【投稿】法を守らない国家に法を守らせるには

【投稿】法を守らない国家に法を守らせるには
          —原発再稼働をさせないために—
                        福井 杉本達也 

1 法律を作ったものが法律を守らないとんでもない社会
 日本の法令では1㎡あたり4万ベクレルを超えて放射能で汚れているものは、どんなものでも放射線管理区域外に持ち出してはならないことになっているが、福島原発事故では1万4000平方キロもの大地が4万ベクレル以上の放射能で汚染され、政府はそこに住む数百万人の人々を棄民してしまっている(小出裕章:『世界』2015,5)。日本では被曝の基準は「一般人1年1ミリシーベルト、職業人1年20ミリシーベルト」と決まっている。しかし、「法律には被曝量の規定はない」と多くの専門家が発言するようになった。法律にあるものを「ない」とし、政府、マスコミ、専門家は法令で決まったことを無視し、「1年1ミリ」は分かっているが、それを言うと福島の人が移動しなければならない。お金はもったいないし、原発は再開できないという。「法律で1年1ミリと決まっているのだから、みんなでそれを守ろう。」というのが理屈だが、政府が率先して「約束は守らなくても良い」、「事態が変わったのだから、約束は反故にすべきだ」という。(参照:武田邦彦 2015.5.9~11)
「1年1ミリシーベルト」は国際放射線防護委員会(ICRP)で決められたものだから、日本だけが勝手に基準を変更しようとすると、国際的な非難を浴びることとなる。

2 高浜3、4号機再稼働差し止め仮処分決定の意義と限界
 4月14日の福井地裁の判決は、高浜3,4号の安全性だけでなく、国の新規制基準の在り方をも批判している。判決は、「万が一の事故に備えなければならない原子力発電所の基準地震動を地震の平均像を基に策定することに合理性は見い出し難いから、基準地震動はその実績のみならず理論面でも信頼性を失っていることになる」「本件(高浜)原発の安全施設、安全技術には多方面にわたり脆弱性がある。この脆弱性は、①基準地震動の策定基準を見直し、基準地震動を大幅に引き上げ、それに応じた根本的な耐震工事を実施する、②外部電源と主給水の双方について基準地震動に耐えられるように耐震性をSクラスにする、③使用済み核燃料を堅固な施設で囲い込む、④使用済み核燃料プールの給水設備の耐震性をSクラスにするという各方策がとられることによってしか解消できない」「新規制基準に求められるべき合理性とは、原発の設備が基準に適合すれば深刻な災害を引き起こすおそれが万が一にもないといえるような厳格な内容を備えていることである。しかるに、新規制基準は緩やかにすぎ、これに適合しても本件原発の安全性は確保されていない」と、基準地震動の評価の信頼性を指摘し、原発施設の脆弱性、新規制基準の非合理性を指摘している。全く理路整然とした判決である。外部電源と主給水、使用済み核燃料プールの給水設備を原子炉と同じSクラスの耐震性を持つように工事することも可能であろうが、膨大な費用が掛かる。それでは、再稼働のメリットはなにもない。
 これに対し、判決文でも引用されているが、田中原子力規制委員会委員長の「基準の適合性を審査した。安全だということは申し上げない」としている。基準には適合するが安全ではないという責任逃れをしている。にもかかわらず、菅義偉官房長官は14日午後の定例会見で、「原子力規制委員会が専門的見地から十分に時間をかけて基準に適合すると判断した。その判断を尊重して再稼働を進める方針に変わりはない」と話し、「粛々と進める」と強調し、こちらは安全判断を規制委に丸投げする無責任さであり、政府と規制委のキャッチボールで誰も責任を取らない体制が構築されている。

3 原発再稼働圧力と日米原子力協定について
 今回の福井地裁の決定に関連し、住民側弁護士を務める河合弘之氏(映画『日本と原発』監督)が雑誌『世界』2015年5月号において、「日米原子力協定は脱原発の障害か」として、矢部宏治氏の『日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル:2014)を批判しているので触れておく。河合弁護士は日米原子力協定には「原子力発電」という文言は出てこない。「原子力の平和利用」という文言が出てくるだけで、「原子力の平和利用」と原子力発電は同義ではなく、「原子力の平和利用」を義務づけるのは、核不拡散を定めるためであるとし、原子力発電の分野においては、米国は明確な国際戦略は持たず、強固な国家意思に基づいて政策は決定していないと述べ、敵を実態以上に強大に描いていると矢部氏を批判している。しかし、原発は、1949年、ソ連も核実験を行い、米国の核独占が崩れたことにより、同盟国ばかりか米国自身も動揺したことを受け、米アイゼンハワー大統領が、1953年12月8日にニューヨークの国連総会で行った演説で提唱した「Atoms for Peace」(核の平和利用)という名目で、同盟国の懐柔を図った中で生まれたものである。したがって、明確な国際戦略に基づいていることは疑いえない。河合弁護士の論旨は米核軍産複合体との対決を奇妙に避けている。「原子力の平和利用」と原発を峻別し、あたかも原発以外の核の利用方法があるかのような印象が与えるが、そのようなものはあり得ない。核兵器に使用する濃縮ウランを、また一方で大量に使うことができるのは原発以外にはない。「医療分野」などというのはほとんど付けたしである。氏の論理は脱原発を裁判の枠内に閉じ込めることになりはしないか。

4 街頭デモまたは一揆
 裁判で敗訴しようがどうしようが、徹底して法を守らない国家に対して「国民」はどうすべきか。日本では1980年代以降、3.11までほとんどデモらしきデモはなくなってしまっていた。日本の歴史を紐解くと、「飛礫を打つ」という単純きわまる行動がある。単純であるだけに人間の本源と深くかかわっており、飛礫、石打ちにまつわる習俗は、民族を越えて人類の社会に広く根をはり、無視しがたい大きな役割を果たしてきたと歴史学者:故網野善彦が『異形の王権』(平凡社ライブラリー):「中世の飛礫について」において 指摘している。「飛礫は三宝の所為」といい、つぶてが単なる石ころではなく、神仏の意志がこもっているものとの理解があった。また、つぶてには悪霊を清める力があり、こらしめの呪力があると信じられた。飛礫打ちは、時の権力への不服従を表明している。
 なぜ、デモが無くなっていたかというと、1960年以後のデモは、学生と労働者との断絶が続き、学生デモはより過激になってしまい、これまで普通の市民は参加できなかった。しかも、連合の中心労組は電力総連であり、当然再稼働支持。連合の支援を受ける民主党も原発支持となる。これではデモはできない。
 国民主権といわれ、選挙で投票はするが、「国民」は、それ以降は、議員という代行者(選ばれた時点で国家機構=官僚機構の一部に転化する)に従うほかない。内実は、国家機関としての官僚に従うこととなる。誰かがやってくれるのを待っていると、結局、橋下大阪市長のようなデマゴーグを担ぎ上げることになる。3.11以降毎週金曜日に官邸前でデモがあるが、当初、新聞もテレビも全く報道しなかった。わざわざ遠い海外の出来事である中国の反日デモや香港のデモは大々的に報道するのにである。しかし、今日、インターネットがあり、もはや隠し通すことはできない。
 裁判闘争は脱原発には重要であり、論点を緻密に整理することができる。しかし、裁判所も国家機構の一部であり、費用も時間も労力もかかり、四大公害裁判やハンセン病裁判のような例外もあるが、水俣病裁判のように運動が弱くなれば官僚の設けた枠を突破することは困難である。そこに留まっていては脱原発はできない。自民党は来年度中に年間50ミリシーベルト以下の居住制限区域にも福島県民を住まわせようとしている(朝日:2015.5.14)。日本の法令は1ミリシーベルトなので、その50倍も汚染されている「放射線管理区域」にである。官僚が法令を無視するなら、デモで抗議することが当たり前だというふうにならなければならない(参照:柄谷行人ブログ)。

5 「国際法」あるいは「諸国家連邦」
 台湾は放射性物質が含まれている恐れがあるとして福島第1原発事故後に導入した日本の食品に対する輸入規制を強化する問題で、日台協議が行われたが、物別れに終わり、日本からの食品輸入が全て停止するという(産経:2015.5.14)。発端は、台湾の輸入会社が輸入した味の素や永谷園・はごろもフーズなどのメーカーの食品283種類が、輸入を禁じている福島、茨城、群馬、栃木、千葉の5県産だったが、東京・大阪など他県産と偽る中国語のシールが貼られており、産地偽装が明らかとなったからである。台湾は米国・香港に次ぐ3位の日本からの食品輸出先である。林農相はWTOに提訴すると息巻いているが、日本「国民」には通用する偽装も国際法上は通用しない。米国も5県産については厳しい輸入規制を行っている(JETRO)。
 「一般人1年1ミリシーベルト、職業人1年20ミリシーベルト」についてもICRPの議論の中で決まったことであり、「科学的根拠ない」という批判もあるが、もとも放射線量の考え方はがまん値の考えであり(武谷三男)、核を利用する側と利益を受けず浴びる側との及び諸国家間のせめぎあいの妥協の産物である。もし、仮に日本が一般人の許容基準を「1年20ミリシーベルト」に変えるならば、日本からの輸出食品・工業製品は全て放射能検査されることなる。また、日本に行けば20ミリシーベルトも被曝する恐れがあるとするならば外国からの観光客は激減することとなる。日本で働く外国人は勤務を拒否することもある。そのようなことはこの時代可能なのか。被曝基準を弄るということ=国際基準を無視するということは大変な事態を招くということである。
 田中規制委員長は再三、福島第一原発内に留まる膨大な汚染水の海洋への放出に言及しているが(朝日:2014.12.13)、ロンドン条約では1993年には全て放射性廃棄物の海洋投棄が禁止となっている。太平洋沿岸諸国家に日本政府の無法を訴え、諸国家連邦からの国際的圧力が必要である。 

 【出典】 アサート No.450 2015年5月23日

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【書評】 孫崎享『戦後史の正体 1945-2012』

【書評】 孫崎享『戦後史の正体 1945-2012』
        (2012年、創元社、1,500円+税)
     矢部宏治『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』
        (2014年、集英社インターナショナル、1,200円+税) 

 一方において安倍政権がアメリカ軍との連携を世界的規模ですすめ、「戦争のできる国」への途が着々と施行されており、他方において原発事故、軍事基地によって国民の生命が深刻に脅かされている。この危機的状況にも拘らず、一向に反対運動が目に見える力とならないのは何故なのか。この問題の回答へのヒントを与えてくれる書が出されている。それらはいずれも、第2次大戦後の歴史を根底から見直す視点を提示する。
 孫崎享『戦後史の正体 1945-2012』は、「日米の外交におけるもっとも重要な課題は、つねに存在する米国からの圧力(これは想像以上に強力なものです)に対して『自主』路線と『対米追随』路線のあいだでどのような選択をするか」が「終戦以来、ずっと続いてきたテーマ」であるという視点から、戦後の日本政治を概観する。将棋の盤面に例えれば、「米国は王将」であり、「この王将を守り、相手の王将をとるためにすべての戦略がたてられます」。そこでは米国にとって、日本は「歩」、「桂馬」、「銀」かもしれず、「ときには『飛車』だといってチヤホヤしてくれるかもしれません」(最近国賓待遇でオバマと会見した安倍などはその例であろう)。そして「対戦相手の王将も、ときにソ連、ときにアルカイダ、ときに中国やイランとさまざまに変化」するが、「米国の世界戦略の変化によって、日米関係は大きく揺らいでいる」と要約する。
 ここから戦後の首相たちを「対米追随派」(吉田、池田、中曽根、小泉)と「自主派」(石橋、岸、鳩山一郎、佐藤、田中、福田赳夫、細川、鳩山由紀夫)に分類し、それぞれの政権時の政治状況を分析する。そして長期政権となったのは「対米追随」グループで、「年代的に見ると一九九〇年代以降、積極的な自主派はほとんどいません」。これ以前でも「自主派」は、佐藤を除いて「だいたい米国の関与によって短期政権に終わっています」と指摘する。そしてさらに重要なことは、「占領期以降、日本社会のなかに『自主派』の首相を引きずりおろし、『対米追随派』にすげかえるためのシステムがうめこまれている」。それは戦後「米国と特別な関係をもつ人びと」が政治家、官僚、報道、大学、検察の中に育成され、未だに主導権を握っているという事実を認識しなければならないということである。
 本書は、この米国からの圧力とそれへの抵抗という軸に戦後史を見ることを提唱する。
 また、矢部宏治『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』は、戦前戦後を通じて日本社会の最大の欠点は、「憲法によるコントロールが欠けて」いることであり、その結果として「国民の意思が政治に反映されず、国民の人権が守られない」ことであるとする。そしてその最大の原因は「天皇制というシステムのなかに、憲法を超える(=オーバールールする)機能が内包されている」ことであるとされる。
 すなわち日本の国家権力構造は、(1)戦前(昭和前期)には、【天皇】+日本軍+内務官僚。(2)戦後①(昭和後期)には、【天皇+米軍】+官僚+自民党。(3)戦後②(平成期)には、【米軍】+外務・法務官僚という経緯を経てきたのであり、昭和天皇が亡くなると、米軍と外務・法務官僚が一体化した「天皇なき天皇制」が完成したとされる。それはまさしく「憲法によるコントロール」=「法治国家として日本」の存在が否定されていることを示している。
 本書はこのカラクリを解明するという視点から、「沖縄の謎」(「日米地位協定」の支配ということでは東京も同じ支配下にあることは、オスプレイの配備をみても理解される)、「福島の謎」(「裁量行為論」や法規での「放射性物質の適用除外」の基礎にある「日米原子力協定」の仕組みも「地位協定」と同じ構造を持っている)、「安保村の謎」、「自発的隷属とその歴史的起源」という問題に迫る。
 この日本を支配している構造は、戦後日本のスタート時に、そのボタンを決定的にかけちがったことから始まっているが、その最たるものは、「日本国内で有事、つまり戦争状態になったとアメリカが判断した瞬間、自衛隊は在日米軍の指揮下に入ることが密約で合意されている」(吉田茂の1952年と1954年の口頭での約束–アメリカの公文書に存在している)ことである。このことは、自衛隊の前身である警察予備隊の訓練において号令がすべて英語であったという事実と合致するであろう。
 その上で本書は、「オモテの憲法をどう変えても、その上位法である安保法体系、密約法体系との関係を修正しないかぎり、『戦時には自衛隊は在日米軍の指揮下に入る』ことになる。『戦力』や『行動の自由』をもてばもつほど、米軍の世界戦略のもとで、より便利に、そしてより従属的に使われるというパラドックスにおちいってしまいます」と警告し、「唯一、状況を反転させる方法は、憲法にきちんと『日本は最低限の防衛力をもつこと』を書き、同時に『今後、国内に外国軍基地をおかないこと』を明記する」、「フィリッピンモデル」であることを提唱する。前者の防衛力の問題にはまだまだ議論があろうが、後者の外国軍基地の存続の問題については大いに考えさせる主張である。思えばわれわれは、この問題についてきちんと考えることもしてこなかったという反省を含めて、本書の問題提起を謙虚に受け止めるべきであろう。(R) 

 【出典】 アサート No.450 2015年5月23日

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【投稿】「働く者の労働ニュース1」

【投稿】「働く者の労働ニュース1」

(その1)「育児・介護休業法」で「介護休業・見直し検討へ

<介護休業の拡大検討・離職防止に向けて>
 「育児・介護休業法」の内「育児休業法(制度)」は暫時、見直し改正が行われてきた。しかし「介護休業法(制度)」の方は、利用の実体乖離があるにも関らず見直し・法改正が1995年度以降、行われてこなかった。一方、高齢社会の中で「現行-介護休業制度」が実態上、活用し難い点も顕著化してきた。そこで厚生労働省は、介護休業の規定を大幅に見直す方向で検討に入った。「現行=家族1人に対し、通算93日」としている介護休業の期間の拡大を目指す。年間約10万人が介護を理由に離職する現状を重く見て、仕事と介護を両立できる環境整備を進める。
 本月19日に有識者による研究会を設置し、来年6月頃までに報告書をまとめる。その後、経営者と労組の代表が参加する労働政策審議会の分科会で具体的な制度の在り方を協議し、早ければ2016年の通常国会に改正法案を提出⇒2017年からの導入を目指す。
 厚生労働省によると、高齢化の進展で要介護認定を受けている人は10年前の約1.6倍に急増した。政府は施設での介護から住み慣れた自宅での介護推進へと方針転換しており、仕事を辞めざるを得ない人が増える恐れがある。
 仕事と介護の両立をしやすくするため、厚生労働省は休業期間の延長を検討。また休みを細かく分けて取りたいとの声も多く、短期間の介護休業が取りやすくなるよう制度を見直す。認知症高齢者の徘徊などにも対応できるようにする。
 具体的な見直し検討課題は、①病気やケガ毎に1回のまとめ取りしかできない「介護休業」を分割できるようにする。②また年5日までの「介護休暇」も細かく取りやすく見直す。③特に認知症患者の場合、公的介護サービスを使っていても家族による世話が必要なケースもあり、断続的に休める仕組みを目指す。④一日単位の介護休暇も半日や時間単位で取得可能を検討する。

<「介護」の現状>
 介護する労働者は2012年で約240万人だが、介護休業利用は3.2%、介護休暇は2.3%に留まる。また介護の為に連続して休んだ人の4割が年次有給休暇を利用していた。
 労働者側からは「仕事と介護を両立させるには分けて休める方がいい」といった声も強まっている。
 また介護開始時に仕事をしていた人の内、2割弱が辞職したという調査もある。こうした「介護離職」を少しでも減らす事も「介護制度見直し」の目的だ。
 厚生労働省は昨秋、有識者の研究会を立ち上げ、制度見直しの検討を始めた。

(その2)「長時間労働-ブラック企業公表」に「新基準」
 違法な「長時間労働」を繰り返す、いわゆる「ブラック企業」について、塩崎厚生労働大臣は本月15日、企業名を早期に公表する新たな基準を明らかにした。
 今の企業名の公表基準は「長時間労働」で法律違反した場合、労働基準監督署が是正勧告する。その是正勧告に従わない悪質な企業に限って書類送検して社名を原則公表している。それでも2013年に公表された件数は、僅か100件程度だという。
 今度の新基準は本月18日から実施されるが、複数の都道府県に支店や工場を持つ「大企業」に限られて対象になる。
 具体的には「残業代未払い」といった違法行為があり、残業時間や休日に働いた時間が月100時間を超える労働者が、一か所に10人以上または全体の4分の1以上いる事等を基準にする。ただ年間に3カ所以上で違法な長時間労働がなければ公表されないため、実際の公表企業数は限られ、基本的に「ザル法」の誹りは免れない。
 また実際には「長時間労働」が常態化・蔓延化しており、なおかつ圧倒的に多い「中小企業」への特段の対策は講じられていない。
 私は以前にも述べたが、本当に今の派遣労働者をはじめとする「非正規雇用労働者」は、労働基準監督署等の「行政監督庁」の行政指導等を信用していない。
 だから、このような「企業名の公表」を小出しに提示しても、あまり期待されず、それよりも「ツイッターで流しちゃえ!」と自分で「企業名公表」する事も流行りだしている。
 厚生労働省は「余程、酷い企業だけでも見せしめ的に『企業名公表』すれば―」と思っているかも知れないが、労働者も企業からの従属意識離れが進んでいる。その意識状況変化の先には「雇用関係全般のモラルハザードがある」ことぐらいは予測して、結局は「小手先ばかりで収拾つかず」となることを解っておくべきだ。

