【投稿】諫早干拓事業で有明のり大打撃–工事中断へ

【投稿】諫早干拓事業で有明のり大打撃–工事中断へ
 
アサート271号(2000年6月)でレポートした諫早干拓事業だが、1997年4月14日の「ギロチン」以来、旧干潟は消滅し、「潮受け堤防」工事は1999年7月に完成、すでに4年が過ぎている。そして、今年に入って、有明海周辺の漁協(佐賀、福岡、熊本)が、ノリの不作は諫早干拓が原因と排水門の開門と工事中断を求めて、長崎農政局や農水省にデモや抗議行動を行った。1月28日には諫早湾で有明海沿岸の漁業者による漁船1500隻の海上デモが行われ、3月1日には福岡県有明漁連は約270人が上京して農水省に対して抗議の申し入れと霞ヶ関周辺での抗議デモを行った。
 諫早干拓事業については、271号や諫早干潟救済本部のHP(http://www2s.biglobe.ne.jp/~isahaya/)を参照していただきたいが、今年に入っての抗議行動などの事態を見ていると新たな観点が必要だと思った。
 要するに、諫早湾の問題ではなく、有明海レベルの問題として被害が広がっていることである。地図を見るとよくわかる。諫早湾は有明海の一部であって、有明海は、佐賀、福岡、熊本、そして長崎県に囲まれているわけだ。そして、海流はちょうど時計周りに有明海を巡る。ちょうど海流は最初に諫早湾から回り始める。広大な諫早干潟は自然の濾過機能と共に、微生物の宝庫として、余分なプランクトンを「消費」してくれていたわけである。この干潟が消えた時、すべてのバランスが大きく崩れ始める。

<干潟が消え、プランクトンが異常発生>
 この間における水産資源の減少は、年を追うごとに予想以上に深刻の度を深めていた。
 「タイラギ漁の不振、アサリの死滅、ムツゴロウの激減、その他赤潮の発生、潮位が異常上に高くなり、ノリ養殖業にも甚大な被害を与えている。漁民は今、死活問題に直面している。こうした被害の原因については、長崎大学の東幹夫教授など、科学者による赤潮の多発や底生生物の激減ぶりを示す現地調査の報告が発表され、新聞やテレビで大きく報道された。これらは我々、海に生きる漁業者の生産活動を通じての認識と、完全に一致するものである。」(2000年4月大浦漁協の『諫早干拓水門開放と事業中止を求める大浦漁民海上決起集会』宣言より)
 データ的にみても、例えば有明海特産の「タイラギ漁」(貝の一種)だが、このギロチンを境に、漁獲量が激減している。
 佐賀県平良町の大浦漁協の大浦漁協のタイラギ漁獲量の推移だが、漁獲量がギロチン前の96年度 318トン、97年度(閉め切り) 97トン、98年度 15トン、99年度 0トンという状況で、大浦漁協の漁民はすでに2000年4月に漁船デモで、工事中止を訴えている。
 3県魚連による強力な工事中断要求となったのは、今年冬の有明ノリの壊滅的な不作である。原因はプランクトンの異常発生で養殖ノリに栄養が回らないことだ。いずれノリの価格高騰は必死と言われている。現に全国漁業協同組合連合会(東京)の調査では、ノリの落札価格は1月後半の約32%高からさらに値上がり幅が拡大し、産地によっては2倍以上になった所もあると言われている。

<水門開門でヘドロが流出も>
 皮肉なことに、干潟が消えて、都市排水の汚泥もまた4年間、干拓地の調整池に堆積し続けている。すでに調整池は汚水状態となって汚染が進んでいる。
 こうした事態に、佐賀、福岡、熊本の魚連は一致して工事中断、水門開門を求めているのに対して、長崎県魚連は、水門開門でヘドロの大量流出が予測され、一部の漁民の漁業に致命的な影響が懸念されるため、魚連で意見が割れているという。諫早市内で干拓推進派の「工事中断反対・干拓推進」の決起集会も開かれるなど、「経済的利害」も絡んで現地は複雑な様相である。

<緊急調査実施へ>
 こうした中、3県魚連の抗議行動に対して、農水省の第三者委員会は13日の第2回会合で、諌早湾干拓事業を中断して潮受け堤防内の緊急調査をするよう農水省に提言した。これに対して、長崎県も、工事中断と緊急調査を受け入れた。ただ、長崎県は水門開放には依然として反対している。調査は3月中旬から2週間の予定で行われ、27日には「提言」が出される予定で、「水門の一時開放」の結論の方向と報道がなされている。
 しかし、農水省は表向き漁民の声を聞いた形だが、昨年「諫早湾干拓調整池水質調査委員会」の議事録に、反対派委員の意見を勝手に削除した経過もある。第3者委員会の公正な判断が期待されるところである。

<バランスが崩れる時・・・・>
 有明海、諫早湾の自然を守れ、という単純な構図ではなくなってきているのである。経済的利害への影響が深刻になり、大きく報道されるほど人々が行動した。しかし、一方で取り返しのつかないほど、自然のシステムは破壊されてしまった。
 諫早湾の干潟という自然が、漁民そして市民の生活に重要な役割を果たしていた「事実」は軽視されてきた。農水省の「干拓ニュース」は「水質の悪化は微小」と昨年諫早を訪れた時に手にしたものは書いてあった。
 自然のバランスが崩れるとき、どういう事態が起こるか、残念ながら諫早のケースを貴重な警鐘とすべきである。そして従来型の公共事業からの転換が求められているのである。(2001-03-18 佐野)

朝日新聞のHPでも、諫早干拓の特集ページがあります。ご参照ください。(http://www.asahi.com/nature/index.html) 

 【出典】 アサート No.280 2001年3月24日

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【投稿】2001春闘:明暗分ける回答、パート賃上げの行方は?

【投稿】2001春闘:明暗分ける回答、パート賃上げの行方は?

○3月15日この日ばかりは、各新聞社の「社説」には、2001春闘についての記事が全紙に掲載された。朝日は「『賃金か雇用か』を越えて」と「時期こそ同じだが、企業ごとの交渉の寄せ集めというのが春闘の実態だ」と手厳しい。毎日は「パートの働く条件改善を」と「・・これからパート春闘の本番を迎える。春闘は働く人々全体のためにある。労組の役割はまだまだある」と少し激励調。日経は「労組主導で一律賃上げに変化」と、産別内でも、自動車総連が4段階の要求基準・妥結基準を作り、「格差を容認している」と「グローバル時代にどのような賃金制度を目指すべきか、労使間での議論に期待する」としている。こうした「評価」を受けた2001春闘は、どのような問題を提起しているのだろうか。
○2001春闘の民間大手の山場を迎えた3月14日。連合の春闘回答速報(No.4 3/16)によると、電機連合ベア500円などベア方式回答では、ほぼ横並び状況、そして一時金では、話題になった日産が5.2ヵ月をはじめ、トヨタが5カ月+32万円など業績の良い製造業を中心に昨年を「若干」上回る回答を引き出しているのに対して、電力のベアゼロ、自動車でも三菱がベアゼロ、流通でもマイカル、ダイエーが春闘前からベアゼロを確認するなど、企業業績を反映した回答となった。そして若干の企業業績の好転を受けて、ベアや基本賃金よりボーナス(一時金)で、業績配分を行う傾向が一層強まった感がある。
 少なくとも昨年よりは、ましな回答が出たかのような印象だったが、果たして本当にそうなのだろうか。確かにベア回答や一時金で一面昨年をわずかながら上回っているとは言え、業績反映型、一時金分配型が一層強まり、また中小や地場賃金にどれだけ波及力が存在しているのか、後段のグループや中小の闘いが終結し全体の春闘集計が出るわからないのではないか。
 さらに、製造業を中心に企業業績の改善が見られるなど経済状況は好転はじめたとの春闘スタート時点の認識だったが、特に3月に入ってから急速に株価の急落、円安の進行など逆風が吹き、厳しい春闘展開となったことは否めない。
○日経連は、1月の労問研報告では、業績・成果主義の徹底という賃金の個別化路線を強める方向を示しており、春闘不要論に対して何とか今年は持ちこたえた感はあるものの、連合総体として、こうした業績・成果主義賃金体系(?)に対して、各産別任せという状況に変りがない。連合の主力産別が製造業中心ということもあり、金融や流通、特に第3次産業など連合の力が弱い業界の中でで急速に進展している年功・終身雇用からの転換に対しての取り組みが求められている。
○初めて取り組まれたパート賃金引上げの行方も注目されている。電機連合はパート労働者に対しても公正処遇の確保に努める、JAMも企業内のパート賃金を時間額で10円以上引き上げることを方針に盛り込んだ。「21世紀戦略」として連合が位置付けた、公正処遇としてのパート労働者の賃上げ要求は、少なくともマスコミや未組織労働者からは、額は別として好感を持って受け止められている。問題は、具体的に各連合加盟組合内の交渉でどの程度、要求が実現したかであろう。この点は、まだまとまった集計は出ていない。
 オランダのワークショアリングがよく参考にされる。しかし、オランダの場合は、正規労働者のパートライム化が主流であり、フルタイムの労働条件を時間配分することから始まっているのである。日経連の「多様な働き方」などという奇麗事ではない。今年初の取り組みであったとしても、本腰を入れた取り組みにしなければならない。
○春闘の闘いの一方で、大企業のリストラの流れは、「デフレ襲来」という中で一層加速しているようにも思える。「マツダ2時間、マイカル4時間」。それぞれの企業が退職金の割増を保証する希望退職申し込みに希望社員が殺到し、瞬く間に予定人員を超過したという。マツダでは予定を大幅に越える2200人、マイカルでは1730人が早期退職の希望をしたため、それぞれ2時間や4時間で打ち切られたのである。NTTや三菱など早期退職、今後予想される金融や生保、建設業界などリストラが「避けられない業種」は山ほどあり、加えて今年4月からは雇用保険制度が改正実施され、早期退職者やリストラされる労働者にさらにムチが待っているのである。
○さらに公務員をめぐる状況は、公務員制度改革議論が大きく「進展」しようとしており、4月から6月にかけて大きな山場を設定しての闘いが準備されつつある。昨年の人勧での成績・業績を重視した賃金システムへの報告が行われ、公務員制度改革議論が行われてきた。しかし、橋本行革大臣になり、参議院選挙を前に政治サイドから「選挙の目玉」に公務員制度改革を据える狙いが明確になってきたためである。そのポイントは、「政治主導の下、身分保障に安住することなく」「成績主義・能力主義に基づく信賞必罰の人事制度」などであり、新行革大綱に基づく「基本方向の提示」が、6月にも提示される方向が、自民党主導で強力に進められようとしているからである。公務員部隊の春闘は、公務員制度改革に絡んで、これからが闘いのスタートといったところか。
○大手の回答がほぼ出揃ったとは言え、まだまだ2001春闘は真っ最中である。3月決算を前にした、迷走する経済の中、厳しい取り組みが求められている。そして、いよいよ「春闘再構築」「春闘改革」議論も、その後本格化していくことになる。(H) 

 【出典】 アサート No.280 2001年3月24日

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【投稿】東海村JCO事故、被害補償に背を向けるJCO

【投稿】東海村JCO事故、被害補償に背を向けるJCO

 一昨年9月30日に起こった、日本初めての臨海事故である東海村JCO(核燃料加工会社)事故から、1年半が経過している。現地住民を中心にした「被害者の会」によるJCOへの責任追及と補償を求める運動が続けられているが、JCOの無責任な対応が続いている。
 「臨海事故被害者の会ニュース」によれば、第1回2000年3月9日、第2回5月9日、第3回6月1日、第4回8月10日、第5回9月21日、そして2000年12月7日にも被害者の会は、JCOと交渉を行った。
 第1回の交渉では、「任意団体とは交渉できない」とJCOが交渉を拒否する有様。そして第2回には、被害者の会が1、心身ともに受けた住民の被爆そのものに対する補償をすること、2住民の健康被害に真摯に取り組み、万全な医療補償をすること、3土地財産価値低下等、JCO臨海事故によって引き起こされた被害にかかる補償をすること、の3点の申し入れを行っている。その後の交渉でJCO側は「相当因果関係が証明されれば検討する」という表現に終始し、12月の交渉で会側が「今回の事故の加害者であるJCO側が、我々に『健康被害はなかった』と証明すべきであって、被害者側に健康被害を証明させるというのは筋違い」との主張に対して、JCO側は「そこまで踏み込むつもりはありません」と開き直る始末である。
 こうしたJCO側の無責任な対応は、科学技術庁などが、周辺住民に具体的に発生している健康被害に対して、臨海事故との因果関係を否定し続けていることが背景にある。現実に、「ほとんどの被ばく住民は「相談センター」「病院」をたらい回しされ、挙げ句の果てには「放射線障害とは考え難いと判断します。」旨の診断を下されている」。(ふくろうの会パンフより)
 さらに、科学技術庁と核サイクル機構が、データ隠しを行っていることが市民団体の調べでわかってきたのである。事故直後に放射線量調査のためのモニタリング車での測定を行っていない、と答えてきたにも関わらず、那珂町立下米崎小学校前で放射能を測定する職員の写真が共同通信によって撮影されていたことである。当然住民や子供たちへの影響も意図的に隠蔽されている。
 一方、市民団体・研究団体による健康被害調査も進められ、被爆の深刻さも明らかにされている。これらの報告はホームページなどでも公開されているので是非ご覧願いたい。(阪南中央病院東海臨海事故被ばく線量・健康実態調査委員会:http://www2.osk.3web.ne.jp/~hannanun/)
 「臨海事故被害者の会」も昨年2月10日の活動開始から1年を迎えている。こうした被害者の闘いを支え、JCO事故の責任を明確にさせ、補償を行わせることが必要である。
 4月23日には、JCO東海事業所元所長ら6被告の業務上過失致死罪を裁く裁判が初公判を迎える。起訴から6ヶ月も経っての初公判である。
 また、被害者の会の活動を支えるためのカンパ活動も行われているので、積極的に協力していくことも読者の皆さんにお願いするものです(郵便振込00120-4-656526 臨海事故被害者の会)   (I) 

 【出典】 アサート No.280 2001年3月24日

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【投稿】「3月経済危機」説の現実的可能性

【投稿】「3月経済危機」説の現実的可能性

<<グリーンスパン日銀総裁?>>
 2/9、日銀は、政府も市場もほとんど予想していなかった緊急利下げの記者会見を行った。すでに前日の2/8、13000円の危機ラインを割り始めた株価、政権危機どころか深刻な経済危機に発展しかねない事態に、「日銀総裁を速水氏から、利下げに踏み切ったグリーンスパンFRB議長に代えてしまえ」などと自民党幹部が露骨な圧力をかけていた最中である。打つ手もなくただ傍観しているだけで危機を深化させてきた宮沢財務相が「意外だった」と、評価はすれど口を開けたままの放心状態である。日銀は、95/9に1%から0.5%に引き下げた公定歩合を今回さらに0.35%に引き下げることによって、決算年度末の「3月危機説」を未然に防ぎ、「市場全体の安定の確保につなげる」と強調する。
 はたしてその効果は如何。誰しもが疑いを持っている。日銀は昨年8月、ゼロ金利政策を解除したが、それでも誘導目標金利は0.25%である。対するアメリカは、景気失速の危機感から1/3の緊急利下げに続いて、1/31に再び追加利下げを行ったが、その結果の公定歩合は5.0%、短期のフェデラルファンド金利は年5.5%である。この格差こそがアメリカに資金を吸い寄せてきたともいえよう。日本の金利が1%以下、0.5%からさらに0.35%へという、これほど限りなくゼロに近い金利水準の中で、多少の程度金利を動かしても景気や株価に大きく影響を与えるようなものではないことは自明である。問われているのはむしろ政策の一貫性と的確性であろう。そしてこの点にこそ国際的にも国内的にも日本の信頼性が欠如しているのである。

