの新しい社会主義の路線を作っていったと。私にはとても印象的だったんです。理論的には労働者であっても、ホワイトカラーと考えている、そして技術革新でホワイトカラー化しているところで、ホワイトカラー化というものを、どういうように考えるべきか、取り込んでいったらいいか、ということだと思うんです。この層への取り組みに我々に柔軟性が欠けてきたのではないか、と思うわけです。
少なくとも破綻した、と言う事は目に見えてきたと思う。
さらに、労使の関係というのは、売った買ったというドライな関係であるはずなのに、俺は会社に20数年働いてきたと、尽くしてきたのに放り出すとは、何事か、と。本来そんなことはありえないわけです。そういう家父長的労使関係の幻想をどう突き崩すか、ということなんだが。
まとまらないんだけれど、今日もしもう少し人が集まっていたら、何も結論を急ぐh必要はないんであってね、いろいろな考え方を出す、年代が違い、活動の場所が違い、現役からリタイア組みから出してもらって、皆バラバラになっているのを、そういうことを語りあえる場、社会主義のことを語り合える場が少なくなっているから、中央大阪、北大阪、南大阪みたいな場を一月に一度でも集まる場があればね。というのは、皆自信が持てないわけ、話し合いがないとね。
佐野:率直に言いますが、僕らの年代の半数は、自信喪失状態ではないか、と思うんです。それぞれ生活があり、また労働運動をしていたりはしてますが、忙しさに負けてね。半分が自信喪失、半分が何とか踏み止まろうと、していると思います。
吉村:社会主義も言われるようにみじめなものではなかったと思います。ヨーロッパの状況をみてもね。日本が一番ヘンなんですがね。

<史上最悪の失業率とホームレス問題>
巣張:労働者が今の生活をどう見ているのかというところが分からないんだが。失業者は多いし、ホームレスは大阪が一番多いと言うし。それに対しても運動が弱いし、悪い事する奴に対する攻勢も弱いし。総評・社会党やったら、どんどん行動があったと思うわけ。ホームレス問題もや。大塩平八郎の時も町民の米弼が空になった時に奮起したというかね。
吉村:意図的にホームレス襲撃なんてことになったらファシズムになりますからね。ところが、失業率4.4%、300万人とホームレス問題は繋がっているんですから。
民守:ホームレスの問題は、連合でも調査したり、大阪市内で8630人かな。民生対策として検討が始まっていますが、国会の労働委員会でも問題になってます。どちらかと言えば景観問題の面もあります。きっちりとした内容をださないと、治安対策になってしまう危険性もあります。
吉村:新聞に出てましたが、ホームレスが近くにいると、レイプされたとか、うわさが出るそうで、大変危険だと思うわけです。
中村:普通の給与所得者がホームレスになっているようですね。

<民主主義と社会主義の関係>
民守:資本主義の中で社会主義的な政策の取り込が行われているということでしょうか。長銀や日債銀の国有化問題も永続的になれば社会主義ということになるわけですが、一時預かりということで問題になっていない、ということでしょうか。イギリス労働党でもあいりんの問題でもそうですが、労働者主権の下での社会主義政策の実行と資本主義の中での社会主義的政策の一時的導入は根本的に違うものだと思います。もう一つは、労働組合の幹部は、これまで社会主義ということが頭にあったということですが、私の方はそうでもなかったのですが、学生時代そっちの方の勉強は好きでなかったわけですが、どっちにしろ思うのは、女性問題でもそうですが、民主主義というものを社会主義と分離させて考えてきたのではないか、民主主義の究極的な発展形態が社会主義であるとすれば、なおさらなんですが。
吉村:感覚的にそう思うのであれば、理論化せなあかんですよ。一時、民主主義の徹底が社会主義だ、と森さんが言ってましたね。あれをもう少し書いておいてほしかったな。
佐野:生駒さんも反省することが多いでしょう。(笑い)
生駒:反省は多いな。(笑い)そのひとつに、社会主義には生産力理論というのがあって、たいへん色濃く濃厚であった。先程雇用100万人計画の中に環境型の問題が出たけれど、環境問題について社会主義ほど鈍感で、むしろ社会主義国と言われた国ほど、僕は悪い役割を果たしてきたのではないかと。原発問題でもそうですが、私自身もそうですが、それほど重視していなかったですね。しかし、ここまで来ると非常に大きな問題になっているし、人類の未来に関わってきているし、今度、生産力主義の裏返しの問題が出てきているような気がします。その辺で理論的な反省がいるんだろうという感じがしています。
佐野:平等感というのも違ってきていますね。昔なら、服がないから大量生産して衣食が足りたわけですが、今は私はこれが欲しい、私はあれが欲しい、という個性的な欲求を満たす時点での平等とは何か、と言う意味で確かに変わってきていますね。
生駒:吉村先生、先程ロシア共産党の話をされましたが、それはどこで読まれましたか。
吉村:「思想運動」でしたか、「解放」でも見ましたよ。
生駒:反省の上にたっているのなら良いのですが、なにやら民族主義的なものを感じるんですが。本来の民主主義的な意味でのものであればいいのですが。確かに、今のエリチィンに対する反発というのはわかるんですけれど、代案がいいものなのかどうかですね。
吉村:資本主義の一人勝ちではなかった、というのははっきりしていますね。
しかし、佐野君の同年代やそれから若い人の中に、資本主義に敗北したということで、流されていくというとね、。私も思い出すと色々な顔がでているわけだが、どうしているのかな。
佐野:前にも言いましたが、大学時代に研究会で「小野・森だ」でやってて、チュウターなんかやってたやつ程、何かに没頭している、という感じですね。
吉村:何かやっているということだけでもね、それこそ知らせてもらったら、と思うわけです。年賀状はたくさんもらっていますが。
生駒:Eさんなんですが、今あの会社の組合委員長なんですが、ずっとなんですが。
巣張:よーやっているな。
生駒:今日は名古屋に出張で、出られないそうなんですが、この2月にやっと年末の一時金の決着がついて、2ヶ月が1ヶ月になったそうですが・・。それでも組合員はしっかり守っているそうです。あの人はやっているな、と思いますね。
民守:社会主義の崩壊に余り落胆しなかった方なんですが、少なくとも今の社会の中で労働者の利害を大切にするような、社会主義的と言ってもいいのですが、具体的な政策がなされるべきだ、とは思っているんです。例えば、規制緩和ではなくて、労働者保護という意味で規制強化ということも必要なんです。また、小さな政府より大きな政府、また地方分権の推進みたいなことも、社会主義的な政策なのかな、とも思うんですが。とりわけ若い世代については、具定的な政策の議論をしないといけないと思うわけです。

