【投稿】大飯原発1、2号機廃炉へ―原発はいずれ「ゼロ」へと向かわざるを得ない

【投稿】大飯原発1、2号機廃炉へ―原発はいずれ「ゼロ」へと向かわざるを得ない
福井 杉本達也

1 謀略の衆院選をなんとか生き残った反原発議員集団
今回の衆院選は自民党の圧勝というよりも、日経新聞社説(2017.10.23)で指摘されるまでもなく前原誠司民進党代表が小池百合子希望の党代表の謀略に乗り、選挙直前に野党第1党である民進党を崩壊させ、選択肢をなくしてしまったことにあり、混乱の罪は重い。自民党補完勢力を目指した希望の党の自滅、あるいは民進党を解体させるために小池が画策したというのが正解である。これは前原単独の動きではない。少なくとも連合幹部が関わっている(孫崎亨10.24)。惨敗した希望の党における東京小選挙区での唯一の当選者は、先行して民進党を離党した21区の長島昭久である。長島は与党・野党時代を問わずジャパン・ハンドラーといわれる米軍産複合体のシンクタンク:米戦略問題研究所(CSIS)のリチャード・アーミテージ、ジョセフ・ナイ、マイケル・グリーンらと度々日経CSISシンポジウムなどで同席している(日経:2013.10.30等々)。軍産複合体は東アジアに緊張をもたらすことこそ儲け口と考えており、謀略の後ろ盾になった可能性が高い。
共産党は、前原の排除の論理によって野党共闘からはじき出されたが、立憲民主党の候補者がいる選挙区から一斉に同党の候補者を降ろしたことが立憲民主党の躍進を導いた。率直に評価したい。野党4勝2敗の新潟県選挙区に代表されるように、野党共闘がうまく回転すれば与野党逆転は十分可能なのである。残念な候補者としては、新潟5区で反原発の県民世論を裏切り自民党から立候補した泉田前新潟県知事をいま一歩まで追い詰めた大平悦子(無所属)、大飯原発再稼働などに批判的立場をとる滋賀1区の嘉田由紀子前滋賀県知事(無所属)などがあげられる。しかし、鹿児島1区では立憲の川内博史が返り咲いている。愛知3区の近藤昭一(立憲)、神奈川12区の阿部知子(立憲)、長野1区の篠原孝(無所属)等々、厳しい戦いであったが反原発の中核は一応残ったといえる。

2 ついに始まった原発の淘汰―関電の大飯1,2号機の廃炉
選挙期間中ではあったが、日経は10月17日付朝刊一面トップで、関電が大飯原発1、2号機(福井県)を廃炉にする方針を固めたと報じた。1、2号機は、出力がいずれも117.5万キロワットで、運転開始から2019年で40年を迎える。原子力規制委は原発の運転期間を一応40年と定め、その後は申請によって、20年間の延長が認められる。このため関西電力は、来年中に運転期間の延長を申請できるよう準備を進めてきたが、安全対策に巨額の費用がかかるなどとして、廃炉を検討していることがわかった。1、2号機は、ほかの原発と異なって構造が特殊なため、安全対策工事が複雑で費用が巨額にのぼる。廃炉は出力が100万キロワット級の原発では初めてとなる。1、2号機は、加圧水型と呼ばれるタイプの原子炉で、原子力事故への対応として、アイスコンデンサー方式という他の原子炉にはない方式を採用する、世界的にも10基程度しかない特殊な構造をしている。大飯3号機4号機の格納容器は、4気圧の設計耐圧があるが、1、2号機の格納容器の体積は半分余りと小さく、0.84気圧しか設計耐圧がない。事故が起きれば簡単に壊れてしまう格納容器を使っている。もし、格納容器が壊れれば、放射能の防壁が一切なくなってしまうため、格納容器内の圧力を高めないよう、格納容器を冷やす対策をより厳しく行う必要がある。そこで、格納容器の周りに設けられた1,944本のバスケットに、ブロック状の氷を1,250トン入れ、事故時に発生する蒸気を急速に冷却し圧力をさげる方式としている。米ウエスティングハウスが作ったが、この設計はまずいということで、すぐに姿を消してしまった。
格納容器というのは大変巨大な建屋であり、格納容器の壁を厚くするなどの補強しようと思うと膨大な金がかかる。朝日によると4,000億円以上の費用が必要だといわれる(朝日:2017,10,18)。関西では家庭向けの電力自由化後、新電力との競争が激しく、顧客の1割・108万件が奪われたといわれ、無理に安全対策工事を行い再稼働しても、とても採算が合わないというのが関電の本音である。選挙期間中は自民党に不利な情報は流さないのがマスコミの鉄則であるが、日経に観測記事を載せ反応を見て、翌18日、各紙も追随した。それだけ関電も切羽詰まっているということであろう。

3 国際基準「5層の深層防護」のうち4層まで―「避難計画」を審査せず柏崎刈羽原発再稼働を認める規制委新体制
衆院選の公示日、安倍晋三首相は選挙民の厳しい視線から目をそらすように福島市から10キロあまり離れた農村部で演説し、「福島の復興」を強調したが、原発事故には全く触れなかった。あたかも原発事故などなかったかのように振る舞った。「原発事故は起きたが、克服・復興可能という〝新たな安全神話〟が生まれつつある」(清水奈名子宇都宮大准教授:2017.10.15)。しかし、放射能によって人の命も、福島の豊かだった大地も、三陸の海も、膨大な処理費用も次から次へ飲み込むブラックホールがそこにはある。
更田新原子力規制委員長は10月4日、衆議院解散のどさくさに紛れて、新潟県柏崎刈羽原発6,7号機について、重大事故対策が新規制基準に適合しているとして、再稼働を認める審査案を了承した。朝日社説はこれに対して「福島第一原発で未曽有の事故を起こし、今も後始末に追われる東京電力に対し、原発を動かすことを認めてよいのか。」、「規制委の審査基準について、政権は『世界でもっとも厳しい』と強調するが、規制委自身は『最低限の要求でしかない』と繰り返す。」(2017.10.5)と書いた。続けて「事故時の避難計画は規制委の審査対象になっておらず、政府としての対応が求められる。」と曖昧に指摘している。しかし、これは日本の原子力規制法体系全体にとってその根幹にかかわる重大な指摘である。重大事故時(原発の敷地外に放射能を放出するような事故時)、住民を放射能から避難させなければならない。国際原子力機関(IAEA)のガイドラインなど国際標準では、その際の避難計画に実効性があるか、実現可能性があるかを厳密な基準を基に審査する仕組みを持っている。「避難計画実効性審査」の仕組みが原子力規制行政の最終・最後の「防護措置」という位置づけで、規制基準の中に組み込まれている。ところが日本の規制では、「避難計画審査」の仕組みをもたない。日本では原発苛酷事故からの避難計画は規制委を含めどの行政機関もその実効性を審査していない、審査基準そのものが存在しないのである。規制委が定めた「原子力災害対策指針」では「PAZ(予防的防護措置を準備する区域:5キロ圏)においては、全面緊急事態に至った時点で、原則としてすべての住民等に対して避難を即時に実施しなければならない。UPZ(緊急時防護措置を準備する区域:30キロ圏)においては、原子力施設の状況に応じて、段階的に避難を行うことも必要である。」として、緊急時=重大事故時、30キロ圏までの自治体住民に避難、避難計画策定を法令で義務づけている。ところが、避難、避難計画の実効性については、関知するところではないとしている。
「IAEA基準の動向-多重防護(5層)の考え方」(http://www.nsr.go.jp/data/000047558)では5層のうち1~3層までがプラント内で対処可能事象、4層は「重大事故(シビアアクシデント)発生-事故の進展防止・事故の拡大影響緩和」であり、格納容器爆発破裂を避けるためのベントなどの手段を想定していが、一応、原発敷地内(サイト内)で収まるものを想定している。5層において、サイト外での対応となるが、「防護措置」は、住民が放射能から逃れる、すなわち『避難』しかない。国際標準の考え方では、これら基準に合致合格して運転許可となる。米国では、審査の基準は厳密で、まず最悪のケースを想定して、夏の場合、冬の場合、天気の良し悪し、原発からの距離別など、対象とした住民が実際避難できるかどうか時系列でシミュレーションしている。もちろんこれに合格しなければ稼働などあり得ない。ところが、日本では、最大4層までの深層防護しかなく、国際基準に合致していない世界最低の安全基準で柏崎刈羽原発の再稼働「合格」を出しているのである(参照:哲野イサク:「伊方原発・広島裁判メールマガジン第23号」2017.10.15)。

4 国の損害賠償を認めた福島地裁判決
衆院選公示当日の10月10日、福島地裁(金沢秀樹裁判長)は、東電福島第一原発事故当時、福島県や隣県に住んでいた3,800人が国と東電に総額160億円の損害賠償などを求めた訴訟で、国と東電に対し、賠償を命じる判決を言い渡した。判決は、政府機関が2002年にまとめた長期評価によって国が巨大津波の可能性を予見できたと判断。「非常用電源の高所配置などの対策を東電に命じれば事故は防げた」と述べた。国は「津波は予見できず、東電に津波対策を命じる権限もなかった」と主張したが、判決は規制権限を行使しなかった国の対応を「著しく合理性を欠く」と結論づけた(日経:2017.10.11)。
予見可能性を判断する上で焦点になっているのは、2002年に国の地震調査研究推進本部が地震学者の見解をまとめて公表した「長期評価」である。2002年長期評価には「福島県沖を含む太平洋側の日本海溝沿いで、マグニ一チュード8級の津波地震が20年以内に20%程度の確率で発生する」との内容があった。判決は、国の予見可能性について「長期評価の公表から数カ月後にはあった」「直ちにシミュレーションをしていればあった」との判断を示した(日経:2017.10.11)。
日経は10月16日の衆院選向け社説で「エネルギーは社会を支え、供給が途絶えれば影響は大きい。聞こえのよいスローガンを唱えるだけでは困る。現実を直視してエネルギー利用の未来を展望し、責任ある政策を示してほしい。」とし、続けて「実現への技術的な裏つけや、国民負担がどの程度膨らむかなどが、はっきりしない。」と「原発ゼロ」を掲げる政党の公約を批判した。しかし、技術的裏づけのないのは、再稼働しようとする原発であり、国民負担になるのは、いくら掛かるともわからない対処費用であり、膨大な事故処理費用であり、賠償費用であり、そして小児甲状腺がんをはじめとする人の命である。福島の放射能のブラックホールは今も開いている。現実を直視すべきである。

【出典】 アサート No.479 2017年10月

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【投稿】衆院選の結果をめぐって 統一戦線論(41)

【投稿】 衆院選の結果をめぐって    統一戦線論(41)

<<「安倍政権 大勝」なのか>>
安倍首相の姑息極まりない自己保身に徹底した「もり・かけ疑惑隠し解散」、党利党略解散の目論見が功を奏したのであろう、10/22投開票の衆議院解散総選挙の結果、自公与党で3分の2の議席を確保した。大手マスコミの見出しは軒並み「安倍政権 大勝」「自民党 圧勝」である。果たして本当にそうなのだろうか。
衆議院は、小選挙区289、比例代表176、計465議席であり、その3分の2は310議席である。自民党は選挙後に無所属3人を追加公認して公示前と同じ284議席を獲得。29議席(公示前34議席)の公明党と合わせて313議席となり、確かに衆院の3分の2を維持した。もちろん、各常任委員会の委員長ポストを独占したうえで過半数を握る絶対安定多数(261議席)を単独で超えてもいる。しかし公示前は自公両党で318議席であった。5議席の減なのである。
ただし、衆院選は今回から定数が10削減されている。自民党は2014年の前回選挙の291議席より7議席減らし、公明党は候補者を立てた9小選挙区のうち神奈川6区で敗北、比例代表は前回の26議席から21議席に減らしている。与党で合わせて12議席の減である。これでどうして圧勝と言えるのであろうか。せいぜいのところ、現状維持と言ったほうが正確であろう。確かに現状維持も困難なほどに、安倍政権の求心力が下落していたことからすれば、安倍首相個人からすれば、何とか巻き返したが、不安と不満が残る結果だと言えよう。それが安倍首相のさえない表情にも表れている。投票日の「出口」調査で「信頼していない」が51%(共同通信)にのぼるなどと突きつけられればなおさらであろう。
一方、野党のほうはどうであろうか。
前回73議席だった民進党が、前原党首の小池新党・希望の党への合流をめぐって混乱、分裂。希望の党に「排除」されたがために急きょ立ち上げられた立憲民主党は、公示前の15議席から55議席を獲得、野党第一党への様変わりを成し遂げた。逆に野党第一党として政権交代の受け皿を目指したはずの希望の党は50議席にとどまり、公示前の57議席にも及ばなかった。しかもその大半は、民進党前職であり、希望の党・小池党首の右翼・改憲路線には簡単に同調できるものではないし、少なからぬ議員が小池路線を公然と批判する事態である。お膝元の東京でさえ死屍累々で、小選挙区で勝ったのは元民進の長島昭久氏のみ。小池知事の地盤を引き継いだ側近の若狭勝氏は比例復活すらかなわぬ惨敗である。そして前原、小池両氏は、自民党に徹頭徹尾貢献することとなった戦犯として、すでにそれぞれの党首解任論まで現実化している。立憲と希望は小選挙区ではともに18議席。比例は立憲が37議席、希望が32議席であった。衆院選の比例代表東海ブロックでは、立憲民主党の獲得議席が立候補者数を上回り、候補者不足で立憲民主の1議席分が自民に回ってしまうという事態まで生じた。
共産党(公示前21議席)は小選挙区で1議席(沖縄1区・「オール沖縄」=赤嶺政賢氏)を維持したものの、比例代表では、前回20議席(得票606万票、得票率11・37%)から11議席(同440万票、同7・91%)へと後退、議席はほぼ半減。
日本維新の会は、公示前の14議席から11議席に後退。日本のこころは議席ゼロ。
社民党はなんとか踏ん張って2議席を死守。残念なのは滋賀1区では、反原発を掲げた嘉田由紀子前滋賀県知事=79,724票に対して、社民党候補=13,483票が割込み、自民党候補=84,994票、3人の対決で、自民の当選を許してしまったことである。社民党がこれでは、信頼を勝ち取れないであろう。
かくして、安倍首相が、野党の中でも改憲で期待してきた小池新党や維新が明らかに後退してしまったこと、立憲民主党が民進党の混乱・分裂からより明確に安倍政権と対峙する野党第一党に再編成されたこと、「改憲反対」「原発ゼロ」という明確な対立軸を掲げた政党が、たとえ短期間でも自公勢力をしのぐ力と勢いを獲得できることを明確に示したことが、安倍首相の最大の不安要因と言えよう。

<<「虚構の多数」>>
さらに今回の選挙の各党の得票実態を見ていくと、自民圧勝とは程遠い実態が浮かび上がってくる。
選挙翌日の10/23付朝日新聞「野党一本化なら63選挙区で勝敗逆転 得票合算の試算」がその実態を明らかにしている。野党が獲得した票が分散した最大の原因は、民進党の分裂であり、これが「立憲、希望、共産、社民、野党系無所属による野党共闘」が仮に成立していれば、事態は全く様相を異にしていたことを浮き彫りにしている。
複数の野党候補(野党系無所属を含む)が競合した「野党分裂型」226選挙区のうち、約8割の183選挙区で与党候補が勝利をおさめているが、その選挙区の各野党候補の得票を単純合算すると、このうち3割超の63選挙区で勝敗が入れ替わり、与党120勝、野党106勝となっていたのである。63選挙区のうち、圧倒的に多いのが、希望と共産が競合するパターンで、49選挙区にのぼる。また、立憲と希望が競合したのは19選挙区。東京では、「野党分裂型」のうち、与党勝利の19選挙区を試算すると、14選挙区で野党勝利に逆転。萩生田光一・自民党幹事長代行、下村博文・元文部科学相、石原伸晃・前経済再生相はいずれも「立憲・希望・共産」候補の合計得票数を下回った。また、野党統一候補が実現していれば、閣僚経験者も議席を脅かされる試算となった。野党候補の合計得票数は上川陽子法相、江崎鉄磨沖縄北方相の2閣僚の得票数を上回ったほか、金田勝年・前法相も「希望・共産」候補の合計得票数には届いていない。これが実態なのである。
さらに筆者が、立憲と共産が競合し、本来避けてしかるべき同一選挙区で相争うパターンを調べると、東京4、8、9、10、11、13、19、22、24、25区、千葉2、7、13区、神奈川2区、山梨2区、静岡1、7区、大阪1、5、8、13区、福岡1区と、ざっと上げただけでも22の小選挙区に及んでいる。その内、2選挙区では両者得票数合計が、当選を許した自民を上回っている。僅差で迫り、統一していれば勝てる選挙区も2選挙区ある。勝てたものを逃がしているのである。
共産党の中央委員会常任幹部会声明(10/23)が言うように、自民党が得た比例得票は33%(有権者比17・3%)なのに、全議席の61%の議席を得たのは、もっぱら与党有利に民意をゆがめる選挙制度がもたらしたものであり、「虚構の多数」にすぎないのである。
自民大勝の実態は、野党分裂による“棚ぼた勝利”にすぎないし、その最大の功労者は小池百合子と前原誠司、両氏と言えよう。どちらも「排除いたします」「それも想定内」という差別的な独断専行と先走り、その徹底した軽薄さが有権者から見放され、自民党に漁夫の利をもたらしたのである。

<<「ぶれない」>>
さて、問題は野党共闘である。共産党の志位和夫委員長は開票センターでの会見で、「議席を減らしたのは自分たちの問題。立憲民主党が野党第1党になれば、これは大事な結果。安倍総理も野党第一党の意向を無視して改憲はできないと言ってきた。野党共闘には大きな意味があった」とコメント。先に紹介した共産党の幹部会声明は「立憲民主党が躍進し、市民と野党の共闘勢力が全体として大きく議席を増やしたことは、私たちにとっても大きな喜びです。共闘勢力の一本化のために、全国67の小選挙区で予定候補者を降ろす決断を行い、多くのところで自主的支援を行いました。今回の対応は、安倍政権の暴走政治を止め、日本の政治に民主主義を取り戻すという大局にたった対応であり、大義にたった行動であったと確信するものです。全国のいたるところで「共闘の絆」「連帯の絆」がつくられ、私たちはたくさんの新しい友人を得ることができました。これは今度の総選挙で私たちが得た最大の財産であると考えます。日本共産党は、この財産を糧として、市民と野党の共闘の本格的発展のために引き続き力をつくすものです。」と述べている。この路線、方針こそが徹底されることが望まれる。
共産党は、全国289小選挙区のうち249での野党候補の一本化のために、83選挙区で候補者を擁立しない対応をとり、共闘勢力の前進に貢献し、83選挙区のうち32選挙区で野党候補の勝利に導いたことは高く評価されるところであろう。さらに、立憲、社民と無所属の一部との間で競合する67小選挙区で候補者を降ろしたが、「自民の補完勢力」と位置づけた希望が候補者を立てた選挙区のほとんどには独自候補を擁立した。さらに先に述べたとおり、立憲の候補とも相争う選挙区が22も存在した。その結果、小選挙区で議席を得た沖縄1区を除き、選挙区あたり数万程度ある共産票は事実上「死票」となり、大いに自民党候補の勝利にまたもや貢献してしまったのも厳然たる事実である。
自公政権を退陣に追い込むためには、現在の野党共闘をさらに一歩も二歩も進めて、市民連合や広範な諸勢力が支え、原動力となる、野党共同政党、ないしは野党統一会派にまで進め、「統一名簿方式」で闘えるところにまで進展させることを真剣に追及すべきであろう。
共産党のポスターには「市民+野党でぶれない」と書かれているが、統一戦線政策の不徹底は現実であり、及び腰なのである。当面の小手先の戦術ではなく、戦略としての一貫した統一戦線政策が根づいていないのである。それは、「わが党こそが唯一、一貫して正しい」というセクト主義を克服すること、中央集権主義的党運営を根本的に、本来あるべき草の根民主主義に作り替える、党名をも含めた党のあり方そのものの改革とも密接不可分なものであろう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.479 2017年10月

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【書評】『人間なき復興──原発避難と国民の「不理解」をめぐって』

【書評】『人間なき復興──原発避難と国民の「不理解」をめぐって』
山下祐介・市村高志・佐藤彰彦共著、2016年、ちくま文庫、1,200円+税)

