【投稿】さりげなく広がる人権感覚

【投稿】さりげなく広がる人権感覚
        素晴らしい絵本   「あれ、どっかちがうかな?」の世界

「青年の旗」の読者には既に子持ちの皆さんもかなりいるはず。そういう父さん「青年」、母さん「青年」はきっと絵本や児童書に関心があると思います。私自身今や3人の子持ちで、子供が寝る時間に帰れた日は、たいてい子供に絵本等を読んで聞かせています。絵本というものはなかなかバカにできないもので、最近は紙質も良く、絵も奇麗で、大人でも結構楽しめます(値段もバカにできません)。
我が家では、林明子のほのはのとした絵本や、「地獄のそうべい」等の田島征彦の本、五味太郎の本等に人気があります。内容的にもなかなか考えさせるものもあり、幼児教育にとって欠かせないものだと思います。そんな中で、「むむっ、これはやるな」と思った絵本があるので是非読者の皆さんに紹介したいと思います。
それは評論社から出ている「あれ、どっかちがうかな?」(テツサ・ダール文アーサー・ロビンズ絵)という絵本です。ページをめくってみて、まず何といっても絵がおもしろい。一見マンガチックなのですが、登場人物の表情がほのほのと個性的に描かれ、なんとなくとほけたところに何ともいえない味があります。
内容は外国のある労働者一家の一日を措いています。まず朝起きるのに、長女のクローバーは犬のスピーディーに顔をなめられて、ママとパパは赤ん坊のルークの泣き声で、ジージとバーバはおいしいお茶で、という具合に家族のそれぞれがそれぞれのやり方で一日の幕を開けます。続いて、トイレ、着替え、朝食とまたそれぞれのやり方で進んで行きます。誰も、そのやり方に決まったやり方を強制したりはしません。
いよいよ皆は仕事に、学校に、買物に、とまたそれぞれの交通手段で出かけて行きます。ジージは車椅子で出かけて行きます。クローバーの学校では、様々な人種の子供があたりまえに仲良く勉強しています。ジージとバーバは協力して買物をしています。家に帰っても、ジージとバーバとクローバーはそれぞれのできることをして、協力して庭に球根を植えます。でも、最後に掘り返すのはいたずら犬のスピーディー!といった具合に、世代や性や人種といった違いがお互いに認め合われながら、協力している姿が実にさりげなくユーモアに満ちて描かれています。まあ、難しく言えば「多様性の共存」というか、この短い絵本の中に、老人問題、人種問題、子供の問題、女性問題、障害者問題といった現代的人権の課題が押し詰まっているような気がしてなりませんでした。原題が「THE SAME BUTDIFFERENT」というものですから、その内容がなんとなく分かっていただけるかと思います。
しかし、絵本はまず何より子供が喜んで読むものでなければなりません。その点でも、この絵本は十分及第点で、子供たちは大いに楽しんでいました。
たまたま子供が図書館から借りてきた本ですが、おかげで、とても暖かい気分になることができました。子供に感謝!皆さんにも就寝前の読み聞かせの一冊にぜひお勧めします。

【出典】 青年の旗 No.184 1993年2月15日

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【投稿】原点からの検証–教育雑感–

【投稿】原点からの検証–教育雑感–

ある晩、息子とテレビを見ていた時、某鉄道会社のコマーシャルの画像が流れると(長崎への卒業旅行がテーマであった)彼曰く「修学旅行、おもろなかったなあ。」私はドキッとした。卒業して1年近く、修学旅行からは1年半経とうとしているのに、その言葉は実に鮮烈だったからだ。集団で行く旅行などは帰って来たばかりは疲れていたり何やかやで面白くなく感じることがあり、後になるにつれて「楽しかったなあ」「面白かったなあ」と思い出すのがわりと一般的だが、彼の口調からはそのようなほのぼのしたものは感じられなかった。ぼつぼつと話す内容は負の感想が多く、勤務している小学校で同じように、ヒロシマ修学旅行を推進している私はいささか考え込んでしまった。
「解放教育」先進校の多い大阪では、「集団づくり」「集団主義」がよく語られる。私も新任以来、「原則は集団主義」のスローガンを疑うことなく掲げ実践して来た。が、「集団主義王国」ソ連が崩壊以来、「集団」と名が付くしろものは全て先ず疑ってかかる習癖が身についてしまった。折しも、文部省が提唱し各研修会でもてはやされ始めたテーマが「個を生した授業」「個性の尊重」etc...教科で言えば「生活科」の新設(小学枚の1・2年生対象の社会と理科がなくなりその合科的教科として1992年度より実施)、評価面では、「指導要録」記入の観点や方法の変更etc...「個」の文字が至る所で見られる状況だ。月刊誌「解放教育」の2月号では、「多様性の開拓」と題する特集を組んでいた。
日教組にまだ共産党の影響を受けた人々が留まっていた頃、組合の役員選挙になると、私達の「解放教育」に対抗させて、彼らは「民主教育」を主張した。当然、このような構図は本来的なものではない。ただ、この図式的浸透は、民主教育そのものに対する無理解を、派を問わず広く蔓延させてしまった嫌いがある。原点に立ち返り、「民主主義」や「民主教育」について検証すべきではないか。
2月6日、「川崎市教委、指導要録を全面開示」のニュースが大々的に報じられた。この流れは、文部省の「慎重さが必要」というコメントに拘らず加速化が予想される。また、そうあらねばならない。市民感覚でおかしいと首を傾げたくなるようなことは、検証に値する。教師というものは、自分の生活では民主主義者たらんとしていても、学校という「集団」に身を置き児童・生徒という「集団」の前に立つと「集団主義」がにわかに頭をもたげてくる。こう書くと「集団主義は全体主義とは違う」という声が聞こえてきそうだが、そのあたりのことは、今回は紙面の関係で触れられないので、別の機会に考えたい。 「ひとりひとりを大切に」するならば、目的や原則に対して意識が低いか高いかに拘らず、事後の感想が前向きなものになるように努力したいものだ。
(大阪・田中雅恵)

【出典】 青年の旗 No.184 1993年2月15日

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【ロシアレポート】「ロシア軍のなかの宗教活動」

【ロシアレポート】「ロシア軍のなかの宗教活動」

ベレストロイカの一環として1988年にロシアのキリスト教受容千年祭が国家的行事として祝われ、かつて「アヘン」とされ弾庄を受けてきた宗教が公式に復活した。そして一昨年の連邦崩壊を機に、社会の表舞台に姿を現してきた。
現在の宗教への高い関心の背景には、第一に崩壊後に生じた不安定な社会状況がある。経済の破綻や蔓延する腐敗の絶望感から、人々が宗教に救いを求めるケースはきわめて多い。加えて、社会秩序の乱れや物質の欠乏とともに宗教が人々を惹きつける大きな要因は、強烈なイデオロギー国家の崩壊によって生じた、イデオロギーの空白にある。近ごろ、軍部においても宗教性が高まっているが、このことを端的に示しているようで興味深い。 昨年末、軍部内の宗教問題に関する調査を行ったロシア連邦軍軍事社会学・心理学および法制センターは、宗教への傾斜が高まったと伝えている。報告によると、アンケートの回答者のうち、①25%の兵士は自らを信徒と見なし、②38%の兵士は宗教への明確な関心を示していない。また、③30%の兵士は自らを末信徒と見なしている。しかし②、③は同時に、無神論への信仰を草味するものではない。堅固に無神論を支持し、そのプロパガンダに努める兵士はわずか10%に過ぎなかった。
軍事社会学者の見解によれば、これらの数字は、第一に社会における価値観と価値志向の変化を、そしてさまざまな団体による宗教活動の活発化を反映しているという。調査によって、今日、宗教がおよぼす影響が一般的に強まっていることが明きらかとなったが、特に顕著なのは、若い兵士(義務兵役の兵士や若い将校ら)の中に信仰者が増え、それに応じて無神論者がかなり減少したということでる。
アンケートに答えた59%の兵士は、軍と教会の友好的な関係を維持すべきであると見なしている。彼らの考えでは、宗教性の高まりは今後、人々の行動様式や態度、また憐れみや同情といった人間の資質の発展に肯定的な影響を与えるだろうということである。
かつてロシア軍には、ピョートルー世の時代から、海軍においては専任の聖職者がいたし、また陸軍においては行軍の際には必ず聖職者が参加していた。そして1913年までは、すべての近衛連隊および警備隊には軍のための教会があった。しかし革命後、それまで軍の精神的支柱であった宗教はまったく逆の評価を受け、無神論がそれに取ってかわった。極端から極端への移行であったけれども、共産主義は十分に宗教の役割を果たした。ところが、共産主義体制が崩壊した現在、軍内には兵役に対する明確な意識が欠如し、その空白を埋めるかのように宗教への関心が高まってきている。また前述のように、彼らへの布教活動も活発に行われている。特に。プロテスタント諸派など外来宗教の活動には目を見張るものがある。一方、千年の歴史をもつロシア正教会は、もともと保守的な教会体質に加えて経済的困難も重なり押されぎみであるが、いずれにせよ、軍内部における宗教活動は活発化している。
こうした動きを見ると、経済状態と同様、社会主義体制と連邦崩壊の後遺症が克服され、信教の自由、良心の自由が健全な市民生活の一部となるにはなお多くの時間がかかるものと思われる。 (横山 健史)

【出典】 青年の旗 No.184 1993年2月15日

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【投稿】週刊「金曜日」の創刊記念集会に参加して

【投稿】週刊「金曜日」の創刊記念集会に参加して

『朝日ジャーナル』最終号に本多勝一氏が『XY新聞』新聞の提唱をし、出資者を募集していたことを覚えている人もいると思う。今回その出資者に呼びかけ、とりあえず(?)週刊誌を出そうとの話がまとまり、今回の集会となった。参加したS氏に感想をもらった。
尚、『XY新聞』と週刊『金曜日』との関係は、はっきりしていなっかたそうである。資料、予約購読の申込書等は編集部までご一報いただければ送ります。              (東京 Y)
1993年1月30日、東京・神田神保町の日本教育会館で、週刊「金曜日」の創刊記念集会が開催されるとの通知をうけ、出かけてみた。何しろ集会と名の付くものは卒業以来余り縁がなかったためか、はたまた編集委員に本多勝一氏、井上ひさし氏、筑紫哲也氏、久野収氏、石牟礼道子氏等著名人の名が散りばめられていたせいか、少々うきうきして会場に40分前には到着した。ところが会場は、人・人でごった返しており、幸い席は確保できたものの会場内外を見回る余裕はなく、その間配られた創刊の言葉をただ読んで、ひたすら開会を待っているのみ。関係者は状況を説明しろ!と叫びたくなる衝動にかられた。
開会予定時刻を少々過ぎた頃、主催者から不手際のため会場に入りきれない人のいること、少々遅れて開会することが告げられ、司会は、小宮悦子氏である旨が伝えられた。不覚にもラッキーと思ってしまった。ミーハーだな-! 会場を埋め尽くした人々は、20代から60代ぐらいで、男性と女性の比はおよそ6対4程度、いわゆるケパイ女性等は見あたらず、全体として、灰色とか濃紺とか茶色というイメージである。
集会は、株式会社金曜日社長(ハタショウリュウ)のあいさつ(マスコミの現状を憂い、人類の進歩に役立つジャーナリズムの確立をめざしこの雑誌を創刊したい旨のべられた。)に次いで、各編集委員の紹介と挨拶を受け、その後、会場からの意見質問を受けて編集委員が答えるというものであった。尚、井上ひさし氏は、ダブルブッキングの為会場にはこれない旨が伝えられた。
質問者は約20人で、時間制限をものともせず、長々と自説感想をのたまわる。意気込みはわかるのだが、8割がた聴くに耐えないものであった。この点、「かぜ」のため集会に参加しなかったW君は、正解だだったと思う(私も「かぜ」で38度近い熱があり、薬をしこたま飲んで参加していた)。時間を大幅にオーバーして答えた、編集委月の方々の誠意には敬意を表するものの、主催者?事務局?の姿勢には少々腹が立った。「カンパの合計約000円」、「参加者の皆さんのご協力、有り難うございます」てな、一言ぐらいあっても罰は当たらない。カンパの使い道だってちゃんと言うべきである。信用を得るきちっとした団体のやることとは、言えない運営状況と言わねばならない。どこぞの団体でも、同じ様なことをしていたような気もするが、主催者側に近い立場にいるときと、そうでないときとで、こうも感じ方が違うものかと痛感し、今後のために勉強になった。
総じて、決意は立派だがそのプロセスが不明といったもので、明らかになった内容らしきものといえば、現状で予約購読者約5千人(ちなみに目標5万人)、ボランティア100人、運営は株式会社形式で行う、ということぐらいである。2月上旬には、朝日新聞に全面広告がでるとのことなので、その後順調に予約購読者が増えれば、速やかに創刊の運びとなるそうである。なにはともあれ会場に参加した人、一人一人が約10人ぐらいの購読予定者を増やすこと。このような集会を九州、大阪、名古屋等全国で開催して、同様のお願いをするとのことである。参加して会場で質問できた「本多氏の熱狂的なファン=本多教」の信者と、地域活動家と、ミニコミ編集者等の方々にとっては、実り多き集会であったと思われる。
いろいろと感想を交えて述べたが、期待がある故に不十分なところのみを強調する結果になってしまった。最後に、律儀な私としては、願わくば予約購読者となって頂きたく、申込の要領をコピーしてお待ちいたしている次第である。      (東京 S)

【出典】 青年の旗 No.184 1993年2月15日

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【投稿】エイズ問題を自分たちの課題に

【投稿】エイズ問題を自分たちの課題に

現在子供たちの間で病気の子や障害者に対して、またイジメをするのに「お前、エイズだろう」と言ったりすることが増えている。これは大変問題だが、大人も会社や家庭などで同様の発言をしており、社会ではエイズ(以下HIV)感染者が医療や就職・教育面など社会生活全般で深刻な差別に脅かされている現実からすれば、それはまさに現在の日本社会の反映である。あるHIV感染者の言葉だが、まさに「感染者は病気で死ぬ前に、差別で殺されるのだ」。
日本がHIV受容に失敗した最大の原因は国内2千名ともいわれる輸入血液製剤による血友病患者のHIV感染者の処遇をないがしろにしたところにあり、現在もそれは変わっていない。国・製薬会社はその感染責任を一切とらず、のみならず国は88年に感染者に対する「隔離・管理・排外思想」に貫かれたエイズ予防法を成立させた。マスコミは血友病HIV感染者の抱える問題を無視する一方で、HIVの恐怖だけを煽り、感染者に対する差別報道を繰り返した。人権意識の低い社会は感染者に対する排外思想をあっと言う間に受入れ、それは医療・行政・教育関係者も例外ではなかった。このように新たに生み出されていった差別と人権侵害に対して野党や労働運動、その他市民運動や諸党派も無関心であった。ちなみに国と製薬会社の輸入血液製剤によるHIV感染責任を問う裁判は、現在尚東京と大阪で原告92名(既に22名が死亡)により関われている。
国際的な経験でも感染者の増大を防止するためには、感染者に対する差別と偏見をなくし医療・生活・人権保障をベースに「感染者とともに生きる社会」をつくることが決定的に重要だと言うことが明らかになっている。「正しい知識」だけでは不十分なのである。なぜなら、感染者が感染を自覚するのは検査しかないのであって、感染者が差別の対象である限り「検査を受けようと思っても怖くて受けられず、その結果新たな感染者を生んでしまう」という循環を断ち切れないからである。感染に対する自己防衛は大切だが、それだけでは「自分以外の誰かにHIVを追いやる」だけである。それが「他人ごと」である限りHIV問題の解決はない。
昨年末、感染を理由に一方的に解雇された技師が会社を相手に解雇不当の訴訟を起こした。また一方、感染者に対する医療現場での診療拒否や就職差別、通学拒否は後を絶たない状況にある。HIVは確かに現在抵抗薬がないウイルスだが、それは特定の感染経路でしか感染できない弱いウイルスである。その病態は慢性疾患の一種といってよく、感染者の日常生活はまったく変わらない。
現在私たちに必要なのは、血友病HIV感染者はじめ感染者のおかれている実態を直視しその差別撤廃と医療・生活・人権保障に向けて努力することである。
啓発や予防教育はその一環である。企業・自治体や教育現場でのとりくみが望まれる。  (大阪 Ⅹ)

【出典】 青年の旗 No.184 1993年2月15日

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【コラム】ひとりごと –連合赤軍事件判決に思うこと 

【コラム】ひとりごと –連合赤軍事件判決に思うこと

◆2月19日「連合赤軍」事件の三被告に最高裁が判決を下した。19日夜のニュース番組はすべてこのニュースをトップで伝えた。◆思えば、浅間山荘事件は、私にとって思い出深いものがある。72年2月の浅間山荘事件の頃、私は高校三年生で、大学受験のさなかであった。志望校は大阪市大。赤軍派最高幹部故森恒夫(獄中で自殺)が逮捕されたとき、彼の出身が大阪市大であったと、新聞が報道したとき、私の母は本気で心配したようだ。私自身もこんな学生運動をするのではないかと。(残念ながら「過激派」にはならなかった。)◆フジテレビの俵孝太郎は、この事件を境に、六〇年代、七〇年代を駆け抜けた「学生運動」は急速に衰退したと伝え、TBSの筑柴哲也は「行動」から「無関心」へと若者の行動が変化し、若者の政治無関心の時代が来たと解説している。◆残念ながら、私はこの事件の後に「学生運動」に参加し、六〇年代の後半のような世間を揺るがすほどの影響力はなかったとは言え、「怒り」を持続させてきたのである。おそらく、「旗」の読者の多数も私の世代に属しているだろう。◆確かに「セクト」の時代は、終わりを告げている。ソ連の崩壊で、社会主義運動も整理の時期を迎えていることは疑えない。◆マスコミは「連合赤軍」判決で、「学生運動」や「社会主義運動」を、許容できないもの、とのキャンペーンを強めているように思える。◆事件から21年という。我身に振り返れば、今年が民学同結成30年である。すでに歴史に属する経過もあるが、我々に取っても、私自身にとっても「歴史的総括」が必要であることは言うまでもない。(佐野)

【出典】 青年の旗 No.184 1993年2月15日

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【投稿】社会党を変えるものは

【投稿】社会党を変えるものは
            –党内良識派議員・党員・市民のネットワークに期待–

締切の大幅遅れで、この原稿を打とうとしている時、山形県知事選挙での社会党、日本新党推薦候補者当選のニュースが飛び込んできた。
これはひとえに「日本新党効果」であり、社会党の逆効果を相殺してなお、あまりあったことは衆目の一致するところだろう。
細川護熙のゴーストが香山健一ではないか、などの日本新党のうさんくささも含めた評価はひとまず置くとして、社会党がリストラ可能かどうか、少しばかり検討してみたい。山花、赤松の新体制がスタートして一ケ月が経過したが、委員長が何もしない代わりに書記長が問題発言を連発、という構図が出来上がってしまったようだ。そもそもこの新執行部体制そのものが、予想される都議会選挙、そして総選挙の敗北までの暫定政権だとの認識が、本人達も含めた党内の了解事項である以上、お互い何を言っても勝手という状況なのだ。
こうしたなか、本気で政治改革を考える若手議員を中心とする勢力は、既成の党内派閥にとらわれず活動を始めている。もちろんそれはバブル選挙の中で当選した自らのサバイバルであり、社会党への帰属意識が薄い分だけ「自由な動き」になることも事実である。
しかし、社会党変革の期待は党内にあっては国会、地方議会のこうした議員と良識派の専従者の動きであり、そして何より重要なのは党外の様々な運動との結合なのである。
これまで原水禁運動や護憲運動、そして総評の存在が理想とは言えないまでも、社会党を支える役割を果たしてきた。しかしながら、冷戦構造の崩壊以降、既存の組織は統廃合を余儀なくされ、個別の課題は存在するものの、その影響力は急速に衰退している。また、総評センターは解散し、昔日の総評社会党ブロックは消滅した。
そして現在、社会党とはほとんど無関係に発展してきた様々な運動が存在している。それらは、人的、経済的にも自立しており日常活動においても社会党はもちろん労働運動によりかかったり、逆に抱え込まれる関係でもない。
しかし、自然保護運動でも、在日外国人擁護運動でも、何らかの具体的行政施策を実現しようとした場合、政党との連携無しには困難なのも事実である。その場合やはり社会党の良識派が期待されるのである。
ここで一般的に市民運動と結び付くのは左派=守旧派=社会主義協会派との理解があるが、それは間違いである。例えば田辺前委員長につながる部分は協会派ではないが、協会派はそれらと野合し市民運動派を弾圧してきた。
以前、外国人登録改正運動で、市民団体との連携を進めようとした政策審議会の書記は「NLP基地建設反対運動オルグ」を名目に、突然国会から三宅島に飛ばされた。
最近では、やはり社会党系の日朝運動組織専従者が、「反北朝鮮糸の団体と釣るんだ」ことを理由に当該組織の解散と同時に、退職金も無しに解雇されたうえ、再就職も妨害されたのである。
こうしたことを平気でやるのが本当の守旧派であり、反対派を次々と粛正した、スターリンの弟子たちが日本共産党以外でも生き残っているのである。
こうした連中の攻撃にさらされている人々、具体的にはシリウスやニューウェーブの会、が市民運動との架け橋となっているのだ。
その意味で、連合傘下の各組合が行おうとしている選別推薦は市民運動を意識してのことではないのであるが、注目すべきものである。もちろん選別推薦とともに葬られる市民運動もあるかもしれないが、生活から遊離した政治主義的市民運動、守旧派にべったり、もしくはタカリ紛いの市民運動はこの際なくなるべきだ。
逆にそうした部分から「右翼だ、日和見だ!」と批判される運動こそ、日常地道な活動を行い、日本の民主主義確立に貢献しているのである。
また、現時点ではこうした運動と、連合及び各組合との結び付きはまだまだ弱いものだ。しかし具体的な共闘を通じての信頼関係は、着実に地方から築き上げられてきている。もはや、社会党の変革は党内、中央からでは困難と言わざるを得ない。その希望は党内良識派、市民団体、労働組合とのネットワークの広がりにしかない。そしてその結果が社会党の財産が継承されるならば、新党であってもいっこうに構わないし、社会党が生まれ変わった、即ち改革の成功を証明することにもなるのである。     (大阪 T)

