【投稿】繰り返される植民地支配美化論と村山内閣

【投稿】繰り返される植民地支配美化論と村山内閣

<<ほとほとあきれるその政治感覚>>
渡辺美智雄元外相が「日本は韓国を統治したが、日韓併合条約は円満に作られた国際的条約で、法律的には『植民地支配』にはあたらない」と発言して、「歴史も恥も知らぬ政治家」として国際的非難を浴び、陳謝したのは、つい5ヶ月ほど前の今年の6月のことである。
10月5日には、村山首相が国会答弁の中で「日韓併合条約は法的に有効に締結された」と発言し、韓国側の猛反発に驚き、首相見解表明で併合条約が「形式的には存在していたが、対等、平等な立場で結ばれた条約ではない」ことをあらためて確認したのが10月17日のことである。
そのさなかの10月11日に「日韓併合は強制的だったとする村山富市首相の発言は間違っている」として、村山内閣の閣僚である江藤隆美総務庁長官が、「日本の朝鮮植民地支配にもいいことをした」のであり、日韓併合条約は「強い国と弱い国、ほかに方法がないわけだから。心理的圧迫、政治的圧迫があって結ばざるをえない。あの時は自分の国が弱くてやられたときだから、仕方なかった」と発言したのである。

<<確信犯としてのオフレコ発言>>
江藤長官は、植民地支配と侵略的行為への反省を明瞭にした戦後50年国会決議に対して、「日本は侵略的行為も植民地支配のどちらもしていない」として反対し、欠席した「終戦50周年国会議員連盟」(奥野誠亮会長)の副会長である。彼は、報道陣を前に「メモを取るな」と前置きをした上でとうとうとまくしたてた確信犯なのである。「日本はいいこともした。全市町村に学校を作った。一挙に教育水準を上げた。まったく教育がなかったわけだから」などとでたらめ極まる発言をし、創氏改名についても「全部の国民に創氏改名をやらせたとは思えない」、「赤坂や六本木には韓国と中国人が多い。
韓国人が日本に来てあらゆる階層で活躍するようになった。あるいは日韓併合条約の効果だったかもしれない」と開き直り、あげくの果てに「日本人全体としては、あそこは植民地とは思っていなかっただろう。だから内地、外地と呼び、外地を内地の水準に高めようとした」のだと強弁したのである。「内地外地」発言自体がいまだに植民地意識を堅持している時代錯誤思想丸出しの人物である。

<<またもや一転して発言撤回、陳謝>>
こんな人物が、韓国外務省が11月8日に「報道内容が事実なら、衝撃と怒りを禁じ得ない」として抗議声明を発表し、日本政府に「適切な措置」をとるよう求めると、同日、手のひらを返したように、あれは記者団とのオフレコ発言にしかすぎず、不正確であり、誤解されているとして発言を撤回し、陳謝したのである。またもや過去のさまざまな反動的閣僚と同様に、それまでの勇ましい発言を「不適切な発言」、「配慮を欠いた発言」だったとして撤回、陳謝するあの悪しき伝統の繰り返しである。
江藤氏は、「(日韓併合条約については)合法的に締結された条約ではなかった。発表が一週間後で、軍隊を配置し強制的に結んだものだからだ」とこれまでとはまるで見解を一転させ、創氏改名についても「思い出をもとに話した」ものであって「法律で定めるのはもっての外だ」とすりかえ、さらに「村山首相が国会で、強制的に調印させその結果、植民地支配が行われ国民に多大な迷惑をかけたことを心から反省し謝罪すると言われたことを閣僚の一人として認める」と弁明し、閣僚を辞任するつもりのないことを明らかにした。地位にしがみつくあきれ果てた「確信犯」である。

<<「進退を問う」必要はないのか>>
問題はこれに対する政府・与党の対応である。自民党の山崎拓政調会長は「戦前の軍部の侵略的行為の反省に立った言動が(政治家に)要求されている」と述べ、発言は配慮に欠けたとの認識を示しながらも、「江藤氏は記者会見で(日韓併合条約をめぐる認識は)村山内閣の方針通りと言っており問題はない」と、閣僚としての進退を問う必要はないとの考えを示したのに対して、新党さきがけの田中秀征代表代行は「(江藤長官の)立場を考えれば軽率の印象は否めない。過去の植民地支配という歴史的事実は、その中でわが国の行ったすべての行為を超えた重い過ちだ」とするコメントを発表した。
ところが社会党は江藤発言を批判しながらも「(進退については)自民党が判断すること」として、首相を抱える政党としての責任を放棄しているのである。APEC首脳会議を間近に控えながら、河野外相の釈明のための訪韓も拒否され、韓国側があくまでも具体的な「適切な措置」を日本政府に求めていることが明らかにされてようやく久保書記長が江藤氏本人の辞任を期待する発言をした程度なのである。ここには現在の政府・与党の歴史認識ならびに国際感覚の欠如につらなる、社会党自身の問題も現れているといえよう。

<<日韓併合条約の「有効」性>>
問題は、10月5日の村山首相の国会答弁に象徴されているようである。共産党の吉岡議員が、植民地化が強制的に行われたがどうかを問題にした質問に対して、問われてもいないのに、日韓併合条約の有効性にまで言及し、「日韓併合条約は、当時の国際関係の歴史的事情のなかで、法的に有効に締結されたものと認識している」と発言したのである。これは官僚の作文を棒読みしたものであった。もちろん、それに引き続いて「深い反省と遺憾の意」を表明しているのであるが、ここには、こうした歴史認識と国際関係にかかわる重要な問題を、官僚が用意した作文、しかもきわめて意図的な作文をそのまま読んでしまうという政治的感覚の欠如が現れている。いくら「深い反省と遺憾の意」を表明しても済む問題ではなかったのである。
30年前に締結された1965年の日韓基本条約第2条では、日韓併合条約は「すでに無効」と表現されているが、韓国側は「初めから無効」との立場を取り、日本側は「今では無効」と解釈する両義解釈可能な条文となっていた。日本側からすれば、「併合条約はすでに無効」であるはずが、「法的には有効」な条約であったということによって、韓国側からの新たな賠償要求を阻止しようという外務官僚の稚拙な、しかし歴史認識を逆転させる反動的歴史観に寄与することになってしまったのである。その結果、村山首相は10月13日の再答弁でも、日韓併合条約は「すでに無効」と言えなくなってしまった。

<<「新しい条約」締結を求める決議案>>
こうした新たな事態の展開の中で、韓国の与野党議員106人は10月26日、1965年に結ばれた日韓基本条約を廃棄して新しい条約締結を求める決議案を国会へ提出することとなった。すでに韓国国会は10月16日、村山首相発言に抗議して、日韓併合条約が当初から無効であるとの決議を採択しており、その上に立って、決議案は「日韓基本条約は日本の戦争責任と、韓半島(朝鮮半島)を不法に強圧的に植民地化し、残忍な方法で支配した責任に免罪符を与えた韓国の屈辱的外交の標本である」とし、さらに「(新しい)基本条約では、過去に日本が犯した韓国に対する侵略と植民地支配への謝罪と反省の意が明らかにされ、日韓併合が根本的に最初から無効であることを明示しなければならない」と主張している。
韓国国会(定数299)の現議員数は290人で、決議案は与党・民自党35人、野党の新政治国民会議36人、民主党29人、自民連5人、無所属1人の与野党の計106人が共同提出している。李洪九首相は10月26日、日韓基本条約について「三十年間、日韓両国の支えとなった基本条約の見直しは考えていない」と語り、同条約の再締結交渉などを行う考えがないことを明らかにしているが、決議案提出で中心的な役割を果たした民主党の金元雄議員は「現在の情勢では決議案が採決されることは間違いない」と話している。

<<問われる政治哲学>>
村山首相は、これまでのどの政権よりも踏み込んで、過去の日本帝国主義の侵略行為と植民地支配について真摯な反省と謝罪の立場を明瞭にしてきたことは明らかである。
また社会党がこれまで一貫して、日韓併合条約は強制的に締結されたものであるとの立場を堅持してきたことも事実であろう。そのことは正確に評価する必要があろう。にもかかわらずこの時機に、その日韓併合条約は「法的には有効」であったという発言は、これまでの努力を水泡に帰し、「村山首相よおまえもか」とさせるものであった。
韓国の李仁済・京畿道知事は10月31日、村山首相と会談し、日韓併合条約をめぐる最近の首相発言を念頭に「両国関係の不幸な歴史に関する問題が出たため韓国民は心配している。『大衆に学ぶ』というのが首相の政治哲学と聞いており、指導力を発揮してほしい」と要請したと報道されている。
韓国の金泳三大統領は大阪で開かれるAPEC首脳会議出席のため11月17日から20日まで大阪を訪問し、19日の首脳会議を挟んで、18日にクリントン米大統領、村山首相と、20日にはバンハーン・タイ首相とそれぞれ首脳会談を行う予定である。今やこの日韓首脳会談の実現さえ危ぶまれているが、韓国の李首相が「APEC大阪会議前のこの時期、この問題が日本のリーダーや国民が歴史問題を考え直す契機になることを期待する」と語っていることを真剣に受け止める必要があるのではないだろうか。(生駒 敬)

【出典】 アサート No.216 1995年11月18日

カテゴリー: 政治, 歴史, 生駒 敬 | 【投稿】繰り返される植民地支配美化論と村山内閣 はコメントを受け付けていません

【投稿】リベラル新党への道

【投稿】リベラル新党への道
               —-政党も政治家も「変わらなきゃ!」—–

社会党の新党づくりが迷走を続けている。結党50年を祝うパーティーが開催されたが、国民の社会党への期待度はますます低下し、リベラル勢力の結集への指導性が問われている。果たして、リベラルの旗は上がるのか。社会党の新党つくりに期待していいものなのかどうか。

○既成政党の落日
社会党の新党づくりは、いっこうに進む気配がない。社会党といえば左右の対立が相変わらず激しく、国民にはなぜ対立しているのかが解らない。そもそも、共産党のような革命をめざす政党=前衛党志向が長い間強かった。社会党内の対立の軸はこの点にあったはずだ。「社会民主主義」という言葉が党の路線を表す言葉として登場したのはようやく90年になってからである。ソ連邦の崩壊、東西両陣営の対立が解消したにもかかわらず、いまだにこのような過去の清算がきちんとできないのは、社会主義の理念に日本の現実を合わそうという無理があった。「これからは日本の現実をどう変えたいと言う議論を国民と共に始めたい。国民の皆さん共に議論しましょう」となぜ言えないのか。国民と共に歩む政党としての原点が、もはや見失われたと言わざるを得ない。そんな政党を国民が支持するはずが無い。もはやみずからの出身者・OB、OGを送り出している労働組合、各種団体の支持を得るので精一杯であるという限定された利益代表政党の姿しか見てとれない。
社会党に限らず、なにごとも曖昧にしてしまい、責任を取ろうとしない姿勢に対して国民が既成政党批判を高めている。社会党の場合は、とくに典型的に現れているのだが、選挙の公約について、どれだけ実現できて、どれだけ実現できなかったのか。なぜ実現できなかったのかという情報提供ができていない。選挙公約を平気で破棄して、平然として次の選挙に別の公約を打ち出してくる。例えば、消費税は廃止すると言う公約はどうなったのか。89年の夏の参議院選挙で勝利した公約の目玉が、翌年2月の総選挙で実現不可能となった時にどうして国民と各県で対話集会を開催して、今後どうしていくのかを協議できなかったのか。また去年の7月に村山首相が「自衛隊は合憲。安保堅持。日の丸、君が代は国旗、国歌として定着」と答弁する前に、どうして国民と十分な議論をしなかったのか。このような公約軽視、すなわち国民軽視の姿勢では、とても新党づくりに成功できない。
社会党に限らないが、あまりにも政治家が、平気で公約を撤回したり、無節操な離合集散を繰り返すうちに、国民が反撃の機会を伺っていた。それが、今年の春の統一自治体選挙で東京都と大阪府で既成政党の相乗り官僚候補を落選させ、青島・ノック両無党派知事を誕生させたパワーである。公約を守るために苦悩した青島知事の姿こそ、政治家の原点である。55年体制が崩壊した今日、無党派の勝利から学ばねばならない教訓は多い。

○いでよ!わが街の「イチロー」
「変わらなきゃ!」は今年、大リーガーとして活躍した野茂と並んで、日本に明るい話題を提供したオリックス・ブルーウエーブのスーパースター、イチローの生み出した流行語である。流行語はその年のムードを象徴する言葉だが、この「変わらなきゃ!」は、現在の日本の各分野にわたって通用する標語としてもふさわしい。イチローのスピード感あふれるプレーが日本のプロ野球の新しいページを開いたように、各分野で元気の良いニューヒーローが登場して制度疲労に陥った旧体制を改革しなければ日本の未来は暗くなる。こつこつと父親と共に自分の打撃を確立していったイチローの努力のように、情熱をもって自分のめざす道をばく進する人間が必要だ。「一人でてきることには限りがある」と逃げをうって、時代に流される傾向がある日本人の中にも、自分の能力を開化させて、既存の慣習や権力をつぶしてでも未来を切り開くという、視野の広い人間が出てくることを信じたい。
たとえば宮崎はやお監督の映画で有名になった「柳川堀り割り物語」では、たったひとりの若い市の職員が、泥の川になり果てた堀り割りを蘇らせようと市長や地元住民を説き伏せ、みごとに住民参加の蘇生を実現した記録が描かれ、見るものを感動させずにはおかない。国政の改革といういきなり大きなテーマを考えるよりも、このように自らの足元の問題の解決と改革こそ、まず着手すべき課題ではないだろうか。子どもが通う学校を地域に開かれた学校にすることや、地域での福祉ボランティア、環境問題など足元に自分の関われる問題が何かあるはずである。週休二日制が浸透してきた時代に地域にどう関わるかが問われている。

○まずローカル・パーティーをめざして
阪神・淡路大震災にオウム真理教、銀行・信組の経営破綻と今年に入ってからのあいつぐ大事件のなかで、日本の官僚システムの問題点が全世界に浮彫りになった。官僚が自分達に都合の良い法律を国会に提出して制定させ、いったん成立させるや「法治国家」の名の元に国民や地方自治体を法律に従わせる。不祥事や問題が発生すると、今度はそれを逆用してますます規制を強める、いわゆる「焼け太り」が当然のように行われている。政治家は、情報も権力も合わせ持った官僚の使い走りとなって、みずからの権益の保護と結び付く法律の制定・改正に努める。首相になろうが、大臣になろうが、役人の言うがままの記者会見・コメントを行うロボットでしかない。このような民主主義とかけ離れた政治の現状を、国民は怒りと絶望の入り交じった複雑な思いで見つめている。そんな閉塞状況を打ち破るための政治改革の火が全国各地で上がらなければならない。
国民一人ひとりが、みずからの所属する組織の論理や集団のルールを点検し、それが社会の発展や民主主義の前進と対立する場合には、勇気をもって問題の解決に当たること。そのためには自己の主張を明確にすることが、国際化の時代にふさわしい行動様式である。沖縄県の大田昌秀知事のように、自分の信念と哲学を貫く政治家が自分の住む街や都道府県にいるのかいないのか。いないのであれば、住民が自分達の代理人として議会に送り込む。あるいは首長になってもらうように運動の輪を広げる。そして、行政のもっている情報を公開させ、住民参加で街を変えていく。そんな動きが地域での新党づくりに結実していく。このようなローカル・パーティーが全国に広がるように交流を深める必要がある。
北海道では、横路前北海道知事と鳩山由紀夫(新党さきがけ代表幹事)がローカル・パーティーを志向しながら連合して選挙戦を闘えば、過半数を制するかも知れない。四国では、元社会党代議士の仙谷氏(徳島)と香川の新党さきがけの真鍋前代議士、高知の社会党の五島衆議院議員などが連携を始めている。神奈川での政治改革への試みも充実している。政治は政治家に任せてあとは知らないというのではなく、自らが政治の主体として議会や役所に押し掛ける住民がどれだけ増えるのか。一年や二年では変わらないにしても、十年後には各地でローカル・パーティーが旗揚げし、全国的にネットワーク化しているという姿にできるのかどうか。日本の民主主義の闘いは、国民自らが民主主義を勝ち取るという新たな段階に入らなければならない。(1995年11月7日大阪M)

【出典】 アサート No.216 1995年11月18日

カテゴリー: 政治 | 【投稿】リベラル新党への道 はコメントを受け付けていません

【投稿】もたつく新党 揺らぐ村山政権

【投稿】もたつく新党 揺らぐ村山政権

<新党議論は水面下へ>
社会党の新党づくりが遅れている。9月の社会党臨時大会は新党結成を確認したものの「看板の書き換え」に近い内容となり、新党推進派と慎重派の妥協の産物になったうえ、10月中にも「新党の理念」を打ち出すとしたにも関わらず、現時点でもその時期は明らかにされていない。第3極が必要との議論も自民・新進の保守党に対抗する政治的政策的な論戦も提起がされないなかで、第3極の議論、民主リベラル政党の結成そのものへの期待感も薄れつつあるというのが現実ではなかろうか。
新党推進派の陣型は、横路を党首にし、さきがけとの合流、旧民社党内の一部分も取り込んでのゆるやかネットワーク政党の結成であろう。しかし、横路はまだ動かない。地域フォーラムつくりには奔走しているようだが、肝心の社会党の新党議論にはまだ発言する時期ではないと「慎重」である。他方、さきがけの側は鳩山の発言にもあるように、労組側からの「新党推進」の動きに違和感を感じており、「労組が前に出すぎると、新党そのもののイメージが悪い」と、新党への発言も控えめなものに終始している。
社会党大会まではマスコミも新党問題に注目していたが、社会党内、横路、さきがけ、労組など新党の推進者そのものが互いを牽制しあい、発言を控え始めたことと、オウム、宗教法人法、金融不安、フランス核実験、日米地位協定など政治社会的な注目課題が続出するなかで、社会党新党問題への注目度もかなり落ちてきているようだ。

