【書評】『黒い雨』訴訟(小山美沙著、集英社新書、2022.7)

【書評】『黒い雨』訴訟 (小山美沙著、集英社新書、2022.7.発行)

黒い雨訴訟 1957年4月に制定された「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律」(原爆医療法)によれば、「被爆者」は四つに分類される。①原子爆弾が投下された際に広島市・長崎市の区域内にあった者(直接被爆者)、②その時以後一定の期間内にその区域にあった者(入市被爆者)、
③その他原子爆弾が投下された際やその後において身体に放射能の影響を受けるような事情にあった者(医療従事者等)④以上の規定に該当した者の胎児であった者(胎内被爆者)である。この法律はその後改正されて、また1968年には「原爆特別措置法」が、1994年にはこの二法を一本化した「被爆者援護法」が成立して現在に至っている。これにより基準を満たし被爆者と認定された者には、被爆者健康手帳が交付され、無料の健康診断の他、原爆に起因すると認められた病には全額国庫負担で治療を受けることができる。それ故病に侵され働くこともままならない被爆者にとっては医療給付は必須のものとなっている。
 ところがこの被爆者の認定を巡っては、運動によってその範囲が徐々に広げられてきたとはいえ、国の方策が壁となって切り捨てられてきた人びとが数多く存在してきた。そのの最たるものが「黒い雨」に打たれた人びとであった。「井伏鱒二の小説『黒い雨』は有名でも、黒い雨を浴びた人たちがどのような健康影響を訴え、またどんな境遇に置かれてきたか」はほとんど知られてこなかったのである。本書は、この国の壁を打ち破り、被爆者であることを認めさせた運動の経緯を辿る。
 その詳細な内容は本書に譲るが、この運動は、広島市外の地域で黒い雨にあたり健康障害を発症した人びとをどこまで被爆者として認めさせるかという闘いであったと言える。これについての最初の調査である「宇田論文」(1945年12月)は聞き取り調査で爆心地から北西方向に幅11~15㎞、南北約19㎞~29㎞にわたって黒い雨が降ったと指摘して、これを長卵形の二重の楕円で示した。そして内側の小さな楕円を「大雨雨域」と表記した。これは原爆がもたらした黒い雨が広島市内ばかりか広い範囲に及んでいたことを明らかにしたものであり、これによって小さな楕円内は「健康診断特例区域」に指定され、そこにいた人びとは被爆者と同じ健康診断を無料で受けることが可能になった。しかし被爆者健康手帳を受け取るためには「原爆の放射能の影響を疑わしめる」10種(現在は11種)の障害のいずれかを伴う病気の発症が条件とされた。そしてこの病気の発症の条件は、その後の国との長い戦いにおいて大きな障害となった。
 しかしこの「大雨雨域」=「宇田雨域」は現実には行政側の都合で、境界線の多くが集落を横切る山や川の上に引かれたため、「集落内のコミュニティーや同じ学校に通うクラスメイト、そして家族をも容赦なく分断した」。ある家族の長女は自宅前を流れる太田川の南側に草刈りに出ていた。二人の妹と母は、川の北側の自宅にいて、ともにピカッと青い光、爆風が吹き付け、その後焼け焦げた紙やボロが飛んできて、大粒の雨が降ってきた。しかし申請して被爆者健康手帳を受け取れたのは長女のみであった。
 この不公平、不条理を何とかしようと運動が起こり、その後さらに詳しい調査、「増田雨域」、「大瀧雨域」が発表されるが、国側は「科学的・合理的な根拠」がないとして区域の拡大を認めす、また内部被ばくについても頑として否定し続けた。
 そこで2015年11月、「黒い雨被爆者」原告64名が、国に対して第三号被爆者(冒頭の被爆者の③にあたる)の認定を求めて提訴に至る。この裁判の経緯も本書に詳しいが、原告側の主張が極めて真っ当なのに対して、被告の国側が薄弱な「科学的・合理的根拠」に固執し、被爆者の増加に歯止めをかけるという本音のための強弁に終始する主張は、反面教師として一読に値する(4章「黒い雨」訴訟)。裁判は結局、「原爆の放射能の影響を疑わしめる」10種(現在は11種)の障害を伴う病気の発症」という規定を逆手に取った地裁裁判長の判断により、原告全員に被爆者健康手帳の交付を命じるという勝訴となった。そして国側は控訴するが、続く高裁判決もこれを支持して確定した。
 しかしこの判決を突き付けられても国は、原告を救済するとしたものの、内部被ばくについては認めようとせず、中途半端な「政治判断」によって事を収めた。さらに重要なのは、原告以外の救済については、「黒い雨に遭ったことが確認できること」に加えて「疾病要件」を設けて、被ばく者を「差別」している、と本書は批判する。
 この裁判の中で明らかになってきたのは、被爆者数の拡大の阻止を図って、被爆者の連帯を「分断」し、その中に「差別」を持ち込んで運動の力を削ごうとする国の露骨な姿勢である。そしてその姿勢はまた、福島第一原子力発電所事故でも続いている。避難地域への帰還推進とセットになった住宅補助の打切りによる脅迫的施策、自主避難者の無視等はまさしく被害者を分断するものと言えよう。
 本書は、国との長い地道な闘いの中で、「黒い雨」の下に生きてきた人びとの思いがが伝わってくる労作である。(R)

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【翻訳】西側に、のけものにされて、ロシアはサウジアラビア人に石油を売る

The New York Times  International Edition、September 21, 2022
“ Ostracized by West, Russia sells oil to Saudis”
By Clifford Krauss

「西側に、のけものにされて、ロシアはサウジアラビア人に石油を売る」

 今年の初め、ロシアがウクライナ国境に軍を集め侵略した時、Saudi Arabia 王室の持ち株会社は、ロシアの主要なエネルギー会社に $600 million 以上の額の投資をした。
 その後、米国、カナダや欧州の数か国が、ロシアからの石油 の輸入を止めたこの夏の間、Saudi Arabia ( 以下「サウジ」) は、自国の火力発電所の為の燃料油 のロシアからの購入額を二倍に増やし、自国の原油 を輸出に回した。今月(9月)ロシアと サウジ は、両国の石油収入を増大させるべし、との決意に落ち着くように、世界の oil price を押し上げるべく努力して OPEC とその同盟生産者を導いた。共に、この動きは、全く異なる サウジ の Moscow への傾斜と、米国からの離れを表している。それでもって、それは通常それ自体で調整されてきている。 サウジの立場は、同国の Crown Prince, Mohammed bin Salman とロシアの President, Vladimir V. Putin の完全な政治同盟にまでは及んでいないが、しかし、2人のリーダーは両国に恩恵をもたらす準備を打ち立ててきている。

 「明らかに、Saudi-Russia の結びつきは、深まっている。」と Bill Richardson, a former U.S. energy secretary and ambassador to the united Nations.は述べている。
 ロシアと、さらに緊密に行動することによって、サウジは、Mr. Putin を孤立させようとする米国とEU の動きを、より難しくしている。 欧州が、ロシアからの石油輸入量を大幅に削減する準備をしている時に、サウジ と中国やインドのような国は、最後の頼りになる買い手として、入り込んできている。
 冷戦時代、サウジと Soviet Union は、仇敵であった。 サウジのリーダー達は、Afghanistan の Soviet 占領に抗する反乱軍に、財政面で支援した。しかし、最近では、シェール地層の水圧破砕が、米国の石油と天然ガス生産のブームをもたらしたので、OPEC やロシアのような主要石油生産国の力を削いで弱くしてしまった。
 このことで、ロシアと サウジは、類似の利害を持つ価値ある仲間として出会った。サウジは、専制的な王国であり、他方 Mr. Putin は、国内の政治的反対勢力を抑圧し排除して来ている。これらのことが、恐らく、両国が接近する助けになっている。
 石油価格が 2014年後半から 2015年にかけて崩壊した後、Moscow と Riyadh は、協力して、米国の会社が、国際エネルギー市場で優位に立つことを阻止して来た。2016年になって、ロシアと サウジは、石油カルテルを広げることに合意して、OPEC Plus* を創設した。

*OPEC Plus : 訳者注
      日本石油連盟の資料によれば、
      OPEC ( Organization of Petroleum Exporting Countries) は、1960年に
      5か国(イラク、イラン、クウエート、サウジ、ヴェネズエラ)によって
結成された。その後、逐次参加国が増加して 13か国となった。

       (5か国、plus リビア、アルジェリア、ナイジェリア、UAE、ガボン、
アンゴラ、赤道ギニア、コンゴ)

      2016年、さらに、10か国が加入して、OPEC Plus として活動。
       (10か国: ロシア、メキシコ、アゼルバイジャン、バーレーン、  
              ブルネイ、カザフスタン、マレーシア、オマーン、
             スーザン、南スーザン )
原油生産の比率: OPEC 30 %, Plus 20%, 計 約 50 %

 彼らの提携、協調は困難に耐えることを、はっきりと示して来ていた。ただし、2020年初頭の短い仲間たがいの例外はあったが。その時はコロナウイルスによる Pandemic の始まりが石油価格の崩落を招き、両国は何をなすべきかについて意見が一致しなかった。
 「ロシア人と サウジ人は、石油価格を押し上げることに類似の関心を持っていてウクライナ紛争は、それをただ強化したに過ぎない。」と Bruce Riedel, a former Middle East analyst for the Central Intelligence Agency and the author of “Kings and Presidents: Saudi Arabia and the United States Since F.D.R.” は述べている。

 サウジの役人達は、ロシアは OPEC Plus をうまく制御するに役に立つ仲間であることを見出して来た。そこでは、石油の供給と価格をいかに統制するかについての異なった意見を持つ生産国の気難しいグループもしばしば生じていた。 そのグループは、Alexander Novak, a former Russian energy minister who is now deputy prime minister と親密に作業する。アナリスト達は、彼について、喜んで、座って他の産油国の大臣たちと何時間でも、計画や関心ごと、それに不平や苦情を聞く人である、と評している。
 今月に入っての生産における小さい調整を発表することによって、OPEC Plus は Biden 大統領からの自立を明らかにした。そのBiden は、この7月に サウジを訪問してPrince Mohammed と拳合わせ (“fist bump”) をしている。 この訪問は、彼が 2020年の米国大統領選挙で、サウジ王家を、Jamal Khashoggi, a Washington Post columnist, の殺害で批判した後、US-Saudi 関係を修復しようとする Mr. Biden の努力であると、広く解釈されていた。数か月の間、Biden はサウジに石油増産を促して来ていた。カルテルの石油減産は、暫時増産に向かう方針に反していた。

 “Russia finds Saudi help to counter Western sanctions”
「ロシアは、サウジが西側の制裁を無効にする助けになっているのを見出している。」

 サウジは、例えばイスラエルとアラブの隣国との間の関係改善の努力を静かに後押ししている米国としばしば同盟を結んで来ている。 今日、数人の解説者は言う。米国と欧州がPutin をウクライナに侵攻した咎めで、孤立させ罰することを追求している時に、サウジ王家はロシアと親密に協議することで、金融上の利害により強いウエイトをかけているように見えると。「ロシアは、自陣にサウジを保持出来て来ていることは、かなり注目に値する。」と Jim Krane, a Middle East expert at Rice University in Houston は述べている。さらに「Putin の目標は、米国とその同盟国の間に入り込むことであり、米国とサウジの関係では、Putin は、いくらか前進している。」
 ペルシャ湾の石油の高官や会社の重役は述べている。即ち、サウジと他の湾岸諸国は、単に何が彼らにとって最善の策であるか、ということで行動している、と。「これらの決定は、サウジ自身の商業上の利益を守っているし、経済的観点からも非常に理にかなっている。」と Sadad Ibrahim Al Husseini, a former Saudi Aramco executive は述べている。
 中東のエネルギー関係の何人かの重役たちは述べている。即ち、米国や他の西側諸国は、石油輸出国にとって、ずっと信頼できる仲間ではなかった。というのも、その原因の大部分は、西側は気候変動に取り組む努力において、化石燃料をこの世界から引き離そうと努めてきたから、と。
 「欧州と米国における、一貫性のないエネルギー政策の続く数年は、結果として、石油の大生産者がそれに順応している重要なエネルギー安全保証のき弱性をもたらした。」と Badr H. Jafar, the president of Crescent Petroleum, an oil company of the United Arab Emirates は述べている。続けて「さらに、今後、数か月、数年の内にエネルギーのチェス盤(”chess board”)は変わり続ける可能性がある。」と。 サウジの、ロシアに関係しての動きの多くは、簡単にお金を稼ぐ楽観的決定と解釈されることが出来よう。
 今年の早い時期に、西側の制裁によってロシアの三大石油会社、Gazprom, Rosneft, Lukoilの株価が暴落した時、当局への提出によれば、Kingdom Holding —Alealeed bin Talal にて運営されている—は、それらの会社に、およそ $ 600 million 投資した、とのこと。
 Price Mohammed に率いられているサウジ国有投資基金は、Kingdom Holding において、重要な少数株主持ち分を有している。その投資額は、多くの西側諸国がロシアから撤退すると宣言した時、その会社のその年の全般の新規グローバル株式投資のほぼ半分に相当していた。 サウジ国有基金が、2015年にロシアに投資するために、$ 10 billion の基金設定を宣言して以来、それは最大の投資の一つであった。 最も実際にサウジが全額投資したか否は、はっきりしていない。
 「ロシアのエネルギー分野への、この大きな投資は、価格の維持によるサウジとロシアの利害のさらなる共同作業への一つの努力である」と Gregory Gause, an expert in Middle Eastern politics at Texas A&M University は述べている。
 この4月、サウジは、親しい同盟国:UAE と共に、両国の火力発電所で使用する、大幅に値引きされたロシアの精製燃料油の輸入量を増やし始めた。これら燃料油の輸入によって、サウジは、自国原油を、値が上がった価格で、もっと多く他国に売ることが出来た。
 7月には、ロシアからサウジへの直接供給は、一日 76,000 barrels に達し 2018年9月以来 2番目に多い量だった、と Kpler, a commodity research and data company は述べている。もっと多くの量のロシア産 燃料油が、間接的に Estonia, Egypt, Latovia 経由でサウジに入っているであろう、と Mr. Victor Katona, a Kpler analyst は述べている。
 その燃料油の多くは、かっては米国に向かっていた。そして同国 Gulf Coast の製油所がそれらを、gasoline, diesel oil & other fuels に精製していた。しかし、米国は 3 月にロシアの石油を禁輸したので、ロシアの輸出業者は慌てて、相当安い値段で買い手を探した。
 「それは、特売品です。」と Ariel Ahram, a Middle East specialist at Virginia Tech. は述べている。 中国やインドといった国々は、30% or more 値引きされた価格でロシア石油を買った。サウジのロシア燃料油の購入は、夏が終われば縮小するが、しかし、来年はまた増加するであろう。

