【投稿】トランプ路線、拒否するEUの混迷

<<「平和への道筋を付ける第一歩」>>
トランプ政権の下で、米国は明らかに、ウクライナをめぐるバイデン政権の緊張激化路線から、実利取引と外交を優先する路線に転換している、と言えよう。
その象徴となるのが、ロシアによる対ウクライナ特別軍事作戦開始から3年となる節目の2/24、国連安全保障理事会が採択した「ロシアとウクライナの紛争の迅速な終結」を求める決議であった。紛争開始後、安保理がウクライナの戦闘終結を求める決議を採択するのは、初めてのことである。
米国が提出した決議は、米、ロシアなど10カ国の賛成多数で採択された。同決議は、ロシアによる「侵攻」などのロシア批判の表現を一切使わず、またEU諸国などが求めていた「ウクライナ領土の保全」にも言及しない、「紛争の早期終結」を求める決議であった。これに対し、英、仏、ギリシャ、デンマーク、スロベニアの欧州5カ国は棄権をしたが、安保理の決議には法的拘束力が発生する。
米国のシェイ国連臨時代理大使は採択後、「この決議は平和への道筋を付ける第一歩であり、私たち全員が誇りに思うべきだ」と強調している。

一方、安保理に先立ち開催された国連総会では、法的拘束力はないが、EU加盟国とウクライナが主導した「ウクライナ領土の保全」などを求める決議を、全193加盟国のうち日本を含む93カ国の賛成多数で採択した。しかし、米国やロシアなど18カ国が反対し、中国など65カ国が棄権している。23年2月の同様の決議は、141カ国の賛成であったが、約50カ国もの減少である。

 こうした事態の進行には、前バイデン政権による、NATO拡大政策、ロシアとの緊張激化政策、ウクライナへの膨大な軍事援助、無謀な軍事挑発政策、ロシアへの無限大の制裁政策、等々からの、明らかな転換が反映されている。
そして、すでにルビオ米国務長官は「ウクライナ戦争が解決した場合、西側諸国はロシア連邦に対する制裁を解除しなければならないだろう」と述べている。

トランプ政権は、対ロシアに関する限り、外交と実利追求の路線を優先し、緊張を緩和し、相互の経済協力を促進する路線に実際に踏み出しており、それが同時に、対ロシアを超えた、対中国を含む「軍事予算の50%削減」にまで及び始めている。
プーチン大統領はこの提案に前向きに反応し、「我々は反対していない。その考えは良いものだ。米国が50%削減し、我々も50%削減し、中国が望むなら中国も参加できる。」と応じる事態の展開である。さらに、プーチン大統領は、「主要な」共同経済プロジェクトでの協力について、米国と協議中であることまで明らかにしている(2/24)。

<<バイデン路線継承する英・仏・独の軍事対決路線>>
一方、バイデン路線に追随してきたEU諸国は、事態の進行から取り残され、逆に、こうしたトランプ路線を拒否し、バイデン路線を継承する混迷に陥り、方向を見失いつつある。

 2/17、パリで開かれた緊急首脳会議では、ウクライナに軍隊を派遣するかどうかをめぐって欧州諸国の間で意見の相違があらわとなり、英国のスターマー首相は、英国は「必要であれば自国の軍隊を地上に派遣することで、ウクライナの安全保障に貢献する用意と意志がある」と述べたが、スペインの外務大臣に「現在、ウクライナに軍隊を派遣することを検討している国はない」と断言されている。フランスは、ウクライナに「再保証部隊」なる軍事部隊配置を提案したが、ただちにドイツ、イタリア、ポーランド、スペインに反対されている。

2/23、英国は、ロシアに対する「過去最大」の制裁パッケージを導入する準備を進めていると、ラミー外務大臣が発表し、スターマー政権は、ウクライナでの戦争継続の主唱者としての地位をバイデンから引き継いだ、と言えよう。さらに英国は、ウクライナ紛争とロシアの侵略に関する安全保障上の懸念が高まっているとして、徴兵制の復活をさえ検討していることが明らかにされている。

そして、先のドイツ総選挙で、かろうじて第一党を確保したCDU/CSU(キリスト教民主同盟)のメルツ党首は、元ブラックロックのグローバリストで極右の大西洋主義者、そして熱狂的な親シオニストである。そのメルツ氏は、「外部からの干渉に対抗するためには欧州の団結が必要だ」と強調し、「ワシントンからの介入は、モスクワからの介入に劣らず劇的で過激で、最終的にはとんでもないものだ」と選挙後のパネルで述べて、反トランプ路線を鮮明にしている。大躍進したAfD(ドイツのための選択肢)との連立を拒否し、バイデン路線に追随して大敗した前ショルツ首相・社会民主党SPDとの「大連立」を画策している。メルツ氏は、すでにショルツ連立政権よりもさらに好戦的な反ロシア路線を示唆している。

かくして、英、独、仏は、明らかに対ロシア・ウクライナ戦争が続くことを望んでいるのだ、と言えよう。しかし、もはや、その土台が崩れつつあり、次第に孤立せざるを得ない事態の進行である。
(生駒 敬)

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【投稿】西洋の敗北

【投稿】西洋の敗北

                        福井 杉本達也

1 米ロ首脳電話会談と外相会談は歴史的な転換点

2月12日にトランプ氏とプーチン氏は電話会談を行った。ロシアのペスコフ報道官は「長く、非常に生産的だった」とし、トランプ氏は自身のSNSに投稿し、その中で「我々は、ウクライナ、中東、エネルギー、人工知能、ドルの力、その他様々な話題について話し合った」と書いた。トランプ氏は、両首脳は「ロシア/ウクライナとの戦争で起きている何百万人もの死者を止めたい」ことで合意したと述べ、ウクライナ紛争を解決するための交渉を「即時」開始すると発表した(RT:2025.2.12)。これは歴史的な転換点である。これに続いて、2月18日には、サウジアラビアのリヤドにおいて、ロシアとアメリカの代表団による数年ぶりの協議が行われた。ロシアのラブロフ外相は協議結果を①露米は、両国ができるだけ早期に互いの大使を任命することで合意した。②米国の代表との討議は非常に有意義だった。米国側がロシアの立場をよりよく理解するようになった。③近い将来、ウクライナ和平のプロセスが形成され、交渉担当者が任命されることで合意に至った。露米はウクライナに関する協議を定期的に行う。④露米は、地政学的領域と経済問題で力を結集するために全力を尽くす必要性で合意した。⑤ロシア代表団は米国側に、NATO軍のウクライナ駐留は容認できないと説明した(Sputnik日本:2025.2.19)。ロシアのウクライナ侵攻を巡って2022年2月にバイデン政権が世界の舞台からロシアを「孤立化」させる戦略の一環として事実上凍結したロシアと米国の関係正常化についても話しあった。大使の交換ばかりでなく、両国の経済問題についても協議するすることとなったのである。

2 西洋の敗北

ウクライナ戦争はロシアとウクライナのゼレンスキー傀儡政権との表面上の戦争ではなく、ロシアと米国・NATOとの直接対決の舞台であった。米国・NATOは当初、経済的にも軍事的にも、科学技術力においても簡単にロシアを打ち破れると考えていたが、そのロシアに対し、すべての軍事的能力を出し切り、ウクライナで戦ったが、既に財政的にも、兵器においてもこれ以上戦うことができない状況に追い込まれた。『後漢書』の表現では「刀折れ矢尽きる」状態である。トランプ氏はこのままではドル基軸体制が揺らぎ、米国が崩壊するとして、就任直後であるにもかかわらず、プーチン氏に会談を申し込んだのである。完全なる『西洋の敗北』である。『西洋の敗北』(文藝春秋、2024年)とは人類学者:エマニュエル・トッドの著書であるが、宗教的・社会的規範の喪失により西洋社会が内部崩壊してきているとする。「近代」という西洋の原理が衰弱し、ニヒリズムに覆われ、ロシアとの戦いが起こる以前にすでに、西欧は内部崩壊しつつあり、ロシアとの戦いとそこにおいて、それが表面化したすぎないとする。

3 過去にしがみつく西欧

パンス副大統領は2月14日、ドイツで開催されたミュンヘン安全保障会議に登壇し「欧州で最も懸念している脅威はロシアでも中国でもない。(欧州の)内側にある脅威だ」と、世界各国の首脳らを前にこう言い放った。「米国と共有するはずの最も基本的な価値観が後退している」とし、SNSへの規制を「検閲」・「民主主義の破壊」などと厳しい言葉で非難した。「反体制派を検閲し、教会を閉鎖し、選挙を中止した側について考えてほしい」とし、根拠に乏しいネット上の主張を制限する欧州の姿勢をかつての共産主義体制に比し、欧州の指導者に向け「自国の有権者を恐れるような政治をするのなら、米国はあなた方のために何もできない」と批判する演説を行った(日経:2025.2.16)。この演説に対し英=米軍産複合体の代弁者:チーフ・フォーリン・アフェアーズ・コメンテーターのギデオン・ラックマンは『FINANCIAL TIMES』紙上において「パンス氏は、西側同盟をこの80年間支えてきた自由と民主主義、共通の価値観という理念を否定した」、「もはや欧州諸国にとって米国を信頼できる同盟国とみなせないのは明らかだ。むしろトランプ政権が欧州に対し抱いている政治的野心を考えると、米国は今や欧州の民主主聾を脅か…す敵対国だ」と書いた(FT=日経:2025.2.21)。西欧はまだ、冷戦のイデオロギー的、地政学的な枠組みを維持することに専念しているように見える。西欧がウクライナに支援。経済制裁でロシアと対峙する。そこには冷戦時代と同様のイデオロギー戦争がある。ロシアは専制主義の「悪の帝国」である。民 主主義国家は専制国家と戦わなければならないという論理である。

4 ゼレンスキーは「独裁者」―その独裁者を支援する西欧

2月19日にはトランプ氏は、ウクライナ停戦に否定的なゼレンスキー氏を「独裁者」と呼「ゼレンスキーはひどい仕事をし、彼の国は打ちのめされ何百万人も死んだ」。「コメディアンのゼレンスキーが米国に3500億ドル(53兆円)も支出させ、始める必要もなかった勝てない戦争に関与させた」と非難した(日経:205.2.21)。未ロ主導による停戦交渉がウクライナ抜きて進む協議に耐えかねたゼレンスキー氏は焦っているが、これを裏で煽り・支えるのがスターマー首相の英であり、マクロン大統領の仏である。また、まだ懲りずにウクライナを応援する日本のマスコミも同罪である。トランプ米大統領は、ロシアとの紛争を終わらせるための交渉にウクライナのゼレンスキー大統領が参加する必要はないと述べた。トランプ氏はFOXニュースラジオに対し、ゼレンスキー氏は2022年2月のロシア侵攻開始以来、3年間会議の場にいたが、これまで紛争の終結に失敗してきたと主張した(Bloomberg:2025.2.22)。最後の脅しの決定打は、イーロン・マスク氏が2022年以降、4万台以上のインターネット端末を寄付し、戦場ではウクライナ軍はスターリンク衛星を広く使用しているが、米国当局はウクライナがイーロンマスクのスターリンクインターネット端末を使用するのをブロックする可能性があるとの警告を出した(ロイター:2025.2.22)。スターリンクが戦場で使えなければ、ウクライナ軍の全ての兵器は目を失ったようなもので、その時点で全滅である。ウクライナ戦争は米ロの当事者同士で早急に終わらせなければならない。

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【投稿】米ロ会談:軍事対決から外交への転換点

<<バイデン政権の「無謀、浅はかさ」>>
2/12のトランプ米大統領とプーチン露大統領の90分に及ぶ電話会談は、バイデン前大統領時代の米ロ緊張激化・軍事対決路線からの転換点を明示するものであったと言えよう。その後のトランプ氏の発言も踏まえて、要点を列挙すると、

1. トランプ氏は、バイデン氏のウクライナのNATOに加盟する可能性についての約束、発言、公言が、「ウクライナ紛争を引き起こした 」、「紛争に直接寄与した重大な挑発行為だった」、「それが戦争が始まった理由だと思う。」、「彼はそんなことを言うべきではなかった」と強調し、「より広範な国際的合意なしにそのような約束をすべきではなかった」として、バイデン氏の発言を「無謀」かつ「考えの浅はかさ」であったと評し、この紛争の原因は、モスクワが一貫して反対してきたウクライナのNATO加盟への野望を支持した前任者のジョー・バイデン氏にあると非難し、それをプーチン氏にあえて伝えたことであった。

2. そのことからの当然の結論として、ウクライナのNATO加盟はありえないし、「2014年以前の国境を取り戻し、NATOに加盟するという」ウクライナの目標は「非現実的」だと発言したヘグゼス米国防長官の発言をトランプ氏は擁護した。ドイツ・ミュンヘンで行われたEU諸国の安全保障当局とウクライナ指導部による高官級会合で、ヘグゼス氏は「明確に申し上げると、いかなる安全保障保証の一環としても、ウクライナに米軍を派遣することはない」と明言し、さらにヴァンス米副大統領も、「我々が常に言ってきたように、米軍は米国の利益と安全保障を促進できない危険な場所に派遣されるべきではない」と断言している。

3. ロシアと米国が直接の「高官級」会談を開催することで合意し、サウジアラビアでプーチン大統領と直接会談する可能性もあることを確認した。2/14、「サウジアラビアは自国での首脳会談開催を歓迎し、ウクライナ危機勃発以来始まったロシアとウクライナの永続的な平和を実現するための継続的な努力を表明する」とサウジ政府は発表している。

4. トランプ氏はプーチン大統領を「信頼」しており、「この問題に関しては、彼は何かが起きることを望んでいると思う」と述べ、「これはバイデン氏が何年も前にやるべきだった」ことであり、そもそもこの紛争が「起こるべきではなかった」ことを強調した。

5. さらに、ロシアがG7に復帰し、グループが以前のG8構成に戻ることを「とても楽しみにしている」とまで述べ、「彼らを追い出すのは間違いだったと思う。ほら、これはロシアが好きか嫌いかの問題ではなく、G8の問題だ。そして、私はこう言った。何をしているんだ? 君たちはロシアのことばかり話しているのに、彼らはテーブルに着くべきだ」と。トランプ氏は、ロシアを除外したことはウクライナ紛争の一因となったかもしれない戦略的な失策だったと示唆し、「もしそれがG8だったら、ウクライナの問題はなかった可能性が高い」と述べたのであった。

<<「軍事予算を半分に減らそう」>>
引き続いて行われたロシアのラブロフ外相と米国のルビオ外相が電話会談では、
* ロシアと米国の関係に蓄積された問題に対処するため、コミュニケーションチャネルを維持することで合意。相互に利益のある貿易、経済、投資協力を妨げてきた一方的な障壁を取り除くことを目指す。
* ウクライナ情勢の解決、パレスチナをめぐる動き、中東やその他の地域問題におけるより広範な問題など、差し迫った国際問題に取り組むという相互のコミットメントを表明。
* 2016年にオバマ政権が開始した、米国におけるロシア外交使節団の活動条件を大幅に厳しく政策を速やかに終了させる方法について意見を交換。
* 近い将来、ロシアと米国の外交使節団の海外での活動に対する障害を相互に排除するための具体的な措置を調整する専門家会議を開催することで合意。
* 両大統領が示した方針に沿って、敬意ある政府間対話の回復に向けて協力する用意があることを再確認。
* ロシアと米国の高官級会談の準備を含め、定期的な連絡を維持することに合意。

こうした合意が軌道に乗れば、画期的な前進であろう。その前進は、トランプ政権の姿勢転換が、より広範な戦略のさらなる転換への移行をも浮き彫りにしている。
2/13のホワイトハウス記者会見で、トランプ氏は、ロシアのプーチン大統領と中国の習近平国家主席と防衛予算の削減の可能性について話し合う予定であると述べたばかりか、「いつか事態が落ち着いたら、中国とロシアと会談し、軍事費に1兆ドル近くを費やす理由はないと言おう。そして軍事予算を半分に減らそうと言うつもりだ」とトランプ氏は述べたのである。大いに推進されるべき提言である。この発言を受けて、米防衛関連株は、ロッキード・マーティン(-4.86%)、ノースロップ・グラマン(-6.58%)、ゼネラル・ダイナミクス(-5.30%)など急落している(2/14)。

 そしてこうしたトランプ政権の政策転換に最も強く抵抗しているのは、ウクライナのゼレンスキー氏である。サウジアラビアで行われるとされるワシントンとモスクワの代表団による協議に「キエフは招待されなかったこと」にあからさまな不満を表明し、なおかつ、トランプ氏にプーチン氏との電話会談前に直接会うよう何度も促したが、トランプ氏は同意しなかったことまで暴露している。
さらに、自らの大統領としての任期が2024年5月に終了しているが、戒厳令を理由に選挙の実施を拒否していることについて、トランプ氏が、キエフはいずれ選挙を実施しなければならない、国内世論調査でのゼレンスキー大統領の支持率は「控えめに言っても特に良いわけではない」と発言。この発言に対して、ゼレンスキー氏は「ウクライナでの選挙を望んでいるのはプーチンと米国の少数派だけだ」と開き直っている。
ゼレンスキー氏と同調して、英国のデービッド・ラミー外相は、欧州諸国による共同声明を発表し、「我々の共通の目的は、ウクライナを強力な立場に置くことであるべきだ。ウクライナと欧州は、いかなる交渉にも参加しなければならない」と不満を表明している。。

