【討論】1995年7月参議院選挙結果は何を意味しているか

【討論】1995年7月参議院選挙結果は何を意味しているか

7月23日の参議院選挙結果から我々は何を導き出すべきか。アサート編集委員会(在阪メンバー)と投稿等でお世話になっている読者も参加いただき、7月30日に参議院選挙結果をテーマに討論会を開催しました。以下はその要約です。
(文責 編集委員会 佐野)

<感想>
【非常に疲れた選挙だった】
A:たくさんの問題があると思われますが、まずそれぞれの関わり方から感想を述べていただきたいと思います。まず私の方ですが、労働組合の立場で大阪選挙区選挙に関わりました。大阪の選挙区は谷畑議員が衆議院に替わるということになり、候補者選びが難航。1カ月前に福間みね子に決定。結果として「無党派」狙いの候補者だったことが裏目にでて、比例区の社会党票の2/3しか取れず、新進、共産、自民に負けたわけです。
労組の立場で言えば、社会党は最後まで動かなかった。金属、自治労、全逓などは比例区候補と持つ労組が主体の選挙だった。それでも末端までは固めることはできなかった。社会党議員は社会党の選挙だと思っていなかったようだ。非常に動きが悪かった。結果は言わずもがなと言える。新進党はダントツで、その辺の評価は非常に苦しむところだ。全体的には非常に疲れた選挙だった。
また旧来の社会党支持労組・団体の中で問題を残している。消え去る社会党とは言え、解放同盟などの新進党よりの動きには、労組の中で違和感を与えているのは事実だ。

B とにかく無関心、燃えない選挙だった。自分自身統一地方選のあとということもあり、今までの主体的な関わりに比べて、無関心だった。投票率が低く、組織票が前に出た選挙だった。気になるのは、新進党と社会党との関係、解放同盟がかなり組織的に白浜に流れた。これまでの社会党系労組の組織票が固定的になっておらず、タガがゆるんできている。今後の政治と労組なり、解放運動なりの大衆運動との関係の枠組みが流動的になっている。大阪の民主主義運動と政党との関係が見えなくなっている。新進党票の半分以上は学会票ではないだろうか。公明ということならこんなにはとれなかっただろう。今後の小選挙区制の衆議院選挙なら組織票が決定づける。私は以前から小選挙区制反対だが、危惧していたことが、無関心層の増大というかたちで出てきた。

C 新進党が1250万票とったうちの、600万から700万が学会票だと言われている。

E 私は結果をみて、2つの点に関心がある。1つは、従来の大衆運動団体と既成政党との関係が再編されている、ギクシャクしているということ。ただ、私はあまりその点には興味がない。2つめは、投票率が45%ということで、今の政治のシステムに参加しているのはこれがマキシマムだ。政令指定都市とその周辺が非常に低い。30%台である。これだけしかくくっていない政治の中で結果を出せば、組織票の棲み分けはある程度すんでいるので、こんな結果だろう。政治というものをどういうシステムにしていくのか、どういう統治のありかたにしていくのか、根本的な再生を打ち出していくようなことがないと、今の既存の枠の中で政策を掲げて闘っていくのでは、もはややっていいけないのではないか。大きな新たな日本社会の統治のシステムをどうしていくのか、を展望して政策を打ち出していく新たな政治勢力がでてこないと再生できないと思う。

F このメンバ-のなかでは一番現場のしがらみがない私だが、なんとか投票にはいき社会党-福間に入れた。前回のアサ-トにも「悩み」を書いたが、現場でがんばっている先輩がいろんな動きを見せる中でどう考えていけばいいのか、いまだに悩んでいる。結果は投票率が低いときにはこんなものかなと思う。いわれている「無党派層の増大」も、これまでの浮動票がふえただけのことではないか。消費税の時には社会党にいき、新党ブ-ムの時には新党にいき、今回はネタがなかったのでいかなかっただけではないか。次のネタは何かということが問題だ。新進党も内部的は公明との関係でややこしくなりそうだし、社会党はますます民主リベラル勢力の結集が敗け続きの中でしんどくなるだろう。どうすればいいのか、あい変わらず悩みはつきそうにない。ふと気が付けば自分自身が無党派になってしまっていた。

E 既成の政党が、理念、利害、大事にすることという政党の基礎になる違いがわからないから選びようがない。保守的な人からすれば、今の自民党は社会党に加担しているように映るし、従来の社会党支持者にすれば、自民党にとりこまれていて、社会党に投票することが自分の考えを表明することにはならないという構図になっている。新進党は何をしたいのかわからない。自社へのアンチということになる。こんなことでは壮大な金をかけて何をやっているのか、全然わからない。非常に危機的で、政治が本質的なところで機能していない。選挙結果で違いなり、政策の変化が出てこない。結果のもたらすことが、政権の行方と党の役職人事だけである。

【新進党は躍進したのか】
C 客観的なデ-タで注目しておくべき点がいくつかある。新進党が比例区で1250万票、得票率で30.8%獲得しているが、93年7月の衆議院選挙の新生党、公明党、民社党、日本新党の合計した1887万票より630万票減っている。得票率は30%である。0.8%あがっただけ。投票率が低かったので議席を多く獲得できた。
もうひとつ、共産党は今回前進したと赤旗では評価しているが、得票率は前回の92年に比べて7.9%から9.5%にあがっているが、前々回395万票で今回387万票で絶対的な票では変わっていない。公明にしろ共産党にしろ、ほぼ確定的な固定票がそのまま移行しているだけで、投票率が下がるから相対的にあがっただけ。選挙区でも共産党は前々回536万票だったのが今回431万票に減っている。が、得票率は9.4%から10.4%に1%あがっている。選挙後の日共常任幹部会の声明では、「・・・我々は前進した。これに勇気づけられて・・・」と言いながら、「・・・これまでにない広い人々が初めて日本共産党への支持と投票に踏み出したこと」と言っているのは、先の分析で見れば嘘である。決して無党派層からとったわけではない。また「今回の参議院選挙で赤旗読者の陣地を前回より後退させたままで闘わざるを得ませんでした。・・・後退の危険な状態にあります」ということで、新たな読者が2万で、やめる人が2万以上あるという中でとった票だいう分析を一方でしている。公明、共産の固定票の評価については、厳しい見方をしておかなければならない。投票率については、まだ下がる危険性があると思う。平均で30%台にいくのではないかと。こういう不明確なままでダッチロ-ルしていくのであれば。アメリカの先の中間選挙も36%だった。非常によく似た状況にある。共和党が改革を掲げて、クリントン政権に巻き返している。投票率が下がれば、新進党の単独過半数もあり得るという危険性も十分にみておかねばならない。

【低投票率は政治システムの危機】
E 投票率はこれから新たなことがない限り上がることはない。もっと下がっていく。都市部では先行している。票の後退性の問題で、後退の少ない固定票のあるところが浮上している。権力の正当性が問われているという根源的な危機だ。そういう選挙総括を訴える政党がなぜないのか。自分の党の勝った敗けたではなく、日本の政治システムの一種の危機なんだと。社会党は、社会党の危機を日本の政治システムの危機に置き換えればよいのだ。そういう訴え方をしないと。そうすれば新党論議もバックグランドを持った話と受けとめられる。共産党も勝ったといっているようではダメだ。新進党は勝ったというが、勝ったということに未来を感じない。45%の割り振りでは伸びない。やはり残り55%から新しい政策を打ち出して、いくら取ってこれるかだ。
G 投票率という点では、今回は参議院選挙という自分とは遠い存在だという意識があるのではないか。誰に入れて誰がなっても自分の生活には関係ないという意識があるから低いんだろうと思う。うちの市でいうと、市会議員選があって、市長選があって、府会議員選があって、府会では敗けてということで、非常に疲れているときに参議院選挙があって、「福間?誰?」という感じになった。ただ、危機だといわれているが、政治をやっている人は危機だと思わなければならないだろうが、市民のレベルではそんなに危機とは思っていない。私もそんなに危機かなあという気がする。新進党が増えてどうなるのかといっても、新進党が何を主張しているのかわからない。感覚的に「小沢、公明がいやだなあ」ということはあっても・・・。しらけているというよりも、今はこれでいいんではないかという意識の方が強いのではないか。私は組合の役員をやっていて、多少政治にかかわっていて、今の状況はぼろぼろだなとは思うが。組織で票をとっていく時代から、個々の価値観で考え、投票しようと・・・。
無党派と言いわれているのは、青島・ノックの時からで、それまでは無党派ではなかった。政党がみんな敗けたということで、都民や府民が「変えれるんだ」ということに気付いたんだと思う。参議院は誰に入れても変わらないだろうということから、この参議院というのはまだまだ総括しにくいんじゃないかという気がする。共産党も、本当に勝ったんなら、世の中もっと変わるはずだ。よく勝ったなどと言えるな、恥ずかしくないのかなと思う。今回投票にいった人は何かで利害、関わりを持った人がいっただけ。政党より国民の方が前にいっている。衆議院になると、もっと身近になって投票にいくんじゃないか。利害代表の時代は過ぎているはずだが、やはり利害代表になっている。どう考えても連立の時代になっていくだろう。価値観を持っているいろいろな政党が出てくるだろう。
H 自分のまわりでも投票に行かなかった人が多い。地域でも意志一致がされなかった。行かなければという熱意がなかった。何かあれば、残りの55%に火が付けば、一気に変わるんじゃないかという気がする。

【社会党に危機感はあったか】
A 大阪の参議院選挙では、もともと社会党は6年前の谷畑選挙以外は本格的な選挙にならなかった。今回も候補者選びの遅れもあり、まず労組が前に出る選挙になった。一時は旧総評系だけで選挙が出来るというスッキリした気持ちもでたが、労組票というのももはやあてにならないな、という感じだ。全逓と全電通が社会党の支持団体から抜ける。自治労も今年の秋の大会で社会党一党支持をやめる。週刊誌によれば、自治労の後藤委員長が「さきがけを中心としたリベラルをつくる」と言っているそうだ。自社政権が過渡的なものといいながら、当面維持し続けているわけで、そのケジメのなさが、社会党支持層にはわからない。左派は嫌いだが、自民党はもっと嫌いだから。
C 信組、大蔵省の問題で、さきがけが票をとれなかったということと、野坂建設相の長良川の問題で、どちらも自社政権でありながら、本来発揮すべき重要な役割の時に何もできなかったという両党に対し、あきらめというか阿呆らしさというか、投票に行かなかった人が増えただろう。中村敦夫は当選してほしかったが、東京ということで信組問題の影響をもろに受けた。社会党も長良川では100万票逃げたと言われているが、どんな解決をするにせよ、ああいう格好でしか野坂が言えなかったというのは大きく響いた。

【無党派層は無責任層(?)】
B 辛口の発言をさせてもらえば、無党派層という問題について。先ほど進歩的というような発言があったが・・・。政党政治の危機というのは私も賛成だが、我々が評論家的に論じるだけではなく主体的にどうするのかを真剣に考えるなら、新しい政党がでてこなければ、と言っても仕方がない。現状においては自社と新進党の2極なのだから、この2極の中でどういう選択肢がありうるのか、よりましなより民主的な政府とは何かという真剣な議論をしないと、どこがやっても一緒、だから無党派層がでてきたんだ、白けているその人たちの方がよく考えているんだという言い方は、マスコミチックな過大評価だと思う。
正直に言って、現実のこの枠組の中で新党をつくらなければというのであれば、どういう新党をつくることができるのかということを真剣に考えざるをえない。民主リベラルと言うのであれば、どういう運動をすすめるのか。確かに社会党系の労組は、社会党支持をやめつつあるが、民社党系の労組も新進党支持とリベラル支持と2極化がすすんでいる。双方歩みよっている世界がある。アンチ公明も含めて・・・。労働者の立場から労組としては主体的にどういう政権ビジョンを描くのかというのをもう少し具体的に考えていかないとだめである。それが少なくとも責任ある労組の立場だろう。
もうひとつ、無党派層は確かに、浮動票といわれている時からその時々の情勢に応じて動いてきた。消費税反対の時は社会党に入れたし、既成政党反対の時は青島・横山を当選させた、かと思えば投票しない無関心層として登場する。マスコミは過大評価するが、これは批判すべきだと思う。投票にいかなかったこと、関心がなかったことが、あたかも政党が悪いからだということだけで済ませているマスコミの無党派層の持ち上げに対しては、「無党派層は無責任層」という評価をきっちりとすべきであろう。
政党政治の危機ということで、新しい政党論が言われているが、もうひとつ言わなければならないのは、今回の結果をそのままもってくれば新進党が大勝利になる小選挙区制という選挙制度そのものについての問題も、しかたがないということではなく、より民主的な意見が反映される民主システムとしての選挙制度は何が正しかったのか、あの時の政治改革路線は正しかったのか、自己批判的な総括も含めてきっちりすべきである。従来自分たちがやってきた議論に対しても、責任をもった議論の上に立って、今回の選挙総括をすべきである。
E 政権ビジョンという言葉があったが、一番私が気になっているのは一体何をしようという政権ビジョンの中身である。対立点と言われている国連の常任理事国になるとかならないとか、そういうレベルのビジョンではなくて、自分の生活との関わりの中で政治がどういう役割をしてくれるのかということと選挙との関わりがどうなっているのかということがはっきりしていかないとわからないではないか。何のために選挙をやっているのか、争点になっていない。選挙制度だけではなくて、もっと広い意味で今の政治のしくみがそれを争点化しにくいのであれば、違うかたち、私は地方分権しかないと思うのだが、地域に市民の政府をつくっていくんだということを本当に今はっきりと打ち出していくようなことがないと、逆にもう見えてこないんではないか。

【論争無き政治・政治でいいのか】
B それは全くそのとおりだと思う。要するに無党派層は無責任層であるけれども、政治を肌に感じないという日常生活と政治との隔たりがあると思う。それは政策での論争があまりにも無さすぎるということで、政策と言えば、昔は安保で最近ではPKOだとかかなりイデオロギ-チックなことを政策ぽく言ってきた経過があるから、環境の問題にアプロ-チできるのはどういうことなのか、高齢者介護の問題をどうするのかといった政策ビジョンをきっちりと議論を出しながらの選挙運動になっているのか、そうはなっていない。抽象的になっている。そういう政策ビジョンを議論しにくい選挙制度が非常に問題だと思う。立会演説会がなくなっているとか・・・。選挙制度だけに責任を負わせられないとは思っている。利害の問題で言えば、サラリ-マンの利害と農民の利害は違うし、商工業者とも違うだろうし、すべてを包含するようなことを言おうとするから政党に対して「ええことばっかりいいやがって」ということがあるのではないか。もっと具体的な勤労諸階層のある一定の部分の利害を代表する政党がもっとあってもいいのではないか。どこに依拠した政党なのかということを言わない政党が多すぎる。きっちりと言うことが、政党に求められているという気がする。

【社会民主主義と新保守主義と】
C 言わないというよりも、新進党にしても自社にしても、社会民主主義と新保守主義との対立があるとすれば、両方とも同じものを抱えているわけである。新進党も社民的なものがあるから一定の労組が支持するが、新進党の主流が新保守主義であることは間違いないわけである。自社の方も、社会党はやはり社民勢力だが、自民党もリベラルな部分もあれば保守反動的な部分もある。これが両方で闘っていて、対立軸が明らかにならない。とすれば、社民の側はもっとそのスロ-ガンや地方分権のことをはっきり出すべきなのである。出さないまま突っ込んでいくから、どうしても大衆のものにならないのだ。
E 既成政党の枠組みの中で、どうやったらガラガラポンができるのか。何かあれば保・保連合の話がでるが、早く保・保でくっついたらいいのにと、当面の政党再編のスパンでの関心はそこにある。まずイデオロギ-の混在状態にあるのを、すっきり縦に線を入れたい。そのためには極がしっかりしないと後が集まりにくいので、自民党の渡辺の勢力と小沢の勢力がちゃんとくっついてほしい。根が同じ人たちの勢力が。戦後50年決議のように戦争観・歴史観の問題とか、小さい政府論でいくとか、そういう新保守の人たちが高らかに旗を振ってくれないから、後がすっきりしないという気がする。小沢の日本改造論は評価している。日本の保守政治家でああいう理念的なものを先に出したということで、中身の賛否はともかく、あれを軸に色分けがされればすっきりとしていた。
B 地方分権で言えば、消費税が定着したというのなら、インボイスにしてきっちりとって、地方の財源をはっきりさせてというような政策をはっきりと出さないとダメだ。連合が民主リベラルというのであれば、そういう具体的な政策でいわないとダメだ。今は避難場所として民主リベラルが言われている。連合がいうのであれば、もっときっちりと出すべきだ。連合自身があいまいに出している。村山政権の不信任ということで言えば、具体的に政策ビジョンをどこも出していない中での組織票の強いもの勝ちという結果だから、不信任はされていない、ただし信任もされていないというのが率直なところだ。信任、不信任を問うような選挙の実態ではなかった。現状の政治状況をただ単純に表しているだけのことだった。

【介護保険:社会保険か租税方式か】
E 私はこの間アサ-トで地方分権の問題を書いてきたのだが、もうひとつの問題意識は大分こだわって書いてきたのだが、介護保険制度の問題である。最近になってようやくマスコミがいろいろと書いている。今の政治改革の問題というのは、中央官僚を中心とした政策決定と議員を中心とした政党、政治とのバランスの問題というのが隠れた問題としてある。介護保険制度の導入を柱とした老人保健福祉審議会の中間報告を参議院選挙が終わった後に出しているのだ。では参議院選挙で政党の側は、公的介護という21世紀の高齢社会を支える根本的な政策の柱となる課題、租税方式でいくのか、社会保険方式でいくのかというのは国家ビジョンとしてすごく大きな争点だったはずなのだが、結局何も言っていない。社会党は含みのある言い方で「介護保険制度も含めて検討する。介護体制を充実するシステムをつくる」と、さきがけが結構断定的な言い方で「介護保険制度を導入する」と、自民党や新進党となるといまいちよくわからない。たぶんみんなよくわからない中で選挙をやっているのだ。それぞれ詳しい人はいるのだが、党全体の認識として詰めた議論をしていない。
北欧の社会福祉制度を研究していて、日本の遅れを指摘し充実を訴えてきたオピニオンリ-ダ-の人たちは、今やみんな公的介護保険導入の旗振りをしている。共通しているのは、リアリズム、現実主義なのだ。結局今の政治に対し、北欧型の租税方式でやるのはとてもじゃないが間に合わない、そういう政治勢力もないし、合意形成もできない。だから、社会保険方式でいくのだと言っている。展望もないのに租税方式でいけというのは無責任だといっている。私に言わせてみれば、社会保険方式でいくにしろ、医療保険制度自身が多くの問題を抱えている上に、屋上屋を重ねれば大変なことになる。決して国民の理解も容易にならない。確かにスウエ-デン方式が日本で難しい事情があるというのは正しい。ただ、この日本の難しい理由を変えることこそが、今の日本の政治が抱えている本来解決すべき課題であると思うのである。それは逆に、21世紀に向けて本当に急速に高齢化が進んで、それをどうするのかという時、後押しされている時でないと、政治というものの根本的な変革はできないと思うのだ。今の政治の現状で言えば、確かに租税負担方式でいくのは難しい。だから社会保険方式のように、より合意形成が簡単で、現状に修正してできるようなものにしたらというのは、福祉関係者の発想だと思う。
私は逆に、だからこそ、それをバックにして、その必要性を背景にして、むしろ政治の方を変えるという芽をどうつくるのかという発想になる。そのひとつの枠組みとして地方分権の問題があり、硬直した予算配分の問題があり、消費税といった間接税の税率の問題がでてくる。段階税率を採用して、インボイス方式を導入して税の透明感を増して、間接税を高くして、そして福祉を充実するというのが社民路線のはずだから、新党という以上は税財源論と地方分権をセットにした政策、福祉・地方自治のシステムをパックにして打ち出さなければならない。そうやって打ち出すと、新保守の人もそれへの対抗軸で競争原理、自助努力を打ち出して、争点化ができるのではないだろうか。

(残念ながら会場の都合で討論はこのあたりで打ち切りとなりました。本日(95-08-06)時点では政局は、自民党内部の総裁選絡みの抗争と内閣改造に焦点は移っています。この討論で今回の参議院選挙の大きな問題点については明らかにされているように思います。引き続き9月号でも、読者の皆さんの討論を受けて議論を続けて行きます。積極的な投稿をお願いします。(佐野)

【出典】 アサート No.213 1995年8月11日

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【投稿】地方分権と政治改革(8)