(その3)「生涯『派遣労働』法案-「労働者派遣法改悪案」実質審議入り」
 「生涯『派遣労働』法案-「労働者派遣法改悪案」が12日、衆院本会議で実質審議入りした。「同法改悪案」は二度、廃案になった経緯があるものだ。
 今国会には「残業代ボッタクリ法案=労働基準法改悪案」も控えており、これから労働法制を巡る論議が本格化する。今回の「同法改悪案」の具体内容は先の「今、闘わなければ、いつ闘う!改悪労働者派遣法」に詳しく記載しているので再度、一読して頂きたいが、特に大きな改悪ポイントは「派遣労働者(本人)個人単位の派遣期間が3年が限度(クビ)」に対し派遣先事業所は事実上、3年毎の更新手続(労働組合or従業員代表の意見聴取)さえ行えば、永続的に派遣労働者を使用できる点だ。
 安倍総理は12日の国会で「派遣期間が終わった場合、正社員になったり、別会社で働き続けたりする事ができるようにする。賃金等の面で待遇改善を図る」と実際には根拠となる仕組みもなく詭弁説明した。しかし、この安倍総理の詭弁説明に社民党・共産党等は当然のこと、多くの派遣労働者から反発ブーイング。今まで「労働者派遣法改悪」で何度も騙してきた結果のブーイングだ。本当に「今こそ闘うとき」だ!(民守 正義) 

(編集委員会より)
民守さんのブログは、以下のアドレスです。
毎日更新されていますので、チェックよろしく。

http://blog.zaq.ne.jp/yutan0619/

 【出典】 アサート No.450 2015年5月23日

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【コラム】 ひとりごと–大阪都構想否決に思う–

【コラム】 ひとりごと–大阪都構想否決に思う–

〇5月17日に、「大阪市廃止・分割構想」の賛否を問う住民投票が行われた。結果は、1万票の差を付けて、反対が賛成を上回り、橋下維新が推進しようとした「大阪都構想」は、住民によって否決された。(反対705585票、賛成694844票 投票率66.83%)〇事前調査では、賛否が拮抗し、その結果が注目されていた。〇そもそも、大阪都構想は、大阪市民にとって財源と権限を大阪府に吸い上げられ、住民サービスも低下することが確実な構想である。〇橋下維新は、住民投票告示後、潤沢な資金を投入し、テレビCMや宣伝ビラの全戸配布などを行ったが、その内容は、イメージ戦術の域を出るものではなかった。最後まで橋下人気にすがった戦略であった。少々上滑りの感があったようだ。〇一方、反対派は、財政や住民サービスの低下、特別区設置による新たな財政負担が生じるなどの具体的問題点を突き、迷っているなら「反対票」を入れようと、4党が共同して、反対運動を展開したことが、僅差であっても反対多数を獲得した要因だろうと思われる。〇象徴的だったのは、否決後の橋下の記者会見である。橋下が「政治家引退」を発言すると、この問題に質問は終始した。都構想という「改革案」に問題はなかったのか、との質問も出ないし、橋下も「住民投票の結果で、それは終わった話である」という。〇すべて、橋下に「ふりまわされてきた」ここ数年の大阪であった。〇今日の時点では、まだまだ不透明な点もあるが、「大阪都構想」を党是としてきた維新の党も、改憲政党として期待してきた自民党中央にも、大きな影響を与えることだろう。〇そもそも、住民投票の根拠となった「特別区設置法」は、大阪都構想実現のためだけに制定されたものであり、今回の住民投票も、維新・公明の野合によって強行された。制度改正についての真摯で徹底した議論は橋下によって意図的に回避された。しかし、橋下の人気だけで勝利するという目論見は退けられ、「住民投票で敗北したら、政治家引退」を口にする戦略も、功を奏さなかった。〇正直、ほっとしているところだが、橋下引退・維新解体ということは、自民党が大阪府・大阪市で多数になることを意味し、また新たな政治地図が生まれることになる。〇橋下によって弱体させられた労働組合運動も新たな出発というか、再建をめざす必要があるだろう。(2015-05-18佐野)

【出典】 アサート No.450 2015年5月23日

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【投稿】アメリカの衰退と孤立する安倍政権

【投稿】アメリカの衰退と孤立する安倍政権

<中国の影響力拡大>
 安倍政権はアメリカの覇権を前提として、新たな安全保障法制整備を目論んでいる。このうち集団的自衛権解禁の論拠の一つとして、紛争地から邦人を輸送する米艦護衛を挙げている。
 しかし先日、混迷を深めるイエメンでこの想定に重大な疑義が生じる事態が発生した。4月2日、アメリカ国務省はイエメン在住アメリカ市民に対し、同国の空港のほとんどが戦闘激化により使用不能となったので、外国艦船に便乗して退去することを勧告した。
 イエメン近海には、ペルシャ湾に対「イスラム国」作戦中の、アメリカ、フランスの原子力空母部隊、ソマリア沖に海賊対策、さらにテロ対策に従事している多国籍艦隊が展開している。
 フランス、ロシア、韓国、インドなどは自国市民保護のため、艦艇を派遣したが、アメリカは、空母に随伴している駆逐艦などを救出活動に派遣することはなかった。アメリカは早期にイエメンから大使館員や軍部隊を撤収させ、「フーシ」を攻撃するサウジアラビアなどへの軍事的支援を継続している。
 しかし民間人保護に関しては他国任せとなっており、この地域での部隊の運用に余裕がないことを物語っている。
 これと対照的な動きを見せたのが中国である。中国はいち早く3月下旬からイエメンに艦隊を派遣、港湾に特殊部隊を配置したうえ、自国民のみならず多数の外国人を収容し、ジプチなどに移送している。
 4月7日には補給艦「微山」が日本人を乗せてオマーンに入港したことが明らかとなった。
 この想定外の事態に菅官房長官も中国に対し渋々「謝意」を表さざるを得なかった。安倍政権が思い描く朝鮮半島有事での主役はアメリカであるが、万が一南北武力衝突が惹起した場合、民間人保護に重要な役割を果たすのは中国、ロシアであろう。
 中国を巡るこの間最大の想定外の事態は、AIIB(アジアインフラ投資銀行)を巡る動きである。同銀行への創設時加盟申請は57か国に及んでいる。開発途上国、新興国は言うに及ばず、G20、G7加盟国からも加盟申請が相次いだ。
 アジア、オセアニアからは韓国、インド、オーストラリアに加え、中国とは南シナ海を巡る領土問題で激しく対立しているはずのフィリピン、ベトナムも加盟する。
 安倍政権の「価値観外交」がいかに無価値であったかを如実に物語っている。安倍は官邸で状況報告を受け「聞いていた話と違うではないか」と官僚に当り散らしたという。己の無知蒙昧さを恥じるべきであろう。こうした一連の出来事は、国際社会におけるアメリカの地位低下と中国の影響力拡大を示すものである。

<アメリカ世界戦略の実態>
 この間アメリカは中国の軍拡、海洋進出に関し盛んに警鐘を鳴らしている。しかしそれらはリップサービスに止まり、1996年台湾総統選挙に係わり、台湾海峡に空母部隊を派遣したような実態を伴うものとはなっていない。
 4月1日には岩国基地から嘉手納を経由し、シンガポールに向かっていた海兵隊の戦闘機2機が台南空港に「緊急着陸」した。武装した米軍機の台湾着陸は35年ぶりであり、これは意図的なものとも考えられているが、96年の空母2隻とは比べものにならない。
 中国はこの「台湾海峡危機」以降、アメリカ軍のプレゼンスを排除する「接近阻止戦略」に基づき海軍力の増強を進めており、状況は大きく変わっている。南シナ海に空母部隊を展開させるのはリスクが大きすぎる。
 それどころかアメリカでは、政権内からも「中国に近すぎる沖縄などに部隊を配備しておくのは危険である」という主張が唱えられている。
 アメリカの対中軍事戦略としては、従来の前方展開戦略を改め、日本本土からグアムに至るライン以東からの長距離攻撃を軸とする「エアシーバトル戦略」が主軸になってきている。
 ワームス国防次官は、南シナ海や東シナ海での中国の動きに警戒を示したうえで「沖縄に集中している兵力のハワイ、グアムや日本本土、オーストラリアへの分散を進めている」と述べている。
 またカーター国防長官は訪日を前にした4月6日の講演で、「中国がアメリカをアジアから排除するとか、この地域でのアメリカの経済的機会が中国により奪われるとの主張があるが、そうした見解には与しない」旨を明らかにしている。
 オバマ政権の唱えるリバランス政策とは、今後経済的発展が見込まれるアジア地域でのTPPに基づく権益の確保が第1義であり、中国と本気で軍事的に対峙しようという考えではない。
 だからこそ「危険な」最前線から撤退するのであり「エアシーバトル戦略」は、旧日本軍の大本営発表における「転進」と同様であろう。
 世界的に見てもオバマ政権の基本政策は「緊張回避」である。中東地域からの地上部隊の撤収、キューバとの関係正常化、イランとの核開発問題合意などを「切れ目なく」推進している。
 一方でアメリカ軍部としては、存在力と予算を確保しなければならない。中東地域における限定的な空爆だけでは、多数の原子力潜水艦や空母、戦略爆撃機を維持する理由にはならない。
 そこで中国との正面衝突は避けつつ、適当な緊張状態は維持していくことが基本となっている。「エアシーバトル戦略」はそのようにも利用され、海軍、空軍の権益を擁護している。
 陸軍はイラク戦争以降その価値は低下し、第2次大戦後最少まで縮小されようとしている。しかしウクライナ危機が僥倖となった。この間アメリカ陸軍はロシアと国境を接する東欧諸国を縦断する形で演習を実施し、存在意義をアピールしている。 ただオバマ政権は、ウクライナには訓練部隊の派遣に止め、同国への重火器類の供与にも慎重であり、危機回避に基づくコントロールに腐心している。

<的外れな安倍軍拡
 安倍政権は、このようなアメリカの思惑を一知半解的に捉え、アジアから世界へ緊張を拡大しているが、核心は対中軍拡と東シナ海での武力行使である。
 そしてその要となるのがアメリカ海兵隊と考えているようである。実はアメリカ3軍が巧妙に存在意義を演出しているのに対し海兵隊は宙に浮いている。今後予想される中東地域での作戦でも海兵隊の出番はなく、投入されるのは「Navy SEALs」などの特殊部隊となる。
「エアシーバトル戦略」でも沖縄駐留海兵隊は撤収、縮小の対象である。この海兵隊の最大の援軍が安倍政権である。海兵隊が「中国軍に占領された尖閣諸島」に上陸するかのような幻想をふりまき、沖縄居座りを継続しようとしている。このおかげで海兵隊は「日本政府が駐留を望んでいる」とアピールできる。
 この様な「対中日米共同作戦」を推進するため、「見返り」として世界的規模での日米共同作戦を可能にする、新たな安全保障法制整備を強行しようとしている。これまでに与党協議会では、現行の周辺事態法から周辺概念を撤廃したうえ「重要影響事態法」として、地理的制約なしでのアメリカ軍への後方支援を可能としようとしている。
 集団的自衛権の根拠として「武力攻撃事態法」に「存立危機事態」が規定される。この発動要件として「我が国の存立を全うし、国民を守るために他の適当な手段がない」との文言が、対処基本方針に記載され、これが歯止めとなると言われている。
しかしこのような抽象的な表現では、時の政権の判断でどのようにでも解釈できるものである。「敵」の投入戦力の評価など、具体的な数値基準がなければ無意味であろう。
 自衛隊が集団的自衛権を行使する地域として、中東とりわけホルムズ海峡での機雷掃海が考えられている。しかし、イランの核開発問題が包括合意に向かう中で、アメリカも要請してない作戦を吹聴するのは常軌を逸している。
 同海域で機雷封鎖があるとすれば引き金はイスラエルの暴発であろう。当のアメリカさえ距離を置いているネタニヤフ首相に、のこのこと会いに行き、中東地域の混迷に油を注いだ安倍が、機雷掃海などというのは「マッチポンプ」以外の何物でもないだろう。
 安倍政権がこのまま新たな安保法制に基づく軍拡と緊張激化政策を続ければ、中東地域はもとよりアジアでもアメリカの戦略と齟齬をきたすだろう。
 アメリカのアジアに於ける最大の懸念事項は、安倍の歴史修正主義と強権的政治姿勢である。4月17日安倍は翁長沖縄県知事と初めての会談を持った。訪米前に「沖縄と話し合いはしています」との体裁を整えたかったのだろうが、翁長知事は「辺野古移設は無理という沖縄の民意をオバマ大統領に伝えてほしい」と要望し安倍を慌てさせた。
 予定されるアメリカ議会での演説は、関係国に配慮せざるを得ないだろうが、戦後70年談話は、官邸のなすがままにすれば「新たな宣戦布告」になりかねない。安倍政権の動きに対し国内外での憂慮と警戒の声は高まっている。天皇も年頭あいさつに続き、パラオ訪問に先立つ行事で安倍を前に「悲しい歴史があったことを忘れてはならない」と発言した(※)。
 これに対し政府、自民党は言論抑圧、運動弾圧で臨もうとしている。4月5日沖縄を訪問した菅官房長官は翁長知事、県民の厳しい追及に「今後粛々は言わない」と述べた。しかし高浜原発再稼働差し止めに関し記者会見で「政府の原発政策は粛々と進める」と発言、国会で「粛々」「我が軍」と発言した安倍と相まって政権は全く反省していないことが露呈した。
 こうした状況の中、今回の統一自治体選挙では、府県議会で共産党が80議席から111議席に増加したが、総体的に平和勢力の力不足が明らかとなった。地域からの運動の再構築が求められている。(大阪O)

【出典】 アサート No.449 2015年4月25日

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【投稿】ブレトンウッズ体制に対抗するアジアインフラ投資銀行

【投稿】ブレトンウッズ体制に対抗するアジアインフラ投資銀行
                            福井 杉本達也 

1 ドル基軸通貨体制から離脱する英国
 中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)をめぐる激震は3月13日の英国の突然の参加表明から起こった。国際金融は米(ウオール街)と英(シティ)を結ぶアングロサクソン枢軸によって長年握られてきた。その枢軸が崩れたのである。英国が長年の盟友である米国を切り捨てて中国主導の投資銀行に参加する必要性がどこにあったのか。
 ロイターによると「英政府の関係筋は『国際金融において中国の良きパートナーでありたい』と語った。また、『米国が同じ立場でないことは理解していたが、それを承知で動いた』と述べた。」(ロイター:2015.3.24)と報道している。既に、ロンドンは人民元取引の中核市場の一角として、人民元の決済システムを導入している。また、イングランド銀行(中央銀行)は2013年、中国とポンド・人民元通貨スワップ協定を締結している。また、実質上香港に拠点を構える英金融最大手のHSBC(香港上海銀行:英国による東アジア植民地経営の発展とともに成長した銀行)などは2014年11月から開始された上海証券取引所と香港証券取引所の相互取引(将来、深圳取引所も参加か)などを活用して中国―アジア金融市場に確固とした橋頭堡を築こうとしている。
 米国はこうした一連の流れを阻止しようと2014年にはニューヨーク、ロンドンに次ぐ国際金融センターである香港の中環(「セントラル」)を占拠する「雨傘革命」を企てたが失敗に終わっている。New Eastern Outlook(2014.10.1)によると「Hong Kong’s “Occupy Central” is US-backed Sedition」という見出しで、米国務省が資金を提供している全米民主主義基金(National Endowment for Democracy NED)が香港のデモに関与していると指摘した。NEDは非営利団体として、国務省との関連が強いばかりか、連邦議会からも活動資金を受け取っている。NEDは香港が返還されて以降、自分たちが権力に付けたい候補に金銭的、戦略的な支援を行っている。
 中国と英国はリーマンショック以来8年、賞味期限がとっくに過ぎ悪臭をぷんぷんと放つドル基軸通貨体制(ブレトンウッズ体制)を切り捨て、新しいドルに代わる国際決済インフラの整備に乗り出したといえる。既に英国は通貨ばかりではなく、米国のシリア空爆を止めさせたほか、軍事予算においてもナポレオン戦争以来最低の水準にまで通常兵力を削減。対「イスラム国」有志連合へは「驚くほど控えめな役割を演じ」、ウクライナ問題では「悲劇的な読み違え」をしたと揶揄されるほど米国との距離をとり始めている(日経=英フィナンシャル・タイムズ特約2015.2.28)。

2 「日本は迷走」ではなく「金融インフラを掘り崩し」
 AIIBへの参加締切日の翌日、日経新聞は「日本の対処後手に・英の参加誤算・6月末までに再判断」との見出しで「『お粗末だった』。首相周辺の一人は後手に回ったアジアインフラ投資銀行(AIIB)への対応を、自戒の念を込めてこう振り返える」と書いた(2015.4.1)。一方、内田樹は「AIIBへの不参加が客観的な情勢判断に基づいて『国益に資する』としてなされた決定であるなら、それはひとつの政治的見識であることを私も認める。けれども、その決定の根拠が『アメリカによく思われること』であるというのなら、それは主権国家のふるまいとは言いがたい。主権国家はまず自国の国益に配慮する。韓国も台湾もオーストラリアもそうした。日本だけがしなかった。というかできなかった」と述べる(HP内田樹の研究室:2015.4.4)。確かに米国の属国の分際であるから韓国や台湾のように国益を主張できるわけはない。しかし、それ以前の一連の安倍政権のアジア金融制度への対応を見ているとさらに深刻な景色が見て取れる。
 今年2月23日、金融危機に備えて緊急時に通貨を融通しあう日韓通貨交換(スワップ)協定が失効した。通貨交換協定は外貨不足に陥った場合、自国通貨と引き換えに締結相手国が持つ米ドルを融通してもらえる仕組みである。1997年のアジア通貨危機を教訓に日韓両政府は2001年に協定を結び2011年の欧州危機でウォンが急落した際には融通枠を700億ドルまで拡大したが(福井:2015.2.15)、冷却化により終焉することとなった。一方、日中通貨交換協定の方は尖閣問題などで悪化する中、2013年9月の停止以降1年半以上も店晒しとなっている(日経:2014.8.10)。チェンマイ・イニシアチブ(ASEAN+日中韓)の方は、アジア地域で連携して通貨暴落などによる経済危機を防ぐ仕組みがあり、IMFに依存せず、域内で自律的に危機対応できる体制で、2014年7月に資金枠を2400億ドルに倍増したので、直ちに影響が出るわけではないが、中枢に位置する日⇔中、日⇔韓のスワップ停止は根幹を揺るがすこととなりかねない。日本は、アジア通貨危機以来積み重ねてきた金融インフラを自ら壊し始めている。この政権はなんら建設的な提案をできず、ひたすらこれまでの良好な経済・金融関係を崩すという、『破壊』のみを目的としているようである。
 G20会議においても、麻生財務相は、AIIBについて「国際的なスタンダードに基づく運営が重要だ」と述べたが(日経:4.18)、「国際的なスタンダード」とは旧態然たるIMF体制(ドル基軸体制)のことを繰り返しているに過ぎない。建設的な意見は何もない。
 いずれドル基軸体制は行き詰る。ドルをいくら抱えていても、その時には紙くずになりかねない。中国はそれを恐れて米国債の売却を始めている。米財務省の統計によると、中国の米国債保有額は1兆2237億ドルで、6年半ぶりに日本の保有額1兆2244億ドルを下回ったと発表された(日経:4.17)。日本ではそのような将来を想像することすらはばかれる。いつか、日本が所有する米国債は紙くずになるが、日本は「それも仕方ない」とあきらめるのであろう。長年、属国の地位にあると、『国益』とは『米国益』と考える習性が染み付いてしまっている。

