【投稿】アベノミクスの現実と極右改憲大連合

【投稿】アベノミクスの現実と極右改憲大連合

<<“オンステージ”>>
 安倍政権は、野党の不甲斐なさ、だらし無さを横目に、各種世論調査での安倍内閣の支持率が上昇し続けていることに調子に乗り、過度の自信と自己満足、うねぼれが前面に出だし、浮き足だち、全てにおいて前のめりになりだしている。
 4/16の朝日の世論調査では、就任して4カ月になる安倍首相の仕事ぶりの評価を聞くと、「大いに評価する」16%、「ある程度評価する」61%、「あまり評価しない」17%、「まったく評価しない」4%と、評価が大きく上回り、77%に達している。一番評価する政策はアベノミクスに象徴される「経済政策」であるが、「原子力発電やエネルギー」と「憲法改正」がそれぞれ6%に過ぎない、そのことは完全に忘れ去られている。しかし安倍政権は、その不人気な原発再稼働と憲法96条改悪を参院選を待たずに前のめりに押し出し始めだしたのである。
 読売の調査も、安倍政権の経済政策を評価する人が67%に達しており、自民党支持率が39-45%なのに対し、2位の民主党は5、6%で、8倍前後もの大差がついている。こんな好機は二度とないであろう。この機会に安倍首相としては参院選で「衆参ねじれ」を解消し、野党を蹴散らし、圧倒的多数でもって念願の9条改悪に向けて、憲法改正や軍事力増強、教育改革などのウルトラ保守回帰路線に踏み込む意向なのであろう。
 4/17、安倍政権下で初めて行われた党首討論では、民主党・海江田氏の肝心の質問にはまともに答えないで、欧州金融危機の後退によって株高への反転基調が明確になりだしたのを手前勝手に都合よく解釈して、しかも昨年9月時点では解散も総選挙も全く確定もしていない段階であったにもかかわらず、「私が総裁になったのは昨年9月。次の総選挙で自民党が勝つのは既定路線だったから、マーケットはその段階(9月)で反応した。そういう見方で確定している」とまで放言、「日本を覆っていたどんよりした空気が変わったんですよ」と自らの“アベノミクス”の成果を延々としゃべりまくり、最近の円安・株高の成果を細かな数字を挙げて自画自賛、「討論というより“オンステージ”だった」(日刊ゲンダイ4/18号)。

<<絶好のマネーゲームの場>>
 この党首討論で安倍氏は、「まず最初に輸入品が上がり、これから半年かけて輸出も良くなる。今年度の経常収支は4.6兆円のプラスになり、それは間違いなく賃金にかわっていく」と述べ、4/18日朝の日本テレビ系朝の情報番組「スッキリ!!」に生出演した際にも、アベノミクスに絡み、「庶民への還元はいつになるのか?」との質問に対して、安倍首相は「夏を越えれば実感していただけるはず。間違いなく多くの方々の収入が増えていく」と断言した。
 確かに今のところ、円安と株高に沸いて大手メディアが意図的に持ち上げ、アベノミクスをはやし立てているが、賃金は上がるどころか、実態は円安とそれに連動した株高だけであり、危なっかしく寒々としたものである。
 株高の正体を見てみても、2012/10~2013/3の間にアメリカを中心とする外国人投資家が約6兆円も買い越している。これは2005年以来である。マネーゲームに一喜一憂する投機資本はアジア株から日本株へ資金を移動させており、米国上場の日本株投資信託の売買代金が急増したのであるが、その日本株を買いあさっていたのは、金利差や為替差益を徹底的に追求するマクロファンドやヘッジファンドで、ソロスファンドやポールソンなどはこの間に円売りや株式先物取引で空前の莫大な利益を稼いだと言われている。彼らはいち早く投機資金を仕込み、遅れて市場に参入して株価を引き上げてくれるのを待つだけで、数十億円で数百億円の利益がころがりこむという。彼らの日本株の平均的な保有期間は短くて数週間、長くても二、三ヶ月程度、政府や日銀の態度表明や経済指標を追いかけ、短期売買を繰り返し、不動産株や銀行株など流動性が大きく、株価変動の大きい銘柄に狙いをつけ、上がれば売り、下がれば買う、短期トレードを繰り返して莫大な利益を稼いでいる。こうしてアベノミクスは絶好のマネーゲームの場を提供したのである。
 そしてマネーゲームには必ず転機が訪れざるを得ない。真の日本経済の活性化が図られない限りは、ここが潮時と見切りをつけ、参院選前後にも大規模な利益確定売りが発生する可能性が大であり、株価急落が待ち受けているともいえよう。

<<間違いなく支出が増える」>>
 安倍首相は「間違いなく賃金が上がり、多くの方々の収入が増えていく」と断言しているが、これは嘘八百のたぐいである。労働力調査を見ても12月から2月までの3ヵ月間で、就業者数は5万人減少し、失業率は0.1%ポイント上昇している。賃金の上昇や雇用の改善などはまったく生じていない。
 首相の異例の賃上げ要請で注目された今年の春闘も、結果は寒々としたものである。連合が4/16に公表した春闘の回答結果(第4回集計)によると、傘下2139組合の平均賃金の上げ幅は、前年比で月額わずか67円である。300人未満規模の中小企業の回答集計では、妥結額が平均4179円、前年比0・10%減、金額で397円下回っているのである。
 大企業はこの10年間で計260兆円もの内部留保をため込んでおり、数万円前後の賃上げ余力は十分にあるが、経団連が発表した東証1部上場企業(500人以上規模)の回答・妥結状況をみると、製造業の平均月額が6204円増、前年比1・96%増、金額では前年の回答額よりマイナス115円、非製造業は6201円で、前年比1・81%増、プラス494円であるが、この金額にはいずれも定期昇給分を含むとしており、本来の賃金のベースアップがなかったことを示しており、首相の賃上げ要請などどこ吹く風で、徹底して賃上げを抑えたのが大企業の実態である。すでにこの時点で春闘は事実上集結しており、安倍首相の「間違いなく賃金が上がる」見込みは潰え去ったのである。
 そして収入が増えるどころか、この間の急激な円安による輸入インフレだけは、確実に消費者の負担増となって押し寄せてきている。燃料価格の高騰を理由にで5月から関電が電気料金を平均9.75%、九電が平均6.23%アップ、東京ガス、大阪ガス、東邦ガス、西部ガスが使用料金を98~140円値上げ、製紙業界もティッシュやトイレットペーパーの値上げに向け、スーパーと価格交渉を進めており、輸入穀物や果実の卸価格も昨秋と比べ、最大6割ほど上昇し始めている。収入が増えるどころか「間違いなく支出が増える」事態である。

<<アベコベノミクス>>
 そしてさらに問題なのは、安倍政権の「成長戦略」である。その柱が、小泉内閣以来の新自由主義・市場原理主義路線に基づく、徹底した規制緩和路線である。
 4/17の規制改革会議で、三つの規制緩和が提案されたが、その第一は、有料職業紹介の規制緩和で、今まで年収700万円以上の求職者、失業者からしか手数料をとれなかったのを、年収要件を撤廃する。一方では解雇しやすい規制緩和を推し進め、同時にそれによって、失業した人からは職業紹介に手数料を支払わせるというあくどさである。
 そして第二が、労働者派遣法の派遣禁止業務や派遣期間の緩和である。派遣労働者をさらにもっと増やそうというのである。深刻な格差と低賃金を蔓延させてきた派遣労働を規制するのではなく、昨年、改正したばかりの労働者派遣法を180度逆行させようというのであるから、あきれたものである。
 さらに第三は、保育の規制緩和で、保育士数を基準の8ー9割とすることを認める。保育の質を低下させ、子どもを犠牲にする規制緩和である。
 さらに安倍政権の産業競争力会議では、残業させやすくする労働時間規制の緩和、労働力移動をしやすくし、解雇しやすくする解雇規制の緩和、正社員を多様化し、勤務地限定正社員、職務・職種限定正社員、短時間正社員、専門職種型派遣社員のような多様な雇用管理区分の導入、これらが「成長戦略」の柱として提起されている。
 さらに驚くべきは、産業競争力会議の提案を受けて、厚生労働省と社会保障国民会議は、高額療養費の自己負担上限額の倍増、75才以上の医療費自己負担の1割から2割への引き上げを検討しており、さらには風邪の診療の自己負担を7割に引き上げ、軽度のデイサービスは全額自己負担、デイケアは3割自己負担、これでもかといわんばかりの徹底した国民収奪路線が浮上してきている。こんなものがなぜ「成長戦略」なのか、開いた口が塞がらない。
 低賃金、雇用不安、低所得者層の現状を固定化するばかりか、さらに一層のひどい格差を持ち込み、社会保障を切り捨て、庶民の負担を一層増大させる、その上の、インフレ政策の推進は、低所得者層をさらに苦しめる生活破壊路線であり、やることなすこと、これではまるで「成長」とは逆方向をひた走る”アベコベノミクス”である。安倍首相にとっては所詮、経済はその場しのぎの粉飾でしかないのであろう。

<<安倍・橋下=極右改憲大連合>>
 安倍首相の本音は、こうしたアベノミクスの本質が露呈してくる前に、参院選まではなんとか明るいバラ色路線で切り抜けられればいい、絶対多数を確保できさえすれば、弱肉強食の市場原理主義路線が大手をふろうと、経済は成り行き任せで、本来の使命と心得るウルトラ保守回帰路線に疾走する、ということであろう。そしてすでに参院選前から、高支持率にほくそ笑み、それに浮かれ出したのであろう、「国のかたち」を変えるなどと、前のめりに憲法9条改悪に向けた本音を吐露しだし、アベノミクス+憲法改正を参院選の争点として既成事実化させようと乗り出したのである。
 こうして自民党の石破幹事長は4/13の読売テレビの番組で、憲法改正の発議要件を緩和する96条改正は、将来的な9条改正を視野に入れた対応だとの認識を表明し、96条改正が国民投票にかけられた場合に「国民は(9条改正を)念頭に置いて投票していただきたい。国の在り方が変わるという認識を持って(投票すべきだ)」と述べ、そして自民党憲法改正推進本部の保利耕輔本部長は、96条改正の今国会提出の可能性にまで言及する事態である。
 これに呼応するかのように、日本維新の会の橋下徹共同代表は3/30の同党大会で、「日本国憲法が、ありえない国際社会観を掲げたことがものすごい問題だ」と日本国憲法前文を攻撃し、憲法前文の規定を「ユートピア的発想による自衛権の放棄」として削除し、不戦の決意や平和的生存権の規定を削除した自民党改憲案と同一路線に並び立つことを公式に宣言したのである。同じ維新の共同代表である石原氏は「あえて忠告するが、必ず公明党が足手まといになる」と述べて、安倍首相に、連立を組む同党との関係を見直すよう促し、4/9に会談した安倍首相と橋下徹日本維新共同代表は、改憲発議要件を現行の衆参両院議員の「3分の2」以上の賛成から過半数の賛成に緩和すべきとの認識で一致したとされ、ここに安倍自民党と橋下日本維新の会という、極右政治家が憲法改悪という共通目標に向かって手を結ぶ、最悪の改憲大連合がすでに動き出しているのである。
 9条と主権在民、基本的人権を頂点とする平和憲法にとって戦後最大の危機が訪れており、あらゆる平和・民主勢力、様々な市民運動や何よりも圧倒的な多数の個人が結集し、団結し、統一して、広範な反撃を組織する試練に立たされていると言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.425 2013年4月27日

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【投稿】全てのヒト・モノ・カネをイチエフへ

【投稿】全てのヒト・モノ・カネをイチエフへ
                           福井 杉本達也 

1.またも全電源喪失
 3月18日、福島第一原発の1、3、4号機の使用済み燃料プール代替冷却システムなどが停電で停止した。2号機燃料プールは幸い別系統であり停止を免れた。20日に全面復旧したが、その間29時間もかかった。原因は配電盤に入ったネズミだという。中部大学の武田邦彦氏が電源喪失して以降の燃料プールの状況を次のように整理している。1)東電が電源系を回復させれば、それ以後は大丈夫、2)電源系が回復できなければ、徐々にプールの水の温度が上がる、3)水が沸騰するのは今週終わり頃と計算されます、4)蒸発熱は1キロ530キロカロリーと大きいので、それから1週間ぐらいは100℃を保ちながら沸騰する、5)核燃料棒は露出していないので、この段階では放射性物質は漏れません、6)さらに2週間ぐらい後に燃料棒の上部が露出しやや危険な状態になります、7)時間的余裕が3週間(武田:2013.3.19)と整理している(東電の発表では65度に達するまでの時間は、4号機燃料プールが一番短くて4.52日)。電源を喪失するということが原発にとって何を意味するのか、東電、この国の原子力技術者・官僚は3.11で十分分かったはずであろうに、予備の対策は何も取られていなかった。かれらには「反省」という言葉も、「学習」という言葉も、「責任」という言葉もない。
 今回の停電では原子炉格納容器窒素封入設備の一部も停止した。原子炉格納容器内は冷却水の放射線分解によって継続的に水素及び酸素が発生しており、可燃限界に達する懸念がある。このため、水素爆発を防止することを目的に、窒素を封入することで原子炉格納容器内の水素濃度を可燃限界以下(水素濃度:4%以下)に保つものである。窒素の供給が停止してから格納容器内雰囲気が水素の可燃限界に至るまでは最短でも約2日程度と評価している(『中期的安全確保の考え方』に関する東京電力からの報告書 2011.12.6)。 周知のように、1号機は水素爆発により破壊されたのであり、4号機の破壊の一部も水素爆発によると言われる。わずか2日で可燃限界に達する恐れのあるものが簡単に停電するとはとんでもないことである。

2.地下貯水槽からの汚染水漏れ
 こうしたぼろぼろの管理状況に輪をかけて4月5日には大量の汚染水が2号地下貯水槽から漏れ出した。当初120トン:放射能量にして1兆ベクレル(Bq)ということであったが、その後3号地下貯水槽など他の貯水槽からも漏れ出ていることが明らかとなり、さらには漏れ出ている貯水槽から他の貯水槽に移送する配管からも漏れ出す事故などが相次いだ。 汚染水タンクの容量不足から原子力規制委は当初、漏れていない地下貯水槽を継続使用する予定だったが、結局茂木経産相は、地下貯水槽の汚染水は全て地上タンクに移すという方針を示さざるを得なくなった。そもそも、地下貯水槽は管理型産業廃棄物処分場に使用される地面を掘り下げ防水シートを3重に敷いた簡単な構造である。極めて危険な放射能を含む汚染水用のものではない。規制委の田中委員長も「あれだけ(大きな規模)の貯水槽をビニールシートで作ることは普通ない。」と、地下貯水槽を作ったことを失敗だった認めた(日経:2013.4.14)。移送中に配管の継ぎ手から漏れた汚染水は22リットルであるが、1立方センチメートル当たり29万Bqの放射能が検出されている。漏れた水が汚染水浄化装置で取りきれないストロンチウム90を主体とするならば影響が大きい。高エネルギーのベータ線を放出し、水中では10㎜までしか届かないが、誤って素手で触った場合、皮膚表面の1cm2に100万Bqが付着した時には、その近くで1日に100ミリシーベルト(mSv)以上の外部被曝を受けると推定される。トリチウムの場合は経口摂取した場合に問題となる(原子力資料情報室)。さらに、東電は、地上タンクの増設が間に合わない場合もあるとして、5・6号機地下の圧力抑制室(サプレッションチェンバー)への移送も検討するとした(福井:2013.4.18)。その地上タンクも急ごしらえで、溶接すべき所をボルト締めしてあったりして、何年も持つようなシロモノではない。まさに泥縄である。漏れ出た汚染水は地下水と混ざり海に流れ出ているはずである。隠しきれないと見た原子力規制委は10年後にはストロンチウム90が福島の海を汚染すると発表した(福井:4.20)。福島第一原発の放射能漏れは止まってはいない。いや、今後何十年~何百年にも亘り東日本の海を汚染し続けるであろう。地上タンクはすぐにも福島第一原発の敷地を覆い尽くし、国道6号を越えてその西側にも林立せざるを得なくなるであろう。

3.原発労働者がいなくなる
 現在、放射線現場で働く労働者の被曝限度は5年間で最大100mSv、年間最大で50mSvである。原子力資料情報室によると、2011年3月11日から12年12月末日までの作業者の外部被曝と内部被曝の累積線量は、約30万人・mSv(=300人・Sv)と膨大なものとなっている。うち約70%は下請け労働者の被曝である。2011年3月、事故直後から対応にあたった東電社員が圧倒的に大きな被曝をしたが、翌4月以降は下請け労働者の被曝が大きくなっている。1ヵ月の被曝線量が10mSvを超えた作業者数は12年10月で20人(最大16.94mSv)、11月は15人(最大19.28mSv)、12月は8人(最大15.85mSv)となっている。2009年度のデータでは、作業者の年間被曝線量は94%が5mSv以下、被曝の最大値が19.5mSv、平均線量1.1mSvであったことを考えると、現在の福島第一原発がいかに厳しい現場であるかが改めてわかる。100mSv以上が167人、50~100mSvが1,030人、20~50mSvが3,631人、10~20mSvが4,024人である(全作業者25,398人中 2013.3.1)。これまでは、冷却用パイプの敷設や炉外の外周などの作業が多かったが、さらに汚染水への対応が加わる。あと5年もすれば福島第一原発にはベテラン作業員は一人もいなくなる。
 関電高浜3.4号機、九電川内原発、四電の伊方原発などを再稼働させる動きがあるが、そのようなことをやっている時間は日本には残されていない。このままでは、福島第一の全敷地が汚染され、崩壊した原子炉に近づくことさえできず管理不能になる恐れもある。全原発で使用済核燃料の管理などの最重要作業以外の全ての作業はやめ、全てのベテラン作業員を福島第一原発に集中しなければ日本は終わりである。