【投稿】地方分権と政治改革(8)

4.地方分権と政治改革(続き)

<「新たな統治空間」の形成と政治の改革>
これまでの7回の連載では、はじめに地方分権の流れや基本的な村立構造を概括し、次に介護保険制度導入の問題など福祉政策のあり方を通して「政府」、すなわち公的責任・公的役割のあり方について検討し、そして地方自治体の現状と課題、とりわけ自治が育たない根本的な原因となっている地方財政の構造について述べた。
その都度思いつきで色々なことを書き連ねたため、随分とまわりくどくなってしまったが、私の問題意識の中心は次のようなものである。
すなわち、地方分権という「新たな統治空間」の形成の中で「政治」をどう抜本的に再生するのかということ、もう一歩踏み込んで言えば、今日、「政治」の抜本的再生を図るためには、地方分権を進め、「新たな統治空間」を形成すること以外に道はないということである。
そして、その前提として今一度はっきりとさせなくてはならないことは、「政治」とは何なのかということだろう。
「政治」とは「選挙」ではない。「地元や支援団体への利益奉仕」でもない。個々人の自助努力で解決できない「公共的」な課題解決のための共同体、それが国家であり自治体であると思うが、その共同体の取り組むべき課題や負担のあり方に関する利害調整や意思の形成過程が「政治」だと、私は考えている。
ところが、東西の冷戟構造と高度経済成長の中で、日本の「政治」は著しくスポイルされ続けてきた。国際的には対米追随、国内的には経済成長重視と「中をとる」式の村立回避型政策パターン、これが総てといっても過言ではなかったし、またそれで十分通用した。
主役は中央官僚。そして中央官僚と一体化した自民党がそうした政策を推進し、敵役をつとめる社会党などの野党が反対、最後はほどほどのところでおさめる、これが日本の政治と称されるものであった。
最近になって自民党の一党政治支配が崩れ、細川・羽田の連立政権を経て村山政権ができたが、何かが変わっただろうか。敵役と呼べる政党が見当たらなくなっただけというのが率直なところだろう。新しい「政治」を担えるだけの質をどの既成政党も確立し得ず、選挙での生き残りをかけたパワーゲームに明け暮れている。これでは無党派層と呼ばれる「既成政党不支持層」が多数を占めるのは当然である。来る7月23日に投票を迎える参議院選挙では、社会党が歴史的大敗を喫し、自民党は復調するだろう。しかし、選挙全体の評価としては、特に社会党だけが敗者という訳ではなく、すべての既成政党が敗北したと言えるような結果になると、私は予想している。

<政治が機能するための規模と自治体の可能性>
さて、地方分権を進め、「新たな統治空間」を形成することによって、なぜ「政治」を改革し得るのか、その理由は、煎じ詰めれば「政治」が機能するために適切な空間の規模は「国」ではなく、「地方自治体」レベルであるということに尽きる。もう少し付け加えるならば、次のことが指摘できよう。
第1に、地方自治体における市民と行政の間の「距離」が、官僚制の弊害克服を可能にする近さだということがある。私は、日本の官僚が持つ能力や献身性は極めて優れたものだと考えている。しかし、官僚には限界がある。それは、詰まるところ、現存する法や施策体系の中での安定性や論理的整合性を価値基準として絶対化しすぎていることであろう。一度決定されたものが覆ろうものなら、この世の終わりでもやってくるかのような危機感を官僚、特に中央官僚は強く持っている。これは、判断がいわば高度に抽象化された世界、観念の世界で行われているので、トライ・アンド・エラーを許容することができない心理特性を形成してしまっているからである。その点、自治体行政の場合は、現場に直面しているだけにどうしても現実優先にならざるを得ないし、首長公選という制度上の背景もあって、官僚をして「選択肢の提供」という本来の役割に徹させることが、比較的容易なのである。
第2に、市民が何らかの課題について「公共性」を見出し、それを地域政策として意思決定し、また、納税など自らの負担を引き受けつつ実施するという市民の「選択と負担」をシステム化する可能性が、自治体には残されているということである。なぜならば、1つには自治体が行う諸活動は、国とは異なり、市民自らの生活に身近で、理解を得やすいこと。2つには、選択された自治体の諸活動とコストの関係が国ほど複雑にならず、負担との関係が明確になりやすいからである。
第3に、地方自治体における首長や議員選挙は、国政選挙と比べれば、比較的政策や争点を明確にしやすく、市民の意思形成を図る場としての選挙、すなわち市民の政治参加の場としての選挙としての意味を持たせられる可能性が高い。もちろん、これはあくまでも可能性の問題であって、その具体化のために乗り越えられなければならない課題は多い。しかし、自治体と呼ぶには巨大すぎる東京都ですら、今回の東京都知事選挙が都市博の中止という政策変更をもたらしたのだから、その可能性の高さは実証済といえよう。

5.分権・自治の拡大に向けた新たなシステム
地方分権という「新たな統治空間」の形成の中で、「政治」を抜本的に再生するということは、市民の自治を拡大するということ、すなわち地域民主主義(ローカル・デモクラシー)を確立することを意味する。これまでにも繰り返し述べたが、高齢社会となる21世紀の社会はこれを抜きにして成り立ちえない。ただ、自治体が先に述べたような「政治」が機能するための適切な空間と可能性を持っているとしても、それを現実のものとするには様々な改革が必要である。大きく分けて課題は次の3つであろう。

<地方行政(政府)の改革>
第1は、地方行政(政府)の改革である。この点については、前号で、自治体が獲得しなければならない能力として、Ⅰ地域最適水準となる施策を確立するための政策形成能力、J諸資源の効率的、最適配分をなし得る経営能力や自己改革能力、K政策立案・遂行過程の透明性を高め、市民の信頼を得ることなどを指摘し、少し詳しく述べたので、ここではポイントを指摘するにとどめたい。
地方行政(政府)に与えられた課題は、端的に言うと「質」のアップである。これまでの自治体行政においては、中央大学の辻山教授が指摘されているように、議員の要望をうまくさばくことが職員の能力とされたり、首長が人気取り的な公約を掲げたりすることに起因して、極めて場当たり的な施策展開が行われてきたのが現実である。それを改革し、もう少し理念や計画性に裏付けられた行政を遂行できるようにすることが必要なのである。そのためには、人材の確保・育成・登用などについての人事管理システムを見直すなど、行政内部の運営スタイルを大胆に変革することが必要だと考えるが、ここでは詳細に立ち入らないこととしたい。

<地方財政の改革>
第2の課題は、地方財政の改革である。地方自治体の無責任さの根源となっているのが、仕事に見合った徴税をしない現在の地方の税財政構造であることは前号で述べた。ただ、地方の税財政構造が具体的にどうあるべきかは、国と地方の役割分担など地方分権の具体的なあり方が見えてこないと設計しにくいものらしく、研究者による提言等もあまり見受けられない。もちろん私の手にも余る課題なので、ここでは次のことを指摘するにとどめたい。
1つは、所得・資産・消費という税源を国と地方に合理的に、また地方に厚く配分し、固から地方への財政移転をできる限り小さくすること。
2つは、税率や税目の設定、起債発行等の財源調達の方法については、地方の自主性に任せること。
3つは、地方政府間の財政均衡を図るシステムは、現在の地方交付税制度とは違ったまったく新しいシステムとして確立することである。財政再配分においては、現在大きなウエイトを占めつつある「交付税付きの起債(交付税の事業費補正)」などという手法による個別事業に村する中央政府介入の余地のない包括的かつ第三者機関による客観的調整が行われなくてはならない。
ただ、地方政府が独自に税率を決めるなどということは、かなり長期的な課題であり、かつ市民意識も相当変わらなければ実現できないものである。現実の市民意識は、税のみならず公共料金は安ければ安いほどよいという極めて素朴なレベルでの感覚でしかないからである。市民の「選択と負担」をシステム化するには、行政が納税者に村する会計責任(アカウンタビリテイ)をもっと明確にしなければならないし、あらたな仕組みを導入するなどの工夫も必要だろう。沼田良・国立国会図書館主査は、「地方分権改革一市民の政府を設計する-」(公人社)で、次のような仕組みを紹介している。

「…スイス、アメリカ、ニュージーランドなどの一部自治体においては、一定額以上の投資的事業を住民の財政投票に付すことが義務づけられている。たとえばスイスのチューリッヒ市では、予算や付加税率を市議会が議決したとしても、住民の一定数の要求があれば一般の住民投票に付さなければならない。‥またアメリカの一部の自治体は、事業資金の起債とその償還にあてるための税率引き上げなどが一括して住民投票に付されるしくみをもっている」(205頁)

こうした仕組みの導入によって、市民と自治体が責任を分有することができるようになってはじめて、ローカル・デモクラシーが確立できるのだと、私は考えている。

<地方政治の改革>
第3の課題は、地方政治の改革である。このポイントを端的に表現すると、個々の議員が「個別利害」を超えられるかどうか、すなわち、議員というものが特定の地域や特定の支持者の個別的な利益のため活動するものではないという実態を作りだすことにある。これが相当困難な課題であることは確かだが、議員がこうした活動に精を出している限り、ローカル・デモクラシーの確立など「夢のまた夢」であろう。この課題の実現のためには、北欧などを参考に、次のようなシステムをつくることが必要だと考えている。
1つには、優れた人材を議員に引き入れられるように議員の兼職を一般化することである。議員という職業は、それまでの職を投げ打って就くには、あまりにもハイ・リスクである。専業議員というと聞こえは良いが、落選すると失業者という不安定さでは、「選挙に向けた票あさり」に走ることを誰も責められない。現在は民間大企業の労組出身議員や自営業者だけが事実上兼職しているが、公務員の兼職禁止の廃止や、育児休業や介護休業制度のような「議員休業制度」の創設によって、誰もが不安なく議員になれる条件を整備すべきであろう。福祉の専門職や教師など、多彩な職業の人々が議員になるようになれば、議会における議論は、もっと質の高いものになると思われる。
2つには、議員の兼職を前提にすれば、当然、議会の運営のあり方なども大きな改革が必要である。例えば議会の開催時間を夕方にすることなども必要かもしれない。
3つめは、選挙制度の改革である。地方自治体における選挙を政策によって戦われるものにするためには、地方選挙にこそ比例代表制を導入するべきなのかもしれない。そして、様々なメディアを使っての公営選挙を保障することで、市民の政治参加は極めて容易になる。自らの自治体の政策や運営のあり方について考えを同じくするものが「政党」を結成し、候補者名簿を作成して公営選挙を戦う。こうすれば、女性議員の占める割合もー気に上昇し、議会は根本的に刷新されるだろう。最近、地域政党(ローカル・パーティ)が注目されているが、こうしたシステムを確立していかなければ大きくは育たないように思われる。いずれにしても、地方選挙のあり方は全国一律に決めるのではなく、それぞれの地方自治体で決めることとすべきであろう。
4つめは、自治体内分権を更に進め、地域整備に関する計画策定について直接市民が参加し、権限を持つことのできる組織を整備する、または既存の自治組織にそうした役割を付与していくことが必要である。豊中市など一部の先進都市で実施されている「まちづくり協議会」によるまちづくりの推進と行政によるイまちづくり支援」という手法は、こうした点で今後の方向性を指し示しているように思われる。このように、地域の整備やまちづくりの上で重要な事項について市民と行政が直接共同作業を進める場が確立できれば、行政に地域の「個別利害」を要望し、影響力を行使するという議員の役割は、当然失われていくことになるのではないだろうか。    (1995.7.10)

【出典】 アサート No.212 1995年7月15日

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【翻訳と紹介】「現代ロシアが直面する経済」

【翻訳と紹介】「現代ロシアが直面する経済」
      ニコライ・シメリョフ(ロシア科学アカデミー・ヨーロッパ研究所所長)
          

 以下は、去る6月23日、大阪で開かれた現代社会主義研究会で行われた報告要旨である。報告者は、現代ロシアで最も著名な経済学者の一人である。

1.
 現在のわが国おいては、誰が権力についたとしても、それがデモクラッツであれ、リベラルであれ、ニュー・ソシアリスト、ナショナリストであれ、はたまた軍事体制であったとしても、しばらくの期間は、それがどのような政府であれ、現政府が直面しているものと同一の諸問題に直面せざるを得ないであろうし、同一の手法をもって解決に当たらねばならないであろう。いずれにしてもすでに、それが当然であったのであろうが、過去の包括的な司令経済体制は崩壊しているのである。政権がどのようなものであったとしても、現在のわが国の特殊な諸条件にもっとも適した形での中央における統制と自由市場の施策を追求せざるを得ないのである。
2.
 結局のところ、指導層もそして社会全体も、「ショック」療法であれ「ぬるま湯」療法であれ、いわゆる特別な処方箋には一時的な成果さえも期待などできないことを理解したというか、させられたともいえよう。今日、当初の民主主義と市場への急激な方向転換に対する陶酔感が消え去るとともに、わが「ソビエト」から引き継いだすべてのものによってもたらされた厳しい現実が、ますます明白になってきている。現在展開されている事態は、ここ数年やあるいは数十年といったものではなく、最低でも2世代、おそらくは3世代も要することであろう。
3.
 ロシアが現在直面している重要な経済的課題は、以下の点にあると、私は考えている。
3-1.
 いつまでも「爆弾を抱えたオートボルタ人」の地位に甘んじたくないのであれば、多くの部門で経済的な可能性を持ちながらも、現在まったく必要性がないか、あるいは方向性を与え直すか近代化することが急務となっているような産業部門や企業については除外して考えることが必要である。様々な評価や見積もりが行われているが、こうした部門は産業分野で3分の1から3分の2の間、集団・国営農業部門では4分の3にまで達している。逆説的であり、しかも残酷なようであるが、しかしロシアが実際に必要としているのは、そうした部門を退場させることであり、それが現在進行しているのである。それは避け難いものであったし、それによって経済全体に利益がもたらされるのである。
3-2.
 いずれにしても、巨大企業の私有化、つまりは株式会社化の第一段階は、そのほとんどは形式的なものであるが、この二、三年の内に完了するであろう。現在よりいっそう重要なことは、政府と社会が最終的には私有化後の経済環境に力を集中し、改善をはかることである。とりわけ、政府は、都市部や地方の私企業に対して安全が保証され、不正・腐敗行為が排除された、経済を刺激し、活性化させる環境を創出しなければならない。そうした環境を作り出すことは、特別な重要性を持っている。なぜなら、産業やサービス、農業部門で成果をあげようとしている私的部門にとって、経済の立て直しにともなう失業を吸収する代案は他にはないからである。
3-3.
 ロシアは、最終的には健全で効率的に機能する金融制度を持つ必要がある。財政赤字をGNPの3-4%という可能な限度に削減し、インフレの進行を1ケタの水準に抑え込み、金融システムのすべてにおいて実質金利を確保し、出現し始めたばかりの資本・金融市場を全面的に発展させ、経済全体のドル経済化をストップさせ、ここ数年の内に外国に流出したマネーを呼び戻すことが必要なのである。
3-4.
 10月の分離決議以後、ロシアの政治的不安定性と中央・地方間の緊張の脅威は、実質的には減少している。しかしながら、重要かつもっとも論議を呼ぶ問題、連邦、地域、地方政府間の税収の実際的な配分については、まだ解決されていない。
3-5.
 ソ連崩壊後に新しく独立した諸国(ラトビアとエストニアを除く)のほとんどの破滅的な経済状況は、現代世界経済においてはどれ一つとして経済的に一人立ちすることは不可能であることを実証している。
 再統合にとっては、二つの根本的な「必要」条件がある。先ず第一に、再統合は絶対に自発的なものでなければならず、強制されたものであってはならないということ。再統合は、特別な権利であって、一般的な権利ではないのである。第二に、市場自身が再統合の条件を設定すべきものであって、そこには、人為的な価格引き下げ、補助金、無利子融資、未返済融資といった過去の旧ソ連邦時代にまったくゆがめられていた商取引関係があってはならないということである。
3-6.
 ロシアの改革に対して西側の援助が相当程度増大すると期待することは、きわめて非現実的なことであろう。少なくとも今日までのところ、ロシアに対する西側の政府ならびに民間融資の負債返済の繰り延べが、西側の援助の主要な形態であった。90年代のそうした負債繰り延べの継続は、批判的にみられるべきものである。すべての他の分野において、西側諸国や国際金融機関は、実効性のある社会的安全体系の構築に援助の主要な努力を集中すべきだと、私は考えている。
 同時に、政府はわが国の経済を開放することによって、すべての生産者を外国の競争相手に無慈悲にさらし出すことはできるものではない。開放政策と保護主義の最適な結合を見い出すことも、現代ロシアにとってますます重要な課題となってきている。
4.
 今日われわれは、世界史上前例のない諸問題に直面している。いつの日か首尾よく解決することが出来るであろうか。当然ながら現在、誰も確実なことを約束できるものではない。つまるところは、この国と人々の可能性に信を置くか置かないかという信頼の問題である。
(訳 生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.212 1995年7月15日

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【翻訳と紹介】民主主義なき安定 

【翻訳と紹介】民主主義なき安定
                     ミハイル・ゴルバチョフ

この問題は現実的に最も重要であり、ロシア、ヨーロッパ、そして全世界の関心を集めている。しかし、この深刻な問題の周辺では、ロシアの真の利益に合致しない目論見をカムフラージュするように、ありとあらゆる危険な賭けが行なわれている。

<<社会状況の悪化>>
多くのロシア国民にとって安定の問題は、社会が深刻な危機的状況から脱出することへの期待と結びついている。しかし、国民が現政権に安定を期待していないことは、あらゆる世論調査が明らかにしている。政府はその事実に不安をかくさず、このことを考慮して政策を実施し、人々の安定志向を国家権力の利害のために利用する。
大統領やその側近の発言、あるいは行政内部から出た、新しい党ブロック<我が家―ロシア>のリーダーの周囲で展開されるあらゆる宣伝活動が示すように、ロシア政府にとって安定とは、現体制の維持であり、国に危機をもたらしたグループの権力の維持および強化である。<権力の党>は、すでに変更不可能な政策によって縛られている。現在の発展傾向を中断させることは、安定ではなくて、さらなる緊張の招来を意味するものだ。
ここ4カ月間の社会状況に関する意識調査のデータによると、国民の80%が社会状況は悪化したと考え、わずか20%が好転したと考えるにすぎない。
今日、明確に政府と国民のきずなを引き裂いた出来事は、法や人権、世論を踏みにじったチェチェンへの進攻であり、深刻な社会的・政治的紛糾を招いている。歴史的経験が示すように、生活レベルが低下し、屈辱感、絶望感が増大する社会状況は、人々を右翼あるいは左翼的過激主義、民族主義に走らせる可能性があり、そうした危険性を軽視すべきでないと思う。

<<西側の関心、危惧>>
ロシアにおける安定の問題が、西側の政治、軍事、商業の領域で重大な関心事となっているのは偶然ではない。特に、中欧、東欧においては、北大西洋条約機構への加盟の問題にかかわる東からの潜在的な危険性について声高に叫ばれている。また、ハリファクス(カナダ)でのサミットにおいて、さまざな問題に混じってロシアの状況に関する討議が予定されているのも偶然ではない。
西側の多くの研究者が、ロシアの置かれている深刻な危機的状況は国際社会にとってかなり高い確率で脅威の源泉になると考えていることは周知のとおりであるが、その脅威とは、核保有国云々の問題だけではなくて、前代未聞の規模で横行する汚職、犯罪、テロ、また武器横領や国内外の犯罪組織(オウム真理教等)のロシア科学技術、軍事機構への潜入など、政府の統治機能の喪失に対する危惧である。
西側ではすでに、民主改革の保証人としてのエリツィンへの期待はなくなっていることを誰もが見抜いている。が、彼らは、そこからしかるべき結論を導き出そうとはせず、ロシア社会はかなり遅れており、民主主義への準備が整っていないのだから、民主主義はなくとも安定を約束する害の少ない現体制を支持すべきである、という判断に安住している。

<<現体制では安定は不可能>>
すでに指摘したように、現体制、現路線では安定への期待を実現することは不可能である。しかし、また別の問題も生じている。つまり、安定か民主主義かというジレンマが実際に存在するのかどうか。また、民主主義なき安定が可能かどうか。どんな犠牲を払ってでも安定を獲得すべきなのか。
ここで明らかにしておくべきは、体制側は、一定の期間、権力、権威主義的方法、あるいは弾圧によって安定を守ることはできる。おそらく西側の諸国は、軍事力の解体など、弱体化した現在のロシアからしかるべき利益を引き出すことをもくろみ、こうした状態に満足している。しかし、これは近視眼的目算であり、こうした状況では、長期的にみて、ロシア社会に真の安定をもたらすことは不可能である。
したがって、安定か民主主義か、という問題設定そのものが根本的に間違っているのである。民主主義のみが、真の安定を得るために不可欠な社会のコンセンサス、権力への信頼を醸成することができる。現在のロシアおいて、民主主義を守り社会の連帯をつくり出す唯一の道は、政策の抜本的改革、つまり権力機関の交代である。

