【投稿】なぜ強行する「大飯原発3.4号機再稼働」

【投稿】なぜ強行する「大飯原発3.4号機再稼働」
                             福井 杉本達也 

1 安全性を無視した大飯原発3・4号機の再稼働要請
 枝野経産相は4月14日福井県知事に対し大飯原発3・4号機の再稼働に向けての地元の協力を要請した。要請の中で、枝野は「2基は政府が示した新たな安全基準を満たし、安全は確保されている」とし「電力需給面での必要性」も再稼働の理由に挙げた。だが、これまで原発稼働に肯定的であった地元紙・福井新聞でさえ、「説明も説得力も足りない」「信頼を失った政権の政治判断は常に危うい」(2012.4.15)と批判的である。
 一方、福島事故以降、脱原発の主張を強める中日新聞(東京新聞)は,野田首相と3閣僚で「責任,本当に取れるのか」と問いかけ、損害賠償を含め「原発事故の責任を取り切れるものは存在しない」とし、「原発の安全性を確認できる状態からはほど遠い」「福島第一原発事故の原因は、まだ分かっていない」「科学的、中立的な規制機関はまだ存在しない」とし原子力規制庁も発足していない中での事故の当事者たる原子力・保安院による “安全確認”と前のめりの“政治判断”に大きな疑問を投げかけている。工程表では「事故発生時に“司令塔”となる免震施設」「ベント時に放射性物質を取り除くフィルターも、完成は三年先」であると指摘する。福島第一原発の免震重要棟は柏崎刈羽原発の地震による被害の経験を踏まえ、事故のわずか半年前に完成したものである。もし放射性物質が漏れ込まないようにした、作業員が300~400人も入れる免震重要棟がなかったならば東電は福島第一原発を放棄せざるをえなくなったであろう。それは日本の終わりを意味していた。今回の事故での数少ない不幸中の幸である。それさえ先延ばしして何が何でも再稼働するというのであるから「福島の知見」など何処へやらである。

2 関電の「電力不足」は大ウソ
 大飯原発再稼働を福井県知事に要請するにあたり、経産相は4月13日の記者会見で、「関電の供給力を上積みしても厳しい電力不足に直面すると判断し、再稼働が必要だ」とし、「猛暑だった2010年並みの最大需要に対する供給力不足は18.4%」になり、「電力不足が社会的弱者にしわ寄せを与え、日本産業の屋台骨を揺るがす可能性が高い」と説明している(福井:4.14)。しかし、これは再稼働ありきの詭弁である。
 まず①需要のピーク時である「最大電力」の比較を2010年の3,095万kwとしているが、これはここ10年での最大値である。『関西電力会社案内2010』によれば、ここ数年間は2010年を除き2,900万kw台で推移している。2006~10年の過去5年間の平均では2,945万kwにしかならない。
 ②次ぎに供給力であるが主力の「火力発電」の供給力を1,923万kwと見積もっている。しかし、ここには宮津エネルギー研究所(重油・原油)の2基:75万kwと多奈川第二発電所(重油・原油)の2基:120万kwもの設備が抜けている。共に「長期計画停止中」であり、枝野の説明では「立ち上げに相当程度の時間が必要」としているが、とんでもないことである。関電管内では全原発が停止することは前々から分かっていたはずである。東電は地震で大きな損傷を受けた福島県の広野火力380万kw(1~5号機)、常陸那珂火力100万kw、鹿島火力440万kw(1~6号機)を7月までのわずか4ヶ月という短期間で全基を復旧させている。震災から1年以上も経過したにもかかわらず、停止中の火力を復旧させないことは電力供給の義務があり地域独占が認められている電力供給事業者としては犯罪行為である。
 ③「水力発電」は254万kwを見込んでいるが、2011年の273万kwより19万kw低い。卸電力の電源開発等を含め出力合計は385万kwもある。緊急時であるならば、通常は水を貯めておいて、夏場のピーク時に集中して発電すべきである。資料からは、なんら供給事業者としての切迫感はない。
 ④「揚水発電」であるが、出力合計488万kwに対し、半分以下の222万kwしか見込んでいない。11年の実績値は328万kwもあった。理由は「ベース供給力減に伴う揚水汲み上げ電力不足」=原発が稼働していないので揚水できないという理屈であるが、「計画停電」も考えるという(福井:4.19)ふざけた恫喝を振りかざすならば夜間に火力を動かして揚水し、昼のピーク時に備えるべきである。揚水発電は巨大な蓄電装置である。貯められない電気を水の「位置エネルギー」として唯一貯めることができる。緊急時には最大限利用すべきものである。このような資料を堂々と記者会見で配付する経産相の感覚を疑う。
 ⑤「融通電力」は、121万kwを見込んでいる。内訳は中部電力から70万kw 北陸電力から3万kw、中国電力から37万kw、その他で11.4万kwである。11年実績では四国電力から34万kwの融通を受けていたが「原子力発電比率の高い九州、四国電力は、需給バランス厳しいことが想定され、関西電力への融通は行えない」という姑息な説明を付けている。周知のように周波数変換の必要がある東京電力など東日本への融通とは異なり、関西電力管内へは東から中部電力、北から北陸電力、西から中国電力・四国電力・九州電力と四方八方から簡単に融通ができる。それぞれ50万Vの送電線で連系しており、最大500万kwの融通容量がある。
 ⑥「自家発電」は89.1万kwを見込んでいる。関西電力管内での自家発電は684万kwもあるのにいかにも少ない。関電管内の自家発電のうち関電等への売電は64.3万kwしかないが、卸供給に194.3万kw、PPS(特定規模電気事業者)向け売電が26.2万kw 、自家消費260万kw、昼間の余剰売電可能が11.4万kwとなっている。中部電力管内で505万kwのうち電気事業者以外及び昼間余剰売電可能が合計:64.7万kw、北陸電力管内:71.4万kwのうち同:36.6万kw  中国電力管内:726.8万kwのうち同:206.3万kw  四国電力管内:220.1万kwのうち同:66.7万kw 九州電力管内:540.7万kwのうち同:179.3万kwとなっており(「自家発設備の活用状況について」資源エネルギー庁2011,7,29)、電力はダブダブに余っている。特に中国電力管内・九州電力管内の余力は桁違いに大きい。また、関西電力管内では、特定規模電気事業者として大阪ガスの子会社の泉北天然ガス発電所は関西地域のエネルギー競合関係から敵対関係あり関電の供給力計画からは除かれているが、110万kwもあり、大阪ガスではこの他西島エネルギーセンター:14.9万kw、宇治エネルギーセンター:6.6万kw、摂津エネルギーセンター: 1.7万kwがある。以上分析しただけでも十分な供給余力がある。
 ⑦関電自体だけでも姫路第二の運転開始を少し早めれば十分すぎる供給余力がある。国に提出した『供給計画』では最新型のガスタービンコンバインドサイクル(GTCC)の発電所の整備を進めている。計画では1号機:48.65万kwの運転開始は2013年10月、2号機(同)が2014年3月、3号機(同)同年7月、4号機(同)同年11月としている。東電は川崎火力増設(50万kw)の半年前倒し運転開始など積極的な夏場の需給緩和策をとっている。関電は供給者責任として前倒しで行うべきである。

3 なぜ再稼働を強行する-原発輸出で米核戦略の尖兵となる野田政権
 北海道電力・泊原発が停止する5月5日までに何としても大飯原発3・4機の再稼働をしたいというのが当初の野田政権の狙いであった。なぜ、全原発の停止を避けたいのか。原発輸出に差し障るからである。当初、原発輸出は官民一体で始められたのではない。ところが、09年12月にUAEへの原発建設を韓国に、10年2月にベトナムへの輸出をロシアに持って行かれてから、官民一体でかつ運転、保守・点検をセットとした「パッケージ」型サービス提供を売りに電力事業者を巻き込んだ商戦を展開することとなった。パッケージ型を売り込むのに電力事業者が日本で1基も原発を運転していないというのはいかにもまずい。日本を何としても「脱原発」させてはならないのである。
 原発は核戦略の一環である。ところが、米国ではシェールガス革命で天然ガス価格は日本の9分の1にまで下がり、原発は火力にとても太刀打ちできないとして建設計画はほぼ中断している。今後は古い原発の廃炉がどんどん迫ってくる。しかし、それでは米国の核戦略はもたない。そこで米国は日本を踏み台にして核燃料を売りつけ、米国内の核工場の操業を維持し、軍事産業の延命を図る。一方、原発輸出対象国は南シナ海で中国と対立するベトナム・マレーシア、ロシア・イランと国境を接するトルコ、シリア・イランに近いヨルダン、中国・ロシアに挟まるモンゴル・カザフスタン、MD (Missile Defense)でロシアと対立するポーランドなどである。これらは米国の安全保障にとって重要な国々である。原発輸出に係るリスクは日本が、核戦略の成果(例えば、ベトナムを中国の影響下から引き離す対中戦略)は米国が取るということである。
 4月11日の中日は「再稼働5人組暗躍」として、前のめりの野田政権を裏で支える5人を名指しで非難した。その筆頭が仙谷由人政調会長代行である。これに古川元久国家戦略担当相、斎藤勁官房副長官、枝野経産相と細川原発相を加えた5人である(「チーム仙谷」)。仙谷は当事者でもないのに閣僚4者協議に常に参加し、枝野が福井県知事に要請した日には民主党の県会・市会議員を別途集めて再稼働に賛成するよう恫喝した。仙谷は原発輸出の元締めであり、米核戦略の代理人である。10年1月に国家戦略担当相に就任してから政府系金融機関である国際協力銀行の前田匡史国際経営企画部長(内閣参与)と二人三脚で、国際協力銀行の融資によって発展途上国にローンを組ませ原発を建てさせる計画に奔走している(福井:2011.12.5)。しかし、万一事故が起こったり、政変や反対運動で計画が頓挫した場合、その負担は日本政府が被ることとなる=国民の税金が投入される。原発とは「政府が前面に乗り出してきてやっと売れるようなシロモノなのである。その事実は同時に原発輸出に潜むリスクの巨大さも示している」のである(「原発輸出―これだけのリスク」明石昇二郎『世界』2011.1)。しかも、日本国民の安全・生命と引き換えに米国の核戦略に忠実に従おうというのである。

 【出典】 アサート No.413 2012年4月28日

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【投稿】「美浜現地バスツアー」に参加して 

【投稿】「美浜現地バスツアー」に参加して 

 4月8日(日)、「美浜現地バスツアー」に参加しました。
 大阪を出発して約3時間余、はじめの訪問先「森と暮らすどんぐり倶楽部」に到着。倶楽部の方で用意してくださったお弁当を食べた後、「3・11集会」で発言されていた、「どんぐり倶楽部」中心メンバーMさんのお話をじっくり聞きました。体験施設の手作りっぽい木製長いすに腰掛けて、肌寒い風に吹かれながら、倶楽部の歴史やMさんたちの農林業にかける想い・反原発の生き方等々、学ばせていただきました。お話の後、倶楽部の敷地内に設置してある発電装置(太陽光・風力)を見学したり、庭内に植わっている樹木の説明を聞いたりしました。
Mさんの文字通り大地に根ざした実践と真摯な生き方に、あらためて感銘を受け、先月末にて定年退職した身を重ね合わせながら熱いものを感じました。

 
関西電力・美浜原発
(写真は関電・美浜原発、抗議・申し入れ書を手渡したのは右下のPRセンター)

 再びバスに乗車して、「関西電力美浜原子力PRセンター」に向かいました。若狭湾国定公園の中にある美浜原子力発電所の周辺は、美しい海と自然に囲まれており、原発のすぐ近くにPRセンターはあります。館長あいさつ・スタッフによるDVDを使った説明の後、ツアー参加者一同の総意として「関電社長宛の抗議並びに要望書」を館長に渡しました。また、各自用意した意見書を次々と手渡し、八木社長に届けるよう要望しました。「大飯原発の再稼働反対!」「原発にたよらない電力供給を!」「子どもたちの未来に禍根を残さないように!」などなど・・・。
 帰途のバスの中で、参加者一人ひとりが意見や感想を述べ交流を深めましたが、その中で、若狭ネットワークのKさんが「放射能副読本」(文部科学省作成)の問題点についてお話されました。「フクシマ」のことについて、副読本の前書きにて「東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故により、放射能物質が大量に発電所の外に放出されてしまいました。」と記述されているだけで、本文では全く触れられていません。また、「一度に100ミリシーベルト以下の放射線を人体が受けた場合、放射線だけを原因にしてがんなどの病気になったという明確な証拠はありません。」といった説明がされています。多くの方から問題点を指摘されている「放射能副読本」は、既に小・中・高の現場に配布されておりそのまま指導に使われてしまうのはとても危険です。今後は、学校現場の教職員への働きかけをより一層強めていく必要があります。退職教員としても、そうした努力をしていきたいと思います。
(大阪 田中雅恵)

 【出典】 アサート No.413 2012年4月28日

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【投稿】橋下改革 大阪市の財政再建策を提示

【投稿】橋下改革 大阪市の財政再建策を提示
    「財政再建優先」で、市民生活に大きな影響必至
    
<年間500億円の赤字見通し>
 橋下市長は就任後、当初予算を骨格予算とし、予算規模1億円以上の約400事業について、改革プロジェクトチームで事業存続の是非について検討を指示してきた。4月上旬に検討試案が公表されている。(検討の上、7月市議会に提案予定)対象事業の縮小・廃止により、H24年度に37億円、H25年度に222億円、H26年度に287億円の予算削減ができるという内容である。
 大阪府知事に就任した時も、収入の範囲内で予算を組むべきと大阪府財政再建プログラムを提示したが、今回も同じ発想と言える。しかし、大阪府の事業というのは、直接市民に影響を与えるのは、文化事業や教育関係が中心だった。しかし、大阪市の場合は、まさに基礎自治体として市民生活へ直接影響を与える事業ばかりである。果たして同じ手法が通用するのかどうかは疑問であろう。
 
<敬老パスが焦点か?>
 大阪市HPには、この試案が公表されている。大きなポイントは3つあるように思える。第1に、敬老パスの削減・廃止問題である。同様の施策として、高齢者への上下水道料金の減免廃止、国民健康保険料の値上げもある。第2は、現在24区の区政の下で、各区に設置されている区民センター・プールの統廃合問題、第3には、「民間にできることは民間で」とする事業の民営化や廃止問題の3つであろうか。
 大阪市では、70歳以上の市民に敬老パスが支給されており、大阪市営交通の地下鉄・バスが無料で利用できる。この制度もあり、子育て期には大阪市周辺で暮らしていた人が退職後は大阪市に引っ越すというパターンも多い。これまでの市長も、この制度の廃止や削減を模索してきたが、市議会はじめ反発に会い断念してきた経過がある。
 私見だが、この制度の存続については、橋下ならずとも論議のあるところであり、市民合意の下で大いに議論されることが望ましいとは考える。
 上下水道料金の減免廃止(約40億円)、国保保険料の他市並の引き上げ(約21億円)も市民に犠牲を強いる政策であろう。選挙中には触れもせず、市民負担を引き上げるやり方を、果たして市民=選挙民は、どう判断することだろうか。
 
<都構想は支持されたのか>
 次の区民センターやプールなどの住民利用施設の存続問題は、大きな問題を孕んでいる。橋下は市長選挙などでは、大阪市(本庁?)が無くなれば、区役所に職員も予算も来るんです、などと発言してきた。「大阪都構想はバラ色」と宣伝してきたわけである。住民利用型施設の統廃合は、H26年度からとされているが、区の統廃合など、市政的にはどこでも議論されていない。まして、24区→8区に統合するというが、どことどこが合区するのかも決まったわけではない。(橋下は、合区問題については、H25年度に公募区長等が決めることと、この問題からは逃げている)
 子育て支援センター、男女共同参画センター、キッズプラザetcと、市民利用の施設が軒並み廃止とされている。都構想による8区の基礎自治体となった場合、こうした施設は単独の区で設置できるはずもない。特徴のある施設がなくなった基礎自治体とは、どんな姿なのだろうか。
 
<民間でできることは民間で>
 養護老人ホームや病院施設も含む「弘済院」について、民間でもできると廃止を含めて検討としている。「市民の利用が半数であり」市で設置する必要性がない、との理由が掲げられているが、福祉行政の観点がまったく欠落した論理である。
 福祉関係では、社会福祉協議会への補助削減、地域活動補助も同様で、国基準や政令4市の水準を上回るものは、削減するとしている。
 
