【投稿】民主壊滅選挙と危険な安倍政権の再登場

【投稿】民主壊滅選挙と危険な安倍政権の再登場

<<「戦後最低の投票率」>>
 民主党・野田政権の「自爆解散」は文字通りの、民主党の壊滅的とも言える敗北を自ら招き寄せ、自民党の圧勝に最大限の貢献をすることとなってしまった。自民党は絶対安定過半数とされる269をも突破し、294、公明党の31を合わせ、自公連立・計325で衆議院議席の総数の3分の2超えを達成させてしまった。選挙結果は、自民党294、公明党31、民主党57、維新の会54、みんなの党18、未来の党9、共産党8、社民党2、国民新党1、新党大地1、無所属5となった。この選挙結果によって、たとえ、民主や野党との合意がなく、法案が参院で否決されても衆院で再議決して可決することが可能となる事態を提供してしまったのである。もはや民主党は、たとえ自公連合に擦り寄ったとしても、その存在価値は極めて薄っぺらな軽いものと成り果ててしまった。
 このような結果をもたらした今回の解散・総選挙が明らかにしたことを、取り急ぎここで改めて再確認しておくことは、今後の事態の展開を注視し、その問題点や矛盾点を明らかにし、本来あるべき活路を見い出す上で必要不可欠なことと言えよう。
 第1は、今回の衆院選(小選挙区)の投票率が59.32%で、戦後最低だった1996年の59.65%もを下回る「戦後最低の投票率」を記録したことである。
 政権交代が問われた、前回09年は69.28%で、小選挙区比例代表並立制が導入された96年以降では最高を記録していたものが、今回は10ポイント近く下落して、03年以来の60%割れとなったのである。維新の会が急伸した大阪でさえ、府内小選挙区の投票率は58.37%(前回66.79%)であった。当日有権者数は1億395万9866人で、このうち6166万9473人の投票であった。40%以上の棄権である。
 有権者にとっては、民主党政権に対する怒りと絶望、政党への不信、政治総体へのあきらめがこのような低投票率をもたらし、政権交代の意義を継承できるような「入れる政党がない」、「入れる候補がいない」選挙区の続出をもたらし、投票所に足を運ぶ意欲をさえなくさせてしまっていたのである。そのような人々の多くが棄権に回った結果、選挙戦は総体として全く盛り上がりに欠け、自民党はただただ「敵失」によってだけ浮上、労せずして大量議席を獲得したのある。自民圧勝は野田首相の自爆解散によってプレゼントされたようなものである。個人の自爆は勝手であるが、政権交代の意義を全く台無しにしてしまった歴史的責任、その責任は計り知れないといえよう。
 今回の衆院選で小選挙区に出馬した自民党候補は、300選挙区の有効投票総数のうち43%の票を得たのに対し、民主党は22.8%であったが、前回09年衆院選では得票率47.4%で半減以上の激減であったことからすれば、自民党はまさに低投票率と盛り上がらない選挙戦、民主党分裂や未来の党、日本維新の会など第三極の候補者乱立で票が分散し、結果として自民党が消去法的選択で「漁夫の利」を得た、その原因を作った民主党の自爆によって浮上したに過ぎないともいえよう。
 いずれにしてもその結果、自民・公明両党は「合わせても4割に満たない支持(比例区で26.38+11.29=37.68%。有権者総数の22.33%)しか獲得していないにもかかわらず、衆議院議席の3分の2を上回る67.71%の議席を獲得したのである。

<<政策的対決における決定的な敗北>>
 第2は、政策的対決における決定的な敗北である。
 民主党にこうした凋落をもたらした決定的な敗因は、三年前の歴史的な政権交代の意義を自ら掘り崩し、嘘と詭弁で重要な政策をことごとく裏切ってきたことにあったことは論を待たないといえよう。問題は、有権者のこのような凄まじい怒りを肌で感じ取ることができず、公約にもない消費税増税路線やTPP参加路線を平然と押しすすめ、民主党執行部主流が、財務省の緊縮財政路線、社会保障・教育・セーフティネット切り捨て路線の忠実なしもべとなってしまったことであり、本質的には前自公政権が押しすすめてきた、政権交代選挙で否定したはずの新自由主義路線に逆戻りしたことである。
 これに対して自民党、とりわけ安倍新総裁の路線は、政治・軍事における右傾化・緊張激化路線を掲げつつも、それを選挙の争点とすることを極力避け、もっぱらデフレ脱却路線としてのインフレターゲットの設定と、建設国債の大量発行、景気拡大路線、公共事業拡大路線に舵を切り、低迷する経済、不景気打破の決定打としてこれらをぶち上げ、呻吟する有権者の票をかっさらったことが、民主党との政策的対決において自民党に優位を確保させてしまったといえよう。
 本来は、政権交代後の政権こそが、財政緊縮路線の呪縛を断ち切って、新自由主義路線と決別して、東日本大震災からの復旧・復興、原発事故を封じ込める脱原発路線、新たなエネルギー戦略への転換、社会資本インフラの再生、医療・介護・教育や社会的セーフティネットの再生と投資、雇用の拡大、といった、自公路線とは本質的に異なった新たなニュー・ディール政策を大胆に提起し、財政をそれらに総動員するデフレ脱却路線をこそ打ち出すべきであった。そしてそうした政策こそが、財政赤字を克服する正道であることを明確にすべきであったが、財務省に絡めとられた松下政経塾出身の未熟な執行部主流派には全く望むべくもなかった。
 問題はこうした政策的対決において民主党内反主流派の多くの人々が、それなりに多く存在しながらも、あまりにも優柔不断、遅すぎ、すべてが後手後手、対抗勢力がばらばら、対決軸も明確に打ち出せないままに、時間切れの選挙戦に臨まざるを得ず、野党勢力が統一した協力体制や統一戦線を打ち出すことができずに、広範に存在している脱原発・憲法改悪反対・消費税増税反対・オスプレイ配備反対・TPP反対の圧倒的多数の声を集約し、まとめられないまま後退してしまったことである。

<<危なっかしい政治情勢の到来>>
 第3は、今回の選挙によってタカ派が臆面もなく前面に登場し、ハト派勢力がさらに後退するという、危なっかしい政治情勢の到来、日本政治の右傾化・超保守化をもたらしかねい情勢を作り出してしまったことである。
 安倍氏は首相就任わずか1年、「総理大臣の職責にしがみつくことはしない」と言って、「所信表明直後の辞任」で内閣を投げ出した人物である。この時点で政治生命が終わったかに見えたが、それから5年で運良く復活したわけである。本来なら復活できなかったはずであるが、尖閣列島をめぐる石原前都知事の挑発行為と日中緊張激化、領土ナショナリズムの時流に便乗できたわけである。社会の保守化と右傾化、それを法的に可能にする憲法改正が自らのライフワークと公言する人物の再登場である。5年前、安倍氏は、「美しい国」、「戦後レジームからの脱却」を旗印に、「5年以内の憲法改正」、集団的自衛権行使の合憲解釈、「教育改革」と教育基本法改正を掲げ、憲法改正国民投票法の制定と教育基本法の改悪を強行した。そして従軍慰安婦問題での国家・軍関与の否定とその関与を認めた河野官房長官談話の否定を公言し、韓国をはじめとするアジア諸国との対立を厭わない、未だに蒸し返し固執するウルトラ右翼につながる人物である。
 そして今回、「醜い憲法」と言い募る”暴走老人”・石原慎太郎氏も憲法改正が同じライフワークで、選挙運動のさなかに「9条のせいで日本は強い姿勢で北朝鮮に臨むことができなかった。9条が自分たちの同胞を見殺しにした」として、日本維新の会は自民党、安倍政権と組んで憲法改正を行うことを宣言している。そしてすでに「維新」の橋下代表代行は首相指名選挙で安倍総裁を支持すると発言している。
 ますは9条改憲への足がかりとして、集団的自衛権行使を可能にする動きは、民主党改憲派をも含めて、今後一気に勢いを増す可能性が大であると言えよう。自衛隊の「国防軍」への再編強化、日本版海兵隊の創設、先島諸島への軍事力配備、防空・ミサイル防御体制の強化等々が矢継ぎ早に打ち出される可能性が大である。
 こうした中で自民・公明連立は、改憲に慎重な公明に代わって、「維新」が連立に割って入って3分の2を確保し、安倍氏本人が最も望んでいる「改憲(壊憲)連立政権」となる現実的可能性さえ存在しているといえよう。さらには自公連立+維新+民主の危険な大連立、翼賛政権の可能性さえ否定できない情勢の到来である。
 しかし問題はこうしたタカ派路線の台頭と現実化は、日本国内のみならず、日本の世界からの、とりわけアジアからの孤立化を招き、安倍新政権が掲げる「デフレからの脱却」をますます困難なものにさせるものであり、一気呵成には進められない、早晩行き詰まらざるを得ない致命的弱点を抱えていることである。国内においてさえ、あの軍事オタクと言われる自民党の石破幹事長が12/16日夜の記者会見で、米軍普天間飛行場の移設先について「選挙中も言ったが、最終的に県外移設というゴールにおいて、党本部と沖縄県連に齟齬はない」「普天間が今のまま(固定化)ということをいかに回避するかが最大のポイントだが、辺野古移設はベストでなくワーストだ」と語らざるを得ない事態である。ましてや台中、対韓、対アジア外交においての緊張激化路線、軍事力増強路線は、日本の政治的孤立化にとどまらず、経済的な孤立化をさえ招きかねない。現実の日本を取り巻く環境は、野田政権よりずっと柔軟な対外緊張緩和路線を取らなければ、日本経済への打撃は予想以上に大きく、現実の生きた経済の活性化は望めないのである。
 さらに安倍新政権が、危険極まりない原発再稼働路線に踏み出せば、世論からの反撃と孤立化、いつ襲い掛かるとも知れない自然からの巨大なしっぺ返しを招きかねない。威勢のいい圧勝の足元は、実は全てがぐらついていることを再認識せざるをえない客観的現実が横たわっているのである。
 脱原発・反増税・改憲阻止・緊張緩和と対外友好路線の確立を求める多様で広範な包囲網と統一戦線の形成が要請されている。
(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.421 2012年12月22日

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【投稿】 直下に「活断層」の敦賀原発を廃炉にし、日本原電の会社清算を!

【投稿】 直下に「活断層」の敦賀原発を廃炉にし、日本原電の会社清算を!
                             福井 杉本達也 

1 敦賀原発2号機の真下に「活断層」
 大飯原発に続く調査で、原子力規制委員会は12月10日、敦賀原発2号機の真下を走る断層が活断層の可能性があるという判断を下した。田中規制委員長は「今のままでは再稼働の安全審査はできない」と述べ、2号機は、運転再開できずに、今後廃炉の可能性が出てきた。敦賀原発敷地内には「浦底断層」と呼ばれる活断層があり、浦底断層とそこから枝分かれするように延びて2号機の真下を走る「D-1」という断層を中心に、地面を掘って断面を調べるトレンチ調査の現場などで検証した結果「2号機の真下を走るD-1断層が、活断層として活動していて、浦底断層と同時にずれたと考えられる」とした。国の指針では、活断層の上に原子炉などの重要な施設の設置を認めていない。(NHK:2012,12,10)
 
2 恣意的だった日本原電のこれまでの敦賀原発活断層調査
 浦底断層は延長35Kmといわれるが、その後の研究で浦底断層の敦賀湾を挟んで東側にある柳ヶ瀬断層と連動し総延長100Km「濃尾地震」(1891年の愛知・岐阜県を襲った日本最大の内陸型地震・マグニチュード8)級の地震を引き起こす可能性があることが分かってきている(中日:2012.12.11)。
 日本原電のこれまでの活断層調査は非常に杜撰なものであった。既に、30年以上前の2号機建設時の国の安全審査で、今回焦点となっている2号機直下の破砕帯「D-1断層」や敷地内の活断層について日本原電が密かに追加調査をおこなっていた。ところが、1980年当時の通産省は浦底断層について「活動時期が古い」と評価し問題ないという結論を下している(福井:2012.12.12)。
 活断層判読は ①リニアメント判読ではない、② ボーリングデータをどう解釈するかで大きく間違う恐れがある。①-リニアメントとは地表に認められる、直線的な地形の特長(線状模様)のことを言う。崖、尾根の傾斜急変部、谷や尾根の屈曲による直線的な地形、土壌や植生の境目などが直線的に現れる部分であり、断層や節理など地下の地質構造が反映されたものがあるとされてきた。(Wikipedia)活断層とリニアメントの関係を説明すると、これまで日本原電は直線的な崖に注目してリニアメントを決定したが、そこでは何のズレも見つけることはできなかった。リニアメントと認定して掘ってみても何も出ない。調査したが何も出ないから、「断層がない」ということになりかねない。まず正しい位置認識をするのが、第1に必要だということである。変動地形学が注目したのは、「川が曲がっている」、「谷底平野が折れ曲がっている」ような場所を連ねて(断層)と判読したのである。(渡辺満久: 地球惑星科学連合2008大会 2008.5.27)
 次に、②―ボーリングで分かるのは、(ボーリング地点の情報=点の情報)だけなので、ボーリングとボーリングの間に関しては推定で書いている。日本原電が本当の活断層の場所を外して恣意的に図を書くことができるのである。日本原電は敦賀3、4号機増設の申請書で、ボーリング調査を基に作成した地下断面図を示し、敷地内を通る浦底断層は少なくとも約5万前から動いていないと結論づけ、耐震性検討の対象から外している。これに対して渡辺満久氏は、原電の作った断面図では2本のボーリングの間で、基盤岩と堆積層のなす面が地表の砂礫層のさらに下で途切れているように描かれている。しかし、これは原電の勝手な想像に過ぎないと述べ、もっと地表面近くまで断層面が伸びている可能性も否定できないと指摘している。(渡辺満久:グリーンアクション主催講演会2008.7.13)
 
3 破砕帯のトレンチ調査で明確な活断層の証拠を突きつけられ、焦る日本原電
 これまで、日本原電は「D-1」破砕帯の上に乗る地層にズレや変形がないとして活断層を否定してきたが、今回のトレンチ調査で、あっては困る「D-1」破砕帯の上に「何らかの変形が…1回もしくは複数回動いたかもしれない」(宮内宗裕千葉大教授・変動地形学)「破砕帯の上に乗っている層に変形が認められた。浦底断層によって働く力に極めて近い力が働いた結果、動いたのだろう」(島崎邦彦規制委員長代理)という動かぬ証拠を見つけてしまったのである。(福井:2012.12.03)
 まさかこの段階で「クロ」の判断が下されるとは思っても見なかった日本原電は12月11日、規制委に対し、異例とも言える公開質問状を提出した。「科学的根拠を含めた説明がなされたとは言えず、理解に苦しむ」とし、「原電の追加調査の結果を待たずに結論づけが可能とした理由」など10項目の反論を行った。
 
