【投稿】国連史上初 安保理15カ国サミット開かる

【投稿】国連史上初 安保理15カ国サミット開かる

<冷戦は終結し、空想は現実に>
米国とロシアの劇的な戦略核兵器大幅削減相互提案で軍縮機運が高まる中、国連史上、初の国連安全保障理事会首脳会議(サミット)が1月31日、ニューヨークの国連本部に15理事国首脳を集めて開かれた。会議は、冷戦の終結で核兵器の大幅な軍縮が動き出すなど、世界規模の戦争については危険の度合が大きく低下したが、地域紛争や大量殺りく兵器の拡散など、冷戦後の世界はまた新たな危険を抱えていることを確認して、軍縮推進や地域紛争防止への国連の役割強化をうたった議長声明を採択して終了した。
世界が冷戦の終結や湾岸戦争を経たいま、世界の安全保障のために国連がより大きな役割を果たそうとすることは、国連本来の目的に立ち返ることであり、長い間「理想主義者の空想の産物」だった国連と国連憲章がようやく実現の「世界規範」として通用する時代を迎えたことを如実に示している。合意された議長声明が5大国のどの国にも無難な「最大公約数」にならざるを得なかったものの、冷戦後の新しい世界の枠組みを作ろうとの姿勢を明らかにした歴史的サミットとなった。

< 安保理サミット>
安保理サミットは、5常任理事国(米・ロ・英・仏・中)と10非常任理事国(日・インド・ベネズエラ他)によって開催された。サミット議長報告の骨子は、①国際平和と安全の維持に国連安保理が果たす責任が拡大、②平和への脅威に対処する国連の集団安保体制を再確認、③紛争予防、平和創造、平和維持のため国連機能の強化が必要、④軍備管理、兵器拡散防止の重要性を強調、⑤薇輸出管理、国際原子力機関(IAEA)の薇査察の効率化を強調、⑥南アのアパルトヘイト終結を評価、⑦対イラク国連決議は湾岸地域の平和回復のため依然不可欠、⑧安保理理事国は米ロが推進する中東和平交渉を支持、であった。
そして、ガリ事務総長に対して、「7月1日までに予防外交、平和の創造、平和維持のための具体策を勧告するよう」要請。今回のサミットが示した道筋を具体的に描く作業が始まることになった。

<米・口首脳会談と相互軍縮提案>
安保理サミットに先駆けて提案された米・ロ相互軍縮提案とサミット後行われた首脳会談は、「軍拡競争から軍縮競争へ」という新しい時代の幕開けが、いよいよ明確なものになってきたことを明らかにした。このことは、軍縮と協調の新しい時代を本来担うべき国連の登場を容易にしている。
今回の相互軍縮提案は、昨年10月のブッシュ・ゴルバチョフ相互軍縮提案を受けて行われたが、少なくとも、いくつかの新しい点が付け加えられている。
第1は、先端戦略核兵器に関する全面破棄が含まれている点である。米からはMXミサイルの生産停止と配備済み同ミサイルの破棄、潜水艦発射ミサイル(SLBM)核弾頭3分1削減と新規生産中止、そして戦略爆撃機B2生産は発注済み20機を最後に停止することが各々打ち出された。これを受けたエリツィンの軍縮提案もまた、複数弾頭ICBMの追加削減、戦略兵器削減交渉(START)合意の4年間繰上げ(7年から3年へ)完全実施等、旧ソ連のもつ最強部門の削減に手をつけた点で意味がある。
第2は、今回の相互軍縮提案が、米の経済的復権を目指す戦略と結び付いている点である。軍縮史上、米大統領が年頭の一般教書の中で、経済・社会政策と対になった形で軍縮提案を行った例はない。しかし今回は、向こう5年間で総額500億ドルの国防費節約を提案している。米国内経済の衰退が軍縮を促し続ける現実を逆証するものだといってよい。軍拡の不経済効果が、米・ロ両大国の政策決定者レベルで等しく共有されていることの表れと言えよう。
又、今回の米・ロ首脳会談で両首脳が署名した「キャンプデービット宣言」は、米ソ冷戦に明確に終止符をうち、新たな関係の基本原則を定めた、短い文章ではあるが、平和条約に匹敵するような政治的意味を持つ内容である。

<国連創設以来の特徴と現状>
国連は第2次世界大戦への反省として、世界の民衆を再び戦禍にまみれさすことのなく、世界平和を達成するために創設された。しかし、米ソ両極体制の下で国連の活動は大きく制限されてきた。国連創設以来の特徴と現状を述べると、①五大国中心体制が崩壊し、他方、米国のヘゲモニーの行方も米国の自制と他の諸国の反発により混沌としている。②国連諸国機関の中で安保理事会の優位が確定したが、その性格は変化過程にある。③事務総長が交代し、その地位変動は避けられない。④国連機構の肥大化とその調整困難は今後も続く。⑤地域紛争の頻発に対し、国連の警察機能の強化が必要である。すなわち、(ア)憲章上の国連軍の創設、(イ)国連決議に基づく多国籍軍的国連軍、(ウ)現PKO(国連平和維持活動)の強化-のいずれかの選択が急務である。(エ)経済処理機構の統合が求められていると言うことである。

< 国連の改革の課題>
現在の国連が目指すべき立場は、最も重要な趨勢である民主化へのうねりに呼応して国連自体の民主化を図り、全ての加盟国が平和の構築と維持に連帯責任をとることにより、安全保障の確保を図ることができる体制を構築することである。
こうした立場にたって、国連改革の第一の課題は自治能力の増強である。自治能力の増強は、国連が「主権国家の集合体」であるという今日までの国際機関の限界を打ち破ることを意味する。今日、グローバルな問題といわれている環境、人権、麻薬、人口、難民などの問題は、実はすでに国境を超えて国際協力によって処理されているのが現実である。この為、国連により強力な政治的、軍事的手段を持たせることが必要になる。 第二は安保理事会強化である。安保理事会強化の問題は、常任理事国の旧戦勝五大国による独占継続の可否であり、拒否権の独占の可否でもある。現在の安保理が第二次大戦における戦勝国の優位論に立ってできた制度であるが、今日ではそのよって立つ前提ともいうべき戦後秩序が全面的に崩壊してしまっている。さらに経済大国日本と政治大国ドイツが浮上し、この両国を無視して国連が有効に機能し得ないことは確実である。湾岸危機においても、経済分野におけるG7の活動においても、両国は新しい役割をすでに演じているのである。
第三は国連財政を強化することである。国連財政は、80年代米レーガン政権の「国連軽視外交」から急激に悪化した。1億ドルの運転資金ファンドを食いつぶした87年に破産の危機を1千万ドルのアンタイド自主拠出金で救ったソ連も、深刻な外貨不足で91年米国に次ぐ「対国連債務国」に転落した。国連を通じた平和維持・平和創造活動を唱えるのはやさしいが、その真にあるのは深刻な資金難という厳しい現実である。議長声明が実績を高く評価したPKOにしても、加盟国の分担金未払い額は昨年末時点で3億8千万ドル近くに達しているのが現状である。
その他の課題として、(ア)予防外交推進のため、事務総長機能を拡大する。(イ)強制措置用の国連軍の設置を検討する。(ウ)経済問題審議機関の統合・強化を急ぐ(エ)多数決制に伴う弊害(決議の激増と不履行)を是正する。(オ)機構・人事行政の刷新を継続する。(カ)環境問題、新しい南北間題への対応を真剣に検討する。(キ)敵国条項の廃棄の実現を期する等があり、国連改革は世界秩序構築そのものとも言えよう。

<安保理サミット後の世界>
冷戦後の世界は、米ソの財政難が冷戦構造を崩壊させたように経済の変化が国際政治の枠組みを変えて行くだろう。現代の資本主義経済の産業構造は、国家経済を拠点としていたかっての経済機構から新たな経済体制を選択したのである。国家の枠を突破せざるをえない生産構造を形成し、経済活動を全世界に拡大し、グローバルな活動を推進する企業の多国籍化の時代に進んでいる。これらの経済活動が銀行・金融の多国籍化をもたらし、企業相互間の世界的ネットワークを必要とさせている。世界は益々一体になって動き始めている。
又、冷戦後の世界は協調の時代である。新世界秩序をうたう米国もかつてのように世界を主導する経済力をもち合わせていない。国内においては財政・貿易赤字を、国外では累積債務問題をかかえ苦境にあえいでいる。バックス・アメリカーナの崩壊である。しかしながら、誰もはっきりとした主導権は取れない。誰もが責任と役割を分担しなければならない時代である。今までのような資本主義体制・社会主義体制では解決のできない歴史的局面に突入したのである。
このように、世界が一つになる中、国際社会が協調しなけれはならない現実が存在するが故に国連の役割がいっそう重要になってきている。
(名古屋Y)

【出典】 青年の旗 No.173 1992年3月15日

カテゴリー: 平和 | 【投稿】国連史上初 安保理15カ国サミット開かる はコメントを受け付けていません

【書籍紹介】『欧州通貨統合-マネーヘゲモニーの政治力学-』

【書籍紹介】『欧州通貨統合-マネーヘゲモニーの政治力学-』
       藤井良広著   (日本経済新聞社、1991年12月、1,800円)

今年末を目標として単一市場完成を急ぐECを題材とする書物の出版が相次いでいる。その中で市場統合の次の課題となる通貨統合に焦点を当てた本書は、メージャー英首相、シュミット元西独首相をはじめ、書中に紹介されている分だけでも約20名にのぼる政治家、各国の中央銀行首脳、研究者などとの単独インタビューをもとに、欧州中央銀行システムの設立を経由し、単一欧州通貨への移行に至るECの経済・通貨同盟のプログラムの作成の内幕とその見通しについて、丹念な描写をしている。その場合、本書はこの統合への歩みの裏にあるEC諸国の思惑の相違、国家間の対立の側面を無視していない。むしろ、通貨統合が各国の利害の相克の中で進められていること、そのことが統合の具体的あり方に大きく陰を落としていることに目を向けている点で、本書には類書にない分析力の鋭さがみられる。
このことはとくに、通貨同盟が政治同盟と不可分であり、それが国家の存立基盤に直掻かかわるものであるだけに、欠かせない分析視点となる。
フランスの伝統的なドイツ取り込み(封じ込め)策が統合への動きの底流にあるのに対し、国家主権へのイギリスの固執、東西ドイツ統合以後のドイツの慎重論への傾斜など、欧州統合は各国当局者の間の職烈かつしたたかな攻防の中で進められている。しかも、EFTA諸国のECへの接近と旧ソ連・東欧諸国の動向は、この葛藤の舞台をさらに広いものとしつつある。本書は、ECを中心としてEFTAと東欧諸国を外周とする3つの同心円を構想するドイツ封じ込めのEC統合プランに対して、外のサークルの国々をEC内に引き込むことで中を薄めようとするイギリスの立場を紹介するとともに、その一方でソ連をも包含してアメーバー的に広がるマルク通貨圏拡充の動きが進んでいることをも指摘している。
本書はこのように通貨統合問題を導きの糸としつつ、ヨーロッパにおける国際関係の大きなうねりに肉薄する書といえよう。いうまでもなく、「三極体制」の一端を担うと自負する日本もまた、このうねりの外にあるわけではない。
(安喜博彦)

【出典】 青年の旗 No.173 1992年3月15日

カテゴリー: 書評, 経済 | 【書籍紹介】『欧州通貨統合-マネーヘゲモニーの政治力学-』 はコメントを受け付けていません

【投稿】もうすぐ春だよ・・・最後の追込みだ…、4/11全国行動で。

【投稿】もうすぐ春だよ・・・最後の追込みだ…、4/11全国行動で。

長良川河口堰建設反対運動がいま面白い。昨年10月の東京デモは、反対運動に大きな前進をもたらし、10月末に参議院環境特別委員会の現地視察が実現した。さらに、11月の同委員会では、建設省のかねての主張であった「塩害防止」について、否定せざるをえないところまで追い込んだ。さらに12月のNHKの番組の中で、住民アンケート調査は、建設反対が多数を占めるに至る。
これからの運動の山は、来年度予算審議時期(来年度予算大蔵原案には河口堰建設費250億満額計上)、国土庁の水需要予測4月初旬、4月中旬の世界賢人会議(環境問題が重要なテーマ 竹下登出席)、5月NGOプレ・ブラジル会議などと続く。
「河口堰に反対する会」では、こうした流れに積極的にカを集中しようと、以下の大きな取り組みを決定している。国会審議の中で河口堰が本来必要のないものであることを追及する、地元では岐阜市長島町、郡上八幡町での住民直接請求運動開始、海外からの自然破壊への批判を盛り上げる、全国で地方支部の結成など他面的な運動で追い詰めることになっている。
仕上げは、4月5日の東京・浦安での全国シンポジュームの開催と、4月11目白然保護団体の総結集と言うわけで、東京代々木公園を1日使った大集会、イベント、デモ行動です。
全国各地で反対する会の支部が続々結成されていますが、貴方の町の反対する会の運動に是非協力してください。現在、4月の連続行動に向けて取り組みが始まっています。マスコミも日本の代表的な川である長良川の動向に注目をしはじめています。(この間の「ギミアプレイク」の長良川特集は良かったなあ!!)