<市民の声を結集して>
 大阪市は、担当部局との議論を行った上で、5月に成案を作成し、パブコメを実施した上で、7月議会に提案するとしている。大阪市民は、大きな声を上げる必要がある。約束が違うと。そして、この削減案が議会で承認される目処はまだ立っていない。維新の会単独では大阪市議会の過半数に満たないからである。そこで公明党がどう動くか。おそらく条件闘争で折り合いを付けるのだろうが、そんな談合を許してはならない。
 さらに、多くの施設の廃止が盛り込まれているということは、当然そこで働く職員の分限という問題も出てくる。3月議会では継続審議となった「職員基本条例」には、施設廃止等の場合の分限処分(解雇)の条項も含まれている。職員削減の荒々しい手段も想定する必要があると思われる。
 
<大阪市が壊れていく>
 前市長の平松氏が、橋下市長就任後の動きを、こう表現したという。まさにその通りであろう。「住みにくい街、大阪市(?)」と言われるようになるのだろうか。大きな反対が予想される中、国政での動きも絡んで、橋下は「脱原発」への関与に力を入れているようにも感じられるのである。6月には、この改革案論議を踏まえて、橋下は「市政改革プラン(案)」を発表すると言われている。維新の会のばけの皮を剥がす意味でも、断固とした対応が必要ではないかと思う。(2012-04-22佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.413 2012年4月28日

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【書評】ネヴィル・シュート『渚にて—人類最後の日』

【書評】ネヴィル・シュート『渚にて—人類最後の日』
           (佐藤龍雄訳、創元SF文庫、1,000円+税) 
 
 『渚にて』の新訳である(ただし出版は2009年)。原著は1957年、旧版は1965年に井上勇訳で創元推理文庫版として刊行された。またグレゴリー・ペック/エヴァ・ガードナー主演のアメリカ映画『渚にて』(1959年)を、背景で流されたオーストラリア民謡「ウォルシング・マチルダ」とともに憶えておられる方もいることであろう。
 あらすじは次の通りである。
 第3次世界大戦が勃発、戦争を始めた中ソ(時代設定はこの時代である)はもちろんのこと、これにそれぞれの利害と思惑から戦争に参加した米英あるいは核爆弾を保有していた中小の国々が核爆弾を用い、全世界に4700個以上の核爆弾が落され、北半球の国々は死滅した。唯一南半球のオーストラリアがまだ無事であったが、放射性降下物は南下し、人類最後の日が確実に近づいていた。かろうじて生き残った米海軍の原潜〈スコーピオン〉は、メルボルンに退避してくる。しかし残された時間はわずかとなっている。この時間をどう生きるのか、これが本書の主題である。主な登場人物は,〈スコーピオン〉艦長タワーズ大佐—-家族はすでにアメリカ本土で死亡が確実と考えられる–、オーストラリア海軍の連絡士官ピーター・ホームズ少佐──妻と生後間もない子どもがいる—-等々である。
 この中で〈スコーピオン〉は、生きている人間がいないはずのシアトル付近から送られてくる無線信号の謎を解くために、また一部の学者が唱えている放射能に関する希望的観測—-大気中に浮遊する放射性降下物は急速に希薄化して地表や海面に落下して行くので、南下移動量が急速に減少するとする──の確認に向かうことになる。
 これに同行することになったホームズは、妻のメアリに、航海中にもし最後が来た時の問題を話す。赤ん坊のジェニファーを子ども部屋に連れて行く直前のことだった。放射能によって侵され、下痢嘔吐から始まるコレラのようなひどい衰弱症状が出て死に至るという話を一通りした後で、ホームズは赤い小箱を取り出して、もしあまりにもひどくて耐えられない症状になってきたら、この薬を一錠、飲むことを教える。
 「メアリはひとりでに終わった煙草を指から落とし、小箱を手にとった。表書きされている取扱指示の文言に目を通してから、口を開いた。『でも、どんなにひどい症状になったとしても、自分でそんなことなんてできないわ。そんなことしたら、だれがジェニファーのめんどうを看るの?』/『放射能は、すべての生き物が浴びることになるんだ。犬も猫も—-そして赤ん坊もだ。きみやぼくと同様に、ジェニファーも同じ目に遭うことになるんだ』/メアリの目が見開かれた。『あの子までが、そんなコレラみたいな症状になるというの?』/『そうだ。だれもがひとしく、同じ道をたどる』/(略)/ホームズはなだめるように努めた。『(略)ジェニファーの未来も同じ運命だ。でも幼い赤ん坊にまでそんな苦しみを味わせるのは忍びない。だから、もしもう手のほどこしようのない状況が訪れたなら、きみの手であの子を楽にしてやればいい。もちろんそうするのはとても勇気の要ることだけど、その勇気は持たなくちゃいけない。(略)』/妻の目がしだいに敵意に燃えてきた。/『はっきりいえば、こういうことでしょ』その声には刃がひそめられている。『わたしにジェニファーを殺せってことでしょ!』/ホームズは難局が訪れたことを悟ったが、しかしそれに立ち向かうしかない。『そのとおりだ。そうすることが必要な事態になったら、きみはそれをやらなければならない』/メアリは急に怒りを爆発させた。『あなた、どうかしてるわ』と(後略)」。
 この後の展開は本書を読んでいただくしかないが、生存可能圏が次第に狭まっていく状況で、どう生きていくか、というより、どう死んでいくかの選択が迫られる。〈スコーピオン〉の航海では、結局シアトルからの無線信号は、通信機と近くの窓枠の揺れとの連動であることが分かり、また放射能に関する希望的観測も打ち砕かれる。確実に滅び行くしかない人類は、かくして終焉を迎える。本書の最初に掲げられている、T.S.エリオットの詩が象徴的である。そこにはこう記されている。
「われらこの終(つい)なる集いの地にて/ものも言わず手探り彷徨(さまよ)い/
この岸辺にたどりつきけり/この広き流れの渚(なぎさ)に/
この流れこそ世の涯(はて)へと/(このフレーズが3回繰り返される)/
瀑音轟(とどろ)かずただ霧しぶくのみ」
 本書は、このように人類の最後をひたすら静かに描く。そこには近年の同種の映画や小説で見られる阿鼻叫喚の絶叫や暴力といったものはない。略奪について少し語られる程度である。核戦争のみでなく、環境や水や食糧といった問題でも人類の最後が言われる今日の状況とは、時代が違うからとも言えるが、しかし今日の方が問題はより多方面にわたり深刻であるとも言える。そうだとするならば、絶叫や暴力や死体を描き、パニックを強調することによって、我々の時代はむしろ全人類死滅への恐怖という本質を逸らせているのではなかろうか。本書はそのような時にもなお、人間性への理解と自覚を持つことが必要であることを示唆するが・・・。(R)
(付記:本書に登場する米海軍最後の原潜〈スコーピオン〉と同じ名を持つ艦は実在し、特に原著出版から10余年後の1968年に、アゾレス諸島沖で沈没し4000mの海底に沈んだままの原潜が〈スコーピオン〉であったということは、偶然の一致であろうが、評者の記憶に強く残っている。) 

 【出典】 アサート No.413 2012年4月28日

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【コラム】ひとりごと—死の尊厳を考える— 

【コラム】ひとりごと—死の尊厳を考える— 

○現在、30万部を越えるベストセラーになっている新書がある。幻冬社新書の「大往生したければ医療と関わるな–「自然死」のすすめ」である。私も買って読みました。○内容は、後に紹介するとして、本書は、現在の医療の実態を鋭く批判していると同時に、生きるとは何か、そして必ずやってくる「死ぬ」とはどういうことか、という哲学的な命題にも、明確な視座を明らかにしているという意味で、必読であると思うわけであります。○私も福祉に関わる人間なので、そこでの日常の風景を紹介しよう。生活保護では医療費は公費で賄われる。天蓋孤独(家族はいたはずだが、いろいろな経過があって)の老人が、死を迎えたとしよう。亡くなって3ヶ月後に、福祉事務所にレセプトが送られてくる。亡くなった月の医療費の請求である。100万円、200万円はザラにある。○薬をぶちこんで、苦しませて、「死なせる」のだろう。静かな「死」などそこにはない。○筆者は、自然死こそ、人間の尊厳を保つ、幸せな最後であるという。○自然死とは何か。人間の体が、死期の近いことを自覚し、食事そのものを拒否しはじめ、体内の栄養と水分を消費しつつ、静かに生命を閉じるということであると筆者は言う。○その頃には、体内からモルヒネ様物質が分泌され、痛みを感じることがないという。○筆者は医者であり、現在は特別養護老人ホームの勤務医。数々の死を看取って来られた経験も語られる。○最近私も叔母の死に際に立ち会うことがあった。91歳だった。老人ホームで暮らしていたが、食事が摂れなくなり、病院に入院したとは聞いていた。状態の悪化を聞き、見舞いに出かけた。午前中に見舞いに行き、その日の夜には亡くなるのだが、午前中はまだ意識があり(?)、私や姉の声に反応し、目を動かし、動かない手を上げてくれた。病院は胃瘻(いろう、胃に管を入れて食物を流し込むこと)を薦めたが、家族は断固拒否した。点滴による栄養補給のみで、辛うじて生命を維持してきた。○家族は、その日終日、叔母の側に居て死を看取った。○筆者は、こうした「自然死」こそ人間の尊厳であり、苦しみの少ない幸せな死なのだと言うのだ。延命治療という、苦しみを与えてはならないと。○そこで、医療とは何かである。筆者の意見に私は賛成であり、元来の私の持論でもある。○人間には、(動物にはと言ってもいい)本来、病気と闘う力が備わっている。免疫がその代表であろう。細菌やウィルスなどが体内に入った時、白血球やリンパ球などが、異物を取り除こうとする。その時、体温を上げたり、患部に血液が集中してくる。○熱が出る、鼻水が出る、下痢をする、すべて異物を体外に出そうとしている身体の反応である。○頭痛がするから痛み止めの薬を飲む、やがて依存症になり、薬が効かなくなり、副作用が出る。その副作用を防ぐために、また違う薬を飲むという悪循環が始まる。これが、普通の日本の医療である。○免疫力を高める意識などない。薬漬けにして、すべては金儲けのためなのである。○私の場合、ここ10年は歯医者以外は、医者に行ったことがない。免疫力を高めることに注意している。目標を持って、楽しく生活することにも心がけている。本書に書かれていることは、私自身が実践していることでもあり、大いに力づけられた。○本書の内容に戻ろう。筆者は本書で、「治療の根本は、自然治癒力を助長し、強化することにある」という「治療の四原則」を紹介している。①自然治癒の過程を妨げぬこと、②自然治癒を妨げているものを取り除くこと、③自然治癒力が衰えているときは、それを賦活すること、④自然治癒力が過剰である時には、それを適度に弱めること、の四原則であり、まさにそのとおりである。○筆者は、「がん」についても語っている。人間の身体の中では、日々がん細胞が生まれているが、若く元気な時は、免疫がそれを破壊している。がん細胞は歳をとれば、免疫力も低下しるので、ガンが増えるのはあたりまえであり、抗がん剤治療など、苦しみを増すだけだと。本紙の読者であったTさんも、70歳を越えて癌と診断され、抗がん剤治療を受けた。見る見る体力が衰え、程なく肺炎で亡くなった。○抗がん剤は、がん細胞も殺すが、本来の自然治癒力である免疫機能も殺すのである。高齢者へのがん治療など不要であり、気にせず元気でやりたいことをする方がよっぽど延命するという。○医療とは何か、日本の医療は明らかに、先の四原則から逸脱している。そして、人間の死に対しても、向き合おうとしていない。○さらに、如何に死を迎えるかについて、延命治療を具体的に拒否する指南書的な内容も豊富に記載されている。どう死ぬか、それはどう生きるかでもある。(2012-04-21佐野)

「大往生したければ医療と関わるな–「自然死」のすすめ」
 中村仁一著 幻冬社新書(247) 2012-01-30 ¥760+税 

 【出典】 アサート No.413 2012年4月28日

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【投稿】目前に迫る危機と原発再稼動

【投稿】目前に迫る危機と原発再稼動
       危機感を共有できない政治は即刻退陣すべき

<<4号機・使用済み燃料プールが危ない>>
 重大な警告が発せられている。それは何よりも自然そのものからの警告である。ごく直近の地震活動をとっても、3/14夜には、千葉県と茨城県が千葉県東方沖を震源とする最大震度5強(同6・8)の激しい揺れに襲われ、再び液状化などの被害が発生、その約3時間前には三陸沖を震源とするM6・8の地震が発生、北海道釧路町などで最大震度4を記録し、北海道と青森の太平洋沿岸、岩手県に津波注意報が発せられ、3/16午前4時20分にも埼玉県南部を震源とする震度3(M5・2)の揺れが関東を襲い、その後も北海道、東日本から富士山、桜島にいたる日本列島の至るところで不気味な地震活動の活発化が相次いでいる。
 3/7、文部科学省の特別プロジェクト研究チームは、首都直下地震が想定されている南関東の地震活動が東日本大震災後に活発化し、南関東で起きたM3以上の地震の数を大震災の前後半年間で比較したところ、大震災後は約7倍に増加、現在も地震の発生頻度は大震災前の約3倍と高い状態となっており、M7程度の首都直下地震について「いつ発生しても不思議ではない」としている。また、首都直下地震のひとつである東京湾北部地震の揺れは、沈み込むフィリピン海プレートと陸のプレートとの境界が従来想定より約10キロ浅く、従来想定の震度6強を上回る震度7との推定を正式に公表、震度7は東京23区湾岸部や多摩川河口付近と予想されている。
 こうした地震活動の活発化は、54基もの原発を各地にかかえている日本列島において、いまだに原発即刻停止・廃炉への政策転換を行いえず、現状をずるずると放置するばかりか、停止中の原発の再稼動まで意図すれば、さらなる巨大な原発震災をいつ招き入れてもおかしくない事態にあることを警告しているのだと言えよう。
 もう一つの重大な警告は、警鐘を発し続けてきた原子力専門家からの警告である。
 京都大原子炉実験所・小出裕章助教は、この地震活動の活発化で、福島第一原発の「4号機が崩れたらもう終わりだ」と警告する。「4号機の使用済み燃料プールが崩れ落ちたらおしまいですから、とにかく一刻も早く、余震が来る前に取り出さなければいけない。」「使用済み燃料は発熱体でプールの水が抜けて冷やすことができなければ、温度が上がって溶けてしまう。そうなれば、ヨウ素、セシウム、さまざまな放射能がいきなり空気中に飛び出してくることになると思います。」「全体でおよそ300トンくらい入っていると思います。建屋の階はボロボロに壊れていてクレーンも使えない。その燃料を移す作業をしなければならない。大変な作業です。」(『週刊金曜日』2012/3/16号)と、一刻も早い、不安定極まりない燃料プールからの使用済み核燃料の取り出し作業の開始を訴えている。

3・11関西行動:労働組合の集会より

<<「本気で逃げる用意をしておいて下さい」>>
 同じ警告が、広瀬隆氏からも発せられている。
 「福島第一原発では、4基とも危ないが、とりわけ4号機の原子炉建屋は、昨年のプールから生じた水素の大爆発で、ほとんど骨組みしか残らないほど大崩壊してしまった。東京電力は、傾いて倒壊寸前のこの建屋のプールを補強するため、応急処置の工事をしたが、それは、何本かのつっかい棒を入れただけである。その支柱の下は、補強できないまま、実は軟弱な基礎の上に、つっかい棒が立っているという、いい加減な状態のままである可能性が高い。
 この大気中にむき出しのプールには、不幸にして通常の運転で原子炉が抱える「数個分」の使用済み核燃料が入っているとされる。その量は、10~15年分の運転期間に相当するウラン・プルトニウム燃料が入っているということになる。元旦に東北地方・関東地方を襲った地震のあと、このプールの隣にあったタンクの水位が急激に低下したので、プールに異常が起こったことは容易に類推できる。さらにその後、1月12日と23日に、立て続けに、福島第一原発のある浜通りを激震が襲ったので、私は生きた心地がしなかった。
 こうした中地震の続発がプールのコンクリートに与えてきた疲労は、相当なものに達している。したがって、大地震でなくとも、コンクリートの亀裂から水が漏れる可能性は高い。
 4号機に何かあれば、もう手がつけられない。致死量を浴びる急性放射線障害によって、バタバタと人間が倒れてゆく事態である。東電も、真っ青になって震えながら、今度こそ「直ちに健康に影響が出ますから、すぐに遠くに逃げて下さい」と記者会見するはずだ。」(『週刊朝日』2012年3月9日号「福島第一原発に末期的事故の予感 人生最後の事態も」」)
 広瀬氏は福島県・郡山市での講演(2/5)で、福島第一原発の現地の現場の幹部の話として、「4基すべての原子炉で崩壊が起こりうる」と警告し、「内部が腐食しているし、爆発によって打撃を受けている。格納容器と配管がいつまで持つか心配だ。早く燃料を取り出さないと危ない。(東電本社の2号機内視鏡調査についての松本純一氏の記者会見について)配管は大丈夫だなんて、本社はよく言えたもんだ。現場では笑いもんだ。」という実態を紹介し、「4号機はいつドサッと崩れるか分からない。本気で逃げる用意をしておいて下さい」、そして次の原発事故に備えての必需品としてしかっりとした防護マスクをご家族一人ずつポケットに入れておいて下さい、私もかばんの中に持ち歩いています。冗談で言っているのではないのです、と訴えている。

