『詩』 ピノチェトは裁かれるか? 

『詩』 ピノチェトは裁かれるか? 

                    大木 透

まだ若き日、「社会主義が世界体制として」
優位に前進している象徴的出来事
それがアジェンデ政権の誕生だった
民主的・平和的な社会主義への移行
時代を見据えた希望、
国際的連帯の熱い思い

それらを一挙に崩壊させた
血なまぐさいピノチェトの軍事クーデター
目を閉じれば、くぎ付けになったニュース画像がよみがえる
爆撃で炎上する大統領官邸
ハンドマイクを手に抵抗を呼びかけるアジェンデ大統領
銃弾の雨の中、うつぶせに倒れた大統領の姿

その独裁者・ピノチェトが大統領となった
公然とした弾圧、暗闇の中の虐殺
貨物飛行機から海上に投げ落とされた「行方不明者」
お手盛りの名誉大統領、終身上院議員、不逮捕特権
なんと当時の行為に対して罪に問われない
そんな恩赦特権まで手に入れた

その独裁者・ピノチェトが突如逮捕された
いったいどうしたのだ
「無実の人を大量に処刑した人道上の罪」だという
スペインが請求し、ベルギー、フランスも続いた
遅きに失したが、当然だ
おりしも「コソボ問題」をめぐって人道上の罪が問われていた

その独裁者・ピノチェトが突如釈放された
一年以上のロンドン拘留
その間、右派政治家から追随者や崇拝者のロンドン詣で
チリ陸軍の裁判阻止声明
サッチャーは逮捕に反対して度重なる病院見舞い
釈放理由は「裁判に耐えられる健康状態ではない」

その独裁者・ピノチェトが帰ってきた
サンチャゴに着くや車椅子も忘れて立ち上がり
嬉しさのあまり元気に歩き出し
支持者や犯罪者どもと抱擁を交わす
自ら「裁判に耐えられる健康状態」を誇示したのだ
だがこの一年あまりの大きな変化を独裁者は知らない

「ピノチェトは過去の人物」
逮捕直後直ちにロンドンに駆けつけ支持を表明
彼の礼賛本まで出版してきた右派連合大統領候補
そのラビンがこう表明せざるを得ないのだ
一月十七日、それでもラビンは敗北した
ピノチェトを名指しで批判してきたラゴスが勝利した

「チリ人の手でピノチェトを裁こう」
「歴史はピノチェト軍政の負の遺産を裁くだろう
私はピノチェトのしたことを許さない」
こう明言する新大統領が誕生したのだ
アジェンデ政権のモスクワ大使であったラゴス
アジェンデ打倒を傍観していたブレジネフ・ソ連

歴史のめぐり合わせは何という皮肉に満ちていることであろう

(K.M)

【出典】 アサート No.268 2000年3月25日

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【コラム】ひとりごと–警察の相次ぐ不祥事に思うこと–

【コラム】ひとりごと–警察の相次ぐ不祥事に思うこと–

◆最近、警察の不祥事が相次いでいる。マスコミも連日、取り上げて、いささか変わり映えのしない意見であるが、筆者もなんやかんやと言いたいので、「そうだ!そうだ!」と気楽に読んでいただきたい◆まず許し難いのは、神奈川県警でも新潟県警でもそうだったが、嘘に嘘を上塗り、それをよくもしゃあ、しゃあと公の記者発表で言う態度。特に新潟少女監禁事件では、最初の少女発見時に、保健所の再三の派遣要請にも関わらず、怠慢に拒否していたのに、記者会見では警察が発見と発表。しかし、保健所職員が発見したことをマスコミに言われてしまって、その後の記者会見では「第一発見者の保健所に迷惑をかけてはいけないと思ったから」との言い訳。誰が聞いても「怠慢のごまかし」としか言いようがない。また数年前には母親が、息子(犯人)の家庭内暴力を警察に相談した時も、適当にあしらっていたとのこと。母親が不起訴になったのは、この時の状況を、後の裁判で明らかになるのを恐れてかと疑いたくなる◆それに更に呆れるのは、発見時における警察特別監察中であるはずの県警本部長と関東管区警察局長。酒を飲み、麻雀をしながらの指揮に「それで的確な指揮ができたのか?」と聞かれ、「はい、そのとおりです」と言ってのけるのだから、別の意味で「あんたは大者!」と揶揄したくなる。せめて「酔った勢いで、嘘の記者会見を許してしまった」と言って欲しかった◆その後、二人の処分を巡って国家公安委員会が辞職を理由に不問にしたが、これもまた、最初の保利国家公安委員長の国会答弁とは違って、論議抜きで決まったとか。こうなれば「嘘つき大会の警察天国」と冷やかすしかしようがない◆こうした事態の中で、国家公安委員会のあり方やキャリア制度についての見直しなども論議され始めている。そこで筆者も多少、まじめなコメントをしてみたい。まずは、キャリア制度なんてのは、前近代的なのも甚だしい。何で最初の採用の入り口で一生の昇進レールが決まってしまうのか。これほど学歴本位主義の最たるものはない。筆者も社会人の端くれとして思うのだが、人間には「学力能力」と「仕事能力」と「人つき合い(人間関係)能力」とは、ある程度、別々にあるものだ。いくら試験的な能力があっても、仕事をさせてみれば、じれったいくらい鈍な人もいる。つまり企業でも役所でもそうだが、ある程度の学力が備わっていれば、その後の昇進・評価は、その後の本人の努力も含めた総合的な能力で測られるべきだし、またいつでも、誰でも、昇進・評価される可能性を持たせることが、平等というものではないか。その意味で、この際は大卒・高卒採用といった垣根を取っ払い、更に年齢制限も廃止または緩和して、一定の学力のみを考査する採用システムに改革すべきではないか。もちろん、これは国のキャリア制度のみならず、官・民問わず、求めたいものだ◆それと国家公安委員会に関しても一言。そもそも、こうした行政の委員会制度や審議会制度なるものは、その制度の本来的な趣旨とは別に、行政・権力が、あたかも民主的に判断しているかのような隠れ蓑に使われていることが多い。従って選出する委員も、行政・権力にとって当たり障りのない人が選ばれることが多いし、また選出された委員も名誉職のように思い上がる人も多い。評論家 桝添氏は、国家公安委員に連合などの労働団体が入っていないことを問題指摘しているが、仮に連合からも選出されたとしても、またもや行政に取り込まれ、御銚子に乗るだけとも思える。そこで、これもまた非現実的な原則論かもしれないが、やはり本来趣旨どおりに立ち返り、こうした委員会制度には全て、公選制としてはどうか。それが直ちに無理なら、せめて最高裁判所の裁判官のように国民ー市民審判制度を導入してはどうかと思う◆いずれにしても警察権力の最終・最高のコントロールシステムは、やはり国民・市民に、より委ねるものでなければならないだろう。なぜなら、警察を捕まえる警察はないのだから。(民) 

 【出典】 アサート No.268 2000年3月25日

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【映画紹介】お薦めしたいこの映画「スペシャリストー自覚なき殺戮者―」

【映画紹介】お薦めしたいこの映画
                    「スペシャリストー自覚なき殺戮者―」

 3月4日から、シネ・ヌーヴォにて上映中の「スペシャリスト-自覚なき殺戮者-」を、ぜひごらん下さい。本当に考えさせられる映画です。
 パンフレットの紹介文を引用すると、「この映画は、1961年エルサレムで行われた、ナチス戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判に焦点をあてた長編ドキュメンタリーである。ドキュメンタリーで定評のあるエイアル・シヴァン監督が、実にユニークで革新的な次の2つの手法で本編を構成している。・・・◆SS部隊の高官に法廷での先導的役割を与え、彼の‘任務’について発言させている。
◆既存のフィルムに対してデジタル処理を行うという初の試みが、監督を含め製作者のロニ―・ブローマンの意図を明確にし、且つ裁判に臨場感を与えている。」
 1995年、エイアル・シヴァンが、イスラエルのフィルム保管所で、戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判の全行程を記録した350時間にも及ぶ未公開のビデオテープを、偶然にも発見し、この映画化が実現した。
 「アイヒマン論理」という用語を高校生の時に知って以来、よく使ってきたが、アイヒマン自身、この「論理」に終始徹底していた。「ヒトラーを筆頭とするナチスの上下関係の中で、上からの命令は絶対的なもので、自分は与えられた任務を忠実に果たしただけだ。」裁判長や検事の質問や追及に対し、常にその態度で長々と説明し続ける彼の顔を見ていると、村役場や行政の出先機関の窓口で、生真面目に黙々と仕事をしている官吏の姿を思い浮かべてしまう。「任務に忠実」ということが、時としていかに「犯罪的」になりうるか、考えざるをえない。
 「ユダヤ人移送計画」の専門家としてアイヒマンは、実に効率的かつ無慈悲に計画を立てる。貨物列車に定員の何倍の人数を積み込めば、アウシュビッツに着いたときには何%の人間が死亡しているか、ガス室の能力から見てどのような輸送計画が必要か、細大漏らさず点検し、実際に各地に出張し、混乱と無秩序を正し、ガス室に送られる現場を冷徹に観察し、より効率的な「ユダヤ人絶滅計画」に荷担していく。そのためには占領地区にも出張し、ユダヤ人協議会を作らせ、幹部には目こぼしを与えてでも、著しい数のユダヤ人を強制収要所に送りこむ。実際にアイヒマンと交渉して生き残った幹部が証人席に立ったときには、傍聴席から怒号が沸き起こる。
 被告席の机は常に整頓され、膨大な証拠書類を丹念に目で追い、よどみなく自らの立場を説明し、終わればまた片付ける。背筋を伸ばし、論告に耳を傾け、一面礼儀正しく、几帳面に反論する。時には立ち上がって被告席を離れて地図上で自らの足跡をたどり、地名の訂正まで行う。こうしたエリート中佐の姿には思わず寒気を覚えるのだが、一面どこにでも見られる凡庸で生真面目な人々の姿がダブって見えてしまう。それは、誰もがこのような立場に立ち得る可能
性を暗示しているようで、気味の悪ささえ感じさせる。
 アウシュビッツのガス室はなかった、南京大虐殺もなかったなどと嘘ぶくネオナチや歴史修正主義者たちが息を吹き返している現在、あらためて現代社会が抱える病理を鋭く提起している傑作だと思われる。      (田中 雅恵) 

 【出典】 アサート No.268 2000年3月25日

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【書評】『教育再定義への試み』

【書評】『教育再定義への試み』
        (鶴見俊輔、岩波書店、1999.10.25.発行、1,700円)

 これまで幾多の論争と宣伝がなされ、現在においてもなされ続けている教育論の、すべての視点をもう一度考えてみてはどうかという教育論の改革の提言が本書である。こう記してしまえばいかにも革新的な教育論ではないかと思われるが、そうではなく、教育を考える視点を「自分自身のその場での私的信念と私的態度」に取ることを、この教育論は主張する。それは、哲学者鶴見俊輔の従前からの主張である。「私的信念を、倫理と政治の領域から追い出さないという教育論」は、鶴見の体験に負っており、「護憲派も改憲派も国家論者でありすぎた」という反省を踏まえている。
 鶴見の教育論の過去には、傷つけられてきた「非行少年」の自分が、また現在から未来にかけては、「もうろく」しつつある自分が、色濃く影を落としている。それ故この視点からの教育論には、「疑い」や「間違い」を是認する姿勢がある。例えば鶴見は、自分の過去について、次のように述べる。
 「自分の傷ついた部分に根差す能力が、追いつめられた状況で力をあらわす。自覚された自分の弱み(ヴァルネラビリティ── vulnerability)にうらうちされた力が、自分にとってたよりにできるものである。正しさのうえに正しさをつみあげるという仕方で、ひとはどのように成長できるだろうか。生まれてから育ってくるあいだに、自分のうけた傷、自分のおかしたまちがいが、私にとってはこれまで自分の道をきりひらく力になってきた」。
 また「もうろく」の中に沈みかかっている自分については、こうである。
 「もうろくの中で、自分を支える思想を求める自己教育をしたい。言葉による教育をこえて、自分の中に反射してのこるようなしぐさによる教育が必要だ。自分をとりまく社会から、くりかえし自分の中に流れ入ってくる疑問とのとりくみも大切だ。(略)終わりにのこるものは、まなざしであり、その他のわずかなしぐさである」。
 このように鶴見は、教育の原点がつねに自己にあり、自己を「まるごと(whole)」──これは均質化された教育集団の中での位置づけ(=「全体(total)の中での位置づけ)とは異なるとされる──教育していくことを強調する。
 「まるごとというのは、そのひとの手も足も、いやその指のひとつひとつ、(略)からの各部分と五感に、そしてそのひと特有の記憶のつみかさなりがともにはたらいて、状況ととりくむことを指す」。
 それは「偶発性教育の実現」であり、「まちがいをいかす方法、選択をいかす方法」と言えよう。
 この視点から鶴見は、人間の生きかたの根幹にかかわる「親問題をすてないということ」を強調する。「人は生きているかぎり、今をどう生きるかという問題をさけることができない。今生きているということが、問題をつくる。それが親問題である」。
 これについて鶴見は、「親問題には、正しいひとつの答を出せないものが多い」から、別の子問題をつくって、親問題をさけることはできる。というのも現実の学校教育では親問題は問われないのであるから。しかし親問題そのものは消すことができないので、親問題を保ちつづける子どもは、「そうすると学校の成績がさがる。しかし、成績がさがるということは、自分の生涯をそれほどきずつけることになろうか。この親問題もしめだすかどうか」と問いかける。
 さらに、この問題についての裏返しとして、「今の形(たとえば主権国家)を批判の外におき、主権国家の秩序を生徒におおいかぶせるという教育方法を、私は批判したい」とする。すなわち「国民主権国家という形のほころびを学校の教室でもはっきりと見せたほうがいい。それが現在および未来の問題なのだから。それを生徒が口にするとき、教師がマニュアルどおりでなく、一緒に考えるようでありたい」として、鶴見は「この自分たちの教育思想のほころび」を直視することを主張する。
 そしてこのことは、現在論じられている歴史観の問題に、次のような一石を投じることになる。
 「すでに、現王朝より前に日本の文化の歴史があったことを認めるなら、現王朝の後に何が来るかをも考える自由があるはずで、その自由を戦前・戦中にはうばわれてきたことを考えると、教育の現場(家庭・学校・社会)でこの自由を守ることが大切だ。日本国のはじまり以前と、日本国の終わり以後を考える自由を、確保することが大切だ。(略)/人類の誕生とその破滅をはっきり目の前におくことが、日本国が昔からこのようにありこれからもあるという考え方を、かえてゆくだろう」。
 こうして鶴見は、現在の教育の基礎をなしている思想を、個人をベースにして変革していく視点を提言する。その主張は、確かに傾聴に値するものであり、鉄筋コンクリートのような均質化された近代社会の中のクローン人間化への鋭い批判となっている。
 ただ鶴見の視点には、このような個人からの運動とそれの集まり(サークル活動)は存在するが、そこから先が見えてこないことに注意しておく必要があろう。すなわち運動論としての観点は欠落しているのである。そしてこれに加えて、老年に入ってからの鶴見の主張に、しばしば自己満足気味の言い方が出てきているのも気にかかるところである。
 しかしこの点については今後の批判に待つとしても、本書から汲み出せるものは大きいといえよう。(R) 