(行動提起)
4・5 シンポジューム
清安市文化会館11:00から19:30
4・11河口堰建設反対デモ、環境フェスティバル
東京代々木公園10:00から15:00
15:00からデモ 渋谷まで
(H)

【出典】 青年の旗 No.173 1992年3月15日

カテゴリー: 環境, 社会運動 | 【投稿】もうすぐ春だよ・・・最後の追込みだ…、4/11全国行動で。 はコメントを受け付けていません

【投稿】7月参院選の行方は?

【投稿】7月参院選の行方は?
               —-はたして自民党政治独占に終止符は打てるか—-

12月の全国協議会で,[旗]の紙面に、政治、経済の問題を継続的に掲載することが議論された。意志統一ではなく、あくまでも議論の叩き台、問題提起として。
7月参議院選挙は政局転挽の焦点に成りつつある。
自民党政治独占に終止符を打つことを期待する。

<共和事件と政治の震動>
ソ連邦の崩壊などで、社会主義に資本主義が勝ったなどの合唱騒ぎから醒めてみると、国内では数年前のリクルート事件並の根の深い腐敗構造が明るみに出て、政治を震動させている。自民党宮沢派阿部代議士の共和事件と東京佐川事件である。
宮沢政権諺生の立役者であった阿部代議士の逮捕という事態は、奇奇怪怪。週刊誌では東京佐川急便の巨大疑惑を追及しないという「了解」の下で、阿部逮捕のシナリオが出来たとも言われていた。佐川問題が明らかになれば自民党のみならず、野党からも逮捕者がでるとの裏話もささやかれてきたからである。
共和、佐川と続く事件の解明は、大きな政治の震動を呼び起こすことになるであろう。もちろん、中曾根民活がリクルート事件の下地であったように、今回の事件の背景はバブル経済そのものである。バブル経済華やかなりし頃、リゾート法が成立、全国各地にリゾート開発の嵐が吹いた。自然保護されるべき国定公園の中にまで開発が認められた。当然政治と企業が結び付く、不動産融資も際限がない。ノンバンクなるダミー融資がのさばった。そして、バブルの崩壊と共に、さまざまな金融疑惑が吹き出した。政治家もこうした融資や開発の中に介在し、汚職の感覚も無くなってしまった。
今回の事件も氷山の一角であろう。しかし、リクルート事件をきっかけとして「政治改革」を主張したのは自民党ではなかったか。首相派閥の中心人物が億単位の企業丸抱え政治を行っていたことは、国民に深刻な不信を与えている。2月9日投票の奈良県参議院補欠選挙は国民の正常な政治判断をしめすことになった。
佐川疑惑追及は奈良補選から1週間にして強制捜査となった。これ以後も政治家の疑惑は与野党を巻き込んで噴出する気配である。特に佐川関係では、運輸族を中心にし、昨秋の総裁選候補の元運輸大臣で国鉄民営を強行した三塚の名前も浮かんできているし、首相経験者の名前も見え隠れしている。
7月の参議院選挙を頂点に、日本の政治そのものが問われようとしている。それは、自民党のみならず社会党をはじめ野党陣営の力量を問うものになる。

<東西対立の解消による国民意識の変化>
昨年のソ連邦の解体は、長く続いた東西冷戦を機軸とした世界政治の終焉を意味する。朝鮮半島での対立の緩和、昨年末には米ロの首脳による積極的な軍縮提案が競い合うように打ち出された。東西の対立関係の解消を印象付ける事象が続々と現れている。
従来政権党であった保守党は、北からの脅威、ソ連の脅威を叫び、軍事力の増強が必要と国民に訴えてきた。それが保守政治の基盤でもあった。国際関係もこの立場から日米関係の重視を基礎としていたのである。しかし、明らかになったCIS(旧ソ連)の経済混乱と軍事的弱体は、もはや脅威でも何でもない。またアメリカの経済不況の深刻さも「大国アメリカ」の終焉を示している。
これら情勢の根本的な変化は、国内政治をめぐる国民意識に大きな変化を生み出している。すでに「体制の選択論」は色あせている。今選挙で資本主義か社会主義かの選択はない。
PKOに絡んで、自民党最右翼の小沢率いる「国際社会における日本の役割に関する特別調査会」(小沢調査会)が、「能動的平和主義」なるものを打ち出し、解釈改憲論を唱えた。しかし、国民の反応は冷やかであり、自民党内ですら議論が起こっている。自民党右派も変化の中にいる国民意識をもはや捉えられない。
「豊かになった」国民は、危機感や扇動に影響されて選挙権を行使することは少なくなった。政策が問われ、清潔さ、誠実さ、頼りになるのかどうかを問い始めている。
すでに、マスコミは共和・佐川疑惑発覚から奈良補選での連合候補の勝利そして7月参議院選挙への流れを、3年前の参議院保革逆転を生み出した経過とを重ね併せて、同様のシナリオを措いてみせている。従来の保守党政治の基盤が変化した以上、このシナリオはかなり大きな確率でその実現が予想できる。

<宮城補選の結果、
宮沢内閣の命運も尽きるか?>
さらに、保守党内部の不安定さも、この流れを促進する要素になる。
宮沢政権は久々の理性的な保守本流内閣との振れ込みで登場したが、昨年末の国会で早くも指導力のなさ、竹下派リモコン内閣であることを国民の前にさらけ出した。さらに、共和事件の阿部議員が宮沢政権誰生の番頭役であったことや、鈴木元首相など首相派閥から疑惑議員が続出するなかで一層支持率を低下することは目に見えている。
また、一方で自民党内部も、竹下派の党内独裁政治への批判の高まりの中で、政治改革ひとつとっても「小選挙区並立制」での一致も出来ず、不安定さを隠せないでいる。
創価学会問題を抱えた公明党と、独自性を出したい民社党と言う中で、参議院での自公民路線が破綻し、通常国会を政治改革を目玉に乗り切ろうとする宮沢内閣も早晩行き詰まることになる。
他方、予想どおり、野党からも疑惑議員の名前が出始めた。「運輸族」を中心に。これでは、前回のリクルート事件の場合と同様、政治への国民不信は一層深まることになる。 参議院選挙での大きな政治転挽を望むものにとって、複雑な状況である。

<連合と政界再編>
そこで注目すべきは、連合の動向と政界の再編である。情勢の変化を受けて民社党の存在意義はもはや無くなったと言っていいのではないだろうか。国際情勢の変化で「安保自衛隊」問題の比重は低くなっているし、活動家レベルでの意識の問題は残るとはいえ、社会党・民社党の統一、ないし、新党結成ということも社会主義協会の問題を除けば大きな障害を持っていない。
そこで、連合の動きである。奈良補選での元民社党衆議院議員を連合候補として勝利させ、7月参議院選挙では、さらに連合型候補、自民党に勝つことに第1の目的を絞った候補者多数の擁立を目指している。これは国民にとって非常に分かりやすい選択支を提供することになる。
労働運動の分野で連合は、制度政策面など大きな成果を上げつつある。育児休業法の成立をはじめ、パート労働法、介護休業法運動など社会的に大きな関心を呼ぶ事に成功し、連合という言葉はすでに社会的認知と信頼を受けつつあると言えるのではないか。特に、政策研究の分野で従来の総評や、現在の社会、民社両党よりもしっかりした研究者グループを持ち、国際情勢の変化にも十分耐えていける力量を付けていると私は考えている もちろん、連合は政党ではない。しかし、力を付けたナショナルセンターは、政界の再編に大きな影響を与えて当然である。私自身も参議院選挙の結果が政界の再編を生み出すことを期待する。もっともどの様に再編されるべきか、問題は何かなど、「青年の旗」の紙上討論などで大いに議論してはどうかと思う。
(大阪 H・Ⅰ)

【出典】 青年の旗 No.173 1992年3月15日

カテゴリー: 労働, 政治 | 【投稿】7月参院選の行方は? はコメントを受け付けていません

【現場から】高校改革をどう進めるか

【現場から】高校改革をどう進めるか
         (労青大阪教員交流会ニュース NO .36 1992-01-10より)

謹賀新年
1991年はソ連の崩壊という歴史的な事件で終わり、1992年も南北朝鮮の非核化宣言で始まるという、激動の時代の中を我々は生きてきているわけですが、この時代をどの様に理解するか、そしてそれぞれの職場、地域、家庭の中でどのように生活することが時代を進めるのか、いよいよ自分自身で考えなければならないと思います。しかし、日々の多忙の中で理論的に物事を思考していくのは非常に困難であることも事実です。交流会はそんな日常の中でも何とか自分の実践に生かせるような数少ない機会にしたいと考えています。交流会ニュースは例会などで聞くかぎりではなかなか好評の様です。また、住所変更の連絡なども4件ほど電話・葉書などでいただいており、教育労働運動の数少ない指針として期待されているのだということをひしひしと感じます。そのニュースも36号になっており、毎月定期的に発行できているものをまとめて今年度中に一冊の冊子にできれば、と考えています。教育労働運動についての指針としてもっと広がればと思います。

《12月例会のまとめ(高校改革について)≫
1高校改革についていろいろなが起こってきている。
茨木・高槻・吹田地区では中高の連絡会では、地元に根ざした高枚改革が中学の方から要請したが、高校の方の対応の鈍さが目だっている。高教組の中でも地元集中校だからこそできるのが高校改革であるという意見もあれば、コース制には否定的で急減期を宣伝で乗り切るという意見もある。同和教育研究指定校の内部でも教科の方から論議してほしいという意見がでても、人権教育派の教師の方が否定的なとらえかたになっている。
教育委員会のコース制は多様化路線については反対せねばならない。我々は念仏のように「コース制反対」ということで事足れりとする組合の中の意見に対して、文部省のいう多様化の背景には大衆の要求があることを見なければならないと問題提起してきたし、実践的に実例を創りつつある。
このことの影響もあってか、左翼が無原則的にコース制賛成になだれ込んできている。このことの無原則性を批判せねばならない局面にきているのではないか。我々が高校改革をいうとき、準義務化、学校間格差、中退・留年、進路保障等の問題の解決をいかに目指すか、という問題の立て方をするのである。高校が抱える問題をいかに解決するのかという方法のひとつとしてコースや領域というものの有用性が検討課題としてのぼって来るのである。
教師集団の意志統一は無前提的な内容では不可能である。統一するには統一の軸が必要である。無前提的にコース制にすべきである、というのでは教師の意志統一はできない。統一の軸は教師の意志から独立した、学校それぞれの実態に基づいて設定されなければならない。そのときの原則は、教育は生活指導・学力保障・集団育成の三位一体であるということ、しかし、学校の実態によって強調点が異なってくるということである。困難校では「荒れを克服する」という右翼・保守派でも乗りそうなスローガンを通して、本当に荒れを克服するためには、集団を育成することであるし、さらには中退や留年を無くしていくことであると指導していく。中堅校では「いかに進学を上げるのか」という右翼・保守派路線に乗りながら、本当に学習に意欲をもたせていくために何をすべきかと、指導していく。
しかし組合が軸になって公立の良さは「余裕」であるというサボリの論理で、右翼・保守派からの批判に自らを耐えられないものにしているのである。学校の生徒実態によって統一の課題は異なるが、それを本当にやるためにどうするか、ということで、統一を図るのである。その意味で、コース制を方法としてではなく、目的として理解するかのような安易なコース制賛成は、無原則であり、統一の軸にはなり得ないのである。高校の実態に基づかない安易な議論は大衆の行動を喚起しないどころか、左翼の信頼を低下させるものである。

