【投稿】参議院選挙に思うこと

【投稿】参議院選挙に思うこと

☆比例区選挙の実像
 内閣支持率が10%を切るという森内閣を抱えて、自公保政権が考えついたのが、参議院選挙の制度改悪であった。政党名による投票で、政党枠当選者数が決まるという従来の方式(拘束名簿方式)では、党内立候補者の当選順位が決まった時点で、二つの面で選挙の取り組みが弱まる。一つは、ほぼ当選ライン以上の順位を獲得した候補者陣営は、当選が確実になったと思い、運動が弱まる、その2は、当選がおぼつかない順位となった候補者陣営は、どうせ当選しないんだからと、同様に運動から手を抜くことになると。
 さらに、KSD疑惑で明らかなように、自民党の参議院比例区候補はそれぞれに業界団体と結びつき、獲得党員を水増しし、党費を業界団体に肩代わりさせ、その見返りに当選後は業界の利益代表として業界に有利な国会質問や省庁への働きかけを行うという構造である。まさに政官財の癒着構造そのものであった。
 森政権で参議院選挙を迎えれば自民党の敗北必死、拘束名簿制であれば従来どおりに、業界団体の運動はあるものの、候補者は最後まで必死にならない、という判断から、まさに自民党の党利党略で参議院制度改革が強行され、非拘束名簿式となった。比例区の立候補者の得票と政党名での得票の合計が、その政党の比例区における得票となり、政党枠の当選者が決まり、個人名での得票の多い候補から当選する制度となったのである。

☆小泉人気で逆効果
 こうして制度改正した自民党だったが、4月の小泉総裁就任以降は、逆に小泉=自民党という従来の比例選挙の方がよかったとの声も出始め、行き当たりばったりの政治の実態をさらけ出すことになる。都議会選挙で「小泉」票が6%もあったということで、生駒さんも指摘の「第2の小泉」立候補という「ていたらく」である。
 一方、連合など労働団体は、当初「非拘束名簿制」については、自民党の党利党略と批判していた。だが、実際には「大産別組合の」の場合、組織を固めれば、当選できる、という意味で反対運動の裏で「支持署名」の取り組みを開始するなど、両面の対応に走ってきたわけである。

☆比例区重視で、選挙区後回しの実態
 今回の制度改正により、20年前の「全国区」選挙が復活したことになった。比例選挙になる前の旧全国区を経験した労組幹部はすでに現場を去っている。今回改選を迎える6年前に当選した議員は、昨年までは政党名での比例選挙を前提に活動してきた故、悪く言えば、「比例選挙に安住して」きた議員が多いのも事実。個人名の浸透という課題は、決して簡単な話ではない。そういう意味で、比例区候補を抱える9産別労組は、それなりの危機感を持って選挙を準備してきたと言えるだろう。しかし、産別毎の独自の候補者選挙である故の弊害も深刻になりつつある。連合などが地域の選挙区候補の選挙本部を立ち上げても、比例区候補を抱える主要産別の取り組みは、比例区に重点が置かれてしまい、連合上げての取り組みになりえていないのが現状だ。大橋巨泉などの大物タレント候補についての連合の目線も冷ややかという複雑な構造が見え隠れしている。

☆すでに選挙は公示され、小泉効果での自民党の復調は確実な状況となっている。6月末の都議会選挙の評価だが、「風が吹かない」状況、むしろ逆風と言う中での、民主党の底が見えたということだが、決して敗北したという意味ではない。むしろ健闘したとも言える。「小泉の構造改革は、民主党が言ってきたこと」とか「小泉の改革を実行できるのは、むしろ民主党」などのような政党の存在感そのものを消滅させかねない主張は、ダメダメ!ということだろう。しかし、その中でも候補が比較的若かったという点、それなりに連合の集票が功を奏した点など、「逆風」の中で、私は健闘したという評価だ。
 参議院の場合、選挙戦に突入して、それまでの小泉・田中がテレビを独占してきたような雰囲気はなくなり、テレビの党首討論等でも、構造改革に伴うセイフティネット議論などでは、小泉の議論に具体性が乏しいことも目に見えてきたように感じられる。
 いずれにしても、選挙結果が出てから、ということになろうが、読者諸氏には、小泉自民党に「NO」の選択を行使していただくことを要請したい。(佐野) 

 【出典】 アサート No.284 2001年7月21日

カテゴリー: 政治 | 【投稿】参議院選挙に思うこと はコメントを受け付けていません

【投稿】歴史教科書問題とマルクス主義史観

【投稿】歴史教科書問題とマルクス主義史観   by 生駒 敬

☆小泉新政権登場の意味
 小泉政権の登場によって、がぜん日本の政治状況は騒々しくなってきた。前首相の森氏はいわば粗雑、粗暴、底の知れた乱暴者の程度、自民党内でも御し易しき存在であったが、小泉氏は御し難く、奇人、変人といわれながらもスマート、シャープ、ソフト、そして実行力が売り物である。それが一〇%以下の支持率と九〇%にも達する支持率という、対照的な差となって、異常な小泉旋風を巻き起こしている。しかし両者は同根である。後者が前者を徹頭徹尾支えていたのである。いや、後者のほうが靖国公式参拝へ異常な熱意を示し、集団的自衛権の行使を当然のごとく主張し、そのためには憲法改悪もいとわず、この際首相公選も、と前者よりは悪質でたちが悪い。しかし前政権の無能・無策・利権漁り、放漫財政をさらに拡大しようとする無責任さにほとほとあいそをつかしていた世論は、歓呼の声で小泉氏を迎えた。野党のふがいなさを見るとき、ある意味では当然とも言えよう。民主党の支持者では八割前後、共産党の支持者でも五割前後が小泉支持という事態である。かくも世論が軽々に流れ、それに棹さす者が非難、難詰される、これは危険な事態の到来ともいえよう。タカ派の内実を、その場限りの大衆迎合的な「構造改革」や環境政策で補完して一気に押し通してしまおうというこの新政権、一見「改革的」な側面ももたざるを得ないし、政策転換も行い、矛盾と軋轢を生み出してはいるが、大勲位・中曽根元総理に庇護され、おだてられ、何をしでかすか分からないという意味では、前代よりも危険であり、反動的でさえある。あの石原都政と相通ずるものがあろう。
 しかし私はここで、小泉新政権論を論じようとするものではない。軌を一にして問題が浮上している教科書問題である。この問題、「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書も、きわめて復古調であり、反動的である。小泉新政権と自民党はこの際一気にこの反動的な教科書を全国の教育現場に広めようとさまざまな画策をしている。これに対して韓国、中国からは検定の撤回と個々の具体的な修正要求まで出されている。自民党内や右派勢力からは「干渉に屈するな!」の大合唱である。この教科書の情緒的で非科学的・反動的な内容に対する一通りの批判ならば、いとも簡単であろう。事実、鋭い的確な批判が多数出されている。あえて付け加えることもないといえよう。問題提起としたいことの一つは、こうしたものがなぜ台頭し、これとどのように対抗すべきかという政治的思想的な位置付けの問題である。

☆「フリーパス」の検定
 この「新しい歴史教科書をつくる会」は、周知のとおり、「現行の歴史教科書は旧敵国のプロパガンダ(宣伝)をそのまま事実として記述するまでになっています。」として、「新しい歴史教科書をつくり、歴史教育を根本的に立て直す」ことを設立趣意書に掲げてきた。そしてついに、皇国史観を「誇りうる歴史」、「大東亜戦争」を「アジア解放の戦争」と主張する歴史教科書と公民教科書の検定を合格させ、教科書採択の前から産経新聞社と一体になって大々的な宣伝を行い、教科書の市販本まで出版して大量販売に乗り出し、地方議会や教育委員会、教育現場に彼らの教科書の採択を迫るよう、右翼暴力団と結びついた政治的暴力的な圧力までかけだしている。
 つくる会の西尾幹ニ会長は、検定合格前までは、「個別部分は屈辱的ともいえる修正も受け入れた。ただ、マルクス主義史観とは違うわれわれの考え方そのものは残っている。」(『朝日新聞』三月五日)などと述べていたのだが、検定が合格するや、「(家永三郎氏の教科書は四〇〇箇所もの修正があったのに対して)一三七ヶ所といいますとほとんどの他の部分は修正されていないといってもいいんですよ。重大な叙述の部分がほとんどそのままフリーパスで通っているというのが、実は一方の事実なんです」(産経新聞社『正論』二〇〇一年七月号「我々の歴史教科書は死なず!」)と本音をずばり吐露している。
 同教科書の共同執筆者の小林よしのり氏も、「特攻隊員の遺書は、白表紙本のなかでは、本文の記述になっていたんです。そこに検定意見がついて削られてしまったからコラムを作って、本文で一本だけ紹介していたものを二本に増やしてやった。このように闘争心に燃えた検定に対する処し方もあるわけです。検定でどうのこうのと意見をつけられても、唯々諾々とそれに従ったわけではありません。…だからいろいろ修正されたといっても、この教科書の記述は決して薄まっていない」と豪語している。(同上、『正論』誌)
 彼らが自ら暴露しているように、文部科学省は彼らの教科書のためにだけ一ヶ月以上遅らせた第三次修正期間を設け、それまでにこの教科書の不合格を主張していた検定調査審議会委員を更迭し、韓国側からの反発を字句修正問題に持ちこめるように表現を和らげ、町村文部科学大臣の「特別の計らい」で検定をゆるめ、明らかに検定を合格させる「通すための検定」が行われたのである。

☆「歴史学者の問題」なのか
 それでも事態は、韓国・中国両政府の根本的な修正要求となって日本政府に突き付けられる事態を招来した。事実上のフリーパスで、語句の修正だけでは切り抜けることのできない本質的な欠陥を数限りなく抱えている以上、小手先のごまかしでは対処できるものでないことは当初から明らかであった。それでも小泉首相は「これは再修正はできないんだけど、お互いに歴史学者の見解が違うから将来、どういう対応をできるか前向きに考える必要がある」(五月八日・記者質問に対して)などと、問題の重要性さえ認識できず、歴史学者の見解の相違のごとく装い、逃げ切り策に終始しようとしている。しかし韓国政府が問題にしているのは、歴史学者の問題などではなく、韓国・日本間の合意事項、日本が自ら表明した国際的約束、国際社会が公表した歴史教育に関する基本的立場に反しているものであると明確に指摘し、日本政府の公約違反を問題にし、批判しているのである。
 こうした事態に対して、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(中川昭一会長)などは「これは明らかに内政干渉だ」と叫び、「つくる会」理事の坂本多加雄・学習院大教授は「要求に応じれば禍根残す」として、「韓国政府より再修正要求があった。要は自分たちが書いてほしいように書いていないという指摘である。…一方的な修正要求に直面しているのである。韓国政府による「検定」が今後慣例化すれば、日本国民の多くは、阿諛追従するか反発を強めるか、いずれにしても心底から隣国に親愛を抱くことはむずかしくなろう」(『朝日新聞』五月十四日)として、いずれも意図的に問題を内政干渉論にすり替えている。
 問われている問題の本質、「日本軍国主義が犯した侵略の残虐行為を美化し、あれこれ逃れようとしている」、「すべてのアジアの被害国人民の感情を侮辱する」、「歴史的事実と人類の英知に対する挑発」(中国外務省談話)としての今回の歴史教科書問題の本質を一切問うことも省みることもなく、「一方的な修正要求」、「国内問題に対する外国からの干渉」、「国家の存立の基本にかかわる」などとして排他的なナショナリズムを鼓吹する、こうした態度からは偏狭な拝外主義が生まれても、国際的な協調と連帯、相互交流と信頼の精神は生まれないであろう。

☆「日本人再生の糸口」
 さてここまでは、いわば当然のこと、言わずもがなのことを述べてきたとも言えよう。問題提起したいことはここから先のことである。こうした動きは、ドイツやオーストリアにおけるネオナチの動き、歴史修正主義の胎動、ヨーロッパにおける外国人排斥運動などと共通の根を持っていること、等については、本誌前号「社会主義と全体主義論」でも指摘したところである。論を進めたいのは、マルクス主義、唯物史観との関係である。
 前出の西尾幹ニ・「つくる会」会長は「マルクス主義史観とは違うわれわれの考え方」と言い、坂本多加雄・同理事はマルクス主義に基づくこれまでの「日本近代史解釈」を「講座派の立場からする歴史の物語」として批判する。彼らはマルクス主義史観を十把一からげに階級闘争史観=「自虐史観」と決め付け、敵意を剥き出しにする。そこには真剣でまじめな論証もなければ、悪罵・中傷・冷笑はあっても対話の可能性など存在し得ない。このように論ずることこそが彼らの存在意義でもある。しかし彼らの動きが一部の言論やマスメディア、資本と結びつき、大々的なキャンペーンを展開し、一定の支持を獲得し、政治勢力としても無視し得ない段階に達し、自民党や右派政治勢力が彼らを取り込み、彼らに頼り、依存する事態にまで進展していると言えよう。
 こうした事態は、大きく言えば、ソ連崩壊と相前後する冷戦体制の崩壊に伴う事態の進展の反映でもある。冷戦体制の崩壊は、それぞれの体制を防御し、統制していた冷戦を維持する構造をも崩し始めた。それは急速な市場主義の拡大と貿易・経済の国際化、グローバリゼーション化として現出し、国境や体制の相違を突き崩し、公開せざる情報をも公開させ、非民主主義的な権威主義的政治体制はもちろんのこと、一見進歩的な開発主義的独裁主義的政治体制をも風前の灯と化させ、先進諸国においてもこれまで押さえつけられ、表面化していなかった矛盾や問題を噴出させることとなった。その典型の一つが強制連行や強制労働、従軍慰安婦問題に現れた戦後補償の問題である。冷戦体制下では解決済みの問題であったものが、民主主義と人権、国際的道義的規範に照らして未解決の問題として浮上してきたのである。過去に問題解決を図ることなく責任を回避し、封印してきた「ツケ」を払わなければならない段階に達したのであるが、一方では国家の統治能力がグローバル化とともに低下し、方向喪失状態に陥っている。
 こうした事態を危機意識と不安感でとらえ、坂本多加雄は「輪郭を失い人類や市民に拡散してしまった日本人のリアリティの再生の糸口」を皇国史観に見出し、自虐史観の克服に「日本」再発見を重ねる、その意味では単純に復古主義的なものではなく、グローバリゼーションに対応するものとして持ち出されていることに注意すべきであろう。

☆「マルクス主義的史観」の反省点
 冷戦崩壊後の社会、二一世紀は、それぞれの諸国が孤立しては存在しえず、相互に複雑に絡み合い、相互依存関係の中で社会が形成されている、ゴルバチョフがかつて述べたように「共同の家族」をお互いに構成しあっているともいえよう。そうした世界では、環境問題が諸国の一致した協力と解決への努力がなければ無に帰するのと同じように、一国の歴史といえども他の諸国との関係を無視しては成り立ち得ないし、侵略と植民地化を正当化するような自国本意の優越主義的歴史観は有害無益である。むしろそうした史観をどのように反省・克服するかということが、一国の内部だけではなく、国際的な共同の努力の中で形成、蓄積され、それらが諸国の共通の成果として獲得されなければならない段階に来ている。しかもそれらが国家的・専門家的レベルだけではなくて、市民的・社会的・民際的レベルでこそさらに広範に追求されない限り、実となり花となり得ない段階でもある。
 二〇世紀社会主義は、まさにこの点において本質的な欠陥を持っていたと言えるのではないだろうか。その国際主義は一国社会主義の中に埋没し、その民主主義は国家主義的権威主義と官僚主義の中に圧殺され、本来自由闊達に競い合うべき政党政治が一党独裁に合理化され、その党内民主主義さえピラミッド型組織体制の下に有名無実化し、党官僚が真理の決定権を独占し、市民社会の民主主義的発展を抑圧する国家権力が正当化され、「個」の民主主義と人権は「公」の利益と統制の下に従属させられ、市場経済の合理性と普遍性がその無政府性と暴力性のゆえに国家主義的統制経済の中に窒息させられ、結果として、「富国強兵」的軍事経済、冷戦体制の中でしか存続し得なかったという、深刻かつ苦渋に満ちた経験である。しかもその中には一貫して進歩主義的・生産力主義的史観が他に優越するものとして脈々として受け継がれてきた。その負の遺産は「包囲された社会主義」の名の下にすべて合理化されてきた。これらは筆者自身の深刻な反省でもある。
 ところが、自虐史観を口を極めてののしる自由主義史観の彼らは、彼らがもっとも忌み嫌う「共産主義者」の手法そのままに、国家主義的権威主義を追い求め、「公」の優先の名のもとに自由な批判を封じ込め、劣っているアジアを解放し、進歩し優越している日本の成果を分け与える「大東亜共栄圏」を当時としては西洋列強に包囲された中でのやむを得ざる選択であったと正当化する。滑稽な歴史の逆転でもある。しかし笑って済ませられる問題ではない。かれらはすでに「君が代」と「日の丸」ですでに国家主義的な権威主義にひざまずくことを強制し、民主主義的な選択可能性を排除している。今度は彼らの得手勝手な進歩主義史観に基づいた「誇りうる歴史」を唯一正当な歴史観として押し付けようとしている。これに対抗する側の思想性と政治性が問われているし、社会主義の本質としての民主主義の発展、成熟度が試され、再試練を受けているとも言えよう。 