3、現代若者の労働観と変革の時代

<現代の若者の状況について>

小野:学生たちと接していますと、今の若い世代は現在のシステムとは何か非常に違うものを求めているように思います。今とは何か根本的に大きく違うもの、それがあるはずだと漠然と感じながら、それはどこにもないわけです。求めているんだけれど、はっきりした展望としてはどこにも得られない。もっと下の子供の学級崩壊問題などにも、そのことは現れていると思うんですが、要するに何の未来的展望もないという状態です。
例えば、最近のセクハラ問題にしても、あるいは地球環境問題にしても、福祉問題にしても、多くの様々な問題に関して個別の問題としては取り組まれてはいても、一つの大きなヴィジョンに包摂されたものではない。だから、個別問題にのめり込む人はどんどんのめり込むし、そういう単目的運動タイプがどんどん出てくるんですが、それにしても何か違うんじゃないの、という気分はあるわけです。
吉村先生が先程おっしゃったような、マルクス主義とは何だったのか、現実の社会主義世界体制とは一体何だったのか、という話をしてやると、学生たちの心にはすごく入るんですね。びっくりするぐらい入るんです。
つまり、何か漠然とした不満・不安があって、それは我々の頃に「時代閉塞感」と言われたような感覚とはかなり違うのですが、でも多少とも依拠できるような「大きな枠組み」もないし、具体的な解決策も何も無いという状況だからこそ、いっそう大きな展望に惹かれるということです。かなり、時代の雰囲気は変わってきていると思います。30代がいないという話がありましたけれど、むしろ20代の中から出てくるのでは、という気がします。

民守:組合の中でも、団塊よりも若い人の方がグループでいろいろやっているという印象はあります。もちろん統制型ではなくて。阪神大震災のは特にそれが出ました。何かをしたい、というエネルギーですね、三無主義とか言われながらね。我々と違った価値観なんですが、求めているといんは感じます。障害者運動なんかにも若い人がボランティアに来てますし。若者に、将来へのビジョン、メニューの提示が出来てないように思います。

小野:私自身が学生だった頃と比べて、学生たちの気分が根本的にどこが違うかと言えば、労働というものに対する考え方が違うわけです。我々の頃は、卒業したら企業に入ると思い込んでいて、しかも入社する企業は大きい方が良いというのがあたりまえであったわけですし、そこからドロップアウトしたら人生破綻する、ということでした。
今の学生は、そんな風には全然思っていないんですね。好きなことがしたい、好きなことをして趣味と実益が合って儲かればそれでいいと。それが見つかるまではパートでもなんでも良いから、フリーターみたいなことをする。それで十分食っていける。要するに「自分探し」ということをやっているわけです。
労働観そのものが、ガラッと変わったと思います。それが何を意味しているのか、ということです。私は、今、これまでの企業観・労働システムが、巨大な変革期に直面しているということではないかと考えています。この労働観の変化というものを、きっちりと理論化していくとすれば、どのような理論作業が必要なのか。
確かに、今の若者たちの行動パターンは、我々が保持してきた価値観・労働観からすると、どこか無責任でいいかげんに写るんですけれど、そうではないんです。生き方そのもの、生きがいそのものが時代として変わってしまっているんです。これは日本だけでなく世界的な傾向で、アメリカなんかもっとずっと進んでいる、ヨーロッパでもそうです。日本はかなり遅れている方でしょう。
労働観・人生観に関わる、そういう雰囲気の変化、価値観の変化をベースにして、ヨーロッパでは新しい形の社民主義政権が誕生している。この欧州の社民政権の考え方は、確かに以前の社会民主主義とはまったく違う、そういう価値観の変化、労働観の変化というものを多少なりとも取り入れたからこそ大衆に受け入れられているのだとは思います。しかし、今大切なのは、じゃ、その先に何があるのか、その先を考えることではないでしょうか。
今のヨーロッパ型社民の考え方、いわゆる「第3の道」というものですが、私は未来への道はこの志向性の中には無いと思います。確かに、それなりに新しい考え方ではあるけれども、考え方そのものはずっと昔からあるものを焼き直しただけですよね。考えるべきは、根本的な労働観の変化のその先に何があるのか、ということをもっと大きなグランドセオリーとして出していく必要があるのではないかということです。