2 高校改革の目的をはっきりさせること
高校改革の目的は生徒の学習に対する意識・意欲をいかに引き出すかということである。その目的をはっきり出さないところで、方法を議論すると教師集団に亀裂が入るのである。例えば0、7時間目授業などの方法は、教育活動の目的についての教師集団の一致がなければ、教師集団は、一般的に良いという「実践派」と、労働条件を求める「条件派」へと分岐が入るであろう。
学習に対する意欲を高めるには高校生活全体を高めねばならない。自治活動、クラブも高めることがなければ、高校生活と離れたところでダラダラとエンジョイするという傾向がでてくるのである。そのもとでは学習に対する意欲もでてこない。
同推校ほど学力が高まるという形にもっていかねばならない。「子供がいかに学枚生活を送るのか」という問題を問い直すことが大事である。このテーマは学校間格差の中にあっても、どの高校についても言えるのではないか。どの高枚でも、被差別の立場にありながらも自らの学力を奪い返して進路を切り開いてきた姿を教材として活用できるのではないか。子供の意欲は高校の現状の中で非常に傷つけられている。保母さんになりたいけど、短大にいかないかんが、その学力はないと思うと、それだけで意欲をなくす。意欲をなくすとそこから学習しようとはせず「分にあった」高枚生活をしようとするのが現実である。単に卒業すれば良い、と点数も出欠も計算してやっていくというのがリアリズムである。やっても大学にいけないと思うと勉強しないのがリアリズムである。
その高校生の現実を踏まえたうえで、高校生に意欲もたせるということを教師集団で確認したうえで、方法のひとつとしてコース制の議論があるのである。意欲をいかに高めるのかという助走の議論がないとコースの是非を問うことはできないのである。

3 具体的な高校の議論
この冬休み、Ⅰ高校ではバングラデシュにボランティアに高校生を連れていっている。ユネスコの日本委員会の役員をしている教師が中心になって、そういう形で子供の学習意欲をひきだそうとしている。国際理解から入るが、内容は人権、開発の問題である。そのような活動は各地にできていている国際交流センターや留学生会館等を通じてやろうと思えばできる基盤は広がっている。また、障害者との交流では軽音楽部が養護学校にいって演奏したりしている例もある。そこで、音楽しか興味のなかった子供達は、障害者のことを考えるきっかけを得るのである。交流はもっと気軽にできるべきである。部落問題についても昔はセツルやボランティア等でやっていたのである。ハガキー枚、空かんひとつ、牛乳パックひとつ、リップひとつでもできる福祉の形態を考えて、障害者との交流や福祉を誰もができる身近な問題にしなければならない。

4 助走の議論に於いて、右と「左」を批判すること もちろん様々の形態があるが、具体的な取り組みの形態を様々考えるためにも、高校改革の助走の議論を早くすることである。推進派のイニシアティブのない学力保障は右派の学力保障になるので、早く推進派の議論を起こすことである。いつも、推進派の意識変革が遅れるのである。そのときには学力と進路を保障するための総合施策と銘うって議論を始めるべきである。そこでコース、メニューを活用できないかを考えるのである。
左派を攻めるのはここ。浪人できない子供に進学を諦めろというのか、と攻める。子供のこと、家のこと、学力のことで攻める。なぜ、親はそれ程までに子供の大学進学にこだわるのかを議論していくのである。年輩の左翼ほど、大学に失望していたため、大学進学を無理に進めたがらないのである。そのような左派を批判するには、勉強がわからなくて苦労した子供をつかまえて、勉強させたという実例をもつことである。そして教師との信頼関係でその時の気持ちを語らせて、教師の教材として提示するのである。学力エリートは学力の被差別者からその思いを学ばねば分からないのである。欠点をとったり補習を受けたりするのは生徒のプライドからすると屈辱以外の何物でもない。同じ救済措置でも、事前のバッチリプリント等という粉飾を施してやると、生徒の大義名分が立って、生徒は意欲的に取り組もうとするのである。そんなことは生徒の立場を理解することからしか始まらない。

5 教育活動の全ては生徒実態から要請される
学校教育計画は生徒実態を踏まえて立案されるものである。いい管理職は生徒実態を調べる、そして「好きにやりなさい」というやり方である。学校教育計画に子供をはめ込んだり、合うようにしむけていこうというのは駄目な管理職のやることである。
その意味では、子供に一番接している教師をスタッフとして集めることである。反対派でもいいからそういうスタッフを集めることが必要なのである。そして教育計画は年々、変化するのである。文章を前年度のものから手直しもせず、毎年同じというのは、おかしいのである。

6 ガラスのような自信
子供の自信はガラスのようなものである。自分の依拠するものが崩れるともろくも、全体が崩れてしまう。一坪の土地に30階建てを建てるようなものである。ピッチャーで速い球を投げられなくなると、それで高校生活の全てに投げやりになってしまう。進学校に進学した子が、いきなり、30点40点を取る。あの子がそんな点数を取るはずがないとうプレッシャーに耐えられなくて、試験の日に休むようになり、さらには学校に来なくなってしまう。塾型の受身学習をしているために高校にいって塾にいかなくなると、勉強に対応できないのである。自信とともに意欲もなくなるのである。そして集中力、持続力もなくなるのである。高校進学の時の財産を3年間で食いつぶしてしまうのである。
その意味では、高校1年の1学期が非常に重要である。

7 自信の必要な子には自信を、刺激の必要な子には刺激を
解放教育は子どもの多様な実態に合わせた教育をしてきたために多様化と言っても、それぞれの実態に合わせるのは当り前と言うことから、アレルギーは少ない。これまで、生活指導において培われてきた原則・方法を学力・進路に普遍化するのである。

8 文部省の言う多様化は多様化のもとで多数をきりすてるのである。
高校教育の課題。
左派は多様化に対して平等・同一性を、文部省は平等・同一性を画一性と批判してきた。しかし、実質的平等は多様性を認めるのである。解放教育は多様性を認め、-10の実態には10を、-1の実態には1をあたえる、というものである。
左派は社会人に必要な資質にこだわっている。これを全ての子どもに保障せよと言ってきた。しかし、そのカリキュラムが進学用のカリキュラムであった。それに対して右派はボールとバット、中曽根はバイクと言った、をもたせそこらでさせておけと言うのである。
右と左を批判せねばならない。右派に対しては日標が大事であること。中曽根は手間も暇もいらんようにバイクと言っている。我々がバイクと言うときは、マシンの構造に関心をもたせ、勉強に意欲をもたせるためのものである。左派はバイクではなく微分・積分を教えろといっているのである。しかし、生徒のくいつきは悪い。
今の高校教育の課題はなにか。高校教育は親の運動で権利としてかち取ったのに、その内容が強制的義務になっていることである。それは進学率90%を越えた高校のカリキュラムの内容をいかに変えていくか、権利として高校での学習を受けられるようにするためには、子どもの権利をいかに引き出してくかということである。その方策を早急かつ明確に出さなければならない。
そのときのポイントは、「全ての子ども」である。文部省の言っているのは、多様性の元での多数の切り捨てである。これに対して我々は「一人一人の課題と欲求に応える教育を」をスローガンにすべきである。ゆくゆくは、25人ぐらいのクラスで興味、関心、学力の多様性に応えるようにすべき。高枚生ぐらいの年齢になってくると、選択、多様性、がウエートを重くする時期ではないかと思う。

9 異質の同-が問われ、多様の統一が求められている時代
興味・関心でコース制を敷くときに、コース別クラスにするのか、原学級を元にコースの展開授業を行うのか、という議論がおこっている。
コース別クラスというのは、同じ興味・関心を持つものが集まるので、切磋辣磨が起こるし、コース毎にリーダーも育つという考え方である。しかし、「みんなで○○コースにしよう」というのは一人では何もできない、という子どもの側の論理である。一方で子どもは一人では何もできないということを自覚しているしそれを学校に認めろといっている。他方で学校はそのような子どもに対して学校作りのリーダーであると位置づけているのである。支えを前提にしないと自立できない子どもは、一体いつTAKEOFFするのか。大阪の解放教育のこのあり様を、広島や奈良の解放教育が批判するところである。教師がいないと勉強しない子どもにしても同じである。教育といいながら、自立できない子どもを認めたうえで、安心のパスポートを渡しているということになっていないか、ということが問題なのである。大阪の解放教育の先進性は①集団が個人を変えるという側面であり、②反差別生徒集団が学校全体を変えるムーブメントになっているという側面である。
しかし、集団と個人との関係は整理していく必要があるであろう。
自立なき連帯はないし連帯なき自立もない。集団なき個人はないし個人なき集団はない。ところが、個人が自立していないところでは連帯はもたれ合いになる。
反差別生徒集団がムーブメントになっているはずであるが、これが形式のみになっている。個人の役割、リーダーの役割、中心の子がいかに自分の課題をクリアしたのか、という教師の関わりが少なくなってきているのである。TAKEOFFするカをいかに身につけさせるのか、というプロセスについて明らかにしてこな かったのではないか。
さらに日本的な村意識が同質性の集団を求める風土かもかも知れないが、この集団では人間関係はオレとオマエしかないのである。12年間、地域の学校に行かせたのに、その旅立ちの姿が、知った者ばかりの集団の中で支えられながら、泣きながら「自分は部落民やねん」というのでは、到達目標として低すぎるのである。親がみんなで建てた学校がその程度のものなら、部落の親は怒るのが当り前であるし、地元高校から離れるであろう。集団作りの形式を追求し過ぎて目標を見失っていないか。それと同質性に依拠し過ぎていないか、なぜ異質を求めないのか。集団作りのあり様の再検討が必要であろう。    (大阪 S.F)

(大阪の教員交流会は、ここ数年毎月開催されている。まさに継続は力である。今後青年の旗紙面に定期的に掲載していきますので、御意見をお寄せください。:編集局)

【出典】 青年の旗 No.172 1992年2月15日

カテゴリー: 労働, 教育 | 【現場から】高校改革をどう進めるか はコメントを受け付けていません

【コラム】ひとりごと –能力に応じて働き–

【コラム】ひとりごと –能力に応じて働き–

★現代のキーワードというよりは流行り言葉の一つだが、「夢」というのがある。企業の人材募集広告にもよく見られる言葉である。★「やりがい」「充実感」が就職先を選択する基準の上位にランクされている。★そうでない者は「仕事は生計を立てるための手段」と割り切ってしまって「3K」「新3K」が基準となるらしい。★このことは漠然とではあるが、「仕事」・「社会」・「企業」が夢のないものとしてとらえれていることの反映であろう。★説l明するまでもないがここでいう博」とは「現実」のl対語としての意味でなく、次代を照らし出す光明とでlもいうか、いわゆる目標のことを指している。★たしlかに夢のない時代なのかもしれない。★何かをするのlにどれだけの労力やお金が必要かあらかじめわかってしまうということなのか。わかりきったことが多すぎるというのか。おもしろくないのか。★少なくとも若い世代には見切られてしまっているのである。★一方、他の人々はどうかといえば、社会不安はたしかにあるようである。★宗教ブームは衰えを知らないし、リバイバルと称して過去の栄光を振り返る企画が多いように思う。★現代は社会がシステマチックであるとともに、自分の足下がなんだかおぼつかない時代らしい。★20世紀の終わりにまたひとつ「夢」をなくしそうな変化があった。★「能力に応じて働き、労働に応じて受け取る」、「能力に応じて働き要求に応じて受け取る」へと我々は夢を持ち続けられるのだろうか。★こんなことさえ世迷い言と、とられかねない時代ではlあるが……。(みなと派)

