【本の紹介】「教育費破産」を読んで—現代の大学事情を知る

【本の紹介】「教育費破産」を読んで—現代の大学事情を知る
           安田賢治 著 祥伝社 発行 2016年11月 760円+税 

 本書は、大学進学に係る費用や奨学金、国立と私学、都市圏と地方の大学などを比較しつつ、教育費によって学生や家族が大きな負担を強いられている現実を描き出そうとしている。ただ、私が興味を持ったのは、自分の学生時代と比較して、様変わりする現実であろう。
 特徴的な変化を挙げてみよう。まず、大学進学率の変化である。1976年に、大学・短大・専修学校への進学率は、42.7%であった。2015年には、それが79.8%に上昇、8割が進学している。その5割が4年制大学に進学する。大学進学者は、60年前に10人に一人、30年前に4人に一人、そして昨年は2人に一人、と急激に増えている。一方、短大進学者は1996年をピークに急落。女子の4年制志向が強まっているためである。
 進学希望に応え大学数も増え続けた。1956年大学は228校、65年は317校、73年405校と増えつづけ、2003年には702校、2015年には779校となった。
 一方、大学進学者は増加しているものの、少子化の影響もあって定員割れの私学を増加させ、「大学で中学校の授業をしている」ような状況も生まれているという。受験生が最も多かったのは、1992年で18歳人口は205万人、それが2015年は120万人に減少。大学志願者も92年は92 万人、入学者は54.2万人いたが、2015年は志願者66.2万人、入学者は61.8万人。大学が入りやすくなったと著者は語る。
 
 次の特徴は、大学進学にかかる費用負担の増加である。
 国立大学の初年度納付金は81万7千円、私立大学のそれは、文系の130万円弱から、医学系の700万前後まで、かなり相当高額になっている。こうした費用負担の増加の影響と世帯収入の減少から、「浪人」しても志望校をめざすということが減少しているという。「志願者から入学者を引いた浪人候補者数は、92年には37.8万人だったが、昨年は4.4万人にまで激減している。」
 また、学生運動が沈静化した1970年代後半以降、学費は毎年のように値上げされてきた。1990年代以降は、少子化と世帯収入の減少という状況を受けて、値上げ幅はやや横ばいとなり、国立大の場合、2005年以降値上げが行われていないという。
 進学させる家族の経済状況が厳しくなり、一部の難関大学や医学部系を除くと浪人しても志望校へ、という流れは減少し、浪人せずにランクを下げても入学するという傾向が強くなっている。近年、大きな予備校が閉校するという報道があったと記憶しているが、背景には「浪人」の減少があるようだ。
 「夜学」も減少している。志願者も減り、夜間学部の閉校が続いたためだ。ともかくも大学が入りやすくなったことが原因のようだ。
 
 勤労世帯の収入は、減り続けている。その中で、大学進学をめざそうとすれば「奨学金」に頼らざるをえない。しかし、高い学費の私学進学で下宿ともなれば、卒業時に多額の借金を背負うことになる。
 「国税庁調査による給与所得者の2014年の平均年収は415万円、国立大学の初年度納入金は81万7千円であり、年収の20%にもなる。私立大文系だと31%、私立大理系だと39%で、ほぼ4割になる。」30年前は平均年収320万円で、国立大の初年度納入金は、年収の14%であり、「年収は増えているものの、それを上回る学費の高騰ということがわかる。」
 そこで、奨学金に頼らざるをえない。奨学金には2種類ある。給付型と貸与型である。給付型は、大学が優秀な入学者に給付するわけだが、返済不要であり、私立大に数多く設けられている。貸与型が充実しているのが、神奈川大で、文系で年間100万円、理系で130万円、自宅外通学者にはさらに年間70万円が給付され、4年間で最大800万円になる。ただし、入試成績、進級時の成績点検など、4年間給付されるためにはハードルも高い。
 一方、貸与型では、独立行政法人日本学生支援機構(JASSO 旧日本育英会)の奨学金制度がある。無利息と利息付があるが、第1種の無利息型では私学で自宅外の場合、最大で6万4千円もらえ、4年間で総額307万余になる。18年間の返済で月14,222円を返済する。一方第2種の利息付では、最大月12万円、4年間で576万円、返済は20年利息込みでは総額614万円余の返済が必要となる。(実質金利ベースの場合)
 一方、返済滞納者は、2015年調査で17万3千人、4.7%となっている。2011年調査からは改善されているも、返済に苦しむ卒業者は多い。経済が右肩上がり、年齢と共に給料の増える時代ではない。卒業後も転職や失業、不安定就労の可能性も高い。経済が激変している以上、貸与型の奨学金制度は制度疲労を起こしていると著者は指摘する。
 
 次に著者が指摘するのは、進学先の傾向である。
家計の困難が増す中、より費用の掛からない方向へのシフトが強まっている。国公立大志向、地元公立大学志向が強くなっている。また、看護学科は、受験人口ピークの1992年には全国9大学だったが、「今や全大学の3校に1校、250大学以上に設置」されるようになり、全国47都道府県にある。看護の高度化も関係している。
 同様の傾向だが、首都圏では主要大学の「関東ローカル化」が進んでいるという。文科省調査によると、2005年の東京の大学への1都3県(東京・神奈川・千葉・埼玉)からの入学者は約8万2千人、東京の大学の全入学者の63.5%だった。2015年になると2万人増えて10万2千人、68.4%となった。特に私立大学のそれは69.2%で全大学よりも比率が高い。地方から下宿をさせても都市部の大学へ行かせることができる世帯というのが少なくなってきているということであり、地方で地元大学志向が強まっていると考えられる。

 教育費3000万円の時代と言われている。保育所・幼稚園から大学卒業まで、多額の費用が掛かる。本書第5章は「学歴をお金で買う時代――格差の再生産」と題されている。
本書は、大胆な問題提起をしているわけではない。ただ、丁寧に現在の大学教育をめぐる現状を描き出し、家計と費用の面から現状の大学進学がどのように選択されているか、奨学金等のリスクなどを明らかにしている。著者が、長く大学関係出版社に携わった方であり、事情にくわしい。「教育費破産」という題名は少々刺激的だが、こうした情報の積み上げにより、格差と貧困が進む日本の大学事情を明らかにしていると思われる。まだ学齢期の子供を持つ世代にとっては、大学情報満載の書でもある。
 本書を取り上げたのは、学生運動が元気だった時代を考える時、大学そのものの変化を見る必要があると考えたからでもある。そういう意味で現代の大学事情を俯瞰できる書とも言えると思うのだが。(2017-03-21佐野)

【出典】 アサート No.472 2017年3月25日

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【投稿】安倍価値観外交の新局面とオルタナティブファクト

【投稿】安倍価値観外交の新局面とオルタナティブファクト
             ―排外主義・人権軽視・ポスト真実―

<経済問題は先送り>
 安倍訪米に先立つ2月3日、韓国訪問を終えた国防長官マティスが来日した。
 同日の安倍との会談でマティスは「尖閣諸島は安保条約5条の適応範囲」「この地域での日本の施政権を損なう様ないかなる一方的な行動に反対」と述べ、従来のアメリカ政権の立場を踏襲することを明言した。
 大喜びの安倍は「日本の防衛力強化と役割拡大」「普天間基地の辺野古移転推進」と大盤振る舞いを約束し、早速6日には辺野古での本格的な海上工事を開始するなど、宗主国のご機嫌をとる植民地の現地吏員ばりの動きを見せた。
 今回の日韓歴訪を日本政府はアジア重視の表れとしているが、16日からのNATO国防相会議は既定方針であり、スケジュール調整の範囲内であろう。尖閣問題については、オバマ政権と同一の見解が示されたにすぎないにもかかわらず、トランプ政権がかました事前のハッタリに見事に引っかかったのである。
 翌日稲田は稲田で、自分とマティスの似顔絵が包み紙にプリントされた「バレンタインチョコ」をプレゼントするなどまたしても軽率さを発揮した。これに対しマティスも「私は1972年、少尉の時日本に赴任した。稲田大臣の生まれるずっと前と思うが」と1959年生まれの稲田に対し、歯の浮くようなお世辞を言い、在日米軍に関する経費の負担増は求めないことを明らかにした。
 こうしたなか3日ハワイ沖で、日米が共同開発を進める弾道弾迎撃ミサイルの発射実験が成功し、軍事同盟強化を祝福する花火となった。一連の会談で、日米首脳会談の懸案の一つである安全保障問題の地ならしが行われ、肩の荷が半分降りた形となった安倍は、4日にはゴルフに興じ首脳会談に備えた。
 これに対し中国政府は、米韓でのTHAAD配備推進という事態も踏まえ、東アジアでの日米韓軍事同盟の強化に懸念を示しが、トランプは安倍訪米直前の9日、習近平と電話会談を行い「一つの中国」という中国の主張を尊重するアメリカ歴代政権の見解を踏襲すると述べた。
 「一つの中国政策の見直し」というハッタリを、成果なしに自ら取り下げた形となり、日本に対する対応との違いが際立つこととなった。政府専用機上でこの知らせを聞いたであろう安倍は11日、ホワイトハウスに到着し、のっけから「19秒の握手」というトランプ流の術中に嵌った。しかし結局日米首脳会談は、米墨がドタキャンされたため、イギリス、ヨルダンに続く3番目となり、1989年、ブッシュ初会談に臨んだ竹下登を超えることはできなかった。
 こののちフロリダのトランプ別荘でも行われた一連の会談は、友好、親善のみが強調されたものとなった。経済問題については協力関係の推進は確認されたものの、具体的な課題は話し合われることとなく、日米経済対話を設け「麻生―ペンス」ラインに丸投げされる形となった。
 軍事同盟に関しては、共同声明でも先のマティス訪日で協議された内容を確認することに止まり、インパクトやサプライズは無しで終わるかに思えた。しかし一連のイベント最終日、皮肉なことに北朝鮮が弾道弾発射という祝砲をプレゼントし、緊急の共同会見で結束をアピールできたと言うおまけがついた。
 政府与党、官邸は今回の会談をほとんど手放しで評価しているが、トランプは為替や貿易不均衡の問題を言わなかっただけで、「一つの中国見直し」のように撤回はおろか修整したわけでもない。
 
<「トモダチはアベだけ」>
 今回トランプが対日要求を控え、安倍を破格の厚遇で迎えたのは、政権の態勢が整わないことと、就任直後からの強引な政策で、政権を取り巻く状況が急激に悪化したことが要因であろう。
 経済問題については、トランプ政権の体制が整い、経済対話が始まればFTAを含めた要求が出てくるだろう。後者については、中東、アフリカ7カ国からの入国禁止措置が決定的であった。アメリカ国内の反発はもちろん、多国籍企業やドイツ、フランスイタリアなどG7各国首脳、国連、からも批判や懸念の声が上がった。
 初の首脳会談を行ったイギリスのメイも帰国後議会で批判を浴び、間違っていると述べざるを得なかった。安倍の次にトランプと会談したカナダのトルドーはトランプ流の握手を巧みにいなし、「多様性こそ重要」という主張を貫いた。
 こうした中、安倍は国会の答弁でも「コメントは差し控える」の一点張りであり、事実上トランプの措置を容認していることを示した。これに対し「日本は従前から移民、難民の受け入れに消極的だから」との声もあるが、旅行や商用、親族訪問、グリーンカード保持者の再入国も止めるのは次元の違う問題である。
 国内外で四面楚歌の状況にあるトランプにとって、唯一ともいえる理解者として登場した日本の総理を、破格の厚遇で迎えたのは当然である。それを臆目もなく喜々として受け入れる安倍は、同じメンタリティを持つと思われても仕方がない。
 以前安倍は「オバマと私はケミストリーが合う」と言いながら盛大に外した。今回はトランプが「アベとはケミストリーがあう」と言ってくれている。安倍もウマが合うと言っているが、ロディオの暴れ牛トランプの背中に必死にまたがるカゥボーイのようでもある。
 真実に依拠せず、自分の思い込みに依存する政治手法や、一連の政治主張、国内外政策において二人の一致するところは多い。安倍は3月にもトランプの代弁者のごとく訪欧しメルケル、オランドと会談する意向というが、それぞれの国内でトランプとの連携を図る「ドイツのための選択肢(AfD)」や「フランス国民戦線(FN)」と対峙する二人に何を話すのか。安倍とウマが合うのはルペンらの方であろう。
 今回の訪米は、安倍がトランプという「トモダチ」を得て排外主義・人権軽視・緊張激化・自国第一を軸とする自身本来の価値観外交に踏み出した第一歩となったと言える。

<ポスト真実の先駆者>
 翻って、先進国の国内政治におけるポスト真実の世界的先駆者は、まぎれもなく安倍であろう。訪米に先立つ2月3日、衆議院予算委で民進党からトランプへの手土産にGPIFの年金資金を持参するのか、と問われ「私には権限はない、そんなことを約束したら詐欺だ」と反論、7日にも重ねて追及されたところ色をなして「デマだ」と逆切れを起こした。
 この問題は経産省のリークで、GPIF所管の厚労省、経済問題の対米窓口である財務省とも未調整だったと言われており、9日なって世耕が麻生に対して弁明を行った。
 しかしそれは省庁間の問題で、官邸内でこの絵を描いたのは経産省出身の総理秘書官と言われており、安倍が承知していないはずがないのである。この間の論議は手続き論に終始しており、年金資金投入自体の是非については示されておらず、今後「私に権限はないがGPIFが投入を決めたので尊重する」と白を切るだろう。
 さらに2月1日の同委員会では南スーダンの自衛隊派遣部隊で死傷者が出た場合、辞任する覚悟はあるのかと問われ、安倍は「その覚悟を持たなければならない」と大見得を切った。
 しかし、8日の同委員会で昨年7月「ジュバで戦闘」と記した派遣部隊の日報を、防衛省が隠蔽していたことが発覚した。
 ジュバでの事態について、現地部隊は軍事常識として日報に「戦闘」と記載した。政府軍と反政府軍で戦闘が発生すればPKO5原則が瓦解、それでも部隊が撤収しなければ憲法9条に抵触する。そのため稲田は答弁で「法的な意味での戦闘ではなく武力衝突」と食言した。
 その稲田自身、報告を受けたのは日誌データ発見から一月後の1月27日であり、制服トップの統幕長も知ったのは25日というお粗末さである。今回の事態はアフリカ大陸へのプレゼンスを巡る中国への対抗から「一旦派兵すれば撤退しない」という帝国陸軍を思わせる官邸の意向を忖度した防衛官僚と、権益擁護に汲々とする一部制服組の結託が引き起こしたと言える。
 戦闘という事実はなかったことにされ、武力衝突という「オルタナティブ・ファクト」が独り歩きし、情報公開と文民統制は蔑ろにされた。今後も「不都合な真実」は次々と出てくるであろう。
 その第1弾が「国有地払下げ問題」である。大阪府豊中市にある国有地が不当な廉価で「神道教育」を謳う学校法人に払い下げられた。法人は、安倍昭恵さんを名誉校長に戴き「安倍晋三記念小学校」設立を目論んでいた。 
 安倍は2月17日の衆院予算委で興奮しながら「私や妻が関わっていたのなら、首相も議員も辞める」と述べることで、かえって売買は問題だと認めてしまう事態となった。
 こうした暴政、失政、不祥事に対する反対の声を押しつぶすため、安倍政権は共謀罪の成立に躍起になっている。安倍は同委員会で「正当な団体でもその目的が犯罪の実行となった場合は取締りの対象となる」と、共謀罪の適用範囲を恣意的、無制限に拡大する可能性を明らかにした。
 安倍は繰り返し「テロ等準備罪」が無ければ東京オリンピックが開催できないと言っているが、テロと無関係な人々の入国を禁止する暴挙を肯定するかのような振る舞いこそ、オリンピックにとっては有害であろう。
 共謀罪の最大の標的は沖縄の反基地運動である。沖縄平和運動センターの山城議長は「威力業務妨害罪」等で逮捕された後、約4か月の長期間拘留され続けている。これは事実上の予防拘禁であり、共謀罪が成立、施行されればこうしたことが常態化され、全国の市民運動、さらには労働運動に拡大される危険性がある。
 安倍政権は国会での論議を踏まえないまま、3月10日にも閣議決定を目論んでいる。真実を伝え、広めようとする動きを封殺し「偽りの事実」を社会に蔓延しようとする動きを押しとどめなければならない。(大阪O)

【出典】 アサート No.471 2017年2月25日

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【投稿】「廃炉」なんてできっこない。「石棺」も無理だ

【投稿】「廃炉」なんてできっこない。「石棺」も無理だ
                            福井 杉本達也 

1 ロボットも動かない福島第一原発の過酷な高放射線環境
 東電は2月9日、福島第一原発2号機の原子炉格納容器内に2日に投入した自走式ロボットで撮影した画像を分析した結果、内部の空間線量が毎時650シーベルト(Sv)と推定されると発表した。人は7Svの放射線を浴びると確実に死亡する。650Svはこの100倍にあたる。現場に数十秒でも留まれば死んでしまう。とても作業できる空間ではない。線量計が唸りだしても逃げ出せずに死んでしまう。また、2月16日にもサソリ型ロボットを投入し、溶融した核燃料のデブリなど現場の状況を撮影しようと試みたものの途中で動かなくなり、ロボットを現場に放棄せざるを得なくなった。ロボットは高放射線量の空間でも作動するよう放射線防御された機器であった、予想を超える放射線量で機能を破壊されたようである。こうした空間に人間が近づくことは不可能である。ちなみに、原発運転停止直後の核燃料棒表面の放射線量は数万~10万Svといわれる。今回の650Svは空間線量を推計したものであるが、停止直後に近い溶けた核燃料が近くに存在することを意味している。
 原子炉格納容器を設計していた元東芝技術者の後藤政志氏は「この高線量では、ロボットに使われている半導体やモーターがやられてしまうので、2時間程度しか動かせず、限定的な調査しかできません。もっとも、仮に線量がもっと低くても、ロボットが正常に動くかは分からない。あれだけの過酷事故を起こしておいて、簡単に廃炉までたどりつけると思う方が間違っています。今回の内部撮影によって、政府と東電の廃炉スケジュールが完全に破綻したことが露呈しました」と述べている(日刊ゲンダイ:2017.2.4)。

2 机上の空論:原子力損害賠償・廃炉等支援機構(東電)の「廃炉戦略プラン」
 事故後の2011年末に発表された廃炉工程表では、2年以内に1~4号機の貯蔵プールにある使用済み燃料の取り出し作業に着手、1~3号機の溶融燃料は10年以内に取り出し作業を始め、30~40年後に施設を解体撤去する廃炉が完了するというものだった。この間、使用済み核燃料棒を取り出せたのは、4号機貯蔵プールのみである。1~3号機では建屋内の線量が高すぎて人間が近寄れない。しかも溶け落ちたデブリがどんな状態で、どこにあるのかさえ分からない。その後何度も計画は変更され、2016年7月13日『廃炉のための技術戦略プラン2016』が最も新しいものである。同プランでは溶け落ちた核燃料デブリをどう取り出すかについて、「燃料デブリ取り出し工法の実現性の検討」の中で、①原子炉格納容器の上部まで完全に冠水する「完全冠水工法」、②水位を格納容器上部より下とした状態で燃料デブリ取り出しを行う「冠水工法」、③空冷による完全気中で行う「気中工法」を上げているが、膨大な放射線量を防いで作業するには、水を満たして放射線を遮るしかない。「冠水工法」は米スリーマイル島原発事故での実績もある。しかし、福島第一原発では、圧力容器がメルトダウンして底に穴が開き、恐らく格納容器も溶かして、原子炉建屋の地下に「メルトアウト」している可能性が高い。ようするに水が溜まらないのである。水が溜まらなければ「冠水工法」は使えない。同プランでは2号機の最大放射線量を73Svとして、作業を計画してきたが、その10倍近くの放射線量ではいかなる工法でも不可能である。

3 「メルトダウン」・「メルトアウト」を何としても認めたくなかった政府・東電
 2月2日のロボットによるカメラ撮影について後藤政志氏は「東電が公開したカメラ映像では、原子炉の真下に大きな穴が開いている様子が見えました。核燃料が圧力容器を破って外に漏れ出たことは間違いありません。ただ、それは、われわれ専門家が事故当初から指摘していたこと。東電や政府はなかなか認めようとしませんでしたが、メルトダウンは大前提なのです。今回、メルトダウンした核燃料が原子炉圧力容器を突き抜けて、外側の格納容器に漏れ落ちるメルトスルー(溶融貫通)が起きていることは裏付けられた。圧力容器を破るほどの核燃料では、格納容器はひとたまりもありません。圧力容器は70気圧に耐えられるよう設計されていますが、格納容器の設定はわずか4気圧です。建屋のコンクリート壁にいたっては単なる覆いであって、超高温のデブリ(溶融燃料)による浸食を防ぐことは難しいでしょう」核燃料が原子炉建屋の床を突き破る「メルトアウト」が起きている可能性は高い。これが地下水に達していれば、いくら循環冷却しても放射性物質の拡散を防ぐことはできない。チャイナシンドロームが進行中のような惨状下にあると考えるべきだろう」と述べている(同上:日刊ゲンダイ)。
 「メルトダウン」・「メルトアウト」し地下水と接触していれば、もはや安倍首相のいう「アンダーコントロール」とはいえない。政府が福島県内で進めている「避難指示区域」を解除して住民を帰還させようとすることなどはもってのほかである。もちろん震度6程度の地震などがあればいつ崩壊するかもしてない危険な施設の隣で「東京オリンピック」などできるはずはない。