<根本的な解決が求められる課題が続出>
これらの課題はどれ一つをとっても日本の選択が問われる重要課題であり、それぞれの政党の議論が伯仲すべき課題である。残念ながら自社さ・村山政権の対応はそうした根本的な議論を回避した、付け焼き刃的対応に終始しているようで歯切れが悪い。
沖縄の米兵による少女暴行事件で明らかになった日米安保条約の不平等性は地位協定の問題にのみ限定された議論があるが、犯人の米兵逮捕権における不平等に対する怒りが発端とは言え、日米安保条約そのものの歴史的役割が終わっているのかどうか、明確にされすでにアメリカ国内では、日米安保解消論も生まれているし、安保に替わる安全保障、平和の維持の課題はどうなるか、明確な議論展開は見られていない。沖縄県知事の基地利用への署名拒否問題で村山首相は「政権の命運をかけて・・」と発言したそうだが、日米安保を認めた政策転換と今後のあるべき安全保障の政策は区別し、社会党的な(新党を視野にいれた)対応こそ求められる。
金融不安の問題も東京協和、コスモ、木津信用、兵庫銀行に続いて、大和銀行の米国債券での巨額の損失問題が明らかになり、日本国内のみの不良債券議論から国際的な金融市場における金融不安問題へと深刻さを増している。11年にもわたる不正に対して個人ではなく銀行ぐるみで隠蔽していきた銀行の問題として、巨額の不良債券問題とも絡み国際的な不信感が強まっている。今後国際的な日本の金融機関の信用度は軒並みAランクからBランクへ下がることが確実であり、融資原資の35%程度を海外での資金調達に依存してきた都市銀行にとって、不良債券の償却問題とも絡んで金融不安は一層深刻化すると見るべきであり、公的資金の導入についても国民の議論が別れている上に、たとえそれが行われても金融不安が短期で解消できる保障はない。「暴力的」な解決の可能性もある。
これまで大手を振ってきた大蔵官僚の信頼も、汚職、灰色官僚の続出で地に落ちておりバブルの後始末では終わらない問題についても、公的資金の導入問題だけが焦点化している感があり、政治の側の政策提起が求められている。
これらの課題に残念ながら自社さ政権は、まともな対応ができていない。社会党の新党議論が萎みがちなのもこれら課題への政策対応ができていないことの反映でもある。現実政治への介入、政治的主張抜きに新党ができるわけがない。そういう実態こそ看板の書き換えということなのではないか。

<橋本自民党総裁の誕生>
9月の総裁選挙で誕生した橋本自民党は、いまのところ「自社さ連立政権」を維持する立場は表面的には変えていないものの、自民党単独政権、または連立政権であっても自民党からの首相奪還の基本姿勢を明確にしつつある。特に衝撃的なオウム事件に対する国民の危機感に便乗して、本来の目的は新進党の実働部隊である創価学会への活動規制を狙った宗教法人法の改正に力点を置いている。
一方で自民党のキーマンは以前として旧田中派、経世会の竹下元首相である。橋本総裁の誕生も竹下のシナリオであろうし、保・保連合なる選択肢も、新進党の羽田を視野に入れた旧田中派・経世会の再登場であろう。自社さ政権がリクルート・協和汚職などダーティイメージで政権を失った自民党の充電期間に過ぎないとの議論も否定できない。おそらくは新進党を創価学会追い出しで分裂させ、保・保連合による政権をめざしていると考えて間違いはないと思われる。

<村山政権 支持率低下続く>
こうして揺らぎ始めた村山政権に対して、世論の風あたりは一層厳しくなっている。10月17日の日経新聞は全国電話世論調査の結果を報じている。村山政権の支持率は政権発足時の29.9%といかないまでも31.0%と低下している。政党の支持率では自民党が橋本総裁誕生の成果か35.6%と回復し、新進党は参議院選挙後8月の調査では20.3%であったものが今回13.6%と6.7%も低下している。日経新聞は「7月の参院選で新進党勝利をもたらした有権者の意識が微妙に変化している様子が垣間見える」と分析している。宗教法人法改正などの創価学会=新進党の実働部隊をのキャンペーンは効いているようだ。「宗教法人法の早期改正」に56.7%が賛成し、オウム真理教への破防法適用に72.1%が賛成している。
さらにショックなのは、国民の村山政権への支持率が低下しているばかりか、社会党支持者の中でも不支持が増えていることだ。前回調査では社会党支持者のうち前回80%が支持、9%が不支持であったものが、今回は支持するが65%、不支持が18%となっている。村山首相の指導力についても社会党支持者の中で、指導力がないとする人が前回でも51%あったが今回は58%近くになっている。
こうした状況の反映として、「自社さ連立政権がのぞましい」前回34.6%、今回27.8% 「新しい連立政権が望ましい」には63.6%が答えるに至っている。新しい政権を望む中では自民・新進連合26.5%、自民党単独政権24.0%、非自民連立政権18.1%、新進党単独政権14.6%という結果になっている。
「村山政権離れ 鮮明に」「保守への期待強く」と見出しされているが、この世論調査結果を見る限り、村山政権はかなり終盤にきていると言わざるを得ない状況である。

<新党議論は、政治・政策論争を通じて>
こうして明らかになってくるのは、ますます新党議論が遠のいていく危険性である。たしかに日経の世論調査では金融不安や景気対策を考えて解散は来年度予算が成立してからの来年4月から夏にかけてを望む42.8%、解散は来年秋以降でよい20.0%となっており村山政権、自社さ政権が半年以上続く可能性は高い。しかし、すでに述べたように現在の日本の状況は、政治・政策論争を通じて課題の解決が早急に求められている。政権政党も結構だが、政権が崩壊したとき、政党も消えてしまったという笑えない現実が近づいているのではないか。
前号でも指摘したとおり、このままずるずるでは新党どころではない。現実課題への対応を通じて、新党作りを協力に進めるべきだと思うのだが、それを望んでもあまり期待できないというのが社会党の現実なのかな、とそんなところに落ち着くのがとてもさびしい気持ちなのだが。
最後に、この問題も前号で触れたが、労働組合側の対応である。21単産でスタートした「新党推進労組会議」は現在33単産になったという。文書をみる限りもたつく新党論議にかなりやきもきしているようだ。最終的には連合の方針である「自民党にかわる新しい政治勢力」としての新党を目標にしているのだが、さきがけの鳩山が発言しているように労組色が強くなることは控えるべきだし、推進労組会議の代表たちも最近は公式発言を抑えているように思う。労組も組合員の利益代表として金融問題、日米安保など政治的課題への大衆運動・行動を強めることで政治闘争の盛り上げ、焦点化の中であるべき新党の政策と力を備える努力こそ今求められているのではないか。(1995-10-18 佐野秀夫)

【出典】 アサート No.215 1995年10月27日

カテゴリー: 政治 | 【投稿】もたつく新党 揺らぐ村山政権 はコメントを受け付けていません

【投稿】長良川河口堰の撤去まで闘う

【投稿】長良川河口堰の撤去まで闘う   —11月3・4・5日に長良川監視DAY

<本格運用がシジミに影響>
5月の野坂建設大臣(当時)による長良川河口堰本格運用開始の決定強行以降、現地では、しじみプロジェクト(反対運動メンバーと赤須賀漁協有志による河口堰生態モニタリング調査)が続けられている。影響調査は河口堰上流10km、河口堰隣の揖斐川付近、河口堰下流500m、河口堰上流700m、河口堰上流3600mの5カ所で行われ、5Kgのしじみ取り漁による生貝、死貝、ごみ、他の生物の重量、および個数を調べるもので、94年3月以来月に1回行われてきました。上流10k地点ではまだ河口堰の影響が出ていないのに対して、河口堰下流500m地点ではほとんどしじみの姿が見られないという結果がでました。この場所は河口堰建設以前には、しじみ漁の最高の場所であり、淡水と海水が交わる汽水域でした。そして最高漁場だった河口堰付近はいまや真っ黒なヘドロと腐った植物だけなってしまいました。堰が本格運用されたことによる生態系への影響がはっきりとしてきたわけです。

<生態調査、環境調査結果は全面公開せよ>
こうした結果は予想されてきたとは言え、今年3月から8回の「長良川河口堰円卓会議」がの中で建設省と反対派がそれぞれの主張を闘わせ、生態調査などの議論が行われている最中の建設大臣による「見切り発車」が生み出したものです。
一方サツキマスは、ちょうど遡上の時期に堰の試験運用が始まり、3日ゲートを閉め1日開くという操作が行われたため、サツキマス漁は今年は昨年の1/3という不漁になっています。アユについては、昨年生まれた稚魚は海から4月頃に川を上り、9月から10月に河口から45kmの岐阜市の南部付近で産卵し、孵化した稚魚は河口堰を越えて海に向かうことになりますが、ダム湖である河口堰をはたしてどれだけの稚魚が越えられるものか。今年生まれた稚魚が成魚になって帰ってくるのは来年のことになりますが、長良川のアユ全滅の事態が迫っているのは確実です。それを知ってか建設省は受精させた2億個のアユの卵を海へ放つ計画だそうですが・・・・・
しじみ、サツキマス、そしてアユと長良川の賜物とも言える生き物たちへの河口堰の影響は確実に生まれてきており、反対運動の側は「長良川監視委員会」を結成して自ら環境調査、生態調査を続けつつ、建設省・水資源公団による環境調査データの全面公開を求めているのです。

<11月5日に長良川監視DAY>
生態調査の結果は、長良川河口堰問題が「見切り発車=本格運用開始」によっても何ら解決していないことを示しています。反対運動側は毎年秋に全国規模の結集を「長良川DAY」として開催してきたが、今年は「長良川監視DAY」を計画しています。
11月3日には、長良川上流でカヌーデモを行い、4日には長良川河口堰上流の伊勢大橋右岸でコンサートや監視委員会からの詳しい報告を受けるイベント、そして5日にはデモ、カヌ-による水上デモなどの一斉行動が予定されています。
もし読者の中で、この反対行動に行ってみたいという方がありましたら編集委員会までご連絡ください。詳しい資料をお送りします。(佐野)

【出典】 アサート No.215 1995年10月27日

カテゴリー: 環境, 社会運動 | 【投稿】長良川河口堰の撤去まで闘う はコメントを受け付けていません

【本の紹介】『現代日本のビッグビジネス 企業行動と産業組織』

【本の紹介】『現代日本のビッグビジネス 企業行動と産業組織』
               安喜博彦著、95/10/15発行、日本評論社、3502円

今や日本のビッグビジネス、巨大企業の一挙一動は、良きにつけ悪しきにつけ全世界注目の的である。日米自動車摩擦と大和銀行の不正取引は、日本の産業資本と金融資本の実態、系列支配や参入障壁、株式の相互持ち合いやグループ支配の不透明性を浮かび上がらせているともいえよう。これまでは上昇傾向一本槍で、世界経済の中でも常に成長率トップの地位を保持し続けてきた日本経済、あるいは日本企業の地位が、このところ、とりわけ冷戦体制崩壊以後芳しくなくなってきていることは周知の通りである。そしてここ数年、その経済成長率は、ECD加盟25ヶ国中24番目という事態である(1994年、0.6%)。
ここに紹介する『現代日本のビッグビジネス』は、そうした大きな曲がり角に立っている日本経済の直面する課題について、多くの複雑性と多様性に富み、またそれゆえにこそ意義ある論点と問題を提起してくれているといえよう。
著者は「はしがき」の中で、「本書は2度の石油ショックと80年代後半の円高時を経緯したこの20年余にわたるわが国の巨大企業のビヘイビアについて、価格設定行動と雇用調整、および、多角化行動の三つの側面に焦点を当てた分析を試みたものである」と述べ、その際、「わが国の産業・企業を特殊なものとしてみるのではなく、国際的に共通した一般的フレームワークと対応させてみるというのが基本姿勢である」ことを強調している。
さらに「また、実態・実証分析においても、そこから一定の結論を引き出すことを急がなかった。むしろ現実の複雑さ・多面性を容認し、一定の視点を提示しつつも、極力、事実そのものを忠実にフォローすることを意図した。このようなスタンスで構成された本書は、日本経済の進路が企業行動のあり方とかかわって大きく問われているなかで、必ずしも切れ味のよい解答を用意するものではないけれども、少なくとも現在の立脚点を再確認するためのいくつかの手がかりは提示しえたと思う」と自負しておられる。
本書で分析されている上位100社の激しい地位変動の実態や価格支配の具体的動向と経緯、系列、グループ化の実態は、あらためて独占と競争の問題が、独占の完成や固定化ではなくて、常に競争の優位において進行し、経済のグローバル化にともなってそれがますます切り離し得ないことを明らかにしているともいえよう。
本書の目次は以下の通りである。(生駒 敬)

「Part1 企業成長の理論と実態
1.ビッグビジネス分析の視点
補論A.集中論の再検討
2.ビッグビジネスの国内的・国際的地位
Part2 価格支配と雇用調整
3.第1次石油ショックと管理価格問題
4.高位集中産業における協調と対抗
5.雇用調整と事業所単位の雇用変動
Part3 多角化の展開と内部組織
6.企業の多角化をめぐる論点
補論B.企業の多角化と内部組織論
7.一般集中・市場集中・多角化
8.多角化・内部組織・企業グループと企業成果
9.多角化の推移と現況」

【出典】 アサート No.215 1995年10月27日

カテゴリー: 書評, 生駒 敬, 経済 | 【本の紹介】『現代日本のビッグビジネス 企業行動と産業組織』 はコメントを受け付けていません

【投稿】進む地域の「国際化」–大阪南河内の例から–

【投稿】進む地域の「国際化」–大阪南河内の例から–

「国際化」という言葉がマスコミで言われ始めてからかなり久しい。今や、巷の日常会話でも「国際化」という言葉は違和感なく使われ、抗うことのできない大きな流れとして、国も自治体も企業も学校もそして個人もそれに対応しようと様々な試みを行っている。この間「国際化」については様々な議論がなされ、その意味するところはかなり深く考えられるようになってきたと思うのだが、実際には、私たちの身の回りではこの言葉の意味やそれによって私たちが目指すもの、私たち自身の行動原理として曖昧な部分が多いように思う。私たちの地域では以前アサート誌
上で紹介した反アパルトヘイト運動や在日韓国・朝鮮人問題を考える市民団体が発展し、昨年10月「地域の国際交流を進める南河内の会」が結成された。(この原稿の締切日の10月14日・15日には、富田林市のすばるホールで「国際交流フェスティバル」を行っている)この運動にかかわる中で感じた地域の「国際化」あるいは「国際交流」のあり方について考えてみたい。

<地域の「国際化」の状況>
*増えている在日外国人*
まず、実際の地域の「国際化」の状況について見てみたい。
「地域の」国際化と言った場合、当然その地域によって「国際化」の度合は違ってくる。統計的な面から見れば南河内地域は大阪府下的にはかなり遅れていると言っていいだろう。例えば豊中市では93年で外国人登録人員が4994人(人口比1.2%)に対し、富田林市では、同年で外国人登録人員848人(人口比0.7%)にすぎない。もちろん、この内の多くは在日韓国・朝鮮人で、その地域の歴史的形成過程の影響が大きいと思うが、大学や企業等の存在も大きく左右していると思われる。この人口比は全国平均(約1%)より低い。年別の推移を見てみると、88年までは500人を少し上回る程度で、登録人員も人口比もほとんど変化がないにもかかわらず、89年からは急に人員が増え、わずか5年間で1.5倍になっている。国籍別の内訳は不明だが、このことから富田林市での「国際化」は統計上は、東南アジア・南米・中国帰還者等のいわゆるニュウカマーによって顕在化していると推測できる(もちろん統計ではあらわれない部分もかなりあると思うが)。実際、我が家の校区の小学校は、近くに中小企業団地があるため、中国帰還者・ベトナム難民の子弟が多く、昨年から大阪府より外国人教育のための加配教員がつけられている。

*もうひとつ盛り上がらない「国際化」への対応*
一方、住民の意識の面での「国際化」はどうであろうか。豊中市等では住民アンケートを行い、この問題にかかわっていこうという、住民の積極的な意識を引き出しているようだが、南河内地域でそのようなアンケートを実施したという話は聞かない。住民運動も「進める会」以外は、アジア友の会等はあるものの地域での活動は見えてこない。ただ、公民館主催の「国際交流講座」には主婦を中心にかなりの申し込みがあったようである。他に、農業地帯であるだけに中国との技術交流等もあるようだが関係者だけの交流になっているようである。
それでは、自治体の政策面での「国際化」はどうであろうか。それは、はなはだお寒い。富田林市の場合、総合計画案では「国際化」という言葉が頻繁に出てくるにもかかわらず、市がこの政策課題を一体どのように受け止め、具体的にどのように展開しようとしているのかまったく見えてこない。これまで市の国際化政策と言えば、アメリカのベツレヘム市との姉妹都市交流だけで、市長はさかんに「日本でも最も早く姉妹都市提携をし、国際交流をしている」と自慢するが、全く古い形の「国際交流」の域から一歩も出ていない。アジアや在日外国人に対する「内なる国際化」への視点が全く欠落している。この4月にようやく担当窓口ができたものの、予算もなく、新たに担当となった職員は困惑の表情ありありである。自治省からの指導もあって多くの自治体で国際交流協会や国際交流センターができている中で、富田林市の対応はあまりにお粗末ではないかというのが、「進める会」の中心メンバーの率直な感想である。
しかし、国際交流協会ができても必ずしも素晴らしい国際交流ができるわけではない。富田林市のお隣の河内長野市では市が大々的に援助して「国際交流協会」を設立し、様々な事業を行っているが、上からの運動の限界で市民への広がりや自発性に欠けているように思う。できれば、豊中市のように多くの地道な国際交流活動を行っている民間団体が存在し、それらに活動の場を提供するような形で国際交流協会や国際交流センターができるのが理想ではないだろうか。

*がんばっている現場*
市の方針のなさにもかかわらず、行政の現場レベルでは、住民のニーズに対応してユニークな取り組みも行われている。それが公民館で行われている「日本語読み書き教室」と「ザ・河内インターナショナル」である。前者は元解放会館で識字学級を担当していた職員が、全市民を対象とした公民館でこそ識字をやるべきだという考えで開催したもので、結果としてほとんど在日外国人の生徒で占められている。
後者は、この日本語教室の生徒を主体に、行政区を越えて河内の在日外国人の交流の場として開催されたもので、お互いの文化を交流し、悩みを出し合う場として喜ばれている。また、ボランティアとしてかかわる日本人も、肩肘のはらない本音を言い合える国際交流の場として、大いに刺激を受けている。
今後、地域の国際化が進んでいく中で(今は実態把握さえできていないが)、地域の在日外国人と同じ目の高さで、率直に交流できる場が益々必要になってくるだろう。