<<危険な兆候>>
 日銀は表向きは、「3月末の資金需要に対応するための通常措置」というのだが、金融関係者は「日銀が大型倒産を察知して、先手を打ったのではないか」という。日銀が恐れる最大の不安は第二次金融危機と連鎖倒産の再燃である。日経平均株価が13000円を割って、12966円まで下落した2/8、東京三菱をはじめとした主力銀行株が軒並み売られ、昨年来の安値を更新している。とりわけ目立つのがみずほホールディングス(一勧、富士、興銀)株価の安値更新である。みずほは3行統合によって、他の3都銀グループ(住友・さくら連合、三和・東海、東京三菱)よりも持ち合い株解消数が多く、強い売り圧力にさらされ、1/25には700円台を割り込み、2/6にはついに600円割れ寸前まで売られている(50円額面換算)。年明け以降の高値からこの2/6までの各行の株価の下落率は、みずほが21.5%、あさひ銀19.7%、大和銀16.2%、東京三菱13.6%、東海12.7%、さくら銀11.9%、三和11.0%、住銀8.9%など、金融株が軒並み売り浴びせられている。
 すでにこれら金融資本には9兆円もの公的資本注入が行われてきたのであるが、そのほとんどが不良債権の代名詞ともなったゼネコン、不動産、流通企業の延命・救済資金に流し込まれ、いまだ増えつづけその詳細さえ明らかに出来ないほどの不良債権をさらに生み出しているのである。一昨年の公的資本注入は、銀行統合を加速させ、四大グループへの再編を促したが、逆に金融システムのもろさと不安定要因をいっそう拡大するという危険な兆候を帯びはじめてきたのである。

<<山ほどある地雷原>>
 それでも各金融機関は、まだ含み益のあるうちに保有株を売却し、時価評価制への会計制度の変更に伴う持ち合い株の解消売りに走らざるを得ない。こうして市場に放出される株の総額は9兆円にも達するといわれる。3月末の決算期に向けて株価はさらに下落することはあれども、上昇する要因はほとんどない。常に他力本願で依存してきたアメリカ経済に暗雲が立ち込め、バブル経済がはじけ始めたニューヨーク市場との連鎖下落はさらに大きな不安要因である。
 かくして株価次第で3月期決算を迎えられずに倒産に追い込まれる企業、金融機関が出てくる、大型倒産の可能性が現実味を帯び始めたのである。
 とりわけ、保有株「含み益」の限界株価=13000円割れが続行する事態になれば(すでに12500円説まで出されている=1/23『エコノミスト』誌)、「含み益」どころか「含み損」(金融庁の試算では、大手16行で5兆円近くの含み損が出る)を抱え、確実に大手都銀の一角が崩れる可能性が大といえよう。現在、市場で売りターゲットにされているみずほグループ、大和銀行、中央三井信託などが、「3月経済危機」の引き金の役割を果たしかねないともいえよう。地銀、第二地銀はすでに「含み益」を使い切っており、相次ぐ破綻と解約に見回れている生保、債権放棄ラッシュのゼネコン、流通、不良債権の山と化したノンバンク、オリコをはじめ経営不安がささやかれている信販業界、地雷原は山ほどあり、どこが引き金をひいてもおかしくはない。

<<「渦巻き」から「踊り場」へ>>
 おりしも、2/8、昨年12月に発表された2000/7-9月期の国内総生産(GDP)速報値が大幅に下方修正され、当初のプラス成長(0.2%、年率換算1.0%)どころか、実は-0.6%、年率換算-2.4%のマイナス成長であったことが明らかにされた。「景気は緩やかに改善」といいながら、「高原でやや上昇、プラス・マイナス渦巻きの最中だ」などとわけのわからない説明をしていた堺屋・経企庁長官が森内閣改造を機にこれ幸いと逃げ出したわけである。今度はさすがに「上昇」とは言えず、「景気は減速傾向」ではあるが、「踊り場的な状況」であると、言葉の言い換えに終始するだけ、首相のコメントさえない。現状を打破する政策も気概も持ち得ていない泥舟・森内閣の無責任、無方針ぶりを象徴する事態である。
 日経世論調査(2/7付)によると、今後の景気の先行きについて「当分、良くなるとは思えない」=66.9%、「今後さらに悪化する」=20.5%、合わせて87.4%、実に9割近くが政府・与党の発表を信頼しておらず、このまま森内閣が続く限りさらに景気は悪化すると見ていることを示している。同じ調査の森内閣支持率は発足以来最低の15.7%、不支持率70.6%、毎日2/6付は支持率14%、不支持率62%と、通常ならばとっくに政権崩壊している支持率・不支持率である。

<<「森の耳に念仏」>>
 ピー音で消されることになった「私が総理大臣をやったほうがよっぽどマシよ」という自民党宮城県連のCM、主婦が怒りで森首相をコキ下ろす場面は今や圧倒的多数の人々の共通の感情であろう。そこへさらに怒りを重ねさせる、与党・官僚の買収においてリクルート事件をも上回るKSD疑惑、底知れぬ腐敗と堕落に使い回されてきた内閣官房機密費疑惑、現在の連立政権は存在するだけで悪の権化と化しているともいえよう。しかし当事者は全く鈍感であり、言葉だけは「お詫び」を連発しているが、反省のかけらさえない。首相をはじめ幹部のすべてが連座しているKSD疑惑では、かえって開き直り、「適正に処理した政治資金である」と強弁し、機密費疑惑では公開要求すら拒否し、増額までを要求するような傲慢さである。
 宇和島水産高校の実習船が米原潜に沈没させられた事件でも、知らされてから1時間以上もゴルフに興じ、質問する記者に「どうしてここまで入ってくるの。ここはプライベートですよ」と食って掛かる森首相。やはり衝突してから1時間以上も救助もせずにただ見張りつづけていた米原潜の軍人たち、これらの共通の度しがたい体質、民主主義と人権感覚の喪失には怒りが渦巻くのは当然である。
 2/6の国会代表質問で社民党の土井たかこ党首が「正直なところ今回、森総理への質問はやめようと考えていた。各省庁の文章を寄せ集めた施政方針演説に質問してもむなしいだけではないか」と糾弾し、「一刻も早く辞任し、政権の一新を」要求している。これだけ言われても「森の耳に念仏」、ニヤニヤ笑って正面から答弁できない。民主党の一部にはこんな「森を生殺しにしたまま参院選に突入するのがベスト」として退陣要求を控える意見まで出ているが、果たして正しいのであろうか。自民党がそれこそ3月危機を控えてまたもや闇合意で森首相の首をすげかえ、野党の足下をすくう作戦に出るであろう。野党のイニシャチブで森内閣を退陣に追い込めるのかどうかが問われているのではないだろうか。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.279 2001年2月17日

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【コラム】 ひとりごと -ぼちぼち、今年も春闘-

【コラム】 ひとりごと -ぼちぼち、今年も春闘-

「ぼちぼち、今年も春闘」とは、いささか拍子抜けで、若干、不謹慎?でも、この三年間、史上最低の賃上げ続きで、労働側も本音のところ、あきらめムードで盛り上がり不足。他に妙手の戦略もなく、惰性の感は拭えない◆しかしまあ、そんなことばかり言っていても仕方ないから、筆者なりに厳しい今春闘の思うところを語ってみたい。先ずは賃上げの展望とやらでは、あまりにもこの間の賃上げ率が低いので、株価じゃないが、そろそろ、いい加減に下げ止まりじゃないかと思ってしまう。しかし、株価と違うところは、賃上げは人間の主体的力量がより問われるわけで、取り立てて「戦線の強化」が図られたことでもない。もし、全体としての賃上げ相場が引き上がるとすれば、中小組合をはじめとした底上げが成されることであろうが、その為には、同業種・同系列の企業が、全体として一定の賃上げ回答が出されなくては、妥結しないという強い結束力が重要であるし、産別の統一的な取り組み努力が求められる。しかし、実際のところは、当初の春闘戦術提起では「産別自決」と言うものの、春闘中盤になると「各単組の交渉を重視」と言い回しが変わるのが、最近の春闘の常である。現に低い賃上げ率の中でも、企業間格差はなお、拡がっているのが昨年の春闘結果の状況でもある◆「そんなこと言ったって、これだけ景気が悪くては、『労働側の主体性』を云々しても仕方ないじゃない」と言われる気もする。確かにそれはそのとおり。でも景気は、若干上向きと言われながらも、ここに来てアメリカ経済の急下降とも相まって、再び暗い陰がーー。いわば、この間の景気は、水面を飛ぶ飛び魚のようなもので、少なくとも長期低水準傾向は続くだろう。だとすれば、上述の産別結束だけではどうにもならないとも思うが、その一方で、要求額から要求水準-獲得目標と高度経済成長期からあまり変わらない賃上げ戦術も見直し・発想の転換も必要なのでは◆今、経営側は、単に賃上げを抑制しようとしているだけじゃなく、これまでの賃金体系も大きく見直そうとしている。すなわち、年功序列賃金体系に見切りを付け、年俸制・成果主義導入の徹底を図り、業務能力に応じた賃金制度の定着・浸透を図ろうとしている。これに対して労働側は、「生活給の保障」と言うだけで、従来どおりの要求設定で、はたして対抗できるのだろうか。もし、労働側がこれに「生活給」で対置するなら、最低賃金の引き上げ・労基法上の固定給率の遵守はもとより、固定幅の確保・引き上げ要求の設定に加え、社会システムとしての賃金政策も加味した「賃上げ要求」が求められるのではないだろうか◆しかし、これも雇用自体が揺るがされているときには、そんな議論の余裕もまたないのが、実態であろう。最近のリストラ合理化は、若干、止まったというものの、大体において雇用調整の山が過ぎたというのが大方の見方で、依然として大量失業時代には変わりない。ここにまで至った理由には、凄まじい企業間競争は言うまでもないが、それにしても労組の対応の緩さは否めない。結局のところ、企業内組合-労使協調の限界と言えば、それまでのところだが、あまりにも然したる抵抗もないことが不甲斐ない。こうした姿勢が今日の労組の組織率の低下と信頼を失っている大きな要因であろう。その意味では、ささやかながらも合同労組の取り組みの方が、期待感を感じるのも無理がない◆とは言え、今日の雇用問題を解決するに、あまりにも構造的で、その決定的な有効手段は、産別連携でもなければ、合同労組運動でもなければ、また景気の回復でもないだろう。ただ言えることは、企業の雇用需要の増大への期待、あるいは労使の対立点としてのみ考えるのではなく、ワークシェアリングも含めた社会的な雇用創出をどう創るかが大きな要素ともなるだろう。その意味では、企業にとっては広い意味での社会のセーフティシステムとして、労働者にとっては「豊かさ」の最低保障として、発想の転換とある種の割り切りが必要なのではないだろうか◆あれやこれやと、まとまらない考えを並べ立てたが、とにかく好むと好まざると関わらず、日本的雇用慣行の崩壊と雇用の流動化の時代。労働組合の組織形態も運動も、横断的発想と社会政策とをマッチング・コーディネートした戦略・戦術の模索から、何かが生み出されるのではないだろうか(民) 

 【出典】 アサート No.279 2001年2月17日

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【映画評】 『13DAYS』— 核戦争の危機との闘い

【映画評】 『13DAYS』— 核戦争の危機との闘い

 昨年末の話題作ということなのだが、複雑な思いで「13DAYS」を観た。「13DAYS」は、キューバ危機を描いたケビン・コスナー主演のアメリカ映画だ。

 冷戦の時代、核の脅威と東西の均衡による「平和」を維持していた時代。それは、ほんの10年前まで、91年のソ連崩壊まで少なくとも続いていたわけである。
 70年代・80年代、私の認識も、平和勢力としての社会主義世界体制、その盟主としてのソ連、そして帝国主主義勢力の盟主としてのアメリカ、という構図の中でソ連を見、アメリカを見ていた。そういう意味で、アメリカの権力中枢ともいえる最高決定機関「エクスコム(国家安全保障会議執行委員会)」の中で、キューバ危機にどのような議論と葛藤と決断があったのか、興味深いものがある。この映画の脚本については、ケネディ自身が録音した「ケネディ・テープ」、そして公開されたCIAの秘密文書、元大統領補佐官ケネス・オドネルへの10時間を越えるインタビューなどをもとに作成され、主人公であるオドネル大統領補佐官、ケネディ大統領、ロバート・ケネディ司法長官の3人の葛藤が描かれているのである。

 1962年10月15日アメリカのU2偵察機が撮影したキューバ上空からの写真を分析した結果、CIAはソ連の核ミサイルのキューバ配備が進行していることを確認する。
 同10月16日 、ケネディ大統領、ラスク国務長官、マクナマラ国防長官、マコーンCIA長官、テイラー統合参謀本部議長、レメイ戦略空軍最高司令官などで構成されるエクスコムが秘密裏に召集され、ソ連核ミサイルのキューバ配備を最高秘密事項とすることが決定され、情報収集と議論が開始された。

 映画は、この日をスタートにして、最終的にソ連がキューバからの核ミサイルの撤去を表明するまでの13日間を描く。即時侵攻(上陸戦)か、空爆か、海上封鎖か、外交交渉かをめぐり「エクスコム」内部では、軍服組がソ連との交渉は無駄だと、最初から即時空爆を唱え、ミサイルが発射可能な状態になる前に空爆や即時侵攻を唱えたのに対して、ケネディらが、核戦争への突入の序曲となる軍事行動を極力さける方法を模索するという展開になる。
 
 5日目の10月20日、エクスコムは「海上封鎖」を決定。10月21日には、軍事機構DEFCON3に入り(DEFCON1は交戦状態、DEFCON3は平時ということ)、大統領のテレビ放送までのマスコミ報道対策が行われる。ラスク国務長官を中心に各国、国際機関への事情説明が行われる。10月7日ケネディ大統領がキューバへのソ連核ミサイル配備の事実と海上封鎖策をテレビで国民に告げる。

 10月23日国連安保理でミサイル配備と海上封鎖などのアメリカ提案を説明するも、ソ連ゾーリン代表はミサイルの存在を否定。(ソ連アメリカ大使、国連代表ともミサイル配備の事実が知らされていなかった)
 10月24日アメリカ艦隊19隻がキューバ沖1400㎞に展開し、海上封鎖始まり、ソ連船と向き合う。封鎖ラインに接近するも、ソ連船が停船・反転。アメリカ軍参謀本部、DEFCON2に、B52爆撃機が空中待機。
 10月25日NATO軍の要請を受け、ケネディがヨーロッパの全爆撃機に核弾頭搭載を許可。在キューバソ連軍、モスクワに核使用許可を要請。

 核ミサイル基地確認から10日が経過し、海上封鎖による危機勃発はないものの交渉はこう着状態になり、再び軍服組から即時空爆案が強行に主張される。25日には、非外交ルートを通じて、フルシチョフソ連首相の親書が届く。「アメリカがキューバ不侵攻を保証すればミサイルを撤去する」との内容。

 10月27日、12日目にフルシチョフ親書を覆すモスクワ放送があり、エクスコム内部ではソ連におけるフルシチョフ失脚の懸念も生じる。U2偵察機がキューバ上空でソ連機により撃墜される。シベリアでアメリカ偵察機が領空侵犯、ミグ機によるスクランブル発生。

