【投稿】参院選勝利で改憲策動加速する安倍政権

【投稿】参院選勝利で改憲策動加速する安倍政権
              
<国際情勢不安定化を利用>
 今次参院選では安倍政権は「改憲」を封印しつつ、この間惹起した国際情勢を最大限利用し危機を扇動し選挙戦を進めた。
 イギリスのEU離脱に関しては、安倍が伊勢志摩サミット時にそれを予測して、「リーマンショック前夜」~消費増税再延期という先手を打った「神対応」をしたかのような言説が流された。
 しかし本当に予測していたのなら、先に言わずに国民投票の結果判明後に「リーマンショック級の事態となったので消費増税は再延期する」と表明したほうが、よほどインパクトがあったであろう。実際は、サミットに参加した各国首脳―当事者のキャメロンも含めて、離脱など想定していなかっただろう。
 さらに、決定直後こそ欧米を中心とする市場は動揺したものの、現時点では落着きを取り戻し、日本も株価1万4千円台、1ドル90円台の常態化などと言われたが、そうした状態には至っていない。イギリスのEU離脱を利用した扇動は空振りに終わったといえよう。
 一方安倍政権が最大限活用したのが鉄板の「中国、北朝鮮の脅威」である。参議院選挙公示日の6月22日、北朝鮮は中距離弾道ミサイル「ムスダン」の試射を行い、初めて成功させた。日本政府は21日に破壊措置命令を発令し、いつものパフォーマンスである迎撃ミサイルを日本海、首都圏に展開し、北朝鮮の脅威を大々的にアピールした。
 さらに北朝鮮は7月9日には日本海で、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の試射をおこなったがこちらは空中で爆発し失敗した。今回は投票日の前日という絶好の機会にもかかわらず、破壊措置命令は発令されなかった。海中の潜水艦の行動を探知できなかったためであり、肝心な場合に日本のミサイル防衛が不完全なものであることが露呈してしまった。
 対中緊張激化も拡大している。6月28日ネット上のニュースサイトJBPressで元空将が「6月中旬東シナ海上空で空自機と中国軍機のドッグファイトが発生した」との記事を掲載した。
 記事によればスクランブルで接近した空自のF15に対し、中国軍機(スホーィ30)が戦闘機動をとったという。複数の大手マスコミの裏取りに対し、当初「政府関係者」がこれらを大筋で認めたとの報道がなされた。しかし29日に留守番の萩生田副官房長官が記者会見でドッグファイトの発生を否定、中国当局も同様の見解を発表した。
 その後5日になって中国国防省が「6月17日に自衛隊機が先にレーダー照射をした」と発表したのに対し、日本政府はこれを完全否定する見解を示し真相はうやむやにされたが、やはり中国は危険だと雰囲気が日本社会に醸成された。
 7月8日には、韓国へのTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)配備が決定した。これは北朝鮮の弾道ミサイルへの対応とされているが、そのレーダーは中国本土とロシア極東地域の一部を探知可能であることから、両国、とりわけ中国は配備決定撤回を求めるなど厳しい反発を示した。
 安倍政権はそれを承知でこの決定を全面的に支持したが、レーダーの情報は日米が共有可能なため、韓国内では「日本は漁夫の利、ただのり」との批判が起こっている。

<テロ犠牲者も利用>
 こうしたなか7月1日、ダッカで武装勢力によるレストラン襲撃事件が発生し、日本人7名を含む20名が殺害された。情報が錯綜する中、2日になって国家安全保障会議(NSC)が開かれたが、仕切り役の菅は新潟へ応援演説に出かけ欠席した。政権にとっては海外の武装勢力より森ゆう子のほうが脅威だったのだろう。
 5日には日本人犠牲者の遺体が帰国したが安倍政権はこれをも政治利用した。羽田に着いた政府専用機から降ろされた棺は、映りをよくするため吹きさらしの駐機場で台車の上に並べられたままセレモニーが行われた。本来個々の棺に手向けられるべき花束は、強風のためまとめて置かれた。空港施設内で行えば丁寧な対応ができたであろう。
 日本政府の一連の対応に関しては、野党だけでなく芸能界などからも批判の声が上がったが、安倍政権はこれを押しつぶそうとした。陸自出身の佐藤正久参議は、自らのツイッターで「ダッカ襲撃、政府批判はテロリストの期待するところ」と呟いた。佐藤は民主党政権時の中国漁船事件の際「尖閣事件、政府批判は中国政府の期待するところ」と言われたら「いいね!」と言ったのだろうか。
 1938年、佐藤賢了陸軍中佐(当時)は衆議院で国家総動員法の審議中、批判する議員に対し「黙れ」と暴言を吐いたが、今回の呟きはまさに「平成の佐藤」と称するにふさわしいものだろう。
 言論弾圧とともに情報統制も酷いものがあった。今回に限らず政府はテロの犠牲者に関し「遺族の意向」を理由に氏名の発表を拒んでいる。しかし報道機関の取材によって氏名が公表されて以降、マスコミの取材に応じる遺族も存在し、他の遺族からも氏名が明らかになったことに対する苦情も出ていない。
 このことから、政府の対応は批判を恐れての措置であると言える。逆にこの先、自衛隊は戦争法による任務の拡大が予想されるが、戦死者が出た場合は大々的に「英雄」「軍神」として利用される危険性がある。
 このように安倍政権は、この間惹起した諸問題に関し真摯に対応せず、緊張、摩擦を拡大させる形で選挙戦に利用した。改憲自体は語ることなく、これらの事案をちらつかせることにより、世論誘導を目論んだステルスマーケティングにも似た手法と言えよう。
 さらに、自民党は自らの不適切な発言は素知らぬ顔で、野党共闘批判を繰り返し、とりわけ共産党幹部議員の「人殺し予算」発言を捉えて攻撃を集中した。
 また沖縄対策として7月5日、日米地位協定で保護される軍属の範囲を限定する内容の日米合意が発表された。沖縄では野党批判一本やりは無理だと思ったのだろう。
 「選挙のためには何でもした」結果、参議院選挙は、自民、公明、お維新の改憲3党が77議席を獲得し、非改選のこころ、無所属など88議席と合わせ3分の2を超える165議席を確保することとなった。このうち自民党は56議席で、今次選挙では27年ぶりの単独過半数回復はならなかったが、選挙後の無所属議員入党により、122議席となり単独過半数となった。
 一方野党は民進32、共産6、生活3(統一候補2)、社民1となり、1人区の野党統一候補は東北地方を中心に11議席を獲得し、野党共闘は一定の成果を上げた。
 沖縄では政府、与党の小手先の対応をはねのけ前宜野湾市長の伊波洋一候補が、現職大臣を圧倒した。新潟でもNSCそっちのけで駆け付けた菅の応援虚しく与党候補が敗北した。
 しかし全国的には、改憲阻止、戦争法廃止の主張は受け入れられたとは言い難く、アベノミクス批判も国民の不安を解消するような有効な対案は、最後まで示すことができなかった。そのため都市部、とりわけ大阪、兵庫では定数増にも関わらず野党共倒れとなり、民進現職が落選し、事実上の与党であるお維新に議席を奪われる結果となった。

<強まる改憲圧力> 
 勝利を収めた安倍政権は、早速国際的緊張を利用しながら軍拡を進め、改憲の地ならしを行うという規定路線のアクセルを踏んだようだ。
 7月8日に南スーダンの首都で発生した大統領派と第1副大統領派の武力衝突は、事実上の内戦に突入した。安倍政権は11日NSCを開催し、邦人保護を理由に輸送機3機をジプチの自衛隊基地に派遣、南スーダンに駐屯する部隊には、PKO協力法に基づく邦人輸送任務を初めて下令した。
 しかし、輸送機がジプチに到着する前にJICAスタッフは、戦闘が小康状態時に自力で空港に向かい、民間のチャーター機でケニアに無事出国した。
 巨大な機体を持て余すこととなったC‐130は、日本大使館員4名に乗ってもらってジプチに輸送するというお茶を濁した形となり、安倍政権は思ったような実績を作れなかった。
 一方南シナ海を巡っては7月12日、仲裁裁判所が中国の主張を全面的に退ける裁定を下した。早速安倍政権は同日夕刻、「国連海洋法条約の規定に基づき,仲裁判断は最終的であり,紛争当事国を法的に拘束するので,当事国は今回の仲裁判断に従う必要があります・・・」とする外相談話を発表し、判決への全面的な支持を表明した。
 アメリカ政府も同様の見解を示し、安倍はこの流れを好機とし15、16日ウランバートルで開かれたアジア欧州会議(ASEM)首脳会議に乗り込んだ。安倍はこの場で判決を念頭に「法の支配」と「力による現状変更を認めない」という持論を展開、さらに同様の主張を李克強に直接伝えるなど、反中国の論調で会議をリードしようとした。
 しかし、15日にニースで大規模なテロ事件が発生、さらに16日にはトルコではクーデターが勃発し多数の犠牲者を出す事態となり、会議の関心はこれらに集中した。
 結局16日に採決されたASEM議長声明では、国際法、国連憲章等による紛争解決の重要性は確認されたが、今回の仲裁裁判所判決や南シナ海問題という具体的な文言は盛り込まれなかった。
 安倍政権はさらなる圧力として、米中緊張激化に期待しているだろうが、事は単純には進まないだろう。仲裁判決とともにTHAAD韓国配備に反発する中国は、環太平洋合同軍事演習(RIMPAC16)中に予定されていた韓国軍との交流行事を中止したが、演習自体には引き続き参加している。
 アメリカも海軍トップの作戦部長が7月17日から訪中、中国海軍司令官と会談し空母「遼寧」にも乗艦するなど危機回避と信頼醸成を進めている。
 このように国外状況はアクセルを踏んでも空まわり気味だが、国内的には反安倍勢力への圧力を強めている。安倍は民進党を改憲の土俵に引き出そうとしているが、岡田代表は「押し付け論を撤回するなら、9条以外で・・・」と腰砕けになりつつある。
 一般論として改正すべき条文があったとしても、反動的改憲派が多数を占める国会での結論は明らかである。安倍に対する最強の対抗勢力が天皇というのでは野党の存在意義はないであろう。一部には年内にも総選挙との観測もある中、野党共闘の強化が求められている。(大阪O)

【出典】 アサート No.464 2016年7月23日

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【投稿】参院選が明らかにしたもの 統一戦線論(26) 

【投稿】参院選が明らかにしたもの 統一戦線論(26) 

<<果たして自民の圧勝か>>
 7/10投開票の参院選の結果を、大手メディアはすべて自公・与党の「圧勝」と持ち上げている。果たしてそうであろうか。確かに、自民党を中心とする与党勢力が過半数を超え、さらには実質的な勝敗ラインと言われていた「改憲勢力で3分の2以上」の議席も獲得した。
 7/13に無所属の平野達男氏が自民党に入党届を提出したため、今回の参院選とは関係なく、自民党単独過半数が手に入ったが、しかし、それはあくまでも「自民・公明連立」の上での過半数である。さらに「改憲発議に必要な参院の3分の2(162)」という場合も、自民・公明・おおさか維新の3政党に加えて、非改選の無所属議員3人を含めてようやく、現時点では「3分の2を上回っている」という不安定な状態である。
 しかも改憲3政党の憲法観はまったくばらばらで、何のまとまりもない。公明党に至っては「(公明党は)改憲勢力ではない」「自民党とは違う。草案をつくっていない」、最後は「国民の望まない9条改正はやらせない」(7/9、兵庫県、山口那津男代表)とまで述べた。自民党内部でさえ異論が蓄積されており、今回の参院選で改憲を正面から訴えることを完全に放棄してしまった。安倍首相は年頭会見で憲法改正を「参院選でしっかり訴える」と述べ、「自民党総裁在任中に成し遂げたい」と意欲を示し続けていたにもかかわらずである。参院選が始まると首相を先頭に与党の全候補者が改憲についてはまったくだんまりを決め込んでしまったのである。これで「改憲勢力の圧勝」などといえるであろうか。安倍首相は選挙期間中、100回以上の街頭演説を行ったが、一度も憲法問題に言及しなかったのである。それが選挙が終わるや、「前文から全てを含めて変えたい」と改憲への意欲を明言しているが(7/11)、公然と争点外しをして、これで改憲の信任を得たなどと言えたものではない。
 さらに決定的なのは、注目の32の1人区の結果である。3年前の前回参院選では自民が29勝2敗と圧勝していたのに対し、今回は21勝11敗と11選挙区で自民党は敗北したのである。しかも、今回から改選数が2から1に削減された宮城、新潟、長野の全てで自民は敗北している。そして原発・米軍基地建設という重大な争点隠しをした、岩城光英法相の福島と、島尻安伊子沖縄北方担当相の沖縄の両選挙区で、自民の現職閣僚を落選させてしまったのである。そして東北6県の1人区では、4野党統一候補が6議席中5議席を獲得し、自民に圧勝している。青森、岩手、宮城、福島の東日本大震災被災4県で野党が接戦を制して全勝した意義は大きいし、自民・公明与党の復興政策が厳しく問い直され、拒否された結果とも言えよう。

<<統一名簿をフイにさせたもの>>
 明らかに野党共闘は、一定の意義ある成果を獲得したと言えよう。野党共闘の効果は、今回の4野党(民進、共産、社民、生活)の比例票合計より、野党統一候補の獲得した票の方が多く、相乗効果が発揮されたことでも証明されている。
 しかし、こうした1人区の「善戦」も、4野党が個別に争った比例代表と複数区には波及せず、広がりを欠いたために、互いの無益なつぶし合いを余儀なくされ、自公を大いに喜ばせ、彼らに大勝を献上したのである。
 とりわけ、野党4党が比例区で統一名簿を作れず、野党票を分散させてしまった結果、自民党の比例獲得議席は19と、圧勝した前回の18議席をも上回らせてしまったのである。野党共闘が比例区でも実現していれば、自民党から少なくとも5、6議席は確実にもぎとり、改憲勢力3分の2議席は阻止することが可能だったのである。
 憲法学者の小林節・慶大名誉教授らが、野党の大同団結を呼びかけ、社民党・生活の党も統一名簿実現に前向きだったにもかかわらず、そして連合までが統一名簿に積極的に乗り出してきたもかかわらず、民進党と共産党は結果としてまったく消極的で、冷淡な姿勢であった。それぞれのセクト主義的な政党エゴにかまけて、情勢評価と見通しがまったく甘かったのである。小林教授が警告の意味をもこめて、「国民怒りの声」を立ち上げ、「統一名簿が実現すれば、いつでも降りる」と呼びかけていた、その統一名簿をフイにしてしまったことは、野党共闘を、そして選挙戦そのものを中途半端なものにしてしまい、有権者の期待を大きく裏切るものであったといえよう。
 投票率が戦後4番目に低い54.7%にとどまったこと、そして前回と比べ投票率の上昇幅が大きかった選挙区の上位を野党共闘が注目された1人区が占めたこともその証左と言えよう。
 選挙後最初の発言が、「反転攻勢の一歩目は踏み出せた」(民進・枝野幸男幹事長)、「最初のチャレンジとしては大きな成功といっていいのではないかと考えています」(共産・志位委員長)と、いたって楽観的である。しかし、安倍政権を窮地にまで追い込めなかった、現憲法下初めての政治状況、衆院に次いで参院でも改憲勢力3分の2を許した、その責任と反省はほとんど聞かれない。これが今回の野党共闘の限界だと言えばそれまでであるが、そこにとどめてしまった責任は厳しく問われるべきであろう。

<<「野党に魅力がなかったから」71%>>
 選挙終了直後の7/11,12の朝日新聞全国世論調査によると、自民、公明の与党の議席が改選121議席の過半数を大きく上回った理由を尋ねると、「安倍首相の政策が評価されたから」は15%で、「野党に魅力がなかったから」が71%に及び、安倍政権のもとで憲法改正を実現することについては、「賛成」は35%で、「反対」43%が上回っている。安倍首相の政策がほとんど評価されていないにもかかわらず、「野党に魅力がなかったから」が71%にも及んでいることは、民進党、ならびに共産党をも含めた野党共闘の政策対決が、有権者の期待に応えていないことを如実に示していると言えよう。
 その象徴が消費税増税路線である。安倍政権が再増税回避へ動き出しはじめた段階にいたってもなお、民進党内部からは野田元首相を筆頭に、消費税再増税すべき、これを回避する安倍首相の責任を問うべきだなどという論が横行していたのである。民主党野田政権が新自由主義路線に明確に転換し、自民党とほとんど変わらなくなってしまったからこそ、有権者から見放された、その反省、それに基づいた路線転換が不明確なまま選挙に突入したのであった。そのため、岡田代表は消費税再増税に明確に反対を述べることができず、野党共闘進展の中でようやく反対の姿勢を明確化できたのであった。それまでは安保関連法廃止・立憲主義だけで、たとえその意義が大きかったとしても、安倍政権の自由競争原理主義・規制緩和・格差拡大路線、TPP、社会保障切捨て、原発再稼動問題での政策対決がなおざりにされてしまったのである。選挙直前にいたってようやくこうした政策対決が野党共闘に反映されだしたところであった。
 北海道や東北で、民進党や野党統一候補の票が大きく伸び、自民党を凌駕しえたのは、それぞれの選挙区で野党共闘として、自民党に対する政策対決姿勢を明確にしえたことの反映と言えよう。しかし全国的にはそれが拡大し、波及しなかった。
 今回、同時に行われた鹿児島県知事選で、「脱原発」を掲げた知事が誕生したことは、そうした政策対決がいかに重要であるかと言うことを明確に指し示している。安倍政権にとっては想定外の“冷や水”である。当選した三反園氏は県知事選のマニフェストで、「熊本地震の影響を考慮し、川内原発を停止して、施設の点検と避難計画の見直しを行う」と表明、「知事就任後、原発を廃炉にする方向で可能な限り早く原発に頼らない自然再生エネルギー社会の構築に取り組んでいく」、電力会社へのチェック機能として「原子力問題検討委員会を県庁内に恒久的に設置する」ことも明らかにしている。三反園氏はまた、「ドイツを参考に、鹿児島を自然エネルギー県に変身させ、雇用を生み出す」と語っている。こうした政策対決こそが、おごれる自民党長期政権に勝利しえたのだと言えよう。

<<共産党のつまづき>>
 今回の選挙で野党共闘がなければ、結果はさらに最悪であったろうことは言うまでもない。共産党の路線転換が大いに貢献したことも論を待たない。しかし先に指摘したように、その野党共闘はいまだ限定的であり、不徹底である。そして、このことは逆に言えば、これまで共産党が主張していた「自共対決」論がいかに独りよがりで、自民党圧勝に大いに貢献し、安倍政権の暴走を助長してきたかの証左でもある。1人区以外では相も変わらず、わが党優先、政党エゴのぶつかり合いで互いを食いつぶし、セクト主義がすべてに優先している。自公連合のような共闘体制がまったく組みえていないのである。
 さらにそれに加えて、選挙戦さなかに、共産党の藤野政策委員長が説明不足な発言でおわびに追い込まれ、共産党中央が政策委員長を辞任させてしまったことである。6/26のNHK「日曜討論」で防衛費について「軍事費が戦後初めて5兆円を超えましたけど、人を殺すための予算ではなくて、人を支えて、育てる予算を優先していく」と発言した、説明不足ではあるが、当然で正当な発言を、「自衛隊員の皆さまの心を傷つけた」として取り消し、謝罪させてしまったのである。そしてさらに問題なのは、7/4のNHK「参院選特集」の中で、小池書記局長は「私は、熊本地震や東日本大震災で、本当に自衛隊員のみなさんが大きな役割を果たしていると思います。・・・もし日本に対して急迫不正の侵害があれば、自衛隊のみなさんに活動していただくということは明確にしているんです。」と、自衛隊の違憲性を主張するどころか、自衛隊を持ち上げる路線に踏み出したことである。これでは、自衛隊批判が許されない風潮を蔓延させる完全な屈服路線である。安倍政権はここぞとばかりに攻勢をかけ、共産のみならず野党共闘が勢いを削がされたことは否定できない。
 その象徴が大阪選挙区であった。

当 松川るい    自民   761,424票 20.40%
当 浅田均  おおさか維新 727,495票 19.50%
当 石川博崇    公明   679,378票 18.20%
当 高木佳保里おおさか維新 669,719票 18.00%
落 渡部結     共産   454,502票 12.20%
落 尾立源幸   民進   347,753票 9.3%

 結果は、以上である。共産党は前回、辰巳幸太郎氏が当選していたのに、今回は落選である。大阪では改憲勢力が圧倒してしまったのである。
 6/26の朝日新聞・選挙特集「選差万別 安保・外交」の「ひと言公約」アンケート・「質問3.北朝鮮に対しては「対話よりも圧力を優先すべきだ。」に対して
共産 渡部 結    ○ どちらかと言えば賛成
お維 浅田 均    △ どちらとも言えない
民進 尾立 源幸   × どちらかと言えば反対
自民 松川 るい   △ どちらとも言えない
公明 石川 博崇   △ どちらとも言えない
お維 高木 佳保里  △ どちらとも言えない
 と回答している。自民や公明、維新でさえ躊躇しているのに、共産・渡部 結だけが「対話よりも圧力を優先すべきだ」と回答しているのはあきれるばかりである。自衛隊容認にいたる共産党の民族主義的路線への傾斜、おもねりがここにも反映されていると言えよう。
 共産党のつまづきが、時としてありえたとしても、それを克服する力は、民主的復元力を欠いた現在の権威主義的・階層構造的な党の組織体制では、期待するほうが無理である。
 今回、野党共闘を主導したのは、一昨年来の広範な統一戦線運動の盛り上がり、各種の自主的な市民運動、安倍首相の政権運営に危機感を抱く学生グループや学者らでつくる「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」等々であった。政策協定を主導し、共闘を結実させ、統一候補を盛り立てたのは、いわば、政党エゴとは無縁な市民の声と行動であった。共産党を含め、野党はその後追いであった。
 今回の参院選の結果は、多くの貴重な教訓と反省材料を提起しており、それらをいかに生かしていくか、克服していくかが喫緊の課題と言えよう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.464 2016年7月23日