 Saudi-Russian relations は、歴史的に広範囲であったし、完全に一致することはめったになかった。この二国は、暴力で荒廃していたが、統制を求めている Libya において、ある派閥を支援して来ている。しかし、他方、ロシアはサウジの最大のライバルであるイランとの親しい関係を長らく維持して来ている。
 Prince Mohammed は、ウクライナにおけるロシアの侵攻について、公には多くを述べていない。しかし、3月、国連においてサウジは、侵略を非難する決議の投票において、大多数の国々に加わった。サウジは、欧州への 石油輸出 を増加させて来ている。それは、かってロシアから買っていた石油の、いくらかの代替である。
 「サウジの立場からすれば、恐らく Western-Russian dispute の間に自身を置きたくないのであろう。」と、Helima Croft, the head of global commodity strategy at RBC Capital Markets は述べている。
 「私は、Mohammed bin Salman は、大リーグでプレイすることを欲している、と思っている。そして、彼にその機会を与えるものは何であれ、それについては、彼は日和見的(“opportunistic”) であるだろう。」と、Robert W. Jordan, who was the ambassador to Saudi Arabia in the George W. Bush administration は Prince Mohammed について述べている。 続けて「もし Putin を助ける道/方法があるならば、それは素晴らしい。ついでながら、彼は、自分が米国の影響力に依存していない、ということを示すことが出来ている、ということは大した問題ではない。」と。
                          (訳: 芋森)   [ 完 ]

               

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【投稿】欧州、特にドイツのエネルギー危機と日本の「サハリン1・2」の対応

【投稿】欧州、特にドイツのエネルギー危機と日本の「サハリン1・2」の対応

                         福井 杉本達也

ウクライナ侵攻をめぐる対露制裁を背景に、欧州連合(EU)諸国は深刻なエネルギー危機に陥っている。EUは、2022年8月1日から2023年3月31日までガス需要を過去5年間の平均使用量と比べて15%削減することで合意した。ロシアへの経済制裁は、今日、ドイツへの経済制裁に変質した。ブリンケン米国務長官は、ドイツは低価格のロシアのパイプラインガスを高価な米国のLNGに置き換えるべきだと語る。アメリカは、ロシア・ガス価格の8倍とされる価格で、EUに米国のLNGを売る。米国のガスを輸入するためには、ドイツはLNGタンカーを接岸するための港湾能力を増強する必要があり、50億ドル以上の費用がかる。ガス価格の高騰はドイツの産業を競争力のないものにする。企業の倒産が拡大し、雇用が減少、ドイツは慢性的な不況と生活水準の低下につながる。殴州化学最大手のBASFのブルーダーミュラー会長は「我々は恒久的に競争力を損ない続けるかもしれない」と危機感を露わにした(日経:2022.10.30)。Sputnikは「ガス不足とエネルギーコストの上昇により、最もエネルギー集約的な産業の多くが競争力を失うことです。どのようなシナリオが展開されるかに応じて、そのような産業は2021年と比較して最大60%の生産を削減することを余儀なくされるでしょう。次に、シャットダウンは150万人以上に影響を与える可能性のある人員削減をもたらす」と報道している(Sputnik 2022.8.11)。

2 「ノルドストリーム」の爆破

9月26日、ロシアのビボルグからバルト海を南下してドイツのグライフスバルトへつながるガスパイプライン「ノルドストリーム1」と「ノルドストリーム2」でガス漏れが発生した。ロシアは、国際テロ行為であるとした。しかし、欧米メディアは予想通り、「ノルドストリーム」を爆破したのはロシアだとするプロパガンダを張った。日経のワシントン支局は「ロシアの攻撃による損傷だと断定されれば集団的自衛権に基づき、NATO加盟国が反撃するかどうかの議論が浮上しかねない。ロシア軍との直接対峠を避けたい米欧は慎重に判断する構えだ」(2022.10.4)と書いたが、全くばかげた報道である。自分で自分の足を撃つものはいない。「ノルドストリーム」を爆破することは、パイプラインを建設したロシアや燃料を消費する欧州ではなく、米国に利益をもたらす。ブリンケン国務長官は、この損害はアメリカにとって莫大な好機をもたらすと認め、自らが主導して爆破したことを自白した。そもそも、破壊工作が行われたのはデンマークとスウェーデンの管轄する海域である。パイプラインは数10メートルの海底に横たわっている。犯人は潜水艇など、攻撃するインフラに接近する手段を持っていなければならない。数百キロの爆発物をしかける場所まで運ぶ船舶類も必要である。常時海域を監視していたデンマークとスウェーデンが犯人を知らないはずはない。「ノルドストリーム」爆破による最大の犠牲者の1つはドイツのエネルギー会社「Uniper」であり、報告した損失額は、400億ユーロ(約5兆7,878億7,440万)にものぼるという。これにより、米国はロシアとドイツとの関係を壊し、潜在的なライバルであるドイツの製造業に致命的なダメージを与えられる。

3 米シェールガスは欧州に供給できない

アメリカは、ロシアとのガス戦争を開始した際、ヨーロッパがロシアを市場から追放した後、ヨーロッパにガスを提供すると宣言した・しかし、実際にはEUにガスを供給することはできない。米国のシェール投資家は、これまでの生産量が彼らが望むことができるすべてであることを認めている。フィナンシャルタイムズが報じたように、米国のシェールオイルとガスの生産者は、ヨーロッパがこの冬のエネルギー危機に対処するのを助けるために生産を増やすことができないだろうと警告している。

「米国テキサス州西部の天然ガス価格がゼロ近辺まで急落した。海外メディアによると一部ではマイナスで取引されたもようだ。シェールガスの生産が好調な一方、消費地へ送るためのパイプラインなど輸送インフラが不足しているため…マイナスでも売却した方が得策」と判断したとのことである…シェールガスの生産が活発化する一方、消費地にガスを輸送するインフラが不足している」と報道されている(日経:2022.10.27)。これでは何年かかっても欧州へガスは届かない。

4 カタールはドイツへのガス供給を断る

こうした中。EUは、悲惨なエネルギー供給状況を改善することを期待して、世界のLNG供給業者との協力を強化することを余儀なくされている。特に、カタールは現在、世界をリードするLNG市場であり、全出荷量の26.5%を占めている。ドイツは3月、カタールとLNGを供給する長期契約を締結したと発表した。 ハーベック経済相は、ロシア産ガスへの依存を減らすため、この取引はドイツの経済に「扉を開く」と述べていた。しかし、すでに5月には、ドイツとカタールの交渉は困難に直面した。LNGプラントは着工から生産開始まで4~5年かかり、すぐ増やせる供給量は隈られる。さらに、EUは、世界で施行されている経済法に違反して、輸入するロシアガスに上限価格の導入を検討すると発表した。これまでのところ、EU加盟国は、WTO規則に反するこの措置に同意することはなかった。プライスキャップに怒ったカタール政府は、欧州がガス価格の上限を導入するなら、カタールを始めとする中近東、北アフリカ生産国は欧州へのガス輸出を停止せざるをえないと表明した。ガス不足で汲々とするEUがガス価格に上限を設けるとは厚顔無恥にもほどがある。

5 日本の対応は「サハリン1」・「サハリン2」の維持

「台湾有事」などと言葉は勇ましいが、仮に日本がロシア・中国と戦争になった場合、アメリカは直接戦わない。戦争の結果は悲惨なボロ負けは間違いない。これを避けるには、米からなんと干渉されようが、一切手出しをせず、平和主義を貫くしかない。伊藤忠の岡藤会長は、欧州や米国とは違い、日本はエネルギー燃料の大半を海外に依存していることから、制裁があるとしてもロシアとの経済関係を放棄することは不可能だと述べた。会長は、「実際問題として、仮にロシアから輸入しない場合、あるいは仮に輸入量を減らせば、我々は生き残れない」とコメントした(Sputnik:2022.11.1)。

「日本は、ロシア経済がロシアの燃料輸入を必要としているという理由だけで、東京がロシアのサハリン1石油・ガスプロジェクトへの出資に固執すると発表した際、G7諸国を価格上限付きでロシア・ガスの世界価格の支配に参加させようとするワシントン主導の推進に打撃を与えた」(RT:2022.11.4)と報道されている。日本はロシア外交官を追放するなどという無謀な外交も多々あるが、エネルギーに関してはドイツのような自滅戦略はとらないようである。

6 ショルツ独首相の中国訪問

ドイツのような(日本も同様だが)資源を持たぬ国が軽挙妄動すると滅びる。電力を失う者もまた滅びる。ウクライナ戦争は兵器の優劣で極まるものではない。資源と電力が勝敗を分ける(DULLES N. MANPYO:2022.11.2)。このままではドイツはガスのない寒い冬に自滅する。ドイツは、その産業と生活水準を、アメリカ外交の命令とアメリカの石油・ガス部門の自己利益に従属させようとしていた。そこで、11月4日、ショルツ独首相は中国を訪問し、習近平主席と会談した。ショルツ首相訪中は独3大産業のトップなど独財界が後押し、12人の企業トップが同行した。代表者の中には、フォルクスワーゲン(自動車)、ドイツ銀行、BASF(化学)、BMW(自動車)、シーメンス(機械)のトップがいた。

しかし、政権内では、米国の代理人:ハベック経済・気候相が「中国への甘い姿勢は終わった」と中国批判を展開し、べーアボック外相はも大きな隣人が国際法に違反して小さな隣人を襲うことは受け入れられない。これは中国にも該当する」と首相の訪中を妨害した(日経:2022.11.3)。ショルツ首相は米国の圧力に対抗して、ドイツの主権を守ることができるのか。トルコのエルドアン大統領は「1ヶ月前にプーチン氏に対して全く異なる立場を取ったドイツのショルツ首相は、ロシアに対する態度を変え、共通の言語を見つける必要性を強調した」と述べた(Sputnik:2022.11.3)。ドイツは中ロとの「共通の言語」を見つけられるか。

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【投稿】バイデン政権:危険な核戦略転換--経済危機論(97)

<<大統領選公約を破棄>>
2020年11月の米大統領選で、バイデン氏は、対ロシア・対中国・対イラン・対キューバ政策でトランプ政権の緊張激化路線からの転換を図るかに見せていたが、バイデン政権登場後の事態の経過が明らかにしていることは、ことごとくより一層緊張を激化させ、前政権よりもより一層危険な戦争瀬戸際政策に政権の命運をさえかけている、とさえ言える事態が現出している。その危険な政策転換に、さらに今回新たに核戦争戦略転換が加わる事態となった。

10/27、バイデン政権・国防総省の「新しい国家防衛戦略」(NDS : National Defense Strategy 2022)について、発表したロイド・J・オースティン国防長官 は、「バイデン大統領は、私たちは『決定的な10年』に生きており、地政学、テクノロジー、経済、環境の劇的な変化に刻印されていると述べている。米国が追求

する防衛戦略は、今後数十年にわたる国防省の進路を決定する。」と述べ、ロシアと中国の脅威が急増しているとして、「2030年代までに、アメリカは歴史上初めて、戦略的な競争相手、潜在的な敵対者として二大核保有国に直面するだろう」と、「敵対者」としてのロシアと中国を規定し、この「二大核保有国」に対し、米国は「核兵器使用の非常に高いハードルを維持する」としつつも、自国や海外の米軍、同盟国に対する非核の戦略的脅威に対する報復として核兵器を使用することを排除しない、自ら「核の先制使用」に踏み切る、という危険極まりない戦略転換を明らかにしたのである。

この戦略転換は、2020年の大統領選挙キャンペーンでバイデン氏が、「アメリカの核兵器は、核攻撃を抑止または報復するためにのみ使用すべきである」と宣言すると公約したことを完全に否定するものであり、明らかな公約違反、公約放棄と言えよう。
これは、「驚くべき戦略逆転で、ペンタゴンは非核の脅威に対する核兵器の使用をもはや排除しない」(In Stunning Strategy Reversal, Pentagon Will No Longer Rule Out Use Of Nuclear Weapons Against Non-Nuclear Threat)と報じられている。