【出典】 青年の旗 No.184 1993年2月15日

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【書評】国家経済から地球経済(グローバルエコノミー)の時代へ

【書評】国家経済から地球経済(グローバルエコノミー)の時代へ
          『THE WORKS OF NATlONS』–21世紀資本主義のイメージ–
       ロバート・B・ライシュ著 中谷 巌訳 ダイヤモンド社 ¥2200円

昨年秋アメリカに新しい民主党大統領が誕生した。スローガンは「CHANGE」、変革を合い言葉に、さわやかに登場したクリントン。その新しい民主党の経済政策ブレーンの一人であるライシュが、1991年に出版したのがこの書物「THE WORKS OFNATIONS」である。ライシュはハーバード大学政治経済学者で、リベラル派の論客として知られ、フォード、カーター両政権で政策ブレーンを務め、民主党の有力な政策アドバイザーである。
全米ベストセラーになり、「民主党圧勝の決めてとなった経済再建プラン・・・・・・そのシナリオが本書である」との宣伝文句に見事に引っかかった私は、短い正月休みにこの本を読むことになる。(もう1冊は、副大統領アル・ゴアの「地球の掟」であった。)

◆国民経済から地球経済(グローバルエコノミー)へ「われわれは今、来るべき21世紀の政治学と経済学が再構築されようとしているその過渡期に生きている。21世紀には国籍が意味を持つような製品や技術はなくなっているだろうし、企業や産業も国家を超えていることだろう。少なくともこれまで理解してきたような概念としての国家経済(あるいは国民経済)は存在しないだろう。国境を超えて移動しないのは、国家を構成する国民だけになるだろう。それぞれの国家にとってもっとも重要な資産となるのは、市民一人ひとりの技能と洞察力であろう。そして国家が担う最も重要な政治課題は、地球経済(グローバル・エコノミー)がもつ遠心力にどう対処するか--すなわち最も技能に優れ、卓越した洞察力を有する人々にはかつてないほどの富が授けられる一方、たいした技能を持たない人々の生活水準は低下するに任されることによって、市民の結束をずたずたに引き裂こうとする強力な遠心力にどう対処するか-ということになるだろう。経済の領域での国境がかつてないほど無意味になるにつれて、世界市場で成功するのに最も都合の良い立場にある有能な個人は、国家との絆を断ち切ろうとする。そしてそうすることによって、同じ国の恵まれない同胞から逃れようとするだろう。本書は、以上のような経済の移り変わりとそれによって誘発されるきびしい政治課題について分析するものである。」(本書P3:序章 国家という概念の冒頭)。
この文章が、本書の内容の見事な概略と言えるようである。

◆経済ナショナリズムの起源
第2次世界大戦後、政治経済において世界をリードしてきたアメリカの姿は、従来の「国家経済」の立場からは見えてこない。それは、大量生産・大量消費の時代の経済感覚に基づく立場であって、もはやこうした事は高付加価値型の経済の中には見いだせないというのである。著者はまず「国民経済」という従来の考え方に疑問を投げかける。「国民の利益は国家の経済成長である、国民の幸福とは、国家の経済成長であると考えられている。・・・・・・少なくとも経済的運命を共有するという意味で一つの絆につなぎ合わされている。
そして経済的な成長を達成するか否かは国家の資源をいかに効率的に開発するか否か、効率的に使うか否かにかかっていると。・・・・・・このビジョン通り理解することが持つ問題はそれが根本的に間違っているという点にある」
第1章では経済ナショナリズムの起源が分析される。17世紀の人々には国民経済という概念はなかった。19世紀の後半、国家経済の繁栄が国民の幸福であるという概念が生まれ、運命共同体の意識が生まれた。「同じ国に住む人々が経済的運命を共にすると言う概念は、19世紀後半の数十年間に広く受け入れられるようになった。・・・・・・こうした中で世界的な競争の場が創りだされ、国家対国家の戦いが初めて行われるようになったのである。」 蒸気機関、電信、タービンなどの発明一つ一つが生産形態の進展に重大な役割を果たすと同時にあらゆる種類の大量生産を可能にした。(19世紀前半は生産量を前年比0.3%増やすのがやっとだったが、19世紀の終わりには生産性はその6倍近くに上昇した。)大量生産は、過剰生産でもあった。市場を求めて、帝国主義的な販路の拡大が始まった。この過程を通じて、「20世紀始めまでに、経済国家主義は世界中の多くの場所でしっかりと根付き、米国、英国、ドイツ、フランス、日本その他の市民は、自分の個人的な幸福が国家の経済的な戦争能力と密接な関係にあると理解した。愛国心と経済国家主義はしっかりとつながっていた。」
経済国家主義は、国内の企業を巨大化させ、アメリカにおいては中核的な巨大企業が誕生したのは、20世紀初頭であり、1930年代には巨大企業に合法的な役割と目的が与えられる。「1950年代には、市民個人としての幸福、国家の繁栄、国家の中薇企業の成功の三つは切っても切れない関係にあった。」 中核をなす約500社の巨大企業は工業生産高の約半分(自由世界のそれの約4分の1)を生産し、企業利益の約40%を稼いだ。そして、何百万もの雇用を創り出し、中産階級の層を増大させた。

◆80年代再び保謙主義が台頭
大量生産で海外に輸出された製品は、やがてブーメランのようにアメリカに返ってきた。より安価、良質で。この結果、80年代から、繊維、鉄鋼、電機、自動車などが国際的な競争から保護されるまでになる(アメリカで製造される標準的製品の3分の1にあたる)。もちろん、保護主義は一時の救済にしかならなかった。同時に、コスト減のために賃金引き下げや合理化も強行された。しかし、その分だけ、海外製品も同様にコストダウンをしためでアメリカの経済は回復しなかった。最後は会社の乗っ取りゲームに至るが経済の根本的解決ではなかった。
こうして、アメリカ産業の「競争力の衰退」こそ、現在のアメリカを悩ませている諸現象の根本的な原因であると言う見方が広がり、同様の報告書などが氾濫しているという。しかし、著者は、この考えをもはや誤りであり、時代遅れだというのである。

◆大量生産から高付加価値生産へ
50年代の大量生産時代からの巨大企業も現在存在しているが、その中身は全く変化している。例えば、成長力があり収益性が高いのは大量生産部門ではなく、特別な技術を施した特定需要の製品だと言う。これは全産業で共通する現象であり、顧客の個別のニーズに応え、大量生産では対応できないものを生産する部門こそ成長力があるという。
こうした高付加価値生産企業に共通な技能には、第1に、物事を独自な方法で組み立てることが要求される問題解決の技能、第2に顧客向けに作られたカスタム製品の競争上の利点を見つけだし、可能性を発見していく技能さらに、問題解決者と発見者を結び付ける戦略的媒介者の役割、技能である。

◆企業における新しい組織形態
高付加価値型企業には強権的な最高経営者が何重もの管理者層を統括し、その何倍もの時間労働者の集団の頂点に立って、誰もが標準作業手順に従って働くような生産を特徴付ける古いビラミッドのような組戯は必要としない。高付加価値型企業の組繊は、ビラミッドではなく、網状のクモの巣(組織網・ウェブ)のように見える。それは、すばやく問題を発見し、手際よく解決する事ため、戦略と金融の両面からきびしく検討を重ねながら、技術的な洞察力とマーケティングのノウハウを結び付ければ良いわけである。
こうしたグローバル・ウェブという新しい経済活動の組織的分析が第2部で行われている。

◆どれが「アメリカ製品」なのか
グローバル・ウェブにおいては、製品はいずれも国際的な合成物になるという。「あるアメリカ人がボンティアツクをGMから購入した場合、GMに支払った1万ドルのうち、3000ドル余りはルーチン労働者の組立作業代金として韓国へ、1750ドルは先端技術による部品の代金として日本へ払われ、750ドルはスタイリングとデザインの代金として西独へ、400ドルが細々とした部品代として台湾、シンガポール、日本へ、250ドルがマーケッテングサービスの代金としてイギリスへ、約50ドルがデータ処理代金としてアイルランドヘ、そして残りの4000ドルが、デトロイトの戦略家とニューヨークの法律家と銀行家、ワシントンのロビイスト・・・そして株主の手に渡る。しかし、外国籍を所有する株主も次第に増加している」。これをアメリカ製品と呼べるのかと著者はいう。こうした、国境を越える経済的つながりが、先進国間の国際貿易の大半を占めるようになっているという。
さらに、アメリカ企業はどんどん技能を求めて、外国人を雇用している。IBMでは世界中の雇用者のうち40%がアメリカ人以外で占められているように。 アメリカの衰退、またハイテク部門での日本の追い上げの中で、国防上の理由と言うことで、取られてきた政策が対した経済効果をもたらさなかったばかりか、市場を狭める結果となったのも、政府高官や企業家達の中に依然として、「国家経済」の考え方があったからと著者は批判する。
同様に「国家経済」的立場から行われた、政府の対応について「10古びた考えの危険性」という章で分析されている。例えば88年の包括的通商法でアメリカ政府はアメリカ企業の支配権を外国投資家の手から守ることを公認した。「国家安全保障を損なう」と判断されれば拒否権が発動できるようになった。また、同様に先端技術開発で日本が脅威になりつつある頃、アメリカは半導体開発の共同企業セマテックに年間1億ドルを出資したが、そこに外国人所有企業の参加は認めなかった。結局この出資は無駄になった。むしろ参加企業も自らグローバル・ウェブを進め、日本企業がアメリカ国内最大の先進チップ生産工場を建設した。
更に、著者は外国の市場解放要求の混乱も指摘する。グローバル・ウェップの時代は、むしろ外国政府の国内雇用優先のルールを撤廃させ、アメリカ人の雇用機会と技術的経験の拡大を求めることこそ将来的に重要だと言うわけだ。
「・・・・かつての時代の考え方に囚われているために、政策決定者はどの国の労働力が何を学ほうとしているかということよりも、誰が何を所有しているかということをずっと懸念してきたのだ。」

◆なぜ貧富の差が拡がったか
第3部では、グローバル・ウェブの中で、どのように職業分類が必要であり、また、どの層が富み、どの層が衰退していくのか、と言う分析が行われる。著者は、3つの職業分類を行う。「ルーティンサービス」「対人サービス」「シンボル分析サービス」。
「16不平等化したアメリカの所得分配」「17なぜ、貧富の差は広がる一方なのか」の二つの章で、山のようなカーブで中位の所得層を中心にした従来の所得構造が、77年から90年の間に、富めるものは更に富み、貧困なものは更に貧困になるというアメリカ社会の問題をグローバルウェブと結び付け、さらにそれを政府の政策が拍車をかけたと分析する。 一つは81年のレーガンの富裕者減税である。所得税の最高税率は50%から33%に引き下げられ、連邦税収の最貧困層の税負担率は逆に高まり、租税負担の逆進性が国民の貧富の差をさらに広げたこと。さらに、ルーティン生産労働者は、外国との競争の結果低賃金を押し付けられたが、グローバルウェブの中心であるシンポリック分析労働者の収入は増大したこと。更に、福祉切捨てにより、最貧困層は更に貧困になったからである。

◆レーガン・ブッシュ共和党政権がもたらしたもの
こうした国家経済的立場から行われたレーガン・ブッシュ政策の批判が、この本の面白さでもある。国家経済的立場から、企業家の意欲喚起として税の逆累進制が行われた結果、所得の不均衡は、グローバル・ウェブのとも相乗して一層進んだことことを著者は徹底的に批判していく。その反面、技能教育、先端技術研究への国家予算がむしろ削減されていることに懸念を表明し、また-一般労働者の技能や能力を高める政策努力が行わなかった共和党政策を痛烈に批判している。
すでにアメリカでは、シンポリック・アナリストのような高い賃金の人達が独自の街を創り、低所得者とは地域的にもはっきり分離するような状況まで生まれ、公共サービスの格差も日本では考えられない程になっている。格差の増大は、富める層がそれ以外の層への関心を低め、社会的連帯観を希薄にさせていることにも著者は懸念を表明し、これが重大な課題であると、教育や公共投資の重要性を語っている。

◆積極的経済ナショナリズムの提唱
最後に著者は、「歴史を見れば、我々が勝つか彼らが勝つかという「ゼロ・サム」ナショナリズムがいかに公共精神を腐敗させるか、その教訓には事欠かない。」また、地球市民というコスモポリタン主義にも疑問を投げかける。そこで第3の「積極的経済ナショナリズム」を提唱する。「自国民の生活改善によって他を犠牲にすることがないように他国とも協力する」「他国を犠牲にして一回の福祉を推進するのではなく、グローバルな福祉の推進と言う総合的目標がある」。さらに積極的経済ナショナリズムは、第3世界諸国の労働者の能力開発を目指すことになる」と。

◆我々に問われるもの
この本は非常に読み易い。十分な事実分析を進めるなかで行われているため説得力を持っている。アメリカや欧米の新しい経営がどのように行われているかを知ることは重要である。特に、私自身にもまだ「レーニン型の革命論」が生きている。大量生産型労働者が資本家と対決して、社会主義を創ると言うような。残念ながら資本の方が「国際主義」であったようだし、従来型の生産労働者の比率はどんどん低下している中での労働運動の課題もいまだ十分解明できてはいない。そういう意味で、著者の結論については、まだ十分な分析が必要であろうが、我々自身の現実の経済観を問いなおすためには十分その役割を果たすと思える。           (大阪 佐野 秀夫)

【出典】 青年の旗 No.183 1993年1月15日

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【投稿】がんばれ、久米宏—皇太子成婚報道—

【投稿】がんばれ、久米宏—皇太子成婚報道—

正月ボケのせいか、初出勤2日目というのは非常に疲れるものです。公団の賃貸住宅の抽選にはずれたこともあり、グツタリと部屋でうなだれていた。そんな時に、突如弟が飛び込んできて、大声で叫ぶのでした。「兄ちゃん、皇太子の嫁はん決ったで!」「誰や?」「小和田雅子て言んや!」「ああ、聞いたことあるなあ」「ダウンタウン見てたら急に画面変わったんや、おもろいとこやったのに」 さあ、それからは恐るべし皇室報道が嵐のように襲ってきます。既に用意されているVTRをこれでもかと執拗に流し、いかに雅子さんが素晴らしい女性かを最上級のほめ言葉で、いやらしく思える程の敬語で、私たちに教えてくれます(そう言えば「ほめ殺し」という言葉が去年流行ったなあ。いや、確かに雅子さんは優秀な方だと思います。どんな考えの方かは知りませんが)。街角インタビューでの市民の皆さんの演技力には驚嘆しました。ニューハーフの登場にもびっくり。しかし、ダイアナ妃の話題を出してしまったが故に中継画面を切り換えられた外国の方には同情します(あの人は何て言ったのだろう。このとき程自分の語学力のなさが情けないと思ったことはありません)。
何だかんだと言いながら、1時間も見てしまっている私でした。時折、弟に解説してあげながら皇室報道を見るのも楽しいものです。「みんなほめてばかりで気色わるいなあ、誰か一人くらい悪口言えへんかなあ」「そんなこと言うたら、右翼に狙われてエライ目に会うんや。仮に言うても絶対テレビは流れへん。」「ちょっとでもええから、誰か文句言うてくれへんかなあ。そうや、もうすぐニュースステイション始まるやんか。久米宏やったら何か言うかな」「久米でもよう言わいんやろ。そんなことより、この時期に発表したタイミングや。自民党は国会乗り切りやすくなるで。この雰囲気やったら、野党も追及しにくくなるやろ」「そこまで考えてるかなあ」 ニュースステイションが始まりました。また同じVTRです。顔ぶれも同じ宮内庁担当デスクにハーバード大学時代からの知人の教授です。久米宏の方は、いもの軽い調子で無難にこなしています。宮内庁と言えばこの人、神田さんも嬉しそうにこれからのスケジュールを教えてくれます。(ああ、久米もやっぱりなあ)その時です。
『・・ところで話しは脱線するのですが、この日程でいくと当然解散・総選挙にも影響がありますよね』『ありますね』『そうなってくると、佐川事件の真相解明や政治改革、ウルグアイラウンド、景気対策といった大事な政治にも影響が出てくるってことですね』『でてくるでしょうね』『う-ん、そうなってくるとおかしなことになるなあ・・話しが脱線してしまいましたが、コマーシャルの後もニュースです』(ビデオに撮っていたわけではないので、曖昧ですが、たしかにこんなやりとりだったかと・・)やってくれたぜ、久米宏!必ずしも考え方に共感することばかりではなく、ややもすれば奇をてらったり、時には迎合ぎみなところを最近久米宏には感じてきたのですが、このささやかな抵抗には、素直に拍手を送ります。
嵐のような皇室報道のおかげで、貴・りえの婚約解消騒ぎはふっ飛んでしまいました。これで貴花田も大関取りに集中できることでしょう。また、山花氏の社会党委員長決定も完全にスミに追いやられてしまいました。まあ、元々スミの方に報道されていた程の盛り上がりのなさでしたが。
テレビ局には、新作のドラマを楽しみにしていた視聴者から抗議の電話が殺到したとか。ドラマファンも結構良識があります。職場でも話題にしようとネタを振ったのですが、余り盛り上がらず、皆さんくたびれた様子でした。
がんばれ、久米宏!ところで、筑紫哲也の方はどうだったのでしょうか?。私はチェックを忘れていたのですが、どなたか知っている方、教えてください。
(大阪 A・0)

【出典】 青年の旗 No.183 1993年1月15日

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【投稿】地球環境問題–「持続可能な発展」をめぐって(上)

【投稿】地球環境問題–「持続可能な発展」をめぐって(上)