 再び即時空爆議論が強まるも、ロバート司法長官がソ連大使と接触。アメリカ軍のトルコ基地からの核ミサイル撤去を暗黙の条件に、キューバからの核ミサイル撤去を要請し、明日の回答を待つことになった。

 10月28日午前9時、モスクワ放送はフルシチョフによるキューバ核ミサイル撤去を伝え、核戦争の危機は回避される。

 全体で3時間を越える超大作だが、緊張の連続であっという間だった。核戦争により数百万の人間が殺される、という結論を前にした議論と交渉。確かに映画はフィクションで作られたものだが、どちらが平和勢力か、などという議論を超えて、核戦争瀬戸際で苦しむ人々の葛藤と感動の映画だと思う。昨年末、すなわち20世紀の終わりに、冷戦の象徴的な事件をリアルに描き出したという意味でも興味深いものだった。「階級闘争」という舞台に「人類の生存の危機」という新たなテーマを現実に示し、60年代前半、新しい運動の方向を考えさせた事件でもあったという意味でも。(佐野) 

 【出典】 アサート No.279 2001年2月17日

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【書評】『がん患者学――長期生存をとげた患者に学ぶ』

【書評】『がん患者学――長期生存をとげた患者に学ぶ』
               (柳原和子著、2000.7.10.発行、晶文社、2.600円)

 何故『医学』ではなくて、「患者学」であるのか。「がん、と告げられて、三年が経過した」という言葉から始まり、「今、すべての数値は最高の状態で、進んでいる」という言葉で終わる本書は、著者自身のがん闘病の生活体験に裏打ちされている。その問題意識は、こうである。
 「治すことを目的に進歩を遂げてきた現代医療は、治せない患者の具体的な心、日常のプログラムについては、無力だ。」
 「考えてみれば、現代の医療は、健康な人々の創り出したものであり、患者たちの体験の蓄積によるものとは言えない。患者たちの肉声は医療に生かされてきていないような気がする。だから、医療がいかに努力して編み出したプログラムであっても、患者は最後には納得できない、怒りと悔恨に陥るのではないか。」
 現代医療の実態が、患者にとってどのようなものとなっているかについては、本書を読んでいただければ明白であるが、患者として納得できる答を得るために、著者は、「五年間生存を果たした日米の患者を訪ね歩こう、と決心した」。以来二年間にわたる取材の成果が、本書である。
 本書は三部からなる。第一部「患者は語る」は、がん患者たちの語る五年間あるいはそれ以上の生存の聞き語り(「1.身近な仲間たちをたずねる」)、現代医療においては無視もしくは軽視されている代替療法によってがんと生きている人々(「2.代替医療機関の紹介をうける」)とアメリカのがん患者へのインタビュー(「3.アメリカをたずねる」)である。第二部「専門家にきく」は、医療過誤・薬害訴訟に取り組む弁護士、がん治療の専門家へのインタビューの記録である。そして第三部「再生――私とがん」は、著者自らのがんとの出合いから、怯えや恐怖や絶望にとらわれとまどいつつ、それらを必死にくぐり抜けていく中で、現代医療についての疑問を分析していった記録である。
 著者の目は、医療現場での自分自身の疑問を、現代医療に貫徹する構造、すなわち基礎的な医学教育から始まり先端の医療技術の隅々にまで行き渡っている構造から来ているものとしてとらえる。さらにその背後に、現代日本社会の風土的なものが存在していることを見る。本書の評価されるべき点は、がん治療を契機に、人生における積極的意味を見出そうとする著者の姿勢とともに、日本近代社会の持つ構造的欠陥を医療・医学を切り口として指摘したことにあると言えよう。
 この意味で、がん治療を受ける、あるいは拒否する患者たちへのインタビューも興味深いが、これに携わる医者や弁護士に対するインタビューに、本書の特徴がはっきり出ているように思われる。これら専門家は、日本の現代医療の構造的欠陥を、例えば次のように語る。
 「医療過誤となった多くの医療記録、医師たちの仕事と向き合ってきたわけですが、端的に言うなら、どういう考えでこの患者のために行われたのか? という基本的なことがはっきりしない治療が多い、ということです。(略)・・・/医師と患者の信頼以前に、この患者のこの病気、というような個別の観察を治療に生かしている痕跡が見えないのです。」(石川寛俊・弁護士、「がん患者はなにを怒り、恨むのか」)
 「医療はどうあるべきか? という点を争うという意味でがんの治療は老人医療と似ています。どうせ死ぬ、生きたとしても長くはない、と考えているから手抜きが起きる。技術的なことに目を奪われすぎて、目の前の患者を救済する、痛みをとる、症状をとるということ以外の心のふれあい、付き合いという重要な医療行為を医師が忘れてしまっている。」(同)
 そしてここから、ムンテラ(ムントテラピー――患者との語り合いによる治療)が、高度精密機器による新医療技術の数字の隙間を埋める重要な要素として指摘される。
 また次のような発言もなされる。
 「医療というのは科学だけで成り立っているわけではないんです。医療というのは人間が行う実践です。実践というのは、プラクティス・オブ・サイエンス。日本の場合はそのプラクティスに問題がある、と世界から指摘されて久しいんですね。サイエンスをプラクティスできない。日本はサイエンスをテクノロジーと一緒くたにしているわけです。(略)科学を実践するためには科学者でなければいけない。実践するにはロボットではできません。そこにはアートというものがあります。」(福島雅典・医師、「抗がん剤治療、その選択権は誰に?」)
 「日本の科学者の多くが技術と科学を混同して、いいとこ取りをしたい、とやってきたんですね。/科学としての使命感が狭かったために、科学を非常に歪んだ形に押し込めてしまったかもしれない。科学というのはスピリチュアルをも含めた広いものなんです。」(同)
 この、科学と技術についての議論には、現行の抗がん剤投与をめぐる深刻な問題が含まれている。すなわち、医者の持っている「治そうとして無理をしている」、「後ろを見ない責任感」に対して、「医療というよりも人間としての生活感覚」、「バランス感覚」の重要さが不可欠であることが指摘される。
 そしてこれらを支えている日本人の精神構造のあらわれとして、次の例が出される。
 「河野:ただし、一つの問題がある。日本人は『私はがんです』って言い方をします。『私はがんを持っています』とは言いません。がんを持っていようがいまいが私、人間としての私は変わらずにあるということがなかなか理解されていない。それが大事なんです。
  柳原:私も言います。私はがんです、って・・・。あ、そうか・・・。
  河野:あなたはがんではありません。卵管がんを持ったあなたなんです。がんっていうもの、がんはあくまで私のなかの一つの要素なんです。だから、がんについて私という全体はコントロールできるはずなんです。がんも身のうちって考えるべきかな。日本人はがんに私という全体が支配されてしまいがちなんですね。どうしようもない。」(河野博臣・医師、「開業医が進めるサイコオンコロジー」)
 「がんを持っている人間として、患者として、自分のがんを治すあらゆる可能性、治療を試し、受けていく権利があること。自分でそのことをはっきり意識してほしい。」(河野)
 がんとは、臓器だけのがんではなく、心ともっとも密接なかかわりのある病であり、この視点を欠落しているが故に、「日本人のがん死が無残であること」が出てくる。すなわち自分のがんを取り除くよう願うのみでなく、これといかに共に生きるか、人間としての生き方が問題とされるのである。この視点の重要さがやっと気づかれはじめて、クオリティ・オブ・ライフ(生の質)やサイコオンコロジー(精神腫瘍学)が認識されつつあるのが現状と言えよう。
 本書は、医療現場で患者の持つ疑問、意見そのものであり、説得的で鋭い。日本の医療構造へのこうした切り込みが続いていくことを期待したい。と同時に、本書を読んで、複数の視点からの諸問題へのアプローチが重要であることを改めて認識した次第である。(R) 

 【出典】 アサート No.279 2001年2月17日

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【書評】はたして現代の若者は凶暴化しているのか

【書評】はたして現代の若者は凶暴化しているのか
   『国民の道徳』西部邁著 産経新聞社 2000.10.30発行 2000円 

 全国どこの書店に寄っても歴史コーナーに分厚い本が山と積まれている。手に取ってみると活字も大きく用語解説もあって見やすい本である。西部邁氏著「国民の道徳」である。「国民の道徳」とは“道徳のない”全国民(と西部氏は思っている)への実に挑戦的な大仰な題名である。「なぜ道徳について語らざるをえないか」を本の冒頭で「この世紀の変わり目において、戦争世代の孫たちや曾孫たちが、『戦後』の原則のもたらした当然の帰結として、アンファン・ホリブルに、つまり、『身の毛もよだつ子供たちに』成長しつつある。それは『戦後』の本質を映し出す鏡である。」とし、「私のような…人間が道徳を語るに至ったのは、戦後の環境があまりにも不道徳であったから」であると述べている。
西部氏は「日本を含め、先進諸国において少年犯罪の激増、凶悪化そして低年齢化が進んでいる」というが、何を根拠としているのであろうか。長谷川寿一氏・長谷川真理子氏の共同研究(「科学」2000年7月号:『戦後日本の殺人動向』)では西部氏やマスコミ報道のような、最近の「多発する少年事件」「未成年者の凶悪化傾向」を明確に否定している。長谷川寿一氏は「日本の殺人率は1950年代から90年代前半までほぼ一貫して減少し続け、人口100万人あたりの殺人件数は、50年代のピーク時の約40件から、90年代には約10件前後にまで減少した。この減少にもっとも大きく寄与したのが、若者男性の殺人率の低下である。」とし、「1955年当時、20代前半の男性殺人率(100万人あたりの検挙者数)は230人で、年齢別殺人率曲線においてひときわ高い峰をなしていた。しかし、その後、高度成長と呼応して20代の殺人率はどんどん下がり、90年代には100万人あたり20人を割」ってしまったのであり、「16歳から24歳の年齢区分でみても、40年間でほぼ10分の1に減少」し、「この殺人における年齢の効果の消失は、世界的にみて極めてユニークな現象であり、若者男性がこれほど人を殺さないような社会は、筆者が知るかぎり他に類を見ない。」(「草思」2000年11月号:『現代若者考-彼らはなぜ殺さなくなったのか?』)と的確に述べている。
「16歳の少年がタクシー運転手を強盗殺害」といった個別具体的事象ををいくら羅列したところで、全体像を掴んだことにはならない。それを、「先進国において青少年の凶悪としか形容しようがない犯罪が次々と出来している…これは、実は、人権主義そのものの帰結と解釈するのが適切である。」などと、大上段に勝手に解釈されても、当の個別具体的本人は困惑することであろう。繰り返しになるが、若者の凶悪犯罪は減り続けており、減り方が少ないのはむしろ中年である。しかし、「先進国において“中年”の凶悪としか形容しようがない犯罪が…」などと書き、次に「国民の道徳」や人権主義批判を説いても様にはならない。そこに著者のごまかしがある。個別具体例だけを羅列し、全体の傾向や数字をあげないことは“大衆”を操作するうえで実に都合がよい。
一部の特異な少年事件を大々的に取り上げ、あたかも最近「凶悪な少年事件が増えた」かのように報道するマスコミの報道姿勢は大いに疑問とせざるをえない。しかし、さらに問題なのは、そのような誇大妄想的、センセーショナルな報道をアプリオリに前提として何の検証もせず「国民の道徳」をのたまう西部氏の姿勢である。
そもそも、西部氏の「道徳論」には何の検証もないことが多すぎる。「日本人には、おそらくは1万年を超える昔から、神道的な共有感覚と共同儀式があったといわれており、いまもなおそれが、強かれ弱かれ、日本社会を包んでいる。」というが、“おそらく”もなにも1万年前に『日本人』など存在していない。『日本』という国名は早くても7世紀後半以降に使われ始めたものであり(「『日本』とは何か」網野喜彦著)、それ以前に『日本人』など存在するはずもないのである。「真っ当な代物は、まず間違いなく、伝統精神という名の良識を踏まえている。そのことを理解しているのが道徳的ということであり、そのことに頓着しないのが不道徳ということである。なぜなら、道徳というのはそうした良識のうちのもっとも基礎的な部分、つまり歴史的に形成され継承された価値論の部分のことをいう」と氏は述べるが、『日本』『日本人』というものが歴史的に形成されてきたものであり、7世紀以前には存在しなかったこと、ましてや1万年も前の縄文期にまで『日本人』を延長し、あたかも『日本人』が縄文期から連綿と続いてきたような何の証明もないいいかげんさでは「真っ当な代物」とはいえまい。1万年も前に溯って“権威付け”なければならないような「道徳」に何の価値があろうか。
さらに、西部氏は、日本的精神の特質は雑種性と包括性であるとし、「自らの文化が雑種であることを知悉し…その雑種のなかから純粋をみつけるのは至難の業だと承知した上で、その発見に倦むことなく挑戦し続けること…原理・体系を作ることの困難を重々自覚した上で、その困難を克服する努力を続けること…原理・体系への接近法それ自体が原理・体系」が「道徳の原点」であると。しかし、その前提として「日本は地勢上の位置からして、欧米はもちろんのこと中国大陸からも、一定の距離をおいていた。その意味において…外国からの直接的な圧力は小さかった。しかし、さまざまな異文化が徐々に到来したという意味では、日本は外国からそう遠くない位置にある。それが国内の歴史におけるいわば『漸進的変化』を可能にしたのである。」と。
しかし、なぜ、日本の歴史は「漸進的変化」でなければならないのか。「漸進的」ではなく「急進的」であれば、“輸入”した精神文化を日本で熟成できず、「雑種」の中からの日本的精神の「純粋」なものを見つけられないという西部氏の手前勝手な論理に基づくものである。網野喜彦氏はいう。「平穏な海ほど安定した快適な交通路はない…長い時間をかければ多くの人も膨大な物も、海を通じて運ぶことができる…海を国境として他の地域から隔てられた『孤立した島国』であるという日本人に広く浸透した日本像が、まったくの思いこみでしかない虚像」であり「この虚像をあたかも真実であるかのごとく日本人に刷り込んだのは、とくに明治以降の近代国家」であると。『孤立した島国』という「虚像」の上には「道徳」は構成できない。
ここまで書いてしまうと、この本は読む価値がないということになってしまうが、経済に関して「市場はつねに不均衡である…それゆえ市場はブーム(膨張)とバスト(破裂)の循環に放り込まれる。その過程で被る社会全体の犠牲は無視してよいものでは断じてない。二つに、所得分配の不公正ということがある。市場競争は、まず、資源の分配状態を与えられたものとしている。その状態が公正か否かの判定について、市場機構は何の基準もない。極端な場合、資源の九割をほんのひと握りの人間たちが持っていて、大方の人間たちは資源の一割しか手にしていないという前提での、市場均衡を効率的と呼ぶのが経済学なのである。」との、今の日本の論壇を賑わしている「市場経済」一本槍の新古典派経済学者への批判は的を得ている。しかし、西部氏の経済学の問題点は、ではどうしたら公正な社会を作れるかという現実的・具体的な政策を示さず、そこで思考を停止して「国民国家」という抽象的な「枠」に逃げ込んでいることにある。そこからは反アメリカ(反中国)の偏狭なナショナリズムしか生み出さない。
ところで、本書の根本的欠陥は、道徳を唱えながら肝心の日本の法に対する認識が欠落していることである。日本の刑法にしろ民法にしろ西部氏の嫌いな合理的な個人を前提とする「フランス革命の薄っぺらな合理主義」=「フランス啓蒙思想」そのものである。それらは、徳川幕府を「漸進的」にではなく「急進的」に武力“革命”で打倒し、独立宣言を行った東北各国を武力で制圧・併合し、自由民権運動を弾圧し、最終的に薩摩国を鎮圧した明治国家が制定したものである。その骨格は、けっして戦後にアメリカ占領軍が持ち込んだものではない。こうした日本の法体系への言及を避け、感覚的にヒューマニズムが好きか嫌いかだけで「道徳」は語れない。(福井・R) 