<地域の「国際化」を考える基準は何か>
以上の地域の実態を踏まえて、まだ浅い経験ではあるが「進める会」の活動や在日外国人の方々とのお付き合いを通じて、「国際化」というものを地域にこだわって考えてみたい。

*後ろ向きの国際化と前向きの国際化*
一つは、「国際化」というのは「後ろ向きの国際化」と「前向きの国際化」があるのではないか。それをきちんと区別していく必要があるのではないかということである。どんどん海外旅行に行き、英語をペラペラしゃべるのが本当の「国際化」だろうか。たとえ海外旅行に頻繁に行っても日本人だけかたまって行動し、「XXは黒人が多いから恐い」などというガイドの説明をうのみにして、知ったかぶりで日本で吹聴している人間はとても国際人などと言えないだろう。まして、東南アジアで買春ツアーなどというのはもってのほかである。これらは本当の国際化などとはとても言えない。むしろ、百害あって一利なしの「後ろ向きの国際化」といっていいだろう。外国人を呼んで話を聞き、結局「日本に生まれてよかったわー」で終わってしまう「後ろ向きの国際交流」はけっこう多いのである。そうではなく、お互いの違いを認め合い、様々な問題を協力して解決していくような、人間的信頼関係を築いて、自分自身を変え高めていく「前向きの国際化」こそ今求められている。

*地域にこだわり共生社会の実現*
二つ目は、「国際化」を考える時、地域にこだわろうということである。抽象的な「国際化」は私たちにはピンとこない。自分達の地域に在日外国人がどれだけいて、どんな生活をし、どんな悩みを抱えているのか。地域の在日外国人の具体的状況に対応し、人権を尊重する立場で共生社会を実現していく中で、地域の「国際化」は進んでいくのではないだろうか。また、外国への援助にしても、政府間援助と言うのではなく、具体的な地域に対して、その地域の実情に合わせたかたちで援助をしていく。地域と地域を結ぶネットワークこそ国際交流と呼ぶにふさわしいのではないだろうか。

*人権概念の拡張としての国際化ー外国人概念の無意味化*
三つ目は、「国際化」という現象が、私たちに根本的な価値観の転換を迫っていると感じることである。それは人権という概念の拡張であり、逆の側から見れば国家という概念の曖昧化である。ご存じのように人権という概念は、封建社会の王権に対するブルジョアジーの権利として、自由権をその歴史的出発点としている。この概念は社会主義運動の進展の中で社会権を含むものとして発展してきた。だが、それもあくまでも国家を前提として、国権に対して主張されてきたのである。しかし、「国際化」という流れの前では、国家というものの枠の中では人権について語れなくなってきているのではないか。例えば、在日外国人が地域の住民として生活している以上、参政権や社会保障を始めその人権は当然保障されなければならない。しかし、法律は「国民」という枠を設けてそれを阻害しようとする。どう見ても大きな矛盾である。この点については現在様々な運動が展開されており、その結果は徐々に人権を「国民」に限定することの不合理を明らかにしつつある。
人権の視点から「国民」の概念が揺れているように「外国人」というのも実にあやふやである。例えば日系ブラジル人のMさん。彼女は日本で生まれ、幼少の時ブラジルにわたり40才台で日本に帰って来た。その間彼女の国籍はずっと日本である。顔ももちろん日本人。しかし、日本語は苦手で日本の習慣に戸惑っている。彼女は「日本人」それとも「外国人」? 在日韓国人2世のKさん。彼女は日本で生まれ、日本で育ち、日本語をしゃべる。習慣等も全く苦労しない。しかし、彼女の国籍は韓国。彼女は「外国人」? 中国から日本に帰化したUさん。国籍は日本になったが、子供は「おまえのかあちゃん、中国人」といじめられる。彼女は「日本人」? こういう現実を見ると「外国人」という概念も実にいいかげんなものだと気付かされる。
このように「国際化」ということは、国家の枠をとっぱらい、人権の概念を拡張して本当に人間と人間との関係を考えていくことではないか。当然それは「平和」ということに繋がっていくだろう。 そんなことを考えながら、多くの人との結び付きとカルチャーショックを楽しんでこの活動を続けている。
南河内の住民の方、一度「地域の国際交流を進める南河内の会」の活動をのぞいて見て下さい。 (若松一郎)

【出典】 アサート No.215 1995年10月27日

カテゴリー: 人権, 思想 | 【投稿】進む地域の「国際化」–大阪南河内の例から– はコメントを受け付けていません

【投稿】「金融不安」の徘徊と「自己責任」論

【投稿】「金融不安」の徘徊と「自己責任」論

<<10.27パニック説>>
一部週刊誌ではこの10月27日に、「メガトン級の危機」、「市場最悪の金融パニック」が日本を襲い、「あなたの財産が紙クズ同然になる!!」と警告かあるいはどう喝を発し、危機感が煽られている。その根拠は、「ワイド」という「利子一括払い型利付き金融債」の償還がこの日にやってくるというところにある。このワイドという金融商品は、90年10月に売り出した「10月債」の場合、半年複利の5年満期で9.606%という超高金利商品で、当時1ヶ月弱の間に5兆円にも達するほど大量に売りさばかれ、その満期日がこの10月27日に集中しているという。
その発行金融機関は、日本興業銀行、日本長期信用銀行、日本債権信用銀行の長信銀3行と農林中金、商工中金であるが、顧客に払い戻さなければならない額が、この5行で利子を含めると5兆円にも達する。その償還額は、今年95年上半期に5行全体が販売したワイドの総額の8倍にもあたり、もはや2%前後という金利で魅力のなくなった新規発行ワイドへの買い替えなどとても期待できるものではないわけである。
しかも、通常の預金の場合は、たとえ金融機関が経営破綻し、倒産したとしても、1000万円以内は預金保険機構の払い戻しの対象となるが、ワイドは対象外であり、その場合には紙クズにしかすぎなくなり、取り付け騒ぎになろうがどうしようが一刻も早く現金に換金する以外に守るすべがないのである。

<<「経営破綻は時間の問題」>>
そして「経営破綻は時間の問題」とされ、しかも年内に表面化すると噂されている5行(北海道拓殖銀行、日本債権信用銀行、中央信託銀行、大阪銀行、福徳銀行)の2番目に日債銀が上がっている。同行は大手21行に分類されているが、すでに相当以前から経営不振が問題視されており、10月のワイド償還額は3000億円前後抱えているが、その資金調達が疑問視されている。「若干は他行に流れるだろうが、7割程度はとどまる見込み。その程度であれば経営に影響はない」(日債銀広報部)としているが、7割どころか2割もつなぎ止められないであろうと見られている。ここで取り付け騒ぎが発生すれば、連鎖的にワイド発行の他行に波及し、さらには危険水域にある他の金融機関までが巻き込まれ、手がつけられなくなるというわけである。
日銀はそうした銀行の資金ショートを懸念してすでに、問題金融機関への無担保の特別融資を密かに実行しているといわれる。この特融、95年9月末現在の残高で9400億円にも達し、日常化しており、「破綻処理の仕組みが整わないうちに、金融機関の破綻が相次いでいるため」やむを得ないと開き直っている(日銀営業局、10/16日経)。国会の議決や情報公開も経ないで、不透明な秘密裡の資金供給が行われているのである。

<<「ジャパン・プレミアム」>>
資金調達に関連して、このところ急速に浮上してきたのがジャパン・プレミアムの発生である。日本はそもそも対外資産が対外負債を大幅に上回る世界最大の純債権国となっていることは世界周知の事実である。にもかかわらず、日本の金融機関が海外で資金を調達しようとすると、ユーロ市場の基準金利に+αが要求されるという事態が生じている。純債権国化にともなって進行してきた円高によってその資金量、取引量ともに膨大化してきた邦銀がいまだにドル建てで国際業務を展開していることにも大きな要因があるが、このところの日本の金融機関や金融システムそのものへの不安感、不信感が表面化してきた現れでもある。
このジャパン・プレミアム、+αが8月30日時点で0.12%であったが、木津信、兵庫銀行の経営破綻が報道されるや翌日には0.18%に上昇し、個々の銀行の信用力の度合いに応じてランク付けされ、大手邦銀でも+0.25%まで要求されているところが現れ、その中には先に上げた北海道拓殖銀行や中央信託銀行、そして大和銀行も入っているという。ユーロ市場で邦銀全体として約400億ドルの資金調達をしているが、0.1%の+αでも4000万ドルの金利を別に払わなければならないのである。

<<「預金者の自己責任」?!>>
しかも資金調達のクレジットの上限額が信用度に応じて大きく引き下げられており、その結果、邦銀大手21行の中の数行は取引そのものが出来なくなっており、日債銀はその中に入っているといわれているのである。
問題はこうした事実が日本国内ではいっさい情報開示されていないことである。一方では、銀行業界全体としては、都市銀行を中心に史上空前の業務純益を上げ、94年度末でその内部留保額(各種引当金、法定準備金、剰余金の合計額)は32兆9585億円にも達し、バブル崩壊後の4年間で他の業界の不振を尻目に、預金金利の引き下げを武器に実に5兆6000億円余りもその内部留保額を増大させているのである。不良債権などどこ吹く風である。自らの責任を不問にして、預金者の自己責任論をばらまき、十分に不良債権をまかなえる純益を上げながら、債権回収を他に押しつけ、あげくのはてに公的資金投入が全国民の要求であるかのごとくにふるまっている。こうしたことを許しているのは、大蔵省、日銀、銀行業界が一体となって日本の金融システムの腐敗しきった病巣を覆い隠し、情報開示を拒否していることにあるといえよう。しかしこうした健全な切開の術も見い出せないやり方は、自らに降りかかってくるものである。その端緒がさまざまな信用危機となって現れているのではないだろうか。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.215 1995年10月27日

カテゴリー: 生駒 敬, 経済 | 【投稿】「金融不安」の徘徊と「自己責任」論 はコメントを受け付けていません

【本の紹介】『赤い月 阪神・淡路大震災 鎮魂の歌』

【本の紹介】『赤い月 阪神・淡路大震災 鎮魂の歌』
        盧 進容著、1995.7.27発行、学習研究社、1200円

「赤い月

為すすべもなく ただ呆然と
涙流れるままに 夜を仰げば
燃えさかる 炎を前にして
そこに 赤い月

アボジ オモニ
泣き叫ぶ父と母
娘四十を越え 初めて授かった孫
その二人が 炎の中にいる
ぼくの同級生が そこにいる

崩れ落ちた 家の中で
ひと月に なったばかりの命
発するその泣き声が 尽きた時
炎は 二人を襲った

ああ 赤い月
マナコ
涙かれた 彼女の眼なのか
涙うるむ その子の眼なのか
今、泣き叫ぶ 両親の眼なのか

この光景を見て
異国の月も 充血しているのか
気のせいではない 決して
そこに 赤い月 」

詩集の冒頭に掲げられたこの詩「赤い月」が、あの大震災から二週間ほどたった「筑紫哲也のニュース23」の中で神戸市長田区の焼け跡から放映されたそうである。私は残念ながらその場面を見ていない。しかしこのテレビ放映を見ていた学研の編集者・田中奏生氏がこの詩に感動されてぜひ「詩集を出したい」と連絡を取られ、奔走された結果、長詩『大震災』を含むこの詩集が出版の運びとなった。その感動がひしひしと伝わってくる詩集である。
著者の盧進容(ロ・ジンヨン)氏は、「第二の故郷は?」と聞かれれば「神戸」と答えるほどの人であり、長田区の市営住宅の12階で被災され、灘区の両親の家に避難されているという。

長詩『大震災』の最初のほうで、
「今 ひもとかれる話
長田の町 ここから始まる
国際都市 港町 この神戸にあって
その華麗さとも美しさとも
かかわりがなかった町 庶民の町
最も被害が甚大であったところ
まさにここ長田から始まる 」
と書き出されている。事実、長田区は最大の震災被害を受けたばかりか、その後の火災規模でも燃え尽きるに任せられるような状況であった。その中で多くの人々が炎に飲み込まれ、今でもその傷跡は生々しい。その怒りと悲しみがこの詩集には凝縮されている。 しかし盧氏は、その長詩の「結び」の中で
「だがひとびとよ
生き残った兄弟たちは
幾日か地を叩き ただ泣き叫んだあと
その悲しみをそっと深く胸にしまい
生き残った日本の友人たちも
幾日か頭をたれ ただむせび泣いたあと
むしろ手に手を取り 耐えている
むしろ互いに助け合い くぐり抜けていこうとする
おなじ苦痛 おなじ悲しみを

そしてわたしたちは
汚名を着せられることもなく
怯えもなく 街に出る
そして日本の友人たちは
流言蜚語もなく
竹槍を手にすることもなく 街に出る
まさに 七十二年前のあの日とはうらはらに 」
と、あの関東大震災時との違い、助け合いと交流、希望と愛が歌われている。
しかしあれから早や八ヶ月が過ぎ、「喉元過ぎれば・・・」で、あの震災が問いかけたものが軽視されたり、忘れ去られたりはしていないだろうか。本質的なところで事態は本当に前進しているのであろうか。その後の政治が取り組む姿勢一つを見ても、なんとも歯がゆいばかりか、住民不在であり、自治と参加、分権と共生は未だ遠しといった状況である。その後もあちこちで震度4規模の地震が頻発していることからすれば、この詩集が、そしてあの阪神大震災が提起した課題の重さが、広く深く受けとめられる必要があるのではないだろうか。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.214 1995年9月22日

カテゴリー: 書評, 災害, 生駒 敬 | 【本の紹介】『赤い月 阪神・淡路大震災 鎮魂の歌』 はコメントを受け付けていません

【書評】世界と個人のラディカルな批判に向けて

【書評】世界と個人のラディカルな批判に向けて
       『ラディカルに哲学する』(全5巻)、第1巻『考える営みの再生』
        (尾関・後藤・佐藤編、大月書店、1994.11.18.)

新宗教、新々宗教のブームが去り、今度は哲学の時代だと噂されている。しかし現代世界の重要な課題は何ひとつとして解決されてはいない。ということは、この哲学ブームもその多くは目先を変えただけのつまみ食い的哲学ブームであるとしか言えない状況であろうか。
しかしそれにもかかわらず、人間の本質を批判的理性と位置づけ、そこから人間存在を総体的にとらえようとする試みは、やはり評価されねばならない。しかもそのとらえ方として、人間存在の社会的側面に広く眼を向けようとする姿勢・・・従ってこれは哲学者個人の研究というよりもさまざまな立場・視点の人々の共同研究となる・・・は、より注目されねばならない。
その試みのひとつとして、シリーズ『ラディカルに哲学する』(全5巻、大月書店)が刊行された。その「シリーズ刊行にあたって」では次のように述べられている。
「日々の生活のたえざる変化それじたいが日常となった感がある。だが、たえざる変化にもかかわらず、われわれは自由だとは感じていない。1980年代の、あの時代閉塞の感覚は、今のこれほどの社会変動のなかでもいぜんとして持続し、強くさえなっている。明らかに、もっともっと根本的なところから世界を見ることが必要とされている。」
かかる視点から、このシリーズでは「現代では、世界のラディカルな批判は個人の生活のラディカルな批判でもある」として、現代世界の批判と個人の内面を深くえぐることが同時的になされねばならないと主張する。すなわち「哲学が現実と格闘すべきとき」なのである。
さてその第1巻『考える生の営み』(尾関・後藤・佐藤編)では、「これまでの職業的哲学者の哲学と称する営みの大半」=現代の葛藤と無縁な世界での議論から、「一人ひとりの市民が自分で考える営みとしての哲学」をめざす。
佐藤和夫論文『連考・・・転形期における哲学の営み』は、「現代社会では、ゆたかな社会という満足感と、身体をこわしてしまうほどの管理社会とが深く結びついている」、「隷属と物質的富とがひきかえになっている」と指摘する。そこからすれば今日の民主主義も、政治を「経済的利害の誘導をめぐる争い」としてしか考えない故に、「他人にいわばリモート・コントロールされたままで自己統治の外見をもっているにすぎない」のである。この意味で現代人に欠落している最大のものは「自由と協同の経験」としての民主主義である。そしてそのことが人々の生活へのエネルギーを消失させ、選択の余地のない経済的合理性にしたがって生きることで、人々は人間として生きることの意味を失なっているのである。
そこで人間にとっての「自由と協同との経験」が探究されるのであるが、これは取りもなおさず平等な人間同士による議論、対話や会話(すなわちソクラテス以来、哲学本来の姿といわれているもの)ということである。しかしこの場合にわれわれは今一度従来の哲学的対話と称するものを振り返ってみなければならない。そうすればそこに「哲学の独裁的性質」なるものが明らかになる。すなわち論理の首尾一貫性を誇るヨーロッパ哲学の論理とは、「協調的話し合い」ではなく、実は「競争的話し合い」であり、「基本的には支配者が他者を自分の目的のために服従させたうえでの自己正当化のための議論を基本としている」。そしてそこに使用される哲学の言語とは公的空間の言語であり、普遍性の名のもとに私的な空間を無視し、思考の主体の具体的状況を捨象する独裁的なものであったのである。
これに対して筆者は、「一定のレールの上に乗ることを強制することなく、双方が自分のよさを生かそうとしながら共通の土俵に乗って協力しあう」とする議論、「独裁的でない対話の形式」として、室町戦国の時代に全盛をむかえた連歌の思想にヒントをえて、「連考」(連歌的思考)という議論のありかたを提起する。そしてここに市民に接近できる哲学・対話の可能性を探る。
上の問題提起を受けて、ジャーナリストとして著名な斎藤茂男は、日本の現実風景のなかに「゛諸現象を貫く一本のパイプ〃」「戦後五〇年を経るうちに日本の社会の隅々に血脈のように張りめぐらされ、それによってわれわれ自身の意識中枢に統御されてしまっている無色・無臭・無形の気体のような価値観、あるいは情念といったもの」を鋭くえぐり出そうとして、歴史的現実の縦軸と社会の諸事象の横軸の交差する一点を凝視する。そしてそこに社会病理現象・・・全生活史健忘症、脅迫神経症等々・・・から国家の意識統制にいたる日本の歪み=「目標達成という目標を追いつづけるうちに、社会全体が『巨大な成功』をめざしてただ動くだけの、目標不明のロボットになった」日本を描き出す。(『私はどこへ行きたいのかわからない・・・行き先不明の旅の情景』)
さらに杉田聡論文『現代の疎外と自動車システム』は、現代社会に不可欠な道具となった自動車のもつ意味に焦点を合わせるユニークな考察を行う。そして自動車が「それ自体現実的な暴力、しかも巨大な暴力の装置」になり、疎外を深めているばかりか、人間の攻撃性を誘発している事実を指摘し、「人権を侵すシステム」となってしまった自動車システムへの対応を主張する。
また中村行秀論文『「豊かさ」を哲学する』は、「豊かさの本質が『自由』にほかならないこと、したがって貧しさの本質が『自由』の奪いとられ、あるいは放棄である」ことを解明した上で、「高度経済成長期以来、私たち日本人のなかに定着した感のある『自由』を犠牲にして『富』を手に入れるライフスタイルが、じつは『貧しさ』そのもの」であると鋭く指摘する。そして自由が「人権」として把握されているように、「人権としての豊かさ」の追究を主張する。
以上第1巻のみをかい摘んで見てきたが、本シリーズは、哲学者のみならず他の研究分野の専門家等をも含めて現代世界と自己の生活とを積極的批判的に把握しようとする試みであり、哲学を市民の眼に接近させようとする橋造りでもある。執筆者それぞれの問題意識、立場には違いがあるとはいえ、読者の側からすれば、さまざまな問題提起を受ける刺激的な書でもある。この「哲学が現実と格闘する」もくろみがいかなる方向でどのような成果をあげるかは今は定かではない。しかし人間を批判的協同的存在として総体的にとらえるひとつの試みとして評価されるべき書ではある。(R)