<<「私も先頭に立たなければならない」>>
 ところがこうした真剣な警告を受け止め、危険な事態を打開すべき政府は、東京電力と同様、その対応は無責任極まりない状況である。3/14夜、茨城県南部と千葉県北東部で震度5強の地震があった際でも、野田首相は、民主党の衆院当選1回議員らと会食のため都内の日本料理店に入った直後であったが、情報を聞きながらそのまま1時間半にわたって会食を続けたという。会食終了後に記者団から「地震対応で、どのような判断を」と問われると、首相は「情勢は常に聞いています」と平然と釈明した。たとえ巨大な地震活動でなくても、倒壊寸前の福島第一原発に及ぼす影響からして直ちに官邸に戻り、危機対応に当たるべき本人が、これほどまでに鈍感極まりないのである。ウソ、偽りに満ち溢れた昨年12月16日の原発事故「収束」宣言で、事態は「収束」したとでも思っているのであろう、情勢を聞いているだけで何の対処もできない、そもそも何の危機感も持ち合わせてはいないのである。
 そのような危機感のなさは、原発再稼動路線にもくっきりと現れている。野田首相は東日本大震災から一年の記者会見で再稼働を判断する手順について、まず首相と藤村官房長官、枝野経産相、細野原発事故担当相の四人が原子力安全委員会が実施する安全評価(ストレステスト)の妥当性と地元の理解をどう進めていくかを確認し、そのうえで「政府を挙げて地元に説明し理解を得なければならず、私も先頭に立たなければならない」と述べている。
 つまりは、テストの結果を客観的科学的に判断する、あるいは尊重するつもりなどさらさらなく、原子力安全・保安院が電力会社の報告を検証する能力など持ち合わせていない以上、そのまま追認し、原子力安全委員会は「保安院と打ち合わせして長引かないような努力をしている」(班目委員長)、つまりはあらかじめ談合をしておいて、その保安院の報告をこれまた追認する。そして首相たち、談合政治を得意とする政治家たちが適当に妥当と政治的に判断して、それを根拠に「政府を挙げて地元に説明し理解を」得るために自ら先頭に立つと宣言したわけである。「先頭に立つ」のは、原発再稼動を断念するためではなく、初めから既定路線として再稼動を決めておきながら、何かもっともらしく慎重に検討するふりを装い、実は先に結論ありきで、原発再稼動は何が何でも実現したいという意図が露骨に示されているのである。増税路線しかり、辺野古新基地建設路線しかり、この政権の見え透いた、誠実さそのものが欠落した、ウソ、偽り、詭弁で塗り固められた手続きだけが空虚に並べられているのである。長年にわたって積み重ねられてきた、こうした日本政治の無責任な悪弊こそが原発震災を招いたものであり、さらなる巨大な危機を招き入れようとするものと言えよう。
 3月末までに関西電力の大飯原発再稼働の結論を目指すというのが、現政権にとって最初の突破口であり、続いて伊方原発から順次拡大していく意図が透けて見える。
 もはや政権交代の意義さえも捨て去ってしまった野田政権には、自然そのものからの、度重なる、ますます強まる地震活動の活発化がもたらす重大な警告も、原子力専門家や原発従事者や被災者自身からの悲痛に満ちた危機感や警告さえも耳に入らない、危機感の共有すらできない、こんな政権に成り果ててしまっており、もはやその存在価値はゼロ、あるいは有害とさえいえる段階に来ているといえよう。早晩崩壊せざるを得ない政権であるが、一刻も早く退陣させるべきことを自然現象そのものが地震活動のこれまでにない活発化を通じて、警鐘を乱打しているのではないだろうか。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.412 2012年3月24日

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【投稿】不毛な地震「予知」と原発建設

【投稿】不毛な地震「予知」と原発建設
                             福井 杉本達也 

1 電力の圧力で大地震・津波の記録を消した文科省
 福島原発を襲った東日本大震災の直前、昨年3月3日に文部科学省地震調査委員会事務局は東電など電力3社と非公式会合を持ち、今回の大震災に匹敵する869年の貞観地震・津波の記録を消し去っていたことが情報公開請求で分かった(福井:2012.2.26)。東大理学部のロバート・ゲラー教授は『日本人は知らない「地震予知」の正体』(2011.8.31・双葉社)の中で、経産省の総合資源エネルギー調査会の耐震・構造設計小委員会・第32回会議(2009.6.24)において岡村行信産総研・地震研究センター長は津波が常磐海岸まで到達していたとし、原発の地震・津波対策の強化を求めていたにもかかわらず、「貞観津波」の論文を電力会社が黙殺していたことを批難していたが(参照『エコノミスト』2011.7.11)、今回の情報公開で明らかとなったことは、電力会社と官僚はグルであり、日本の地震・津波の調査研究は原発建設(耐震評価)の影響(圧力)を大きく受け成果がねじ曲げられてきたということである。

2 耐震性で出だしから躓いたコルダーホール型黒鉛炉の東海第一原発
 東海第一原発は英国から輸入した日本初の商業用原子炉だったが、黒鉛を積み上げただけの炉心構造を持つ原子炉は耐震強度が十分ではなく、物理学者などから安全性に対する厳しい批判が出され、大幅な設計変更を行って1960年1月に着工し、1965年5月に初臨界に到達した(武谷三男『原子力発電』)。しかし、数々のトラブルのため十分な能力を発揮することはできず、1998年3月に営業運転を終了し解体工事に着手している(吉岡斉『原子力の社会史』)。この経験に懲りた政府は原発建設を推進していくには何としても地震を調査研究する必要に迫られた。それにうまく乗っかろうとしたのが東大の坪井忠二氏らの「地震予知計画」である。氏らの主張はとりあえず仮説を立てて研究するから予算(カネ)を寄越せという当時としては“大胆な”(サギ的な)ものであった。地震予知計画は1965年から国家プロジェクトとしてスタートした。その後、原発建設を強力に推し進めようとする中曽根康弘氏(当時運輸大臣)の入れ知恵で「研究計画」から「実施計画」へと“昇格”し、「地震予知」に対し破格の予算が配分されることとなった(ゲラー・上記)。当初から「地震予知」と「原発建設」は“不純な動機”から出発したのである。

3 プレートテクトニクス革命から遅れをとった日本の地震学
 原子力発電所をつくるときの設計基準は1978年につくられ、1981年に一部改正されたまま現在まで変わっていない。この間の地震学の進歩は著しいが、その成果は指針には取り入れられていない。指針は1960年代前半までの古いものだといわれている(島村英紀―『災害論』:加藤尚武より)。地質学・地球科学の分野では1960年代にプレートテクトニクス説が登場しパラダイムの大転換が起こった。地球内部のマントルは固体として対流運動をしており、その上に乗っかる薄いプレート(地殻)が対流するマントルに乗って互いに動いている。対流には湧き出し口と沈み込み帯があり、プレート境界部では造山運動、火山、断層、地震等の種々の地殻変動が発生している。日本海溝はこの沈み込み帯であり、巨大な地震が発生する。ところが、日本の地質学会が全体としてこのプレートテクトニクス説を受容するようになったのは1980年代初頭である。戦後の地質学会における複雑な対立が大きく影響したといわれている(木村学「回顧 地球科学革命の世紀」『UP』2011.4)。したがって、1970年代末につくられた原発の耐震基準には、不幸なことに、このプレートテクトニクス説は全く反映されていないのである。

4 プレートテクトニクス説に沿った「アスペリティモデル」が完全に崩壊した大震災
 プレートの境界面はべったりとくっついているのではなく、特に強く固着しているところ(「アスペリティ」)と、固着することなくスルスルと海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込んで行くところがあるというのが「アスペリティモデル」である。宮城県沖のアスペリティは約40年間間隔でエネルギーを解放する。当然ながら、固着する部分が小さければ地震の規模は小さいと想定された。今回の地震まで、政府が想定した地震の規模は最大でもマグニチュード(M)8.2でしかなく、東北地方太平洋沖地震のM9.0には遠く及ばないものであった。気象庁は地震当日の記者会見で「三陸沖でこれほどの地震が起こるとは想定していなかった」と述べている(纐纈一起・大木聖子『超巨大地震に迫る』)。

5 気象庁の“犯罪”で19,000人が犠牲に
 地震発生後、気象庁から発表された地震規模は明らかな過小評価だった。気象庁が推定する地震マグニチュードは8以上では低く算定されることは当初から分かっていた(ゲラー:上記、河田恵昭「津波災害・減災社会を築く」2011.8.25)。巨大地震に対応できるモーメントマグニチュード(Mw)は15分後に得られるはずだったが、日本中の広帯域地震計は振りきれていた。そのため、9,000キロも離れたロンドンの地震計から地震規模を計算するのに54分もかかった。気象庁は当初の過小評価した地震規模で14時49分に津波警報を出した。高さは「3m」であった。その後、気象庁は15時14分に津波規模を「6m(宮城県は:10m)」、15.30分に「10m」へと3回に亘り訂正したが(「中央防災会議報告書」2011.9.28)、当初の「3m」の津波という情報以外は多くの人に伝わらなかった。こうして、地震から津波到達までの20~40分の時間を空費し、多くの人が津波の犠牲となった(青野由利「地震学に懸ける橋」毎日:2012.2.28)。輪をかけて気象庁は今回の大震災では、4月2日に気象学会を使い会長名で放射性物質予測、公表の自粛を会員に通知したこと、事故直後の浜通りの気象情報をいっさい流さなかったことなど数々の犯罪を重ねている。官僚ありて国民なし、学会栄えて学滅ぶ状況である。

6 「地震予知」は幻想である
 地震予知計画では巨大地震の数時間から数日前にプレート境界がゆっくり動く「前兆すべり」が起こると仮定され、この「前兆すべり」を捉えるために全国にくまなく観測網が敷かれ24時間体制で警戒する(日経:2011.8.7)。地震が集中する場所には原発は建設できない。「地震予知」ができると仮定すれば、地震が起きる場所を特定でき、建設適地を選定できる。「地震の規模」が推定できれば耐震設計を確定できる。「周期」が分かればその前に停止すればよい。「前兆すべり」が分かれば「地震の起こる時間を特定でき」緊急停止などの対策を打つこともできる。原発を建設するには都合のよい説である。しかし、東北地方太平洋沖地震は「予知」できなかった。1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)も「予知」できなかった。新潟県中越沖地震(2007年)、新潟県中越地震(2004年)も岩手・宮城内陸地震(2008年)も「予知」できなかった。東海地震も「予知」できないであろう。「地震を予知できるのは、愚か者とウソつきと、イカサマ師」だけである(ゲラー:上記)。しかも、プレートテクトニクス説では日本海溝に太平洋プレートが沈み込んで地震を引き起こす。太平洋プレートは年間8㎝で東から西へ動いているので、これに期間をかければ蓄積される「すべり量」を求めることができ、これに断層面積をかければ想定される地震の規模がおおよそ算定できる。今回の東北地方太平洋沖地震は南北断層長さ480㎞、東西150㎞、すべり量10mという巨大な岩盤のずれであった。現存するものに理論の方を合わせてはならない。これまで、現存するもの(原発)が壊れないように地震理論を合わせてきた。「アスペリティモデル」しかり、「周期説」しかり、「地震空白域説」しかりである。しかし、M9クラスの地震に耐えうる原発はない。事実(自然)を直視するならば原発は存在してはならない。自然を欺くことはできない(ファインマン)。) 

 【出典】 アサート No.412 2012年3月24日

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【投稿】揺れ動く金正恩政権 

【投稿】揺れ動く金正恩政権 

<先軍政治と恐怖政治>
 昨年12月、突然の金正日総書記死去により想定外の代替わりとなった北朝鮮―金正恩政権は、さまざまな問題を抱えながら権力基盤の構築を進めているように伺える。
 もちろん経済は破綻し、国民への食糧供給もままならないなか、全くの経験不足である金正恩が曲がりなりにも最高権力者の地位を継承できたのは、強力なサポートあってのことである。
 国内的には、穏健派と言われる労働党と対外強硬派の人民軍が、国際的には中国とロシアが車の両輪のごとく支える形となっている。それぞれが主導権を争いながら、危ういバランスのもと新政権は維持されていくだろうが、正恩は祖父や父のような真の独裁者には当面なれないだろう。
 こうした金正恩の権威を高めるため、色とりどりの粉飾が展開されている。同じ独裁者でもリビアのカダフィは死ぬまで「大佐」止まりだったが、正恩はいきなり「大将」と崇め立てられ、「砲術の天才」などと軍事的才能が喧伝されている。
 正恩は昨年末には人民軍最高司令官となり、1月1日早速、戦車部隊の視察に訪れ、自ら戦車に乗り込み隊員を激励、さらに軍楽隊の演奏会を観覧し、最高の歓待を受けた。その後は相次いで最前線に赴き、一昨年延坪島を砲撃した砲兵部隊に対しては「敵が祖国の海域を0,001ミリメートルでも侵したら、強力な報復を行え」と指示し、板門店では「敵と銃口を向き合っている兵士は、最大の激動常態を維持せよ」と命じた。
 これらの行動は、金正日が推し進めた「先軍政治」の継承、正恩に対する人民軍の影響力誇示と共に、この間連続して行われた米韓合同軍事演習を牽制する狙いがあったと考えられている。
 このような強面は、対外的だけではなく国内にも向けられている。毎日新聞は3月14日、「12月31日に正恩は労働党幹部に対し『指導部内で正恩新体制に反発する人物を特定して処分するよう』に指示していた」と報じた。
 韓国の東亜日報は2月14日、北朝鮮当局はやはり昨年末に「金総書記逝去後、100日間の服喪期間中に脱北した場合、家族は皆殺しと布告した」と報じ、その前後中国国内で脱北者の摘発が相次いだことが明らかになった。
 逮捕された脱北者の送還については韓国で反発が広がり、中国当局にも批判が寄せられているが、金正恩政権は意にも介していない。
 特に韓国に対しては強硬で、3月4日には平壌市内で15万人を動員し「平壌軍民大会」を開催。出席した、人民軍、労働党幹部は相次いで「李明博逆賊一味を一掃する」「無差別な聖戦を遂行する」などと挑発的な発言を行い、北朝鮮メディアも「李明博らは人間のクズ」とこき下ろしている。こうした動きは人民軍主導で進められていると思われるが、国内外への高圧的姿勢は、食糧不足など、現状への不満が解消されていないことを物語っている。

<核開発中断の波紋>
 一方で金正恩政権はアメリカに対して一度は大胆な妥協を選択した。2月23,24日、北京で行われた米朝協議は、当初なんら成果はなかったかのように伝えられていた。
 しかし、2月29日米朝当局は「北朝鮮のウラン濃縮、核実験、長距離ミサイル発射の一時中断、IAEA査察再開と24万トン分の食糧支援の実施」について両国が合意したと発表、世界を驚かせた。米朝協議は昨年7月、1年7ヶ月の中断を経て再開されたが、10月の協議の後、金正日の死去で再び中断されていた。
 10月の時点で、今回合意された内容はほぼ合意に達していたが、代替わりを経ても北朝鮮新政権が従来の立場を継続するか注目されていた。北朝鮮は食糧支援の上積みを求めたのに対し、アメリカはウラン濃縮の中断なくしては何も決まらないと、核開発停止を強く要求しており、今回は背に腹は替えられない北朝鮮が歩み寄った形となった。
 ただ、北朝鮮はウラン濃縮などの中断期間を「米朝で有益な話し合いがなされている間」としており、微妙なニュアンスの違いが存在している。こうした金正恩政権の判断の背景には、労働党のイニシアがあったと思われるが、そのバックには6ヶ国協議議長国の中国の意向があるだろう。