しばしば、独裁者気取りの制御不能な大統領として、トランプ氏の発言は、一貫性がなく、不確実、場当たり的であると指摘されているところであるが、否定しがたい客観的な現実を忠実に反映しているとも言えよう。
バイデン前政権の「無謀かつ浅はかな」軍事対決路線が行き詰まってしまったからこそ、トランプ政権の登場がもたらされたのであり、これを真の転換点にできるかどうか、トランプ氏がそれを貫けるかどうか、こうした事態の進行に抵抗するEU、NATO諸国が転換をはかれるかどうか、それこそが問われている。
(生駒 敬)

 

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【投稿】内政干渉・政府転覆組織:米国際開発庁(USAID)の閉鎖と日本への影響

【投稿】内政干渉・政府転覆組織:米国際開発庁(USAID)の閉鎖と日本への影響

                            福井 杉本達也

1 「急進的な狂人たちが運営する」USAIDを閉鎖

イーロン・マスク氏はUSAIDを『修復不可能な状態』とし、トランプ大統領もこれを閉鎖すべきだとした。トランプ大統領はUSAIDを『一部の急進的な狂人たちが運営してきた』とし、『私たちは彼らを追い出す』と述べた。USAIDは主に非政府組織、外国政府と国際機関、他の米国機関に資金を与える形で他国に人道主義的および開発援助を提供しながら米国の国際援助を主管する機関ということになっているが、現実はこれらのプロジェクトは、アメリカの政治的利益を推進するための手段であり、諜報機関と秘密裏に結びつき、他国の内政に干渉したり、他国の政府を転覆するために存在する。バイデン政権期にUSAIDの長官を務めたサマンサ・パワー氏は、オバマ政権時代は国連大使を務めた民主党タカ派の最右翼である。職員は約1万人、年間予算が428億ドル(約6兆6224億円)にのぼる。1961年のジョン・F・ケネディ政権当時、『外国援助法』によって設立された。2023会計年度基準で400億ドルを超える予算を策定し、世界130カ国に“支援”した。(参照:msn:2025.2.4など)

 

2 USAID閉鎖の目的

ロシア外交・防衛政策評議会幹部会議長のフョールド・ルキャノフはRT上で「何十年にもわたって世界の覇権国としての役割を果たしてきた米国では、文化革命が進行中です。トランプ政権は、単に外交政策を微調整しただけでなく、ワシントンが世界における自らの役割をどのように見ているかというパラダイムを根本的に変えた。かつては考えられなかったことが、今では公然と議論され、政策として追求されています。この変化は、世界観の見直しを表しており、世界がどのように組織されるべきか、そしてその中でのアメリカの地位を問うものである。」「アメリカの支配層は、世界的な遍在のコストが持続不可能であることをますます認識している。」と書いている(RT:2025.2.9)。ウクライナ戦争でも明らかなように、反ファシズム戦争として戦われた第二次世界大戦後の世界秩序であるヤルタ・ポツダム体制が80年を経て今、根本的に行き詰っていることは明らかである。

また、ヴィタリー・リュムシンはRT上において、「USAIDの凍結は、USAIDを完全に解体するものではない。むしろ、それは、以前は左派リベラルな価値観を世界的に押し進めるために利用していた民主党から支配権を奪い取るためのリストラである。」「トランプの目標は、USAIDを彼の政権の保守的なアジェンダの道具に変えることだ。トランプのUSAIDの全面的な見直しは、アメリカ外交政策の広範な転換を示唆している。アメリカの覇権を世界的な支配者として推進するのではなく、焦点は取引政治、つまり直接交渉や武力を通じて特定の利益を達成することに移るだろう。この実用的なアプローチは、政府機関の過去数十年を定義したイデオロギー的な輸出モデルとは根本に異なります。」と述べている(RT:2025.2.9)。

3 USADIの日本支部としてのJICA―工作員に池上彰やNHKの名前も

日本ではUSAIDに関する報道は極端に少ない。Sputnik日本は2月10日、「USAID(アメリカ国際開発庁)。 その日本版とも言えるのがJICA(国際協力機構)だ。JICAは日本の政府開発援助を通して、途上国の社会・経済開発を行っている。活動内容には重なる点が多く、両組織は緊密に連携している。『JICA USA』のSNS投稿によれば、2024年9月にJICAの田中理事長はUSAIDのトップと面会し、人道支援、民主主義、猛暑などのテーマで、グローバルな協力について話し合った。また、JICAの職員は、定期的にUSAIDに出向している。JICAは、池上彰氏を起用し、日経ビジネスに『ウクライナと世界の未来と私たち」』と題したPR記事を出している。その中で池上氏は『日本は、2017年から5年間にわたって、ウクライナ公共放送への支援を行ってきました。協力したのは私の古巣でもあるNHKです。様々な課題解決に共に取り組み、ジャーナリストとしての意識を高めるためのハンドブック制作なども行ってきました。』と明かしている。」と報道した。JICAの田中明彦理事長は、米民主党系のジャパン・ハンドラーの影響下にある日経新聞などが主催する「富士山会合」などに度々名前を連ねている。また、今後、トランプ氏による第二のCIAと称せられるNED(全米民主主義基金)やFBIなどへの攻撃が激しさを増すにつて、日本の協力者も明るみにでてくるかも知れない。その時こそ、USAID などから資金提供を受け、ジャパン・ハンドラーの指示の下、日本を対米従属に仕向けてきた、従属論者の本当の終わりが来るであろう。

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【投稿】トランプ:米軍ガザ「占領」のドタバタ

<<ガザを「中東のリビエラ」に変える>>
2/4、トランプ米大統領は、イスラエル・ネタニヤフ首相との会談で、「米国がガザ地区を占領する」と宣言し、パレスチナ人はどこか別の「美しい」場所、同盟国エジプトとヨルダンが受け入れ、永久に移住させ、「ガザを平らにし、破壊された建物を撤去する」と約束。米国が戦争で荒廃したガザ地区を再建し、米国の領土にすると述べ、この開発により、ガザを高級リゾート「中東のリビエラ」に変える、「世界中の代表者」がガザ地区に住み、働くようになるかもしれない、私は、世界中の人々がそこに住むことを思い描いている」と述べ、世界の富裕層や権力者のための利益の出る海岸リゾート開発を宣言したのであった。
自称「不動産王」、実は不動産詐欺師の面目躍如たる、醜い姿が突如、飛び出したのであった。この発言は、翌日、トランプ大統領本人だけが、政権当局者たちの誰にも諮らず、公表したことが明らかになり、大慌てでドタバタ騒ぎの修正、撤回に動き出した。
タイムズ紙は、「米国政府内では、このような大規模な外交政策提案ならともかく、どんな真剣な外交政策提案でも通常行われるような国務省や国防総省との会議は行われていなかった。作業部会もなかった。国防総省は必要な

兵力数の見積もりや費用の見積もり、さらにはそれがどのように機能するかの概要さえも示していなかった。」と報じている。

しかし、タイムズ・オブ・イスラエルは、トランプの義理の息子であるクシュナーが、ネタニヤフ首相との記者会見で大統領が行った衝撃的な発言の準備を手伝ったと報じている。クシュナーは、以前からすでに、ガザの海辺の土地を「非常に価値がある」、再開発を可能にするためにパレスチナ人を移住させるべきだとして、「私は人々を移住させ、その後、それをきれいにするために最善を尽くすつもりだ」と語っていたのである。つまりは、トランプ氏の発言は、クシュナーの提言そのものなのであった。

<<ネタニヤフの「最も偉大な友人」>>
このトランプ氏の提案は、怨本的に国際法とパレスチナ人の権利を侵害しており、全世界から非難の声が沸き上がる事態を招いている。

トランプ大統領のガザ計画は共和党議員にも受け入れられず

移住先に指定されたエジプト外務省は、住民を立ち退かせることなくガザ地区を再建する必要性を強調し、ヨルダンのアブドラ2世国王は、土地を併合してパレスチナ人を立ち退かせるいかなる試みにも断固反対すると表明した。エジプト、ヨルダン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、パレスチナ自治政府、アラブ連盟による共同声明は、「直接的な追放や強制移住」を拒否し、そのような行動は「地域の安定を脅かし、紛争を拡大するリスクがあり、人々の平和と共存の見通しを損なう」と警告している。
米国の重要な同盟国であるはずのイギリス、オーストラリア、ドイツなどもトランプ氏の発言を非難し、二国家解決の重要性と国際法の尊重の必要性を強調している。イギリスの外務大臣アンネリーゼ・ドッズ氏は、「英国はガザのパレスチナ人を彼らの意志に反して近隣諸国に追い出すいかなる試みにも反対する」と明言している。

トランプ氏の発言を大歓迎しているのは、もちろんイスラエルのみである。ネタニヤフ首相は、「これは歴史を変える可能性があると思う」、「従来の考え方を打ち破る意志、つまり何度も失敗してきた考え方、斬新なアイデアで既成概念にとらわれない考えを持つ意志は、私たちがこれらすべての目標を達成するのに役立つだろう」述べ、トランプ氏が「イスラエルがホワイトハウスでこれまでに持った中で最も偉大な友人」であると絶賛している。

しかし、イスラエルの指導者から熱烈な歓迎を受けたにもかかわらず、トランプ氏の提案は国際法の下で完全に違法である。これは、強制的な住民移送を禁止する複数の国際条約に違反している。ジュネーブ条約(1949年) – 第4回ジュネーブ条約とその追加議定書は、占領地からの民間人の強制移送、追放、または国外追放を禁止している。イスラエルと米国はともにこれらの協定に署名しており、こうした政策を承認することは国際法の直接的な違反である。民的および政治的権利に関する国際規約(ICCPR) – 米国とイスラエルが批准しており、人々が祖国に留まる権利を保証し、恣意的な移住を禁止している。ハーグ条約(1907年) – 大量追放を禁止し、民間人の保護を確保する占領国の責任を概説している。さらに、トランプが追放されたガザの人々を受け入れるよう圧力をかけている2カ国、エジプトとヨルダンもこれらの条約に署名している。

 そして厳然たる事実として、南部に追いやられていたパレスチナの人々が、民族浄化・抹殺計画に断固たる抵抗を示し、希望の大行進を組織、すでに1月27日には、100万人ものパレスチナ人がガザ南部から北部に帰還しているのである。

こうして、トランプ氏の発言で全世界的な孤立化においこまれ、与党共和党幹部からの批判も相次ぎ、修正と撤回に動かざるを得なくなり、ホワイトハウスは、ガザ地区に米軍を派遣する考えを弱め、恒久的な避難に関する発言も修正、報道のトーンを下げ始め、「大統領はガザに地上軍を派遣することを約束していない。また、米国はガザの再建に資金を拠出するつもりはない」と修正。

2/5、米民主党のアル・グリーン下院議員は、「民族浄化は冗談ではない。特にそれが世界で最も権力のある米国大統領から発せられ、彼が自分の発言を完璧に実行できる能力を持っている場合、ガザでの民族浄化は冗談ではない。」として、トランプ大統領の弾劾案を発議する意向を明らかにした。このトランプ氏弾劾案は、歴代大統領の就任後で最も早い弾劾案の登場である。。

2/6、ついに追い込まれたトランプ大統領自身が、米兵は関与しない、米軍を地上に派遣したくない、と、事実上の違法なガザ侵攻計画を撤回、方向転換である。まさに、トランプ劇場のドタバタ騒ぎである。

以上の経緯は、トランプ氏の計算された挑発か、それとも軽薄な信念の吐露か? いずれにしてもトランプ政権の政治的危機と脆弱さを全世界にさらけ出したものと、言えよう。
(生駒 敬)

付記:2/8の日米首脳会談、石破首相のトランプ詣では、トランプ氏が事実上の大失態で意気消沈していた最中であった。軍事オタクの石破首相にとっては、危うい綱渡りで、米軍ガザ「占領」への同意を求められることもなくやり過ごし、トランプ氏の「MAGA」(アメリカを再び偉大に)運動をことさらに称賛。共同声明で日米同盟の新たな「黄金時代」をうたい上げたのであった。しかし、その共同声明、中国を名指しして、「力または威圧によるあらゆる一方的な現状変更の試み」に反対すると明記したが、トランプ氏の米軍ガザ「占領」発言自身が「一方的な現状変更の試み」であっただけに、トランプ・石破、両氏とも自らをかえりみない、その底の浅さは噴飯ものであろう。

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【投稿】「デープシーク(DeepSeek)ショック」

【投稿】「デープシーク(DeepSeek)ショック」

                            福井 杉本達也

1 「デープシーク(DeepSeek)ショック」

1957年に「スプートニク・ショック(Sputnik crisis)」があった。1957年10月4日、旧ソ連による人類初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げ成功の突然の報により、旧ソ連の科学技術力の高さに驚き、アメリカ全土はパニックに陥り、西側諸国は自信を喪失した。

今回の中国の生成AIアプリ「DeepSeekショック」はそれに匹敵、あるいはそれ以上のものをもたらすのかもしれない。日経は1月29日付けで、DeepSeekが「米国のアプリストアで一時首位に立った。低コストで開発した大規模言語モデルの性能が米国製の競合モデルの性能を上回ったと主張し、消費者が注目している。米国のAI産業の優位が揺らぐとの警戒感から、株式市場も反応した」開発の費用は560万ドル、開発期間は約2か月だとされ、」もし同社の主張が正しければ、米テック企業による巨額投資の前提となってきた法則が崩れる恐れがある」と報道した。DeepSeek創業者の梁文鋒氏は日経のインタビューに答えて、「我々は、中国のAI技術がいつまでも追随する立場にいるわけではない」、「中国でテクノロジーの最前線に立つ人が必要なのだ」と述べた(日経:2025.1.31)。

 

2 米半導体大手エヌビディア時価総額の91兆円が吹っ飛ぶ

同上29日付けの日経では「生成AI市場で米国の技術優位が崩れるとの見方から半導体大手エヌビディアの時価総額は27日だけで91兆円が吹き飛んだ」「米技術覇権シナリオに傾き過ぎた投資マネーは評価軸の修正を迫られている」と報道している。

Science & Technologyは「DeepSeekの登場は、AIコミュニティを震撼させただけでなく、ナスダック全体に衝撃を与え、近年の株式市場の歴史の中で最も重要な瞬間の1つとなりました」「ナスダックの下落:2025年1月27日、ナスダック総合指数は約3.1%下落し、2024年12月18日以来の大幅な1日の下落率を記録しました。エヌビディアの記録的な損失:大手AIチップメーカーであるエヌビディアは、株価が約17%下落し、時価総額の損失は約5,930億ドルとなり、これまでウォール街のどの企業にとっても最大の1日の損失となりました。その他の影響を受けた企業:Broadcom Inc.の株価は17.4%、Microsoftは2.1%、Alphabet(Googleの親会社)は4.2%の下落となりました。フィラデルフィア半導体指数も9.2%下落し、2020年3月以来の大幅な下落となりました。」と書いた(Raditio Ghifiardi:『Science & Technology』:「How DeepSeek Shook the Nasdaq and Redefined the Market: What Happened and What’s Next?」2025.1.30)。

3 米国はAIの独占化を望んでいた

億万長者のピーター・ティールは、独占を望んでいることを認め、「競争は敗者のためのものだ」と主張している。アマゾンとグーグルが出資するAI 企業AnthropicのCEO:ダリオ・アモデイは、米国は「一極世界」を維持しなければならないとし、「独占はすべての成功したビジネスの条件である」と述べた。米国のビッグテックが業界を支配することは、当然のことと考えていた。

ところが、DeepSeekは、OpenAIが作成したAIモデルよりもさらに優れたAIモデルを公開した。さらにDeepSeekモデルは米国のAIモデルが使用する計算能力とエネルギーのごく一部しか必要としない。それを、わずか約600万米ドルで開発した。一方、米国のビッグテックは、AIの設備投資に年間数千億ドルを注ぎ込んでいる。さらに、DeepSeekはオープンソースライセンスでR-1モデルをリリースし、世界中の誰もが自宅のコンピューターに無料でダウンロードして実行できるようにした(Ben Norton:Geopolitical Economy Report 2025.2.3)。

4 米国の経済モデルはバブルを煽り、富を集中し、競争者を打倒・買収し、AIを独占することだったが、それに失敗した

時には少ないものを持つことが、より多くの革新を意味する。DeepSeekは、以下のようなものは必要ないことを証明している:① 数十億ドルの資金–②数百人の博士号取得者– ③有名な家系。必要なのは素晴らしい若い頭脳、異なる考え方をする勇気、そして決して諦めない不屈の精神である。もう一つの教訓は、素晴らしい若い頭脳を金融投機の最適化に浪費するのではなく、実際に使えるものを作るために活用すべきだということだ。DeepSeekは、貿易や技術障壁によって競合他社から技術を遠ざけることが不可能であることを示した(耕助のブログ:「中国はいかにしてトランプとOpenAIに勝ったか。」2025.1.31)。