3 中国を拒絶するIMF、それでも中国は資本輸出国へ
「中国が主要な国際金融機関を「迂回」する決断を下した要因は、それらの機関を率いる先進諸国が中国に対し、その経済力にふさわしい役割を与えなかったことにある。例えばアジア開発銀行(ADB)では、日本とアメリカの議決権数はそれぞれ全加盟国投票権数の約13%だが、中国は6%に満たず、総裁は常に日本人が務めている。世界銀行の総裁は常にアメリカ人、IMF(国際通貨基金)の事務局長は常にヨーロッパ人だ。IMFについては、10年に20カ国・地域(G20)首脳会議(金融サミット)で中国の出資割当額の増額が合意されたものの、米議会が批准を拒んでいるために改革が進んでいない。」(ハビエル・ソラナ(元EU上級代表)ニューズウィーク日本語版:2015.4.14)
 こうした中、中国は「資本の純輸出国」に変化しつつある。2014年10~12月期で資本収支が912億ドルの赤字となっていることからも裏付けられるが、先の全人代では中国の発展戦略として「一帯一路」戦略を打ち出し、中国から中央アジア(陸)・東南・南アジア(海)を経由して欧州に至る「シルクロード」構想を打ち出している(梶谷懐:「資本の純輸出国に定着へ」日経:2015.3.26)。

4 アジア通貨危機の教訓を引き継ぐAIIBと世界を『破壊』するIMF
 1997年のアジア通貨危機の直前、90年代のアジアは高成長をしていたが、投資資金を国際金融市場から短期調達し、それを国内向けに長期運用していた。ところが、米国は経常収支の赤字を補填するため「強いドル政策」を採用し、市場からドルを吸収したことで、ドル高となった。アジア諸国の通貨はドルに連動するドルペッグ制が採られていたため、通貨が過大評価されることとなった。ジョージ・ソロスなど米国のヘッジファンドはアジア各国通貨を売り崩せれば巨額の利益を得られと考え、売りを浴びせたことで通貨が暴落。通貨危機にあたりIMF が融資の条件として景気後退期に緊縮財政や高金利政策を課したことが危機をより深刻なものとした。それまで好景気を謳歌していた東南アジアや韓国経済はどん底に突き落とされ、インドネシアでは32年間続いたスハルト独裁政権が崩壊した。
 その後、アジア諸国は再び高成長をしているが、アジア通貨危機の傷はいまも深く残っている。インドネシアのジャカルタやタイのバンコクなど、アジアの諸都市は資金難からインフラ投資ができず大渋滞である。わずか10分ほどの距離に1時間以上もかかる。バンコクから観光地アユタヤに向かう途中、高速道路と並行して「レッドライン」(都市鉄道)が建設中である。そのすぐ脇に黒ずんだ建設途中で放棄された橋脚が林立している。1993年に香港資本によって着手された高架上に六車線の高速道路を建設する総額3,200億円もの計画であったが、アジア通貨危機により建設が中止されてしまった。タイ人は今もその橋脚を苦々しく見続けている。
 3月末に訪日したインドネシアのジョコ大統領は、日中を天秤にかけ、遅れているインフラ開発への協力を呼びかけた。また、タイ軍事政権のプラユット暫定首相は、2月に先進国としては初めて日本に外遊をした。当初、日本はタクシン金融資本を支持する米国に追随し、軍事政権には批判的であったが、4000社が進出し、10万人もの日本人が滞在するタイの現状を無視することはできなかった。プラユット首相も日中を天秤にかけている。タイに対する今回の大きな政策転換は、対米従属を国是とする日本にとって最近では唯一の「反抗」である。東アジア+ASEANとの経済関係において日本は追い詰められている。
 ドル基軸体制はドル=石油=軍事体制でもある。ドルの揺らぎを石油のドル取引きや軍事手段によって補完する。石油価格の暴落によってロシアやベネズエラなど産油国経済に打撃を与え、暴騰によって中国経済などに打撃を与えることができる。ウクライナやイラン・シリア・「イスラム国」・イエメンなどにおける軍事的脅しもある。しかし、自暴自棄の『破壊』からは何も生まれない。2014年5月、中ロ間で石油・ガスに関する戦略的エネルギー協力関係に合意したことで、石油から自由になり、中国の「シルクロード」構想が開ける。AIIBは『破壊』による脅しだけで自らの地位を守ろうとするIMF体制に代わる第一歩となろう。

【出典】 アサート No.449 2015年4月25日

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【投稿】統一地方選をめぐって 統一戦線論(15) 

【投稿】 統一地方選をめぐって 統一戦線論(15) 

<<道知事選が示したもの>>
 統一地方選で与野党の直接対決が注目を集め、現職・高橋はるみ氏を立てる安倍自民が、滋賀、沖縄、佐賀に続いて4連敗をする可能性が最も期待された北海道知事選ではあったが、その逆転劇は成らなかった。
 結果は、投票率:59.62%(前回比:+0.16ポイント)
高橋はるみ   1,496,915票 得票率56.6%
佐藤のりゆき   1,146,573票    43.4% であった。
 4年前の前回は、高橋氏=1,848,504票(得票率69.44%)で、次点の民主・社民・国民推薦の木村俊昭氏(544,319票、20.45%)、共産推薦の宮内聡氏(176,544票、6.63%)、次点とは130万票以上もの大差で勝利していたことからすれば、高橋氏は大きく票を減らした。今回、過去に高橋氏と争った候補では初めて100万票台を超えた佐藤氏は、民主党北海道と市民ネットワーク北海道が支持、共産党道委員会、新党大地、維新の党道総支部、社民党道連が支援する、野党連合の結集によって大いに接戦したとは言える。
 しかしその統一戦線は、その形成があまりにも遅く、民主党は足並みの乱れで直前までもつれ、様子見で出遅れた共産党の支持決定も遅すぎたと言える。とりわけ民主党は、地元の横路孝弘衆院議員らが佐藤氏の適格性を問題視し、岡田代表も民主党・道連からの要望がないことを理由に党を挙げた支援をせず、同日投票日であった札幌市長選の応援に入った蓮舫参院議員が北海道知事選では街宣車にも乗らず、素通りしたという。北海道で最大の支持基盤を持つ民主党が事実上の不統一、混迷を露わにするものであった。結果として、それぞれがちぐはぐで、かみ合った統一した力を発揮することができなかったところに重要な敗因の一つがあると言えよう。有権者はそうした厳しい現実を冷静に直視していたとも言える。昨年12月衆院選の沖縄全小選挙区で実現したような選挙協力、統一戦線構築ができなかったのである。
 そして一方の野党連合の挑戦を受ける側の高橋氏は、徹底した争点隠しに徹し、本来は最大の争点であった北海道電力・泊原発の再稼動問題について、3/26の第一声でも、「脱原発依存社会を目指す」と訴え、「再稼働は慎重に」とまで発言していたと言う。しかし、たとえ「二枚舌」と揶揄・批判されても、相手候補の主張を取り入れ、肩透かしを食らわせたその選挙戦術は、とりあえずは成功したとしても、自らの今後をも縛るものである。沖縄の仲井眞前知事のように、自らの言辞を翻せば、重大なしっぺ返しを受けることになろう。

<<過去最低の投票率>>
 今回の統一地方選で、北海道知事選は与野党の直接対決としては唯一とも言え、投票率が少しではあるが上がっている。しかし、統一地方選前半戦の10道県知事選の確定投票率は47・14%で、統一選として過去最低だった2003年の52・63%を下回り、初の50%割れとなった。41道府県議選の投票率も過去最低の45・05%となり、これまで最低だった前回2011年の48・15%から3・10ポイント低下している。
 5政令市長選は51・57%(前回比2・38ポイント減)、17政令市議選は44・28%(同3・31ポイント減)で、いずれも過去最低だった。
 知事選や政令市長選の投票率低下は、与野党が相乗りで現職を支援した例が多く(10知事選で6知事選)、41道府県議選は5人に1人が無投票当選で、自民系348人が開票前に当選している。
 与野党相乗りや無投票当選の続出は、当然のこととして投票率の低下を招く。結果として、地方政治は形骸化し、野党の出番はなく、見限られ、議会や政党政治への根強い不信感があまねく広がり、選挙制度も含めた民主主義自体も形骸化し、劣化して行く。これらは独裁政治の温床であり、安倍政権が期待しているのは、まさにこういう事態、ファシズム移行期の政治とも言えよう。
 それは、野党が選択に値する政策を提示できず、事実上自民党と変わらない政策で混迷を深めている現状では、野党の出番はなく、見限られている現われでもある。「有権者の関心が十分に高まらなかった」というよりは、事実上の野党の不在、自民党と対抗する野党勢力の結集、統一戦線の不在こそが、こうした事態の根本原因とも言えよう。
 野党各党は、それぞれ離合集散を繰り返しているが、いずれも請け負い主義が基本であり、「わが党に託せば」という代行主義であって、大きく野党を結集し、統一戦線によって、主権者と共に政治を変革していくという根本的な政治姿勢が欠如しているのである。それは、「自共対決」を独りよがりに叫ぶ共産党についても、この代行主義・請負主義が一貫している。唯一自民党に対する対案を提示しているとして、確かに一定の反自民の受け皿の一つとして評価もでき、支持もされているのであるが、牢固としたセクト主義と請負主義から脱しえていないために、統一戦線を大きく広範に形成する主導勢力になりえていない。

<<「重く受け止めなければいけない」>>
 ファシズム的温床の重要な一角を担い、安倍政権から最も期待をかけられているのが、橋下徹氏率いる「大阪維新の会」である。
 その維新は、今回の統一地方選で同日に行われた府議選と大阪市議選を都構想の賛否を問う住民投票(5月17日実施)の前哨戦と位置付け、府議選(定数88)で前回同様過半数獲得、市議選(定数86)で第1党の維持を目指していたが、ともに第1党になったものの、府議選では獲得議席が42と過半数に届かなかった。もちろん、市議選でも過半数に届いていない。
 大阪府議選の結果は、維新 42(選挙前45)、自民 21(〃12)、公明 15(〃21)、共産 3(〃4)、民主 1(〃7)、無所属6(〃12)であった。
 「大阪維新の会」の松井一郎幹事長(大阪府知事)は4/12夜、党本部で記者会見し、大阪市を五つの特別区に分割する「大阪都」構想の是非が争点となった大阪府議選(定数88)で過半数に届かなかったことについて、「負け」と総括し、「幹事長である僕の力不足。都構想の中身を十分に伝えきれなかった」と敗因を分析した。
 大阪市議選の結果は、維新 36(選挙前29)、自民 19(〃18)、公明 19(〃19)、共産 →9(〃8)、民主 →0(〃6)、無所属→3(〃5)であった。
 大阪維新の会の橋下徹代表(大阪市長)は4/13午後、統一地方選の結果について「一定の結果を出してくれたというのは、各候補者がこれまでの改革の必要性をしっかり説明してくれた結果なのかと思う」と評価する一方で、府議選で大阪市内の維新候補が7人落選したことを挙げ、「重く受け止めなければいけない」と語らざるをえなかった。
 ここでも民主党は、大阪府議会で議席数1、大阪市議会では議席ゼロという、立て直しどころか壊滅的打撃を蒙り、有権者から見離されている事態である。
 そして公明党も厳しい事態に立たされていた。昨年12月の衆院選に際し、創価学会と維新、公明の裏取引で、突如、住民投票実施に賛成したものの、「都構想反対」を明確にしなかったことによって苦境に立たされ、選挙終盤になって、公明党大阪府本部幹部は4/5、「中途半端な対応で票が逃げている」として、大阪市議選の候補らに「今後の演説会などでは、まず冒頭で維新単独での都構想反対のスタンスは改めてきちっと訴えた方が良い」とするメールを送信したという(日経新聞2015/4/9)。維新・公明の裏取引は有権者の厳しい目にさらされていたのである。
 こうした府議選・市議選の結果は、維新が一定の健在振りを示したとはいえ、過半数獲得を目指した維新にとっては、やはり手痛い敗北と言えよう。5月17日実施の都構想の賛否を問う住民投票の楽観的な帰趨が見えなくなったのである。この住民投票を、憲法改悪の住民投票の前哨戦と位置づけている安倍政権にとっても、この事態は気が気ではない。都構想反対を貫く自民党大阪府連と、裏で橋下・維新を激励し、支持する安倍政権のねじれは顕在化しており、5月17日実施の住民投票で、橋下・維新と安倍政権のたくらみを決定的な敗北に追い込む、幅広い広範な闘い、統一戦線こそが要請されている。
(生駒 敬) 

【出典】 アサート No.449 2015年4月25日

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【訳出】古賀氏の追い出しの意図はその目的を果たさないかも知れない

【訳出】古賀氏の追い出しの意図はその目的を果たさないかも知れない
                        Japan Times 記事 on April 5, 2015
          “Koga’s parting shot may not hit its target”   by Mr. Philip Brasor

 この二月、Reporters without Borders (1*) は報道,出版の自由(“press freedom”)についての年間ランキングを公表した。日本は、昨年より2ランク下がって61位で台湾(51位)や韓国(60位)よりも下になった。下落の理由は、昨年12月に施行された国家機密保護法による。この法律は、政府の内外にかかわらず機密情報のリークを罰するものである。
 日本はずーとランクを落としている。2010年には11位であった。この急激な信頼の崩壊は、2011年3月に起こった原発事故とその後の除染作業報道の不明瞭さ( “ambiguous”)によってもたらされた、と神戸大学の内田教授は「アエラ」で述べている。さらに同教授は、日本の報道機関は、東京電力と政府の行為、行動を十分に精査しなかった。そのために Reporters without Borders はこの国のメディアは政府の統治のもとにあると想定した結果である、とした。

 もし、あなたが日本のメディアを詳しく見続ければこの主張を受け入れることは容易である。しかし、報道機関が上からの圧力に屈服する明瞭な実例を見つけることはむつかしい。
 先週、メディアは、「報道ステーション」での、古館アンカーと古賀コメンテイターのちょっとした諍いに、騒がしかった。
 古賀氏は、経産省の前職員で数年前退職してそれ以来政府の政策を批判してきている。しばらくは、彼は「報道ステーション」のゲスト博識を勤めてきた、そして同ステーションは我々が他の番組から得られるよりも、より掘り下げた報道を誇っている。番組製作者は古賀氏が思っていることを語る自発性を評価しているが、テレビ朝日の彼らの上司は違った感想を持っていると伝えられていた。
古賀氏は、人質事件―イスラム国の手による二人の日本人の死亡によって終結したーの政府の対応に対する彼の実況コメント故に、4月以降「報道ステーション」に出ることはないであろうと、1月に告げられたことを公表した。2月25日の外国特派員協会での記者会見で、彼は、テレビ朝日の上層部は安倍政権へのへつらいに努めていて (”trying to curry favor with”)、その為に「報道ステーション」の製作者に彼を辞めさせるよう圧力をくわえた、と語った。
 事前に知らされなかったが、古賀氏は3月27日の「報道ステーション」での出演が最後と思っていた。そして彼はイエメンにおける危機について討議すると思われていた。しかし古館アンカーが古賀氏にその解説を依頼したところ、古賀氏が話題をかえて、彼がこの番組を去るであろうと述べた。テレビ朝日の上層部と番組制作に携わっている古館アンカーの所属会社の意向によって。「報道ステーション」はライブ番組であり、このような突発的出来事は異例であった。古館アンカーは優れた機転で、「ここは古賀さんが下される場面ではない。」と古賀氏に反論して、その場を取り繕った。しかし古賀氏は答えた。それはおかしい。古館さんはずっと前に、私の降板について「何もできなくて」と謝った、と。古賀氏は、会話を録音しているのでこのことは証明できるとした。それから古賀氏は安倍政権の批判を続けた。
 古館アンカーのインタビューアーとしての際立った誠実さ/公平さは、主役としての役目である、そして彼は明らかに古賀氏に番組を乗っ取られたことで腹を立てていた。テレビ朝日は週末にかけて、その広報部は政府による関与は事実に基づいていないとして古賀氏を非難する声明を出した。。また彼を不作法だとして非難し、視聴者にたいして謝罪した。たとえこの出来事が、おそらく、「報道ステーション」始まって以来の楽しませる場面であったとしても。この騒動に付随して、内閣府は元経産省職員の降板について何らテレビ朝日に圧力を加えていないと菅官房長官は述べた。
 我々はその見識故に降ろされたという古賀氏の言葉のみを受け入れることができる。たとえテレビ朝日や政府が真実を言っているとしても、日本の主流の報道機関のメンバーは、古賀氏と異なり、既定路線としての権力と共に歩む、脅されていなくても。
「国境なき記者団」のランキングについての雑誌「現代ビジネス」の最近の記事で長谷川氏(前東京新聞編集者)は、実際の報道の自由(“real press freedom”)は日本にはない、と述べている。それは「機密保護法」によるものではない。大抵の報道者は決して秘密情報を漏らさないだろう。なぜなら厳密に言えば彼らは報告者であり、サラリーマンである。彼らは仕事に気を配るよりも、より会社での地位/職位に気を使っている。彼らはすべて昇進/昇格を待つ流れにいる、と長谷川氏は述べている。
 よく知られている記者クラブーそこでは報道関係者は政府機関よりスプーンでお口に運ばれる情報をオウム返しに繰り返すーはいかなるニュースも一つの物語として公正で公平なものであるように仕向けられている。それは公表された秘密である。記者が政治家に話しかける時、彼らはメモをお互いに共有する、と長谷川氏は指摘する。このことはあらゆるニュースの発信元は同じ情報を報じる。違いがあるとすれば、個々の情報元の考え方である。政府の助けになろうがなるまいが、長谷川氏は、このことはいかなる相違も作らない、と考える。連合軍の軍事行動への自衛隊の参加を許す安倍首相の努力に関して、メディアは、集団的自衛権(”collective forces”)を余すところなく完璧に報じている。しかし一般大衆はこれについて何も知らない、と長谷川氏は言う。二月毎日新聞のインタビューで、報道の自由について小説家浅田次郎氏は愚民思想―人々のより良い統治のための限られた情報―を非難した。しかしメディアが関連ニュースを報道できないとき、何故に政府は無知な大衆を増殖することを必要とすべきなのか?長谷川氏が政治的に保守であるということは関係ない。彼は機密保護法についても論理上の意見も持っていない。彼は日本のリベラルな日刊紙で働いていた。彼は真実がいかにご都合主義に奉仕し役立ってきたかを、じかに、見てきている。古賀氏の即興劇は賞賛と非難を巻き起こした。しかし彼は最後に虚空に向かって絶叫し訴えている。
訳:芋森  [ 了 ]