4 日本原電は解体しかない
 このまま、敦賀2号機の再稼働ができなければ、日本原電は苦しい立場に追い込まれる。敦賀1号機は1970年の稼働であり、既に42年が経過している。40年基準を適用すれば廃炉は避けられない。しかも、福島第一の事故を起こしたGE マークⅠ型である。さらに、1号機は3.4号機が完成する時点では廃炉にすることが地元でも合意ができている。いまさら稼働延長は言い出せない。また、敦賀3,4号機については新増設を行わないという方針で建設がストップしている。しかも、3,4号機についても、今回の活断層評価の影響は避けられない。浦底断層の至近距離にある。県外では茨城県に東海第2原発があるが、先の3.11大震災・津波で大きな被害が出た。あと一歩で福島第一の事故と同様の炉心溶融を起こすところであった。そのような原発に金をかけて再稼働を目指すとなれば、東京は全滅である。しかも、地元東海村の村上達也村長は再稼働に反対を表明している。
 日本原電は、1957年に商用原子力発電を導入するために、電気事業連合会加盟の電力会社9社と電源開発の出資によって設立された国策会社である。したがって、持ち株は東電が28%、関電が23%、中部電力が16%、北陸電力が13%などとなっている。原発からの電気を地域電力各会社に販売することによって経営している。もし、敦賀2号機が廃炉となれば売る電気はなく、即、経営問題に発展する。現在、電力社は日本原電に対し「基本料金」という名の経営維持【負担金】を支払っている。各電力は出資比率により支払っており、関電の場合は年間466億円であり、電力料金に上乗せされている。12月14日電気事業連合会会長であり関電の八木社長は、敦賀原発が廃炉になった場合の費用負担について「枠組みを国と協議しながら検討する」とし、国にも費用負担を求める考えを示した。(日経:12.15)日本原電は、原発に特化した卸電気事業者であり、原発の発電した電気の売電だけが唯一の売上である以上、廃炉となれば会社として存続することは不可能でもあり、意味もない。早急にこの国策会社を解体し、清算すべきである。むろん、その株主には廃炉費用を含め応分の負担を負ってもらわなければならない。いま、東北電力の東通原発を活断層と分かりながら建設を強行してきたことが明らかとなりつつある。各電力会社は今後、動かない原発設備の負担を抱えつつ企業を存続していくことは不可能になりつつある。それは、12月11日の電力株暴落からも伺える。
 
5 地元、福井県・敦賀市も焦る
 焦ったのは日本原電だけではない。地元・西川福井県知事は「国として、十分は科学的根拠に基づき、立地地域と県民が理解し、納得できるような調査とすべきだ」とコメントした。(福井:12.11)また、川瀬敦賀市長は「慌てて結論を出すのではなく、調査を行い、しっかりと確認をして欲しい」(福井:12.12)と議会で答弁、地紙・福井新聞は「規制委が即危険かどうか不明な原発の廃炉を命じる法的根拠もない」(12.11)との居直りの論陣をはった。
 確かに、敦賀原発が廃炉になれば、地元雇用や財政に大きな影響を及ぼすことは明らかである。しかし、活断層を頬被りして事故が起これば地元どころか日本国中にとって重大な危機となる。しかも、1960~70年代・エネルギー革命で石炭が閉山となった九州や北海道・常磐などと比較すると地元に密着した雇用は少ない。閉山政策の場合は30万人もの炭鉱労働者の雇用をどうするかという問題に直面したが、電力の場合にはそれほどでもない。元々、原発労働者は全国を渡り歩く労働者が多く、地元に留まる労働者ばかりではない。(吉岡斉:もんじゅを廃炉へ全国集会:2012.12.8)
 しかも、敦賀市は大阪ガスのLNG基地計画を日本原電出身のK議員を表に立てて潰した前歴がある(裏は関電)。地元の新たな産業振興をせず、原発だけに頼ってきた敦賀市に地元雇用を云々する資格はない。
 
6 総選挙大敗北後の原発政策は
 12月16日に行われた総選挙で、脱原発の民主勢力・各政党・議員は壊滅的敗北を喫した。投票率も大幅に下がった。敗北の原因は2009年の選挙により手に入れたはずの政府の頭部を米国とそれに従属する日本の官僚機構による謀略も含めた様々な手段により乗っ取られてしまったからである。しかたなく、柄谷行人のいうように、異議申し立てをするには「街頭に出よう・デモに行こう」となったのであるが、それに続く戦略を見通せないまま選挙戦に突入させられてしまった。「低成長社会という現実の中で、脱資本主義化を目指すという傾向が少し出てきていました。しかし、地震と原発事故のせいで、日本人はそれを忘れてしまった。まるで、まだ経済成長が可能であるかのように考えている。だから、原発がやはり必要だとか、自然エネルギーに切り換えようとかいう。…原発事故によって、それを実行しやすい環境ができたと思うんですが、そうは考えない。…地震のあと、むしろそのような論調が強く」なってしまったと述べている。(柄谷行人HP)日本人が「経済は成長しない」ということを自覚しない限り脱原発は難しい。今後、日本は米欧の核の植民地と化し、原発事故の放射能による安楽死が待っている(ベラルーシ、ウクライナもロシアもチェルノブイリ原発事故後、急激に人口が減少している)。 

 【出典】 アサート No.421 2012年12月22日

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【投稿】民主党再建は可能か 

【投稿】民主党再建は可能か 

 3年前の政権交代が、ある意味で「歓喜をもって」迎えられたのと対照的に、今回の自民党の過半数獲得という総選挙結果は、「熱狂なき政権交代」と、どこかの新聞が報じている。景気対策の実行という自民党の主張が、景気低迷の日本にとって受け入れやすいものであったことは事実であるにしても、それだけが、今回の総選挙を規定するものでもない。むしろ、低投票率(前回は、69.28%、今回は59.52%)が象徴するように、政治不信が強まったことを直視することが必要であろう。前回の選挙では、民主党政権に期待し投票した国民の多くが、投票先に迷い、「第三極」の維新に流れるとともに、前回から棄権した票が1000万票に達している。(今回の比例票数は6017万票、前回から1019万票が棄権している)。壊滅的大敗を喫した民主党については、党再建そのものも厳しい状況に至っている。

<国民に見放された民主党>
 それでは、何故民主党は、3年前の支持を失ったのか、ということである。直近の最大の問題は、政権交代マニュフェストにもなかった消費税増税を、3党の密室協議を基に強行したことであろう。選挙結果が示しているように、消費税増税問題は、今回の選挙での争点になったとは言えない。増税法案に賛成した自民、公明が議席増となった。消費税増税反対の「未来の党」も伸び悩んだ。ひとり民主党が支持を失った。
 消費税増税を重要課題とするなら、あるいはそう判断したのであれば、増税を争点にして解散総選挙を断行すべきであった。この場合は、まさに国民に信を問うものであるから、政治の常道として、審判をうけることが出来る。なぜこのやり方を取らなかったのか。
 そして、増税法案の国会議決に絡んで、結果として党の分裂が起こった。前回の総選挙を仕切り、政権交代を実現した小沢グループを離党に追い込み、二大政党の枠組みから、政党の乱立という事態が生まれた。「維新」は、彼らの期待した結果に到達しなかったとは言え、比例票では民主を抜いて第二党となった(1200万票を獲得)。
 民主党は、負けるべくして負けたでのあって、まさに自滅選挙であった。自民党は比例票では、大敗した前回の比例票1881万票にも及ばぬ1662万票である。得票率もほとんど増えていない。自民党の単独過半数は、民主党の自滅によって生まれたと言ってよい。まさに「熱狂なき政権交代」なのである。
 
<原点を見失った民主党>
 1994年の民主党結党大会では、社会党の一部、そして日本新党G、社民連系などが、民主リベラル(中道右派?)の路線を軸に、政権交代可能なリベラル勢力になることを目標にして新しい政党=民主党が生まれた。その後、民社党系や小沢Gなどが合流し結党以来15年を経て政権交代にまでたどり着いた。
 反自民を掲げてはいたが、その内部では、社会民主主義的なグループは退潮し、どちらかと言えば松下政経塾出身者が主流となり、新自由主義的な傾向を強めていった。小沢Gの選挙指導によって、「生活が第一」とする、より社会民主主義的な政策をメニューの中心において、政権交代を実現できた。
 今回の、大量離党や維新への鞍替え組が相次いだことを見ても、看板は民主党でも、様々な思想的傾向の議員志向者の集まりだったことも明らかであろう。
 民主党は、参議院では第一党(88議席)であり、大敗はしたが両院国会議員では145名の議員数を数える。再建をめざすというのであれば、根本的な政策的一致を最優先し、党の路線を再度明確にすることから始める必要があると思われる。(2012-12-17佐野) 

 【出典】 アサート No.421 2012年12月22日

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【日々雑感】食わず嫌いではいけないのかな? 

【日々雑感】食わず嫌いではいけないのかな? 
 
 私は、元来右寄りな新聞報道は嫌いで、産経・読売は、読む気にもなりませんでした。あの小泉内閣で動きまわった竹中平蔵が関係していると言われる日経新聞等も然りです。
 けれど先日、ちょっとした義理で日経を契約することになったのです。その日経の2012年12月8日付の朝刊の春秋という記事を読んで感心しました。
 山岳遭難を例にとって、71年前の12月8日の対米開戦に踏み切ったことについての内容でした。
 (内容紹介)2012・12・8 春秋
 山岳遭難で多いのは「道迷い」だ。読んで字の如く、行くべき道を間違える基本的なミスなのだが、警視庁のまとめでは昨年の全国の山の事故のうち4割を占める。天候は良い。リーダーも経験豊富。みんな装備もしっかりしている。それでも道迷いは起きるという。
▼おしゃべりや景色に夢中で分岐点を見逃す。迷いはじめた時に引き返さず、つい、もうちょっと、と進んでしまう。おかしいな、と思ってもリーダーに任せ、彼もまたプライドがあるから弱いところは見せられない・・・。多くの登山家が指摘する道迷いの心理は組織や集団にも当てはまろう。もちろん国家の過ちにも。
▼71年前の今日、日本は対米開戦に踏み切った。道迷いのはじまりは米国を怒らせて石油禁輸を招いた南部仏印進駐か、前年秋の日独伊三国同盟締結か、いやいやずっと以前の満州事変のころから道を外れていったのか。
 見方はさまざまだが、引き返す勇気はなく、冷静な声も熱狂にかき消されていった昭和の軌跡である。
▼緒戦の勝利に気をよくした軍部には、中央アメリカやアラスカを「帝国領土」とする案まであったとされる。けもの道の奥深く迷い込んだ遭難者はそんな幻覚をも見たのだ。その道はやがて完全に閉ざされ、破滅を迎える。
 なぜ間違ったのか。どこで間違ったのか。問い続けることは、今を問うことでもあるに違いない。
 以上が全文の内容ですが、この記事を読んで、何事も食わず嫌いではいけないのかな?と反省させられた次第です。石原、ハシシタ、安倍が夢よ再びと跋扈し昔返りを目論んでいる時だけに余計にその思いを強くしました。(2012-12-13 早瀬達吉) 

 【出典】 アサート No.421 2012年12月22日

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【投稿】日中の政権交代と緊張激化

【投稿】日中の政権交代と緊張激化

権力闘争は「引き分け」
 11月14日、中国共産党第18回大会は新たな中央委員や中央委員候補計376人を選び終了した。そして翌日の中央委総会で、習近平総書記をはじめとする政治局常務委員7人の新指導部が選出された。
 この人事を巡っては、習総書記の属する、党幹部、長老の子弟を中心とする「太子党」派と、胡錦濤前総書記らの「共青団」派との間でギリギリまで厳しい駆け引きが繰り広げられた。
 常務委員の勢力配置を見れば、7人中5人が保守派の長老である江沢民元主席に近い人物であるが、同時に選出された政治局員には「共青団」出身者が多く含まれている。
 5年後に予定されている第19回大会では、今次選出された常務委員の多くは引退し、新政治局員が昇格する見込みであることから、今回の人事は派閥間のバランスと今後に配慮したものと考えられる。
 ここに至る経過として世界を驚かせたのが今春重慶市を舞台に繰り広げられた権力闘争である。当時重慶市では薄熙来同市党委員会書記が絶大な権力を維持していた。党中央政治局員でもある薄は今期、常務委員会入りが有望視される「太子党」のエースであり、重慶市には胡錦濤、温家宝体制の指導が入らない状況が続いていた。
 しかし、薄の側近である王立軍のアメリカ領事館への逃亡をきっかけに、妻である谷開来によるイギリス人実業家毒殺事件が発覚、続いて自身の不正蓄財など権力の私物化も次々と暴かれた。そして薄はあらゆる役職から解任され、完全に政治生命を絶たれた。
 この事件は、「太子党」派にとっては大打撃となり、習近平自身の健康不安説とも相まって、党大会、中央委総会もこのまま「共青団」派のイニシアティブのもと牽引されるかに見えた。

保守派に塩を送った日本
 しかし劣勢にたたされた保守派に対して、意外なところから応援団が現れた。いうまでもなく日本政府、民主党政権である。尖閣問題での日中間の緊張激化に関し、現状維持を希望する胡錦濤政権を無視する形で、野田政権は国有化を強行した。
 中国では保守派からの弱腰批判を回避するため、官製デモが組織されたが保守派の介入で次第にコントロールが効かなくなり始めた。集会では貧富の格差、政治腐敗の糾弾に加え、毛沢東の肖像を掲げ、放逐された薄熙来の復帰を訴えるスローガンも唱えられた。
 さらに北京でアメリカ大使の車が襲撃されるなど各地で暴走が起こり、反日デモが反政府=反指導部デモに転化しかねない状況に至って、胡錦濤指導部は守勢に転じざるを得なくなった。
 緊張が高まるにつれ、人民解放軍の存在力は増大し、その掌握は共産党にとって以前にもまして重要な問題となっていた。9月に中国初の空母「遼寧」が就役した際には、胡錦濤、温家宝両氏がそろって同艦を訪れ、軍重視、海洋権益保護の姿勢を強調した。
 さらに胡錦濤については、総書記退任後も党中央軍事委員会主席には留まり、人民解放軍に対する影響力を保持するのではないかと見られていた。しかし中央委の土壇場で、その地位も習近平に譲ることが決まった。
 これは習総書記らと軍の繋がりの強固さを示すものではあるが、日中間の緊張がこうした人事を後押ししたと言えよう。もっとも胡錦濤は完全引退とともに、江沢民ら上海閥の排除を進める一方、新政治局員への影響力を保持し、党規約の改正で自らの指導理念「科学的発展観」を「不磨の大典」とすることで一定の地歩は固めた。

内政が最重要課題
 今後の中国の方向性については、軍、保守派の影響力が拡大したとして、一層強硬な対日政策を推し進めるとの観測が日本国内ではなされている。一部では明日にも、尖閣諸島に中国軍が押し寄せるかのような憶測が流されている。
 確かに尖閣近海には連日のように中国の海監船が数隻単位で出動しており、日本の巡視船との間で牽制が続いている。
 しかし、巡視船は20㎜~30mmの機関砲を搭載し、海保は北朝鮮武装船との間で実戦を経験しているのに対し、中国海監船の多くは元々軍艦ではあるものの武装は撤去されおり、先制攻撃などしようが無いのである。
 そこで日本の強硬派は、「漁民に化けた人民解放軍」や中国軍そのものを登場させたがっている。なぜこんな発想が出てくるか考えれば、かつて日本が引き起こした張作霖爆殺や柳条湖事件から満州事変へ、などと同じ謀略と侵略を中国もするに違いない、という恐怖心と思い込みである。
 習近平指導部は日本が対応をエスカレートさせない限り、自ら緊張を高めるようなことはしないだろう。習体制が抱える喫緊の課題は、何と言っても減速する経済と拡大する格差に対する対応である。
 また中国では、社会の不均衡が解消されないまま、少子高齢化が急速に進み、近い将来、現在のような産業構造は維持できなくなるだろう。
 これらの経済社会政策に失敗すれば、くすぶり続けるチベットやウイグルの民族運動と相まって社会不安が一層拡大するのは避けられない。
 国内矛盾解消のため敵を外に求めるのは現在の反日デモが限界である。日中の軍事力を考えれば実際の武力行使はあまりにリスクが大きすぎ、数隻艦艇が沈めば中国新指導部は重大な危機に直面するだろう。