<小林よしのりの「戦争論」>
中村:関係あるかどうか、なんですが、小林よしのりの「戦争論」が流行った時に私思いました。若い子は自己実現を探していると思っていたけれど、そうじゃなくて、あれはとてもわかりやすく書いてあって、ひどい文章だけれど、すごい大反響でベストセラーになったでしょう。ほっておいたら「国のために死ねるのか」みたいなのに行ってしまいそうで、・・・難しい説教調でなく語り言葉で話すんですね。「国のために死ねるのか」というのが新鮮だったんでしょうね。

小野:今年、私のゼミの学生が卒論に取り上げたのが、その「戦争論」だったんです。議論もかなりしました。要するに、小林が語っている問題は、戦後の民主主義の潮流が覆い隠してきたものなんです。きちんと議論をしてこなかった、避けてきた。当然、その中に様々な矛盾があったはずで、そこをうまく突いている。国家という枠組みを前提した上で国家とは何かを考えれば、当たり前の疑問ばかりですから、国家に関する何の思考訓練もしていなければ、彼らの論はすっと染みとおるように入るのです。やっぱり、グランドセオリーを作る中で、戦後50年、隠してきたものを逆の意味で真剣に議論する必要はあると思います。
例えば、自由党の小沢党首の改憲論的考え方についても、やっぱり同じように学生たちに入り込んでいます。小沢党首も、そういう同じ点を突いているわけですね。「普通の国」なら軍備を備え、愛国心を涵養するはずだ-そうした議論に対して、国家とは何かを曖昧にしたままの従来型護憲論の枠組みを根本的に変えるような、あるいは一国平和主義的な偏狭な国家論に基づく考えを変えて、民族国家の思考枠組み自体を超える新たな世界平和のグランドセオリーを建てないと、とても対抗できないと思います。でなければ、これは必ず負けると私は思います。
私は、自衛隊と平和憲法を如何に両立させるかに関して、自衛隊から日本国籍を奪い国連常備軍(自衛隊員は日本国籍を失い史上初の「地球人」となる)として無償提供すべきだとの主張を論文に書きましたが、世の中はとてもまだそこまでは至っていないようです。

中村:学生の人は、小林よしのりを批判する立場ですか。
小野:もちろん、受け入れるほうです。ずっぽりと。
巣張:こっちの方がないんやからな。
民守:若い人に、仮に「社会主義」という価値観が通用しないのだとしたら、なおかつ危険な方向に行かないようにする立場をさがすか、という議論になるんでしょうか。

<社会主義的「企業家」の問題>
小野:まだ旧ソ連が健在だった90年に、オレグ・シャフナザロフという人が、「私的所有-静かなる革命」という論文を書いていまして、私はそれを亡くなる直前の父から読んでみろと教えられ、父の死後、91年にその紹介論文を大学紀要に書きました。シャフナザロフが何を言ったかというと、人々の私的所有に基づく経済的自立ということが最も大切なことであって、私的所有そのものを認めなければならないと、ソ連社会主義体制の中にあって主張した訳です。彼は全ソ労働組合の研究所のスタッフでした。
そうした考え方が旧ソ連に出てきまして私は驚きましたが、実はそうした考え方の源流は50年代、60年代にすでにあったわけです。80年代に、ハンガリーで「社会主義所有論争」という有名な論争がありましたが、それ以前から「社会主義的企業家」=社会主義が目標とすべき最高の価値目標は、人々が自立した企業家として、経済生活を自由に作り出していけるよう支援をしていくべき、という考え方があったのです。リシュカ・チボールというハンガリーの経済学者が60年代から唱えていた説です。私は80年代後半に、このリシュカ理論を勉強しまして、これはすごい、1960年代からこんな考え方を共産主義体制の中で唱えていたということにびっくり仰天しました。
実は今、この考え方は、中国にプラグマティックに取り入れられていて、国有と国営は違う、国有であっても民営でやれるというような考え方に変わってきて、いわゆる「社会主義的市場経済」という形で唱えられています。これは、共産党が国有主体である限り中途半端に終わるでしょうし、うまくいくはずがないと思いますが、考え方自体としては非常に面白い、新しい考え方です。本来、社会主義の議論には国有化論が付いて回るわけですが、国有にして誰が管理し運営し収益を上げることができるのか、それは民営でかまわないよと。そこでは、「所有と経営の分離」として現れている、資本主義の下での所有問題とも同質の問題があるわけですが、このさらに先に、所有と利用との積極的切断が土台となったときには、所有の概念そのものが変わってくるわけです。
古来、革命的変革とは、所有主体の変更を伴うものです。今、起こりつつあることは、所有概念それ自体の根本的変化への動きです。これは、国家論の問題とも直結することになります。ひと頃、「社会有」ということが議論になったことがありましたが、社会有という概念の下での徹底的な民営化をリシュカは早くから唱えておりまして、そうした方向が有り得るのかどうか、徹底的に議論する必要があると思います。