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【コラム】ひとりごと—参議院選挙結果に思うこと—

【コラム】ひとりごと—参議院選挙結果に思うこと—

○本号では、先の参議院選挙結果について一定の分析が行われている。そこで以下に私の個人的感想を中心に思うことを書いてみたい。○選挙が公示され1週間が過ぎた頃、最初の世論調査が出てきた。「改憲勢力3分の2をうかがう」との表現の下、1人区では13選挙区で接戦であるとの分析も出ていた。結果は、ほぼその通りになったわけだが、この13区では、野党統一候補が接戦を制したことになる。○開票速報を見ながら、野党共闘=1人区での候補一本化は成功したと思った。特に北海道、東北地方での善戦は、野党統一候補がTPP反対を明確にし、与党候補と対峙した事。農協組織が野党統一候補を推薦し、与党を追い詰めた。沖縄では、普天間基地の辺野古移転反対を明確に掲げた野党候補が勝利した。明確な対決点の明示が必要なのであり、まさに有権者に選択を迫った結果である。○また、都市部において関東圏・愛知の複数区では、与党と互角に野党議席を確保し健闘している。アベノミクスが生み出す格差の広がりへの危機感を確認することができるのではないだろうか。そして議論はあるにしろ、共産党の「野党共闘」路線が今回の健闘に大きく寄与していることは評価すべきであろう。○議席数では確かに「改憲勢力が3分の2を確保」となったが、これは今後3年間の間である。前回3年前の参議院選挙では、今回よりもはるかに自公与党が議席を占めた。仮に3年後の参議院選挙決算結果が、今回と同様であれば、自公与党は70議席の倍の140議席であり、維新を加えても154議席で3分の2に届かないのである。民進党の再生・再建の課題は別の議論としても、野党統一で「改憲勢力」に対峙する構図は、今後も維持されるべきであろう。○野党各党では総括に少々の違いがあるであろうが、「次に繋がる敗北」であり、与党側の分断戦略も今後打ち出されるであろうから、次の戦略について議論が必要である。○さて、改憲議論を封印した自公与党だが、世論調査、選挙報道を通じて、「改憲勢力」として「表記」された。公明党はこれに抗議もせず、甘んじて受け入れている。3万円の低所得高齢者向け「福祉給付金」を始め、公明党が与党に入っているから実現できたと、選挙違反すれすれの「買収行為」で満足なのか。安保法制議論でも然りだが、この政党に甘い評価は禁物であろう。○そこで民進党である。比例当選者をご覧になればすぐにわかることだが、労組候補者のオンパレードである。自分も過去に労組の比例票対策や、個人名記載の取組に関わっては来た。しかし、もっと各界各層の著名人を候補にできないのであろうか。○そして個人票第1位が電力総連東京電力の候補者であった。労組・企業挙げての選挙結果である。こうした勢力を頼るようでは「脱原発」など「夢のまた夢」ではないのかと思う。○最後に大阪・関西についてである。大阪・兵庫・奈良・和歌山・京都では、民進当選者は、京都の福山ただ一人であり、その他はすべて「改憲勢力」となった。特に大阪では4人区のすべてが「改憲勢力」となり、維新は2議席を確保した。「おおさか維新」は民主党政権時代に自民党脱党者を核にし、民主・自民を批判して「徹底した改革」を行うと訴え、橋下代表(当時)の人気を助けに圧倒的な支持を確保してきた。今回の選挙でもその「健在」ぶりを示したのである。○彼ら維新は果たして本当に「改革」してきたのか。何を改革してきたというのか。自民・民主(民進)不信が前提にあると思われるが、この「幻想」をどこかで断ち切ることが必要だと思う。○自分自身には、今回の選挙に敗北感や焦燥感はない。むしろ野党の側の課題が明確になったことは、次に繋がる結果だったと感じている。(2016-07-19佐野)

【出典】 アサート No.464 2016年7月23日

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【投稿】危機扇動で参院選運ぶ安倍政権

【投稿】危機扇動で参院選運ぶ安倍政権
             ~欺瞞追及し野党共闘の勝利を~

<サミット利用し危機扇動>
 5月26,27日に開かれたG7「伊勢・志摩サミット」では世界経済の現状と政策課題に関する参加各国の認識の違いが浮き彫りとなった。新興国経済の低迷、中国景気減速などの問題では考えが一致したものの、焦点となった財政出動に関して溝は埋まらなかった。
 財政出動に賛意を示したのは日本、アメリカ、イタリア、カナダであり、ドイツ、イギリスは消極的、フランスは各国の事情に応じてというスタンスが明らかとなった。
 これにより当初安倍が目論んだ、G7総体での財政出動を進めるという意思一致は得られなかった。しかし、安倍は会議で商品価格や新興国経済に関して、都合の良い数字だけを持ちだし、世界経済はリーマン・ショック前夜と強弁、危機扇動に躍起になった。
 各参加国の2015年の経済成長率は、日本0,5%、米2,5%、独1,5%、英2,2%、仏1,1%、伊0,8%、加1,2%であり、各国から見ればアベノミクスの失敗は一目瞭然の状況であった。
 問題は日本経済であるのに、「世界経済は危機的状況」という認識や、これを克服するための野放図な財政運営の提言に、堅実な経済状況の各国首脳は内心呆れたことだろう。
 実際今回のG7首脳宣言では、世界経済の基調について「回復は継続しているが、下方リスクが高まっている」とされており、危機的状況との認識は示されていない。
 しかし消費増税再延期を目論む安倍は露骨にG7の場を利用した。増税を延期せざるを得なくなったのは世界経済の所為であるとし、自らの経済失政の責任を国際社会に転嫁したのである。
 リーマン前との発言に対しては国内外からの批判が高まり、慌てた官邸は世耕官房副長官が5月31日の記者会見で発言を打消し、安倍本人も前日の自民党役員会で「リーマン以来の落ち込みがある」と言っただけだと釈明するなど大わらわとなった。
 こうしたなか行われた増税再延期の方針伝達に、麻生財務相、谷垣幹事長は当初「再延期するなら解散して信を問うべき」と異を唱えたが腰砕けとなり、6月1日消費増税の2年半再延期が正式に発表され、同時に解散総選挙も見送られることとなった。
 また今回のG7では世界の軍事的リスクとして、北朝鮮の核開発、ウクライナ情勢とともに、東シナ海、南シナ海の状況が議題となった。
 宣言では南シナ海に関して、フィリピンによる国際仲裁裁判所への提訴を踏まえ「仲裁を含む法的手続き」に言及、名指しはしていないものの中国を強くけん制する内容となっている。
 中国政府はかねてより、G7において南シナ海問題を議題とすることに異を唱えてきたが、安倍政権はこれを無視し首脳宣言に押し込んだ。安倍は様々な国際会議で中国を、国際社会の不安定要因のごとく批判しているが、他のG7参加米、英は緊張激化の主役はロシアとの認識であり、対露融和的な独、仏も主要な関心はウクライナ問題である。
 このように今回宣言に対中強硬姿勢が盛り込まれたが、議長国への配慮の域を超えるものではないだろう。
 
<継続される米中対話>
 セレモニーであるG7終了後には対中関係に関する、実質的な国際会議が相次いで開催された。6月上旬にはシンガポールでアジア安全保障会議(シャングリラ対話)が開かれ、南シナ海問題が主要な議題となった。
 4日のスピーチでアメリカのカーター国防長官は「中国は南シナ海に万里の長城を築き孤立しかねない」と牽制、これに対して中国代表団はアジアを中心とする参加国代表との会談を重ねるなど鍔ぜり合いが演じられた。
 各国が明確な意思表示を躊躇する中、日本は中谷防衛相が同日の講演で南シナ海の人工島建設について、国際法に基づく秩序を著しく破壊するものだと表明するなど、前のめりの姿勢を露わにしている。
 この後、米中の論議は舞台を北京に移し続けられた。6,7日に開かれた第8回の米中戦略・経済対話でも南シナ海問題が議題となった。ケリー国務長官が仲裁裁判所の裁定を支持し、人工島での軍事施設拡大に懸念を示したのに対し、楊国務委員は裁判所の決定を受け入れる考えはないこと、南シナ海の島嶼は中国の領土であるとの従来の主張を繰り返し、議論は平行線に終わった。
 一方で北朝鮮に対する制裁措置の実行などでは両国は協力し、様々な問題で引き続き協議していくことが確認された。
 このように米中は厳しく対立しながらも、協議の枠組みは維持されそのなかで一致点を見出す努力は続けられている。この点は永らく首脳会談が実施されず、再開されても形式的な対話だけで、双方が言いっぱなしで終わる日中関係との差異である。
 安倍政権が中国に対する批判を繰り返す中、中国海軍のフリゲート艦が6月9日未明に尖閣諸島の接続水域を航行した。この数時間前には3隻のロシア艦隊が同海域を北上しており、中国艦はこれに絡む形で接続水域に入ったとみられる。
 この中国艦の動きはロシア艦隊の動きを把握したうえで、追尾する形をとったと考えられる。これに対して日本政府は深夜にも関わらず、駐日中国大使を呼び出し抗議を行った。
 さらに15日には中国の情報収集艦が口之永良部島近海の日本領海に進入、同艦は16日にはさらに南下し、北大東島付近の接続水域を航行した。これは周辺海域で行われていた日米印合同演習「マラバール」への偵察行動だったと考えられる。
 一連の行動はフィリピン、ベトナムに自衛隊を反復的に派遣し、南シナ海問題への介入を進める安倍政権に対する対抗措置であることは明らかである。今後も日本政府が介入を続けるならば、中国側も同様の行動を継続するだろう。
 今回の尖閣諸島での事案では、中国艦と海自艦の距離は数キロを保っていたと明らかにされているが、こうした事態が続けばその距離は徐々に縮まっていくと考えられる。
 アメリカは南シナ海の海空域での中国との偶発的衝突を回避するため、様々なレベルでのチャンネルを開いているが、日中間のそうした回路は未構築のままである。

<日米同盟の幻想と参議院選挙>
 安倍政権は今回の事案を参議院選挙のため最大限利用し、中国の脅威と日米同盟の重要性を喧伝している。しかしアメリカは「尖閣諸島の領有権問題で特定の立場はとらない。しかし施政権は日本にあり日米安保の対象である」との従来の見解を変更していない。
 アメリカは南シナ海では、中国とフィリピンの間に割って入る形の「航行の自由」作戦を展開しているが東シナ海における日中間の係争には、近海での日米合同演習を進める以上の介入は行わないだろう。
 アメリカ海軍がアジア地域でプレゼンスを発揮しているのは、大西洋、欧州地域での地位が低下しているからである。この方面でのロシアの脅威に対しては新型のアメリカのミサイル防衛システム、NATOの地上軍、航空戦力が最前線であり、海洋戦力もアメリカ抜きでもロシアを圧倒している。
 例えば現在ロシアの正規空母1に対し、NATOは正規空母1(仏)軽空母2(伊、西)であるが、これが17~20年頃には露0(長期改修)に対しNATOには正規空母1(英)が加わるため戦力差は拡大し、アメリカ艦隊の出番は当分ない。
 一方アジア地域では、東シナ海、南シナ海の紛争当事国には戦力化された空母は無く、アメリカ艦隊の存在感は大きい。6月中旬まで、沖縄近海には原子力空母2隻が展開していたが、これは予算確保に向けたアメリカ政府に対するパフォーマンスでもある。
 アメリカ海軍最大のイベントとして6月30日からは、27か国の艦艇50隻、航空機200機、約2万5千人が参加する環太平洋合同演習(RIMPAC2016)がハワイ近海などで開始される。
 2年おきに行われる同演習には2014年から中国海軍も招待されており、今回も駆逐艦など5隻が参加するが、この中国艦隊は6月18日に北大東島近海で、「マラバール演習」に参加した米駆逐艦2隻と合流し、共にハワイに向かっている。
 日頃「軍事・外交問題は国の専権事項であり沖縄県は口を出すな」と主張している日本の右派セクターは、翁長知事に対し「なぜ中国軍の接続水域侵入に抗議しないのだ」と矛盾する難癖をつけているが、アメリカに対して「なぜ中国軍を演習に招待するのだ」とは言わず、支離滅裂となっている。
 安倍政権もこうしたアメリカの現実的な動きを見て見ぬふりをして、日米同盟の幻想をふりまいているが、沖縄県民はこれを見抜いている。「尖閣危機」が煽られる中、米軍属による女性殺害に抗議する6月19日の県民集会には6万5千人が結集し、怒りの声を上げた。 
 今次参議院選挙で安倍は自らの失政を糊塗するために「世界経済の危機」と「中国の脅威」を捏造し乗り切ろうとしている。民進党、共産党を軸とする野党はこうした欺瞞を徹底して暴くとともに、まっとうな経済政策、対話による緊張緩和を対置し、安倍政権を追い詰めていかねばならない。(大阪O)

【出典】 アサート No.463 2016年6月25日

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【投稿】暴力を全て沖縄に押し付けて恥じない日本人と「琉球独立論」台頭の意味

【投稿】暴力を全て沖縄に押し付けて恥じない日本人と「琉球独立論」台頭の意味
                          福井 杉本達也 

1 日米地位協定の現状
 5月19日、沖縄県うるま市の女性殺害容疑で米「軍属」の男が逮捕された。今回、男は「公務外」であり、米軍基地に逃げ込む前に沖縄県警が身柄を確保したこともあり逮捕できたが、「日米地位協定」では、公務であれば裁判権は米国にあり、「米兵」については公務外でも起訴前に身柄を拘束することができない。「地位協定」では日本への出入国には特権があってフリーであり、どのような犯罪をしようとも国外逃亡は可能である。米軍基地内のみならず、米兵・軍属・その家族の法的取り扱いは全くの不平等状態にある。2004年には沖縄国際大学に米軍ヘリコプターが墜落したが、現場では米軍が規制線を張り、日本の警察は規制線から一歩も中に入ることはできず、現場検証をするなどはできなかった。米軍の手で現場検証をし、証拠物件は全て米軍基地内に持ちさられ証拠隠滅が図られた。米軍基地内は日本の法律が適用されない治外法権の場所だが、事故が発生すると発生場所も治外法権の場所となる。返還されても沖縄はアメリカの「植民地」であることが明らかである。

2 他国の米軍駐留協定との比較
 ドイツでは、地位協定で、たとえ米軍基地周辺といえども国内では、米軍機が飛行禁止区域や低空飛行禁止を定めるドイツ国内法(航空法)が適用される。韓国では米兵に韓国の裁判権が及ばないことは日本と同様であるが、「環境条項」が韓米地位協定で創設されていて、基地内での汚染について各自治体が基地内に立ち入って調査できる「共同調査権」が確立されている。また、返還された米軍基地内で汚染が見つかれば、米軍が浄化義務を負いる。
 フセイン政権が打倒され米軍に占領されたイラクでは、米兵・軍属に関するイラクの裁判権は「公務外」に限るとされ「公務中」か「公務外」であるか決めるのは米軍当局が行う。これは日本の地位協定と同じだが、民間の契約会社に対する裁判権はイラクにあると協定で明記されている。これは、2007年バグダッド市内で米民間軍事会社のブラックウォーター社員が銃を乱射し多数の市民を殺傷する事件があったからであり、イラク政府の強い要請による。また、「イラク周辺への米軍の越境攻撃禁止条項」やイラク当局は、「イラクに入国し、またはイラクから出国する米軍人と軍属の名簿を点検し、確認する権限」を持つと定めている(前泊博盛『日米地位協定入門』)。
 アフガンでも米軍・NATOの一時裁判権は米軍・NATOにあるが、民間軍事会社についてはアフガン側にある。ところが、「 イラクで入権侵害の国際問題を起こした 民間軍事会社の一つが日本で軍属として地位協定の特権をえていた。米軍との契約関係にあるのはあくまでもその会社であり、そこで働く個人は米軍の直接的な管理下にはないにもかかわらずだ。この点で、裁判権を巡る日本の地位はアフガンのそれよりも低いと言える。」(伊勢崎賢治「発効から不変の地位協定」福井:2016.6.12)。民間軍事会社とは米国の「戦争の民営化」を象徴する会社であり、その社員は事実上の米兵以外のなにものでもなく、米国の侵略戦争の相当分を担っている。
 問題は、日本はアフガン以下の外国軍隊による「占領下」・「植民地」の地位にありながら、日本人はそれを全く理解していないということにある。しかも、その暴力の負担のほとんど全てを本土の1億人が100万人の「琉球」に押し付け、本土は米国の「植民地」でありながら「植民地」を意識せず、「琉球」を米国と日本自らによる二重の「植民地」とし、その自覚もないことにある。この仕掛けは巧妙ではあるが、巧妙さの上に安住してきたのである。

3 「沖縄差別」の現状と「琉球独立論」
 国土面積の0.6パーセントに過ぎない沖縄に全国の約74パーセントの在日米軍専用施設を押しつけて恥じない日本政府とそれを支持する多数の日本国民という不条理な構図で、多くの沖縄県民の反対にもかかわらず辺野古新基地建設が強行されている。米軍によって日本は守ってほしいが、基地は沖縄においても構わないと大部分の日本人が考えていることが白日の下に晒され、「沖縄差別」という批判の声が沖縄県民からあがり、自分たちは差別された存在だという意識が表面化した。それが翁長知事の誕生につながった。この間、翁長知事は時間をかけて、丁寧に建設許可取り消しをしたが、日本政府は聞く耳を持たず、「粛々とすすめる」というばかりである。
 女性殺害事件後、米国防省報道部長は早々と「われわれは長年にわたって地位協定の改善で対応してきた」とし、地位協定の改正に否定的見解を示し、安倍首相も5月23日の参院で「相手があることだ」と翁長知事の要望を突っぱねた。日本政府は自国民である沖縄県民の生命を守らず、地位協定を改正しようとしない。このような日本に対して沖縄県民は「琉球人」として「沖縄差別」と批判するようになった。それは「琉球人」が自らを被差別者、抵抗の主体として自覚したことを意味する。「琉球人」が従属的な地位を逆転させ、日本人と平等な関係性を形成しようとするナショナリズムが台頭してきている。

4 「琉球国」の歴史
 琉球国は14世紀頃は北山、中山、南山という3つの国が沖縄島にあった。1429年に現在の首里城に統一され、その後、東アジア・東南アジアと交易をして小さいながら貿易国家として存在していた。15世紀初頭、尚巴志によって統一された琉球国は天皇の秩序体系とは無縁の独立した国家であった。その支配の正当性は、中国皇帝からの冊封と女性が執りおこなう国家祭祀に基づいていたとされている。
 1609年の島津藩の侵攻によってあえなく首里城を明け渡し、年貢として米・黒糖・布などを収奪され、島津の属国のような地位にありながらも、独立国として存立し続けていた。1854年のペリーとの琉米条約、1855年のフランスとの琉仏条約、1859年オランダとの琉蘭条約は琉球国が国家主体として締結した。
 1871年(明治4年)明治維新政府によって、本土で廃藩置県が実行された際には、琉球国は鹿児島県の管轄下に置かれ、翌年に琉球藩とされた。そして、明治維新政府は琉球藩処分法を制定し、処分官に任命された松田道之が、1879年陸軍歩兵を引き連れて首里城に乗り込み、「首里城明け渡し」を命じたいわゆる「琉球併合(国家官僚は琉球を独立国家として認めない立場から「処分」と呼ぶ)」によって、琉球藩は廃止され沖縄県として廃藩置県がなされた。その後、「琉球人」は、明治憲法下の天皇制国家の下に組み込まれ1945年には本土防衛のための「捨石」作戦により、「鉄の暴風」が吹きすさぶなか、4人に1人:十数万人の命が奪われた。
 1952年4月28日に、サンフランシスコ講和条約により正式に日本から「琉球」が切り離された。「琉球人」にとって4月28日は安倍晋三のいうような「主権回復の日」ではなく「屈辱の日」である。1879年の琉球併合・1972年の「復帰」も「琉球人」が住民投票(合意)によって国際法上の正式な手続きに基づいて自らの政治的地位を決定したのではない。名のみの「復帰」から現在に至るまで過剰負担の米軍軍事基地の重圧にあえいでいる。現在、内政外交面では日本国、軍事面ではアメリカ主導で支配されている。

5 「琉球独立」の場合の根拠法
 内閣法制局の見解では、憲法には「琉球」の独立を認める規定はない、憲法など国内法に基づいた独立は不可能であるという。しかし国連、国際法の枠組みで、例えば、東チモールのように国連の非地域自治リストに載り、国連の選挙監視団がやってきて平和的に独立の住民投票をして、世界の国々が国家承認をすれば、独立することができる。スコットランドの住民投票の場合は、イギリス政府は投票の結果を認めると合意したのである。「琉球」に基地を押し続ける日本政府は、そのような合意をしないと思われる。国際法に基づく住民投票の方が「琉球」にとって実現可能性が高いと龍谷大学の松島泰勝教授はいう。