<中国・ロシアの思惑>
 現在中国は、今秋の近習平新指導部選出への移行期であり、不均等な経済発展による格差の拡大、共産党内部の権力闘争、さらにはチベットなどでの少数民族の動きなど多くの不安定要素を抱えている。
 先日の第11期全人代では国内の治安対策費が2年連続で国防予算を上回ったことが明らかになり、さらに温家宝首相が「このままでは第2の文化大革命が起こる可能性がある」との異例の発言を行うなど中国指導部が国内の動きに敏感になっていることがわかる。
 こうしたなか、中国は朝鮮半島での混乱は何としても回避したいところであり、この間支援を拡大している。東亜日報は3月15日、「中国が北朝鮮に対し6億人民元(約79億円)規模の物資の無償援助をはじめた」と報じた。これは94年の金日成主席死去後の経済支援の2倍の規模だという。
 米朝合意では24万トンの支援食糧について、北朝鮮の求める穀物では横流しされる危険性があるので、サプリメントとされた。そこで北朝鮮は中国に穀物を求めたと思われ、今回の支援額は米なら約15万トン、トウモロコシでは約27万トンに相当すると見積もられている。
 また、先に述べたように中国は国際的非難にもかかわらず、脱北者への取締を強化しており、さまざまな面で金正恩政権を支えようとしている。
 こうした中国の動きに対しロシアも北朝鮮への経済支援を加速させつつある。現在ロシアは多くの北朝鮮労働者を沿海州地域開発事業に受け入れ、これら出稼ぎ労働者の送金は月約3億円に上ると見られている。さらにプーチン次期大統領は、この地域へのさらなる投資を構想しており、韓国への北朝鮮経由の天然ガスパイプライン建設などを計画している。
 この背景には、朝鮮半島さらには極東地域への中国の影響力拡大に対する、ロシアの危機意識があると考えられる。冒頭「車の両輪」とのべたが、北朝鮮にしてみれば「両天秤」と考えているのかも知れない。もちろんこうした戦略は前政権の発想であるが、金正恩新政権もこれを継承していくだろう。

<急転直下の衛星打ち上げ>
 このように朝鮮半島が微妙な安定に進むかに思えた矢先の3月16日、「朝鮮宇宙空間技術委員会」は4月12から16日のいずれかで、「実用衛星光明星3号」を打ち上げることを明らかにした。故金日成主席生誕100周年を記念する意味合いと、韓国に先んじて国産衛星打ち上げを実現したい思惑があると思われるが、この決定は先の米朝合意を白紙に戻しかねないものである。早速アメリカは打ち上げ計画を長距離弾道ミサイル実験と断じ、実施されれば米朝合意破棄とみなすとし、食糧支援の一時停止を示唆した。
 あまりに唐突な今回の動きは、米朝合意を推進した同じ人物の決定とは到底考えられない。すなわち、今回の動きは核兵器開発に固執する人民軍の巻き返しと見られ、金正恩は当事者能力を持ち得ず、党と軍の間で揺れ動く存在であることが証明されたともいえよう。
 中国も事態を「注視」するとし、各国に冷静な対応求めるとは表明したが、自らの大規模支援が「アメリカの支援中断も可」という北朝鮮の判断を導いた可能性は否定できず、緊張激化の方向に困惑を見せている。
 しかし、米中が本気で発射阻止に動くかは定かではない。特にアメリカは国内的には大統領選挙を控え、対外的にはイラン核開発問題に縛られている。イランと北朝鮮が示し合わせて動いているとは思われないが、人民軍は2正面作戦を放棄したアメリカの足元を見透かしている。
 そもそもアメリカにとって北朝鮮問題は優先度の低い課題である。大統領候補指名争いで「タリバンを殺せ」と呼び、対中国強硬姿勢を唱える共和党の政治家達も、金正恩の名前は言わない。オバマ政権も本当にアジア重視というなら、最大の同盟国日本が最大の懸念を見せている問題に対し、イランの核施設を破壊するよりずっと簡単な、北朝鮮の射場への空爆を示唆することぐらいはするだろう。
 こうした動きが期待できないことを知っている日本政府は「日本に向けて発射されればミサイル防衛システムで迎撃する」と関係国では最も好戦的な姿勢を見せているが、アメリカ軍が抑止力になっていないことを世界中に宣伝しているようなものである。
 中井衆議院予算委員長をモンゴルに派遣しての北朝鮮との非公式協議は中止されたが、朝鮮半島の安定と非核化に向けた日本独自の行動が求められている。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.412 2012年3月24日

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【ウォール街占拠運動】 99%対1%の闘いは続く

【ウォール街占拠運動】 99%対1%の闘いは続く
     3・1全米教育行動デー「教育を占拠せよ」 


3・1、フィラデルフィアの抗議行動

 ウォール街占拠運動の重要な一環として、3・1全米教育行動デーが呼びかけられ、ニューヨーク、シカゴ、ワシントン、フロリダ、ボストン、ロスアンゼルス、マイアミ、サンフランシスコなど全米各地で、「教育を占拠せよ」運動が展開され、1%のための教育ではなく、99%のための良質な教育、公教育の擁護を掲げ、学生、教師 生徒、保護者、多くの市民が公立学校の閉鎖 民営化 解雇と序列・差別化に抗議し、抵抗する闘いを繰り広げた。
 ニューヨークでは、市教育委員会とブルームバーグ市長の教育予算削減、授業料の大幅値上げ、法外な奨学金負債、教育の民営化と企業化、破綻した教育政策に抗議し、マンハッタン、教育庁前にデモ隊が結集。ニューヨーク市では、全米で実施された読解力と数学の試験結果に対する各教員の指導力の成果を測るとする評価システムと共に、1万8千人の教師の名前を公表したり、生徒や保護者、卒業生の多くが存続を求めてきた貧困地区公立高校の閉鎖を強行したブルームバーグ市長の施策への批判が高まっている。
 フィラデルフィアでは、「教育は権利だ」「私たちの学校を救え」「州政府はファシストだ」とプラカードや横断幕を掲げ、学生たちが市庁舎前の交差点を封鎖、警官隊と対峙。ワシントンDCでも「教育を守れ」と大書した横断幕を先頭に広い街路一杯にデモ行進が行われた。
 シカゴでは、市長のラーム・エマニュエルが「生徒の25パーセントはどうせろくな人間にならないだろう」として、市民の選任をへていない教育委員会が7校の閉鎖、他の10校のすべての教師を解雇することを投票で決定、これに対してシカゴ教員組合委員長のカレン・ルイスは「地域社会の基盤となってきた地域の学校が取り壊されようとしている」と訴え、シカゴ・ハムボルトパークのピッコロ校の占拠に引き続き、この日の抗議行動参加者たちは、授業料値上げに関する公聴会議場を占拠。
 ニューヨークの学生集会の「行動の呼びかけ」は、「われわれは、1%が作り出した危機の代償を拒否する。銀行や企業が記録的な利益を確保している一方で、学校や大学を解体することは容認できないし、教育の再差別化、授業料の大幅値上げ、巨額の学生ローン、そして教育の民営化と企業化を拒否する。」として、最後に「今こそ共に行動する機会が到来しており、われわれは圧倒的多数を代表しており、この闘いを勝ち抜く決意である。教育は投げ売り商品ではない。教育を取り戻し、新しい歴史を切り開こう」と呼びかけている。(オキュパイ・ウォールストリートのサイトOWSより紹介、 生駒敬)
(写真は、3・1、フィラデルフィアの抗議行動)

<<3・30「教育基本条例を徹底批判する」>>
 なお、「9条改憲阻止の集い・大阪」(代表 生駒敬)は、2月の「大阪ダブル選挙の結果と維新の会が突きつけたもの」に引き続き、3月30日、「教育基本条例を徹底批判する」をテーマに例会を持つ。当日は「2/16、17と二回にわたって放映されたMBSテレビ夕方のVOICEの緊急取材番組「米国流教育改革の“落とし穴”」「競争の果て・・・ニューヨーク教育改革の実情」は、大阪の教育基本条例案に先行すること10年、まったく同様なアメリカの「落ちこぼれゼロ法」がいかに教育の荒廃をもたらしたか、を取り上げたものであった。同じ過ちを推進せんとする橋下徹氏は、インターネット上のツィートでこの番組に怒りをぶちまけ、「朝からMBSに怒り心頭だよ、今回は度を越している。これはメディアとして良いのかね。大阪の基本条例をアメリカの教育専門家に見せてコメント求めた。アメリカの教育改革の失敗と同じ道を歩むと。アメリカ教育学者のコメントを大々的に流した」と毒づいている。当日はこの番組の映写」を予定しており、報告と討論が行われる。参加ご希望の方は、本誌編集部まで事前にご連絡を。 

 【出典】 アサート No.412 2012年3月24日

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【日々雑感】「さよなら原発3・11関西1万人行動」に参加して 

【日々雑感】「さよなら原発3・11関西1万人行動」に参加して 

 3.11さよなら原発関西一万人行動・集会

 2012年3月11日(日)は、あの由緒ある大阪中之島の中央公会堂で、さよなら原発の集会とデモがありました。
 日曜日で快晴ということもあって、老若男女子供連れの人々も見られ、快い充実感で一日を送れました。会場は3会場に別れ、午前と午後に分けての集会でした。
 私は公会堂大ホールでの午前の特別企画の集会に参加しました。1,2階で約千人程の席は満席で「原発事故が奪ったもの」と題して、長谷川健一氏(飯館村・酪農家・伊達市へ避難中)の報告がありました。それによりますと長谷川氏の友人も「原発さえ無ければ」と書き残して、自ら命を絶たれたそうです。大きなスクリーンには、その書き置きや、多くの牛の餓死した牛舎の様子が映し出されていました。
 また、福島第一原発3号炉の核爆発のキノコ雲の映像も映し出されていました。
 このキノコ雲の映像は、昨年暮れ、11月頃だったと記憶しておりますが、私の知人のI氏が、ある集会で映してくれたものと同じ様なもので、そこでI氏は言っておられました。「このキノコ雲の映像をインターネットに載せても、どこでどういう力が働くのか、すぐ消されてしまうのだ」と。
 話は横にそれてしまいましたが、長谷川氏の報告に戻りますと、山の除染は20年かかるが、除染しても放射性物質は浮遊する。余り意味のない除染だが、それと同時に行わねばならぬことは、村を離れることだ。「村を離れろ、故郷を捨てろ」とまで言っておられました。
 「広島、長崎の時と同じように、もう差別が起きている。絶対に風化させてはならない事態なのに『終息宣言』とは、何とバカなことを言うのか。」とも言っておられました。
 次に、「原発銀座の若狭から」と題して、松下照幸氏(美浜町・森と暮らすどんぐり倶楽部代表)の報告では、美浜の3つの原発の下には、活断層があり、ここで東北のような惨事が起これば、立地県はもとより、関西1200万人の命の水がめ・琵琶湖の水はすぐに汚染され、関西の空も大地も汚染されるという集会決議(案)の主旨のことも言っておられました。
 また、美浜町から飛ばした風船が、福島まで届いているとの報告もありましたが、これとても、福島の瓦礫が、アメリカ西海岸に到達していて、それがハワイにも方向を変えて漂着するであろうとの新聞や各種メディアの発表から考えても当然でしょう。
 次にKayoさんこと宮崎佳世さんの弾き語りのギター演奏があり、13時55分からの関電コースのデモに参加しました。コース途中で関電ビルを左手に見てのデモで、赤ちゃんを抱いた親子連れの家族も見られ、西梅田の駅広場で、いろんなパフォーマンスを見て解散しましたが、主催の人々の細やかな配慮が感じられる良き集いでした。ウルトラマンの縫いぐるみを着た人々に大勢の子供達が、腕にぶら下がったりして「キャッ、キャッ」と喜んでいた光景が、今だに目に焼付いている一日でした。(2012-03-15 早瀬達吉) 

 【出典】 アサート No.412 2012年3月24日

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【投稿】野田内閣の閉塞状況と大阪維新の会「血みどろの大戦争」の正体

【投稿】野田内閣の閉塞状況と大阪維新の会「血みどろの大戦争」の正体


2/12「教育基本条例反対」など「橋下さんにひとこと言いたい」プロジェクトの集会
※2/12に行われた「教育基本条例反対」など「橋下さんにひとこと言いたい」プロジェクトの集会

<<わずか8.6%の期待>>
 野田内閣のどうしようない行き詰まりを目の前にして、政界再編をもくろむ魑魅魍魎が蠢いている。
 政権交代から2年半が経過したが、民主党は自らの公約であるマニフェストをことごとく踏みにじり、マニフェストに書かれてもいない消費税増税を強行し、対米追随をいっそう鮮明にしてTPP参加に乗り出し、米軍の辺野古新基地建設にいまだに固執する、つまりは政権交代で期待されていたものを手のひらを返したように実行もせず、その真摯な努力も放棄して、やらなくてもいいマニフェスト破りに明け暮れているのであるから、政界再編が必然化するのも当然と言えよう。“ユーチューブ”で話題になった千葉の街頭演説の動画で野田首相はマニフェストに「書いていないことはやらない」と大見得を切り、「シロアリを退治して、天下り法人をなくして、天下りをなくす、そこから始めなければ、消費税を引き上げる話はおかしいんです」と力をこめた演説を国会で取り上げられて、野田首相は「引き上げ時期は総選挙のあとなのだから公約違反ではない」と詭弁を弄する政治姿勢はもはや恥ずかしさを通り越して、尋常ではない。一片の反省や誠実さも、良識や良心も失ったその姿は自らが作り出した閉塞状況そのものと言えよう。
 民主党は、3・11の東日本大震災と原発災害を乗り切る、大規模な震災復興対策を柱にしたグリーンニューディール政策、原発からの全面撤退政策への根本的転換を提起すらできず、財務官僚の言うがままの緊縮経済路線に固執して、小出しで事態を糊塗する、その場しのぎの右往左往で、被災地住民はもちろん、放射能の列島汚染の不安と対策に苦しむ人々の期待にまったく応えられない、それどころか大規模な余震と全国各地で絶え間なく活発化する地震活動を前にしても、腐敗堕落した原子力村の意向を代弁して原発再稼動に必死である。これでは人々から見放されるのも当然と言えよう。
 2/5発表のフジテレビの世論調査では、今後の期待される政権について「民主党政権、または民主党を中心にした連立政権」への支持は、わずか8.6%、次いで「民主・自民の大連立政権」への支持は11.8%、「自民党政権、または自民党を中心にした連立政権」への支持でも15.0%、そして「既成政党が分裂・政界再編した新たな枠組みの政権」には22.8%の支持が集まり、さらに「石原都知事や橋下大阪市長などによる新党中心の政権」への支持が実に33.6%に達しているのである。2/13発表の産経新聞とFNNの合同調査でも、大阪維新の会の国政進出を期待するとの回答が64.5%、2/14発表の朝日新聞調査でも、大阪維新の会について「国会で影響力を持つような議席を取ってほしいか」との問いに「取ってほしい」との回答が54%を占めている。