 【出典】 アサート No.278 2001年1月20日

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『詩』 俺の二〇世紀

『詩』 俺の二〇世紀

                   大木 透

あの昔
この自分の目も耳も
母のものでないと信じていた
自分のものでもなく
この球体の
この時刻の
地層に立っているのだと
聞いて 見て
自分の心に写る
「よしなしごと」を語る自分
この国も
母のものでも
自分のものでもない
そんな耳で聞き
そんな目で見たものは
誰のものだったのか
それは 確かに
自分のものではない
母のものでもない
なのに
飛びかかって行けないのは
なぜだ

俺は 昔から
永遠に
階級闘争は続くと
信じている
あるいは
最新の科学で
認識している
自分を取り戻そうとしているのは
誰だ
自分らしい目と
自分らしい耳は
悪夢であろうか

こう思いながら
娘に連れられて
「私の二〇世紀」というテーマの
「ほろよいコンサート」に行く
彼女は
「ネバー・ギブアップ」と歌っている
涙が出る
断酒一四年の
素面の俺は
とたんに
スペイン内戦の国際旅団に
参加したくなる
「いまにみていろ」と拳を握りたくなる
俺の生まれた一九三六年
フランコの反乱
これが 俺の二〇世紀の
出発点だった
俺は
人を唆す悪癖が
消える日を待っていた
いま 俺は
唆す気のない地平で
俺の二〇世紀を考える
パブロ・ネルーダは死んだ
誰の耳で 誰の目で
誰の言葉で
裁かれるであろうか
二一世紀に
ピノチェトは

(二〇〇〇・一二・二三)

【出典】 アサート No.278 2001年1月20日

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【投稿】波乱の幕開け-政治・経済

【投稿】波乱の幕開け-政治・経済

<<「米経済のうたげは終わった」>> 
 21世紀、年明け早々、波乱の幕開けを象徴する事態が展開している。ニューヨーク株式市場は昨年末に引き続き、急落、反騰の激しい動揺を繰り返しながらも、明らかにバブル崩壊を本格化し始めたのである。1/3、「年初の株価下落でFRB(米連邦準備理事会)は動転した」(1/8日経、G・シリング氏)結果、当初1月下旬に予定されていた連邦公開市場委員会(FMOC)が急遽電話連絡の持ち回りで開かれ、短期金利の指標であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を6%とする緊急利下げを決定した。前日発表された12月の全米購買部協会景気指数が43.7と実に1991年以来の低水準となり、「米景気の悪化が予想を上回る」ものであり、放置すれば米株価はさらに大幅下落しかねないと判断されたのである。
 FRBの緊急声明は「販売、生産が一段と鈍化し、消費者の景気信頼感が低下、一部金融市場の逼迫が見られ、エネルギー価格の高騰による購買力が低下」している事態を、きわめて異例な緊急利下げの理由としている。こうした事態をもたらした「昨年後半の判断ミスのツケ」を追及されかねないグリーンスパンFRB議長は焦りと動揺を隠せなかったのである。利下げ幅が0.5%と予想外に大きく、米株式相場はいったんは急騰したが、再び下落し始め、翌4日、FRBは前日0.25%の利下げを実施したばかりの公定歩合をさらに0.25%引き下げ5.5%とすることを追加決定した。しかし翌5日には市場はまたもや大幅続落、ハイテク株ばかりか金融株が軒並み売られ、利下げ効果は早くも失われ始め、利下げだけでは食い止めようのない限界を示し出している。これ以上の利下げは、次には投機とうまみを求めて集まってきた世界中のマネーの流出という、より重大な危機を招きかねない。
 米誌『タイム』1/8号のタイトルは「米経済のうたげは終わった」である。

<<「ドット・ボム(爆弾)」>>
 英『エコノミスト』誌は、米経済の3つの不安要素を指摘し、第1に、米国民の貯蓄率がマイナスという異常な状態であること、第2に、民間企業の債務超過がGDPの150%という巨額に達していること、第3に、経常収支の赤字がGDPの4.5%にも達していること、これらの不均衡の重大性から、「米国の経済がソフトランディングできる可能性はあるものの、それを当然視することは愚かであり、むしろ、より激しい着地のリスクが実在する」と警告している。
 事実、バブル相場に大きく依存してきた米個人消費に急ブレーキがかかり始め、株式相場下落の「逆資産効果」が顕著になり始めている。これまでは借金家計であっても株式相場上昇の「資産効果」で痛みも感じずに消費を拡大してきたものが、逆回転し始めると、その影響は計り知れないといえよう。すでにこの1/4、米小売業最大手のウォルマート・ストアーズは強気姿勢を一転、業績予測を下方修正、売上高伸び率を前年実績9.1%から0.3%へと大きく引き下げている。総合小売業最大手のシアーズ・ローバックも同日、89店舗の閉鎖と2100人の従業員の削減を柱としたリストラ策を発表している。
 そしてつい最近まで時代の寵児としてもてはやされてきた「ドット・コム」企業、ハイテク企業の業績不振・経費削減・解雇・倒産などが昨年後半以来大きく取り上げられ、今や「ドット・コム」が「ドット・ボム」(dot-bomb=ドット爆弾)と揶揄される状況へと急転し出したのである。
 ブッシュ次期大統領が1/3、4に地元テキサス州オースチンで米産業界代表を招いて開いた経済会議では、景気先行きへの懸念表明が相次ぎ、「大胆な行動」を迫られ、「今日は本当にたくさんの悪いニュースを聞いた」と、就任前からうんざりといった感想をもらしている。

<<「日本売り>>
 より深刻なのは日本の事態である。この間のニューヨーク市場の下落・反騰といったジグザグな動きの中で、日本だけが唯一下落一方の展開に追い込まれている。株式、為替市場とも、日本株、日本円売り一色となり、少々の反転はあってもこの傾向はしばらくは持続しかねない状況である。
 ドルは対欧州通貨で売られ、ユーロは持ち直しているにもかかわらず、対円に関しては、異なる展開となって、景気対策でまだ余裕を持つドルと、景気対策にほとんど信頼感を喪失している円との差が歴然としだしている。1月第2週の外国為替市場でも、引き続き円売り圧力が根強く、12日には1ドル=118円台前半まで下落した。日本経済に対する悲観的な見方が根強く、株価が今後さらに下落し、13000円割れ、金融危機の再燃懸念が浮上し、1ドル=120円台が現実的可能性として論じられる状態である。
 森首相がアフリカ外遊で放言している間に、東証の株価が危険ラインを突破し、12日の平均株価の終値は1万3347円、TOPIXは1237.88という事態を迎えている。TOPIXで1200、日経平均で1万3000円を割り込むと、大半の銀行の含み益が吹っ飛び、含み損を抱えてしまうと予測されている。大和銀がTOPIXで1450強、富士銀、東海銀で1250前後、興銀で1200、三井住友が1200強、みずほ、UFJが1100強で含み損を抱えるデッドライン=経営破綻に突入するといわれており、金融危機再燃どころかより大規模な危機が目前に控えているとも言えよう。
 宮沢財務相は「市場のことだから」などと容認する構えであるが、実態は「もうなす術もなし」、克服する知恵も政策も意欲もない、無責任・森内閣そのままの放任姿勢である。奥田碩日経連会長が11日、「株価が下がり続ければ、金融危機的なものが発生する可能性が十分あり、非常な経済混乱になる」と重大な懸念を表明したが、今の森連立政権にはこれを受け止める姿勢どころか、逆に自ら破局のひきがねをひきかねない状況だとも言えよう。

<<「あと3年は続きます」>>
 「今後2~3年は、世界同時不況的な動きが優勢となるだろう」(三和総研・嶋中雄二氏、エコノミスト新春合併号)という事態である。こうした中、平均株価が1万4000円を割ったら森は即退陣といわれていたのであるが、すでに昨年12月以来1万3000円台である。いつ倒れてもおかしくはないのだが、加藤政変の腰砕け以降、逆に森政権は無風・無気力状態の中の安定状態を見出している。亀井政調会長などは「森政権はあと3年は続きます。黄金の21世紀の幕開けです」「参議院選挙も心配ない。森首相の下で過半数確保は確実です」とほらを吹き、小泉・森派会長は「森降ろしの声が出たら、私は自民党をぶっ壊す覚悟で反対する」と息巻き、森降ろしを画策していた青木参院幹事長までが「森首相の下で一本になって来年の参院選を戦うことが大事だ」という始末である。いまの末期的状態の自民党では予算成立後の「3月交代説」だって怪しいものである。しかし経済の実態の進行はそんなことを許し得ないであろう。
 それかあらぬか、森首相は年明け早々“国外逃亡”を決め込み、経済の非常事態も無視して、無理やりアフリカ3カ国、ギリシャ訪問の外交日程を入れ、行く先々で失言・暴言を繰り返し、自らの非常識ささえ理解できない状態である。南アフリカ在住の日本法人代表らが主催する懇親会で、「黒人の集落を見て“こんなところに住んでいていいのか”とついつい思いたくなるようなところだった」と、何の援助も約束するわけでもなくただただ哀れみさげすむだけの黒人蔑視発言を平然と行い、自分の生い立ちに触れて、「私は1937年生まれで大東亜戦争の前、支那事変が起こったときだ」と述べても、「支那」という差別史観、「大東亜戦争」という侵略史観の時代錯誤にも気付かないほどである。そしてこういう人間ほど、教育や道徳、修身、滅私奉公を叫び、教育基本法の改悪や、改憲論議、強制的ボランティアに血道を上げ、今夏の参院選挙の最大の争点にしようともくろんでいるのである。今年こそ、こうした連立政権を崩壊に導き、新しい政界再編成に道を切り開くことが出来なければ、政治・経済の新しい展望も見出し得ないといえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.278 2001年1月20日

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【投稿】労働組合運動の危機か、連合運動の危機か

【投稿】労働組合運動の危機か、連合運動の危機か
    —–「21世紀を切り開く連合運動」–21世紀連合ビジョン–を読んで(その2)

 第3章は、1,2章を踏まえての具体的問題提起になるはずだが、一読して、その域には達しておらず、不十分と言わざるを得ない。まだ最終案ではないとのことだが、問題点を考えてみたい。

<新しい課題>
 「第3章いかに実現するか」は、新しい時代の新しい課題、運動の力、組織の力、政治の力、そして国際連帯の力の項目で構成されている。
 「1新しい時代の新しい課題」では、まさに「労苦」としての「レイバー」から、自己実現的な「ワーク」へと労働の捉え方が変化していること、そして労働者個人も画一的な要求に収斂しにくい個人となり、多様な価値観をもった労働者を対象とする新しい課題を提起しようとしている。
 そこで疑問を感じるのだが、組合員の意識が多様化している、ということは事実であるとしても、労働組合の課題・任務は、それによって果たして「拡大」しているのであろうか。情勢は変われど、基本的任務は変わらないし、拡散的に組合活動のエリアを広げることは、返って組合の存在意義を薄める結果の方を危惧してしまうのだが。

<青年と女性の結集>
「2運動の力」では、求心力の回復、組合員の参加という問題意識から、組合員個人の要求に応えていくサポート体制が求められているとしている。そして、組合の活性化に「青年と女性」の結集を核にする必要が挙げられている。文章の性格上、方針書ではない、ということだろうが、問題提起に止まり、具体論は見当たらず、消化不良というところか。
 「労働市場への影響力の強化」という項では、「産業構造の変化を背景に、雇用の多様化、柔軟化が進むことは避けがたい」という認識の上で、コスト削減などのバッファとして、パートや派遣など不安定な「非正規」労働の拡大は放置できないとして、明確なワークルールの確立が必要としている。
 そして、これまで「企業内労組を通じて、内部市場に強く関与してきた」が、今後は、「外部労働市場にルールを持ち込み、・・・・労働市場への労組の影響力の強化に全力をあげる必要がある、としている。しかし、影響力の強化の具体的な戦略は明確ではない。

<100人未満企業の組織率1.7%>
 「一体的な力の発揮」という項では、各構成組織の課題ということで、「基盤となる企業別組合の活性化」「企業グループ労連の新たな位置付け」「産別の機能強化と統合」が掲げられているが、近年続発している企業不祥事、JCOや雪印など労組の企業内チェック機能が低下し、労組の社会的責任を問うくだり以外に、特に目新しい内容は少ない。
 「自立と連帯の中小労働運動の展開」では、雇用労働者の7割が働く中小企業の中で100人未満の企業での組織率が1.7%であること、ここに十分に労働運動が影響力をもち得ていないことが、日本労働運動の根本問題だ、とした上で、中小企業労働者の自立した運動、産別の強化と地域連帯の強化、労働組合が経営コンサルタント的な政策能力を強め、経営に影響力を強めること、地域的な労使協議制、労働者代表制にも触れている。
「2運動の力」の部分は、全体としてに非常に抽象的な提起に終わっているように思える。

<新しい組織化戦略>
 「3組織の力」の項は、組織率の低下に歯止めがかからない状況の中での、新しい組織化運動の提起ということになる。1000人以上の大企業の組織率が57%、100人未満では1.7%という組織率の状況から、拡大のターゲットは中小企業という位置付けを明確にしつつ、このままの組織率低下を許せば、労働運動が企業内でも、社会的にも少数派になりかねない、という危機感が述べられている。
 その意味から、「組織化に労働組合の人的・資金的資源を集中し」大胆に組織拡大に取り組むとしている。そのターゲットの第1は、パートタイマー。第2は、中小・零細企業の仲間づくり、そして管理職、退職者の組織化にも言及している。
 また、組織化のためのインターネットを活用した「e-ユニオン」という提起もされている。

<労組の財政構造の見直し>
 具体的に問題提起がされているひとつに、「財政構造の見直し」がある。事業所レベルの組合員が納める組合費は平均月額4,959円、上部団体(産別)へは、月額585円、連合へは78円という内訳となり、まだまだ企業内レベルに資金は集中しているという。要するに、ナショナルセンター・連合への資源の集中が必要だというわけである。
 そのあとの、「4政治の力」「5国際連帯の力」は、紙面の都合で省こうと思う。大した内容はない。

 こうして「21世紀連合ビジョン」の組織内討議案を紹介してきた。先月号の冒頭に、私の問題意識を以下のように述べた。「明らかに労働運動は危機に陥りつつあるように思う。危機とは具体的に何か、簡単に言えば、その力が低下してきていること。そして、その低下の原因が、閉鎖的な組織運営や、企業別労組の限界を突破できない現状にある、と捉える。企業の壁、大企業と中小企業、正規職員と非正規職員、男性と女性、官と民などを越える『連合の価値、労働運動の価値』を、共通認識として形成しえていない。こうした現状に、果たして「21世紀を切り開く連合運動」は、果たして応えているのであろうか」と。

