【投稿】もうひとつのビックバーン–労働組合編-

【投稿】もうひとつのビックバーン–労働組合編-

世はまさに世紀末。来年は2000年のミレニアムの年。2001年にはペイオフが解禁されまさしく金融の自由化のなかで自己責任の貫徹という原則が私たちの生活の中にまで入り込んできています。日本版ビックバンの時に語られたのが「フリー、フェアー、オープン」、いわば自由で公平で開かれた競争が確保される市場を創ること。それが、グローバル・スタンダードとゆうものらしい。
これに対しては様々な人が批判、検討を加えていますが、わたしは日本の労働組合も同じことが言えるのではと思います。91年の証券不祥事の時、株の損失補填を企業だけでなく農協系団体、さらには労働組合系の共済会、共済組合までもがその「恩恵」に浴していたことを思えば自由で公平で開かれたとは言いがたい。
近年、労働組合の組織率の低下が憂慮されて久しいが、こんな調子なら組合員はその本質を看破するのになんの雑作もないはずだ。

<<労働組合とチェックオフ>>
先日、小渕首相は来年から政治家に対する企業団体献金の禁止のに「勇敢にも」決断をした。この時、自民党の労働部会では組合費の給与天引きいわゆるチェックオフを禁止できないものか検討をはじめたらしい。政治的な意図とは別に、たしかに自主・独立の組織である労働組合が自己の財政を企業の負担に任せることには問題があるのではないか。毎月の給料から支払われる大切な組合費を加入届のコピーを会社に渡すだけで、会社が取りまとめて(徴収代行)組合の指定口座に振り込まれている。これでは組合員からもらっているという意識が希薄になりはしないだろうか。

<<労働組合の自主・独立を>>
わたしは、労働運動の状況とかには明るくはないが、どんな組織、団体でもその財政のあり方は組織の根幹、本質にかかわる問題。それを人任せにすることの感覚には疑問を持っています。せめても、自身の組合の口座に振り替えができるように口座引き落としの依頼書を組合加入の際にとってもおかしくないと思う。つまらない事かもしれないが、自主・独立はこんなところから始まるのではないだろうか。

<<組合費は所得控除の対象に>>
これと同時に思うのは。組合費が所得控除の対象にならないのかという点です。
事業を営む者は申告の際に、商工会議所、商店街の組合費等様々な営業上に必要とされるものについては経費として損金の計上が認められている。サラリーマンもその生活の糧を得る為に労働するわけだから、労働組合の組合費は欠くことのできない必要経費として認められるべきだと思います。ゆえに所得控除の対象として税法改正を求めてゆくべき。
この時に問題なのが現状の組織率、所詮30%弱の者しか加入していないのにこんな制度は不公平ではないかという点。これに対しては、日本では労働法により組織を創ることの自由が確保されている事。さらには税制による支援で組織化の拡大が期待されることを考えれば合理性は満たされると思う。ついでに言えば、日本の貧弱な社会保障制度のため莫大な金額の生命、損保が存在し、それがあわせて年間で最高115,000円(所得税ベース)控除になっていることを考えたら組合費の所得控除は当然のこと。

<<組合にも国際会計基準とISOを>>
税法で対応する為にはもうひとつ大きな視点は、労働組合が社会的に公益性があり、その運営が自由で公正で開かれているかが問題。損失補填を受けたり、組合費の流用事件等の不祥事。政治資金との区別、対応が十分になされていなければ、当然その公益性が認められるはずがない。その為には、せめても産別単位、組合員1000人超、年の収入が1億以上の組合は外部監査を受けるべき。すでに法人格を取得して実行している労組もあり。ただし、絶対数が少ない。
さらにはある意味で組合もその運営上は経営感覚がなければ立ち行かない。国際会計基準の導入とISOの9001と14001(※1)を取るぐらいの経営手法と能力が必要となる時代が目の前に来ていると思います。労働界にもビックバンが必ず到来するでしょう。
先日、米国は中国がWTOに加盟することを認めた。そうなれば日本も相互互恵、最恵国待遇の原則から言えば単純労働者の受け入れを余儀なくされます。労働市場が変化するわけです。何が起こっても不思議でない時代だと思います。
わたしは、学生の時に「労働組合とは社会主義の学校」だというとんでもない空想にとりつかれていました。最近少しづつリハビリをしています。その薬は民主主義と改革が効くみたいです。

(※1)ISOとは、JIS規格という国家規格があるがWTOの加盟国は原則的に国際規格に合わせることが義務となっています。大きくは、品質システムの9000シリーズと環境マネイジメントシステムの14001に大別されます。いづれも製造、建設、サービス、流通等全業種が対象となっており、14001では自治体もその対象になっています。顧客(組合員)対するサービスの品質を保証しそれを知らせるシステムであり、環境への影響評価を行い、その改善のための「目標管理制度」のこと。
(豊中 宝山)

【出典】 アサート No.265 1999年12月18日

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【投稿】巨大銀行合併とリストラ-GDP後退と小渕政権のあがき-

【投稿】巨大銀行合併とリストラ-GDP後退と小渕政権のあがき-

<<内需総崩れ>>
12/6、経企庁が発表した7-9月期の国内総生産は、政府当局の予想に反して前期比1%減、年率換算3.8%のマイナス成長となった。その特徴は内需=国内需要の総崩れである。とりわけ民間最終消費支出が1-3月期の0.9%増、そして前期の1.1%増から逆に減少に転じたことは、GDPの約6割も占めるだけに重大であるといえよう。
同じ日に発表された総務庁の10月の家計調査では、全世帯の消費支出(個人消費)が前年同期比で名目3.1%減、実質2.3%減と深刻であり、次期の見通しも楽観できないことを示している。しかも99年度予算で膨大な赤字国債を発行して公共投資につぎ込んだにもかかわらず、国のみならず地方の財政悪化によって予算執行さえままならず、公的固定資本形成=公共投資が大幅に落ち込んでいる。もはやそうした従来型の景気刺激策の限界が明瞭になってきているのと同時に、国債発行残高がGDPをも上回る事態が景気回復の足枷になってきつつあることをも明らかにしてきているといえよう。
唯一の例外は、外需=純輸出16.7%増であり、これによって減少幅が何とかこの程度に食い止められたというところである。しかしこれとて、進行する円高によっていつ減少に転じてもおかしくない事態である。

実質国内総生産・GDPの推移      (単位10億円)
1-3月期   4-6月期   7-9月期
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実質国内総生産  482,863.1  487,498.1  482,809.3
前期比成長率     1.5     1.0     ▲1.0
年率換算             6.3     3.9     ▲3.8
民間最終消費支出 284,691.4  287,902.2  286,990.1
前期比                 0.9     1.1    ▲0.3
民間住宅      17,559.8   19,821.7   19,192.9
前期比                  1.4     12.9    ▲3.2
民間企業設備    79,829.1   78,158.2   76,497.9
前期比                  2.3    ▲2.1    ▲2.1
民間在庫品増加    182.2    638.0    903.0
前期比                     -     250.2     41.5
政府最終消費支出  46,558.6   46,942.0   40,751.7
前期比                   0.8    ▲1.3     0.9
公的固定資本形成  43,307.0   44,524.3   40,751.7
前期比                   6.2     2.8    ▲8.5
公的在庫品増加    -47.2    166.1     62.4
前期比                     -     -     ▲62.4
財貨サービス純輸出  10,782.2   10,345.6   12,071.1
前期比                    ▲10.2    ▲4.0     16.7
財貨サービスの輸出  64,367.3   65,308.7   68,363.7
前期比                    0.0     1.5     4.7
財貨サービスの輸入  53,585.1   54,963.1   56,292.6
前期比                    2.4     2.6     2.4
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<<「予想以上の下げ」>>
堺屋・経企庁長官は記者会見の中で「今回のGDPの伸び率が大幅なマイナスになったのは前年度の値を修正したためです」として、プラスに転じたときには否定した「統計上の原因」を今回は逆に力説し、「高原状態の中でのマイナス」であって、「いぜんゆるやかな回復過程」にあると言い逃れている。しかし「底打ち」宣言の当ても外れ、「予想以上に下がっているなという感じを持った」と言わざるを得なかったのである。
堺屋長官は先月16日に経済企画庁が発表した月例経済報告で、景気は「緩やかな改善が続いている」として、今年度の政府経済見通しもプラス0.5%から0.6%に上方修正し、「景気は最悪の事態を脱出し、回復の息吹が感じられる。来年度は2%成長を目指す」と、大見得を切ったばかりであった。
とすると今回のマイナス成長への逆転は、これまでのプラス成長の相当部分が金融機関への公的資金の大量投入、ばら撒き型公共投資の増発、公的融資と信用枠の拡大、住宅投資への一時的減税措置、等々、いずれも赤字国債発行を前提とした財政出動によって支えられてきたものであって、これらの対症療法的で一時的・短期的・カンフル剤的効果が長続きするものではなく、今度は逆のマイナス効果をさえもたらしかねない段階を示唆するものとも言えよう。

<<税収を上回る国債発行額>>
本来、これだけ長期間不況が持続すれば、当然自立反転する段階が到来するものである。しかし小渕政権ができてからだけでも、乱発された赤字国債は実に50兆円、国と地方を合わせた長期債務残高は99年度末見込みで608兆円(国が451兆円、地方が179兆円、重複分22兆円)にも達し、GDPの1.22倍以上という異常事態である。こうした巨額の借金財政が、本来財政が持っている「所得の再分配機能」を阻害し、膨大な利払いが国債を保有する大手金融資本と独占企業、資産家や金融ブローカー、カジノ資本主義に没頭する有象無象に財政を通じて流し込まれ、GDPの圧倒的比率を占める個人消費増大には流されない、むしろ税を通じて利払いに吸い上げるという不況促進要因となってきたのである。
99年度だけでも、国債発行額は38兆6160億円、99年度の税収見通しが45兆6780億円、地方交付税を差し引いた純税収は32兆5936億円であるから、国債発行額が税収を6兆円以上上回るという戦後初めての異常な事態である。そして99年度の国の利払い総額はなんと10兆9000億円にも達するのである。
11/25付け米紙ニューヨーク・タイムズは、1面トップで、「日本の経済刺激策――金メッキの施された景気対策」と題して、日本の公共投資は「ムダ遣い、浪費」、「穴を掘っては埋め、同じ作業を何度でも繰り返す古典的手法」、「これほどの放漫支出は米国ではあり得ない」と切って捨てている.。

<<「三井財閥の終戦記念日」>>
「個人消費は持ち直してきた」、「底堅い景気回復」などという政府やエコノミストの発言とは裏腹に、庶民には景気回復の実感などないし、逆に首切りからリストラ、増税に至る一層の厳しい不安感に追い込まれているのが実態である。 問題はまさにこれから産業再生法を利用したリストラが本格化することの景気に与える重大さである。大企業はこれ幸いと、次々と大規模な合理化案を発表している。10月以降に発表されたものだけでも、高島屋2000人、住銀・さくら銀合併で9300人、NTT2万人、三菱自動車1万人、三菱重工7000人等々、十数社だけ
で9万人の削減計画である。
これに金融機関の大規模な再編・合理化はこのリストラに一層の拍車をかけようとしている。興銀・第一勧銀・富士銀の三行合併は「ジリ貧三兄弟の合併」と揶揄されているが、これで総資産が世界一になったとしても、不良債権が5兆円を超え、これも世界一で、3行あわせて6000人の人員削減が発表されている。
さらに住銀・さくらの合併で、「三井財閥の終戦記念日」とまで言われた10/14の記者発表の席で、3人に1人の首切りが宣言されている。巨額の不良債権を抱え、株の含み益も底をついていた「落ちこぼれ組」のさくら、さくら側に壮絶なリストラを迫ることを条件に全面提携に踏み切った住友、この両行の合併後の総資産は98兆円、世界第2位の規模となるが、旧財閥の中核をなす2行の周囲には数千社の系列企業群が存在している。
両行は、3万人の行員のうち、2002/3月までにまず6300人、さらに2004/3月までに3000人の人員削減を発表、この数字は3月の早期健全化計画時点ではさくらが3500人、住友2000人であったものが倍近くに増大している。
当然、住友、三井両グループに属する金融資本グループは、住友信託・三井信託、住友生命・三井生命、住友海上・三井海上などが合併、合理化、リストラの対象となる可能性が急速に浮上している。さらに両行合併で融資比率や持ち株比率が上昇する企業群、とりわけ大手ゼネコンの鹿島、熊谷、住友建設、フジタ、三井建設、さらには長谷工、大林組にまで再編、切捨てが波及するのは必至であろう。
こういsた再編・合理化・切り捨ての波は商社やゼネコンから、自動車、化学、造船、重機、鉄鋼、すべての産業界に及ぶであろうことはいうまでもない。すでに住友化学と三井化学が合弁に着手、住友重機と石川島播磨の統合が取り沙汰され、住友商事と三井物産、NECと東芝、住友ベークライト・電気化学工業、住友金属・三井金属、住友倉庫・三井倉庫、住友不動産・三井不動産など両行グループのさまざまな組み合わせが俎上に上ってきている。これらグループに所属する従業員は何百万人にも及ぶのである。

<<リストラの「入り口」>>
問題は、「護送船団方式」といわれる国家独占資本主義の手厚い保護に寄りかかってきた日本の金融資本が、世界的な金融再編と競争の只中で、資本金の何倍もの公的資金を導入してもらって、それを悪用・流用して彼らの一方的に都合の良いリストラや銀行同士の合併、資金流用等々に何らの規制も制限もかけられていないことにある。
そのごく一部の象徴的な現れが、中小零細事業者には徹底的な貸し渋りを行いながら、金利40%、根保証、暴力的取り立てなどで『地獄の商工ローン』といわれる日栄、商工ファンドなどには、第一勧銀を筆頭に大手都銀が軒並み巨額融資をしていたことに現れている。
このようにして私的資本の論理だけで資本集中と独占化が一方的に進行し、強者への蓄積を強行すれば、これは逆に経済を疲弊化し、活力を奪うものでしかなくなる。
ソ連崩壊につながった、ゆがめられた「社会主義経済」の負の遺産でもある。こうした事態の進行に、「独占禁止」の視点からの注文がまったくつかない、政府は逆にこうした事態を奨励し、独占禁止法の議論を欠落させたまま、公的資本注入をさらに拡大させようとまでしていることに重大な問題が横たわっていると言えよう。
このような事態の進行は、リストラといわれるものが今はまだ「入り口」に差しかかったのであって、これからいよいよ本格化することを物語っているのだとも言えよう。帝国データバンクの調査によると、10月の倒産件数は前年同月より減少したが、不況型倒産の割合は逆に戦後最悪となっている。
問題はリストラだけではない。新規採用の手控えから、新卒の就職浪人が大量に出てくる可能性が現実のものとなりつつある。労働省の調べでは、来春の就職内定率は大学生63.6%、短大生36.5%、高校生41.2%と、調査開始以来最低の数字である。大卒就職未決定者が23万人もいるのである。
総務庁調査によると、すでにリストラ対象となって職を失った人々のうち、71万人が1年以上も再就職できないでいる。

<<「もうリストラは赦さない」>>
第二次小渕政権誕生で自民党政調会長に就任したあの亀井静香氏が、なんと中央公論12月号に「もうリストラは赦さない」と題して、「マスコミも労組もだらしない。
片っ端からクビ切りをしてはばからない大企業をなぜもっと正面切って批判しないのか。このままでは社会全体がなし崩しにくずれてしまう」と啖呵を切っている。
亀井氏は言う。「このあいだも経団連との会合で大きな声を出したんです。『あなたがたはリストラと名がつけば『そこ退け、そこ退け、お馬が通る』のつもりで、片っ端から人員整理・事業縮小をしてはばからないというのは、ちょっとおかしいんではないですか』と」、「連合の幹部も叱ったんです。『なにをしている。組合員の職を守るのがあんたたちの仕事だろう。それなのに最近はついぞ、人がクビ切りになっても団体交渉をやってスト権を確立したなんて話、聞かないぞ』と。頭を垂れていましたがね」といいたい放題である。指摘はまったくその通りである。しかしこうした
事態を進行させているのは、亀井氏が深く関与している小渕政権なのである。だがこれは同時に亀井氏一流の敏感な危機感の表れとも言えよう。
事実、第二次小渕内閣の自自公政権の支持率は急激に低下してきている。朝日新聞が11/23、24日に実施した世論調査では、小渕内閣の支持率は2カ月連続でダウンし、9月のピーク時に比べ、10ポイントも急落している。読売新聞の調査でもやはり支持率は連続で落ち込み、毎日新聞の11月調査では、支持32%、不支持39%でいずれも完全に逆転してきているのである。
亀井氏などに言いたい放題のことをいわせない、むしろ彼らの責任を追及し、自自公政権を瓦解させる労働組合や野党の反撃こそが問われていると言えよう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.265 1999年12月18日