米国はAIという幻想と高金利で日本を含む世界中から投機資金を集め、その金で株式投機を行い、他の競争相手を潰し、AI覇権を狙った。しかし、それはDeepSeekの前にあえなく潰れるはめとなった。トランプ米大統領は30日、自身のSNSで、中国やインドなど有力新興国で構成するBRICSに対してドル離れを模索しないよう再び求めた。2024年11月30日にもほぼ同じ文面で投稿し、従わなければ「100%の関税を課す」と脅していた(日経:2025.1.31)。しかし、これは急激なドル離れが起こっていることの米国の危機の裏返しである。日経は2月5日、「金はニューヨーク先物とロンドン現物との価格差が、2024年後半の2倍に膨らんだ」とし、「一物二価」が常態化していると報じた。ようするに、ドル不安で先物市場で、現物の少ないNY市場での金買いが膨らんでいるということである。投機資金を集めてきた基軸通貨ドルの信用もAIの信用の低下とともに崩壊しつつあるということである。ドルは金に対して1/10以下に切り下げられるのか、円に対しては1/2~3に切り下げられ、日本の外貨準備金は踏み倒されるのか。それでは戦争もできない。そろそろ金融寡頭制の支配も終わりが近づいている。

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【投稿】トランプ政権:関税戦争の開始--経済危機論(155)

<<一方的関税発動の大統領令>>
2/1、トランプ米大統領は、カナダとメキシコに25%、中国に10%の関税を課すことを明らかにした。予告されていたことではあるが、新たな貿易戦争の開始を宣言したのである。3/1への延期説もささやかれていたが、一蹴され、2月4日に発効予定である。対象国との事前協議・交渉・すり合わせなしの、国際ルールを無視した一方的発動である。
その理由として、「第一に、我が国に非常にひどく、非常に多くの人々が流入していることだ。第二に、麻薬、フェンタニル、その他あらゆるものが我が国に入ってきている。第三に、赤字という形でカナダとメキシコに与えている巨額の補助金だ」と述べている。
 この大統領命令には、各国が報復として同様の対応をした場合、米国の関税をさらに引き上げるとする報復条項までも含まれている。発令された関税は、これらの国に対する既存の貿易関税に上乗せされる。対象となった3カ国は米国の輸入の最大の3カ国であり、総量のほぼ半分を占めている。

直ちに、この発表の数時間後、カナダのトルドー首相は、報復として米国製品に25%の関税を課すと発表。2/4からは300億カナダドル相当の米国製品に、21日後には1250億カナダドル相当の米国製品に25%の関税を課すという。
「今夜、私はカナダが米国の貿易措置に対抗し、1550億ドル相当の米国製品に25%の関税を課すことを発表する」と記者会見で述べ、「これらの関税は広範囲に及び、日用品も含まれる」と述べ、アルコール、果物、野菜、衣類、靴を挙げ、直接関税に加え、「いくつかの非関税措置」も検討しており、これには重要な鉱物、エネルギー調達、その他の貿易パートナーシップへの制限が含まれる可能性がある、「我々はカナダのために断固たる立場を取る」と明言。
同時に「我々は、両国が今後も世界最高の隣国であり続けるよう断固たる立場を取る」とも付け加え、国民に国内企業を支援するよう要請した。

メキシコのクラウディア・シェインバウム大統領も、トランプ氏の関税発動に対して、「プランA、プランB、プランC」があると述べ 「プランA」として、米国からメキシコへの輸出に報復関税を課すことを明らかにしている。
 同氏はさらに、トランプ大統領がメキシコのカルテルを外国テロ組織と宣言し、ヘグセス米国防長官が、米国がメキシコのカルテルに対して特別作戦を実施できると述べたことに対して反論。「プランB」を発動するとして、「我々は、メキシコ政府が犯罪組織と同盟関係にあると非難するホワイトハウスによる中傷を断固として拒否する」と述べ、「もしそのような同盟関係がどこかに存在するとすれば、それはこれらの犯罪組織に高性能の武器を販売している米国の武器庫であり、米国司法省自身がそれを証明している」と述べ、「米国が麻薬を密売し暴力を生み出す犯罪集団と真に闘いたいのであれば、我々は包括的に協力しなければならない」、「しかし、常に責任共有、相互信頼、協力、そして何よりも譲れない主権の尊重という原則の下で。」なければならないと強調。すでにメキシコは、わずか4か月でメキシコの治安部隊が2000万回分のフェンタニルを含む40トン以上の麻薬を押収し、組織犯罪に関係する1万人以上を逮捕したことを明らかにし、ワシントンが麻薬乱用と戦うことに真剣であれば、「メキシコで行ったように、これらの麻薬の消費を防ぎ、若者の面倒を見るための大規模なキャンペーンを開始するだろう」と反論している。

トランプ大統領は、EUに対しても、「欧州連合に関税を課す」と述べている。記者会見で、トランプ氏は、貿易問題で欧州連合が米国を不公平に扱っていると強調。特に自動車や農業などの分野で、欧州市場が米国の輸出品をほぼ締め出していると指摘。「彼らは米国の自動車を輸入せず、基本的に農産物を輸入せず、ほとんど何も輸入しない」と述べた。EU製品への新しい関税は相当なものになると予想されるが、対象となる製品と関税率の具体的な詳細はまだ明らかにされていない。EUはすでに、関税が実施されれば報復する用意があることを示唆している。

もちろん、中国も米国の主張に反論し、中国外交部の報道官は、「米国が一方的に追加関税を課す行為は世界貿易機関(WTO)の規則に甚だしく違反しており、米国自身の問題解決に寄与しないばかりか、中米の正常な経済貿易協力にも大きな損害を与えるとして、中国は米国の誤った措置に対してWTOに提訴するとともに、相応の報復措置を取り、自国の権益を断固として守る」と述べ、さらに商務部の報道官は、「米国が一方的に追加関税を課す行為は世界貿易機関(WTO)の規則に甚だしく違反しており、米国自身の問題解決に寄与しないばかりか、中米の正常な経済貿易協力にも大きな損害を与えるとして、中国は米国の誤った措置に対してWTOに提訴するとともに、相応の報復措置を取り、自国の権益を断固として守る」と反論している。

<<傲慢さの崩壊へ>>
すでに事態は、一方的関税発動が実施に移され、世界的な貿易・関税戦争に突入する段階に移行しつつある。
その結果、すでにこの関税・貿易制裁によって、米国への輸入を大きく減少・阻止した結果として、同時に米ドルの為替レートは短期的には急騰する傾向を示し、インフレ懸念が急拡大し、金利は下がるどころか、高止まりすることが想定されている。
その結果としての為替レートの変化は、メキシコとカナダのみならず、ドル債務を負っている多くの諸国の経済を圧迫し、事実上ドル債務の返済を停止せざるを得ない事態に追い込むであろう。すでに、メキシコペソ、カナダドル、人民元はあらゆる方向に動いたが、米ドルはそれに応じて急騰している。

「アメリカ第一主義」、世界の覇権国としてのトランプ外交は、外国がどう反応するかをほとんど考慮するものではなく、とにかく「俺様が第一」、諸国が米国の行動に何の反発もなく受動的に従うだろうと単純に想定する、その傲慢さに、トランプ政権の本質が露呈されているのである。
その傲慢さを支えているのは、米国は他の国々を束縛するような財政的制約がない唯一の経済国だということである。米国の負債は自国通貨建てであり、余剰ドルを世界に氾濫させることで自国の能力を超えて支出する能力に制限はない、と。しかし、今やその過信はすでに崩壊しつつあり、トランプ政権自身がその崩壊速度を加速させているのである。

トランプ大統領は、コスト上昇が消費者に転嫁される可能性があり、自身の行動が短期的な混乱を引き起こす可能性があることを認めたが、金融市場への影響については懸念していないと述べた。(Reuters February 2, 2025)

結果として、今回の関税戦争政策は、米国の物価上昇をさらに加速させることは明らかである。トランプ氏自身、「コスト上昇が消費者に転嫁される可能性がある」ことを認めている(Reuters February 2, 2025)。

「関税を使って米国の雇用を守る代わりに、トランプ大統領は自尊心を満たし、関税を使って他国とのつまらない争いを繰り広げ、米国人の物価を引き上げている」と、議会進歩派議員連盟のグレッグ・カサール議長(テキサス州民主党)は声明で述べている。「ここ数日、トランプ氏が行ったことはすべて、メディケイドの閉鎖から全面関税や制裁まで、すべて自分と億万長者の友人たちを助けるためだった。下院共和党は、米国人の物価上昇、制裁による移民増加、そして人々が必要とする依存症治療や医療を奪うことで悪化した過剰摂取危機の責任を負わされるだろう」と。ようやく民主党も気が付いたか、と言う発言であるが、正鵠を射ている、と言えよう。

さらに米国自身にとって致命的なことは、米国と海外の金融市場の混乱、サプライチェーンの混乱、航空機から情報技術まであらゆるものの米国からの輸出の中断までをももたらしかねないことである。

トランプ大統領の関税・貿易戦争は裏目に出る恐れがあり、その政治的経済的危機をより一層激化させる可能性が大なのである。避けがたい、ブーメランの逆襲である。
(生駒 敬)

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【投稿】トランプの「パリ協定」脱退とグローバル・サウス

【投稿】トランプの「パリ協定」脱退とグローバル・サウス

                              福井 杉本達也

1 トランプ「パリ協定」から再離脱

トランプ米大統領は1月20日の就任日に気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」からの再離脱を表明した。また、同時に電気自動車(EV)の促進策を廃止する大統領令にも署名した。バイデン前大統領の2030年までに新車販売の半数をEVなどとする目標は取り下げられる。補助金などの優遇策も撤廃される。世界経済フォーラム(WEF:ダボス会議)は昨年12月、猛暑などの気候変動による上場企業の固定資産の損失が35年までに年間6000億ドルになるとの分析結果を公表したが(日経:2025.1.22)、まともな根拠は示されていない。日経新聞1月24日の社説は、「トランプ政権の脱炭素離脱は言語道断だ」と題し、「世界では温暖化の影響とみられる異常気象が常態化し、米国内でもハリケーンや竜巻、山火事などの災害が頻発する。中国に次ぐ世界2位の温暖化ガス排出国が脱炭素の流れを無視するのは無責任の極みと断じざるを得ない。」と書いた。

しかし、カリフォルニアの山火事と地球温暖化は無関係である。乾燥や熱波は山火事のきっかけにはなりうるが、根本的な要因ではない。乾燥や熱波は地球温暖化が無くても起きる。社説は全く根拠のない決めつけである。地球上のあらゆる気候の異変を地球温暖化と結びつけるのは暴論である。

2 石炭産業「悪者論」でグローバル・サウスの発展を阻害する

米国では石炭の90%が発電用に使われているが、発電に占める火力発電所の割合は2013年には16%となっており、10年前の40%から大きく下がっている。しかし、ペンシルバニア州などラストベルトのスイング州も含まれ、トランプ氏にとっては重要な地域である。第1次トランプ政権でパリ協定離脱した時は、『東洋経済』のコラム「少数異見」では、「気候変動を重視する人たちが、石炭を『迷惑産業』扱いしていることにある。最近はやりのESG(環境・社会・ガパナンス)投資においては、石炭産業は原子力以上の悪玉とされている。放射能CO2が放射能よりも危険、とはいかがなものか。今の欧米社会は、石炭に過度な『原罪意識』を有しているように見える。」と書いていた(「米国のパリ協定離脱のもう一つの側面」『東洋経済』2017.6.24)。

そもそも、石炭産業「悪者論」は石炭火力発電所の占める割合が多い、中国やインドなどグローバル・サウスの発展を阻止するために企てられたものである。世界有数のCO2排出国といわれるインドネシアも発電の66%を石炭火力発電に頼っている。仮に、「パリ協定」が強制するような、気候変動目標を2050年までに達成するには、クリーンエネルギーや蓄電設備、送電網に少なくとも1兆2000億ドル、さらに石炭火力発電所の廃止には280億ドルの費用がかかると算出されている。しかし、専門家は計画の実現性に疑問を投げかけている(日経=FT:2025.1.26)。「パリ協定」以降は、こうした投資額を欧米諸国が分担するのか、それともグローバル・サウスが大部分を負担するのかで交渉は行き詰まっている。11月に行われたアゼルバイジャンでのCOP29においても、先進国から途上国への支援を 2035年までに現在の年1000億ドルの3倍の年3000億ドルに引き上げるという合意はしたものの、資金の分担や温室効果ガスの削減目標について、何一つ具体的なものは決まらなかった(日経:2024.11.25)。ようするに「協定」としては座礁している。

3 原発を推進する目的の「脱炭素」

福井県原子力平和利用協議会が定期的に行っている新聞広告では、COP28においては「化石燃糾の代替に向けて再生可能工ネルギーや原子力の活用、炭素のゼロ低排出技術を加速させる。」ということが決められたとし、「発電時に温室効果がスを排出しない原子力発電所は、電源の脱炭素化につながることとなり世界的な期待ガ高まっています」。とし、 COP28では「日・仏・米・英を含む一部の有志国 (22力国)ガ世界全体の原子力発電の設備容量を 2050年まで3倍に増すと宣言しました」と書いている(福井新聞:2024.6.8)(COP29で31カ国に)。

ようするに、「脱炭素」という名のもとの「原発の推進」が本来の目的である。さらに上記広告おいて「政府はGX(グリーン・トランスフォーメーショシ)推進計画において、福島事故以降、初めて原子力発電所のリプレースを許可し運転期間の延長も認めています」と、なんでもありの居直りである(福井新聞:同上)。政府の推進するCXが、原発推進の旗振り役となっている。

4 EVの不振について

欧州のEV需要は、ドイツなどが購入補助金を停止した影響により低迷している。新車販売における販売比率は23年の16%から、24年は15%に下がった。障害となっているのはEVの高コストだ。エンジン車に比べて車体価格は7~8割高い。その象徴がEVの不振にあえぐVWの独3工場の閉鎖提案であった。しかし。労働組合側の強い抵抗にあい、12月20日には国内の工場閉鎖を見送ると発表した。同時に2030年までに独国内の従業員3万5000人の一削減も決めた(日経:2024.12.22)。VWが一気に失速した原因は中国の低価格EVにある。中国でのEVの平均価格は24年時点で2万8800ドル。欧州の5万9600ドルの半分以下となっている。。北米の5万2200ドル、日本・韓国の4万6600ドルと比較しても突出して低い。車載電池のコスト削減で先行した成果が出ている(日経:2024.11.1)。

その典型が、破産した欧州のEV用電池企業ノースボルトである。ノースボルトは中国からの「EVの津波」を回避するために、欧州でEV用電池を製造しようという目的で2016年にスウェーデンに設立された。ノースボルト社の電池産業への参入は、最初から「不純」で、技術や価格ではなく、水力発電や風力発電などの環境に優しいエネルギーのみを使って生産するというばかげた目標を掲げ、技術や価格は二の次に置かれていた。そのため、水力発電がある北極圏の極寒の小さな港町シェレフテオに工場を開設したが、そのような場所に欧州労働者が留まることはなかった。また、EV用電池製造工場をゼロから構築するにはどうすればよいかを知っているものはほとんどなく、中国や韓国から工場設備を提供してもらうしかなかった。ノースボルトの破綻はEUの技術力の限界であり、成熟したEV用電池のサプライチェーンをEUでは育てられないことを明らかにした(遠藤誉:2024.11.30)。さらに中国のBYDはPHV市場でも2025年末に日本市場に殴り込みをかける。価格はトヨタの半額である。EV市場の頭打ちをPHV市場で補おうとするものである(写真:BYD Auto Japan)。

欧州の自動車産業は、エンジン車では中国に勝ち目がないということで、「環境規制」という名のもとの非関税障壁をつくり、EVにシフトしたが、肝心の技術力もなかったということである。胡散臭い欧州発の「脱炭素」では勝ち目がないことを示している。トランプの「パリ協定」離脱宣言は、それを「成文化」したに過ぎない。

 

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【投稿】レーガン空港・航空機墜落事故とトランプ政権

<<ウソ、でたらめのトランプ会見>>
1/29、現地時間午後9時頃に発生した米ワシントンDC・レーガン・ナショナル空港間際で発生した米軍用ヘリと民間航空機の空中衝突墜落事故は、2001年11月以来、生存者なし・全員死亡の米国で最悪の航空機墜落事故となった。米国家運輸安全委員会は、事故の公式原因を調査中で、軍用ヘリの高度が問題となっているが、まだ発表されていないし、発表できる状態ではない。
 1/30、にもかかわらず、トランプ大統領は、この事故は、米連邦航空局 (FAA) におけるバイデン政権の多様性、公平性、包摂性 (DEI) 採用慣行に影響されたと一方的に主張、記者から「証拠はあるのか」と問い詰められても、答えられずに、バイデン前大統領が航空管制官の採用基準を弱めたと非難し、ブティジェッジ前長官率いる運輸省が「重度の障害を持つ管制官」の採用を優先したと主張。トランプ氏は、「FAAは、同局のウェブサイトで説明されている多様性と包摂性を重視した雇用イニシアチブの下、重度の知的障害、精神疾患、その他の精神的および身体的疾患を抱える労働者を積極的に採用している」ことが事故原因であるかのように偽り、
実は、トランプ政権発足とともに、連邦職員の大量解雇に乗り出し、空の安全維持に貢献した主要職員の解雇、停職処分に強引に着手していたことには一言も言及せず、まったくの頬かむりを決め込み、責任逃れに終始したのであった。

