【投稿】新しい博物館-琵琶湖博物館を訪ねて

【投稿】新しい博物館-琵琶湖博物館を訪ねて

先日、琵琶湖博物館を訪ねる機会があった。10月20日に開館したこの博物館は滋賀県で初めての県立博物館であり、ユーニークな博物館として新聞等でもよく取り上げている。私自身見学して、それなりの満足感を得たので少し紹介してみたい。

*「湖と人間」がテーマ

この博物館は滋賀県が相当の力を入れて建設したもので、10年前から職員を募集、調査研究を先行してから開設にこぎつけた。自治体が経営する博物館では、入れ物を造ってから内容を決め、職員を募集するのが普通だということなので、全国の博物館の中でも開設の段階からユニークだ。建物もなかなか立派で、すでに予定の倍の21万人が見学に訪れているとのことだ。
博物館のテーマは「湖と人間」。自然と人間とのかかわりを考える場であり、琵琶湖を擁した滋賀県全体を大きな博物館と位置付けて、この建物はその博物館への入り口としている。展示は見学者に何かを教えようとしているんではなくて、すべてフィールドへの誘いなのだと職員の方が説明してくれた。

*見応えのある展示

いよいよ展示室に入る。A展示室のテーマは「琵琶湖のおいたち」。地殻変動の模型、巨大な古代象の骨格、実物大のワニまで泳いでいる約380万年前の古琵琶湖のジオラマ、豊富な化石とかなりの迫力で見る者を飽きさせない。おもしろかったのは「研究者の気分にひたれる展示室」というのがあって、化石の発掘や魚の解剖の実際の場面に立ち会っているようである。
B展示室のテーマは「人と琵琶湖の歴史」。人々が琵琶湖の周辺に住み着いてから戦前までの歴史を、遺構や遺物、道具や古文書・絵図・伝承等といった形で目にすることができる。それぞれ原寸大で復元した瀬田の唐橋の橋脚基礎部や百石積の丸子船は迫力がある。歴史の好きな人にはこたえられない展示室だろう。
C展示室のテーマは「湖の環境と人々のくらし」。まずアプローチに床一面のタイルに焼き付けられた、琵琶湖を中心とした1万分の1縮尺の精密な航空写真。家屋一つ一つの形まで確認できるので、老若男女床に顔をすりつけて自分の家や知っている建物を探している。中に入ると実際に生活が営まれていた湖東の農家を昭和30年代の姿で丸ごと移築・再建してある。食卓の上の食事から肥えだめの中の肥えまで実に細部にわたって再現してあり、一見の価値はある。これら人の生活様式も含め、滋賀県に住む生きもの調査や石鹸運動の歴史等を通じて「よい環境とは何かを」を考える展示になっており、この展示室がこの博物館のメインかなと思った。
下に降りるとそこは水族館になっており琵琶湖に住む様々な生きものや希少淡水魚、世界の淡水湖に住む珍しい魚の姿を見ることができる。派手さはないが魚に触れるコーナーもあって生きものを身近に感じることのできる展示である。
子どもは1階のディスカバールームできまり。ザリガニになって魚やバッタを捕まえる遊具や人間の骸骨を組み立てたり、音で木の種類を当てるゲーム等ユニークな遊び道具があって、インストラクターのお姉さんが親切に指導をしてくれる。

*活きのよいごった煮風博物館

2時間くらいかけて見学したがとても全部は見切られない。この博物館の特長はほとんどの展示物が手で触れることができ体験型であること。また、それぞれの展示に学芸員が腕によりをかけてお互いに競争しあっているという感じがおもしろい。
悪く言えば、ばらばらでごった煮風。しかし、だからこそ飽きないで楽しめるという所がある。新しいだけにスタッフの意気込みが感じられる博物館である。
隣には国連の国際環境技術センターや公園等もあり、子連れで十分1日楽しめる場所である。冬休みなど子どもと一緒に訪ねてはいかがだろか。

交通機関:JR草津駅下車、バスで15分ほど。
車では名神栗東I.Cから国道1号線-栗東志那中線-湖岸道路を経て烏丸半島へ。
休館日:毎週月曜日・休日の翌日、年末年始は12月28日から1月4日まで
入場料:大人500円 高・大生400円 小・中生250円
℡:0775-68-4811

【出典】 アサート No.229 1996年12月14日

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【書評】佐々木力『スターリン主義科学哲学の成立』

【書評】佐々木力『スターリン主義科学哲学の成立』
     (岩波書店『思想』862・864・868号、1996年4月・6月・10月号に分載)

ソ連邦の崩壊後、そのイデオロギー構造を支えていた理論もまた厳しい再検討に曝されることになった。しかし今なお、われわれ自身を含めて、ソ連型マルクス主義の哲学=マルク・レーニン主義をどう総括・評価するかということについて、断罪と自己批判と戸惑いが存在していることは疑いがないところである。かつてわれわれが信奉し、行動の指針として研究理解してきた思想について、現在われわれ自身が問い直すことは、必要不可欠な事柄であるとはいえ、苦痛を感じることも事実である。しかし批判的総括はなされねばならない。
本書は、マルクス・レーニン主義の成立とその正統と称して他を威圧してきたスターリン主義の思想の役割と変化を、(1)ロシア革命以前のレーニンの『唯物論と経験批判論』をめぐる論争と、(2)これに続く革命期~1920年代の哲学論争、および(3)1929年のスターリンによる「文化革命」以後の状況という三時代区分を軸として展開する。そして更にはこのことと日本のマルクス主義哲学との歴史的関係から、日本におけるマルクス主義哲学の本質的欠陥を衝く指摘を行う。
まず第一の時期について著者は、レーニンの『唯物論と経験・・』の出版をめぐる論争=レーニンに対するアクセリロードとボグダーノフの批判を考察する。そしてレーニンのこの著作が哲学的には素朴実在論と唯物論を同一視して、むしろ観念論の原型である「プラトン主義を裏返しにして」(アクセリロードの批判)いること――その理由は「二元論を採ったうえで、イデア(形相、観念)ではなく、ヒューレー(質料、物質)の実在を主張している」からとされる――、および「きわめて停滞的傾向」、「『坊主主義』への志向を敵側のものと見なすこと――絶対的なものへの礼拝を伴う、深い宗教的思考」(ボグダーノフの批判)として特徴づけられると指摘する。
にもかかわらずレーニンは、1905年以降の反動期の政治的情勢によって、「『唯物論』の認識論的側面ではなく、断固とした無神論的観点から「哲学的唯物論」に固執することになった、というのが著者の評価である。
しかしそれに続く第二の時期、レーニンは、ヘーゲル哲学の研究をつうじて上記の姿勢を変化させて、『哲学ノート』に結実される新しい「反映論的認識論」──「人間の意識は対象的世界を反映するだけでなく、それを創造しもする」とする「弁証法」にアクセントを置いた立場──へと移行する。レーニンの思想はこの時期に飛躍的な発展を遂げるが、1920年代の哲学論争──「機械論者」(素朴な意味でのそれではなく、自然科学から遊離した哲学的図式を退け、知的営為の自律性をうたうところに真の弁証法を見い出そうとする)対「弁証法論者」(プレハーノフの弟子であったデボーリンに代表される哲学者のグループで、「戦闘的唯物論者レーニン」を強調し、自然科学の研究も「目的意識的」な弁証法を導きの糸としなければならない、と主張する)の、いわば「自然科学の哲学」「科学哲学」に関する論争であった──においてもレーニンの在世中には政治的な介入指導はなされなかったといえるであろう。すなわちとのもかくにも1920年代には哲学の論争は可能だったのである。
しかしこの哲学論争は、1929年に哲学によってではなく、デボーリン派の勝利として政治的に決着されることになる。そしてここに1930年代からの第三の時期が始まる。それはスターリン政治体制の成立、第一次五ケ年計画と相即する文化革命の時代である。
哲学においては、勝利したデボーリン派の中から「もっと『急進的』な青年哲学者たち」──ミーチン、コーリマン、ユーディンら──が「ボリシェヴィキ化」した哲学を開始する。そしてレーニンの『唯物論と経験・・』の反映論が「マルクス主義哲学の最大の理論的達成」として位置づけられ、これのドグマティックな解釈が「哲学のレーニン的段階」として賞賛されることになる。
かくして「弁証法的唯物論」と「史的唯物論」という「ディアマート」の教程の制度化がなされて、ここにわれわれに馴染みのマルクス主義哲学が成立することになる。この状況は本書からの重引でいえば、「権威の真理が真理の権威に取って代った」と特徴づけることができるであろう。
さらに著者は、このような哲学が日本に輸入されてわが国のマルクス主義哲学に与えた圧倒的な影響を検討するが、これについては著者の「わが国がソヴィエト思想を受容する際に示した態度に関して抱く感懐は、その非主体的で無批判な姿勢がきわめて顕著であったという点である」という主張があることを指摘するにとどめたい。

以上のように本書は、「スターリン主義科学哲学」の萌芽から成立までを大胆かつ克明に描き出したものであるが、現在のわれわれにとってのマルクス主義哲学の根幹にかかわる問題点は次のようなものであろう。
まず第一に著者は、マルクスとエンゲルスとの関係について、現在ではエンゲルスが「卑俗」な唯物論によってスターリン主義の芽を育てたと批判再検討されていることに対して、エンゲルスを「不当におとしめる」と反批判する立場をとっている。著者によればスターリン主義の根源は、プレハーノフの「ひからびた」哲学的唯物論とこれを信奉した『唯物論と経験・・』期のレーニンにあるのであり、このレーニンの著作の神格化がスターリンによってなされたとされる。それ故著者は、エンゲルスとレーニンやスターリンの思想の違いを強調することで、これを論証しようとする。しかし哲学に関してエンゲルスの中に歴史的社会的諸条件を超えた「超歴史的」諸命題が見い出され、これをどう解釈し、その社会主義への(特にスターリン主義形成に与えた)影響をどう解明していくかということが現在の問題なのである。この根が深い問題についてエンゲル
スに手をつけずに置いておくことはできないであろう。
第二。レーニンの評価については、『唯物論と経験・・』の時期と『哲学ノート』の時期とを区分し、前者には酷評を、また後者には肯定的評価を与えている。弁証法的思考という観点から見ればこの評価はおおむね妥当と思われるが、この後者の時期についてのレーニンへの高い評価にもかかわらず、その後このレーニンの姿勢がソ連において伝統とはならずにスターリン主義にあっ気なく置き換えられたことについて、著者はいかなる説明をしようとするのか。ここにはスターリンの責任(これが最大であることはいうまでもないが)のみでは済まされ得ない、当時のソ連の構造とそれにかかわった主要な政治家についてのもっと包括的な総括が必要であるように思われる。著者自らが、「ソヴェト哲学の歴史過程を統べる基底音は、″政治の優位″ということ」であると述べているだけになおさら、著者が肩をもつトロツキイの位置とその果たした役割をも含めて、レーニンとの思想的関係を明確に特徴づける必要がある。その際レーニン自身の再評価も不可欠であろう。
第三に、著者は「哲学的唯物論」(プレハーノフからマルクス・レーニン主義、スターリン主義にいたるソ連型哲学)が発生する基盤として、ロシアのツァーリズム体制とその先輩格(体制としても思想形態[18世紀唯物論]としても)にあたる18世紀フランスの旧体制との類似を指摘する。けれども、かかる状況証拠が前提も無しに持ち出されて「哲学的唯物論」の「精神的・物質的基盤」とされたところで、それほど大きな意味があるとは思われない。このことのためには、もう少し詳細かつ実証的な裏付けが必要であろう。
第四に、著者の長大かつ精力的な検証過程に敬意を表するとしても、後半とくに終章における著者の叙述は、学問的研究とは表し難く、むしろ政治的主張に限りなく接近しているといえよう。その「マルクス主義『哲学』」に関しての論述はともかく、「スターリン主義」あるいは現在のロシアの評価については、政治的プロパガンダそのものと見なしてもよいような記述である。著者は、この政治的主張にこそ力点を置いているのであるが、このことは必ずしも成功していない。例えば、終章においてわが国では「学問的に厳密な意味で『スターリン主義』という概念が定義されず」としているにもかかわらず、同章の別の箇所でのロシアの現状分析については、「第一次五ケ年計画を冒険的に推進したスターリン主義者と今日のエリツィンらには明確な共通性が存在する」と無造作に「スターリン主義」という言葉を使用するなどの混乱が存在する。
そして何よりも著者の本音を明らさまに示しているのは、本書の最終部分で、政治学者・丸山真男氏への日本のマルクス主義のセクト主義的対応を批判的に総括した後に、こう述べている部分である。
「セクト主義が、新旧を問わず、日本のマルクス主義の宿痾であることを、このことは存分にしめした。だが、最終的結論がくだされたわけではない。われわれ第三者には希望する権利がある」。
今までマルクス主義の思想に関係してきた者とは思えぬ第三者的発想で、今後のマルクス主義を希望する著者の立場とは一体いかなるものであるのか。
このように本書はかなり深刻な問題を孕んだものであり、これからもっと真剣な議論に移されるべき事柄も多い。そして現在までの日本のマルクス主義への的確な批判も存在しないわけではない。それ故本書は、著者の学問的論証とトロツキイ寄りの政治的主張とを注意深く区別して教訓を汲み取るべく読む書であろう。(R)

【出典】 アサート No.229 1996年12月14日

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【投稿】侵略の事実は消せない

【投稿】侵略の事実は消せない 

「アサート」11月号(No.228)の「紙上討論ー総選挙結果は何を提起しているか」の記事の中で、看過できない発言があった。「G:今関心のあるのは、歴史観の問題。藤岡という人が書いている。今の日本の歴史観について、私は基本的に彼の意見に賛成なのですが……」
Gさんが挙げた藤岡というのは、藤岡信勝・東大教授のことで、「『従軍慰安婦』をとりあげることは、そもそも教育的に意味のないことである。人間の暗部を早熟的に暴いて見せても、とくに得るところはない」(「論争・近現代史教育の改革 歴史教科書批判運動の提唱」『現代教育科学』96年9月号)と主張し、彼が主宰する「自由主義史観研究会」に属するメンバーが、精力的に発言を繰り返している。この動きは、コミック「ゴーマニズム宣言」でHIVや部落問題など様々な社会問題を取り上げて大きな役割を果たしてきた小林よしのり氏にまで及んでいる。
今、「慰安婦」問題が盛んに取り上げられるのは、中学校の全教科書に記載されるという、同問題に対する認識の広まりと深まりに対する抵抗であり、彼らこそが追い詰められている結果だと、上杉聡氏(戦争責任資料センター事務局長)は分析しているが、私も同感だ。歴史が前進すれば、その反動もまた起こってくるのが、歴史の必然。と考えれば、そうカッカする事もあるまいにと自分で思いつつ、やはり許せない。
日本のかつての侵略の事実を伝える教科書記述の削除や改変を求める人々は映画「ナヌムの家」をご覧になっただろうか?繰り返し証言される生々しい事実に対して、「慰安婦たちは業者に伴われて戦地に働きに来た売春婦であり強制連行ではなかった」と、あの人達に面と向かって言えるのか!「17歳の時、日本の軍人に『殺す』と脅かされて連行され、最前線で一日何十人もの軍人の相手をさせられました。そのつらさは・・・もう人間のすることではありません。いまでも夢に見ます。死ぬまで続くでしょう。」(金学順さんの証言から) 吉見義明・中央大学教授が1992年に、戦争中の公文書を防衛庁防衛研究所図書館で見つけ、発表したことが、日本政府や軍の関与を証明することになった。かたくなな態度を取り続けるものに対しては、やはり《事実》を証言なり資料で突きつけていくしかない。
Gさん、一度「ナヌムの家」を見て下さい。(今月11日、四条畷市中野三丁目の同市市民総合センターで上映されるそうです)(大阪 田中雅恵)

【出典】 アサート No.229 1996年12月14日

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【投稿】総選挙討論を読み返して

【投稿】総選挙討論を読み返して

先月号の「総選挙分析の意見交換会」を読み返してみて、感じていることをまとめてみたい。大きく分けて、第1に政治不信の議論について、第2に政策論争について、第3に「説明責任」について、第4に民主党について、である。

<政治不信について>
投票率が落ちるところまで落ちた、という点で、政治不信が極にまで達した、という議論があり、その原因についてF氏は要約すると「選挙で選択すべき政治の選択肢は、おそらく新保守主義が純化しないかぎり、似たりよったりとなっているのが現状。そんな中では政策論争が成立しないのでは」と捉え、C氏は「政策論争の課題は税制改革など、勤労者にとっての政策提起など現状でも可能。ただ、そんな選挙を闘った政党がなかったために、政策論争にならなかった。」と反論。「普通の市民」として、選挙に「関わった」D氏は「そもそも政策で一致している政党がほとんどない、中でどうして政策選挙ができるのか」・・・・と、立場を反映しながらも、残念ながら噛み合う、というところまでいかなかった。
私の意見としては、ややF氏に近いものがある。投票は国民の義務と言っても、投票による政治参加に「魅力がない」から、投票に行かないわけで、個々の課題である戦後補償問題、沖縄問題、そして消費税問題にしても、「それで私の生活がどう変わるの?」みたいなところになると、今一つの感がある。全体として「中産階級化した」とは言わないが、国民の中にとりあえず「現状に満足」みたいな感触があるのでは。それを脅かす事態が迫っている、という感覚は国民に希薄になっている。これは事実の問題。
そういう意味では、60年・70年の安保世代が共有する「世代の危機意識」みたいなものは、F氏のいう「日本における新保守主義」が、どう展開していくのか、政策で見る新進党含めた「新党」、また自民党の政策の現状については、引き続いて議論が必要だと思う。
選挙に関わる人は「選挙産業従事者」であり、いまや選挙産業は「斜陽産業」ではないか、というD氏の意見も、なかなか的を得ているように思えた。

<政策論争について>
政策論争にならなかった、ということは一致しているが、どうしてならないのか、またどんな政策提起が必要なのか、という点では十分な議論になりませんでした。
我々は、金より政策、政策選挙が大切だ、と主張しているわけですが、残念ながらそれは今回の選挙でも実現されませんでした。というのも政策とは、そんなギラギラしたものではなく、もっと冷静なものであるし、起承転結・一貫性のあるものでなければならないわけです。F氏のいう「部分的政策も、全体に影響し、負担も含めての政策提起・決断が問われるものが政治であり、その全体を貫く価値観(世代?)こそが敢えて今選挙の争点であった」みたいな意見は、至当と言えるものであった。
環境というものさしから、ガソリンは高くていい、という考え方が是認されれば、その税財源で環境政策を行うことも可能になる。そうした価値観に基づく政策的提起は可能だと言えるということかな。
消費税議論も同様であった。私は消費税増税賛成である。その条件は所得税減税、さらに上限撤廃、租税特別措置の廃止・縮小などであろうか。もちろん、インボイス実施である。日常的な食料品等への2重税率も必要である。もはやエンゲル係数が10数%という時代に低所得者への影響のみで「消費税反対」というのは、「受け狙い」以外の何者でもない。共産党が「一環した政策」を提起しているなどというのは、全くの幻想にすぎないし、新進党の「消費税据え置き」提案も無責任の極みであった。