【出典】 青年の旗 No.172 1992年2月15日

カテゴリー: 雑感 | 【コラム】ひとりごと –能力に応じて働き– はコメントを受け付けていません

【ロシアレポート】ロシアの人々の意識調査

【ロシアレポート】ロシアの人々の意識調査

次に紹介するのは、現在ロシア・サンクトペテルブルグ在住の大木のりさんから送られてきたレポートです。価格自由化後のロシアの人々の意識調査について詳細に伝えています。見出し等は、編集局の責任で付けました。

その1 価格自由化は年金生活者を直撃

以下はアンケートは社会的プロセス予測研究センターがペテルブルグ市民約2500人に行ったものである。(提供在サンクト・ペテルブルグ大木のり)

1 価格の自由化以後食事の質が
著しく悪くなったと感じている人      59%
少し悪くなったと感じている人        24%
いかなる変化も感じない           15%
逆によくなった                2%

2 女性の中で質の変化を感じている人    63%
  男性の中で質の変化を感じている人    55%

特にこれを強く感じている年齢層は60歳以上の人で彼らの72%がそうであり、8%は以前のレベルを保っている。またこれとは逆に30歳以下の人は24%が以前のレベルで52%が著しく下がっている。全体としては高年齢ほど悪くなっている。またこれを職業分や別に見ると未熟練労働者や特別な資格のない事務職員がもっとも悪く、以前のレベルを保てている人は彼らの約10%である。文化系・技術系インテリで以前のレベルを保てているのは20%、が学生では25%。最も良い状態にあるのはいわゆる”新しい経済体系”で働いている人で、アンケート時で40%が保持あるいは良くなったという事である。国営で働いている人で保持あるいは改善は16%である。しかし最も打撃を受けているのは働いていない年金生活者で76%が著しく悪化6%が維持。学歴では初等教育の
人は悪化率が高い。比較的打撃を受けていないのは学生である。高学歴の人ほど維持できる自信がある。
1月半ばまではまだ以前の価格で買いだめしておいた物を使用しているのでそれほど危機的ではない。しかしそれ以後に成ると38%が食料品のストックが切れ、31%1月末までは以前のレベルを維持できるだけのストックがある、15%約2カ月、7%約3カ月、8%3カ月以上、1.5%どのくらいの量か計りかねる。全くストックなしの71%質が悪化し維持10%、1月末までありの60%悪化15%、2カ月分持ち52%20%、3カ月41%27%、3カ月以上25%47%。今のところ食事の質の悪化度を決める決定子は職業等ではなく、ストック量による。全体の33%価格の自由化に絶対的に反対であり、それほどは強くないが反対であるが17%である。27%は賛成。残りの22%は今のところはっきりした意見を持っていない。これらの数値は12月末の結果とあまり変わっていない。(当時価格の自由化が肯定的な結果をもたらす事に疑問を感じている人は44%であった。)

サンクトペテルブルグ市民(様々な社会的グループごと)の食料品ストック量
92年1月中旬以降

                   ストックなし  1ヶ月  2ヶ月  3ヶ月以上
市全体                     38    31    15    15
男性                      38    32    16    14
女性                      38    31    16    16
30歳未満                    35    35    14    15
30歳以上45歳未満                32    32    16    18
45歳以上60歳未満                41    30    16    13
60歳以上                    46    28    12    11
未熟練労働者                  51    18    16    12
熟練労働者                   46    31    12    10
資格なし事務員                 36    33    17    14
有中級資格事務員                29    31    20    18
学生                      34    34    17    11
技術系のインテリ                31    37    14    18
文化系のインテリ                32    31    18    17
労働者の指導にあたっている人          30    36    7    25
現役軍人及び民警                44    35    7    12
国営企業に勤務                 37    32    17    13
新しい経済体系に勤務              25    31    16    27
働いていない年金生活者             48    28    11    10
貿易部門                    26    31    18    21
市民へのサービス部門              34    29    17    19
保健衛生関係                  31    26    20    21
教育、文化、学術関係              29    36    20    14
産業                      43    29    13    13
学歴中等教育以下                53    25    14    6
中等教育                    35    30    16    17
高等教育                    32    34    14    19
食事の質が悪くなった              46    32    13    8
食事の質が良くなった              22    27    18    32
社会的なことに対してオプティミスト       35    32    13    17
社会的なことに対してペシミスト         40    31    15    13
個人的なことに対してオプティミスト       29    27    17    22
個人的なことに対してペシミスト         41    32    14  11
(夕刊ペテルブルグ 92年1月22日付け)

その2
市民はエリッィン大統領を支持しているか

以前のデータは地方紙”夕刊ペテルブルグ”の1月22日付です。また表で社会的な事に対してオプティミストの最後の数字の8は間違いで正しくは17です。今回のは22日付の地方紙”スメーナ”からです。この調査も前者のものと同じ素材ですが、違う質問を主にまとめたものです。
11%の市民が現在のロシア大統領の行動は経済的危機から国を救うと確信している。29%確信はないがこの意見に同意している。20%現在ロシアで行われている経済改革に断固反対。14%特に確信はないが反対意見に同意。従って確固たる確信があるなしに関わらずペテルブルグ市民の40%が大統領の経済改革賛成で34%が肯定的に見ている。残りの26%この質問に対して明確な答えを持っていない。しかしエリが予定されている価格の自由化を宣言した11月末に同じ質問をした結果は、明らかな賛成派47%反対30%であった。しかしその当時はまだ私たちがぶつかるであろう困難*****を抽象的しか想像することができなかった。今日価格の自由化によって明らかに以前の食事の質が悪くなったと思う人59%、24%少し悪くなったと感じている、2%逆に良くなった。また1%反対者が増加したのはロシア政府がとる必要があった措置が明らかに感嘆を呼び起こさなかった報いであると見なすのは無理がある。
もちろん大統領にも良い時期はあった。8月の勝利に酔いしれ希望の絶頂期であった9月では、78%が支持、11%のみ反対、14%明確な答えを持っていない。これはブッシュ大統領がペルシャ湾での勝利のすぐ後に高い支持率を得ていたのと同様にエリツィン大統領にとっても人気のピークであった。また表からも分かるように男性の方が女性より常に厳しい評価をしている。昨年の春の段階では成人に比べて若い世代にエリのオポネントが多かったが、状況は代わり今では年齢が上になるほど大統領の政策を信用していない。また最もエリを支持している人は文系・技術系のインテリと学生である。ごく最近には中等教育修了労働者と熟練労働者の間では大統領に対する信用が低下している傾向にある。この両者はいまやエリの賛同派より反対派の方が多いということに関しては一つのグループであると見なすことができる。現役軍人、警察は他と比べて特にエリに好意的であるとはいえない。最近彼らの中で明らかなエリのオポネントが増えていると言うよりはむしろ彼の明らかな賛同者が減っているという方が的確な用だ。これらの2つの職業グループは今日大統領にとって最も警戒すべき存在である。
最近では伝統的な国営企業や諸機関で働いている人に比べて”新しい経済形態”で働く人がかなり大統領を信頼している。今日これらの2つの勤労者グループの差異はよりはっきりとしてきている。また顕著なことはロシア大統領に対する評価は教育程度によってはっきりと違っている。9月の時点では8年制中学校教育を受けたものと高等教育卒業者ではほとんど違いはなかった。しかし今では高等教育の方が8年制中学卒業者より約2倍大統領の賛同者が多い。
大統領に賛同している人の中により多く存在するのはまださらに経済危機が深まっていくと見ている人(社会的ペシミスト)”より今後半年で経済状態が改善する”(社会的オプティミスト)と信じている人の方がはるかに多い。同様に大統領に賛同している人の中により多く存在するのは自分自身の生活状態一層悪くなると思っている人(ペシミスト)より改善すると信じている人(個人的オプティミスト)の方が多い。大統領に対する味方は個人的オプティミストより社会的オプティミズムにより関係している。
現在食事の質を維持できている人の中でエリを信用している人は48%で彼に対する信頼を失った人の29%より約1.5倍多い(23%棄権者)。またこの半月の間に自分の食事の質が悪くなったと感じている人の中では数の上では**大統領への信頼を失った人の方が信用している人の数を越えている(38%対34%)。
以前の食事の質を維持している人の大部分の市民は昨年”古い値段”で購入した食料品のストックを使用しているおかげである。38%がストックをもうすでに使いきっており1月末にはさらに31%のストックがなくなる模様である。*****を感じている人は44%であった)。

ロシア大統領の行動に対するサンクトペテルブルグ市民(様々な社会的グループごと)の見解の変動(1991年5月-1992年1月)

エリツィン大統領の行動はロシアにたちはだかる諸問題の解決を促進しいることに賛成か?

                      賛成        反対
                      5月 9月 11月 1月  5月 9月 11月 1月
市全体                     60 78  47 40   25 11  30 34
男性                      61 78  48 40   23 10  29 33
女性                      58 78  48 40   27 12  31 36
30歳未満                    56 79  46 40   28 10  31 30
30歳以上45歳未満                54 78  48 42   26 11  27 35
45歳以上60歳未満                63 78  48 40   23 10  30 32
60歳以上                    64 77  43 36   23 14  34 40
未熟練労働者                  43 75  46 39   35  8  32 34
熟練労働者                   60 75  46 33   23 14  32 38
資格なし事務員                 54 84  50 37   28  5  22 40
有中級資格事務員                58 77  43 39   26 13  32 36
学生                      55 77  57 48   33 15  26 25
技術系のインテリ                67 82  48 47   20  9  31 29
文化系のインテリ                69 83  45 51   19  6  28 31
労働者の指導にあたっている人          55 68  52 45   26 21  27 30
現役軍人及び民警                45 74  54 36   37 18  31 33
国営企業に勤務                 59 78  46 38   25 11  31 35
新しい経済体系に勤務              61 85  51 52   23  8  22 29
働いていない年金生活者             65 76  43 36   22 14  33 38
学歴中等教育以下                52 76  38 25   28 15  39 41
中等教育                    58 78  46 40   24 11  30 36
高等教育                    65 79  40 47   21 10  30 20
ソ連共産党離党者                70 87  58 *    20  7  23 *
信念をもった党員                38 51  34 *    42 28  54 *
社会オプティミスト               84 57  49 *    10 21  30 *
社会ペシミスト                 75 43  36 *    13 34  37 *
個人的オプティミスト              87 61  54 *     6 21  29 *
個人的ペシミスト                74 44  38 *    15 33  37 *
全体                      60 78  47 40   25 11  30 34

(92-2-2 ペテルグルグ発)

【出典】 青年の旗 No.172 1992年2月15日

カテゴリー: ソ連崩壊 | 【ロシアレポート】ロシアの人々の意識調査 はコメントを受け付けていません

【報告】第3回大阪府総会 1/19に開催

【報告】第3回大阪府総会 1/19に開催

新しい組織を求めて、大胆な討議を確認
私達は、労働青年同盟全国協議会第3回大阪府総会を1月19日に開催しました。
総会は、一年間の活動方針を確認し、新役員を選出して新しい出発を確認する場となりました。そして、参加者の討議の時間を3時間ほど確保し、労働・市民運動での問題点・課題、我々の運動の方向性、組織のあり方、「青年の旗」をどう発展させるか、などについて活発な討論を行いました(討論の中味は次号を予定)。
私達は、4年前に労音準備会から「労青全国協議会」へと組織を発展させましたが、89年の東欧革命から、昨年のソ連邦の解体へと大きな変化の波にぶつか
り、現在では当時確認された「結成趣意」や行動綱領も時代と運動にそぐわない現状です。
「党と大衆団体」という把捉の仕方、また「前衛党再建」運動に対しても我々はその基盤作りを主張してきたこと、、私達が過去の誤りに学び、「組織の大衆性、民主性」を大切にしてきた問題も、現状ではそれでもなお不十分であるとの認識に立っています。
総会では、労青は「活動家集団であり、政策集団であるネットワーク組織」と位置づけ、組織の役割、存在意義を①戦線や地域の違いを越えて、横断的な議論を可能にする組織、(彰政策的、理論的な議論討論の場を提供する、③政治、経済など情勢分析の提起と討論を保障する組織としては、と方針を提起しました。
総会では、これらの問題意識について、全体の共通認識として確認されました。今年一年も「大いなる議論」の年として、選出された若返った新役員の下で活動をしていきます。
とりあえず、総会の開催についてご報告しますが、次号では総会での議論の詳細について、報告させていただきます。        (大阪:H )