しかも、今回の事故は、FAAの長官マイク・ウィテカー氏が辞任したわずか数日後に起きた事故である。長官の任期は通常5年であるが、ウィテカー氏は、スペースXのCEOでトランプ大統領の最大寄付者であり、世界一の富豪でもあるイーロン・マスク氏が、フロリダ州スペースコースト沿いでの安全違反を理由にスペースXにFAAが課した60万ドルの罰金を課していた。マスク氏はこれに怒り、反発し、ソーシャルメディアでウィテカー氏は「辞任すべきだ」と繰り返し攻撃、ついに昨年12月にウィテカー氏は辞任を発表していたのである。そしてトランプ大統領はいまだに後任を指名していない、その中で起きた事故なのである。トランプ、マスク両氏は、この事故に重大な犯罪的な関与があるとも言えよう。

<<「卑劣だ。遺族が悲しんでいる」>>
 このようなトランプ氏に対して、ブティジェッジ元運輸長官は、「卑劣だ。遺族が悲しんでいる今、トランプ氏は嘘をつくのではなく、主導権を握るべきである。私たちは安全を第一に考え、危機一髪の状況を減らし、航空管制を強化し、監視下における何百万便もの飛行のうち、民間航空機の墜落による死亡者はゼロだった。トランプ大統領は現在、軍とFAAを監督している。彼の最初の行動の一つは、空の安全維持に貢献した主要職員の一部を解雇し、停職処分にすることだった。大統領は真のリーダーシップを発揮し、このようなことが二度と起こらないようにするために何をするかを説明する時が来た。」と、トランプ氏を厳しく糾弾している。

D.C.航空機墜落事故、レーガン空港の交通渋滞に関する警告を議会が無視した数カ月後に発生

事故の起きたレーガン空港は、米連邦政府が所有する国内で2つしかない空港の1つであり、議会にその運営に関する独自の権限が与えられている。この空港は比較的小規模な空港であるが、ワシントンDCの中心部に最も近いため、ブラックホーク ヘリコプターが多数駐機し、軍関係者やその他の役人を乗せ、軍用機を含めて世界で最も交通量の多い空域の一つとなっており、ニアミスや衝突寸前の事故が相次いでいたのである。直近、2023年3月に同空港でのニアミス事故が発生している。
ところが、多くの警告や嘆願があったにもかかわらず、路線拡大を熱望する航空会社と彼らの資金提供を受けている共和党系議員たちによって運航量の拡大が強引に議決されてれてしまったのであった。今回の事故は、その数か月後のことであった。

まさにこの事故は、トランプ大統領による連邦政府機関の職員の粛清・整理・解雇が公然と宣言され、連邦航空局と運輸保安局で混乱と人員配置の変更が起きている最中で起きた事故なのである。トランプ氏こそが、事故原因をもたらした最重要人物の可能性が大なのである。

今回の事故は、これからトランプ政権のもとで起こる、冷酷非道な金権・強権政治に対する厳しい糾弾であり、警告だと言えよう。
(生駒 敬)

 

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【投稿】「帝国」再建に挑む:トランプ政権--経済危機論(154)

<<「パナマ運河を取り戻す」>>
1/20、米大統領就任演説でトランプ氏は、米国の覇権の「黄金時代」が始まったと宣言した。「野心は偉大な国家の生命線だ」と述べて、地球世界の支配にとどまらない、「我々は明白な運命を星々へと追求し、火星に星条旗を植える」と、火星にまで領土を拡大する領土帝国であると宣言したのである。

ところが、現実の地球世界で具体的に出てきた「領土拡大」は、「米国はパナマ運河を取り戻す」との表明である。トランプ氏は、米国が建設した運河は「愚かにもパナマに与えられた」と断言し、「我々は、決して与えられるべきではなかった愚かな贈り物によって、非常にひどい扱いを受けた」と泣き言を言い、中国が運河を「運営している」などと、パナマ当局自身が明確に否定している現実に対して、ウソ、でたらめ、誇大妄想を繰り返し、「武力で奪還」の脅しにまで言及している。
パナマのムリノ大統領は、「全面的に拒否する。運河は現在もこれからもパナマのものである」、「その管理は永世中立を尊重するパナマのもとにある」「我々の運河管理に干渉する国は一切参加していない」と断言し、「運河は譲渡されたものではない。幾世代にもわたる結果なのだ」と反論している。

 次いで、メキシコ湾をアメリカ湾に改名すると述べ、アメリカ湾と呼ぶため、地名情報システムなどあらゆるメキシコ湾言及の変更を表明している。
これに対して、メキシコのシェインバウム大統領は記者会見で、1607年の世界地図を見せ「北米がメキシコのアメリカと表記され、米国建国より169年前にメキシコ湾もメキシコのアメリカとして特定されていた」歴史的事実を明らかにして、「私たちはトランプ大統領の政府と協力し、お互いを理解し、自由で独立した主権国家としての私たちの主権を守るつもりです」と、トランプ氏を辛らつに批判している。

そして名称変更は、国内にまで及び、「偉大な大統領ウィリアム・マッキンリーの名前を、本来あるべきマッキンリー山に復活させます」と表明している。マッキンリー大統領時代のハワイ併合や、フィリピン領有の「領土拡大」で、「マッキンリーは我が国を非常に豊かにした」と言うわけである。しかしこれは、地元アラスカ州の求めに応じて、オバマ大統領が2015年に、この地域のネイティブアメリカン部族が長年使用していた名前であるデナリに改名した名前である。デナリは、高きもの、偉大なものを指す先住民の言葉である。トランプ氏の改名は、その尊厳を踏みにじるものであろう。

トランプ氏は、「一貫性がなく、気まぐれで、大言壮語するやり方」だと言われているが、こうした軽薄で底浅い発言は、根底的には、アメリカ帝国の帝国主義的支配欲と言う本質的利害から生じているとも言えよう。それだけに危険極まりないが、逆に言えば、そこまで追い込まれつつある、アメリカ帝国の政治的経済的危機の深刻化の反映でもあると言えよう。

<<国家国境緊急事態を宣言>>
トランプ大統領は就任初日に、なんと約200件もの大統領令に署名し、米国史上最も大規模な初日となったといわれる。そのなかには、法的拘束力のある大統領令50件と追加指令150件以上、そしていくつかの緊急事態宣言まで含まれている。
以下、その概要と問題点を列挙すると、
* 国境への軍の配備と国境の壁の完成への道を開く国家国境緊急事態が宣言され、南部国境は不法移民に対して閉鎖された。
この措置には、「メキシコに留まる」政策の復活、軍に国境の壁の追加セクションの建設を指示、犯罪組織を外国テロ組織に指定することなどが含まれる。また、米国で生まれた不法移民の子供に自動的に市民権を与える政策を廃止する措置を講じた。この政策は憲法修正第14条に直接反し、法的に争われる事は確実である。出生による市民権は、憲法修正第14条で規定されており、「米国で生まれた、または米国に帰化したすべての人、およびその管轄権に服する人は、米国および居住する州の市民である」とされている。

* 出生地主義を廃止する大統領令を発令した後、アメリカ自由人権協会(ACLU)はすぐにトランプ政権に対する積極的な訴訟で応じている。ACLUによると、トランプ氏の大統領令は明らかに違憲である。ACLUのアンソニー・D・ロメロ事務局長は公式声明で、「米国生まれの子どもに市民権を与えないことは違憲であるだけでなく、米国の価値観を無謀かつ容赦なく否定するものでもある。出生による市民権は、米国を強くダイナミックな国にしている要素の1つである。この命令は、米国生まれの人々に米国人としての完全な権利を否定する永久的なサブクラスを作り出すことで、米国史上最も重大な過ちの1つを繰り返そうとしている」「トランプ政権の行き過ぎた行動はあまりにもひどいので、最終的には勝利すると確信している」、「憲法を改正するには、議会の両院が3分の2以上の多数で修正案を可決する必要があり、さらに州の4分の3以上の承認も必要だ。」

* バイデン政権時代の環境政策を撤回することで、国内のエネルギー生産を優先する。措置には、洋上風力発電のリースの一時停止、電気自動車の義務化の終了、米国のパリ気候協定からの離脱などが含まれる。

* 40 年ぶりの高インフレは過剰支出とエネルギー価格の高騰が原因であるとして、すべての行政部門および政府機関の長に「緊急価格緩和」を行うよう命じた。この措置には、住宅供給の拡大、医療費を増大させる管理費および利潤追求行為の排除、家電製品の価格上昇を招く要件の撤廃などが含まれる。「食品および燃料のコストを上昇させる有害で強制的な『気候』政策」を廃止する。

* カナダとメキシコの貿易政策を理由に、2月1日に両国に25%の関税を課すことを検討する。「私は米国の労働者と家族を守るために、直ちに貿易制度の改革に着手します。他国を豊かにするために国民に課税するのではなく、国民を豊かにするために外国に関税を課します」、「米国でビジネスを行うすべての人に一律関税を課します。なぜなら、彼らは米国にやって来て、私たちの富を盗み、雇用を盗み、企業を盗んでいるからです。彼らは米国企業に損害を与えています」外国の企業や国からすべての関税、税金、収入を徴収する外税庁を設立する計画を改めて表明した。米国のすべての輸入業者に10~20%の普遍的な関税を課し、米国に到着する中国製品には60~100%の関税を課すと。

* 国連機関である世界保健機関(WHO)から米国を脱退させる大統領令に署名。この命令は、WHOの世界的パンデミック条約に関する交渉も終了させる。2015年のパリ気候協定から米国を再び脱退させ、実質的には2017年の大統領令で世界協定から離脱することを再発表した。協定からの正式な脱退には1年かかるが、これは米国のエネルギー政策が世界の炭素排出目標を遵守しなくなることを示している。気候協定から離脱することで納税者は1兆ドル節約できると述べている。

* 国家エネルギー緊急事態 を宣言し、予想される多くのエネルギー関連の大統領令の第一弾として、アラスカの何百万エーカーもの土地を化石燃料開発に開放した。「我々は掘りまくる」とトランプ大統領は就任演説で熱烈な拍手を浴びながら誓い、米国は「地球上のどの国よりも大量の石油とガスのエネルギーを持っており、我々はそれを活用する」と述べた。非常事態宣言により、大統領は許可手続きを簡素化し、規制を緩和し、「パイプラインや送電網の拡張など、重要なインフラの構築に必要なすべてのリソースを活用する」ことができる。「我々は世界中にエネルギーを輸出する。我々は再び豊かな国になるだろう。そして、それを実現するのは我々の足元にある液体の金だ」と彼は語った。

* 新しい政府効率化局 (DOGE) を正式に制定。この大統領令は、米国デジタル サービスをホワイト ハウスを拠点とする米国 DOGE サービスとして再利用します。さらに、DOGE を管理する期間限定のサービス組織を作成します。すべての連邦機関で少なくとも 4 人の DOGE チームを義務付ける。

* 多様性、公平性、包摂性(DEI)プログラムの終了 この新しい命令は、人種、性別、ジェンダー、またはその他の不変の特性に基づくすべての連邦プログラムと優遇措

置を廃止する。また、行政管理予算局長と司法長官に、連邦政府における「違法なDEI や「多様性、公平性、包摂性、アクセシビリティ」(DEIA)の義務、政策、プログラム、優遇措置、活動を含む、あらゆる差別的プログラムを、どのような名称で呼ばれていようとも廃止するよう指示している」。

* ジェンダーに関する米国の新しい政策を作成する命令に署名した。「本日をもって、今後は米国政府の公式方針として、性別は男性と女性の2つだけとなる」とトランプ氏は就任演説で述べた。

* 2021年1月6日の国会議事堂襲撃に関与した個人に恩赦 2021年1月6日の国会議事堂襲撃事件に関連して逮捕されたほぼ全員に全面的な恩赦を与えた。1月6日の被告の多くは祝っている。その中にはQAnonシャーマンとしても知られるジェイク・アンジェリ・チャンズリーもいる。X(旧Twitter)で、チャンズリーは大文字で「弁護士から知らせを受けたばかり…恩赦が出た!トランプ大統領に感謝!!!今からマザファッキンの銃を買うよ!!!この国が大好き!!!アメリカに神のご加護を!」と投稿した。

<<「新しい金ぴか時代」>>
トランプ大統領の就任式には、テスラのCEO、イーロン・マスク、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス、メタのCEO、マーク・ザッカーバーグ、グーグルのCEO、サンダー・ピチャイ氏らが、「特等席」を与えられた。アマゾン、グーグル、メタはそれぞれ大統領就任基金に100万ドルを寄付し、世界一の富豪マスクは億万長者の大統領の2期目のホワイトハウス就任への支持に2億5000万ドル以上を費やした。アップルの億万長者CEOで就任式への寄付者でもあるティム・クックも月曜日の式典に出席した。この式典はウォール街の銀行、ハイテク大手、製薬業界団体、化石燃料会社、暗号通貨会社、その他の企業団体が資金を提供した。「ドナルド・トランプ氏の本日の就任式は、我が国の寡頭政治への転落の戴冠式である。億万長者と企業が数億ドルを費やして、別の億万長者(現大統領)の懐を肥やし、富裕層エリートのために、富裕層エリートによって統治される大統領制を導入するのだ」と、進歩派議員の選出に取り組む団体、ジャスティス・デモクラッツはトランプ氏の就任宣誓後に支持者への電子メールで述べている。
オックスファム・アメリカの経済・人種正義担当ディレクターのナビル・アーメド氏は、ザッカーバーグ氏、ベゾス氏、ピチャイ氏、マスク氏が就任式の壇上に並んで立っている写真を「新しい金ぴか時代を象徴する写真」と評し、トランプ大統領の就任式は「寡頭政治の勝利をこれまで以上に明確にしている。寡頭政治は偶発的なものではなく、私たちが目にしている政治や政策に内在するものだ」と付け加えた。

 トランプ政権で最大の受益者となるであろう、イーロン・マスク氏は、キャピタル・ワン・アリーナで行われたドナルド・トランプ大統領就任式後の祝賀会でのスピーチ中に、「ジークハイル」に似た敬礼、ファシスト敬礼と思われる動作を行ったことで注目と批判にさらされている。「重要な選挙もあれば、そうでない選挙もある。だが、今回の選挙は本当に重要だった。実現させてくれたことに感謝したい」とマスク氏は言い、手を胸に当てて、ナチスが勝利集会で唱えた「ジークハイル」に似た敬礼をしたのである。「ジェスチャーがすべてを物語っている」:ドイツの新聞がイーロン・マスクの「ヒトラー敬礼」を非難している。

少なくとも13人の億万長者が政権に就く可能性があるトランプ氏の第2次政権は、大規模な規制緩和と富裕層と大企業への減税を新たに推進するとみられる。この減税は、メディケイド、連邦政府の栄養支援、その他の主要プログラムの削減によって部分的に賄われるとみられる。
「今日は、億万長者と企業の利益が支配する政権の始まりだ」と、税制公平を求めるアメリカ人連盟(ATF)の事務局長デビッド・カス氏は声明で述べた。

トランプ大統領を厳しく批判する右派の1人、現在83歳のワシントン・ポスト紙のベテランコラムニスト、ジョージ・ウィル氏は、トランプ大統領がホワイトハウスに戻った初日に掲載された痛烈なコラムで、ウィルは就任演説を歴史的にひどいと酷評した。 2度目の就任演説は、1度目(「窃盗」「破壊」「大虐殺」)を含む59回以上の演説よりもひどいものとして記憶されるだろう。その不適切さは驚くほどだった。今日、感情的に荒廃した強迫観念を持つ人の多くは、大統領就任式が来ては去っていくのを見て、絶望するか、陶酔するかのどちらかを経験している。どちらのグループも、政治に何を期待するのか、そしてなぜそうするのかを再考する必要がある。「『寡頭制』のような大げさな言葉が、テクノロジー業界の億万長者の就任式での騒動に対して飛び交っているが、それは彼らの評価を高くしすぎているのかもしれない。これらのハゲタカを引き付けるのは、トランプから漂う詐欺の臭いだ。」と手厳しい。

それほどまでに、政治的経済的危機が、トランプ氏に凝縮しているのだ、と言えよう。
(生駒 敬)

 

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【書評】『反米の選択―トランプ再来で増大する“従属”のコスト』大西広著

【書評】『反米の選択―トランプ再来で増大する“従属”のコスト』大西広著
                                                                                                 PULS新書 1,045円

                               福井 杉本達也

1 「対米過剰依存やめ関係再構築の好機」ととらえる寺島実郎氏

日経新聞はトランプ政権発足にあたり、「米への『貢献』交渉材料に」との見出しで、トランプ1期政権発足の「2017年以降の日本の対米直接投資残高や防衛費を分析するとそれぞれ6割ほど増えている。日本にとって交渉材料になりうる。」と書いた(日経:2025.1.19)。どこに我が国の主体性があるのか。全くの「朝貢外交」をすすめである。日経の記者は、このような記事を書いていて恥ずかしくはないのであろうか。

日本総合研究所会長の寺島実郎氏は、毎日新聞に「トランプ政権と日本」と題して、筋を通す関係が必要だとし、「相手にしっぽを振るのではなく、正面から向き合うこと」であるという。「これまでの日本は米国に対する「甘えと過剰依存」の構造の中にいました。米国に過剰依存する現状から脱しない限り、道はひらけません」と断言する。さらに続けて「100年たっても外国の軍隊が駐留しても構わないという感覚を持つ国は、国際社会で『独立国』とはいえません」とし、「『日米同盟は公共財』とする固定観念にはまり、米国と連携し中国を封じ込めようとするような『分断』の発想に基づく世界認識からの脱却が必要」だと力説している(毎日:2025.1.10)。