 【出典】 アサート No.284 2001年7月21日

カテゴリー: 教育, 書評, 歴史, 生駒 敬 | 【投稿】歴史教科書問題とマルクス主義史観 はコメントを受け付けていません

【投稿】「多文化共生社会」の危機~「外国人選挙権法案」不成立が示すもの~

【投稿】「多文化共生社会」の危機~「外国人選挙権法案」不成立が示すもの~
 
 「人権の二一世紀」、多民族・多文化共生社会への、重要なステップとして期待された「永住外国人地方選挙権法案」は、先の通常国会で「継続審議」となり、またしてもその成立は遠のいた。
衆議院選挙終了後の一年前の段階では、自・公・保の与党三党のみならず、すべての政党が、付与条件の違い等はあるものの、こぞって選挙権法案について賛意を示しており、早い時機での成立は間違い無いものと思われていた。
しかし、昨年秋以降、法案成立が現実のものとなるにつれて、自民党内反対派が巻き返しを図ったため、与党内推進派の野中自民幹事長(当時)や公明党も一歩引いた形となり、途中「加藤政局」の混乱もあって、「年内成立」=「二十世紀中の決着」は困難となった。
さらに、年明け以降は、自民党に加え民主党内で反対派が結成され、独自の立場から法案に反対する朝鮮総連も、地方で社民党など「友誼勢力」への働きかけを強めた。
このように推進派の足並みが乱れる一方で、反対は勢いづき、あたかも「反選挙権法案多国籍軍」が結成された如き様相を呈したのであった。
これに対して、自治労、日教組などの労働組合と市民団体、さらに韓国民団などは、東京、大阪を中心に集会、署名活動などを進めたが力不足は否めず、当事者能力を喪失した森内閣のもとで、法案は実質たな晒しとなり、膠着状態が続いた。
それでも自民党総裁選挙、参議院選挙と言う政治情勢の「激変」が期待されていた中では、一縷の望みもあったのである。

<小泉内閣誕生でとどめ>
こうした状況に決着をつけたのが、小泉政権の成立である。圧倒的な支持率を誇る小泉首相の前では「外国人選挙権問題」が懸案であるという事実さえ、「改革、改革」の大音声と異常な熱気にかき消されてしまい、「継続審議」であるにもかかわらず、参議院選挙では争点にもならなかった。与党の公明党も、野党の民主党もそれどころではなくなったと言うのが実態だろう。
さらに今回の不成立は過去の場合とは違い、背景に「新しい歴史教科書」の検定合格など民族排外主義が勢いを強めている状況がある。
 その意味で問題は「外国人選挙権法案」にとどまらず、日本社会がきわめて深刻な方向へと進んでいることにある、と言わざるを得ない。
このような動きに拍車を掛けようとしているのが「小泉改革」による「痛み」である。 小泉内閣は、不良債権処理を軸とする構造改革の推進によって、相当の痛みが発生すると公言している。
とりわけ、雇用面においては、政府の見込みで五十四万人、民間の想定では最大百三十万人の失職者が発生すると予測されている。景気が後退局面に入った現在、政府の推定は甘すぎると批判されており、新たな雇用創出も「画餅」という中では、最終失業者数は百万を超えるとさえ言われている。

<「排外主義」に警戒を>
このような「痛み」「不安」がその矛先を向けるのは、マイノリティー、とりわけ外国人であることは、過去の欧米の実態を見れば明らかである。
すでに、インターネット上では「外国人を追い出して痛みの緩和を!」などという主張が目立ち始めている。また先日、富山ではコーランが破り捨てられると言う事件が発生した。さらに外国人排斥を公言してはばからない都知事が、相変わらず高い支持を得ている。
こうした事態を放置するなら、やがては外国人排斥を唱える政治勢力の伸張、さらには在日外国人の生命、財産を直接脅かす事態になることが懸念される。
現在、差し迫る雇用不安に対しては、セーフティネットの整備が唱えられている。しかし「人権のセーフティーネット」こそ、早急に整備すべきものではないだろうか。
 「痛み」を強いるものに向かって、主権者として「N0」を唱えることができる選挙権こそ、本来その最たるものであったはずだ。しかし、それが実現していない状況である以上、早急に外国人の人権擁護について、具体的検討を進めるのが政治の責任である。
だが小泉首相は、靖国神社公式参拝問題や教科書問題解決の事実上の放置、などの後ろ向きの対応で危険な風潮をとどめるどころか、逆に追い風を送っている。
 以上のような状況では、外国人選挙権の確立はもちろん、多文化共生社会への歩みは、厳しい逆風にさらされ、しばらくの間は守勢を余儀なくされるだろう。
しかしながら、多民族・多文化共生社会実現への取り組みを弱めることはできない。民族的少数者に「他文化強制社会」に住むことを、強いるわけにはいかないのである。
そのためには、今一度、外国人選挙権法案の意義である「内なる国際化」「地方分権の推進」「戦後処理」などを確認し、それら一つひとつの地道な活動を継続していくことがもとめられている。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.284 2001年7月21日

カテゴリー: 人権, 政治 | 【投稿】「多文化共生社会」の危機~「外国人選挙権法案」不成立が示すもの~ はコメントを受け付けていません

【書籍紹介】山口二郎著 「日本政治 再生の条件」

【書籍紹介】山口二郎著 「日本政治 再生の条件」
               (岩波新書 2001年6月発行 700円+税) 

 参議院選挙を前にして、90年代の連立政権発足前後、政治改革を積極的に論じてきた筆者が、現在の日本の政治の現状と改革の方向について政治家・新聞社論説委員、大学教授・県知事などのインタビューを通じて明らかにしようとしたのがこの本である。
 「・・森政権のもとで、政治に対する不満は頂点に達した。まずいものを食べさせられたあとは、ただの水でさえおいしいと思える。・・自民党政治を否定することで自民党総裁に選ばれた小泉氏は・・自民党政治を否定する具体的な実績を上げなければ、国民に否定されてしまう。」と小泉政権の性格を規定した上で、「・・いったい自民党政治の何が問題なのか・・いまこそメディアも学問も、現実政治に対する批判能力を回復しなければならない。その意味でこの本は日本政治の現状に対する冷静な危機感を読者に持ってもらうことを目指している」と筆者は前書きで問題意識を明らかにしている。
 そこで、インタビューに登場するのは、第一章「危機の政党政治」では、自民党からは、森政権時代に「明日の自民党を創る会」を作った、現行政改革大臣の石原伸晃衆議院議員、野党民主党からは、若手の政策通と言われる枝野幸男衆議院議員、薬師寺克行・朝日新聞論説委員、第二章の「経済危機と政治空白」では、谷垣禎一・元金融再生委員長、金子勝・慶応大学教授、第三章「市民政治への展望」では、北川三重県知事、辻元清美衆議院議員、といった顔ぶれである。
 紙面の都合で、それぞれの特徴的な紹介をすることができないが、全体を通じて自民党政治の限界と格闘する問題意識は明らかになっている。それは、戦後長く続いた右肩上がり経済が終焉した今、旧来の癒着の「ばらまき行政」を突き崩し、如何に市民・国民の政治への意識変革と積極的参加を促すのか、という点に集約することができる。
 一方、民主党に対しては、自民党とは違う意味で筆者の評価は厳しい。「『非自民』という茫獏とした共通項しかないというところに、民主党の低迷がある。自民党の内側から、小泉と言う非自民を行動で体現する政治家が出現したとき、民主党は存在理由を失ってしまった。」と。「いまどき、自由、民主主義、地方分権、環境重視、民間活力などは誰でも唱える言葉である。そうした理念を実現するにあたって、程度の差を論じることが政治の役割である。・・・小泉政権の構造改革がスローガンにとどまって、具体性を欠くならば、野党にとって機会は広がる。族議員が跳梁跋扈する自民党には決してできないような資源配分のプランを示すことで、野党は自民党との差異を訴えることができるはずである」と。
 小泉首相人気に押されがちな今日この頃、日本政治の再生の条件をじっくり議論しておくことが必要であり、問題提起の書と言えるだろう。(H) 

 【出典】 アサート No.284 2001年7月21日

カテゴリー: 政治, 書評 | 【書籍紹介】山口二郎著 「日本政治 再生の条件」 はコメントを受け付けていません

【投稿】小泉改革の危うさ、モロさ

【投稿】小泉改革の危うさ、モロさ

<<「塩爺ブーム」>>
 小泉首相の支持率はいまだ上昇中である。首相就任直後、「あとは落ちるだけ」と自ら認識していたものが、逆に上昇、朝日では78%から84%へ、NHK調査では、+4%で85%(6/11発表)、日経調査でも+5%で85%に達した(6/12)。同時に自民党の支持率も上昇、日経調査では実に48%である。自らが支えていた森政権時代、つい数ヶ月前までは自民党の支持率は一桁台でしかなかったのである。
 その意味では、ハンセン病訴訟の控訴断念は、支持率上昇か下降かの分岐点であったといえよう。官僚の控訴方針を追認しておれば、厚相を3回も歴任した小泉首相自身が怠慢の責任を負うべき重要人物として追及され、小泉人気に大きな陰りができ、その支持率も暴落しかねないものであった。控訴断念は、支持率をいっそう高めることに寄与した。「小泉で政治が変わった証拠」として主張できる。しかし、その後の水俣病関西訴訟、在外被爆者訴訟ではいずれも画期的な判決によって国の責任が厳しく問われ、敗訴しながら、高齢の患者や被爆者の願いを無視して無慈悲な控訴を選択している。公明党との連立関係や人権感覚を天秤にかけた政治的決断と、こうした問題に機敏に対応できない、人権や庶民の感覚に鈍感な野党の対応が、小泉内閣の高支持率を支えているともいえよう。
 しかしながら、期待度が高ければ高いほど、この高支持率、いかにもあぶなかしいものである。マスコミやあらゆるメディアが小泉ブームを演出し、自民党本部前に一枚50円の小泉ポスターに女子高生が並び、とぼけて事態をごまかす塩川財務相までが「塩爺ブーム」などとアイドル扱いで、いかにも浮ついている。

<<“改革抵抗勢力”>>
 自民党はここぞとばかりに、図に乗って、参院選選挙区で次々と「複数候補擁立」に動き出し、静岡(改選数2)、群馬(改選数2)に続き、新潟、福島、栃木、福岡などでもあわよくばと、自民党の圧勝を狙っている。森政権時代は、複数候補など論外、共倒れ回避で危機感をあおっていたものが、森から小泉に看板を掛け替えただけでこの事態である。7月の参院選は、「よほどの失敗がない限り、自民党だけで55議席、公明・保守党を加えて過半数の64議席を獲得するのはほぼ確実」とまでいわれている。森内閣であれば、自民党は30議席を獲得するのがやっとと見られていたのだから、笑いが止まらないといえよう。
 その前に東京都議選が行われており、本誌が発行される頃にはすでに結果も出ている。自民党の現有議席は48であるが、森政権下なら30議席台といわれ、自民党離党・石原新党結成を息巻いていた連中が一変、小泉ブームに便乗したツーショット写真を売り込み、今回は55人の公認候補を立てている。日経調査では「投票に行く」が90%に達し、小泉内閣発足後の最初の大型選挙として注目されるところである。
 さらに自民党は小泉人気を当て込んで、参院比例区候補者に芸能人やプロレスの大仁田厚らスポーツ選手をズラリと並べるタレント作戦を立て、大量票をかっさらう作戦である。
 自民党自身が大きく激変しているかに見えるが、表面上だけである。現在の参院選自民候補71人のうち21人が橋本派であり、青木参院幹事長は「参院改革は首相に言われてするものではなく、参院自ら行う」として、「派閥離脱」など始めから無視している。しかもタレント以外の比例区候補の多くが官僚上がりで、彼らは関係業界団体や天下り特殊法人、現職官僚らと組んだ、小泉言うところの“改革抵抗勢力”である。小泉ブームは彼らを超え太らせ、強化させるのである。

<<「思い込みじゃねえ!」>>
 小泉首相と竹中経済財政相がリードする経済財政諮問会議が、“骨太の方針”で、道路特定財源の見直し、公共事業費の削減、地方交付税の大幅削減、特殊法人の民営化を打ち出すや、すぐさま自民党の政策決定機関・総務会は、「諮問会議は党と何の調整もしていない。議院内閣制を理解してないんじゃないか」「基本方針案が公表される前に新聞に載ったのは世論誘導だ」として反対の大合唱、自民党執行部と内閣との対立が鮮明化しだしている。麻生・自民党政調会長は「参院選前に議論することはない」と明言し、完全な棚上げ姿勢である。
 とりわけ、道路特定財源の見直しには、橋本派を中心とした「建設族」「道路族」が猛反対し、鈴木宗男・同派事務総長代理は「道路がもう十分なら減税すべし」と一般財源化に反対、野中元幹事長も遊説先で「都市と地方部の対立はよくない」と事実上地方の反対・反乱を促す行動に出ている。5/25、東京・砂防会館で開かれた「道路整備促進期成同盟会全国協議会」には全国から2000人の市町村長が集まり、特定財源見直しに反対の決議が採択され、多数の自民党族議員も参加し、国土交通省幹部や、道路公団総裁も出席、扇国土交通相まで駆けつけ、壇上で“必要なところに早期に集中的な投資をしたい”と演説する始末である。さらに6/7の全国市長会議総会では、「誤解や思い込みで地方から反発やら抵抗が起きている」とあいさつする小泉首相に、「思い込みじゃねえ!」と鋭いヤジが飛ぶ事態である。
 実際に、国会審議で律儀に「小泉首相の政策に協力する」とエールを送っているのは民主党の議員ばかりであり、自民党の議員は冷ややかに見つめているだけである。
 すでにこうした事態に、手打ちが行われている。6/2に行われた小泉首相、森前首相、青木参院幹事長の3者会談で、「改革の具体策は参院選後にする」ということである。つまり、自民党は選挙戦で小泉ブームと改革のイメージだけで圧勝を狙う作戦である。

<<「らいおんはーと」>>
 この作戦に一役買っているのが、小泉内閣メールマガジンである。このメルマガの登録者が14日18時に100万人を突破したという。登録者はどんどん増えている。これも異常な人気である。いかにこれまでの歴代政権が情報公開に否定的で、秘密主義と隠蔽体質に犯されていたかと言うことの反動でもあろう。期待するのも当然であろう。しかしその内容たるやお粗末の一言である。もちろん小泉首相自らの声がメールとして届くというのが狙いであり、確かに官邸に親近感を抱かさせるにはそれなりの意義があろう。しかし「らいおんはーと」と銘打った「小泉総理のメッセージ」第一声は、「24時間公人」である。「24時間かごの鳥」、「24時間、精一杯のことをやっていきます」それだけである。引っかかれば、「危機管理の面からもそれが大切」という、何やらきな臭さが感じられはする。旗幟鮮明な改革への熱意もメッセージもない。
 「大臣のほんねとーく」は、扇国土交通大臣のあほらしい自慢話と塩川財務大臣のおべんちゃらに満ちた小泉秘話、期待するのが間違い、と言えばそれまでの内容である。塩川氏が「小泉内閣の誕生は、1979年英国でのサッチャー首相出現と酷似した政治ドラマだと思っています」にはあきれる。労働党のブレア政権がつい先ごろ圧勝したばかりである。サーッチャー路線はすでに乗り越えられてしまったのである。小泉氏はブレアにこそ擬せられたかったであろう。その程度の政治感覚である。
 しかしそれでもこのメルマガ、官邸との一体感をかもし出すとすれば危うい手段になりかねない。「憲法改正」「靖国神社参拝」「集団的自衛権の行使」など、右派的な問題発言が異常で熱狂的な支持率の前で、それが問題視もされず、批判的意見を全く無視し、敵視するとすれば、危険極まりないと言えよう。つい2年前まで小泉氏は、憲法改正について「まだ機は熟していない」「日本には軍隊は国民に被害をもたらしたという感情が強く残っている」「国連軍への自衛隊参加は憲法改正につながるから、様子をじっくり見た方がいい」と消極的だったのである。ところがトップに立つや「(憲法9条は)将来改正すべきだ。自衛隊は軍隊でないという部分は不自然。いざという場合に命を捨てる自衛隊にだれもが敬意を持つような憲法を持った方がいい」(自民党総裁就任会見での発言)とエスカレートし、“靖国参拝がなぜ悪いんだ”“海外に批判される筋合いはない”などと言いだす。本質的に軽佻浮薄なのであろうか、ところがこのストレートな言い方が共感を受け、本人自身が危険な方向に流れだす、タカ派勢力が大喜びする所以でもある。