4.「異次元緩和」という資産収奪を許さずイチエフの対策に使え
 黒田日銀は4月4日「異次元緩和」を宣言し、月間で7.5兆円の国債を買い入れることとした。政府が毎月発行する国債は10.5兆円しかない。その7割を日銀が吸い上げれば市場には国債は出回らない。景気が低迷し運用難に悩む生保・都銀・地銀・ゆうちょ・年金資金は全て国債の購入によって安定した収益を上げてきた。これをなくして資金を米国債の購入に振り向けさせようという算段である(『東洋経済』2013.4.20)。生保業界は1980年代後半・米国債への大量投資を行ったが、急激な円高により巨額の為替差損を被った過去がある。結果、生保業界の一部はAIGやプルデンシャルなどの外資の軍門に下った。黒田日銀は国債市場を事実上閉鎖し、日本の全ての資金を米国に持っていくつもりである。 4月19日、生保協会会長・明治安田生命の松田社長は「外債買い増しを選択肢とする」と述べた。日銀との間に何らかの妥協をしたということである(日経:4.20)。そのようなことをすれば、金融円滑化法切れで青息吐息の中小企業の資金源を絶ち、将来の年金資金を枯渇させ日本経済を不況のどん底に追い込むものである。しかし、福島第一原発の対策には今後数百兆円もの資金がかかる。1980年代のような“余裕”は全くなくなっている。日本の支配エリート層は、国土を放射能と米軍に占領させ放置したまま、資産を米英金融資本に叩き売り、海外逃亡を図るつもりなのであろうか。 

 【出典】 アサート No.425 2013年4月27日

カテゴリー: 原発・原子力, 杉本執筆 | 【投稿】全てのヒト・モノ・カネをイチエフへ はコメントを受け付けていません

【投稿】保守体制復活で勢いなくす「維新」 

【投稿】保守体制復活で勢いなくす「維新」 

<兵庫 伊丹・宝塚市長選で維新派大敗>
 去る4月14日、関西ではマスコミも大きく取り上げる動きがあった。14日投開票を迎えた兵庫県伊丹市、宝塚市の市長選で、維新候補は現職に大敗。大阪での勢いは、周辺都市では届いていない現実が顕になった形だ。
 兵庫県の井戸知事は、道州制には慎重な姿勢であり、関西広域連合も、発足にあたって、「道州制に転化しない」との条件付で参加した府県もあった。大阪維新の会の松井知事などは、道州制に慎重な井戸知事に対抗し、7月知事選、11月神戸市長選に維新候補を擁立すると宣言し、今回の両市長選を前哨戦として、候補擁立に至っていた。
 選挙戦では、浅田大阪府議会議長が、「尼崎、芦屋、西宮、伊丹、宝塚、そして神戸まで、大阪都構想に組み込まないと東京都に対抗できない」と発言し、兵庫県民から反発を招いたり、伊丹空港廃港論を唱える橋下代表に対する反発が維新勢力の兵庫県進出を阻んだとも言える。
 橋下が乗り込もうが、大阪府域を越えた陣地戦では、その力は弱小であると言える。21日の名古屋市議補欠選挙でも維新候補は落選しており、維新勢力の伸び悩みは鮮明だ。

<憲法改正で、安倍・維新連合の動き>
 先の党首討論に立った維新の石原代表は、「公明党は(憲法改正で)あなた方の足手まといになる」と述べ、自公連立を批判している。一方、公明党の山口代表は、憲法96条改正は、連立合意に含まれていないと発言し、安倍首相の動きをけん制している。(自公政権合意文章では、「7憲法審査会の審議を促進し、憲法改正に向けた国民的な議論を深める」と慎重な表現となっている。)
 憲法改正に向けた安倍・維新の動きが報道されればされるほど、大阪都構想が遠のくという現実も無視できない。都構想の中心である大阪市会では、維新だけで過半数に達せず、辛うじて公明党の協力があるため、橋下市長の政策が進んできた。
 しかし、衆議院選挙も終わり、夏の参議院選挙では、公明と維新は議席を争う関係になる。この選挙が終われば、当分衆議院選挙もないと言う状況下、大阪市会での維新・公明連携も、より是々非々の関係になるだろう。
 橋下市長が提案した大阪地下鉄民営化条例も、3分の2の賛成が必要と言う中、自民・公明・民主の賛成を得られず、継続案件とせざるをえなかった。また、大阪都構想を進める第二回法定協議会では、公明党委員から、特別区30万では大きすぎる、20万程度の身近な規模も検討すべきとの発言が飛び出し、議論が足踏み状態となっている。
 
<支持率低迷の維新の会>
 各種世論調査も、維新の支持率が低下傾向にあることを示している。毎日新聞調査(4/22報道)では、政党支持率は3月調査と比べて、2%ダウンの7%。参院選で投票すると答えた割合も、2%ダウンの11%となった。同じく日経新聞調査でも、3月調査から政党支持率で1%ダウンの5%となっている。
 共同通信調査では、3月調査で、維新支持が7.1%だったが、今回の調査では5.5%に低下し、近畿地区調査でも、11.5%から8.3%へと支持率を低下させているのである。
 低迷の理由は明らかであろう。自民党に参議院選挙で過半数を許さないと言う一方、憲法改正では共闘できると言う。野党結集もできず、これでは第二極にもなれない。円安と株高で「支持」を増やしている安倍政権に対して、予算案にも賛成するなど、独自色が益々希薄になりつつある。元々、橋下以外は、民主党政権下で自民党から渡ってきた連中か、議員ポストに有り付きたいだけの連中が主流の政党である。参議院選挙後、次の衆議院まで存続するかどうか危うい「政党」なのであって、寄せ集め度は、民主党以上であろう。
 低賃金と社会の閉塞感に便乗し、公務員攻撃で庶民の鬱憤をはらすためだけの政党に過ぎない。去る3月30日に開催された「日本維新の会」党大会で採択された綱領なる文書も、自民党と何を区別するのかわからないような保守文言で溢れ、「占領憲法の改正」「既得権の排除」「労働市場の流動化」など、小泉以上の新自由主義的内容である。さらに、原発エネルギー問題には一言の言及もない。
 アベノミクスも、いずれ剥げ落ちるだろうが、それ以上に、有害な維新勢力との粘り強い闘いを進める必要があろう。(2013-04-22佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.425 2013年4月27日

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【書評】黒木亮『アジアの隼』(上、下)

【書評】黒木亮『アジアの隼』(上、下)
     幻冬舎文庫 平成24年10月発行(上686円+税、下724円+税) 

 1990年代、ベトナムが舞台の経済小説である。かつて90年代の香港は、鄧小平の南巡講話をきっかけとした中国の経済回復と同時に、急速にアジアの資金調達センターとしての優位的な地位を確立していく。そしてこれとともにベトナムは、ドイモイ(刷新)により経済的急発展を遂げることになる。この成長期のベトナムで政府のプロジェクト案件を獲得すべく邦銀の日本長期債券信用銀行からハノイの事務所に送り込まれた真理戸潤なる人物が主人公である。当然のことながら、そこでは既に欧米の金融機関や「ベトナム詣で」の多くの邦銀が熾烈な争いを繰り広げており、しかも当時の日本とは異なった取引習慣—現在では至極当たり前のこととなったシンジケートローン(協調融資)やマンデート(借手による融資条件受託)等—に苦しめられることとなる。この百戦錬磨のつわものたちの間で、いかにマンデートを取って行くかの丁々発止の駆け引き、協調と寝返りが本書の見せ場であり、欧米金融機関のハゲタカぶりと徹底した合理性=冷酷無情の振舞いがすごい。
 しかしその話の流れは本書で見ていただくとして、本書で語りたいのは少し違うところにある。それは例えば、真理戸がベトナム事務所開設の免許を取るための政府役人との交渉の次のようなシーンである。
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「ベトナムは今まで戦争で国造りが遅れたけれども、ドイモイ(刷新)により今後飛躍的に発展することは間違いないのです」(略)「この国のビジネス・チャンスは計り知れません。我々には天然資源に加えて、人的資源も豊富です。なにせ我々はあのアメリカに勝ったのですから」
ニエン(ベトナム政府金融機関局次長)が傲然とした視線を向けた。
真理戸は、これ以上自慢話を聞いてもしょうがない、と話の方向を変えることにした。
「では具体的には、私どもは何をしたらよいのでしょうか?」
「セミナーをやってもらいたい。それから日本で研修生を受け入れてほしい」
真理戸が投げたボールをニエンは間髪を入れずに打ち返してきた。(略)ベトナム政府のたかり体質は、つとに名高い。外国企業にセミナーをやらせるときは、外国から来る講師の旅費、宿泊費、日当は当然のこと、参加者に対する一日十ドルの日当、さらにはセミナー会場となる自分たちの役所内の会議室の使用料という名目で一日あたり千ドルをも払わせる。許認可権限を悪用した賄賂の強要以外の何ものでもない。それをベトナム側はコー・オペレーション(協力)と呼んではばからない。(略)
「日本での研修の方は、何人位をお考えですか?」
「こちらとしては五人から七人を考えている」
仮に五人を一週間東京に呼ぶとすると一人あたり五十万円として二百五十万円の金をどぶに捨てなければならない。
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次は、軽工業関係の国営企業との交渉シーンである。
・・・・・・・・・・・・・・・
 案内された部屋で待っていると、やがて副社長以下六名がぞろぞろと入ってきた。副社長の年齢は六十歳くらい。(略)背が低く、枯れ木のように痩せている。煙草のヤニガこびりついた歯は朽ちてぼろぼろで、育ち盛りの頃に栄養状態が悪かったことが窺える。おそらくベトナム戦争の勇士なのだろう。国営企業ではこの手の北ベトナム軍出身者が能力とは関係なく、論功行賞で幹部の地位を与えられているケースが多い。(略)
(評者註・・・この後交渉が始まるが、通訳、財務部長の女性ともにファイナンスの問題が皆目分からず、ピンぼけが続く。)
 副社長は当然のことながら実務のことは何も知らない。口では「ファイナンスはわが社にとって非常に重要だ」と繰り返し言うが、いざ具体的な話になるとさっぱりだ。最近の輸出状況について質問すると、「ああそれは国際部長に訊いてほしい」、繊維製品の売上動向について訊くと「それはマーケティング部長に照会するとよい」、プロジェクト・ファイナンスについて興味があるかと訊くと「それはここにいる財務部長と話をしてくれ」(略)
「これは共産主義無能バリヤーですね」苛々している真理戸に尾白(真理戸の部下)がいった。
「何だい、その無能バリヤーって?」
「以前旧ソ連の共産主義国で経験したことがあるんですけど、決定権者に話がたどり着く前に、この無能バリヤーが何重にもわたって張りめぐらされてるんですよ」
・・・・・・・・・・・・・
極めつけは、先ほどのセミナー後の日本での「研修」である。一行は五人。
・・・・・・・・・・・・・
 五十過ぎの女性がいる。一行の団長をつとめる人事部次長のアイン女史だ。スーツ姿の若者がいる。(略)金融機関局職員のタインらしい。(略)小柄で利発そうな女性がいる。これは国際関係部のハウ。
 コートを着込んだ腰の曲がりかけた婆さんが二人いる。(略)政府の職員というよりは、ハノイの道端にしゃがんでサツマイモの天ぷらでも揚げていそうな感じだ。この二人が選ばれたのは何かの間違いとしか思えない。
(評者註・・・この「研修」と秋葉原での家電製品の買物等々で真理戸は散々な目に遭わされるが、彼らが帰った後、ナム(通訳)との会話でその事情を知ることになる。
「ところでナムさん・・・」真理戸が傍らのナムにいった。
「あの婆さん二人はいったい何者なんですか?英語も全然できないただの婆さんじゃないですか。ベトナム政府にとって、あんな連中を日本に研修に出す意味があるんですか?」
真理戸の質問にナムは一瞬白けた顔をした。
「真理戸さん、あの婆さんたちははなから勉強する気なんてないし、ベトナムの役所の方だってそんなことは期待していないんですよ」
「え!? じゃあ、なぜ」
「ベトナムの官庁や政府機関で偉くなるためには、まず下の人間から推薦してもらうことが必要なんです。いくら能力があっても、あるいは上の人の可愛がられていても、下の人間が推薦してくれないと出世はできない。共産主義体制ではそういう仕組みなんです。だから、推薦をもらうために上の人間は下の人間のご機嫌取りをするんですよ。ああいう無能な婆さんたちは上司にとっても結構厄介な存在なんです。助けにはならないが害だけは加えることができる。あいつらを黙らせておくためには時々海外旅行をさせてやる必要があるんですよ」
「うーん・・・」初めて裏の事情を知らされた真理戸は唸った。
・・・・・・・・・・・・・・・
 悪意を持って社会主義ベトナムの批判をするわけではない。しかし本書が小説であるということを考慮した上でも、いわゆる旧ソ連型の官僚制の果たしている犯罪的な役割を確認できよう。本書はこの後、タイ・バーツの暴落を端緒としたアジア通貨危機、金融市場の行き詰まりの中で、主人公の勤める銀行も破綻に陥るという結末を迎える。
 以上のように本書は、アジア金融市場を舞台にした波乱万丈の経済小説であり、そこにはかつて実在し香港の金融市場の台風の目となった証券会社「ペレグリン」も登場する。 また巻末には日常あまり馴染みのない経済用語の解説も付けられている。一見とっつきにくい小説であるが、一種の経済情報小説としても読むことができよう。
 しかし最後に付言すれば、60~70年代にアメリカ帝国主義に対して英雄的に闘ったベトナムに対して、微力ながらも「ベトナム戦争」反対の運動に参加した者としては、本書で苦い読後感を味わった。アメリカと闘ったベトナムの勝利が偉大であっただけに、その後の経済政策で行き詰まり、開放経済政策ドイモイで息を吹き返すという状況は、革命後の旧ソ連型社会主義の官僚制の弊害とともに銘記すべきであろう。このような中でもなおベトナムの民衆の底力を信じるという本書の姿勢は救いではあるが、現存する社会主義を見る限りはなはだ複雑な感情を持たざるを得ないというのが正直なところである。(R) 

 【出典】 アサート No.425 2013年4月27日

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【日々雑感】—一切我今皆懺悔— 

【日々雑感】—一切我今皆懺悔— 

 私の亡き母は、よく言っておりました。「形だけでも良いから、仏様は良くおまつりしてね。」と。
 当時の私は唯物論の知識を振りかざして、観念論をボロクソに批判しており、母を悲しませました。しかし、今では、宗教とは自分の心の問題であって、正座して、亡き父や母を心静かに偲ぶと言う行為は、何の抵抗もなく行えるようになりました。
 形だけしておったのが魂が入ってきたように思いますのは、年の所為ですかねえ。
 話はそれましたが、私の小学校時代、5・6年生を担任してくださった、遠藤千代先生のことを思い起こします。先生は、戦後の民主主義教育をと、苦労なさっておられ、先生仲間の研修があれば、東京方面へも行かれているようで、その成果を私達に教えてくれました。
 「東シナ海と言うのはやめて、東中国海と言うようにしましょうね。」と言っておられたのを懐かしく思い出します。
 また、先生は、家族が貧しく、遠足にも行けなかった、三郎ちゃんの為に動きまわって、遠足に行けるようにしてあげたりして、三郎ちゃんのお母さんから感謝されたりしました。そんなすばらしい先生に対して、私は、ちょっと成績が良い位のことで、何かにつけて反抗的で、あのイヤーな橋下みたいな生徒でした。自信過剰で、うれしがり、目立ちたがりの私を、よく指導して下さったと思います。
 仏教では、お経を読む時、まず懺悔から始まるそうですが、遠藤千代先生、ご存命ならば一度お会いして、お許しを願いたいです。
 一切我今皆懺悔の気持ちでいっぱいです。(2013-04-18 早瀬達吉)

