【投稿】都知事選をめぐって 統一戦線論(10) 

【投稿】都知事選をめぐって 統一戦線論(11) 

▼ にわかに政局は衆院解散・総選挙へと走り出した。安倍政権の走狗と化しつつある読売・NHKがリークし、主導する報道によれば、安倍首相は年内に総選挙を行うことを決断し、来年10月の消費税率10%への引き上げを延期する方針を表明するという。首相自身の表明もないうちに、「12月2日公示-14日投開票」が既定路線として駆け巡っている。
 自民党の石破前幹事長でさえ「総理が何一つ発言しておられないにも拘らず、一部のマスコミ報道によって端を発し、急速にこのような雰囲気が醸成されつつあるのは、正直何とも不思議な気が致します。消費税率アップなら消費減退を最小限に留めるとともに低所得者に対する対策を、先送りなら財政再建のための歳出改革の道筋を示すのが当然であって、それを示さないのなら何のための解散なのかわからない、と言われても仕方ないでしょう。」と発言し、自民党の岐阜県連は「消費税を解散の大義名分とするのは後付けで、国民のことを一切考えない党利党略」として、「年内の衆院解散・総選挙に反対する決議」を採択している。
 9月に内閣改造を行ったばかりで、次から次へと閣僚のぼろが出始め、当初は10%への消費税増税判断を12月上旬に行うとしていたものを、11/17の今年7~9月のGDP速報値発表で景気の落ち込みがさらに深刻化している実態、アベノミクスのボロがもはや覆い難い事態の進展を前に、政権の延命と保身のために、急遽、増税の延期と「引きかえ」に解散をするという全く、国政を私物化した解散・総選挙である。しかしそれは、今のうちに解散しておかなければ、事態はさらに悪化しかねないという、追い込まれた解散・総選挙だとも言えよう。
 安倍政権は、今年に入ってからの都知事選、滋賀県知事選、福島県知事選、そして沖縄県知事選、いずれにおいても安倍政権が推し進める原発再稼働政策、対中国対韓国緊張激化政策、特定秘密保護法、集団的自衛権と憲法改悪、そして沖縄辺野古の米軍新基地建設、等々の基本政策は全て選挙の争点とすることを徹底して避け続け、アベノミクスとその場しのぎのバラマキ政策を中心に据えて選挙戦をしのいできた。
▼ 10/26投開票の福島県知事選はその典型であった。自民党は、県連が擁立決定した候補を、首相官邸と党本部が引きずり降ろしてまでも相乗りを決める異例さであった。この時点で自民党は既に敗北しているのである。しかしその相乗りを認めた民主党や社民党も、自民党との対決を放棄し、政府・自民党の原発再稼働・福島切り捨て路線が明確な争点にならない、うやむやで曖昧な無責任な路線に同調してしまったのである。
 あの原発事故から三年七カ月以上を経ても収束どころか、「アンダーコントロール」もできず、放射能を拡散し、汚染水をたれ流し、補償にも力を入れず、県民不在のずさんな健康管理調査で、避難の権利さえ認めない、エネルギー政策の転換にさえ踏み出せない、そうした東電や政府の棄民政策とも言える日本の政治の冷厳な現実に福島県民は直面させられてしまったのである。
 その結果が、投票率は45.85%とワースト2位を記録。知事選では現職60万票が当然であったにもかかわらず、当選した前副知事の内堀氏は現職同然で、民主・社民・自民・公明等の相乗り、逆「オール福島」でありながら50万票を割る49万票であった。それでも候補者6名のなかでの得票率は、実に66.8%、他の5候補を大差で引き離したのであった。
 政府・自民党の原発再稼働路線に対して明確な対決姿勢を打ち出した、次点の新党改革=支持、共産=自主的支援の熊坂氏は13万票弱、元双葉町長の井戸川氏は3万票弱、と惨敗であり、選挙間際の付け焼刃的な統一戦線政策では有権者の信頼を勝ち取ることができないことが明示された。
 自民党は政策不在の「無風選挙」で原発政策が明確な争点にならず、形式上は連敗を逃れたことに安堵しているのであろうが、自らの政策選択をさえ迫ることができない、実質的には敗北なのである。
 急遽浮上した12月解散・総選挙も、これまた政権の延命と保身のために、アベノミクスの破綻を覆い隠すための増税先送りをいわば〝えさ〟にした、全くのご都合主義的な争点隠しの選挙戦略と言えよう。
▼ しかしこのような争点隠しの安倍政権の選挙戦略は、沖縄県知事選の現職・仲井眞氏の敗北によって吹き飛んでしまったといえよう。唐突な解散・総選挙説が浮上したのは、この敗北濃厚であった11/16の沖縄県知事選に焦点を合わせ、仲井眞陣営に喝を入れ、普天間基地県外移設で揺らいできた沖縄選挙区選出の自民党議員を引き締め、対抗馬である「オール沖縄」を体現する翁長氏の票を少しでも引き下げるための姑息な策略でもあったからである。
 菅官房長官は、翁長氏が知事選出馬を表明した9/10に、米軍の辺野古新基地建設を「(仲井真氏が)承認し、それに基づき粛々と工事している。この問題は過去のものだ」と傲慢極まりない発言をしたのであったが、実はこれが最大の争点であったことが逆に証明されてしまったのである。
 基地建設を強行せんとする安倍政権にとって、これは過去の問題ではなく、現実最大の問題であり、もはや基地建設を強行すれば安倍政権は完全に見放されてしまう、政権基盤をさえ脅かされかねない、最大の難関が沖縄県民の総意として突きつけられたのである。事態をここまで追い込んだ安倍政権、そしてこの沖縄県知事選の敗北は、自民・公明連合にとって最大の衝撃といえよう。
 当選を決めた翁長氏は11/16夜、「(辺野古埋め立て承認の)取り消し、撤回に向けて断固とした気持ちでやっていく」「私が当選したことで基地を造らせないという県民の民意がはっきり出た。それを日米両政府に伝え、辺野古の埋め立て承認の撤回に向けて県民の心に寄り添ってやっていく」と述べ、同日選となった那覇市長選でも、翁長氏の後継の前副市長が自民、公明が推す候補を破った。
 沖縄県知事選の翁長氏陣営の勝利は、沖縄の新しい歴史を切り開くとともに、日本の統一戦線史上、時代を画するものと言えよう。
(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.444 2014年11月22日

カテゴリー: 政治, 生駒 敬, 統一戦線論 | 【投稿】都知事選をめぐって 統一戦線論(10)  はコメントを受け付けていません

【コラム】ひとりごと —「難病とは何か」—

【コラム】ひとりごと —「難病とは何か」—

 最近、私が難病サルコイドーシスに罹患して、難病について考えてみた。
先ず難病についての定義だが、一つは概念上の定義で、要約すれば、、1972年の難病対策要綱を参考に「1,原因不明、治療方法未確立であり、かつ、後遺症を残すおそれが少なくない疾病 2,経過が慢性にわたり、単に経済的な問題のみならず介護等に著しく人手を要するために家庭の負担が重く、また精神的にも負担の大きい疾病」とある。そして、もう一つの定義として、「厚生労働省健康局長の私的諮問機関である特定疾患対策懇談会において検討の上で決定される、特定疾患」がある。この特定疾患には「難治性疾患克服研究事業(臨床調査研究分野対象疾患)-130疾患」、「特定疾患治療研究事業対象疾患-56疾患(2009年10月1日現在)」に大別されるが、いずれにしても、これら指定された特定疾患の医療費の一部または全額が公費で受けることができる。
 難病を巡る問題で、よく言われるのは、一つは、特定疾患に指定されていなくても、原因不明、治療困難で実質、難病とも言えるものもあり、その場合、医療費の公費負担を受けられず、本人と家族の厳しい看護・介護を強いられる現実もあるということである。もう一つは、一旦、難病に罹患すると、難病一般をまとめた偏見もあって、直ちに就職問題の壁にあたり、生活困窮に陥るということである。
 一方、難病をテーマとした運動側主体は、特定非営利活動法人 大阪難病連があるが、そこではホームページ等で情報の提供と、毎年1回、大阪府行政交渉等も行っている。自分も公務員現役時代、行政側立場で交鈔に臨んだことがあるが、大阪難病連の「もっと難病に対する啓発に努めてほしい」という要望に何とか応えようと、限られた予算とスペースの中で、僅かであるが啓発記載をしたことを覚えている。ただ苦言を呈すれば、大阪難病連の大阪府行政交鈔は、多少、マンネリズムで「今年は、何を具体的に焦点化し、獲得するか」等について、もう少し、戦略化した方がよいと思われる。今は一市民の立場に立った者の浅意見として許し願いたい。なお私のサルコイドーシスについては、組織されていないようである。
 難病については、古くて新しい問題だと思うが、障害者問題が注目されてきている中で、同類的に多少、関心の高まりがないわけでもない。ただ難病は難病として正確に理解されなくてはいけないし、医学的研究は当然のこと、難病だからこそある社会的問題にも直視し、具体的に対策を講じなければならない。難病は、あまりクローズアップされてこなかった問題だが、原因不明だけに誰でもが難病に罹患する可能性があるとの認識のもと、様々な問題意識の一つに加えていただければありがたい。(民守 正義) 

 【出典】 アサート No.444 2014年11月22日

カテゴリー: 医療・福祉, 雑感 | 【コラム】ひとりごと —「難病とは何か」— はコメントを受け付けていません

【投稿】経済政策破綻糊塗する安倍軍拡

【投稿】経済政策破綻糊塗する安倍軍拡

<景気後退と憎悪拡大>
 景気の実態が急速に悪化している。4~6月期の国内総生産(GDP)は低下し、内閣府が10月7日に発表した8月期の景気動向指数でもそれが明らかとなった。
 一致指数の基調判断では「景気動向指数(CI速報値)は、下方への局面変化を示している」とされ、7月期の「足踏み」判断から後退した。
 この判断は、今年の春ごろが景気の山だった可能性が高いことを示しており、消費税引き上げが決定的となったと考えられる。今後の景気動向指数では「悪化」判断がなされるかが焦点となってきている。
 労働者の収入は政府主導の賃上げなどにより、名目賃金は上昇したものの、物価上昇率を踏まえ修整した実質賃金は、14か月連続の前年割れとなっている。
 これらを衆参両院の予算委員会で野党各党から追及された安倍政権は、「消費税引き上げの反動減だ」などと、都合の良い判断と数字を持ち出して反論した。
 しかしこの間明らかとなった経済指標は勢いに欠けるものばかりで、とりわけ委員会開催期間中に公表された先述の景気動向指数は痛打となり、政府の弁明は説得力を持たなかった。
 さらに安倍総理が「円安には良い面と悪い面がある」と述べたのに対し、黒田日銀総裁は「円安は全体的にはプラス」と述べるなど、政府と日銀の経済政策の迷走が露呈した。
 安倍政権はいまだにアベノミクスの成果を喧伝しているが、三本の矢は的の手前ですでに地面に落ちている。
 「大胆な金融政策」は限界が来ている。さらなる金融緩和が実施されれば、日米金利格差はさらに拡大し、「悪い円安」が一層昂進するだろう。
 「機動的な財政政策」はもうばら撒くものも、ばら撒き先もない。9月の内閣改造で打ち出した「地方創生戦略」に関しては、早々に政権自ら「バラマキはしない」と地方の期待にくぎを刺した。渋々地方創生担当相を引き受けた石破大臣は、手ぶらでの地方行脚を強いられようとしている。
 「新たな成長戦略」も具体的成果はない。「女性が輝く社会」は管理職登用の数値目標などが取り沙汰されているが実効性は不透明である。現状は安倍政権の女性閣僚、党役員が不気味な光を放つばかりである。
 海外や民間投資も湿りがちとなっている。そこで政府は自ら投資を進めようとしている。塩崎厚労相らが目論む年金積立金の投機的運用が始まれば、不安定な経済情勢の中で巨額の損失が危ぶまれる。
 現在国会では「カジノ法案」が審議されているが、安倍政権は「成長戦略」の名のもと日本経済のカジノ化を進めているのである。
 安倍政権はIMFに急き立てられ「経済成長と財政再建を両立するため」と法人税減税と消費税増税を強行しようとしているが、現下の情勢では危うくなりつつある。
 日本経済の失速感が強まるにつれ、アベノミクスの「四本目の矢」を求める声が、政府・与党、経済界から強まっている。しかし、「矢」が尽きてしまった安倍政権は残る「刀」を振り回し、経済的失政を軍拡とナショナリズムで糊塗しようとしている。
 安倍政権は発足以来、中国、韓国との緊張関係を靖国参拝などで挑発的に激化させ、それを口実に軍備増強と集団的自衛権の解禁を強行してきた。
 さらに政権寄りのマスコミやネットによる「朝日新聞」攻撃につづき、東アジア大会や御嶽山噴火に際してもデマや誹謗中傷が拡散され、排外主義的なナショナリズムが扇動されている。

<「新ガイドライン」の危険性>
 こうしたなか10月8日、新たな日米防衛協力の指針(新ガイドライン)に関する中間報告が公表され、危険な動きが一層露わになった。
 今回の中間報告では「Ⅰ 序文」において、「新ガイドライン」策定が「(集団的自衛権解禁の)閣議決定の内容を適切に反映し・・・日米両政府が、国際の平和と安全に対し、より広く寄与することを可能とする」として、安倍政権の進める「積極的平和主義」=軍事的プレゼンス拡大に沿ったものと規定している。
 さらに「Ⅱ 指針及び日米防衛協力の目的」では「平時から緊急事態までのいかなる状況においても・・・アジア太平洋及びこれを超えた地域が安定し、平和で繁栄したものとなる」ため「切れ目のない、力強い・・・実効的な日米共同の対応」を「日米同盟のグローバルな性質」に基づき進めるとしている。
 これは「新ガイドライン」の目的が、「敵国」からの攻撃対応だけではなく、計画から演習、動員、出動という平時から有事まで連続した戦略を、日米一体で地域的な制約なしに進めることであることを明らかにしている。
 こうした戦略の「歯止め」として「Ⅲ 基本的な前提及び考え方」で「日本の行為は、専守防衛、非核三原則等の日本の基本的な方針に従って行われる」としているが、「平時から・・・アジアを超えた地域」と「専守防衛」は明らかに矛盾するものであろう。
 そして「Ⅳ 強化された同盟内の調整」では「地域の及びグローバルな安定を脅かす状況、・・・同盟の対応を必要とする可能性があるその他の状況に対処するため・・・切れ目のない実効的な政府全体にわたる同盟内の調整を確保する」としている。
 これは、地球的規模での作戦行動に関し、平時から日米両「国家安全保障会議」(NSC)がイニシアをとり、戦時指導部としての権限を強化していくことを意味している。
 次に具体的な措置として「Ⅴ 日本の平和及び安全の切れ目ない確保」では「日本に対する武力攻撃を伴わないときでも・・・平時から緊急時のいかなる段階においても切れ目のない形で・・・措置をとる」とし「訓練・演習」「後方支援」などに加え「アセット(装備品等)の防護」をあげている。
 「アセット」とはアメリカ軍が装備するすべての兵器のことであり、弾薬から艦艇、航空機までが含まれ、地球上のどこでも米軍が攻撃されれば自衛隊が参戦する可能性を示唆している。
 こうして「Ⅵ 地域及びグローバルな平和と安全のための協力」では「日米同盟のグローバルな性質を反映するため、協力の範囲を拡大する」としている。その対象分野は「平和維持活動」「人道支援・災害救援」「海洋安全保障」「能力構築」「情報収集、警戒監視、偵察」「後方支援」「非戦闘員の退避活動」などとしているが「これに限定されない」とも述べており、事実上無制限となっている。
 加えて「Ⅶ 新たな戦略的領域における日米共同の対応」として「宇宙及びサイバー空間」での「安全保障上の課題に切れ目なく、実効的かつ適時に対処する」とし、日米軍事同盟を宇宙空間までに拡大しようとしているのである。
 「Ⅷ 日米共同の取り組み」として「様々な分野における緊密な協議を実施し・・・安全保障及び防衛協力を強化し、発展させ続ける」として「防衛装備・技術協力」すなわち兵器の共同開発などをあげている。
 最後に「Ⅸ 見直しのための手順」では「新ガイドライン」において、さらなる将来の見直し手順を記載するとしている。
 