<説明責任について>
さて、この意見交換会の後で、同じ問題意識から興味を持って呼んだ本がある。「ウォルフレンを読む」(窓社:関曠野編)である。書評で取り上げるべき書籍なのだが、「日本/権力構造の謎」以来、日本論、知識人論など日本の民主主義確立への提言を継続的に行っているカレル・ヴァン・ウォルフレン氏の「問題提起を意味を吟味し、自らの分析によって検証し、内実ある公論をつくりだす契機として」編集されたものだ。私も「謎」は軽く読んだ経験があるが、この本を読んで、さらに現在読み直しているところである。
民主主義について、われわれは「権力の一形態」だと、教えられてきた。もちろん「ブルジョア民主主義」「プロレタリア民主主義」などといっしょに。しかし、教条主義は別にして、民主主義は政権交代を可能にする制度であり、そのシステムが日本に形成されていない、とするウォルフレン氏の日本論の展開に大いに興味を引かれた。
その中に、「アカウンタヴィリティ(説明責任)」という言葉も出てくる。政策や決定の責任者、政治家や行政担当者・官僚は、その政策・決定について「説明責任」を持っているのに、日本ではほとんど、その責任があいまいだ、という論は、HIV問題での厚生省の対応や、長良川河口堰での建設省の対応など、その通りである。
本号の生駒さんの投稿にも「情報公開の必要性」について記述があるが、全くその通りである。情報公開の必要な最たるものこそ、国家財政そのものかもしれない。税金の使われかたも含まれるし、財政投融資の実態、などなどである。情報公開により、政策論争も一層その興味が増し、政治への関心が深まるというものである。
意見交換会の中でも、国家財政の実態がよくわからない、という議論があった。我々の重大な課題なのかもしれない。

<民主党について>
最後は民主党についてである。選挙では現職維持ということで、その後あまり話題になっていないが、民主党はそれなりに組織整備を進めている。11月には大阪と兵庫で地域組織準備会議、12月には埼玉、神奈川、島根、北海道、香川で結成会議等の動きが始まっている。地方組織検討委員会の資料によると、「民主党の組織のあり方」として、自立した個人の結集による開かれた政治参画の場を追求することを組織原則とし、政党組織はネットワーク型とし、地方分権を推進し、地方政府と中央政府のあるべき機能分担を想定した地域・中央組織のネットワークをめざすことを打ち出している。
意見交換会では、必ずしも民主党でまとまるという雰囲気ではなかったが、新進党の分裂や自民党の先祖返り状況を見るかぎり、民主党の今後をしっかり見守りたいとおもうところである。
意見交換はひさびさであったが、前号の編集後記でも触れたように、我々内部でも意見が少なからず分岐している点があった。もちろん議論不足という意味だが、そういう意味では、再度「戦略論」的に議論の仕切り直しが、今後も必要だな、自分も勉強不足だな、と感じた次第である。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.229 1996年12月14日

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【投稿】「雑感~96年滑り込みセーフ!」

【投稿】「雑感~96年滑り込みセーフ!」

日曜日の夜、編集委員の佐野氏から電話があった。12月号の原稿が足りない、是非書いてくれ、とのことだった。新天地での御多忙故か、佐野氏も点検が甘かったそうだ。と、他人事のようなことを言っているが、ここ最近、編集委員としての責任を全く果たせていない後ろめたさと、佐野氏への申し訳なさから本稿を引き受けた。さて、と今年のアサート綴をパラパラとめくっていると、ふと気が付いた。私の無責任、ここに極めり。何と、ちょうど1年前の95年12月号を最後に丸1年原稿執筆していないのだ。確かに、妻の入院、転勤、次女の出産etc、言い訳するには事欠かない状況ではあったが、あまりの滞りぶりに恥じ入るばかりである。佐野氏のお声掛けがなければ、危うく96年のアサートに私の原稿なしという状況になるところでだった。95年以前は再々、アサートへの投稿を紙上で呼びかけていた私だったが、その言葉がそのまま自分に返ってくることとなった。反省しきりである。
さて、’96年も残りわずか。この滑り込み原稿も、1年前と同様に「1996年とASSERT」と、1年を振り返る企画モノにしようとしたが、一筆も入れていない私には、とてもおこがましくてできそうもない。
で、私自身は妻と娘のダブル発熱で残念ながら参加できなかった”総選挙総括の討論会(11月号掲載) の感想めいたことを、最近の状況・心情も含めて一言。

報告を読ませていただいて、まず感じたことは昨年の参院選から見れば、自民党の「復調」、民主党の登場、社民党の解体と、結果や状況は違えども、底流にある根本問題ー討論会の論点でもあるー、すなわち、低投票率や政治不信、対立軸、政策論争云々と言った点については、基本的に何も変わっていないのだなということである。私自身忸怩(じくじ)たる思いで「民主党」と書いたが、投票ギリギリまで、「社民党」と書けるのは、これが最初で最後になるかもしれないと、正直言って悩んだ。討論会でのC氏の意見、「勤労者・給与所得者の利益代表は必要」との考えが、心情的には捨て切れないからだ。期待していた民主リベラルの結集は、中途半端な形となったものの、さらなる結集への思いを込めた投票行動だった。新進党では羽田グループの年内離党が決定的なようである。旧民社グループの動きも含めて、もうひと波乱起きそうであり、また起きてほしいものである。やはり、連合の股裂き状態は、労働者にとって長く放置しておくものではないと思うのである。ただ、討論全体を見ているとこういう悩みは古いのかなと感じてしまうところもある。
というのも、ここ数年すっかり政治活動や労組活動にご無沙汰しており、日常業務や私生活での忙殺にかまけて、逆の意味で思考が硬直化しているのではないか、と思うときがある。政治的に地元も職場も無風状態、労組旗上げの情熱も色褪せてゆく中での、転勤・・・。地方官僚への道、まっしぐらという状況になってはいるが、自らの生き方として地方分権の担い手となり、行政の民主的改革の内なるイニシアティブの発揮が必要と考えるのは「逃げ」なのだろうか。
来年は憲法、地方自治法施行50周年の年である。アサート読者には公務員が多い。「なみはや国体」もあって、いろいろ騒がしいだろうが、地方分権や行財政改革etc議論するにはもってこいの年でもある。労組活動家の方も、そうでない方も、我々はどう考え、どう行動すべきなのか、ともに考えようではありませんか。(入稿がんばります)(江川 明)

【出典】 アサート No.229 1996年12月14日

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【投稿】腐敗の泥沼と橋本政権

【投稿】腐敗の泥沼と橋本政権
                 —-徹底した情報公開制の確立を—-

<<お手盛り汚職コネクション>>
このところ連日報道される厚生省をめぐる汚職と腐敗の実態には、怒りを通り越してただただあきれるばかりであるが、その中には現代日本の政治構造全体が抱えている基本的で不可避的な問題点がさらけ出されているとも言える。
事件の発端は、特別擁護老人ホームの建設をめぐって起きている。この特別擁護老人ホームを作る場合、その建設基準額の1/2が国の補助、1/4が都道府県負担、さらにこれにプラス、各都道府県の単独補助、埼玉県の場合、3/16の特別補助がつく。
こうして約6%の自己負担のみ、それも社会福祉・医療事業団からの低利融資、共同募金会からの寄付金、日本財団からの補助など、手厚い資金調達策が講じられ、自己資金ゼロで、いわば政官財のお手盛り汚職コネクションさえあれば、社会福祉と無関係なこうした悪徳福祉財団が堂々とまかり通ることが可能な体制が形成されていたのである。
しかもできてからも、入所者個々に対しても補助金が出るから、経営面でも至れりつくせりである。ここに巨大な利権構造が出来上がるのは当然といえよう。今回の彩福祉グループの小山容疑者の場合、わずか3年間で6件の申請をし、すべてフリーパスで合計36億円の補助金を獲得している。そのうま味に味をしめて全国規模でさらに大々的に拡大し、事業展開を厚生省きもいりで推し進めていたさなかにその構造的汚職が露呈されたわけである。

<<ゴールド(金権)プラン>>
事件は業者が官僚を買収、たらし込んだのではなく、官僚自身が初めから意のままに動かせる「福祉財団」、いわば贈賄屋を丹精込めて育て上げてきたことを明らかにしている。「ゴールドプラン」に名を借りて、自らのカイライを通じて丸投げ工事の不正資金を還流させ、天下り先を拡大させ、自民党最大派閥の旧経世会に取り入り、多くの政治家を抱き込み、先の衆院選には直接の部下を立候補させ、岡光次官自身さえ広島県知事選に出るつもりであったという。
こうしたことを可能にさせ、福祉をこれだけ不正な金儲けの手段に出来たのは、今や厚生省が一つの巨大な経済官庁として君臨していることと密接な関係がある。96年度の一般会計予算総額75兆1049億円を省庁別でみると、1位が大蔵省19兆円、2位が厚生省の14兆3778億円である。予算の費目別でみても、国債費を除くと社会保障関係費が14兆2879億円でトップを占め、厚生省の所管である。さらに特別会計で、厚生保険の56兆円、国民年金の21兆円がこれまた厚生省所管である。
そして、厚生官僚№1の岡光次官、№2の和田審議官、この二人の汚職は90年から始まった高齢者福祉事業「ゴールドプラン」10ヶ年計画をめぐって大規模化し、95年からレベルアップした新ゴールドプランでは、特別擁護老人ホームを2000年までに29万床作るという目標、ここに9兆円に及ぶ補助金がつぎ込まれることを利用して、さらなる汚職・腐敗・金権事業のゴールドプランに乗り出していたわけである。
こうして本来国民的課題として避けて通れなくなってきた高齢者医療・福祉事業の根幹にかかわるゴールドプランやさらには介護保険政策が、厚生省や族議員、それに群がる企業が一体となった汚職腐敗体制の権益拡張策そのものの付属物に落とし入れられようとしているのである。

<<首相「どうして問題あるの?」>>
彩福祉グループからさらに明らかになったことは、日本病院寝具協会と日本医療食協会がそれぞれ政治連盟を政治献金団体として作り、橋本首相はもちろん、小泉厚相など、判明しているだけで17人の厚生族議員に大量の政治献金をばらまいていたことである。 日本病院寝具協会は、厚生省通達によって病院寝具リースを独占してきたのであるが、小泉厚相自身が、厚相就任直前まで会長であったという事実、その歴代事務局長も厚生省OBであり、小泉氏はここから350万円の献金を受け、橋本首相も750万円受け取っている。そして、この協会の理事長が問題の彩福祉グループのJWM社(工事丸投げで、補助金から26億円ものピンハネ)の取締役である。さらに、「日本医療食協会」についていえば、これまた理事長が厚生省OBであるが、その年収が総理大臣よりも多い5000万円も懐にいれ、特定の会社しか参入できないようにして、これと独占的に医療食を供給していた日清医療食品の社長が日本寝具協会の理事長でもある。制度発足から今年4月まで、1千数百億円にも上る公金が健康保険財政から支出されていたのである。
事件を受けて、小泉厚相は、職務上の利害関係人や団体との関係について、会食やゴルフ、旅行、中元や歳暮の授受などを禁止する綱紀粛正策を発表したが、自らのあやしげな政治献金については、「適正に処理されている政治献金があたかも不正であるかのようにいわれるのは、はなはだ迷惑だ」と居直る始末である。
これは、橋本首相も同様であり、「正式に政治資金として受け入れて届け出ている」「どうして問題あるの」「僕はどうしてそういうふうに聞かれるのか分からない」と言ってのけた(11/21記者会見)。届けてあればすべて良し、というこの破廉恥極まる態度は、「身を焼き尽くしても行革をやり抜く」と決意を表明した同一人物から出ており、彼の言う「行革」もすでに底が割れているとも言えよう。

<<梶山「茶谷の言うことには、私が全責任」>>
問題は橋本首相自身が典型的な「反行革」の族議員なのである。元厚相、さらには元蔵相として、医療・福祉・製薬関係の団体から多額の献金を受けている厚生族のドンである。だからこそ、茶谷・前厚生省課長補佐が岡光次官の強い勧めで、10月の総選挙に埼玉6区と比例区関東ブロックに自民党公認で立候補した際には、自民党の「重点候補」に指定され、橋本首相自身が応援に駆けつけ、加藤幹事長も街頭に立ち、梶山官房長官などは「茶谷の言うことには、私が全責任を持つ」と訴えたのであった。彩福祉グループから2000万円の選挙資金が提供され、医療・福祉・衛生関係諸団体から巨額の政治献金が組織され、小渕派と厚生省一体のぐるみ選挙によって、今年8月厚生省を退職して準備機関が短かったにもかかわらず、8000票差にまで迫ったのである。こうして今回の衆院選で自民党内に最大派閥を形成したのは、もっとも族議員の多い、旧経世会の集団で、衆参合わせて88人に膨れ上がっている。首相自身は、「自民党として公認し、私自身応援に行ったことをお詫びするとともに、自分の不明を恥じている」と述べているが、茶谷氏が当選していれば、今回の事件も闇に葬られていたであろうことは間違いない。
今や自民党単独内閣の復活に気を強くして、加藤幹事長などは「熱心に自民党を応援してくれたところの声が予算編成に反映されるのも当然」(11/27、記者会見)と言い出す始末である。党利党略で予算配分をしようとする露骨な姿勢、族議員と官僚どもの汚職腐敗構造をよりいっそう拡大させようとするこうした姿勢は、自らも掲げていた行革そのものに反する姿勢であり、それが単にお茶を濁す程度のものであることを自己暴露しているともいえよう。

<<ふがいない野党の対応>>
こうした事態に対する野党の対応が全くなっていないことは情けない限りである。格好の追及材料を前にしながら、新進党は小沢党首が直前になって代表質問をとりやめ(「(選挙戦に掲げた公約が)どういう形で決まったのかと言う議論や、このことは自分は賛成できないとかの議論が党内にあると報道される状況では、自信をもって代表演説しようがない」となんとも気の抜けた釈明)、質問に立った西岡幹事長は「質問に先立ち、わが党に所属していた友部参院議員が「オレンジ共済」問題で強制捜査を受け、多くの方々にご迷惑をかけ・・・」と陳謝から始めざるを得ず、細川氏に至っては裏金提供問題で雲隠れである。
鳩山・民主党代表は質問の冒頭から「まずは、第二次橋本内閣の発足につきましてお祝い申し上げます」と、「緊張関係」も忘れたようなのんびりムード。社民党も、土井党首が代表質問に立つことを決めていたにもかかわらず、直前に村山元首相に、その村山氏も「首相をやめた私がやることもない」と辞退、たらい回しされた伊藤幹事長は「第二次橋本内閣の与党として協力することといたしました」と、これまた対決姿勢ゼロ、自民党に軽くみられるのも当然といった事態である。
自民党としては、わざわざ連立政権を提案したにもかかわらず、社民党、民主党が「野党になりたい」などと言って閣外に去ってくれたおかげで、連立政権時代の緊張関係も考慮することなく、ポーズだけは協力関係を誇示しながら、実際は自民党単独内閣の権益独占を謳歌しようとしており、野党は今のところなすすべもなく傍観しているといったていたらくである。

<<証拠は「作らず、残さず、手渡さず」>>
首相直属の機関「行政改革会議」が設置され、経団連を始め各界から13人が名を連ねている。首相は、委員には官僚OBを入れなかったと胸を張っているが、行革会議の事務局には、12の省から一人ずつの代表が加わり、事務局をやはり官僚が握っているのである。1年後に報告をもらうというが、報告をもらうまでの1年間は野放し状態であり、その間に行政改革どころか、自民党と官僚、財界の癒着構造がより巧妙により複雑怪奇になる危険性が高まっているとも言えよう。官官接待一つをとっても、全国の自治体が中央官庁官僚を初めとした官官接待に使っている金が1000億円を超えるというすさまじさであるが、文書偽造やカラ出張、カラ接待等の操作で献金、買収資金をプールしている。これはいっそう巧妙さを増し、あらゆる分野で官僚や政治家、財界・企業が一体となった、証拠は「作らず、残さず、手渡さず」がさらに進行しようとしている。
こうした事態に対して、共産党は別として、唯一鋭く政府の姿勢を追及したのは民主党の家西氏(大阪HIV訴訟前原告団代表)であろうか。氏は「薬害エイズで何人の貴い命が奪われているかご存知ですか」と追及して、小泉厚相が答えられず、厚生省保険医療局長が答弁、「私は厚相にお答えいただきたいと言ったのです」と切り返している。家西氏の言うように「国民に背を向け、企業に顔を向けていた人達が、役所のトップにいる。そういう人がトップにいる官僚機構の構造を壊さなければ行革などありえない」、正にその通りである。
巨大な行政権限と予算配分権が同居し、行政決定の過程が公開されず、国民の監視体制を拒否している限り、汚職が起こらない方がむしろ不思議なのであり、しかも一党の政治独占体制の下で公共事業の配分や許認可をめぐる政治家と官僚、企業の癒着構造が日常化するのはある意味で当然とも言えよう。ソ連を初めとする社会主義崩壊の重要な教訓の一つでもある。
当面、事件の背後に横たわる真相の徹底的な解明はもとより、官僚が接待や就任祝いを受けること、中元や歳暮の授受などを全面的に禁止する法律、さらには企業献金の即時禁止が必要であろう。しかしより根本的には、行政の徹底的な透明化、行政決定の過程、プロセスを全てオープンにし、国民が行政を監視できる民主的システム、徹底的な情報公開制度の早急な確立こそが行政改革の最大の柱でなければならないのではないだろうか。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.229 1996年12月14日

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【書評】現代哲学(男性哲学)の行き詰まりと女性哲学の可能性?