4 「石棺」もできない
 「石棺」とはウクライナのチェルノブイリ事故の4号機のように巨大なシェルターで事故を起こした原発と建屋全体を覆い、放射能が外部に漏れないようにすることである。チェルノブイリ事故から30年、当初のコンクリート・鉄板製「石棺」が劣化し放射能が漏れ出ていたため、2016年11月に1,780億円をかけて鋼鉄製のシェルターが完成している。
 チェルノブイリの場合も、溶融した燃料が土台を溶かして地下水に入るという恐れがあり、探鉱夫の決死隊が突貫工事で地下にも坑道を掘り、冷却のため液体窒素で充填する対策が考えたが、幸いにも溶融燃料は途中で止まり地下水と接触することを防いだので、シェルターとしての機能を一応果たしているが(新潟県広報:泉田知事現地調査報告書 2015.11.27)、福島第一原発の場合には、抜け落ちた溶融燃料の一部は地下水と接触し、地下水に溶けだし続けている。その一部は太平洋に流れ込み続けているし、一部は汚染水タンクにたまり続けている。福島第一原発の敷地内は1,000基もの汚染水タンクで埋まっている。もうこれ以上敷地内に増設する余裕はない。規制委の田中委員長のいうように太平洋に垂れ流すか、原発敷地外の「帰還困難区域」にタンクを増設するしかない。しかし、太平洋への放出は国際的に許されないであろう。
 「石棺」化をするには、まず大量に流れ込む地下水を遮断しなければならない。しかし、凍土壁では遮断に失敗している。また、デブリを冷やす目的で大量の水を注入し続けている。これも乾式(空気)冷却に移行するする必要がある。さらに問題なのは地下である。地下空間は誰も近づいたことはない。もし、650Sv前後の放射線量に汚染された土壌があるならば、そのようなところに坑道を掘り、対策を行うことなど不可能である。チェルノブイリのような決死隊すら組むことはできない。つまり、上はシェルターで覆ったように見えても、地下は放射能が筒抜けの状態でどんどん太平洋に流れ込むのである。
 この「石棺」について上記戦略プランにおいて「なお、チェルノブイリ原子力発電所4号機の事故に対して取られた、通称“石棺方式”の適用は、原子炉建屋の補強などによる当面の閉じ込め確保に効果があるとしても、長期にわたる安全管理が困難である。」という表現で否定的にふれた個所があるが、林幹雄経済産業相は、「誤解を招かない表現に修正するよう機構に指示した」と明らかにしたとし、また、 内堀福島県知事は、石棺への言及について「福島県民は非常に大きなショックを受けた。(住民帰還などを)締めることと同義語だ」と強く非難した(福井:2016.7.16)。我々は、放射線からの隔離=住民の安全よりも、住民の強制帰還=住民の被曝を優先するとんでもない政府・自治体首長を持っていることを恥じなければならない。また、この政府の大本営発表を何の疑問も差し挟まず、汚染水のように垂れ流すマスコミの報道をも恥じなければならない。

5 「廃炉」なんてできない。現実を見据えるしかない
 ガンダーセン氏は「汚染水問題により福島第一廃炉は、チェルノブイリ廃炉に比べ100倍複雑性増しており、費用も100倍かかる」と警告する。その上で、「①日本人はまず、福島第一廃炉を30年で終えることは不可能であり、100年超はかかるということを自覚するべき。②福島第一から流出するプルトニウムを含む汚染水は今後数十年間に渡って継続する。地下水の浸食は止まらない。」という(http://www.fairewinds.org/nuclear-ene)。
 福井県では高速増殖炉「もんじゅ廃炉」決定や美浜1,2号機、敦賀1号機廃炉で県や敦賀市・商工会議所主導で「廃炉ビジネス」を推奨する動きが見られるが、もんじゅのMOX燃料は人間が取り扱えるまでに100~数百年の年月を要すると言われており、また、冷却媒体である液体ナトリウムは原子炉を停止したままでもナトリウムを循環させる必要があり、放射能化したナトリウムの抜き取り、保管方法も処理方法もどうできるのか全く未知である。少なくとも数百年のスパンで考える必要がある。日本で数百年前は江戸時代=脇差・チョンマゲの時代である。現実を見据え数百年の期間でどうできるかを考えていかねばならない。放射線量は半減期でしか減っていかない。物理法則を無視した「工程表」は不可能であり、いたずらに労働者や住民の被曝を増やすだけである。
 30年などという数字は物理的にも工学的にも何の根拠もない。単なる楽観的「思い」だけである。自らの官僚的権益のために架空の「廃炉工程」を作り、住民帰還を奨励する自治体は即刻解散すべきである。住民の安全を守るのが自治体の役割であり、住民を強制的に帰還させ住民を余計に被爆させる自治体に存続する意義はない。政府・原子力規制委はこの期に及んでも原発再稼働・再処理維持・福島棄民・放射能垂れ流しの道を歩み続けている。しかし、国民は政府の放射能地獄への道と心中するわけにはいかない。

【出典】 アサート No.471 2017年2月25日

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【投稿】トランプ=安倍枢軸の形成をめぐって 統一戦線論(33) 

【投稿】トランプ=安倍枢軸の形成をめぐって 統一戦線論(33) 

<<政権の中心にオルタナ右翼>>
 トランプ米新大統領は、発足早々、環太平洋経済連携協定(TPP)の「永久離脱」、メキシコ国境への「壁」建設、中東・アフリカ・イスラム7カ国からの入国禁止など、性急かつ独断的な大統領令を矢継ぎ早に繰り出した。こうした大統領令連発は、投票総数で敗北し、巨大な反トランプの押し寄せる波に何としても反撃し、存在感を維持するための焦りがもたらしたものと言えよう。批判するメディアを「偽ニュース」と切り捨てて異論を封じる独善ぶり、指導力を印象付けんがための、派手な行動と裏付けも配慮も欠いた政策、大げさで挑発的な発言、こうした言動に頼らざるを得ない、トランプ氏の支持基盤の弱さの裏返しでもある。しかし、それゆえにこそ危険でもある。
 しかもトランプ政権は、1か月を過ぎてもその陣容を固められないで動揺を重ねている。側近中の側近と呼ばれ、ロシアとの関係正常化の有力な唱導者でもあり、期待されていたフリン大統領補佐官が辞任に追い込まれてしまった。モスクワとの関係改善に敵意を抱く権力内部の抗争の結果とも言えよう。
 フリン氏の辞任で、今後は首席戦略官のバノン氏が政権のかなめとなりかねない。この大統領の主席戦略官兼上級顧問を務めるスティーブ・バノンはオルトライト(オルタナ右翼)と呼ばれる思想の持ち主であることを自認している。実際、トランプはバノンを政権の安全保障政策を企画、立案する最高意思決定機関の国家安全保障会議(NSC)の常任委員にバノンを昇格させると同時に、軍関係者を同会議から降格させるなど、バノンの重用ぶりを隠そうともしていない。バノンを国家安全保障会議メンバーに任命したことで、特定のイデオロギーに偏らない国益や、国際的関心によってではなく、特定の超保守右翼イデオロギーに沿って外交政策や防衛政策が形成されかねない。
 バノンの出身で、自らが立ち上げた極右サイト「ブライトバート・ニュース」(Breitbart News)は、「オルタナ右翼」のよりどころとされ、タイム誌は、「人種差別主義、性差別主義、外国人嫌いや、反ユダヤ主義文書」を発行する代弁機関だと表現する最右派系ニュースサイトである。バノンは、フランスの極右派党首マリーヌ・ルペンを「新たな人気急上昇中の人物」と賞賛している。最も危険なのは、バノンが自身のラジオ番組で、アメリカが世界中でイスラム過激派と「戦争中」であることを繰り返し述べており、「グローバルな生死をかけた戦争」であり、「再び中東での大規模な軍事闘争」に発展する可能性が高いとしていることである。さらに、中国との戦争も迫りつつあるとも断言している。イスラム圏7カ国の入国規制をまとめたのもバノン氏である。こんな人物がトランプ政権の中心に座ってしまったことは、世界の戦争と平和にとって重大な危険性を警告するものである。

<<「3G」政権>>
 さらにトランプ政権の動揺は、国内政策でも顕著である。当初労働長官に指名したファストフード企業CEOアンドリュー・パズダは、最低賃金の引き上げや超過勤務手当に反対してきた人物、自身の企業で30件以上の安全衛生基準違反をかかえ、女性差別主義者で労働権侵害長官として問題にされ、本人が指名を辞退する事態に追い込まれてしまった。その後、トランプが選んだ2人目の候補・アレックス・アコスタ弁護士も、黒人やラティーノの投票権侵害や警官の権力乱用に加担してきた問題人物である。
 極め付きは、トランプ自身が、わが娘「イバンカ・トランプ」の商品を、大手百貨店が売り上げ不振を理由に販売中止を決めたことに、ツイッターで激怒した。それを追いかけるようにコンウェー大統領顧問がテレビ局フォックス・ニュースに出演した際に、「イバンカ・トランプ」の商品を買うよう国民に呼びかけ、懲戒処分を勧告されている。その軽率さ、利益相反どころか、公私混同ここにきわまれり、である。こうした事態に、数十人の精神衛生の専門家が、最近、トランプ大統領は「重大な情緒不安定」を示していると警告する書簡を出し、連邦議会議員テッド・ルー氏が、ホワイトハウスへの精神科医配備を義務づける法案を提出予定だという(DemocracyNow 2017/2/15)。
 トランプのヒラリー・クリントンに対する政治的勝利の核心は、いかにそれが皮相で欺瞞的なものであったとしても、トランプのスローガン=「今日、労働者階級の反撃が始まる」「アメリカは世界の憲兵になる必要はない」に集約されているとも言えよう。サンダースとは違って、ヒラリーの民主党はこのスローガンに対抗できなかったのである。
 オバマ時代の「チェンジ」「イエス・ウイ・キャン」に象徴される革新的な公約と核軍縮を目指す姿勢とは逆に、新自由主義・市場原理主義・グローバリズムによって、ウォールストリート=金融資本の犯罪を見過ごし、逆に援助し、格差と貧困、不平等の拡大を黙認し、ラストベルト=さび付いた産業地帯を放置し、軍縮に取り組むどころか、中東を泥沼化させ、無人機による無差別爆撃など戦争犯罪を前政権よりも拡大させてきた、そうしたオバマやヒラリー・クリントンの政策によって、既成政治勢力・エスタブリッシュメントを攻撃することによって、トランプは勝利を獲得したのであった。
 しかしそのトランプの「アメリカ・ファースト」も実は、新自由主義と、対テロ戦争路線を継承するものである。経済面では大資本優遇、金持ち減税、規制緩和路線であり、軍事面では「同盟国」により一層の軍拡、新たな戦争準備への加担を強要するものである。それは本質的に反労働者政策であり、オバマケア撤回に見られる反福祉政策でもある。巨大金融資本と巨大軍事機構を直接代表する人物が臆面もなくトランプ政権の重要閣僚を占めている。大富豪(Gazillionaire)、巨大証券会社ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)、将軍(General)という三つの特徴から「3G」政権と呼ばれるのも当然である。2/17、トランプ大統領は、サウスカロライナ州の航空機・軍需大手ボーイングの工場で演説し、「労働者を解雇して他国に移転する企業には重い罰を科す」と表明すると同時に、ボーイング製の戦闘攻撃機FA18スーパーホーネットなどについて「真剣に大量発注を検討している」と述べている。まさに軍需と雇用の一体化である。
 ただし前政権との決定的な違いは、孤立主義ではないかと言われるほどのナショナリズム・排外主義と新自由主義との結合である。新自由主義政策がもたらした社会的惨状や雇用の喪失、貧困の責任を、おしなべて移民やマイノリティ、ムスリムに押し付け、憎悪を煽る。外国人憎悪、白人至上主義的な言辞や移民排斥の動き、マイノリティに対する暴力がトランプ政権の登場とともに大っぴらに闊歩しだしている。返す刀で、ウォール街占拠運動など、民衆運動の高揚と排外主義・人種差別・女性差別に反対する大衆運動、民主運動の存在を封じ込める、そのための反動・反革命としてのトランプ政権の登場とも言えよう。

<<「実はあなたと私には共通点がある」>>
 2/10、米タイム誌は「日本の首相はトランプの心をつかむ方法を教えてくれた。へつらうことだ」という見出しで、日米首脳会談を報道し、トランプが大統領選に勝利するとすぐさま駆けつけ、高価なゴルフクラブを進呈するなどして、いち早くトランプにすり寄った経緯を紹介し、その結果、今回の会談で手厚いもてなしを受けたと皮肉たっぷりに報じている。しかし実は、安倍政権はトランプの手法を先取りしていた、先輩格なのである。だからこそお互いに共鳴しあったのだとも言えよう。民主主義、憲法、立憲主義を公然と踏みにじる非民主的体質、ファシスト的手法、反中・反韓を煽る民族主義・排外主義は両者に共通した体質でもある。それは、安倍政権が対米従属をしているから、ごまをすり、こびへつらっているといったもの以上の、日本の帝国主義的・排外主義的・民族主義的本質から滲み出しているものである。トランプ大統領が「われわれはケミストリー(相性)も本当によい。この状況が変わることはおそらくないだろう」とも述べたが、両者の特性をよく示している。安倍首相は、米国からの兵器購入が「日米同盟の強化につながる」「米国経済や雇用に貢献する」とトランプに応じている。
 安倍首相の軽薄で醜悪な例が、2/11付産経新聞に紹介されている。

 「昨年11月の米ニューヨークのトランプタワーでの初会談で、軽くゴルフ談議をした後、安倍はこう切り出した。『実はあなたと私には共通点がある』
 怪訝な顔をするトランプを横目に安倍は続けた。
『あなたはニューヨーク・タイムズ(NYT)に徹底的にたたかれた。私もNYTと提携している朝日新聞に徹底的にたたかれた。だが、私は勝った……』
 これを聞いたトランプは右手の親指を突き立ててこう言った。『俺も勝った!』
 トランプの警戒心はここで吹っ飛んだと思われる」

 この記事には朝日に敵愾心を燃やす産経新聞の本音と期待も実によく反映されている。
 「私は勝った」「俺も勝った」などと言って互いに共鳴しあう姿は、世界にも例をみないほどの軽薄な本質・体質を露呈したものである。しかしこの両者の共鳴しあう新たな日米枢軸関係を笑って見過ごしたり、軽く見てはならないであろう。安倍政権は、フクシマ原発事故を契機に草の根の民衆運動が高揚、拡大し、頑迷なセクト主義に取りつかれていた共産党が野党共闘に踏み出さざるを得なくなり、統一戦線が進展し、拡大つつある現状を前にして、これを敵視し、抑圧する反動・反革命路線でトランプと共鳴しあっているのである。その路線の中心に位置し、煽られているのが排外主義・民族主義である。安倍政権はこの民族主義と新自由主義を結合させることによって、いまだに高い支持率を確保し続けている。共産党までもが「日本固有領土論」を掲げて「北方領土」「竹島」「尖閣」問題で安倍政権を叱咤激励し、「慰安婦」少女像問題をめぐっては安倍政権の高圧的・植民地主義的な駐韓大使の引き上げに何の反論も反撃さえできない、現状である。文科省は領土教育を法制化して強制する小中学校の学習指導要領改訂案を出し、厚労省は保育所の運営指針で、3歳以上の幼児を対象に、国旗と国歌に「親しむ」と初めて明記して、保育所でも国旗国歌を義務付けようとしている。
 民族主義・排外主義と闘えない統一戦線は、多様な連帯を排除するものであり、本来発揮されなければならない国際主義的連帯を掘り崩すものであり、足元を根こそぎ掬い込まれかねない危険性を内包している。野党共闘と統一戦線は、日米の新たなトランプ=安倍枢軸といかに闘うかが問われている。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.471 2017年2月25日

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【書評】『入門 被差別部落の歴史』

【書評】『入門 被差別部落の歴史』
  (寺木伸明・黒川みどり著、発行、解放出版社、2016年5月、2,200円+税) 

 「今日、いつの時代のことかと思うような差別が行われていることを見聞きしたりもします。しかし、総じて部落問題は見えにくくなっています。そうであるがゆえに、部落差別は解消しつつあり、そっとしておけばいい、何も知らせない方がいいという見方はずっと底流にあり、繰り返し頭をもたげてきます。しかしながら、近世社会には賤民身分が存在し、近代においては、『解放令』が発布されたにもかかわらず今日にいたるまで部落問題を存続させてきたという歴史的事実は消すことはできません」。
 だからこそ、中学・高校の歴史教科書にはこのことが掲載され、部落問題を直視することからは免れることはできない、と著者の一人(黒川)は指摘する。ならば、部落問題に向き合う努力が必要であり、本書はこのための手引きとなる。
 本書は、「前近代編」(寺木)と「近現代編」(黒川)の2部に分かれており、それぞれの専門家が執筆している。
 「前近代編」は、「第1章、国家の成立と身分差別の発生・変遷」から、古代律令国家、中世社会を経て、近世社会(織豊政権、江戸前期・中期・末期「第7章、近世社会の動揺・崩壊と被差別民衆」)までを扱い、それぞれの時代における被差別民衆–「賤民身分」(律令体制)、「穢多」「非人」身分(中世)、「皮多/長吏」身分(近世)等–の成立、身分制度、生業等について考察を進める。これらについてはその実態が充分に解明されていない点も多いが、著者は、諸説を紹介した上で、例えば近世部落の成立について、自説を次のように述べる。
 「筆者は、このように豊臣時代から江戸時代前記までに皮多/長吏が被差別身分として位置づけられた点が、系譜的には河原者・かわたにかなりつながっているとしても、中世において、程度の差はあれ、差別された職人身分であると推測されるところの河原者・かわたと質的にちがうところであると考え、身分差別としての部落差別あるいはそうした差別を受ける地域(被差別部落)は、この時期に成立したと見るのです。ただし、このことは、まだ十分検証されていいない研究状況なので、これはあくまで私の仮説であることに留意していただきたい」と。
 また江戸時代の身分制度についてはこうである。
 「従来、江戸時代の身分序列について『士農工商・えた・ひにん』という図式が使われていました。しかし、現在ではその図式は問題があるとして、小学校・中学校の教科書でも『士農工商』の部分は『百姓・町人』と表記されるようになってきています。筆者も、(略)『天皇–公家・武士–姓・町人–被差別身分』と表記しました」として、「士農工商」の図式の不備を指摘する。すなわちこの図式では「天皇・公家および漁師や杣人(そまびと)(林業従事者)など」が洩れてしまう。その他、僧侶・神官・医者・学者なども存在した。そしてそれぞれの身分の内でも、複雑な身分制度が存在した—-武士では将軍のもとに、旗本・御家人、大名のもとに、家中・徒士(かち)・足軽、農民では、本百姓・水呑・名子、町人では、地主・家主・地借・店借(たながり)・奉公人の別があった。「被差別民についても、(略)皮多/長吏・『非人』だけではなく、藤内・簓・茶筅・鉢屋・掃除・慶賀・猿曳・物吉などがいました。また皮多/長吏がどこの地域でも『非人』より上位の身分であったわけでもありません。関西などでは、両者に上下関係がなかった場合が多かったのです」と述べ、「このように江戸時代の身分制度はなかなか複雑でありまして、その全容解明は今後の研究課題です」とする。
 このような著者の記述の仕方は公平性を保つとともに、周囲に存在する他の諸問題にも関心を向けさせるという意味でも有効であると言えよう。
「近現代編」は、1871年(明治4)に出された「解放令」が「身分に基づく一切の境界を廃止すること」であり、それがその布告通りに実現していれば、今日、部落問題は存在していないはずであるのに、「何故に今日にいたるまで、そのことに因る差別が存在してきたのでしょうか」と問う。
 そして「解放令」発布以来140年以上を経て、「部落問題–むろんそのありようも大きく変化していますが–が存在しつづけてきた理由を、封建遺制のみに求めるのではなく、さらに近代社会のなかで存在しつづけるための理由づけが与えられ、境界の補強、ないしひき直しが行われてきたとみるべきではないでしょうか」と、近代社会における問題として提起する。
 「女性差別の存在理由も、かつては封建的性格をもった『家』制度によって説明がされてきました。しかし、近年の研究は、そればかりではなく、むしろ近代に適合的な『近代家族』というあり方が男女の役割分業をつくりだし、それが今日にいたる女性差別を支えてきた側面があることを明らかにしてきました。同様に部落差別についても、現実に近代社会が部落差別を存続させてきたことを正面から見据える必要があるはずです」。
 このような問題意識に立ち、明治以降の部落問題を検討する。そこには、「解放令」をめぐる「四民平等」と地租改正の問題、自由民権運動との関わり、「大和同志会」、「帝国公道会」、「同愛会」の成立、米騒動においてつくられた「暴民」・「特種民」像、そして「全国水平社」の創立と社会主義への接近、戦時下での「同和運動」の消滅、戦後の「部落解放委員会」、「部落解放同盟」の運動と広がり、全同教の成立、「同対審答申」、「特別措置法」の成立と廃止等の流れが取り上げられている。
 そして最後に、「第18章、『市民社会』への包摂と排除」、「第19章、部落問題の〈いま〉を見つめて」において、被差別部落の「悲惨さ」や「みじめさ」、反対に「ゆたかさ」のみの強調に走るのではなく、「いかに等身大の被差別部落像を伝えていくことができるかは、問われつづける課題です」と指摘する。
 また近年「部落問題を他の人権問題とのかかわりのなかで考えるという“開かれた”視野」を持つことについては、「それ自体は重要なことに違いありません。しかし、同時にそれは、部落問題の“人権一般”への解消として、かねてから部落問題を避けて通りたいと思ってきた人びとが部落問題を避けることの正当化のための方便になるとしたら、重大な問題をはらんでいるといわねばなりません」と警告を発し、「部落問題への向き合い方が問われている」、「部落問題を正面突破する道を断念していいのか」と批判する。
 本書は、被差別民衆の問題を歴史に沿って概説し、現在もなお厳然と存在している部落差別に対してどのように立ち向かうかについての手がかりと資料を与えてくれる適切な入門書である。広く読まれることを期待する。(R)