(1*) Reporters without Borders
国境なき記者団 は、言論の自由(または報道の自由)の擁護を目的とした、ジャーナリストによる非政府組織。1985年、フランスの元ラジオ局記者ロベール・メナールによってパリで設立された。世界中で拘禁されたジャーナリストの救出、死亡した場合は家族の支援、各国のメディア規制の動きへの監視・警告が主な活動としている。2002年以降、『世界報道自由ランキング』(Worldwide press freedom index) を毎年発行している。2006年11月には「インターネットの敵 (Enemies of the Internet) 」13カ国を発表し、2014年現在には19カ国が挙げられている。日本に対しては、従来から記者クラブ制度を「排他的で報道の自由を阻害している」と強く批判しているほか、2011年の福島第一原子力発電所事故に関連した報道規制や、秘密保護法などの政府情報開示の不透明さに対して警告を発している
2014年 ランキング:
1. Finnland, 2. Netherland, 3. Norway, 4. Luxembourg, 5. Andorra, 6. Liechtenstein,7.Denmark, 8.Iceland, 9.New Zealand, 10. Sweden
ちなみに Germany 14, Canada 18, UK 33, France 39, USA 46  

【出典】 アサート No.449 2015年4月25日

カテゴリー: 政治 | 【訳出】古賀氏の追い出しの意図はその目的を果たさないかも知れない はコメントを受け付けていません

【コラム】 ひとりごと–西堺警察署「自白強要」と「権力犯罪」

【コラム】 ひとりごと–西堺警察署「自白強要」と「権力犯罪」

 私は学生運動等を行っていた事もあって、警察権力からの「不当捜査・暴言」等の類は何度もある。だから「西堺警察署『自白強要』事件」は「さもありなん。むしろ氷山の一角」と言うのが正直の感想。でも、あまり警察との接触・厄介(?)になった事がない方は「警察が、そんな事するの~?」とか「(犯罪を)やってなかったら、何で『やった』と言ったの~?」とか、にわかには本当の捜査実態で、どれだけ自白強要・誘導等がキツイものか、分かって貰えない。そこで「西堺警察署『自白強要』事件の概要・問題点」と、「刑事捜査の改善点」等について述べてみたい。

《「西堺警察署『自白強要』事件の概要・問題点」》
1.堺市の81歳の男性Aは知人の男性Bを殴ったとして去年、在宅起訴された。
2.しかし今月、大阪地方裁判所堺支部が無罪を言い渡し無罪判決が確定。3.またAは「西堺署の巡査長(男性)から自白を強要される等、違法な取調べにより精神的な苦痛を受けた」として2月24日、大阪府に損害賠償(2百万円)を求める訴えを起こした。 ◎なおAは、一昨年9~11月に5回、任意の事情聴取受け、その内1回をICレコー ダー録音に成功した。

○その執拗な「自白強要」の概要は以下のとおり。
〔巡査長〕「口があるんですから答えろ。黙らなくてもいいから答えろ」「『やりました』て一言言うたら、すぐ済む話やで」「あんたがそうまでしてやってないと言いきる理由は何や。答えろ、命令に答えろ」「別にいつでもいいんやで。いつ認めてくれても。あんまり言うと自白の強要になるな」「あんたがウソついてるんやろ、認めたくないんやろ。あんたのことや、答えろ。どっちやねん。黙りこくって生きて いける世の中ちゃうの、知ってるやろ」等。
◎Aは元小学校の校長で、取り調べの際に、仕事等を侮辱された。
   ○〔巡査長〕「ええ?先生さんよお、あんたどうやって物事教えてきたんや。ガキやから適当にあしらっとったんちゃうん。そういう回答するんやったら、あんたの人生そういうふうにしか見えへんで、ああ?」
◎また刑事訴訟法で義務付けられた黙秘権の告知はなく、黙秘権の侵害があった。
◎さらに無断で所持品検査もされた。

4.本「自白強要」事件の問題点
(1)本事件は、まだ「任意の事情聴取」段階で弁護士と接触し、その弁護士の助言に基き、ICレコーダーによる録音に成功。それが「自白強要」の動かぬ証拠となり発覚したものである。しかし一般的には「任意の事情聴取」録音することは至難の事で、事後に口頭だけで「自白の強要があった」と訴えても警察は「事情聴取は適正に行われたもの」との見解を示し闇に葬むされるのが殆どである。
(2)なおそこに「自白の強要」に耐えかねて一旦、「虚偽自白」をしてしまうと、それを裁判で「自白の強要による虚偽自白」と何度、主張しても、なお更に認められない。

【この場合の注意事項】
①捜査官は「自白」を得るために「裁判で否認すればいいじゃないか」と「自白誘導」する。(これは明らかな「騙し」である。でも捜査官は、そんな事は平気で行う)
②「後程、裁判で否認は困難」と述べたが、基本的に「警察→検察庁→裁判所」は日常的な人間関係も含めて「『馴れ合い』の関係にある」と思っておいた方がよい。
(3)本「自白の強要」事件では「刑事訴訟法で義務付けられた黙秘権の告知はなく、黙秘権の侵害があった」ことが問題になっているが、私の知る限り、そんな「黙秘権の事前告知」をきっちり行われる事等、聞いたこともないし、先ず有り得ない。
警察は自分達に不都合な市民(被疑者等)の権利知識は教えないのが通常だ。
(4)そもそも、この巡査長は何故「暴行を受けた」と被害届、及び刑事告訴した告訴人の主張だけを鵜呑みにして「自白の強要」に走ったのか。被疑者Aが「否認」を続けている段階で、告訴人の被害主張、及び被害届等も「虚偽刑事告訴」の疑いをもって、再事情聴取しなかったのか疑問が残る。その理由に考えられるのは
◎予め定めた捜査シナリオに固執し、柔軟かつ融通が効かなくなっていることがある。私の経験上でもあったが、通常、捜査を始める前に「捜査会議」を開催し、だいたい「どこまで捜査し、何を立件し、どの範囲で検察庁起訴するか」を決め、それに沿った捜査を進める。そして、そのシナリオに外れる捜査方針の変更は、あまり捜査指揮する者はしたがらない。その結果、捜査シナリオを大きく変更する事実が出てきても、その事実証拠を無視したり隠したりする。厚生労働省村木厚子さん冤罪事件、松本サリン事件等々は、その例とも言える。

《「西堺警察署『自白強要』事件を風化狙い」》
私は大阪府警が「取調に問題がなかったか調査する」と言っているので、マスコミ各社に報道提供しながら下記公開質問を行った。その質問と口頭回答(電話)が以下のとおり。
{質問事項}
1.今後、「自白強要した」と言われる氏名等と処分内容を、明らかにする意思はあるのか? また明らかにする予定があるとすれば、いつ頃か?
2.「警察は問題がなかったか調査を進めている」との事ですが、その「調査」の進捗状況、公表の時期を示してください。
<その〔西堺警察署回答(口頭電話)〕は、以下のとおり。>
◎「まだ全てが捜査途中で、お答えできるものはない」
◎「文書で回答を求められても、その判断は当署にある」
◎「仮に捜査・調査が終了しても、公表の有無も含めて、現段階では分からず、また公表するにしても、前もって貴方に知らす事はない」

{西堺警察署回答(口頭電話)の評価}
要は「ゼロ回答」以下で、実際は「時間のかかり過ぎ」で何の調査・捜査もしておらず、このまま本「自白強要事件」の風化を狙っているのだろう。また「自白強要」も、それだけ日常茶飯事ということだろう。このまま「警察の逃げ得」を許すのか、それとも最後まで警察の「自白強要」責任を追及するのか、マスコミの責任も問われている。(民守 正義)

<ブログ「リベラル広場」を開設>
 この寄稿者でもある民守さんが、ブログを開設し、政治・人権・医療等の問題をテーマに幅広く発信してされています。ご活用をお願いします。

 http://blog.zaq.ne.jp/yutan0619/
 
【出典】 アサート No.449 2015年4月25日

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【投稿】急がれる安倍政権包囲網構築

【投稿】急がれる安倍政権包囲網構築

<拡大する海外派兵>
 自民・公明両党は3月20日、「安全保障法制整備」について合意した。その内容は自衛隊の行動に関し、地域、活動内容の制限を撤廃し、国連決議はもとより国会の承認もなしに、官邸が恣意的に決定できるというものである。
 さらに防衛省設置法改悪により制服組の権限が大幅に拡大しようとしている。
これらは、「専守防衛」から積極的な海外展開=「積極的平和主義」へと舵を切る軍事政策の大転換であり、極めて危険なものである。
 これまで自衛隊については自衛隊法における「防衛出動」「治安出動」という冷戦時代の、ソ連軍の日本上陸と左翼勢力の武装蜂起という想定に基づいた対処のみが想定され、部隊の運用や人事については防衛省(庁)設置法に基づく文官統制が規定されていた。
 冷戦崩壊以降の様々な事態に対してはPKO協力法、各種特別措置法、周辺事態法と個別法の施行による対応で、不十分とはいえ一定の歯止めがなされてきた。自衛隊の活動は日本周辺の武力衝突に限っての米軍への補給、輸送などの後方支援、それ以外の地域では、戦闘終結後、「非戦闘地域」の支援、人道援助に事実上限られてきたのである。
 ところが今回の安全保障法制改悪では、これら各法制の制限は取り払らわれることになる。集団的自衛権の行使に関しては、官邸が「他国が攻撃され日本の存立が脅かされると判断」すれば参戦できる。
 政府はホルムズ海峡の機雷封鎖を例示しているが、「シーレーン防衛」を根拠にするなら、中国とフィリピンやベトナムが南シナ海で衝突し「バシー海峡に至る海域が危険になった」と判断すれば参戦可能だ。
 政府はすでに比、越両国との関係強化に動いているが、この間インドネシアや東チモールとの軍事面での協力も推進しようとしており、中国への牽制を強めている。
トーマス米第7艦隊司令官はこれを後押しするように、自衛隊が南シナ海まで哨戒区域を拡大するよう提言し、ASEAN諸国の合同海上部隊創設も提案している。安倍政権にとっては渡りに船だろう。
 今後中東に加えアフリカ各地域で不安定な状況が拡大すると考えられるが、紛争国での「武装解除の監視」「治安維持」などを任務とする、PKO協力法改悪で日本単独の武力行使も可能になる。
 すでに自衛隊はジプチに初の海外基地を持っており、護衛艦と哨戒機が海賊対策で展開している。しかしこの海域は「イスラム国」に対する空爆を行っている米、仏の原子力空母部隊の航行ルートでもある。
 さらに自衛隊はエボラ出血熱対策支援を理由に、リベリア沖に海自輸送艦と陸自ヘリ部隊を展開させようとしたが、流行が収束に向かうなかでの派遣は、さすがに不要不急として官邸が止めた。このように、「安全保障法制整備」を見据えて自衛隊の海外展開は準備されてきている。 

<再軍備とその背景>
 70年前、大日本帝国は敗北し陸海軍は解体されたが、わずか5年にして日本は再軍備を開始した。
 戦力の不保持を規定する憲法との矛盾を合理化するために「個別的自衛権」「専守防衛」という概念が保持されてきた。冷戦崩壊後もしばらくは、この法体系、運用構想は変化することはなかった。
 アメリカも1950年の警察予備隊創設に当たり、旧軍部への不信は強いものがあり、日本には最小限の役割しか想定していなかった。共産圏との武力衝突は朝鮮半島やベトナムなど局地的なものであり、当時の西ドイツや日本へのソ連軍(ワルシャワ条約機構軍)の直接侵攻は、想定はしていても実際に起こるとは考えられていなかった。
故にそれらを飛び越してのキューバ危機に際して、アメリカはパニックに陥りかけたのである。
 日本国内に於いて再軍備に際して反発を強め、警戒感を高めたのは、左翼陣営や平和勢力だけではない。政府機構である旧大蔵、外務、警察各省庁の官僚組織である。戦前、戦中時、これらの組織は軍部に振り回されたという被害者意識が強い。
旧大蔵省は日露戦争を財政面で支えたにもかかわらず、226事件で高橋是清が殺された。その後も野放図な軍拡を止めることができず、日米開戦後は、戦時国債の乱発や予算のみで決算は戦後という異常な財政運営を強いられた。
外務省は、中国に於いて軍部が勝手に戦争を始めてしまい存在意義を喪失した。外務省出身の松岡洋右は、生家に仇なすように国際連盟脱退、日独伊三国同盟締結と暴走を繰り返した。揚句に広田弘毅元外相が文官としてはただ一人、東京裁判で死刑となるという不名誉を味わった。
 内務省警察(特高)も共産党などへの弾圧では軍部以上であったが、ゴー・ストップ事件や226事件などでは煮え湯を飲まされたのである。
 軍部への警戒心は戦後も解けず、弾圧を受けた吉田茂を始めとする「旧リベラル派」の政治家は自衛隊創設に当たって、前述の防衛省設置法により、内局(背広組)に外務、警察官僚を送り込み制服組を統制させたのである。 
国内に於いて再軍備を主導した旧日本軍幹部も、軍艦、戦車、戦闘機など形ができれば所期の目的は達せられたのであり、不満はあっても文官統制については妥協したのであった。予算面でも自衛隊の定数や装備については、内局が編み出した「基盤的防衛力構想」という妙手で、永らくGNP1%以内に封じ込められてきたのである。
戦後の保守政治家は、国民の総意ともいうべき平和意識とそれを具現化した日本国憲法、そしてアメリカの意向も踏まえ、このような奇妙なバランスの上になかば軍事政策を放置する形で国政を運営してきたと言える。
 自民党的には「改憲」、社会党的には「非武装中立」自衛隊的には「国軍」という「理想」は保持しつつ、国際情勢や国民意識を勘案し、折り合いをつけてそれぞれの地位に安住してきたのが、これまでの日本の形であった。

<歴史認識の再確認を>
 しかし、冷戦崩壊、中国の台頭、北朝鮮の暴走、さらには湾岸戦争、イラク戦争からイスラム原理主義の拡散という国際情勢の変化、国内的にはバブル経済の崩壊以降の低成長、自民党一党支配の終焉と左翼勢力の衰退、というこの20年間の変動は、それを大きく揺るがしている。
 こうした混迷に対しては、その都度「細川連立政権」「自社さ政権」「民主党政権」という解が出されたが、状況に対応しきれず無残な結果に終わった。その間隙を突くかのように登場し、日本の形を軍事政策を端緒として、根底から覆そうとしているのが安倍政権である。
 安倍は第1次政権時から「戦後レジームからの脱却」というフレーズを唱えているが、それはアメリカと保守勢力の承認によって成り立ったシステムであることを理解しているのか。
 国家主義者、排外主義者は日本が軍拡に踏み出せないのは左翼や中国、韓国が反対するからだと主張しているが、安倍も「戦後レジーム」は左翼が作り上げた桎梏だと吹聴している。
 これまでの保守政治家も自らの「反軍思想」と「アメリカや官僚の反対があるから」とは口が裂けても言えないので、もっぱら野党や周辺国の意向を利用してきた。
しかし野党や周辺国の意向、さらには憲法さえも気にかけない=勝手に解釈を変える安倍政権の誕生で、実は軍拡を抑えてきた実体はアメリカや官僚であることが、はからずしも明らかとなってしまった。
 そこで安倍は消費税に対する国民の反発を利用し、財務省を押さえ込んだ。消費増税が先送りされたにもかかわらず、来年度予算で軍事費は過去最高となった。財務省の敗北は明らかであろう。さらに自衛隊の運用から文官の関与を排除し、外務、警察をも屈服させようとしている。
 元制服の中谷防衛大臣は「文民統制が戦前の反省にもとづき導入されたかは私の生まれる前のことなので知らない」と詭弁を呈しているが、防衛大では文民統制について教えていないと言っているのと同じである。
 アメリカに対しては、その足元を見て集団的自衛権解禁、後方支援の拡大さらには辺野古新基地強行で恩を売り、根強い対日批判をかわそうとしている。
 アメリカの軍部は自らの権益確保のため、日本の対中強硬路線を利用しているが、オバマ政権は疑念を払拭していない。そうしたなか安倍は「戦後70年総理談話」において「過去の侵略への反省」を消し去ろうとしている。
 安倍は中国、韓国しか念頭にないのかもしれないが、「日本の過去の侵略」はアメリカも共有する価値観である。安倍はG.Wの訪米中、上下両院での議会演説を希望しているが、中韓両国のみならずアメリカの退役軍人や遺族も厳しい視線を向けている。
 国家主義者はアメリカのシャーマン国務次官が(中国、韓国を念頭に)「過去にこだわりすぎるな」という趣旨の発言をした、あるいは「メルケル首相は慰安婦問題に言及していない」として、鬼の首をとったように喜んでいるが大変な思い違いであろう。「共通の価値観」から離脱しているのは安倍政権である。
 中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)に関し、日本政府は当初無視を決め込んでいた。しかしこの間、英、仏、独、伊さらには豪などが堰を切ったように参画を表明。慌てた政府は麻生財務相が「協議の可能性」を示唆するなど動揺が広がっている。
 3月21日の日中韓外相会談で岸田外務大臣は、中国の王外相、韓国の尹外相から歴史認識について追及され「安倍総理は歴代内閣の立場を引き継いでいる」と述べ「歴史を直視」することが3者で確認された。
 このように外濠は埋められつつある。今後、国内においても統一自治体選挙と連動しつつ、8月に向け安倍政権を包囲し追い詰める取り組みが重要になってきている。(大阪O)