【書評】現代哲学(男性哲学)の行き詰まりと女性哲学の可能性?
       –三枝和子『女の哲学ことはじめ』(青土社、1996.7.10.発行、1800円)

「女の哲学は抽象の壁を破って、論理を展開する! 西欧哲学の権威主義的視座を根底からくつがえし、フェミニズムに新しい地平を拓く大胆な思考」と帯に印刷されている本書は、「女」の立場から哲学を試みる書であるということになっている。しかしながらこの威勢のよい本は、首肯または疑問視するべき多くの問題をも含んでいる。
著者は、哲学にかかわるにあたって、男の思考とは、次元も方法も異なる女の思考を前面に打ち出す。すなわち「女性にあっては、男性の哲学で考えられているような『主体性』ないしは『自我』とかいったものは無い」と主張する。このことは、女性に「主体性」や「自我」がない、ということを意味するのではなく、「従来の哲学が今日行き着いた『主体性』とか『自我』とかいう概念を、哲学が行き詰った場所、思惟の思考方法が行き詰った場所としてこれを捉え直し、新たに女性の哲学を打ち出」すためになされる。
では男性とは異なる女性の思考とは何か。これを著者は次のように述べる。
「男性にあっては、自己が他者より優位であると認識することによってしか自己確認 ができないのではないか、という男性の思考の形態の問題点(後略)。

ひるがえって女性の自己確認の形態を考えるに、このような他者と相争うような形で自己確認をしないのではないかということだ。(中略)女性における他者とは自己と対決するものではなく、自己が許容できるもの、自己を許容してくれるもの、という関係にあるものではないか」。
つまり男性の場合には、自己に対立する他者とこれの否定を通して自己を確立するが、女性ではその対立と否定など存在しない別の論理が働いているとされるのである。
著者によれば、それは一般に考えられているような文化によって規定された男性や女性というカテゴリーを通してでなく、むしろ「生物学的必然性」にもとづいて男女の思考方法の差異、「ヒトのメスの奇妙な精神構造」を検討することで得られるのではないかとされる。つまり人間と動物の違いよりも、オスとメスの違いを重視し、「ヒトのメスはヒトのオスよりもライオンのメスに近いのである。私たちはヒトのオスとの共通点を求めるよりも、ライオンのメスとの共通点を求める方が容易なのではないか」という立場である。
この視点からの考察は、女性の思考に関して、「自我もなく主体性もなく、何とでも同化できる同一性」と「自己のなかから他者を生み出すプロセス」(受胎~授乳へと続く子育ての期間、「自他未分化の状態にあった自分の子どもを分離させる過程」)のなかに確認できる「区別性」と、無自覚なままに女性がそれ自身である「根拠」という特徴を見い出す。
そして女性の哲学は、自身が無自覚なままに根拠であったことを自覚することから始まるとされる。ただし「無自覚であったということを自覚するとは、単なる自覚がそこから始まったということにはならない。それは無自覚が自己の本質であることを知るわけだから、自己が自己の『根拠』をあらためて無自覚に置くことになる」。
換言すれば著者が問題にするのは、今までの哲学(男性の哲学)の論理の運び方それ自体であって、それに対しての女性の論理=「裏返りの男性の論理」を打ち出そうとしているわけではない、と主張していることが留意されなければならない。
この点で批判の対象となるのは、女性の自立を目ざして論を展開してきたボーヴォワールの発想の「男性性」であり、これは「遅れて来た男性」としての哲学であるとされる。そうではなくて、「ボーヴォワールの主張する、女性も『主体』確立しなければならない、というふうに論理を展開しないで、何故『主体』という意識が生じてきたのか、という方向で考えて行くことだって出来るのではないか。『主体』という意識が持っている構造からしてこの意識を粉砕するほうが『自由』を獲得できるのではないか」というわけである。
男性哲学の主張してきた「超越」的な「至高の孤独」、「主体」の思想ではなく、その発想の枠そのものが問題とされるところにもどることこそ、女性哲学の出発点であり、現代哲学の行き詰まりを打破する視点であるとされる。この意味でかかる哲学をもたらした端緒であるプラトンの哲学が俎上に乗せられる。著者によればプラトンこそは抽象化と理論的説明(ロゴス)によって共同体の言語を否定することで男性哲学を確立した哲学者であり、この伝統のおかげで女性原理は全く哲学から排除されてしまったのである。
それ故本書における検討から目ざされるべき哲学は、このような論理そのものの根源にもどらねばならない。著者はこの哲学の特徴を、「他者否定のない自己主張」、「受容的自他関係」、「無限の融和」、「拡散」の思考等々と表現しているが、その内容については現在のところいずれも素描程度でしかないのは残念である。
さて以上のように本書の提起した問題は現代哲学(著者によれば、男性哲学、西欧思想、人間優位の思想)の行き詰まりにひとつの焦点を当てたものである。それは現代思想の枠組みのあり方自体を問題にしたという意味では重要であり、しかも男性性に対して女性性を切り口として迫ったということには大きな意義があろう。個のような視点からの哲学へのアプローチが今後ますます発展することが期待される。
しかしその女性性をあえて「生物学的必然性」としてのヒトのメスを基点にしたことについては問題のあるところである。著者の論理──たとえば、受容性の主張等──に説得力があるだけに、人間の社会性とその発展に、もっといえば社会性を発展させてきた社会構造の発展に重きを置かず、ヒトのメスという設定のみが基点とされることが妥当かどうか。また同様に女性哲学の特徴としてあげられた「自他未分化の状態」の本質とそれがどう発展していくのかということについても、果たして(男性の)論理抜きに展開できるのかどうか、今後の議論に待たざるを得ない。
以上のように大きな問題は残るが、本書は哲学の流れに投ぜられた一石であり、これがどういう波紋を生んでいくか興味深いところである。(R)

【出典】 アサート No.228 1996年11月23日

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【紙上討論】総選挙結果は何を提起しているか

【紙上討論】総選挙結果は何を提起しているか

・・・「総選挙結果と今後の展望について」意見交換会の記録・・・
Assert編集委員会(大阪)では、11月9日に意見交換会を開催し、総選挙の評価などについて話し合った。以下はその内容である。7名の参加で熱のこもった議論となった。今後深めるべき課題も明らかにされたと考えている。読者からの積極的な意見をお寄せいただきたい。

なお、意見交換会にあたり、事務局が提案した討論素材は以下の通りであった。
<討論素材>
★参加者各自の総選挙への感想
★総選挙結果総体の評価について
ポイント0 各党の選挙政策の評価
ポイント1 4つの連立政権の評価と自民党復権をどうみるか
ポイント2 新党民主党の評価と社民問題
ポイント3 新進党の低迷と今後
ポイント4 共産党の躍進と変化
ポイント5 低下し続ける投票率と国民の選択
★民主党と労働組合の今後
★社民党の現状と今後
★第2次橋本政権の評価
★今後の政局展開と「行革政権」 以上であった。

<新しい制度での初めての選挙>
A:今回の選挙は選挙自体も、個人的にも複雑な選挙区だった。今までの選挙であれば社会党を伸ばそうとか、そういうことだったわけ。ところが大阪15区は解放同盟の候補である北川さんが新進党から出た。自治労は民主党。隣の14区は谷畑さんが自民党、と具体的な自分の行動も含めて非常にややこしかった、という感想です。議論に初めての小選挙区制の選挙制度についても議論をしていただきたい。
B:今回の選挙では、大阪の小選挙区で民主党選挙を闘った。一方地元では、民主党の候補者が出ていないということで、新進党にも自民党にも投票せず、初めての白票投票をした。小選挙区で候補者がいないので、地元での選挙はほとんどしなかった。それでも、従来の社会党票に近い票を民主党が比例区で獲得しているという意味では、民主党にすこしだが確実に「風」は吹いたと思う。解放同盟は新進党候補を推薦したようだが、比例区で民主党が徹底されたかどうかは知らない。とくかくこの制度であれば、すべての小選挙区で民主党候補を出さないと選挙にならないと思った。

<小選挙区に投票したい候補がいない>
C:今回の選挙で何よりも感じるのは投票率の問題。極めて低い。初めての小選挙区の選挙制度のもとで行われたにも関わらず。この間の政治の状況の中で政治不信が相当のところまで来ているということだろう。一つには小選挙区制ということで、一選挙区で3から5人の候補者が出ていたが、だいたい誰が当選するかが見えていたし、また投票したい候補者がいないということもあった。わたしも小選挙区では白票を投じています。比例区では社民党にいれたわけです。そういう意味で小選挙区は国民の意思を反映しにくいのではないか。死票という問題もある。もう一つ、候補者の「合流・分流」が非常に激しかったわけで、社民党から民主党、あるいは新進党・自民党というわけで「どこでもいいから当選すればいい」というのが見えすぎていた。これがまた政治不信につながっているのではないか。政策や政治的立場で政党を変るというのではないことが、一層政治不信を深めた。3つめは、政策の問題です。政策の争点が非常にわかりにくい選挙だった。消費税の問題がある。これも新進党が消費税据え置きを出しました。自民党も反論していましたが、この間まで消費税10%とか言っていた党首が据え置きを言っても迫力も何もない。国民もどうせウソやろう、選挙目当てだろうと考えた。消費税の税率を上げるのか上げないのかということに止まらず、税制改革が政治改革の基本にあるという意味では・・・真に公平でガラス張りの税制をどうするのか、という点についてどこの党も出し切れていない、と思うわけです。インボイスの導入や益税を廃止していくなどの点が重要な点だと考えますが、連合でさえもきっちり言えていないのが現状です。政策論争において真に勤労者の利益に照らしてどうなのか、ということが明らかにされず、抽象的な理念的なところで止まってしまったのではないか。最後に民主党の評価についてです。どういう党をめざしているのか、どういう党になろうとしているのか、わからないわけです。社民・さきがけ・新進から議員が参加し、鳩山・管らが基本政策は出してはいますが、もう一つはっきりしなかった。そこが民主党が伸び切れなかった点だと思います。民主党に贔屓目に言えば、まだ日本には保守・革新という分けかたは理解できるが、「民主リベラル」は、定着していないのではないか、と思うわけです。そういう意味では「民主リベラル」がどんな方向をめざすのか、もまれていかないとはわかりにくいのではないか。期待できるのかどうかわからないが、個人的には民主党も・社民党も、新社会も含めて統一の方向へいくべきではないか。さらに、その結集軸はなにか、戦略はなにか、という議論も必要だと思います。

<普通の市民として選挙をながめて・・・>
D:初めて今回の選挙では何もしなかったわけです。一市民として見ていたわけです。選挙に関わった皆さんは土日もなしで、ということでしょうが、私は家でゆっくりさせていただきました。ただ家のすぐ近くに小選挙区候補の選挙事務所があり、・・・。投票日も開票も家でいました。酒を飲みながら、開票を見ていたんです。こんないいことはないと。逆にこれが普通の感覚なんだとうと思うわけです。選挙で熱くなっているのは、選挙で食っているというか、「政治産業従事者」の皆さんで、これは「斜陽産業」なんですね。冷静に見られてよかった。低投票率の問題も触れられましたが、政見放送も新しくなったわけですが、だんだん最後は飽きてきます。何を無駄なものをやっているのか、という感想でした。「普通に暮らしておれば」選挙との接点はないと言っていいと思います。そういう意味で投票に行った人はえらいと思います。こういう見方もあるということで「いい経験」をさせていただきました。

<比例区選出の当選者が救いか?>
E:私の場合は、個人としては民主党に非常に期待していたわけです。なぜかというと、自民党の単独政権が崩壊して連立の時代に移行したはずだと。従って、自民党の単独政権復活は許されないと、また社民党があのような状態ですから、民主党が連立政権に加わる可能性もある、そういう意味で民主党に期待した。しかし、語られているように、民主党の候補者の決めかたはかなりいいかげんであって、直前に「お国替え」をしたり、信じがたい光景が展開されて、選挙民も期待感が非常に薄れたのではないかと思います。もう一つは民主党の指導部が管と鳩山で明らかに違う。野党姿勢を取ろうとする鳩山と、与党の一角に加わるべきだというの管の姿勢。どちらかと言えば野党の方に流れてしまった。本来単独政権をチェックして連立の時代に移行できる確信が持てなくなった、投票したい候補者がいないという状況が全国的にあったのではないか。特に大阪・近畿ではそうだった。HIVの家西さんなどはよかったとは思いますが、非常に残念だった。それでも救われたのは小選挙区制であるにも関わらず、比例区の比重が高かったので、これによって救われた人たちの中に非常にいい人がいたわけです。そこに期待をしているんです。「小選挙区で落選した候補が比例区で救われる」重複立候補の問題が、マスコミで指摘されているがそうではないのではないかと思うわけです。比例区の占める位置を簡単に消滅させてはいけないと思います。

<生き残り選挙がとにかく終わった>
F:選挙前から選挙後に感じていることは大きく分けて2点あります。この選挙で何がよかったかということですが、まず「選挙が終わったこと」が大きなことだった。政治改革法案が通って、新たな選挙制度ができた、この選挙にらみでいろいろな動きがあったわけで、選挙の生き残りをかけての「議員」の個人的レベルの行動が続いてきた。新たな選挙制度のもとでの選挙が終わったということ。生き残りをかけた選挙が終わったということ。これが一番大きい。そして、2番目に社民党・さきがけの時代が終わったということです。基本的に解体ということで、決着がついたということです。そして色々問題は指摘されているが、民主党は社会的認知を受けて、それなりの勢力を確保した。先ほどの「とにかく終わった」という意味は、政党の整理がそれなりに済んだという意味です。

<絶妙のバランス・・・当選者数>
単独政権は許されないという意見があったが、今回の選挙結果は、絶妙のバランスを生み出しているのではないか、と思うわけです。社民党が完全解体されて、自社の構造はすでに解体過程にあったのだが、完全に無くなった。そういう意味では、自民党には逃げ道が無くなった。いいわけができなくなったということになる。今後の課題が、財政再建や行財政改革の責任は自民党にあるわけです。その意味では「自民党改革」が問われているということであり、これは面白いことになってきたと思うわけです。社民党の次は自民党ですよ、政治改革の「第2幕」として興味があるわけです。
もう1点、大切なことだと私が考えるのは、今回の選挙の対立軸、キーワードが政策的なものよりは「世代」ではなかったか。ジェネレーションということですが、これを軸に評価すべきだと思います。 民主党ですが、「選別排除」の話もありましたが、これは思想による選別というよりも「世代対立」による排除という意味で「社民党の長老議員」を排除した側面の方が強い。全体として当選議員の平均年齢は下がっている。自民党も社民党も長老議員が多く引退しましたし、小選挙区では新たな選挙区がたくさんできたこともあり100人以上の新人議員が出てきた。大物議員も結構落選している。(比例区で助かった議員もいるが)そういう意味で、これまで非常に特殊だった政治の上の年齢構成だったが、どの世代が発言力を持つのかという問題ではきっかけになると思います。
この面は例えば歴史認識という問題で議論する場合、世代というのは大きな意味がある。戦前世代がいる間は、従軍慰安婦問題とかで「問題発言」が続くということもありますし、この世代の人々に歴史認識について期待することはできないわけです。そういう世代という面があります。
次の議論として、低投票率の問題。それは本当に政治不信なのか、政治離れなのか、議論をしておく必要があると思います。言葉を変えれば今の日本の状況の中で「これが政治的な対立点だ」ということがあるのだろうか、ということなんです。どうもわれわれは世の中を見るとき「問題がある」というパラダイムの枠組の中で、国家体制含めて日本の中に「対立の軸」があるはずだ、という発想が先に立つ。しかし、先ほどの発言にもあるよに、「政治の場所で解決すべき問題」、国民を2分する問題が本当に存在するのか、について考えてみたいと思っています。

<消費税導入時とは雰囲気が違う>
E:税制の問題についてインボイス問題も出されたが、消費税5%問題の世論調査では60数%が反対なのに、投票結果にあられていない。消費税5%も高齢化社会を考えると、やむをえない選択という「暗黙の了解」が浸透しているという側面が考えられるわけです。
F:賛成です。明らかに「消費税導入時」の雰囲気とは違っていました。新進党が2000年までの「据え置き」を言ったが、自民党橋本は「5%はやむをえない判断で、新進党のような魔法は使えない」と言った時、むしろ橋本の側に分があったように思える。インボイスの話も含めて、税制の細かい話は国民の関心事ではなかったのではと思います。それと複数税率についても5%ぐらいまでの税率ならまだ焦点化しないのではと思います。

<なぜ、政策論争にならないのか>
C:少し反論をしたいと思います。そもそも社会に対立軸があるのか、問題提起ですが、階級闘争云々という固定観念に縛られているわけではないが、政治が具体的に我々の生活を変えてくれるという期待は確かになくなっており、諦め含めてあるとは感じます。それは矛盾がないからではなく、言っても変わらないという諦めではないか。庶民感覚という意味ではそれぞれが置かれている現実が違いますから。確かに、被爆者援護法も戦争認識もHIVの問題も連立政権だからできたという側面はあります。しかし、生活が良くなってきたということもある、確かに、貧困感は少なくとも無くなってきた。そのことと生活に不満がないのか、ということにはならない。およそ例えば国民の7割の支持を得ようと思えば、政策は抽象的にならざるを得ない。抽象的なレベルであれば「対立軸」が無くなっていくのは当たり前のことだと思われます。しかし商工業者と勤労者・給与所得者の利害は具体的なところでは対立する。具体的なところの政策を出していないのだから争点にならない。給与所得者の重税感ということですがものすごいものがある。私も17%取られている。生活感覚も非常に苦しい、決して豊かでない。一方自営業者の場合、自分の身内の結婚式の費用まで必要経費でおとせ、みたいな話を聞くとやってられないというところ。
そういう意味で「政策の中に明らかにされていない」のが原因ではないか。税に対しての不満は確かにある。

<対立軸とは路線を問うもの>
F:議論の前提として「対立軸」の概念について、整理がいるのではないかと思います。まず政策ですが、「政策」(ポリティクス)と「施策」(プログラム)、それと個別の「事業」と階層がある。確かにここのレベルではいろんな問題がある。基本的に選挙で問うようなものは、ここの細かい政策ではないだろうと思います。それを基準に投票する人はいないのではないですか。そういう意味では政治的対立軸というのは、もう少し広い問題として、政治的対立軸は、もっと「路線」上のものではないかと思います。それが私は今回の選挙の場合、それが提起されていないと思うのです。
C:かつての「社会主義」か「資本主義」か、のような対立軸がなくなっていることは素直に認めたい。価値観の多様化とか社会構造の分化ということが言われているが、政治の世界においても、自分がどの層に属していて、その利益を代表するのはどの政党か、という意味で争点は存在している、と思います。商工団体などは自分の推薦候補を持つんです。その団体の利益の利益に忠実に動くんです。だから今回はこの政党を推すんだ、ということがある。どこの層に利益を与えるのか、ということが問われるものがある。そこが政策論争として現れてくるんだろうと考えています。
F:選挙行動として商工団体、業界団体、労働団体などの「圧力」団体は、利害を代表する政治家、政党を必要とする。しかし、それは団体・業界の個別の利害を代表するにすぎないのではないか。そういうものは必ず存在する。それは個別の利害に止まる。政策レベルの選択は、対立軸が具体的に存在しないと言っているのではありません。日本の現状においては政党の違い、主張の違いは確かにあるけれど、基本方針は非常に近く、同質とさえ言えるのではないか。固まっている。自民党と新進党でさえ、個々に明確に違うという体系的な政策を出しているかというと、それは出せないのではないですか。