はじめに
1992年6月に開催された地球サミットは、環境優先か・開発が重要かをめぐって南北が激しく対立したが、東西冷戦終えん後の社会体制の枠組みを転換させ、地球環境の保全あるいは環境に優しい社会経済構造を具体的に実現するための制度的、資金的、組織的なルールを敷く歴史的出発点になったと言えるであろう。
今回の地球サミットのテーマ「持続可能な発展」(Sustainable Development)の概念は、今や国際社会では地球と人類の危機を打開する大切なキーワードとして世界の合言葉となった感がある。「持続可能な発展」を知らずに、又それを無視しては、もはや今日の人類と世界の問題を論じることができないと言った状況である。
「Sustainable Development」の日本語は、「持続的開発」「持続可能的な開発」「永続可能な開発」「持続可能な発展」「永続的な発展」「永続可能な発展」などさまざまに訳されている。言葉に対する訳者の語感に左右される場合もあるが、基本的には翻訳者と論者の政治的、経済的立場によって訳語が決めらているようだが、「持続的開発」の訳語などは、政府・財界が「持続的な経済の安定成長」と同義に受け取れる様にした極めて意図的な訳語と解釈できる。
英語の「Development」は、本来もっと包括的な経済社会の発展とか福祉の向上とかの問題など様々な問題が包含された言葉であり、それはまさしく人類の「発展」のありかたと深く関係した内容を持った言葉である。この為、これまで余り意識しないで「持続的開発」等の訳語を使用してきたが、今回から一応「持続的可能な開発」と言う訳語を使用することにする。

<「持続可能な発展」の概念の沿革(歴史)>
各国の公害問題が大きく社会問題化した時代の中で1972年は、地球環境問題が世界の重大課題としてクローズアップした年であった。ローマクラブが、「成長の限界」と題する報告書を発表し、人類が追求してきた経済成長に警告を発し、このままの成長や人口増加を続ければ地球資源は枯渇し、人類を育む生態系は完全に破壊されるであろうと述べたのである。
同年6月には、ストックホルムで国連主催の「人間環境会議」が初めて開催され、先進国と発展途上国の意見の対立を残しながらも、人類が運命を共有する基盤としての地球生態系の保全の重要性が共通の認識となり、「宇宙船地球号」という言葉が語られるようになった。
その後、「南」「北」の双方が直面する難問を解決し、人類の新しい方向を模索する中で「持続可能な発展」と言う概念が形成されてきたと思われる。「持続可能な発展」という言葉を誰が最初に使いはじめたか定かではないが、国連関係機関の間では1977、8年頃から使用されるようになり、1980年に国際世界自然保護連合が提唱した「世界自然資源保全戦略」の中に同じ様な考え方が含まれている。
しかし、より明確な理念を持って、初めて「持続可能な開発」という表現を使って環境破壊の深刻さを問題提起し、環境と発展に共通の理念を定着させ、その実現のための政策体系を構築することが急務であることを、各国政府に印象づけることに成功したのは、国連の「環境と開発に関する世界委員会」(1984年、日本の提唱により、ノルウェー首相ブルントタントを委員長として発足した賢人会議で、通称ブルントラント委員会)が、1987年に提出した「我らの共有の未来」と題する報告書(通称ブルントラント報告)の中であった。
報告書は、地球的規模で進行しつつある環境破壊に対処し、人類社会の持続的な発展を保証するために、各国の政府と国民に対して「持続可能な発展」を国の政策及び国際協力の最優先目標としなければならないと訴えた。この報告は国連で採択され、大きな反響を呼んだ。
そして、1988年6月のカナダのトロントで開催された先進国首脳会議(サミット)では、ブルントラント報告が高く評価され、その経済宣言の中で先進国首脳は「地球上に人類が生存し続けるためには経済政策決定の全ての分野において環境上の配慮が組み入れられなければならないことを強調したブルウントラント報告に賛意を表明し、持続可能な発展の概念を支持した」。

<ブルントラント報告>
ブルントラント報告書「我らの共有の未来」では、世界経済のあり方についての考えを「エコロジー経済のための国際的公共システムの形成」に変えることによって、経済成長と環境保全を両立させることが出来、また現在世代の欲求や願望と将来世代のそれをも両立させることができるとしている。ブルントラント委員会は、地球環境保全への途を探求し、次のような結論を提示した。すなわち、 「人類は、発展を持続可能なものとする能力を有する。持続的発展とは、将来の世代が自らの欲求を充足する能力を揖なうことなく、今日の世代の欲求を満たすこととある。
持続的発展の概念には、いくつかの限界が内包されている。それらは絶対的限界ではなく、今日の科学技術の発展の状況であるとか、環境を巡る社会組織の状況、あるいは生物圏が人間活動の影響を吸収する能力といったものである。しかし、経済成長の新たな時代への道を開くために技術・社会組織を管理し、改良することは可能である。」と述べている。

<「持続可能な発展」が提起された時代背景>
ストックホルム会議が開催された1972年からブルントラント委員会で「持続可能な発展」の概念が提出された1987年では、世界的な環境保全に対する考え方が大きく変化したと言える。
この「持続可能な発展」の概念が登場した時代背景の第一は、世界の人々が、様々な経験の中から、これまでの経済成長パターンは環境破壊をかつてない規模と早さで進め、これからの経済発展の基盤自身をむしばみつつあることを認識したことある。そして、先進工業国の経験からも、経済成長の指標としてのGNPの増大は、必ずしも生活の豊かさの増加とは一致しないことが明かとなった。つまり、経済成長と環境保全とを二律背反とみるのではなく、環境保全を可能にし生活の質を高める経済発展パターンを追求することが、世界中の人々の共通の課題であることが認識されたのである。
第二は、世界経済の不均衡な発展がよりすすんだことである。とりわけ、第一の点とかかわって重要なことは、発展途上国の間での格差が拡大したことである。1960年代半ば以降、急速な工業化を達成した諸国にも、アフリカの一部などにみられるように、餓死者が大量に出るような絶対的に貧困な国も出現している。
第三は、第二の点の直接的な結果とも言えるが、発展途上国における環境問題が多様な様相を示していることである。台湾、韓国等高い経済成長率を続けている諸国・地域では、いわゆる産業公害と都市公害が、ちょうど日本の1960年代と同じように、問題化した。
それに対して、例えば、アフリカの乾燥地帯、サヘル地方からエチオピアにかけては、経済が崩壊すると共に、砂漠化や土壌の侵食が進行し、干ばつが頻発している。緑の破壊に伴う生態系の破壊に少なくとも原因の一端があることは疑う余地がない。
第四は、ストックホルム会議当時の公害発生源が主として先進工業国であったのに対して、今日、少なくとも直接的な公害発生源の主体は、工業化を進める発展途上国と社会主義国に移行したかのようである。これは、エレクトロニクスと中心に情報・通信技術が発達するのに伴って、産業構造の大きな変化、すなわち、いわゆる情報化・ソフト化・ハイテク産業化が先進国を中心に進んだことにも規定されている。
第五に、経済のグローバリゼーションがすすみ、世界経済の相互依存が強まったことである。このことが、これまで述べてきたことを規定しつつ進行させたと言ってよい。世界は一つに統合されつつあると言える。        (以下次号) (名古屋Y)

【出典】 青年の旗 No.183 1993年1月15日

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【投稿】不況を理由とする解雇問題と労働組合

【投稿】不況を理由とする解雇問題と労働組合

この不景気にわたしの身近な人たちの中でも解雇や派遣の打ち切り、出向や配転という詰もあり、また組合つぶしを狙った大倉産業の工場閉鎖など経営側の「この機に」とばかりのやり方も目につくほどです。わたしの参加している地域ユニオンでもこの間、数件の解雇をとりあげ、業績不振で支店を閉鎖した個人商店(15年以上パートタイム、実情はフルタイムで勤務)を手当なしで即日解雇された女性ではユニオンに加入して交渉し、解雇に対する謝罪を実現して解雇予告手当・退職金・解決金を獲得したものもありますし、公務関係の20代の女性の件では労政事務所を通じ解雇を撤回させるが本人は精神的に落ち込み自己退職して帰郷してしまうなど、残念な結果もあります。 A社は大手電機メーカーで、この夏1千人規模の人員削減計画が公になった会社です。実はこれは社内通達よりもマスコミにすっぱ抜かれて、あわてて社内での説明があるという事態だったようです。それが実際11月下旬にやっときちんとした計画となって社員に示され、わたしの友人の職場50人中5、6人を出向させるという内容だったようです。一応期間は1、2年ということらしいのですが、これを信じている社員はほとんどいないようです。組合は何をやっているのかというと、職場の執行委員は職制からその話を聞くまで知らなかった、労使協議会でも議題にのぼらなかったということです。これが大手メーカーでの経営と労組の実態です。一般組合員は何にも知らないで、一部で確かに「協議」されているのでしょうけれども、民主主義のかけらもないわけです。こうなると社員は身構えて、ひとりひとりが猜疑心と不安でいっぱいになってくるわけで、組合は何の存在感すらないのです。
前述の執行委員氏と私の友人は、バブルに乗じて見境もなく大量採用しておいていまさら出向とは何だ、会社・人事部の責任はどうなんだ、と席で息を巻きました。(A社は、90年以降、大卒だけで、毎年1000人前後を採用した)が、それが大きな声にはなっていかないようです。
ちなみに、民間で資本が武器にする「解雇」は公務員にはない。「退職」はもちろんある。一般的な「社内調整」といわれる人員合理化には希望退職、配転、出向(子会社、関連企業へ)などが行われ、グループ内で調整が行われますが、これにともなって下へ下へと「あまった人」がはじきだされるわけです。
大手電機メーカーのH社では、生産調整でヒマな時間を消化するため1週間もかけて運動会を行い、運動会での成績が「査定」<首切り>になるというウソのような詰もある。
これまでの経緯からして、また今回のバブルでは顕著ですが、儲けはすべて資本の元に、そのしわよせと矛盾はすべて労働者側へというやりかたです。昨年末の一時金闘争を見ても、バブルピーク時の一昨年の状況と経常利益や売上高を比較して、経営状況が悪いのは当然であって、それだけで労働側へのいわゆる「成果配分」にすらおほつかない回答(現物支給)で「妥結」されてはたまりません。さらに経営状況の悪化で、6カ月をさかのぼって残業代の削減、打ち切りが行われ、40歳近いひとでは年収が100万円もちがってきています。
それにしても、こうした攻撃に対して労働側の無力さにあらためて感嘆させられます。
「連合」としてこうした事態になんらの対処もできす、それどころか、はっきりとした「声明」すらだせない状況をわたしたちはきちんと見ておく必要があります。これが大多数の日本の労働組合の体質ともいうべき弱点です。
労働市場全体にたいしてアプローチすべき労働組合が、資本と同じ論理で、「氏名解雇」でははなく「希望退職」という首きりで組合としても「不況」を乗切ろうとするやりかたで、果たして組合員の結集が得られるのか?企業内組合という自明の「限界」や、労働組合主義という観点からしても、それ以前の問題としてまず「組合の姿勢」が問われているのではないだろうか?
「国民の政治に対する信頼をとりもどすため」…と歴代首相のことばを何回聞いたことか? どうせ金権・派閥政治は変ることがないのさ・・・と思われている。
同様に、労働組合は「解雇」「配転」「出向」問題で組合員にどう思われているのだろうか? この間題の解決のキーワードに労働組合というものは存在しない人がほとんどでしょう。

【現状を考えるためのいくつかの数字】
■雇用者数の増大
雇用者数   労働組合員数
1960年 2914万人     10147千人
1970   3662      12590
1980   4301      12418
1990   4875      12265
1992   5062      12397

●現在、15歳以上の人口は1億199万人、労働力人口は6505万人、このうち雇用者の割合は78%で約5000万人である。男女別ではおよそ男子3000万人、女子2000万人(40%)である。
●とくに雇用者における女性の比率は1970年の32%から92年には40%へと大きく伸びている。
●女性労働の変化は未婚者の減少(既婚者の増大)、年齢別では35から54歳が中心であり、このうち約7割が家庭をもつ。総務庁統計局の「労働力調査」で週35時間未満の雇用者は800万人、そのうち女子は550万人(約7割)。
●パートタイム労働者は、したがって「連合」に匹敵する数の労働者が存在する。
こうした変化は、労働者生活全般にわたり、家族構成・育児・居住などライフスタイルも大きく変ろうとしている。
(家をもてない、子供をうめない・うまない、Dinksなど) ボランティア活動、福祉活動、生協活動や地域活動、文化サークルやリサイクル運動など多様な労働者運動が展開され、社会全体でこれらの生活スタイルの変化をともなった活動の活性化が見られる。
■労働組合の組織
1992年、労働組合員数は1240万人、推定組織率は24.5%である。
組合員数における女性の比率は28%である。
注意すべきは産業別および男女別の組織率である。
産業別では 公務員72.6%
電気ガス水道60.9%
金融・保険、不動産47.6%
運輸・通信46.1%では高い比率である。
女子の割合が高い産業は 金融・保険57.1%
サービス業44.1%
卸売・小売、飲食37.6%
主要団体別では 連 合761万人
全労連 84万人
全労協 30万人
その他387万人
●いわゆる「労働戦線」問題がいずれもかたまり、やっと組織問題から運動面へと力を注ぎつつある。
いずれも「力」と「政策」を現実のものとするためにも労働市場全体へ働きかけることぬきには、未組織や中小、零細における労働条件の改善、はたらく仲間意識、公正・自由・連帯などの民主主義的な価値を具現していくことは困難である。
●現実の組織的基碇を固めつつより大きな統一的な規制力を発揮できるようその運動が問われている。
●さきの労働者生活の変化とともに労働組合の運動自身も変化を求められている。多様な価値やニーズに応じながら、同時に共通の価値を形成していくという運動と課題が労働組合の活動家に求められている。(たとえばUI運動とか)

■国際化の中で
外国人労働者問題、あるいは日本からの資本輸出と現地法人での雇用者数の増大などに見られるよう、すでに労働力自身も国際化の中であらわれている。
●世界のGNPはおよそ22兆7000億ドルであるが、そのうちアメリカが5兆5000、ECが6兆ドル、日本が3兆ドル、この世界の3極だけでおよそ2/3を占める。
発展途上国中で注目のNIESでもGNPは5000億ドルと、日本のわずか1/6である。いかにこの3極が多大な影響力をもっており、世界の諸国の「期待」と「羨望」は当然である。
●いわゆる「先進7カ国」が60年代から90年代へとめざましい発展と変革をもたらしたが、発展途上固は20年昔のままの状態が引き続いている。
●経済のグローバル化は労働力市場においても同じである。日本の労働組合と様々な労働者運動がこうした事態にどのような価値と自己革新でこたえていくのか、視野のひろい回答が必要とされている。
●今年、東京で開催されたICA(国際協同組合同盟)大会へむけたベーク報告(変化する世界一協同組合の基本的価値)では、概況次のような点が指摘されている。
協同組合へ加入する個人ないし世帯の組合員数
5億5000万(ちなみに世界人口は53億人)
アジア圏における拡大  途上国における展望
旧計画経済体制における展望
脱工業社会に向けて
協同組合のグローバルな連帯

■新たな生産調整と合理化
昨年はバブル経済のピークにあたり、をめぐる異常なまで暴騰、取引が金融株式・土地等の資産保険業界の不祥事件を引き起こしながら破綻し、企業における不良債券・資産の増加、設備投資の急減、経費の削減、景気の後退により、個人消費も減退した。
大手企業はいっせいに人員・生産の合理化計画を発表し、業再編が進行している。

【出典】 青年の旗 No.183 1993年1月15日

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『詩』 旅人へ 

『詩』 旅人へ 
                大木 透

赤のトレードマークを
隠そうともせず
モーゼはラテンアメリカを往く
逃亡者の身なりでもなく
探検家の衣装も纏っていない

ラテンのリズムに足を踏み
海辺に寝そべっていても
思い出すのは国のことばかり
そう書く新開もある
黙示禄を残したのだから
もう気楽なものだと
言う者もいる

その昔
兵法を愛した変わり者が
あなたの国からそこへ逃れてきた
男はインデイオの娘と戯れていても
地酒に酔いしれていても
インターナショナルばかり歌っていた
あなたはその地で
ひとときでも
この気短かで
頭のいい男の
心根を想ったことがあるか
嫌なら思い出さなくてもいい
あなたの脳天を割る力は
あなたの国にはない

あなたの国には
あなたの言葉を待つ者もいないが
あなたを殺そうと思う
ゆとりもない
あなたは
あなたのままで
旅にでた

あなたの国では
ニコラエビッチ某が
すっかりあなたを凌いでしまった
偉ぶって見せることも
ストリーキングすることも
御身大切で重臣を裏切ることも
もうあなたは
気にも止めないかも知れないが
人民代議員大会とやらは
「朕は国家なり」とも参らず
ゴロゴロと石が転がり
角が取れるように
丸く納まり
まずはめでたしとなった

俺は
今 静かに
世間様に迷惑をかけぬよう
気をつけて
生きている
だから
もう世間騒がせは
御免こうむる
実際
八月クーデターの起訴状に
あなたの名がないのを聞いて
ほっとしているところだ
子供らに
難題を残すのも
親心というものだ
(1992.12.9)

【出典】 青年の旗 No.183 1993年1月15日

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【投稿】労働組合運動の再構築に向けて

【投稿】労働組合運動の再構築に向けて

                      [大阪] 依辺 瞬

(目次)
1.はじめに
(1)「崩壊」した「前提」
(2)自治労の組織分裂を経験して
(3)立ちおくれる労働組合
(4)必要な新しい理念・価値・組織運営の創造

2.労働組合とは何か
(1)問われる労働組合の存在意義
(2)必要な赤色労働組合主義の完全払拭
(3)労働組合の基本的な性格
(4)労働組合の限界と可能性

3.労働組合運動再構築の展望
(1)労働組合の存在意義の個別性
(2)基盤的機能の強化
(3)魅力を発見できる人と人のつながりの構築
(4)自己実現の可能な仕事づくり
(5)助け合い機能の強化
(6)専門性・情報の活用と地域社会への貢献
(7)組合財産の活用とサービスの拡大

4.労働組合運動の「日常」の見直し
(1)運動方針
(2)労働組合組織
(3)労働組合運営

5.終わりに

           旧「青年の旗」第183号(1993年1月15日)
                 ~第187号(1993年5月15日)掲載

1.はじめに

(1)「崩壊」した「前提」
 あとで振り返ると、「あの年が新しい時代の始まりだったなあ」と感じる年があるものだが、私は、1989年がそうではなかったかと考えている。
 ポーランドに始まった東欧社会主義国の変動は、この年に、新しい時代の始まりというにふさわしい象徴的な事態を招来した。ベルリンの壁の崩壊である。
 そして、崩壊したのは、「壁」だけではなかった。これまでの労働組合運動や社会運動に大きな影響を与え続けてきた「社会主義イデオロギー」が「崩壊」したのである。
 ただ、この表現は厳密ではない。「社会主義」の何が崩壊したのか、また、それは「社会主義」だったのかという問題については、別に検討が必要だろう。しかし、ここでは、この問題について、これ以上の言及はしない。
 私が問題にしたいのは、これまでの、いわゆる「左派」労働組合運動において、あらためて議論されるまでもなく承認されていた「前提」が崩れたということである。

(2)自治労の組織分裂を経験して
 1989年は、日本の労働組合運動にとっても大きな転換点の年であった。すなわち、官民統一による統一ナショナルセンター「連合」の結成と、「全労連」の結成による労働戦線の新たな分裂の始まりである。
 特に、「全労連」の結成は、自治労や日教組などの官公労組合における組織分裂を引き起こし、各地で激しく組合員の争奪戦が行なわれる事態を生んだ。
 個人的な経験をいうと、「連合」「全労連」の結成に伴う自治労の組織分裂の際、私は、共産党系自治労組合に所属していたが、新組合を結成し、自治労へ再結集するという選択を行なった。
 その経験の中で思い知らされたのは、活動家ではない普通の組合員の目に、労働組合は、実に古めかしく、魅力のない組織として映っているという事実であった。古めかしく、魅力がないという点では、普通の組合員にとって、「連合」であろうと、「全労連」であろうと、さほど差はないのである。
 新組合の結成から3年が経過したが、私の自治体においては、新組合の結成という選択は、結果として、組織率などの労働組合総体の力量を低下させず、逆に労働組合運動の活性化をもたらした。
 そして、その最大の要因は、普通の組合員にすれば「雲の上」の話でしかない「連合」か「全労連」かの組織選択の課題を、「新しい組合、新しい組合運動の創造」という内容に転換して提示しえたこと、また、それを担いうる人材が多数存在したことだと思う。

(3)立ちおくれる労働組合
 労働組合運営の硬直化という点について、上野千鶴子氏は、その著書「家父長制と資本制-マルクス主義フェミニズムの地平」(岩波書店)において、次のような興味深い指摘をされている。

