【投稿】包囲網の拡がりと自公政権の動揺 統一戦線論(17)

【投稿】包囲網の拡がりと自公政権の動揺 統一戦線論(17)

<<慌てふためく安倍政権>>
 戦争立法強行採決(9/19)直後の9/24、安倍首相は局面の打開をはかるべく、自民党総裁再選を決めた両院議員総会後、自民党本部で記者会見を開いた。しかし、連日、国会・首相官邸を取り巻き、そして全国各地で急速に拡がりだした強大な集会とデモの波に不安と動揺を隠し切れなかったのであろう。首相にのしかかる暗雲を振り払うべく、「デフレ脱却は、もう目の前です。この3年で、日本を覆っていた、あの、暗く、重い、沈滞した空気は、一掃することができました。日本は、ようやく、新しい朝を迎えることができました」などと現実とまったくかけ離れた言辞を弄し、唐突に、「アベノミクスは第2ステージへ移る」と宣言したのである。これからは経済に専心し、「1億総活躍社会」を目指し、「希望を生み出す強い経済」、「夢をつむぐ子育て支援」、「安心につながる社会保障」の新たな「3本の矢」なるもの掲げ、今後の政権課題を「強い経済を作るために全力を挙げる」と表明した。この「3本の矢」、ことごとく自らが先頭に立って市場原理主義の旗の下に規制緩和と非正規雇用の拡大、社会保障予算の削減によって「第1ステージ」でぶち壊してきたものである。「第1ステージ」が「希望」を萎えさせ、「夢」をぶち壊し、「安心」を「不安」に置き換え、失敗したが故の「第2ステージ」であることを自ら認めてしまっていることに本人は気付いていない。安倍政権登場の3年前とは違って、こんな絵空事で支持率を獲得できる事態ではない、むしろアベノミクスのファイナルステージになりかねない事態である。
 しかしよほどの付け焼刃であったのであろう。身内であるはずの石破茂地方創生相からでさえ、肝心の「1億総活躍」について、「最近になって突如として登場した概念。国民の皆様方には『何のことでございましょうか?』みたいな戸惑いのようなものも、全くないとは思っていない」と茶化され、突き放される始末である。慌てふためき動揺したあげくの思い付き、口先だけ、小手先だけのパフォーマンスであることが周辺からでさえ見透かされてしまっているのである。

<<「出さないほうが良かった」>>
 こうした安倍政権の動揺は、すでに8/14の「戦後70年談話」にも見て取れる。
 安倍政権の当初の狙いとしては、過去の植民地支配と侵略を認めた20年前の村山談話を、事実上撤回することが、首相個人にとっても譲れないぎりぎりの線であった。ところが、8/14、発表の当日、6カ所も談話を読み間違え、お得意のどうだといわんばかりの高揚感がまったく見られない、覇気を失った味気のないものとなってしまった。安倍首相としては、本来は否定したかったし、そうすることを確言していた、村山談話にある「侵略」「植民地支配」「痛切な反省」「おわび」は次々とそのまま踏襲せざるをえず、極力あいまいに薄めたものの、本人自身が無念さをこめた談話にしかならなかったのである。村山談話からの脱却にあれほど意欲を示していたにもかかわらず、である。
 7月16日の安保法案衆院通過後、各社の世論調査ですべて内閣支持率が不支持を下回る逆転現象が起き出し、戦争立法反対の闘いの急速な盛り上がりの前に恐れをなし、後退せざるを得なかったのである。期待した保守派は失望、失笑し、出さないほうが良かったとまで酷評される始末である。
 とはいえもちろん、精一杯の「安倍カラー」を盛り込んではいる。「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」などと侵略と植民地支配を合理化したり、慰安婦問題に言葉さえ割かず、「子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と謝罪外交の終わりを告げる。そういいながら、「戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも忘れてはなりません。」と付け足す。そして反省やおわびに「私は」という主語を一切つけない。こうした無責任きわまる曖昧模糊とした談話の発表は、その意義をまったく台無しにしてしまった安倍政権の動揺振りを如実に示していると言えよう。

<<共産党の方針転換>>
 安倍政権がここまで追い込まれたのは、何ゆえなのか。
 年初以来、とりわけ5月から9月にかけての、戦争立法反対運動が、60年安保闘争以来ともいえる急速な盛り上がり、60年安保闘争を超えるともいえる草の根の運動の広がり、学生や高校生まで含めた若者の運動前面への登場、学者・文化人から子連れのママさん、そして市民一人ひとりが自由に参加できる運動形態の広がり(「女の平和」国会ヒューマンチェーンや「誰でも入れる市民の列」、全国40箇所以上で展開されたという無言のプラカード行動・スタンディング、等々)、各界各層、全国津図浦々、保守層にまで拡散した「安倍政治を許さない!」闘いを前にして、安倍・自公政権は顔色を失ったといえよう。その狼狽振りが、「戦後70年談話」と「1億総活躍社会」にも現れたのである。
 さらなる力強い追い込みが不可欠であるが、「安倍政治を許さない!」闘いの盛り上がりに比して、野党の不統一、そのふがいなさ、中途半端さは目を覆うばかりである。ようやく戦争立法反対では、大衆運動の強い後押しによってようやく足並みを揃えるに至ったが、まだまだ力強さと粘り強さに欠ける。
 そうした中で共産党の志位委員長が9/20、「戦争法(安保法制)廃止の国民連合政府」の実現に向けて、「“戦争法廃止、立憲主義を取り戻す”――この一点で一致するすべての政党・団体・個人が共同して」の選挙協力を呼びかけた。そして具体的には、来夏の参院選での野党選挙協力について「32の(改選数1の)1人区全部で自民を落として野党が勝つ構えで選挙協力をしたい」と述べたのである。
 志位氏が「私たちは党をつくって93年になりますが、これまでこういう全国的な規模での他党との選挙協力(の試み)というのは、実はやったことがないんです。」と言うとおり、共産党の画期的な方針転換である。
 志位氏は「どの選挙区にも擁立するこれまでと同じ対応では国民への責任は果たせなくなる。共産党も変わらなければいけない」と述べ、今回の構想について、「安倍政権が続くなかではすぐに降ろすものではなく、一貫して掲げたい」と述べ、中期的な構想であることも明らかにした。

<<「『我見』ではあかん。まとまってやらんと」>>
 なぜこうした方針転換がもっと早くからできなかったのか、せめて前回の都知事選や、衆院選でもできなかったのか悔やまれるところであるが、遅きに失したとはいえ、前向きな転換と言えよう。
 共産党が統一戦線成功のために本来一貫して追及すべき、なすべき方針転換が、ようやくのことで大衆運動の盛り上がりとその力強い要求に押されてなされた、「これまでと同じ対応では国民への責任は果たせなくなる」、またそうしなければ見放される現実に直面してなされた転換だとも言えよう。
 逆に言えば、これまでの共産党の全選挙区、地方選でもほぼすべての首長選で独自候補を立ててきたセクト主義的な独自路線、排他的な分断・分裂路線が、いかに自公政権に喜ばれ、彼らを助け、彼らに歓迎されてきたかの証左でもある。そして安倍政権と闘う側からは、いかに苦々しく情けなく見られて来たかの証左でもある。
 歓迎すべき方針転換ではあるが、共産党のセクト主義はなかなか克服できない一種の業病でもある。9/30付赤旗8面トップ見出しは、「大反響の『国民連合政府』提案」「党勢拡大は『統一戦線の発展のための決定的条件』」と逆立ちした論理を掲げている。統一戦線に先立つ「党勢拡大」なのである。本来は、統一戦線を成功させてこその「党勢拡大」である。ところが現実の共産党においては、「決定的条件」が「党勢拡大」となってしまっている。10/2付赤旗は、この間の「党勢拡大大運動」の中で5000人入党と誇らしげに報じている。何が何でも党員獲得なのである。共に闘うよりも、「わが党」への入党を優先する囲い込み運動なのである。それがいかに排他的分裂主義的であっても問われるものではない。同じ10/2付赤旗1面では、「国民連合政府」実現へ 「我見」排し団結を、という見出しで、有馬臨済宗相国寺派管長と市田副委員長・穀田国対委員長が懇談内容が掲載され、有馬管長は「仏教では、自分の立場に固執することを『我見(がけん)』といいます。『我見』ではあかん。まとまってやらんと」と応じている。まさに「我見」ではダメなのである。
 統一戦線は、本来一貫してそうあるべき基本戦略であって、党勢拡大のための戦術であってはならないものである。

<<致命的な弱点の存在>>
 この共産党の方針転換には、さらに指摘しなければならない、まだ顕在化してはいないが、致命的な弱点が存在している。それは、尖閣列島問題での共産党の立場である。
 10/16の外国特派員協会で志位委員長が講演をしたのであるが、記者が質問をして、「国民連合政府が政権運営している時に有事が起きたら、自衛隊と在日米軍の出動を要請するのか」と突っ込まれると、志位委員長は以下のように答えている。
 「(政府としては)『凍結する』と言っているのですから、自衛隊法がある以上、有事の時に自衛隊を活用するのは当然のことです。現行の日米安保条約の第5条で日本が武力攻撃を受けた際は共同で対処すると述べられています。」
 つまり、有事の際には、「日米安保条約の枠組みで対応する」、「急迫不正の時には自衛隊を活用する」「在日米軍を活用する」と明言したのである。
 共産党は、尖閣列島、竹島とも日本領土論を展開しているが、とりわけ尖閣列島問題では、右派も「正論」だと絶賛したニコニコ動画の中で志位委員長が登場して、「日清戦争(1894~95年)に乗じて日本が不当に尖閣諸島を奪った、という中国側の主張ですが、日清戦争によって日本が不当に奪ったのは「台湾とその付属島嶼(とうしょ)」および「澎湖(ほうこ)列島」で、尖閣諸島は含まれていません。中国側の主張は成り立たないのです。」と詭弁を弄して、あまつさえ、尖閣諸島を巡って「領土問題は存在しない」と繰り返すだけの日本政府の姿勢を「だらしない」と一蹴してみせたのである。民族主義への媚び、民族主義での反中・反韓路線への同調・激励路線である。この点に関しては、安倍政権を共に民族主義で叱咤激励する立場である。
 ここに明らかなことは、共産党の路線は、徹底した善隣友好・平和外交路線ではなく、「国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とした憲法9条を堅持する路線ではないのである。
 この点に関して、『絶望という抵抗 佐高信×辺見庸』(㈱金曜日2014/12発行)のなかで、「あの党(共産党)の領土問題についてのスタンスに共感できません。尖閣列島は日本の領土であるという。この点は自民党と殆ど代わらない。・・・日中戦争、そのとき共産党はどうするか、起きるのは「祖国防衛戦争」です。」(辺見庸)「戦争を生み出す最大のエネルギーはナショナリズムです。戦争に反対するということは、ナショナリズムに反対すると言うことです。その意味で、いまの共産党にその資格があるとは私には思えない。」(佐高信)という指摘が現実化しだそうとしているのである。
 もちろん、直面する課題は、安倍政権打倒のための統一戦線である。しかし、その成功はこうした懸念を払拭するものとしなければならない、と言えよう。
(生駒 敬) 

【出典】 アサート No.455 2015年10月24日

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【コラム】ひとりごと—南京大虐殺 ユネスコ記憶遺産登録問題—

【コラム】ひとりごと—南京大虐殺 ユネスコ記憶遺産登録問題—

〇2015年10月9日、ユネスコ(国連教育科学文化機関)は「南京大虐殺事件」を巡る資料を記憶遺産に登録することを決めた。中国は、昨年3月に「南京大虐殺文書」と「慰安婦関連資料」の記録遺産登録を申請しており、1年6か月の検討期間を経て、登録が決定されたことになる。○登録決定を受けて菅官房長官は、テレビ番組で、「南京で非戦闘員の殺害や略奪行為とかは否定できないと思っている。しかし、その人数にはいろんな議論がある。ユネスコが一方的に中国の言い分を受けて指定するのはおかしいということを、中国にも、ユネスコにも外交ルートを通じて抗議してきたものが、今回、このような形で指定されたのは残念で、抗議している」(産経)と発言した。二階総務会長も「分担金拠出の削減をするべき」と発言している。〇中国は、3つの文書を記録遺産文書として申請していたが、この内容は今後公表されるという。日本政府は、文書の公開後、その真実性等を問題にして「登録取り消し」を目指すと言われている。○政府外務省は、中国の申請が登録されないよう、政治的アプローチしてきたわけで、見事に敗北した形となった。「透明性や公平性が欠けている」との指摘は、登録決定前にこそ主張するべきであろう。その意味では、日本の外交的敗北であり、安倍外交の敗北である。〇菅官房長官も認めているように、日中の意見の相違の一つは、被害者の人数にある。中国側は、最大で30万人と主張している。日本の一部の歴史家は、2万人から3万人の捕虜を「処断」した事実は認めつつ(軍の報告書の中に記載されている数の合計)、中国の主張する人数については、反論する。○しかし、「ユネスコ拠出金の削減を行うべき」とまで主張する政治家の対応を見て、戦後70年を迎えても、侵略戦争の反省が何もできていない保守政治家の本音が露呈したと感じる人は多いと思う。○私の記憶では、1972年の日中共同声明では、日本の侵略戦争被害の賠償請求は、これを行わないことで合意された。しかし、賠償問題と戦争被害の実態解明は別の問題であろう。〇一部の論者は、1937年の盧溝橋事件の後、上海事変、そして南京攻略に伴う侵略戦争について、「双方とも宣戦布告を行っていないから、戦争法は摘要されない」などとして、「捕虜」の殺害も罪に問われない、などの主張をしているというが、情けない限りである。〇過去の過ちに謙虚に向き合うことなしに、「積極的平和主義」を訴えても、反省のない「侵略者」が再び息を吹き返したと思われるだけで、新たな平和的関係の構築は望めないだろう。〇上海攻略では「一撃で中国は屈服する」と現地軍が暴走し、それを参謀本部が追認。ドイツ・ソ連から軍事物資が供給され、増強された中国国民党軍の頑強な抵抗に、上海の攻防だけで、日本側の死傷者は4万人を超えた。事態が膠着する中、新たに派兵された3つの特設師団は、予備役中心で編成装備も不十分だったと言われている。さらに、杭州湾上陸作戦に向け、4個師団を増派し、上陸作戦の成功により、挟撃を受けることとなった国民党軍は総退却に転じ、首都を南京から重慶に移した。南京攻略については、参謀本部にも異論があったが、戦線拡大派が押切り戦端が開かれた。しかし兵站が十分ではなく、南京入城後日本軍による略奪、敗残兵・捕虜の殺害が相次ぐ。戦時記録では、第9師団が掃討戦で捕えた敗残兵6670人を刺殺・射殺したとの記録がある。これが、南京大虐殺と言われる事態である。数の問題に解消できる問題ではないのである。○今後、南京大虐殺の記憶遺産登録問題では、政府は「日本の見解」を訴えるとしているが、侵略の経過を明らかにした上での議論とすべきである。〇分担金削減の大合唱の中、先日アメリカのケリー国務長官は、パレスチナ問題を理由として2年間凍結してきた、ユネスコへの分担金拠出を再開すると表明した。安倍政権の対応と正反対の動きとなっており、削減を実施すればさらに日本は孤立することだろう。○戦後70年ということで、この夏は、歴史本をよく読んだ。「昭和陸軍全史」(1巻から3巻川田稔著 講談社現代新書)、「日米開戦の正体–なぜ真珠湾攻撃という道を選んだのか」(孫崎亨著)、「海軍の日中戦争 アジア太平洋戦争への自滅のシナリオ」(笠原十九司著 平凡社)など。満州事変以後日米開戦に至る日本の中国侵略の歴史は、国民共有の認識として、しっかり語り継ぐ必要がある。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.455 2015年10月24日

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【投稿】戦争法案強行採決を糾弾する

【投稿】戦争法案強行採決を糾弾する
            -武力行使阻止への取り組み継続を-

830戦争法案反対大阪集会

<異論は圧殺>
 9月19日未明、参議院本会議において戦争関連法案が、与党の強行採決により可決、成立した。
 民主党、共産党など野党は、国会を包囲するうねりと連携し、内閣不信任案などを連続して提出したが、与党は一部野党を抱き込み委員会、本会議での採決を連続した。
 世論の強い反対の声を無視した安倍政権の暴挙は、戦後憲政史上、1960年の日米安保改定と並ぶ民主主義の破壊行為であり、歴史に汚名を残すものとなるだろう。
 安倍は法案成立後の記者会見で、国民の理解が得られていない現状に「これからも、粘り強く丁寧に説明していきたい」と述べた。
 しかし、一方的に戦争法の「意義」を語るだけで、世論には耳を貸さないどころか、相も変わらず反対意見に対し「誤解だ」とか「レッテル貼り」と、国民が間違っているかのような的外れの非難を行い、あまつさえ異論は許さないというのが本音であることは明らかである。
 採決に先立つ9月8日、自民党総裁に安倍が無投票で再選された。野田聖子前総務会長は、官邸サイドの圧力により20人の推薦議員が集められず、立候補断念に追い込まれた。
 総裁選となっても野田が戦争法案反対を打ち出すことは考えられず、安倍の勝利は揺るがないにもかかわらず、自らに異を唱える者は少しでも許さない、という異常性に安倍政権の焦りと余裕の無さが表れている。
 力づくで対立候補の出馬を封じ込めるのは正真正銘独裁者の手法である。恣意的な新憲法規定でアウンサン・スーチーの大統領就任資格を剥奪している、ミャンマーの準軍事政権(議会の四分の一は軍人枠)のほうがよほど「合法的」であろう。
 無投票再選は戦争法案成立の為に、挙党体制を演出する強硬策であった。しかし直後の政治関連のポータルWebサイト「政治山」のアンケートでは、安倍支持を含む6割が「総裁選をやったほうが良かった」と回答、かえって安倍政権の反民主性を際立たせることとなった。
 さらに翌9日、政府と沖縄県の辺野古基地建設に関する協議が打ち切られ、安倍政権は工事再開を表明した。県との協議の場はのこされたものの、安倍政権による事実上の工事強行宣言であろう。
 こうして異論を圧殺する姿勢をこれまで以上に明確にし、戦争法案に集中する体制を整えた安倍は、強行採決に邁進したのである。
 