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【書評】ミステリー新人賞と社会

【書評】ミステリー新人賞と社会
    –新野剛志『八月のマルクス』(99.9.9.発行)–

 ミステリー新人賞の中で、もっとも権威ある登竜門として知られている江戸川乱歩賞の本年度の受賞作品が、本書である。ただし本書の題名『八月のマルクス』の「マルクス」とは、かのカール・マルクスではなく、1930~40年代に映画で活躍したアメリカのコメディトリオ(マルクス三兄弟)のことである。日本ではそれほど知られているわけではないが、ドタバタが売り物のコメディアンたちである。
 この題名からも推察されるように、本書の主人公は、スキャンダルによってお笑い芸人を引退したコメディアンである。そしてその元の相方(こちらは今をときめくタレントとなっている)の失踪が事件の発端となる。その詳細なストーリーは、ミステリーという性格上、割愛せざるを得ないが、途中、芸能界の裏側を見せてくれる作品ではある。例えば、芸能レポーターのやり口、芸能プロダクションと局との関係、パクリ(ある番組を他のアジア諸国のTV局が、そっくりそのまま真似て放送する)、フォーマットセール(番組を他国の局に売買する)等々である。事件はこのような状況が複雑に入り組む中で推移していく。そして結末ではその全景がさらされることになるが、結局は復讐劇の様相を呈してくる。
 本書は、物語としてはまず楽しめるものであろう。しかしそこには同時に決定的な不十分さがあるように思えてならない。すなわち芸能界の裏側やタレントの内部を描いているとはいえ、その現状の暴露のみに終始している点がそれである。本書には、残念ながらこれ以上のものが存在していない。
 このことは、同じTV局を舞台にした作品である、野沢尚『破線のマリス』(97年度乱歩賞受賞作品)と比較してみても明らかであろう。『破線のマリス』の場合、主人公はTVニュースの編集者で、そこに一貫して流れているのは「マリス」(ジャーナリズム用語で「悪意」を意味し、意図的な中傷から無意識の悪意までも含み、これの除去の訓練が必須とされる)を軸にした問題である。それ故このミステリーは、それなりに社会批判的な目を持った読み応えのある作品であった。
 これに比べて、本書は、「マルクス三兄弟」というコメディアンを素材にした割には、主人公との関連づけに弱さがあり(ほとんど記憶に残らない)、プロットが細かい割には筋書が弱い、人間描写の差も歴然としているというのが率直な感想である。このことは恐らく、本書に掲載の「著者の言葉」で、著者自身が「格好いい小説を書きたい。それだけを思っていた」と語っていることと無縁ではないであろう。本年度の乱歩賞はいま一つというところであろうか。
 なおこれに関連して、昨年度の受賞作品についても、少し触れておこう。作年度は二作品で、池井戸潤『果つる底なき』と福井晴敏『Twelve Y.O.(トゥエルブ Y.O.)』であった。
 前者『果つる底なき』は、銀行を舞台にしたミステリーである。債権回収担当の同僚の死を発端として、先端企業への融資をめぐる大銀行の闇が描かれる。銀行内部の業務、情報の処理、、金の動き等なかなか読ませる作品である。このテーマは、高杉良の『金融腐食列島』につながるものがある。
 後者『Twelve Y.O.(トゥエルブ Y.O.)』は、日本の防衛問題をめぐるアクション・ミステリーである。冷戦下および冷戦後の状況でなお「12歳の子供」としてしか見られていない国家(日本)を「自立した一個の大人」として育て上げるために密かにつくられた部隊がその背景となる。この部隊の残党が電子テロリストとして、在日米軍のコンピュータ・システムをウイルスで攻撃する中で、日米両国の地下組織が暗躍するというものである。クライマックスの地点に、現実に普天間基地の移転先としてあげられている辺野古地区が登場するというのも象徴的である。
 しかし本書で語られている次のような言葉には問題があると言わねばなるまい。
 「安保条約に基づく協力といえば聞こえはいいが、要するに自衛隊は日本という国ではなく、在日基地を守るためにのみ存在しているというわけだ。(略)戦後の日本は、ただの一度も固有の防衛政策を持ったためしがないんだよ」。
 作中人物の発言とはいえ、この言葉の目指すものが「12歳の子供」から「大人」になるための「自己完結した防衛力の保持」という点にあるのを知るとき、ここに危険な兆候を感じざるを得ない。この種のアクション・ミステリーにあるナショナリズムとアナーキズムに注意を喚起していく必要がある。
 以上ここ数年の乱歩賞作品について見てきたが、ミステリーもまた、その時どきの社会の状況を反映するものであり、われわれは、その作品にあらわれた社会の諸側面を批判的視点から見つめていく必要があろう。(R)
 (池井戸潤『果つる底なき』98.9.10.発行、福井晴敏『Twelve Y.O.』98.9.10.発
行、野沢尚『破線のマリス』97.9.11発行、いずれも講談社刊)

 【出典】 アサート No.264 1999年11月20日
 

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【投稿】Y2K問題を考える

【投稿】Y2K問題を考える
本の紹介「西暦2000年問題の現場から」(濱田亜津子著 文春文庫 1999年8月)

<西暦2000年問題とは>
コンピューターの「西暦2000年問題」が話題になっている。
2000年1月1日を迎えると、コンピューターがトラブル〔誤作動〕を起こし、いろんな問題が発生する可能性がある、という問題である。
原因は簡単なことだ。「古い」コンピューターの場合、西暦表示が、例えば「1995年」は「95年」と、四桁を二桁で表示、または記憶させてきた。ところが、「2000年」は二桁なら「00年」という表示、または認識されて、これが「2000年」と認識されるのか、または「1900年」と認識されるのか、それぞれのプログラム、またはハードがどう認識するか。確認、また修正が行われない場合、誤作動が起こり、その影響が心配されているのである。
現在の社会経済行政システムにおいて、コンピューターはありとあらゆるところで稼動しており、もし対策が不充分な場合、その影響は深刻だといわれているのだ。
世界的にも同様の2000年問題が問われているわけだが、さらに日本で複雑にしている問題がある。それは、和暦の問題である。昭和、平成など元号処理の問題が絡んでくるのである。和暦で入力して、西暦それも二桁処理がされている企業システムもあるわけである。
私も、何台かパソコンを管理している関係で、この不気味な問題について、2000年へのカウントダウンが始まった最近、そろそろ対応が必要だなと考えて、少し書物などあたって、この問題を考えてみることにした。

<・・引き続き万全を期すよう努力を・・>
政府の2000年問題ホームページを覗いてみた。そのに「Q&A集」というコーナーがある。「2000年問題の発生により、預金の払い出しに問題は生じないか」という冒頭の問いに対して、その答えは、「金融機関では、・・・支障が生じることがないよう鋭意対応している」とか「2000年問題が発生した場合、預金データのバックアップをとることや・・・・元帳データを印字するなどの(危機管理計画の作成を進めている)」とは、書かれていても、問題が起こらないとは一切書かれていない。ちなみにこの文書は99年10月27日に更新された文書らしい。
さらに、このホームページの冒頭に、「コンピューター西暦2000年問題に関する行動計画の推進状況について」という文書がある。この文書は平成11年7月となっているが(今は11月の中旬なのだが?)、その中に金融機関の対応策部分がある。
この項には、民間重要5分野等の対応状況として、金融・エネルギー・情報通信・交通医療について状況報告がある。

「金融監督庁は、昨年6月以降、四半期ごとに、金融機関(銀行、保険会社、証券会社等)から銀行法第24条等に基づき対応状況について報告を求めているが、本年3月末時点の報告によると、取組状況は以下のとおり。
①必要な総経費は、金融機関全体で7935億円、平均で主要行129億円、大手生保50億円、大手証券13億円(大手3社では平均59億円)。〔以下略〕
②「重要なシステム」について、本年6月末までに99%が修正を完了し、全金融機関の88%が修正を完了し、77%が模擬テストを完了。また、98%が本年6月末までに模擬テストを完了する見込みとしており、このうち主要行、地銀、第二地銀ではいずれも6月末までに完了したとしている。
(注)「重要なシステム」とは、決済システム等に直接影響する基幹勘定系、対外接続系システムのほか、対応が完了しなければ業務に直接支障がある-切のものを指す。

<表>重要なシステムの対応完了時期(完了の企業の割合)
上段=修正,下段=模擬テスト
       99/3       99/6      99/9
       (実績)    〔見込み〕   〔見込み)
全国銀行    85%       100%      100%
        72%       100%      100%
保  険     85%       97%      100%
        72%         96%      100%
証  券     86%         99%      100%
         73%        99%      100%

共同接続テストの実施今年2月、4月、5月、6月及び7月に、日本銀行、全国銀行協会、東京証券取引所等により、日銀ネット、全銀システム、東証等の決済・取引システムについて、主要行、地銀、第二地銀、取引所会員証券会社等が参加して、世界的に見ても例のない規模で共同接続テスト(インダストリー・ワイド・テスト)を実施。日本銀行等では、これらのテストの結果テスト参加者問における各種決済システムを通じた2000年日付
等のデータ授受について、基本的に正常に処理されたとしている。」などと記述されている。99年9月には、全国銀行の100%が修正も模擬テストも完了する見込み、と7月段階で書かれているのに、10月末の冒頭のQ&A集も「問題が発生しない」との記述はないわけである。

さらに、中小企業の項を覗くと
「②事務処理系システムについて、着実に進展。
            97/7    98/9   99/6
対応中・済       38%     67%    79%
未検討・検討中     62%    33%     21%
③ カレンダー機能を持つマイコン内蔵機器については、3割程度の中小企業が有しているとしており、当該中小企業の対応についても重要性の理解が進展。
             98/9     99/3     99/6
対応中・済        51%      59%     66%
検討中・未検討 49% 41% 34%    」
と、かなり遅れているな、との印象があるが、現在がどのような状況なのかはわからない。
同様の問題は、医療機器・医療機関の項でも見られ、99年7月時点では、医療機器についての医療機関の対応について、重点医療機関に限ってでも、99年7月時点でも「①医療機器については、19%が「模擬テストを完了」、8%が「修正等を完了」70%が「修正中」となっており、まだまだ末端の医療機関の対応は明らかにされていない。

<何が問題を複雑化させているか>
大きく分けて、2000年問題には、三つの領域があるように思える。
第1は、金融や電力、運輸などの基幹系のコンピューター処理に関わる部門への対策で、企業や政府・行政がその対応にあたっており、この部門での対策如何は、国民生活やライフラインに大きな影響が懸念されている領域である。
第2は、第1ほどには国民的影響は少ないとは言え、中小企業などで比較的古いシステムを使いつづけている場合に起こる、経営上への影響が心配されている領域。
第3には、個人のパソコンをはじめ、家庭内に存在する各種電子部品を装着された電機製品において心配されている領域、ということになろうか。
素人分類であるので、辛抱願いたいが、影響の大きさというころで分類してみた。
どうも、この問題が深刻なのは、何か対策は取られているらしいのだが、結局のところ、「何が起こるか」わからないというのが本当のところらしいことである。政府のホームぺ時を見ても、むしろ危機管理、問題が発生したときの十分な対策を行うことの方に重点が置かれているような気がするのである。
対策が取られた当初は、単にプログラムの問題と捉えられて、プログラムの書き換えと言う形で作業が進められたらしい。ところが、最近になって、「書かれたプログラム」から「埋めこまれたプログラム」が問題に上がってきた。例えば、機械に埋めこまれたチップにROMとしてプログラムが記憶され、その中にも、2000年問題が「埋めこまれている」。航空機の中にも、家庭用の電子機器の中にもこうした電子部品は膨大に使用されているわけである。こうしたすべての電子機器への対応が可能なのか、どうか。
さらに、あるシステムにおいて、2000年対策が仮に99%対応ができているとしても、一つの部分に問題が残された場合、全体として関連付けられたシステムの場合、1月1日でなくても、それ以後に、いつか誤作動を起こす可能性が残されているということで、いつそれが発生するか、予測がつかないということである。
とくに、個人の場合など、古いパソコン、古いソフトを使いつづけるケースは多い。新型パソコンやソフトが出ているが、決まった仕事をさせるのに、遅い・早いはあまり関係がない。そうなると、2000年への対応をしてくれる、メーカーもない、サポートもないと言う場合、いつ問題がおこるのか、わからない、ということになる。

<いつか、誰かが、対策するだろうと・・>
実はこの2000年問題は、かなり以前から専門家の間では、問題の所在は確認され、対策の必要も叫ばれていたらしい。しかし、どうせ、その頃には、一発で問題解決できるソフトが開発されるだろうとか、機器の更新の更新も行われて、問題は解決されるのでは、という甘さが、対応の遅れを生み出した、と著者は指摘している。
さらに、同じような年号問題がUNIXシステムにも存在しているという。ご承知の方も多いと思うが、UNIXは、インターネットシステムの基幹をなすものであり、インタネットサーバーの多くがUNIXを使用している。さて、UNIXのシステムは、システム日付を計算するために、グリニッジ標準時1970年1月1日を基点にした絶対日時を使用している。そして、今日は何日か、と言う計算は、この絶対日時からの経過秒数を基にしているわけだ。ところが、このUNIXの絶対日時は、2038年1月19日までしか数えることができない。何故なのか。UNIXの絶対日時は32桁の2進法で表されているため、また最上位の一桁は符号を表すと言う構造のため、31桁しか利用できない。つまり1970年1月1日から、「二の三十一乗」秒後は、2038年に訪れるというわけだ。まだ、40年はある、というわけだが、果たして、こちらの方はどうなるのだろうか。

<生命・財産・ライフラインが大切・・>
これまで書いてきたことは、冒頭に紹介した「西暦2000年問題の現場から」と、政府のホームページ〔http://www.kaitei.go.jp/jp/pc2000) を覗けば、理解して頂けるだろう。特に著作の方は、金融パニックが起こるとか、核ミサイルが飛んでくる、と言うような危機意識ばかりの説明があったり、また結局何も起こらないんだ、というような説明があったり、という混乱した中で、冷静に2000年問題を考え直す、という視点で書かれている。また、実際の修正作業の中での混乱も、プログラマーの皆さんの悲哀も込めた現場の状況も、冷静に描かれ、最後には、年末・正月の過ごし方、生活者の危機管理にも触れるという丁寧さである。もう50日を切った現在、是非ご一読をお進めしたい。
そして、アサートの読者諸氏の中には、私以上にこの方面に詳しい専門家も多いと思う。まだ、今年は12月号もあるので、是非、現場からのご意見をお寄せいただき、実際の現場の状況をお教えいただければ幸いである。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.264 1999年11月20日

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【投稿】緊急雇用対策と地方自治体

【投稿】緊急雇用対策と地方自治体

筆者は以前、本紙上で「緊急経済対策と地方自治体」と題したレポートを2回にわたり連載し、地域振興券(99年4月号)と地域戦略プラン(99年5月号)について、国のバラマキ施策や予算分捕り合戦による地方自治体の現場の混乱ぶりを報告した。それら両施策とも、当初の予想どおり景気の回復に何らの効果を及ぼすこともなく、地方自治体や住民、事業者などに疲弊感を残し、国の巨額な財政赤字を膨らますだけの結果となったことは、既に報道などで明かにされているところである。
地方自治体の現場としては、ようやく落ち着きをみせ、地方分権や介護保険への対応など懸案の重要課題に全力を傾注させようとした矢先に、またぞろ忽然と舞い降りてきたのが「緊急雇用対策」である。企業のリストラにより、中高年の非自発的失業者が激増している中での緊急対策として打ち出された施策であるが、その内容のあまりの稚拙さ故に、いかに地方自治体の現場を苦しめ、混乱させているかについて、レポートする。

<緊急地域雇用特別交付金の創設>
さる6月11日、政府の産業構造転換・雇用対策本部は「緊急雇用対策及び産業競争力強化対策について」を決定し、緊急経済対策の効果により景気が下げ止まるものの、雇用情勢については厳しさを増しているという認識の下、民間企業や国・地方自治体を挙げての雇用対策などの各種施策を打ち出している。その一環として、とりわけ地方自治体との関連が深いのが「緊急地域雇用特別交付金」で、7月に成立した国の補正予算により、総額2,000億円の新たな制度が創設されたのである。
この2,000億円を人口や有効求職者数に応じて各都道府県に交付し、都道府県や市町村が民間企業などに委託して実施する雇用創出効果の高い事業に対して、100%の財源措置を講ずるというのが制度の基本的な趣旨である。