<国際連帯で軍拡阻止へ>
 現ガイドラインが、日本への武力攻撃及び周辺有事が惹起した場合の対処に重点が置かれていたのに対し、「新ガイドライン」では、平時から宇宙を含む世界的規模での日米共同作戦を想定し、スムーズに「切れ目なく」戦時体制に移行できるよう、演習、訓練に止まらず、両国政府がNCSを軸として綿密な計画を策定していくという、これまでの日本の防衛政策を大転換するものとなっている。
 集団的自衛権に係わる具体的内容は、年末に策定が予定されている最終報告に先送りされた。安倍内閣は尖閣諸島を巡る中国との武力衝突に際し、アメリカ軍のより具体的な支援を求めている。
 しかし中国との戦争など望んでいないオバマ政権は、「北朝鮮がいきなり(韓国、日本をスルーして)公海上のアメリカ艦船を攻撃する」という有りえないシナリオを、集団的自衛権行使の具体例とする程度でお茶を濁したいところだろう。
 一方オバマ政権はシリアの「イスラム国」空爆作戦を、「自衛権の行使」として実行している。自衛権がいかに曖昧かつ恣意的に行使されているかがわかる。安倍政権は「イスラム国空爆への参加などありえない」と表明しているが、「新ガイドライン」策定は、日米両国を縛るものである以上、何らかの形での「自衛権の行使」は十分考えられる。
 こうした問題を追及すべき国会では、経済政策に関しては野党から鋭い追及がなされたが、それ以外では「うちわ問題」や「侮蔑的ヤジ」などで有効な論陣が張れているとは言い難い。
 この間もっとも安倍政権を驚愕させたのは、「憲法9条とそれを保持する日本国民」がノーベル平和賞の有力候補とされたことである。狼狽した安倍総理、石破大臣は「平和賞は政治的」と口を滑らせた。語るに落ちるとはこのことで、佐藤栄作の墓前でそれが言えるのだろうか。
 平和賞はパキスタンのマララさんらに決まり、両名は胸をなでおろしているだろう。しかし、マララさんも昨年最有力とされていたが受賞を逃しているのであり、「9条」が候補である限り改憲派は安心できないだろう。
 この動きは国際連帯活動の優れた成果であり、今後もこうした取り組み、とりわけ沖縄からの発信が非常に重要となっている。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.443 2014年10月18日

カテゴリー: 政治 | 【投稿】経済政策破綻糊塗する安倍軍拡 はコメントを受け付けていません

【投稿】米に脅されプーチン来日中止–ガスパイプライン計画の行方は

【投稿】米に脅されプーチン来日中止–ガスパイプライン計画の行方は
                             福井 杉本達也 

1 プーチン大統領の来日中止
 ロシアは9月11日、日本側が招待したプーチン大統領の秋の来日を中止すると発表した(福井=共同:2014.9.12)。事の重大さと比較するとマスコミの反応は極めて静かというべきか、事実上の「無視」である。日経は2面に僅かな言い訳記事を載せたに過ぎない。『The Voice of Russia』は「日本政府は、ウクライナ情勢に関連した欧米諸国の対ロシア制裁強化を考慮し、プーチン大統領の日本招聘を取り消すよう求める米国大統領の主張を受け入れた。」という見出しで、3.11後「今や国内で生産される電気のほぼ半分は、LNG(液化天然ガス)によるものだ。昨年日本では、エネルギー重要がピークに達したが、日本へのエネルギー供給国としてのロシアの役割は、重くなり続けている」にもかかわらず「日本のような強い国力を持つ独立国が、自分達の国益と他の国の利益の間でバランスを取らざるを得ないという事、そしてしばしば自分自身を害する選択をするというのは、ロシア人の多くにとってひどく奇妙に見える」(2014.9.24)と報じた。プーチンの来日中止は、安倍首相が日本の国益を全く無視した、根っからの対米従属主義者であることを証明した。

2 日本のエネルギーの現況をごまかす『エネルギー基本計画』
 4月11日に閣議決定された新『エネルギー基本計画』は「発電用燃料の負担は、東日本大震災後、原子力を利用した場合と比べ、 約3.6兆円/年 増加 する(一人当たり年間約3万円、一日当たり約100億円の負担増)とし、→電気料金は家庭で約2割、企業で約3割増加/企業の雇用・収益・株価にも影響 →この負担は国内には受益をもたらさず、国の富が海外に流出 」(参照:RIETI:後藤 収 (資源エネルギー庁大臣官房審議官))していると書き、あたかも原発の停止が国富流出のような書きっぷりであるが、茂木経産相の答弁からも約3割の1.08兆円は、資源相場の上昇や円安による輸入費用増加によるものであることが明らかとなっている(東京新聞特報:2014.4.12)。
 一方、天然ガスについては、米国については、「シェール革命が進む米国の天然ガス市場は、原油価格と連動せずに市場の需給バランスで天然ガスの価格が決定される市場であり、このような価格決定方式を持つ米国からの天然ガスを輸入することは、石油価格と連動しないLNGの価格決定方式を我が国の取引環境に取り込むことを意味している。」とする書き、ロシアについては、「シェール革命が進行する中、ロシアは既存の主力販路である欧州における需要不振等の問題に直面し、新たな市場として我が国や中国などアジア市場進出に真剣に取り組まざるを得ない状況となっている。」と述べ米国産シェールガスが価格的にも有利でロシアは販売先に困り、日本に頼らざるを得ないような分析である。

3 「シェール革命」は米国の国家詐欺である
 9月29日、住友商事は米テキサスのシェールオイル開発で1,700億円の損失を出したと発表した(日経:2014.9.30)。大阪ガスも2013年12月に同じテキサスで進めていたシェールガス開発で290億円の特別損失を出しており、また伊藤忠も2014年1~3月期でオクラホマ州のシェールガス開発で290億円の特別損失を計上している。米国のシェール開発で大損を出しているのは日本企業ばかりではない。2013年10月にはロイヤル・ダッチ・シェルが240億ドル、英BPも21億ドルの評価損を出している。
 損失の原因は最初から明らかである。シェールガス・オイル自身は決して安い化石燃料ではない。掘削が困難なため採算性の面から石油メジャーは開発に二の足を踏んでいる。シェールガス田の場合、産出が始まって3年経つと産出量が75%以上減少するといわれ、次々と新しい井戸へリプレースしなければならず、自転車操業状態となっている。米国全体で2012年に420億ドルものコストがかかったと言われ、一方産出されるシェールガスの売り上げは325億ドルで毎年100億ドルの赤字経営を強いられている。米国のシェールガス開発企業はバラ色の未来像を振りまき、外国企業に採掘権を高値で転売し売り逃げているとの懸念が高まっている(「なぜシェールガスはカベにぶつかっているのか」藤和彦 世界平和研究所:2014.1.24)。まさに米の国家あげての詐欺である。

4 日本のLNG輸入価格にはどう影響があるのか―そもそも船がパナマ運河を通れない
 JOGMEC調査部の野神隆之氏の計算によると、米国内のシェールガス開発・生産コストは4~6ドル/百万Btu(Btu:熱量単位 天然ガス1Nm3の発熱量は約9,000kcal 1Btu = 0.252kcal)で2025年には7ドル超といわれ、これに液化燃料費(天然ガス価格の15%)、液化施設使用料(3ドル/百万Btu)、タンカー運賃(3ドル/百万Btu)を加えると日本への到達価格は14ドル/百万Btuとなる。2012年の日本の平均LNG価格は16.80ドル/百万Btu 程度であり、引下げ効果は最大でも7.7%に過ぎない(野神:『石油・天然ガスレビュー』 2013.9)。また、米国内価格が極端に上昇する可能性もある。ハリケーン・カトリーナの影響では10ドル以上に達したし、2003年の厳冬では18ドルにも高騰している。
 さらに、問題は液化基地であるメキシコ湾岸から運び出すのに、幅40mのLNG船は最大幅32mのパナマ運河を通れないことである。現在のルート選択は南アフリカ喜望峰回りで最大45日もかかる。運河拡張の完成は16年以降となる。安いシェールガスなどというのは日本が勝手に描く幻想に過ぎない。

5 米国の仕掛けたウクライナ紛争はロシアと欧州の経済関係を破壊することにある
 ウクライナ紛争はロシアが仕掛けたという報道が日本や欧米では流布されている。7月17日にはマレーシア航空機が撃墜され乗員乗客298人全員が死亡しているが、撃墜したのはウクライナの親ロシア派のミサイルであるということとなっていた。ところが、9月9日のオランダ調査団の中間報告では、コクピットに機関砲の様な貫通跡が見られるとし犯人特定は行わなかった(日経:9.10)。航空機の前方上部を地対空ミサイルで攻撃することは不可能である。コックピットを狙えるのはウクライナ軍の戦闘機しかない。米国側のウソがばれた時点で「マレーシア航空機撃墜事件」は欧米報道から完全に消された。しかし、この事件によって、当初はロシアへの経済制裁に消極的だった欧州各国を無理矢理米国の謀略に加担させることに成功した。
 ロシアと欧州の経済関係は天然ガスパイプラインによって深く結びついている。これは1969年・旧西独のブラント首相の考えから始まった。1973年10月の稼働開始以来、欧州へのガス供給はソ連崩壊時にさえ止まったことはなかったが、米国がロシアと欧州の経済関係を破壊しようと「オレンジ革命」を仕掛けた2009年に初めてウクライナから先への輸送ができなくなった。今回はウクライナを回避するパイプラインルートであるNord Streamは操業中である。3月26日、ロシアをG8から放逐したブリュッセルにおいて、オバマ大統領は欧州をロシア産ガスへの依存から解放するために、米国産ガスの輸出を許可する用意があると発表した。しかし、米国の輸出用LNG基地建設はこれからであり、輸出開始は2016年以降となる。しかも、価格は15ドル/百万Btuになるという。一方ロシアのガスは12ドルである。さらには受入ターミナルが整備されているのは、スペイン、イギリス、フランス・イタリアなどに限られる。ロシアのガスに100%依存するリトアニアやポーランドなどへの輸送は不可能である。オバマ大統領の脅しは今後数十年は実現不可能である(ヴズリアド紙2014.4.1)。

6 ロシア―中国・世紀のガス契約
 5月21日、ロシアと中国は年間380億?・30年間の長期契約・契約総額4,000億ドル・ガス価格350ドル/1,000㎥という世紀の契約に調印した。供給は東シベリアのチャヤンダからパイプライン「シベリアの力」の支線を利用して2018年から開始される。量としては欧州に供給する全量の1/3に相当する。価格は現在のロシアの最大顧客であるドイツの価格に近いといわれる(ロシアNOW 2014.5.22)。
 これにより、ロシアはようやく欧州に次ぐ安定的な市場を東方に確保することができるようになった。ロシアの東方シフト政策は昨今の思いつきで始まったわけではなく、ロシア全体の理にかなった戦略のとして積み重ねが実ってきたのであり、安倍首相のように、米国の脅しによって、コロコロと政策変更をさせられるような代物とはレベルが違う。

7 日本へのパイプラインの可能性
 LNGかパイプラインかの分岐点は2,500海里といわれる。サハリンのガス田から北海道までの距離はこれよりもはるかに短い。もし、パイプラインによる輸送が可能となれば、日本のガス価格は1/3になる。サハリンから首都圏の茨城県日立市までのガスパイプラインの総延長は1,350km、建設費用は6,000億円と見積もられている。これにより、年間200億㎥のガスを首都圏まで供給できる。日本の総輸入量の17%に当たる(ロシアの声:2014.5.28)。プーチン来日に当たり、「日露天然ガスパイプライン推進議員連盟」は提案しようとしていた。もし、このパイプライン計画が具体化するならば、日本とロシアとの関係は飛躍的に安定する。しかし、これは米国が最も嫌うことである。安倍はこのせっかくのチャンスを自ら潰してしまった。今後、米国からシェール権益のババを掴まされ、国際価格よりも異常に高いLNGを買わされ続け、どんどん日本の「国富」は米国に吸い取られていくであろう。 

 【出典】 アサート No.443 2014年10月18日

カテゴリー: 杉本執筆, 経済 | 【投稿】米に脅されプーチン来日中止–ガスパイプライン計画の行方は はコメントを受け付けていません

【投稿】都知事選をめぐって 統一戦線論(9)

【投稿】都知事選をめぐって 統一戦線論(9)

▼ 9/26付沖縄タイムス社説は「[混とん県知事選] なんでそうなったのか」と題して、「県知事選をめぐって前例のない政治状況が生まれている。こんな選挙、過去にあっただろうか。民主党県連代表の喜納昌吉氏が知事選への出馬を正式に表明した。仲井真弘多知事、翁長雄志那覇市長、下地幹郎元郵政民営化担当相はすでに立候補を明らかにしており、県内政治に大きな影響力を持つ4氏が知事選に名乗りを上げたことになる。民主党本部は自主投票の方針を決めている。喜納氏を公認しない考えだ。喜納氏が予定通り出馬すれば、党本部と県連の亀裂がいっそう深まるのは避けられない。仲井真、翁長両陣営から熱烈なラブコールを受ける公明党は、この段階になってもまだ最終的な態度を決めていない。なぜ、こういう複雑な状況になってしまったのか。」と、県知事選の混とん状況をあぶりだしている、
 同社説はしかし同時に、安倍政権の姿勢を「菅義偉官房長官は記者会見で、埋め立ての是非は『争点にならない』と語った。沖縄の人々の切実な思いを無視した不遜な発言と言うしかない。」と、安倍政権がそれを否定すれども、真の争点は辺野古移設問題にあることに鋭く切り込む。そしてさらに「有力4氏は、辺野古移設問題について、『推進』『反対』『県民投票』『承認撤回』など、4者4様の公約を掲げている。違いは鮮明だ。」と明らかにした上で、「有権者の中には『誰が知事になっても変わらない』というあきらめにも似た声がある。本当にそうだろうか。」と問題を投げ返し、「変わっていないように見えるが、そうではない。大田昌秀、稲嶺恵一、仲井真弘多ら3知事の対応をつぶさに検証すると、その時々の選挙公約や知事の政策、方針転換などが、日米の取り組みに影響を与え、状況を変えていったことが分かる。知事のアプローチの仕方が変われば状況も変わる。選挙で選ばれた知事の力は決して小さくない。」と来るべき知事選の及ぼす力を見くびってはならないこと、あきらめてはならないことを強調している。
▼ その後、10/10、民主党の枝野幹事長は「喜納氏は党本部の選挙方針(米軍普天間飛行場の辺野古移設を容認する)、基地問題への方針を無視し、党本部への批判を繰り返している」と指摘し「県民を混乱させ、党の信用を失墜させた」と説明し、喜納氏を除名する方針を決め、県知事選には自主投票で臨むことを明らかにしている。喜納氏は除名されても「知事選には当然出る」と出馬する意向である。安倍政権やそれに追随する仲井真陣営は、民主党が分断され、翁長陣営から脱落してかき回してくれることを大いに歓迎し、ほくそ笑んでいることであろう。民主党政権の成立、そして福島原発事故以来、「県民を混乱させ、党の信用を失墜させ」てきたその当の枝野氏が言えたセリフではないが、沖縄県民の民意と全く無縁なこの民主党の混迷ぶりは目を覆うばかりである。
 そしてこの混迷のもう一方の当事者でもある公明党は、自民党から最大限の期待をかけられながらも、公明党沖縄県本部があくまでも米軍普天間基地の辺野古移設に反対の姿勢を崩さず、仲井真陣営に与することができないことが明瞭となり、これまた自主投票に逃げ込もうとしている。公明は普天間移設が争点となった今年1月の名護市長選でも移設推進を掲げた自民推薦の候補を支援せず、自主投票を選択している。
 知事選では2002年以降続いてきた自公協力態勢が今回崩れることは、安倍政権や自民党、仲井真陣営にとって最大の痛手であろう。
 自公協力で臨んだ2013年の参院選比例代表で公明は沖縄県内で約9万票を得票している。「最新の世論調査やマスコミの取材を総合すると、それぞれの得票数は」、翁長氏が30万票余り、仲井真氏は17万票、下地氏は6万票、喜納氏は1万票以下となっている(『週刊金曜日』2013/10/3号)。この予測であれば、たとえ公明が仲井真陣営に寝返っても、辺野古新基地建設反対を掲げる翁長陣営の圧勝である。新基地建設を阻止する闘いと統一戦線の強化は、この圧勝を決定的なものとするかなめといえよう。
▼ 10/9公示、10/26投開票の福島県知事選もいわば一種の混とん状況であるが、沖縄とは違って、ここではもはや自民党は独自候補を擁立できなかったのである。安倍政権の原発再稼働路線は、福島原発災害の惨憺たる状況を前に、受け入れられることなどありえず、全てを争点隠しへと逃げ込む戦略である。
 自民党福島県連側は「県内原発全基廃炉」を主張し、独自の候補者として、鉢村健氏(元日銀福島支店長)の推薦を決定したが、自民党本部側が「鉢村氏では幅広い支持は厳しい」として鉢村氏をおろさせ、民主、社民、公明、維新の各党や県町村会が推す内堀雅雄氏(元副知事)への相乗りを決定。しかし、自民党、政権側の幹部が前面に出れば原発再稼働路線と、自民党福島県連や内堀氏の「県内原発全基廃炉」路線との矛盾は覆いがたく、原発争点回避と福島切り捨て政策を覆い隠すまやかしの復興政策で内堀氏を取り込む選挙戦を展開している。
 一方、この内堀氏に対して、「県内原発全基廃炉」はもちろん、原発再稼働反対をも含め、明確に反原発を前面に掲げる候補は、元岩手県宮古市長の熊坂義裕氏=新党改革・支持=と、元双葉町長の井戸川克隆氏である。告示もまじかに迫った9/24になって、共産党を含む「みんなで新しい県政をつくる会」が、熊坂氏を自主的に支援することを発表し、選挙戦に突入している。「自共対決」論を掲げる共産党が独自候補擁立を断念し、政策協定も行わずに「自主的支援」とする政治姿勢を選択したことは評価できたとしても、それは同時に、沖縄知事選では、共産党をも含めて県内5党・会派が知事選に臨む基本姿勢および組織協定に調印していることからすれば、広範な統一戦線を形成し得なかったことの反映でもあろう。
▼ ネット上で公開されていた「福島県知事選に脱原発候補の統一を願うレター」に寄せられた意見を紹介しよう。