6 日本人は「琉球独立」にどう対応していくのか
 今日の強権的な安倍政権を生みだしたのは「できれば国外移転、最低でも県外に」という普天間移設の公約を突然翻した稚拙な鳩山由紀夫の政権運営にあったとの意見が多い。鳩山は官僚機構をうまく使いきれず、官僚の反感を買って米国の意向を汲んだ情報がうまく上がってこなかったというのである。
 これは米国に従属することこそが自らの存立基盤であるとする日本の官僚とマスコミが作り上げたフィクションであり、鳩山は実際に沖縄の民意を最も深く理解した数少ない政治家の一人であり、その鳩山を孤立させてしまった。鳩山の考えに賛同せず、孤立させたことさえ理解しないで、鳩山一人に責任があるとするのは、自らも「植民地」の立場あることを見ない無残な日本人の姿である。
 「琉球独立論」は、こうした巧妙に絡み取られている本土の日本人に対する強い意思表示である。これに、イギリスのスコットランド独立の住民投票のように、少なくとも形式上の民主主義的対応を示すのか、フランスのアルジェリア独立やインドシナのディエンビエンフーのように徹底的な弾圧で臨むのか日本人自身に問いが突き付けられているといえる。 

【出典】 アサート No.463 2016年6月25日

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【書評】『ナパーム空爆史――日本人をもっとも多く殺した兵器』

【書評】『ナパーム空爆史――日本人をもっとも多く殺した兵器』
   (ロバート・M・ニーア、田口俊樹訳、2016年、太田出版、2,700円+税) 

 1972年6月8日、南ヴェトナム、チャンパン村。
 「南ヴェトナム空軍のアメリカ製レシプロ攻撃機スカイレーダーが低速飛行で姿を見せた。(略)ゲル状の焼夷剤であるナパームが充填された四本の銀色の弾筒が地上に向かって、音もなく落下してきた。地面を直撃したとたん、それらは突如として猛烈な勢いで“弾けた”。炎が何本もの巨大な鞭となって暴れまくり、燃える白リンが無数の閃光を放った。(略)巨人が溶鉱炉の扉を開けてしまったかのように、容赦のない熱波がジャーナリストたちをくまなく舐めた。数秒後、小さな人影が煙の中から姿を見せた。
 炎がキム・フックの姿を隠した。それから起こった出来事を作家のデニス・チョンは次のように語っている。『炎に呑み込まれるなり、彼女は火が自分の左腕を舐めている光景を眼にした。火にやられた部分は見るも無残な暗褐色の塊と化した。彼女は火を払い落とそうとしたが、火は右腕の内側にも広がっており、やけどの痛みに叫び声をあげることしかできなかった・・・彼女の左上半身を直撃したナパームは、ポニーテールに結った髪を灰にし、首と背中の大部分と左腕を焼いた・・・(略)』」。
 バリケードに向かって走ってくる子供たちを助けたAP通信のカメラマン、フィン・コン・ウトは、そのときの様子をこう記している。「彼女の体は熱を放ち、ピンク色と黒の肌がずるりと剥けていた」。(この時のキムを撮った写真は後にピュリッツァー賞を受賞し、20世紀を象徴する写真の一枚となった。)
 本書は、「英雄としてこの世に誕生したが、今では社会から蔑まれる存在に堕している」ナパームの歴史を、「第二次世界大戦の勝利からヴェトナムでの敗北を通じ、グローバル化した世界における現在のその立ち位置にいたるまで、アメリカという国の物語」を照らし出す灯りとして描く。
 ナパームが、第二次世界大戦のドイツやとりわけ日本への空襲において絶大な効果を発揮し、大量の犠牲者を出したことについては、その後の朝鮮戦争やヴェトナム戦争での悲惨な状況とともに本書に詳述されている。
 しかしその誕生が、アメリカが第二次世界大戦に参戦しての最初の独立記念日、ハーバード大学においてであったことはあまり知られていない。当時大学と政府共同の極秘の軍事研究「匿名プロジェク№4」の責任者、有機化学教授ルイス・フィーザーによる最初の実験は、学生たちがプレーに興じていたテニスコートの隣のサッカー場で行われた。
 「フィーザー教授が制御ボックスのスイッチを入れた。瞬時に爆薬が炸裂し、着火剤の白リンを二〇キロのゲル状のガソリンであるナパームの中に吹き飛ばした。摂氏約一一〇〇度というすさまじい炎が雲のように沸き起こった。ナパームは猛烈な勢いで燃えさかり、いくつもの塊となって水たまりに落ちた。油くさい煙があたり一面に立ち込めた。(略)テニスをしていた学生たちは、爆発と同時に蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。/(略)ニンニクのにおい、もしくはマッチの燃えるにおいのような白リンの刺激臭とガソリン臭が、水浸しのサッカー場と無人となったテニスコートに漂っていた。かくしてナパームは誕生したのである」。
 ここにいたるまでの政府と大学と研究者たちの密接な関係についても、本書はその経緯を解明している。大統領行政府直轄の国防研究委員会と契約・提携したアメリカ随一の有機化学者でハーバード大学学長のコナントの下で、フィーザーは新たな化合物を合成し、それが実用可能な爆薬となるかを評価する研究チームを任されたのである。この結果がナパームということになる。後にフィーザーは回想録でその後のナパームのたどった経緯について「われわれがおこなっていた試験は建造物を対象にしたものであり、人間を対象にした試験は考えていなかった」と述べ、想定していたのはあくまで物体であって、「赤ん坊や仏教徒」に対して使われるとは思ってもいなかったとの主張を最後まで変えなかった。
 これについて本書は、「ハーバードの研究チームは、焼夷弾による攻撃の倫理性については検討していなかったとしか思えない」、「確かにつくりだしたものが想定外の使われ方をされても発明者には責任はないという主張は、理論的には正しいかもしれない。しかし、実際には(ドイツおよび日本の家屋のレプリカを使った試験に参加していたのだから・・・筆者註)フィーザー教授はナパームの能力がいかなるものか、どういう使い方がなされうるか、正確に知っていたのである」と批判する。戦争中という状況において優秀な科学者の貢献が不可欠であったことと、それがもたらした結果への責任をどう見るか。ナパームに限らず、核兵器、毒ガス、生物兵器等、問題は現在も問われている。
 1980年、国連の代表団は「特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)」の議定書Ⅲを承認して、「人口密集地域」に対する焼夷弾攻撃は戦争犯罪となった。「今日、ナパームは戦犯として保護観察中の身である」。(R) 

【出典】 アサート No.463 2016年6月25日

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【投稿】参院選・争点隠しをめぐって 統一戦線論(25) 

【投稿】参院選・争点隠しをめぐって 統一戦線論(25) 

<<安倍ペーパーに失笑>>
 中身もなければ、成果もまったくなかった、ただただ“神国日本”へのお義理立てに終始したG7伊勢志摩サミット。安倍首相が「日本の精神性に触れていただくには良い場所」として、国家神道の総本山・伊勢神宮での開催にこだわったのであるが、そのこと自体に、初めから政教分離原則上からも問題ありであった。さらにその実態は、5月26日のサミット初日に安倍首相が各国首脳に示した“リーマン・ショック前夜”という数枚のペーパーに象徴されている「安倍の精神性」である。「世界経済がリーマン・ショック目前の危機に瀕している」とするこのペーパー、これには異論が噴出、失笑が出るほどの、おそまつさであった。
 安倍政権の前回の消費税増税と新自由主義・市場原理主義政策で、弱肉強食の規制緩和を横行させ、非正規雇用と格差を拡大させ、実質賃金をさらに低下させてきた、こうしたアベノミクスの失敗こそが、日本経済の低迷と消費税増税再延期に追い込んだのであった。それを安倍首相は、自らの失政を何とかごまかし、カッコ付けるために、サミットを私的に内政に利用しようとしたわけである。
 そもそもサミット三日前の5月23日、内閣府が発表した「月例経済報告」では「(世界経済は)全体として緩やかに回復している。先行きについては、緩やかな回復が続くことが期待される」と楽観的な報告をしたばかりである。各国首脳は、議長国日本のそのあまりのご都合主義にあきれかえり、そんなことに付き合わされてがっかりして、そそくさと日本を後にしたのは間違いないといえよう。
 参院選を目前にして、サミットの成果を大々的に打ち上げ、衆参同日選をも強行せんとしていた安倍首相の伊勢志摩サミット利用戦略は完全に失敗してしまったのである。内閣支持率の高さにあぐらをかいていた安倍首相の高慢・軽率な目論見は、そうそううまくいかないものである。
 サミット後、安倍首相は、消費税再増税の延期を表明した6/1の会見で、アベノミクスは順調だ、しかし新興国の経済が陰っている、だから来年春の10%への消費増税は延期する、と苦しい言い訳に終始した。これまで「リーマン・ショック級、大震災級の事態が起こらない限り」再延期はしない、としていたことについて、「確かにリーマンショック級の出来事は起こっていませんし、大震災も起こっていないのは事実であります。ですから、新しい判断をした以上、国民の声を聞かなければならないわけであります」と釈明せざるを得なかったのである。サミットでの首相のペーパーはいったい何だったのか。たった一週間もしないうちの右往左往、もはや支離滅裂である。
 安倍首相は、消費税や戦争法、憲法改正、地震の頻発と原発再稼働、沖縄新基地建設といった真の対決点を徹底的に回避し、安倍首相の私的な「新しい判断」による、「アベノミクスの全開」と「一億総活躍社会」といった争点隠しに、またもや切り替え、逃げ込んだのである。

<<白々しきオバマ広島初訪問>>
 サミットと関連して安倍首相が、唯一胸を張れたのは、オバマ米大統領の広島初訪問であった。これによって安倍内閣の支持率は多少とも上昇したのである。
 しかし、オバマ大統領は、せっかく初めて広島を訪れたというのに、原爆資料館の見学はたったの10分足らずですまし、それに反して平和公園・原爆碑での美辞麗句を並べ立てた演説は17分間も行い、「核兵器なき世界」を唱えたが、原爆投下に対する謝罪はせず、核兵器の非人道性や大量無差別殺戮の犯罪性については一切触れなかったのである。もちろん、核兵器廃絶への道筋については何も言及しなかった。
 核武装も憲法上可能と広言させ、戦争法で暴走している安倍首相が、このオバマ演説に便乗して「核兵器のない世界を必ず実現する」「日本と米国が世界の人々に希望を生み出す灯火となる」などとよくもいえたものである。オバマ氏の広島訪問は、抽象的空文句で核兵器廃絶の希望を打ち砕き、日米同盟強化を誇示するパフォーマンスの場に利用されたのである。これが、オバマ広島訪問の本質と言えよう。
 オバマ大統領の就任は2009/4/9、同じ年の4/5、プラハで「核兵器のない世界」を演説し、12月にはノーベル平和賞を受賞している。この時点では世界は希望を抱いたし、抱かせたのである。しかし少なくとも2年間は「核兵器のない世界」に向けて具体的に踏み出せる有利な議会の力関係があったにもかかわらず、核関連予算を増額し、CTBT(核実験全面禁止条約)の批准もせず、逆に、オバマ政権はこっそりと核兵器の更新を開始していたのである。この時点ですでにノーベル平和賞を詐取していたのだともいえよう。しかもなお現在、オバマ氏の広島訪問と期を一にして発表されたアメリカの「核への責任を求める同盟」(Alliance for Nuclear Accountability)の報告書によると、 米国がひそかに核兵器を新型に更新中で、小型でより精度の高い核爆弾の開発のため、今後 30 年間と総額1 兆ドルをかけた大規模な取り組みを行っている」ことが明らかにされている。「核兵器なき世界」を言うならば、先ず自らの襟を正し、こうした計画を中止すべきであろう。

<<共産党まで翼賛報道>>
 しかし、日本のマスメディアの現状は、オバマ訪問を礼賛する翼賛報道が圧倒的である。さらに嘆かわしいのは、共産党までがこの翼賛報道に右へならえの現状である。
 5/28付け「しんぶん赤旗」1面トップ大見出しは「米大統領が広島初訪問」、副題「『核兵器なき世界』を追求 オバマ氏、原爆碑に献花」と続き、「オバマ氏は原爆資料館や原爆ドームを見学。オバマ氏は原爆資料館で、『われわれは戦争の苦しみを知っている。平和を広めて『核兵器なき世界』を追求する勇気を共に見つけよう』と記帳しました」と持ち上げる礼賛記事である。さらに問題なのは、この記事は、「安倍氏は、オバマ氏が述べた後に演壇に立ち、昨年の訪米の際に行った米議会での演説で「日米同盟は世界に希望を生み出す同盟でなければならない」と述べたことを強調。その上で、米国の大統領が被爆の実相に触れた「歴史的な訪問を、心から歓迎したい」と述べました。 」と続けていることである。批判も何もない完全な安倍首相持ち上げ記事でもある。
 さらに同紙の志位委員長の記者会見記事は「前向きの歴史的一歩」として「現職のアメリカ大統領が広島を初めて訪問し、平和資料館を訪れ、追悼の献花を行い、追悼のスピーチを行って、被爆者の方々と言葉を交わしたことは、前向きの歴史的な一歩となる行動だったと思っています」と述べ、その後で「核兵器禁止条約へ具体的行動を」と釘は刺しているが、オバマ政権の実態の指摘はなきに等しい。空文句ではなく、具体的前進を求めた人々の希望が一切省みられなかったにもかかわらず、しかも日米軍事同盟の強化を声高にオバマ・安倍両首脳が広島の現地で誇示しているにもかかわらず、それを指摘せずしてどこが「前向きの歴史的一歩」だったのであろうか。これでは安倍内閣支持率上昇に加担しているようなものである。昨年末の日韓「慰安婦問題」合意を早々に「前進と評価」して以来の失態である。
 本質的批判は行わない、日米軍事同盟についても遠慮がちにしか言わない、「憲法9条のもとでも、急迫不正の侵害から国を守る権利」を認め、自衛隊の存在のみならず、その大いなる軍事的活用も認める、露骨に政権にすりより始めたこうした共産党の政治姿勢は、日本の主流メディアの翼賛報道におもねっているともいえよう。

<<希望の要>>
 こうした共産党の政治姿勢の変化は、明らかに安倍政権の参院選を前にした争点隠しに加担するものでもある。とんでもない、安倍政権に正面から対決しているのは共産党だけです、あれも言っています、これも言っています、ではダメなのである。
 希望は、6/7、民進、共産、社民、生活の野党4党と「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」が政策協定を結んだ、統一戦線の前進にある。もちろん、それを歓迎し、下支えした共産党の路線転換が貢献していることは言を待たない。これは大いに評価されるべきであろう。しかしその路線転換が、先に述べたような政権すりより政策と一体となってはならない。
 市民連合と野党4党が調印した、市民連合の政策要望書の内容は、
 I 安全保障関連法の廃止と立憲主義の回復(集団的自衛権行使容認の閣議決定の撤回を含む)を実現すること、そのための最低限の前提として、参議院において与党および改憲勢力が3分の2の議席を獲得し、憲法改正へと動くことを何としても阻止することを望みます。
 II すべての国民の個人の尊厳を無条件で尊重し、これまでの政策的支援からこぼれおちていた若者と女性も含めて、公正で持続可能な社会と経済をつくるための機会を保障することを望みます。
 1.子どもや若者が、人生のスタートで「格差の壁」に直面するようでは、日本の未来は描けません。格差を解消するために、以下の政策を実現することを望みます。
 保育の質の向上と拡充、保育士の待遇の大幅改善、高校完全無償化、給付制奨学金・奨学金債務の減免、正規・非正規の均等待遇、同一価値労働同一賃金、最低賃金を1000円以上に引き上げ、若いカップル・家族のためのセーフティネットとしての公共住宅の拡大、公職選挙法の改正(被選挙権年齢の引き下げ、市民に開かれた選挙のための抜本的見直し)
 2.女性が、個人としてリスペクト(尊重)される。いまどき当たり前だと思います。女性の尊厳と機会を保障するために、以下の政策を実現することを望みます。
 女性に対する雇用差別の撤廃、男女賃金格差の是正、選択的夫婦別姓の実現、国と地方議会における議員の男女同数を目指すこと、包括的な性暴力禁止法と性暴力被害者支援法の制定
 3.特権的な富裕層のためのマネーゲームではダメ、社会基盤が守られてこそ持続的な経済成長は可能になります。そのために、以下の政策を実現することを望みます。
 貧困の解消、累進所得税、法人課税、資産課税のバランスの回復による公正な税制の実現(タックスヘイブン対策を含む)、TPP合意に反対、被災地復興支援、沖縄の民意を無視した辺野古新基地建設の中止、原発に依存しない社会の実現へ向けた地域分散型エネルギーの推進
 以上である。「安保法制の廃止」だけではなく、安倍政権の中心的な政策にまで踏み込んだ合意と言えよう。ここには、3・11以来の多くの人々を巻き込んだ市民運動、統一行動を徹底して追求してきた多くの人々のたゆまぬ粘り強い努力、裾野を広げた統一戦線、野党共闘を求める巨大なうねり、これらが相乗効果を発揮し、野党もこれに応えざるを得ないところにまで追い込んだ、その成果が反映されている。これが、安倍政権の争点隠しを許さない、野党共闘をさらに前進させる、安倍政権の暴走を許さない希望の要と言えよう。
(生駒 敬) 

【出典】 アサート No.463 2016年6月25日

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【案内】故安喜博彦先生追悼文集「やまなみ」の頒布について 

【案内】故安喜博彦先生追悼文集「やまなみ」の頒布について

この度、関西大学名誉教授安喜博彦先生の追悼文集「やまなみ」を発刊する運びとなりました。安喜先生は闘病の末2014年74歳で亡くなられました。

1960年代から、大阪市立大学から関西大学の40~50年の長きに渡り、様々な出会いから追悼文を寄せていただきました。恩師との青春・学生時代からの思い出が蘇り、それぞれの人生の物語に想いを馳せる追悼集となりました。
一部「思い出」二部「寄稿論文集」三部「略歴と研究業績」と分類し、先生の人となり、恩師への寄稿論文、学者・研究者としての目録としてまとめることとなりました。
時代は高度経済成長、バブル崩壊、失われた20年、社会主義崩壊・冷戦終焉とグローバル世界、9.11テロ、リーマンショック、中国の台頭、東北大震災・原発事故、憲法改悪の動き等々。歴史の大転換期に遭遇し、同時代をそれぞれの持ち場で『同志』的に生きてきたことに改めて深く思い至っています。
生前、とりわけ大学での学生時代から御縁のあった方々、関係者・知人に是非手に取っていただき、先生の足跡を偲んで頂きたく思い頒布致します。
また、事前に追悼集への投稿をお願いできなかった方々には、この場を借りてお詫び申し上げます。
追悼文集「やまなみ」編集委員 木村


(追記)「やまなみ」頒布を希望される方は、住所・氏名を明記して
アサート編集委員会(info@assert.jp)までお申込みください。

【出典】 アサート No.463 2016年6月25日

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【投稿】参議院選挙で安倍政権包囲網を構築しよう

【投稿】参議院選挙で安倍政権包囲網を構築しよう

<空振りに終わった安倍訪欧>
 安倍は5月1日から7日にかけて、イタリア、フランス、ベルギー、ドイツ、イギリスそしてロシアを駆け足で訪れG7の根回しと北方領土問題の進展を目論んだ。
 安倍は5月26、27日のG7伊勢志摩サミットで華々しくぶち上げようと、世界経済を下支えするための政策協調=財政出動を各国首脳に説いて回ったが、明確な同意は得られなかった。
 フランス、イタリアは「機動的な財政出動は必要」との見解は表明したものの、外交辞令的な対応に止まった。
 肝心のドイツは財政規律を重視する姿勢は崩さず、イギリスも財政出動は各国の状況が重要と慎重な対応を見せた。
 安倍は3月22日、消費増税再延期に向けたセレモニーであった「国際金融経済分析会合」席上、クルーグマンニューヨーク市立大教授に「ドイツに財政出動をさせるにはどうすれば良いか」と教えを乞うたが、やんわりとかわされた。
 このやり取りはオフレコとされたが、教授本人がSNSで暴露してしまった。説得材料なしに、意気込みだけで乗り込んでも成果は得られないばかりか、相手も対応に困惑しただろう。
 イギリスでは日英首脳会談が43年ぶりにロンドン郊外の首相別荘(チェッカーズ)で行われるなど、G7議長国への気配りがなされた。
 しかし空気を読めない安倍はオバマの真似をして「イギリスはEUに止まるべき」と差し出がましい口をきき、国民投票を控えたデリケートな時期に英国民の反発を買った。
 結局5月21日、仙台市でのG7財務省・中央銀行総裁会議では、財政出動に関しては各国の事情に応じて判断することが合意されるに止まり、安倍の目論見は大きく外れた。
 一方、為替政策に関しては通貨安競争を回避することで一致した。
 4月30日アメリカ財務省は上下両院に各国の為替政策を分析した半期為替報告を提出、この中で日本は不公正な為替政策を進める疑いのある「監視国リスト」入りとなった。29日に日銀政策決定会合で追加緩和を見送り、円安誘導で株価操作を目論む安倍政権にとっては打撃となった。
 仙台の会議で麻生はアメリカに円高懸念を伝えたが、ルー財務長官は、最近の円相場動きは正常と突き放した。G7の合意で、日本は野放図な円売り介入を行う余地がますます狭まり、アベノミクス起死回生策としては、マイナス金利の拡大、補正予算の乱発など、副作用の懸念がある投機的政策に頼らざるを得なくなった。
 