本書は、福島第一原発事故の「避難」と「復興」を解明する。その構成は、社会学者である山下(首都大学東京)、佐藤(高崎経大)と、市村(双葉郡富岡町住民、NPO法人とみおか子ども未来ネットワーク)の3者の対談がもとになっている。なお本書は、事故後2年目の2013年に発行され、2016年に文庫化されたものであるが、発行時点で論議された諸問題の矛盾が年を経ていよいよ露呈してきた深刻な事実がある。
本書を貫くキーワードは、「不理解」である。例えば、市村は言う。
「警戒区域が解除されるまで、避難者たちは『一時帰宅』というかたちで帰っていた。その何度目かにも、専門家の方(註:災害・復興などに関わっている研究者や支援者たち)からこんなふうに言われた。『帰って何かあるの?』とか、『行って何やってるの?』とか。『3回も4回も帰って、何持ってくるの?』と言う人もいる。そういうことのなかに、専門家自身がこの事態を本当は理解してないんじゃないかとすごく感じる」。
これは次のように言い換えられる。
「専門家たちだからこそ、あの場所がちょっとやそっとでは帰れるところではないことを知っているのだ。だが、その理解では駄目なのだ。もはや帰れる場所ではないことをほとんどの人が知っているのだが、あの場所が『帰れない場所だ』と言ったとき、その先に何が起きるのか、おそらく多くの当事者は気がついてもいる。だからこそ『帰りたい』はあっても『帰れない』の声はなかなか出てこないのだが、それを理解してくれていると思っていたはずの専門家が、いとも簡単に『帰れない』を口にするのである」。
この状態を本書は「不理解」と呼ぶ。それは「無理解」ではない。「理解できない」のではなくて、「理解していないにもかかわらず、したつもりになっている」ということなのである。原発問題をめぐっては、この視点が様々なところで顔を出し、多くの国民のなかにも潜んでいると指摘される。
そしてこの理解を困難なものにしているのが、「ダブルバインド」(二重拘束状態)の問題であるとする。
「例えば、『低線量の放射線でもリスクは高い』という言説。一見、放射線リスクの危険性を強調する議論は、避難者たちに味方するもののように思える。しかしながら、すでに被曝してしまっている以上、リスクが強調されれば、あなたやあなたの子どもの身体はもう駄目だ、と言われているのと同じ意味を持つことになる。(略)だからといって、『放射線リスクは非常に低い』のだから,早くあの場所に帰りなさいと言われれば、それもまた拒否せざるを得ない。少なくとも自分の子どもを喜んであの場所に戻せる人はいないからだ」。
つまり放射線リスクは「高い」も「低い」も、避難者にとっては「真実/敵」であり、「採用/拒否」なのである。
本書は指摘する。
「こうした論理の二重拘束があまりに多いのが、この原発災害の特徴だ。危険だけど安全、自由にしていいけど帰る以外の選択を許さない、被災者はかわいそうだけど焼け太りは許さない、こうしたまるっきり矛盾した命令や言説が多重に重ねられている。しかもそのなかで、被災者はできない決断を強要されており、ただ被災者であるだけでなく、論理的に極めて苦しい立場にたたされているのである」。
これに対して本書は、この論理矛盾に対して一つずつ紐を解きほぐしていく作業を提案し、原発被災で使用されている言葉の再吟味を試みる。
例えば「復興」という言葉では、「専門家たちが、『帰れませんよね』という理解で語るのに対して、原発事故後の地域政策に携わる側は、まったく反対の方向(帰還政策)で復興を理解し、現実に進めつつある」。「ここには何が潜んでいるのか」と問う。
或いは、支援領域のなかでいわれる「人」についても、「復興は人であり、支援も人に向かわねばならないと」と主張される。しかし「国や政府が『人が戻ることが復興だ』と言うときの『人』に違和感を覚えるのと同じように、支援者が『一人ひとりに向き合う』と言った場合の『人』にも、『何か違う気がしてくる』のである。一方は、『個人個人は要らない、人は数さえあれば復興になる』と言っており、他方は『全体は要らない、個人個人さえいればよい』と言っているかのようだ。これではどちらに転んでも、本当の復興にはならない」と疑問を呈する。
本書はその他、「支援」「避難」「被災」「被害」等々を吟味検討し、「不理解」という言葉から始まる原発避難問題の奇怪な事態を解明していく。それはわれわれ自身が当たり前のこととして見がち考えがちな視点そのものを再検討し、その後ろに潜む日本社会の構造を洞察する手がかりを与えてくれる。(R)

【出典】 アサート No.479 2017年10月

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【投稿】「ミサイル解散・総選挙」目論む安倍政権

【投稿】「ミサイル解散・総選挙」目論む安倍政権
                ―野党共闘で政権の延命を許すな―

危機を演出、扇動
 8月29日早朝、北朝鮮は新型中距離弾道ミサイルの試射を行った。日本政府はミサイルが日本上空を通過すると思われたことから、12道県に向けJアラートを発信、急遽NSC(国家安全保障会議)を開催するなど最大限の危機を演出した。
 テレビは、通常放送を休止して「ミサイル特番」を延々と流し、北海道や東北地方の鉄道が一時運休するなど、いたずらに国民を不安に陥れる対応に終始した。北朝鮮の弾道ミサイルには、核弾頭はおろか通常弾頭も搭載されていなのに、あたかも奇襲攻撃を仕掛けて来たかのような演出が行われた。
 しかし今回も「破壊措置」=迎撃は実施されず、「北朝鮮への対応」を口実に、多額の予算を費やし整備されてきたミサイル防衛システムは沈黙したままだった。防衛省は「日本に被害を及ぼすことがないと判断したため」と弁明しているが、信頼性に自信がないからである。Jアラートも送信や内容に不具合が発覚、さらに被害想定も未定であり、避難実施も自治体任せというお粗末さが改めて浮き彫りになった。
 「北朝鮮の核・ミサイル開発があまりに急速」などと言われているが、この間の「火星シリーズ」弾道ミサイルはアメリカ向けであり、日本を射程に収める「ノドン」などの短距離弾道ミサイルは、とっくに戦力化されているのだから、長年にわたる不作為の批判は免れない。
 一連の対応は、核開発を中止させる外交努力の放棄を隠ぺいするため、ミサイル発射を台風や地震など不可避の天災と同等に位置づけてきた矛盾が露呈したものである。 
 無為無策の指摘を恐れた安倍は「ミサイルの動きは発射直後から完全に把握しており国民の命を守るため万全の体制をとった」と弁明したが、前夜にアメリカから発射準備に関する情報提供があったのではないか、との疑念に対してはその有無を明確にしていない。
 さらに安倍は「これまでにない深刻かつ重大な危機」とボルテージを上げたが、河野太郎は「(グアムに飛ばさなかったのは)北朝鮮が少し怯んだから」と述べるなど、閣内不一致ともとられかねないちぐはぐな対応が露呈した。
 
制裁強化で一致せず
 安倍は当日のトランプとの電話協議につづき30日には、豪、韓首脳との電話協議を行い、北朝鮮に対する厳しい姿勢で一致したと強調したが、こうした問題での同盟国、友好国との合意は当たり前のことである。
 その日の午後には訪日中のメイ首相とも、「断じて容認できない」との認識で一致したとしているが、その後は京都市内でお茶会を開き、続いて夕食会を催すなど、「非常時」とは思えない優雅な古都の一日を過ごした。
 こうしたなか、麻生太郎は「ヒトラーの動機は正しかった」とユダヤ人迫害を肯定するような発言を行い、ペンス副大統領との会談が急遽中止になった。政府は「北朝鮮情勢が緊迫したため」と取り繕っているが、そうであれば尚更、会談の必要があっただろう。
 さらに9月3日、竹下亘が講演で「北朝鮮のミサイルが島根に落ちても何の意味もない」と発言、選挙区の受け狙いにミサイルを引合いに出すとは、政権の危機意識の程度が窺い知れると言うものである。
 このように北朝鮮のミサイルは軍拡の口実はもとより、閣僚の失態隠蔽や、話のネタとなんでも使い放題の便利なツールとなっている。安倍政権が、勇ましい言葉ばかりで手を拱いているのを尻目に、金正恩政権は核・ミサイル開発を加速している。
 9月3日、北朝鮮は6回目となる核実験を行った。これに対し国連は9月12日、全会一致で北朝鮮に対する新たな決議案を採択した。決議を主導したアメリカは当初、石油の全面禁輸、金正恩の個人資産凍結、これを確実に実施するため臨検での武力行使容認など「最後通牒」に等しい措置を盛り込んだ原案を示していた。
 しかし制裁強化に慎重な中国、ロシアに配慮し北朝鮮への石油輸出に上限を設けるにとどめるなど、アメリカが譲歩する形で各国が妥協した。日本政府はアメリカの当初案に乗っかる形で採決を目指していたが、目論見は外れた。
 これに先立つ9月6,7日ウラジオストックで「第3回東方経済フォーラム」が開催され、日本、ロシア、韓国それぞれの首脳会談も行われた。会議には北朝鮮も参加しており、日露会談前に、露朝の協議が行われたと見られている。
 7日には日韓首脳会談が開かれ、「対話より圧力強化」で一致したとしている。しかし、文在寅政権は米韓軍事演習の縮小、北朝鮮に対する約9億円の人道支援など融和策を検討しており、圧力一辺倒ではない。
 
同床異夢の日露
 同日安倍はプーチンと19回目となる首脳会談を行い、北朝鮮に対する圧力強化をロシアに求めたが拒否された。会談後の記者会見でもプーチンは改めて対話による解決の重要性を指摘し、日露の立場の違いが改めて明らかとなった。
 この間、中国にもましてロシアの北朝鮮問題への関与が顕著になってきているが、これは太平洋方面におけるアメリカの圧力縮減を期待してのことである。ロシアの主要な関心は、地中海からバルト海にかけてのヨーロッパ方面である。約5千キロに及ぶ戦線には、シリアや東部ウクライナ、さらには南カフカスなど「ホット・スポット」が点在している。
 ロシアは自らの勢力圏内にNATOが親露政権の転覆など「秘密工作・謀略」を含めた浸透を目論んでいると警戒しており、武力侵攻には核兵器の先制使用も辞さない構えでいる。
 プーチンとしては欧州方面に全力を傾注したいところであるが、原油安と経済制裁で軍拡の修正を迫られている。また来年からロシア唯一の空母「アドミラル・クズネツォフ」が長期の改修に入るため、戦力の低下は免れない状況である。
 ロシアは7月にバルト海で中国と合同軍事演習を実施、9月14日からは北方艦隊がバレンツ海で、陸上ではベラルーシとの大規模な合同演習が開始されNATOは警戒を強めているが、これらはロシアの危機感の表れでもある。
 こうしたなかプーチンとしては「東部戦線」の緊張が高まるのは避けたいわけであり、安倍の要望が一蹴されるのは当然のことである。日露首脳会談では経済協力で合意があっったが、極東地域での緊張緩和に資する提案は無く、日露間の緊張も高まりつつある。
 9月16日から自衛隊は北海道で初めて、兵員1万7千の他車両3200、航空機50、艦艇2を動員した大規模演習「北演29」を開始した。この間の北方4島を含めた極東ロシア軍の演習は、22日からの中露演習「海洋協同2017」も含め、対米が主軸であったが、日本の「北演29」は対露演習に他ならず「北方領土問題に関する環境づくり」に逆行するものである。
 
軍事オプションは断念へ
 こうした関係国の連携のなさと足元を見透かしたように、9月15日には再び弾道ミサイルを発射、射距離を3700キロに延ばした。翌16日、朝鮮中央通信は金正恩が「火星12の戦力化が実現した」と述べたことを明らかにした。
 実際は核弾頭の小型化、水爆の実用化、大気圏再突入技術の確立など主要な部分が確認できていないが、「経済制裁による屈服強要路線」は破綻し、北朝鮮の核・ミサイル開発阻止は失敗したと言える。
 しかし、安倍政権は圧力強化一辺倒の姿勢を変えようとはしない。一方当事者であるアメリカは「あらゆる選択肢は排除しない」として、軍事オプションを保持しつつ、対話も有りうることを示唆しているが、そもそも、トランプ政権の国家戦略、さらには米軍の体制も不安定であり、問題の着地点を不透明にしている。
 事故が相次ぐ第7艦隊では8月にもイージス駆逐艦「ジョン・Sマケイン」がマラッカ海峡でタンカーと衝突、乗員10名が死亡した。米軍は全艦艇の運用を一時停止、8月23日には第7艦隊の司令官が解任されると言う事態となり、その後のアメリカ議会付属監査院の調査で、第7艦隊の人員4割が規定の訓練を終了していないことが判明した。
 精鋭艦隊のお寒い実態が明らかになったにもかかわらず、9月1日ウォール・ストリート・ジャーナルは、米軍が南シナ海での「航行の自由作戦」の強化を計画していると報じた。またトランプはアフガンからの撤退方針を転換、治安状況が改善されるまで関与を続け、兵員を増派する戦略を明らかにした。戦力の逐次投入での戦線拡大は泥沼への道であり、戦闘や事故での犠牲者の増加は避けられないだろう。
 さらに欧州や中東の戦力を縮小・転換するわけにもいかず、北朝鮮への軍事力行使は不可能になりつつある。いくらB-1B戦略爆撃機を飛ばしてもパフォーマンスであることは北朝鮮は見透かしている。
 
逃げ得を許すな
 アメリカの軍事オプションが非現実さを増す中、安倍政権は「ミサイル危機」をフル活用している。国民の不安を煽るだけ煽って、平和的な解決策を示さず軍拡、差別扇動を正当化しているのであるが、ここに来て9月28日の衆議院解散―10月下旬投票が濃厚となった。
 臨時国会冒頭の解散は、森友、加計問題の論議を封じ込め、野党の体制が整わない間隙をついての戦略である。また「さらなる挑発が懸念される朝鮮労働党の創設記念日(10月10日)」を挟んで政治的空白を作ることは、いかに「ミサイル危機」が政権にとってご都合主義的なものでしかなかったことを物語っている。
 このような逃げ得ともいえる解散で安倍政権の延命を許してはならないが、対抗すべき野党の体制は惨憺たるものである。離党が相次ぐ民進党は、国会解散と共に解散しそうな危機を迎えている。「日本ファースト」が候補者を擁立すれば、民進党は壊滅するだろう。
 前原は野党共闘に批判的だったが、民進に残った議員は野党共闘推進派という皮肉な現象が起きつつある。17日の3党党首会談は中止となったが、共産を含めた4党会談を早急に設定し、選挙協力の具体化を進めるべきである。(大阪O)

【出典】 アサート No.478 2017年9月23日

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【投稿】「1万円札を廃止せよ!」「預金のための金利を払え!」と迫る国際金融資本

【投稿】「1万円札を廃止せよ!」「預金のための金利を払え!」と迫る国際金融資本
                              福井 杉本達也 

1 「1万円札を廃止せよ」
 8月1日、日本経済新聞にケネス・ロゴフ:ハーバード大教授の「日本は1万円札を廃止せよ」という記事が掲載された。ロゴフは「日本にはまず1万円札と5千円札を廃止することを提案したい」と切り出した。高額紙幣廃止の理由について「マネーロンダリングや脱税、収賄など犯罪行為で高額紙幣が果たす役割も大きく、現金の闇を取り除くべきだ」とし、「高額紙幣を廃止して現金取引を電子決済などに置き換えれば、銀行口座などからマネーのやりとりを捕捉できるようになり、脱税の機会は大きく減る」という。
 欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁は、2016年2月、犯罪に使われるケースが多いことを理由に、500ユーロ紙幣の廃止を検討していることを明らかにした。 またサマーズ米元財務長官も、犯罪での使用を理由に、新たな100ドル紙幣の発行停止を呼びかけた。 麻薬取引からマネーロンダリング、脱税などに利用されるとして、高額紙幣を廃止するという胡散臭い議論が世界的に高まっている。
 現金流通額は、北欧で低い一方、アジア諸国では比較的高い。スウェーデンのストックホルムの街中で雑誌を販売するホームレスは電子決済で代金を受け取っているほどである(加藤出『ダイヤモンド』2016.1.16)。突出して高いのが日本であるが、キャッシュレスがどの国でも急速に進んでいると考えるのは、誤りである。多くの国で、現金の利用は、依然として経済規模対比で増加を続けている。それに大きく寄与しているのが高額紙幣、という点である。(元日銀審議委員:木内登英「日本での高額紙幣廃止論」2017.8.2)

2 現金を持っていなければ、我々には何もない
 現金が増え続けている日本でも電子マネーによる支払いは急速に増えている。多くの人がSuicaなどの電子マネーを利用する。現金がなくなれば、ATMは不要になり、スーパーや飲食店での支払いは、クレジットカードやデビットカード、スマホや電子マネーだけになり、店のレジの中からお金は消え、お釣りを計算する必要もなくなる。しかし、現金を持っていなければ、プライバシーもない。我々に残るものは何もない。
 「1万円札の廃止」論は、非常にあいまいな論争であるが、これは我々に対する国際金融資本による対現金戦争であり、そのためのプロパガンダである。もし、完全なデジタル銀行預金を支持して、現金完全撤廃というプロパガンダを鵜呑みにするほど我々が愚かであれば、わずかに残された自主性とプライバシーにお別れを告げるも同然となりかねない。現金の代わりに、我々はデジタル銀行クレジットを使うよう強制される。違いは一見ごくわずかなように見えようが、実は極めて大きい(F. William Engdahl「マスコミに載らない海外記事」2017.9.5)。

3 高額紙幣を廃止したインドで起こったこと
 2016年11月8日夜8時、インドのモディ首相は、米国にそそのかされて、突然500ルピー (8ドル相当)と1,000ルピー(16ドル相当)紙幣の強制排除を発表した。それも、わずか4時間で効力を停止するという強権的なものであった。モディ政権は、闇経済を縮小し、違法な活動やテロに資金供給するための違法な偽札を取り締まることができると主張したが、大規模な不正所得は全く発見されず、テロへの資金提供には何の効果もなかった。インドで不正に蓄財された資産の保有形態としては、現金はわずか6%でしかなく、株式や不動産、宝石などを他者の名義で購入していたケースが圧倒的だという。この政策は人々の生活にすさまじい大混乱をもたらした。貧しい人々ほど窮地に陥った。銀行に口座を持たない人がインドには54%もいた。その人々は蓄えを現金で持っていたが、それが市中では突然、無価値になってしまった。商店での決済はほとんど現金で行われている現状では必要な購入資金を手にできない結果、消費量が落ちた。バイクのような金額のものでは圧倒的に現金決済であったが、22%も販売が低下した。ホンダの二輪車生産は33%減となった(日経:2017.1.11)。現金に依存している何千もの小企業が倒産したため、4月の工業生産は、衝撃的に前月比10.3パーセントも減少した。対現金戦争の後、インド国民は、お金の支払い方を決める個人的自由を永遠に失うことになった。その後、新2000ルピー札が印刷され多少混乱も収まってきたが、国民もろとも国際金融資本による貨幣廃止の壮大な実験場にされたのである。インド国民はとんでもない政府を持ったものである。

4 マイナス金利政策の強化
 黒田日銀によって進められているマイナス金利は、銀行が事業を行う経費を上げる。既にゼロ預金金利なので、銀行は貸出金利を上げざるを得ない。しかし、金余りのため、顧客に転嫁できなければ、マイナス金利は銀行に課されるものになる。金融庁の発表では、マイナス金利による運用難のため、公的資金を投入した福井県の福邦銀行などの地銀の経営が苦しくなっているとしている(日経:2017.9.5)。貸付金の元本が返済できないような要注意の危ない企業には4%もの高金利で貸し付けており、これが銀行経費の大部分の収入源となっているが、優良企業にはわずか0.5%の金利で貸し付けている。これでは経営が持たないことは明らかである。
 昔の教科書では、金利はマイナスにならないとしていたが、それは現金があるということが前提であった。預貯金にマイナス金利が適用されるようになれば、多くの人が引き出して現金で保有しようとするため、効果は小さくなってしまう。しかし、現金がなくなってしまえば、それはできない。ドイツ産業連盟のハンス・ヘンケル元会長は「ECBは、いずれ個人や企業の預金にもマイナス金利を導入しようとするだろう。現金支払いの制限は、監視国家への入口だ。市民は、現金を持っていれば、マイナス金利による損失を防ぐことができる。だが、もし現金支払いに制約が設けられた場合、市民は銀行に預金するために金利を払うことを迫られる。これは市民の財産の没収に等しい。資産を現金で保有することは、この財産没収を免れるための唯一の道だ」と述べている(熊谷徹『エコノミスト』2016.3.8)。
 ケネス・ロゴフの現金廃止論の目的は、米国がマイナス金利政策に追い込まれた時の準備にある。ロゴフは「現金を廃止してマネーを電子化すれば、簡単にマイナス金利を付けることができる。マイナス幅は4%程度まで可能になる」(日経:同上)とまで述べている。 資本主義は資本の増殖にあるが、マイナス金利とは資本がついに増殖できなくなったことを意味する。「資本主義の終焉」である(水野和夫)。EU・日本ではマイナス金利になっているが、まだ米国では若干のプラスであり、米国に資金が還流している。もし、米国債が暴落すれば、資金は還流しなくなる。米国の破産は目前に迫っている。
 日本では、現金の残高は、金融緩和が強化され出した90年代末ごろから急速に上昇を続けており、2割近くに達している。日本で現金(日本銀行券と硬貨の合計)需要が高い背景には、①現金決済を好む国民性があること、②90年代末には銀行不安を背景に銀行預金から現金へと資金をシフトさせ、その後もその現金が手元で保有される傾向が続いてきたこと、③長期化する低金利のもとで銀行預金を保有するインセンティブが低下したこと、④他国と比べて治安が良いため、現金を持ち運ぶことの不安が比較的小さいこと、⑤どのような地域でも現金が不足する事態が生じにくいこと、⑥紙幣のクリーン度が高いこと(木内登英 同上)などの理由が挙げられる。