<情勢と乖離する戦争法>
 法案成立により、自衛隊発足以降、日本を取り巻く様々な情勢の変化があっても封じられてきた集団的自衛権は解禁となった。政府が恣意的に認定する「存立危機事態」が発生すれば行使可能となった。
 これまで周辺事態法で自衛隊の活動は極東地域に限られてきたが、地理的制約がなくなり、支援対象国も事実上無制限となった。
 さらに、個別に条件を勘案し、特別法で行われてきた「後方支援」が「国際平和支援法」で常時可能になるなど、政権が判断すれば「いつでも」「どこでも」「だれとでも」開戦が可能となる。しかし現実には戦争関連法が必要となる可能性は縮小している。
 安倍政権は戦争法の必要性を説くのに「避難邦人を乗せた米艦船の防護」「ホルムズ海峡の機雷掃海」を挙げてきたが、いずれも破綻した。
 こうして砂上の楼閣が次々と崩れるなか、拠り所としているのが中国に対する牽制である。アメリカ軍との連携で中国軍に対抗することを思い描く安倍政権であるが、それは同床異夢というものである。
 オバマ政権は、中国と事を構える考えはない。一部の軍人は中国を念頭に挑発的、対抗的なメッセージを発してきたが、何人かは更迭された。米海軍は南沙の人工島12海里(領海)内の哨戒を2013年以降実施していない。
 9月25日の米中首脳会談で、オバマは南シナ海における埋め立てや、サイバー攻撃に関して指摘はしたが、偶発的衝突を防止するシステム構築など信頼関係構築も進められた。
 中国も国際的な影響力の拡大と軍拡は進めているが、巧妙な戦略をとっている。アジアでの大規模インフラ整備を進め、軍事面では今年初めてシンガポール、マレーシアとの合同演習を実施するなどバランス感覚をアピールしている。
 また中国は国内の政治・経済状況が桎梏となっており、アメリカや日本への攻勢は論外であろう。
 さらにオーストラリアでは9月14日、突然の自由党党首選で「安倍の盟友」アボットが敗れ、「親中派」のターンブル首相が就任した。日本は軍事連携の一環として潜水艦の輸出を目論み独仏と競合していたが、早速豪国防省は「国内建造が条件」と表明、完成品の輸出を提案する日本の脱落は確定的となった。
このように日米(豪)連合軍対中国軍という単純な図式も成り立たない。
 北朝鮮への対処を戦争法の根拠とするには、さらに怪しいものがある。8月に発生した軍事境界線付近での地雷爆破に端を発する緊張状態は、南北間の協議の結果北朝鮮が折れることで解消した。
 北朝鮮は10月10日の朝鮮労働党創立70周年に合わせ、長距離弾道ミサイル発射、さらには「核実験」を強行するのではないかと言われている。
 金正恩が威信回復のための手段を考えていることは事実であろう。しかし中露との関係はこれまでになく悪化している。習近平とプーチンは、それぞれの戦勝70周年式典を「ボイコット」した金正恩を苦々しく思っている。
 とりわけ中国は一昨年の張成沢処刑以来関係は冷却しており、18日中国の王外相はこれまでにない厳しい口調で、ミサイル発射を牽制した。また8月下旬に沿海州で行われた初めての中露合同上陸演習も、この間の情勢の推移をみるならば北朝鮮に対する圧力とも考えられ、米韓合同演習と合わせ北朝鮮は東西から挟み撃ちとなった。
 こうしたなか、北朝鮮は金体制の維持自体、「国体護持」が目的化しており、実施可能な手段は限られている。金政権としては、周辺国との関係改善が喫緊の課題となっている。北朝鮮に関して戦争法が想定している「存立危機事態」「重要影響事態」の現出はあり得ない。
 中東情勢も変化している。ISに対してはこれまで融和的だったトルコが空爆を開始した。ロシアはアサド政権支援のためシリアに海軍歩兵、戦闘ヘリなどの派兵を開始した。アメリカは懸念を表明しているが、ロシアと軍事的に対抗することはなく、この地域におけるアメリカのイニシアは低下している。
 この間の世界の動きと今後の方向性は、開会中の国連総会で明らかになっていくが、そこでは戦争法と国際情勢との乖離が明らかになるだろう。

830戦争法案反対大阪集会

<闘い継続し参議院選へ>
 このように集団的自衛権行使を想定した事態の発生確率が低下する中、武力行使はどう現実のものになるか。最も危険なのは集団的自衛権とは関係ない中国との偶発的衝突と国連平和維持活動であろう。
 今回、警察力では対応しきれないとする「グレーゾーン事態対処」は法案には盛り込まれず、「海自と海保の連携強化」という運用で対応することとなった。民主、維新両党は法の縛りをかけるため「領域警備法案」を提出したが与党に否決された。
与党は尖閣諸島近海での「武装集団」の攻撃を想定しているが、極めて曖昧な規定である。1999年の能登半島沖不審船事件では「海保では対処しきれない」として、初の海上警備行動が発令された。海上自衛隊が出動し不審船からの攻撃がない中、護衛艦、哨戒機から艦砲射撃、爆弾投下が行われた。
 一方2001年の東シナ海での不審船事件では、不審船から機関砲やロケット弾による激しい攻撃があったものの海保のみの対処で終わった。
 民間人に化けた中国軍が尖閣諸島に上陸するというのは荒唐無稽な妄想であるが、中国海警と海保が対峙した際、海自が介入する事態はありうるだろう。
 今後、日中間の偶発的衝突の回避システムが構築されないまま、自衛隊の行動範囲が南シナ海に拡大されれば、不測の事態が惹起する危険性は拡大していく。
 こうした衝突がエスカレートした場合、少なくとも安倍政権にはコントロールする能力はないだろう。
 PKO活動はより危険である。南スーダン派遣部隊に係わる統幕の「駆けつけ警護」計画は、法案成立で「粛々と」進められることとなった。しかし現地の武装勢力は、前号でも指摘したように国連の部隊や駐屯地を正面から攻撃するほど強力である。
 これに対応するためには武装の強化が必要として、今後「機動戦闘車」(431号参照)などの配備が計画されるだろう。武器の使用基準も緩和され「駆けつけ警護」さらには「邦人防護・救出」という枠を超えた、武力衝突の危険性は他の地域に派遣された場合も含めますます高まるだろう。
 可能性は低いが、IS掃討が進展し、旧IS支配地域でのPKO、「後方支援」に自衛隊が参加するようなことがあるなら、かなり危険な事態に直面することとなるだろう。 
 このような武力行使を呼び起こす危険性のある戦争関連法の発動を許してはならない。そのため戦争法案阻止のため結集した勢力は、法廃止を求め安倍政権を追い込んでいくため運動を継続していかなければならない。
 とりわけ法案に反対した野党は連携し、来年の参議院選挙における、選挙区での統一候補、比例区での統一名簿の擁立、作成に向けて最大限の協力を進めるべきである。(大阪O)

 【出典】 アサート No.454 2015年9月26日

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【投稿】 IAEAの「福島原発事故最終報告書」を全く無視する日本政府とマスコミ

【投稿】 IAEAの「福島原発事故最終報告書」を全く無視する日本政府とマスコミ
                              福井 杉本達也 

1 事故の教訓を各国と共有したくない日本政府
 9月14日から19日まで、ウイーンで国際原子力機関(IAEA)年次総会が開催された。今総会には「東京電力福島第一原子力発電所事故最終報告書」が提出された。 報告書は240ページの要約版と1000ページを超える詳細な技術報告書からなる。報告書は「日本に原発は安全だという思い込みがあり、原発の設計や緊急時の備えなどが不十分だった」と指摘。東電や日本政府は巨大な津波の発生の危険性を認識していたにもかかわらず、実効性のある対策を取らなかった批判した。しかし、市民の健康については、これまでのところ事故を原因とする影響は確認されていないとし、健康影響の発生率が将来、識別できるほど上昇するとは予測されないと政府報告をそのまま追認するなど欠陥も多い。当該報告書は既に今年5月に英文案が紹介されており、東京新聞・朝日新聞を始め各紙共5~6月に記事に取り上げているので目新しくはないが、今回は朝日新聞は1段のみ・日経新聞は国際欄のダイジェスト扱い、共同通信もベタ記事で、ほとんど黙殺に近い。原子力推進を目的とする国際機関の最終報告書であるから、日本の福島原発事故への対処に大甘でもよいはずだが、どうも日本政府にとっては耳障りな文面も多いようである。日本政府代表を務める岡芳明原子力委員長は代表演説の報告書に触れ、「日本は同報告書の内容を真摯に受け止めている」と強調したが、言葉とは裏腹に「事故の教訓を各国と共有し、原発の安全性の向上」につなげたくはないようだ。
 
2 津波に対策に厳しい評価
 報告書は「事故以前に、合意に基づく手法を上回る波源モデルや手法を使用した幾つかの試算が事業者によって実施された。日本の地震調査研究推進本部が2002 年に提案した波源モデルを使用した試算は、最新の情報を使用し、シナリオについて異なるアプローチをとり、当初の設計及びそれ以前の再評価において出された見積りより相当に大きな津波を予想した。事故当時、更なる評価が実施されていたが、その間、追加の補完措置は実施されなかった。」とした。これは津波を「想定外」としていいわけしようとする日本政府にとっては痛い指摘である。
 さらに続けて報告書は「2007~2009 年の間に適用された新しいアプローチは、福島県の沿岸沖合でマグニチュード8.3の地震が起こることを想定した。このような地震は、福島第一原子力発電所において(2011 年3月11 日の実際の津波高さと同様の)約15m の津波遡上波につながる可能性があり、その場合主要建屋は浸水することとなる。」「東京電力は、これらの津波高さの予想値増加に対応した暫定的補償措置を取らず、原子力安全・保安院も東京電力にこれらの結果に迅速に対処するよう求めなかった」と厳しく東電・保安院を批判した。
 そして「事故に先立つ12 年間の日本及び他の地域での原子力発電所の運転経験は、洪水から重大な影響を受ける可能性を示していた。関連する運転経験には、1999 年にフランスのブレイエ原子力発電所の2 基の原子炉で洪水を引き起こした高潮、インドのマドラス原子力発電所の海水ポンプが浸水した2004 年のインド洋津波、及び2007 年の日本の新潟中越沖地震が含まれる。後者は、東京電力の柏崎刈羽原子力発電所に影響を及ぼし、地下の外部消火配管の破損により、1 号機の原子炉建屋の浸水を引き起こした」と国外・国内の4事例を紹介、津波対策の教訓も期間も十分にあったと結論した。
 
3 過酷事故についての不十分な対応
 IAEAは事故時に適用される深層防護概念として、通常運転の故障から、過酷事故による放射性物質の大量放出までを5段階に分けているが、日本では事故が起きても設計基準内に抑え込むレベル3までの対応しかとっておらず、炉心溶融など過酷事故を意味するレベル4や、住民を放射性物質から守るため、避難させるレベル5の事故は、全く想定していなかった。東京電力は、「交流電源が迅速に回復されると想定していた」。また「直流電源及び高圧空気など、その他の主要なユーティリティが、計装に電力を供給し、弁の操作を行うために常時利用可能であると想定した」と、全く甘い防護手段しかなかったため、事故の進行を止め、その影響を抑えることは不可能であった。2007年にIAEA は日本に対し「設計基準を超える事故に関する規制要件の必要性を提案し、原子力安全・保安院がこれらの事象の考慮に対する系統的アプローチを開発し続けること、及び確率論的安全評価とシビアアクシデントマネジメントの補完的使用について提案した」が日本は何の対応もしなかったと厳しく批判している。ようするに、IAEAの勧告に全く耳を貸さなかった結果事故を起こしたと評価した。
 
4 報告書無視・開き直りの川内原発再稼働
 原子力規制委員会は、原発の新しい規制基準を制定。電力会社に想定する地震動、津波の見直しのほか、防潮堤の強化、海水ポンプの防護、建屋の防水強化、代替も含め注水手段や電源の確保などを再稼働の条件としている。九州電力川内原発1号機は8月11日に強引な再稼働を行ったが、再稼働にあたり、福島原発事故の教訓を踏まえでの「全交流電源喪失」に対処する高圧発電機車などをそろえた、「冷却材喪失による炉心損傷」に対しても可搬式注水施設(消防車)を用意したなどとしている。 レベル5の住民避難計画は全くおざなりであり、なんとかIAEA報告書のレベル4の過酷事故が起きた際の「事故拡大を防ぎ、放射性物質の放出を最小限にする」への対応はとったと言いたいのであろうが、そもそも、福島原発事故で消防車は全く役に立たなかった(冷却機能を喪失し水蒸気爆発した3号機使用済み燃料プールへの東京消防庁ハイパーレスキュー隊のスーパーポンパー車による放水は役に立ったが、それとは別に東電は消防車を使い圧力容器への注水を試みた)。炉心溶融で沸騰する高圧の圧力容器への水の注入には消防車程度の低圧力・注水量では全く歯が立たない。規制委の新規制基準では①弁を開放して減圧し、②可搬式注水施設(消防車)による炉心への注水」と指示しているが、低圧の消防車を使うということは高圧の注水を行う非常炉心冷却装置(ECCS)を使わないということであり、でスリーマイル島原発事故の教訓を踏まえた米原子力規制委員会(NRC)の指示を無視している。巨大地震が起これば高圧発電機車や空冷式のディーゼル発電機もあてにならない。 「全交流電源喪失」が起こったとしても、ECCSが使えるシステムを構築しなければ、レベル4に対応しているとはいえまい。IAEAは「過酷事故」に備えよとしているのであるが、福島の「過酷事故」が現実に起こったにもかかわらず、まだレベル3程度までの対策しか行わずに再稼働してしまったのである。むしろ、ECCSを使わないということによって、レベル3からレベル2(1979年のスリーマイル島原発事故以前)へ40年も後退したことになる。報告書を「真摯に受け止める」どころか全くの無視である。
 
5 報告書が避けた地震への対応と川内原発の基準地震動
 報告書は「発電所の主要な安全施設が2011 年3 月11 日の地震によって引き起こされた地盤振動の影響を受けたことを示す兆候はない。これは、日本における原子力発電所の耐震設計と建設に対する保守的なアプローチにより、発電所が十分な安全裕度を備えていたためであった。」としている。これは全くのでたらめである。「全交流電源喪失」はなぜ起こったのか。津波以前に6系統の送電線のうちの鉄塔1基が地震により倒壊し、他の系統も断線したからである。原発建屋本体の損傷ついては放射線値が高すぎて具体的に地震による損傷を確かめられない個所もある。そもそも震度6強(最大加速度550ガル)程度の地震動で「全交流電源喪失」が起こること自体、耐震設計が「保守的」とはいえない。
 九電は川内原発についてプレート間地震と海洋プレート内地震について検討用地震を選定せず、基準地震動を策定しなかった。基準地震動は過小評価されている。東日本大震災が起きたにもかかわらず、九電は過去に起こった地震だけを考慮するという非常に古い考え方にしがみついている。太平洋プレート・フィリピンプレートなど多数のプレートが複雑に絡み合う地震大国の日本列島において、地震への対応を意識的に避けたことは、当報告書の最大の欠陥の一つである。
 報告書は「発生が非常に低確率の極端な自然事象は、重大な影響を生じることがあり、また、極端な自然ハザードの予測は、不確実性が存在するために依然難しく、論争を招く。」「したがって、信頼できるハザードの予測を確保するため国内及び国外の入手可能な全ての関連データを使用すること、異常自然事象に対する信頼できる現実的な設計基準を定めること、及び十分な安全裕度をもって原子力発電所を設計することが必要である。」と書いている。川内原発の基準地震動評価はこの思想にも反している。
 IAEAの報告書は非常に欠陥のあるものであるが、一応、国際原子力機関として加盟各国に対し「世界中で原子力安全、緊急時への備え及び人と環境の放射線防護を更に向上させるための数多くの措置」をとるように勧告している。それさえ無視するというのが今の日本政府である。毎年、IAEA総会では事実上の核保有国であるイスラエルに核拡散防止条約(NPT)への加盟などを求める決議案が出され、今回も否決されたが、日本は報告書が採択されても都合の悪い個所は黙殺するという態度であり、イスラエル以上のグロテスクな国家である。 

 【出典】 アサート No.454 2015年9月26日

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【書評】白井聡、カレル・ヴァン・ウォルフレン『偽りの戦後日本』

【書評】白井聡、カレル・ヴァン・ウォルフレン『偽りの戦後日本』
                  (2015年、角川学芸出版、1,600円+税) 

 『永続敗戦論』(2013年、太田出版)で知られている新進の政治学者とオランダの新聞の特派員として長年日本に滞在したジャーナリストとの対談である。ウォルフレンはまた世界的ベストセラーとなった『日本/権力の構造』(早川書房、1990年)の著者でもある。
 さて白井の言う「永続敗戦」とは、「戦争に負けたことをきちんと認めないために、ずるずると負け続けているという状態」、すなわち「本当の意味で、あの戦争の体制が否定されないままで現在に至っている」=「戦後」をずっと引きずっている状態を指すのであるが、そのことは、「敗戦」を「終戦」と言い換え、国際的にはそれほど評価されない8月15日を「終戦記念日」としてきたことに端的に示されている。(日本が国際的に正式に降伏したのは、降伏文書に調印した9月2日であり、多くの国々ではこの日を戦勝記念日・「VJ Day」と呼んでいる。)
 ウォルフレンもこう指摘する。「なぜ、日本人は敗戦を認められないのか。白井さんは、日本人が戦争を“起きた”こととして捉えていると指摘していますね。自分たちが“やった”ことだと考えていない、と。戦争を“やった”のは『日本軍』であって、そこに『日本人』は巻き込まれたという感覚を持っているわけですね」。
 そしていま安倍政権はこの状態を放置したまま、「戦後レジームからの脱却」を主張している。これはウォルフレンによれば「マッカーサーが戦後の日本にもたらした改革を否定すること」であり、「戦後レジーム」は「功罪はあるにせよ、彼がもたらした改革自体は民主的な性格が強かった」と評価される。
 これについて白井は、「脱却」という言葉に二つの意味があるする。
 その第一は、「まず『脱却』と言いながら、実は戦後レジームを守ろうとしていることです。戦後レジームの本質は対米従属にある。『脱却』するのであれば、まずはアメリカとの関係を根本から見直す必要があるのです。しかし、集団自衛権の容認を始めとする安倍さんの政策は、逆にレジームの維持につながってしまう」。
 そして第二に、「一方で、安倍さんは戦後の日本社会に根づいてきた重要なコンセンサスを壊そうとしている。そのコンセンサスとは、『戦争に強いことを国家の誇りにはしない』ということです。敗戦の反省に立ち、日本は軍事国家としての道を歩まないと誓いました。そのことは大部分の日本人の共通認識だったはずです。(略)しかしこのコンセンサスが安倍さんによって壊されようとしている」。これが「戦後レジームからの脱却」のもう一つの意味である。
 そして「安倍政権が推進するのが『積極的平和主義』です。この考え方が、政権の安全保障戦略の基本にもなっている。ただし、この場合の『平和主義』には全く意味がない。注目すべきは『積極的』というフレーズです。わざわざ『積極的』と言うのは、これまでの政策が『消極的』だったことを意味している」。つまりできるだけ戦争から距離を置くことで自国の安全を守ろうとする「消極的」なやり方ではなく、「敵を名指しして、武力を用いて攻撃して自国への危険を除去する」「積極的」なやり方への方針転換である。「こうした姿勢を貫いてきたのがアメリカです。安倍さんが『積極的平和主義』へと転換するというのは、要するに日本をアメリカ的な安全保障のやり方に改めることを意味している。そのためには、戦争に強い国でなければ話になりません」。
 ここに問題の核心があるが、しかし安倍政権のやり方には矛盾する諸要因が含まれている、と白井は指摘する。
「原発と核武装の関係を見る限り、安倍さんの政策や主張は一貫しています。自ら東アジアでの緊張状態をつくり出し、核武装を含めた軍事力の必要性をアピールする。一方で、原発再稼動によって核兵器の開発能力を維持しようとしている。(略)/だけども、安倍さんの政策全般を見ると、やっていることは支離滅裂です。彼に代表される右翼勢力は、日本を独立した状態にしたいとの希望を持っています。しかし実際には、アメリカへの従属を強める政策ばかりを実行しようとしている」。
そしてこれに輪をかけているのが、「メディアと官僚は『現状維持』を求め続ける」という状況である。ウォルフレンは、「秩序が乱れることへの恐怖は、日本社会を覆っている大きな特徴だと言えます。もちろん、ヨーロッパでもアメリカでも時の政権や官僚機構は、社会の安定を望むものです。しかし、日本の場合、単に『安定』というよりも『現状維持』へのこだわりが異常に強い」として、次のようなエピソードを語る。それは2、3年前に元官僚たちの集まりに招かれ、スピーチをした後のことである。
「グループのリーダー格の人が私にこう食ってかかってきました。『そんな勝手なことを言えるのも、あなたが日本人ではないからですよ。われわれは責任を持って、日本の将来について考えなくてはならないんです。日本には原発だって必要なんだ。アメリカに従属していてはダメだと言うが、他に日本が世界で生きていく道があるのですか』と。(略)/彼の意見を聞き、私は言葉を失ってしまいました。(略)人生の大半を日本に捧げてきましたが、徒労感すら覚えます」。
 確かにこれは白井が語った、元外務官僚、孫崎享との対談での「『在日米軍基地の見直し』と『中国との関係改善』は、日本にとっては踏んではならない“虎の尾”だという話になりました。この二つのテーマに手をつけようとした日本の政治家は皆、アメリカによって潰されてきた」という話と通じるものがある。
 このように現在の政権は、「戦後レジーム」を脱却しようと危険な方向に大きく舵を取っているが、しかしその流れは複雑怪奇であり、矛盾に満ちている。白井は、日本が閉塞状況から抜け出すことができないのは、「その背景には、過去を否定することへの不安があるのではないかと思います。言い換えれば、これまでの体制が間違っていたことを認めることができない。日本は戦後70年間、『アメリカにくっついて行けば何とかなる』という思考でやってきました。その結果、それ以外のやり方を想像することすらできなくなっている」と批判し、「では、次にどんなレジームを作るのか。安倍さんが描くような日本でいいのか。それとも、全く違う方向を取るべきなのか。日本人は今、深く考えるときにきています」と問いかける。
 そして「永続敗戦レジーム」の象徴である沖縄で、“オール沖縄”の力がこれを打ち破った事実に希望を見出し、「沖縄では『基地』という大きなテーマがありました。それと同様、本土にもテーマはある。『原発』などその典型だと思います。本土でも、沖縄で起きたようなことを現実のものにしていくことは決して不可能ではない」と提唱する。
 戦後の時代、「戦後レジーム」をどのように捉えるかについては、まだまだ論議されなければならないが、本書は、敗戦後70年に大きな石を投げかけている。
 なおこの他に白井には、笠井潔との対談『日本劣化論』2014年、ちくま新書)、内田樹との対談『日本戦後史論』(2015年、徳間書店)等があるが、いずれも興味深い内容である。(R) 