<<おざなり「船中八策」>>
 ここには、民主党はもちろん、自民党に対しても厳しい目が注がれ、この「二大政党」はもはや期待もされていない、彼らが連立の中心となる政権も期待されていない現実の姿が浮き彫りにされている。それは、原発震災を前にしても、いまだに原発に固執する民主、自民両党への失望であり、これに追随する既成政治勢力全体が見放され、代わっていまだ得体の知れない“第三極”(既成政党が分裂・政界再編した新たな枠組み)や“新党”(石原都知事や橋下大阪市長などによる新党)への淡い期待が反映されているともいえよう。
 しかし問題なのは、このような事態をもたらした、そして2年半まえに政権交代をもたらした小泉政権時代に頂点に達した規制緩和と弱肉強食の市場原理主義路線、新自由主義路線、社会資本破壊路線、不正規雇用蔓延への反省が、民主、自民はもちろん、“第三極”や“新党”にもまったく見られないどころか、むしろその悪しき路線をさらに悪質化して推し進めようという傾向が顕著なことである。
 その典型が「石原都知事や橋下大阪市長などによる新党」である。女性差別と外国人差別を天職と心得る石原都知事、公務員・教員叩きとカジノ誘致にひた走り、独裁者たることを天職と心得る橋下大阪市長、こんな度し難い二人こそがまさに弱肉強食の新自由主義路線の権化であり、こんな二人にしか期待を寄せられない日本の政治状況の極度の貧困化現象こそが問題と言えよう。
 この機に乗じて橋下氏が代表を務める「大阪維新の会」は「300人擁立、200議席確保を目指す」と、一気に国政の中枢を狙う意図をあからさまにしている。橋下氏は「たった(消費税を)5%税金を上げて、日本が再生するわけがない」と、一見、野田首相が政治生命をかける大増税路線を批判してみせ、「社会保障から税のシステム、国と地方の関係、何から何まで1からつくり直そうというのが道州制だ」と述べ、「船中八策」なる政策大綱を明らかにした。原発推進の堺屋太一氏ら小賢しいブレーンが入れ知恵したと言われるが、日米同盟を基軸とした外交・防衛、環太平洋経済連携協定(TPP)への参加が基軸では自民・民主と瓜二つでまったく代わり映えもしないし、自らの独裁制への道程として位置づけられる道州制や首相公選制もこれまでの政権与党が主張してきたものの二番煎じであり、憲法改正の要件緩和は旧来の改憲勢力の期待に応えるものでしかなく、大阪の教育・職員両基本条例案の国レベルでの法制化と首長に教育行政の権限は自らの独裁者願望を引き写しただけで、唯一独自性がありそうな「掛け捨て型年金」も所得再分配政策に位置づけられたものではなく、参議院の廃止と同様、奇をてらった思いつきの域を出るものではなく、総じてずさん極まりなく、新自由主義路線を掲げる「みんなの党」とほぼ同一の政策路線であるが、その中身の薄っぺらさは覆いようもない代物である。

2/12大阪市役所を取り囲む人の輪行動

<<「いやだったらやめりゃいいだけ」>>
 橋下氏は2/16、「国会議員は完全にひいているが、国民は『これぐらいやらなきゃしようがない』という雰囲気だ。国会議員が本気になるかどうか。ならなければ、大阪ダブル選挙以上の血みどろの国を挙げての大戦争になる」と、この「船中八策」への政界の反応について脅しとも取れる大見得を切った。ところが、自民、公明はもちろん、民主党までもが「われわれの考え方と共通する面もある」(民主党の前原政調会長)と擦り寄る始末である。
 危険極まりない政治情勢の進展である。橋下氏のファシスト的政治手法はすでに大阪においてむき出しの形で露呈されている。「大阪市職員に対する労使関係に関するアンケート調査」は、「このアンケート調査は任意の調査ではありません。市長の業務命令として全職員に真実を正確に回答していただくことを求めます。正確な回答がなされない場合には処分の対象となりえます」と脅迫文を冒頭に掲げ、「業務命令」で処分をちらつかせ、全員に記名による提出を強制し、職員のプライバシーや個人の思想信条、組合所属、「組合活動に参加したかどうか」、「特定の政治家を応援する活動」に参加したかどうか、「特定の政治家に投票するよう要請」されたかどうか、「街頭演説を聞いたりする活動」に参加したかどうか、「職場で選挙のことが話題」になったかどうかなどまでも必須項目として回答を求め、他の職員の政治活動や組合活動の告発・密告を強要するものであり、明らかな憲法違反の思想調査であり、戦前の特高警察さながらの思想調査、密告調査である。さらに「組合費がどう使われたか」「組合加入のメリット」「組合加入しないことによる不利益」などまで回答を求める調査は、労働組合に対する支配介入、不当労働行為そのものでもある。
 今月2/10の開始以降、「憲法違反の思想調査」「組合への不当な支配介入」などの批判が市役所内外から相次ぎ、大阪市労働組合連合会が2/13、不当労働行為に当たるとして、大阪府労働委員会に救済を申し立て、労働団体や弁護士会が次々に中止・撤回を求める声明を発表し、ついに2/17、市長からアンケートの扱いを一任されている市特別顧問の野村修也中央大法科大学院教授は、「救済申し立ての審査の推移を見守る」として回答データの開封や集計作業をいったん凍結することを明らかにした。しかし、橋下市長はマスコミに対し「職員には今までの価値観を変えてもらう」「いやだったらやめりゃいいだけの話」などと公言している。「血みどろの大戦争」の正体は、まさにこのようなファシスト的手法による戦争なのである。このようなファシスト的政治を許さない、広範な反撃こそが組織されなければならないと言えよう。
(生駒 敬)

写真は、2/12に行われた「教育基本条例反対」など「橋下さんにひとこと言いたい」プロジェクトの集会と大阪市役所を取り囲む人の輪行動

 【出典】 アサート No.411 2012年2月25日

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【投稿】放射能瓦礫を全国にばらまくな

【投稿】放射能瓦礫を全国にばらまくな
                   福井 杉本達也

1 被災3県の大量の震災瓦礫
 宮城県の瓦礫は1,819万トン、岩手県は435万トン、福島県は228万トンの震災・津波による瓦礫を抱えている。阪神大震災時の瓦礫1,477万トンの約1.7倍である。あまりにも大量の瓦礫であるため、被災自治体で焼却処分しようとすると10~数10年かかるといわれる。環境省はこの瓦礫を(宮城県の瓦礫344万トン、岩手県の瓦礫57万トン:数字は・毎日:2012.2.17)全国の自治体で手分けして広域処理する計画を立てた。ところが、問題はこの瓦礫が放射能によって汚染されていることである。文科省の「放射線量等分布マップ」によると、時間2μシーベルト以上の地域が名取市から牡鹿半島、気仙沼から釜石付近まで続いている。ちょうど津波の被害にあった地域と合致している。23県では全く受け入れの検討をしていないと回答している(共同通信:2012.1.9)。環境省の瓦礫処理は完全に行き詰まっている。

2 法律違反の環境省の瓦礫処理基準
 福島原発事故が起こるまでは、放射性廃棄物の処理基準は原子炉等規制法において定められていた。原子力施設の解体工事等で発生した廃資材のうち、様々な再生利用、処分のケースを想定し、そのうち最も線量が高くなるケースでも年間0.01ミリシーベルト(=10μSv『クリアランスレベル』)を超えないものを「放射性物質に汚染されたものとして扱う必要のないもの」として、再生利用等できるようにするもので『クリアランス制度』と呼ばれている。経産省はわざわざ、2005年に原子炉等規制法を改正し、クリアランス制度を導入。放射能濃度の確認方法等については省令に規定している。ところが環境省は災害廃棄物を放射性廃棄物として処理するのは現実的ではないとして「原子炉等規制法に基づくクリアランスレベルは10μSv/年と設定されていますが、これを時間当たりに換算すると0.001μSv/時となり、私たちが通常生活していて受ける自然放射線量よりも低いレベルで設定されています。したがって、原子炉等規制法のクリアランスレベルを今回の災害廃棄物に当てはめることは適当ではないと考えています。」(2011.5.2「福島県内の災害廃棄物の当面の取扱い」)として、放射能に汚染された廃棄物を原子炉等規制法から切り離すことを決めたのである。さらに6月23日に「 福島県内の災害廃棄物の処理の方針」として、「放射性セシウム濃度(セシウム134とセシウム137の合計値。以下同じ。)が8,000Bq/kg以下である主灰は、一般廃棄物最終処分場(管理型最終処分場)における埋立処分を可能とする。」として一般廃棄物として処理する方針を明確にした。つまり、8,000 Bq/kg以下~55Bq/kg(換算0.00018mSv/Bq)の「極低レベル放射性廃棄物」と定義されているものを無理矢理「一般廃棄物」にしようとしているのである。
 一方、廃棄物処理法は、放射能汚染されたごみを除外している。法第2条は「この法律において『廃棄物』とは、ごみ、粗大ごみ、燃え殻、汚泥、ふん尿、廃油、廃酸、廃アルカリ、動物の死体その他の汚物又は不要物であつて、固形状又は液状のもの(放射性物質及びこれによつて汚染された物を除く)をいう。」と定義されており、放射能に汚染された廃棄物を焼却することはできないこととなっている。
 つまり、放射能に汚染した災害瓦礫を焼却するには、原子炉等規制法の規制から「極低レベル放射性廃棄物」外すことと、廃棄物処理法に“これ”を含めること=両法の改正が必要である。環境省はこれを一片の通知だけで行っている。これが、福井県を始め各自治体が「二重基準」と非難していることである。全くの無法状態である。

3 「極低レベル放射性廃棄物を焼却するとどうなるか
 環境省は480~240Bq/kgの放射能汚染瓦礫を焼却しても濃縮率は16~33倍だから8000 Bq/kg以内に収まる。「バグフィルター」という筒状の濾布に排ガスを通過させるなどの煤塵除去装置があれば100%放射性セシウムを除去できる。除去した放射性セシウムを含む焼却灰は管理型処分場に埋設するので環境への影響はない(環境省パンフ『災害廃棄物の広域処理』2012,2,2)と説明する。セシウムは28度で固体から液体になり、641度で気化する。焼却炉では900度~1300度で焼却するが、その後ボイラーで熱交換し、冷却搭で冷却されて約200度でバグフィルターに入ることになる。焼却物には塩化ビニールなどの塩化物が多いので、塩化セシウムなどとなって分子が大きいのでバグフィルターで十分捕捉されるだろうという(福本勤氏「ごみ探偵団」2011.1125-実際、焼却炉内でのセシウムの挙動は不明な部分が多い)。しかし、これはバグフィルターが十分機能してのことである。実際は、石川県のK市は長期間に亘って破れたバグフィルターを放置していたケースや、焼却の“管理の都合”で「バイパス」と称してバグフィルターを通さず排ガスを煙突から排出する例は枚挙にいとまがない(上記:福本氏)。その場合、放射性セシウムは微粒子となって環境中に大量放出される。
 また、放射性セシウムを含む焼却灰は管理型最終処分場に埋設されることとなるが、一般廃棄物の管理型処分場には屋根はない。当然、雨水がしみ込む。セシウムは水に溶けやすい。処分場から環境中に流出する恐れもある。管理型処分場の管理もお粗末な場合が多い。福井県内でもF組合やO組合では処理されない水が環境中に放出されたりしている。さらには、溶融炉のスラグの問題もある。放射性セシウムはスラグには移行しないのか。クリアランスレベル以上の汚染ならば当然アスファルトなどの細骨材には使えない。その量だけで処分場の使用期間は一気に短くなる。
 さらには、焼却炉の修理も問題である。年1回は耐火レンガの修理など定期点検をする必要がある。ボイラーを設置した場合労働安全衛生法上の検査も必要である。高い放射線量の炉内に入ることができるのか。

4 瓦礫処理1兆円に群がる「魑魅魍魎」
 瓦礫処理は1兆円を超す巨大公共事業と化している。「総額1兆円を超えるともいわれるがれき処理は公共事業の激減によって苦境にあえいでいたゼネコンにとってまさに『干天の慈雨』(『ダイヤモンド』2011.1015)である。宮城県では談合情報も飛び交っている(『東洋経済』2011.12.3)。静岡県島田市は最近、「被災者の苦境を思えば、援助できる者が援助するのは当たり前。自治体のトップは余裕があるなら腹をくくって、がれきを受け入れるべきだ。最終処分場がないというのは言い訳。必要なのは気持ちだ。この際、首長の独断でがれき処理をやるべきだ」と放射能汚染瓦礫の受け入れを表明したが、島田市長桜井勝郎氏の肩書きは桜井資源株式会社代表取締役であり、産業廃棄物業である(ブログ「院長の独り言」2012.2.16)。
 放射性瓦礫は何百キロ・何千キロと長距離を移動させるべきではない。それは日本国中に放射能をばらまく行為であり、また、コスト的にもムダである。10年、20年の処理量があるならば、地元に焼却場を何基もつくればよい。焼却場は使い捨てとし、焼却灰は当然「原子炉施設及び核燃料使用施設の解体等に伴って発生するもののうち放射性物質として取り扱う」(原子力安全委員会:2004.12.16)べきものであるから福島第一原発の事故によって発生した「放射性廃棄物」として東京電力が引き取るものである。中国はいまもなお、福島県や群馬県など10都県からの農水産物の輸入を禁止している。香港は福島県への渡航を禁止している。自己中心的に「違法行為」を繰り返せば繰り返す程、世界の日本を見る眼は厳しくなる。「違法行為」は腹をくくって「首長の独断」でやるようなことではない。早く、「自らが作った法律は自らが守る」法治国家となるべきである。 

 【出典】 アサート No.411 2012年2月25日

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【報告】経産省前反原発テントひろば探訪記 

【報告】経産省前反原発テントひろば探訪記

昨年9月11日に始まった経産省前テントひろばは、経産省の一角に数張りのテント村だが、枝野経産相の「当省敷地からの退去及び撤去命令」にもかかわらず、急遽終結した多くの人々の抗議の声の中で、1月27日の撤去期限の危機を乗り越え、私が訪ねた2月11日までの間、何名かの泊り込み体制である。当日はちょうど「さようなら原発1000万人アクション」で代々木公園に集結したデモ参加者たちの中からテントひろばに立ち寄る人たちもちらほら。時には右翼の街宣車も騒音条例違反のラウドスピーカーで訪ねてくる。おまけに15歳の中学生も来ていた。この子は常連さんで、聞くところでは「自主的登校拒否」ということになっている、と何か訳ありそうなことを言っていた(テントにいた大人が「無期停学中」とも言うので、公立の中学でそんなことはありえないと、本人に聞いたら、そんなこと言ってた)。少し前にはS中学の1年生4人が来て、シュプレッヒコールを挙げていたとか。
例の排外主義的暴力行動で人騒がせな「在特会」の連中も来てうるさいらしいが、「警察、経産省が追い出さないのなら、われわれが何とかする」と言ってるので、その対応を検討する会議をこれから開くとか。テント村の座り込みは粘り強く続いている。(東京 WK)

経産省前反原発テント広場から
(写真は、長野のMさん提供)

【出典】 アサート No.411 2012年2月25日

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【書評】三浦耕喜『兵士を守る──自衛隊にオンブズマンを』

【書評】三浦耕喜『兵士を守る──自衛隊にオンブズマンを』
                 (2010年7月発行、作品社、1,800円+税) 