5 我々の財産没収への第一歩
 マイナス金利政策が続いて拡大するかどうか、さらに現金の持ち運びを難しくさせ、流動性を悪くする試みが成功するかは定かではない。
 しかしそれを同時に行うなら、これまで基本となる伝統的に安全資産だった現金の保有に対しペナルティーを支払うこととなる。現金廃止論から身を守るために、代わりとなるような安全な資産運用先はない。現金がもつ従来の価値は2つある。1つ目は、自国通貨として額面通りの価値が維持されるはずであること。2つ目、機会があれば、他の資産に変えられるというオプション価値を備えていることだ。
 みずほ証券の上野泰也は「必死に稼いで蓄積した国民の資産に、合理的かつ説得的な理由がないまま政府が強引に圧力を加えると、社会が大きく混乱する上に、財産権侵害だとして訴訟が頻発するだろう」と指摘する。
 我々の現金を強制的にデジタル化させるのは、またリーマンショックのような大規模金融危機が発生した場合、強制的にかつ効率的に我々の財産を没収するための仕組みである。現金使用を止めさせ、金融資産全てを国家が管理する銀行にデジタル預金するように強いることで、政府が次の緊急事態を宣言した際、そうした資産を国家が没収する舞台が用意される。現金に対する戦争の隠された狙いは、EU加盟諸国においてであれ、アメリカ合州国であれ、インドのような発展途上国であれ、次の不可避の金融危機時に、我々のお金を没収することである。現金を廃止された場合、金や宝石・絵画や現物資産に投資することなどの回避策をとることはできない。我々に残されたわずかな経済上の自主性も失うこととなる(「マスコミに載らない海外記事」同上)。

【出典】 アサート No.478 2017年9月23日

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【投稿】アベ・ファッショ解散をめぐって 統一戦線論(40) 

【投稿】アベ・ファッショ解散をめぐって 統一戦線論(40) 

<<「もり・かけ疑惑隠し解散」>>
 安倍政権は、9/28から始まる臨時国会を直前に控えて、急きょ、臨時国会冒頭での解散をも含めた「年内解散」に動き出した。野党が憲法に基づいて召集を求めてから約3カ月、逃げまくってきたが、国会審議が始まれば、加計学園、森友学園問題が国会で再び取り上げられ、もはや否定しがたい山のような疑惑がさらに明白となり、せっかく回復しかけた支持率がさらにいっそう下がってしまう、その前に解散してしまおうという、まったくご都合主義的な安倍首相の党利党略解散である。疑惑に対して「真摯に説明責任を果たす」とは一体何だったのか。「追い込まれ解散」「やぶれかぶれ解散」を避けるための、「もり・かけ疑惑隠し解散」「自己保身解散」とも言えよう。
 自民党内でさえ、首相の9条改正案には党内から異論が噴出し、8/25には「安倍降ろしの会」「反安倍の会」ともいわれる「日本の明日を創る会」の初会合が開かれ、そこでは「安倍一強って3権分立ではないじゃない? と子供に問われても説明できない」と、安倍首相の独裁的政治手法が公然と批判されている。
 今や取り巻きやお友達の側近政治の典型となってしまった安倍政権は、求心力の低下を阻止し、主導権再確立のために首相唯一の「伝家の宝刀」・解散権の行使を、「今がチャンス」「ここしかない」と踏んだのであろう。
 しかし、総理大臣の自己都合、私的利益があからさまな解散は、解散権乱用の違法な解散である。周知のように、憲法第5章「内閣」の第69条では「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、または信任の決議案を否決したときは、10日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない」と規定し、これが憲法上、衆議院解散についての唯一の規定である。一方、憲法・第1章「天皇」の第7条に「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ」として、その第3項に「衆議院を解散すること」とある。この規定を逆に利用して、「内閣は天皇に助言することを通じて、いつでも好きな時に衆議院を解散することができる」とする、いわゆる“7条解散”論がこれまで罷り通ってきたのである。しかしこれは明らかな牽強付会である。第7条は、第69条に従って衆議院が解散された場合に、その形式的な宣言は第7条によって天皇が行うと規定したものにすぎないのである。内閣不信任案が可決もされていないのに、総理あるいは与党の自己都合で、手前勝手に好きな時に解散できるということは、法理上許されないことであり、違法なのである。今回の解散権の行使は、ファッショ的・独裁主義的手法による解散である。

<<「サンキュー金正恩」>>
 そしてこの党利党略解散に決定的ともいえる貢献をしているのが、朝鮮半島をめぐる戦争挑発の危険な火遊びである。安倍首相は、金正恩朝鮮労働党委員長とドナルド・トランプ米大統領の芝居がかった火遊びが、大火災、核戦争にまで燃え上がることを期待でもしているかのように煽りに煽りまくっている。ことさらに北朝鮮に対する「断固とした強硬姿勢」をことあるごとに強調し、「これまでとは異次元の圧力を科すべく、取り組みを進める必要がある」などと、軍事的介入・強行的先制攻撃に期待をかけ、外交交渉や対話の努力などまったく眼中にない。
 9/11、安倍首相は防衛省幹部や自衛隊の指揮官が一堂に会する自衛隊高級幹部会同に出席して、「発射直後から落下まで、(北朝鮮の)ミサイルの動きを切れ目なく完全に監視し、追尾した。国民から信頼を勝ち得ている自衛隊は私の誇りだ」と、まるで首相個人の私的軍隊扱いをし、この絶好の機会を逃さず膨大な軍事費拡大に前のめりとなっている。そして、何の役にも立たない「Jアラート」を乱発して、避難訓練に人々を動員し、不安をあおり、危機感の拡大を自己の政権延命と好戦的な世論形成と支持率上昇に利用しているのである。そもそもミサイルが本当に現実の脅威、「これまでにない深刻かつ重大な脅威」「日本にとって非常に深刻な事態」(8/29安倍首相会見)なら、最も危険な全国各地の原発を直ちに停止させるべきであろう。
 この朝鮮半島危機で、トランプ大統領に調子を合わせているのは、安倍首相だけである。説得に向かったはずのロシアのプーチン大統領には「制裁ではなく、対話による解決の必要性」を逆に説得されている。中国外務省も9/12、国連安保理が新たな対北朝鮮制裁決議を採択したことについて談話を発表し、「軍事的解決に活路はない。中国は朝鮮半島で戦乱が起きることを決して許さない」と強調。ドイツのメルケル首相も「われわれには平和的で外交的な解決しか考えられない」と明言している。
 安倍首相は、移り気で情緒不安定なトランプ氏としかうまく手を結べていないのである。8/23付ウォール・ストリート・ジャーナル「米大統領の忠実な相棒?」と題して「トランプ氏にとって頼りになる人物が1人いる。日本の首相はいつでも賛同してくれるのだ」と安倍首相を皮肉る記事を掲載している。しかしそのトランプ氏もまた、この朝鮮半島危機を利用して、韓国や日本に大量の高価なミサイル防衛システムや兵器を購入させることに余念がない。
 かくして安倍首相にとっては、この朝鮮半島をめぐる戦争挑発の危機は、自己の政権延命と悲願の憲法9条改悪にとって願ってもない好機到来というわけである。
  9/12付の韓国・ハンギョレ新聞は「安倍首相、サンキュー金正恩」と題して「安倍晋三首相の支持率が3カ月ぶりに『不支持』を超えた。北朝鮮の6回目の核実験とミサイル発射にともなう『北風効果』が大きく作用したと見られる。」と皮肉っている。安倍首相にとってはまさに「サンキュー金正恩」であろう。

<<ほくそ笑んでいる図>>
 いずれにしても安倍首相は年内解散に舵を切り、9/28召集の臨時国会冒頭で踏み切ることも視野に入れつつ、最も早い場合で、10/10公示~10/22投開票、または10/17公示~10/29投開票の日程を目論んでいる。
 野党第一党の民進党が期待の山尾志桜里元政調会長の不倫スキャンダル離党などで前原執行部は出鼻をくじかれ、離党者が続く苦境にあり、小池新党も準備が間に合わない、臨時国会冒頭解散であれば、野党も、もり・かけ疑惑の追及どころではなくなる、とほくそ笑んでいる図である。
 これが報道された9/17、民進党の前原誠司代表は「『森友問題』や『加計問題』の国会での追及から逃げるため、北朝鮮の状況も全く度外視した自己保身解散だ。受けて立つ」と強調した。枝野幸男・民進党代表代行は「衆議院解散のようです。しっかりと受けて立ちたいと思います。森友・加計問題から逃げ回り、国会が開かれると逃げられないから解散。あからさまな疑惑隠し解散です。北朝鮮問題を抱える中、党利党略で選挙による政治空白が生じることにもなります。この選挙はこの時期の解散の適否がひとつの争点です。選挙がないと議席が増えないから、野党にとって解散は歓迎です。厳しい状況ですが、予想を覆し大善戦した英国労働党の例もあります。問われているのは、臨時国会召集という憲法上の義務に違反し、ようやく召集したら質疑もせず解散する判断です。疑惑追及がイヤで逃げた、隠したと言われて当然です。」とツィートしている。
 共産党の志位和夫委員長は「臨時国会の冒頭 衆院解散の見通し 一体、何のための解散か。冒頭解散となれば、北朝鮮問題を利用し、国政私物化疑惑に蓋をして、『今やれば多数を取れる』という党略的打算のためだけの解散となる。堂々と迎え撃ち、必勝を期し奮闘したい。」とツィートしている。
 いずれもわが党の姿勢の強調である。個々の党が「しっかりと受けて立ち」「堂々と迎え撃っ」ても、バラバラでは安倍政権を利するだけである。問題は、野党が統一して闘う姿勢が前面に出てきていないところにある。200以上の小選挙区で民共候補がぶつかる状況は解消されていない。競合と分散、野党同士の票の取り合いを回避しなければ「政権批判票」はまったく生かされないのである。
 最低限、全ての小選挙区で野党共闘の候補者を一人に絞り、「安倍政治を許さない!」、その一点での合意に基づいた統一候補の闘いにするべきであろう。その形態はいかに柔軟であってもよいが、この際、野党統一会派へのすべての反安倍会派の合流、統一候補への一本化が提起されるべきであろう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.478 2017年9月23日

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【書評】『記者たちは海に向かった—-津波と放射能と福島民友新聞』

【書評】『記者たちは海に向かった──津波と放射能と福島民友新聞』
            (門田隆将著、2017年、角川文庫、880円+税) 

 東北大震災と放射能汚染に直面して、福島県の地方紙「福島民友」新聞の記者たちが、「新聞エリアの欠落」(取材対象区域・営業区域・配達区域の消失)の中で、いかに「紙齢」(新聞発行通算の号数)をつなぐために行動したかの記録である。若手の記者が犠牲となり、あわや新聞発行が危ぶまれる非常事態になりつつも、その難局を乗り越えたのは、「地元に密着した地元紙の記者たち」が「記者という『本能』のまま動き、純粋に歴史の一断面を、命を賭けて『切り取ろう』としたからだ」と本書は述べる。福島の浜通りにあった「二つの支社・五つの支局」に配属された「十一人」の記者たちは「大地震発生と同時に津波を撮るべく『海』へと向かった。それは、新聞記者の“本能”とも言うべきものだった」と。その活躍ぶりは本書の至るところに記録されている。
 「『あっ』凄まじい津波に向かう漁船を撮りつづける自分の命が『危うくなっていること』を知ったのは、いつだったろうか。/気がつけば、海は、自分の目の高さより遥かに高くなっていた(略)福島民友新聞の小泉篤史・相馬支局長は、津波と闘うファインダーの中の漁船を追うことにいつの間にか没頭していた。/(略)/『普通に肉眼で見て、自分より波が高いので、あっ、ダメだと、思いました』/小泉は、この時まで、自分の生命が危うくなっていることより、『漁船が一体どうなるのか』ということの方に関心が奪われていたのである。/(略)/小泉は、ここに至って、やっと埠頭から離れることに決めた。/自分の左手から押し寄せた津波は、とっくに陸地を突破して、コンテナや自動車を松川浦に流し込んでいる。たまたま、自分のいるところは表面張力で助かっているだけだったのである」。
 この後、福島民友新聞本社では、通信手段も電源もないまま新聞発行に悪戦苦闘し、結局読売新聞社の援助により(福島民友新聞は読売系列の地方紙で、読売の福島支局も福島民友新聞の中にある)発行することになるが、その経緯は本書に詳しい。そこには地元ならではの密着した人間のつながりが感じられ、記者たちの奮闘振りには目を見張るものがある。
 しかしその熱意と使命感を認めつつも、やはり同時に、大津波よりもある意味で深刻な被害をもたらし、いまだにもたらし続けている原発災害に対して、きちんと目を向ける必要があろう。本書でも双葉町と浪江町の両方の災害対策本部を取材した木口・浪江支局長は、こう語ってはいるが・・。
 「双葉町は原発を立地している自治体そのものです。しかし、浪江町は、原発に近いけれども、町内に立地しているわけではない。つまり、浪江町には“原発から逃げる”という感覚がないんです。いや、もっと正確にいえば、夜の段階(註・避難指示前夜)で、浪江町は、津波の被害者対応に没頭していました。原発事故対応じゃないんです。(略)原発を立地していない浪江町には専門家もいないので、事の重大性がわからない。東電の人が詰めているわけでもないので、現実に原発で何が起こっているのかわからないんですよ。僕もその一人でしたが・・・」。
 しかし本書では一切触れられていないが、これまで福島民友新聞が、福島民報とともに一貫して、原発擁護・推進の論調を張ってきたという経緯は、事実として突きつけられている。
 例えば『原発プロパガンダ』(2016年、岩波新書)では、こう指摘されている。
 「福島県では戦後二つの新聞が発行を再開し今日に至っている。ただし原発に対して両紙はまったく同様に原発礼賛記事を掲載し、大量の広告を掲載し続けた。そのきわめて原発推進に協力的な紙面は、数ある原発立地県の地方紙でも随一であり、(略)」
 「この二紙の論調には基本的に差はなく、主に・原発は安全で絶対に重大事故は起きない。・原発立地に伴う電源三法交付金で地元は繁栄できるを二本柱とする社説と記事が繰り返し掲載されていた。たとえば福島民友が75年11月に掲載した連続企画『原発を見直す』のキャッチコピーを紹介すると、・放射線を多重防護、ケタ違いの対策、規制。・暴走しても心配ない、原子炉の安全実験進む。(略)などと、どうしてそこまで安全と言い切れたのかというほど、実に不可解な特集を組んでいた」。
 本書では、この姿勢への視点を抜きにして、旧知の間柄の福島民友の富岡支局長・橋本記者と東電幹部(小森常務、元福島第一原発所所長)が、事故直後の3月18日の記者会見の後、事故について互に感極まって号泣したことや、木口記者が、東電清水社長のお詫び行脚に随伴したこれまた旧知の石崎原子力立地副本部長(元福島第二発電所所長)と心が通じあったとエピソードをあげている。しかしどこか本質を抜いたような違和感を感じざるを得ない。
 それぞれの記者たちの奮闘が英雄的に描かれればそれだけ、著者を含めて、原発政策・事故との距離と姿勢が問われてくる書である。(R)

【出典】 アサート No.478 2017年9月23日

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【投稿】黄昏を迎えた安倍政権

【投稿】黄昏を迎えた安倍政権
              ―突破口はまたしても危機扇動―

オワコン化する安倍内閣
 8月3日、第3次安倍政権第3次改造内閣が発足した。森友、加計事件さらには陸自日報事件で内閣支持率は急落、これらの幕引きを目論んでの「追い込まれ改造」であり疑惑リセット内閣であると言える。
 交代確実となっていた稲田は改造を待たず、日報問題の責任をとる形で7月28日辞任した。一週間の延命が叶わなかったことは、安倍政権の体力低下―健康寿命が尽き果てたことを如実に物語っている。
 閣僚人事を巡っては、民間からの入閣や小泉進次郎の名も挙がるなど、サプライズがあるのではないかとの観測も流れた。
 しかし、蓋を開けてみれば、河野外務、野田総務、林文科というこれまで安倍政権と距離を置いてきた人物を入閣させたことが、意外性を持つのみでひたすら無難を追及した組閣となった。自民党政権下、「終戦記念日」の閣僚による靖国参拝は、1980年の鈴木善幸内閣以来続けられてきたが今年初めてゼロとなり、連続記録が途絶えた。思想的同志が閣内にいなければこの様な光景になるのである。
 安倍は改造内閣を「仕事人内閣」と自画自賛しているが、これは前内閣で「仕事人」を選ばずに「お友達」を任命していたことを自ら白状することとなった。語るに落ちるとはこのことであろう。しかし組閣直後のインタビューで、江崎沖縄・北方担当相が「官僚の答弁書を朗読させていただく」と素人大臣であることを臆目もなく明らかにし、早くもネーミングに疑問符がついた。
 安倍は組閣、党人事に当たって7月から岸田に相談していたことを5日の読売テレビ「ウェーク」で明らかにしているが、党要職を望む岸田の要望を受け入れ、自分に近い人間を閣僚に任命することを断念せざる得なくなるなど、求心力の低下は明らかである。
 すでに岸田は次期総理の本命と喧伝され、野田や河野も総理候補と目され、とりわけ野田は来年の総裁選への立候補を公言してはばからない。また政権批判を強める石破も虎視眈々と政権の座を狙うなど、焦点はポスト安倍に移っており、安倍政権のオワコン化は確実に進行している。
 
強硬路線への回帰
 新内閣発足で政権支持率の低下は一応の歯止めはかかったものの、森友―加計事件、日報問題は未解決である。さらに政権の骨格を残したため人心一新には程遠く、菅、二階という「悪代官・悪家老」は健在である。
 今回の改造で、政権批判に耐えきれず安倍カラーを自ら薄めた結果、改憲への日程表は大幅な変更を余儀なくされている。組閣後の記者会見で安倍は「(改憲)はスケジュールありきではない・・・論議は党主導で進めてもらいたい」と低姿勢を強調した。
 しかしNHKが18,19歳を対象に行った世論調査では、9条改正必要なしが53%と必要の18%を大きく上回っているなど、世論はなお9条改憲に批判的である。次期臨時国会で自民党案を無理やり提案しても野党はもちろん公明党の理解も得られず、店晒しになるだけだろう。
 安倍は内閣改造で改憲へ向けたリスタートを切りたかったのであろうが、総裁選レースのスタートを図らずも切ってしまった形となった。
 「改憲ファースト」を封印した安倍は新内閣発足にあたり、苦境に陥った時の常套手段である「経済第一」を強調した。しかし「アベノミクスの推進」「デフレ脱却」を掲げる一方、19年10月の消費税10%引き上げを予定通り行うと、先の「ウェーク」で明言するなど、語れば語るほど経済政策の無定見さが露わになるだけである。
 来年4月の任期までに物価上昇率2%が絶望的となった日銀の黒田も、毎日新聞のインタビューでは「いずれ賃金は上がり、物価は上昇する」野放図な金融緩和の出口戦略も「(国債暴落などの)悪影響は出ない」と自分は安倍政権とはかかわりのないような口ぶりである。
 賃金上昇も官製春闘の限界が露呈し、受け手である連合も「残業代ゼロ法案」を巡り、7月27日の中執で執行部が「政労使合意」を撤回、安倍との会談を見送った。一時は民主党政権時以上に縮まった政労間の距離が拡大し安倍離れが進んでいる。
 経済政策で成果が見込めない以上、安倍が政治的強硬路線に回帰することは火を見るよりも明らかである。国連での核兵器禁止条約採択後初めての、広島、長崎の記念式典に参列した安倍は、あいさつで条約に言及せず、一方的に核保有国の立場に立ちながら「核軍縮の仲介役」を担うと見え透いた詭弁を呈した。
 こうした白々しい言動に広島では被爆者団体代表が「あなたはどこの国の総理ですか」と詰め寄り、長崎では市長が平和宣言で核兵器禁止条約への政府の対応を求めた。
 15日の戦没者追悼式でも天皇が戦争加害に言及する一方、安倍は今年も、アジア諸国に対する責任や謝罪については触れることなく、不戦の表明も行わなかった。
 
頼みは金正恩
 こうした姿勢を維持するにあたって、最も頼りにしているのはトランプではなく金正恩であろう。7月4、29日に北朝鮮はICBMを試射、技術力を誇示し、さらに「グアム島を包囲する形で4発を同時着弾させる計画」を公表、挑発をエスカレートさせた。これに対しトランプ政権も過激な発言で応酬、今年4月の朝鮮半島危機が再燃した形となった。
 これを奇貨とした安倍政権は、ICBMが上空を通過するとされた3+1県へPAC3を配備し、危機感醸成に躍起になっている。8月10日の衆院安全保障委員会で小野寺は、日報問題の真相解明を拒否する一方、対北朝鮮問題では積極的な答弁を行った。
 民進党の質問に対し、北朝鮮がグアムを攻撃すれば存立危機事態として、集団的自衛権を発動し迎撃する可能性があると答弁、その根拠として「アメリカの抑止力、打撃力の欠如は存立危機に当たる可能性がないとは言えない」としたのである。
 しかし、これは想定が非現実的であり、飛躍しすぎであろう。そもそもグアムの米軍基地が攻撃されても、米軍の攻撃力が欠如するわけではない。さらに攻撃された時点で、ミサイルはすでに日本上空を通過しているわけで迎撃などできない。 
 また日本上空では大気圏外約500Kmを上昇中で、どこに向かうかはこの段階では不確定であり、推定での迎撃が「存立危機事態」とはとても言えないであろう。また海自イージス艦のSM3ミサイルでは能力不足であるし、PAC3など逆立ちしても届かない。
 小野寺は「敵基地攻撃能力」の保持を提唱しているが、北朝鮮の移動式ミサイルには無力である。公開された北朝鮮の映像でも明らかなように、発射地点は空き地や道路上であり、移動前の秘匿されたミサイルを探すのは困難である。ミサイルを撃たさないための軍事的オプションは、イラク戦争のような「敵国」中枢への先制攻撃=予防戦争以外には有りえない。
 安倍―トランプは制裁と圧力の強化を選択しており、8月17日に開かれた日米2+2でも北朝鮮に実行圧力をかけることで一致した。安倍政権は北朝鮮の挑発を利用しながら、独自の軍拡を進めている。
 安倍は6日広島で「防衛大綱」を見直し、南西諸島の部隊増強、弾道ミサイル防衛強化、宇宙、サイバー空間の軍事化などを進めることを明らかにした。これにより地上配備型イージスシステムの導入、イージス艦のミサイル防衛対応改修の前倒し、新型対艦ミサイルの配備、新型護衛艦の大量建造などが具体化されつつある。
 