 【出典】 アサート No.454 2015年9月26日

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【投稿】戦争立法反対の強大な広がり 統一戦線論(16)

【投稿】戦争立法反対の強大な広がり 統一戦線論(16)

<<闘いの新しい質的な飛躍と広がり>>
 安倍内閣の戦争法案の採決が無理やり強行突破されたが、これは安倍政権、自民・公明両党にとって致命的・歴史的な汚点となるであろう。
 「法案が成立すれば、理解される」どころか、戦争法案反対の闘いはどんどんと裾野を広げ、あらゆる世代の人々がこの運動に参加し、大都市圏ばかりか地方においてもこれまでにない闘いが展開され、統一行動が前進している。
 とりわけ若い世代が自主的、主体的に運動の前面に躍り出てきており、高校生が独自にデモを主催し、5000人も結集する(8/2、東京)ほどであり、関西でも、9/13の若者を中心とした青年11グループの呼びかけた「戦争法案に反対する関西大行動」は2万人を結集して、御堂筋デモを敢行している。長い間、学生の非政治化・運動からの逃避傾向が指摘されてきたが、これほどの若い世代の決起は、60年安保闘争以来の事態である。
 5月3日に結成された「自由と民主主義のための学生緊急行動(SEALDs)」は、またたくまに何万人もの学生を結集し、国会前の抗議活動や包囲行動のの最前線に立ち、しかもこれまでの闘いを進めてきた諸団体との共同、統一行動の仲立ちを実現し、戦争法案反対の野党の全勢力・議員との共闘関係をも構築している。
 国会前ばかりか、宮城でSEALDsTOHOKU、京都でSEALDsKANSAI、沖縄でSEALDs RYUKYU など、SEALDsの呼びかけで、北海道や宮城、愛知、京都、福岡、そして沖縄など、8/23には全国64ヶ所で安保法制に反対するデモや集会を組織している。
 さらにSEALDsは、1万2千人を超える学者たちが賛同する「安保関連法案に反対する学者の会」と共同して国会前に集結し、デモ行進や抗議行動を成功させている。
 9/15、参院特別委の中央公聴会に出席したSEALDsの組織者の一人、奥田愛基さんが現役の学生として国会に公述人として呼ばれたこと自体がすでに異例であり、そこで彼があえて「強調しておきたいことがあります」として、「私たち政治的無関心といわれてきた若い世代が動き始めているということです」「この国の民主主義のあり方について、この国の未来について、主体的に一人一人、個人として考え、立ち上がっていったものです」と述べ、「法案が強行採決されたら、全国各地でこれまで以上に声が上がり、連日、国会前は人であふれ返るでしょう」「次の選挙にも、もちろん影響を与えるでしょう」「私たちは政治家の方の発言や態度を忘れません。3連休を挟めば忘れるだなんて、国民をバカにしないでください」と強調した。まさに誰もが無視し得ない、戦争立法反対の闘いの新しい質的な飛躍と広がりを象徴したものと言えよう。
 こうした事態に刺激を受け、連帯する闘いが、各界各層で続々と立ち上がっている。高校生が立ち上げた「T-ns Sowl」、働き盛り世代の弁護士や学者、報道関係者などによるMIDDLEs、「戦争法案に反対し、老人パワーを最大限発揮してその成立を阻止することを目的とする」OLDs、東京都内の現役教職員らでつくる「TOLDs」、海外からもOVERSEAsが立ち上がっている。
 とりわけ注目されるのは、「国会ヒューマンチェーン 女の平和」や「レッドアクション」、「安保法制に反対するママの会」など女性独自の行動の広がりと活発化である。
 筆者も参加した「安保法制反対の8・30国民大運動」の大阪の集会では、2万5千人の人々が久方ぶりに扇町公園を埋めつくし、創価学会員の壇上からの痛切な訴えは、圧倒的な歓呼と連帯の声で迎えられた。運動の質的な飛躍と拡大が進行している。

<<フラットで連携・連帯>>
 もちろんこうした事態は、SEALDs単独では成し遂げられなかったであろう。安倍政権のやりたい放題、暴走をストップさせるさまざまな闘いが先行していたが、90年代以降、こうした闘いを組織する諸団体・組織間の持続的共闘は形成されなかった。せいぜいが「一日共闘」で、多少の違いがあっても「なぜ共闘出来ないのか」という腹立たしい思いが多くの人々に鬱積していたのが現実であった。
 そうした現実を克服しようと、ようやく、三つの実行委員会の共同というかたちで新たな共闘が成立(「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」、「戦争する国づくりストップ!憲法を守り・生かす共同センター」、「戦争をさせない1000人委員会」の共同による「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」の結成)したのが、2014/12であった。これについて「総がかり行動実行委員会」は「これまで私たちの運動がなかなか超えられなかった考え方の違いや運動の経過などから派生した相違点を乗り越え、戦争する国づくりを食い止め、日本国憲法の理念を実現するために共同行動するものであり、、画期的な試みです。」とその意義を述べている。以降、「総がかり」は、共同行動と統一戦線の中心的な担い手としてようやく力を発揮しだし、12万人が国会周辺を埋め尽くした安保法制反対の8・30国民大運動をSEALDsと共同で組織するにいたっている。持続的共闘体勢の形成は、60年安保闘争時の「安保改定阻止国民会議」以来のことである。
 三つの団体は、会議の議長も一回ごとに変え、シュプレヒコールも行動提起をする人も、一回ごとに順番を変え、中心が一つにならないよう、片寄らないように配慮を積み重ねている。主導権を奪い合うのではなく、多様性を尊重し、「オール沖縄」の闘いに学ぶ姿勢である。
 SEALDsの中心メンバーの牛田悦正さんも「SEALDsのデモ参加者から(“支部”設立の)申し出があれば、『それじゃ、お願いします』と言って出来ます。東京のSEALDsが本部のような機能を持ってはいますが、他よりも偉いわけではなく、フラットで連携する関係です。なおSEALDs自体にも代表者はいなくて、奥田愛基さんを含め15人くらいの中心メンバーがみんな『副代表』で、話し合って方針を決めます。緩やかな連帯が特徴で、だから広がっていったのかなと思います」と語っている。SEALDsの奥田愛基さんは「金曜日の国会前抗議では、毎週メンバーがスピーチをしていますがその原稿はみんなで読み合わせをしているんです。それは事実関係やつまらない部分で揚げ足を取られないようにするためです。」とも語っている。
 そこに見られるのは、多様な集団・組織・グループが自由で対等な連合を形成し、それぞれの団体、個人の主体性を尊重しながら、しかも非暴力を堅持した規律ある統一行動をとっていることである。暴力を否定し、ヘルメットや覆面マスク、もちろんゲバ棒など無用であり、持ち込まないことが前提であり、原則である。

<<平面主義と球面主義>>
 青土社の『現代思想』2015年10月臨時増刊号「安保法案を問う」の中で、最首悟さんが、平面主義と球面主義という視点を提起されている。平面主義は、神・天の下の平等で、平面の高みに中心があり、そこから与えられる。支配が根本で、恒常的リーダーを常に必要とする。それに対して球面主義は、人間同士の平等であって、球面には中心がなく、至るところが中心であり、お互いが中心であり、対等である。
 これは、民主主義のあり方を問う鋭い視点だといえよう。この視点をさらに敷衍するならば、平面主義には高みにある中心的権力あるいは指導部、それを補強する中央集権的ヒエラルキーが派生するか、または不可欠となる。その指導部がいかにすばらしくても、基本的には請け負い主義であり、指導-被指導は一方通行である。その体制に参加する個々の人々にとっては、受け身の「おまかせ民主主義」であり、あくまでも指導され、「動員」される側である。上部が下部から学ぶ回路がない。当然、指導部は美化され、下からのチェック・監視が機能しないために、「天上天下、ただ我れ独り尊し」の唯我独尊に陥りやすい。「われわれだけが一貫して正しかった、いまも唯一正しい」という宗派主義・セクト主義に陥りやすい。うまくいかなければ、別の英雄待望論となる。
 球面主義では、組織の通達や指令、動員ではなく、一人ひとりの個人が主体となって行動する。意見の相違や批判が生じれば、球面主義では、敬意と配慮と遠慮、あるいは妥協が常に付きまとい、互いに学びあい、意見の一致点を確認し、さらにより高い次元の合意も可能だが、平面主義では妥協し、学びあう前に排除と抑圧、抹殺の論理が先行し、言葉の暴力が横行し、果ては殺人をも含めた現実の暴力が正当化される。
 民主主義の徹底こそが社会変革の核心であるとすれば、その社会や組織の球面主義的な民主主義のあり方、その具体的なありようが問われているといえよう。何よりも、統一戦線の拡大・強化にとっては、フラットな連携・連帯こそが決定的であることを、現実の運動が示しているといえよう。

<<沖縄の闘いから学ぶ>>
 「オール沖縄」が示したことは、あしざまに言われることの多い「小選挙区制」ではあるが、それがもたらした反与党の統一候補の必要性と必然性が、きわめて大きいといえよう。直面する最も重要な課題で団結して闘う、そうしなければあらゆる政党も組織も運動も見放されてしまう。そうした事態を前にして、わが党、わが組織、わが運動こそが一貫して正しい、したがって全小選挙区に独自候補を擁立するといった手前勝手なセクト主義や囲い込み運動では支持を得られない。分裂していては敗北するだけという危機を前にして、統一候補を擁立する、それを可能にするような統一戦線の形成に結びついたということでもある。

 もう一つ沖縄の闘いの重視すべき、そして継承すべきなのは、非暴力の闘いの伝統とその原則の徹底である。
 阿波根昌鴻著『米軍と農民――沖縄県伊江島』、『命こそ宝―沖縄反戦の心』(いずれも岩波新書)で詳細に述べられているが、言葉の暴力を含めて、怒声を張り上げず、嘘も言わず、侮蔑もせず、興奮して立ち上がらず、耳より上に手を振り上げず、静かに話し、無益な挑発はせず、冷静に対処する、道理を確信し、逸脱を戒め、普段にこうした原則を確認する、という非暴力の闘いの原則である。その沖縄・伊江島の非暴力の闘いの原則のすばらしさ、粘り強い不屈の闘いの伝統は、辺野古の新基地建設反対の闘いにおいても、東村のヘリパッド建設反対の闘いにおいても脈々と受け継がれている。(写真は座り込み現場のガイドラインで、コトバの暴力を含めた非暴力が冒頭に掲げられている。)
 こうした言葉の暴力は、より根底的、本質的に言えば、共に闘うどころか、共に在ることさえ拒否し、排除する思想、個人としての人格を否定し、言葉を凶器に変え、差別とヘイトクライムに通底する思想だと言えよう。それはまた、ナチズムのユダヤ人・障害者撲滅、優生思想、スターリン主義の「帝国主義の手先論」・社会民主主義主要打撃論、昨日の同志が意見の相違によって突如「反共・反党分子」となる論理、暴力と殺人を合理化するかつての「新左翼」諸派の内ゲバの論理とも重なり合う。こうした暴力を肯定する醜悪なセクト主義の論理は、もはや過去の遺物ではあるが、運動の局面転換時にはいまだにしぶとく生き続け、別の形で再生産される可能性が存在している。
 嫌韓・嫌中論を闊歩させ、国賊論まで醸成させる安倍政権のもとで、その言葉の暴力に、対抗する側が同調し、はまり込んではならないし、多様性を排除し、言葉の暴力が許容されたり、鈍感であるような場や組織、社会に共生や協働、人間的連帯などありえないといえよう。
 このような非暴力闘争の原則はより広範で力強い統一戦線形成において不可欠であるばかりか、あらゆる人間関係にも適用されてしかるべきものでもある。えてして心ならずも感情が先立ちつことがあるが、コトバの暴力が先行してしまっては、共に成功させるべきことをぶち壊してしまう。共同の闘いを前進させ、より大きく拡大させるためには、こうした非暴力の闘いの原則が定着し、生かされることが望まれる。(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.454 2015年9月26日

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【投稿】70年談話と戦争法案の欺瞞性

【投稿】70年談話と戦争法案の欺瞞性
        ~美辞麗句の陰で刀を研ぐ安倍政権~

<帝国日本は反植民地?>
 8月14日、「戦後70年談話」が閣議決定された。村山談話の3倍、約3300字にも及ぶ談話は、その長さに比して内容は様々な文言を散りばめ、第三者的な責任回避に終始しただけの空虚なものである。
 70年談話ははじめに「100年以上前」を振り返り、西洋諸国の植民地支配がアジアにも押し寄せてきた、とする。この点はその通りであるが「日露戦争は、植民地支配のもとにあった多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」と、あたかも日露戦争が反植民地支配の「民族独立戦争」であったかのように述べている。
 そして次に談話は「世界を巻き込んだ第一次世界大戦」へと飛び「民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました」と言う。
 その間に韓国を植民地化しておきながら、その事実には触れず、あたかも帝国日本が反植民地機運を醸造したかのような詭弁を呈するのは悪質であろう。
 さらに談話は、第一次大戦の結果国際連盟が創設され、平和への流れが生まれ、日本も当初足並みを揃えていたが、世界恐慌後のブロック経済化で「大きな打撃を受け」この行き詰まりを「力の行使によって解決しようと試みました」とする。
 ここでは日本をブロック経済化による被害者のように描いているが、打撃を拡大した国内の軍拡、小作農、寡頭支配など諸矛盾には触れていないし、中国侵略を開始、植民地支配を強化し自らブロック経済化を推し進めたことはスルーしている。 また「国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった」と責任の所在を曖昧にしている。
 さらに次段では満州事変を引き起こし、国際連盟を脱退した日本を「新しい国際秩序」への「挑戦者(challenger)」と記し、肯定的ともとれる評価をしている。

<「私」は謝らない>
 こうして日本が起こした太平洋戦争での被害に関しては、さすがに広島、長崎、東京、沖縄そして中国、東南アジア、太平洋の島々で「無辜の民が苦しみ、犠牲となりました」「戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいた」と述べざるを得なかった。
 重要なポイントであった「侵略」については、「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない」と表明しながら「事変、侵略、戦争」などと概念の異なる事象を並列に並べ、「侵略」の主体を曖昧にし、あたかもそれを「言葉のアヤ」のごとく流している。
 要は日本は戦争はしたが、それは侵略であったとは一言も言っていないのである。安倍らは日頃「侵略かどうかは後世の歴史家が決めること」などと学者に丸投げしており、談話でもその立場に固執をしている。
 しかし一方、戦争法案の違憲性指摘には「学者が決めることではない」と支離滅裂な主張をしているのが実態である。
「植民地支配」についても「植民地支配から永遠に決別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない」と、これまでの流れと同様「誰が」「誰を」支配したかには言及せず、だれも否定しようが無い一般論を述べているに過ぎない。
 こうした日本の国策に関する「痛切な反省」と「心からのおわび」に関しては、歴代内閣がやってきており「こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります」と自らの謝罪は拒んでいる。
 また戦後処理に関しては、「残留孤児」に対する中国人の保護、連合軍捕虜の寛容に謝意を表する形で、大日本帝国の過ちは許されたとすることによって、現在も戦争責任を追及し、戦後補償を求める人々を「心が狭い」と言わんばかりである。
 しかし「反省」も「おわび」も戦後生まれが人口の八割超として「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と「打ち切り」を宣言している。
 安倍は自分も戦後生まれだから責任はないと思っているのかもしれないが、それなら祖父の顕彰はやめるべきであろう。

<70年談話の本質>
 日頃「未来志向」を口にしている安倍が一番言いたかったのは、最後半部分であろう。「我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を・・・世界の国々にもはたらきかけてまいります」
 これは一般論としては正しいであろうが、現下の情勢に照らせば、「力による現状変更は認めない」という中国に対する批判と同じである。さらに「経済のブロック化が紛争の芽を育てた」と再度強調し「いかなる国の恣意にも左右されない・・・国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化・・・」と、明らかに中国主導のAIIBやBRICS銀行を意識した牽制球となっている。新興国の経済連携が「ブロック経済」なら、TPPもそうであろう。
 談話は「我が国は・・・『積極的平和主義』の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります・・・終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を・・・創り上げていく」と、集団的自衛権と海外での武力行使解禁によるプレゼンス拡大を宣言し終わっている。
 長々とした文章を要約すると「日本は西洋列強の植民地支配に抗し、とりわけ日露戦争に勝利し、アジアやアフリカの人々を勇気づけた。第1次大戦後世界は平和に向かうかと思われたが、世界恐慌とブロック経済で頓挫した。その被害を蒙った日本は『新秩序への挑戦者』となって武力を行使したが、日本は負けた。植民地支配や侵略はいけない。第2次大戦では多くの国々、人々に犠牲と苦痛を与えたが、これへの反省とおわびは歴代内閣がしている。これは今後もそうである。寛容の心が大事である。謝罪はこの先も続けるものではない。紛争は法により平和的、外交的に解決すべき。積極的平和主義はこの先30年は続けたい」ということである。
 行間にいかに美辞麗句を挟みこもうと、キーワードを機械的に羅列しようとも本質は覆い隠せるものではない。この談話は「おわび」や「反省」の主体を曖昧にするため、主語はすべて「私たち」となっている。
「私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に・・・痛切な反省の意を表し、心からのおわびの気持ちを表明いたします」という村山談話と際立った違いを見せている。さらに、8月15日の戦没者追悼式での「さきの大戦に対する深い反省」という天皇の言葉に比しても、70年談話の不誠実さは否めないものがあり、それが談話を補完する形とさえなっている。