 【出典】 アサート No.425 2013年4月27日

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【投稿】安倍・維新連合-改憲・TPP推進路線の孤立化を

【投稿】安倍・維新連合-改憲・TPP推進路線の孤立化を

<<「今がラストチャンスだ」>>
 安倍政権は、先の民主党・野田政権と同じ土壺にはまろうとしているのであろうか。安倍首相自身が、アベノミクスの表層に浮かれた大手マスメディアの無批判なお追従に変に自信をつけ、昂揚感で有頂天になり、上から目線の空威張りと上滑り、そして焦りが同居する、躁的精神状態に浮かれているようである。憲法改悪、TPP参加、等々、参院選を待たずに、すべてを前のめりで進行させようとしている。
 3/15、安倍首相は、環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉に参加することを正式に表明した。首相は「一日も早く交渉に参加しなければならない。今がラストチャンスだ。」、「日本は世界第3位の経済大国。参加すれば必ずルールづくりをリードできる」と語ったが、その同じ記者会見の場で、「すでに合意されたルールがあれば、遅れて参加した日本がひっくり返すのは難しい」と認めざるを得なかった。2011年に参加したカナダとメキシコには先行国の交渉内容を見直すことが許されなかったことがすでに明らかにされており、当然のことであろう。カナダとメキシコは、「交渉を打ち切る権利は九カ国のみにある」「現在の参加国間で合意した条文は原則として受け入れ、再交渉は要求できない」などと極めて不利な条件をのまされ、その念書を両国は極秘扱いにして隠していたのである。TPP交渉は秘密交渉であり、この両国同様、日本は、これまでの交渉内容、合意事項、その法的文書そのものさえ見ることも確認することも許されないまま、全てを受け入れざるを得ないのである。3/7付東京新聞が報じたように、「日本が交渉入りしても加盟国が合意した項目は、再協議することはない、と参加9ヵ国で決められている」のである。そして安倍首相は、こうしたことを承知しながら、先の日米共同声明ですべての物品をTPP交渉の対象にすることを認め、交渉参加をオバマ大統領に申し出たのである。
 このようにTPPは完全秘密主義で、物品・サービス・知的財産など21分野にわたる項目全てが妥結するまで交渉内容が一切公表されず、途中経過も知らされず、一括してすべてが妥結した後、初めて公表される。公表されてから個別の項目を変更することや、ましてや国民的議論の俎上に乗せることなどできないのである。およそ主権在民、自治権に反する、各国の経済主権や食料主権をないがしろにし、国家主権をも奪う徹底した反民主主義のしろものなのである。

<<「できる限りの対応」>>
 それでも首相は「参加は国家百年の計だ。国益になるだけでなく世界の繁栄につながる」と述べたが、中国・ロシア・インドネシア・タイなど環太平洋の主要国、そしてインドも含めて今や日本の最も重要な輸出入最大の相手国であるこれらの諸国が軒並み見送った交渉への参加が、なぜ「国益になるだけでなく世界の繁栄につながるのか」、一切明らかにできなかった。そこであわてて試算したTPPの影響額はこれまたずさん極まりなく、農水産業の生産額は3兆円落ち込む一方、輸出拡大でGDPは3・2兆円増えるという。だが、2011年には農水省は農水産業が7・9兆円の打撃を受けると試算していたのである。多大な犠牲に比して、たったこれだけの効果しかないとも言えるが、政権の要望に合わせて適当につじつま合わせをする官僚の試算を誰が信用するというのであろうか。
 3/13の自民党のTPP交渉参加を容認する決議は、
1.コメ、牛肉、乳製品、砂糖、小麦の5品目を関税撤廃の例外とする。 2.国民皆保険を守る。 3.日本の主張が受け入れられない場合にはTPP撤退を辞さない、の三つであった。これに対して安倍首相は 「必ず守る」と言いつつも、「国民皆保険を守ることは確約する。しかし、例外5品目については、できる限りの対応を取る。できる限りの対応とは、関税撤廃の緩和措置および国内対策のこと」だと、交渉入りする前段階から後退した内容を述べており、ここに既に関税撤廃の例外設定は実現できないこと、緩和措置と国内対策でごまかすことを見逃してくれ、という、露骨なTPP参加への前のめり姿勢のみが浮き彫りにされている。あとの2条件も、適当なガス抜き程度にしか位置づけられておらず、反故にされることを承知で、首相一任を取り付け、リップサービスのみで政権与党幹部は手を打ったつもりなのであろう。

<<「ウソつかない、ブレない」>>


「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない。」-これは先の総選挙での自民党の選挙公約のポスターである。わずか3か月前である。ここまでくればお笑いである。「TPP断固反対」はどこかへ飛んで行ってしまって、言い訳しようのないブレまくりの大ウソつきと言えよう。

 このポスター、公約破りの民主党への面当て、対決の旗印として掲げられたものであろうが、今や自らに降りかかってきている。民主党は、消費税増税をはじめとする数々の明確な公約違反と居直り、ブレまくりの結果、圧倒的な有権者の怒りを買い、政権の座から引きずり下ろされ、断罪されたのであるが、自民党の公約破りはそれ以上に早すぎるし、厚顔無恥である。こんな公約違反が堂々とまかり通るようであれば、一体選挙や投票とは何であったのかが根本的に問われかねない。これほど明確な公約違反、本来ならこの問題一点に絞ってでも直ちに出直し選挙を行うべきであろう。またそうしなければ、まったくお寒い限りの薄っぺらな民主主義に堕落してしまうし、現実はそのように断罪されても抗弁できない状況と言えよう。
 このようにウソをついてでもTPP参加に前のめりになるもう一つの、そして決定的な理由は、「普遍的価値を共有する国々と経済的な相互依存関係を深めていくことは、我が国の安全保障にもアジア太平洋地域の安定にも寄与する}(3/15記者会見)、というまさに経済外の、「安全保障面の利点」なのである。そしてここにこそ本音があり、安倍氏特有の自民党最右翼の面目躍如たる存在理由が透けて見えよう。民主主義を屁とも思っていない安倍氏が、民主主義という「普遍的価値を共有する国々」などいうこと自体お笑い種だが、そうした国々とは付き合うが、それ以外とは断固対決するという意思表明としてのTPP参加なのである。まさに安倍氏がなんとしても成し遂げたい、憲法9条の改悪と自衛を超えた対外攻撃軍隊として活用できる、「集団的自衛権」を担いうる国防軍の創設、そして天皇「元首」化、さらには「公益・公序」によって基本的人権をも労働基本権をも生存権をも制限できる、そうした憲法改悪への道であり、「美しき大日本帝国復活」への道である。
 すでに安倍氏は、2/26の参院予算委員会で、自民党の改憲草案について問われ、「今の状況でただ自衛隊を国防軍に名前を変えるのではなくて憲法改正が必要だ。相当な議論をして(改憲を)成し遂げるべきだ。まず96条(改憲発議要件)を変えるというのがわれわれの考えだ」と表明している。既にこの時点で安倍氏は、憲法99条の、大臣や国会議員など公務員の憲法順守義務を明確に犯しており、現行憲法における首相の適格性は存在していないのである。

<<「いざという時は維新と組む」>>
 こうした危険極まりない危うい路線に、早速、石原・橋下連合の日本維新の会が、その本性も露わに飛びついている。維新の会の橋下徹共同代表は3/16、安倍首相がTPP交渉参加を表明したことについて「首相は維新の存在があったからTPPに踏み切れた。自民党内の反対派に『いざという時は維新と組む』との考えを表に出して党内が収まった」と語り、さらに橋下氏は踏み込んで、「憲法96条改正でも、自民党と公明党が連立を組んでいるが、首相はいざとなったら維新と組めばよいとの思いで前に進めることができる」とも指摘している。安倍氏の真意を代弁したのであろう。
 3/14、衆院憲法審査会は、昨年12月の衆院選後、初めての会合を開いたが、第1章「天皇」、第2章「戦争の放棄」に関する各党見解表明で、自民党、日本維新の会、みんなの党は、1条で天皇を「元首」と位置付けることや、集団的自衛権の行使を認める9条改正でほぼ足並みをそろえた。いよいよその時が到来しつつある、と安倍首相は意気込んでいるのであろう。
 安倍・維新連合の憲法改悪・TPP推進路線を徹底的に孤立化させる闘いこそが要請されている。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.424 2013年3月23日

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【投稿】被曝線量基準の切り下げを許すな

【投稿】被曝線量基準の切り下げを許すな
                            福井 杉本達也 

1 消される『東北』・『福島』―消えない『放射能』
 震災から丸2年の3月11日、新聞・テレビでは様々な震災・原発事故特集記事や番組が組まれた。しかしその多くが、お涙頂戴物語の類であった。宗教学者の山折哲雄は「『万の命』が海にのみこまれてしまった『東北地方』の人びとの『叫び』がまるでどこかにのみこまれてしまったかのように、この日本列島上から『東北』が消されてしまっていたのである」(山折哲雄「消された『東北』の名―静まらぬ万の命の叫び」福井:2013.3.10)と悲痛な叫びをあげた。山折は直接『福島』には触れてはいないが、『東北』と伴に『原発事故』も「消されてしまったのである」。IOC評価委員会の東京現地調査のプレゼンテーションにおいて、猪瀬東京都知事は一言も震災・原発に触れることはなかった(福井:2013.3.8)。安倍首相は1964年の東京オリンピック時の歌「より速く~より高く~より強く~」(「海を越えて友よきたれ」)を音程を外して歌い失笑を買った。ここまで『東北』が悲惨な状況に置かれているにもかかわらず「何事も学ばず」、高度成長の夢だけを追い求める「何事も忘れず」である。『東北』はあまりにも「政治都市」であり「経済都市」である『東京』に近すぎたのである。

2 日本は右傾化ではなく幼児化している
 福島第一原発の現状は原子炉格納容器が破損し、圧力容器や格納容器に崩落した核燃料をただただ大量の水で冷やし続けるだけであり、状況は益々悪化するばかりである。高レベルの放射能を含んだ冷却水の一部は原子炉の外に絶えず漏れだし、汚染水は増え続ける一方である。汚染水は既に約36万㎥。東電は2015年9月までに貯蔵タンクを増設し、容量を70万㎥にする計画だが、広かった福島第一の敷地内での増設も限界に近づいている。更に、地下水の汚染、海洋へ流出が続いている。3月15日には第一原発港湾内で74万ベクレル/kgもの“化け物”のようなアイナメが捕れた。1kg食べると11ミリシーベルト(mSv)も内部被曝する量である(日経:2013.3.16)。冷却方法を見なおさない限り、汚染水は管理不能になり、海洋投棄するしかなくなる。東電は破廉恥にも、福島第1原発で発生した大量の汚染水について、処理後に海洋放出することを検討し始めた(毎日:2013.3.5)。
さらに、破損した原子炉の処理については、全く不透明である。経産大臣を議長とする廃炉対策推進会議は「原子炉からの燃料デブリの取り出しの早期実現に向けて、号機毎に大きく異なる建屋の損壊状況、放射能汚染状態、内部状況、さらには、他の工程などを踏まえつつ、以下の諸点を検討しながら、可能な限りスケジュールを明確化すること。」(2013.3.7)と書くが、まったく具体性を欠いている。まずは、矢板やグラウド材で福島第一敷地境界をぐるりと囲う深さ数十mの止水壁を構築し放射能の周辺への拡散(=地下水や海洋への放射性物質の漏洩)を止めなければならない(地下に強固な岩盤があるならば)。使用済核燃料プール内の核燃料棒はもし取り出しが可能な部分があるならば「乾式キャスク」による「暫定保管」をしなければならない。しかし崩落した核燃料(デブリ)は取り出すことは不可能である。1979年のスリーマイル原発では格納容器を水棺して水中の作業で溶融した燃料棒(デブリ)を取り出すことができたが、それでも事故後11年もかかった。福島原発は底抜けであり水棺することができない。空気中に取り出そうとすれば作業員は即死である。処理作業は、今後数十年から100年という期間において数十兆円オーダーの費用が必要である。超長期間にわたる放射性廃棄物の管理・処分にはどれだけの資金が必要となるのか検討もつかない(参照:近藤邦彦・ブログ「環境問題を考える」)。事故の処理の巨額の出費のために日本の経済は「より遅く~より低く~より弱く~」ならざるをえない。安倍首相の思いとは裏腹に、残念ながら『東京』は放射能の影響を遮るには『東北』に“近すぎた”。『東北』・『福島』を地図から抹殺しようが、言葉を消し去ろうが、『東北』は『東北』として現存し、『放射能』は消し去ることはできない。日本は右傾化しているとの声が多く聞かれる。だが、目の前にある原発の崩壊という厳然たる事実から逃げることはできない。それは今後数百年も続く放射能との苦しい闘いの入り口に過ぎない。我々の心は予期せぬ異常や危険に対しては鈍感にできている。神経が疲れ果ててしまうので普段通りの生活をしたいと思うからである。「正常性バイアス」という。危険が迫っていても信じたくないのである(広瀬弘忠『人はなぜ逃げおくれるか』)。しかし、事実を事実として客観的に見ることができないこの国は右傾化ではなく幼児化しているに過ぎない。

3 住民を放射能に売り渡す「吸血鬼」佐藤雄平福島県知事・遠藤勝也富岡町長
 民主党政権下において「年間の被曝線量1mSv以下」という目標値を掲げた「除染」は難航している。「伊達市では40ヶ所以上の仮置き場ができて、除染が進みましたが、残念ながら元の線量には戻れません。国は毎時0.23マイクロシーベルト以上の地域は除染する方針ですが、この線量はなかなか達成できない。低いところをさらに除染してもあまり下がらない。現実的な目標設定が必要です。」と伊達市除染担当の半沢隆宏は言う(朝日:2013.3.12)。除染しても線量が下がらないため住民の帰還が進まないとみた国や県は、事実上の安全基準の緩和に向けて動き始めた。住民は、被曝の不安と生活の苦しさの間で揺れている。それに付け込んで生き血をすすろうと佐藤雄平知事は「風評被害の観点からも、新たな放射線の安全基準などを政府の責任で示してほしい」と国に要望、遠藤勝也富岡町長は「年間1mSvという除染の目標は達成できるか疑問。現実的な範囲で科学的、医学的な安全基準を国に示してほしい」と発言。菅野典雄飯舘村長は「同じ地域であっても、住人の年代や性別ごとに適切な数値を示すべきだ」と求めた。こうした発言を受ける形で復興庁が3月7日にまとめた『復興の現状と取組』の中で「国は避難指示解除を待つことなく、前面に立って以下の施策を速やかに実行に移す。これにより、今後1、2年で帰還を目指すことが可能となる区域等において、避難住民の早期帰還・定住を実現する。」と書いた。 安倍首相は11日、避難した住民の帰還について、今夏をめどに見通しを示す意向を示した。「緩和は避難者を福島に戻す圧力だとしか思えない。避難する権利が奪われている。住めない地区が広がれば、東電の賠償も増える。だから、我慢して住めということになる。加えて、国にとっては原発の再稼働や輸出をするため、原発事故の過小評価をしたいという意図もあるのだろう」と荒木田岳福島大学准教授はいう(東京:3.14)。福島県は原発事故翌日の2011年3月12日午前5時頃の大熊町避難所の貴重な放射線データをわざと消し去ってしまった(福井:2013.3.10)。犯罪を隠す準備は着々と進行している。

4 犯罪に荷担する学者(?)
 こうした意図を受けてか、またぞろあまりにも無責任な発言をする学者?が増えている。産業総合技術研究所フェローの中西準子もその1人である。「生きていくうえでは、さまざまなリスクがあります。放射能にも、移住にもリスクがある。両方を比べてどちらをちるか個々人が判断していくしかありません。放射線影響の専門家は、100ミリシーベルト以下だと影響は見えないとずっと言い続けています。私は、その見解は尊重できるように思います。私は、その見解は尊重できるように思います。リスクがないわけではありませんが、外部被曝の積算が15年で50~100ミリシーベルト程度なら、住む選択肢があっていい。」(朝日:2013.3.12)。中西は何を根拠に100mSv以下は影響ないというのか。福島県立医大副学長の山下俊一の言葉の受け売りなのか。福島原発事故に際し、ICRP(国際放射線防護委員会)は 「放射線源が制御されても汚染地域は残ることになります。国の機関は、人々がその地域を見捨てずに住み続けるように、必要な防護措置を取るはずです。この場合に、委員会は、長期間の後には放射線レベルを1mSv/年へ低減するとして、これまでの勧告から変更することなしに現時点での参考レベル1mSv/年~20mSv/年の範囲で設定すること(ICRP 2009b、48~50節)を用いることを勧告」している。( ICRP国際放射線防護委員会 2011.3.21)一般公衆が住む場合は「放射線レベルを1mSv/年へ低減する」べきであり、「参考レベル1mSv/年~20mSv/年」は事故後数年間の復興段階においてである。ICRPの前提は「放射線源が制御」されていることである。福島の場合には「放射線源が制御」されていない。いまなお放射能を環境中に出し続けている。今後確実に減り続けるとは言えない。崩壊した原発の核燃料の処理が旨くいかなければ増加するかもしれない。事故後2年も経って、除染に膨大なカネを注ぎ込んでも放射線量がそれ以上下がらないとなればもう復興段階とはいえない。中西は無責任にも「15年で50~100mSv程度なら」こうした環境中でも住民に住めというのである。中西のいう「15年で50~100mSv」には何の安全の根拠もない。何の根拠もないことを言いふらすのは学者のすることではない。国は「放射線レベルを1mSv/年へ低減」させなければならない。させられないならば住民を住まわせてはならない。ICRPは核(原発を含む)保有国が核を管理するための放射線防護に関する基準を定める国際機関であるが、何の根拠も無しに「勧告」しているわけではない。国がICRPの勧告に反するようなことをするならば、日本は核管理能力がない国だと国際的に見なされることとなるであろう。
「まだ恋も 知らぬ我が子と 思うとき 『直ちには』とは 意味なき言葉」・「子を連れて西へ西へと逃げてゆく愚かな母と言うならば言え」(俵万智3・11短歌集『あれから』より)。母のうたは吸血鬼には聞こえない。 