【出典】 アサート No.471 2017年2月25日

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【投稿】世界情勢の荒波に漂う安倍政権

【投稿】世界情勢の荒波に漂う安倍政権
          ―国際連帯で日本の分断・孤立を食い止めよう―

<偽りの和解を演出>
 昨年12月28日安倍は真珠湾を訪問、オバマと最後の首脳会談を行い、日米和解と同盟の深化をアピールした。戦後75年、冷戦下での打算から和解なしに日米同盟を継続してきた事に対する総括は無きままセレモニーは進められた。
 真珠湾攻撃で爆沈した戦艦アリゾナの上に建てられた記念館を訪れ、戦死者を慰霊した安倍は場所を移し、1945年9月降伏文書調印の舞台となった戦艦ミズーリを背にスピーチを行った。
 しかしそれは「散文詩」ともいうべき内容で、第三者的視点に貫かれたものであり、「戦後70年談話」の一部焼き直しに過ぎないものだった。
 冒頭「耳を澄ますと寄せては返す波の音が聞こえてくる」「あの日爆撃が戦艦アリゾナを二つに切り裂いた」等々、日本軍の攻撃には具体的に触れずに、あたかも天から降ってわいた災厄を目の当たりにした、傍観者のような物言いである。
 後段では、真珠湾攻撃で戦死した日本海軍将校慰霊碑を米軍が建立した事に触れ、戦後「みなさんが送ってくれたセーターやミルクで日本人は命をつなぐことができた」と述べたうえ、「誰に対しても、悪意を抱かず慈悲の心で向き合う」とリンカーンの言葉を引用し、アメリカの寛容の心に謝意を示した。
 こうしてアメリカの寛容を強調することで、間接的に中国、韓国の非寛容をあてこすると言うレトリックが示され、最後に「日米同盟は希望の同盟」との軍事同盟礼賛で終えた。
 安倍やコアな支持者の考えでは日米戦争は「やむにやまれず行った自衛戦争」であるから「謝罪」や「反省」は一切なく、日米両国軍人に対する哀悼の意はあっても、日米対立を決定的にした中国侵略に対する反省や、真珠湾から瞬く間にアジア・太平洋全域に拡大した戦地での犠牲者への視点などは、全く欠落したものであった。
 そもそも、戦争に関して様々な場で安倍の発する言葉には、総力戦で負けたアメリカには従わざるを得ず、寛容や敬意を表に出すが、中国や韓国に負けたわけではないとの思いがにじみ出ている。
 そうしたこれまでの言動を踏まえ、中国、韓国は今回の真珠湾訪問についても疑義を示したが、それを証明したのが稲田朋美である。真珠湾訪問に同行させられた稲田は帰国早々の12月29日、現職の防衛大臣としては初めて靖国神社を参拝した。
 稲田はマスコミの質問に対し「最も激烈に戦った日米が最も強い同盟関係にある」「忘恩の徒にはなりたくない」と述べた。しかし「最も激烈な戦い」は期間、犠牲者数からも独ソ戦であるし、「最も強い同盟」は大戦後も数々の戦争で連合を組んだ米英であろう。「忘恩の徒」に至っては参拝をしなかった閣僚のみならず議員、ひいては国民をも愚弄するものであろう。
 当日ゴルフ中にこのことを問われた安倍は「ノーコメント」と答えるにとどまり、稲田の参拝を事実上黙認していることを示した。
 この行動に対しては、当然のことながら中韓のみならず、顔に泥を塗られた形となったアメリカ国務省も苦言を呈した。とりわけ韓国は被害者に真摯に向き合わない安倍政権の姿勢を見せつけられたわけで、懸案の少女像の撤去など応じられる状況ではないだろう。「次は韓国が誠意を示す番」などと言う安倍は、日本の誠意=金銭という実態を露骨に示すこととなった。
 年末の一連の事態は、安倍政権が侵略戦争への反省を示さず、偽りの和解で世界を欺く姿を明らかにしたと言える。
 
<アベは後回し>
 ハワイにおける一連の行事で、オバマ政権との関係に区切りをつけた安倍は、トランプ政権を見据え秋波を送り続けている。しかしトランプの対応はつれないものがある。
 新年早々トランプは、ツイッターでアメリカのフォードやGMに加え、メキシコでの工場建設を進めるトヨタを非難し、関税強化を示唆した。これは最早TPP以前の問題で、保護主義はおろか統制経済まがいの恫喝である。
 さらに12日の記者会見でトランプは「ロシアや中国、日本、メキシコは我々をこれまでのどの政権よりも尊重するようになるだろう」と日本を対立国並みに扱った。
 こうした発言に自民党二階はテレビ番組で苦言を呈したが、総理大臣がフライングで「信頼できる」と言ってしまった以上、官邸はだんまりを決め込むしかないようである。
 ハワイでの日米首脳会談は「日米同盟の重要さを次期政権に伝えることも狙い」とされた。しかし伝わっていないどころかトランプは、当選直後にすっ飛んできたかと思えば、踵を返したようにオバマと組んでものを言ってくるような奴は信用できんと怒ったのではないか。
 安倍はトランプとの面談でTPPより「(トランプ孫が踊る)PPAPを話題にしたら喜んでくれた」と言っているが、能天気にもほどがあるだろう。
 12月中旬には「日米首脳会談は1月27日で調整中」との報道が流れた。これは1月20日の大統領就任直後であり、トランプ政権にとっては初の首脳会談となるであろうことから、日米同盟の重要性を全世界にアピールできるものと喧伝された。
 ところがその後、年明けには通常国会の1月20日開会が決定、政治日程が窮屈になるなか訪米報道は鳴りを潜め、12日安倍はトランプへの土産集めと対中牽制のため、東南アジア、および豪州の4か国を歴訪に出発した。
 フィリピンでは経済支援を示し、ドゥテルテから「アメリカとの同盟は重要」との言質を取ったと成果を示した。
 オーストラリアでは首脳会談で、アメリカのこの地域への関与は重要との認識で一致、先の豪軍潜水艦受注失敗は棚に上げ防衛協力の推進を確認した。
 インドネシアでは南シナ海を含む海洋安全保障面での協力、次期米政権との連携が重要との確認をした。
 ベトナムでは、新造の大型巡視船6隻を提供し、インフラ整備などに約1200億円の円借款を供与するなど大盤振る舞いを見せた。
 しかしドゥテルテは安倍に言われなくても、オバマと違い超法規的な麻薬犯射殺をとやかく言わないトランプなら組むのは容易だろうし、中国との関係改善を進める姿勢は変わっていない。さらに1月6日にはマニラを訪問中のロシア駆逐艦をドゥテルテが視察し、軍事面での協力を協議するなど多方面外交を進めている。
 またインドネシアは豪州との関係が不安定であり、1月上旬には両国の軍事協力が停止された。ベトナムも安倍訪越に先立ち、共産党書記長が訪中し習近平と会談、南シナ海での緊張関係を高めないことで一致している。
 このように各国とも利害関係が複雑であり、対中国での一枚岩化は望めそうにないのが現実である。トランプ政権との関係強化では概ね一致したが、問題はトランプがどう考えるかであり、展望は不確実のままであった。
 「訪米へのアプローチを作って」17日に帰国した安倍であるが、肝心の日程はようやく国会開会日になって「首脳会談は2月前半で調整」との見込みが明らかにされた。
 これについて政府筋は「新政権の発足準備でアメリカ側の受け入れ態勢が整わないため」と弁明をしていたが、就任直後に発表された大統領の外交日程では、1月27日には米英首脳会談が行われること明らかになった。最も強固な同盟の証左であろう。さらに31日には「宿敵」であるメキシコ大統領との会談も設定されており、日米は早くても3番目以降となり後回しにされた。
 
<日本の奴隷船化>
 トランプの就任直後に正式にTPP離脱が明らかにされ、一連の発言と合わせ希望の同盟は展望が不透明となってきた。一方対露関係は訪米日程に先立ち「4月、9月の安倍訪露」が明らかになり、20日にはフィリピンを訪問した件のロシア駆逐艦が舞鶴に寄港、海自と合同訓練を行うなど一見安定しているようである。
 しかし、世耕が1月11日に訪露しロシア高官や連邦議員との会談を行った直後に、極東発展省次官が「北方4島はロシア領として開発を進め、日本企業は中国や韓国の企業と同じ条件」と述べるなど、さらなる揺り戻しも想定される。
 20日の施政方針演説は、こうした先の見通せない対外政策への苛立ち、不安を発散さすかのようなものとなった。前置きに続く政策課題の冒頭に日米同盟への哀願を述べ、続けて「かつて『最低でも』と言ったことすら実現せず、失望だけがのこりました」と普天間基地移転に係わり当時の鳩山政権を力を込めて批判し、経済政策ではアベノミクスへの自画自賛に終始した。
 さらに与党内からも批判のある「テロ等準備罪(共謀罪)」については、東京オリンピック、パラリンピックを理由に正当性を強調した。しかしそもそも招致活動時には全く触れずに、この期に及んで「この法律がなければオリンピックが開催できない」などと息巻くのは、まさに息をするように嘘を言う典型であろう。
 長時間労度是正など働き方改革では「抽象的なスローガンを叫ぶだけでは世の中は変わりません」と、労働者を愚弄、保育士の処遇改革でも「あの3年3か月間、処遇は引き下げられていた」と民主党政権を罵った。
 最後は、野中兼山のハマグリ養殖を引合いに出したうえ「言論の府である国会の中でプラカードを掲げても何も生まれません」と野党批判をしたかと思うと、改憲に向けての論議を呼びかけるなど、支離滅裂なものとなった。
 不安定化する国際情勢の中で、確たる指針を示せず自国第一主義の動きに追随し、内政に於いては批判の声に対する抑圧を強める、安倍政権下の日本社会は荒波を漂う奴隷船と化そうとしている。
 とりわけ沖縄に対しては司法、行政、国会が三位一体となり、さらに差別排外主義セクター、一部マスコミが先兵となり手段を選ばない卑劣な攻撃を仕掛けている。当事者を無視した政府間の取り決めが正当性を持たないのは、辺野古移設問題も慰安婦問題も同じである。 
 こうした時こそ、沖縄の闘いを孤立させず国際連帯を進め、世界的に蔓延する危険な動きに日本から歯止めをかけていかなければならない。(大阪O)

【出典】 アサート No.470 2017年1月28日
 

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【投稿】問題はトランプではない。我々自身だ

【投稿】問題はトランプではない。我々自身だ
                               福井 杉本達也 

1 英EU離脱と米トランプ当選は『新自由主義の誤り』を国民投票で証明したことにある
 1月21日トランプ米国大統領が就任した。就任演説ではFrom this day forward, it’s going to be only America Firstを宣言した。資金力、組織力に劣り、放言と失言と繰り返し、共和党内でも泡林候補と思われたトランプがなぜ米大統領に当選したのか。経済学者の伊東光晴は「既存政治-出来上った政治システムへの不信は、アメリカに先行し英国でおこり、ヨーロッパにおころうとしている。そして両者の問には、共通する中間所得層の減少、働く人たちの労働の場の変化がある。アメリカでは、それが、ペンシルベニア、オハイオ、ミシガンという北部諸州を民主党から共和党に変え、民主党の大統領選での敗北」(伊東『世界』2017.1)となったと分析している。
 一方、経済アナリストの菊池英博は「英国のEU離脱と米国のトランプ当選を『ポピュリズム(国民の思いつき)』『大衆迎合』などと揶揄する論調がある。しかし、これは大きな間違いだと思う。両国民の選択は少なくとも経済理論に合う行動であり、私は、『さすがに民主主義の元祖の国に新自由主義の弊害を除去しようとする政治家が現れ、国民がしっかりと答えた』と評価する。…トランプ次期大統領の政策基準は、『米国の貧困層・中間層の雇用を増やして所得を引き上げる』ことだ。『アメリカファースト』のスローガンで国民全体の意識を統一させる政策である。そのためには、海外には貿易不均衡の是正を求めて、関税の新設、為替相場の見直し、米国負担の減少などを求めていくであろう。」(日刊ゲンダイ:2017.1.13)と述べている。

2 「サイバー攻撃」という大嘘で選挙結果を否定しようとする米軍産複合体
 「米中央情報局(CIA)が、米大統領選で共和党のトランプ氏が勝つようロシアがサイバー攻撃を仕掛けたと結論付けたと米紙ワシントン・ポスト(電子版)が9日伝えた。大統領選では、民主党全国委員会(DNC)や同党のクリントン氏の陣営がハッキング被害にあい、メールが相次いで内部告発サイト「ウィキリークス」上に暴露された。同紙によると、情報当局がウィキリークスに数千通のメールを提供した複数の人物を特定し、その人物らはロシア政府に関係していたという」(朝日:2016.12.9)。これに対する「報復」として、オバマは12月29日、35人のロシア外交官追放を行った。これは大統領選の結果を否定するもので、ロシアに扇動された『無知な国民がトランプを選んだ』というのである。オバマはトランプ次期政権の正当性を否定した。トランプを職引継ぎの対象から打倒する対象に変えたのである。国家の中の国家である米軍産複合体はトランプを認めないと宣言した。国内の工場を放棄したアメリカはドルという国際通貨を発行する権利だけで生きながらえている。カネだけが全ての基準である。これに従わない国はたとえロシアや中国であろうと、イラク・リビアのように武力で潰すと宣言している。米国大統領はこうした支配層=0.01%の富豪のためにだけ存在していた。トランプはこうした勢力に逆らうと見ている。だから、米国家安全保障局(NSA)やCIAが攻撃しているのである(日経:2017.1.18)。
 
3 トランプの移民規制を批判するがヒラリーのリビア破壊を批判しないリベラル派
 リベラル派はウィキリークスでアサンジが暴露したヒラリーメールの中身を忘れたのか。何万ページものヒラリーの秘密電子メールで既に米政府によって公表されているものの中に、ヒラリーと、彼女の内密の顧問シド・ブルーメンソールとの間の衝撃的なメールのやりとりがある。2011年、リビアの支配者カダフィを打倒するためにアメリカが画策した介入に関するものである(参照:「フランスと英国がリビアの石油を巡って争っている間、ヒラリーがカダフィを打つ手助けをしていた」(WIkileaks文書番号C05794498))。2011年10月20日、カダフィが虐殺されたが、その日ヒラリーはCBSニュースのインタビューで「We came, we saw, he died」(「来た、見た、彼は死んだ」参照: https://www.youtube.com/watch?v=Fgcd1ghag5Y 、『Sputnik』 2016.10.20 )と大喜びで笑いながら答えた。アサンジはメール公開にあたり「リビアは『ヒラリーのイラク』である。大統領になれば、彼女はさらに多くのことを行うだろう」「リビアは破壊され、ISISの温床となった。リビアの武器庫から略奪された数百トンの武器は、シリアのジハードの戦士たちに譲渡された」。「『ヒラリーの戦争』はテロを増長させ、罪のない数万人の一般市民を殺し、また中東の女性の人権を数百年分、後退させた」(2016.2.9「A vote today for Hillary Clinton is a vote for endless, stupid war」)と述べている。リベラル派はトランプの移民政策を批判するが、何百万人もの中東・北アフリカからの難民を生みだしたのは、ヒラリーによる軍事介入である。トランプの暴言を批判してもヒラリーの軍事介入に一切触れず、批判しないリベラル派(日本を含む)は自己欺瞞者かペテン師である。

4 スノーデンの警告
 2013年5月、英紙「ガーディアン」紙上で、NSAによる全世界的盗聴システムの実態が暴かれた。元CIA局員のスノーデンが暴露し世界を震撼させたのは①世界中に埋まる光ケーブルへのアクセスによる流通中のデータの傍受であり、世界各地の電話会社の協力により数千万人もの市民が監視された。②通信監視プログラム「PRISM」であり、エーオーエル、アップル、フェイスブック、グーグル、パルトーク、スカイプ、ヤフー、ユーチューブの各社が進んでサーバーの情報を提供している。身元情報の収集、eメール、ファイル伝送、インターネット電話傍受、ログインID、メタデータ。写真、ビデオなどを分類保存する。③スパイウェアのインストール等々である。NSAは個々の「テロリスト」を「標的型」で狙っているのではない。国家の中の国家である0.01%の支配層は99.99%の被支配層がいつ反乱するかと脅えており、「全体」を無差別監視しているのである。「だれひとり例外なく傍受され、同じバケツに入れられる」。ネットを通じた私たちの日常のコミュニケーション、携帯に放つ本音、チヤツトに打ち込む柔らかなつぶやきが、まるごと権力にさらわれている。「監視は最終的に、権力に抗する声を押しつぶすために」使われている。しかし、今回米国の民主主義はこうした全国民への監視網をも突破してしまったのである(参照:映画・オリバー・ストーン監督:『スノーデン』2017.1.27公開、ローラ・ボイトラス:『CITIZENFOUR』)。

5 国家の中の国家:軍産複合体の広報媒体CNNこそ「偽ニュース」の発信元
 トランプが当選後初の記者会見を開いた1月11日、質問しようとしたCNNの記者に対し、CNNは「偽ニュース」を流したとして質問を拒否した。CNNは10日、ロシア工作員がトランプの評判をおとしめるような個人・金融情報を取得したと報道。トランプはこれに反発し、ツイッターに「偽ニュース。完全に政治的な魔女狩りだ!」と書き込んだ。
 CNNは1980年創業という比較的新しい報道機関である。CNNを有名にしたのは今から27年前の茶の間への「湾岸戦争のライブ中継」である。それは軍のお先棒をかついで、ハイテク兵器による戦争のクリーンな面ばかりを強調するもので、イラク国民の爆弾の下の悲惨さは覆い隠くされた。CNNは当初より軍産複合体の広告媒体として成長してきたのである。「大手マスコミの主立った連中は皆CIAの手の者だ」( 元CIA長官ウイリアム・コルビー)。『買収されたジャーナリスト』であり、なんであれ、ご主人が、言ったり、書いたりしろということを、言ったり、書いたりしている、あやつり人形である。今回の大統領選ではほとんど全てのマスコミはクリントン側につき最後までヒラリー勝利という「偽」世論調査を報道し続けたが、米国民・特にラストベルトの労働者がこうしたマスコミの垂れ流す膨大な情報を一切信用しないで、自らの階級的信念に従い、産軍複合体のプロパガンダを打ち負かしたことにその歴史的意義がある。

6 トランプ暗殺か?弾劾で失職か?選挙を経ない「大統領」登場の予感
 2008年のノーベル経済学賞受賞者:ポール・クルーグマンは1月6日、ロシアが大統領選挙に介入していたとする政府報告書の発表を受けて「プーチン大統領のプードル的存在のトランプ大統領の元で、米国は次の数年間で、悲観主義者が考えているよりも遥かに深刻で危険な状況に陥るだろう」とTweetした。その上で、「米国が壊滅的な状況に陥った場合には、トランプ大統領を弾劾して、ペンス副大統領を大統領に昇格させるとことも可能かもしれない」(The GOP(共和党(Grand Old Party)) decides to impeach to install Pence?)と述べている。6日時点では、トランプはまだ正式の大統領にもなっていない。選ばれはしたが、まだ政策にも何の関与もしていない。大統領に選ばれたのはトランプであり、ペンスではない。これは、民主主義のあからさまな否定であり、ノーベル経済学者によるクーデターの呼びかけである。
 1945年4月ルーズベルトが病死したことで、凡庸な副大統領トルーマンが大統領となり、好戦派軍部のグローヴズらのいいなりで、広島・長崎に原爆投下の決定を下した。1963年11月ソ連との平和共存を図ろうとしたジョン・F・ケネディが暗殺され、副大統領のジョンソンが大統領となり、ベトナム戦争は泥沼化した。米国の社会が分裂しているのではない。0.01%の支配層が孤立しているのである。米国は0.01%の支配層のいいなりになるのか、民主主義が機能するのかの瀬戸際に立っている。それは人類が生き残れるかどうかの瀬戸際でもある(Until real politics return to people’s lives, the enemy is not Trump, it is ourselves.:ジョン・ピルジャー)。

【出典】 アサート No.470 2017年1月28日

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【投稿】安倍政権の帝国主義外交をめぐって 統一戦線論(32)

【投稿】安倍政権の帝国主義外交をめぐって 統一戦線論(32)

<<「盗っ人たけだけしい」>>
 新年早々、安倍政権は取り返しのつかない失策に踏み出してしまったと言えよう。
 1/6、日本政府は唐突に、韓国・釜山の日本総領事館前に「慰安婦」を象徴する少女像が設置されたことに関し、(1)長嶺安政駐韓大使、森本康敬釜山総領事の一時帰国、(2)在釜山総領事館職員の釜山市関連行事への参加見合わせ、(3)日韓通貨スワップ(交換)協議の中断、(4)日韓ハイレベル経済協議の延期―の対抗措置を当面取ることを、韓国政府に突き付けたのである。極めて異例の強硬措置であり、外交断絶通告にも等しい暴挙である。わざわざ韓国の国政空白期や米政権交代期を狙った安倍政権のあざとい、陰険な「奇襲攻撃」である。してやったりのつもりなのであろう。しかし、その植民地主義的、帝国主義的で、しかも高圧的な姿勢が韓国、アジア、全世界にさらけ出されたのである。
 1/8、NHKの「日曜討論」で放送された収録インタビューで、安倍首相は、「日本は誠実に義務を実行し10億円をすでに拠出している。次は韓国がしっかりと誠意を示して頂かなければならない」と横柄な姿勢を披歴して日本の民族主義を煽り、さらには朴政権の機能喪失に付け込み、「たとえ政権が変わろうとも、それを実行するのが国の信用の問題だ」と次期韓国政権に指図までする傲慢さである。
 「こっちはカネを払ったんだから、韓国政府は市民団体を黙らせろ、少女像を撤去させろ」と言わんばかりの発言は、性奴隷被害者の「慰安婦」問題に対する、加害者側の謝罪や誠実さのひとかけらもない安倍政権の居直り姿勢を如実に示してしまったのである。
 当然、韓国の在野はあげて安倍発言に猛反発し、最大野党の禹相虎院内代表は「安倍に10億円を返そう」と述べ、野党第2党「国民の党」の朱昇鎔院内代表は、「加害者である日本が被害者である韓国政府に、それも我が領土にある少女像を撤去しろというのは盗っ人たけだけしい」とまで述べている。おりしも韓国の裁判所は合意に関連した交渉文書を公開せよとの判決を下している。
 当初釜山の少女像撤去に動いた釜山東区庁長は、逆に「少女像が歴史に長く残る文化遺産になることを期待する」と少女像の保護に転換させてしまった。韓国最大野党「共に民主党」の文在寅元代表は「日本は少女像の設置に対し、前例のない強い報復措置を取り、韓国がまるで詐欺でも働いたかのように主張している」と指摘し、釜山の少女像の視察に出向き、「共に関心を持って守っていこう」と訴えている。
 問題はさらに広がり、少女像設置運動が全国的に拡大、ソウル江北・銅雀区では推進委員会が設立され、全羅南道麗水、江原道春川では募金運動が展開され、平和碑または正義碑と呼ばれるものまで含めると、韓国内少女像は計55件にのぼり、今年末には韓国国内だけで少女像設置場所が70カ所を超えると予想される事態である。