政権交代で高まる危機
 第2次世界大戦後の漁業権や離島を巡る武力紛争は、イギリスとアイスランド、アルゼンチン間の「タラ戦争」や「マルビナス(フォークランド)紛争」などがある。しかし冷戦下という時代背景や各国が置かれた位置など、衝突発生に至る過程を勘案すれば、現在の尖閣問題が同様の経過を辿るとは安易に考えられないが、危険性は皆無ではない。
 その危険性は日本国内で日増しに高まってきている。尖閣諸島の国有化で「国交回復以降最悪」と言われる状況を作った民主党・野田政権は事態を正常化させることができないまま退場しようとしている。
 次期政権をうかがう安倍自民党総裁は、海保のみならず軍事費の増大を公言している。さらに尖閣問題の張本人である石原慎太郎を代表とする「日本維新の会」が新政権に参画するようなことがあれば、最悪の事態に進みかねない。
 日中両国は「最悪の状況」であっても、尖閣海域に軍艦は派遣しないというギリギリの線はこれまでのところ維持してきた。さらに「島嶼奪還」を名目に南西諸島で計画されていた日米合同の上陸演習も直前に中止された。しかし排外主義を掲げる政権が誕生すれば、この一線はやすやすと突破されよう。
 石破自民党幹事長は先の総裁選で陸自「海兵隊」の創設を唱えていた。敵前上陸を主要な任務としてきたアメリカ海兵隊が念頭にあるなら、非常に危うい思考と言わざるを得ない。日本の好戦主義者が「中国軍が尖閣に上陸する」と思い込むように、中国の民族主義者も敵前上陸とは中国本土上陸だと考えるのである。
 陸上自衛隊としては、海空重視の傾向が強まる中、自らの権益確保の手段としての「海兵隊」は有りかもしれないが、何をするかわからない政治家のもとでは実戦に投入されかねず、二の足を踏んでいるのが実情だろう。
 このように現在の流れは、民主党のつけた火に自民、維新が油を注ぐ形となっている。各党とも日米同盟機軸を主張しているが、アメリカはアジア情勢全般を鑑み中国を牽制するものの、いよいよとなった場合尖閣に武力介入することはないだろう。その場合、民主、自民は躊躇するだろうが維新は暴走する危険性を秘めている。 
 こうした動きを阻止していくため、総選挙に向け、韓国、北朝鮮も含めた東アジアの緊張緩和を対外政策の基軸とする政治勢力の連携が急務となっている。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.420 2012年11月24日

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【投稿】マスコミが煽る「第三極論」の抬頭 

【投稿】マスコミが煽る「第三極論」の抬頭 

<ふがいない民主・自民と、「第三極」の抬頭>
 11月16日野田首相は、年末解散を断行し総選挙に突入した。しかし、民主党政権の存続の展望は限りなくゼロであろう。国民の大半が反対した消費税増税を、密室の三党合意で強行したが、増税とセットの「税と社会保障の一体改革」は、言葉は踊れども、姿は見えてこないし、国民も実感することすらできない。尖閣問題では国有化を強行し、民主党政権最初の首相である鳩山の「東アジア共同体」構想とは、全く逆の「混迷と対立」の東アジアにしてしまった。党内では、消費増税に反対した小沢グループが党を離れ、解散後も、維新や自民の傘の下を求めて、10名以上が離党し、衆議院での過半数は消えた。これらの輩の下心は批判されるべきだが、ここまで求心力を失えば、選挙結果は明らかであろう。政権はおろか、政党としての存続も危うい状況と言われている。野田は解散にあたって「比較第一党をめざす」と明言したが、それもまた実現不可能と言わねばなるまい。
 一方、自民党もまた、世襲候補が跋扈し、総裁選挙に明らかなように、派閥力学が依然として党を支配している。民主の低迷の中、自民回帰の流れがあるので、後景に退いているとは言え、自民党が、政権交代から何も学んでいないことは明らかであろう。当然、過半数を制して、単独政権をめざすところだが、自公でも過半数になるかどうか、未だ不透明である。
 11月19日の毎日新聞は、選挙を焦点にした世論調査結果を報道しているが、政党支持率では、自民17%、民主11%、維新13%で、支持政党なしが36%。また読売新聞は、石原・橋下合流後の調査で、維新への支持が合流前から3分の2に激減していると報道し、「政策の不一致を顧みず、合流を最優先した判断が批判を浴びている」と断じている。いずれにしても、政治への不信が、一層強まる中での総選挙になろうとしているのである。
 
<原発問題は「小異」だった>
 そこで、民主・自民ネタでは面白味がないと、マスコミは「第三極」を追いかけ、非常に危険な動きをしていることを見逃すわけにはいかないだろう。
 特に、突然の東京都知事辞任から「石原新党」結成、そしてその直後には、「小異を捨てて大同につく」として、橋下維新の会に吸収される過程では、何らの批判精神のかけらもないマスコミ報道が目立ち、「石原ー橋下」に媚びる姿勢が目だったのではないか。
 「小異を捨てた」とする8項目の合意文書では、外交政策もなく、政党として基本的な政策は抜け落ち、TPP政問題も、「交渉には参加するが、国益に沿わなければ反対」と、曖昧な内容である。税制も消費税を11%、地方交付税制度の改革にのみ触れているだけで、これで「合意」なら、政党などいらない。話題の石原と橋下が組む、それがすべての「第三極」でないのか。さらに、東日本大震災についても、何も述べられていない。震災復興の課題など思いも及ばない輩なのであろう。
 
 合意文書「強くてしたたかな日本をつくる」とは、以下のような内容である。
(1)中央集権体制の打破
 地方交付税廃止=地財制度廃止、地方共有税制度(新たな財政調整制度)の創設、消費税の地方税化、消費税11%を目安(5%固定財源、6%地方共有税)
(2)道州制実現に向けて協議を始める
(3)中小・零細企業対策を中心に経済を活性化する
(4)社会保障財源は、地方交付税の廃止分+保険料の適正化と給付水準の見直し+所得税捕捉+資産課税で立て直し
(5)自由貿易圏に賛同しTPP交渉に参加するが、協議の結果国益に沿わなければ反対。なお農業の競争力強化策を実行する
(6)新しいエネルギー需給体制の構築
(7)外交 尖閣は、中国に国際司法裁判所への提訴を促す。提訴されれば応訴する
(8)政党も議員も企業・団体献金の禁止 個人献金制度を拡充

 最大の問題は、原発政策であろう。維新は「脱原発依存」政策ではなかったのか。合意文書では、原発ゼロは見事に抜け落ち、安全基準のルール化のみが示されるのみ。まさに「原発問題」は「小異」だったのである。原発推進の「石原新党」と「脱原発的」維新が、小異を捨てた。これを野合と言うのである。
 「石原新党」と名古屋市長河村が代表の「減税日本」の合流も、数日で破棄され、とにかく、橋下だのみで石原が屈服した、橋下も「政策の一致が必要」は単なるポーズであって、看板としての全国的な知名度から石原を利用する。「第三極」の実態とは、何なのか。徹底的に暴露することが必要であろう。
 
<「第三極」の本質は何か>
 それでは、彼らの「大同」とは何かである。日米安保擁護の従属路線、新自由主義(自己責任論・格差容認)、憲法改正(9条だけに止まらない)、などの自民党よりも更に右派路線であろう。「核兵器も持ち込めばいい」「中国・韓国に侮られるな」という排外主義、そして軍事的拡大路線。芯の部分では、これらで一致していると考えられる。だから、「小異が捨てられる」のであろう。みんなの党、減税日本もこれら右派路線を共有している。これが「第三極」の本質であろう。
 11月17日、維新は第一次公認を発表したが、47名であり目標の80名に届かなかった。19日には、「石原新党」組9名を第2次公認とし、公認候補は56名となった。大阪は12名公認だが、地方組織(県)はまだ3つしかない。300選挙区に候補者を立てるという方針も、241区に引き下げた。すでに公示まで2週間である。マスコミの異常な報道体制の中、「第三極」旋風は果たして起こるのか。こうした極右路線を徹底的に批判し、脱原発・消費税増税反対・TPP反対の勢力を擁護、支持していくことこそ求められている。(2012-11-19佐野) 

 【出典】 アサート No.420 2012年11月24日

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【日々雑感】こんな所にも反中国の影響か? 

【日々雑感】こんな所にも反中国の影響か? 

 私は年金生活者、月17万円で3人家族、これではやって行けないので、年老いてのアルバイト暮らしです。その職場で、ある日の新聞一面記事に中国の反日デモが載っていました。それを目にした同僚が、中国のことを襤褸糞に罵りました。そばに居た私は黙っていられなくて、「まあー、いろいろあるやろうけれども、太平洋戦争で日本が負けた時、中国からの引揚者等が残した数多くの残留孤児を中国の人々が育てあげて、戦後の日本に送り返してくれたということも、忘れたらあかんやろううな。」と一言余計なことを言ってしまいました。
 それが原因かどうか、普段は好きなパチンコの話や冗談を言い合っていた彼が一言も口をきかなくなったのです。
 「去るものは追わず、来る者は拒まず」の心境で暮らしている私としては、別に気にもなりませんが、「聞く耳を持たない」と言う態度は周り回って自分自身に降りかかってきて損をすると思っております。
 マスコミに操られやすい人々が多い中、こんな所にもマスコミキャンペーンが影響するのかと残念に思いました。
 この1件で思い起こすのは、斯く言う私も、古くは中ソ論争が盛んに言われた頃は、強い反中国論者でした。当時読んだ、スースロフ報告という文書で、中国の執拗な反ソ攻撃に、忍耐強く対応しているソ連側の状況を知り、あるサロン風の集いの中で、文化大革命の誤った路線を進める中国を強く批判したことがありました。
 その時、その集いに加わっておられた、今は亡きM・SU女史(当時園田在住、作家の故佐多稲子氏とも交友があり、中国で苦労して引き揚げて来られたと聞く)の一言で、私の反中国感情も少しは和らいだ事を思い出しました。
 故M・SU女史は言っておられました。「早瀬さんの中国批判は、よく分かるけれど、あの大戦で日本軍隊にひどい目に合わされた中国の人々が、残留孤児の人々を育て上げ、戦後の日本に送り返してきれた。その恩は忘れてはいけないと思いますよ」と。
 今回の1件で、今は亡き大先輩夫妻の墓前に手を合わせに行きたい心境にさせられた次第です。(2012-11-15早瀬達吉) 

 【出典】 アサート No.420 2012年11月24日

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【投稿】領土ナショナリズムと政治の右傾化

【投稿】領土ナショナリズムと政治の右傾化

<<「2人のタカ派の争い」>>
 危険極まりない政治の右傾化が進行している。
 戦争挑発と差別的言辞にしがみつく石原慎太郎東京都知事、それを後追いし、平和共存と対話路線を放棄して、わざわざ意図的な緊張激化路線を選択した民主党・野田政権、さらにこの政権の一層の右傾化をけしかけ、政権奪還を目指す野党自民党の安倍・石破執行部の誕生、そしてファシストまがいの橋下・日本維新の会の跳梁跋扈、日本の政治は今危険な曲り角に来ているといえよう。
 米紙ワシントン・ポストが、日本が中国との尖閣諸島の領有権などをめぐり、「右傾化への重大な変化の真っただ中にあり、第2次世界大戦後のどの時期よりもこの地域内で対決色を強めている」と論評(9/21付)する事態の到来である。
 同じく米紙ウォールストリート・ジャーナルは「日本の将来をめぐる2人のタカ派の争い」と題して「日本の野党・自民党は先月、安倍晋三元首相を新総裁に選出した。まるでバック・トゥ・ザ・フューチャー(未来への帰還)だ。安倍氏は首相として辛うじて1年務めたあと、健康上の理由に加え、政府内の政治的機能不全による支持率低下により2007年に9月に辞任した。以来、安倍氏は再起をもくろんできた。総選挙で自民党が勝って自らが首相の座に返り咲くためには、外交政策で野田佳彦首相を上回るタカ派姿勢を取る必要があることを安倍氏は認識している。」「野田氏と安倍氏は自らの強硬派としての実績に競って磨きをかけているが、これはいずれにしろ、日本の外交政策が一段と保守寄りに傾く可能性があることを意味する。」(10/9付)と指摘している。
 「競い合う2人のタカ派」は、いずれも集団的自衛権の容認を公然と打ち上げ、憲法9条の改悪を共通の目標とし、平和と経済を犠牲にしてでも軍事的緊張激化を辞さない、戦争挑発路線を競い合っているのである。
 オスプレイ配備強行も、その過程での米兵による集団暴行・レイプ事件に直面してもなお「事故」で済まそうとする野田政権の姿勢も、明らかにその軍事挑発路線と深く関わっている。

 

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オスプレイNO!抗議行動

写真は、10/19アメリカ領事館へのオスプレイNO!・米兵レイプ抗議の緊急行動

<<「われ、軍国主義者なり」>>
 この路線は、民主党への政権交代をもたらした2009年総選挙時の民主党マニフェストと全く逆行する路線である。マニフェストは「中国、韓国をはじめ、アジア諸国との信頼関係の構築に全力を挙げる」として、平和的共存、不戦と自由貿易圏としての東アジア共同体を掲げていたのである。もちろん、マニフェストには集団的自衛権の容認も憲法9条改正も掲げられていなかった。ところが今やこのマニフェストのほとんどを裏切り、中国、韓国との信頼関係をズタズタに壊してしまい、一触即発の危険な冷戦状態、軍国主義化路線をまでをもたらしてしまっているのである。
 10/14、野田首相は神奈川県沖相模湾で艦艇45隻、航空機18機、自衛隊員約8千人が参加して行われた海上自衛隊観艦式で訓示を行ったが、「領土や主権をめぐるさまざまな出来事が生起している。自衛隊の使命は新たな時代を迎え重要性を増している」と述べた後、「諸君が一層奮励努力することを切に望む」と締めくくったが、この「一層奮励努力」は日本海海戦で掲げられた「Z旗」で使われた表現であり、訓示ではさらに「至誠にもとるなかりしか」など旧海軍兵学校「五省」も読み上げたという(沖縄タイムス10/16付)。まさに旧大日本帝国海軍を称揚する「われ、軍国主義者なり」との意思表明である。軍国主義におもねる本性をさらけ出し、ついに来るところにまで来てしまったのであろう。「五省」の2は「言行に恥づるなかりしか」であるが、至誠にもとり、言行にも恥づる典型としての野田首相が、あの面構えでいけしゃあしゃあとこのように訓示する面妖さはもはやいかんともしがたい段階に来ていると言えよう。
 ところが、沖縄以外のマスコミはこうした野田首相の軍国主義者への変節の具体的現実を全く報道しない。

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10/19大阪府警天満署への関電本店前反原発行動参加者不当逮捕抗議・即時釈放要求の行動

 