<国民の政治不信は本物だ>
C:対立軸は具体的なところで出てくる。最後は力関係で決着せざるを得ない場合もある。税制なんかそうです。公平な税負担、インボイス問題も含めて、雇用問題ではパート労働法、解雇制限法など具体的な労働者保護政策や労働団体政策など、どの層の利益を代表するのかとの対立がある。労働相談などを聞いても保護政策がちっとも守られていません。「選挙の時だけきれいごとを言って、私のこの具体的な問題はすこしも解決されない」というように現場労働者や庶民は、そういう状況に直面して政治不信を抱くんです。政治的に解決すべきなのにそれが行われない。それが政治不信の元であり、そうした状況は従来から変わっていない。国民の7割に理解される政策レベルでは、あまり違わないといのはそうだが、こうした具体的な問題レベルでの政策論争が行われていないのではないですか。生活の具体的な問題を通じて対立軸は実際にそこにあるわけで、そういう意味からも国民の政治不信は本物だと思うわけです。
F:個別のレベルの不信や不満はたくさんあると思います。ただ、突き詰めれば「政治とはなんぞや」という話になるわけですが、政治不信ということで低投票率とか、議員・政党に対して向けられるべきものなのか、とも思うわけです。
E:業界団体というが、最近はその影響もかなり低下しているのが現状だ。推薦を受けましたので、と電話作戦をしても、大した反応は最近返ってこない。
C:業界団体や経済団体は、利益誘導ということもあってまだきっちりやっている。日常的にやっているから。一番弱いのが労働団体。勤労者の利益を代表する団体でありながら。

<低投票率は、一種の白紙委任状では>
F:その「勤労者・給与所得者」の概念を否定するわけではないが、勤労者の抱えている課題というのは、それこそいろいろあるわけです。例えば直接税などの不公平感もある。ただ、それを何とかしろ、というだけではどうにもならないとこにきているのではないか。例えば、直接税の税率を下げるということは、替わりの財源をどこから持ってくるのか、それなりに一貫性が必要になる。間接税をあげるとか法人税を上げるとか。法人税を上げる場合には、産業・経済の問題に跳ね返ってくる、消費税になって負担がでてくるとか、雇用に影響するとか・・・具体的な利害をそれだけ解決するために、ということにはならないのではないか。常にまた問題が戻ってきて意見が分かれることになる。そういう意味では「勤労者・給与所得者の利益を代表する」ということもかなり抽象的な概念で、これまで結構使ってきたわけだけれど、検証が必要ではないか、と思います。
そういう意味で、この現象が、政治不信なのか、そもそも選挙で決着を付ける話じゃないのかというのが私の考えです。一種の白紙委任状みたいな、そういう状態ではないのか。
C:それが政治不信ということなのではないのかな。
F:今まで言われてきたような政治不信というものではないのではないか。私が政治不信という言葉で、一番思い付くのはスキャンダルです。金とか女性問題とか、政治家個人に対する不信ですね。政治家不信につながるようなことがなければ本当に選択する党がないという状況。それは政党の責任というよりは、国家システムの選択肢とか、そういうものがなくなってきているのでは、と思います。
そこで、価値観の問題とか、視点、質の問題とかを網羅した世代というものが浮上してくる。若い政治家を選ぼうとか。だから、新進党の政策もなにかウソ臭いみたいな感覚が出てくる。
E:自民党の「7%、10%・・」という新進党批判も、細川も羽田も小沢も言っていたことと違うじゃないか、みたいな意識に訴えたわけだ。

<共産党はなぜ伸びたのか>
C:政策論争がなくなった、という意味で新進党の問題を語るのであれば、それは間違いだ、と思うわけです。それは、新進党が本当の意味で政策論争をしてこなかったからなんです。一方で、共産党は伸びていますね。共産党が伸びたのは、政策的差がなくなったとかの議論があったが、共産党以外の党に政策的な差はないでしょう、7割が理解する最大公約数的な公約を他の政党が出すものだから、逆に共産党がすっきりした形になったからでしょう。共産党は躍進したと舞い上がっているけれど、喜びほどの議席かという面もある。しかし、たしかに投票率が下がる中で得票も率も伸びたことは事実。これは政策論争が意味が無くなったから、ということに対する逆の反証になるんじゃないかな。
ただし、共産党が現実に具体的な改革をしてくれる、みたいな期待感はないわけで、それほど伸びなかった。具体的には共産党が連立に参加するとか、よりまし政府への参加とかね。
F:逆に共産党はどんなに伸びたところで、政権に参加という状況じゃないから、議会内でのチェック機能を期待する良識的な層が流れ込んだだけなんです。
C:あなた、今良識的といったでしょう。そうなんです、対立軸というなかでの諦め、その層が共産党に流れたんです。(B:水入り宣言???)

<小選挙区制度でも政策論議はなかった>
A:私は小選挙区制になれば、政策論争ができる、みたいな前宣伝がされたわけだけれど、それは実際にはなかったのでは、と思うわけ。共産党の話もでているが、政策で共産党を選んだわけではない。アンチ巨人みたいなもので、全体の流れに対抗したいみたいな意識の反映だ。自民党単独時代の野党だった社会党的な役割を期待したにすぎない。いろいろな運動に関わっている人と話しをしてみると、結構共産党に入れているし、我々のグループの中にも結構いて、私も驚いたこともある。私の選挙区でも、自民党は昔ながらの利益誘導型選挙だったが、新進党候補は地域福祉システムを提案したり、結構がんばった。確かに新進党の幹部の講演会での発言はとても聞くに絶えない話なんだけれど、結構市民型選挙みたいな運動もあって好感は持てた。消費税はあまり取り上げていなかったし、決して消費税だけで投票を決めていない、という感じだった。小選挙区選挙になって政策選挙になった、というところまでは到達していないと思う。
C:政策で闘われた選挙にならなかった、ということは一致しているんだ。そこで、なぜそうならなかったのかという議論で、もう政策論争はないんだ、という意見とそうではない意見の違いなんだ。・・・・・
F:もう少し整理させていただくと、政策論争はもうないんだと言っているのではなくて、もう争えないんだ、と言っているのです。大きな意味で。それを選挙で問うというような形は今の日本の新進党であろうが、自民党であろうが、民主党であろうが、そんなに違いは出せないのではないか、と思うわけです。
D:私は思うんだが、今政策でまとまっている政党がどこにあるのか、ということ。新進党も自民党も違う。民主党も疑問だし社民党なんて今の状況では問題外です。政策でまとまっているというのは共産党ぐらいのものです。そんな状況で、政策論争そのものができるはずがないのではないですか。まともな政策論争ができる政党なんかないんじゃないですか。政策で一致して政党を作っていないのですから。

<日本に新保守主義はまだ受入られていない>
F:いままでAssertに書いてきたことなんですが、今後の政治選択の分かれ目は「大きな政府」か「小さな政府」か、公的サービスを拡大するのか、福祉は自助努力でとするのか、という大きな選択の争いだ、と書いた。より資本主義を純化させた「新保守主義」が自民党への対抗勢力になるのか、と思ってきた。それが対立軸になるのかな、と考えてきたが、どうもそれは成り立たない、と思いはじめています。日本の状況を見ると、どうも「新保守」を掲げる政党が成り立たない。日本の中で新保守を掲げられる政党が日本に存在しないんです。根付かない。新保守にたいして政策論争になれば、違った選挙になるがそうならない。小沢という人も本来そういう路線を志向していたようだが、新生党結成以来のこれまでの小沢をみていると、新保守が受け入れられる余地はないと判断して新進党を結成した節がある。今回の新進党の政策を見ても、どうも新保守じゃない。そうであれば、対抗する側は新保守との対決という路線を提起できないわけです。そういう意味で大きな路線の中で政党が分立するから、また議員の合流・分流が激しい、という議論があったように、どこに投票していいのかわからない、みたいなことになる。そこでは、政治家の個別利害に流れることになる。そうであれば、適当にやっておいて、ということになる。日本の場合、結構高度に政治システムがあるので、安心、期待もしない、そして選挙に行かないわけだ。
C:全体的な政治状況については、その通りかな、と思うけれど、それがずっとそうなるのか、というと・・・「層を基礎にした政策論争」は将来も含めてもうないのか、という結論はもうすこし時間がほしいという感じです。

<自社さ政権は国民に拒否されたのか>
B:議論がとても発展しているという印象です。その辺りは、この意見交換会、原稿化の後でさらに文章等で発展させていってほしいと思います。
そこで、私の問題意識なんですが、果たして自社さ政権は国民に拒否されたのか、という点なんです。社民党は拒否されたんですね。(そうじゃないよ:C)まあ、聞いてよ、これも意見だ。自社さ政権はそんな悪いことはしていないんです。住専の問題で新進党が過激な反対行動をしたけれど、立場が違えば新進党も同じようなことをする、と国民は見ていたんじゃないかな。そういう意味で対立軸はこの選挙で見えなかった。なぜ見えなかったのか、というのが今の議論かな、と思うわけ。社民党もこの選挙で、現有勢力を維持出来る状況だったら、自社さ政権でもよかったかもしれない。ただ、社民党では選挙にならない、新しい政治勢力ということで民主党も出てきた。
自民党に過半数も与えないし、新進党にも反省させて、民主党にもそこそこ議席を与えた、という意味で絶妙のバランス感覚、国民の選択だったということだ。
ただ連立政権の時代と言われながら、選挙前にどこと連立政権を組むか、どの政党も言わない。連立相手を明確に打ち出して争点にしようとした政党がなかったというのは、無責任だと思う。

<自らの支持基盤にもメスが必要>
G:今日は検証する場として、参加させていただいた。途中から参加して「政策論争」の話が盛んだった時だが、なぜ、政策論争がなかったのかという議論だが、それはないのがあたりまえでね、国会論戦でもそんなものはなかったでしょう。国会の中でもなかったのに。国会でも議員と官僚のやり取りがあるぐらいで、議員同士の論争もなかった。
それは、これまではそれで来れた、戦後50年間は。それは社会の目標が一致していたから、保守も革新も「「アメリカに、ヨーロッパに追いつけ」「生活が良くなればいい」ということでは、対立はなかったのではないか。もちろん、良くなるやり方については対立もあったが、その違いは官僚が絵を描いてまとめてきたのではないか。
時には自衛隊や防衛の問題で対立はあったが、生活の問題については「官僚」がうまくやってきた。部分的に少数派の人々の問題で福祉をどうするか、などの論争はあったけれど。しかし、現在めざすべき模範がなくなってきたのではないか。戦後50年で「日本が自立してきた」、日本が舵取りをしなければならなくなった。日米安保のあり方、防衛、外交などが「経済大国」に問われてきた。本来、こういうことを問う選挙選でなければならない。沖縄問題があったのになぜ「政策」論争になぜならなかったか。自分の支持基盤をも切ることが「政策論争」の基礎ではないか。大衆迎合ばかりなのに、政策選挙になるはずがない、というのが私の考えです。
消費税については、国家的観点からは上げざるをえない。増税ということだが、その必要は誰も否定できない。

<自社さ政権の評価>
F:自社さ政権は、どんな印象を残したのか、ということだが、以前の与党自民党対野党社会党の時代には対立が全面に出ていたが、援護法、水俣にしても、どないかしたら処理できる、という結果となった。調整するということが可能になったという印象を残したのではないか。現実的にどこかで落ち着く先を見つけることができるみたいな。例えば、沖縄問題も、日米安保体制について社民党も反対と言わなくなったので調整課題となった。沖縄の負担を全国で分かち合う、ということになればまた地域利害の調整ということになるがこれも中々やっかいな問題ではある。2年半の自社さ政権だったが、個別の調整課題はあるが、体制選択の課題はなくなったということを国民は感じたのではないか。そうであれば連立政権でなくてもいいのではないかと。絶対多数政権で暴走するのは困るけれど、そんなに強くない、しかし安定した政権であれば・・・みたいなことを例証した2年半だったのではないか。
B:資料に自社さ三党合意文を入れているんだが、内容を見るとそんなに悪くないな、という印象なんです。そういう意味で政治手法については自民党はかなり「勉強した」な、という感じです。選挙を通じても村山を小選挙区で救うとか、いろいろやっている。単独過半数は困難という中での手法、かれら自民党が一番「成長」してしまったのかな。
C:自社さ連立政権について総括の時期かなとは感じています。この2年半の連立政権というのは基本的には駆け引きであって、そこで自民党が勝った、そして自民党も変わったということだろう。かつての佐藤内閣・田中内閣時代のよな高度経済成長の時代ではなくなるという中で、自民党が変わらないと没落していく、という危機感はあったと思う。連立政権を通じて、重要課題の処理において自民党はその危機をかわし切れたのではなかったか。加藤幹事長が「社民党から学ぶものは大きかった」とか、かつての自民党なら取り上げなかった課題を取り上げた、などと発言しているのは、一種の自信を現わしている。
次に社民党だが、結局変われなかったということです。巻き込まれてしまった。バスに乗り遅れ且手法的にも・・・個人的には社民党にいれたんですが、不安定分子は自民党や新進党・民主党に移ったんだから、「勤労者・給与所得者」の利益代表としての性格が強い純粋社民党に期待して、ということなんですが。
土井さんはがんばっているようだが、少し教条的な部分も見える。それでも「社民党はもう決着した」という話もあるが、民主党などと政界再編成第3幕という意味で民主リベラルの合流というのが有り得るとすれば、社民党が淘汰されたというのは、少し早いのではないか。

<社民党は、淘汰されたか>
F:いや、「淘汰」されたと思いますよ。組織形態としてもモタナイ。北海道はまるごと民主へ移行したし、大阪の社民党も同様でしょ、そして選挙前に社会新報の配布も止まりました。財政的に見ても社会新報代を中央に上げていない。組合分裂の時の支部と中央みたいな関係でね。政党助成金も職員の退職金で、降ろさないみたいなことが起きている。
社民党が社会党時代からも維持してきた基盤がある。議員が増えようが減ろうが。その基盤である機関紙も、それを維持してきた職員が東京に100人くらいいたわけで、退職するということ。また、財政的にも政党助成金は激減するわけです。労働組合も支持見直しが進んでいるので援助も激減する。土井さんが戻ってきたというが、これまでの基盤はもうないわけです。社民党としてやってきた政党活動の基盤は、もはや無くなっているんです。
U:地方議員含めた土井委員長を中心にしたグループの一定の役割は、まだ否定できないと思います。国会の中でどんな役割ができるか、これからですが。
D:しかし、もう物理的に成り立ちませんからね。
G:もう遅んや、もう役割が終わっている。これではダメと新党をつくることが必要になったにも関わらず。時代が大きく変わっているのに、護憲などに代表される野党的な対応に終始していた。責任を持つという与党的対応が求められているんだ。

<社民新人議員は、市民派左翼??>
F:比例区で社民から、ピースボートの辻元さんや市民運動の女性や東京の保坂さんなどがの新人議員が出てきた。参議院などには従来と政党と労組の関係の中で議員になってきた高齢の議員などはいずれ引退するだろう。世代交代も進む。「ゼロからの出発」ということで出てきたのが新人の皆さんだろう。彼らは市民運動などでそれなりに支持層もあり基盤もあると思う。ただ、その基盤は共産党よりもさらにミクロなものを反映しているに過ぎないから、政界再編への対応や政策的課題に対しては部外者という程度でしかない。
C:それでは質問しますが、民主リベラルの再結集は有り得るかどうかは、わからないという私の前提で聞きますが、民主リベラルの合流の可能性は、どう考えていますか。
F:私は、社民・さきがけ解体で、自民党、社民・さきがけのエキスを吸収した民主党、新進党という3極構造が当面続くと思います。ただ、新進党は不安定要素を持っている。特に新進内の旧友愛系のグループは民主合流が有り得るのではないか。3極間の部分的な移動は起こるとは思うが、基本的な3極構造は続く。もっと先のことだと思うけれど、スカッと政策的な対立軸が見えるという場合は、新保守が純化しない限り、全体も純化しないと思います。純化が急速に起こる可能性があるとすれば「外的」な条件として、国家財政の問題がある。現状でも国債残高が240兆円と言われ、問題とされているが、専ら利払いが財政を圧迫している側面について言われている。しかし、さらに今後経済の状況などで深刻化する場合、新保守の純化が起こると思われるのでは。

< 行政改革の問題について>
B:橋本新政権が、行革政権をいうことで具体的な政治日程として2001年ということを打ち出したし、選挙の中でも行革が議論になった。この問題を議論いただきたい。
G:行政改革については、国はでは官僚制、地方は労働組合が変わらないと、行政改革はできないと断言できる。特に大阪の労組は社民系であり、それがまるごと民主へ行ったわけで最悪ではないか。労働組合が内的に変わらないとしたら、どうなるか。行政改革は先ほどの国家財政が厳しい状況にならないと進まない、その時は理事者側も労組に自信をもって提案してくるだろう。ただ、今後地方分権が進むと、市民参加ということで市民の目から見て、行政の中身を判断してもらう必要がある。公的なあり方について議論をしておく必要がある。ただ、橋本が期限も含めて行革を明言したわけだが、本物かどうかは疑わしいと感じている。行革が現実のものになった時に労働組合が本当に変れるかどうか。労組幹部はあまり勉強していないし、既得権に固守しているだけ、という印象だ。
F:国の行革と地方自治体の行革は違うと思う。地方の方ははっきりしていて、能力ののupと効率化です。ただ、この選挙で問われたのは、中央省庁の問題だった。各政党ではぜんぜんバラバラな政策が出されていた。そもそも国の行政改革は何を目的にして、何をするのかという議論がぜんぜんなされていないので、当分進まないのではないか。逆に一番現実的で最初にやらなければならないことを提起しているのは民主党だと思うわけです。管さんが予算の組みかたの提案をしていた。省庁別の予算編成から目的別の編成ということで、例えば森林と川と海というように。政策目的をはっきりさせた予算編成・執行が行われれば、次に省庁別の組織の問題が浮上してくるはず。しかし、先に省庁再編の話が出てきると、職員の問題が出てきて多分中に浮くと思われる。情報公開、予算編成などの現実的な話が先行すべきだと思います。新進党のように、消費税据え置きのために行革によるコスト削減で、みたいな話だと、これはもう言うだけみたいな事になる。
G:小沢さんは党首に立候補したの時には良いことを言いましたよ。まず国と地方の任務をしっかりと分ける。財源については国債を発行する、と。ここで後退してしまう、ということはやっぱり公明が癌なんだな。