<雇用期間は6か月?!>
確かに国が言うとおり、現在の厳しい雇用情勢に対しては、従来の国が主体となった雇用対策のみならず、地方自治体も含めて積極的な対応をしなければならないという問題意識は理解できる。補助率が100%というのも、厳しい地方財政の状況に一定の「配慮」がなされていると言えよう。しかしながら、その制度の内容たるや、雇用創出効果を及ぼすどころか、事業の実施すらも危ぶまれる、極めて安直なものなのである。
地方自治体が実施する事業は、一部を除いて原則として民間事業者やNPOなどに委託しなければならないとされている。しかも、既存事業は対象外で、地方自治体の「創意工夫」による新規事業でなければならない。その委託事業の中で新規雇用を生み出し、雇用創出効果を上げようというのが狙いなのだが、ここで大きな問題となっているのは、この新規雇用は6か月未満でなければならないという制約があることである。国の理屈としては、あくまで失業者が次の安定した職業を得るまでの「つなぎ」としての制度なので、再就職に要する期間が平均で3~4か月であることから勘案して6か月未満としたということらしいのだが、このような中途半端な期間が果たして失業者のニーズにマッチしていると言えるのであろうか。民間事業者にとっても、ただでさえ「余剰」人員を抱え、いかにリストラしようか「悩んで」いる中で、そのような余裕があるのか。

<1日1人あたり11,000円?!>
いろいろな疑問が湧き起こり、「地方自治体が直接雇用できるのであれば、財政事情が厳しい中、人員の足りない部署などにアルバイトを採用できるのに・・・・」という思いを持ちながらも、各地方自治体は国の急な求めに応じ、苦労に苦労を重ね、まさに創意工夫をして8月には事業計画を策定したのである。
ところが、地方自治体内での意思統一も行い、年度途中での予算の補正も含めて、着実に対応を進めている最中に、国は突然に地方自治体に「指示」を出したのである。「雇用創出効果が小さい!もっと雇用人数を増やせ!でないと交付しないぞ!」と。挙げ句の果てには、交付金1億円あたり9,000人日の雇用創出効果を挙げよと、達成のノルマを課してきたのである。これを単純に1日1人あたりに換算すると11,000円、実際の事業には人件費以外の経費も係るのでその分を差し引くと、雇用された者に支払われる賃金は日当1万円を割り込むのである。
このような内容では単純労務でしか雇用できず、この制度が土木・建設事業は対象外とされていることを考えれば、事業内容はかなり制限されてしまうことになる。地方自治体の現場が混乱したのは言うまでもない。苦労して策定した事業計画は変更を余儀なくされるとともに、無理なノルマ達成を強いられることとなったのである。

<バラマキ・強制の構図>
結局のところ、今回の緊急雇用対策と地方自治体のかかわりも、これまでの緊急経済対策における地域振興券や地域戦略プランと同様、市民や労働者のニーズから大きく乖離した政策が、国家債務の増加を省みないバラマキの下に行われているのである。
しかもそれが、国からの強制・指示によって、拒否することのできない状況に追い込まれている構図も全く変わらない。2000年4月の地方分権一括法施行を間近に控えた準備の真っ最中に、このような施策が堂々とまかり通っていることは皮肉なことではあるが、その地方分権自身も実質的に骨抜きにされていることに加え、国における一括法関連の政省令改正作業が大幅に遅れていることによって地方自治体の現場が困惑・迷惑していることを考えれば、ある意味では国と地方自治体の力関係の現状を反映していると言える。そのとことは現場を省みない介護保険制度の迷走ぶりをみても明かである。

いずれにせよ、巨額の国費が投じられ、地方自治体が総動員されていることは現実であり、膨大な失業者の存在もまた現実である。制度の貧弱さによる大方の予想に「反して」大いに効果が上がることを期待したい。(大阪 江川 明)

【出典】 アサート No.264 1999年11月20日

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【投稿】小渕政権の迷走と介護保険問題

【投稿】小渕政権の迷走と介護保険問題

<小泉元厚相「倒閣運動」宣言>
自自公連立の小渕政権は、いよいよ抜き差しならない迷走状態に突入し始めたと言えよう。
周知のように、すでに小泉元厚相は「自自公連立政権は即刻解体し、小渕総理も即刻退陣すべし。倒閣運動という新しい仕事に入る」と宣言している。10/30には、横浜で開かれた民主党議員主催の公開討論会に出席して、「自由党と公明党の言いなりになる政権なら、ないほうがいい。小渕総理は退陣してもらいたい」と発言して、民主党との共闘にまで言及、自民党内においても「介護サービスだけ実施して、負担はさせないというのは選挙目当てがミエミエだ。こんな見え透いたウソはすぐに国民に見破られる。自自公連立政権に反対しようということで加藤前幹事長とも一致した」(『週刊現代』11/20号)と断言する事態である。
一方、自民・公明だけで衆参とも過半数を超える現実に、小沢・自由党の焦り、発言力低下への危機感から自由党も迷走し出した。10/15,16の小渕・小沢のゴルフ場会談で、小沢氏の方から自民党への「合流」を持ちかけ、できれば「保守再編」を名目に「今国会中」と期限を切って調整を要請した。しかしこれが報道されるや、党内の反発に慌てて「自民党への合流など要請していない」と否定してみせたが、その一方で「政策実現のためにともに力を合わせて実行していこうという仲間がいれば、いっしょに手を携えて協力してやるのは当然」と開き直ってもいる。事実上、自由党内の多くが「合流」に期待せざるを得なくなっている。しかし、自民党内で「合流」を歓迎しているのは江藤・亀井派のみ、加藤、山崎派は反対を鮮明にし、主流派の森派でも異論が続出、肝心の小渕派でも慎重論と警戒論が大勢を占め、もはや両者とも身動きが取れない事態である。

<「介護保険版地域振興券」>
そこで再び小沢・自由党は連立政権離脱の瀬戸際政策をとり始めた。突如、介護の財源を全額消費税でまかなう「税方式」への転換が入れられなければ「連立の根幹にかかわる問題だ」(11/11、小沢・記者会見)として、介護保険問題を裏取引の道具立てに利用し始めたのである。
そもそも初めに連立ありきで、政策合意は後回しにして、適当に妥協すれば何とかなるだろうという、こうした連立政権のあり方そのものに問題があったのであり、そのツケが回ってきているに過ぎないものとも言えよう。しかし問題なのは、来年4月実施にまでこぎつけてきた介護保険という年来の重要な政策課題を、政権延命の手段、裏取引材料としてしか見ることのできない小渕政権、現在の自自公三党の無責任きわまりない姿勢、路線変更を何ら説明すらできない不真面目な態度である。
その典型が、実施を半年後に控えて、自自公連立政権発足と同時に提起されてきた与党三党合意である。それがあの「保険料の半年間凍結」と「家族介護への現金支給」である。サービスの供給を開始しながら、保険料の徴収は見合わせるという、明らかに迫りつつある選挙対策ミエミエのばら撒き発想である。当面の保険料負担が緩和されるかのように見せること、これだけの発想である。民主党が批判しているように、これは露骨に「選挙までは徴収しません、終わったら取りますという発想」にしかすぎない。総額1兆円近くに上る財政負担は国債増発でまかない、後は野となれ山となれ、選挙さえしのげばそれでいいというでたらめさである。三党は、地域振興券に代表されるご機嫌取り型のポピュリズムの先陣争いを展開しているにすぎないのである。

<逆行の典型>
しかし提起されている問題はそんなことで済むものではない。こうした介護保険の制度の根幹にかかわる不可解極まりない路線変更が許されるならば、膨大な国民的ツケが回ってくるのである。
直ちに、全国市長会や全国知事会など、自治体の全国組織は相次いで、保険料徴収の半年延期策を批判する声明を出しており、自民党内においてすら猛反発を受け、合意形成は不可能な状態となっている。小渕首相は、臨時国会冒頭の所信表明演説で、介護保険制度の根幹にかかわる将来の負担方式に言及できないまま、三党合意の「誠実な実行」を約束したが、それすら、自由、公明から不徹底であると抗議を受ける始末である。
確かに現在提起されている介護保険制度には問題が多く存在していると言えよう。無収入の対象者からの保険料徴収、年金からの天引き、”保険料あって介護なし”になりかねないサービス供給体制、自治体間格差、等々解決していかなければならない問題は山積している。しかしこうした問題の解決は、中央集権・押し付け型の福祉から、地方自治と住民参加、地域のイニシャチブを支援し、人的資本に投資し、地域と福祉を活性化させる社会的資本投資に改編し、より効果的でより民主的な参加を誘う分権型・自立型の福祉の中でこそ解決されるべきものである。給付額がトップダウンで決まるような非民主的なやり方、生計費や家族介護の慰労金なるものを直接支給し、保護と管理を押し付けるような中央お伺い型・くれてやる・お恵み・押し付け・ばら撒き型・資源浪費型福祉はもはや時代の要請に逆行するものでしかない。三党合意はこうした逆行の典型だとも言えよう。

<アテ外れの自自公連立>
それでもあえてこうした逆行を無理やり押し通そうとしている小渕政権の意図は、より一層事態が悪化する前に混迷する現在の政局を是が非でも乗り切りたいと言う焦りとも言えよう。
明らかに小渕政権は自自公三党連立政権の合意以来、すべての世論調査で支持率が急速に低下してきており、とりわけ公明党を加えた連立には厳しい批判が急増している。今や自自公連立を「評価する」ものは20%前後、「評価しない」が65%前後に達する事態である。このまま選挙に突入すれば、自自公の大敗は間違いない。自民党の森幹事長などは責任回避のために弱気論を吹聴して回り、連立への配慮から自民党は過半数の250議席どころか、前回選挙の239議席にも届かないと語り、野中前官房長官は「比例が20議席削減されるとすると、せいぜい210~215議席」と分析している。実際、9月の参院長野補選では、公明推薦の自民党候補は総得票の3割も取れずに惨敗している。
自民党にしてみれば、数の絶対優位を確保したにもかかわらず、自自公連立は完全にアテが外れたのである。政権発足わずか1カ月で空中分解寸前の事態である。
今や小渕首相自身が自自公連立政権の積極的成果を語れない、臨時国会の冒頭の所信表明演説でも、まずは謝罪表明から始めざるを得なかった。東海村臨界事故と自由党推薦・西村前防衛政務次官の起用問題である。いずれも「核」に対する基本姿勢が問われている重大な問題であった。しかし首相の謝罪は、組閣の派閥抗争に明け暮れて東海村臨界事故に何ら対処できなかった責任や、以前からいわくつきの問題行動・問題発言を繰り返し、「核を持たないところが一番危険なんだ。日本が一番危ない」「核とは抑止力なんですよ。強姦しても何にも罰せられんのやったら、オレらみんな強姦魔になってるやん」と公言してはばからない西村氏を防衛政務次官に起用した責任については、驚くほどずさんで、その場限りの謝罪、責任者として厳しく省みる姿勢がまったく感じられない、正面から答えようとしない、首相の政治姿勢がこれほど如実に現れたものはないであろう。「人のいいオジサン」の正体見たりである。

<「選挙準備は7合目まできた」>
そこでこのところ急速に登場してきたのが、早期解散・総選挙論の台頭である。野中前官房長官が、「選挙準備は7合目まできた」「何があっても対応できるように、準備を進めている」「首相が決断すれば24時間以内に選挙準備を終える」などと発言。さらに青木官房長官も「来年7月の沖縄サミットと解散はまったく関係ない」と早期解散を意図的に流し始めている。
介護保険料徴収の半年間延期と家族介護への現金支給が急遽登場し、ゴリ押しされてきた理由の第一はこの総選挙対策にあると言えよう。自自公批判かわしの人気取り策で守勢を挽回しようというわけである。
さらに野党側の体制が整っていないうちに解散・総選挙を急いだ方が有利であるという判断である。とりわけ民主党の選挙準備が大幅に遅れており、これまで民主党が公認した候補は、小選挙区と比例代表の重複候補が169人、比例単独候補が14人の計183人にすぎない。300におよぶ全小選挙区はもちろん、党が目標として掲げている「250人以上の公認候補(推薦も含む)」はまだまだ先の話である。解散風で野党を揺さぶるだけではなく、この際、年末か年明け早々の解散・総選挙を断行する現実性が浮上してきた理由でもある。しかしこれは自民党にとって危険なカケでもあると言えよう。今や税金のばら撒きで支持が集められるといった単純な事態ではない。必ずそのツケが膨大な形で回ってくることを庶民の誰もが感じ始めているのである。野党側には、逆に大きな政局転換のチャンスがめぐってきており、それを生かす努力こそが求められていると言えよう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.264 1999年11月20日

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【本の紹介】「新左翼運動40年の光と影」

【本の紹介】「新左翼運動40年の光と影」(1999年9月15日 新泉社)

この本は、渡辺一衛、塩川喜信、大薮龍介の3氏の編集による、多数の意見集という形式を取っている。3氏の他にも菅孝行、樋口篤三、小寺山康雄、白川真澄、村岡 到氏なども登場する。
この本の問題意識を私なりに要約すると、次のようになる。
50年代末から、日本で青年労働者・学生の運動の中で、「旧左翼」に飽きたらない「新左翼」が生まれ、60年安保や70年安保、さらに70年代中盤までは、日本の社会に大きな影響を与えてきた。しかし、そのエネルギーはすでに分散し、過激派という言葉すら、死語になりつつある。あれだけの爆発的な運動がどうして、今のように萎んだのか。「あの運動を基盤にした国会議員の一人すらいない」現状(経験者という議員はいるが)、こうした停滞に対して、それぞれが、反省も込めて振り返りつつ、新しい運動を構想する、というようなことだろうか。
前月号の投稿にも、広島のSさんから、我々の運動の総括が必要、という意見があったが、私自身も、また我々も、60年代以降の時代を生きた人間として、運動の概括的な総括や今後の運動への新たな視点を求められていると感じている。言わば、「時代の総括」を行う必要が、個人にも組織も求められているわけである。
この本の出版については、インターネットの「マル共連BBS」での「書き込み」で知り、購入したわけだが、それなりに重みのある内容となっている。

<「新左翼」の理論自体が古典的理論だった>
共通して述べられている問題の一つが、「反スターリン主義」(或はトロッキー主義)についてである。新左翼各派は、総じて「スターリン主義」に反対して、「レーニン主義」の立場を取った。ところが、この「レーニン主義」自体が、例えば「何をなすべきか」(レーニン著)の中にあるように、自然成長主義に対して、少数の前衛主義であり、他党派に対する理論闘争であったり、また唯一前衛党主義であったり、それ自身がすでに「古い理論」でしかなかったということである。
塩川氏(『新左翼の創成、そして今』)によると、50年代後半に生まれた新左翼の共通点は、第1に、「・・・古典的革命理論の信奉であり、前衛党の指導の必要性、国家権力の掌握と革命権力の樹立、国有計画経済などなど・・」、第2は組織論について、レーニンの「何をなすべきか」に代表される、「職業革命家を軸とする前衛党が、鉄の規律をもって革命を遂行するというテーゼであり、第3には、60年代からの新しい資本主義的発展に対する認識の限界があった、第4には、従来のマルクス主義の理論では無視・軽視されてきた環境や資源問題など新しい矛盾への対応の遅れ、第5には、階級闘争の枠に収まらない地域闘争や差別問題への軽視、などを指摘する。
つまり、新左翼とは言うものの、理論は60年代時点でも、現在から見れば極めて古い理論に立脚していたのではないか、というわけである。もちろん、この本の著者の皆さんは、マイナス面と同時に、これらの運動のもっていた新しい側面の評価を忘れてはいない。
そして結論的には「こうした総括の期待される結果は、「左翼」・「新左翼」の再生や「復活」ではなくて、今は名付けることのできない、新しい運動と組織、そして様々な運動やさまざまな組織の関係(ネットワーク)についての、創造力と想像力に富んだ理念ではないだろうかと。