【出典】 アサート No.214 1995年9月22日

カテゴリー: 思想, 書評, 書評R | 【書評】世界と個人のラディカルな批判に向けて はコメントを受け付けていません

【投稿】「金融秩序維持」と「公的資金の導入」論

【投稿】「金融秩序維持」と「公的資金の導入」論

<<「政府・日銀の親心」>>
日銀は9月8日、公定歩合を0.5%引き下げ、史上最低金利をさらに更新して年0.5%という超低金利政策を実施した。日銀総裁が「市場への強力なシグナル」と打ち上げた今回の利下げは、「金融恐慌直前」とまでいわれる金融資本市場に対する露骨な救済策である。「たいへん心苦しい」と松下総裁は記者会見で語っているが、この超低金利は零細で膨大な預金者層を直撃する一方、巨額の不良債権を抱える金融資本にとっては諸手を上げて歓迎する「たいへん心強い」措置であった。
これは、預金金利は直ちに公定歩合と連動して低下する一方、公定歩合と直接連動しない貸出金利や住宅ローンを始めとする金利固定型の各種ローンとの利ざやはこれまで以上に広がる、自らの努力や犠牲や責任も一切伴わないいわば「ぬれてにあわ」の一方的な金融資本支援策なのである。これは結果的には、膨大な預金者、庶民の預貯金からの金融資本への一方的で強制的な「所得移転」が行われているということである。この点では、「これでたっぷり儲けて、不良債権を償却しなさい」という「政府・日銀の親心」であるとまで指摘されている(「朝日」9/9)。

<<「金融秩序」の破壊者は誰なのか>>
金利引き下げは直ちに円の対ドル相場に反映し、今や数カ月前の80円台から100円台に逆戻りし、株式市場は上昇し始めた。つまりより利回りのいい株式市場や外為市場へ資金が流れ、この点でも銀行が大量に抱えている株式資本の価値を引き上げ、含み資産の上昇と株式売却益で金融資本の不良債権償還を支援しようというわけである。 一方、東京協和、安全の2信組、ついでコスモ信組と相次いだ信組の経営破綻は、さらに預金量1兆円を越える信金全国第2位の木津信用組合、第2地銀トップの兵庫銀行の経営破綻にまで突き進み、「金融秩序維持」のためにはもっと直接的な「公的資金の導入」が必要であると叫ばれ、地方自治体までそれに巻き込まれ、税金の直接投入による銀行救済、つまりはバブルの後始末に住民の税金がそそぎ込まれようとしているのである。
ここでは不思議なことにこうした経営破綻に深く関与し、そこから膨大な利益を吸い上げてきた大手金融機関の責任がそれほど問題にされていないのである。「金融秩序」を破壊し、土地投機とバブル融資に最大の資金を投入してきたのは大手都市銀行であり、利益を吸い上げるだけ吸い上げ、形勢悪しと見るや一斉に資金を引き上げて中小金融機関の経営を破綻させ、またもや「金融秩序」を破壊したのは同じ大手都銀である。彼らの責任と資金投入でこそバブルの後始末がされなければならないのである。

<<「紹介預金」のあくどさ>>
「明日の朝刊で新聞が書けば、間違いなく昭和恐慌と同じことが起きる」といわれた木津信用組合の業務停止命令は、8/30の夕刻であり、夕刊報道であった。それでも取り付け騒ぎは相当な規模に達し、預金者のほとんどが各支店に殺到し、銀行のシャッターを閉めても、預金が保障されることを説明しても引き下がらない事態がテレビで刻々と報道され、多くの不良債権を抱える金融機関を震え上がらせたことは事実であろう。
この木津信の場合、預金残高の3割以上が三和、住友を始めとする大手都市銀行からのいわゆる「紹介預金」で占められていた。この「紹介預金」は、大手都銀の預金金利0.5-0.6%の6倍前後といわれる高金利を木津信に設定させ、例えば三和の場合、大手取引先企業に短期資金調達用のコマーシャルペーパー(CP)を発行させ、これに三和が資金提供し、この資金を木津信に「紹介預金」をさせて企業側、三和側双方共に利ざやと手数料をがっぽり稼ぐというあくどいやり方である。「組合員以外からの預金は、2割以下」と定められている中小企業等協同組合法に大きく違反して、木津信の場合これが3000億円前後に達していたのである。木津信側は、こうした高金利を保証するために危険を承知でバブル融資と不動産関連融資に拍車をかけ、あげくの果てに利ざやを稼がれるだけ稼がれてから一斉に紹介預金を引き上げられてしまったのであった。三和は、木津信の経営破綻に関与した責任を問われて、「それは木津信の経営指針の責任」と我れ関せずの態度を取り続けている。

<<すでに膨大な「公的資金の導入」>>
さらに問題なのは、現在の段階においても「金融秩序維持」の名の下に「公的資金の導入」は、相当な規模で行われていることである。今回の事態においてもすでに日銀が直接出資や融資を行っている。貯金保険機構による資金支援、共同債権買取機構による無税償却も形を変えた公的資金の導入である。簡易保険や公的年金資金を流用した株価維持政策(PKO)も公的資金の導入である。さらに広くは財政投融資による金融機関への低利融資や一般会計からの財政資金投入も公的資金の導入である。こうした資金導入を合計すると20兆円近くに達するという。大手金融資本へのこのような一方的な保護政策が今回のような金融不安をもたらしたのであり、こうしたことを続ける限り、国民経済的な規模での膨大な損失とツケをもたらし続けるといえよう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.214 1995年9月22日

カテゴリー: 政治, 生駒 敬, 経済 | 【投稿】「金融秩序維持」と「公的資金の導入」論 はコメントを受け付けていません

【投稿】「今、なにをなすべきか ?」

【投稿】「今、なにをなすべきか ?」・・・社会党と「新党結成」に思う・・・

9月14日、社会党を中核とする新党結成をめざす「新しい政治勢力結集の呼びかけ人会議が発足した。「新党」という語感からすると、「先進的」とか「希望」とかを感じて、なにかしら期待がわいてくるはずなのに、残念ながら、今回の報道を耳にしても心が全く動かなかった。村山政権誕生の時は、紆余曲折はあるにせよ「がんばってほしい」と、長年社会党を支持してきたひとりとして、心底願っていた。しかし、フランス核実験強行に対する無策を目の当たりにして、政権の中核を担っているという自覚のなさ、大衆政党としての感覚のなさ、かつて「非核三原則」を掲げ自民党政権と闘ってきた誇りのなさを痛感し、「再生」を期待しなくなった。村山首相には、中東ではなく中国やフランスに行ってほしかった。「特派大使派遣で抗議」では、社会党首班としては無策に等しい。その上、新党さきがけの武村代表の「クレイジー」発言を「言い過ぎだ」などと批判した野坂官房長官の政治姿勢に至っては、まさしく愚鈍そのもの。村山内閣不支持率が発足以来初めて5割を超える(NHKの世論調査、9月4日公表)状況を、もっと深刻にもっと真剣に受けとめるべきだ。
愚痴と批判だけでは何も生まれてこないと思うので、政治に寄せる希望を(かなり淡いものだが)語ってみたい。社会党のみなさん、「今、なぜ新党なのか!」の論議をもっとオープンに大胆にやられたらどうですか。各地でシンポジウムでも開いて、幅広く声を集めたらどうですか。こう提案すると、政治のプロはきっとおっしゃるんでしょうね、そんなことしてたら時間がかかって選挙に間に合わないと。しかし、地方選・参議員選と結果は非常に厳しかったはずなのに、その反省と今後の方針について激論されたのかされてないのかも含めて、わたしには伝わってこない。1ミニ政党ならいざしらず、時の政権を担っている「大」政党という自負を持って、自民党の単独政権妄想を吹き飛ばすような「新党づくり」をやって下さい。もはや連立時代は幕を開けたのです。新党さきがけはもちろん、少しでも一緒にやれそうな人々と話し合うべきだと思います。過去のいきさつを捨ててでも努力するのが「新党」だと思いますが、いかがですか。看板の塗り変えだけでは、支持率アップなどとうてい望めないでしょう。
さらなる希望は、呼びかけ人会議にもっと女性のメンバーを!ということです。北京で開かれていた第4回国連世界女性会議が、行動綱領を採択して15日閉会しました。
綱領の採択を受けて、政府は女性の参加を促進するための具体化を迫られることになるが、「新党」にふさわしく今一番新しい北京宣言の「社会のあらゆる分野で、女性の全面的参加が、平等、開発、平和の達成のための基礎となることを確信する。」をただちに実行できるだけの先進性を持って頂きたい。呼びかけ人56人中、女性が10人にも満たないような顔ぶれでは、これまでの体質が変わっていないことを如実に示している。再考を望みます。
投票率の低下=政治意識の低下ではない。青島都知事やノック知事が誕生する時代である。一票が変革につながるような状況づくりができたらと思う。わたし自身の政治参加は、現在のところ選挙による参加と組合活動(日教組)を通じての参加だが、呼びかけ人に横山英一日教組委員長の名があった。これまでの社会党ー日教組の関係の延長としての参加なら、日教組組合員として異議を唱えたい。同じ組合の中で「社会党支持」「共産党支持」を争っている間に、どちらも選択したくない多くの組合員を組織離れさせてしまったことの反省を、わたしはしなければならないと考えている。
組合は思想・信条に関係なく最も幅広く結集しなければ、交渉する力や変革する力を持ちえない。にもかかわらず、またしても「21労組会議」がつくられ幹部だけの会合が開かれている。社会党が真に「新党」を考えているなら、政党と労働組合の関係についても、過去の苦い経験を繰り返すことのないようにしたいものだ。
(大阪 田中雅恵)

【出典】 アサート No.214 1995年9月22日

カテゴリー: 政治 | 【投稿】「今、なにをなすべきか ?」 はコメントを受け付けていません

【投稿】社会党の新党議論に出口はあるか

【投稿】社会党の新党議論に出口はあるか

<なぜか盛り上がらない新党論議>
社会党とその周辺が俄かに騒がしくなっている。もちろん「新党」問題である。しかし、どうも盛り上がっていない。もたつく議論と社会党内から聞こえてくる不協和音によって「新党」のイメージも湿りっぱなしである。
新党議論は参議院選挙直後から急速にその速度を早めてきた。参議院選挙の結果が低投票率の産物とは言え、新進党の躍進、連立与党側の敗北、そして「政権政党」社会党の大敗が来たるべき衆議院選挙の賛嘆たる結果を予想させたからである。他方連立のパートナーである自民党の中からも社会党との連立政権からあわよくば自民党単独政権を、との連立批判、自民党のアイデンティティを取り戻したいという党内世論が強まった。総裁選挙にいち早く名乗りを上げた日本遺族会会長の橋本龍太郎の勢いは河野現総裁を不出馬に追い込む結果となった。こうしてスタートした自民党総裁選挙は、急遽出馬した小泉純一郎vs橋本龍太郎の闘いとなって現在展開されている。最近のマスコミ論調は社会党の新党議論より総裁選挙の論争の方に重点を移しているようだ。
とは言え、社会党の解党と新しい党結成の流れは結果がどうなるかは、予想ができないにしろ注目しないわけにはいかない。戦後政治の中で社会党支持層に象徴的な日本の民主主義勢力がどのような形で新たな政治的回路を生み出し、連立の時代に政治的イニシアティブを発揮できるのかは、この秋にかかっているからである。

<新党論議の問題点>
まず私が気になることを2点について明確にしておきたい。
第1は、自分自身が労働運動の中に身を置いていることからも言えることだが、「新党」論議について、あくまでも政治=政党と労働運動の境界と相互の責任性を明確にすることが必要であるということ。社会党内の新党論議の低調さ、決断力の無さを理由に「労働組合」の側から新党結成への意見が強く出ている。これには理由がある。分割問題を抱える全電通、民営化問題を抱える全逓、金属機械労組は中小企業対策、政治政策闘争では自治労がそれぞれ深く政治の動向に注目をしている。社会党内よりも切実な感もある。その背景については私もその一員として十分に理解しているつもりである。
しかしである。労働組合内の政治意識も、支持政党なしが増大するなど、宗教団体やそれに近い日本共産党は除くと、団体の利害と個人の政党支持はイコールでなくなりつつある。利益代表型の政治には不透明な部分が金銭問題だけでなくつきまとう。従来の中央組織決定型から一人一人が個人として政治に関わる方がより支持を広げ、議論をオープンなものにできる。
社会党がより開かれた党になるというならば、その結成過程そのものからオープンで個人の責任を明確にしたものにすることが望ましい。その意味から、労働界から社会党の新党論議に余りに注文を付けるという姿勢は「地獄への道は善意で掃き清められている」ということになりはしないか。従来からの社会党総評ブロックという構図は一方で社会党の党としての成長・熟練をさぼらせてきたのではなかったか。
新しい社会民主主義政党(私はそうあるべきだと思うが)は、労組に過度に依存しない自立した政党になるべきである。「21労組会議」の問題もまた、社会党が消滅すれば支持政党が無くなるという労組の危機感先行だけでは同じ轍を踏む可能性が高いということだ。そういう意味で政党と労働組合との関係については、言葉の上での整理は「21労組会議」にしろ「社会党と連帯する労働組合会議」にしろ整理はされているが、実態的には従来の社会党総評ブロックのような構図が見え隠れしているのである。
第2には、現在の村山連立内閣と新党の関係である。現在は社会党は確かに政権党である。しかし、成立の経過の特殊性は置くとしても、最大多数党ではない社会党が首相を出していることと政権の主導権を持っていることは別である。社会党が、「新党結成」を目指すのなら、政権からの離脱も想定するのが本筋である。しかし、現実は政党助成法により金ほしさに、新党結成後に社会党を解党するとか、暫定で村山首相を党首に据えるなどという「歯切れの悪い」新党論議の現実では、新鮮さも魅力も失わせているのではないか。「第3極」という議論も現実的にはそうであろうが、両保守政党では現状の解決はできない、という論議の建て方から基本的には出発しなければならない。
歯切れの悪い結成プロセスからは、中途半端なものしかできないものだ。そういう意味では、社会党の「丸ごと新党」という流れには一定距離を置いたほうがいいのかも知れない。

<先行する労組の新党議論>
労働組合側の新党準備は具体的なレベルで行われている。
8月7日に確認された「民主リベラル新党結成推進労組会議」(以下21労組会議)の「政治の現状と私たちの決意」の中では、参議院選挙結果から「このまま衆議院選挙を迎えれば、一昨年の政権交替で前進するかに見えた日本の政治的民主主義が、再び後退する恐れがあります。私たちはこのような強い危機感と共通認識に立ちます」との現状認識。社会党の打ち出した「民主主義・リベラル新党」形成が具体的に進展することを期待するが、(一向に進まないことに)強い危惧を持つとともに、新政治勢力の形成が私たち自身の課題であると受けとめ、「労働組合としての立場と領域を踏まえて可能な限りの役割を担います」としている。
「21労組会議」の中では、来る総選挙を新党で闘うとして全国300の小選挙区にすべて労組の候補者を立てることを目標に「年齢は40才代で企業籍を離籍している役員は、衆議院選挙の候補者になる覚悟が必要」と組合員数で逆算すると自治労の場合は100名の候補者擁立が必要などの議論もあると言われている。
また、社会民主主義勢力、民主的でリベラルな政治を追及する政党・政治家、自立した様々な市民団体との連携を目指すとして、党内外にこだわらず幅広い結集と「若々しい活力ある政党」であると「新党」のイメージも語られている。
最近の文書によると、「社会党と連帯する労組会議」は、9月14日に社会党への緊急提言(第2次)を送っている。第1は社会党の新党つくりを積極的に支持するが、新党結成のタイミングはこの秋がラストチャンスであり、9月21日の臨時党大会では、新党結成時期・手順と方法等について明確な方針を決定すること。第2は300選挙区すべてに候補者を立てる作業が進んでいないことに強い懸念を持たざるをえず、早期の体制つくりをおこなうこと。第3に排除の論理による狭あいな政治勢力としてでは、理念・政策の一致を踏まえた裾野の広い政治勢力の総結集をめざすべき。第4には新党づくりは「大胆な世代交代」を実現する機会であり、有権者の多数派である”若い世代”と”女性”の支持獲得に特段の留意を、と党大会の直前ではあるが提言を行っている。
労組側は、横路党首による世代交代と、新党さきがけや市民団体との連携に動いているようである。また鉄鋼労連などの旧民社系産別労組も、新進党にはついていけないと、新たな党への支持をも想定した「支持政党の多様性」を定期大会などで決定している。
このような流れの終着は、社会党の分裂も辞さず、「清新な党」「徹底した分権と参加の党」「政策立案能力の高い党」「若い世代と女性を大胆に登用する党」という新党をつくる主役級に労組が躍り出る可能性が、9月21日の社会党臨時大会の動向によっては現実となるかもしれない。