著者の大西広氏は京都大学及び慶應義塾大学の名誉教授であり、今では“絶滅危惧種”である「マルクス経済学」の講座を持っていた。右翼団体「一水会」から「民族問題」の講演依頼を受け、「私はマルクス経済学者なので階級と階級の対立の方がより重要だと考えている。が、…民族としての団結のためにも階級問題を解決したい」と述べた。そして、「戦後の約80年にわたって続き、今もなお深刻な重みとして存在する対米従属の弊害を『民族的危機』として捉え」、正面から論じたのが本書である。

2 アメリカの圧力への日中の対応の違い―TikTokの事例

著者は「『リスク回避』をずっと繰り返していけばいつまでたっても自立することができず、最終的には国益が損なわれてしまう」「全体利益(国家利益)を追求すべく全体を誘導する作業が不可欠」だとし、「日本や韓国はそれができず、中国はそれができつつあるように見える」とし、米中摩擦では「中国と日本の対応の違いが目立っている」「先端技術がアメリカのターゲットとなって以降…日本の場合は国家が『国産半導体のシェアを下げろ』との圧力をかけたが、中国では国家が少しの迷いもなく産業発展を支援し続けた」と書いている。

中国の動画アプリTikTokは1月19日、米国内のサービスを再開した。TikTokは早期再開の理由として、トランプ氏が新法の罰則を適用しないと保証したことをあげた(日経:2025.1.21)。トランプ氏が「同社の合弁事業の50%の株式を米国に与えるという取引案を受けて、中国外務省のスポークスマンである毛寧氏は月曜日に、中国は米国が合理的な声に真剣に耳を傾け、オープンな情報を提供することを望んでいる」と述べた(『環球時報』2025.1.21)。また、同『環球時報』社説でも習近平―トランプが電話会談を行ったことを伝え、「中国と米国の2つの主要国が将来の関係をどのようにナビゲートするかを全世界が注目している重要な岐路に立たされている」とし、「両国の首脳は、このような早い段階から直接的な意思疎通を開始し、主要な問題について意見交換を行い、戦略的な意思疎通チャネルを確立することで合意した。これは、双方が新たな出発点から中米関係のより大きな進展を達成することを望んでいることを示している。」と報じている(『環球時報』2025.1.21)。唯々、犬の立場で飼い主にしっぽを振っても外交交渉にはならない。

3 「ドル防衛」のための「低金利政策」

著者は現在の円安を「ドル防衛」のために、日本の金利を「ゼロ金利」にして、日米間の金利差を4%に強要しているからであるとする。経済原則的には現在の「ゼロ金利」はあってはならない異常な値であるとする。1980年代のドル防衛と異なるのは「今回の対抗相手は『グローバル・サウス=南側』であり、その勢いは80年代末の『東側』とはくらべものにならない」と説く。それが、ドルの究極の競争相手である金が、グローバル・サウスと繋がる諸国の中央銀行によって「買いだめ」られていること、BRICSが共通通貨創設に向けて着々と準備を進めていること・ドルに依存しない国際決済システムの創設に向けて準備が進められていることをあげる。

ただし、「アベノミクス」・「異次元の金融緩和」として遂行された低金利施策は、当初は日本の利益としても考えられたと指摘し、トヨタなど「企業が何の努力をしなくても得られるのが為替差益」であり、「アメリカ国債の円価値での変化で、それが円安によって跳ね上がる」ことによって、財務省が円安を好感したことである。

しかし、円安は日本を「選ばれない国」にした。「賃金も下がり、為替も下がる。『この国のカタチ』が壊れかけている」とする。「この異常な円安は日本をもっと根本的なところで途上国化している」。ドル・べースの支払い代金が膨張して貿易収支が赤字化する。輸入財を購入する庶民や輸入系企業の不利益はもっと直接的であるとする。

4 残された日本の強みと製造大国中国

日本の機械工業にも強いものと弱いものがあり、工作機械の産業の世界シェアは非常に高く、自動車部品、重電・産業機械と続いている。全体として製造大国への輸出が日本の生きる道となっているが、要するに隣の工業大国中国への供給であり、中国のおかげで日本がこの分野で強くなっている。もし、この状況下で中国への輸出をアメリカに禁じられれば日本は終わりだと分析する。冤罪事件の大川原化工機事件のように、警察や検察までもがアメリカの手先として対米配慮をやるようでは本当の終わりだと書く。中国の国力強化が日本のチャンスにもなり、アメリカの戦略家はそのように日本人が考えることを心底恐れている。「従属のメリット」が明確にあった時代は終わり、その従属を根本的に見直さなければならない時代状況となっているとして本書を締めくくっている。

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【書評】『失われた1100兆円を奪還せよ』吉田繁治著

【書評】『失われた1100兆円を奪還せよ』吉田繁治著 ビジネス社 2,530円

福井 杉本 達也

1 消費税は消費への懲罰税

イトーヨーカ堂が北海道・長野県の全店舗を閉店した。イオンの総合スーパー事業も昨年3月~11月期は192億円の赤字だった。日経は「実質賃金が伸び悩み、家計の生活防衛意識は高まっている。」「24年11月の実質賃金は前年同月比0・3%減り、2人以上世帯の実質消費支出も0・4%減と、ともに4カ月連続のマイナスだった。」ことが影響したと書く(日経:2025.1.11)。

個人消費の停滞の原因は何か。著者の吉田繁治は消費税にあるとする。「消費税は経済成長を抑圧する」「消費税は消費への懲罰税として経済成長を抑圧した」とし、「消費税は物価に含まれる10%部分である。」「平均賃金が上がらないないなかで、消費税分が付加された物価が上がると、商品需要が減るのは決まり切ったことだ」「増税は普通なら、世帯所得が成長しているときしか行えない。しかし日本では平均の世帯所得が減っているとき…実行された。」「GDPの55%を占める消費需要が増えないと、GDPは増えない。」と書く。

 

2 「五公五民」への不満が総選挙結果だが、野党に財源論がない

2024年の総選挙では自公政権が15年ぶりに過半数を割り、「103万円の壁」の撤廃を主張した国民民主党は議席を4倍に、消費税撤廃のれいわ新選組は共産党を抜いて9議席を獲得した。これを著者は「自分たちの所得が増えずに減った…平均で約10%の税と25%の社会保険料が源泉聴取で天引きされた手取り給料(65%)は、生活財を買うときの10%の消費税を引くと実質で55%になる。ここから赤字国債の国民負担の約5%を引くと五公五民になってしまう」と計算し、「日本の社会で税を含む格差の認知がひろがってきた結果」だが、野党第1党の立憲民主党は「これに気がついていない」と分析し、「いずれも減税を可能にする財源論がないので与党になる力を得ていない」とする。

3 10%の消費税の撤廃

著者は10%の消費税の廃止を主張する。消費税を撤廃すれば、「物価の10%低下→実質賃金の10%増加→①期待企業売上の増加(23兆円)→②人的生産性上昇(5%)→賃金の上昇(4%)→…⑥GDPの3%の増加→…⑧政府税収の増加(10兆円)→…」へとつながるという。財源論が問題となるが、23兆円の消費税の減収部分をどう補填するかについて、外貨準備金会計に目をつけ、「外貨準備は1995年までの資本規制時代(=外貨の購入規制)の遺物である」とし、「国会の審議を受けていない特別会計の外貨準備金(1.2兆ドル:174兆円)は今はもう必要がない」とする。財務省は外貨準備を自分の資産のように専有管理している」とし、国民にも政治家にも説明していない「隠れ預金」であると断言する。「外貨準備の174兆円を5年にわたって売れば、年間34.8兆円の国家のあたらしい財源になる。10%の消費税(23兆円の国庫収入)を撤廃してもおつりがくる」と提案する。

4 「空気は幻影ではない」:宮本太郎氏の論調から

宮本太郎氏は雑誌『世界』2025年1月号の「『103万円の壁』引き上げは若者を救うか」において、国民民主党の「『103万円の壁』打破に期待を寄せ、この政策を押し上げた空気をみることが大事である」と指摘し、「この空気を醸成したいちばん基層にある現実は、若者を含めて多くの国民が直面し呻吟してい、る物価高騰と生活苦である。このリアルな現実に、既存の社会保障と税さらには雇用の制度が機能していない、むしろ若者をつぶしているという感覚が折り重なり、ここから先はかなり単純化された解釈も混じった空気が広がっていく。すなわち、社会保障はもはや高齢者向けの給付に限られ現役世代は負担だけを強いられる。税はとられるだけで決して還つてはこない。雇用について様々な慣行や規制が中高年だけを守っている、等々。空気は幻影ではない。その根底には紛れもない現実がある」と書いている。玉木代表は、この国民のシグナルを感じ取り、「『103万円の壁』をめぐる施策が最適解であるという主張を演出しきった。」その手腕はこれまでの野党に欠落しがちだったもので、率直評価している。

宮本氏はそこで、しかし「政治の本領が発揮されるべきはさらにその先で、その根底にあるリアルな困難にいかに立ち向かい、事態を打開するかである」とし、『103万円の壁』の引き上げだけでは、年収200万円で8万円、年収800万円で22万円程度の減税額となる。つまり低所得者支援の効果は限定されるという。そこで、宮本氏は持論である『給付付き税額控除』(たとえば10万円を税額そのものから控除することを決め、低所得で税額が10万円を下回る人に対しては、控除しきれない額を現金給付する仕組み)を提起するが、「所得捕捉などのインフラ整備が必要なことに加えて、説明がなかなか難しい施策である」と述べる(宮本:同上)。

しかし、所得応じて現金を給付する仕組みは所得捕捉の問題もあり、また市町村の事務負担があまりにも大きく現実的ではないのではないか。消費税10%減なら、スーパーのPOSシステムをちょっといじるだけで簡単に減税ができる。

5 官僚の財布である「特別会計」に切り込む

著者は「政府の政策とは一般会計と特別会計の予算額である。予算額にたいして議会で承認を受けて官僚が実行する。」ところが、財務省は議会で審議されない一般会計との重複を除く純額で207・9兆円(予算上は436.0兆円:2024年度)の収入と支出がある特別会計の予算をもっている。国債整理基金(国債の償還と利払いの基金)で動くマネーは255兆円もある。単なる国債の借換えの会計だけではなく、財務省の財布としての脱炭素移行債など投資的経費が含まれている。また、外為準備金会計1.2兆ドルは前上のとおりである。「財務官量は政治家よりも財政への専門的な知識をもち、予想する言葉の能力で上回っている。」政治家は財務官量にあやつられてきた。

6 「異次元緩和」の売国政策

黒田総裁は2013年4月から「異次元緩和」を始めたが、中身は金利ゼロと日銀の国債買いであり、言い換えれば円紙幣の増加発行500兆円であった。結果、円は2012年末の78円/1ドルから、2024年には148円にまで切り下がった。増発されたゼロ金利の円は、3%の金利差のつくドルに400兆円が流れこんだ。「日本はバカなことをしてきた。米国物価上昇との関係における円の価値の下落である。『日本は現金になった経済力を自国では使わないで米国に貸し付けた』。これが異次元緩和だった。」「円安は世界標準のドルにたいする国民の実質賃金と商品価格の切り下げである。」1ドル150円台の円安は輸入物価を上げて国内物価に遡及する。日本は1年に100兆円の必需の資源・エネルギー・食品を輸入する。賃金の上昇が十分ではない日本では、物価の上昇は商品の購買力である実質賃金を下げて、食品と必需生活財、電力、ガソリンなどを買う国民の生活を苦しくする。この売国政策を進めたのが財務官僚であり日銀である。結果、ガソリン補助金や電気・ガス補助金という本末転倒な何兆円もの補助金で財政をさらに肥大化して自らの権限を拡大している。

本書は消費税として30年で300兆円、預金ゼロ金利で800兆円の国民の所得が国に回り、国民生活を疲弊させているというばかげた政策を暴露する良書である。

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【投稿】ガザ和平:イスラエルとハマスの停戦合意

<<トランプ特使、1回の会談で「停戦引き延ばし」打破>>
1/15、パレスチナのガザ地区紛争当事者であるイスラエルとハマス運動は、カタール、エジプト、米国の仲介により、第一段階として42日間の停戦合意に達し、合意は1月19日に発効すると、カタールの首相兼外相が記者会見で発表した。画期的な事態の展開と言えよう。

 「カタール、エジプト、米国の仲介者が、ガザ紛争当事者間の停戦合意の仲介に成功した。合意は1月19日に発効する。第一段階では、民間人や軍人女性を含むイスラエル人人質33人が解放される。その見返りとして、パレスチナ人囚人がイスラエルの刑務所や拘置所から釈放される」とし、カタール、エジプト、米国は、ガザでの停戦を監視するためカイロに合同チームを設置することが明らかにされたのである。

停戦の条件に基づき、イスラエルはガザの人口密集地域から軍を撤退させ、ハマスは段階的に人質を解放する。ネタニヤフ首相は合意が永続的な平和につながることを期待すると表明し、ハマスの幹部バセム・ナイム氏は合意へのコミットメントを確認した。

 そしてハマスは、ガザでの停戦合意の締結を確認し、これをイスラエルとの「紛争の転換点」と表現している。今回、ハマスは初めてガザの路上に公然と姿を現し、その最初の声明で、ハマス運動のイスラエル軍に対する「勝利」として位置付け、「偉大なパレスチナ人の伝説的な不屈の精神とガザ地区の勇敢な抵抗」を称賛している。もちろん、465日間ものイスラエルの攻撃に耐えてきたガザの人々は、ようやくにして勝ち得た停戦合意を祝している。

停戦合意草案には、さらに以下の事項が盛られている。
* イスラエルは、2023年10月7日の事件に関与した者を除き、2023年10月8日以降に逮捕されたガザの被拘禁者1,000人を釈放する。
* ガザの病人や負傷者の人質9人は、イスラエルで終身刑を宣告されているパレスチナ人囚人110人と引き換えに解放される。
* イスラエルは、停戦合意の第一段階において、ガザとエジプトの国境にあるフィラデルフィア回廊の駐留軍を徐々に削減する。

23年12月に1週間の停戦が失効して以来、このような合意は何度も提起され、実現寸前で米バイデン政権、イスラエル・ネタニヤフ政権によって、「ジェノサイド」批判をかわす、単なるジェスチュアとされ、いとも簡単に反故にされてきたものである。

しかし今回、停戦合意が急遽まとまり、ことここまでに

至った経緯について、イスラエルのメディアでさえ、ガザ停戦合意の達成はトランプ次期大統領とそのチームのおかげだと指摘している。イスラエル・タイムズによると、ネタニヤフ首相とトランプ次期大統領が派遣したスティーブ・ウィトコフ次期中東特使との「緊張した」週末の会談は人質交渉の突破口となり、「1回の会談で、退任するジョー・バイデン大統領が1年間で行ったよりも首相を動揺させた」と、2人のアラブ当局者が語った、と報じている。

<<「よほど視野が狭いか腐敗しているか」>>
 ところが、退任するバイデン米大統領は、これを自身の外交の成果だとして、「この合意により、ガザでの戦闘は停止し、パレスチナの民間人への切望されている人道支援が急増し、15か月以上監禁されていた人質が家族と再会することになる」と声明で述べ、「私の外交は、この合意を成し遂げるための努力を決してやめなかった」と主張している。
あきれた虚言であろう。バイデン外交の現実は、実際には停戦妨害外交、ネタニヤフ政権のジェノサイド助長外交であった。だからこそ、「ジェノサイド・ジョー」との批判が絶えなかったのであり、大統領選での敗北につながったのである。
ニュースサイト『ザ・インターセプト』創立編集者グレン・グリーンウォルド氏は、「イスラエルとガザは過去 15 か月間、真の和平協定に近づくことすらなかったのに、バイデンがこの協定を成立させたと信じるには、よほど党派的か、よほど視野が狭く腐敗しているかを考えてみてください。協定はトランプが勝利して初めて成立し、トランプが要求したまさにその時に発効したのです。」と批判している。

一方、トランプ次期大統領は、「合意は成立した」とするフォローアップ声明で、この合意が 11 月の選挙での勝利によるものだと述べ、「この壮大な停戦合意は、11 月の歴史的勝利の結果としてのみ実現しました。これは、私の政権が平和を求め、すべてのアメリカ人と同盟国の安全を確保するための取引を交渉することを全世界に知らせたからです。アメリカ人とイスラエル人の人質が帰国し、家族や愛する人と再会できることを嬉しく思います。この合意が成立したことで、私の国家安全保障チームは、中東担当特使のスティーブ・ウィトコフの努力により、イスラエルと同盟国と緊密に協力し、ガザが二度とテロリストの避難所にならないようにします。私たちは、この停戦の勢いを利用して歴史的なアブラハム合意をさらに拡大し、地域全体で強さによる平和を推進し続けます。これはアメリカ、そして世界にとって、これから起こる素晴らしいことの始まりに過ぎません!」と、ガザ和平協定を称賛している。