<訪露も成果なし>
 訪欧で思った成果を得られなかった安倍はその足で訪露、5月6日ソチでプーチンとの日露首脳会談に臨んだ。13回目となる安倍、プーチン会談は欧州首脳やオバマとの形式的な会談とは違い、夕食会を挟み3時間以上に及んだ。
 しかし前回会談で遅刻した安倍がプーチンに駆け寄ったにもかかわらず、今回遅刻したプーチンは鷹揚に構えたままだった。会談の前から飲まれているのである。
 会談の詳細は明らかにされていないが、北方領土問題に関しては「新たな発想に基づくアプローチ」に基づき、交渉を進めることで合意したことが明らかにされた。
 経済協力に関しては、日本が極東地域での天然資源開発、産業振興など8項目での協力案を提示、ロシアも積極的に受け入れる意向を表明した。これにより、領土交渉と経済協力は並行的に進められることとなったが「新アプローチ」の内容に関しては不透明なままとなっている。
 両国の一部では経済協力の進展と領土の返還がリンクするのではないかとの観測も流れた。しかし5月20日、プーチンは安倍との会談場所のソチで記者会見し「クリル諸島の島は一つとして日本に売らない」と経済関係と領土問題の分離を明言した。
 この発言で領土問題の先行きは再び不透明になった。さらに歯舞への自由渡航申請が「書類上の不備」を理由に却下されるなど、楽観論を打ち砕かれる事態が続いている。
 今回の訪露は、アメリカの懸念を振り切り踏み込んだ形となったが、リスクに見合うだけのリターンが得られたとは言えない結果になった。
 一方、ロシアはアジアでの存在感を高めている。先述のプーチン発言も19,20日ソチで行われたロシア、東南アジア諸国連合首脳会議を踏まえて発せられたものである。
 この会議ではアジア太平洋地域での安全保障問題に関し、ロシアのプレゼンス拡大を歓迎するなどとする「ソチ宣言」が採択された。これはアメリカ、中国に対する牽制であるとともに、日本抜きでもアジアでの影響力を拡大させるというメッセージであると言えよう。
 両者は9月にウラジオストックで会談し、年内のプーチン訪日=山口会談、広島訪問という先走った見方も取りざたされているが、何回会談しようが政権浮揚につながる外交的成果を得られる見込みはないのである。
  
<崩壊する「対中包囲網」>
 顕著な外交的成果が見いだせない中、安倍政権が執拗に追及しているのが対中包囲網である。しかしこの間、この構想を根幹から揺るがす事態が相次いでいる。
 4月26日、オーストラリア政府は次期潜水艦建造計画に関し、フランスDCNS社を選定したと発表し、本命視されていた日本の「そうりゅう」型は脱落した。安倍はアボット前首相との個人的信頼関係を頼りに、対中軍事協力を進め「そうりゅう」型の採用はその象徴と位置づけられてきた。
 しかし、オーストラリアの政権交代で状況は大きく変わり、雇用拡大や技術移転という経済ベースより政治ベースに偏向する日本案は忌避される傾向にあった。
 しかし安倍政権は政治主導で事を強引に進め失敗した。対中連携を前面に出さなければ受注できずとも技術的、経済的問題が要因とできたものを、前のめりになるあまり、対外政策の失敗というレベルの違う問題となってしまったのである。
 菅は同日の記者会見で「日豪の防衛協力を進めることに変わりはない」と取り繕ったが、前日電話連絡を受けた安倍は「大変残念な結果だ」と落胆し、中谷防衛相は憮然として「豪政府に経緯を糺す」と公言、政権内の動揺は隠しきれなかった。
 この件に関し、一部の海自幹部には「中国に軍事機密が流失する心配があったので安心した」などという声があったという。負け惜しみにしか聞こえないが事実だとすれば、オーズトラリアは信用できないということであり、「準同盟国」どころか防衛協力以前の問題であまりに非礼であろう。
 対中包囲網のパートナーとし、軍事協力を進めるフィリピンでは5月9日大統領選挙が行われ、ロドリコ・ドゥテルテ現ダバオ市長がアキノ大統領の後継候補らを破って当選した。
 ドゥテルテ次期大統領は南シナ海の領土問題に関し「中国が経済協力を進めるなら、領土問題は対話で解決する」と表明しており、現在の対中強硬路線は修正される可能性が高い。
 大統領選挙直前に哨戒用航空機を「プレゼント」した安倍政権としては、あてが外れた形となり、フィリピンを巻き込んだ中国封じ込め政策は思い通りには進まないだろう。
 
<日米同盟の虚構を選挙で暴け>
 こうしたなか、5月17日南シナ海海上で中国軍戦闘機2機が米軍の電子偵察機に異常接近する事案が発生した。2001年に両軍機が空中衝突した海南島事件を彷彿とさせる事態に、対中強硬派は色めきたった。
 ハリー・ハリス米太平洋軍司令官は「戦うべき時には戦う」と表明、グリナート前海軍作戦部長は共同通信のインタビューで、南シナ海での日米共同作戦を提唱している。
 しかしグリナートは対中強硬姿勢が問題視され(本誌444号参照)た人物であり、母が日本人のハリーも「母国」への思いが過ぎればオバマ退任の道連れにされるであろう。
 4月21日、アメリカ上院軍事委員会で証言にたったロビンソン太平洋空軍司令官とスカパロッチ在韓米軍司令官(共に大将)は「アメリカが直面する最大の脅威はロシア」(ロ大将)「ロシアはますます攻撃的になっている。アメリカは強く、一貫した態度で臨むべき」(ス大将)とロシア主敵論を開陳した。
 両将軍はこののち北米、欧州担当に転任する予定だったのでロシアを意識した面もあるが、中国、北朝鮮と対峙する司令官の考えは米軍、米政府の本音であろう。
 この間、米太平洋軍の軍紀の乱れを指摘してきたが、4月28日沖縄で元海兵隊の軍属による殺人事件が発生した。安倍政権はサミットで経済面での成果が期待できないなか、南シナ海問題での対中連携を打ち上げようとしていた。
 しかし直前にその枢軸である日米同盟の暗黒面が最悪の状態で露わになり、オバマ広島訪問で日米の戦後問題を終わりにしようとする安倍の目論見は外れた。ヒロシマ、ナガサキの悲劇とともに、オキナワの悲劇も改めて明らかになったのである。
 日米両政府は大慌てで事態の収束に動いているが、及び腰であることは隠せない。犯人は当然重罪に処されるべきであり、オバマ政権も同意するであろうが、そのことはトランプを勢いづかせることにもなるだろう。
 こうした事件の再発を防ぐためにも沖縄県議選、参議院選挙の重要性は増している。5月19日の党首討論で民進党は消費増税の先送りを主張した。これに他の野党も同調し「消費増税再延期」を大義名分に衆参同日選挙を目論む安倍は出鼻をくじかれた。
 消費税問題が後退する中、格差、非正規雇用の拡大に露わな安倍政権の経済政策の失敗を争点として浮上させるとともに、野党、民主勢力は参議院議員選挙で、戦争法、日米軍事同盟の問題点を訴えていかねばならい。(大阪O)

【出典】 アサート No.462 2016年5月28日

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【投稿】オバマ大統領の広島訪問と「核ありきの世界」

【投稿】オバマ大統領の広島訪問と「核ありきの世界」
                           福井 杉本達也 

1 オバマ大統領の広島訪問
 5月25、26日の伊勢志摩サミット後の27日、オバマ氏は米大統領として初めて広島市を訪問する。日経新聞は「米国の広島と長崎への原爆投下は『日米間の奥深く突き刺さったトゲ』と評される。オバマ氏の広島訪問にそのトゲが抜かれる心理的な効果も期待される。日米の同盟関係が強化され、新たな段階を迎えることになる」(2016.5.11)と解説する。しかし、今回のオバマ氏の広島訪問は原爆投下を謝罪するものではない。米側はオバマ氏は「道義的責任」に言及するものの、「謝罪は不要」と表明している。また、日本政府も「謝罪は不要」との立場を度々表明してきている。原爆という非戦闘員を対象とした大量虐殺兵器の使用に対し「謝罪は不要」とは「トゲが抜かれる」どころか原爆で亡くなった死者への冒涜以外の何物でもない。米国は核兵器を放棄しないということであるし、日本政府は核の傘に入り、米軍の核攻撃の踏み台を提供するということである。「核なき世界」ではなく「核ありきの世界」を今後とも踏襲するという意思表示である。

2 核エネルギーの実戦使用から70年・いまだにはびこる「楽観論」
 核兵器は純粋に物理学理論のみに基づいて生みだされたものである。「これまですべての兵器が技術者や軍人によって経験主義的に形成されていったのと異なり、核爆弾はその可能性も作動原理も百パーセント物理学者の頭脳のみから導きだされた」(山本義隆:『福島の原発事故をめぐって』)のである。核物理学者で後に反原発運動の理論的支柱となる武谷三男は原爆投下直後の印象を、原爆への恐怖心を伴いながらも「ついに人類が原子力を解放したということであった。新しい時代が始まったのである。科学者として率直にこの喜びとほこりを感じた。しかし、われわれ日本の科学者はこのすばらしい時代から取り残されねばならないという悲しみも私をとらえたのである。」と書き、「科学が主導した技術」が生まれたことに、科学者としての率直な「喜びとほこり」を感じていた。武谷の「感銘」は当時の多くの科学者の共通認識でもあった(武谷三男:「素粒子論グループの形成」『素粒子の探求』湯川秀樹・坂田昌一・武谷三男著)。
 福島原発事故から5年が経過した今日、福島第一原発の敷地内では、原子炉建屋に流入する地下水が1日に300~400トンに上り、炉心から溶け落ちた燃料と混じり合って生じる汚染水の処理に追われており、非常に危機的な状況にある。すでにタンクに保管されている汚染水の総量は80万トンに達しており、東電では「このままではタンクを造ることができるゾーンは数年でなくなる」としている。つまり、敷地内は汚染水タンクで埋め尽くされているのである。4月19日に経済産業省は汚染水の処分方法について、濃度を薄めて海中に放流する「海洋放出」が最も短期間に低コストで処分できるとの試算結果を発表した。ようするに水で薄めて太平洋に流してしまうということである。原発の事故処理は「凍土壁」や「浄化装置」、「調査ロボット」の投入などにより、あたかも順調に進んでいるような印象を与え、「楽観論」がはびこっているが、上空から第一原発敷地内を見渡せば汚染水タンクで埋め尽くされていることからも分かるように、ほぼ崩壊したといえる。
 原爆の開発当初は放射線の影響はさほど重視されず、また、放射性廃棄物は数万年にわたって管理を要するが、科学技術の発展で何とかなるものと“期待”されていた。この「何とかなる」という「楽観論」は核エネルギーをめぐって今もはびこっている。にっちもさっちもいかないにもかかわらず、見てみぬふりをしているだけである。

3 日本を降伏させたのは原爆ではなく、ソ連軍への恐怖だった
 「警告もせずに真珠湾を攻撃した者たちに、原爆を使用した。つらい戦争を早く終え大勢の若い国民の命を救うためだ」というのが、70年前からの米国の公式見解である。しかし、「軍事的には日本への原爆投下はまったく不要だった」。「もう誰が見ても原爆が無用であり、われわれ自身がそのことを承知しており、われわれがそう承知している相手もわかっているにもかかわらず、そのような人々相手に原子爆弾二個の実験をしたのだ」(米軍:カーター・クラーク准将)と述べている。一方日本側では内閣総合計画局長官の池田純久中将は「ソ連参戦を耳にしたとき、われわれの運も尽きたと知ったと語り、また、連合国総司令部からの問いに日本の陸軍省は「日本の降伏決定に最も顕著な影響を与えたのはソ連参戦であった」と答えている(『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史1・二つの世界大戦と原爆投下』)。

4 ジェノサイド・倫理の否定―神の否定
 原爆投下直後、統合参謀本部議長のウイリアム・リーヒ提督は「キリスト教的倫理にもとづくあらゆる道徳律や戦争をめぐるあらゆる規律」に反する兵器として、原子爆弾を化学兵器や生物兵器と同類と見なすことにきわめて前向きだった。「広島と長崎に野蛮な兵器を使用したことは日本に対するわが国の戦争になんらの貢献もしていない。はじめてこの兵器を使用した国家となったことで、われわれの道徳水準は暗黒時代の野蛮人レベルに堕した」と述べている。また、ローマ教皇庁は原爆使用を「残虐非道で…キリスト教文明と道徳律に対する前例を見ぬ打撃である」と非難した(オリバー・ストーン:同上)。
 にもかかわらず、核エネルギーへの信仰は今も続いている。それは、ガリレオからベーコン・デカルトに至る自然にたいして人間が上位に立つという19世紀の幻想=「科学万能主義」=「神の否定」との裏腹な関係にある。西欧近代科学は自然をいくつかの最も単純な要素に分解し、要素の性質を確定し、要素間の関係として自然法則を捉える。その限りで合理的な説得力の高い理論を作り上げた。その最も典型的な“成功事例”が原爆を作り出したマンハッタン計画であり、ばらばらで無計画に行われていた課程の全体を、一貫した指導のもとに目的意識的に遂行するものであった。科学的「理論」こそ唯一者であり、そこでは、「倫理」も「神」の住む場所もない。
 しかし、この「要素還元主義」の手法は大事なものを切り捨ててきた。原理論は環境との相互作用を極限的に制限して作られるため、核エネルギーが発現した後の核分裂生成物=セシウム137やヨウ素131といった放射能の存在は当初は問題にもならなかった。また、核エネルギー反応は我々が通常扱う化学エネルギー反応の1億倍もの大きなエネルギーを出し、その制御に失敗すれば環境にどのような影響を及ぼすかも「理論」の対象外であった。また、発生する中性子線が金属などを著しく劣化・損傷させることなども課題の外にあった。その結果が福島第一原発事故を引き起こしたのであり、首都圏の3千万人が避難の瀬戸際まで追い詰められたのである。

5 敗戦の否認と官僚機構の存続
 原爆の投下のもう一つの側面はいわゆる「国体護持」=天皇制の存続をめぐってであった。「ソ連赤軍がいまにも日本本土に押し寄せようとするなか、日本の指導者たちは天皇制の存続により理解を示すと思われるアメリカに降伏することを決定した…赤軍の進軍によって国内に親共産主義の暴動が起きることを恐れていた」のである(オリバー・ストーン:同上)。天皇制の存続とは、昭和天皇にとっては、「皇統をつないでいくという強靭なる意志」・「職業倫理」(白井聡:『戦後政治を終わらせる』)であるが、天皇制国家官僚にとっても、軍隊を除く国家官僚機構の存続という強靭な意志が働いていたといえる。両者は「原爆投下」をチャンスとしてソ連に国土の一部を占領され天皇制が廃止され、官僚機構も解体され「国体護持」が出来なくなる前に、米国への降伏を申し出たのである。
 したがって、米軍の単独占領により共産主義化をまぬかれた日本の官僚機構が原爆の使用に対しオバマ氏の「謝罪は不要」と繰り返すことはある意味当然の成り行きである。日本の官僚機構は米国に従属しており、「天皇の官吏」から「米国の官吏」へと鞍替えしたものであり、国民の意思を代弁するものではない。300万人の国民を殺し、旧満州での敗走を含め国民を見捨て何の責任も取らず、その後も岸信介のように首相にまで上り詰めた官僚も多数いるが、そのような官僚機構になんらの正当性はない。
 また、米国に降伏したのであり、「ソ連」や、まして「中国」・「韓国」等に謝罪するつもりはさらさらないのである。
 「国家があって国民がある」とする国家官僚機構にとって、核は消耗品扱いの国民に対して使用されたのであり、官僚機構の存続に影響はなかった。かつて「天皇の官吏」は天皇に対し忠誠を誓った。現在の国家公務員は採用時に日本国憲法を順守する誓約書を出すが、実際は「米国の官吏」として「日米地位協定」を墨守し、核の傘の下、中東であれ南シナ海であれ米軍と一体となって行動することこそが職業倫理となっている。当然、福島の土地が放射能に占領され、住民を棄民することも関心の外にある。 

【出典】 アサート No.462 2016年5月28日

カテゴリー: 平和, 政治, 杉本執筆 | 【投稿】オバマ大統領の広島訪問と「核ありきの世界」 はコメントを受け付けていません

【投稿】補選の結果をめぐって 統一戦線論(24)

【投稿】補選の結果をめぐって 統一戦線論(24)

<<「ビリケン内閣」の再来>>
 5/16の衆院予算委員会で、民進党・山尾志桜里政調会長が安倍首相に対し、「女性活躍どころか“男尊女卑”政権だ」と批判し、「なぜ保育問題に前向きに取り組まないのか」と糾したところ、首相は「山尾委員は議会の運営ということについて少し勉強していただいたほうがいいと思います」とはねつけ、なんと「議会についてはですね、私は立法府、立法府の長であります」と開き直ったのである。立法府の長は衆議院議長であり、参議院議長である。首相は行政府の長であって、立法府の長ではない。三権分立の最低限の基本常識をさえ踏みにじって、いけしゃあしゃあとしている。噴飯ものである。「少し勉強していただいたほうがいい」のは、これほどの無知を晒けだした安倍首相本人であって、義務教育教科書を読み直して出直すべきであろう。すでに安倍首相は今年4/18のTPP特別委でも「私が立法府の長」と発言、その場で「立法府ではなく行政府」と指摘を受けていたのである。
 さらに翌5/17の参院予算委員会でも安倍首相は、安保法制採決時の議事録について質問を受けて、「立法府の私がお答えのしようがない」と回答、しかもその間違いを指摘する与党議員や閣僚さえいない。今年になって3回立て続けである。一向に正そうとする姿勢がないのである。
 2014年2月12日の国会で言い放った「(憲法解釈の)最高責任者は私です」という発言。さらに昨年3月20日のの参院予算委員会で口にした「我が軍」発言。そして今年3/21の防衛大学校での卒業式での「将来、諸君の中から、最高指揮官たる内閣総理大臣の片腕となって、その重要な意思決定を支える人材が出てきてくれることを、切に願います」「私は、最高指揮官として、諸君は、私の誇りであり、日本の誇りであります」と、自衛隊をまるで自分の“私兵”扱いとした発言。
 これらの発言に一貫しているものは、単なる言い間違いではない。あらゆる権力はわが手中にある、議会や司法などどうってことはない、立憲主義や三権分立など知ったことではない、それらを超然と踏みにじる、すでに現時点において、確信犯的な独裁者、独裁政権の姿勢である。
 1918年8月2日にシベリア出兵を宣言し、米騒動の責任をとって9月21日に総辞職した元帥陸軍大将・軍事参議官の寺内正毅内閣は、「内閣は衆議院多数党の代表者が組織すべきことを主張するのは、至尊の大権(天皇の大権)を干犯すると」と述べて、議会の干渉を排除した”超然”内閣の正当性を主張し、この内閣の「非立憲」から「ビリケン内閣」と呼ばれた、あの「ビリケン内閣」の再来が安倍内閣だともいえよう。

<<北海道5区補選の結果>>
 ところが、直近の世論調査では、このところこうした安倍内閣の危険で独裁的で暴走しかねない姿勢から低下していた安倍内閣の支持率が、総じて上昇気味である。読売新聞調査(5/13-15実施)では、安倍内閣の支持率は、前回(4/1-3)の50%からやや上昇して53%となったが、「支持率がやや上がったのは、熊本地震への対応や、オバマ氏の広島訪問という外交成果などに肯定的な見方が広がったためとみられる」としている。政党支持率は、自民党が前月比1.7ポイント増の25.6%で、3月に発足した民進党は同0.1ポイント増の4.3%とほぼ横ばい。以下、公明党4.1%、共産党1.7%である(5/15読売)。
 問題は、熊本・大分地震が4/14発生以来、いまだその深刻な影響を及ぼしている、その最中の4/24投開票の北海道5区補選の結果である。
 選挙終盤、野党統一候補が自公候補を上回ったと報じられた局面があったにもかかわらず、熊本地震が前例を見ない連鎖的・複合的・長期的な巨大地震であることが明らかになりつつあり、被害の拡大が川内原発や伊方原発にも波及しかねない時点から、与党陣営が盛り返しだしたのである。安倍政権が被災者支援にかこつけて危険極まりないオスプレイの派遣を米軍に要請したり、右往左往していたにもかかわらず、民進党は安倍政権の被災者支援に全面協力すると打ち出してしまったのである。
 北海道5区は、原発再稼動を目指す泊原発から80~100キロしか離れておらず、札幌市は避難受け入れ地域でもある。泊原発のわずか15km沖合に、長さ60-70kmの活断層があり、この地域には、長さ100km級の大活断層がいくつも存在する可能性、泊原発の直下で地震が起きる可能性すらが指摘されている。有権者の圧倒的多数は不安を抱えていたし、今も不安を抱えているのは間違いがない。それでも北海道電力は2017年度中の再稼働を視野に入れている。
 熊本地震の警告に直面して、何よりも訴えるべきことは、安倍内閣の原発再稼動固執路線を断固として糾弾し、それでも再稼働させるのかと訴え、再稼動をあきらめさせることであった。ところがその路線を放棄してしまったのである。「タイミングのいい地震」(おおさか維新の片山代表の発言)を利用した安倍政権、対決点をぼかしてしまった民進党と野党陣営。野党統一候補効果で本来上がるべきはずの投票率も上がらなかった(57.6%)。前回2014/12の投票率が過去最低だと問題になったが、今回の投票率はそれ以下の水準なのである。
 補選の結果は、自公・和田よしあき=135,842票に対し、野党統一・池田まき=123,517票、その差=12,325である。