弛緩する「最前線」
 安倍政権は、外交オプションを放棄し強硬路線を突き進んでいるが、世界の趨勢は違う方向に進んでいる。国連は制裁強化を決定したが、中露のみならず独、仏も米朝のエスカレーションに警鐘を発し、平和的解決を要求している。      
 当事者の米朝も8月14日には金正恩が「アメリカの行動を見守る」と発言、アメリカも、ティラーソン、マティス両長官が、引き続き軍事力行使も選択肢としながら、交渉の用意もあることを表明するなど、31日までの米韓合同演習を睨み駆け引きが続いている。
 そもそも北朝鮮の「グアム攻撃計画」も、指揮所に掲げられた画像が6年前の衛星写真であるとか、「愛媛県」を見落とすなど粗雑な点が多々あり、プロパガンダの意味合いが強いとみられている。
 また「最前線」にあるはずの米第7艦隊では事故が多発している。今年に入ってからでも1月にイージス巡洋艦が横須賀沖で座礁し、艦長が解任された。さらに6月にはイージス駆逐艦がコンテナ船と衝突、7名が死亡、責任を問われた艦長、副長ら3名が解任された。
 同月には沖縄東方を航行中のイージス巡洋艦で下士官が行方不明になったが、一週間後に機関室に潜んでいるのが発見された。8月にも南シナ海で行動中のイージス駆逐艦で大尉が行方不明となる事件が発生(これは未発見)、オーストラリアでは演習中の沖縄海兵隊のオスプレイが墜落した。
 オスプレイの事故は調査中であるが、衝突や行方不明は油断や規律低下、メンタルヘルス問題に起因するものであり、トランプがいくら好戦的言辞を吐いても現場とはギャップがあることが明らかとなった。
 日本も同様であり、日報問題の混乱は陸自のモラルハザードを現すものであるが、7月には女性隊員が、営舎内で出産した嬰児を殺害したと疑われる異様な事件が発生している。昨年末に幕僚長が事実上更迭された海自では、後任に戦闘職種ではなく、「経理」出身者が就くと言う異例の事態となっており、部隊の掌握を不安視する見方もある。
 「朝鮮半島危機」との乖離は著しいものがあるが、安倍、トランプ本人たちが危機を煽りながら、のんびりと夏期休暇を取っている状況では、金正恩もまだまだ枕を高くして寝られるだろう。
 朝鮮半島の緊張が緩和されても、安倍は軍拡を続けるだろう。イージスアショアや超音速対艦ミサイルは対北朝鮮としてはオーバースペックであり、真の敵は明らかである。黄昏を迎えている安倍政権の終焉を早めなければならない。(大阪O)

【出典】 アサート No.477 2017年8月26日

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【投稿】議論を避け再稼働に突っ走る「エネルギー基本計画」の見直し

【投稿】議論を避け再稼働に突っ走る「エネルギー基本計画」の見直し
                                福井 杉本達也 

1 まともに総合資源エネルギー調査会が開かれていない
 経済産業省は8月9日、3年ぶりとなるエネルギー基本計画の見直しを議論する審議会「総合資源エネルギー調査会基本政策分科会」を開いた。調査会は、経済産業大臣の諮問機関。経済産業省設置法18条により、資源エネルギー庁に置かれている重要な法的機関であるが、開かれているのは調査会の下の分科会や部会、部会の下の小委員会やワーキンググループなどだけである。調査会本体は経済産業省のホームページには平成20年8月1日という履歴のみが残る。それ以来、調査会本体は開催されていない。原発だけでなく、石油輸入や石油備蓄・天然ガス開発など国のエネルギー政策を決定する大臣の諮問機関が9年以上も開催されないというのは異常である。委員の大阪ガス野村明雄氏は既に現役を引退している。東電の勝俣恒久氏は福島原発事故の当事者として強制起訴されている。まともに機能していない・あるいは機能させたくないのである。分科会や部会・WGといった枝葉組織で重要事項が決定される。そのヌエ的組織が「エネルギー基本計画」決めるというのである。もちろん本体と部会等の委員は重複する場合もあるが、分科会等でしか議論しないということは都合の悪い委員の排除、あるいは都合のいいメンバーのみで決定するといわれても仕方がない。しかも、朝日を始め全てのマスコミはあたかも既定路線であるかのように書く。大枠を本体で議論し、個別の議論は分科会等に任せるというのが組織の常道である。法定組織を9年間も開催しないでどうしてどの議論を枝葉組織に任せるかが決められるのか。我が国の国家組織が頭から腐りだしている証拠である。恐らく委員の人選さえできないほど混乱しているのであろう。原発があるがために日本のエネルギー政策は支離滅裂となっている。

2 旧来通りの原発依存から脱する気がない
 世耕弘成経産相は分科会の冒頭、「基本的に骨格は変えない」と従来路線の踏襲に言及した。原発新増設には触れないまま、運転40年を超える老朽原発も含めた原発再稼働をめいっぱい進めることだろう。それは、依存度低下にも、安全性向上にも反する。 30年度に発電量の2割を原発でまかなうと想定する。30基ほどが動く計算で、再稼働だけでなく古い原発の運転延長か建て替えも多く必要になる。「現実からかけ離れている」。福島第一原発で6基、福島第二で4基、新潟県知事の反対する柏崎刈羽は7基、静岡県知事の反対する浜岡の5基、東日本大震災で被災した女川3基、東海第二、敷地内に活断層のある志賀2、敦賀2、廃炉の決まった敦賀1、美浜1,2、玄海1、島根1、伊方1等々を除外していけばどんどん再稼働できる原発は少なくなる。したがって、2030年度に電源に占める原発の割合を20~22%に引き上げるとの目標に対し、16年の推計は2%にとどまっている。
 分科会には再稼働派がうじゃうじゃで、東京理科大学大学院の橘川武郎教授が「リプレース(建て替え)の議論もするべきだ」と口火を切ると、「リプレース、新設はオプション(選択肢)として残すことを考えてほしい」(重工大手IHIの水本伸子常務執行役員)などの意見が続いた。」(朝日:2017.8.10)。無理やり総電力の20%を原発で供給しようとした3年前の計画が既に破綻していることを認めたくないのであろう。

3 「福島事故の反省」なし
 分科会資料は「復興・再生に向けた取組→中長期ロードマップに基づき、廃炉・汚染水対策は着実に進展。また、多くの区域の避難指示が解除。」と書くがうそも甚だしい。これだけの重大事故を起こしておきながら何の反省の弁もない。「福島復興 ~避難支援から復興へ、旧住民の帰還と新住民の誘致~」という言葉だけがむなしく躍る。2014年4月以降、順次解除された5市町村の住民登録者計約2万人に対し、帰還率は13.5%にとどまる(時事:2017.3.7)。いわき市に自宅を建て仮設住宅を退去した70代の男性は「生きているうちには戻れない。高齢者にとって双葉町は帰還困難ではなく『不可能区域』だ」(日経:2017.2.21)。また、川村東電会長は福島第一原発で高濃度汚染水を浄化した後に残る放射性物質を含んだ処理水を巡り、「(東電として)判断はもうしている」と述べ、海に放出する方針を明言した。処理水はトリチウムを含み、第一原発敷地内のタンクに大量に保管されている(東京:2017.7.14)。7月6日現在、約77万7千トンで、タンク数は約580基に上る。どこが「着実に進展」しているといえるのか。完全に破綻している。しかも「我が国では、特有のマインドセットやグループシンク(集団浅慮)、多数意見に合わせるよう強制される同調圧力、現状維持志向といったことが課題の一つとして考えられる」(同資料)などと、あたかも住民の「浅慮」にあると逆切れしている。このような非常識な駄文を公文書にすらすらと書けること自体官僚機構の腐敗の極みである。

4 原発が安い電源であるという前提も破綻
 福島原発事故に関する費用の総額は、当初試算の11兆円から21.5兆円に膨らんだ。廃炉や汚染水対策:8兆円、除染:4兆円、賠償費は8兆円。これらを電気料金に上乗せするため経産省は新たな詐欺を考えた。送電網の使用料(託送料金)の仕組みを利用して費用を回収するというのである。電力自由化が今後進むと、原発を持たない会社から電気を買う消費者が増え、料金も規制できなくなる。規制の残る託送料金に上乗せし、全国の消費者から40年間集め続けるのが、新たなカラクリだ。一般家庭で、月約18円の負担増となる。一般負担金だけでは足りず、不足分を負担するしくみが今回の託送料金の案。送電網はすべての電力会社が使うため、原発を持たない新規参入の「新電力」も負担する。経産省が持ち出した“理屈”が「過去分」。原発を持たない電力会社から「現在」電気を買う人も、「過去」には原発の電気を使っていた。不足が生じたのは「事故前に確保されるべきだった備え」が足りなかったからと。本来備えるべき費用に対し、事故前の“安い”費用との差額を1966~2010年度までさかのぼり請求する。2.4兆円だ。こんな重要なことが基本政策分科会のさらに下の「電力システム改革貫徹のための政策小委員会」で決定されている。「小委員会」などで重要事項の決定を許せば、賠償費、核燃料デブリの取り出し費用や放射性廃棄物の処分場等々、今後の電力料金は5倍にも10倍にもと青天井になってしまう。(参照:『週刊朝日』:2016.12.23)
 
5 『ベースロード電源』としての石炭火力潰し
 基本計画では原発とともに石炭火力を『ベースロード電源』と位置づけ、「化石燃料の効率的・安定的な利用」を図るとしている。特に次世代火力発電(IGCC)の実用化などを目指すとしている。しかし、この方針は環境省の石炭火力への対応とは相反する。「石炭火力中部電力(名古屋市)が老朽化した石油火力発電所を石炭火力へと置き換える計画を進めている武豊(たけとよ)火力発電所(愛知県武豊町、107万キロワット)の認可を求める環境影響評価(アセスメント)結果について、山本公一環境相が地球温暖化対策の観点から計画の見直しを求める意見書を近く世耕弘成経済産業相へ提出する方向で調整に入った。石炭火力は石油や天然ガスなど他の化石燃料に比べても二酸化炭素(CO2)の排出量が多いとされ、環境省は以前から懸念を示してきた。武豊火力を巡っては環境アセス実施前の2015年8月にも、当時の望月義夫環境相が『現段階で是認できない』と表明。武豊火力、丸紅や関西電力などが出資する秋田港発電所(秋田市)など、計画されている5件について「是認できない」との意見を表明し、市原火力発電所(千葉県市原市)はその後、計画中止になった。」(毎日:2017.7.26)
 こうした環境省の姿勢は、石炭火力を容認する経産省と対立する、「両省は昨年2月、電力業界の自主的な排出削減の取り組みを促すことなどで合意。以後、環境省は『是認できない』との意見表明を見合わせていた。しかし、昨年11月にパリ協定が発効し、欧州などで脱石炭の動きが加速する中、山本環境相は今年3月、JFEスチールと中国電力が建設を表明した蘇我火力発電所(千葉市中央区)計画に対し、事業実施の『再検討』を促す意見書を経産相へ提出。今月の毎日新聞のインタビューでも、国内での石炭火力計画に対し『見識を疑う』と事業者の姿勢を強く批判していた。」(毎日同上)
 石炭火力が他の火力と比較して圧倒的に安いということから、電力への新規参入組である製油会社や鉄鋼メーカー、他地区の電力会社が経営のもう一つの柱として競って建設計画を立てている。環境省の介入は地球温暖化問題という“大義名分”を錦の御旗にしているが、内実は「ベースロード電源としての石炭火力」潰し=原発再稼働への援護射撃への意味が大きい。石炭火力を潰せば自ずと原発の再稼働が浮上してくる。しかも、現在電力は、ガス会社や石油会社などと電力自由化を巡って熾烈なシェア争いを行っている。電力会社の経営体力を維持し、再稼働に備える意味もある。環境省の役割を名前だけで判断してはならない。福島の放射能除染の実態などから判断すれば「環境破壊省」という名称こそふさわしい。他に利権の少ない環境省は原発利権省と化している。
 既にロシアからの原油輸入は10%にもなる。サハリンと海底ガスパイプラインで結んだらどうか。電力もロシアから引ける。基本計画を議論するとはそのようなことである。

【出典】 アサート No.477 2017年8月26日

カテゴリー: 原発・原子力, 杉本執筆 | 【投稿】議論を避け再稼働に突っ走る「エネルギー基本計画」の見直し はコメントを受け付けていません

【投稿】緊張煽るトランプ・金正恩・安倍3政権 統一戦線論(39)

【投稿】緊張煽るトランプ・金正恩・安倍3政権 統一戦線論(39)

<<「あっという間に戦争へとエスカレートする」>>
 8/21から始まる米韓合同軍事演習を間近に控え、トランプ・金正恩、米・朝両政権の“口撃”、刺激的な“毒舌戦争”は、危険極まりない一触即発の瀬戸際にまで追いやるものであった。たとえそれが「脅し文句の応酬」に過ぎなかったとしても、偶発的な衝突や瞬間的な判断ミスから衝突が現実化した場合には、一挙に壊滅的で取り返しのつかない核戦争につながるものであった。
 口火が切られたのは、8月8日。トランプ大統領が突然、北朝鮮が核開発と米国への威嚇を続けるなら「世界史に類をみない“炎と怒り”で報いを受けるだろう」と発言。発言が報じられてから2時間半後の8/9午前6時42分、金正恩政権は国営の朝鮮中央通信を通じ、人民軍総参謀部報道官声明、戦略軍報道官声明という2件の声明を同時に発表し、グアム近海に中距離弾道ミサイルを発射すると発表。さらに10日には、その中距離弾道ミサイルが「火星12」であること、4発を同時に発射し、日本の中四国4県の上空を通過させグアム沖30~40キロの海上に着弾するなどという具体的な計画を明らかにした。さらに総参謀部声明は「米国の先制攻撃の企みが明らかになれば、直ちにソウルを含む傀儡(韓国軍を指す)第1、3野戦軍地域のあらゆる対象を火の海にし、南半部の前線から後方まで同時攻撃するとともに、太平洋作戦戦区の米帝侵略軍発進基地(在日米軍基地とグアム島を含む)を制圧する全面的な攻撃につながるだろう」と指摘した。ソウルは言うに及ばず、日本全土の在日米軍基地への攻撃を前提とした、まさに一触即発の瀬戸際の事態である。
 トランプ大統領はこれに対して、8/9のツイッターへの投稿で、米国の核戦力は「いまだかつてないほど強力だ」と豪語するとともに、「この戦力を一切使わなくてすむよう願っているが、われわれが今後、世界で最も強力な国でなくなることは、いっときたりともない!」と書き込んで応えている。米NBCテレビは8/9、国防総省が北朝鮮に対する先制軍事攻撃の選択肢の一つとして、米空軍のB1戦略爆撃機による北朝鮮の弾道ミサイル発射基地などに対する精密爆撃を実行する準備を整えたと報道。空爆には米領グアムのアンダーセン空軍基地に配備されているB1爆撃機を使用。戦闘機による護衛と電子戦機や空中給油機の支援の下、北朝鮮国内にある約24カ所のミサイル基地や実験場、関連施設などを攻撃するとし、トランプ大統領による命令があれば、いつでも実行できる状態にあるとしている。すでに米空軍は5月末から8月8日にかけて、B1爆撃機をグアムから朝鮮半島上空などに飛ばす予行演習を計11回にわたって実施しており、うち数回は航空自衛隊と韓国空軍の戦闘機がB1を護衛する共同訓練も行っている。
 マティス米国防長官は8/14、北朝鮮がグアムを含む米国領土をミサイルで攻撃すれば、「あっという間に戦争へとエスカレートする可能性がある。そう、これを戦争と呼ぶ」と発言。「彼らが米国を攻撃する事態を私は想定しているが、彼らが米国に向けて撃てば、『交戦開始』だ」と語っている。

<<「非常に賢明で理性的な決断」>>
 事態は一触即発であったが、8/17、ティラーソン米国務長官は、マティス国防長官との共同名義でマスコミに寄稿した8/13の、北朝鮮との対話意志表明は、「トランプ大統領の承認を得た」ものであることを明らかにした。これに応じるかのように、金正恩氏は8/14、「軍事衝突を防ぐなら、米国が先に正しい選択をして行動で見せなければならない」と主張しつつも、「米国の様子をもう少し見守る」と述べ、衝突を回避することを模索する考えを明らかにした。8/15、国営の朝鮮中央通信(KCNA)は、「グアム包囲射撃計画」について、金正恩氏が計画の実施を延期して、「ヤンキー(米国人)どもの馬鹿で間抜けな行動をもう少し見守る」ことにし、米国がさらなる「向こう見ずな行動」を犯さなければ作戦は進めないと決定したと報道。
 そしてティラーソン米国務長官も8/15、「北朝鮮との対話に到達する方法を見つけることに関心を注ぎ続けている」としながらも、同時に北朝鮮が「先に変化を行動で示すよう」求めた。
 8/16、トランプ氏は、金正恩朝鮮労働党委員長が米領グアム周辺への中距離弾道ミサイルの発射を見合わせたことを受け、「北朝鮮の金正恩氏は、非常に賢明で理性的な決断をした。別の選択肢は、破滅的で容認できないものだっただろう!」とツィートした。
 さらに、8/21から始まる韓米連合演習に参加する米軍兵力が、昨年2万5000人から今年1万7500人に事実上訓練規模を縮小調整したと解釈されている。
 かくして米朝の動きだけを見れば、人騒がせで危険極まりないものであるが、とにもかくにも一触即発の事態だけは回避されたかのようである。両者トップのトランプ・金正恩両氏は、ともによく似た、「賢明で理性的な」判断とは程遠い、自分以外を見下す、冷静さを欠いた、怒髪天を衝く直情径行・暴走型の人物である。今後も何が起こりうるか、予測不可能な両者である。
 しかしこの一触即発の危機をいったんは回避させたものは、米国内を含む全世界の核戦争勃発への巨大な懸念と反発、「戦争ではなく、対話を」要求する人々の圧倒的な声と行動であった。
 とりわけ、文在寅・韓国大統領の発言は、痛切かつ重いものであった。文氏は8/14の定例会議で「朝鮮半島で二度と戦争が起きてはならない。どのような起伏があっても、北朝鮮の核問題は平和的に解決する必要がある」と発言。「米国もわれわれ同様、落ち着いて責任ある形で現状に対応すると信じている」、「朝鮮半島での軍事行動は、大韓民国だけが決定することができ、誰も大韓民国の同意なしに軍事行動を決定できない。 政府はすべてをかけて戦争だけは防ぐ」と述べ、北朝鮮に対しては「私たちは北朝鮮の崩壊を望まない。統一は民族共同体の全員が合意する”平和的、民主的”方法で行われなければならない。」と、米国に追随するものではない、明確な姿勢を示した。

<<“日本の存立危機事態”>>
 米朝間の挑発合戦・エスカレートを危惧し、ドイツのメルケル首相も「米国と北朝鮮の対立に軍事的な解決策はない」「ドイツは軍事的でない解決策に積極的に関与する」と表明するなど、中国、ロシアはもちろん、主要国の首脳はこぞって米国に自制を求め、平和的解決と対話への努力を求めている。ところが、逆に安倍首相は、「対話のための対話はなんの解決にもつながらない」などと放言し、トランプの先制攻撃論を支持し、すでに“炎と怒り”のトランプ発言に先立つ7月末の段階から、「(北朝鮮への対応については)私たちもさらなる行動をとっていかなければならないとの認識でトランプ大統領と完全に一致した」と、自制を求めるどころか、むしろ危機を煽り、エスカレートを支持し、後押ししていたのである。
 さらに、“炎と怒り”に対する「グアム包囲射撃計画」が報道されるや、8/15の日米電話首脳会談では、米朝間の応酬で安倍首相はトランプ米大統領を全面的に支持し、現段階での対北対話までをも拒否する姿勢を鮮明にしたのである。
 問題は、それにとどまらない。グアムへのミサイル発射を“日本の存立危機事態”だとして、小野寺防衛相は「(グアムが攻撃を受けて)米側の抑止力・打撃力が欠如することは、日本の存立の危機に当たる可能性がないとは言えない」と発言、米国が攻撃されれば、日本の存立の危機に当たり、集団的自衛権を行使でき、共に報復戦争に参加できるという論理を前面に持ち出したのである。
 8/17に開かれた日米の外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)には、河野太郎外相と小野寺防衛相、米国のティラーソン国務長官、マティス国防長官が出席したが、軍事の言葉が躍るばかりで、外交の姿が全く消えてしまっている。共同文書では、日本は同盟強化の役割を拡大することが盛り込まれ、次期中期防衛力整備計画で、北朝鮮の弾道ミサイルを打ち落とす地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」など新たな防衛装備品を米国から購入すること、などを確認、約束している。
 同委員会で確認された主なものは、地上配備型イージスシステム「イージス・アショア」を2基導入(1基約800億円)、計画を前倒しして今年度中にイージス艦を4隻から5隻態勢に(1隻約900億円)、自衛隊初の宇宙部隊を航空自衛隊に設置、米軍と共同で宇宙空間の監視ネットワークを強化、ステルス戦闘機を探知するレーダー開発に日米共同で着手など、膨大な費用がかかる一大軍事費拡大計画である。トランプ政権と安倍政権が危機を煽り、さかんに緊張を激化させる狙い、その落としどころは、やはりここにあったとも言えよう。