【出典】 青年の旗 No.172 1992年2月15日

 

カテゴリー: 社会運動 | 【報告】第3回大阪府総会 1/19に開催 はコメントを受け付けていません

【投稿】92春闘の特徴と連合の闘争課題

【投稿】92春闘の特徴と連合の闘争課題

<情勢の特徴>
87年に始まった「いざなぎ景気」は90年度までには連続5%程度の高い成長率を維持してきた。しかし91年に入って、バブル経済の崩壊と共に景気は、後退局面に転換し、91年度下期の需要成長率は2%以下に低下、政府の91年度成長率見通し3.8%の達成は、困難な状況である。民間の調査機関でも3%前後を予想しているところが多い。こうした景気の後退要因には、①金融の引締めによるバブル崩壊の影響が実体経済に波及して、住宅、自動車等の不振を招き、それを契機に在庫調整が広がったこと、②この過程で設備投資の低下、企業の活動意欲が萎縮していることなどが上げられる。
こうした状況を受けて政府・日銀は、景気の回復策として、公定歩合を4.5%に引き上げる一方、92年度政府予算で財政規模が、税収不振で2.7%増に抑制された中でも公共事業関係費5.3%増、財政投融資10.8%増とした。また92年1月から不動産融資の総量規制を解除した。このような景気回復策を通じて政府は、92年度成長見通しを3.5%とし、内需主導型安定成長への転換を目指している。
こうした経済状況を背景とした92春闘は、日経連の労働問題研究委員会報告でも明らかなように従来の「定昇のみ」という硬直した記述がなくなっており、これまで以上に、内需拡大策一個人消費の拡大につながる大幅賃上げ、労働時間短縮の推進に取り組む必要がある。

<92春闘の重点課題>
連合を中心とする92春闘の重点課題は、「公正・ゆとり・豊かさ」を目指す総合生活改善闘争を掲げて、積極的賃上げに併せて、減税、土地・住宅価格の引き下げ、生活関連社会資本の充実と福祉・医療の基盤整備、公的年金改革などの制度・政策闘争、加えて完全週休2日制の実現、年間総労働時間1,800時間の達成、育児休業制度と介護・看護休暇の普及と充実など労働時間短縮を主要な闘いの基調としている。
賃上げでは、経済の成長に比べて実質賃金の上昇分が1%に満たないことが「豊かさ」の欠如の大きな要因であると受け止め、連合は、「実質賃金の維持・向上」と賃金格差の解消を基本に「8%を中心、20,000円以上」を賃上げ要求目標とした。そして闘争戦術を例年より2週間程度早め、3月25・26日に第1次集中山場を設定、第2次の山場を3月第5週から4月4日までとし、官民総がかりの闘争を展開することとしている。 労働時間短縮では、完全週休2日制の実施を中小企業を中心に各単産・単組で要求項目の大きな柱に据えると共に、2・3月には時短キャラバン行動の展開、マスメディアも活用した時短促進、ムードを盛り上げることとしている。また公務における完全週休2日制の早期実現、学校5日制の実施など、完全週休2日制に向けた社会的合意形成、基盤整備にも取り組むこととし、労働基準法(労働時間・休日)の改正・見直しなども含み、対政府・自治体要求を展開する中で、「1993年・年間総実労働時間1,800時間」に向けての本格的スタートとしての92春闘と位置付けている。また制度政策闘争では、参議院選挙への展望を持ちつつ、各地方連合で自治体予算要求行動を取り組むことを基本として、減税・年金・福祉を中心に対政府交渉にも臨むこととしている。 総じて、新たな経済状況の転換の中で闘われる92春闘は、連合が結成して以来、ようやく連合運動スタイルが定着してきた中で、連合傘下の各単産の連携による賃金闘争が従来より、まして強調された取り組みが求められており、併せて労働時間短縮の取り組みについても、個別単産の闘いに終らない社会的影響力のある闘いの展開が求められている。(大阪 Y・U)

【出典】 青年の旗 No.172 1992年2月15日

カテゴリー: 労働 | 【投稿】92春闘の特徴と連合の闘争課題 はコメントを受け付けていません

『詩』 オープニング

『詩』 オープニング

大木 透

自由を手にいれて
人々は
まず報復にでる
オリから放たれた
獣が
最寄りの血を
求めるように
開放者も
角で撃たれ
踏み潰される
古い武器庫に
殺到する瞳は
燃え上がっている

自由を手にいれて
人々が
学ぶことは多い
身を賭して
罵りあい
決闘を繰り返し
幾世代が過ぎるであろうか
ツンドラの彼方に
市場の
神々のブラックホールが
創生されはじめていることを
予感する体力さえ
残っていない

アダム・スミスも
カール・マルクスも
その末えいたちの
骨の髄まで
しゃぶりつくして
なおも
山の彼方に
眼を凝らすであろうか

かの国
この国の
若者たちは
あの
シュニトケの
晩鐘の誘いに
耳を
ふさいでまで
(1991.12.2)

【出典】 青年の旗 No.171 1992年1月15日

カテゴリー: | 『詩』 オープニング はコメントを受け付けていません

【コラム】ひとりごと–もっと社会に目を向ける「ゆとり」を!–

【コラム】ひとりごと–もっと社会に目を向ける「ゆとり」を!–

●年末に、焼き鳥食いながら考えた。居酒屋にはサラリーマンが灯りにひかれる夜光虫のように集い来たり、夜毎消火器と肝臓、そして声帯の鍛錬に怠りない。朝は小生の帰省にかかる時間を超える通勤時間を耐え抜き、休日より会社にいたほうが体が休まるという不気味な実感に甘んじている・・・。今日の日本の繁栄を創り出し、更なる発展に向かってまい進する誇り高きジャパニーズビジネスマン●ビールを飲みながらまた考えた。湾岸戦争から約一年、91年初頭はデモと集会に明け暮れた生活を送っていた。なんとか戦争をやめさせたいとできる限りの努力を注いだ●平日の夕方の集会に参加して感じたことは、なんとスーツ姿の参加者の少ないことよ!オフィス街をデモ行進して感じたことは、夜も8時を過ぎているオフィス街にともったビルの灯りのなんと多いことよ!●年末がやって来た。PKOもなんのその、小生は年末の繁忙期に押し潰され、家と職場をただ往復するだけという生活を強いられていた。新聞もろくに読まないうな生活を一か月ほど続けたある日、ソ連邦消滅のニュースを知らされ、浦島太郎になっていた自分を実感した。日々の労働に追われる生活では、他のことへの興味は(特に社会参加に対する意欲)は、徐々に麻痺していくのだろうか●日本の労働者のエネルギーが別の方向に向いたなら、確実にこの国は変わるだろう。しかしそれにはまず生活の「ゆとり」が不可欠である。小生は声を大にして叫びたい。残業と労働者の社会への関心とは非和解的に対立しているのだ!もっと社会に目を向ける「ゆとり」を!そのためにはなにが必要か、なにから始めるべきか・・・…正月休みにじっくり考えて見よう。(東京 十二指腸潰瘍)

【出典】 青年の旗 No.172 1992年1月15日

カテゴリー: 雑感 | 【コラム】ひとりごと–もっと社会に目を向ける「ゆとり」を!– はコメントを受け付けていません

【投稿】日・米経済摩擦その後

【投稿】日・米経済摩擦その後

はじめに
東西の冷戦構造が崩れ、ソ連邦の解体・国家共同体の創設へと世界政治の転換期を向かえている中で、プッシュ米大統領は、「真珠湾攻撃50周年」記念演説で、米国内に台頭してきた孤立主義とその「経済的共犯者」の保護主義を厳しく非難し、冷戦後の新しい世界秩序づくりへの決意を改めて表明すると共に、市場開放とグローバル・パートナーシップ(地球規模の日米協力)の拡大へ向けて、日本への強い期待ものぞかせた。
しかし、いっこうに解決されない日米間の貿易不均衡、米議会に台頭してきた保護主義、「日本異質論」をはじめとする反日感情の高まりの中で日米経済摩擦は、米国にとっても、冷戦後の新しい世界秩序を構築する上で重要な課題である。最終局面を向かえた関税貿易一般協定(ガット)新多角的貿易交渉(ウルグアイ・ラウンド)とプッシュ米大統領の訪日を控え、日米関係も新たな段階を向かえている。

<ウルグアイ・ラウンド>
世界貿易の新秩序づくりを目指してジュネーブで行われていたウルグアイ・ラウンドは、12月21日ガット本部で貿易交渉委員会(TNC)を開催、ドンケル・ガット事務局長が包括協定案(最終合意文書)を提示して、5年間にわたった協議をいったん打ち切った。各国は、1月13日にドンケル裁定案とも言われる合意案を受け入れるかどうか答えることになっているが、すんなりとは行きそうもない。
焦点の農業交渉ではコメの市場開放につながる「例外なき関税化」が農業改革の柱として盛り込まれたほか、米国と欧州共同体(EC)が鋭く対立している輸出補助金もドンケル事務局長(農業交渉議長)の査定で93-99年の7年間の削減量が明記された。
又、農業以外の分野ではサービスや知的所有権といった新分野の貿易自由化もうたった。全体的に多国間の自由貿易体制の堅持をうたいつつ妥協的な実になっている。
日本政府は韓国、カナダなどと共に、コメのような基礎的食料や生産制限作物には数量制限を認めるべきという立場をとってきたが、こうした「食料安保」の主張は退けられた。
最終合意実の骨子は、以下のようである。

●農業分野
1、市場アクセス(参入)はすべての農産物につい
て非関税障壁を関税化する
1、国境措置は1993-99年の間に平均36%削減、
国内保護は20%削減する
1、輸出補助金は予算および量で削減する
●その他の分野
1、音楽用CD等レコードレンタルは、許諾(禁止)
権を義務付け。ただし条件付で代出を認める
1、現地部品調達(ローカルコンテント)の要求を規制
1, 米通商法301条などの一方的措置に歯止め
1, サービス貿易にルールを導入

<ブッシュ大統領の訪日>
国内経済と同様に支持率の低迷が続くプッシュ米大統領にとって、アジア太平洋地域歴訪の一環として1月7日からの訪日ではグローバル・パートナーシップ(地球規模の日米協力)の拡大と経済摩擦の解消でコメ・自動車間撞・日米構造協議(SII)の再活性化など市場開放が課題となる。
訪日を前にしてプッシュ大統領は、「米国は世界で最大の開かれた市場であり、我が友好国、同盟国はそこから大きな利益を得てきた。彼らも、開放貿易維持の兼任を分担しなければならない。貿易は(一方通行ではなく)双方通行であることを強調したい」と述べ、これまで米国の市場解放策から恩恵を受けてきた日本はじめアジア諸国が、今度は応分の市場開放を行うよう要求。「米国は米国の製品、サービスに村し、完全に開かれた市場を求める」と迫った。そして、「今回の訪日目的は日本の頑迷さを打ち破り、自由で公正な貿易の実現にある」と日本を名指しでかつてない厳しい調子で自動車、岡部品、コメ、金融サービスなどの市場開放を迫る「決意」を表明した。
また、米3大自動車メーカーを含む米経済界トップ十数人が初めて大統領に同行し、具体的な成果を日本に迫る事になっている。