<<権力の選挙歪曲の意図>>
そこで、選挙の問題である。現在、ロシアにおける政治活動の焦点はすべてここに集まっている。問題は、ロシアにおいてより自由で民主主義的な選挙が可能かどうか、国民がその意思を表現することができ、抜本的改革のための前提条件をつくり出すことができる選挙が行なわれるかどうかということである。一見、すべては順調に進んでいるように思われる。大統領選挙法案の採択、憲法に忠実な権力機関、規定された期間内の選挙実施の義務など、肯定的要素は存在する。
しかし、もっと間近で、どのように選挙運動が行なわれているか、権力機構にどのような変化が生じているかを注意して見ると、不安を隠さずにはいられない。おそらく、選挙は行なわれないか、あるいは実施されたとしても選挙人の意向の歪曲が行なわれ、現在の権力、政治路線が維持されるだけであろう。大統領は、連邦議会下院議員の選挙法案を拒否したばかりであるが、その目論見は明らかである。新しい特権階級に好都合な条件をつくり出すために、選挙運動の中心を統治管区に移したいがためである。権力側からすれば、これは損のない巧い手段と言える。つまり、仮に国会が大統領の修正案を拒否したならば、選挙は延期されるか、もしくは大統領令によって実施される。また、仮に国会が大統領の指示に従いその補正案を承認した場合には、権力側は候補者の推薦から開票まで、選挙の全過程を掌握することになるであろう。
また、非常に複雑な状況において、次のようなケースを想定しないわけにはいかない。つまり、多くの選挙人は単に投票に行かず、したがって、選挙は成り立たないか、もしくは不完全で活動能力を伴わない国会の成立を我々は見るというこである。おそらく、権力側は、投票率の最低ラインを50%にまで押し上げ、この棄権主義の効果を期待する。

<<民主主義勢力の役割は何か>>
読者は問いかける。では、目下のところ民主主義勢力の役割は何なのか。そして彼らに今日の状況のネガティブなシナリオに対抗する可能性があるのか。私は、民主主義勢力は大きな潜在能力をもっていると確信している。しかし、彼らの勢力はバラバラであり、権力側はさらに力を分散させようとする。選挙において現実的に重要な役割を果たすためには、民主主義勢力は分離状況を克服し、1つの政治空間に結集することが先決である。
現段階は、ロシアの民主主義勢力の成熟状態を、彼らの国家統治の能力を慎重に確認する時期である。仮に彼らがその能力に長けていることを証明したいならば、まず派閥根性や政治的野心といった<小児病>を克服する必要がある。そして、現在の状況を考慮しながら、民主主義、多元主義、中庸といった健全な思想的立場から国家と国民の利益を守ることのできる人々の力を結集するための手段を講じねばならない。
すべては、すでに<ポスト・エリツィン>の時代が始まっていることを物語っており、それは、新しい政治戦略が不可欠であることを意味する。民主主義勢力の絶大な政治的イニシアチブが不可欠であるが、彼らにおいて歴史的イニシアチブをとる準備が整っていない場合には、その変革の風をまったく別の勢力が奪いとる可能性は十分にある。

<<独立国家群との関係>>
ロシアにおける安定の問題のもう1つのアスペクトは、ポスト・ソビエト地域における独立国家群との関係である。この点に関してさまざまな矛盾した見解があるが、重要なのは、独立の際の幸福感が消え、酔いがさめだすとともに世論や政治エリートの立場に変化が出始めたことである。独立国家共同体(CIS)設立時の希望や期待は消え失せた。
こうした状況下で、ロシアとCIS諸国の関係の議論に新しい段階が訪れた。そこでは、さまざまな利害が衝突しあい、さまざまなバリエーションの地図が構想されている。このテーマは特別な分析を行なうに値するものであり、ここではただ1つのことについて触れることにするが、これはロシアだけでなく、全世界共同体の安定の問題から非常に重要な問題である。
それは、世界の多くの地域において力をつけつつある自然な統合過程である。ポスト・ソビエト地域にとってこの問題は焦眉の急となっている。生活のすべての領域で歴史的に形成されてきた多様な関係を破壊すると、どのような困難が待ち受けているかをすべての人は理解している。しかし、仮にこのことを理解したとしても、果たして協力、統合の新しい形の模索は論理的でないのだろうか。しかしながら、ロシアにおいても、旧ソ連諸国においても、また西側においてもこの問題における明瞭さはない。

<<問われる連帯と統合の政策>>
ロシアにおいて、新しい枠組みにおける旧ソ連諸国との連帯構想は、多くの人に猜疑心を抱かせる。そこでは、抜本的で民主主義的な改革を目前にした以前の連邦の解体責任の問題が生じているがゆえに、政治的動機が働き、また現在の困難なロシアの社会状況と関係する経済的動機も働いている。しかし、直接には語られないがロシアの政権内部で囁かれていることは、ロシアにとって現在の状況は好都合であるということだ。統合の多国間条約機構の欠如において、個別的な政策の実施や他の国の利害を犠牲にした自国の利益の追求、さらに自国の意向の押しつけが容易だからである。
事態の他の局面は、西側の立場である。ポスト・ソビエト地域の統合に関する西側の政府の議論は、かなり偏見を含んだものである。ここでは統合を、ロシアあるいはソビエト帝国復活の試みと捉らえている。そしてこの事実を隠さないばかりか、新しい独立諸国家の歩み寄り、特にウクライナとロシアの接近に積極的に対抗手段を講じる。しかし、そうした政策は近視眼的であり、逆にロシアを帝国への道に走らせ、期待したものとは反対の結果をもたらすだけであろう。
逆に、明瞭な法的根拠、平等の原則、完全な自由意志に基づいて実現され、帝国への野心を抑制する効果的な多国間機構の設立を伴う統合は、ロシア、ヨーロッパ、そして全世界共同体の利益の合致に正しく応えることができる。しかしその実現のためには、多くのことに変更を加えねばならない。ロシア自身の政策、CIS諸国の立場、そして西側の方針に。
(「モスクワ・ニュース」№38、1995年6月)(鈴木 太 訳、小見出し・編集部)

【出典】 アサート No.212 1995年7月15日

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【投稿】長良川河口堰本格運用が意味するもの

【投稿】長良川河口堰本格運用が意味するもの

去る5月22日野坂建設大臣が「長良川河口堰を5月23日から本格運用する」と発表した。(実際には増水期でないと、ゲートは閉められないので、梅雨以降になる)私が河口堰建設反対運動に関わってすでに4年が経過するのだが、村山社会党委員長が総理大臣であるこの政治状況で、「何故?」という疑問はぬぐえないし、「自社さ政権」ないしは「政権党」になった社会党の自殺行為のはじまり(?)という見方もできる。

<100万票を失った社会党?>
東京方面からは、「河口堰本格運用決定」で、社会党は少なくとも今回の参議院選挙において、市民派・環境派を失望させ、その効果は100万票を失うのではないか、という予測が聞こえてきている。長良川河口堰の工事は92年10月に再開されて、着々と堰工事自身は進められてきたわけだが、完成後の「処理」については、多いに議論のあるところあった。細川政権の時代には、旧連立与党の中で旧日本新党、さきがけが環境部会の形で河口堰の危険性について言及したが、細川政権が短命のためみるべきものはなかった。昨年の7月、村山政権が誕生したのちは、野坂建設大臣、五十嵐官房長官の長良川現地への視察が実現し、その後長良川河口堰についての「円卓会議」が、建設省と反対派の間で設定され、平行線の形ではあったが、堰の安全性、環境への影響が議論されてきた。
堰本体は、平成6年度予算の中で完成してはいるが、ダムからの水の運用と言う意味での「導水事業」はこれからの話であって、まだまだ運動的には「負けた」わけではない。
しかし、「円卓会議」の結論もでないままで今回の「本格運用」決定にが行われたことについて想像できるのは、堰完成を受けて、「導水事業」(ダムから、工業地域などに水を運ぶパイプラインの建設など)への予算確保を狙う建設省官僚からの強い圧力があったとしか思えないのである。

<「環境も大切だが、安全はもっと大切だ」でいいのか?>
環境派を刺激したのは、本格運用決定発表にあたって、野坂建設大臣が行った数々の発言である。「環境も大切だが、安全はもっと大切だ」「国家が血税を使って行う公共事業に間違いのあろうはずもない」「(河口堰建設反対署名に名を連ねたことを聞かれて)あれは廊下での立ち話。問題の重要性を理解していなかった」など。「本格運用」を決めてしまえば気楽なもので、野坂は結構、言いたい放題を言っているようだ。
一方、朝日新聞は野坂が最近「土工協」会長と会ったことを暴露したし、23日以降社会党内も、環境派もそれでは決定取消に向かって動きだした。
6月12日「長良川河口堰建設に反対する会事務局長」の天野礼子さんが野坂大臣に「決定取消・話し合い継続」を申し入れたあと、建設省前で反対派市民と共にハンガーストライキに突入。(天野さんはハンスト24日目の7月4日建設省内で倒れ芝病院に緊急入院した)
6月15日佐高信さんが、建設省内で「村山内閣に解決を求めるアピール」を発表。(6月26日に賛同者が112名と発表され、27日に朝日新聞東京23区版に全5段の意見広告が掲載されている)
6月28日社会党環境部会が矢田部議員の呼びかけで開催され問題解決に努力することが確認され、7月2日社会党有志議員と野坂大臣との話会いがもたれるも、大臣が「ゲートを降ろしてのしゅんせつ」にこだわり、決裂。
6月30日「平和・市民」の国広正雄氏が、党として建設大臣に最高を求める声明を提出。など 他方、反対する会など環境派は、7月4日に「長良川監視委員会」を発足させ、「堰の撤去まで川の監視を続ける」としている。

<民主主義リベラルを誰も信用しない>
今回の決定発表後、23日の閣僚懇談会で、五十嵐官房長官は、長期にわたる大規模公共工事について、その妥当性を審査する第3者機関の設置を提案している。しかし、共同通信などは、「河口堰本格運用」決定に対する反発を考慮し、社会党としての大規模公共事業への対応策を示したものと報道している。
具体的な判断は、「環境問題は少々あっても、安全が大事」という判断を強行しておいて、チェックの第3者機関を今後つくる、と言ってもバランスは取れない。今後どう推移するかは分からないが、環境問題では社会党は今後発言権を失うことは間違いがない。
特にリベラル新党という言葉が一人歩きしているが、「平和・人権・環境・国際連帯」というキーワードに照らしてみても、環境も守れない社会党では、当然リベラル新党も環境問題はお題目だけ、と環境派、市民派は十分に理解したのではないか。地方議員や党員はいざ知らず、政権についた党がこれほど物分かりが良くなるのならば、「政権交替」に期待した国民が「一億総無党派化」することも必然と言えるのではないか。

<長良川の鮎、今年は不漁>
5月11日の鮎漁解禁以来、長良川では不漁が続いている。岐阜市中央卸売市場への天然鮎の入荷量は昨年の10分の1となっている。長良川漁協によると木曽川、揖斐川も同様に不漁だが、特に長良川の場合、4月にゲートを3日閉め、1日開けるとい「調査運用」が行われているため、今後の本格運用に対して、漁民の中で不安が強まっていると言う。
「環境への影響は小さい」から、本格運用を決定したという野坂建設大臣だが、「自然環境、地球環境」へのあなどりは、取り返しのつかない事態を招来しつつある。
「長良川河口堰をやめさせる市民会議」は、すでに9月23日・24日を「長良川DAY95」として、長良川河口堰現地での行動を準備し、反対運動の継続・新たなステージに向けて粘り強く運動を進めている。(95-07-09 佐野秀夫)

【出典】 アサート No.212 1995年7月15日

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【投稿】参議院選挙を前にして

【投稿】参議院選挙を前にして

2年ぶりの国政選挙となる参議院選挙が目前に迫ってきた。今回の選挙は、自社さ連立の村山政権の信任投票として位置付けられようとしているが、統一地方選から続く選挙疲れもあり、6年前の消費税のような明確な争点もなく、ム-ドとしてはいまひとつといった感じである。そして何よりも3年前とは大きく変わった政治地図や「無党派層の増大」なるものにより、簡単には読み切れない複雑な選挙となっている。中でも注目されているのは、新進党がどれほどとれるかということと並んで、社会党の敗け方が22だの15だの数字が乱れ飛ぶなかで語られていることであろう。
自分自身、選挙権を得て10年近くになるが、今回ほど自身の投票行動が定まっていない選挙は初めてである。今までは何らかの形で支持・支援できる候補者がいたし、実際に選挙運動もやってきた。先の大阪府知事選でも、複雑な思いを持ちながらも、ノックは信頼できず、連合大阪の政治的イニシアチブを維持してほしいがために平野に投票した。しかし、今回は一体どうすればいいのか。村山政権に対する私なりの評価や社会党との関わりを思い起しながら考え、悩んでいるのである。
村山政権の評価は様々であるが、批判的な評価が下されているのは否めない。「危機管理能力のなさ」「経済無策」「実行力・決断力のなさ」などを始め、左の側からは国会決議の不十分性、長良川河口堰の運用の問題、従軍慰安婦問題への対応など、数えあげればきりがない程である。自社の連立という1年前の「掟破り」の手法により実現した社会党首班の政権ではあるが、与党内第一党は自民党であり、力関係では社会党は圧倒的に不利な状況にある。ただ政権のキャスティングボ-ドを握っているにすぎない。保・保連合も叫ばれている中では、いつ捨てられてもおかしくないのである。今の日本のシステムでは内閣が行政権力の持ち主であり、内閣総理大臣ではなく内閣に重きをおいた制度になっている。その意味では、首相が社会党だからといってその政策が次々に反映されるかというとそうではない。また、それが連立政権というものである。
私も村山政権にはいろいろと不満はある。しかし、これまで政策の俎上にすらのらなかった被爆者援護法の制定が不十分ながらも実現したし、水俣病の解決の糸口も見えてきているのだ。旧連立政権での社会党へのなめられた対応のことを思えば、社会党の意向はかなり反映され、自民党単独政権ではとてもできなかった諸課題を次々にこなしているといえるのではないだろうか。連立政権の政策と政党の政策の整合性の問題についてはいろいろと議論はあるだろうが、社会党の政策転換=もはや社会党には何も期待できない、護憲・平和勢力ではない、と簡単には言い切れないのである。
私がこれまで社会党を支持してきたのは何故か。共産党のセクト主義を批判しつつ、消去法的に社会党だったということもできるが、やはり何よりも学生運動以来関わってきた解放運動や労働運動などの諸課題を実現させるための政治的意志を表明できたのは社会党だけであったという、まさしく大衆運動の要請からくるものだったのである。私自身社会党の政策そのものを丸ごと評価していたわけではなく、私たちのグル-プとしても護憲や民主主義に果たした社会党の役割を評価しつつも、組織的に社会党を支持していたわけではない。むしろ、運動のリ-ダ-が社会党公認の候補者であったり、先輩方が社会党員であったりすることにより、社会党を大きく、強くしていくことが自分たちの運動の目標に近付き、民主主義の実現につながると考えていたのである。
そんな社会党が時代の流れについていくことができずに低落傾向にある中で、生き残りをかけた最後の手段が第3極の勢力-民主主義リベラル勢力の結集だったはずである。しかし、この構想も遅すぎた感が強く、実現性に疑問を持たざるをえない。そんな中で、これまで社会党に大きな影響力を持ったグル-プの人たち、私が社会党を支持するにいたったリ-ダ-たちが次々に社会党を離れようとしているとの話を聞いた。新進党にのる人もいれば、ノック支持グル-プを形成する人もいる。それぞれの団体、それぞれの人々の考えがあっての方針・行動なのであろうが、私には納得することができない。何らかの政策課題を実現させていくために様々な勢力と連携していくことを否定するものではない。むしろ私たちの考え方からすれば広範な勢力の結集という意味で積極的に推し進めるべきものである。ただし、それはこれまで共に闘ってきた勢力と縁を切ることではないはずである。何も社会党への義理がどうのと言っているわけではない。民主主義リベラル勢力の結集にささやかな期待を持っていた私にとっては、先の人たちがその中核となり、社会党の再生を担ってくれるものと勝手に思い込んでいたのである。
大阪選挙区で社会党は推薦候補となった。どんな人なのかよく知らない。今まで支持していた公認の現職は衆議院の選挙区にくら替えしている。私が学生の時に初めて立候補して以来応援してきた人である。他党の候補者にはとても投票できない。寂しい国政選挙になったものである。「無党派層の増大と言われているが、これまでの浮動層が名前を変えただけじゃないか」と思っていた私が、いつしか無党派層になっていたことに気付かされたのである。
現在大衆運動を主体的に取り組めていない私がこんなことを言うのはおこがましいのはわかっているが、一歩離れた視点から冷静に物事を考えていけるようになっていると思うのである。第3極のリベラル勢力の結集の基盤は地域のロ-カル政党やグル-プのネットワ-クにあるとするならば、政治屋のみなさんのわかりにくい動きとは一線を画した、新たな行動指針が求められているのであろうか。以前からこのアサ-ト紙上で第一線で活躍している方々の投稿を呼びかけているが、いつもMさんやOさんなど特定の人に限られている。先に述べた団体や個人の方々は、アサ-トの読者とは決して無縁ではないはずである。この間の動きや方針、行動をわかりやすく読者のみなさんに説明していただけないだろうか。
(江川 明)

【出典】 アサート No.212 1995年7月15日

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【投稿】参院選と社会党バッシング

【投稿】参院選と社会党バッシング

<<山口氏の「最後の批判と提言」>>
北海道大学教授で、政治学者である山口氏は、本紙でも何度か紹介されたことがあるように、世の多くの評論家や政治学者が社会党叩きや村山政権批判の大合唱をしているさなかに、あえて村山内閣誕生の積極的な意義と期待感を表明し、村山首相のブレーン集団「二一会」に参加し、具体的な改革と政策の提言を行ってきたことで知られる。
その氏が、参議院選挙を前にして、「日本社会党の命運を憂う」(5/31、朝日・論壇)、「新党よりまず政治家改革」(6/18、日経・リレー討論)等の中で、「この数年、社会党の変革による日本政治の転換を願ってきた者として、この党に対して最後の批判と提言を行いたい」として、社会党へのいわば最後のラブコールを送っている。
氏が指摘するように「村山政権の発足は、現実政治の困難な環境の中で社会党の理念を鍛え直し、それを通して社会党を改革するための絶好の機会となるはずであった」。
「この政権が自民党を巻き込み、ものごとを現実的に変えることが可能に見えました。・・・私もそれなりに頑張り、色々な問題提起をしたつもりです。・・・ところがそれが年を越した途端、社会党の内紛、阪神大震災、オウム騒動と、普通の政治がしにくい状況になってしまった。アンラッキーな面もあるが、結局、政権の持っている力量が問われ、無力をさらけ出したといわざるを得ない」事態となってしまった。氏はそれを社会党の「漂流」とみなし、「社会党は見送りの三振を繰り返してきた」が、「政党は、政権にあるときに何が出来るかが勝負なのです。言葉で新党とかきれいごとを言うより、普通の政党として、自分の公約の実現に向け当たり前に努力をするのが先だった」と、指摘する。