<内ゲバに表れた民主主義論の欠如>
大藪龍介氏は、『新左翼党派運動の歴史的意味』と題して、「・・・スターリン主義との決別、・・・共産党にかわる新しい政党、別党路線を選んだのは画期的だったが、・・・新左翼党派は、ロシア革命をモデルとし、・・・何よりも国家権力の奪取に的を絞り、それを拠点として経済、社会の変革という基本方位をとった。・・・このように新左翼党派が立脚したのは、党・国家中心主義的変革構想であった。・・・しかし、40年程を経て、20世紀社会主義の歴史を総括的反省に立ちうる今日の時点では政治革命主義や国家主導主義をもってしては革命と建設の諸問題の成功的な解決を果たしえないこと」は明白だ、と指摘される。
前衛党の建設論や唯一前衛主義や我が派独善主義は、やがて、対立党派メンバーの物理的抹殺=内ゲバ主義へと行きつき、それは党派に限らず、無党派にも向けられる。反対派を粛清したスターリンと同一の独善主義にたどり着いたことの悲劇である。現在でも、存続している新左翼党派で、過去の内ゲバの反省を総括的に行った党派が存在しないことも触れられている。
大藪氏は、この内ゲバに至る新左翼党派の原因について、第1には、民主主義に関しての決定的な歪みを指摘し、第2には至上化された自党派への集団主義的滅私奉公を挙げ、第3には、スターリンの大テロルに対する批判の薄弱さを指摘する。民主主義については、プロレタリア民主主義という一階級の中での民主主義に過ぎず、近・現代では、むしろ被支配諸階級を含む民主主義でなければ社会は成り立たないことを理解していなかったこと、党内民主主義の至上化と党間民主主義の軽視、などを指摘されている。

紙面の都合でこれ以上の紹介は行わないが、なかなか示唆に富んだ内容と言える。私自身の思いで言えば、年代の違いや党派の違いはあれ、おそらく数万人の人々が新左翼運動や我々も含む構造改革派(?)的な運動に参加したはずである。しかし、「前衛党至上主義」や党派囲い込み運動、また内ゲバの蔓延などが、大半の人々に運動への不信、幻滅を抱かせ、運動から遠退かせた責任は大きい。イギリスでもフランスでもイタリアでも、60年代後半の学生運動世代が、社会運動の主導的グループを形成し、運動を継続させていることを考えると、日本における、「世代の総括」が求められていると思うのである。
「新左翼の光と影」は、こうした世代・時代の総括を考える上で、どちらかと言えば、旧「新左翼」の皆さんからの運動総括と言う意味で、ぜひ読者の皆さんも一読されてはいかがでしょうか。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.263 1999年10月23日

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【書評】『障害学への招待–社会、文化、ディスアビリティ』

【書評】『障害学への招待–社会、文化、ディスアビリティ』
         (石川准・長瀬修編著、1999.3.31.発行、明石書店、2,800円)

「障害学」(ディスアビリティスタディーズ)という聞き慣れぬ学問とは、従来の個人のインペアメント(損傷)の治療を目指す医療や「障害者すなわち障害者福祉の対象」と見なす社会福祉の視点から、障害・障害者をとらえるものではない。それらの枠組みからの脱却を求める。
「障害学にとって重要なのは、社会が障害者に対して設けている障害、そしてこれまで否定的に受けとめられることが多かった障害の経験の肯定的側面に目を向けることである。障害者が持つ独自の価値・文化を探る視点を確立することである」。
こうして本書は「障害学」を全面に掲げて、障害者像の見直しと、障害者独自の文化を模索する論集として刊行された。その内容は、生涯とアイデンティティ、テクノロジー、自己決定、出生前診断、優生思想、ろう文化、「差異派」障害者運動、精神障害、と多岐にわたっている。論者の中で「障害学」に対する態度は必ずしも一致しているとは言い難いが、従来の学問、意識の枠を超えて、横断的な学としての「障害学」を構築しようとする姿勢は是としなければならない。
しかしそれにしても「障害学」が扱う問題は多い。しかもその上に問題を扱う視点そのものが現代社会の制度と意識の根幹にかかわるが故に、より複雑かつ隠蔽された形態を含んでいるのである。このことは次の言葉で示される。
「たしかに、障害とは、見えない、聞こえない、身体が動かない、頭が動かない、というように、特定の機能が機能しないあるいは『正常』な状態から見て不十分にしか機能しないということが固定した状態であり、(略)行為遂行を困難にするものであるという単にそれだけのことであるから、障害や障害を持つ者への否定的な差異化はいうまでもなく、肯定的な価値付けであっても、それ以上の過剰な意味付与には根拠はない、
というのは、排除カテゴリーとして外化され差別されてきた『障害者』を統合(あるいは再統合)するために近代社会がたてた平等へのシナリオである」。
「けれども、障害者の排除・差別は非合理的なもの(略)なのだろうか。(略)機能と能力によって人を執拗に分類し、細かく等級を付ける近代こそ、障害者カテゴリーを構築し障害者を排除する張本人なのではないだろうか。能力次元への射影による差異の縮小は、能力主義の徹底を意味するとは考えられないだろうか」。
この視点はもっと先鋭化して以下の主張となる。
「つまり、バリア・フリー社会とは、実はできないまま社会に参加することにいっそう不寛容な社会なのではないかとする批判である。たしかに、できるようにする技術(enabling technology)を媒介して障害者と健常者が共に生きる社会とは、障害者の生身の身体をいっそう受け入れない社会になりかねない危険をはらんでもいる」。
この意味で、「差異」を踏まえた「固有の文化」としての「障害者の文化」が提唱されるのである。これは、「日本脳性マヒ者教会青い芝の会(青い芝の会)」による「内なる健全者幻想」との闘い」、「異化としての障害者プロレス」=「ドッグレッグズ」、「劇団熊変」の「差異化された身体」から「差異化する身体」への試み等に見ることができる。
この試みは、例えば「青い芝の会」の運動では、こう語られる。
「障害者は一般社会へ融け込もうという気持が強い。それは『健全者』への憧れということだが、君達が考えるほどこの社会も、健全者といわれるものもそんなに素晴しいものではない。それが証拠に現に障害者を差別し、弾き出しているではないか。健全者の社会へ入ろうという姿勢をとればとる程、差別され、弾き出されるのだ。だから今の社会を問い返し、変えていくために敢えて今の社会に背を向けていこうではないか」。
そしてこのような「差異化をめぐるヘゲモニーの掌握」の運動の延長線上に、「健常者中心に組織された知の秩序の脱構築をめざす障害学という『運動』」も置かれねばならないのである。
以上のように本書は、障害・障害者についての根源的な視点の変換を求める提言である。「米国の自立生活パラダイム、英国の社会理論、社会モデルの確立によって、個人の問題という視点から、環境、社会の排除、差別へと視点は転換してきた。そして、そこにとどまらず独自の文化集団、コミュニティとしての障害まで意識する必要がある」という本書の言葉は、まさしくこのことを意味している。
ただし本書のような視点が、どこまで深く社会に 浸透していくことができるかということには、運動の現状から見ても、予断を許さないものがある。本書において「ろう」以外の障害について論じられているところが少ないのも、気にかかるところである。それだけにこの問題提起が他の諸分野においても論議されることを期待したい。(R)

【出典】 アサート No.263 1999年10月23日

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【投稿】連合結成10年に思う–連合第6回大会を傍聴して

【投稿】連合結成10年に思う–連合第6回大会を傍聴して

今年11月12日で、連合は結成10周年を迎える。10年を経た今日、労働運動は新たな戦略を構築する必要がある。原点に立ち戻れだけでは不充分なのである。

<マスコミは厳しい評価>
「減少する組合員:反失業の輪、広げられず」「揺れる政治路線:また裂き解消遠のく」(毎日新聞)、「連合10年:不況化の苦悩」など、連合の第6回定期大会(10月14・15日)を前後してこぞって連合に対する厳しい厳しい評価が目立つ。
大きく論点は3つある。一つは、失業率が4.7%、失業者300万人と言う中で、労働組合として連合の活動は十分であるのか、どうかというもの。
二つには、連合結成10年が過ぎようとしているのに、未だに旧4団体、旧総評と旧同盟というような、過去の仲間意識の方が強く、本当に統一体になっているのかと言う点。
三つ目は、社会党・民社党と、結成当時は、政党支持団体がまた裂きになっていたが、現在でも依然各産別の政党支持状況に、一体化が出来ていないという政治をめぐる点である。

<組織率の低迷と連合の組織拡大運動>
確かに組織率は、年々減少している。労働省の調べでは1970年(35.4%)から昨年6月は22.4%となった。しかし、組合員数は1200万人前後と余り変わっていない。それは就労人口が2000万人近く増加したからである。すなわち、女性の社会進出やパート・派遣職員など不安定で低賃金の労働者が増えたためである。また、これらの労働者は、短時間労働であったり、変則的な勤務であったり、従来型の労働形態とは大きく異なっている。これらの増大する新しい職場における労働組合のあり方、またそれをバックアップするナショナルセンター・連合の体制が、その組織化にまったく対応していないからである。
連合は、96年10月から3ヵ年計画で「110万人組織拡大計画」という拡大行動を組織してきた。この結果の中間報告が大会で報告されている。全体では、20万人余りを拡大したが、目標には遠く及ばない。その第1の問題は、組織拡大が産別任せということである。
組織拡大3ヵ年実績報告一覧によれば、一万人以上拡大した産別は、ゼンセン同盟(54748人)、自治労(11553人)、電機連合(12991人)、損保労連(12426人)、ゼンキン連合(11529人)の5つのみ、加盟74産別の内で、40近い産別が拡大ゼロという結果になっている。
この中身は、未加盟組合の連合新規加盟も含まれているので、単純に未組織労働者の組織化という点でみれば、さらに厳しい評価がされる必要がある。
この拡大運動は、他方で厳しい経済状況を反映して、既存組合もリストラや倒産などで組合員数が減少するのと重なり、結果、現在の連合の組合員数は759万人と結成時よりも30万人が減少することとなっている。
3年間の第1次組織拡大計画の反省の上に今大会で連合は1999年10月から2001年10月までを第2次組織拡大実行計画を決定しているが、既存組合員の雇用確保と共に、未組織労働者を地域で組織化していく戦略をしっかり持たないと、より悲惨な結果が待っているかもしれない。それは、産別加盟原則の大胆な修正も含めて、有無を言わさぬナショナルセンター・連合の存在意義を問う課題となっている。

<未だに弱い一体感:旧総評と旧同盟>
連合大会に参加して気になったのが、鷲尾会長、笹森事務局長の以下のような発言であった。「連合10周年といいますが、4団体の時代の方が、政治的力は発揮されていたように思います。ひとつになった以上、いっそう力の発揮が求められている。」(鷲尾)、「連合結成の統一の原点、熱意を思い出して欲しい。怒りを忘れれば、労働運動ではない。もの分かりの悪い労働運動をつくろう」(笹森)などの表現である。
鷲尾会長は、旧4団体への回帰現象が目立つとか、の表現も使っていたし、笹森事務局長も「旧組織へのふるさと回帰意識が出ている(毎日新聞)」との発言もある。
すでに10年が経過しているとはいえ、連合内部の一体感は非常に乏しい。連合結成時に整理がつかない問題として、政治、平和、原子力政策、部落解放の課題などがあり、それぞれカンパニア組織は存続させることとなった。旧総評センター以来の労組会議は中央ではすでに解散した。しかし、これらの組織の存続が、旧4団体意識を存続させている、との議論には私は立たない。むしろ、先に述べた未組織労働者の組織化の課題や、地域組織での活動形態、方向などが、十分に機能していない現状こそ、旧意識を存続させているし、政治分野での分裂状況がこれをむしろ固定化させてきている。
旧総評のオルグ団体制は、旧同盟への気遣いから連合結成とともに解消された経過があるが、連合中央や県レベルの連合よりも、むしろ市町村単位での地域組織の活性化、地域の未組織労働者の「駆け込み寺」的名役割の強化が求められている。当然、人と金が必要になる。地域レベルの役員体制は、すでに連合結成時の役員は引退し、新たな役員体制となっているところが多い。これが良いほうに働くかどうか、期待したい。

<民主機軸を決定したが・・・>
連合大会で奇妙だったのが、政党来賓の挨拶だった。大会初日の午前中は、10周年記念式典ということで、海外代表のICFTU(国際自由労連)の会長挨拶、小渕総理などの挨拶があった。午後からの大会は、ちょうど来賓挨拶の時間が、天皇主催の秋の園遊会と重なり、午後4時ごろ、経過報告への答弁後に政党挨拶があった。並んだのは、民主鳩山、公明神崎、自由藤井、社民土井、改革クラブ小沢の5氏だった。
マスコミ報道も盛んに取り上げたように、鳩山が「民主党の党首選の最中に、連合は介入はされなかったが、関与はされた」さらに「公明さんは、早く迷いから醒めてくださいね」というやんわりとした皮肉に、会場は多いに沸いたのである。これは、大会初日のヒット発言だった。
鷲尾会長は、主催者挨拶の中で「これまで反自民でやってきた公明・自由の動き(連立参加)は、誠に遺憾である。」とはっきり発言しているし、「89年以降のの社会主義の崩壊、それは資本主義の勝利を意味しなかった。しかし、競争が支配する原始的資本主義は、格差や貧困を生みつづける。今、社会的連帯、コミュニティ精神、などが求められている。新自由主義は、市場万能・自己責任礼賛、弱肉強食の原始的資本主義への逆戻りであり、それに対抗する、自由と連帯の運動が必要である。我々は、市場を認めるが、市場主義ではない」と私も共感できる内容であった。しかし、前には自民党・共産党以外の政党がズラリと並んでいるわけである。
一方で、政治方針では「次の衆議院選挙を・・・政権交代に向けて民主党を機軸とした政治勢力の結集と伸張を期して、選挙活動を進める」ことを決定した。実態上は、新進党以来の公明の支持を重要な基盤にしている議員が多いわけだし、正直この問題は大会であまり触れないような配慮があったとしか思えない。ちなみに、政党挨拶では、自由・公明に野次一つ飛ばなかったのが印象的であった。

<グローバル化に対応した運動を>
ICFTUのビル・ジョーダン事務局長は挨拶の中で次のように指摘している。
「世界で12500万人の組合員を要する組織に成長したICFTUだが、ICFTUの歴史は組合員の決意と行動でつくり上げられてきた。ICFTUは来年の4月南アフリカで開催される2000年度総会で、改革をうち出す方針を提起します。組合を効果的に動員できる政策。今政府・使用者は、発展という名目で、変化を要求している。組合の要求は変わらない。公正な賃金、団結権・交渉権の保障、児童労働、強制労働の禁止などだ。日本では補償されているが、アジアやアフリカでは補償されていない。グローバル化、その波は、大企業によって推進されてきた。GMは経営規模はノルウエーより大きい。世界競争は、欲の拡大を生んできた。金融多国籍企業の成長、金融危機はアジアに破滅的な影響を与えた。規制のない金融は、破滅的な影響を与えることを示した。日本は戦後はじめて、人員削減、賃金カットの不安に襲われている。日本の長年の未解決課題、脆弱な金融システムが労働者にしわ寄せされるべきではない。すべての先進国で組織率が低下している。組織拡大を強める必要がある。世界各国の組合は、広がる非典型雇用に対して、組織化の方向をうち出す必要がある。
世界の労働組合は、最大の試練の時を迎えている。とりわけ、グローバルライゼイションへの対応を求められているのだ。」と。
世界共通の労働組合の課題、それはグローバル化のもとで進行する不安定雇用の増大に対していかに労働組合が対抗できるか、否かと言うことだ。連合10周年、厳しい試練が待っているが、これを克服する以外に残された道はないと言える。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.263 1999年10月23日

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【投稿】原発撤退以外に道なし –東海村臨界事故と自自公政権–

【投稿】原発撤退以外に道なし –東海村臨界事故と自自公政権–

<<核暴走の放置>>
またもや重大な事態の発生に際しての日本政府の無責任・無能ぶりがさらけ出されることとなった。場合によっては大震災以上に日本全国、周辺諸国にまで致命的な影響を及ぼしかねない放射能汚染にたいする認識の欠如である。
周知のように、東海村で臨界事故が発生したのは9/30午前10時35分であった。しかし首相官邸は2時間以上も経過した午後1時前になっても事故の発生すら知らず、記者団からの情報で初めて事態の一端を知る始末であった。それより前の11時半過ぎ、事故発生から1時間後に茨城県側に第一報が届き、県は「重大事故」を示唆する最初の防災無線を流しているのである。核の暴走が1時間以上も知らされなかったことも重大であるが、問題はさらにその1時間後に臨界事故の発生を知らされたその後の政府の対応である。
小渕首相は、野中官房長官、青木次期官房長官と執務室にこもりっぱなしで事故に対する対策も指示も何も出さず、すべて科学技術庁任せに放置していたのである。その科学技術庁からのあやふやでいいかげんな情報を元に、午後4時過ぎには、野中官房長官が何の確たる証拠や調査もなしに「被害はこれ以上、拡大しないと認識している」と発表。茨城県も3回目の防災無線放送からは「現在は通常の値に戻っている」と流し、一部地域では「通常どおりの生活を行っても問題はありません」とまで放送していた。
しかしこの間、事故現場では核の暴走に打つ手が何もなく、監視装置も制御・抑制装置も何もない状態でただ呆然と当事者たちだけが直ちに避難し、傍観し、核事故を隠して消防署の救急隊員まで被爆させ、放射能汚染がどんどん垂れ流されていたのである。