<<“ならず者国家”の論理>>
 ところが、こうした日韓関係の緊張激化という泥沼の事態を招いてしまったにもかかわらず、あるいはこうした事態だからこそか、日本政府側は、「首相を含め、怒りを募らせている」(外務省関係者)、安倍首相は周辺に「外務省は大使たちを早く韓国に帰したがっているが、早く帰す必要はない。」とまで語っていると報道されている。安倍政権は、冷静な判断能力を失ってしまったのであろう。居丈高になればなるほど、緊張を緩和させることは難しく、在韓大使や釜山の総領事を帰任させることは困難となり、事態はさらに泥沼化するであろう。アメリカの要請でやむを得ず札びらと内容と実質の伴わない謝罪で日韓合意にこぎつけ、「慰安婦問題は最終決着」と楽観視していた安倍首相が、自らの手で墓穴を掘り、出られなくなっているのである。
 一昨年末の12・28日韓合意で岸田外相が明らかにした10億円の拠出は、少女像の撤去ではなく、あくまでも慰安婦被害者の「心の傷を癒やす措置」を講じるためのものであった。ところが、あたかも「10億円が少女像撤去の対価」であるかのように強引にすり替えられている。しかも、被害者に日本側の謝罪メッセージを伝える案が提起されると、安倍首相が「毛頭考えていない」(2016/10月)と開き直ってしまった。安倍首相がこうした本音を吐露したことは、12・28日韓合意がいかに人権を踏みにじり、被害当事者を無視、排除し、被害者を置き去りにしたままの合意であり、正義の原則を損ねたものであり、根本的に誤ったものであるかを暴露してしまったのである。
 そして少女像の撤去を要求するウィーン条約違反の主張にもこじつけの論理がある。日本は、相手国公館の安寧と品位を守る責務を規定した第22条違反を掲げているが、この条項の一般的な解釈は過激なデモに限られている。安寧と品位を害するものとは程遠い少女像の設置にまで拡大適用することは日本の一方的主張に過ぎないのである。
 釜山に設置された少女像(正式には「平和の碑」)は、「慰安婦」にさせられた被害者の苦痛を記憶し、二度と同じ過ちが繰返されないことを願う人々の思いを象徴するものとして、ろうそく集会の市民たちが一昨年末の慰安婦問題合意1周年を迎えて自発的に立てたものである。少女像の設置がこうした日本の責任回避と人権の蹂躙、歴史無視に対する韓国市民の抗議であり、謝罪と正義を求める声であることは自明である。本当に「心からおわびと反省の気持ち」を抱いているのであれば、安倍首相をはじめ全閣僚が現地に出向いて、少女像に花を手向け、真摯な謝罪と反省の姿勢をこそ示すべきなのである。さらに言えば、日本こそが性奴隷化を強制した「慰安婦」への謝罪と反省の意を表すモニュメントを建てるべきであろう。それを逆に、頑迷に少女像の撤去に固執し、強権的に封じ込める、それを韓国政府に要求すること自体、善隣友好外交とは全く真逆の、民主主義を踏みにじる“ならず者国家”の論理である。
 ドイツでは、「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」(通称ホロコースト記念碑)が、首都ベルリンのブランデンブルク門の南、1万9073㎡の広大な敷地にコンクリート製の石碑2,711基がグリッド状に並べて一般公開され、地下にはホロコーストに関する情報センターがあり、ホロコースト犠牲者の氏名や資料などが展示されている。ドイツは、自国が犯した戦争犯罪・民族迫害の歴史を記す建造物を自らの意思で設置している。これに反して安倍政権は、本来なされるべきこうした事態に発展することを、「次世代に継承する」ことをあくまでも拒否したいのである。

<<共産党の拱手傍観と自発的隷従>>
 この“ならず者国家”の論理に、日本の大手マスコミのほとんどが「韓国はけしからん」「日韓合意を守れ」と唱和している。まさに大政翼賛状態である。「慰安婦」問題で攻撃にさらされた朝日新聞の社説ですら「少女像問題の改善へ向けて、韓国政府は速やかに有効な対応策に着手すべきである。日本政府が善処を求める意思表示をするのも当然だ。」(1/7付)と安倍政権を擁護している。
 問題なのは、野党までがこの大合唱に参加し、安倍政権と同調するという嘆かわしい事態に陥っていることである。共産党をも含めて野党共闘に参加するどの党からもこうした安倍政権の論理を批判し、緊張を激化させる強硬措置に抗議し、糾弾する声が聞かれないという、異常な翼賛状態である。
 民進党の蓮舫代表は1/15、日本政府が駐韓大使と釜山総領事を一時帰国させるなどの対抗措置を取ったことについて理解を示し、「日韓合意の約束事が一方的に守られなかったことがあった。私たちが取り得る手段は限られており、仕方がなかった」と安倍政権にすり寄る姿勢を表明している。同党の野田幹事長に至っては、「ゴールポストがずるずる動く」と韓国の対応を批判し、「無責任なことを言う人たちが出てきている。政府間できちんと詰めた合意であり、さかのぼった議論に戻るのはおかしい」と息まき、記者が「まず相手(韓国)の気持ちを聞くべきだ」と質問すると、「ある意味ずっと聞いているじゃないですか」と色をなして反論する始末である。政権与党幹事長のごとき姿勢である。
 共産党はと言えば、各紙が日本政府の強硬措置を大々的に報道しているのに対して、1/7付しんぶん赤旗は1面が「党大会成功へ、連日、党勢拡大の大飛躍を」がトップ、中心記事、2面に小さな3段記事で「少女像設置で対抗措置」として報道記事を載せているだけで、論評は一切なし。翌1/8以降、各紙に韓国側の反発が大きく報道されたが、赤旗はその報道記事さえ一切なし。もちろん、強硬措置に対する安倍政権批判も一切なし。それ以降の赤旗「週刊日誌」政治・経済欄にさえ記事ゼロ。まるで報道管制をひいたかのごとくである。
 1/13付赤旗で、はじめて「在日本大韓民国民団の新年会 小池書記局長が祝辞」という記事の中で「日本軍「慰安婦」の問題について、一昨年末に両国政府の間でかわされた合意は、あくまで問題解決の出発点であり、すべての被害者の人間としての名誉と尊厳を回復してこそ、真の解決になると考えます。そのために日本政府は、過去、「慰安婦」被害者の方々の人権を著しく侵害したことへの謝罪を誠実に行うことが必要です。韓国政府と協力しながら、冷静に、誠実に問題の解決へと努力しなくてはなりません。」とこの問題についてほんの少し触れただけで、今回の安倍政権の強硬措置についてはやはり一切触れていない。
 1/15から開かれた共産党第27回大会でも、志位委員長報告をはじめ、討論でも結語でも、この問題には一切触れていない。大会を通して、安倍政権の帝国主義的・植民地主義的・脅迫的外交に対する批判や糾弾、抗議の声はまったく聞かれなかったし、封じ込められてしまったのであろう。1/21付赤旗は、共産党議員団総会での 志位委員長のあいさつを掲載し、「大会決定の力を、国会を舞台とした安倍政権との論戦をつうじて示していく、そういう論戦を展開しようではありませんか。」と述べているが、やはりこの問題には一切触れていない。論戦する気が全くないのである。
 共産党までもが、思考停止と拱手傍観によって、事実上、安倍政権への自発的隷従状態に陥っているのである。このような事態に直面して、野党共闘や統一戦線が民族主義に流されるような危険性について、真剣な警告が発せられるべきであろう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.470 2017年1月28日

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【コラム】トランプ大統領就任に思う  

【コラム】トランプ大統領就任に思う  

○これだけ混乱の中で就任したアメリカ大統領はいないだろう。就任を前後して、世界中で500万を超える人々が反トランプデモに参加したと報道された。まさに評判の悪い大統領の誕生である。○1月20日の就任演説を読んだ。トランプ大統領は、新政権の意味について政党から政党への権力の移行ではなく、「首都ワシントン(の支配層)から、権力を取り戻し、あなた方米国民に戻した」、「あまりにも長い間我が国の首都の一握りの集団が統治の恩恵にあずかる一方で、国民は犠牲を払ってきた。ワシントンは繁栄したが国民はその富を共有できませんでした。政治家は豊かになったが、職は失われ工場は閉鎖された。」と語る。彼を大統領に押し上げた「アメリカ衰退」論だ。○そして、「工場が一つずつ閉鎖され、海外に流失していくのに、取り残された何百万人もの米国人労働者は顧みられることもありませんでした。中間層の富は彼らの家から奪われ、世界中にばらまかれたのです。」「私たちは二つの原則に戻っていきます、それは、米国製品を購入し、米国人を雇うということです。・・・私たちは一緒になって米国を再び強くします。」これが就任演説のエッセンスだろうと思う。○このように就任演説では、「アメリカ第一主義」以外の「理念」は、ほとんど語られなかった。8年前のオバマ就任の際の「多様性と寛容」や「平和の意義」表明とは大違いで、まさに「品格」の相違というところか。○果たしてトランプ大統領は、アメリカを再び豊かにできるのか。国民に雇用を取り戻せるのだろうか。おそらく、「アメリカ製品をアメリカ国民が買う」だけで豊かにはなれないだろう。アメリカ企業が中国に工場を作り、安いコストの製品を世界で売っている。ウォール街は世界中の金融資産を運用し、莫大な利益を上げている。この経済構造をどう変えるのか、何も語られていないし、政策もない。唯一の具体的メッセージは、今後国内工場の国外移転にNOと言うだけである。具体的に国内に雇用を増やせない限り、トランプ大統領への期待が失望に変わるのは時間の問題だろう。○何より、政府閣僚の人事が就任演説とは裏腹に、ウォール街の成功者と軍人強硬派が多数を占めている。富の再配分にも触れなかった。既得権益は維持されるのではないか。○一方、大統領選挙ではウォール街と軍産複合体は、ヒラリーに就いた。CIAもそうだ。アメリカの「支配層」はヒラリー支持だった。そういう意味では、トランプ大統領誕生は、アメリカ支配層に衝撃を与えた。どの方向に修復されるのか、新大統領の動向に注目だ。○そして、大きな変化は国際関係にある。ロシアへの対応、そしてEU、イギリスとの対応であろう。ロシアとの関係を対立から協調に外交基調を変更するだろうと伝ええられている。これは国際関係における根本的変化を生み出すことになる。当然、EU・NATOの位置づけも変わる。従来は、対ロシアへの緩衝機構、対抗機構としてNATOという軍事同盟が維持されてきた。米欧の協調体制である。これが対ロシア協調となれば、NATOの存在意義は薄れ、アメリカのヨーロッパ政策も変化せざるをえない。トランプ大統領が最初の首脳会談の相手にイギリスのメイ首相を選んだのは、EUからの完全離脱(ハードランディング)を決めた国との協調を鮮明にしEU分断介入意志の現れだろう。そして、欧州各国の移民反対派との連携を図ろうとしている。これは危険な動きである。この流れが確実なものになるかどうか、不透明だが、トランプ大統領は明らかにこの方向を進めようとしていると言える。○新政権はまだスタートラインに立ったばかりで、まだまだ不透明な部分が多い。差別主義。排外主義、保護主義の新大統領が誕生したという事だけで評価するのは、一面的なのかもしれない。アメリカの新政権がどんな具体的政策を実行するのか、それをアメリカ国民がどう評価するのか。今後も注目する必要があろう。ただただ、「日米同盟が基本」というだけの安倍従属政権に十分な対応ができると期待できないことだけは確かであろうが。(2017-01-23佐野)

【出典】 アサート No.470 2017年1月28日

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【投稿】米露間で右往左往の安倍政権

【投稿】米露間で右往左往の安倍政権
          ―自滅した早期解散総選挙戦略―

<2島を追ったが1島も得ず>
 12月15,16日に行われた日露首脳会談は「引き分け」どころか安倍の一本負けに終わった。年内のプーチン訪日がほぼ確定した時点での獲得目標は「最低でも歯舞、色丹の返還」であったのが、結果的にゼロ回答という安倍政権にとって惨憺たるものとなった。
 今回の山場は15日に山口の温泉旅館で行われた、6時間にも及ぶ首脳会談であったが、プーチンはこれに2時間半も遅れた(467号でシリア情勢如何では訪日も不安定になると指摘したが、遅刻で済んだようである)
 旅館のエントランスで待つ安倍は、時計を気にしたり、傍らの昭恵さんの服装を直すなどそわそわした様子で、どちらが武蔵か小次郎か会談前から明白であった。まさに所は同じく長州、21世紀の巌流島である。安倍を手玉に取ることなど、プーチンにとっては秋田犬を手なずけるより容易であっただろう。
 会談進行中も途中退席したラブロフ外相が「シリアやクリミアの問題で我々の見解は一致した」「日露2+2(外交、国防閣僚)会議再開に合意」と発言、会談終了後にはウシャコフ補佐官も「経済活動はロシアの法律に基づき行われる」と述べるなど、巧みにジャブを小出しにし、会談がロシア側のペースで進んでいることを印象付けた。
 16日には、ロシア側が望んでいた東京での首脳会談が行われたが、これもプーチンの山口出発が遅れ、後にはビジネス対話や大統領の「最重要ミッション」である講道館訪問があったため窮屈な日程となり、形式的なものとなった。
 会談終了後の共同記者会見で二人は、4島での共同経済活動実現に向けた協議開始で合意したと明らかにしたが、安倍は活動を「特別な制度」で行うための交渉開始も合意したと付け加えた。さらに安倍は領土問題解決に向けての「大きな一歩を踏み出すことができた」と指を立てて強調するなど、成果を誇示するのに懸命であった。
 これに対してプーチンは、安倍のロシア訪問招請と「4島での日本との協力が今後の平和条約交渉の雰囲気づくりを促進する」と外交辞令を述べるにとどまった。一方質疑応答では「1956年にダレス国務長官に『2島で合意したら沖縄は返さない』と言われ妥協した」と60年前の話を引合いに現在の日米関係に釘を刺すなどなど、日露の温度差が露呈した。
 また記者会見とは別に出されたプレス向け声明は、もう少し詳細な事項が書かれているが、平和条約、領土問題に関する合意事項は全くなかったことが明らかになった。
 しかし経済協力に関しては、漁業、養殖、観光、医療、環境など4島での共同活動へ向けての協議開始、さらに極東地域などでの医療やエネルギーなど8項目80件、総額3000億円の案件を進めることで合意した。
 ただプーチンは記者会見で「共同経済活動が実現すれば4島は対立の種ではなく、両国を結びつける場所になる」「経済活動ばかりに関心があるのではなく平和条約も重要」と述べ、日本側の淡い期待を継続させる配慮を忘れなかった。
 安倍政権としては4島での経済活動が推進すれば、日本の影響力が拡大し、平和条約交渉にも有利に働くとの期待があるのだろうが、そもそも千葉県程の面積がありながら、人口が1万7千人であり、生産も消費も期待できない4島で何をするのか。
 経済を活性化させようとすれば人口を増やさなければならない。しかし日本から移民を送り込むことなどできないわけであるから、ロシア本土からの移住者が重要となる。そうすれば日本側の目論見とは裏腹にますます「ロシア化」が進むと言う矛盾に直面するだろう。
 「特別な制度」についても昔の「租界」や「治外法権」的なものは考えられず、今後実施されるビザ発給要件緩和のさらなる拡大、日本人や企業に対する有利な在留資格か税制面での優遇ぐらいしかなく、4島の「日本化」などは容易に進まないと考えられる。
 今回の首脳会談で領土問題の成果が全くなかったことに関し、国内から批判が噴出している。プーチンへの手紙をしたためた元島民達には墓参の便宜が図られるにとどまった。
 与党幹部の多くは、成果を取り繕うのに躍起になっているが、二階幹事長などは「国民の大半ががっかりしている」と述べるなど政権内にも冷ややかな見方がある。
 
<情勢変化に対応できず>
 こうした拙速な対露外交の根底には、外交面での効を焦り、都合の良い情報のみに依拠する安倍の主観主義がある。
 5月のソチ会談で安倍はプーチンに「新たなアプローチ」として経済協力プランを提示した。これは四島の帰属問題を最優先とする外務省の領土原理主義から、甘言につられ経済産業省の実利主義に乗り換えたわけである。経産省にしてみれば財務省に続き外務省にも勝利したことになる。
 9月には世耕経産相をロシア経済分野協力担当相に任命、さらに前のめりの姿勢を強め、同月のウラジオストック会談後には、歯舞、色丹の返還は確定したような観測が流布された。
 この時期までは領土問題―平和条約での具体的な進展が見込まれたのだろうが、11月のリマ会談時にはトランプ当選など様相が一変していた。この直後からロシアは様々なアクション、メッセージを発してくる。
 11月末にロシアは国後、択捉両島にアメリカ艦艇に対する新型地対艦ミサイルを配備した。もともと、千島(クリル)諸島には中千島の新知(シムシル)島および択捉島に1960年代に開発された旧式のミサイルが配備されており、この更新は本来2014年に予定されていた。
 それが何度か延期されたのであるが、既定方針とはいえ、日露首脳会談直前にこれまで配備されていなかった国後島へも配備されたのである。このうち択捉島に配備された「バスチオン」は対地攻撃も可能で、直前にはシリアで実戦使用されたことが明らかになり、驚愕した安倍政権はロシアに「遺憾の意」を伝えざるを得なかった。
 さらに12月1日プーチンは年次教書演説を行い、重要な国の一つとして日本を挙げたが領土問題にはふれず、同日発表されたロシア政府の新たな外交指針でも対日平和条約問題は記載されなかった。
 7日には、読売新聞、日本テレビとの単独インタビューでプーチンは「ロシアは領土問題は存在しないと考えているが、日本が問題というのなら話はする」と言い放ち日本側の楽観に止めをさした。
 これら一連の言動はロシアの一方的なものでもなさそうである。朝日新聞によれば11月初旬に訪露した元外務次官の谷内国家安全保障局長は、ロシア高官が「歯舞、色丹が日本領になった場合米軍基地は置かれるのか」と尋ねたのに対し「その可能性はある」と答えたと言う。
 2001年の森・プーチン会談での同様のやり取りでは明確に否定された問題を、一官僚がひっくり返したのは、外務省の経産省に対する意趣返しでは済まないだろう。
 こうした流れの中、安倍政権もリマ会談以降は領土問題に関する見通しをトーンダウンさせてきたが、日本側が設定した首脳会談を止めることはできないまま12月15日を迎えることになった。
 おりしもこの日、アサド政権は要衝アレッポの完全制圧を宣言、これに対し日本を除くG7の米、英、仏、独、伊、加の6か国は、シリアとロシアを非難する声明を発表した。安倍は日頃「地球儀を俯瞰する外交」を吹聴しているが、実は自分の足元しか見ていないことが明らかになったのである。
 
<アメリカで取り戻す>
 日露首脳会談での領土問題の進展が潰えたるなか、12月5日、突如安倍の年内真珠湾訪問が発表された。1年前も突然の慰安婦問題合意があったが、今回はアメリカである。
 5月にオバマが現職大統領として初めて広島を訪問したにもかかわらず、安倍は真珠湾訪問に関し口をつぐんでいたどころか、早々にトランプに乗り換えるという変わり身の早さで世界を驚かせた。ところがオバマ政権から想像以上の苦言を呈され、11月20日リマAPECでは立ち話で終わった。さらに期待したプーチンにも袖にされることが明らかになり、外交失策を挽回するためオバマに戻ったのである。
 官邸は「オバマの広島訪問の返礼でいかざるを得ないようになった、と解釈されるのを避けるため時期が今になった。以前から慎重に検討しリマで首相が大統領に伝えた」取り繕っているが、安倍に行く気があったなら広島訪問と同時発表すればよかったのである。
 広島訪問後、オバマの任期中に行けば、いつであろうと返礼と思われるだろうし、そもそも現職総理としては初めてというのが真珠湾訪問のウリであった。しかし発表後に吉田茂首相が1951年に訪れていたことが明らかになるというドタバタが、いかに慌てて設定された訪問かを物語っている。
 菅は「当時はアリゾナ記念館が無かったので、そこを訪れるのは現職総理としては初めて」と苦しい弁明をせざるを得なかった。さらに右派からの批判に「謝罪に行くのではない」と釈明を重ねるなど、苦肉の策である真珠湾訪問はパフォーマンスとしてのインパクトに欠けるものになりつつある。
 このような中、沖縄でオスプレイ墜落事故が発生した。開き直る米軍に対しこの間いろいろお世話になった安倍政権は、形式的な申し入れを行うだけで早々に飛行再開を認めた。
 ロシア、アメリカには低姿勢の安倍であるが、内政での高圧的姿勢はますます酷くなり、先日閉会した臨時国会ではTPP、年金、カジノなど問題を抱える諸法案をまっとうな議論なしに可決、成立させた。
 「北方領土解散」も「真珠湾解散」も立ち消えとなり、総選挙は来秋以降に遠のいたとみられるが、民進党を始めとする野党は残された時間はあまりないと認識すべきであろう。(大阪O)

【出典】 アサート No.469 2016年12月24日

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【投稿】過去の反省を無視し「軍事研究」に踏み出そうとする日本学術会議

【投稿】過去の反省を無視し「軍事研究」に踏み出そうとする日本学術会議
                              福井 杉本達也 

1 「軍事研究」に前のめりの日本学術会議
 科学者の代表機関とされる日本学術会議は第二次世界大戦で科学者が戦争に協力した反省から、1949年「わが国の科学者がとりきたった態度について反省し、今後は科学が文化国家ないしは平和国家の基礎である」という発足声明を発し出発した。1950年の第6回総会では物理学者の坂田昌一(2008年ノーベル物理学賞受賞者の小林誠、益川敏英の恩師)らが主導して「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない」と決意表明をした。ところが、1959年から1967年にかけ、アメリカ軍極東研究開発局から全国の大学、民間研究機関が研究資金をうけていたことが明らかとなった。日本物理学会では米軍から半導体国際会議の資金援助を受けていた。そこで改めて1967年に「戦争を目的とした科学の研究を行わない」という声明を出した。ところが、今回、軍事目的の研究を否定する原則の見直しに向け検討を始めた。政府が「デュアルユース(軍民両用)」技術の研究を掲げる中、「時代に合わない」として、5月20日の幹事会では、「安全保障と学術に関する検討委員会」を設置し、声明が見直される可能性が出てきた。2015年度から防衛省が防衛装備品に応用できる最先端研究に資金を配分する「安全保障技術研究推進制度」を始め、大学などの研究9件が対象に選ばれた。2016年度から始まった国の「第5期科学技術基本計画」でも関連技術の研究開発推進が盛り込まれた。今回の制度を受け、声明の見直しも含めて、議論を続けている(毎日:2016.5.21)。大西隆会長(豊橋技術科学大学学長)は11月28日の日経紙上においては、「自衛装備が直ちに戦争につながるとの主張は強弁にすぎる」とし、「自衛目的に限定して、大学などの研究者が将来の装備品開発に役だつかもしれない基礎的な研究をすることを可能とする」(大西隆:日経:2016.11.28)と述べるなど、軍事研究に前のめりの発言を繰り返している。