 【出典】 アサート No.268 2000年3月25日

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【投稿】内山達四郎さんを偲んで

【投稿】内山達四郎さんを偲んで

 昨年11月のはじめ、内山さんの訃報が届きました。
 内山さんの文章は何かで読んだことがあったにせよ、実際にお会いする機会もなく、ぼんやりと労働運動の闘士のイメージを思い描いていました。その後、私は仕事で東京へきてからおよそ25年になりますが、お会いできる機会をたびたび得て、当初のイメージはそのままありましたが、内山さんの御人柄やらを知るようになりました。
 内山さんは戦後、社会主義運動から労働運動に入り、解散した総評の有力な産別だった全国金属の調査部を永く勤められました。調査部といっても、当時の労働運動では、私鉄、電機、鉄鋼といった産別と同様に労働運動での重要な分野であり、「花形」でもありました。理論派の内山さんにとって、水を得た魚のように活躍されたことを聞いています。
 1970年代の終わり頃、内山さんの春闘をテーマにした講演で、瀬戸内海でのある大メーカーの全国金属所属の労組が、当時対立していた全金同盟に組織変えしたことを例に挙げ、「なぜ向こうに行ったか。職場での運動がなくなり、交渉などすべて中央でやるようになったからだ。中央だけの運動では、幹部請負になり、いざ合理化攻撃がなされても、職場からの闘いが構築できない」と強い調子で語られたことがあります。
 その後内山さんは全国金属を離れ、総評に入りますが、とりわけ、地域での闘いを強く主張されていた内山さんは、総評副事務局長として日本全国の市町村に地区労を組織し、国民春闘を支えようと、1989年の総評解散まで活躍されていたことを思い出します。また、今日のIT革命を見越されたのか、ME合理化にも多くを語られていました。産業再編成にも早くから対処すべしとも言われていました。
 労働運動に人生の大半をかけられた内山さんは多くのことを私たちに遺されました。現在、時代は変わって労働運動は連合時代になり、戦後最低の組織率になり「冬の時代」といわれて久しくなりましたが、一方でいままた地域の闘いや職場段階での闘いが強調されています。
 内山さんの遺されたものは、単に全国金属に及ばず、日本労働運動にとっての大いなる教科書でもあったと思います。
 ご冥福をお祈りしたいと思います。(立花 豊) 

 【出典】 アサート No.268 2000年3月25日

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【投稿】新潟女性監禁事件と隠された問題点

【投稿】新潟女性監禁事件と隠された問題点

 1月28日に発覚した新潟県柏崎市の女性監禁事件は当初の一部週刊誌による精神障害者パッシングから、新潟県警の失態もあり、2月中旬から日本の警察体制への批判とういう形で大きく変質していった。
 事件は、柏崎市内で興奮して暴れていた男性宅から19歳の女性が保護された。その後の調べで、1990年11月に三条市内の小学校のグラウンドから帰宅途中に行方不明となっていた当時小学4年生の女性であることがわかった。なんと、男性に誘拐されてから、9年2箇月にもわたり男性宅で監禁されていたのである。同世代の子供を持つ親としては何ともショッキングな事件である。
 男性の母親は4年前に家庭内暴力にたまりかねて、保健所に訴えている。また、地元の民生委員も近所から男性が「暴れている」との情報を寄せられていたが、行政には相談していなかった。
 さて、今事件に対するマスコミの報道姿勢であるが、3月現在の今日、警察批判の大合唱に隠れてしまってはいるが、当初、一部週刊誌が奇猟的事件としての報道を行う一方、TVや全国紙の多くは男性を「精神障害者」として、2月11日の男性の逮捕まで匿名報道をとっていた。サンケイ新聞は2月5日から「実名報道について」という解説付きで実名報道を行った。
 昨年7月の全日空ハイジャック・機長殺人事件、下関の駅構内へ自動車を突っ込んだ事件等、精神障害者がからむ特異な事件があると、マスコミはセンセーショナルに事件を取り上げ、事件の“説明”を「精神障害」という“ブラック・ボックス”に求め“安心”しようとしているかのようである。しかし、“特異な事件”の全てを「精神障害」で説明しきろうとするには無理がある。通院しているからといって責任能力がないわけではないし、他の病気と同様に急激に様態が悪化する場合もある。精神障害を固定的に捉えることはできない。
 かつては、精神分裂病等の場合、一旦発病すると治りにくく、再発の可能性も大きく、時間とともに症状が固定化していったケースもあり、また、そう思われていた。最近は精神医学もかなり発展してきており、抗不安薬のセルシン等の薬剤も発達し、通院・服薬によって大部分の者が通常の社会生活を営むのに何ら支障のない状況にある。
 問題は、かつて一律に精神障害者を予防的に精神病院に入院させ、社会と隔離する一方、地域に居住する障害者の存在をほとんど無視してきたことにある。ある県の調査では精神病院入院者のうち6%が「精神症状を認めず、社会生活が普通にできる」という入院の必要が全くないものである。これに、「精神症状は認めるが、社会生活は普通にできる」というもの13%を含めると、入院患者の約2割が今すぐにでも退院できる状態にある。さらに、「単純な日常生活はできるが、時に応じて援助や保護が必要」というもの28%を加えると、何らかの支援があれば、実に1/2は退院可能なのである。全国で30万人が入院しているとすると、15万人が退院可能にもかかわらず「収容」されていることになる。
 精神障害者の生活支援センターや援護寮、授産施設といった社会復帰のための施設は、1994年に「精神保健法」が「精神保健福祉法」と名前を変えて、ようやく最近設置されるようになったが、措置費で運営されてきた身体・知的障害者等の福祉施設と比べると全く貧弱な状況にある。わずかな施設への補助と運営費が出るだけであり、家族会の重い負担や、篤志家の協力がなければ施設の経営は全く不可能な現状にある。医療会計でやれば、他の保険者に負担を転嫁できるので、ほとんど国庫の持ち出しをしてこなかったというのが実態である。それが、病院を収容施設にし、地域にあっては貧弱なケア体制しかなく、ほとんどを家族の責任に転嫁し、地域との接点を切り、精神障害者に対する無理解にも繋がっている。
 ある県では精神障害者の社会復帰施設が地元に設置されることを嫌って、地元校区のPTA会長らが中心となって反対運動を展開し、建設が頓挫した例や、英語の教師が援護寮反対運動のリーダーとなるなど、インテリ層が差別を扇動する例が多い。そこにあるのは、あたかも自らの生活とは無縁であるというような態度である。しかし、精神障害者は地域にとって「無視」できるような存在ではない。全国統計では入院・通院者だけで90万人であるから、約0.6%、ある県の統計では1.5%を占めている。
 今回の事件は、男性の刑事責任能力の有無は別として、図らずも、あまりにも貧弱な地域における精神障害者施策の実態を明らかにした。これまでの精神障害者の人権を無視した予防保安行政への批判もあるが、患者が興奮状態にあり、危害の畏れがある場合、警察の協力も当然必要である。国・保健所・警察・市町村等縦割り行政のもと、「この仕事はうちの仕事ではない」とばかりに跳ねつけあう中、精神障害者に対する施策はほとんど陥没状態にある。問題点は個々のケースごとに個別・具体的に、しかも特異な形でしか出てこない。それを、施策にどう活かすかが問われている。                (福井:R) 

 【出典】 アサート No.268 2000年3月25日

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【投稿】地方分権一括法施行を前に

【投稿】地方分権一括法施行を前に 

<いよいよ施行>
 「地方分権の推進を図るための関連法律の整備等に関する法律」、いわゆる地方分権一括法がいよいよ2000年4月1日施行される。1995年の地方分権推進委員会の設置により地方分権が現実味を帯びだし、4次にわたる勧告、それを受けた1998年5月の地方分権推進計画の閣議決定、1999年7月の地方分権一括法の成立、そして今回の法施行と、一定の到達点を迎え、国・地方の新たな関係の一つの区切りの時期となる。
 今回の地方分権は、制度疲労した中央集権体制の見直しの中から、国の役割の特化-小さな中央政府-省庁再編という中央の行革と表裏一体のものとして語られ、議論されてきたものであることは事実である。その意味では、実質的な税財源の移譲を伴わず、また中途半端な権限移譲となっていることなど、地方分権の理念からは大きくかけ離れたものとなってしまってはいるが、とにもかくにも、国の関与や強権的指揮権が制約され、地方自治体の自主決定権が増し、不十分ながらも制度的な枠組みが整えられたことは評価されてよいだろう。
 地方分権一括法の分析やこのたびの地方分権の詳しい評価については、これまで様々な文献、論評、論文で多く語られていることのなので、本稿では、地方自治体の現場から、法施行直前のドタバタのレポートも交えて、地方分権について考えてみたい。

<準則もなし>
 この地方分権一括法、メインの地方自治法改正をはじめ全省庁にわたる475本の法律を一気に改正し、機関委任事務の廃止、国の関与の見直し、権限委譲などの措置が採られたものである。法案だけでもA4判20センチもの厚みになり、国会で審議の形骸化が批判されたのもうなずけるほど、多種多様な中身がつめこまれている。
 地方自治体にとっては、この一括法に対応して、条例・規則の整備を図らなければならない。従来なら国の法改正に合わせて条例改正のひな型となる「準則」が示されるのだが、今回は「地方に自ら立案できる能力があるというから分権したのだ」という理屈から、準則は一切示されないということになった。確かに、これまでのように「準則どおりやっていればいい」というのでは、国の言うとおり右ならえになってしまうのであるが、ただでさえ膨大な数の法案があり、どの法律の何がどう変わったのかを把握し、内容を分析するだけでも相当な労力を要するのだから、せめて準則くらいは示してくれてもいいのではないか、というのが現場の本音であろう。これまでは国の言うとおりになるよう、指示・通達しておきながら、この期に及んでいきなり分権を言い出して放ったらかしというのもあまりにご都合主義ではある。

<中央の作業の遅れ>
 さらに、地方自治体にとって重要なのが、法律の細部にわたる施行内容を定めている政令・省令なのだが、法案が7月に成立しているにも関わらず、12月になってもほとんど出揃っていないという異常な事態になっていた。法案自身が3月に国会上程されていることも考えれば、かなりの準備期間があったはずである。もっと言えば、政令・省令の内容を準備することなく、法案が作成されたことになる。地方自治体は、このことで大きな影響を蒙ることとなり、一括法関連の条例改正で周知期間が必要なものでも、12月議会で改正することができず、施行前ギリギリの3月議会で改正せざるを得ない状況になったのである。
 法令作成のプロ集団であるはずの中央官僚が、なぜこれほどまでに作業が遅れたのか。その理由は、自らの中央省庁再編関連の法制作業を最優先したからに他ならないのである。内閣法制局の法令審査作業もこの省庁再編が優先され、地方分権一括法関連は後回しにされた。地方の迷惑顧みず、とにかく自分たちのことが大事といったところか。中央再編に表裏一体という、今回の地方分権にいたる背景・経過を考えれば、ある意味では「当然」の結果なのかもしれない。
 国の作業が遅れれば、都道府県の作業も遅れ、市町村の段階に至っては、ほとんど時間との勝負になってしまっている。機関委任事務が廃止され、自治事務や条例制定権が大幅に増えたともののはいえ、どのような自主政策・自主立法ができるかなど、よほどの首長のリーダーシップがない限り、検討の余裕がないというのが実状である。

<東京都の外形標準課税構想>
 そんな折に飛び出したのが、東京都の外形標準課税構想である。銀行業界を狙い撃ちにしたこの構想は、都議会の賛成を得て導入が実現しそうな状況であるが、「まさに地方分権」「税としては不公平」など賛否両論、様々な評価がなされている。地方自治体にとっては、確かに「東京だからできる」ことであるにせよ、税財源の委譲が不充分な今回の地方分権の中で、課税自主権を最大限行使したことは大いに評価すべきであろう。「全国知事会で議論している最中で抜け駆けだ」というのは、これまで法的に可能であったことにも関わらず、検討・実行の作業が遅れていた「怠慢」と言わざるを得ず、また、地方自治体の自主性・自立性を謳った地方分権の理念とは相容れない「横並び」意識の現れである。ただ、地方分権にとって重要となる首長のリーダーシップが発揮されたものの、事の性格上やむを得なかったとは言え、一部の幹部でのみ立案・決定されたことは、一方で重要な住民参加による政策立案―住民自治という観点からは、今後に課題を残したと言える。