<まとまらない党内の状況>
毎日新聞は、府県本部の書記長と国会議員へのアンケートを実施した。その結果は、書記長レベルでも広島、香川が「新党反対」、また「丸ごと論」への支持が21府県、個人参加方式が13府県とまとまっていない。「社会党:新党像バラバラ」の見出しの印象は強烈である。また国会議員では「新党反対」が4名。社会党解党反対が「新党反対議員」も含め13名。また大会で承認された新党に不参加の可能性があると答えたのは、丸ごと派4名、この指とまれ(個人参加)派11名など、18名に上ったという。
この状態で、どのような大会結果が出るのか。外からは予想することは不可能であるが、今後も紆余曲折があることは確実である。

<丸ごと移行への危惧>
9月14日の社会党中央執行委員会は「丸ごと方式、参加の署名は取らない」という方式を決定したと報道されている。残念ながらこの方式は、単なる党名の変更に過ぎない結果になる可能性が高い。
社会党をまず解党し、新たに新党準備委員会を発足させ、政治理念と政策を明らかにし、党員を募り、参加者の中から代表者を選ぶ。どのような形にせよ、こうした過程が明確にならなければ、はたして新党と胸を張ることはできないと思われるが、どうだろうか。 仮に丸ごと方式であるならば、せめて現時点で他の政党議員・所属者、無所属議員・個人が現社会党議員・党員と対等の権利を持つ新党移行委員会でも作ってオープンな議論を起こしつつ、党の機関・組織を新党に移行するという手段もありか、と思うが。
社会党は14日、学者文化人らと作る新党母体の「新しい政治勢力結集呼びかけ人会議」を正式発足させたが、15日の新聞報道では新党さきがけなど他の党からの参加者はまだないという。
この呼びかけ人会議が「新しい政治勢力の結集を呼びかけるアピール」を出している。「①21世紀に向け日本政治の新しい軸となる大きな政治組織「民主連合」(仮称)をつくろう。②憲法の精神の創造的発展、③基本課題は平和と互恵の国際社会樹立への積極的貢献、官僚制による統治から脱却して分権と自治の確立、市場経済を基本としつつ、人と環境との共生を保障、男女共生社会の実現とすべての人の自立と選択による社会参加を保障、新しい政治組織は大きな理念で一致する市民が一つの政治勢力としてネットワーク的に結集する、新しい政治組織は政党の形をとり、全国300小選挙区に候補者を擁立する」などの内容である。
アピールの内容は特に異論のないところだが、社会党と新党との関係はまだまだ曖昧である。すでに10月下旬というタイムスケジュールも動き出しているが、果たして第3極になりうるか、誰もその確信を持っているわけではない。むしろ、現状ではそうはならない可能性の方が高いと見るほうがいいのではないか。(1995-09-18 佐野秀夫)

【出典】 アサート No.214 1995年9月22日

カテゴリー: 政治 | 【投稿】社会党の新党議論に出口はあるか はコメントを受け付けていません

【書評雑感】大江あるいは金芝河のこと(日記から)

【書評雑感】大江あるいは金芝河のこと(日記から)

(7・12)
AUM事件の公判準備が報道される中で、マスコミの関心はまったく薄れ、この事件の反社会性についてまず枕言葉を並べない限り、これについて何も語れない状態ではなくなった。こうしたなかで、浅田・中沢の対談が中公8月号に載っている。
浅田の姿勢には、国立大学の教師に相応しい「配慮」が見られるが、ニューアカデミズムの読み違い、つまりこの現実とパラレルな世界への逃避をもたらしたのは自分たちの責任ではないと述べ、責めに徹している。中沢は、「チベットのモ―ツァルト」の隣に「麻原」の著作が並べられていたこと、AUMに入信したものの20%が、中沢のこの本を読んでいたと言い、やや同情的であるが、迷惑なことだという基調は貫かれている。さて、先日の「朝まで生テレ」もそうであったが、今日の思想・文化状況の危機が強調され、その克服の為の処方箋が様々な形で提起されている。総じて言えることは、「ゾルレン」、「相対主義の克服」、「イデオロギーの回復」等々、硬派の主張が目立つ。
まことに恐れ入るというか、困ったというか、ソ連の崩壊と冷戦の終結の中で勝利した筈の側の人々が、みずからのイデオロギーに自信を失って、何かを求めているのである。ポストモダンのなかで新しい理念が求められているという呼びかけも盛んである。
どうしてこんなに慌てているのであろうか。「ソフィーの世界」の哲学への誘いは純情でヒューマニスティックで好感がもてるが、それでも、なんともうさん臭い感じがするのはなぜだろうか。
この点で、サイードと大江の対談は、その悠長さと謙虚さというスタンスに共感を感じる。
あわてる乞食は貰いが少ないのだ。
大江は5年間勉強して、新しいナラティブのスタイルを見つけたいと言っているが、ナラティブが「さっちゃんと」とK伯父の後者の優越性と知性によって統一されるといったものから、真の対位法が確立されるか注目される。大江は、最近のG・グラスとの往復書簡のなかで、AUMの反社会性と暴力性を描けなかったのは、リアリティーの欠如だったと述べているが、それは、K伯父の分身が「ギー兄ちゃん」であり、「癒し」のためのコミュニティーの理想像であったからには、リアリティーがあれば、この「最後の小説」は本来成り立たないばかりか、ドストエフスキー的な精神なしにそれは不可能であり、またそうであれば、大江らしいものは全て失われてしまったのである。このG・グラスへの返信には嘘があり、この克服が、今後のナラティブの成否を決するのではなかろうか。それにしても、本田勝一との「紛争」は近年まれに見る、「珍事」である。こんなことが起きていようとは、「金曜日」という、私の趣味に合わない雑誌を読んでいないために、ぜんぜん知らなかった。毎日新聞社の本田の本(大江健三郎の人生:貧困なる精神Ⅹ集)を読んでなんとも気まずい汚いものを見たような気になった。
硬派の独り善がりが蔓延している。平板な相対主義と立体的な多元主義の違い、寛容とあいまいさの違いを見間違ってはなるまい。
特効薬を求めるのは、AUMの促成栽培の修業と解脱によく似ている。
結論を急ぐな。結論は出ていないのだ。天才の出現を望むな。あまりにも天才が出過ぎたといって「近代のモダン」を否定してから、まだ、さほど時は経っていないのだ。

(7・15)
「世界」臨時増刊号の「ソウルシンポ=現代文明の課題」(主催 韓国クリスチャン・アカデミー)を読む。
ここで、大江と金芝河が報告を行っている。
大江の報告は、彼の「万延元年のフットボール」の解題と、日本人の犯した誤りに対する、バランスの取れたヒューマニストらしい述懐である。これには特に目新しい視点はないが、ノーベル賞授賞後、最初に訪問する国として「韓国」を選んだことを強調している。これは、西欧主義者と言う、一部に存在する批判に対する彼らしい回答であろう。これはこれでよい。けちを付けて、何か有益な結果が得られるものでもあるまい。
注目すべきは、金の報告である。ここで彼は、自らの今日に於ける、哲学的あるいは思想的、もしくは信仰的な体系を開陳している。それは、西欧文明の批判、科学的合理主義への糾弾に重点が置かれている。特に、それらに対置するものとして、「東学」や「気」、「華厳教」が打出されている。また、東北アジアの「儒教」、「仏教」、「道教」などの共通文化を基礎にした新しい共同体が理想郷として描かれている。
彼の語調は、ゾルレンに主題があるように聞こえるが、内容的にはむしろ、ザインとの和合あるいは合一に力点があるように思う。彼が、有名な「五賊」を書いた後、逮捕され長い獄中生活を送り、拷問と薬物投与を受けたということが報道されたことがある。
しかし、その間の思索のプロセスや到達点について、ほとんど知らない。かって受けた印象に、彼は「転向」したのではないかという懐疑的なものがあった。しかし、この報告を読むと、彼の反体制的なスタンスが変化し、より全人類的な視点に中心が移されていることが分る。この是非について、政治主義的に批判するのは容易である。政治がパフォーマンスの競り合いであるからには、彼の考えを、再び、こんな世界の利害やその水準に照らし合せることは、冒涜であろう。従って、この彼の「揺らぎ」理論への共感、や「ポストモダンの無責任さへの批判」などを含む、猛勉強のあとが想像されるこの到達点の体系について、東洋主義的偏向(大江に対するものとは反対に)などという皮相的な批判や軽視は許されないであろう。重要なのは「解釈」することではないが、さりとて、教条的な処方箋に依拠した「変革」でもないからである。(N・I)

【出典】 アサート No.213 1995年8月11日

カテゴリー: 書評, 雑感 | 【書評雑感】大江あるいは金芝河のこと(日記から) はコメントを受け付けていません

【本の紹介】投票率の低下と民主主義

【本の紹介】投票率の低下と民主主義
    『アメリカで「革命」が起きる ワシントン解体を迫る新ポピュリズム』、
       ケビン・フィリップス著、1995.6.9発行、日本経済新聞社、2300円

<<「議会制民主主義へのサボタージュ」>>
今回の参議院選挙で、投票率の低さ(44.51%)が民主主義の危機として大きく取り上げられている。投票日翌日7/24、日経紙一面の「敗北した民主主義」と題する論説はその中でもなかなか刺激的である。編集委員の田勢氏はその中で「有権者の政治意識はもはや「怒り」というような生易しい段階ではなく、二人に一人が投票を拒否するという議会制民主主義へのサボタージュとなって表れた。事態は深刻である」、と注意を喚起している。歴史の教訓はこうしたサボタージュの結果が何をもたらしたかを明らかにしている。「ドイツでワイマール共和国がわずか14年で崩壊し、ヒトラーの登場を許したのも、わが国が太平洋戦争への道をひた走ったのも、政府が機能せず、国民の意思表示がなかったためだ。民主主義は戦わなければ守れない。歴史はそのことを教えている」と氏は強調する。
「民主主義は戦わなければ守れない」、確かにその通りである。さらに言えば、「民主主義は戦いとる」ことこそが重要であろう。しかしそれは様々な分野で多種多様な形態で、より広範な人々の積極的な参加を得て、闘われていることが前提であろう。ドイツナチズムと日本軍国主義の台頭を許した歴史的な反省と教訓は、戦後50年の今日においてもまだまだ汲めども尽きせぬ重要な諸問題を提起しているといえよう。議会制民主主義の空洞化とそれに照応した投票率の低下もその一つである。
田勢氏は「政治が人々の心を捕らえることができないのは世界的な傾向だが、欧米先進各国に比べても今回の参院選の投票率の低さは異常だ」として、米大統領選挙55.2%(92/11)、英総選挙77.7%(92/4)、仏総選挙68.9%(93/3)、等を上げて日本の投票率の異常さを指摘している。確かに今回の参院選の場合、一部では有権者の一桁台の得票だけで当選していることを考えれば異常である。これを「無党派層の増大」で片付けるのではなく、なぜこのような事態がもたらされているのかを明らかにしていくことが問われているといえよう。

<<米中間選挙との共通性>>
しかし田勢氏は上げていないのであるが、昨年94年11月に行われた米中間選挙の投票率は、38.7%に過ぎなかった。これでも最低の投票率ではなかった。政治の閉塞した状況が続けば、日本でもまだまだこの程度までは投票率は下がるのではないだろうか。すでに都市部では30%台の投票率になっているのである。しかもこの米中間選挙は、今回の日本の参院選と状況に多くの共通性を持っている。どちらも半数改選であり、現政権にとって初めての国勢レベルでの選挙であった。そしていずれも野党側が大きく躍進した。その結果米議会では、40年ぶりの共和党の上下両院支配という新しい事態が出現し、クリントン政権は少数与党として再選基盤が大きく損なわれ、改革の姿勢も右往左往せざるをえない状況に追い込まれたのである。
ここに紹介する表題の書名はやや誇張した感を与えるが、原題は「傲慢な首都--ワシントン、ウオール街、アメリカ政治の欲求不満」である。訳者(日経編集委員・伊奈久喜氏)によれば、アメリカでの「革命」は、1776年の独立革命であり、その革命思想とは、人民が政府を倒す権限を持つとするジェファソニアン・デモクラシーとも呼ばれる考え方である。本書で著者がポピュリズムと呼ぶものである。
著者はこの昨年の米中間選挙について次のように述べている。
「94年11月の選挙に関する最初の警告は、幻滅したアメリカの選挙民の極端な気まぐれである。投票者はもはやワシントンも、共和党、民主党の二大政党制も信頼していない。大統領就任式から18カ月たった民主党のビル・クリントンは自分の信頼度、再選への支持率が30%に落ちるのを見た。11月8日、彼は大量の不信任票を突きつけられた。
下院で53議席、上院で8議席減らしたのだ。新任大統領が、議会で自分の党がこれほど多くの議席を失うのを見たのは、1922年のウォーレン・ハディング以来である。」

<<「新たな第3党」への期待>>
なぜこのような事態になったのか。著者はこれについて、「政治家たちはひとたび選ばれてしまえば、ただ表面的な改革に取り組むだけだという教訓は、アメリカだけでなく、日本やその他G7諸国にもあてはまる」と述べ、さらに「アメリカ政治に於ける4回の地滑り現象のどれもが、権力を持つ政党、大統領に対するリアクションだったことを明らかにしている。つまり野党の特定のテーマに対する支持というよりも、不況、スキャンダル、戦争、市民の不安に反応したものなのである。共和党は今回は状況が違うと強調してきた。・・・ビル・クリントン、民主党、ワシントンへの反対票は、・・・共和党の「アメリカとの契約」を実際に支持したと主張したのである。しかし1994年のタイム誌、CNNの調査によれば、共和党支持者ですら、投票者たちが共和党のプログラムに対する支持に動機づけられたとは信じていない。
まず多数の投票者は、新たな共和党議会がただいつもと同じ政治を演じているだけだとの考えを表明し続けている。新しい時代の到来を見る人はほとんどいない。・・・95年3月のタイム誌の全国調査によれば、アメリカ人の56%は依然として新たな第三党を望んでいた」ことを明らかにしている。
さらに著者は、日本語版への序文の中で「勝利者たちが騒々しく変化をがなりたてた。しかし主な現実はといえば、特殊利益グループにカネを迫り、その言い分を立法化する政治家の一団が一方から他方に変わったに過ぎない。ただ今回は、立法者も利益グループ側もより保守的で経済界寄りになった。日本の読者は、このパターンをありふれたものと思われるかもしれない」と実に皮肉たっぷりに共通した特徴を指摘している。

<<「90年代に関する予測」>>
著者は主要国に共通する政治の閉塞状況と動脈硬化を歴史的に分析しながらも、にもかかわらず長期的な政治変化の可能性に大きな期待と現実的な可能性を寄せている。著者の「90年代に関する予測」は以下のようなものであるが、日本にとっても多くの共通性と示唆に富んでいるといえよう。
・ワシントンに対する軽蔑(他国では首都への軽蔑)は、政治、統治機構の改革への主要な力であり続けるだろう。
・政党の基盤は侵食され続けるだろう。他のG7諸国と同様、アメリカにも新党が現れるかもしれない。しかしこうした新党が民主党や共和党のような規模に達するとは考えにくい。
・次の十年間のうちには無所属の大統領の登場も考えられる。
・次の十年間のうちにはアメリカの代議制は、もっと直接的な参加型デモクラシーになる可能性が大きい。ある状況においては直接投票によって投票者に州と国の法律を作らせる。市民に電話、郵送、コンピューターによる投票を許す。全国集会を開き、投票者を代表するグループが主要問題を議論する。そして多分、上下両院議員がワシントンの本会議場にいるのを求められるよりも、選挙区の地域、州から投票あるいは立法を行うことができるようになる。技術の変化により、こうしたことがすべてぐっと容易になるだろう。
・こうした変化が広範に起きれば、アメリカの選挙における投票率は、大統領選挙50-55%、中間選挙36-38%という現在の低水準から跳ね上がるだろう。またそれが起きるのは、有権者全体があまり裕福ではなく、中間層への傾斜も少なくなり、保守的でなくなっている時だろう。・・・この現象は、2000年、そして新たな千年期が近づいた時に一層鮮明になるだろう。

参院選や日本の政治状況を振り返って、多くの共通性と同時に刺激的な問題提起を与えてくれるのではないだろうか。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.213 1995年8月11日

カテゴリー: 政治, 書評, 生駒 敬 | 【本の紹介】投票率の低下と民主主義 はコメントを受け付けていません

【投稿】ヒロシマの地に立って思うこと

【投稿】ヒロシマの地に立って思うこと
                <<ヒロシマのメッセージとフランス核実験>>

「被爆50年」「戦後50年」・・・「50」という数字に押されて、今年の8月6日は、大阪でなくヒロシマで過ごさなくてはという思いが、日に日に強まり、日帰りの旅となった。4日前に友人に知らせると、「組合の動員?」と役員をしている私の立場を思いやって聞いてくれた。連合の平和集会のことも、心の片隅にはあったが「50年」の今年こそは、仕事や立場から少し離れて一個の人間として、ヒロシマの地に立って考えてみたかった。
新大阪駅の待合いのソファに腰掛けているとき、「8時15分」になった。ヒロシマに向かって黙祷をした。広島に着くと、すぐ市電で平和公園へ。資料館は8月6日に限り無料であった。地下1階の壁に展示してあった「ひろしま21世紀へのはがき;一人ひとこと-未来に残そう市民の声・伝えよう私たちの思い」の数々が目を引いた。今年4月1日から7月15日までに届いたはがきを、年齢別に貼ってあったが、60台70台の人たちの多くは、小さな字でびっしりと思いを綴っていた。中には16枚も繋げてあるはがきもあった。これらはすべて資料館に100周年まで保存されるそうなので、私自身も平和な21世紀を願って、置いてあったポストに投函した。
被爆したアオギリの横で、車座になった人々に「おばちゃんはね、、、」と語っておられる方に見覚えがあった。沼田鈴子さんだ。ベンチの下に置かれた松葉杖。戦争が、原爆が、21歳の女性から左足のみならず青春のすべてを奪った。戦争の愚かさ、原爆のむごさが、多くの語り部たちによって伝えられているのに、今また、「核実験」を強行しようとする国がある。冷戦時代は終わり、地球規模で平和を考えていかなければならない時に、「なぜ?核」「どうして?実験」、憤りとともに人間の愚鈍さが痛烈に胸を突き上げてくる。フランスの発表に機敏に反応したオーストラリアの首相はさすがだ。村山首相にももっと敏感になって頂きたい、唯一の被爆国ニッポンの首相として。抗議の国会決議で済ませず、「大使一時召喚」ぐらい本気に考えてほしい。「戦後50年決議」も一生懸命やったわりには評判がよくない。連立政権は気苦労が多いとは思うが、村山首相には社会党党首として「平和の問題」については有終の美を飾って頂きたい。
私自身は、署名運動はもちろん、当面は個人でもフランス製品不買をする決意だ。戦後原水禁運動が、東京の一主婦の呼びかけからスタートしたように、出発はいつもささやかである。「禁」と「協」が、「連合」と共に話し合いのテーブルについたように報じてあったが、「50年」を境目にしなければ行動できない狭さを相互に猛省したい。
今回の短い旅の終わりに立ち寄った「広島市現代美術館」(比治山公園)の展示作品「ヒロシマ以後-現代美術からのメッセージ」は、強烈であった。建物もアートそのものでよかったし、8月6日にふさわしい作品の数々を丁寧に集められた方々の熱い思いが、ひしひしと感じられた。1995年8月6日、ヒロシマの地に立って思ったことをこれからどう肉付けするか思案しながら、比治山を下りた。
(田中 雅恵)