 「自殺者数は1995年度で44人だったのに対し、1996年度は52人、1997年度には61人と増加。2004年度には94人が自ら命を絶った。この数字は自殺率で言えば、一般国家公務員の倍以上だ。2004年度の一般国家公務員の自殺率(人口10万人当たりの自殺者数)は19だったのに対し、自衛官は39.3にも上る。その後は下がったものの、2008年度は76人と高止まりのまま。自殺率は33.3で、一般国家公務員の21.7より10ポイント以上高い(評者注──この年の一般国民は25.3)」。
 ここに述べられている数字は、自衛官の自殺の数字である。この数字は、自衛官の男女構成比や年齢構成の若さを考慮しても、一般国民よりも高いと言わざるを得ない。諸外国との比較では、2008年ドイツでは、連邦軍兵士10万人当たりの自殺率は7.5(一般国民は11.5)、イラク戦争中の米国では20.2(兵士と同じ年齢構成では一般国民は19.5。ただしイラク戦争前では、兵士の自殺率は9.8であった)。「文化的背景はともあれ、イラクで戦争している米国よりも日本の自衛隊の方が自殺率は高いのだ」。
 本書は、これまでの憲法九条、自衛隊をめぐる論議でほとんど顧みられる事のなかった個々の自衛官の問題に焦点を合わせる。その事情を本書は次のように指摘する。
「振り返れば、日本の国政において、自衛隊は長く『できれば見ないで済ませたい』存在だった。これを用いる側は政治的リスクを小さくするため、極力、自衛隊の活動を『大したことではない』ように言い繕ってきた。(中略)一方で、自衛隊を好まない勢力は、その存在自体を認めようとはせず、自衛官の口を封じ続けた」。
 この中で事実として自衛隊が担う役割が大きくなり、任務が厳しいものになるにつれてストレスもまた大きくなる。そして一番犠牲になっているのが一線の隊員たちであり、その結果が自殺率の増大につながっている、と本書は述べる。しかし自衛隊を是とする者にも、非とする者にも、本書は呼びかける。「その両者にとって大切なのは、まずは自衛隊で任務に就くひとりひとりの自衛官について『知ること』ではないのかと。兵士のつぶやきに耳を傾け、その思い、悩み、不満、苦しみをくみ取るところから議論は始まるのではないのかと。そのような声を聞かずして、自衛隊をめぐる是非を論じることはできない。自衛官の生の声を聞くための仕組みを考え、人間としての自衛官を大切にすることが、すべての出発点ではないのか」と。
 そしてこのことは、民主主義国家として自衛隊を正しくコントロールしていくためにも重要とされる。機密性が特に重大な意味を持つ軍隊は外部から見えにくいだけに、兵士の苦悩も隠され勝ちであることを考えれば、兵士の声を直接聞く制度が不可欠となる。
 このような視点から本書は、兵士のありのままの姿を把握するための軍事オンブズマン制度の設立を要求する。周知のようにオンブズマン制度とは、議会・市長などから任命されて、任命者から独立して行政の活動を調査、苦情を処理する機関を指すが、この場合は、防衛省や自衛隊幕僚監部から独立して、幹部自衛官のフィルターを通さずに第一線の自衛官たちから直接彼らの訴えを聞き、問題を処理していく機関である。
 本書では、このオンブズマン制度が確立しているドイツ連邦軍を紹介しつつ、その効果を強調する。そこではかつてのナチス・ドイツ時代の軍隊の反省から、兵士を「制服を着た市民」として扱い、「ひとりの兵士を大切にすることを目的としながらも、それによって信頼される軍隊を築き、国外での活動を円滑に進めている」実例が示されている。またドイツ軍自体が兵士に対して、自分自身で判断できる能力を身につけ、自分の良心に反する命令には逆らうよう指導をしていること(「内面指導」)、さらには兵士に対する命令の最後の責任は決定した政治家にあるとして、兵士自身が団結して声をあげる「軍隊の労働組合」(独連邦軍協会)の活動が紹介される。そしてこれらの諸策によって、軍全体を民主主義国家のコントロールの下に置き、社会とのつながりを維持し、国民的合意を形成していく道筋が語られる。
 翻って日本では、自衛隊の成り立ちからしてドイツとは異なった経過を歩んでき、与野党で現実からかけ離れた論議が繰り返されたが、しかし組織としての自衛隊において自衛官一人ひとりの悩みが問題にされることはほとんどなかった。この秘密主義、政治や国民との風通しの悪さが、互いの不信感を生み、高い自殺率とつながっていると言えよう。この意味で本書は、自衛隊のあり方の論議に一石を投じたものである。さまざまな立場からの議論が沸き起こることが期待される。
 最後に参考までに、命令への「服従」を規定した日本の自衛隊法とドイツの兵員法の条文を掲げておこう。(R)

○自衛隊法、第57条【上官の命令に服従する義務】「隊員は、その職務の遂行に当っては、上官の職務上の命令に忠実に従わなければならない。」
○兵員法 第11条【服従】「(1)兵士は上官に従わなければならない。兵士は最大限の力で、命令を完全に良心的に、かつ遅滞なく実行しなければならない。ただし、命令が人間の尊厳を侵し、勤務目的のために与えられたものでない場合には、それに従わなくても不服従とはならない。(2)命令は、それによって犯罪が行われるであろう場合には、兵士は命令に従ってはならない。(後略)」 

 【出典】 アサート No.411 2012年2月25日

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【資料】ウォール街占拠運動–99%対1%の闘いは続く–

【資料】ウォール街占拠運動–99%対1%の闘いは続く–

 以下は、2012年1月3日、「オキュパイウォールストリート」(OWS)のサイトに掲載された新年の呼びかけである。(訳 生駒敬)

<<2011: 反乱の1年>>
 2011年は反乱の一年として、貧困と抑圧、暴力によって支えられている容認しがたい世界的システムに終結をもたらす、その開始の一年として記憶されることでしょう。アラブ世界をはじめ何十もの国々で、人々は経済の崩壊と抑圧的支配体制に反対して立ち上がり、独裁者たちを打倒し、世界中を行動に奮い立たせました。何百万もの人々の、緊縮政策と労働者の権利剥奪に対する大衆的な抗議行動は、ギリシャ、アイスランド、スペイン、ポルトガル、イタリア、イギリス、チリ、ウィスコンシンなど、いたるところで展開されました。
 夏頃までは、「ウォール街占拠」の声はオンライン上のささやきのようなものでしたが、7月14日に、われわれがドメイン・occupywallst.orgを登録し、組織化を開始、最初ののニューヨーク市での全体集会が8月2日に開かれ、リバティスクエアの占拠が9月17日に始まりました。
 富める者と貧しい者のますます広がる格差に対する怒りを燃料として、大多数の人々の犠牲の上に少数エリートに奉仕する政府の政策に失望して、根本的な経済的不平等に対処できない既成権力者たちの我慢しがたい失策に対して、OWSは新しい解答を提起したのです。われわれは、何千もの人々に食事を提供するピープルズ・キッチンを作り上げ、図書館をオープンし、より安全なスペースを創り出し、誰もが利用できるシェルター、寝具、医療、その他必要なものを必要とする誰にでも提供したのです。 われわれを冷笑する人たちは、われわれがリーダーを選出し、政治家に対して要求を並べることを要求していたのですが、われわれは、そうした既成制度に代わるもの、まさにそれらを創造することに集中していたのです。 革命がセットされ、動きだしたのです。それは止められるものではありません。
 大手メディアはわれわれを無視しましたが、チュニジアやエジプト、イランなど、指導者のない抵抗運動から学び、ソーシャルメディアやライブ・ビデオ・ストリーミングを利用して、われわれのメッセージを広げたのです。われわれは、情報が創造され、共有される世界的な急進的民主化運動の一部であり、それは大手企業資本の集中化されたメディアを今日的な意義を持たないものとさせるものです。情報の急激な変化は、集団的決定をすばやく行い、論議し、世界的に構想し、効果的な直接行動の提起を可能にさせ、警察の残虐行為を立証することを可能にしたのです。今や以前にもまして、「全世界が見守っているぞ!」とシュプレッヒコールするとき、それは根拠のない脅しではありません。
 今日では、何万もの人々が日常的に、連帯、相互援助、反抑圧、自治と直接民主主義のような理想を実行しており、個々人は、市規模の全体集会にともに参加し、そして自主的に共通の目的を持ったグループに参加しているのです。合意と、上意下達式ではない、自主的な個人参加を通じて、われわれはここかしこで新しい世界の骨組みを文字通り設定しつつあり、現実化しているのです。
 余すところは、歴史です。 新年にあたり、われわれがこれまで達成したもののおおよそのところは以上の通りです。「占拠」が行われたすべての場所と行動をリストアップすることは不可能でしょう。しかし新年を、いくつかの勝利のハイライトを祝うことによって、そして来たるべき行動提起を踏まえて開始するものです。

<<2012年: われわれは、準備している>>
 われわれの運動の自然発生的で、指導者をもたない性格は、われわれに強さを与えています。未来は記録されていないのであり、可能性は限りないものです。2012年には、この「占拠」運動はあらゆる所で、団結する人々の強さを示し続けるでしょう。われわれは、1%と政府側からの攻撃に反撃する闘いを継続します。以下は、現在提起されているいくつかの単なる「予告」にしかすぎないものです。

・われわれは、アイオワの大統領選キャンペーン事務局の占拠を続行します。それは、「リベラル対保守、民主対共和といった二分法は、アメリカ社会を掘り崩している真の社会的対立、99%対1%という真実から目をそらすもの」だということを世界に想起させるための占拠なのです。
・1月3日、本日、ニューヨークのOWSは、国防権限法にもとづく「無期限勾留」に抗議します。
・同じく本日、オキュパイ・アトランタは、さらなる差し押さえ競売に抗議し、続いてトロイ・デイビスに敬意を表して死刑に反対する行進を行います。
・1月6日、ニューハンプシャーの大統領予備選に対処します。
・1月14日~16日には、オキュパイ・ジョブズ・ネットワークは、仕事、住宅、教育と人々の権利を要求して行動します。
・1月15日には、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの誕生日を記念して、団結のための世界的規模のキャンドルライト行動をもちます。
・1月16日、オキュパイ・ザ・ドリームは連邦準備制度理事会の占拠行動を行います。
・1月17日、議会選挙行動を予定しています。
・1月20日、オキュパイ・サンフランシスコは、金融地区を再占拠します。
・2月29日、オキュパイ・ポートランドの呼びかけで、企業の操業閉鎖行動を行います。
・4月7日、オキュパイ・シカゴは、国際的占拠行動に呼応して「春季攻勢」を展開します。
・5月1日、世界は注視することとなるでしょう。
・5月19日、シカゴでのG8とNATOサミットに対抗します。

 以上は、先月号掲載の予定であったが、原稿量多く次号掲載となったもので、上記にあるこれまでの予定のオキュパイ行動はすべて実行されており、
2/18現在、シカゴ・オキュパイが、貧困地区の小学校の民営化に抗議して、シカゴ・ハムボルトパークにあるピッコロ校の占拠行動に立ち上がり、保護者や教師、生徒たちが多く参加し、キャンプを設営、シカゴ教職員組合も支援を表明、シカゴ警察とにらみ合いが続いていたが、警察は撤退を決定、シカゴ・オキュパイはテント持参の参加をさらに呼びかけている。

 【出典】 アサート No.411 2012年2月25日

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【投稿】「崖っぷちに」に立つ民主党政権

【投稿】「崖っぷちに」に立つ民主党政権

<<危ういバランス>>
 2012年は昨年に引き続き、破綻してもはや泥沼の状況に世界を追い込んでしまった新自由主義路線・自由競争原理主義路線といかに対決するかが問われる年となろう。リーマンショックに象徴される2008年の金融恐慌から今日に至るまでの事態が白日の下にさらしたものは、この新自由主義路線こそが世界的規模で弱肉強食・規制緩和を推し進め、金融資本の横暴、地域経済を無視した投機行為とマネーゲームが世界をかき回し、もはや収拾のつかない世界を作り出してしまったことである。その結果、今や世界中のいたるところで、世界経済恐慌への不気味な胎動が目立ち始めている。世界中が各国との金利差や為替差に一喜一憂し、何の規制も受けない野放し状態のマネーゲームの中、危ういバランスが一気に崩れ、綱渡りも不可能な破滅的な危機に暗転しかねない事態である。
 ユーロ圏、米、中、ロシア、そして日本、それぞれ国内事情は異なれど、新自由主義路線・市場原理主義路線がもたらしたすさまじい格差と貧困の拡大と失業の増大、金融資本と巨大企業の横暴、経済的危機の進行は今や世界中共通の様相を示している。そしてこれら諸国のいずれにおいても今年は、これにいかに対処するかが問われ、大統領選挙や政権交代が問われている。
 そして先進各国において共通に問われているのは、ことここに至ってもなお幅をきかしている新自由主義路線である。グローバル資本と金融資本の横暴きわまる力を背景に、いずれの諸国においても危機の解決策は、グローバル資本と金融資本の徹底的な規制と解体ではなく、彼らをあくまでも温存、放免、救済し、「99%対1%」というウォール街占拠運動のスローガンに象徴される圧倒的多数の庶民の犠牲において事態を乗り切ろうとする、1%の利益をあくまでも擁護し追及する現政権の策動である。その象徴が財政引き締め・緊縮経済路線・増税路線である。
 しかしこの路線は、国際通貨基金(IMF)が従来第三世界に押し付け、ことごとく失敗してきた路線である。緊縮政策は、需要を縮小させ、さらに失業を増大させ、景気を悪化させ、したがって税収も減少させ、結果としてよりいっそう債務を拡大させる路線でしかない。ユーロ危機の背後にあるゴールドマンサックスやJPモルガン・チェースをはじめとする国際金融資本こそがギリシャを食い物にし、財政危機を巨大なものにさせた真犯人と言えよう。ギリシャの人々の強力で粘り強い闘いやアラブの春やウォール街占拠運動の高揚は、もはやこうした政策は許しがたいものであり、こうした政策の続行は、厳しい反発と広範な人々を結集した激しいデモや大衆行動、ストライキに直面して、緊縮政策を進めることはもちろん、権力の維持ばかりか、支配階級自身の存在さえ危うい事態をもたらしており、こうした政策に追随する政府や既成政党は見放される存在でしかないということを明らかにしたとも言えよう。

<<「すさまじい痛みでもやる」>>
 1/16に開かれた民主党定期大会で野田首相は「一体改革」や環太平洋連携協定(TPP)にふれて、「これらの政策をやりきることなくして日本と国民の将来はない」「痛みは当然ともなう」と述べ、言うに事欠いたのか「崖っぷちに立っているのは民主党ではない。日本と国民だ」と声を荒げる傲岸不遜極まりないと態度を披瀝してしまった。原発震災で何の反省もない経団連の米倉会長が来賓あいさつで、この野田首相の姿勢を大歓迎、「全面的に協力させていただく」とエールを送る始末である。連立を組む国民新党の亀井代表があいさつのなかで「暴風雨のなか、TPPや消費税の風を吹かし、帆を上げて安全航海ができるとお思いか」と釘を刺したが、野田首相には「崖っぷちに立っている」のは首相本人であり、「日本と国民」を「崖っぷち」に追い込んでいるのが自らの政権であるという自覚が完全に欠落しているのである。
 そして野田首相とともに財務省に体よく踊らされている安住財務相は、「社会保障の維持・充実のための消費税増税」という表面上の政府宣伝さえ忘れてしまったのか、消費税率10%への大増税だけでは「社会保障の維持・充実」はできないので、給付や福祉サービスの切り下げ、負担の増大など、「トータルで社会保障を抑制していく」「(社会保障で)痛みを伴うものについてもやらざるをえない」と繰り返し、あげくの果て「すさまじい痛みでもやる」とまで言い切ったのである(1/15、フジテレビ系「新報道2001」)。これではいったい何のための増税なのか、ころころ変わる彼らの論理破綻は行き着くところを彼ら自身が知らないし、知ろうとさえしていないのであろう。
 さらに、今回の内閣改造で入閣して悦に入っている岡田副総理は、「消費税の引き上げは、2009年の衆院選における民主党の選挙公約[4年間は消費税の増税はしない]に違反しない。なぜなら引き上げ時期は2014年で、総選挙のあとになるからだ。」というまったくの詐欺的な詭弁を弄して、なんら恥じることも、ことここに至った責任も感じない発言をし(1/15、NHK「日曜討論」)、さらに1/22には「年金抜本改革の財源は今回の(2015年10月に引き上げる消費税の)10%増税に入っていない。さらなる増税は当然必要になる」と断言(フジテレビ番組)、「どのくらい必要になるかは、最低保障年金をどれだけ大きくするかと釣り合った問題なのできちんと議論したい」と増税底なし発言を平然と言ってのけている。社会保障改革を「エサ」とした、何の裏付けも展望もない、まさに「やらずぶったくり」、ただただ増税あるべしの路線と言えよう。