 残念ながら、問題点は一定提起されているが、正直迫力に欠けるというところか。
 例えば、パート・臨職など企業内の不安定雇用労働者について、すべての労働組合が、正規・非正規を問わず、組織化対象とすると宣言し、組織化すること。リストラの中で「雇用保険」財政は、逼迫しているが、「労災保険会計」は悪徳企業の「労災隠し」の横行で、資金がだぶついていると言われる。すべての企業で労災隠しを労組は絶対に許さない運動を提起し、地域連合は住民やすべての労働者の相談窓口の役割を果たすこと、などは一例だが、社会的公正を具体的に体現する組織として、生活のレベル・地域レベルで人間的連帯を実践することで労働組合が生き残り、再生する戦略が求められているのではないか。(佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.278 2001年1月20日

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【短信】吉村励さんからの手紙

【短信】吉村励さんからの手紙

2000年も残りすくなくなりましたね。この間の「小野さんの会」ありがとう!
ところで、12月18日の夜のニュースステイションを見ましたか。第二次世界大戦中、旧満州国及び蒙古連盟自治政府のカイライ国家で、日本の大蔵省の指導下でアヘンの強制栽培が敢行されたこと、そのアヘンの強制栽培で食糧不足に陥った農民を弾圧しつつ、その汚れたアヘン販売の金を資金として「大東亜共栄圏」の形成に投じられたこと、そしてこの汚ない事業に岸信介、大平正芳が直接関与していたことがバクロされていました。アヘン戦争当時のイギリスは貿易を通じてアヘンを持ち込んだけれど日本は直接強権をふるって中国本土でアヘン栽培したのだから一層悪質と同放送はのべていました。
 731部隊といい、今回バクロされたアヘン栽培といい、人道にもとる方法で日本帝国主義の支配圏を拡大しようとした連中のキタナさは本当に許せないと思います。そのキタナさを知ってか知らずか、太平洋戦争を「植民地解放戦争」と言いくるめようとする西尾幹二らの自虐史観派は許せないと思います。それにもましてやりきれないのは、岸、大平から森にいたる汚い連中の支配をゆるしているということです。なんとかしてください。なんとかしてくださいとは、もちろん労働組合とか、アサートで検討してくれれば、ということです。よろしく。  吉村 励 2000-12-19 

 【出典】 アサート No.278 2001年1月20日

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【書評】大西巨人『二十一世紀前夜祭』

【書評】大西巨人『二十一世紀前夜祭』
            (2000.8.31.発行、光文社、1800円)

 マルクス主義のあり方が激変し、その進むべき道筋を見い出すのがきわめて困難な現在、これをなお堅持して、凛とした視点から現代日本を凝視する作家の短編小説集である。著者の特徴は、私見によれば、マルクス主義の思想と「市民倫理ないし民族道義の問題」が不可分に結合した、妥協を許さぬ生命観・世界観にある。すなわち社会変革を目ざすマルクス主義思想は、「個々の私的人間の関係を支配するべき道義および公正の単純な諸法則」(マルクス)と両立しなければならず、革命の大義といえども、その内実をここに持つ以外にはあり得ないのである。
 本書では、その姿勢が、著者の20代前半期作短歌から堅持されてきたことが語られる(所収「悲しきいのち あるいは二十一世紀前夜祭」)。
 それは、ある山中での旧石器時代・穴居(けっきょ)生活の遺跡見学時の作である。
  『ここに生きし穴居の民もわれわれも悲しきいのちはおなじことなり』
 そしてこの歌とともに、「若くして亡くなった(虐殺せられた)質実な革命家・小説家P」の生き方が重ねられ、対比される。Pについては、「1970年代に没した優秀な詩人・小説家・批評家・革命家Q」からの「教訓的・感興的な話」として伝えられるが、そのPの特徴は、次のようである。
 つまり、PおよびQを含む秘密相談会で、地下運動・反権力活動の行動計画があった場合、行動計画(の細部)にいたるまで、Pの態度は、はなはだ慎重すぎるほどのものであり、検討・駄目押しは桁外れである。しかし時としてPの不納得のまま、秘密相談会が計画実行を決定することがある。その時「Pは、『僕の意見(不納得)は、依然として変わらないけれども、決定には服します。』と言う。・・・/・・・さて、実行段階が来て、最も忠実に、最も果敢に、最も積極的に、最も徹底的に、計画の遂行を追求するのは、Pである。Pは、そういう人間であった」。このようなPが、反権力的非合法運動のため逮捕虐殺されたのである。
 上記の短歌とPの生き方との関わりについて、著者はこう述べる。
 「二十代前半期作短歌『ここに生きし』一首の生命観・世界観を、男は、少年後期の『マルクス主義者』という自己規定をとともに、高年期の今日も堅持した。(略)/男は、・『ここに生きし』一首の生命観・世界観の堅持があったからこそ、また『マルクス主義者』という自己規定の堅持もあり得た・と確信し、いよいよ深い愛着を往年の腰折れに覚えている」。
 「穴居の民」と比較される「われわれ」とは、まさしく現代に生きる「われわれ」であり、それは、皮相的にはペシミズム的に見えようが、その本質では、現実を踏まえた市民倫理・道義を貫く存在でなければならない。このマルクス主義者であるが故にこそ、頑固に筋道を通す姿勢が著者の原点と言えよう。
 そしてこの視点からの社会批判・知識人批判は、例えば次のような点に特徴的にあらわれている。
 それは、第二次大戦直後の九州において、著者がある総合雑誌の編集者をしていた時の体験を題材にした短編である(所収「昨日は今日の物語り」)。主人公である編集者は、仕事柄多くの作家達に「原稿依頼状(返信用はがき付き・世間並みの稿料明記)」を発送していた。この中で主人公は、諾否いずれかの「返事を呉れる人と呉れぬ人との区別には、皮相な見方(世間通念的な予想)を裏切る生々しい何者かが、たしかに存在した」と確信する。そしてこの雑誌の発行が、「首都においてではなく、西海の一地方都市において行なわれた、という事実は、この際とりわけ意味深長な与件であり得たようである」と見る。
 すなわちその結果は、「『老大家』村正黒鳥からは、その都度、(略)無愛想な、だが明快な返事が来た。(略)『文学の神様』大津順吉の返事態度も、澄明にして立派であった。俗称『デカダン派』とか『無頼派』とかの津島修、逆口鮟鱇、小田策之助などが、諾否どちらの場合にも、実に気持のよい親切さをもって、市民倫理を実践した」というように、「各様の意味において、さしあたり、・返事を呉れそうにない・呉れなくても不思議ではない・部類の人たち」は、市民倫理を守ることが多かったのである。ところが、これの反して、「いわゆる『進歩的・民主的』な人たち、また『人生派』とか『庶民的』とか呼ばれてきた文筆家たち(たとえば(略)森不味子だの(略)鍋井萎だの)などは、まずは・返事を必ず呉れそうな・呉れなかったら不思議である・部類の人たち」の多くは、この市民倫理(前掲の「個々の私的人間の関係を支配するべき道義および公正の単純な諸法則」)を守ろうとはしなかったのである。
 前者にあげられている人たちが、それぞれ正宗白鳥、志賀直哉、また太宰治、坂口安吾、織田作之助であり、後者にあげられているのが、林芙美子、壺井栄であるらしいことは、容易に推察される。「『進歩的・民主的』を標榜する小説家、批評家、学者の類は、何よりもまず生活現実のかかる卑近な目前の倫理において、『進歩的・民主的』でなければなるまいに」という著者の指摘は、1940年代末の時代から約50年経た今日においても、なお有効である。この視点の確認が有効とされる左翼「知識人」の姿勢(それは、現代においては、セクシャル・ハラスメントや喫煙についての意識・無意識とつながるものである)こそが、これからもなお問題とされねばならないであろう。
 そして本書における、さらに重要な問題は、「『戦後声高に』の問題」であろう(所収「現代百鬼夜行の図」)。
 これは、戦後民主主義を語る上で見落とすことのできぬ視点を提出する。すなわち、戦後において、そして現在でも、「声高に」ということの意味は、「声高らかに」「尊ぶべき何か」といった肯定的内容ではなく、「居丈高に」「嵩(かさ)にかかって」「先入主によって歪められた解釈」などの否定的内容を意味するとされるのである。 この視点から著者は、「『敗戦直後』には、反戦的または反軍国主義的(略)または反天皇主義的または民主主義的または左翼的な言論が、『いまだから言う(ことができる)』的に堰を切りました。その中には、語の否定的意義において『声高に』と呼称せられるべき言論もいろいろ含まれていたにちがいありません」とする。そして続けて、「その裏返しのように、近年・現今には(1980年代~1990年代──引用者)(略)『大東亜戦争』肯定的または国家主義的(略)または天皇護持的または右翼的または反民主主義的言論が、『いまだから言う(ことができる)』的に振り回されました。のみならず、そのおおよそすべてが、語の否定的な意義において『声高に』行なわれたのです」と指摘する。
 しかしこれらの『声高に』の内容は、前者と後者では、決定的に質が異なるのであって、前者・「敗戦直後」の言論は、「たしかに『いまだからこそ言う(ことができる』的な内容であって、もしもそれを人が戦前戦中・十五年戦争中に表明したならば、その人の前途には必ずや牢獄か死かその類かが、待ち構えていたはず」のものである。しかし後者・「近年・現今」の言論は、決してそのようなものではなく、「それを人は、(略)なんら牢獄か死かその類かの危険なく、それどころか往々にして『虎』の隠然たる庇護を蒙りつつ、公表して」きたのである。そしてこちらは、「『いまだから言う(ことができる』的な風情を『いじらしげ』に装って、特に初手はおのおのおしなべて内容上お涙頂戴式に、そして今度は『虎の威を借りて』ならぬ『反米』の香辛料付きで、打って出」たとされ、最近の「自由主義史観」はその「好個の事例」であり、「なかんずく年少世代・後続世代にたいして、・歴史の偽造・」にほかならぬと厳しく批判する。
 さらにここから著者は、加藤典洋の『敗戦後論』(1997年)を、「〈近年・現今の『いまだから』的な言論〉および『その類の知ったかぶりの受け売り』のアップ・ツー・デート版」として解明・批判する。加藤にある「いまだから」的な言論は、本書に詳細に論述されているが、これに対する加藤の反論への再批判も、「付録エッセイ」に、「あるレトリック」と題して収録されている。
 以上のように本書は、短編小説集というかたちをとった時代批判の書であり、著者の姿勢の明確な宣言である。それは、社会変革・革命の大義等々という言葉に比較して、ともすれば軽視される傾向に置かれる市民倫理の、根底的で不可欠の重要性をしっかりと認識していくことをわれわれに迫ってくる書である。『大西巨人文選(全4冊)』(みすず書房、1996年)とともに読まれるよう推す次第である。(R)

 【出典】 アサート No.278 2001年1月20日

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【書評】はたして現代の若者は凶暴化しているのか

【書評】はたして現代の若者は凶暴化しているのか
    『国民の道徳』西部邁著 産経新聞社 2000.10.30発行 2000円

 全国どこの書店に寄っても歴史コーナーに分厚い本が山と積まれている。手に取ってみると活字も大きく用語解説もあって見やすい本である。西部邁氏著「国民の道徳」である。「国民の道徳」とは“道徳のない”全国民(と西部氏は思っている)への実に挑戦的な大仰な題名である。「なぜ道徳について語らざるをえないか」を本の冒頭で「この世紀の変わり目において、戦争世代の孫たちや曾孫たちが、『戦後』の原則のもたらした当然の帰結として、アンファン・ホリブルに、つまり、『身の毛もよだつ子供たちに』成長しつつある。それは『戦後』の本質を映し出す鏡である。」とし、「私のような…人間が道徳を語るに至ったのは、戦後の環境があまりにも不道徳であったから」であると述べている。
西部氏は「日本を含め、先進諸国において少年犯罪の激増、凶悪化そして低年齢化が進んでいる」というが、何を根拠としているのであろうか。長谷川寿一氏・長谷川真理子氏の共同研究(「科学」2000年7月号:『戦後日本の殺人動向』)では西部氏やマスコミ報道のような、最近の「多発する少年事件」「未成年者の凶悪化傾向」を明確に否定している。長谷川寿一氏は「日本の殺人率は1950年代から90年代前半までほぼ一貫して減少し続け、人口100万人あたりの殺人件数は、50年代のピーク時の約40件から、90年代には約10件前後にまで減少した。この減少にもっとも大きく寄与したのが、若者男性の殺人率の低下である。」とし、「1955年当時、20代前半の男性殺人率(100万人あたりの検挙者数)は230人で、年齢別殺人率曲線においてひときわ高い峰をなしていた。しかし、その後、高度成長と呼応して20代の殺人率はどんどん下がり、90年代には100万人あたり20人を割」ってしまったのであり、「16歳から24歳の年齢区分でみても、40年間でほぼ10分の1に減少」し、「この殺人における年齢の効果の消失は、世界的にみて極めてユニークな現象であり、若者男性がこれほど人を殺さないような社会は、筆者が知るかぎり他に類を見ない。」(「草思」2000年11月号:『現代若者考-彼らはなぜ殺さなくなったのか?』)と的確に述べている。
「16歳の少年がタクシー運転手を強盗殺害」といった個別具体的事象ををいくら羅列したところで、全体像を掴んだことにはならない。それを、「先進国において青少年の凶悪としか形容しようがない犯罪が次々と出来している…これは、実は、人権主義そのものの帰結と解釈するのが適切である。」などと、大上段に勝手に解釈されても、当の個別具体的本人は困惑することであろう。繰り返しになるが、若者の凶悪犯罪は減り続けており、減り方が少ないのはむしろ中年である。しかし、「先進国において“中年”の凶悪としか形容しようがない犯罪が…」などと書き、次に「国民の道徳」や人権主義批判を説いても様にはならない。そこに著者のごまかしがある。個別具体例だけを羅列し、全体の傾向や数字をあげないことは“大衆”を操作するうえで実に都合がよい。
一部の特異な少年事件を大々的に取り上げ、あたかも最近「凶悪な少年事件が増えた」かのように報道するマスコミの報道姿勢は大いに疑問とせざるをえない。しかし、さらに問題なのは、そのような誇大妄想的、センセーショナルな報道をアプリオリに前提として何の検証もせず「国民の道徳」をのたまう西部氏の姿勢である。
そもそも、西部氏の「道徳論」には何の検証もないことが多すぎる。「日本人には、おそらくは1万年を超える昔から、神道的な共有感覚と共同儀式があったといわれており、いまもなおそれが、強かれ弱かれ、日本社会を包んでいる。」というが、“おそらく”もなにも1万年前に『日本人』など存在していない。『日本』という国名は早くても7世紀後半以降に使われ始めたものであり(「『日本』とは何か」網野喜彦著)、それ以前に『日本人』など存在するはずもないのである。「真っ当な代物は、まず間違いなく、伝統精神という名の良識を踏まえている。そのことを理解しているのが道徳的ということであり、そのことに頓着しないのが不道徳ということである。なぜなら、道徳というのはそうした良識のうちのもっとも基礎的な部分、つまり歴史的に形成され継承された価値論の部分のことをいう」と氏は述べるが、『日本』『日本人』というものが歴史的に形成されてきたものであり、7世紀以前には存在しなかったこと、ましてや1万年も前の縄文期にまで『日本人』を延長し、あたかも『日本人』が縄文期から連綿と続いてきたような何の証明もないいいかげんさでは「真っ当な代物」とはいえまい。1万年も前に溯って“権威付け”なければならないような「道徳」に何の価値があろうか。
さらに、西部氏は、日本的精神の特質は雑種性と包括性であるとし、「自らの文化が雑種であることを知悉し…その雑種のなかから純粋をみつけるのは至難の業だと承知した上で、その発見に倦むことなく挑戦し続けること…原理・体系を作ることの困難を重々自覚した上で、その困難を克服する努力を続けること…原理・体系への接近法それ自体が原理・体系」が「道徳の原点」であると。しかし、その前提として「日本は地勢上の位置からして、欧米はもちろんのこと中国大陸からも、一定の距離をおいていた。その意味において…外国からの直接的な圧力は小さかった。しかし、さまざまな異文化が徐々に到来したという意味では、日本は外国からそう遠くない位置にある。それが国内の歴史におけるいわば『漸進的変化』を可能にしたのである。」と。
しかし、なぜ、日本の歴史は「漸進的変化」でなければならないのか。「漸進的」ではなく「急進的」であれば、“輸入”した精神文化を日本で熟成できず、「雑種」の中からの日本的精神の「純粋」なものを見つけられないという西部氏の手前勝手な論理に基づくものである。網野喜彦氏はいう。「平穏な海ほど安定した快適な交通路はない…長い時間をかければ多くの人も膨大な物も、海を通じて運ぶことができる…海を国境として他の地域から隔てられた『孤立した島国』であるという日本人に広く浸透した日本像が、まったくの思いこみでしかない虚像」であり「この虚像をあたかも真実であるかのごとく日本人に刷り込んだのは、とくに明治以降の近代国家」であると。『孤立した島国』という「虚像」の上には「道徳」は構成できない。
ここまで書いてしまうと、この本は読む価値がないということになってしまうが、経済に関して「市場はつねに不均衡である…それゆえ市場はブーム(膨張)とバスト(破裂)の循環に放り込まれる。その過程で被る社会全体の犠牲は無視してよいものでは断じてない。二つに、所得分配の不公正ということがある。市場競争は、まず、資源の分配状態を与えられたものとしている。その状態が公正か否かの判定について、市場機構は何の基準もない。極端な場合、資源の九割をほんのひと握りの人間たちが持っていて、大方の人間たちは資源の一割しか手にしていないという前提での、市場均衡を効率的と呼ぶのが経済学なのである。」との、今の日本の論壇を賑わしている「市場経済」一本槍の新古典派経済学者への批判は的を得ている。しかし、西部氏の経済学の問題点は、ではどうしたら公正な社会を作れるかという現実的・具体的な政策を示さず、そこで思考を停止して「国民国家」という抽象的な「枠」に逃げ込んでいることにある。そこからは反アメリカ(反中国)の偏狭なナショナリズムしか生み出さない。
ところで、本書の根本的欠陥は、道徳を唱えながら肝心の日本の法に対する認識が欠落していることである。日本の刑法にしろ民法にしろ西部氏の嫌いな合理的な個人を前提とする「フランス革命の薄っぺらな合理主義」=「フランス啓蒙思想」そのものである。それらは、徳川幕府を「漸進的」にではなく「急進的」に武力“革命”で打倒し、独立宣言を行った東北各国を武力で制圧・併合し、自由民権運動を弾圧し、最終的に薩摩国を鎮圧した明治国家が制定したものである。その骨格は、けっして戦後にアメリカ占領軍が持ち込んだものではない。こうした日本の法体系への言及を避け、感覚的にヒューマニズムが好きか嫌いかだけで「道徳」は語れない。(福井・R) 