<追い込まれた安倍政権>
 しかし、当初は文言さえ入らないとされた「侵略」「植民地支配」などが盛り込まれたのは、中国、韓国、そしてアメリカなどの厳しい目、そしてなにより安倍政権を辺野古工事一時中断、岩手知事選不戦敗に追い込んだ戦争法案反対の国内世論の力であろう。その意味で安倍やファシスト、レイシストにとって談話は不満の残るものだったであろう。
 さらに、「磯崎発言」や「武藤金銭疑惑」というオウンゴール、自らの吐血という週刊誌報道にいら立ちを隠せない安倍は、8月21日の参議院特別委員会でまたしても自席からヤジを飛ばし、委員長から注意を受け撤回した。
 自民党は参議院の審議に於いて、与党の質問時間を増やし出来レースを演出することで、戦争法案への国民の理解を得ようと目論んでいた。
 しかし11日の同委員会では、戦争法案成立を前提とした自衛隊・統幕の内部資料を、共産党に暴露され窮地に追い込まれた。政府は当初「知らぬ存ぜぬ」で押し通そうとしたが17日に至り、これを認めざるを得なくなった。
 5月に作成されたという統幕資料の日程表には、8月の法案成立を前提に来年3月から南スーダン派遣部隊が「駆けつけ警護」発令に備えることが明記され、さらに南シナ海での日米共同の警戒監視・偵察活動(ISR)の在り方について検討していくとされている。
 南スーダンに関しては、韓国軍への弾薬供与が問題となったが、今後は部隊の派遣が計画されているということである。しかしながら現地の武装勢力はロケット砲や戦車を装備しており、隊員のリスクは高まらないなどというのはデタラメであることが改めて明らかとなった。
 南シナ海のISRに関しては、前号に記したとおり6月下旬にP-3Cによる日比共同訓練が行われたが、今後はこれをアメリカ、オーストラリアとも作戦として行って行くということであり、艦船の派遣も考えられる。
 このようにいくら70年談話で「平和、平和」と連呼しても実際は着々と、軍事的プレゼンスの拡大が目論まれていることが明らかとなった。談話に対し中国、韓国は冷静に対応しており、実際の行動が重要としているが、実際の行動の一端が陸幕資料では警戒心を高めるだけだろう。
 9月3日には北京で抗日戦争70周年の軍事パレードが実施され、朴大統領も参加する方向と言われている。談話に対する中韓の一つの回答であろう。こうした時に出てくるのが「苦しいときのロシア、北朝鮮」である。
 8月6日日朝外相会談が行われ、11日には韓国のYTNテレビが「月内の安倍訪朝の観測」との報道を行った。しかし17日に訪朝した民間団体に、北朝鮮当局が「来再調査等報告書完成を連絡したが日本政府が受け取らない」と述べたと報じられた。
 ロシアに関してはプーチン訪日をめざし、岸田外相が訪ロする予定であったが、8月22日、メドベージェフ首相が択捉島を訪問したことにより延期に追い込まれた。 さらに20日から28日に渡り日本海では中露合同演習が行われた。周辺国は70年談話と政策の欺瞞性を見透かしていると言えよう。
 延長国会も終盤を迎えようとしている、全国の平和勢力は沖縄、岩手の成果を梃に安倍政権を追及していかねばならない。(大阪O)

【出典】 アサート No.453 2015年8月29日

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【投稿】核武装能力保持の原発再稼働 しかし、「東芝粉飾」で核産業は終焉

【投稿】核武装能力保持の原発再稼働 しかし、「東芝粉飾」で核産業は終焉
福井 杉本達也

1 なぜ川内原発の再稼働を急いだのか
8月11日に九州電力の川内原発1号機が再稼働した。大飯原発以来2年ぶりに「原発ゼロ」ではなくなった。再稼働による問題の第1は川内原発1号機が運転開始から31年が経過した老朽炉(高経年炉)であることである。原子力規制員会は運転開始30年の高経年化対策に関する審査もろくろく行わず再稼働を認めてしまった。しかも、4年間も運転を停止していた原子炉をである。元東芝原子炉設計者の後藤正志氏は「4年も淀んだまま腐食が進んでいることがないとは言えません」(2015.8.18)と述べている。さっそく、8月20日には復水器配管(タービンを回した後の水蒸気を海水で冷却し水に戻す)に穴が開いていること明らかとなった。
問題の第2は規制委の新規制基準概要(2013 年7 月)において「①弁を開放して減圧、②可搬式注水設備(高性能消防ポンプ)により炉心への注水」との新規制基準は根本的な誤りである(川内原発民間規制委かごしま勧告)。「ECCS(緊急炉心冷却装置)を使用せず減圧したら原子炉の水は激しく蒸発して、燃料は空焚きになってしまいます。つまり、新規制基準による事故の深刻化です」(槌田敦 2015.8.11)。スリーマイル島事故、福島第一1,2号の再現である。『可搬式注水施設(高性能消防車)』では十分な注水量は確保できない。
8月19日、自民党内で原発を推進する「プロジェクトチーム」は原発の運転期間40年を見直さず、運転延長論を封印する提言をまとめた(日経:2015.8.20)。40年延長ができなければ、福井県内では、美浜3号は2016年、大飯1,2号は2019年、高浜3,4号も2025年には廃炉となる。敦賀2号も活断層が直下を走り廃炉必至である。残るは大飯3,4号のみとなる。3.11で打撃を受けた福島第二・巻・東海第2は廃炉必至、浜岡は東南海トラフ、青森大間、泊・志賀・島根も活断層を抱え、柏崎刈羽は泉田新潟県知事の強固な反対もある。全国でも動かせる原発は数少ない。
数少ない動かせる原発を再稼働させたのはなぜか。安保法制反対のSEALDsの学生を批判し金銭不祥事で自民党を形式上離党した武藤貴也議員は「いざとなったら、アメリカは日本を守らない…だからこそ、日本は自力で国を守れるように自主核武装を急ぐべきなのです。」(『月刊日本』2015.5)と述べている。高速増殖炉「もんじゅ」を廃炉にせず、青森六ヶ所村の民間再処理工場を国有化しでまでも維持しようとすることは、独自核武装にこそ真の目的があることが伺える。「核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持するとともにこれに対する掣肘をうけないように配慮する(外務省HP「”核”を求めた日本」報道において取り上げられた文書等に関する調査についての関連文書No.2「わが国の外交政策大綱」P71 1969.9.25)ことにある。

2 壊滅する世界の原発産業
3.11以降、独・シーメンスは原発事業から全面撤退した。また、今年6月には仏原発大手アレバが事実上倒産、仏電力公社の傘下にはいること(「=事実上の国有化による救済」が明らかとなった。アレバの場合フィンランドなどで受注したEPR(欧州加圧水型炉)が10年近くの建設の遅れにより大幅な赤字となったことが命取りとなった(朝日:2015.6.5)。また、三菱重工業は2012年に蒸気発生器の事故を起こしたカリフォルニア州サンオノフレ原発が廃炉となったことで、電力会社:エジソン社から9,300億円もの損害賠償の訴えを起こされている(朝日:2015.7.29)。仏コンサルタントの調査によると、2014年に着工した世界の原発はアルゼンチン・ベラルーシなど3基のみで、建設中は62基あるというが、うち5基は米国・ロシアなどの30年以上も建設が中断した計画が含まれており(福井:2015.8.20)、世界の原発産業はほぼ壊滅状態に陥ったと見てよい。

3 東芝「粉飾決算」はWH買収にある
東芝の「粉飾決算」に係るマスコミの報道は非常に甘い。日経・読売は当初から、会社側の言うなりに「不適切会計」という言葉を使っている。「不適切」は「不正」とは違う。朝日・毎日は「不正会計」としているが、はっきり「粉飾決算」と書くべきである。
1979年のスリーマイル島原発事故以降、原発建設が止まってしまい米国でお荷物となった米原発大手ウェスチングハウス(WH)。東芝は日立製作所と並び、ゼネラルエレクトリック社の加圧水型原発を手掛けており、沸騰水型を手掛けるWHとは基本技術が違う。その東芝が法外な額を提示して三菱重工を差し置き横から割り込んで2006年に買収した。その“法外な買収額”がのれん代(ブランド価値などとして、市場価値よりも高額で買収した(買わされた)価値を長期間に償却していくために資産として計上したもの)の償却問題がある。原発の事業環境悪化による事業価値減少で、のれん代(買収金額6,000億円のうち4,000億円)が特別損失になる。WH買収を発表した当時、そのとき約2000億円だった東芝の原子力事業が15年には約7000億円、20年には約9000億円に拡大すると喧伝した。米国会計基準を厳正に適用するならば即、「減損処理」すべきものである。連続赤字が続けば、巨額の繰延税金資産(税金の払い過ぎを後に取り戻せることを見越し、資産計上すること)を黒字が出た期の利益から償却することはできず、否定される可能性がある。そうなれば、自己資本はマイナスとなり、東芝の財務は危機的状態に陥る。(参照:ダイヤモンド:2015.7.27、7.30 古賀茂明「東芝の粉飾問題「報道の粉飾」:『週刊現代』2015.8.8) もちろん米国はせっかく東芝に押し付けたWHという不良債権を買い戻すことはあり得ない。東芝は、WHをめぐって前に進むことも、切り離すこともできず、福島第一の1号機及び3号機の事故処理の責任を任されていることもあり、倒産することさえ許されず、東電同様の「ヌエ」的状態で国家資金を使ってでも核技術力を維持し「不適切」に生きながらえることとなろう。

4 「川内原発へのミサイル攻撃は?」秀逸な山本議員の質問と議論を避ける他の野党
映画『天空の蜂』が9月から全国でロードショー公開される。原発を標的としたテロを題材としている。原作はベストセラー作家:東野圭吾であり、20年前の作品であるが、核燃料プールの脆弱性、原発の安全神話など3.11を先取りしたテーマを扱っている。
7月29日の参院安保法制質疑は議論を避ける他の野党と比べ山本太郎議員の質問は秀逸であった。山本氏は、日本がミサイル攻撃を受けたときのシミュレーションや訓練を政府が行っていることを確認したうえで、鹿児島県の川内原発について、最大でどのぐらいの放射性物質放出を想定しているかをただした。これに対し、原子力規制委員会の田中俊一委員長は、原発へのミサイル攻撃の事態は想定しておらず、事故が起きたときに福島第一原発の事故の1000分の1以下の放射性セシウムが放出される想定だなどと、ごまかしの答弁をした。これに対して、山本氏は「要はシミュレーションしていないんだ」、「あまりにも酷くないですか」、「今回の法案、中身、仮定や想定を元にされてないですか?」、「都合のいいときだけ想定や仮定を連発しておいて、国防上ターゲットになりうる核施設に関しての想定、仮定できかねますって、これどんだけご都合主義ですか」(J-castニュース 2015.7.30)と切り捨てた。海岸に50基もの原発を並べて、集団的自衛権・ミサイル防衛を語る資格はない。隣国からミサイルが飛んでこないようにする外交努力こそ求められる。
田中委員長の「1000分の1」答弁はどこから出たのか。「1000分の1というのは何なのかなあと思ったのですが、あれは多分、格納容器が壊れないことが前提なのですね。格納容器が壊れると桁が違うし、福島どころじゃすまないのですね」(後藤正志 鹿児島県知事の『世界に冠たる規制』発言に対して 2015.8.18)。ようするに、ミサイル攻撃で格納容器が崩れないことを前提として発言しているが、そのようなことはあり得ない。1981年6月7日、イスラエル戦闘機はイラクの建設中の原子炉を破壊した。田中委員長も1984年の外務省の委託報告書「原子炉施設に対する攻撃の影響に関する一考察」を知らないはずはない(参照:常石敬一『日本の原子力時代』 NNNドキュメント「2つの“マル秘”と再稼働 国はなぜ原発事故試算を隠したのか?」2015.8.23放映)。

5 「地元同意」と自治体の「責任」
高浜原発の再稼働にあたって、福井県の西川知事は「地元同意」は立地町である高浜町と福井県の同意だけでよいとしている。しかし、京都府舞鶴市松尾地区・杉山地区は高浜原発から5キロ圏内にある。今年2月には地区住民に対し原発事故があった場合甲状腺被曝を抑える安定ヨウ素剤を配布しており、原発事故による被害は高浜町境界や福井県境で収まるものではない。「地元同意」が絶対であるというのなら、武田邦彦氏が「『自分が決定権がある』というものについてはその決定によって他人が被害を受けたら、決定の権限に応じて責任を分担する必要がある。『決定権』というのは『責任』を伴うもので、日本人ならそのぐらいの覚悟はしてほしい。『自分は一般の国民だから何を決めても義務は生じない』というと『民主主義』の原則にも反する。(武田邦彦:2015.2.23)」と述べているように、舞鶴市や京都府・滋賀県は高浜町や福井県に対し、「地元同意」をして事故による被った全損害については高浜町と福井県が賠償するという一札を取るべきであろう。
国のワーキンググループにおいて原発事故時の避難にあたって、滋賀県(高島市等)・京都府内(福知山・綾部市等)などでの放射能汚染スクリーニング検査場の指定したことを福井県が明らかにしたが(福井:2015.2.25)、市体育館などの場所を決めただけで、検査器具もなければ、放射線技師も、除染場所もない。福島事故では多数の避難者が押しかけた。計測だけで1人5~10分はかかる。数百人も押し寄せればパンクである。冬季の事故で、除染のために高濃度汚染した避難者に冷水をぶっかければどのような事態を引き起こすかは明らかである。京都・滋賀の自治体労働者はこのような常識的な避難対策を整理し、問題点を抽出して福井県・高浜町にぶつけるべきである。避難対策は国や関電の責任だと言って「思考停止」していたのでは住民の命は守れない。福島事故の棄民政策から明らかなように、日本の国家は「無責任」をその本質としており、電力会社も同様である。しかし、自治体は住民の生命と財産を守るという「責任」から逃れることはできない。9月6日:京都・梅小路公園で「さよなら原発全国集会in京都」が行われる。京都も志賀も「地元」だというスローガンだけで命は守れない。「責任」をとる具体的詰めが求められる。

【出典】 アサート No.453 2015年8月29日

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【訳出】南部陽一郎氏、ノーベル賞を受賞した物理学者、逝去享年94

【訳出】南部陽一郎氏、ノーベル賞を受賞した物理学者、逝去享年94
     
          (international New York Times 記事 on July 20, 2015 )

“Yoichiro Nambu, physicist awarded Nobel Prize, dies at 94”
[ 南部陽一郎氏、ノーベル賞を受賞した物理学者、逝去享年94 ]
                             by Mr. William Grimes

 南部陽一郎氏、シカゴ大学の粒子物理学者、彼の ”spontaneous symmetry breaking “ (「自発的対称性の破れ」理論)として知られている現象の数理論的描写が、subatomic particles (「原子の構成粒子」)の相互作用の説明の一助となり、”Higgs boson” (「ヒッグス粒子」)または”God particle” (「神の粒子」)の存在予測に貢献し、自らを2008年のノーベル物理学賞に結実させた同氏は、7月5日大阪で亡くなられた。94歳であった。
 大阪大学、そこでは彼は傑出した教授であった、は17日(金)に公表した。
1950年代後半、南部教授は”super-conductivity” (「超電導現象」)の研究を始めた。その現象とは、超低温において、電流が突然に抵抗なく流れる。 彼は、”spontaneous symmetry breaking “「自発的対称性の破れ」理論 (以降 “SSB” と称する。) ― 科学者たちが原子の構成粒子レベルで気付き始めた”symmetric” (対称性)から”asymmetric”(非対称)状態への変化 ― が、物質がいかにして超電導状態になるか、のよりよい説明になるに違いないと判断した。 彼はこの現象の特徴を描写するために数理的モデルを発展させた。そして、急いで彼の関心を原子構成粒子群の分野 (“the world of subatomic particles”) に振り向けて行った。1960年になって、彼は “Standard Model” (以下「標準モデル」と称する)(1*) および “the unified theory” (以下「統一理論」と称する)(2*) ― そこでは物理学者は、自然界における4つの基本的力の内3つを説明してきた。即ち”strong”「強さ」、”weak”「弱さ」そして”electromagnetic”「電磁力」― の基礎/土台となる “SSB” の数理的描写の論文を出版した。4つ目 ”gravity” (「重力」) は「標準モデル」には、未だ編み入れられていない。

「“SSB” は一種の知性の集まり、心理の集まり、そして物質成分の集まりより生じる。」
 
ノーベル賞を受賞した後、シカゴでの講演で南部博士は述べている。彼は一つの寓話を示した。即ち、人々の集団が広場に集まった時、普通は人々は、まちまちの方向を見ている。しかし、そのうちの一人が、ある一方向を見始めると他の人々も同様に同じ方向を見ることが、時として起こる。「これが、”a broken symmetry” (「破れた対称性」)であると彼は言った。 彼の理論は、例えば、弱い核の力を保持した素粒子が、いかにして、質量を獲得するかの説明の一助となった。 そして「弱い力」と「電磁気力」の統一理論の発展・展開に寄与している。
Mr. Peter Higgs, Mr. Francois Englert 及びその他の学者たちは、南部理論を用いて1960年代に、 “the Higgs boson”(「ヒッグス粒子」) (3*)の存在を予測した。そしてその粒子は2012年に発見された。2004年 雑誌「物理学の世界」とのインタビューで Mr. Higgsは、「私の名前はこの分野において、第一人者となっているが、いかにして “fermion”(「フェルミ粒子」) (4*)の集まりが、超電導状態の物質におけるエネルギーの破れ目の形成に相似する方法において、作り出されるかを示した人は南部教授であった。」と語った。
南部博士は、”quarks”(「クウォーク」) (5*)の研究で認められた、小林誠教授と 益川敏英教授と共にノーベル物理学賞を受賞して、賞金の半分を受け取り、残り半分はお二人(小林/益川両教授)で分け合った。
 「科学者の中には、すべての分野の動きを方向付ける人がいる。南部博士はそのような偉大な人の一人であった。」シカゴ大学の教授であった Mr. Peter Freund (6*)はあるインタビューで述べている。
 南部博士は、1921年1月18日に東京で生まれ、その後福井に移り住んで成長した。彼の科学への関心は、父親が買い与えた科学雑誌によって呼び起こされた。「自然科学における基礎となる諸問題を研究する一つの手段である物理学を、私は好きになった。」と受賞後のシカゴ大学の新聞(”news service”)で述べている。1942年、東京帝国大学で修士号 (“master’s decree”)を得たが、すぐに召集されて陸軍のレーダー実験室に配属された。
1946年、彼は研究者として大学に戻り、1952年博士号を取得した。1950年から1956年まで彼は、大阪市立大学の教授であった。その間の二年間、彼は米国New Jersey 州Princetonにある”the Institute for Advanced Study”(「先進科学研究機構」)にて核物理学者の Mr. J Robert Oppenheimerと過ごしている。その機会に彼は、勇気を出して、その機構の有力な会員であったMr. Albert Einsteinに自己紹介している。
 シカゴ大学との関係は1954年に始まり、その後 “research associate”(「研究員」)として同大学に勤めている。1958年に教授に就任し、1974年から1977年の間、同大学の物理学部の部長となり、1991年に退職した。
 彼の受賞は、多くの物理学者の間で、遅きに資した、と受け取られている。「その一端は、彼は大変控え目であり、派手に自己宣伝しないこと、の為であろう。」と Mr. Jeffrey Harvey,シカゴ大学におけるEnrico Fermiの研究で有名な物理学者が語っている。「現実の世界では、人々はノーベル賞の為に働きかける。しかし彼はそのような人ではなかった。」と。
 南部博士は、その後も粒子物理学の研究を続け、きわめて重要な貢献をしている。1965年に、Mr.Moo-Young Han,現在 Duke Universityに在籍、と共に研究して、quantum chromodynamics( 「量子色力学」) の最新理論の先駆者になるまでになっていた。その理論は、「陽子」と「中性子」を縛り「原子核」にしている原子の力を解き証し説明している。
 「彼は”magician”(手品師/奇術師)であった。」Freund教授は述べている。「彼は帽子の中から兎を一匹、また一匹と取り出したであろう。そして突然その兎たちは整列して、あなた方が以前見たこともないダンスを始めたであろう。そこで彼は、あなた方が決して思いつくことができないアイディアを得たのだ。」
                              訳:芋森  [ 了 ]

(1*) 粒子物理学におけるStandard Model
 「標準モデル」、「標準模型」、「標準理論」とも称される
「強い力」「弱い力」「電磁気力」、この三つの基本的力の相互作用を記述するための理論の一つである。
(2*) the unified theory「統一理論」とも「大統一理論」とも称される
種々の相互作用力を一種類に統一する理論である。自然界の四つの力(「強い力」「弱い力」「電磁気力」プラス 「重力」)を全て統一することが到達点である

(3*)「ヒッグス粒子」)
もし、ヒッグス粒子が存在しなければ、宇宙を構成するすべての星や生命が生まれないことになるため、「神の粒子」とも呼ばれています。 お気に入り詳細を見る ヒッグス粒子は私たちの身の回りも含め、すべての宇宙空間を満たしている素粒子として、1964年にイギリスの物理学者、ピーター・ヒッグス氏が存在を予言しました。 お気に入り詳細を見る 私たちの宇宙は、1960年代以降、まとめられた現代物理学の標準理論で、17の素粒子から成り立っていると予言されました。 お気に入り詳細を見る これまでに、クォークやレプトンなど16については実験で確認されてきましたが、最後の1つ、ヒッグス粒子だけが見つかっていませんでお気に入り詳細を見る した。 ヒッグス粒子が担っている最も大きな役割は、宇宙のすべての物質に「質量」、つまり「重さ」を与えることです。2012年「ヒッグス粒子」はスイスにあるCERN(欧州原子核研究機構)おけるLHC(大型ハドロン衝突型加速器)計画によって見つかった。「ヒッグス粒子の可能性が極めて高い素粒子が見つかった」が正確で、実際はこれからヒッグス粒子かどうかを調べていきます。 ほぼ同じものが99.9999%以上の確率で存在していたから、「間違いない」と判断されている。

(4*) “fermion”(「フェルミ粒子」)
フェルミ粒子は、フェルミオン(Fermion)とも呼ばれるスピン角運動量の大きさが ħ (「換算プランク定数」。ħ は「エイチバー」と発音される。) の半整数 (1/2, 3/2, 5/2, …) 倍の量子力学的粒子であり、その代表は電子である。その名前は、イタリア=アメリカの物理学者エンリコ・フェルミ (Enrico Fermi) に由来する。

(5*) quark(「クォーク」)小林誠氏と益川敏英氏は、素粒子物理学の標準模型の枠組みで、素粒子を構成している基本粒子と考えられているクォークは、当時主流であった2世代4種類ではなく、3世代6種類以上存在することを予言しました。6種類のクォークの存在については1995年に実験的に確認され、CP対称性の破れについても2001年に実験的に検証され、小林誠氏と益川敏英氏両氏の理論が正しい理論であったことが実証されました。

(6*) Mr. Peter Freund – Wikipedia, the free encyclopedia
Peter George Oliver Freund (born 7 September 1936) is a professor emeritus of theoretical physics at the University of Chicago. He has made important contributions to particle physics and string theory. He is also active as a writer.