<<「小泉改革は売り」>>
 6/11、内閣府が発表した1―3月期のGDP(国内総生産)は、前期比で0.2%減、年率換算0.8%減のマイナスとなった。これで2000年度の名目GDPは前年比0.6%マイナスで、現行の基準で統計を取り始めた1981年以来、初の3年連続のマイナス成長である。原因は民間設備投資がマイナスに転じ、個人消費は4月の1世帯当たりの消費支出が前年同月比で4.6%もの減(総務省統計)となり、庶民の買い控え・需要減が明確である。株価も、小泉内閣発足直後の5/7には年初来高値の1万4529円をつけたが、その後は下げ一方、6/5以降は1万3000円を割り込み、今や1万2000円台である。小泉政権発足後、わずか1カ月半で東証1部の時価総額は約50兆円が消失した計算である。
 ところが小泉政権が掲げている政策はさらに景気を冷え込ませるデフレ政策である。国債発行30兆円枠を守り、財政出動を削減し、銀行に不良債権の直接償却を迫る、これによってさらに景気は悪化し、倒産は激増し、失業率は増大する、当然、マーケットは「小泉改革は売り」と判断しているのである。それでもプラスに転じる展望を示し得れば、事態は異なってこよう。しかしその肝心な政策を示し得ない。すでに来年度の税収不足は33兆円が見込まれ、国債発行枠さえ守れそうにもない。歴代政権のツケ回しとはいえ、不良債権もデフレ政策下では破綻先債権をよりいっそう拡大させ、増大させる。竹中経済財政相への依存は、ただ市場主義の名の下に、事態の進行を成り行きに任せ、放置しようとしているだけである。そこに、この政権の“モロさ”と“自己矛盾”があり、それを回避しようとする危険な方向への危うさが並存している。
 小泉首相の登場に世間は期待し、野党まで含めて異常なほどの支持を寄せているが、事態はそう甘くはないといえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.283 2001年6月23日

カテゴリー: 政治, 生駒 敬 | 【投稿】小泉改革の危うさ、モロさ はコメントを受け付けていません

【投稿】小泉改革と地方自治~市町村合併を中心に~ 

【投稿】小泉改革と地方自治~市町村合併を中心に~ 
 
 小泉改革の目玉である「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する方針」いわゆる「骨太の方針」の素案が、さる6月11日の経済財政諮問会議において示された。すでにマスコミ等において報道されているように、不良債権処理や首相公選制など様々な構造改革に向けた大胆な施策が打ち出されており、その実現が小泉内閣の成否に関わるものであるとして、大きな議論を巻き起こしている。
 本稿では、この「骨太の方針」が、今後の市町村合併をはじめとした地方行政の議論にも大きく影響を与えるものとして、とりわけ地方自治に関わる部分でのいくつかの論点について、考えてみたい。

<自立=市町村再編?>
 素案では、6章あるうちの一つの章をさいて、「個性ある地方の競争-自立した国・地方関係の確立」と題して、地方行政の方針を謳っている。
 まず、「地方の潜在力」を発揮させるべきだとして、「均衡ある発展」重視から「個性ある地域の発展」「地域間の競争による活性化」重視へと基本理念を転換することが求められるとしている。その下で、「自助と自律の精神」に基づいて、自治体が自らの判断と財源で行政サービスや地域づくりに取り組める仕組みへの是正が必要であるとしている。
 このこと自身は、何年も前から、地方分権を議論する大前提として指摘されてきたことであり、全く目新しさがないものであることは言うまでもない。
 その上で、「自立し得る自治体」を確立するために、市町村合併を強力に推進し、目途を立てすみやかな市町村の再編を促すべきだと、唐突に言い出すのである。
 確かに、地方分権や少子高齢化、介護保険、環境問題、IT革命など、地方行政を巡る課題が山積している中で、ほとんど地方交付税頼みの財政体質で、自治体の体をなしていない町村が数多く存在しているのは事実である。住民サービスを維持・充実させ、将来の展望あるまちづくりを進めていく上で、市町村合併は避けて通れない課題ではある。

<「自主的な」は何処へ?>
 しかしながら、これまでの国のスタンスは、あくまでも「自主的な」市町村合併の推進であったはずである。地方交付税や地方債などの優遇措置を定めた合併特例法の期限が、2005年3月に迫る中、一向に飛躍的な成果が挙がらない状況において、国のホンネとして強力に推し進めたいとは言え、地方分権の趣旨は尊重せざるを得ず、ある意味で自治体に気遣い、「自主的な」の4文字ははずせなかったのである。国の公式文書として初めて1000自治体という目標値を掲げた、昨年12月の行政改革大綱ですら、「自主的な」という文言は抜くことはできなかったのである。
 これらの経過を一気に飛ばして、「強力に」「すみやかに」市町村再編を進めるなどと謳うこと自体が、素案の言うところの自助・自律、自立した国・地方などの理念と相容れるものではないことは明白である。
 そのようなはき違えた理念に基づくならば、後段の「地方財政の抜本的改革」の中で、国庫補助負担金の整理合理化や地方交付税の見直し、地方税の充実確保をいくら謳ったところで、合併特例法のアメでは足らず、いよいよムチが登場してきたのだと、うがった見方をせざるを得ないのである。

<本来の自治体改革>
 では、本来の地方自治の構造改革とは何か。それは、国から言われるまでもなく、まずもって自らが自治体改革を進めていくということに他ならない。すなわち、公共事業はもちろん、あらゆる施策・事業に対して徹底した自己評価を行い、それらを住民に広く開示し、説明責任を果たす中で、真にあるべきまちの将来像を住民との協働により打ち立てていくことである。その結果として、市町村合併というのも大きな選択肢の一つになっていくのである。
 そのようなこともできず、また、課税自主権も制度的には十分保障されている中で、その一歩を踏み出せないでいるのは、ある意味で、利権にまみれ、がんじがらめになっている自治体側のサボタージュであると言っても過言ではない。国に付け入るスキを与えてしまっているのである。(なお、景気対策や雇用対策の名の下で、否応なしに国の愚策を押しつけられ、体制としても財政的にも、自治体が疲弊しきっていることは、十分に理解されなければならない。)
 もちろん、国:地方の仕事が3:7であるにも関わらず、税源が7:3になっている制度的な欠陥を是正していくことは急務である。ただし、そのことは、昨今喧伝されている「都市対地方」という論理のスリカエに、議論を陥らせてはならない。小規模の自治体においては、いくら所得税や消費税の配分を見直したところで、税収が上がることなど考えられない。住民の生活・生命がかかっている中では、地方交付税の調整機能は維持せざるを得ないのである。その意味で、素案が地方交付税の「見直し」というレベルに止まるとともに、「規模に応じた市町村の責任」を言わざるを得なかったことは、当然のこととは言え、理にかなった落とし所であると言えよう。

<市町村連合型の政令指定都市へ>
 では、大都市部においては、どのような自治体改革の議論が求められているのか。一定の行政水準を有し、ある程度の税収が確保されている大都市圏の自治体においては、国・地方の税源配分の制度的な見直しはもとより、説得と納得に基づく自主課税の議論を推し進めるべきである。
 さらには、中核市や特例市などという中途半端な権限委譲ではなく、府県の顔色を気にすることなく、あらゆる施策や事業、事務を自らの判断で行いうるという点で、現行制度における最大の権限を有する最良の形態=政令指定都市をめざすべきである。例えば、大阪においては、堺市が府内2番目の政令指定都市を市町村合併により実現させようとしているが、他地域においても、そういった議論をもっと活性化するべきである。一定の規模の中で一定の自立をそれぞれの自治体が確率している大都市部では、国に尻を叩かれて中途半端な規模で合併して、疲労と混乱を招くくらいであれば、区役所行政として旧市町村の枠組みや一体性を残し得る政令指定都市の方が、むしろスムーズに議論が進むのではないだろうか。言い換えれば、広域行政の一つの形態として、市町村連合としての政令指定都市をめざし、強力な自治体をつくっていくべきなのである。

 折しも、地方分権推進委員会が最終報告を提出したところである。分権論議の中で先送りにされていた税財源問題に一定の回答を示したものであり、まずもってこれらの提言を実行に移すべきである。そのような足腰の議論を抜きに、行政体の存廃に関わる議論を情緒的に優先させるべきではない。
 小泉首相の地方自治への理解・見識は、如何ほどのものかは分からない。ただ一つ言えるのは、市町村合併というものは、中央政府のリーダーシップによって進むものではないということである。決して忘れてはならないのは、地方政府には「大統領制」に基づいて住民から直接選ばれた3200余のリーダーがいるということであり、自らの任命権に担保された中央省庁や官僚に対するのと同様に、軽々しく「再編」などと言うこと自体、おこがましいのである。 (大阪 江川 明) 

 【出典】 アサート No.283 2001年6月23日

カテゴリー: 分権 | 【投稿】小泉改革と地方自治~市町村合併を中心に~  はコメントを受け付けていません

【コラム】 ひとりごと

【コラム】 ひとりごと

○小泉人気はすさまじいものがある。この点については、本号の生駒さんの投稿でも述べられている。確かに、森政権の時には考えられない「改革」政策を掲げている。小泉政権が長続きするかどうかわからないが、小泉人気のある内に少しでも、旧来の自民党政治の様々な政権維持システムの「破壊」が進めば、一面しめたものだと言う気がするのは、私だけだろうか。○道路特定財源の問題、さらに特殊法人の整理、公共事業の合理的削減など。小泉首相が政権を維持しようとすればするほど、自民党内に強力な基盤がないだけに、「国民的支持」を維持しなければならない。「永田町の変人」というコピーは、旧来の自民党政治に飽き飽きしている国民に直接訴えるメッセージだし、改革実現には国民の「ちから」を私(小泉)に、というのも、直接国民・有権者に訴えるメッセージだ。○そういう意味で、人気があるだけに、今後、有権者の監視も一層厳しくなってくるだろう。他方、少々不甲斐ないのが民主党ということになる。明らかに小泉の「改革」は、ほぼ7割位は、鳩山民主党の政策だ。無駄な公共事業の縮減しかりだ。おかぶを取られた感じは否めない。さらに、「指導者」としての党首イメージも、残念ながら、鳩山と小泉では、「庶民性」や「大胆さ」という意味でも、小泉の勝ち、ということだろう。○しかし、共通点もある。小泉につづく「改革イメージ」の自民党次期リーダーは存在しない。一方、民主党も、菅、鳩山に続く3番目のリーダーは、今のところ見当たらない。菅は国民的人気は一定あるにしても、議員の中では既に過去の人となっており、再登板はあり得ないらしい。民主党の今後については、機会を改めて論じてみたいが、都議選・参議院選挙の結果、そして小泉政権をめぐる様々な暗闘の中から、新たな政界再編の可能性も否定できない。○細川政権が圧倒的な国民的支持を受けながら、急速にしぼんだことは記憶に新しい。小泉首相がんばれ、という国民の声の裏側にある政治への「期待と不信」が、流れを決定することには変りはない。(H)

 【出典】 アサート No.283 2001年6月23日

カテゴリー: 政治, 雑感 | 【コラム】 ひとりごと はコメントを受け付けていません

【投稿】小泉内閣の危険性

【投稿】小泉内閣の危険性

<<史上空前の内閣支持率>>
 前号の筆者の「自民党政権崩壊への序曲」は、野党がもたもたし、危機に瀕する自民党の内部抗争を対岸の火事視し、傍観している間に、小泉新総裁の実現によって「自民党再生への序曲」と激変してしまった。今や小泉内閣の支持率は、朝日78%、読売87%、毎日85%、日経80%、共同通信86%、等々いずれも史上空前の支持率である。テレビ局調査では91%を記録(TBS)し、小泉首相や田中外相に対する野党の当然の正当な質問までが抗議や嫌がらせの対象となる異常な事態が現出している。
 これは、橋本―小渕―森と続いてきた歴代3代の政権、とりわけ最後の自公保連立・森政権の醜態にホトホトあきれはて、繰り返される腐敗・汚職への怒り、既得権益にしがみつき、利益誘導に汲々として、放漫財政をさらに拡大しようとする自公保政治への不信がついに限界点に達していた反動の表れともいえよう。これが自民党多数派の思惑や統制を大きく乗り越え、派閥政治との全面対決を唱え、「自公保にこだわらず、野党でも政策の一致があれば協力を得る」とした政治姿勢が党派を超えた支持を獲得し、「小泉支持」となって一挙に噴出したのである。自民党内部の危機感を、より広大な政治的危機感へと広げ、自民党の枠を超えた小泉支持へと収斂させたのである。しかしこれはいかにもあぶなかしいものである。

<<衆参同時選挙の可能性>>
 事態の激変は、「大惨敗→与党3党で過半数割れ確実」といわれた参院選の様相をも変えようとしている。貧乏神と揶揄された元首相と心中の運命だった橋本派候補の多くは小泉人気で俄然当選ラインに浮上、小泉人気に便乗、内心ウハウハ・楽勝ムードに浸り、小泉に擦り寄っている。党内は、「守りから攻めに転じよ」、「小泉と田中真紀子の投入で都市部もいける」、“1選挙区1候補”の方針から「複数選挙区の追加公認を出せ」「比例区ももっと増やせる」と押せ押せムードである。「衆参ダブル選なら衆院では300議席も可能」などとはじき、衆参同時選挙の現実的可能性まで取り沙汰されている。
 6月都議選で惨敗を覚悟し、“予備選の結果を無視して橋本龍太郎が新総裁に就任するようなら、公認返上や集団離党を決断する”と息巻いていた自民党系都議たちは、たちまち変身、5/2には都議団の強い要望で、候補者と小泉首相のポスター用ツーショット写真の撮影が行われている。
 しかし事態は彼らが期待するほど単純ではない。朝日5/17付朝刊の「世論モニター調査」(今月5~7日実施)結果は、「小泉支持の有権者が、そのまま選挙で自民党を支持するとは限らない」ことが明確に示されている。5カ月前の同じ調査で、森内閣を「支持しない」と答えた人の78%が小泉支持に転換。小泉支持の回答者を支持政党別に見ても、41.5%が無党派層。ところが、無党派層全体で「参院選で議席が増えてほしい政党」に自民党を挙げたのはたった8%にしかすぎない。森不支持から小泉支持に転換した層では、22%が自民党に「議席が減ってほしい」と回答しているのである。そして無党派層の73%が小泉支持でありながら、自民中心政権が良いとするのが22%に対して、民主中心の政権がよいとするのが30%と逆転している。

<<「大胆」「斬新」の装い>>
 5/7の小泉首相の所信表明演説では、小泉カラーを意識したキャッチフレーズが次々と繰り出された。「構造改革なくして景気回復なし」「国債発行を30兆円以下に抑制」に始まり、「新世紀維新」「恐れず、ひるまず、とらわれず」、さらには「閣僚が出席するタウンミーティングの実施」、次いで「小泉内閣メールマガジンの発刊」など、など。
 しかしこの所信表明演説から、予算委員会での答弁を見ると、総裁選に打って出たときの公約から明らかに“後退”している。総裁選で多用した“増税なき財政再建”の文言は完全に消え、“新規国債発行の30兆円以下への抑制”も、公約から努力目標に格下げ、「聖域なき構造改革」も「総理ならできることもある」と希望的観測の表明にとどまり、諫早湾干拓・川辺川ダム建設についても事業推進候補者の差し替えや工事中止を拒否、「そうした候補も最終的に党の意見に従えば問題ない」と放置する姿勢である。
 一見「大胆」「斬新」に見える装いを凝らし、新たなキャッチフレーズを連発しているが、一皮むくと、ろくな役割も責任も果たしてこなかった森内閣の閣僚を七人も再任し、問題の郵政利権にかじりつき支配してきた橋本派の片山総務相を再任させ、派閥人事丸出しで新たに二人の森派幹部を入閣させ(塩川、尾身)、民間人起用の目玉、竹中慶大教授も森内閣の経済戦略会議メンバーを引き上げただけ、連立政権の枠組みも有り方もそっくり引き継いでいるともいえよう。派閥隠しにタレント性で人気の高い田中真紀子・外務大臣を据え、小泉・真紀子人気で七月の参院選をしのぐといったところであろう。

<<「われわれのサイドの首相」>>
 しかしこの脱派閥を宣言した小泉氏を支えているのは、中曽根康弘・元首相、森喜朗・前首相、最大派閥・橋本派を牛耳る青木幹雄・参院幹事長の3人であり、事実上、3大派閥を基盤にしているともいえよう。それは、総裁選の最中に森氏が中曽根氏と会談し、江藤・亀井派が本選で小泉支持にまわるという秘密合意を交わし、その中曽根氏と小泉氏が終盤に会談・合意したことに象徴的である。橋本派についても、青木幹雄参院幹事長が野中氏との確執から「裏提携」を探り、同派の竹山裕参院議員会長とともに留任、自民党5役のうち2人は依然として橋本派が占めている。
 問題はこの小泉内閣の性格を決定付ける中曽根氏の露骨な発言である。「日本の内閣には吉田、池田、佐藤などの経済中心内閣と鳩山、岸、中曽根内閣など日本の民族性や統治権を中心に考えた内閣の二系統があるが、小泉君はわれわれのサイドの首相になり得るし、なってもらいたい」とあけすけに語っている(5/15都内講演)。さらに「憲法改正、首相公選、靖国神社の参拝、集団的自衛権の行使は私が言ってきたことだから、やってもらおうという気持ちがある」と具体的な政策指針まで明瞭に提起している。
 そして事実上、小泉氏は経済政策ではどんどん不明瞭となってきているが、中曽根氏の言う民族性や統治権についてはきわめて頑固で、復古調の危険な政策に固執し、「改革」の衣の下に古くて危険な鎧を身に着け、こわばっているのである。それがあの面相や態度にも表れているともいえよう。