4、「市場(いちば)経済」と資本主義経済

<「いちば」の思想と「しじょう」の思想>
私は、「非資本主義的市場(いちば)経済システム」、別の用語で「万人起業家社会論」と名付けている構想を唱えているんです。つまり資本主義経済システムではないけれども、市場(いちば)経済システムではある、market economyではあるということです。このネーミングは全然受けないので、何か他に良い名前があったらお教え頂きたいのですが。要するに、すべての人が経済的に自立・自律し、自己の経済生活を自分の力で築いていくための経済社会的な土台を如何にすれば築いていくことができるかということです。 このことを理解するには、市場とは何か、資本主義とは何か、に関する原理的考察が必要です。何よりも先ず、「市場」という経済学用語を如何に理解するかが問題となります。これまでの経済学では、その漢字を「しじょう」と読んで、「いちば」と読んではならないと教えてきました。私はそれを「いちば」と読めと教えています。
「しじょう」という読み方は、西欧経済学を輸入してきた日本独特の言い方です。西欧経済学を輸入した時、その経済学はすでに「マーケット・エコノミー」を「価格メカニズム」として定義していました。現実の「いちば」で何が起こっているか、人々の思いがどんな交換関係となって渦巻いているか、そうしたことを一切捨象して、「モノ」と「モノ」との交換比率を表現する、きわめて抽象的で数理的な「価格メカニズム」理論に置き換えてしまっていたのです。日本に経済学が輸入された時、日本の学者たちは「いちば」という具体的な場で起こる複雑極まりない現象・状況をすべて説明する新理論として、それを了解しました。その結果、「マーケット」を「いちば」と翻訳するのでなく、「しじょう」と読ませることで、そうした西欧経済学流の価格理論を意味する言葉として定義したのです。その結果、今でも経済学の教科書の1ページ目は、価格メカニズムの説明から始まります。
マルクス経済学の場合は、ご存じのとおり「商品」から始まります。どちらにしても「モノ」から出発する。マルクスは商品というものに隠された人間関係というものを、商品を解き明かして行く中で追求していくわけですが、少なくとも出発点は商品という「モノ」であって、彼が問題にしたのは商品に含まれる労働量なんですね。
私はまだ教科書を書いていませんが、書くとしたら、1ページは「交換」、つまり市場(いちば)での交換。交換するのは人間ですから、交換の「場」において、人間と人間がどのような思いで取り引きをするか、どのような情報や知識のやり取りをするか、それが経済学の出発点でなければならないのではないか。つまり「モノ」ではなく「ヒト」が出発点になるべきだ、と一生懸命に言っているわけです。市場(いちば)とは、人と人とが対応して、相対取り引きをする「場」、交換の「場」としての市場(いちば)なんです。マーケットとは、きわめて具体的な交換の場そのものです。そこでは、毎日のように無数の交換が行われ、無数の人々の複雑な思いや欲望や諦め等々が錯綜しています。そこで成立する価格関係は、そうした無数の要因の刹那的一断面に過ぎないのです。
「いちば」とは無数の人々の思いから成る「場」なのだとすれば、一人の思いが変われば、価格関係も変化します。それは無限の価格が成り立ち得る、無限の変化可能性を孕んだ「場」なのです。そこに「経済法則」と呼べるような定型的関係は成立しませんし、「等価交換」などという関係も一切成立してはいません。これまでの経済学は、ヒトが行う交換行為を「価格メカニズム」や「経済法則」の中に押し込め、ヒトの要因を徹底的に排除しようとしてきました。経済学において、優れた「理論モデル」とは、ヒトの恣意的意図が一切寄与する余地のない、ヒト抜きの抽象的・数学的モデルのことでした。ヒトの関与要因を一切消し去ったモデルこそが、エレガントなモデルとして学問的に評価されてきたのです。
しかし、ヒトとは、無限に複雑な存在なのではないでしょうか。ヒトが創り出す現実の経済現象から、ヒトを消し去ってしまったら、そこに残るのは非人間的な自己満足的学問に過ぎないのではないでしょうか。私の経済学である「万人起業家社会論」は、出発点にヒトがいます。ヒトどのような思いと共に交換に参加していくか、交換を通じてどのような経験を得るか、それが私の経済学の第一頁です。

<資本主義をどう定義するか>
昔、大阪市大の院生であった頃、教授連中をつかまえて「先生、資本主義を一言で定義してください」と聞きまわったことがあったんです。一言で定義できる教授は、一人もいませんでした。それは、彼らが市場経済に関して従来の理解の枠組みに止まっていたからですし、資本主義経済と市場経済との違いなどという原理的概念を何一つ考えたことがなかったからです。彼らは「資本」概念すら定義できませんでした。
私が資本主義と言う時、それは「法人企業主義」を意味しています。資本主義とは、要するに「資本」が主人公であるような経済社会システムのことですが、資本とは、すなわちその体現者=実際に資本を処理し管理し運用している法人企業のことですから、資本主義というのは要するに「株式会社主義」なんです。
そうすると、非資本主義=資本主義ではない経済システムとはどういうことか。それは、法人が主人公でないということです。では法人企業支配社会をどう覆すかという事ですが、法人企業が主体でなく、人間個人一人ひとりが経済主体と成り得るような、究極の民主主義みたいなシステムを考えています。実は、それこそがマルクスの希求したものでした。株式会社でもなく協同組合でもない、個人をベースとする協同的事業形態をマルクスは模索しました。マルクスは一番最後の晩年に「株式会社でもなければ、協同組合でもない、新しい協業形態とは一体何なのか」を一生懸命考えましたが結論は出ませんでした。
その答えというのが、「万人起業家社会論」の中にあるのではないか、と思うんです。
民守:反論するわけではないですが、封建社会が資本主義に発展する過程には、今おっしゃっている非資本主義的市場経済が存在したはずですね。
小野:そのとおりです。
民守:それでは、そこへ戻るということですか。
小野:違います。結局、この考え方を体系化するためには、すべての学術用語の再定義が必要になります。例えば、先程、今までの市場(しじょう)という言葉を、「いちば」と読めと言ったことは、「いちば」における人間の交換行為を如何に理解するかに直接に関わってきます。
そういう市場(いちば)関係はつまり交換関係であって、サルからヒトになった時、ホモ・サピエンスと呼ばれるようになった時、すでに存在したのではないか。ヒトというのは、対他関係を抜きにしてあり得ないですよね。対他関係を持ちうるものをヒトと呼ぶととりあえず定義すれば、その対他関係は必ず「交換」であった。交換される中味はモノの場合も有り得るし、情報の交換、あるいはヒト自体(奴隷)でもあった。人類史とは、その発生の最初からそういう交換関係を前提にしており、つまり交換の場としての「いちば」が存在していたのです。
サルとヒトとがどこが違うか、それはモノとモノを「やり取り」するかどうかということです。生態学的とか動物行動学的にいろいろ議論はありましょうが、経済学的にみれば、要するにサルは相手の持つモノが欲しければ奪い取ることしかできませんし、また高等なチンパンジーでは自分が獲得したモノを獲得でなかった弱い相手に対して贈与することはできますが、自分のバナナを差し出して相手のリンゴと交換するような、高度に抽象的な媒介・相互評価能力を必要とするようなことはできません。
つまり、ヒトの特質というのは、他のどんな哺乳類・類人猿にもできないような「交換」ができるところにある。だから、人類史は、交換の場としての「市場(いちば)=マーケット」を使ってきた歴史を持っているんじゃないでしょうか。封建時代であれ、古代、先史時代であれ、すべて市場(いちば)関係というものをベースに社会が成り立ってきた。その市場(いちば)のやり取りがベースになって、そして制度的に複雑化され組織化され、また「いちば」の自由が拡大され「いちば」への参加者も拡大していくプロセス、それが人類史ではなかったか、と私は思います。