 【出典】 アサート No.424 2013年3月23日

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【投稿】孤立化の道歩む安倍政権

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すり寄る安倍、かわすオバマ
 2月22日、オバマ大統領との初の日米首脳会談を終えた安倍総理大臣は、ワシントンのホテルで講演を行い「ジャパンイズバック」と大見得を切り、その後の日本政府主催の記者会見では「日米同盟は完全に復活した」と豪語した。
 しかし、肝心のオバマ大統領からは首脳会談直後の非公式の共同インタビューでも、その後の様々なスピーチでも「日米同盟の完全復活」を肯定するような発言はなかった。またしても安倍総理の独りよがりが先走った格好となった。
 安倍総理としては首脳会談のメインテーマを安全保障問題とし、とりわけ尖閣諸島問題に関して、首脳会談でオバマ大統領から「日米共同で中国に(軍事手段を含めて)対処する」旨の言質を引き出したかったのだろうが、その目論見は完全に外れ、逆に安倍総理は「日本は冷静に対処する」ことを表明せざるを得なかった。
 オバマ大統領は会談では中国に関し、その伸長を是認したうえ「(国際的な)ルールに従うことが求められる」としか言及しなかったと言われている。これはゼロ回答に近いものである。
 安倍訪米直前にアメリカ連邦議会調査局は、「アメリカが尖閣での日中軍事衝突に巻き込まれる恐れがある」との報告書を発表しており、アメリカ政府としては首脳会談を利用して、安倍総理に直接釘を刺しておきたかったのだろう。

北朝鮮も材料にならず
 東アジアに於ける安全保障問題についてオバマ大統領の関心は、中国よりも北朝鮮にある。昨年末の「人工衛星」打ち上げに続き、2月12日には「3回目」となる核実験を強行し、「米本土を核ミサイルで狙う」などと、アメリカに対する対抗意識を露わにしている。
 現実には、核兵器を搭載した大陸間弾道ミサイルが米本土に向かう可能性はないし、アメリカとしてはイスラエルにプレッシャーをかけ、中東地域の緊張を高めるイランの核開発阻止が最優先なのは自明のことである。
 しかし、度重なる北朝鮮の挑発に関しては、あまり無視することもできないとして、オバマ大統領は核実験直後の2月12日(米時間)、連邦議会上下両院合同会議で行った一般教書演説で「この種の挑発はさらなる孤立を招くだけである」と北朝鮮の核実験を厳しく非難した。
 さらに「安全と繁栄は、国際的な義務を果たすことによってのみ成しえることを知るべきだ」と述べ、2年前の一般教書演説よりも強いトーンで、北朝鮮へのメッセージを送った。
 こうした延長線上で行われた日米首脳会談で、スムーズに「北朝鮮に対する制裁強化を日米連携して進める」ことを確認するのは当たり前の話である。

アメリカは中韓と連携
 ともかく安全保障分野での数少ない成果となった「対北朝鮮共闘」であるが、その後の展開を見れば、アメリカが実際に連携したのは中国、韓国であった。
 中国は、北朝鮮が核実験強行の姿勢を見せて以降、これまでにない調子で再三にわたり、金正恩指導部に対し自制を求めてきた。そうした働きかけを無視して核実験が行われた結果、焦点は国連での北朝鮮制裁決議の内容となった。これまでは、中国の反対で実効ある決議は採択されず、国際社会の意思表示レベルに止まっていた。
 しかし今回は3週間にわたりアメリカと中国が調整を重ねた結果、3月8日国連安保理に於いて全会一致で採択された決議は、制裁に法的拘束力を持たせる国連憲章7章の41条(非軍事措置)に基づくと明記されたものとなった。
 その内容は、要人の海外渡航禁止などの対象を拡大し、違反が疑われる船舶等の検査や核・ミサイル開発に関わる金融取引の凍結・停止、さらに不法行為を行った北朝鮮外交官を国外退去させることも加盟国に義務付けるという、以前の「要請」どまりから一歩踏み出したものとなった。
 決議採択以降、中国は大連経由で北朝鮮に向かう船舶の航行を制限し、貨物検査も強化しているという。また北朝鮮東北部羅先市の経済特区への送電線の工事を中断し、同区を通じての貿易にも制限を加えていることが伝えられた。
 これらの動きが長期化すれば特権階層向けの「贅沢品」に加え、中国経由の一般輸入品にも禁輸が拡大することになり、平壌市在住の「核心階層」の生活にも影響を及ぼすことになるだろう。
 中国の制裁強化に呼応するかのように、アメリカ政府は3月11日北朝鮮に対する単独追加制裁として、「朝鮮貿易銀行」の米国内資産の凍結と米銀行との取引を禁止すると明らかにした。
 そして同日、米韓合同軍事演習「キー・リゾルブ」が開始された。同演習は毎年行われているものだが、朴槿恵政権成立後初となる今回は、米韓1万4千人の兵員、原潜などが参加し、北朝鮮に対し圧力をかけた。

アメリカの対中配慮
 日本では「キー・リゾルブ」が大々的に報じられているが、国連決議採択直前の3月4日~8日、インド洋でパキスタン海軍が主催する多国間海上演習「AMAN(平和)2013」が行われた。
主要な参加国はアメリカ、中国、オーストラリア、イギリス、インドネシア、スリランカ、アラブ首長国連邦などであり、欧州から中東、アジアまで幅広い国が参加した。
演習内容は補給、救難から攻撃、防御と多岐に及び、そのなかで中国海軍は、アメリカ、オーストラリア海軍と艦隊を編成し指揮を執ることもあったという。これに対し日本政府は、艦艇が中心の同演習に海自の哨戒機2機を派遣したのみであった。安倍政権が夢想する「対中包囲網」などどこにあるのか。
 「キー・リゾルブ」演習でも、昨年に引き続き空母は参加しなかったし、参加人員も09年の初回以来、最低レベルとなっている。これは連邦予算の執行強制停止という緊急事態もあるが、様々な配慮が働いたのだろう。
 さらに日本の国内世論を無視して行われた、本土でのオスプレイ飛行訓練でも、飛行コースが急遽、九州から四国に変更された。これについても中国に配慮したのではないかとの指摘が出されている。
 この間、アメリカがインドネシアへの「沿岸域戦闘艦」長期寄港及び、アラスカへの弾道弾迎撃ミサイル追加配備をもって、対中、対北朝鮮シフトが強化されたと報じられているが、実際はそれぞれ対イスラム武装勢力、海賊、対ロシアであろう。
 オバマ大統領は3月14日、中国新指導部発足を受け、習近平国家主席と電話会談を行い、主席就任に祝意を述べるとともに、北朝鮮に対し米中が協調して対応していくことなどを要請。一方サイバー攻撃問題については米中共通の懸念と述べるにとどめた。
 来月にはケリー国務長官が訪中する予定であり、アメリカ政府は硬軟織り交ぜ、韓国に配慮しながら、北朝鮮の「悪行」を巧みに利用し、中国との協調を進めているように見える。

日本は邪魔ものに?
 そうなれば安倍政権の緊張激化政策は邪魔になるだけだろう。
 安倍総理は日本を取り巻く状況の変化を的確に把握することができず、3月12日の衆議院予算委員会で東京裁判について「勝者の手で断罪がなされた」と自らの歴史認識を開陳した。
 中国は日本政府を「第2次大戦後の秩序を崩壊させようとしている」と批判しているが、日本の総理自らが国会の答弁でそれを肯定しているようなものである。さらに4月28日を「主権回復の日」として政府主催の式典を行うことを表明した。サンフランシスコ講和条約の調印国はいいとしても、中国、韓国、ロシアという未調印国との間の領土問題が惹起している時期に、式典挙行がどのようなメッセージになるのか分かっていないのではないか。
 これにはアメリカ政府もあきれただろう。安倍総理はオバマ政権の意思決定と無関係なアメリカ人に吹き込まれ、辺野古基地建設を強行さえすればアメリカが喜ぶと思い込んでいるのではないか。 
 5月には米韓首脳会談が予定されており、近いうちに米中首脳会談も開かれるだろう。今後、米中韓を軸として日本を考慮に入れない東アジアの地域安定システム構想が浮上する可能性がある。
 参議院選挙までは、タカ派的主張を封印するのではないかと見られていた安倍総理であるが、高支持率に浮かれて爪を露わにしている。自民党の一人勝ちと民主党の消滅が取り沙汰されるなか、平和勢力の再構築が急務となっている。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.424 2013年3月23日

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【投稿】「南京大虐殺展示撤去」に寄せて 

【投稿】「南京大虐殺展示撤去」に寄せて 

 2013年2月15日(金)毎日新聞に、次のような記事が載っていました。
『=南京大虐殺展示撤去へ=「ピースおおさか空襲などに特化」
 大阪府は14日、戦争と平和に関する展示施設「大阪国際平和センター」(ピースおおさか)の内容について、南京大虐殺など日本軍の加害行為に関する展示を14年度に撤去し、大阪空襲などに特化することを明らかにした。政治主導で歴史教育の場を再構築するという。
 ピース大阪の展示は<大阪大空襲・アジア侵略・平和への取り組み〉の三本柱。アジア侵略の展示では、く朝鮮人の強制連行や南京大虐殺の資料・写真〉を紹介している。しかし、大阪維新の会府議が「子供には残虐すぎる」と問題視。
 松井一郎大阪府知事は記者会見で「自虐的な部分があったので新たなピースおおさかを作りたい」と述べた。
 新たな展示では、大空襲・焦土からの復興・戦後の平和の取り組み・にテーマを絞り、内容も小中学生に理解しやすいように改めるという。
 旧日本軍による侵略行為の展示については、橋下大阪市長が構想を掲げる「近現代史館」で、国内外での認識の違いを踏まえ紹介することも検討する。』
 
『=不十分な展示に=                  
      立命大国際平和ミュージアムの安斎郁郎・名誉館長の話
 大阪空襲に絞った展示だけでは不十分で、空襲に至る背景や経緯を伝えるのも重要な使命ではないか。広島市の原爆資料館でも、かつて「なぜ原爆投下に至ったのか、先立つ日本側の加害行為に触れていない」という批判があり、広島が重要な軍事拠点だった背景も紹介するよう展示内容が見直された。悲惨な空襲の「前史」を紹介しなければ来館者は戦争の本質に触れられないことになる。』

 安斎氏の論述は全くその通りだと私も思います。最近では、慰安婦の強制連行はなかったとか、南京大虐殺も中国の虚言であるかのような事を論じている人たちが目につきます。
 戦争は、戦う人の人間性を変えてしまいます。橋下大阪市長の言う「認識の違い」で片付けて済む問題ではありません。
 1931年日本軍は、奉天郊外の柳条湖で南満州鉄道を破壊し、それを中国人の仕業と称し、武力行使に出たというのです。こうして15年戦争の幕が切って落とされ、太平洋戦争へとエスカレートしてゆきました。太平洋戦争は、中国本土、東南アジア、西太平洋と広域に渡っています。その残虐性については、戦後長らく語られることはありませんでした。しかし、細川首相は歴代首相の中で初めて、15年戦争を侵略戦争と公式に認めました。そして長い時間をかけてやっとその残虐性についても、当事者たちのロからぼちぼちと語られ始めました。また慰安婦問題でも、韓国女性たちの訴訟に対して政府は国の関与を否定し続けていましたが、国防庁防衛研究所図書館から旧陸軍の公文書が発見されもう言い逃れができない状態になり、当時の宮沢首相が訪韓の折、蘆泰愚大統領に謝罪を表明しました。こうした加害の歴史を踏まえることは「自虐」ではなく、再び過ちを繰り返さないために絶対必要な歴史認識であると思います。

 大阪府議の言う「子供には残虐すぎる」という口実は、ピース大阪の展示からアジア侵略を外す理由にはならないでしょう。子供の年齢に応じて何段階かに分けた説明と、展示物を掲げることは可能だと思います。加害の展示を全面撤去してしまえば、なぜ主要都市が殲滅的な空襲でやられたのか、更には世界初の原爆がなぜ広島と長崎に落されたのか、その原因について理解はできないでしょう。真実を包み隠さず伝えることによって、子供たちが小さな心で「戦争は絶対にしてはならない」としっかり受け止められるチャンスを与えて下さい。またそのように展示内容を工夫してほしいものです。
 大阪市長のコメントも非常に曖昧な表現で、今後どのような展示になるのか予断を許しません。
 大阪府知事並びに大阪市長の再考を促したいのと同時に、私たち戦争体験者もしっかりと見守っていかなければならないと思います。
                               横田 ミサホ

 【出典】 アサート No.424 2013年3月23日

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【日々雑感】悪意に満ちた情報操作と言えば —ひとつの思い出—    

【日々雑感】悪意に満ちた情報操作と言えば —ひとつの思い出—      

 アサート紙面の誠実な人々の投稿記事に教えられ、浅学の私は、いつも感謝して読ませていただいております。
 先月2月号(No423)の記事で、中国艦から海上自衛隊艦艇に対するレーダー照射問題について詳しく記されており、これはNHKをはじめ各メディアの「大本営」発表の垂れ流しであること。
 さらに、海上事故防止協定というものが存在し、その中では今回のような火器管制レーダーの照射は禁じていないこと。
 日中間でも協定締結が望ましいが、一方的な非難と世論操作の前に、本来なすべき対話と接触、外交が一切放棄されてしまっては、そこには悪意しか残らないと言えよう等々のことを学ばせていただきました。
 そして今回の大手メディアによる悪意に満ちた情報操作には、私の若かりし頃の思い出話を想起させられました。時代錯誤と笑われるかもしれませんが、御笑覧ください。
 あれは、親ソビエト政権であるカルマル政権がアフガニスタンを統治していた頃のこと。私の先輩の今は亡きK氏(当時茨木市在住)が、アフガニスタンとの友好団体が関係する旅行で、アフガン旅行に出かけました。
 約10日程の旅だったのですが、K氏が出かける前に私に「早瀬よ、ワシが旅行中に、メディアがどういう報道をするか、気をつけて見とけよ」との捨てゼリフを残して日本を発ちました。
 そうして2~3日が過ぎ、首都カブールでは大規模な銃撃戦が展開されているとの報道があり、私はK氏のことを大変心配しておりました。
 やがて帰って来られたK氏が「早瀬、何かあったか?」との問いに「首都カブールでの銃撃戦があったそうやないか?心配したでえ」と言ったところ、K氏は「何もあれへん、子供らは、歌を歌いながら、手をつないで幼稚園に行ってたわ、まあ、メディアってそんなもんやで」とのこと。
 当時、国内は反ソ宣伝であふれかえっていたので、当然と言えば当然のことなのかも知れませんが、私はあきれかえって物が言えない心境でした。
 事ほど左様に、メディアに乗せられないように注意をしていないと、真実を見誤ってしまうものだと思って過ごしてきた次第です。(2013-03-15早瀬達吉)

 【出典】 アサート No.424 2013年3月23日

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【投稿】安倍政権・悪意に満ちた改憲地ならし路線

【投稿】安倍政権・悪意に満ちた改憲地ならし路線

<「きわめて特異的な事例」という嘘>
 安倍政権は、いよいよ中国との意図的な軍事的対決路線、あるいはその前段階の緊張激化路線を前面に押し出そうとしているかのようである。
 1/19と1/30の中国艦からの海上自衛隊艦艇に対するレーダー照射が明らかにされた2/5の午後7時の記者会見の際、小野寺防衛大臣は、こうしたレーダー照射について「これが最初か」と質問された際に、「全体を通しても、きわめて特異的な事例」「大変異常な事態で一歩間違うと大変危険な状況に陥る」と、過去にはなかったいかにも衝撃の緊急事態であるかのように発表を行い、しかもこの公表は安倍首相自身の指示によるものであることを明らかにし、NHKをはじめ各メディアはこの政府の「大本営」発表をそのまま真に受けてトップニュースで垂れ流した。

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(写真は、大阪城公園で開かれた「関西大弾圧をはねかえそう!2・3全国集会」)

 ところが、その後の事態が明らかにしたことで、なおかつ安倍政権が隠してきて、やむを得ず認め始めたことは、中国艦からのレーダー照射は実は過去に何度もあり、民主党政権時代はもちろん、小泉政権時代から起きていた事実が暴露されてきている。現時点で明らかになっているだけでも、小泉政権時代の2005年1月と9月、民主党政権時代にも複数回、今回と同じレーダー照射の事件が発生していたのである。つまりは、中国がとんでもないことを仕掛けてきたというフレームアップ、悪意ある意図的な情報操作による謀略的な世論誘導が行われていると言えよう。

<「東京空爆」「宣戦布告なき開戦」>
 さらに、こうしたレーダー照射問題については、海上事故防止協定というものが存在し、1972年、米、ソ、英、仏、独、伊、加、1993年日・ロが協定に調印しているが、「砲、ミサイル発射装置、魚雷発射管、その他の武器を指向することによる模擬的攻撃」や艦橋などへの探射燈の照射、乗員、装備を害するレーザーの使用、意図的通信妨害などが禁じられているが、今回のような火器管制レーダーの照射は禁じてはいない。「日中間でも協定締結が望ましいが、ロシアとの協定と同一では、今回の事案は防止できない。禁じていないことを日中間で危険とするのは整合性を欠く」(田岡俊次氏、「週刊金曜日」2/15号)と指摘されている。緊張を激化させるような行為はお互いに慎むべきなのは当然であるが、一方的な非難と世論操作の前に本来はなすべき対話と接触、外交が一切放棄されてしまっては、そこには悪意しか残らないといえよう。
 こうして安倍政権は明らかに、中国との平和的外交関係の維持・前進、対話・協調路線ではなく、そうした努力を意図的に放棄してきた結果として、「打開策が見出せない中、安倍政権は国際社会に中国の挑発行為を明らかにする手法を選択した」(2/6、朝日)のである。このように指摘する朝日をはじめ大手メディアは、こうした政府の手法に乗っかり、事実上安倍内閣の広報機関と化し、結果として政府の「大本営発表」を垂れ流し、週刊誌に至っては、中国からの「宣戦布告」(週刊文春2/21号)、中国人9割は「日本と戦争」「東京空爆」(週刊新潮2/21号)、この無法国家を許すな! 撃墜寸前!中国軍の「宣戦布告なき開戦」(週刊ポスト3/1号)などと、まるで開戦前夜の煽りようである。悪意ある意図的な軍事挑発路線が安倍政権のもとで焚きつけられているのである。