【出典】 アサート No.453 2015年8月29日

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【書評】海軍の日中戦争 アジア太平洋戦争への自滅のシナリオ

【書評】海軍の日中戦争 アジア太平洋戦争への自滅のシナリオ
              (笠原十九司著 平凡社 2015年6月 2500円+税)

 昨年ヒットした映画に「永遠の0」がある。右派バリバリの百田作品だが、中々泣かせる場面も多い。しかし、なぜ零戦が開発されたのか、そしてなぜ真珠湾攻撃に始まる日米戦争に至ったのか、などの根本的問題はすべて回避され、愛する家族のために特攻で死んだことも、少々美談にしてしまうものだった。
 そこで、もう一度零戦について、いろいろと調べているうちに出会ったのが、表記の書物である。旧日本軍は、見事に陸軍・海軍が分立していた。満州事変から日中戦争を主導したのは、陸軍・関東軍であり、日米戦争については、アメリカの原油禁輸などの経済制裁によって、海軍が「止むなく」真珠湾攻撃という奇襲攻撃に至った、というような印象(「陸軍=悪玉、海軍=善玉」)を多くの日本人が持っていると思われる。私自身も、ぼんやりと、そんな意識を持っていた。
 しかし、本書を読めば、そのような考え方は吹き飛んでしまう。本書で明らかにされているのは、満州事変以降、日米戦争を想定・準備したのは、むしろ海軍であったということである。柳条湖事件のような謀略事件を、海軍も仕掛けていた。そして、まさに「自滅のシナリオ」を自ら歩み、中国人・日本人に大量の死傷者を生み出して、日本の敗戦にたどり着いた。
 
<海軍の謀略事件 「大山事件」>
 
 本書の内容に沿い時系列で、整理してみよう。
  1937年7月7日 盧溝橋事件
   同7月11日 現地軍間で停戦協定成立
   同   日 近衛首相「中国に反省を促す重大決意」の政府声明
   同7月11日 海軍軍令部 南京爆撃のための特別航空隊設置
   同7月17日 蒋介石 廬山談話で対日抗戦の決意を表明
   同7月28日 「北支事変」として、華北に日本軍総攻撃
   (この間も、日中戦争拡大派と不拡大派の対立続く)
   同7月30日 天皇 東北地区を平定し、戦線不拡大の意見
   同8月7日 「日支国交全般的調整案要綱」作成
   同8月8日  外務省「日華停戦条件」作成
   同8月8日 大村基地から、台北基地に海軍爆撃機が移動
   同8月9日 上海にて大山事件(大山中尉他1名が射殺される)
   同8月10日 大山中尉、大尉に昇進し、海軍大臣より家族に弔電
   同8月13日 第2次上海事変(海軍陸戦隊と中国軍が交戦)
   同8月14日 近衛内閣 「暴支膺懲」声明
   同8月14日 海軍 台北基地より、上海・南京へ渡洋爆撃開始
   
 盧溝橋事件を契機に、日中戦争をさらに拡大させるかどうか、すなわち中国東北部に作った傀儡政権「満州国」周辺で止め、対ソ戦に備えるべしとの不拡大派、中華民国の首都である南京まで攻めるべしとの拡大派が争ったが、天皇の意見もあり、停戦協議が進行している時期に、謀略事件である「大山事件」が起こるのである。
 大山事件とは、上海海軍陸戦隊の大山中尉と斎藤水兵が、上海で中国軍に殺害されたとする事件で、これを受けて「暴支膺懲」(横暴な中国を懲らしめろ)の掛け声のもと、海軍は宣戦布告もないまま、上海・南京爆撃を強行した。停戦協議は行き詰まり、華中に戦線は拡大し、第2次上海事変から全面的な日中戦争へと進んでいった。
 著者は、大山事件が海軍による謀略であり、二人を敢えて一触即発状況であった中国軍虹橋飛行場に向かわせ、大山少尉ら2名の死を持って、停戦協議を破綻させ、中国全土への空爆を強行したとの説を展開されているのである。
 海軍の上海爆撃で先を越された陸軍も、上海から南京へ攻撃を進め、兵站も十分に準備ないまま、南京を制圧する際、食料の略奪や婦女子への暴行、便衣隊の疑いと称して、民間人を含む大虐殺を起こすのである。
 本書では、大山事件が海軍により周到に準備された謀略事件であるとし、その根拠として、大山中尉の日記、8月8・9日の行動・態度、現地調査を待たず、翌10日午前3時には、戦死として家族に電報が発信されたこと、陸軍暗号担当が語った「大山事件は謀略だったとの発言」、「残された家族への弔慰金」などを挙げられている。
 大山中尉は、「七軍神」の一人として、敗戦まで靖国神社に胸像も建てられていた。日中全面戦争の勃発を招き寄せた功績により、というところであろう。

<海軍 重慶への市街地無差別爆撃>
 「海軍は南京渡洋爆撃、そしてこの南海空爆作戦において本格的に南京政府の屈服と中国国民の敗北を目標とした戦略爆撃を決行したのである。これらの事実から、日中全面戦争は、「陸軍が海軍を引きずっていった」のではなく、逆に「海軍が陸軍を引っ張っていった」ことが証明される」
 
 1937年12月蒋介石は、南京を放棄し、重慶を臨時首都とする。これ以後、海軍は、中国主要都市の軍事施設等への爆撃を行い、市街地への無差別爆撃を行う。
 南京や重慶にいた報道関係や医療関係の欧米人も犠牲になった。1937年9月国際連盟は、「都市爆撃に対する国際連盟の対日非難決議」を採択している。外交上の抗議を受け、外務省は「爆撃停止」と回答するも、これを不満とし海軍は爆撃を継続している。多くの中国民衆を犠牲にした、この中国各地への空爆が日米戦争への実践訓練そのものであったと著者は言う。
 日中戦争開始後の、1937年9月帝国議会は、総額20億円の「臨時軍事費」を容認、その10分の1が、航空戦力の拡充に充てられた。航空機の増産と航空兵力の錬成など、日米戦争を想定した航空戦力の強化は、制空権を確立した中国内で実践されたのである。
 1937年8月15日の渡洋爆撃では、護衛航空機なしで行われたため、「空前の戦果」報道にも関わらず、出撃した20機の九七式爆撃機の半数が、対空砲火と迎撃機によって撃墜・使用不能となった。そこで航続距離の長い護衛戦闘機の開発が求められ、それが零戦の開発となった。1940年に零式戦闘機が完成し、零戦が優秀な性能を持ち、戦果を挙げたため、日米戦争での航空決戦も可能との認識を海軍が持つに至ったという。
 
<自滅のシナリオ それは海軍が作った>
 日本の敗色が濃くなり、サイパン基地より、日本本土への爆撃が可能となって以降、米軍は日本国内の軍事施設は言うに及ばず、市街地への焼夷弾投下を行い、市街地への無差別爆撃により、民間人・女性・子どもも含めて大量殺戮をおこなった。原爆投下後も、無差別爆撃は続いた。
 アサート329号に吉村先生の寄稿「空襲の反省のために」があるが、まさに「戦意を喪失させる」ために、東京大空襲(3/10)や大阪大空襲(3/13)などの市街地・民間人への攻撃となっていった。
 米軍が、日本の市街地への無差別爆撃を実施したのは、明らかな国際法違反であり、広島・長崎への原爆投下こそ、その最たるものであろう。しかし、無差別爆撃を中国において行ったのは、海軍であった。
 
 「日本の侵略戦争により犠牲にされたアジア太平洋地域の民衆の死者は中国人もふくめおよそ2000万人といわれるほど、膨大なものとなった。また、日本国民も大きな被害をこうむり、その犠牲者は、軍人・軍属230万人、民間人を合わせて計役310万人が死亡したと言われる」
 
 しかし、東京裁判では海軍の司令長官以上には死刑判決は出なかった。敗戦時の嶋田海軍大臣もA級戦犯となったが、死刑になっていない。米軍(連合軍)と、旧海軍は、すべての責任を陸軍の暴走として処理し、共に行った市街地無差別爆撃を不問にしたと言わざるを得ない。
 
 本書は、膨大な手記や海軍の記録、日本海軍航空史からの引用などを通じ、読み物としても面白いが、コンセプトがはっきりしている。海軍の行動から「日中戦争」「アジア太平洋戦争」を分析するという手法も、興味深い。(2015-08-17佐野秀夫) 

【出典】 アサート No.453 2015年8月29日

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【投稿】戦争法案強行採決を許すな

【投稿】戦争法案強行採決を許すな

<国民理解は不必要か>
7月15日、自公与党は衆院特別委で「安全保障関連法案」の採決を強行、さらに翌16日の本会議でも同様に採決を行い、衆議院を通過させた。
これは憲政史上稀に見る暴挙であり、厳しく糾弾されなければならない。政府は当初「与野党共同で円滑に」国会を通過させるため、安倍、橋下のボス交で維新の党の抱き込みを目論んだ。
しかし、法案に反対する世論の高まりと、橋下の独断専行に反発した松野、江田ら元民主党、旧結の党グループが反発、紆余曲折はあったものの、最終的に7月8日維新の独自修正案2本に加え、領域警備法を民主党と共同提出したことにより「自民・維新共闘」の目論見は頓挫した。
この動きを見て、官邸、自民執行部も維新との連携に見切りをつけ、与党単独の採決強行へ動かざるを得なくなったのである。
維新が提出した「対案」も事実上店晒しにされ、日頃与党が口にする「反対なら対案を出せ」という批判の欺瞞性が明らかになった。
採決を巡っては政権内からも石破地方相が前日の記者会見で「国民の理解が進んでいるとは言えない」と発言、当の安倍も当日の特別委総括質疑で「国民の理解が進んでいないのも事実だ」と認めざるを得なかった。
にもかかわらず直後に採決を強行したのは、まさに日程優先、成立ありき以外の何ものでもない。
安倍は「今後も国民に丁寧に説明していく」と表明しているが、自民党は反発を恐れ、当面街頭宣伝は行わないことを決定した。また自民執行部は「百田発言問題」以降、マスコミへの露出を規制し、さらに報道機関からの戦争法案関連の質問には回答しないよう、所属議員に「箝口令」まがいの指示を出したという。
自民党は今後参議院でも形式的な議論で誤魔化し、「60日」が過ぎるのを待つという「籠城戦」を決め込んだようである。「私は貝になりたい」とでも言うのだろうか。

<国際潮流から逸脱>
安倍政権が身を潜めるかのようにしている間にも、国際情勢はドラスティックに展開している。
7月14日、ウィーンでイランと関係6か国(米英仏独中露)は核開発問題での最終合意を達成した。2002年にイランの核兵器開発計画が明らかになって以来、7カ国は、各国での政権交代を経ながら交渉を進め、平和的手段による国際問題の解決に至ったのである。
安倍は戦争法案の必要性を説くのに一つ覚えの様に「ホルムズ海峡の掃海」を持ち出してきた。当事者の努力をよそに「機雷封鎖」を大地震のような不可避のものとして、集団的自衛権解禁の論拠として利用してきたのである。このような対応はアメリカにも失礼であろう。
本来なら、アメリカの「同盟国」であり、イランとも関係を維持してきた日本としては、積極的にこの地域の安定に寄与すべきであった。しかし民主党を含む歴代政権は、思考、行動とも停止してきた揚句、「結果にコミット」できず、国際的な動きから取り残されることとなった。
そもそも軍事的整合性が希薄だった「ホルムズ海峡の機雷封鎖」という想定は、ますます非現実的なものとなったにも関わらず、安倍政権は今後もこれを理由として使い続けるつもりなのだろうか。それともこれからは「ISがホルムズ海峡を封鎖する」とでも言うのだろうか。
戦争法案は戦争が起こること、起ったことを前提としたものであり、紛争防止方策として、安倍政権は「武力による抑止」しか示していない。
安倍政権には、緊張を緩和し、平和的手段で安全を確保する包括的な外交、安全保障政策が根本的に欠如しているのである。
その中で、戦争遂行に関する各論、施策を突出させ強引に推し進めようとするのは戦争準備と思われても仕方ないだろう。
今回のイラン核問題最終合意は、安全保障のあるべき道筋を明らかにしたが、安倍政権はこれを教訓とすることなく、外交能力の無さの露呈と法案論拠の崩壊から、むしろ煙たがっているのではないか。

<未来の戦争へ>
中東での緊張が緩和される中、戦争法案に係わる「予定戦場」は東アジア地域に集約されていく。ここでも安倍は「邦人を移送する米艦の防衛」を繰り返すばかりで朝鮮半島の安定は語らない。
北朝鮮に関しては、日本政府が朝鮮総連への国策捜査を行って以降、拉致問題は放置されている。7月4日の再調査回答期限はなし崩し的に延長されたが、イラン核合意のようにはいかないだろう。
韓国に対しても関係改善の歩みは遅々としている。先ごろボンで開かれた第39回世界遺産委員会で懸案となった「明治日本の産業革命遺産」は、日程延期の末、からくも選出された。
今回日本、韓国を除いた委員国は19カ国であったが、このうち議長国のドイツをはじめ10カ国は安倍が外遊で訪問している。さらに副議長国のクロアチアは6月に首相が来日したばかりであり、安倍外交が有意義であれば多数決でも選出されたであろう。
ところが韓国の説得で多数派工作が危うくなり、日本政府は最終局面に至ってスピーチで「against their will」「forced to work」という表現を使わざるを得なくなった。これにより国際的には強制労働が確認された形となったが、安倍政権は認めようとしていない。
さらに従軍慰安婦問題でも、こうした不誠実な対応を続けるようでは、事態好転にはつながらないだろう。
中国に対してもこの間2度の「首脳会談」を行う一方で、対中軍備増強、アメリカ、フィリピンなど関係国との合同演習が進められている。
とりわけ南シナ海問題への介入は露骨である。6月23,24日には海自のP-3C哨戒機をフィリピン・パラワン島に派遣し、比軍要員を搭乗させ周辺海域での飛行を実施した。
これは中国軍機が韓国軍人を乗せて竹島(独島)近海を飛ぶようなものである。中国政府は不快感を示し、フィリピンの平和団体も「火に油を注ぐようなもの」と批判している。
この様に自ら緊張を拡大しておきながら、「国際環境が変わった」として戦争法案を合理化する安倍政権が、周辺国に「未来志向」を語りかけても「未来の戦争を志向」しているのではないかと疑われても仕方ないだろう。

<8月、反対運動の高揚を>
安倍は世論の歓心を買うため、強行採決後の17日に新国立競技場建設計画の白紙撤回を表明した。
不透明な選考と法外な建設費は以前からわかっていたにもかかわらず、戦争法案の強行採決までは見直しはできないと強弁していたものが、一転してゼロベースに戻った。本人が悪いとはいえ、元総理の森の顔に泥を塗って踏みにじっても延命を図ろうという、あまりに露骨な政治決断である。
しかし17,18日の世論調査では、「支持35%、不支持51%」(毎日)「支持37,7%、不支持51,6%」(共同通信)と軒並み内閣支持率は急落した。今後舞台は参議院に移るが、そのなかで70年目の8月6日、9日、そして15日を迎える。安倍政権は盆前後の自然休会を利用し、嵐が過ぎ去るのを待つ構えである。
しかし、8月には原水禁大会を軸とした大衆行動が準備されている。過去原水禁運動統一の試みは頓挫してきたが、この危機的な情勢を踏まえ、原水禁、原水協は共同行動を実現すべきである。
そして、既存勢力のみならず、この間新たに登場した各地、各層の取り組みを糾合するプラットフォームを構築しなければならない。
さらに8月には「戦後70年談話」が発表されることとなっている。国内外世論の厳しい監視により「談話」に関しては閣議決定を行わないなど、当初の意気込みよりはトーンダウンしつつあるが、内容は不確定である。
ぎりぎりまで過去の侵略に対する明確な謝罪表現―和文と英文の表現の誤魔化しなどではない―を盛り込むよう、国際世論と共同で追い込んでいかねばならない。
参議院は来年改選予定であり「合区法案」における与野党ねじれ現象、さらには18,19歳の新有権者の動向など、流動的要素が多い。
野党は国会を取り囲む闘いと連携し、一致して与党の動揺を誘い戦争法案の廃案を追及しなければならない。(大阪O)

【出典】 アサート No.452 2015年7月25日

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【投稿】情報戦の中の安保法案と日本エスタブリッシュメントの正体

【投稿】情報戦の中の安保法案と日本エスタブリッシュメントの正体
福井 杉本達也

1 エシュロン・プリズム・スノーデン
かつて「エシュロン」(Wikipedia:(Echelon)は、アメリカ合衆国を中心に構築された軍事目的の通信傍受(シギント)システム。同国の国家安全保障局(NSA)主体で運営されていると欧州連合などが指摘している一方、アメリカ合衆国連邦政府自身が認めたことはない。エシュロンはほとんどの情報を電子情報の形で入手しており、その多くが敵や仮想敵の放つ電波の傍受によって行われている。1分間に300万の通信を傍受できる史上最強の盗聴機関といわれている。参加している国は、アメリカ合衆国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドであり、英米同盟(UKUSA)とも呼ばれるアングロサクソン諸国とされる。日本での基地は青森県三沢基地に置かれ、日本政府・企業も監視対象などという言葉を口にすれば「陰謀論」か「きわもの」扱いで、「どこに根拠があるのか」、「新聞には書いてあるのか」などと言われるのが落ちであった。これまで、こうした米国を中心とする不法な諜報活動を指摘してきたのは、池上彰・中尾茂夫・本山美彦氏などごく少数であり、日本の言論界ではタブー扱いであった。最近では加藤哲郎氏(『CIA日本人ファイル』)、有馬哲夫氏(『日本テレビとCIA 発掘された「正力ファイル」』)、松田武氏(『対米依存の起源――アメリカのソフト・パワー戦略』)などの地道な研究も進み、ようやく一般化しつつある。
6月23日、ウィキリークス(WikiLeaks)はNSAがオランド仏大統領ら歴代3大統領の盗聴活動を行っていたことを暴露した。2013年にも独メルケル首相らの盗聴を行っていたことが暴露されている(日経:2015.6.25)。また独連邦情報局(BND)がNSAと協力して仏大領府の監視や独電機大手シーメンスの企業情報を傍受し米国に情報提供していたことが明るみになっている。BNDはナチス政権下の対ソ戦の秘密情報機関が前身で、戦後CIAの管轄下に入り、その後も「現政権が望まない活動を続けてきた」(日経:2015.5.17 玉利信吾「スパイ疑惑に揺れるドイツ」)といわれるが、こうした裏の動きがようやく新聞紙面でも見えるようになってきたことは、アサンジ氏が創設したWikiLeaksやロシアに亡命し「プリズム」(PRISM:全世界で970億件/月のインターネットと電話回線の厖大な通信傍受が行われており、電子メールやチャット、電話、ビデオ、写真、ファイル転送、ビデオ会議等あらゆる情報が収集・分析され、Microsoft、Yahoo!、Google、Facebook、PalTalk、YouTube、Skype、AOL、Appleなどが協力しているとされる)を暴露した元CIA・NSA職員:スノーデン氏の功績である。独にBNDのような組織があるということは、日本にも同様の組織があると考えることが自然である。