<日米経済摩擦の歴史>
日米経済関係は、戦後の一時期を除けば、摩擦の連続であった。その内容は、日本の経済成長にともなって大きく変化してきた。60年代の繊維・鉄鋼から70年代後半の自動車・工作機械まで日米摩擦はほほ例外なく、日本の自主規制などの措置によって解決してきた。80年代の半導体・通信機器など“ハイテク”摩擦で米国は、日本側に「市場開放」を求める政策へと対日姿勢を転換した。しかし、こうした個別協議での“成果”にかかわらず、対日赤字は米国のドル高政策もあって80年代に入ると急増。84年には300億ドルを突破した。
その後、85年9月のプラザ合意による「為替調整」が行われたが、日米両国の貿易不均衡は当初期待したほど改善しなかった。このため、88年の牛肉・オレンジの自由化、対日強硬ムードを反映して制定された88年米包括貿易法スーパー301条(不公正貿易国・行為の特定・制裁)をはじめ、保護主義的色彩が浪いものとなった。89年5月には、スーパー301条に基づく特定国・行為の発表と併せ、プッシュ米大統領の提案によって、日米構造協議(より正確には、日米構造的障壁協議と訳すべき)が、日本企業の談合体質や流通機構、系列販売のほか、価格メカニズムが米企業の日本市場参入を阻止する構造問題として、双方の制度・慣行に踏み込んで貿易不均衡の改善を図ろうというのが目的で開始された。
米国には「米国産業の象徴ともいうべき自動車・工 作機械や半導体で米国を追い越し今や最後の牙城ともいうべき航空機産業にまで乗り出してきた。」と言った危機感がある。主要産業が、すでに過去のものとなり、国家としても巨額の貿易赤字にあえいでいる状況であり、日米経済摩擦は、日本の輸出自主規制から日本が米国の商品を強いて買わなければならない段階にまで来ている。そうしなければ、貿易不均衡はいっこうに解消しないのが現状である。

<日米経済摩擦の背景と特徴>
1985年9月のG5プラザ合意は、バックス・アメリカーナの終りと日・米・欧を中心とした国際協調体制に入ったことを意味している。そして、戦後80年代までの日米関係は、政治的にも経済的にも東西関係の緊張を前提として構築されてきた。米国も安全保障政策を他の政策より優位に置き、自由主義陣営の結束を乱さないよう、時には日米経済摩擦なども、それなりの配慮を加えてきた。しかし、東欧の民主化とソ連のベレストロイカからソ連邦解体まで進んだ国際政治の変化は、経済問題が安全保障問題をしのぐほど大きな存在になってきた。
この間、米国は純債務残高が89年末で約6千億ドルもの巨大な額を抱える世界最大の債務国へと転落し、日本は逆に世界最大の純債権国になった。この傾向はさらに強まる一方である。米国の財政赤字は91年度約27∞億ドルと史上最高、92年度は3500億ドル近くになる。政府、企業、個人を合わせて約11兆ドルと国民総生産の2倍に膨らんだ不便や、競争力の低下、貧富格差の拡大といった構造問遭を抱えたプッシュ政権の政策の弱点が、景気後退で一気に表面化しているのが現状である。

プッシュ政権にとって構造協議の真の狙いは日本が世界に向け開かれた経済・産業構造を持ち、米国と同質の自由経済社会にすることである。これに対して、日本側の対応は旧態依然とした対応しかしておらず経済摩擦解消に有効な手だてを講じていないのが現実である。

<日米経済摩擦の今後>
国民総生産の合計が全世界の40%に達する日米は、長く貿易交渉を繰り返してきた。しかし、半導体交渉以来日本も米国の‘最後の砦”ハイテク(高度先端技術)・軍事技術分野にまで踏み込んだわけである。この点で今までの貿易摩擦といった概念から、国力全体に関わる点にまで問題がエスカレートしてきていると見なければならない。
こうした中で、国際協調の名のもとに、以前であれば、内政干渉と言われたことまでお互いに干渉しなければならない状態まできているのが今の資本主義である。他国の証券への間接投資をしていた昔の資本輸出と違い、直接投資によって、個々の企業はグローバルにならざるを得ない。国境のない経済が広がる中で資本主義のルールを均質化することは世界経済発展に欠かせない条件になってきた。共通ルールとは、より競争的に、より透明にということである。
日米間の貿易インバランスは構造的なものであり、為替調整や政治的な解決に寄って簡単に解消される物ではない。しかし、日米の資本主義が、国独資の段階から新たな経済力の競争の時代にはいるなかで、鋭い対立を深めながらも、「日本たたき」と嫌米感情の悪循環を超えて、日米経済の一層の協調体制を確立する方向に進まざるをえない。個々の企業はグローバルに、国境のない経済が広がる中で、自由貿易体制の恩恵を一番受けたのは他でもない日本である。               (名古屋・Y)

【出典】 青年の旗 No.172 1992年1月15日

カテゴリー: 経済 | 【投稿】日・米経済摩擦その後 はコメントを受け付けていません

【投稿】ソ連邦の消滅、懸念と新たな希望

【投稿】ソ連邦の消滅、懸念と新たな希望

<連邦崩壊への「静かなクーデター」?>
去る8月の一部保守派による政権奪取劇は、結果的には喜劇的な一揆にしかすぎなかったが、これをゴルバチョフ氏からみれば、「暴力的クーデター」と言えよう。それに対して、今回は「静かなクーデター」であったと報じられている。スラブ3共和国首脳会議を前にエリツィン・ロシア共和国大統領はゴルバチョフ氏に対して、ウクライナの新連邦条約への参加説得を約束して出発したが、結果は連邦消滅を宣言する協定を作り上げた。しかも協定締結後、ゴルバチョフ大統領に連絡しないままエリツィン大統領がプッシュ米大統領に電話し、協定を説明したのである。
これに対してゴルバチョフ氏は「ソ連の大統領がいるのに、これは政治的野心そのもので、国益に反する」、「最近は倫理感のない政治家ばかりだ」と怒りを弊直に表明したのである。まったくの同感である。同氏にとっては一種のクーデターであった。

<「多大な貫献」への感謝>
しかし8月のクーデターと違って、客観的事態の推移はもはやとどめようがなかった。8人組に対しては多くの大衆が憤激し、戦車の前に立ちはだかり、民主主義の防衛のために立ち上がった。8人組は孤立し、逃げだした。しかもこの8人組はゴルバチョフ氏が信頼し、登用した者達であった。逆に今回の「独立国家共同体」は、ウクライナが完全独立を唱えている以上、これ以上の遠心分離機の加速を阻止するためには、やむをえざる、また当然な選択として旧ソ連邦構成の全共和国に及ほうとしている。
12月21日には、カザフ共和国の首都・アルマアタで、11共和国を創設メンバーとする「独立国家共同体」が設立され、残る1国、グルジア共和国もオブザーバーを派遣し、「今後加盟問題について検討、解決する」との立場を表明している。同会議は同時に、ゴルバチョフ連邦大統領に対して、「多大な貢献」への感謝を表明すると同時に、ソ連邦と連邦大統領機関の消滅を通知するメッセージを採択したのである。もはやここまで来れば、連邦を通じてなされてきた世界史的国際的な意義をもってきたベレストロイカはここに一段階を画したといえよう。

<「私の任務は終わった」>
ゴルバチョフ大統領は、12月12日の報道界代表との会談の中で事実上の辞意表明を行い、目をうるませ、声を震わせながら、「私は人生の主要な任務をすでに成し遂げた。もし他の人々が私の立場にいたら、もっと前に投げ出していただろう。しかし私は、誤りがなかったとは言わない、が、ベレストロイカの理想をなんとかやり遂げようとしてきた」と述べている。あくまでも連邦の維持を目指した彼の意図とは違った結果をもたらしたのは、これまでの積み重ねられてきた時代のなせるわざであろう。しかし社会主義を民主主義と結びつけ、グラスノスチ=情報公開を社会に定着させ、軍縮と人類的課題への国際的な一大転挨を、暴力や脅迫、支配や押し付け、利権やセクト的利害によってではなく、新思考路線という理性に基づいた説得と納得によってここまで押し進めてきたその努力と成果はかけがえのないものである。まさにこれは、ロシア革命をこのようにして導いてきたレーニンに匹敵するものであったといよう。
レーニンがその後、マルクスと共に神棚に祭り上げられ、ロシア革命の精神そのものまで踏みにじられてきたことを考えるならば、今後の事態の推移についてはゴルバチョフ氏自身が大きな危惧を抱くのは当然のことであろう。同じ会見の中で、氏は「この国家がパイのように切断されてしまうことを私は恐れる。現在、われわれがいずれ国家共同体を爆破してしまう遅発性の地雷を埋設しつつあるのではないかと、私は恐れる」と、述べている。この危惧には、いくつもの正当な根拠があると言えよう。

<正真正銘の強盗>
ロシア共和国では大統領令によって、この1月2日から価格自由化が実施される。牛乳、何種類かのパン、塩等の食料品、石油、燃料などには上限価格が設けられるが、それ以外は全て自由化される。エリツィン大統領は「生活水準の低下なしに改革をはたした国はない」と述べているが、これによって物価上昇率は20倍以上になろうという予測まで出ている。国内の物資供給者側は、当然のこととして価格が上がりきるまで物資を市場に出すのを控えようとしている。この大統領令が出された11月以来、価格の暴騰と物資隠匿はますます露骨となり、市民生活を直撃している。モスクワで食料よこせデモ、ハバロフスクで暖房ストップの抗議デモがすでに伝えられている。そして各共和国の経済政策の整合性が取れずに、経済戦争が起きる可能性が取りざたされ、様々なデマが広がり、内戦を含む社会不安が急速に広まっていることも事実であろう。
ルツコイ・ロシア共和国副大統領は、12月18日付け「独立新聞」インタビューの中で「ロシアに今あるのは民主主義ではなく、混沌と無政府状態だ」と述べ、価格自由化についても「私有化、土地・金融政策をセットにしない自由化など不可能」だとし、「改革を我々が議論している間にも状況はどん底へ向けてどんどん悪くなる」、「国民生活より権力闘争が心配だ」とまで述べている。また同氏は、アエラ12月24日号によると、「われわれは市場経済にではなく、無秩序な企業活動に移行したのだ。いや、これは企業活動ではなく、正真正銘の強盗だ、といいたい」、「われわれは価格の自由化を宣言する。ところが、そもそも国の価格政策がないのだから、価格の「自由化」は問祖になりえないのではないか」と断言している。

<「強い権力ヘのあこがれ」>
11月30日付けコムソモリスカヤ・プラウダ紙によると、ソ連軍参謀本部部長らが連名で「混乱と無法状態、汚職とギャング行為がまかり通り、経済は破壊され、民族主義勢力は共和国防衛隊創設を急いでいる。あすにも互いに戦闘を始めるだろう」と、内戦を替告し、「最後の抑止力である軍も崩壊しようとしている」、そのような中では軍が「政治化」していくのは当然であると指摘しているという。
サプチャク・サンタトペテルアルグ市長は、12月4日付けフイガロ紙に対して「私には軍事クーデターの可能性は排除しきれない。もう一度クーデターが起きれば、人民の支持を得ることになろう」と答えている。また復帰したシェワルナゼ対外関係相は12月5日付けソ連週刊紙の中で「生産が急激に落ち込み、生活条件は悪化し、物価上昇と超インフレが進行中」と指摘、「こうした状況の中では常に社会に「強い権力」へのあこがれが起きる」ものであり、「保守派のクーデターの恐れは増大し、ますます現実化している」と警告している。
こうした中での「独立国家共同体」の創設は、混乱と内戦を阻止し、核兵器の拡散を防止し、民主的改革を継続する上での一緒の希望の支えであると同時に、新たな不確定要因をも持ち込んだと言えよう。

<「建設的反対勢力」>
希望を現実に変えるには、あらゆる民主的な政治勢力を結集し、現実的で建設的なプログラムを提起し、それを大衆自身のものとする以外にはないであろう。この民主政治勢力の統合をめざす「民主改革運動」の第1回大会が、12月14日モスクワで開かれ、2000人の代議員の参加のもとで、翌15日に採択した政治声明では、「独立国家共同体」を支持すると共に、政治経済改革が具体的に充分に速やかに進んでいない事態を批判し、「伝統的な行政的・司令的・官僚的制度が政権に生ずるなら、建設的反対者の方向をとる」ことを明らかにした。共同議長には、ヤコプレフ・ソ連大統領特別顧問、シェワルナゼ対外関係相、経済学者シヤターリン氏、サプチヤク市長、市長辞任を表明したポポフ・モスクワ市長、ポリスキー・ソ連経済共同体共和国間経済委員らが選出され、「民主改革運動」の組織性格については、「全体主義体制から、市場経済を伴う社会的国家への移行を保障する総体的改革の実施に参加する政党、社会組織と個人の自由な統一体」という規定が採択された。92年の希望は、これらあらゆる民主勢力、建設的反対勢力の結集と奮闘、それとの国際的連帯にかかっているのではないだろうか。
(生駒 敬 92-12-21)