<<低次元なやり取り>>
午後5時ごろ、首相は、再臨界という事態の深刻さを科学技術庁から知らされたが、それでも「しばらくしたら三党首会談をやる」と野中官房長官に指示し、自自公政策協議と組閣、三役人事に没頭していたのである。政府対策本部を立ち上げたのは事故発生から10時間も経過した午後9時過ぎである。すでにそれよりずっと前の午後3時半ごろには、350m以内の住民に避難勧告が出されたが、それとて、事故発生からすでに5時間以上もたっていた。
首相の頭の中では、臨界事故などただ単に迷惑な程度のことにしかすぎず、地元住民の避難措置や不安など何も考えておらず、すべての神経は組閣人事に絞られていたわけである。実際、7時過ぎには、自民党総裁選で善戦した加藤紘一氏に電話をして報復人事の最後通告をし、「オレだって、総裁選をやりたくてやったんじゃない。あんたはオレに逆らったじゃないか」と低次元なやり取りに全精力を傾けていた。公明党の擦り寄りに気を良くし、一気に三党協議を決着させようとしていたが、自由党の小沢党首がゴネて雲隠れ、そもそもその日中の決着には無理があった。それでも野中氏が何度も内閣改造の延期を進言しても渋りつづけたという。テレビで住民の避難勧告と特別番組のあわただしい画面を見て初めてこれはまずいと判断、組閣の延期と政府対策本部の設置を決めたのが実態であった。そして対策本部と協議して茨城県が屋内退避を勧告したのは、実に事故から12時間後のことであった。
10/3付けニューヨーク・タイムズ紙が「日本政府が緊急事態を宣言し、最高幹部らが指揮を取るまで、12時間も要したのは何故なのか」と問うのも当然といえよう。

<<時期尚早な「安全宣言」>>
さらに問題なのは、事故の重大性に気づかず、危険性を知ってからはその重大性を隠しつづけた為政者たちの責任である。それは、事故発生から安全宣言の発表に至るまでの、あまりにも場当たり的な対応に象徴的である。
10/1午前6時30分には、被爆覚悟の「決死隊」によって水抜き作業の結果、臨界状態は停止した。同日午後6時30分には避難勧告もとかれたが、プラント内には大量の放射能を抱え放射しつづける沈殿槽があり、手付かずのまま放置されている。臨界状態が停止しただけなのである。
10/2午後6時30分、「放射線と土壌を念入りに調査し、原子力安全委員会で厳密に分析した結果、放射線レベルは通常の範囲に復帰いたしました」として、野中官房長官が「安全宣言」を発表している。この発表の1時間前、午後5時30分には、1万袋もの土嚢を用意して問題のJCOの建物の周囲を囲み、それでも建物南側の放射線量が下がらず、積み足し作業を行っている。誰が見ても単なる応急措置にしか過ぎない段階であることが歴然としているにもかかわらず、この「安全宣言」である。いったいいつ、どこで「念入りな調査」を実行したのであろうか、明らかにすべきであろう。
政府内部には、現場から350m以内に土中のガンマ線の数値が高水準の地域が残っているという理由で、安全宣言は時期尚早という意見があったにもかかわらず、結局は事故で遅れた組閣を進めるためにも事態を早く収束させようとする”政治的判断”がここでも働いたわけである。
「安全宣言」の翌日には、JCOの工場の南側を通る県道62号線の一般路上で通常の5倍以上の放射線量が記録されている。通行禁止措置が解除されるなどもってのほかであった。
半径10km以内の屋内退避の仕方もいいかげんなもので、「15kmにすると県庁も対象になり、11~12kmでは水戸市の中心部が入ってしまい、パニックになってしまう。そこで区切りのいい10kmにした」という。さらにより危険な350m以内の地域は中性子線が届くと予想される範囲内であった。政府の現地対策本部では、事故発生翌日の未明、現場周辺への中性子線放射が続いていることから、「避難の範囲を350mから500m圏に広げるべきだ」という意見が出たにもかかわらず、「深夜で雨も降っており、混乱が予想される」などの理由で放置され、住民が被爆しつづけることを知りながら避難範囲の拡大を見送ったのである。

<<信じがたい実態>>
この中性子線測定については、より重要な問題が存在している。臨界事故には必ず観測される不可欠な測定であったにもかかわらず、事故発生から6時間近くも実施されていなかった。ガンマ線の測定でさえ始めるまでに約1時間もかかっている。しかし、JCOから1km以内にあるニュークリアディベロオプメントと三菱原子燃料東海事業所では、事故発生直後の午前10時37分、放射線の上昇を検出、屋内退避が指示され、さらに2km離れている原研那珂研究所でも臨界事故直後に異常を検知、原研東海研究所に報告、構内放送で建屋内退避が呼びかけられたていたのである。それぞれには中性子線測定装置がありながら、使われなかったし、情報公開はもちろん、相互の連絡、協力も行われなかったのである。
この中性子線放射は、現場から2300m離れた地点でも1平方センチ当たり数千個も観測されており、現場から800mの地点では23万個前後に達していたという(10/17朝日、学術調査グループ暫定報告)。中性子線はコンクリートなどの構造物も貫通、透過する。屋内退避であっても容赦ない。兵員、人員だけを強力に殺傷する中性子爆弾の原理である。
「安全宣言」のあと、住民の被爆量調査が行われたが、これは表面の外部被爆にしか過ぎない。中性子線による体内被曝の調査は除外されているのである。
日本で最初の原子力発電所が立地し、その後の各種の原発や原子力関係の様々な施設が集中している東海村、いわば「原子力の先進基地」でのこのひどい実態である。そして、この「先進基地」内の事故について、東海村は「安全神話」のもとに全面的に協力してきたにもかかわらず、村当局はホットラインもなく、込み合い、なかなかつながらない電話回線に依存して事態の推移がつかめないという信じがたい実態が暴露されてしまった。他の原発地域も似たり寄ったりであることは間違いないといえよう。

<<うんざりするお粗末さ>>
さらに「安全宣言」の中で「茨城産の農畜産物については、すべての安全性に問題はないという結論に達した」と強調している問題である。10/6になってようやく現地入りした小渕首相が例によってカメラの前で茨城産のメロンを頬張って見せたのであるが、10/4に現地調査を実施した京大原子炉実験所の調査によれば、葉物類のヨモギから放射性ヨウ素が検出されている。半減期が8日であり、事故から2日しかたっていない段階での「安全宣言」は明らかに早すぎるし、そのずさんな調査の実態をさらけ出してもいる。
そもそも今回の東海村事故では、当初ヨウ素131は検出されていないと発表されていた。その後、10/11になって廃棄筒からもれていることが判明したとして、科学技術庁は「早く対策を取るよう指導すべきだった」と対応の遅れを認めているが、すでに遅しである。こうした事態は当然確実に起こりうることであったにもかかわらず、一切の対応措置を取ってこなかったということこそが問題なのである。さらに付け加えるのもうんざりするのであるが、その廃棄筒の停止後もヨウ素の放出は止まっていなかったことがわかり、吸収フィルターを設置したのが実に10/16というお粗末さである。
この放射性ヨウ素131は、甲状腺に急激に沈着し、甲状腺がんを引き起こすことはチェルノブイリ原発事故で広範囲に実証されており、最も警戒しなければならないもののひとつであった。しかし東海村現地ではこれに対する対症療法としてのヨウ素材も常備されていなかった。この事故後に、全国各地からヨウ素材への発注が急増したというが、形容しがたいほどの「安全性神話」の崩壊を表現していると言えよう。

<<「想定外の事故」の責任>>
当然予想されたことであるが、今回の事故に対して政府・与党は、「想定外の事故」、「技術者のモラルが弱くなっている」などとして、すべての責任をJCOに押し付けようとしている。この7月の敦賀原発の再生熱交換器事故でも「想定外」が使われたばかりである。今回の事故は、原発・原子力処理施設で、上から下まで天下り官僚と独占企業が事業を分け合い、下請けに丸投げして責任を転嫁する典型だと言えよう。

「臨界事故は想定していない」から制御装置も監視装置も多重防護装置も警報装置も事故の場合の対処対策も一切ない、それでも科学技術庁も原子力安全委員会も安全審査をパスさせ、JCOの高濃度ウラン加工事業の変更許可申請に、「臨界事故対策に対する考慮は要しない」として許可していた。許可条件を追及されると、84/2と84/4のJCOの変更許可申請の書類は行方不明、89/2の申請書は一部非公開と逃げ回る。まさに今回の事故は、政府当局のこうした姿勢の必然的帰結であり、重大な犯罪行為なのである。
さらに今回の事故は、通産省が「資源の有効利用策」として推進し、2010年までに16~18基の実現を見込んだプルサーマル計画を柱とする「核燃料サイクル」に不可欠な高濃縮ウラン製造過程で生じたものであり、明らかに安全性も危険性も無視して無理やりこれを推し進めてきた政府当局と電力業界が最大の責任を負うべきものである。
こうした政策のひずみの中で、今年6月には、原発内に貯蔵しきれなくなった使用済み核燃料を一時的に原発の敷地内に保管できる「中間貯蔵」の法案が通った。これから建設されるこの中間貯蔵施設がまたもや安全性を無視した危険と隣り合わせの大問題となることは必至であろう。
今や世界的には、こうした危険極まりないプルサーマル計画などどこの国も推進しようとはしていない異常な行為である。原発そのものさえ、その安全性、経済性、放射性廃棄物の処分問題、いずれをとってももはや耐えがたい負担となっていることから、アメリカ、カナダ、イギリス、ドイツなどでは原発増設など1基もなく、閉鎖・縮小の方向である。もはや一刻も早く原発から撤退すべきことを今回の事故は訴えていると言えよう。
当面、10/7、水戸市で発表されたグリーンピース・ジャパンの要求と提言の内容が確実に実行されるよう、要求し監視していく必要が問われているのではないだろうか。
(生駒 敬)
———————————————————————
グリーンピース・ジャパン
10/7 「当面の要求と提言」

[1]政府に対して、以下を要求する
<事故原因の究明と責任追求>
・ 原因の究明に当たって、原子力産業と関係のない団体なども含めた公平な第三者機関を設置し、JCOだけでなく国や原子力安全委員会などの責任も明らかにすること。
<原子力関連施設の安全管理>
・ 全ての原子力関連施設の一斉点検と安全菅理の強化を図ること。
・ 核燃料取り扱い施設を含む全ての原子力関連施設の設置許可・安全審査基準を見直すこと。特に原子力災害対策を審査項目に加えること。
・ 全ての原子力関連施設に、周辺自治体との安全協定などを義務づけること。
<防災計画の見直し>
・ 現実の原子力事故に対応し得る「原子力防災計画」を整備すること。特に地震など自然災害との複合災害対策を確立すること。
<情報公開>
・ 原子力行政及び原子力関連産業の情報公開を義務化すること。
<原子力政策の全面見直し>
・ プルサーマル計画を凍結すること。また、高速増殖炉・新型転換炉などから撤退すること。東海村再処理工場の操業再開を許可しないこと。
・ その上で、原子力からの撤退を視野に入れて原子力政策を全面的に見直し、代替エネルギー政策の研究と推進をはかること。

[2]原子力災害は広範囲にわたる可能性があることから、全国の自治体に、以下を提言する。
<自治体独自の安全管理能力の確立>
・ 自治体独自の原子力安全管理に関わる部門を強化し、専門家、原子力に批判的な学者・識者、周辺住民なども含めた委員会や協議会を設置すること。また周辺自治体同士による連携・協力をはかること。
・ 原子力関連施設との現行協定を再検討し、必要であればそれを見直すこと。
<情報公開>
・ 原子力施設の安全管理に関わる情報公開を拡充すること。
<事故対策、実効性のある防災計画の確立>
・ 今回の事故に関わる茨城県関係市町村の経験を共有化し、今後の対策に役立てること。
・ 実効性のある原子力災害時緊急体制を整備・拡充すること。
以上

【出典】 アサート No.263 1999年10月23日

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『詩』 ライサ逝く 

『詩』 ライサ逝く        
               大木 透

なにも
武器をもたない
あなたたちが
クリミアから生還したとき
薄手のジャンバーと
少し皺の目立つ
ワンピース姿のままで
もっと別の道から
どこか森へ分け入って
もっと遠いところへ
行ってしまうのか
と 思った
チルチルとミチルのように

偶像なしに
生きられなかった
あの頃のことを
思い出したからといって
それは
あなたたちの知らないことだ
青春と呼びたい
最後の日々に
あなたたちと
ともにあったからといって
それは
あなたたちの知らないことだ

いつかこんな時が来て
知らねばならないと思った
あなたの国の
花を散らすそよ風や
あなたの国の
誰でもが使う言葉たちが
どんなに色づいて
どこへ流れて行くか

もう
それも見ることができない
あなたと
あなたの未来を失って
風に手を翳すことさえ
忘れてしまった人
あなたが
あなたと呼んでいた人
あなたを
君と呼んでいた人

あなたたちに代わって
はっきり言おう
あなたたちは生きていた
生きている
生きて行くであろう
そして
いつも
帰ってくるであろう
生きている人々のもとへ
生きて行こうとしている
人々のもとへ
    
(一九九九・九・二三)

 【出典】 アサート No.262 1999年9月15日  

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【読者の声】by 広島・S

【読者の声】by 広島・S

 先日、広島県立図書館で小野義彦先生の追悼録を見つけて読み、4年後の2003年は民学同(以下、MG)結成40年になるんだな、ということに気づきました。
 今、インターネット・ホームページ、例えば、「マル共連BBS」ではMGのことが時々、取り上げられ、大阪市大ではこのぐらいの勢力だったとか、80年ごろの筑波大反処分闘争の時はどうだったとか、書き込みがありますが、多くが新左翼系の残党のNWの見方なので、民青の亜流としか見られていません。(別の機会にこうした書き込みを再録してもいいですが)
 従ってアサートでは今後、もっとかつての同志間の運動経験を本音で出し合い、検証し、60年代以降の「構造改革路線」の大きな潮流の中でMGの歴史を記録する作業を始めてはどうかと思います。労働運動研究所(労働者党系)などの協力を得れば、可能だと思いますし、小野人脈だけでもすごい。最近では政治グループ稲妻(第四インター分派、共産党員との対話を追求)の村岡到氏が戦後の自己の運動体験を歴史と重ねあわせて「協議型社会主義」を提唱する一冊を出版していますが、個人・有志の作業の形でもいいかと思います。
 地方に住む私はアサート誌上で横山ノック府政や石原慎太郎都政の評価など読みたくありません。マスコミで十分です。先日の吉村励先生との座談会などが、本当に読みたいものです(物足りなさはありますが)。
 われわれは当時、「平和と平和共存」「反独占民主主義」を掲げましたが、結局、「平和共存」はソ連のお先棒かつぎだったし、反独占とは中小企業保護の選挙政策にしか物質化できなかったのではないでしょうか。すると残るは民主主義だけです。民主主義のとらえ方だけが誇れる唯一の遺産でしょう。
 インターネットの時代です。誌上で投稿者のメールアドレスも公開し、より機動的な意見交換ができるようにすることも提案します。まず、編集部がアドレスを公開して下さい。パソコン通信より可能性が広がります。(広島・S) 

 【出典】 アサート No.262 1999年9月15日

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【投稿】「労働運動の未来を考える意見交換会の記録」を読んで