<法人支配が資本主義時代>
その一つの今日的発展形態が資本主義なのです。だから、資本主義経済という概念と市場(いちば)経済という概念はまったく違うものです。ところが今までの「しじょう」読みの経済学は、市場経済=資本主義経済とほとんどイコールと見なしてきた。市場経済と言えば資本主義のことであり、資本主義経済と言えば市場経済というように、暗黙のうちに考えてきたのです。ところが、「いちば」経済と資本主義経済とは、概念的にまったく違う。だから、その概念を区別するところから経済学は出発するべきではないか。
ポスト資本主義の時代を考えても、市場(いちば)経済を離れることはできません。つまり、経済時代を画するメルクマールは、そういう市場(いちば)経済を、誰がどのような形で支配してきたか、ということ。武士であるのか貴族であるのか、あるいはその土台に奴隷制があるのか農奴制なのか、そういう違いです。資本主義時代には誰が市場(いちば)を牛耳っているのか、法人企業(株式会社)でしょう。
非資本主義的市場経済システムへの方向は、少数の巨大企業が「いちば」を支配するようなシステムから、個人一人ひとりが主体となって「いちば」に大規模に参加し「いちば」を駆動させていく新たな時代への前進であって、当然、個人の自由が平等に保証される新たな民主主義の土台の大規模な建設・拡張をもたらす方向への変化なのです。それは、個人が身分制や土地に縛り付けられていた資本主義以前の封建主義や、古代・中世の農奴社会への後退であるはずがありません。マルクス流の言い方をすれば、それは「資本主義が達成した巨大な物質的成果を土台に、その上に打ち立てられる個体的所有の再建」そのものなのです。その意味で、数年前に、「21世紀にこそ可能な共産主義?」という論文を書いたことがあります。
法人制資本企が経済の支配的担い手として登場してくるのは、19世紀の終わり頃からですね。資本主義がいつ出来たかって言う議論ですが、いろいろな議論がありますが、その本質に着目すれば、19世紀であって、それ以前の17・18世紀は、プレ資本主義ということができる。そういう新しい規定ができる。
そして、法人企業が主導型の市場(いちば)経済システムというものは、もう今や崩れつつある。私はその意味で巨大な変革期である、と言っているわけで、それは先程申し上げた学生たちの気分の中にも、極めて濃厚に現れてきているわけです。もう法人企業に就職するのは嫌だ、という形で。それから、どんどんドロップ・アウトしていく、自立していく、起業家として。退職者が自分で会社を作る、また女性が仲間のネットワークを使って、また優秀な技術者がどんどんスピンアウトしてしまう、インキュベーションをやる、という世界的な、あらがい難い現象。つまり、資本主義はそういう意味でつぶれつつあるのです。ある意味で、インターネットは資本主義の敵だとすら言えるかも知れません。

<起業家をどう育てるか>
だから、労働運動・民主主義運動の課題という点からしても、起業家的な自立をどう育てていくか、ということが運動の基本課題となるべきでしょう。自治体も一生懸命インキュベーションをやっていますが、あれは本来、労働組合や民主主義勢力がやるべき仕事ではないか、と思います。起業家の卵を育てるということ=経済的自立の道筋と土台を作っていく(インキュベーション)仕事ですが、今はほとんどの自治体がやり、国もやっています。通産省がベンチャービジネス協議会というものを作りましたが、大学もインキュベーション講座を作って、関西でも立命館、龍谷、同志社など、関東ではほとんどの大学が作っている。
今までの労働組合運動は賃金・雇用条件を守るということが基本任務でしたが、今はそうではなくて、人間として生きていくための土台つくり、社会的システムつくり、というのを本来やるべきではないか、と思うわけです。
民守:言っていることに誤解があるかもしれませんが、雇うものと雇われるものとの関係というのはこれからもあると思うんです。小野さんの言われることと私の考えが一致するとしたら、企業に従属する労働者ではなくて自立する労働者というものであろうかと、職業能力開発ということが言われますが、労働者自身が技能や技術を高めることにこれまで無関心であったことは事実だろうと思います。これらの支援事業が労働組合の要求でできたかと言えば、職業能力開発=研修=管理強化・労働強化、みたいな教条的、依存的観念が存在していたように感じていますが、そのあたりは一致しているのでしょうか。
小野:おっしゃるとおりだと思います。特に雇用という問題ですが、マルクスの同時代人にジョン・スチュアート・ミルという偉大な思想家がいますが、彼が主張したのは、「雇用関係の廃棄」ということなんです。「雇う・雇われる」という関係そのものが人格的従属・依存関係を生むんであって、これこそ個人的自由の最大の敵であると。その延長線上で「自由論」や「婦人解放論」を書くわけです。他方、マルクスはそういう言い方では直接言及していない。あくまでも労働対資本という問題設定なんです。