<<「大人の所作」>>
 むしろそれどころか、「中国が攻めてくる」(週刊現代)、「中国をやっつけろ」(週刊文春)など領土ナショナリズムを煽り立てる見出しがこれみよがしに大書・横行している。それに乗じたのであろう、10/11付朝日新聞の天声人語は、中国を「体ばかり大きい子ども」と形容し、「大国の自覚はない粗雑さ」をあげつらい、「官民あげての「愛国無罪」も、国際社会の評判を落とすだけである。とりあえず「大人の所作」を覚えよう、と難じておく。 」と揶揄している。いかにもその尊大な上から目線は、そのような事態をもたらした日本側の「粗雑で大国の自覚がない」、常識さえわきまえない、「大人の所作」とは全く縁遠い、差別感情に満ち満ちた、「国際社会の評判を落とすだけ」の「国が買い上げると支那が怒るからね」とけしかけた石原都知事の発言や、それに乗じた野田首相の言動こそが、今日の事態をもたらしたという認識、自覚が全くないのである。
 9/13付朝日社説は「もう一つ気がかりなことがある。中国外務省が声明で、日清戦争の混乱の中で「不法に盗みとった」などと、日本の中国侵略の歴史と結びつけて説明していることだ」と難詰しているが、大日本帝国に対して無条件降伏を求めたポツダム宣言が第8項で「カイロ宣言の条項は履行されるべき」としたカイロ宣言は「満州、台灣及び澎湖島の如き日本国が清国人より盗取したる一切の地域を中華民国に返還すること」と、「盗取」、「盗み取った」という現実を明瞭に表現しており、中国外務省がその国際的文書を引用したのは間違いない。朝日はこの歴史的文書をも否定するつもりなのであろうか。
 そしてここからより根本的な問題が見えてくる。それは、中国、韓国との対立が象徴している、日本側の歴史的責任への自覚、認識の欠如である。それは、「尖閣」も「竹島」も、日本軍国主義が中国侵略戦争の過程で、朝鮮植民地化の過程で略奪し、一方的に日本帝国の版図に組み入れたという動かしがたい歴史的現実、事実である。従軍慰安婦問題でもそうであり、自民と民主の閣僚まで加わっての、靖国参拝が象徴しているように、この日本の加害と侵略・植民地戦争への根本的な責任を常に曖昧にし、ごまかし、うやむやにしてきた、日本側の責任感の欠如こそが両国民衆から、世界から厳しく問われているのである。
(生駒 敬) 

  【出典】 アサート No.419 2012年10月27日

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【投稿】原発事故で誰も責任をとらないなら「日本に明日はない」

【投稿】原発事故で誰も責任をとらないなら「日本に明日はない」
                           福井 杉本達也 

1 「自分のケツ、拭けてるか?」
 「僕は中小企業の経営者が、いちばんまじめに生きてるんじゃないかと思う。大企業や国家が今いちばんヤバいのは、自分でケツを拭いていないってところ。今回の原発関係者全員、誰もケツ拭かない。みんなで渡ってるからケツ拭かない。犯人がいないから。これ、官僚がそういう仕組みを作ったのかもしれないけど、ケツを拭かない国家に明日があると思いますか?」(矢沢永吉:『Rolling Stone Japan Edition』8月号巻頭インタヴュー)。 福島原発事故から1年半が経過したが、いまだ16万人が避難し、国際赤十字「世界災害報告書2012」からは「科学技術の事故によって(住民が)移住させられた。人道の危機だ」(朝日:2012.10.16)と発展途上国の独裁国家並みの「強制移住」を非難されているにもかかわらず、誰も事故の責任をとって辞任した者も、逮捕された者も、首になった者も、降格された者もいない。日本の官僚機構は明治以来の「絶対・無謬」の「国家観念」の中で安穏としている。官僚の政策決定は「絶対・無謬」であるとするから誰も責任をとらないのである。記者会見で「大幅な原子力抑制は大規模な停電を意味する」(WSJ:2011.3.23)と国民を恫喝したスポークスマンの旧原子力安全・保安院の西山審議官は後にスキャンダルで更迭させられるが、環境省の除染推進チーム次長として“復活”している。

2 何があっても原発建設を継続
 10月からJパワーの青森・大間原発の工事が再開された。9月15日に枝野経産相が「建設途上のものは(「原発ゼロ」)原則の外側にある」としてすでに着工した原発は建設継続を容認する考えを示したからである。一旦許可したものは何があって止めないという官僚内閣制の典型である。旧自治省出身の西川福井県知事の「ぶれるな」発言も同様の精神構造から出てくる。日本国憲法では国会は国権の最高機関となっているが、実態は国会が選任した内閣が変わっても、省庁は個別施策について政策の「継続性」を強調する(松下圭一:『政治・行政の考え方』1998.4.20)。官僚内閣制で省庁間の個別政策を調整し政治決定を集約するものとして法的には存在しない非合法の「次官会議」があった。国会答弁も「政府委員」としての官僚が行い、内閣・国会は官僚の筋書きで動いていた。2009年の政権交代で鳩山内閣は一旦「次官会議」を廃止したが、その後、菅内閣で東日本大震災への対応として「被災者支援各府省連絡会議」が設置され事実上の「次官会議」を復活させてしまった。これでは、官僚の犯罪に踏み込める訳がなく、責任追及はうやむやになるだけである(松下:『成熟と洗練』2012.8.27)。

3 原発直下の活断層を見逃した官僚の無責任
 最近になって大間原発で活断層が発見されたと報道されているが、実は着工前から活断層があるのではと指摘されていた。2008年6月に開催された原子力安全委員会でも中田高広島工業大学教授(変動地形学)は原発付近に「海岸段丘」など海底活断層を疑わせる地形があると指摘していた。これに対し旧保安院・Jパワーは海の水準が昔より下がっただけだと黙殺した(福井:2008.7.5)。渡辺満久東洋大教授(変動地形学)から、今回新たに津軽海峡にある40キロの活断層が連動して動くと指摘された原発敷地内の活断層も発見された(福井:2012.10.4)。さらには、産総研・東海大からも原発東側の平舘海峡でも14キロの撓曲(とうきょく)=活断層(未知の部分がさらに北=原発東海岸付近へ伸びると推定される)があると指摘された(福井:2012.10.14)。これらの活断層が動くとすればマグニチュード7クラスの地震を引き起こすとされ、マグニチュード6.8の耐震基準で設計された大間原発は当然見直さなければならない。0.2違えば10倍違うからである。
 活断層については、大間原発以外にも、志賀原発・敦賀原発・大飯原発などで敷地内に活断層が走っていることが確認されている。六ヶ所再処理工場敷地でも撓曲が確認されている。志賀原発では1987~88年に1号機原子炉建屋直下を横切るS-1断層をトレンチ調査したにもかかわらず、旧通産省や原子力安全委員会が見逃した疑いが浮上している。当時の安全委員会の専門家(?)はトレンチ調査を見た記憶もないと回答している(福井:2012.7.30)。渡辺教授は国や事業者は基本的に活断層と認めない。認めざるを得ない場合は短くとらえて評価を値切ってきたと指摘する(福井:2011.7.14)。いわゆる「活断層カッター」といわれる旧通産省出身の衣笠善博氏(東工大)らの存在である(広瀬隆)。全く無責任極まりない状態である。原発訴訟画期的だった2003年1月27日のもんじゅ原発訴訟差戻第二審名古屋高裁金沢支部(川崎和夫裁判長)判決文を今改めて読むと「原子力安全委員会は,本件申請者のした解析に不備や誤りがあるとしてその補正を求めたことは一度もないことが認められる。科学技術庁が安全審査をした結果をまとめた安全審査書案を見ても,本件許可申請書の記載をそのまま書き写したか,又は要約したものに過ぎない。これでは,本件安全審査が本件申請者の主張にとらわれない独自の調査審議を尽くしたと認めるには多大な疑念を抱かざるを得ない。…誠に無責任であり,ほとんど審査の放棄といっても過言ではない。」と鋭く指摘している。にもかかわらず、官僚が責任を問われず「ニゲキレル」のは、官僚は担当行政について、のちのちに個人責任が問われないよう、短期間でのはげしい「配転」があるからであり、さらには「海外派遣」つまり海外逃亡すらお膳立てされている。責任官僚は責任行政のポストから、いわば「消えて」しまうからである(松下:『成熟と洗練』)。さらに官僚は職務権限のはっきりしたときのみの収賄をのぞき、国家行政組織法、国家公務員法などの不備もあって、個別行政決定権については個人行政責任の追及ができないというかたちで、国法を超えた位置にあり、「国家」の名において責任をのがれるシクミとなっているのである(松下:『政治・行政の考え方』)。

4 被爆隠しなど国の犯罪の下請け機関と化す自治体
 国の官僚が責任を持たない以上にさらに地方自治体の官僚は国に追従して輪をかけて無責任である。その典型が福島県である。「東京電力福島第1原発事故を受けた福島県の県民健康管理調査について専門家が意見を交わす検討委員会で、事前に見解をすり合わせる「秘密会」の存在が明らかになった。昨年5月の検討委発足に伴い約1年半にわたり開かれた秘密会は、別会場で開いて配布資料は回収し、出席者に県が口止めするほど「保秘」を徹底。県の担当者は調査結果が事前にマスコミに漏れるのを防ぐことも目的の一つだと認めた。」(毎日:10.3)
 さらには議事シナリオには県が4月20日に福島第一原発事故直後にSPEEDIのデータを受け取りながら、県民に公開せず、削除していたことについて調査結果を発表したが、それに関し「SPEEDI再現データ(3月15日の課題)の質疑に終始しない。(SPEEDIの話題のみが着目される可能性あり、そうならないよう願います。また、そうなった場合は、『線量評価委員会』で検討とそらして下さい。)[○○先生と要調整]」などと記載されていた。」(毎日:10.5)というのであるからなにをか言わんやである。国会事故調の聴取で双葉町長はSPEEDIの非公表問題で、「知らされていれば違った方向にかじを切った。政府の罪の深さは計り知れない」(福井:2012.1.31)と答えているが、国と並んで、SPEEDIデータを消し去った福島県の犯罪も同罪である。
 福島県は事故直後から山下俊一氏を放射線健康リスク管理アドバイザーとして任命し計画的避難区域に指定される前の4月1日に飯舘村では「マスクを着けて外出しなくても大丈夫だ、放射線は心配することはない」と講演している。しかし、その直前の3月31日にIAEAは飯舘村が避難基準の2倍以上の汚染地域であると指摘していた。
 2000年の地方分権改革で「官治型下降論理」つまり「統治原理」にもとづく「機関委任事務」は廃止され、名実共に基礎自治体として自立するべきものであった(松下)。しかし、その無知と思考停止状態から放射能隠しの犯罪も含め相も変わらず「自治事務」や「法定受託事務」の発想はなく従来通りの「機関委任事務」の発想のまま、国の下請け【機関】と化している。特に酷いのは、佐藤雄平福島県知事の他、放射能汚染の事実を隠そうと画策する村井宮城県知事であり、子供の健康調査は必要なしとする橋本茨城県知事、新幹線と引き換えに大飯再稼働を認めた福井県知事であり、玄海原発再稼働を画策した佐賀県知事、六ヶ所村の権益擁護に汲々する青森県知事らである。
 発展途上国型の「進歩と発展」への幻想は終わった(松下)。我々は米国に従属する腐りきった官僚体制を変革できるのか、日本に明日はあるのか、今岐路にたっている。

 【出典】 アサート No.419 2012年10月27日

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【投稿】生活保護法改正議論の行方

【投稿】生活保護法改正議論の行方

 本年4月以来、厚労省は社会保障審議会の中に「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」(宮本太郎北海道大学教授が座長)を設置し、生活保護とそれに連なる貧困問題について、議論を行ってきた。そして去る10月17日の第9回部会で、厚労省は「『生活支援戦略』に関する主な論点(案)について」と題する文書(49P)を提案してきた。
 
<第2のセーフティネットの充実という側面>
 2部構成になっているこの文書の、第一項は、いわゆる第2のセーフティネットの充実というテーマである。特に雇用保険や社会保険など第1のセーフティネットの後に、第3の、そして最後のセーフティネットである生活保護に至る前の、新たな仕組みということになる。これまでも、住宅手当制度(6ヶ月間住宅費を補填する制度)や総合生活資金貸付制度が創設されてきたが、依然失業状態が継続すれば、生活保護に容易く辿りついてしまう。
 そこで、第2のセーフティネットとして「生活支援戦略」が必要とされ議論されてきた。「生活困窮者が経済的貧困と社会的孤立から脱却するとともに、親から子への「貧困の連鎖」を防止することを促進する。国民一人ひとりが「参加と自立」を基本としつつ、社会的に包摂される社会の実現をめざすとともに、各人の多様な能力開発とその向上を図り、活力ある社会経済を構築する」ことが、「生活支援戦略」の基本目標とされている。
 そういう意味では、この生活支援戦略は、民主党政権としても目玉になる政策と言えるものであり、大いに議論し、実行ある政策展開が求められていると言える。
 「経済的困窮者や社会的孤立者の早期把握」・「初期段階からの「包括的」かつ「伴走型」の支援体制の構築」・「民間との協働による就労・生活支援の展開」が、大きな枠として設定されている。これら課題を、行政だけでなく、NPOや社会福祉法人、民間企業、ボランティアなどとネットワークを組んで、生活困窮者の支援をしようというわけである。
 さらに、これまでの福祉制度が、基本的に申請主義であって、役所に来る人は支援するという構造であったが、各機関がもっと「アウトリーチ」的取組みを強めて、地域に出向いて、早期把握・対策を行う必要があると指摘している点も、従来の施策構造からの転換という意味では、積極性を持つと評価できる。
 その中では、「総合的支援センター」の設立で、早期把握・支援を行うこと、「中間的就労」の機会を自治体や民間が提供し、就労への準備を支援する。そしてハローワークの対策を強めて、就職支援を行うことなどが、提言されている。
 さらに、貧困の連鎖を断ち切るための、教育の課題なども議論されている。
 実現には、さらなる議論と調整が必要と思われるが、少なくとも、「社会的包摂」をキーワードに、新たな「生活支援」策が議論されているという意味で、総論的には評価できる内容ではないか、と思われる。
 
 <生活保護の適正化と、法改正論議>
 一方で、第2項は、「生活保護制度の見直しに関する論点」と題され、生活保護に対する世論の風当たりの強まりを背景とした、制度見直し提言となっている。主な内容では、「期間を定めての早期の集中的な就労・自立支援を行うための方針を国が策定」「(生活保護)脱却インセンティブの強化」「就労収入積立制度の導入」「保護脱却後のフォローアップ強化」などとなっている。
 これらは、比較的若い失業者を対象としていると思われるが、保護開始段階から、早期集中的な自立支援を強化し、概ね6ヶ月で低額収入であっても就労が開始されるよう支援を行う。就労開始されれば、勤労控除が収入増につれ控除率が低下することが「脱却インセンティブ」に悪影響するとして、控除率の見直しが示唆される。さらに、就労が安定すれば、「就労収入積立制度」により、保護廃止後の「生活安定性」を担保するとしている。
 そんなにうまくいかないような気もするが、就労開始に繋げる制度が充実することは必要なことであろう。ただ、現下の景気低迷の中で、雇用の拡大が望めない中、様々な要因で就労を開始できない人々への「締め付け」となる可能性は否定できない。
 部会論議でも、「期間を定めての支援」について、議論が平行線となったと報道されている。
 さらに、論点では、医療扶助の適正化、不正不適正受給対策の強化、自治体の負担軽減と続く。不正対策では、タレントの親族の保護受給問題を反映して、扶養義務者への調査の強化(法29条関連)、不正受給に対する返還金への加算制度、再申請への審査の厳格化など、罰則強化などが語られており、部会でも委員から反対論が強く出された。さらに、ケースワーカーの不足から、業務の民間委託も可能になるよう検討するなどの項目もあり、生活保護制度の根幹部分を変更しようとする意図も見える。と言う意味で、第2項は、非常に問題の多い内容となっている。
 
 <拙速な制度改正にならない、慎重な議論を>
 この特別部会の議論は、非常に積極的な面を有すると同時に、拙速な、或いは保護の抑制に繋がりかねない問題も含まれている。制度改正と言う場合、他の社会保障制度全般との整合性も忘れてはならない観点であろう。拙速な法改正にならないよう、慎重な議論を求めたい。
 紙面の都合で紹介できなかったが、厚労省HPには、特別部会委員である、武居委員(社会福祉施設経営者協議会)、花井委員(連合総合政策局)広田委員(精神医療アドバイザー)、藤田委員(NPO法人ほっとプラス)が、意見書を提出している。それぞれ興味深いので是非参照願いたい。(2012-10-22佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.419 2012年10月27日