 ところで「企業」は、資本制的なものであろうか?「企業」は資本制的にふるまうが、企業の内部構造は、まったく資本制的にできていない。だから経済学と経営学とはまったくディシプリン(*学問分野)がちがう。経済学は企業の行動を扱うが、経営学は、企業組織を扱う。マルクス主義は経営を労使の対立ととらえるから、労働運動論はあるが、マルクス主義経営論というものはない。その実、労働組合という組織が、企業組織のミニチュアになっていて、経営という観点からの組織論をまったく欠いているために、労働組合の組織の方が企業組織よりもつねに硬直化して立ちおくれているという皮肉な逆説が起きる。(P-275-)
*引用者注

 1973年のオイルショック以降、約20年間、日本企業は、類いまれな適応能力を発揮してきた。リストラクチュアリング(*企業再構築)、イノベーション(*革新)、CI(コーポレート・アイデンティティー*企業イメージ・理念の確立と浸透のための広告戦略)などという言葉は、市民生活においても相当一般化したものであるが、これらはすべて、資本の側から発せられた言葉である。
 一部の労働組合で、UI(ユニオン・アイデンティティー)なるものが取り組まれたが、極めて中途半端に終わっているところが多いように思う。
 危機の深刻さは、資本の側も、労働組合の側も、全く同じであったのに、労働組合側の組織革新・再構築に向けた対応が鈍かったことに、実は、最大の問題があるのである。
 もちろん、1989年の「連合」の結成は、こうした危機的状況を背景にして成立している。
 しかし、「名前は労働組合でも、実体は企業の労務管理の下請け機関のような組合が大半を占めるかもしれない」(白井泰四郎著「企業別組合」)という企業別労働組合を一方で抱え、もう一方で、自治労や日教組などの官公労労働組合を抱えるこのビッグユニオンが、新しい時代における、新しい労働組合のあり方を提示しえているとは、到底思えない。
 一方、「連合」に対峙して結成された「全労連」はどうか。私は、「革新統一戦線の主要な一翼を担う」などという日本共産党の「革命戦略]に忠実な政治主義や、「真理を独占する」日本共産党員による一元的指導に基づく組織運営を続ける以上、今日の時代の流れの中で、早晩、批判的少数派としての存在すら危ぶまれることになると思う。

(4)必要な新しい理念・価値・組織運営の創造
 「マルクス主義に経営論が欠落している」との上野氏の指摘は、実に的確だと私は思う。しかし、「労働組合の組織の方が企業組織よりもつねに硬直化して立ちおくれる」ことになるのは、日本の場合には、上野氏が指摘するように、「労働組合という組織が、企業組織のミニチュアになっている」からというよりも、次の2点が大きな原因だと思われる。
 一つは、ユニオンショップとチェックオフという2種の「神器」によって、労働組合が、組織(経営)努力をしなくても、自ら組織の存立を維持できるシステムとなっている場合が多いことである。民間労働組合に見られるこのようなシステムは、日本の特殊な労使関係であって、このような組織にあっては、そもそも労働組合組織と企業組織の間に緊張関係が存在しない。緊張関係が存在しないところでは、主体的・意思的な組織改革が、行なわれるはずもないのである。
 もう一つは、旧総評系官公労組合を中心としたいわゆる「左派」労働組合に根強く存在する、強固な前例踏襲・マンネリズムである。そして、それは、日本の行政体質に起因するものかもしれないが、私は、「教条的な社会主義イデオロギーの亡霊」とでも表現すべきものの存在を指摘したい。
 具体的な内容は後述するが、いわゆる「左派」労働組合の組織運営においては、一種の「社会主義モデル」が何の疑問もなく受け継がれてきた。
 しかし、労働運動が社会主義運動や無産運動と分かちがたく結びいていた時代と今日では、状況がまったく異なる。労働組合の組織運営のあり方が、基本的なスタイルにおいて当時と同じだとすれば、その組織の魅力が喪失し、組合員が労働組合から離れていくのは至極当然の結末であろう。
 もちろん、問題は、組織運営のあり方にだけあるのではない。組織のあり方は、運動理念や、その組織が実現しようとする「価値」と深く結びついている。
 今、我々に求められているのは、これからの労働組合運動における理念や、実現すべき「価値」を明確にすること、そして、それに見合った組織運営を創り出すことである。それも、全面的・具体的・日常的な改革の実行が必要とされている。
 「会社丸がかえ」の労働組合でもなく、「社会主義の亡霊」を引きずった労働組合でもない、明日の時代の労働組合のあり方をめぐる創造的な議論が、今ほど重要な時代はない。今日の労働組合運動の危機は、まさに「存在意義」をめぐる危機であり、根本的な危機であるからである。そのためには、「批判」ではなく、「対案(オルターナティヴ)」こそ必要であろう。
 ここでは、自治労など官公労の労働組合を意識しながら、思いつくままに、考えたことを書いてみたい。 私が、どの程度の内容を提示できるか疑問ではあるが、労働組合運動の現場で悪戦苦闘されている方々に少しでも興味を示してもらえることがあれば、望外の喜びである。

2.労働組合とは何か

(1)問われる労働組合の存在意義

 現在、日本の労働組合組織率は25%を割っている。その原因が、日本の労働人口が増加したこと、そして、増加した職域が労働組合の弱いサービス産業であったこと、それもパートなどの不安定雇用労働者として増加したことにあることは、すでに明白である。
 しかし、未組織労働者が多数存在するサービス分野などの産業は、改善されるべき労働条件の課題も多く、労働組合の存在意義そのものが希薄になってきているというものではない。組織率が上昇するかどうかは、要は、労働組合組織の側の「やる気」と「力量」次第であると思われる。
 とすれば、問題は、「組織された労働者」の実態であり、労働組合の実態であろう。つまり、現に組織された労働組合が、自らの存在意義と組織運営の維持に汲々としているような状態では、組織率を拡大することなど不可能といっても過言ではないからである。
 実際、組織率の高い産業分野(自治労や日教組などの官公労部門など)でも、最近の若い世代の組合加入率は低下の一方である。ユニオンショップ協定を持っている民間大手企業などでも、組合費はチェックオフで支払っている(支払わされている)が、組合への所属意識はないし、組合活動に何の関心もないという層が、圧倒的多数派であろう。
 こうした組織労働者の中における「未組織労働者」の組織化こそ、実は、労働組合運動が真に直面している課題なのではなかろうか。
 労働組合が魅力のある存在でなければ、組合活動に投ずる人材は出てこない。活動を支える人がでてこなければ、その組織の命運は尽きる。これが道理である。 特に、これまで「労働組合活動家」の供給源となってきた社会主義運動の後退は、これまでも著しいものがあったが、今後は決定的である。「労働組合とは何なのか」「労働組合活動には、どんな意義があるのか」「労働組合活動は何をめざすのか」ということを、今一度、原点にもどって議論し、再度、人をひきつける理念や、実現すべき「価値」を確立できなければ、労働組合運動の再構築は、不可能であろう。

(2)必要な赤色労働組合主義の完全払拭

 そのためには、まず、労働者政党と労働組合の関係について、そして労働組合運動のあり方について、日本の「左翼」を長くとらえて離さなかった「赤色労働組合主義」を払拭することが不可欠である。
 この問題については、吉村 勵氏がその著書「労働組合と戦線統一」(三一書房)で詳しく論じられているので、私が、今さらくり返す必要もない。この著書は、1972年に書かれたものだが、今日、なお、重要な意味を持ち続けていると、私は考えている。
 そこで、ここでは、現実の労働組合活動の場で、今なお、幅をきかせている(一部の少数組合ではあろうが)、次のような活動スタイルに対して、簡単に批判をしておきたい。
 というのは、実際にこうした活動をしている人々は労働組合活動を強化するのだという主観的意図で活動を担っているのだが、現実的には、組合員から労働組合を遠ざけ、新しい時代に対応する労働組合の創造に対して、最も大きな障害物となっている場合が多いからである。
 一つは、反合理化・長期抵抗を掲げ、労働組合運動を資本主義矛盾の暴露の場のようにとらえ、結局のところ「社会主義学習」の場へ、一部の意識的組合員を「囲い込む」活動スタイルである。
 これに類似したものとして、組合の活動路線や組合幹部を徹底的に批判し、一部の意識的組合員を別の活動(多くは自らの党派が主催する独自の運動)へ「囲い込む」というものもある。こうした活動スタイルは、日本の「左翼」諸潮流に共通したものと見えて、違うのは「囲い込み先」だけである。
 もう一つは、労働組合における活動力点を、巧みに「国政革新」や「自治体革新」の方向へシフトすることによって、または、組合が支持決定している政党の要請に応えて、結果的には、選挙闘争へ組合活動を埋没させる活動スタイルである。
 前者は日本共産党、後者は日本社会党や民社党の党員が組合幹部に多数存在し、組合運営に対する圧倒的な影響力を有している場合に行なわれている。
 しかし、労働組合活動を他の目的、例えば、自らの党派活動の人材発掘の場として利用したり、特定の労働者政党の選挙活動に動員したりすることは、労働組合にとって致命的なダメージを与え続けてきた。このことを、まず、共通の理解としなくてはならない。
 では、致命的なダメージとは何か。それは、普通の組合員にとって、または、まだ組合に組織されていない労働者にとって、労働組合の存在が、労働組合幹部ないし労働組合活動家の存在に同一視され(イメージの統一)、その上で、これが拒否されたことである。 労務管理の下請け機関のような民間労働組合の場合なら、労働組合の存在は、企業の労務管理機関の存在に同一視され、拒否されるであろうが、それに対抗すべき労働組合のイメージが、特定の政治党派のイメージだというのでも、同様に不幸であった。
 もちろん、労働組合に結びつく労働者政党の支持率が圧倒的に高い場合には、矛盾は顕在化しないこともある。その意味で、現在の労働組合の組織率の低下と、既存労働者政党(特に社会党、民社党、共産党)の支持率低下の間には、密接な相関関係が存在する。
 つまり、労働組合の組織率の低下が既存労働者政党の支持率低下を招き、既存労働者政党への信頼のなさが労働組合の組織率(組織労働者における組合への結集力も含めて)の低下につながるという訳である。
 そこで重要なのは、労働組合と労働者政党が運命共同体になるような構図の変革である。
 労働組合運動の再構築を図るためには、まず、「政治主義」を排除し、真の意味での「労働組合主義」の確立を図ることから始めねばならないのである。

(3)労働組合の基本的な性格

 労働組合の基本的な性格についての論証は、先に紹介した吉村氏の著作において尽くされているので、ここでは、実際の労働組合運動の場において気づいた事柄を指摘するにとどめたい。
 さて、「労働組合とは、組合員の『要求』実現のために結成されたものである」という定義付け(?)は、労働組合活動の現場において、よく使われている。特に、日本共産党系の労働組合では、非常に重要な役割を背負わされている言葉である。
 一見、誰も否定することのできない一連の字句の中で、特に重要な役割を果たすキーワードは、「要求」という言葉である。
 つまり、日本共産党系の労働組合においては、組合員の「要求」への意味付与が限りなく拡大される。
 すなわち、賃金・労働条件の改善要求から、果ては「安保条約廃棄」「『解放教育』の名による偏向教育反対」「革新統一戦線の結成と国政の革新」までが、組合員の「要求」だと位置づけられるのである。そして、そうすることによって、組合執行部は、日本共産党の提起するありとあらゆる行動方針に、安心して応えることができるわけである。
 しかし、これは、組合員に「イデオロギーの一致」を求めていることに他ならず、もはや労働組合の運営とは言い難い状態である。
 こうした傾向は、何も日本共産党系の労働組合に限られたことではない。
 労働組合の運動方針というものが、組合員が実際に持っている「要求」や「意識」からかけ離れたところで自己展開されている例は、数多い。
 組合幹部の「思想」が、組合員の「要求」に代わって、労働組合運営の中心にすえられる状態を改革することは、労働組合運動の再構築にとって重要な鍵を握っている。
 では、労働組合の存在基盤となる組合員の「要求」とは何なのか。私は、組合員の「要求」というものを極めて単純かつ素朴にとらえる必要があると考えている。
 つまり、自らの「労働力」を「商品」として販売する労働者が、労働組合に寄せる期待、すなわち要求は、自らの「労働力」をできる限り「高く」、「やりがいがあって」、「楽に」、「継続して」売れるようにしてほしいという点に尽きるということである。
 換言すれば、労働組合の性格は、組合員の権利・権益の擁護団体であり、交渉団体であるということ、そして、その権限は、一人ひとりの組合員の「委任」に由来するということである。
 しかし、こうした「存在意義」は、極めて単純・素朴であり、また、あいまいでもある。また、権限の委任というものを運営原理に持っているがゆえに、労働組合は、それを意味づけ、運営する者の考え方によって、また、労働組合を取り巻く外的条件に応じて、労働組合を構成する組合員の許容する範囲内で、いわば、いかようにも姿を変えてきた。
 だからこそ、労働組合運動が極めてラジカルで、反体制的になったことが、過去にはあったし、今後もありうることは否定できない。
 しかし、そういった場合の背景には、必ず、飢餓的な窮乏、産業構造の転換・国策の転換に伴う乱暴な首切り、個別企業の非人間的処遇に対する反発などが存在している。こうした場合に、労働組合が「ラジカルで、反体制的」になったとしても、これを普遍化することは、全くの誤りなのである。

(4)労働組合の限界と可能性

 労働組合の基本的性格が、「組合員の権利・権益の擁護団体であり、交渉団体である」との再確認は、労働組合が、本来、機能的・目的的組織であり、個々人の自発性に依って成り立つ自主組織であることの再確認である。
 では、「組織」とは何であろうか。
 「組織」とは、広辞苑(第四版・岩波書店)によると、「(organizastion)社会を構成する各要素が結合して有機的な働きをする統一体。また、その構成の仕方」とある。
 労働組合の場合、「各要素」とは、組合員たる「人」と、それぞれが拠出する組合費たる「金」であろう。そして、労働組合の場合、もっとも重要な性格は、人と人が「結合」するということにあり、その結びつきが自発的であるということである。
 実は、労働組合の「限界」と「可能性」も、すべてここに帰着する。
 これまでは、労働組合の存在そのものは当然の前提とし、その機能や役割、目的に関する「解釈」や「方向づけ」の議論のみが展開されていた。いわば、「存在(sein)」に関することには関心が払われず、「当為(sollen)」に関する議論ばかりが行なわれてきたといえる。
 実際、いわゆる「左派」労働組合において行なわれてきた白熱した議論は、運動方針にまつわる議論、それも具体的な行動方針の内容を巡ってではなく、情勢のとらえ方や、労働組合の姿勢や立場に関する自己規定を巡るものがほとんどであった。そして、それは、多くの場合、普通の組合員不在の「活動家」どうしのイデオロギー対立でしかなかった。
 しかし、本来重要なのは、いかなる人を構成員=組合員とするのか、人と人がどのような結びつき方をするのか、そして、何をどうやって行なうのか、それをどのように決めるのか、という組合運営に関する中身であり、「実体的事実」なのである。
 さて、実体的事実の中で、重要なものの一つは、組合員の「属性」である。
 例えば、企業別に労働組合が結成されているのであれば、労働組合が企業利害から自由でないことは当然の前提となってしまうだろう。
 逆に、企業を超える横断的組織として労働組合が組織されるなら、さまざまな衝突を繰り返しながらも、労働者に矛盾をしわ寄せするような企業行動に対する制限は、確実に強化されるであろう。
 また、労働組合が正社員だけで構成され、パート・アルバイトなどの不安定就労者や解雇者などを組織から排除しているのであれば、労働組合運動が正社員の既得権益の維持・向上にのみ力を注ぐのは、当然の成り行きであろう。
 この場合も、ともかく組合員として組織さえされていれば、何はともあれ、最低限の権利保護の具体化は期待できる。
 このように、組織性格の改革を具体化させないで、「産別運動の強化」や「未組織労働者との連帯」を運動方針に掲げたところで、空虚な「空念仏」にすぎないのである。
 もう一つ重要な実体的事実は、組合員の「意識」である。
 どんなに優れた「運動方針」であろうと、それがどの程度のリアリティを有するかは、結局、個々の組合員の意識と行動に規定される。労働組合運動の再構築は、「可能性の追求」を基本的な課題とすると私は考えているが、「実像」とかけ離れた理想論を展開しても意味がない。あくまでも「実像」から出発しつつ、可能性を追求することが重要なのである。「組合員が何を考え、何を求めているのか」──この点に関する分析や考察の深化が、再度、必要であろう。
 そして、最も重要な実体的事実とは、労働組合の運営手法である。運営手法とは、換言すれば、運営における論理であり、支配的な価値基準である。
 労働組合が「個々人の自発性に依って成り立つ自主組織」であればこそ、組織運営上の柔軟性や民主性は、会社など労働組合が対抗する権力(組織)に比して、より拡張し得るはずである。しかし、労働組合における官僚主義・権威主義・前例踏襲主義・年功秩序の強固さは、その対抗する権力(組織)を超えることが多いのが実情である。
 労働組合の可能性と限界は、労働組合の内在的優位性と、これを損なうもののしのぎ合いの中で決する。労働組合が、対抗権力に対する内在的優位性を顕在化できなければ、21世紀に労働組合が存在し続けられる保障はどこにもないのである。

3.労働組合運動再構築の展望

 次に、これからの時代における労働組合の存在意義や、実現すべき「価値」が何なのか、そして、それに見合った組織運営や活動内容はいかにあるべきなのかについて、総論的なことを、思いつくままに述べてみたい。

(1)労働組合の存在意義の個別性

 労働組合の存在意義を「再発見」していく際にポイントとなるのは、先にも述べたように、労働組合がカウンターパワー(対抗組織・権力)として存在するということである。
 この場合の「対抗性」とは、従来の社会主義的な意味での「階級的対立」を意味する訳ではなく、一種の「二重組織性」を意味している。つまり、組合員が労働組合に組織されるのは、「社員」や「職員」など、何らかの形態で被雇用者になったことを契機にするということである。
 もちろん、将来的な課題として、労働組合の失業者に対するアプローチが検討されねばならないだろうが、その場合においても、労働組合員が最後まで労働組合員でのみあり続けることは想定されないから、この性格を失わせるものではないだろう。
 労働組合が、基本的にカウンターパワー(対抗組織・権力)として存在するということは、労働組合の存在意義の個別性につながると私は考えている。
 すなわち、労働組合がなぜ必要なのか、労働組合は何をなすべきなのかという労働組合の存在意義は、対抗する組織・権力の性格や現状によって多様かつ具体的であるということである。
 もう一歩踏み込んで言うと、いわゆる「労働組合」と呼べるものの存在が必要でない場合ですらあり得ると、私は考えている。
 従って、労働組合運動の再構築に向けて、以下に何点かの指摘をするが、ある程度の共通性は是認できても、すべての労働組合において妥当性のあるものとはならないだろう。
 結局のところ、労働組合を、そして労働組合運動を魅力のあるものに再構築することは、それぞれの労働組合現場における、その時々に応じた、具体的な思索と実践の積み重ねの上にしか成り立ちえないのである。