<田畑稔さんのアソシエイション論>
実は、数年前に、田畑稔さんが「マルクスとアソシエーション」という本を出されています。私はあれを読んでびっくり仰天して、これはすごいなと思ったんです。つまり、先述しましたマルクスの有名な「個体的所有の再建」という概念がありまして、これは平田清明さんの市民社会派と共産党派の間で何十年も前から議論されて、決着ついていなくてわけがわからないままになっているんですが、田畑さんは「個体的所有」の問題に絡んで、マルクスにおける「個体性」ということを徹底的に掘り下げているんですね。
つまり、ミルが言ったような「雇用関係の廃棄」という問題意識も、マルクスも当然前提として持っていた。やはり共産主義が実現すべきは、徹底した個人的自由であって、その実現の上に人々が新しいつながり方をどうやって創っていくのか、っていうことであって、だから「自由な生産者の連合」につながるわけなんです。
実はマルクスは、「社会主義」という言い方をおそらくしていないと思うんです。私まだちゃんと調べてないんですが、あくまで「共産主義」だと。その共産主義というのを私たちは社会主義だと思っています。ですからレーニンにとって社会主義化の第一歩は電力の国有化だったわけです。つまりすべてを国有化することが社会主義だったわけで、それを通じて共産主義へ、という道筋が描かれたわけです。
実は、マルクス自身はそうではなかった、ということを田畑さんは一生懸命書いているわけです。この指摘は非常に正しい指摘じゃないか。マルクスが例の個体的所有の再建という部分だけに、フランス版資本論を何回も書き直す、最晩年の作業ですがそこだけにこだわって、一生懸命推敲しているんですね。マルクスが何を考えていたのか、我々は原点に帰って、考え直さなければならないのでは、と思います。
佐野:失業に関する本が出ていまして読んだんですが、アメリカでリストラやアウトソーイングということで中高年の人が結構首きりにあって、その人たちが、例えば経理業務、税務などを引き受ける仕事を作りだしているというのがありました。日本の管理者層ならば、「経理部長はできるが、経理はできない」みたいな人がたくさんいるそうですが、アメリカの場合は首きりにあった人がたくさん会社を創ったという話なんですが、それは繋がる話でしょうか。

<非資本主義化しつつあるアメリカ>
小野:まったく同じ話です。要するにアメリカ社会というのは、半分は、もう非資本主義なんです。つまり、アメリカの国民の中上層部に属する人々は、企業への長期従属意識なんて全然持っていません。ある時期企業にいることがあっても、2・3年すると政府の役人してたり、また2・3年すると大学の教授してたり、あるいは全部一緒にやっているとか。これはもう、私の定義によれば、資本主義ではないんです。
アメリカ中上層部のかなりの部分で出来ているということは、その裏返しがあるわけで、それが黒人差別やマイノリティ、ブルーワーカーへのしわよせとして出ている。だから、アメリカの下半分は完全な資本主義、上は資本主義じゃなくなりつつある。ただ、一人ひとりが自立するようになると、リスクという問題が出てくる。生活のリスクをどうするのか。病気になったり、女性が出産したり、その時にどうするか。当然、人間も生き物で動物ですから、生まれた以上は生きなければいけない。人間以外の動物は何も労働しないで、もちろん「労働」しているわけですが、天からの恵みがあるわけです。人間だけなんですね、天からの恵みがないのは。狩猟採集生活をすればもちろん生きていけますが、まあ人間は労働をしなければならない、でもそれは個人のリスクに全面的に依存してなされるべきではない。そこに「社会有」という形態が支えうるのではないか。