<<「NO WAR」>>
 トランプ政権と安倍政権、ともに今や支持率最低にあえぐ落ち目の政権である。米朝間の緊張激化を共に煽り、軍拡で事態を打開しようとする両者のさもしい魂胆が見え透いている。とりわけ、支持率と求心力の低下で、うわべだけの低姿勢に転換はしたものの、先が見通せず、最大のピンチに陥っている安倍政権にとって、北朝鮮有事は願ってもないチャンスである。ミサイル飛来の脅しを利用した“日本の存立危機事態”で、やっかいな森友・加計疑惑を吹き飛ばし、政権浮揚の最大のチャンスとしたいのである。しかし、その路線を突き進むことは、戦争が不可避となるばかりか、核戦争に直結し、アジアばかりか、全世界に致命的で悲惨な事態を招くことが歴然としている。
 8月10日、トランプの“炎と怒り”発言の翌日、米ホワイトハウスの前で緊急の反戦集会が開催された。スローガンは単純、明快である。「NO WAR」、「Negotiate, don’t Escalate」、「戦争ノー」「交渉せよ、エスカレートするな」であった。
 戦争への道は、ファシズムと軍国主義、権威主義と独裁主義、暴力と抑圧、差別を必然的に伴う道でもある。それはまさに、日本の、世界の平和と民主主義、自治と共存にとっての“存立危機事態”でもある。こんな“存立危機事態”を許さない、野党共闘、統一戦線をしっかりと構築することが望まれる。政治的立場、思想、信条の違いを超えた、一党一派に偏さない、運動の組織と推進のあらゆる側面における根本的、参加的民主主義、非暴力主義を徹底させた、開放的で、柔軟で、多様な政治的エネルギーをあふれさせる統一戦線の構築である。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.477 2017年8月26日

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【書評】『みんなの道徳解体新書』

【書評】『みんなの道徳解体新書』
  (パオロ・マッツアーニ著、ちくまプリマー新書、2016年、780円+税)  

 本書は、「一九五七年」のある本からの引用で始まります。
「『このごろの子どもたちは、自由をはきちがえていて、口先ばかりで実行がともなわない。また自由、自由とばかりいって、責任ということを考えない。これでは、放任の教育だ』」。
 そしてこう続きます。「いまから六〇年くらい前の“このごろ”に、自由をはき違えているとやり玉にあげられていたこどもたちは、二〇一六年現在、六〇代から七〇代になられています。前期・後期高齢者となった彼らはいま、現代のこどもたちを見て嘆きます。いまどきのこどもたちは自由と責任をはき違えている。わたしらのこども時代はもっとしつけがしっかりしていた。こどもたちから道徳心が失われてしまったのだ・・・」と。
 かくして「日本社会が悪くなったのは、戦後の民主主義的自由教育のせいで日本人の道徳心が低下・劣化したからだ!根拠もないし論理も飛躍してるこんな主張を信じる人たちの希望がかない、義務教育の道徳授業が強化される運びとなりました」。
 しかし、と本書は言います。よく考えてみれば、「道徳は、とても特殊な科目です」。
 というのも、「数学の先生は、数学が得意で数学をよく勉強した人です。(略)なにかが得意な人が得意でない人に教えて得意になってもらう。これが万国共通の、基本的な教育のしくみです」。ところが「学校で道徳を教える先生は、道徳に詳しいのでしょうか。こどものころから道徳が好きで好きでたまらなくて、道徳クラブに入って早朝や放課後に練習したのでしょうか」。あるいは「日頃から道徳的なことを実践していて、それが上手な人なのでしょうか。電車の中でとてもスマートな身のこなしで老人に席を譲れるのでしょうか。いじめや差別を解決するエキスパートなのでしょうか。(略)/このどれにもあてはまらない人が、学校で道徳の授業をやっているのです」。「なんとも不思議なしくみではありませんか」。
 「しかも道徳の授業では、実技はぜんぜん教えてくれません。『○○はいけません』『○○をしましょう』といった精神論、理想論のみを教えます」。「サッカーのコーチが実技を教えずに、『得点を入れましょう』『相手に得点されてはいけません』と理想論だけを教えていたら、『だから、それをどうやったらできるのかを具体的に教えろや!』って生徒がキレますよ」。
 本書は、きわめて常識的な視点から、道徳教育のしくみを解剖し、その不自然さを批判します。極めつけは、「『なぜ?』禁じる道徳教育」です。すべての学問は「なぜ?」という疑問に始まり、常識を疑うところに進歩と改革があります。「ところが道徳は『なぜ』という質問を許可しませんし、先生やオトナはしくみを説明するのをいやがります。/それは、道徳が進歩と改革を目的としていないからです。すでに正解が決まっている善悪の規準をこどもたちに押しつけて、規準をブレさせないように維持することが目的なので、道徳にとって進歩や改革は敵なんです」。「そういうわけで、道徳は必然的に、『○○しましょう』『○○してはいけません』という教え方になるんです。『素直になりましょう』『オトナのいうことに逆らってはいけません』みたいな」。
 こうした関心を持って本書は、各教科書会社の道徳副読本をオトナ目線で読んで「選りすぐった道徳エピソード」を紹介し、コメントします。その詳細な内容は本書を読んでいただければと思います。かなり笑わせる内容もありますが、考えさせられます。
 ただ本書の最後に紹介されている事柄については触れておかねばならないでしょう。
 それは、「『なぜ人を殺してはいけないのか』に答えられないオトナたち」の問題です。この問題は、数年前、オトナたちが子どもに答えようとして、ちょっとしたブームになりました。
 その中で、ある政治家が「そういう質問をするこどもは、どこかおかしいのだ。だから道徳教育で直さなきゃいけない」というのがありました。
 これについて本書は、こう言います。
 「出ちゃいましたね。道徳教育のドス黒い本性が。善悪の判断はオトナが決めること。こどもはなにも考えるな。オトナを尊敬して信じて、オトナの決めたことに素直に従えばそれでよい。オトナに逆らうようなこどもは異常者予備軍だから矯正しなければいかないのだ・・・。/この政治家は卑怯です。なぜ人を殺してはいけないのかという質問に答えてません。うまく答えられないから、論点をずらしてごまかしたんです。逃げたんです」。
 そして「実際に人を殺すことは不道徳ですが、なぜ人を殺してはいけないのかと考えることは、道徳的になんの問題もありません」。「人を殺してはいけない」ということについてオトナたちは、「そのしくみをきちんと考えずに道徳的な判断を最優先してしまいました」から、的外れな回答となってしまったと指摘します。その上で、この質問自体が成立しているのかどうか—-現実の社会では人を殺すことを容認している部分があるのではないか(死刑、戦争、身近にはクルマの運転等)—-と極めて重要な問いかけをします。(※)
 そして「殺人のおもな理由は憎しみなのだから、殺人を減らしたいのなら、いかに他人を憎まないようにするかを教えるのがもっとも効果的です。/ゆえに道徳の授業で教えるべきは、いのちの大切さではなく、多様性の尊重です」と提言します。つまり「その差異が他人に危害を加えないかぎりは差異をできるだけ認めること」、「考えが自分と異なる相手を頭ごなしに否定・排除するのでなく、自由に議論できるようにすること。憎しみや殺人やいじめを減らすには、その方法しかありません」ということです。
 このように本書は、現在行われつつある道徳教育に対しての疑問を、平易な日常生活者の視点から展開する中高生向けの本ではありますが、一読に値する書です。(R)
 
(※)死刑廃止の議論が、実はクルマの運転での事故による犠牲と通底する問題を持つことを指摘したものに、小林和之『「おろかもの」の正義論』(ちくま新書、二〇〇四年)があります。こちらも興味深い書です。

【出典】 アサート No.477 2017年8月26日

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【投稿】四面楚歌となった安倍政権

【投稿】四面楚歌となった安倍政権
               ―批判勢力に求められる受け皿づくり―

「ムシャクシャして言った、今は反省している」
 193回通常国会閉会翌日の19日夕刻、安倍は首相官邸で記者会見を開いた。
 そこで安倍は「つい強い口調で反論した私の姿勢が、政策論争以外の話を盛り上げてしまった、反省している」「(加計学園問題については)丁寧な説明をしていく」と弁明を行った。
 共謀罪の可決強行で思想・信条の自由を否定する一方、政権の私物化で「首相・晋三の自由」を謳歌してきた「独裁者」にしては低姿勢の会見であった。
 しかしそれはあくまで、内閣支持率の急落と、近づく東京都議会選挙への危機感から行われたその場しのぎの対応であることは明白であった。
 会見終了を待っていたかのように、同日夜、大阪地検特捜部は森友学園への強制捜査に着手した。「反省」を口にする裏で、逆らった者に対する報復を行うという、自己保身の為の露骨な権力濫用が示された。
 記者会見と国策捜査で一連の問題に区切りをつけようとした安倍であったが、 翌20日、文科省は萩生田が「総理は平成30年4月開学とおしりを切っている」と、獣医学部の新設認可を強要したことを記した文書の存在を明らかにした。
 安倍の目論見は外れ、これ以前に明らかとなった文書に加え、加計学園に関する疑惑はさらに深まることとなった。
 萩生田は色をなしてそれらを否定しているが、自らのブログには安倍の別荘で3人が談笑する画像が掲載されており、獣医学部新設に関する「共謀」を彷彿させるものとなっている。
 こうした状況に民進、共産、自由、社民の4野党は6月22日、臨時国会の開会を求めることで一致したが、与党は臨時国会はおろか閉会中審査にも応じないと突っぱねた。安倍は記者会見で「丁寧な説明」を行うと述べたが、その場を作ることを頑なに拒否し、説明する気など微塵もないことが暴露された。
 
「私の五月晴れ」?
 6月23日、沖縄での戦没者追悼式は安倍にとって都議選告示日に東京を離れる格好の口実となった。多数の遺族や知事も参列する式典の場で、偽りの平和への祈りをささげた安倍は、帰京せず翌日、神戸で開かれた「『正論』懇話会」に出席し記念講演を行った。
 この場で安倍は「(今秋の)臨時国会終了前には両院の憲法審査会に、自民党の改憲案を提出したい」と発言した。5月3日には読売紙上で9条への自衛隊明記など、独自の改憲案を開陳した安倍であったが、今回は産経新聞に気を使い、またしても自民党内への配慮もなしの独断専行であった。
 さらに講演の最期には「逆風に神戸の空は五月晴れ」と一句を捻り出した。爽やかな気分を読みたかったのだろうが、本来季語の「五月晴れ」とは「5月のさわやかな晴天とは意味を異にする炎暑の訪れを予感させる晴れ」(NPO「季語と歳時記の会」)である。
 やがて訪れる大炎上を予感させるような意味深なものであるが、この時点で本人はまだまだ青空にも勝る能天気だったのだろう。
 都議選の告示前に行われた世論調査では「都民ファーストの会」と自民の支持は拮抗か僅かに自民リードであった。告示直後(24,25日)の毎日新聞の調査でも投票先は「都民フ27%」「自民26%」であり接戦が予想されていた。内閣支持率も急落したものの、不支持との逆転までには至っていなかった。
 都議選において安倍自身は腫れ物に触るような扱いを受け、応援も街頭から遠ざけられていたが、思想的親和性のある「都民」の伸長を心配するより、不倶戴天の敵である民進党の壊滅に期待を寄せていたと考えられる。
 こうした中、政府は自民党に対する援護射撃を開始した。厚労省は27日「子どもの貧困率が12年ぶりに改善した」とする「国民生活基礎調査」を公表、その要因を「景気回復で雇用や収入が上向いた」ためとアベノミクスの成果を宣伝した。
 
秋葉原 飛んで火にいる夏の虫
 しかしそうした努力を水泡に帰す発言が飛び出すことになる。稲田は27日都議候補の応援演説で「防衛省、自衛隊としてお願いしたい」と発言した。この後出待ちの報道陣の多さに驚いた稲田は「どうしてこんなにたくさんいらっしゃるんですか?」と自分が何を言ったか判らない様子であった。
 稲田は発言の真意を問われその場ではあやふやな釈明をしたが、直後に官邸からの指示が入り、深夜になって発言を撤回せざるを得なかった。野党は一斉に罷免要求を突き付けたが、この期に及んでも安倍は稲田をかばい続け、本人も「職責を果たしていきたい」と辞任を拒否した。
 しかし、同盟国アメリカも半ば公然と稲田に駄目だしを突き付けた。7月14日に予定されていた日米2+2は突如中止、内閣改造後と目される9月下旬に延期された。
 さらに29日には「週刊文春」が下村博文の加計学園に係わる政治資金疑惑を報道、下村は「選挙妨害だ」と全面的に否定したがその後、文科相在任中からの加計学園との密接な関係が暴露されるなど、窮地に追い込まれた。さらに豊田の乱暴狼藉など、相次ぐ身内の失態で都議選情勢は自民にとって危機的なものとなり、自民内部からも安倍に対する怨嗟の声が聞こえ始めた。
 28日には、16年度一般会計税収が1兆円減と7年ぶりに前年度割れすることが明らかになった。これはアベノミクスの効果に疑問符つくという、前日の厚労省発表とは真逆の事態となり、省庁間の迷走が明らかになった。
 こうした状況に焦りの色を濃くした安倍は、「逃げている」との批判への反発から、選挙戦最終日に街頭に立つこととなった。
 7月1日午後4時、秋葉原に現れた安倍を迎えたのは、すさまじい批判の嵐だった。「帰れ、やめろ」コールに激昂した安倍は「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と指をさして罵った。6月18日の記者会見で口にした反省の言葉が全くの嘘であることが満天下に晒され、まさに飛んで火にいる夏の虫状態となった。「こんな人たち」は、惨敗への堰を自ら切った歴史的迷言といえよう。
 7月3日、都議選の結果を問われた安倍は「自民党に対する厳しい叱咤と考えている」とあくまで自分への支持は盤石であるかのような、度し難い勘違いの感想を述べた。
 翌日の毎日新聞のインタビューでも、今秋の臨時国会に改憲案を提案する考えは変わっていないとし、自民党内からもあがる厳しい批判に関しては、内閣改造、党役員人事で押し切る考えを示した。
 安倍は維新と同じく「都民フ」をシンパと思っている。事実小池側近の若狭はフジテレビの番組で、年内の国政政党立ち上げと改憲での協力に言及した。
 しかし有権者の思いは全く違うであろう。大阪の各級選挙で自民が維新に負け続けてきた時は、安倍政権は高支持率を維持しており、安倍は盟友の躍進に喜んでいられた。菅野完氏は「大阪では維新支持=安倍支持」と喝破しているが、今回は明らかに「都民フ支持=安倍不支持」である。安倍は完全に世論を読み違えている。
 
全世界の安倍離れ
 事実、選挙後の世論調査ではついに軒並み不支持が上回る結果が出てきており、安倍批判は強まっている。今後自治体選挙で負けが続けば安倍離れはさらに加速するだろう。都議選惨敗を受け、自民党は加計事件に関する閉会中審査に応じざるを得なくなったが、開催日が安倍外遊中の7月10日というガス抜きに等しいものとなった。
 こうした中、厳しい現実から逃れるように安倍は7月5日、訪欧に旅立ったが、その夜九州北部で集中豪雨による大災害が発生した。しかし、あとを任されていたはずの稲田ら防衛政務4役は6日日中、「民間の勉強会」参加のため、防衛省を不在にした。ここでも「職責を果たす」という言葉が真っ赤なウソであることが明らかになった。批判にさらされた稲田は、本来日米2+2開催日だった14日、被災地を視察したがこれが最後のお勤めとなるだろう。
 安倍は訪欧中北朝鮮のICBM試射を天佑として、北朝鮮に対する圧力強化を図ろうとしたが、ほぼ合意したのはアメリカだけで、対話を重視する中、露、韓との温度差が浮き彫りとなった。
 訪欧の成果として、EUとのEPA大筋合意が言われているが、都議選後の成果作りのため、生産者の不安を置き去りにしての見切り発車であることは否めない。
 G20総体としては、アメリカと他主要国の通商、貿易政策、地球温暖化対策の対立に議論が集中したが、日本の出番はなかった。安倍はトランプを説得できるどころか、貿易不均衡の是正を要求され、両者に隙間風が吹き始めた。
 安倍―習会談では初めて両国国旗が掲げられたが、安倍が提案した相互訪問は合意できなかった。首脳会談直前の7月3日には中国艦が津軽海峡で領海を侵犯、さらに日本が7月開催を目指していた、日中韓首脳会談が頓挫するなど、緊張関係が続いている。
 日露会談は直前の米露会談延長のあおりで開始が大幅に遅れ、あいさつ程度で終わった。6月下旬には官民調査団が北方領土を訪問したが、参加予定の根室市長がロシアの要請で除外され、報道陣の同行も許可されないなど異例の事態となった。
 さらに調査団帰国直後の7月5日には、昨秋択捉島に配備された対艦ミサイルの発射訓練が実施された。9月中下旬には、大規模な中露海軍合同演習が日本海、オホーツク海で予定されている。今後、弱体化しつつある安倍政権に対して、関係各国はさらなる強硬姿勢に出てくるだろう。
 政権支持率は崩壊の目安とされている「内閣支持率+自民支持率<50%」に近づいているが、批判の受け皿もおぼつかないものがある。戸籍公開要求を人権侵害と理解できない民進党は論外である。「都民フ」もNNNの調査では55,2%が国政進出を期待していない。都議選で共産党は健闘したが全国的には伸び悩みを見せている。
 また「連合」も官製春闘に埋没し「残業代ゼロ法案」容認で釈明に追われるなど、既存組織は押しなべて精彩を欠いており、政権たらい回しを傍観するだけになるだろう。(大阪O)

【出典】 アサート No.476 2017年7月22日

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【投稿】日本原子力研究開発機構大洗研究開発センターのプルトニウム被曝事故

【投稿】日本原子力研究開発機構大洗研究開発センターのプルトニウム被曝事故
                            福井 杉本達也 

1 二転三転したプルトニウム被曝事故の発表
 6月6日、日本原子力研究開発機構(JAEA)大洗研究開発センター燃料研究棟(PFRF: Plutonium Fuel Research Facility)にて、プルトニウム(Pu)・濃縮ウラン貯蔵容器の点検中に汚染事故が発生、当時作業していた5人(内職員2名、派遣1名、請負2名)全員から放射性物質が検出された。当初、内1名からは肺モニタによりプルトニウム239で22,000ベクレル(Bq)、アメリシウム(Am)241で220Bqの汚染が確認されたと発表され、「50年間で12シーベルト」、「国内最悪」、「前例ない高レベル」という見出しで、最大級の被曝事故と報道された。ところが、その後、量子科学技術研究開発機構-放射線医学総合研究所(量研放医研)で再測定したところプルトニウム239は検出されなかったとし、「被ばく量は過大か」などとして事故は極端に矮小化されてしまい(福井:2017.6.10)、マスコミの事故に対する扱いは極めて小さいものとなっていく。しかし、世の中が事故を少し忘れかけた19日、原子力機構は、作業員5人の尿から微量の放射性物質のプルトニウムとアメリシウムを検出したと発表した。体内に取り込んだ後に排出したことを示す結果で、5人の内部被ばくは確定的となった。そのため、5人は放医研に再入院して放射性物質を体外に排出するため薬剤の投与を受けた(その後も3回目の入院・投与を受けている)。

2 事故を軽く見せようとする原子力機構
 原子力百科事典ATOMICAでの説明によると「プルトニウムは通常固体や液体で取り扱われ、気体にはならない。しかし、極微量エアロゾルやミストとして人体に摂取される可能性がある。…通常の物質は経口摂取の毒性が問題となるが、プルトニウム酸化物は非常に難溶性であり、更に消化管吸収性が極端に低く、血液中には極めて入りにくいので、経口毒性は実際上は問題にならない。一方、呼吸により体内に摂取された場合、肺にしばらく留まるとともに血液を介して、主に骨、肝臓に集まるので、肺、骨および肝臓に有意な発ガンが認められないように判断基準の目安が設定されている。プルトニウムを取り扱う施設では、プルトニウムを体内に入れないために「グローブボックス」又は「セル」内でのみ取り扱い、それらの密閉性が損なわれた場合は、内部を負圧にしてプルトニウムがまわりの作業室に出てこないようにしている。」(ATOMICA(13-05-01-07))
 そもそも、『JAEA 大洗プルトニウム汚染事故に関するQ&A】』(2017.6.26)によれば、「プルトニウムから放出されるα線は透過力が小さいため、肺に摂り込まれた場合に体外からはα線は検出できません。そのため、吸入されたプルトニウムの量を体外から測定するために、透過力の高い光子(X 線またはγ線)を測定します。」とあるように、体外測定は極めて困難である。より具体的には「原子炉内では、生成したプルトニウム239 は中性子を2 回吸収した後、ベータ壊変を起こしてアメリシウム241 を生成しますので、プルトニウム239 とアメリシウム241 は一定の割合で共存することになります。アメリシウム241 は、59.5keV のγ線を放しますが、プルトニウム239 からの17keV のX 線よりもエネルギーが高く、したがって減弱による影響が小さいために、体外からでも測定しやすい核種です。プルトニウム燃料の組成が混合物の場合、プルトニウムとアメリシウム241 の比を利用して、測定しやすいアメリシウム241 をもとにプルトニウムを推定することも行われます。」とあり、アメリシウム241のγ線を測定して、プルトニウムの被曝を推定することとなる。それでも、「肺モニタのみでは体内量を推定することが難しい状況もあるために、バイオアッセイ法が利用されます」としており、バイオアッセイ法(尿による検査)がより確実な測定法であると最初から分かっている。原子力機構の肺モニタによる当初発表は一体何だったのか。