2 札束で研究者の顔を引っ叩く防衛省
 防衛省は5月31日、過去最大の総額5兆1685億円に上る2017年度予算の概算要求を発表した。16年度当初予算比2.3%増。このうち、企業や大学に対し、軍事に応用可能な基礎研究費を助成する「安全保障技術研究推進制度」予算として、16年度の6億円から18倍増となる110億円を要求した。安全保障技術研究推進制度は、防衛技術の基盤強化などを目的に2015年度からスタート。防衛装備庁が提示した研究分野に、大学や企業の研究者が研究計画を提案。採択された研究者は、3年間で最大9千万円の研究費を得て、同庁の助言を受けながら研究する。2015年度事業として助成を受けた主な研究は、東京工業大学の「運搬可能な超小型バイオマスガス化発電システム」3900万円、理化学研究所の「光を完全に吸収する特殊素材の開発」3898万円、豊橋技術科学大学の「極細繊維による有害ガス吸着シートの開発」390万円などがある。
 これまでも防衛予算のうち科学技術関連予算は1千億~1500億円、毎年計上されてきた。防衛装備庁は来年度から、導入済みの委託研究制度に加えて、1件あたり5年間で最大10億~20億円の大型研究プロジェクトを新たにスタートさせる。防衛産業の市場規模は約1.8兆円。国内の靴・履物小売市場(約1.4兆円)に等しく、勢いはない。国内防衛産業は、防衛省の発注でほとんどが支えられているが、ここ数年、急速に輸入比率が高まっており開発への焦りが背景となっている。
 
3 仁科芳雄と戦前の原爆研究
 兵器は技術者や軍人によって経験主義的に試行錯誤をへて作られたが、原爆はその原理も可能性も「科学が主導した技術」(武谷三男)として100%物理学者の頭脳の中から生みだされた。第二次世界大戦中継続して原爆の製造を追求したのは米国と日本だけである(ドイツは1942年頃には製造を諦めている)。米国のマンハッタン計画では12万人もの研究者や技術者が動員され、230億ドルの資金(現在価値)が投じられたといわれるが、日本では1941年に陸軍が理化学研究所に原子爆弾の開発を委託した。仁科行雄が研究を主導し「二号研究」と呼ばれ、武谷や朝永振一郎らの物理学者が従事した。今日の価値で10億円という金額が投じられた。一方、海軍は京大理学部教授の荒勝文策に委託し「F号研究」と呼ばれた。湯川秀樹らが従事している。
 
4 生物化学兵器の研究を行った731部隊の医師・研究者
 1936年、日本は中国・満州ハルピンの郊外平房の広大な敷地に研究施設を作り細菌兵器の開発を目指した。その中心が陸軍軍医少佐の石井四郎であった。中国人・朝鮮人・ロシア人・モンゴル人などをマルタと称して生体実験・生体解剖などをし、試行錯誤を重ね、より強力な細菌兵器の開発を目指した。戦後、731部隊の戦犯追及は停止され、詳細なデータはアメリカが独占することになり、東京裁判では731部隊のことは裁かれなかった。マッカーサーは自国の遅れていた細菌兵器の開発に日本軍のデータが役立つとして、細菌戦や細菌兵器のデータが欲しかったのである。
 731部隊をはじめとする生物化学兵器研究の幹部は、エリートが多く、そのほとんどは戦後になって、東京大学や京都大学を初めとする医学部の教授、国立予防衛生研究所所長など、日本の医学界、医薬品業界、厚生行政の重鎮となった。北岡正見731部隊ウイルスリケッチア部長は国立予防衛生研究所の幹部となった。福見秀雄(細菌第2部長)は戦後も国立第1病院等で乳児に致死性大腸菌の感染人体実験を行ない、国立予防衛生研究所所長をへて55年長崎大学長となっている。

5 宇宙開発と軍事研究に「垣根」はない(糸川英夫から始まる日本のロケット開発)
 12月9日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工は国際宇宙ステーションへの無人補給機「こうのとり」6号をH-2Bロケットで軌道に載せることに成功した。日本のロケット技術は最近安定してきているが、日本はHⅡA、HⅡBというロケットを開発し、15t~20tの打ち上げ能力がある。核兵器を搭載できる大陸間弾道ミサイルとして遜色のないものである。打ち上げ成功を手放しで喜ぶべきものではない。2010年、小惑星の探査を目的として打ち上げられた「はやぶさ」が地球の大気圏に再突入し、小惑星「イトカワ」の微粒子を持ち帰ったことが大きな話題となったが、「イトカワ」とは戦時中、戦闘機「隼」を設計し、戦後はいち早くペンシルロケットなどミサイルの開発に着手した軍事技術研究の第一人者である糸川英夫から命名されたものであり、最初から軍事技術と宇宙開発は切っても切れない関係である。宇宙の軍事利用に合法的道を開く宇宙基本法が08年に施行され、JAXAと防衛省の技術交流が拡大した。小惑星探査機「はやぶさ」の耐熱シールドは、弾道ミサイル技術に通じる。核弾頭が大気圏再突入の際、大気圏外で爆発されては効果がない―どころか自国に被害が生じる。宇宙基本法の施行以来、学術研究の場といえども研究情報が機密保護の管理下に置かれつつある。

6 作ったもの(兵器)は必ず使用される―「デュアルユース」などというものはない
 防衛省は安全保障技術研究推進制度の募集要領で「広く外部の研究者の方からの技術提案を募り、優れた提案に対して研究を委託するものです。得られた成果については、防衛省が行う研究開発フェーズで活用することに加え、デュアルユースとして、委託先を通じて民生分野で活用されることを期待しています」と書いている。しかし、兵器の最終目的は人間を「より大量に」・「より素早く」・「より残虐に」殺すことである。作った兵器は必ず試されなければその効果は分からない。原爆はアインシュタイン書簡により、当初、ナチス・ドイツの原爆研究に対抗する目的で科学者の動員が図られたが、1945年5月のドイツ降伏前の44年9月には米大統領ルーズベルトと英首相チャーチルは投下目標を日本に絞ることで合意していた。日本への原爆投下は米国を第二次世界大戦後の世界において有利な立場を置き、主導権を握るために行われたのである。そして、原爆の破壊力を試すのに、市民殺傷効果を見るのに最適な規模の人口密集地で空襲を受けていない都市である広島・長崎が選らばれた。しかも、長崎に投下されたファットマン(Fat Man)はプルトニウム型原爆であり、広島に投下されたウラン濃縮型とは異なった効果を試すために戦略的には無用な2発目の原爆が落とされたのである。古田貴之・千葉工業大未来ロボット技術研究センター所長は「軍事利用を含め、自らの研究成果が世の中でどう使われるか、用途を研究者も考える責任があるということは特に強調したい。真理の追究が職務だと言い逃れる人もいるが、それでは今の時代は済まされない。私たちは不可能を可能にし、社会を良くしたいと願ってロボットを研究している。その成果が悪用されないよう、少なくとも用途を予測する努力は必要だ」(古田:毎日2016.7.27)と述べる。 兵器には「デュアルユース」などというものはない。必ず人間を殺すために使用される。予算で締め付けを食う研究者はいま大きな転換点を迎えている。学術会議は「カネ」のために最後の一線を越える気である。

【出典】 アサート No.469 2016年12月24日

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【投稿】日露首脳会談をめぐって 統一戦線論(31)

【投稿】日露首脳会談をめぐって 統一戦線論(31) 

<<「期待で風船を膨らませて針でぶすっと刺した」>>
 12/15、安倍首相は当初の目論見として、プーチン大統領をわざわざ首相の地元である山口県長門市の大谷山荘の温泉地に招き、日露首脳会談を演出、北方領土返還への大きな外交成果を誇大宣伝し、衆院解散・総選挙に持ち込む腹であった。ところが日露首脳会談は、正式な共同声明すら出せず、「プレス向け声明」にとどまるものであった。
 「解散近し」と煽ってきた自民党幹部は、「期待で風船を膨らませて針でぶすっと刺した」とその落胆ぶりをぶちまけている。安倍首相のお先棒を担ぎ、自ら先頭に立って年内あるいは1月解散さえ吹聴してきた二階幹事長は臆面もなく「日露問題で解散、解散とあおったのは誰か。我々は解散のテーマにはならないと思っていた」と語る始末である。自らに唾して嘆いて見せて、開き直っている。
 民進党の蓮舫代表は「引き分けどころか、一本取られた形で終わったなら残念」「四島の帰属をまず確認して平和条約の締結という基本は変わっていないけれども、今回は大幅にここを言及することなく踏み越えて経済協力、経済援助というところに舵を切りすぎたように思う。率直に申し上げて、なぜなんだろうかという思いしかない」と語る。
 又市・社会民主党幹事長の日ロ首脳会談についての談話も「全くの期待外れに終わった。経済協力の満額回答を勝ち取ったプーチン大統領に、「一本」取られた感じがする。」と述べている。
 マスメディアの主張もほとんどがこの類である。12/17付・朝日社説は「日ロ首脳会談 あまりに大きな隔たり」と題して「今回あらわになったのはむしろ、交渉の先行きが見えない現実だ。近い将来、大きな進展が見込めるかのような過剰な期待をふりまいてはならない。」とくぎを刺す。
 共産党の志位委員長に至っては、「日本国民が何よりも願ったのは、日露領土問題の前進だったが、今回の首脳会談では、この問題はまったく進展がなかった。」「『共同経済活動』を進めるというが、平和条約に結びつく保障はなく、逆に4島に対するロシアの統治を後押しするだけの結果となる。」「『「新しいアプローチ』の名で、安倍首相がとった態度は、首脳間の『信頼』、日露の『経済協力』をすすめれば、いずれ領土問題の解決に道が開けるというものだった。しかし、日露領土問題が、『信頼』や『経済協力』で進展することが決してないことは、これまでの全経過が示している。」と述べ、「日露領土問題の根本は、米英ソ3国がヤルタ協定で『千島列島の引き渡し』を取り決め、それに拘束されてサンフランシスコ条約で日本政府が『千島列島の放棄』を宣言したことにある。」と述べている。これは事実上、第2次世界大戦の戦後処理の大原則であり、「戦後レジーム」の重要な柱の一つである1951年のサンフランシスコ講和条約の放棄・破棄をさえ主張するものである。

<<「戦後レジーム」への怨念>>
 第2次世界大戦は日本の自衛のための戦争であったと主張し、憲法9条改悪を柱に、安倍首相が覆そうとしている「戦後レジーム」、その中の重要な構成部分である北方領土をめぐる問題の概要は以下の通りである。
 第2次世界大戦末期、1945年2月4日~11日の米英ソ首脳のヤルタ会談でルーズベルト米大統領がソ連に対して対日参戦を求め、ドイツ降伏3ヵ月後に、ソ連は対日参戦すること、樺太・千島はソ連領となることが合意された。1945年8月9日、ドイツ降伏のちょうど3ヵ月後、ソ連は対日参戦、日本政府はポツダム宣言を受諾、連合国に無条件降伏、9月2日降伏文書に調印。ポツダム宣言八条にしたがって、日本の領土は、四つの主要な島(北海道、本州、九州及び四国)及び連合国が定めた諸小島に限定された。そして1946年1月29日、連合軍総司令部・GHQは日本の行政区域を定める指令(SCAPIN-677)を出し、クリル(千島)列島、歯舞、色丹は日本の行政範囲から正式に省かれる。このとき竹島も日本の行政範囲から省かれている。1951年、サンフランシスコ講和条約批准、条約第2条C項『日本国は、千島列島並びに樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。』と明記されている。吉田首相は演説で、国後・択捉は南千島と明確に述べている。同年10月衆議院で、西村外務省条約局長は、放棄した千島列島に南千島(国後・択捉島)も含まれると答弁、国内外に向けて国後・択捉島の放棄を宣言。但し、歯舞・色丹島は北海道の一部と説明。
 他方、1956年の日ソ共同宣言では「ソヴィエト社会主義共和国連邦は,日本国の要請にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞諸島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし,これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする」と明記された。
 こうした歴史的経緯を覆そうとすることは、日本の侵略戦争がもたらした現実を否定するものであり、「戦後レジーム」への怨念と報復、歴史への反動と言えよう。
 当然、今回来日したプーチン大統領が「1956年の日ソ共同宣言には平和条約後に二つの島を引き渡すと書いてある」「私たちにとって一番大事なのは平和条約締結だ」として、1956年の日ソ共同宣言を堅持する姿勢を示している。これに対して安倍首相は「北方四島が日本領だという日本の立場を“正しいと確信している“として、サンフランシスコ条約の国後・択捉放棄の事実を踏まえてはいない姿勢にこだわり続けている。その意味では、今や安倍政権と共産党は、同列に並んでいるのである。共産党は、いやそれ以上に、これまで、国後、択捉からロシアのカムチャツカ半島の南西に隣接する占守(しゅむしゅ)までの諸島、「北千島を含めて日本の領土ですから全部返せという交渉」、「全千島返還をロシアに求めるべき」だとして、政府の弱腰外交を叩き、日本のナショナリズムを煽ってきたのであった。

<<「新たなアプローチ」>>
 しかし今回、安倍首相は、日露交渉の局面を打開せんとして、「新たなアプローチ」を提起し、首脳間の「信頼」、日露の「経済協力」を前面に打ち出した。共同記者会見で「『新たなアプローチ』に基づく(北方領土での)共同経済活動を行うための『特別な制度』について、交渉を開始することで合意した」と発表。安倍首相は「私はプーチン大統領と、日本とロシアはすべての分野で関係を発展させる無限の可能性を持っているという考えで一致した」とし、「平和条約締結に向けた重要で大きな一歩になった」と表明、日本側は今回、ロシアへの80件もの経済協力で合意したという。
 これらの合意は、千島歯舞諸島居住者連盟に結集する元島民や関係者の、「返還」の二文字にこだわることなく、「経済交流の促進」をと強く主張してきた願いとも合致するものである。
 ただし、安倍首相の外交姿勢は、毀誉褒貶が激しく、信頼性に欠けるものである。しかし、ともかくもナショナリズムに基づいて対立をあおるのではなく、首脳間の「信頼」と「経済協力」を前面に打ち出したことは、日ロの平和的友好関係を構築・維持する上で前進と言えよう。安倍首相は、対中国、対韓国の領土問題においてもこのような姿勢をこそ貫くべきなのである。こうした姿勢、「新たなアプローチ」にこれまで踏み出さなかったことこそが厳しく問われるべきなのである。これを共産党・志位委員長のように、領土問題の解決は「『信頼』や『経済協力』で進展することが決してない」などと切って捨てることは、日露、日中、日韓の対立と緊張激化をあおりたてる好戦主義的な勢力や内外の軍需利益を追求する勢力をを利するものでしかない。

<<安倍首相にとってのパールハーバー>>
 12/5、安倍首相は12月26~27日、アメリカ・ハワイを訪問し、オバマ大統領とともに真珠湾を訪問する、と唐突に発表した。首相が忌み嫌う、日本軍の真珠湾への先制・奇襲攻撃を「謝罪」するためではなく、責任を不問にした抽象的な「慰霊」のためであることが見え透いている。今年5月、オバマ大統領の広島訪問に際しての記者会見で、首相は「現在、ハワイを訪問する計画はない」ときっぱり否定していたものが、わずか半年後の方針転換である。この右往左往は、11/17にニューヨークで行われた、現職大統領を無視して行われた“異例”の次期大統領との「トランプ・安倍会談」、これによってペルー・リマで11/20に予定されていたオバマ大統領との日米首脳会談が流れ、それを埋め合わせ、なおかつ日ロ交渉にも役立てる、何よりも解散・総選挙に向けて支持率向上をはかる、姑息な意図の反映でもあった。すべてが首相の安易で軽薄な政治的打算とも言えよう。しかし、それが客観的に持つ意味は重大である。
 問題の1941/12/8パールハーバー奇襲攻撃は、単なる日米開戦の日ではない。それは、1874年の台湾出兵から始まり、1894年の日清戦争、1904年の日露戦争、1910年の日韓併合、1914年第一次世界大戦への参戦、1915年対華21か条要求、1931年の満州事変、1937年日中全面戦争、1941年の仏領インドシナへの侵略、それに引き続く東南アジア諸国への侵略を経た、「大日本帝国」ファシズム・軍国主義が犯してきたアジア侵略戦争の必然的な帰結点であったのである。パールハーバー訪問の前に、これらアジア諸国への侵略に対する真摯な謝罪がなされるべきなのである。
 しかし安倍首相にとっては、そのような謝罪は眼中にない。安倍首相にとってのパールハーバー訪問は、単なる日米軍事同盟の意義を高らかに喧伝する場と言えよう。なにしろ、「米国にだけ負けた」、「米国に邪魔されなかったら中国には勝っていた」「あの戦争はアジア解放のためだった」という言葉がのどに出かかる歴史観を持つ人物である。しかしそれでもパールハーバー訪問は、安倍首相にアジア侵略戦争への反省を厳しく迫るものであり、そうさせなければならない。
 「アベ政治を許さない!」野党共闘と統一戦線にとって、日ロ首脳会談とパールハーバー訪問は、何よりもアジア諸国との善隣友好関係の構築へと外交姿勢を全面転換させる契機とさせなければならない。それを逆に、ナショナリズムに取り込まれて、領土問題の解決は「『信頼』や『経済協力』で進展することが決してない」などと叫んで、日露、日中、日韓の対立と緊張激化に同調したり、民族主義におもねっていたのでは、圧倒的な多数の人々から見放されてしまうであろう。
 折しも、沖縄県名護市沖に問題の米軍輸送機オスプレイが大破、墜落。在沖米海兵隊トップのニコルソン四軍調整官は、沖縄県の安慶田副知事の抗議に対して「被害与えず、感謝されるべき」と激高する事態が露呈された。同副知事は記者団に「謝罪は全くなかった。本当に植民地意識丸出しだなと感じた」、「県民に被害がないのは表彰ものだと言い、抗議に興奮して怒っていた。感覚が全然違う。私たちはオスプレイそのものがいらない」と述べている。オスプレイを購入し全国展開しようとしていた安倍政権は、墜落事故に驚き衝撃を受け、動揺し、これを矮小化することにのみ腐心している。稲田防衛相は「墜落ではなく不時着水」、菅義偉官房長官は「パイロットの意思で着水したと報告を受けている」とシラを切り、沖縄の世論は怒りで渦を巻いている。「アベ政治を許さない!」野党共闘と統一戦線は、領土問題や民族主義に煩わされることなく、いまこそオスプレイNOの広範で強大な運動のすそ野を広げ、強化することが求められている。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.469 2016年12月24日

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【日々雑感】カジノ法成立 

【日々雑感】カジノ法成立  

12月某日
 IR(総合型リゾート、カジノ)法(特定複合観光施設区域の整備に関する法律)案が国会で可決成立。わずかな審議時間で強行採決。ギャンブル依存症やマネーロンダリング、治安などへの対応は中身が全く無いまま。公明党は自主投票、党首が反対票。国の各省庁も、面倒なことは引き受けたくない、と及び腰。マスコミも最近になく各社揃って批判。強行理由は、またしても橋下・松井の日本維新の会と安倍、菅ライン。IRをセットにして誘致したい大阪万博のタイムリミットだから。憲法改正などを控えて、安倍政権の諸悪法に無条件で賛成票を投じてきた日本維新の会への見返りとのこと。
 と、ここまでは、マスコミも及び腰ながら報じている。だが、肝心なところが議論されないように誘導されている。
 IR報道は、経済効果が多大という前提に立ち、ギャンブル依存症など副作用にどう対処するのか、という論理で構成されている。しかし、IR問題の本質は経済効果の点にある。本当に経済効果があるのか。効果ありとして、“金”は誰から誰にどう流れるのか。蓮舫民進党代表の、“対策・整備の資金は結局、庶民の掛け金でしかない”旨の国会質問は、経済刺激を知らないバカだと一蹴された。
 IRは“国際競争力の高い魅力ある観光地”として、設置区域の申請は地方公共団体、全国に最終的に10か所程度の設立を予定。売上は1か所数千億から1兆円規模、波及効果は全国で2兆円を超すと宣伝されている。松井知事は1,000万人の海外観光客増を吹聴する。
 だが、旨い話は疑え。レクリエーション・展示・宿泊の総合施設とはいえ、売上の約8割を施設面積の3~5%のカジノが担う施設。寺銭狙いの豪華宿泊賭博場でしかない。誘致を検討したある自治体の幹部からかつて、「市財政で見る限り、固定資産税や住民税(所得)などの歳入増加と、治安やギャンブル依存症などで必要とされる歳出増を比較すると、歳出の方が多くなる可能性は高い。(市財政の悪化)」と聞いた。もちろん、周辺整備は自治体の負担。このような検討結果は推進派議員への配慮により表には出されない。納付金や入場料が設置自治体に収められるとしても、ギャンブル依存自治体となるわけで、教育などへの影響その他環境悪化は避けられないだろう。
 売上も、取らぬ狸の皮算用に注意だ。後発IRに海外の富豪が押し寄せるだろうか。アジア各地でカジノは不振だ。かつて、日本では、地方競馬の不振、総合保養地整備法の大失敗の過去がある。ディズニーやUSJとも同じではない。周辺商店街は来場者に期待するというが、豪華カジノで遊ぶ人が周辺地で散財するだろうか。やけ酒はあるかもしれないが。経済効果の試算には常に試算者の思惑が入っている。
 賭博とは胴元だけが確実に儲かるシステムだ。土建業や機器などの企業も建設することで儲かる。IR運営のノウハウを日本企業は持たない。一般日本人市民(上位1%は海外に行く)の富がアメリカ資本の胴元に吸い上げられ、自治体が赤字を出して警備する。市民は低下する行政サービスの下でギャンブル依存症に怯える。もし閑古鳥が鳴けば壮大な廃墟がレガシーとして残るだけ。金持ちが儲けるだけ儲けてそれでお仕舞い。毎度の社会的格差拡大の再生産の構図が見えている。
 こうした疑問に一切答えない、検討を拒否するのが、日本維新の会を先頭とする推進派だ。 (元)