<本音は市町村合併?>
 結局、今回の地方分権の狙いは何だったのか。地方自治の本旨の具体化なのか、単なる中央の行革なのか。いずれにせよ、見え隠れしているのが、やはり市町村の合併である。 ここ数年来、「地方のムダ」キャンペーンを繰り広げながら、合併に関する各種施策を打ち出しつつも、一向に合併議論は進まず、業を煮やした政府は、今回の一括法でさらなる合併特例法の改正を行った。この改正に限っては即日施行され、1999年8月に早速自治省から合併指針が打ち出され、都道府県に対し、地図上に示すことも含めた合併パターンを明記した要綱を作成するよう「要請」するなど、政令・省令の遅れに比べ、格段の手際のよさで施策が展開されている。
 市町村合併論は、経済界を中心にその必要性が説かれ、とくに現在の与党の枠組みにおいては、自由党、公明党が具体的な市町村数も含めた構想を表明している。いわく、「ムダが多い」と。経済活動や国家施策の貫徹を考えるならば、地方自治体が広域化すればするほど都合がよい。経済界や中央政府が合併を声高に叫ぶのも必然なのである。
 確かに、市だけで700弱、町村も含めて3200余の数は、財政力としてはほとんど地方自治体の体をなしていない小規模自治体があることなども考えると、やや多い観はある。住民の日常生活圏が広域化し、現行の行政区域が実態に合っていないのも事実であろう。似たような施設を近隣で張り合うように建設し、財政を圧迫しているという批判も当たっている。
 しかし、実際にスケールメリットが発揮できるのは、行政の管理部門が中心であり、必ずしも住民サービスの向上につながるとは言えない。建設事業も、地方の自主性に名を借り、「ふるさとづくり」などと体のよい国の経済対策への「協力」抜きには語れない側面もある。結果、施設の維持管理や借金返済のため、自治体の財政はますます苦しくなり、財政基盤の強化を標榜する合併議論の口実にされてしまっているのである。これら経済対策も究極的には合併を目論んでいたのではないかと思わせるほどである。
 いずれにせよ、現段階では、交付税や地方債、議員の身分などの特例・優遇措置など合併の呼び水となる「アメ」施策ばかりであるが、そのうちに必ずや「ムチ」施策が打ち出されてくる。そのときには今のように「自主的な市町村合併」などと国も悠長に構えてくれないだろう。安易に合併論議に乗る必要はないが、住民ニーズに対応した適正な自治体の規模とは何なのか、地方の側から議論を積み重ねていく必要がある。

<これからがスタート>
 地方分権推進委員会の勧告、政府の地方分権推進計画、地方分権一括法と、段階を経るごとに自治事務が少なくなるなど、地方分権が後退していったわけであるが、中央の必然による地方分権だったことを考えると、ある意味ではやむを得ないのかもしれない。だからと言って、共産党のように「地方分権法ではなく地方統制法だ」といってしまっては、形だけとは言え整えられたせっかくの制度的枠組みをも否定してしまうことになる。明治、戦後に続く「第3の改革」というにはあまりにお粗末な内容の地方分権ではあるが、とりあえずの第一歩としてこの枠組みを利用し、一方で住民自治を徹底することにより、政策形成能力を高め、合併論議を吹き飛ばすほどの、自治体としての地力をつけていくことが大事になってくる。その意味では、政府内では終局を迎えた雰囲気すら漂うのであるが、地方自治体にとっては、地方分権はまさに始まったばかりなのである。(大阪 江川 明) 

 【出典】 アサート No.268 2000年3月25日

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【投稿】GDP2期連続マイナスと自自公政権

【投稿】GDP2期連続マイナスと自自公政権

<「大丈夫とおっしゃたんで」>
 経済企画庁が3/13に発表した昨年10-12月期のGDP(国内総生産)が年率5.5%という大幅なマイナスとなった。予想されていたこととはいえ、四半期としては第一次オイルショック、消費税アップ直後につぐ過去三番目の大幅な落ち込みである。しかも7-9月期に続いて二期連続の減少である。明らかな景気後退である。このままでは、小渕内閣の公約である「0.6%プラス成長」は絶望的でさえある。何らかの統計的な小細工を行うか、実態を無視した根拠のない楽観論を振りまく以外にしかないとも言えよう。
 ここで小渕内閣はまったく無責任な楽観論を並べ立てること以外に積極的な政策を持ち合わせていないかのようである。GDP発表の記者会見で堺屋経企庁長官は「プラス成長は確実だ。(0.6%成長も)達成可能だと思う」と発言し、小渕首相は「(落ち込みは)一時的な要因による」、宮沢蔵相は「1-3月は良くなる」などと、GDP大幅マイナスのショックを和らげるのに必死である。口から出任せの無責任な発言である。
 その唯一の根拠は、民間設備投資がプラスに転じたことにある。「設備投資が4.6%のプラスになった。大丈夫だ。日本経済は回復軌道に入った」(宮沢蔵相)、「設備投資が先導的に景気を引っ張ってくれるかもしれない。自律回復軌道に乗る動きは広まっている」(堺屋長官)といった具合である。小渕首相に至っては、「信頼すべき宮沢蔵相が大丈夫とおっしゃったんで信頼しております。わが国経済は政府見通しで描かれた景気回復軌道をたどっています」などと、まるで他人事、責任逃れ丸出しの発言である。

実質国内総生産・GDPの推移         (単位10億円)
            1-3月期   4-6月期   7-9月期   10-12月期
————————————————————
実質国内総生産    482,863.1  487,498.1  482,618.5  475,828.5
 前期比成長率       1.5     1.0    ▲1.0    ▲1.4
   年率換算       6.3     3.9    ▲3.9    ▲5.5
民間最終消費支出   284,691.4  287,902.2  287,213.0  282,570.5
    前期比        0.9    1.1    ▲0.2    ▲1.6
民間住宅        17,559.8    19,821.7   19,192.9    18,077.5
    前期比      1.4       12.9    ▲3.2    ▲5.8
民間企業設備      79,829.1    78,158.2   76,919.3   80,469.1
    前期比       2.3     ▲2.1    ▲1.6    4.6
民間在庫品増加    182.2     638.0     73.2   439.4
    前期比     -        250.2    ▲88.5   500.3
政府最終消費支出    46,558.6    46,942.0   46,339.3   46,275.8
    前期比       0.8     ▲1.3     0.9   ▲0.1
公的固定資本形成    43,307.0    44,524.3   40,751.7   38,561.2
    前期比       6.2      2.8    ▲8.5   ▲5.4
公的在庫品増加    -47.2       166.1     62.4   -442.7
    前期比         -    -     ▲62.4  ▲809.5
財貨サービス純輸出    10,782.2    10,345.6   12,066.7   9,877,7
    前期比       ▲10.2   ▲4.0     16.6    ▲18.1
財貨サービスの輸出    64,367.3    65,308.7   68,577.1   68,851.1
    前期比        0.0    1.5     5.0     0.4
財貨サービスの輸入    53,585.1    54,963.1   56,510.4   58,973.4
    前期比       2.4     2.6     2.8     4.4
————————————————————

<設備投資増の逆効果>
 この設備投資がプラスに転じたといっても、GDPの推移統計からも明らかなように、その規模はこの一年の実績と比べてもわずかなものである。民間最終消費支出を筆頭に、GDPを構成する他の重要な項目が軒並みマイナスとなっているなかでは、明らかな力不足である。しかも直前に発表された大蔵省の法人企業統計では、同じ昨年10-12月期の設備投資が前年同期比0.7%減となっている。もちろん、その中では情報関連を中心とする電機機械製造業で12.9%増となってきていることは注目に値するが、製造業全体の設備投資は8.2%減である。
 それにもかかわらず、公約通り0.6%成長を達成しようとすれば、この1-3月期に前期比2.0%増、年率換算8.2%増というそれこそ急激なプラス成長が達成されなければならない。しかしそのためには、GDPの6割以上を占める個人消費こそが決定的な役割を果たすことは言うまでもない。今回、設備投資がプラスに転じたにもかかわらず、GDPが大幅なマイナスとなったのは、この個人消費が年率6.3%ものマイナスとなったことからきているのである。設備投資がGDPに占める割合は約15%である。
 しかもここで見落とせないのは、情報関連を中心とする設備投資の増大、IT(情報技術)投資は、大幅な人員削減と一体となっていることである。「IT革命は、雇用や土地需要にはマイナスで、個人消費や不良資産処理の足かせになる側面もある」(3/9日経夕刊、三和総研)という指摘の通り、実際、この3/14に発表された三和・東海・あさひの三銀行統合で明らかにされたことは、ITに三行合計で1100億円投資するが、同時に「効率化によるコスト削減」のために、4500人の人員削減計画をこれまでのリストラにさらに上乗せしていることに象徴的である。

<のしかかる背後霊>
 問題は個人消費の拡大の展望がまったく見出せない、そのような政策が欠落していること、いやむしろ逆行しているところにこそあるといえよう。
 GDP統計・個人消費支出の一次資料となっている総務庁家計調査の消費支出では(3/6発表)、2000年に入っても今年一月の全世帯平均の実質消費支出が前年同月比マイナス3.2%となり、5ヶ月連続の前年割れとなっている。堺屋長官などは「一時的な要因が多い」として、コンピュータ2000年問題による買い控えや前年度決算によるボーナス支給などを上げているが、単なるすり替え、ごまかしにしか過ぎないことは言うまでもない。
 消費支出の減少は、要するに「収入の落ち込み」からきているのである。この総務庁の家計調査によっても、実収入は世帯主の定期収入の減少などにより実質5.2%減、7ヶ月連続前年比マイナスである。これに追い打ちをかけているのが、政府のリストラ促進政策、要するに人員削減・雇用環境悪化政策である。今年1月の完全失業者数は前月比21万人増の309万人で、3ヶ月ぶりに300万人台に逆戻りである。リストラ等会社都合による失業者数は前年同月比1万人増の101万人で、5ヶ月ぶりの100万人台乗せである。さらに正規社員数は24ヶ月連続の減少である。
 さらに社会保障費削減・自己負担拡大や、年金、増税等にかかわる将来不安、そして雇用不安の一層の拡大が、個人消費を冷え込ませている。小渕内閣はこれらの点に関しては、不安を取り払うどころか、まるで背後霊のように重くのしかかってきたのである。

<「野天の真剣さがない」>
 以上のようなことは庶民の誰しもが感じていることである。ところがこれが政府レベルに行くと、まるで別世界の無関係、無責任さとなる。この間の警察不祥事、越智大臣の“手心発言”でも明らかなように、当初はまったく鈍感そのもので、「辞任するほどのことではない」、「俗っぽく言えば、運が悪かったということかもしれない」といった感覚しか持ち合わせていない。事の重大さを認識できない、自自公巨大与党政権のおごりと官僚とのなれあいによる密室・利権・闇取引政権の面目躍如たるものである。
 与党連合の誰しもが無責任なのである。本来は深刻ですぐさま打開策に即刻取り組まなければならないはずの、マイナスGDPが発表された3/13日夜、小渕首相は自自公3党首会談を開いたのであるが、終了後、記者団に「今度3人で宝塚とディズニーランドに行くことにした」と語ったという。あきれたものである。つまるところ「野天の真剣さがない」(朝日3/18社説)のである。支持率がこのところ急激に減少してきているのも当然であろう。一刻も早い解散・総選挙によって、こんな政権には退陣してもらわなければ、政治・経済の傷は深くなるばかりである。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.268 2000年3月25日

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【投稿】ひとりごと–アサートもホームページで–

【投稿】ひとりごと–アサートもホームページで–

○昨年12月にCATVインターネットに変えました。24時間繋ぎっ放しで、月額6000円。もちろん、電話料金は不要。子供達にも使えるようにしました。○このおかげで、年末年始は毎日2、3時間、ホームページめぐりをしていました。それまでは、朝と夜、メールチェックをするぐらいでしたから、劇的な変化です。それから、インターネットに対する認識が大きく変わりました。○そのポイントは2つです。それはとにかく早いということ。画像などが含まれるホ-ムページでも、ほぼ瞬時に表示されます。新聞よりもまず、asahi.comなどでニュースをチェック。二つ目は、電話料金から解放されたので、時間を気にすることなく、ホームページ巡りができることです。いろいろな「左翼」がたくさんのホームページを開いていることも知りましたし、新人衆議院候補が毎日更新しているホームページも毎日見ています。○私自身は14年前からパソコンを始め、300bpsのパソコン通信から通信を活用してきました(生駒さんのお勧めもありましたが)。それがなければ、このアサートも発行し続けることはできませんでした。それから約10年。現在の環境は恐ろしいほどの変化です。○おそらく、今年はインターネットが爆発的に普及することでしょう。それは、条件が揃ってきたからです。まず、10万円を切ったパソコンが当たり前になり、「おたく」や専門家・マニアのためのパソコンではなく、家庭電化製品としてパソコンが普及する。次に、ショッピング・バンキングなど実際の商取引にインタネットが活用される条件が整ったこと。ゲームで育ち、文字mailなど携帯電話で鍛えられた若者にとって、パソコンなど簡単なことです。頭の構造が違うのですから。○そこで私も、こうした環境の整備を受けて、真剣に「アサート・ホームページ」の開設を真剣に検討し始めています。現在でも、約30人の読者・編集委員には、編集段階の原稿は、e-mailを配信しています。しかし、月1回の発行で投稿をお願いするよりは、さらに早く意見交換などが行えるとなれば、これは突入するしかないでしょう。○内容としては、掲示板とチャットができること。アサートの原稿などは、メール配信で十分。本の紹介だって、どんどん読んだ本の情報やおもしろいホームページの紹介など、読者の活発な情報交換ができれば、第1段階はOKと考えています。別に公開・非公開を気にしなくてもいいと思いますよ。また、発展させればいいのですから。3月号には「URL」(ホームページのアドレス)を公表したいものです。心配は、それでも「紙メディア」は発行することになりますが、果たして購読料は負担し続けていただけるものやら、少し心配です。○昨年ごろから、年賀状にe-mailアドレスが入ったものが増えてきました。読者の皆さんからも、早くホームページを持て!との声もありました。アサートも時代の中で、新たな対応ができればと思います。ただ、また私の「仕事」が増えるのか、それが「かなり」心配です。まあ、いっか??。(H) 

 【出典】 アサート No.267 2000年2月19日

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【投稿】自治体財政の破綻と労働組合(その2)

【投稿】自治体財政の破綻と労働組合(その2)