しかし、このトランプ氏もまたいい加減なものである。帝国主義外交そのものともいえる言動、放言は、とどまるところを知らず、直近では、パナマ運河とグリーンランドを軍事力で支配する可能性を否定しないとまで公言している。「平和を推進し続けます」、「素晴らしいことの始まり」と言うなら、こうした不穏当な発言をまずは撤回すべきであろう。

ガザ停戦合意発効のわずか数時間前に、ガザ地区の一部でイスラエルの爆撃が激化したとの報道があり、イスラエルの国家安全保障大臣イタマール・ベン・グヴィル氏は、ネタニヤフが人質と停戦合意に同意すれば、与党連合を離脱すると脅している。停戦合意は、いまだきわめて脆弱な状態であるとも言えよう。

問われているのは、今回の停戦合意をしっかりと定着させ、揺り戻しを許さない、さらなる平和外交への全世界的な合意の拡大である。
(生駒 敬)

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【投稿】「米国の友人になることは致命的である」―バイデン大統領による日本製鉄のUSスチール買収阻止―

【投稿】「米国の友人になることは致命的である」―バイデン大統領による日本製鉄のUSスチール買収阻止―

                            福井 杉本達也

1 国家は政治的要素を考えて判断する

日本製鉄による米USスチールの買収計両についてパイデン大統領は1月3日、「『米国の国家安全保障を損なう恐れのある行動を取る可能性がある』と判断して中止命令を出した」(日経:2025.1.5)。日鉄は、不当な政府介入があったとしてパイデン大統領らを提訴した。米鉄鋼会社クリーブランド・クリフスと同社最高経営賀任者、全米鉄鋼労働組合(USW)会長も買収妨害行為で民事訴訟を提起した(日経:2025.1.7)。

これに対し、孫崎享氏は「国家の首脳は当然政治的要素を考えて判断する。たとえそれが『経済問題』であっても。この問題は大統領選挙の結果に直結する政治的に大問題。当然政治的に判断する、それを外国人が不当というのははなはだ僭越」とX(旧ツイッター)に書いた(孫崎享:2025.1.8)。日鉄会長の米大統領ら提訴で何が起こるかとして、「①訴訟中、日鉄幹部は責任取ることなく居残り、②裁判は負けます ③巨額の弁護料を払います ④巻き込まれた首相、大臣は米国から白い目で見られます。」と述べている(孫崎:2025.1.8)。

 

2 「不当な政治介入」とまぬけに吠える日本マスコミ

1月5日付け日経社説は「米国の国家安全保障を損なう恐れがあるとの主張は根拠に乏しく、不当な政治介入である。強く非難する。」「同盟国である日本の企業による正当な取引を強引に阻止することは、米国への投資を萎縮させる懸念も残す。安全保障を理由とした介入は極めて限定的であるべき」と非難した。また、読売は5日付けの社説で「米政府は、独善的な姿勢を改めるべきだ。」「日本は、安全保障のうえで米国の緊密な同盟国のはずだ。日本企業による買収がリスクだというなら、バイデン政権自身が進めてきた友好国との供給網の強化も、前提が崩れる。」と書いた。

また、石破首相の年頭記者会見では、記者の質問に答える形で、「日本の産業界から今後の日米間の投資について懸念の声が上がっているということは残念ながら事実であります。このことは我々としても重く受け止めざるを得ないものでございます。アメリカの国内法に基づき審査中でございました個別の企業の経営に関する案件について、日本政府としてコメントすることは不適切でありますので、コメントはいたしませんが、このような懸念があることを払拭すると、そういうふうに向けた対応は合衆国政府には強く求めたいと思っております。なぜ安全保障の懸念があるのかということについては、それはきちんと述べてもらわなければ、これから先の話には相成りません。いかに同盟国であろうとも、これから先の関係において、ただ今申し上げた点は非常に重要だ」と述べている(首相官邸)。また、1月3日、大統領買収阻止命令後の記者会見でカービー補佐官は「『この決定は日本をめぐるものではない。アメリカ最大の鉄鋼製造の企業をアメリカ資本の企業として維持することについての決定だ。日本との特別に緊密な関係や、同盟関係についての決定ではない』と述べて、日本企業による買収計画であることはバイデン大統領の判断に影響を与えておらず、日本との同盟関係に変わりはないと強調」したが、嘘八百である(NHK:2025.1.4)。日本には安全保障の懸念があるというのがバイデン大統領の正式見解である。これ以上の答えはない。

 

3 「アメリカの敵になることは危険かもしれないが、友人になることは致命的である」

ヘンリー・キッシンジャーに「アメリカの敵になることは危険かもしれないが、友人になることは致命的である」という有名な格言がある。ベトナム戦争末期に、南ベトナム傀儡政権を見捨てたときの言葉だと言われる。日経=FTの記事で、FT東京支局長のレオ・ルイスは、同様の「米国には永遠の友人や敵は存在せず、あるのは国益だけだ」というキッシンジャーの言葉を引用し、「米国は友情の前にはいくつもの巨大な注意事項がある」。「フレンドショアリングは概念として存続するかもしれないが、今回の一件で明らかになった現実の前では、この言葉はあまりにも生ぬるい。」と書いている(2025.1.8)。「緊密な同盟国のはず」などという言葉はあまりにも政治的リアリティを欠いている。これがこれまでの自民党政治の土台であった。

 

4 カナダは米国の51番目の州

1月6日、カナダのトルド首相が辞意を表明した。物価高や移民問題で支持率が低迷する中、追い打ちをかけたのがトランプ次期米大統領による追加関税の表明であった。トランプ氏はSNSに「カナダが米国に股収されれば関説はなくなる。米国がカナダ存続のために大規模な貿易赤字や補助金に苦しむことはもはやできない」と投稿した(日経:2025.1.8)。

カナダはこれまでも米国に従順で、中国・通信機器最大手のファーウェイの副社長孟晩舟氏を2018年12月1日、米国の要請により、対イラン経済制裁に違反して金融機関を不正操作した容疑でカナダ国内で逮捕した。しかし、2021年9月24日、孟氏は米司法省との司法取引し釈放された。米国にとって、人なつこい「犬」でも「犬」である。用が済めば切り捨てられる。日本も「同盟国」という呪文から早く解放されなければならない。

対照的に、メキシコのシェインパウム大統領は、追加関税の脅しを受けながらも「権力とは謙虚であること。メキシコは決して頭を下げ続けたり、卑屈になったりすることはない」と、トランプ氏の理不尽な主張には一歩も引かない構えである(日経:2025.1.7)。

 

5 苦しい時の「中国叩き」は無益

東京新聞の8日の社説は、「23年の世界粗鋼生産は1位の中国宝武鋼鉄集団以下、上位30社のうち17社を中国勢が占める。生産過程での脱炭素技術に優位性を持つ日鉄とUSスチールが組んで世界市場で存在感を増せば、市場を支配しつつある中国勢との健全な競争に向けた起点になり得たのではないか。」と書いている。

1977年、日中国交回復後の経済協力の目玉として、日鉄が技術支援し中国初の近代製鉄所となる上海宝山製鉄所を建設した。2004年からは日系自動車メーカー向けに合弁の宝鋼日鉄自動車鋼板(BNA)を設立し、急増する車用鋼板の需要を取り込んできた。しかし、BYDなど中国EVメーカーの躍進で、自動車産業の競争環境が激変し、日系メーカーは13%も販売台数が落ちるなど苦戦を強いられ、鋼板の競争も激しさを増している。結果、2024年7月23日、日鉄は半世紀およぶ宝山鋼鉄(中国宝武鋼鉄集団傘下)との合弁事業から撤退すると発表している(日経:2024.7.24)。USスチールの買収計画はこうした鉄鋼の激変の中で提起されたものではあるが、日系自動車メーカーの中国における苦戦もあり、圧倒的な中国鉄鋼業界に対抗できる環境にはなりえない。日本は最大の基幹産業の自動車をはじめ産業技術力において、中国勢に後れを取り始めているということであり、不純物が多く品質の劣る電炉転換に切り替えたところで、競争力を回復できるとは思ない。日経は1月4日の社説で「経済安保で中国抑えよ」と題して、「いいとこ取りの中国に、自由貿易を都合の良い姿に変えさせてはならない。重要な技術やサプライチェーン(供給網)を特定の国に握られないよう、経済安全保障の観点」が重要と書いたが、苦しい時の“中国叩き”は何も生み出さない。

 

6 日鉄はまともに買収交渉を考えてきたのか

そもそも、買収が失敗した場合、5億6500万ドルの違約金を支払う義務が生じるということ自体が問題である。かつての繊維交渉や自動車輸出制限、日米半導体交渉、米国内の不動産買収等々。今回の買収に米政府が介入しないという保証はなかった。当然、自らの責任以外の外部要因で買収交渉が頓挫することとなれば、違約金は支払わないという条項を設けておくべきものである。

最悪なことは日鉄がネオコンの元国務長官のポンペオ氏をアドバイザーに起用したことである(Bloomberg 2024.7.20)。トランプ氏は大統領選後早々に裏切り者のポンぺオ氏を次期政権構想から外したが、トランプ氏に喧嘩を売るようなものである。

買収価格の合意の時期もあるが、大統領選真っ只中に買収交渉が具体化したというのも、あまりにも甘い見通しである。当初、日鉄側は民主党・バイデン再選が濃厚と踏んでいたのかもしれないが、ラストベルトが選挙の争点にならないはずはない。USスチールは本社をペンシルバニア州ピッツバーグに置く。周知のように、ペンシルバニア州は大統領選ではスイング・ステートと呼ばれ、共和党と民主党の勢力が拮抗している。誰が大統領候補であろうと、買収交渉に下手に妥協することは許されないのである。

日鉄とUSWが交渉した段階で、USWは「既存の高炉設備ではなく、組合員が所属しない米南部の竃炉の製鉄所に『日鉄は最終的には生産を移管する』」と不信を強めていたことである(日経:2024.12.10)。日本の鉄鋼3社は製鉄工程でコークスが必要な高炉を使う。高炉は効率的に商品質な製鉄が可能な半面でCO2排出量が多い。一方、電炉はコストや品質に課題があるものの非化石電力が調達できればCO2排出量が削減できる。JFEは倉敷の製鉄所でを28年稼働を目指し大型電炉の導入を計画している。日鉄も広畑と八幡の製鉄所で電炉を導入を計画している(日経:2024.7.23)。しかも、メンバーシップ制の日本とは異なり、米国はジョブ制である。ジョブ制は労働者はその職場で該当するジョブがなくなれば解雇される。高炉のジョブと電炉のジョブでは異なる。労組が抵抗することは目に見えていた。

日鉄の米大統領提訴は現役員の責任逃れの時間稼ぎとも思える。

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【翻訳】中国は、U.S. Steel 買収商談が揺らぐことを望んでいる

【翻訳】中国は、U.S. Steel 買収商談が揺らぐことを望んでいる

The New York Times  International Edition、December 24-25, 2024

Opinion : The New York Times publishes opinion from a wide range of perspectives in hope of promoting constructive debate about consequential questions.
“ China wants the U.S. Steel deal to falter” by David Burritt
[ the president and chief executive of U.S. Steel.]

 この取引は米国製造業の将来にとって決定的な瞬間である。米国は正しい決断を下さねばならない。
 U.S. Steelは一年前に日本の日本製鉄株式会社(以下”Nippon Steel”と称す) によって買収されることに同意した。
この取引は我々の会社の将来を保証し、我社に投資し、より競争力ある革新的かつ力強い鉄鋼業に進化させるものである。この取引は米国の全世界における地位を強化するであろう。
 我々の最強の味方の一人(Nippon Steel)として提携を深めて我々に中国との騒がしい、行き届かない市場操作とよく戦うことを許し認めてくれる。
 その時以来、President Baiden and President-elect Donald Trump は、この取引に反対であると言ってきている。U.S. Steelは、アメリカ人によって所有されるべきであると主張して。多くの多様なる記事は、Biden政権の最終決断は近々に下されるであろうと論じている。
 U.S. Steel のような象徴的な会社の売却商談は、米国民の感情を深く揺り動かすことは理解出来るし、私もその感情を分かち合っている。
 U.S. Steelは、この国を形作るのに貢献した一つの会社(”institution”)である。 我々は、歴史に誇りを持つと同様に、今日の現実に対峙しなければならない。U.S. Steelは、もはやAndrew Carnegieの時代であったような米国産業界のリーダーではない。 我々は今やこの国の三番目の鉄鋼メーカーに過ぎず、世界では24番目である。 我が社の雇用は、1943年がピークであって、生産は1953年がピークであった。そして、我社の主要な顧客は今では自動車産業や家電メーカーであって、かって支えてくれた軍事や社会/産業基盤の分野ではなくなっている。
 この商談は、U.S. Steel にとって最良であり米国にとってもそうである。 実際、それはU.S. Steel を傷つけず健全に保つ唯一の選択肢である。 我々は、我社の労働者、地域の選ばれた職員や自治体からの支持を受けてきている。 今日、我々は利害関係あるすべての人々に当社の繁栄と米国の鉄鋼産業の将来について、共に働き、正しいことを行い、この取引を成立させるために共に働こうと呼びかけている。
 Nippon Steel は、我社の労働者や設備に対して重要な約束を行ってきており、それらは拘束力があり実行可能である。 Nippon Steelは、U.S. Steelが米国で組織された会社として、社名は変えず、本社を Pittsburgh に置いたまま保持すると約束している。 さらに、U.S. Steelは、米国人の統治チームを持ち、その取締役会の大多数を占めるであろう。Nippon Steelは、U.S. Steelの union-represented facilities* に$3 billion(約4,500億円) 近くの投資を行い、4,000人以上の雇用をPennsylvaniaとIndiana 州で保証し、5,000人以上の雇用を作り出すであろう。
  *union-represented facility : そこで働く労働者が組合に加入している設備/施設と
   訳すべきか。 1/5 朝日新聞朝刊の記事によれば、U.S. Steel の工場では、高炉で働 く従業員は、組合に組織されていて、この買収商談に反対している全米鉄鋼労働組合(USW)に加入しているのに対して、電炉で働く従業員、労働者は、組合に組織されていない、としている。

 Nippon Steel は約定によって、我々の最終製品、生産物が、原料の鉄鉱石や石炭が米国内で採鉱され、溶解され、作り続けられる。 U.S. Steel の米国にある生産設備を永久に止めない。また、スラブとしての半製品、粗鋼は輸入しない。 加えて、外国との取引において、U.S. Steel の利益になるように行動し、不公正な取引から我社を守る。 また、我社は、Nippon Steel の立場に配慮することなく自社の議決に従って行動できるであろう。これこそが、我社従業員と我が国が望むべき未来である。これがNippon Steel が提供する未来であり、それなくしては、実現できない将来である。
 U.S. Steel は、我社の union-represented facilities に投資する資源/資金を持っていない。Nippon Steel との取引がなければ、我社は、以前に描いた方針に立ち戻るであろう。それは、組合化されていない設備に集中的に効率化投資をすることを含んでいる。
 皮肉なことに、この買収商談を妨害することは、鉄鋼労働者組合のトップリーダーとBiden政権の両方が、救いたいと振舞っている設備や雇用の衰退へと導くであろうし、100年以上続いている鉄の町:Pittsburgh の終焉に近づけるであろう。さらにこの妨害は、米国鉄鋼産業から世界の舞台でよりよく競争する機会を奪うであろう。

 我々は、計り知れない重圧の下で産業界を運営している — 我々の操業をより友好的風潮にする要望と中国鉄製品の容赦ない大量供給の重圧の下で。 これらの課題は、大胆かつ戦略的決断を必要とする。このことは、何故にU.S. Steel が革新的で低コスト、低カーボンの製造技術を追求し、より持続的で競争力ある将来への道を目指す理由である。 この道は、我々に魅力的目標を獲得させるものであり、我々の主な競争相手の Cleveland-Cliff が、昨年、我社の買収活動を始めた時に、我社の取締役会は、代案も含めて再審議して、いかなる取締役会も、そうしたであろうように、Nippon Steel の$ 14.9 billion (約2兆2,350億円)の買収提案を受け入れる決断をしたのである。

 我々の中国の競争相手は、この買収商談を注意深くながめていて、むしろ失敗することを望んでいる。この商談で我社の従業員/労働者の仕事はより確実に保証され、顧客は、よりよいサービスを受けられ、さらに、世界マーケットにおける中国鉄鋼生産の優位は弱まるであろう。 もし、この取引が成就しなければ、U.S. Steel はさらに弱体化するであろう。しかし我々は、それを起こしてはならない。 Nippon Steel と U.S. Steel は、この取引を完成させて、米国の鉄鋼生産のより強化された将来を確保する準備ができている。

                        [完]  (訳: 芋森)  

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【投稿】“歴史の教訓に学ばぬ”「エネルギー基本計画」改定案という作文

【投稿】“歴史の教訓に学ばぬ”「エネルギー基本計画」改定案という作文

                           福井 杉本達也

経済産業省は2024年12月17日に、新しいエネルギー基本計画の原案を示した。2040年度の発電量に占める原子力発電の割合を2割程度とし、再生可能エネルギーは4~5割程度に上げる。生成AI(人工知能)の普及による電力需要への対応と脱炭素の両立を図るために、原発を再生エネとともに「最大限活用」するという。さらに問題なのは、東日本太震災の大被害を受けて、原発を制限しようとしていた動きを大きく変えようとしている。原案ではこれまでエネルギー基本計画にうたわれていた「可挺な限り原発依存度を低減する」との文言を削除した。生成AIなどによるデーターセンターや半導体工場の新設による電力需要の大幅な増加により、2040年度には今日の発電電力量よりも1~2割程度多くなると見込み(大風呂敷を拡げ)、そのため、古くなった原発の建て替えを進め、次世代革新炉も建設するというのである(日経:2024.12.18)。