<地方分権と行政改革>
F:そうそう、地方分権の話を言い忘れましたが、地方に権限と財源を移譲したら、そこに空白ができる、人の問題になってくると、機構の問題にもなる。例えば食管行政。各県に食糧庁の事務所もたくさんあるし、職員もいる。中央省庁の話と出先機関の話は違っていて、・・・省庁再編と出先機関。まず出先を整理して、予算編成のしくみを変えて最後に省庁再編ということになるのではないか。そのためにも民主党ががんばらなければ、と思うわけ。
B:労働組合は変わらなければいけない、という刺激的な議論がありました。定年まで役員みたいな人は別にして40代くらいの自治労の役員クラスなら「絶対反対」で行革が乗り切れるとは思っていない。もっと柔軟な発想、敢えて言えば「与党的発想」を持っていますよ。新しい労働組合の方向を模索しています。状況に遅れているよ、ということでしょうが。
C:国債残高が240兆円というが、省庁再編や職員の削減でこの金額が解消されるものかどうか。極めて疑問。さらに財政赤字を生み出した国家の財政システム総体の改革議論が必要。財政投融資の問題など。赤字を生み出した責任ということも議論されていない。
労働組合への意見については、それなりに理解できるところもあります。ただ、労働組合は自らを合理化することを提案するというのは本来困難なことなんです。職場を守るのが組合の任務なのだから。
E:先ほども国と地方では、権限も財源も違うわけで、地方の場合はむしろ政策的にも提言を行うとか、最初から身を切られるという発想からでは少し違うのではないか。
F:実際の労働組合の経験から言うと、自治体の中で大局的な判断ができるポジションと現場のポジションとの職員の違いはある。やはり、現実的には個別の利害に流れる。労組幹部は現場を説得するという立場にはない。闘争のプロセスを通じて調整していくことになる。
B:いまだに賃上げ・反合だけでやっていけるという意識なのは、協会派ぐらいでしょう。

<国家財政の検証が必要>
F:国家財政の問題ですが、個々の中身はもっときっちり検証すべきでしょう。建設国債ですが、今の日本の経済の中で、どう流通して、国債が誰の利害になるか、もちろん銀行やシンジケートが引き受けてるが、一般にも流通している。財政投融資では入り口と出口があって、郵便貯金や年金財源があってそこに利子を供給することが必要で、出口としての投資先がある。これを改革するということは、小泉さんが言うように郵便貯金の民営化ということになれば、職員の問題などいろいろ出てくる。そう考えると実際に取れる選択肢はシビアーで中々難しいわけです。複雑すぎてわからないというのが実際ですね。
G:私も国家財政の本を読んでいますが、中々全体像が見えないわけです。議員達も本当に分かっていない。70年代以降の国家財政問題について。それを議論するのが国会のはずだが。それでも日本はここまで来た。しかし、次はどこで、何が課題か、明らかにされていない。
それと、社民党で新人議員ができたが、基本的に彼らは「市民派左翼」だろうと。かれらでは共産党よりも「左翼」ではないか。与党的立場から具体的解決を厳しく問われるこれからの政治には耐えられないのでは。

<最後に一言>
G:今関心のあるのは、歴史観の問題。藤岡という人が書いている。今の日本の歴史観について、私は基本的に彼の意見に賛成なのですが・・・・
E:巻町の住民投票では80%を超える投票率があったけれど、同じ町で総選挙は全国平均程度だった。それは民主主義への参加形態の議論として大切。直接民主主義の動向が問われている。
D:最初に政治産業は「斜陽産業」という言いかたをしたが、今回の投票率を見れば売り上げが減っているわけですから・・・。制度的には政治家への特権は残っているわけですから、・・・・
C:期待も込めて、という意味で。小選挙区制度のもとでの政治行動でしたから、もし制度が変われば、違った政治行動が出てくるだろうと思います。まだまだ政治は変わっていくし、給与所得者・勤労者の利害という言い方をしてきましたが、具体的なところでの政策論議を期待したいと思う。
B:最近大局的な議論をしていなかった。社民・民主の問題では地元にも火種がある。全体的には民主党かな、と思っています。ただ、労働組合は民主党ということだが、大阪的には連合の股裂き状態、社民党府連と民主党の今後、解放同盟の動向とまだまだ揺れそうなので心配しているところ。
A:選挙結果で自民党の復権ということが言われているが、全国的にバラツキがある。得票でも自民党は150万票減らしているし、自民党の復権は当たらないのでは。小選挙区制度になったんだけれど、政策論争もなかった。全体的なことと、地域的な課題を結び付けて語れる議員を作る必要がある。そうすれば投票率も上がるのでは。
F:今の発言で私も同感なのは、議員を育てるということ。複雑化している日本の国家経済・政治システムの中で、非常にマクロな観点でものが言えるのは本来政治家しかいないと思います。しかし、それを担えるよな仕組みになっていない。選挙も選挙制度も含めて・・・人材を議員に輩出していくシステムもないし、議員を育てるシステムもない。今後地域の課題を含めて、議員、議員になる人と関係を持って育てていくことが必要打と思います。

こうして「意見交換会」は終了し、夕食含めてさらに議論が発展していったわけですが、そこまの録音はできません。いろいろな議論になりましたが、参加者含めて今後の紙面でさらに議論を発展させよう、ということになりました。
(文章化責任:佐野)

【出典】 アサート No.228 1996年11月23日

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【投稿】 米大統領選 クリントン圧勝の明暗

【投稿】 米大統領選 クリントン圧勝の明暗

<<米大統領選でも史上最低の投票率>>
米大統領選は、現職クリントン氏の圧勝に終わった。しかし先頃の日本の総選挙と同じく、「今回の選挙戦は全く盛り上がりに欠けるもの」(ニューヨークタイムズ)で、投票率も70年ぶりに50%を切るほど低調で、49%という史上最低の投票率となった。18歳以上の有権者人口1億9600万人の内、35%の有権者がそもそも選挙権の登録すらしなかったのである。しかも登録した有権者でも、その内の16%が棄権している。
クリントンの得票率は過半数に達せず、49%、一方、共和党のドールは41%、改革党のペローが8%、その他が2%の得票率であった。このその他には、今回初めて緑の党が直接、候補者を擁立、立候補したラルフ・ネーダー氏が獲得した58万票が入っている。氏は、環境問題と消費者運動のリーダーとして、民主主義を破壊している現在の政治体制、独占的大企業への補助金の廃止、独占的行為に対する規制強化、軍事費の大幅削減、在外米軍の撤収、等を掲げて闘い、注目されたが、少数政党に設けられたさまざまな障害のために、22州と首都ワシントンでしか候補の登録が出来なかった。

<<共和党にすり寄る「抱きつき戦法」>>
4年前、クリントン氏は冷戦体制終焉後の「変化」「変革」を掲げて、冷戦体制の中で疲弊した米国の再生を掲げてさっそうと登場したのであるが、今回は「アメリカの価値を守る」という保守的なスローガンを掲げ、民主党の重心を右の方に移すことによって、共和党の主張にすり寄る「抱きつき戦法」を前面に打ち出した。それは2年前、94/11の中間選挙で、「保守政治の復権」を掲げる共和党の攻勢の前に、汚職と腐敗の処理に右往左往して、民主党が40年ぶりに上下両院で多数派の座を失った苦い経験からの教訓でもあった。しかしそのことは、明確な争点をなくさせ、莫大な資金が投入されたが低調極まる空騒ぎにさせてしまったともいえよう。
当初の世論調査では下院を民主党が5-10ポイント差で支配するとの結果が出ていた。しかし選挙戦最終盤になってホワイトウォーターからセクハラにいたる大統領の疑惑に選挙資金問題が加わり、投票日の出口調査では、有権者の過半数が大統領を信用できないと判断し、それでも「ドール候補と比べれば、大統領の方がましという程度」であった。結果として、議会選挙の方は、当初の予想ほど民主党が伸びず、上院では民主党が2議席減らし、共和党が2議席増(民45:共55)、下院では民主+6、共和-13(民204:共223)で、上下両院とも共和党が過半数支配を維持することとなった。
大統領も議会も一党が支配してはまずい、一定の歯止めとタガをはめておこうという有権者のチェック・アンド・バランスの反映ともいえようか。日本の総選挙でも、自民党の復権を許したとはいえ、過半数獲得を許さなかった「絶妙のバランス感覚」がここでも貫かれたと言えるのであろうか。

<<ドール氏の唯一の目玉「15%減税」>>
不信と疑惑の中でもクリントンが勝利し得た背景には、クリントン自身が繰り返し強調したように、共和党政権時代と比較した経済情勢の好転が上げられる。と言っても実態は、マイナス成長してはいない程度ではあるが、実質経済成長率が潜在成長率とされる2.5%を超えており、物価上昇率は3%をかなり下回る水準を続け、失業率も、就任時の93/1=7.1%が5.2%まで低下している。それにともなって、財政赤字も、92会計年度=2900億$、対GDP比4.9%が、96会計年度=1160億$、1.5%へと縮小してきたのである。
クリントン政権がこれといった財政赤字削減政策に取り組まなかったにもかかわらず、成長率の回復と企業業績の好転、それにともなう税収増によって財政赤字が縮小してきたといえよう。さらに貧困層(4人家族で年収1万5569億$以下)についても、95年に前年比160万人減少、全人口比14.5%から13.8%へ減少している。株価は新高値を更新し続け、過去2年間で3000$台から6000$台へとほぼ倍増している。
こうした事態の中で、共和党のドール候補の、唯一のきわだった政策は「15%の減税」であった。クリントン氏の疑惑だらけの人格攻撃を別とすれば、これがほとんど唯一の目玉商品であった。しかしこれは、共和党が94年中間選挙以来、「アメリカとの契約」という公約の柱に据えた、財政均衡、福祉予算・教育予算の大胆で大幅な削減、と一体のものであり、「小さな政府」、「個人の責任」の名の下に、所得格差、貧富の格差、少数派・マイノリティとの格差をより一層拡大させるものであることは、誰の目にも明らかになってきたことであり、共和党の支持者自身が「15%減税」を半信半疑でまともに信じてはいなかったのである。
これも日本の総選挙で、新進党が消費税の3%凍結と18兆円減税を掲げた、急場しのぎの迎合路線で、逆に不信を買い、自滅せざるを得なかったことと符合しているとも言えよう。

<<「二つの暗礁」>>
こうした共和党の自滅路線が、「より害の少ないクリントンに投票」(ニューヨークタイムズ)させ、クリントン自身がその共和党の政策にすり寄って大統領の座を確保したとすれば、今後の事態はとても楽観できたものではないであろう。
公約の2002年度までの財政収支均衡実現のためには、メディケア(老齢者医療費補助)、メディケイド(低所得者医療費補助)、社会保障給付などエンタイトルメント(義務的支出)削減に着手しなければならない。
すでにこの8月には、共和党へのすりよりの証として、福祉改革法に署名している。これによって、1200万人の生活保護所帯の母親達に2年以内に就職することを要求し、生活保護費の支給を生涯5年間に限定、食料補助券の支給も大幅に削減される。
クリントン就任後の経済成長期間は、すでに5年半を経過しており、96年第三四半期の成長率は前期の半分以下にとどまり、停滞の兆候が出始めていることは間違いない。そして過去数年間、縮小し続けてきた財政赤字も、来年度は増大に転じる見込みが明らかにされてきている。
一期目は「変化」のスローガンの下に女性とマイノリティを積極的に閣僚に登用したが、今回、クリントン氏は二期目のレイムダック化を防ごうと「超党派」「中道寄り」「共和党との協調」を掲げ、共和党員を閣僚に起用しようとやっきになっている。これも日本で言うところの保・保連合であろうか。こうした連合は事態をさらに悪化させる危険性を秘めているといえよう。
さらにクリントン政権は多くの疑惑と腐敗にも囲まれている。本人のセックススキャンダル、セクハラ、ホワイトウォーター事件、次席法律顧問の自殺、クリントン夫妻の汚職疑惑、ヒラリー夫人の偽証罪の疑い、泥沼化する不正ヤミ献金疑惑、相次ぐ閣僚の不正疑惑、大統領周辺で謎の死を遂げた26人の死体リスト、等々、かつてのニクソンの二の舞に追い込まれかねない事態が目白押しである。規模は違うが、日本の政界・官僚・財界の腐敗・堕落と同根とも言えよう。二期目の航海には恐ろしい暗礁が二つあるという。「一つはスター検察官が用意しているクリントン夫妻への刑事起訴状、もう一つは米国経済の停滞化だ」(ウォールストリート・ジャーナル)。日米両政権の新たな再出発には、無視し得ない共通性が浮かび上がっているのではないだろうか。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.228 1996年11月23日

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【投稿 第3極はどこへ行った?

【投稿 第3極はどこへ行った?

8月の後半から「鳩山新党」の動きが出てきたことから、橋本自民党内に急速に選挙機運が強まり、9月中旬に「10月20日総選挙」が水面下から浮上してきた。「新党」の準備が整わないうちにと自民党は選挙を急いだ。
他方、民主党の結成に至る経過については、様々な疑問がある。なぜ社民党は9月12日の党常任幹事会での「分党方式・民主党合流」の方針決定を、1週間もしないうちに「否定し、社民党で総選挙に臨むことになったのか。「公認での選別」が問題というが、実際には民主党参加の社民党現職、及び新人候補も民主党加入の候補はほとんど「民主党公認」で立候補しているのだから。
郵政大臣であった井上一成(大阪)でさえ、近畿比例2位となっている。社民・労組合流型となった場合の「旧社会党」的イメージを出したくない鳩山と、「社さ合流・大同団結」路線とマスコミには映っている管のコンビネイションで、結果として村山・山口・伊東・野坂といった自民連携指向・本音では新党反対者を排除したことになった。新聞・マスコミ報道を見ても、民主党候補に旧社民の人は多いわけだが、民主党から旧社民のイメージは払拭されているように思える。
分党方式の方が、旧社民系労組は「動きやすかった」かも知れないが、「新党」イメージはかなり低下したに違いがない。
各選挙区に目を移すと、国会議員:候補はともかく、地方議員のレベルでは「社民党議員」の中のとまどいは深刻なものがある。小選挙区で民主あるいは社民の候補が出ていない選挙区の場合、「民主党って何や、やっぱり社民党」で、みたいな感覚がまだ根強いものがある。「次の総選挙は、新党で」との社民党方針なるものは結局中央だけの話で、地方に降りると真剣な議論はなかったのではないか、と感じる。
「第3極」と最近言わなくなってきたようだが、2極目も選挙結果によっては分裂のおそれが言われており、選挙結果から「新しい激動」が始まることは確実になっている。(I)

【出典】 アサート No.227 1996年10月12日

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【書評】『アメリカ知識人の思想──ニューヨーク社会学者の群像』

【書評】『アメリカ知識人の思想──ニューヨーク社会学者の群像』
         (矢澤修次郎著、東京大学出版会、1996.6.5.発行、3502円)

社会主義体制の崩壊以来、アメリカの一人勝ちのような世界情勢が続いているが、そのアメリカについては多数の書物が、歴史、政治、経済、社会を論じている。しかしアメリカにおける社会主義についてのものは、ほとんど見当たらない。そもそもアメリカにおいては、社会主義そのものが希薄になってしまっているのである。何故このような事態が生じたのか、この点について、そのごく一部ではあるけれども社会主義にかかわる学者・知識人をテーマにしたのが本書である。
本書では、アメリカ知識人(とりわけニューヨーク知識人)の文脈における社会学者に焦点を合わせて、彼らが「社会主義から社会学へ」と移っていった軌跡を辿る。そこでの問題は、19C末~20C初頭にニューヨークに流入・定住した大量のユダヤ人移民の問題、ファシズムの手を逃れてきた亡命知識人の問題、そしてまたアメリカの労働-社会運動史(とくにトロッキズムの中でユダヤ人が多数を占めていた分派「ワーカーズ・パーティ」)の問題にかかわる。
あらかじめ著者の意図を示しておけば、それは次の主張にもあるように「社会学」の「偏見」からの解放である。
「本研究は、1950年代にすでに、固有の研究対象を持たない似而非(エセ)科学とか、逆に人間の行動を統制・操作する非民主的な悪魔科学とかいったステレオタイプで見られ、知識人から最も遠いものと考えられた、社会学に対する偏見に対抗するものであろう。
社会学という専門領域の専門家でありながら、(中略)制度の拘束からできるだけ自由である、知識人であり続けることこそ、社会学をその偏見から解き放つものであろう」。
このような社会学はアメリカでどのように成立して社会主義にとり代わっていったのか。著者は、3名のニューヨークの社会学者(日本ではそれほど知られていない2人──セルズニックとコーザー──と、周知のダニエル・ベルの3人)を論じることで跡づけようとする。
まずフィリップ・セルズニック(1919~)が取り上げられる。セルズニックは、社会主義運動の経験を経て、トロツキスト内部の抗争(1939)以後、現実的な「誤解と過去のユートピア的な幻想を取り除いた社会主義」の構想にいたる。そして社会運動の組織分析に構造-機能分析(あるシステムの日々の活動は、その維持と防衛に果たす機能という視点から解釈される、との立場に立つ分析)を導入する。この立場からボルシェビキ党を考察してセルズニックは、ボルシェビキ党が何よりも「カードルの党」であること、その組織の欲求は絶え間なくその成員を動員し、訓練することであり、このことは操作可能性の極大化=個人を「隔離と吸収」によって「完全にコントロール」すること、で達成される、と指摘する。
著者によれば、「セルズニックは、思考のカテゴリーを与え効果的なコミュニケーションを保証してモラールを高揚させたのはマルクス主義であるが、政治・組織教議を確立したのはレーニンであると考えた。そしてマルクス主義が極めて多様な視角から討論の俎上に乗せられているのに対して、組織教義としてのレーニン主義はそれほど多様な解釈に付せられることがないと指摘している。そうした傾向を極点にまで押しすすめ、あらゆる教義を権力掌握のための闘争に従属させていくことを徹底させていくことによって、スターリン主義が成立したと判断している」とされる。
次にルイス・コーザー(1913~)が検討される(「ルイス・コーザー──亡命知識人の理論と実践」)。コーザーの問題は、亡命知識人としてのマージナリティ(隅におかれた状態)に基礎づけられた批判的な視座からの「闘争の社会的機能」に関しての探究──闘争が社会システム内部の変動を引き起こす機能ばかりでなく、社会システムそのものの変動をもたらす機能をももつこと──である。しかしこれは、交差的な利害と闘争の存在するアメリカ社会の多元性、自由主義の受容承認という結果を取ることになる。
また政治的にさまざまなセクトとの接触の経験から、コーザーは「貪欲な制度」という概念を提唱する。これは革命的組織のみに限らず、宗教等のさまざまな共同体に共通の概念であり、成員の完全なコミットメントを要求し、その全パーソナリティをその組織内部に包み込もうとするものであるとされる。そしてこのカテゴリーの一つであるセクトは、成員の個性の平準化(未分化な性格構造)と異端に対する徹底的な不寛容と「真理をわがものにしている」という主張を特徴として有する。それ故この視点からすれば「理想的なセクトの成員は、なんらその他の資質をもたない単なるセクト主義者なのである」とされる。
そして最後に本書の約半分を費やして、ダニエル・ベル(1919~)の思想的軌跡が考察される。ここで著者は、ベルについて従来指摘されてきたのとは異なる視点で好意的な評価を試みる。すなわちかつては熱心な社会主義者であったベルは、1950年頃に「左翼の枯渇」という現実に──政治的に管理された経済体制の中で、労働はもはや責任を果たすことはできない、労働は圧力団体ではありえても、社会運動ではない、という事実認識に──直面し、「イデオロギーの終焉」という主張をするにいたる。 しかし著者によれば、「その主張は資本主義の勝利というよりは、『資本主義の衰退のさなかにおける社会主義の袋小路化』というリアリティを反映しているように思われる。
換言すれば、イデオロギーの終焉は、社会主義が混合経済を受け入れ、資本主義が財産と市場の自由という原則を放棄して社会改良や経済的安定を手にする過程の一つの帰結なのである。その主張は積極的な解決ではなくて、否定的な解決策である」。
ここからベルは、大衆社会論批判をテコにして「脱-工業化社会」(理論的知識すなわち科学に基礎をおいた社会)論を展開していくのであるが、この概念の特徴は不確実性、非決定性、可塑性である。そして同時にベルは、科学が社会化され、官僚化されている現代社会では、その科学が統一性も意識的な目的も与えることができないということをも認めざるをえない。かくしてベルの問題(「それ自体正当なものとされる目的、価値の問題、全体としての社会の行く末をガイドすることのできる社会的な理性の問題」)は、依然として残されたままとなる。
以上のように本書は、アメリカの3人の社会学者の軌跡を辿ることによって、アメリカの労働運動・社会主義思想の問題と社会学との関連を探ろうとしたものである。この中でわれわれは、アメリカ社会の特殊的事情に発するとはいえ、社会主義運動の組織にかかわる諸問題が鋭く指摘されているのを見ることができる。それらは今なお分析解明されるべき機会を待っているといえよう。本書は、社会学に肩を持ちすぎていて(社会学それ自体の位置付けもまた検討されねばならないが)、しかもやや難解で専門的過ぎる書物ではあるが、その問題としているところについては注目する価値のあるものでもある。(R)