 前回は、民間の賃金動向と年功賃金システムの変容の課題について、取り上げた。
 さて、大阪府内の年末賃金闘争は、何とか合理化提案を、賃金引き上げ(マイナス人勧だあったが)とは概ね切り離すことができた。とは言っても賃金合理化は、2000年3月の年度末までの課題として残されていた。
 大阪府知事選挙が終わり、3月が近づくにつれ、賃金合理化への対応が労働組合にも求められてきており、いくつかの自治体で交渉が最終局面を迎えつつある。
 共通する対応は、当然ながら組合員への打撃を少しでも小さく、そして、復元を速やかに求めていくための軌道の整備ということである。
 どの自治体を取っても言えることだが、12ヶ月昇給延伸やそれに相当する賃金カット方式だが、それでは、自治体の単年度赤字の10分の1程度の削減効果しかない人件費カットに過ぎない。つまり、自治体財政の赤字は当然ながらほとんどの場合、人件費そのものを究極の原因とはしていないわけである。
 共通しているのは、90年代以降の景気浮揚策に連動した単独建設費の激増に伴う起債の償還時期の到来と、景気低迷による地方税の減収、特別減税の地方税への影響などである。この状態は、少々の景気拡大が起こったとしても、数年の内に解消されるとは思えない。
 こうした中で行われる賃金合理化は、今後起こるであろう市民負担の増加、サービスの低下に対する批判の集中を避けようという意図に他ならない。
 こうした自治体当局・首長の意向に対して、残念ながら一定の妥協策、交渉協議の上の判断をすることは止むを得ないことという認識には同意したい。実際に財源は枯渇し次年度予算すらまともに組めない自治体が少なくないというほど深刻だからである。
 70年代の地財危機の頃の状況とは明らかに違っている。事の深刻さが違うのである。右肩上がりの経済成長が破綻して、低成長を前提とした展望を基礎にした運動方向の練り直しが、根本的に必要になっているのである。バブルの後始末に協力させられたツケが重なり、景気低迷と公共事業重視・赤字垂れ流しの無責任な国の財政出動型財政運営も今年が最後になるのが確実という情勢下、さらにそこに地方分権元年・介護保険導入と新しい要素も加わり、自治体財政と行政のあり方が根本的に問われていると言える。
 自治体財政の健全化の展望も未だほとんど明らかになっていない。地方税議論に一石を投じた石原東京都知事の銀行への外形標準課税の動きも、金融政策で巨額の公的資金が投入されているのにも関わらず、自己責任を明確にできない金融機関への国民の不信を背景に、自公の賛成が確実になった都議会で成立の方向となった。しかし、これとて東京都財政の健全化の一部ではあっても、決定打ではない。それがスタンドプレーと見られる所以である。もちろん議論素材としては、方向は間違っていないが。
 99年の年末闘争では一時金の削減もあった。さらに今年は調整手当の見直しが必至。2000年人勧でも、さらなる一時金の削減が予想され、個別別自治体では、延伸・賃金カットの動き、まさに、今までなら10年分ぐらいまとめての労働条件悪化の年になろうとしている。
 明らかに「退却戦」なのである。ただ、退却しつつ、新しい路線を確立する努力・議論が求められている。この状況では、ストライキで闘う、あるいは、ひたすらに合理化反対、そして政治決戦で展望を、みたいな政治主義的解決では、元のもくあみという展開は必至で、組合員も確実にそれを実感している。労働組合が新しい共通の価値観、次につなぐ確信のある方向性を示す必要がある。賃下げが強行されても、組合への求心力を失わない運動の質が求められているように思えてならない。(続く)     佐野秀夫 

 【出典】 アサート No.267 2000年2月19日

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【対談】吉村さんを訪ねて (2000年新春編)

【対談】吉村さんを訪ねて (2000年新春編)

 1月8日に生駒・佐野で吉村励さんを自宅に訪ねました。吉村さんはとてもお元気で、『労働運動研究』12月号に掲載された「木下悦二君への手紙–社会主義に関する断想」についての話になりました。(以下の文章の責任は、すべて編集委員会にあります。)

<社会主義をどう捉え直すか>
佐野)『労働運動研究12月号』の先生の文章は、どんな経緯なんですか。
吉村)木下君に返事を書いてね、ふと思って、見てもらったら、これは面白いから、どこかに出したら、ということになったわけだ。そこで柴山君に電話したら、「先生、送ってください」ということになって、手紙のままなので、升目にも入れ直して送ったら、彼がワープロを打ってくれたわけだ。200字詰で25枚くらいになった。
生駒)あれを実際に木下さんに送られたわけですね。
吉村)そうです、後の方は少し変わったわけですが。それで『労働運動研究』は柴山君が5冊送ってくれたので、木下君に2冊送ったわけ。その間に木下君のところへ、2,3人の人から問い合わせがあったらしく、彼から「吉村、おまえは何を書いたんだ」と電話も架かりましたよ。
佐野)私も労研の読者なので、先生からコピーを送っていただく前に読んでいましたよ。
吉村)本当は、アサートに、とも思ったんだが、あれでは載りきらないと思ったわけ。3回か4回にわけないとね。
佐野)うちは、ページはいくらでも増やすんですけれど。
吉村)いろいろ反応がありましてね。一つは、社会主義を共同体として捉えなおす、というのが、具体的構想としてどうなのか、という点。私も木下君もはっきりしていないのですが、つまり、所有は国家にして経営はむしろ民間に任すというような形ね。それから、共同体、共同組合、クロポトキンなんかも一時言ったね、そんなものと組み合すようなことも考えてもいいというような、社会主義を共同体として捉え直す、というようなことはまだ、はっきりしていない。まあ、社会主義像がはっきりしていないという点ね。その点が問題としてある。
 それから古い共同体がたくさん残っておった国、つまり資本主義を飛び越えて社会主義になった国、そんな中に東欧やソビエトも入れているけれど、東欧なんかもっと進歩していたのではないか、という意見もありました。
 それから、もう一つは、共同体をたくさん残していた古い社会の場合の社会主義への移行の形態として、アン・ジッヒの社会主義からフィア・ジッヒの社会主義、市民社会へ国家が指導して、市民社会化を促進して、そして日本はすでに市民社会だから、直接社会主義をめざすべきではないか、と書いたことに対して、「日本は本当に市民社会なのか」という意見もありましたね。

≪書けば、やっぱり反応がありました>
 自治研センターでやっている吉田君が分厚い書評をくれました。特に第3番目に書いた「分派の存在を許す党」という事について、他の点はいろいろ意見があるけれど、その点、「対抗者のない、緊張関係のない中では腐敗する」というくだりは、皆に廻したいと言ってくれました。やっぱり書いたら、反応がでますね。
 今は、執筆も講演もすべてお断りをしているんですが、木下君の件で、書けば反応がくるんだね。
 他の人と違って、僕は、暴力革命も10月革命も肯定しているんであってね、むしろある時点まで独裁を肯定している点では、純然たる民主主義者というんですかね、平和革命論者とは違うんでね、共同体が残っている時期までは独裁は必要だという考え方なんです。(笑い)このあたりも議論のあるところなんですがね。
 それから、中国をよく知っている連中は、そんな社会構造としての市民社会化なんて言うが共産党の幹部連中の腐敗と略奪ぶりは目に余るものがあって、そんなにうまくいくとは考えられないとね。
 いろんな反応があって面白かったですよ。
佐野)今、議論する場も少なくなってきましたからね。

<未だ分派を許さない共産党>
吉村)それこそアサートとあれ(労研)ぐらいでしょう。それから、大阪商大事件で同じ日に逮捕されたHも、立場は共産党で喧嘩はするんだが、同じ仲間という関係なんで、コピーを送ったんです。すると、「納得できるが、ただ分派の存在を許すという点は絶対にあかん」と言うんですね。
佐野)共産党は、あれだけ軟化してきているのに、最後の一線なんですかね。
吉村)今、世の中はある種の閉塞状態になってますね。これを越えていくのは、今までは社会党だったかもしれないが、社会党があんな状態なんだから、例えば朝日の世論調査で共産党支持が9%、社民党の支持が7%。そういう時期には、共産党が主導権を握って、統一戦線の提起をすべきなんです、民主党も含んでの人民戦線などね。しかし、そのためには共産党がね、分派の存在を認めないという立場を取り続けていると、もし共産党が政権を取ったら、自分以外の政党は全部排除するということになる。分派の存在を許さないということは、自分達の中でさえ、意見の違いで放逐するということで民主主義でも何でもない。並存できないわけです。共産党が革命的だから排除しているんじゃなくて、むしろそれがあるからなんですね。共産党が主導権を取って人民戦線を作って現在の閉塞状態を打開していこうとするなら、共産党自身が変わる必要がある、ということを実は匂わせたわけなんです。実際には少し削って別の形にしたんですが。

<我々の側にも、分派排除の考え方>
 そして考えてみると、我々自身の中にね、分派の存在を許さないという考え方がね、かつて国際派が細かに分裂していった歴史もそうだし、例えば、僕のところには『統一の旗』も送ってくるし、『思想運動』も来るんだが、本来は一つになるべきものですよね。『労働運動研究』に集まっている連中も。それはね、共産党だけに注文を付けるだけではなしにね、自分達自身もそんなものを持っていたんではないかと思うわけですね。
生駒)要するに、統一戦線、人民戦線という時も、多様性の存在を認めると言うよりも、思想闘争・政治闘争の場に転化する、利用するために言ってきた面がありますね。
吉村)それは、コミンテルンの第5回大会でイタリアの代表がね「俺はおまえ達を大衆の場で分離するために、おまえ達と手を握るんだ」とやるわけだね。
生駒)人民戦線や統一戦線と言うんだったら、党内にもその反映があるべきなんですね。それが、グループであり分派であり諸集団があってもいいと。

<自民党の「民主主義」>
吉村)党の運営と組織という意味では、自民党は手本になると思うな。まあ、あれは利権で繋がっていますけれどね。
生駒)そうとう、自由でね。
吉村)それを公認しているでしょ。あそこまで行かないと民主主義はいかんのではないかとね(笑い)利権が前提にあるのだけれどね。そして立場が悪くなると、一番人民に近い少数派の三木や海部なんかを首相にしたりね。
生駒)少数派であるにも関わらず党首になれる、というのは共産党では考えられませんね。
吉村)君らは経験がないだろうが、僕らは研究会まで止めろと言われましたからね。
生駒)共産党は、グループで集まること自体を禁止していましたからね。細胞の中だけの議論ね。
吉村)意見の違いは認めるけれど、後は民主集中制でね。そして「個人は誤っても党は誤らない」というようなね。
佐野)横田三郎さんからの年賀状にもね、現状は閉塞しているから民学同三派もいつまでもバラバラではいかん、というようなことを書かれていましたね。我々は現役世代は、派手に喧嘩もした中だから、むつかしいんだけれど、吉村さんや横田さんの立場では、同じように写るんですね。
佐野)先生の家に来る途中、生駒さんと話をしてたんですが、小野さんが亡くなって今年で10年なんですね。何かしたいなという話ですよ。
(中略)

<ゴルバチョフの評価について>
佐野)僕達の場合も、70年代からゴルバチョフが出てくるまでは、やはり前衛党建設というような意識の中にいたんですよね。
吉村)ゴルバチョフと言えば、あの文章の中のゴルバチョフの評価はきつい、というのが関西には多いな。
生駒)私もあれは少し意外でしたね。松本弁護士さんと年末にお会いした時に、あれは大賛成やと言われるわけです。中国の評価とゴルバチョフの評価についてね。
吉村)案外、僕と同じような考え方は意外と多いんですよ。特に東京方面にね。「よう言うてくれた」とね。別に究極的な発言というわけではなくてね、討議の素材として書いたわけなんですがね。それで一度議論しようか、と言うことになれば、僕の役割は果たせたと思っているわけですね。
 佐野君、あれを読んでくれたらわかると思うけれど、僕は久々に情熱を持って書きましたね。実は三日ほどで書いたんです。いままで思っていたのが溢れ出た、という感じですね。これまで、社会主義について、あまり発言してこなかったでしょ。発言できなかったということですね。もやもやしててね。
佐野)91年頃に、一度講演の記録で掲載させていただきました。あれ以来ですね。

<労働者連帯の物質的基礎とは>
佐野)公務員の世界でも、年功賃金ということでは変化が起きようとしていますね。終身雇用という面は中々変わらないとしても。
吉村)逆にアメリカでね、年功賃金を採用したところもありましたね。ほとんどパ-トタイマーか派遣労働者にしてしまって、できるだけ年功賃金は狭い範囲にしてしまおうという方向ですね。僕は元来から年功賃金は崩壊したほうがいいという立場です。ただ、しかし、今でも残念なんですが、仲間と一緒に賃金や一時金を決めるんだと、その基礎的なものを決めてね、独自の+アルファは企業毎にきめるんだと、いっしょに闘うということが大事なんですね。そんな基盤がなくてね、労働者の連帯ということを観念的に唱えてもだめ。そういうものがなかったのが、バブル以降の労働運動後退の奥にあるんじゃないかな、と思うわけです。横の連絡・仲間意識が育まれずに、日本ではむしろ、仲間を蹴落としても自分だけは、というミーイズムって言うんでしょうかね。それを前から言ってきたんだが、誰も、せいぜいそれは理想であって、みたいに過ぎてきているのが、今でも残念ですね。労働者の連帯というのは、やはり物質的基盤がないと成立しないんですね。
 こういうように、職務内容が頻々と変わっていくわけで、共通の評価委員会があってね、それで経営者と対抗すると。職務の内容が決まれば、次は職務の分量を決められる。それが決まっていないと、いわいるユーティリティプレイヤーとして「おまえ、あれもこれもやれ!」ということになる。
 公務員もね、向こうから言われてくると、まずいから、組合の内部から職務内容とはどんなものか、どこがどう変わり、今後どう変わっていくのかを検討しておかないと、結局、いろいろなリストラ攻撃に対抗できないと思うな。向うから言われてからでは、資本に乗った、とか言われるわけでね。そういうことをやっておくべきですね。

佐野)ほとんど同じ問題意識をもっています。公務員の場合も、昇任とか昇格とかありますが、現在は年功賃金システムが基本の賃金体系ですよ。一方、民間の動向を反映して、、成績主義的システムを入れたいと考えているようです。ところが、当局の方には、職務の分類や必要な職務遂行の力量はこれだあ、みたいな基準が未だに確立していないという現状にあるわけです。しかし、当局側は成績主義を入れたいとなると、組合の側から、そうした職務分析・職務量・人事政策について、提案を準備しないといけない、というのが流れになっていると思います。そうしないと、役所がまわらない、というのが現状ではないでしょうか。
吉村)社会主義が崩壊したのはね、それと関連してね、労働者自身の内部的な規律、これをなあなあにすると全て崩壊しますよ。我々も仲間の中でね、警察の例じゃないが、仲間に甘いと言う面があるんじゃないかな。
佐野)確かに、これまでは賃上げの方が組合員に言い易かったですね。でも、これからは違う形の運動を考える必要がありますね。
吉村)やはり、状況によって、時期によって、きつい仕事も楽な仕事もあるしね。
佐野)若い人は、そういうことを求めているような気がします。
吉村)職務を我々から検討するようなことね、組合の議論のテーマにしていくということは良い事ですね。
佐野)準備しておかないと、妙な方向に行きかねませんよ。
吉村)それは僕も前から言ってきたことで、同感だな。
佐野)昨年の賃金闘争では、地方財政の危機ということもあって、昇給延伸提案が半数に近い市でありましたし、この傾向は当分続くと思われます。しかし、延伸というのは、賃金を現状維持するということであって、賃金ダウンということではないんですね。民間全体の動向次第では、ダウンということを想定した議論が必要かな、と思うんです。そうしないと、労働組合自身が耐えられないんですね。労働組合の存在意義そのものの問題になると思います。
吉村)ヨーロッパで経験されているワークシェアリングも真剣に検討する必要がありますね。                           (THE END)