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【書評】「戦後史の正体」 

【書評】「戦後史の正体」 
       孫崎亨著 (創元社 2012-08-20 1500円+税)

9月中旬だったか、NHKが吉田茂を題材にしたドラマを放送していた。いわく、占領国アメリカに抵抗して、国民を守った首相吉田茂を描いたのだそうだ。しかし、本書によると、占領軍GHQとマッカーサーの指示は、何でも無条件に受け入れた「ポチ」首相吉田茂だった、というのが真相のようだ。

 本書は、戦後の政治史を、日米関係への態度を軸に読み解いたものです。
 「・・本書は、これまで語られることのなかった「米国からの圧力」を軸に、日本の戦後史を読み解いたものだからです。こういう視点から書かれた本は、いままでありませんでしたし、おそらくこれからもないでしょう。「米国の意向」について論じることは、日本の言論界ではタブーだからです。」(本書:「はじめに」より)
 
 <戦後の日本外交は、米国に対する「追随」路線と、「自主」路線の戦いだった>
 対米追随か、自主路線か、戦後長く続いた自民党政権についても、自主路線を選択、またはそれに傾いた首相は、米国によって排斥され、退場させられてきた。重光葵、芦田均(社会党)、鳩山一郎、石橋湛山、田中角栄、細川護熙(非自民)、鳩山由紀夫(民主)が挙げられている。竹下登、福田康夫も排斥されたグループに入ると著者は語る。そして、こうした自主路線派の排斥に協力した日本人の筆頭が吉田茂その人だというわけである。
 著者は、長い外務省経験の一つとして、イラン油田の開発問題を取り上げている。1999年から2002年までイラン大使を務めた著者は、当時のハタミ大統領の訪日に尽力した。アザデガン油田の開発も絡めた外交戦略だった。しかし、「日本がイランと関係改善を行うのはけしからん」とアメリカから圧力がかかり、高村外務大臣は内閣改造で姿を消し、油田開発も断念させられ、最後は中国に開発権を握られる結果となった。日本の自主外交をアメリカが断念させた例として著者は明らかにしている。
 本書は、1945年9月2日のミズーリ号での降伏文書調印、占領期を通じてのアメリカ支配、講和条約の締結、日米安保と地位協定、安保闘争と岸退陣、湾岸戦争と日本、9.11後のイラク・アフガニスタン紛争と日本など、まさに戦後史を紐解きながら、その中で起こった日本政界の「対米従属派」と「自主路線派」の戦いの歴史を、外交問題中心に語られている。
 
<対米従属路線を、墨守してきた自民党>
 8月15日が「終戦」記念日とされている。しかし、国際的には、連合国と無条件降伏を定めた降伏文書に署名した1945年9月2日こそが、「敗戦記念日」に他なりません。まるで天皇が玉音放送で、戦争を止めたように描く、これが戦後の出発点であった、とすることこそ、日本の誤りであると著者は言います。
 まさに無条件に連合国司令長官マッカーサーの指示に従う、これが吉田をはじめ戦後初期の政治家の「仕事」でした。その中でも、重光葵は一方的な占領政策に抵抗し、石橋湛山は、占領軍の費用負担の削減を要求した「自主派」であり、早々と圧力を受けて退陣を余儀なくされます。
 その後、「日本国民の生活水準は、旧植民地国民より下であってはならない理由はない」と生産設備の破壊などの占領政策を行ってきたGHQも、朝鮮戦争、米ソ対立を受けて、「共産主義への防波堤」と日本の位置づけを変え、日本の産業の発展を認めることになります。
 
<60年安保闘争は、途上国型政権転覆策であったのか>
 著者は、1960年安保改定を迎える中、岸首相の退陣をアメリカが画策したとの立場をとり、その根拠を示しています。岸は国会で、「日米地位協定は全面的に改定すべき時に来ている」と答弁し、アメリカの怒りを買ったと著者は語ります。
 日本国内のどこでもアメリカの意のままに基地として使用できる、費用は日本が負担するという日米地位協定こそが、アメリカにとっての日米安保条約体制の根幹であり、地位協定の改定を主張した岸について、アメリカの軍部とCIAこそが退陣を画策したと言います。親米経済グループの経済同友会系から、全学連の闘争資金も出ていたのではないか、との指摘です。政変のために、デモや国内の紛争を焚きつけるというのが、アメリカの常套手段であるとも指摘されています。少々抵抗のある論説ですが、岸が「地位協定の改定」や、中国との関係修復に動いていたとの指摘は、新たな検討テーマであるとも考えられます。
 
<日米対立の事態を経て、日米共同体へ>
 1970年代、80年代は、日本の経済成長に対して、アメリカに強い危機感が生まれた時期でした。その中でも田中角栄退陣の引き金であったロッキード事件は、アメリカに相談も無く、日中国交回復を行ったことへの報復ではないかと指摘しています。
 また、1970年代には、外務省内部で、米軍基地の逐次整理・縮小のための政策が検討されていたり、政府内部にも外交的な自主派が存在していた。しかし、その後の湾岸戦争やイラン・イラク戦争などを経て、こうした勢力は力を弱め、日米共同体という、対米従属的な親米派が強くなっていると著者は語ります。
 
<戦後政治を俯瞰する内容>
 著者孫崎氏は、「日米同盟の正体」他多数の著書があるが、一貫しているのは、外交における自主的立場を擁護することであり、アメリカに過度に頼らず、しっかりとした外交政策を独自に持つことを主張されている。鳩山由紀夫元首相が、政権交代を受けて、「アジア共同体構想」を打ち出したが、これもアメリカの抵抗にあったと言われている。
 今、尖閣だ竹島だ、領土を守れ、と与野党が競っている。しかし、日米地位協定を墨守し、事実上のアメリカ「占領状態」にある日本の現状はどうなのか。アジアに目を向けた独自外交ができない日本にしてきたのは、吉田に始まる自民党内従属派の歴代首相たちではなかったか。本書は、戦後政治を俯瞰し、今問われている政治・外交の課題を我々に突きつけている。(佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.419 2012年10月27日

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【投稿】週刊朝日問題について 

【投稿】週刊朝日問題について 

 週刊朝日(10月26日号)が話題になっている。発売当日の夕刻には、大阪でも完売した模様だが、その後の展開は、やや異様であった。問題の記事は、ノンフィクション作家佐野眞一氏の手による「ハシシタ 奴の本性」である。連載開始とされていたので、数回の掲載予定だったのであろう。(小生は、コピーを入手できた。)
 橋下の生い立ちについては、昨年10月の「月刊新潮45」が、しっかりした取材に基づく記事と特集を組んでいるが、このネタについては、大阪人としては、すでに既報道であり、目新しさはない。むしろ、10月4日の「日本維新の会」結成記念だろうか、資金パーティーの「潜入」記事が興味深い。一人2万円のパーティ券だが、所属議員が販売すれば、バックペイがあり、20枚以上売れば、一枚あたり1万円のバックがあるとか、一人で10枚買って参加した男の話など。少々、言葉はキツイが、橋下の演説を聴いてうさん臭さを感じた筆先は、中々鋭いものがある。さすが佐野眞一流だな、と小生は納得している。
 橋下は、「いつまで血脈探しをするのか」と週刊朝日を批判し、話を親会社の朝日新聞を敵とする話にすり替え、取材拒否を宣言した。
 記者会見でも、朝日新聞の記者を攻め立てていた。しかし、他の新聞記者は何をしていたのか。「橋下を批判すれば、ああなるのか」と、新聞記者の「根性」もなく、傍観していたのか。佐野氏の記事の内容は、「血脈ネタ」は3分の1程度。他は日本維新の会の取材記事である。関連質問をすればいいのである。ああ、情けなや。
 すでに、主要新聞は、橋下批判を書かなくなった。口を閉ざしているのである。そこで、唯一週刊誌は、まだまだ橋下ネタが取り上げられる。売れるからである。ひどいよいしょ記事の「現代」を除き、文春、新潮は、「橋下に任せられるのか」と論陣を張っていた。そして、朝日の登場となったわけである。
 結末としては、お詫びと連載中止となったわけだが、私は、これは始まりではないかと思う。後で振り返ると、これがターニングポイントだったという事がある。お詫びも連載中止も折込済ではなかったのか。支持率低迷、内部に組織的混乱、地方組織の目処も立たない、選挙資金もない・・。これから、ベクトルが反転するのか、面白くなってきたと思っている。別の媒体での佐野眞一氏の橋下評論を期待したい。(H)
 補:佐野眞一氏の文書の中で、具体的な同和地区名を表記した点について問題がある点は指摘しておきます。 

 【出典】 アサート No.419 2012年10月27日

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【日々雑感】 無条件降伏、それは不戦の誓いではなかったのか 

【日々雑感】 無条件降伏、それは不戦の誓いではなかったのか 

 先ず始めに、何ら学歴もない私の稚拙な文章が間違っていればご指摘ください。
 最近は、反中国、反韓国の記事で意図的に煽られて、人々は大政翼賛会化を受け入れるようとする風潮に傾きかけている危険すら感じます。
 メディアに出てくる、かなり良心的と思える学者や評論家の人々でも、領土問題では、一見、理路整然と?歴史上は、こうであったとか説明されるのですが、日本が第2次大戦で、無条件降伏した国なのだという視点から論じられているのは聞いたことがありません。何か抜け落ちている感じで残念なことです。「無条件降伏、それは不戦の誓いではなかったのか?」と問いたくなります。
 何年も前のこのアサート紙面で教えていただいた幣原喜重郎首相についての記事を思い出します。幣原首相は風をこじらせた時に、マッカーサー最高司令官からもらった抗生物質(確か、ペニシリンだったと思う)で完治したので、そのお礼にと、司令官を訪れた際に、「今後の日本の進むべき道は憲法9条の戦争放棄の採用だ。この判断が正しいか否かは、今後の歴史が証明するであろう」との旨の進言をされたと書かれてありました。
 私は幣原首相の大変な英断だったのだと、感銘を持って、その記事を読みました。日本国憲法は、反動勢力が言うような、外国から押し付けられたものではなく、いろいろな議論もあるかと思いますが、依然として世界に誇れる平和憲法なのだと思います。
 話を戻しますが、歴史的に、領土がどうだこうだと言うならば、あのモンゴル国はどうでしょう。かつてはヨーロッパまで進出支配した歴史がありますよね。歴史的にと言うならば、モンゴル国もヨーロッパを自国の領土だと主張できるのではないですか。
 そうではないでしょう?ファシズムから世界が解放された、第2次世界大戦終結のときから論じなければならないと思います。このことは、北方領土でも然りかと思いますが、どうでしょうか?
 大東亜共栄圏という名目の下、日本がドイツ、イタリアと三国同盟(1940年成立)を結んで、ファシズムへと突っ走った結果の敗戦、ここから人々は、多くの貴重なことを学ばなければならないのに、夢よ再びと頭をもたげる報復主義、石原や橋下、安倍等といった人物が出てくるのには、全くウンザリさせられます。
 以上「年寄りのボヤキととるならとれ、気が付いた時は遅いんだぞ。」の心意気でボヤキ続けようかと思っております。(2012-10-18早瀬達吉)) 

 【出典】 アサート No.419 2012年10月27日

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【投稿】対中・対韓 危険な挑発路線とほくそ笑む勢力

【投稿】対中・対韓 危険な挑発路線とほくそ笑む勢力

<<「国が買い上げると支那が怒るからね」>>
 日中間の領土問題をめぐる対立は、いよいよ険悪な、抜き差しならない状況に突き進んでいる。
 こうした状況をもたらした直接のきっかけは、4/16、東京都の石原知事が、日本の防衛族・憲法九条否定派議員と関係が深いことで有名な米国ワシントンの保守派シンクタンク・ヘリテージ財団で行った悪意に満ち満ちた挑発的な講演であった。その講演のテーマは「日米同盟と日本のアジアでの役割」と題するものであったが、現日本国憲法、とりわけ第九条を全否定し、日本の核兵器保有を前提とした「核のシミュレーションをすべきだ」などと自説を開陳、その文脈の中で「日本人が日本の国土を守るため、東京都が尖閣諸島を購入することにした」と述べ、突如、尖閣諸島の魚釣島、北小島、南小島を個人所有する地権者と交渉を開始したことを明らかにした。石原知事はさらにインタビューに答えて、「ほんとは国が買い上げたらいいと思う。国が買い上げると支那が怒るからね」などと中国をわざわざ差別語である「シナ」に置き換えて繰り返し、そこで「東京が尖閣を守る。どこの国が嫌がろうと、日本人が日本の国土を守る。日本の国土を守るために島を取得するのに何か文句ありますか。ないでしょう。・・・まさか東京が尖閣諸島を買うことで米国が反対することはないでしょう。面白い話だろ。これで政府に吠え面かかせてやるんだ」と自らの愚劣な発言に得意満面であった。
 この時点では、このもはや命脈も尽きかけた、やることなすこと差別意識に凝り固まって身動きの取れぬ人物が行った起死回生の賭けがこの突飛な尖閣購入発言であった。本来ならばこんな挑発的で緊張激化、場合によっては軍事衝突さえもたらしかねない戯言は、無視されるべきものであった。しかし大手マスメディアがこれに飛びつき、面白おかしく持ち上げ、大阪市の橋下市長が事前に構想を聞いていたことを自慢げに明らかにしたうえで、「石原知事がこのような行動を起こさない限り、国はこの問題にふたをしたままで積極的な動きはなかった。すごい起爆剤になった」「普通の政治家ではなかなか思い付かないことだ。石原氏しかできないような判断と行動だと思う」とへつらい、ほめあげ、絶賛した。しかしこの時点でもまだ石原氏や橋下氏など同類、相共鳴しあう醜悪な図でしかなかった。
 ところが問題は、元外務省国際情報局長・孫崎享氏が述べているように「尖閣諸島は固有の領土ではなく、係争地であることをまず認識すべき」なのである。この問題が歴史的経緯からして日中間の懸案事項の一つであることが明白であるにもかかわらず、野田首相自身までもが一方的に「領土問題は存在しない」という挑発的で対決型の発言を繰り返し、対話と外交交渉、平和共存の道を自ら閉ざし、尖閣諸島の国有化も選択肢とする考えを示唆し、前原政調会長が「都ではなく国が買うべきだ」と呼応し、ついには9/10、野田政権は、尖閣諸島の国有化に関する関係閣僚会合を開き、魚釣島、南小島、北小島の3島を国有化する方針を正式に決定、翌9/11、3島を20億5千万円で購入する売買契約を「地権者」と交わし、国有化した。
 この有害無益な決定の直前の9/8、ウラジオストクでアジア太平洋経済協力会議(APEC)に出席した中国の胡錦濤国家主席が野田首相と言葉を交わし、野田首相に対し、最近の日中関係が尖閣諸島をめぐる問題で「緊迫」していると指摘、「日本側がいかなる方法で『島を購入』しても、違法、無効であり、中国は強く反対する」と述べ、また、日本側には「事態の重大さを十分に認識し、誤った決定を下すことなく、中日関係の大局を維持する」ことを求めていたにもかかわらず、あえて国有化に踏み込んだのであった。
 石原都知事が狙った「国が買い上げると支那が怒るからね」という事態がついに民主党政権によって現出されてしまったのである。この時点でまず第一にほくそ笑んだのは、石原都知事であろう。ついで橋下市長や「維新の会」、自民や民主の国防族、有象無象の反中・反韓、民族派ナショナリストたちであろう。