【出典】 アサート No.469 2016年12月24日

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【投稿】トランプに追従する安倍政権

【投稿】トランプに追従する安倍政権
      ~軍拡と差別、分断に対抗する取り組みを~

<「親米倭王」>
 12月18日、ニューヨークで安倍は高級ゴルフセットを携えトランプ次期大統領と面談した。面談は非公式、非公開とされ詳しい内容は公表されず、数枚の写真と雰囲気だけが伝えられた。
 安倍は面談後のコメントで「トランプ氏は信頼できる指導者だと確信した」と述べ、菅や麻生も「大きな一歩を踏み出す素晴らしい会談」「予定時間を超えての会談は波長が合うと言うこと」と会見で述べるなど、会うこと自体が大目的であった今回の面談の性格を、億べもなく吐露している。
 そもそも、9月、早々と国連総会出席に合わせヒラリー・クリントンとの会談を設定したのは勇み足であった。11月9日トランプ当確が報じられると安倍は「話が違うではないか」と周囲に当り散らしたと言う。
 その後の囲み取材で安倍は、「お祝い申し上げる」と言いながら、とても喜んでいるとは見えない緊張した面持ちで「日米同盟は普遍的価値で結ばれた揺るぎない同盟であります」と言うのが精いっぱいであった。
 9月の失態を挽回するため、「いざ鎌倉」とばかりに各国の指導者が電話協議に止める中、真っ先に面談を取り付けたが、トランプ政権の基本政策や、主要人事が定まらない中、これもある意味勇み足であったと言えよう。
 安倍はこれまで、「民主主義」「法の支配」という価値観外交を前面に押し出しながら、当該国民や国際社会から「非民主的」「独裁的」と批判される権力者と親交を結んできたわけで、今回のトランプ訪問もその延長線上にある。
 かつて安倍は「オバマ大統領とはケミストリーが合う」と語っていたが、その後、歴史認識や人権問題など政治理念の違いから溝が深まり、結局疎遠になっていった。今回オバマとは正反対のポリシーを持つトランプと早速「ウマが合う」とは、いかに表面的な付合いに終始しているかが窺い知れる。
 それでもオバマは安倍に対し2015年4月に、日本の総理としては54年ぶりとなる上下両院合同議会での演説という栄誉を送るなど、手厚く処遇をしてきた。しかし、安倍政権は今回トランプとの面談に奔走するあまり、APECでのオバマとの会談調整は後回しにするという、手のひらを返したたような非礼さである。
 さらに安倍は、訪米前に空港で「トランプ大統領に会えるのが楽しみ」などと、すでにオバマは過去の人と言わんばかりの浮ついた様子を晒した。片やトランプサイドが今回の面談に関し「アメリカの大統領は一人だから」と非公式を強調して、オバマに気配りを見せていたのとは好対照であり、軽薄さが際立つこととなった。
 今回の行動に関して、民進党などは「朝貢外交」などと批判を強めており、確かに安倍の姿は「親米倭王」に相応しいとも言える。それにも増して明らかになったのは「ウマが合う」のは結局価値観が同じだからという、理念、価値観、政策より人間関係優先の安倍外交の本質であると言えよう。
 
<トモダチ外交>
 そうした観点からいえば、この間官邸や政権はクリントン勝利前提で動いていたものの、安倍本人はそれを望んでいたとのではないかも知れない。人権問題に機敏なクリントンであれば、靖国参拝や従軍慰安婦問題に関して今後もプレッシャーをかけられるだろうが、トランプは心配ないだろう。
 政策面に関してもTPPは空中分解の危機に瀕しているが、もともと2012年の総選挙で自民党は「TPP断固反対」を謳っていたわけである。さらに先の参議院選挙において北海道、東北で野党共闘が功を奏した背景にはTPPへの根強い批判がある。
 次期総選挙の勝敗を考えるならば、実際はさしたる経済効果も望めないTPPがアメリカの都合で立ち消えになるのは、安倍政権にとって願ったり叶ったりであろう。こうした状況の中、APECの諸会合で各国が情勢の推移を伺いつつ、建前としてTPPの枠組み維持を確認する中、日本が一人TPP推進の旗を振る姿は戯画に等しいものがある。
 日米軍事同盟についても、トランプ政権から駐留経費の負担問題にかかわる「片務性の解消」要求が出たとしても、それは安倍政権にとってはさらなる自衛隊の任務拡大、軍拡合理化に利するだろう。
 これまでアメリカの歴代政権、とりわけオバマ政権は日本の軍拡が東アジアでの緊張を高めることに懸念を持っていたが、トランプ政権でそれは解消の方向に向かうだろう。
 南シナ海に関しては、米中関係が改善されれば、ドゥテルテの対中融和姿勢と相まって、南シナ海での日本のプレゼンスは後退を余儀なくされる。
 一方沖縄の米軍基地、のみならず在日米軍に関しては、米軍部の既得権益の問題なので、大きな変化が起きるとは考えられない。軍は圧倒的にトランプ支持であり(10月の調査では4軍平均トランプ68%、クリントン18,5%海兵隊に至ってはトランプ74%、クリントン9%)その意向は尊重されるだろう。
 東シナ海についても、もともと米中は緊張激化を避けたい思惑があり、状況に大きな変化はないと思われるが、南シナ海での圧力が軽減した中国がリソースを東シナ海に振り向ければ、日本の軍拡の格好の口実になる。
 このようにトランプ政権は、日米同盟や自由貿易の危機という表立った懸念とは裏腹に、安倍にとってはまたとない「トモダチ」となる可能性が高い。
 もう一人の「トモダチ」であるプーチンとの関係は微妙になるかもしれない。トランプはかねてからプーチンを称賛していたが、米露関係が修復に向かえばロシアにとっての日本の利用価値は低下する。
 11月15日、プーチンは収賄容疑で拘束されていたウリュカエフ経済発展相を解任した。これは2018年の大統領選挙を見据えた政略との見方もあるが、対日交渉よりもロシアの国内政治が優先されたことは間違いない。
 こうした、先行き不透明の中、18日リマで開かれた日露経済次官級協議で、資源、エネルギー開発など経済8項目の作業計画が合意され、経済協力は見切り発車される形となった。
 一方、領土問題―平和条約交渉に関する20日の日露首脳会談では、目立った成果は無かった。9月のウラジオ会談後安倍は「領土交渉の道筋は見えてきた」「手ごたえを強く感じとることができた」と胸を張った。
 しかし今回は「70年間できなかったわけでそう簡単ではない」「道筋は見えているが、一歩を進めることは簡単ではない」と足踏み状態であることを認めざるを得なかった。そればかりかNHKの報道によると、会談でプーチンは「日露貿易が今年の半年で対前年比36%も減少した。これは第3国の圧力の所為だ」とネガティブな発言をしたという。
 秋口の「2島返還+α」などという楽観的な見方は影を潜めた。潮目は変わりつつあり、今後のトランプ、プーチンの動向如何では「トモダチ」どころか三角関係になる可能性も出てきた。 

<軍拡と社会の分断>
 不安定さが付きまとう「トモダチ」は他にもいる。10月26日の日比首脳会談でドゥテルテは法の支配と民主主義の重要性を強調、中国寄りの姿勢を修正するかに思えた。しかし今回のAPEC首脳会議で、中国とは兄弟のようになりたい、南シナ海問題は協力して平和的に解決する、と述べるなど基本は対中融和であることが明らかとなった。
 それでも対中包囲網を取り繕うことに懸命な安倍は、11月2日ミャンマーに対し5年間で8000億円の経済支援を行うことを確認、7日にはカザフスタンとの間で、同国の原発建設計画への協力や、軍事交流の強化に関する共同声明を発表した。
 そして11日にはインドとの間で内外の批判をよそに日印原子力協定を締結、17日にはマレーシアに対し、退役した海保の巡視船2隻を供与することが決定された。これらは、いずれも訪日した各国元首級VIPとの会談で確認されており、次々とやってくるアジア各国の首脳を前に「アジアの盟主」を夢想したのであろう。
 さらに安倍はアフリカへの権益拡大をめざし、先のTICAD6(第6回アフリカ開発会議)で「自由で開かれたインド太平洋戦略」を掲げ、その最前線として南スーダンへの派兵を継続している。
 11月15日政府は、新たに南スーダンに派遣される部隊に対し「駆け付け警護」「宿営地の共同防護」任務を付与することを閣議決定した。これに基づき20日から交代部隊が順次出発し、12月12日から実施が可能となる。 
 南スーダンでは、マシャール前第一副大統領派のSPLM-IO「スーダン人民解放運動」が11月16日に3つの町を武力制圧、国連も「民族大虐殺」の危機が迫っていると警告を発し、日に日に緊張は激化している。国連側も7月の戦闘で各国のPKO部隊が民間人救出を拒否したとして問題となり、ケニア人司令官が解任された。これに反発したケニア軍が撤収するなど、PKO部隊の統率が乱れているのが現状である。
 安倍政権は「駆け付け警護」が発令されるのは「首都周辺で少人数の武装集団が国連関係者を拉致しようとした場合」などと「限定運用」を強調しているが、現地の状況では有りえない楽観的な想定である。
 首都ジュバの攻防戦が始まれば、7月のように戦車、攻撃ヘリなど重火器を用いた戦闘になると思われ、駆け付けるどころか宿営地に籠城していても損害を受ける危険性がある。
 安倍はこうした軍事活動拡大で実績を重ねながら、強引に総裁任期を延長し改憲に向けた長期独裁政権作りを目指している。そのためにはトランプに追従し、ある時はその手法を利用しながら強権政治を進めるだろう。すでにアメリカでのポリティカル・コレクトネス批判に乗っかり、「土人が差別か理解できない」という鶴保を擁護、レイシストを増長させ憎悪を拡大しようとしている。
 さらには、経済政策の失敗で増大する格差は分断支配には格好の材料である。これらに対抗すべき野党共闘、市民運動の連携再構築が求められている。(大阪O)

【出典】 アサート No.468 2016年11月26日

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【投稿】廃炉・賠償費用さえ電気料金に転嫁する「資本主義」の腐臭

【投稿】廃炉・賠償費用さえ電気料金に転嫁する「資本主義」の腐臭
                             福井 杉本達也 

1 福島第一原発の廃炉費用・賠償費用を電気料金に上乗せ検討
 経済産業省は11月11日、「総合資源エネルギー調査会」の下部委員会である「電力システム改革小委員会」を開催し、東京電力・福島第1原子力発電所の廃炉費用を,電気料金の一部として,国民に負担させる検討を行っている。具体的には,託送料金(送電線の利用料)に上乗せするかたちで、原発の廃炉コストを「回収」しようというものである。経産省の内部資料によると、福島第一原発の廃炉費用「総額8兆円」と想定し、このうち4兆円について、東電の営業エリアである関東地区のユーザーに負担させるとし、電気料金への影響は「標準家庭で1ヵ月当たり120円」と試算。さらに原発事故被災者への賠償費用(原賠機構法成立前の過去分)を東電営業エリアで1兆円(「標準家庭で1ヵ月当たり30円」)、他の電力会社エリアで2兆円、その他通常の原発の廃炉費用や解体費の上振れ分を含む「8.3兆円」を、「電気の託送料金」に転嫁し、合計171円/月を広く全国民から回収する算段をしている(『東洋経済』2016.10.22)。この8.3兆円は本来、福島事故に責任をもつべき東京電力や原発を有する九電力会社が自らの経営努力で負担すべきものであり、原発を持たない新電力から競争力を不当に奪い、経産省が旗を振る電力自由化の趣旨にも反するであろう。
 
2 そもそも福島第一原発の廃炉費用が8兆円で済むのか?
 アーニー・ガンダーセン(Arnold Gundersen)氏によると、福島第一原発電の廃炉には100年、総費用にして5000億ドル(約60兆円)の費用がかかるとする推計を公表している。メルトダウンした核燃料コアがどのような状態にあるか、誰も正確には把握できていない。核燃料コアは地下水と接触し大量の汚染水に変わってしまっている。この汚染水問題により福島第一原発の廃炉は、チェルノブイリ原発の廃炉に比べて100倍複雑性を増しており、費用も100倍かかるとしている(bisinessnewsline:2015.7.24)。また。時事通信は「東京電力福島第一原発事故で、3号機使用済み燃料プールからの核燃料取り出しに向けた作業が遅れ、目標としていた2018年1月の取り出し開始が困難となっていることが18日、東電への取材で分かった。3号機プールの燃料取り出しは昨年も延期しており、事故を起こした原発を廃炉にする難しさが改めて鮮明となっている。」(時事:2016.11.18)と報じたが、廃炉費用の計算どころか、果たして「廃炉」できるかどうかさえ不明なのである。
 廃炉費用4兆円を40年の長期で回収するものとして仮定し、電気料金で回収するとした場合、0.4円/kwhとなるが、ガンダーセン氏の推計からは6~7年程度で回収しなければならない。とすれば2.6円/kwh=780円/月にもなる。標準家庭月額の1割にあたる。当然これに、賠償費用+他の福島第一6,7号機・福島第二・柏崎刈羽原発の廃炉費用等々を加えれば膨大な額になってくる。電気料金はまさに青天井となる。

3 資本主義の経済行為を逸脱する東電救済
 盗人猛々しい経産省も福島第一原発の廃炉費用はさすがに他のエリアの電気料金への上乗せはできないと考えたが、賠償費用3兆円のうちの2/3(2兆円)については他のエリアの電気料金から回収するという。福島原発事故は電力を販売する一私企業の経済行為の中で、東電の過失により事故が起こったのであり、それによる損害賠償や事故処理は東電自身が100%負担して行うべきである。1961年に制定された原子力損害賠償法では電力会社の無限責任をうたっており、今回の原子力委員会の検討会でも無限責任を維持する方向となった(2016.11.14)。負担できなければ東電は倒産すべきである。

4 租税法律主義を否定する安易な電気料金による回収
 全ての民主主義国家では、国民の代表者から成る議会が定めた法律によってのみ租税が賦課される。これを、租税法律主義という。今回の経産省の廃炉費用や賠償費用を電気料金によって回収しようという発想は、国会での原発に関する議論を回避しようとするもので実に安易な発想である。福島第一の廃炉費用だけで電気料金の1割になる。これは消費税10%に相当する。むろん、福島第一原発事故による損害については、原子力損害賠償法は1,200億円の電力会社の支払い能力を超えた損害賠償についてはこれを租税で負担できるとしているが、その場合には、東電の全ての財産を処分し、清算してからである。当然、東電の株主は株価が0円となり「有限責任」を被らなければならない。金融機関や社債保有者も債券をカットしなければならない(「原賠機構法」2011.9.12により東電への援助に上限を設けず、株の減資や債権カットもないこととされている)。「東電を破綻処理しない」ことを前提として、福島原発事故関連費を「国が肩代わり」し「公的資金を投入する」ことには国民の理解が得られない。「東京電力改革・1F問題委員会」は東電の事故責任を棚上げにして、あたかも東電が自力で費用負担するかのように見せかけて費用を捻出しようとするもので、国家詐欺である。
 
5 電気事業は既に「資本主義」ではなくなった
 「電気事業は普通のビジネスでは考えがたい要素が多く、リスクも非常に高いことから、廃炉会計制度のような別の会計があって当たり前のように思う。」(伊藤委員)「小売の規制料金がなくなり、規制料金として残っているのは託送料金しかない場合に、託送料金の仕組みを使いながら回収していくのは仕方ないと思う。」(圓尾委員)「今回の検討内容は、自分を含め、普通にビジネスをしている人にとって、本当にクリアになるまで何度読み直してもわからない要素が出てくる。」(伊藤委員)「電力システム改革小委員会 2016.11.11資料」での委員の発言は既に電力事業が「資本主義」の枠をはみ出していることを如実に表している。「普通にビジネスしている人にとっては」理解しがたいということである。
 これまで電気事業は広く一般の需要者をサービス供給の対象とすること及び電気料金の算定基礎となるため一般に公正妥当な会計の原則に従うことが求められてきた(「総括原価方式」)。しかし、この間原発推進を後押しする国に都合の良いように会計規則が作り変えられてきた。たとえば、2015年には発電を終了し廃炉にも役立たない原子力発電設備などが、「原子力廃止関連仮勘定」として資産計上され、料金回収に応じて定額償却されることとなった。将来にわたり全く利益を生まない資産が減損されず電気料金の原価に参入されていくことはとんでもないことである。もはや、電気事業会計は電力会社の損失を国民に転嫁するためにだけある(金森絵里「電力会社を優遇する原発会計」『科学』2016.11)ものとなっている。

6 電力会社の姿は「株式会社」の崩壊過程に入った日本の先取り
 16世紀から17世紀の大航海時代、ヨーロッパでは、共同資本により、貿易や植民地経営のための大規模な企業が設立されるようになった。しかし、初期の貿易会社は、航海の都度出資を募り、航海が終わる度に配当・清算を行い、終了する事業でリスクを分散する意味もあった。しかし、18世紀の産業革命の勃興とともに、鉄道事業を始め多額の資本を集めなければ実行できない事業が急速に増加した。会社が大規模化した結果、株主が直接経営を行うことが難しくなり、専門的経営者に経営が委ねられるようになった。多額の資金を集めるために、株主の責任を「無限責任」から「有限責任」とし、株主の財産を会社の債権者から守り、出資をしようとする者にとってのリスクを限定することによって、多数の出資者から広く出資を集めることを可能にするためのものである。これはグローバルな世界という「無限空間」を前提とし、「利潤の極大化」が可能なシステムであった。
 ところが、東電の場合は事故処理費用というブラックホールのような「無限の負債空間」を抱えることとなった。いくら投資してもどんどん債務が膨らむシステムである。「資本の自己増殖」どころか「自己減衰」が起こっているのである。経産省はこれを電気料金という「打ち出の小槌」によってなんとか「株式会社」の体裁の中で動かそうとしているが、全く「資本主義」の逆を行くものであり、破綻は目に見えている。既に電気事業は放射性廃棄物の処分を含め「資本主義」の枠を越えている。国民国家による税金の投入しか方法がないのである。「資本主義」は「より速く、より遠く、より合理的に」「無限の空間」を猛スピードで進んできた結果、我々の生活水準も飛躍的に向上した。しかし、20世紀末には「無限の空間」は閉じ「有限」になってしまった。成長は終わったのである。その結果、金利もマイナスとなり、成長率もマイナスとなり(『株式会社の終焉』水野和夫)、さらには、福島は放射能に汚染されて「空間もマイナス」となってしまった。水野和夫は今後の思考ベースを「よりゆっくり、より近くに、より寛容に」と提案しているが、「有限責任」の株主がその最低の資本主義的責任すら果たさず無理やり国民に転嫁しようとする姿からは、国民は「寛容」だが、国家・資本は「より不寛容に、より不平等に、より暴力的に、より強欲に」という未来しか見えない。

【出典】 アサート No.468 2016年11月26日

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【投稿】米大統領選が明らかにしたこと 統一戦線論(30) 

【投稿】米大統領選が明らかにしたこと 統一戦線論(30) 

<<ヒラリーの誤算>>
 映像を通じて現代アメリカ社会・政治の問題を鋭く提起してきたマイケル・ムーア監督は、今年7月、早々と、自分のウェブサイトに、ドナルド・トランプの当選を予測するエッセイを投稿している。そして投票日直前の11/4のアメリカの独立放送番組・デモクラシーナウで、予備選では「大統領選で社会主義者と億万長者のどちらかを選ぶ大きな決定が下されるのだと私は期待していました」とバーニー・サンダース候補を支持していた彼が、クリントン候補を支持するようになった経過を語っている。
 ムーアは語る。「悪いニュースを知らせる人になってしまうのは残念だが、昨年夏にも、僕は、ドナルド・トランプが共和党の指名を受けるとはっきり言ったよね。今、もっと悪いニュースを告げよう。この11月、ドナルド・J・トランプは、当選するよ。卑劣で、無知で、危険な、時に道化師、常に狂ったこの男が、僕らの次の大統領になるんだ。」
 ムーアは、トランプが、ミシガン、オハイオ、ペンシルバニア、ウィスコンシンの4つの州に集中したキャンペーンを行うと予測。そこは、かつて工業地区として栄えた地域。「もし本当に工場を閉鎖し、メキシコに製造を移すなら、メキシコで作られた車がアメリカに送られてくる時、35%の税金をかけてやる」「iPhoneを中国で作るのをやめさせ、アメリカにそのための工場を作らせてやる」というトランプの言葉は、まさにここの住民が聞きたい言葉だったのだ。ここはイギリスのど真ん中と同じ。イギリスのEU離脱で起こったことが、ここで起こるのだ、とも述べる。
 トランプに対するクリントンについては、「彼女はタカ派です。彼女はオバマより右寄り。それが事実です」、「ヒラリーがイラク戦争に賛成した時、自分は絶対に今後彼女には投票しないと決めた」と言う。だが、「ファシストが僕らの軍を率いる人になることを防がなくてはいけないので、僕は自分に対して結んだ約束を破る」と、消極的ながら、今度の選挙ではクリントンに投票すると述べる。しかし、自分が選挙に勝つことだけを重視している彼女は、古い政治の象徴だとし、「若者は彼女が嫌い。ミレニアル(2000年代に成人あるいは社会人になる世代)が彼女には投票しないと僕に言ってこない日は、1日たりともない。民主党支持者ですら、この11月8日、オバマの時みたいに、あるいはバーニーの名前が投票用紙にあった時みたいに、興奮に満ちて投票所に出かけることはしないだろう」と述べている。そしてこれが現実となってしまったのだ。
 ヒラリーがトランプ支持者たちを指して「a basket of deplorables」(嘆かわしく恥ずべき人々)と、いかにも上から目線で見下したエリート主義が、逆にこの言葉を利用され、「I am an adorable deplorable」(私は愛すべき恥ずべき人間です)という言葉を印刷したバッチが作られ、1つ2ドルで売り出され、飛ぶように売れるという皮肉な現象を招き、ヒラリーの誤算をさらに深めてしまったのである。金融資本の横暴を許し、貧困と雇用不安と格差の拡大をもたらしてきた新自由主義と闘うことを明示せず、このような従来の政治に取り残された人々に歩み寄ることをせず、トランプを支持する「残念な嘆かわしい人々」への批判に明け暮れ、マスメディアのヒラリー支持に慢心し、これで圧勝できると楽観した結果が、この事態をもたらしたと言えよう。日本の野党共闘や統一戦線にとっても貴重な教訓である。安倍政権やその支持者を見下し、こき下ろすだけでは、有権者の支持を獲得できないのである。