<<「消費税ゼロでも財源は30兆円もある」>>
 2009年の政権交代とはいったい何であったのだろうか、ことここに至れば改めて問われる事態と言えよう。あの政権交代は、小泉・竹中路線に象徴される弱肉強食の市場経済原理主義・規制緩和路線がもたらした経済格差の拡大と非正規雇用と貧困の増大、セーフティネットとしての社会保障政策の大幅な後退、マネーゲームの横行と社会の荒廃、そしてこうした新自由主義路線と軍事力強化路線を唱導するアメリカへの追随外交に「ノー」を突きつけたものであった。あの政権交代は曲がりなりにも民主党が「国民生活が第一」のスローガンの下に、有権者のこの「ノー」を吸収し、反映したものであった。しかし、民主党の根幹に根太く息づいていた新自由主義路線が、この政権交代の成果を台無しにし、政権交代の公約のほとんどすべてを裏切ってきたのがこれまでの民主党の路線の変遷とも言えよう。今や旧来の自民・公明政権と変わらない事態を現出させ、その最後のあがきと崩壊の過程で登場してきたのが増税・緊縮路線とも言えよう。
 しかし、先述した危険極まりない世界経済の動向の中で、そして今なお進行するデフレ不況下でのこうした増税・緊縮路線の強行は、きわめて危険な経済恐慌と社会の荒廃を招き寄せるだけである。「崖っぷち」に立たされているのは、この増税・緊縮路線であり、民主党政権なのである。
 この増税・緊縮路線に対して対置されるべきは、この新自由主義・市場競争原理主義路線からの根本的転換であり、それこそ「国民生活が第一」のセーフティネットと社会的インフラの拡充を柱としたニューディール政策であり、大規模な震災復興政策、原発ゼロ政策への転換と新たなエネルギー政策、マネーゲームを徹底的に規制する金融資本規制であり、所得再配分機能として本来あるべき税制の抜本的改革である。消費税がゼロであっても、膨大な不労所得が分離課税によって不当に減税されている現状を改め、所得課税の総合課税と累進税率の強化によってだけでも30兆円近い財源が確保できることがこれまでに何度も試算され、ごく最近も発表されている(「週刊金曜日」2012/1/20号「消費税ゼロでも財源は30兆円もある」)。
 問題は、こうした根本的転換にあくまでも抵抗する政権と、政党、それを支える政・官・財をいかに孤立させるかにかかっているといえよう。それこそ「政府、財務省、日銀、東電を占拠」する怒りと抗議の波が組織されなければならないと言えよう。
(生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.410 2012年1月28日

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【投稿】「ストレステスト」という机上の空論で再稼働を目論む原発帝国主義

【投稿】「ストレステスト」という机上の空論で再稼働を目論む原発帝国主義
                           福井 杉本達也

1 「安全神話」崩壊後もなお事故は無かったかのように振る舞う“専門家”
 山名元京大原子炉実験所教授は原発の今後事故が起こる確率について「この40年の日本の実績で計算すると確率は500分の1です。これだと、今後も10年に1回、福島級の事故が起こることになってしまう…だけど、これから安全を強化することを考えると、そんな確率はあり得ない。…これ以下をめざすべきだという標準値がある。国際原子力機関(IAEA)の要求、これが10万分の1。IAEAの標準値のように低くできる、ということを前提に。安全対策をきちっとやったうえで、…本来あるべき確率で考える」(朝日:2011.12.21)との奇妙な論理を展開する。山名氏のいう「500分の1」の確率は原子力委員会で原発のコストを試算する中で事務局より出されたもので、今回の福島第一原発において3基の原子炉が過酷事故を起こしたので、その発生確率を3炉÷1494稼動年≒0.002(炉/稼動年)≒1/500(炉/稼動年)と単純に割り返したものに過ぎず、一方「本来あるべき確率」というのは、事故がおこってしまった(確率=100%)ものをあたかもなかったように考える(都合の悪いことを無視する)という実に非科学的態度である。人間、未来を予測するには限界がある。ある事故が「起こるかもしれない」し「起こらないかもしれない」。確率とは「ある事象がおこることの可能性の程度、あるいは確からしさを数量的に表現したものである」(竹内啓:「確率的リスク評価をどう考えるか」『科学』2012.1)。数学・確率のイロハも分からない人を内閣府原子力安全委員会原子力発電・核燃料サイクル技術等検討小委員会委員に“専門家”として委嘱するというのはいかなる政府か。

2 ストレステストは現実を無視した机上の空論
 フォールト・ツリー(故障の樹)解析(Fault Tree Analysis-FTA)は米国で1960年代に弾道ミサイルの事故解析のために開発されたが、その後、原発の危険性の数量化=事故が発生する確率あるいは発生しない確率を計算する客観的で定量的な方法はないかということで、特に1974年に米国原子力委員会が行った商業用原子炉プラントの災害危険性評価(WASH-1400 いわゆる『ラスムッセン報告』Rasmussen Report)に活用された。その後、日本の原発の評価にもこの確率論的安全評価(PSA)の方法が持ち込まれた。確かにFTAは①システムにどのような変化があった場合でも、その安全性への影響を評価しうる、②事故の兆しやその結果を解析することによって、特定の事故の位置を明らかにし確認に役立つ。しかし、システムの安全性(信頼性)を定量的に予測することはできない(『原発の安全性への疑問』憂慮する科学者同盟 1979.6.5)。数学的方法を使うには前提条件を明確にしなければならない。しかし、今回の地震や津波に対する原発の設計の不備からも明らかなように前提条件を明確にすることなど不可能である。また、GEマークⅠ型炉のように当初から設計者が格納容器の小ささを指摘されていたものもある。また、設計通りに施工されたかも不明である。FTAは具体的にはイベント・ツリー(Event Tree)で事故を個々の要素に分解―たとえば『主要故障』を①「補助給水ポンプによる蒸気発生器への給水」ができない故障として、②「電動補助給水ポンプ」と③「タービン動補助給水ポンプ」による要因に分け、③をさらに④「タービン動補助給水ポンプ自体が動かない」場合と⑤「主蒸気系配管の破断」に細分化し要因を追求していく。これを、フォールト・ツリーで①の故障がおきるのは②と③が同時に起こることによる(ANDゲート)、③の要因が起こるのは④又は⑤のどちらか一方が起こる場合(ORゲート)というように再構成し、それぞれのおこる確率から『主要故障』の起こる確率を求めて行こうとするものである(参照:『大飯発電所3号機の安全性に関する総合評価(一次評価)の結果について』添付資料5-(1)-11 2011.10.28 『FTA安全工学』1979.4.27)。その結果がたとえば山名氏のいう「10万分の1」である。
 しかし、原発のような巨大システムではこうした要素分解とその相互関連をとことんまでやることは不可能である。さらには地震・津波・台風といった自然現象との相互作用もある。また、今回の福島第一のように地震で送電線が倒壊し、ディーゼル発電機も津波で故障、配管も破断するという要素の共倒れ現象もある。一方、故障の基となる要素部品の故障率は充分にはデータ把握ができない。このため、アメリカ航空宇宙局(NASA)ではFTAはアポロ宇宙船には使えないとして放棄してしまった。アポロ計画のロケットの故障が着実に減り出したのは、テストを重ね、起こった事故原因を徹底調査し、その対策を立て弱点を一つ一つなくしてゆく方法に方針を切り替えてからである(参照:武谷三男『原子力発電』1976.2.20)。今回の大飯原発3、4号のストレステストはこうしたこれまでのコンピューター上だけの机上の空論の積み重ねの上に計算されたものであり、全くあてにならない。

3 原発災害は“ブラック・スワン”か?-統計の「正規分布」と「ベキ分布」の違い
 明治大学客員教授の高安秀樹氏は福島第一原発のような災害はこれまで我々が馴染んできた統計学の「正規分布」ではなく、「ベキ分布」で捉えるべきだという。正規分布とは、ある標本集団のばらつきが、その平均値を境として前後同じ程度にばらついている状態を示し、平均値を線対称軸とした左右対称の釣鐘型でなだらかな曲線を描く。一方、ベキ分布とは、極端な値をとるサンプルの数が正規分布より多く、そのため大きな値の方向に向かって曲線は長くなだらかに裾野を伸ばしていく。ベキ分布に従う災害では、過去のデータから平均的にリスクを推定する常識的方法には限界がある。過去に例のない規模の災害が発生すると保険のような仕組みでは災害を担保できない(日経:2011.4.7 2012.1.16)。同様の声明を日本数学会理事会も出している。宮岡洋一理事長は「絶対安全なんていうことはあり得ない…確率は低いかもしれないけれども、低いのとゼロは違います…災害の規模と災害が起こる確率の関係が『べき指数』法則に従うとしたら、災害の規模の期待値なんて存在しない…まずないんだから無視するという考え方は通用しない。」(「日本数学会理事会声明について」『科学』2011.9)と述べている。
 原発災害が巨大になるということは、1958年、日本の最初の原子炉(コールダーホール型)をイギリスから導入しようとした時、イギリスは「イギリスが製造し、イギリスの原子燃料を使う原子炉で事故が起こっても、イギリス政府は一切責任をとらない」という『免責条項』を無理矢理契約に入れたこと、製造者が製造物の責任を引き受けない無責任体制となったことを受けて民法学者の我妻栄が中心となり1961年に作った「原子力損害賠償法」で事業者の賠償責任は50億円(当時)までとし、それ以上は実質的に国が補償するという規定を設けたことからも明らかである(有馬哲夫『原発・正力・CIA』2008.2.20)。原発の巨大災害は正規分布によって保険料を算定する民間保険では保障できない・国家しか補償できない(国家でさえ補償不可能の場合もある)ということは当初から明らかであった。

4 軍事的に重大な影響があるにもかかわらずスペースシャトルを捨てたNASAに学べ
 竹内啓氏は別の角度から原発事故のような絶対起こってはならない現象に対しては、「大数の法則」や「期待値」にもとづく管理とは別の考え方が必要であると説く。大数の法則は多くの偶然現象が積み重なれば、偶然的な影響はお互いに打ち消しあって一定の傾向が現れ、釣鐘型の正規分布となる。自動車などの大量生産において重要なのは製品の平均品質であり、規格を満たさない不良品の率が低いことであり、部品が一定の規格を満たし、つねに取り替え可能なこと、労働者は平均的な能力を持っていることである。そこでは大数の法則が支配し、統計的方法と確率論の対象となる。しかし、原発やジャンボ機・人工衛星・スペースシャトルのような数百万の部品からなる超複雑なシステムは、たとえ一カ所の欠陥でも、全体の機能を失わせてしまう危険が含まれている。そこでは統計的抜き取り検査で検出できるような「不良率」が出現することは許されない。もし、事故が起こったら「おしまい」である。すべての部品が十分は性能をもたなければならない。大数の法則によって補正されるような偶然誤差が許容される余地はない。したがって技術に課される目標は「期待リスク」を小さくすることではなく、危険が生ずる確率を事実上ゼロとすることである(竹内啓『偶然とは何か』2010.9.17 参照:加藤尚武『災害論―安全性工学への疑問』2011.11.10)。
 宇宙飛行士の古川聡氏は宇宙船に乗るに当たり遺書を書いた。スペースシャトル・ディスカバリー号に乗船した山崎直子氏は2度も遺書を書いたという。100分の1程度の事故確率があるからである。1986年・スペースシャトル・チャレンジャー号事故の調査を行った物理学者のファインマンはNASAの幹部が失敗の確率を10万分の1(山名氏と同様の)と主張したことに対し、「いったいぜんたいこの数字はどこからひねり出したのだろうか。」「パイプが破裂する確率は10のマイナス7乗などと書いてあるが、そんなことが簡単に計算できるはずがあるものか!1千万に1つなどという確率を概算するのはほとんど不可能に近いはずだ。エンジンの一つ一つの部分につけた確率の数字は、あとで全部足せば10万分の1の確率になるように、はじめから細工してあるのは見えすいていた。」(『困ります、ファインマンさん』2001.1.16)、「『成熟』してからのロケットについては…部品の選択と検査に細心の注意を払えば、100分の1以下の信頼度も可能ではあるけれども、今日のテクノロジーでは1000分の1の信頼度はおそらくは期待できまい」「もし失敗の確率がほんとうに10万分の1程度の低さであるというなら、その判断には実際問題として膨大な回数のテストを重ねなくてはならない…NASA幹部たちは…自らの製品の信頼度をそれこそ夢か幻の域にまで拡げて誇張しているように見受けられる…ロシアンルーレットで、一発目が無事だったからといって、二発目も無事と安心してはいられまい」(「チャレンジャー号事故少数派報告書」『ファインマンさんのベストエッセイ』2001.3.15)と分析している。工学的には1000分の1程度が限界である。この指摘は不幸にも2003年のコロンビア号の空中分解事故となって証明される。結果、昨年、米国は最終的にスペースシャトルから撤退した。
 電力中央研究所による1979~1997年の16年間における国内49基の「原子力発電所の確率論的安全評価用の機器故障率の算出」(2001.2)では即炉心溶融につながる非常用のディーゼル発電機の「起動失敗」が14件報告されている。電力からの任意の報告というバイアスがかかっており、そのうち5件は継続運転時間さえ不明である。報告書は故障率を10のマイナス4乗台と推計しているが、いずれにしても電源系統が大きな弱点であることは2001年以前から明らかであった。原発はこれまで1979年のスリーマイル島事故・1986年のチェルノブイリ事故・そして今回の福島原発事故と大規模な事故を繰り返してきた。信頼度はそれほど高くはない。「500分の1」という数字は当たらざるとも遠からずである。原発事故は極めて希な現象ではない。1月14日に保安院が関電のストレステスト評価結果を妥当とした大飯原発3、4号は関西圏に極めて近い。京都市の一部もヨウ素剤の配布区域に含まれる。もし事故が起きれば関西の水瓶・琵琶湖も放射能で汚染される。北西の季節風が吹けば名古屋も危ない。日本列島は壊滅である。ストレステストといった机上の空論をしている場合ではない。早急に廃止すべきである。 

 【出典】 アサート No.410 2012年1月28日

カテゴリー: 原発・原子力, 杉本執筆 | 【投稿】「ストレステスト」という机上の空論で再稼働を目論む原発帝国主義 はコメントを受け付けていません

【投稿】アメリカの「アジア回帰」と新戦略

【投稿】アメリカの「アジア回帰」と新戦略

「対テロ戦争」の終結
 オバマ大統領は昨年11月17日、オーストラリア国会で行った演説で、アジア太平洋地域を最優先として、アメリカの経済、軍事的影響力を拡大していくことを明言、具体的措置の一つとして、ダーウィンの豪州軍基地に米海兵隊を常駐させることを明らかにした。
 これはアメリカの「アジア回帰」として報じられ、中国のこの地域、とりわけ南シナ海における影響力拡大に対処する戦略転換と日本などでは解釈されている。
 そして12月14日、オバマ大統領はノースカロライナ州のフォート・ブラック陸軍基地で、03年以来の「イラク戦争」の終結を宣言した。イラクに於ける「アメリカの戦争」は10年の戦闘終結宣言をもって事実上終了していたが、この演説で形式上も勝利無きままに、8年9ヶ月で終戦となった。
 さらにアフガニスタンでも、カンダハルやへルマンド州など南部のタリバン支配地域の平定をめざした大規模な軍事作戦も、顕著な成果が上がらないまま膠着化している。
 こうしたなか、民間人殺害や「友軍」であるパキスタン軍も含めた「誤爆」が相次ぎ、先日には、海兵隊員が殺害したタリバン兵に対し放尿するという衝撃的な動画が暴露された。
 このようなモラルハザードの頻発は、日中戦争でも、ベトナム戦争、そしてイラク戦争でも見られたように、侵攻した側が泥沼にはまりこんだ証左である。
 最早、軍事的勝利による情勢打開が絶望的になったのであり、アメリカ政府は、カタールに開設される「タリバン連絡事務所」を通じての和平交渉に臨まざるを得なくなっている。
 今後、アフガンからも戦闘部隊は順次撤退が進められるが、9,11テロを発端とした「対テロ戦争」は、昨年5月のビン・ラディン殺害を最大の戦果として、約10年で事実上終結したと見て良い。

苦し紛れの新戦略
 これら一連の店じまいを経て、オバマ大統領は1月5日、ペンタゴンで演説し新たな国防戦略を明らかにした。それは冷戦終結以降の中東と朝鮮半島への大規模な陸上兵力展開を想定した「2正面作戦」を転換、アジア=対中国を唯一の正面としつつ、それに充てる戦力は「ジョイント・エア・シー・バトル」戦略に基づき空、海軍を軸とすること。
 これ以外の地域や非対称の脅威に対しては、特殊部隊や無人攻撃機など新たな戦術、システムで対応し、余剰の陸上兵力=陸軍、海兵隊は大幅に削減するというもので、「1正面+α戦略」とも言われている。
 新戦略の具体像として言われているのは、日本の西南諸島から台湾を経てフィリピンに至る、いわゆる「第1列島線」以西へのアメリカ艦隊の進出を阻む「接近阻止戦略」に対し、中国の対艦ミサイルの射程外から、中国艦隊を攻撃するシステムを構築し抑止力とするというものである。
 10年2月に発表されたペンタゴンの「4年ごとの国防戦略見直し(QDR)」でも「2正面作戦」の見直しは言及されていたが、悪化の一途を辿る国家財政と議会の圧力に強く背中を押された形で、今回の大統領演説として具体化した。
 しかし全般的な軍事情勢と財政的必然性から考えるならば、本来は「0正面」であって然るべきところを、軍産複合体の権益との板挟みになり、活路をTPP構想=経済的アジア回帰との関連に求めた妥協の産物である。アジア諸国との軋轢を抱える中国を安易に仮想敵としたかのような新戦略は、精緻に練られたものとは考えられない。
 軍事的な観点からいえば、1正面は維持するにしても、アジアに固定化するのではなく、「世界のどの地域でも正面展開しうる能力を保持していく」戦略としてフリーハンドを維持するのが得策である。しかし、TPPを睨んだ経済的戦略から軍事的にもアジア重視というリップサービスが必要だったのだろう。 