(2)基盤的機能の強化

 労働組合の基本的性格が、「組合員の権利・権益の擁護団体であり、交渉団体である」以上、労働組合における基盤的機能である交渉能力・交渉機能の強化は、すべての前提として重要である。
 交渉能力・交渉機能の強化を図るためには、いくつかのポイントがあるが、その一つは、「情報力」である。そして、「情報力」は、①情報の収集能力 ②情報の解析能力 ③情報の創造能力 の3つに分けることができる。情報を収集し、解析し、対案を持って交渉にあたらねば、組合員の権利・権益の擁護、発展など望むべくもない。
 今日の労使関係において、労働組合側の発言力が著しく低下していることの背景には、こうした「情報力」における圧倒的な格差が指摘できる。
 しかし、それは、民間企業において著しく、官公労においては、あまり差がないように思える。自治労の場合などは、国-都道府県-市町村の権力構造の硬直性や自治体当局の非機能性、自治労の相対的機能性に起因して、労働組合側が「情報力」において優位性を持ち得る場合も少なくない。
 問題は、労働組合に「情報力」を向上させようとの指向性が存在するか否かである。いまだに一部の労働組合では、「労働者は絶対的に窮乏化する」との理論を単純に適用し、組合員の「生活実態」(それも相当身勝手な理解に基づいている)だけを根拠に労使交渉を進めようとするむきがある。しかし、それでは交渉は交渉となりえず、単なる労使のセレモニーと化してしまうのである。
 労働組合が「情報力」を向上させるには、①産別組織の強化を通じて、情報の収集・解析・対案づくりを強化する ②労働組合以外の外部組織を有効に活用する ③会社側・当局側の「情報力」を当該業務に従事する組合員の組織化等を通じて組合側の主張内容に換骨奪胎する、などの方策がある。しかし、手法はケースバイケースで良い。要は、労働組合の「やる気」なのである。
 交渉能力・交渉機能の強化を図るための、もう一つの大きなポイントは、職場・組合員に対する「規制力」である。「規制力」とは、職場・組合員に対する「圧倒的な影響力」と言い換えてもよい。
 というのも、労働組合の権限が一人ひとりの組合員の「委任」に由来することは前に述べたが、「委任」の正当性は、最終的には、職場・組合員に対する影響力の大きさで検証されることになるからである。職場・組合員の確固たる委任を受けぬ労働組合に、まっとうな交渉ができるはずがない。
 実は、現在の労働組合運動の停滞は、この点に関する具体的な手法について、今日的なイメージを確立し得なかったことに起因しているといっても過言ではないだろう。
 資本が、あるいは当局が、専制的・暴力的職場支配を行なっている場合、労働組合が職場・組合員の信頼を勝ち得て、影響力を確固としたものにする方策は、現実的には色々な困難があったとしても、本質的には比較的「容易」なことであった。
 今日の労働組合運動の困難さは、専制・暴力・強制というような前近代的支配に対する単純な抵抗ではなく、より創造的で、より魅力的な価値を具現化しながらイニシアティブを発揮し、職場・組合員に対する影響力を確保しなければならないところにあろう。

(3)魅力を発見できる人と人のつながりの構築

 労働組合の存在意義は、労働組合が「カウンターカルチャー(対抗文化)」を形成し得る組織であるという点に核心がある。
 だとすれば、労働組合運動の再構築は、労働組合が自ら実現しようとする「文化」(運営論理・価値基準)を明確にするところから始めなければならない。
 私は、以下の点が重要だと考えている。
 第1に重要な点は、組織を構成する一人ひとりの組合員の位置づけ方、または、組織と個人の関係性の見直しである。
 結論を先に述べれば、「労働組合とは、『自立した個人』の結合体である」という実体を実現することが必要であると、私は考えている。
 具体的には、自主性・自発性に基づく行動と、「違っている権利(right to be different)」が保障されること、言い換えれば、自己決定権が徹底して保障される組織とすることである。
 ところが、現在の労働運動においても、未だに「統一と団結」という言葉が必要以上に強調され、組合員にイデオロギーの一致を強制し、行動統制を行なっている場合が多い。
 また、「動員」などという言葉も、労働組合運動の世界では、日常用語として生きている。集会にせよ、何らかの行動にせよ、「動員」で送り込まれた参加者は、単なる「頭数」にすぎない。一人ひとりの意志を大切にしないで形だけを整えたような取り組みは、限りなく形骸化する。形骸化した取り組みに参加した人は、それを契機に「労働組合離れ」を加速させるだろう。こうした悪循環が、現在の労働組合運動には、確かに存在している。
 だとすれば、組合員の自己決定権を徹底して保障することは、労働組合が、自らの活動内容を不断に改革し、充実させていくための努力を担保することにもつながるのである。
 第2に重要な点は、組織運営における徹底した民主性の確立である。
 労働組合運営において組合員と組合役員は、本来、まったく対等な関係にあるはずである。同様に、本部-支部-分会という組合組織間も、本来、対等であるはずである。しかし、労働組合においても、「上位下達」式の中央集権的で官僚主義的な組織運営が蔓延している。
 これは、労働組合役員が自己をすり寄せて「権威」の源泉としている対抗組織のヒエラルヒーが反映しているか、または、労働組合運動を「指導」する労働者政党内のヒエラルヒーが労働組合内部に持ちこまれているか、そのどちらかに起因している。
 組織運営における徹底した民主性の確立のために必要なことは、組合内部における情報の風通しを良くすることである。情報の独占が「権威」の源泉となる。情報に対して開かれた組織とすること、すなわち、組合員に情報が正しく伝達される体質とシステムが確立すれば、労働組合運営の民主性は、自ずと高まると、私は考えている。
 第3に重要なことは、労働組合の人材育成機能を高めることである。
 ただ、これまでも、「左派」労働組合運動においては、「教育・宣伝」(略して教宣)活動は重視されてきた。しかし、その主眼は、資本主義の矛盾の暴露や、より高次な闘争形態への煽動であったし、社会主義思想の系統的学習であった。つまり、育成しようとした人材は、社会主義者たる労働組合活動家、あるいはその強力なシンパだったのである。
 そこで、現在必要とされているのは、いかなる人材を育成するのかというイメージの転換である。
 では、労働組合が育成すべき人材とはいかなるものか。私は、やはり、「自立した個人」ということになるのではないかと考えている。
 「自立した個人」とは何かという定義はとても難しいが、特に重要な要素は、<主張的>(アサーティブ/assertive)であることだろう。
 <主張的>とは、「自分を変える本-さわやかな女へ-」(リン・ブルーム、カレン・コバーン、ジョアン・パールマン共著、斎藤千代、河野貴代美共訳、BOC出版部)によると、「自分の率直な気持ちは何なのかをはっきり見つめ、正直に、直截に、しかも適切に、人とかかわっていく技術」ということである。
 <主張的>ではない一方の極が、「支配的で、他人の迷惑をかえりみず、自分のやりたいことをやる」という<攻撃的>(アグレッシブ/aggressive)。もう一方の極が、「とにかく葛藤を避ける-そのために自分の要求を我慢して、人の要求を通す」という<非主張的>(ノン・アサーティブ)である。
 特に、日本の場合においては、雇用主や上司、そして職場の同僚に対して、<非主張的>であることが強いられ続けてきた。また、労働組合内部においても、同様であっただろう。
 <非主張的>になりがちな組合員を支え、勇気づけ、自分をしっかり主張し、自らの仕事や生活上の希望を実現していける能力を獲得してもらうこと、このことこそ、労働組合が果たすべき役割ではないだろうか。
 以上の3点は、要するに、労働組合という組織が、人と人との「出会い」や「つながり方」において、会社などの対抗組織には期待できない新しい魅力を発見し得る場なのだということを個々の組合員が掴めるようにするためには、何が必要かということである。
 労働組合が、対抗組織から完全に独立して、独自の「文化」を創造することは、相当に困難なことである。
 しかし、それを行なうことができなければ、くり返しになるが、労働組合は自らの存在意義を再確立することなく、消滅の途を歩むことになろう。
 とりあえずは、できる限り多様なタイプの人材で労働組合運営を行なうことから始めるのが肝要である。というのも、労働組合役員のタイプの固定化が進むと、組織運営の硬直性と発想の貧困化をもたらし、可能性を封殺するからである。

(4)自己実現の可能な仕事づくり
 労働組合とは、文字どおり「労働」を契機として、「労働」に従事する者によって構成された集団である。だとすれば、その運動が、「労働」そのものの内容に対する働きかけを行なうに至ることは必然であるし、逆に、それを課題としない労働組合運動は、どこか不自然である。
 英語で「労働」という言葉には、レイバー(labor)とワーク(work)の2種類がある。前者は、「苦役」の意味合いが強く、いわば、「疎外労働」を意味し、後者は、もっと広い意味で「働く」ことを意味している。いわば、「自己実現としての労働」といえるだろう。<Labor>と書けば「労働者階級」を意味したように、労働組合運動の前提となる「労働」観は、あくまでもレイバー(labor)であった。
 だからこそ、仕事をできるかぎり早く切り上げること、できるかぎり仕事を少なくして多くの賃金を獲得することが労働組合の最大の使命であった。
 ところが、今日、「労働」の質は、必ずしも「苦役」としてのレイバー(labor)ではなく、ワーク(work)に近い場合が多いように思う。もちろん、こうした見方には、多くの反論があろう。厳密な検討は、別の機会に譲るとして、ここでは、今日の社会が、仕事を通じて社会的な分業を担いつつ、自己の成長を図ることを可能にする前提を整えつつあることを、簡単に指摘しておきたい。
 まず、自治体などの公的労働の場合は、自らの「労働」そのものが、市民に対する公的サービスを形成する場合が多いから、仕事が単なるレイバーでないことは実感しやすい。今日、サービスの提供主体の性格に若干の相違はあれ、公的サービスの領域と量は、著しく拡大し続けている。
 次に、商品の生産や販売という分野においても、地球環境に対する配慮や、製造物責任が飛躍的に厳しくなってきている。物を生産し、販売するということが、単なる利潤追求のための「私的な行為」では済まされず、「社会的な行為」であるとの規制が強まっているのである。
 そこで、資本の側の取り組みも、生産性向上、つまりは作り手の利益のためのQC(品質管理)運動から、消費者の利益を視野に含めたCS(消費者満足)運動に視座を拡大している。
 さらに外的な条件としては、時間短縮が大きく進まざるをえない状況となっている。
 こうした前提の中で、個々の労働者は、「より楽に働きたい」というだけではなく、「仕事をやる以上、良い仕事がしたい。人には喜んでもらたい。自分も評価されたい」、そして、仕事を通して成長したい」という要求を強めているのである。
 これらは、実にまっとうな要求であって、労働組合としては、もっと早くから、自らの労働内容をより豊かに、やりがいのあるものに変革するための取り組みを進めていなければならなかった。しかし、多くの場合、その課題は、手つかずに終わっている。
 労働組合運動の再生を図る際に、重要なポイントとなる課題であろう。

(5)助け合い機能の強化

 労働組合の基本的な性格は、前にも述べたように、「組合員の権利・権益の擁護団体であり、交渉団体」であるし、機能的・目的的組織である。
 しかし、このことは、決して労働組合が何かしらドライで、非人間的な集団であるということ意味しない。
 労働組合は、歴史的に見ても、構成員間の互助を図る目的で形成され、発展してきた。「組合員の権利・権益の擁護」が基本的な目的であるということは、まさに労働者の「連帯と友愛」を基本的な価値としているということであって、実にヒューマンな組織であるということである。
 このことを具現化するためには、労働組合独自の互助活動(助け合い機能)を飛躍的に強化しなければならない。
 さて、「助け合い」というものは、以下の2つに分けて考えることができる。
 第1は、「まさかの時の助け合い」である。
 例えば、自治労では、生活協同組合法に基づく「自治労共済」を独立して設立するとともに、そこでカバーしきれない事業は「自治労事業本部」を設置して、火災共済、自動車共済、団体生命共済、学資共済、交通災害共済、スポーツ・レクリエーション活動共済など民間生命保険・損害保険会社が展開している各種保険サービスを労働組合の事業として活発に展開している。
 これは実にすぐれた取り組みであって、自治労という労働組合の存在意義を確実なものとする性格を持っている。
 それは、個々のサービスの内容が民間に比べてどれだけ優位にあるかどうかというレベルで意味があるのではなく、「まさかの時」に労働組合が組合員の「力になる」、「組合役員が世話をする」という点において意味があるのである。
 「困った時の友こそ真の友」という格言があるが、組合員が「困った時」こそ、労働組合がその存在感を発揮できる時だろう。労働組合よりも民間保険会社が頼りにされるようでは、労働組合の存在価値は無いに等しい。
 また、こうした共済への加入資格を退職後にも認めることで、退職者の組織化も可能となる。
 さらに、組合員が不慮の事故や病気によって死亡したり入院したりした時に、その家族をどう支えるかということも浮かび上がってくる。
 もちろん、組合員が法律的なトラブルに巻き込まれた時に、労働組合が相談に応じるなどの対応も必要だろう。
 自治労のいくつかの単組では、共済活動の延長線上に、労働組合として本当に重要なこれらの課題の具体化を始めている。
 第2は、「日常的な助け合い」である。特に、精神的な面における支援・援助が重要であろう。
 今日の複雑な社会の中で、精神的なストレスは増加の一方である。精神症・神経症に病んでいる者は、以前とは比較にならないほど増えている。
 そこで、メンタルヘルスの重要性が強調されるようになっているのだが、不思議なのは、メンタルヘルス対策は雇用主が行なうものとする発想が労働組合側に見られることだ。だから、要求書にはメンタルヘルス対策の充実を求める内容が記載されても、労働組合自体が具体的なメンタルヘルス対策を開始したという話は、あまり聞かない(組合員の範囲ではない中間管理職層に対象者が多いからかもしれないが)。
 ところが、実際問題として、雇用主がメンタルヘルス対策を実施したとしても、悩みを抱える者が、雇用主が開設している相談窓口に行くことは、極めて困難である。自分のマイナス評価につながることを恐れるからである。
 悩みの原因の解決に向けた対応能力という点においても、労働組合の方が、対策の実施主体として優れているように思う。労働組合は、もっと主体的にメンタルヘルス対策に取り組まねばならないのである。
 また、メンタルヘルス対策とまではいかなくても、ちょっとした相談や助言、簡単な職業訓練、各種手続きの代行など、相互扶助という観点で取り組めることは色々ある。
 労働者の「連帯と友愛」という言葉を、歴史書の中に埋もれさせない努力が必要なのである。

(6)専門性・情報の活用と地域社会への貢献

 労働組合運動の再構築を図るためには、労働組合内部の運営手法や活動を見直すだけでは不十分である。
 どんな運動団体であろうと、その組織が活性化し、運動がダイナミズムを持つのは、その団体が「社会性」を持ち得た場合だけだからである。
 これまでも労働組合運動は、自らの社会的影響力を拡大するために、様々な努力を重ねてきた。かつての「国民春闘」も、最近の「制度政策要求闘争」も、その一環であろう。
 また、最近では、ボランティア休暇・休業制度を確立して、組合員のボランティア活動を促進することや、労働組合独自のプロジェクトとして国際貢献活動に取り組む試みもなども行なわれている。これらの活動についての評価は、容易ではない。
 また、今回、ここで述べているのは、労働組合運動の再構築のために必要な、最も基本的なことがらであるので、ここでは、次の2点を指摘しておくにとどめたい。
 第1は、労働組合が「社会性」を持ち得る理由についてである。
 労働組合が「社会性」を持ち得るのは、次の2つの性格ゆえである。
 1つは、労働組合が「勤労者」で組織されているということである。つまり、「勤労者」は社会のマジョリティでありながら、社会的な発言力ではマイノリティである。労働組合には、サイレントマジョリティの代弁者たる期待が寄せられるのである。
 2つには、労働組合が「職業人」で組織されているということである。「職業人」とは、「プロ」ということであって、「プロ」が集まる労働組合には、当然、特定の事柄であっても、極めて高度で専門的な技術やノウハウ、情報が蓄積される。
 このような労働組合の性格を余すことなく活用すれば、労働組合が地域社会において、また、広く社会において、影響力を発揮し得ることは間違いない。
 そして、その時には、労働組合運動には新たな魅力が生じ、それに魅かれて活動に参加する人材も出てくることだろう。
 第2は、労働組合の政治的・社会的影響力を拡大するという言葉の下に、これまで陥ってきた誤った傾向についてである。
 これまで、「労働組合の政治的・社会的影響力の拡大」ということが語られたとき、具体的にどんな活動に結びついたのかというと、結局は、労働組合(あるいは、その基盤とする企業)の権益を代表する議員づくリ、あるいは圧力団体としての機能強化であった。
 労働組合における「政治主義」の弊害については、前に述べた。議員づくりも、圧力団体としての機能強化も、仮に必要なことであったとしても、決して人を魅きつける魅力のある活動ではない。
 次の言葉が適切であるかどうかはわからないが、労働組合の基本的な機能を再確立し得た後に問題となるのは、一種の「ロマン」である。
 労働者の立場に立って、社会の仕組みを根本的に変革するのだという「社会主義革命」思想には、人を魅きつける気高い「理想」があったし、一種の「ロマン」があった。
 これが崩壊した現在、労働組合活動の、より高次な可能性は何か、労働組合活動を通して何をなしうるのか、その「ロマン」を見いだすことが次の課題だと私は考えている。

(7)組合財産の活用とサービスの拡大

 労働組合が、組合員たる「人」と、組合費たる「金」の結びつきであることは前に述べた。労働組合の「人」と「金」は、想像以上に大きな可能性を秘めている。少しの工夫と努力で、組合員に対する新しいサービスは展開できるのである。
 福利厚生・文化・スポーツ・レクリエーション等、どんなことでもよいから具体化を開始することが必要である。労働組合は、紛れもなく一つの「対人サービス組織」である。新たなサービス開発なしに、生き残ることは難しい。
 この点について、労働組合活動の全面的な見直しに意欲的に取り組んでいる松下電器産業労働組合の中央執行委員である八木俊輔氏が、「生活者ユニオンをめざして-ゆとり時代の組合活動-」という講演の中で(大阪市政調査会発行「市政研究」第98号に掲載)、次の指摘をされている。まったく同感である。

 「…どんな小さな組織でも、構成員の欲望充足に効果的に対応できれば帰属意識をつなぎとめることができるのです。その意味では、これからはいかに組合らしさを維持し、発展させられるかが問われてくると言えるでしょう」(P-110- )。

 同様に、労働組合は、地域社会における様々な活動のセンターとなりうる能力と機能を十分に備えている。
 そう、労働組合には、事務所があって、通信機器や印刷機器が備えつけられている。多くの場合、何人かの専従職員が存在し、余裕資金もある。様々な知識・経験・ノウハウがあり、情報のネットワークも確立している。その上に、多数の人がつながっている。そして何よりも、「金儲け」のために存在している組織ではないのである!
 私たちは、これまで一体何をしてきたのだろうか。何にとらわれてきたのだろうか。
 私たちをとらえてはなさなかったパラダイムを少し転換し、労働組合というものの存在をありのままに見つめれば、労働組合運動は、素晴らしく大きなパワーを少しの工夫で簡単に発揮できるようになると、私は感じている。

4.労働組合運動の「日常性」の見直し

 労働組合運動を一から始めてみるとわかるのだが、労働組合の一つ一つの取り組みや位置づけに疑問に感じることは結構多い。しかし、それも、慣習化すると何の抵抗もなく維持されることとなる。長年培ってきたことを変えることは、大変な「勇気」を必要とするからだ。実際、従来と同じように対応しておけば、大きな失敗がない。かくして、労働組合運動は、強固なマンネリズムに支配されることになり、時代に取り残されることになる。
 換言すれば、「労働組合運動の再構築」という大きな課題も、結局のところ、日々の営みの小さな変革の積み重ねの上にしか成り立ち得ないということだろう。
 そこで、ここでは、労働組合運動の具体的・日常的な取り組みや行動様式の変革に向けて、気づいたこと、感じたことを思いつくままに指摘してみたい。

(1)運動方針
 労働組合の運動方針というものは、実際上の意義の軽重は別にして、それぞれの労働組合にとって、極めて重要な文書の一つである。
 実際、色々な労働組合の運動方針を読んでみたが、第1に気になることは、実に長文だということである。多分、普通の組合員は誰も読んでいないだろうと思われるものが多い。そして、労働組合の「伝統」と運動方針の長さは正比例の関係にあるように思える。
 ただ、その長さの原因は、「情勢分析」と「前置き」の長さにあって、具体的な行動方針や組織方針の内容は、結構簡潔な場合が多い。
 しかし、「情勢分析」もある程度は必要だが、全面展開をするとなると、「イデオロギーの一致」が必要となり、労働組合の性格を逸脱することになると思われる。従って、労働組合の運動方針とは、「基本的な方向性の確認」のためのものとの割り切りが必要だと私は考えている。具体的な個々の課題に対する対応は、個々のケースごとに、その時の状況に応じた対応方針を出さざるを得ないし、それが適切だからである。
 結局、運動方針に何もかも書き込んでしまおうとするのは、労働組合執行部の「怠慢」でしかなく、運動方針が長くなれば長くなるほど、個々の局面におけるディスカッションが希薄になるとの観察は、穿った見方だろうか。
 気になることの第2は、労働組合の「業界用語」が頻繁に使われていることである。これらを解りやすい言葉、市民感覚にマッチする言葉に置き換えることも重要だろう。
 特に、「闘う」という言葉と、「~しなければならない」というフレーズが反復された長文の運動方針ほど、組合員から遊離したものはない。
 「ぼくなんか『闘う』という言葉は、今までスポーツの時ぐらいにしか使わなかったし、労働組合が『闘う』といっても、未だにピンときませんね…」と語っていた若い組合役員がいたが、実際そのとおりだと思う。「闘う」という言葉に意味があるのではなくて、具体的に何をするのか、その内容を書くことが重要だということに留意しなければならない。
 今後、労働組合の運動方針において、最も重要となるのは、労働組合をどう運営していくのか、運動課題の多様化に応じた活動の担い手をどう確保していくのかという「組織方針」に関わる部分であろう。しかし、「組織方針」がおざなりにされている労働組合は、まだまだ多い。そのあたりから見直しを始めるのが、ぜひ必要だと思われる。