<<「驚いた」、「ショックだ」と言うのはやめないか>>
 さらにこの米大統領選の争点として、トランプの、移民排斥ナショナリズム、人種差別、女性差別、反グローバリズムなどが目立つ争点として取り上げられてきたが、本質的にはより重要な争点としてヒラリーのタカ派的好戦性 対 トランプの非軍事的外交政策というメディアが見過ごし、あるいは過小評価した隠れた争点の存在がある。ヒラリーの好戦性は、ムーアも指摘しているところであるが、クリントン夫妻財団が軍事産業から数百万ドルもの寄付を受けていること、ISISよりもロシアそのものに敵対する世界戦争をも辞さないタカ派的外交政策。対するトランプの、海外介入反対、ロシア・中国との関係改善など非戦闘的外交政策、軍事撤退発言、NATOの存在そのものを疑問視する(堤未果「戦争が隠れた争点」エコノミスト誌10/25号)という政策対立である。そしてこの政策対立でも敗北したのである。
 しかし、なおそれでも実際の投票結果は、クリントン氏が約5973万票で得票率48%、トランプ氏が約5952万票で得票率47%と、クリントン氏が僅差だが勝っている。州ごとでの得票数が一番多かった候補が、大統領を指名する「選挙人」をその州で総取りできる選挙人制度のゆえに、総得票数で敗北したトランプに勝利をもたらしたのである。
 ムーアは、投票日翌日の11/9、IN THESE TIMES WEB 上で、「「驚いた」、「ショックだ」と言うのはやめないか。そんなことを言うのは、君が泡の中に生きていて、まわりの人たちのことやその人たちの絶望に見て見ぬふりをしていたことを告白しているだけだ。何年も両方の政党に見放されてきた人たちの間で、現在のシステムへの怒りと復讐心がたまりにたまってきたのだ。トランプの勝利は驚きではない。彼はメディアが作り出したのだが、同時にメディアを作り出してきた。そしてメディアの手に負えなくなった。トランプが大統領に当選したのは、選挙人という不可解な、まともでない、18世紀に考え出された制度のせいなのだ。この制度を変えない限り、私たちは選んでもいないし、望んでもいない大統領を戴き続けるのだ。」と語っている。
 敗北した民主党では、クリントンと闘ってきたサンダース氏が、米民主党上院指導部入りし、新設のアウトリーチ(普及)委員会の責任者となり、上院予算委員会の上級議員にも再任、サンダース氏とともにウォール街・金融資本の横暴を批判し、改革を訴えてきたエリザベス・ウォーレン上院議員も指導部入りし、再建に乗り出している。
 サンダース氏は11/16、ワシントンのジョージタウン大学で行われた演説で、「人種差別や男女差別、性的マイノリティーへの差別、イスラム教敵視などとは徹底してたたかう」と語ると同時に、いくつかの問題についてトランプ次期大統領とともに働けることを希望していると述べて、以下の6点の大多数の共和党の政治家とは異なる公約を具体的に取り上げて、その実行をせまっている(保立道久の研究雑記、11/19より)。
 (1)トランプ氏は社会保障予算をカットすることはしない。メディケアとメディケードを切ることはしないといった。私は拡充せよと主張するが、切らないというのは前提であり、重要な約束だ。
 (2)トランプ氏は、1兆ドルを我々の公共的なインフラ整備に投下すると約束した。それをすれば何百万もの給料の良い仕事口ができる。これも私の主張に共通する。
 (3)私は、今日の連邦の最低賃金が飢餓賃金であり、それは1時間につき15ドルにアップされねばならないと主張した。トランプ氏は、1時間につき10ドルまで最低賃金を上げなければならないと言った。これは十分ではないが、一つのスタートだ。
 (4)トランプ氏は、ウォール街の許しがたい強欲さと悪行を批判し、ニューディールで採用されたグラス・スティーガル法を復活するといった。これは最大の焦点のひとつだ。賛成なことはいうまでもない。
 (5)トランプ氏は、6週の有給出産休暇を実現すると約束した。地球上で主要な文明国といえば少なくとも12週の有給の家族と病気療養休暇が条件だが、これもスタートとしては重要だ。
 (6)トランプ氏はTPPなどの我々の壊滅的な貿易政策を変えるといった。これも賛成だ。
 時代錯誤の無知で頑迷な人種差別、外国人ヘイト、性差別などではまったく妥協はしない。しかし、以上が、誠実に行われるかどうかが問題だ。一緒にできることはいくらでも協力する。期待していると言ってもよい。
と語っている。これを紹介した保立氏が言う通り、「アメリカ政治はトランプ対バーニー・サンダースで動き始めた」と言えよう。

<<自衛隊を「災害救助隊」に>>
 安倍政権は、このトランプ次期米大統領に便乗し、この機会を逃さずと、防衛費をさらに増大させ、軍事政権化をますます強め、独自核武装をさえ視野に入れ、改憲への動きを一層加速させる強い衝動に駆られていると言えよう。
 安倍首相のこの衝動は、すでに9/26の衆院本会議で行った所信表明演説で、領土や領海、領空の警備に当たっている海上保安庁、警察、自衛隊をたたえ、「現場では夜を徹し、今この瞬間も海上保安庁、警察、自衛隊の諸君が任務に当たっている」と強調。「今この場所から、心からの敬意を表そうではありませんか」と呼びかけ、首相自ら壇上で拍手をして演説を中断、自民党議員らのスタンディングオベーションを促し、この呼び掛けに、自民党議員が一斉に立ち上がり大きな拍手で呼応した、そのまるで「国防戦士」をたたえるヒトラー気取りの姿勢とぴたりと重なり合っている。これに対して共産党は、「自衛隊が災害時の救命・救援に当たっていることを多くの国民は共感し支持していますが、…」(しんぶん赤旗10/2号)と完全に腰が引けてしまったのである。
 このヒトラーまがいの独裁的姿勢は、参院選さなかの6/26のNHK「日曜討論」で共産党の藤野政策委員長が防衛費について「人を殺すための予算」と形容したことをここぞとばかりに攻撃、これに屈して共産党が政策委員長を辞任させ、「自衛隊員の皆さまの心を傷つけた」として取り消し、謝罪させたこと。さらには7/4にはNHK番組の中で、小池書記局長が「私は、熊本地震や東日本大震災で、本当に自衛隊員のみなさんが大きな役割を果たしていると思います。・・・もし日本に対して急迫不正の侵害があれば、自衛隊のみなさんに活動していただくということは明確にしているんです。」と、自衛隊の違憲性を主張するどころか、自衛隊を持ち上げる路線に踏み出したことと軌を一にしており、このスタンディングオベーションはさらに共産党に対してより一層屈服するように畳みかけたものとも言えよう。
 先ごろ、日本共産党が11/15-16の両日に開いた第7回中央委員会総会で、志位和夫委員長が行い、承認された、来年1月の第27回党大会決議案は、自衛隊に関して
「安保条約を廃棄した独立・中立の日本が、世界やアジアのすべての国ぐにと平和・友好の関係を築き、日本を取り巻く平和的環境が成熟し、国民の圧倒的多数が「もう自衛隊がなくても安心だ」という合意が成熟したところで初めて、憲法9条の完全実施に向けての本格的な措置に着手する。
 ――かなりの長期間にわたって、自衛隊と共存する期間が続くが、こういう期間に、急迫不正の主権侵害や大規模災害など、必要に迫られた場合には、自衛隊を活用することも含めて、あらゆる手段を使って国民の命を守る。日本共産党の立場こそ、憲法を守ることと、国民の命を守ることの、両方を真剣に追求する最も責任ある立場である。」と述べている。
 これでは、「かなりの長期間にわたって」自衛隊批判が許されない風潮を蔓延させる完全な屈服路線である。
 森永卓郎氏は、マガジン9NEWS ’16.11.16号「森永卓郎の戦争と平和講座」で、トランプ大統領誕生を機に、防衛費増大ではなく、自衛隊の「災害救助隊」への改組を提案している。森永氏は言う、「私のアイデアはこうだ。まず、自衛隊を『災害救助隊』に改組する。自衛隊の本務を災害救助に変更するのだ。だから日常的に行う活動や訓練は、災害救助だけにする。ただし、災害救助隊は、日本の本土が侵略された場合には、国土を守る任務を別途持つことにする。つまり災害救助隊は、副次的に、有事の際の本土防衛に限定した機能を持つのだ。だから、災害救助隊は、海外には災害派遣以外の目的では行かないし、装備も災害救助のためのものを最優先し、武器は本土防衛に必要なものしか保有しない。イージス艦は持たない、空母も持たない、敵軍を攻撃したり、敵地を侵略するための兵器は一切持たないのだ。イメージとしては、海上保安庁と同じだ。」
 すでにこうした政策提起は、全国水平社設立の中心となり、水平社宣言の起草者として知られる西光万吉さんの「和栄隊」構想と軌を一にするものである。西光さんは、戦前軍部に利用された苦い経験から、原水爆禁止の運動に挺身し、破壊的な武力で国を守るよりも、日本の一切の武力を否定し、知識や技能の訓練を受けた若者らを平和建設の部隊として、世界の平和と人類の幸福に貢献すべきだとして、「国際和栄隊」の創設を提唱したのであった。(加藤 昌彦著『水平社宣言起草者 西光万吉の戦後』‐世界人権問題叢書、明石書店、2007/5/17発行に詳説)
 日本の野党共闘と統一戦線は、安倍政権の軍事対決・緊張激化路線に対して、受け身で屈服するのではなく、こうした明確な平和・軍縮政策をこそ積極的に対置し、打ち出すべきであろう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.468 2016年11月26日

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【本の紹介】「日本はなぜ「戦争ができる国」になったのか」

【本の紹介】「日本はなぜ「戦争ができる国」になったのか」(矢部宏治著)
      —「自衛隊」は発足時から米軍の指揮下にあることを解明— 

 11月17日安倍首相は、アメリカのトランプ次期大統領と会談を行った。大統領就任前で政策も定まらず、新政権のスタッフ人選も混乱している中、何を目的に会談したのか。TPPや日米安保について語ったと言われているが、おそらくその本質は、日本は引き続きアメリカに「隷属」いたしますと伝えに行ったということだろう。米軍の駐留は引き続き日本に必要だと。
 著者矢部宏治さんは、前著「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を2014年10月に出版している。米軍が平和条約締結後も60年以上駐留し、そして福島原発事故があっても原発を止められないのは日本政府を陰で支配するアメリカの存在があり、それは条約の裏にある「日米密約」の存在が原因であるとの内容であった。
 今回の著書では、①米軍が日本の基地を自由に使うための密約(基地権密約)と②米軍が日本の軍隊を自由に使うための密約(指揮権密約)の存在について、アメリカ公文書館の公開資料等を基に明らかにされる。
 本書の注目点は、1、戦争と軍備を放棄した憲法9条があるにも関わらず、なぜ自衛隊という軍隊が存在しているのか、2、サンフランシスコ平和条約で、日本は占領から脱したはずなのに、なぜ米軍基地が占領状態のごとく日本に存在しているのか、3、昨年強行採決された安保関連法によって、自衛隊は国内に限定した活動から国外での米軍の軍事行動を支援することが可能になった。米軍の指揮権のもと、日本が「戦争ができる国」になったことを明らかにしている点である。

<朝鮮戦争勃発で状況は一変した>
 1947年5月2日に日本国憲法は施行された。日中戦争・太平洋戦争を引き起こした旧陸海軍を解体し軍隊を持たず戦争を二度と繰り返さない国にする事は、敗戦時の連合国軍司令長官マッカーサーの構想であった。しかし、1950年に勃発した朝鮮戦争を起点とする「冷戦」時代の到来によってアメリカの日本に対する位置付けは大きく変化していくことになる。
 社会主義のソ連と中国に対抗するため、日本がアジアにおける防衛拠点とされていくのである。さらにマッカーサーは朝鮮戦争の最中、一進一退の戦争状態の責任を問われ、司令官を解任されてしまう。その後の日米関係(占領終了後も米軍が駐留できる)を構想し実行したのは、後に米国務長官となるジョー・ダレスであったと著者は言う。
 
1950年代前半の歴史的経過は、以下の通りである。
(1947年5月2日に日本国憲法は施行。)
1950年6月25日 朝鮮戦争勃発(北朝鮮軍が「国境」を超える)
1950年8月10日 「警察予備隊令」交付
1951年4月11日 マッカーサー解任
1951年9月8日 サンフランシスコ平和条約調印(1952年4月28日施行)
  同日 旧安保条約締結(別に「交換公文」手交)
1952年7月 旧日本軍将校の追放解除(警察予備隊に採用)
1952年10月 警察予備隊廃止し、「保安隊」発足
1953年7月27日 朝鮮戦争休戦協定締結 

 1945年9月日本に進駐した米軍は、連合国軍として日本占領を行い、陸海軍の武装解除や戦後改革を実施した。ポツダム宣言には、「平和条約締結後は、連合国軍は速やかに撤収する」との条項があった。朝鮮戦争には駐留米軍が「国連軍」として投入され、日本国内の米軍基地防衛のため「警察予備隊」が米軍の指示により創設された。米軍基地を警護する活動のみ行うとされた。平和条約締結後ポツダム宣言に基づく占領状態の終結を前に、日本に引き続き米軍を駐留させることを米軍もアイゼンハワー大統領も望んだ。

 著者は、1950年の朝鮮戦争の勃発により、マッカーサーが構想した「軍備を持たず、戦争をしない」という戦後日本の国の形は、朝鮮戦争へ参戦した米軍を「将来の国連軍」と見なして、「国連軍」としての米軍の戦争行動に、基地も「軍隊」も協力できる国へと変貌させたと指摘する。「・・・正規の国連軍ができない間は、国連憲章の中にある「暫定条項(106条)」を使って、日本が「国連軍のようなアメリカ」との間に、「特別協定のような二カ国協定(旧安保条約)」を結んで「国連軍基地のような米軍基地」を提供することしすればいい。それは国際法の上では合法である」と。基地権は、その後安保条約の改定を経ても維持され、「占領下の基地提供」が続いている。
 
<「自衛隊」が発足時から米軍の指揮下にあることを解明>
 さらに著者は、米軍の指揮権について、どのように成立したのかを明らかにする。
 1951年サンフランシスコ平和の締結後、旧安保条約が吉田首相によって調印されるが、その際別の「交換公文」が存在するという。それが「吉田・アチソン交換公文」である。
 「こうして国民が全く知らないうちに生み出された「吉田・アチソン交換公文」という、この日米間の巨大な不平等条約が意味しているのは、日本は占領下で米軍(朝鮮国連軍)に対して行ってきた戦争支援を、独立後も続ける法的義務を負わされてしまったという事実です。」「吉田・アチソン交換公文の全文と解説を読んでいただければ、「占領体制の継続」よりはるかに悪い「占領下における戦時体制(戦争協力体制)の継続」であることがはっきり理解してもらえると思います。」
 これで、基地権と戦争協力について、不平等な日米の法的関係は完成することになった。 次に、指揮権の問題である。1952年7月「有事の際に単一の司令官は不可欠であり、現状ではその司令官は合衆国によって任命されるべき」と吉田茂が発言した口頭の密約が存在し、さらに1954年2月に2度目の口頭密約が行われた。そして、統一指揮権を含む「国連軍地位協定・合意議事録」1954年2月に調印され、同年7月自衛隊が発足している。
 「完全にアメリカに従属し、戦時には米軍の指揮下に入る自衛隊」が出現したのだという。基地の提供、戦争協力・指揮権をアメリカに差し出した日本。そして司法までアメリカへの戦争協力体制に加担することになる。
 
<安保条約の違憲性を裁判所は判断しない—統治行為論—>
 司法もアメリカの圧力に屈し、高度な政治的問題は、司法は判断できないとする「統治行為論」を1959年12月9日砂川事件の最高裁判決の中で展開。これにより、数々の違憲訴訟において「裁判所の範囲ではない」と判断を回避した。統治行為論によって、以後裁判所は、日米の軍事同盟問題について、違憲判断を行わないのが慣例となってしまった。
 そして、昨年9月に強行採決された安保関連法によって、国内の活動(専守防衛)に限定されていた自衛隊の活動範囲を、米軍の指揮下に世界のどこでも行動(戦争)ができる「法的根拠」が整備されたのである。
 
 本書の内容は、私も初めて知ったことも多く示唆されるものが多かった。専守防衛と言われるが、米軍指揮下においては、自衛隊の交戦は認められる、それは憲法9条に違反しないとのロジック。朝鮮戦争が終結しておらず、国連軍が組織されていないあいだは「国連軍(米軍)」の指揮下で有事の際は、戦争ができる自衛隊。
 日米同盟は基本と、自民党も民進党も主張するが、「不平等な日米同盟」を脱することこそ、まず求められるのではないかと感じた。
 
 戦後史をめぐる書籍は、戦後70年を前後して数多く出版されている。
「検証法治国家崩壊–砂川裁判と日米密約交渉 創元社 戦後史再発見双書2」・「戦後史の正体 1945-2012 孫埼亨著 創元社 戦後史再発見双書1」などがある。もう一度読み返してみたい。(2016-11-20佐野)

【出典】 アサート No.468 2016年11月26日

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【投稿】国会翼賛化進める安倍政権

【投稿】国会翼賛化進める安倍政権
            ―野党は解散総選挙の準備進めよ―

<与党ペースの前半国会>
 9月26日開会された192回臨時国会で、安倍政権は不誠実な対応をとり続けている。安倍は所信表明演説で自衛隊、海保、警察に敬意を示そうと呼び掛け、自民党の多くの議員がスタンディングオベーションで答えた。自己陶酔と阿諛追従の極みであろう。
 これには民進、共産などの野党、さらには「ほぼ与党」と言ってもよい維新までもが、異常な事態だとし再発防止を求め、27日の衆院議運理事会で確認された。しかし当の本人の安倍や閣僚は意にも介せず、野党の質問に対し不誠実な対応に終始している。
 民進党などは衆参の代表質問で、憲法審査会再開の前提として、超復古主義的な自民党改憲草案の撤回を求めた これに対し安倍は頑なに撤回を拒否、あくまでも現行憲法の全面的否定に拘泥する姿勢を示したが、結局自民党は改憲草案の事実上の棚上げで妥協し、審査会の論議が再開される方向となった。
 10月3日の衆院予算委では、韓国の元従軍慰安婦への対応に関し「(自らの)お詫びの手紙は毛頭考えていない」と言い放ち、元慰安婦など関係者の神経を逆なでした。手紙等は昨年末の日韓最終合意に含まれていないとしているが、「10億円渡したのだからごちゃごちゃ言うな」との安倍政権の考え露骨に表れている。こうした不誠実な対応が続けば、韓国の次期政権による合意見直しの動きも浮上するだろう。
 国会では連日、野党からアベノミクスの行き詰まりを追及されたが、安倍は農協改革や電力自由化などを進めてきた、働き方改革は待ったなし、年金運用(GPIF)は民主党政権時よりうまくいっているなどとはぐらかした。
 ところが10月3日の日銀短観では、業況判断指数(DI)は6月調査と変わらず、2期連続の横ばいであることが明らかとなった。さらに6日、ワシントンで開かれたG20財務相、中央銀行総裁会議では「毎度おなじみ」の政策総動員が確認されたものの具体策は打ち出せず、同会議では日本経済に関しても、デフレ脱却が進まずに金融緩和が長期化し今後も低成長が続くと、ネガティブな見通しが示された。
 国民生活レベルでも電通社員の過労自殺が衝撃を与え、新たな年金ルールでの支給額削減が明らかになった。このように国内外でアベノミクスの行き詰まりが明らかにされているにもかかわらず、安倍は今国会を「アベノミクス加速国会」と位置づけ、「マイナス金利の深堀り」=「墓堀」などという異常な金融政策に依拠せざるを得ない経済政策を強引に進めようとしている。
 こうした失政を糊塗するための16年度補正予算3兆2869億円が、11日自民、公明に加え日本維新の会も賛成し成立した。維新は事実上の閣外協力の立場を鮮明にし、あまつさえ自公維連立政権―翼賛体制の様相を呈した。
 このような維新の対応を批判した民進党の江田憲司に対し、大阪府知事でもある松井一郎は「江田は痴呆症」と暴言を吐いた。猖獗を極める「3分の2勢力」の知性レベルを如実に示すものである。

<軍拡は着実>
 足元がおぼつかない経済、金融政策に対して、安倍政権の軍拡、緊張激化政策は着実に実行されている。安倍政権は自衛隊への「駆け付け警護任務」「宿営地の共同防護任務」の付与を目論んでいる。
 10月8日、先月南スーダン訪問をドタキャンした稲田防衛相が首都ジュバを訪れた。稲田は国会前半で、核武装に関する過去の言動等について追及され、満足な答弁ができなかった。
 中国漁船を「公船」、中国艦艇を「戦艦」(これは右派が批判する福島瑞穂の「米空母からB52が飛び立つ」に匹敵する)と言い間違え、さらには「防衛費」を軍事費と本当のこと言ってしまい(これは仙谷由人の「暴力装置」に匹敵するヒット)審議を混乱させた。
 さらに9月30日の衆議院予算委では、戦没者追悼式に関する矛盾した言動を指摘され泣き出してしまった。これは靖国参拝問題をクリアさせるための稲田への官邸の配慮が裏目に出た形となった。
 こうしたなかジュバ入りした稲田だが、視察は陸自の軽装甲機動車に便乗、前後をいつ敵対するか判らない政府軍部隊に挟まれてのものだった。現地の滞在は約7時間であり文字通りとんぼ返りの形式的なもとなった。
 南スーダンでは7月に発生したジュバでの大規模な戦闘の後も、大統領派、元副大統領派の交戦や民間人への襲撃が続いている。11月になれば乾期に入るため、泥濘で移動が困難だった北部でも戦闘が激化すると懸念されている。
 稲田は帰国後の11日の記者会見で「ジュバの市内、かなり何点か行きましたけれども、そこは比較的落ち着いているという印象をこの目で見て感じたところであります」と感想を述べた。
 同日の参議院予算委では安倍が「衝突はあったが戦闘行為ではなかった」と詭弁を呈した。これは小泉元総理の「自衛隊の活動する地域が非戦闘地域」はおろか、戦争を「事変」と強弁した旧軍部にも通じるものがある。
 翌日の衆院予算委では共産党の質問に対し安倍は「南スーダンは永田町より危険」と国会を愚弄するような答弁を行い、18日の閣議後の記者会見で稲田は「ジュバではPKO5原則は保たれている」と再度強弁、新任務付与を押し通そうとしている。新任務では隊員の戦傷死の危険性が高まるが、戦場医療体制はお粗末なままであり、国会での拍手も空虚に響くのみである。
 この動きに連動し、アフリカ大陸に対する軍事的プレゼンスが強化されようとしている。NHKは10月14日、ソマリア沖での海賊対処活動について、防衛省は近年海賊が激減したことと、中国、北朝鮮への対応から、年内にも派遣護衛艦を2隻から1隻に減勢する方針と伝えた。これが事実なら海賊対処のため設けたジプチ基地は縮小するのが筋であるが、事態は逆である。
 政府はすでに昨年ジプチ基地の拡張方針を示していたが、13日のロイター通信によれば、今後ジプチに輸送機と新型装甲車を常駐させる方向だと言う。護衛艦は減らすが、対地攻撃も可能な哨戒機については2機のまま据え置くとしており、基地の任務が海賊対処からアフリカ大陸における橋頭堡へと変貌したことを示している。これはアフリカにおける権益確保とともに、同地、東シナ海における対中シフトの強化という安倍政権の方針に沿ったものである。
 