<<新党論に先立つ前提条件>>
山口氏が「最後の批判と提言」と言わざるを得ない決定的な出来事が、長良川河口堰をめぐる野坂建設相の裁定であった。「社会党が本当に環境を大事にしたいのならば、なぜ社会党の政治家は野坂氏を囲んで河口堰と環境問題について徹底的に議論しなかったのか。既成事実の壁の前にすごすごと理念を引っ込める政治家がどうして新党を担えるのか」、「社会党が新党の支持者に想定している人々は、河口堰に象徴される環境破壊的・利権政治的な公共事業に公憤を感じている市民である。そうした人々の思いを受けて、公共事業のあり方を考え直すためにこそ村山政権を作ったのではないのか。建設官僚とけんか一つできない政治家たちが新党と叫んだところで、青島幸男東京都知事一人が持つインパクトには遠く及ばない」と、的確な手厳しい指摘をしている。ましてや野坂建設相は「公共事業に間違いはない」などと発言し、河口堰建設中止を求める署名をしたことについて「あれは廊下の立ち話で、水質が悪くなると聞き、署名したものだ」と反省したという。お粗末な発言のきわみである。
それでも山口氏は、「遅きに失した感はあるが」、「第一は、何のために村山政権を作ったかをもう一度かみしめ、連立三党の政策合意のうち何がなぜ実現できなかったかを総括すること」、その中で「将来につながる制度改革の提起を行うこと」、「第二は、自らの理念を確認したうえで、政権与党の地位にこだわらず愚直にこれを追求すること」を提起している。
そして政党政治再生の展望の前提として、「まずは先日の地方選挙に現れた民意をきっちり受けとめるところから、すべて始まると思います」と述べ、業界団体を束ね、後援会を広げて票を積み上げる、組織や団体の票を積み上げて当選圏にはいるタイプの選挙から決別するときがきていることを強調している。

<<社会党の存在意義と社会党叩き>>
7月23日の投票日を直前に控えて、今や社会党叩きは最高潮に達しているとも言えよう。議席の激減が当然の前提として語られ、社会党は遠心分離機にかけられており、このままいけば村山内閣の崩壊はもちろんのこと、社会党そのものの「流れ解散」、「消滅」論まで現実的な可能性のある事態として論議されている。そのような危惧なしとしない状況であることは間違いない。共産党までがというか、いまさら当たり前のことではあるが、社会党叩きの先頭に立って、口をきわめて村山内閣を罵倒し、前内閣よりも、さらには自民党単独内閣時代よりも悪質な反動政権として描き出し、これを打倒することにそのセクト主義的な全エネルギーをかけている。
こうなってくると、われわれはもう少し事態を冷静にみる必要があるのではないだろうか。
2年前の6月18日には宮沢内閣に対する不信任案が通って衆院解散、総選挙となった。そしてそれ以後の二年間は実にめまぐるしい政治的変動期であった。何よりも自民党の政治独占が崩壊し、連立政権時代に移行し、細川政権が成立した。その細川政権も突如の深夜の国民福祉税構想に象徴される、公約とは全く相反した闇取引と裏切り的政治行動によって自滅した。その結果として、1年前の6月29日には社会・自民・さきがけ三党連立の村山内閣が成立することとなった。そしてこの間のキャスチングボートを握ったのは社会党であった。社会党がいずれの連立政権の成立にあっても欠かせなかったし、配慮せざるを得ない存在であった。いずれもこれまでの社会党の政策を骨抜きにし、換骨奪胎することに全政治論議の焦点が合わされることとなった。現実に重要な政策転換が行われ、それは当然、功罪、期待と失望、あわせ持つものであった。そして今、この罪と失望に焦点が合わされ、社会党叩きが行われている。ある意味では当然のことであるが、逆に言えばそれだけ社会党への期待と共感がいまだ庶民の多くの人々の中に依然として存在しており、それを無視し得ないことをも示しているといえよう。攻撃する側から言えば、いわば草苅り場なのである。

<<政党支持率と社会党>>
そのことは多くの世論調査にも一貫して現れていることである。社会党の支持率は減少傾向にあるとはいえ、他の政党に比べ見劣りのするものではない。前回参院選直前の92/3の朝日調査では、政党支持率(%)が自民44、社会12、公明4、民社2であったが、今年95/3月の同・朝日調査では、自民27、新進8、社会10である。6月の調査でも、新進8に対して社会9である。5/12-24のNHK世論調査でも、政党の支持率は、自民23%、新進5%、社会9%、さきがけ1%、共産2%、特になし55%であった。支持なし層が増え、既成政党が軒並み支持率を下げている中では、社会党はよく持ちこたえており、既成政党の枠内での支持率の割合では、むしろ現在の方が高くなっているのである。さらに自民党の小沢派、海部、等々、公明党、民社党、日本新党が合流した新進党よりも支持率が上回っていることは、ある意味では驚きでさえある。しかしそれが先の統一地方選挙でも明らかなように、議席増には結びついていない。それはこのところ急増している政党支持なし層に対して、社会党が魅力ある有効なメッセージを出し得ていないし、信頼性も喪失しているところからきているといえよう。まただからこそ、他の諸党が社会党叩き
に集中するわけでもある。信頼性の喪失に関しては、新進党に巣食う汚職・腐敗議員や戦後五〇年国会決議に公然と反対して出席を拒否した議員など、自民党と共により責任の重い議員が数多く存在していることを忘れはならないであろう。
しかしいずれにしても社会党の今回の改選議員は、土井委員長時代の89年7月26日の参院選挙で獲得した議席である。そして消費税導入反対とマドンナブーム、新生社会党への期待の中で、この時に得た大幅な得票増の分はすでに92年の選挙ですべて失っている。久保書記長は「(比例代表と選挙区を合わせた)前回の公認候補22人の当選ラインは超えなければなりません」と語っているが、きわめて困難な課題であろう。

<<社会党の「最後の遺産」?>>
6月19日の米ウオールストリート・ジャーナル紙は、日本の「戦後五〇年国会決議」に関して、「深く後悔する日本」と題する社説を掲げ、「舞台裏を見れば、戦後決議は評価できよう。決議は社会党が消え去る前の遺産とも言える。社会党は過去40年間、戦争責任と平和主義を訴え続けたが、なかなか政権をとることができなかった。社会党は今や消滅の危機にひんしており、有権者は日本が永遠に、深く戦争を後悔する必要があるとは考えていない。こうしたことから考えると、日本が戦後決議を採択したのは、驚くべきことだ」と評価し、「どの国も自らの戦争の罪についての議論では、しばしば都合よく問題をえり好みする傾向があるものだ」として、「日本帝国主義の忌まわしい部分を知っているアジアの生き証人は多い。日本の収容所に入れられた人、慰安婦、虐待された捕虜の内生き残った人達だ。日本帝国主義はさまざまな遺産を残した。しかし、これらの人々は、日本人の特性による犠牲者ではなく、大規模かつ意図的な悪行の犠牲者だ。この犠牲者たちに対し、日本は罪の償いをしていくだろうし、これこそ過去と折り合いをつけるのに適した方法だといえる」と評価している。
社会党の「最後の遺産」となるかどうかは別として、「植民地支配」、「侵略的行為」への「反省」を明記した国会決議は、たとえその不十分さが露呈されたとはいえ、自社さきがけの連立政権であったからこその戦後決議と言えるであろう。これを後退させることなく前進させ、具体的な罪の償い、「戦後補償」を実現していく政権でなければ、次代を担う資格はないといえよう。その意味では、「終戦50周年国会議員連盟」(奥野誠亮会長)をはじめ、決議案を容認しないとの方針を確認し、決議出席を拒否した自民・新進両党の議員グループは、この際、この問題を旗印に新たな政治勢力を結集するべきであろう。6/6に、梶山氏らアジア重視、憲法尊重を旗印にして、憲法については「戦後の日本の発展に寄与してきた役割を過小評価する意見には同調できない」とし、9条を含め尊重する立場を明確にした自民党の新グループが誕生している。これも社会党の存在なしには語り得ないことである。
被爆者援護法や水俣病体策についても、その不十分さは当事者から指摘されている通りであったとしても、これらは社会党の存在なしにはありえなかった少なからざる一歩前進であろう。社会党叩きが常態化している今日、あえて注意を喚起せざるを得ないのは、社会党のような政党の存在意義が他の諸政党と比較してより客観的に正当に評価されてしかるべきだということである。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.212 1995年7月15日

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『詩』 悪徳のすすめ

『詩』 悪徳のすすめ
                  大木 透

その昔
ウジ虫の神様は
ウジ虫の形をしている
とM先生はおっしゃった

AUMの楽園も
この世に
よく似ている
と嘆く奴がいる

会社をやめて
出家してまでして
またプラントを作るのはいやだ
とそっぽを向く奴もいる

朝礼の禅問答に
吐き気を覚えて
出家したものの
AUMの修業にも飽きて
出奔して
青木ケ原の風洞に
立てこもり
なぜか
ひとりで
オカリナばかり吹いている奴もいる

分らん奴もいる

夢があるだけ
ましだと言うと
目を吊り上げる奴もいるが

ヤケ酒を飲んで
俺もサリンを撒きたいよ
と怒鳴り返し
そっと
あたりを見回す
奴もいる

分る分る
と泣きじゃくりながら
「昭和ブルース」を
歌う奴もいるが
それからどうした
それからどうした

合いの手をいれると
何万というサーチライトが
いっせいに点灯され
競い合って
必死に
向かって来る
近衛兵の行軍のように
寝起きの
俺の
夢の縁を
渡って行く

一服吸いながら
昔を思い出す

俺は
「たとえ赤子が混じっていても
反革命の群衆は標的にすべきだ」

真面目くさって
議論していた

商売敵は
「ポア」したってかまうものか
と某商社のアフリカ担当部長が
言ったとか言わないとか
騒々しいことではあるが
「ポア」の風習は
この国に
よく根付いている
夕べも
気弱な小学生が
なにものかに
「ポア」されたらしい
(1995.5.20)

【出典】 アサート No.211 1995年6月17日

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【投稿】地方分権と政治改革(7)

【投稿】地方分権と政治改革(7)

4.地方分権と政治改革
<介護保険制度の争点化の必要性>

前号までの繰り返しになるが、現在、急ピッチで検討が進められている高齢者介護保障のための社会保険制度の導入について、私は大いに疑問を持っている。
それは、制度の各論に問題を感じるからというよりも、「徹底した地方分権と公的福祉の充実した社会をめざす」(これが社会民主主義と呼ばれる考え方の核心であると思うが)という21世紀の社会のあり方についての私なりのビジョンなり戦略的判断に照らした時に、妥当でない対応だと考えるからである。具体的な課題への対応手法の適否は、戦略的な方向づけの中での妥当性が担保されていなければ、結局のところ大きな誤りとなる。変化の時代にあっては、とりわけ注意しなければならない点だろう。
ところが、この課題について、政治レベルでの議論や対応はまったく見えてこない。現在の状況について福山真劫・自治労健康福祉局次長は次のように述べている。

「…前述してきた状況の中で、社会保険導入絶対の大きな社会的勢力は見当たらず、具体の制度内容が見えてきた段階で、関係団体によりせめぎあいがあったとしても、厚生省として社会保険方式の導入を基本にした高齢者介護保障システム案の作成が予測される」(「新たな介護システム構築にむけて」、自治労通信No.616、1995.6.1)

そして、自治労としても具体的な内容に関わる判断ポイントの検討を行った上で、「社会保険方式の導入も含む高齢者介護保障制度の方針の確立を図ることが重要だと考える」と述べているのである。新聞報道によると、厚生省は来春の国会にも介護保険削度の創設案と医療保険制度の改革案を国会に提出する予定だという。事態は急ピッチで進んでいるのである。
厚生省が現状を前提とした厚生行政の範囲内で現実的対応策を考えることや、労働組合が現状に適応した対応方針を確立すること自体、何ら非難されるべきことではない。しかし、官僚の発想には限界がある。その限界を突破するのが「政治」の役割であろう。ところが悲しいかな、現在の政治勢力には、将来構想を描く戦略性とその実現のための具体的な政策を構築する能力、また現実に進行している課題への対応能力が著しく欠けている。
前号までに述べたように、介護保険構想は、高齢者福祉対策にとどまらず、保育・子育て支援施策などを含む福祉政策全般の再構築へとつながる。そして、そのめざすところの原理的な意味は、課税権を通じて所得と資産への干渉を行い所得を再配分するという「福祉国家」の縮小方向での見直しであるように、私には思える。ただ、社会保険制度であっても、所得に応じた保険料徴収や企業主負担、さらに国庫や地方自治体の負担が当然行われるものであり、所得再配分機能を持つ社会保障政策としては何ら変わることはないとの反論があり得よう。例えば、伊田広行・大阪経済大学講師は、アサートNo.207で紹介のあった「性差別と資本制-シングル単位社会の提唱」(啓文社)において次のように述べている。

「しかも、社会保障制度の場合、徴収された保険料は基本的にその目的(福祉)に限定されて使用されるので、(B)方式(医療保障制度のような、所得に応じた拠出であるが定められた事故に対して必要に応じて一律の保険給付がなされる『比例拠出定額給付制』の意:引用者注)である限り、その保険料は目的税であり、社会福祉の充実にとって確実な財源といえる。税の使途に対するコントロールカが弱く、消費税を7%に上げても、増収分のほとんどは社会福祉に使われないという日本の現状を考えるなら、所得に応じて拠出(できれば累進的拠出)し、必要に応じて給付される(B)方式の方が、現実的には積極的な選択といえるであろう。こうした観点から、これからの焦眉の課題とされている高齢者や障害者の介護保障の財源は、当面、社会福祉への移転が保障されない『間接税』ルートよりも、介護保険ルートの方が現実的であると、私は考えている」

伊田氏の「現実的判断」も理解できないわけではない。しかし、社会保険料方式では、個々人がサービスを市場経済メカニズムの中で調達することを原則とすることに伴う問題点が多いこと(詳しくは前号で述べた)、所得再配分機能が弱いこと、また、負担できない者を排除する性格を持つことなどを考えると、やはり私には問題の方が多いと思える。
例えば、社会保険制度の先行事例である国民健康保険制度は、今やどの自治体においても大きな悩みの一つである。すなわち、保険料収入と保険支出の間の収支バランスが崩れ、多額の一般財源負担(税による赤字の補填)を余儀なくされているのである。収入を増加させ得ないのは、保険料負担には理解が得られる限度があり、すでにその限度を超えているので保険料改定が困難なこと、また、滞納者の増加による徴収率の低下がその主な原因である。支出の増加は、言うまでもなく国民医療費の増大や国民健康保険加入者の階層的特性に起因している。
こうした国民健康保険制度の現状をみると、介護保険導入のメリットとして指摘される「税に比べれ理解が得やすい」ということ自体に私は懐疑的にならざるを得ない。また、社会保険方式でなおかつ所得再配分機能を強化するための累進的拠出などの導入は、まず不可能であると考えている。なぜなら、介護保険における「介護」というリスクは、病気や怪我という健康保険におけるリスクに比べると相当縁遠いものであるし、まして高額所得者には、介護というリスクに遭遇した時の選択肢が多数あり、長年高額の介護保険料を支払い続ける必要性が希薄だからである。保険料滞納者に健康保険証を渡さない自治体が新聞報道で問題にされたりしたが、介護保険制度の場合、結局保険にしか頼れない者だけが保険料にあえぎ、いざ保険が必要な際には保険から排除されているという泣くになけない事態になるおそれが多分にあるように思う。
結局、介護保険の導入によって拡大するとされている「権利性」とはあくまでも契約当事者としての権利性であって、社会権を拡大する方向における権利性の拡大ではないのである。
もう一つ重要なことは、社会保険制度は地方自治の拡大にはつながりにくいということである。保険基盤を確実なものにするには、地域を限定することは好ましくない。現に、国民健康保険制度においても、制度の抜本的改革が常に課題として取り上げられているのである。
高齢者介護保険制度の問題を突き詰めていけば、理念や政策の分岐が相当明瞭になるように思われる。新党論議には欠かせない争点だと、あらためて強く指摘しておきたい。

<地方自治体の現状と課題>
21世紀に向けて重要なのは、これまで「私的領域」とされてきた介護や子育て、さらには環境問題や生涯学習など様々な分野における「公共性」を確立すること、そしてそのコストを誰がどのような形で負担するのかという市民間の利害調整をしっかりと行うことである。そして、そのために、民主的な意見形成や意思形成が実現し得るための条件として地方主権を確立することが必要である。
実際、自治体が対応を迫られている課題の広がりと深まりには実に著しいものがある。
高齢者や障害者福祉の充実、子育て支援施策の充実などの福祉施策はもちろんのこと、道路・下水・住宅などの社会基盤の整備、ごみ問題・水問題などの環境問題への対応、生涯学習を保障するための社会教育や文化の充実、急速に進む国際化への対応、さらには地域経済の活性化、農業の振興など例を挙げはじめるときりがないほどである。最近の大阪府や東京都における課題を見れば、国際ハブ空港を整備することや金融秩序の維持など、どう考えても国の仕事だと思われる課題まで自治体が大きな役割を負わされるのだから、今や自治体こそが「政府」だと言っても過言ではないだろう。
ところが、財政構造や人的配置をはじめとして、地方自治体の対応能力はもはや「臨界点」を超えつつあるのが実情である。自治体が新たにどの程度の規模の新規事業に取り組めるかは、自治体の総収入から国の補助金や起債など特定の事業に対応した収入を差し引いた一般財源によって規定される。ところが、この一般財源もすべてを新たな投資に振り向けられるわけでない。人件費や起債の償還費用、施設の維持管理経費など当然に必要な経費に充当する財源を差し引かねばならないのである。近年の様々な施策の拡大の中で、職員数も施設も相当に増大し、どこの自治体でもこうした費用は年々拡大の一途にある。行政では、経常的な収入に占める経常的な支出の割合を経常収支比率と呼び、財政構造の判断の目安の一つにしているが、この数値の悪化が最近特に著しい。特に大阪府下の自治体では、100に近いところが多くなってきた。経常収支比率が100というのはどんな状態かというと、稼いだ金がすべてランニングコストに消えている状態、民間会社でいうと利益率0の状態である。自治体が現状を維持するだけでよいなら問題はないが、取り組むべき課題を多数抱えている今日において、これだけ硬直した財政構造になっているのは致命的であろう。
課題の広がりと深化、財政状況の厳しさ、自治体の責務の高まり--こうした要素を見ると、自治体に求められている「質」すなわち統治(govern)能力がいかに高度化しているかが容易に想像できる。
具体的には、自治体は次の4つの能力を獲得しなければならないと、私は考えている。
第1は、それぞれの自治体において各施策の地域最適水準(1ocal optimum)がどの程度のものであるかを提示し、それについて合意形成を図る能力である。前号で述べたように、様々な分野の課題において、何をどの程度まで公的に保障するのか、換言すれば、市民が負担している租税をどの程度投入するのが妥当なのかは、一般原則から導きだせるものではない。一定程度のミニマムが確保された上ならば、子どもを預けて働くことは自己選択によるリスクであるから親のために保育所を整備するなどの公的保障は必要最小限でよいと判断する地域もあれば、地域住民層の性格やまちづくりにおける戦略的判断で手厚い公的保障をするのだという地域があってもよいのである。高齢者介護保障にしても、公的サービスで需要を満たすのか(税負担型か)、相互扶助型のボランティアで需要を満たすのか(労働負担型か)は地域住民自らが決定すればよいのである。大事なのは、そのための民主的な意見形成や意思形成の過程である。国家という枠は、こうした過程実現のためにはもはや巨大すぎて機能を果たし得ず、地方自治体のみがその受け皿となり得ることに注目しなければならない。
第2は、市民から信託されている諸資源の効率的かつ最適な配分を行うためのいわば経営能力である。自治体には市場における競争原理のような社会的規制力が及びにくい。そのため、前例尊重・慣例尊重の「事なかれ主義」がはびこりやすく、状況の変化に応じた自己改革が行われにくい。行政改革が単なる行政責任の切り捨てを意味するならば問題だが、目的達成のための効果性・効率性追求の改革はもっとシビアに行われならなくてはならない。この点における市民の不信が、課題達成のために当然行われるべき税負担のアップに対する本能的とでも表現できそうな拒否反応にあらわれる現状は不幸である。
第3は、資源配分の透明性を高め、市民の信頼を得ることである。具体的には、例えば政策決定過程が透明で、その判断基準が明確であるならば、市民の政治的関心はもっと高まるだろうし、行政に村する不信も減少しよう。ただ、後に述べるように、透明性を高めるためには、政治過程や政治のあり方そのものの根本的な転換が必要である。
第4は、資源配分の決定過程における新しい「利害の調整・合意形成機能」を創出することである。この点については、章をあらためて述べることとする。

<必要な地方税財政の改革>
現在の地方自治体は、確実に制度的限界に達しているが、その主要な原因は、国と地方にまたがる税財政の根本的な構造にある。
図①と②は、国と地方の間の財政関係を数量的にとらえるため、92年度の決算ベースに基づいて作成されたものである(95.2.23 日本経済新聞、解説同じ)。