3 なぜ爆発したのか
 原子力機構は7月3日、放射性物質がエポキシ樹脂で固められた状態でビニール袋に入れられており、放射線でエポキシ樹脂が分解されてガスが発生し爆発したという事故の再現実験結果を発表した(福井:2017.7.4)。事故で飛散したプルトニウムなどは、茶筒のような形のポリエチレン容器に入っていた。これを二重のビニール袋に包んだうえでステンレス製容器に密閉、1991年から26年間、一度も開けていなかった。今回、男性職員がステンレス容器のふたを開けたところ、ビニール袋が膨張して破裂、粉末が飛び散った。機構は、「作業でビニールが破れると想定していなかった」ので作業は密閉したグローブボックスでなくフードを使用したと説明している。しかし、プルトニウムという特殊な物質を扱う作業は、上記ATOMICA(13-05-01-07)の解説にもあるように、通常グローブボックスを使用するのが常識であり、なぜこのような作業方法が採用されたのか。密封された容器内での有機材料に大線量照射を行うと、照射による気体発生によって容器が破損する場合があると以前から指摘されている(「有機材料の耐放射性に関する基本事項(3)2000.2 放射線利用技術データベース」)。神戸大学の山内知也教授は(1)ビニール袋を破裂させたのは「ヘリウムではなく水素」であり、(2)空気中の酸素と反応して「水素爆発の危険」があり、(3)最悪の場合「部屋を吹き飛ばして、プルトニウムを近隣にまき散らす」大惨事の危険があった、と指摘している。原子力機構は「バカですよ」「ド素人にもほどがある」と切り捨てている(『サンデー毎日』2017.7.2 「たんぽぽ舎:情報」より)。

4 そもそもプルトニウムはどのように管理されているのか?何から分離・抽出されたのか?
 プルトニウムとウランの元素比が26.9%:73.1%であることが公表されたが,相変わらず核種の構成比(同位体比)は非公表となっている。おしどりマコ氏は6月13日、試料の核種比Pu239/Am241はどのくらい とツイートした。元原子力機構研究員の井田真人氏も「みーゆ@リケニャ」で、機構事故続報4の「今後の原因究明で核物質の総量を明確にすることになると、比率等で核物質防護上公開できない値が算出できてしまうことになる。従って、核不拡散上からも現状は公開を差し控えたい。原因究明等で明らかにできるかどうか判断できるようになった際に説明できる範囲で説明する。」と書かれていることに対し、「全く意味不明である」と批判している(6.15)。
 機構の発表による、元素比の見た目では高速増殖炉用のMOX燃料の比率に似ている。しかし、問題はプルトニウムとウランの比率ではなく、プルトニウム同位体の比率にある。プルトニウムは原子炉の使用済燃料を再処理することにより回収プルトニウムとして取り出される。回収プルトニウムには各種のプルトニウム同位体が色々な割合で含まれ、その組成は原子炉の型、燃料の種類、燃焼度により異なる。軽水炉ではプルトニウム239は60%程度である。核兵器は純度が高いプルトニウムの方が作りやすい。プルトニウム同位体に半減期がたった14年しかないプルトニウム241が多く含まれるとどんどんアメリシウム241という核分裂しない、しかも中性子を吸収する物質に変わって行ってしまう。そうなると核兵器がどんどん劣化して使い物にならなくなる。しかも、劣化する間に強い放射線を出すので極めて危険で扱いにくいものである。高速増殖炉のブランケットでは純度が98~99%もの兵器級のプルトニウム239ができる。同位体比率を公開しないというのは、プルトニウムがどこから抽出されたのかを明らかにしたくないからである。仮に、高速増殖炉「常陽」の炉心を取り巻く核分裂しないウラン238を主体とするブランケットという燃料集合体で得られたプルトニウムであるとすれば、日本の核武装計画の一端が明らかとなってしまう。それは当然、核拡散防止条約(NPT)違反であり、日米原子力協定違反ともなる。とんでもない国家であり、とても北朝鮮の核実験やミサイル発射を批判できる立場にはない。国際社会から原油輸入禁止や金融制裁などの経済制裁を受ける国家となってしまう。また、原子炉級のプルトニウムならば機構の安全管理は全く杜撰であり、低水準ということになる。日本は核管理が全くできていないこととなる。新聞は「被曝の説明二転三転」・「背景に未熟な検査技術」(日経:2017.6.10)と書くが、肝心な核開発の『証拠』を詮索されないための煙幕とも見える。放医研ともあろう組織がプルトニウムの内部被曝検査技術を習得していないとは思われない。また、現在のところ、どの政党もこうしたことに言及しないのはどうしたことか。核開発に関しては一蓮托生なのか。
 こうした中、7月6日、田中原子力規制委員長は再稼働した高浜3,4号機の立地町である高浜町を訪れ町長や住民と懇談したが、 北朝鮮からのミサイルへの対応についての町民からの質問に「ミサイル攻撃を想定した対策は立てていない」と明言。その直後に、「私だったら東京のど真ん中に落とした方がよっぽど良いと思う」「向こう(東京)には何十万人もいる」などと発言した。これに対し、取材中の記者は『東京にミサイル』というのは不適切ではないかと田中氏を問い詰め、地元福井新聞は「 人の命をどう考えているのか。原発は小さく標的になりにくいという解釈であれば、地元の不安軽視であり、あまりに無理解だ」(福井論説:2017.7.8)と批判したが、福井県だけで15基も集中する原発がミサイル攻撃され破壊されれば日本の終わり・地球の終わりである。原発だけは攻撃してほしくないというのが旧日本原子力研究所(現原子力機構)副理事長として核開発を指揮してきた田中氏の本音であろう。この間、北朝鮮の核ミサイル開発をさんざん煽り極東の緊張を高めつつ、自らの本音をひた隠しにして密かに核開発・ミサイル開発を行う日本。それを知りつつも思わず本音が出ると国民に知られないようにあわてて「人命軽視」などと焦点を外すマスコミとの合作で日本はますます危険な方向に進んでいる。

【出典】 アサート No.476 2017年7月22日

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【投稿】東京都議選の結果が示したもの 統一戦線論(38) 

【投稿】東京都議選の結果が示したもの 統一戦線論(38) 

<<冷静さを失い、逆ギレ>>
 政局の流動化が、ようやく鮮明になりだしてきた。安倍政権が、連日繰り返される国会前や全国各地の安倍政権への抗議行動によっていよいよ追い込まれ、その自壊現象ともいえる事態が展開されている。
 きっかけは、「共謀罪」法案の委員会審議・採決をさえすっ飛ばして突然本会議を招集した問答無用の強行採決であった。安倍政権の焦りと驕りと開き直り、これらが一挙に露呈されたのである。国会を閉会させた6/16夜のBSフジの番組で、自民党の二階俊博幹事長は「今日は終業式」「自民党もそう痛手を負うことなく、国会を終えることができた」と豪語したつもりであった。
 ところがその翌日、6/17-18の毎日新聞の全国世論調査では、安倍内閣の支持率36%、不支持率44%と、ついに逆転現象が報じられた。不支持率が支持率を上回ったのは2015年10月以来のことである。「してやったり、にこにこ終業式」どころか、「痛手」は相当に深刻であること、取り返しも困難な事態に陥っていることが明らかとなった。
 さらに決定的なダメ押しが安倍首相自身によってなされた。東京都議会議員選挙の投開票が翌日に迫った7/1、JR秋葉原駅前「ガンダムカフェ」周辺での演説であった。ここは、2012年、2014年の総選挙で日の丸の旗を持った支持者が埋め尽くし、安倍首相への大きな応援コールが巻き起こった「総裁が選挙戦最終日に行う聖地」(自民幹部)である。支持率急落におびえ、街頭演説を控えていたが、「逃げている印象を与えるのも印象が悪い」と、首相自身が望み、都議選最終盤、最初で最後の巻き返しの最良の場として設定された。ところが、安倍首相が登場し、マイクを握り演説を始めると、支持者らの応援コールや拍手を圧倒する、大勢の大群衆の、「安倍やめろ!」「安倍帰れ!」の声がどんどん広がり、安倍首相が演説するごとにより一層拡大し、首相は冷静さを失い、逆ギレ。ついには目を血走らせて、目の前の聴衆を指差しながら「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と声を荒らげて叫んでしまった。支持者でさえカバーしきれない事態をもたらした。NHKはこの場面を放送せず、大手マスコミはほとんど無視したが、ネット上ではたちまち拡散された。口先だけの「反省」とは裏腹な、居丈高で、ファシスト的な政治姿勢をさらけ出してしまったのである。

<<「落とすなら落としてみろ」>>
 当然のことながら、東京都議選の結果は、自民党にとって惨憺たるものであった。投票率51.27%、都民ファースト49、公明23、自民23、共産19、民進5、その他8。自民党は現有議席57の60パーセントを失って、23議席へと激減した。一種の雪崩現象である。自民党の二階幹事長は、6/30の都議選の応援演説で「落とすなら落としてみろ。マスコミの人たちが選挙を左右すると思ったら大間違いだ」とすごんで見せたが、「落とすなら落としてみろ」が現実となってしまった。安倍氏や二階氏、自民党もマスコミも含めて、ここまで減るとは誰もが予想していなかった。「40議席割れの可能性はあったが、23議席は全くの想定外。何が起こったのかわからない」と嘆くほどの「自民の歴史的惨敗」である。都議選が、安倍政権への審判の場と化したとも言えよう。
 都民ファーストへの支持というよりは、むしろ安倍政権の傲慢な政治姿勢に対する怒りが、自民議員落選へと向かわせたものであることは明らかだろう。
 公明は、自らが関与してきた泥船が危ないと、自公与党路線から都民ファーストとの与党路線に転換。
 民進党は、蓮舫代表が小池都知事支持表明でそのあいまいな路線に離党者続出、離党者の都民ファーストへの鞍替え、それでも議席ゼロの予測がかろうじて5議席を確保。
 共産党は、選挙戦の対決構図が「自公対日本共産党」にあるとして、小池都政に対しては「半ば与党」の「是々非々」路線を公言して、2議席増。これを志位委員長は「大きな勝利だと考えております」と評価している(7/3記者会見)。
 民進と共産合わせて24議席、自民の23議席を超え、結果として自民党だけが壊滅的な打撃、敗北を被ったのである。
 問題は、共産党をも含めて、都民ファーストに明確な批判と政策対決を掲げた勢力が皆無に等しい選挙戦だったことが指摘されるべきであろう。小池知事は、自民党と袂を分かつ結果になったとはいえ、9条改憲でも核武装でも、軍事力増強でも、安倍首相の路線と極めて近く、腹心の部下である野田数(かずさ)氏は、もと東京維新の所属で、「国民主権は傲慢、直ちに放棄せよ」と主張する極右で、2012年、日本国憲法無効論に基づく大日本帝国憲法復活の請願を東京都に提出した人物である。小池知事は都議選で圧勝した翌日、小池氏の一存で、幹事長であった野田氏を「都民ファーストの会」の代表に復帰させている。年内にも立ち上げかという国政新党「国民ファースト」と自民・公明・維新の極めて危険な連立さえ画策されるであろう。彼らの思い通りにいくものではないとはいえ、都民ファーストに対する根本的批判姿勢が堅持された共闘、統一戦線が不可欠な事態の到来と言えよう。

<<「安倍退陣」の現実化>>
 都議選の自民敗北が示したのは、盤石とみられていた、“一強”のもろさである。「1強」のもとで批判が表に出ない自民党内の権力構造、政府権力の支配構造、それに胡坐をかいた国政の私物化、傲慢な政治姿勢がいったんほころび始めると、彼ら自身が予測できないほどの規模とスピードで崩壊現象が進行するという冷厳な現実である。
 有権者は自民党にNO! を突き付け、自民党以外の受け皿として、たとえ曖昧模糊としていてぬえ的であっても、事態を転換させる当面の受け皿として都民ファーストを選択したのであった。言い換えれば、自民党と同根である都民ファーストより、より魅力的で平和と民主と自治に貫かれた期待の持てる革新的な受け皿が形成されれば、根本的なば政治の転換が可能であるという展望をも示したと言えよう。逆に言えば、そのような明確な対抗軸をもった受け皿が革新の側に存在しなかったということでもある。
 いずれにしても、安倍首相が既定路線化していた2018年9月の自民党総裁3選と、それに連動する衆院解散、「9条改憲」戦略に相当巨大な壁が立ちはだかったのである。それどころか、「安倍退陣」が現実化しだしたのである。内閣改造どころか、「変えるべきは総理」という事態の進展である。
 時事通信が7月7日~10日に行った最新の世論調査では、安倍内閣の支持率29.9%、不支持率48.6%となった(時事ドットコムニュース 7月14日)。報道各社の最近の世論調査で内閣支持率は軒並み30%台に急落したが、それでも政府高官は、「今が底だ」と強気であった。しかしついに3割を切り、2割台まで落ち込み、首相周辺は「非常事態だ」と宣言せざるを得なくなった。同調査で、政党支持率は、自民が前月比3.9ポイント減の21.1%、民進は同0.4ポイント減の3.8%。以下、公明3.2%、共産2.1%、日本維新の会1.1%と続いた。そして支持政党なしがは同4.5ポイント増の実に65.3%となった。無党派が圧倒的多数なのである。既成政治勢力が見放されていることの証左でもある。
 現状の野党共闘ではまったく不十分なのである。可能な限りの全野党が結集し、様々な市民運動やグループ、個人を結集した、共同候補を擁立できる、新たな統一戦線組織、あるいは統一戦線党を結成することを呼びかけ、現実化させていく、そのような努力とアクションが求められていると言えよう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.476 2017年7月22日

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【書評】『フクシマの荒廃—-フランス人特派員が見た原発棄民たち』

【書評】『フクシマの荒廃—-フランス人特派員が見た原発棄民たち』
      アルノー・ヴォレラン著、緑風出版、2016年11月発刊、2,200円+税) 

 「民家は空っぽだ。窓は開きっぱなしか、ガラスが割れているかだ。色褪せてしまったカーテンが風に吹かれている。国道沿いのDIYショップは閉ざされたままで、棚の道具類、肥料や種の袋は崩れ落ち、そこから草木が芽を出している。コンビニは施錠する間もなく、ベニヤ板で封鎖されている。(略)色褪せ、半分開いたままのゴミ袋が無人の家の玄関に置かれたまま化石のように固まっている。地震が破壊したものを放射性物質が化石化し、この田舎の小さな美しい村、手作りと商いの人里から人の姿を消してしまった」。
 本書は、フランスの日刊紙『リベラシオン』の特派員が、福島第一原発(1F、通称、イチエフ)事故の除染・廃炉作業に従事する労働者、元地元住民、「原子力ムラ」の広報担当者等々に迫ったルポルタージュである。
 上記の描写は、1Fへの途中の光景であることはいうまでもないが、「自然や植物相を制御し型にはめ込む傾向が顕著な日本」ではあるが、「この地方では野生が実権を取り戻した」—-水田のあぜ道が崩れていたり、木々が異常に枝を張って街路にはみ出したり、野生の竹が民家の居間の畳やアスファルトから出ていたり—-といった光景に著者は衝撃を受ける。
 さてその1Fでは、「物音一つしない無人の田園地帯からやって来て、地の果てに出現したこの人を寄せつけぬ人間蟻塚を前にすると唖然とさせられる。この腫れ物を、放射能汚染水あるいは一部は除染水を貯蔵するために急遽建設された数百のタンク群が彩っている」。「バスは進み、巨大な鉄板の上を走り、ゆれながら凸凹の通路を抜ける。座席から見える、無数のパイプ、排水管、ありとあらゆる種類のケーブルが斜面をびっしり覆っていて、壮観である」。そして「計器、タンク、センサーなどと連動して複雑に入り組んだ緻密なエンジニアリングの配管を見ると、原発がまるで点滴治療中で人工呼吸を受けているような印象を受ける」。
 免震重要棟の「入口で靴カバーを脱いで大きな屑入れに捨てるように指示される。東電の連絡担当者はよく働く。非常に有能で、安全基準、ミスの防止、指差確認を怠らない。質問に答え、万全の体制が整っており、何の心配もありませんと執拗に繰り返す。『発電所の状況はここ数ヶ月で大いに向上しました』。信頼と忍耐、冷静さと笑顔、訓練は行き届いている」。
 ところが新しいタンクの陸揚げ準備中の見学時、「(略)電気技師助手二名が見学に同行した。彼らは背後で規則的に線量数値を報告してくる。〈 太平洋岸、毎時一・五マイクロシーベルト、丸太の前、五、青色貯水槽沿い高台上、十五・六〉 という具合だ。それから、海岸に向かって再び下って行くと、彼らの線量計の数値が坂の途中でパニック状態になったのがわかった。表示カウンターは七五・四を示し、それから9の数字が十個くらい並んだのが見えた。すると助手の一人が計器盤を手で隠した。彼は鳩が豆鉄砲を食らったように目をまん丸くして、同じようにたまげて唖然としている同僚の顔を見た。二人の若手は何を思ったか線量計をあわててカバンにしまった。おかしな反応をするものだ。次の段階で放射能照射レベルは、われわれが履いていたニッケルシューズも放射線防護効果をふれ込み通りに発揮できる数値まで戻った。東電の広報活動とガラス張り運営には限界があると見た」。
 東電のこうした小細工的な対応は、さもありなんというところだろうが、観察の鋭さと表現(人間蟻塚、原発は点滴治療・人工呼吸中等々)のユニークさはアジア各地の民主化を取材してきた賜物であろうか。
 さて原発の現状に続いて、その現場で働く労働者にアプローチしようとするが、これがなかなか厄介であり、そしてようやく話を聞くことのできる労働者を見つけることができたとしても、ここで筆者は、日本社会の特異性にぶつかることになる。つまり底に流れる「組織への帰属意識」の強さである。
 「私が出会った人物たちは、犠牲になるのではなくて、現状に対応し、原発の解体に献身することを選択している。だが私は、集団の及ぼす力がいかに強いかを思い知った。日本では、集団が個人を凌駕する。この点はまったく旧態依然である」。
 筆者の出会った原発労働者の日常を支配している「服従、上下関係の尊重、義務感、隷属といったものに類似した空気」、諺で表せば、「出る杭は打たれる」について筆者はこう書く。
「要するに神聖なる調和の精神、ニッポン人の金科玉条『みんな一緒』を乱す者は叩かれる、のである。私は、あまりにもよく使われるこの諺は言葉の上だけだと思っていたが、『使い捨て人間』のリサーチをする過程で何度も耳にした」と。
 東ゼン労組(全国一般東京ゼネラルユニオン—-日本初の外国籍の代表者による他民族、多国籍合同労組)の委員長とのインタビューでの言葉を借りれば、「原発で働く者にとってノーと声を上げることはほぼ不可能である。なぜならば、拒絶すれば会社を辞めなければならないからである。仕事を失くし、特に会社そのものまで仕事場を失い、契約を打ち切られ、仲間たちも仕事を失くすことなる」からである。「だから、彼らは黙る。そして我慢するのだ」。
 「私はこの日、この業界の人たちがなぜ何も言わないのかが理解できた。(略)家族の次に大切な、否、いざという緊急時には家族よりも大切な会社の力、階層社会の重圧がよくわかった。こうした会社はまた、従業員に向けて秘密厳守の厳しい規則を定め、遵守させてきた。社員は会社の現状に関する情報(秘密ではない)を外部にもらしてはならない。私が会った人たちは皆、自分は話す権限を持たない。それは雇用契約で明確に禁止されていると言った。会社に迷惑をかけてはいけないのだ」。
 そしてこの状況を究極的に支配している「原子力ムラ」(産業界、政界、高級官僚の馴れ合い体質=「利権のトライアングル」と表されている)への消耗するインタビューを終えて、著者はこう語る。
 「それにしても、日本という国は不思議な民主主義国家だ。フクシマ以降、有権者には三度にわたる国会議員選挙でこの問題に関して意思表示する機会があった。そして、明らかに原発推進派である自民党が、毎回圧倒的な差で投票をかっさらった。これには驚かされる。確かに、選挙は民間原子力だけに関する住民投票ではないのかもしれない。しかし、一九四五年に核の烈火を浴び、二〇一一年から放射能の毒に襲われているこの国がなぜ、やみくもに核の道を進もうとする者たちを唯諾々と許すのか?」。
 本書が炙り出した状況は、われわれ自身が無意識に脇に追いやっている問題に関わる。これに関連して著者は、一つのエピソードを紹介している。
 「私の広島の友人、ミチコは子どもの頃、学校の社会見学で原子力平和利用の展示を見に行ったことがあった。ところで、この展示会はどこで行われたのか? それは、一九四五年八月六日に原爆が投下されたドームのすぐそばにある平和記念資料館前の広場だった。今ミチコは、厳粛な悲しみに包まれて原爆犠牲者の慰霊碑を囲む芝生の広場を手で指し示す。一体何が、主催者をしてこの場所で原子力平和利用の催し物を開くという発想をさせたのか」。
 日本社会の中で考える原発問題の前提を問う視点を与えてくれる書である。(R)