 【出典】 アサート No.278 2001年1月20日

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【映画評論】「郡上一揆」

【映画評論】「郡上一揆」

あらすじ
江戸時代中期・宝暦4(1754)年、美濃国(現在の岐阜県)郡上藩が舞台。
事実上の”増税”である「けみ検見法」の実施に端を発し、約5年にも及んだ農民たちの闘争を描いた作品。『遠き落日』(’92年)の神山征二郎監督が史実に基づき映画化。緒方直人が熱演する若者を中心に、命をかけた闘いをエキストラ延べ3,500人を動員した迫力のスケールで描く。

キーワード①「検見取り:検見法」
年貢の算出の方法。収穫前の稲の実り具合を検査して年貢額を決定する方法。役人が「坪刈り」(一坪分の田の状況で全体量を算出するサンプリング方式)を行う。ここで重要なのは何処を検査するのか。役人は必ず実りの良さそうな地点を選ぶ。そうすると実際の収穫高以上に計算され重税となる。今風に言えば、税率の変更ではなく累進的な推計課税とでも言うのか。
これに対し従前は、「定免法(定額制)」が行われていた。これは過去の収穫高の平均値に基づき毎年一定額を徴収されるもの。これでは、農民の努力、改良、技術向上で手元に残すことも可能だった。当時は財政収入の多くが自然作物の米、年貢を主としたため、この様な形になっている。現代の法定主義、平等主義、実態主義、確定主義、自主主義等の諸原則は通用しない。

キーワード②「強訴」
一揆の戦術形態としては、箱訴、籠訴、門訴、駆け込み訴、強訴等がある。中でも強訴は徒党を組み権力者に直接訴える行動。
郡上の百姓たちの行動は非常によく組織、統制されており、当時の農民社会の気風が伺える。
さらには、彼らの戦略戦術が非常に巧妙に練り上げられている。
定次郎(緒方直人)等が、老中の登城の際に決死の覚悟の「駕籠訴」に出る。この老中は、金森藩につながる老中とは反対する勢力なのだ。「権力者の中にも常に矛盾を見い出し、その環を衝く」と表現すれば古びた左翼主義だが、言い換えれば兵法・戦略戦術論が彼らには装備されていた。

キーワード③「郡上120村の百姓の総意」
この「総意」という言葉が重い。1村1町の思いではなく、全村の総意が必要であり、映画の中でも何度か使われる。封建時代のしかも農民の社会でこれほどまでに民主主義が尊重されているとは、当時の百姓の風格の高さに敬服。

キーワード④傘連判状(からかさ れんぱんじょう)
「郡中の相談から決して抜けないことを誓う。もし抜けた場合はどんな目にあっても不足はない」という誓文を中心に書き、その周囲に円形に農民が署名血判して決意をあらわした文書。結果として傘を開いた様に見える。

キーワード⑤「費用の調達」
江戸に60名もの訴訟団を送り込む費用および、地元での活動費。締めて約800両の大金。これを各村の石高にあわせて分担。村は世帯ごとに割り当てを行う。
結果、集まった金額は1160両。
これらを集めている最中、前谷村の助左衛門(加藤剛)のところへ、女手一つで5人のこどもを育てている女性が金を持って来る。助左衛門は彼女の申し出を「村の相談で決めたから、出さんでええ」と断る。彼女は「夜なべ仕事で稼いだ金だ。受け取ってくれ」と言い切る。助左衛門は、その僅かだが尊い金を快く受け取る。
余談だが過日新聞に某労働組合の基金を投資に失敗し、勝手に担保に入れたり解約したりしたとの記事を目にした。彼らには江戸時代、この郡上百姓の爪の垢を煎じて飲ませるべきだ。

キーワード⑥「帳元」
一揆の会計責任者で闘争についての陰の指導者的存在の意。
これを林隆三が好演。渋い演技。
映画では帳元の家が裏切り者の手引きで、藩の足軽から襲撃され、帳面と資金を奪われてしまう。
昔々、英国の労働組合ではこの会計責任者のことを書記長と呼んだらしいこと思い出した。

キーワード⑦「立百姓」と「寝百姓」
一揆に翻った者たちを「寝百姓」という。最後まで一揆に加担した者たちは「立百姓」と呼ばれた。
江戸へ直訴に行く者の中から脱落者がいる。合議のなかでも過激な者、愚直で誠実な者、狡猾ですぐに妥協しようとする者、信義の欠片もない者、何時の世も人間の種類には変わりがないようだ。

キーワード⑧「これを仕込んだやつは?」
この映画、総制作費4億円のうち2億円を岐阜県内で集めきったらしい。この主体になったのが「映画『郡上一揆』支援の会」これの音頭取りが岐阜県農協中央会と郡上義民の会。
最終的にはJA全国連グループの協賛となっている。
まさに県民総ぐるみの取り組みとして完成させたようだ。だからこそボランティアのエキストラが延べ3,500人も動員できた。この動員が利かなければ、日当5,000円としても制作費が1750万円増加していただろう。
これを仕込んだやつは、どんなやつか知らないが、なかなか!
さいごに
何せ最後は、藩は改易、それに連なる幕府の重役も老中が罷免、若年寄が改易、大目付が罷免、勘定奉行は知行召上、美濃郡代が罷免等の処分を受け、一揆の首謀者14名は処刑される。藩が改易となるのは江戸時代約3200件以上もの一揆の顛末としては異例であり、そうゆう意味では農民の勝利であった。
私が観た時は正月にも拘らず客の入りは、寂しかった。確かに重い映画だからしようがないのかも。観客の平均年齢も50歳は間違いなく超えている。最近元気のない方、この映画は、観て熱い思いを感じられる作品です。(豊中:宝山) 

 【出典】 アサート No.278 2001年1月20日

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【投稿】労働組合運動の危機か、連合運動の危機か

【投稿】労働組合運動の危機か、連合運動の危機か
       —-「21世紀を切り開く連合運動」–21世紀連合ビジョンーーーを読んで

連合は、1998年17日の第29回中央委員会で「連合21世紀への挑戦委員会」の設置を決め、2年間にわたる検討を行い、本年10月に表記の「21世紀を切り開く連合運動」(21世紀連合ビジョン)を第33回中央委員会で「特別報告」として提案、全組織的な討議に付された。来年(2001年1月)には、この文書をもとに「連合21世紀宣言」を発表し、来年秋の第7回連合定期大会で、これを下に連合の基本文書として採択する予定とされている。
21世紀といっても、ただ時が過ぎれば21世紀がくるわけだが、漫然と迎えるのではなく、世紀を画する時期に、新しい運動の方向を示そうと言う努力は是とするものだ。
しかし結成10年を経て、予想以上と言うべきか、経済社会状況の激変のためというべきか、連合労働運動は前進どころか、「停滞」から「後退」しているように思える現実を、どう打開し、新しい局面を切り開くべきか、大いに「激論」を交わす必要があるように思える。
特に、この「21世紀連合ビジョン」は、21世紀に向かう「連合の基本文書」と言う位置付けを持っているということで、文書の概要紹介と若干の感想と意見を述べて見ようと思う。

冒頭、まず私自身の問題意識を簡単に述べて見たい。明らかに労働運動は危機に陥りつつあるように思う。危機とは具体的に何か、簡単に言えば、その力が低下してきていること。そして、その低下の原因が、閉鎖的な組織運営や、企業別労組の限界を突破できない現状にある、と捉える。企業の壁、大企業と中小企業、正規職員と非正規職員、男性と女性、官と民などを越える「連合の価値、労働運動の価値」を、共通認識として形成しえていない。こうした現状に、果たして「21世紀を切り開く連合運動」は、果たして応えているのであろうか。

「報告にあたって」では、『「21世紀を切り開く連合運動」は、21世紀における労働組合の存在意義(アイデンティティ)を明らかにし、構成組織、地域組織、単位連合を含めた連合労働運動がめざすべき方向性を指し示そうとするものである。』と述べられている。
全体の構成は、第1章 現代と私たちの課題を直視する(情勢認識) 第2章 私たちがめざす社会(目標) 第3章 いかに実現するか(運動の課題、組織運動)である。

<危機意識は強烈だ>
「はじめに」の中では、21世紀が経済のグローバリゼーション、情報化、少子・高齢化への対応など変革と不確実性への挑戦の時代と位置付けているが、同時に「労働組合」そのものへの危機感が表されている。「また労働組合運動は、こうした産業・企業の環境の変化の中で、1999年の組織率は22.4%と低下が止まらず、労働組合への帰属意識も希薄化している。組合費のチェックオフ禁止提案などの政治的逆風にさらされる中、労働組合内部における存在の「空洞化」と社会的影響力の斬新的後退、そしてその存在意義が世の中から強く世から問われている。」と。
先日、笹森事務局長の講演を聞く機会があったが、今年の雪印乳業事件、昨年のJCO事件など、労働組合がチェック機能を果たせなかったことに対する厳しい危惧を持たれているようだった。労働組合の社会的信頼や認知度も「ひとつの圧力団体」や「利益団体」としか見られていないことに、深刻な問題を感じられていることは理解できた。
こうした危機意識は我々も共有しているのだが。

<職場の労組「空洞化」の原因は何か>
第1章は情勢認識の章である。市場万能主義の蔓延と企業のリストラの進行は、勤労者を不安に陥れており、雇用重視や従業員重視の職場の良き伝統である労使関係を無視・軽視する傾向が強まっており、このままでは21世紀は「解雇自由の時代」ともなりかねない、と「直面する現実」では述べられている。そして、危機はまたチャンスである、という意味で80年代に市場万能主義が席巻したイギリスや欧米で、市場万能主義への修正の動きが生まれ、社会民主主義政権が生まれたこと。「そこで、持続可能な社会経済システムつくりに労働組合運動が大胆に挑戦していくことが、職場の信認を回復し、社会的存在感を高め、自らの運動の活性化をもたらすことになる」と、21世紀を創造する労働運動の可能性が語られている。
第1章の2では、日本の社会経済システムの到達点と課題と題して、企業別組合と労組の社会的代表機能について述べられている。この部分は議論の出そうなところだ。
日本的な産業民主主義という表現で、労使協議制や長期雇用などを評価し、それが揺らいできていることを問題とし、これがリストラや一方的な雇用削減など、経営側が従来労使慣行を軽視しているため、労組の職場における影響低下が起こっているとして、「労組は職場の労働者を代表することに日常活動の基本がおかれなければならない。それが労働組合内部の「空洞化」回避の基本である。」としている。
しかし、経営側の慣行をも無視したリストラがあることと、職場の労組の空洞化には、直接の関係はないのではないか。例えリストラがあったとしても、労組の闘いの姿、組合員全体の連帯の行動があれば、労組の「空洞化」は生じない。むしろ、産業民主主義という言葉で語られている、悪しき「労使協調」型という一部大手組合に存在する、職場闘争軽視の問題や「伝統」が、リストラ進行の中で揺らいでいる、と言う方が当たってはいないか。

<企業別組合の限界>
さらに「企業別労働組合運動の限界を越えて」として、90年代以降の大競争時代になって限界が意識されるようになったとし、企業不祥事でもチェックアンドバランスが十分に機能しなかった点や、高齢者や女性労働者を十分にケアできていない点などを上げている。しかし、それをどう克服していくのか、ということは深く掘り下げられてはいない。
企業別労組が単に企業内関係にとどまらず、産別課題や全国的・地域的運動に寄与する大胆な自己改革に踏み込むことを期待して「企業中心主義社会」を越えた社会のシステム作りに参加する必要を促す表現はあるものの、極めて曖昧な分析と言わねばならない。

第1章は、これ以降、情勢の変化と課題ということで、①少子・高齢化、②グローバル化のリスクとチャンス、③情報技術(IT)革新のインパクト、④地球環境–環境循環型(リサイクル型)社会をめざして、の4点が分析されているが、紹介を省きます。

<実質的差別と均等待遇>
「変化する労働と社会」では、日本の産業構造・就業構造の変化が、大企業・大事業所から、中規模・小規模事業所の比重の拡大、そして長期安定雇用が緩やかに低下し、流動的な雇用形態が増加していること。そうした労働者に対して実質的な差別的労働条件が押し付けられ、均等待遇を社会的規制として必要なことなど、それができなければ、日本の労働市場は「底ぬけ」し、労働条件の絶対水準が低下しつづけると警告している。
この認識は共有するものだが、第3章での打開の方針を後で分析したい。