図①
図②

まず、図①で国および地方自治体から「国民」に向かう矢印は、それぞれの歳出額である。大体92年度に国および地方自治体が国民または地域住民に供給した行政サービスを表している。したがって、2つの矢印のかっこ書きの比率は、そのまま国と地方自治体の間の事務配分比率を示す。このため、92年度に、地方自治体は国と約2倍の事務量を分担したといえる。
これに対して、図②は国と地方自治体間の税源配分を表し、92年度では国の方が地方に比べて約2倍の税を徴収したことが示されている。この事務配分と税源配分率のかい難が国と地方の財政関係を非常に複雑にし、地方自治の進展を遅らせている。

例えて言うなら、月8万8千円で生活している下宿生が、3万4千円を働いて稼ぎ、残りの5万5千円を親から仕送りしてもらっていたとして、この青年は自立しているといえるだろうか。
現在、地方自治体が抱える体質的な問題点や様々な課題の根本的な原因は、実施する施策に必要なコストに見合った財源調達(徴税)を自らの責任で行わないこうした構造に規定されていると、私は考えている。
(1995.6.11)

【出典】 アサート No.211 1995年6月17日

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【書評】『毛沢東の私生活』を読んで

【書評】『毛沢東の私生活』を読んで
                 (李志綏著、新庄哲夫訳、文芸春秋刊)

スターリン治下の政治家や民衆の酸鼻を暴き、ペレストロイカの道を掃き清めたのは、「アルバート街の子供達」「処刑台」などに代表される、いわゆる「告発文学」であった。
一方、一党支配が今なお続く中国では亡命中の作家、文化人の手で主として文化大革命を主要なテーマに過酷な迫害の実態や家族の悲痛な離散などを描いた数々のドキュメント(「上海の長い夜」「ワイルドスワン」)が海外出版され、いままだ霧に包まれている共産中国も徐々にその輪郭を浮かび上がらせてきた。にもかかわらずこれ迄の作品は部分的もしくは断片的な体験の範囲に止まり、その限りでは文革も指導者の「重大な誤り」に根ざす、決して起こるべきでなかったアクシデントとして描かれている。毛沢東は今なお中国人民の心に解放者として深く刻み込まれ、その批判はタブーなのである。 ところが、この常識を打破する衝撃的な書がついに登場した。中国建国以来22年間にわたり毛沢東の侍医を勤めてきた特異な経歴の持ち主であり、やはり米国亡命の医師・李志綏(リ・チスイ)の手による回想録『毛沢東の私生活』がそれである。
職業革命家に公生活と私生活の区別はないといわれるが、毛側近として激動の中国を強かに生き抜いた氏の科学者としての鋭い筆致は、毛の私生活の観察、評価を超えて中国共産党の暗部に深く迫り、党の存在そのものに問題を大きく投げかける。
さて、物語は著者が毛沢東に見初められて悲壮な決意で侍医として赴任する建国の時期から朝鮮戦争-大躍進政策の挫折-中ソ分裂-文化大革命-米中和解-毛の死-へと目まぐるしく揺れ動く中国現代史を背景に、同じく激しく揺れる毛沢東の感情の起伏、増幅する権力欲、策謀と裏切り、募る不眠症と派手な女性関係、栄光から孤立へと、綾なす人間関係をヨコ糸として、指導者の死と著者の亡命で幕を閉じる上下二巻、900頁にわたる大河ドラマであり、かつサスペンスに富んだ作品となっている。
本書の読者は先ず、毛の死を直前にして、不安と狼狽、猜疑と相互不信に満ちた側近達の臨場感溢れる描写に圧倒されるであろう。またそして、中ソ論争のような重大な出来事が往々にして些末な事件、毛がフルシチョフを出迎えせずに自宅のプールに呼び付けた-ことによっても規定されたことに歴史の大きな気粉れを発見して一驚するであろう。また妻・江青を文革小組副委員長の要職に毛が任命したのは、実は自分の浮気を認知させるためであったというくだりを読めば、一国の最高意思が寝室の中でいかに安直に決まるのかと、唖然とするのではないだろうか。そして「赤い太陽」「偉大なる舵手」の本質はこんなものだったのか、社会主義とは一体何だったのだろうか、と大きな幻滅と疑問を抱かれるのではないか。
今、新旧左翼を問わずシニシズムと清算主義が蔓延している。過去の自己総括もないまま昨日は東、今日は西と無責任な言動を繰り返す「民主主義者」には吐き気を催す。
李氏の体を張った労作がこれら亜流に悪用されるのはやりきれない。極端から極端へと移行するのは、昔から小市民の特性だ。社会主義体制の崩壊の原因や天安門事件の究明は必要だ。しかしそれはバランスのとれたものでないと危険である。中国革命は帝国主義の百年にわたる支配を覆し、半封建中国を近代社会へ引き上げた歴史的偉業であった。この中核はむろん中国共産党であるが、その成功は毛沢東のリーダーシップ抜きには語ることが出来るか。この歴史的使命と正しく結びついた時、毛の強烈な個性と機横縦略が遺憾なく発揮された。抗日統一戦線時における戦術の驚嘆すべき柔軟さ、党内の団結を常に第一義とする相互自己批判の絶え間ない継続等の優れた党風は、同時に士気粗喪した蒋の軍隊を完全に粉砕した。
毛沢東の政策はマルクス主義の創造的適用の模範とされ、その名声はスターリンと比肩して、海外に轟いた。(スターリンは毛沢東を密かに怖れていた。)
しかし彼も所詮時代の子であった。「歴史における個人の役割」には限界がつきまとう。ロベスピエールの権威の源泉は、広大な民衆との結合にあった。彼が権力維持に汲々としてもはや革新的な役割を果たさなくなったと見たとき、サンキュロットは彼を見捨てた。
毛の天才は、両刃の剣であった。社会進歩と民衆の声を正しく反映していた時の毛沢東の強烈な個性は前向き方向に決定的に作用した。誤った路線(大躍進、戦争不可避論、文革など)に固執し、カリスマになって大衆から孤立したとき、彼の資質は中国社会に大きな災害を引き起こす逆の関数に転化してしまったのである。
(高橋 禄朗)

【出典】 アサート No.211 1995年6月17日

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【投稿】政治の季節到来

【投稿】政治の季節到来
         ・・・あなたは幕末の志士になれるか・・・

○既成政党離れの傾向
東京都と大阪府の両知事選挙における無党派候補の勝利から2ヵ月が経過し、地方政治が一躍脚光を浴びている。共産党を除く政党が全て相乗りで官僚出身候補を推す手法が首都と日本第2の都市で根底から覆ったことで、住民の身近な場所で政治が面白くなってきた。知事と議会の緊張関係が水面下での折衝で行われてきたことに対する飽きと分かりにくさに対する批判が無党派の知事候補を勝利させた。当選した知事がはっきりと認めたように政治に対する意識の高い層が自分達の手の届かない所で行われている政治に対する改革の意思を示したと言える。
東京の青島知事は公約を守って世界都市博覧会を中止するという決断に踏み切り、自らの姿勢を貫き通した。未だにバブルの夢を追いかけている官僚や政治家、企業の頭に冷水を掛ける効果が大きかった。公約を守るという政治家としてのあるべき姿を示し、都民の信託に答えた勇気を讃えたい。一方、横山ノック知事は青島知事とは逆に、国の事業と言ってきた関西国際空港の全体構想を府の事業とするなど180度公約を撤回し、議会の非難を浴びている。大阪らしいと言えばそれまでだが、その融通無碍な手法に対する厳しい議会の反発を浴びている。とりあえずは、副知事人事の対応と秋の補正予算でのお手並拝見という形で緊張関係が持続していく模様だ。いずれにしても、このような両知事の対応が民主主義の本来のありかたを住民が学ぶ、絶好の機会を提供していることは間違いない。そして既成政党の旧態依然とした政局運営に国民が飽き飽きしていることは確かなようだ。

○政局のゆくえ
夏の参議院選挙に向かって政局が緊張状態に入っている。村山内閣に対する支持率は下降の一途で、ついに25%まで降下して不支持率を9%も上回るとともに、危険ラインの20%に近づいている(6月8日付け毎日新聞)。同じ調査で結党以来最低の6%まで支持率を下げた社会党の村山首相にとっては、憂鬱な日々が続いている。そして、6年前の大勝利の議席の50(比例区19、選挙区31)の半分にも届きそうにない大惨敗を喫することがほぼ確実であるため、責任論を免れない村山首相の後任の次期首相をめぐって、選挙前から各党の内部での勢力争いが激化している。社会党は、今までの政策を突然変更して多くの支持を失ったが、それに変わる政策を明確にできないまま、1年近くも官僚支配に屈する形になっている。ようやく95年宣言として党の方向性を打ち出したものの、党内の対立によって相変わらず玉虫色の政策を上から国民に下ろすような手法に対して、国民から白けたムードで迎えられている。
朝日新聞の調査では、2年前の社会党支持者の51%が無党派に変わっている。また新進党の55%と自民党の38%が無党派に変わっている(6月9日付け朝日新聞)。毎日新聞の前述の調査では支持政党無しが45%と3月よりも6%低下したものの自民党の支持率27%を大きく引き離し、政局を動かす最も大きな塊をつくっている。 大都市を中心にして、参議院選挙でタレント候補をはじめとした無党派の候補者が立てば、その候補者を支持政党無し層が当選させることになりそうだ。このような支持政党離れは、社会党をはじめとした既成政党が何をどうしたいのか全く見えてこないという苛立ちの現れである。とくに社会党は、小選挙区という保守政党に有利な選挙制度を選挙公約(小選挙区比例代表併用制)を破って合意してしまうという失態を演じてから急速に求心力を失い、新たなビジョンを国民とともに考え、生み出していく活力をもはや失っている。深刻なのは、その活力の低下が若者の活動家の補給源としての学生運動や労働運動の低迷や幹部の老齢化という構造的な問題から端を発しているにもかかわらず、その解決策を誰も講じようとしていないことである。ビジョンを示し、筋を通してグングンと国民を引っ張る指導者が党内から現れる気配は全く感じられない。その可能性が少ないことが分かれば分かるほど支持率は落ちつづけるのである。

○アメリカから日本への覇権の移動と政治の責任
バブルの崩壊は経済のみならず国民生活全般に暗い影を落としている。4月の失業率が3.2%と戦後最悪を記録するなど雇用情勢も緊迫しており、景気回復どころか恐慌の危機が叫ばれ始めている(恐慌に至らないとしても世界経済の後退が2010年頃まで続くという分析もある)。このようなバブルの崩壊現象は、過去の世界史の中で覇権国が移動する際に必ず発生しており、今日の状況はまさに、アメリカから日本へと覇権が移る過渡期であることを示しているという議論がある。しかし、たとえ覇権が移りつつあるとはいえ、政治がビジョンを示しえないうえに官僚は省益の追求しか念頭に無い醜態を国民にさらけ出しているという、指導者不在状況が国民のイライラをいっそう募らせている。日本経済の本格的な景気回復と世界から求められる責任の大きさにどのような理念で応えるのか、あるいは高齢化や防災対策といった国民生活にとって避けられない支出の増大など、諸課題全てを全体として整合性のあるものとして国民にわかりやすく示せる政党だけが生き残れるだろう。
戦後50年の決議で各党とも党内に意見の対立があった。冷戦構造の中で、東西両陣営の対立を保守対革新という図式に置き換えて共存してきた各党が、その存立基盤(結集軸)を失った以上、各党とも分解して今後の方向に沿って結集するべきだ。地球環境問題やアジア諸国を始めとした国際関係を企業の論理ではなく、環境の論理や共生という考えかたに基づいてパートナーシップを発揮できる外交の確立と、その前提としての日本政府の責任を明確にした戦後処理の早期解決を主張できるかどうか。各省庁の縦割り行政と中央集権がもたらす税金の浪費を明らかにし、国民生活の向上のための官僚のリストラと地方分権を明確に主張できるかどうか。企業の社会的責任を追及するとともに、勤労者が地域で家族とともに生きがいを見いだせる社会づくりを進められるかどうか。情報公開とそれに基づく行政改革に取り組む姿勢を持っているかどうか。国民にこのような選択を明確に示して、清潔な手法で選挙を行う政党が求められている。
幕末、大地震が日本列島を相次いで襲ったように、阪神・淡路大震災に続いてサハリン地震と大地震が相次いでいる。今後の地震活動は活発化し、東海地震、関東直下型地震が近い将来起こると言われている。早い時期に、中央集権から地方分権へと歩みを始めなければ、21世紀のリーダーとして世界に新たなビジョンを示し各分野で貢献をすることが期待される日本が、世界から失望される事態になりかねない。幕末の志士が脱藩して新たな結集をしたように、志を持った者が行動するべき時が来ている。(1995年6月9日大阪M)

【出典】 アサート No.211 1995年6月17日

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【投稿】「戦後50年国会決議」が明らかにしたもの

【投稿】「戦後50年国会決議」が明らかにしたもの

<<日独のこの落差>>
アジア諸国を中心に全世界の注目を浴びていた「戦後50年の国会決議」は、最終局面に至って二信組証人喚問をめぐる全く党利党略的な政争の具と化してしまった。たとえ可決されたとはいえ大量の議員が欠席し、賛成者が議員数の半数にも満たない議場のガランとした空虚な姿がさらけ出されてしまっては、国内外ともにいかにもシラケてしまうのは当然のことであろう。この決議に反対する自民党、新進党両党内に巣食う頑迷な保守反動分子は、この機会に臆面もなく反対意見を開陳し、自己の立場を合理化し、それこそ「反省」や「謝罪」の意志すら見せず、日本が韓国・朝鮮、中国を初めアジア諸国と世界に対して行ってきた侵略と帝国主義と軍国主義、植民地主義を逆に弁護し、擁護までしている。このような事態の成り行きは、世界中に日本の恥ずべき現状をあらためて再認識させたのではないだろうか。
欠席した自民党の奥野誠亮氏は「先人の努力を誹謗する決議には反対だ。日本は侵略的行為も植民地支配のどちらもしていない」と開き直り、新進党の安倍氏は「国会が『自分の国は侵略国だ』と決議をした国を見たことはない」と自らの無知をさらけ出している。
本来ならば、こうした反動的な言辞は徹底的に孤立化させ、国民的には全く取るに足りない少数派に転化させ得たはずである。しかし現実には、そうはならなかった。こうした現実に、多くの人々が怒りを込めた歯がゆい思いをしていることは、新聞紙上にも噴出している。
一方同じ6月上旬、イスラエルを訪問中のコール・ドイツ首相はホロコースト記念館を訪れ、「ドイツの名前でなされた行為を見て、恥じ入るばかりだ」と謝罪し、「ドイツ人は過去を決して忘れず、反ユダヤ主義や外国人排斥などの動きと断固として戦う」ことを明言している。世界中の目はこの日独の落差を、はっきりと再確認したと言えよう。

<<「歴史も恥も知らぬ政治家」>>
今や各紙の社説でさえ「歴史も恥も知らぬ政治家」、「国会議員としての資質さえ疑われる」とコキおろされている渡辺美智雄氏にいたっては、「日本は韓国を統治したが、日韓併合条約は円満に作られた国際的条約で、法律的には『植民地支配』にはあたらない」とまで発言している。さすがに国際的な反発と抗議の前に、「円満に」の言葉を取り消し、陳謝はしたが、これが自民党の派閥の実力者であると同時に新進党の反動分子と気脈を通じ、戦後50年の歴史的な国会決議を葬り去ろうと画策した上での意図的な発言であることは言を待たない。こんな人物が、元副総理大臣であり、外相までつとめおり、いまだに幅をきかしているのである。
韓国外務省は6/4、「驚きを禁じ得ず、極めて遺憾」とする論評を発表し、「日韓併合条約がわが民族の意思に反して強圧的に締結されたことは明白な事実」であると指摘し、「36年間の植民地支配の歴史を想起させる時代錯誤の暴言が、戦後日本の副総理兼外相まで務めた人物の発言であるという点で、わが国民はうっ憤と憤怒を禁じ得ない」とこれまでになく強い反発を示したのは当然のことである。李洪九首相も同日、「わが国政府と国民は衝撃と憂慮を表示せざるを得ない」と述べ、「日本指導層に属する人物の常識はずれの発言は、韓日関係の将来はもちろん、アジア・太平洋地域の共同体づくりにも悪影響を及ぼす」と警告している。与党・民自党や野党・民主党も相次いで非難や謝罪要求の声明を発表し、日本大使館や日本文化院には連日「誠実な謝罪」を求めて抗議のデモが行われ、渡辺氏に見立てた人形が焼かれてまでいる。
そして日本にとって問題なのは、韓国のKBSテレビが、渡辺発言について日本の政府やマスコミがほとんど反応しないこと自身を取り上げ、これをトップニュースとして報道していることである。ここには「歴史も恥も知らぬ」戦後日本の根本的な問題、厳しい現実が指摘されていると言えよう。

<<「悪しき伝統」>>
つまり、こうした問題がたまたま戦後50年の現在噴出してきたのではなく、悪しき伝統として一貫して脈々と受け継がれてきたことが問われているのである。 日韓会談の席上、久保田・日本側主席代表が「日本の朝鮮統治は朝鮮人に恩恵を与えた面もある」と発言し、四年半もの間会談を中断させたのは1953年である。そして65/11/5、衆議院日韓条約特別委員会で当時の総理大臣佐藤栄作は、韓国併合条約は「対等の立場で、また自由意志でこの条約が締結された、かように思っております」と述べている。
類似の発言はその後も何度も繰り返されたが、この十年ばかりをとってみても、86年には藤尾正行文相が「日韓併合は韓国にも責任がある」と発言して罷免されている。88年には、奥野誠亮国土庁長官が「日本に侵略の意図なし」と言って辞任し、昨年五月には、永野茂門・元法相が「私は南京事件というのは、でっち上げだと思う」という発言で辞任し、桜井新・前環境庁長官は、同じ昨年八月、「(日本は)侵略戦争をしようとしたわけではない」という発言の責任をとって辞任している。いずれも他国からの指摘で問題化すると、「不適切な発言」であったと表面上の反省をし、閣僚を辞任している。 そしてこうした人物はいずれも今回の国会決議を欠席しているのである。今年二月の文芸春秋社発行の雑誌「マルコポーロ」の「ホロコースト、デッチ上げ」論文も海外からの反発に驚き、「公正を欠く記事を掲載し、ユダヤ人社会に深い悲しみと苦しみを与えたことは遺憾」と表明し、「事実誤認があった」として廃刊を発表したが、同じ「悪しき伝統」の中にとらえることが出来る。

<<パブリック・メモリー>>
もちろんこうした経過の中で、自らの歴史認識の浅薄さを反省し、加害者として日本が果たしてきた役割を再認識し、深刻な反省と謝罪、さらには具体的な補償の必要性が問われるまでになってきたことは事実である。一昨年、当時の細川首相が韓国を訪問し、創氏改名などの事実を列挙して植民地支配を謝罪したことは大きな前進であったと言えよう。しかしこうした当然あるべき歴史認識が国内では定着していないのである。定着させる具体的な努力や体制が構築されていないのである。むしろ国家権力や行政によってニグレクトされているというのが実態なのである。
入江昭・米ハーバード大教授は、私的レベルでの過去観とは別に、公のレベルでの過去観(パブリック・メモリー)が作られてこなかったところに、日本の現在の混乱があると説いている(6/7毎日)。パブリック・メモリーとしてこの際、朝鮮、中国、そしてアジア諸国に対する侵略と植民地政策について、あいまいさのない明確な反省と謝罪を確立する必要が問われているといえよう。とりわけ急がれるのは、「韓国併合」に関する具体的な歴史認識の確立ではないだろうか。保守反動勢力は差別意識と優越意識を丸出しにして、何の反省もなく繰り返しこの問題を蒸し返している。
最近出版された海野福寿著『韓国併合』(岩波新書、95/5/22発行、650円)は、この問題を新しい視点から取り上げている。「韓国併合条約」は、1910/8/22に調印されたのであるが、8/29の公布までは秘密にされ、日本の在ソウル寺内統監府は、ここに至るまで一切の新聞報道の規制と発行停止、廃刊を強制し、日本の新聞の韓国での発売禁止、そしてあらゆる集会・演説の禁止、注意人物数百人の事前検束などを行って強制したものであった。「円満に」調印されたという事実などどこにも存在しないのである。渡辺氏のような歴史認識を、この際徹底的に国民的規模で克服することこそが問われているのではないだろうか。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.211 1995年6月17日