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【投稿】恐怖政治へ突き進む安倍政権

【投稿】恐怖政治へ突き進む安倍政権
             ―共謀罪の強行採決を糾弾する―

アベ・ファースト
 6月15日早朝、安倍政権は参議院本会議で「共謀罪」法案の採決を強行した。同法務委員会での採決を省略する「中間報告」という禁じ手を使っての暴挙である。
 こうまでして強引に6月18日の国会会期内での成立を図ったのは、会期延長によって加計学園に関する疑惑拡大と追及強化を封じ込めるためである。安倍の保身を最優先とした、民主主義を無視の乱暴な国会運営が森友問題に続き、ここでも公然と進められた。
 5月17日に「総理のご意向」文書が暴露された当初、官邸は菅が記者会見で「怪文書」であると切り捨て、前川喜平前次官の告発に対しては「読売砲」の援護射撃を受けながら、「出会い系風俗店に通う人間の言うことは信用ならない」旨の個人攻撃を繰り広げた。
 安倍も国会で問題の本質には触れず、お決まりの「印象操作」を繰り返すのみでかえって疑惑を深める結果となった。一方の当事者である文科省は当初は松野大臣が「文書は確認できない、調査の必要はない」と黙殺し、国会審議でも義家副大臣が「私が知らない文書は行政文書ではない」「情報を明かした職員は守秘義務違反だ」などと、暴言を連発していた。
 しかし次々と新たな証拠が明らかになる中、官邸は6月9日になって再調査開始を公表、その裏で「共謀罪」法案の強行採決を準備するという手段を画策していたのである。
 再調査の結果として、国会閉幕直前に安倍政権が見せたのは「文章は存在したが、それは役人が勝手に作ったものであり、内容は不正確である」という開き直りであり、前川証人喚問や閉会中の審査も拒否した。
 一連の疑惑の中で文部科学省がスケープゴートとされ、強引な幕引きを合理化するため「都議選への影響を懸念する公明党への配慮」などという詭弁も持ち出された。
 森友事件でも、「昭恵夫人付き職員」が生贄にされたが、己の保身のためには部下であろうが、与党であろうが切り捨て、利用すると言う醜悪さが露呈した。一方自分に阿諛追従する者は、性犯罪の処罰強化が審議されている国会開会中に明らかになったアベトモ「ジャーナリスト」のレイプもみ消し事件に明らかなように擁護する。
 これが安倍と家族、さらに友人と一部の腹心で構成される「ファミリー」ともいうべき私党が権力を独占、私物化し、三権の上に超越すると言う「安倍一強=アベ・ファースト政治」の本質である。
 
「主権簒奪・欽定憲法」
 安倍のこうした驕慢さは止まるところを知らないようである。5月21日毎日新聞は一面トップで「陛下議論受け『ショック』」とセンセーショナルな見出しをつけ、天皇退位に関する政府有識者会議の内幕を報じた。
 同紙によると安倍昵懇の有識者会議メンバーが「天皇は祈っているだけでよい」と大災害の被災地慰問などの公務を否定し、それを伝え聞いた天皇が「ショック」だったと「強い不満を漏らした」という。つくづく「祈り、祈らす」のが好きなファミリーである。
 そもそも政権が武家に移って以降、大政奉還を経ても権力者にとって天皇は、支配の為に利用する道具であった。そのなかで現在の象徴天皇制は史上最も安定したシステムであると考えられる。
 しかし天皇が退位を仄めかしたことに、安倍が自分に対する批判の表明ではないかと反応したため、権力との関係が一気に不安定なものとなった。
 「護憲天皇」に対する不満と、天皇が退位する一方で、自らの総裁任期を延長することへの後ろめたさから、安倍は法制化に否定的であり代弁者を有識者会議に送り込み議論を引っ掻き回したのである。
 安倍は自分に対する忖度は大歓迎なのに、天皇の意向を忖度しなかったため、取り巻きの御用学者もろとも、「尊王」のメッキがはがれ、自分第一の本性が露呈してしまった。
 安倍はこの国で誰が一番偉いかを知らしめたかったのであろうが、今回ばかりは、世論はもとよりマスコミも有識者の多くも天皇を支持したため、退位特例法は「一代限り」としながら、これを先例とすることを是認したうえで成立した。
 これにより、2018年末の現天皇退位、19年初の新天皇即位が確定的となり、安倍の目論む2020改憲にも影響を及ぼすこととなった。「静謐が求められる代替わりの時期」に国論を2分する国民投票を強行することは、厳しい批判を受けることだろう。
 ただ権力亡者は「天皇も新しくなったから憲法も新しく」などと、退位を逆手に取った政治利用をも視野に入れかねない。日本国憲法は天皇の地位を「国民の総意に基づく」としているが、退位問題を含め安倍はあらゆる意思決定を「国民の総意=国民主権」の上に置こうとしている。
 これは「主権簒奪」ともいえ、その意味で改憲策動は新たな「欽定憲法」の制定に等しいものである。自民党は5月3日の安倍「改憲宣言」を受け、9条1項、2項はそのままに、自衛隊の保持規定は「9条の2」として別条項を設けるなどの具体案を検討し、今年中の成案を目指している。

万人恐怖
 今後、護憲平和勢力は安倍改憲に対する取り組みを強めていかなくてはならないが、安倍政権は森友、加計事件追及に対する意趣返しも含め、あらゆる手段を持って弾圧に乗り出してくるだろう。
 自民党は森友の籠池に対し「総理を侮辱した」として、「不敬罪」であると言わんばかりの理由で証人喚問を決定した。前川に対しても「ご意向文書」などは、機密指定もされていない情報であるにも関わらず、国家公務員法違反という恫喝がかけられている。
 釜山領事館前の少女像設置に関し、日本への一時帰国措置を批判した総領事は更迭された。今後内閣人事局の人事査定など、公務員に対する締め付けは改憲もにらんで一層厳しくなると考えられる。
 一般人に対する抑圧も強化される。今後「共謀罪」は周知期間を置かずに、異例の速さで7月11日施行される予定となっている。これは政権の焦りを表すものでもあるが、すでに弾圧の準備は整っていると言うことであり、運動体には於いては十分な警戒が必要である。
 この間、新左翼党派へのスパイ工作が露呈しているが、市民団体などへの潜入はより容易いであろう。組織にもぐり込んだネトウヨが「あいつら犯罪を準備しているみたいです」と権力に通報することは容易に想像できる。
 こうした密告、疑心暗鬼による内部からの弱体化と強権的な捜査を進めるのが共謀罪である。すでに沖縄では弾圧と「偽りの事実」の流布により反基地闘争への抑圧が進んでおり、今後この状況の全国化が目論まれている。これらは、安倍政権がまさに恐怖政治による支配へと突き進んでいることを示している。
 室町時代、王権簒奪を目論んだ足利義満の五男である六代将軍義教は、守護大名の家督相続に介入(人事権の濫用)し、批判するもの逆らうものは、庶民はもちろん公家であろうと武家であろうと容赦なく処罰した。
 この所業に当時の後花園天皇の実父は日記に「万人恐怖、言う莫れ、言う莫れ」と記した。このままではやがて「平成上皇」が同じ思いをする日が来るだろう。
 
国際連帯と野党共闘進めよ
 こうした日本政府の反動化に国際社会も懸念を強めている。5月12日には既報の通り、従軍慰安婦問題について国連専門委員会から見直しが勧告されたが、
18日には国連のケナタッチ特別報告者が「共謀罪」法案について、表現の自由を不当に制約する恐れがあると、懸念を表明した。
 また、30日にはケイ特別報告者が特定秘密保護法について、ジャーナリストが委縮しないように改正の必要性について言及、6月12日に国連人権委員会で同様の報告を行った。
 15日には同委員会で沖縄平和運動センターの山城議長がアピールを行ったが、日本の民主勢力はさらなる国際連帯を進めなければならない。
 これらに対して日本政府は、慌てて反論を行っているが説得力の乏しいものとなっている。安倍は懲りずに「価値観外交」「俯瞰外交」という主観外交を繰り広げているが、トモダチが「反民主主義のリーダー」であるトランプ、プーチンというのでは、警戒されるだけであろう。
  ヨーロッパでは、右派の伸長が著しかったが、この間の英仏の総選挙は違った結果になり、ドイツでもメルケルの支持が伸びている。東アジアに於いても、トランプ政権は北朝鮮に政府高官を派遣するなど、硬軟織り交ぜた対応を進め、ロシアも米露の緊張緩和が進まなければ、領土問題の進展は有りえないと、日露2国間の枠組みを変更する姿勢を見せている。
 このような世界の動きに安倍政権は相変わらず対応しきれていない。とりわけ中国、韓国との関係改善に関しては二階幹事長に丸投げとなっている。その二階は6月16日のテレビ番組で、国民投票と総選挙の同時実施、2020年の改憲施行についても「適当でない」と発言し、安倍の強引な改憲スケジュールに釘を刺した。
 この間の、あまりに強引な国会運営、政権運営には与党、省庁からも批判が出ており、加計疑惑では混乱が露呈した。内閣支持率は急落したものの、野党はそれ以上に低迷している。
 民進党は、全国的に党勢回復には程遠い状況が続いている。国会が閉会した現在、地域、街頭での取り組みが重要になるが、とりわけ東京では都議選を前に組織が事実上崩壊し、そうした活動が困難という有様である。
 都議選は今後の国政選挙の動向にも影響を与えることから、野党共闘の基盤づくりに尽力することが求められている。(大阪O)

【出典】 アサート No.475 2017年6月24日

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【投稿】「パリ協定」を離脱するトランプ政権

【投稿】「パリ協定」を離脱するトランプ政権
         —日本も温暖化対策を転換せよ—
                       福井 杉本達也 

1 地球温暖化説を巡るマスコミの大嘘
トランプ米大統領は6月1日、地球温暖化対策の国際ルール『パリ協定』から離脱すると発表した。朝日新聞の3日の社説はこのトランプの離脱表明に対し「米国第一の身勝手な振る舞いに、怒りを禁じ得ない」と批判した。しかし、この社説には数々の嘘がちりばめられている。①「先進国と、成長の恩恵を十分に受けていない新興国・途上国が、利害対立を乗り越え…190を超える国が温室効果ガス削減に取り組むことになった。協定は画期的」というが、パリ協定では温暖化ガス削減の数値目標は「通知」のみであり「義務」ではない。温暖化対策推進論者である東北大学の明日香壽川氏でさえ、「パリ協定の誕生は京都議定書の死を意味する。名前だけではなく、京都議定書が持っていた各国目標に対する法的拘束力も消えた。」(明日香:「パリCOP21:終わりと始まり」2015.12.24)と嘆いている。つまり、協定で各国が提示している削減目標をすべて達成しても、協定の目標である「世界の平均気温上昇を、2度未満」にできないことが最初から分かっており、対策推進論から見ても、画期的な国際協定とはいえない。②「海面の上昇で国土が水没しそうな島国もある」というのも嘘である。「1978年にツバルが独立して,首都がこの島に定められると, 100~200人だった人口が現在は5000人近くまで急増して、海水がわき出す凹地に居住域が拡大していったというのがツバル水没の真実です。昔はこんなことはなかったのではなく,昔はここには人が住んでいなかった」(「ツバルで異分野を俯瞰する」茅根創:「科学」2016.12)のである。③「異常気象による災害や凶作は世界各地で頻発している。」というが、これは何の根拠もないデマである。異常気象と温暖化の関係は科学的に全く証明されてはいない。全ての異常気象を地球温暖化のせいにしたのではたまったものではない。マスコミは地球温暖化説においても、嘘を垂れ流す装置と化している。

2 温暖化はCO2ではなく太陽が主役
 太陽は我々に光と熱という電磁波と宇宙線を送ってくる。気候を考えると光と熱の電磁波が関心事となるが、衛星による大気圏外での測定結果では電磁波の強度はほとんど変化しないことが明らかとなっている。したがって、気候変動の外的要因として「太陽の活動が地球の気温に影響することはほとんどない」として太陽活動は不当に軽視されてしまった。しかし、宇宙線の強度の変化の方は雲量の増減をもたらし、気候変化をもたらすことが明らかとなってきた。宇宙線は大気とぶつかってイオンが生じ、イオンが増えることによって、イオンをタネにして低層雲がたくさん生まれる。低層雲は太陽光を反射するため地表の気温を低下させるのである。深井有氏によれば、太陽磁場は20年前から急速に弱まり、宇宙線強度は強くなるので、雲が増え気温が低下する。この結果CO2による温暖化が打ち消され、寒冷化する可能性が高いとしている(深井:『地球はもう温暖化していない』)。地磁気が反転する時も宇宙線強度は強くなる(かがくアゴラ「78万年前磁場で地球寒く」北場育子 日経:2017.6.2)。

3 パリ協定脱退はグローバリズムとの決別
 5月末にイタリア・シチリア島で開催されたG7サミット後の米国と他の諸国との関係はぎくしゃくしたものとなった。Trends Watcherは「トランプ大統領はホワイトハウスでの公式のパリ協定脱退表明で『グローバリゼーションがアメリカの利益を損なうもの』であるとして、暗に欧州を率いるドイツ(メルケル政権)を批判した。パリ協定の実態が(排出量税金として)アメリカの富を分配する機構になっているという批判は的を得ている」と。対する「メルケル首相は『パリ協定の取り組みへの反対がグローバリゼーションに逆らうもの』として、グローバリゼーションを代表するドイツの姿勢を明確に示した。『グローバリゼーション』を根拠にして欧州をまとめ、移民を受け入れるメルケル首相の本音が垣間見える」と評している(Trends Watcher net 2107.6.5)。「パリ協定」の中身である地球温暖化の防止に特に熱心であるわけではない。グローバリズムの中での交渉手段だからである。
 トランプ氏が反グローバリズムの旗を掲げるのには大企業からの支持もある。FINANCIAL TIMES米国版編集長のジリアン・テッドは「トランプ氏の就任前から、経営幹部はグローバル化への妄信を捨て始めていたということだ。良くも悪くもローカル化は進む」とし、理由として「中国の賃金コストの相対的な上昇」や「大規模なサプライチェーンの構築・維持には政治リスクや物流リスクが伴うと経営者が気付いた」ことなどをあげ、今期でGEのCEOを退任するイメルト氏は『最低の労働コストを追求するビジネスモデルは過去のものだ』とする(日経:2017.6.5)。

4 『地球温暖化』問題は冷戦後の新たな『プロパガンダ』として始まった
 オーロラ研究の第1人者で、アラスカ大学の赤祖父俊一氏は、原子力発電と結びつけてイギリスの科学者集団の意図を指摘している。「その原因については、冷戦時代まで遡らなければならない。冷戦時代には米ソ両国が、世界の人類を何回も抹殺できる原爆を抱えており、実際核戦争勃発の可能性も何回かあった。したがって世界中の科学者がその危機を危ぶみ、核兵器の撤廃について数百人の科学者が一致して署名したこともあった。」「ところが旧ソ連邦の崩壊が始まると冷戦の危機が退き、一部の指導的立場にある科学者などは、将来の大型研究プロジェクト創出のために世界的問題を摸索していたに違いない。その直前(1988年)、コンピュータによる将来の気候変動を研究していた米国のグループが炭酸ガスの放出を続けると100年後には温暖化が重大な影響をもたらすことを予測した。指導的立場にある科学者(核兵器の撤廃を叫んでいた科学者を含めて)が『地球温暖化』という問題をプロパガンダとして取り上げたことは容易に考えられる。『プロパガンダ』という言葉を使ったのは科学以外に政治的含みがあったからである。つまり、英国の科学者らが音頭を取ってこの問題を国連に持ち込み「Intergovernmental Panel on Climate Change(IPCC)」という組織を設立したのである。もともと英国では原子力発電を促進するために温暖化を持ち出すことが一つの理由として使われたようである。IPCCは学会でもなく、特に権威のあるものではない。英国の科学者などが中心になって温暖化問題を国連に持ち込み、IPCCを設立し世界中の学者を動員した腕はさすがと言わざるを得ない。」(赤祖父:『正しく知る地球温暖化』p146)。
 「しかし、100年先の温暖化の脅威を謳うだけで世界を動かせるわけがない。IPCCがモンスター化したのは経済原理、平たく言えば地球温暖化は金儲けの種になる」「国のレベルで商売になると判断されたからに他ならない」「気候変動枠組条約締約国会議(COP)は、現実には地球温暖化を種とした国家間の商取引の場」であり、EUは「排出権取引で儲けられると踏んでいた」からである(深井有:上記p156)。「空気のような存在」という言葉があるが、IPCCは人間の生活になくてはならない社会的共通資本である空気さえも儲けの種にしたのである。精神的腐敗の極みである。

5 環境問題を巡る中国の事情
 中国がパリ協定を批准したのは、世界第一のCO2排出国としての国際的批判をかわす意味もあるが、高度成長の結果、国内のPM2.5などを含む凄まじい大気汚染を放置できなくなったからである。EUは米国のパリ協定離脱後も中国との連携でパリ協定を推し進めていくというストーリーを描いたが(日経:2017.6.3)、結局、首脳会談では、EUが中国をWTO協定上の「市場経済国」と認めないという貿易問題を巡る対立が深く、発表予定だった気候変動を巡る共同声明は出せなかった(共同:2017.6.4)。中国としては、温暖化対策の国際的枠組みの大きな責任を追うことには後ろ向きである。最優先課題は国内の大気汚染の改善であり、結果としてCO2が減ればよいのである。成長の足かせとなるような排出総量の削減には否定的である。パリ協定はグローバリズムの中で、中国の権益を守るための交渉の一つの手段に過ぎない。

6 大気をも商品化するグローバリズムの極限形態
 パリ協定を離脱したトランプ政権が環境政策の理解が深いかどうかは疑問であるが、少なくとも反グローバリズムである。日本ではトランプ政権は温暖化を認めず「反科学的」であるとする論調が目立つ。「大多数の科学者」が「人間活動が温暖化を深刻にする」という考えを支持するからといって「科学的」というわけではない。これまでも米国では温暖化予測の不確かさの要素として、○太陽光を反射・吸収する大気中の微粒子、○熱の量を変える雲、○海洋循環の影響、○太陽活動や宇宙線の変動、○大規模噴火などをあげられ、科学論争がなされている(日経:2017.6.5)。日本はトランプ政権の政策転換を奇貨として、温暖化対策一辺倒の政策を改めるべきである。①気候変動の原因はCO2だけではなく、太陽活動が重要である。②CO2による温暖化と太陽活動による寒冷化は打ち消し合い、今後、気温は横ばいか寒冷化する。③CO2の増加そのものは何ら害を及ぼさない(深井:同上p175)。
 地球温暖化論は、ついに我々生物が呼吸する大気までをも商品化するというグローバリズムの究極形態である。大気中のCO2が増えれば植物の生育はよくなる。あたかも人体に害を及ぼすかのように大気中のCO2を減らそうとする政策は全くの無駄である。CO2を減らすために石油や石炭などの化石燃料の使用を減らすというのは逆立ちした論理である。将来の世代に備えて化石燃料の使用を控えるというべきである。ましてや、CO2を減らすために原発を推進するというのはとんでもない話である。一旦、環境中に漏れ出た放射能は膨大なエネルギーを投入しても回収は不可能である。

【出典】 アサート No.475 2017年6月24日

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【投稿】「この国の政治状況はファシズムそのもの」 統一戦線論(37) 

【投稿】「この国の政治状況はファシズムそのもの」 統一戦線論(37) 

<<「国会が死にかけている」>>
 いよいよ安倍政権は9条改憲へなだれ込み、議席多数の暴力でなりふりかまわず、突っ走ろうとしている。しかしそうは思惑通りにはいかない事態が立ちはだかっている。
 国会会期末終盤の共謀罪強行採決のでたらめぶりは、安倍政権のうろたえぶりの反映でもある。
 「世界平和アピール七人委員会」(武者小路公秀、土山秀夫、大石芳野、小沼通二、池内了、池辺晋一郎、高村薫の各氏)が6/10、「国会が死にかけている」と題する緊急アピールを発表し、「かつてここまで国民と国会が軽んじられた時代があっただろうか。」として、現在の事態の本質を以下のように鋭く指摘している(全文)。

 戦後の日本社会を一変させる「共謀罪」法案が上程されている国会では、法案をほとんど理解できていない法務大臣が答弁を二転三転させ、まともな審議にならない。安倍首相も、もっぱら質問をはぐらかすばかりで、真摯に審議に向き合う姿勢はない。聞くに耐えない軽口と強弁と脱線がくりかえされるなかで野党の追及は空回りし、それもこれもすべて審議時間にカウントされて、最後は数に勝る与党が採決を強行する。これは、特定秘密保護法や安全保障関連法でも繰り返された光景である。
 いまや首相も国会議員も官僚も、国会での自身の発言の一言一句が記録されて公の歴史史料になることを歯牙にもかけない。政府も官庁も、都合の悪い資料は公文書であっても平気で破棄し、公開しても多くは黒塗りで、黒を白と言い、有るものを無いと言い、批判や異論を封じ、問題を追及するメディアを恫喝する。
 こんな民主主義国家がどこにあるだろうか。これでは「共謀罪」法案について国内だけでなく、国連関係者や国際ペンクラブから深刻な懸念が表明されるのも無理はない。そして、それらに対しても政府はヒステリックな反応をするだけである。
 しかも、国際組織犯罪防止条約の批准に「共謀罪」法が不可欠とする政府の主張は正しくない上に、そもそも同条約はテロ対策とは関係がない。政府は国会で、あえて不正確な説明をして国民を欺いているのである。
 政府と政権与党のこの現状は、もはや一般国民が許容できる範囲を超えている。安倍政権によって私物化されたこの国の政治状況はファシズムそのものであり、こんな政権が現行憲法の改変をもくろむのは、国民にとって悪夢以外の何ものでもない。
 「共謀罪」法案についての政府の説明が、まさしく嘘と不正確さで固められている事実を通して、この政権が「共謀罪」法で何をしようとしているのかが見えてくる。この政権はまさしく国会を殺し、自由と多様性を殺し、メディアを殺し、民主主義を殺そうとしているのである。