<<「善戦」でいいのか?>>
 前回2014年12月の総選挙は故・町村信孝前衆院議長の約13万1000に対し、それぞれ独自候補であった民主・共産両候補の合計は約12万6000、その差=5000であった。その差は、肉薄どころか、倍以上開いたのである。ただし、前回の民主の票のうち、基礎票が約2万5000とされる新党大地は、今回は与党陣営に寝返っている。そのまま自公陣営に鞍替えしていれば、5万票以上の大差がついてもおかしくなかったともいえる。しかし実際には、新党大地の出口調査での支持率は、空白で、限りなく0に近かったのである。「本来なら圧勝しないといけなかった」(自民党幹部)にもかかわらず、与党陣営は大地の支持層を取り込めず、新党大地の豹変もほとんど支持されず、逆に、野党共闘の上積み効果は4万票以上だったともいえよう。
 しかし、野党統一候補であるにもかかわらず、投票率を上昇させることができず、それでも自民党候補者の得票は前回選より増加し、逆に野党統一候補者の得票は前回・民主党と共産党の各候補者の獲得得票合計より減らし、票差が大きく開いた現実は直視すべきであろう。これを「補選はあと一歩だったが、野党と市民が一つにまとまれば自民党を倒すことができるとの希望の火をともした」「野党・市民の共同が力発揮した」「共同の力 自公を追い込む」と楽観視していては危険である。
 確かに、共同通信の出口調査では、無党派層の7割が統一候補を支持し、民進党支持者の95.5%が統一候補に投票し、民進と共産とを離間させる反共攻撃は無党派層にも通用しなかったし、「共産と組んだら民進支持の保守層が逃げていく」という現象も起きなかったのである。その意味では善戦である。しかし、野党統一陣営のそれぞれが獲得していた過去の実績を上回ることが出来なかったのである。
 さらに、すでに「出口調査」で明らかになっていることであるが、投票選択では一位が社保、二位に景気の順で、安全保障はわずか10%にすぎない。共産党が主張する「選挙戦の対決構図」は空回りし、「戦争法を廃止」を最大の対決争点とすることは出来なかったのである。根底には、安倍内閣の危険極まりない政治姿勢への拒否感が蓄積されていても、その具体的な現れである熊本地震への対応や、原発再稼動問題を不問にしていたのでは、有権者から見放されてしまうのである。

<<共産党の対応の矛盾>>
 さらに指摘されねばならないのは、統一候補、統一戦線に対する共産党の姿勢である。野党統一候補となった池田氏は無所属で立候補したが、共産党が本来民主党の候補者であった池田氏の無所属立候補を頑強に求め、その結果、「無所属で出馬したため、党公認の和田氏陣営が2台認められた選挙カーが1台しか使えないなど運動に制約があったことも響いたのではないか。共産党が候補を取り下げ、野党共闘が実現したのは告示約2カ月前の2月中旬。池田氏を支援した市民団体からは「もっと早く野党が手を組めば、違う結果になったはず」と恨み節も聞かれたよ。」(4/26、北海道新聞)という事態に追い込んだことである。
 共産党は、安保関連法廃止という一点で共闘と言いながら、最後まで、池田氏が民主党(当時)会派に入ることに対してさえ反対し、決裂寸前の事態に、共産党の友好団体であるはずの道労連(北海道労働組合総連合)からも、共産党に対し、池田氏の民主党会派入りを認めよという声明まで出されて、ようやく会派要求を取り下げたのであった。こうした経過が敗因の重要な一因であることは間違いないといえよう。ぬぐいがたいセクト主義が、大きなマイナスの役割を果たしたのである。
 同じ補選でも、京都3区では、民進党の泉健太氏に対しては、裏ではともかく、表では共闘を拒否され、それでも共産党の独自候補を一方的に降ろし、自主投票というかたちで実質上、泉候補を支援したのである。保守系の泉健太氏よりも、野党共闘に積極的で、より革新系の池田真紀氏の方が共産党に有利と見れば、セクト主義を押し通そうとする。せっかくの良い候補者をセクト主義的に囲い込もうとする、この共産党の対応の矛盾も、今回の補選はさらけ出してしまったのである。
 いよいよ参院選を目前に控え、32ある「1人区」すべてで民進、共産、社民、生活4党による候補者一本化が実現する見通しが現実のものとなってきている。香川選挙区では民進党が独自候補の擁立を断念し、共産党の候補予定者への一本化が決められようとしている。安倍政権の目論見を阻止するためにも、今回の補選の結果を冷静かつ真剣に総括することが望まれる。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.462 2016年5月28日

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【書評】『紅蓮の街(ぐれんのまち)』

【書評】『紅蓮の街(ぐれんのまち)』
  ──フィスク・ブレット(現代思潮新社、2015年、1600円+税)

 本書は、アメリカ人作家の日本語による小説である。内容は四部に分かれ、テーマは東京大空襲である。第一部は、主人公、ピアノ教師の永田昌子と両親(俊幸とキク)の東京大空襲までの戦時下での日常生活(防空壕、防火水槽、灯火管制、度重なる空襲、配給の滞り等)が描かれる。第二部は、大空襲当日絶体絶命の危機に置かれた主人公たちの逃げまどう様子(母のキクは命を落とす)と一夜明けた東京の凄惨なまでの現実が、第三部は、戦前子供の頃に短期間日本に滞在し、戦後の日本を確かめたかったもう一人の主人公、従軍牧師のジョゼフ・ワーカーが昌子とともに空襲の記録を調査し、空襲の悲惨さが確認される経過が、そして第四部は、両者の視点のすれ違いと対立で深刻な課題が明るみに出される、という構成である。
 小説だけに話の筋道は本書を辿っていただくとして、ここでは本書の中心テーマを成しているが、これまで余り触れられたことがなかった二三の描写を指摘する。
 第二部での大空襲の後、死体の山を見て何とか片付けを行おうとした父親の俊幸が出くわした光景である。
 「(菊川国民)学校に入ってみると、何人もの死体が折り重なっていた。きっと一度校舎に入ったものの、身動きが取れなくなり、大勢の避難者がとって返して入り口へと殺到したに違いない。しかし、外からの熱気に襲われると、そこで全員が窒息して死んでしまったようだ。(略)
 校門や玄関からすべての死体を運び出すと、次は校内だった。/この時、誰もが言葉を失った。廊下で男たちを待っていたのは死体の山ではなく、誰もが想像できない光景であった。/入り口から入って最初の角を曲がると、長い廊下が続くのに、不思議なことに、形を為しているような死体は一体も発見されなかった。その代わり、床を見ると、まるで吹雪が起きたかと思われるほどの粉が学校の中に積もっていた。場所によっては膝までくるこの粉は、すべて灰であった。よく見ると、所々には骨が突き出ている箇所もあり、下には細かい骨などが沈んでいた。/コンクリートでできた学校の壁は直接の炎を防ぎながらも、熱を防ぐことができなく、その熱を保つ効果まであったようだ。つまり、菊川国民学校は巨大な火葬炉と化したのだった。/「これ・・・シャベルがなければ、何もできない・・・」と一人の男性がつぶやくと、永田たちも灰を見ながら静かに頷いた」。
 悲惨な地獄絵図であるが、シャベルによってすくわれる他ない灰となった人々である。
 ところがその少し後のある日のこと、昌子は、爆撃の被害者と加害者が入れ替わる場面に出くわす。彼女が上野公園に行くと、爆撃を受けていない動物園が開園していた。そこにいた熊やライオンが毒殺され、象は餓死させられていたことは知っていた。
「幸い、象舎の先に見えるサル山の前には数十人の人が群がっていた(略)。/昌子は多勢の人がいる場所をめがけて進んでいった。ところが、やっと堀までたどり着いてサル山の方に目をやると、昌子は立ちすくみ、小さな悲鳴まで上げた。/サルも当然いたが、皆が見ていたのはサルではない。裸の男がサル山の石に座り、背を向けていたのだ。男は金髪だった。目を背けた昌子は体中に電流が走ったような衝撃を受けた。(アメリカ人捕虜だ・・・。きっとB29のパイロットだわ)/(略)およそ十メートルも離れていたが、男は非常に不健康そうだった。いくつもの方角から眺めている群衆から陰部を隠すため、男は何度も姿勢や位置を変えていた。/(略)何度か昌子の方に頭を向ける米兵の目から、彼が感じている恐怖や恥ずかしさ、飢えや痛みが一瞬に伝わった」。
 この昌子の感覚は今でこそまともな感覚であるが、しかし当時空襲によって肉親を失い、鬼畜米英を叩き込まれてきた人々にはどうであったのか。今更ながら問われるところである。
 第三部では来日したジョゼフが、空襲で多くの人たちが逃げ込んで国民学校と同じように灰と化してしまった明治座の焼け跡を訪ね、千葉県の佐原で墜落した米軍機が埋められてしまった場所を見出すなどの話が出る。しかしここでは空襲についてジョゼフは、「地上での悲劇」「空中での悲劇」という矛盾した両方の側面を知る必要を感じる。それは、対ドイツ戦とその後のテニアン島での経験から起こった。
 「〈焼き払われた面積〉、〈投下爆弾トン数〉・・・。それぞれの空襲の任務報告や搭乗員たちの日々の会話では、そんな話題ばかりがだんだん強調されるようになった。それは仕方がないことであるとジョゼフはわかっていた。搭乗員たちが地上の人間のことを考えていたら任務が果たせなくなる。/だが、空襲の倫理について考えるのであれば、受ける側の苦しみなども念頭に置かなければならないだろう」。
 このように感じつつジョゼフは、ヨーロッパでの対戦の記憶も思い浮かべる。
「空軍が対ドイツ戦で使っていたのはB29ではなく、主にB17という爆撃機だった。B29より一回り小さく、機能的にも劣っていた。与圧機室もなければ、暖房装置もなかった。したがって、マイナス四十度という高高度の世界では、搭乗員たちにとって恐ろしいのは敵軍よりも凍傷だった。つまり、どんなに寒くても、戦っている間は人間は必ず汗をかき、小便を漏らす。飛行服を着たままでそんな水分は凍ってしまうわけだから、ほとんどすべての搭乗員は凍傷で苦しんだ。(略)/ジョゼフの計算では、B29部隊の戦死率は二パーセント弱で、最終的には数千人に上ったはずだ。しかし、ドイツと戦ったB17部隊の戦死率は比べ物にならない七十七パーセントだった。(死者数、三万人だ・・・)イギリス空軍の死者数五万人と合わせれば、日本とドイツの上空で殺された連合軍航空兵の人数はおよそ八万人に達するのだ」。
 この連合軍という視点からの叙述は、太平洋戦争(主として対米戦争)という言い方に慣らされてしまったわれわれには馴染みにくい。しかし戦争が第二次「世界大戦」であったという当然の事実すら彼方に行きかねない現在の日本にとって、戦争を再検討するための手がかり一つのとなるであろう。
 第四部では、まさしくそのすれ違いが現れる。ジョゼフがパール・ハーバーや重慶爆撃や日本軍の残虐行為や本土決戦の恐れ等について語り、一刻も早く侵略戦争を終結させるために止むを得ない空襲だったと結論づける。しかし昌子は反論する。
「(略)あそこ。あの学校が見えます?あの中で、私の父が死者の灰を何日もかけてシャベルで片付けました」。(略)/ジョゼフは静かに頷いた。「空襲が恐ろしかったことはわかりますよ、昌子。私にとっても悲しいことです」。
 昌子はジョゼフの顔をまっすぐ見て訴えた。「だったら、覚えていてほしいのよ。それだけです。一人でもいいから、ここに何があったのかは、アメリカ人にもわかってほしいですわ。日本人がこの町に何があったかを忘れてしまうかもしれないと思うと、私は悲しくて仕方がありません。ですけど、アメリカ人に忘れられるかと思うと、悲しいどころか、たまらなく怖いんです。しかも、私がそう思うのは、あなたたちにとって空爆は〈正しい戦争〉だったからこそです!」
 このすれ違いによって結局二人は別れることになるが、昌子にとっての「真の意味での〈追悼〉」が問われ続ける。戦争、空襲の評価について加害者/被害者のそれぞれに論理があり、決着のつかないまま、被害者の論理が主流となっている今日の日本で、アメリカ人作家によって空襲の歴史小説が書かれ、これからの論議に新たな局面を開いたことを評価したい。なお著者には前作として、ルソン島での日本軍兵士と通訳を強いられた現地の混血青年を主人公にした『潮汐(ちょうせき)の間』(前掲同社、2011年)という作品もあることを付記しておこう。(R) 

【出典】 アサート No.462 2016年5月28日

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【投稿】強権で矛盾糊塗する安倍政権

【投稿】強権で矛盾糊塗する安倍政権
             ~外交は迷走、内政は暴走~

<日米、日韓首脳会談は不発>
 4月1,2日にワシントンで開かれた第4回核安全保障サミットは、ヨーロッパに拡散するイスラム国など武装勢力の脅威、北朝鮮の核開発などを踏まえ、核テロ対応など中心に50か国以上の代表が論議を行った。
 サミットで採択されたコミュニケでは、核テロ防止とともに「核に関する安全保障は永続的な優先課題」として「核物質の保安管理は各国の根本的責任」とされた。
 サミットに先立つ3月下旬、半世紀以上昔に提供された研究用プルトニウム331キロなどを返還するための輸送船が、東海村から処理施設のあるアメリカサウスカロライナ州に向かった。
 サミット後の記者会見でオバマ大統領はこれらを念頭に、核兵器に転用可能な高濃縮ウランやプルトニウムが、「決してテロリストの手に落ちることはない」と強調した。
 しかし、日本には依然としてプルトニウムが保管されており、核武装への懸念が国際的に存在している。しかし、会議に参加した安倍は伊勢志摩サミットと東京オリンピックのテロ対策に言及したのみで、核武装に対する疑念を払拭することはなかった。
 「核物質の保安管理」が最も粗雑な政府であるにもかかわらず「アンダーコントロール」などと言いつくろう安倍は核サミットでは、まったく存在感を示せなかった。
 安倍が力を注いだのは米韓との首脳会談であるが、これも特段の成果を上げることはできなかった。4月1日の日米首脳会談ではオバマから、辺野古新基地の建設遅滞について懸念を示され、安倍は「辺野古移設が唯一の解決策との立場は不変」と述べるのが精いっぱいであった。
 オバマも最後は「安倍を信頼する」と述べたものの、4月5日に翁長知事は「辺野古の埋め立て承認以降の事由で私どもが了解できないことがあれば、撤回も視野に入れる」(4月6日毎日)との見解を示し、安倍がオバマの信頼に応えきれない現実が露呈した。
 その後の日韓首脳会談では、昨年末に「最終的解決」とされた従軍慰安婦問題についての合意を、両国政府が着実に合意するとの確認がなされた。
 しかし4月13日の韓国総選挙で朴大統領の与党セヌリ党は過半数を大きく割り込む大敗を喫した。一方共に民主党など野党は躍進し、ソウル日本大使館前の少女像の撤去など当事者抜きの「合意」内容の履行は、ますます困難になることが考えられる。

<G7外相会合で露呈した矛盾>
 このように、核サミットを利用した安倍外交は、合意の直後からその足元を揺るがされる事態に直面しており徒労に終わったと言ってもよいだろう。
 外交での成果を作りたい安倍政権は、4月10日から広島市で開かれたG7外相会合にあわせ、過剰な警備体制を敷き各国外相の平和記念公園訪問を演出した。同会合で採択された「広島宣言」では核兵器の非人道性についての指摘は、核保有国の反発で盛り込まれず、核廃絶へのプロセス具体化にむけての展望は開けなかった。
 また、自ら原爆ドーム視察を提起するなど積極的な行動を見せたケリー国務長官に「謝罪したのではない」と釘をさされるなど、被爆国のイニシアティブは発揮できなかった。
 さらに、中国、韓国からは第2次大戦における日本の加害性を隠ぺいするものとの批判も上がっている。今回の外相会合で安倍政権は、事前に中国が懸念を示していた東、南シナ海問題を議題化し、「宣言」とは打って変わって共同声明では、当該海域での一方的な行動への強い反対などを盛り込むなど、中国への牽制ではイニシアティブを発揮した。
 これらのことで、従軍慰安婦問題の根本的解決など戦後補償を蔑ろにし、軍拡、緊張激化を進めながら被害者性を強調する安倍政権の危険性が浮き彫りになったといえよう。
 
<進む南シナ海への介入>
 事実外相会合直後の4月12日には、フィリピンを訪れた海自の護衛艦2隻がベトナムのカムラン湾に寄港、さらに同日からインドネシアが主宰する「コモド演習2016」にヘリ空母「いせ」(1万9千トン)を派遣した。コモド演習には中国も参加しているが、アメリカを含めた参加海軍中、最大の艦艇を送り込んだのは中国に対する示威行動に他ならない。「いせ」は日本への帰途の際にはフィリピンに寄港することが明らかとなっており、海自艦のフィリピン寄港は常態化しつつある。
 また、4月15日には、フィリピン、ベトナムに寄港した2隻とは別の護衛艦2隻、そして潜水艦1隻が合同演習参加のためオーストラリア、シドニーに寄港した。海自の潜水艦が豪州を訪れるのは初めてであり、豪海軍へのセールスも兼ねているが、最大の目的は中国への対抗であろう。
 南シナ海ではアメリカ海軍が単独で「航行の自由」作戦、さらにフィリピンとの合同パトロールを展開している。さらに4月4日~15日には「バリカタン演習2016」が実施され米比両軍9千人が参加した。
 しかし、これらはアピール性は高いものの、偶発的衝突を招き、敵愾心を煽る性格のものではない。中国も当然のことながら、米韓演習に対して北朝鮮が見せたような対応はとっていない。
 先月号で日米演習時の米軍司令官の不祥事を紹介したが、米比演習直前の4月2日には南沙諸島を望むパラワン島の酒場で、米兵が比警察官に悪戯をしかけ、グループ同士の乱闘事件が発生した。アメリカ軍は「このことが合同演習に影響を及ぼすことはない」とコメントしたが、上も上なら下も下であり、アメリカ軍の緊張度が推し量れるというものである。
 こうしたなか4月14日、アメリカのABCニュースは南シナ海で日米共同パトロールが行われた、と報じた。詳細は明らかになっていないが、事実であればこの間の艦艇の動きから、フィリピンからベトナムに向かう途中の護衛艦2隻が参加したと考えられる。
 また「バリカタン」は米比2ヶ国演習であるが、安倍政権は来年以降これへの正式参加を目論んでいる。護衛艦2隻は演習開始時にスービックに停泊しており、4月6日の出港後パトロールに参加したとなれば、演習参加の先取りと言っても過言ではない。また安倍政権は否定しているが、「航行の自由」作戦への海自艦艇の参加も排除できないだろう。
 こうした動きは南シナ海での緊張のレベルを引き上げるものになる。アメリカに対しては慎重に対応している中国も、日本が本格的に介入してくれば警戒の度合いを高めるだろう。
 
<対露外交も限界>
 中国、韓国、さらには北朝鮮との関係改善に展望が見いだせない中、安倍は対露政策に活路を見出そうとし、5月連休中の訪露と年内のプーチン訪日を計画し、4月15日にはラブロフ外相が訪日、外相会談が行われた。
 その際対露融和に否定的なアメリカの理解を得るため、安倍は事前にウクライナのポロシェンコ大統領と会談し、約2千億円の経済支援とクリミア問題に関する理解を明らかにした。アメリカに苦情を言われないための2千億円ならお安いものなのだろう。
 一方で安倍政権は、自民党の稲田政調会長をロシアに派遣し、訪露の根回しを行わせた。 安倍訪露は確定的であり、年内にはロシア上下両院議長の訪日も実現する見通しであるが、懸案の北方領土問題の進展は難しいであろう。
 日露外相会談では平和条約締結に向けての協議を進めることでは合意したが、領土問題に関してラブロフ外相は原則論を固持した。
 そもそも、北方領土はロシアにとって対米戦略上の要衝であり、米露が緊張緩和に向かわなければ、問題は動かないだろう。したがって現状で日露首脳会談を何度しようが成果は得られないだろう。

<粗暴極まる内政>
 外交で突破口を見いだせない安倍は、内政に於いては相変わらず強引な政権運営を進めている。政府与党は民進党など野党4党が提出した安全保障関連法廃止法案を審議さえ行わないという、国会を軽視する卑劣な行動に出た。
 さらにTPPを巡っては、野党の求める資料がほとんど黒塗りで出されたのに対し、衆院TPP特別委員会の西川委員長の著書では、交渉経過に係わる記述があることが暴露され審議が中断した。
 さらに衆議院選挙制度改革では、アダムズ方式による抜本的な定数見直しを押しつぶし、「0増6減」という小手先の手直しを強行し、「改革」の名分としようとしている。
 こうした強硬姿勢で反発を抑えながら5月26,27日のサミットで「対中包囲網」「世界経済の回復」を華々しく打ち上げ、その後率先して財政出動、さらには今年度予算12兆円の前倒し執行に加え「消費増税再延期、税率見直し」を含む経済対策を持って、参議院選挙、もしくは衆参同時選挙に臨もうと言うのが安倍政権の戦略であろう。
 さらに安倍は14日夜に発生した熊本地震に際し、その時点では被害が比較的小さかったのを踏まえ、16日に現地入りし復旧を指揮する姿をアピールしようとしたが、16日未明の本震による激烈な被害拡大で中止に追い込まれた。また17日に予定されていた自身が出演するバラエティ番組の放送も中止された。
 しかし、安倍政権は様々な形で震災の政治利用を進めようとするだろう。まさに「選挙のためならなんでもする」である。安倍政権の暴走は震災以上の災厄を日本にもたらすであろう。
 民進党を始めとする野党は再度、選挙戦略を練り直し選挙区のみではなく比例区での統一候補擁立を進める必要があるだろう。(大阪O)