<「憲法改正可能な状況を迎えた」>
 こうした悪煽動の結果であろうか、安倍内閣の支持率は上昇している。2/11付読売新聞世論調査では、安倍内閣の支持率は先月の前回調査から3ポイント増の71%(不支持率18%)。TBSが11日報じた調査でも前回から9・2ポイント増の76・1%(不支持22・9%)と、いずれも7割を超えている。支持率が70%を超えたのは、鳩山内閣発足翌月の2009年10月(71%)以来。経済再生策「アベノミクス」に加えて、中国艦艇による海上自衛隊護衛艦などへの射撃管制用レーダー照射に、毅然とした対応をしていることが好感されたという。読売でもTBSでも内閣発足から2回連続して上昇しているが、発足からの連続上昇は、読売では1993年の細川内閣以来だという。政党支持率では、自民党が40%を超える「独り勝ち」で、民主党と日本維新の会はともに5%程度に過ぎなかった(読売調査)。
 こうした事態の進展に気を良くしているのであろう、安倍首相は在任中の改憲に強い意欲を露骨に示しだしている。2/15、自民党本部で開かれた党憲法改正推進本部(保利耕輔本部長)の会合に出席し、憲法改正こそは自民党結党の目的だと指摘し、「大きな宿題が残されている。皆さんこそ憲法を改正する原動力になっていただきたい」と気合を入れ、自民党の改憲草案に関して「(憲法改正が)ほとんど不可能な雰囲気が漂う中、改憲草案を用意して、可能性(がある状況)を迎えた」と胸を張り、在任中の改憲実現に強い意欲を示したのである。

<「参院選勝たねば死にきれぬ」>
 そして在任中の改憲実現には、なんとしても7月の参院選に勝利しなければならない。安倍首相は2/16、自民党本部で開かれた党東京都連の会合で「私は6年前の参院選で大敗した時の責任者だ。何としてもこの参院挙で勝利を収めなければ、死んでも死にきれない」と述べ、「安倍政権はロケットスタートを切ることができたが、参院選で勝利しなければ、自民党の理念と私どもが目指すべき日本を構築するための基本的な政策に進んでいくことはできない」とその強い決意を表明、「まずは憲法第96条の改正に取り組んでいく」と述べ、衆参各院の発議要件を3分の2以上の賛成から過半数に引き下げる発議要件の緩和を突破口にして改憲に突き進む考えを明らかにしている。
 これに応えるかのように、日本維新の会の中田宏議員は2/8の衆院予算委員会で、「公明党さんがいなくても日本維新の会がいれば衆院で3分の2あります。自民党とともに大いに進めていきたい」と、安倍内閣との連携を明確に示し、安倍首相も「3分の1を超える国会議員が反対すれば指一本触れることができないのはおかしい」「まずここから変えていくべきではないか、というのが私の考え方だ。この考え方は維新の会の方針としても賛同いただけるのではないか」と相呼応し、自民・公明の連立から自民・維新の「改憲連合」がいよいよ現実のものとなる道筋が示されている。
 中国に対する危険極まりない挑発的な対決路線や「国際的非難合戦」、「集団的自衛権行使」、「防衛力増強」等々、すべては、安倍首相の念願である憲法9条改悪への地ならしとして位置づけられ、実行され、極右政治家による危なっかしい歴史の反動化が押し進められようとしている。参院選に勝利すれば、アベノミクスもそのための地ならしの道具としてのその場しのぎの本質が露呈されてくるであろう。その本質は新自由主義の弱肉強食路線であり、生活保護費削減を皮切りとする社会保障切り捨て路線であり、TPP参加に対応した農業や医療などあらゆる分野でのさらなる規制緩和路線である。
 7月の参院選までは、その本性をなるべくオブラートに包み、河野談話見直しなど、アメリカはもちろん国際的にも孤立化しかねない従軍慰安婦問題、靖国神社参拝問題、さらには原発再稼働問題などは当面はうやむやなかたちで封印をして、正面から提起することを避けてきたのであるが、参院選に勝利しさえすれば、その後3年間は、国政選挙で審判が問われることがないと、憲法9条改悪を頂点とする懸案の反動路線と新自由主義・弱肉強食路線、原発再稼働路線を一気呵成に押し進めんとする魂胆が露骨に見え隠れしだしている。「何としてもこの参院挙で勝利を収めなければ、死んでも死にきれない」という安倍首相の本音を、なんとしても許さない、こんな危険極まりない路線を孤立化させるそうした闘いこそが要請されている。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.423 2013年2月23日

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【投稿】いわゆる『核のごみ』をどうする

【投稿】いわゆる『核のごみ』をどうする
                        福井 杉本達也 

1.『核のごみ』とは何か?
 2月10日のNHKスペシャルは『“核のゴミ”はどこへ ~検証・使用済み核燃料~』という番組を放送した。『核のごみ』=『放射性廃棄物』というと、あたかも一般の『ごみ』のように焼却したり、埋立処分したり出来そうだが、原発の稼働によって生み出される『放射性廃棄物』は、「無害化不可能な有毒物質」である。核分裂によって1つの原子が2つに割れて作られた、いわゆる『死の灰』(核分裂生成物)である。原発で作られる『死の灰』には、β線やγ線といった放射線を出し、わずか数分で消滅してしまうものもあるが、セシウム137のように数百年に亘って影響を及ぼすものや、プルトニウムのようにα線という放射線を出し続けても2万4千年で半分にしかならないものもあり、その影響は、今後何世代、何十世代も先の人類に負の遺産として押し付けられる。『ごみ』・『廃棄物』という名称は相応しくなく、『放射性毒物』と呼ぶべきものである。NHKの番組でも触れられていたが、この猛毒の『核のごみ』をNUMO(日本原子力研究開発機構)は人間社会から見えないように地下に埋設処分するという計画を進めている。ところが、このNUMOが地下埋設の実験を進めている北海道の「幌延深地層研究センター」で2月6日、深さ350mで、大量のメタンガスが含まれた地下水が漏れ出し、濃度が基準を超えたことから、現場にいた作業員24人は全員避難し、1週間以上にわたって作業は中断したままになっている(NHKニュース:2013.2.14)。放射性毒物が消滅するには万年単位の時間が必要になるが、完全に隔離する構造物を作る技術は存在しない。人間の手の届かない地下深くで放射性毒物の漏洩が起これば手の施しようがない。

2.忘れ去られる福島第一原発プール内の使用済み核燃料
 1月から福井新聞は「核のごみをどうする」、中日新聞も社説で「どうする核のゴミ」という特集を組んでいるが、そもそも、福島第一原発内の膨大な使用済み核燃料をどうするのか。政府もマスコミも話題にほとんど触れたくないようである。昨年7月18日に東電は、崩壊した福島第一原発4号機燃料プールから未使用の核燃料をクレーンで空中に釣り上げて2体取り出した。しかし、これは未使用燃料だから出来たことであり、『使用済み』核燃料ではそうはいかない。もし、使用済み核燃料を空中に釣り上げれば「周辺の人がバタバタと死ぬと思います。」ただ「釣り上げてくる途中で周辺の放射線の線量がどんどん上がってきてしまいますので、容易にわかります。」(小出裕章「たね蒔ジャーナル2012.7.18」という事態になる。再処理した後の高レベル放射性廃棄物のガラス固体化1体の傍に1分間立っていると200シーベルト(Sv)被曝する。「15Sv以上で神経系の損傷による死」、「100Sv以上で急性中枢性ショック死」(『2000年版原子力安全白書』)であるから即死である。
 福島第一原発では冷却用の電源が喪失し、2011年の3月14日には3号機使用済み燃料プールで水蒸気爆発(を伴う核爆発=(建物の下から上に黒煙と共に内容物を吹き上げている。最も軽い気体である水素爆発ならば、建物上部で爆発する))、4号機では3月15日に2回の爆発があり、午前6時の1回目の爆発は建物最上階5階での水蒸気爆発(を伴う核爆発)、2回目の9時半の爆発は4階での水素爆発だといわれる(槌田敦:『福島原発多重人災・東電の責任を問う』)。結果、3号機プールには自衛隊ヘリ・東京消防庁による決死の放水も行われ、4号機プールの最悪の爆発を恐れから、最大半径250km圏の避難・首都圏3000万人の避難も想定され、横須賀から米第7艦隊の空母ジョージ・ワシントンも逃げ出す事態となった。
 福島第一原発の廃止に向けた「中長期ロードマップ」(政府・東電:2012.12.3)では、4号機建物を南側からL字型に覆う高さ53mの巨大な燃料取り出し用カバーを設置し、カバーのクレーンで、1,533体のある燃料を、1基100トンもある燃料棒が22体収納可能なキャスクを用いて13ヶ月で敷地内の共用プールに搬出するというのである。しかし、1331体の使用済み核燃料の取り出しは、瓦礫で埋まったプールにキャスクを沈めて全て水中で行わなければならない。1日に1体程度しか出来ないとすると4年もかかる。

3.日本学術会議「高レベル放射性廃棄物の処分について」の回答
 2012年9月11日、日本学術会議は「高レベル放射性廃棄物の処分について」の回答を原子力委員会に提出した。2010年に原子力委から依頼されたものであるが、途中、福島原発事故をはさみ、内容は原子力政策の大きな方向転換を促すものとなった。「回答」は放射性廃棄物の地層処分の合意形成できない根拠を、①広範な国民合意が欠如しているにもかかわらず、最終処分地選定という部分的な問題を断片的に取り上げて決定しようとする「逆転した手続き」になっている。②数万年単位の責任ある対応が要請されるものである。③「受益圏と受苦圏の分離」を伴うもので、負担の公平という点で、説得性を欠いている。④数万年間の安定性ある地層処分の適地が、わが国に存在しているのかどうかという点で、専門家の合意は存在しない。とし、(1)「暫定保管」―数十年から数百年の期間に限って回収可能性を備えた形での、(2)「総量管理」-「総量の上限の確定」と「総量の増分の抑制」=何らかのテンポで脱原発政策を採用すること、(3)「多段階の意思決定」-最終処分場の立地点選定という個別的問題に取り組む前に、大局的な政策の方向や、重視すべき判断基準や対処原則について、段階的に合意を形成していくことを提案している(舩橋晴俊「高レベル放射性廃棄物という難問への応答」『世界』2013.2)。
 その上にたって、舩橋氏は(A)自圏内対処の原則-自分の電力供給圏域外に放射性廃棄物を排出せず、各電力会社の供給圏域内に「暫定保管」施設をつくる。(B)核燃料サイクル政策からの撤退(①六ヶ所村再処理工場の下に活断層の可能性、②高速増殖炉(もんじゅ)の技術的不可能性、③経済的浪費、④脱原発との整合性がない、⑤余剰プルトニウムによる国際的非難 の観点から)を提起している(舩橋:同上)。

4.核燃料サイクル政策からの撤退は可能か?
 2012年9月、当時の民主党政権は「原発ゼロ政策」とともに「核燃料サイクル政策からの撤退」を掲げようとしたが、米仏を中心とする国際核支配体制の圧力によって潰されてしまった。そのため、民主党の脱原発政策は全く整合性のないものとなってしまった。
 米国自身はカーター政権下で国内再処理、核燃料サイクル政策を中止し、使用済み核燃料は、中間貯蔵施設に30~50年貯蔵した上で、高レベル廃棄物のガラス固化体と共にユッカ・マウンテン(ネバダ州)の深地層埋設処分地に処分されることとなっていた(再処理しないワンスルー方式)。しかし、これもオバマ政権下で2009年にネバダ州の強い反対により白紙になり、米原子力規制委員会は、当面、放射性廃棄物を原子力プラントの場所に貯蔵しつづけると決め、2048年までに新たな最終処分場を計画することとしている。したがって、米国の核政策としては、危険な再処理施設は日本で動いてくれることが好都合なのである。日本の再処理工場を基点としてアジアの核政策を行えばよいからである。
 福島第一の3号機・4号機の爆発が核燃料プールの水蒸気爆発(を伴う核爆発)であるとするならば、使用済み核燃料をプール水中に貯蔵する「湿式」貯蔵方式は、圧力容器も格納容器もない裸の超巨大原子炉(100万KW級原発の2~3倍)が突然出現することとなるため、極めて危険なものである。米国の使用済み核燃料は日本と同様の「湿式」方式が多数を占めており、核燃料プールの爆発原因が公になれば、多くの原発を停止してしまわなければならなくなる。また、監視ができないだけに、地下埋設もその安全性を根底から揺るがす恐れがある。
 日本としては、独自核武装のためにプルトニウムを取り出すという馬鹿げた再処理計画=米国の核政策の下請けを止め「乾式キャスク」による「暫定保管」方式に早急に移行することである。そうしなければ、また菅直人元首相が驚愕した250キロ圏=3000万人避難の再来=日本の滅亡ということになる。決して、独自核武装論者やアーミテージやナイ、マイケル・グリーンなどの口車(日経:「第3次アーミテージ・ナイ・レポート」2012.8.16)に乗ってはならない。 

 【出典】 アサート No.423 2013年2月23日

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【書評】レッドアローとスターハウス—もうひとつの戦後思想史—

【書評】レッドアローとスターハウス—もうひとつの戦後思想史—
          (原 武史著 新潮社 2012年09月30日 2000円+税) 

 1960年代、それは高度成長期の真っ只中であり、経済の拡大は大量の労働力を必要とした。地方から大量の労働力が都市へと移動した時期である。昭和で言えば35年から45年だが、この時期都市部の関東ではひばりが丘団地や、関西では千里ニュータウンなどの大規模団地が、これら都市へと移動する労働者に対して、住宅を供給したのである。
 本書は、都市圏の大規模団地建設と労働者の移動、それを支えた私鉄資本の戦略、そして団地自治会に代表される住民運動と社会運動の発展、そして現在、それらが高齢者住宅となりつつある現実を、西武鉄道(池袋線と新宿線)とひばりが丘団地他に焦点をあて、「もうひとつの戦後思想史」として、描き出そうとしている。

 1915年4月、西武池袋線の前身の武蔵野鉄道(池袋-飯能間)が開業、1927年に旧西武鉄道(現・西武新宿線 高田馬場-東村山間)が開業している。そして、1945年9月二つの鉄道と食料増産という三社が統合して、西武農業鉄道となり、1946年に西武鉄道となった。
 首都圏は、全国と比較して鉄道利用が圧倒的に多く、西武鉄道は、都内から埼玉県を結び、JR(国鉄)との競合もなく、沿線開発を一手に進めることができた。鉄道・バス・百貨店・スーパーなどまさに西武の一元支配地であった。書名のレッドアローとは、西武鉄道の座席指定特急電車の愛称であり、団地から都心への労働者の通勤を支えた。スターハウスとは、日本住宅公団建設の星型住宅の愛称である。
 
 ひばりが丘団地は、現在の西東京市と東久留米市にまたがり、建設当時は総戸数2714戸の賃貸団地である。最盛期には9000人が暮らした団地人口は、2008年には、2300人に落ち込んでいる。結核病院である多摩全生園も1200人以上の患者が住んでいたが、2008年には323人に激減、いずれも高齢化などが要因という。
 
<赤い病院と患者同盟>
 清瀬周辺には、田園地域や赤松の林の中に、結核病院が数多く建設されてきた。人口の半数が患者と言う時期もあったという。戦後、患者達は権利主張を強め、それは日本共産党の影響下にあった。患者同盟の活動である。患者の中には文化人・知識人も多い。
 清瀬地域は、そんな影響もあって1950年年代、共産党の支持率、得票率は高かった。石堂清倫も、1954年に清瀬に居を移し、共産党離党後も、ここを拠点に活動を続けた。
 
<不破・上田兄弟と中野区>
 西武新宿線に野方と言う駅がある。旧野方村は現在中野区である。中野区も共産党の力が強く、1949年の総選挙では、22.5%が共産党に投票したという。この地域も、西武線の開通によって人口が急増した。著者は、1950年代以降、団地を中心に共産党が力を付けていく以前に、西武沿線で市民活動が盛んであったことを記すため、不破兄弟も関わった「中野懇談会」について頁をさいている。中野区出身に、不破・上田兄弟がおり、学齢期を過ごしている。父親が教育論者であったこともあり、高校時代に共産党に入党している。 中野懇談会の活動に上田は参加している。中野懇談会は、1953年のサンフランシスコ講和条約に反対する市民組織として発足し、左右を問わず、市民組織として平和運動・原水禁運動にも取り組んだ。当時上田は人民戦線的組織と位置づけ、共産党居住細胞に所属しつつ、地域の活動にも精をだしていた。当時の所感派と一線を画しており、「戦後革命論争史」もこの頃と同時並行の所産であろう。もちろん、上田はその後自己批判し、「幅広主義」を放棄することになる。
 