<<新たな“小泉包囲網”>>
 もちろん、事態はそう単純ではない。自民党内に確固とした基盤を持たない小泉氏は、常に世論の動向や他党の動向を自己に有利なように取り込まなければ政策遂行がおぼつかないことも事実である。それは弱さでもあるが、強さでもある。だからこそメーデー会場にわざわざ乗り込み、「政権交代があったのとおなじようなものだ」と訴え、拍手喝さいの中、労組幹部のお株を奪って支持を取り付けようとする。中曽根氏をも含めて自民党内の多くの派閥領袖が不安がる点もそこにあるといえよう。いつ野党と手を組むかもしれないという不安もその一つであろう。
 そこで、水面下ではすでに新たな“小泉包囲網”づくりが始まっているという。利用され裏切られた亀井前政調会長は、「小泉は絶対に許せない」と気炎をあげ、野中氏や前幹事長の古賀、河野、高村という連合軍形成を画策し、国会議員票の圧倒的優位の確保を目指して惷動、参院選後の9月総裁選に焦点を合わせている。それまでは、小泉に好きにやらせて、せいぜい参院選で負けを最小限に食い止め、自公保連立を維持してもらわなければならない、というわけである。参院選そのものについても、現在の候補者の多くは橋本派が中心になって決めた利益団体の代表者である。比例代表候補者を総入れ替えでもしない限りは、小泉首相の唱える構造改革と逆行する候補者でもある。だが、ダーティな裏取引に常に顔を出し、疑惑を持たれている亀井氏とてひやひやものであろう。

<<民主党の競い合い>>
 5/9の代表質問で民主党の鳩山代表は、「私たち民主党が党是としてき主張してきた日本の構造改革に、あなた(小泉総理)が嘘偽りなく取組むというのであれば、あなたの内閣と真摯に議論を重ねていき、改革のスピードを競い合うのは、やぶさかではありません」とエールを送り、小泉首相は検討することを強調してこれに応えた。代表質問で民主党が提案したのは、
・国債発行額30兆円以下に制限する法案の作成
・財政投融資制度の大改革
・外交機密費の補正予算による減額修正
・官僚の天下り禁止法
などであるが、すべて小泉首相が唱える改革にあわせたものである。現実はこの程度でも次から次へと後退を重ねている。小泉首相と田中外相の答弁がその典型である。その後退に民主党が付き合っていく限り、民主党は、自民党の付属物と化し、一切の展望が開けないであろう。
 しかしこの民主党の姿勢にはもう一つ決定的な問題があるといえよう。それはこの時期、教科書問題・靖国神社参拝問題を始めアジア近隣諸国との険悪な緊張関係を打開し、日本が平和外交の方向性を明確に打ち出すべきときに、小泉内閣はきわめて危険なウルトラ右翼ともいえる逆行政策を打ち出し、強行しようとしていることに対して、何ら対案を示し得ず、改憲問題や集団自衛権問題では同調さえしていることである。民主党はこの点で政策転換を明確にしない限り、参院選では決定的ともいえる敗北に直面するのではないだろうか。(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.282 2001年5月26日

カテゴリー: 政治, 生駒 敬 | 【投稿】小泉内閣の危険性 はコメントを受け付けていません

【投稿】米中緊張激化と李前総統訪日

【投稿】米中緊張激化と李前総統訪日

<その場しのぎの日本政府>
4月1日アメリカの電子偵察機が中国軍戦闘機と空中接触、海南島に緊急着陸した問題の余熱がさめないなか、台湾の李登輝前総統が来日した。
明確な対台湾方針を持たない日本政府、外務省は当初、ビザ申請はされない、されても取り下げられるものと高をくくっていたが、李氏側の決意の強さに、慌てふためき右往左往する結果となった。
結局ビザ発給は、政策の変更ではなくて、自民党内の力関係の変化によって許可された。
一方李氏の訪日反対論についても、中国政府の主張に配慮するものばかりで、日本の主体的判断はいかにあるべきかについては示されなかった。
 このような状況では、人道上の問題として正面から押してくる李氏側に抗すべくもなかったのである。李氏の病気治療のための訪日が問題だとするなら、フジモリ前ペルー大統領の滞日を認めていることの方がよほど問題だろう。
中国側は対抗措置として、李鵬首相の訪日延期などを打ち出したが、日本の今回の対応は彌縫策であることと、直後に内閣が交代し「親中派」の田中外相が「今後ビザ発給はしない」と表明したこともあり、教科書問題、首相の靖国参拝問題を抱えるものの、日中関係はひとまず落ち着きを取り戻したと観てよい。

<大きく踏み込んだブッシュ政権>
一方米中関係については、偵察機の乗員の引き渡しは交渉は粛々と進んだものの、事件の背景にはブッシュ政権の抜本的とも言える対中政策の見直しが存在するため、当分の間は緊張関係が続くだろう。
前クリントン政権は、中国を「戦略的パートナー」と位置づけ、「人権問題」への言及をおこなう一方で、IMF加盟問題や最恵国待遇で最大限の便宜を図ってきた。しかしブッシュ政権は中国を「戦略的競争相手」と見なすしたうえで、台湾についてはイージス艦の売却は見送られたが、8千トン級駆逐艦などの売却を決定したうえ、陳水扁総統の入国を許可するなど、日本とは比べものにならないほどの肩入れを進めている。
 この様なアメリカ政府の対応をみれば、アジア地域におけるアメリカの戦略的関心が朝鮮半島から、台湾~南シナ海方面へ移行したことが明らかとなっている。ブッシュ政権は、クリントン政権があやふやな対応をしている間に、中国が東南アジア地域への影響力と軍事能力を拡大していったと、苦々しく思っている。
 ベトナムとの領有権が問題となっているパラセル(西沙)諸島については、中越戦争時には地上戦で苦杯をなめた中国軍も制空権、制海権は容易に確保するだろう。
また、フィリピンとの間にあるプラタス(東沙)諸島については、中国が拠点を構築するなど実効支配を既成事実化している。対するフィリピンは政情が不安定であり、国軍も国防より内政に関心が高く、海、空軍力はあまりに貧弱である。
 ベトナム戦争後の冷戦時代は米、ソの軍事的プレゼンスで相対的な安定を保っていたこの地域には、NATO型の軍事同盟や地域安定システムが存在しないことから、冷戦崩壊でカムラン湾からソ連軍が消え、スービックからアメリカ軍が消えたあとの空白に、中国がカンボジアの時ように間接的ではなく、直接的に入り込んだ形となっているのである。
台湾については、近年強化された独自の戦力に加え、米空母機動部隊という後ろ盾があるため、中国は現在のところ総統選挙ごとの言葉による警告(恫喝)以上の行動はしていない。
しかし、中国内陸部から台湾海峡に展開する空母部隊が攻撃可能な戦域ミサイルが完成すれば、軍事バランスは一気に不安定なものとなるだろう。
さらに、過去の経過からアメリカとベトナム、フィリピンとの軍事協力は、たやすくは進展しないだろう。

<地域安定への日本の役割>
こうしたことから、アーミテージ国務副長官や政府系研究者は東アジア戦略見直しにかかる具体的対応を提言しているが、それらを総合すると、①中国のミサイルの脅威にさらされる沖縄から、空軍や海兵隊などの部隊をグアム島などへ後退させる。②その空白と同盟国の疑念を解消するためNMD(米本土ミサイル防衛)、TMD(戦域ミサイル防衛)を統合し、アジア地域への配備を進める。③日本に対し集団的自衛権の行使を求め、東アジアの有事には日米で対処する、こととなる。
日本は、李前総統の訪日許可で無意識のうちに、アメリカの描く戦略に一歩踏み込んだと言える。もちろん基本的な戦略が定まっていないので、揺り戻しも考えられる(中国はそこに「期待」しているわけだ)が、アメリカに引きずられていく可能性が大きい。
自衛隊はすでに強襲揚陸艦を配備し、今後予定されている、空中給油機、軽空母などの装備化が実現すれば、東南アジア全域への戦略的展開能力を持つこととなり、アメリカの「イコールパートナー」、「東南アジアの警察官」として登場することも可能となる。
しかし一方でこうした部隊や装備は、東ティモールのような事態やもっと大規模な内乱が発生し、国際的協調の下での軍事介入が求められた場合にも、有効に活用できるのであり、東南アジア地域安定に役立つものである。
実際、世界の趨勢にに基づく現実的な可能性から言えば、台湾、南シナ海でのパワーゲームは続くものの、米中間で大規模で破滅的な紛争が勃発する恐れは低い。それゆえ日本としては、東南アジア地域の安定に資するための政策を第一義的に追求すべきであり、軍事力整備にあたっても、そうした方向性(PKFやPKOへの参加など)を明確にしなければならない。
 ニュージーランド政府は、国軍をPKF、PKO対応部隊へ特化する方針を明らかにしたが、日本も参考とすべきだろう。
 小泉首相は、集団的自衛権の容認について前向きの姿勢を示しているが、アメリカへのリップサービスのつもりでも、有事法制論議と併せて全面戦争や「日本本土決戦」を前提とした、頭に血が上った、冷戦時代のような話を持ち出すのは、あまりに軽率である(おまけに「靖国参拝」とくれば「近々お国のために死んでもらうかもしれません」と言っている、と考える人がでても仕方がない)し、新装備も侵略の準備でしかないということになる。
参議院選挙前の今こそ、なし崩し的な政策転換と決別し、台湾、東南アジアを包括する総合的なアジア戦略を明らかにすることが与野党に求められている。(大阪O)

 【出典】 アサート No.282 2001年5月26日

カテゴリー: 平和, 政治 | 【投稿】米中緊張激化と李前総統訪日 はコメントを受け付けていません

【投稿】改憲・教育基本法改悪の急先鋒=「新しい教科書をつくる会」にどう対抗するか

【投稿】改憲・教育基本法改悪の急先鋒=「新しい教科書をつくる会」にどう対抗するか
                             立花 豊

 4月3日、文部科学省は来年から小中学校で使われる教科書の検定結果を発表した。そこで、「新しい教科書をつくる会」(西尾幹二会長)の執筆による中学歴史教科書と公民教科書(どちらもフジ・サンケイグループの扶桑社発行)も、それぞれ137 カ所、99カ所という従来にない多くの修正(資料1参照)をされながらも検定合格となったことが明らかになった。

<「新しい教科書をつくる会」とは>
この「新しい教科書をつくる会」は1996年12月「我が国の歴史教育の現状を憂い、歴史教科書の不健全さをただす必要を痛感した西尾幹二ら数名が中心となって・・・・新しい歴史教科書をつくる運動への支持を呼びかけ」(引用、「つくる会」ホームページより」)て、1997年1月正式に結成されたものである。
同会では、現在の中学校歴史教科書を「『権力者の支配に対する被支配に民族の抵抗』という、今や学術的にも全く説得力を有珠なった階級闘争史観の図式によって貫かれており、新しい次代を担う子どもたちにふさわしくない内容」ときめつけ、「こうした現状を正すため、『学習指導要領』に準拠した中学校用の『歴史』及び『公民』教科書を執筆し、次回平成13年3月の検定合格とそれに続く採択、そして14年度の使用・普及をめざし」て、「産経新聞社・扶桑社と協力しつつ」(引用、同)進めてきたものである。

<検定結果について>
このようにして執筆・編集された「つくる会」の教科書の検定結果について、「子どもと教科書全国ネット21」とほか12団体は連盟で次のように10点の特徴を挙げ、批判的な見方をしている。

1.歴史教育観について
冒頭の「歴史を学ぶとは」は、歴史学・歴史教育の科学性を否定する重大な問題を含んでいる。
しかし、「歴史は科学ではない」の1句を削除し、ワシントンの記述の間違いを訂正したのみで、根本的考え方はそのままである。

2.神話
神話に関する記述は、史実とは混同していないというアリバイのための最低限の修正をほどこしたのみで、神武東征、日本武尊東征の地図もそのままで、内容・分量ともほとんど変化がない。これでは、事実上、史実と混同しかねない。

3.天皇の地位
神武以来の皇統譜による歴代天皇の即位順をそのまま示している。
幕府による支配の時代も、征夷大将軍の地位が天皇の任命によるものであることをつねに記述し、権力の実態を示していない。つねに天皇が日本社会の最高の権威者であることを強調している。

4.侵略と植民地支配の正当化
アジア太平洋戦争を「大東亜戦争」とよび、大東亜共栄圏など日本が戦争目的として掲げたことをそのまま記述し、最後には、アジア諸国の独立のきっかけとなったと述べる。 日露戦争時の日本の勝利にたいするアジアの人々の一面的一時的な評価の囲み記事はそのままである。国内の非戦論にはまったくふれていない。
大東亜戦争(太平洋戦争)の緒戦の勝利がアジア諸国の独立への夢と希望を育んだとの記述もそのままである。
朝鮮半島は「大陸から突きつけられている凶器」、韓国併合は「合法的」などの記述は一部修正している。しかし、韓国は列強の脅威に対し十分対応できなかった、だから「日本の安全と満州の権益を防衛するために必要」だったなどと、韓国併合を正当化している。また、併合にいたる全体的な経過が述べられず、したがって韓国併合の実態と本質がわからない。しかも、併合後、鉄道・潅漑などで開発がすすんだと述べている。
「従軍慰安婦」にはふれず、南京大虐殺については、否定論を記述する。いっぽう、中国側の「南京でおこった外国人襲撃事件」については、記述がそのまま残っている。
侵略・植民地支配であったことをそもそもまったく記述していない。
日本の戦争責任についてはあいまいにし、責任が他国の側にあるような記述が一貫している。

5.アジア蔑視
「眠りつづけた中国・朝鮮」という小見出しは改められたが、そのなかの本文はまったく変わっていない。「近代日本がおかれた立場」「近隣外交と国境画定」の項でも同じである。

6.明治国家の評価・大日本帝国憲法と教育勅語近代のアジア蔑視とはうらはらに、明治国家を高く評価する点も変わっていない。ここでは、五か条の誓文を近代日本の民主主義の出発点としてとらえる特異な立場が打ち出され、ここでも天皇中心の日本というイメージが押し出される。
明治憲法の人権条項の説明で、「法律の範囲内で」という言葉が付け加えられたが、そのことがどういう意味をもち、実際には人権が著しく抑圧されたことについての具体的な説明は何もされておらず、その結果、明治憲法を民主的憲法ととらえるようになってしまう。
教育勅語についても、1945年までという限定はつけられただけで、その他の文章はそのまま生きており、教育勅語の賛美は変わらない。

7.国家意識の強調と民衆のうごきの軽視
とくに古代のところで国家意識の形成を強調し、近代では、国民の義務、国難にたいする意識の形成、日露戦争=国民戦争論など、随所で国家中心思想の存在が強調されている。
その反面、民衆のくらしなどは、中世の土一揆までは記述がない。自由民権運動も、政府側との共通面が一面的に強調され、そのなかに流れる民衆の願いは無視される。アイヌ民族のおかれた状況についての記述もない。

8.国家への義務・国防の義務の強調
日本国憲法にはない国防義務規定を各国憲法からひいて資料として掲載しているのも変わらない。

9.国際緊張を強調し、軍備当然論、安保肯定論を一面的に強調
口絵ページの「国境と周辺有事」では、尖閣列島に強行上陸した代議士の写真を掲載し、そのほか、阪神淡路大震災と自衛隊、国連の混乱と限界、大国日本の役割などのページで、国際緊張を過大に描きいまの世界のなかでの軍事的対応の必要性、軍備の必要を説く。

10.核廃絶否定論
「核廃絶は絶対の正義か」というコラムは、前半に核廃絶をめざすうごきについての記述が付け加えられたが、後段にはもとの文章がそのまま残ったので、その部分が結論のような形になり、結局、核廃絶への疑問を投げかける形で終わっている。