【出典】 アサート No.227 1996年10月12日

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【投稿】総選挙への突入-問われる連立の政策

【投稿】総選挙への突入-問われる連立の政策

<<戦後最低の投票率?>>
いよいよ10/20の総選挙に突入した。その結果は、直前直後から始まるであろう政界再編成を必至のものとさせることは間違いない。それは、冷戦体制崩壊後のいまだ不安定な政局、自民党単独政権から連合政権への移行、細川、羽田、村山、橋本とめまぐるしく政権交代劇を演じた日本の政治の新しい再編成に向けて、一段階を画するものとなるであろう。
しかしそれにしては、なにかしら盛り上げに欠ける進行状況である。人々は進行中の政変、再編劇を実にシニカルに、冷笑的に見ているとも言えよう。候補者調整のドタバタ劇、「節操も仁義もない」鞍替え、お国替えの続出、いとも簡単な政党間の転身から衣替え、中曽根氏などの「終身一位議員」の誕生、小選挙区制にともない投票するに足る候補者がいない、似たりよったりの「行革選挙」の大合唱、等々がいっそう拍車をかけているのである。
10/1付け朝日新聞の世論調査によると、「投票に必ず行く」と答えた人は64%である。前回93年総選挙の時は、76%の人が「必ず行く」と答えたにもかかわらず、実際の投票率は戦後最低の67.26%だった。昨年の参院選前、6月の調査では「ぜひ投票に行きたい」と答えた人が57%だったが、実際は45%であった。今のままでは、投票率が50%を割った昨年夏の参院選並みか、戦後最低の投票率になりかねない事態である。

投票する政党 小選挙区 比例区  好きな政党    選挙後の政権には
—————————— ———-  ———————
自民に    19%    20%    28(24)%      自民中心の連立を 41%
新進に     7     7     7(14)       非自民連立を    16
民主に      7     9     9          自民単独政権を  11
社民に      2     2     5( 6)       非自民単独政権を  17
共産に      4     4     3( 4)       その他、無回答   15
さきがけに    1     1     1( 1)       ——————
決めてない    43    40     31(41)=なし
他、無回答    17    17    16( 9)       ( )は96/3調査
—————————— ———–

今度の衆院選に       投票に
———————     ———————–
大いに関心がある 24     必ず行く    64
少しは関心がある  50    できれば行きたい  24
関心はない     24    行かない      7
他、無回答     2     他、無回答     5
———————      ———————–

民主党へ        消費税問題
——————-  ———————–
期待している  33   重視する    66
期待していない 51   重視しない    23
他、無回答   16   他、無回答    11
——————-  ———————–

<<靖国参拝と「民主党の歴史認識」>>
それでも政界再編成のキーポイントとなる変化の芽が大きく浮上してきていることには注目すべきであろう。民主党と消費税問題である。
民主党へは、3人に1人が「期待している」と答え、「民主党に投票する」は小選挙区では新進と肩を並べ、比例区では新進をも上回り、社民党、さきがけ、共産党を引き離している。日経新聞調査でも、「投票する党」は自民が22.4%、民主党が7.8%、新進党が6.5%であった。連合政権成立の鍵を握る可能性が、登場したばかりの民主党にもたらされているのである。
当初、自民党は、加藤幹事長とは別個に、梶山官房長官が「有事では社民党より新進党が近い」として有事法制整備などについて「改革大連合」構想をぶち上げ、新進党との保・保連合構想を前面に出し、自民党の公約にわざわざ「靖国神社への公式参拝の実現」、「尖閣列島、竹島の領有権」をいれるという異例の対応を行った。これに対して韓国外務省は10/1、自民党がこうした公約を掲げたことについて「政権与党の自民党が韓国固有の領土である独島の領有権を主張し、前例のない選挙公約として表明したことは公党として無責任な態度」であると指摘し、靖国神社公式参拝についても、「侵略戦争を正当化するもので、受け入れることができない。今後とも断固として対処していく」という論評を発表するに至った。今年7月現職首相としては11年ぶりに靖国参拝を強行した橋本首相もこれには釈明せざるを得ず、与党と政府は別であるなどと消え入らんばかりである。
これに対して民主党は、今回決定した基本政策の第一に「民主党の歴史認識」を掲げ、その中で「日本社会は何よりも、アジアの人々に対する植民地支配と侵略戦争に対する明瞭な責任を果たさずに今日を迎えている。21世紀に向け、アジアと世界の人々の信頼を取り戻すため、アジアの国々の多様な歴史を認識することを基本に、過去の戦争によって引き起こされた元従軍慰安婦などの問題に対する深い反省と謝罪を明確にする。そうした過ちを再び繰り返さないための平和アピールを全世界に向かって発信する。そして過去の重荷がアジアをめぐる現実の諸問題に対する認識や対応に曇を生じるようなことは、厳に戒めなければならない」と明記している。
自民党や新進党が連立のパートナーとして民主党を取り込もうとする際には、このことは無視しえない重要な政策的柱であり、民主党自身もこれを踏み外すことは自己否定になるものであろう。

<<「実行できなければ議員を辞職」>>
一方、新進党は、10/2に選挙公約を発表したが、その中で「消費税は3%に据え置き、さらに所得税・住民税を半減して来年から18兆円の大減税をする」、「大胆な行革と規制緩和で経費20兆円を削減」、「公共料金を2~5割引き下げます」を打ち出した。これを発表した小沢党首自ら「これは単なる公約ではなく国民との契約。契約不履行の場合は法的責任を問われる」として「実行できなければ議員を辞職する」と大ミエを切ったのである。言やよしである。ただし「単独で過半数をとったとき」という条件付きである。
この公約では、小沢氏自らの持論である、消費税10%、自衛隊海外派遣、憲法改正には一切触れずじまいであった。94/2、当時の細川首相は3年後に消費税を7%に引き上げるという国民福祉税構想を打ち出した。昨年暮れの新進党首選で小沢党首は「消費税率の10年後10%への段階的引き上げ」を公約した。その公約を守っていれば、来年3月には消費税は7%になる予定であった。今回の公約とは天と地の開きである。「細川、小沢両氏は『あれは間違っていました』と国民、党員に謝罪し、どこをなぜまちがえたか、きちんと説明する義務がある」(10/3日経社説)という主張は当然の要求といえよう。
菅・民主党代表が、新進党のこの公約について「財源をどうするのか明らかにすべきだ。赤字公債の発行か消費税アップかはっきりしてほしい」(10/5)と述べ、山崎・自民政調会長が「小沢新進党と保・保連合をすることは100%なくなった。総額18兆円の減税をするといったが、これくらい国民をだます手はない。全く無責任だ」(10/5)と呼応している。
しかし一方で菅氏は、「与党になることも選択枝の一つだが、場合によっては西岡さんのところ(新進党)とも同じやり方をすればやれるかもしれない」(9/29読売)とも述べており、西岡・新進党幹事長は「(民主党との選挙協力について)政治を少しでも変えることにつながる、ということでは想定し得る」(10/5)と呼応している。市川・新進党常任顧問は「民主党は新進党と組むしか生き残る道はない」と断言している(9/30)。小沢氏は創価学会の支援なくしては当選し得ない鳩山邦夫氏を仲介役にして、民主党を丸ごと抱き込もうと画策しており、総選挙後は由紀夫氏を首班に指名して第二の細川のように操ろうという魂胆であろうと憶測されるゆえんでもある。まことに妖怪出没、ちみもうりょうの世界である。
そういう意味では、これまでの与党としての政策も責任もかなぐり捨てて、土井たか子衆院議長を選挙戦の看板に引っ張り出すために「消費税の論議の白紙化」という土井提案を受け入れて、消費税論議を選挙の一大争点に浮上させたことは評価できるともいえよう。しかしあまりにも遅きに失したのではないだろうか。

<<「行革の断行」と大蔵解体>>
各党は「行革の断行」ではこれほど一致していることはないほどである。しかしこの行革ほど、誰からも信じてもらえていない政策はないといえよう。そこでより過激になり、現実とは遊離した政策の空疎な競い合いが展開される。
自民党は、中央省庁の再編成について、22省庁を「半分程度に削減する」とうたった。これに負けじと新進党は「最終的には10省に再編成」と提案、民主党は「8つの分野区分をベースに再編」、という具合である。特徴的なことにどの提案も具体名を上げた大蔵省や霞が関諸官庁の解体・再編計画を示していない。
新進党は所得税、法人関係税などの18兆円減税を、行革を通じた20兆円以上の行政経費の削減、税収増でひねりだしていくというのであるが、どの分野をどのように削減すれば、20兆円も浮かせることができるのかという肝心な点はぼかしたままである。ましてや軍事費の削減には触れようともしていない。
しかしそれでも、政官財癒着の結節点となってきた官僚機構の大改革に取り組むチャンスが到来していることも事実であろう。肥大化し機能不全に落ち入ってきた無責任体質は、住専問題における大蔵省、薬害エイズにおける厚生省に象徴的である。建設、環境行政もしかりである。上げ出せば、キリがないほどである。そしてこうした事態を助長し、情報公開を拒否し、絶えざる腐敗と癒着を繰り返してきた族議員が与野党を問わず強固に存在している。大蔵省はその頂点に位置している。これを解体し、全く新しい形に再編成することは、納税者の権利を確立し、地方自治を拡大する上でも決定的と言えよう。大蔵省も狼狽するに至った各党の大蔵解体・再編提案を具体化させ、情報を公開させ、監視することが緊急かつ可能な課題となってきたのである。

<<民主党への「期待と不安」>>
民主党のインターネット上のホームページには、「市民との対話・討論を実現する」ことをめざした「フォーラム」のコーナーがあり、そこには数多くの意見が寄せられている。その一端を紹介しよう。
●「前回の選挙で、日本新党に投票した者です。日本新党はその後どうなってしまったのかを考えてみると、我々の意見としての投票結果が非常に軽々しく扱われてしまったことが分かります。若い人、都会の人は甘くないです。シビアに見てますよ。というわけで、ちょっと期待してます」
●「内容はかなり期待できると思ったのですが、政治家に対する不信感のせいか信用しきれない部分があります。私は社民党支持でしたが、今回は決して社民党にだけは投票しないでしょう。日本、そして日本の労働者をどうするか、考えてないと見えるからです。民主党には期待しています。」
●「基本政策は違和感ないです。が、旧体制がやられてこまるような政策がなければ「市民が主役の」政治になんか、移行できないはず。薬害エイズでは、それができたからこそ、国民は拍手喝采しました。「どきっ」とする、政策待ってます。」
●「既成政党には正直幻滅しており、民主党には期待してます。しかし、選挙まで時間がないからといい加減な候補を立てないよう注意して頂きたい。」
●「いろいろごたごたはありましたが、考え方が180度違うと思われる船田氏や、あきらかに選挙対策と思われる社民党丸ごと参加にならなくて良かったと思います。選別、結構ではないですか。とにかく、変に妥協しないで下さい。」
●「物心ついてからずっと社会党ファンで選挙ではずっと「社会党」しか書いたことがなかったのですが、今度の選挙では初めて「民主党」と書きそうです。まだ「書く」と断定できないのは、「社民党」丸ごとの是非はあるのでしょうが、もう少しリベラル勢力の大同団結が出来なかったのか残念に思い、若干ながら「社会党」(その残り滓の「社民党」)に後ろ髪を引かれる想いがあるからです。」
●「大変、民主党に期待しております。パワーを持つためには幅広い結集が必要だと思います。さきがけの分裂、社民党の分裂は大変残念です。今後も、合流への努力を続けて下さい。地方選挙での共産党の躍進でも分かるように、有権者は、自民党も新進党も支持していないのです。また、いまの政権に対する野合政権という批判は当たらないと思います。ですから、その主犯とか言われる人を排除(選別)することは、民主党にとって大変マイナスだと思います。選挙に勝利して、ぜひ行革を断行して下さい。」
ここには、期待と不安が率直に提起されており、今回の選挙を通じて、またその後の事態の展開の中で、これにどのように応えて行くのかが、「未来への責任」を掲げる民主党に鋭く問われているといえよう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.227 1996年10月12日

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【投稿】 国際ダムサミットin長良川に参加して

【投稿】 国際ダムサミットin長良川に参加して

「恒例」の長良川DAY行動が、9月14日、15日、16日と、三重県長島町で行われた。河口堰運用2年目を迎えて、すでに「長良川の死」は現実のものとなっている。私は後半の2日間参加することとなったが、今年の特徴と感想を報告したい。

<ダムの時代が終わったアメリカ>
特に強調されていたのは、アメリカでは、93年のミシシッピー川の大洪水以来、近代河川工法による巨大ダム建設が、実は大洪水を生み出したとの反省から、建設途中のダム計画の中止などが行われ、ダム建設の時代が終わったこと。この流れを、長良川や日本の川を守る運動に生かすため、アメリカのダムファイター、ダム政策を転換した政府内の前スタッフ、アメリカのジャーナリスト、さらに中国の長江・三峡ダムに反対するジャーナリストなどが参加した国際シンポジューム「世界中でダム建設が終焉の時を迎えている」と14日に長島町で行われた。
さらに、翌15日には、「21世紀の世界共通の河川思想を構築する」と題したシンポジュームが行われ(いずれも200名規模)、最後に行動DAYの前夜祭「河口堰運用早く止めナイト」、16日は、集会とデモが行われた(主催者発表3000名の参加者)。集会にはC・W・ニコル、近藤正臣、野田知祐、本多勝一などいつもの支援者も駆けつけている。

<停滞する運動、なぜなのか>
私もこの運動に関わって5年余りになるが、4年前の「工事再開に反対」した長良川DAYをピークに、参加者は確実に減っているのが現実である。盛り上がったにも関わらず、堰工事完成後に野坂建設大臣(当時)が、堰の運用を「決断」し、ダムとして動きはじめた現実が一番影響しているのは事実である。私も多忙のため、現在の運動の中枢部分の議論に触れる機会も少ないのだが、天野礼子市民会議事務局長は依然元気、しかし、そのもとで実際に各地で活動する「スタッフ」連中には、疲労感が感じられる。
3000人が集まったと発表されているが、デモ参加者は600名前後、カヌーデモも最高で500艇が出たときもあったが、今年は200に満たないのではなかったか。
市民運動的な、NGO的な運動論的な総括が必要なように感じるのだが。

<各地のダム建設反対運動が結集>
一方で、長良川での運動を契機に、各地のダム建設運動が動き出し、代表者が一同に集まる場になっていることも事実であり、大いに評価できる。今年も、熊本の川辺川ダム、神奈川の相模大堰、石川県の辰巳ダム、岐阜県大垣の徳山ダム、北海道の千歳川放水路計画、徳島の吉野川河口堰、岡山のとまだダム計画に反対するグループが行動に参加、ダム反対ネットワークが確実に生まれていることは力強い限りだ。

<公共事業チェック機構の実現>
五十嵐建設大臣時代に、公共事業のチェック機構の構想が出されたが、依然進展していない。超党派による「公共事業をチェック機構を実現する議員の会」(衆参23名の議員で結成)からも、高見裕一(さきがけ)、竹村泰子(社民党)、秋葉忠利(社民党)も参加し、一定の活動報告が行われていたが、この動きにも注目する必要はありそうだ。労組では、全電通名古屋、自治労連名古屋水道労組、国労名古屋、連帯労組などが参加をしていた。

<堰運用をやめさせよう>
河口堰建設に反対する会ー岐阜を中心に7月に行われたシジミ調査では、特に河口堰下流にヘドロがたまり、シジミは皆無で、ヘドロの調査になってしまったという。これが堰運用1年の現実である。堰の運用を止めさせる、この一点に集中した「原点」の運動を粘り強く行うことが求められているように思う。(96ー09ー17佐野)