(2)労働組合組織
①直接民主主義的運営
 労働組合組織においても、ほとんどの場合、代議制(間接)民主主義を基本的な運営手法として採用している。しかし、労働組合においても、この運営手法には、様々な問題がつきまとうことになる。
 それは、一言でいうと、活動家(ないしは企業利益の代弁者)が集まる代議機関が職場組合員の多数意見を反映しきれないという問題に尽きる。
 この点を修正・補強するには、労働組合組織をできる限り「直接民主主義的に」運営するしかない。
 そのためにまず重要なのは、運営単位組織を「直接民主主義的」運営に適当な規模に分割し、権限・財政の分権を大胆に進めることである。
 次に重要なのは、構成員に情報を行き渡らせるシステムとスキル(技術)を確立することである。
 「分権」「開かれた情報」をキーワードに、「直接民主主義的運営」を定着させることが、労働組合組織再生のポイントであろう。
②労働組合における分権
 現在、労働組合の組織運営における「中央集権性」は、拡大の一途にあるように見える。その原因は、労働組合が交渉課題とする基本的な事項(賃金・労働条件)に関わる決定権が本社・中央に集中し、労使の中央交渉ですべてのことが決定してしまうところにあると思われる。
 技術革新に伴い、高度に組織化された近代産業において、現場レベルで交渉の余地を見出すのは、確かに困難なことである。また、経営側の現場(支社)責任者に交渉当事者能力が存在しなければ、労働組合側組織の「形骸化」が進むのは、ある意味では無理もない。
 しかし、労働組合の存在意義が、基本的な賃金・労働条件の交渉団体としての役割にのみあるのではないことは、すでに述べた。これまで、ややもすれば労働組合の副次的な機能だと考えられてきたことそのものが、労働組合が追求し、実現すべき機能であり価値であるとすれば、「労働組合における分権」は、それ自体が目的的に追求されねばならない課題であろう。
 さて、「労働組合における分権」の具体化を進めるための第1の課題は、「組合人事」における分権である。だれが組合役員にふさわしいかを決めるのは、当該職場の組合員以外にはあり得ない。組合役員選考過程における実質的決定権が「中央」にあるようでは、分権の確立は不可能である。
 第2の課題は、「組合財政」における分権である。どのような活動に、どれだけの投資をするか、その決定権がそれぞれの組合機関に完全に付与されることが必要である。
 第3の課題は、組合組織に対する認識や意識の変革である。本部-支部-分会-職場委員会という労働組合の組織形態は、単なる「機能の分化」を目的としたものであって、上下関係(指導-被指導)にあるものではない。
 実際、自治労の中で活動していると、中央本部-都道府県本部-単組の関係が上下関係にあるものでないことが実感できる。しかし、民間の労働組合(特に大手企業の労働組合)における労働組合組織の上下関係は、想像以上に厳しいものがある。
 ある地方議員選挙事務所で民間大手労働組合の人たちと作業をしていた時に、その労働組合の本部幹部が激励に立ち寄った場に居合わせた経験がある。その時の支部執行委員クラスの活動家の対応が非常に印象的であった。動員されていた組合員全員に起立させ、直立不動で出迎えさせたのである。そういえば、その時の何ともいえぬ緊張が漂った雰囲気は、大学病院で院長回診が行なわれる時の雰囲気に似ていた。自治労では、中央本部の委員長が来ても、こんな雰囲気にはならないだろうなと、思わず苦笑したのを覚えている。
 労働組合の役職など、本当に単なる役割分担でしかない。これまで「分権」という言葉を「中央集権」に対置する概念として便宜上使用してきたが、本来的にはこれも正しくない。主権は組合員にのみ存するのであって、権限を分けようがないのが労働組合であるはずだからである。「組合員が主人公」とは、よく使われる言葉であるが、それを内実化することができていないのが現状である。労働組合運動の再生を考える際の、重要なポイントの一つであると私は考えている。
③労働組合の名称
 「何気ない」問題ではあるけれど、考えてみれば重要な問題が、労働組合機関の「名称」である。
 労働組合機関の「名称」というと、「執行委員会」「中央委員会」「委員長」「書記長」といった名称が一般的である。一体これらの用語の由来は何なのだろうか。私は、「(ソ連)共産党」の模倣だったのではないかと考えている。
 そもそも、イギリスにおける労働組合の原型において存在した役職は、「議長」と「会計係」であったと聞く。パブで酒を飲みながら話し合いをする。「乾杯!」と言う役が議長、酒を出すのをストップして話し合いをまとめるタイミングを計る役が「会計係」という訳だ。「中央委員会」や「書記長」という言葉を聞くと、どうしても「崩壊」した東欧諸国を連想する。
 名称が「意識」を規定する場合もあるから、例えば、「中央委員会」は「職場代表者会議」、「執行委員会」は「幹事会」、「書記長」は「事務局長」、「執行委員長」は「組合代表」などと置き換えてみることも意味があるのではないだろうか。
④労働組合の構成員
 労働組合の性格や役割が、その労働組合がどのような者で構成されているかによって決まるということは、すでに述べた。ここでは、労働組合の構成員についての課題を網羅的に指摘するにとどめたい。
 その第1は、これまでから繰り返し指摘されているように、「非常勤」「臨時」「パート」などという位置づけで、正社(職)員に比べて著しく低位で不安定な就労を余儀なくされている社(職)員を組合員として組織化することである。「本工主義の克服」は、随分と長い間、課題となり続けているが、まずは「本工組織」からの脱皮が先決であろう。
 第2の課題は、社(職)員でない者、特に被解雇者の組合員資格を継続することができるかどうかである。もちろん、解雇原因には様々な場合があるから、すべての被解雇者を組合員とすることはできないだろうが、少なくとも不当解雇を争う社(職)員を労働組合から排除することは、絶対にしてはならない。これは、労働組合の存在意義を根本において失わしめる「自殺行為」であると、私は考えている。
 第3の課題は、関連事業体(企業)労働者間の対等な結合を実現することである。自治体でいえば自治体関連セクターの労働者、民間企業でいえば下請け・孫請け企業の労働者と、本庁・本社労働者が対等な結合を実現することが必要なのである。海外進出をしている企業の場合には、その課題の延長線上に、現地労働者との国際連帯をどう実現するのかという課題があろう。一つの企業内で労働組合を組織する場合には、組合員間の「対等性」は無条件に確保されていた。ところが企業間の重層構造や国家間の経済関係など、労働者間の「対等性」をゆがめる「磁場」が存在する下で、労働者同士の対等な結合をどう実現するのかということについては、具体的なイメージが一向に見えてこない。労働組合が名実ともに資本から独立した存在となることは、本当に困難な道程であると思う。
 第4の課題は、外部専門家の大胆な活用である。ILO条約の批准に伴って、労働組合役員には何人を問わずなれることになっている。しかし、日本の場合は、労使ともに強固な「身内意識」が支配しており、組合役員に外部人材を導入することは皆無に近いのではないだろうか。労働組合の「プロ野球選手会」が、事務局長(?)に弁護士を充てたように記憶しているが、こうしたビジネスライクなスタイルがもっと一般的になれば、労働組合のイメージも変化するし、組織率の向上につなげられる可能性も見出せるのではないだろうか。

(3)労働組合運営
①労働組合の会議
 労働組合の運営を日常に即して見直すとなると、まず重要なのは、会議のあり方である。会議は、意志決定の場であり、また、コミュニケーションの場であるから、どのような「会議ぶり」かで、その組織の体質がうかがえる。労働組合の会議を振り返ると、次のことが指摘できる。
 まず第1は、会議のスタイルの「古さ」である。実際例を数多く見たわけではないので断定はできないが、労働組合の機関会議(中央委員会など)は、教室形式で参加者が並び、壇上には組合旗(それも赤旗!)というスタイルが未だに多数派ではなかろうか。
 そして会議の内容は、会議のスタイルそのままに、「方針を指し示す役員」と「それを聞く参加者」の間の質疑応答や、役員への要望に終わる場合が多いのではなかろうか。もし、労働組合の会議が本当に共同して運営にあたる者同士の対等なディスカッションの場であるならば、会場の制約はあるにせよ、円卓をベースにその場にふさわしい座席配置するなど、会議の構成がもっと工夫されてしかるべきだろう。
 第2は、実に議論が低調(発言が少なく、活発でない)だということである。その原因は色々あろうが、最大のものは、批判を許容しない「雰囲気」である。そして、異論排除の正当化のキーワードが「統一と団結」という言葉である。この言葉は、何を「統一」するのか、「団結する」とはどういうことなのか、真正面から問い直されることなく、時々の組合役員に都合の良い意味で使用されてきた。いわば、崩壊した社会主義諸国において民衆支配のために用いられてきたスローガンと同種のものであった。
 ところが、イタリア労働運動においては、「反対意見者の行動留保権」が明確に保障されてきたと聞く。これが保障されないと、反対少数意見が多数意見に転化する契機を失うからとの理由に基づいているという。組織における真の民主主義を確立するために、実に重要なポイントであろう。
 議論が低調になるもう一つの原因は、「暗黙の二重理解」を会議の前提として定着させてしまったことにある。すなわち、提案された「案」はあくまでも「建て前」なのだから提案者の顔を立てて賛成するが、実際上の行動は現実対応で行なうとするスタイルの蔓延である。特に、産別組織の会議や大単組の支部代表者会議のように、独立組織の代表者が集まる会議にこうした傾向が強いように思う。これでは最初から議論する必要性がないわけだから、議論がないのは当然の帰結となる。加えて、実質的には方針が方針として成立していないから、どのような結果になろうと総括のしようがないことになる。その結果として、毎年同じような内容の方針が提案されることになり、現実とのギャップはますます開く。それ故に、提案はますます議論の対象とならないという悪循環に陥るのである。
 これを断ち切るためには、現実性・具体性がないと思うことには軽々しく賛成しないという一種の「こだわり」や責任感のようなものを一人ひとりが持ち続けることしかないと、私は考えている。
 議論が低調になる三つめの原因は、議論の方法、すなわち、何を議論し、何は議論しても仕方がないのかということが理解されていないことにある。
 労働組合においては、イデオロギーを一致させる必要はない。必要なのは、行動方針と組織方針における一致である。この点における違いを常に明らかにして議論すれば、議論は具体的になって活性化するし、意見の調整も、また調整しきれない場合の選択もそれほど困難なものとはならないのである。
 ところが、労働組合における収拾が付かないような白熱した議論の大半は、イデオロギーもしくは「想い」のぶつけあいである。もちろん、時間があればぶつけあうのも結構だ。しかし、最後は、何をどうするのかという具体的なテーマでしかありえないのである。
②労働組合の交渉
 労働組合の基盤的機能である交渉能力・交渉機能の強化に関することは既に述べた。そこで、ここでは、交渉に臨む労働組合のスタンスの問題で気づいたことを述べるにとどめたい。
 すでに組織されている労働組合の場合、交渉の実質的課題はどうしても「既得権防衛」の性格を帯びる。もちろん、これまでの闘いの成果を守ることは、労働組合にとって当然すぎるほど当然の責務である。しかし、企業であれ、行政などの公的セクターであれ、それらを取り巻く環境は激しく変化しており、労働のあり方も常に変革が求められている。
 しかし、労働のあり方の変革に対する労働組合の対応スタンスは、極めて両極端であるように思う。一方は無原則とも言える程の追認姿勢であり、もう一方はいかなる労働内容や労働形態の変更にも反対するという極端な現状維持指向である。前者は民間の労働組合に、後者は官公労の労働組合に多く見られる。そしてそれは、前者は、企業存続に関する危機意識を労働組合が先取りしているからであり、後者は、運動論としては、当局が行なおうとする変革行動はすべて資本主義の体制内合理化=資本主義の強化策(あるいは臨調「行革」路線)なのだから抵抗(反対)すべきである(?)との思想に基づいている場合が多く、本質的には、雇用関係の継続(身分保障)に対する「甘え」に依拠しているように思われる。
 実は、これまで労働組合が労使の交渉に当たって当然の前提としてきたことは、次のことであっただろう。すなわち、「現に組合員(労働者)が提供している労働の内容・形態・位置づけに大きな変化がない」ということである。その前提の上で、その強度(労働時間や労働密度)や価格(賃金)について、交渉を進めてきたわけである。
 ところが、そうした前提をくつがえすための交渉への対応となると、労働組合の手に余るというのが実際だろう。その結果が、一方で無原則な追認を生み、一方で教条的な拒絶を生むのである。確かに、「そう簡単には変われない」「生身の」組合員(労働者)で構成されている労働組合が、構成員に対して「変わる」ことを強いる課題に足を踏み入れることは、困難なことではある。しかし、これからの時代、労働組合は好むと好まざるとにかかわらず、この種の対応に追われ続けることになる。対応に必要な原則を明確にし、対応手法を整理しなければならないと思うが、まだ考えがまとまっていないので、またの機会に述べたいと思う。
③労働組合の取り組み
 次に、労働組合の取り組みの類型別に、気づいたことを思いつくままに述べてみたい。
(a)ストライキ
 ストライキという行動が、労働組合運動において最も高次な組織行動であることは言うまでもない。職場・組合員に対する労働組合の「規制力」を計る最大のメルクマールとなるし、交渉を前進させるための最大の武器ともなる。
 そして、労働組合運動の歴史は、ストライキ権獲得の歴史でもあった。ストライキを打ち抜き得る労働組合組織とそれを認める社会を確立することは、今なお、極めて重要な課題であり続けている。
 しかし、あえて私の大雑把な印象を述べさせてもらうならば、高度に発展した現代資本主義社会の中で、プロパガンダの域を超えて名実ともにストライキと呼べるストライキを打ち抜くことは、もはや不可能なような気する。
 表現を変えると、レーニン的な「革命戦略としてのゼネスト」の延長線上でストライキを考える発想はやめた方が良いということである。
 これからも、個別的・限定的な交渉戦術として、あるいは、労働組合の組織行動体様の一つとしてのストライキは、意味を持ち続けるだろう。しかし、ストライキは、それ以上でもそれ以下のものもでない。つまり、ストライキは、いわば局所的なゲリラ戦術としてのみ有効性・妥当性を持ち得るのだという割り切りが必要なのではないかということである。ただ、以上のことは、あまりにも漠然とした問題提起であるので、機会があれば、また詳しく述べてみたいと考えている。
(b)集会
 労働組合はさまざまな集会を精力的に開いているが、その中身はというと形骸化が実に著しいように思う。以下に、気づいた点を述べてみたい。
 まず第1に、どの集会でも大抵顔ぶれが固定していて、参加者に意欲を感じないことである。この点については、すでに詳しく述べたので省略するが、必要なのは「動員」というものの見直しである。学習会にせよ、諸闘争の集会にせよ、企画や内容、あるいは課題の焦点化がどこまでなしえたのかが、組合員の参加数などの「結果」で検証され得ない組織では、自己変革の契機がつかめぬままに、極めて深刻な事態に急速に陥るのではないだろうか。
 第2は、集会に限らずすべての取り組みに共通したことであるが、どんな取り組みでも、生活者としての感覚を大事にしない「質」では、組合員の共感や取り組みのひろがりは得られないということである。換言すれば、ありのままの組合員や市民(自らつくり出したイメージとしての組合員や市民ではなく)の感覚で、取り組みのコンセプトを煮詰めることが必要だということだろう。これまでの労働組合の取り組みは、まだまだ、労働組合運動「業界」の中で完結するような質のものが多いように思う。
 第3は、生活者としての組合員や市民が参加しやすい時間設定や配慮が必要だということである。時間設定に無理がやむを得ないのならば、最低「保育」の保障はすべきである。こうした配慮の積重ねが、これまで労働組合運動から遠ざけていた層(例えば女性)の組合運動参加を促進し、そのことが労働組合運動の活性化につながるのである。
(c)「教育・宣伝」
 労働組合が人材育成機能を高めねばならないこと、その際には、これまでの労働運動における「教育・宣伝」活動の質を転換せねばならないことは、既に述べた。ここで再度指摘しておきたいのは、今日労働組合運動に必要なのは、「煽動」としての「宣伝活動」ではなく、「情報公開(提供)活動」としての「宣伝活動」であるということである。
 今日、労働組合が組織している組合員は、皆、高学歴であり、様々な情報を自分で読み取り、理解し、判断する能力を有している。故に、組合員が欲しているのは、「煽動」ではなく「情報」なのである。
 実際、労働組合には、様々な情報が集まる。また、集まるからこそ存在意義があるのであって、集まらない(集められない)ような組合は論外である。ただ、集められた情報が、どれだけ組合員に還元されているかというと問題が残る。
 労働組合に集まる情報と、組合員に還元される情報の収支格差は、組合員を操作しようとの性向に起因する労働組合の強固な「情報閉鎖性」に因る場合も大きいが、還元手法が未整備なためである場合も多い。つまり、入ってくる情報が多すぎて、組合員へ報告するという処理がしきれないということである。
 こうした事態に陥らないためには、情報提供媒体を多様化する必要がある。情報提供媒体には、機関紙(誌)にとどまらず、速報・資料・議事録・録画・録音などあらゆる手法を用いなければならない。同時に、伝達手法も、配布・ファクシミリ・パソコン通信・口頭伝達など、様々な情報伝達のためのシステム確立が必要であろう。
 また、音声情報(例えば労使協議や会議の内容)を文字化する作業が大変なら、テープをおこしワープロ入力をしてフロッピーで納品する外部サービスを活用するなどの工夫もすべきだろう。
 情報提供における迅速性は、組合員の労働組合に対するニードに確実に応え、労働組合の存在意義を固めるものであるとともに、組織の民主性を高める。今後の労働組合運動を考える際の極めて重要なポイントであると、私は考えている。
(d)旗開き
 新年の最初に行なわれる「旗開き」という取り組みは、どのような内容で行なわれている場合が多いだろうか。私の経験では、次の印象に集約される。すなわち、「あいさつが長くて、退屈だ!」というものである。
 結局、どんな取り組みにしても、問題は、その取り組みが誰を対象にどんなコンセプトで行なわれているのかが明確か否かという点に尽きる。
 とすれば、現在、多くの労働組合で行なわれている「旗開き」などという取り組みは、組合員を視野に入れた取り組みではない。労働団体・友好団体・経営者団体の主だった役員間の、いわば「賀詞交換会」であり、儀礼的行事に過ぎないのである。
 もし、そういう場が必要だとの判断するのなら(私には、とても必要だとは思えないが)、もっと少数の、主だった役員間の「賀詞交換会」に徹すれば良い。
 そうではなく、組合員の参加を得て新年を祝うというのなら、堅苦しいあいさつなど無用であるし、新年パーティに徹する割り切りが必要であろう。
 このように、「旗開き」という年中行事一つにしても、見直しが必要だと私は考えている。
(e)文化・レクリエーション・福利厚生活動
 これらの活動に共通して必要なのは、魅力があり、常に新しい企画やサービスを開発する努力である。労働組合は、まぎれもなく一つの対人サービス組織である。労働組合経営においても、不断の経営努力が必要なのは当然なのである。
 ところが、労働組合にはこうした姿勢が欠如している場合が多い。それは、労働組合においては、これらのサービスは副次的なものであるととらえられ、組合費の拠出に対する反対給付なのだと意識されていないためだろう。しかし、現在、多くの労働組合が徴収している組合費水準は、他のさまざまなサービス事業における会費などと比較しても、相当な水準なのである。「甘え」は許されないのではなかろうか。
④組合財政
 労働組合の財政運営に関することでは、次のことを指摘したい。
 第1は、財政運営理念の転換の必要性である。これまで、労働組合財政の最も大きな任務の一つは、ストライキ闘争を打った時の賃金カット補償や、資本(当局)の処分攻撃に耐えうる財政基盤を確立することであったように思う。そのために多くの労働組合は、特別闘争資金などという位置付けで、巨額の蓄財に励んだのである。しかし、今日の状況は、先に述べたように、大規模なストライキ闘争を組み得るような状況ではないし、一部の特殊な場合を除いて労使関係も「敵対関係」というような関係ではなくなっている。とすれば、具体的なあてのない巨額の蓄財は無意味だということになる。そこで、これからの労働組合財政の運営理念は、「闘争資金プール型」から「単年度使いきり型」に転換せねばならないのである。拠出した組合費は、拠出した組合員が組合員である間に、何らかの形で還元するようにしなければ、巨額の組合資金が大きな不公平と災いの元になるののではないかと、私は考えている。
 第2は、組合費の使途についてもっと透明度を増すような会計システム(予算・決算形式)を確立する必要性があるということである。年間で何千万円・何億円もの金が動かされている割に、会計処理は非常にアバウトというのが労働組合の特徴でもある。それは、ある面では「強み」となり得るが、拠出者たる組合員の同意を得つづけることは、もはや不可能となるだろう。
 第3は、分権型財政運営手法を確立する必要性である。何に、いつ、どれだけ組合費を使うかを決めること、そして資金を管理し実際に執行すること、使い方が適正であったかどうかを監査することなど、これら財政運営に関する権限を大胆に分散していくことは、逆に、組合組織を直接民主主義的運営に適する規模に分割することを促進する。労働組合に対する組合員の帰属意識を高めるために、ぜひ必要なことであろう。また、組合の財政を使って、労働組合が社会的な貢献を行なうことも検討の余地があろう。例えば、組合費で福祉基金を確立し、それを活用して福祉活動を行なっている組合(日産労組)もある。福祉・文化・環境など、労働組合が組合財産を活用し、地域社会に貢献するべき課題は山積している。そうした方向へ関心を向けることで、労働組合運動の新たな地平が開けてくるのではないかと、私は考えている。
⑤組合事務所
 労働組合の事務所というと、どうも汚らしくて「暗い」というイメージがある。組合事務所が、対組合員サービスの拠点施設であり、人と人が魅力的な出会いを得る場であるならば、もっと組合事務所に資金を投入し、快適な空間へ改善する努力と工夫が必要だろう。具体的には、まず書類の減量化を進めること、そして新しいオフィス機器を導入し機能的で効率的な業務展開を図ること、最後はインテリアデザインを一新して組合事務所を明るいオフィス・ロビー空間として確立することが必要ではないだろうか。
⑥組合役員
 労働組合役員に求められているものも、大きく変化している。
 労働組合運動が社会主義運動と深く結びついていた時は、組合役員たる組合活動家にとって必要な最大の資質は、レーニンによる「ヴォルシェビキの条件」ではないが、「英雄主義」であり、「献身性」であっただろう。しかし、これからの労働組合運動においては、自己の生活を犠牲にし、労働組合活動だけにすべてを捧げる(?)ようなタイプは、組合役員としてふさわしくないことになろう。
 「組合役員は、口では革新的なことを言っているけれど、本質的には古くさくて、押し付けがましくて、酒飲みで、いつもむさくるしいから嫌い」というのが最近の若い(それも女性の)組合員の率直な印象ではないだろうか。先に述べた松下電器産業労働組合では、これからの望ましいリーダー像を次のように設定している。
 「ウォームハートでしかもクールヘッド。職場によく足を運び、皆の目線にあわせて広く意見を聞き、自分も多様な趣味をもち、清潔でさりげないおしゃれをし、具体的でわかりやすい話をする」(自治労大阪/「紙上ユニオン・カッレッジ(13)」-松下労組書記長・久保田泰雄さんの講演要旨)
 なるほどと感心させられたが、ただ、こうしたタイプばかりを組合役員に集めるのは実際不可能だろうし、また良いことでもない。要は、さまざまなタイプが組合役員になっているのが好ましいのである。古くさいタイプも新しいタイプも、また、大雑把なタイプも細かいタイプも、男も女も、多種多様の人々が存在することでこそ、魅力を醸し出すことができる。特に、最大の課題は、女性の役員を大幅に増やし、中心的なリーダーとすることだと、私は考えている。
 労働組合の役員に関することで、最後に重要なのは役員人事の絶え間のない刷新である。中心的な役員が絶えず若返らないと、活動内容が刷新されるはずもない。そのためには、退任がいつでも可能な条件づくりが必要である。
 結局、組合役員の入れ替わりを図ろうにもそれができないのは、一つは退く組合役員の処遇(職の確保)が困難であるからであり、もう一つは、長期に役員をこなすことで属人的につちかってきた交渉能力などを労働組合が「手放せない」からである。
 前者の点については、労働組合活動に専従する期間を長期にさえしなければ、前職に復職することで問題は解決する。難しいのは、後者の問題である。
 労働組合の交渉能力・折衝能力といったところで、結局、窓口となる組合役員の属人的能力に負うところが多いのは事実である。そして、それは経営者(当局)側担当者との人間関係に依拠している部分が多い。また、そうした能力は一朝一夕に獲得できないし、だからこそそうした能力にたけた組合役員は重宝なのである。しかし、多くの場合、そうした関係の深化は、労働組合側の利益に寄与するというよりも、逆に、なれ合いや癒着など労働組合にとってもマイナスに作用する危険も大きくなる。だから、多少の後退は仕方がないと覚悟して、割り切って役員の刷新を行なうしかないと、私は考えている。