(実際には3時間余り。昨年のドイツ旅行のお話など、奥さんも交えて楽しいひと時でした。すでに公職からも退かれ、結構自由な日々とのことで、どんどん訪ねてきてほしい、とのことです。 文責:編集委員会 佐野) 

 【出典】 アサート No.267 2000年2月19日

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【本の紹介】アンソニー・ギデンズ『第三の道-効率と公正の新たな同盟』

【本の紹介】アンソニー・ギデンズ『第三の道-効率と公正の新たな同盟』
                    佐和隆光訳、日本経済新聞社、1999.10

世界の根源的な変化に適応せよ
 イギリス労働党のブレア、フランス社共連立政権のジョスパン、ドイツ赤・緑連立のシュレーダー、イタリア左翼民主党のダレマ…。ヨーロッパでは、EU15ヶ国のうち13ヶ国で、社会民主主義政党が政権与党にある。この事実は、21世紀の政治の主役として、社会民主主義が再登場したことを意味するのであろうか。
 本書の著者であるギデンズは、ブレアの「第三の道」に強い影響力を与えた著名な社会学者である。彼は、「『第三の道』とは、過去2、30年間に根源的な変化を遂げた世界に、社会民主主義を適応させるために必要な、思考と政策立案のための枠組であり、旧式の社会民主主義と新自由主義という二つの道を超克する道である」と主張する。

過去のアイデンティティーは通用しない
 ギデンズは、旧来の社会民主主義と新自由主義について次のように評価する。
 旧来の社会民主主義は、市民社会よりも国家が優位にあると考え、社会生活や経済生活への広範な国家の関与を支持する。性別役割分担が、完全雇用と福祉国家の達成を支えてきたが、「過去のアイデンティティーはもはや通用しない。社会的、文化的な多様化が進みつつあることを前提にして、社会民主主義政党は自己の新しいアイデンティティーを模索しなければならない」と指摘する。
 一方、新自由主義は、市場原理主義と同時に道徳的権威主義や伝統的なナショナリズムを唱えてきたが、市場原理主義の基礎である個人主義や「選択の自由」が、伝統的な家族やナショナリズムを内部から掘り崩していくと述べる。

左派は平等と社会的公正を重視する
 これからの社会民主主義をめぐる論点として、ギデンズはグローバリゼーション、個人主義、左派と右派、政治のあり方、環境問題の5点を取り上げる。
 グローバリゼーションにより、「国民国家の姿形が変わり、国家主権の及ぶ範囲は、かつてのようにオール・オア・ナッシングではない」と、国家の役割の変化を指摘する。
 また、「自己実現や潜在的可能性の実現等は、言葉だけの慰めか、お金持ちのわがままでしかない、と左派の論者は言うが、人々の心構えや願望の大きな変化を見落としている」と新しい個人主義について語る。
 さらに、左派と右派の区別はいまも有効であり、「平等と社会的公正を重んじるのが左派の基本的立場である」と断言する。
 そして、「政府は市民団体から学び、それらが提起する問題に答え、それらと協議する用意がなくてはならない」とこれからの政治のあり方を提起する。
 最後に、環境問題について、「私たちは、リスクに対する防波堤を必要とするが、リスクに立ち向かい、リスクを引き受けることによって価値を生み出す能力を身につけなければならない」と強調する。

民主主義の民主化が問われている

 第三章「国家と市民社会」、第四章「社会投資国家」、第五章「グローバル時代に向けて」でギデンズは、「第三の道の総合的政治プログラムの概略」を明らかにする。
 まず、「政府の再構築を目指すのが第三の道であり、民主主義の民主化こそが課題である」。そのため、中央から地方への権限委譲、公共部門の刷新-透明性の確保、行政の効率化、直接民主制の導入、リスクを管理する政府、上下双方向の民主化が必要であり、「政府と市民社会は、お互いに助け合い、お互いを監視し合うという意味での協力関係を築くべきである」と主張する。
 また、家族は市民社会の基本単位であり、「保守主義者は伝統的家族への回帰を目指すが、その『伝統的家族』とは、労働力市場へ女性が大量進出するには至っておらず、性的差別も依然として顕著であった1950年代の理想的家族にほかならない。私たちは男女平等の原則から出発すべきであり、そこからの後戻りは、一歩たりとも許されない」と強調する。

市民的権利の尊重が平等である
 また、「社会民主主義者は、『不平等は悪である』という年来の強迫観念から自らを解き放ち、平等とは何かを再考すべきである。平等は多様性に寄与すべきであり、個々人の潜在能力をできる限り研磨することが、『結果』の再分配に置き換えられなければならない。第三の道の政治は、平等を包含、不平等を排除と定義する。包含とは、社会の全構成員が、形式的にではなく日常生活において保有する市民としての権利・義務を尊重することであり、機会を与えるこ公共空間に参加する権利を保証することを意味する」と主張する。
 さらに、ポジティブ・ウェルフェアを提案し、「資金ではなくリスクを共同管理しようというのが福祉国家である。不足を自主性に、病気を健康に、無知を(一生涯にわたる)教育に、惨めを幸福に、そして怠惰をイニシアチブに置き換えようではないか」と、福祉国家の抜本的な改革を呼びかける。
 最後に、グローバル時代には、「ナショナリズムを抑止するのは、コスモポリタンな国家でしかない。安定、平等、繁栄が一つに溶け合う世界を実現したいのなら、行き先もわからぬグローバル市場の不規則な混沌、そして無力な国際機関に、これらの問題解決を委ねてすますわけにはゆかない」と、グローバルなガバナンスの必要性を強調する。
 日本でも、介護保険制度をめぐって、「伝統的家族」への志向があからさまに主張されるなど、「社会的公正と平等」に対する挑戦が起こっている。日本の民主勢力にも、「変化する時代と世界に適応した新しい自己のアイデンティティー」を形成するための論争が求められている。(2月14日、H.U) 

 【出典】 アサート No.267 2000年2月19日

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【投稿】解散・総選挙へ動き出す政局

【投稿】解散・総選挙へ動き出す政局

<<自自公暴走が意味するもの>>
 1/20に召集された国会では、すべての審議が自自公与党三党だけで進められるという異常事態が現出した。首相の施政方針演説をはじめ、政府四演説が、野党議員が誰一人出席しないままに与党議員だけで行われたことは、戦前の翼賛国会ならいざ知らず、戦後は一度もない。代表質問も与党議員だけで行われ、ヤジ一つなく、自画自賛の拍手だけが議場にこだまする、議場では大あくびと居眠りの姿があちこちに見られる、なんとも空々しい国会の姿であった。
 ことの発端は、衆院比例定数の20削減法案の一方的な強行採決であった。そもそもこうした定数削減法案が、国会の開会冒頭で処理しなければならないほどの緊急かつ不可欠な法案であるなどとは誰も考えてはいない。ただただ自自両党合意の証し、自由党の連立離脱を食い止めるための演出として、つまりは当面の連立政権維持のためにだけ、まさに与党内の内向きの事情によってだけ、議長の斡旋まで拒否して無理やり強行されたものであった。参議院では委員会審議すら一回も行われないままにいきなり本会議で強行採決するという暴走にまで至った。そうした暴走を棚に上げて与党幹部は野党の審議拒否を「議会人としての自殺につながる暴挙」(森・自民幹事長)、「政略的な思惑を優先した党利党略」(神崎・公明代表)などと強がって見せたのであるが、これこそ天に唾するものの典型であろう。
 民主党の鳩山代表はこの事態を「大政翼賛政治、ファッショそのものではないか」と、また同党の羽田幹事長も「今の状況を見ると、ワイマール共和国のもとでナチスやヒトラーが生まれた状況に似ていると思う」と糾弾している。確かにその通りであろうし、そうであればこそこうした暴走を徹底的に孤立化させ、自自公政権の瓦解にまで追い込むことが求められていたと言えよう。しかしその後の事態の展開は、大阪府知事選と京都市長選の結果を受けて、いつのまにか「国会正常化」が合意され、野党が審議に復帰し、政府・与党の責任はうやむやのままに予算案審議が行われている。
与党側は野党側を屈服させたとほくそえんでいるのかもしれないが、こうした前代未聞の、「国会不用論」まで言われ出すような事態をもたらした自自公連立への警戒感と嫌悪感の拡大、そして野党側のふがいなさへの失望感は与野党双方に重くのしかかってくることは間違いないと言えよう。

<<朝日世論調査へのショック>>
 1月末実施の朝日新聞全国世論調査はそのことをよく示している。「国会混乱の責任は与党と野党のどちらにあると思うか」という問いに対して、「与党」と答えた人は34%。25%の「野党」を大きく上回っている。「予算優先」を口実に審議を強行する与党に最大の責任があるとみなし、審議拒否を貫いていた野党に理解を示していたのである。同時に「両方に責任がある」という回答が19%あったことも見逃せない。この調査でより重要なことは、自自公連立拒否の根強さを鮮明に浮かび上がらせたことである。自自公連立政権を「よくない」とする回答が57%に達し、「よい」の20%を圧倒しているのである。さらに特徴的なのは、小渕内閣の支持率も4%下がって39%と、連立発足以来の最低を記録し、政党支持率でも自民党が34%から29%に、自民に擦り寄る公明も4%から2%に大幅に減少させたことである。
 この調査結果が発表された1/31、「朝日の世論調査で内閣支持率が下がり、国会の混乱について与党に責任があるという結果が出ていますが」という記者の質問に、小渕首相は「野党の責任も書いてあるだろ」と反論、「“与党に責任”の方が多いのですが」とたたみかけられるとまともに答えられず、「いずれにしても謙虚に受け止めています」とショックを隠せない様子をありありと見せている。昨年末、あるいは年明け早々に解散を狙っていた強気姿勢も、自自公批判の強さにたじたじといったところである。野党の取り込みと分断が急遽浮上し、首相自ら「野党の協力をひたすらお願いする」などと一転して揉み手姿勢に転換、終わったはずの施政方針演説に対する代表質問で手を打ち、次の解散時期を狙うという、ある意味では当然なのではあるが、政権延命に汲々としたそのばしのぎの無責任姿勢をいよいよ露骨にさらけ出しているとも言えよう。

小渕内閣             自自公連立     国会混乱の責任
—————————————————-
支持  39(43)      よい   20(25)     与党  34
不支持 38(34)       よくない 57(57)     野党  25
その他 23(23)        その他   23(38)     両方  19
                             その他 22
—————————————————-
支持政党       総選挙時期        総選挙で自民に勝ってほしいか
————————————————————————-
自民  29(34)  できるだけ早く 44(33)   勝ってほしい  39
民主  10( 7)   急ぐ必要なし  43(54)   そうは思わない 46
公明   2( 4)   その他     13(13)    その他     15
自由   4( 3)      ( )昨年8月
共産   4( 4)
社民   3( 4)
なし  36(39)
————————————————————————-
1/29,30朝日世論調査、( )は前回12月

<<大阪府知事選・京都市長選が明らかにしたもの>>
 「国会正常化」への口実とした大阪府知事選と京都市長選での与党側勝利の実態は、いずれも民主党との相乗り候補であり、共産党が善戦したとはいえ、共産党単独で勝てるほどの幅広さと柔軟性を持たない現在の党指導部の姿勢では結果がある程度は見えていたことも事実と言えよう。
 選挙の実態はむしろ自民党の分裂選挙を浮き彫りにし、底辺では、「政教分離」の公約も投げ捨てた公明党=創価学会と、共産党との熾烈な党派間抗争が展開され、これに他の諸党派が加勢するといった実情で、こうした党利党略への庶民の拒絶反応は根強く、大阪府知事選では、過去最低の投票率(44.58%)となったのである。連立政権への信任などとはとてもいえるものではないし、むしろ際立ったのは自自公連立への批判票が共産党候補の善戦に示されたことだと言えよう。
 その意味では、自自公とともに民主党の姿勢も大きく問われている。最大野党である民主党は、旧自民と旧社会、旧民社を抱え、一方で衆院比例定数50削減を主張しながら、「20削減なら反対」というあいまいな主張を展開し、内部では旧民社系・友愛グループを中心に中選挙区論の公明党に同調する議員が多数存在し、党として定数削減については方針を明確に打ち出せない状態である。自自公与党三党が定数削減法案を野党欠席の中で強行採決した際、鳩山代表は「小渕内閣を解散・総選挙に追い込む。皆さんの命を私に預けてください」と両院議員総会で大見得を切ったのであるが、姿勢が定まらなくては命を預けるどころか、それぞれの議員は右往左往せざるを得ないのが実態と言えよう。しかしそうした矛盾や弱点を抱えながらも、自自公に対決して野党共闘を堅持し得た実績は貴重なものである。いよいよ政局は予算成立直後の解散が濃厚となってきた。野党のそれぞれには、自自公の無責任で非民主的な連立政権に対抗する対決軸をまとめ上げ、政局転換と政界再編へのイニシャチブを発揮することこそが求められている。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.267 2000年2月19日