2 歴史から教訓を学ばぬ者は、過ちを繰り返して滅びる
2011年3月11日、福島第一原発は人類史上最悪レベルの原発事故を引き起こし、東日本が滅亡の危機に直面したが、幸いにも奇跡が重なり、東日本の滅亡は免れた。しかし、放出された放射性物質による被曝線量が年1ミリシーベルト以上の地域は、8都県で約1万3千平方キロ(日本の面積の約3%)に及んだ(朝日:2011.10.11)。原発事故を引き起こした原因は地震と津波であるが、日本の原発は巨大地震に耐える設計で建造されていない。しかも、2010年には巨大津波によって福島原発が壊滅的な打撃を受けることが予想され、対策が提言されていたにもかかわらず、東電は何の対策も講じなかった。
『原発を止めた裁判官』・樋口英明氏は、(1)原発事故のもたらす被害は極めて甚大、(2)それゆえに原発には高度の安全性が求められる、(3)地震大国日本において原発に高度の安全性があるということは、原発に高度の耐震性があるということにほかならない、(4)わが国の原発の耐震性は極めて低い、(5)よって、原発の運転は許されないと単純明快に述べている。「歴史から教訓を学ばぬ者は、過ちを繰り返して滅びる」。いま日本は滅びる寸前にある(植草一秀2024.12.22)。しかも、世界のすべての国に取り返しのつかない損害を与えながら。

3 AIによる電力需要という欺瞞
AIが電力需要の1~2割を占めるようになるというなら、そのような産業は存続できない。AIが電力需要が大幅に削減するとか、発電にかかる経費を大幅に下げることができるというなら、産業としての意味はあるが、単にエネルギー需要を増加させるというならば産業としての存続する意味はない。
AIのデーターセンターは膨大な電力を消費する。IEAは2026年の世界の電力消費量がAIの普及などを受けて、2022年の2倍に膨らむと試算する。日本でも、電力中央研究所は2021年に9240億キロワット時だった日本の電力消費は2050年に最大で37%増えると予想する。生成AIは大量のデータを学習しながら文章や画像を自動的に作るが、そのため膨大なデータ計算が必要である。AIのディープラーニングでは、大量のデータを機械に読み込ませることで、機械が自らそのデータから規則性や特徴を導き出し学習する。この際、CPU (Central Processing Unit:中央演算処理装置)よりはるかに高い演算性能をもつGPU(Graphics Processing Unit:画像処理演算装置)サーバーは、比較的安価にディープラーニングを実行できる。しかし、膨大なデータのほとんどはゴミである。AIはそのゴミの中から膨大な計算処理によって目的物を探し出す。その処理をGPUサーバーが行うが、この情報処理はエントロピーの増大であり、情報というエントロピーは熱エネルギーという物理的な形態で増加したエントロピーをコンピューターから外部に排出することによって,内部を低エントロピー状態に持っていく。したがって、データーセンターの電力消費のほとんどは、この空調や水冷などの冷却工程に使われる。
工業生産を支える本質的な技術はエネルギー供給技術である。算出エネルギー量/投入エネルギー量=エネルギー算出比>1.0 つまり、投入エネルギー量より算出エネルギー量が大きいことが条件である。(参照:近藤邦明HP:「工業化社会システムの脱炭素化は不可能」2021.3.25)AIはデープランニングによって、省エネや生産性の向上に寄与するかもしれないが、とても、その投入電力消費量に見合うだけの算出エネルギーを生み出す(省エネを含めて)とは思えない。データセンターが増えれば増えるほど、生産力が落ちると考えられる。経産省官僚のAIによる電力消費量の増加という理屈付けは、物理的にも技術的にも経済的にも全く整合性のとれない作文にすぎない。

4 GXという欺瞞
2023年にグリーントランスフォーメーション(GX)実現に向けた基本方針を閣議決定したが、原発は発電時に温暖化ガスを排出しない脱炭素電源であると主張している。50年の温暖化ガス排出実質ゼロの達成に向け、原発と再生エネを最大限活用する。政府は、原子力の2割程度の目標達成には、国内に現存する36基の原発ほぼすべてに相当する稼働が欠かせないとみる。さらには、廃炉原発の建て替えや再稼働を推進とする(日経:同上)。
原発はゼロエミッションだというが、それは発電時に二酸化炭素を排出しないというだけであり、建設時や維持管理には膨大な二酸化炭素を排出している。また、放射性廃棄物も、セシウム137の半減期は30年であり、30年たたないと半分にはならない。100年たっても1/10は残る。プルトニウム239の半減期は2万4千年で安全な水準には10万年以上かかる。その間、放射性廃棄物を管理するために膨大な石油・天然ガス・石炭などの化石エネルギーが投入されねばならない。10万年後に人類が生存しているかどうかもわからない。
政府・経団連など、日本の支配層はまともに原発の危険性について考えようとしていない。ばかげた「エネルギー基本計画」という作文から目を覚まさねばならない。

カテゴリー: 原発・原子力, 杉本執筆 | コメントする

【投稿】移民排除:トランプ陣営、亀裂拡大--経済危機論(153)

<<「H-1B」問題の浮上>>
1/20に米トランプ次期大統領の新政権発足が控えているにもかかわらず、政権与党・共和党内部、そしてトランプ再選の原動力となってきたMAGA運動(Make America Great Again・アメリカを再び偉大に)内部の亀裂が露呈し、対立が先鋭化し始めている。
きっかけは、移民排除をめぐる外国人労働者問題の浮上である。対立の発端は「H-1B」ビザプログラムである。このビザは、大卒資格を必要とする専門職を対象とし、最大6年間の滞在を許可する、外国人材の就労ビザであるが、大手独占企業とハイテク企業が、差別的な低賃金労働を確保する手段として徹底的に利用し、多大な利益を享受してきたことにある。
 このビザについて、経済政策研究所(EPI)は報告書(April 11, 2023)で、H-1Bビザは「米国労働者の賃金や労働条件に悪影響を与えることなく、熟練職種における真の労働力不足を補う」ために使用されていない実態を明らかにし、「テクノロジー企業やアウトソーシング企業は、大量解雇の時期にH-1Bビザプログラムを悪用し続けている。上位30社のH-1B雇用主は、2022年に34,000人の新規H-1B労働者を雇用し、2022年と2023年初頭に少なくとも85,000人の労働者を解雇した。」ことを明らかにし、「このプログラムを支配している残りの企業は、熟練した移民労働者に低賃金を支払い、米国の仕事を海外に移転することでこのプログラムを悪用するアウトソーシングビジネスモデルを採用している」現状を厳しく警告している。
しかも、雇用主はH-1B労働者に市場価格よりはるかに低い賃金で労働者を雇用し、なおかつ雇用主がビザを管理しているため、転職を事実上制限し、劣悪な労働条件を長期にわたって強制することによって、膨大な超過利潤を懐に入れてきたのである。

そして現在、インドの報告によると、2023年には約69,000人の低技能、中技能、高技能のインド人がH-1Bビザを承認され、さらに210,000人がビザの3年間延長を受けている。さらに少なくとも60万件のインド人H-1Bビザについて、イーロン・マスク氏にグリーンカード取得の支援を求めている、と言う。

こうした横行するH-1Bビザ乱用のその最大の受益者の一人が、トランプ氏に代わる「影の大統領」と言われるイーロン・マスク氏である。トランプの再選活動に2億5千万ドル以上もの資金を投じた世界一の富豪イーロン・マスク氏にとっては、「就労ビザ制度がなければ、ビジネス界(あるいは現在の政府)で現在の地位にまで上り詰めることはなかった」と自ら述べている。

対して、トランプ氏のMAGA運動の支持者たちは、このプログラムこそが米国の雇用を奪っていると主張し出したのである。

<<トランプ氏の寝返り・裏切り>>
 そしてトランプ氏自身も、前回大統領選に際し、2013年の声明で「私はH-1Bビザの使用を永久にやめ、アメリカ人労働者の雇用を絶対的に義務付ける。例外はない。」と断言し、「H-1Bプログラムは高度技能でも移民でもありません。これらは海外から輸入された一時的な外国人労働者であり、アメリカ人労働者の代わりを低賃金でするという明確な目的があります。私は、横行するH-1Bビザの乱用をなくし、フロリダのディズニーでアメリカ人が外国人の代わりを訓練することを余儀なくされたようなとんでもない慣行を終わらせることに全力で取り組んでいます。私は、H-1Bビザを安価な労働力として利用することを永久にやめ、すべてのビザおよび移民プログラムにおいて、アメリカ人労働者をまず雇用するという絶対的な要件を制定します。例外はありません。」と公言していたのである。

 ところが今回、トランプ氏は、何と、イーロン・マスク氏に同調し、高度な技能を持つ労働者の移民ビザを支持すると述べ、「私は所有する不動産に多くのH-1Bビザを持っています。私はH-1Bの信奉者です。何度も利用してきました。素晴らしいプログラムです。」と一転、宗旨替え。完全な寝返り・裏切りである。「H-1Bビザの使用を永久にやめ、例外はない。」と断言していたことに対して、いくばくかの弁明も釈明もまったくなし、この人物のいい加減さを臆面もなくさらけ出している。
いずれにしても、テクノロジー界の大物でフェイスブック創設者のマーク・ザッカーバーグ氏やアマゾン創設者のジェフ・ベゾス氏が、過去にトランプ氏に批判的だったにもかかわらず、屈服し、それぞれ100万ドルをトランプ氏の就任式に寄付しており、こうしたハイテク業界の大物たちが次々とフロリダ州にあるトランプ氏のマール・アー・ラーゴ・クラブを訪れ、直接会って多額の献金をし、トランプ氏はこれを大歓迎、有権者に約束した政策を放棄し、H-1Bビザで利益を得ているこれら大資本・富裕層の側に立っている ことには、以前と全く同様、変わりはない、それが現実である。しかし、この変節・裏切りは、広範な政治的・経済的危機をもたらすであろうことも確実である。

<<「卑劣な愚か者」vs.「幼児だ」>>
マスク氏は、X(旧Twitter)のコメントで、「スペースX、テスラ、そしてアメリカを強くした何百もの企業を築いた多くの重要な人々とともに私がアメリカにいるのは、H1Bビザのおかげです。」と自慢し、「H-1Bビザの使用を永久にやめろ」などと叫ぶのは、「一歩下がって、自分の顔にクソにしてしまえ」(“Take a big step back and f**k yourself in the face,” )「くたばれ」とまでののしり、「この問題について、あなた方には到底理解できないような戦いを挑みます」と宣戦布告している。
マスク氏はさらに強硬姿勢を見せ、移民とテクノロジー業界を非難し続けているMAGA支持者は「卑劣な愚か者」だと述べ、「彼らを排除しなければ共和党は間違いなく没落する」と述べている。

 対して、MAGA運動を支援、主導してきたスティーブ・バノン氏は、イーロン・マスクについて「この男は政府の契約と納税者の補助金で暮らしている…あなたはアメリカ人ですらない、ただのグローバリストだ。アドルフ・ヒトラーから小切手を受け取るつもりだ」と切って捨て、イーロン・マスクを「幼児」と酷評している

そして、移民やH-1Bビザに関するマスク氏の見解を批判した複数の著名なアカウントがプレミアム機能にアクセスできなくなり、保守派、極右陣営から「マスク氏は検閲の疑いがある、報復的な検閲に他ならない。」「我々はHB1ビザに反対を表明したのに、@elonmuskが意図的に我々を締め出したようだ。これがアメリカで最も「自由な」ソーシャルメディアプラットフォームの新たな現状なのか?」と非難される事態である。
慌てたマスク氏は、「このプラットフォームに、もう少しポジティブで美しい、または有益なコンテンツを投稿してください。」と弁明している。

こうした事態の進行は、まさに次期トランプ政権の政治的・経済的危機の顕在化である、と言えよう。
(生駒」敬)

カテゴリー: 政治, 生駒 敬, 経済, 経済危機論 | コメントする

【投稿】トランプ次期政権の失速と破綻--経済危機論(152)

<<「影の大統領」イーロン・マスク>>
米大統領選に勝利して7週間、1月の大統領就任までは、そして就任後しばらくは、いわば「蜜月期間」であるはずであったが、トランプ氏自身の行動によって、蜜月も台無しと化している。
12/21、米議会両院は政府資金を3月14日まで延長する土壇場の資金パッケージを可決したのであるが、トランプ氏は、連邦政府を今後3か月間維持するための最新の法案で共和党を統一することができず、実に下院共和党議員38人が法案に反対票を投じたのである。トランプ氏は、次期政権にとっても足かせとなりかねない債務上限の撤廃を「アメリカ第一のアジェンダに不可欠」と強調したにもかかわらず、公然と反対票を投じられる事態に追い込まれたのである。ポリティコ紙は「共和党、トランプ氏に逆らう」と表現している。

ことここに至る前段階で、トランプ氏最大の支援者イーロン・マスク氏は、下院共和党ジョンソン議長が当初提案した超党派の下院支出法案について「可決されるべきではない」と宣言し、法案を廃案にするよう圧力をかけ、旧ツィッターXで2億人を超えるフォロワーに、議員に反対票を投じるよう呼びかけ、賛成票を投じた共和党員は2年以内に議席を失うことになるだろうと警告、脅し、廃案に追い込んだのである(12/18)。混乱と混迷の末、12/21早朝、下院と上院は支出計画の別のバージョンを可決したのであった。しかしそれは、債務上限の延長または廃止というトランプ氏の要求を含まないものであった。
 トランプ氏がマスク氏に振り回され、二番手として振舞っている、マスク氏は「影の大統領」のように振舞っており、年老いて疲れ果てたトランプ氏を「鼻先で」操っているとまで揶揄される事態の出現である。
次期トランプ政権が大幅な財政赤字の拡大を提案したとき、たとえ2人でも反対に回れば、トランプ氏が公約に掲げたチップ課税なし、社会保障課税なし、残業課税なしなど、4兆ドルにも及ぶ減税法案の成立は見通せない事態の出現である。

12/22、慌てたトランプ氏はMAGA支持者への演説で、「私が言えるのは、彼(マスク氏)が大統領になることはないということだ」と主張し、「そして私は安全だ。なぜか分かるか? 彼は大統領になれない。彼はこの国で生まれていないからだ」と発言(マスク氏は南アフリカ出身)、この発言が拡散、「これではマスク氏が次期大統領であることが確認される」、「これはJD・ヴァンス(次期副大統領)にとって非常に侮辱的である」と、さらなる逆効果の事態である。
トランプ氏に反対する現職および元共和党員のグループ、リンカーン・プロジェクトは、「歴史上、大統領に選ばれた人物がこんなことを言わなければならなかったことはなかった」と述べ、「トランプ 彼は弱い」と断じている。

<<トランプ次期政権がすでに経済を破綻させている兆候>>
トランプ氏は、次期政権の経済政策の最重要課題として、大幅な金利引き下げを米中銀・FRBに実行させることに焦点を当てている。ところが、FRBのパウエル議長は、12/18、金利を0.25ポイント引き下げたが、「インフレをめぐる不確実性」から、来年の利下げは市場の予想よりもはるかに控えめになると示唆する声明を発表した。これも、いわばトランプ氏に忠誠を誓うものではなく、トランプ氏にとっては予想外であった。この声明を受けて、ダウ工業株30種平均は1123ポイント下落し、終値は1日の安値付近で、10日連続の下落となった。ウォール街のメガバンクは、この日大きな下落を見せ、モルガン・スタンレーは5.25%下落。ゴールドマン・サックスは4.25%下落、シティグループは4.22%下落、バンク・オブ・アメリカは3.44%下落、JPモルガン・チェースは終値で3.35%下落した。(パウエル議長がトランプ次期大統領に大胆なメッセージ

 トランプ氏が、あらゆる輸入品に高関税を課すと脅し続けていることから、引き続くインフレを予測し、FRBは将来の利下げを控えたのだとも言えよう。実際、トランプ氏は「私はEUに対し、米国との莫大な赤字を米国の石油とガスの大量購入で埋め合わせなければならないと伝えた。さもなければ、関税一辺倒だ!」と発言している。

さらにパウエル氏は、記者会見で、トランプ氏が仮想通貨の大口寄付者に対してビットコイン戦略準備金を創設するという約束にFRBが関与するだろうという見方を全面否定し、「我々はビットコインを所有することは許されていない」と述べ、「FRBの法律変更は求めていない」と断言したのである。この発言により、ビットコインは急落に見舞われる。
当然、トランプとパウエルの対決が準備されている、と言えよう。