今回の見直しは、核兵器の「先制不使用」政策と、核攻撃への反撃にのみ限定した「単独目的」政策は、「競合相手が戦略レベルの損害を与えうる非核能力を開発・実戦している範囲に照らし、受け入れがたいレベルのリスクをもたらすだろう」として、たとえ非核の脅威に対してであっても、核報復・核攻撃を実行するという戦略転換を明らかにしたものである。つまりは、相手側がたとえ非核兵器の使用であっても、相手側が軍事的に優位であれば、先制攻撃として核兵器を使用する、という方針転換なのである。
この戦略転換は、「脅威の環境はその後劇的に変化した」として合理化され、バイデン政権がトランプ前政権よりさらに危険な、挑発的な核戦争をさえあえて辞さない存在に移行していることを明らかにしている、と言えよう。
バイデン政権は、ウクライナ危機を自ら仕込んで、ロシアを挑発し、泥沼の戦争に引きずり込んだものの、その全面的な制裁政策がことごとくブーメランとなって裏目に出、自らの政治的経済的危機をより一層深める事態をもたらし、そこから出てきたのが、この危険な核戦争政策への転換なのである。

10/28、日本政府はこのバイデン政権が公表した新しい「国家防衛戦略」に早速飛びつき、松野官房長官はこれを「強く支持する」と記者会見で表明している。しかしこの「戦略転換」には、「同盟国、友好国とともに取り組む」こととして、「弾道ミサイル潜水艦の寄港」、「戦略爆撃機の飛来」を明記している。核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませない」という「非核三原則」を明確に否定する行為であることが厳しく問われなければならない問題でもある。

<<プーチン「核攻撃は究極的に無意味」>>
対照的なのは、バイデン政権がこうしたNDSを発表した同じ日、10/27、ロシアのプーチン大統領は、モスクワで開かれたバルダイ国際討論クラブの本会議で演説し、ウクライナ危機での核兵器使用という米欧側の主張を真っ向から否定し、ロシアのウクライナ危機に対する「特別軍事作戦」において、核攻撃は究極的に無意味であると強調し、「我々はその必要性を感じていない」、「政治的にも軍事的にも意味がない」と断言したことである。
さらに、プーチン氏は「ロシアが核兵器を使用する可能性について、積極的に発言したことはない」と強調、ロシアが「ロシアを守るために利用可能なあらゆる手段」を用いる用意があるという以前の警告は、欧米側が発した核兵器使用の可能性に対する反応に過ぎないものであり、これを意図的に「ロシアの核攻撃」態勢として曲解、誤解させ、否められて拡散したのは、欧米側なのであると発言している。
同日のタス通信は、プーチン氏の発言として「モスクワは核兵器の使用について最初に話したことはなく、西側指導者の発言に『ほのめかしで反応した』だけである。例えば、英国の元首相リズ・トラスが行った主張(「必要があれば核兵

器の発射ボタンを押す」2度も念押し)には、西側諸国は誰も反応しなかった。」と報じている。

問題は、たとえ「核攻撃は究極的に無意味」であると判断したとしても、売り言葉に買い言葉で「ほのめかしで反応」した場合、欧米側によってそれが徹底的に利用され、悪魔化されるという現実である。

日本で昨年末に刊行された『戦争の文化: パールハーバー・ヒロシマ・9.11.イラク』の中で、著者のジョン・W.ダワー 氏は、自分に都合の良い思考、内部の異論を排除し外部の批判を受け付けない態度、過度のナショナリズム、敵の動機や能力を過小評価する上層部の傲慢といった「戦争の文化」、「安全」とか「防衛」の名において戦争を挑発する態度、イラク侵略に際してアメリカが準備と予想に失敗したこと、戦略的愚行が存在したこと、敵の心理や能力を考慮に入れなかったこと、一貫性と現実性のある戦争の終わらせ方を構想したり、紛争が長期化した場合どうするか計画しなかったこと、を厳しく指摘している。

緊張緩和と平和的・外交的解決への一貫した姿勢・政策こそが提起されなければならないのである。
(生駒 敬)

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【翻訳】「食糧や休息なしで 7,000 miles : この鳥はいかにして、それを成し遂げるか?」

The New York Times International Edition  September 28, 2022
“7,000 miles without food or rest: How does this bird do it ? ”
By Jim Robbins

「食糧や休息なしで 7,000 miles : この鳥はいかにして、それを成し遂げるか?」

 今月、何万羽もの bar-tailed godwit* の群れが、うまく順風を利用して飛んでいく。毎年の「渡り」(“migration”)の為に Alaska 南部の干潟や沼地から南に向かい、太平洋の広大な空間を横切って New Zealand や豪州の海岸に向かって。この鳥は、7,000 miles (11,000 Km) 以上の距離の渡りを行っている。 日夜羽ばたいて (“flapping”)、食べたり、飲んだり、休んだりせずに。

* 訳者注: Bar-tailed Godwit : (大反嘴鴫 オオソリハシシギ)
       チドリ目 シギ科 全長 39 cm
       夏場はユーラシア大陸の極地帯やAlaska 西岸で繁殖し、
       冬場はAfrica 西岸部、東南アジア、豪州沿岸部で越冬する渡り鳥。
         
 「私は、学べば学ぶほど、その鳥に驚嘆させられる」と Theunis Piersma, a professor of global flyway ecology at the University of Groningen in the Netherlands and expert in the endurance physiology of migratory birds は述べている。さらに「この鳥は、完全なる進化の成果/結果である。」と。
 
 この鳥の勇壮なる飛行―いかなる陸の鳥よりも最長の non-stop migration―は、雨や強風や他の危険をやりすごして、8-10日間、日夜(”day and night”)続く。 それは、非常に極限的であり、研究者の長距離の鳥の「渡り」についての知見を、遥かに超えている。そして、このことは新しい調査、探求を必要として来ている。
 最近のさる研究論文において、ある研究者のグループは述べている。「困難で努力を要する旅程は、鳥の生理学や適応と行動の基礎となり仮説を喚起する。」と。そして一覧票にされた 11 の質問を提出した。 Dr. Piersma は、これら質問の答えの追求を「新しい鳥類学」(“the new ornithology”) と呼んだ。

 God wit や他の渡り鳥が成し遂げる驚くべき本性は、追跡の技術の改良によって、この15 年ほどで明らかにされてきている。この改良によって、研究者達には個々の鳥をその全旅程においてリアルタイムで、詳しい進路を追いかける能力を与えられた。
 「あなたは一羽の鳥が、ほぼ何処を飛んでいるか、どのような高さを飛んでいるか、何をしているか、その鳥の羽ばたきの頻度を、計量器によって知っている。」とDr. Piersma は述べている。「これは全く新しい世界を切り開いている」と。
(科学者たちが論文等で述べているように、航海に慣れ親しんでいる Polynesian の人々の文化は、これら鳥の渡りを古い昔から知っていて、航海における協力者として利用していた。) ある Godwit の「渡り」の知られている距離の記録は、13,000 Km or about 8,080 miles である。これは、昨年、タグコード 4BBRW を付けた一羽の十分に成長した雄のGodwitによって成し遂げられた。その鳥は New Zealand に向かっている途中に荒れ模様の天候に遭遇して向きを変えて、もっと遠い豪州に降り立った。その鳥は、停止することなく着地するまでの間、237 時間にわたり翼を羽ばたき続けて来た。(その鳥は、今年春、豪州からAlaska に渡り繁殖して、今月、Alaska を飛び立って南方の目的地に飛行中である。)

 他の鳥たちは、”dynamic soaring” と呼ばれる技を使って、羽ばたきせずに長期間空中に留まることが出来るが*、godwit は連続する羽ばたき(”flapping”)で力を出していて、このことはより多くのエネルギーを要する。
 
*訳者注: 例えばアホウドリ “Albatrus”(阿呆鳥、信天鳥とも)は、
      一度飛び立てば、うまく気流を捕えたりして “dynamic soaring”
      にて、長距離を飛行できる由。

 この地球を彷徨い飛ぶ godwit は、常夏(”endless summer”)を求めている。そして、90,000 羽あるいはそれ以上の群れが、Yukon-Kuskokwin Delta やその周辺の湿地から飛び立ってAlaskaを離れる。その地では、鳥たちは繁殖して卵を孵化させて雛を大きくなるまで育て上げる。Alaska and New Zealand は共に godwit が好む餌が豊富で、Alaska では、特に、新しく孵化した雛が好む昆虫が多い。そして New Zealand では、この鳥を狙う鷹がいない。 他方 Alaska は、不安の少ない安全な生息地である。
 スマートな姿の鳥たち—斑点のある褐色と白の “aero-dynamic” な翼、シナモン色の胸、長くほっそりとした嘴、支柱のような脚—は、遠路はるばる New Zealand に着いて、南国の夏を迎えれば、光り輝く沼地で、北帰行を始める3月まで、十分に食べて成長する。
 この鳥たちは、New Zealand の人々に大切に世話されている。 Christchurch の大聖堂は、歓迎の鐘を鳴らすことを常としていた。しかし、2011 年の地震で Bell Towerが倒壊したため、Nelson の町にある聖堂が、代わってこの仕事を引き継いできていて、今月もこの鐘を鳴らすであろう。
 「私は、人々に9日間ぶっ続けに、体を動かすことを試みては、と話している。 止まらず、食べず、飲まず。そこで何が起こり進行しているかを伝えるために。」Mr. Robert E. Gill Jr., a biologist with the U.S. Geological Survey in Anchorage who has studied the birds in Alaska since 1976 は、述べている。 続けて「そのことは想像を広げる」と。

 飛行距離は変わることもあるが、ほとんどの godwit は、物語っている。一年のうちに、およそ 30,000Km 又は18,000 mile 以上を飛行する。その鳥たちは、3月になれば、北に帰る直行ルートを取らずに、New Zealand から non-stop で中国の黄海の豊かな干潟まで飛ぶ。そこで食べ物を補給して、Alaska に向かう。その鳥たちは、信じられないような危険な試みに熟知している。この旅程における生存率は 90 % 以上である。

 「これは、本当に、マラソンの様なものではない。」Mr. Christopher Guglielmo, an animal physiologist at Western University in London, Ontario, who studies avian endurance physiology は述べている。「それは、月への旅により近い。」と。
 これら過激な耐久レースの選手の旅路は、適応した一揃いの服装によって可能である。Godwit は鳥類の形態移行者で、生まれながらの常ならざる適応性を有している。彼らの内臓は、旅立つ前には、「戦略的再構築」を経験する。砂袋のような胃、腎臓、肝臓や腸は、長旅の為の荷物を軽くする為に縮小する。胸の筋肉はこの旅が必要とする、絶えず羽ばたくこと (“constant flapping”) を支えるために成長する。彼らは、空力適応翼とミサイルのような流線形の体でもって、スピードに対応できるよう造られている。長旅に出る前に、唯一彼らが運ぶ荷物は脂肪である。昆虫やミミズのような虫、軟体動物をガツガツ食べた後、体重は二倍になっている。1ポンドから2ポンドへ、または、 450g から 900g へ、というのも、godwit は直接脂肪を飛行の燃料に使う。 Dr. Guglielmo は、この鳥たちを「肥満のスーパーアスリート」と呼んでいた。

 専門家たちは godwit はお互いにしばしば伝え合っている、と確信している。とりわけ彼らの渡りとタイミングについて。彼らは集まって、重要事項について決定を下す助けになる一種のグループの意向を作り出す。そして特に渡りについて、投票を行う。
 「空模様は、ハリケーンのような天候で、一羽のgodwitの雌鳥が、河口で脚を踏み鳴らして呼び、誰か彼女と共に飛び立つように試みている。」Jesse Conklin, an independent researcher at the University of Groningen who studies the species は述べている。「私は注意して見た。一羽の雌鳥が五日間続けざまに、この行為を行っていることを。彼女の時計は、 Goと言っていた。そしてグループの他の鳥たちは No と言った。その雌鳥は反対票を投じたのだ。」 その鳥は止まっていた。 「しかし、天候が回復するや否や、彼女は最初の群れに合流していた。」
                           [完] (訳:芋森)

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【投稿】コントロールを失った政府・日銀--経済危機論(96)

<<1ドル=150円が突きつける現実>>
10/21の深夜、「今日の介入はなさそうだ」という頃合いを見計らったのであろう、9月22日の24年ぶりのドル売り・円買い介入に引き続き、再び介入に追い込まれる事態となった。前回と同様、単独介入である。今回は、政府が介入の事実をあえて公表しない「覆面介入」であるが、記者会見した鈴木財務大臣は

32年ぶりの円安:1ドル=150円を突破

「投機的な動きを背景にした急速で一方的な動きを政府としては憂慮した。投機による過度な変動は決して見過すことはできない」と介入の現実を述べざるをえなかったのである。
今回は、32年ぶりの1ドル=150円台への突入という「見過すことはできない」事態の進展にあわてた、その場しのぎ、急場しのぎの介入だと言えよう。円は、2011年の1ドル=75円の最高値から、1ドル=150円、実に半値となってしまったのである。
介入の結果、円相場は一時1ドル=144円台まで7円以上急騰したが、政府・日銀が根本的政策転換に一切手を付けられず、無為無策のままで、背景にある日米の金利差や日本経済の低迷・成長力の乏しさが今や歴然としてい