 【出典】 アサート No.448 2015年3月28日

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【投稿】原発再稼働から核武装へと突き進む日本

【投稿】原発再稼働から核武装へと突き進む日本
     —-メルケル首相の訪日の意義—-
                            福井 杉本達也 

1 なぜ高浜3・4号機の再稼働を急ぐのか
 3月20日高浜町議会は高浜3.4号機の再稼働に同意するとした。統一地方選後の4月には野瀬高浜町長も再稼働に同意するものとみられ、焦点は福井県の同意に移る。県では2月17日に再稼働に向けた5条件というものを出している。そのうち①「中間貯蔵施設の県外設置に向けた積極的関与」、②「福島事故を教訓とした事故制圧体制の充実強化」の2点が注目される。①は、これまで使用済み核燃料を県外に搬出することが原発の建設・運転の条件となってきたこともあり、その延長線上にあるが、どこへ搬出するのか?受け入れる県があるとは思えない。福島第一3号機では燃料プールが水蒸気爆発を起し、4号機プールも危機的状況に陥ったが、使用済み核燃料をプールに保管し続けることは危険極まりない。住民の安全を取りあえず確保するためには、空気で冷却する乾式貯蔵方式がベターであるが、西川知事の頭には住民の安全を守ることはすっぽり抜け落ちている。①も②も駆け引きの道具で、知事は真剣に考えているとは思えない。
 政府は「規制委が世界最高水準の新基準に適合すると認めた場合は再稼働を進める」としているのに対し、規制委の田中委員長は「新基準の適合性は見ているが安全だと申し上げない」としており、知事としては、いったい誰が再稼働に最終的責任を持つのかという不信がある。しかし、知事の論理には無理がある。福島事故で原発は人類が制御できない危険なものであることが明らかとなった。それを無理やり安全だと言えということであるから別の目的がある。というか、官僚機構が知事に言わせている。住民の生命や財産を犠牲にしても再稼働しなければ、日本に核管理能力がないとして、核開発をやめさせられる恐れがあるからである。

2 メルケル首相と安倍首相・日独の違いはどこに
 ドイツ政府は3月7日、メルケル首相の日本訪問にあたってビデオメッセージを公式サイトに掲載した。その中で、首相は福島第一原発事故にふれ「この恐ろしい事故に私たちは同情しました。そして、ドイツはより早く原子力から撤退するという大きな決定をしました。私たちは再生可能エネルギーに、とても期待しています。私は日本も同じ道を取るべきだと思っています。…私は福島の事故を経験したドイツの首相として、できるだけ早く原子力から撤退するようにしています。」(訳:The Huffington Post)と述べている。共同記者会見で独メディアから日本はなぜ脱原発をしないのかと問われ、安倍首相は「日本での再生可能エネルギーの普及はまだわずかだ」(日経:3月10日)と都合の悪い質問にまともに答えようとはしなかった。事故当事者の日本で「脱原発」への舵が切れず、どうしてドイツでは「脱原発」へと進みえたのか。単なる政治指導者の資質だけの違いではあるまい。

3 核の「平和利用」と「宇宙開発」
 1969年2月3~6日まで東京と箱根において日本の外務省と旧西ドイツの外務省高官との秘密協議が行われた。協議の中で「日本は核弾頭を製造するための基礎となる核物質の抽出を行うことができる。もしいつか日本が必要だと思う日が訪れたら、核兵器をつくることができるだろう」と発言し、ドイツに核兵器開発への参加を求めたが、ドイツ側はこれを一蹴した(NHKスクープドキュメント「『核』を求めた日本~被爆国の知られざる真実~」2010.10.3:NHK「平和アーカイブス」)。
 ドイツは核による報復をしないことを決めたが、日本は核による報復を行うことを密かに決め、その核兵器開発のために旧科学技術庁(現文科省)が積極的に進めてきたものに、敦賀の高速増殖炉もんじゅがある。核燃料が運転すれば運転するほど増える(「増殖」)として「夢の原子炉」と呼ばれた。しかし、最近、政府は高速増殖炉の「増殖」という文字を外して「高速炉」と呼ぶこととした。「増殖」しないからである。だが、もんじゅの核燃料を囲むブランケットと呼ばれる場所で、純度98%の兵器級プルトニウムを年間62キロ生産できる能力を有している(5キロ程度で核兵器1発分)。「増殖炉」と呼んできたのは「平和利用」を標榜しつつ核兵器を開発する意図からである。
 もう一つ、旧科学技術庁が進めてきたものに宇宙開発がある。日本はHⅡA、HⅡBというロケットを開発し、15t~20tの打ち上げ能力がある。ロシアのプロトンが23t 、米国のデルタⅣが28,79tの能力であるから、核兵器を搭載できる大陸間弾道ミサイルとして遜色のないものである。北朝鮮のテポドン発射を非難するが、自らのやましさの裏返しである。
 また、3月12日三菱重工は電力をマイクロ波に変換して無線で送る実験に成功したと発表した。「宇宙太陽光発電」(宇宙空間のパネルで発電した電気を地上に無線で送る)の第一歩との触れ込みである。マイクロ波として最も身近なものは電子レンジであるが、第二次世界大戦中、静岡県島田市に海軍島田実験所が開設され、マイクロ波で米軍のB29爆撃機を撃墜する「殺人光線」を研究していた。後にノーベル物理学賞を受賞した理研の朝永振一郎氏も参加していた。近々理研理事長に就任する前京大総長の松本紘氏は『宇宙太陽光発電所』(2011)という著書もある宇宙空間におけるマイクロ波送電技術の専門家である。仮に実用化できるとすればミサイル迎撃態勢が整う。日本は核弾頭・運搬手段・迎撃態勢というフルセットを持つことになる。日本人は「平和利用」、「宇宙開発」という言葉にあまりにも無批判である。

4 核武装へ突き進む日本とドイツの違い
 村山連立政権において社民党は党内議論をいっさい行うことなく米国の「核の傘」に入ることを認め、その後何の反省もなされていない。共産党はかつて社会主義国の核を擁護し、中国の核実験に配慮するため部分的核実験禁止条約に反対し、今なお原発は「未完成の技術」(不破哲三『赤旗』2011.5.10:完成形があるという思考)との思想にしがみついている。また、「脱原発」の集会においても、日本の核武装については真剣な議論を避ける傾向がある。政府与党や民主党・維新ばかりでなく、共産党や社民党内にも核エネルギーを捨てきれない勢力が存在している。
 ドイツ(旧西ドイツは)1960年代末には既に、核による報復戦略をあきらめ、核による脅しではなく、対話による生き残り戦略=ブラント首相による東方外交を取り始めた。ポーランドとの国境であるオーデル・ナイセ線を確定し将来の紛争の芽を摘むとともに、旧ソ連からパイプラインでガスを輸入し、お互いの信頼を醸成していく政策であり、これにより、ドイツは事実上米国の「核の傘」から離脱した。現在、米が攪乱するウクライナを巡りぎくしゃくした関係にあるものの、45年に亘る信頼関係の延長線にメルケル首相の「脱原発」政策がある。
 日本の場合は、米国の「核の傘」すっぽり入るとともに、公に核兵器開発を宣言し(「我が国の安全保障に資することを目的として」との条文を加えた原子力基本法の改正・及びJAXA法の改正(「平和の目的」の削除)2012.6.20)、核の脅しを背景として近隣諸国と外交しようというのであるから、「戦後談話」をいくら出そうとも信頼を得ることは難しい。このままでは、ある日突然、北朝鮮やイランどころではなく、日本こそが核で世界を支配しようとする危険国家であるとして「テロ国家」に指定されることになろう。中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に英仏独伊等が雪崩を打って参加表明をし、日本の国際的孤立が明らかとなったが、同様の孤立は「核の傘」においても突然起こりうる。
 横須賀基地や嘉手納基地をすぐに廃止するというのは困難であるが、サハリンや朝鮮半島からガス・石油のパイプラインを引き、または送電線を引いて近隣諸国との信頼を醸成しながら、「核の傘」からの離脱を図るとともに、直ちに「脱原発」を宣言し核開発を放棄することは可能である。与野党ともが核の幻想から目覚め、長期的な信頼醸成の政策を組み立てること。これがメルケル首相の助言の中身である。

 【出典】 アサート No.448 2015年3月28日

カテゴリー: 原発・原子力, 杉本執筆 | 【投稿】原発再稼働から核武装へと突き進む日本 はコメントを受け付けていません

【投稿】「戦争立法」をめぐって 統一戦線論(14) 

【投稿】「戦争立法」をめぐって 統一戦線論(14) 

<<「安倍首相のクーデター」>>
 3/20の参院予算委員会で、民主党の小西洋之参院議員が、政府、自民・公明両党が進める安全保障法制の整備に関連して、「日本の法秩序を根底からくつがえすクーデターだ」と鋭く追及した。小西氏は、「憲法9条すら、こんなに解釈変更ができるのであれば、憲法の他の条文、いつでも時の内閣と多数を持つ国会で解釈の変更ができることになる。こんなことを絶対許してはいけない。それを防ぐために、われわれ国会議員は死にものぐるいで戦った。それを安倍首相が蹂躙したという。日本の議院内閣制、民主主義を否定したことについて追及させていただく」「機関銃は撃たれていない。戦車は走り回っていない。しかし、日本の最高法規が、憲法が、その中身から根底から変わってしまって、絶対に許されることのなかった、そして憲法の平和主義とどう考えても矛盾する、義務教育の子供たちにも説明ができない、その集団的自衛権が解禁されている。こんなことを許しちゃあ、もうわが国は法治国家として成り立たなくなる。恐るべきクーデターが今日本社会で進行している。止めるのは国民しかない。我々民主党が国益と憲法を守る。ここに宣言する」と安倍首相に厳しく詰め寄った。
 安倍首相は口もとをゆがめてせせら笑いはすれども、肝心の論点には反論できず、「レッテル貼り、無責任な批判」「これはデマゴギーと言ってもいい。デマゴギーには負けずに責任を果たしていく」と威嚇し、問題をすり替えただけであった。
 しかしこの追及の最も重要な場面を、大手各紙、NHKをはじめメディアはすべて無視し、小西氏が「憲法を何も分からない首相とそれを支える外務官僚を中心とした狂信的な官僚集団がやっている」と発言したことについて、予算委員長から「発言中に不適切な言質があるとの指摘があった。十分気をつけて発言をお願いしたい」と注意され、小西氏が「後日の議事録の調査で不適切発言が確認されたのならおわびする」と述べたその部分だけがいかにも謝罪したかのように報道された。安倍政権に追従する大手メディアの実態をはしなくも露呈したと言えよう。

<<「憲法改正の最大のチャンス」>>
 問題となった政府・与党の安全保障法制をめぐる合意は、自衛隊の海外活動を大幅に広げる方向で一致、周辺事態法を抜本的に改正し、事実上の地理的制約となる「周辺事態」という概念を削除。集団的自衛権の行使容認も、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される」とした「新事態」を導入し、新たな「重要影響事態」と政府が認定すれば、米軍や米軍以外の他国軍への後方支援が海外でも可能、国連平和維持活動などでの武器使用基準も緩和、米軍中心の有志連合支援や治安維持活動にも参加が可能、まさにこれまでの安保政策でかろうじて抑制されてきたものが、根底から転換させられる。米軍のあらゆる戦争を支援し、自らも主体的に参加できるようにする「戦争立法」なのである。政府・与党は法案を5月下旬にも提出し、通常国会の会期(6/24)を8月まで大幅延長してでも成立させる構えである。
 日本国憲法第9条は、戦力の保持および国際紛争を解決する手段としての武力の行使を禁じている。この9条をまったく無視した、安保法「整備」と恒久法化、安倍首相が言明した「戦後以来の大改革」は、事実上のクーデターなのである。しかもそのクーデターには「平和」の旗を掲げる公明党まで組み込まれている。
 それでもなお9条そのものの改悪が必要だと言うのは、過去の9条解釈の上に立って、あくまで「日本の存立が脅かされる明白な危険がある場合(存立危機事態)」に限られており、それ以外の海外派兵にはいまだ制約があるからだという。
 3/19、憲法改正を目指す超党派の国会議員や保守系有識者らで構成する「美しい日本の憲法をつくる国民の会」は19日、国会内で総会を開き、憲法改正の早期実現を求める署名を、衆参両院で改正発議に必要な3分の2以上の議員から集める方針を決定した。10月末までのとりまとめを目指す。署名議員は既に衆院248人、参院107人に達しており、衆院は発議に必要な数の8割弱、参院は6割超に当たるという。同会共同代表の櫻井よしこ氏は「志を同じくする安倍晋三政権である今が憲法改正の最大のチャンスだ」と気勢を張り上げた。このクーデターを完成させるべく、いよいよ改憲勢力が暴走し始めたのである。
 民主党には「憲法を守る」と断言する小西議員のような人もいるが、同じく民主党の渡辺周元防衛副大臣はこの3/19の総会に出席し、「理想論だけで国家は守れない」と改憲機運を積極的に盛り上げるよう訴えている。

<<「たった8日間で作り上げた代物」>>
 これらのクーデター的安保法整備は、3/26に自民党の高村副総裁が訪米し、米政府関係者などに日本の安保法整備の状況を説明し、了解を取り付け、首相訪米の地ならしをする予定である。しかし同じ3/26には、国内では注目の北海道知事選など10の道県知事選が告示され、統一地方選が開始される。そこでこうした「戦争立法」論議は不利と見て、争点化することを封じ込め、いったん論議を凍結。4/12の知事選や道府県議選の投開票を終えた後、5月の連休前に法案を固め、4/26に安倍首相が訪米、4/29前後の首相の米上下両院合同会議での演説、そして日米軍事同盟強化を謳い上げ、5/12に閣議決定という、こうした一連の流れのための拙速・凍結・再開・国会上程・会期延長してでも採決強行の暴走スケジュールである。暴走のゴールは、9条改憲である。
 安倍首相は3/6、衆院予算委員会で、現行憲法を「GHQ(連合国軍総司令部)の素人がたった8日間で作り上げた代物」と言ってのけ、民主党の逢坂元総務政務官が「憲法をしっかり守る基本姿勢を貫くことが大事だ。総理大臣みずからが憲法をおとしめかねないような発言をするのは厳に慎むべきだ」と、この”問題発言”を追及されると、「総理大臣として、憲法を順守し、擁護する義務があるのは当然のことだ」と応えつつも、「原案が(憲法学に精通していないGHQ関係者により)短期間に作成された事実を述べたにすぎない。首相が事実を述べてはならないということではない」と開き直り、問題の「代物」発言をあくまでも撤回しなかったのである。傲慢不遜にもほどがある。いまだ右翼少年から抜け切れないような人物が、首相でございとおさまっている、日本の悲喜劇的状態である。

写真は、3/8「さよなら原発関西アクション」(大阪・扇町公園)、「力を合わせて闘おう」と訴える中島哲演さん(原発反対福井県民会議)。(筆者撮影) 

<<「原発反対と戦争反対、一緒にした大運動」>>
 しかし、笑っても悲しんでもいられない。3/10、大江健三郎氏、鎌田慧氏が記者会見を行い、「今、日本は戦後最大の危機を迎えている」と訴え、「私たちは3月28日、新宿で大江さんなどの講演会を開きまして、5月3日には、みなとみらいの臨港パークで3万人規模の大集会を開きます。これは原発反対運動と戦争反対運動、全ての運動を一緒にした大運動を行いながら、新たな日本に向かってやっていこうと思っています。」(鎌田氏)と述べ、大江氏は、「私は昨日インタビューや講演をなさったメルケル首相の発表に非常に強い印象を受けたものです。”ドイツは原発によるエネルギーでやっていこうとする方針を完全に放棄した、そして自分たちはそれを実現する”ということ、そして”これは自分たちの政治的決断だった”ということ。私は、この「政治的決断」という言葉が、ドイツの政治家と日本の政治家の違いを明確に示していると思います。今の首相が韓国、あるいは北朝鮮の政治家たちと話し合いをすることは途絶えたままですし、中国に対してもそうです。アメリカの占領期は別ですが、戦後、こんな日本に全くなかったことが行われて、福島以後の危機を最も全面的なものにしてしまっている。 それが現状だということが僕の申し上げたかったことなんです。」と強調した。
 3/15、「九条の会」が東京都内で全国討論集会を開き、その討論の中で、「運動の対象を改憲派にも拡げて、改憲派とも語り合おう」「革新・リベラル派だけの内向き運動だけでは勝てない。平和を希求する保守陣営とも協力して憲法を守ろう」「国内だけではなく、東アジアの草の民衆とも連帯しよう」「そして、8月15日には100万人大集会を成功させて改憲阻止へ大きなうねりを作っていこう」という、運動の拡がりと統一戦線の拡大を提案する発言が主流となったという(3/16、澤藤統一郎の憲法日記)。
 折りしも全国統一地方選に突入している。「地方の反乱から始めなければどうしようもない。中央の連中を自覚させていく、巻き込んでいくのは地方の反乱であって、本当はもっともっと原発問題でも何でも地方が反乱を起こすべきなんです。今の右傾化の状況に対抗する闘いは、少しずつ動いているんじゃないか。その闘いの一つの先頭に、辺野古の、沖縄のわれわれの闘いがあるんだと思います。」「この一年、沖縄にとっては選挙イヤーと言える一年でしたが、キチッと沖縄の民意を示すことができたと思います。それは「みんな」(大衆)の力で成し遂げたことです。」「いまの安部政権に立ち向かうには大同団結しかない。沖縄が「オール沖縄」というかたちで結集軸をつくったように、原発や、集団的自衛権、憲法・・・「この線を踏み越えてはダメなんだ」「踏み越えさせてはダメなんだ」という結集軸をつくらなければいけないということを、沖縄のこの一年の闘いは示していると思います。ヤマトにおいて、そういう指向性をどうもっていけるのかが問われています。」--これは、安次富浩・ヘリ基地反対協議会共同議長の訴えである(『現代思想』2015年4月臨時増刊号「菅原文太・反骨の肖像」-「戦いは仁と義で 辺野古へのメッセージ」)。
 運動の広がり、大同団結と結集軸、原発反対と戦争反対、一緒にした大運動、党派主義やセクト主義を乗り越えた多様で広範な日本の統一戦線がいま問われている。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.448 2015年3月28日

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【コラム】ひとりごと--大阪市廃止・分解構想が、いよいよ住民投票へ 