<個人尊重・社会連帯型の社会を選択>
「第2章私たちがめざす社会」の1,どのような社会をめざすか、は2Pが割かれているが、ポイントは、次の二つに尽きる。別に異存はないことだ。
『企業中心社会のあとにくる社会モデルとして、われわれは「個人中心・市場万能」型の社会ではなく、「個人慎重・社会連帯」型の社会を選択する。・・・市場の限界を認識したしっかりとしたルールをつくり、セーフティネットを組み込むことによって、社会的規範を育み、社会的連帯を重視していく必要がある』
『いたずらに「小さな政府をめざすのではなく、社会のニーズに適切に応える「有効かつ効率的な政府」をめざすべきである。・・・・そのためには、徹底した分権と参加、行政機構の改革、情報公開が必要である』
第2章の2は、「ヒューマンな労働と生活の枠組みづくり」は、1に基づく具体的な運動目標ということができる。
ただし、課題の列挙に終わっている感もある。1完全雇用政策の再構築、2新しいワークルールの確立、3「人生80年時代」の雇用・就業システムの確立、4仕事と家庭の両立(ファミリーフレンドリーな職場と社会)、5戦略課題としての労働時間短縮、6賃金制度および賃金闘争のあり方、7産業民主主義の変化などである。
やはり、中心に議論すべきは、2ワークルールと5労働時間短縮、6賃金闘争であろうか。

<21世紀のワークルールとは>
暗示的な表現ながら、これまでの労使関係の中で暗黙の了解的に企業内労使関係として維持されてきた「日本的労使関係」が揺らいでいるという問題意識から、21世紀に向けて、「雇用の安定と公正な労働条件を、暗黙の労使関係に頼るのではなく、しっかりとしたワークルールとして確立すること」が必要と述べられている。
具体的には「1・・・すべての分野にわたってルールを組み立てること。こうしたルールを社会横断的なルールとしていくこと。2多様な働き方を保障し、パートや派遣など多様な働き方にも、均等な待遇が行われること。3整理解雇4原則の法制化 4評価と処遇に関する明確なルール作り」などが示されている。
こうした指摘は、連合中央として問題提起できても、具体の産別、職種単位、地域相場としての「労働市場」の中で、どれだけ規制をかけることができるのか、が問われていることばかりであり、中央の危機意識がどれだけ、地域や各産別の問題意識になりうるか、これこそが問われる必要があると思われる。
「戦略課題としての労働時間短縮」の項では、ワークシェアリングの観点から労働時間短縮が語られている。しかし、欧米のように職種、職能に基づく賃率など年齢に関わらない賃金の体系の場合、ワークシェアリングは雇用確保に直結する側面を持っている。しかし、一定の年齢給の体系の下では、時間短縮が直結して雇用確保になるとは思われない。勤務体系に関わらない「均等待遇」の整備や、企業内福祉に頼らない住宅や福祉などの充実で社会的保障が存在するもとで、はじめて労働時間短縮はワークシェアリングの意味を持ち、雇用確保に繋がるのではないだろうか。この部分でも一般的・抽象的な指摘に留まるという、この文書の弱点が現れているように思える。

<賃金の企業の枠を越えた社会的水準の追求>
賃金闘争のあり方の部分では、「経済状況の変化は、従来の延長線上での春闘のあり方を不可能としている。賃金の相場形成を図っていく上で、労働の銘柄ごと、熟練度ごと、企業の枠を越えた社会的基準を追求することが重要。」という指摘と、「年齢に軸をおいた旧来の制度は見直されつつあるが、職員の評価について、「透明性、公平性、公開性」高める必要が説かれている。

こうして見てきたように、「21世紀連合ヴィジョン」の第1章、第2章は、それなりに貴重な問題提起を含みつつも、危機意識と課題の列挙に終始している面が多い。2000年10月以降、加盟産別の討議に委ねるという内容であるので、次期中央委員会などでの議論を待つしかないが、未だ「実現」の迫力は、伝わってこないと言わざるをえない。

紙面の都合で、第3章いかに実現するか、については次号での課題とさせていただくが、先に述べた最近の笹森講演では、この第3章については「議論途上」との表現もあり、まだまだ組織合意に至っていないらしいのである。従来の産別自決方式から「共生と連帯」の労働者の生き方、価値観を体現する組織としての連合運動は、まだ道半ば、と言わざるをえない、というのが私の実感である。ただし、批判するのは簡単なこと。共に日本の労働運動再生の課題は我々も共通の課題として受け止め、意見反映も実践も、連合運動の充実に向けて集中していく姿勢に疑問の余地もないと思われるのだが。(続く) by 佐野 秀夫

【出典】 アサート No.277 2000年12月16日

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【投稿】高速増殖炉「もんじゅ」運転再開の動きと原子力長期計画

【投稿】高速増殖炉「もんじゅ」運転再開の動きと原子力長期計画

国は11月24日付けで「原子力の研究、開発及び利用に関する長期計画」(いわゆる「長計」)を発表した。これに先立つ10月23日、福井県は通産省・資源エネルギー庁・科学技術庁の三省庁に対し、「原子力発電所における安全確保対策」と供に、「福井空港の整備」「北陸新幹線の早期全線建設」についての要望書を出した。これに答える形で、11月24日付けで科学技術庁長官は福井県知事宛に上記要望書への「回答及び高速増殖原型炉『もんじゅ』の今後の進め方についての協力要請」を行なった。回答は「福井空港の整備」や「新幹線の建設」について直接的には触れていないものの、「国の考え方」という表現で暗に運輸省や与党三党に協力を要請するものであった。結果として、与党三党が「中止を勧告」した「福井空港拡張」が“保留”扱いとなった。これを受け栗田福井県知事は、さっそく1995年にナトリウム漏えい火災事故を起した「もんじゅ(敦賀市白木)運転再開に向けての第一段階である「もんじゅ安全審査の事前了解願」を漏えい事故5周年目にあたる12月8日に“受理”することとなった。
こうして、福井県では昨年末のプルサーマル(高浜原発におけるMOX燃料利用)騒動に続く、原発再開に向けての露骨な動きの第二幕が始まった。騒動の主役はもちろん栗田知事である。栗田氏は昨年の知事選挙で有力新人の前に思わぬ苦戦を強いられた。その反省から、電力企業に協力を要請し、その見返りが、「プルサーマル」であり、「日本原子力発電敦賀3・4号機増設」であり「もんじゅ運転再開」である。この1つ1つが『スペードのA』であり、昨年末に核燃料税増税の見返りに「プルサーマル」カードを切ったものの英国BNLFのMOX燃料の不正により不発に終わった。次は「3・4号機」カードか「もんじゅ」カードを切る番であったが、「3・4号機」は環境影響評価法施行後の最初のケースであり、アセスメント手続にかなりの日数を要し、結論を出すまでには時間がかかる。知事としては「もんじゅ」カードは最後まで切りたくなかったところであろうが、「福井空港」の与党三党による中止勧告という思わぬハプニングにより、国側から追い込まれる形で「もんじゅ運転再開」のカードを切らざるを得なくなった。
福井空港は現在1500mの滑走路を持っているが、定期便がないため、これをジェット機就航に対応する2000mに延長し、羽田等への定期便を復活させようということで計画されたものであるが、既に計画から16年を経過しているものの、滑走路予定地中心のS町N集落地権者の強固な反対により長年こう着状態が続いている。表向きは推進の立場にあるS町長も本年6月段階では、ほとんど地権者への説得をあきらめていたところであり、ある意味で与党三党の中止勧告は当然であった。科学技術庁は栗田知事の政治生命である「福井空港」カードをうまく活用することによって、「もんじゅ運転再開」への道筋をつけることに成功したのである。
ところで、今回発表された長計は本当にもんじゅの運転を再開させるほどの中味のあるものであろうか。長計はもんじゅを「高速増殖炉の将来の研究開発にとって国際的にも貴重な施設であり、『もんじゅ』及びその周辺施設を国際協力の拠点として整備し、内外の研究者に開かれた体制で研究開発を進め、その成果を広く国の内外に発信することが重要である。長期的には、実用化に向けた研究開発によって得られた要素技術等の成果を『もんじゅ』において実証するなど、燃料製造及び再処理と連携して、実際の使用条件と同等の高速中性子を提供する場として『もんじゅ』を有効に活用していくことが重要と考えられる。」と位置付けている。国際協力の拠点とは県の「若狭湾エネルギー研究センター」をはじめ核燃料サイクル開発機構の研究施設等を指すのであろうが、「陽子線がん治療研究」を含め“国際的”な中身を持った施設かどうかはなはだ疑問である。“開かれた体制”という言葉も、ナトリウム漏えい事故隠しの経過から判断すると白々しく響く。ナトリウム火災事故の教訓から、今回はナトリウム二次系統のプラント部分にも火災を防ぐため、窒素ガス封入の装置を取り付けるとのことであるが、元々、ナトリウムは酸素や水と接触すると火災を起しやすい物質であるから、一次系だけでなく、ナトリウムを扱う全ての部分に窒素ガスを封入すべきであったはずである。液体ナトリウムと直接接するアルゴンガスの管理には設計段階から細心の注意を払っていたことと比較すると、ナトリウムが配管から漏れることを考慮しなかったというのは重大な設計ミス(あるいは手抜き)である。
そもそも、原子力基本法をはじめ関連法律に原子力長期計画を策定しなければならないという規定は見当たらない。「誰が」、「何を」、「どのように」決めるかという決定のプロセス・基準といったものが全く存在しないのである。したがって、計画は改定のたびごとに大きく内容の異なったものとなっている。今回の長計には、これまでの計画にあった2030年頃とされていた高速増殖炉の実用化の時期がなくなっている。「誰が」という意味ではわが国の原子力政策の事務局である資源エネルギー庁と科学技術庁の役割も極めて不明確である。10月23日に福井県が「通産省」・「資源エネルギー庁」・「科学技術庁」の三省庁に対して要望書を提出しなければならなかったことに、端的に現れている。もんじゅのような液体ナトリウムを扱う特殊な原子炉では、不活性ガスであるアルゴンガスや窒素ガスを使う。こうしたガスが何らかの事情で供給できなくなった場合重大な事故を誘発するのではないかという質問を「通産本省」で受けたことがあるが、それだけ三省庁間の政策・意識はバラバラであるということである。栗田知事はいつも「原子力は国策である」と強調するが、日本のエネルギー政策を決定する「国」は省庁ごとにバラバラであり原子力に統一した方針は持っていない。長期計画とは名ばかりであり、各省庁が自らの都合のよいことを書き並べているだけであり、相互に調整した形跡はみられない。もちろん福井県は「『もんじゅ』及びその周辺施設を国際協力の拠点として整備し」という一行を書き加えてもらうことで満足してしまったのである。
こうした統一した方針のない「国」に「福井空港」「新幹線」を要望し、政治的な調整により「回答」を引き出そうとする手法の限界は見えている。「高速道路」から「空港」「新幹線」「リゾート新線」(滋賀県今津から小浜へのJR新線)へと“地元”の要求はどんどん肥大化していくが、「国」が払える財布の中身は多くはないし、電力の本格的自由化も目前に迫っている(長計は電力の自由化について全く触れていないというか、同じ省庁内にあって意識的に避けている)。蛇足ではあるが、12月8日、「もんじゅ安全審査の事前了解願受理」の当日、「福井空港」整備中止の“保留”に満足してしまった栗田知事を追及する県会自民党は「新幹線陳情」と称して、いっしょに永田町へと栗田知事を“敵前逃亡”させてしまったのである。
(福井:R)

【出典】 アサート No.277 2000年12月16日

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【投稿】「政治的不況」と「不安の連鎖」

【投稿】「政治的不況」と「不安の連鎖」

<<「政治的不況の蔓延」?>>
アメリカ大統領選をめぐる事態の混乱と迷走は、目を覆うばかりである。多くの不正と無法行為がまかり通り、選挙実務を公明正大にする「国際選挙監視団」をもっとも必要としている国、数百年前の間接選挙制度、交通・通信・情報革命に取り残された非民主主義的選挙制度に拘泥している国として世界にその姿をさらけ出したとも言えよう。ロシア議会で「アメリカに選挙監視団を送るべきだ」という議案が提出されても(可決はされなかった)、まともな反論が出来ない事態である。ゴア・ブッシュ接戦の結果は、全米で34万票も得票が少ないブッシュが政権につく可能性を示し、フロリダ州でゴアがたとえ逆転したとしても、いずれも不安定な政権にならざるを得ないと予測されている。これに同調したかのようなニューヨーク株式市場の株価の下落は、いよいよバブル清算不況の到来を予測させるものであるが、この大統領選をめぐる政治的迷走が直接間接影響していることも否定し得ないことであろう。
政治的危機と経済的危機は不測不離とも言える。現在国際経済の中で最も警戒されているアルゼンチンの危機は、デラルア政権の弱体化、地方政府との対立、与党内抗争の激化で経済破綻、デフォルト(債務不履行)宣言寸前の状態である。行き詰まりが表面化すれば他の南米諸国に波及することは必至であろう。これまでアジア通貨危機の影響をそれ程受けてこなかったといわれるフィリピンでも、エストラダ大統領弾劾を巡る混乱の中で通貨は史上最安値を更新し、経済危機の瀬戸際に立たされている。インドネシアやタイでも政治的不安定から債務問題が再浮上し、台湾でも新政権の経済政策の混乱が深刻な影響を与えており、韓国では財閥系企業再編に伴う労資の対立は先鋭化し、経済実態に深刻な影響を与えている。アジア経済危機から脱出し、回復を続けてきたといわれるアジア経済全体がここに来て再び、アメリカ経済の失速傾向、原油高等も加わって、暗雲が立ち込め始めたのである。
一向に回復傾向が定まらない日本経済の状態は、まさにこの「政治的不況の蔓延」に先鞭をつけた、そしていまだに政治的不況を深化させ続けている国として特筆されよう。

<<「渦巻きの最中だ」>>
経企庁は12/4、新基準(93SNA)に基づく国民所得統計速報を発表した。この新基準、93SNAとは国連統計委員会が93年に勧告したGDP統計作成方法の国際標準ルールである。とかく疑問が呈されてきた日本のGDP統計も、今回の7-9月期から新方式に切り替えられたわけである。しかし作成方法が変更されにもかかわらず、政府経済見通しには取り入れない、「変更が大きすぎて影響が予測しがたい」としている。変更の第1は、ソフトウェア投資を民間設備投資や公共投資に計上すること、これによって約5兆円、GDPの約1%、規模が拡大する。第2は医療費で、全額個人消費であったものが、自己負担分だけが個人消費、保険負担分は政府最終消費支出となり、これにより国民医療費の約三分の二に当たる約20兆円が個人消費から政府消費に移行する。第3に、政府の社会資本の減価償却費をサービス額とみなして政府最終消費支出に計上、これによって約10兆円、第1と第3で計約15兆円、約2.5%、GDP総額が増加し、政府最終消費支出は約1.6倍に膨張する。これによって実体経済との整合性、国際的な比較可能性がこれまでよりは高まったわけであるが、ある意味では「これまでとは全く別の統計」(経企庁)とも言えよう。
この新基準に基づいて計算しなおすと、マイナスだった97年の成長率がプラス0.2%に、98年はマイナス1.9%がマイナス0.6%に改定される。マイナス成長を理由に退陣に追い込まれた橋本内閣、マイナス成長を理由に史上最大規模の公共事業をばら撒いた小渕政権は一体なんだったのか、改めて問い直されることでもある。元首相の橋本氏が今回の改造内閣で再び行革担当相として閣僚に復帰して、弱体・死に体内閣の森首相を無視して独自性を押し出そうとしている政治的意図の背景要因でもある。
ともあれ、新基準に基づいた7-9月期GDP統計を発表した堺屋長官は、「高原でやや上昇、倒産件数が増え、株価が下落する現実もあり、プラス・マイナス渦巻きの最中だ」などと自分でも解釈しがたい、わけのわからない認識を披露している。