<社会主義と集合住宅>
 著者は、集合住宅の歴史についても触れている。ドイツで1920年代に集合住宅が作られ始め、規格化された住宅群が現する。ソ連でも多数の労働者のための集合住宅が造られる。1960年代に西武沿線に日本住宅公団による集合住宅が多数建設され、「西武的郊外」風景となる。(東急沿線では、大泉田園都市などのような1戸建住宅群が開発された。)
 ソ連の集合住宅と日本のそれが、よく似た風景を持っていると著者は指摘する。ヨーロッパ・ソ連で1戸建は贅沢として「社会主義的」な集合住宅が建設された経過はあるようだが、日本の場合、検証は難しいと著者は言う。私も、思想・イデオロギーの問題と言うより、不足する住宅を安く提供する方法として、集合住宅(団地)が大量に建設されたというのが真相だろう。
 
<続々建設される集合住宅>
 1958年には、荻窪団地(875戸)、武蔵野緑町団地(1019戸)、多摩平団地(2792戸)、大阪では枚方市香里団地(4881戸)など、日本住宅公団による大規模団地建設が始まる。1958年から62年にかけて、新宿線久米川駅周辺に、総戸数1970戸の都営久米川団地が建設される。さらに、59年9月新所沢団地の入居が始まり、総戸数は2455戸であった。都内の木賃アパートから、人々は競って公団住宅に殺到した。
 そして、西武池袋線沿線最初の大規模団地、ひばりが丘団地も1959年に完成している。総戸数は2714戸。4階建が76%となった。この時期、皇太子の結婚、そして安保闘争の時期でもある。大団地が次々と出来ていく時代はまた、政治の時代と重なっていく。
 
<子育て世代が大量入居>
 皇太子が見学に訪れたこともあり、ひばりが丘団地は有名になった。子育ての若い世代が続々入居したが、住んでみると問題も多かった。それは、保育所がない、バスが不便だ、等々、その声は団地自治会結成に繋がっていく。公団や西武鉄道・バスと交渉して改善策を出していく。60年の第二団地完成とともに、当時鉄鋼労連の書記だった不破哲三(上田健二郎)もひばりが丘団地に入居し、団地自治会に関わっている。69年に衆議院選挙に初立候補するまで、ここに住んだという。
 西武の運賃値上げ反対運動や横田基地に反対する運動など、団地生活改善の運動の中、政治意識の高まりを背景に、団地住民を中心にした政治参加は盛んだったという。
 それは、共産党への支持増大となった。60年代の久留米町では、衆議院選挙のたびに共産党の得票率が増えていった。60年6.8%、63年8.7%、67年12.4%、69年21.3%であった。
 共産党も、67年4月には独自の団地政策を発表している。赤旗まつりも、1962年第4回から西武線の狭山公園で開催された。(75年まで)
 
<世代交代とコミュニティの薄れ>
 しかし、集合住宅第一世代の高齢化、クルマ社会への変化、そして更に大規模なニュータウンの建設の中で、団地コミュニティは薄れ始める。60年代の高度成長を背景とし、比較的均質な居住者・労働者意識により形成された団地住民の共産党と結びついた運動は停滞していったという。創価学会が、団地対策に取組みだしたことも関係している。
 「89年から91年の東西冷戦の終結とソ連の崩壊、それに伴う社会主義の凋落は、日本における社会主義勢力の退潮を招いたばかりか、首都圏の私鉄郊外の住宅地にもじわじわと影響をもたらした。その最も鮮やかな対照は、共産党の支持基盤となっていた西武沿線の団地人口の減少や高齢化、分譲価格の下落と、新自由主義の支持基盤となる東急沿線の住宅地における若年層を含む人口増加、地価上昇ということになろうか。」
 
 私も仕事柄、同様の公団団地の自治会史を読んだことがある。昭和40年前後に、大阪府の郊外に数千戸を有する団地群が出現したが、周辺の整備は追いつかず、買い物もできない。自治会活動が活発になり、行政交渉や盆踊りなど、地域活動も盛んになった。公団団地に入居してきたのは、大企業の労働者が多く、組合活動の経験もある。勢い、共産党系住民が自治会の中心となり、自治体選挙などにも介入した。しかし、現在、市内でも飛び抜けて高い高齢化率の地域となっている。
 ニュータウンの再生が言われて久しいが、夫婦と子どもの3,4人家族を想定した団地が、過去の社会状況の中では意味を持ったのだろう。安定した雇用環境にある労働者は少なくなった。駅の近くにワンルームマンションが増え、高齢者向けの賃貸住宅が増え続けている。時代の変化の中で、新たな住宅政策、社会政策が求められている。
 私は関西の人間だが、東京の西武線に焦点をあて、社会構造の変化と、政治・意識の変容を丹念に紐解く本書は、読み物としても大変面白い内容である。一読されたい。(2013-02-17佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.423 2013年2月23日

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【日々雑感】いい年の取り方、生き方 —菅原文太氏に学ぶ— 

【日々雑感】いい年の取り方、生き方 —菅原文太氏に学ぶ— 

 私の菅原文太という人についての認識は、単にアクション映画、ヤクザ映画のスター位の認識でした。ところが、私の知人から「文太は、なかなかいいよ、考え方もしっかりしているし、特に3.11以降の彼の言動は、すばらしい」と聞いておりましたので、私も文太氏についての認識を新たにして見ておりました。先月もテレビで文太氏が放映されており、「農業が第一、農業が基本だ。」と言われていた、文太氏の主張にはまったく同感で、うれしくなりました。氏は、今、山梨県で農業生産法人代表を努めておられ、農業活動にも携わっておられるとのこと。
 先日も、2013年1月25日(土)の朝日新聞夕刊、「人生の贈り物」というインタビュー記事で、写真入りで紹介されておりました。その写真の横には、「–有機農業者の輪を広げる菅原さん。「奇跡のリンゴ」の木村秋則さんと。」との添え書きがあり、お二人が並んで微笑んでおられる1枚でした。
 次に、私見が混じり、紙面を汚すのは勿体無いので、インタビューの全文を以下に引用させていただきます。

 「人生の贈り物 俳優・農業生産法人代表 菅原文太(79)」
  風潮に流されず、自分の足で立て
 –反原発を訴えられていますね。
 原発が人間にとって悪いことは誰にだって理解できる。福島県の原発被災者だって、戻りたい人々の気持ちはわかるけれど、ほとんど半永久的に住めないんじゃないかな。まして農業なんてできないよ。事故になればこうなることは造る前から学者達には分かっていたはず。原発建設に関わった学者達は、純粋な学問じゃなく、研究費をもらって電力会社や国に加担してきたんだからはっきり言えないわけだろ。
 –マスコミもですか。
 そう。マスコミも加担者。原発は危険だと知らしめてこなかったわけだから。チェルノブイリやスリーマイル島の事故が起きても、我が国でも起きると真剣に考えなかったんだろうね。今になってもこういう可能性もあれば、こういう意見もある、なんて曖昧な報道をしている。善悪をはっきり言えない。経済の問題もある、とかさ。福島だけの問題じゃないんだ。原発が脅かしている命は、日本、世界、地球、宇宙につながっているんだから。海外からもはっきり言えないのは、先進国全体が人の命より経済優先のシステムになっているから。
 –原発以外の社会問題も勉強されていらっしゃいますね。
 ニッポン放送で、日曜の朝5時半から「菅原文太 日本人の底力」という番組をもう10年近く続けている。毎回、次のゲストを考え、その人の本を1冊や2冊読んでから収録しなきゃならない。だから自然に勉強するんだ。
 –若い人にも勉強してほしい?
 そうだね。財布に入れて持ち歩いているこの記事を見て。イタリアで、人気芸人が毒舌で腐敗した政府を批判する「5つ星運動」をして、政党を立ち上げたら、第2の人数の政党になったという記事だ。日本の若者達にも、周囲の人や風潮にひきずられず、自分の足で立ってほしい。今の日本は明らかに右傾化している。世の中に蔓延する不満を巧に誘導している勢力に若者が迎合しつつある。このままいけば、燃えやすい紙にライターで火をつけるようにパッと燃え始め、あっちでもこっちでも火がついて一気に危険な方向に行ってしまう。究極のナチズム。戦艦大和をカタカナの「ヤマト」で知る世代が危なっかしい。
 –戦争を知らない世代へのメッセージは?
 スズメのように大勢が群れて目先のことでパタパタしないで、タカやワシのように遠くまでたった一羽で飛び、大きく羽を広げて世界を見てほしい。都会から時々観光で田舎のにおいを嗅ぎに来るだけじゃなく、いのちを身体で感じてほしい。そうしないと日本だけじゃなく地球の未来も危ないよ。(終わり)
 
 長い文章になりましたが、どうです皆さん。79歳といえば、世間では言えばもういいおじいさん、いい年のとり方、生き方をされているなあと、菅原文太氏に学ぶ思いで記事を読ませていただきました。(2013年2月14日早瀬達吉) 

 【出典】 アサート No.423 2013年2月23日

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【投稿】民主党綱領(素案)を読んで

【投稿】民主党綱領(素案)を読んで

 民主党は、2月24日に党大会を開催する。先の総選挙での大敗を受けて、党改革創生案・党綱領が大会で提案されると報道されている。民主党のHPで、文案が確認できるのは、2013年2月8日付の民主党綱領(素案)のみである。党改革創生案は、表題のみ明らかにされている。そこで、民主党綱領(素案)を読んだ感想を以下に、記してみたい。
 
<決意が見えない前文>
 正直な感想は、余りに短時間で作られた事もあろうが、あまりに抽象的表現が多く、インパクトに欠け、何を言いたいのか、意味不明な文章であると言う点に尽きる。
 前文は、高齢化や新興国の抬頭によって、国民に閉塞感・不安感が生まれ、さらに東日本大震災と福島原発事故により、生き方や科学・技術・物質文明のあり方まで問い直している、として、「大きな変革期を迎えた今、公正・公平・透明なルールのもと、生きがいを持って働き、互いに負担を分かち合う持続可能な社会を再構築しなければならない。そして政党と国民が信頼関係を築かなければならない。」と続く。
 これが前文の中心である。何か、訴えるものがあるのか。「公正なルールの下で生きがいをもって働き、互いに負担を分かち合う持続可能な社会の再構築」とは何をいうのか。
 すべての勤労者の均等待遇を実現する、とした方が立場が明確になると思うが、「負担を分かち合う持続可能な社会」とは、消費増税を推進したことを基礎にしているようだが、貧富の格差拡大に対して所得再配分を進める税制改革を意味しているようには思えない。
 
<「既得権や癒着の構造と闘う改革政党」>
 次に、「私たちの立場」として、「我が党は、「生活者」「納税者」「消費者」「働く者」の立場に立つ。」として、改革政党云々と続く。4つの羅列で何が言いたいのか。生活者と働く者で十分なのではないか。むしろ加えて、大企業や株式会社ではない、社会的起業者を加えて、新たな社会の仕組みを築く、ぐらいはあってもいいのではないか。
 
<共生社会をつくる>
 最後に、「私たちの目指すもの」として、一共生社会をつくる、二国を守り国際社会の平和と繁栄に貢献する、三憲法の基精神を具現化する、四国民とともに歩む、の4項目が示される。
 共生社会云々は、抽象的表現ながら、そこそこまとまっている。しかし、「国を守り云々」の第2項は、日米同盟の深化・自衛力を着実に整備と続き、完全に「右派」に配慮した内容である。
 憲法課題の第3項では、日本国憲法の基本精神を大切にしながら、「未来志向の憲法を構想していく」とし、これも「改憲志向」派を意識したものであろうか。
 
 党綱領と言っても、これだけのA4、2枚である。そこで曖昧にされているのが、新自由主義・グローバリゼーションの評価、平和志向とアジアとの向き合い方、非正規労働蔓延への基本的態度であろう。改憲派に擦り寄り、非正規労働への態度を曖昧にし、消費税増税を既定のものとする内容である。これでは、現在の自公勢力に対抗できるはずもない。せめて社会民主主義的な政策を並べた方が立ち位置が明確になると思われるが。(佐野) 

 【出典】 アサート No.423 2013年2月23日

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【投稿】薄氷の上で踊る安倍政権

【投稿】薄氷の上で踊る安倍政権

<<「価値観外交」>>
 いよいよ安倍政権の危険な正体が露呈し始めたようである。7月の参院選までは国内情勢や未だ自民党にとって不十分な力関係を踏まえて、露骨な対中軍事力強化路線や9条改憲路線を抑えているかに見えていた。しかし衆院絶対過半数を獲得して舞い上がってしまって抑えきれなくなったのか、あるいはその軽薄な思慮なき本性から吹き出したのであろう、安倍首相はまずもって海外から、「価値観外交」なるものを掲げて、対中国軍事力強化・「中国封じ込め」路線を東南アジア諸国訪問の中で早々と打ち出し始めた。麻生副総理をミャンマーに、岸田外相はフィリピン・シンガポール・ブルネイ・オーストラリアに、そして自らはベトナム・タイ・インドネシアへの歴訪であった。
 そして1/18、安倍首相は最後のインドネシアのユドヨノ大統領との会談で、両国の安全保障問題を討議する中で首相任期中に憲法改正を目指す考えを表明し、「国防軍」を保持するなどとした自民党の新憲法草案について説明したというのである。「国防軍」などというおどろおどろしき、日米共同軍事作戦と軍事介入を可能とする軍事力増強・緊張激化路線を、「自由と民主主義を基本とし、自由と民主主義を共有する国との友好関係をつくる」という、同じ「価値観」を持つ諸国と同盟し、この原則に合致しない中国のような国に対してはこれを軍事的に包囲するという、極めて危険極まりない路線を公然と打ち出したのである。全世界の世論、とりわけアジア諸国の世論は決してこのような危険な動きを見逃さないであろう。
 問題は、安倍首相がこともあろうに日本帝国主義の軍部=「国防軍」が軍事侵略を欲しいままにし、「従軍慰安婦」など筆舌に尽くしがたい惨禍を与えたその舞台である東南アジア諸国歴訪の中で、それらになんの反省も言及もなく、ただ「平和主義は継承しつつ」というお題目を付け足しただけで、憲法9条改悪と自衛隊の「国防軍」への昇格、軍事力増強路線を合理化するという、これまでどの歴代首相の誰もが手を付けなかった路線に踏み出してしまったことである。安倍首相には、そうした歴史的反省と恥の概念が完全に欠落した軽薄さだけが浮き彫りになり、それが全世界に発信されたのである。
 ここに、本来堅持すべき体制の異なる諸国とも平和的善隣友好関係を維持するという、これまで日本を含め圧倒的多数の国が堅持してきた平和共存政策が捨て去られてしまったといえよう。
 しかしこのような危険な路線は、どのような理由付けをしようと持続できるものではなく、政治的・経済的に孤立化し、修正せざるを得ないか、遅かれ早かれ破綻せざるを得ないものである。