2 スプートニク・ショック
ロシアの通信社:スプートニク(sputnik)は、英ガーディアン紙の報道として「NATO加盟国の指導者の多くは攻撃的な反ロシア的論調を展開」しているが、「これらの国の有権者らはこうした政策を支持する構えにない。」とし、これらの要因は「説得力のあるような嘘や生半可な真実を流布することが多く、秤にかけた客観的分析をしない西側マスコミ」にあると指摘している(sputnik 日本:2015.7.8)。これまで、米欧は旧ユーゴ内戦やイラク攻撃などにあたり、まず情報戦で勝利してから実際の戦闘行為に移っている。たとえば、イラク攻撃ではフセイン政権に大量破壊兵器を保有しているとして攻撃に入ったが、後に大量破壊兵器は無いことが明らかとなった。しかし、最近のウクライナクーデターなどでは、米欧のプロパガンダに対しスプートニクがすぐさま反論するため(マレーシア航空機撃墜事件等)、EU諸国は国民を十分説得できなくなっている。「西側が今、極度に恐れているのは『情報戦争』でロシアに敗北すること」(sputnik 同上)である。
情報戦でのロシアの勝利はスノーデン氏の亡命によることも大きい。英サンデー・タイムズ紙は、身分が明らかになることを恐れ、英秘密情報局(M16)のスパイを「敵国」から引き上げる決定をしたと報道している(共同:2015.6.16)。

3 岸信介と60年安保の評価
元外務省国際情報局長孫崎亨氏のベストセラー『戦後史の正体』において、これまでの認識を大きく改めさせられた箇所がある。「岸首相は、イメージとちがって、大いに研究すべき人物です」という項目がある。結論を要約すれば、岸首相を引き摺り下ろすために60年安保闘争は米軍やCIAなどが企てたというものである。安保闘争の当初目的は「安保条約」だったが、途中「岸打倒」に変質した。安保闘争を指揮した全学連(ブント)は後に右翼活動家田中清玄らから金を貰っていたことが明らかとなっている。孫崎氏のシナリオは「国際政治という視点から見れば、CIAが他国の学生運動や人権団体、NGOなどに資金やノウハウを提供して、反米政権を転覆させるのはよくあること」で「岸首相の自主独立路線に危惧を持った米軍およびCIA関係者が、工作を行った」が、「岸の党内基盤および官界の掌握力は強く、政権内部から切り崩すという通常の手段が通じなかった」ため、「独裁国に対してよくもちいられる反政府デモの手法を使った」ということである(孫崎)。結果、安保の根幹である日本の米軍基地を占領下と同様にフリーハンドで使える日米地位協定(「われわれ(米国)が希望するだけの軍隊を、希望する場所に、希望するだけのあいだ、駐留させる権利」―ジョン・F・ダレス:1951年)はそのまま残り、岸だけが退陣した。表向きは「憲法」→「安保条約」→「地位協定」であるが、内実は「地位協定」→「安保条約」→「憲法」であり、米国が最重視したものは「地位協定」の墨守であった。その後55年、「地位協定」に全く変更はない。占領下のままである。60年安保を闘った当事者はとても認めたくないシナリオであるが、国際政治の冷徹な現実である。

4 「9.11」と田中真紀子VS鈴木宗男
2001年4月、小泉内閣の外務大臣に日中国交を回復した田中首相の娘:田中眞紀子氏が任命された。中ロも政治的・経済的混乱から抜け出してきたことで、日本が東アジアでの冷戦構造の打破に動く内閣布陣と期待された。しかし、米軍産複合体の画策した9.11により一気に軍事緊張が高まり、鈴木宗男氏(当時衆議院議院運営委員長)との確執を理由に邪魔となった田中氏を更迭、鈴木氏も、共産党の佐々木憲昭氏のロシア友好の家を鈴木氏の利権であるとして「ムネオハウス」と攻撃、当時社民党の辻元清美氏(現民主党)は「疑惑のデパート」批判、国会中継はさながら劇場型となったが、結果、鈴木氏・外務官僚の佐藤優氏(現作家)ら外務省ロシア派も田中氏らの中国派も共に粛清され、外務省内は対米追従派に独占されてしまうこととなった。疑惑を追求した辻元氏も辞職に追い込まれるなど後味の悪さが残ったが、シナリオを描いた者は背後に存在する。以降、小泉内閣は「アーミテージ・ナイ・レポート」・「年次改革要望書」どおりの操り人形と化し、アーミテージに「Boots on the ground」と脅されて自衛隊のイラク派兵を行い、辞任直前にはブッシュ大統領の前でエルビス・プレスリーの物まねまでしてご機嫌伺いをし、NYTに「impersonators」(物まね芸人)とこき下ろされる醜態を演ぜざるを得なくなった。

5 鳩山政権の崩壊とその評価
2010年6月の鳩山政権の崩壊を内田樹氏は「アメリカ・官僚・メディアの複合体が日本のエスタブリッシュメント」を形作っており、「日本という国がどういうふうにできているかということを、白日の下に露わにしたという所が、最大の功績」である(内田:『最終講義』)と評している。民主党つぶしは東京地検特捜部の陸山会事件捜査に始まり、共産党による小沢一郎氏攻撃などもからめた小沢氏封じ、鳩山由紀夫氏の孤立、辺野古基地問題での米・官僚・メディアからの総攻撃と、メディアに煽られるままの予定調和的な社民党福島瑞穂大臣の罷免と内閣の瓦解、菅直人氏の裏切りと徹底した親米路線への転換・尖閣諸島を舞台とする中国への挑発が我々の目前で行われた。演目もキャストも異なるが、どこか既視感がある。共産党・社民党も知らないはずはない。
検事出身の郷原信郎弁護士も指摘するように東京地検特捜部の前身はGHQ配下の「隠退蔵物資事件捜査部」(旧日本軍が民間から集めた貴金属等の軍事物資をGHQが接収しようとして組織された)であり、現在も米国の影響下にあると見なされており、犯罪要件を構成しないものを犯罪としてでっち上げる組織である。政治家の税金に関わる不祥事は国税庁が、スキャンダルについては警察庁が、政治資金規正法は総務省が握っているなど、全ての情報は官僚の手中にある。米国がシナリオを書き、どのカードをいつ出すかだけである。最近、クリントン氏の大統領選出馬問題で個人メールが公開されたことにより、2009年12月の鳩山政権時に沖縄県の普天間基地移設を巡る問題で、外務省から(藤崎一郎駐米大使が)「ヒラリー・クリントン米国務長官に呼び出された」と発表されていた情報が虚偽である可能性が高いことが判明した(東京新聞:2015.7.8)。日本側のエスタブリッシュメントは常に「主人」の意向を先回りして奉仕している。
7月16日、安保法案が衆院を通過したが、これまでの日米地位協定による「基地の自由使用」に「軍隊の自由使用」(「われわれ(米国)が希望するだけの傭兵を、希望する場所に、希望するだけのあいだ、派兵させる権利」)が新たに加わろうとしている。かつての大英帝国の「英印軍」を想起させる。日経「美の美」に山下菊二が1954年に日本と米国の関係を怪物的な想像力を駆使して描いた『新ニッポン物語』が掲載された。「YELLOW STOOL」(日本人を侮蔑する隠語)と書かれた醜い雌犬の姿は「黒ずんだ眼窩、視点の定まらない瞳」をしている。「感情をなくし、考えることをやめた者の顔」である(2015.7.12)。日本を内側から占領するエスタブリッシュメントの影響をはねのけ、民主主義をもう一度しっかりとつかみ直す必要がある。

【出典】 アサート No.452 2015年7月25日

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【書評】『琉球独立論』

【書評】 『琉球独立論』
    (松島泰勝著、バジリコ、2014年。1800円+税)

 日本の安全保障政策の大きな転換点において自衛隊の海外派遣の日常的現実化の危険が前面に出て、ごく最近までマスコミを賑わしていた辺野古へのアメリカ軍基地移転問題が沖縄一地方の問題として扱われているかのような印象を与えている現在である。しかしまさしくこの状況の本質を問うことが本書の問題意識である。著者は「琉球」の視点から、次のように述べる。
 「多くの日本人は、近現代における『本土』(日本)との関係の中で琉球人が強いられてきた苦難の歴史を潜在意識のうちに感じながらも、知らない、知りたくない、知らないふりをする、といった行動様式に終始しているのではないでしょうか」。
 そのことは、自衛隊の海外派遣=「戦争への道」の問題が中心となっても(もちろんこれは重要な問題ではあるが)、その自衛隊の連携先の(?)米軍の行動が議論にはならず、ましてや米軍基地が日本国内に多数存在し、それが「沖縄」に集中していることが議論になっていないことに端的に示されている。そしてその一方で日本人の間で日米安保が日本の平和に寄与しているとの意識は根強く、「米軍基地は日本の抑止力である」とされる。しかし「その『日本』の中に琉球は含まれていません」と著者は指摘する。
 そしてこうも述べる。
 「日本の安全保障の目玉が在琉米軍基地であるとして(それ自体私には幻想としか思えませんが)、なぜそれが琉球に集中せねばならないのか、なぜ、常に日本のリスクが琉球に集約されねばならないのか。補助金は、本当に琉球人を潤わせているのか。日本の人々は、他者の中に自己を投影して考えてみる、ということを一度くらい試みてみてもよいでしょう」。
 それはかつての「沖縄奪還、沖縄返還」を叫んだ復帰運動でもそうであり、著者は、この運動で広く歌われた『沖縄を返せ』(1956年)の歌詞中の「民族の怒りに燃える島沖縄よ」、「我等のものだ沖縄は」の「民族」「我等」という言葉が意味するのは、「あくまでも日本人」ではなかったのか、と問い返す。
 つまり「琉球の置かれている状況は、アメリカの植民地である日本の植民地である琉球、というまるでロシアのマトリョーシカ人形のような入れ子構造となっている」。そして日本の現状を見ると、「未だに日本には他国の軍隊が駐留軍のように存在し、不平等条約である日米地位協定を改正さえできない日本は独立国家の体をなしていないのではないでしょうか。また、琉球に基地を集中させて自らは平和と繁栄を享受したいと考えることは道徳的に、または人間として正しい姿でしょうか」と厳しく批判する。
 そして今や「琉球にとって、こうした中央政府対地方自治体という構図の中での議論は既に意味を持ちません。現在の課題は、同化するための差別撤廃というテーマから、独立するために構築すべき日本との関係性というテーマに移っている」として、「琉球の独立」を正面から主張する。
 本書はこの「琉球の独立」を、歴史(琉球王国、琉球併合、戦時下、米軍統治、「復帰」という名の琉球再併合という経緯)、理念(琉球独立論・琉球ナショナリズムの系譜)、政治経済(基地経済の実態と骨くされ根性)、国際関係(多角的国際関係と安全保障)等さまざまな角度より論じたものであり、海洋国家・琉球の歴史・現実を直視することによって、その独立の必要性を強調すると同時に、琉球に対する日本の政治・意識のあり方そのものをわれわれに足元から問い直すことを促す書である。(R) 

【出典】 アサート No.452 2015年7月25日

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【紹介】「戦争法案-粉砕」から「安倍政権‐打倒へ」(14) 

【紹介】「戦争法案-粉砕」から「安倍政権‐打倒へ」(14) 

《「戦争法案-廃案!」と「安陪内閣打倒!」が現実的に!》
 昨日(18日)、この間、本「リベラル広場」でも宣伝してきた【戦争法案は廃案に!おおさか1万人大集会】に取材を兼ねて参加した。それこそ長年(中学時代から)社会運動に参加してきた自分が、ひいき目なく客観的に見て「強行採決」後の始めての「一斉行動デー」にしては、本当に元気よく参加人数も、なかなかデモ行進に移れないほど長蛇の列。ほぼ1万人は集まったと見てよいだろう。
 挨拶の方々の中に辻元議員(民主)と福島議員(社民)もいたが、辻元議員は安陪総理に「昨日の天気は?」と質問して「一昨日の天気は~。え~と?」と答えているようなもので「審議不十分は否めない」と力説した。また福島議員は「リベラル広場」方針提起と同様に 「戦争法案-廃案!」と「安陪内閣打倒!」とがセットで闘う必要性を力説した。
 長年の社会運動経験から見て「安陪内閣-支持率急落」の可能性が相当に高いことと「これやったら(運動の継続的エネルギー等)いけるな!」と思わすものがあった。
 ただ痛烈に批判するが、労働組合(特に連合と自治労)の参加が殆ど見られないことだ。
 そこで、ちょっと調べてみると連合(中央)は15日に「強行採決に関する(事務局長)談話」を出したくらい。連合大阪に至ってはホームページを見ている限り直接「戦争法案」等に関する行動予定どころかコメントの一行すら掲載されていない。自治労大阪府本部も「強行採決」の前の前6月14日に「えさきたかし参議院議員-派遣法改悪、安全保障関連法案の国会対応」について若干の報告を行ったぐらい。 別に労働組合が参加しなくても、連日の報道のとおり、今回の「戦争法案-反対」「安陪内閣打倒」の闘いはリベラル野党と「若者・女性・市民(団体)・各種団体(弁護士会・学者の会等)等のリベラル勢力」の広範な連携・結束の下に展開されているが、ここに連合等-労働組合が参加すれば、より「国民運動」として盛り上がり締まる。
 私の勝手な推測だが連合がまともに取り組まないのは連合傘下の中には「武器製造関連会社(F重工業・M重工業等)」が有り、その企業体の「労使関係」を気兼ねしての事ではないかと推察する。ちょうど「要論文」で当時の会長・事務局長が裁判で「敗北和解」したように♭また自治労大阪が取り組まないのは橋下市長の労組締付けに対する萎縮もあるのではないか。それはそれで理解できない訳ではないが、土・日曜日でも集会・デモは計画的に行われている。少数でもいいから土・日曜日でも「自治労大阪」の旗を持って参加すべきではないか!
 なお「安倍政権」が本当に「支持率低落⇒内閣退陣⇒解散総選挙」が現実的になったときに連合・自治労が、今まで「戦争法案-廃案」「安陪内閣打倒」の闘いをサボり逃亡していたくせに総選挙のときだけ「組織内候補の支持・推薦をよろしく」と依頼に来られても「大変、迷惑千万」であることは付言しておく。
 
《「戦争法制」自民、街頭演説を当面見送り「ヤジ・批判がコワ~イ♭」》
 自民党は17日「戦争関連法案」の国民への理解を深めるために立ち上げた「平和安全法制理解促進行動委員会」(委員長=衛藤晟一首相補佐官)の初会合を開いた。今後、党本部から安保に詳しい役員や学者を全国に派遣して勉強会を開く。
 ただ反対派からヤジや批判を浴びかねない街頭演説は当面行わず、9月に集中的に実施する。同委は今後、安倍首相の話を編集したビデオを作って全国組織に配布し安保専門の議員や学者を講師にし、講演会やセミナー等を開く。
 ただ6月に谷垣幹事長が街頭演説中、聴衆に「戦争反対」「帰れ」等とヤジを飛ばされた事から「批判される姿がメディアで映ると参議院審議に影響が出る」として、街頭演説は当面行わない。
「戦争関連法案」は16日に衆議院通過したが、安倍首相は「国民の理解が進んでいない」と認める。
 小泉内閣政務官は16日の衆議院通過後、記者団に「原因の一端は自民にある。自身が呼んだ学者が、党にそぐわない事を言うと『学者は無責任だ』と、その責めを、その学者さんに負わす。昔の自民党の良くない部分が垣間見え、結果として法案の理解も進んでいない」と指摘した。

《「戦争関連法案‐「強行採決抗議!」の声・抗議行動のウネリ!」》
<「今日集まった5万人は、強行採決されても諦めない5万人だ!」IWJ >
「私は声をあげることをやめない!」。「憲法違反の『戦争法制』の衆議院での強行採決」を受け、3日連続で行われた国会前抗議は7月17日に最終日を迎えた。集まった延べ5万人(主催者発表)の国民は「勝手に決めるな!」のコールを響かせた。抗議は学生ら有志の「SEALDs」(自由と民主主義のための学生緊急行動)と「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」が共同で主催。野党議員の他、全国からも多くの若者が集結し、スピーチした。
 札幌市で「戦争したくなくてふるえる」デモを立ち上げた19歳のフリーターAさんは緊張した面持ちでマイクを握り「無関心はダメだから声をあげたんです」と語った。「声をあげたら『バカだからしゃべんな』とか、『ギャルだから何も考えてない』とか、いろんな誹謗中傷がきたけど、私はここに立っています。いっぱい傷ついたけど、ここに立って声をあげています!」安倍、聞こえるか!。お前のせいで、うちは一杯傷ついた。だけどここに立って声を上げている。怖いからだよ。怖くてふるえるから。戦争したくなくてふるえるから、ここに立って声をあげています」
(民守 正義 2015-07-18)

追伸:オリジナルは、少々長いので、後半を一部省略しています。また、一部表現を修正しております。全文は、民守さんのブログ「リベラル広場」にアクセスください。(http://blog.zaq.ne.jp/yutan0619/)(佐野)

【出典】 アサート No.452 2015年7月25日

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【投稿】 戦争法案反対の攻勢を

【投稿】 戦争法案反対の攻勢を

<拡大する戦争法案反対の声>
 安倍政権は今国会での「戦争法案」成立を強行しようと躍起になっている。しかし、国会での審議を重ねるにつけ、法案の矛盾点が次々と明らかになり、反対の声も日増しに強くなっている。
 6月7日には谷垣幹事長が新宿駅頭で街頭演説に立ったが、「法案反対」「帰れ」コールに包囲され「帰れで平和は守れない」と頓珍漢な反論しかできなかった。
 さらに学識経験者、法曹界はもとより、与党内からも批判の声が上がり始めている。5月12日の自民党総務会では、村上元行革相がただ一人反対を明らかにしていたが、ひと月後の6月12日には山崎拓、亀井静香、武村正義、藤井裕久の元自民党重鎮4名が記者会見を開き法案反対を訴えた。
 14日は2万5千人が国会を包囲し怒りの声を上げ、全国各地でも抗議行動は活性化している。こうした動きは同日夕刻の民法報道番組で、取り上げられたがNHKは7時のニュースで黙殺し、「代わりに」香港の民主化デモを長時間報道するという自主規制が行われた。
 しかしこれは逆効果で、批判にさらされたNHKは18日には瀬戸内寂聴師の反戦スピーチを報道することとなった。
 政府は日程の遅れに焦燥感を深め、国会会期の9月までの大幅な延長の検討に入ったが、時間を稼ぐほど、法案に対する批判が増大するという矛盾に苛まれている。こうした状況を打開するため、安倍政権は維新の会を取り込み法案の早期成立を画策している。安倍、菅、橋下、松井の「トップ会談」を踏まえ、菅、松野の「実務者会談」が開かれた。
 維新は対案を法案化して提出する動きを見せているが、与党とすれば野党出席のもと審議が進み、円滑に採決できる環境が整えられればよいだけのことである。
 維新の対応は、対案の内容以前に敵に塩を送ったも同然であるが、この間の「労働者派遣法」を巡る動きを見れば、想定の範囲内である。
 想定外だったのは衆議院憲法審査会における参考人の見解であろう。6月4日の参考人質疑では、出席した与党側の長谷川早大教授も含めた憲法学者3人全員が「安保法案は違憲である」と断言し、安倍政権を慌てさせた。狼狽した菅は「合憲という学者もたくさんいる」と取り繕ったが、具体的な名前、人数は示せず、10日になって西駒大名誉教授、百地日大教授ら3名を挙げたにすぎなかった。
 稲田政調会長らは「違憲か合憲は最高裁が決める」と再び「砂川判決」を合憲の根拠として持ち出してきたが、砂川事件弁護団から厳しく批判され、法案に反対する学者、研究者の署名は3千人を超えている。
 こうした状況に政権は「学者の意見は参考程度」「学者の言うとおりにしていれば大変だった」と開き直った。18日の衆議院予算委員会で安倍は「国際情勢に目をつぶり、従来の憲法解釈に固執するのは、政治家としての責任放棄」と放言した。安倍らにとって憲法学者は「曲学阿世の徒」なのであろう。行き着く先は「焚書坑儒」であろう。国立大への「日の丸」「君が代」要請はその手始めである。