■ 福島県知事選において原発事故を争点としない勢力が野合しているときに、まさか脱原発・被害者救済・脱被曝などを掲げる立候補予定の方々が共同・統一への努力を何もされていないとは思いたくありません。しかし、それについての情報が残念ながら未だに聞こえてこないまま、10月9日の告示日が迫っています。どういう事情があるのかはわかりませんが、どうか最後まで共同・統一への努力をしていただけるよう切望します。原発事故で6歳まで生まれ育った双葉郡富岡町夜の森の故郷を奪われ、脱原発に余生をかけている一老人の心からのお願いです。なにとぞどうぞよろしくお願いします。
■ 佐藤知事と、その後継とされるナンバー2の内堀副知事。この2人はまさに2人3脚で、311以前は住民意向を盾にプルサーマルを認め、その結果として原発事故を一層過酷なものにしました。さらに、311以降はSPEEDI隠しや、被曝との因果関係なしというシナリオありき、そのための意見すり合せの秘密会開催など県民不在の健康管理調査を主導して来たのが、佐藤知事と、実質的な政策決定者としての内堀副知事であったことは、衆目一致する所です。仮に、内堀氏当選ということになれば、彼自身の勝利というよりも、福島をなかったことにしようと画策してきた安倍自民党の高笑い?になってしまうのです。多事争論はあってもいい。だが、負けてはいけない闘いを目前にして、ほぼ同じ理想のベクトルを持つ勢力がしのぎを削り、互いの勢力を殺ぎ、愚だけは何としても避けなくてはならない。我々福島人もまた、有力者のあの人が言ったから?などという、貴方任せの思考停止から、今度こそ自由にならなくてはならない。
■ 東京都知事選は反原発派にとって手痛い経験でした。反原発派の並立で一番得をしたのは誰か?火を見るより明らかです。勝たなければ意味がないというのは一面の真理です。都知事選の結果、残ったものは選挙の敗北と両派の間のしこりでした。ますます勝者を利することになります。せめて福島ではそのようにならないことを強く願います。

 付け焼刃的な対処ではなく、このような痛切な声が生かされるような統一戦線の形成こそが、切実な課題である。
(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.443 2014年10月18日

カテゴリー: 政治, 生駒 敬, 統一戦線論 | 【投稿】都知事選をめぐって 統一戦線論(9) はコメントを受け付けていません

【ひとりごと】コラム—大阪都構想をめぐる激突– 

【ひとりごと】コラム—大阪都構想をめぐる激突– 

○すでに大阪府議会で過半数を失い、大阪市会でも公明と決裂し少数会派に転落した大阪維新だが、大阪都構想実現にむけて、最後のあがきを続けている。○「法定協が機能していない」と決めつけ、信任投票だと任期途中での市長選挙を強行したのは、今年3月。共産党含め各党は、選挙実施そのものに大義なし、対抗馬の擁立を行わなかったため、橋下市長は再選されたが、問題は何も解決しかなった。むしろ、対立構造を一層際立たせ、議会運営では、両議会で多数を持つ反維新勢力が、ことごとく、松井・橋下の提案する議案を否決するという事態になった。○法定協議会の委員構成を、議会会派構成に戻す条例を野党多数が可決すれば、それに対抗して、知事・市長は「再議」を連発。3分の2確保していない野党は、再議を否決できないなど、混乱が続いている。○こうした混乱に終止符を打つのは、来年4月の統一地方選挙であろう。府議・市議で、維新勢力を3分の1以下に抑え込み、全くの少数与党に追い込むことが必要であろうし、松井・橋下はこれをもっとも恐れていることだろう。(もっとも、前回当選した議員達は、自民党でも最下位当選がやっとだった自民党離党組、品格も経験もない橋下頼みの「新人」ばかりであった。ただでさえ維新凋落という情勢下で、特に1人区では、厳しい選挙になるだろう。)○9月に実施されたTBSの世論調査では、自民49.4%、民主8.1%、公明3.4%、維新1.1%、結いの党0.0%という結果だった。もはや「日本維新の会(維新の党)」に、2年前、再度の政権交代となった総選挙当時の勢いはすでになく、相次ぐ維新議員の不祥事・会派離脱という状況下、来年の統一地方選挙では、大阪において維新勢力が凋落する可能性が極めて高い。○そこで、最後の望みをかけているのが、橋下人気であろう。9月末の読売新聞世論調査では、橋下大阪市長の支持率は、56%。就任半年後(2012年6月)の71%からは、大きく低下しているが、依然高い数字であるとも言える。ただ、同調査では、都構想への賛成・反対では、「賛成・どちらかと言えば賛成」は53%、「反対・どちらかと言えば反対」が40%。松井や橋下が都構想を十分に説明しているとするのは、17%と低迷している。○松井知事と橋下市長は、法定協議会の構成委員から自民・民主・公明・共産の全員を排除し、維新単独で法定協を開催し、「大阪市分割案」を決定する暴挙に出た。そして、この案を総務省に提出したが、両議会で議決される可能性は、100%有り得ない状況にある。○そこで喧伝されているのが、「専決」で住民投票実施という暴挙に打って出るという話である。さらに、知事選挙・大阪市長選挙も前倒しで、統一地方選挙と同時実施などという話も出てきている。まさに、何でもありの状況である。○それだけ追いつめられていると考えてしまうのは、少々気が早い。橋下という人間性は、なかなかしぶといと理解すべきであろう。決して油断することなく、徹底的に維新潰しを行わなければならない。(2014-10-12佐野) 

 【出典】 アサート No.443 2014年10月18日

カテゴリー: 大阪維新関連, 政治, 雑感 | 【ひとりごと】コラム—大阪都構想をめぐる激突–  はコメントを受け付けていません

【本の紹介】「21世紀の資本」トケ・ピケティ著(みすず書房) 

【本の紹介】「21世紀の資本」トケ・ピケティ著(みすず書房) 

 この本は、まだ日本語版は出版されていない。フランス人経済学者であるトケ・ピケティ氏の著作であり、今年4月に英語版が出版されると、40万部を売り上げると言うベストセラーとなった。フランス・ヨーロッパではなく、アメリカ国内の売り上げが75%という。本書が展開している「資本主義が格差を拡大している」という内容に、機敏に反応したのであろう。
 7月26日号の「週刊東洋経済」が、「『21世紀の資本論』が問う中間層への警告」という特集を組んでいる。週刊エコノミスト誌も大きく取り上げていた。
 ピケティ氏は、43歳のフランス人。フランス社会党のブレーンとしても活躍し、一貫してフランス社会の不平等について研究してきたという。
 本書のポイントは、資本収益率が常に経済成長率を上回っている、という事実を、フランス・イギリス・アメリカ・日本など20か国以上の統計を基に、富と所得の変遷を検証して、この事実を証明した事にある。資本収益率は4-5%に収まり、経済成長率は、平均して1-2%の範囲になった。つまり、資本・資本を持つ富裕層は、資産を雪だるま式に増やし、対して勤労者への配分は、それを大きく下回る。よって、富めるものは更に富み、持たざるものとの格差は縮まることはない。
 さらに、この関係が21世紀を通じてさらに強まることを予測している。「富と不平等は、21世紀を通じてさらに拡大していく」そして、中間層は消滅していくという結論を導き出している。そして、こうした止めどない格差の拡大を止めるために、所得と資産への累進課税の強化をすべきと提言しているのだ。
 グローバル資本主義の進行は、富める国を益々富ませると共に、アメリカや日本国内では、経済格差を拡大させてきた。資本主義経済の根底にあるこうした構造を、実証的に解明し、その解決策を提言しているからこそ「21世紀の資本(論)」と命名されたのだろう。
 安倍政権が、歴代自民党内閣が行わなかった財界への「賃上げ要請」は、マヌーバーとは言え、低賃金や賃金格差の固定化に何らかの対応をしなければ、「夢も希望」もない社会になりつつあることへの「恐怖」があったのではないか。
 格差社会が益々固定化・拡大していことは、特に若者にしわ寄せされていく。そこからの脱出策として、ドロップアウトや反社会的立場への選択が増加する可能性は高い。中東の戦場への参加を選ぶ大学生も出てきている要因の一つは、まさにこうした夢も希望もない格差社会そのものなのだろう。
 資本が主人公の社会ではなく、人が主人公の社会へと変えていくためにも、本書が問題提起している富めるものと富まざるものへの両極化社会を根本的に変えていくことが必要であろう。本書の内容に対しては、賛否両論がある。むしろ大いに議論すべきである。日本では、12月初旬にみすず書房から出版が予定されている。私もしっかりと読み込んでみたいと思っている。(2014-10-14佐野) 

 【出典】 アサート No.443 2014年10月18日

カテゴリー: 書評, 経済 | 【本の紹介】「21世紀の資本」トケ・ピケティ著(みすず書房)  はコメントを受け付けていません

【コラム】ひとりごと 人口減少で地方消滅とは?

【コラム】ひとりごと 人口減少で地方消滅とは?

○今年7月、「日本創成会議」(代表は増田寛也元岩手県知事、元総務大臣)は、このまま人口減少が継続すると2040年に896の自治体が消滅する(消滅可能性都市)、さらに523自治体は、2040年時点で人口1万人を切り、消滅可能性が高いとのレポートを自治体名入りで発表した。すでに2008年から、日本は死亡数が出産数を越えて、人口は減少する段階に入っているが、今回のレポートは、「消滅」というショッキングな規定、若年女性の人数を「人口再生産」の指標として取り上げた点、また、現状でも、都市部からの移住・定住者を呼び込む努力をしている自治体などの取り組みを軽視しているなどに批判も多く出てきている。○また、このレポートの発表と、安倍政権の「地方創生本部」などの取り組みが、妙にマッチングしている事実から、政府・省庁と連携した世論操作との面も否定できない。○中央公論誌で、6月号は「消滅する市町村523全リスト」、7月号には「すべての町は救えない」、などの特集を掲載してきたが、8月に出版された中公新書「地方消滅」では、これら一連のレポートが整理されており、この内容を見ると論点は明確になっているようにも思える。○新書の内容を、整理してみる。すでに、2008年から人口減少社会に入ったが、全国一律に人口が減少しているのではない。特に地方部で著しい。そして一貫して人口が増加しているのが、東京・首都圏である。それは、継続的に若者が特に首都圏・関東圏に仕事や進学で移動している傾向が続いているからである。そして、特殊出生率は、全国平均では1.43に回復しているものの、東京都のそれは1.13程度で、人口が集中する都市部で出生率が低下している。都市部の格差社会、出産育児環境の厳しい現実が反映している。さらに、人口の東京一極集中を「極点社会」と名づけ、今後、大量の高齢者を抱える、東京・首都圏の問題も指摘されている。○今後、出生率が回復するとしても、現在の人口減少は、40年から50年は続くので、現状の都市部への人口移動を食い止め、地方で生活する人々を増やす政策が必要だ、という内容になっている。○そして、人口減少への対応は、国家戦略として策定されるべきであり、従来の地方分権論を超えて、グランドデザインが描かれるべき、としており、ここから、「国家戦略」が、妙に前に出てくるのである。○当然ながら、高齢化は食糧事情、医療環境の改善、そして平和の問題も含めて、自然現象の側面が強いが、少子化は、全く別の要因があると私は考えている。長時間労働の解消や不安定雇用・低賃金政策の改善こそが、第1の課題であろう。しかし、本書の著者は、都市と地方の問題を前面に出して、論じ、何か新しい問題であるように演出しているのである。だから、地方の雇用対策や、都市部への人口流出防止策として、「地方拠点都市構想」のような「ダム機能論」が出てくるのである。30万人程度の地方都市に、広域自治体的な機能を持たせ、「すべての町は救わず」、拠点都市に重点的に財源を投入すべき、との結論に至るのである。国と地方の財源問題は後景に追いやられ、地方分権よりも、「国家戦略」だというのである。ここに違和感を感じるのである。○そして、何よりも、来年の統一地方選挙を前に、これらレポートに対応したかのように、「まち・ひと・しごと創生本部」なる戦略機能の組織(担当大臣は石破茂)が設置され、次年度予算では1兆円の特別枠を設けるなどなど、俄か作りの「選挙対策」として現出しつつある、という極めて政治的色合いの濃い構図に繋がっていくのである。○中公の「地方消滅」は、事実・現実としての人口減少問題に目を向けようという「善意」は感じるものの大きな流れとしては、何か政治的意図先行を感じざるを得ない。○現在総務省が実施している「地域起こし協力隊」という事業がある。40歳以下の都市の若者を2年間地方で雇用し、地域起こし事業に従事させるというもので、昨年度は930名余が対象となった。安倍は来年3000人に増員すると発言した。しかし、国の補助は、賃金分として一人200万円。月額16万6千円。地方は物価が安いとはいえ、低賃金労働者そのものであろう。当然、地方公務員の賃下げにも利用されそうである。○来年4月から予備校の代々木ゼミが、全国で20校を閉鎖、7校にするとの報道があった。大学進学を希望する学生の人数が激減し、浪人生も一時28万人も存在したのが現在は6万人、そして私学では定員割れ校も続出し、いわば、大学志望者全入時代となっているのが背景にあるという。少子化が現実に、着々と進行していると言えよう。○着々と進行する「人口減少」への対策は、まさに政治の対抗軸となりうるものである。しかし、野党の対応は、遅きに失しているのが現実である。(2014ー09ー22佐野)

【出典】 アサート No.442 2014年9月27日

カテゴリー: 政治, 雑感 | 【コラム】ひとりごと 人口減少で地方消滅とは? はコメントを受け付けていません

【投稿】暴走加速する安倍政権

【投稿】暴走加速する安倍政権

<「安倍専制」>
 9月3日、自民党役員人事と内閣改造が行われた。焦点だった自民党幹事長には谷垣禎一前法相、安保担当相は江渡聡徳防衛大臣の兼務となった。
 今回の改造の主目的は石破茂前幹事長を党三役から追い払うことだった。そのため安保担当大臣という「指定席」までしつらえたのであるが、官邸の思うようにはいかなかった。
 石破が固辞するなら安保担当相などいらない、という声が自民党内から出ていたことと、結局防衛相との兼務となったことが、安保担当相の本質を如実に表している。
 改造前は「集団的自衛権は最重要課題なので、安保担当相は安全保障に精通した人材が専任でつくべき」と言いながら、集団的自衛権問題を政争の具としていたことが露呈したのである。
 こうしたお粗末な改造劇を糊塗するため、上辺だけの「女性活用」を前面に押し出し5名の女性大臣を任命した。しかしこれら大臣は「女性」というより、ほとんど「思想」によって選ばれたというべき面々である。
 早速、高市早苗総務大臣、稲田朋美政調会長がハーケンクロイツを掲げるファシスト団体幹部との「記念写真」を暴露され弁明に追われた。さらに山谷拉致担当相も在特会との関係が指摘されている。
 こうした本当の「危険思想」の持ち主が優遇される一方で、集団的自衛権の解禁に疑問を呈した野田聖子前総務会長は追放された。小渕優子経産相は思想は関係なく野田へのあてつけであろう。
 さらに危なさでは、高市、稲田に引けをとらない片山さつきは、石破支持であるため冷遇の憂き目にあっている。
 また第1次安倍政権をして「お友達内閣」たらしめた塩崎泰久元官房長官を、厚生労働大臣に任命するなど、安倍総理の卑しい人間観がストレートに反映した人事であり、安倍専制がより露骨にあらわれた内閣と言えよう。
 しかし見た目の新鮮さから内閣支持率は上昇し、さらに朝日新聞の相次ぐ誤報という「敵失」もあり、原発再稼働、歴史改竄など安倍政権は内外政策における暴走をさらに加速させようとしている。

<IWCでの歴史的敗北>
 国内的には専制を強める安倍政権であるが、国際的にはこれに冷や水を浴びせかける事態が続出している。9月15日から18日までスロベニアで開催された国際捕鯨委員会(IWC)総会では、日本の強い反対にもかかわらず「IWC総会が検討するまで捕獲調査の許可を発給しないよう勧告する決議案」が、賛成35、反対20、棄権5で採択された。
 安倍総理が外遊で訪問した49か国のうち、IWC加盟の反捕鯨国はインド、オーストラリアなど19か国に及ぶが、総会において歴訪の成果は発揮されなかった。(オーストラリアには「鉄の鯨(潜水艦)」建造を持ちかけてるが、本物の鯨ではよい返事は得られなかった)
 それどころか安倍総理が2か月前に訪問したニュージーランドが、今回の決議を提案、さらにその後鳴り物入りで訪問したブラジルは、南大西洋での商業捕鯨を一切禁止する「聖域設置提案」を南米各国と共同して行っているのである。
 この提案も賛成多数となったものの、賛成40、反対18、棄権2で既定の4分の3以上には達せず不採択となったが、安倍総理は何をしに行っていたのかと問われるだろう。
 歴訪で国連常任理事国入り支持を得られたとしても、国際機関の議決を「法的拘束力はない」と言って開き直り、「調査捕鯨」を強行するようでは国連での支持はとうてい得られないだろう。
 安倍総理を支持する勢力からは「IWCなど脱退してしまえ」という威勢のいい声があがっている。安倍総理はこの声にどのように応えるのだろう。
 