9月介入~10月介入

る以上、次は1ドル=160円台の攻防となることは必至と言えよう。
円に対する「過度な変動」が押し寄せる現実は、市場・投機筋に翻弄され、後手後手にさらに悪い条件下で介入せざるを得ない、もはや政府・日銀は市場

をコントロールしえない、という厳しい現実の反映である。介入の効果は、一時的・短期的であり、失敗する運命にあることが明白なのである。

<<利上げもできない>>
円安を食い止める短絡・短期的な対応策は、利上げ=不況政策を推し進める米国との日米金利差の解消、つまりは利上げしかない。EUやイギリスが行っている対応である。
しかしそれは、現在、政府・日銀が行っている異次元緩和政策をやめるということであり、ただちに国債利回りが上昇、債務返済負担が一挙に膨らむことを意味する。現在の政府負債は、EUやイギリスの倍以上、GDPの2.6倍、約1000兆円にも達しており、現行のままでも債務返済のための借り換え国債は33.6%、99.5兆円にも達し、しかも増発された国債の過半を日銀が買い入れ、すでに日銀資産(686兆円)の79%が価格変動リスクのある国債(546兆円)が占めているのである。金利上昇は、ただちにこうした国債価格の下落、利払い金の上昇(1%で10兆円増)、大量の保有国債の評価損の発生、これらはさらなる円安を直ちに発生させる。したがって、短絡的・短期的な対応策でさえも取るに取れないのである。
英・トラス政権は、英・ポンドの急落と利回りの急上昇で、史上最短命の政権としてあえなく崩壊してしまった。日・岸田政権にも同じ事態が起こりかねないのである。

問題は、円安をもたらしているこうした基礎的諸条件・ファンダメンタルズを変えなければならないところにこそある。しかしこれには、市場をも動かす明確な戦略的政策転換が必要なのである。
政府・日銀の異次元緩和政策のもとで、従来の新自由主義路線が一層破綻し、生産的投資よりも投機的マネーゲームへの傾斜、484兆円にも上る大企業の内部留保、333兆円にも上る富裕層の純金融資産の増大、こうした傾向と対照的なワーキングプアー・非正規労働・ギグワーカーの全面的拡大、実質賃金の一貫した低下、こうした総じて『日本病』といわれる低成長と賃金低迷の永年のツケが円安をもたらしているのである。
戦略的政策転換の中心はこうした事態を、抜本的に転換する、『日本病』を克服するニューディール=反経済恐慌政策こそが提起されなければならないであろう。
(生駒 敬)

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【投稿】ぺトロ・ダラー体制の終焉とインフレによるドルの暴落・金融危機

【投稿】ぺトロ・ダラー体制の終焉とインフレによるドルの暴落・金融危機

                         福井 杉本達也

1 石油の裏付けを完全に失ったドル

10月5日、OPECプラス(サウジなど中東産油国+ロシア)は日量200万バレルの原油減産に合意した。「OPECプラスは今日の発表でロシアと足並みをそろえているのは明らかだ」とホワイトハウスの報道官は述べた。これは米国が産油国カルテルに対する影響力を完全に失ったことを意味する。先に、バイデン米大統領は中間選挙を11月に控え、サウジに減産をしないよう懇願していたが、サウジはバイデン氏の声を無視した。日経は「米国とサウジの1940年代から続く戦略的な関係が揺らぎかねない情勢だ」と書く。米国・サウジ関係は1945年に遡る。ルーズベルト大統領がヤルタ会談後にアブドルアジズ初代国王と会談。米国がサウジの安全保障を引き受ける代わりに、同国が石油を安定供給することを確認した」ことに始まる(日経:2022.10.13)。バイデン氏は武器輸出を始めサウジとの関係見直を検討すると表明した。

2 ペトロ・ダラーの終焉で糸の切れた凧となった紙切れのドル

1944年のブレトンウッズ会議で①参加各国の通貨はアメリカドルと固定相場でリンクすること、②アメリカはドルの価値を担保するためドルの金兌換を求められた場合、1オンス(28.35g)35ドルで引き換えることが合意された。しかし、1971年、米国はベトナム侵略戦争などに苦しみ、ニクソン大統領はドルの金への兌換をやめた。金とのリンクが外れた政府は理論上いくらでも貨幣を印刷することが可能である。しかし、金という錨がなくなれば、インフレーションによってその価値はどんどん下落し続ける。そこで米国は、ドルと石油とのリンク・いわゆる「ペトロ・ダラー・システム」を導入した。1974年、キッシンジャー国務長官はサウジを訪問し、①サウジの石油販売を全てドル建てにすること、②石油輸出による貿易黒字で米国債を購入すること、その代わり、③米国はサウジを防衛するという協定を結んだ。米国はドル借用金を、自由意志で、無制限に、世界経済に作り出し、使うことができるということだ。他の国々がしなければならないように、貿易黒字を計上して国際的な支出力を獲得する必要はないということであったが、今回、完全にこの「ペトロ・ダラー・システム」は崩壊した。石油という糸を切られたドル紙幣はいくらでも印刷できるが、たただの紙切れとなって、インフレという風に吹かれ、どこまでも空高く飛んでいく。

3 サウジはBRICsに加盟するのか

サウジのサルマーン皇太子がBRICSに加わる意向を表明した。2月末からのロシアによるウクライナ侵攻は、「世界をロシアとそれに反対する西側に明確に分けたが、他の国々は様子見のアプローチをとっている。欧米は、モスクワを罰し、不服従がいかに罰せられるかを示すために、あらゆる圧力を自由に使った。結果はまったく予想外でした。他のすべての国々、特にBRICSの大国や、自国の世界での役割を主張する国々は、欧米のキャンペーンに参加することから距離を置いただけでなく、そのようなスタンスが米国とその同盟国からの影響のリスクを伴っているという事実にもかかわらず、それをあからさまに拒否した」。「西側の制度を迂回し、それらとの相互作用のリスクを減らすことができることは、はるかに価値があります。例えば、米国やEUが支配する手段に頼らずに、金融、経済、貿易関係を並行して実施する方法を構築する」。「覇権国に率いられた中央集権的な国際システムは、いずれにせよ終焉を迎える」(フョードル・ルキヤノフ RT:2022.10.21)という。

「サウジアラビアをはじめとする中東諸国、インド、トルコ、インドネシア、中国といった多くの大国が、米国通貨の支配から『脱却』し、『広範囲に及ぶ米政府の経済力から離れようとしている』」と『ワシントン・ポスト』のコラムニスト、ファリド・ザカリア氏は言う(Sputnik 2022.10.15)。マイケル・ハドソンはより具体的に、「米ドルを迂回する並行世界通貨を設定する」試みが今始まっていると述べている。「共通通貨の構想は、既存の加盟国間の通貨スワップの取り決めから始めなければならない。ほとんどの貿易は自国通貨で行われるでしょう。しかし、避けられない不均衡(国際収支の黒字と赤字)を解消するために、新しい中央銀行によって人工通貨が作られるでしょう」とし、ジョン・メイナード・ケインズが提案した『バンコール』にかなり近いものになる」。この新しい代替的な中央銀行の目的は、「経済によって国際収支の均衡や通貨の支えができない国のバンカー債務とともに、その債権を消滅させ始めるという原則を提唱した」。これまでのIMF のように、「債務者に緊縮政策や反労働政策を課さない」ものであり、「食料と基本的必需品の自給を促進し、金融化ではなく、有形農業と産業資本形成を促進する」ものとなると述べている(マイケル・ハドソン:「 欧米の締め付けから逃れるためのロードマップ」:2022.10.7 訳:『釜石の日々』)。

4 「レタス」より賞味期限の短い英トラス政権の崩壊

トラス英首相は就任するとすぐに、エネルギーコスト補助金をカバーするために赤字を増やしながら、高所得者のための税金を下げる「ミニ予算」を発表した。発表と同時に英ポンドは1985年に付けた水準を下回り、変動相場制に移行した後の最安値を記録し、英国債の金利は急激に上昇(債券価格の下落)した。イングランド銀行がインフレ抑制策で保有国債の売却を計画しているなかでの、国債の大量発行を伴うトラス氏の政策は、金融抑制と緩和というブレーキとアクセルを同時に踏む行為であり、英ポンドや英国債の急激な売りを呼び、年金基金の危機など市場の混乱の引き金となった。年金基金は負債で買った国債をまた担保に入れて借り、新たな国債を買うことを繰り返すレバレッジ投資を行っていた。金利が上がることを想定していなかった。財政悪化が意識され、市場に売りの連鎖が広がり、年金基金などの損失が膨らんだ。公的年金基金の危機は、政府の財政危機と同義である。14日にはクワーテング財務相を解任し法人減税を撤回、17日には、交代したハント財務相は、年450億ポンド(約7・5兆円)の「大規模減税策のほぼ全てを撤回する」と表明せざるをえなくなった。20日、トラス首相は就任からわずか6週間あまりで辞任を表明した。経済・財政の状況を甘く見積もり、金融市場を軽視して失政を重ねたうえでの退場劇となった。ブレグジットの惨事の被害はさらに深刻化している。ロシアに対して行われた経済戦争によって引き起こされたエネルギー逼迫は、英国を引き裂いている。ロシアのエネルギーが、英国の寒い冬の命運を握っている。

5 米国債券市場の動揺と金融危機

10月22日の日経は「債券市場で米財務省が国債を買い戻すとの観測が浮上していける。」と報じた。「米国債市場は荒れている。長期金利の指標となる10年債利回りは4・2%台と14年ぶり高水準にある」。イエレン財務長官も「米国債市場で十分な流動性が失われることを懸念している」と言及した(日経:2022.10.22)。

英国には対外純資産はなく純負債が8800 億ドル(12.3 兆円)もある。日本は輸入物価が上がっても、対外純資産が411 兆円もあり、まだ円安に耐えている。金融危機は、まず、ポンド安の英国と、国債の残高がGDP 比160%のイタリアで起こっている。次は米国である。FRBはリーマン危機のあとの13 年で、8 兆ドル(1120 兆円)を増発した。ドルは8 兆ドル分の水割りによって薄くなってしまった。米国では「30年固定の住宅ローンン金利は6.66%と利上げ前の2倍近くに上昇し、2008年以来の高水準になった」。「金利上昇に伴って住宅販売が急減じ、不動産や住宅ローン、不動産鑑定会社が大幅な人員削減を迫られている」(日経=FT:2022.10.19)。住宅価格が下がると、米国金融危機の恐れが高まる。

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【投稿】ドル独歩高と金融危機の進行--経済危機論(95)

<<「CPI核爆弾・CPI Nuclear Bomb」>>
10/13、米連邦政府の労働統計局(BLS)が発表した9月の消費者物価指数(CPI)は、バイデン政権にとって痛撃であった。インフレ率は前年比8.2%上昇で、これは、米連邦準備制度理事会(FRB)が設定したインフレ目標値2%を19ヶ月連続で上回り、なおかつ目標値の4倍にもなる8%を7ヶ月連続で上回ったのである。しかもこれが、11月8日に迫る米中間選挙前の最後の、直近の物価上昇率となる。この事態を、ウォール街の反応として「”恐ろしい”… “残酷”… “民主党の災難”」、「今日のCPI核爆弾の衝撃」と報じている(”Horrible”… “Brutal”…”A Disaster For Democrats”: A Shocked Wall Street Reacts To Today’s CPI Nuclear Bomb)。

CPIの詳細を見ると、変動の大きい食料品とエネル

緑=前月比、青=前年比

ギーを除くコア指数は前年同月比6.6%上昇と、予想を上回る40年ぶりの伸びを記録。このコアCPIは28ヶ月連続の上昇である。エネルギーは低下したが、食料と住居は顕著に上昇

実質賃金は18ヶ月連続で低下

。食品インフレは依然として極めて高い水準。医療費も跳ね上がり、全国の家賃の中央値が 7.8%上昇し、パンデミック前の家賃よりも25%も高い状態で、物価上昇圧力が広範囲に及んでいることがあらためて示されたのである。
上昇率の高いものから見ていくと、横の図の通りである。42.9% 航空運賃 33.1% 都市ガス 30.5% 卵 18.2% ガソリン 17.2% 鶏肉 15.7% コーヒー 15.2% 牛乳 14.7% パン 10.1% 家具 9.2% 野菜 8.2% 全商品 8.2% フルーツ 8.1% ハム 7.6% 女性用アパレル 7.2% 中古車 6.7% 家賃 3.7% メンズアパレル (Bureau of Labor Statistics 労働統計局)
さらに、実質賃金においても、壊滅的な打撃となっている。BLSによると、9月の平均時給は32.40ドルで、これは前年比4.92%の増加である、しかし同期間の物価上昇率が8.2%であったことから、9月の賃金上昇率と物価上昇率の差は-3.3%、つまりは、9月は18カ月連続で実質賃金が減少しているのである。