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【コラム】ひとりごと–大阪府知事選挙に思うこと–

【コラム】ひとりごと–大阪府知事選挙に思うこと–

◆久しぶりの(民)の<ひとりごと>で御無沙汰。さて今、大阪は知事選挙で、ちょっとホット。以前に「大阪や東京の話題には感心ない」という投稿意見もあったけれど、しばらくの我慢・退屈しのぎで読んでいただきたい◆そもそも突然の知事選挙は、御存知のとおり横山前知事のセクハラ事件での辞任によるものだが、去年の知事選挙時では思いも寄らない展開である。去年の選挙の時は、あいも変わらない横山前知事の圧倒的人気と財政危機の中で、「それなりによくやっているじゃないか」というのが一般的な見方。その中で、自民も連合も対立候補出せずの「不戦敗」だった。いや、と言うよりも連合も自民も一期目と違って、二期目は横山知事との関係改善の兆しさせ見えてきていたのだ◆セクハラ事件が、明るみに出てきても、自民も連合も二の足を踏みながらも、「なんとか乗り切るのではないか」というのが、その見方の良し悪しはともあれ、大方ではなかったのではないか。それが民事裁判が始まれば、辞任を求める声は日増しに大きくなるし、不評の「不戦敗戦術」が、それに一層、拍車をかける。そもそもセクハラ問題に対する認識が、横山前知事本人もさることながら、周辺勢力にも欠けていたのではないかと思う。今やセクハラに対する社会的な問題意識は、「まだまだ甘い」と言われながらも、それなりにシビアになってきており、「リストラー首切りー不当労働行為もなんぼのもの」と横行する企業でも、セクハラに対する予防措置だけは対処しているところは、結構多い◆その一方で、横山知事の辞任に追い込んだのは、セクハラ問題が大きな要因だとしても、直接の作用は「府民の声」ではなく、検察の知事公館までに及ぶ捜索だったとの声もある。実際問題、横山知事の辞任を求める声もある一方で、同情的な見方も少なからずあって、大阪人の「まあ、ええやんか」といういい加減さがあったことも否めない。また検察の捜索の真の目的は、セクハラ事件ではなく、府の中枢幹部も関わる汚職事件だったという憶測もある。いずれにしても、横山知事の辞任が、「府民の怒り」の結果とは、純粋には言えないのもまた事実である◆そして何よりも今回選挙で大事なことは、横山前知事の4年10ヶ月ほどの府政をどう、総括するのか、更にそれを踏まえ、極めて厳しい財政危機の中で、どのような政策が求められるのかということであろう。残念な事に、その事への論議は、あまりされているとは思えない。自民党は自民党で、中央・公明党への反発で地元候補擁立ー分裂選挙とはなったものの、何か具体的な政策対置している訳ではない。また連合・民主党等の候補も、準備不足もあってか、抽象的な公約は出しているものの、具体的な政策ビジョンまで打ち出すまでには至っていない。その意味では、共産党の擁立する候補の方が、評価は別にして政策的には解りやすい◆マスコミでは、相乗り批判も多いが、筆者は国政選挙とは違って、大統領制を基本とする首長選挙においては、できるだけ多くの府民の支持を得るという意味で、決して悪いとは思わない。しかし、その政策提起・論議においては、もう少し、具体的であってもいいのではないか。例えば、財政危機を乗り切るために、歳出抑制を図るにしても、何を重点的に抑制するのか、公共事業を見直すにしても、今までの何が問題で、具体的に見直す名目は何なのか、地方分権推進とは言うものの、府が、特にどの分野で国に対して求め、かつ主体性を発揮した施策展開を図るのか、今後、市町村との関係をどのようにしていくのか、「福祉・教育も一定、見直さざるを得ない」と言うなら、そのメリハリとは、いかようなものなのか、そうした一つ一つの是非が、総じて政策ビジョンの立場性の違いを明確にして、府民の多数決による審判を仰ぐというのが、本来の姿であろう◆しかし、そうした政策論議に成り得るためには、府民の政治的認識・見識も一方では求められるが、残念ながら大阪人は、その意識が低いとも思わざるを得ない。巷では、この場に及んでなお、「西川のきよっさんが出ればーー」というような吉本指向であったり、「ややこしいことは、面倒くさい」「誰がなっても同じや」と政治的無関心を正当化する。多少、ひんしゅくをかうかもしれないが、実は大阪は「庶民の町」ではなく、銭儲けにしか関心を示さない「商人の町」が主流なのかもしれない。昔はともかく、今は「大阪は文化・政治の不毛の地」と憂うのは私だけなのだろうかーー。(民) 

 【出典】 アサート No.266 2000年1月20日

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【投稿】「国民の歴史」を読んで

【投稿】「国民の歴史」を読んで 

 この本が私の家に送られてきて間もないとき、私は通勤で電車を待っていた。電車が入ってきてドアが開き、乗客が降りてきた。その流れを待っていたのであるが、降車客の最後の方にいた茶髪を逆立てている学生らしい若者が、手荷物を落としてホームにばら撒いてしまった。なんと、そのひとつに「国民の歴史」が混じっていたのである。私も同じ物を持っていただけに「ほう、まだ発売されたばかりなのに、もう持っている人がいるんだなあ。」と何か感慨深いものと共に、「こんな厚い本を電車に持ち込むほど、この本が若者の心をとらえているのだろうか。」と少し不安を覚えたのであった。
 私はこの本「国民の歴史」を「新しい歴史教科書をつくる会」から突然郵送され、手に入れることになった。何人かの知人にも送られていて、聞くところによると「つくる会」が大量に買い込み、郵送しているそうだ。知人の中には返送した人もいるが、私は読ませていただくことにした。
 さて、この本の構成であるが、作者が関心のある歴史的テーマを年代を追って書いている。送ってきてくれた団体が「新しい歴史教科書をつくる会」だったので、教科書風に書かれているものと思っていたのだが、ちょっとあてがはずれた。ここで書かれているテーマ一つひとつに批評を加えることは、私の知識ではできないので、全体を通して感じたことを書いていくことにする。
 この本を読んでみて私なりにまとめた著者の主張は、次のとおりである。
①日本が旧石器時代から高度な生活が営まれてきた歴史ある土地であり、メソポタミアやエジプト、中国と並ぶ文明圏であったこと
②その歴史が神話という形で語られていること
③神話で語られている神が現代の天皇家につながっていること
④日本の歴史は、中国や朝鮮の影響を直接受けることは少なく、むしろ独自の発達をしてきたこと
⑤日本の歴史を考えるとき、中国・朝鮮との関係だけで考えるのではなく、モンゴルも入れた東アジアの動きの中で捕らえる必要があること
⑥世界史を考えるときも西洋の動きを中心に考えるのではなく、モンゴルの歴史を重視すること
⑦日本が経験した対外戦争は、すべて不可避であったこと
⑧戦争での残虐な行為は戦争には付き物で仕方がないこと
 以上が私なりのまとめであるが、とにかく、私が面白いと感じたところは⑤と⑥に関わる章と、終戦前後、著者が少年時代を過ごした回想のところだけである。それ以外については、まったく興味が持てなかった。この原稿を書くという作業がなかったら、絶対に途中で投げ出していただろう。表紙の帯にある「歴史はこんなに面白くてわかりやすいのか。」は明らかに誇大広告である。
 読み終えて気づくのであるが、この本は「日本は、天皇に代表された悠久の歴史を持つ世界に誇るすばらしい国だ。そこに住む日本人も独自の文化を創造してきたすばらしい国民だ。しかし、現在の欧米追随の風潮は嘆かわしい。自分の国を再認識せよ。」と主張し、その結論に都合のいい資料や書物を並べた本である。
 例えば、①の点で、宮城県の上高森遺跡が78万年前のものであることや青森県の蟹田町の遺跡から16500年前の土器が発見されたことなどを取り上げて論証しているが、私であれば「日本の土地でも古くから生活が営まれていたのか」という理解で終わるのであるが、著者にかかるとそこからロマンが始まる。「78万年前に人が住んでいたのだから、その人たちがずっと住んでいたのかもしれない。となると、メソポタミヤやエジプトなど四大文明と並ぶ文明が栄えていたかもしれない。」という考えに結びつき、ここから、「日本は世界でも古くから栄えていた国の一つなのだ」という結論となっていく。まあ、ここまではまだ納得ができる。確かに、この本が出版されてからも更に多くの遺跡が発掘され、高度な生活をしていたという証拠が多く見つかってはいる。
 しかし、著者はここでこれをさらに天皇の正統性と結びつけようとする。その論法は、「これだけの文化があったにもかかわらず、これを伝える文字が日本にはなかった。だから、口承でいろいろなことが伝えられてきた。それが神話である可能性は否定できない。」と述べ、神話は事実の伝承であるという結論を導く。そして、その一方で、「弥生人は縄文人と同じ民族であったが、異なった生活様式を採用し始めた集団である可能性は否定できない。」とし、弥生人=渡来人説を否定しようとしている。さらに、中国の皇帝と日本の天皇の体制の違いや自称の仕方の違いを例にあげながら、結論としては、大陸から天皇が渡ってきたことを否定しようとしている。日本の歴史という題がつきながら、この本の前半部分の多くが古代中国の解説になっているのも、そうしたことを論証しようとしているためである。
 このように、著者は日本という国と天皇に、びっくりするほどの絶対的な愛着と誇りを持っている人物である。しかも、その誇りは優越意識という危険な意識も間違いなく含んでいる。それは、全編いたるところに見られる中国や朝鮮を過小評価する記述、後半に見られるヨーロッパやアメリカに対する敵対心に表れている。
 次に、戦争に関する考え方であるが、秀吉の朝鮮出兵については、中国全体を支配しようとした勇気ある行動と位置付け、朝鮮での略奪も戦乱の時代でモンゴルも中国も行っていた。戦争とはそういうものだと結論付けている。太平洋戦争も「先に敵意を持ったのはアメリカだ。」「アジアに対する差別に抵抗する戦争であった。」と一面だけを強調している。その一方で、日中戦争については、「不幸な戦争で、日本と中国・朝鮮が手を取り合って欧米と対決するのが自然であり・・・」と3行述べるに留まっている。しかもその内容は、戦争を回避する方向性を持つ評価ではない。これは、著者の根本姿勢にかかわっており、「私は、人間の本性に宿っている戦争への衝動を否定するものではない。人間が生物であるかぎり、自分のエゴを守ろうとするのは本性であり、言論が尽き果てたときに、暴力によって決着をつけるという古代からの人間性に根ざした紛争処理の知恵は、自然法によって守られている」(P.446)と述べられている。つまり、著者は戦争肯定論者なのである。未だこのような考えに立っている人がいることは驚きであるが、これが著者が懐かしんでいる戦前の教育の結果であることを考えると、教育の影響の大きさを改めて実感させられてしまった。
 以上、つれづれなるままに、私の感想を書いてきたが、ところで、駅で見た若者は最後までこの本を読んだのだろうか。私は、古本屋に持っていくことにする。今なら、高く売れるだろう。(大江 和) 

 【出典】 アサート No.266 2000年1月20日

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【投稿】MOX燃料の製造データー捏造について

【投稿】MOX燃料の製造データー捏造について

年も押し詰まった12月16日、関西電力は高浜原発4号機のプルサーマルに使用するMOX(プルトニウム・ウラン混合酸化物)燃料に検査データ捏造の疑いがあったとし、輸入された燃料集合体の使用を中止すると発表した。
福井県ではMOX燃料の高浜3・4号機への装荷のGOサインをすでに知事選直後の6月に出しており、1999年の年末までに燃料を装荷することは既定の事実であった。ところが、9月に、県としては想定外であった、燃料を製造した英国核燃料会社(BNFL)の製造工程におけるデータ捏造疑惑が持ちあがったのである。
なぜ、国・電力会社がプルサーマルを急ぐかというと、原発で使用した使用済み核燃料を英・仏で再処理してプルトニウムが取り出されているが、プルトニウムは核兵器の原料となるため、原発の燃料として燃やしてしまわなければならない。そこに高速増殖炉「もんじゅ」の役割があったが、1995年末のナトリウム漏れ事故によって、いつ再開できるのかわからない状況にある。このままでは、日本はプルトニウムをどんどん貯め込んで核拡散防止条約に違反しかねない。そこで、プルトニウムとウランを混合燃料として既存の原発(軽水炉)で燃やして処分してしまおうというのがプルサーマルである。
MOX燃料の安全性についてはグリンピースや原子力資料情報室等が、燃料ペレットが大きすぎて膨張した場合に燃料棒被覆管損傷の畏れを指摘している。軽水炉はウランを燃料として設計されており、MOX燃料を入れれば当然、燃焼の仕方も違ってくる。仮に被覆管が損傷し、放出エネルギー・レベルの予測ができないと原子炉の制御が出来ず、最悪の場合、炉心溶融につながるといわれている。
ところが、このように危険なプルサーマル計画について、栗田福井県知事は12月16日の県議会最終日前日まで受け入れ姿勢を変えるつもりがないとしてきた。今回の高浜3・4号機に関わるプルサーマル計画については、1998年10月に原電工事のプルサーマル用のMOX燃料輸送容器データの改ざんが発覚し、計画の実施が一度延期されていたところである。昨年6月に栗田知事が計画の受け入れを表明した直後の7月12日には日本原電敦賀2号機(加圧水型)の再生熱交換器配管の亀裂事故が発生し、9月にMOX燃料データ捏造が発覚し、9月30日には日本の原子力史上最悪の東海村・JCOの臨界事故が、そして、12月9日に高浜4号機のMOX燃料データ捏造疑惑が英ガーディアン紙で報じられたのである。さらに12月10日には日本原電敦賀1号機の炉心隔壁支持部に亀裂が見つかっている。
これだけの事故や疑惑が浮上しながら、住民の安全を守る義務のある栗田知事にはそれぞれを十分検討し尽くしたという痕跡は見られなかった。県の原子力安全対策課や出先機関には、かつて、旧動燃の「もんじゅ」ナトリウム漏れ事故隠しを指摘した原子力専門の優秀なスタッフを何人も抱えているにも関わらずである。
9月のデータ捏造疑惑のうち高浜4号機用の燃料は「シロ」とした関西電力の中間報告にあたり、来馬県原子力安全対策課長は、データそのものについては問題がないと結論づけた。12月6日の県議会代表質問の答弁で、栗田知事は「東海村臨界事故の発生によって、事前了解の際の判断を変えるつもりはない」と述べ、12月9日のガーディアン紙の報道についても、通産省・関電の調査結果発表の直前まで牧野県民生活部長は「特に新しい記述はなく、問題にはならない」との見解を示しつづけた。原発についてこれだけ大きな問題が山積みでありながら、12月の県議会はほとんど無風状態であった。東海村臨界事故があり、15機もの原発を抱えながら、原子力防災計画の見直しや医療体制の整備などについてもほとんど突っ込んだ議論はなされることがなかった。
こうした姿勢の裏には4月の知事選の結果がある。4月の知事選では4期目をめざす栗田知事に対し有力な新人が出馬し、特に原発の集中する若狭地方では現職が弱いとされた。栗田知事はなりふり構わず、関西電力に協力を要請するとともに、連合組織を通じて電力系労働組合への浸透を図った。原発が集中するにもかかわらず、社会資本の整備が貧しいという批判には、選挙戦直前に敦賀から小浜での高速道路の着工にめどをつけ、当選直後から核燃料税の増税に通産省の約束を取り付けるとともに、若狭振興の公約の1つであった小浜線電化について関西電力からの協力とJR西日本の内々の同意を取り付けることにより、6月のプルサーマル計画への事前同意を行ったのである。
元々、県庁内では原発の運転に対する信頼感が強く、小さな事故は起こっても、大きな事故は「絶対に」有り得ないとし、原子力防災計画などはほとんど思考停止状態で、おざなりのまま地域振興策を進めてきており、事故は次の振興策の新たな切符という雰囲気が強い。したがって、知事をはじめ、県上層部には、7月以降は何があってもプルサーマルを実施するという認識しかなかったといえる。
今回のMOX燃料のデータ捏造で特に問題となるのは来馬原安課長の9月末時点での判断であろう。課長は福井県の原子力安全行政を支える技術的トップであり、4号機用の製造ロットの疑惑について、関西電力の報告の「シロ・クロ」を冷静に分析しなければならない立場にあった。9月の調査の時点で4号機用の燃料ペレット中、1ロットで、200個の品質検査サンプルのうち66個のデータの改ざんの疑惑が指摘されていたが、関電の説明を重視し、データの食い違いの矛盾を無視したことの影響は大きい。品質管理は技術の基礎中の基礎である。1千個に1個でも不良な部品が混じればTVは写らず、飛行機は飛ばず、自動車は事故を起こす恐れがある。
今回のBNLFの品質保証計画では製造工程中の自動による全数検査の他に、1ロット約3000個から200個を抜き取り6個以上の規格外が出た場合、そのロットを破棄することになっていた。自動による全数検査が完全であれば抜取検査の必要性はない。今回の場合、自動検査による全数検査が不完全と考えられるので抜取検査による統計的方法により検査の信頼性を高めようとしているものと思われる。ところが、関西電力の捏造問題の中間報告で横手原子力・火力本部副本部長は「自動計測を製造者としての品質管理とすれば、抜取検査データは発注者への品質保証」という認識を示している。グリンピースの報告によるとヨーロッパ各国のMOX製造工場で生産されるMOX燃料の不良率は一般的に20~30%にも達するとしており(原子力資料情報室:URL http://www.jca.ax.apc.org/cnic/japanese/index.html99.9.21)、自動機器による全数検査で不良品を大量にはねても、まだ、多量の不良品が完成品に混入する確立は非常に高く、抜取検査は必要不可欠の検査であり、「発注者への品質保証」などと“情緒的な”認識をしているような問題ではない。関電は元来が製造事業者ではないため、品質管理に関する能力は高いとは言えない。こうした関電の中間報告に“納得”した国や県の技術者の知識・品質管理能力も問われなければならない。
技術評論家の桜井淳氏も指摘するように、「原子力発電所の設計条件を厳密に把握しているのは原子炉メーカーのエンジニアだけ」(「サイアス」99.11「高経年炉の安全評価項目と研究課題」)である。関電のようなプラントのオペレーターに設計条件や品質管理の細部について要求しても無理がある。通産省や関電は、当初から単なる管理データのペーパー上の操作であり、自動で全数検査しているのだからたいした問題ではないと高をくくっていたふしがある。しかし、今回の1つ1つ測定したデータを記録するという本当に基礎的な技術工程の軽視がBNLF全体の品質管理体制=製造体制の杜撰さを明らかにするものであった。技術は1つ1つの手順の積み重ねの上に成り立っている。そのどこかの工程を「簡単なことだから」、「やったことだから」と無視すると、技術は根底から崩れ去ることになる。東海村JCOの臨界事故や敦賀2号機の配管亀裂事故、山陽新幹線コンクリート崩落事故、H2ロケットの失敗などもこうした基礎的技術の軽視の延長線上にあるのではないのか。
日本の自動車産業や電気産業等では今なお、品質に対する絶え間無い努力が続いているが、国や総括原価方式にあぐらをかく独占的企業の間では技術の劣化が広範に起っているのではないか。こうした関電の報告を鵜呑みにせざるを得ないところに、日本の原子力安全審査体制の根本的弱点がある。今回のMOX燃料製造データ捏造はこうした杜撰な審査体制をはからずも明らかにしたといえよう。それは、実際の生産現場の経験を踏まえたことのない「机上の技術者」の限界ともいえよう。
(福井・R)