【投稿】「労働運動の未来を考える意見交換会の記録」を読んで   

長い時間の座談会の記録をとるのがどれだけ大変なのか理解できるだけに、その分じっくり読ませてもらいました。2ヶ月に一度くらいおやりになると書かれていましたが、その後音沙汰なしのところをみると、やはり大変だったのかと、あらためて編集部の方々に感謝しております。
さて、「記録」についてですが、労働問題から社会主義の総括、現代若者の意識、新社会主義(?)へ導く生産スタイルの問題等々、話題が多岐にわたっていましたが、私は労働問題についてのみに絞って感想を述べたいと思います。
座談会の順をおっていいますと、まず不安定就労層について、インターネットによる労組への「誘い」と自治労などの組織化が紹介されています。組織化のための「経費」がどれだけのものか、巣張さんは苦労された経験があるので具体的におわかりだと思いますが、その「経費」を出すための論議が必要だと思います。すでに連合は今年度からそうとうの経費を地方連合などに供出してきていますが、全国一般、JAM、ゼンセン同盟など活発に未組織の組織化に取り組んでいる産別がどうしているのか、についても考える必要があると思います。アメリカの労組が相当の費用をつぎ込んで大量の組織化に成功している例もあります。問題はそういう経験をどう生かすかではないかと思います。
次に、電機連合の春闘見直し論ですが、ここで大変重要な指摘をされていると思います。基本給比率が総額の30%ほどになっている民間の賃金ではベア中心の春闘では運動にならないといっていますが、まったく同感です。業績給や能力給の導入、○○手当のアップなど、賃金にしめる基本給が少なくなればなるほど、労働組合で賃金の交渉をする余地が少なくなります。ですから、銀行や証券に労働運動がなくなったのが典型的な例だともいえます。ですから電機のような見直しがでるのは当然で、しかも大企業ほどそういった賃金要求になっているのだと思います。やはり原点に返って、賃金を見直す時期にきていると感じています。今、連合でも新たな賃金綱領を作成していますが、ここでどういう視点に立つのかが問われています。
また、地区労運動や労働者連帯、連合の会議にも触れられていますが、現在の労働運動の状況ではこれも当然で、春闘という労組の基本的な役割がなかなか機能しない中で、個別の分野だけ活発になりえないと思います。問題は、どこから「手」をつけていくかで、やはり既存の組合員にも、未組織の労働者にも「労組は必要」というところまで期待を集められるだけの存在にすることではないでしょうか。実際に管理職ユニオンはそこでは成功しています。またマスコミはあまり報道しませんが、連合東京でも「未組織の組織化」のもと、外資系企業の組織化、派遣労働者の組織化などかなり成功してきています。もちろん先に述べたゼンセンなどもパチンコ産業にも触手をのばしていますし、全労協系の東京東部労組もコンビニのパート店員の組織化にまできています。
ただ、こうした組織化運動は規模としては小さいし、相当の「経費」がかかっていることと思いますから、いかに「省エネ」でやるか、産別の協力体制、地域の協力体制なしにはなかなかしづらいと思います。ナショナルセンターの役割分担まで産別大会での春闘論議からでてきていますが、役割分担ではなく、相互の影響を言い方向にもっていく協力体制をつくることをしないと、産別自決路線、個別企業自決路線にまいもどる危険性があります。今、未組織の組織化と失業問題をめぐって総労働体制ができそうなときに、これを大事にする運動をみていきたいと思います。
座談会は、そういう意味でも大変刺激的ですので、どんどんやっていって下さい。
(立花 豊)

【出典】 アサート No.262 1999年9月15日

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【投稿】欧州での労働者協同組合と雇用創出の可能性

【投稿】欧州での労働者協同組合と雇用創出の可能性 

1999年9月12日~13日、「労働者協同組合法」国際フォーラム(市民の仕事おこしと地域の再生/協同労働の法制を求めて)が明治大学「リバティーホール」において開催された。主催は日本労働者協同組合連合会。ちなみに日本労働者協同組合連合会(以後労働者協同組合を 労協 と略す)は共産党系団体としてみられているようだが、全労連からも激しく批判されている団体であり単純なレッテル貼りで見ないでいただきたい。実践的には地域ごとに差もあり確かにそうした方々も多く参加しているが内容は単純なものではないことを理解していただきたい。ここではフォーラムの内容や、参加した率直な感想を特に雇用問題と併せて報告したい。
開会挨拶にたった大内 力(東京大学名誉教授)は「今年の東大法学部卒の就職率も50%だった。『日本のどこかで毎日90人もの人がみずから命を絶っている』という事態の厳しさをきちんと認識し、雇用もサービスも企業依存から脱却していかねばねらない」と日本での21世紀の協同法制定の意義を語っていたのは印象的だった。
フォーラムには欧州からフィリッペ・ヨワヒム(CECOP 欧州労働者協同組合連盟 副会長)、チャーリー・カッテル(イギリス、協同組合コンサルタント)、アルテェステ・サントゥアーリ(イタリア、非営利セクター開発研究機構)の各氏を迎え、協同組合法成立までの経過やその実践について報告された。EU、ユーロ発足後、ヨーロッパでも巨大な企業グループがM&Aを繰り返し熾烈な競争時代へと突入している。わたしの友人で日本で取引のある化学系のある会社では「輸出輸入先の会社名が3ヶ月ごとに変わっている状態だ」というほどである。そして深刻な雇用危機と財政危機である。その中で労協が雇用創出のおおきな部門としてEU内で認められつつあると言うことだ。
結論から先に述べさせてもらうと、日本の大企業のリストラに歯止めがかからないのは団塊の世代を中心として年齢構成が高齢化し、しかもこれらの人たちの給与が高すぎるからである。単純に中小零細民間労働者の2倍近いの高給であることには間違いない。大企業の社員の25%以上が年収800万円以上というのはとても一般的な民間中小では考えられない水準である。日本の会社はゼネラリストをめざして人づくりをしてきたが、これは総じて人件費コストの底上げをしてきた。国際競争社会のなかでのコスト競争でこれは日本企業にとっての大きな負担となってしまったのである。欧米並とすれば、いまは核となる管理者とスペシャリストが会社の中心にいて、あとは必要なときに必要な人を集めればいいのである。さすがの一方的なリストラに「日本企業の力を弱めてしまう」と一部からも不安がもれるほどである。そしてもうひとつ考えられるのは大企業準拠の公的部門である。国レベルはおいておくとして、地方では財政出動がもはやそれほど有効でなくなってきているし、できる範囲も限られている。今後、21世紀にも持続的に行政サービスを提供するとしてもこの問題をどのように解決するのかということに答えを出していない。「サービス拡大=人件費コストの増加」や「人件費コストの削減=サービスの低下」という繰り返しですましていいのかということだ。
今回のフォーラムでかいま見られたのはこの事に関するふたつの選択である。
ひとつは新保守主義が行政サービスを切り捨てていったことは欧州でも同様であるが、この受け皿の一つとして労協があるのである。例えば、イギリスのかつては自治体が運営していたスポーツクラブ(健康増進センターなど)は、労協がこのサービスを請け負い、しかも以前より内容や規模も充実させているのである。今ではこうした部門のほとんどが労協の委託になっているそうである。労協が選択された理由は、地元の事業体であること、持続可能な事業体であることなどである。事業拡大には労協に対する税制的な優遇措置もあることが大きい。労協法が欧州で制定された背景も十分理由があるのである。社民政権という政治的状況だけではないということだ。
もう一つは競争激化の中で、地方レベルで大きなシェアを持つような会社でもオーナーが事業(あるいは事業の一部の)継続を放棄する事態が出てきたことと労協の誕生である。雇用確保という場合にこうした選択もありえるという方向性だ。もちろんこの事業がそれ自体採算性や継続性がなければ意味がないし、こうした判断も労協のコンサルタントといっしょに労協の組合員が判断するのである。
日本でも今後、景気拡大が単純に雇用に結びつくとは考えられない。むしろ適正なワークルールと共に多様な働き方を支援する施策が必要である。そしてここで述べたようにサービスの提供者としてセミパブリックな事業体の形成も不可欠であるように思える。バブル期を通じて自治体がどんどん様々な事業化をこころみたが、その結論はなんだろうか? 必要とされるサービスを持続的に継続的に提供するために大胆な発想の転換も必要であろう。
以下は集会報告者の講演とレジュメを文章化したものである。

◆CECOP 欧州における労働者協同組合と社会的企業のめざましい発展
CECOPは、「欧州労協連」と言いい、正式には、「欧州労働者協同組合・社会的協同組合・労働者参加企業総連合会」(The European Confederation of Workers Cooperatives’ Social Cooperatives and Participative Enterprises)である。伝統的な労働者協同組合だけでなく、「新しい協同組合」の大きな渦をなしている社会的協同組合、そして労働運動の新たな流れとしての労働者自主管理企業を、その主体と戦線に包含する連合組織となっていることがまずもって注目される。
その会員は、31の連合組織、61の地域組織、200の協同組合開発機関から構成され、その傘下には、全体で6万企業、150万人の労働者が所属している。企業の内訳は、工業・手工業33%、サービス38%、建設14%、社会的協同組合(社会サービス供給ないし社会参加支援のための協同組合)13%、文化・教育活動2%となっている。
「行動計画」は、次のような欧州労協・社会的協同組合の挑戦課題を提示している。
情報とコミュニケーション:会員組織が欧州の建設に加わり、自らに関わる政策や計画に参加し、行政的・法的な環境を変え、欧州基金にアクセスすることを保証するための情報の提供と、会員の優れた実践の欧州規模での交流研修・教育:「協同労働」企業経営者のための欧州研修センターの創設や、組合員に対する協同組合の歴史と原則の教育
企業ネットワーク:一つ一つの企業の民主的で柔軟な側面を維持しながら、競争力や規模の経済を保証するための企業のネットワークや事業連合の形成
地域開発:地域の協同組合開発支援機構を発展させ、自治体と結ぶとともに、支援機構を欧州規模でネットワーク化する
女性企業家と平等な機会:女性の研修と新しい協同組合づくりを支援するとともに、その前提として各機関での「ジェンダー・バランス」を確立すること
伝統的部門を固めつつ、文化、旅行、ニューメディア、環境などの新しい分野を開発すること
環境と持続可能な発展:資源の利用を減らしながら、その効率的利用を通じて、持続可能な環境の発展を達成し、適切な生活の質を享受する権利をすべての人びとに保証すること
◆欧州の「社会的経済」の広がり
CECOPの挑戦は、これを広く包み込む欧州規模の「社会的経済」の中に置くとき、いっそう鮮明にすることができる。
「*REVES憲章」によれば、欧州の社会的経済は、640万人の人びとの仕事(総雇用の4.4%)を生み出している。その内訳は、「アソシエーションないしボランタリー部門」59%、「協同組合部門」34%、「共済部門」7%です。これら社会的経済の総セクターは、他の公共・民間の経済セクターよりも雇用を急速に伸ばしており、欧州委員会が「新たな雇用源」と見なす分野ではとくに伸長が著しいと言われている。
◆EUのパートナーとして、社会的企業が勃興
大事な点は、これらの躍動が、欧州連合=EUとのパートナーシップとして、「より民主的で社会的な欧州、より開放的で連帯を基礎とした、より市民に目を向けた欧州の実現」という点から位置づけられていることです。とりわけ政府に相当する欧州委員会が、新たな雇用政策の枠組みの中で、社会的経済の重要性を認めるに至ったことは重要です。
事実、この間、CECOPのパイロット事業と、その調査研究によるフォローアップ、事業のいっそうの展開という一連の循環が、EUの資金提供を受けて進められています。
欧州委員会第5総局(雇用・社会・教育)の後援による「社会的企業と欧州における新たな雇用」「欧州におけるコミュニティに根ざした都市再生」、第11総局(環境・核安全・市民保護)の後援による、環境と仕事おこしを結び付けた「グローバル・エコロジー-環境と社会の再生」、第12総局(科学・研究・共同開発センター)の後援による「社会的経済の勃興-欧州における社会的排除に対する新たな回答」をテーマとする欧州ネットワーク(EMES)の立ち上げなど、欧州の経済・社会政策の立案・実行主体としてCECOPは確実に地歩を築いているようだ。それは、21世紀的な協同組合と公共政策の新たなあり方を予兆するものであると言える。
◆「協同労働者」の定義と法制化をめざして
CECOP会員組織の共通のアイデンティティは、「労働者の参加と所有」に置かれますが、この「参加と所有」は、今日では「企業のリスク、経営、運営、および付加価値の分配」に及び、参加する人びとが社会のニーズに責任を持って応える、「知的で適応可能な構造」の企業創造の挑戦に至っていること。それは、賃金労働者とも、自営業者とも異なる「第三の労働モデル」であり、こうした「協同労働者(associated worker)」の地位と「それに照応する義務、リスク、権利と原則を定義する憲章」の制定が求められていることが述べられている。
(東京 RI)

【出典】 アサート No.262 1999年9月15日

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【(投稿】大揺れの円高・ドル安と日米経済

【(投稿】大揺れの円高・ドル安と日米経済

<<GDP2期連続のプラス成長>>
9/15、政府・日銀の度重なるドル買い・円売り介入にもかかわらず、一時1ドル=103円台にまで円高が急速に進行し、東証株価も700円以上も下がるという事態を迎えた。今や年内に1$=90円台への移行も現実的と言われ出している。そうした事態は、9/9に経企庁が発表した4-6月期の国民所得統計で、国内総生産(GDP)が前期比0.2%増、前年同期比0.8%増と、2期連続プラス成長を受けたものでもあった。「日本の不況は底をついた」「景気は上向きとなった」「銀行危機もほぼ片付いた」と楽観論が支配したあとの右往左往である。景気回復を見越した為替相場の動きが、逆に回復を台無しにし、後退させるという皮肉な構図である。
2期連続プラス成長が経済実態に基づいた堅調な回復ならば、少々の円高も問題ではないし、十分に吸収し得ると予測もできよう。しかしそれは前々回にも指摘したところであるが、政府の放漫な財政赤字の大判振る舞いによってゲタをはかせられたものに過ぎなければ事態の展開は違ったものにならざるを得ない。

<<「自立的回復」にほど遠い実態>>
発表された統計数字からだけでもわかることは、まず景気回復の足取りが、前期が2%増(年率換算8.1%増)であったのに対して、今期は0.2%増(年率換算0.9%増)と、その伸びが明らかに頭打ち傾向を示していることである。一昨年、昨年と2年連続のマイナス成長、しかも戦後最悪のマイナス成長をベースとして比較すれば、最悪期を脱したとすれば、ほんの少しの回復でも相当な伸びになる可能性は当然予想されることである。しかし実態はこの程度にとどまっている。
さらに問題はプラス成長の中身である。まず、民間設備投資は減少率が低下してきているとはいえ、依然として大幅な前年同期比減を続けており、リストラの本格的始動はこの点でも設備投資増を期待できる余地などほとんどないことを示している。民間最終消費支出、つまり個人消費は微増はしているが、きわめて低調であり、最悪の失業率の更新と可処分所得・実質賃金の低下傾向によってここでも期待できる余地は限られている。住宅や軽自動車などで回復傾向が見られるが、まだまだ限定的である

唯一大幅な増大を示しているのが公的資本形成、つまり公共投資である。このように2期連続のプラス成長とはいっても、公共事業のカサ上げによって押し上げられていることが歴然としており、「民需の自立的回復」には程遠い実態なのである。
9/10付けウォールストリートジャーナル紙が「日本政府発表の統計を信用するものはない」というモルガン・スタンレーのR・フェルドマンの発言を引用し、さらに経団連会長の「円高が輸出に水をさし、雇用は依然悪化している」との談話を引き合いに出して、無理やりプラス成長を演出している姿勢に疑問を投げかけているのも当然であろう。

実質国内総支出   98/10-12    99/1-3    99/4-6
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国内総支出     473,515    482,872   483,942
GDP        ▲0.8      2.0     0.2
〃年率換算      ▲3.3      8.1     0.9
民間最終消費支出  281,480    284,989  287,369
〃前年同期比    (▲0.1)    (0.8)   (1.8)
民間企業設備    73,573     75,836   72,831
〃前年同期比    (▲17.0)  (▲9.7)  (▲8.9)
公的固定資本形成  42,629      47,009    45,130
〃前年同期比    (8.9)    (22.8)   (21.0)
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単位10億円

<<「一触即発の危機」>>
こうした日本経済の実態にもかかわらず、円高・ドル安が進行している。このところ、毎月1兆円規模に上る外国勢の日本株の買い越しが行われており、今回の急激な円高も「海外市場ではヘッジファンドが円急騰を演出した」(9/11日経)と報道されている。円の購買力平価は1$=163円(98年、OECD調べ)程度とみなされているにもかかわらず、確かに「7月半ばを境に、円ドル為替レートには大きな潮目の変調が生じている」。1$=120円台から、9月以降は100円台すれすれに、1ヶ月半で20円前後の急激な円高・ドル安である。そこには、日米経済関係の新たな変動が生じてきているとも言えよう。
9/10午前の東京市場で、大蔵省・日銀が円売り・ドル買いの市場介入に踏み切ったのであるが、アメリカは日本の市場介入に冷ややかで、サマーズ財務長官は日本の市場介入を「操作」だと批判し、クリントン大統領も「円高で日本が米国やアジアの製品をたくさん買うことができることは、国際経済にとっても米国の労働者にとってもよいことだ」(9/9記者会見)と突き放している。日米協調介入などまったく問題にもしていないのである。
しかし、根底的な問題はアメリカ経済自身が抱え込んでいる株高、過剰消費等に現れている「一触即発の危機」の進行である。国際通貨基金(IMF)がこの9/8に発表した報告で「米国株は割高であり、株価が急落した際、大きな問題を引き起こしかねない」と指摘している事態の進行である。8/30、ニューヨーク金融市場はすでに株・債券・ドルのトリプル安に見舞われている。何かあれば一転、パニック的な反応を示すバブル末期の症状が出始めたともいえよう。