<<東アジア共同体構想への敵意>>
 三年前の政権交代によって登場した鳩山内閣、民主党政権は、マニフェストにも掲げ、外交・経済政策の柱の一つとして東アジア共同体構想を提起し、それを推し進めようとしたのであったが、ここにその前向きな平和共存政策は、野田政権に至って完全に放擲されてしまったのである。この事態に実は最もほくそ笑んだのは、この鳩山構想を挫折させることに利益を見出していたアメリカ側であろう。
 しかし、この東アジア共同体構想、現実にはこの8月末、カンボジアで開かれた「ASEAN+6」(ASEAN+日、中、韓、オーストラリア、ニュージーランド、インド)で広域自由貿易経済圏を目指す「地域的経済包括連携」(RECP)を2015年までに仕上げ、2020年には米国抜きの単一の国際的組織、東アジア共同体に進展させる構想が、「ASEAN+6」の財務相会議で基本合意されている。これはアメリカが推し進めようとしている、アメリカの経済的支配が目的のTPPよりもハードルが低く、しかも経済規模でTPPの2倍、人口規模でもTPPを上回り、新しいアジアの平和的共存と不戦共同体としての地域共同体の実現が具体的日程に上り、日米の意向がどうであれもはや押しとどめようがない事態に進展しようとしている。
 この事態の進展にストップをかけ、アメリカの介入の余地を広げ、その政治的経済的軍事的存在を誇示するためには、日・中・韓の対立と緊張激化は願ってもない機会である。その意味では、今回の領土紛争の第三の当事者は実はアメリカなのである。沖縄の基地強化もオスプレイ配備も、自衛隊の先島諸島への配備も、集団的自衛権容認も、憲法9条改悪も、これらはこうした緊張激化路線と不離不測の関係にあると言えよう。アメリカはズル賢く日本を煽り、中国、韓国には第三者を装って、紛争の冷却化を提言しながらも、実はその長期化を狙っているともいえよう。
 福田内閣時代に日中両政府が合意した問題海域でのガス田共同開発プロジェクトは、2009年6月の鳩山・胡錦涛会談で事務レベルで進めることが合意されており、2012年4月には中国側から、「海洋の環境保護」分野の日中共同事業実施が提案されており、資源の共同管理を基盤に互いに平和的に共存共栄する道を着実に踏み固めることが今回の事態でぶち壊されようとしている。
 5月、マニラで開かれた日、中、韓の財務相・中央銀行総裁会議では、三カ国が国債の相互持合いを促進することで合意し、6月には円と人民元の貿易直接決済を進めることに合意していたが、こられも今回の緊張激化の事態の進展で互いに政治的経済的報復をやりあうようでは宙に浮かざるを得ないであろう。

<<「ウソをつけない奴は」>>
 今問われているのは、こうした緊張激化路線からきっぱりと手を切る政権の樹立である。東アジア共同体を、新しいアジアの平和的共存と不戦共同体としての地域共同体に仕上げる政権の樹立こそが、日本の進むべき道であろう。しかし情けないかな、その受け皿が全く見えてこない。民主党政権はもはや風前の灯である。野田政権はあるべき姿から全くかけ離れた存在、アメリカに媚びへつらい、提灯持ちをし、軍事的衝突をも辞さないような政権に成り果ててしまっている。
 そして野党第一党の自民党は、これまた輪をかけた右派路線を競い合い、党首選候補者5氏は、そろいもそろって有権者の意識からかけ離れた原発推進路線を堅持しているばかりか、「国防軍」の創設など「憲法改正」を掲げ、「集団的自衛権の行使」を公約にしている。最右翼に位置する安倍晋三元首相などは共同記者会見で「戦後体制の鎖を断ち切り、憲法改正に挑まないといけない」などと声を張り上げ、橋下徹大阪市長が率いる「日本維新の会」とは「憲法改正という大きな目標に向かって大きな力になる」と期待をと連携を表明、石破茂元防衛相は「憲法を改正したいという思いで自民党にいる」と胸を張り、石原伸晃幹事長も「国防軍の保持」を主張するなど、「国民政党」からはかけ離れたまるで右翼政党の党首選びに堕してしまっているのが実態である。
 これとまるで歩調を合わせるかのように「維新の会」の橋下氏も「集団的自衛権の行使」を明確に主張しだし、「日本の歴史をつくってきた人に対して礼を尽くすのは当然」と述べて靖国神社参拝まで公言、従軍慰安婦問題では「(慰安婦への)強制はなかった」として安倍氏を持ち上げ、焦点の消費税増税についても、「当面の財源不足を補うための増税はやむを得ない」とし、条件付きで消費増税を認める、一体自民党と何が違うのだと問われても、ただただその右翼性を先鋭化し、「維新」どころか「復古」を唱える、これまた右翼政党の本質を露骨に示しだしている。あえて違いを言えば、民主政治とは程遠い独裁主義的統治に心酔し、強権独裁国家を目指していることであるといえよう。自民党と唯一違う政策として、脱原発路線があげられるが、権力欲のために当面はいかにもそれらしく振舞っても、その筋から圧力をかけられれば「再稼働は仕方がない」といとも簡単に敗北宣言をする程度のものでしかない。
 橋下徹氏は自身の著書のなか「なんで『国民のために、お国のために』なんてケツの穴がかゆくなるようなことばかりいうんだ? 政治家を志すっちゅうのは、権力欲、名誉欲の最高峰だよ。自分の権力欲を達成する手段として、嫌々国民のため、お国のために奉仕しなければいけないわけよ。・・・ウソをつけない奴は政治家と弁護士にはなれないよ!」(『まっとう勝負!』小学館)と述べているように、すべてが自己の権力欲のためのウソ、方便でしかないのである。橋下氏自身は、大阪府知事、大阪市長、次は「維新の会」党首として自らの「化けの皮」が剥がれないうちに次のさらなる上位のポストへの転身をめざして自転車操業をしているものといえよう。こんな「第三極」に期待を持たせようとする大手マスコミの犯罪的役割こそが問われなければならないと言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.418 2012年9月22日

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【投稿】誰が日本の核の決定権限を握っているのか

【投稿】誰が日本の核の決定権限を握っているのか
                         福井 杉本達也 

1 日本の核政策を決定する権限は誰にあるのか
 9月14日、原発の「意見聴取会」「パブリックコメント」「討論型世論調査」の全ての世論調査で「原発ゼロ」が過半数を占め、また毎週金曜日の首相官邸前デモに押される中で、野田政権は、おそるおそる「2030年代の原発稼働ゼロ」を目標にするとした新たな「エネルギー・環境戦略」原案を決定した。しかし、核燃料再処理の継続と高速増殖炉もんじゅは研究炉として活用するという中途半端な政策変更である。
 この間、新聞紙上では「原発ゼロ」にすると光熱費が2倍になるとの数字が踊り、経団連会長から野田首相に「原発ゼロ」にしないよう直接電話がかかり、電力総連からは「雇用に大きな影響」があると脅され、青森県知事は核燃料再処理を止めるなら青森県から全ての使用済核燃料を出すと言われ、福井県知事からは原子力政策を「ぶれるな」と説得されてきた。
 途中まで検討された核燃料再処理の中止やもんじゅの廃炉の方向が(「もんじゅ、原子力委廃止」福井:2012.9.7)、なぜ、再処理の継続や「研究炉」として生かす方向に戻ってしまったのか。野田首相がこれらの雑音を聞いたからではない。米国は9月8日のAPEC首脳会合にからめて「原発ゼロ」に圧力を強めていた。クリントン国務長官は、ウラジオストックで野田首相と会談し、「原子力政策の定まらない日本に不信感」(日経:9.11)という言葉で直接圧力をかけてきたこと、そのため、10日午前に急遽原子力関係閣僚が官邸に集まり政策の修正を協議したのである。さらに、9月13日の日経はハムレ米CSIS所長の「日本、原発ゼロ再考を」という寄稿を掲載した。ハムレ所長は「国家安全保障上の観点からも日本は『原子力国家』であり続ける必要がある」とし、「日本が原発を放棄し、中国が世界最大の原子力国家になったら、日本は核不拡散に関する世界最高峰の技術基準を要求する能力を失ってしまう」とし、日本が核の国際体制から抜け駆けしないよう露骨に恫喝した。あわてた政府は12日、属米派の長島昭久首相補佐官を急遽米国に派遣した。同日、訪米中の同じ属米派の前原誠司民主政調会長も米エネルギー省のボネマン副長官と会談した。日経の会談の解説記事によると、「日本が原発ゼロを選ぶと、関連産業は衰退し、原子力の技術は先細りとなる」「米国は核燃料の再処理を原則的に止めている。再処理技術は同盟国の日本が肩代わりして、技術を共有している格好だ。その再処理は核兵器の原料となるプルトニウムを生産する技術。…中国なども猛烈に追い上げるなか、世界はかろうじて秩序を保っている」(日経:9.14)というのである。さらには、11日、英国のウオレン駐日大使も藤村官房長官を訪ね、英国に委託処理している高レベル放射性廃棄物の引き取りを求めた。また、13日にはマセ仏大使も官房長官を訪ね同様の要請をしたといわれる(日経:同上)。国際的核戦略体制から勝手な脱走を許さないという強い圧力が高まっている。

2 低線量被曝安全論を補強する中西準子氏の「リスク・ベネフィット解析」
 経済産業省の外郭団体:産業技術総合研究所の中西準子フェロー・岸本充生グループ長らは放射線リスクについて、100ミリシーベルト(mSv)以下の低線量被曝について「リスク・ベネフィット解析」(費用対効果解析)の手法により、福島県などにおける放射能汚染地域への帰還の可能性を論じている。中西準子氏は下水道など水処理の専門家であり『環境リスク論』(岩波:1995.10)などの環境分野で積極的な政策提言を行っている(中西準子氏は『中国革命と毛沢東思想』(青木書店:1969.2)などの著作で中国の『大躍進政策』や『文化大革命』の誤りを鋭く分析した故中西功氏の娘である)。中西氏らは、たとえば「地域の被ばく量の平均値が10mSv以下になった時点で帰還可能にする」といったモデルを考え、ある限度値以下への帰還を進めることによって地域の崩壊・特に農業の崩壊を防ごうというのである(雑感「費用対効果解析の境界-福島のコメ、さらには除染―」2012.6.5)。中西氏は「規制の基礎はリスクだが、リスク管理に対応した基準になっていない」と現在の基準を批判する。現在の基準とは職業人で5年間最大100mSvかつ特定の1年間の最大被曝線量50mSv、年平均では20mSvm、放射線管理区域5mSv、一般公衆の年間最大被曝線量1mSvと定められている(「電離放射線規則」第3条・4条・7条等)。この原則に基づき、昨年12月に環境省が発表した基準では、年間1mSvを時間当たりに換算した0.19マイクロシーベルト(μSv)に自然放射線量の毎時0.04μSvを加え、0.23μSvとした。この数値を超えるスポットのある区域を「汚染状況重点調査地域」に指定したのである(福島・茨城・栃木県など6県102市町村、面積23,900平方キロ・推計人口690万人にもなる)。中西氏らは「リスク・ベネフィット解析」により、たとえば、5mSv以上は「放射線管理区域」並みの地域であり除染が必要だが、これを除染せずに10mSvまでを帰還地域にしようというのである。なぜなら、現在の福島県の5mSvを超える放射能汚染地域は福島市を始め2,600平方キロ、1mSv以上の地域では県土の70%にもなる。これを除染することは費用対効果を考えれば「あまりにも馬鹿げて」おり不可能だというのである(中西:雑感:4.27)。確かに中西氏の言うとおり広大な面積の除染は馬鹿げている。しかし、5mSvの「放射線管理区域」並みという「電離放射線規則」上の基準=ICRPによる国際的な基準を10mSvにできるかといえば疑問である。
 まず、根拠がない。岸本氏は「安全を『受け入れられないリスクがないこと』と定義すれば、操作可能な概念になり、安全性を確保するための手順がおのずと明らかになる。安全性を確保するために、第1段階:リスクを評価する。第2段階:受け入れらないリスクのレベルを決める。その際には、費用面や倫理面なども考慮する(費用便益分析で決めることも可能である)。第3段階:実際の状況がそのレベル以下であることを、エビデンスをもって示す。」とし、「安全とは社会的合意に基づく約束事である以上、どこまで安全を求めるべきかについては、専門家に任せっきりにしてしまうのではなく、対策にかかる費用や他のリスクとのトレードオフなど様々な要素を考慮しながら、私たちみなが一緒に考えていかなければならない」(岸本コラム:2012.3.22)と述べるが、何を持ってICRPの勧告を上回る根拠(エビデンス)を示すことができるのか。中西氏のように「放射線濃度(?)が高いコメを買うことによって…電気代を下げる効果がある」(中西:6.5)といった“分析”をやっているようでは終いである。
 低線量放射線の危険性については、岸本氏も指摘するように確かに、「100mSvの被曝でがんによる死亡が相対的に0.5%上昇するというところまでは科学的な合意があるが、それ以下のいわゆる低線量被曝の影響は統計的な有意差が見いだせないので『分からない』のである。」のであるが、この「分からない」とは本当に有意差が見いだせなかったからではなく、放射線影響研究所(ABCC)が1953年に行い始めた低線量被曝調査の動きを封じ疫学的統計を残さなかった(NHK「知られざる放射線研究機関ABCC/放影研」)からである。この厳然たる事実を「費用便益分析」などといった怪しげな経済学的手法で乗り越えることは不可能である。
 第2にICRP勧告は、国際的な核支配体制の妥協に基づき出された基準である。したがって、「放射線管理区域」5mSv、「一般公衆の年間最大被曝線量」1mSvといった基準を日本だけが崩すわけにはいかないのである。核管理の国際的約束事だからである。もし、それを崩すならば国際的核支配体制から締め出されることとなる。だから政府は無理と分かっていながらも「除染」を言わざるを得ないのである。
 したがって、中西氏や岸本氏の役割は山下俊一福島県立医大副学長や中川恵一東大准教授と同様の低線量被曝安全論を補強するものでしかない。

3 早急に国際核支配体制からの離脱を
 9月上旬からの六ヶ所村の核燃料再処理施設の継続・もんじゅの存続という一連の動きの中で米国を中心とする国際核支配体制の狙いはよりはっきりとした。核支配体制にとって最も危険な施設を日本に置き、自らは圏外にいて核管理を行い、技術的成果だけは頂こうということである。そのため、日本が勝手に核支配体制から離脱してもらっては困るのである。日本が離脱することのないよう、用意周到に尖閣諸島や竹島の「領土問題」に火を付け、マスコミを総動員して「原発ゼロ」の真剣な議論から国民の目をそらせると共に、中国の脅威を煽り、「潜在的核保有国」に踏みとどまらせようという作戦であった。APECでの韓国の李大統領とクリントン長官の会談以降の韓国側の行動の軟化は誰が李大統領の後にいるかを示している。
 しかし、このまま日本が国際核支配体制に追従し続ければ、必ずや終わりの日が来る。鉄は必ず錆び・コンクリートは朽ち・地震は起きる。大飯か、六ヶ所村か、もんじゅかは分からないが、その時は、1mSvや5mSvといった数字は中西氏の希望通り、大した意味を持たなくなるであろう。“晴れて”ICRPの勧告を無視した核の無法地帯として山下教授推奨の50mSvや100mSvという数字が飛び交い、日本人の平均寿命は40歳台以下に落ち、日本からの輸出品は全て禁止され(現在も韓国・中国・タイを始め多くの国で日本の食品の輸入が禁止されている。2012.8.27農水省)、米英仏の核の奴隷として生きるしか道がなくなるであろう。
 中曽根康弘や石原慎太郎らは日本を核保有国とするために、日本の独立を米国に売り渡すことによって、核を導入してきたが、その結果は、独立国になれない国家の国民には核の選択権はなく、ただひたすら宗主国にひれ伏し核の危険を一身に背負い、日本国民の生命を米英仏核資本に売り、奴隷となるであろう未来しかない。 