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【投稿】ロシア人の宗教意識とオウム真理教

【投稿】ロシア人の宗教意識とオウム真理教
                               鈴木 太

ゴールデンウィークに10日間、ロシアのサンクトペテルブルグ市を訪れた。主目的は、学術研究のための資料収集であったが、研究対象がロシアの社会・文化であることから、ロシアでも耳目を集めているオウム真理教の周辺事情にも大きな関心を寄せた。特に、信者数が3万とも5万とも言われており、これだけ多くのロシア人が、しかも短期間に(モスクワ支部開設は1992年)この宗教に惹かれた要因に関心があった。
訪れたペテルブルグでは、意外にも、オウムへの関心は低く、友人らとの会話の中でほとんど話題にのぼらなかった。おそらく、騒ぎの中心地モスクワと、教団の支部はあったものの裁判沙汰になるような揉め事が(現在までのところ)生じていないペテルブルグとでは人々の関心のレベルが違うのであろう。もちろん、直接・間接にオウムに関与した人にも出会えなかった。したがって、ここでは、現地の新聞記事等をもとに、この宗教が多くの人を惹きつけた背景を垣間見ることにしたい。
ロシアでは1988年に、国の伝統宗教であるキリスト教(ロシア正教)がロシアに伝わって1000年目を祝う「キリスト教受洗千年祭」が国家的行事として催され、宗教の復活を国内外に印象づけた。さらに90年には、新たに宗教活動の自由を保障する法律が採択され、宗教の復権は確固たるものとなった。
こうした宗教自由化の流れの中で宗教への関心が高まり、1992年に行なわれた大規模な宗教意識調査(筆者も関係している)では、その間に「神を信じる」者が3倍に増え、無神論者が急減したことが明らかにされている。しかし、こうした現象をさらに深く分析した種々の研究を見ると、事態はかなり複雑であることがわかる。宗教への関心は確かに高まっており、伝統宗教であるロシア正教や他宗派の信者も増えているが、その一方で、神は信じるが特定の宗教は信仰しない者、また神は信じないが何か超自然的力を信じる者も急増しているという。特に後者は、1970年代後半から高まりはじめた東洋の宗教やオカルト、占いなど神秘的なものへの人気が現在も衰えていないことを物語っている。確かに占星術の類は人気があり、現地のテレビや雑誌などでこの種のコーナーをよく見かけるし、東洋の気功やヨーガなど、科学的な医療を否定するような健康法への関心の高さも出版物の多さからうかがえる。
ここにあげた今日のロシア人の宗教意識の2つの特徴、つまり東洋的で神秘的なものへの関心、特定の宗教を信仰しない傾向が、今回、オウム真理教がロシアで多くの人を惹きつけた遠因になっている。ある地方紙は、ペテルブルグに住む元信者の入信のきっかけを次のように紹介している。
「アレクサンドルがオウム真理教に入信したのは、まったくの偶然であった。昨年の夏、彼はラジオのチャンネルを回していると、ラジオ“マヤーク”でオウムの宣教番組が流れているのを聞いた。声の主は、オウムの教義を知れば、完全な内的自己浄化によって超能力を得ることができることを聴者に約束していた。以前から東洋の精神的自己完成法に興味をもっていたアレクサンドルは、この放送を聞くやいなや列車の切符を買いに走り、モスクワへ向かった。モスクワの支部で会員証を受け取った彼は、一旦はペテルブルグに戻ったが、数日後にはモスクワのセミナーに参加していた」。
この男性のように、東洋の精神性への関心からオウム真理教に入信したケースとは別に、真の生き方を求めて入信した例もある。
マーシャは、日本でいえば中学校を卒業したばかりの16歳の少女。彼女はちょうど一年前に、テレビでオウム真理教の番組を見て入信、すぐにモスクワ支部に移り住んだ。彼女は6歳で母親を亡くし、父親も不幸な人生を送っている。「どうすることが人間にとって正しい生き方なの?」。その答えを与えてくれたのがオウムであったと彼女は言う。
この少女がオウム真理教のどこに惹かれたのかは詳らかでないが、前の男性のようにその属性(東洋的ということ)が大きな役割を果たした可能性は少ない。したがって彼女の場合、他の宗教に頼ることもありえたはずである。また、ある資料が伝えるところによると、オウムの信者の多くはロシア正教の洗礼を受けており、教会にもよく通っていたが、オウム真理教で初めて求めていたものを得ることができたという。これらの事実を考えあわせると、オウムが多くの信者を獲得した背景には、特に伝統宗教でありロシア人に受け入れられやすいはずのロシア正教が人々の心をとらえきれていない現実がある。このことは、特定の宗教を信仰しないというロシアの宗教意識の特徴にもつながる問題である。
このように、ロシアにおけるオウムの進出には、ロシア人の精神的、心理的状況にマッチした手法がとられている。しかも、こうした活動が、政府の手厚い保護のもとで行なわれているのが特徴である。ロシアには外国のさまざまなカルト教団が進出しているが、
このような特別待遇を受けているのは、オウム以外にはない。ロシアの社会状況を考えると、この理由は、よく言われているように、ロシア高官への多額な献金であることは、確かなことであろう。
ソ連邦の崩壊とともに始まった、オウムのロシア進出と、オウムの軍事化と変質の間に深い関係があることは、客観的に見て明らかであろうが、これを推進したオウムの情報収集の正確さと戦略の巧妙さには驚く外はない。今後、こうした問題が解明されるならば、我々が、予想もしていないような実態が明るみに出されるかもしれない。(5月13日)

【出典】 アサート No.210 1995年5月20日

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【投稿】「神なき終末論は、どこへ行く」

【投稿】「神なき終末論は、どこへ行く」
                      —-オウム教団について—-

今月号では、ぜひオウム問題を取り上げたかったのだが、残念ながら原稿依頼が出来ませんでした。そこで私が注目したオウムに関する論考を紹介しつつ私見を述べたい。

<仏教は出家主義>
『RONZA』(月刊論座 朝日新聞社)6月号に橋爪大二郎氏が、オウム真理教の特質について興味深い論考をだしている。それを少し紹介しよう。
それは、オウム真理教の宗教上の特異性である。サリン事件などで明らかになったオウムの教義は「出家」という仏教的内容と、最終戦争(ハルマゲドン)=終末論というキリスト教などの教義が平存しているというのである。仏教にはその教義に終末思想はない。
キリスト教は、人類は最後の審判を迎えるという終末思想を持っている。「終末とは創造(世界がある時に始まった=神がある時に世界を造った)の裏返しである」から、キリスト教にとって『終末』が来るのはいいことであり、その時神が人間を裁き、永遠の破滅か生命かの判決を与えるのである。
「終末論と出家主義は、宗教が取る典型的な二つのタイプの戦略である。終末論が「時間差」を利用するのに対して、出家主義はいわば「空間差」を利用する。」
出家とは、宗教の理想を実現するために、社会を離れ、どこか別の場所に選ばれた者達だけの共同社会をつくる方法である。そして仏教の最終目的は悟りを開くこと、すなわち解脱することである。解脱とは人間の宿命、輪廻を脱することであり、それが修行の中身と言える。そして解脱を果たしたもの(ブッダ)は、神でもなければ、創造者でもない。修行した人間の特別の状態であるにすぎない。
そしてブッタは、この世界の法則性そのものであるから極限的にはこの世界全体と一致するものであり、仏教には「世界の終末」という考えがない。

<なぜ オウムに終末論が生まれたか>
それではなぜオウムに終末論が生まれたか。オウムの麻原彰晃は91年に「人類滅亡の真実」を出版した。これが予言書になるのだが、その中で「阿含経」(初期仏教の教えを集成した経典)の中に「人類滅亡の真実」・世界最終戦争の予言が見つかったというのである。『この宇宙は、創造・維持・還元(破壊)・虚空という輪廻を繰り返している。そしてこの創造と還元の中間の時期に人類が決定的な滅亡を迎える時がやってくるのである』と。
しかし、仏教の中に終末論は含まれておらず、麻原氏が何らかの必要から終末論に熱中した結果の産物が、現在の「終末論的なカルト集団」であるオウム真理教である、と分析されるわけである。

<教団拡大のために、「終末」を作る?>
また本来出家主義の集団は対等な修行者の集団であるにも関わらず、官僚機構のような組織ができあがっているのも、教団の拡大が目的であることからかオウムの特質である。
また、教組麻原氏が同時に官僚組織の頂点に位置し、出家主義により社会から隔離された運営がおこなわれるため、オウム教団はスターリン型の超官僚組織と化す運命にある。絶対の真理という考え方は、一方で超独裁機構を作り出している。オウムにとって終末の到来はすでに決まっているから、教団=前衛党が主体的に努力して終末=革命のために努力するという構造は、強硬な勧誘や信者の拉致、資金の確保などの行動となる。
そして終末の一部を自ら現出させれば、「終末を迎える前に入信すれば、救われる」と教団の拡大になる。「神なき終末論と言う点で、オウム真理教と新左翼過激派は同型である。予言による教勢拡大をはかったある時点から、オウムはそうした過激派化への必然性をそなえるに至ったのだ。」
以上が橋爪大三郎(東京工業大学助教授)の論旨である。週刊誌的なマスコミの報道が多い中で、宗教の特質からオウムを分析されている点で説得力があった。
それにしてもここまでオウムという宗教がなぜ肥大化したか、信者が増えたのかその分析は別の問題となろう。新教ブーム、宗教ブームと呼ばれてきたが、なぜ新興宗教に人々が魅きつけられているのか、残念ながら私は理解することができない。

<目標なき社会、孤立した個人>
オウムと過激派(急進マルクス主義)の共通性を橋爪氏は指摘しているが、確かにオウムに若者が多いことも事実である。我々もかつて「社会主義」という一種の終末を求めてきたのだろうか(?)。確かに私も若かった。必然論は、人を私心なき行動に駆り立てる。現代の社会にもやはり「必然論」で救われると感じる「必要性」が存在しているのだろうか。一見「豊かな社会」は、目標とするべき課題を見えなくしているし、情報化社会は一方で人間関係を希薄にして「孤立した個人」に宗教という『逃げ場』しか与えていないのか。宗教というものに全く縁がない私には、うまく言えない問題である。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.210 1995年5月20日

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【書評】戦後マルクス主義思想の総括と展開の一視点

【書評】戦後マルクス主義思想の総括と展開の一視点
          山本晴義『現代思想の稜線』(剄草書房、1994.12.20)

本書は、戦後著者を「チューターにして講義を聞き、活動した」あるいは著者の「書いた本を読み、活動した労働者や学生の皆さんにあてて」書かれた書である。著者は、戦後日本マルクス主義・唯物論哲学を代表する哲学者の一人として、われわれにも馴染み深い人物であり、そのこれまでの研究活動そのものが、われわれ自身を含めて日本の社会主義運動の経過と切っても切れないものであったことは周知の事柄であろう。
本書は二つの部分に分かたれる。その三分の二を占める第一部は、著者の戦後の思想史的自己検証(現段階における)であり、第二部は、新しい思想の稜線からして現在注意を払う必要のある諸思想家---グラムシ、ハーバマス、およびハイエクに関する論考である。
さて本書を述べるにあたって著者のよって立つのは、「『絶対的哲学』あるいは抽象的思弁的な哲学、すなわち先行の哲学から生まれてくるそれのいわいる『最高の諸問題』、あるいはまた『哲学的な問題』だけ・・・を継承する哲学を否定しなければならない。先位は実践、社会的諸関係の変化という現在の歴史に移る。したがって、哲学者が規定し、、ねりあげる諸問題はこの社会的諸関係の変化から生じるのである」と主張するアントニオ・グラムシ(1891~1937)の視点である(引用は『グラムシ選集』からの本書への引用)。
すなわちグラムシは、晩年のエンゲルスが『フォイエルバッハ論』で提起した、あの「すべての哲学の、とくに近世の哲学の、大きな根本問題は、思考と存在とはどういう関係にあるのかという問題である」「この問いにどう答えたかに応じて、哲学者たちは二つの大きな陣営に分裂した」という命題に源を発する「超歴史的な」「哲学の根本問題」と物質の定義を否定し、「物質を『人間の意識から独立な客観的実在』というような定義ではなく、物質という概念を『現実的諸個人の行為と物質的生活』としてとらえなければならない」と主張する。そして自らの思想を「実践の哲学」、マルク・エンゲルスの『聖家族』に従って「人間主義と合一する『唯物論』である」とする。
ここからグラムシは、従来マルクス主義哲学の正統派と目されてきた「ロシア・マルクス主義」=「スターリン主義」哲学に対して厳しい批判を浴びせかけ、「自分自身の世界観を意識的、批判的にきたえあげ、したがって、自分自身の活動の領域を選び、能動的に世界史の生産に参加し、自分が自分の案内者」たることを要求する。これは「経済的(あるいは利己的・情欲的)な契機から倫理的・政治的契機への移行」=「カタルシス」と名付けられるが、人民の「批判と意識」と実践的揚棄=「民衆の課題の実践的変革」こそがグラムシの哲学の本質となる。
また政治的にも彼は、国家を「政治社会プラス市民社会」と規定して、ヨーロッパでは「機動戦」は時代遅れであり、「ヘゲモニー」奪還への粘り強い「陣地戦」への戦略変換を提起したが、このこともまた従来のマルクス主義に対する痛烈な批判となるのである。
著者は以上のような観点から、自身の戦後思想の自己検証を展開するが、そこには色濃く「ロシア・マルクス主義」=「スターリン主義」的体質が残されていることが著者自らの告白で記されている。それは、戦後すぐの「民主主義科学者協会」(民科)設立の時代から、50年代末の「大阪唯物論協会」(大阪唯研)を経て、「スターリン批判」後70年代にいたってもなお貫かれていた。そして先に見た「新しい思想の地平への脱出、転機は、東欧革命、ソ連邦の崩壊以後であった」とされるのである。
すなわちそれまでの思想闘争においては、「マルクス・レーニン主義」の公式によって現在ヨーロッパ諸思想がなべて堕落した修正主義であり、反革命思想であることのみが主張・断罪されて、それ以外の諸側面---例えば人民の意識を一定程度反映した諸側面等は全く無視されてしまう傾向が強かった。しかしこのことはまた、これらの諸思想が継承してきた民主主義的な歴史的諸遺産をもすべて捨て去ってしまうことにつながり、その結果「マルクス・レーニン主義」哲学自身が、マルクスやレーニンの諸断片を金科玉条のごとく扱うだけの狭い独善的思想に堕してしまった。従ってこのような化石化した思想をもってしては現代独占資本の新しい攻勢に立ち向かうことも、マルクス主義思想内部の再生への動きについていくことも到底不可能であり、ついに「マルクス・レーニン主義」自体が崩壊してしまう結果を招くにいたったとするのである。
かかる著者の自分史風戦後思想史に対しては、これまで実際に社会主義運動の最前線を闘ってこられた多くの方々から、それぞれの思想と体験に立った評価---賛意と批判---が寄せられるであろうから、個々の点については各自読んでいただくとして、ここではこれ以上は触れない。
ただ著者が、かかるマルクス主義思想を取り巻いていた状況についての自己批判点を解明しながらも、その時々の制約を負うとはいえ、「プラグマティズム」に対していち早くマルクス主義の側からの批判を与えたこと、「大衆社会論」を「マスコミュニケ-ション」の分析を通して解明したこと、マルクスの思想につながるヨーロッパの民主主義思想の系譜として、ホッブス、ヒューム、スミス、ルソー等に注目してきたことは、今後につながる方向として積極的に評価しなければならない。
また本書の後半をなすグラムシ、ハーバマス(1929~)、ハイエク(1899~1992)等の思想について、著者がグラムシを高く評価していることは先述したが、ハーバマスについては「コミュニケーション的行為」による「生活世界」の復権とマルクスの思想との関連を考察している。さらに新保守主義(新自由主義)者ハイエクについて、著者は、その思想が近代市民社会の自由概念、民主主義と対立するものであることを暴露し、人民の福祉と権利に敵対する本質を持っていることを解明した。このハイエク論は、現代政治の潮流となっている新保守主義の思想への本格的批判として大きな意義を有している。
以上見てきたように著者は、従来の自己の思想についての厳しい批判をなしているが、しかし清算主義的総括に陥ることを極力回避して、新しい社会主義像をめざす姿勢を堅持しており、今後もなお「陣地」戦にのいてなお精力的に活躍されることが期待される。それにしてもこのような姿勢で書かれた著作が現在にいたってやっと出現したということは、日本の社会主義運動の置かれてきた状況とその思想的限界を、ある意味では端的に示していると言えよう。
なお各章の終わりにあげられた年譜は、戦後マルクス主義思想概観の手引きとして便利なものであることを付言しておく。(R)

【出典】 アサート No.210 1995年5月20日

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【投稿】地方分権と政治改革(6)

【投稿】地方分権と政治改革(6)

3, 行政の果たす役割と地方分権(続き)

<市場メカニズム依存の問題点>
福祉政策に関わる記述が長くなっているが、地方分権のあり方は「めざすべき政府像」と密接に関わる課題であると同時に、現在、戦後確立された福祉政策の枠組みを大きく転換する動きが進行中であるので、もう少し検討を続けさせていただきたい。
特に、前々号から措置制度という日本の福祉制度の根幹をなす制度変革の動きに注目しているのは、この動きがこれまでの市場原理・自助努力原則の部分的具体化にとどまらない質を有しており、国(中央政府)や地方自治体(地方政府)の役割を規定してしまう重要な課題だと考えるからである。
福祉サービス分野における市場メカニズム依存は、権利性や公平性、サービスの質の担保の観点から問題が多いということをこれまでに述べてきたが、その点についてさらに詳しく述べておきたい。
前号で、「高齢者保健福祉推進十か年戦略(ゴールドプラン)」の策定と時を同じくする1989年、福祉分野での民間活力導入のために民間老後施設促進法(WAC法)という法律が制定されたことを紹介したが、この法律に基づく「WAC(ウエル・エイジング・コミュニティー)事業」のその後について、1994年7月28日付の朝日新聞は「民間中心の高齢者施設計画暗礁に」「民活で福祉やはり無理?」「大半、断念か見直し」「補助あっても採算がとれず」という見出しで、次のように伝えている。

「…『WAC事業』が、全国各地で暗礁に乗り上げている。『高額の入居金が必要な有料老人ホームへの入居者を集めるのは困難』と判断し、計画を見直す地方自治体が相次いでいるためだ。国の補助金で計画をつくった全国13カ所のうち10カ所が計画を断念したり、事業化のめどを立てられなかったしている。高齢者福祉分野への民活導入のあり方について改めて論議を呼びそうだ。」

「WAC事業」の頓挫は、高齢者福祉において求められているサービスや、高齢者世帯の経済状況に対する理解不足に起因している。すなわち、高齢者福祉において求められているサービスは、一定水準の質が確保された基礎的・必需的サービスであって、選択性の高い、高度な質は持ってはいるが負担も大きいサービスではないということである。特化された採算性の高いサービス分野に民活を導入し、高齢者のニードをこうしたサービスで受けとめれば、全体としての公的負担を圧縮できると厚生省は考えたのかもしれない。しかし、バブルの崩壊による経済状況の変化もあって、そうした幻想は吹き飛ばされたといえよう。今日の社会保険制度としての介護保険制度導入の動きは、WAC法の反省を踏まえたものか、同じ市場メカニズムの活用を図るものでも、はるかに現状適合的ではある。しかし、市場メカニズムに対する「幻想」を抱えているという点では、WAC法の場合と同質であろう。
さて、福祉サービス供給の市場メカニズムへの依存は、どんな問題点をはらんでいるだろうか。
医療・福祉サービスを市場メカニズムによって供給しているアメリカにおける危機的状況や問題点は、阪南中央病院内科医長・岡本祐三氏(以下「岡本氏」と記す。)の著書「医療と福祉の新時代--『寝たきり老人』はゼロにできる」(日本評論社、1993年)に詳しい。岡本氏はこの著書の中で、アメリカでは福祉サービスを市場メカニズムによって供給することで、莫大な個人負担の発生、中間層の貧困層への転落、北欧諸国では見られない「サービスの質の低下」などを招いており、結果的に総体としての社会的コストが膨大なものとなっていることを指摘し、その原因について次のように述べている。

「弊害(アメリカのナーシングホームの営利主義的弊害の意:引用者注)の根源はそうではなくて(営利方式でサービスを提供していることそのものの意:引用者注)、つねにサービスの需要が供給を超過しているために、市場原理の最大のメリットである競争原理が働かないことにある。そのために、サービスのレベルを最低限度まで落としても営業が可能になる。また、株式会社という投資家の利益を最優先する経営原理の欠陥が露骨に出てくる」( 128頁、第7章「失敗した福祉の商品化」)