【出典】 アサート No.226 1996年9月21日

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【投稿】これからの安全保障について

【投稿】これからの安全保障について

○「戦争観」の改革が必要
総選挙にむけ突き進む政局は、「民主党」を軸とする各政党、議員の離合集散ばかりが先行し、政策論議については後追いになっている感がある。
その中でも軍事政策については、沖縄米軍基地土地問題の一定の解決を機に、一時見られた「新安保体制」を巡る活発な論議も鳴りを潜めてしまった。
一方経済面では、規制緩和論議の中で「40年体制」の解体、など日本型経済構造の大幅な変革が、中央官庁の改変も含めて提起されるなど、刺激的な論議が交わされている。
実は軍事面でも、こうした論議が必要なのであるが政治家、学者を含めて多くの人が軍事上の「40年体制」の呪縛を受けたままであり、これが論議や政策の展開を妨げているのである。
それは、どういうことかと言えば多くの日本人にとって戦争と言えば第2次世界大戦、もっと言えば「日米戦」のことであり、その実態、経験に縛られてしまっていうということだ。
極言すれば第2次世界大戦は、戦争の特殊な一形態であり、これを普遍化して戦争を考えることはできないということである。
たとえば第2次大戦を特徴付ける「総力戦=国家総動員体制」や「無差別都市爆撃」は、現在の戦争ではほとんど不可能になっている。さらに、冷戦時代に構築された核戦争シナリオを含む数々の戦略、戦術、例えば軍集団規模の機動戦などは修正を余儀なくされている。
こうした事態をもとに、欧州での軍縮は、部隊編成およびその運用、兵器の改・再編と一体となって進められている(フランスが徴兵制を廃止するのは、経済的理由はもちろん、総力戦を想定しないことを基本にしたからである)のである。
これまでの戦争(ベトナム戦争まで)を規定してきた「長期、広域、無差別」は、現在の戦争にあっては「短期、局地、差別」となってきている。これは、そのことが良いとか悪いとか言うのではなく、厳然たる事実だということだ。
米軍は確かに世界に展開しているが、それは世界戦争を遂行する能力があるということではない。湾岸戦争は如実にそのことを示した。また、ロシアは局地戦争でも困難な状況だ。
しかし、日本では冷戦も含めて「過ぎ去った戦争」を前提として、「防衛論議」や現在の自衛隊の編成や運用計画も進められているのである。そして当然、戦争に反対する取り組みも、こうした枠内で進められているため、以前は戦争の恐ろしさ、悲惨さを伝えるのに有効だった「徴兵制」や「絨毯爆撃」を持ち出しても、現実と乖離し説得力を失っていくことになるのである。(もちろん、戦争犯罪の責任は別問題であるが)

○有効な軍縮とは
今後、アジアでは多少の停滞や揺り戻しがあっても、世界的には全般的な軍縮が進むことは疑いない。
しかし、以上のような戦争状態の変化を踏まえるなら、現在の自衛隊を縮小コピーにかけたような軍縮案は、非合理的であり、褒められたものではない。
例えば陸上自衛隊は、慢性的な定員割れを前に、師団(現在9千人と7千人の2種類)の一部を5千人規模の旅団に縮小することとしている。
しかし、近い将来日本がそうした規模以上の部隊を動員せざるを得ない事態は、大地震など天災以外には考えられない。朝鮮半島に有事が起こった場合でも、積極的な介入=朝鮮半島上陸をするつもりでなければ、考えられないことだ。
軍事的に最も稼働率が高くなるのは、カンボジアがそうであったように、PKO(PKFや邦人救出の可能性も含め)に要請される、大隊規模(数百人)となり、その行動内容も非武装、軽武装の特別なものが多くなるだろう。こうした想定のもと、そのような部隊(ユニット)を基本に改編を進めていくべきである。そして、装備もそれに適応したものとして、主力戦車や野砲の数を減らすことができるのである。
今後、国家間の信頼醸成が進み、いわいる国際紛争は過去のものとなっていくであろうが、非国家組織のテロは大規模、悪質化する傾向がある。こうした集団に対する対策上からも、どのような軍事力の保持が必要か、真摯な論議が必要である。(大阪O)

【出典】 アサート No.226 1996年9月21日

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【書評】 戦後歴史教育の克服と「健康なナショナリズム」の主張は何をめざすか

【書評】 戦後歴史教育の克服と「健康なナショナリズム」の主張は何をめざすか
         藤岡信勝『近現代史の授業改革』(1~5号、編集長・藤岡信勝)
         『社会科教育』別冊、 明治図書、1995.9.~1996.9.)

『近現代史の授業改革』という雑誌が、『社会科教育』の別冊として、95年9月より出版されている(発行・明治図書。96年9月で第5号まで)。元々『社会科教育』は、小中学校の社会科授業の専門誌であり、その内容は、左翼・リベラルから文部省寄りまでの著者によって、社会科の学習指導要領や授業実践、教材等々に関する多様な意見を集めてきたところに特徴を持っている。
ところがここに登場した『近現代史・・・』は、この性格をがらりと変え、いわば戦後の歴史教育に真っ向から挑戦するものとなっている(これに抗議して『社会科教育』のリベラルなグループでは、この雑誌への執筆を取り止めた。しかし出版元の明治図書は、強気の姿勢をとっているといわれている)。
編集長・藤岡信勝(東大教授)の「創刊の辞」がこのことを端的に示している。
「戦後の『近現代史」教育は、自国の歴史に対する誇りを欠き、未来を展望する知恵と勇気を与えるものではありませんでした。日本の『近現代史』を暗黒に塗りつぶしてきた『東京裁判史観』の克服が今こそ必要です。」
この観点から藤岡は、従来の「戦争の授業」のパラダイム(本多公栄などに代表される侵略国としての責任追及を重視する立場)からの転換を主張して、「元気の出る」歴史、「健康なナショナリズム」を提唱する。
すなわち戦後の歴史教育は、日本の侵略戦争、日本軍による残虐行為の側面のみを重視し続けた結果、「自虐的・反日的日本人を再生産」するという欠陥をもたらした。これに対して、(1)「自国に対する肯定的イメージ」(2)「国際環境の重視」(3)「理性的・批判的アプローチ」(4)「戦争の哲学の探究」をはかろうとするのがその内容である。
また「よびかけ人」の一人、斎藤武夫(埼玉県大宮市の小学校教師)はこう語る。
「現在、私たちに与えられている課題は、『戦後』の歴史教育の問題点(「自らを批判し反省すること自体を『国民』の立場とする』見方――評者)を洗い出し、明治以後のこの国の大きな物語を構想することにある。」
かかる立場から本誌は、「世界史の中の日露戦争」(第2号)、「明治維新の授業をどう構想するか」(第3号)と特集を組み、第4号では、これを批判した『近現代史の真実は何か』(大月書店)を反批判する。そして第5号は「『日本占領』これだけは教えよう」となっている。
以上概観したように本誌は、戦後民主主義の観点から教えられてきた歴史教育に対して、社会主義体制の崩壊とマルクス主義の失墜という背景に力を得て、右の方から攻撃しようとするものである。そのやり方は、今までしばしば繰り返されてきたように、「南京大虐殺」への「反証」、「日露戦争の世界史的意義」の主張、「明治維新へのロマンと共感」、「従軍慰安婦」の「虚構」性等々、総じてファシズムと侵略戦争と敗戦の時代をすっぽりと欠落させた日本の近代化の肯定的評価・賛美である。
本誌の出現は、戦後歴史教育の右からの見直し(それは今まで絶えず文部省からの圧力となっていたが)が、民間の教育のレベルでも明確なかたちをとったことを意味するであろう。しかし同時にわれわれは、かかるものが出てきた背景とそれが本誌に与えている性格にも目を向けなければならない。
まず本誌が現行の歴史教育についての不満を一定程度反映しており、それなりの支持基盤が存在するということである。本誌がマルクス主義に対する敵意をむき出しにしていることは疑いないが、しかしそこに示されているものの裾野には、素朴なナショナリズムから郷土愛にいたるものまでが、渾然一体となったままでかなりの程度含まれている。これらは右として簡単に切り捨てられない大衆の気分を反映しているのではないであろうか。
次に本誌の歴史教育の方法論としては、歴史の動きを法則としてではなく、英雄のエピソード史として扱う英雄史観や物語がメインとなっていることである。これは大衆小説得意の分野であるが、大きな影響力をもつものであることに注意がはらわれなければならない。さらに言えば、戦争についての把握の仕方を、日本の国際戦略と戦術の立場でとらえようとする(日本海海戦のシュミレーションなど)姿勢が目立つのも本誌の特徴である。
しかしながら本誌のポーズとして、その内実はともかく「理性的・批判的アプローチ」をうたわざるを得ないということも留意されねばならない。彼らの側からする「理性的・批判的」とは(国家)「理性的」・(戦後民主主義)「批判的」という意味であるが、それにしても「神がかり的」「超理性的」「皇国史観」という主張ではなく、一応は「科学的・実証的」体裁をとりつつ、戦後民主主義を批判するというスタイルには、原理原則からする教条主義的な対置ではなく、具体的実証的大衆的な「理性的・批判的アプローチ」が必要とされるであろう。
本誌の第5号までの目次を見るとき、そこに示されているのは、意図的に戦後民主主義を否定していこうちする動きと、それには直接はかかわらないが雰囲気として歴史教育を見直そうとする「純粋な(?)」「熱意」「善意」である。この観点からすれば、本誌の論述には粗雑な思い入れによる推論が多いことは否定できない。そして今までのところ、こうした「努力」は大した成果を生んでいないし、種切れの観すらある。
とはいえ、嘘も百回繰り返せば「信念」になり、本当らしく聞こえるということ危険性を忘れてはならないであろう。問題は、本誌のようなものが出てきた基盤の分析から、民衆の生活における民主主義的要素とそうでないものとを腑分けし、民衆自身が自覚していく方向を確立していくことである。そうでなければ本誌のような動きは、体制の支配権力と呼応して、絶えることなく続くものと思われる。(R)

(追記・1)本稿を書き終えてから、次のような文章を発見したが、たとえばこれに対して本誌の編集者たちはどう答えようとするのか。
「日本兵と中国兵とのたたかいを『事変』と呼ぶ、その名づけかたの中には、意識的なものか無意識的なものかはわからないが、日本の支配者のずるい智恵がはたらいている。地震やかみなりのように、この一時を辛抱していればとおりすぎていくものだという希望的観測が、われわれ日本人の中に自然にできてくるからだ。この気持ちのもちかたは、戦後にまでもちこされて、『満州事変』以来の事変つづきの年月を日米戦争とはちがうものと感じる態度が、私たちの間で何年もつづいた。今でも相当に残っている。
それは、日米戦争だけを区切って一つのものと考え、日本は米国には負けたが、中国には負けなかったと思いたい希望とむすびついている」(鶴見俊輔「私の地平線の上に」、鶴見俊輔集第8巻)。
(追記・2)なお本誌をめぐる歴史教育の動きについて、歴史学の専門家や教育現場からのレポートがあればと思いますので、ぜひともよろしくお願いします。

【出典】 アサート No.226 1996年9月21日

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【本の紹介】松下圭一著 「日本の自治・分権」

【本の紹介】松下圭一著 「日本の自治・分権」岩波新書 650円
        田島義介著 「地方分権事始め」岩波新書 650円

昨年、地方分権推進法が施行され、今年には地方分権推進委員会の中間答申が出て、これまで長い間言われていながらなかなか実現しなかった「地方分権」が、中央官庁の猛烈な反発を受けながらも、ようやく具体化しそうな兆しが見えてきました。消費税等の身近な問題に比べ「地方分権で一体どんなメリットがあるの?」といった声も聞こえてきますが、実は地方分権は私たちの生活・政治・経済を大きく変えることになりそうです。地方分権が明治維新、戦後改革に次ぐ第三の革命と言われている由縁です。そんな中で上記の2冊はこの地方分権の歴史・必要性・現状をわかりやすく解説してあり、まさに時を得た本と言えるでしょう。
前者はなぜ今地方分権が必要なのかを説得力のある筆で書かれています。著者の松下圭一氏は1960年代から70年代の革新自治体を理論的に支えた「シビルミニマム」論等を提唱し、常に刺激的な問題提起をしている学者です。地方分権は選択肢のある「先取り改革」ではなく、いわば熟柿が落ちるような「成熟改革」だとの視点は、私たちにこの問題に正面から取り組む事を迫っている、挑発のように思えます。
一方、後者は全国の自治体の現状、中央官僚の実態、地方分権推進法が成立するにいたる経過等に多くをさいています。著者の田島義介氏は元朝日新聞記者で、いわば、前者が地方分権の理論編、後者が実態編といったところでしょう。
私は一地方公務員ですが、機関委任事務の廃止等、地方分権は私たち地方公務員に間違いなく大きな影響を与えます。しかし、調査によれば職員の意識は「住民圧力を考えると、国や県が権限を持つというワンクションがあるほうがやりやすい」「権限とともに、それに必要な人員や財源が伴わないと受け取れない」「職員数が抑制される中で、これ以上の業務の増大は難しい」と消極的だとか。地方分権が避けざるをえないものならばもう少し積極的に考えていきたいと思います。(若松一郎)

【出典】 アサート No.226 1996年9月21日

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【投稿】「丸山真男について思うこと」(日記より)

【投稿】「丸山真男について思うこと」(日記より)

8月15日に、政治学者の丸山真男が亡くなった。昔を振返ると、丸山の書いたものに、はじめて触れたのは、1956年のハンガリー事件の時ではなかったかと思う。天皇制と一党独裁的なマルクス主義・スターリニズムに、最大の矛先を向けていた丸山が、ソ連のとった行動に激しい批判を加えていたことは言うまでもない。
「空想と科学」や「共産党宣言」を読んだぐらいで、社会主義にシンパシーを寄せるようになっていた、高校を出立ての若者にとって、この事件は、計り知れない衝撃を与えた。これは、大学へ入ってからも、長く後遺症となって残り、多くの若者の間でもこうした現象が生じていた。いわば、レーニンが「経験批判論」のなかで「求神主義」として論難したものの現代版のような雰囲気のもとで、当時の真正マルクス主義者からは「反動」と呼ばれた思想状況を地で行っていたように思う。読むものといえば、いわゆる実存主義につながるものばかりであり、自由を通じて政治参加(アンガージュマン)することが、もっとも望ましいと考えていた。また、最も左翼的と考えられていた人々の言辞のなかには、政治的姿勢と思想的あるいは理論的・学問的立場の不可分性が絶対的であるというような考えが見られ、政治的姿勢から思想的誤りや偏見が糾弾されるという風潮があった。また、これとは反対に、思想的立場の違い(弱さと言われていた)から、極力、政治行動への接近を避けるということも、みずから、しばしば体験したことである。(後になって自分自身がこうした考えから一種の「加害者」になったのであるが)
こうした状況のもとで、60年安保をはさむ時期に、最小限、政治的共感を感じていたのは、この丸山などが積極的に展開していた、「平和問題懇談会」や「憲法問題研究会」の活動であった。それは、戦後民主主義の原点に立脚するリベラリズムの擁護とそれに依拠する活動であった。それは、けっして、政党的なものではなかったが、理論・思想では妥協しないが、個人主義やリベラリズムを侵すものと闘うためには、あらゆる政治的配慮や妥協を行うというスタイルであったように思う。
彼らとマルクス主義者との共闘も、部分的で不十分なものであったが、このようにして可能になり、国民文化会議の活動などを通じて、60年安保闘争を支える大きな力になっていった。
私事について言えば、この後、実存主義批判の長文を書いてようやく許された、日本共産党への入党を契機にして、主観的な意図は別にして、結果として、理論に先立つ実践であるとか、還元主義的な一元論のスタンスに傾斜したことも与って、丸山などの活動を一段低いものと考えて無視したり、批判の対象にすることにもなり、さまざまな経緯のなかで、60年安保を超えるような運動も潮流も生み出すことができなかったことは、周知の通りである。「ゴルバチョフ回想録」を読むと、社会主義体制の崩壊について、類似のプロセスが進行していたことが、反省的に語られている。もちろん、このなかで、ゴルバチョフは、今後の社会民主主義の発展に対する積極的なメッセージを投げかけているのであって、このような回顧的な慨嘆をもらしているわけではない。(ちなみに、丸山は、社会民主主義者を自称し、共産主義の崩壊したなかでこそ、積極的に社会主義を強調しなければならないと言っていたらしい)
「世界」10月号は、丸山の追悼特集を載せている。ここでは、東大政治学グループの同僚や弟子たちが、丸山の死を悼みその業績や人柄を讃えている。丸山の学問的な業績について、その著作をほとんど読んだことがないので、よくは知らないが、その活動の姿勢については、なるほどと思うことに満ち溢れている。この追悼文のなかで、日高六郎は、マスコミが、丸山の死によって「一時代が終わった」(戦後民主主義に賭ける精神の終焉といったことか)と論じていることに深い淋しさをを感じざるをえないと書いている。
これを読みながら不思議に思ったのは、今、リベラリズムをひとつの有力な理念として進められようとしている、いわゆる「鳩山新党」問題について、自分の知る限り、知識人と呼ばれる人々の発言などがほとんど見当たらないこと、まして、これへの関与などはまったく報じられていないことである。
これは、「新党」問題が、知識人の関心を引かないほどに、まったく些細でつまらないことに過ぎないからなのか、あるいは、丸山のようなリベラルな知識人がいなくなってしまったからなのであろうか。
この新党の「呼びかけ」(要旨)を読む限り、これは、網羅的で訴える力に欠けるものの、好ましい要素を沢山含んでおり、その前途に大きな期待を寄せることができるように思う。しかし、これにもとずいて、どれだけ広範な人々を結集できるかを考える時、あいまいで力なく思えるかもしれないが、かって丸山たちが行ってような、政党的でも、政治屋的でもない、柔軟で寛容なリベラリな発想と行動が(自省の念をこめて)不可欠なのではなかろうか。(T・O)