【出典】 アサート No.213 1995年8月11日

カテゴリー: 平和, 社会運動 | 【投稿】ヒロシマの地に立って思うこと はコメントを受け付けていません

【討論】1995年7月参議院選挙結果は何を意味しているか

【討論】1995年7月参議院選挙結果は何を意味しているか

7月23日の参議院選挙結果から我々は何を導き出すべきか。アサート編集委員会(在阪メンバー)と投稿等でお世話になっている読者も参加いただき、7月30日に参議院選挙結果をテーマに討論会を開催しました。以下はその要約です。
(文責 編集委員会 佐野)

<感想>
【非常に疲れた選挙だった】
A:たくさんの問題があると思われますが、まずそれぞれの関わり方から感想を述べていただきたいと思います。まず私の方ですが、労働組合の立場で大阪選挙区選挙に関わりました。大阪の選挙区は谷畑議員が衆議院に替わるということになり、候補者選びが難航。1カ月前に福間みね子に決定。結果として「無党派」狙いの候補者だったことが裏目にでて、比例区の社会党票の2/3しか取れず、新進、共産、自民に負けたわけです。
労組の立場で言えば、社会党は最後まで動かなかった。金属、自治労、全逓などは比例区候補と持つ労組が主体の選挙だった。それでも末端までは固めることはできなかった。社会党議員は社会党の選挙だと思っていなかったようだ。非常に動きが悪かった。結果は言わずもがなと言える。新進党はダントツで、その辺の評価は非常に苦しむところだ。全体的には非常に疲れた選挙だった。
また旧来の社会党支持労組・団体の中で問題を残している。消え去る社会党とは言え、解放同盟などの新進党よりの動きには、労組の中で違和感を与えているのは事実だ。

B とにかく無関心、燃えない選挙だった。自分自身統一地方選のあとということもあり、今までの主体的な関わりに比べて、無関心だった。投票率が低く、組織票が前に出た選挙だった。気になるのは、新進党と社会党との関係、解放同盟がかなり組織的に白浜に流れた。これまでの社会党系労組の組織票が固定的になっておらず、タガがゆるんできている。今後の政治と労組なり、解放運動なりの大衆運動との関係の枠組みが流動的になっている。大阪の民主主義運動と政党との関係が見えなくなっている。新進党票の半分以上は学会票ではないだろうか。公明ということならこんなにはとれなかっただろう。今後の小選挙区制の衆議院選挙なら組織票が決定づける。私は以前から小選挙区制反対だが、危惧していたことが、無関心層の増大というかたちで出てきた。

C 新進党が1250万票とったうちの、600万から700万が学会票だと言われている。

E 私は結果をみて、2つの点に関心がある。1つは、従来の大衆運動団体と既成政党との関係が再編されている、ギクシャクしているということ。ただ、私はあまりその点には興味がない。2つめは、投票率が45%ということで、今の政治のシステムに参加しているのはこれがマキシマムだ。政令指定都市とその周辺が非常に低い。30%台である。これだけしかくくっていない政治の中で結果を出せば、組織票の棲み分けはある程度すんでいるので、こんな結果だろう。政治というものをどういうシステムにしていくのか、どういう統治のありかたにしていくのか、根本的な再生を打ち出していくようなことがないと、今の既存の枠の中で政策を掲げて闘っていくのでは、もはややっていいけないのではないか。大きな新たな日本社会の統治のシステムをどうしていくのか、を展望して政策を打ち出していく新たな政治勢力がでてこないと再生できないと思う。

F このメンバ-のなかでは一番現場のしがらみがない私だが、なんとか投票にはいき社会党-福間に入れた。前回のアサ-トにも「悩み」を書いたが、現場でがんばっている先輩がいろんな動きを見せる中でどう考えていけばいいのか、いまだに悩んでいる。結果は投票率が低いときにはこんなものかなと思う。いわれている「無党派層の増大」も、これまでの浮動票がふえただけのことではないか。消費税の時には社会党にいき、新党ブ-ムの時には新党にいき、今回はネタがなかったのでいかなかっただけではないか。次のネタは何かということが問題だ。新進党も内部的は公明との関係でややこしくなりそうだし、社会党はますます民主リベラル勢力の結集が敗け続きの中でしんどくなるだろう。どうすればいいのか、あい変わらず悩みはつきそうにない。ふと気が付けば自分自身が無党派になってしまっていた。

E 既成の政党が、理念、利害、大事にすることという政党の基礎になる違いがわからないから選びようがない。保守的な人からすれば、今の自民党は社会党に加担しているように映るし、従来の社会党支持者にすれば、自民党にとりこまれていて、社会党に投票することが自分の考えを表明することにはならないという構図になっている。新進党は何をしたいのかわからない。自社へのアンチということになる。こんなことでは壮大な金をかけて何をやっているのか、全然わからない。非常に危機的で、政治が本質的なところで機能していない。選挙結果で違いなり、政策の変化が出てこない。結果のもたらすことが、政権の行方と党の役職人事だけである。

【新進党は躍進したのか】
C 客観的なデ-タで注目しておくべき点がいくつかある。新進党が比例区で1250万票、得票率で30.8%獲得しているが、93年7月の衆議院選挙の新生党、公明党、民社党、日本新党の合計した1887万票より630万票減っている。得票率は30%である。0.8%あがっただけ。投票率が低かったので議席を多く獲得できた。
もうひとつ、共産党は今回前進したと赤旗では評価しているが、得票率は前回の92年に比べて7.9%から9.5%にあがっているが、前々回395万票で今回387万票で絶対的な票では変わっていない。公明にしろ共産党にしろ、ほぼ確定的な固定票がそのまま移行しているだけで、投票率が下がるから相対的にあがっただけ。選挙区でも共産党は前々回536万票だったのが今回431万票に減っている。が、得票率は9.4%から10.4%に1%あがっている。選挙後の日共常任幹部会の声明では、「・・・我々は前進した。これに勇気づけられて・・・」と言いながら、「・・・これまでにない広い人々が初めて日本共産党への支持と投票に踏み出したこと」と言っているのは、先の分析で見れば嘘である。決して無党派層からとったわけではない。また「今回の参議院選挙で赤旗読者の陣地を前回より後退させたままで闘わざるを得ませんでした。・・・後退の危険な状態にあります」ということで、新たな読者が2万で、やめる人が2万以上あるという中でとった票だいう分析を一方でしている。公明、共産の固定票の評価については、厳しい見方をしておかなければならない。投票率については、まだ下がる危険性があると思う。平均で30%台にいくのではないかと。こういう不明確なままでダッチロ-ルしていくのであれば。アメリカの先の中間選挙も36%だった。非常によく似た状況にある。共和党が改革を掲げて、クリントン政権に巻き返している。投票率が下がれば、新進党の単独過半数もあり得るという危険性も十分にみておかねばならない。

【低投票率は政治システムの危機】
E 投票率はこれから新たなことがない限り上がることはない。もっと下がっていく。都市部では先行している。票の後退性の問題で、後退の少ない固定票のあるところが浮上している。権力の正当性が問われているという根源的な危機だ。そういう選挙総括を訴える政党がなぜないのか。自分の党の勝った敗けたではなく、日本の政治システムの一種の危機なんだと。社会党は、社会党の危機を日本の政治システムの危機に置き換えればよいのだ。そういう訴え方をしないと。そうすれば新党論議もバックグランドを持った話と受けとめられる。共産党も勝ったといっているようではダメだ。新進党は勝ったというが、勝ったということに未来を感じない。45%の割り振りでは伸びない。やはり残り55%から新しい政策を打ち出して、いくら取ってこれるかだ。
G 投票率という点では、今回は参議院選挙という自分とは遠い存在だという意識があるのではないか。誰に入れて誰がなっても自分の生活には関係ないという意識があるから低いんだろうと思う。うちの市でいうと、市会議員選があって、市長選があって、府会議員選があって、府会では敗けてということで、非常に疲れているときに参議院選挙があって、「福間?誰?」という感じになった。ただ、危機だといわれているが、政治をやっている人は危機だと思わなければならないだろうが、市民のレベルではそんなに危機とは思っていない。私もそんなに危機かなあという気がする。新進党が増えてどうなるのかといっても、新進党が何を主張しているのかわからない。感覚的に「小沢、公明がいやだなあ」ということはあっても・・・。しらけているというよりも、今はこれでいいんではないかという意識の方が強いのではないか。私は組合の役員をやっていて、多少政治にかかわっていて、今の状況はぼろぼろだなとは思うが。組織で票をとっていく時代から、個々の価値観で考え、投票しようと・・・。
無党派と言いわれているのは、青島・ノックの時からで、それまでは無党派ではなかった。政党がみんな敗けたということで、都民や府民が「変えれるんだ」ということに気付いたんだと思う。参議院は誰に入れても変わらないだろうということから、この参議院というのはまだまだ総括しにくいんじゃないかという気がする。共産党も、本当に勝ったんなら、世の中もっと変わるはずだ。よく勝ったなどと言えるな、恥ずかしくないのかなと思う。今回投票にいった人は何かで利害、関わりを持った人がいっただけ。政党より国民の方が前にいっている。衆議院になると、もっと身近になって投票にいくんじゃないか。利害代表の時代は過ぎているはずだが、やはり利害代表になっている。どう考えても連立の時代になっていくだろう。価値観を持っているいろいろな政党が出てくるだろう。
H 自分のまわりでも投票に行かなかった人が多い。地域でも意志一致がされなかった。行かなければという熱意がなかった。何かあれば、残りの55%に火が付けば、一気に変わるんじゃないかという気がする。

【社会党に危機感はあったか】
A 大阪の参議院選挙では、もともと社会党は6年前の谷畑選挙以外は本格的な選挙にならなかった。今回も候補者選びの遅れもあり、まず労組が前に出る選挙になった。一時は旧総評系だけで選挙が出来るというスッキリした気持ちもでたが、労組票というのももはやあてにならないな、という感じだ。全逓と全電通が社会党の支持団体から抜ける。自治労も今年の秋の大会で社会党一党支持をやめる。週刊誌によれば、自治労の後藤委員長が「さきがけを中心としたリベラルをつくる」と言っているそうだ。自社政権が過渡的なものといいながら、当面維持し続けているわけで、そのケジメのなさが、社会党支持層にはわからない。左派は嫌いだが、自民党はもっと嫌いだから。
C 信組、大蔵省の問題で、さきがけが票をとれなかったということと、野坂建設相の長良川の問題で、どちらも自社政権でありながら、本来発揮すべき重要な役割の時に何もできなかったという両党に対し、あきらめというか阿呆らしさというか、投票に行かなかった人が増えただろう。中村敦夫は当選してほしかったが、東京ということで信組問題の影響をもろに受けた。社会党も長良川では100万票逃げたと言われているが、どんな解決をするにせよ、ああいう格好でしか野坂が言えなかったというのは大きく響いた。

【無党派層は無責任層(?)】
B 辛口の発言をさせてもらえば、無党派層という問題について。先ほど進歩的というような発言があったが・・・。政党政治の危機というのは私も賛成だが、我々が評論家的に論じるだけではなく主体的にどうするのかを真剣に考えるなら、新しい政党がでてこなければ、と言っても仕方がない。現状においては自社と新進党の2極なのだから、この2極の中でどういう選択肢がありうるのか、よりましなより民主的な政府とは何かという真剣な議論をしないと、どこがやっても一緒、だから無党派層がでてきたんだ、白けているその人たちの方がよく考えているんだという言い方は、マスコミチックな過大評価だと思う。
正直に言って、現実のこの枠組の中で新党をつくらなければというのであれば、どういう新党をつくることができるのかということを真剣に考えざるをえない。民主リベラルと言うのであれば、どういう運動をすすめるのか。確かに社会党系の労組は、社会党支持をやめつつあるが、民社党系の労組も新進党支持とリベラル支持と2極化がすすんでいる。双方歩みよっている世界がある。アンチ公明も含めて・・・。労働者の立場から労組としては主体的にどういう政権ビジョンを描くのかというのをもう少し具体的に考えていかないとだめである。それが少なくとも責任ある労組の立場だろう。
もうひとつ、無党派層は確かに、浮動票といわれている時からその時々の情勢に応じて動いてきた。消費税反対の時は社会党に入れたし、既成政党反対の時は青島・横山を当選させた、かと思えば投票しない無関心層として登場する。マスコミは過大評価するが、これは批判すべきだと思う。投票にいかなかったこと、関心がなかったことが、あたかも政党が悪いからだということだけで済ませているマスコミの無党派層の持ち上げに対しては、「無党派層は無責任層」という評価をきっちりとすべきであろう。
政党政治の危機ということで、新しい政党論が言われているが、もうひとつ言わなければならないのは、今回の結果をそのままもってくれば新進党が大勝利になる小選挙区制という選挙制度そのものについての問題も、しかたがないということではなく、より民主的な意見が反映される民主システムとしての選挙制度は何が正しかったのか、あの時の政治改革路線は正しかったのか、自己批判的な総括も含めてきっちりすべきである。従来自分たちがやってきた議論に対しても、責任をもった議論の上に立って、今回の選挙総括をすべきである。
E 政権ビジョンという言葉があったが、一番私が気になっているのは一体何をしようという政権ビジョンの中身である。対立点と言われている国連の常任理事国になるとかならないとか、そういうレベルのビジョンではなくて、自分の生活との関わりの中で政治がどういう役割をしてくれるのかということと選挙との関わりがどうなっているのかということがはっきりしていかないとわからないではないか。何のために選挙をやっているのか、争点になっていない。選挙制度だけではなくて、もっと広い意味で今の政治のしくみがそれを争点化しにくいのであれば、違うかたち、私は地方分権しかないと思うのだが、地域に市民の政府をつくっていくんだということを本当に今はっきりと打ち出していくようなことがないと、逆にもう見えてこないんではないか。

【論争無き政治・政治でいいのか】
B それは全くそのとおりだと思う。要するに無党派層は無責任層であるけれども、政治を肌に感じないという日常生活と政治との隔たりがあると思う。それは政策での論争があまりにも無さすぎるということで、政策と言えば、昔は安保で最近ではPKOだとかかなりイデオロギ-チックなことを政策ぽく言ってきた経過があるから、環境の問題にアプロ-チできるのはどういうことなのか、高齢者介護の問題をどうするのかといった政策ビジョンをきっちりと議論を出しながらの選挙運動になっているのか、そうはなっていない。抽象的になっている。そういう政策ビジョンを議論しにくい選挙制度が非常に問題だと思う。立会演説会がなくなっているとか・・・。選挙制度だけに責任を負わせられないとは思っている。利害の問題で言えば、サラリ-マンの利害と農民の利害は違うし、商工業者とも違うだろうし、すべてを包含するようなことを言おうとするから政党に対して「ええことばっかりいいやがって」ということがあるのではないか。もっと具体的な勤労諸階層のある一定の部分の利害を代表する政党がもっとあってもいいのではないか。どこに依拠した政党なのかということを言わない政党が多すぎる。きっちりと言うことが、政党に求められているという気がする。

【社会民主主義と新保守主義と】
C 言わないというよりも、新進党にしても自社にしても、社会民主主義と新保守主義との対立があるとすれば、両方とも同じものを抱えているわけである。新進党も社民的なものがあるから一定の労組が支持するが、新進党の主流が新保守主義であることは間違いないわけである。自社の方も、社会党はやはり社民勢力だが、自民党もリベラルな部分もあれば保守反動的な部分もある。これが両方で闘っていて、対立軸が明らかにならない。とすれば、社民の側はもっとそのスロ-ガンや地方分権のことをはっきり出すべきなのである。出さないまま突っ込んでいくから、どうしても大衆のものにならないのだ。
E 既成政党の枠組みの中で、どうやったらガラガラポンができるのか。何かあれば保・保連合の話がでるが、早く保・保でくっついたらいいのにと、当面の政党再編のスパンでの関心はそこにある。まずイデオロギ-の混在状態にあるのを、すっきり縦に線を入れたい。そのためには極がしっかりしないと後が集まりにくいので、自民党の渡辺の勢力と小沢の勢力がちゃんとくっついてほしい。根が同じ人たちの勢力が。戦後50年決議のように戦争観・歴史観の問題とか、小さい政府論でいくとか、そういう新保守の人たちが高らかに旗を振ってくれないから、後がすっきりしないという気がする。小沢の日本改造論は評価している。日本の保守政治家でああいう理念的なものを先に出したということで、中身の賛否はともかく、あれを軸に色分けがされればすっきりとしていた。
B 地方分権で言えば、消費税が定着したというのなら、インボイスにしてきっちりとって、地方の財源をはっきりさせてというような政策をはっきりと出さないとダメだ。連合が民主リベラルというのであれば、そういう具体的な政策でいわないとダメだ。今は避難場所として民主リベラルが言われている。連合がいうのであれば、もっときっちりと出すべきだ。連合自身があいまいに出している。村山政権の不信任ということで言えば、具体的に政策ビジョンをどこも出していない中での組織票の強いもの勝ちという結果だから、不信任はされていない、ただし信任もされていないというのが率直なところだ。信任、不信任を問うような選挙の実態ではなかった。現状の政治状況をただ単純に表しているだけのことだった。