【出典】 アサート No.461 2016年4月23日

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【投稿】米覇権国家の後退とプルトニウム国家への道か否かの選択

【投稿】米覇権国家の後退とプルトニウム国家への道か否かの選択
                             福井 杉本達也

1 高純度プルトニウムと高濃縮ウランの米国への返還
 3月31日~4月1日、米国の首都ワシントンで核安全保障サミットが開催された。共同声明ではプルトニウムや高濃縮ウランなどの核物資の管理強化が明記された。サミットに先立ち、3月23日には日本から米国に高純度のプルトニウム239が返還された。プルトニウムは原子力研究開発機構の東海村にある「高速炉臨界実験装置(FCA)」で使われ、331kgあるとされるが、8kgを1発分の核兵器に換算すれば40発分にも相当する。高速増殖炉開発の中でプルトニウムの挙動を研究するために米国から提供を受けたもので、使用していた施設が目的変更されたことで、本来の利用目的外のプルトニウムを保有しないとの方針と、米国による「核兵器転用可能物質の管理」方針により米国に返還されることになったというのが公式での建前である。また、核サミットにおいて、京都大学研究用原子炉からの高濃縮ウラン45キロも撤去されることが合意された。
 米国の本音は核弾頭数十発分のプルトニウムや高濃縮ウランを日本に預けておいては不安なので、米国に引き揚げたのである。米国は、日本の「独自核武装」を恐れている。核弾頭数十発分のプルトニウムなど恐ろしくて日本においておくべきではないというのがホワイトハウスの決定である。

2 トランプ米共和党大統領候補発言の衝撃
 米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)が3月26日に掲載したインタビューで、トランプ氏は日米安保条約について「片務的な取り決めだ。私たちが攻撃されても、日本は防衛に来る必要がない」と説明。「米国には、巨額の資金を日本の防衛に費やす余裕はもうない」とも述べ、撤退の背景として米国の財政力衰退を挙げた。その上で、インタビュアーが「日本は世界中のどの国よりも駐留経費を負担している」とただしたのに対し、「実際のコストより、はるかに少ない」と強調。「負担を大幅に増やさなければ、日本や韓国から米軍を撤退させるか」と畳み掛けられると、「喜んでではないが、そうすることをいとわない」と語った。トランプ氏は、日本政府と再交渉して安保条約を改定したい考えも表明。日韓両国が北朝鮮などから自国を防衛できるようにするため、「核武装もあり得る」と述べ、両国の核兵器保有を否定しないという見解も示した(時事)。
 世界のまともな主権国家で70年間もの長期にわたる軍事占領を許し、首都の空まで横田空域として明け渡している国家はない(国家の体をなさない属国である)。米軍の撤退を掲げるトランプ発言が本音ならば、普天間の問題も沖縄の基地も解決するので大歓迎である。発言に大慌てなのは、米軍の占領・基地使用を「国体」とする日本の官僚機構である。
 
3 「核兵器・憲法上は禁止せず」答弁書と日本独自核武装論の行方
 新党大地(鈴木宗男)系の鈴木貴子衆議院議員が提出した質問主意書に対し、政府は4月1日の閣議で、核兵器の保有や使用について、「憲法9条は一切の核兵器の保有や使用をおよそ禁止しているわけではない」とする答弁書を決定した。これは横畠内閣法制局長官が3月18日の参議院予算委員会で、「憲法上、あらゆる種類の核兵器の使用がおよそ禁止されているとは考えていない」と発言したことを踏まえての政府答弁である。これまでも「独自核武装」論は度々政府首脳の口から発せられてきたが、今回はブッシュ政権が始めたイラク戦争の失敗によって米国の覇権が決定的に揺らぐ中での発言だけに無視できないものがある。
 こうした政府の答弁におおさか維新代表の松井大阪府知事は「何も持たないのか、抑止力として持つのか」議論すべきと浅はかな考えを語っている。さらに「自国ですべて賄える軍隊を備えるのか、そういう武力を持つならば最終兵器が必要になってくる」「米国の軍事力がなくなった時にどうするのか。夢物語でなんとかなる、ではすまない。」とも述べている(朝日:2016.3.30)。大量の放射性廃棄物やプルトニウムを抱えた原発を海沿いに50基以上も並べて「抑止力」を云々できる感覚は理解できない。核兵器でなくても通常兵器で格納容器の破壊は十分可能である。国内の原発が戦争やテロなどで攻撃を受けた場合の被害予測を、外務省が1984年、極秘に研究していたことが分かった。原子炉格納容器が破壊され、大量の放射性物質が漏れ出した場合、最悪のシナリオとして急性被ばくで1万8千人が亡くなり、原発の約86キロ圏が居住不能になると試算していた(東京新聞2016.4.8)。

4 「もんじゅ」の行方
 原発の使用済み核燃料からプルトニウムを取り出し再利用する日本の青森県六ケ所村の再処理工場について、3月17日、米国務省のカントリーマン次官補は「再処理に経済的な合理性はなく、核不拡散上の心配を強めるものだ。米国は支持しないし、奨励もしない」、「再処理事業から撤退すれば非常に喜ばしい」とし、日本の再処理事業に懸念を表明したが、外務省はこれに反発した(朝日:2016.3.18)。
 六ヶ所村の再処理工場と並んで日本の核燃料サイクルの結節点にあるのが敦賀市にある高速増殖炉「もんじゅ」である。「もんじゅ」の真の目的は燃料の増殖にあるのではなく、軍事用プルトニウムの生産にある。「もんじゅ」の炉心を取り巻く核分裂しないウラン238を主体とするブランケットと呼ばれる燃料集合体の部分にあるウラン238が高速中性子を吸収し核分裂性のプルトニウム239に変わる。その燃料集合体を毎年半数取り出せば純度98%の軍事用プルトニウムを62kg生産することができる。昨年11月、原子力規制委員会は、「もんじゅ」の運営主体である「日本原子力研究開発機構」に対し、運営する「資質なし」として運営主体を代えるよう所管する文部科学省に勧告した。文科省の「もんじゅ」の新運営主体の検討会(有馬朗人座長)では、またまた看板の付け替え(「動力炉・核燃料開発事業団」(1967年発足)→「核燃料サイクル開発機構」(1998年)→「日本原子力研究開発機構」(2005年)→新法人への改組)でお茶を濁し、軍事用プルトニウムの生産を諦めない動きが強くなっている(座長:「新法人に外部評価を」福井:2016,4.7)。

5 「核なき世界」に近づくどころか瀬戸際戦略に回帰するG7外相会議
 4月10,11日に広島市を舞台に開催されたG7外相会議において『広島宣言』が出されたが、新聞各紙は「原爆投下は『非人間的な苦痛』」という見出しで、あたかも米国が原爆投下を謝罪し、米英仏の核保有国が核兵器を廃絶するために日本が会議を主導したかのように「演出」を行った。宣言原文「human suffering」を外務省は「非人間的な苦痛」と訳したが、「非人間的」という意味はない。「人的被害」と訳することが正解である(朝日:2016.4.13)。核兵器使用の非人道性を明示したものではない(中村桂子・福井恫喝のための:4.13)。核兵器が「毒ガス兵器や「生物兵器」のように「非人間的」なものであれば、それを使用しようとする国家は「非人間的国家」として倫理的正当性を失い、国際的非難を浴びることとなる。しかし、「人的被害」であれば、兵器とは必ず人的被害を出させることが目的であり、それを使用したからといって国際的非難を浴びるものではない。
 外務省はどうしてこのような小細工を弄するのか。『広島宣言』とは日本は今後もけっして米国の「核の傘」を離れて「独自核武装」への道は進みませんという誓約であり、今後も軍事占領を続けてくださいという意思である。しかし、それでは対国民に対しては具合が悪いので、あたかも核兵器を廃絶する会議を日本が主導したかのように=日本は独立国であるかのように見せかけているのである。
 では、一方の当事者米国はどうか。ケリー国務長官は原爆慰霊碑に献花したが頭は下げなかった。5月の伊勢志摩サミットではオバマ大統領の広島訪問も検討されているが、その論理は「たった1発の核兵器の威力よって東洋の野蛮国をひれ伏させ属国とした」という凱旋以外にはない。米国は欧州では核による恫喝のために核兵器近代化プログラムを進めており、北朝鮮の核実験を出汁に東アジアにおいても日本・韓国でミサイル迎撃態勢(MD)を整備しつつあり、核兵器を廃絶する気などさらさらない。
 『広島宣言』のもう一つの相手は中国である。宣言では「透明性を向上させたG7の核兵器国の努力を歓迎し、他国にも同様の行動を求める」としており、核兵器保有数を明らかにしていない中国を批判している。また、『海洋安全保障に関する声明』においては、南シナ海における「航行および上空飛行の自由の原則」を強調し中国を牽制している。「対中脅威論」を煽り、対米従属を継続させることが日本官僚の存立基盤であるが、米国には必ずしも日本を中国の攻撃から防衛する義務はない。安保条約第5条は「自国の憲法上の規定及び手続きに従って」となっており、米国が参戦する場合、議会の承認が必要である。中国との正面衝突は避けたいのが本音である。米国も日本の基地は使い勝手がよいし、中国脅威論が高まれば日本に兵器も売り込みやすくなるが、日本などの為に中国と一戦交えたくはないと考えており、たとえ米中間で緊張が高まっても、日本の「独自核武装」は阻止し、日本を米国の影響力の範囲内に置き想定外の事態が発生することを防ぐというのが核をめぐる一連の流れである。アフガン・イラク戦争を経て米国の「世界の警察官」としての役割が後退する中、今後も米国の属国として、中東・アフリカまでも付き従うのか・「独自核武装」して放射能の海に自滅するのか・米国の覇権を相対化してアジアでしかるべき独立国としての位置を占めるのか、プルトニウム(高濃縮ウランを含む)の現物をめぐり水上・水中において激しいバトルが行われている。無論、我々は、そこにおいては欧州の「イスラム国」(IS:米CIA・サウジ・トルコ・イスラエルが養成した外人部隊)によるテロといった自作自演の謀略や情報操作などにも注意しなければならない。 

【出典】 アサート No.461 2016年4月23日

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【投稿】熊本地震・原発固執政権めぐって 統一戦線論(23)

【投稿】熊本地震・原発固執政権めぐって 統一戦線論(23)

<<大地の警告>>
 熊本県、大分県で観測史上4度目という震度7の強い地震が拡大している。何の前触れもなく、突如襲い掛かる大地の警告である。最大震度6強の強い余震が次々と連鎖、同時多発的に発生し、いまだ被害が拡大途上である。地震活動は、九州の広い範囲から、4月14日夜の「前震」に続いて、16日未明に熊本の「本震」(M7.3、震度6強)では、これと連動して関西地域でも地震が観測され、大阪南部でも震度3が記録されている。いったんおさまったかに見えても、誰も今後の事態を予測できない。
 明らかにこの事態が示していることは、日本列島を関東から中部、関西、四国、九州をまで貫く巨大な活断層である中央構造線と密接にかかわった巨大地震が動き出していることを示している。この中央構造線上に愛媛県の伊方原発があり、佐賀県の玄海原発が位置し、静岡県の浜岡原発がある。鹿児島県の川内原発は、この中央構造線の延長線上であり、しかもこれと並行し、活性化が心配されている南海トラフ地震のプレートの直近に位置している。日本列島は列島全体が地震の巣の上に位置しているともいえ、日本のすべての原発は、大地の警告を無視して、その地震の巣の上に立地する危険極まりない存在である。5年前の福島原発事故はそのことをまざまざと示したばかりであった。
 今回の地震発生は、4/6、福岡高裁宮崎支部が、川内原発1・2号機の運転差し止め仮処分の抗告を棄却してわずか8日後のことである。西川裁判長は、耐震設計の目安となる基準地震動(可能性がある最大の揺れ)を上回る地震のリスクはゼロではないとしつつも「新基準は耐震安全性確保の観点から極めて高度の合理性を有する」と認定。耐震設計についても「過小評価とは言えない」、「避難計画がないわけではない」、事故の危険性は「社会通念上無視し得る程度小さい」などと、まるで福島の原発事故がなかったかのような、一時代前の「原発安全神話」を「社会通念」として、原告の主張をを切り捨てたのであった。この「川内原発運転差止仮処分の却下」は、大地の警告を無視した完全に間違った決定であることを自然が立証してしまったのである。今回の地震発生で真っ先に気が動転したのは、九州電力経営陣とこの裁判長であろう。

<<惨事便乗型の改憲姿勢>>
 その川内原発は、この福岡高裁宮崎支部の運転差し止め仮処分の抗告棄却によって、現在、全国で唯一再稼動している原発である。同原発は、震度4を記録し、余震が拡大しているさなかにあっても平然と運転を継続し、原子力規制委員会も政府もこれを追認し、むしろ再稼動継続路線に固執している。
 川内原発の「震源を特定せず策定する地震動」では、震源距離10km圏内でマグニチュード6.8を想定しているが、最大加速度は620ガルでしかない。ところが今回の地震では、益城町の三成分合成で1580ガル、上下動1399ガルという巨大な地震動が記録されている。1995年の阪神大震災の891ガルをさえ大きく上回っている。しかも、余震が熊本から南西方向にも拡大しており、かつて川内沖100 km を震源とする震度7の地震が記録されていることからすれば、川内原発は、すぐさま停止させるべきなのである。
 ところが4/16、原子力規制庁は、稼働中の川内原発と、運転停止中の玄海原発、伊方原発に異常はない、と発表。丸川珠代環境相兼原子力防災担当相は15日の閣議後の記者会見で「原子力規制委員会から九州電力川内原発と玄海原発の施設に影響はないと報告を受けている。これからも余震が心配される。必要な時にすぐ態勢が組めるよう備えたい」と述べ、運転中の川内原発について、観測された地震動が自動停止させる基準値を下回っているとして「現在のところ、原子力規制委員会は停止させる必要はないと判断している」と、停止させる考えなどさらさらない態度である。原発震災事故は、それに直面してから、「必要な時にすぐ態勢が組めるよう備えたい」といった甘いものではない。「必要な時」には、すでに手遅れなのである。運転停止させることが先ず何よりも必要であるが、たとえ運転停止させても、放射能災害拡大の危険性に満ち満ちていることをまったく認識していない甘さである。群発地震のさ中にあっても、なぜひとまず止めようとしないのか? その最低限の常識さえ示しえない安倍内閣の傲慢さにはあきれ返るばかりである。
 地震が熊本県から大分県に拡大し、豊後水道を挟んだ四国電力伊方原発も危険極まりない存在である。その伊方原発について、愛媛県と四国電力は4/16未明、県庁で記者会見を開き、伊方1~3号機に異常はないと説明。四国電担当者は、再稼働前の最終的な手続きである3号機の使用前検査に「影響は出ないと思う」と強調、七月下旬の再稼働を目指す姿勢を変えていないし、安倍政権はこの再稼動をも後押ししている。
 4/17付け東京新聞は、「『川内』運転 住民ら不安 政府、地震域拡大でも静観」と題する記事で、川内原発建設反対連絡協議会の鳥原良子会長は「川内原発周辺にも活断層があり、いつ南九州で大きな地震があるか分からない。とにかく運転を止めてもらわなければ」と語気を強めた。松山市の市民団体「伊方原発をとめる会」の和田宰事務局次長は「再稼働の方針を考え直してもらいたい」と訴えた、と報じている。
 菅官房長官は4/16、こうした不安や訴えをまるで考慮することもなく、「原発、現状において停止する理由ない」、「津波もなく(震源地から)離れており、止める考えはない」と平然たる態度である。菅官房長官は、さらにこの地震に乗じて、緊急事態条項を憲法改正で新設することについて「極めて重く大切な課題だ」と、まさに惨事便乗型の改憲姿勢を露骨に示すまでにいたっている。第二の原発震災にまでつながりかねない、被災者や多くの人々のつのる不安を無視した、安倍政権の悪代官そのものの姿勢である。安倍首相、菅官房長官、丸川珠代・原子力防災担当相は、あくまでも原発再稼動路線に固執する、事実上「原子力村・原発マフィア」の代理人にしか過ぎない存在なのである。

<<民進党は川内原発の稼働停止の主張を>>
 地震が拡大するさなかの4/15、民進党、共産党、社民党、生活の党の4野党の書記局長・幹事長の協議がもたれ、熊本県での地震被害を受け、犠牲者を悼むとともに「党派を超えて人命第一で救援に全力をあげよう」「野党が互いにできることを一緒にやっていきたい」と、党派を超えた人命第一の救援に全力をあげることが確認された。
 問題は、さらに進んで、野党共闘の柱に、原発再稼動反対を明確に位置づけることが必要不可欠な事態の進展である。今回の地震の重大な警告を生かさなければ、野党共闘は真に力強いもの、人々の切実な不安と訴えに応える力強いものとはなりえないであろう。安倍内閣が、この地震のさなかにおいてもなお原発再稼動路線に固執し続けているからこそ、この路線と対決するさらにより幅広い統一戦線の形成が可能であり、喫緊に要請されているといえよう。
 4/16、フォトジャーナリストの広河隆一さん、作家の落合恵子さん、沢地久枝さん、広瀬隆さん、ジャーナリストの鎌田慧さんと、若者のグループSEALDs(シールズ)の山田和花(のどか)さんら六人が、「私たち「川内原発の即時停止を求める有志の会」は、九州全域を巨大地震が襲っている状況の中で。川内原発を停止させる措置を取らず、原発を運転し続ける九州電力に対して、川内原発の即時停止を要請します。」「異常があってからでは遅いということは、東京電力福島第一原発事故の経験から、誰の目にも明らかです。今とるべき唯一のことは、すぐに原発を停止し、万が一の事態に備えることです。九州では今、大震災に襲われ、多くの人が被災しているなか、懸命の救援が続いています。そのような、ただでさえ大変な不安な状況の中で、人々は、次の大地震がもしかして川内原発を襲うのではないかという恐怖にさいなまれています。私たちは九州電力に、原発の稼働を即時中止するよう要請します。」とする川内原発の即時停止を求める要請文を、九電に送ったと明らかにしている。
 民進党の一部には、原発に対する態度を曖昧にしたままやり過ごそうとする勢力が存在するが、熊本震災の警告はもはやそのようなあいまいさや、対応と感度の鈍さを許さない事態の進展である。
 すでに、3/2、民主党宮城県連と共産党宮城県委員会は定数1となった今夏の参議院宮城選挙区の候補者を民主党現職の桜井充氏に一本化することで合意し、以下のような6項目の「政策協定書」を交わしている。
 (1)立憲主義に基づき、憲法違反の安保関連法廃止と集団的自衛権行使容認の7・1閣議決定の撤回を目指す。
 (2)アベノミクスによる国民生活の破壊を許さず、広がった格差を是正する。
 (3)原発に依存しない社会の早期実現、再生可能エネルギーの促進を図る。
 (4)不公平税制の抜本是正を進める。
 (5)民意を踏みにじって進められる米軍辺野古新基地建設に反対する。
 (6)安倍政権の打倒を目指す。
 これは、今回の参院選をめぐる野党共闘で、もっとも進んだ包括的で具体的な政策合意である。民進党でこれが可能であるならば、この政策合意をさらに全国化し、全野党の合意に拡大することが要請されている。とりわけ(3)の脱原発路線を、直面する事態に照応して、原発再稼動ゼロを明示し、民進党においては、最低限、より具体的に川内原発の稼働停止と玄海原発、伊方原発の再稼動反対の主張を明確にすること、それを全野党共有の政策合意とすることが不可欠と言えよう。それは可能であり、そのためのさらなる努力が要請されている。野党共闘がこれに応えられなければ、有権者の圧倒的な支持を獲得することはできないであろう。
(生駒 敬) 

【出典】 アサート No.461 2016年4月23日

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【書評】『リンゴが腐るまで—-原発30km圏からの報告(記者ノートから)』

【書評】『リンゴが腐るまで──原発30km圏からの報告(記者ノートから)』
    (笹子美奈子著、2016年2月、角川新書、800円+税) 