<インドへの期待と現実>
 「地球儀外交」「価値観外交」の破綻はそれだけにとどまらない。
 8月30日、訪日したインドのモディ首相に対し、安倍総理は京都で迎えるなど破格の待遇で接し、9月1日、東京での首脳会談では経済協力のほか、飛行艇輸出など軍事協力まで幅広い分野で論議を行った。
 両首相は「日印間での戦略的グローバルシップを一層強固にする」ことで合意し、対中包囲網形成が進展するかに思えた。
 しかし、土壇場で日本が目論んだ「日印2+2」(外務、防衛閣僚会議)設置はインド側の難色で頓挫した。
 それどころか帰国したモディ首相は、中国包囲網とは真逆のスキームである「上海協力機構」への正式加盟を表明し、安倍政権を驚愕させた。
 さらに追い打ちをかけるような事態となったのが、中国の習近平国家主席のインド訪問である。
 9月17日訪印した習主席を、モディ首相は自らの誕生日ということもあって故郷で歓迎、さらにはガンジー旧宅に案内するなど、安倍訪印時以上の厚遇ぶりを示した。
 中印協力はセレモニーレベルに止まらず、日本を脅かす勢いとなっている。日本はインドに対し今後5年で350億ドルの投資を決定し、中国の同200億ドルを上回っているが、中国は今後貿易拡大や高速鉄道導入などでさらなる追加投資が考えられる。
 軍事面でもインドは以前からの旧ソ連、ロシアに加え欧米製の装備を導入しており、価格の安い中国製の兵器を買っても何ら不思議ではない。なにがなんでも日本の飛行艇が必要というわけではないのである。
 安倍政権は、新幹線セールスのため急遽9月22日太田国交相を、インドに派遣するという慌てぶりである。そうした話は本来モディ首相の訪日時に詰めておくべきことであろう。
 さらに、訪印前日にスリランカを訪問した習主席はここでも、約半月前に訪れた安倍総理を凌ぐ歓迎を受けた。
 まさにオセロゲームで、盤上の石を次々とひっくり返されていく如き様相を呈しているのが安倍外交である。
 
<拉致被害者帰らず>
 成果を求め世界を彷徨う安倍総理であるが、期待の対北朝鮮政策でも行き詰りつつある。
 日本政府が認定している拉致被害者17人について、北朝鮮は「5人帰国、8人死亡、4人は入国の記録なし」としており、これを覆すのは当初から困難と見られていた。
 日朝政府間協議では、拉致被害者等の消息についての第1回目の報告を「夏の終わりから秋の初め」に受け取ることが確認されていたが、延期となった。
 政府は9月19日に拉致被害者の家族に対し説明を行ったが、具体的な見通しに関しては何ら説明できなかった。
 翌日、菅官房長官は読売テレビの報道番組で「何が効果的なのか安倍首相も自分もよく知っているので、考えながら交渉していく」と述べ、無為無策ぶりを露呈した。
 北朝鮮としては、日本人遺骨の調査、いわゆる日本人妻の帰国を先行させ、制裁解除を取り付ける思惑と考えられるが、拉致被害者、特定失踪者の相当数の帰国を要求する日本政府の要求とは大きな隔たりがある。
 調査機関の立ち上げなど、細部の調整が済んだのち、形式を整えるための儀式と考えるのが普通であろう。
 その総仕上げとして考えられていた安倍訪朝が、アメリカの意向を忖度した日本の都合で実現が難しくなった以上、北朝鮮も出したくても出せないとなっているのかもしれない。
 大見得を切った安倍政権としては、引っ込みがつかなくなっているのである。

<「対イスラム国有志連合」へ>
 安倍政権が右往左往している間に、国際情勢は大きく転換した。ウクライナでは政権側と親露派との間で停戦が発効し、散発的な戦闘はあるものの東部地域は平穏を取り戻しつつある。
 パレスチナガザ地区に於いてもイスラエルとハマスとの停戦は概ね履行されており、破壊された市街地やインフラの復興が課題となっている。
 こうしたなか急浮上してきたのが「イスラム国」問題である。イラクにおいて伸長した「イスラム国」は支配地域をシリアにも拡大している。
 イスラム国にはスンニ派原理主義者だけでなく、もともと世俗派であったフセイン政権の幹部クラスも多数参加し、支配地域の行政運営を担っているという。
 「イスラム国」はイラク戦争とその後のイラク傀儡政権が生み出した怪物であり、責任はアメリカにある。 
 これに対し、オバマ政権は空爆を開始、イギリス、オーストラリア、フランスも同調することを表明している。
 9月15日にはパリでイスラム国対策国際会議が開かれ、NATO諸国、ロシア、中東など26カ国から外相が参加し、イスラム国は国際社会の脅威との認識で一致した。さらに19日には国連安保理でも外相級会議が開かれ、同様の議長声明を採択した。
 現在のところ日本は、この対イスラム有志連合から外されている。パリの会議に岸田外相は招請されなかったし、戦力の提供は期待されていない。
 しかしイラク戦争時とは違いジプチに前線基地を置き、アラビア海に艦艇を常駐させている状況下、今後安倍政権に対する圧力は強まるだろう。
 北朝鮮とロシア外交で睨まれているアメリカに媚を売り、一連の外交破綻を取り繕うため、イラク再派兵を進める危険性は十分あり、暴走のアクセルを踏まさぬよう警戒を強めていかねばならない。(大阪O)

 【出典】 アサート No.442 2014年9月27日

カテゴリー: 政治 | 【投稿】暴走加速する安倍政権 はコメントを受け付けていません

【投稿】「戦後」の価値観をめぐる潮流と「脱成長」の社会像

【投稿】「戦後」の価値観をめぐる潮流と「脱成長」の社会像
                          福井 杉本達也

 哲学者の内山節は「戦後」をめぐって三つの潮流があるという。①高度成長とともに成立した戦後の価値観を守り抜きたい人々、②強い国家を目指して戦後を見直そうとしている人々、③新しい社会づくりを志してその視点から戦後を見直そうとする人々 がせめぎあっているとする(雑誌『世界』2014.9)

1 「劣化」する国家。
 9月11日、政府はできれば永久に隠し通そうとしてきた、政府事故調での聞き取り調査における『吉田調書』を公開せざるを得なくなった。この件で朝日新聞は「撤退」か「退避」かという日本語解釈をめぐる「誤報」?の責任を取り社長が辞任せざるを得なくなった。本来は公開すべき重要な情報を隠し通そうとした菅官房長官こそが事故原因隠しの責任をとって辞任すべき案件であるが、政権が吹っ飛ぶ恐れがあるため、朝日新聞社長の首を取ってごまかしを図ったものである。「誤報」?の伏線は官邸筋からの産経新聞への『吉田調書』の再リークに始まり、朝日新聞自らの、きわめて不自然な時期の「慰安婦問題誤報謝罪」である。
 故吉田所長は「結局放射能が2F(福島第二原発)まで行ってしまう。2Fの4プラントも作業できなくなってしまう。注水だとかができなくなってしまうとどうなるんだろうというのが頭の中によぎっていました。最悪はそうなる可能性がある」(『吉田調書』中日:2014.9.12)と述べており、「東日本5000万人の避難」=「日本壊滅」の可能性について、現場責任者である吉田氏の脳裏をよぎったという事態の深刻さこそが『調書』の核心であり、他の言葉づかいや官邸⇔本社⇔現場のやり取りなどは枝葉末節に過ぎない。我々が3年半後の今日、こうしてまだ日本に暮らしていられるのは単に“運が良かった”に過ぎない。国家滅亡の時期に「何も対処できない」国家とは何ぞや?である。そのような国家は不要である。菅官房長官が「朝日新聞誤報ショー」を企画して、必死で隠したかったことは現日本国家そのものの「無能さ」である。

2 「劣化」した官僚
 官僚の「劣化」を早くから指摘したのは松下圭一法政大学名誉教授ではなかろうか。しかし、原発事故で明らかとなったことは、「劣化」どころか「無能」そのものの官僚の群の実態であった。それをあからさまに表現したのが、国会事故調での参考人質疑で、官僚の原発事故対策のトップであるべき寺坂信昭原子力・安全保安院長の「私はどうしても事務系の人間でございますので、これだけの非常に大きな事故、技術的な知見というものも極めて重要になってくる、そういった中で、私が残るよりも、官邸の方に技術的によりわかった人間が残ってもらう方がいいのではないかというふうに、これは私自身が判断いたしまして、私が原子力安全・保安院の方に戻った次第でございます。」(2012.2.15)という発言である。5000万人もの国民が難民化する国家存亡の危機にあっても、「事務屋だから技術的なことは全く分からない」と官僚のトップが、平然と恥も外聞もなく、国会という我が国の最高機関の場で自らの「無能」をさらけ出したことは、自らがこの社会にとって不要な存在であること、「劣化」国家に寄生する寄生虫以外の何ものでもないことを告白している。しかも、本人自身は告白の意味を理解できないほど「劣化」しているということである。
 この官僚機構は第二次世界大戦における「敗戦」を「終戦」と言い換え、「敗戦」を認めず、自らの責任を回避し、「天皇の官僚」から「米国の官僚」へと船を乗り換えることによって権力を維持してきたのである。“親分”を変えたからこそ国民に対しては「責任を取らない」のである。

3 専門家・科学者の「劣化」
 日本における専門家・科学者は特別な位置を占めてきた。特に原子力などについては専門的すぎて、一般市民にとっては理解不能であり、専門家に管理を任せるしかないと思われてきた。また、科学技術による「イノベーション」によって「経済成長」が見込まれるとし、研究開発に対し財政からの多額の支援が行われてきた。今回『吉田調書』と同時に福山哲郎官房副長官の調書も公開された。福山氏によると、福島第一原発1号機の爆発について、班目春樹原子力安全委員長は菅首相に対し原子炉は構造上爆発しませんと説明していたが、爆発の映像を見ながら「爆発ではないかと首相と私はほぼ同時にぐらいに叫んだ。班目さんは『あちゃー』という顔をされた」(中日:同上)という。この『あちゃー』によって、原子力の専門家・科学者という人たちはほとんど信用がおけないことが明らかになった。
 こういった人たちが、日本社会におけるパワー・エリートとして、日本国家を取り仕切ってきたのであるが、その中身は何もないスカスカであることが明らかとなった。
 
4 「経済の成長」を追い求め続ける市民社会
 市民社会も、日本国家が「劣化」していること、官僚機構も「無責任」で「無用」なこと、専門家・科学者も「信頼がおけない」ことにうすうす気づいてはいる。しかし、それでもなお、それらにしがみつこうとしている。それを、内山節は①戦後の価値観を守り抜きたい人々と②強い国家を目指そうとしている人々との合流・奇妙な一体化が生まれているからだと指摘する。それは戦後の価値観を守り抜きたい人々にとって「経済成長は必須の条件」だったとし、「経済成長があってこそすべての可能性が開ける」のであり、「この思考は必然的に強い企業、強い日本経済を志向」し、「強い国家」と合致するという。また、経済は「数字で表され」、「明確な形で結果が生まれる」ことが、「国家の明確化」というも現政権との親和性を増しているとする。
 経済成長がなければ、これ以上の生活の改善は望めない。年金財政も経済成長を前提に計算されている。成長がゼロ・マイナスであれば将来の年金も減る。医療費も年平均約8000億円上昇し、平成25年には39兆3千億円となっており、GDPの10%を超えた。75歳以上の人口も10年前の1.5倍となり、介護負担も増すであろう。経済成長は、こうした難問を解決できるという強固な「信仰」である。
 それは、先の東京都知事選をめぐる選挙戦の総括で、宇都宮候補を支持した各氏が「原発やエネルギー政策は重視する政策としては三番目で、福祉や雇用を最優先に考える人が多数なのです。」「現実に都民の多くが脱原発を最優先課題だと思っていない中で、脱原発のシングルイシューで勝つことはできない」(海渡雄一『世界』2014.4)。「原発問題は重視するけれども、その奥底にもまた目前にも経済問題がある。経済左派と経済右派に分けると、宇都宮さんと田母神さんは経済左派でした」(池田香代子(『世界』同上)と述べていることからも分かる。
 「マイナス金利」という、お金の貸し手が金利を負担するという生活常識とは逆転した現象が起きている(日経:2014.9.18)。通常はお金の借り手が金利を支払うものである。これは日銀が「異次元緩和」により損失覚悟で短期国債の買い占めた特殊要因の影響であるが、それだけ、国内的には国家を除いて、資金の借り手がいないということでもある。つまり企業が国内では設備投資をしないということである。日銀は9月4日に今年度4~6月間の実質経済成長率を発表したが消費税増税の影響もありマイナス6.8%であった。また、藻谷浩介氏も指摘するように1995年をピークとして日本の生産年齢人口は減少の一途を辿っており、「限りない経済成長」は益々幻想になりつつある。
 福島第一原発事故は「拡大・成長」の延長にあったのであり、無尽蔵のエネルギーを求めて核エネルギーを発見・開発し、核燃料を再処理し・高速増殖炉『もんじゅ』を運転して核燃料サイクルシステムを回して「永遠のエネルギー」を手に入れ「無限大」に生産力を発展させ、「限りない経済成長」をしようとしてきたのである。事故は飽くなき「成長」を求めつづけた結果である。
 「アベノミクス」は実質的に終わっている。『FINANCIAL TIMES』は「安倍晋三首相の『3本の矢』は明らかに的を外している。理由はそもそも矢が3本ないことで、あるのはたった1本、通貨の下落のみである」(日経:2014.8.29)と揶揄している(より理論的には伊東光晴氏が『アベノミクス批判』で分析している)。それをあたかもまだ「飛んでいる」かのように喧伝しているのは、どうしても「成長」をあきらめ切れない①戦後の価値観を守り抜きたい人々の幻想である。
 
5 「戦後」の価値観
 「戦後」の価値観を一言でいえば「平和と繁栄」ではないか。「繁栄」=「成長」であるが、一方の「平和」は日米安保体制の下で、米国の従属下における「平和」であり、「戦後民主主義」であった。それは冷戦という特殊事情によるもので、米国がソ連圏と対峙するにおいて、日本の経済力を必要としたからであった。「戦後」は日本が経済成長しなくなった時期(=1990年前後)で実質的に終わっているのであるが、それが自覚されるまでにはしばらく時間がかかった。「繁栄」から「失われた20年」として自覚され、中国が「日本に勝ったにもかかわらず、負けた日本のほうが繁栄している」状態から、GDPにおいては日本に逆転したこと、また同時に冷戦が終了したことに伴い、「平和」という“建前”の方もいらないとして独自核武装論や歴史修正主義、中韓に対する排外主義が勃興してきている。
 さらに内山は踏み込んで「今日の原因をもたらした原因のひとつに、戦後のリベラリストや体制批判派の思考があった」とする。「これらの人びとは、憲法、とりわけ第九条が明確に維持されれば平和が守られるかのごとく主張し」、「あたかも明確な民主主義の国家が形成可能で、明確な平和国家が可能だという思考」で述べてきたが、それは「『左』からの明確な国家をめざす要求」だったのではないか。今日それを逆手に『右』からの「明確な国家」の要求が進み始めても(内山「戦後的曖昧さの一掃について」:『自治労通信』 2014,9-10)全く対抗できないのだという。
 「劣化した国家」、「成長しない経済」に対し、今後どのような社会像を構築していくのか、我々の力量が試されている。

 【出典】 アサート No.442 2014年9月27日

カテゴリー: 思想, 政治, 杉本執筆 | 【投稿】「戦後」の価値観をめぐる潮流と「脱成長」の社会像 はコメントを受け付けていません

【投稿】都知事選をめぐって 統一戦線論(8)

【投稿】都知事選をめぐって 統一戦線論(8)