<教科書攻撃は憲法改正・教育基本法改正に連動したもの>
国会では憲法調査会が設置され、その内容も逐一報道されている。改憲派の特徴をその発言からみると、先に挙げた教科書の問題点に共通する意識が非常に多いことがわかる。つまり太平洋戦争への無反省、国家意識の強調、アジア蔑視、天皇中心主義、おしつけ憲法論などである。これらが現在の平和憲法と矛盾することは明らかであり、その「危機意識」が情緒的な国家意識に結びついたものといえるだろう。
憲法改正では、「平和条項=第9条をさわらず、首相公選制からはじめる」とか、環境問題や女性の権利を憲法に記述するとか、さまざま語られている。しかし、今回のつくる会の教科書を見る限り、どれも方便であり、結局明治憲法の再現をもくろむものとしか言えない。石原都知事の「第三国発言」にあるように、そこには現代社会の諸問題すべてにおいて、アメリカなど他国・他民族に責任を持っていったり、現行憲法の民主的な条項にあったり、「戦後民主教育」に原因を追求するという、かなり偏向的な民族意識である。だからこそ、彼らは憲法を改正し、教育基本法を変え、その表現である歴史教科書を改竄・偏向させる必要があるのだといいたいのではないか。

<抗議行動、拡がる>
「つくる会」ではこれまでに教科書から従軍慰安婦の削除を要求したり、全国に下部組織などもつくり、これまでの右翼運動とは一線を画した“草の根”的な運動を繰り広げてきている。また、「つくる会」の出版した教科書の版元などもフジ・サンケイグループの扶桑社であり、産経新聞の支援をも得ている。さらに「つくる会」の賛同者になっている財界団体では、PHP研究所、太平洋経済協力会議日本委員会、資本市場振興財団、三菱総合研究所、矢野経済研究所などがあり、企業では、鹿島建設、大成建設、大林組、清水建設、小松建設、千代田化工建設、東日本ハウス、住友勤続、住友重機、井関農機、富士通、ヤナセ、ブリジストン、日本合成ゴム、横浜ゴム日本開発銀行、日本たばこ、丸紅、味の素、松屋など多くの大企業が名を連ねている。地方議会での採択運動も市民レベルで行われてきている。また国会議員レベルでも超党派で歴史教科書の見直しの動きが強まっている。

一方、4月14日「市民の力で憲法・教育基本法の理念にそった教科書の採択を求める4.14緊急集会」が首都圏の自治労、教職員組合など多くの労組活動家を集めて日本教育会館で開催された。これは、「新しい歴史教科書をつくる会」によって作成された中学校歴史教科書が多くの削除・修正を受けながらも文部省の検定を通過したことを受けての抗議を含めた緊急集会である。
集会では、これまで歴史教科書をめぐってさまざま発言をしてきた山住正己代表委員の基調報告からはじまり、高島伸欣氏(琉球大学教授)によって「あぶない」教科書の「あぶない」内容と題しての報告がなされた。さらに福島県教組の教科書採択問題のこれまでの取組も紹介され、最後に検定合格にたいする抗議のアピールが採択された。
教科書攻撃に反撃する動きでは、ここで引用した「教科書ネット21」など市民団体をはじめ数多い。労働組合では、「当事者」の一人である日教組や自治労では抗議行動の動きが強まっている。
しかしそれ以外の組合にそう拡がっているとは言い難い。関西地方では、昨年から日教組からの離脱など、ほんの一部だが組織的干渉すら行われている。全労働組合・民主勢力の総力をもって、国民的な取組を期待したい。 

 【出典】 アサート No.282 2001年5月26日

カテゴリー: 教育 | 【投稿】改憲・教育基本法改悪の急先鋒=「新しい教科書をつくる会」にどう対抗するか はコメントを受け付けていません

【投稿】自民党政権崩壊への序曲

【投稿】自民党政権崩壊への序曲

<<「卒業旅行」>>
 「死に体」と化してしまった森・自公保政権の政治的空白期をねらうかのように重大な政治的選択が行われている。「時間の無駄」とまで揶揄された日米首脳会談ではあったが、クリントン時代から一転して軍事優先・強行対決姿勢を鮮明に打ち出しつつあるブッシュ政権。かれらは、もはや退場するしかない森政権をうまく利用したつもりであろう。ブッシュ大統領は森首相との会談で、“日本のような強固な同盟国との協力で平和を維持できる”として、日本が同盟国にふさわしい軍事的役割を果たすように求め、アジア・太平洋地域の政治的軍事的緊張や紛争に日米共同で対処することを求め、戦争マニュアルとしての新ガイドライン(日米防衛協力のための指針)が有事の際に遅滞なく機能するような法整備を要請したのである。
 訪米も、もはや「卒業旅行」気分でしかない森首相は、深く検討することもなくすべていうがまま「Yes I do」を連発してきたのであろう。いやむしろ失礼な訪米へのご機嫌取りの意味もあって、当初から日米首脳会談で意図的に「有事法制の検討」を持ち出すハラであった。事実、渡米当日の3/19、防衛大卒業式の訓示で「日米同盟関係の重要性」から、いきなり「有事法制は、自衛隊が文民統制の下で国家・国民の安全を確保するために必要であり、平時においてこそ備えておくべきものである。政府として、法制化を視野に入れた所要の検討を鋭意進める」と言い放ったのである。そして日米首脳会談でこの「有事法制の整備」を対米公約としてしまった。「ボランティアの義務化」を「自衛隊で」という人物である、何を密約してきたかきな臭い限りである。

<<「日本の政治的意思の問題だ」>>
 日本経済の「政治的不況」、「日本発の国際金融危機」については、当初「教訓をたれるつもりはない」としてきたブッシュ政権であったが、日米首脳会談では「教訓」どころか、「不良債権の早期処理」という日本政府の具体的課題に介入。ブッシュが「米国内には日本は不良債権問題に全力で取り組んでいないという見方がある。友人として心配だ」と詰め寄ると、森はこれまでろくに取り組んでこなかったという弱みからか、一転して「全力で取り組む」、「半年くらいで結論を出したい」とこれまたいとも簡単に公約してしまったのである。首脳会談の事前打合せでは日米経済一般について意見交換するだけのはずであったものが、日米共同声明で「不良債権に効果的に対処する」という一文が入り、日本側が削除を申し入れたが拒否され、引き下がるというお粗末さである。
 その後もアメリカ側の苛立ちはますます増大している。4/4、FRBのグリーンスパン議長が米議会で「世界第2位の日本経済の低迷が他国に影響を与えないことはあり得ない」、「アジア地域に連鎖的な影響が出かねない」と強い調子で日本を非難、オニール財務長官も同日、緊急経済対策の決定が遅れたことに「率直に言って残念だ」と文句をつけ、リンゼー大統領補佐官は「(長引く不況の解決は)日本の政治的意思の問題だ」とバッサリである。バブル経済の過熱に浮かれ、それが破綻し、清算過程にはいるやその責任を他国に転嫁する、日米双方ともその責任や原因をなすりつけあう、よくある常套手段であろう。しかしその重荷を勝手に持ち込み、約束されてはたまったものではない。

<<同一人物の本音>>
 そこで、自公保与党3党が株価急落、デフレ突入など与党の無為・無策批判をかわすために急ごしらえでデッチ上げたのが「緊急経済対策」(4/4)。その主要な柱は、(1)不良債権処理、(2)株式買い上げ機構の創設、(3)都市部の土地流動化、(4)証券市場の活性化であるが、いずれも全く具体性に欠けている。しかしこれらが具体化されるに際しては、きわめて重要で危険な政策転換が行われる可能性が指摘できる。
 まず、その時期について。銀行が保有する持ち合い株を買い上げる「取得機構」設立法案の提出時期をめぐって、“金融界に異論もあるので慎重に……”として9月メドを主張する柳沢金融担当相に対して、亀井・自民政調会長が“緊急事態なんだ”“なにもしないなら政府なんてなくてもいい”と激しくかみつき、怒鳴り合いとなり、麻生経済財政担当相が“和やかな意見交換とはとても言えない雰囲気だった”という。
 この「株式買い上げ機構」は、時価会計制度導入に伴って急増している銀行の持ち合い株解消売りをここで吸収して、株価を維持しようという狙いである。しかし問題は、買い上げた株式が売却時に下がっていれば損失が出るし、売れなければ丸損。それに符号を合わせるかのように宮沢財務相が「仮に損失が生まれるとしたら、財政で面倒を見ることも考えたらどうか」と本音を出した。つまり実際は、金融機関が保有していて、株価下落でそれ自体が不良債権化した持ち合い株だけをわざわざ買い取り、結局はこれまた公的資金によって銀行を救済し、それにつらなる不良債権企業を救済しようというものである。底無しの財政出動へのゴーサインでもある。
 これが「日本の財政は破局に近い状況だ」と発言した同一人物の本音なのである。すでに660兆円にも達している財政赤字、もはや返済不可能であろう。たとえ消費税率を現行の2倍、10%に引き上げたとしても赤字解消には100年以上もかかってしまう。それならこの際、積極的なインフレ政策に転換し、日銀には国債の買い切りオペの増額を迫り、市場に札束をあふれさせ、ハイパ-インフレを現出させ、財政赤字もチャラにしてしまえ、これが本音であり、こうした危険な政策へ転換しだした証左でもある。しかもこのような重大な政策転換が、この政治的空白期を狙うかのようにしてろくに議論もされない中でまかり通ろうとしているのである。

<<「橋龍暴落」>>
 4/6、橋本派が橋本龍太郎元首相擁立で固まったとの報道が出始めると、みるみる株価は下がり続け、緊急経済対策への失望ともあいまって、土日を挟んだ2営業日で800円も下落。市場では「本当に橋龍が再登板したら1万2000円割れ」の声まで出ている。さらに4/9、「総裁選は橋龍本命」のニュースが流れるや、平均株価は542円安の大暴落。明らかな「橋龍暴落」である。前回の首相在任中(96年1月~98年7月)に日経平均を2万2666円(96年6月)から1万6201円(98年7月)まで下げた疫病神の再登場というわけであろう。
 橋本氏は、急ごしらえの「200日プラン」なるものを発表して「私が総理の時に財政再建を急いだことが、今の不況の原因であることをおわびし、その悔しさをバネに状況を乗り切りたい」、「景気対策か財政再建かという分け方はおかしい。2つは両立する」などと言っているが、誰も相手になどしていないのである。ところが自民党の派閥力学は、「主流派になり続けること」、地位と利権の配分に関与することがすべてであり、深刻化する経済危機や増税・福祉・生活・年金等の不安などまるで眼中にない。
 4/10、自民党の全国幹事長会議では、九州を中心に各地の地方組織から「地方の持ち票を4票にしろ」という要求が相次いだが、執行部は強引に3票で押し切り、「小泉ブーム」の押さえ込みに必死の体である。24日の総裁選では、たとえ1回目の投票で橋龍が過半数を取れなくても、決選投票で亀井が橋本に乗る「1.3位連合」が成立して、橋本総裁誕生という筋書きが描かれている。こんな筋書きはよりいっそうの反発を拡大し、参院選では手痛い敗北が決定的となるばかりであろう。そして橋本総裁が誕生したとしても、任期は9月までの暫定政権でしかない。
 小泉氏が派閥を飛び出し、派閥を超えた支持を呼びかけ、さらに現在の与党3党以外にも協力の可能性を示唆したことは、注目すべき事態であろう。野党はこうした事態を傍観していてはならないし、政界の再編に向けて積極的な関与と行動を起こすべきであろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.281 2001年4月21日

カテゴリー: 政治, 生駒 敬 | 【投稿】自民党政権崩壊への序曲 はコメントを受け付けていません

【投稿】千葉県知事選を振り返って

【投稿】千葉県知事選を振り返って  by 市川 信一 

 3月8日告示、3月25日投票で、千葉県知事選がたたかわれた。既に新聞等で報道されているように、結果は前参議院議員の堂本暁子氏が当選、連合が推薦した若井康彦氏は惜敗した。

堂本暁子   491,205票
岩瀬良三   472,325票 (自民、保守推薦、公明支持)
若井康彦   428,153票 (民主、社民、連合千葉推薦)
河野 泉  240,271票 (共産推薦)
門田正則   53,865票

<混迷した候補者選び>
 県知事選は長期政権であった沼田知事(5期20年)が引退表明する中で、候補者選びから難航した。岩瀬氏は当初より立候補の意思を示していたが、自民党は岩瀬では勝てないとして、中央官僚などに接触したがことごとく断られ、連合候補との相乗りもままならず、最後の選択として岩瀬氏を推薦した。対する民主党は市民団体との候補者調整を図ったが、最初に「堂本」ありきに終始した「市民派」と決別し、連合の推す若井康彦氏(都市計画プランナー)を推薦、市民派は予定通り堂本氏を推薦し、それぞれ選挙戦に突入した。

<序盤岩瀬、中盤若井 そして最終版>
 マスコミによる世論調査では、選挙戦序盤は、全国的には自民党に逆風が吹いていようとも保守王国千葉県の貫禄を発揮、岩瀬氏がリードした。しかしその時点で都市部では、若井氏がかなり浸透し、トップを取っていた。 中盤の世論調査では、開きは大きくないが若井、堂本、岩瀬の順でマスコミは報道。連合・民主党陣営は「このままいけば、当選する」との思いを強くする。民主党は、この知事選を参議院選の前哨戦と位置付け中盤以降、鳩山・菅と言った看板を投入し、民主対自民の構造を押し出していった。
 しかしながら、直前4日ほど前から不可思議な現象が起きてくる。自民党の元代議士「水野清」(千葉県の北総地区では、一定の影響力を持つ)が勝手連を名乗り堂本応援を表明、動き出す。また、前日まで鳩山・菅と仲良く三番瀬を視察していた民主党代議士、「田中甲」が突如として、労組に依存した民主党体質、県知事選民主・連合陣営を批判、離党届を提出し、実質的に堂本応援にまわった。マスコミの論調も、無党派選挙を標榜する堂本陣営に好意的になっていった。
 一方、当初中立を標榜していた公明党は、中央のてこ入れの中で岩瀬支持を打ち出していった。
 選挙戦は、最終版まさに混戦の中で迎え、結果として連合候補である若井氏は惜敗した。

<「無党派・市民派」の内実、そして無党派の風は....>
 選挙の総括視点は色々ある。①中盤有利とされた若井陣営に気の緩みは無かったのか、連合が組織力を発揮できたのか、②民主党が前面に出る中で社民党が引けていったのではないか、③あまりに絶妙なタイミングで労組依存を理由に離党届を出し、堂本応援に回った田中甲代議士の背景は?など色々ある。特に田中代議士の離党騒ぎの影響力はかなり大きく、彼の地元の市川市では、堂本・若井で1万票以上の差が出ており利敵行為以外の何者でもない。④また、自民党県連が分裂している中で、一方のグループの一部が利権確保のため堂本陣営のために動いたのも事実である。戦術的な総括や利権がらみの動きの分析はとりあえずここではこれ以上は触れないこととする。
 一番の関心事は、堂本陣営の「無党派・市民派」とは何であったのか、無党派層がなぜ動いたのかである。
 結論から言えば堂本陣営は無党派ではない。当初、市民が中心となった組織であったが途中からは、「市民ネット」が前面に立ち、さらには「市民の党」を名乗る斉藤正志グループ(MPD-ポルポト支持)が中村敦夫選挙、川田悦子選挙をへて乗り込んでくる。たしかに既成政党ではないが、明確な政治セクト主導の陣営であった。 
 しかしながら、堂本陣営は無党派層に食い込んでいった。今まで民主党は、そういった無党派層をターゲットにしてきたが、森退陣に明確な筋道を作れない野党に対する不満、一向に好転しない経済情況などでの閉塞感の中で、既成政党への批判は民主党にも直撃した。そのことが、中盤から民主党を前面に押し出した若井陣営にマイナス影響を与えたと言えよう。一方で、唯一の女性候補、無党派を掲げた堂本氏がムードとして、そして「したたかな戦術」を持って無党派層を取り込んでいった。 

<政策を打ち出さないことが政策?>
 堂本氏の政策とは何であったか。 はっきり言って政策らしい政策は皆無に等しい。唯一公約と言えるのは、県下全市町村をまわり対話集会を開くことである。 選挙戦でも街頭でのインタビューに徹し、皆さんのご意見を聞くと言ったスタイルをとった。結果として、そのことを含めソフト路線が堂本陣営には効を奏し、女性票、若者票の獲得に結びついた。
 政策的提起を押し出した若井陣営は、団塊の世代を中心とする男性層には食い込んだが、女性層には浸透しきれなかった。政治不信、既成政党不信という中で、手段である「住民対話」が政策になり公約になってしまうのは皮肉な現象である。
 選挙の結果は出た。政策なき「ご意見拝聴型県政」が自民党主導、官僚主導の青島都政の再現を想像してしまうのは私だけであろうか。既に68歳と高齢の堂本氏の次の時代に何が起こるのか.....。  
 来るべき4年を「失われた4年」にさせないために、労働現場からの提言を続けていきたい。(市川信一) 

 【出典】 アサート No.281 2001年4月21日

カテゴリー: 分権, 政治 | 【投稿】千葉県知事選を振り返って はコメントを受け付けていません

【書評】『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』

【書評】『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』
           (C.ダグラス・スミス、2000.9.25.発行、平凡社、1300円)