<<「日本と同じ運命をたどるのか?}>>
8月末のNY株式市場の続落で株の資産価格は計500億ドル以上の値下がりとなっている。すでに資金の流れがいっせいに変更され始めた兆候でもある。ドル資産離れである。問題はドル資産から移すべき相手方も膨大な不安要因を抱えていることにある。それでも不安を抱えた米系金融資本のみならず、日本の機関投資家も日本への資金回帰傾向をますます強めざるを得ないところにきている。これが一層のドル安・円高進行の原動力でもある。
さらにこれに拍車をかけているのが米貿易赤字の急増である。昨年の貿易赤字は、対前年比で26%も増加したが、今年はこのところ月間260億ドル規模と記録的な赤字を続けており、今年上半期の赤字累計は1181億ドル、実に前年同期比56.9%増という急増ぶりである。巨大な赤字リスクを抱えたまま、株高と過剰消費に依拠した米国の繁栄が最終段階にさしかかっているのだとも言えよう。
8/31付けのニューヨークタイムズ紙は「米国株式市場は日本と同じ運命をたどるのか?」という見出しを掲げて、米連邦準備制度(FED)定例集会での山口泰元日銀総裁の「1980年代の日本のバブル経済の絶頂期が、米国の現状に無気味なほど酷似している」という発言を紹介している。
これに対して、9/3付けウォールストリート・ジャーナル紙は「グリーンスパンのバブルを破れ」と題した、グリーンスパンFED議長の「株価バブル説」に真っ向から反論する論説を掲載している。株価の適正評価に使われているリスク率が誤りだと指摘しているのであるが、日本のバブル絶頂期の「虚業こそ実業」といった「行け行けどんどん」式の強気エコノミストの論調を彷彿とさせるものである。
マネー資本主義のグローバル化に日本が追随している限り、政治も経済も打開の道は開かれないと言えよう。(生駒 敬)

【出典】 アサート No.262 1999年9月15日

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【コラム】ひとりごと –キャンプ事故に思う–

【コラム】ひとりごと –キャンプ事故に思う–

○今年のお盆は、直前までの国会会期末における予野党攻防報道のあと、一変して神奈川県の玄倉川でのキャンプ遭難事故報道に明け暮れた感がある。正直言って、キャンプ・アウトドアーは定着したというものの、実態はこの程度だという思いであった。○議論の前提として、山の中でも河原でも、自然に対する恐れであったり、未知の世界との出会いという緊張関係が問われなければならない。天気も快晴ばかりが続くわけではない。天候の変化がもたらす諸条件の変化を想定した準備が求められている。私もこの夏、キャンプに出かけた。カヌーツアーとのセットであったが、あえてキャンプ地は高原を選んだ。下見をした時点で、余りの水質の悪化と環境の悪さを敬遠した結果であったが。○今回の事故の場合、90%は遭難者の認識不足、責任と私は考える。この川のように上流にダムがある場合、ダムからの放流が行われる可能性は常に存在している。通常、サイレンなどで放流前の通報が行われることを明示した看板などがあるもの。今回のように、ダム関係者や警察の警告も聞かなかったとなれば、自業自得というものだ。○よく言われることだが、日本の場合、例えばため池で子供の事故があった場合、管理者の責任が主に問われる。しかし、本来は、危ないことを理解していない、させていない方に責任の半分以上はある。欧米の場合には、池の柵などもない場合が多い。自己責任を基本にしているからだ。○自然環境への憧れやすがすがしさから、ここ10年ほどで、キャンプ人口は急増したと言われている。それにも増して、アウトドアーは単純に考えると安上がりなのである。旅館やホテルの利用と比べると格段の違い。さらに、キャンプ用品の充実と低価格から、キャンプが家の延長という雰囲気もある。こうして不況の中、夏の手軽で安上がりなレジャーということでキャンプ人口は増えている。しかし、今回の事故で明らかなように、本来、自然は恐ろしいものなのである。人間の認識をはるかに超えた状況を、瞬時に作り出すことがあるのである。○自然と人間との関係を、はっきりさせた事件として、心に刻みたい。亡くなった方々に哀悼の意を表しつつ。(佐野)

【出典】 アサート No.261 1999年8月21日

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【書評】福田静夫『「いのち」の人間学──社会福祉哲学序説』

【書評】福田静夫『「いのち」の人間学──社会福祉哲学序説』
                   (青木書店、1998.10.25.発行、3,800円)

「『いのち』という言葉は、近代以降、一方では、生物学や医学の場合に見るように『生命』という言葉に置き換えられて定着する内容を分化させていったし、また他方では、社会科学や哲学において『生活』もしくは『生』という表現を与えられていく部分を生み出してきた。(略)むしろ『いのち』という言葉は、『生命』という言葉によって開かれた新しい適用分野をも組み込んでその外延を拡げるとともに、新しい内包を付け加えることでいっそうその豊かさを獲得していった」。
本書は、「いのち」という中心概念に依拠して、現代社会・人間の諸問題に迫ろうとする試みである。この未定形な言葉(「いのち」)をキーワードに据えることで、かえって現代社会のすべての側面にアプローチしていくことが可能になるのではないかとする著者の立場は、これまで余り顧みられることのなかった独自の視点を提供する。
本書の構成は、「いのち」の概念の多面性に即して、現代社会の多彩な諸問題を反映している。その主な内容は、次の通りである。
[序 章]「いのち」の歴史と人間──「いのち」の自然史、社会史、「いのち」と「環境」の問題など。
[第一章]現代社会と「いのち」の諸相──「いのち」の生みと育ち、「いのち」の南北問題、「従属人口」、「いのち」の終末など。
[第二章]現代史のなかの「いのち」──戦争、高度成長、日本資本主義の格差構造
と「いのち」など。
[第三章]グローバリゼーションと「いのち」の理念型──「ゾーン・ポリチコン」
と「自然法」、「レッセ・フェール」と「疎外」、      「従属」
理論、「正義」論と「平和学」など。
[終 章]「人権」と「福祉」(「いのち」の21世紀へむけて)──「人権」問題
の新しい地平、日本型「福祉国家」の問題性など。
ここに見られるように本書では、「いのち」が、自然史的、生物学的な問題、出産や子供や老人の問題、戦争や労働との関わりの問題、理論的な諸問題あるいは世界システムとの関係の問題等々と絡めて提起されている。その個々の諸問題について詳述することはできないが、ここでは、戦争と高度成長(労働)の問題に関して、「いのち」についての著者の姿勢を見てみよう。
戦争と「いのち」の問題について、著者は、明治国家による「10年刻みの対外戦争」から「アジア太平洋戦争」にいたる日本の対外侵略での、犠牲者への戦争責任を厳しく批判するとともに、「戦後」の戦争についても言及する。 「非常にはっきりしていることがある。それは、『戦後』は、決して戦争のない時代などではなかった。反対に、相互連関の深まった20世紀後半の『戦後』の世界は、その前半の『戦前』の世界よりもはるかにしばしば戦争を体験していたし、そこで生み出された『いのち』の被害は、世界大戦のそれに匹敵する」。
「そして忘れてはならないことは、この『いのち』の犠牲の巨大化に対して、日本は世紀の前半には直接の加害者として荷担し、促進してきた責任を問われるだけでなく、『戦後』の日本の経済復興において、朝鮮(1950~52)とベトナム(1960~75)で戦われた戦争によるアメリカ軍の『特需』に支えられた不幸な歴史を持っているということである」。
「日本の支配的な文化は、残念ながら、20世紀の歴史に刻み込まれている戦前、『戦後』のこの加害体質をなお重く引きずっている。日本の国民が、この加害体質に無自覚でいるとするならば、いやおうなく国民の戦争責任、『戦後』責任が問われ続けていくことになるであろう」。
「戦後」の「いのち」への加害責任についての著者の指摘は、「買春大国」日本の問題を含め、現在真剣に考えられねばならない問題であろう。
また高度成長(労働)と「いのち」の問題については、次のように述べられる。 「戦後の日本が『経済大国』の位置にたどりつくまでの道には、いわば死屍累々と言っていいほどの莫大な『いのち』の犠牲が横たわっている。『いのち』にとって、戦後の日本はけっして生きやすい国ではなかった」。
このことは、戦後統計の存在する1952年以降の労災事故による死者数が特段の減少の傾向を見せていないこと(年間の労災による死者数は、1986年以来ずっと2300~2400名台で推移している)、驚くべき増加を示している交通事故の死傷者数(1996年で、死者約9900名、負傷者約94万2000名──1日当たり死者約27名、負傷者約2580名)、そして自殺者の数が、1977年以来95年まで(91年を例外として)年間2万人を超えていること等にあらわれている。つまり高度成長を生み出してきた日本の社会構造は、また「いのち」に辛い社会をも生み出してきたのである。
この構造は現在もなお、「ジョウゴ型の所得格差構造」、企業間格差、男女間の賃金格差や女性間格差、長時間労働と過労死等々というかたちで厳然と存在しており、著者は、これらの問題に対する取り組みと同時に、その根本的な原因としての資本主義経済システムの改革が不可欠であると強調する。
というのも「資本主義という経済システムが世界史的に勝利する時代が、『いのち』にとって苛酷な時代となったのは、資本主義というシステムが人間格差をその存在条件としているからである」。
すなわち著者によれば、資本主義の基本的過程である商品の生産・交換・消費は、制度・交通などの諸関係と人間関係の複合した複雑な資本主義適過程をたどる。しかしこの過程は同時に、市民が多面的に営む人間的生活過程でもある。そしてこの場合、前者(資本主義的過程)を条件づけている利潤による「資本主義的な合理性原理」は、後者(人間適生活過程)の「人間主義的な合理性原理」とは、必ずしも一致せず、両者の矛盾の中でで絶えず前者が優先される。この社会構造の隅々にまで利潤優先の構造が行き渡ってしまっている状況こそ、まさしく今日の日本社会なのである。
著者は、このように「いのち」を中心概念として、多面的かつ複合的に、社会構造に存在している諸問題を解明していく。この切り口は、総体としての社会に検討を加える方法としては有効であると言えるであろう
ただし、「いのち」というキーワードが、未定形ということから、今後「いのち」自体の明確な規定が必要とされていることは指摘しておく必要があろう。さらに、「いのち」という包括的総体的な視点からの社会へのアプローチという大きな問題提起が、特定の「政治的」立場の狭い枠組みにとらわれて語られている箇所が見い出されるのは、残念であると言わざるを得ない。また整合性の問題も残されているが、本書は、「いのち」学の始まりに置かれたひとつの礎として評価されるべきであろう。(R)

【出典】 アサート No.261 1999年8月21日

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【本の紹介】住管機構 債権回収の闘いー司法の理念と手法をもってー

【本の紹介】住管機構 債権回収の闘いー司法の理念と手法をもってー
     1996年6月17日発行 著者/住管機構顧問弁護団、中坊公平
            発行所/ダイヤモンド社 定価/2700円

[主な内容]
第1章○司法の理念と手法をもって
第2章○回収スキームと法的課題
第3章○債権回収の実践
第4章○執行妨害との対決
第5章○大口・悪質案件を追う
第6章○各地の回収最前線から
第7章○関与者責任の追及
第8章○「創業から守城へ」、そして新しい出発
第9章○債務者の姿・形に合わせた回収を
資料編

いま時の人、中坊公平を取り上げた本は、書店に行けば必ずある。
これは、中坊氏個人だけではなく住管機構の約1100日に渡るまさに実録、戦記である。中坊氏を筆頭に28名の住管機構顧問弁護団が著者となつている。

<<「平成の鬼平」>>

「鬼平」とは皆さんご存じの池波正太郎の「鬼平犯科帳」の主人公、火付盗賊改方の長官「長谷川平蔵」のこと。江戸時代、火付盗賊は重大な刑法犯であり、「十両盗めば首が飛ぶ」時代。いずれも市中引き回しの上、獄門、さらし、火あぶり等の極刑。
平成の世での火付け盗賊にあたるものは、6850億円という国民の税金を投入させ、8兆円という膨大な不良債権を生じさせた連中のこと。
これと対決する中坊氏の武器は「司法の理念と手法」。民事、刑事ありとあらゆる手法を駆使し悪党を追い詰めて行く。具体的には回収の”5つの武器”
1、「大義名分」
2、「預金保険機構の特別調査権」
3、「競売」
4、「警察、捜査機関との連携」
5、「国・自治体との連携」
ここに書かれていることが事実であることの迫力は驚感。

<<理念とそれを求める気迫>>

中坊氏いわく「国民に二次負担をかけない」本来ならば「国民になるべく二次負担をかけないよう努力いたします。」というのが正しい表現であろう。しかし、彼は言い切る。「国民に二次負担をかけない」「自らの退路を絶つ!」これが、彼の出発点。預金保険機構の100%出資による資本金2000億円の商法上の株式会社、これが住管機構。この会社の社長就任にあたり中坊氏の要求は「閣議決定による社長就任」「政府の代表として大蔵大臣が社長就任を内外に宣言すること」を求めた。いくら国策会社とはいえ、このようなことは前代未聞。
これも、住管機構の持つべき基本理念の確立ためには必要条件。さらに、いわく「私に社長就任を依頼されるのはいったい誰ですか。全国民が私に依頼するのであって、全国民が委任状を書くわけにはいかないから、政府を介して私のほうに依頼したこと、このように考えさせていただいていいですか」
このときから中坊は株主(預金保険機構・大蔵・政府)に対する役員責任から、全国民に対する責任を負うことになる。このような気甲斐、気迫がなければ8兆円という途方もない敵、さらにはそこにうごめくさまざまな権力、闇の勢力に対峙できないだろう。「不退転の決意」

<<現場指揮官と組織者>>
日本の国家予算の10%を超える額の不良債権と闘う彼の軍団の陣容は、旧住専関係710人、銀行からの出向310人、弁護士あるいは大蔵、警察、検察の各OBが60人、総勢1080人。これを旧住専ごとに1~7の事業部、大口、悪質事案を担当する特別整理部(東京、大阪)の2部に配置しており数回組織改編が行われている。これが主な戦力。さらに関与弁護士が二百数十名おり住管機構の理論武装(回収の実務能力)を飛躍的に強力にしている。
とどめは、預金保険機構の特別業務部との連携。この組織は現役の裁判官、検察官、警察官、国税局、金融監督からなつておりその威力は絶大。国税局の査察なみの質問調査権と立ち入り調査権を有し、それぞれの出身の機関とも緊密に連携をとっている。
某広域指定暴力団が「中坊とだけはケンカを売るな!」と回状を廻したとの噂の出所はここかも?いまでは、預金保険機構の特別業務部から住管機構の内部に特別対策室を設置している。
このような組織体を形成すると同時に中坊氏は8兆円の債権の内4.3兆円を特別整理部、3.7兆円を7つの事業部に振り分け、そのうち特別整理部と事業部の7000億分を「社長直轄制」とした。自らが現場の指揮をとりその責任を取るやり方で回収の実績をあげていった。(やりにくい面もあるのでは?)
また、回収業務は厳しい局面の連続。そのためセキュリティーの確保に最大の注意が注がれている。

<<責任の分析と追及>>
借り手に対する責任追及も当然だが貸し手の責任も明確にし追及されてしかるべき。

特に破綻した旧住専の経営者、そこへ話を持ち込んだ、あるいはそういう状況を造りした系列の母体行の責任は看過することはできない。特に住友銀行は住管機構の申し入れに対し法廷での決着を求めるという、まさに開き直りとしか言いようのない態度で臨んできた。最後は和解に応じ30億円を支払うこととなる。このときの論理構成がすさまじい。134件の問題事案の中から具体的に不法行為、共同責任、誘発助長責任を検討し、積み上げていく中で問題点を明らかにしていった。中でも住友銀行は73件の事案に対して指摘されている。これら銀行等の金融機関としての公共性、安全性、収益性、誠実公正義務の諸原則に反しているとの主張したのだ。これらの諸原則が守られていればこそ銀行の信用性が確保されるので、これらを踏みにじる行為は断じて許せない。
このような諸原則を議論する場合、抽象的になりがちである。原則は倫理規定みたいなものでミニマムな規定であるため、法律に違反していないと開き直る卑しい人間がいる。それが、住友銀行だった。それを許さず追い詰めたことに賞賛。