この指摘を踏まえると、福祉サービス分野において市場メカニズムが適正に機能するには、次の条件が必要だということになる。それは、第一に、需要に対して供給が超過する「成熟した」市場であること、第二に、供給主体の経営原理が福祉サービスという人権保障の実現のためのサービス提供組織として適合的であること。そして私は、第三に、第一の点に関連して、サービスの購入者(例えば高齢者)が市場の中で本人の意に沿った「選択」を真に可能とする条件が存在するかどうかを付け加えたいと考えている。
第一の点に関して、現状は「論外」である。高齢者保健福祉計画も具体化が開始されたばかりで、介護基盤の現状が極めて脆弱であるとの現状認識に異論はなかろう。こうした介護基盤は、言わば「福祉インフラストラクチュア」と位置づけられるような社会資本として公的に整備されなければならないものである。だとすれば、介護保険制度は基盤整備の促進にどう寄与するのだろうか。
この点について、大森彌・東京大学教養学部教授を座長とし、岡本氏も委員をつとめた高齢者介護・自立支援システム研究会が1995年12月に発表した「新たな高齢者介護システムの構築を目指して」という報告書(基本的な考え方は前号で紹介した厚生省研究会報告と同趣旨である)は、次のように述べている。
すなわち、一方で「…現状では、在宅サービス・施設サービス双方ともに、サービスの絶対量が不足しているほか、市町村間で大きな格差があり、さらに、都市部では施設整備の立ち遅れ、過疎地では専門的な人材の不足等の問題がみられる」「(市町村において)なお一層の基盤整備に取り組むことが強く望まれる」と指摘しながら、続けて「また、社会保険方式に基礎を置いた新介護システムの実現により、サービス提供体制の急速な進展が図られ、全ての高齢者にとってサービス利用の公平性が確保されるようになることが期待される」(「6.介護基盤の整備」、21頁)としているのである。
「社会保険方式に基礎を置く」ことで、なぜ「サービス供給体制の急速な進展」が期待できるのか、唐突な感が否めないが、それはどうやら「市場メカニズムを活用したシステムは、多様な資金調達の途を開き、サービス基盤整備を促進することにもつながると期待される」(19頁)からであるらしい。しかし、先行した社会保険制度である医療保険制度の創設時に、「保険あって医療なし」と言われ、今なお、過疎地医療の問題など医療資源の偏在に頭を悩ませていることを踏まえるならば、あまりにも楽観的に過ぎる見通しだと言えよう。
(※注:この点に関して岡本氏は「国民皆保険制度の発展の過程での『無医地区』解消や国保直営の診療所や病院が普及した歴史をみれば、強いサービス供給促進の仕組みとしても機能し、…」<「社会保険旬報 No1860,1995.1.1>と正反対の評価をされている。しかし、仮に医療保険制度がサービス供給促進に寄与したとしても、医療保険制度の「何が」サービス供給促進に寄与したのかは検証されなければならないだろう。私は「薬価差」により利潤確保が可能になる仕組みの存在が医療供給を促進したのではないかと見ている)
第二の点に関しては、日本の場合、社会福祉サービスの多くは社会福祉法人によって提供されている。こうした法人は営利を追求することを目的としていないとはいうものの、施設運営における「経済効率」からは決して自由ではない。一方、医療法人の場合、その多くが経済的利益の追求に走っていることは、誰もが知っているところである。福祉サービスの質は、結局のところ投入できるマンパワーの質と量で決まる。ところが、これは「経済効率」を著しく低下させる。現在の医療保険制度の下で、乱脈診療や老人病院(入院医療管理病院)における老人の非人間的処遇をどれだけ是正させ得たか。社会保険制度の導入は、福祉サービスを公的に給付すると位置づけている現在に比べて民間法人に対する公的関与を低下させることになるから、大きな不安が残る。考えてみれば、「サービスの質は競争原理で維持する」とは、現実的には「悪いサービスを供給したところは評判が悪くなり、利用者に敬遠されることで淘汰される」という意だろう。しかし、非人間的処遇により一人の高齢者の人権がひとたび侵害されれば、仮に競争原理で次の侵害が防止できたとしても、すでに侵害された人の人権は取り戻しようがないのである。社会保険制度の導入に際しては、併せて第三者的な評価機関や苦情処理機関の設置が検討されているようだが、市場メカニズムに委ねるという選択の上で強固な「規制」を設定するというスタイルには大きな疑問が残る。一方で進んでいる「規制緩和」の流れとの間にあつれきを生じ、なし崩しにされる危険があるからである。
第三点に関する問題は特に重要である。選択当事者たる高齢者やその家族はサービスの提供者に対して真に対等な契約当事者たり得るだろうか。この点では、私は前号で紹介した村田氏の批判に考え方を同じくする。現実の福祉現場で直面しているケースを想起すると、本人の選択や自己決定を実現するためには、提供する選択肢の多様さのみならず、自己決定を支える多くの関与が必要な場合が多い。また、要介護者の状態は千差万別で、手がかかる要介護者ほどサービス提供者側の「効率」を損なうことから、本人やその家族の立場は弱くなっている。実際、重度の介護を要する高齢者が、ある施設で非人間的処遇を受けたからといって、契約をさっさと解除して別の施設に移るということなど事実上できない。もちろん、介護保険システムの導入に併せて、「ケアチーム」によるサービスの総合的提供や「ケアマネジメントシステム」の導入、例外的な行政による緊急的保護措置などが提言されている。しかし、こうした機能は福祉サービスを公的に給付する現行制度の改革方向として位置づけてこそ、より実効性を持つものではないだろうか。
結論的に言って、私には、日本の現状の中で、高齢者介護に対して社会保険制度を導入することにより、基盤整備が促進され、競争原理が有効に働き、適正な市場メカニズムが機能して、高齢者の「権利性」が高まるとは到底思えない。
むしろ私は、現行制度がかくも否定的に総括されるのはなぜなのかという点を突き詰めねばならないように思う。具体的には、先の高齢者介護・自立支援システム研究会などが現行システムを否定的に総括する際に持ち出す、次の議論の検討が必要であろう。

「さらに、その財源(『措置制度』を基本とする老人福祉制度の財源の意:引用者注)は基本的に租税を財源とする一般財源に依存しているため、財政的なコントロールが強くなりがちで、結果として予算の伸びは抑制される傾向が強い。我が国においては、社会保障給付費で見ても、医療と年金が9割を占め、福祉分野は低いシェアにとどまっているが、その背景の一つには、このような福祉制度自体の制度的な限界をあげることができる」(報告書「2.現行システムによる対応」、8頁、下線は引用者)

「租税を財源とするから」「予算の伸びが抑制される」→だから「福祉制度が拡充できない」→これは、「制度的な限界」である・・この論理には、とてつもない飛躍がある。一言で表現するなら、現在の措置制度見直しの議論は、予算編成上の、換言すれば硬直的な予算編成を続ける現在の「政治の怠慢」を「制度的な限界」へすり替えることから、ないしは、日本の政治風土や政治勢力に対する「あきらめ」を前提に行われているように思われる。

<「分権自治型福祉」の必要性>
厚生省はゴールドプランの策定の頃から「福祉の一般化」という考え方を打ち出してきた。すなわち、これまで限定された所得階層に対する救貧対策としての福祉を、所得の多寡にかからずサービスを必要とする誰もが適切なサービスが受けられるようにすることである(図3)。

ここで注意しなくてはならないのは、一般化し、拡大されたサービス領域では、当然のことながら負担能力に応じた一部負担制度が導入されており、必ずしも全額を公費でまかなっている訳ではないことだ。しかし、この路線を採用し、なおかつ現状の社会福祉制度を変えないと、厚生省の社会福祉関係予算は膨張の一途をたどることになる。しかし、それでは現在の硬直した予算配分シェアと厳しいシーリング規制の下で予算対応ができなくなる。そこで、「福祉の一般化」は放棄し、「福祉」は縮小再規定、拡大必要領域は脱福祉化した一般政策(国庫負担が義務的ではなく、財政状況に応じて柔軟に対応できる)で対応しようとする路線に転換したものと思われるのである(図4)。

この考え方の整理には、次の考え方が大きなポイントとなっている。すなわち、いかなるニーズまで公的に保障するのがそもそも合理的なのかについて、一定の基準設定を国(厚生省)が「論理性」に基づいて行ったということである。それは、おおむね次のようなものだと推測できる(下表1)。

例えば、高齢者介護というリスクは、不可避のリスクであるから、公的に保障する。しかし、子どもを保育所に預けて働くというのは、自己の選択によるリスクであるから、基本的には自己責任原則により契約で対応してもらう。ただし、低所得世帯で生活維持のために就労せざるを得ない場合は、偶発的なものであるので公的に措置するというような整理であろう。
しかし、こうした考え方には、先に述べた市場メカニズムへの依存という危険性以外にも、次の問題が指摘できる。
第一に、こうした再規定された「福祉」は前世紀的発想による「福祉」の質を持ってしまい、対象者に今以上の劣等感(=「stigma」スティグマ)を感じさせる恐れがある。「福祉のお世話になるのは嫌だ」と言っている人が、社会保険や契約でサービスを確保できるようになれば、それはそれで結構なことなのかもしれないが、その一方で、引き続いて「福祉」の対象となる人々にとって、制度改革はどのような影響を与える
のだろうか。例えば、同じ保育所の中に直接契約で入所する子どもと、公的に措置される年収 500万円以下の世帯の子どもができることは好ましいことなのだろうか。岡本氏は、現行の措置制度について、「圧倒的な財政制約のもとに、ニーズに対して社会資源が極端に不足し、ますます適用が制限的になり」、「世帯破綻に瀕した市民に対して、優先的に限られたサービスを給付せざるを得ないために」、「必然的に給付・サービス利用をスティグマ化(恥辱化)していった」(社会保険旬報No1860,1995.1.1 )と指摘するが、この場合の問題の核心は「社会資源の極端な不足」といういわば量的な問題である。しかし、新たな制度におけるスティグマ化はシステム上の問題であるだけに、更に根は深いというべきであろう(こうした点を含め、介護保険制度の批判的検討については、里見賢治・大阪府立大学教授の論文「高齢者介護政策の新展開-公的介護保障の課題と介護保険の問題点-」<「市政研究」95年春号、大阪市政調査会>に詳しい)。
第二に、そもそも「公共性」の基準というものは、いかに決定されるのかという点において疑問がある。つまり、国が、言い換えれば中央政府の行政官僚が、「論理的」に、公的保障が妥当なのはこの水準だということを設定できるものなのであろうか。
そこで私は、ドイツの社会学者・ハーバーマスが指摘する「公共性の転換」という考え方に改めて注目したい。すなわち、公共性の付与とは天与のものではなく、市民合意に由来するというのである(「公共性の構造転換/市民社会の一カテゴリーについての探究」ユルゲン・ハーバーマス、未来社)。とすればこの問題は市民利害の調整機能としての「政治」、なかんずく市民生活に直接影響のある福祉政策を担うべき地方政治のあり方、すなわち「地方分権」の課題と関連させて考える必要があることが見えてこよう。現在、自治労が「分権自治型福祉制度の創造」を提唱しているが、まさにそうした観点が必要なのである。
私は次のような概念図によって考え方を整理している(図5)。図4と比較すれば明らかなように、必要な福祉サービスの給付は公的に給付すること、その財源としては国税・地方税を含めた租税を前提にしている。ただ、基礎的・必需的サービスはナショナルミニマムとして財源の措置を含めて国がその実現に責任を持つこととし、それを超える部分については、地方自治体(地方政府)が拡充された財源と権限に基づいて公的に給付すべき福祉水準を確立するということにしている。もちろんナショナルミニマムとローカルオプティマムの境界は可変的なものであるし、最終的にはわざわざナショナルミニマム保障部分について別途の財源措置などを行う必要のない段階が来よう。だが、当面こうした措置を図らないと、憲法上の権利である生存権が住む地域によっては保障されないという事態になりかねないと、私は考えている。

こうした役割を果たし得る地方自治体(地方政府)を確立するためには、税財源の配分をはじめとした地方財政制度、地方自治体行政の改革、そして何よりも重要な「市民合意」を形成するための地方政治の改革が重要である。
政治改革の実現とは、こうした中央・地方を含めたマクロ的な視点で取り組むことが必要な課題なのである。
(1995.5.12  大阪・依辺 瞬)

【出典】 アサート No.210 1995年5月20日

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【投稿】 日米貿易戦争の新たな段階

【投稿】 日米貿易戦争の新たな段階
        日米自動車交渉の決裂とハリファクス・サミット

<<「戦争ではないのだから、冷静に!」>>
日米自動車交渉の決裂は、がぜん重大な政治的経済的紛争へと拡大してきている。5月10日の記者会見で、カンター米通商代表は、米政府は日本が自動車・同部品市場を外国に開放していないとして、米通商法301条(不公正な貿易相手国に対する制裁)にもとずく制裁候補リストを近日中に公表すること、さらに日本市場の不公正取引慣行に対してWTO(世界貿易機関)に提訴する方針(45日後の正式提訴)を発表したのである。同氏は、「この分野で米国は370億$の対日赤字をかかえ、これは日米の貿易不均衡の約60%、米国の赤字全体の約25%を占めている」として、「対日措置では米自動車産業、労働組合、議会が一致団結している」ことを強調した。そしてこの措置が「日本と日本の消費者の利益になると考える。日本の消費者は市場開放によってより多くの選択の幅と低価格の恩恵を受けることになろう」と述べている。
一方これに対して、橋本通産相は「米国がWTO違反の措置と、WTO提訴を併用するのは矛盾だ」と非難し、制裁候補リストが発表されれば直ちにWTOに提訴することを明言し、日本自動車工業会も「(制裁リストの公表は)国際的な通商法にずうずうしく違反している。外国政府が独立した企業に取引の指示を行うことは出来ない」と激しい口調の非難声明を発表している。さらに同工業会は5/11、「日本車の輸入規制? そんなのはうまくいきません」と題して、ワシントン・ポスト紙に、制裁を発動すれば自動車の高価格を招き、損をするのは米国の消費者であり、日系自動車工場や日本車ディーラーで働く従業員、それに国際貿易システムだと主張する制裁反対の意見広告を掲載している。
日本の自動車業界の一部では「この際、自動車の対米輸出を1年間、ゼロにして米国の消費者に訴えたらどうか」という意見まで出ているというが(4/28日経)、5月11日、堤通産事務次官は「戦争ではないのだから、(産業界は)冷静に対処してほしい」と主戦論を抑えるのに必死である。
世界の二大自動車生産国が互いに脅しあい、応酬しあうという大がかりな貿易紛争に発展してきたといえよう。逆に、ヨーロッパの自動車業界は自己のシェア拡大にこの機会を逃すまいと期待と不安をこめて成り行きを注視している。

<<「3回出れば、脱退を勧告」>>
クリントン大統領は、自動車産業の町、デトロイトの地元紙と異例の電話インタビューに応じ、「自動車・同部品貿易での米国の対日赤字は360億$で、対日赤字全体(600億$)の6割を占める」ことを明らかにしつつ、カンター代表の厳しい対日姿勢について、それは「私の路線であり、その正しさを確信している」と強調している。クリントンの民主党政権は昨年末の米中間選挙において手痛い敗北をこうむり、上下両院とも共和党に多数を明け渡してしまっている。自らの大統領再選と民主党離れに危機感を持つクリントン大統領としては、自動車産業と自動車労組は民主党の重要な支持基盤であり、この基盤を強めることが今や極めて重要な優先課題となっている。ここに自動車は単なる通商問題以上の国内政治の問題となっており、共和党との対抗上も経済ナショナリズムに政治的な生き残りをかけざるをえない現政権の矛盾を露呈しているのである。
「過去はいずれも米国が自国の権利を守り、日本は市場を開放してきた。今度もそうなる」(5/8、ゲッパート米民主党下院院内総務)という見通しがくじかれ、問題が国際紛争の場に提起されたのである。
WTO協定では一方的措置を違反とする規定が明示されており、これに関しては提訴国の主張が通るようになっている。したがって日本の提訴で301条による制裁措置だけを争えば米国側が敗れる恐れが強いことから、日本の不公正貿易慣行を逆提訴するという先制攻撃を行ったのであるが、さらにこれ以上にもまして、「WTOのパネル(審査委員会)で米国側にとって不公正な決定が三回出れば脱退を勧告する」という法案が準備されており、これは米議会の圧倒的多数の賛成で可決成立する見通しである。
6月15日から3日間、カナダのハリファクスでサミット(主要国首脳会議)が予定されているが、米側はこれに合わせるかのように制裁措置の最終リストの決定とWTO正式提訴を六月中旬に設定している。カンター代表は「サミットでの村山首相との会談などについては、日程を数えているわけではない」と弁解しているが、サミットを照準にして虚々実々の取引と交渉を展開しようとしていることは明らかである。

<<対米輸入の6割以上が逆輸入車>>
ここで客観的な事実を冷静に見てみよう。日米とも、年間1000万台以上の自動車を生産している。日本は生産した自動車の5割近くが輸出向けであるが、米国は輸出比率は1割以下である。94年の日本からの対米輸出は164万台であったが、対米輸入の方は円高ドル安のもとで、94年に相当増えてもようやく9万台を突破したところである。つまり対米輸入は、対米輸出の5.5%にしかすぎない。しかもその対米輸入車の内、6割以上は、ホンダ、トヨタなど日本企業によるアメリカからの逆輸入車であった。これに対して対日市場開拓努力が少なかったとはいえ、米ビッグスリーの94年の対日輸出台数は35000台にすぎず、これを日本側の市場開放によって、25万台の輸出をめざそうというわけである。
さらに問題となっている自動車(部品)市場における外国車(部品)の占有率は、アメリカでは34%(部品32.5%)であるのにたいし、日本ではわずか4.6%(部品2.6%)にしかすぎない。このことはアメリカの自動車産業自身が、海外との依存共存関係で成り立っていることを一方では示している。アメリカの国際自動車販売業者協会のフイゼンガ会長が述べているように、一方的制裁措置の実行は、「何千もの中小規模の自動車ディーラーを困らせ、米消費者にとっては自動車価格高騰をまねき、何千もの雇用を失う」(5/9声明)可能性を持っている。
それと同時に、米側が要求している自動車部品の購入拡大は、日本のメーカーが独占的に強固に築いてきた系列取引、系列販売、系列金融、総じて中小零細企業に至るまでの系列支配が打破されない限りは遅々として進まないのも事実である。こうした実態は日本にとっても今や重大な桎梏となりつつあるが、いずれにしても結果として日本側の一方的な膨大な黒字を計上してきたのであった。94年度の日本の自動車(四輪車)分野の対米黒字は234億$で、対米黒字全体の4割以上を占めている。しかもここに円高ドル安要因が加わっている。94年の日本の自動車輸出台数は、446万台で、平均価格130万円、1$=102円として約570億$の輸出額であった。これが95年、仮に100万台の輸出減であったとしても、1$=85円であれば、価格を20%近く下げない限り、輸出額は減少しないのである。現在の低価格競争の下ではそれは不可能なことであろう。

<<カオスの中の「危険な兆候」>>
しかし重要なことは、現実に日本の自動車の対米輸出が、86年をピークに下がり続け、93年にはついに現地生産台数が輸出台数を上回ったことである。海外生産台数の比率は、85年が10%弱であったが、90年には20%強、94年がほぼ1/3にまで達しており、98年の海外生産計画は、750万台強、海外生産比率は40%を超えると見込まれている。このところの急速な円高ドル安の進行の下では、これがさらに速まるであろう。それは同時に日本の国内生産の空洞化を進行させているのである。
従業員数も、日本の自動車産業11社で、ピークは91年前後の28万人強であったが、それ以後減少傾向が明瞭になってきており、日産やマツダは年間千人単位の人員削減計画を実行に移しており、日産の人員削減計画によると、98年までにピークの56000人から42000人へ3/4体制へ移行しようとしている。
さらに大手五社は、ほぼ一律に97年度までの3年間で、部品総原価を25~30%引き下げる経営計画を立てている。円高によるコスト削減が急務になっているからである。当然ドル安によって輸入部品の調達メリットが増大しているにもかかわらず、米側が要求しているように総額で大幅に増える要素はないのである。
そして今や、逆輸入車の方が国内産車よりも安いという逆転現象が生じ始めている。
この5月に明らかにされたトヨタの逆輸入車アバロンは、1$=90円レートで、288万円、同クラスのクラウン・ロイヤルサルーンより80万円安く、それより下級クラスでマーク2の上級モデルよりも40万円も安いのである。しかし日本の消費者にとって、円高のメリットはデメリット以上には還元されておらず、国内における円の購買力の向上は微々たるものでしかない。
こうして日米双方共に国内市場は、このところの拡大傾向から混沌とした縮小傾向に陥り始めており、互いの国内市場に限定する限り、妥協の余地は双方共に非常に狭いものとなっている。個別国同士ではもはや解決能力を失っており、多国間協議ではドルの役割の凋落にとって代わる体制は形成されておらず、G7も、サミットもましてやWTOも大きく期待されてはいない。このような状況の下における日米貿易戦争の激化は、円高ドル安の進行と共に危険な兆候を示すものであろう。米MIT名誉教授のキンドルバーガー氏は「外為市場は混沌としており、かなり危険な兆候がある。過去に何が起きたかとか、これから何が起きるかは別物。しかし、カオス理論によれば最初はごく小さいことから始まることを想起すべきだろう」と警告している(4/12日経)。日米双方共に、目先の個別利害で行動するかぎり、この危険な兆候は、兆候では済まなくなるであろう。国際的な協力にもとずいた南北・東西格差の解決、平和と環境保護に向けた新たな世界的ニューディール政策への転換にこそ努力を傾注すべきであり、そのためのイニシャチブこそが期待されているのではないだろうか。クリントン政権、村山政権ともにそこに最大の欠陥があるのではないだろうか。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.210 1995年5月20日