【出典】 アサート No.266 2000年1月20日

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【投稿】重大な岐路の年

【投稿】重大な岐路の年

<<「悪夢の年明け」>>
 2000年の新年の冒頭は、Y2K=コンピューターの2000年誤作動問題も大きな問題を起こすことなく通過し、祝ミレニアムムード一杯のニューヨーク株式市場が、1/4いきなり急落し、世界市場全体に冷水を浴びせる幕開けとなった。下げ幅は、ダウ平均359.58ドル(3.17%)、終値は1万997.93ドル、87年のブラックマンデー以来、史上4位の大きさであった。ナスダック(米店頭株市場)は、229.46の下げ幅(5.55%)で最悪の急落を記録した。5日付けUSAトゥデイ紙は「1日で6000億ドルが消えた」と報じている。株価の暴落が大々的に報じられる一方で、「パニックは見られず、当然来たるべき時が来た」、「計画的売り市場が展開された」という一見冷静な判断も強調されている。
 この日、「現在の株価は高すぎる領域にあり、株価の修正がある」と警告してきたグリーンスパン連銀議長がクリントン大統領によって再任指名された当日、この日に株価の急落が発生したというのも皮肉なものである。
 ロンドン株式市場も過去最大幅で急落、香港市場も8%の下落、韓国で6.3%の下落、シンガポール、マレーシアも大幅下落、アジア全面安、世界中に衝撃が走ることとなった。これを受けた1/5の東京株式市場も前日比781円安の急落、99/12/30の大納会では情報通信関連株を中心に急騰し、ソニーやソフトバンク株がストップ高となり、1/4の大発会でも景気回復期待感から楽観ムード漂う相場展開であったが、一転NY市場との連鎖で下落、ソニーから、NTTドコモ、富士通、京セラ、松下通信等々、期待・リード株が一斉にストップ安を記録、まさに「悪夢の年明け」となった。

<<「いつバブルが破裂するのか」>>
 4日の株価急落は、これまで予測されていた「売り市場が遂に到来した」との見方が優勢であったが、翌週からはNY株式市場は連日のように、情報・ネットワーク関連を中心に「買い市場」に急転、史上最高値を更新、1/14には1万1722ドルを記録、期待と不安が交錯する乱高下が激しい展開である。東京市場でも1/5の急落以後、3日間のストップ安が続いたが、連休明けからいきなりストップ高、ほとんどまともな売買が成立しない、株価だけが大きく変動し、「誰も買えない、誰も売れない、不安感ばかりが広がる神経質な展開」が続行している。
 さらに各国の中央銀行が2000年問題乗り切り策として実施してきた大量の流動性供与について、市場にだぶつく資金を放置すれば自国通貨の下落とインフレを招来し、吸収すれば危険な株価下落を招きかねないと、その後始末に不安を抱え、もたついている。
 1/10、シンガポールに召集された日米欧・新興市場15カ国・地域の中央銀行特別総裁会議は、「年明け以降不安定な動きを続けている米国の株式市場について、各国・地域の中央銀行が警戒を強めていくこと」で急遽認識を一致させることとなった。
 それらの背景には明らかに、NY市場への急落懸念、警戒感が根強く残っており、米国の株式市場において「いったいいつバブルが破裂するのか」が最大の焦点になっている証左だともいえよう。

<<デイ・トレーディング>>
 しかし、経済統計に反映された米国経済は、相変わらず好景気を維持している。問題は、それが「長期的に維持可能か否か」である。グリーンスパン連銀議長は、GDPが年率3%を超える数字は、これまで繰り返し「維持不能な経済成長率(unsustainable rate of growth)と警告してきたが、99年第4四半期のGDPは年率換算で3.5%と予測されている。
 最近の調査によれば、現在アメリカの全世帯の48%が株式か投資信託の形で株式を保有しているという。その数は1983年の19%から大幅に増加しており、史上最高の水準、89年以降、アメリカの株主の数は50%増の7900万人にまで達し、そのうち46%は、90年以降に初めて株を買った人々だという。
 人々はかつての日本のバブル期と同様、右肩上がりの株価にすべてをゆだね、貯蓄率がマイナスに転じ、それを取り崩し、借金をしてまでもマネーゲームに入れ揚げ、消費拡大に酔いしれ、年末のクリスマス商戦では今注目のDVD再生機が飛ぶように売れたという。デイトレーダー達が急拡大、株価の変動に一気一憂、悲劇と喜劇を交錯させている。高校生までもがデイトレードにのめりこみ、大儲けをするものが現れる一方、ついには9人も射殺する破滅的銃撃犯まで生み出している。
 今アメリカで花盛りの「デイ・トレーディングとは、ほとんどの場合、株を数時間、または数分間持ちながら、1日に何百回も株取引をし、急激な株の変動から利益を得ようとするもの。デイ・トレーディング会社は、高速で利用できるコンピューターで株取引をする場所を投資家たちに提供し、取引ごとに手数料を得る」とワシントン・ポスト紙は解説を加えている。

<<「夢の中」の実態>>
 キンドルバーガーMIT名誉教授は、こうした状況は異常であると指摘し、「米国株は割高だ。どうしてこんなに株が高いのかわからない。人々が夢の中に生きているとしか思えない。…持続可能な状況ではない」と警告を発している(12/23「日経」)。
 マネーゲームの中心地・ウォール街にどっぷりと漬かったニューヨークの状況はその典型である。ウォール街の証券業界は市全体の雇用の4.7%を占めるに過ぎないが、92―97年、ニューヨークが生み出した実質所得(給与・事業者所得)増分の56%を稼ぎ出し、98年の実質所得の50.1%が証券・金融・保険などからであった。所得の源泉が一極化しているのである。99年中にそれが一層進展したことは間違いない。
 その一方、ニューヨークの製造業雇用は、50年代の95万人をピークに減り続け、現在28万人前後、98年だけでも5100人の雇用機会を喪失し、特にアパレル産業がドル高政策やアジア・中米との競争に敗れた影響から、1年間で4600人の雇用を減らしている。玩具、金属加工、雑貨など伝統的な都市型製造業も衰退している。
 逆にバブル期の日本と同様、不動産市場が活況を呈し、1年に60%以上高騰し、町工場を取り壊し、庶民の生活の場が都心からどんどん追い出されている。
 証券業の平均給与は市全産業平均(97年48800$)の3.7倍を超えている一方、小売業労働者の平均給与は製造業の52%、市全産業平均の42%の水準に過ぎない。しかも雇用増とは逆に、小売業の実質平均給与は、92―97年の間で年率0.8%のマイナスであった。ニューヨークのニューメディア産業で働く労働者は、97年秋、およそ5万6千人に増えたが、その42.8%は雇用契約の不安定な臨時雇用や派遣労働者である。市のソフトウェア/IT産業は92―97年に雇用を倍増したが、実質給与は若干のマイナスであった。かくして大企業の経営トップの給料は、74年には標準的な労働者の34倍だったが、最近では200倍を超えている。こうした状況を指摘して、ワシントン・ポスト紙は、「貧富の格差、さらに拡大」という記事の中で、米国人の1%を占める最富裕層の収入は、77年から150%増加、同様に米国人の5分の1を占める裕福層のそれも43%増加している一方、最貧困層は収入が9%減少、5分の3を占める中流階層はわずか8%しか増加していない、ことを明らかにしている。
 不安と期待が入り混じる株式ブームの背景には、明らかにこうしたバブル経済を支えている実態、その横暴で無慈悲な本質、民主的統制の効かない無政府的な様相を露骨に示していると言えよう。

<<「私は世界一の借金王」>>
 一方、日本の小渕首相は、12/12日の松山市のシンポジウムで自嘲気味にこう言ったという。「税金を取らないで公債を発行していたら、世界一の借金王になってしまった。(借金を)600兆円も持っているのは日本の首相しかいない」と。なんという政治感覚のなさ、情勢認識の甘さ、無責任さであろうか。自ら追い込んでしまったどうにもならない国家財政の状況に何らの責任も痛痒も感じることなく、ふざけたおどけた言葉で事態をごまかし、責任ある政策を示すこともできずに、「私は世界一の借金王」などと笑って済ませ、ヘラヘラしている姿、それを許している自自公政権とはいったい何なのであろうか。
 これに対して、加藤紘一前幹事長が1/8日に開かれた地元・山形での後援会で「自自公連立政権の善しあしがテーマになる総選挙をやったら、自民党は大きな打撃を食う」としたうえで、「自自公を解消し、自民党が(他党の協力を得ながら)自分の責任で政治を進めていくことが、日本の政治が筋道を取り戻す道になると思う。だが、おそらく、それはいまの執行部にはできまい」と発言するや、東海村臨界事故をほったらかしにして派閥抗争にのめりこんだ姿勢そのままに、加藤叩きには全力で取り組む小渕の姿が再び浮上してきた。首相の意を受けた野中幹事長代理は激怒して、「私との信頼関係を加藤氏自らが壊していくのか。私の信頼感を白紙に戻さざるを得ない」と絶縁を宣言、「政権政党のなかに、こういう指導者がいることを悲しく思う」と
恫喝、これに続いて森幹事長、村上参議院会長、そして官邸の青木幹雄官房長官までもが「加藤発言は非常に遺憾だ」と、定例会見でわざわざ党内問題に触れる有様である。
 1/16、神戸で開かれた民主党大会は、「新たな政権実現へ多様な連携」を掲げ、自自公政権を打倒し、民主党単独でも政権を「奪る」ことをスローガンに掲げた。今年はその真価がいよいよ問われることとなる。
 今年は、内外ともに、大きな分かれ目の年となることは間違いないと言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.266 2000年1月20日

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【投稿】危機からの脱出策・・民間と自治体(その1)

【投稿】危機からの脱出策・・民間と自治体(その1)

巻頭の生駒さんの投稿にも書かれていたように、民間でのリストラはこれからが本番ということだが、同様に地方自治体においても、地方財政危機を背景に、賃金抑制や人員の削減などが顕著になっている。今秋の自治体の賃金闘争でも、大阪の例だが、賃上げというよりも、昇給延伸の提案などが相次いだ。
民間の実態を見ても、人員の削減とともに、複線化賃金体系や年俸制など賃金システムの変更などが急速に進んでいる。私は、自治体の立場だが、民間のやり方と公務の場合全然違う、という立場よりは、民間の論理の一部は、むしろ公務の側にも適用は可能だし、労組が強いうちに、取り込める部分は、組合側は取りいれるべきだ、という立場だ。
もちろん、地方分権の時代ということで、中央政府と地方自治体(政府)での、税財源の配分問題など、統治と配分という大きなシステムの変更が求められていることは言うまでもない。しかし、本稿では、人員や賃金などの面に限っての議論としたい。そういう意味で限界のあるのは承知の上ということにさせていただく。