【介護保険:社会保険か租税方式か】
E 私はこの間アサ-トで地方分権の問題を書いてきたのだが、もうひとつの問題意識は大分こだわって書いてきたのだが、介護保険制度の問題である。最近になってようやくマスコミがいろいろと書いている。今の政治改革の問題というのは、中央官僚を中心とした政策決定と議員を中心とした政党、政治とのバランスの問題というのが隠れた問題としてある。介護保険制度の導入を柱とした老人保健福祉審議会の中間報告を参議院選挙が終わった後に出しているのだ。では参議院選挙で政党の側は、公的介護という21世紀の高齢社会を支える根本的な政策の柱となる課題、租税方式でいくのか、社会保険方式でいくのかというのは国家ビジョンとしてすごく大きな争点だったはずなのだが、結局何も言っていない。社会党は含みのある言い方で「介護保険制度も含めて検討する。介護体制を充実するシステムをつくる」と、さきがけが結構断定的な言い方で「介護保険制度を導入する」と、自民党や新進党となるといまいちよくわからない。たぶんみんなよくわからない中で選挙をやっているのだ。それぞれ詳しい人はいるのだが、党全体の認識として詰めた議論をしていない。
北欧の社会福祉制度を研究していて、日本の遅れを指摘し充実を訴えてきたオピニオンリ-ダ-の人たちは、今やみんな公的介護保険導入の旗振りをしている。共通しているのは、リアリズム、現実主義なのだ。結局今の政治に対し、北欧型の租税方式でやるのはとてもじゃないが間に合わない、そういう政治勢力もないし、合意形成もできない。だから、社会保険方式でいくのだと言っている。展望もないのに租税方式でいけというのは無責任だといっている。私に言わせてみれば、社会保険方式でいくにしろ、医療保険制度自身が多くの問題を抱えている上に、屋上屋を重ねれば大変なことになる。決して国民の理解も容易にならない。確かにスウエ-デン方式が日本で難しい事情があるというのは正しい。ただ、この日本の難しい理由を変えることこそが、今の日本の政治が抱えている本来解決すべき課題であると思うのである。それは逆に、21世紀に向けて本当に急速に高齢化が進んで、それをどうするのかという時、後押しされている時でないと、政治というものの根本的な変革はできないと思うのだ。今の政治の現状で言えば、確かに租税負担方式でいくのは難しい。だから社会保険方式のように、より合意形成が簡単で、現状に修正してできるようなものにしたらというのは、福祉関係者の発想だと思う。
私は逆に、だからこそ、それをバックにして、その必要性を背景にして、むしろ政治の方を変えるという芽をどうつくるのかという発想になる。そのひとつの枠組みとして地方分権の問題があり、硬直した予算配分の問題があり、消費税といった間接税の税率の問題がでてくる。段階税率を採用して、インボイス方式を導入して税の透明感を増して、間接税を高くして、そして福祉を充実するというのが社民路線のはずだから、新党という以上は税財源論と地方分権をセットにした政策、福祉・地方自治のシステムをパックにして打ち出さなければならない。そうやって打ち出すと、新保守の人もそれへの対抗軸で競争原理、自助努力を打ち出して、争点化ができるのではないだろうか。

(残念ながら会場の都合で討論はこのあたりで打ち切りとなりました。本日(95-08-06)時点では政局は、自民党内部の総裁選絡みの抗争と内閣改造に焦点は移っています。この討論で今回の参議院選挙の大きな問題点については明らかにされているように思います。引き続き9月号でも、読者の皆さんの討論を受けて議論を続けて行きます。積極的な投稿をお願いします。(佐野)

【出典】 アサート No.213 1995年8月11日

カテゴリー: 対談・意見交換, 政治 | 【討論】1995年7月参議院選挙結果は何を意味しているか はコメントを受け付けていません

【投稿】地方分権と政治改革(8)

【投稿】地方分権と政治改革(8)

4.地方分権と政治改革(続き)

<「新たな統治空間」の形成と政治の改革>
これまでの7回の連載では、はじめに地方分権の流れや基本的な村立構造を概括し、次に介護保険制度導入の問題など福祉政策のあり方を通して「政府」、すなわち公的責任・公的役割のあり方について検討し、そして地方自治体の現状と課題、とりわけ自治が育たない根本的な原因となっている地方財政の構造について述べた。
その都度思いつきで色々なことを書き連ねたため、随分とまわりくどくなってしまったが、私の問題意識の中心は次のようなものである。
すなわち、地方分権という「新たな統治空間」の形成の中で「政治」をどう抜本的に再生するのかということ、もう一歩踏み込んで言えば、今日、「政治」の抜本的再生を図るためには、地方分権を進め、「新たな統治空間」を形成すること以外に道はないということである。
そして、その前提として今一度はっきりとさせなくてはならないことは、「政治」とは何なのかということだろう。
「政治」とは「選挙」ではない。「地元や支援団体への利益奉仕」でもない。個々人の自助努力で解決できない「公共的」な課題解決のための共同体、それが国家であり自治体であると思うが、その共同体の取り組むべき課題や負担のあり方に関する利害調整や意思の形成過程が「政治」だと、私は考えている。
ところが、東西の冷戟構造と高度経済成長の中で、日本の「政治」は著しくスポイルされ続けてきた。国際的には対米追随、国内的には経済成長重視と「中をとる」式の村立回避型政策パターン、これが総てといっても過言ではなかったし、またそれで十分通用した。
主役は中央官僚。そして中央官僚と一体化した自民党がそうした政策を推進し、敵役をつとめる社会党などの野党が反対、最後はほどほどのところでおさめる、これが日本の政治と称されるものであった。
最近になって自民党の一党政治支配が崩れ、細川・羽田の連立政権を経て村山政権ができたが、何かが変わっただろうか。敵役と呼べる政党が見当たらなくなっただけというのが率直なところだろう。新しい「政治」を担えるだけの質をどの既成政党も確立し得ず、選挙での生き残りをかけたパワーゲームに明け暮れている。これでは無党派層と呼ばれる「既成政党不支持層」が多数を占めるのは当然である。来る7月23日に投票を迎える参議院選挙では、社会党が歴史的大敗を喫し、自民党は復調するだろう。しかし、選挙全体の評価としては、特に社会党だけが敗者という訳ではなく、すべての既成政党が敗北したと言えるような結果になると、私は予想している。

<政治が機能するための規模と自治体の可能性>
さて、地方分権を進め、「新たな統治空間」を形成することによって、なぜ「政治」を改革し得るのか、その理由は、煎じ詰めれば「政治」が機能するために適切な空間の規模は「国」ではなく、「地方自治体」レベルであるということに尽きる。もう少し付け加えるならば、次のことが指摘できよう。
第1に、地方自治体における市民と行政の間の「距離」が、官僚制の弊害克服を可能にする近さだということがある。私は、日本の官僚が持つ能力や献身性は極めて優れたものだと考えている。しかし、官僚には限界がある。それは、詰まるところ、現存する法や施策体系の中での安定性や論理的整合性を価値基準として絶対化しすぎていることであろう。一度決定されたものが覆ろうものなら、この世の終わりでもやってくるかのような危機感を官僚、特に中央官僚は強く持っている。これは、判断がいわば高度に抽象化された世界、観念の世界で行われているので、トライ・アンド・エラーを許容することができない心理特性を形成してしまっているからである。その点、自治体行政の場合は、現場に直面しているだけにどうしても現実優先にならざるを得ないし、首長公選という制度上の背景もあって、官僚をして「選択肢の提供」という本来の役割に徹させることが、比較的容易なのである。
第2に、市民が何らかの課題について「公共性」を見出し、それを地域政策として意思決定し、また、納税など自らの負担を引き受けつつ実施するという市民の「選択と負担」をシステム化する可能性が、自治体には残されているということである。なぜならば、1つには自治体が行う諸活動は、国とは異なり、市民自らの生活に身近で、理解を得やすいこと。2つには、選択された自治体の諸活動とコストの関係が国ほど複雑にならず、負担との関係が明確になりやすいからである。
第3に、地方自治体における首長や議員選挙は、国政選挙と比べれば、比較的政策や争点を明確にしやすく、市民の意思形成を図る場としての選挙、すなわち市民の政治参加の場としての選挙としての意味を持たせられる可能性が高い。もちろん、これはあくまでも可能性の問題であって、その具体化のために乗り越えられなければならない課題は多い。しかし、自治体と呼ぶには巨大すぎる東京都ですら、今回の東京都知事選挙が都市博の中止という政策変更をもたらしたのだから、その可能性の高さは実証済といえよう。

5.分権・自治の拡大に向けた新たなシステム
地方分権という「新たな統治空間」の形成の中で、「政治」を抜本的に再生するということは、市民の自治を拡大するということ、すなわち地域民主主義(ローカル・デモクラシー)を確立することを意味する。これまでにも繰り返し述べたが、高齢社会となる21世紀の社会はこれを抜きにして成り立ちえない。ただ、自治体が先に述べたような「政治」が機能するための適切な空間と可能性を持っているとしても、それを現実のものとするには様々な改革が必要である。大きく分けて課題は次の3つであろう。

<地方行政(政府)の改革>
第1は、地方行政(政府)の改革である。この点については、前号で、自治体が獲得しなければならない能力として、Ⅰ地域最適水準となる施策を確立するための政策形成能力、J諸資源の効率的、最適配分をなし得る経営能力や自己改革能力、K政策立案・遂行過程の透明性を高め、市民の信頼を得ることなどを指摘し、少し詳しく述べたので、ここではポイントを指摘するにとどめたい。
地方行政(政府)に与えられた課題は、端的に言うと「質」のアップである。これまでの自治体行政においては、中央大学の辻山教授が指摘されているように、議員の要望をうまくさばくことが職員の能力とされたり、首長が人気取り的な公約を掲げたりすることに起因して、極めて場当たり的な施策展開が行われてきたのが現実である。それを改革し、もう少し理念や計画性に裏付けられた行政を遂行できるようにすることが必要なのである。そのためには、人材の確保・育成・登用などについての人事管理システムを見直すなど、行政内部の運営スタイルを大胆に変革することが必要だと考えるが、ここでは詳細に立ち入らないこととしたい。

<地方財政の改革>
第2の課題は、地方財政の改革である。地方自治体の無責任さの根源となっているのが、仕事に見合った徴税をしない現在の地方の税財政構造であることは前号で述べた。ただ、地方の税財政構造が具体的にどうあるべきかは、国と地方の役割分担など地方分権の具体的なあり方が見えてこないと設計しにくいものらしく、研究者による提言等もあまり見受けられない。もちろん私の手にも余る課題なので、ここでは次のことを指摘するにとどめたい。
1つは、所得・資産・消費という税源を国と地方に合理的に、また地方に厚く配分し、固から地方への財政移転をできる限り小さくすること。
2つは、税率や税目の設定、起債発行等の財源調達の方法については、地方の自主性に任せること。
3つは、地方政府間の財政均衡を図るシステムは、現在の地方交付税制度とは違ったまったく新しいシステムとして確立することである。財政再配分においては、現在大きなウエイトを占めつつある「交付税付きの起債(交付税の事業費補正)」などという手法による個別事業に村する中央政府介入の余地のない包括的かつ第三者機関による客観的調整が行われなくてはならない。
ただ、地方政府が独自に税率を決めるなどということは、かなり長期的な課題であり、かつ市民意識も相当変わらなければ実現できないものである。現実の市民意識は、税のみならず公共料金は安ければ安いほどよいという極めて素朴なレベルでの感覚でしかないからである。市民の「選択と負担」をシステム化するには、行政が納税者に村する会計責任(アカウンタビリテイ)をもっと明確にしなければならないし、あらたな仕組みを導入するなどの工夫も必要だろう。沼田良・国立国会図書館主査は、「地方分権改革一市民の政府を設計する-」(公人社)で、次のような仕組みを紹介している。

「…スイス、アメリカ、ニュージーランドなどの一部自治体においては、一定額以上の投資的事業を住民の財政投票に付すことが義務づけられている。たとえばスイスのチューリッヒ市では、予算や付加税率を市議会が議決したとしても、住民の一定数の要求があれば一般の住民投票に付さなければならない。‥またアメリカの一部の自治体は、事業資金の起債とその償還にあてるための税率引き上げなどが一括して住民投票に付されるしくみをもっている」(205頁)

こうした仕組みの導入によって、市民と自治体が責任を分有することができるようになってはじめて、ローカル・デモクラシーが確立できるのだと、私は考えている。

<地方政治の改革>
第3の課題は、地方政治の改革である。このポイントを端的に表現すると、個々の議員が「個別利害」を超えられるかどうか、すなわち、議員というものが特定の地域や特定の支持者の個別的な利益のため活動するものではないという実態を作りだすことにある。これが相当困難な課題であることは確かだが、議員がこうした活動に精を出している限り、ローカル・デモクラシーの確立など「夢のまた夢」であろう。この課題の実現のためには、北欧などを参考に、次のようなシステムをつくることが必要だと考えている。
1つには、優れた人材を議員に引き入れられるように議員の兼職を一般化することである。議員という職業は、それまでの職を投げ打って就くには、あまりにもハイ・リスクである。専業議員というと聞こえは良いが、落選すると失業者という不安定さでは、「選挙に向けた票あさり」に走ることを誰も責められない。現在は民間大企業の労組出身議員や自営業者だけが事実上兼職しているが、公務員の兼職禁止の廃止や、育児休業や介護休業制度のような「議員休業制度」の創設によって、誰もが不安なく議員になれる条件を整備すべきであろう。福祉の専門職や教師など、多彩な職業の人々が議員になるようになれば、議会における議論は、もっと質の高いものになると思われる。
2つには、議員の兼職を前提にすれば、当然、議会の運営のあり方なども大きな改革が必要である。例えば議会の開催時間を夕方にすることなども必要かもしれない。
3つめは、選挙制度の改革である。地方自治体における選挙を政策によって戦われるものにするためには、地方選挙にこそ比例代表制を導入するべきなのかもしれない。そして、様々なメディアを使っての公営選挙を保障することで、市民の政治参加は極めて容易になる。自らの自治体の政策や運営のあり方について考えを同じくするものが「政党」を結成し、候補者名簿を作成して公営選挙を戦う。こうすれば、女性議員の占める割合もー気に上昇し、議会は根本的に刷新されるだろう。最近、地域政党(ローカル・パーティ)が注目されているが、こうしたシステムを確立していかなければ大きくは育たないように思われる。いずれにしても、地方選挙のあり方は全国一律に決めるのではなく、それぞれの地方自治体で決めることとすべきであろう。
4つめは、自治体内分権を更に進め、地域整備に関する計画策定について直接市民が参加し、権限を持つことのできる組織を整備する、または既存の自治組織にそうした役割を付与していくことが必要である。豊中市など一部の先進都市で実施されている「まちづくり協議会」によるまちづくりの推進と行政によるイまちづくり支援」という手法は、こうした点で今後の方向性を指し示しているように思われる。このように、地域の整備やまちづくりの上で重要な事項について市民と行政が直接共同作業を進める場が確立できれば、行政に地域の「個別利害」を要望し、影響力を行使するという議員の役割は、当然失われていくことになるのではないだろうか。    (1995.7.10)

【出典】 アサート No.212 1995年7月15日

カテゴリー: 分権, 政治 | 【投稿】地方分権と政治改革(8) はコメントを受け付けていません

【翻訳と紹介】「現代ロシアが直面する経済」

【翻訳と紹介】「現代ロシアが直面する経済」
      ニコライ・シメリョフ(ロシア科学アカデミー・ヨーロッパ研究所所長)
          

 以下は、去る6月23日、大阪で開かれた現代社会主義研究会で行われた報告要旨である。報告者は、現代ロシアで最も著名な経済学者の一人である。

1.
 現在のわが国おいては、誰が権力についたとしても、それがデモクラッツであれ、リベラルであれ、ニュー・ソシアリスト、ナショナリストであれ、はたまた軍事体制であったとしても、しばらくの期間は、それがどのような政府であれ、現政府が直面しているものと同一の諸問題に直面せざるを得ないであろうし、同一の手法をもって解決に当たらねばならないであろう。いずれにしてもすでに、それが当然であったのであろうが、過去の包括的な司令経済体制は崩壊しているのである。政権がどのようなものであったとしても、現在のわが国の特殊な諸条件にもっとも適した形での中央における統制と自由市場の施策を追求せざるを得ないのである。
2.
 結局のところ、指導層もそして社会全体も、「ショック」療法であれ「ぬるま湯」療法であれ、いわゆる特別な処方箋には一時的な成果さえも期待などできないことを理解したというか、させられたともいえよう。今日、当初の民主主義と市場への急激な方向転換に対する陶酔感が消え去るとともに、わが「ソビエト」から引き継いだすべてのものによってもたらされた厳しい現実が、ますます明白になってきている。現在展開されている事態は、ここ数年やあるいは数十年といったものではなく、最低でも2世代、おそらくは3世代も要することであろう。
3.
 ロシアが現在直面している重要な経済的課題は、以下の点にあると、私は考えている。
3-1.
 いつまでも「爆弾を抱えたオートボルタ人」の地位に甘んじたくないのであれば、多くの部門で経済的な可能性を持ちながらも、現在まったく必要性がないか、あるいは方向性を与え直すか近代化することが急務となっているような産業部門や企業については除外して考えることが必要である。様々な評価や見積もりが行われているが、こうした部門は産業分野で3分の1から3分の2の間、集団・国営農業部門では4分の3にまで達している。逆説的であり、しかも残酷なようであるが、しかしロシアが実際に必要としているのは、そうした部門を退場させることであり、それが現在進行しているのである。それは避け難いものであったし、それによって経済全体に利益がもたらされるのである。
3-2.
 いずれにしても、巨大企業の私有化、つまりは株式会社化の第一段階は、そのほとんどは形式的なものであるが、この二、三年の内に完了するであろう。現在よりいっそう重要なことは、政府と社会が最終的には私有化後の経済環境に力を集中し、改善をはかることである。とりわけ、政府は、都市部や地方の私企業に対して安全が保証され、不正・腐敗行為が排除された、経済を刺激し、活性化させる環境を創出しなければならない。そうした環境を作り出すことは、特別な重要性を持っている。なぜなら、産業やサービス、農業部門で成果をあげようとしている私的部門にとって、経済の立て直しにともなう失業を吸収する代案は他にはないからである。
3-3.
 ロシアは、最終的には健全で効率的に機能する金融制度を持つ必要がある。財政赤字をGNPの3-4%という可能な限度に削減し、インフレの進行を1ケタの水準に抑え込み、金融システムのすべてにおいて実質金利を確保し、出現し始めたばかりの資本・金融市場を全面的に発展させ、経済全体のドル経済化をストップさせ、ここ数年の内に外国に流出したマネーを呼び戻すことが必要なのである。
3-4.
 10月の分離決議以後、ロシアの政治的不安定性と中央・地方間の緊張の脅威は、実質的には減少している。しかしながら、重要かつもっとも論議を呼ぶ問題、連邦、地域、地方政府間の税収の実際的な配分については、まだ解決されていない。
3-5.
 ソ連崩壊後に新しく独立した諸国(ラトビアとエストニアを除く)のほとんどの破滅的な経済状況は、現代世界経済においてはどれ一つとして経済的に一人立ちすることは不可能であることを実証している。
 再統合にとっては、二つの根本的な「必要」条件がある。先ず第一に、再統合は絶対に自発的なものでなければならず、強制されたものであってはならないということ。再統合は、特別な権利であって、一般的な権利ではないのである。第二に、市場自身が再統合の条件を設定すべきものであって、そこには、人為的な価格引き下げ、補助金、無利子融資、未返済融資といった過去の旧ソ連邦時代にまったくゆがめられていた商取引関係があってはならないということである。
3-6.
 ロシアの改革に対して西側の援助が相当程度増大すると期待することは、きわめて非現実的なことであろう。少なくとも今日までのところ、ロシアに対する西側の政府ならびに民間融資の負債返済の繰り延べが、西側の援助の主要な形態であった。90年代のそうした負債繰り延べの継続は、批判的にみられるべきものである。すべての他の分野において、西側諸国や国際金融機関は、実効性のある社会的安全体系の構築に援助の主要な努力を集中すべきだと、私は考えている。
 同時に、政府はわが国の経済を開放することによって、すべての生産者を外国の競争相手に無慈悲にさらし出すことはできるものではない。開放政策と保護主義の最適な結合を見い出すことも、現代ロシアにとってますます重要な課題となってきている。
4.
 今日われわれは、世界史上前例のない諸問題に直面している。いつの日か首尾よく解決することが出来るであろうか。当然ながら現在、誰も確実なことを約束できるものではない。つまるところは、この国と人々の可能性に信を置くか置かないかという信頼の問題である。
(訳 生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.212 1995年7月15日