「常識というものは不変的なものにみえるが、大きく変化することもある。/今私たちは、決して変わらないかのようにみえる常識の大転換、つまり大多数の人が『非常識』と判断しているものの考え方が主流の常識にとって代わる、そんな大転換の少し前の段階に生きているような気がする」。
本書は、ユニークな発想と問題提起で現代日本社会をラディカルに分析批判し続けているダグラス・ラミスの著書である。『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』という題名そのものが、上に述べた「常識」と「非常識」の関係を象徴している。そして議論されている戦争と平和、安全保障、日本国憲法、環境危機、民主主義などの諸問題について、現代社会の「『常識』といわれる考え方が、本当のところは現実離れしたもの」であること、特に「『経済は発展しなければならない』という考え方」こそが、「私たちの目を本当の現実からそらせた『現実離れ現実主義』の張本人である」という指摘が、本書の眼目である。
著者は、この「現実離れ現実主義」を「タイタニック現実主義」と名づける。すなわちわれわれが今乗っているこの地球という「タイタニック」は、やがて氷山にぶつかるということを人々は知っている。しかしその氷山はまだ見えないし、現実的な話だとは理解しにくい。「多くの人にとっての唯一の現実は、『タイタニック』というこの船だけなのです。
/タイタニックのなかにはいろいろなルーティン(日常の仕事)があります。乗客がやること、船員がやること。(中略)それを続ける人が『現実主義者』なのです」ということである。
この「タイタニック現実主義」は、「もしタイタニックが全世界ならば、船の外には何も存在しないということなら、それはとても論理的でしょう。タイタニックの論理はそれを前提に成り立っていると思います。(中略)同じように、もし世界経済システム以外に何の現実もなければ、とても立派で合理的な論理になるわけです」。
「ところがタイタニックの外には海があって、氷山がある。そして世界経済システムの外には、自然環境がある。そこが問題です」。
われわれは、この本書の視点の重要さを肝に銘じるべきであろう。
本書で議論されている諸問題のうち、「国家と暴力」に関しては、日本の「平和常識」(日本国憲法成立以来の半世紀で、日本国政府の交戦権の下で一人の人間も殺されたことがないという事実)と、アメリカの「戦争常識」(アメリカ合衆国の、男文化の中で、大人になるということ=「人を殺せる人間になる」という殺人学校[軍隊]での訓練における常識)との差異が重要である。これらのいずれが人間的文化的に優位性を有するかについては、本書では、憲法第9条と周辺事態法第9条(著者はこれを「新9条」と名づけるが)についての考察(第2章)を見られたい。
「経済発展」の問題について言えば、まず経済発展が「20世紀の一番深いところまで根を下ろしたイデオロギー」であることが押さえられねばならないことが指摘される。この点については、自由主義者、保守主義者、ファシスト、ナチ、レーニン主義者、スターリン主義者、民族主義者すべてが共有していた考え方であるからである。すなわち「経済発展イデオロギーのイデオロギー性は、不透明(インヴィジブル)で見えにくい。イデオロギーではなくて客観的な事実、あるいは必然性というふうに思われていた」。それ故このイデオロギーが一体何であったのかが検討されねばならない。
そこで本書では、「発展(デヴェロープメント)」という言葉を検討して、これが「作り変えられた言葉」(1949年にトルーマンによって世界に対する政策として使い始められた──「世界中の相対的に金持ちでない国々を『発展させる』という他動詞的用法」であることが解明される。そしてこの意味で、「『未開発』(アンダーデヴェロープト)の共通点はそれぞれが持っている特徴ではなく、同じものを持っていない、ヨーロッパ、アメリカの経済制度に入っていない、その『欠如』が共通点なのです」ということが指摘される。
つまり「発展」という言葉で「ものすごく大きな思想の転換、パラダイム転換」が起こ
って、「実際にやっていることは、植民地時代とそれほど変わらないにもかかわらず」、「外から資本が入って、自然を破壊し、伝統的な文化を破壊し、搾取する。それを『発展(デヴェロープメント)と呼べば、それはその社会の、自然で当たり前な、決定された過程であるというように思えてくる』のである。「内政干渉ではなくて発展、搾取ではなくて発展、暴力的な変化ではなくて発展」となる。そして「発展」という言葉の不思議な魔力によって「搾取は見えなく」なって「強制労働」は歴史から消えたかのような観を与える。そして本書は、「経済発展の論理」が国家の政治的、軍事的な政策を方向づけており、ひいては政治権力による抑圧や民主主義の阻止に決定的な力となっていると主張する。
現実にこの「経済発展」のイデオロギーがもたらしたものは、「みんながいつかは発展するという『約束』や」「パイが大きくなればピースも大きくなる」という夢ではなく、「『貧困の近代化』の構造」(=「貧困を利益がとれる形に作り直す、『貧困の合理化』」)に他ならない。すなわち「何か新しい技術ができると最初は金持ちだけが買う。それがだんだん、あればいい、ではなく、なければ困る、というふうになってくる。買えない人たちは、それを買うお金がないから貧乏、ということになる。この貧困の特徴は、経済発展や技術発展によって解消するのではなく、経済発展や技術発展によって再生産される」のである。
従ってこの貧困の解決のためには、経済発展以外のものが必要となる。
「貧困の差というのは、経済発展によって解消するものではない。貧富の差は正義の問題だと思います。(後略)/『正義』というのは、政治の用語です。(略)貧富の差を直そうと思えば、政治活動、つまり議論して政策を決め、それをなくすように社会や経済の構造を変えなければならない」。
そして本書ではこの視点から、現在の日本のゼロ成長の状況を、むしろ有意義な「機会(チャンス)」としてとらえ、これを「経済成長なしで、ゼロ成長のままでどうやって豊かな社会を作るか、という別の問題提起」に変えていくことを主張する。
それは「成長ではなくて、分配」、「正当な、正義にもとづいた分配という解決を求める」ことであり、「今の競争社会を、相互扶助というか、人々が互いに協力し合える社会に切り換え」、「安全(セーフティー)ネットを作ること」を目指すこととされる。著者は、このような社会を求める過程を、「対抗発展(カウンター・デヴェロープメント)」と呼び、その特徴を、(1)「減らす発展」(エネルギー消費、経済活動に使っている時間、値段のついたもの等々を減らす)、(2)経済以外のものを発展させること(経済活動以外の人間の活動、文化等々)とする。換言すれば、「時は金」という経済発展の論理を、「金は時」という対抗発展の論理によって置き換えること、「豊かさを余暇に替えること」である。そしてこのように変えていく必要があるのは、「南の国」ではなく、逆に、「過剰発展、過剰生産をしている産業国」、「北の国」の方であることが強調される。
われわれ自身がとらわれている、経済発展の論理に根本的な疑問を呈した本書は、またこの状況を変えていく可能性(萌芽的で荒削りな示唆ではあるが)をも示す。20世紀までの近代化=発展の論理を経ち切る状況に迫られている今日、まことに「現実主義」的な問題提起の書といえよう。(R)

【出典】 アサート No.281 2001年4月21日

カテゴリー: 書評, 書評R, 経済 | 【書評】『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』 はコメントを受け付けていません

【投稿】日本発の国際金融危機

【投稿】日本発の国際金融危機

<「株価急落の主犯」>
 先月号で指摘してきた「3月経済危機」説の現実的可能性が、当たり前のことではあろうが筆者の指摘もむなしく、回避されることもなく進行し始めた。3月に入ると2日には日経平均株価が、前日比419円86銭安の1万2261円80銭と、85年7月以来の低水準に急落、そのスピードと規模がこれまでにない様相を呈し始めたのである。そして3/14のニューヨーク株式市場の暴落は、ついにニューヨークダウ平均株価が1万ドルの大台を割り込み、9973.46ドルで終了、ヨーロッパからアジア、中南米にまで至るパニック的な売り一方の展開となり、この連鎖的な株価の急落の「主犯」に日本の金融不安が上げられる事態となったのである。
 欧州系格付け会社のフィッチが日本の銀行19行の格付を引下げる方向で見直すことを発表し、大和や中央三井信託など破綻する銀行名まで具体的に取り沙汰され、「日本発の国際金融危機」不安説が現実化し始めたのである。もちろんその背景には、いまや「死に体」と化してしまった森内閣、自公保三党連立政権にたいする失望、焦眉の政治・経済の問題解決能力を示すことが出来ないばかりか、その存在自体がマイナス要因と化しているにもかかわらず、政権交代さえままならず、緊急事態を打開する能力さえ示し得ない日本の政治経済への失望売り、根深い不信が横たわっているといえよう。
 3/16のニューヨーク株式市場はさらに9900ドル台も割り込み9823.41ドルの終値で取引を終え、円は1ドル=123円台まで続落している。ここにきてこれまでのいいかげんな経済専門家やエコノミストたちの「V字型」や「U字型」回復の希望的観測が実にいいかげんな根拠薄弱なものであり、実際にはアメリカはバブル経済の清算過程に突入し始めていること、バブルに依存し、バブルに希望を託してきた世界、とりわけ日本がこの連鎖的な危機の波及にいかに対処できるかが問われ、なすすべさえ示し得ない否定的現実に世界が大きく動揺しだしたのである。

<「破局」財務相の放言>
 「1万3000円割れで大半の銀行、生保に含み損が発生する」(都銀幹部)といわれているのに、3/12には1万2171円までさらに大幅下落、3/14には1万1500円割れの場面まで出現、ここまでくると兆単位の含み損を抱え、ほとんどの銀行・証券・生損保等の大手金融機関にとっては「倒産株価」そのものの事態である。ほんの一握りを除いて全滅の恐れすらあり、その規模、破壊的影響、連鎖倒産の危機はこれまでの山一、長銀、日債銀の比ではない、戦後最大、未曾有の経済恐慌の事態を招きかねい「危機の淵」である。いまのところ、株価は1万2000円台に行きつ戻りつしているが、金融・株価パニックはいわばまだ始まったばかりである。これからが本格的な危機の到来が控えているともいえよう。すでに「株価1万円割れ」「1ドル=140円」「国債暴落」という予測までささやかれだしている。
 さらに、益出しや帳簿操作、さらには再々度の公的資本注入でこの3月危機をなんとかしのいだとしても、4月から導入される時価会計は、9月の中間決算から具体的な数字となって表面化される。ここで減配、無配、赤字決算が続出する事態となれば、市場の選別は容赦なく、資金繰りさえつけられない9月危機が待ち構えているのである。
 3/15になって、政府与党はようやくのところで、緊急経済対策本部の初会合を開いたが、その緊急対策の中身は、一時的な損失隠しにしかすぎない「株式買い上げ機構」や、「銀行優遇税制」など、問題先送り、論議も内容も粗雑で小手先の当面を取り繕う弥縫策ばかりである。つい先日、「わが国の財政はやや破局に近い」と発言したばかりの宮沢財務相が「(株式買い上げ機構で)仮に損失が生まれるとしたら、財政で面倒を見ることも考えたらどうか」と、無責任な公的資金の投入を示唆し、一時株価が反発したが、問題だらけの株価対策にたちまち失望売りが浴びせられている。

<森訪米「時間の無駄」>
 問題は、この重要な危機的情勢に対応できる政治体制が存在し得ていない、むしろ危機を深化させているという深刻な事態である。世界同時株安の連鎖的波及で日本問題が急浮上してきた3/13、コメントを求めるマスコミに森首相は「お話はしない」と一言、まるっきりすねた子供のダンマリを決め込み、緊急対策の必要性にも思いが及ばず、その夜には自粛だったはずの高級料亭の宴席に繰り出し、遊びほうけ、飲みほうける始末である。与党3党はこんな首相を担いで不信任案を否決し、訳の分からない「総裁選前倒し」というだけの辞意表明でお茶を濁し、首相本人は辞任など言った覚えはないと開き直り、それは「マスコミが書き、報道されていること」、「言わないことを言えといったって、それは無理な話だ」とはぐらかし、真顔で「(森政権は)死に体とおっしゃられたが、この通り極めて健康体だ」と茶化し、おどけて何の恥じらいさえ感じないありさまである。
 3/14付ニューヨーク・タイムズは「政治と経済が同時にメルトダウンしている日本」の苦境と混乱、無能ぶりを掲載、その中で「森首相と会談するのは時間の無駄。だが外交儀礼は必要」とのホワイトハウス当局者のコメントを紹介している。英エコノミスト誌は「日本の森首相は辞任すべし」という特集を組み、「ミスター森が総理の座にいる限り、日本は困難と災難に巻き込まれるだろう」「人々が記憶する限り、ミスター森は史上最低の首相である」とまで酷評している。
 ところが森首相本人は、3/19の訪米に引き続き、25日の訪ロ、4/21の首相主催の“桜を見る会”や24日の叙勲の閣議決定、5月ゴールデンウイークのアフリカ訪問まで計画しているという。

<「負の悪循環」>
 日本経済のデフレスパイラル、物価下落→企業収益の悪化→倒産・失業の急増→個人消費の悪化→物価下落がようやく認識され出し、政府も認めざるを得なくなってきたのであるが、この「負の悪循環」の最大のものが実は政治そのものであり、自公保3党連立政権の存続そのものがデフレスパイラルを引き起こしているともいえよう。
 3/5の、森内閣への不信任案を否決した国会の茶番劇は、腐敗・堕落したこの国の政治を典型的に象徴している。表の国会議場で信任しておいて、その直後からすぐさま引き摺り下ろす算段に全精力を傾ける、この国の政治は完全に“密室政治”を公然と横行させても平然としておられるほど腐敗・堕落しきってきたのであろう。野党がこのような事態の横行を許し、国会審議に応じ、決め手も迫力も欠いた質疑に終始し、与党の日程に野党が引きずりまわされ、審議拒否も出来ずに予算審議に付き合っている姿はあわれでさえある。本来なら現政権を葬り去る絶好のチャンス到来である。野中か小泉か、暫定政権か大穴政権かといったのんきな論議が出来ない事態に追い込める対抗政権構想を明示し、直接大衆に訴えかけ、組織し、現政権打倒の行動にこそ立ち上がるべきであろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.280 2001年3月24日