▼ 2月の都知事選の重要な教訓の一つは、自民・公明連合を喜ばせ、敵を利し、味方を分裂、分散させるような選挙戦は何としても避けなければならないということであろう。たとえ多くの困難が横たわっていたとしても、勝利しうる可能性が存在する限り、最大限の統一戦線形成への努力が放棄されては、有権者から見放されてしまうということでもある。
 11月の沖縄県知事選では、自公連合を打ち破る、勝利の可能性が大きく高まっているだけに、同じことが鋭く問われている。
 9/10、元自民党沖縄県連幹事長の翁長雄志・那覇市長は市議会9月定例会で、県知事選への出馬を表明し、「イデオロギーでなく、アイデンティティーに基づくオール沖縄で、責任ある行動が求められている。今後100年置かれる基地を造らせてはならない。これ以上の基地の押し付けは限界だ。辺野古への移設は事実上不可能だ」と語った。
 そして9/13、翁長氏は知事選への立候補を正式に表明し、県内5党・会派(社民党沖縄県連、共産党沖縄県委員会、沖縄社会大衆党、生活の党、県議会県民ネット会派)と「埋め立て承認撤回を求める県民の声を尊重し、辺野古新基地は造らせない」ことを盛り込んだ、知事選に臨む基本姿勢および組織協定に調印し、出馬表明記者会見をおこなった。
 その記者会見の中で翁長氏は「いまや米軍基地は沖縄経済発展の阻害要因。政府によって強行されている辺野古・新基地建設に断固反対します」とし、「仲井真知事が公約を破棄し、辺野古埋め立てを承認し、新基地建設を認めているわけだが、知事選ではまず仲井真知事の承認に対する県民の意思をはっきり示すことだ」という立場を鮮明にしている。このような立場を明確にしたことの意義は極めて大きいといえよう。
▼ ところが、この県内5党・会派に加わっていない民主党沖縄県連は、県連所属の那覇市議が翁長那覇市長への出馬要請に加わっていたが、県連が擁立の条件とする名護市辺野古の埋め立て承認の「撤回」を翁長氏側が受諾しなかったとして、支援できないと判断。9/16、県知事選に県連代表の喜納昌吉氏の擁立を決定。喜納氏は「辺野古移設はダメだという県民の声に応えられるのは、自分しかいない」と述べ、「埋め立て承認の撤回」を公約に掲げて闘うとし、県連は近く、民主党本部に喜納氏の推薦を要請するが、肝心の党本部は辺野古移設を容認しており、推薦が得られるかは不透明である。
 翁長氏は先の記者会見で、新基地建設を止める方法を問われて、「公約を守らなかった知事の埋め立て承認は県民の理解を得たものではない。まず知事選の争点として、仲井真知事の埋め立て承認について県民の意思をはっきりさせる中から、方法を具体的にやっていきたい」と述べるにとどまっていたのも事実である。
 翁長氏はかつて自民党県連幹事長を務め、15年前の県議時代、辺野古移設推進決議案を可決させた旗振り役であり、過去のインタビューでは「ぼくは非武装中立では、やっていけないと思っている。集団的自衛権だって認める」などと発言している。そうしたことから仲井真知事が公約を反故にしたように、翁長氏に不安を抱いている人がいるのも事実である。そして「一度は県知事が認めた埋め立てを、新知事が白紙に戻せるのか」という不安を煽り立てることが、埋め立て工事を強引に推し進め、基地建設を既成事実化したい政府・与党側の狙いでもある。
 しかし、かつてこのように発言し、行動していた翁長氏が、「今や沖縄の米軍基地は、沖縄経済発展の阻害要因となっております。その意味で辺野古新基地の建設には断固反対します」と発言し、行動するように変化せざるを得ない、それこそ沖縄の地殻変動が生じているのだといえよう。
▼ こうした情勢を受けたのであろう、翁長氏は9/16の那覇市市議会9月定例会で、仲井真知事が米軍普天間飛行場の辺野古移設に向けて埋め立てを承認したことの是非が知事選の争点になるとした上で、「私は承認しないと決意表明している。県民の判断が下された後に、承認の撤回、取り消しの選択を視野に入れて頑張りたい」とあらためて辺野古新基地建設に反対し、さらに承認の撤回や取り消しも検討する考えを示している。
 ところで、9/7投開票の沖縄統一地方選では、全当選者のうち208人(54%)が名護市辺野古への移設に反対し、県外・国外移設や無条件閉鎖を求めている。辺野古移設賛成は46人(12%)にとどまり、仲井真知事の県政運営に対し、「評価しない」は160人(42%)で「評価する」の143人(37%)を上回る結果であった。
 焦点の名護市議選(定数27)では、辺野古移設に反対する稲嶺進市長を支える候補14人が当選し、1人は落選したが議会の過半数を守り、市政には是々非々だが移設に反対する公明の2人を加えると、反対派は16人に増えている。移設反対派19人の得票率の合計は58・1%に対し、容認派の得票率(41・9%)を16・2ポイントも上回る結果であった。これは1月の名護市長選での稲嶺氏の得票率よりも、市議選で移設反対を求める有権者の割合は2ポイント以上増えており、反対の声は衰えるどころか強まっていることを示している。
 一方、宜野湾市(定数26)では、定数が減る中、保守系与党候補が改選前と同じ15議席を確保、那覇市に次ぐ大票田の沖縄市(定数30)でも、4月に市政を奪還した桑江朝千夫市長を支える与党が改選前と同じ過半数を維持、石垣市(定数22)でも、3月に再選された中山義隆市長を支持する与党が1議席増やして14議席の多数を確保している。「基地ノー」の大きなうねりが顕在化する一方で、基地問題を不問に付し、争点を経済問題にすり替える保守の基盤が依然として根強いことも同時に明らかにしている。
▼ 8/27付琉球新報社説は、「辺野古中止8割 だめなものはだめだ」と題して、「辺野古移設強行に反対する民意は固かった。むしろ強固になっている。政府が米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に向けた海底掘削調査を開始したことを受けた県内電話世論調査で「移設作業は中止すべきだ」との回答が80・2%に上った。「そのまま進めるべきだ」は4分の1以下の19・8%にとどまる。普天間問題の解決策について、県外・国外移設や無条件閉鎖・撤去を求める意見の合計は79・7%に達した。4月の調査より6・1ポイント増えている 辺野古反対は圧倒的に世論が支持している。8割の反対を無視した辺野古移設は不可能だ。それでも強行するなら、この国は独裁国家でしかない。」と、安倍政権の独裁国家としての本質を鋭く突いている。
 さらに9/18付琉球新報社説は、「官房長官来県 沖縄の現実を直視すべきだ」と題して「菅氏が今回会談した地元関係者は知事と佐喜真淳宜野湾市長だけだ。移設に反対する地元の名護市長とはなぜ会わないのか。これでは「県民の思いに寄り添い」という表明は空々しく聞こえるだけだ。菅氏は先日、移設問題に関して「最大の関心は県が埋め立てを承認するかどうかだった。もう過去の問題だ。(知事選の)争点にはならない」と言い、県民のひんしゅくを買った。世論調査では約8割が移設作業の中止を求めている。県民の率直な意見には耳を傾けず、これで「沖縄の状況を視察してきた」と説明されてはたまらない。民意を無視して作業が強行される状況を、多くの県民が苦々しく見ている。20日には辺野古で大規模な集会も再度予定されている。辺野古は過去ではなく、現在進行形の問題であるという現実を直視すべきだ。」と、手厳しく批判している。
 その9/20、辺野古現地の浜で開かれた「止めよう新基地建設!9・20県民大行動」には前回8/23の米軍キャンプ・シュワブのゲート前での最初の集会を上回る5500人の人々が参加し、新基地建設反対の意志と行動の広がりをあらためて示している。そしてこの9・20県民大行動には翁長那覇市長も登壇し、辺野古新基地建設を止めるために、県知事選挙にかならず勝利しよう、という決意表明が行われている。
 この県民行動に連帯して、8/20同日「沖縄-東京-大阪-京都をむすんで辺野古新基地建設反対の全国同時アクション」が行われ、大阪においても集会とデモが展開された。写真はその時のデモである(筆者撮影)。
 いよいよ県知事選が近づき、統一戦線とその帰趨が問われようとしている。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.442 2014年9月27日

カテゴリー: 政治, 沖縄, 生駒 敬, 統一戦線論 | 【投稿】都知事選をめぐって 統一戦線論(8) はコメントを受け付けていません

【投稿】破綻する安倍外交

【投稿】破綻する安倍外交

<空回りする外遊>
 安倍総理は第2次政権発足以来の2年弱で、47か国を訪問し、9月のバングラディシュ、スリランカ両国訪問で、歴代総理では第1位になるという。
 安倍政権は「地球儀を俯瞰する」「価値観を共有する」外交と自画自賛しており、「中国包囲網の形成」と「国連安保理常任理事国入り」を目指していると思われるが、パフォーマンスに終始しているのが現実だ。
 直近のメキシコ、トリニダード・トバゴ、コロンビア,チリ、ブラジルの中南米5カ国歴訪では、具体的な成果と言えるものはほとんどなく、そもそも何を目的に訪問したか不明である。
 メキシコではアステカ文明の遺跡「太陽の神殿」を訪れ、デフレ脱却と経済再生を願ったと報道されたが、普通の観光客とどこが違うのか。
 ブラジルでは、日系人との面談以外目立った動きはなく、サンパウロ市内での訪問団車列の交通事故が最も大きなトピックスとなってしまった。
 安倍訪伯に先立ち、ブラジルにはプーチン大統領、習近平主席などが集まりBRICs首脳会議が開催され、新興国開発銀行の設立が決定されるなど大きなインパクトを与えた。
 後塵を拝した形となった安倍総理は、トヨタ、新日鉄、MGFCなどから70名の財界人を引き連れトップセールスで巻き返しを図った。しかし、ブラジルの最大の貿易相手国は中国であり、自動車や電子機器など日本が得意とする分野でも、欧米や韓国企業が優位に立っており、今回もビッグプロジェクトの成約は無かった。
 また今回の中南米歴訪でのTPP交渉参加国は、メキシコ、チリのみであり、なぜかペルーは訪れなかった。もっともメキシコ、チリでもTPP交渉に係わる重要な論議はなされておらず、総じて空回りに終わっている。

<取り残される安倍政権>
 安倍総理が能天気かつ空虚な旅を続けている間にも、国際情勢は大きく動いている。
 ガザ地区では7月8日のイスラエル侵攻で1400人以上の市民を中心とする犠牲者が出ている。安倍政権は、岸外務副大臣を7月下旬に当事者であるパレスチナ自治政府、イスラエル、調停国のエジプトなどに派遣したが、イスラエル全面支持のアメリカの意向を忖度し、憂慮の表明レベルに止まってる。
 現在、救援物資などは国連機関やNGOなどを通じて送られているが、日本としても、これまでのパレスチナ、中東諸国との関係を踏まえるならば、政府レベルの本格的な支援が求められているが、動きは鈍いものがある。
 イラクでは、8月8日アメリカがスンニ派武装勢力「イスラム国家」への攻撃を開始した。現在のところ介入は空爆による限定的なものであり、軍事的効果以上に、オバマ政権の断固たる姿勢を、共和党やプーチン大統領示す政治的効果に重点が置かれている。
 クルド人武装勢力に対しては、アメリカ、イギリスなどが武器供給などを進めているが、山間部に孤立したヤジド教派などへの人道的支援が急務となっている。
 英米に続きオーストラリアも輸送機による物資投下を始めたが、イラク派兵の実績=イラク安定の責任を持つ関係国にも、今後何らかの行動が求められる可能性が高い。
 しかし、現在のところ安倍政権からの明確なメッセージやアクションの兆しはない。集団的自衛権解禁強行で打撃を受けた安倍政権としては、今後しばらく災害救援以外で、新たに自衛隊を海外に派遣することは困難になるだろう。
 国際社会から求められる人道支援まで難しくなるというのは、自分で自分の手を縛ったものと言えよう。
 ウクライナでの緊張激化に対し、欧米による対露制裁が強化されつつある。
 安倍政権は、及び腰で形式的に制裁強化に付き合った結果、ロシアの報復である農産物の禁輸措置の対象からは外された。
 しかし、ロシア軍は8月12日、国後、択捉島を含むクリル諸島で軍事演習を開始した。安倍総理は13日「到底受け入れることはできない」と批判したものの、静観を決め込む以外の選択肢は持ち得ていないのが実情であろう。
 
<ロシア、北朝鮮への淡い望み>
 こうしたなかで、安倍政権はロシア、北朝鮮に淡い望みを抱いている。拉致被害者、特定失踪者の消息に関する再調査については9月中旬にも最初の結果報告がなされる見込みとなっている。
 今後は、日本と北朝鮮の間で生存者何名かの帰国と、それに応じた制裁緩和が繰り返されることになると考えられるが、このまま順調に推移するとはないだろう。
 現在中韓接近が進んでいるが、両国関係が現在の中朝関係よりも親密化することはない。経済的にはより協力が進むだろうが、政治的には米韓関係が存在する限り「同盟国」的関係に進展するのは困難である。
 つまり、朝鮮半島に於いて韓国は北朝鮮の代替にはならないのであって、今後中朝関係の修復は大いに考えられるのである。
 そうした場合、金正恩政権は安倍政権との約束を反故にすることは厭わないだろう。
 7月15日、安倍総理は参議院予算委員会で「朝鮮半島有事の際、在日米軍は日本政府の承認がなければ出動できない」と答弁した。これは「第2次朝鮮戦争の際、日本は北朝鮮を側面支援することもある」と言っているに等しい。本人の意図は韓国を牽制するためであろうが、これには韓国のみならず、アメリカも驚いたことだろう。
 安倍政権はプーチン大統領の今秋の訪日実現に、一縷の望みを託しているようであるが、その実現はほぼ絶望視されている。
 9月初旬発足予定の安倍改造内閣のオープニングセレモニーたる外交イベントは「プーチン訪日」と自身の訪朝=拉致被害者帰国であったが、両方とも実現は難しくなっている。
 その最大の要因は原則無き外交姿勢であるが、アメリカの意向に逆らえ切れない政権の性格もある。ロシア、北朝鮮にのめり込む安倍政権の姿勢に対してオバマ政権は不快感を抱いている。
 独自外交を推進しようとしてもアメリカの壁に突き当たり挫折するという安倍外交の限界性を如実に表している。

<渋々の方針転換>
 これまでの外交が行き詰るなか、安倍政権に対する国際的圧力はさらに高まっている。
 国連人権規約委員会は7月24日、日本政府に対し、ヘイトスピーチの規制、従軍慰安婦への国家責任に基づく謝罪の実施など、極めて厳しい内容の勧告を行った。
 こうした状況のなか、安倍政権は、ヘイトスピーチに対する法的規制を検討することを明らかにし、中国、韓国との関係改善に動き出ざるを得なくなっている。
 8月9日、ミャンマーで開かれたASEAN外相会議に出席した岸田外務大臣は、韓国の尹外相、中国の王外相と相次いで会談した。
 ただ、これらの会談は安倍政権としては渋々行ったことは明らかで、南シナ海問題にかかわる外相会議緊急声明で中国が名指しされることに最後まで期待をしていたし、今秋開催される北京APECでの日中首脳会談については、安倍政権が「条件は付けずに」という条件にこだわる以上、困難なものがあるだろう。
 韓国に対しても、6月の「河野談話検証」に続き、朝日新聞の「従軍慰安婦報道訂正」と対話の前提条件を次々に覆す事態が進展している。
 さらに8月15日には安倍総理が戦没者慰霊式典で加害責任に触れぬまま、靖国神社に玉串を奉納、新藤総務大臣など数閣僚が参拝するなど、侵略への反省の意を示さない対応が相次いだ。
 しかし、これ以上安倍政権が国際世論に対する抵抗を続ければ、さらなる孤立化は避けられない。
 日本の民主勢力には、国際的な動きと連帯し、平和に向けた国内世論の拡大を進めることが求められている。(大阪O)

 【出典】 アサート No.441 2014年8月23日

カテゴリー: 政治 | 【投稿】破綻する安倍外交 はコメントを受け付けていません

【投稿】 STAP細胞騒動と「災害資本主義」

【投稿】 STAP細胞騒動と「災害資本主義」
                          福井 杉本達也 

 STAP細胞をめぐる騒動では、将来のノーベル賞候補といわれた共同研究者の1人・理化学研究所の笹井芳樹氏が自殺するなど大きな波紋が広がっている。
 
1 理研がなぜ神戸医療産業都市に
 そもそも、埼玉県和光市に本拠のある理化学研究所がなぜ神戸市にあるか。1995年1月の阪神・淡路大震災において、当時1000床という兵庫県下随一の3次救急医療機関であった神戸市立中央市民病院は、市街地と島(ポートアイランド)を結ぶ神戸大橋の不通により震災直後の救急患者の受け入れができず、救急病院としての機能を全く果たせず孤立し(内閣府「防災情報のページ」)、もう1つの市立病院である長田区にある西病院は5階部分が座屈倒壊し、患者・病院スタッフが閉じ込められこちらも機能を果たせず、他の市内の病院は野戦病院のような状態に落ちいった。
 この「反省に立つ」のではなく、人々がショック状態や茫然自失状態から自分を取り戻し社会・生活を復興させる前に、「ショック・ドクトリン」(ナオミ・クライン:衝撃的出来事を巧妙に利用する政策「災害資本主義」(「惨事便乗型資本主義」))により、火事場泥棒的に過激なまでの市場原理主義を導入し、経済改革や利益追求に猛進することとした。神戸市のポートアイランド開発計画は震災前に既に事実上破綻していたのであるが、震災を“奇貨”として、どさくさ紛れに1999年に、米建設企業であるベクテル社に委託して、「米国の医療産業クラスターの成功要因の把握や、有力な外国・外資系企業の経営戦略の分析などを通じて、神戸(ポートアイランドⅡ期)における医療産業クラスター形成の条件を整理し、必要な戦略を作成」したのが『神戸医療産業集積形成調査』である。構想の中では、「先端医療研究の川上(細胞の解析・組み立てなど要素技術の研究等)から川下(治験等)までを一体化することでより効率的な研究を推進することが重要視された(三菱総合研究所「阪神・淡路大震災後の研究拠点立地を通じた復興」)。こうして、理化学研究所「発生・再生科学総合研究センター」を基礎研究の中核研究機関として誘致するとともに、神戸市が担うべき地域医療の中核機関である700床もの中央市民病院は、地域医療とは切り離なされ、神戸市民を実験材料とする医療産業向けの研究・開発(治験等)に差し出すというとんでもない計画ができあがった。