 本書は、「最後の最後まで、もうこれしか選択肢がないですねという段階になるまで物事が決まらない。日本の政治って、何でもそうよね」という先輩記者の言葉を聞き、2013年から15年まで読売新聞福島支局に赴任、東京電力担当であった記者の記録である。書名の『リンゴが腐るまで』とは、これも先輩記者の話から来ている。義父から福島県産のリンゴが送られてくる、安全だという福島県知事のメッセージが添えられていたが、当時まだ子供が小さく食べるのはためらわれた、といって捨てるのもためらわれる。リンゴは結局、段ボールに入れたまま放置され、3月の終わりになって、一つ二つ腐り始めたリンゴを処分することになってしまった、と。
 福島の原発事故の収束・復興作業が進んでいないのはなぜか。著者は、この問いを抱いて現地に赴任する。そして現地で改めて目にしたのが、「その約10年前、2004年の新潟県中越地震の被災地の取材で見聞きしたことと酷似していました。/同じことが繰り返されていました。/お年寄りの孤独死、アルコール依存症。家庭の崩壊。国などから受けられる補助金の額が異なることによって生じる地域住民間の不和。帰る、帰らないの問題。災害の規模も性質も異なるのに、起きている現象と問題の構造は、中越地震とほとんど変わらないものでした」という事実である。
 例えば、賠償金をめぐる住民間の軋轢と矛盾である。帰宅困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域のそれぞれに支払われる賠償金が、道路一本を隔てただけで異なる。
 「中でも複雑なのが南相馬市」である。南相馬市は、2006年、小高町、鹿島町、原町市の3市町村が合併して誕生したが、「市南部の小高区(旧小高町)は、福島第一原発から20キロメートル圏内にあり、避難指示指定区域に指定されている。住民の多くは、原発から離れた市北部の鹿島区(旧鹿島町)にある仮設住宅に避難している。そして小高区と鹿島区の間にあり、市中心部の原町区(旧原町市)は原発から30キロメートル圏内に位置している。/原発から20キロメートル圏内、30キロメートル圏内、30キロメートル圏外の境界線が、小高区、原町区、鹿島区の三つの行政エリアの境界とほぼ一致するような形できれいに重なっているのだ。/そこで生じてくるのが、原発事故の賠償金の差をめぐる問題だ」。
 同じ仮設住宅で暮していても、東電からの賠償金が支払われる地区(小高区)、一部の住民に支払われる地区(原町区)、原則支払われない地区(鹿島区)がある。さらに受け取る金額の差がある。この結果賠償金の支払いが始まった当初、住民間の確執があからさまに表面化し、数年経った現在でも消えずに残っている。
 これに加えて事態を複雑にしているのが、「津波被災者と原発被災者との混在」である。南相馬市では津波による死者・行方不明者が600人以上に上る。「津波被災者にとってみれば」、親しい人の命を奪われ、家を建てる資金もない。「それに比べて原発被災者」は、命を落としたわけではなく、賠償金も受け取っている、待遇の差がやりきれない。一方「原発被災者にしてみれば」、自分たちは死ななかったが、放射線を浴び、一生健康に不安を抱えて生きていかなければならない、生きている間に自宅に帰れるかどうかも分からない。「津波被災者」は、土地は残されている、家を建て直せばまた元の生活を取り戻せる、と。
 このような状況に対して、では行政はどう対応しているのか。本書は、「三流官庁」環境省の責任が大であるとする。「原発事故直後、除染の所管省庁をどこにするか、政府で検討された際、名乗りを上げたのが環境省だった。『三流官庁』と揶揄されてきた環境省にとって、膨大な予算を扱う除染作業実績を作ることにより、脱三流官庁を果たすチャンスだった。/ところが、実績を作るどころか、除染作業は霞ヶ関のお荷物となった。宮城県、岩手県でインフラの復旧が着々と進む一方で、福島県は除染作業が進まないため、復興事業全体が足止めを食らった」のである。これまで規制官庁であった環境省の対応は、「ホッチキスで書類を留めているばっかりで何もしていない」と批判される始末である。
 次に現場と直接対応している自治体はどうか。ここでは業務量が膨大に増えたことが指摘される。復興業務自体がマニュアルのない作業であるため、例えば、避難指示区域の住宅は数年以上人が住まないまま放置されているため、ネズミに荒らされ傷んでいる。これを駆除して欲しいという要望が多く寄せられるが、ネズミの駆除のために使える交付金など、過去に前例がない。そしてこの対策を実施しようとすれば、これまた膨大な説明書類(事業の適正さ、費用算出、費用対効果の見通し等)の作成と陳情が必要となる。「被災地にいれば、ネズミの被害なんて一目瞭然なのに、(東京とは)温度差があり、なかなか状況をくんでくれない。福島復興再生総局は結局、霞ヶ関に説明しなければならない立場上、細かい説明を求める。こちらとしては必要だから要求しているのに」。これに自治体側の政策立案能力の不足が加わる。
 これらの間に立つ福島県でも、業務が増え、マンパワーが足りないという上に、「原発事故直後の国とのやり取りなどをめぐって、福島県は原発被災自治体やマスコミから多くの批判を受け、県幹部は及び腰になった」。この結果、「どうしても県がやらなければならない案件なのか」という基準でスクーリニングされるようになり、職員のモチベーションも下がっているという。
 かくして本書は言う。「自宅への帰還を待ちわびながら、仮設住宅の畳の上で息を引き取る人。中間貯蔵施設の建設をめぐる一連の動き。原発事故後の福島県での取材で私の目に映った復興の過程は、リンゴが腐るまで待っている政治・行政の姿だった」と。
 原発事故発生から5年、国策としての原発推進の方向は未だ変更されず、これに対するマスコミの批判も腰砕けになっている現在、本書は、現場からの小さな告発であり、立場上表現を控えている部分もあるが、わが国の政治・行政制度の陥っている大きな問題を暴いている。(R) 

【出典】 アサート No.461 2016年4月23日

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【投稿】野党共闘で「信任投票」化を阻止せよ

【投稿】野党共闘で「信任投票」化を阻止せよ
         消費増税再延期で衆参同日選挙目論む安倍政権 

<偽りの辺野古「和解」>
 3月4日、辺野古新基地建設を巡り、沖縄県と政府との和解が成立した。安倍政権はこれまで福岡高裁那覇支部が示した和解案に対し、受け入れを拒否し基地建設を進めるという強硬姿勢をとってきたが、急転直下の和解受け入れとなった。
 その内容は前号で述べた「根本案」「暫定案」のうち後者となっている。
これにより国は代執行訴訟、県が行った「埋め立て承認取り消し」執行停止申し立てなどを取り下げ、ボーリング工事を中断することとなった。
 そして今後は県と政府が「円満解決」に向けた協議を行い、不調の場合は改めて政府が「埋め立て承認取り消し」に関して是正指示や違法確認訴訟を行うこととなる。
 安倍政権は裁判所の和解勧告で、このまま強権的な代執行裁判が進んだ場合、国が敗訴する可能性が高いことを示唆され激しく動揺、さらに6月の沖縄県議会選挙や7月の参議院沖縄選挙区での与党敗北への恐怖から、一時休戦の判断をしたと考えられる。
 しかし政府はあくまで辺野古新基地建設に拘泥し、根本的な姿勢は何ら転換していない。和解から3日後の7日には翁長知事に対し「埋め立て承認取り消し処分」の是正を求める、国交相名の指示文を送りつけた。
 和解成立から間髪を入れずに、こうした行為に及んだことは沖縄県の是正拒否を引出し、政府勝訴の可能性が見込まれる違法確認訴訟に早期に持ち込みたいという、政権の思惑を露骨に現していると言えよう。
 安倍政権は違法性確認訴訟が決着すれば、基地建設に向けたあらゆる「障害」が排除されると、一方的に思い込んでいる。
 これに対して翁長知事は8日の県議会で、違法性確認訴訟で敗訴しても、新基地建設阻止に向け、あらゆる権限を行使していくことを表明した。
 県は基地建設に関して、和解内容に含まれない問題が惹起すれば、新たな訴訟などを提起していく構えである。現地の闘い、これと連帯する全国の運動も粘り強く取り組まれおり、今後も安倍政権の思惑通りには進まないであろう。
 
<一人芝居の安倍>
 沖縄、南西諸島を対中軍拡の最前線にと目論む安倍政権は、沖縄の抵抗をよそに着々と既成事実を積み重ねている。
 3月12日発表された内閣府の「外交に関する世論調査」(1月実施3千人対象回答率6割)では、中国に親しみを感じる人が14,8%だったのに対し、感じないと回答した人が83,2%と過去最高となった。一方同調査では日中関係が重要と答えた人も73,2%にのぼり、この結果を踏まえるならば関係改善が求められていることは明らかである。
 しかし安倍政権は真逆を志向している。文科省は17年度から使用される高校1年向け教科書に対し、尖閣諸島など領土問題や南京虐殺事件など歴史問題で多くの検定意見をつけ、「国定教科書化」を一層推し進め若者に民族排外主義を植え付けようとしている。
 日本の右派は中国の反日感情は、90年代の江沢民政権による「愛国教育」が原因と非難しているが、日本も同じことをしようとしているのである。領土問題については高校生より先に担当大臣を教育すべきであろう。
 さらに防衛省は自衛隊部隊の運用に関し、制服組の権限を拡大し、統合幕僚監部の意向に沿った防衛大臣の決裁が可能なように改めた。戦争法施行を踏まえ、安倍政権の意向に沿ったより効率的な作戦遂行体制が今後作られていくものと考えられる。
 これらの動きに合わせ実際の部隊行動も活発化している。3月15日海上幕僚監部は護衛艦2隻、練習用潜水艦1隻が3月19日~4月27日にかけての練習航海中、フィリピン(スービック)、ベトナム(カムラン湾)に寄港すると発表した。フィリピンへの海自潜水艦の寄港は15年ぶり、ベトナムへの海自艦の派遣は初となる。
 フィリピンに対しては南沙諸島監視用に海自の練習機を貸与することが決まっているが、今回の艦隊派遣はより直接的に南シナ海情勢への介入を企図したものと言えよう。1月下旬天皇、皇后はフィリピンを訪問し戦没者、犠牲者の慰霊を行ったが、これが対中軍拡の露払いとして利用された形となった。
 さらに、政府は戦時の輸送手段を確保するため国策海運会社「高速マリン・トランスポート」を設立、同社が所有する高速フェリー2隻を輸送船として使用することとなった。しかし海自にはこれらに配属できる人員がいないため、自衛隊在職歴のない船員を運航に携わらせる計画がある。これは事実上「軍属」としての徴用であり、海員組合は強く反発している。
 このような挑発に中国は警戒を強めている。李克強は第12期全人代の議論を踏まえ、「中日関係はまだぜい弱であり、歴史認識を後退させるべきではない」と安倍政権を牽制した。
 これに対して安倍は3月19日、総理としては初めて(これまでは国交相が出席)海上保安学校の卒業式に出席、東シナ海で中国と対峙することになる学生を鼓舞するなど、一層肩に力を込めている。しかし、もう一方の要の防衛大学校では卒業生の任官拒否が昨年の2倍に上り、士官レベルにも厭戦気分と動揺が広がりつつあることが明らかとなった。
 さらに戦争法で強固になったはずの日米同盟もおぼつかないものがある。昨年9月、まさに同法の審議中に行われた日米合同演習「ドーン・ブリッツ」の期間中、米海軍司令官が艦内のパソコンで、アダルトサイトを9時間にわたり閲覧していたことが発覚、今年初めに解任されていたことが判明した。アメリカの本気度が推し量れるというものであり、一人熱くなる安倍は滑稽でさえあるが、対中挑発、反対論封殺の動きを加速させている。
 
<「死ぬ」べきは安倍政権>
 国内外に於いて暴政を進める安倍政権に対し、国際社会は痛打を放った。3月7日、国連女性差別撤廃委員会は対日定期審査の最終見解を公表した。
 委員会は慰安婦問題に関する日韓「最終合意」、婚姻における夫姓強制などを、指弾、さらに当初は、天皇位の男系継承を規定した皇室典範も是正の対象となっていたことが明らかとなった。
 とりわけ慰安婦問題に関しては「依然として課題は多い」として、合意が当事者抜きで進められたことを指摘、さらにこれまでの委員会の勧告を日本政府が軽視してきたとして、今後合意内容の実現に当たっては元慰安婦の思いに十分配慮するよう日本政府に求めた。
 21世紀の「リットン調査団報告」ともいえる厳しい内容に安倍政権は逆切れし、菅は8日の記者会見で「極めて遺憾で受け入れられない」「国際社会の考えと大きく乖離している」と述べ、ジュネーブの国連代表部を通じ同委員会に抗議したことを明らかにした。
 安倍政権は、国連人権委員会で北朝鮮に対する勧告が発せられると、鬼の首を獲ったかのように大喜びしたが、今回は大ブーメランとして跳ね返った形となった。本来なら日本政府は北朝鮮に求めたのと同様、粛々として見解を受け入れるべきであるが、逆に国連を批判するようでは同一レベルと見られても致し方ないと言える。
 安倍政権は「女性が活躍する社会」を掲げながら女性差別を放置している実態が国際的に明らかになったわけであるが、国内からも女性労働者を中心に批判の声が噴出している。
 「保育園落ちた日本死ね・・・活躍できないじゃん」と訴えたブログに関し民主党から追及されると、安倍は2月29日の衆議院予算委員会で「匿名なので本当のことか確かめようが無い」と詭弁を呈してかわそうとした。
 しかし待機児童問題が存在しないかのような見解に、当事者たちが国会前に登場し怒りの声を上げると、安倍は答弁で「保育所」を「保健所」と言い間違えるなど狼狽を隠せなくなった。
 政府は緊急の待機児童対策取りまとめを急いでいるが弥縫策でしかない。今回の待機児童問題は「一億総活躍社会」の欺瞞性をも暴き出したが、いまだ財源が定まらない軽減税率、高齢者への福祉給付金が選挙目当てでしかないことが明らかとなった。
 マイナス金利など常軌を逸した金融政策が功を奏さず、日銀は3月15日の金融政策決定会合で景気判断を下方修正するなど、経済状況は深刻化する一方である。今春闘も、マイナス金利の影響で金融関係労組がベア要求を取り下げ、電機連合や自動車総連も苦戦を強いられた。
 賃金が改善されない中で国民の負担は増大しており、昨年の戦争法に対する怒りとはまた別の、怨嗟とも言うべき怒りが湧きあがりつつある。「保育所落ちた」はまさにその端緒とも言うべきものであろう。
 こうした状況に危機感を募らせる安倍は「改憲」のトーンを落とし、消費増税の再延期という「離れ業」を持って「信任投票」としての衆参W選挙を画策している。そのお膳立てとして、この間国内外の経済学者に増税延期をアピールさせているが、戦争法案審議の際、憲法学者の意見を無視したのとは大違いである。
 3月13日の自民党大会で安倍は「選挙のためなら何でもする無責任な勢力に負けるわけにはいかない」とボルテージを上げた。ところが、同日この様子を伝える日本テレビのニュースで『安倍総理「選挙のためなら何でもする」』とテロップが流れた。自民党、官邸は激怒したがあながち誤りではないだろう。
 同じころ中国では「習近平は中国共産党最後の指導者」という「誤報事件」があったが、安倍と習に「報道統制強化」という点では大いに一致するだろう。
 安倍が一人ヒートアップする中、内閣閣僚、党幹部は相変わらず弛緩している。3月15日の衆院別委で石破地方相は、昨年成立している法案を延々と読み上げるという大失態を犯した。さらに同日の参院予算委で林経産相は放射性廃棄物処理問題を問われ答弁に窮し、「勉強不足です」とあっさりと認めた。
 これらに加え島尻、丸川両大臣や丸山の居直りを許しているのは、野党の脆弱さのためである。民主、維新の新党名は迷走の結果「民進党」となったが、まだまだ未知数な部分が多く不安定さは否めない。
 しかしながら参議院選挙、あるいはW選挙まで残された時間はわずかであることから、消費増税の再延期というシングルイシューに引きずり込まれることなく、隠された争点を暴き出し政権を追い詰めていくことが求められている。(大阪O) 

【出典】 アサート No.460 2016年3月26日

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【投稿】国立大学「人文系学部」廃止ではなく「国家官僚」廃止を

【投稿】国立大学「人文系学部」廃止ではなく「国家官僚」廃止を
                            福井 杉本達也

1 文科省の「人文社会系学部」廃止通知
 昨年6月8日に文部科学省が全国立大学86校に対し、「人文社会系の学部と大学院について、社会に必要とされる人材を育てられていなければ、廃止や分野の転換」(朝日:2015.6.9)という通知を出した。「自然科学系の研究は国益に直接つながる技術革新や産業振興に寄与しているが、文学部や社会学部など人文社会系は成果が見えにくい」(同上)というのである。
 これに対し、日本学術会議は、「人文・社会科学と自然科学とを問わず、一義的な答えを性急に求めることは適切ではない。具体的な目標を設けて成果を測定することになじみやすい要請もあれば、目には見えにくくても、長期的な視野に立って知を継承し、多様性を支え、創造性の基盤を養うという役割を果たすこともまた、大学に求められている社会的要請である。前者のような要請に応えることにのみ偏し、後者を見落とすならば、大学は社会の知的な豊かさを支え、経済・社会・文化的活動を含め、より広く社会を担う豊富な人材を送り出すという基本的な役割を失うことになりかねない。」(2015.7.23)との幹事会声明を出し文科省通知に反論した。日経新聞も「大学を衰弱させる『文系廃止』通知の非」(2015.7.29)と社説で非難し、経団連は9月9日に「産業界の求める人材はその対極にある」との声明を出すなど、文科省の通知に非難が相次いだ。下村文科相(当時)は「人文系は不要と言っているわけではないし、軽視もしていない…あくまでも判断するのは大学自身」(日経:2015.8.10)などいうが、文科省が通知を取り下げたという話は全くない。国立大学の予算権限を握る文部官僚の思惑どおりにことは推移している。

2 明治以降、日本の国策は「理系」重視・「文系」軽視で始まった
 「文系廃止」の通知の言外に対象外の項目がある。「旧帝大法科」である。帝大法科は国家官僚の供給機構であるとともに、教授は国家権力を担う行政官僚でもあった。その官僚のイニシアティブの下で「国策」としての科学と技術の輸入・教育があり、旧帝大理学部や工学部の存在があったのである。「明治の工学はかくしてお上と西洋の二重の権威で武装され、人民のうえに君臨する学…国家を設計し、人民を管理する学問である」。しかも近代機械文明の第一歩は「軍事的政治的要素によって支えられた」。工学部や理学部の教授・研究者たちにとっては、戦争中はわが世の春だった。平賀譲東京帝大13代総長(造船学・海軍技術中将)の下で、1942年「第二工学部」が新設され、特攻兵器などが研究された。「二工」は1945年の戦艦大和の撃沈と敗戦によって「戦犯学部」との非難を受け役割を終えたが、戦時下において戦争に不可欠と語られた理学教育や工学教育は敗戦を境に何の反省もなく今度は近代国家建設のために不可欠と祭り上げられていった(山本義隆『私の1960年代』)。
 では、福島原発事故においては「理系」はどう行動したのか。2011年3月12日、危機的状況にあった福島原発を菅直人首相(当時)と共に視察した斑目春樹元原子力安全委員長(東大大学院工学系研究科教授)は、菅氏の「水素爆発はあるのか?」との質問に、「水素がいくら出てきても爆発しません」と答えた。その数時間後に1号機の建屋は水素爆発を起こした。班目氏は、「わあ、しまった!」と思ったと語っている(FNN斑目氏単独インタビュー 2016.3.8)。「化学エネルギー」の技術で「核エネルギー」を無理やり押し込めようとしてきた戦後工学が決定的に破綻した瞬間である。同時に、事故当日、勝手に官邸の危機管理センターを抜け出し職務放棄した寺坂信昭元原子力安全・保安院長は、後に国会事故調でトンズラの理由を聞かれ「私は文系なので」と答弁したが、腐敗・堕落も甚だしい。今すぐ廃止すべきは「核エネルギー犯罪学部」と「官僚養成学部」ではないのか。

3 安倍がなんだと電話を切ったノーベル賞:大村智氏と「君が代」で岐阜大を脅す馳浩文科相
 ノーベル医学・生理学賞受賞の一報を受けて北里大学での記者会見で、大村智氏が挨拶をしようと口を開きかけた時、事務方が「安倍総理からお祝いの電話です」と耳打ちした。大村氏は「あとでかける」とにべもない。司会者が気を利かせて、「ただ今、安倍総理のほうから電話が入っておりまして、そのあと大村先生のご挨拶を」とフォローすると「今、総理大臣から電話があるそうですけども、(この電話口で)ちょっと待たされております。タイム・イズ・マネー。(会見を)続けましょう」と答えた。ノーベル賞は大村氏が自力で獲得した成果であるが、それを文科省官僚は姑息にも首相の電話1本で「国家の成果」として横取りしようとしたのであるが、時間の無駄だといってこれを拒否したのであり、実に痛快なシーンであった。これは大村氏が米メルク社と自力で契約を結び、大村氏の特許である抗生物質の売上のロイヤリティが研究費として還元され研究が続けられた自信からである(馬場錬成『科学』2016.2)。
 一方、馳浩文科相は2月21日、岐阜大学の森脇久隆学長が卒業式などで国歌「君が代」を斉唱しない方針を示したことについて、「国立大として運営費交付金が投入されている中であえてそういう表現をすることは、私の感覚からするとちょっと恥ずかしい」と述べ露骨な脅しを行った(朝日:2016.2.21)。交付金や科研費の操作で大学に介入するのが今の国家官僚の姑息な手段である。
 大村氏のように公的な資金源からの束縛から自由なほど、時の学問の権威や官僚支配に服従しない道を選ぶ自由があり、逆に自由でない人は時流に逆らえば、公的な職を失う恐れがある(柴谷篤弘『構造主義生物学』1999.1.20)のが今の日本の教育・研究の現実である。