<護憲の国民投票を>
 戦争法案に関しては「国民投票」で信を問うべきとの意見がある。現在法的規定があるのは改憲かかわる国民投票だけであるが、「国民投票」は是非とも必要であろう。
 先の「大阪都構想」を巡る住民投票は、改憲に係わる国民投票の予行演習とも言われたが、その意味で「改憲派」の敗北に終わった。
 今回の「戦争法案」は「都構想」に比べ論旨は明快であろう。「国民投票」が実施されれば、沖縄知事選以上に公明―創価学会の動揺は激しいであろう。さらにこれが改憲ともなれば有権者の判断は明確に示されるであろう。
 安倍政権としては「96条改定」から徐々に進め、「環境権」などとの抱き合わせで「9条改廃」を目論んでいるが、この期に及んで公明党が「環境権」の「加憲」に消極的になるなど足踏み状態になっている。
 安倍は任期中の改憲を最大の目標としているが、功を焦れば失敗するのは橋下と同じある。
 橋下は改憲協力を手土産に安倍政権に接近し、公明党を翻意させ強引に住民投票の実施にこぎつけたが、あまりの拙速さで逆効果となった。最低2期でも市長を務め、その総決算として住民投票に臨んだなら違った結果になったかもしれないが、橋下は待てなかったのである。
 「都構想」否決の要因として高齢者が攻撃をされているが、これを教訓とするなら安倍としては、戦争体験者がいなくなるまで改憲発議は先送りすべきではないか。
 大阪では、橋下の言う「ふわっとした民意」で賛成した20~30代が多かったが、「戦争法案」や「改憲」ではそのようにはならないだろう。「徴兵」や「戦死」に一番身近な世代が選挙権を持った現在、それがリアルに捉えられれば、世代を超えたうねりになるだろう。
 政府、与党は、国民投票~改憲のハードルの高さがわかっているから、絶対安定多数を握る議会で違憲法案を押し通そうとするのである。法案への対応とは別に国会での憲法論議は活性化すべきであるが、自民党は憲法審査会の失敗に懲り、責任を船田筆頭幹事に押し付け、「当面審査会開催しない」として論議そのものを封じ込める挙に出た。
 この際平和勢力、野党としては96条を改定せずに、国民を信頼し「憲法9条の是非のみを問う改憲発議なら賛成する」と攻勢をかけることも考慮すべきではないか。(大阪O)

 【出典】 アサート No.451 2015年6月27日

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【投稿】 米国の凋落と安保法案

【投稿】 米国の凋落と安保法案
                           福井 杉本達也 

1 米国の経済は復調していない
 米国経済が復調し、FRB(米連邦準備制度理事会)は量的緩和を抜け出し、秋にも利上げに踏みきるとの論調が新聞紙面を埋めている。米国経済はあたかも2008年のリーマンショックを完全に克服したかのような論調であるが、本当だろうか?対して、中国を始めとする新興国の景気は下降局面にあり、中国の成長率が7%台から6%台に下がったから不況だ・バブル崩壊だ、通貨下落の恐れがあると大騒ぎする(参照:日経社説:2015.6.14)。
 リーマンショックによる米金融機関の巨大な損失はいつ解消されたのか。2008年以降は高成長を続け不良債権は雲散霧消したなどという話はとんと聞いたことはない。FRBは量的緩和により不良債権の先延ばしを図ったことだけである。不良債権はそっくりそのまま残っている。「戦争」「憲法」等、いくら『物忘れの進んだ』日本人とはいえ、7,8年前のことを忘れるものではない。CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)は、対象の債権がデフォルト(支払不能)になったとき、回収を保証する保険であり、CDSをかけると、不良債権も正常債権と見なされる。その保証料(リスクプミアム)は、$5930億(71兆円)もあって、元本である債権額($16兆:1920兆円)の3.7%に相当し、短期金利がゼロの現在、とても高いもので、回収が危ぶまれる不良債券が相当数含まれる。BIS(国際決済銀行)発表の統計によると、シャドー・バンキング(金融当局の規制逃れのため、銀行ではない投資銀行やヘッジファンドなどの金融機関(銀行の子会社を含む)が行う金融仲介業務=影の銀行)は、2008年のリーマン危機で、$20兆(2400兆円)から$16兆(1920兆円)にまで、不良債権の発生によって$4兆(480兆円)の資産額を減らしている。「480兆円の損失は、金融機関の有価証券 報告書での損失としては、計上されてはいない」、巨額損を計上すれば、米国の全金融機関が債務超過となって、取付けが起こるからであり、 米国政府は、「(時価にでは含み損を多く含む)デリバティブも、その理論価格(額面など)を計上し、損失は計上しなくていい」としている。「 米国の金融機関の、全部の自己資本を合計しても$2兆(240兆円)」しかない。480兆円もの損失 が生じた場合、「損失を恐れる投資家が、投資を引きあげる取付け(Bank Run)」が起こり、金融機関は破綻する。ちなみに、日本の全銀行の資産は1440兆円(15年3月)であり、米のシャドーバンキングの資産がいかに巨額化かがわかる(以上:吉田繁治:「ビジネス知識源」2015.5.31)。貸借対照表で480兆円の資産があるとして、一方、480兆円の借入金があるとして貸借が合っているように見えるが、資産が回収不能の不良債権で実際の評価が0円ならば、即、倒産ということである(子会社が焦げ付けば親会社の大手銀行も倒産、信用収縮・金融危機へとつながる)。

2 ウクライナ問題でロシアに降伏した?オバマ政権
 ロシア中央銀行は、ロシアの外貨準備高が、5月29日から6月5日までに51億ドル増えて、3,616億ドルとなったと発表した。今後、ロシアの外貨準備高を5,000億ドルまで増加する計画だという。米国がサウジと共謀して画策した原油価格暴落によるロシア経済への打撃も、今年に入り1バレル60ドル前後で推移しており、米国のロシア封じ込め戦略は完全に破綻した。むしろ、シェールオイルバブルがはじけた米国経済への重しとなって跳ね返ってきている。こうした中、5月12日にはケリー米国務長官がロシアの保養地ソチでプーチン大統領と4時間に亘る会談をしたが、米国内ではオバマ政権がロシアに屈した証だと批判されているようである(英フィナンシャル・タイムズ紙(FT)2015.5.26=日経)。
 ウクライナの命運を握るのはロシアのガスである。マケイン上院議員やヌーランド米国務次官補などの米軍産複合体・ネオコンの危険な火遊びにより、529億ドル(5兆3千億円)を抱えることとなったウクライナの債務を誰が負担するのか米欧金融資本家の暗闘が繰り広げられつつある(日経:2015.6.16)。最大の債権者・ロスチャイルド財団の米投資ファンド:フランクリン・テンプルトンは約64億ドルと、海外投資家が保有するドル建てウクライナ国債の3分の1超を保有している。次がロシアの30億ドルである(ロシアNOW:2015.6.4)。では、なぜ米国はロシアに屈せざる(?)を得なくなったのか。答えは、4月の中国主導によるアジア・インフラ投資銀行(AIIB)への英国の参加表明にある。米国がウクライナで火遊びをしている間に、英国は長年にわたるアングロサクソン同盟を破棄し中国に組する宣言した。完全に孤立した米国はロシア―中国の二正面作戦を放棄せざるを得なくなった。ここに来て、オバマ大統領の名代として、ロシア・欧州・イラン・中国と飛び回ってきたケリー長官が滞在先のジュネーブで自転車事故により重傷を負ったとの不審なニュースが流れてきた(CNN:2015.6.1)。SPに囲まれた覇権国の最重要人物が滞在先で自転車事故に遭うなどとは考えられない。

3 南シナ海岩礁埋め立て問題
 あわてた米国は5月に入り東アジアにおいて急遽「南シナ海岩礁問題」を取り上げだした。中国が埋め立てた人工島の周囲を中国の領海・領空とは認めないとして、米軍の艦船、航空機を、人工島周囲12カイリ以内で航行させるとの恫喝を行った(WSJ:2015.5.12)。これに連動する形で、日本の自衛隊もフィリピン軍と共同訓練を同海域で実施している。南シナ海の岩礁埋め立てについては中国ばかりでなく、ベトナムもフィリピンも過去から行っている。CSIS(米戦略国際問題研究所)はベトナムが実効支配するサンド・ケイの軍事施設の衛星写真を公開した。また、フィリピンが実効支配するバグアサ諸島には1970年代から滑走路がある(日経:2015.5.13)。昨年、ベトナムは南シナ海での中国の油田開発で対立し、ベトナムで反中国暴動が発生している。暴動の背景には、反共産ベトナムのアメリカへの亡命者の組織、ベトナムタンの役割が示唆されている(BBC:2014.5.16)。ベトナム人の海外居住者は年1兆円もの資金を還流させている。ベトナムの国家予算が4兆円であることと比較すれば、海外居住者の経済力の大きさが分かる(ジェトロ・ホーチミン事務所)。
 その後、中越が首脳会談で紛争の妥協を図ったにもかかわらず、今回、米国が直接南シナ海問題に首を突っ込んだ背景にはAIIB問題がある。欧州というこれまでの米国の属国を引き連れての中国主導のAIIB創設は、ドル基軸―IMF体制に対する直接の脅威であり、世界経済秩序への挑戦、米覇権体制の根幹を揺るがす一大事である。米ユーラシア・グループのイアン・ブレマは「中国の経済的影響力の拡大の別の話だ。中国はアジア・インフラ投資銀行(AIIB)の設立を提案することで、米国主導の世界経済秩序に全面攻撃を仕掛けた。中国ほど効果的に国家主導の経済力を使って影響力を拡大しようとしている国は他にない」(日経:2015.6.1)と露骨に米国の本音を述べている。
 しかし、南シナ海に米軍基地はない。この地域では「米国は小さな棍棒しか保有しない」(FT:2015.6.11=日経)。フィリピンでは、米軍は、1991年のピナツボ火山噴火にかこつけて、かつて東洋一を謳われ、ベトナム戦争時の北爆に使用されたクラーク空軍基地・スービック海軍基地から撤退せざるを得なくなった。しかも、フィリピンの憲法は米軍の駐留を認めておらず、協定は米軍が建設した施設の所有権はフィリピン側が持つことや、核の持ち込み禁止などを規定している。独立国家とは言えない日本の地位協定とは雲泥の差である。しかも、「北京の行動が明らかに不法だとは言えない」、「中国があからさまに航行の自由を脅かしているわけではない」(FT:同上)のである。

4 日本の役割
 日本は安保法制の国会審議をからめて、いたずらに中国の脅威を煽り、中国による南シナ海岩礁埋め立てを「不法行為」だと非難し、「大本営発表」を垂れ流し、米国と連動してG7でも中国を牽制する声明を出している。
 しかし、こうした行動は自らに跳ね返ってくる。日本が領有を主張する東京から1,740km南に位置する沖ノ鳥島は満潮時には東露岩・北露岩を除いて海面下となる。日本はこれを「島」と言いくるめ、「島」の周囲200カイリに広大な排他的経済水域(EEZ)を設定しているが国際的には認められていない。国連海洋法条約は、「島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう。」とし、「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない。」と定義している。この「島」を水没しないよう日本は膨大な予算をかけて護岸工事を行っている。中国が現在埋め立てているのは岩礁であるが、西沙諸島には他に人の住める島が多数ある。領有権を主張しても不法ではない。しかし、沖ノ鳥島が岩礁だとするならばEEZの設定は国際法上認められない不法行為である。
 AIIB加入問題で日本はアジアで完全に孤立するという大失態をおかしてしまった。逃した魚は大きかった。G7の直前の6月6日というギリギリのタイミングで、3年ぶりに再開された日中財務対話において、アジアのインフラ整備を共同で行うことで日中が合意し修復の兆しも見える。三菱東京UFJ銀行が人民元債を発行するという動きも出始めている(日経:2015.6.18)。また、岸田外相もプーチン大統領の訪日調整の為に9月までに訪ロする予定である。新聞は、情けない話だが「米国の許可待ち」と書いている。
 フィリピンを含め、ASEAN10ヶ国で米軍基地を置く国は1つもない。5月、タイ軍司令部は、ミャンマー・ロヒンギャ族難民問題にからめ、プーケット島に基地を起きたいとの米軍当局の求めを拒否し、5日以内に島から航空機と軍人を退去させるよう求めた。外国軍隊に基地を提供するような(自国領土を70年間も占領させている)国はアジアでは独立国とは認められない。まして、外国軍隊の指揮下に入るような部隊(自国軍隊とも呼べない)を持つ国は「属国」と呼ばれ、安保法案を推進する者は、その外国の利益代表者であり、一国を代表できる「首相」ではなく、「代官」と呼ぶことが相応しい。日本がアジアにおいてしかるべき地位と尊厳を確保したいならば、少しでも外交的自主判断ができる国になることである。

 【出典】 アサート No.451 2015年6月27日

カテゴリー: 平和, 政治, 杉本執筆 | 【投稿】 米国の凋落と安保法案 はコメントを受け付けていません

【投稿】隊員を死地に送る最低指揮官 

【投稿】隊員を死地に送る最低指揮官 

 今回の戦争法案審議で問題となっているのが自衛隊員の「リスク」である。国会では野党のみならず与党議員も、自衛隊員のリスクが高まる危険性について追及を繰り返しているが、安倍総理や中谷防衛相は「リスクは高まるとは考えていない」と木で鼻をくくった答弁を繰り返している。
 これは未だに「原発は安全だ」と言っているのと同じであり、対策を放棄すると言っているのと同様であるが、これは今に始まったことではない。
 元々自衛隊は冷戦時代でも、戦争をすることなど考えてこなかった。隊員募集も一期で除隊することを前提に「再就職に有利な様々な資格が取得できる」が一番の売りだった。隊員定数と正面装備を充足させれば十分で、戦死者を出さないための処置など後回しにされてきたのである。
 こうした自衛隊の衛生部門の後進性がこの間明らかにされている。(東洋経済ONLINE「自衛隊員の命はここまで軽視されている」「自衛官を国際貢献で犬死させてよいのか」清谷真一)
 この記事では、自衛隊の個人用救急品は最近改善されたものの、米軍に比べて貧弱であることがわかる。記事では海外向けの救急携行品の一覧が記載されているが、日本アルプスの登山者でも、多くはこれ以上の救急品を持っているだろう。
 衛生面の軽視は身体だけではなく、精神衛生面でも深刻な状況がある。
5月27日の衆院特別委の政府答弁で、イラク派遣陸自隊員約5600人のうち21人、空自約2980人のうち8人、アフガン関連派遣の海自約320人のうち25人が帰国後に自殺していることが明らかとなった。
 自殺に至らずとも、PTSDや精神疾患を発症している「帰還兵」はかなりの数に上るであろう。先日、小豆島で両親を惨殺したとして逮捕された犯人も海自「アフガン帰還兵」であった。
 1日3万円の「危険手当」が加算され、戦闘に従事しなくてもこうした結果である。アメリカはアフガンやイラクで戦死者の抑制に努めたが、年間8千人の帰還兵が自殺し、犯罪発生率も一般市民のそれを大きく上回っている実態がある。
 こうした状況で海外に派遣されれば、戦地で屍累々、帰国後も地獄の日々に苛まれる隊員が続出するだろう。リスク拡大に隊員や家族には不安が広がっており、元将官クラスからも懸念の声が上がっている。
 これに対し安倍政権は処罰強化で臨もうとしている。戦争法案には、防衛出動した隊員が海外で抗命した場合、国内法で処罰する規定が盛り込まれた。この規定は、6月18日の衆院予算委で、民主党議員から「敵前逃亡を処罰するものであり、外国領地での武力行使が前提ではないか」と追及された。
 安倍は「集団的自衛権による海外派遣はホルムズ海峡しか想定していない」として「掃海部隊が途中どこかに寄港した時、隊員の反抗が起こりうる」と掃海部隊を信用していないかのような答弁でごまかした。最高指揮官が口に出す言葉ではないだろう。
 太平洋戦争では、食糧、医薬品の欠乏と稚拙な戦争指導で多くの将兵、民間人が犠牲となったが、安倍政権は同じ過ちを繰りかえすだろう。(大阪O)