【出典】 アサート No.226 1996年9月21日

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【投稿】「沖縄解散」と「民主党」の登場

【投稿】「沖縄解散」と「民主党」の登場

<<「投票に込められた沖縄県民の願い」>>
やはり、9月8日の「米軍基地の整理・縮小と日米地位協定の見直しについて賛否を問う」沖縄県民投票の結果は、国政を大きく揺るがしたといえよう。投票率は59.53%と、期待された高さにはいたらなかったが、県内で最大の基礎票を持つ自民党が棄権を呼びかけ、軍用地主らで作る土地連も事実上棄権し、基地従業員の中からも沖駐労が棄権を決めていた中で、なおかつ先月の新潟県・巻町の原発の是非を問う住民投票とは違って、当初から県民の圧倒的意思が基地縮小を求め、投票の結果が見えていたことからすれば、その成功の意義には計り知れないものがある。
投票総数54万1638の内、賛成票が48万2538、反対票は4万6232、有効投票に占める賛成比率は実に91.26%である。有権者数90万9832に占める賛成者の比率は53.05%となり、全有権者数の過半数を超えている。投票用紙に基地反対の思いを文字で書いたり、不満を書き込んだり、「ガンバレ」と激励の言葉を記したり、「×」の記号を使うなどして無効とされた票は1万2856にも達している。
この投票結果を受けて開かれた9/10の大田知事との会談で、橋本首相は「県民投票に込められた沖縄県民の願いを厳粛に受け止める」と述べるにとどまらず、基地の整理・統合・縮小や日米地位協定の見直し、沖縄振興の特別調整費50億円の早期計上、沖縄関連施策検討のための「沖縄政策協議会」を設置する考えを提示、「沖縄県からは、アクションプログラムという沖縄県民の夢と希望を踏まえたプランが出ている。われわれはそれを踏まえて努力しようとしている」と述べ、それらを緊急の閣議決定として発表し、総理談話で「米軍の兵力構成を含む軍事態勢について、継続的に米国と協議してまいります」とまで約束したのである。これらはまさに、今回の県民投票が押し出したものだといえよう。

<<「苦しく、厳しい決定」>>
9/13、大田知事は「私の全てが問われる、苦しく、厳しい決定だった」として、米軍用地の強制使用に必要な公告・縦覧の代行に応じることを表明した。知事の言うように「一県の行政には力の限界がある。特別立法の問題がなくて、代行拒否で問題が解決するのならば拒否するが、産業振興、雇用などの問題も総合的にしないと基地問題は解決しない」という厳しい現実がある。9/12の反戦地主会の代行拒否要請に対し、知事は「要請は重く受け止める。基地問題についてはこれまでできる限りのことをやっており、その気持ちはいささかも変わらない。しかし、日米の問題であり、県側が当事者となれず、靴の上からかゆいところをかくような思いできた」ことを率直に語っている。
9/13、県庁を訪れた共産党・志位書記局長に対して大田知事は「仮に代行を拒否したとしても、基地は残る。基地を放置するとか、交渉を諦めるというゆとりはない。反対というのは非常に簡単だ。政府を引き込み、一つ一つ交渉し、解決して行かねばならない。金で取り引きしたわけではない。沖縄の問題はたかが50億円で取り引きできるような問題ではない」と声を荒げたという。
大田沖縄県政について、「琉球日報」社説は、「過去の県政と比較して際立って違うのは、その政策や行政目標を達成するための戦略、戦術を意識し、駆使している点であろう。それは日米政府との交渉からマスコミへの対応まで徹底している」(9/13)と評価している。確かにその通りであろう。それでも「苦しく、厳しい決定」であるという現実は変わらないし、新たな難問が待ちかまえていることは間違いない。

<<解決不能の「基地たらい回し」政策>>
政府が米国に提示している普天間ヘリポートの嘉手納基地への統合案は、地元3市(沖縄、嘉手納、北谷)の強い反発を招き、「基地の整理・縮小は全く表に出ず、経済振興だけが表に出てきた。日本政府のスケジュールに振り回されている感じがする」と県の対応への不快感を表明している。ヘリコプター訓練の伊江島実施案はさらに問題を広げている。基地の固定化と強化さえちらついている。米軍用地の強制使用手続き自身でさえ、知事の代行応諾が表明されたとはいえ、何千人にも及ぶ地権者が存在し、収用委の審理の成り行きいかんではまだまだ波乱含みである。そして実弾砲撃演習の本土移転もまた、政府の説得は難航し、各地で反対運動を活性化させ、基地を抱える自治体自身が住民投票を考える動きも出始めている。
その意味では、県民投票を頂点とした沖縄の叫びが、安保や基地問題が一沖縄県の問題ではなく、避けて通れない全国民的課題とさせてきたともいえる。今や兵力の削減を伴わない基地の統合や分散化は、米兵犯罪や演習被害、広範な基地公害をなくすことにはならないことが誰の目にも明らかになっている。兵力の削減に踏み込んで、日米安保の堅持を前提とした「基地のたらい回し」政策を根本的に問い直し、軍縮の方向へのイニシャチブ、軍縮につながる安全保障の枠組みへと変えていく努力なくしては事態の抜本的な解決はありえないといえよう。沖縄県が提起している、2015年までに基地をゼロにする「基地返還アクションプログラム」が真剣に全国民的プログラムとならなければならないのである。

<<「疑惑・消費税隠し」解散から「沖縄解散」へ>>
橋本首相は9/17日に沖縄を訪問し、続いて9/23に訪米、24日には国連演説と日米首脳会談を行い、普天間飛行場の返還問題を「クリントン大統領との直接交渉でまとめ、共同声明を出す段取りを描いている」という。嘉手納基地への機能移転で譲歩を取り付け、それを土産に帰日後、抜く手も見せず解散という戦略である。背後にうごめく事態の本質は、ことをそう単純には運ばせないであろう。いずれにしても、橋本首相は沖縄と米軍基地いうハードルを越さない限り、自らのイニシャチブによる衆院解散・総選挙の展望が開けないばかりか、政権維持自体が困難に直面することが自明である。であればこそ、表面上の身繕いに力を入れ、大田知事との会談では異例づくめの対応をし、米側にはあの手この手の取引を持ちかけているのであろう。
そして今や10/20,27の投票日を前提に、堰を切るように流れ出した解散の動きは、自民党復党議員の続出で混迷の度を深める新進党と、第三極形成にもたつく鳩山新党の迷走を見越した、自らのリークで誘導したものであり、ここにきてもはや制御が効かない事態に突入している。たしかに、93年の総選挙で38年に及ぶ自民党単独政権が崩壊して以来、細川、羽田、村山、橋本と四代の連立政権が誕生したが、どれ一つとして解散・総選挙によって国民の審判を問うてはいない。しかし今回の解散・総選挙への動きは、明らかに加藤幹事長のヤミ献金疑惑、橋本首相自身が深く関与していると言われる政官薬業界のエイズ疑惑隠し、新進党の「今世紀中は消費税の3%据え置き」法案の攻勢にさらされる前に解散してしまおうという、「疑惑隠し」「食い逃げ」「消費税隠し」の総選挙であろう。それだけに、これを「沖縄解散」として成果を誇示して局面打開を図ろうというわけである。

<<「救国内閣」論の登場>>
しかし橋本再選戦略には、まだまだ予測し難い難問が浮上しており、一挙に崩れ去る難関も待ちかまえていると言える。一つは自民党内の保保連合の動きと消費税見直しの動きであり、もう一つは第三極新党の形成とそのあなどりがたい動向である。 9/4、梶山官房長官は、安保、経済などの政策で一致できれば、「選挙後の展望として、大きな方向でイデオロギーが違わないなら救国内閣を作っていい」と発言したのである。この梶山氏の語感には「新進党の小沢氏との保保を匂わせるニュアンスがある」として亀井静香組織広報本部長が「真意をいぶかる。これ以上の選挙妨害はない。小沢氏との保保連立で動く議員は10人もいない。500%ありえない」と反論した。与野党の底流で、すでに首班指名をめぐる暗闘が始まったことは確かだといえよう。
さらに同じ9/4、自民党議員グループ「改革を進める会」(会長・深谷前自治相)は「国民の理解が得られるまで消費税率の引き上げを凍結する」という意見書をまとめたのである。これには衆参議員23璉、代理25人が参加している。深谷氏は記者会見で「行革をせずに当たり前のように消費税をアップするのはいかがなものか」と述べ、亀井静香組織広報本部長も「党内のさまざまな意見を抑えつけるべきではない。引き上げを一度決めたら二度と変更しないのでは弾力性がない」として「凍結」の検討を言い出し、野中幹事長代理も「世論調査を見ると消費税率引き上げへの抵抗は強い」と同調(9/3自民党役員連絡会)している。
本来こうした場合、庶民の立場から最も敏感に反応すべき社民党は、これに対し村山党首が「与党内の足並みを乱すような発言が出るのはいかがなものか」として「凍結」論を批判する有り様である。6850億円の住専予算処理でも、武村さきがけ党首と共に「もうきまったことだから」と原案での成立にこだわり続けたあの立場である。

<<第三極「民主党」の登場>>
開口一番、「政治は愛です!」「リベラルとは愛です!」などと言い始めて新党論を語り、「母に、弟と一緒の党になったらと言われた」と、鳩山御殿での恒例の花見会で、こんな発言をする鳩山由紀夫氏の、細川氏に劣らぬ若殿様ぶりは、第三極新党への期待を大いに冷ましてしまったといえよう。ハト派、リベラルを自認する鳩山氏が、改憲・軍拡論者である新進党の船田厳氏との連携を突如発表し、自民党へ戻りたい船田氏の本心に疑問が呈されると「船田はどうでもよい」と一転する。「武村氏は排除する」というのは、弟の邦雄がそう主張するからだと言い切る。離党届を出す弟が笑顔で新進党幹部に送り出されて新党の舵取りをしようという構図は、どう見ても小沢一郎氏のシナリオであろう。小沢氏の非民主的手法を批判して、羽田政権を離れた鳩山氏が、こうした日替わり発言や一貫性の欠如、言動の矛盾によって、めまぐるしい迷走経路をたどってきたことが、第三極への大きな結集を妨げてきたといえよう。しかしそれもここにきてようやく、菅直人氏の登場によって「仕切り直し」が行われ、民主党の結成が提唱され、その基本理念と基本政策が発表されるに至った。
その基本政策では、「戦後生まれ・戦後育ちの世代」が政治の中心を担う世代交代の促進を前面に打ち出し、「日本社会はアジアの人々に対する植民地支配と侵略戦争に明瞭な責任を果たしていない。元従軍慰安婦などの問題に対する深い反省と謝罪を明確にする」ことを明らかにし、「沖縄に過度に集中している米軍の施設・区域の整理、縮小に勢力的に取り組む。在日米軍基地は、国際情勢の変化にともない「常時駐留なき安保」をも選択枝の一つとした平和の配当を追求する」こと、「共生型市場経済」、環境立国の立場の明示、人権基本法制定を含めて総合的「人権保障プログラム」の策定、等々を掲げている。
新党がここで大きく勢力を結集し、その政策実現への道筋を明確にし、自民、新進保保連合勢力に対するより大きな第三極を形成するならば、連立・連合政権の主導権を確保することは十分可能であり、日本の政治の活性化につながることは疑いないといえよう。(生駒 敬)

【出典】 アサート No.226 1996年9月21日

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【投稿】「OutDoor」は「自然破壊!!」

【投稿】「OutDoor」は「自然破壊!!」

最近気になることを書いてみる。季節柄レジャーシーズンであり、夏のキャンプシーズン真っ盛りである。私も自称アウトドア派ではあるが、最近のブームにはとても批判的である。まずは、気になることを羅列してみよう。

<自然破壊するオートキャンパー>
最近のくるまを言えば、バブルの頃の高級車ブームは去り、今や自動車産業を支えているのは、RV車といわれるくるまである。三菱のパジェロに始まり、トヨタのサーフ、ホンダのオデッセイ、スバルのレガシー(愛車でもあるが)など、若者の買う車の半分以上はRV車になっている。さらに子どもが小さいファミリーでは、1BOXカーといわれる8人乗り程度の車、トヨタのハイエース、エスティマ、マツダのフレンディなど小旅行、キャンプ向きの車が絶好調である。
私は、和歌山の紀ノ川(上流は吉野川)など、夏の休日になると、河川敷はオートキャンプする車でぎっしりの状況になっている。キャンプは楽しい、それはいい。しかし、人が去った後はゴミだらけである。空缶から生ゴミから、そして排気ガスも出し放題。キャンプに来てまで、アイドリングでカーエアコンを付けっぱなしにするものも多い。
バブルが去った頃から、旅館・ホテルに泊まるよりキャンプの方が安上がり、そして「自然と触れる」ということで、こうしたオートキャンプブームがやってきたわけだが、やっていることは「都市のゴミ出し放題」を「田舎」に持ってきただけのことであった。
「キャンパ-は環境保護派」ではなく、自然破壊派と知るべし、なのである。
そもそも日本で四輪駆動車(4WD)が、寒冷地などを除いて本当に必要か、ということにもなる。悪路を行くというのはロマンだが、海岸を走り回ってウミガメの卵は踏み潰す、というような状況で、「私はアウトドア派」なんてことは、マッピラという心境である。

<ペット容器も捨て放題でいいのか>
車もそうだが、キャンプに付き物の「食料・飲料」も問題だ。キャンプ用の調理器具(コンロ、ガソリンバーナー)も充実してきたのは良いが、たいていのキャンパーは家庭での料理を持ち込めるようになった。当然ゴミは増える。キャンパーの掟は、ゴミは極力出さない、出たゴミは持ち帰る、ということだ。10年前ならキャンプ用品は一部のスポーツ店で登山用品の一部として売られていた。現在はどこの街にもあるDIYショップで安価に売られている。レトルト食品の袋などのゴミ、ジュースなどの缶、ペットボトルはキャンプ場にあふれている。
観光誘致でオートキャンプ場が各地にできているが、「容器包装リサイクル法」ができて、各自治体は分別収集、リサイクルが義務付けられる状況の中で、これら観光地の自治体は、こんなマナーの悪いキャンパー達を受け入れたことをいつか後悔するに違いない。

<自然保護するキャンプを提唱すべき>
これらマナーの問題は、アウトドアが国民に受入始めたころ、雑誌はよく取り上げていた。新参キャンパーの行儀の悪さはよほど目立ったからだ。
私も、ワンゲル派ではなく、せいぜい15年前に創刊された小学館の「BE-PAL]という雑誌を創刊号から読んで、「自然に包まれる暮らし、一時」を楽しんでいる「旧アウトドア派」だ。しかし、5年ほど前から購読を止めた。紙面のほとんどがキャンプ用品の宣伝・紹介で占められるようになったからだ。そのものずばりの「OUT-DOOR」という雑誌に替えてみたが、それも間もなく同じ傾向になったために止めた。「FIELD&STREAM」というのが残ったが、余りに硬すぎて今年2月に廃刊となっている。
・・・・というわけで私は最近キャンプに行っていない。(忙しいのも一因だが)こんなブームはいつか去ると願いたいが、景気も悪いし、とりあえず安上がりで、自然と触れ合えるオートキャンプブーム、RVブームは終わりそうにないようだ。だからこそ、「自然保護する、自然破壊しないキャンプ」を考えるべきである。欧米では、キャンパーは絶対に食事の残り物は、野山に残さない。それを食べる動物の食物連鎖が崩れ、動物の健康を壊し、また自然環境を壊すことになるからだ。
もちろん、休暇が限られる日本の勤労者の行動が集中するのは、個人に責められることではなく、社会システムに問題があることは当然であり、施設が追いつかない「余暇社会」の現実もわかる。
しかし、ゴミを捨て河原を荒らしているのは、一人ひとりのキャンパーであることは変わらない。
(追記:優良なキャンパー、カヌーイスト諸君が総結集する今年の長良川ダムサミットは9月14・15・16日に現地長島町で開催されます。詳細を知りたい方はアサートのNIFTY-IDまでご連絡ください。資料をお送りします。郵送しますので住所を忘れずに 960818 佐野)

【出典】 アサート No.225 1996年8月24日

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【投稿】「教育改革」の今、考える

【投稿】「教育改革」の今、考える

「学校基本調査 登校拒否の児童・生徒は8万2千人」の新聞記事に、職業柄、目が留まった。平成7年度、「学校嫌い」を理由に30日以上、学校を欠席した小学生は1万7千人、中学生6万5千人で、過去最高を記録したことが、文部省が7日まとめた8年度学校基本調査の結果で分かった。小学生は前年度より8百人、中学生は3千3百人それぞれ増加した。全児童・生徒数に占める割合は、小学生0.2%、中学生1.42%で、前年度と比べ、それぞれ0.02ポイント、0.1ポイント上昇した。(日本教育新
聞) 全国的に、児童・生徒が減少し続けている中での「増加」である。絶対数は減っているのに、「登校拒否」者は増え続けているのである。ここに、問題の深刻さがある。 「文部省は15日、深刻化するいじめや不登校(登校拒否)問題で子どもたちの相談をしている『スクールカウンセラー』の派遣対象校を、現行の全国約5百校から来年度は約千校に倍増する方針を固めた。子どもの心理を把握し高度な専門知識に基づいて適切な助言を与えることができるため評判が高く、現場から派遣を求める要望が強かった。いじめ問題では、地域や家庭を巻き込んだ対策を進めるため、全国の主要都市で市民参加型のいじめ問題の討論会を開くことも決めた。」そうだ(朝日新聞、8/16朝刊)。行政サイドでそれなりの対策を講じているが、成果はいか程のものか・・・。いささか疑問である。
先ず、不登校(登校拒否)者の数については公表されたが、その実態については分からない。個人のプライバシーの問題もあり、詳細には発表できかねるとは思うが、なぜ不登校(登校拒否)状態になっているかの真摯な分析なくして、的確な対策は立てられない。せめて、前年度より増えた分だけでも、一つのデータとして公表し、当事者や関係者のみならずみんなで考えるいけるチャンスをつくる方がよい。学校だけで取り組んでも、事は何ら好転しないばかりか悪化の一途を辿っているのだから。
「市民参加型」を提唱するならば、もっと情報を公開する必要がある。これまでの事例だと、「いじめ」問題が起きた時、学校側は教育委員会に報告しても、当事者の保護者にはいろいろな事実を知らさず事を処理しようとして、保護者が学校に対し根強い不信感を持つに至るケースが多い。「参加型」とか「地域に開かれた学校」とか、「教育改革」の大スローガンの下、教育現場で叫ばれているが、実態をどうつくるのかが問題だ。
「市民参加」の前に、「子ども参加」「生徒参加」を実現させたいと思う。「子どもの権利条約」が批准されて日が経つが、子ども自身の条約なのに、条約の存在そのものを知らされていない子ども達がまだまだ多い。「個を育てる教育」、これも昨今の流行教育用語だが、「個」を育てる近道は、自分達の学校をどうつくっていくのか考える段階から「参加」させていくことだと、私は固く信じている。しかし、そう考えない、というより、考えることができない「頭の固い先生」が非常に多い。「先生は教師」との信条が染み着いているのである。「荒れている」学校ほど、子ども達自身に「再建計画」を練らしたらよい。必ず良いものが出てくるはずだ。茶髪を黒に染め直すことや、つまらない授業を棚に上げて私語を注意する等、本末転倒に近い「教育」にエネルギーを使い果たすのではなく、「子どもの権利条約」の本道に立ち帰ろう!
(大阪 田中雅恵)

【出典】 アサート No.225 1996年8月24日

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