実質国内総生産・GDPの推移    2000年 (単位10億円)

1999年度   1-3月期  4-6月期   7-9月期 寄与度
実質国内総生産 525,695.8  525,695.8  532,640.2   533,916.7   0.2
前期比成長率   1.4  2.4   0.2  0.2
年率換算 –  10.0   0.9  1.0
民間最終消費支出  289,454,2  289,823.2   290,194.1  290,300.5
前期比   1.5 2.0  0.1  0.0 0.0
民間住宅  20.504.0  20,977.0   19,846.1   19,938.4
前期比   5.1  4.6   ▲5.4  0.5 0.0
民間企業設備  81,102.3  83,288.1  81,205.3   87,554.0
前期比   ▲1.0  ▲2.5 7.8 1.2
民間在庫品増加  ▲698.9  ▲464.2   ▲171.4  ▲777.2
前期比  ▲0.1
政府最終消費支出 83.202.9   84,219.6  85,244.6  85,704.4
前期比   4.0  1.0   1.2   0.5 0.1
公定固定資本形成   40,421.8   39,989.5 42,139.9   37,617.9
前期比   ▲0.7  1.5   5.4  ▲10.7   ▲0.8
公的在庫品増加 87.3 180.3  159.3 52.1
前期比 ▲0.0
財貨サービス純増加 11,622.3  13,423.7  14,022.3  13,526.6
前期比 2.0  20.1   4.5  ▲3.5 ▲0.1
財貨サービスの輸出 54,605.7  57,523.4  59,840.7   59,865.7
前期比 5.3 4.4   4.0  0.0 0.0
財貨サービスの輸入 42,983.4  44,099.7  45,818.4   46,339.1
前期比 6.2 0.4  3.9 1.1  ▲0.1

<<「不安の連鎖」>>
今回のGDP統計で明らかになったことは、三期連続のプラス成長だったにもかかわらず、肝心の個人消費は、前期比0.0%増、前年同月比マイナスという低迷ぶりが依然として重くのしかかっていることである。さらに特徴的なのは、いよいよこれまでのような公共事業費増大が景気拡大にプラス要因とならなくなってきたことである。公共事業の支出額を示す「公的固定資本形成」は前期比-10.7%の大幅減少となっているが、今年度当初予算の国の公共事業費は、前年度と同額の9兆4307億円という巨額のばら撒き予算であった。それにもかかわらず、受けて実行する側の地方公共団体の公共事業が前期比で大幅マイナスとなり、もはや深刻な財政危機にあえぐ地方自治体にとって何の効果もない重荷でしかなくなってきている公共事業の実体を現してきたのである。バブル崩壊以降、90年代に入って11回にわたる巨額の公共事業投入政策の結果がこれである。GDPの6割を占める個人消費の増加にはほとんど寄与しなかったばかりか、大手建設資本・ゼネコンの延命、これらに野放図に貸し付け、不良債権を増大させてきた金融資本の救済、そしてこれらにむらがる公共事業分捕りをめぐる汚職・腐敗の金城湯池を提供してきた、いまだにこれを転換できない政策の貧困を象徴的に示しているのである。
総務庁が12/7に発表した10月の家計調査によると、全世帯の消費支出は5月以降4ヶ月連続の実質減少、9月実質増加、10月は再び実質減少となっている。しかも消費支出の内訳を見ていくと、全体で減少しているにもかかわらず、教育費で11.9%、交通通信費で2.0%、医療費で1.0%それぞれ支出が増加している。個人消費の義務的負担部門だけは確実に上昇しているのである。
日銀が9月下旬に実施した「生活意識におけるアンケート調査」によると、消費支出を前年比実質減少させている人々が4割に達し、その理由の最多回答の第1位が「将来の仕事や収入に不安がある」=6割、第2位が「年金や社会保障の給付が少なくなるとの不安から」=54.8%、第3位「不景気やリストラ等による収入の頭打ちや減少から」=49.2%、そして「増税や社会保障負担の不安」=36%と、「不安の連鎖」が消費低迷の根本原因となっていることを的確に示している。

日銀「生活意識に関するアンケート調査」
(9月下旬~10月上旬実施、20歳以上4000人対象)
1年前と比べた収入  1年前と比べた支出
—————————————-
減った 41.8%  減らしている 38.9%
変わらない 51.0  変わらない 54.5
増えた 7.1  増やしている 6.5
—————————————-

支出を減らしている理由(複数回答)
—————————————-
将来の仕事や収入への不安 59.3%
年金や社会保障給付が減少する不安 54.8
不景気やリストラによる収入の減少 49.2
増税や社会保障負担増大の不安 36.7
欲しい商品やサービスがないから 10.8
—————————————-

<<「まる投げ」内閣>>
ところが今回の内閣改造は、こうした「不安の連鎖」を断ち切るものではなく、よりいっそう不安を煽り立てるものだといえよう。宮沢蔵相や堺屋経企庁長官に「おまかせ」内閣であったものが、今回は「死に体」となった分、与党三党、利権争奪派閥への「まる投げ」内閣(12/6朝日)となってしまったのである。
ポストの分捕りでも、橋本派と江藤・亀井派が抗争を展開、森首相は人事権の行使さえ放棄、保守党の“扇千景・国土交通相”構想が出ると、公明党は“こちらが環境相では軽く見られる”と格上げを要求、創価学会員を広言する“坂口力を厚生労働相で処遇しろ”とゴリ押し、醜いドタバタ組閣であった。
来年3月までの短命内閣を見越して各党各派閥とも無責任極まりなく、将来の増税をさらに膨らませる国債増発、景気回復に無益の利権バラマキ公共事業、「地域振興券」を連想させる我田引水の利権予算が当然のごとくまかり通ろうとしている。公共事業費は今年度並みの9兆4000億円をしっかりと確保、ITの衣をかぶせただけの旧態依然のハコモノ事業、建設・土木工事である。整備新幹線に至っては、今年度当初予算比4倍以上の突出ぶりである。いずれも赤字と膨大な維持経費が重くのしかかってくるものである。
ところがその一方で、課税最低限の引き下げが検討され、さらに今国会では70歳以上の老人医療費を現在の定額制から薬代込みの低率制に改悪し、庶民の負担増大路線を確実に敷いている。消費税増税がやむをえない当然の課題であり、いつ提起されてもおかしくはないという政治状況が着々と築かれているのである。こうした「不安の連鎖」を断ち切る前提条件、腐敗しきった現在の政治体制については全く不問に付されているがゆえに、不安は払拭され得ないのである。
このような政治状況を打破する責任は、野党にこそかけられているのだが、民主党の鳩山党首はどうしたわけか、こうした「不安の連鎖」と闘うのではなく、憲法9条の改定に物議をかもし、共産党は自民党同様の解釈改憲で自衛隊活用論にエネルギーを注ぐというていたらくである。民主党も含めた自民、公明等、あらゆる政党が敗北した最近の長野、東京、栃木の選挙結果を真剣に受け止めるべきであろう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.277 2000年12月16日

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【報告】小野義彦先生没後10周年墓参会

【報告】小野義彦先生没後10周年墓参会

秋晴れの11月19日午前10時奈良県高安山霊園に約20名が集まり、1990年11月19日に亡くなられた小野義彦先生の墓前で、墓参会を行いました。参加者全員で黙祷ののち、それぞれが菊の花を献花し、先生のご冥福を祈るとともに、先生の遺志をいろいろな意味で引き継ぐ決意をしました。小野みどり夫人も85歳とは思えぬほどお元気で、ご家族共々にご参加いただきました。

東京や広島からも参加があり、前日は交流会も兼ねて宿舎を確保。交流会には27名が参加いただき、懐かしい仲間との再会も実現しました。
気楽な会合と言う趣旨でしたが、乾杯の音頭をお願いした吉村励先生、そして大賀さんはじめ、自己紹介や近況報告をいただいた皆さんからは、小野先生の思い出話が数多く飛び出し、食事終了後も交流会は、続きました。
吉村先生からは、市大時代、お酒の飲めない森さんと吉村さんと小野先生が「会議」をする時は、小野先生もしょうがなく「コーヒー」会議になったお話や、吉村先生のお兄さんが小野先生と同年齢であったこと、そして亡くなった11月19日が吉村先生のご母堂の命日でもあることなど、11月19日は忘れることができないんだ、というお話をいただきました。
大賀さんからは、亡くなる1990年の9月、来年は喜寿のお祝いをしましょうという小野先生とのお話の中で、先生が「やはり競争のない社会と言うのは問題でしょうね」という言葉があり、現在で言えば「市場」ということになるのだけれど、「競争」という問題をどう考えていくのか、それが私にとっての「先生の遺言」になってしまった、というお話をいただきました。学生時代に「新時代紙」に関わった教員の仲間は、ある時「三木内閣打倒」のスローガンをトップにした紙面が出来上がった時、小野先生から、自民党であっても「よりまし」な政府に対しては対応を注意すべきだと、叱られたことなど、それぞれと小野先生との思い出が語られました。
交流会の最後には、小野みどり夫人がマイクを取られ、戦中に中野の奥多摩刑務所から宮城刑務所に先生が移送された後、終戦を迎えて政治犯釈放令を受けて、山口から宮城へ単身の旅に出た際のエピソードや、戦後、赤旗時代の東京での生活の一端をご披露いただきました。
夜の交流を通じて、年に一度はこういう会合を開いては、という積極的な提案もありました。(さて、どうしましょうか?)

こうして交流会も墓参会も、いろいろな意味で感慨深いものとなりました。いろいろな戦線でがんばっている仲間の再会を果たすことができましたし、この会合を契機にそれぞれが新たな刺激を感じ、小野先生から受けた指導を現在に生かしていく決意もまた固めあうことが出来ました。(佐野)

参考)小野義彦没後7年に寄せて(Assert No.241- 1997/12、 No.242-1998/1)

【出典】 アサート No.276 2000年11月25日

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【書評】上高森遺跡捏造問題と『日本』という国名を問いなおすこと

【書評】上高森遺跡捏造問題と『日本』という国名を問いなおすこと
                                    「『日本』とは何か」 網野善彦著 講談社 1500円

東北旧石器文化研究所の藤村新一副理事長による宮城県上高森遺跡等の旧石器時代遺跡の捏造問題で考古学会はゆれにゆれている。

東京大学総合研究博物館の西秋良宏助教授は上高森遺跡“発見”(?)の意義を、インターネット「デジタルミュージアム2000」上で、「日本列島人のルーツ、あるいは縄文人、現代人の起源の研究にとって格好の資料を提供している」とし、「北京原人が活躍したのと同じ頃、人類が日本列島にやってきた…縄文時代まで子孫を残し続けたのかどうか…彼らの文化伝統がその後もとぎれることなく続いたかどうか…60~70万年前から3万年前くらいまでのあいだ連続していたことは、ほぼ証明されている。一方、3万年前以降の後期旧石器文化が、途中いくどか大陸からの新しい文化の流入があったにせよ、縄文時代にまで何とかつながっていることも明らかにされている。」「石器を調べて、彼らの文化伝統がその後もとぎれることなく続いたかどうかを見定めることが一つの手がかりとなる。」と述べていた。

60万年前から現代まで連綿と続く“日本人”という発想は、5000年前の夏王朝兎の時代から連綿と続く中国と比べても見劣りするものではないという、「国家」感を導き出し、「日本人のアイデンティティー」「日本文化論」へと繋がっていく。藤村氏がなぜ捏造したかは、本人の口から語ってもらうしかないが、「北京原人をしのぐ=中国5000年の歴史をしのぐ」という思考が根底にあったのではないだろうか。

こうした思考は何も藤村氏や西秋氏の特有の考えではなく、「戦後歴史学」、「近代歴史学」自体の「特徴ないしは欠陥」であると網野氏は指摘する。「アジア大陸の北と南を結ぶ懸け橋であるこの列島で営まれた人類社会の深く長い歴史を背景に、日本列島にはたやすく同一視することのできない個性的な社会集団、地域社会が形成されてきた。それを頭から追究可能なアイデンティティーを持つ『日本人』としてとらえ、その文化、歴史を追究し、その特質を論じようとする試みは、『日本国』――国家に引きずられた架空の議論であり、本質的に成り立ちえない。」「『日本』が国名であることを意識せず、頭から地名として扱い、弥生人、縄文人はもとより旧石器時代人にまで『日本』を遡らせて『日本人』『日本文化』を論ずることも、ふつうに行われているが、これは『日本』が始めもあれば終わりもあり、またその範囲も固定していない歴史的存在であることを意識の外に置くことによって、現代日本人の自己認識を著しくゆがめ、曖昧模糊たるものにしている」と述べる。

網野氏は『日本』が地名ではなく、中国の『清』や『明』と同様の王朝の『国名』であり、60万年前に遡ることは無論、2000年前にも遡ることはできないものであり、1300年前「壬申の乱」に勝利した天武の朝廷から使われ始めたものであることを論証している。さらに、この『日本』という国号は、「日の本」、「日出づる処」を意味しており、「けっして特定の地名でも、王朝の創始者の姓でもなく、東の方向をさす意味であり、しかも中国大陸に視点を置いた国名であり…中国の大帝国を強く意識しつつ、自らを小帝国として対抗しようとしたヤマトの支配者の姿勢をよくうかがうことができるが、反面、それは唐帝国にとらわれた国号であり、真の意味で自らの足で立った自立とはいい難い…この国号はまさしく『分裂症』的であり、中国大陸から見た国名」なのである。

藤村氏の捏造はこうした「自らを小帝国として対抗しようとした」「真の意味で自らの足で立った自立とはいい難い」現代日本人の歴史認識の中で発生したものであり、実際に捏造を行うかどうかは別として、捏造行為へと突き動かす原動力であったことは否定できない。歴史認識が「足で立って」いないからこそ(考古)「学」としても「足で立つ」ことができず、相互批判ができず、捏造をはびこらせる土壌となっているのである。

ところで、『日本』という王朝が7世紀末に成立したという説は、何も網野氏独自の説ではない。すでに、1970年代始めから古田武彦氏は『邪馬台国はなかった』『失われた九州王朝』『古代は輝いていた』等の一連の著書の中で、『倭』と『日本』とは異なった王朝であり、『倭』は博多湾に中心を置き北九州と朝鮮半島南部の一部をも含む領域を支配し列島内の王朝の代表として中国と交渉していたとし、『日本』はその亜流「日本国は倭国の別種」(『旧唐書』日本国伝)として大和平野に侵入した王朝であり、『倭』が662年の「白村江の戦い」で唐・新羅連合軍から決定的な敗北を被った後、『日本』が列島内の王朝の主導権を握ったものであると主張されている。古田氏の説は網野氏の説よりもさらに論理は簡潔明快である。網野氏は本書において異端の歴史家といわれる古田氏の説について一言も触れていないが、近代歴史学がそして現代日本人の歴史認識が「自らの足で立つ」ためにも正当な評価と相互批判を望みたいところである。(福井:R)

【出典】 アサート No.276 2000年11月25日

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