カテゴリー: 政治, 生駒 敬 | 【投稿】日本発の国際金融危機 はコメントを受け付けていません

【投稿】田中康夫知事の「脱ダム宣言」 

【投稿】田中康夫知事の「脱ダム宣言」  
 
さる2月20日、長野県の田中康夫知事は原則ダムに頼らずに利水・治水対策を推進するという「脱ダム宣言」を発表した。田中知事の宣言があまりにも唐突だったため、県幹部や県議、国土交通省の反発をまねき、光家土木部長の解任、県議会三会派の共同提出による「脱ダム」に歯止めをかける条例の可決等状況は混沌としているが、長野県の事例は今後の公共事業のモデルとなっていくのではあるまいか。
河川事業は(利水はまた別の機会に述べることとして)自然条件をはじめ要因が無数にあり、また生活への影響も広範囲に及ぶため、現在、国や各都道府県で検討している行政評価手法だけではその正当な評価は無理である。現在の河川事業の思想は、「降った雨水を川に集めて、海まで早く安全に流すことを基本」とする、河道に任せきる洪水処理対策であり、全ての水を河道に集めるというハード優先の考えであった。それが洪水最大流量を増大させる結果を招き、開発の進展に伴なって治水安全度を次々に向上させなければならないシステムが形成され、堤防などの治水施設の自己増殖傾向を強めてしまった。
特にダムは、下流部の沖積地では、宅地開発が進んでいたり、用地買収が困難で川幅が広げられない、堤防も高くできない、河床のの掘削もできないといった中で、住民の反対の少ない河川の上流部に洪水を貯留しようというものである。しかし、もともと上流部は河川の全流域面積に対してダムが支配できる流域面積は小さいため、下流に発生する洪水の一部を貯留できるにすぎない(高橋裕編『水のはなしⅠ』)。ところが、用地交渉が比較的スムーズであることなども手伝って建設が自己目的化している。
しかし、近年こうしたシステムの欠陥が次々に明らかとなってきている。1998年の栃木県余笹川での水害等、河川の流下能力を遥かに超える洪水の頻発であり、昨年夏の東海水害、1999年の福岡水害等、都市水害の増大である。都市水害の増加は豪雨時の水循環変化の典型例である。都市化により、豪雨の地下浸透は激減し、下水道などの排水施設の完備によって、流出は一挙に河川へと突進するようになった。
こうした中で、河川審議会委員・水資源開発審議会会長を勤めた高橋裕東京大学名誉教授は雑誌「科学」1999年12月号の、「河道主義からの脱却を」というテーマの中で「もはや堤防をより高く、河幅をより広げることは現実的でないとともに、土地問題への圧迫もあり、投資に対する治水効果としても疑問がある。」とし、「いまや、この1世紀実施してきた治水システムを、自然としての川の本性とその機能尊重する方向に転換する時機に立ち至っている。」河川の自由を徹底的に抑えるのではなく、ある程度の自由を与える。つまり、「大洪水を完全に河道において処理するのではなくて、氾濫原の一部を大洪水の氾濫のために用意することである。そのためには氾濫原の新たな土地利用計画を樹立する必要があり、治水計画が都市計画、地域計画、農業政策と相まって検討されるべきである。」「氾濫原管理を治水政策の中に正当に位置づけることである。」と提案している。
こうした意見を背景として建設大臣の諮問機関である河川審議会計画部会は昨年12月19日に「流域での対応を含む効果的な治水の在り方」と題する中間答申を出した。答申では「近年頻発している集中豪雨等により極めて甚大な洪水被害を受けたところでは、その規模の洪水に対応できるよう河川改修を行った場合に、下流が流出量の増大に対応できない事態や、地域の基盤である宅地や農地の大半を堤防敷地として失ってしまうような事態を生ずるため」、これまでの連続堤方式による河川整備ではなく、河川の氾濫を前提として、「氾濫区域において、浸水区域や浸水深の実績についての情報を公開」するとともに、「建築物を新築する場合の制限」等の「土地利用方策を組み合わせた対策」を提案している。
この答申はこれまでの建設省の堤防やダムといった河川構造物一本槍の河川事業の大転換を図るもので画期的なものである。もはや100年、200年といった確率洪水のレベルを上げて治水の質を上げるべき時代ではなくなったといえる。治水機能には限界があることを行政も市民も心得ておくべきことを宣言したといえる。
しかし、問題は今後である。元々、連続堤方式は堤内地の住宅や農地を“その自然的条件に左右されずに”「平等」に守ろうという発想である。答申はこの“戦後民主主義”の「平等」概念を根底から崩すことになる。もう1点は全面的に自由な土地所有権の修正である。答申でも述べているように、「建築物の建築の制限」「開発行為の制限や移転勧告」等「水害の危険性のある区域において、土地利用の規制や移転の促進等を図」り、土地利用に規制をかけることとしている。
土地利用は自然の前では元々「平等」ではなかったのである。戦後の高度成長と河川技術の発達が、「不平等」であった自然の立地条件を、あたかも「平等」であるかのように“幻想”を振り撒いてきたのである。その結果、建築物を建ててはならないところに住宅が建ち、土地所有者はその流域の開発利益を無制限に享受してきたのである。さらに具体的にいえば、河川改修事業という膨大な財政措置を講じて「不平等」な立地条件を人為的に「平等」な立地条件に近付けようとしてきたのであり、その財政措置を何らの対価なしに配分を受けたのは流域の「不平等」な土地の所有者であったといえる。こうした“幻想”が洪水という自然の前に、そして財政の破綻による公共事業の見直しの前に崩れ去ろうとしている。
戦後、1945年の枕崎台風から1959年の伊勢湾台風に至る15年間は毎年のように水害が発生し、その死者は1000人を越え、利根川をはじめ重要河川は毎年破提を繰り返していた。その原因は「流域の開発と…連続高堤防方式による近代的治水事業であった」「要するに同程度の豪雨に対して、以前よりは大きな洪水流量が発生する流出構造になっていたのである」(「河道主義からの脱却を」:高橋裕)。その後も現在までさらに流域の開発は進み河川の洪水負担は増していたのであるが、高度成長による河川改修事業費の負担と河川工学の発達により洪水は堤防の中に封じ込められたものと“錯覚”していたのである。それが、この間の洪水によって事実上破綻したことが明らかとなったのである。
ところで、7~8kmもの河川改修区間があるにもかかわらず、20年間にわずか数百mしか完成していない河川改修事業に何の価値があろうか。現状では何十年たっても安全を保障するものとはならない。都市河川(排水河川)の場合には、上流部の開発行為を抑えるべきではなかろうか。上流部を開発自由の原則に任せ、土地所有者にその開発利益を享受させておいては、付けは必ず下流部の住民に回ってくる。
これまで、行政は開発自由の原則のもと、土地所有者に対して最大限の飴を認めてきた。これを河川の周辺について土地利用の規制を行うということであるが、浸水の虞があれば土地の評価は下がり、場合によっては買い手もつかないこととなる。土地所有者が規制に納得するとは思えない。まずは安全“幻想”の払拭から説得を始めざるを得ないであろう。自分の土地は浸水の虞があるという自覚である。そのためには徹底した情報の公開が必要である。答申でも指摘するように「現在及び将来計画を含めた治水安全度等の公表」「過去の浸水実績、現在及び将来の浸水予想区域、浸水深、治水安全度及び河川の改修計画等について」住民への情報提供を行うことが大切である。具体的には「河川管理者と下水道管理者が浸水実績図の作成、氾濫シュミレーション等を実施し、市町村がこれを基にハザードマップ等を作成し」広く住民に提供していくことである。情報や警報の精度向上や効率的な伝達方法、それに基づく避難計画の樹立、水防技術の普及なども必要であろう。その上に立って河川整備計画の原案段階から地域の意見を反映するようにしていかねばならない。無論、その調整は困難を極めるであろうが、行政はそれを避けては通れない。
国土交通省では答申を受け、早速市町村がハザードマップを作るよう通知を出したが、過去に堤防のどの箇所が破提したか、どの土地が周囲よりどれだけ低いのか、どこの場所はかって河川であったか等々の情報を含めたマップが作成できれば、より具体的な議論ができるのではないだろうか。氾濫シュミレーション等については、過大な仮定により、ダム建設や河川事業の根拠にしようとするケースも考えられるので、過去の破提や越流実績等に基づいたシュミレーションを行うべきである。こうした根拠に基づき公共事業の評価を行えば、いたずらに100年や150年確率の洪水の不安を煽るのではなく、何が本当に今必要であるかがより具体的に分析できることとなる。これまで、あまりにもハード、しかもダム等の巨大なハードに依存して洪水を押さえ込もうとしてきたが、ムダな公共事業を増やすばかりで、これでは何百年かかっても治水はできない。早急にソフトに依拠した考えに移行すべきである。
さて、遊水地等の取扱い―農地等への規制の問題であるが、答申では建物の移転・改造・建築物の制限等が提案されている。こうした規制が合理的な範囲内にとどまれば、補償を要しないといえる(答申では建築物の移転や耐水化については助成等を検討している)。農地については、農地とういう普通の利用は禁止されないのであるから、財産権の本質的な規制とはいえず、土地所有者はこの程度の規制は無補償で受忍すべきではないだろうか。
いずれにしても、これまでの白図の上に勝手に線を引くような公共事業のあり方は大きく見直さなければならない時代となっている。(福井:R) 

 【出典】 アサート No.280 2001年3月24日

カテゴリー: 分権, 政治 | 【投稿】田中康夫知事の「脱ダム宣言」  はコメントを受け付けていません

【投稿】諫早干拓事業で有明のり大打撃–工事中断へ

【投稿】諫早干拓事業で有明のり大打撃–工事中断へ
 
アサート271号(2000年6月)でレポートした諫早干拓事業だが、1997年4月14日の「ギロチン」以来、旧干潟は消滅し、「潮受け堤防」工事は1999年7月に完成、すでに4年が過ぎている。そして、今年に入って、有明海周辺の漁協(佐賀、福岡、熊本)が、ノリの不作は諫早干拓が原因と排水門の開門と工事中断を求めて、長崎農政局や農水省にデモや抗議行動を行った。1月28日には諫早湾で有明海沿岸の漁業者による漁船1500隻の海上デモが行われ、3月1日には福岡県有明漁連は約270人が上京して農水省に対して抗議の申し入れと霞ヶ関周辺での抗議デモを行った。
 諫早干拓事業については、271号や諫早干潟救済本部のHP(http://www2s.biglobe.ne.jp/~isahaya/)を参照していただきたいが、今年に入っての抗議行動などの事態を見ていると新たな観点が必要だと思った。
 要するに、諫早湾の問題ではなく、有明海レベルの問題として被害が広がっていることである。地図を見るとよくわかる。諫早湾は有明海の一部であって、有明海は、佐賀、福岡、熊本、そして長崎県に囲まれているわけだ。そして、海流はちょうど時計周りに有明海を巡る。ちょうど海流は最初に諫早湾から回り始める。広大な諫早干潟は自然の濾過機能と共に、微生物の宝庫として、余分なプランクトンを「消費」してくれていたわけである。この干潟が消えた時、すべてのバランスが大きく崩れ始める。

<干潟が消え、プランクトンが異常発生>
 この間における水産資源の減少は、年を追うごとに予想以上に深刻の度を深めていた。
 「タイラギ漁の不振、アサリの死滅、ムツゴロウの激減、その他赤潮の発生、潮位が異常上に高くなり、ノリ養殖業にも甚大な被害を与えている。漁民は今、死活問題に直面している。こうした被害の原因については、長崎大学の東幹夫教授など、科学者による赤潮の多発や底生生物の激減ぶりを示す現地調査の報告が発表され、新聞やテレビで大きく報道された。これらは我々、海に生きる漁業者の生産活動を通じての認識と、完全に一致するものである。」(2000年4月大浦漁協の『諫早干拓水門開放と事業中止を求める大浦漁民海上決起集会』宣言より)
 データ的にみても、例えば有明海特産の「タイラギ漁」(貝の一種)だが、このギロチンを境に、漁獲量が激減している。
 佐賀県平良町の大浦漁協の大浦漁協のタイラギ漁獲量の推移だが、漁獲量がギロチン前の96年度 318トン、97年度(閉め切り) 97トン、98年度 15トン、99年度 0トンという状況で、大浦漁協の漁民はすでに2000年4月に漁船デモで、工事中止を訴えている。
 3県魚連による強力な工事中断要求となったのは、今年冬の有明ノリの壊滅的な不作である。原因はプランクトンの異常発生で養殖ノリに栄養が回らないことだ。いずれノリの価格高騰は必死と言われている。現に全国漁業協同組合連合会(東京)の調査では、ノリの落札価格は1月後半の約32%高からさらに値上がり幅が拡大し、産地によっては2倍以上になった所もあると言われている。

<水門開門でヘドロが流出も>
 皮肉なことに、干潟が消えて、都市排水の汚泥もまた4年間、干拓地の調整池に堆積し続けている。すでに調整池は汚水状態となって汚染が進んでいる。
 こうした事態に、佐賀、福岡、熊本の魚連は一致して工事中断、水門開門を求めているのに対して、長崎県魚連は、水門開門でヘドロの大量流出が予測され、一部の漁民の漁業に致命的な影響が懸念されるため、魚連で意見が割れているという。諫早市内で干拓推進派の「工事中断反対・干拓推進」の決起集会も開かれるなど、「経済的利害」も絡んで現地は複雑な様相である。

<緊急調査実施へ>
 こうした中、3県魚連の抗議行動に対して、農水省の第三者委員会は13日の第2回会合で、諌早湾干拓事業を中断して潮受け堤防内の緊急調査をするよう農水省に提言した。これに対して、長崎県も、工事中断と緊急調査を受け入れた。ただ、長崎県は水門開放には依然として反対している。調査は3月中旬から2週間の予定で行われ、27日には「提言」が出される予定で、「水門の一時開放」の結論の方向と報道がなされている。
 しかし、農水省は表向き漁民の声を聞いた形だが、昨年「諫早湾干拓調整池水質調査委員会」の議事録に、反対派委員の意見を勝手に削除した経過もある。第3者委員会の公正な判断が期待されるところである。

<バランスが崩れる時・・・・>
 有明海、諫早湾の自然を守れ、という単純な構図ではなくなってきているのである。経済的利害への影響が深刻になり、大きく報道されるほど人々が行動した。しかし、一方で取り返しのつかないほど、自然のシステムは破壊されてしまった。
 諫早湾の干潟という自然が、漁民そして市民の生活に重要な役割を果たしていた「事実」は軽視されてきた。農水省の「干拓ニュース」は「水質の悪化は微小」と昨年諫早を訪れた時に手にしたものは書いてあった。
 自然のバランスが崩れるとき、どういう事態が起こるか、残念ながら諫早のケースを貴重な警鐘とすべきである。そして従来型の公共事業からの転換が求められているのである。(2001-03-18 佐野)

朝日新聞のHPでも、諫早干拓の特集ページがあります。ご参照ください。(http://www.asahi.com/nature/index.html) 

 【出典】 アサート No.280 2001年3月24日

カテゴリー: 環境 | 【投稿】諫早干拓事業で有明のり大打撃–工事中断へ はコメントを受け付けていません

【投稿】2001春闘:明暗分ける回答、パート賃上げの行方は?

【投稿】2001春闘:明暗分ける回答、パート賃上げの行方は?

○3月15日この日ばかりは、各新聞社の「社説」には、2001春闘についての記事が全紙に掲載された。朝日は「『賃金か雇用か』を越えて」と「時期こそ同じだが、企業ごとの交渉の寄せ集めというのが春闘の実態だ」と手厳しい。毎日は「パートの働く条件改善を」と「・・これからパート春闘の本番を迎える。春闘は働く人々全体のためにある。労組の役割はまだまだある」と少し激励調。日経は「労組主導で一律賃上げに変化」と、産別内でも、自動車総連が4段階の要求基準・妥結基準を作り、「格差を容認している」と「グローバル時代にどのような賃金制度を目指すべきか、労使間での議論に期待する」としている。こうした「評価」を受けた2001春闘は、どのような問題を提起しているのだろうか。
○2001春闘の民間大手の山場を迎えた3月14日。連合の春闘回答速報(No.4 3/16)によると、電機連合ベア500円などベア方式回答では、ほぼ横並び状況、そして一時金では、話題になった日産が5.2ヵ月をはじめ、トヨタが5カ月+32万円など業績の良い製造業を中心に昨年を「若干」上回る回答を引き出しているのに対して、電力のベアゼロ、自動車でも三菱がベアゼロ、流通でもマイカル、ダイエーが春闘前からベアゼロを確認するなど、企業業績を反映した回答となった。そして若干の企業業績の好転を受けて、ベアや基本賃金よりボーナス(一時金)で、業績配分を行う傾向が一層強まった感がある。
 少なくとも昨年よりは、ましな回答が出たかのような印象だったが、果たして本当にそうなのだろうか。確かにベア回答や一時金で一面昨年をわずかながら上回っているとは言え、業績反映型、一時金分配型が一層強まり、また中小や地場賃金にどれだけ波及力が存在しているのか、後段のグループや中小の闘いが終結し全体の春闘集計が出るわからないのではないか。
 さらに、製造業を中心に企業業績の改善が見られるなど経済状況は好転はじめたとの春闘スタート時点の認識だったが、特に3月に入ってから急速に株価の急落、円安の進行など逆風が吹き、厳しい春闘展開となったことは否めない。
○日経連は、1月の労問研報告では、業績・成果主義の徹底という賃金の個別化路線を強める方向を示しており、春闘不要論に対して何とか今年は持ちこたえた感はあるものの、連合総体として、こうした業績・成果主義賃金体系(?)に対して、各産別任せという状況に変りがない。連合の主力産別が製造業中心ということもあり、金融や流通、特に第3次産業など連合の力が弱い業界の中でで急速に進展している年功・終身雇用からの転換に対しての取り組みが求められている。
○初めて取り組まれたパート賃金引上げの行方も注目されている。電機連合はパート労働者に対しても公正処遇の確保に努める、JAMも企業内のパート賃金を時間額で10円以上引き上げることを方針に盛り込んだ。「21世紀戦略」として連合が位置付けた、公正処遇としてのパート労働者の賃上げ要求は、少なくともマスコミや未組織労働者からは、額は別として好感を持って受け止められている。問題は、具体的に各連合加盟組合内の交渉でどの程度、要求が実現したかであろう。この点は、まだまとまった集計は出ていない。
 オランダのワークショアリングがよく参考にされる。しかし、オランダの場合は、正規労働者のパートライム化が主流であり、フルタイムの労働条件を時間配分することから始まっているのである。日経連の「多様な働き方」などという奇麗事ではない。今年初の取り組みであったとしても、本腰を入れた取り組みにしなければならない。
○春闘の闘いの一方で、大企業のリストラの流れは、「デフレ襲来」という中で一層加速しているようにも思える。「マツダ2時間、マイカル4時間」。それぞれの企業が退職金の割増を保証する希望退職申し込みに希望社員が殺到し、瞬く間に予定人員を超過したという。マツダでは予定を大幅に越える2200人、マイカルでは1730人が早期退職の希望をしたため、それぞれ2時間や4時間で打ち切られたのである。NTTや三菱など早期退職、今後予想される金融や生保、建設業界などリストラが「避けられない業種」は山ほどあり、加えて今年4月からは雇用保険制度が改正実施され、早期退職者やリストラされる労働者にさらにムチが待っているのである。
○さらに公務員をめぐる状況は、公務員制度改革議論が大きく「進展」しようとしており、4月から6月にかけて大きな山場を設定しての闘いが準備されつつある。昨年の人勧での成績・業績を重視した賃金システムへの報告が行われ、公務員制度改革議論が行われてきた。しかし、橋本行革大臣になり、参議院選挙を前に政治サイドから「選挙の目玉」に公務員制度改革を据える狙いが明確になってきたためである。そのポイントは、「政治主導の下、身分保障に安住することなく」「成績主義・能力主義に基づく信賞必罰の人事制度」などであり、新行革大綱に基づく「基本方向の提示」が、6月にも提示される方向が、自民党主導で強力に進められようとしているからである。公務員部隊の春闘は、公務員制度改革に絡んで、これからが闘いのスタートといったところか。
○大手の回答がほぼ出揃ったとは言え、まだまだ2001春闘は真っ最中である。3月決算を前にした、迷走する経済の中、厳しい取り組みが求められている。そして、いよいよ「春闘再構築」「春闘改革」議論も、その後本格化していくことになる。(H) 