 「この国の政治状況はファシズムそのもの」と、真摯で率直かつ真剣に現状を憂慮して、安倍政権を弾劾しているこの緊急アピールは、安倍政権に疑問と怒りを持つさらに広範な人々の結集の軸となり、「安倍政治を許さない」反撃の足場となり得よう。

<<「驕るな!安倍」>>
 しかしこの「許容範囲を超えたこの国の政治状況」は、ここまで安倍政権が追い込まれていることの反映でもあることを見ておく必要があると言えよう。
 国会会期末最終盤、政府・与党は衆参で過半数どころか3分の2の議席を持っているにもかかわらず、会期延長もできずに、委員会審議や採決もすっ飛ばして、本会議での中間報告などという奇策に頼らざるを得なかったというのが実態である。
 連日繰り返される国会前や全国各地の安倍政権への抗議行動は、欧米各紙で報じる事態となった。森友・加計疑惑で露呈された「認めない」「調べない」「謝らない」実態が、次から次へと明らかになり、権力を私物化した側近政治が、目に余る事態、もはや制御しようのない泥沼化を呈しだしたのである。
 ここまでくればとても安倍政権を擁護しきれなくなってきた週刊誌各誌が政権批判に転じざるを得なくなった。新聞広告、電車のつり広告で際立ったのが、週刊文春6/15号トップ大見出し=「驕るな!安倍」である。小見出し「読者調査では『前川喚問』賛成86% 内閣支持率22%」、「現職文科幹部が本誌に激白『不満を持っている人は大勢いる』」。本文リードは「安倍政権は一線を越えつつある。安倍一強の驕りを撃つ!」と続く。さらに緊急特集・「読売『御用新聞』という汚名」の大見出し、「読売記者『出会い系記事はさすがにない』」「首相と『会食30回』でダントツ」の小見出し。
 証拠文書を「怪文書」扱いし、人格攻撃に御用新聞の汚名そのままの読売新聞を利用し、居直り続けてきた菅義偉官房長官も、記者会見でついに答弁不能に陥いる事態となった。急きょ、安倍政権は一転して文科省内の再調査に追い込まれ、「確認できなかった」はずの文書がたちまち「確認できた」のである。そして、6/16の参院予算委員会では菅官房長官が「文書の出所が明らかになり(怪文書というのは)現在の認識でない」とついに発言撤回に追い込まれた。
 とにかくこれ以上追い込まれたくはない。追い込まれれば、安倍政権は決定的なダメージを受ける。何としても早急に国会を閉会したい。その焦りが、強引な手法、野党の裏をかいて委員会での採決を行わず、問答無用、突然本会議を開いて採決強行、国会会期延長なしで閉会という、安倍政権のファシズム的本質・体質を露呈させたのである。
 自民党の二階俊博幹事長は6/16夜のBSフジの番組で、加計学園問題をめぐり、「大騒ぎして頂いたが、このことで国会審議が左右されることは、ばかばかしい話だ」と世論を愚弄し、政権の深刻な政治的行き詰まりに何の反省の弁さえもなく、「今日は終業式」「自民党もそう痛手を負うことなく、国会を終えることができた」と開き直った。政権の体質を最悪の形であらわにした、傲慢そのものの政権運営、安倍・菅・二階のファシスト・トリオの悪しき面目躍如、追い詰められた悪あがきである。

<<「くだらないとバカにするのではなく」>>
 この間の事態について、作家の辺見庸氏は、自身のブログで「アタマがとっくに退化した人民大衆とメディアは、アハアハ笑って現状をよろこび、内閣支持率をあげた。」(6月15日)、「このクニの知識層(あるとしたら、だが)はこれまで、安倍らを知的〈劣位〉のものとして、みくだしてこなかったか。ニッポンの悪の因を、安倍らの知的〈劣位〉に代表させ、象徴させてこなかっただろうか。たたかうのでなく、みくだし、みくびることで、怠惰でいじましい愉楽を感じてきたのではないか。安倍はおそらくそうしたまなざしを知っていた。共謀罪は、安倍らによるしっぺ返しである。からだをはって『努力』してきたのは、このクニの知ではなく、安倍ら反動権力のほうだったのだ。」(6月16日)、「このクニには民主主義など、むかしもいまも、ない。あったためしがない。ひとつ。政治という見世物の興行主たちは、想像をぜっするほどに、あくどい。ひとつ。いま、かがやいているのは、〈悪の知性〉と〈悪の想像力〉だけである。なんの意味もない。つくづく気色わるくなる世の中だ。」(6月17日)と述べている。まさに『絶望という抵抗』(辺見庸・佐高信・共著、2014/12、金曜日)の言であろう。
 しかし、安倍内閣の支持率は4カ月連続の減少となっている(時事通信6/16)。毎日新聞の6/17-18の全国世論調査では、安倍内閣の支持率は36%で、5月の前回調査から10ポイント下落。不支持率は44%で同9ポイント上昇、不支持率が支持率を上回ったのは2015年10月以来の事態となった。ついに逆転である。TBSラジオのミニ世論調査「あなたは安倍政権を支持しますか。しませんか」では、「支持する」7%に対し、「支持しない」は93%である(6/16)。事態は刻々と変化している。もちろん一方では、「最新の世論調査では20代の若者の安倍政権の支持率は68%にも及んでいる」(6/17 ビデオニュース・ドットコム)というデータもある。これは、就職と低賃金と非正規労働にあえぐ若い世代にとっては、自由競争原理主義の新自由主義と緊縮政策・増税政策に明確にノー!を突き付け、経済政策の根本的転換を明示したニューディール政策を明確に掲げられない、共産党をも含めた野党に愛想をつかしている、魅力を感じさせない、その反映とも言えよう。
 翻訳家の池田香代子氏は「あまりにもくだらないことが多くて、脱力してしまう時もあるのですが、それでは相手の思うツボです。くだらないとバカにするのではなく、一つ一つちゃんと考えていかねばなりません。あきらめる必要などまったくありません。」と語っている(しんぶん赤旗6/15号)。
 「みくだし、みくびる」のではなく、〈悪の知性〉と〈悪の想像力〉を徹底的に解体し、批判し、対案を対置できる、野党、共闘、統一戦線こそが要請されている。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.475 2017年6月24日

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【書評】新藤 謙『体感する戦争文学』

【書評】新藤 謙『体感する戦争文学』
         (2016年、彩流社、1,800円+税) 

 庶民的視点からのユニークな文芸評論家、新藤謙の最後の著作である。その視点を特徴づける、高木俊朗の『陸軍特別攻撃隊』(1975年)からの引用文を紹介しよう(本書「第五章 軍部告発の文学──五味川純平・高木俊明」)。
 高木は敗戦間近の時期、報道班員としてフィリピンにあり、ここに配属された特攻隊、万朶(ばんだ)隊と富嶽(ふがく)隊を題材にして、この作品を書いた。新藤は、高木の書にある「特攻隊が主力化したのは、その根本は、日本の軍需生産力が底をついたためであった」という指摘と、特攻を導入した日本軍の構造的矛盾と欠陥およびその中での兵士の心情の的確な捉え方を高く評価する。そしてより重要な点は次の文章であると強調する。孫引きで恐縮だがこうである。
 『日本の国内でも、軍国主義の傾向を警戒する論議が多くなった。だが果たして、日本に軍国主義が復活したのだろうか。私が戦記を書くために取材をつづけてきた立場からいえば、軍国主義は復活したとは思えなかった。それは、むしろ、軍国主義が残っていたといえるようであった。/軍国主義を考えるために、密接な関係があるのは、戦争責任の問題である。戦後に戦争責任を追及しなかったから、軍国主義が生残ったともいえる。しかし、それよりも、軍国主義が生残っていたからこそ、戦争責任を追及しなかったのではないか』。
 この視点から、この文章のすぐ前にある五味川純平の『ノモンハン』(1975年)を扱った個所でも、新藤は、ノモンハン事件—-1939年に起った満蒙国境を舞台とする日本関東軍とソ連・外蒙軍との戦闘—-を通して「日本軍の構造的宿痾と、高級軍人たちの異常な精神構造」を解明し、告発するこの作品を評価する。そして戦闘の敗因をソ連の戦力に対する過小評価と、それと一対をなす自軍への過大評価=「高級軍人たちの独善的で空疎な精神主義、増上慢(おごり高ぶること)」にあると見る。「それが野心(冒険主義)と功名心、人命無視思想と結びつくと、計り知れない犠牲をもたらす。それを不幸にも実証したのが、ノモンハン戦闘であり、アジア・太平洋戦争であった」と喝破する。
 『ガダルカナル』(1980年)についても日本軍の人命軽視の思想は同様で、戦死よりも餓死・戦病死がはるかに上回る異常な状況(かつて小田実はこの状況を題材に『ガ島』(1973年)という小説を書いたが)に対して、五味川の『兵隊は、戦争の善悪を問わないとすれば戦士であるから、戦って死ぬのは仕方がない。だが、何十日も飢える義務など、国家に対しても、天皇に対しても、ましてや将軍や参謀などに対して、負ってはいないのである』と引用し批判する。
 しかも、こうした戦いを指導した高級参謀たちに対する責任が全く問われぬままに、次の作戦に移っていくという無責任体制が日本軍には付きまとっていた。
 新藤は、こう述べる。
 「許せないのはノモンハン戦闘の参謀だった辻政信や服部卓四郎が、ノモンハンの失敗を反省することなく、同じ愚劣な野心によって三年後、ガダルカナルやニューギニアで、ノモンハン以上の犠牲を将兵に強いたことである。そこから五味川は、次のように痛烈に結論する。/『不思議なことに、有能な参謀は概して戦闘惨烈の極所を担当しない。惨烈の極所から身をかわす可能性を持った者が、前線将兵に惨烈の極所を与える如く作戦する。しかも名声を傷つけない。想像するに、彼は、その上級者としてよほど凡庸な将軍たちに恵まれたのである』」。
 その高級参謀の一人であった辻政信は、戦後、国会議員にまで当選した(最後はラオスで暗躍し、行方不明になったが)。新藤は皮肉で言う。「おそらく、彼の冷酷な人命無視の過去を知らない国民に支持されたのである。国民は戦争中と同じようにまた騙されたのである。愚劣な人間を選良とする国民もまた、愚劣というほかない」と。
 このように本書は、小冊子ながら文学作品に表れた戦争をテーマに、妹尾河童『少年H』、学童疎開の文学、大岡昇平『俘虜記』、石川達三『生きている兵隊』、水上勉『日本の戦争』、徳川無声と古川ロッパの戦中日記等々多様な文学が俎上に載せられる。そしてその視点は戦前~戦後と続いている人命無視の日本国家の体質批判へと向けられる。現在の状況と重なるところも多々ありながら、いまだ十分に検討されたとは言いがたい問題が提出されており、本書に眼を通すことでこれらの問題を今一度意識に上らせることが必要であろう。
 (なお著者の新藤謙氏はこの二月に逝去された。心よりご冥福をお祈りする。)(R)

【出典】 アサート No.475 2017年6月24日

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【投稿】外交戦略の頓挫と改憲宣言

【投稿】外交戦略の頓挫と改憲宣言
              ~安倍改憲策動阻止する共同行動を~

<対北朝鮮スケジュール闘争>
 共謀罪、森友、加計問題で揺れる国会審議を強引に進めるため、安倍は引き続き北朝鮮を利用し、朝鮮半島危機を演出している。政府は4月21日、都内で開かれた都道府県の危機管理担当者会議で、北朝鮮の弾道ミサイル落下を想定した避難訓練を実施するよう要請、危機と不安を煽った。
 こうしたなか北朝鮮は4月29日早朝、今年6回目の弾道ミサイル試射を行っが、発射数分後に爆発、北朝鮮国内に落下したと見られる。この際、東京メトロと東武鉄道は10分間わたり全線で運行を停止、JR西日本も日本海に面する一部路線で運転を中止した。
 これらの措置は、テレビのニュース速報を見ての対応で、本当にミサイルが日本を狙ったものだったら、到底間に合っていないお粗末なものだった。祝日の早朝で混乱はなかったが、鉄道各社としてみれば、官邸の意向を忖度したものであったと考えられる。一方で肝心の政府の対応は、安倍は外遊中、Jアラートも発しない平常運転という滑稽なものとなった。
 また、その航路が不明瞭だった「カール・ビンソン」打撃群は同日対馬海峡を通過し日本海に入った。5月1日防衛省は、この艦隊への物資補給のため、横須賀を出港する米海軍の貨物弾薬補給艦に対する防護任務を、初めて海上自衛隊に発令した。
 これに基づき「いずも」及び途中合流した護衛艦「さざなみ」が相模灘から奄美大島付近までの間防護活動を行ったが、現実的には北朝鮮の航空機、潜水艦が太平洋に進出してくるのは困難であり、必要性は稀薄なものであった。
 元々両艦の行動はシンガポールでの国際観艦式参加のための航海であり、たまたまスケジュールが合致したため実施された、朝鮮半島危機扇動と日米同盟強化の既成事実づくりの弥縫策であった。
 政府が本気なら、4月28日に呉から佐世保に転籍(移動)したヘリ空母「いせ」を大隅海峡から対馬海峡までの九州西岸海域で防護任務に当たらせただろう。五島列島や対馬近海は北朝鮮潜水艦の活動可能海域であり、より高い緊張感が演出できたと考えられる。「いせ」は「いずも」型には無い、高性能ソナーや対潜ミサイル、魚雷を装備する世界屈指の「潜水艦キラー」であり、こうした任務にはうってつけの艦である。
 しかし今回、補給艦の出港もしくは「いせ」の抜錨を数日遅らせたり、佐世保から反転させられなかったのは、防護作戦が直前に慌てて決められたもので、米軍との調整も不十分であったことを物語っている。
 今回の一連の騒動は、国民に緊急事態、緊張感を要求しながら、政府は既定の日程を優先させると言うスケジュール闘争でお茶を濁す、泥縄式の危機対応の本質が露呈したものとなった。
 またこの間安倍はトランプと頻繁に電話協議を行ったとされておいるが、その内容は非公表とされている。これは秘密保護のためなどと言われているが、トランプにそれを求めるのはジョークであろう。内容が公表できないのは中身なしのパフォーマンスと批判されても仕方がない。
 5月15日の参議院決算委員会で稲田は、陸上配備のイージスシステム「イージス・アショア」の導入に言及した。しかし現在日本のミサイル防衛(BMD)は海自が主坦であり、今後BMD対応イージス艦の増勢が計画されている。
 そこに「イージス艦より1千億は安い」と「イージス・アショア」を押し込めば、限られた予算の中での陸海空の押し付け合い、縄張り争いが惹起するだろう。
 朝鮮半島危機を口実に進められるこれら軍拡は、中国に対しても向けられるものである。北朝鮮対応を持ち出されれば批判しにくい点を見越しての策略と言え、今回の「いずも」の行動にしても、米艦防護から南シナ海長期巡航は一連の動きである。中国政府は米艦防護に公式の反応は示していないが、各報道機関はそれを注視しており、南シナ海での活動如何では中国政府も何らかの対応を行うだろう。

<動く世界と動かない安倍>
 安倍政権がこうした無定見な緊張激化策にうつつを抜かしている間に、国際情勢とりわけアジアの状況は大きく変化している。
 5月10日、韓国で文在寅大統領が誕生した。翌日には日韓電話協議が行われ、慰安婦問題に関し再交渉は触れられなかったものの、安倍は「韓国国民の大多数が情緒的に合意を受け入れられないでいる」と突き付けられた。翌12日には国連の「人権条約に基づく拷問禁止委員会」が、日韓合意は不十分だとして見直しを勧告した。日本政府は反発しているが、国際的認識を背景に韓国からの要求が強まる可能性がある。
 安倍政権は経済、軍事での日米同盟強化で中国封じ込めを外交の基本としてきたが、現在大きく揺らいでいる。5月11日、アメリカ産の牛肉、液化天然ガスなどの対中輸出拡大10項目で米中が合意したことが公表された。またCNNは5日国防総省が海軍からの「航行の自由作戦」承認要請を却下した、と伝えた。南シナ海での同作戦はオバマ政権下で4回実施されたが、トランプ政権下では行われていない。
 こうした状況の中14,15日北京で「一帯一路」国際会議が、アメリカを含む約130か国から1500人が参加して開かれた。またAIIB(アジアインフラ投資銀行)加盟国は77か国に拡大したことが明らかとなった。
 5月18日には中国貴陽市で南シナ海問題に関する中国、ASEANの高級事務レベル協議が行われたが、法的拘束力のある行動規範の具体化には踏み込めなかった。一方19日の中比協議では、仲裁裁判所の判決を棚上げし次官級会合の定期開催で合意した。
 南シナ海問題の一方の当事者であるベトナムも「一帯一路」会議に、国家主席が参加、タイも中国製兵器の購入を拡大させ、韓国も新体制の下、対中修復を図るなど、中国の影響力は一段と拡大している。
 これに加え今後、TPPの頓挫、米中貿易合意でアメリカからの通商圧力が強まることに恐怖した安倍政権は対外政策の修正を図ろうとしている。日本はトランプ当選直後はアメリカ抜きのTPPは考えられないとしていたが、方針を180度転換し、11か国での発行を目指すこととしたものの、5月21日の閣僚級会合では合意できず、結論は11月まで先延ばしとなった。
 日本が主導し67か国が加盟するADB(アジア開発銀行)は、5月4日横浜で開いた年次総会でAIIBとの協力、連携を表明せざるを得なくなった。
 「一帯一路」会議には二階幹事長を事実上の特使として派遣、習近平との会談で「日中関係の拡大」が確認された。来日した韓国の文喜相特使との会談で安倍は慰安婦合意の履行を強く求めなかった。
 中韓との連携も北朝鮮への対応が優先と解説されているが、形式的な「軍事的圧力」は奏功せず、北朝鮮はミサイル試射を継続し、技術力を高めている。一方米韓とも条件が整えば北朝鮮との首脳会談も辞さずとし、プーチンも金正恩体制の存続を前提とした解決に言及している。
 こうなれば、今後いかにして対話のテーブルを構築するかが課題となる。本来なら安倍は「関係各国首脳の中で平壌へ行ったのは私だけ」と胸を張って言えるのに沈黙を続けている。あちらこちらで拳を振り上げている間に、各国間の調整が進み、安倍政権は今後ますます、厳しい判断を迫られることになるだろう。

<「詳しくは読売新聞で」>
 「危機」をよそに決行した訪露でも思った成果は無く、外交面での八方ふさがりの鬱憤を晴らすかのように5月3日、安倍は改憲集会にビデオメッセージを寄せ、憲法を改正し2020年の施行を目指すことぶち上げた。
 このなかで安倍は、日本国憲法の9条1項2項を残した上で、自衛隊の保持を明文化した第3項を書き加えると言う、踏み込んだ提案を行った。
 安倍は8日の衆議院予算委員会で民進党の追及に「総理大臣としての発言ではなく、自民党総裁としての発言」と詭弁を呈し、「総裁としての考えは読売新聞に書いてあるので熟読してほしい」との開き直りを見せた。あまりの国会軽視に自民党の浜田予算委員長も、この場で一新聞社を持ち出すのは不適切と安倍を注意、当の読売新聞も橋本五郎が読売テレビの番組で苦言を呈さざるを得ないほどであった。
 自民党の2012改憲草案では9条を事実上廃棄し、国防軍の創設を明記するとしているが、今回の「安倍ビデオ」では総裁としての発言といいながら、それとはかけ離れたものとなっており、自民党内でオーソライズされたものではないのは明らかである。
 それを日頃は目の敵にし、意見を無視する「憲法学者」に自衛隊違憲論があるから、と屋上屋を重ねるような第3項を追加すると言うのはご都合主義も甚だしい。こうした矛盾を抱えたまま現行の自衛隊で妥協すると言うのは、自民党改憲草案の「放棄」であろう。
 ポスト安倍を伺う石破や岸田は「党内でこのような論議は一回もしていない。読売新聞をよく読んだが判らなかった」「9条を今すぐ改正することは考えていない」と否定的な見解を明らかにした。
 次期総裁争いに絡み安倍との差別化を図ろうとする点を差し引いても、こうした発言が党内から出ること自体、今回の提案が、いかに独断専行、それこそ「共謀」ではなく「単独犯」であったかを物語っている。
 さらに「安倍ビデオ」では、「共謀罪」と同様に2020の東京オリンピック、パラリンピックを引合いに「日本が新しく生まれ変わる」ため改憲が必要と、露骨なスポーツの政治利用を臆べもなく行った。また改憲項目に、「教育の無償化」という賛同を得やすい内容を掲げているのは、巷に横行する「抱き合わせ販売」にほかならない。
 自民党改憲草案は「直球」であるが、今回の安倍提案は「変化球」「癖球」であり、これにより野党、平和勢力の切り崩し~「改憲総選挙」が狙われている。安倍政権は衆議院で「共謀罪」採決を強行した。安倍の真の狙いは憲法の民主的条項の空洞化であること暴露し、安倍改憲を阻止する取り組みが求められている。(大阪O)

【出典】 アサート No.474 2017年5月27日

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