 【出典】 アサート No.418 2012年9月22日

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【投稿】領土問題に蠢く魑魅魍魎 

【投稿】領土問題に蠢く魑魅魍魎 

明治維新が始まり
 この間、東アジアに於いて領土問題にかかわり、緊張が高まっている。日本は韓国とは竹島(独島)を巡り、中国とは尖閣諸島を巡って対立が続いている。これに加えロシアとの北方領土問題もあるが、今回は竹島、尖閣問題を巡る状況について見ていきたい。
 問題の発端であるが竹島、尖閣諸島とも明治維新以降の大日本帝国版図の拡大過程に起因する。竹島は江華島事件-日朝修好条規締結から始まる日韓関係の中で、尖閣諸島については明治以降の日中関係を見なければならないが、第1次、第2次の琉球処分から、今日に至るまでの沖縄問題と切り離して考えることはできない。
 第2次世界大戦終結で日本の帝国主義的膨張がリセットされ、サンフランシスコ講和条約締結後、日韓基本条約、日中平和条約締結時にこれらの問題の解決を図る機会があったが、冷戦下の反共、反ソ同盟構築が優先され棚上げされてきた。その責任は言うまでもなく歴代自民党政権にある。
 いずれにしても各国とも帝国主義以前の状況に立ち戻って論議を進めることが肝要だと考えるが、日中韓、それぞれの政権とも内政に困難を抱えるが故、政権の延命のためにも振り上げた拳を下せないままでいるのが現状だ。

領土問題で政権延命
 日本は民主党が消費税増税を口実とした小沢派の大量離党を発端として、その後も「日本維新の会」への逃避など脱落者が相次ぎ、瓦解への道を転がり落ちている。
 野田総理は出来レースともいうべき民主党代表選挙で再選されたが、今後の政局、国会運営の展望は描けていない。そこで「近いうち」の総選挙に向けての起死回生の策として打ち出したのが、内政に於ける「原発ゼロ」であり、外交での「領土問題」である。しかし威勢よく打ち上げたにもかかわらず、9月初旬のNHK世論調査では野田内閣の支持率は31%と8月に比べ3%の微増に止まっている。 
 韓国では政権末期の李明博大統領が、支持率回復=大統領選挙での与党・セヌリ党勝利への起爆剤として、「従軍慰安婦」問題へ対応が不十分との理由で独島上陸を決行した。さらに独立運動の犠牲者等、日本の植民地支配にかかわり天皇への謝罪を要求するなど、左派と言われた故蘆武鉉前大統領よりも大幅に踏み込んだ対日強硬姿勢を示した。ただ、独島や独立運動についてはともかく、「従軍慰安婦」に関しては李大統領にどこまで思いがあるか、これまでの対応から疑問に感じる点もある。
 しかしこれにより、李大統領の支持率は17%から25%に増加、次期大統領有力候補と言われる朴槿恵元同党委員長も同様の対応を継承している。
 中国では経済減速に伴い貧困層の不満が拡大しつつある。中国共産党指導部は、胡錦濤主席から近習平副主席への権力移譲をスムーズに進めようとしている。
 しかし重慶市で惹起した権力闘争に加え、当局は否定するものの近副主席の「健康不安」(暗殺未遂説も飛び交っていた)が明らかになり、暗雲がたちこみ始めた。このタイミングでの領土問題の惹起は願ってもないチャンスである。

政権と市民との落差
 このように各国権力が三者三様の思惑でチキンレースを繰り広げられる領土問題であるが、各国民衆の対応にはかなりの温度差がある。
 韓国ではロンドンオリンピック男子サッカー三位決定戦におけるパフォーマンスがとりわけ注目を集めたが、独島領有に関してや、「従軍慰安婦」問題の解決については以前から継続して主張されており、国論として定着している。
 この間ソウルなどでは大規模な反日デモは発生しておらず、独島領有は前提としつつ、李大統領の過剰なパフォーマンスに対する冷ややかな目があるのも事実だ。
 中国では主要都市を中心に連日のように反日デモが繰り広げられている。こうした組織的な動きは、一部が暴徒化しているが概ね当局によりコントロールされている。
 今後の動きは予断を許さないものがあるが、全体的には、小泉元総理の靖国参拝に端を発した2005年の反日行動に比べ、極端に突出はしてないのが現状である。靖国参拝よりは今回の尖閣国有化のほうが挑発的で中国人の「愛国心」を刺激すると考えられるが、その意味では以外に冷静であるといえよう。
 象徴的な動きとして、9月8日、8月に抗議船を送り出したおひざ元の香港で、「中南海のお目付け役」である香港政府行政長官が緊急記者会見を開き、学校での「愛国心教育」導入を撤回した。中国共産党一党支配を正当化する内容が市民から批判されたためと見られている。 
 さらに翌日の香港立法会選挙では、尖閣上陸を果たし「愛国心」を鼓舞、「英雄」となったはずの元議員が返り咲きならず落選した。元議員は以前、民主化を叫び「五星紅旗」を燃やしながら、今回は同じ旗と「青天白日旗」を掲げるという胡散臭さが見透かされたのだろう。
 元議員が所属する「保釣行動委員会」は10月にも再度尖閣上陸を呼号しているが、現在のところスポンサーは資金援助を拒否し、香港当局も許可しない方針である。

新たな維新では事態悪化
 日本では石原東京都知事さらには、自民党の山谷えり子参議院議員や田母神俊雄元空幕議長ら札付きの人物が参画する「頑張れ日本!全国行動委員会」が跳梁跋扈している。
 山谷議員らは、竹島問題をアピールするため鬱陵島渡航を企て韓国から拒否された前歴が記憶に新しい。それが今回は「戦没者の慰霊」を口実に尖閣上陸を強行した。当初は海上からの慰霊に止めるとしていたが、魚釣島に接近した際、地方議員らが海に飛び込んだという。
 また、今回の尖閣問題の発端となった、東京都による購入計画にしても多額の債務を抱える地権者が、結局は提示金額の高い政府に売却を決めたという「愛国心」とは無関係の話であり、これも胡散臭さが漂っている。
 北京やソウルと比べ東京は全く平穏と言ってよい。右翼・排外主義者が散発的な行動を繰り広げているが、たとえば脱原発やオスプレイ配備反対の圧倒的な動きの前には微塵もないものである。 
 愚かしいことに野田政権は、脱原発の声は形式的な対応で済ませたのに対し、極論に乗っかり9月11日尖閣諸島の国有化を強行した。竹島に関しては国際司法裁判所への単独提訴というパフォーマンスを進めているが、これらは政府の姿勢を示す以外のものではない。
 野田政権は国際的な理解=アメリカの支援を当て込んでいたが、その目論見は見事に外れている。アメリカは製作者不明の映像がもとで自国大使が殺害される事態に比べれば、日の丸が捕られたくらいなんでもないと思っているだろう。北京のデモがどうより、沖縄の集会を何とかしろ、というのがアメリカ本音だろう。
 領土問題の着地点が見いだせないままアメリカも含めた各国では、この秋以降政権が交代していく。この中で次期政権の枠組みを巡り、最も混沌とするのは日本であることは間違いない。来る総選挙で民主党が政権を失うのは確実であるが、自民党とて領土問題の棚上げ、先送りを繰り返してきた経過を見れば解決策があるとは思えない。
 こうしたなか、この間「集団的自衛権の行使は認めるべき(橋下大阪市長)」などと対外強硬路線を公然化させてきている「日本維新の会」が政権に参画すれば、まさしく先の維新以降の不幸な歴史が繰り返される恐れがあると言えよう。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.418 2012年9月22日

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【紹介】–己に厳しく 弱者に優しく– 横田三郎追悼文集が発行されました。 

【紹介】–己に厳しく 弱者に優しく– 横田三郎追悼文集が発行されました。

2年前の9月5日、教育学者横田三郎先生が急逝されました。早2年の年月が経過しています。この間、大阪市立大学文学部教育学科の卒業生を中心に、追悼文集の準備が進められてきました。3回忌を前に、同書が完成し、出版されました。私の手元にも、「追悼文集編集委員会」より届きました。表題は「己に厳しく 弱者に優しく」。奥様である横田ミサホ様の筆になる題字と書名が表紙に刻まれています。
 直木孝次郎さん、佐藤武敏さん、南大路振一さんなど、大阪市立大学の先生方、そして山本晴義さん、田中欣和さん、桂正孝さん、田畑稔さんなど、大阪唯研や解放教育分野での仲間たち、広島修道大学時代の先生や教え子の皆さん、そして、市大教育学科の卒業生による追悼文が収められ、最後に奥様ミサホさんの「終生己に厳しく」という文章で締めくくられています。
 「・・・あなたは40数年かけて念願の翻訳を全て実現させた後の約1年間も、生命の炎が尽きるまで仕事の手を緩めることはありませんでした。死の直前の早朝にも普段通り、ロシア語講座で発音や会話の練習を怠りませんでした。しかし、このような厳しさの反面、誰彼の区別なく弱者や若い学生さんたちに対してもおおらかな愛を持って接してくださったことを私は決して忘れません。・・・」とミサホさんは、先生との思い出を綴られています。(佐野秀夫)

  【出典】 アサート No.418 2012年9月22日

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【日々雑感】熊森VS小出対談 ③(最終) 

【日々雑感】熊森VS小出対談 ③(最終) 

 前号に続いて、熊森インタビュアーと小出先生の対談を続けさせていただきます。

<線量の高い山には入らないこと 地下水の汚染は比較的少ない>
熊森:東北や関東の、山の放射線量がとても高いと聞いています。
小出:熊森協会のみなさんに山に入ってほしくないですね。入るなら日数や時間の制限が必要です。
熊森:山からの湧き水は大丈夫でしょうか。
小出:セシウム137は、かなり強く土に付着します。今現在でいえば土の表面5~10センチにほとんど止まっている—-基本的には、水に移る割合というのはそんなに多くない。30年経って半減します。

<原子力ムラ利権集団の再復活>
熊森:3.11事故で原発事故は取り返しがつかないとわかりました。
 私たち近畿に住んでいる者には、福井原発がすごく心配なのですが、夏は電力が不足する、安全テストが終われば再稼動と言う声が出て来ました。そんなのおかしい。こんなこと子どもでもわかるじゃないですか。でも、大手メディアが一方的な報道を流して、加担しています。そのうち、再稼動に反対している国民の正常な感覚もだんだんメディアに洗脳されていって、また原子力ムラの人たちに騙されてしまう日がくるのではないでしょうか。(注)大飯原発7月2日から再稼動
 熊森協会は事故後、自然保護団体として、会報の表紙に核兵器と原発撤廃を明記しました。はっきり言わないと人々には伝わりませんから。
小出:日本は、夏の電力原発なしで十分足りています。政府発表のグラフを見れば分かります。原子力ムラが、利権復活のために、また、政治家、学者、マスコミを使って国民に嘘の情報を流し始めた。本当に困った人たちです。
熊森:これからも、本当のことを私たちに伝え続けてください。ありがとうございました。

 以上が、小出裕章先生と熊森協会インタビュアーとの対談のすべてですが、この記事を書いているうちにもいろんな状況の変化がありました。2012年9月6日(木)の朝日の夕刊1面でも小出先生など反原発の「熊取6人組」と呼ばれる学者の記事が載っておりました。長くは書けませんので、年齢順にお名前だけ書かせていただき、今後の御健闘を祈らせていただきます。
 
 瀬尾健(せおたけし 94年に53才で亡くなられた)、今中哲二(いまなかてつじ 61)、小出裕章(こいでひろあき 63)、川野眞治(かわのしんじ 70)、海老澤徹(えびさわとおる 73)、小林圭二(こばやしけいじ 73) <敬称略>
 
 主義主張がもとで職場で嫌がらせを受けたことはないと、彼らは言う。しかし、ほとんどがずっと助手、助教のままで、教授になった者は一人もいない・・・・とのことです。(2012-09-13 早瀬達吉)

 【出典】 アサート No.418 2012年9月22日

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【投稿】大政翼賛報道と原発・増税問題

【投稿】大政翼賛報道と原発・増税問題

<<米GE、原発“見切り”発言>>
 東京電力や関西電力、経産省、原子力村にとっては、そしてもちろん野田内閣にとっても、耳を疑いたくなる衝撃的なニュースが、最も頼りとする米国からもたらされた。
 一つは、米ゼネラル・エレクトリック(GE)最高経営責任者(CEO)、ジェフ・イメルト氏の原子力発電に対する発言である。GEは1950年代に世界でも最初期の商用原子炉を建設し、2007年に日本の日立製作所と原子力発電の合弁会社を設立して以来、業界トップの一角を占めてきた、そのCEOが、東京電力福島第1原子力発電所の事故をきっかけに原発のコスト上昇が見込まれる一方、多くの国が地中深くの岩盤から採取する新型天然ガス「シェールガス」や風力に発電用エネルギー源をシフトすると予見。原発は「(経済的に)正当化するのが非常に難しい」と英紙フィナンシャル・タイムズのインタビュー(7月30日付)で語ったのである。イメルト氏はもともと資金面や周辺住民対策など政府への依存度の高い原発ビジネスに疑問を呈し、今年3月、米ヒューストンで開かれたエネルギー業界最大の会議での講演でも「『原子力ルネサンス』というものは(福島の)事故の前からそもそも存在していなかった」と批判的な発言をしている。地球温暖化対策にかこつけて「原子力ルネサンス」に期待をつないできた原子力ムラに所属する電力業界、経産省、財界、産業界、学界、原発推進労組等々にとっては、原子力ムラの住人そのものの発言であるだけに不都合極まりなく、苦々しい限りであろう。
 今回の発言は、福島原発事故の3か月後の昨年6月にドイツのメルケル政権が22年までに全原発を停止する「脱原発」の方針を決定すると、その3か月後の2011年9月に独シーメンス社長、ペーター・レッシャー氏が独誌シュピーゲルのインタビューで表明した「原発事業撤退」に続く米欧電機大手トップの衝撃発言であり、その衝撃度は、シーメンスの場合の表面上は単なる経営選択以上に、GEの場合は原発事業そのものへの“見切り”発言であるだけに、日本の原子力村にとってはさらに大きいといえよう。