カテゴリー: ソ連崩壊, 生駒 敬, 社会主義 | 【翻訳と紹介】「現代ロシアが直面する経済」 はコメントを受け付けていません

【翻訳と紹介】民主主義なき安定 

【翻訳と紹介】民主主義なき安定
                     ミハイル・ゴルバチョフ

この問題は現実的に最も重要であり、ロシア、ヨーロッパ、そして全世界の関心を集めている。しかし、この深刻な問題の周辺では、ロシアの真の利益に合致しない目論見をカムフラージュするように、ありとあらゆる危険な賭けが行なわれている。

<<社会状況の悪化>>
多くのロシア国民にとって安定の問題は、社会が深刻な危機的状況から脱出することへの期待と結びついている。しかし、国民が現政権に安定を期待していないことは、あらゆる世論調査が明らかにしている。政府はその事実に不安をかくさず、このことを考慮して政策を実施し、人々の安定志向を国家権力の利害のために利用する。
大統領やその側近の発言、あるいは行政内部から出た、新しい党ブロック<我が家―ロシア>のリーダーの周囲で展開されるあらゆる宣伝活動が示すように、ロシア政府にとって安定とは、現体制の維持であり、国に危機をもたらしたグループの権力の維持および強化である。<権力の党>は、すでに変更不可能な政策によって縛られている。現在の発展傾向を中断させることは、安定ではなくて、さらなる緊張の招来を意味するものだ。
ここ4カ月間の社会状況に関する意識調査のデータによると、国民の80%が社会状況は悪化したと考え、わずか20%が好転したと考えるにすぎない。
今日、明確に政府と国民のきずなを引き裂いた出来事は、法や人権、世論を踏みにじったチェチェンへの進攻であり、深刻な社会的・政治的紛糾を招いている。歴史的経験が示すように、生活レベルが低下し、屈辱感、絶望感が増大する社会状況は、人々を右翼あるいは左翼的過激主義、民族主義に走らせる可能性があり、そうした危険性を軽視すべきでないと思う。

<<西側の関心、危惧>>
ロシアにおける安定の問題が、西側の政治、軍事、商業の領域で重大な関心事となっているのは偶然ではない。特に、中欧、東欧においては、北大西洋条約機構への加盟の問題にかかわる東からの潜在的な危険性について声高に叫ばれている。また、ハリファクス(カナダ)でのサミットにおいて、さまざな問題に混じってロシアの状況に関する討議が予定されているのも偶然ではない。
西側の多くの研究者が、ロシアの置かれている深刻な危機的状況は国際社会にとってかなり高い確率で脅威の源泉になると考えていることは周知のとおりであるが、その脅威とは、核保有国云々の問題だけではなくて、前代未聞の規模で横行する汚職、犯罪、テロ、また武器横領や国内外の犯罪組織(オウム真理教等)のロシア科学技術、軍事機構への潜入など、政府の統治機能の喪失に対する危惧である。
西側ではすでに、民主改革の保証人としてのエリツィンへの期待はなくなっていることを誰もが見抜いている。が、彼らは、そこからしかるべき結論を導き出そうとはせず、ロシア社会はかなり遅れており、民主主義への準備が整っていないのだから、民主主義はなくとも安定を約束する害の少ない現体制を支持すべきである、という判断に安住している。

<<現体制では安定は不可能>>
すでに指摘したように、現体制、現路線では安定への期待を実現することは不可能である。しかし、また別の問題も生じている。つまり、安定か民主主義かというジレンマが実際に存在するのかどうか。また、民主主義なき安定が可能かどうか。どんな犠牲を払ってでも安定を獲得すべきなのか。
ここで明らかにしておくべきは、体制側は、一定の期間、権力、権威主義的方法、あるいは弾圧によって安定を守ることはできる。おそらく西側の諸国は、軍事力の解体など、弱体化した現在のロシアからしかるべき利益を引き出すことをもくろみ、こうした状態に満足している。しかし、これは近視眼的目算であり、こうした状況では、長期的にみて、ロシア社会に真の安定をもたらすことは不可能である。
したがって、安定か民主主義か、という問題設定そのものが根本的に間違っているのである。民主主義のみが、真の安定を得るために不可欠な社会のコンセンサス、権力への信頼を醸成することができる。現在のロシアおいて、民主主義を守り社会の連帯をつくり出す唯一の道は、政策の抜本的改革、つまり権力機関の交代である。

<<権力の選挙歪曲の意図>>
そこで、選挙の問題である。現在、ロシアにおける政治活動の焦点はすべてここに集まっている。問題は、ロシアにおいてより自由で民主主義的な選挙が可能かどうか、国民がその意思を表現することができ、抜本的改革のための前提条件をつくり出すことができる選挙が行なわれるかどうかということである。一見、すべては順調に進んでいるように思われる。大統領選挙法案の採択、憲法に忠実な権力機関、規定された期間内の選挙実施の義務など、肯定的要素は存在する。
しかし、もっと間近で、どのように選挙運動が行なわれているか、権力機構にどのような変化が生じているかを注意して見ると、不安を隠さずにはいられない。おそらく、選挙は行なわれないか、あるいは実施されたとしても選挙人の意向の歪曲が行なわれ、現在の権力、政治路線が維持されるだけであろう。大統領は、連邦議会下院議員の選挙法案を拒否したばかりであるが、その目論見は明らかである。新しい特権階級に好都合な条件をつくり出すために、選挙運動の中心を統治管区に移したいがためである。権力側からすれば、これは損のない巧い手段と言える。つまり、仮に国会が大統領の修正案を拒否したならば、選挙は延期されるか、もしくは大統領令によって実施される。また、仮に国会が大統領の指示に従いその補正案を承認した場合には、権力側は候補者の推薦から開票まで、選挙の全過程を掌握することになるであろう。
また、非常に複雑な状況において、次のようなケースを想定しないわけにはいかない。つまり、多くの選挙人は単に投票に行かず、したがって、選挙は成り立たないか、もしくは不完全で活動能力を伴わない国会の成立を我々は見るというこである。おそらく、権力側は、投票率の最低ラインを50%にまで押し上げ、この棄権主義の効果を期待する。

<<民主主義勢力の役割は何か>>
読者は問いかける。では、目下のところ民主主義勢力の役割は何なのか。そして彼らに今日の状況のネガティブなシナリオに対抗する可能性があるのか。私は、民主主義勢力は大きな潜在能力をもっていると確信している。しかし、彼らの勢力はバラバラであり、権力側はさらに力を分散させようとする。選挙において現実的に重要な役割を果たすためには、民主主義勢力は分離状況を克服し、1つの政治空間に結集することが先決である。
現段階は、ロシアの民主主義勢力の成熟状態を、彼らの国家統治の能力を慎重に確認する時期である。仮に彼らがその能力に長けていることを証明したいならば、まず派閥根性や政治的野心といった<小児病>を克服する必要がある。そして、現在の状況を考慮しながら、民主主義、多元主義、中庸といった健全な思想的立場から国家と国民の利益を守ることのできる人々の力を結集するための手段を講じねばならない。
すべては、すでに<ポスト・エリツィン>の時代が始まっていることを物語っており、それは、新しい政治戦略が不可欠であることを意味する。民主主義勢力の絶大な政治的イニシアチブが不可欠であるが、彼らにおいて歴史的イニシアチブをとる準備が整っていない場合には、その変革の風をまったく別の勢力が奪いとる可能性は十分にある。

<<独立国家群との関係>>
ロシアにおける安定の問題のもう1つのアスペクトは、ポスト・ソビエト地域における独立国家群との関係である。この点に関してさまざまな矛盾した見解があるが、重要なのは、独立の際の幸福感が消え、酔いがさめだすとともに世論や政治エリートの立場に変化が出始めたことである。独立国家共同体(CIS)設立時の希望や期待は消え失せた。
こうした状況下で、ロシアとCIS諸国の関係の議論に新しい段階が訪れた。そこでは、さまざまな利害が衝突しあい、さまざまなバリエーションの地図が構想されている。このテーマは特別な分析を行なうに値するものであり、ここではただ1つのことについて触れることにするが、これはロシアだけでなく、全世界共同体の安定の問題から非常に重要な問題である。
それは、世界の多くの地域において力をつけつつある自然な統合過程である。ポスト・ソビエト地域にとってこの問題は焦眉の急となっている。生活のすべての領域で歴史的に形成されてきた多様な関係を破壊すると、どのような困難が待ち受けているかをすべての人は理解している。しかし、仮にこのことを理解したとしても、果たして協力、統合の新しい形の模索は論理的でないのだろうか。しかしながら、ロシアにおいても、旧ソ連諸国においても、また西側においてもこの問題における明瞭さはない。

<<問われる連帯と統合の政策>>
ロシアにおいて、新しい枠組みにおける旧ソ連諸国との連帯構想は、多くの人に猜疑心を抱かせる。そこでは、抜本的で民主主義的な改革を目前にした以前の連邦の解体責任の問題が生じているがゆえに、政治的動機が働き、また現在の困難なロシアの社会状況と関係する経済的動機も働いている。しかし、直接には語られないがロシアの政権内部で囁かれていることは、ロシアにとって現在の状況は好都合であるということだ。統合の多国間条約機構の欠如において、個別的な政策の実施や他の国の利害を犠牲にした自国の利益の追求、さらに自国の意向の押しつけが容易だからである。
事態の他の局面は、西側の立場である。ポスト・ソビエト地域の統合に関する西側の政府の議論は、かなり偏見を含んだものである。ここでは統合を、ロシアあるいはソビエト帝国復活の試みと捉らえている。そしてこの事実を隠さないばかりか、新しい独立諸国家の歩み寄り、特にウクライナとロシアの接近に積極的に対抗手段を講じる。しかし、そうした政策は近視眼的であり、逆にロシアを帝国への道に走らせ、期待したものとは反対の結果をもたらすだけであろう。
逆に、明瞭な法的根拠、平等の原則、完全な自由意志に基づいて実現され、帝国への野心を抑制する効果的な多国間機構の設立を伴う統合は、ロシア、ヨーロッパ、そして全世界共同体の利益の合致に正しく応えることができる。しかしその実現のためには、多くのことに変更を加えねばならない。ロシア自身の政策、CIS諸国の立場、そして西側の方針に。
(「モスクワ・ニュース」№38、1995年6月)(鈴木 太 訳、小見出し・編集部)

【出典】 アサート No.212 1995年7月15日

カテゴリー: ソ連崩壊 | 【翻訳と紹介】民主主義なき安定  はコメントを受け付けていません

【投稿】長良川河口堰本格運用が意味するもの

【投稿】長良川河口堰本格運用が意味するもの

去る5月22日野坂建設大臣が「長良川河口堰を5月23日から本格運用する」と発表した。(実際には増水期でないと、ゲートは閉められないので、梅雨以降になる)私が河口堰建設反対運動に関わってすでに4年が経過するのだが、村山社会党委員長が総理大臣であるこの政治状況で、「何故?」という疑問はぬぐえないし、「自社さ政権」ないしは「政権党」になった社会党の自殺行為のはじまり(?)という見方もできる。

<100万票を失った社会党?>
東京方面からは、「河口堰本格運用決定」で、社会党は少なくとも今回の参議院選挙において、市民派・環境派を失望させ、その効果は100万票を失うのではないか、という予測が聞こえてきている。長良川河口堰の工事は92年10月に再開されて、着々と堰工事自身は進められてきたわけだが、完成後の「処理」については、多いに議論のあるところあった。細川政権の時代には、旧連立与党の中で旧日本新党、さきがけが環境部会の形で河口堰の危険性について言及したが、細川政権が短命のためみるべきものはなかった。昨年の7月、村山政権が誕生したのちは、野坂建設大臣、五十嵐官房長官の長良川現地への視察が実現し、その後長良川河口堰についての「円卓会議」が、建設省と反対派の間で設定され、平行線の形ではあったが、堰の安全性、環境への影響が議論されてきた。
堰本体は、平成6年度予算の中で完成してはいるが、ダムからの水の運用と言う意味での「導水事業」はこれからの話であって、まだまだ運動的には「負けた」わけではない。
しかし、「円卓会議」の結論もでないままで今回の「本格運用」決定にが行われたことについて想像できるのは、堰完成を受けて、「導水事業」(ダムから、工業地域などに水を運ぶパイプラインの建設など)への予算確保を狙う建設省官僚からの強い圧力があったとしか思えないのである。

<「環境も大切だが、安全はもっと大切だ」でいいのか?>
環境派を刺激したのは、本格運用決定発表にあたって、野坂建設大臣が行った数々の発言である。「環境も大切だが、安全はもっと大切だ」「国家が血税を使って行う公共事業に間違いのあろうはずもない」「(河口堰建設反対署名に名を連ねたことを聞かれて)あれは廊下での立ち話。問題の重要性を理解していなかった」など。「本格運用」を決めてしまえば気楽なもので、野坂は結構、言いたい放題を言っているようだ。
一方、朝日新聞は野坂が最近「土工協」会長と会ったことを暴露したし、23日以降社会党内も、環境派もそれでは決定取消に向かって動きだした。
6月12日「長良川河口堰建設に反対する会事務局長」の天野礼子さんが野坂大臣に「決定取消・話し合い継続」を申し入れたあと、建設省前で反対派市民と共にハンガーストライキに突入。(天野さんはハンスト24日目の7月4日建設省内で倒れ芝病院に緊急入院した)
6月15日佐高信さんが、建設省内で「村山内閣に解決を求めるアピール」を発表。(6月26日に賛同者が112名と発表され、27日に朝日新聞東京23区版に全5段の意見広告が掲載されている)
6月28日社会党環境部会が矢田部議員の呼びかけで開催され問題解決に努力することが確認され、7月2日社会党有志議員と野坂大臣との話会いがもたれるも、大臣が「ゲートを降ろしてのしゅんせつ」にこだわり、決裂。
6月30日「平和・市民」の国広正雄氏が、党として建設大臣に最高を求める声明を提出。など 他方、反対する会など環境派は、7月4日に「長良川監視委員会」を発足させ、「堰の撤去まで川の監視を続ける」としている。

<民主主義リベラルを誰も信用しない>
今回の決定発表後、23日の閣僚懇談会で、五十嵐官房長官は、長期にわたる大規模公共工事について、その妥当性を審査する第3者機関の設置を提案している。しかし、共同通信などは、「河口堰本格運用」決定に対する反発を考慮し、社会党としての大規模公共事業への対応策を示したものと報道している。
具体的な判断は、「環境問題は少々あっても、安全が大事」という判断を強行しておいて、チェックの第3者機関を今後つくる、と言ってもバランスは取れない。今後どう推移するかは分からないが、環境問題では社会党は今後発言権を失うことは間違いがない。
特にリベラル新党という言葉が一人歩きしているが、「平和・人権・環境・国際連帯」というキーワードに照らしてみても、環境も守れない社会党では、当然リベラル新党も環境問題はお題目だけ、と環境派、市民派は十分に理解したのではないか。地方議員や党員はいざ知らず、政権についた党がこれほど物分かりが良くなるのならば、「政権交替」に期待した国民が「一億総無党派化」することも必然と言えるのではないか。

<長良川の鮎、今年は不漁>
5月11日の鮎漁解禁以来、長良川では不漁が続いている。岐阜市中央卸売市場への天然鮎の入荷量は昨年の10分の1となっている。長良川漁協によると木曽川、揖斐川も同様に不漁だが、特に長良川の場合、4月にゲートを3日閉め、1日開けるとい「調査運用」が行われているため、今後の本格運用に対して、漁民の中で不安が強まっていると言う。
「環境への影響は小さい」から、本格運用を決定したという野坂建設大臣だが、「自然環境、地球環境」へのあなどりは、取り返しのつかない事態を招来しつつある。
「長良川河口堰をやめさせる市民会議」は、すでに9月23日・24日を「長良川DAY95」として、長良川河口堰現地での行動を準備し、反対運動の継続・新たなステージに向けて粘り強く運動を進めている。(95-07-09 佐野秀夫)

【出典】 アサート No.212 1995年7月15日

カテゴリー: 環境, 社会運動 | 【投稿】長良川河口堰本格運用が意味するもの はコメントを受け付けていません