同盟国へのテコ入れなし
 本当に新戦略がアジア重視と言うなら当該地域への戦力の集中が必要であるが、その工程表は明らかにされていない。現在アメリカは原子力空母11隻を保有しているが、これは「1正面」には明らかに過剰であろう。ましてや大西洋方面の脅威が低減しているなら、大幅削減したうえ、アジア地域に集約することも可能だと考えられるが、新戦略ではスルーされている。
これ以外にも米軍のアジアシフトについては、ダーウィンへの海兵隊配備以外には明示されておらず、1正面の削減分を幾何かでもアジアに回すという積極的な戦略ではなく、軍のリストラ優先であることがわかる。
 それでは、米軍を増強する代わりにアジア諸国の軍備拡張を促進するのかといえばそうでもない。
 96年や08年の台湾総統選挙の際は、中国の動きに対応して台湾近海に空母2隻~3隻が展開されたが、米中とも馬英九総統の再選を望んでいた今回の選挙ではそうした動きは一切なかった。
 アメリカが本気で中国の軍事的封じ込めを進めるのなら、台湾の求める能力向上型F16戦闘機やイージス艦の購入(本来はF35を希望)を認めるなどすれば良いものを「中国を刺激するから」として承認していない。これは逆に言えば新戦略は中国を刺激しないと認めているようなものである。
 さらに、スプラトリー諸島を巡って中国と対立しているフィリピンへの支援も中途半端となっている。もともとフィリピン軍は、「新人民軍」や「モロ民族解放戦線」などの国内の反政府武装勢力に対応するための軍隊であり、対外戦争を行う能力は無い。
比海軍の主力水上戦闘艦は、第2次大戦中に就役した骨董品の元アメリカ駆逐艦が1隻であり、ようやく最近、アメリカ沿岸警備隊の巡視船(カッター)1隻を「軍艦」として編入したという水準である。「回帰」というなら92年に閉鎖した「スービック海軍基地」「クラーク空軍基地」の再開までは行かなくても、軍事インフラの整備や一定の部隊の再配置は必要だろう。
 またパラセル諸島を巡り、過去中国と武力衝突に到ったベトナムは、海軍力の増強を進めており、対中国艦隊の主力となる潜水艦は当然のことながらロシアから購入している。
 「アジア回帰」の象徴とも言われるオーストラリアへの海兵隊配備にしても、ダーウィンの豪州軍基地の間借りである。アメリカは「アジア回帰」と言いながら、この地域への軍事的投資を行っていないのである。

早くも綻びる新戦略
 1月に明らかにされたばかりの新戦略の前途は、イラン情勢の緊迫で早速、困難な局面にさらされている。イランの核開発に対して欧米諸国は、原油の輸出停止を軸とする経済制裁を進めようとしており、これに反発するイランはホルムズ海峡の封鎖を示唆し対抗しようとしている。
 アメリカは現在、この海域に2隻の空母を展開中で、パネッタ国防長官は現在の体制で十分としているが、さらに1隻が南シナ海に、また1隻が横須賀に待機中であり、事実上中東が「正面」となっている。
アメリカ、イランもしくはイスラエルが武力衝突に至る可能性は低いと考えられるが、この状況はしばらく続くだろう。パレスチナ問題も未解決のなか、中東はアメリカにとってさまざまな意味で「正面」であり続けるだろう。
 また、「アジア回帰」に疑念を抱く中国に対し、昨年12月15日、バーンズ米国務副長官がマレーシアで「アメリカのアジア回帰は、中国を抑止するためのものでなく、中国との間でパートナーシップを構築することが最大の目標」と明言しており、対中強硬姿勢を期待する日本政府などに肩透かしを食らわせている。
 実態として軍事的には現在でも中国は封じ込められているのであり、当面の間、日米の優位は変わらない。昨年末中国はウクライナから購入した空母を就役させ、今後国産空母を建造するとみられている。しかし日米の海上戦力の拡大はそれを上回るペースで進んでおり、「アジア回帰」でアメリカが新たに担う責務は存在しないといってよい。
 そもそも「アジア回帰」にせよ新戦略にせよ、オバマ大統領の再選戦略の一環としての性格が強いものであり、11月の大統領選挙の結果如何でどうなるか分からないものである。日本にせよ比、越両国にせよ、中国との領有権問題は最終的には2国間問題として帰着するものと考えられる。
現在民主党政権は、アメリカに依拠する形でしか、外交、軍事政策を構想できてない。「尖閣諸島を守るにはアメリカに頼るしかない」などという考えに囚われていると、足元を掬われることになるだろう。(大阪O)) 

 【出典】 アサート No.410 2012年1月28日

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【追悼】未来を目指した知的冒険家を偲ぶ —小野瞭さんを偲んで—

【追悼】未来を目指した知的冒険家を偲ぶ —小野瞭さんを偲んで— 

 2011年12月10日 小野 瞭さんの家族から電話を頂き 亡くなったことを知った。数年前にはこだて未来大学を病気休職したのは知っていたが 連絡が取れず それほどの重病だったのかと自分の迂闊さを恥じた。学生時代の激しい環境の中で 自治会再建運動をともに過し 卒業後も議論を続けた仲間だった。

<学生時代 小野君は 大衆運動の優れたリーダーだった>
1970年当時の関西大学は 新左翼諸派の破壊活動によりほとんどの授業が休講だった。たまに気骨のある先生が開講しても ヘルメット・タオル姿の学生がなだれ込み 結局休講となるのがオチだった。キャンパスの荒廃は次第にエスカレートし 内ゲバ殺人事件へと泥沼化していく。
 一年生の夏休み明けの頃のことと思うが 経済学部学舎前でヘルメットも被らず 大量のビラを新聞少年のようなスタイルで 行き交う学生に配っている人がいた。真面目顔の口を引き締めビラ配りをしているその人が小野君だった。思わず声をかけると「おっ 君は関心があるか 話そう」と言い 芝生の上で熱心に溢るるばかりの彼の話に聞き入った。
「世界観」「唯物論」「弁証法」といったはじめて聞く新しい言葉と 社会を腑分けする彼の見識が新鮮だった。数日話し込んだ後 彼の提唱する自治会再建を目的とするクラス連合結成の運動に協力することになった。
 当時のクラス連合結成の呼びかけ文には 大意次のようなことが書かれていたと記憶する。「大学当局が学生の自治の為の学友会費を凍結しているのはけしからん。凍結解除させるには自治会再建が必要である。再建準備の為のクラス連合を結成しよう。」 学生の最大の潜在欲求は授業を正常に受けることなのだが この論理では新左翼諸派も反対する論拠がなく むしろ魅力すら感じたことだろう。
 政治的知験も理論も希薄な一年生のはずだが 小野君には再建にいたる全プロセスと超えるべきハードルが見えているように感じた。再建運動の妨害を避け 取り除きながら運動を日々進めていく方策の 悩みをいつも一人で抱え込んでいるような風情が彼にはあった。非暴力の我々が 新左翼諸派の妨害を排除し 日常化した小競り合いに耐えながら運動を進めていくには 圧倒的な学生の支持とスクラムが背景になければならなかった。その自然発生的な支持の盛り上がりを呼び起こす苦慮を重ね 小野君は仲間とともに常に先頭に立ち 不屈の態度で1972年に学部自治会再建を達成した。
 これは関西大学経済学部創設百周年記念誌に記録されている。

<小野君の未来志向>
学生時代に仲間とともに「共産党宣言」を読み 自由に平等に労働し暮らしていける社会とは どんな世界だろうと議論し 想像すらできず要領を得ぬままとなったことがある。
 あれは 一年生の冬のことだと思うが 小野君が突然「経済学部に入ったらマルクスの資本論くらい読まなあかんよ。一緒に来るか」と言って Y先生の研究室へ行き 初めて「資本論」を手にした。後で聞くと 彼も始めての挑戦であった。ひたすら読み通し最後に少し議論するのだが 難解でありよく理解できないまま読み通しただけで私は終わった。小野君はその後も研究を続けていたようだ。
小野君が亡くなり 奥さんから唯物論研究誌を頂き 彼の遺作『資本主義「後」の世界~個人的所有の再建の現実的可能性』を読ませて頂いた。もう10年前以上になるのか 日本経済研究会で彼から「万人起業家社会論」の報告を受けたことがある。経済論として受け止めた為 良く理解できずにその場は終わった。
今回改めて彼の著作を読み 色々と過去に議論したテーマを思い出す。この著作では 論述スタイル 組織と個人 所有構造 市場概念 未来のあるべき社会像等 数多くの議論を呼び起こす提起を行っている。
今の社会経済システムに多くの人が限界を感じる状況が深まる中で 現在の科学観を越えたあるべき未来の社会像を描き出そうとする以前と変わらぬ彼の意欲的姿が思い浮かぶ。社会主義は共産主義への過渡的形態と信じていた時期があった。計画統制経済の失敗 官僚組織の腐敗が多くの社会主義国の政治的経済的敗北をもたらし 社会活動に携わる多くの人に幻滅と理論的根拠の喪失感をもたらした。彼は失敗の原因を究明し 再び理論的思想的根拠を取り戻し 社会変革ののキャスティングボードを握れといっているかのようだ。
最後に昨年小野君からもらった年賀状の一節を紹介し 追想とする。
「医者からは 執筆も控えよといわれています。経済学・社会科学のみならず 科学と学問の観点からの見直しの為 これからもベッド上で頑張っていく所存です。  一進一退ですが 運・天・気を信じて がんばっています。」
(千葉 秀夫)

 【出典】 アサート No.410 2012年1月28日

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【書評】『日本海軍はなぜ過ったか──海軍反省会四〇〇時間の証言より』

【書評】澤地久枝、半藤一利、戸髙一成
『日本海軍はなぜ過ったか──海軍反省会四〇〇時間の証言より』
            (岩波書店、2011.12.6.発行、1,600円+税)

 本書は、2009年NHKスペシャル「日本海軍四〇〇時間の証言」の放映後、これを基にした鼎談の記録である。澤地久江はノンフィクション作家(『妻たちの二・二六事件』『滄海よ眠れ』等)、半藤一利は編集者を経て作家(『日本のいちばん長い日』『ノモンハンの夏』等)、戸髙一成は呉市の大和ミュージアム館長である。
 番組とこれら3名の鼎談の視点・集約点を、番組のチーフ・プロデューサー藤木達弘が次のようにまとめている。
 「反省会(「海軍反省会」、昭和52(1977)年から平成3(1991)年まで存続した–評者注)のテープは、次々と新しい歴史的事実を私たちに提供してくれた。それと同時に私たちが注目したのは、当時の海軍士官の多くは『実は戦争には反対であり』『戦えば必ず負ける』と考えていたにもかかわらず、組織の中に入るとそれが大きな声とはならずに戦争が始まり、間違っていると分かっている作戦も、誰も反対せずに終戦まで続けられていった、という実態である。/そこには日本海軍という組織が持っていた体質、『縦割りのセクショナリズム』『問題を隠蔽する体質』『ムードに流され意見を言えない空気』『責任の曖昧さ』があった。それは、現在危機が進行中の、東京電力福島第一原子力発電所事故への関係機関の対応に見られるように、そのまま現代日本の組織が抱える問題や犯している罪でもあった」。
 至言である。本書はこの視点から、戦争当時海軍内で少将・大佐クラスであったトップエリート士官たちの「海軍反省会」での発言を分析する。そしてそこでは、海軍の国際情勢の分析と作戦構想の偏り、長期展望の欠如、参謀教育の欠陥、組織における排除の論理、日露戦争以来の大国意識等々の実態が曝け出される。その詳細は本書を一読願いたいが、注目すべき諸点について紹介しよう。
 例えば、海軍の作戦構想については、こう語られる。
「(司会)反省会でも言われていた、ロングスタンディングがなかったという軍令部ですが、なぜこの組織のなかで、そうした失敗や躓きが起きるのでしょうか。
(中略)
半藤:いまでも通じてるんですよ。軍人というのは、過去の戦を戦うんですよ。
澤地:日露戦争の教訓でいいのですね。レーダーと飛行機の時代なのに。
半藤:そいうふうに思ったほうがいいんです。それは、軍人さんというのはどうも、教育からしてそうなんです。過去の戦を戦う。アメリカと戦っても、遠くから来攻してくるアメリカの艦隊を迎え撃って、日本近海まで呼び寄せて艦隊決戦をやって、戦艦『大和』以下の、大巨砲を装備した四隻が乗り出していって撃ち沈める、と。これね、遠くからやってきたバルチック艦隊を迎え撃った日本海海戦なんですよ。
澤地:自分たちはぜんぜん傷つかない。相手だけが沈んでね。そんな戦争ないでしょう?
半藤:明治以来、と言ってもいいと思いますが、そういった形でしか戦闘の型を決めていないんです。
澤地:戦訓がないんですね。
半藤:ない、というか。大勝利のそれはあるんですけどね」。
ではこのような作戦を立てるエリート参謀たちは、どのように教育されたのか。
「半藤:(前略)陸軍大学校は明治15年、海軍大学校は21年と、早めに創設されるんですが、これは何を教えたかったかというと、参謀教育なんです。参謀教育とは何かというと、授業の中身をみればわかりますが、戦術とか、本当に戦いに勝つことばかり勉強する項目が多くて、国際法とか、いわゆる一般常識、日本の歴史とか世界史、そんな授業なんて本当に少ないんです。海軍大学校のほうが少し多いですが、それにしても健全な良識のある人間をつくるといった授業がとくに少ない。文学なんてまったくない。本当に戦術のお化けみたいな軍人ばっかりを養成しました。/それが、この反省会に出てくる非常に優秀な人たちなんです」。
 そしてこの養成された士官たちで構成される海軍の組織では「排除の論理」がまかり通ることになる。
「半藤:あの当時のことをよく調べますと、組織というのは不思議なくらいに、飛び抜けて一歩進んだ人はいらないんです。邪魔なんですね。排除の論理というか、阻害の論理というか、『俺たち仲良くやってんだから、おまえ、そんなつまんない変なこと言うな』というような、排除の精神が動くんです。どこの会社や組織でもそうだと思います。/)なかには盆暗でも偉いことを言う奴もいるけど、そういうのではなくて、きちんとした勉強をして素質的にも優れた人がいたにもかかわらず、海軍としての組織は排除するんです」。
 その結果は、戸髙の発言にあるように、「自分の組織が第一なんですね。海軍もそうですけれど、もっと小さな部署部署でそれを守って大きくしていくわけで、自分の部署が大事」、「海軍あって国家なし」ということになる。
このような組織が戦争を遂行していったことに愕然とするが、次の澤地の言葉には、もっと暗澹たる思いがする。
 「この海軍反省会に出席している、軍令部のいい地位にいた参謀の人が戦後、自衛隊の幕僚長とかになっていますね。この人たちがもっている体質というようなものが、戦中と戦後にずっと、人から人へつながっていっている。つまり人間的につながっている。そういう形で、自衛隊という軍があるわけです。いまは、旧軍隊の関係者はいなくなったそうですけれど、組織ができていくというときは、ゼロからではない。何か精神的構造みたいなものを、どこかから受け継ぐんです。/それと、自衛隊のエリートたちはみな、アメリカに留学しています。(中略)不思議に思えるような話ですが、アメリカの軍隊の教育を受けた人たち、そして、戦前の軍隊の体質を受け継いでいる人たちが、いまの自衛隊の土台をつくっているということを、ちゃんと目を開いて見ていなくてはいけないと思います」。
 まさしく本書は、過去の経験の重要な教訓から、現今の緊急の課題をも示唆する。「戦争を知らないのは半分子供だ」という大岡昇平の言葉を引く澤地の視点を、本書によって今一度噛みしめてみる必要があると思う。(R) 

 【出典】 アサート No.410 2012年1月28日

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