2 「ベクテルと神戸市の医療特区構想」-本山美彦氏の指摘
 元大阪産業大学学長の本山美彦氏は『売られ続ける日本、買い漁るアメリカ』(2006.3.20)の中で、神戸医療産業都市構想について「ベクテルは世界最大のゼネコンであり…原子核技術を活かして高度医療器具を開発し、先端医療都市を世界で建設しつつある」とし、ポートアイランドの南に隣接する神戸空港の役割も絡めて、「この狭い地域に神戸空港ができる意味は、決して一般旅客を対象としたものだけではない…東アジア有事の際、負傷兵が…神戸空港に空輸され、空港周辺の再生医療機関で手術を受け、米国の大学や医療機関から遠隔指示を受けるシステム」ではないかと指摘している。ポートアイランドが神戸沖に浮かぶ完全な島であり、市街地とは橋とトンネルだけで繋がっているというだけということを考えるならば、生物兵器の開発・治験・治療の場としても好立地である。沖縄知事選対策とはいえ、政府が米海兵隊普天間基地のオスプレイを佐賀空港に配置する計画を持ち出すことなどを考えると、本山氏の指摘も現実味を帯びてくる。

3 『神戸医療産業都市構想』は“金融詐欺”・“国家詐欺”
 『神戸医療産業都市パンフレット』によれば、「総合的迅速臨床研究」として、「新たな医療技術や医薬品・医療機器の開発にあたっては、基礎研究から臨床研究の間に、動物で行う前臨床試験や規制、倫理といった課題」があり、起業化においても資金等の課題があるとする。このプロセスを研究者と臨床医を集結させて迅速化するという。
 DNA情報の蓄積は遺伝子治療や新薬の開発などで莫大な利潤を生むと期待され、日米欧の国際的協力により、ヒトゲノムの解読が2003年に終了した。アメリカのゲノム情報産業には、投機的な資金が流れ込み、人の命が商品化される。個人の遺伝子に合わせたパーソナル医療は、誰をも病気の可能性を予告された「待機中の患者」に仕立て上げる(2014年2月26日 – 米女優アンジェリーナ・ジョリーさんが予防のために乳房を切除したことで話題になった)。しかし、人の病気の解明や治療法の開発にすぐに役立つものと期待されたが、生命現象はもっと複雑であることが分かった。「遺伝子が生命現象の全てを支配するという『遺伝子決定論』に振り回されるべきではない」と仏の分子生物学者ベルトラン・ジョルダン氏はいう(朝日:2014.7.29)。病とは化学的分子レベルだけでは理解しがたい、複雑な要素を含む。遺伝子治療への過剰な期待は行き過ぎた信仰にすぎない。
 ハーバード大学のゲイリー・ピサノは『サイエンスビジネスの挑戦―バイオ産業の失敗の本質を検証する』の中で、米国のBV(bio-venture)全体は、赤字が30年も続いており、バイオテクノロジーが、新薬開発の生産性に革命をもたらしたという証拠はないとし、人体の生物学的仕組みの知識は今でも不十分であり、長期的に考えても新薬開発リスクは極めて高い。いくらバイオテクノロジーが発展しても、「合理的」な薬にはなかなか到達せず、膨大な試行錯誤は今後も必要であると述べている。これらの先行議論を受け、美馬達哉京大准教授(高次脳機能総合研究センター)は『現代思想』8月号上で、バイオは投資家を引きつける手練手管と会社や株の転売による儲けの話だけに終わっている。価値生産というよりもむしろ金融化のなかの商品化であり、金融の力が現代社会の中でまとう意匠の一つにすぎないとまで言い切っている。とするならば、神戸医療産業都市構想は国家自体(神戸市を含む)のバイオテクノロジー産業のエージェント化であり、米ベクテル社も絡むバイオ産業という看板を掲げたインフラ投資に重点を置いた国家詐欺の象徴である。しかし、バイオ産業の、よって立つ基盤は非常に脆弱である。

4 科学者は「災害資本主義」に対し、どのような立ち振る舞いができるか
 1940年、理研(戦前の財団法人)の仁科芳雄はサイクロトロンの予算獲得のために、公開実験「放射性人間」ショーを行ったが、最初から国民に「正しい科学知識」=原子力を理解させようとしたものではなく、プレゼンテーション=国民に分かりやすい“魅せる”「物語」(「スペクタクル」)を披歴しただけである(中尾麻伊香「『科学者の自由な楽園』が国民に開かれる時』『現代思想』2014.8)。割烹着・「リケジョ」・コピペ・論文指導・査読システム・科学者倫理等々、STAP細胞をめぐってはマスコミ・研究者を巻き込んで様々な騒動が引き起こされているが、それは出来の良い・又は出来の悪い「物語」に過ぎない。
 2011年4月の神戸市の『構想』にバイオベンチャーの技術経営上の課題を説明する「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」というポンチ絵がある。魔の川とは、一つの研究開発プロジェクトが基礎的な研究から出発して、製品化を目指す開発段階へと進めるかどうかの関門、死の谷とは、開発段階へと進んだプロジェクトが、事業化段階へ進めるかどうかの関門、ダーウィンの海とは、事業化されて市場に出された製品やサービスが、他企業との競争や真の顧客の受容という荒波にもまれる関門を指す。『構想』を描く当事者は事業化が極めて難しいことを理解している。しかし、予算獲得のためにはバラ色のプレゼンテーションをする。
 原爆開発を目的としたマンハッタン計画では1万人の科学者・研究者が動員され、当時の金で22億ドルの巨費が投ぜられた。同計画では投下するまで国家機密であったため、実戦による使用こそが米国民に対する予算獲得のための“分かりやすい”極めて非人道的な「プレゼンテーション」の場となった。そのため、日本の敗戦をわざわざ1か月間遅らせるとともに、投下時間帯を8時15分に合わせ、また、長崎には種類の異なるプルトニウム原爆を投下し、その効果を工程表に従い緻密に「検証」した。広島・長崎市民は計画の実験材料とされた。
 福島第一原発事故は地震・津波という偶然がもたらしたものであるが、東日本の数百万人に放射能が降り注いだ。「災害資本主義」にとっては、これは儲けの絶好の機会である。被災した岩手、宮城、福島3県を先進医療の受け皿にしようというプロジェクトが動きだしている。 各県の大学や企業が持つ医療技術を生かし、最新の医療機器を開発するほか、住民の長期健康調査を実施、検査情報を蓄積する他、医療機器分野では、微細装置などを開発する企業や大学を資金援助する。さらには、岩手、宮城両県の計15万人を対象に血液検査などで得た全遺伝情報(ゲノム)や診療情報をデータベース化し、分析して創薬、予防医学に役立てるという(河北新報 2012.8.12)。要するに、被災住民を無視した高度医療特区構想である。また、文科省が36年ぶりに医学部新設を決めたことで、被災3県での誘致合戦が行われている。これに対し、日本医師会は、医学部新設ための「多くの教員確保のために医療現場からの勤務医の移動(引き抜き)が発生し、基幹病院、公的病院を含む地域の医療機関の医師不足を加速させ」、特に東北3県では「沿岸部の医療は極めて厳しい状況にあり、沿岸部の医療が崩壊することは必至」であると抗議している(2003.10.23)。被災3県でも地域医療を踏み台にした神戸市同様の「災害資本主義」の跋扈が既に始まっている。
 臨床医の場合には、かろうじて患者・地域医療というサービス対象との接点があるが(もちろん長崎大の重松逸造・長瀧重信・山下俊一のように患者を研究材料としか考えないものもいるが)、研究者の場合にはほとんどない。小保方晴子氏は会見で「何十年後かにこの研究が誰かの役に立てればいい」と古色蒼然たる科学の倫理観を語りはしたが、科学者は「災害資本主義」に対し、どのような立ち位置を取るかが問われている。

 【出典】 アサート No.441 2014年8月23日

カテゴリー: 医療・福祉, 杉本執筆, 災害 | 【投稿】 STAP細胞騒動と「災害資本主義」 はコメントを受け付けていません

【書評】『東京プリズン』

【書評】『東京プリズン』
   (赤坂真理、河出文庫、2014年、初出2012年) 

 主人公は1980年代の女子高校生。日本の高校になじめず、アメリカの片田舎の私立高校に留学している。しかしそこでのカルチャーの違いは予想を遥かに上回るものであった。誘われてヘラジカ狩に行くと、高校生が当然のように車を運転し森の中で銃を撃つ、学校のパーティーへ思いつきのアメリカ先住民の仮装で現れると、異様な目付きに囲まれる等々のショックで、ついに留年の際まで追い詰められる。
 その時進級の条件とされたのが、「アメリカ(アメリカン・)政府(ガヴァメント)」という科目で、日本のことに関する研究発表の課題だった。しかもそれは、主人公が軽く考えていた日本文化の紹介どころではなかった。課題の進み具合についての担当の教師との会話。
 「お言葉ですが、先生(サー)、あなたはただ、日本のことを研究発表せよと言いました」「能だ歌舞伎だとそんな石器時代のことを言ってなんになる。現代アメリカ人にとって最も興味のあることはひとつだ」「と言いますと」「真珠湾攻撃から天皇の降伏まで」/「天皇(エンペラーズ・)の(サレンダー)降伏!!」とても驚いて、今(アイ・)なん(ベグ・)と(ユア・)おっしゃいました(パードン)? みたいに突拍子もない声で私は訊いた。それが彼をいらだたせたのか、「天皇が降伏した!天皇がポツダム宣言を受諾して、無条件降伏した。日本の授業で習ったろう!」
 主人公は戸惑って考える。
「それが習ってないんです。と言いたくなるのを抑えて、必死に考える。ポツダム宣言を受諾したのは、天皇じゃなくて日本政府じゃないのか、でも首相は誰か思い出せない、というより知らない。いやたしかに、“降伏”のイメージをいえば、天皇の声“玉音放送”をラジオで聴いて地に伏す人の図だったかもしれない。」
「天皇の降伏」という言葉にショックを受けた主人公は、改めて玉音放送の日本語原稿と英訳を読み返す。
「朕は帝国政府ヲシテ・・・」 あれ?天皇が降伏したのでは、ない。他ならぬ、天皇自身が言っているのに。・・・それはまわりくどい力学で、天皇が、帝国政府(日本政府)に対し、宣言を受諾することをアメリカ・・・の四ケ国に伝えてくれと頼んだ、とか命じた、ということだ。
 このように主人公は、われわれが太平洋戦争で当然のことと思っている事柄について、見落とされている根本的な疑問を提出する。
 そしてこの研究発表は「天皇に戦争責任がある」というディベートの形で実施されることになるが、そこでは、一方では日本による真珠湾攻撃を初めとして、南京大虐殺、七三一部隊、侵略戦争が批判され、これに対して、アメリカによる東京大空襲、原子爆弾、宣戦布告なき軍事介入・プロパガンタ操作の米西戦争、ヴェトナム戦争が批判される。これらの諸問題が、主人公の母親が過去に関わった東京裁判の資料やヴェトナムの結合双生児のつぶやき等々が関わり、これらすべてを包む時代的歴史的イメージが縦横に展開する。
 その筋立ては複雑で、読者それぞれの評価に委ねる他ないが、ディベートの最後に、主人公が負けるにあたって述べる言葉が戒めとして残される。
「私は勝てません。知っています。あなた方の力(パワー)の前に屈するのです。東京裁判が、万が一にも私の同胞が勝つようにつくられていなかったのと同じです。ディベートは裁判ごっこです。ごっこだったら私にも勝つ見込みがあるとあなたは言うかもしれません。だけれども、あくまであなたがたのルールの中で勝てるにすぎません。あなた方の軍艦が初めて私の国にやってきて以来ずっと、そうなのです。この痛みが、あなた方にわかるでしょうか?」
「『私たちは負けてもいい』とは言いません。負けるのならそれはしかたがない。でも、どう負けるかは自分たちで定義したいのです。それを知らなかったことこそ、私たちの本当の負けでした。もちろん、私たちの同胞が犯した過ちはあります。けれど、それと、他人の罪は別のことです。自分たちの過ちを見たくないあまりに、他人の過ちにまで目をつぶってしまったことこそ、私たちの負けだったと、今は思います。自分たちの過ちを認めつつ、他人の罪を問うのは、エネルギーの要ることです。でも、これからでも、しなければならないのです」。
 太平洋戦争の戦争責任–加害者としての責任、国民としての責任、国民に被害をもたらした軍部と指導層の責任、そして天皇の責任–の区別と軽重を問い、東京裁判の評価を問う本書は、われわれに欠けていたものを小説という形で提示する。(R)

(追記)なお戦犯の理解について、本書は興味ある対話を載せる。このような知識が不十分であったことも、われわれの戦争責任へのアイマイさの一因となっている。
 「『平和に対する罪』を犯したものが、A・・・ランクAの戦犯なのよね?」私は〈A級戦犯〉を英語でなんていうのかを知らなくて、そう言った。/「クラスA」とアンソニーが正す。/A級戦犯をそう言うのか。「クラスA、が、いちばん罪が重いのよね?」/「そんなことはない。ABCは種別であって、罪の重さじゃない」/ええっ!私は声を出さずに驚いた。私の国では、今でも、A級戦犯というのがいちばん重い罪だと信じられている。・・・「A、B、Cのクラス分けはニューレンバーグ(ニュルンベルグ)裁判の形式をそっくり引き継いだものだ」・・・「第二次世界大戦後にナチスを裁いた国際軍事裁判があった場所。東京裁判はそれをベースにしている。クラスBの『通例の戦争犯罪』が、捕虜の虐待であるとか、民間人の殺傷であるとか。クラスCの『人道に対する罪』はホロコーストに向けられたもので、日本には対応するものがなかった」(R)

 【出典】 アサート No.441 2014年8月23日

カテゴリー: 書評, 書評R, 歴史 | 【書評】『東京プリズン』 はコメントを受け付けていません

【投稿】 都知事選をめぐって 統一戦線論(7) 

【投稿】 都知事選をめぐって 統一戦線論(7) 

▼ 10/30日告示、11/16日投開票の沖縄県知事選は、2月の都知事選とは対照的に、自公・与党陣営が分裂し、野党陣営が総結集し、元自民党沖縄県連幹事長の翁長雄志・那覇市長を統一候補とする統一戦線が着実に形成されつつある。
 7/27、沖縄県内政財界や労働・市民団体の有志、有識者らでつくる「沖縄『建白書』を実現し未来を拓く島ぐるみ会議」の結成大会が、宜野湾市民会館であった。主催者発表で2千人余が参加、米軍普天間飛行場の県内移設断念などを求めて県内全市町村長と議会議長、県議らが署名し、昨年1月に安倍晋三首相に提出した建白書の理念実現に向け、全県民の再結集を訴える結成アピールを採択。普天間飛行場の名護市辺野古移設や米軍基地の過重負担に象徴される沖縄への「構造的差別」の解消を訴えた。大会は、辺野古移設に向けた政府の海底ボーリング調査準備が本格化していることを踏まえ、「辺野古強行をやめさせよう―沖縄の心をひとつに」をテーマに掲げ、登壇者らが辺野古移設阻止を口々に訴えた。(7/29付琉球新報)
「島ぐるみ会議 尊厳回復へ再結集を」と題する琉球新報・7/29付社説は、

 世論調査では今も県内移設反対が74%もあり、その中には自民党支持者も多い。辺野古反対は保革を超えた民意だ。
 県内移設断念を求めて県内41市町村の全首長、全議長、県議らが署名した昨年1月の「建白書」提出は、戦後史に特筆される。「銃剣とブルドーザー」と称される米軍の軍用地強制接収・一括買い上げに抵抗した「島ぐるみ闘争」以来の、県民を挙げた運動だった。 仲井真弘多知事らの容認でその枠組みは崩れたが、仲里利信元県議会議長が鋭く指摘したように「沖縄で保革がけんかをして喜ぶのは日本政府と米国」だ。移設強行を止めるという民意を実現するためにも、県民の再結集が必要だ。
 何も絶望することはない。民主主義と人道に照らせば、理は沖縄にある。沖縄が一つになって意思表示すれば、世界最強の米軍でさえ土地の買い上げを撤回した。「島ぐるみ」の効果は歴史で実証済みなのだ。
 差別を受けてもいいという人は世の中にいない。だから人としての尊厳ある扱いを求める沖縄の意思は不可逆的である。辺野古移設強行はそんな差別の象徴だ。理不尽な扱いの代償の重さを、日米両政府に思い知らせよう。