すでに全米製造業協会は、大統領選後の調査で、2025年の設備投資はわずか1.6%しか伸びないと予測している。バイデン政権の破滅的とされる経済政策の下で、たとえまやかしといえども3%以上だった国内総生産(GDP)成長率は、すでにトランプ政権下では来年2.7%に低下すると予測されている。経済収縮にもかかわらずインフレが進行するスタグフレーションの深化である。
 公式統計をまとめているウェブサイト「トレーディング・エコノミクス」によると、名目賃金の伸びは10月の5.6%から、2025年第1四半期、第2四半期、第3四半期にはそれぞれ4.7%、3.5%、2.5%に低下する。実質賃金は来年伸びなくなるか、下がり始める、トランプ政権の下での実質賃金の低下である。潤うのは富裕層のみ、さらに貧富の差が拡大することが確実視さる兆候である。
まさに、「トランプ大統領が経済を破綻させている兆候はすでに現れている」と言う現実である。(newrepublic.com December 23, 2024)

<<トランプ「帝国主義」の併合希望リスト>>
10/21、トランプ氏は、通行料が高いためパナマ運河の早急な返還を求めると述べ、運河は「他者の利益のために与えられたのではなく、単に私たちとパナマへの協力の証として与えられたものだ。この寛大な寄付の道徳的および法的原則が守られない場合、私たちはパナマ運河を全額、そして疑問の余地なく私たちに返還するよう要求する。」とパナマ運河の奪還を宣言した。イーロン・マスク氏はこの発言を大歓迎、「2025年は素晴らしい年になるだろう2025年は素晴らしい年になるだろう」と応じ、その後、トランプ氏は、運河の名前を「米国運河へようこそ」と変更して応じる軽率さである。
ただちにパナマのホセ・ラウル・ムリーノ大統領は、同国の主権は交渉の余地がなく、1977年の条約に基づきパナマ運河は完全にパナマのものであると、トランプ氏の要求を拒絶した。隣国コロンビアのグスタボ・ペトロ大統領は、「私はパナマの側に立ち、その主権を守るつもりだ…もし米国の新政権がビジネスについて話し合いたいなら、我々は直接会って、国民のためにビジネスについて話し合うが、名誉と尊厳については決して交渉しない」とペトロ氏はXで語り、トランプ氏の発言は地域の安定に対する侮辱だと断言している。

さらにトランプ氏は、12/22、グリーンランド獲得の夢を再び持ち出し、購入は「世界中の国家安全保障と自由」に必要不可欠だと位置付け、これまたイーロン・マスク氏はソーシャルメディアで「おめでとう!アメリカがグリーンランドを獲得できるよう支援してください」とツイートしている。

グリーンランドの首相であるミュート・ブールップ・エゲデ氏は、グリーンランドは「決して売りに出されることはない」、「私たちは売り物ではないし、これからも売り物にはならない。自由を求める長い闘いに負けてはならない」と断固たる拒否のメッセージを発している。

トランプ氏はまた、12/18の投稿で、カナダの首相を「知事」と呼び、「多くのカナダ人がカナダが51番目の州になることを望んでいます。税金と軍事的保護を大幅に節約できます。素晴らしいアイデアだと思います。51番目の州!!!」と宣言している。
さらに加えて、トランプ氏は、米国はメキシコに年間3000億ドルの「補助金」を出していると主張し、「補助金を出すなら、州にしましょう」とまで述べている。トランプ氏と政権移行チームの幹部は、「メキシコをどの程度侵略すべきか」という問題も検討しているとまで報じられている。

いずれも「冗談か」と思われる軽率な発言であるが、トランプ「帝国主義」の併合希望リストとしては、切実な帝国主義的願望を反映していると言えよう。放置されてはならないし、徹底的に孤立化させること、平和と緊張緩和の流れを形成させることこそが要請されている。
(生駒 敬)

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【投稿】韓国戒厳令と尹大統領の弾劾―そして属国日本は

【投稿】韓国戒厳令と尹大統領の弾劾―そして属国日本は

                            福井 杉本達也

1 韓国戒厳令

尹錫悦大統領が、12月3日夜に非常戒厳を宣言し、6時間後に解除した。尹大統領は、「共に民主党の立法独裁は、大韓民国の憲政秩序を踏みにじり内乱をたくらむ自明な反国家行為」だとしたうえで、「破廉恥な従北反国家勢力を一挙に清算し、自由憲政秩序を守るため、非常戒厳を宣言する」と主張した。空挺部隊が国会に進入し、市民と対立する一触即発の状況が生じたが、国会は翌4日1時に在籍議員の過半数の賛成で戒厳解除決議案を議決し、尹大統領は午前4時30分頃、戒厳を解除すると発表した。軍が国会の決定を尊重したことで、平和裏に事態を収束させたが、危うく1980年5月18日の光州事件の再来・流血事件に至るところであった(「ハンギョレ」社説:2024.12.4)。

2 米国が命じた戒厳令

マクレガー退役大佐は「私たちは韓国を真の主権国家として扱っているわけではなく、それは私たちが半島全体の軍事的支配を事実上有する特定の協定を結んでいる」と述べている(Douglas Macgregor  youtube 2024.12.5)。

KJ NOHは「米国防省は、戒厳令が事前に通知されていたかどうかについてコメントすることを拒否している。しかし、彼らが知らなかったことは事実上不可能です。韓国でのこれまでの全てのクーデターは、アメリカによって承認されている。これは、アメリカが、韓国の全ての軍隊を事実上支配しているからだ。韓国軍は、在韓米軍の将軍が率いる統合司令部であるCFC(米韓連合軍Combined Forces Command)/UNC(国連軍United Nations Command)司令部に報告します。アメリカはまた、『戦時』のオペレーション・コントロールを維持している(つまり、いつでも好きなときに作戦をコントロールできる)。すべての軍隊の動きは、軍隊、武器、監視、武器が警戒態勢で溢れている密集した軍事領土地域での友軍の砲撃事件を避けるため以外にないとしても、米国に報告され、調整されなければならない。そして、SK特殊部隊(Special Operations Command, Korea)は、国会の部隊と同様、どの軍隊よりもアメリカと最も緊密に統合されており、アメリカとホスト国の特殊戦部隊が一つの組織に統合されている世界で唯一のアメリカ特殊作戦司令部だ。」、「朝鮮半島は地球上で最も厳重に監視されている場所であり、陸地と空域の隅々まで監視されています。国会に兵士を運ぶヘリコプターが、航空輸送許可を得るのが遅れたのは、その地域が航空飛行が最も厳しく制限された地域の1つであるためだと推測されています。その空域の監視と制御は、おそらく直接報告され、米軍司令部と調整されている」と書いている。(KJ NOH 「PEARLS AND IRRITATIONS JOURNAL LIMITED」2024.12.14)

また、マグレガー退役大佐は「尹大統領は事実上、CIAによって選ばれた人物でした。彼は韓国では植民地の手先として広く認識されています。彼は、選挙から数年後、今や自分の党が今後の選挙で勝つ可能性がないことを認識しています。現在、彼の党は「国民の力党」と呼ばれています。それ以前は「自由韓国党」でしたが、いくつかの名前を持ち、実質的にはアメリカが韓国半島で政治的な出来事を操作するための仮面に過ぎません。」と述べている(マクレガー退役大佐:上記)。

奇妙なことに、日本のマスコミは在韓米軍司令部の動きについては全く触れていない。「3日午後11時48分頃、戒厳兵約280人が国会にヘリで投入 された。第1陣を乗せたヘリ3機が国会裏の運動場に次々と着陸した。」(読売:2024.12.14)という記事があるが、このような行為は、在韓米軍・国連軍統合司令部の承認がなければ行うことは不可能であり、むしろ、バイデン政権が尹氏に戒厳令を命じたというのが正解ではないか。

3 北朝鮮軍のウクライナ派兵という大嘘

トランプ氏の米大統領選での優勢が伝えられるようになった10月下旬からキエフ発の共同通信の情報として「ロシア東部の演習場で訓練を終了した北朝鮮兵約2千人が、ウクライナ国境に近いロシア西部に向けて列車などで移動していることが24日分かった。ウクライナ軍筋が共同通信に明らかにした。」とし、また「カービ米大統領補佐官は23日の記者会見で、北朝鮮兵らが東部元山付近から船でロシア極東ウラジオストクに移動したと指摘した。」と報道している(福井新聞:2024.10.25)。その後も、日本のマスコミは、韓国国家情報院が11月13日に「北朝鮮兵がロシア西部のクルスク州でロシア軍の戦闘作戦に参加していると初めて認めた。1万人以上の北朝鮮兵がウクライナとの交戦に本格的に加わったとみられる。」(日経:ソウル+ワシントン支局 2024.11.14)との米韓合同合作の情報を垂れ流し、最近の12月14日の報道ではウクライナのゼレンスキー大統領はロシア西部クルスク州で「かなりの数の北朝鮮兵をロシアが戦闘に使い始めている」・北朝鮮兵の損失は「すでに顕著になっている」と書いている(日経:2024.12.16)。しかし、肝心の北朝鮮もロシアもこれらの報道を認めてはいない。ロシアのネベンジャ国連⼤使は「⻄側諸国が北朝鮮軍の露派遣疑惑を理由に安保理会合を招集することで、NATO諸国が⾮公式に⾃国の軍⼈らをウクライナに派遣していることを正当化しようとしていると批判した。」(Sputnik日本:2024.11.1)。

また、これに関連し、マクレガー退役大佐は、尹大統領は「『ウクライナで北朝鮮の兵士が戦っている』との主張しました。しかし、それは完全な嘘です。北朝鮮兵が戦っているというのは単なる大嘘です。しかし、彼と彼の情報機関は、北朝鮮の兵士がロシア側で戦っているので、韓国人もウクライナ側で戦うべきだと主張しました。しかし、これは国民に受け入れられませんでした。ほとんどの韓国人は、北朝鮮兵がそこにいるとは信じていませんが、彼らがいるかどうかに関わらず、韓国人は戦いたくないと考えました。」と述べている(Douglas Macgregor上記:youtube)。戒厳令はかなり以前から計画されていたのではないか。しかも、米国主導で。

4 いわゆる「陰謀論」

尹大統領の弾劾が可決された翌日の日経は、12月15日付けで「民主主義揺らす陰謀論」と題しで、尹大統領は「総選挙で野党が大勝した背景に、北朝鮮の影響を受けた勢力による不正があった」と主張」しているが、「一部の保守系ユーチューバーや極右団体が盛んに訴えている内容に近い」「こうした状況から『尹氏が陰謀論に毒されている』との見方が広がる」。SNSで「韓国や米国では偏った主張が支持される傾向が顕著となり、妥協によって利害対立を解決する民主主義の機能が働きにくくなっている」と書いている(日経:2024.12.15)。

誰に命令されて尹大統領が戒厳令を発したのかを明らかにしないために「陰謀論」がもてはやされている。これは、在韓米軍の動きと米国バイデン政権の動きを見ない・隠したいことから起こっている。

来年1月20日にはトランプが大統領に復帰する。2018年6月にシンガポールで行われた初の米朝首脳会談に続き、2019年2月にはベトナム・ハノイで第2回首脳会談が行われた。同年6月にトランプは韓国を訪れ、板門店で3回目の米朝首脳会談を行った。この際、トランプは板門店の南北軍事境界線を歩いて越え、北朝鮮側に足を踏み入れたが、残念ながら軍産複合体の強い圧力もあり、第1次のトランプ政権では朝鮮半島の緊張緩和にはつながらなかった。軍産複合体をバックとするバイデン政権は北朝鮮への挑発を強めた。第2次政権で軍産複合体の圧力に屈せず「朝鮮戦争の終戦」となるならば、在韓米軍は撤退し、在日米軍の必要性もなくなる。それは、ウクライナ戦争でロシアの弱体化に失敗し、完全に敗北した米軍産複合体にとっては、その存在自体を否定される最悪の悪夢である。バイデン政権の残任期間は残り1カ月に過ぎない。その短い期間に、何としても韓国を中国・ロシアとの戦争の最前線地帯に作り替える必要に迫られていた。

5 日本への影響

12月15日の日経は尹大統領の弾劾決議案が可決されたことを受け、「日韓外交は事実上の停止状態に陥る。首脳間の意思疎通をテコに関係改善に動いてきたが厳しい状況に後戻りする」と書いたが、その前日、弾劾決議案を通過させるため、第1回目の弾劾案の結論部分の「価値外交という美名のもとで地政学的バランスを度外視し、朝中露を敵対視し、日本中心の奇異な外交政策に固執し、東北アジアにおいて孤立を招き、戦争の危機を触発した」などと記されていたが、その記述をわざわざ削除し、戒厳令の憲法違反と内乱罪のみを焦点とし、与党も賛成しやすい内容とした(毎日:2024.12.14)。いかに日本との外交関係が韓国にとっても(また日本にとっても)売国的な政策であるかを明らかにしている。それを主導した尹大統領も岸田前首相も売国的な政治家である。この売国政策で日韓両国を強制的に結びつけたのがバイデン政権であり、軍産複合体の利益のために「彼が米国の対中国戦争計画の油まわす米国の地政戦略の従順な執行者だったからであり、米国の世界覇権を維持するという重要な課題において、実際、米国の深い支持」を受けていたからである(KJ NOH上記 2024.12.14)。「朝鮮戦争の終戦」に反対すること・極東における緊張を煽ることこそ日本政府=与党自民党の立場(対米従属・売国の)を守ることであり、もし、「朝鮮戦争の終戦」となるならば、在韓米軍は撤退し、在日米軍の必要性もなくなり、戦後の日本の国体としての対米従属も崩壊せざるを得ない。そのとき、日本は初めて(韓国も)自主的な外交が可能となる。

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【投稿】中東危機:米・イスラエル、イラン核施設攻撃へのエスカレート

<<「2つの選択肢」>>
12/12、米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)によると、ドナルド・トランプ政権移行チームでは、イランの核施設への攻撃が真剣に検討されている、と言う。たとえ、イランが核兵器を製造しようとしている証拠がなくても、イランの核エネルギーインフラを攻撃するという脅しである。

「核施設に対する軍事攻撃の選択肢は、現在、政権移行チームの一部メンバーによってより真剣に検討されている」とWSJは説明し、「イランの地域的立場の弱体化と、テヘランの核開発の急成長に関する最近の暴露により、デリケートな内部協議が加速している、と政権移行関係者は述べた。」と報じている

そしてイスラエルでも、同様の議論が行われている。 やはり12/12、「イスラエル国防軍は、中東におけるイラン代理グループの弱体化とシリアのアサド政権の劇的な崩壊を受けて、イランの核施設を攻撃する機会があると考えている」と

タイムズ・オブ・イスラエル紙は報じ、さらに「イスラエル空軍は、イランにおけるそのような潜在的攻撃に対する準備を強化し続けている」と強調している。

WSJによると、トランプ次期大統領とイスラエルのネタニヤフ首相は最近、イラン攻撃の可能性について話し合い、「トランプ氏は最近の電話会談で、自分の任期中にイランの核開発が勃発することを懸念しているとネタニヤフ氏に伝え」、2つの選択肢を検討、1つ目は、中東における米軍のプレゼンスを強化しつつ、イスラエルに米国の支援なしにイランの核施設を破壊する能力を与えること。もう一つは、交渉の場でテヘランに譲歩を強いるために米国が脅しをかけることである。

トランプ氏にとって、それは「次期大統領は、新たな戦争、特に米軍を巻き込む可能性のある戦争を起こさない計画を望んでいる」というポーズの必要性からの要請である、と言えよう。

<<「イラン爆撃の機会到来」>>
米国の諜報機関CIAや、米国防総省、国際原子力機関IAEAはいずれも、イランが現段階において核兵器を開発してはいないと確認しているにもかかわらず、この危険な動きである。

イランが、これまですでにフォルドゥのウラン濃縮施設で IAEA による監視強化を認めることに同意したと報じられており、イランはごく最近、ウランを60%レベルを超えて濃縮しないと約束しており、いずれにせよ、イランは、いかなる時点でも核兵器の製造を試みておらず、それが変化したという証拠は存在していない、のである。

しかし、米・イスラエルにとって事態は好都合に急展開しだしたのである。シリアのバッシャール・アル・アサド前大統領の政権の急速な崩壊と追放によって、イラン攻撃に対するシリア側の防壁が崩れ、イランが脆弱な状況に陥りつつあると見なしうる事態の出現である。

12/10、イスラエルのネタニヤフ首相は、イスラエルによるシリアのゴラン高原の占領は永久に続くと宣言したが、これは、「国際法の明白な違反」行為である。国連は、「占領されたゴラン高原にイスラエルの法律、管轄権、行政を押し付けるというイスラエルの決定が違法であることを再確認する安全保障理事会決議497の完全な実施に引き続き尽力する」との声明を発表している。

しかしイスラエルは、国連決議など無視し、何十年にもわたって、どんな手段を使ってでもイランとの戦争を始めよう、米軍をそこに引きずり込もうとする野望、イラン爆撃の機会が到来したと判断し、攻撃開始の検討、具体化に着手しだしたのである。

 すでにイスラエルは、シリアで大規模な爆撃作戦を開始し、わずか48時間で480回もの攻撃を実施している。イスラエル軍は、旧政権の軍事資産を壊滅させ、残された装備の約80%を破壊したと公言している。事実上、イスラエルがシリアの制空権を掌握し、イランへの空爆が容易になる可能性を認めている。

米政権、現ブッシュ政権、次期トランプ政権、ともにネタニヤフ政権と一体の行動をこれまでも取ってきたことからすれば、危険極まりない事態の進展である。第三次世界大戦、核戦争への危険である。そうした事態をストップさせる、孤立させる、平和の力の結集こそが試されている。
(生駒 敬)

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