【出典】 青年の旗 No.172 1992年1月15日

カテゴリー: ソ連崩壊, 歴史, 生駒 敬, 社会主義 | 【投稿】ソ連邦の消滅、懸念と新たな希望 はコメントを受け付けていません

【感想】元「従軍慰安婦」の証言を聞く集いに参加して

【感想】元「従軍慰安婦」の証言を聞く集いに参加して

昨年12月、元「従軍慰安婦」であった韓国の女性 が日本を訪れ、日本政府に公式謝罪と賠償を求めるとともに、各地での「証言を聞く集い」の中で、貴重な証言をされた。  以下の文章は、ある集会に参加した女性の感想です。本人の了解を得て、掲載します。

私はかつてこんな静かな集まりを見たことがありま せん。そこには150余の人達がいたのだけれど。

「わたしは日本へなど来たくはなかった。」
彼女はそう言いました。

「『日本』『日の丸』という言葉を耳にしてさえ胸がつぶれる思いがする」と。

日本に着いて、
歓迎のためにと通された部屋で「たたみ」を見た途端、叫び出しそうになったそうです。

——-慰安所の暗く湿った「た・た・み」——-

彼女—キム・ハクスンさんは、
17才の時 強制連行され、「何がなんだかわけのわからないまま」慰安婦として日本兵の相手をさせられたそうです。

4ケ月後、後に夫となった朝鮮人の行商人にたすけられ、終戦まで中国全土を逃げ回っていました。

「彼女は結婚というものに意味をみいだせないと言います。たとえそれが朝鮮人であっても、彼女はもう男性とはつきあえない、と。

それは、彼女の夫だったひと(故人)でさえ『おまえはどうせ慰安所にいた女だ』と
事あるごとにののしったからです。」
つきそいのキム・ヘウォンさんはそう語りました。

「わたしはここにいる。
なのに、何故いないと言うのだ。」

彼女にとって日本へくるということは
過去の忌まわしい体験を追体験するということ
そして今、彼女の発する一言一言が披女自身を切り裂いていくのです。

日本がもし戦争責任を認め謝罪していたならば、彼女は日本へ来なくともすんだのに

「わたしは、私自身の『恨(ハン)』を溶かすために日本へきたのです。」

すべて語り終えた彼女は、身じろぎもしなくなりました。

そしてわたしは
拍手というものがこんな場違いな時もあるのだと思いながら

最後——拍手しかできなかった。

「元朝鮮人従軍慰安婦」の証言を開く集いに
参加して
(大阪 M・Ⅰ)

【出典】 青年の旗 No.172 1992年1月15日

カテゴリー: 人権, 歴史 | 【感想】元「従軍慰安婦」の証言を聞く集いに参加して はコメントを受け付けていません

【投稿】旧植民地出身者の戦後補償運動

【投稿】旧植民地出身者の戦後補償運動

昨年は真珠湾攻撃50周年であり、「太平洋戦争」に関する特集、評論がマスコミを賑わした。その多くは、現在の日米関係と50周年前、開戦前夜のそれを対比させ、国際社会での日本のスタンスを論じるものであった。
しかし、日米開戦に至る要因となった、日本のアジア諸国に対する侵略に関する議論は現在のアジアに対する関係も含めてパールハーバーに隠れた感があった。
それでも朝鮮、台湾など旧植民地出身者の蒙った惨禍に対する、補債を求める声は押しとどめることができないものがあり、市民レベルでは重要な問題としてクローズアップされた。
なかでも日本の戦争に動員された朝鮮人一戦傷病者、B、C級戦争犯罪者、従軍慰安婦-が戦中、戦後になめた辛酸は、計り知れないものがあった。
こうした人々に対し、日本政府は「日本国籍を離脱」したからとして、一切の補償を行わず放置してきた。
さらに労働力として日本国内に移送され、各地の炭鉱や、軍需工場、軍事施設で非人道的な扱いを受けた人、また広島、長崎での被爆者、サハリンに置き去りにされた人に対しても、日本政府は責任を認めていない。
これらの人々に対する補償については、昨年1月の日韓会談における「日韓覚書」でも具体的な施策はこうじられなかった。
また現在日朝国交正常化交渉が進められており、共和国側は「戦前、戦後の補償」を要求しているが、これも最終的には取引材料となる可能性が強い。
こうした厳しい情勢のもと、在韓、在日の当事者自らが補償を求めて行動を起こし始めている。昨年は川崎市と東大阪市の在日韓国人の男性が「戦争病者戦没者遺族等援護法」の適用を求めて行動を起こした。ふたりは戦時中日本軍の軍属として行動中に太平洋戦線で負傷した人である。
また韓国では「太平洋戦争犠牲者遺族会」が、日本政府相手の公式謝罪と賠償を求める訴訟を起こしている。これに対して日本政府は天皇、首相が口頭での簡単、もしくは曖昧な謝罪を行ったものの、具体的責任や補償については、一貫として誠実な動きは見せていない。
このような姿勢は、国際的に見てどうなのか。同じ敗戦国ドイツは政府はもとより、戦時中ユダヤ人を強制労働に従事させたベンツ社が謝罪と四億四千万円の賠償金支払いを行った。
また戦勝国アメリカ、カナダも日系人の強制収容に対し賠償を行っている。
さらに少し内容は違うが、旧ソ連もスターリン粛正の犠牲者に対して名誉回復を行ったのは記憶に新しいことである。
このような各国の動きと照らし合わせてみると日本の姿勢がいかに問題であるかがよくわかる。少し古い話であるが、残留日本兵の横井さん、小野田さんが見つかった時代、地名は忘れたが旧南方戦線で「中村さん」という日本兵が発見され話題になった。マスコミは大報道を行い、家族も「本人確認」をした直後、その人は台湾先住民族出身の旧日本兵であるとわかった。その時実は日本兵が発見されるよりも重大な問題であったにもかかわらず、報道はプッツリと途絶えてしまった。
今、国際貢献はその方法を巡っては、是々非々はあるものの、それ自体は「国是」となっている感がある。
しかし、日本が国際協調の必要性を学んだ原点であるはずの戦争に対する、清算を行わないでは、真の国際貢献などはとてもおほつかないのである。
(大阪 0)

【出典】 青年の旗 No.172 1992年1月15日

カテゴリー: 思想, 歴史 | 【投稿】旧植民地出身者の戦後補償運動 はコメントを受け付けていません

【投稿】「旗」をネットワークの情報誌にしましょう。

【投稿】「旗」をネットワークの情報誌にしましょう。

<「旗」編集方針の転換、歓迎します。>
「青年の旗」、昨年2月から紙面を一新し、各々の筆者の考えや思いが伝わってくる文章が中心となり、面白くなったと思っています。
しかも、昨年はソ連邦とソ連共産党の崩壊という世紀の事件がありました。その結果、社会主義の一つの「目標」と「モデル」がなくなり、今まで自明の事が根本的に問い直される時です。スターリン批判のなかで問われた「権威主義の克服」と「自立」が改めて全面的にクローズアップされ、ソ連や社会主義について書かれた多くの筆者が反省し、かつ前向きに努力している姿が感じられます。私は「旗」のこの編集方針をもっと発展させていくべきだ、と思っています。

<ついでに、もっと転換してください。>
同時に、これからは時代にあった新しい理論を共に作っていく時代と思います。主に理論研究をしている人はそういう分野を通して、また、地域や職場、各運動に携わっている人はそういう活動の経験と報告を通して。…‥・しかしながら、活動や経験の報告がほとんどありません。一方、「旗」の執筆者・読者の中にはいろんな場(労働組合その他の運動)で頑張っている人がいると思いますが、そのような人たちの率直な「活動報告」を載せ易いものにしたらと思います。かと言って、今の「青年の旗」がそういう活動報告を載せてはいけない事になっているとは思いませんが、「小さな政治同盟(セクト)の機関紙」ということで「○○職場(地域)の××さんの報告」という感じのものは、書き手の側で、また投稿する側で遠慮しているのではないでしょうか。
そこで、私の提案です。「青年の旗」という労働青年同盟の機関紙であった名称はもう辞めにしてはどうでしょうか。また、「労働青年同盟全国協議会編集局」という編集団体、「平和と平和共存、反独占民主主義、平和・民主・労働戦線統一のために、大衆的青年同盟建設のために」というスローガンもなくし、「政治団体の機関紙」の姿を一掃してはどうでしょうか。極端にいえば、正体不明の「海賊版」みたいなものでもいいし、「小さな出版社のミニコミ紙」くらいにならないでしょうか。「面白そうな人たちが論文を書いているので俺も書いてみた」くらいの気持ちで投稿できるネットワークの手段にはできないでしょうか。検討してください。

ここまで書いてきましたので、私のことについて一言。

<新組合結成>
私は、大阪の自治体に勤めています。一昨年、連合が官民統一をした際、大阪衛都連(全労連、自治労連)の各単組が自治労を脱退しました。当然我が市職労のなかでも、「いつまでも日本共産党にいるのか」「市のなかでは多数だが、自治労を脱退し全国的に少数となった組合に団結していて我々の要求は実現できるのか」という組合員もいて、そんな人が中心となって自治労組合が結成されました。
当時も含めて労働組合の組織率が全国的に低下しているご時勢で、「今さら労働組合なんて古い」「今の時代、労働組合が人を引き付ける魅力はもうないよ」という組合員もあり、それらはうまく説得出来ませんでしたが、衛都連とは違った組合があるはず、という思いで新組合結成に参加しました。

<「4週6体制」「役職加算如度」
「賃金改善」闘争を進めるなかで>
結成された組合は当然少数派で中心となる役員のほとんどがこれまで主だった組合活動の経験がありませんでした。何もかもが一からの出発でした。
しかし、幸いなことに組合が取り組んできた「4過6休・土曜閉庁」問題、90人勧での「役職加算制、度」、91確定闘争での「貸金改善」闘争などは自治労方針と衛都連方針が大きく逢うものでした。
正直言って、これまで自治労と衛都連の一番の違いは「政党色」で、組合要求は大体似たもの、方針の違いなんて五十歩百歩くらいに思っていました。衛都連市職労の組合員からも「組合(員)の要求は変わらないはず、何で2つになったのかわからない」というのにも気のきいた反論もできませんでした。まして、労働組合はそれこそ山のように要求を掲げているから、なおさらです。
この間、衛都連さらには全労連が惨めな結果を続けている要因はいろいろ考えられますが、組合員に対しては、「切実な要求の真剣な検討の結果が方針の違い」になっていると言える状況ができてきたと思います。

<「組合」らしい「労働組合」をめざして>
しかしながら、「組合役員になりたい」という人はほとんどいません。「役員は忙しい」「一度引き受けたら交替できない」という意識もあり、自治労の会議でも「活動家が育たない」と言われてます。私は、組合の方針に一貫性を求めたり、特定の主義主張(政党色)をできるだけ排したら、変わっていくと思っています。でも、これは自信がありません。
長期的な視点でみて組合が活性化してきたといえる経験のある人、教えてください。 (大阪・T)