5.終わりに

 私がこれまで労働組合運動との関わりの中で考え、部分的には実践してきたことを書き連ねると、思いもよらず長文になってしまった。如何程の問題提起ができたのか、はなはだ心もとない限りであるが、読者の皆さんの検討の素材としていただきたい。
 本稿を書き上げて、今あらためて考えてみると、私自身「労働組合運動の再構築」がありうるのかどうか、また、その前提となる「労働組合」がいかなるものであるのか、わからないことだらけだというとがはっきりした。
 不況でリストラクチュアリングに伴う人員削減などの嵐が吹き荒れるこれからしばらくの間は、旧来のスタイルの労働組合運動も引き続いて存在意義を持つだろう。日本共産党系の「全労連」も、批判的少数組合としての存在意義を多少は高めることになるのかもしれない。しかし、大きな時代の流れの中で、労働組合がどのような存在となっていくのかは、やはり私にはわからないのである。
 本文中にも書いたが、やはり鍵は労働組合の「二重組織性」であろう。労働組合の将来は、資本主義社会の、企業組織の将来形態と切り離して考えることは不可能である。私の漠然とした予感では、将来における「労働組合機能」は、組織形態としては分割されることになるような気がする。
 交渉機能の部分は経営協議会への労働者代表の参加とそのための意志決定システムの確立へ、組合員に対するサービス機能は労働者福祉専門組織へ、そして、一番難しいのが自主的なコミュニケート・ネットワーク組織がどのような形で結成され、活動していくのかという点である。
 人は、自らの属する企業(行政)組織の論理に基づくつながり中だけでは、決して満足できない。支えあい、励ましあい、コミュニケートすることを絶えず欲している。その欲求がある以上、何らかの形態で人と人は結びつく。その結びつきを労働組合と呼べるのか呼べないのかは定かではないが、一次的な所属組織とは別のものが存在することになることは間違いないだろう。
 くり返しになるが、私は本稿で労働組合組織運営についてかなり多くの指摘をしてきたが、「労働組合運動の再構築」という課題が、最終的に現存する労働組合組織形態において可能なのかどうかについてはわからないでいる。けれども、その全面的見直しに向けた具体的な思索と実践の積み重ねの上にしか、いかなる回答も用意されないことは理解している。
 今何が必要なのか、何をなさねばならないのか、今後も考え続けたいと思う。そして、読者の皆さんの意見を聞かせていただきたいと、切に願っている。(完)

 【出典】 青年の旗 No.183 1993年1月15日 ~No.187 1993年5月15日

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【投稿】社会党は解党して出直せ!

【投稿】社会党は解党して出直せ!

92年の社会党は、ここ数年になく混乱していた。PKOへの対応、参議選の敗北、政治腐敗の追及、緊急政治改革への対応等々。考えればむしろ今に始まったことではなく、土井人気による上昇の中で隠ペいされていた矛盾が吹き出したにすぎないのであろう。極め付けは、年の瀬の「突然」の田辺委員長の辞任表明と山花書記長への候補者「一本化」の動きである。以下、これまで社会党を支持し、日本の将来を託してきた者の一市民としての立場から、今の社会党の現状に対する思いを巡らせてみたい。
確かに社会党は日本の民主主義運動の大きな一翼を担ってきた。社会党の存在とそれを取り巻く大衆運動の力がなければ、日本の社会と市民は今以上に閉塞状態に置かれていたであろう。だからこそ人々は社会党に期待し、党勢以上の票を獲得出来たのである。この支持度合の中身の分析は別に必要ではあるが、時々の自民党の暴走を一定食い止めてきたのは事実である。
ところが今の状況はどうか。政権獲得を叫べども具体的な政策は見えず、むしろ個別具体的な課題になればなるほど、わかりにくさが鮮明になってくる。党内左右の対立は、語られてきたものであるが、今やわかりにくさの象徴になってしまっている。党改革も遅々として進んでいない。また、以前なら金銭に絡む政治腐敗と言えば自民党のみの問題であったが、ここ最近の諸事件には必ずと言っていいほど社会党の名前が出てくる。国対政治の中での金銭のやりとりは、公然の秘密にすらなっていると言えよう。それらの腐敗は中央のみにとどまらず、地方レベルでも広がっている。
関西では尼崎市や高槻市の問題をはじめとしてそのだらしなさが指摘されている。
こんな事態で、はたして当面の目標としている解散・総選挙に勝てるのか。まず無理であろう。次期委員長の山花では、土井前委員長に比して、イメージ的に言っても映えるものがない。何より党内左右に気を使って大胆な提起も出来ず、例によって調整人事の中から決められていることに市民はヘキヘキしているのだから。
この際「解党的出直し」などと生温いことを言わずに、解党してしまう必要があるのではなかろうか。政治腐敗のウミをすべて公にさらけ出し(浜幸が本人の希望で証人喚問に出て「野党のこともしゃべる」と言っていた時は本気で期待してしまったが)、全ての真実を明かにした後に、堂々と解散してはどうだろうか。議員辞職に値するものは当然政治の世界から身を引いていただき、残されたものによって、魅力ある政策を徹底して議論し、我々市民に指し示してもらいたいのである。必要ならば、日本新党等の新興勢力や既成政党の良識派と結びついていっても良いだろう。連合との関係も、その中の具体的な政策課題を通じて整理して行けば良いのである。
新年早々、いささか子供じみた暴論になってしまったかも知れない。しかし、冷戦のツケが回って混沌としている国際社会への対応と国際貢献のあり方、バブル崩壊後の複合不況と呼ばれている経済の状況の下で改めて認識された生活の「豊かさ」の中身、そして来るべき高齢化社会への対応等々、日本の政治が解決しなければならない課題がこれほどまでに山積みし、まさしく平和と民主主義の目的ありようが問われている時に、その担い手たる社会党の現状を見ると余りに悲観的になり、新党の登場を待ち望まざるを得なくなるのである。
労青の機関紙という場を借りて私見を述べさせていただいたが、(こういうことができるのも「旗」ならではなのだが)私の職場の同僚と議論していても、良心的な者は同じような思いを持って、今の政治そして社会党を見つめているのだ。「旗」の読者の中には社会党員として第一線でがんばっている方もおられるだろう。労青の中にも社会党貝がいると聞く。是非とも同じこの場で、皆さんの意見を伺いたいものである。               (大阪 K.N)

【出典】 青年の旗 No.183 1993年1月15日

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【投稿】政治改革と新党

【投稿】政治改革と新党
              「生活発信型の政治を楽しむ」

にわかに自民党の内部崩壊にまでおよんだ佐川事件、そして社会党田辺委員長の辞任と、にわかに政界がにぎわしい。
にぎわしいのはこれを変えようとする改革の動きである。これは他の人が書いてくれているので、私の立場からちょっと補足しよう。
結論からして「政治をもっと楽しもう」である。具体的にもっといろいろかかわりをもつことだ。
これは直接には政党活動や後援をするということもあるが、現況の政治状況はそれほど甘くはないと思う。すでに改革を「旗印」にあらゆるグループが選挙協力を取り付ける算段をめぐらしていることは、細々とではあれ報道されてもいる。これらは当然の成り行きだが、改革がもうこうした政治グループのパズルの組合わせでは難しいということだ。パズル選択を選挙民に迫るのは、結果としてこれまでと同じであるからだ。だが現実にこうした方向へと急速に動きは始まっている。
そこで、やはり生活の場から物事を考えてもらいたい。そしてそこから政治とのかかわりを模索してみよう。
たとえば「池子の森を守る」運動である。逗子の米軍人のための住宅を建設するため、森を切り崩し家をたてるという。住民は「森を守れ」と立ち上がり、全国に訴え、運動した。選挙にも「建設反対」候補をたて世論を二分した。たしかに国(日本国、防衛庁)は建設の意向を崩さず、あの手この手であくまでも強行するようだ。しかし地元ではしっかりと「反対」の世論をつくり、自治(政治の場だけでなく)をおこなっている。
こうした構図は民主主義運動として、これまでの政党主導型の運動から脱却しつつあり(政党が乗り遅れている)、一方では、反対政党と連携しながら、一方では自立して行われ、しかもみずからの生活領域は自ら決定するという立場が貫かれている。
昨今の環境を守る運動の多くはこうした様相であることも、今日の政治状況と併せて考えるべきでしょう。
また、たとえば私の家庭は共働き(二人とも民間、正社員)ですが、この場合税金等は二人とももっていかれているわけです。たぶんほとんどの人が最近、年末調整があったのでみなさんもおわかりになると思いますが、配偶者控除(+配偶者特別控除)というものがあるのです。そう、扶養する配偶者がいるなら税金が控除されるのです。パートで働いても、だいたい100万円まではこれが通用されるので、結果として税金は安くなるのです。二人で正規で働いて同じ生計を営みながらも、二人まるまる税金をもっていかれ、方や旦那のかせぎだけのひとは控除がある。しかも100万円までのパート収入は天下後免というわけです。もちろんこの100万円の非課税限度額は結果として女性の低賃金、パート労働を温存するといわれています。
生活発信型の政治を楽しむ!そして変えなければいけないものをしっかりとさせることだと思います。世論形成し、「非常識」を常識にするこたえが見えれば、解決は時間の問題です。             (東京 R)

【出典】 青年の旗 No.183 1993年1月15日

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【投稿】今、政治の変革が始まった

【投稿】今、政治の変革が始まった
                   —市民参加で民主主義の狼煙を上げ—

<自民党も社会党も同じ土俵で行き詰まり>
92年12月24日、社会党の田辺誠委員長が辞任を表明した。委員長に就任してわずか1年5カ月後に辞任を表明することになろうとは、本人も思いも拠らなかったことであろう。記者会見で否定してはいるが、自民党の金丸信の辞職が、客観的には大きな影響を与えている。佐川急使疑惑の中心人物である金丸信、竹下登等との長年の国対政治の付き合いから、疑惑が田辺氏周辺にまで付きまとい、国会での証人喚問を始めとした疑惑追求の甘さが、委員長不信に輪を掛けていった。
一昔前までの自民党政権の相次ぐ汚職事件とは異なり、日本の政治を牛耳ってきた国対政治の中枢部分そのものに対する不信、疑惑であるという事が、政治家は全て信用できないというような深刻な政治不信に国民を導いている。リクルート疑惑は、政、官、財の癒着構造を白日の下に晒し、国民の政治への関心を高めたが、今回の佐川疑惑は、国民の既成政党への不信と政界再編への関心を高めたと言えるかも知れない。

<ソ連邦の崩壊と西側世界の変化と>
ソ連邦の崩壊と東西冷戦構造の崩壊は、西側世界に「目標の喪失」という新たな難題を突きつけた。アメリカは湾岸戦争でイラクのフセインを悪の権化として戦争を仕掛け、一時的には大勝利を納めたが、その勝利者であったブッシュ大統領は、わずか1年半後には敗者となった。第2次世界大戦の勝者であったイギリスのチャーチル首相が、戦後初の選挙で敗北したように、冷戦後の世界を生き抜く指導者としては、ブッシュよりも若くて将来性の豊かなクリントンが適任と判断された。
日本では、冷戦構造の崩壊にともなって、それまでの日米安保体制や非武装中立といった争点が争点でなくなり、逆に既成政党の存立基盤であった政策そのもの、例えば護憲でさえ、見直しが必要となってきた。そこに佐川急便疑惑が炸裂したが故に、政治の根本的な問い直し、洗い直しが必然的に起こってきたわけである。

<新しい勢力の相次ぐ誕生>
息が詰まるような政治の閉塞状況を最初に打ち破ろうとしたのは、日本新党だった。地方分権を最も大きな旗頭にして諷爽と登場し、夏の参議院選挙で惨敗の連合を尻目に4議席を獲得した。その後も元ニュースキャスターの小池百合子の「金丸ほめ殺しパフォーマンス」等国民に次第に支持層を広げつつある。11月25日現在、党員、「支える会」会月あわせて約6000人。目標の10万人には程遠いが、政党支持率は朝日新聞の調査で7%と野党第2党(12月23日)、読売新開の調査で2.5%と民社党とほぼ肩を並べて公明党に肉薄している(12月24日)。
11月25日に発足した「平成維新の会」には、150人以上の国会議員から次期総選挙での推薦依頼もしくはその打診が来ているという(12月25日読売)。主宰するのは、経営コンルタントの大前研一で、①道州制の導入による地方分権化(②アメリカー辺倒からアジア・太平洋重視の外交への転換③規制緩和と自由競争などを基本政策としている。公認候補は擁立せず、生活者重視の政策に共鳴する改革派の候補者を党派に関係なく推薦する。その資金となる年間1万円の会費を納める会員(賛同者)は、現在すでに2~3000人に達しているという(11月23日日経)。
既成政党の中からも改革派が動きはじめた。11月3日には、社民連の江田五月が超党派の政策集団「シリウス」を発足させた。メンバーは当選1回組の社会党の若手議員を中心に連合参議院まで含めて現在28人(11月20日朝日)。①政治腐敗防止法の提案②選挙制度、地方分権、国際化、農業問題など政治課題への積極的な取り組み③議員立法の推進④市民団体や業界団体などあらゆるグループとの対話などを当面の課題としている。今後、民社党や日本新党など他の野党へも参加を呼びかけていく方針だ。

<崩壊の危機=自民政治>
冷戦構造の崩壊は、日米安保体制の下でソ連邦を始めとした東側と対決しつつ自由社会、資本主義社会を発展させるという日本の政治=自民党の基本戦略の崩壊を意味する。新しい国際秩序に対して、日本がどのような役割を果たそうとするのか、そのビジョンと哲学が世界中から注目されているにも関わらず、自民党政権はビジョン、政策を示すどころか政治改革の矢面に立たされている始末である。リクルート事件をきっかけにして政治への目を大きく開きはじめた国民は、ボーダーレスの時代に日本が世界からどのように見られているのか、世界の政治と日本の政治のどこが違うのか等々について政治家が考えている以上に学びはじめているのではないか。社会主義を崩壊させた一因である情報のボーダーレス化に伴う学習効果が、日本にも現れてきたとき、アメリカのプッシュ大統領があっけなく敗北したように、自民党が予想以上に敗北し、日本新党を始めとした改革派=日本版ベレストロイカ派ともいうべき勢力が大きく議席を伸ばす可能性がある。先述の読売の世論調査では、現在の政治に満足している人は2割しかいないが、不満を持っている人は77.8%にも達している。