【コラム】ひとりごと--大阪市廃止・分解構想が、いよいよ住民投票へ 

○3月17日大阪府議会は、大阪市を解体し、特別区を設置する協定書を、維新の会・公明党の賛成によって可決した。これにより、大阪市解体の是非を問う住民投票が、5月17日に行われることがほぼ確定した。○協定書案は、昨年10月の府議会でも大阪市会でも、維新以外の反対多数で否決されたものと、ほとんど同じ内容である。何とも理解しがたい事態だ。○公明党・創価学会が、政府与党内の圧力に屈し、地方で議論しつくした問題を蒸し返し、中央の見解を地方に押し付けるという「中央集権」型政治を強行した結果であり、この政党・宗教団体が、地方分権や地方自治の発展に何の価値も見出せない犯罪的行為を行ったことは、記憶にとどめる必要がある。○また、マスコミは相次いで「大阪都構想」について世論調査を実施している。2月上旬に朝日新聞が行った世論調査では、反対44%、賛成35%で、橋下市長の説明については、66%が不十分と回答している。また、毎日新聞が3月中旬に行った調査では、賛成43.1%。反対41.2%で、賛成がやや上回ったものの、賛否は拮抗していると伝えた。この調査でも、橋下市長の説明は十分か、との質問には、70.1%が不十分と回答。○ここから見えてくるのは、協定書の説明が、まだまだ大阪市民に理解されていないという現実であり、解体のデメリットの宣伝は、これからも一層強めていく必要があるということであろう。○さらに、橋下人気に乗っかる維新支持の傾向は、根強いということだろう。○毎日新聞調査では、大阪市議選挙で投票先についての質問事項があり、維新の会36.2%。自民党16.0%、共産党7.7%、公明党7.6%、民主党3.6%という数字が出ている。昨年12月の衆議院選挙の大阪市内の得票率は、維新33.16%、自民党23.1%、公明党18.36%、共産党14.05%、民主党6.55%であった。(民主党本部は、維新の党を反自民勢力と規定し、大阪市内に候補者を立てないという誤りを犯した結果でもあるが)○4年前の統一地方選挙では、大阪府議・市議選では維新旋風が吹き荒れたわけだが、相次ぐ民間校長、区長の辞任、果ては橋下のお友達教育長のパワハラ問題での辞任など、独善的強権的姿勢への賛否は厳しくなっており、「維新旋風」は、台風並みから強風に落ちてはいると思われる。しかし、油断はできないということだ。もっとも先の世論調査結果に焦っているのは橋下自身ではないか、と私は考えるが。○統一地方選挙で、まずは維新候補を減らし、維新の気勢を削ぐことが重要であろう。○自民・民主・公明・共産の4党は、「大阪市解体はNO!」という共通のキャッチコピーを候補者・政党ビラに使用し、統一地方選挙を、「住民投票」の前哨戦として戦うとしている。また、連合大阪は、民主党候補の出ない大阪市内選挙区では自民党候補を支持すること決定したという。○前述の世論調査から見えてくるのは、大阪市解体派自身が、その構想のメリットを「二重行政」解消程度しか説明できていないという彼らの弱点が明らかになったということだろう。「大阪市を解体すれば、大阪が発展する」というのは、橋下が強弁しているから、橋下支持層には受け入れられているのであって、大阪市解体・特別区設置による新たな財政負担の問題、大阪市民の税金が大阪府に吸い上げられ、自分たちで使途を決められないという事実、「大阪市を解体すれば、大阪がよくなる」のではなく、財源は大阪府に取られ、特別区は、財源も自由にならず、都市計画決定も大阪府に取られ、市町村以下の「自治体」になるという現実をしっかりと宣伝・説明することが求められている。○今回の住民投票は、法的拘束力があり、賛成が1票でも上回ると、大阪市解体が決まることになる。4月5月大阪は、もっと燃えなければならない。(2015-03-22佐野)

 【出典】 アサート No.448 2015年3月28日

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【投稿】人質事件口実に進む安倍軍拡

【投稿】人質事件口実に進む安倍軍拡

<結論は「見殺し」>
 1月17日、中東歴訪中の安倍総理はカイロで、「イスラム国」(IS)と対決する周辺諸国に1億ドルを援助すると表明した。
 この発言は「イスラム国」と有志連合との武力紛争への参戦表明に他ならない。これに対して「イスラム国」は直ちに反応を示し、以前から拘束していた日本人2名の殺害を示唆した。
 あまりの急展開に驚愕した安倍政権は「2億ドルは人道援助だ。誤解されている」などという泣き言と「テロには屈しない」という強弁を繰り返すのみで、解決に向けての具体策をとらず、事態を放置した。
 アンマンに現地対策本部を設置し、中山外務副大臣に居残りを命じたものの、情報は東京の官邸のほうが早く入手する場合もあるなど、有効に機能したとは考えられない。
 それ以前に日本政府には独自に情報を入手する術はなく、ヨルダン政府やシリアの反政府組織に情報収集も交渉も丸投げするという、当初から当事者能力を喪失している状況にあった。 
 その結果1月24日に湯川遥奈氏、2月1日には後藤健二氏が殺害される動画が公開されるという最悪の結末となった。
 激高した安倍は「テ口リストたちを決して許さない。その罪を償わさせる」と口走った。一国の最高権力者がこうした表現を使えば、武力行使の表明と理解されるのが「グローバルスタンダード」であるが、安倍はその直後に「米軍の後方支援など軍事的な選択肢は考えていない」と腰砕けになった。
 さらに菅官房長官も2月2日の記者会見で「身代金は用意していなかった」と開き直り、2名の遺体引き取りについても「話のできる相手ではない」と責任を放棄する姿勢を見せた。
 これは、今後同様の事態が惹起しても日本政府としては「見殺しにする」と言っているのと同じである。「イスラム国」に人質を取られた他の国は、人質交換、身代金支払い、など条件に応じて様々なオプションを行使しているのもかかわらず、端からすべての選択肢を封じてしまうのは主権国家としての責任放棄であろう。
 
<政権批判は圧殺>
 安倍内閣は自らの無責任、無方針を棚に上げ、再発防止を大義名分に、ジャーナリストのパスポートを剥奪するという本末転倒の暴挙を行った。
 テロ対策のため、各国政府は自国民が「戦闘員」になるための渡航を阻止することを決定しているが、ジャーナリストの取材活動は禁止していない。
 政府のこの措置は、憲法違反であるとともに国際共同行動からの逸脱でもある。国際的には「反テロ」と「報道、表現の自由」は密接不可分のスローガンとなっているのである。
 安倍政権は自らの失敗を隠ぺいするため、批判封殺しようとしている。昨年末に施行されたばかりの特定秘密保護法を濫用し、さらに御用マスコミ、学者・文化人、ネトウヨなどを総動員し「反批判キャンペーン」を展開している。
 また世耕官房副長官は今回の事件に関し「自己責任論には立たない」としつつ「後藤さんには3回渡航中止を勧告した」と述べ、高村自民党副総裁も「後藤さんの行動は蛮勇である」として、政権の自己保身に汲々としている。
 自己責任論を錦の御旗のごとく振りかざせば、自衛隊員が海外で戦死した場合、「入隊時に『事にのぞんでは危険をかえりみず、身をもって責務の完遂につとめ』と宣誓し、生命の危険を承知で入隊したのだから自己責任」ということになりかねないだろう。
 今回の事件は、これまでの安倍外交が肝心な場合に全く役に立たないどころか、札束とともに緊張と憎悪をまき散らすものであることを、白日の下にさらしたことに意義があったと言える。
 さらに「強固な日米同盟」の一端も明らかとなった。アメリカはオバマ大統領や政府高官が、日本へのリップサービスを繰り返したものの、人質の所在や安否の確認に動いた形跡はなく、掌握している現地の状況を日本政府に提供したとは考えられない。
 アメリカは昨年7月、「イスラム国」の人質となっていたアメリカ人の救出作戦を実行したが失敗した。オバマ政権は8月のイラク国内での空爆を開始し、9月にはシリア国内にも攻撃対象を拡大した。さらに、先日3年間の期限付きで、地上戦への限定的な戦力投入も決定した。このようにアメリカは軍事作戦の拡大にはきわめて慎重になっている。
 安倍は集団的自衛権の解禁理由について「邦人を輸送するアメリカ軍を防護するため」と言っているが、今回の事態でそのような想定は画餅に過ぎないことが、ますます明らかとなった。

<「イスラム国」は想定外>
 それにもかかわらず、安倍政権は今回の事件を口実に、軍事行動の拡大を強行しようとしている。当初関心が集まったのは海外での自衛隊による日本人救出である。
 安倍は1月末のNHK「日曜討論」や国会答弁では、自衛隊による人質救出作戦を可能とする法整備に意欲を見せていた。しかし後藤氏殺害後の2月2日の参議院予算委員会では「集団的自衛権に係わる法整備には邦人救出なども入っているが、今回のような人質事案と直接かかわることではない」とトーンダウンした。
 人質事件を梃に、集団的自衛権解禁による自衛隊の活動範囲と内容の拡大を目論む安倍政権であるが、あまりに露骨なやり方には公明党など与党内からの批判も強い。
 昨年7月の集団的自衛権解禁等、安全保障に係わる閣議決定では「領域国の同意に基づき(領域国の施政権が及ぶ地域で)邦人救出に対応できるよう法整備を進める」と決定した。しかし今回のような事案については、シリア政府の承認があっても「イスラム国」の支配地域では不可能と判断したためと言われている。
 さらには、自衛隊の情報収集能力も装備も練度も人質救出作戦を遂行するレベルには至っていない事実も、方針修整の要因だろう。

<海外派兵を恒久化>
 これらを踏まえ安倍政権は、人質事件と集団的自衛権をひとまず切り離し、安全保障関連の法整備を強行しようとしている。
 2月13日から始まった与党協議で自民党は極めて危険な方針を提示した。それは「自衛隊派遣に係わる恒久法」「周辺事態法から周辺概念の削除」「グレーゾーンでの米軍以外の艦船の防護」である。
 2007年9月安倍は突然政権を投げ出した。インド洋で多国籍艦隊に洋上給油を行う「テロ対策特措法」の延長を、当時の小沢民主党代表に拒否されたのが、要因の一つと言われている。今回「恒久法」に拘るのは安倍の私怨もあるであろう。
 法案には「歯止め」として、国会の事前承認を得ることが盛り込まれるというが、「緊急の場合は事後承認が可能」という抜け道も用意されている。法案が成立すれば、「緊急」が常態化していくことは火を見るよりも明らかだろう。
 さらに国連決議も派遣要件から除外されようとしている。加えて「周辺概念」が削除されれば、アメリカ軍が軍事行動を開始すれば、その正当性を議論することなく、世界のどこにでも自動的に自衛隊が派遣されることとなる。
 一方「グレーゾーン事態」については、日本領域内での武力行使に至らない事態とされている。自民党は事態について「北朝鮮の弾道ミサイル警戒」、防護対象について「オーストラリア軍」を例示した。
 しかし、北朝鮮の弾道ミサイルを警戒するのに、イージス艦を持たないオーストラリア軍(イージス艦3隻を建造中であるが、予算超過などで1番艦の就役は早くて16年以降)が、遠路はるばる日本近海に出てくるなどという想定はあまりに非現実的である。
 実際は現時点においては、韓国軍を想定しているのだが、日韓関係が修復されていない中では明示できないのであり、安倍政権の外交・軍事政策の矛盾が如実に露呈している。
 
<際限なき軍拡>
 今後は、周辺事態法から周辺を除外したように、グレーゾーンの地理的範囲も拡大されていくだろう。しかし実際は「テロ対策特措法」施行下ではインド洋の対テロ多国籍艦隊に、現在ではソマリア沖の海賊対策多国籍艦隊に海自護衛艦が派遣されており、アメリカ軍以外との共同対処など当たり前の話となっている。5月からは海自が艦隊司令官を担うこととなっており、実態は法制化論議よりはるか先を進んでいるのである。
 実体先行は海上だけではない。西日本新聞のスクープにより陸上自衛隊が昨年1月から2月、カリフォルニア州の砂漠地帯で、アメリカ軍と合同で砂漠戦を想定した実動演習を行っていたことが明らかとなった。
 これまでも陸自はワシントン州の砂漠で戦車などの砲撃演習を行っていた。それには「日本国内では最大射程の砲撃ができない」という理由があったが、今回の演習はそれとはまったく質の違うものである。
 さらに後藤氏殺害が報じられ国内が騒然となった2月1日、それに隠れるかのように種子島から情報収集衛星が打ち上げられた。それに先立つ1月9日、政府は軍事利用の大幅な拡大を盛り込んだ、新たな「宇宙基本計画」を策定した。軍拡はついに宇宙空間にも及ぼうとしている。
 こうした既成事実の積み重ねを進める安倍政権に対する抵抗も、沖縄を中心に粘り強く取り組まれている。ここでも安倍政権や極右国家主義者は「政権や米軍批判を行うのは売国奴」などとばかりに言いがかりをつけてきている。
 設置が目論まれている「日本版CIA」もその矛先は、国内の民主勢力に向かうことは容易に考えられる。「テロに屈しない」と言いながら恐怖政治で批判を抑え込もうとする安倍政権には「イスラム国」を非難する資格はないであろう。(大阪O)

 【出典】 アサート No.447 2015年2月28日 

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【投稿】経済格差の拡大を問う―なぜ今「ピケティ」

【投稿】経済格差の拡大を問う―なぜ今「ピケティ」
                         福井 杉本達也 

1 なぜ今「ピケティ」
 フランスの経済学者トマ・ピケティの『21世紀の資本論』(CAPITAL)が売れている。1月末には来日し各地で講演も行っている。なぜ、いま電話帳のような経済専門書が売れるのか。
 ピケティの『CAPITAL』は当然ながらマルクスの『資本論』(Das Kapital:独語)を意識している。ヘーゲル哲学に基づく論理展開を重視した資本論と異なり、世界20ヶ国以上の税務統計などの300年にわたり遡ったデータを駆使し、富める者とそうでない者との格差が広がっていくという結論は、マルクスの予言した資本主義の暗い未来=窮乏化法則をマルクス経済学ではなく近代経済学の立場から実証的に証明しようとする試みである。ピケティの来日に当たり、毎日・朝日・日経などが特集記事を組んだが、なぜ、いまピケティなのか。新聞は「経済格差はない」、「企業利益は国民に滴り落ちる(トリクルダウン)」といいながらも、格差の拡大する資本主義の未来に大きな不安を抱きつつある。2012年秋にはユーヨーク・マンハッタンでウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)運動が行われたが、「We are the 99%」はその参加者たちのスローガンであった。

2 富の公平性
 ピケティの窮乏化法則は r>g という簡単な式に集約される。「 資本収益率(r)は経済成長率(g)を上回る」というものである。会社の利潤の一部は、資本家には配当として、もう一部が労働者の賃金となる。このとき、資本に回る分と労働者の賃金となる分が同じくらいなら、経済成長率、資本収益率、そして労働分配率(労働者の賃金に回る分)は同じくらいになるはず(『r=g』)。ところが、ピケティが明らかにしたのは、歴史を遡ると、労働者の賃金よりも資本に回るお金のほうがずっと多いという事実。つまり、『r>g』だった。ピケティは、資本収益率(r)は平均4%程度に落ち着き、先進国の経済成長率(g)は1.5%ほどになることを実証している(山形浩生氏・本田浩邦獨協大学教授「Harbour Bussiness Online」2014.1218)。
 経済学の公式では、自由競争により経済が成長すれば、富は平等化し、全ての人々が豊かになるという考えであるが、ピケティの式は、これを根本から否定し、経済成長すればするほど、資本を持つものに富が集中し、持たざる者は益々貧しくなるというものである。また、ピケティの詳細なデータは所得格差の縮小は第二次大戦期中・後の一時的現象に過ぎなかったことを裏付ける。
 ピケティらが運営する「世界トップ所得データベース(WTID)」によると、米国の所得上位のわずか1%の層がキャピタルゲイン(金融資産などの値上がり益)を含んだ2012年の全国民所得に占める割合(Top income shares)は、22.46%であった。これは1978年の8.87%をボトムとしてこの間一貫して上昇し続けている。同日本の場合の所得1%の層は、1977年で6.77%であったものが、2010年には9.51%となってきているものの米国ほどには格差の拡大は顕著ではない。しかし、所得上位層0.01%のキャピタルゲイン(金融資産などの値上がり益)を含んだ平均所得の推移(Top0.01% average income-including capital gains)は、1985年に1.6億円だったものが、平成バブルの頂点の90年には6.6億円と4倍以上に膨張している(バブル崩壊後は大きく低下し2010年は2.3億円)。同0.5~1.0%層では同じ期間に1400万円から1800万円にしか増加しておらず(2010年では1500万円)、キャピタルゲインの利益がいかに一握りの層にしか利益をもたらさないものであるかを如実に示している。アベノミクスは黒田日銀による異次元緩和と称し、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)やゆうちょ銀行による株式市場への介入によって株価を押し上げようとしているが(金魚鉢に二匹の鯨)、誰への利益誘導を図ろうとしているかは一目瞭然である。一方金融資産をほとんど持てない下位90%(Bottom 90%)の層は同期間に190万円から220万円へと増加したものの、その後一貫して低下し、2010年では150万円となっている。

3 低成長の世界
 水野和夫氏によれば、資本主義は、たった15%の先進国の『中心』が残りの85%の『周辺』から利益を吸い上げ、利潤を蓄積していくというシステムであった。先進国は新興国という『周辺』で生産される資源を安く買いたたき、先進国の工業製品を高く売りつけて利潤を上げてきた。ところが、新興国が力をつけてきた今、国外の『周辺』から利潤を得ることが不可能になった。特に中国を始めとするBRICS諸国の経済発展が先進国の利潤獲得を困難にしてきている。『周辺』に利潤獲得の源泉を得にくくなった先進国は、国内の『周辺』から搾り取るしかなくなってきた。それが、米国の低所得者層から搾り取るサブプライムローンであり、日本の非正規雇用による低賃金労働であり、ピケティの詳細な分析で1980年代から格差が拡大していることの背景である。
 日本の10年物国債金利は0.195~0.45%と日銀の市場介入もあり非常に不安定な動きをしているが(日経:2015.2.21)、ほぼ0に近い。金融機関は、国債を売り、日銀券を受け取っても企業は設備投資をしないため運用先がない。住宅ローンは都銀で0.775%(ネット銀行では0.57%:毎日:2.21)では管理費も出ない。タイは日系自動車産業の一大集積地であり生産能力は300万台/年もあるが、タイでの販売は100万台しかない。一部を輸出できたとしても残りは過剰生産設備である。投資をしても利潤の得られない時代=利子率の低下=資本主義の卒業証書=終焉を迎えようとしている(水野:『資本主義の終焉と歴史の危機』)。

4 不動産・資産への課税(資本税)-ピケティへの若干の疑問
 ピケティが格差拡大への処方箋として挙げたのは、グローバルな累進課税である。世界的な情報共有で、金持ちの保有資産を正確に捕捉し、累進税をかけ資産の再分配を行うというものである。
 一方、伊東光晴氏は資産課税については「一見軽いと見えるが、実現されている利益に課するものではないので、実態は重い。何より問題なのは、課税の原則に反するから、実現性はほとんどないことだ。税は実現した所得、利潤、利益に課するものだ。たとえ不動産の市場価格が上がっても、未実現の所得には課税しないのが定説だ。その不動産を販売し、利益が実現した時点で課税されるのだ。未実現の利益に課税すると経済の混乱を招きかねない。」(伊東:「誤読・誤謬・エトセトラ」(『世界』2015.3)と批判し、累進性を持った「相続税」と「均等相続」を提案している。
 日本では現に固定資産税が機能しており、伊東氏のいう資産課税が全く課税原則に反するとはいえまい。ただ、諸国家が連携して国際的な資産課税を一斉に実施するなどはありえない。ケイマン諸島やスイス・ルクセンブルク・シンガポール等々、金融資本には隠れ家:タックス・ヘイヴン(tax haven)は無数に用意されている。連携するとは世界国家=『帝国』を構想することであるが、『帝国』とは国際金融資本(1%)の言うことを最も聞く国家であり、99%を最も無視する国家である。そこで「再分配」という『国民国家』の“民主主義的”ルールが通用することはありえない。ルールを決めるのはウォール街&ロンドンの金融資本である。国内的には『国民国家』による相続税の強化であるが、相続税の強化自体も困難が予想される。ピケティは資本課税による再分配によって資本主義の軟着陸を構想しているが、『終焉』に向かって格差がより極端に拡大し、マルクスの予言=99%の『窮乏化』→『革命』=ハードランディングもありえる。ピケティを呼んだ側もピケティ自身もマルクスの予言が頭の片隅にある。