【出典】 青年の旗 No.172 1992年1月15日

カテゴリー: 労働, 思想 | 【投稿】「旗」をネットワークの情報誌にしましょう。 はコメントを受け付けていません

【年頭挨拶】不透明な時代だからこそ大胆に

【年頭挨拶】不透明な時代だからこそ大胆に

1991年は実に激動の時代であった。
湾岸戦争の勃発から始まり、そしてソビエト連邦の崩壊。それは、これまで我々が主張してきた歴史観、社会分析の手法では、簡単に説明することのできない出来事が幾つも折り重なって現れた。
今、内外情勢は、余りにも混沌としている。こうした状況は、’92年も続くだろう。もはや21世紀の世界をだれも確実に予想することはできない。
しかし、この動めく人間社会(集団)の中にも人間の良心(善)は存在する。少なくともソビエトの今日に至った大きな要因は、それまでのソビエト社会主義の評価がいかにあれ、本来社会主義として必要不可欠な、いや最も充満すべき民主主義が決定的に欠落し、それを渇望したソビエト民衆のエネルギーが、ベレストロイカを推し進めたことは事実である。また社会主義の「豊かさ」が余りにも貧困で、豊かさを求めるエネルギーがベレストロイカを求めたことも事実である。これらの二つのエネルギー要素は、結果の評価がいかにあれ、人間の「良心(善)である。
日本においても今日、「民主主義」と「豊かさ」が問われている。PKO法案強行採決に村する国民の怒りは存在するし、「男女協働」「自立・共生」「平和・人権・平等」など、民主主義を豊富化する社会的議題がクローズアップされている。また、労働時間短縮」、土地・住宅問題をはじめとする「社会的分配の公正」など、「豊かさ」の中味が問われている。
このように考えると確かに肯定的な面、否定的な面が混在するが、少なくとも「よりましな社会を」「もっと民主主義を」と人々が叫んでいることは明らかである。我々は不透明であっても,未来が不可解であっても「格差の拡大」は許してはならないし、理不尽な横暴は許してはいけない。労働青年同盟は依然として不断に「平和・民主主義・統一」を掲げて全員で確認したい。
労働青年同盟は、準備会結成以来17年、全国化から3年が経過した。今日、労働青年同盟が結成当初から、また全国化の際にもあったその組級的役割・方向性についてのこれまでの議論を大切にしつつ、この間の大きな社会的変化の中で、改めて再討議するべき時に来たと考えている。しかし、我々は過去の様々な運動の誤りを犯すことなく、より広範な「統一」の方向で、日常的な活動の中で地に足をつけて、慎重に議論を進めていきたい。
「今、これならできる」「参加と斉任」をもって、不透明な時代だからこそ「大胆な運動と慎重な議論」をこの一年間、共にやり抜こうではないか。
1992年1月
労働青年同盟全国協議会 議長(M.T.)

【出典】 青年の旗 No.172 1992年1月15日

カテゴリー: 政治, 雑感 | 【年頭挨拶】不透明な時代だからこそ大胆に はコメントを受け付けていません

【追悼】小野先生逝去一周年奈良高安山霊園に埋骨

【追悼】小野先生逝去一周年奈良高安山霊園に埋骨
                      —We Shall Overcome の歌声で—

1年前の11月19日に急逝された小野義彦先生の墓碑が完成し、去る11月24日、奈良高安山霊園にご家族の手で埋骨されました。
現在、編集が進められている「追悼集編集実行委員会」の皆さんはじめ、ご家族含め二十数名の見守る中、先生のお好きだった「We Shall OverCome」を全員で合唱して、永い眠りに着かれた先生とのお別れをしました。
お墓は、小高い丘の上にあり、春は桜が満開になるとのこと。「追悼集」の編集も最終段階にきているとのことですが、亡くなられた小野先生の思想と生き方を再度自分なりに再学習しなければと思いました。
(参加した数名で、その夜終電まで鶴橋で先生を偲んで、酒を飲みつつ、議論をしました。毎年この時期に、東京からきた仲間ともども、飲み会をやろうとの結論に達しました)(91年11月  大阪 H)

【出典】 青年の旗 No.170 1991年12月15日

カテゴリー: 追悼 | 【追悼】小野先生逝去一周年奈良高安山霊園に埋骨 はコメントを受け付けていません

【映画紹介】『真実の瞬間』とニッポンのお父さん

【映画紹介】『真実の瞬間』とニッポンのお父さん

『真実の瞬間』は監督アーウイン・ウインクラー、主演ロバート・デニーロで、1950年前後に荒れ狂ったアメリカ映画界の“アカ”狩りをテーマにした作品である。
デニーロ扮する主人公デビット・メリルは人気映画監督で、20世紀フオツクス社社長のお気に入りでたとえ疑惑を受けても“アカ”狩りの圧力をはねのけられるとの評判であった(こんなきつい冗談が語れていた)。一方、家庭を省みず映画製作に没頭する彼は妻ルースと離婚し、息子はルースと暮らしている。
そんな彼にもやがて、昔、顔を出した共産党の集会(論争を挑み追い出されたらしい)のことで疑惑がかけられた。しかし、下院非米活動委員会(HUAC)の諮問は拒否し続けている。結果、信頼されていた社長の保護も受けられずに、撮影中の新作も中止、「あれだけ儲けさせたのに」と嘆くが、あとのまつり。FBIには付け回され、どんな小さな仕事にもありつけない。前借りした映画製作費の返済の為、家を売り払い、離婚した家族の養育費が払えない。ルースと息子は家を出てアパート暮し、ルースは生活のため前の職である教員の口を捜す。
HUACの諮問では、黙秘権や憲法は通用しない(反ソ連と反共産主義の前には全てが許される)。黙秘は議会侮辱罪に問われ、追求を逃れるためには“アカ”に関係する他人の名前を挙げるしかない。結果、密告、内通、中傷、疑心、相互不信が生まれ、真実は曲げられる“人格の暗殺”である。国家に媚びへつらう人々のみ生き残り、まったくの”無実”のでっち上げを受けた人程逃れることが困難な事態であった。
最後は、HUACの諮問会のシーンで、デビットは、真実を曲げて大好きな映画監督を続けるか、あるいは信念にしたがって過酷な試練の道を進のか、の選択を迫られる。結局、デビットは前者を望む弁護士をその場で解雇し、後者の迫を選ぶ。諮問会での1対100位の大論議(単なる言い合い?)が展開される。しかしここでのHUACの論調には目を見張るものがある。これも自由と民主主義の親分を自認するアメリカの過去である。
デビットの主張はHUACの連中は変えられなかったが、デビットの後に諮問を受けた友人バニーを変えた。かつてバニーは「誰かを売らなければ奴らは許してくれない。君の名前を挙げさせてくれ」とデビットに懇願した。バニーはデビットの言動を目の前にして、憲法の言論の自由を主張し抵抗を始めたのである。それを見ながら諮問会を後にするデビッ
トとルースの後ろ姿を高めのカメラアイで映し、レッテルを貼られた人の名前やレッテルが剥されたのが実に1970年代になってからであることが説明され、タイトルバックが映し出される。
ここで人生の選択。自分を偽ってもとにかく、言論主張の武器(多少はできるであろう)であるスクリーンを確保しておいた方がよかったのではないか。少なくとも、デビットはあらゆる仕事から追われていた。ルースもたぶん教壇を追われるだろう。家・族3人はどの様にして暮らしていくのであろう。彼の選択は正しかったのであろうか。また亡命する映画人もいる中でなぜ彼はあえてアメリカに残ったのであろう (ハリウッドは捨てて一時ニューヨークには行ったのに)。作品を観た人は意見を聴かせて下さい。
さて、本題に入ると(崇高な作品のテーマからはずれるが)、私はこの作品を観て、過労死に至る日本の労働者の姿がダプって見えた。家族も捨てて仕事一筋の生活の果てに、自らの死に際しても会社は何もやってくれない事態に。
映画の中に、家族3人が狭いアパートの中で夜を過ごすシーンがあった。ルースは机でテストの採点をしている、デビットはテーブルでやっと見つけた三流西部劇映画用のコンテを青いている、息子はベッドで算数の勉強をしている。ここで息子がデビットにわからないところを質問する。ルースは「パパは仕事をしているから邪魔しないで」と言う。ここでかつてのデビッドは、ルースのこの言葉のように、息子を邪見にし映画の仕事を続けているかあるいは家族の邪魔を受けない場所で仕事をしていたであろう。しかし、今のデビッドは違っていた。仕事の手を休め息子の世話をするのである。映画をもぎ取られ、社会や友人速からも追われたデビッドを受け入れてくれたのは、結局ルースと息子のいる狭いアパートだけであったことを、デビットは理解できたのであろう。
もう「真実の瞬間」のロードショウは終ってしまったが、機会があったら、24時間頑張っているニッポンのお父さんと一緒に是非観ておきたい1本だと思う。(東京 C)

【出典】 青年の旗 No.170 1991年12月15日

カテゴリー: 芸術・文学・映画 | 【映画紹介】『真実の瞬間』とニッポンのお父さん はコメントを受け付けていません

【投稿】雑感・‥最近の若者向け週刊雑誌から

【投稿】雑感・‥最近の若者向け週刊雑誌から

「週刊プレイボーイ」という雑誌をご存じだろうか。たいてい女の子の写真を表紙に載せていて、書店に高々と積まれているので、一度は目に触れていることと思う。表紙を開けば、必ずと言っていい程、女性のヌードグラビアから始まっている。巻末にはアダルトビデオ特集だ。雑誌名からも推察されるように、かなり男性の性欲に迎合した雑誌と言えるだろう。男性雑誌の老舗でもあることから、読者は多く、とりわけ大学生から20代の社会人の男性に愛読されている。しかし、単に若者の性欲を満たすだけの雑誌とは思われない大きなもう叩一つの特徴がある。記事や特集に見られる反体制・反権威的内容である。
国内・国外を問わずあらゆる問題に対して、独特の切口からストレートに怒りをぶつけている記事が多い。バブル経済、またそれがもたらした証券不祥事に対する怒り、民主化に立ち上がった世界中の人々への賛辞、独善的な態度をとるアメリカヘの批判、今の日本の政治状況に対する不満等など、挙げればきりがない。かの黒田清率いる黒田ジャーナルの連載記事もあり、津々浦々の運動を紹介したりしている。気持ちいいくらいに素直にそして率直に、今の世の中に思いをぶつけ、メッセージを送ろうとしているのである。野次馬気分でスキャングラスにしか書けないオッサン雑誌に比べると、十分読む価値はあろうかと思う。その伝統的な編集姿勢は強く印象に残るのである。
若者に読まれている雑誌で共感できるものと言えば、「週刊ピックコミックスピリッツ」という漫画雑誌がある。漫画雑誌であるので、作家によってメッセージ性のあるもの無いもの様々であるが、湾岸戦争勃発以来のいとうせいこう氏が先頭に立った反戦・平和憲法擁護を主軸としたリレー連載には、雑誌の幅広さ故に、重みを感じさせるものがあった。最近では集中連載漫画に「平成鎖国論」というものがあり、現在の緊張した日米関係をコミカルに、またリアルに描き出している秀作であった。
「週刊ヤングジャンプ」も面白い。漫画の内容としては「スピリッツ」に比べると不満が残るのであるが、過去にはかの石坂啓氏の「安穏族」(氏独特の社会的視点から描かれたメッセージ漫画。かなり話題になったものなので、未だ読まれていない方は是非ご一読を)を連載しており、あの天安門事件以来の支援キャンペーンには驚かされるものがあった。
何も“青評”として、これら週刊雑誌を勧めているわけではない。実際にこれらの雑誌を読んでいる若者たちが、そのメッセージをどう受け止めているのかもわからない。そんなページは飛ばしているかもしれない。ただ、この混沌とした内外情勢、日常的に氾濫している様々な情報の渦の中で、幅広い若者層が支持している雑誌がそのようなストレートなメッセージを送り続けていることは、「新人類」と大人たちに揶揄されている若者たちの、蓄積されたうっぷんに火をつける役割を担っているのではないか、という思いは過大な期待だろうか。
同僚たちと議論などをしていて感じることは、我々の世代(20代)の人間は決してニヒルなわけでもなく、冷め切っているわけでもない。もがきながらも懸命に生きている。ただ、何に依拠し、期待し、どう自分がかかわればいいのか、それが見えないだけなのだ。だから、今の現状に「満足」せざるをえないだけなのである。そんな世代へ明確な指針を示すことを、週刊雑誌というメディアの一部分だけが担えるわけではない。その影響力は大きいが、もっと責任を感じなければならない勢力、積極的に担わなければならない人々がいるはずである。
(91年12月 大阪 A・0)

【出典】 青年の旗 No.170 1991年12月15日

カテゴリー: 芸術・文学・映画, 雑感 | 【投稿】雑感・‥最近の若者向け週刊雑誌から はコメントを受け付けていません