<孤立化進む日本、民進党>
 8月のTICAD6(第6回アフリカ開発会議)開催にも明らかなように、アフリカへの思いを強くする安倍であるが、アフリカ諸国はプラグマチックである。 
 10月4日南アフリカのヨハネスブルグで開かれていた、ワシントン条約締約国会議は、米国やケニアなど10か国が提案した象牙の国内取引禁止=市場閉鎖決議を採択した。日本は修正を求めていたが押し切られた形となった。政府は半ば負け惜しみかのように「日本の市場は対象外」と強弁している。
 しかしTICAD6を「大成功」「日本はパートナー」と称賛したケニアは今回「日本市場も当然対象」と手のひらを返したようにけんもほろろである。決議は中国が米国、アフリカ諸国と協調し賛成に回ったのが大きいが、またしても、安倍外交の無価値さが露呈し、アフリカ大陸での対中劣勢が明らかとなった。
 安倍の片思いはアジアでも進行している。ドゥテルテ大統領の反米、親中路線が加速している。フィリピンではアメリカとの合同軍事演習が行われているがドゥテルテは「これが最後だ」と突き放した。
 武器購入を巡っても「アメリカが売らなくても、中国やロシアから買えばよい」と発言するなど、ますますアメリカへの対決姿勢を強めている。10月18日の中比首脳会談では、南シナ海問題は脇に置かれ、共同声明では経済協力の推進など友好関係の発展が確認された。
 この動きに安倍政権は困惑を隠せないが、25日に訪日するドゥテルテにどう対応するのか。アジアでは先にプミポン国王が死去したタイでも、潜水艦購入など対中接近を進める軍部の影響力が強まるのは明らかであり、インドシナ半島はベトナム以外すべて親中になろうとしている。
 10月15日からインドのゴアで開かれたBRICs首脳会議は、各国の思惑が交錯し強力なメッセージは発信できなかったが、それでも共同声明で「第2次世界大戦の結果を否定することは許されない」と名指しはしないが、日本を牽制することでは一致した。このようにアジアでも対中劣勢が進むのは確実であるが、世界的にも孤立が進もうとしている。
 パリ協定を巡り、9月以降アメリカ、中国、インド、EUなど主要国、地域が雪崩を打ったように批准を決定し、11月4日の発効が確定した。慌てた日本政府は10月11日ようやく閣議決定を行ったものの、批准手続きは11月7日からの協定締約国会議には間に合わず、温暖化対策における影響力の低下は避けられない情勢となった。
 日本の孤立化が進む中、同盟国アメリカは大統領選の混沌とその後の動きが不透明であり、現在安倍が頼るのはロシアしかないようである。この間、歯舞、色丹の返還は既定路線の様に喧伝され、あるいは日露共同統治など安倍政権に都合の良い観測気球が揚げられている。しかし、ロシアは足元を見て「対日68項目の要求」などハードルを高めてきており、楽観できる状況ではないだろう。
 11月にはロシアの空母機動部隊がシリア沖に到着し、イスラム国など反アサド勢力に対する攻撃を始めると見られている。アメリカとの緊張がさらに高まれば、12月のプーチン訪日も不安定となるかもしれない。
 こうした中にあっても安倍が国内では失政をものともせず高支持率を維持し、依然1月解散説が根強いのは、民進党の軸足が定まっていないことにある。
 東京、福岡の補選結果は織り込み済みとはいえ、ここで野党が動揺すれば安倍政権の思う壺であろう。2012年野田が3党合意の直後に解散していれば、民主党のあそこまでの惨敗は無かっただろう。解散権を持つ野田が躊躇している間に、安倍の復活を許し維新に十分な準備期間を与えてしまった。 
 次期衆院選には小池新党は間に合わないかもしれないが、新党が旗揚げすれば東京の民進党は壊滅し、蓮舫の足元も崩れ去るだろう。新潟知事選で民進党は市民共闘から脱落した。中途半端な対応ではさらに窮地に追い込まれ、孤立化するだろう。野党4党には新潟知事選の教訓を踏まえ、後半国会では経済政策、TPP問題での追及を強めながら、安倍政権の解散戦略を受けて立つ選挙協力体制の構築が求められている。(大阪O)

【出典】 アサート No.467 2016年10月22日

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【投稿】「もんじゅ」廃炉をめぐる課題

【投稿】「もんじゅ」廃炉をめぐる課題
                            福井 杉本達也  

1 やっと「もんじゅ」の廃炉が決定
 「政府が,高速増殖炉『もんじゅ』について廃炉を含め抜本的に見直すことを前提に,新たな高速炉開発の司令塔機能を担う『高速炉開発会議(仮称)』を設置する方針であることが21日わかった」)(朝日デジタル:2016.9.21)。存続を求める文部科学省と、「もんじゅ」抜きの核燃料サイクル政策をめざす経済産業省の主張が対立したが、経産省の意向が通るかたちで決着した。「規制委は日本原子力研究開発機構に代わる新たな運営主体を求めたため、文科省は電力会社などを新たな受け皿に期待したが、かなわなかった」(日経:2016.9.22)。
 高速増殖炉「もんじゅ」は1983年の原子炉設置許可から33年,1994年の初臨界から22年,その間,実働わずか250日で1兆2000億円もの莫大な予算が投じられてきた。使用済み核燃料からプルトニウムを取出し,再び燃料とすることで“夢の原子炉”、“ 核燃料サイクルの本命”といわれたが,1995年8月29日の初発電から4カ月も経たない12月8日に冷却材のナトリウム漏れ事故が発生し運転が停止。5年後の2010年5月には再び運転が開始されたが、45日後には炉内中継装置の落下事故で再び運転が停止された。その後も数々の点検漏れなどの不祥事が続き,2013年には原子力規制委から事実上の運転禁止命令が出されるなど再稼働のメドがつかない状態が続いていた。この間,設備維持などで年間200億円もの公費が投入されていた。では、政府が廃炉を決定した要因は何か。まさかたかが規制委の「勧告」の力ではあるまい。背景には米国の圧力がある。
 
2 「もんじゅ」存続にこだわり続けた理由は日本の独自核武装にある
 日経は「ここまで政府がもんじゅの存続に固執続けてきた理由は核燃料サイクルにある…高速増殖炉の存在が危うくなれば、核燃料サイクルや原子力政策自体が揺らぐ。日本にプルトニウムの平和利用を認め、18年に更新時期を迎える日米原子力協定にも影響を及ぼしかねない」(日経:同上)と書くが、「核燃料サイクル」とは核兵器の材料としてのプルトニウムを取り出すことである。
 「もんじゅ」は「増殖炉」というが燃料のプルトニウムの倍増には50年以上がかかる。50年以上となれば建て替えも必要となってしまう。とても増殖どころではない。しかも、プルトニウムは圧倒的に炉心燃料に存在する。ところが炉心は核分裂で貴金属が大量に作られ、これは再処理するための硝酸には溶けない。「もんじゅ」の真の目的は炉心の再処理にあるのではなく、炉心を取り巻くウラン238で構成されるブランケットと呼ばれる燃料集合体にある。これを毎年取り出せば(燃焼し過ぎでプルトニウム239以外の放射性物質ができないよう生焼き状態で)、プルトニウム98%という超純粋の兵器級プルトニウムを62kg製造することが可能である。これを東海村の特殊再処理工場(RETF)で再処理すれば超兵器級プルトニウムを抽出できる。3kgで1発の核兵器が製造できるとすれば20発分である。3.11後においても、石破茂前地方創生相は「報道ステーション」に出演して「日本は(核を)作ろうと思えばいつでも作れる。1年以内に作れると。それはひとつの抑止力ではあるのでしょう。それを本当に放棄していいですかということは、それこそもっと突き詰めた議論が必要だと思うし、私は放棄すべきだとは思わない」(2011.8.16)と述べるなど、文科省(旧科学技術庁)を中心とする独自核武装の動きは続いている。

3 「高速炉開発会議」・実験炉「常陽」の活用・仏と共同の「ASTRID」計画は独自核武装研究の隠れ蓑
 政府は「もんじゅ」が廃炉にすることを決定したが、核燃料サイクル構想=独自核武装を完全に諦めたわけではない。主導権は文科省から経産省に移るものの、新たな「高速炉開発会議」を設け、茨城県にある実験炉「常陽」とRETFを活用して独自核武装を推し進める方針に変わりはない。原子力機構は既に「常陽」の再稼働に向け規制委に安全審査申請する方針を明らかにしている(福井:2015.12.2)。「常陽」は、2007年に「もんじゅ」と同様の燃料棒引き抜き装置の事故を起こしている。「常陽」は99.2%の超兵器級プルトニウムを製造することが可能であるが、1982年に炉心を改造してブランケットを取り外している(それまでに19.2キロ=原爆6発分のプルトニウムを生産している)。「もんじゅ」廃炉となればブランケットを再び設置し、2000年から工事が中断しているRETF(福井:2015.9.2)の工事を再開、超兵器級プルトニウムを製造することは可能である(毎日「核回廊を歩く」:2015.11.28)。
 一方、「もんじゅ」に代わり,経産省が推し進めるのがフランスの高速炉計画「ASTRID」プロジェクトである。工業用実証のための改良型ナトリウム技術炉で,日仏で共同開発を進め2030年までの実用化をめざすというが、計画はすでに2年前から決まっており、「もんじゅ」廃炉後の目くらましで国民からの批判をかわし核兵器の研究を続けることができる。

4 シリア問題と余剰な兵器級プルトニウム廃棄に関する米ロ協定の停止との関係
 シリア内戦での米国による停戦破りにからみ、ロシアのプーチン大統領は10月3日、対米関係の悪化などを理由に、余剰な兵器級プルトニウム廃棄に関する米ロ協定を停止する大統領令を発表した。2000年に米国との間で双方が核爆弾数千個分に相当する34トンのプルトニウムを処分するとしていた。2010年、米国は、ロシアとの「プルトニウム管理・処分協定」において、同協定の対象となる34トンの兵器級プルトニウムのすべてをウラン・プルトニウム混合燃料(Mixed Oxide Fuel(MOX 燃料))として焼却処分すると約束した。しかし、2014年4月、オバマ政権は、MOX に変わる方法について希釈又は固定化することを選択し、MOXで焼却することをやめた(核分裂性物質に関する国際パネル(IPFM):「MOX利用に代わる道」2015.4)。つまり、米政府は、自国のプルトニウムを「焼却」せず、他の材料でそれを薄め、放射性廃棄物貯蔵所に置くことを計画している。プルトニウムを回収し加工して、再び核兵器製造に適した材料に替えることが可能となる(Sputnik:2016.10.5)。
 米国は2014年、ウクライナでクーデターを起こし、ポーランド・ルーマニアで対ロミサイル迎撃網(MD)の構築を図るとともに、デンマークやNATOに加盟しないフィンランドでも計画している。また、9月30日、韓国は北朝鮮の核に対抗するという名目で、実質は中ロのミサイルに対抗する米ミサイル迎撃システム(THAAD)の配備先候補地をロッテグループのゴルフ場に決定した。また、南シナ海では西沙諸島を巡り、米太平洋艦隊が中国に対する威圧航行を行っており、これらに日本も加担している。
 今年3月には東海村・原子力機構の高速炉臨界実験装置(FCA)に使用していた兵器級プルトニウム331キロ(核兵器100発以上)を米国に返還させられた。また、京大原子炉の兵器級高濃縮ウラン45キロ(核兵器2発分)も返還されることとなった。これら一連の動きはバラバラのものではなく、先制核攻撃を準備するために日本などに分散保管されていた兵器級プルトニウムなどを米国に集中しようとするものである。冷戦がもたらした危険な遺産としての約220トンの兵器級プルトニウム(そのうちの95%を米ロ両国が所有)があるが、冷戦終結以降、米ロは核兵器保有量を大幅に減らしており、兵器級プルトニウムの約半分が余剰として処分対象となるとしてきた。米国の一連の動きは、こうした核兵器削減の流れに逆行するものであり、「もんじゅ」廃炉もこの渦中にある。中東・アフガンに多くの通常兵力を固定された米軍は、ロシア・中国を牽制するために、「核なき世界」どころか再び核兵器に頼ろうとしており、「属国」に独自核武装を認める余裕は益々少なくなっているようである。

5 「もんじゅ」廃炉後の使用済みMOX燃料の課題
 福島第一原発の事故において、使用済み核燃料の恐ろしさについて再認識した。3号炉では貯蔵用プールの冷却機能が失われ、大爆発を起こした。4号機核燃料プールの水がなくなれば、首都圏3000万人の避難という事態も想定されていた。貯蔵された使用済み核燃料に爆発事故などが起これば、大量の放射性物質が飛散する。「もんじゅ」の使用済みMOX燃料を直接処分する場合には、中間処分(使用済み燃料プールに入れて間断なく水冷する)期間として数世紀(500年)を必要とする。MOX燃料の発熱量は、ウラン燃料を10年間冷却した後の発熱量と100年経過してやっと等しくなる。ひたすら燃料プールで冷やし続けるしかない。日本で500年前といえば北条早雲が活躍した戦国時代である。
 一方、使用済みMOX燃料の実質的な再処理は極めて難しい。プルトニウムを燃やした燃料は大変溶けにくく、放射能含有量は通常使用済み核燃料の10倍にもなり、特に遮蔽の難しい中性子線が10倍と大量に出る。これが米ロ合意でロシアが兵器級プルトニウムのMOXによる処分を提案していた理由である。「もんじゅ」は廃炉になっても子々孫々への放射能処分という重い課題は残る。

【出典】 アサート No.467 2016年10月22日

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【投稿】新潟県知事選と野党共闘 統一戦線論(29)

【投稿】新潟県知事選と野党共闘 統一戦線論(29)  

<<首都圏大規模停電と原発再稼働>>
 10/12に発生した、埼玉県新座市での爆発を伴う東京電力・地下送電線の火災は、軽く見過ごされてはならない深刻な問題を提起している。この火災による首都圏の大規模停電は、東京都新宿区、豊島区、板橋区、練馬区、中野区、北区、文京区など広範囲に及び、延べ58万6千戸が停電、政府中枢施設や鉄道・交通網にも影響が出たのであるが、問題はその原因である。
 第一は、電力設備の重要かつ不可欠なインフラである送電線網が極度に老朽化・劣化しているというごまかしようのない事実が露呈されたことである。問題の電線ケーブルは、最長25年という耐用年数を無視して、設置以来35年を経過していたこと。中には敷設から57年経過したケーブルもあるという。しかも、保守点検は年に1回、目視検査だけであったこと。さらにこの出火した送電ケーブルは「OFケーブル」と呼ばれるタイプで、電気が通る銅製の電線が通り、その内側に絶縁のための油が流れるパイプがあり、電線の外側にはパイプからしみ出た油を含んだ絶縁紙が巻かれているが、東電は10/12の記者会見で、「(経年劣化により)絶縁紙にひびが入るなどして、高圧の電流が漏れて火花が発生。油に引火して燃え広がった可能性がある」と説明して、経年劣化による漏電、引火、爆発の可能性を認めている。いったん事故が発生すれば、引火が連鎖し、容易に消火することができないため、東京消防庁はこの「OFケーブルはガソリンスタンド並みに危険」と指摘していたが、それを無視して埋設高圧線に使用され続けてきたのである。現在はより安全度の高い「CVケーブル(架橋ポリエチレンビニルシースケーブル)」(油を使わないプラスチック使用ケーブル)が実用化され、この古いOFケーブルを新しいCVケーブルに交換する作業を進めているが、東京電力管内のケーブルのうち、7割が35年以上交換されていないのである。現時点で約1500kmものOFケーブルが残っており、このうち設置から35年以上経過したOFケーブルは約1000kmもあるという。

<<人為的・意図的な安全軽視>>
 第二は、原発事故との密接不可分な関係である。今回の東電の大規模停電事故で露呈された「メンテナンスには金をかけない」「事故が起こるまで使い続ける」というどの電力会社にも蔓延している「利益第一」「コスト削減」優先体質である。各電力会社が抱える老朽化原発が実際にはどうなっているかという極めて重大な安全点検が実際の詳細な点検を経ずに、40年も超えて老朽化が明らかなのに配管の全数点検は行われず、事実上書類審査だけですまされ、動かしてみなければわからないという根源的なずさんさが電力会社にも原子力規制委にも蔓延してしまっていることである。そして現実に、東京電力柏崎刈羽原発では、国の基準に違反して敷設されたケーブルが1700本以上、工事の設計管理不備が700件以上あり、原子力規制委から指摘されていた。関電高浜原発では、重要な1次系高圧バルブの点検が8年間も行われていなかった。九電では、復水器の冷却用配管を全数検査しておらず、細減肉や 腐食 損傷の全数点検も行われていない。四国電力の伊方原発の送電、受電所は、問題の可燃性「OFケーブル」を使用しているにもかかわらず、原子力規制委はこれを問題にもしていないまま再稼働を強行させている。
 こうした実態と、今回の首都圏大規模停電が明らかにしたことは、地震や津波といった自然災害のみならず、人為的・意図的な安全軽視による原発事故が非常に高い確率で発生し、それは大量の放射能を放出する重大な苛酷事故の現実的可能性をあきらかにしたことである。大手マスコミも原発立地の地元マスコミも、電力業界の広告宣伝費の甘い汁にむらがって、こうした現実をほとんど報道しようとはしていない。原発再稼働容認路線は、人為的・意図的な事故原因隠蔽路線と一体のものであり、「人類的な犯罪・破滅への道」なのである。警鐘乱打されなければならない事態である。

<<新潟県知事選、再稼働容認路線を拒否>>
 10/16・投開票の新潟県知事選挙は、この原発再稼働容認をめぐる激しいせめぎあいであった。実質上の野党統一候補が、圧倒的優勢を伝えられていた自民・公明推薦の原発再稼働推進候補を打ち破ったのである。大逆転であり、歴史的、画期的な快挙といえよう。「柏崎刈羽原発の再稼働は認めない」という県民の明確な審判が下されたのであり、原発再稼働を推し進める安倍政権にとっては、決定的な敗北であり、今後の政局を左右しかねない痛打である。
 「脱原発」「再稼働反対」のシンボルでもあった泉田裕彦知事が地元紙・新潟日報との対立で間際になって突如、立候補を辞退し、再稼働推進派で自公推薦の森民夫・前長岡市長の無投票当選の可能性さえ出ていた新潟県知事選。今年7月の参議院選挙では、野党共闘の森ゆうこ氏が自民公認・公明推薦の中原八一氏を僅差で勝利している。しかし、比例代表の票では、自公両党の得票は計57万票余り、対する民進、共産、社民、生活4党の合計票は43万票余り。そこへ民進党の有力な支援団体である連合新潟が、柏崎刈羽原発の再稼働に前向きな自公推薦の森民夫候補の支持を表明した。連合新潟の代表は「連合新潟の一番大きな母体は電機連合で、原発を動かしてほしいとの思いで森候補を決めた」と語っている。
 民進党は、候補者選定ができないでいるうちに最大の支持団体の連合新潟が森氏支持を決定したため、自主投票にとどめてしまった。代表選で「野党共闘は維持する」と表明した蓮舫代表であったが、この時点でその約束は早くも反古にされ、原発再稼働推進の自公連合側にほぼ勝負あったとみられていた。

<<原発再稼働反対を明示した野党共闘の前進>>
 だが、告示が9/29に迫る中、民進党の次期衆院選新潟5区候補として総支部長を務めている米山隆一氏に、新潟県の野党各党と幅広い立場の市民で構成する「オールにいがた平和と共生」や「新潟に新しいリーダーを誕生させる会」などに結集した新潟県の市民グループなどが粘り強く努力し、出馬を要請。民進党県連が自主投票を決めたため、いったん出馬を見送っていた米山氏は、これに応えて民進党に離党届を提出し、無所属での立候補を決意、記者会見を行ったのが9/23であった。米山氏は「県民の命と財産を守り、子どもたちの未来、ふるさとのさらなる発展のためこの身をささげたい。世界最大の柏崎刈羽原発を擁する新潟県として、泉田裕彦知事の『福島原発事故の検証なくして、再稼働の議論はしない』との路線を継承し、県民の安全・安心を確保する」と力説。さらに「医師・弁護士の経験を生かし、子育て支援、医療、介護、福祉の充実をはかる。新潟の農業を守るため、TPP(環太平洋連携協定)では県民の意思を主張していきたい。情報公開を強め、県民と対話していきたい」とその政治的立場と政策の基本を明確に示した。民進党は逆にこれを受けて、民進党本部が、党新潟県連からの要請に従い、米山隆一氏の新潟5区総支部長解任を決定、米山氏の公認内定を取り消し、見放してしまったのである。
 しかしこうした事態の進展は、形式的な連合、お付き合い、野合ではなく、実質的な野党共闘の進展に大いに寄与したとも言えよう。民進党本部、民進党新潟県連の決定にもかかわらず、選挙戦は自公陣営を追い詰める切迫した激戦に発展。終盤近くになると、取り残され、遅れてはならじと多くの民進党の国会議員が米山氏の応援にかけつけ、前原誠司衆院議員、近藤昭一衆議院議員、阿部知子衆院議員、松野頼久衆院議員、黒岩宇洋県連代表などが米山候補の応援に立ち、実態的には4野党の共闘にまで発展してしまったのである。いたたまれなくなったのであろう、ついに民主党の蓮舫代表までが米山氏の応援にかけつける事態となった。選挙戦の最終盤、10/14、「新潟に新しいリーダーを誕生させる市民の会」が、新潟市万代シティの街頭で緊急市民集会を開き、そこに駆け付けた蓮舫氏は、「この場に立って何としても応援したいと思って来ました。県民の命と安全を守る政治、ママたちの声を受けとめ、同じ母親として子どもたちの未来を守るため、一緒になって頑張っていきたい」と訴えたのである。この緊急市民集会には、共産党の笠井亮衆院議員ら野党各党国会議員、民進党の阿部知子、小熊慎司両衆院議員、自由党の山本太郎参院議員も応援に立ち、河合弘之弁護士、佐高信氏、五十嵐暁郎・立教大学名誉教授や市民ら十数人が次々に訴え、市民の会の佐々木寛共同代表が強調したように、「この知事選は原発再稼働が最大の争点。無党派と普通の市民が立ち上がる選挙になっている」という、これまでの戦争法反対の野党共闘からさらに進んで、原発再稼働反対を政策として明示した新しい野党共闘の質的な前進が形成されたのである。
 民進党は、政党として自主投票を掲げながら、党首が応援演説をするという変則事態に直面し、野田佳彦幹事長は「(蓮舫氏が)行くと言っても止める」と語っていたにもかかわらず、それも果たせず、市民レベルで原発再稼働を容認しない巨大な運動の波と世論の転換に置き去りにされてしまったのである。草の根レベルの統一戦線の前進が、政党間の思惑をも乗り越える貴重な教訓を提起したと言えよう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.467 2016年10月22日

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