5 強欲な国際金融資本への対抗軸-ギリシャの新政権をめぐる動き
 ギリシャ危機をめぐり、EUは2月20日に4か月間の金融支援延長という一定の妥協がなされた。強欲な金融資本はギリシャ国民を貧困のどん底に追い込んでも自己の『資産』を確保したいということである。
 今年1月に誕生したギリシャ新政権は緊縮財政の転換を求め、「欧州委員会・IMF・欧州中銀(ECB)」のトロイカ体制の解体を求めてきた。ギリシャ新政権の強気の背景には「欧州とロシアの平和の架け橋になる」(日経:2015.2.2)とし、BRICS銀行からの金融支援の話も浮上している。一方、中国はギリシャ国債の購入拡大も検討していると伝えられる(日経:2.21)。また、昨年12月、欧米の圧力により中止した、ロシア産天然ガスを黒海(ブリガリア)経由で中東欧に送るガスパイプライン=サウス・ストリーム計画をトルコ・ギリシャ経由で中東欧に送る計画も浮上していることも強気を支えている。今後、ギリシャが最終的に国際金融資本の軍門に下るかどうか予断を許さないが、ギリシャの動きはウクライナ情勢と連動している。
 ウクライナ危機を巡り、欧米はロシアに対する経済制裁を科した。しかし、そのことが結果として、ロシアの中国接近をもたらした。昨年10月には中ロの通貨スワップ協定、また昨年5月の中ロの天然ガス供給契約の締結と建設資金の一部中国負担、ガス輸出代金の人民元での受け取りなど、西欧からアジア重視に軸足を移しつつある。中国の豊富な外貨によるBRICS銀行やアジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設により、資金の蓄積や貿易決済におけるドル比重の低下が進んでおり、ドル基軸体制(=国際金融資本・『帝国』)に影響を与える可能性が出てきており(望月喜市「欧米の対露制裁が招くドル基軸体制のほころび」『エコノミスト』2014.12.30)、ピケティとは違った方向での『国民国家』群の動きも広がっている。 

 【出典】 アサート No.447 2015年2月28日

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【日々雑感】大阪「都」構想をめぐって  

【日々雑感】大阪「都」構想をめぐって  
 
 2月某日
友人と話す。大阪の教育現場が魅力を失っている。大阪の教員採用試験の応募者、応募者倍率が深刻に少ない。従来良質の教員を提供していた大学の学生は大阪に応募しないそうだ。大阪には様々な改革が必要だ。しかし、改革課題の取捨選択、どのような方向に変えるのか、変える手法、が大事。橋下維新政策はここで間違えている。
「大阪都構想」を巡り、安倍政権中央、宗教団体、橋下市長が仕掛ける口汚いバトル、と様々で露骨な介入・駆け引き。地方制度改革はもともと政治的事案だ。しかし、あまりにも下品に地方制度がもてあそばれている。

 2月某日
朝日新聞社と朝日放送による大阪市民を対象とした世論調査。「都構想」に賛成35%、反対44%。一方、実際に住民投票に行く可能性の高い層では賛成44%、反対45%と拮抗。住民投票に「関心はない」が計32%あり、この層では反対は62%。賛否理由は、構想賛成者では、「行政のむだ減らし」50%、「大阪の経済成長」28%、「住民サービスがよくなる」8%、「橋下市長の政策だから」9%、他方反対者では、「行政のむだ減らしにつながらない」19%、「大阪の経済成長につながらない」14%、「住民サービスがよくならない」31%、「橋下市長の政策だから」27%。橋下市長の都構想説明には「十分ではない」66%、「十分だ」は17%。区割り案を「知っている」53%、「知らない」43%、とのこと。
大阪市政への不満を煽り立て、二重行政の効率化だけをエサに、内容の説明もせずスローガンだけを示し、反対者を口汚くののしり、言論封殺まがいの圧力かけてまで進められている状況が良く見える。賛成者でも、住民サービス向上とは思っていない。
二重行政解消は、唯一の効果とマスコミが報道するが、それで浮く財源は驚くほど少ない事実や、新たに生じる行政庁舎確保等の財政負担などの議論は封じられている。大阪都制論が本質的に問うていることは、大阪市民の税財源を住民サービスに使うのか、橋下維新の考える大規模投資(健全な資本全体の利益ではない)に使うのかだ。

2月某日
「維新プレスVol.12」。大言壮語と自己矛盾が多い。都制(法上、「府」のまま)となれば、「衰退一途の大阪」が「成長する関西経済圏」が実現し、「大阪都・東京都二極で日本を支える」ことになるという。大阪が東京と並んで政治経済の決定権を得るという錯覚を狙う表現。そのような政策転換は首相答弁でも一言もない。
続いて「現在大阪はどんどん良くなっています」として、地価、有効求人倍率、外国人観光客、百貨店売上の文字が踊る。それならば現行の政策転換でよい。
 都構想Q&Aの例。
 Q1「財源は、全部もっていかれるのですか」、A「財政調整交付金、その80%は、医療・福祉・教育などの身近なサービスに使います」という。全くのすり替え。財政調整交付金の算定基礎内容(税金の使い道)が住民サービスとなるのは当然だ。
問題とされているのは、普通ならば市税である法人市民税、固定資産税、特別土地保有税がいったん府(都)税とされ、府と区で構成する協議会で調整して区に配分されるというシステムだ。区独自の自主財源でなくなり、一度府に入るから力関係はどうしても区が弱くなる。区と区の相互に争いも生じうる制度という点なのだ。東京都では長年の争いがある。
さらに、3税の20%が府の取り分となる点を明記せず、「残り20%は、特別区内の広域サービスへ。いずれも、特別区内で使うことになります。バラバラよりもムダなく効率的」とする。府の行う広域事業の内容が適当か効率的かはさておき、区民の手の届かないところへいくことの是非を隠している。
 Q2「区長は権限を持たないのでしょうか」、A「選挙で選ばれた特別区の区長は中核市並みの権限を持つ」「すべては大阪府が決定する、という噂は嘘です」という。すり替えた上、「すべて」という誘導を行い、「噂」という言葉を使って信憑性を落とす手口。
問題なのは、①本当に中核市の権限をもてるのか。法改正が必要なもの、現行法で可能であっても府と区との協議がととのわなければならないもの、などがある。法上東京都に影響のあるものはまず実現が不可能である。②非常に多くの事務が、一部事務組合となり、単独の区では判断、決定ができないこととなる。住民の手・目の届かないところで多くの重要な事務事業が行われることになる。小さな区になれば住民に近い行政が実現するという宣伝と全く相反する。③財政自主権が不十分な上深刻な財政危機が予想される(この点東京都とは決定的に異なる)区長の権限はたとい多くとも、真の自治とは程遠い。

2月某日
MBSテレビ、橋下市長と柳本市議の出席する討論番組。
大阪市の権限・事業が府に移るのは住民から遠い存在となるとの指摘に関して、橋下市長の、「区がやろうが、府がやろうが、国がやろうが、市民にとっては同じこと」という趣旨の発言。市民にとって受益の中身が同じであれば効率性だけを考えよ、という趣旨。それならば、区の権限を中核市並みに大きくすると必死に主張する必要もなかろう。ダブルスタンダードだ。
そもそも都構想とは、様々な権限・財源をもつべきところが、基礎自治体か、中間団体の府か、その是非、改革をテーマとするもの。「そんなことはどうでもよい。広域行政投資の財源さえ生めばよい」という本音が出た。
地方自治体の制度を考える判断基準は、単に財政効率性だけではない(効率性を無視するのではない)。基礎自治体を最優先順位としつつ、公平公正の確保、住民の利便性、民主性の確保、チェックシステム、など、時には矛盾対立する要素を、議論を慎重に戦わせる中で住民が自ら結論を出していくべきだ。(元) 

 【出典】 アサート No.447 2015年2月28日

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【投稿】大政翼賛体制と北海道知事選をめぐって 統一戦線論(13) 

【投稿】大政翼賛体制と北海道知事選をめぐって 統一戦線論(13) 

<<知事選4連敗の可能性>>
 3月26日告示の北海道知事選がにわかに注目されだしている。
 現職・高橋はるみ知事は前回(2011年)、自民・公明推薦で1,848,504票(得票率69.44%)を獲得し、民主・社民・国民推薦の木村俊昭氏(544,319票、20.45%)、共産推薦の宮内聡氏(176,544票、6.63%)を大きく引き離し、次点とは130万票以上もの大差で勝利している。自民党道連は早々と高橋知事の推薦を決定し、今回も差は多少縮まってもほぼ圧勝と見られていた。
 ところが昨年11月、北海道放送アナウンサーで、知名度の高いフリーキャスターの佐藤のりゆき氏が「道民党」を掲げて立候補を表明。ただちに北海道内で強い影響力を持つ「新党大地」が支持を明らかにし、さらに佐藤氏が北海道電力・泊原発の再稼働に反対する立場を鮮明にしたことから、情勢が大きく転換。反自民・原発再稼動反対で野党が一本化、統一候補が実現すれば、逆転、驕り高ぶる安倍自民が滋賀、沖縄、佐賀に続いて4連敗する可能性が現実化しだしたのである。
 民主党道連内では、横路孝弘・道連代表などが「推薦に値する候補ではない」として佐藤氏支援に難色を示し、あくまでも独自候補を模索し、具体名も挙がっていたが、2/3の道議会民主党の議員総会では「高橋知事4選阻止が最優先」「独自候補にこだわる必要はない」などの意見が相次ぎ、2/15、ついに独自候補擁立の断念を発表、佐藤氏を支援する方針を確認。横路氏はその責任を取り、同日付で代表を辞任。2/21、民主党道連は佐藤氏支持を正式決定するに至った。
 続いて、当初、佐藤支援に消極的であった共産党道委員会も、2/18に至って佐藤氏支援を発表。これまでと同様に、独自候補を立てれば、有権者から見放されてしまうのは間違いない。自民を利するばかりで、落選はしたが善戦・前進したと言う例のセクト主義的で党利優先の唯我独尊的な「自共対決」路線はここに来ておろさざるを得なくなったのである。

<<「支援の形にこだわらず、一騎打ちに」>>
 事実上の野党統一候補となった佐藤氏は、2/6、札幌市の事務所で記者会見を開き、「高橋道政の4期目を良しとしない人は一致団結してほしい。ぜひとも高橋知事と一騎打ちして道民の意思を確認したい」、「私の政策を良しとしてくれる政党、団体があればありがたい」と強調、共産党の支援について佐藤氏は、「推薦、支持ではない。勝手連みたいな感じでしょう」と述べ、「支援の形にこだわらず、一騎打ちになるよう応援してほしい」と、柔軟な形の反自民統一戦線の形成を訴えている。
 慌てだしたのは自民陣営である。「最も恐れていた事態だ」、自民道連の柿木克弘幹事長は渋い表情を浮かべた。「佐藤氏に組織力はないが、道民に知らない人がいないほどの知名度を持つ。昨年の衆院選で善戦して勢いがある共産、民主、大地の組織力が加われば相当手ごわい相手になる」と危機感を隠さない。(毎日新聞2015/2/6)
 2/6、選対事務所開きを行った高橋知事は「今回は今までの中で最も厳しい戦いになる。決戦までの2カ月、全道をできる限り自分の足で駆け巡って頑張っていきたい」と決意を表明。
 経済産業省の官僚だった高橋氏にとって、原発再稼働は当然の帰結であろうし、その再稼動の先頭に立つ北電の当時の会長を、自らの政治資金管理団体の会長に据えて憚らなかった高橋氏であるが、自然・再生エネルギーの宝庫ともいえる北海道で、原発再稼動を争点にすることは墓穴を掘るに等しい。
 さらに、TPPや農協改革をめぐっては安部政権の方針は、農協に敵対的である。JA北海道の政治団体「北海道農協政治連盟」は「(知事選対応は)何も決まっていない」というが、JA北海道は、全国のJA組合数の実に4分の1を占める大所帯で、組合員数は約34万人に上るという(日刊ゲンダイ、2015/2/12)。当然、自民陣営は苦戦を強いられるであろう。

<<「政府の足を引っ張るな」>>
 しかしいかに苦戦とはいえ、前回、自民陣営は、次点に3倍以上、130万票以上もの大差をつけて圧勝している。それにあぐらをかいてきた自民陣営のおごりが彼らの予期せぬ展開をもたらすであろう。
 その証左は、先月1月11日投開票の佐賀県知事選挙で、確認できる。投票日3日前、各紙がすでに自民候補者の樋渡氏「苦戦」と報じていた1/8、現地・佐賀市で自民党の茂木敏充選対委員長は、そのような報道を否定するかのように「ここ数日、樋渡氏がリードを広げつつあります。世論調査など3種のデータの傾向が一致、逃げ切り確実です」と、実質的な勝利宣言をしていたのである。ところが敗北である。
 さらにその前の12月14日投開票の衆院選挙でも、同じく自民党の茂木選対委員長は、自民単独300議席超えに自信をのぞかせていた。12月14日の選挙特番『ZERO×選挙』(日本テレビ系)で、安部首相は「300に届かないじゃないか。話が違っているのは、どういうことだ!」と“ブチ切れ”、「選挙を取り仕切っていた茂木選対委員長をはじめ、党幹部にすごい剣幕で怒鳴っていました」と報じられるほど、生放送とその舞台裏で怒りをあらわにするという異例の事態が展開されている。自民党が300議席を超えれば、次世代の党、維新、民主党の右派らで3分の2を超えると皮算用していた、その当てが外れて怒りも露わに、当たり散らしたわけである。
 とりわけ安倍首相のように思い上がった自己中心主義的な人間は、それに見合った取り巻きを配置し、冷静になることができない。それだけに一層危険でもある。
 安部政権はイスラム国人質事件を徹底的に利用して、安倍政権の対応を批判する者に「テロ擁護」のレッテルを貼り、“非国民”扱いする、大政翼賛的、ファシズム的政治状況をこの際一気に作り出そうとしていると言えよう。すでに憲法9条をないがしろにする新安全保障法制--自衛隊の海外恒久派遣を可能にする、出動範囲の地理的制約をとっぱらう、国連決議がなくても「テロとの戦い」を行う外国の軍隊を後方支援できる--に動き出している。もちろん、憲法9条改悪も具体的な視野に入れ始めた。

<<共産党の歴史的失態>>
 共産党の池内沙織代議士が人質事件での首相の対応に「こんなにも許せないと心の底から思った政権はない。『ゴンゴドウダン』などと、壊れたテープレコーダーの様に繰り返し、国の内外で命を軽んじ続ける安倍政権」などとツイートした。ごく当然な主張である。すると、「首相に責任を負わせるばかりでイスラム国批判がない」といった反論が殺到して炎上。批判におののき、共産党の志位和夫・委員長が「政府が全力を挙げて取り組んでいる最中だ。今あのような形で発信することは不適切だ」と池内氏を注意して全面謝罪させた、という(1/26志位委員長記者会見)。こうした事実経過は、共産党機関紙・しんぶん「赤旗」には一切報道されていない。都合の悪いことには触れないという、共産党の悪しき側面がまたしても露呈した。「自共対決」と喧伝していたはずの共産党、実に「情けない」事態である。看過できない歴史的失態と言えよう。民主党の岡田克也代表も「政府の足を引っ張るな」と党内に発言の自粛を指示したという。
 安部首相にとっては、「このような非常時には国民一丸となって政権を支えるべき」という願ってもない、どころか思い通りの展開である。
 2月9日、参議院会館内で「翼賛体制の構築に抗する言論人、報道人、表現者の声明」を発表する記者会見が行われた。
 声明は、「現政権を批判することを自粛する空気が国会議員、マスメディアから日本社会までをも支配しつつある」「『非常時』であることを理由に政権批判を自粛すべきだという理屈を認めてしまうなら、あらゆる『非常時』に政権批判ができなくなる」などと警鐘を鳴らし、「私たち言論・表現活動に携わる者は、政権批判の『自粛』という悪しき流れに身を委ねず、この流れを堰き止めようと考える。誰が、どの党が政権を担おうと、自身の良心にのみ従い、批判すべきだと感じ、考えることがあれば、今後も、臆さずに書き、話し、描くことを宣言する」と真正面から闘う姿勢を明らかにしている。
 いまあらためて、このような声明を生かした、多様で広範な統一戦線の形成と内実が問われていると言えよう。
(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.447 2015年2月28日

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【日々雑感②】 

【日々雑感②】 

 新年あけましておめでとうございます。
 久々に投稿させていただきます。今年の正月は、例年とはちがって、お宮参りをする人が、めっきり減っているように思います。例年ならば、大晦日から新年にかけて家の横の通りを、何人もの人々が、ぞろぞろと、お宮さんに向かうのですが、今年は、どういうわけか、人っ子一人通らないのです。こんな状態で、元旦の朝を迎え、私も気になるので、地の神社に行ったのです。
 やはり、そこはガラーンとしており、新年を祝う旗だけは、何本も立てられておりました。私は、何かの間違いではないかと、呆気にとられておりました。こんな様子が、2日も3日も続くのです。これでは神社も大変だろうなと思い色々と考えてみました。
 私が思うには、これだけ格差社会になり、貧富の差が拡大すれば、大多数を占める貧乏人が、「神も仏もあるもんか。」という考えになってしまったのではないかと勘ぐったりもしてしまいます。人々の宗教離れともとれるそんな動きは、良いことか悪いことか計り知れませんが、とにかく、おかしな新年でした。
 今年の正月も、亡き妻への配慮から、2日より箱根駅伝をテレビでかけておりました。彼女の好きだった箱根路を、彼女の、お位牌さんを、テレビに向けて見ていただいておりました。あの世で、充分納得していただけたかなあと、唯物論を自称していた自分も、苦笑しております。
 そんな亡妻も、生前は「私は、学問も教養もないアホやけど、そんなアホな私でも、今、安倍首相がやっていることが、どんなにデタラメかわかるわ。自分の友達の黒田さんを、日銀の総裁にしといて、必要以上にお金を印刷させる。そうして、政府が発行した国債を、日銀に買わせる。こんなことを続けてたら、いつか破綻するわ。そんなこと分かれへんのかなあ。」と言っておりましたが、全くその通りで、あなたは、アホやバカではなく、貧しい人の視点で物事を見ている、それが正しい物の見方なのだよ、と冗談にしても、亡妻のことを、バカ呼ばわりしたこともある私は、懺悔の意味を込めておわびします。
「あなたは、心根のやさしい、私にはもったいない良き妻であったよ、」と・・・・。
                        早瀬 達吉(2015-01-12)