 【出典】 アサート No.280 2001年3月24日

カテゴリー: 労働 | 【投稿】2001春闘:明暗分ける回答、パート賃上げの行方は? はコメントを受け付けていません

【投稿】東海村JCO事故、被害補償に背を向けるJCO

【投稿】東海村JCO事故、被害補償に背を向けるJCO

 一昨年9月30日に起こった、日本初めての臨海事故である東海村JCO(核燃料加工会社)事故から、1年半が経過している。現地住民を中心にした「被害者の会」によるJCOへの責任追及と補償を求める運動が続けられているが、JCOの無責任な対応が続いている。
 「臨海事故被害者の会ニュース」によれば、第1回2000年3月9日、第2回5月9日、第3回6月1日、第4回8月10日、第5回9月21日、そして2000年12月7日にも被害者の会は、JCOと交渉を行った。
 第1回の交渉では、「任意団体とは交渉できない」とJCOが交渉を拒否する有様。そして第2回には、被害者の会が1、心身ともに受けた住民の被爆そのものに対する補償をすること、2住民の健康被害に真摯に取り組み、万全な医療補償をすること、3土地財産価値低下等、JCO臨海事故によって引き起こされた被害にかかる補償をすること、の3点の申し入れを行っている。その後の交渉でJCO側は「相当因果関係が証明されれば検討する」という表現に終始し、12月の交渉で会側が「今回の事故の加害者であるJCO側が、我々に『健康被害はなかった』と証明すべきであって、被害者側に健康被害を証明させるというのは筋違い」との主張に対して、JCO側は「そこまで踏み込むつもりはありません」と開き直る始末である。
 こうしたJCO側の無責任な対応は、科学技術庁などが、周辺住民に具体的に発生している健康被害に対して、臨海事故との因果関係を否定し続けていることが背景にある。現実に、「ほとんどの被ばく住民は「相談センター」「病院」をたらい回しされ、挙げ句の果てには「放射線障害とは考え難いと判断します。」旨の診断を下されている」。(ふくろうの会パンフより)
 さらに、科学技術庁と核サイクル機構が、データ隠しを行っていることが市民団体の調べでわかってきたのである。事故直後に放射線量調査のためのモニタリング車での測定を行っていない、と答えてきたにも関わらず、那珂町立下米崎小学校前で放射能を測定する職員の写真が共同通信によって撮影されていたことである。当然住民や子供たちへの影響も意図的に隠蔽されている。
 一方、市民団体・研究団体による健康被害調査も進められ、被爆の深刻さも明らかにされている。これらの報告はホームページなどでも公開されているので是非ご覧願いたい。(阪南中央病院東海臨海事故被ばく線量・健康実態調査委員会:http://www2.osk.3web.ne.jp/~hannanun/)
 「臨海事故被害者の会」も昨年2月10日の活動開始から1年を迎えている。こうした被害者の闘いを支え、JCO事故の責任を明確にさせ、補償を行わせることが必要である。
 4月23日には、JCO東海事業所元所長ら6被告の業務上過失致死罪を裁く裁判が初公判を迎える。起訴から6ヶ月も経っての初公判である。
 また、被害者の会の活動を支えるためのカンパ活動も行われているので、積極的に協力していくことも読者の皆さんにお願いするものです(郵便振込00120-4-656526 臨海事故被害者の会)   (I) 

 【出典】 アサート No.280 2001年3月24日

カテゴリー: 原発・原子力 | 【投稿】東海村JCO事故、被害補償に背を向けるJCO はコメントを受け付けていません

【投稿】「3月経済危機」説の現実的可能性

【投稿】「3月経済危機」説の現実的可能性

<<グリーンスパン日銀総裁?>>
 2/9、日銀は、政府も市場もほとんど予想していなかった緊急利下げの記者会見を行った。すでに前日の2/8、13000円の危機ラインを割り始めた株価、政権危機どころか深刻な経済危機に発展しかねない事態に、「日銀総裁を速水氏から、利下げに踏み切ったグリーンスパンFRB議長に代えてしまえ」などと自民党幹部が露骨な圧力をかけていた最中である。打つ手もなくただ傍観しているだけで危機を深化させてきた宮沢財務相が「意外だった」と、評価はすれど口を開けたままの放心状態である。日銀は、95/9に1%から0.5%に引き下げた公定歩合を今回さらに0.35%に引き下げることによって、決算年度末の「3月危機説」を未然に防ぎ、「市場全体の安定の確保につなげる」と強調する。
 はたしてその効果は如何。誰しもが疑いを持っている。日銀は昨年8月、ゼロ金利政策を解除したが、それでも誘導目標金利は0.25%である。対するアメリカは、景気失速の危機感から1/3の緊急利下げに続いて、1/31に再び追加利下げを行ったが、その結果の公定歩合は5.0%、短期のフェデラルファンド金利は年5.5%である。この格差こそがアメリカに資金を吸い寄せてきたともいえよう。日本の金利が1%以下、0.5%からさらに0.35%へという、これほど限りなくゼロに近い金利水準の中で、多少の程度金利を動かしても景気や株価に大きく影響を与えるようなものではないことは自明である。問われているのはむしろ政策の一貫性と的確性であろう。そしてこの点にこそ国際的にも国内的にも日本の信頼性が欠如しているのである。

<<危険な兆候>>
 日銀は表向きは、「3月末の資金需要に対応するための通常措置」というのだが、金融関係者は「日銀が大型倒産を察知して、先手を打ったのではないか」という。日銀が恐れる最大の不安は第二次金融危機と連鎖倒産の再燃である。日経平均株価が13000円を割って、12966円まで下落した2/8、東京三菱をはじめとした主力銀行株が軒並み売られ、昨年来の安値を更新している。とりわけ目立つのがみずほホールディングス(一勧、富士、興銀)株価の安値更新である。みずほは3行統合によって、他の3都銀グループ(住友・さくら連合、三和・東海、東京三菱)よりも持ち合い株解消数が多く、強い売り圧力にさらされ、1/25には700円台を割り込み、2/6にはついに600円割れ寸前まで売られている(50円額面換算)。年明け以降の高値からこの2/6までの各行の株価の下落率は、みずほが21.5%、あさひ銀19.7%、大和銀16.2%、東京三菱13.6%、東海12.7%、さくら銀11.9%、三和11.0%、住銀8.9%など、金融株が軒並み売り浴びせられている。
 すでにこれら金融資本には9兆円もの公的資本注入が行われてきたのであるが、そのほとんどが不良債権の代名詞ともなったゼネコン、不動産、流通企業の延命・救済資金に流し込まれ、いまだ増えつづけその詳細さえ明らかに出来ないほどの不良債権をさらに生み出しているのである。一昨年の公的資本注入は、銀行統合を加速させ、四大グループへの再編を促したが、逆に金融システムのもろさと不安定要因をいっそう拡大するという危険な兆候を帯びはじめてきたのである。

<<山ほどある地雷原>>
 それでも各金融機関は、まだ含み益のあるうちに保有株を売却し、時価評価制への会計制度の変更に伴う持ち合い株の解消売りに走らざるを得ない。こうして市場に放出される株の総額は9兆円にも達するといわれる。3月末の決算期に向けて株価はさらに下落することはあれども、上昇する要因はほとんどない。常に他力本願で依存してきたアメリカ経済に暗雲が立ち込め、バブル経済がはじけ始めたニューヨーク市場との連鎖下落はさらに大きな不安要因である。
 かくして株価次第で3月期決算を迎えられずに倒産に追い込まれる企業、金融機関が出てくる、大型倒産の可能性が現実味を帯び始めたのである。
 とりわけ、保有株「含み益」の限界株価=13000円割れが続行する事態になれば(すでに12500円説まで出されている=1/23『エコノミスト』誌)、「含み益」どころか「含み損」(金融庁の試算では、大手16行で5兆円近くの含み損が出る)を抱え、確実に大手都銀の一角が崩れる可能性が大といえよう。現在、市場で売りターゲットにされているみずほグループ、大和銀行、中央三井信託などが、「3月経済危機」の引き金の役割を果たしかねないともいえよう。地銀、第二地銀はすでに「含み益」を使い切っており、相次ぐ破綻と解約に見回れている生保、債権放棄ラッシュのゼネコン、流通、不良債権の山と化したノンバンク、オリコをはじめ経営不安がささやかれている信販業界、地雷原は山ほどあり、どこが引き金をひいてもおかしくはない。

<<「渦巻き」から「踊り場」へ>>
 おりしも、2/8、昨年12月に発表された2000/7-9月期の国内総生産(GDP)速報値が大幅に下方修正され、当初のプラス成長(0.2%、年率換算1.0%)どころか、実は-0.6%、年率換算-2.4%のマイナス成長であったことが明らかにされた。「景気は緩やかに改善」といいながら、「高原でやや上昇、プラス・マイナス渦巻きの最中だ」などとわけのわからない説明をしていた堺屋・経企庁長官が森内閣改造を機にこれ幸いと逃げ出したわけである。今度はさすがに「上昇」とは言えず、「景気は減速傾向」ではあるが、「踊り場的な状況」であると、言葉の言い換えに終始するだけ、首相のコメントさえない。現状を打破する政策も気概も持ち得ていない泥舟・森内閣の無責任、無方針ぶりを象徴する事態である。
 日経世論調査(2/7付)によると、今後の景気の先行きについて「当分、良くなるとは思えない」=66.9%、「今後さらに悪化する」=20.5%、合わせて87.4%、実に9割近くが政府・与党の発表を信頼しておらず、このまま森内閣が続く限りさらに景気は悪化すると見ていることを示している。同じ調査の森内閣支持率は発足以来最低の15.7%、不支持率70.6%、毎日2/6付は支持率14%、不支持率62%と、通常ならばとっくに政権崩壊している支持率・不支持率である。

<<「森の耳に念仏」>>
 ピー音で消されることになった「私が総理大臣をやったほうがよっぽどマシよ」という自民党宮城県連のCM、主婦が怒りで森首相をコキ下ろす場面は今や圧倒的多数の人々の共通の感情であろう。そこへさらに怒りを重ねさせる、与党・官僚の買収においてリクルート事件をも上回るKSD疑惑、底知れぬ腐敗と堕落に使い回されてきた内閣官房機密費疑惑、現在の連立政権は存在するだけで悪の権化と化しているともいえよう。しかし当事者は全く鈍感であり、言葉だけは「お詫び」を連発しているが、反省のかけらさえない。首相をはじめ幹部のすべてが連座しているKSD疑惑では、かえって開き直り、「適正に処理した政治資金である」と強弁し、機密費疑惑では公開要求すら拒否し、増額までを要求するような傲慢さである。
 宇和島水産高校の実習船が米原潜に沈没させられた事件でも、知らされてから1時間以上もゴルフに興じ、質問する記者に「どうしてここまで入ってくるの。ここはプライベートですよ」と食って掛かる森首相。やはり衝突してから1時間以上も救助もせずにただ見張りつづけていた米原潜の軍人たち、これらの共通の度しがたい体質、民主主義と人権感覚の喪失には怒りが渦巻くのは当然である。
 2/6の国会代表質問で社民党の土井たかこ党首が「正直なところ今回、森総理への質問はやめようと考えていた。各省庁の文章を寄せ集めた施政方針演説に質問してもむなしいだけではないか」と糾弾し、「一刻も早く辞任し、政権の一新を」要求している。これだけ言われても「森の耳に念仏」、ニヤニヤ笑って正面から答弁できない。民主党の一部にはこんな「森を生殺しにしたまま参院選に突入するのがベスト」として退陣要求を控える意見まで出ているが、果たして正しいのであろうか。自民党がそれこそ3月危機を控えてまたもや闇合意で森首相の首をすげかえ、野党の足下をすくう作戦に出るであろう。野党のイニシャチブで森内閣を退陣に追い込めるのかどうかが問われているのではないだろうか。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.279 2001年2月17日

カテゴリー: 政治, 生駒 敬 | 【投稿】「3月経済危機」説の現実的可能性 はコメントを受け付けていません

【コラム】 ひとりごと -ぼちぼち、今年も春闘-

【コラム】 ひとりごと -ぼちぼち、今年も春闘-

「ぼちぼち、今年も春闘」とは、いささか拍子抜けで、若干、不謹慎?でも、この三年間、史上最低の賃上げ続きで、労働側も本音のところ、あきらめムードで盛り上がり不足。他に妙手の戦略もなく、惰性の感は拭えない◆しかしまあ、そんなことばかり言っていても仕方ないから、筆者なりに厳しい今春闘の思うところを語ってみたい。先ずは賃上げの展望とやらでは、あまりにもこの間の賃上げ率が低いので、株価じゃないが、そろそろ、いい加減に下げ止まりじゃないかと思ってしまう。しかし、株価と違うところは、賃上げは人間の主体的力量がより問われるわけで、取り立てて「戦線の強化」が図られたことでもない。もし、全体としての賃上げ相場が引き上がるとすれば、中小組合をはじめとした底上げが成されることであろうが、その為には、同業種・同系列の企業が、全体として一定の賃上げ回答が出されなくては、妥結しないという強い結束力が重要であるし、産別の統一的な取り組み努力が求められる。しかし、実際のところは、当初の春闘戦術提起では「産別自決」と言うものの、春闘中盤になると「各単組の交渉を重視」と言い回しが変わるのが、最近の春闘の常である。現に低い賃上げ率の中でも、企業間格差はなお、拡がっているのが昨年の春闘結果の状況でもある◆「そんなこと言ったって、これだけ景気が悪くては、『労働側の主体性』を云々しても仕方ないじゃない」と言われる気もする。確かにそれはそのとおり。でも景気は、若干上向きと言われながらも、ここに来てアメリカ経済の急下降とも相まって、再び暗い陰がーー。いわば、この間の景気は、水面を飛ぶ飛び魚のようなもので、少なくとも長期低水準傾向は続くだろう。だとすれば、上述の産別結束だけではどうにもならないとも思うが、その一方で、要求額から要求水準-獲得目標と高度経済成長期からあまり変わらない賃上げ戦術も見直し・発想の転換も必要なのでは◆今、経営側は、単に賃上げを抑制しようとしているだけじゃなく、これまでの賃金体系も大きく見直そうとしている。すなわち、年功序列賃金体系に見切りを付け、年俸制・成果主義導入の徹底を図り、業務能力に応じた賃金制度の定着・浸透を図ろうとしている。これに対して労働側は、「生活給の保障」と言うだけで、従来どおりの要求設定で、はたして対抗できるのだろうか。もし、労働側がこれに「生活給」で対置するなら、最低賃金の引き上げ・労基法上の固定給率の遵守はもとより、固定幅の確保・引き上げ要求の設定に加え、社会システムとしての賃金政策も加味した「賃上げ要求」が求められるのではないだろうか◆しかし、これも雇用自体が揺るがされているときには、そんな議論の余裕もまたないのが、実態であろう。最近のリストラ合理化は、若干、止まったというものの、大体において雇用調整の山が過ぎたというのが大方の見方で、依然として大量失業時代には変わりない。ここにまで至った理由には、凄まじい企業間競争は言うまでもないが、それにしても労組の対応の緩さは否めない。結局のところ、企業内組合-労使協調の限界と言えば、それまでのところだが、あまりにも然したる抵抗もないことが不甲斐ない。こうした姿勢が今日の労組の組織率の低下と信頼を失っている大きな要因であろう。その意味では、ささやかながらも合同労組の取り組みの方が、期待感を感じるのも無理がない◆とは言え、今日の雇用問題を解決するに、あまりにも構造的で、その決定的な有効手段は、産別連携でもなければ、合同労組運動でもなければ、また景気の回復でもないだろう。ただ言えることは、企業の雇用需要の増大への期待、あるいは労使の対立点としてのみ考えるのではなく、ワークシェアリングも含めた社会的な雇用創出をどう創るかが大きな要素ともなるだろう。その意味では、企業にとっては広い意味での社会のセーフティシステムとして、労働者にとっては「豊かさ」の最低保障として、発想の転換とある種の割り切りが必要なのではないだろうか◆あれやこれやと、まとまらない考えを並べ立てたが、とにかく好むと好まざると関わらず、日本的雇用慣行の崩壊と雇用の流動化の時代。労働組合の組織形態も運動も、横断的発想と社会政策とをマッチング・コーディネートした戦略・戦術の模索から、何かが生み出されるのではないだろうか(民) 

 【出典】 アサート No.279 2001年2月17日

カテゴリー: 労働, 雑感 | 【コラム】 ひとりごと -ぼちぼち、今年も春闘- はコメントを受け付けていません