<<「ヘリコプターが水を投下するのを見たでしょう」>>
 さらにより根本的な問題が続いて提起された。それは原発が「トイレのないマンション」と例えられる致命的欠陥があらためて突きつけられたニュースである。
 米原子力規制委員会(NRC)は今月7日、最近の連邦控訴裁判所の判決で提起された使用済み核燃料政策の問題への対応ができるまで、原子力発電所建設の認可手続きを停止し、使用済み核燃料の貯蔵規則の見直しを同委が終えるまで、原発の新設や運転期間の延長を認可しないことを決めた。
 この決定に至る前段、コロンビア特別区巡回控訴裁判所は6月、NRCの使用済み核燃料への対応は連邦環境基準に合致していないとの判断を示した。控訴裁判所は、必要になれば最終処理場が建設されると見るべき「合理的な保証」があるとしたNRCの見解を退けたばかりか、使用済み核燃料は原発の認可期間を超える60年間にわたり、プールあるいはキャスク(使用済み燃料用容器)の中で安全に貯蔵できるだろうとするNRCの主張も認めなかったのである。NRCはこれまで、承認された稼働年数を超えた原発の敷地内でも使用済み燃料は安全に保管できるとの前提に立って、原発の新設・運転延長の申請を審査してきたが、同裁判所は、プールからの漏れはこれまで害がなかったとNRCが考えたとしても、NRCはこれまで以上の漏れやその他の事故の可能性とその結果を評価しなければならないとしたのである。
 この判決が出るまではNRCは、新規原発を認可したり、既存原発の認可を延長する際にはいわゆる「廃棄物信頼性決議(Waste Confidence Decision)」に依拠し、同決議に従ってNRCは、政府は最終的に恒久的な処理場を設けると信頼していることを理由に認可してきた。
 ところが、ネバダ州のユッカマウンテンが高レベル放射性廃棄物の埋設処分(地表から201m~488m、平均305m)施設の唯一の候補地と決定されて以来、約90億ドル(約1兆円)の費用をかけて処分場建設が進められてきたが、2009年、オバマ政権が計画中止を決定、処理場を作る計画を打ち切ったことから、同国の使用済み核燃料の最終的な行き場所のあてがなくなり、さまざまな代替案が検討されてきたが宙に浮いたままである。
 こうしてNRC自身が、福島第一原発事故を受けて、使用済み核燃料の危険性を指摘する声が高まるなか、「稼働年数を超えた原発の敷地内でも、使用済み燃料は安全に保管できるとの前提」の見直しに踏み込まざるを得なくなったのである。今回のNRCの決定に際して、新しい委員長に就任したアリソン・マクファーレン女史が「皆さんも福島の使用済み燃料プールにヘリコプターが水を投下するのを見たでしょう」と会見で語ったことがそれを象徴している。
 8/8付ウォールストリート・ジャーナル紙は「米NRC、原発認可手続きを停止」と題して「環境保護活動家らは、使用済み核燃料の専門家であるマクファーレン新NRC委員長の最初の重要なステップであるこのNRCの決定を歓迎している。環境保護グループ、パブリック・ジャスティスのリチャード・ウェブスター氏は、使用済み核燃料に関する既存のシステムが十分だという「錯覚」の下でNRCが運営されることを認めようとしていない、と述べた。」と伝えている。
 原発を稼働させる限り、次から次へと高レベルから低レベルまで放射性廃棄物が山積みされ、再処理はもちろん何万年も管理することなど到底不可能な地下埋設処分など、全てがいよいよデッドロックに乗り上げてきたこと、その危険性が誰の目にも明らかになってきており、もはや隠し通すことが不可能な現実に直面しているわけである。

<<「反増税の勢力が台頭しようとも」>>
 しかしこの二つのニュース、「原発は正当化できない」、「核のゴミ(放射性廃棄物)は避けて通れない」ことを明らかにし、日本の原子力ムラや政財界にとって最も都合の悪い、核心をついたこのニュースを、日本の大手マスコミはほとんど報道していないか、極めて小さな扱いしかしていない。明らかに日本のマスコミは、原子力ムラや経産省、政財界と馴れ合い、飼いならされ、いまだにその膨大な広告・宣伝費に依存し、このニュースがもたらす衝撃度を和らげることに必死で、オリンピック報道の影に隠し、今や尖閣・竹島問題でナショナリズム扇動に加担するオンパレードである。この報道姿勢は、財務省の増税路線と一体化し、その手先と化したかのような姿勢にも露骨である。
 とりわけ、消費税増税をめぐる大政翼賛報道と見紛うばかりの、自公民・三党合意礼賛報道は度を越しており、一片の批判精神さえ示すことができず、低下している自らの社会的存在意義をさらに低下させ、その報道姿勢は侮蔑の対象とさえ言える段階に来ていると言えよう。
 民自公3党の「近いうち解散」の談合によって消費税増税法案が成立した翌日、8/11の各紙の社説は、政府広報そのものである。「一体改革」どころか、このデフレ下に生活を破壊し、経済を崩壊させる大増税を平然と支持・礼賛しているのである。

 「一体改革法成立 財政健全化へ歴史的な一歩だ 首相の「国益優先」を支持する」(読売)、「一体改革成立 「新しい政治」の一歩に」(朝日)、「増税法成立 「決める政治」を続けよう」(毎日)、「この増税を次の改革につなげたい」(日経)

 そもそもこの消費税増税については、3年前の2009年8月の総選挙において、4年間は増税しないことを公約して、それまでの自公政権の自由競争礼賛・弱肉強食の新自由主義路線からの決別を公約して歴史的な政権交代が実現したのである。そしてこの増税法案成立後も、世論調査で明らかなように半数を超える有権者が依然、反対を表明しているのである。
 本来ならば、社会の木鐸としての存在意義からすれば、この公約を踏みにじったその政治姿勢がまず徹底的に批判されなければならない。ところが、朝日社説はこの増税を「国会が消費増税を決めたのはじつに18年ぶりだ。民主、自民の2大政党が、与野党の枠を超え、難題処理にこぎつけたことをまずは評価したい」と持ち上げ、読売に至っては「審議に200時間以上をかけ、圧倒的多数の賛成で成立させた。高く評価したい。 選挙の結果、政権が代わり、反増税の勢力が台頭しようとも、民自公3党は「消費税10%」の実現まで責任を共有するべきである。」と彼らが気がかりな反増税勢力の台頭と闘えと忠告する始末である。
 民主党は、自らの手によって政権交代の意義を完全に否定してしまい、そして大手マスコミはこぞってそれに手を貸すことによって、彼らの社会的存在意義を否定してしまったと言えよう。
 「近いうち解散」をめぐって第三極づくりが入り乱れてかまびすしいが、問われているのは、この原発と増税をめぐってあいまいな政策は許されないし、そのことをあいまいにした維新の会のような強権・ファシスト政治の台頭をも許さない政治勢力の結集こそが要請されていると言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.417 2012年8月25日

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【投稿】日本共産党の原発政策

【投稿】日本共産党の原発政策
                      福井 杉本達也 

1 「核兵器廃絶」と「脱原発」の間の深溝高塁
 ロンドンオリンピックに隠れて、今年の原爆記念日は影が薄かった。田上長崎市長は平和宣言で「核兵器廃絶」と「脱原発」を結びつけ「放射能に脅かされることのない社会」を目指すことを表明、原発に代わる新しいエネルギー政策実現への道筋を示すよう政府に求めた。一方、松井広島市長はエネルギー政策の早期確立を政府に求めたものの、「脱原発」にまで踏み込むことはなかった。原水禁は7月28日、昨年に引き続き福島県で2回目の世界大会を開催したが、共産党系の原水協は、昨年の世界大会では「原発からの撤退と自然エネルギーへの転換を要求する運動との連帯を発展させよう」(「国際会議宣言」:2011.8.5)と述べるに止まり、今年も「核兵器と原発との関係に留意し、使用済み核燃料の再処理とプルトニウムの蓄積、原子力の軍事利用に反対する。」とまでしか謳わなかった(2012.8.4)。この違いはどこから来るのか。原子炉はその最初から原爆開発のために作られ、材料となるプルトニウムを生産することを目的とした。その後、「動力炉」として発電も目的とするようになるが、軍事とは切っても切れないものである。英語では核兵器は「Nuclear weapon」であり、原発は「Nuclear power plant」である。その間に原理的違いは何もない。深溝高塁を築く理由は存在しない。

2 「原子力の平和利用」を否定しない共産党
 共産党は当初から「原子力の平和利用」を否定していない。その意味では当初から“首尾一貫”している。米スリーマイル原発事故(1979年3月28日)後の国会質問で不破哲三書記局長(当時)は「核エネルギーというのは人類が発見した新しいエネルギーですから、これを平和的に利用する方策を探求するのは私は当然だと思います…これは未完成の技術であって、そのことを十分心得て安全性についての今日の技術の許す限りの体制をとらなければ非常に危険なことになる、これが根本問題だと思います」(1980.2.1 衆院予算委員会:『前衛』2011.6 再掲)と述べている。
 また、1990年、高原晋一副委員長・科学技術局長(当時)は「「脱原発」派は、現在の原発が危険だということから、将来にわたって原子力の平和利用を認めないということを原則的な立場にしています。これに対して、私たちは、現在の原発の危険性を正面から指摘し、その危険に反対する点では、もっとも一貫した立場をとりますが、人間の英知の所産である原子力の平和利用の可能性を原則的に否定する立場はとらない、という点にあります。…人類は失敗を繰り返しながら、科学・技術を発展させてきました。同様にして、将来もまた、発展していくだろう、というのが、われわれの哲学、弁証法的唯物論の立場です。だから、人間はやがて科学・技術の発展によって安全な原発を実現させる方向にすすむだろう、したがって、それを研究することは当然であるといっています。」(「原発問題での全都道府県代表者会議に対する党中央の報告」(1990.12.8『原発事故と安全神話』)と述べている。
 それを前提として、今回の福島原発事故後、不破哲三前議長は『「科学の目」で原発災害を考える』において①「日本のエネルギーを原発に依存するという政策から撤退するという決断をおこなうことです。」②「原子力施設にたいする安全優先の審査と規制の体制を確立することです…知恵と技術を結集して、本当に安全優先で原子力施設の管理ができる、世界で一番といえるような原子力安全体制を確立することです。」(「しんぶん赤旗」2011.5.14)という形で、おそるおそる「原発からの撤退」方針を打ち出した。

3 根底に「科学技術」に対する驚くべき楽観論
 確かに「核エネルギーというのは人類が発見した新しいエネルギー」である。それは、それ以前の経験主義的に始まった水力や火力といったエネルギーとは異なり、純粋に物理学者の頭の中から導き出されたエネルギーである。しかし、そのエネルギーは「科学・技術の発展によって安全な原発を実現させる方向」に導くことはできないのである。それは一旦暴走すると人間にはコントロールすることができないほど巨大だからである。そのことを、今回、日本において福島第一原発事故で我々は経験することとなってしまった。核分裂のエネルギーは化学反応 (燃焼) の 約 1億倍 にもなる。今回の事故の2011年3月中の大気中への放射能放出量だけで900PBq(900ペタベクレル=900,000,000,000,000,000ベクレル 東電推計:2012.5.24)という途方もない量を放出した。シーベルト(Sv)と土壌1kg当たりベクレル(Bq)簡易換算では0.4μSv/1時間=1,000Bq/kgという式が成り立つから、1,000Bqで年間で3.5mSv被曝することとなる(武田邦彦ブログ:2011.7.3)。職業人しか立ち入ることできない「放射線管理区域」が5mSvであるから、900PBqという量がいかに人間のコントロールを超えたものであるか分かる。いまなお16万人が避難生活を送り、国土の3%がほぼ永久に利用できないという中にあって、「本当に安全優先で原子力施設の管理ができる、世界で一番といえるような原子力安全体制を確立する」というのは夢物語以外の何物でもない。「原子力施設が有する潜在的危険性の大きさを十分に踏まえ…リスク管理に万全を期した国民に信頼され、期待される姿に革新しなければならないと考えます。このため、世界最高水準の安全性を有する原子力施設を実現するための施策…を決定する」とする原子力委員会の『年頭の所信』(2012.1.10)と言葉が微妙に重なっていないだろうか。科学的にも技術的にも裏付けのない「願望」で安全体制を確立できるとは到底思われない。「安全性についての今日の技術の許す限りの体制」とはどのような体制なのか。

4 低線量被曝の軽視
 日本科学者会議の野口邦和(放射線防護学)は政府のとった緊急避難措置に対し、「真っ暗ななかで避難しろと言われてもどうしようもない状況だ。避難が必要ならば翌日の朝に避難指示を出せばよかった」という(野口:「福島原発災害の危機と国民の安全」『前衛』2011.6)。しかし、緊急避難の状況はあらゆる災害で昼間ばかりでなく深夜に避難命令を出さざるを得ない場合もある。水害で深夜の豪雨で河川の水嵩が増した場合、朝方に避難命令をだしたのでは間に合わない。全くの初期被曝の軽視である。食品の暫定規制値に対しては「暫定規制値以下に汚染した食品を1キログラム食べることによる被曝は、急性障害が起こるレベルよりもはるかに低く、数マイクロシーベルトとか、数十マイクロシーベルトとかのレベルの話しだ…かなり安全側に立って作成しているので、神経質になることではない」と述べている(野口:同上)。当時の(事故直後)国の食品の暫定基準値1kg:500Bqでは1年5mSvになり、(2012年4月より一般食品:100Bq/kgに引き下げられた)一般人の年間限度1mSvを軽くオーバーする。放射線の専門家であるはずの野口は、当然「電離放射線障害防止規則」の規制値を詳しく知っているはずであるが、規制値をあえて具体的に示さず「安全」と判断している。また、内部被曝についても「学界では、内部被曝も外部被曝も、線量が同じならば影響の度合いは同じだというのが共通の認識になっている」と述べている(野口:同上)。γ線などによる外部被曝は人体を一度通過するだけだが、呼吸や消化器管などから体内に取り込まれた放射性物質はα線やβ線などの透過性の弱い粒子線を出し、周囲の細胞に連続的な影響を与える。しかし、研究事例が少なく不明な点が多いということで線量が同じであれば影響も同じという取り決めになっている。 では、なぜ、研究事例が少なかったのか。放射線影響調査の元となった、放射線影響研究所(旧ABCC)の広島・長崎原爆の被爆者調査では高線量被曝の研究は行ってきたが、低線量被曝については調査してこなかったのである。広島で放射能を含んだ「黒い雨」が降った地域は調査対象外だった。1953年に内部での低線量被曝調査の動きを潰したことを正式に認めた。だから、放影研のデータは福島では使えない。福島が安全であるという知見は我々にはないと述べている(NHK「知られざる放射線研究機関ABCC/放影研」2012.7.28放映 大久保利晃放影研理事長発言)。
 低線量被曝調査がなぜ潰されたのか。核戦争の遂行に支障があるからである。戦争は核兵器で攻撃すれば終わりではない。相手国を軍隊で占領しなければならない。ところが、占領軍兵士が低線量被曝するというのでは軍隊を派遣することは出来ない。また、爆発で上昇した放射能はプルームとなって、自国の国民をも襲う。これでは核戦争が出来ないと考え、調査を止めさせたのである。
 共産党の思考方法の問題は、「核兵器廃絶」のスローガンを掲げながら、「核の巨大なエネルギー」を排除しない(その圧倒的力の前にひれ伏す)ことである。核エネルギーの利用から「原発」を排除すれば「爆弾」しか残らない。その延長上に、1962年の「ソ連核実験は防衛的」発言(上田耕一郎副委員長(当時))、1964年の「部分的核実験停止条約」への反対=中国核実験への支持(「世界の4分の1の人口を持つ社会主義中国が核保有国になったことは、世界平和のために大きな力となっている。」岩間正男参議院議員:参議院予算委員会1964.10.30)=原水爆禁止運動の分裂が連なる。「アメリカだったら、巨大な権限をもった原子力規制委員会が、大統領指揮権のもとに、事故の対応に全責任を負います」(不破:上記)と米国のシステムを過大評価するが、第二次大戦末期に原爆開発の為に設置された「暫定委員会」(「爆弾は可能な限り迅速に日本に対し使用されるべき」と大統領に勧告した)→「原子力委員会」(AEC)の流れを組む米国の核管理体制をありがたがっても何の解決にもならない。2001年のアメリカによるアフガニスタン侵攻の際に協力しなければパキスタンを「石器時代に戻す」とリチャード・アーミテージ国務副長官は脅迫したが、このまま突き進めば石器時代どころか45億年前に戻され、地球上のあらゆる生命は消滅するであろう。「核エネルギーは人類の発見した新しいエネルギー」という夢想に我々も含めすっかり騙されてきたが、早急に「信仰」から抜け出さねばならない。) 

 【出典】 アサート No.417 2012年8月25日

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