<大阪府の地方自治体の状況>
98年度の大阪府内自治体の普通会計決算が10月に公表された。特徴は、実質収支の赤字団体が8市に増加し、経常収支比率も98.9%と前年より2%上昇し、財政の硬直化が進んでいることである。(100%を越える自治体は、15団体)
これらの原因は、地方税の減税、高齢者福祉関係の歳出増・公債費(過去の起債の償還金等)の増加など。かなり硬直化が進んでいるわけである。
一方、人件費(賃金)は、過去最低の人事院勧告などを反映し、全体で0.1%という低い伸びである。
こうした財政危機は、景気の回復による地方税の回復や税財政構造の抜本的な改革が実施されない場合は、今後数年継続すると考えなければならない。特に今後、景気浮揚策として単独建設事業などをこの間実施されてきた公共事業にかかる起債(借金)の償還がピークを迎えることなどから、来年度予算が組めない、という悲鳴のような話が飛び支うことになる。
こうして、人員の5%カットや、昇給の延伸などが軒並み出されてくることになったのである。

<従来の手法では対応できない>
80年代なら、賃金合理化に対しては自治体当局の経営責任を追求して、最終的に合理化を受入れる場合も、何らかのホテン措置を確保して、表向きは、賃下げが行われたように「見せつつ」、実際は何とか実損をふせぐことが出来ていた。しかし、今後そんな余裕はなさそうである。
さらに、自治体における事情を複雑にしているのは、民間において「日本の雇用システム」が急速に変化してきていることである。すなわち、終身雇用・年功賃金・企業別労使関係のいずれにおいても、変化が進んでいることである。
逆に言えば、公務職場は、よくも悪くも、この3つが純粋に生き続けている「産業」である。そうだからこそ、自治体労働運動への攻撃の標的がここに集中してくる可能性が高い。特に、終身雇用(雇用保険の対象外)、年功賃金の二つの要素は、今後、公務職場において、段階的であろうとも、また手法は民間とは違った独自の形になると思われるが、民間の動向に追随していくことは間違いがない。

<終身雇用と年功賃金>
この分野では、公務は決定的に遅れている。例えば、年功賃金に対して能力や成績という評価基準で賃金を決定することは、「不平等である」「やる気をそぐ」「公務にそぐわない」などの反論のもと、強い組合の存在という盾もあって、踏み込んでこなかった。しかし、今後、民間での上記のような傾向が強まる中では、これだけでは決定的に不十分となる。
対抗する方針としては、地方分権の中で問われる公務労働の特性・労働者が獲得すべき知識や職務遂行力を明らかにし、さらにそれが獲得される過程をも明確にした上での「公平な評価基準」の確立と、評価作業そのものの公平性・客観性の確保を実現することであろう。

<雇用を確保するためには賃金格差も>
最近、労働関係の講演会で、松下電工の労務担当重役の話を聞く機会があった。松下では、現在雇用は維持するが、賃金体系を複線化する労使交渉が進んでいる。例えば、転勤できる人と地元での就労のみの人とは、同じ労働であっても賃金に格差を付けるなどの制度も含まれている。彼は「日本の民生電機製品は、80年代までは、90%程度国内生産だったのが99年現在は、国内生産が45%、それ以外は、国外での生産という事態になった。この傾向はもう後戻りすることは、不可能になっている。 80年代以降、90年代にかけて、成長は、バブルと円高のマッチの中で、日本は「敗戦」を迎えたわけだ。
松下の場合、95年以降、マルチメディア分野以外の社員は受け入れておらず、さらに、自然減によって、9万人の社員が8万人体制になっておる。今年の決算がこうした状況を受けて、大幅な利益減となった。 マスコミからは、松下が「人員」や「賃金」に手をつけていない、と批判されるが、生首を切って、どうして「組み立て産業」が維持できるのか、と考えている。連合の皆さんももっと怒ってほしい。
長期雇用の原点、それは、組み立て型産業の基本だった。社内で技術を継承し、高めるという点では、長期雇用は対応しているが、現在の技術の革新状況の中では、外から新しい技術を持った人が必要。そういう意味で長期雇用は、今後、変容せざるをえないと考える。
しかし、結果として、7割程度が、長期雇用として、残っていかないと、会社はなり立たないのでは、ないか、と思う。ただし、長期雇用ではあっても、年功賃金は、もはや、成り立たないと考えている。30年前に、 松下では、画期的な仕事別賃金制度をつくったけれど、それは、仕事別年功賃金となっている。現在、マルチメディアの先端で開発を行っている30代の人よりも、50代のライン従業員よりも賃金が低い、というのでは、大競争時代では、成立しないのでは。
仕事に賃金が対応しない、というのは、問題であり、それを作ったのが、年功賃金制度だった。」と語った。
少し長くなったが、労使関係が健在な企業のトップの発言として、私も納得できる議論だった。
仕事に見合った賃金体系が公務の中でどう実現できるか。10年くらいのスパンで考えるならば、労働組合も準備することが必要だと思う。
少し、まとまらなくなってきましたし、また、紙面の都合もあるので、次号に続く、ということで、お許し願いたい。(未完、1999-12-13 佐野秀夫)

【出典】 アサート No.265 1999年12月18日

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【書評】『未葬の時』

【書評】『未葬の時』 桐山襲(きりやま・かさね)
                                                                            (講談社文芸文庫版、99・11・10)

92年に今の私と同じ42歳で急逝した桐山襲の代表作「風のクロニクル」「スターバト・マーテル」と絶筆「未葬の時」の三編を収めた初の復刻文庫版。右翼からのバッシングもあって、謎の作家だった彼の年譜や顔写真も今回公表された。

初めて単行本で「風のクロニクル」などを読んでからもう15年ー。
70安保ー全共闘運動を担った私より少し上の団塊の世代は今、リストラの嵐の渦中で苦闘しているが、70年前後に早稲田大学で学生生活を送った桐山は、その短い生涯において「革命」を夢と幻想の中でのみ語り続けた。「社会主義リアリズム」などではなく、民俗学、神道、琉球弧の歴史など多様なモチーフでこの国のありようを問い続け、しかも歴史の暗部で抹殺された「死者」へのまなざしを持ち続けた稀有な作家だった。私個人は「縛られた巨人」南方熊楠と神社合祀反対運動のかかわりなど、今なお有効な貴重な示唆を受けたと思っている。

「風のクロニクル」は、ある大学(モデルは早大)の闘争の中で「革命の葬儀屋」(お分かりでしょう)なるセクトに頭を割られ、廃人となって郷里のK半島(紀伊半島)に帰った友人Nを見舞う主人公が、かつて神官だったNの家の暗い歴史を知る。《楠》の一字を名前の中に持ったNの祖父は明治政府の神社合祀令、つまり神々のリストラ、《東方の祭王》にまつろわぬ神々の抹殺の嵐の中で姉と共に唯一抵抗した人物だった。村人に殺された姉は死者になっても子孫を生まないよう、陰部に剣を突き刺され、祠に埋められる。

この作品にはもう一つ、やはり内ゲバで殺される女子学生橘素子が沖縄出身だったというモチーフがある。エピローグでは「この国のまつろわぬ最後の神の砦」の祠が掘り返され、陰部の剣が引き抜かれる日、ぼくたち三人の「黄泉返り(よみがえり)」の物語は本当に開始される、と決意する主人公。寓話の手法を取っているため、陰惨な物語なのになぜか、人を奮い立たせるカタルシスを感じさせるのだ。

「スターバト・マーテル(悲しみの聖母、の意)」は、連合赤軍事件がモチーフ。「革命」の名のもとに殺された十四人の兵士たちが埋められた森の奥地の穴が十二年後のある日、人の肌のように温かくなっていたー。同じころ、かつて銃撃戦があった山荘の女主人は屋根裏から男女一組の恋人が雪の中へ消える幻を見たー。日中戦争で虐殺の限りを尽くした銃砲店の老店主は「夥しい雪片を身に纏い、顔を黒く塗った」14人の若者が銃を徴発しに来た夢を見るー。(八路か)と最初思った老店主は「彼らはもう一度、最初からやり直すつもりなのかもしれない」と思う。そして山荘の女主人は、処女だった自分が幻の恋人たちの子どもを身ごもっているのに気づくのだー。

桐山の作品は、84年のデビュー作「パルチザン伝説」以来、ほとんどを単行本で読んできた。そこで常に考えてきたのは、公式マルクス・レーニン主義、小野経済学、森哲学などをかじっても、人の世の「闇」の深さにたじろいでしまう自分のありようだったと言える。連赤事件などをただ単に陰惨な社会事件、あるいは党派理論の誤り、ととらえず、もしかしたらあの時代、誰でも迷い込んだ「闇」ではなかったか、と考えてきた。それを近代百年のスパンで民俗学や宗教学なども動員しなければ読み解けないと考えた。

私の場合、南方熊楠の存在は作家の桐山から、蓮如のことは五木寛之から教わった。桐山文学はいずれその手法と真の意味が評価されるだろう。機会があれば次回は中上健次「日輪の翼」とNHKドラマ版のことも書いてみたい。(広島・S)

【出典】 アサート No.265 1999年12月18日

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【書評】『戦争はどのように語られてきたか』

【書評】『戦争はどのように語られてきたか』
                                          (河村湊・成田龍一・他、1999.8.1発行、朝日新聞社、1800円)

「戦争論」「戦後論」についての論争が盛んになり、いわゆる「自由主義史観」なるものが唱えられて、歴史の「書き換え」を要求している状況がある。他方で戦争に関して、「現在の私たちは、カラーのテレビ画面に中継される曳光弾の光や、燃え上がり、崩れ落ちるビルや瓦礫の山を見て、遠い所で起こっている悲劇が、生のまま日本の茶の間やオフイスに入り込んでいることを不思議なこととも思わないで、見ている」状況がある。
本書は、このような時代に「『戦争』の語り方、語られ方だけでなく、『戦争』の『見せ方』『見せられ方』についても、私たちはもっと語らなければならなかっただろう」という問題意識を持つ、文学者・河村湊と歴史学者・成田龍一が、ゲストを迎えて行なった鼎談集である。個々のゲストとの話の内容は、本書を繙いていただくとして、その骨格は、成田によれば、次の所にある。
すなわち「総力戦」(日本の場合には1931年の『満州事変』にはじまる『十五年戦争』を意味する)についての「語り」は、1945年から現在まで、三つの時期を経てきて
いるとされる。
(1)「1945年から60年代後半くらいにかけては、否応なしに戦争に巻き込まれたという被害の意識が強く、語りは、かかる惨状に『われわれ国民』を追い込んだのは誰か、(略)『われわれ国民』はなぜ戦争を阻止できなかったのか、という観点からなされました」。
(2)「こうした戦争観は、1960年代後半に変容を見せます。さまざまな立場で戦争に関わった当事者が、それぞれ異なった視点から戦争を語りはじめたのです。『加害者』である『われわれ』という意識は、この時期の語りから影響力を持ちはじめます」。
(3)「そして90年代に入ると、第三の語りというべきものが現われはじめます。(略)これまでの二つの語りはともに、被害者であるか加害者であるかはともかく、『国民』という主体を前提にしていました。しかし、ここでの語りの前提だった『国民』の自明性が疑われるようになったのです」。
このように、第一の時期の「『被害者』われわれが、被害者『われわれ』自身に向ける語り」、第二の時期の「空襲の体験記録、沖縄戦の証言など、『私』の体験に基づく語りによって、『される側』からの戦争像」を経て、現在、「第三の語り」が出現したのである。このことは、「さまざまに『われわれ』がありうる中で、何を『われわれ』と考えるのか」を問うことであり、「『語りの位置』が問題にされること。誰が誰に向かって、どの立場から戦争を語るのか」が問われていることを意味する。
本書は、この問いかけを各々のゲストに投げかけることを通して、現在における「戦争の語り方」を解明しようとする。
例えば、社会学者・上野千鶴子との鼎談(「戦争はどのように語られてきたか」)では、第三期になってからの最大の出来事として、「元『慰安婦』の金学順さんのような、文字どおり被害者であった人びとが、過去の語りなおしをはじめたこと」が指摘され、「これは決して事実の発掘でも隠蔽された過去の暴露でもなく、語りなおし、過去の再定義」として評価される。
また小説家・奥泉光との鼎談(「大岡昇平『レイテ戦記』を読む」)では、戦争体験と歴史的事実の語り方の問題として、「敵ー味方の双方から複眼的に見ることは必要なことだが、さらにその対立項からこぼれ落ちる第三項を無視するわけにはゆかない」ことが言われる。戦記というジャンル自身が持っている「フィリピンの目、ジェンダーの目、死者の目」を覆い隠す問題についての鋭い言及であろう。
さらにこれと関連して、言語社会学者・イ・ヨンスクとの鼎談(「従軍記から植民地文学まで」)では、「国民国家」を形成する日本のナショナリズムがつくり出した日本的文章や感性が指摘される。そして「戦争責任と植民地責任の重なる『植民地』と『占領地』での文学活動」の明確な位置付けが要求される。
このように本書は、従来の戦争像と、この戦争像によって根拠づけられていた「戦後」社会の自明性への問いかけを提起する。しかしこの問いかけは、左からに限られず右からも出されているが、本書では、その代表格である小林よしのりの『戦争論』について、こう語られている。
「「戦争論』が多くの部数を発行しているというとき、読者がそこに読み取っているのは、歴史修正主義を接ぎ木したような『歴史像』ではなく、原理主義にもとづく歴史の裁断の語り方──『ごーまん』な歴史の語り方にひかれているように思います。(略)したがって『戦争論』を論ずるときには、歴史像もですが、それ以上に歴史の語り方を俎上にあげねばならないでしょう」(成田)。
まさしくこの意味で、「戦争の体験を持たぬ人びとが、どのように戦争を記憶し、解釈し、戦争像をつくってゆくかということ」(戦争の歴史化)、「新たな戦争の語りを希求していくことが開始されている」のである。この状況を考えれば、本書の提出した問題は大きいと言わねばならない。(R)

【出典】 アサート No.265 1999年12月18日

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