<<「安倍氏の恥ずべき衝動的行為」>>
 安倍首相は、本来、まずはワシントン詣でをして、オバマ大統領との日米首脳会談からの始動を予定していた。それがたとえ参勤交代と言われようが、これまでの日本の歴代首相の通例であった。しかし、前野田政権以上の「日米同盟」の深化を掲げ、米軍事政策の最も忠実な首相の誕生としてすぐさま大歓迎されるであろうとの予測に反して、「1月は時間が取れない」と外交ルートを通していとも簡単に安倍首相の訪米が断られてしまった。安倍、麻生、ともにブッシュ政権や米共和党・ネオコンの産軍複合体路線の面々とは密接であれども、オバマ政権や民主党とは疎遠である。面子丸つぶれで外務省の無能さを怒りなじってはみたものの手遅れであった。その結果が裏返しとしての今回の東南アジア「価値観外交」であった。
 しかしこの問題の背景に横たわっている、安倍政権の歴史観問題が、実は重大な安倍政権のアキレス腱となる様相が濃厚となってきている。
 ニューヨーク・タイムズ1月3日付社説「日本の歴史を否定する更なる試み」は、日本の植民地支配と侵略に「心からのおわび」をのべた村山富市首相談話(1995年)を「未来志向の声明」に置き換えたいとしていることや、日本軍「慰安婦」問題で旧日本軍の関与と強制を認めた河野洋平官房長官談話(1993年)を見直すとしていることを紹介し、「自民党のリーダーである安倍氏がどのようにこれらの謝罪を修正するのかは明らかになっていないが、彼はこれまで、日本の戦時史を書き換えることを切望していることを全然秘密にはしてこなかった。こういった犯罪を否定し、謝罪を薄めるようなどのような試みも、日本の戦時中の残忍な支配に被害を受けた韓国、そして、中国やフィリピンをも激怒させることであろう。」「安倍氏の恥ずべき衝動的行為は、北朝鮮の核兵器プログラム等の諸問題において、地域における大切な協力関係を脅かすものになりかねない。このような修正主義は、歴史を歪曲することよりも、長い経済不況からの回復に集中しなければいけないこの国にとって、恥ずかしいことである。」と厳しく断罪している。
 社説で指摘しているように安倍首相は、第一次安倍内閣当時、従軍慰安婦問題について「強制性はなかった」とする国会答弁を繰り返し、訪米中の安倍首相に対するアメリカ議会の強硬な反発に直面して、ブッシュ大統領との共同記者会見で「人間として、首相として、心から同情し、申し訳ない思いだ」との謝罪に追い込まれた前歴を持っている。それにもかかわらず、安倍氏は、自民党総裁に返り咲いた直後の昨年11/4付米ニュージャージー州地元紙「スターレッジャー」への意見広告で名を連ね、「女性がその意思に反して日本軍に売春を強要されていたとする歴史的文書は…発見されていない」「(「慰安婦」は)『性的奴隷』ではない。彼女らは当時世界中のどこにでもある公娼制度の下で働いていた」などと性懲りもなく恥知らずな主張を展開しているのである。この意見広告は、桜井よしこ氏らでつくる「歴史事実委員会」名で出され、その後、首相に就任した安倍晋三自民党総裁や閣僚になった古屋圭司、稲田朋美、下村博文、新藤義孝氏らが署名、内閣官房副長官になった世耕弘成氏、首相補佐官になった衛藤晟一氏や自民党政調会長の高市早苗、山谷えり子、義家弘介氏らも賛同している。つまりは安倍個人ばかりか、安倍政権の主要閣僚、執行部そのものがこのような恥ずべき歴史修正に乗り出しているのである。
 こうした事態の進行にオバマ政権は1/7、米国務相のヌランド報道官が記者会見で、「米国は歴史認識の問題について友好的な方法で、対話を通じて解決するよう望んでいる」とし、安倍政権が旧日本軍の従軍慰安婦の強制連行を事実上認めた「河野談話」など過去の歴史認識の見直しを検討していることに懸念を示し、「東アジアすべての国が歴史認識や領土の問題を対話を通じて解決するよう注視したい」と明らかに安倍政権に釘を刺している。安倍首相の訪米が2月に延期されたのは、まさに「頭を冷やしてこい」とのメッセージでもあろう。
 さらに重要な動きとして、ニューヨーク州上下両院の議員が、旧日本軍の従軍慰安婦問題は「20世紀に起きた最大規模の人身売買」だとして、被害女性らへ謝罪するよう日本政府に求める決議案を両院それぞれに提出している。この問題について米国では、1999年にカリフォルニア州議会上院が決議、2007年に連邦議会下院で決議が採択されており、今回の決議案も、2007年に連邦下院で可決された日本政府に公式謝罪を求める決議を支持して、「歴史的責任を認め、未来の世代にこれらの犯罪について教育する」ことを日本政府に求めている。現在の安倍政権では、この決議通過を阻止できないであろう。2月訪米前に手を打てるのかどうか、米政権と米社会の注視の前に、安倍首相は薄氷を踏む思いであろう。

<<「バック・トゥ・ザ・フューチャー」>>
 同じような指摘は全世界から出されており、オーストラリアのカー外相は、岸田外相との会談後の記者会見で、従軍慰安婦問題に関する河野談話の見直しについて否定的な考えを示し「93年の河野談話は近現代史のなかでも最も暗い出来事の一つと認識している。豪州としては、見直しが行われることは望ましくないと考えている」と明確に指摘している。また、1/5付英誌『エコノミスト』は「日本の新内閣 バック・トゥ・ザ・フューチャー」と題して「安倍晋三が組閣した ぞっとするほど右寄り内閣が、この地域に悪い兆し」、「新政権の真の性質は“保守”ではなく、過激な国粋主義者たちによる内閣だ」と指摘する事態である。
 明らかに安倍政権は、国際的には、第二次世界大戦の教訓を踏みにじらんとする異質な政権として孤立しつつあり、世界の孤児になりかねない、その船出は危なっかしい限りの事態を迎えている。
 この危なっかしい政権は、そもそも確固とした安定性が欠落しているのである。
 まず第一に、先の総選挙で自民党が大勝したというが、自民党の長期低落傾向が阻止されたわけではなく、その得票率は27.7%で過去最低を更新したのである。59.32%という過去最低の投票率の中で、自民党は09年に民主党に惨敗した総選挙よりも、今回は獲得票数を小選挙区でさらに165万票も減らし、比例区では219万票も減らし、この比例代表では1996年の導入以来、最低の得票率16%にすぎないのである。「圧勝」どころか有権者全体の多数の支持を得たとはとても言えない結果なのである。それにもかかわらず、議席では小選挙区で79%、比例区で32%の議席を獲得できたのは、小選挙区制度の歪みのおかげと、民主党が自爆・自滅し、野党がバラバラで、棚からぼた餅式に転がり込んできたきわどい一時的勝利にしか過ぎない、不安的極まりない実態がその本質なのである。
 そして第二に、こうした不安定性を打開する決め手として、領土ナショナリズムを煽りそれに便乗した、集団的自衛権の合法化・9条改憲・国防軍創設・軍事力強化・歴史修正主義の路線を前面に登場させて世論形成をなさんとしているが、この路線はアジアはもちろん、世界からの孤立化路線であり、継続すら不可能な、政治的・経済的に破綻が明確な路線にしか過ぎない。
 第三に、これを補うものとして、デフレ脱却・インフレ目標設定路線を打ち出したが、これは明らかにこれまでの小泉政権時代、第一次安倍政権、そして民主党の菅政権から野田政権に引き継がれた財務省主導の縮小均衡・財政緊縮路線からの転換であったが、いざ出発という段になると、小泉構造改革のリーダーだった、地方切り捨て・新自由主義・規制緩和・競争原理至上主義者の竹中平蔵氏を登用したことによって、その先行きは途端に怪しくなってきた。主導権は竹中ら弱肉強食・市場万能主義路線に奪われ、早速、最低賃金を抑制し、年金、社会保障給付の水準を引き下げる生活保護費の削減を強行せんとしている。公共事業バラマキに群がる大手独占企業を潤せども、デフレ脱却に欠かせない、非正規雇用を減らし、賃金・所得を引き上げ、「ワーキングプア」を減少させる政策は検討対象外で、社会保障制度を解体する路線が前面に出ようとしている。貧困拡大に拍車をかける庶民の窮乏化政策はデフレ脱却政策とは全く相反するものである。ここでもアベノミクスはおぼつかない不安定そのものの姿を現している。
 第四に、真のデフレ脱却のためには、財政緊縮路線の呪縛を断ち切って、新自由主義路線と決別して、東日本大震災からの復旧・復興、原発事故を封じ込める脱原発路線、新たなエネルギー戦略への転換、社会資本インフラの再生、医療・介護・教育や社会的セーフティネットの再生と投資、雇用の拡大、といった、これまでの自公路線とは本質的に異なった新たなニュー・ディール政策をこそ大胆に提起し、財政をそれらに総動員するデフレ脱却路線をこそ打ち出すべきであった。しかし第二次安倍政権はこの点においても、あいも変わらぬ原発再稼働、原発維持・拡大路線を改めて表明することによって、原発震災の教訓を何ら汲み取ることができず、圧倒的多数の脱原発の世論を無視し、拒否することによって、安倍政権は有権者といつ襲い掛かるとも知れない自然からの巨大なしっぺ返しに怯え続けなければならない不安定さの渦中にあるといえよう。
 安倍政権は、野党勢力の不甲斐なさによって助けられているが、その実態は、まさに薄氷の上で不安定極まりない踊りを演じているのだといえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.422 2013年1月26日

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【投稿】『経済成長至上主義』の幻想を捨て、脱原発を

【投稿】『経済成長至上主義』の幻想を捨て、脱原発を
                             福井 杉本達也 

1 『定常社会』を描ききれない日本
 昨年末の総選挙で脱原発を志向する政党・議員は壊滅的な打撃を受けた。原発推進側は団結し、脱原発側は分裂したままであった。今回の大敗北は鳩山政権の目指した方向性を根底からひっくり返し米国に売り渡した菅直人・それを継承し(脱原発を除いて)、官僚の操り人形と化した野田佳彦らの責任によるものだが、小沢裁判を始めとする不当な司法権力の介入。準備が整わぬ間に『自爆解散』の先手を打たれたこと。全マスコミのプロパガンダの影響。尖閣問題などナショナリズムへの焦点反らし。政党交付金など政治資金を抑えられてしまった等々の様々な要因があろう。しかし、その根底には日本国民がまだ『経済成長至上主義』の“神話”から抜け出しきれないところにあるのでなないか。
 宇野裕日本社会事業大専務理事は「その背後には、原発の恐ろしさは知りつつも生活条件の悪化への不安を払拭できない国民の複雑な心理があるように思われる」と述べているが、それに引き続き「エネルギーシフトの過程では…コストの上昇は避けられない。それでもなお成長できること、むしろ、エネルギーシフトを図らなければ持続的な成長はできないことについて、より説得力ある説明ができなかったものかと悔やまれる」としつつ、「3.11後、日本でも『定常社会』を目指す途が選択肢として登場してきた。…しかし、『定常社会』が『成長なき社会発展』を直ちに実現しようとすることは政治的に受け容れられないだけでなく、経済的にも現実的ではない。…経済成長がなければ、多くの国民は、所得が増えないのに税や社会保険料の負担は増えることを甘受しなければならない。…一定程度の経済成長を確保しないと社会保障制度を維持するのは難しい。」「高齢化のピークを迎える2050年過ぎまで…どうやって乗り切るか、…福祉産業を中核に据えることで必要な成長を確保しよう」「人口構成が定常状態になれば、成長は必ずしも必要なくなる。その時初めて『定常社会』の条件が整う」(宇野:「ますます『福祉立国』しか選択肢がなくなった日本」『世界』2013.2)と「経済成長」の必要性を説く。選挙公約で、自民党・維新は「3%成長」、みんなの党は「4%成長」、民主党も「デフレ脱却」、日本未来の党は「経済の活性化」、共産党でさえ「経済成長」の新聞広告を掲載した。しかし、なぜ「エネルギーシフトを図って持続的な成長」をしなければならないのか。宇野を含め「成長産業」は“希望的観測”以上のものではない。社会が定常状態となるまでは『成長なき社会発展』は政治的に受け容れられず、経済的にも現実的ではないのかどうか。

2 グローバリズムの終焉
 1月16日の新発2年物国債利回りは0.080%であった。金融機関が日銀に預ける当座預金金利を0.1%からゼロ金利にするとの観測で下がったためであるが、実に7年半ぶりの低水準である。低金利とは、現行のシステムではもはや利潤が得られないということである。企業にとっては有望な投資先がないので、資金の借り入れをしない。膨大な資本があるが、借り手がいないので金利が低下するのである。したがって、余った資金は国債に向かうしかない。ちなみに、同16日に財務省が行った5年物国債(表面利率0.2%)の応札倍率は3.44倍である。「長期金利は企業の利潤率とほぼ同じ概念ですから、長期的に企業の利潤率が低下してきていることの反映です。企業利潤率の上昇=投資が積極化=需給が逼迫=物価上昇という関係が成り立たなくなった状態ですね。02年2月に始まった戦後最長の景気拡大局面(07年10月までの69カ月間)でも、2%を超えることはありませんでした。」と水野和夫は解説する。(水野:「日本人よ、もう欲張るのはやめよう」『エコノミスト』2011.6.21)成長願望にもかかわらず、経済は既に『定常状態』に入っているのである。
 これまで「日米欧の一握りの先進国が途上国から安く資源や食糧を買い付けて、それを加工して大きな利益を手に入れてきました。技術進歩や経済成長先には必ず幸福があると国民が信じて疑わず、現実にそうなった幸せな時代でした。」(水野:同上)。「世界の中心である自分たちの経済システムが及んでいない辺境を見つけては、システムに持ち込もうとする。都合良く辺境を取り込んでは、そこから富を「蒐集」」(水野:対談「鎖国シンドローム」『青春と読書』2012.11)してきた。しかし「蒐集」しようとする辺境が無くなってしまった。追いかけるものが無くなってしまったのである。実物経済に投資先を失った資本は金融資本に向かい、金融投機によりキャピタル・ゲインを獲得し低下する利潤率の回復を図ったのである。1995年、米国は国際資本の完全移動性を実現させ、世界の余剰貯蓄を自由に米国が使える仕組みを構築し、1999年に金融近代法を制定し銀行証券分離を撤廃し自由化を完成させた。これがいわゆる「強いドル政策」であり、「グローバリズム」の中身である。この間、世界の金融資産は63.9兆ドル(1995年)から187.2兆ドル(2007年)へと3倍も膨張した。結果、2007年のサブプライムショック・2008年のリーマンショックを引き起こし、自壊することとなったのである。(水野:『世界経済の大潮流』)

3 「アベノミクス」の根本的勘違い
 2008年にグローバリズムは実質的に崩壊した。「世界市場の統合による内外価格差縮小を通じて日本だけでなく。先進国は長期のデフレとなるでしょう。その一方で新興国が経済発展し、インフレ経済となる。16世紀から続いた先進国優位の経済発展、インフレの時代は終わったのです。これからは景気の善し悪しとは無関係に先進国では賃金が下落するでしょう。景気回復と国民の生活水準の向上が同義語ではなくなりました。」と水野は述べる。(水野:同上2011.6.21)また、「ミスター円」元大蔵省財務官の榊原英資は「超低金利はグローバリズムと資本主義の終焉を意味していますね。世界はそのことに気づかないふりをしながら、まだまだ前進しようとしている。」という。(榊原:同上対談 2012.11)
 しかし、政権を奪還した安倍首相は「アベノミクス」政策を打ち出した。20兆円の財政政策による公共投資と日銀による「大胆な金融緩和」・円安誘導による輸出ドライブ政策である。これにより、「デフレ脱却」し、「インフレ目標を2%」にするというのである。新聞はこれで60万人の雇用を創出すると持ち上げた。(福井:2013.1.13)また、海外ではノーベル経済学者のクルーグマンも「安倍首相が目指す経済政策について『深く考えてやっているわけではないだろうが、結果的に完全に正しい』と“評価”した。」(NYT 2013.1.11―毎日:1.14)。しかし、結果は既に見えている。「大胆な金融緩和」と「円安」は日本の金融資産を米国に持ち出すものである。米国は「財政の崖」といわれる財政赤字を補填するために米国債を購入してもらう必要がある。日本の金利を“ゼロ”に抑えることによって、相対的に高めの米国債を買うように誘導することにある。「外債購入ファンド構想」という見出しでBloomberg日本語版は「日本経済を支えようと円安を誘導するため米国債を買い入れようとしている安倍晋三首相は、米国債の投資家の中でも米国の無二の親友となりそうだ。野村証券と岩田一政・元日本銀行副総裁によれば、安倍首相が総裁を務める自民党は50兆円に上る公算の大きい外債を購入するファンドの設置の検討を表明。JPモルガン証券は総額がその2倍になる可能性もあるとしている。」(2013.1.16)と報道している。岩田は『日経ビジネス』紙上で「日銀は外債50兆円を購入せよ」と述べ、小泉政権下に置いて「溝口善兵衛財務官が2003年から2004年にかけて1年間で35兆円規模の円売り介入を実施し」、米国がイラク戦費を調達できたことを評価している(同HP:2012.10.2)が、再び、日本の金融資産を米国に差し出すことを提案しているのである(小泉―竹中政権下で大規模為替介入の問題を鋭く指摘したのは、故吉川元忠神奈川大教授の『経済敗走』(ちくま新書)である)。クルーグマンがこれを評価しないはずはない。

4 『成長至上主義』=『無限のエネルギー』幻想を捨てよ
 経済成長しないとなれば、限られたパイを奪い合うこととなる。「資本主義下で、限られた利益の奪い合いは壮絶です。自国民の中の弱者から収奪することになるからです。その禁じ手を使ってしまったのが米国のサブプライムローン問題でした。これが続くと先進国内での格差が広がる一方になります」(水野:同上2011.6.21)と水野はいう。格差の拡大を防ぐには所得の再分配を行う必要がある。欧州では積極的に再分配を行っている。医療や出産、教育の分野に支出している。民主党政権は当初子ども手当や高校無償化などの再分配政策を取ろうとしたが、官僚機構に潰された。安倍政権は、公共事業・投資減税や相続税の軽減・生活保護費の削減など全く逆の政策を取ろうとしている。
 選挙では民主党は「グリーンエネルギー」を、未来の党は「再生エネルギーの普及促進」を掲げ、社民党は「2050年に自然エネルギー100%」を公約としていた。公明党も「再生エネルギーの割合30%」を掲げていた。しかし、いずれも今後の日本の経済成長を前提とするものである。しかし、残念ながら「インフレの時代が終わった」、今日本人は「インフレの時代にしみついた成長至上主義から抜け出すことが大切」なのである。(水野:同上2011.6.21)「拡大主義は、膨大なエネルギーを必要としますが、現状ではもうそれが無理になっているのです。明らかに日本は経済システムの転換を求められています。成長神話に基づいたパラダイムからのシフトが必要です。しかし、その前に日本人のメンタリティのシフトが必要」であると榊原はいう。(榊原:『鎖国シンドローム』)『成長至上主義』の“神話”を抜け出さない限り、脱原発の方向性には困難が伴う。「再生可能」とは何回でも使える“汲み尽きない”「無限」を追い求める思想である。「無限のエネルギー」とは「無限の成長」を追い求めることである。しかし、「無限のエネルギー」=原子力は無限大の放射能を生みだし、東日本の一部を数百年にわたり占領してしまった。不安定かつ高価な「再生可能エネルギー」に“成長産業”の幻影を見るのではなく、中国を始め東アジア+ASEANと共に歩むことにより新興国の経済成長を取り込み、またロシア極東・サハリンからパイプラインで石油・天然ガスを輸入することにより、エネルギー供給を安定化させ『定常社会』に向けた軟着陸を図ることが現実的であろう。その場合、領土問題を巡り東アジアから孤立することは避けなければならない。 