と述べている。この社説に、米軍基地の移設強行を止める島ぐるみの沖縄県民の思いとそのための再結集の道が示されている、と言えよう。
▼ そして、8/11、県政4野党・会派でつくる知事選挙候補者選考委員会が、「知事選挙は、ウチナー(沖縄)のアイデンティティー(主体性)を大切にし、『建白書』に示された理念を堅持するぶれない知事が求められている。・・・『辺野古新基地を造らせない』との姿勢を明らかにし、経済振興や福祉、教育、離島振興等にも期待が持てる翁長雄志さんが沖縄県知事に最もふさわしい」として翁長氏に出馬を要請、翁長氏はこれに応え、「これまで基地を挟んで保革が対立し、その中で基地問題が解決しないことに疑問を持っていた。歴史的な転換の下で、基地問題では、アイデンティティーで力を合わせていきたい」と表明。記者会見では、保守、革新の一致点について、「一つでまとまる要素は『建白書』だ」と述べ、「力を合わせて頑張っていきたい」と知事選立候補に応じる姿勢を明瞭に示したのである。翁長氏は、9月2日開会予定の定例市議会で立候補を正式表明するとみられる。
 2010年の前回知事選で普天間基地の『県外移設』を公約に掲げて当選しながら、昨年12月に移設の前提となる辺野古沿岸の埋め立て申請を承認した、仲井真現知事の「変節」と安倍政権への忠誠に県民の怒りは深い。かねてからの目論見であったとはいえ、その変節は保守支持層にも重大な地殻変動を起こさせ、保守陣営の分裂が表面化し、噴出しだしたのである。前回選挙で仲井真氏の選対本部長を務めていたのが翁長氏である。
 翁長氏に知事選出馬を要請した那覇市議会自民党会派17人中の12人に対し、自民党県連が下した処分が8/8日付で確定し、翁長氏への出馬要請で中心的な役割を担った安慶田光男市議会議長、金城徹会派長、仲松寛氏の3人をはじめ11人が除名処分、1人が離党届を出す事態にまで至っている。
 さらにこうした事態にきりもみ状態にあるのが公明党である。同党は、1998年以降、本土の自公連立に先駆けて自民党と組んできたが、基地問題については、党沖縄県本部は辺野古移設反対方針を明示しており、翁長氏支援の姿勢も崩しておらず、「今回の知事選もそのスタンスで対応を協議する」としている。支援の判断を9月7日の沖縄統一地方選まで先送りする方針であるが、中央の公明党本部は辺野古沖合埋め立てを承認した仲井真知事を推薦する構えであり、「頭が痛いけれど、足並みを揃えないわけにはいかない。沖縄県本部には丁寧に説明して理解してもらわないと」としている。しかしこれがすんなり理解されるはずもなく、強行すれば、7月13日の滋賀県知事選同様、公明支持層には仲井真支援はネグレクトされるであろう。
▼ この公明党本部の姿勢は、8/2放送のJNN報道特集「緊迫の辺野古 沖縄知事選で”地殻変動”」で明らかにされたものであるが、同じ放送の中で共産党沖縄県委員長・衆院議員の赤嶺政賢氏は「これは沖縄の歴史の中でも今までになかった天王山の闘いですから、我々が保守を押すことにためらいはあるのかということ自身で言えば、ためらいはない。基地をつくらせないためだったら全力を挙げる」と明言している。
 8/12付しんぶん赤旗「沖縄県知事選 翁長氏で新基地断念を 県政野党が出馬要請 一致点は『建白書』」の中でも、赤嶺氏は「(保守・革新の)立場の違いを超え、私たちを結び付けているのは、普天間基地の閉鎖・撤去、県内移設断念を求めて昨年1月に政府に提出した『建白書』です。これを一貫して掲げる翁長市長に敬意を表するとともに、私たちも辺野古新基地断念を実現するまで一緒にたたかう」と述べている。
 折しも、安倍政権はなんとしてでも辺野古の海に、軍港を備えた新しい米軍基地を造るために物量、人員を無制限に動員して辺野古崎周辺の埋め立て作業を既成事実として突貫作業で強行し、さらには海上自衛隊の掃海艇「ぶんご」まで、国内初の治安維持活動として投入されている。
 琉球新報8/8付社説は「海自艦出動 武力で県民恫喝する野蛮」と題して「中世の専制君主国と見まがうありようだ。何という野蛮な政府か。移設反対派の市民を武力で恫喝する狙いであるのは明らかだ。政府は沖縄を、軍が市民を威嚇してよい地域と見なすということだ。そんなことを実行してしまえば政府と沖縄が抜き差しならぬ対決局面に入ることを、安倍政権は知るべきだ。それに対し、移設反対の住民は暴動どころか破壊活動一つ行っていない。武器一つ持たず、非暴力に徹している人々だ。その“丸腰”の市民に軍艦を差し向けるという。市民を、交戦中の敵国の軍のように見なすということだ。」と厳しく弾劾している。
 統一戦線を、これまでの共産党のように、政党政派のセクト主義的利害を優先させるような選挙闘争オンリーに収斂させてはならない。直面する最重要課題において、その達成のためにあらゆる市民運動・大衆運動・現地闘争を統一して闘い、セクト主義を排した一貫した姿勢こそが要請されている、と言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.441 2014年8月23日

カテゴリー: 政治, 沖縄, 生駒 敬, 統一戦線論 | 【投稿】 都知事選をめぐって 統一戦線論(7)  はコメントを受け付けていません

【報告】ヘイトスピーチを許さない 仲良くしようぜパレード 

【報告】ヘイトスピーチを許さない 仲良くしようぜパレード 

 7月20日、炎天下の大阪御堂筋に賑やかなドラムのリズムに乗って、「差別はやめよう!仲良くしようぜ!」の声が響き渡った。
7月14日ヘイトスピーチ許さないパレード
 「OSAKA AGAINST RACISM 仲良くしようぜパレード2014ミドウスジ セレブレイト ダイバーシティ」が、1000人以上の人たちを集めて、中之島公園から出発した。久しぶりのデモ参加、いやパレード参加だ。スローガンも「○○打倒!」「○○を許すな!」ではなくて「仲良くしようぜ!」だ。憎悪の塊のようなヘイトスピーチに対してなんて包容力のあるスローガンだろう。参加者も様々な国の民族衣装を着けた人、親子連れ、ドラム・チャンゴ・ギターを鳴らしながらカラフルで賑やかだ。沿道から手を振ってくれる人もおり、市民からも好意的に受け止められているように思った。予想された在特会等の嫌がらせもなかった。これも、昨年から続いているこの取組み、ヘイトスピーチを許さないカウンターたちの行動、京都地裁・大阪高裁の当然の判決等の積み上げ等、多くの人の地道な努力を通じてやっとたどり着いた地平だろう。しかし、在特会等は少人数でも相変わらず街頭で聞くに堪えない人種的憎悪、差別扇動宣伝を繰り返している。背景にある現政権の排外主義、近隣アジア敵視政策が変わらなければ終わることはないだろう。私たちが差別される側の心情に共感し、多文化共生社会を実現しなければ日本は生き残っていけないという事実を直視して、引き続き地道で大衆的な運動が求められている。(若松一郎)

 【出典】 アサート No.441 2014年8月23日

カテゴリー: 人権 | 【報告】ヘイトスピーチを許さない 仲良くしようぜパレード  はコメントを受け付けていません

【日々雑感】歌わぬ誇り 

【日々雑感】 歌わぬ誇り 

 去る2014年7月5日(土)の毎日夕刊に「ベンゼマ歌わぬ誇り」と題して写真入りでサッカー仲間と肩を組み合ってはいるが、唇を真一文字に結んで前方を見すえているベンゼマ選手の姿が映し出されていた。
 私の下手な文章を書くより新聞の方が上手なので紹介させていただきます。
 ベンゼマ歌わぬ誇り–ベンゼマは教えてくれる。エースストライカーが母国のためにできることは一つ。点を取る、それだけで十分だ。北アフリカ・アルジェリア系移民のベンゼマは、試合前に国歌を歌わない。昨年その態度が侮辱的だと非難されて論争になったが、本人は意に介さなかった。仏ラジオ局の取材にこう答えている。
 「私はチームを愛している。疑問を挟む余地などない。代表のためにプレーできるのは夢のようだが、だからと言って歌うことを強制される筋合いはない。」
 国歌「ラ・マルセイエーズ」は仏革命のさなかに作られた軍歌。歌詞が荒々しい。7番まであるうち、試合前に歌われる1番はこんな内容だ。
 「祖国の子らよ、立ち上がれ、戦いの日はやってきた。(略)前進、前進、汚れた血が我らが進む道をぬらす。」
 ベンゼマと同じアルジェリア系移民で、仏サッカー界の英雄であるジダンも国歌は歌わなかったという。アルジェリアはフランスに侵略され、植民地化された歴史がある。
  4日のドイツ戦でも国歌の演奏中、ベンゼマは黙って一点を見つめていた。26歳のFWは、この試合でゴールはなく、フランスは敗退したが、大会を通じてチーム最多の3得点を挙げた。責任を果たしたエースストライカーを「侮辱的」とさげすむ者は、もういないはずだ。(朴鐘珠)との内容です。私も信念の人、ベンゼマやジダン選手に拍手を送りたい心境です。(2014-07-14早瀬達吉)

 【出典】 アサート No.441 2014年8月23日

カテゴリー: 歴史, 雑感 | 【日々雑感】歌わぬ誇り  はコメントを受け付けていません

【投稿】集団的自衛権の実体化目論む安倍政権

【投稿】集団的自衛権の実体化目論む安倍政権

<決定後強まる反発>
 7月1日、安倍政権は集団的自衛権解禁の閣議決定を強行した。公明党も最終的には党内、創価学会の反対意見を抑え込んで容認を決定した。
 戦後日本の安全保障政策の大転換を、憲法と議会、民主主義を無視し、密室討議と閣議決定というクーデターに等しい方法で押し切ったのである。
 閣議決定の要点は「武力行使の新3要件」(「439」号参照)であるが、「おそれ」が「明白な危険」に変更されたものの、総体的に内閣の恣意的な決定による武力行使が可能な内容となっている。
 政府は今後集団的自衛権に係わる法整備とともに、「グレーゾーンに対処するための法整備」を推進するとしているが、今回の閣議決定そのものが「グレー」であろう。
 安倍総理は1日夕刻の記者会見で「(湾岸戦争やイラク戦争のような)海外派兵は一般に許されないとの原則は全く変わらない。集団的自衛権行使容認で日本が戦争に巻き込まれる恐れは一層なくなる」と詭弁を呈して国民の理解を求めた。
 しかし、その後の衆議院予算委員会での集中審議では、安倍総理以下関係閣僚が集団安全保障に直結する「ペルシャ湾機雷掃海」さらには、朝鮮有事での「国連軍」支援などにも言及するなど、早くも閣議決定の枠組みを踏み出そうとしている。
 こうした強引、拙速さと説明不足に不安と反対の声は広がるばかりである。連日のように国会周辺、全国各地で抗議行動が展開されているが、安倍政権は追従する報道機関を中心に事実上の報道管制を敷くなどして封じ込めを図ろうとしている。

<露骨な「報道統制」>
 閣議決定直前の6月29日、新宿駅近くの歩道橋上で男性が「集団的自衛権行使容認反対」を唱えながら焼身自殺を図った。
 この状況は、男性が歩道橋上でアジテーションを開始した直後から、ツイッターなどネット上に投稿されはじめ、炎に包まれる様子も含め、たちまち拡散した。
 後追いする形となったマスコミ各社のうち民放は、同日夕刻のニュースから及び腰の体ながら報道を始めたが、NHKは黙殺、新聞も産経新聞さえ記事にしているにも関わらず、読売新聞(大阪本社版)では一行も触れられなかった。
 こうした措置については「WHOの自殺報道に関する勧告」や、自殺を誘発する「ウェルテル効果」防止云々が弁解として言われている。
 しかしこれまで、松岡勝利元農水相、永田永寿元衆議ら政治家や芸能人の自殺については、憶測を含めて報じてきたマスコミが、手のひらを返したように沈黙しているのである。
 「WHO勧告」でも事実報道事態は規制対象ではないにも関わらず、NHK、読売は安倍内閣支持、集団的自衛権賛成の「社是」に基づき、「不作為犯」ともいうべき行為に出たのである。
 もはやこれは「天安門事件」関連に規制をかける中国の報道機関と同類と言えよう。
 さらに「フライデー」誌では、7月3日のNHK「クローズアップ現代」に出演した菅官房長官が、同番組キャスターの指摘に右往左往した挙句、放映後に経営陣に激怒したと報じられた。
 一方、政府は連日のように「価値観を共有する諸外国」から集団的自衛権解禁に賛同する見解が表明されたことをアピール。読売などの報道機関もこれを無批判に掲載し、中国、韓国の懸念は的外れという論調に満ちている。
 
<進む「新兵器」の取得、開発>
 安倍政権は、集団的自衛権、集団安保そして交戦権解禁に向けた法整備を進めるとともに、軍事力の運用、整備なども強引に進めようとしている。
 7月15日から19日にかけ米海兵隊のMV22オスプレイが神奈川県の厚木、横田基地など首都圏に反復して飛来、一部は展示のため札幌にも向かった。
 7月20日には小野寺防衛大臣が、陸上自衛隊が取得予定の同機について、これらを全て佐賀空港に配備し、今後沖縄の海兵隊機も同空港への移駐を検討することを明らかにした。
 22日には件の(「439号」参照)武田防衛副大臣が佐賀県庁で、古川知事らに説明を行ったが、他人に銃口を向けるような人物を派遣するとは最悪の人選である。防衛省は佐賀県民に言葉の銃剣を突き付けたのも同然であろう。
 沖縄では、辺野古新基地建設に向け埋め立て予定地周辺の警備が強化され、反対運動を力で抑え込む姿勢を露わにしている。
 小野寺大臣は訪米中の7月8日には、サンディエゴの米海軍基地で、強襲揚陸艦「マキン・アイランド」(41.335トン)の視察後、「島嶼防衛」のため同様の艦船を早期に導入していきたいと述べた。
 昨年末に策定された「新中期防衛力整備計画」(26中期防)では「水陸両用作戦における指揮統制、大規模輸送、航空運用能力を兼ね備えた多機能艦艇の在り方について検討の上、結論を得る」とされているが、早くも結論が出された形だ。
 海上自衛隊はすでに1万4千トン級の揚陸艦3隻を保持している。これらは陸自の「水陸機動団」が導入予定の装甲兵員輸送車「AAV7」とオスプレイの運用を可能にするため順次大規模改修予定であり、これに現有および今後配備のヘリ空母4隻(397号参照)、さらに「強襲揚陸艦」数隻を加えれば、相当な揚陸能力を保持することになる。
 実際建造されるのは次の「31中期防」期間中の2020年代半ばとなると考えられるが、強引な前倒しもあるかもしれない。
 7月12日、TBS「報道特集」では、将来の国産戦闘機を見据えた「先進技術実証機」=ステルス機の開発が進んでいることが明らかにされた。防衛省技術研究本部と三菱重工により開発されたこの機体は、年内の初飛行が予定されているという。
 
<滋賀県知事選の衝撃>
 こうした、集団的自衛権解禁と軍拡の推進という状況のなか、安倍内閣への支持は低下している。
 7月13日に投開票が行われた滋賀県知事選挙では、「集団的自衛権行使容認反対、卒原発」を唱える三日月候補が自公推薦の小鑓候補を破り勝利した。
 小鑓陣営は菅官房長官、石破幹事長など幹部を応援に投入。集団的自衛権賛成、原発推進を掲げる報道機関も、嘉田前知事と小沢生活の党党首をオーバーラップさせるなど、姑息なネガティブキャンペーンを行うなど側面支援を行った。
 さらに東京都知事選に続き共産党が独自候補を立て、統一戦線破壊を行うという厳しい状況のなか、序盤は小鑓候補が優位に立って居た。
 しかし、7月1日の閣議決定以降状況は大きく変わり、これに石原環境大臣発言、東京都議会ヤジ問題なども影響を及ぼし、中盤情勢報道では読売でも「小鑓、三日月横一線(7月6日)」と自公の優位がほぼなくなっていると認めざるを得なかった。
 選挙結果は1万3千票差あまりの激戦であったが、政権に与えた打撃は数字以上のものがあったと言えよう。安倍総理も7月14日の衆議院予算委員会で「集団的自衛権の閣議決定が選挙結果に影響がなかったとは言えない」と認めざるを得なかった。
 