このCPI指数の発表を受けて、バイデン大統領は声明で「価格は依然として高すぎる。今日の報告は、物価上昇との戦いにいくらかの進展があったことを示しているが、やるべきことはもっとある。世界中の国々とここで働く家族に影響を与えている世界的なインフレと戦うことが私の最優先事項である」と述べたのであるが、この「最優先事項」という言葉は、昨年末以来、毎回繰り返されてきたが、今や空文句と化してしまっている。
しかし、バイデン政権ならびにFRBは、過去2年間、物価上昇は「一過性」以上のものにはならないと繰り返し断言してきたのであった。その断言に基づく量的緩和、超低金利政策の下で、2020年2月から2022年4月の間だけでも実に5兆ドル近くもバブルマネー、イージー・マネーを市場に大量にばら撒き、バブル経済・投機経済を蔓延させた、そのツケがインフレの高進となって跳ね返ってきたのである。
昨年末来、インフレの高進に慌てた政権幹部とFRB当局は、すでに75ベーシスポイントの3回連続の利上げを含む、5回の連続利上げを承認し、FRBは 11月初旬の次回会合で4回連続で75 ベーシスポイントの利上げを実施せんとしている。パウエル議長は、中央銀行の物価引き下げ計画は、金利を上げ続けて失業を促進し、賃金を押し下げることによって、消費者の需要を抑えることであるとまで示唆している。
しかし、利上げとそれに伴うドル独歩高、量的引き締めが景気後退をより一層深刻なものにさせ、金融危機が広く深く進行し始める、しかもそれが全世界的に拡大し始める、新たな経済危機をもたらし、政策は空回りし、コントロールを失う段階を招来しつつあると言えよう。スイス金融資本のクレディ・グループの破綻寸前の事態、イギリスのポンド急落危機とトラス政権崩壊寸前の危機はそれらを端的に示している。

<<「市民の命をもてあそんでいる」>>
問題は、こうしたバイデン政権ならびにFRBの経済政策に、パウエル議長を起用した共和党はもちろん、進歩派とみなされている民主党議員まで含めて、ほとんど一切批判がなされていない、事実上追随していることである。顕著な例外の一人として、民主党のエリザベス・ウォーレン上院議員がFRBの利上げ政策を「無謀で危険」と非難し、「パウエル議長は、FRBの急速な利上げは働く家族に『苦痛』をもたらすと述べ、食料やガスの価格を引き下げないことさえ認め」、その一方で、インフレの主要な要因を押し下げるために何もしていないことを自ら認めていること、こんなことが許されていることを、厳

民主党、パウエルの不況リスクOK

しく批判している。
ポリティコが今週初めに 報じたように、「議会の民主党員の間では、大衆の批判はほとんどなかった – 金利の急上昇が経済を不況に陥らせた場合、政治的代償を払う可能性が最も高いのは彼らであるにもかかわらず」、「複数の公聴会を含め、喜んで彼に忠告した人はほとんどいませんでした。」という実態である。

同様のことが、バイデン政権の対ロシア・対中国緊張激化政策についても指摘できる事態である。とりわけ、今や代理戦争と化したバイデン政権のウクライナへの膨大な軍事援助に、民主党の進歩派と称してきたグループがこぞって賛成票を投じていることである。
その先頭に立っている民主党のアレクサンドリア・オカシオ・コルテス下院議員は、10/13、ニューヨーク・ブロンクスで主催したタウンホールイベ

ントで、ウクライナをめぐる核保有国間のエスカレーションについて議論となり、何人もの抗議者が「もう限界だ」と言って、コルテス議員に「あなたはウクライナに武器や兵器を送ることに賛成したじゃないか」、「あなたは、アウトサイダー的な見解が、今では全く違うものになっている」、「ウクライナの代理戦争を煽って、ロシアとの核対決を招き、アメリカ市民の命をもてあそんでいる」と非難されたのである。群衆が彼女を詐欺師と呼び、壇上に無力なまま立っている屈辱的な場面の動画が公開される事態である。

アメリカのピースアクションやルーツアクションなどの反戦団体は、20州40都市以上で上院議員や下院議員の事務所にピケ隊を組織し、議員に対し、ウクライナでの停戦、米国が近年脱退した反核条約の復活、核惨事を防ぐためのその他の立法措置の推進を呼びかけている。
ルーツ・アクションの共同設立者であるノーマン・ソロモン氏は、「全米の多くの議会事務所でのピケットラインは、ますます多くの有権者が、選出された議員たちの臆病さにうんざりしていることを伝えている。彼らは、現在の核戦争の重大な危険の程度を認めず、ましてや、その危険を軽減するために発言し行動を起こすことを拒否しているのである。」
10/14に行われた「Defuse Nuclear War」のピケットラインでは、キャンペーン参加者が議員に対して、以下のような形でこれらの懸念を払拭するよう呼びかけている。
・核兵器について「先制不使用」政策を採用し、米国大統領が核攻撃を検討できる時期を限定し、核兵器が戦争ではなく抑止のためのものであることを示すこと。
・米国が2002年に脱退した対弾道ミサイル(ABM)条約と、2019年に脱退した中距離核戦力(INF)条約への再加入を推し進めること。
・大統領に “核兵器禁止条約の目標と条項を受け入れ、核軍縮を米国の国家安全保障政策の中心とすること “を求めるH.R.1185を可決すること;。
・国の裁量予算の半分を占める軍事費を、アメリカ人が「十分な医療、教育、住宅、その他の基本的ニーズ」を確保し、米国が遠大な気候変動対策に取り組むことに振り向けること、および
・核兵器の迅速な発射を可能にし、「誤警報に反応して発射される可能性を高める」「ヘアトリガー警報」を解除するようバイデン政権を後押しすること。

10/14金曜日のピケに加え、活動家は10/15日曜日に「行動の日」を組織し、支持者がデモを行い、チラシを配り、核の脅威の緩和を求める横断幕を掲げる「10月行動」を呼びかけている。

経済の危機と、平和の危機に対して、「進歩派」の立ち位置が問われているのである。
(生駒 敬)

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【投稿】核戦争リスクの危険な応酬--経済危機論(94)

<<バイデン「核のハルマゲドンリスク」62年危機以来最も高い>>
10/6、バイデン米大統領は、民主党上院選挙委員会の資金調達パーティーで、核の「ハルマゲドン」のリスクは1962年のキューバ・ミサイル危機以来最も高くなったと語った。「ハルマゲドン」とは、人類絶滅への「類例のない最終戦争」を指す。バイデン氏は、ロシアのプーチン大統領が「戦術核兵器の使用について話すとき、冗談を言っているのではない」(Putin is “not joking”)と述べ、「戦術核兵器を容易に使用でき、ハルマゲドンに至らないというようなことはないと思う」と述べた

のである。この発言は、公的な記者会見の場ではなく、民主党上院議員候補のための私的な資金調達の場でなされたもので、このところしばしば不用意に脱線し、失言、失念するバ

イデン氏ではあるが、事の重大性は当然認識しているはずであり、たちまち大きく取り上げられている。
慌てたホワイトハウスのカリーヌ・ジャンピエール報道官は、「われわれ自身の戦略的核態勢を調整する理由は見当たらないし、ロシアが間もなく核兵器を使用する準備をしているという兆候もない」と述べている。
ところが、こうした動きといかにも連動するかのような動きが報道されている。「米国は “核の非常事態 “で使用するために2億9000万ドル相当の抗放射線薬を購入」との報道である。
10/4、米国保健社会福祉省によると、同省は、「放射線および原子力緊急事態後の人命救助に向けた長期的かつ継続的な取り組みの一環として、アムジェンUSA社から医薬品「Nplate」の供給を受けることになりました。Nplateは、成人および小児患者の急性放射線症候群(ARS)に伴う血球損傷の治療薬として承認されています。」という。
「同省が購入しようとしている Nplate は、皮下注射用粉末で、 125 mcg(1 回の注射)は約 1,195 ドル、彼らは250,000回分未満しか購入していません。議会のすべてのメンバー、その家族、および 100 万ドル以上を寄付したすべての人に行き渡るものです。」とツイッターで批判されている。
こうした批判に対して同省のスポークスマンは、テレグラフ紙に「これは、我々の継続的な準備と放射線安全保障のための作業の一部であって、ウクライナ情勢によって加速されたものではありません」と述べている。

10/7、ロシアのタス通信は、ホワイトハウスのトップは、ロシアのプーチン大統領が 「核兵器使用の可能性について冗談を言っているのではない 」と考えていると前書きした上で、以下のように報道している。
「プーチン大統領は9/21のテレビ演説で、ワシントンがキエフをロシア領への軍事行動へと向かわせ、核の恐喝が行われていると述べています。大統領は、この問題は、核の大惨事を招く危険性のあるザポロージエ原子力発電所への砲撃だけでなく、NATOの主要国の特定の高官代表による、ロシアに対する大量破壊兵器、すなわち核兵器の使用の可能性と容認性に関する発言についても言及しているのです。『私は、ロシアに対してこのような発言をする人々に、わが国にもさまざまな破壊兵器があり、その一部はNATO加盟国よりもさらに新しいものであることを思い出してもらいたいのです。そして、我が国の領土保全が脅かされた場合、我々は当然、ロシアと国民を守るために、自由に使えるすべての手段を用いるだろう』と警告し、『これはハッタリではありません。ロシア国民は、祖国の領土保全、そして独立と自由が確保されることに確信を持つことができる。そして、もう一度強調したいのは、われわれは自由に使えるすべての手段を持っているということです』と強調しているのです。」

<<ゼレンスキー「ロシアへの先制核攻撃をNATOに要請」>>
同じ10/7、ウクライナのゼレンスキー大統領がロシア領への先制核攻撃をNATOに要請したと報じられている。
ゼレンスキー氏は、10/6、オーストラリアの独立系シンクタンク・ローウィー研究所でビデオ演説を行った中で、「NATOは何をすべきか。ロシアによる核兵器使用の可能性を排除するのだ。予防攻撃を行って、彼らが行使するとどうなるか、先にわからせるのだ。その逆はだめだ。ロシアによる核攻撃を受けて、よくもやったな、いいか、今に見ていろよ!という態度ではいけない。自らの圧力行使を見直すのだ。これこそまさにNATOのやることだ。(核兵器の)使用方法を見直すのだ」と、呼びかけたという。(sputnik 2022年10月7日, 11:39)
ゼレンスキー氏の危険な本性がむき出しにされた、と言えよう。
ゼレンスキー氏の発言を受け、国連のステファン・デュジャリック事務総長報道官はブリーフィングの中で、核兵器の使用に関する議論は一切受け入れられないと反発している。

米国務省は先週、米国自身が関与したと疑われているノルドストリームパイプラインの破壊行為の後、すべてのアメリカ人に「できるだけ早く」ロシアから離れるように勧告している。退避勧告の本当の理由は、パイプライン爆破を通じて、本格的な戦争が勃発するリスクが高まることを予見したものと言えよう。
このノルドストリームパイプライン破壊後、ドイツの経済大臣は、米国と他の同盟国、「友好的」なはずのガス供給国が、実は天文学的な価格で供給していると非難し、「戦争で利益を得ている」、世界のエネルギー価格を高騰させているウクライナ戦争の影響から利益を得ていると非難せざるを得ない状況に陥っているのである。(cnbc.com/2022/10/05/)

バイデン氏は、2月のウクライナ危機勃発の際には、アメリカ人は核戦争を心配すべきではないと述べていたのであるが、その後、現在に至るまでその言葉とは裏腹に、ロシアと中国を「最大の敵」として危機を煽り、ウクライナ危機から最大限の政治的経済的利益をかっさらい、核戦争の可能性をこれまで以上に高めるために、際限のない挑発を続けてきたのである。緊張緩和と外交努力こそが要請されているときに、バイデン政権は逆のことを行い、米国自身の政治的経済的危機をより一層深めているのだと言えよう。
(生駒 敬)

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【投稿】岸田政権:「原子力政策の大転換」?ではなく、倒産企業「東電救済」のための姑息な柏崎刈羽原発再稼働

【投稿】岸田政権:「原子力政策の大転換」?ではなく、倒産企業「東電救済」のための姑息な柏崎刈羽原発再稼働

                       福井 杉本達也

1 原子力政策の「大転換」?