PS:早瀬さんから、1月号の原稿として投稿いただいておりましたが、紙面構成から掲載できませんでした。2月号でも同様の経過となりましたので、ネット版での掲載とさせていただきました。早瀬さん、ご容赦ください。(佐野) 

 【出典】 アサート No.447 2015年2月28日

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【投稿】戦後70年を平和の年に

【投稿】 戦後70年を平和の年に
               -軍拡と歴史修整に歯止めを-

<軍拡突出した15年度予算>
 政府は1月14日、一般会計で総額96兆3420億円の来年度予案を決定した。歳入のうち税収は、54兆5250億円と前年度比9%の高い伸びを示した。
 これはアベノミクスで潤った大資本からの税収であり、本来社会保障費や文教費に投入すべきものである。
 しかし、文教費はマイナス1,3%、社会保障費は介護報酬を2,27%減とするなど抑圧する一方、軍事費は2%増と過去最大の4兆9801億円に増額された。
 さらに、今年度補正予算での先取り分約2千億円を合わせると、軍事費は実質5兆を突破する。
 軍事費の内訳は、イージス艦、F35など最新兵器やオスプレイ、水陸両用装甲車という「島嶼防衛」用の装備、さらには南西諸島への部隊配備など、あからさまな対中国シフトとなっている。
 昨年11月の「日中首脳会談」に至るなかで「合意文書」作成や「笑顔無き対面」など、「煮え湯」を飲まされた安倍総理は中国に対する敵愾心を一層激しくしており、その意向を色濃く反映したものとなっている。
 安倍内閣の閣僚にも総理の情念が憑依しているようである。
 中谷防衛大臣は、1月5日、防衛省での「年頭の辞」で東シナ海近辺での中国軍の活動を挙げ「中国軍が不測の事態を招きかねない危険な行為を繰り返している」と批判した。
 また中谷大臣は11日、中国軍に占領された離島の奪還を想定した、陸自第一空挺団の「降下始め」に参加した。
 中谷大臣は昔取った杵柄の訓練塔からの降下を披露し、「リーダーシップを持って、率先垂範でやろうという意気込みで飛んでみた」と一人悦に入っていたが、有事の際はぜひ先頭で突撃すべきであろう。
 さらに「産経新聞」によれば、岸田外務大臣は1月17日、訪問先のインドで中国との領有権紛争が継続しているアルナチャル・プラデシュ州について「インド領土と認識している」と明らかにしたという。
 こうした挑発的言辞に中国は「中国の脅威を誇張している」と反発し「首脳会談時の合意文書の順守」を求めている。

<覇権拡大狙う外遊>
 主要閣僚が総理の分身の様に妄言を呈するなか、安倍本人は1月16日、エジプト、ヨルダン、イスラエル、パレスチナをめぐる中東歴訪に出発した。
 翌17日は阪神淡路大震災20年にあたり、神戸など被災地では慰霊行事などが挙行されるにもかかわらず、これを欠席しての外遊である。いくら防災、東日本大震災からの復興を唱えても、まったくの上辺だけであることが露呈したと言えよう。
 エジプトに到着した安倍はギザのピラミッドなどを見物したのち、カイロ市内で演説、「中東の安定に貢献するため」25億ドル、約2900億円におよぶ経済支援を、中東地域に実施すると大見得を切った。
 その内容は、難民支援やインフラ整備など非軍事分野とされている。しかし今回の援助でもエジプトへの円借款430億円には、エジプト空軍も使用するカイロ国際空港の拡張事業が含まれている。
 日本政府はODAに関し、当該国軍への支援を可能とするよう、その大綱を11年半ぶりに改定する方針であるが、その目論見はすでに実質化していると言える。
 安倍は「積極的平和主義」の名のもと、先述のような対中軍拡を強行し、東アジアでの緊張を激化させているが、アフリカ大陸への影響力拡大も、一歩先を行く中国を牽制し、進めようとしている。
 2013年のクーデター後、14年の大統領選挙で成立した、事実上の軍事政権であるシシ政権に、人権問題については注文を付けずに大規模支援を約束し、訪日を要請したのは、その一環である。
 安倍は「イスラム国」を引合いにだし「反テロ」「中東の安定」を訴えたが、パリでのテロに対する抗議行動に各国首脳が参加する中、ゴルフに興じていた人間の訴えは虚しいものがある。
 今回の外遊もこれまでのものと同様、自己満足と魂胆の見え透いたものとなった。
 
<沖縄への差別、冷遇>
 安倍が外遊で大盤振る舞いを繰り広げているのとは対照的に、この間の沖縄への冷遇は常軌を逸するものであった。
 昨年末、上京した翁長雄志知事を、安倍政権は「官邸出禁」という屈辱的対応で迎えたうえ、沖縄関連予算の減額を示唆した。
 果たせるかな15年度予算で沖縄振興関連予算は、14年度から約160億円削減され約3300億円となった。逆に、辺野古新基地建設関連経費は倍増の約1700億円となった。
 菅官房長官や政府首脳は「13年度予算で38億円余っている。きちんと精査した結果だ」と開き直っているが、そうした予算執行状況を作ったのは仲井真県政であり、責任転嫁を超えたチンピラの言いがかりに等しい。
 こうしたなか、1月15日辺野古現地では基地建設に向けた準備作業が強行された。これに反対する運動も高揚してきているが、権力はさらなる弾圧強化で臨み、逮捕者、負傷者が続出している。
 この様な安倍政権の沖縄に対する対応は、宗主国が属国、植民地に行う仕打ちというものである。
 
<表現の自由擁護せず>
 安倍政権に批判的な人々に対する抑圧は政治レベルに止まらない。
 爆笑問題の政治家風刺ネタはNHKの「事前検閲」で禁止となった。籾井会長は「政治家ネタはよくない」とこの措置を追認した。
 「紅白歌合戦」でのサザン・オールスターズのパフォーマンスは、ライブであったため放映された。虚を突かれた形の籾井は「ピースとハイライト」について「歌詞の細かいところまで承知していない」とうろたえたが、放送直後から右翼、レイシストなどからの脅迫が相次ぎ、桑田佳祐は謝罪に追い込まれた。
 桑田は年末のライブでも、「総選挙なんか無茶」と批判したが、来場していた安倍は、恥をかかされたと思ったのだろう。
 ヘイトスピーチやヘイト本に関しては、野放しにしているにも関わらず、政権批判に関しては極めてナーバスになっているのが現在の日本の権力者である。
 両事件とも、直接政権幹部は言及していないが、政権の意向を忖度しての行動であったことは想像に難くない。
 これは沖縄への子供じみた対応と同様、日頃、安倍政権が批判する中国や北朝鮮の権力と同じメンタリティというべきである。
 安倍はパリのテロに関し「言論の自由、報道の自由に対するテロは許さない」などと表明しているが、まさに天に唾するというものである。

<地方の反発に動揺>
 これらの事象は、与党で12月の総選挙で絶対安定多数を獲得したものの、決して政権は安定していないことへの不安の表れである。
 1月11日の佐賀県知事選挙では、自公推薦の樋渡候補が県農協連などの支持を受けた山口候補に敗れた。
 与党候補の敗因は強引な農協改革への批判だけではない。古川前知事に玄海原発再稼働と佐賀空港への陸自オスプレイ配備を容認させた直後に、衆議院に転出させ、後釜に樋渡武雄市長を据えるという、地方自治を無視した官邸の手法に対する反発が大きい。
 政権の都合しか考えていないこうしたやり方は、「大名は鉢植え」と評された徳川幕府の政策を彷彿とさせるものがある。
 安倍政権はこの間滋賀、沖縄、佐賀、さらには相乗りに追い込まれた福島を含め、県知事選挙では連敗を重ねている。
 「地方創生」を内閣の最重要課題としているものの、それは政権に協力的な自治体を金の力で作るものでしかないことは、見透かされているのである。
 
<重要さ増す自治体選挙>
 政権基盤の動揺を糊塗するため、政策、政治手法はますます硬直化してきている。異を唱える者への排除や報復はさらに強まるだろう。
 この様な傾向は周囲にいるものも不安に陥れている。
 アメリカの議会調査局は、先日公表した日米関係に関する報告書の中で「安倍政権は周辺諸国との関係を悪化させ、アメリカの国益を棄損した可能性がある」と指摘した。さらに同報告では「安倍総理は過去の侵略を否定する歴史修正主義的視点」を持つと、危惧を露わにし、戦後70年に際しどのような発言をするか、世界が注目している、と「戦後70年安倍談話」に釘を刺した。
 「安倍談話」を巡って官邸からは「『村山談話』」を全体として継承する」=「侵略への反省など具体的な部分は変更する」との観測気球が挙げられている。
 このような危険な動きに対しはすでに中国、韓国から厳しい牽制が投じられているが、アメリカに加え天皇からも懸念の声が上っている。
 天皇は新年のあいさつで「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び・・・」と極めて異例な言及を行った。
 安倍政権は今後、有識者会議を立ち上げ内容を検討していくとしているが、御用学者の集まりでは歴史の批判に耐えうるものができるとは考えられない。
 毎日新聞は1月14日「安倍総理が5月連休に真珠湾訪問を検討」と報じた。菅官房長官は即座にこれを否定したが、強まる批判、とりわけアメリカからのそれを和らげるための方策であろうし、動揺の表れである。
 戦後70年を平和の年としていくため当面する統一自治体選挙では、民主勢力の糾合、前進を実現しなければならない。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.446 2015年1月24日

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【投稿】ドル―IMF-世銀体制の没落か「水晶の夜」の再現か

【投稿】ドル―IMF-世銀体制の没落か「水晶の夜」の再現か
                              福井 杉本達也 

1 国家自らがデモを組織する不思議?-フランス紙襲撃事件
 1月11日フランス全土で、週刊紙シャルリ・エブド社襲撃事件に抗議するデモが行われた。370万人が参加し、オランド仏大統領やメルケル独首相、キャメロン英首相、レンツィ伊首相、ラホイ・スペイン首相のほか、イスラエルのネタニヤフ首相、パレスチナ自治政府のアッバス議長らも参加するフルキャスト・フルメンバーであり、世界のデモ史上、最も華麗、かつ豪華絢爛なデモ行進と報道された。むろん、デモ大衆とは別の小さな通りで、治安機関職員に取り囲まれてのヤラセであるが(「The Voice of Russia 」2015,1,14)。
 しかし、国家権力が組織したデモとは何かが問われなければならない。普通、デモは権力も、暴力手段も、宣伝手段もない民衆が最後の抗議手段として自らの体を張って行うものである。国家権力は逆にこれら全てを持っている。その国家がデモを企画した目的が問われなければならない。武田邦彦中部大学教授は、仏のデモとナチスの行進を並べたブログを掲載した(2015.1.15)。ナチスの行進の目的は「反ユダヤ」・「反共産」という国家権力の意志を国民に力で押しつけ、国論を統一することにあった。まさか、国家権力が「ペンの自由」という間の抜けた呼びかけをすることはない。今回のデモは「反イスラム」・「反ユダヤ」ではない。アッバス議長もネタニヤフ首相も参加している。「反ロシア」でもない。ラブロフ外相も参加している。欧州国家がその権力を持ってしても背けず、デモで「抗議」しなければならない相手とは、消去法であるが「反ナチズム」=「反米」以外にはない。間髪を入れず米共和党・メディアはオバマ政権の反テロ行進への不参加を「手痛い失点」と非難した(日経:1.14)。今年に入り、オランド大統領は、ウクライナ危機の解決で進展があった場合、ロシアに対する各国の制裁を解除することを提案したとAFP通信が伝えていた。15日に独仏ロとウクライナによる首脳会談が行われる予定であった(日経:1.11)。これらの動きはウクライナのナチズムに裏から糸を引く米国にとっては非常に都合が悪いことであった。欧州の「移民問題」という弱点にテロを仕掛けることによって欧州を脅したのである。

2 ドル高・円安をどう捉えるか
 米国はウクライナのナチズムを支援してクーデーターを起こしたものの、現在の米国の経済力では支えきることはできない。ウクライナは破産状態であり、電力危機でウクライナの古い原発はこの間何度も事故を起こしている。このままではチェルノブイリの再来も間近である。石炭も不足しており、親ロ派の支配する共和国にしかない。南アフリカ・ポーランドからの石炭購入は支払い能力なしということで断られ、ロシアから輸入するしかない(ロシアNOW 2014.12.5)。
 ドル高・円安・ユーロ安というのは、米国に資金を集める政策である。ドルは基軸通貨であり、ドルに不安がないのであればなにもドル高にして無理に資金を集めることはない。ドルさえ持っていれば世界中で使用できるからである。しかし、米国はアフガン侵略・イラク侵略等々戦争に次ぐ戦争でドルを乱発し、ドルの信用に疑問符がついている。
 ドルの外貨準備が最も多いのは中国の3兆9,900億ドル、日本が1兆2,600億ドル、EUが5,859億ドル、ロシアが4,189億ドルなどとなっている。米国はこの海外ドル資産を米国に再投資するように圧力をかけており(マイケル・ハドソン『超帝国主義アメリカの内幕』1945年米国―カナダ協定等)、各国とも事実上ドル外貨準備は「肉を冷蔵庫に入れて電気を切る」状態に置かれている。
 外貨準備の中で金準備が最も多いのは米国の8,134トンであり、これに次いで、ドイツの3,348トン、イタリアの2,452トン、フランスの2,435トンとなっている。これに次ぐのが、この間ルーブル安であるものの、金準備を着実に増やしているロシアが1,150トン、そして中国の1,054トンである。日本はわずか765トンに過ぎずそのほとんどは米国の金庫に保管されていることとなっている。スイスでは「スイスの金を救え」というスローガンで中央銀行の金準備増強と海外保管の金(=米国保管)の国内へ移送するという政策は11月30日の国民投票で否決されたものの、フランスでも同様の要求が高まっており、オランダは一部移送を実施した。しかし、ドイツは米国の圧力により移送を断念している。スイスやオランダが金準備を国内に移送しようとしたのは、米国の金準備が実際はほとんど使われてしまってNY 連銀の金庫の中は空で、各国の米国内に保管されている金準備にまで手を付けているのではないかという「疑心暗鬼」によるものである。逆に言えば、ドルの信認が無くなり、紙くず同然となる日が近いということでもある。

3 ブレトンウッズ体制(金・ドル本位制)
 1944年、金だけを国際通貨とする金本位制ではなく、ドルを基軸通貨とする制度を作り、単なる紙幣(紙)に過ぎないドルを金と同様の価値があるとし、金とならぶ国際通貨とした。第二次世界大戦後は世界のほとんどの金が米国に集中しており、米国は圧倒的な経済力と軍事力を誇っていた。ドルと各国の通貨価値を連動させたことから、ブレトンウッズ体制(IMF体制)のことを、金・ドル本位制という。
 この制度では、金とドルの交換率を、金1オンス=35ドルと決め、金との交換を保証し、今日のように毎日・毎時為替レートが変動することはなく、為替が固定されていたことから、固定相場制という。ちなみに当時円は1ドル=360円に固定されていた。

4 変動相場制
 しかし、米国は、1960年代にベトナム戦争での大量支出や、軍事力増強などを行った結果、金の裏付けのないドル紙幣を大量に発行し、NY連銀の金庫からは金がどんどん流出し、金との交換を保証できなくなくなっていった。当時、ドル紙幣をため込んだフランスなどは、これを金に換えようとしたことから米国は破綻宣言=1971年8月15日、米大統領ニクソンは、ドルと金の交換停止を発表した(ニクソン・ショック)。これにより、米ドルは信用を失い、1973年よりに変動相場制へと移行した。
 その後、米国はドル危機を避けるため高金利政策を取り、資本の吸収を図ったものの、莫大な貿易赤字が計上され、財政赤字も累積していった。特に、日本とドイツがアメリカの圧力により赤字解消のための為替を大幅に切り上げざるを得なくなった(プラザ合意)。その後今日まで、米国はその軍事力を背景に、紙くず同然のドル紙幣を押しつけ、赤字を垂れ流す体制を続けてきた。「米国債本位制により、アメリカ経済は、アメリカの外交官がIMFを通じて他の債務国に命じる行動、つまり緊縮財政をみずから実践する必要がなくなった。アメリカだけが、国際収支への影響をほとんど気にせず、国内で拡大路線をとり、外交を推し進める。債務国に緊縮財政を押し付けながら、世界最大の債務国、アメリカは、一人金融的束縛なしに行動する」(マイケル・ハドソン)ことができることとなった。

5 BRICS銀行とアジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設
 2014年は中国主導によるBRICS銀行とアジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設が合意された。AIIBは基本は新興国が加盟するが、ニュージーランドも参加することを表明し、枠はどんどん拡大している。金の裏付けのなくなったドルを中心とするドル基軸体制=ドル―IMF―世銀体制を根本から揺るがす事態となっている。BRICS銀行やAIIBが機能するようになれば、新興国の貿易や投資はNYを経由することなく、決済が行われ、ドルは紙くず同然になる。「この合意は、第二次世界大戦後の米国主導の国際金融レジームに対するだけでなく、冷戦後の国際秩序そのものに対する一つの挑戦」(六辻彰二)である。これまでのIMF・世銀は借り入れ国に経済政策や制度の改革を求め、実行されなければ融資を引き揚げるという先進国の新興国収奪の先兵として権力をふるってきた。 場合によっては、その国の政権を転覆してでも債権を確保し、無理やりに市場経済化を推し進めてきた。たとえば、1973年チリではアジェンデ政権が転覆され、IMF/世銀の要求により1997年に南米のボリビアでは、水道事業が民営化され、米国ベクテル社の子会社に売却された。
 これまでも、IMFへの新興国の参加=具体的には中国の出資額の日本レベルへの引き上げやSDRの強化なども議論されてきたが、いずれも米国の強い反対により潰されてきた。そのような機関ができれば、これまでのような無制限なドルの垂れ流しも、新興国の収奪も出来なくなり手足を縛られてしまうからである。これまでと異なるのは、ロシア・中国の軍事力と中国を始めとする新興国の十分な外貨準備高によって担保されていることである。
 米国としては自らの覇権を根本から引っ繰り返される恐れのあるBRICS銀行やAIIBを何としても潰したい。そのための攻撃がウクライナであり、イスラム国であり、香港雨傘革命等々である。ウクライナ問題に対するロシア制裁を巡っては欧州には反対の意見が根強い。昨年12月に行われたG7でもドイツなどが米国の制裁強化に反対したと伝えられる(福井:2015.1.16)。しかし、正規の軍事行動は経済情勢から見ても制限せざるを得ない。とすれば非正規の軍事行動が幅を利かすこととなる。現代版「水晶の夜」(Kristallnacht)を再現してはならない。 

 【出典】 アサート No.446 2015年1月24日

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