 【出典】 アサート No.422 2013年1月26日

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【投稿】出鼻を挫かれた安倍外交

【投稿】出鼻を挫かれた安倍外交

エスカレートする対中強硬策 
 民主党の自滅選挙により政権に返り咲いた自民党・安倍内閣は、第1次内閣にも勝るとも劣らぬ国家主義的姿勢をあらわにしている。
 内政に於ける「改憲」「国防軍創設」とその露払いともいえる「防衛大綱」「中期防」見直し、「集団的自衛権行使」はもとより、とりわけ外交における中国に対する強硬姿勢は常軌を逸するレベルのものである。さすがに選挙公約としていた「尖閣諸島への公務員常駐」は具体化していないものの、海上保安庁、自衛隊の増強は早速進められる。
 軍事費については、今年度補正予算で約二千二百億円、来年度予算では今年度当初予算案に一千億円が上積みされ、「人からコンクリートへ」のみならず「人から銃」への方向性があらわとなっている。
 さらに尖閣に接近を繰り返す中国海管機に対しては空自がスクランブルをかけ、これに対抗して中国が空軍機を発進させると、「今後は警告射撃実施を検討する」と対応をエスカレートさせようとしている。非軍事組織のプロペラ機に対しジェット戦闘機で警戒に当たるのは、明らかに過剰であろう。警戒が必要なら、探査は自衛隊が行うとしても、石垣島から海保機を飛ばすか、もしくは尖閣近海にヘリ搭載型巡視船を遊弋させればよいのである。
 さらに、沖縄本島の那覇基地からの迎撃では距離が遠いとして、下地島や石垣島など先島諸島へのF15戦闘機の配備が計画されており、偶発的衝突の危険性を一層高めるものとなっている。
 安倍政権は、民主党政権の「農家戸別補償」「高校無償化」などを「バラマキ」としてことごとく否定しているが、対中国強硬姿勢だけはしっかりと継承、さらに拡大させ、危機をばらまいているのである。
 滑稽なのは、小野寺防衛大臣が昨年末に「新防衛大綱」の見直しに関し「動的防衛力構想」に否定的な発言したものの、1月11日の記者会見で「(動的防衛力とは)防衛力の低下や人員・装備の減少をしのぐためのものだと思っていた」と述べ、前言を翻したことである。小野寺大臣は動的防衛力構想を「軍縮」と思い込み、軍事面における民主党政策否定のつもりで述べたのだろう。
 しかし、本誌397号で指摘した通り「動的防衛力構想」はそれまでの「基盤的防衛力」(軍事費の固定化策)を撤廃し、中国に対抗した軍拡に道を拓くものであり、自衛隊苦心の策なのである。そのうえ素案自体は麻生政権時代にできていたのである。
小野寺大臣は防衛官僚から指摘され慌てたのだろう。「親の心子知らず」であり、まさに「問責」ものである。(逆に言えば将来中国が軍縮に転じれば、それに合わせた軍事費削減を防ぐため「基盤的防衛力」が復活するかもしれない)
また安倍総理自身、選挙中に尖閣問題にかかわり「海保は人員不足なので巡視船に即応予備自衛官を乗せる」と発言したが、陸戦の訓練しか受けていない隊員を巡視船に乗せてどうするのか。安倍総理は海上自衛隊にも即応予備自衛官制度があると思い込んでいたのだろう。
 このように一知半解のまま対中包囲網を画策し、「価値観外交」などというスローガンを掲げ、鼻息だけは荒い安倍内閣の対外政策であるが、新年早々出鼻を挫かれる事態が続出している。

相次ぐ国際的批判
 1月4日、安倍総理の特使として額賀元財務大臣が訪韓し、朴槿恵次期大統領と会談した。これはそもそも中国への対抗上「竹島問題」や「従軍慰安婦問題」を棚上げしたまま、不承不承で関係改善を図ろうとの魂胆が見え透いた特使派遣であった。
 しかし、その前日、靖国神社に放火し、その後韓国の日本大使館に火炎瓶を投げ込んで拘束されていた中国人が、韓国高裁に「政治犯」と認定され帰国した。翌日の会談でこの問題はスルーされ、朴次期大統領からは外交儀礼以上の言説は引き出せず、額賀特使は帰国した。安倍政権の面目丸つぶれである。
 当初、特使派遣は昨年末が予定されていたが、韓国の都合で年明けとなった。韓国政府が中国の要請に屈し、日程を操作したような解釈が流布されているが、韓国の司法を蔑んでいるのではないか。安倍政権は中国の圧力より韓国の国民感情を直視すべきであり、1891年の大津事件判決と同じく評価すべきであろう。
 中国、韓国からの安倍内閣への厳しい評価は織り込み済みであろうが、年明けから相次いでいる同盟国、友好国からの批判は想定外だっただろう。
3日付の「ニューヨーク・タイムズ」紙は社説で、安倍総理を「右翼民族主義者」と看破し、日本軍による従軍慰安婦強制連行を認めた1993年の「河野談話」見直しを示唆する安倍総理の発言を「重大な過ち」とし一連の動きを「恥ずべき愚かなこと」と切り捨てた。
自民党は「ワシントン・ポスト」紙が「ハトヤマはルーピー」とこき下ろした時、鬼の首を取ったように大喜びしていたが、今度は自らの身に降りかかってきたのである。
追い打ちをかけるように、イギリスの「エコノミスト」誌は1月5日の誌面で、安倍政権を「第1級の国家主義者が組閣した」「ぞっとするほど右寄りの内閣」であり東アジアに「悪い兆し」と酷評。
 大臣は押しなべて反動的であり、なかでも下村文科相は「東京裁判の取り消しを求めている」と警戒感を露わにしている。
 そして「国家主義の抑制は安倍内閣では不可能」と結論付けている。
 これらマスコミの批評は「朝日や毎日など日本の左翼マスコミの論調を鵜呑みにしている」と八つ当たりすることも可能だろう。しかし各国の政権、議会からの批判は相当こたえるだろう。
 オーストラリアのカー外相は、1月13日、訪豪中の岸田外務大臣との会談で「中国を封じ込める考えはない、中国は重要なパートナーだ」と釘をさし、さらに会談後の共同記者会見で「『河野談話』の見直しは望ましくない』、と強烈なストレートを見舞った。
狼狽した岸田外相は「村山談話は引き継ぐ」「安倍総理は同問題で歴代の総理と思いは変わらない」とかわすのが精いっぱいで、対中包囲網構築を目論んだ訪問は完全に裏目に出てしまった。

オバマ政権からも厳しい視線
 そして最大の同盟国、アメリカも例外ではない。安倍総理は選挙前から、総理就任後の最初の訪問国をアメリカと勝手に決め込み、TPP加盟問題や普天間移設など喫緊の課題は脇に置き、集団的自衛権行使を手土産に、日米同盟再構築を謳いあげんと思い描いていた。
ところが、アメリカから「オバマ大統領は就任前でいろいろ忙しい」と、当初目論んでいた1月中の訪米を体よく断られ、2月中旬以降にずれ込むこととなってしまった。それどころか首脳会談の日程調整のため訪米した外務省高官に対し、国務省は中国機に対する警告射撃を行わないよう求めていたことが明らかとなった。
 さらに1月16日、訪日したキャンベル国務次官補とリパート国防次官補は岸田、小野寺両大臣に同様の認識を示し、17日には朝日新聞が「米政府高官」が「河野談話」見直しに懸念を示したと報じた。
 また同日(米時間16日)ニューヨーク州議会、上下両院に従軍慰安婦に対する日本政府の謝罪と補償を求める決議案が提出された。
 このように安倍総理が訪米し、オバマ大統領と日米同盟を高らかに再確認するような環境は存在していないことが明らかになった。安倍政権は集団的自衛権行使を示せば、その他は不問にしてアメリカが喜ぶものと勘違いをしているのではないか。
そもそもアメリカが求めていた集団的自衛権行使とは、中東地域におけるアメリカの戦争への日本の参戦なのである。しかしアメリカ自体の国防戦略が見直され、イラク戦争が終結、アフガニスタンからの米軍完全撤退前倒しも計画されている現在、そうした事態は起こらないだろう。
 日本政府が集団的自衛権行使の具体例として想定している「アメリカを狙う北朝鮮弾道ミサイルを日本上空で迎撃」(ワシントンを狙うならミサイルは北極に向けて発射される)「遠距離の公海上でアメリカ艦船が攻撃された場合反撃する」(グァム沖に中国海軍が現れた時は海上自衛隊が全滅している)などはおとぎ話に過ぎない。
 むしろアメリカは日本と中国の戦争に巻き込まれることを危惧しており、再三確認される「尖閣は日米安保の適用対象」というのも現実的には、日米安保第5条では「日本国の施政の下にある領域における、(日米)いずれか一方に対する武力攻撃」(ソ連軍の本土侵攻を想定)と規定されており、日中衝突の可能性としては最も高い接続水域や防空識別圏での衝突で発動されるかは曖昧である。(魚釣島上陸などは可能性としては最も低い)
いずれにせよこれは、リップサービスであり日中双方に自制を求めるのがアメリカの本心である。
 アメリカの対日不信の根本は、マスコミが主張するように安倍内閣が「東京裁判」~「A級戦犯処断」など「戦後秩序」を否定する性向を持っていることである。この点ではイギリス、オーストラリアなどの「戦勝国」も同様であり、その意味で中国、韓国も、そしてロシアもその「価値観」を共有する一員なのである。 
 つまり「価値観外交」を唱える安倍政権はすでに、あらたな「ABCD包囲網」ともいうべき国連常任理事国+αの「別の価値観連合」に包囲されているのである。安倍総理は「2度と同じ失敗はしない」と大見得を切っているが「KY」は治っておらず、新たな失敗をすることになるだろう。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.422 2013年1月26日

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【日々雑感】正月早々、一つの意識改革

【日々雑感】正月早々、一つの意識改革

1月15日(火)は、小正月ということらしいですので、遅ればせながら、新年おめでとうと申し上げます。皆様は、この正月をどのように過ごされたでしょうか?
私がひねくれ者で、ヘソ曲がりなのでしょうか、私は紅白歌合戦や箱根駅伝等といったたぐいのものは、何か報道のお仕着せ的なものを感じて、今迄見向きもしませんでした。今年もまた、妻は紅白を見た後は、1月2日(水)の第89回箱根駅伝を映すテレビ画面にかじりつきでした。
私の「そんなに駅伝は楽しいか?」との問いかけに、妻は「あんたは変わり者やから興味はないやろけど、あの景色を見てるだけでも楽しいわ、勝ち負けはどうでもええねん。きれいな風景やもん。」とのこと。
私は「そういう見方もあるんだなあ。確かに箱根路は美しいし、修学旅行等で行った懐かしい所でもあるし、特に芦ノ湖なんかは、何かロマンチックな感じだったなあ」と思い直し、妻と一緒にテレビに見入ってしまいました。
今年は、日本体育大学が大活躍で、往路、総合とも優勝を決めてしまいましたね。
そんな実況報道の中で、「箱根駅伝今昔」という内容で登場された、沢栗正夫という、明治大学OB、86才の御老人の箱根駅伝に寄せる思いには、感激させられました。
86才と言えば、昭和2年生まれ、沢栗さんは語っておられました。「箱根駅伝は私にとっては、青春そのものなのだ。多くの学生が学徒動員で、戦場にかり出され、帰らぬ人となってしまった。その無念を心に抱いて、再び箱根路を走ろうという気運が自然発生的に高揚して来て、戦後の箱根駅伝が復活したのだ。世の中が平和であればこそ駅伝で走れるのだから」と、平和の大切さを強調しておられました。
何かと言えば、国民栄誉賞とか、国、権力が介入するスポーツとは違う異質なもの、純粋さを感じ、箱根駅伝に対する私の意識改革がなされた正月でした。
「よっしゃー、来年も見るでー。」 (2013年1月15日 早瀬達吉)

【出典】 アサート No.422 2013年1月26日

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【コラム】ひとりごと—「孤独死」と「自立死」の違い— 

【コラム】ひとりごと—「孤独死」と「自立死」の違い— 

〇福祉事務所に勤務していることもあり、最近孤独死が話題になることが多い。自室で亡くなって発見されたのが数日後、みたいな話が1月に1件程度はあると思う。当然自治会や民生委員さんなどは、ひとり暮らしの高齢者の見守り活動などに尽力されている。それでも「孤独死」は増え続けている。〇主に都市部での発生が多い。そして、女性よりも明らかに男性の比率が高い。さらに、意外に思われるが、50才台・60才台の男性が多い事はあまり知られていない。〇女性の場合は、ご近所付き合いも自然と生まれるが、男性の場合は、職場から離れると地域の付き合いや関係を持たずに、そもそも普通の生活からして「孤独」に暮らしているケースが多いのだろう。〇今から半世紀程前(?)だが、私も生活保護のケースワーカー時代に、単身の糖尿病患者が自宅で亡くなっているのを訪問して発見した事がある。高齢者が多くなったこと、単身世帯が増えたこと、そして何よりも貧困が蔓延していることが背景にある。〇行政と地域で何ができるのか、そんな問題意識を持っていたところ、興味深い本に出会った。「ひとりで死んでも孤独じゃない<「自立死>先進国アメリカ」(矢部武著 新潮新書2012-2-20)である。矢部氏は米国での生活歴が長く、米国内の高齢者住宅や支援センターでの取材を基にこの本を書かれた。〇表題にあるように、ひとりで死んでも孤独じゃないとアメリカ人は考えているということである。まず、アメリカ人は、子育ての段階から、自立して生きることを徹底して子どもに教えるという。子どもが成長して結婚した場合、親との同居は少なく、子どもは独立して家庭を持つのが当たり前で、親は夫婦、または単身生活となるが、「子どもの世話にはならない」と考えるのが普通だという。〇先ほど述べたように、日本では単身高齢者が増えているという認識だが、著書の中で、筆者は、日本、そして欧米の単身世帯率を比較している。2010年のOECD調査によると、単身世帯の割合は、日本29.5%に対して、ノルウェー37.7%、フィンランド37.3%、デンマーク36.8%、そしてアメリカ・ニューヨークのマンハッタン地区では半数以上が単身世帯だという。しかし、欧米でもアメリカでも、「孤独死」などが問題になっていないのである。「自宅でひとりで死ぬ」ことが「問題」になっているのは、とりあえず「日本」だけというのが現実なのである。〇本書では、まずカリフォルニア州バークレーの高齢者住宅に住む、ワウフさんの話ではじまる。この方自身も単身高齢者であるが、高齢者への配食サービスのボランティアでもある。アメリカ全土では100万人がこのサービスを受けており、ミールズ・オン・ホィールズ(車で温かい食事を運ぶ、MOW)と呼ばれている。ボランティアの手で各戸に配られ、安否確認もかねているが、事業は行政の補助と本人負担、そして寄附や募金で行われている。補助金の枠があるがニーズはもっとあると言われている。ニューヨーク市全体では1万6000人が利用。(市の人口は817万人)〇次に紹介されるのは、住宅である。ホームレスや低所得者を対象にした政府支援の独居者専用住宅(SRO)があり、部屋は一人あたり6畳ほどだが、ソーシャルワーカーが訪問し支援する(全米でSRO居住者は1万3000人)。同じく、政府支援の高齢者専用住宅もあるが、こちらはアパートのようなもの。いずれも年収の30%を家賃としている。〇さらに、ホームレスや貧困層が多いといわれているアメリカで、餓死者や「孤独死」が少ない理由の一つに、フードスタンプ制度についても触れられている。最下層の貧困者が餓死するのを防ぐ目的で創設された制度だが、2011年8月では全米で4700万人が利用していると言い、毎月150ドル分の食料品を購入できる。〇弱肉強食の資本主義社会という印象の強いアメリカだが、高齢者対策については日本と違った施策が行われているのがよく分かる。〇そこで、日本との対比についてだが、アメリカや欧米では、一人暮らしを肯定的に捉えていること、個人も社会もだ。離婚についても、肯定的である。日本の場合、死別ケースは別として、離婚や中高年の男性の一人暮らしを否定的に見てはいないか。〇単身生活を否定的に見ていた個人と社会であった日本では、近年の単身世帯の増加に対して、必要な施策の実施が遅れていると考えられる。一人暮らしを積極的に支援するシステムが未整備であるため、「中高年男性の孤立」に対して、目だった対策は行われてこなかったのである。〇その残念な結末こそ「孤独死」なのである。〇介護保険制度で不十分ながらも、高齢者の生活支援システムは出来上がった。さらに、単身世帯を前提にした生活支援システムが求められている。個人についても、単身生活を肯定的に考える意識改革が求められているし、それを支える様々な支援システムも求められているのではないか。〇支援の仕組みは、行政だけではなく、NPOや自治組織など、様々な供給者を想定し、システムの構築が必要だろう。〇本書の指摘するように、「ひとりで死んでも孤独じゃない」社会にするために、個人と社会の意識改革を前提にして、新たな「生活支援システム」が求められているように思う。(2012-12-16佐野)

 【出典】 アサート No.421 2012年12月22日

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