<バングラディッシュのグラミン銀行>
私は「生涯生活必要基金」と言っているのですが、動物への天与の恵みのような、人間が一生涯生きていくに必要なものが、人間社会にあっては社会全体のシステムとして当然保障されなければならない、と私は思います。江戸時代以前には、「講」のような相互扶助システムが成立していました。今日の種々の社会保障制度やさまざまな手当て、退職金、生命保険などとして、部分的にはシステム化されています。でも、それらの多くは「天与の恵み」のようなものではありません。
一つの具体例ですが、バングラデシュ、世界で一番貧しいイスラム国ですが、貧しい国の中で最も貧しく、人間扱いすらされていないのは女性なんです。その女性達の自立をどうやって支援するか、そして発展途上国の内発的テイクオフをどうやって実現していくのか、という課題について、チッタゴン大学のムハマド・ヤヌスという教授が80年代前半に、グラミン銀行という画期的な銀行を創設しました。これは、何一つ担保らしき所有物を持たない最底辺の女性達に、無担保でお金を貸していくものです。ごく些細な額ですが、それで牛一頭買う、網かごを作って売りに行く、しかもグループを作らせて連帯責任を持たせる。そして回収していく。回収率は、バングラデシュの市中銀行では半分以下が常態となっていましたが、グラミンでは85%以上という驚異的な成績です。
銀行というと店舗を構えて人々が来るのを待っているのが普通でしょうが、グラミン銀行は違いまして、村へ出かけて金を貸すわけです。しかもタダ貸すだけでなく、一緒に経営指導や生活指導・栄養指導など事細かな支援態勢を組んでいます。女性の場合は、避妊まできっちり教えるというような、一種の総合的生活改善運動なんです。例えば、何年か前の国連人口会議で注目されたのが、バングラデシュの出生率の劇的な低下なんです。それはグラミン銀行の活動があったからなんです。これは、大変な評判になりまして、一つのモデルとされた。
これが1982、3年頃ですが、爆発的にバングラデッシュ全域に広がりまして、さらに同じような方式を取り入れる国がどんどん広がっていっています。先進国でもニューヨークのゲットーの黒人達を対象に自立支援銀行ができ、日本でも「市民バンク」が設立されるなど、そういう形で世界的に大きな運動になってきている。最底辺の人々、寝たきりのお年寄り、障害をもつ人々、幼子を抱えた寡婦等々が、どのように自立していけるか、それをどうやって助けていくか。それがすべての運動の出発点であり、前提とならなければならない、と私は思います。
民守:おっしゃることはよく分かるし、原点としては理解できるんですが、現場から見ますと、まだシステムが出来ていない段階で、・・・・皆路頭に迷うと思うんです。現実政策としてそれを対置するとたいへんな事になると思うんです。根本にする愚論としては、いいと思いますが。

<若者をどう組織化していけるか>
佐野:結論の一歩手前という意味での話なんですが、我々の組織というのはまだまだ統制型の運動なんです。今の若い人を考えると、それではもたない、ということは分かっているんだけれど、その次を考えると、今のお話は考えるヒントになると思います。
民守:労働組合も、ある意味では銀行などとおなじで護送船団方式であった。ただ、すぐに、そうのように変えていくというのもうまく行かない、個人加盟の組織に変えていくこともそうですが。
小野:例えばですね、この多くの人々が自立し自律的経済生活を自ら切り開いていく、そうした現象が日本でも社会現象として起ってきていますし、退職者やリストラされた中高年者たち、普通の家庭の主婦グループなど、市民レベルでの「起業」が増加しています。ただ、特に手を差し延べるべきは、今の学卒者でしょう。半分ぐらいは就職できていません。へんな格好でフリーターやっているというのが半分の半分くらいです。就職しても大企業なんか、うちの大学では無理なんで、もうどんどんやめて行きます。一年経って手紙をよこしたりすると、職場が変わっている。挙げ句の果てに、どんどん自立していきます。整体マッサージ師になったり、あるいは情報関係でゲームソフトを作ったり、やっぱり時代は変わっているんだな、と思いますね。そういう人々、若い層の自立を助ける運動をもし本格的に起こすことができるとしたら、大きな勢力になりうると思います。それから退職者、リストラされた人、そういう人々を繋ぐんですね。それらの人々は力はあるわけですから、その力をどうやって使ったらいいのか、要するに人に使われる経験しかありませんから、自立する踏ん切りがつかなくて、自分を使ってくれる企業や人を探すのが先になってしまっているわけですが、とにかく自分で立ち上がりなさい、という支援活動が
これからの労働組合運動にも不可欠ではないでしょうか・・・
民守:管理職でリストラされた人々は、求人活動をして、「何ができますか」と言われて「私は管理職です」と言ったという話がありますが、そういう意識をどう変えるか。

<労働組合はまだまだ閉じた世界>
佐野:今日の話は、労働運動をテーマにしていますが、巣張さんの現役時代とは違って、今、労働運動の世界は非常に狭い世界になっていると思います。うちの組合でもね、非常に閉じた世界になっています。ただ、私の場合は、環境の市民団体とのつきあいとか、今日のようなつきあいとか、いろんなチャンネルがあるので救われていると思っています。それがなければ本当に狭い世界なんですね。完結した世界というのは、本当に困るんですね。
巣張:今のままの日本の労働組合を見ていると、特権階級の組合に行きつつあるように思うわけだ。先生も言われたような労働者がどんどん増えているわけやね。本工はどんどん減らされているわけ。今の労働組合は差別をね、本工以外の労働者への優越感を持ってね、他の労働者にどう訴えていくのか、ナショナルセンターの活動は、政府とちょこっとやってね、労働条件は企業連の中で、みたいな、今の先生の話を聞くともっともっと、労働組合が運動をしなければいけないわけだ。むしろ今まで以上に、労働組合の運動が強まるということが必要なんやね。昔から企業別労働組合ではなんぼやってもあかんで、諸外国のように個人加盟の労働組合にしないとアカンと、前から言われながら定着している労働組合の歴史を、良い意味で変えていく。今解散してもあかんし、個人加盟でつくってもね、東京の内山さんもね、個人加盟の合同労組などを評価されている。しかし、それはそれなんだが、存在価値からみたら、百人増えたとかねそんな状況では、巨大な勢力になるかと言えば、僕は無理やと、あの展開から見ればね。それは、それとして、今の連合運動に刺激を与えていくとか、・・。
ただ、今の先生の話を聞くと、企業別か産業別か、みたいな問題は飛び超えているね。
中村:私、すごく(小野さんの)授業を受けたいと思った。すごく分かる。うちなんか凄く安定していて、係長にならなくても凄い給料がもらえるんです。悪いことさえしなかったらね。そんな中でも、若い人って、 人間関係につまづいたり、自分で飛び出して農業をやっている子とか、医者をめざしている子、外国のNGO活動をしている子とか、いろいろいるんです。きちっと準備をしてね。
おとうさん(小野義彦氏)の授業を受けた時も非常に感動したけれど、・・・凄い学生に人気があるでしょうね。