4 脱原発では宗教学者など人文系学者の活躍が目立つ
 いわゆる「専門家」といわれる人々の福島原発事故の評価についていち早く疑問を呈したのは原発とは縁遠い日本数学会であった。3.11直後から専門家が「想定外」という言葉を発したことに対し、「たとえごく稀にしか起こらない現象であっても、確率論的な視点からその危険性を適切に評価し十分な検討を加えること、検討に基づき異常事態への対策をたてた上で、危機管理に望むこと」(理事会声明:2011.6.12)だとし、不確実な情報も隠さずに公開すべきだと政府の情報隠しを批判した。宗教学者の島薗進氏も『つくられた放射線「安全」論』を出すなど事故直後から現在まで積極的な発言を行っている。また、経済学者の安冨歩氏は『原発危機と「東大話法」』で「原子力ムラ」に群がる東大教授たちは事故が起こった後も変わらず原発擁護の姿勢を貫いているが、それは「自己の信念ではなく、自分の立場に合わせた思考を採用する」という知的権威の「東大話法」によるものだと鋭く批判した。文科省はこうした「文系」の発言を疎ましく思っている。

5 「第5期科学技術基本計画」に見る落ちるところまで落ちた国家官僚の劣化
 日本の教育への公的支出はOECD加盟国中最下位で2012年GDP比3.5%である。1位のノルウェーの半分程度でしかない(日経:2015.11.25)。にもかかわらず「第5期科学技術基本計画」(2018.1.22閣議決定)では「ICT分野の知財、論文、標準化の件数」、「任期なしポストの若手研究者の割合」、「理科が楽しいと答える学生の割合」、「論文数、引用回数がトップ1%に入る論文の日本シェア」、「世界大学ランキングにおける日本の大学の順位」、「特許に引用される科学論文数」、「大学、公的研究機関発のベンチャー企業数」等々を目指す成果目標を設定するという(日経:2015.11.2)。人参もぶら下げずに「目標管理」手法のみで馬を走らせようというのであるから日本の国家官僚はどういう思考をしているのか?研究者は霞を食って生きられるのか?全く机上の空論である。「計画」は「科学技術イノベーション推進」を掲げるが、過去の経験や延長線上では評価できない変革を「イノベーション」という。「イノベーション」の「達成すべき状況を定量的に明記」(??)できるなら定義してもらいたい。いまだに過去の高度成長期の「成功経験」にしがみつき、3.11後の状況下にあっても「国内総生産」や「製品やサービスの世界シェア」を数値目標として掲げる国家官僚の「理系」重視の発想は、戦艦大和の沈没と重なって見える。日本語もまともに解釈できない輩が、「国家」という“権威”を笠に一片の通知で教育を動かそうとしているのであるから、日本も沈没である。「文系廃止」ではなく、全く無能・無責任な「国家官僚の廃止」こそ、今求められている。

6 高浜原発差し止め決定と「司法官僚」
 3月9日夕方、重大ニュースが飛び込んできた。高浜3,4号機の再稼働差し止め処分の大津地裁決定である。切迫した危険を止めることを目的とする「仮処分」のため即日効力が生じ、稼働中の高浜3号機は翌日の10日に停止された。稼働中の原発が裁判所の決定で停止されるというのは初めてである。住民訴訟側の井戸謙一弁護士(志賀原発2号運転差し止め判決の裁判長)はもちろん、関電や国さえも全く予想しなかった決定である。インドネシアを訪問中であった森詳介会長が予定を切り上げて急遽帰国するということからも関電側の慌てぶりが窺える(日経:2016.3.11)。
 大津地裁の山本善彦裁判長は、前回2014年11月の高浜原発運転差し止め仮処分申請では「規制委の審査が終わっていない」として却下しているので、今回も同様だろうと期待していなかったが、あにはからんや大逆転となった。「その災禍の甚大さに真筆に向き合い二度と同様の事故発生を防ぐとの見地から安全確保対策を講ずるには、原因究明を徹底的に行うことが不可欠である。この点についての関電の主張及び疎明は未だ不十分な状態にある」と明快な判断を示した。福岡地裁→大阪高裁→大津地裁などを異動している山本裁判長の場合、井戸裁判長(現弁護士)や福井地裁仮処分決定をした樋口英明裁判長など「良心と法に従う」裁判官というよりも「司法官僚」の位置づけが強い。稼働中の原発を止めたことは、劣化した経産官僚や文科・外務省内の独自核武装派の官僚により日本全土が放射能に占領されてしまう恐れが強くなる中、一部「司法官僚」の間では何らかの話が持たれていると見ることができる。日経のコラムは裁判員制度の導入によって司法官僚も住民目線を意識しだしたと分析する(日経「春秋」:2016.3.12)。浮ついた「理系」重視の前に「災禍の甚大さに真摯に向き合う」べきである。 

【出典】 アサート No.460 2016年3月26日

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【投稿】北海道・京都ダブル補選をめぐって 統一戦線論(22)

【投稿】北海道・京都ダブル補選をめぐって 統一戦線論(22)

<<「市民運動で安倍政権を包囲すること」>>
 安倍政権の強引な安全保障関連法の成立から半年となった3/18、同関連法に反対する集会、デモが全国各地で展開された。一昨年来の運動がより広範にかつ、裾野を広げている証左ともいえよう。
 「戦争させない・9条壊すな! 総がかり行動実行委員会」が主催した集会では、高校生団体「T‐ns SOWL」、安保関連法に反対するママの会、視覚障害者、日本弁護士連合会や日本キリスト教団の代表、日本医師会の前会長らのスピーチは、会場からの大きな連帯と歓声で迎えられた。開会あいさつに立った同実行委メンバーで「平和フォーラム」代表の福山真劫さんは、今年の中心的な取り組みは「市民運動で安倍政権を包囲すること、衆参の選挙で野党を勝利させること」「参院選で改憲勢力による3分の2の議席確保を阻止する枠組みができた。あとは我々がどう闘うかだ」だと強調、「たたかう野党を全力で支えよう」と訴えた。
 同集会に参加した民主党の枝野幸男幹事長は「あの採決とはいえないような採決から半年。国民はどうせ忘れるだろうとタカをくくっていた人たちがいます。忘れているどころではない! ますます『おかしいぞ』という声は広がっている。そう確信をしています」と述べ、「『幅広い連携を』と声をあげてきていただいた皆さんの声に押されて、しっかりと、それぞれの党の立場の違い、意見の違いを乗りこえて、『安倍晋三政権の暴走を許さない』『立憲主義、民主主義、国民生活の危機を乗りこえる』、この点でできうる限りの協力をするというところまで持ってくることができました」「皆さんからは『まだまだ甘い』とか『もっと急げ』とか、そういうご意見もあるかと思います。しかし、民主主義を守るための戦いです。お互いの違いを、時間をかけてもじっくりと話し合ってすり合わせて、そして結論を出していくのが民主主義です。そのかわり、最大の戦いではある選挙には、必ず間に合わせます。4月の補欠選挙を2つとも取り、ダブルなんか打てなくさせます! そして夏の参院選で与党やその周辺にいる勢力を一人でも少なくするために、最大限の成果をあげるために、私たちは全力をあげてまいります」と発言している。まだまだ切迫感や迫力不足で甘いともいえるが、やっとここまで発言できたか、という意味で、その意義は大きいといえよう。
 同じく、共産党の小池晃副委員長は、「野党の選挙協力を談合だ野合だなどと言っている。とんでもない! 自民党には言われたくありません。『立憲主義を取り戻す』。これ以上の大義はないではありませんか」「民主党、維新の党、社民党、生活の党と固く力をあわせて、自民・公明と補完勢力を国会で少数に追い込むために、市民のみなさんと心一つにたたかいぬく」と決意表明している。本当にセクト主義を克服できるかどうかが、共産党にも問われている。

<<「『民主党・共産党』対『自民党・公明党』の対決になる」>>
 4月12日告示・24日投開票の衆院北海道5区と京都3区の両補選は、その意味で参院選の帰趨にも影響する重要な試金石である。
 枝野氏は「4月の補欠選挙を2つとも取り、ダブル(選挙)なんか打てなくさせる」と述べたが、対する安倍政権も必死である。
 安倍自民党総裁は3/12のの党会合で「衆院北海道5区補欠選挙は極めて重要な選挙になる」と都道府県連の幹事長ら幹部に対して認識の共有を求め、「選挙はどの選挙も重要だが、特に北海道5区は重要だ」と強調、「北海道5区の補欠選挙、夏の参院選は今後の行き先を占うものになる。今年は選挙の年、勝負の年になる」と緊張感を持って対応するよう求めた。特に衆院北海道5区の補欠選挙が重要とする理由について、「日本共産党が候補者を下ろし、民主党と協力して『野党統一候補』を出し、われわれの候補に挑んできているからだ」と強調、安倍総裁は「夏の参院選挙では多くの選挙区で共産党は候補者を下ろし、民主党と協力をして、戦いを挑んでくる。まさに『民主党・共産党』対『自民党・公明党の連立政権』、自公対民共の対決になる」と訴えた。安倍首相自身が主導し、地域政党「新党大地」を寝返らせ、民主党を離れさせた鈴木貴子議員を抱き込んだのもその布石であった。鈴木貴子議員は「共産党とくみするような民主党に仲間入りをしたつもりはない」と開き直っている。
 すでに昨年7月に擁立を決めていた自民党の候補・和田義明氏と対決するのは、野党統一候補で無所属として出馬する池田真紀さんである。池田さんは昨年12月、上田文雄前札幌市長らが呼び掛け人の市民団体「戦争させない北海道をつくる市民の会」の出馬要請を受諾しての立候補である。池田さんは、2014年衆院選で北海道2区から民主党推薦として出馬、今回は5区にくら替えし、無所属の野党統一候補として出馬する。だが、共産党が公認済みの橋本美香氏を取り下げ、野党統一候補になるまでに2カ月もかかってしまっている。共産党北海道委員会と民主党北海道が候補者一本化に合意し、共産党が独自候補を取り下げ、維新、社民も推薦、新人の池田真紀さんを統一候補としたのは、今年の2/19であった。最終的に上田氏らが接着剤の役割を果たし、民主、共産、維新、社民、生活の野党5党が推薦、市民ネットワーク北海道が支持を決め、野党勢力の結集がようやくのことで実現したのである。
 しかし 池田さんには主婦や学生の勝手連が次々にできている。市民グループ「怒れるイケマキ応援隊イケマッキーズ」=「イケマッキーズは30~60代の女性がメンバー。池田氏の街宣を追う応援ツアーやトークイベントなどを企画し、SNSで拡散する。メンバーは「私たちは安倍政権がやばいと集まった仲間。政治に関わっていない市民に支持を広げたい」と無党派層への浸透を狙う。フェイスブック など会員制 交流サイト ( SNS )で配信。瞬時に拡散し、 安全保障関連法 廃止を旗印に野党と市民団体が共闘する新しい選挙を印象づけた。」(2016/3/5北海道新聞)
 この北海道五区は、前回2014年の衆院選小選挙区候補者別得票数は自民131,394票に対し民主・共産あわせて126,498票。その差は約5,000票。十分に逆転可能な差である。「10%差と言われてたけど今2%差ぐらいに迫ってる」状況である。

<<「水面下の支援>>
 京都3区の補選は北海道5区とは相当に様相が異なる。育休宣言後の不倫が発覚した自民・宮崎謙介前衆院議員の辞職に伴うもので、自民は候補擁立を断念。連立を組む公明党も「謹慎」。自民支持を当て込んで、おおさか維新の会が新顔の森夏枝氏、日本のこころを大切にする党が新顔の小野由紀子氏の両氏を擁立。まだ流動的ではあるが、自民を補完する「保守分裂」である。
 これに対して、前回衆院選の同3区で宮崎氏に敗れ、比例近畿ブロックで復活当選した民主の泉健太衆院議員が、3/27に合流する民進党公認で選挙に臨む。3/13の民主党の京都府連大会で泉氏は「いずれの選挙でも共産とは共闘しない」とする府連の活動方針を強調。だが同時に、泉氏は直接の連携は求めていないが、「政権の政策に疑問を持つ人には党を超えて結集してもらいたい」と述べ、水面下の支援には期待を示す。
 「水面下の支援」を期待される共産党は、3/14、自主投票を発表する。同党の山下書記局長は、京都3区補選をめぐる状況として、(1)5野党党首合意で安保法制=戦争法廃止、集団的自衛権行使容認の閣議決定撤回を確認した民主党の公認で現職が立候補を予定している。(2)中央レベルでも、京都府レベルでも、民主党からわが党への協力の要請がない。(3)5党首合意で確認した現与党とその補完勢力を少数に追い込む必要のある選挙となること―を説明。「これらを踏まえ総合的、自主的に判断した。補選という特別な条件のもとでの判断だ」と述べている。同日、共産党京都府委員会も声明を発表:民主党の泉健太氏が「京都では共産党と連携することにならない」と表明、3/13の民主党京都府連大会で「拒否感の強い共産党とは一線を画す」として「いずれの選挙でも共闘しない」と明記した活動方針を採択した。泉氏は「安保法制廃止・閣議決定撤回」を今のところ、公約として明示的に述べていない。現状では、選挙協力の見通しは立っていない。同時に泉氏は「安保法制廃止・閣議決定撤回」を党首間で合意した民主党の公認候補である。安倍暴走政権の補完勢力であるおおさか維新なども候補者を擁立するもとで、5野党合意を誠実かつ真剣に実現する立場から「自主投票」とすることを決めた。
 この苦渋の判断の背景には、直近、2/7に投開票された京都市長選の深刻な事態がある。自民、公明、民主、社民が相乗りした現職の門川大作市長が3選を果たし、「憲法市政みらいネット」の候補で共産推薦の本田久美子氏がダブルスコアで敗れ、、門川陣営が「今回の市長選では、投票率が35・68%と低迷したにもかかわらず、門川氏が圧勝。ここまで勝つとは思ってなかった。勝ちすぎだ」と漏らすほどであった(門川=254,545、本田=129,119)。「初の女性憲法市長」の誕生を訴えたが、ここ半世紀の共産党単独推薦候補で最も少ない得票数で、前回の共産推薦候補より6万票以上減らす結果となってしまったのである。共産党京都府委員会の渡辺和俊委員長は「準備が足りず、共産党としての力が足りなかった」「投票率が低く、赤旗の読者も減少している。若い人への働きかけが必要だ」と反省。2/7,8付赤旗は「健闘も及ばず」、安保法制に反対する学者の会、ママの会@京都、シールズ関西などの応援を得て、「市民の共同が広がりました」と報じたが、なぜ「市民の共同が広がった」のに敗北したのか、については、一切応えられていない。
 今回の補選への「自主投票」は、そうした敗北を踏まえた、共産党の苦渋に満ちた判断だと言えよう。さらに踏み込めば、一線を画しつつも、自主的支援と明確にすべきであろうし、そうしたほうが、「暴走安倍政権打倒に本気で取り組んでいる」というメッセージがより強く伝わり、むしろ支持の裾野も統一戦線ももっと大きく広げられることを認識すべきであろう。
 北海道5区と京都3区の両補選は、その意味で重要な試金石となろう。
(生駒 敬) 

【出典】 アサート No.460 2016年3月26日

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【本の紹介】「ヒトラーに抵抗した人々」

【本の紹介】「ヒトラーに抵抗した人々」
          (對馬達雄著 中公新書 2015/11/25) 

 世界一民主的な憲法と言われた「ワイマール憲法」の下で、独裁政権ナチス・ドイツがどのように成立したのか。本書は、ナチス・ドイツが成立する過程を明らかにしつつ、それに抵抗した人々の闘いと結末を丁寧に描き出している。
 
<不景気からの転換、財政出動と雇用創出>
 「大恐慌から立ち直れないまま失業率は40%、失業者数は600万人を優に超えていた。安定と秩序を欠いた社会には絶望感が溢れていた。なかでも若者たちは将来の希望を絶たれた犠牲者だった。」ナチスが合法的に政権を奪取したドイツの状況だ。政権に就いたナチスは、財政出動による雇用創出、アウトバーン計画などの公共事業、自動車産業への助成策によって失業問題を改善し、社会を安定させた。しかし、それはナチス思想の実践のための施策であった。1933年の「全権委任法」の成立を受け、ヒトラーは、共産党・社会民主党など反対者の一斉拘束・ユダヤ人の抹殺と東欧の植民地化に着手することになる。ナチス抵抗者となる人々の多くも、全権委任法の成立と強行策の実施までは、ヒトラー政権の支持者であったという。それほど、ナチス・ドイツは国民の支持を集めていた。
 
 <ユダヤ人絶滅政策と抵抗の開始>
 ヒトラーは、「我が闘争」(第1巻は1925年発行)において、反ユダヤ主義を自らの信念として語っている。「特に顕著なのは人種主義の観点であり、世界は人種同士が覇権を競っているというナチズム的世界観である。さらに、あらゆる反ドイツ的なものの創造者であると定義されたユダヤ人に対する反ユダヤ主義も重要な位置を占めている」(ウィキペディア)
 特に金融・経済界の重要な位置を占めるユダヤ系ドイツ人に対して、ヒトラーは、「ユダヤ富裕層に対する反感と敵愾心」を煽っている。政権奪取後ナチス突撃隊によるユダヤ暴行や逮捕は容認されていたが、全面的なものではなかった。経済の好転と失業解消を受けて、1935年徴兵制の復活、再軍備宣言以降、ナチズムの体現者としてヒトラーの神格化が始まると、反ユダヤ政策が強化されていく。
 著者によると、反ユダヤ政策の強化と戦争計画は連動しているという。1936年の「第2次4カ年計画」(戦争準備)と、1935年のニュールンベルグ人種法によるユダヤ人からの市民権はく奪である。「祖父母の4人ないし3人をユダヤ人に持つ人々は『完全ユダヤ人』とされ、その数77万5千人(1937年)は、市民権を奪われ公的扶助の資格もはく奪されていく。」そしてユダヤ人資産家からの財産没収による財源は、戦争準備に使われてゆく。
 1938年11月、ドイツ全土・オーストリアでユダヤ人への暴行・殺害、略奪行動が行われる。ボクロムである。略奪された資産は、国内低所得者施策の財源と軍備拡張に使われた。この時期、反ユダヤ政策に反対した政府・行政関係者は、公職を辞し、反ナチスの抵抗者となってゆく。ただ、密告社会となったドイツでは、反ナチス運動は公然たる国民運動になることはなかった。
 
<国民の圧倒的なヒトラー支持と反ナチス抵抗者>
 侵略した国々からの簒奪資産(資金も食料も)とユダヤ人からの没収資産は、ドイツ国内政策に充てられ、ロシア戦以後敗戦が色濃くなっても、多くのドイツ国民は依然ナチスを支持していたという。
 しかし、危険を冒しても人間でありつづけたいと考える人々、本来のドイツ国家に戻るべきと考える人々は、ユダヤ人の救援や救済活動を密かに実行し始める。小さなサークルであったり、個人の結びつきを通じて。戦後の調査では、こうしたグループは全国に数百存在したと言われている。それらの人々も、戦争末期までには多くが拘束され、強制収容所で命を落としている。
 遺族を含め、戦後も多くを語らなかったため、これらの活動が評価されはじめるのは、1950年以降と言われる。抵抗運動の中でも、1944年のヒトラー暗殺事件と1942年ミュンヘン大学の学生による反ナチス組織「白ばら」グループの活動は、戦時中に公開裁判が開かれたため広く知られることとなった。
 「ワルキューレ」(2008年)という映画が公開されたが、トム・クルーズ演じる「シュタウフェンベルク大佐」が、時限爆弾によるヒトラー暗殺を計画し、実行した実話である。事件後大佐は死刑となった。徹底した捜査により、暗殺事件に関連して逮捕された人々は7000人に上った。
 「白バラ」事件は、ミュンヘン大学の学生が反ナチスのビラ<白バラ通信>を配布した事件である。第6のビラまで発行されたが、逮捕後中心人物の3名は、直ちに斬首刑とされた。影響を受けて活動したハンブルグ大学の学生も極刑となっている。
 
<ロシア戦で失速した略奪戦争>
 ナチス・ドイツの勢いは、レニングラード攻防戦を境に急速に失速することになる。ソ連は1000万人を超える軍人・市民が犠牲になりつつ、モスクワ直前でナチス・ドイツを撃退した。また、侵略した国々のユダヤ人達もナチスの抹殺対象であり、略奪の上、強制収容所へ送られ、帰ることはなかった。侵略した国の富と食料をドイツ国内へ運びだし植民地化された地域では飢餓が蔓延する。そしてロシア戦線の膠着、アメリカの参戦によりドイツの敗色は決定的となったが、ヒトラーは戦争遂行を続けた。略奪資産により国内では飢餓が起きなかったことも一因と言われる。
 
 <「もう一つのドイツ」否定政策>
 ドイツ占領期、戦勝国は草の根のような反ヒトラー抵抗者の存在を隠蔽する。アメリカ・ソ連共にナチス・ドイツ一色のドイツが戦争を犯罪を起こしたと宣伝するため、反対勢力の活動を隠したためである。そのため、抵抗者の再評価が遅れることとなる。そのため敗戦後も抵抗者の遺族たちには「迫害」と貧困の2重の苦難が続いた。その後、民間の救済機関が設立されるなど徐々に変化が起き始め、再評価に繋がることになる。
 ユダヤ民族絶滅計画はじめとするナチス・ドイツの戦争犯罪について、ドイツは風花させず、後にEUに結実していく。「侵略戦争ではなかった」と歴史を否定する日本の極右勢力とは対象的であろう。
 本書では、具体的な抵抗者達の活動が描かれている。死をも覚悟しての反ヒトラー抵抗者、市民の抵抗運動について、本書を通じて学ぶことは重要である。(2016-03-21佐野) 

【出典】 アサート No.460 2016年3月26日

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