 【出典】 アサート No.451 2015年6月27日

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【書評】『本当は憲法よりも大切な「日米地位協定入門」』

【書評】『本当は憲法よりも大切な「日米地位協定入門」』
         ──前泊博盛編著、2013年、創元社。1,500円+税 

 ①「日米地位協定って何ですか?」、④「なぜ米軍ヘリの墜落現場を米兵が封鎖できるのですか?」、⑤「東京大学にオスプレイが墜落したら、どうなるのですか?」、⑥「オスプレイはどこを飛ぶのですか? なぜ日本政府は危険な軍用機の飛行を拒否できないのですか? また、どうして住宅地で危険な低空飛行訓練ができるのですか?」、⑦「ひどい騒音であきらかな人権侵害が起きているのに、なぜ裁判所は飛行中止の判決をださないのですか?」、⑧「どうして米兵が犯罪をおかしても罰せられないのですか?」、⑨「米軍が希望すれば、日本全国どこでも基地にできるというのは本当ですか?」
 本書の「日米地位協定Q&A(前17問)」の一部である。本書は、現在問題となっているオスプレイ配置の根拠である「日米安全保障条約」とともに結ばされた「日米地位協定」(旧「日米行政協定」)の重要性を解明する。上記の諸項目を見れば、われわれ国民が抱いている素朴な疑問が並んでいる。しかしこれらについてわれわれは日常、何となく不問に付してしまっている。本書はその疑問に真正面から答える。
 本書は、日本が置かれた戦後体制(サンフランシスコ体制)を、講和条約–安保条約–地位協定という3重構造において、一般の見方【講和条約>安保条約>地位協定】とは逆に、【地位協定>安保条約>講和条約】という順番に見るべきだとする。
 例えば、現在日本には、沖縄のみならず、全国に米軍基地があるが、首都東京を取り囲むように、横田、座間(ざま)、厚木、横須賀の基地がある。そして首都圏の上空には「横田ラプコン(RAPCON=レーダー侵入管制=米軍の管理空域)」が一都八県の上空を覆っている。(要するに一都八県の上空が米軍の巨大な支配空域になっていて、これを横田基地が管理している。)このため羽田空港を離陸した民間機は、4000~5000メートルの高さがある「横田ラプコン」を越えるために、一度房総半島(千葉)方面に向かい、急旋回と急上昇を行わなければならない。「日本の首都である東京は、こうした巨大な外国軍(引用者註:米軍)の支配空域によって上空を制圧」されている。これと地上の米軍基地を重ね合わせると、首都圏はすぐに外国軍によって制圧されてしまう状況に置かれていることが理解されるであろう。
 このような状況を作り出した戦後の政治家たちとそれを補強してきた官僚たちや司法制度であるが、その問題点を本書は鋭く批判する。旧安保条約が「秘かに」結ばれた時、そしてその半年後に「日米行政協定」が結ばれた時の吉田茂首相や政府の卑屈な対応は本書を読んでいただきたい。
 そしてこの戦後占領体制を追認したのが「砂川事件際高裁判決」の「統治行為論」である。すなわち「安保条約のごとき、(略)高度の政治性を有するものが、違憲であるか否かの法的判断は、(略)裁判所の司法審査権の範囲外にある」という判決である。本書はこの判決が出るにあたって、アメリカ側から露骨な圧力があり、最高裁(田中耕太郎長官)もこれに応えたという事実を検証した上で、この「憲法判断をしない」という判決によって「安保を中心としたアメリカとの条約群が日本の法体系よりも上位にあるという戦後日本の大原則が確定するのです」と指摘する。
 かくして、占領期の【GHQ=アメリカ(上位)>日本政府(下位)】という権力構造が、【安保を中心としたアメリカとの条約群(上位)>日本の国内法(下位)】という形となり、現在に至っている。そしてこの結果、「アメリカの意向をバックにした日本の官僚たちまでもが、日本の国内法を超越した存在になってしまった」=「『アメリカの意向』を知る立場にあると自称する日本の官僚たちの法的権限」が生まれてしまったと警告する。
 例えばなぜ米軍機は日本の住宅地を低空飛行できるのか? それは日本の国内法に特例法があるからである。「日米地位協定と国連軍地位協定の実施にともなう航空法の特例に関する法律」(1952.7.15.施行)にはこうある。
「3項 前項の航空機〔米軍機と国連機〕およびその航空機にのりくんでその運航に従事する者については、航空法第六章の規定は、政令で定めるものをのぞき、適用しない」。
 「航空法・第六章」とは、航空法第57条~99条であるが、ここには最低安全高度を含むいわゆる航空機が飛んではならない区域・高度等が規定されている。ということは、「米軍機はもともと、高度も安全も、なにも守らなくてよい」のである。
 こうして日米地位協定は、免法特権・治外法権・米軍優位の権利関係を規定し、実行されている。本書ではそれを「ドラえもん」の「ジャイアンとスネオ君」の関係に例える。「いじめっ子のそばにいれば、自分はいじめられない。いじめる側にいれば、自分は安心。(略)ジャイアンの不条理な要求、横暴な態度、暴力の前に奴隷のようにひれ伏すスネオ君が、日米関係の日本にたとえられる。しかも、ほかならぬ日本人自身が、そんな自虐的な表現で日米関係を描いている」とされる。
 ではこのような状態は、脱出不可能であるのか? 本書はこれに大きなヒントも与えてくれる。先ほどのQ&Aには、次のような項目も提供されている。
⑪「同じ敗戦国のドイツやイタリア、また準戦時国家である韓国などではどうなっているのですか?」、 ⑫「米軍はなぜイラクから戦後八年で完全撤退したのですか?」、⑬「フィリッピンが憲法改正で米軍を撤退させたというのは本当ですか? それとASEANはなぜ、米軍基地がなくても大丈夫なのですか?」と。
 こうしてわれわれは本当に身近な問題としての日米安保体制に直面することになる。本書の意義は、まさしくこの問題提起にある。一読を勧める次第である。(そして本書によってわれわれはまた、この異常な状況に置かれている首都東京の石原前知事が、自らの足元も見ずに小さな無人島〔尖閣諸島〕の件で「愛国心」をあおって自分の政治的立場を強化しようとした的外れと卑小さをも理解することができるであろう。)(R)

 【出典】 アサート No.451 2015年6月27日

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【コラム】ひとりごと—「労働者派遣法改悪」の嘆き— 

【コラム】ひとりごと—「労働者派遣法改悪」の嘆き— 

 本日、衆議院厚生労働委員会で「労働者派遣法改悪案」が可決した。これまで3年だった派遣労働の受け入れを事実上撤廃し、上限がなかった専門職も一般と同様の扱いにするという今回の改悪は、これまで野党の反対で2度も廃案になった代物。
安倍首相は「働き方の選択が実現できる環境を整備する」等とまるで労働の権利やライフワークバランスを重んじるが如くの主張をしているが、それはハッキリ言って欺瞞だ。特に「労働者派遣法」と女性労働者の貧困との関係では生活保護、両親との不和、若きシングルマザー、ネグレクトと、貧困は多種多様だ。貧困のために学歴もなくキャバクラや風俗業界、出会い系で生き延びる女性達。夫からのDVで精神的に不安定になり離婚後も就業できない女性達。知的障害があるために福祉行政にさえ繋がらず最貧困となった女性達。
 しかし貧困は決して“恵まれない例外的ケース”ではない。現在では学歴もあり、ごく一般的生活を営んできた女性でも貧困は目の前にある。それは “非正規雇用”“派遣労働”という労働形態と大きな相関性が存在するからだ。
『女性たちの貧困 “新たな連鎖”の衝撃』(NHK「女性の貧困」取材班/幻冬舎)ではシングルマザーや恵まれない家庭環境で育った女性達の貧困も取り上げられたが、しかし更に衝撃的なのが“普通の女性たち”が直面する貧困の実態だ。
 近畿地方で暮らす40代のAさんのケースはその典型例だろう。国立大学を卒業し一部上場企業の正社員として就職したAさんは若きエリートのキャリアウーマンでもあった。英語能力も抜群でTOEICは800点台だ。その後結婚したが、夫の転勤を機に退職、2人の息子をもうけた。しかし幸せは長くは続かなかった。原因は夫の長年にわたるDVだ。
 外面はいい夫のモラハラ。そのためAさんは心療内科へ通うほど追い詰められていく。そんな生活を10年近く続けたが、ついに子供を連れ実家に逃げ帰ったという。英語が得意なAさんはそのスキルを活かす職場を求めたが、正社員では見つからず、派遣会社に登録し、その後3年更新の契約で貿易事務の仕事に就いた。しかし、そこは不条理な世界だった。「仕事の内容は正社員とほぼ変わらない。むしろ入社して数年の社員よりも責任の思い仕事を任されることさえある。残業は断れない。それでも正社員と比べると、年収は半分以下。昇給は望めず、ボーナスはもちろん交通費さえ支給されない」
 たまりかねて「正社員になる道はないか」と上司に聞くと「正社員は入社試験を受けて入ってきた。暫く、ここで働いているから正社員になれるなんて不公平ですよ」と信じがたい言葉を投げつけられたという。
 その後、別の貿易事務の仕事に就いたが、ここも3カ月ごとの契約だった。「他に選択肢もないし、自分よりしんどい人と比べて気持ちを落ち着かせるしかないんです。その先に何か希望があれば、辛くても頑張っていけるんですけど。
どんなに理不尽な条件でも、生きるためには黙って受け入れるしかない。この国は結局、そういう我慢強い女性達が支えているんですよ」
 これが貧困の一つの実態だ。高学歴で一部上場企業就職というキャリアがある女性でも、一度レールから外れれば貧困はすぐそこだ。Aさんにしても決して好んで派遣という業態についているのではない。仕方なく、そこに甘んじるしか仕事が、生活する手段がないのだ。
 もう1人、4年制大学を卒業した24歳のBさんも正社員を希望しながら派遣社員とした働く女性だ。
 幼い頃に両親は離婚したが、近くに祖父母も健在で、貧しいながらも母子仲睦まじく、高校の成績も優秀だった。大学へは学校の 奨学金と社会福祉協議会の教育支援を借りて進学した。バイトをしながらも勉学にも励んだというBさん。しかし卒業後は正社員を希望するもリーマンショック後の不景気もあり、東京の観光名所のインフォメーション業務の派遣社員となる。やりがいはあった。でも収入は手取りで月14万円。しかも 2年間正社員と同様に働いたにも関らず、昇給はたった1円、ボーナスもなし。
正社員への道筋もなく、この収入や将来の見通しでは生活がもたないため辞めざるを得なくなったという。「新人研修も担当していたが、入ってきたばかりの新人と10円しか変わらない待遇に、本当に悲しい気持ちになった」
 何とも身に詰まされるエピソードだ。一生懸命働いても、派遣というだけで昇給も賞与もキャリアも詰めない。Bさんのケースだけでなく、多くの派遣労働者達が口にするのは、不安定な身分と給与、職場に蔓延する「社員になどしない」「代りはいくらでもいる」という空気。それ以上に働いても何のキャリアにもならないという絶望感だ。
 大学を卒業しても貧困から逃れられないとなれば、他は推して知るべしだろう。そして結婚もできず50代、60代となれば派遣すら見つけるのも難しい。もちろんキャリアもないシングルマザーも同様だ。多くが希望する正社員等は夢のまた夢。にも関らず、安倍首相は派遣労働をまるで素敵な業態かのような妄言を振りまいているのだ。
「人がライフスタイルや希望に応じて働き方を主体的に選択し、キャリア形成できる」「働き過ぎを防止できる」「働く人のニーズに応える」これらボンボン育ちの安倍首相の言葉が、派遣労働者にとっては妄言、妄想であることは明白だ。
 日本の雇用者全体のうち、非正規雇用者は38.2%、そのうちの女性の割合は実に7割だという。更に2013年の厚生労働省「派遣労働者実態調査」によれば、こうした派遣労働者全体の60.7%もが非正規雇用から正社員として働きたいとの希望をもっている。
多くの女性達にとって派遣労働は“ライフスタイルの選択”等ではなく“不本意”な労働形態なのだ。若い女性も例外ではない。
 それだけではない。20歳から64歳の単身女性の貧困は3人に1人という発表もある(2011年国立社会保障・人口問題研究所)。シングルマザー、単身女性だろうが学歴、キャリアの有無さえも関係なく、貧困は進行している。
 現状でさえ「派遣労働」の実態は「非人間的雇用」なのに、これに「派遣法改悪」されれば、更に派遣社員は正社員にはなれず、企業にとって都合良く使われ、切り捨てられ、貧困へまっしぐらだ。
 現行では派遣期間が3年を超える場合、派遣を解消し企業が直接雇用しなくてはならなかったが、同法改悪案では派遣を“入れ替えれば”いくらでも別の派遣を受け入れることが可能となる。企業や経済界にとっては好都合の法案であり、その先には派遣難民や生涯派遣社員の増加、そして派遣の更なる固定化と貧困層の増大が待っているのだ。
「戦争の出来る国-戦争法制」と「貧困製造マシーン」労働者派遣法改悪。このまま安倍政権が続けば、日本は本当に「雇用関係のモラルハザード」等々、奈落の底に落ちていく。(民守 正義)

 【出典】 アサート No.451 2015年6月27日

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【投稿】 戦争法案を廃案に~求められる平和勢力の連帯~

【投稿】 戦争法案を廃案に~求められる平和勢力の連帯~

<法案成立目論む安倍政権>
 安倍政権は5月14日の臨時閣議で、集団的自衛権の解禁などを核とする「武力攻撃事態法改正案」「重要影響事態法案」「自衛隊法改正案」等日本の交戦権に係わる10法案からなる「平和安全法制整備法」と、PKO活動など海外での武力行使に係わる「国際平和支援法」を決定した。これらの法案は15日、国会に提出され自公与党は夏までの成立を目指すことを確認した。
 これら法案が成立すれば、個別自衛権に基づく専守防衛政策は改廃となり、「憲法9条=戦争の放棄」は事実上放棄される。これにより政権は海外における武力行使についてフリーハンドを得ることとなる。
 さらに、アメリカからの軍事行動への参加要請に対し断る理由がなくなるため、自衛隊が海外で他国や武装勢力などと交戦する危険性は格段に高まることとなる。
 安倍首相は14日夕刻、首相官邸で記者会見を開き「国民に対する説明」を行った。安倍は冒頭「北朝鮮の弾道ミサイル」や「国籍不明機の飛行増加」を例示し危機を煽ったうえ、日米同盟により抑止力は高まり日本が侵攻される可能性は低減する、などという本末転倒の詭弁を並べ立て、戦争法案成立の合理化を目論んだ。
 北朝鮮の弾道ミサイルに関しては、日朝協議の進展による安定的な関係構築が、脅威を除去する最善の方法であろう。
 しかし日本人拉致問題に関する報告内容が、安倍政権の意にそぐわないことを察知した官邸は、朝鮮総聯の本部ビルからの放逐が失敗すると、次は「松茸の密輸」を口実に国策捜査を強行し、北朝鮮を挑発している。
 安倍政権は拉致被害者の帰国が絶望的になった現在、日朝協議の破壊に躍起になっており、そのすべての責任を北朝鮮に負わせようとしているのである。
 中国の偵察行動の背景には、日本の対中国にシフトした急激な軍拡がある。安倍は4月22,23日の「アジア・アフリカ会議」(バンドン会議)で空虚な「反省」を述べ、習近平と偽りの握手を演出し、大事の前の小事を済ませたかのようにそそくさと遣米に出発した。

<存在しない「抑止力」>
 そして、4月29日に上下両院合同議会で自己陶酔的な演説を垂れ流し、外交辞令を勘違いしたのか、翌日日本テレビのインタビューに答え、日米新ガイドラインの制定は北朝鮮、中国の脅威に対抗するため、とオバマも口にしてないことを明言した。
 自ら東アジアの緊張を激化させる行動をとりながら、中国、北朝鮮がその原因であるかのように強弁し、さらなる軍拡の口実としているのが安倍政権の手口である。
「日米同盟強化による抑止力向上」も詭弁である。国家間の紛争防止は当事国間、さらには多国間、国家連合による外交交渉によるところが大きい。
 それが破綻した場合「抑止力」の有無などは関係ない。日露戦争、太平洋戦争は交渉の行き詰まりで日本が先制攻撃をかけたことで始まった。当時の帝政ロシア、アメリカの強大な軍備は抑止力として機能しなかったし、第2次世界大戦以降の国際紛争を見ても、抑止力は砂上の楼閣に過ぎないことは明らかである。
 14日の記者会見では「戦争法案」という指摘に対し「無責任なレッテル」と色をなして反論した。自民党も「平安法案」などという本質を糊塗した愚にもつかないネーミングを提起している。
 安倍は、湾岸戦争やイラク戦争のような国際紛争に自衛隊を派遣することは決してない、現在の対「イスラム国」攻撃への後方支援も行わない、アメリカの戦争に巻き込まれることはない、と述べ集団的自衛権など武力行使に関しては「厳格な歯止め」をかけたことを強調しているが、その場しのぎの弁明であろう。

<「歯止めなき対応」>
そもそも「厳格な歯止め」と「切れ目のない対応」は矛盾し両立するものではない。
個別法案自体も、現行法の制約を撤廃し容易に武力行使への道を拓くものであるが、関連法案は平時から「グレーゾーン」さらには低強度紛争から本格的な戦争へと「切れ目なく」対応していく法体系となっている。
 つまり「厳格な歯止め」が外れて一端個別法案に基づく作戦が発動してしまうと「切れ目のない対応」により、「一発の銃声」から大規模紛争へと連続的にエスカレートしていく危険性を内包している「戦争ドミノ」なのである。
集団的自衛権の行使より敷居が低く、「積極的平和主義」の名のもと今後自衛隊が派遣される機会が増えると考えられる「国際平和支援法案」に基づく活動についても懸念が広がっている。
 軍事ジャーナリストの田岡俊次氏は、アフガンに派遣された豪州軍を参考に、1000人規模の自衛隊が海外で治安維持、補給任務に就いた場合、18名程度の戦死者が出るとの見積もりを出している(DIAMONDonline4月2日号「自衛隊海外派遣で想定される死傷者に我々は耐えられるか」)
 記者会見で安倍は「自衛隊発足以来1800人の隊員が殉職した」と、田岡見積もりの100倍の数字をあげ、戦死に対する予防線を張るという姑息な手段に訴えた。
自衛隊発足以来、「敵弾」で戦死した隊員は皆無、負傷者も不測の事態ではあるが、先ごろのチュニジアテロ事件の元2等陸佐が初めて、というのが現実であり、安倍の発想はあまりに飛躍しすぎであろう。
 記者会見だけでは到底様々な疑念を払拭できないと思ったのであろう、安倍は「国会を通じて丁寧な説明をしていきたい」と述べている。

<矛盾だらけの「Q&A」>
自民党も閣議決定を受け、国民向けに43問にわたる「切れ目のない『平和安全法制』に関わるQ&A」を策定した。
 逐条批判は別の機会にするとして、ここでも問2「我が国を取り巻く安全保障環境の変化とは・・・」に答える形で「中国の対外姿勢と軍事動向等は我が国を含む国際社会の懸念事項」「北朝鮮は日本が射程に入る様々なミサイルを配備」と両国を名指しし、戦争法案制定を正当化しようとしている。
 さらに問10の徴兵制を危惧する問いに対し「全くありえません。憲法18条は『何人も(中略)その意に反する苦役に服させられない』と定めており、徴兵制ができない根拠になっています。自衛隊は『志願制』であり、徴兵制が採用されるようなことはありません」と回答している。
 改憲を志向する自民党が現行憲法を論拠にするのは、そもそも矛盾であろう。また、自民党の現改憲案でも18条の条文はほぼそのままではあるが、徴兵は苦役ではない、と解釈すれば終わりである。
 現行憲法は集団的自衛権を否定していないと解釈する自民党にとっては簡単なことだろう。「自衛隊は志願制」と言っても現在はそうであるというだけである。実際は「予備自衛官」制度に加え陸自「予備自衛官補」制度を設立、今後空海にも拡大し「裾野」を広げようとしている。
 さらに改憲で「国防軍」「自衛軍」が設置されれば話は全く別である。軍事的、経済的整合性からいえば大規模な徴兵など不可能であるが、自民党の改憲案が「だらけた国民を鍛えなおす」意識に立脚したものである以上警戒が必要であろう。
 また他の項目でも今回の戦争法案が、現行憲法の理念に沿ったものなどと強引なこじつけが説明されており、この自民党「Q&A」は怪しげな投資の勧誘手引書のようなものとなっている。
 このような文書で国民の理解は得られないだろうし、丁寧な説明が約束されたはずの国会でも、自公与党は7月末成立ありきの拙速な審議日程を提示し、野党の反発を招いた。
 今後、国会で繰り広げられるのは、数の論理による審議打ち切り―強行採決の連続であろうことは火を見るより明らかである。

<法案の既成事実化>
 法案審議の外では、着々と法案内容の先取り、既成事実化が進んでいる。
 5月12日、海上自衛隊の護衛艦2隻がフィリピン海軍とマニラ湾近海で合同軍事演習を行った。両国の合同演習は初めてである。
 さらに5月13日にはP‐3C哨戒機がベトナムを訪問したことが明らかとなった。艦船、航空機とも海賊対処行動からの帰還途中の行動であるが、日本が南シナ海への進出を具体化させる端緒である。
 また陸上自衛隊は石垣島、宮古島など南西諸島に対艦、対空ミサイル部隊や監視部隊を配備する計画である。これらは中国艦船を「第1列島線」以西に封じ込め、バシー海峡に迂回を強要しそこで補足する戦略であろう。
 こうした自衛隊の活動は、リバランスを言いながらフィリピンへの再駐留は財政的に困難なアメリカにとってありがたいものだろう。そこを見た安倍は日本の国会を無視し、オバマにガイドライン改訂を約束し恩を売ったのである。
 訪米時の厚遇に安倍は喜んでいるが、オバマはその歴史認識、対中、対韓関係まで肯定したわけではない。戦後70年談話発表が近づくにつれ日本には国内外から厳しい視線が注がれている。
 5月6日には世界の歴史学者187人が歴史的事実の歪曲に反対する声明を発した。5月17日那覇市では辺野古新基地建設反対集会に3万5千人が結集した。
8月を再び悔恨の夏としないため、平和勢力は国会内外で連帯して、戦争関連法案を廃案に追い込むことが求められている。(大阪O)

 【出典】 アサート No.450 2015年5月23日

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