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【書評】「全体主義の時代経験」藤田省三著

【書評】「全体主義の時代経験」藤田省三著 

筆者の藤田省三氏は、永らく法政大学で教鞭をとっていた。その間、先輩の古在由重氏や石母田正氏と親交を深め、様々な分野で共有するものをもっていたようである。(これらについては、本書のなかで触れられている)
周知の通り、藤田氏はその名著「天皇制国家の支配原理」や「維新の精神」で学究の徒として高名であるが、こういった学術的な成果とともに、常に、時代の先端において、鋭敏な批判精神と、ストイックとまで言える強い倫理観に貫かれた評論を展開してきた。 また、ともすれば忘れられがちな、底辺の市民運動にも積極的に参加してきた。それは、たとえば、「地球環境と日本の役割を問う国際市民会議」(作家の野間宏氏がその代表を務めていた)であり、京都の虫賀宗博氏夫妻が自宅を開放して続けていた手作りの「講座・言葉を紡ぐ」への献身的な協力である。ちなみに、藤田氏の、この講座での話をまとめたブックレット1号「私たちはどう生きるか?」も発行されている。
こうした営為は、筆者が、本書のなかで、「個人的な努力の限界と共同作業の重要性」を強調していることの証のように思われる。
評者は、氏のマルクス主義に対する深い理解と、「絶望するからのめりこまない」というスタンスについて、その友人から賛嘆をこめて聞いたことがある。
本書の序文のなかで、筆者は、これは、本にすることをまったく考えていなかった論稿であり、おそらく最後の書物になるだろうと述べている。
藤田氏の前著の、「精神史的考察」(1982)において、「安楽への全体主義」という概念を提起して、日本資本主義のシステムについて深い考察を行った。それは「不快を感じさせる全ての物事の元のものを根こそぎ一掃しようとする」傾向を指していた。そして、これに対峙する精神が「反省能力」と「自己批判能力」であるが、それをも抹殺しようとする風潮を厳しく批判した。本書では、この全体主義を市場経済そのものの批判の中心にすえている。
本書は、90年代の筆者による思想的総括ともいえるものであり、多くの論点を含んでいる。評者が、注目したのは、冷戦終結と社会主義の後退のもとで、「マルクス主義のバランスシート」を論じようとする、塩沢由紀氏との対談である。そこで、藤田氏は、極めて冷静にまた公平にその立場を表明している。そのいくつかを紹介しよう。
「近代以後はすべてブループリント(構想)の時代であり、マルクスの根本理念は生きている。」「純粋学問の枠を取り払ったところにマルクスの功績がある。」「マニフェストの前半に出てくるブルジョワ社会の画期性の叙述は凄い。また、資本論第1巻24章のいわゆる原始的蓄積過程、あそこの社会史過程の叙述と判断には驚く。」「今日的段階で、より大きな社会的不幸が世界的規模で厳然としてある。その成立過程をきちんと叙述し、解決に努力する態度が、第2、第3の新しい『マルクス』として出てこなければいけないと思う。しかし、それはもう個人では果たすことの不可能な時代であるから、そういう集団を世界的にどうつくるか、これが課題である。」等々。
これらは、評者が、主観的に重要と思われる部分を引用したもので、筆者の真意が伝っていないと思う。しかし、これらから、藤田氏の姿勢といったものは感じられるであろう。
また、評者は、本書のなかで、藤田氏の次のような発言に触れて、感慨深いものがあった。 「文明史的に完全に新しい段階が来た。例えばソ連にしても、昔からそう思っていて政治的配慮で口に出さなかったのですが、なんで帝国主義反対といいながら、ロシア帝国の領土だけはそっくり貰うのか、これは中国も同じこと、あれは不思議だ。」
藤田氏の「政治的配慮」がどのような性質のものなのか知ることは出来ないが、これが、政党レベルの配慮でないことは確かである。
評者にとって感慨深かったのは、評者がかって行ったような「生硬な政治的配慮」ではなく、もっと重心の低い「宣伝的」でない「配慮」というものが存在したということである。
以上、手前勝手な書評を試みたが、読者の目に止れば、是非ご一読願いたいと思う。
(みすず書房・198ページ・2,884円)(大木)

【出典】 アサート No.209 1995年4月18日

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【投稿】地方分権と政治改革(5)

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3, 行政の果たす役割と地方分権(続き)

<福祉のパラダイム転換?>
さて、前号で、厚生省老人福祉計画課長がある講演会で特別養護老人ホームなどに対する入所措置制度を見直し、直接契約制度を導入する考えだと語ったことを紹介したが、これは決して彼一人の私見ではない。
昨年以降、福祉関係制度・政策に関する様々な報告・提言がなされたが、実は、その内容的な枠組みを先行して打ち出した厚生省の内部文書が存在する。それは、厚生省の部長以下の主要な幹部が「遅くとも今後4、5年以内には実現を目指すことをイメージして検討を行った(同報告前書き)」、同省老人保健福祉部(現老人保健福祉局)内限のリポートである『高齢者トータルプラン研究会報告・資料集(「日経ヘルスビジネス 第 300号記念特別解説版〔上〕--高齢者トータルプラン--』1993年3月29日、第300号付録特別解説版。以下「報告」と表記)である。この報告に対する批判的検討は、村田隆一・長野大学専任講師の論文「措置制度解体と社会保障のリストラ--保育所措置制度解体と老人介護保険構想の危険な連動--」(「保育情報」No213.1994.11 全国保育団体連絡会)でなされている。少し長くなるが重要なポイントなので、この報告と村田氏の批判の概要を紹介する。
報告の論理展開は、①介護ニーズは一層増大し、多様化している。②福祉行政は構造的にそれに応えられない。そこで、③現在の措置制度の位置づけを再規定し、④多様なニーズに対応するために脱福祉化した一般対策としての多元的な供給体制を構築し、⑤そうした福祉的サービスは公的措置から契約による利用に転換し、⑥サービスの質は競争原理で維持する、という
ものである。
そして、これらを「必要な老人福祉のパラダイム転換」だとした上で、①介護保険を導入、②高齢者介護施設として、老人病院、老人保健施設と特別養護老人ホームを一元化、③一元化後の高齢者介護施設の利用形態は入所は現物給付、④高齢者介護施設の生活費は利用者自己負担、介護サービスは介護保険給付、⑤医療サービスは医療保険給付、⑥個室化はアメニティとして利用者自己負担、⑦契約による入所制度導入により扶養義務者からの費用徴収制度は廃止、⑧低所得者の自己負担額の減免制度を設ける--という制度の具体的内容(素案)を示している。
なお、報告は高齢者介護サービスに関するものとして記述されているが、当然、他の福祉政策にも波及する性格を持とう。
この報告のポイントは村田氏によると次の三点である。一つは、財源問題での行き詰まりを背景に老人福祉対策の社会福祉対策からの転換、いわば脱公費(一般財源)依存を前提に一般対策として「脱福祉化」への転換を主張していること。二つめは、いわゆる社会福祉を「選別的救貧制度」として再規定しようとしていること、三つめは、措置制度は特定の生活困難者を救済する最低限・一律の資源配分、供給のシステムであり時代遅れであるとし、契約による入所と社会保険の制度を導入することが妥当としていることである。
これに対する長野氏の批判・指摘はおおむね次の三点である。一つは、措置制度は憲法第25条に定められた社会権たる生存権保障のためのシステムであり、労働能力以外に資産を有しない国民を対象とする非営利的サービスとしての福祉サービスは、公的責任において公的財源保障をともなって供給させる以外に発生しえないこと。ゆえに、大企業優遇の不公平税制とその歪んだ配分・国家予算編成を意識的に無視し、介護保険システムなどの社会保険化を図ることは、巧妙な相互扶助システムへの“転換”で、国民生活関係の国家責任の大幅な切り捨てに他ならないこと。二つめは、社会権保障としての福祉サービスを『契約』関係で供給することにそもそも矛盾があること。すなわち、社会的ニーズとはハイディキャップ即ち社会的不公正に他ならないから、契約当事者としての対等性は存在せず、実質的不平等が契約という形式的平等な関係により解消されるなどというのは欺瞞であり、歴史の逆行であること。三つめは、“お役所仕事”的行政ゆえの福祉行政構造的限界論を突破するためには、社会権保障の重要な課題として発生させた福祉サービスを、その実施過程において非権力化しなければならないという特殊な課題が生じること。そのためには、福祉行政の実施過程での民主的、福祉的実践のあり方が確立されねばならない、ということである。

<社会福祉政策の再規定とは>
報告の考え方は「老人福祉のパラダイム転換」というよりも、厳しいシーリング制度のもとで予算確保ができないという「現実」に適応するための「後付け」でしかないような気もするが、充分検討しなければならない内容を持っている。
一方、長野氏の指摘は、基本的な視点において大変重要な提起を含んではいるが、議論が噛み合わないイデオロギー的な対置に終わっているように思える。つまり、「大企業優遇の不公平税制とその歪んだ配分・国家予算編成」の解消さえ図れば、国家には豊かな財政があり、福祉は限りなく充実できるということをアプリオリな前提とすることは困難だからである。
「福祉を充実する」という課題の本質は、「国家責任の拡充」を語れば済むという問題ではない。阪南中央病院の岡本祐三氏が指摘するように、それは「財源-税の配分問題」であり、「多数の市民が利用する公共サービスをめぐる市民間の利害調整」なのである。税であれ、社会保険料であれ、誰にも負担のかからない公共サービスはあり得ない。もちろん福祉サービスも同様である。もちろん市場サービスにも料金という負担が生じる。要は、必要なサービスの供給システムとその負担のあり方をどう組み立てるのが適切なのかということなのである。
さて、次の概念図(図1)は、報告の考え方の図示を試みたものである。長野氏が指摘する「社会福祉政策の再規定」とはどういうことであろうか。
図では、縦軸に「サービスの質」を設定、サービス内容の水準が高まるにつれて座標が上へシフトすることとした。横軸には「公共性」を設定、基礎的・必需的なものから選択的なものまで、その度合いに応じて座標が右へシフトすることとした。

この図を見てわかるように、高齢者介護サービスは従来の「福祉」とは異なり、公的保険で供給される一般政策として「脱福祉化」される。個室利用負担や生活費負担が公的保険の対象外とされるのは、医療保険制度との整合性も考慮されてのことだろう。そして、低所得者など本来的な福祉対象者については、保険制度における個人負担金を減免するという形で国の公費(一般財源)負担が行われる。この部分(斜め線による網かけの領域)が「再規定された福祉としての高齢者福祉」である。「選別的救貧制度への逆行」という長野氏の批判は、この点を捉えてなされている。報告の考え方は、高齢者介護サービスにおけるニーズの飛躍的な拡大や、一般化されたサービスの供給スタイルを変革しつつ公的責任を拡大する必要性などの課題に一定対応するもので、それなりの合理性があるように思われる。
ただ、介護保険の導入は福祉サービス分野における市場メカニズム依存を加速させるため、権利性や公平性の担保、サービスの質の担保が可能なのかどうか相当慎重に見極める必要がある。また、社会保険料という形での負担形態と、租税(直接税・間接税を含む)という形での負担形態とどちらが適切なのかについても、十分な検討が必要であろう。
さて、報告の考え方を高齢者介護サービスに限定することなく福祉政策全体に視野を広げて検証すると、問題点はより明らかになってくる。
概念図(図2)は、保育問題検討会報告における第二の考え方(厚生省の意向)に基づいて今後の保育政策のあり方を図示したものである。

この図にも現れているように、保育ニーズが多様化し、高齢・少子化対策の充実が強く求められる中で、国の一般財源負担となる保育政策領域は拡張の一途にある。しかし、国家財源上の制約、具体的には大蔵省相手の予算編成は極めて困難になってきた。そこで、保育所への措置保育の対象を年収 500万円未満の世帯に縮小し、あとは保育所・民間子育て支援産業との直接契約によるニーズ充足を図る--これが保育政策の場合の「再規定された福祉」の考え方であろう。
しかし、高齢者介護の場合と異なり、一般政策化されようとする領域において社会保険制度のような公的保障拡充のための政策を欠き、民間事業者育成という市場メカニズムへの依存を強めただけだったので、子どもを商品にするとの強い反発を招くことになったのである。
さて、高齢者政策と保育(子育て支援)政策における公的保障措置政策の高低をもたらしたものは、両政策の「位置」に対する認識の違いである。すなわち、高齢者介護は人が等しく直面する可能性のある必需的なものなので「公共性が高い」と理解されているのに比して、保育所保育は本人の選択性によるところが多く、公的に保障する範囲は制限的であるべきで、市場を通じて本人が適切なサービスを調達することが適切だと考えられているからである。
社会保障制度審議会が昨年九月に明らかにした「社会保障将来像委員会第二次報告」にも、こうしたニュアンスの違いが読み取れる。すなわち、「介護保障の確立」という項目では「国・地方公共団体が、介護サービスの質・量の確保やそのための財源確保に責任を持つ」という表現となっているのに比して、「子どもの健全育成と女性の就業支援」という項目では「国・地方公共団体は、サービスの質が維持されるよう、積極的に公的責任を果たさなければならない」「公的機関によるサービス、地域社会を基盤とした協力、企業によるサービスの活動などにより整合的な対応がなされることが重要である」という表現にとどまっているのである。(続く)
(大阪 依辺 瞬)
【出典】 アサート No.209 1995年4月18日

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【投稿】青島・ノックの当選がもたらすもの

【投稿】青島・ノックの当選がもたらすもの 

統一地方選挙の前半戦が終了した。この号が読者の手元に届く頃には、後半戦の結果も明らかになっているだろう。前半戦で最も特徴的だったのが、東京都知事選の青島幸男氏、大阪府知事選の横山ノック氏の当選である。マスコミは「政党政治の限界」「無党派層の怒り」などとさかんにはやしたてているが、事はそう簡単なものではない。確かに、既成政党への不信、それによる「支持政党なし」層の増大は事実である。新党ブームも、細川をはじめとしたリーダーたちの「裏切り」と小沢ー新進党への収えんによって、冷えきったどころか、さらに政治不信を起こすという結果になった。連立政権という実験は、新党ブームの終わりと社会党のふがいなさによって、明らかに失敗に終わったが、今回の統一地方選挙の結果は、第3極としての民主主義ーリベラル政党の登場の遅れを横目に、地方自治体からの新たな実験の過程として、今後の行方が注目されることとなったのである。
なぜ、青島、横山両氏が当選するに至ったのか。マスコミや学者によって様々な分析が行われているし、おそらくアサートのこの号でも、どなたかが分析しておられることであろうから、詳細かつ正確な分析はおまかせすることとしよう。ひとつ言えることは彼らは依って立つ政治基盤や市民運動の基盤があるわけではなく、未だ得体のしれない「無党派層」なるものの選択肢なき選択によって選ばれた、言わば消極的当選だった。そのことは今後の両氏にとって、立場にとらわれることのない自由な政治的活動の担保になる一方で、脆弱な基盤による指導力の弱さ、政策実現能力の弱さをもたらすことになるだろう。これからの両氏の活動はどういったイメージになるのか、何をもたらし、何を変えることができるのか、考えてみたい。
まず、彼らが登庁して真っ先に問題となるのは、地方官僚たちとの関係である。いかに彼らが政策を提起しようとも、それを具現化させるのは官僚たちである。長いオール与党の保守・中道路線の知事に慣れてきた職員たちがどのような対応を見せるのか、また、両新知事が職員達をどう使うことができるのか、これからの具体的な活動のたびに問題が生じてくることになるだろう。臨海副都心ー都市博問題、関空全体構想ー負担問題などで、さっそくこれまでの既定の方向性とのギャップがでてきている。地方行政のプロ集団である地方官僚たちは、これまで蓄積されたデータや行政ノウハウをフルに活用して、新知事の説得にあたることになるだろう。マスコミはさかんにお堅い頭をもった役所に新風を吹き込め、といった形で煽ってはいるが、無理矢理にトップダウンで政策を決めていくことが良いやり方とはいえない。いかに折り合いをつけていくか、官僚たちにとっても、これからはこういった形での知事や行政体制が普通になってくるかもしれない時代に、柔軟な対応、懐の深さが求められているのだろう。
次に、オール与党からオール野党に転じた議会との関係である。先に述べた地方官僚をも含めて行政側ともちつもたれつ、自分たちの利害を実現できる長年の関係をつくりあげてきたわけであるが、これからは緊張した場面も多々見られることになるだろう。しかし、提案された予算案や条例案を次々に否決するというような全面対決の姿勢は、相手が共産党首長とは違い、広範な市民から人気のある彼らにはあまり取りにくいのではないかと思う。ミエミエの足引っ張りは、自らの支持者からの反発も十分にありえるからだ。地方官僚と結びついての「知事いじめ」に終始することなく、政策立案ー立法機関としての本来の議会機能を発揮するよい契機になることを期待したい。
職員組合との関係も重要になってこよう。連合結成以来、東京、大阪とも複雑な組織問題を抱えている中で、新知事が対応していくのか。とくに大阪では、大きく二つに分裂している状況にあって、「土・日の府民サービス部門の開庁」というこれまで築きあげてきた週休二日制の成果とは違う方向の労働条件の大きな変化をもたらす打ち出されている。これまで自治労としても与党勢力を構成する一員として、自らの政策を実現させてきていたわけであるが、民間や市町村にまで波及しかねないこの問題にどういった対応をしていくのか、今後の労使関係にもかかわっていくだけに重要な問題となるであろう。また、連合としても、中川引退表明の遅れが選挙体制の遅れにつながり、このような結果になったのだという連合責任論が根強く残っている中で、平和ー健康ー福祉、弱者の立場に立った府政を叫ぶ新知事に対して、「福祉のまちづくり条例」を実現させたような具体的な政策提起をしていくことによって、挽回していかなければならない局面だといえよう。
さらに、財界や運動団体を含めた外部勢力との関係をどうしていくのか。ゼネコンとの関係など、しがらみのない広範な人気をバックに整理していけばよいだろうが、実際に地方官僚が末端で関係を維持していたことが発覚した場合、いかなる決断がくだせるのか。また、運動団体との間で築き上げてきた行政の責任を十分に踏まえることができるのか。景気対策や福祉ー人権対策を進めていく中で、様々な問題が生じてくることになろう。
公約の中で注目されるのは横山ノック氏の「外国人の参政権」の問題である。最高裁判決や多くの地方議会の意見書の採択というここ最近のムードの盛り上がりの中で、単なる選挙用の宣伝に終わるのか、実現に向けて積極的に動くのか、彼の人権感覚が問われている問題である。
以上、彼らの当選以来思いついた課題をあげてみた。何せこういった事態には不慣れな我々である。連立政権の誕生以来「何でもあり」の時代になってきたといってみたものの、予想を越えた事実を前に、この変化の時代にまだまだ想像力がついていけていないことに情けなさを感じてもいる。ともあれ、「ミニ開明君主」では限界のあることは革新自治体の崩壊によって証明されている。具体的な政策活動の展開によって、両新知事を地方分権の時代を切り開く武器としていけるのかどうか、お手並み拝見といった無責任な客観的な見方ではなく、主体的に関わっていくことが重要になってくるだろう。
(江川 明)

【出典】 アサート No.209 1995年4月18日

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