<<国民主権の実質化運動>>
「儲かればよい・・・・」この発想が全金融機関をここまで堕落させてしまっただけでなく、日本を閉塞させているいちばんの根底にあると中坊氏は言う。「失われたパブリックの思想」 豊島の事件の時、彼は島民にどんな被害を誰が与え、誰が受けたのか、被害を受けた側にも新たな責任があるのではないのか。「自らが、すべてのことを自分を主体と考え行動していかなければ」と言う。けっして上からの指導者でもなければ運動家でもない。「国民主権の実質化運動」と彼は言う。
法的に問題がなければ問題ではない。このような思想との闘いをパブリックに依って立ちパブリックを最大の武器に闘った記録。道理とか倫理は法律よりも高いところにあり重い存在であることを考えさせられた1冊でした。
最後に、小柄でメガネで禿頭で70才の関西弁のおじいやん。このおじいやん二足のワラジをはいてるらしい。ひとつは京都で修学旅行を相手の旅館業、もうひとつは弁護士。
(豊中 宝山)

PS.本書の中に住管機構全社員に宛た中坊社長からの書簡が2通収録されています。これほどまでに簡潔に自社の状況と見通しを説明し、全員に話しかける様な書簡を久しぶりに目にしました。

【出典】 アサート No.261 1999年8月21日

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【本の紹介】『汚名 いわれなき元党員が、27年の沈黙を破って告発!』

【本の紹介】『汚名 いわれなき元党員が、27年の沈黙を破って告発!』
       油井 喜夫(ゆい よしお)著、99/6/20、毎日新聞社発行、1600円

<<「格好つけんじゃねえよ!」>>
「なぜ査問されることになったか、わかっているな」「実は・・・」間髪を入れず諏訪の鋭い怒声が査問部屋に響きわたった。「釈明権はない! やったかやらなかったのか、質問にこたえればいいんだ!」「調子にのるな!こたえればいいんだ!」「君はもう底が割れてんだ。いまさら格好つけんじゃねえよ」、白眼を剥いた諏訪が、ものすごい形相で私をにらみつけた。
これは、ここで紹介する『汚名』に登場する「査問」のほんのごく一部のさわりでしかない。ヤクザ顔負けの恫喝のセリフである。あるいはよく刑事もののテレビドラマで登場する硬軟両用に脅す取り調べデカの例のセリフでもある。口汚くののしり、脅しているのは、日本共産党中央委員会常任幹部会委員で同党東京都委員会委員長でもある諏訪茂書紀局員である。突如入院中の病室から連れ出され、四日間にわたって薄暗い査問部屋に連れ込まれ、それこそ締め上げられ、ついにはありもしない、したがって身に覚えのない「新日和見主義分派」に連座したことを供述させられたのは、元共産党静岡県委員で民主青年同盟中央委員・同静岡県委員長であった油井喜夫氏である。

<<「屈辱的な敵性分子の扱い」>>
なぜ著者はデッチ上げの供述調書を書かされ、署名することになったのであろうか。当然の疑問が浮上する。氏が何度も繰り返している「共産党の反戦平和・主権在民・弾圧に屈しない、すばらしい歴史と伝統に対する畏敬」、これが先見的に思考や行動を制限し、結果としてその宗教的な帰依にがんじがらめにされていたことからきているともいえよう。。しかしその無謬の絶対性と信仰にも似た党への信頼は、自らの体験を通じて崩れ去ることとなった。
現実の「査問」に直面して氏は、「屈辱的な敵性分子の扱いを受け、党の私に対する信認が地響きを上げて崩落しつつあることを知ったとき、私は衝撃の余り、なす術を知らなかった」という。党本部の中の迷路のような複雑な通路を通った薄暗い陰気な小部屋に閉じ込められ、諏訪をはじめ、茨木良和(幹部会委員)、宮本忠人、雪野勉などといったお歴々の党の幹部・査問官たちに取り囲まれ、「露骨な敵意と憎々しげに見下した」脅迫の連続の中で、一日中取り調べられ、宿直室風に仕切られた留置部屋と査問部屋を一日一往復する。「あとは、監視人付きで便所に行くことが許されるだけだった」。
さらに「取り調べられる者は他と完全に隔離され、行動の自由は奪われる。わずかな自由と言えば、査問からいっとき解放された夜の闇のなかだけだった。しかも添い寝人・大須賀の監視のもとである」。この添い寝人・大須賀は党静岡県委員長として当初油井氏の理解者として登場するが、たちまち豹変、自殺防止の監視人として添い寝する。

<<「苦痛からの解放」を求めて>>
「査問官に肝臓で入院中であることを告げたが、彼らは誰も体調を気にしなかった。体力が急速に衰え、肝臓障害によくある疲労が急激に全身を覆い始めていた。査問官たちは、私を病院からひっぱりだしておきながら病状にたいして一顧だにしなかった。彼らは肝臓障害の病態がいかなるものか、無知だったというかもしれない。しかし、病院に外泊が延びるという連絡すらとらせなかった。」その非人間性は弁解の余地などまったくないものである。
共産党の査問は素直に応じれば応じるほどつけあがって過酷になる。「私は査問の進行とともにこうしたやり方に背筋の震えるおびえを感じた。」そして、「査問されるごとに自分で自分を追いつめる、供述書の書き直しは人間の精神を破壊していく」、こうしてついに、「私は苦痛からの解放を求め、査問官に迎合的になった。そして、六中総に反対したと供述させられた」のであった。共産党指導部が強調してやまない「民主集中制の原則」を堅持した「自主的な本人の意志にもとづく供述調書」の完成である。
しかし「諏訪茂が、密室の査問部屋であれほど私を脅しあげた、朝鮮人参・分派資金・反党旗あげ計画に至っては、何一つでてこなかった。」彼らの官僚体制維持というさもしい根性と知的道徳的退廃がこうしたでっち上げとフレームアップを拡大させ、デマの破綻が明確になり、引っ込みがつかなくなって登場してきたのが「新日和見主義」であったともいえよう。

<<「道を歩けないぞ」>>
著者は、「終わりに、個人的意思--査問官・諏訪茂書記局員の虚言により、強制下の密室でなしたいっさいの供述は無効であり、私はこれに関連するすべての文書を撤回する--を表明して本稿を閉じることにする」と言明している。当然のことである。共産党はこれにどう答えるのであろうか。いまだ答えられないのである。
氏は振り返って言う。「一般社会の犯罪容疑者も留置場に監禁され、人権が制限される。しかし、彼らには黙秘権がある。ところが『代々木』の査問部屋にはそれがない。釈明権すら否認された。党規約の実行という大義のもとで、容易に人権を蹂躙していく党体質が、ここに鮮明に浮かび上がってくる。」「党規約の発動としての統制行為が、日本国憲法の奴隷的拘束の排除を保障する自由権を超えるとするなら、それはこの憲法が定めるものとは異質のものとなる。」
査問官の諏訪は「君らのことを公開すれば道を歩けないぞ。いま住んでいるところに住めないぞ」と脅している。もし彼らが権力を握っていれば、スターリン、毛沢東体制と同じくでっち上げ裁判や公開銃殺、あるいは都合が悪ければ拷問やリンチを通じて闇から闇へと異見を持っていたものは葬られていたことであろう。

<<不破「政治倫理の問題です」>>
こうした体制の権化でもあった宮本顕治氏に代わって、今や共産党の最高責任者となった不破哲三委員長は、どう答えているのであろうか。不破氏は、日本記者クラブで、新日和見主義「事件」の「査問」に関連した質問に応えざるを得なくなり、次のように語っている。「『査問』問題というのは、これは政党のなかのいわば政治倫理の問題です。党大会で人民的議会主義という方針が決まったときに、『それはおかしい』という人たちが、いわば一つのグループをつくって、かなり手広い活動をやっているのを、調べたということであって、これは政党としての自己規律の問題、政治倫理の問題です。こういうことがいわば派閥をつくる問題になりますから、われわれはそれを認めていません」(1998年9月13日「赤旗」)。これだけである。あとは一切黙して語らずである。「政治倫理」とはよく言ったものである。知性と人間性による説得などとはまったく無縁でおよそ最低限の倫理性も欠落したこうした「査問」行為への反省などひとかけらも見られないのである。
油井氏はこれに対して、「それは、一般社会でいう調べとはおよそかけ離れた非人間的なものだった。しかし、それを調べであったとサラリといってのけた。私は、この感覚に驚かざるえない。それなら、疑わしい党員を調べるため、今後も監禁のうえ、人権無視の査問を行うというのか。共産党の政治倫理とは、意見を持つ党員を、派閥をつくる問題になるから調べの対象にするというのか。しかも、新日和見主義『分派』を人民的議会主義にたいして『それはおかしい』といったグループだったと単純化してしまった」と憤りを込めて批判している。

<<スパイKの登場>>
この『汚名』の中でスパイ問題が登場している。
「1974年前民青中央常任委員・大阪府委員長のKが公安警察のスパイとして摘発された。つづいて翌75年、現職の民青愛知県委員長らもスパイであることが発覚した。ところが愛知のスパイの親玉は前愛知県委員長・Nであることがわかった。私は、KとNの摘発記事が「赤旗」に写真付きで載ったとき、強い衝撃を受けた。私達を処分した主要幹部だったからである。彼らは新日和見主義糾弾で大いに活躍した。Kは、1960年5月、入党する以前から権力機関の人物と接触を持ち、潜入して以後も知り得た党と民青、民主団体の動向などを逐一権力機関に報告するとともに、詳細にメモした各種の会議ノート、資料なども売り渡していたという。」
実はこの本の紹介を書いている筆者自身も、このスパイKこと北島の直接の指揮と臨席の下に除名された経験を持っている。さかのぼること10年以上も前の1962年から63年にかけてのことである。当時の党指導部に忠実であった川上徹氏らの「平民全学連」というセクト主義的で分裂主義的な方針に頑強に抵抗して内部闘争を展開していたのである。北島は当時民青大阪府委員会の副委員長であったと記憶しているが、共産党の8回大会綱領路線と絡めて執拗な挑発と分裂を持ち込んできたのであった。内部に挑発に乗せられ、あるいは呼応するものがあり、共産党本部からは熊野某などが派遣され、それこそ「取り調べ」が行われ、結局は除名処分に至ったのであるが、私たちはこれに黙して語らずというのではなく、すぐさま当然の権利として、除名処分の不当性を訴えた意見書を党および民青の中央から全国の府県委員会にわたって発送した。この処分に関する調査団が派遣され、大阪府委員会直属として処分は撤回された格好にはなったのだが、もちろんなしのつぶてであった。それはある意味では、大衆運動の利益を守る上では好都合でもあったし、成果もあった。しかし反省すべき点も多々あったと考えている。

<<「もどかしさや空しさ」>>
しかしこの本の著者・油井氏ら「新日和見主義者」と烙印を押された人々のほとんどは、実に27年間も沈黙を続け、共産党に貢献し、誠心誠意支えてきた。油井氏は、にもかかわらずついに沈黙を破って今回の手記を発表するにいたった動機を次のように述べている。
「この手記を書けたのは共産党を離党したからだと思います。私のなかに党への二つの思いが複雑に屈折していたようです。一つは、すばらしい歴史と伝統に対する畏敬、もう一つは、共産党の閉鎖的な体質に対するもどかしさや空しさ、そしてこの党が社会の進歩に沿った真の党改革を行わなければ、やはり一部の支持にとどまり、多数の人の支持をえることはできないだろうという思いです。」
「まもなく新世紀がやってくる。私は党の体質を思い切って民主的・公開的に改革する時代がやってきたと考える。共産党はさしあたり査問体質を公然と廃絶すべきである。政権をめざすならなおさらのことだ。この体質を廃絶しないかぎり、この党は『いざというとき、何をするかわからない』といわれても仕方がないと思う。査問体質の廃絶は、党体質の真の改革の大きな一歩になるだろう。」
本誌253号で妹尾健氏がすでにその前に刊行された川上徹著『査問』について、「『査問』という体験を通して共産主義者としての自分の生き方をどうつらぬいてきたか、その『歴史』が本書であるのだ。そう考えるならば査問以後25年を経て今日川上氏がその体験とそれ以後の思索を公けにしたことの意味があきらかになるはずだ」と述べておられる。油井氏の今回の著作についても同じことが言えるのではないだろうか。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.261 1999年8月21日

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【投稿】一消費者が大企業東芝を謝罪させる–見えてきたインターネットの力–

【投稿】一消費者が大企業東芝を謝罪させる–見えてきたインターネットの力–

インターネットをはじめてから2年ほどになるが、これほど「私たちの力になり得るんじゃないか。スゴイ。」と思ったのは初めてである。
事態の経過を、当事者のAKKY氏のホームページより簡単にまとめると次のようなことになる。
AKKY氏は昨年末に東芝のビデオを2台購入した。しかし、2台ともノイズが出る。東芝に問い合わせたところ、いろいろとたらい回しにされたあげく、東芝本社への問い合わせの電話に対し、考えられないような暴言を吐かれた。これに対し、東芝に謝罪を要求したが受け入れられないため、そのやりとりの録音をインターネットのホームページ上で公開した。というものである。
その暴言なるものを聞いてみた。東芝社員の対応はまったくぶっきらぼう、「なんで電話してくるんだ」という感じで、「あんたみたいなのはお客じゃない」「新製品だって不良品があってあたりまえだ」というような発言には唖然としてしまう。これに対し、東芝側は、ホームページの削除の仮処分申請をし、対決姿勢を強めた。しかし、このホームページは大きな反響を呼び、東芝に非難が殺到。とうとう東芝は仮処分申請を取り消し、自らのホームページに7月19日付で謝罪文を載せざるを得なくなった。AKKY氏のホームページへのアクセス数は、7月19日現在でなんと5,974,184という膨大なものである。これらはすべて自分で選んでアクセスしている訳だからその影響力は計り知れない。もし、インターネットを利用しなければ、泣き寝入りか、仮に訴訟を起こしても、その費用と要する時間でとても大企業には太刀打ちできないだろう。まさに、一消費者が、情報の速さ、情報のリアルさ、大量伝達性とういうインターネットの利点を武器にして、大企業を屈しさせたのである。
しかし、歓迎すべき事ばかりではない。AKKY氏には励ましやまじめなアドバイスのメールもたくさんあったようだが、一方で、東芝社員をかたった嫌がらせや、差別的な言辞を弄して彼を非難する卑劣なメールもかなりあったようである。その匿名性ゆえに、インターネットが犯罪や差別の温床だという負の側面も垣間見た気がした。
いずれにしても、インターネットという新しい時代のツールがもつ大きなパワーと可能性を思い知らされた事件であった。
以下、東芝のホームページに載った謝罪文の一部を転載する。

「お客様各位 1999-7-19

株式会社 東芝

VTRのアフターサービス問題について(お詫びとご説明)

(中略)
2.お客様への発言
上述のとおり、1月はじめの修理依頼から改修後の製品の返送に至るまでの過程で、 お客様との間でいくつかの行き違いはあったものの、当社といたしましては、 できる限りの最善の対応を行ったと考えています。
しかし、お客様とのやり取りの中で、一部対応窓口においてお客様に対する態度としては不適当な発言があり、 これがお客様のホームページ上に音声ファイルとして公開され、当社に対し、多くのご批判をいただきました。
当社といたしましては、この発言につきましては、お客様に対する言葉としては礼を失した不適当なものであり、 重大に受け止めています。今回の発言は、いかなる事情を考慮しても、不適当なものであり、真摯に反省しております。
まず、この場におきまして、この不適当な発言により、お客様に多大なご迷惑をおかけし、 不愉快なお気持ちにさせてしまったことにつきまして、心よりお詫び申し上げます。
現在、当社は、お客様から面会を拒否され、直接お会いできない事情にございますが、 あらためてお会いいただくようお願いをし、ご面会の機会が得られましたときには、 改修の技術的内容をあらためてご説明するとともに、不適当な発言があったことにつきまして、 心からお詫びを申し上げたいと存じます。
また、今回の発言について、多くのお客様方から厳しいご批判をいただきました。 これらに対しまして、謹んでお詫び申し上げますとともに、今後、二度とこのようなことがないよう、 あらためて社内に徹底を図っていきます。」(後略)
若松一郎

【出典】 アサート No.261 1999年8月21日

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