9月22日、国の審議会である『総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 原子力小委員会』が開催され、経済産業省は原発活用の議論を始めた。内容は①再稼働の推進、②運転期間の延長、③次世代型原発の開発・建設という3ステップがあるとする。①の「焦点となるのはテロ対策の不備が相次ぎ判明し事実上、運転が禁じられた東京電力柏崎刈羽原発(新潟県)の2基」、②は「原子炉等規制法で定められた運転期間は原則40年間で、60年までの延長が認められている」「運転期間の延長」(日経:2022.9.23)であり、「経産省は22日の審議会で『一つの目安であり、明確な科学的な根拠はない』」(日経:同上)との、現行の法律を全く無視した、とんでもない認識を示した。「省内では安全審査で停止している時間を運転期間から除外するなどして実質的に延ばす案」があるとしているが(日経:同上)、安全審査の履き違えも甚だしい。③は「多額の設備投資」や「住民の理解」などハードルが高いとしつつも、委員の1人は「事業環境を整備するのが政策側の仕事だ」と述べたとしている(日経:同上)。

2021年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画では、再生可能エネルギーを主力電源として、2030年度までに21%とする一方、原発を20から22%程度とし、合わせて非化石電源比率44%を目指すとされた。ここでは「原発再稼働は進めるが、原子力依存度はできる限り低減していく」という基本方針が踏襲されている。ところが、今回、岸田政権は、これまでのエネルギー基本計画を全く無視して、運転期間のさらなる延長と原発の新増設にまで踏み込んだ。岸田首相は10月3日の所信表明演説で「十数基の原子力発電所の再稼働」と「次世代革新炉の開発・建設」をうたった。これに、電力業界の御用雑誌『ENERGY for the FUTURE』2022年no.4は大喜びで「原子力政策の大転換と今後の課題」という電事連会長らの対談のヨイショ記事を掲載した。

2 原子力規制委を無視して柏崎刈羽原発の再稼働

元経産官僚の古賀茂明氏によると「今冬、来冬の電力需給が厳しくなるので、東京電力柏崎刈羽原発を再稼働させる仕組みを作るということ。原子力規制委員会が認めない限り原発の稼働は法律上不可能だが、現時点では、東電の危機管理体制などに大きな問題があるため、柏崎刈羽原発には、安全審査通過後も規制委が事実上の運転停止命令をかけている。そこで、停電のおそれがある場合などには、規制委の承認なしで国の責任で緊急に動かすことにしようというのだ。その際、東電に対して、国が柏崎刈羽の再稼働を保障することで、東電が狙う家庭向け電力料金値上げを止めることも併せて検討されている。規制委の権限を無視して原発を動かすためには、新たに法律が必要になるが、それも『一気に国会に議論してもらう』」という(日刊ゲンダイ:2022.9.23)。

柏崎刈羽原発は2021年にテロ対策の不備が多数見つかり、規制委から2021年4月に核燃料の移動を禁止する是正措置命令が出され、同原発は事実上運転が禁じられている。9月14日、規制委はテロ対策の改善に向け今後の検査で確認する33項目を提示したが、これでは「当面、柏崎刈羽原発の再稼働は見込めない」(日経:2022.9.15)。

古賀氏の予想する再稼働のシナリオは「東電と経済産業省は、今冬以降の『電力不足』をことさらに宣伝する。その上で、柏崎刈羽原発を緊急時に備えて試運転することを認めてもよいのではないかと国民に訴え、規制委が認めていない段階での『緊急運転命令』を政府が出せる法律を国会で通す。そして、冬や夏のピーク時直前に、『停電になる!』と称して、柏崎刈羽原発を再稼働させ、これにより『停電回避できた!』と宣伝する。国民は安堵し、反原発の勢いは一気に衰える。規制委も運転を認め、地元も同意する……。」(日刊ゲンダイ:同上)というものである。

3 倒産企業東電を救済するための柏崎刈羽原発再稼働

資源高や円安が進み、電力や燃料の調達コストが供給価格を上回る状態が続いている。高騰する燃料価格などを転嬢しきれず、東電の電力小売り子会社は22年6月末時点で約66億円の債務超過に陥った。電気を売れば売るほど赤字が積み上がる状況で、東電は法人向けの標準料金メニューの新規契約を停止した。電力会社が新規契約を停止したことで、電力小売会社と契約できない全国の「電力難民」企業は9月1日時点で前月比16%増の4万件超となっている。東電の2023年4月からの法人向け新料金プランでは、電源構成の前提に、再稼働を目指す柏崎刈羽原子力発電所7号機も織り込んで燃糾費の転嫁分を抑え、顧客の負担軽減につなげるという(日経:2022.9.17)。現状は全く発電できず維持管理費のみがかかる完全な不良資産で、経営の重大な重しとなっている柏崎刈羽6・7号機の合計出力は270万キロワット。もし再稼働させることができれば、東電エリアの供給力の5%程度をまかなえる計算となる。

岸田政権は「原子力政策の大転換」という大上段の話ではなく、倒産企業の東電を救済するための姑息な「原発再稼働」に打って出た。

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【投稿】ノルドストリーム破壊と欧州の分割支配--経済危機論(93)

<<「ありがとう、アメリカ」>>
9/26、月曜日、ロシアの天然ガスをバルト海を通じてドイツ・欧州に供給するノルドストリーム1および ノルドストリーム2、この二本の海底パイプラインが何者か、あるいはいずれかの軍事組織、軍事作戦によって、同じ日に同時に発生、デンマークの海域で爆破された。爆発は巨大で、「前例のない」損傷が発生、数百億ドル規模の基幹的なインフラストラクチャーが「意図的な行動」(デンマーク・フレデリクセン首相)によって破壊されたのである。その規模からして、軍事作戦であったことが明らかである。

この破壊工作が行われた当時、どちらのパイプラインもヨーロッパにガスを供給してはいなかったが、送出圧力を保持した状態であったがために、爆発によるガス漏れは、爆風から、直径 1 km にわたるガスが海上に噴出し、過去最大規模のメタンガスの放出と、それによる大規模で深刻な環境汚染の進行が憂慮されている(9/29 ワシントンポスト)。

ガス漏れは、デンマーク当局によると、ノルドストリー

ム2が10/1に、ノルドストリーム1は10/2になってようやくおさまったという

この破壊工作にいち早く反応したのが、元ポーランド外相で現・欧州議会議員であるシコルスキー氏で、「ありがとう、アメリカ」”Thank you, USA “とキャプションをつけて、海底からガスが上がっている海面の写真を載せ、アメリカへの感謝を表明したツイートを投稿している(現在は、削除されている)。いち早く、最も露骨にアメリカの関与を明らかにしたものであった。シコルスキー氏は、9/28、「ノルドストリームが麻痺したことを嬉しく思います。ポーランドにとってはいいことだ。」ともツイートしている

慌てた米欧側、その大手メディアは一斉に、ロシアがパイプラインを爆破したと非難したのであるが、そのような論調は今や急速に崩壊、ニューヨーク・タイムズでさえ、 ロシア爆破説を出せなくなってしまっている。

アメリカのジャーナリストであるMax Blumenthalは、この破壊行為を「何百万人ものヨーロッパ人を凍てつく冬に運命づける、アメリカの国家テロ行為」と断言している。

しかも、この「意図的な行動」が発生した同じ海域、同じ場所、デンマークの東海岸沖の島、ボーンホルムの海岸近くで、バルト海作戦(BALTOPS 22)と名付けられた米・英・NATO諸国の軍事演習が開催されていたという事実が明らかとなっている。この軍事演習には、水陸両用作戦能力、砲術、対潜水艦、防空、地雷除去作戦、爆発物処理、無人水中車両の演習が含まれていたのである。スウェーデン軍と常駐 NATO 海上グループの演習が終了したのは、ノルドストリーム爆破が実行されたほんの少し前の9/4であったと発表されている(米海軍News September 2022)。

<<「途方もない機会」>>
そもそもロシアにはノルドストリームパイプラインを破壊する動機も利益もなく、ドイツ、フランス、オランダの株主とともにパイプラインの半分を所有しており、パイプラインは、ウクライナでのNATOとの停戦が成立した場合、ヨーロッパとの経済関係を再構築するというモスクワの計画の中心に位置していることから、自社のパイプラインを爆破する理由は存在しないのである。

「途方もない機会」

9/30、ブリンケン米国務長官は、カナダのトップ外交官との共同記者会見で、ノルドストリームパイプラインの損傷と混乱に触れて、「これはまたとてつもない機会でもあります。これは、ロシアのエネルギーへの依存を完全に取り除き、ウラジーミル・プーチンから彼の帝国の計画を前進させる手段としてのエネルギーの兵器化を奪う絶好の機会です。これは非常に重要なことであり、今後数年間にとてつもなく大きな戦略的機会を提供します」と。興奮を抑えきれないのか、「途方もない機会」、「ヨーロッパのエネルギー危機」という言葉を3回以上も繰り返し、強調したのであった。
ブリンケン氏は、米国が今や「ヨーロッパへの LNG [液化天然ガス] の主要な供給者」になっていることを強調し、バイデン政権はヨーロッパの指導者が「需要を減らし」、「開発を加速できるようにするのに役立っている」とも強調したのであった。
これは露骨な米政権の本音の吐露と言えよう。すでに3週間前、ロシアのプーチン大統領はサマルカンドでの記者会見で、ドイツがロシアへの経済制裁を解除すれば、ロシアはドイツへの天然ガス供給を再開する用意があると述べたばかりであった。プーチン氏は、「ガスプロムとロシアは、これまでにも、そしてこれからも、協定や契約に基づくすべての義務を、これまで一度も失敗することなく、履行していく」と表明している。
 9/28には、サウジアラビア政府が、ロシア・ウクライナ危機解決への支援を表明し、和平と引き換えにウクライナがロシアに領土を割譲するというサウジ主導の和平交渉を提案している。
こうした和平や和解に目を向けさせてはならない、ヨーロッパがロシアの天然ガスの代わりにアメリカの天然ガス輸入にもっと依存するように仕向けること、それこそが、最初からウクライナ戦争におけるアメリカの主要な目的であったことを明らかにしている。ロシア・中国を挑発し、軍事紛争の罠を仕掛け、エネルギー主導のロシアとドイツの和解の可能性を破壊し、ヨーロッパを分割支配する、進行する経済危機を冷戦・挑発路線で乗り切る、しかしそうはうまくはいかない事態への焦り、危機感こそが、今回のノルドストリーム破壊作戦となってしまったのだとも言えよう。
(生駒 敬)

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【投稿】統一教会を巡る問題と隠された狙い

【投稿】統一教会を巡る問題と隠された狙い

福井 杉本達也

1 突然に問題とされ始めた「自民党と統一教会の関係」への違和感

安倍晋三元首相を銃撃したとされる山上徹也容疑者が犯行の動機として安倍氏と統一教会との関係を口にしたという奈良県警のリークから、突然のようにして自民党と統一教会の関係が問題視され始めた。しかし、ここには「なぜ今」という違和感がある。周知のように、人気アイドル歌手だった桜田淳子が韓国で統一教会の合同結婚式を行ったことがマスコミで大きく取り上げられたのは1992年であり、霊感商法が摘発されたのは2009年である。途中、オウム真理教事件があったとはいえ、この間、統一教会に関してマスコミは何も取材しなかったのか。何も問題はなかったのか。

片岡亮氏は「2006年、ある情報番組の出演で、一般ニュースにコメントする仕事の際、制作サイドから『これらを口にするときは内容に気をつけてほしい』と渡されたリストがあった。そこには広告代理店の電通、創価学会、朝鮮総連、ディズニー、ジャニーズ、食品環境ホルモン、コンビニ弁当など、多数のワードが並び、そこに統一教会もあった。」「2012年、第2次安倍政権になると、さらに統一教会がらみの記事は激減。2014年に週刊新潮が山谷えり子国家公安委員長と統一教会の関係を記事にした程度になっていた」と書いている(「現代ビジネス」2022.8.2)。

2 奈良県警のリークから始まった

奈良県警は安倍元首相銃撃事件の当初からリークによって世論形成を図ろうと試みており、朝日新聞は「宗教団体に恨み、容疑者『安倍氏とのつながり』」という見出しで、「県瞥によると、山上容疑者は『特定の団体に恨みがあり、安倍民とつながりがあると思い込んで犯行に及んだ』という趣旨の供述をしている。」(朝日:2022.7.9)と、事件当日から積極的に「統一教会」を全面に出している。本来ならば、警備の不手際での県警本部長の謝罪会見がすぐに行われるべきところである。奈良県警から情報を得たマスコミは、その日から教会信者といわれる山上容疑者の母親の出身大学である大阪のS大学の同級生宅を執拗に取材している。全く異様な展開と言わざるを得ない。そこには、奈良県警(当然、上部組織としての警察庁)の当初から(事件前から)の筋書きによって、「統一教会」を銃撃事件の煙幕に使うという意図が感じられる。

3 ほとんど報道されない銃撃事件

9月27日の安倍元首相の国葬のベタ報道においては、一部関連で、山上容疑者の「銃撃事件」が報道され、怪しげな“手製銃”のアップ画面も出されたが、それ以外ではほとんど報道されることはなくなった。8月25日に中村格警察庁長官と鬼塚友章奈良県警本部長の警備の不備による引責辞任会見報道があった程度である。検察は、「鑑定留置で、事件当時の精神状態の調査が続いている。…鑑定結果を踏まえて、刑事責任能力の有無を見極め」起訴するかどうか判断する(日経:2022.9.8)と、犯行に使われた弾丸が見つからないといった事件の矛盾点を追究されては困るという姿勢がありありで、精神鑑定期限の11月29日までは今後も事件を掘り下げる報道はほとんどないと思われる。

4 統一教会とは

統一教会は米CIAとKCIAによって作られた宗教団体を装った政治団体である。統一教会は1954年に韓国で文鮮明が創設、日本では59年から伝道が開始された。1964年・宗教法人の認可を獲得、68年には「国際勝共連合」を設立している。右翼の大物・笹川良一(旧船舶振興会=現日本財団)は1970年、政治団体「国際勝共連合」のイベントに参加したアメリカ統一教会幹部に胸を叩きながら「私は文(鮮明)氏の犬だ」と語った。1974年5月、文鮮明が東京・帝国ホテルで開いた「希望の日晩餐会」は、岸信介元首相が名誉実行委員長を務め、約2000人が集り、自民党国会議員40人が出席した。岸派閥の後継者で当時の福田赳夫蔵相は「アジアに偉大なる指導者現る。その名は文鮮明である。」とスピーチ、文と抱擁を交わした。福田は1976年に首相となり、その福田の派閥後継者が安倍晋三元首相の父親である安倍晋太郎である。「霊感商法」や高額献金が社会問題化したのは、1980年代後半である。霊感商法対策連絡会に寄せられた被害相談は計3万4537件、被害額は約1237億円にのぼるという。2009年には警察が大規模な摘発を行っている(日経:2022.9.2)。フリーライターの青葉やまと氏の記事によると、ニューヨークタイムズ紙は「1976年から2010年のあいだに日本の旧統一教会は、アメリカに36億ドル(4700億円)以上を送金しているという」(PREZIDENT Online 2022.8.1)。これが、「ワシントン・タイムズ」などのマスコミ対策資金や米国の政治工作・また日本にリターンされて、日本政界の工作に利用されていると思われる。