<世界の動きと連携を>
 集団的自衛権、安倍政権に対する反発と警戒は世界に拡散している。7月5日の中韓首脳会談では、両国が歴史問題に加え、この間の日本の動きに懸念を示した。安倍総理は事あるごとに両国に対し「未来志向の関係を」とお題目のごとく唱えているが、両国は日本の未来に懸念を抱いているのである。
 安倍総理は「地球儀を俯瞰する外交」で矢継ぎ早に世界各国を飛び回っているが、各国首脳から引き出せるのは外交辞令ばかりである。
 「オピニオンリーダー」である欧米各国のマスコミの論調は、安倍政権に対して厳しいもが多い。「ニューヨーク・タイムス」や「フィナンシャル・タイムズ」などに加え、ドイツの「フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング」紙も7月14日に「安倍総理は集団的自衛権問題で東アジアを不安定にした責任をとって辞任すべき」との記事を掲載した。
 一時進展するかに見えた日露関係もマレーシア航空機撃墜事件発生により頓挫した。唯一進んでいるように見えるのは対北朝鮮である。北朝鮮(ミサイル)の脅威を口実に軍拡を進めている本人が、ほとんど無条件に手を差し伸べる姿が世界からどのように見られているか分からないのだろうか。
 案の定、アメリカから「訪朝はするな」と釘を刺されてしまった。安倍政権の「地球儀を俯瞰する外交」とは自分自身は動き回ってはいるものの、実態は自分中心に世界は回るものと思っている「天動説外交」というべきものであろう。
 アジアではインドを「対中包囲網」の有力なパートナーだと思っているのだろうが、先のBRICs首脳会議を見ればそれは淡い期待だということがわかるだろう。「対中包囲網」など存在しないし、今後も構築することはできないだろう。
 世界では、ウクライナ情勢に加え、シリア内戦、イラク危機、ガザ地区での武力衝突など早急に解決しなければならない問題が山積している。
 日本以外のG7各国、さらにはG20の幾つかの国はこれらの危機への対処と緊張緩和に向けて行動しているが、安倍政権はプレイヤーとして登場できていない。
 現在の尖閣諸島を巡る状況など危機のうちには入らないだろうし、それを理由に軍拡を進める安倍政権は危険な存在に映るだろう。
 安倍内閣の動きを危惧し、平和と緊張緩和を求める声は大きいにも関わらず、日本国内に於いてはそれを組織化することができていない。当面は地道な活動とともに、沖縄知事選など個々の選挙で勝利を積み重ねていかねばならない。(大阪O)

 【出典】 アサート No.440 2014年7月26日

カテゴリー: 政治 | 【投稿】集団的自衛権の実体化目論む安倍政権 はコメントを受け付けていません

【投稿】福島を再び水俣のように切り捨ててはならない

【投稿】福島を再び水俣のように切り捨ててはならない
                          福井 杉本達也
1 統計でウソをつく方法
 西内啓著『統計学が最強の学問である』が異例のベストセラーとなっている。西内氏は「統計学は「不確かな現実」に判断を下すためにある」とし、「「間違った仮説を採用する」という間違いだけでなく、「正しい仮説を採用できない」という間違いについても同じくらい重視すべきだ」と述べている(ダイヤモンド社HP 2014.4.25)。福島第一原発事故の放射線の影響はまさにこの西内氏の言葉が当てはまる。
 産業技術総合研究所フェローの中西準子は著書『原発事故と放射線のリスク学』の中で、すべてのタブーに挑戦したと言っている。「一つは、外部被ばく線量の計算値。第二に、小児甲状腺検診の問題。第三に除染費用の限界。第四に、リスクを受け入れなければならないという現実。そして、帰還のための線量目標値。」「すでに被ばく線量のデータなどは出尽くしていると言ってもいい状態です。有害性については、分からない、分からないと学者や政治家、評論家が言い続けていますが、これくらい分かっているものは他にありません。」といっているが、ほとんど、政府機関や県発表、伝聞により構成されており、特に小児甲状腺がんの福島県『県民健康管理調査』を扱った部分は最悪である。
 平成23年度の調査結果について中西は「当初思ったより、A2の割合が高いという感想を持った…その疑問に応えるかのように、やがて福島県以外の三県の結果が示され、それは、A1(異常なし)、A2(5㎜以下の結節や20㎜以下ののう胞)、B(5.1㎜以上の結節や20.01㎜以上ののう胞)の比率が福島のそれとほぼ同じであった。そして、超音波の検出力が高く…チェルノブイリのときと比べると、A2の比率も高くなっているという説明であった。その説明は納得できるものだった」と述べる。A2の数字が福島県で高いというのは事実である。

2 『県民健康管理調査』をどう読むか
 小児甲状腺がんの発生率は非常に少ない。日本における15~19歳における発生率はわずか100万人に5人である(1975~2008年)。これまではわずかな発生率であったものが、『県民健康管理調査』では2011年調査で14人、2012年調査で54人、2013年調査で21人、合計90人のがん症例が見つかったのである。もちろん調査年度によって調査対象地域も原発周辺地域から比較的影響の少ない会津地域までと異なる中でこの数字をどう読むべきかということである。
 中西のように90人も5人変わらない。「たまたまだから」と切り捨ててしまうこともできる。しかし、90人という数字は、他地域と比較してどうなのか、今後どうなっていきそうかということを予想するのが統計学的考え方である。津田敏秀氏(岡山大)の計算によると、2012年度調査の二本松市・本宮市など中通りでの発生率は40.81倍(15~19歳比)であり、誤差は95%の信頼度で低くても21.36倍、高ければ73.51倍の範囲内に入る。2013年度調査のいわき市では19.64倍(同)、低くて11.37倍、高ければ24.57倍の範囲内に入る(津田:『科学』2014.7)。また、福島県内では比較的放射線量の低い会津地方(合津若松市除く)などを1とし、他の地区を比較した「有病オッズ比」では二本松市・本宮市など中通りは11.22、いわき市は5.40であり明らかな違いが見られる。
 また、小児甲状腺がんとは別の統計だが、ハーゲン・セアブ、ふくもとまさお氏らによる「フクシマの影響 日本における死産と乳児死亡」(『科学』2014.6)による国の『人口動態統計』データの解析から、茨城・福島・宮城・岩手県の「高汚染都道府県」の死亡率(自然死産率+出生後1年未満の乳児死亡率)は2011年12月時点でオッズ比1.052と5%程度高くなっている。同統計からも放射線の影響が見て取れる。
 
3 環境省の3県調査の発表には作為がある
 中西は調査の結果を否定するために福島県以外の3県調査を持ち出しているが、3県調査は6~15歳が45.7%、16~18歳が20.8%を占め福島県の調査と比較して高い年齢層に偏っておりデータ補正をしなければ福島県との正確な比較はできない。補正すればさらに福島県の異常さがきわだつことになる(津田:同上)。環境省の3県の追跡調査事業結果(2014,3,28)によると、平成24年度調査でB判定とされたもののうち1名が甲状腺がんであることが判明した。調査の数字にウソはないが、それを根拠に発症率を「福島県外と同程度」に結びつけようとしている。1名では統計学上の誤差があまりにも大きく比較対照はできない。環境省の「住民の皆様の理解促進に役立てることを目的に、福島県外の3県の子どもを対象に、県民健康管理調査と同様の超音波検査を実施し、その結果の妥当性について、情報を提供することとしたものです。」(2013.3.29)という言葉には明らかに世論誘導の作為がある。生データのみではなく、統計学上のデータ補正と解説を付けて発表すべきである。
 
4 細かく調べたので小児甲状腺がんが沢山発見されたというウソ
 中西の県民調査で小児甲状腺がんの発見が多いのは「スクリーニング効果」(それまで検査をしていなかった方々に対して一気に幅広く検査を行うと、無症状で無自覚な病気や有所見〈正常とは異なる検査結果〉が高い頻度で見つかる事(首相官邸HP:2014.2.12山下俊一コメント))であるというが、津田氏は「今回、内部比較でも被ばく量に沿ったと思われる有病オッズ比の明瞭な上昇がみられた。これは、スクリーニング効果だけでは、甲状腺がんが数多く発見されているという多発を説明することがまったくできない」(津田:『科学』2014.3)ことを示しているとして、明確に否定している。スクリーニング効果からは福島県内地域でのがん発生率の差は説明できないであろうということである。中西は何の検証もせず「納得」してしまっている。中西は科学者としての自らの実験で「納得できない」データは「異常値」として切り捨て、「納得できる」データのみを採用していたのであろうか。これは研究不正以前の由々しき非科学的態度である。
 
5 帰還の目標値“20ミリシーベルト”は「放射線の影響はない」という前提
 政府は放射線の年間積算線量が20ミリシーベルト以下の区域を順次避難指示解除する方針を示している。「100 ミリシーベルト以下の被ばく線量域では、がん等の影響は、他の要因による発がんの影響等によって隠れてしまうほど小さく、疫学的に健康リスクの明らかな増加を証明することは難しい」、1ミリシーベルトは、「放射線による被ばくにおける安全と危険の境界を表したものではない」(復興庁:『田村市説明資料』2014.2)として解除を決めた。これは、丹羽大貫(元京大放射線生物研究センター教授)らが主張するもので、発がんの突然変異要因は放射線等5つほどあり、残りの4つの要因を減らせば=「生活習慣で放射線のリスクが変動する」(中西:同上)という怪説を唱えている。丹羽説に従えば、『県民健康管理調査』の結果は何なのか。他の要因により隠れてしまうほど小さいものなら、なぜ、小児甲状腺がんがこれほど見つかるのかの証明はできない。確かに喫煙の発がん性は明らかであるが、まさか、福島県の子供がタバコを吸っているとか著しく肥満であるとは言えまい。丹羽説を真に受けた『放射線に負けないからだをつくろう―生活習慣のポイント』(福島市HP)という呼びかけは犯罪である。また、指示解除する区域では「希望の方には誰でも個人線量計を貸与」(復興庁:同)するという。解除後は個人の責任で放射線を浴びてもらうということで、国は一切関知しないということである。つまり、将来、被曝してがんになっても国は補償しないということである。

6 水俣病の重い教訓
 1956年5月に公式確認された水俣病は60年近く経過したいまも「誰が水俣病患者か」を巡って争いが続いている。1968年9月にはチッソ水俣工場の廃液に含まれる有機水銀が水俣病の原因であるという政府見解を発表した。しかし、国は水俣病の認定に対し、感覚障害だけでなく複数の症状が揃うことを要求していた。その後、裁判での争いとなり、最高裁は2013年4月感覚障害だけの患者(故人)に水俣病と認定する判決を下した。それでも国は新たな運用指針として症状と水銀摂取の因果関係を客観的資料の提出を患者側に求め続けている(日経:2014.3.8)。国とその取り巻きの医師たちは原因と結果を一対一の関係と思い込み、蓋然性を定量的に与える裏付けとなる疫学調査(統計学的手法)を行ってこなかったからである(津田『医学的根拠とは何か』)。
 中西は「濃密な検診が福島の若者の幸福につながるのかについて相当の疑問を感ずる」「問題でないものを、えぐり出して」いる(中西:同上)というが、近代統計学上の「「間違った仮説を採用する」という間違いをするか、「正しい仮説を採用できない」という間違いをするのか。水俣病の推定患者3万人中、県の認定患者はわずか2,265人。どちらの間違いが今後の日本社会の運命に影響が大きいかは明らかである。低線量被曝で再び水俣病と同じ愚を犯させてはならない。事故当時19歳以上の者や福島県に隣接する栃木県・茨城県・宮城県南部の症例把握も含め早急な対応が求められる。また、甲状腺以外のがん・がん以外の疾患への対策も必要である(津田:『科学』2014.7)。

 【出典】 アサート No.440 2014年7月26日

カテゴリー: 原発・原子力, 杉本執筆 | 【投稿】福島を再び水俣のように切り捨ててはならない はコメントを受け付けていません

【書評】『家事労働ハラスメント–生きづらさの根にあるもの』

【書評】『家事労働ハラスメント–生きづらさの根にあるもの』
            (竹信三恵子、2013年10月発行、岩波新書) 

 「私たちの社会には、家事労働を見えなくし、なかったものとして排除する装置が、いたるところに張りめぐらされている。(略)/家事・育児・介護が世の中には存在しないかのように設計された極端に長い労働時間の職場。そんな働き方によって、健康を損ね、ときには死にまで追いやられた人たちがどれだけ多いかは、過労死について書かれた多くの資料をひとつでものぞいてみれば、すぐにわかる。一方で、家事や育児や介護を担うべきものとされた人たちは、職場でハラスメントを受け、低賃金と不安定な労働に追いやられていく」。
 本書は、一方で、現実に存在する家事労働をないものと見なし、他方で、「『家事はお金では測れないほど大事な価値』であって労働ではない(だから待遇や労働条件のことなどあれこれ言わずに奉仕しろ)」として、その働きを低コストに抑え込もうとする動きに対して、家事労働が生活にとって不可欠であればこそ、きちんと評価される労働として社会的に位置づけられねばならないと主張する。そして家事労働が日本の社会によって正当に評価され、位置づけられていない結果が、どのような貧困の図式をもたらしたかを検証する。
 「序章 被災地の百物語」では、「女性が家庭に抱える見えない労働」が、震災と原発と失業の三重苦の中で、極端な形で現われた事例がいくつも出される。–高齢者の介護や子どもたちの食事の世話などの日常の負担に加えて、安全な水や食べ物を求めて店を駆け回る、避難してきた県内の親戚の世話、避難所によってはプライバシーを確保する間仕切りがない問題、女性被災者だけが避難所の食事作りを任されていた例、雇用対策面での女性に対する配慮の欠落、「災害弔慰金」や「被災者自立支援金」での「世帯主被災要件」(世帯主である夫が被災者の主で、妻は夫に扶養されている必要がある)等々–これらは、「労働は男性が行うものと言う平時の軌範」=「やって当たり前の無償の家事労働」が被災地域でも女性の役割として当然視された例であろう。
 本書は、こうした状況を生み出した経緯を解明し、1985年を「女性の貧困元年」とする説を紹介する。それによれば女性の貧困化を制度化したとされる85年の変化とは、「①男女雇用機会均等法、②労働者派遣法の制定、③第三号被保険者制度の導入」であるとされる。
 ①男女雇用機会均等法は、女性の深夜労働・休日勤務を禁じた労働基準法の女性保護の段階的撤廃と引き換えに制定されたが、同時期には「変形労働時間制」(1日8時間超労働でも一定期間の平均で1日当たり8時間労働を可とする)や「裁量労働制」(一定の職種では労働時間の規制を受けずに働かせることが可)が導入されている。この結果、条件のある女性(母親や親族の助けがある、夫が家事を支える、家事労働者を雇える収入がある等)は男性の分野であった職種に進出していったが、「だが、家事や育児を抱えてそれができない圧倒的多数の女性たちは、出産などを機に退職に追い込まれ、パートなどの非正規労働者として再就職することになった」。②労働者派遣法の制定は、こうした正社員からこぼれていく女性たちの受け皿として産声を上げた。「家事の担い手というレッテルの下にパートや派遣などへ追いやられた女性たちの増加で、非正規労働は均等法制定後の1980年代以降、激増し、2004年前後には働く女性の多数派に転化する」。③第三号被保険者制度は、「主婦年金」とも呼ばれ、これまで主婦優遇の制度と言われてきた。しかし「扶養下」認定の条件である年収130万円未満範囲内で働こうとするパート主婦の増加が、「第三号」の賃下げ圧力となり、パートの賃金を上げようとする動きを封じ込める作用を果たした。
 かくして「夫が家族を養い、妻が家事をする→夫の稼ぎがあるから家事労働を本業とす
る女性の仕事は不安定で安い賃金の非正規でも構わない→不況になって会社も大変なので、男性も非正規で雇うしかない、という流れの中で、女性の低賃金の前提となっていたはずの男性の安定雇用も掘り崩されていった。これによって、『夫がいるから安くていい』という水準で設定されたはずの経済的自立の難しい非正規の働き方が、急速に男性にも広がった」という結果となった。
 「ワーキングプア」、「派遣切り」、さらには「貧困主婦」の存在–貧困ライン以下の世帯での専業主婦=夫が低収入なのに外で働けない女性たち–といった問題は、上の制度と密接な関係を有している。
 本書では、産業構造の転換の中で専業主婦を扶養しきれない男性労働者が増加しているにもかかわらず、女性の経済的自立が阻まれ、これが貧困の温床となり、男性もまた家事労働ハラスメントに苦しんでいる現状が、そしてこのような状況に合わせて家事労働の再分配を政策的に実践してきた海外の取り組みについても報告される。
 「景気回復の切り札とはやされたアベノミクスは、『女性の活躍が成長を生む』と謳い上げた。だが、ここでも家事をしながら賃金を稼げるような労働時間の規制や、短時間労働でも賃金を買いたたかれない正社員とパートの均等待遇は無視され、むしろ、『活用』の名の下に家事労働と仕事の二重負担は過酷さを増しつつある」現在、本書は「見えない働きの公正な分配なしに、私たちは直面する困難から抜け出すことはできないという事実」をわれわれに指摘する。ともすれば男性正規雇用社員の夫としての眼しか持つことのできない「労働者」の眼を覚まさせてくれる書である。(R)

 【出典】 アサート No.440 2014年7月26日

カテゴリー: 人権, 書評, 書評R | 【書評】『家事労働ハラスメント–生きづらさの根にあるもの』 はコメントを受け付けていません