<大企業に入らないアメリカの学生達>
小野:学生に、いつも最初にアンケートを取るんです。大きな会社で安定的に働きたいと思っている人、手を挙げてと言っても、3分の1いませんね。毎年減っていますね。じゃ、君は何をするのというと「まあ、フリーターかな」って言うわけです。親はそうして欲しくない、と言うそうですが、会社って嫌という子ばかりですね。私が「君たちのそういう感覚は正しいんだよ」と先ず最初に言うと、すごく授業に乗ってくるんですね。僕たちの学生時代の感覚とまったく違う、君たちの感覚こそが新しい時代を創るんだよ、そういうことを社会のシステムに定着させていくことができるのか、それを考えるのが経済学なんだよとね。

民守:国立大学とか私学とか、大学によって意識は少しは違うんでしょうね。
小野:ただ、こういう感覚は先進国の中で日本が一番遅れているんです。アメリカなどはるかにもっと先を行っていまして、88年頃だったと思いますが、全米経営者連盟というほとんどのビックビジネスが入っている団体ですが、ここと商務省が連名である声明を出したんです。「学生諸君、大企業に入りましょう!」というアピールなんです。どういう事かと言うと、アメリカでは一番優秀な学生は大企業には行きません。彼らは学生時代に事業企画書、プレゼンテイションを作って、こんな会社を作りたいと全米を飛びまわっているんです。大学在学中に企業を作っている。ですから大企業に来るのは、優秀な学生ではないんですね。ですから、大企業のモラルが80年代、非常に低下したわけです。アメリカでは深刻な社会問題にまでなった。それで「声明」になってでてきた。大企業に入ろうと。アメリカはとうの昔にここまで来ているんですね。日本でも遅かれ早かれそうなります。ヨーロッパでも同様ですね。
民守:優秀の価値観が、日本と違う、ということもあるでしょうね。どちらかというと、知識偏重主義ですからね。
小野:集団主義、組織主義なども先進国の中でも、日本の特徴ですね。
民守:同窓会をすると、ドロップアウトした奴が会社の社長、というのが多いし、よく勉強できた奴が公務員ね。
佐野:僕らもドロップアウト組でしょう。勉強せんと旗振ったり、デモばかりしてましたよ。

<ドラスティックに変貌している大企業>
巣張:その観点から行くと、松下でも富士通でも、退職金をね給料の中に組み込むという賃金を導入しているでしょう。今の若い人はこれに賛成だということは、アメリカなんかの例を見て、優秀な若いのを企業が取りたい、というのがあるのかな。
小野:企業の内部そのものが、大きく変わってきているということなんです。昔は、従業員引きとめ、家族的雇用関係とか労使協調路線で来たんですね。ソニーや松下などの大企業は、ドラスティックに変わっています。リストラの人減らしではなく、むしろ社員個人を鍛えるために「出ろ」と言うんです。外の衛星会社や、企業内別会社を作らせて、分社化してしまうなどの変化は今では当たり前に起こっている。こうした変化に、労働運動も民主主義運動もまったく対応していないわけです。例えば富士通に行きますと、従業員が皆違うバッチを付けています。4つくらいの色がありまして、なぜかと聞くと、正社員は1割くらいしかいなくて、後はみんな出向や派遣だというわけです。派遣の形態も単純なものから、いろんな形態があるようで、働いている8,9割が富士通の社員ではないわけです。こんな形態があたりまえになっている。これに対してどうするのか、という話は聞いたことがないですね。
生駒;富士通自身も、外国からの部品の組み立てをしているだけ、みたいなね。
小野:アセンブリなんてしていませんね。
民守:企業の組織形態に変化が出ているのは、管理職は一人、トップは一人だけで、あとは皆フラットなんですね。提供型・参加型で会社運営がされている。それが広がりつつありますね。
小野:大阪に「類塾」というグループがありましす。もともと塾なんですが、非常に伸びて、もう塾なんてものじゃない一大企業集団です。入ってきた新入社員をいきなり社長にするんです。そして、会社をどんどん作れ、というわけです。ありとあらゆる事をやっています。社長の公選制とかも広がっていますし、やりたい奴は手を挙げろとか、社員は2年ぐらいは社長を経験するローテイション制のところも出てきました。大企業のドラスティックな変化というのも結局同じことですね。
民守:労働運動、労働問題に関わるものとして、大きく事情が変わってきていることは事実なんですが、ただそれに柔軟に、或は対抗的に対応できる労働組合なのか、それはどちらでも良いと思うわけです。ただ、その変化を見実据えた対応なのかどうかが問われると思います。見えていない、というのが現状と思います。
中村:たまごクラブのベネッセ・進研ゼミも面白いですね。新入社員に企画を出させる。だから企画ができないのが、こぼれていくわけ。たまごクラブがヒットしたのも、育児書は市場としては開拓しつくされた分野だったのに、女性社員が「おばあちゃんの智恵」を集めようと、おばあちゃんのネットワークを全国につくって発行してヒットしたらしい。企画したのは若い女性社員だったそうです。
佐野:結論を出さないのが、懇談会でして、刺激を与えあって、次に続けたいと思います。私の構想としては、次は教育問題を取り上げたいと思います。今後2ヶ月に1回程度を定期開催できれば、と考えていますので、協力をお願いして、終わりたいと思います。(編集責任:佐野秀夫)

【出典】 アサート No.259 1999年6月19日

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