したがって、今回の安倍元首相暗殺を契機に突如浮上した統一教会を巡る問題は、米CIAの絡んだ事件であり、今日の米国の分裂した政治情勢が反映している。小沢一郎氏は「元々思想や理念が無いから、反日的な外国カルト団体とも平気で結びつく。自民党という利権を打破できなければ、日本は茹で蛙になって滅び行く」とツイートしたが(2022.9.27)、結びついているのは米CIA傘下の「外国カルト団体」である。日本は、戦後77年、このような属国状態を打破できていない。

5 米「台湾政策法案」と極東のウクライナ化

米上院外交要員会は9月14日、「台湾の防衛力強化を支援する『台湾政策法案』を超党派の賛成多数で可決した。これまで売却していた武器を『譲渡』でも供与できるようにする。盛り込まれた支援額は軍事演習を含め5年間で65億ドル(約9300億円)規模。」という。台湾政策法案は台湾を『主要な非北大西洋条約機構(NATO)同盟国』に指定する。台湾を『国』と同等に扱う」ものであり、イスラエルに適用している武器譲渡資金供給(FMF)を利用して無償の武器譲渡も可能となる(日経:2022.9.16)。9月29日付けの日経は「ウクライナはNATOなどの装備品や弾薬を活用し7カ月を超える長期戦が可能になった。自国備品などの保有だけでなく、米国や準同盟国との共通基準」を作ることが大事だと書いているが、米軍は正面に出ず、武器・弾薬を無制限に供給することで、台湾軍が中国軍と戦うという極東のウクライナ化を目指している。その場合、武器・弾薬・傭兵の兵站基地としての日本の役割は必須であり、何としても日本を極東のウクライナ化に巻き込まねば、シナリオは成立しない。ウクライナ問題に火をつけたネオコンのヌーランド米国務次官は7月25日に来日し山田外務審議官らと会談している。その後、韓国を訪問している。こうした極東のウクライナ化に韓国は拒否反応を示している。ペロシ米下院議長が訪台後に韓国を訪問したが、尹韓国大統領は「休暇中のため」と称して、ペロシ氏と会わなかった。韓国民主党の議員は「ペロシに会うのは米中対立という火の中に蓑を着て飛び込むようなものだ」と語っている(孫崎享:2022.7.6)。いま、その「蓑」を着つつあるのは日本である。統一教会を巡る問題は日本国内だけの問題ではなく、「外国勢力」である米国の政治的分裂の反映であると同時に、台湾関与への煙幕でもあり、また、9月27日の安倍国葬も9月29日の日中国交正常化50年の根本的な意義を薄める煙幕でもある。

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【投稿】米FRBの世界的同時不況化路線--経済危機論(92)

<<「火を付けて、消火に当たる放火犯」>>
米連邦準備制度理事会(FRB)は、9/20-21に開かれた連邦公開市場委員会(FOMC)で、政策金利の0.75%引き上げ決定を明らかにした。通常の3倍となる大幅な引き上げで、6月以来、3会合連続の利上げとなり、次回11月の会合でも、大幅利上げを継続し、2022年末までに、追加で計1.25%引き上げる計画である。その結果、政策金利は年3.00~3.25%と、08年以来の高水準となる見通しである。
FRBのパウエル議長は、これによって失業率上昇と経済成長鈍化という代償が伴うことを示唆しつつ、それでも「インフレ抑制に向け手を緩めることはない。物価の安定なくして、経済は誰のためにも機能しない。仕事を成し遂げたと確信するまで続けるだろう」と断言している。
この発表を受けた9/21の米株式市場は、利上げが織り込み済みだったにもかかわらず、不安定な取引に追い込まれ、終盤大きく下落、主要株価3指数はいずれも1.7%超下落、優良株で構成するダウ工業株30種平均は前日終値比522.45ドル安の3万0183.78ドルで終了、ハイテク株中心のナスダック総合指数は204.86ポイント安の1万1220.19で引け、米国債市場では、政策金利に敏感な2年債利回りが2007

年以来の高水準に上昇し、景気後退(リセッション)のシグナルとされる逆イールド(長短金利の逆転)が進行する事態となっている。
インフレなど、一時的なことだと軽視し、ゼロ金利政策で投機バブル経済を煽り、マネーゲームにどんどん資金を提供し続けてきたてきたパウエル議長らが、「自ら火を付けた後に自発的に消火に当たって英雄を気取る放火犯のようにも見える。」(9/22 BloombergNews センター・アセット・マネジメントのJ・アベート

氏のコメント)とこき下ろされる事態である。

ところが、こうしたパウエル路線を「もっと推し進めろ」と激励し、奨励しているのが、億万長者マイケル・ブルームバーグが設立した BloombergNews で、9/21の社説は、連邦準備制度理事会に対し、さらなる解雇と賃下げの必要性を「理解していることを示す」ように促し、ブルームバーグの編集委員会が公然と、米中央銀行に対し、高騰するインフレを抑制するために「不況を引き起こす」意思があることを示すよう奨励しているのである。「この社説が、経済の生命線であり、不況の代償を負うことになる労働者、家族、地域社会について全く触れていないことに、私がどれほどショックを受けたか、想像してみてほしい。」とグラウンドワーク共同体のキャンペーン・パートナーシップ担当マネージングディレクターのクレア・グズダーはTwitter投稿で指摘している。

<<24年ぶりの円売り・ドル買い介入>>
9/22、米金利引き上げ発表とすぐさま連動した円安の進行に慌てた政府・日銀は、ついにドル売り円買いの為替介入を実施し、「伝家の宝刀」を24年ぶりに抜かざるを得ない事態に追い込まれた。日本政府が最後に円売り介入を行った2011年11月以来である。円は、対ドル145.50から142.50まで変動したが、日米協調介入とはなりようもなく、根本的な政策転換がない限り、せいぜい、円安のペースを遅らせる程度であることは目に見えている。

17か月連続、実質賃金低下

問題は、こうしたパウエル路線、利上げと緊縮、不況推進路線は、世界的な景気後退と同時不況の同期化を推し進める結果をもたらそうとしていることである。

問題のインフレであるが、8月の米消費者物価は予想を吹き飛ばし、27ヶ月連続上昇となった。エネルギー指数は23.8%上昇と、7月期の32.9%上昇に比べ上昇幅が縮小したが、食品指数は11.4%上昇と、1979年5月期以来12ヶ月ぶりの大幅上昇となり、家庭用食品指数は13.5%上昇と1979年3月期以来12ヶ月ぶりの大幅上昇を記録している。さらに注目すべきは、食料やエネルギーなどの不安定な項目を除いたコアCPIが前月比0.6%上昇(予想の+0.3%の倍)と予想を大きく上回ったことである。家賃のインフレ率は6.74%と、1980年代前半までさかのぼらないと確認できないほどの高水準に達している。実質賃金は、17か月連続の低下を記録している。

問われているのは、こうしたエネルギー価格の上昇、食品コストの上昇、サプライチェーンの縮小に起因する価格変動に、利上げ政策は何の役にも立たないことである。独占的市場支配と価格操作を規制する反独占政策こそが問われているのである。サプライチェーンの混乱は、無謀な反ロシア・反中国の制裁政策や緊張激化政策こそが問われているのである。
(生駒 敬)

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【翻訳】北京から見たウクライナの戦争

The Japan Times August 6-7, 2022
【O p i n i o n 】
“ Ukraine’ war viewed from Beijing” 
Mark Leonard, Beijing, Project Syndicate

「北京から見たウクライナの戦争」

 ロシアによるウクライナへの侵攻は、来年には、欧州が中東であるかのように思われる紛争の続きの、単なる最初のものなのだろうか?
 先週、匿名を希望する一人の中国の学者は、私にそのような問いを投げかけた。そして彼の論法は、欧州の地政学秩序を塗り替える戦争への見方が非西洋人(”non-Westerners”)では、いかに違っているかを示していた。
 彼らは、どのように世界を観ているかを理解する為の中国の大学の先生方や学究の人達(“academics”) との話し合いにおいて、彼らは、西側 (“the West”) が行っている多くの事について、全く異なった立ち位置からスタートしているということを私は見つけた。彼らは、ウクライナの戦争を Kremlin よりも NATOの拡大のせいにする傾向にある、ということではない。それは、彼らの中核となる戦略的な考え方、想定の多くが、又しても、我々自身のものの反対側にある、ということである。

 欧州人や米国人が、この紛争を世界歴史の転換点 (“turning point”) と見なしている一方で、中国人は、それを一つの干渉戦争 (“war of intervention”) と見ている。この紛争は、過去75年間に起こった朝鮮半島、Vietnam, Iraq, Afghanistanの戦争に比べれば、むしろその重要性は大きくない。彼ら中国人の理解の中で、今回の紛争で、ただ一つ違うところは、干渉しているのは西側 (“the West”) ではない、ということである。
 さらに、欧州の多くの人々が、この戦争は、米国の国際舞台への復帰を特徴付けた、と考えている一方で、中国の知識人たち (“intellectuals”) は、次にやって来る post-American world の確固たる証拠と見なしている。彼ら中国人にとっては、米国の指導権 (“American hegemony”) の終焉が、真空地帯を作り出したのであり、その真空地帯は、今ロシアによって満たされつつある、と見ている。

 西側の人々、国々 (“Westerners”) は、法/規則に基づいた秩序/治安 (“rule-based order”) への攻撃と見なしている一方で、私の中国の友人達は、多元的世界 (“pluralistic world”) の出現と見ている。そこにおいては、American hegemony の終焉は、異なった地域やそれに準じる局地での企みを許している。彼らは論じている、即ち、rule-based order はいつも正当性/合法性 (“legitimacy”) を欠いてきている。西側の勢力 (Western powers”) は法/規則 (“rules”) を作り上げた。そして彼らは、それが彼らの目的に叶う時には ( Kosovo や Iraq におけるごとく)、それらを置き換えることについて、良心の痛み/罪の意識 (“compunction”) を決して示して来ていない、と。

 これらは、中東の似たような出来事に導く議論である。私の中国における対話者は、以下のように見ている。即ち、ウクライナにおける状況は、主権国家間の侵略戦争ではなくて、むしろ Western hegemony の終焉に続く、植民地時代の後の国境(“post-colonial border”) の改定であり、中東において、国々は第一次大戦後に西側 (“the West”) が線引きした国境に疑問を持っているのと同じである、と。
 しかし、最も際立った対比は、ウクライナ紛争は広く一つの代理戦争 (“a proxy war”) と見なされていることである。まさに、Syria, Yemen, Lebanon における戦争は、列強 (“great powers”) によって焚きつけられ、助長され、利用されてきたのと同様に、ウクライナにおける戦争も同じことである。 誰が一番の受益者であるか? 私の中国の友人は、それは、確かに、ロシア、ウクライナ、欧州ではない、と論じている。むしろ、最終的には、米国と中国が大部分を占める位置に立ち、両者はより拡大する対立関係に於ける代理戦争として、この戦争に接近し、対応して来ている、と論じている。

 米国は、欧州諸国、日本そして韓国を取り込んで、米国の指令優先の新しい同盟に引き入れ、ロシアを孤立させ、中国に対しては、領土の保全のような問題について、いずれに立つかはっきりさせるように仕向けることで、恩恵を得てきている。 同時に中国は、ロシアの従属的位置(“Russia’s subordinate position”)*を強化することや、“the Global South”** のより多くの国々を、非同盟 (“non-alignment”) に応じ促すことによって、恩恵を得てきている。

*訳者注 : 総体として、ロシアより中国が上と見ている。参考までに
           GDP比較は以下のごとくです。
         面積   人口( 2021. 12.)  名目GDP (2022.)
ロシア  1,712.5 万Km2    1.26 億       1.8 兆  US$
中国    960 万 Km2    14.13 億       19.9 兆 US$
米国    980 万 Km2     3.31 億       25.3 兆 US$
日本     36 万 Km2     1.25 億        4.9 兆 US$

**訳者注 : the Global South
国連などの機関が、Africa, Asia, 南米を指す地理的な区分としての用語や、研究者、活動家が現代資本主義のglobal化によって、負の影響を受けている世界中の場所や人々を指して使う。

 ヨーロッパのリーダー達が、自身を21世紀の Churchill (訳者注:ご存知のごとくイギリスの首相 [1874-1965] 第二次世界大戦でファシストのドイツと戦った。) に擬えて振舞っている一方で、中国人は彼らを、より大きな地政学のゲームにおける手先(”pawns”)と見なしている。 私が話し合った中国の学者達、見識ある人々のすべての間で一致した見解は、短期間ながら COVID-19 による混乱や、長期にわたる米国と中国の支配権を巡る争い (“struggle for supremacy”) に比べれば、ウクライナにおける戦争は、むしろ、つまらない、取るに足らない気晴らし (“unimportant diversion”) である、というものである。