<政治改革の成功は国民一人ひとりの行動から始まる>
国民の怒りの質が、確実に変化している。以前は日本の中で国民が自民党に鉄槌を下し、溜飲を下げることで事が足りたが、この冷戦後の世界では通用しない。日本がアメリカや統合ヨーロッパとともに世界のリーダーとして国際間題の解決に貢献していくことが期待されている時代に、政治が何の指導性も先見性もましてや公平性も持ち合わせていないという惨憺たる状態では、国民の納得を得られない。久々の本格政権とかすかな期待をいだかせた宮沢政権にして支持率20%という惨状である。国民は、「保守本流で国際通の宮沢でさえダメなのか」という思いであり、自民党に見切りをつけ始めているのではないだろうか。
このような中で新秩序にふさわしいリーダー探しが始まった。もはや憲法改正もその重要な争点になりつつある。アメリカのクリントン新大統領は、対日要求を議会と一体となってわかりやすい形で突きつけてくるだろう。もはや裏取引は通用しない。国会内でも、佐川疑惑の追求が進めば、国対政治や談合政治が明るみに、ますますわカモりやすい政治への改革の声が大きくなるだろう。金丸を辞職に追い込んだ世論が、今度は政治改革に向かうのか。それとも政治不信にとどまるのか。日本の政治は今重大な岐路に立っている。
希望は、身近な政治への関心が高まっていることである。中央政治の腐敗は、地方自治の中にも浸透しつつある。最近にわかに問題になっている「カラ出張問題」は、その一例である。市民は情報公開条例を武器に立ち上がり、ベールに包まれた政治の実態を少しずつ明らかにしつつある。どのような政治が行われ、税金がどのように使われているのか。不況で手取り収入が減り、かさむ教育費や老後の費用をどのようにして捻出するのか頭を悩ましているのに、議員が税金をむだ遣いすることは許せないというのは、当然の怒りである。このようにバブル経済の崩壊で誰もがエリザベス女王のように「ひどい年」と叫びたいときこそ、その怒りを自分の生活を楽しくし、豊かにするための知恵を働かせ、政治への怒りへと結び付ける絶好のチャンスである。まさに地方政治は、民主主義の学校として大いに参加して行くべき場である。
週休2日制が浸透しつつある今日、生産現場やサービス現場の生産、供給サイドのポリシーに全身染められていた勤労者が、人間として、消費者としてあるいは生活者としての自分を取り戻す機会が増えてきた。1日しか休みがないときは、ごろ寝を決め込んでいた「働き蜂」も、2日もごろごろ寝ているわけにはいかない。そもそも家族が放っておかないだろう。外へ出て、地域や行政を少しでも良くする活動に参加していくことを大いに期待したい。そんな住民運動や市民運動が増えていけぼ、地方に権限と財源をもっと配分するという大きな政治課題が、早晩日程に上ってくるのではないだろうか。今、一人ひとりの民主主義への地道な行動が必要なのである。    (大阪K.N)

【出典】 青年の旗 No.183 1993年1月15日

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【報告】故小野義彦氏を偲ぷ集い、盛大に開催

【報告】故小野義彦氏を偲ぷ集い、盛大に開催

11月22日日曜日に大阪部落解放センターにおいて、「故小野義彦氏を偲ぶ集い」が開催されました。主催は小野義彦氏追悼集編集事務局の皆さんで、70名余りの参加がありました。この集いは、小野先生急逝後2年目にあたり、『資本主義論争と反戦平和の経済学者 追悼 小野義彦とその時代』の刊行記念を兼ねて開かれました。

関西大学の安喜先生の司会で開会され、大賀正行氏が追悼の辞を述べられました。
続いて、ありし日の小野先生を偲んで、ビデオが上映されました。
先生の思い出を 勝部元さん、竹中恵美子さん(大阪市立大学)、奥村茂次さん(奈良産業大学)、山本晴義さん(大阪経済大学)、松本久雄さん(金沢大学)、松原和男さん(大阪経済大学)、巣張秀夫さん、山田文也さん(機械金属労組)、小島康生さん(ジャーナリスト)、岩崎 義さん、里見賢治さん(大阪府立大学)、小野吾郎さん(小野先生の弟さん)が次々に語られました。
祝電やメーセージの紹介の後、夫人の小野みどりさんからお礼の言葉が述べられ、「故小野義彦氏を偲ぶ集い」は終始なごやかな内に終了しました。

【出典】 青年の旗 No.182 1992年12月15日

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【投稿】年賀状をユニセフ・カードに代えてみませんか

【投稿】年賀状をユニセフ・カードに代えてみませんか

年賀状のシーズンですが、お年玉付き官製はがきも(切手シートがほしい人もいますので)よいですが、可能な方はユニセフ・カードに代えてみませんか?もちろん葉書代+切手代が掛かります。白色無地の他、クリスマス、年賀用に様々なデザインのものが用意されています。一度カタログを取り寄せてみてください。

※店頭販売、問い合わせ先
日本ユテセフ協会カード事業部
〒160 東京都新宿区大京町31-10
03-3355-3255
日本ユニセフ協会関西事務所
〒531 大阪市北区豊崎5-7-8
06-371-8582
国連協会京都本部
〒604 京都市中京区鳥丸通り夷川上ル
075-211-3911   一

※その他の以下の店でも扱っている店舗があるようです。
デパート:伊勢丹、岩田屋、小田急、西武、
大丸、高島屋、東武、阪急、松
菱、丸井今井、丸栄、三趨他
スーパー:紀ノ国屋、西友、タイホー、ニチイ等
コンビニ:サンタス

生協:札幌市民生協、灘神戸生協
書店:紀伊囲屋、金龍堂、中央出版、
丸善、有隣堂等
他:伊東屋、東急ハンズ等

以下にカタログに書かれた紹介文書を引用しておきます。

■ユニセフ・カード20枚で一人の子どもの命が救えます
1949年、第二次世界大戦で荒れ果てたチェコスロバキアの町で、ひとりの少女がユニセフ(国連児童基金)の救援活動に対する感謝の気持ちをこめて絵を描きました。ユニセフは、この絵を使って1951年にグリーティングカード第1号を作り、50万枚を販売しました。ユニセフに対する理解と支援を促すためにカードを販売するというアイディアはこのようにして生まれたのです。
現在では、世界100か国以上の国々で、ユニセフ・カードが販売されており、その純益はユニセフ本部を通じて発展途上国の子どもたちの保健衛生や教育事業などに使われます。たとえば、20枚のユニセフ・カードの純益でひとりの子どもに必要な6種類の予防接種(はしか、ポリオ、ジフテリア、百日咳、破傷風、結薇)をすることができます。
今なお1日に4万人もの子どもたちが、主に病気や栄養不良のために命を奪われています。世界中の子どもたちにユニセフの活動が行きわたるよう、ひとりでも多くの皆様のご協力をお願いします。
(東京 C)

【出典】 青年の旗 No.182 1992年12月15日

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【投稿】大阪発:自治体の週休2日制

【投稿】大阪発:自治体の週休2日制~92賃金闘争報告~

<93年4月 大阪府下 週休2日実施へ>
時間短縮は世界に対する責任として、日本の労使にとって最大の課題である。年間労働時間1800時間、週休2日制の全産業での実施が求められている。
公務員の場合、ようやく91年の人事院勧告で国の完全週休2日実施が具体的実施時期を明示せず勧告されたが、宮沢内閣は、本年5月から国家公務員の完全週休2日制を実施した。自治体にあっても本年10月1日現在全国2537自治体83.1%がすでに週休2日制の議会議決を行い、来年度実施予定でも80%を超えるとなる。
しかしながら、週あたりの勤務時間に目を向けると、国の週2実施の週あたり労働時間は40時間であり、午前8時30分出動午後5時30分退出というのが基準である。
大阪府下にあっては、すでに現行の4週6休実施時で、週40時間15分が条例上の勤務時間で、実働時間では38時間45分である。(4週6休実施時も勤務時間問題が焦点となり、一日15分の時間延長を余儀なくされた)このまま週2に入ると週あたり実働時間は37時間15分、祝日、有給休暇等を完全消化すれぼ年間労働時間は1800時間を切る。
こうした背景から勤務時間問題が大阪府下の自治体週休2日制の大きなハードルとなった。(参考:大阪の自治体勤務時間問題の一端は青年の旗No176号(92-9)で大阪府勤務時間問題の報告がある)
本年6月期、来年4月からの週2実施の交渉が開始されたが、問題は①勤務時間問題②閉庁職場を中心とする人員問題③実施時期であった。
前述の大阪府の勤務時間問題の動向もあり、1日あたりの勤務時間の延長という動きも一部自治体であったが、最終的には統一闘争により、勤務時間の延長なしの実施が9月の大阪府市長会でほほ確認された。週あたり労働時間は37時間15分となり、年間労働時間は、週休、有休、夏季休暇、祝日等を勘案すると1800時間を切る状況となった。
府下各市とも12月議会に条例が提案される見込みで、来年4月からの週休2日制実施はほぼ確定した。

自治体の時短闘争は、週休2日の実施により、新たな段階に入る。もちろん、国、都道府県、金融機関等の週2実施も併せて、地域の中小企業への影響も大きい。しかし、自治体の労働運動にとっては、「24時間の労働運動」が自治労のスローガンにも示されるごとく、労働組合の従来の体質からの脱皮が求められているとも言える。

<地方自治体の賃金をめぐる変化>
一時の地方財政危機の時代は去り、バブル景気の時代を通じて地方財政は上向いてきた。70年代後半の高賃金攻撃をはじめとする公務員攻撃の時代も終わり、バブル景気、人不足の中で、民間との格差を埋めるため国家公務員にあってもむしろ賃金を押し上げる傾向がここ2、3年の人事院勧告の特徴となってきた。ラスパイレス指数も長年の賃金是正攻撃の中で、130まであったものが、最高でも110のレベルまで縮まった。
他方、自治労の貸金闘争により、自治省の賃金個別指導も昨年、形式上終結させてきた。
こうした状況を受けて、昨年から自治労は「守りから攻めの賃金闘争」を打ち出し、過去の合理化の復元に重点を移し、一定の復元措置を昨年の年末闘争でかち取ってきていた。そういう意味では、今年は復元闘争2年目と位置づけられる。
しかし、急激な経済環境、社会環境の変化は、今年の年末陶争に大きな影を落とす事になる。

<不況風の中 一時金フラスアルファを確保>
大阪府下では、11月下旬を山場に92賃金確定・年末闘争に取り組んだ。
特に、一時金闘争(プラスアルファ)は、大阪・兵庫・神奈川など限られた府県でしか取り組まれていない状況にある。その中でも大阪の相場は飛び抜けている。昨年の年末闘争では、条例分の2.7カ月に31000円のプラスアルファを獲得した。本年夏の一時金では条例分に0.09カ月+33000円が相場であった しかし、今冬の一時金闘争は様変わりした。不況を反映し、民間組合の一時金闘争が冷え込み、電機労連などは消費減退、収益悪化から今年の回答は昨年実績を下回る結果となり、自治労組合員の中にも不況感が浸透し、厳しい認識の中で統一闘争の山場を迎えていく。
バブル崩壊以後の不況局面、民間一時金相場の冷え込みという環境の中、自治体にあっても、法人市民税など税収の減少による財政的課題と不況による市民感情を意識する自治体当局姿勢の後退も大きく、情勢的には厳しい認識を余儀なくされた。さらに、「大阪問題」の一つである一時金のプラスアルファをストップさせたい自治省、大阪府地方課の自治体労使交渉への従来にない執拗な介入も行われ、統一闘争の山場(回答指定日)に至っても、全体の状況は重かった。
当初、昨年実績の確保を目標としていた府本部も、最終局面では府下22市の自治労組合の最終統一指標としてはプラス20000円を確認し、山場に臨んだ。

個々の自治体での賃金政策のの経過や対当局関係の特殊性などを生かし、先行組合が山場未明から相場形成に至ったが、上記のような各市当局に共通する「重さ」のため、山場(11/26)から5日日の12月1日にようやく府下の過半数の市で、20000円の回答が出された。

<自治労府本部の統一闘争の成果と問題点>
当事者としては、まさに薄氷を踏むような闘争経過であり、まさに府下の自治労組合の統一した力で獲得した成果であったと感じている。(もちろん、現時点では議会での条例化の課題を残してはいるが) さらに、特徴として先行組合が3年前の連合結成時に、衛都連(共産党系の自治体組合)が自治労からの分裂を強行した際、新しく結成された新自治労組合であったことであろう。競合する自治労連系組合はほとんどが多数派組合であるが、彼ら全労連・自治労連系組合の社会的影響力の低下を今期年末闘争は一層明確にしたことである。
他方で、自治労内部においては、旧来の自治労主流派である北接ブロック各市で一時金プラスアルファが今だに解決していない。本来の統一闘争の牽引部隊である北摂の重さと競合組合の自立をどう調整するのか、今後整理が必要である。

<衛都連(自治労連)の完全な破産>
自治労連は、今期年末闘争から「人勧体制の突破」という方針を唐突に打ち出し、自治労がすでに昨年から取り組んできた復元闘争を中心課題としてきた。一面で自治労運動へのすり寄りとも言える。しかしながら、すでに自治労連単独で府下相場を形成する力は喪失しており、闘争指導上、山場を過ぎてから獲得指標等を2度も変更し、ようやく11月30日に至って、自治労相場への相乗りと言う形で、閲争を終結する結果となった。

<大阪府下自治体労働運動の今後>
こうして年末闘争も終結に向かい、今後総括議論にはいる。いくつかの問題点を指摘し、報告を終えたい。
第1は、プラスアルファ闘争がいつまで有効なのかということである。まもなく冬の一時金が平均で100万円を超えるという状況にある。こうした中で今年の夏6万円、冬2万円というプラスアルファを獲得するための闘争がいつまで社会性を持つものなのか。地域の中小労働運動や連合運動とはほとんど無関係であり、夏冬とほほ1週間を徹夜交渉で府下相場を形成していくという力はもっと違った課題へ集約できないのかという点である。
第2は、週休2日来年4月実施という事態は、自治労運動に新しい課題を与える。それは、1年に150日以上の休日が生まれ、職場での生活の比重が一層低くなる。休暇が増えて組合が一層速くなることにならないか。職場に根ざした労働運動ではあるが、それ自身の質、また休日を含めて労働運動にはなにができるのか。もちろん、休暇は増えても、日々の超過勤務の解消とは別次元の話で、事務系では人員増もないため、残業規制が次の課題となってくる。
第3は、組織闘争について。大阪府下では依然自治労連の存在は大きい。自治労5万5千、自治労連3万弱というところ。3年前に自治労連系の組合の中から9つの自治労組合が結成されたが、半数以上はほほ現状維持が続いている。連合結成3年、新組合が自治労連を圧倒するプロセスについて、今一定の議論が必要となっているのではないか。
(大阪 佐野秀夫)

【出典】 青年の旗 No.182 1992年12月15日

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【投稿】沖縄でオキナワを考える3

【投稿】沖縄でオキナワを考える その3

(1)沖縄行きを前後して、今年は“復帰”20周年ということもあり、沖縄文化に触れる機会が多かった。再度『ウンタマギルー』を見、『パイナップルツアーズ』を見、りんけんバンド、ネーネーズ、チヤンプルーズを聴き、沖縄料理を食べ、泡盛をなめるにつけ、なぜ、これほどの文化を持った地方(国)が簡単に日本の天皇教育を受け入れて、“集団自決”などに至ってしまったのだろうかとの疑問がわいてくる。
伊江島の阿波根昌鴻さんは「(戦前は)死ぬのが国のため、命を惜しむものは国賊だと信じさせられていた。敵に生け捕りさせられるのは不名誉、だから集団自決といって、自分達で殺しあう。そしてそうすれば靖国神社にまつられて神になる。こんな事を教えられて、愚かにも信じていたのです。それにもし、生き残りたいと思っている事が軍にわかったりしたらすぐ殺されると思っておりました。その頃はもう死ぬ死ぬばっかりですよ。死ぬ死ぬというのが習慣になっていた。鬼畜米英といわれましたからね、わしらは本当にそう思っていた。米軍に生け捕りされたら、耳を切られたり鼻をそがれたり、ひどい削こあわされて最後は殺される、そういう話でしたから、誰でも自分の可愛い息子や娘がそんな目にあったら大変だと思う。だから親がこどもを殺す。・・・・。」(『命こそ宝』岩波新書)との述べている。
『沖縄TODAY』では、「皇民化」の手始めは教育で、「天皇の臣下」としての意識を子供から始めたとしている。そして明治13年にはわずか2%であった沖縄の就学率が、明治40年には93%に上っている。この中で、沖縄独自の文化を「劣ったもの」と決めつけ、沖縄の人々に劣等感を植え付け、日本人のすばらしさを宣伝し「天皇陛下に忠義を尽くすことによって、沖縄人も日本人になれる」と説いた。マスコミも同様に繰り返す。一度や二度なら怒って反発するが、何年何十年と言われ続けると、多くの沖縄民衆は自己卑下に陥り、差別意識から逃れたいという祈りにも似た気持ちが沖縄の「皇民化」の原動力となっていった。象徴的な事が「方言撲滅運動」で、沖縄語を使った子供を処罰する為に首から「方言札」と呼ばれる木製の札を掛けさせたという。そして、1899年(明治31年)沖縄でも徴兵制が実施された。日本本土から遅れること25年(本土では1874年)で、沖縄の民衆は徴兵制に反対したが、沖縄の県当局や教育者・マスコミは狂喜したという。また、『沖縄TODAY』ではこの背景には、県の役職は鹿児島県勢に握られ、経済面の利益も独占され、中国と日本の二重支配により追いつめられた沖縄経済は、第一次世界大戦後の不況、大正末期の日本本土の砂糖相場大暴落により、完全に破綻し、餓死すれすれの生活苦を余儀なくされた点がある、としている。
また、『沖縄からの出発』の中で、筆者・岡部さんは琉球大の東江平之教授の「(新しい沖縄人像を探る、とのテーマの中で)同化願望から解放されてほしい。もっと自由にものを言える状況が必要だ。沖縄は地理的に狭く同族集団的。人間関係が網目になっており、言論、思想の自由が制限される。自由にものが言えなければ、新しいものは生まれない」を引用している。岡部さんはこの「強い同化願望」が沖縄の「地理的環境に起因される外部勢力による利用価値」に利用 されたし、利用され続けるとしている。また、岡部さんは、この「同化願望」の原因には日本の侵攻と強烈皇民化教育が影響しているとも言っている。
しかし、私の考えでは、確かに教育は重要な要素ではあったと思うが何か、足らないような気がする。日本軍人関係者がいない島、ガマでは虐殺や自決は起こっていない。単にみずから死ぬというよりは強制力(軍隊)や武力がなければ発生しないような意識であろうか(?)。疑問は依然残る。日本本土でも、大正デモクラシーがなぜ戦争の遣へと進んだのあろうか?という疑問と同じかもしれないが・・・。ちなみに学生時代、戦争へと向かう中でのジャーナリズムの検討なんぞを試みてみたが、そこでは(短絡すれば)「資本としての新聞」=自分も食い・社員も食わせる為の新聞生産、を追求する中では政治に追随せざるをえなかった状況であった。当時の沖縄の状況も調べてみたい。
(2) また、『沖縄からの出発』の中で、1979年の雑誌『世界』4月号で「天皇はアメリカが沖縄および流球の他の諸島を軍事的に占領することを希望した。
そうすることはアメリカの利益になるだけでなくソ連の脅威に備え、国内の治安を維持するために日本の利益にもなる。さらに、流球諸島の軍事占領の方法としては、名目的には日本の主権を認めた上で(20年から50年あるいはそれ以上)流球諸島をアメリカが租借することが好ましい」とした、天皇とGHQとの連絡にあたっていた寺崎英成氏のGHQのシーボルト政治顧問にあてた天皇の考えが紹介されていた。当時読んだか否かわからないが、少なくとも記憶になかった。
日本の戦後の成長、現在の立場は沖縄の犠牲の下に成り立っている。これまで自分のなかで、別々な事象としてとらえていた(と言うか、レポートしながらも関連を意識していなかった)沖組戦一米軍基地が何となく、つながった。
更に、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の明石の「沖縄にPKO物資集積所を常設したい」構想や、「車両やテント等をあらかじめ備蓄しておく施設をアジア各地との交通便利な沖縄に」という申し入れの“とんでもない”がはっきりしてくる。

〈参考資料》
『命こそ宝 沖縄反戦のこころ』
阿波根昌鴻 岩波新書
『沖縄からの出発 わがこころをみつめて』
岡部伊都子 講談社現代新書
『面白読本 沖縄TODAY』1987
柘植書房         等    (東京 Y)

【出典】 青年の旗 No.182 1992年12月15日

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