 言うまでもなく、私の中国における対話者の重要な論点について、異論ある人は議論も出来よう。確かにヨーロッパの人々(国々) (“Europeans”)は、中国人が暗に示したより、多くの手段を持っている。そして、ロシアの侵攻に対して、the West の力強い反攻が、1990年代の Yugoslav 継承をめぐる 10数年に渡り起こっていたように長期化がつきものの国境紛争の、最初の段階で、首尾よく拡大を防ぐことが出来た。
 それにもかかわらず、中国の観察者達 (“observers”)は、我々が行っているのとは異なって、物事を組み立てて、言い表しているという事実は、我々に、ためらいを与える。 少なくとも、西側 (“the West”) にいる我々は、残りの世界の人々(国々)が、我々をどう理解しているか、もっと真剣に考えるべきだ。 そうは言っても、中国人の議論を、単なる話題として、さっさと片付けたくなる。その議論とは、敵対的で非民主的な政権(ウクライナについての公な討議は、中国では統制されている)の良い面を維持するように目論まれている。 しかし待てよ!多分、いくらかの謙虚さも必要ではないか。

 中国の観察者達が、そのような一風変わった大局観 (“radically different perspective”) を持っているという事実は、何故に、ロシアに対する制裁で、西側 (“the West”) に、ほぼ全世界の支持 (“near-universal support”) が集まらなかったということを説明する助力になるかもしれない。
 ウクライナにおいて、支配をロシアから取り戻す政策が優勢になっている一時期において、我々は他の国々では、ウクライナの重要性を割り引いて (“discounting”) 考えている、ということを知っても驚くべきではない。 我々が rule-based order の英雄的自衛と見なしている一方で、他の国々(人々)は、急速に多極化が進んでいる世界における Western hegemony の、最後のあがき (“last gasp”) を見ている。

Mark Leonard, Director of the European Council on Foreign Relation, is the author of “The Age of Unpeace: How Connectivity Causes Conflict” (Bantam Press, 2021)

                          (訳: 芋森)   [ 完 ]

                  

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【書評】『東日本大震災──3・11 生と死のはざまで』

【書評】『東日本大震災──3・11 生と死のはざまで』
         (金田諦應著、2021年1月刊。春秋社。1,800円+税)

 本書によってわれわれは「臨床宗教師」というものの活動を知ることができる。著者は、宮城県内陸部にある曹洞宗・通大寺住職。そして傾聴移動喫茶「カフェ・デ・モンク」を主宰する。そのメッセージボードにはこうある。
 「Cafe de Monkはお坊さんが運営する喫茶店です。Monkは英語でお坊さんのこと。(略)『文句』の一つも言いながら、ちょっと一息つきませんか?お坊さんもあなたの『文句』を聴きながら、一緒に『悶苦』します」。
 こうして3・11東北大震災の避難所、仮設住宅を巡って被災者の言葉を傾聴する。
 その原点には、二つの体験がある。
 その一。大震災の後、新聞記者から沿岸から多数の遺体が来るという情報を得る。地震と津波によって遺体を荼毘に付す火葬場がほぼ壊滅し、内陸の火葬場に運ばれてくる多数の遺体。これに最後の祈りを捧げようと、僧侶たちに呼びかけ6名ほどの僧侶が応じてくれた。しかしここで普段とは異なる事態に直面する。「檀家の火葬ではなんの問題もなく読経できるのだが、ボランティアとして不特定多数の方々に読経するとなると、話が違う。私たち僧侶といえども、火葬場という公共空間で檀徒以外の方に向き合うためには、行政との取り決めが必要なのだ」ということである。つまり政教分離の原則の枷である。このため読経にあたっては、斎場管理の市、特定指定業者の社長、そして現場で働く職員への説明と了解が必要となる。この手続きを踏まずに火葬場や遺体安置所に入った宗教者がいたために、その後「宗教者お断り」となったところもあった。
 著者の場合、「最初に来た遺体は小学生5年生の女の子二人。小さな棺を前に祈りの言葉が震え、声が出ない。(略)にわか作りのお棺に入っている祖父、トラックの荷台に載せられてきた父、青いブルーシートに包まれた母、宅配便の冷凍トラックに妻と子を載せてきた夫、父の死骸に何度も話しかけている息子・・・。/静謐で残酷な『生と死』。そこには凍り付いてしまった心と、未来への物語が紡げなくなった人々がいた。火葬場での読経ボランティアは一ケ月半ほど続き、あわせて三五〇体ほどのご遺体に祈りを捧げた」。
 その二。震災から四十九日目。僧侶一〇名と牧師一名が参加しての「四十九日犠牲者追悼行脚」。南三陸町戸倉海蔵寺から海岸まで僧侶と牧師で歩く。「遺体の見つかった瓦礫の山には赤い旗が立っている。周囲には死臭とヘドロが入り混じった臭いが漂う。私たち僧侶の唱える経文はやがて叫びに変わり、後ろを振り返ると、牧師は讃美歌集を頻繁に閉じたり開いたりしている。この状況の中で歌う讃美歌が見つからないのだ」。
 そして自分に問う。「瓦礫が散乱する海岸に立つ。破壊の海を前に、教理・教義、あらゆる宗教的言語が崩れ落ちる。/大乗仏教中観哲学の祖、龍樹(りゅうじゅ)の『中論』を思い起こす。龍樹は『認識の不成立』を徹底的に説く。ならば、目の前の惨状は虚亡なのか。この惨状も不成立なのか。不成立なのに慟哭する自分がいるのはなぜだ。この湧き上がる慟哭も虚妄なのか」と。
 かくして著者は、これまでの教理・教義、宗教・宗派以前の「宗教者としての基底を支える」部分、「現場から立ち上がる『言葉』と、自らが信ずる宗教の教義とを厳しく対峙させる、その無限循環」こそが重要であるとして、ここから大災害現場に立ち、被災者の言葉をひたすら傾聴する運動を始める。
 その一環として「カフェ・デ・モンク」があり、具体的な活動の経緯は本書の至る所に記されている。被災者の体験はそれぞれの地獄、苦しみであり、それへの対応の難しさは言うまでもないが、この運動の継続的発展として「臨床宗教師」の活動・育成が志される。
 「臨床宗教師」とは、「被災地や医療機関、福祉施設などの公共空間で、心のケアを提供する宗教者」、「布教・伝道を目的とせずに、相手の価値観、人生観、宗教を尊重しながら、宗教者としての経験を活かして、苦悩や悲嘆を抱える人々に寄り添う」、そして「スピリチュアルケア」「宗教的ケア」を行なう宗教者とされる。
 この構想は東北大学大学院に「実践宗教学寄附講座」の設置と、そこでの超宗教・超宗派の宗教者の育成というかたちで結実し、欧米の「チャプレン教育」(教会・寺院に属さずに施設や組織で働く聖職者)を参考にはするが、日本人の宗教感情を踏まえて開講されている。
 こうした宗教者のケア活動に対して、とあるシンポジウムで、精神科の医師でもなく、臨床心理の専門家でもない宗教者が「心のケア」と称して介入するのはいかがなものか、という意地悪い質問が出た、と著者は語る。そしてこれに対して、こう切り返した、と。
 「私の住む栗原市は・・・(略)。その山から宮城県側に三本の川が流れている。(略)人と物はこの川を利用して行き交っていたのだ。つまり、私たちは彼らと風土・言語・文化を共有しているのである。川上の人間が川下の危機にあたり援助するのは当然のことで、ことさら心のケアということではない。/しかるに、精神科医も臨床心理士も、この地方の方言を理解できるか?文化はどうだ?なにか芸能の一つでも知っているか?信仰のありようはどうだ?あなたたちは何者で、誰に向き合おうとしているのか?(略)まあ、目的は一つ、それぞれの役割があるので、互いに専門性の囲いをはずし、一緒にやりましょうよ。会場のあちこちから笑いが起こる」。
 そして続ける。「人々は蛸壺の中に居座る専門家たちの『下心』には、決して心は開かない。専門家たちよ。蛸壺を出でよ!そこに待っているのは、命をつなぐ北上川と三陸の豊かな海だ」。
 こうした視点から被災者に寄り添う宗教者として、福島第一原発事故についてもこう語られる。
 「宮沢賢治の詩『雨ニモマケズ』は、現場に『行って』のフレーズが繰り返される。これは宗教者としての基本的な態度である。しかし、であるならば、『福島第一原発に行って、怖がらなくともいい』ということを、心の底から言えるだろうか。(略)宗教はこの原子力災害とどう向き合うのか。それは、『宗教はこの文明とどう向き合うのか』と言い換えることができるだろう」。
 以上のように本書は、宗教者の立場からの根底的な自省を含めて被災者の「心のケア」に取り組んできた僧侶の記録である。その活動には様々な議論があると思われるが、しかしこれまで大震災、原発事故に対して行なわれてきた活動に別の深まりの視点を提供するものであろう。いわんや昨今メディアを賑わしているカルト宗教などはこの爪の垢でも煎じて飲めば、と思われる。(R)

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【投稿】「いくらかの代償・苦痛」路線--経済危機論(91)

<<パウエル発言で金融・先物市場、大荒れ>>
8/26、金曜日、米連邦制度準備理事会・FRBのパウエル議長は、ワイオミング州ジャクソンホールで開催された金融資本エリートを集めたシンポジウムで演説し、米国の中央銀行はインフレとの戦いを続けるために、経済への「痛み」を与えざるを得ないと宣言するに至った。
パウエル議長は、「金利の上昇、成長の鈍化、労働市場の軟化はインフレ率を低下させる一方で、家計や企業にいくらかの苦痛をもたらすでしょう。これらは、インフレ抑制の不幸な代償です。しかし、物価の安定を回復できなければ、はるかに大きな苦痛を伴うことになります。」と断言したのである。
ゼロ金利と金融緩和政策であふれかえるイージーマネーで投機経済バブルを煽り続け、実体経済を掘り崩し、自分たちがインフレを作り出しながら、インフレなどは「一時的な現象に過ぎない」と言い続けてきたパウエル議長やイエレン財務長官。彼らは、昨年末来のインフレ高進をもはや否定できないとみるや、その責任も取らずに急遽、需要破壊路線としての引き締め・緊縮路線、つまりは不況促進と大量解雇を、「いくらかの代償」「いくらかの苦痛」などとする責任転嫁路線への転換を明確に打ち出したのである。
 すでにレイオフ・人員削減の「津波」が始まっており、Best Buy、Ford Motor、HBO Max、Peloton、Shopify、Re/Max、Walmart、Wayfairなどが、すでにレイオフ、人員削減を発表しており、CNBCの報道によると、50%の企業が今後6~12ヶ月の間に全体の人員削減を見込んでいる。米労働省が9/2に発表した8月の雇用統計でも、実態を過小評価してはいるが、それでも失業率が3.7%に上昇している。

全米のフードバンクは物価高の影響を受け、生活費を稼ぐのに苦労する家庭が増える中、長い行列ができ、新しい顔ぶれが増えている。(8/30 CBS EveningNews

8/29 先物市場暴落 Hi:4217.25 Lo:4006.75

パウエル氏の発言を受けて、週明けの8/29以来、いくらかの緩和路線路線への復帰を期待していたニューヨーク市場をはじめ、世界の金融・先物市場は期待を裏切られ、大荒れの事態に突入している。

9/2 Hi:4219.25 Lo:3989.25

米国株式市場は、それ以降4日間続落、月間では7年ぶりの大幅な下落に見舞われ、主要株価3指数いずれも8月としては2015年以来7年ぶりの大幅な下落率を記録した。S&P総合500種は8月半ばに付けた4カ月ぶりの高値から8%超下落。ダウ工業株30種は4.06%安、ナスダック総合は4.64%安と大荒れの展開となった。もちろん、欧州、東京市場も同様の事態である。

(上図、2つはEmini S&P Futures シカゴ・マーカンタイル取引所において電子的に取引される先物契約の一日の動き)

<<対ロシア制裁のブーメラン>>
そこへさらに、9/2、ロシアのガスプロムが「予期せぬ」漏洩によりノルドストリーム1を無期限で「完全に停止」したことを発表、米欧の株価は再び暴落の事態に見舞われたのである。S&P 500、Eurostoxx 50、日経の「モメンタム シグナル」がさらに悪化する可能性が指摘されている。
この同じ9/2 東京外国為替市場では円が対ドルで一時1ドル=140円半ばまで下落し、一時140円40銭と1998

S&P 500、Eurostoxx 50、日経「モメンタム シグナル」さらに悪化する可能性

年8月以来の安値を更新、ドル・円相場は146円台に乗せて日米協調介入が行われた1998年の水準に接近しつつある事態に突入している。今や円は、日銀・政府の無策により、資金を安い金利通貨で調達して、高い金利通貨で運用する円キャリートレード・マネーゲームの格好の対象となり、キャリートレード絡みの円売りが円安のけん引役にまでならんとしているのである。

 

ガスプロム、「油漏れ」の疑いのある写真を公開

ところで、本来、ガスプロムは3日間の定期検査終了後の9/4にもガス供給を再開する予定であったが、定期保守作業中に油漏れが発見され、欠陥が是正されるまで、ノルトストリームパイプラインへのガス輸送は完全に停止される、供給再開の時期は不明と発表したのであった。
EU諸国にとってこの「衝撃的な展開」は、この地域の冬場の貯蔵管理能力に関する市場の不確実性が再燃し、9/5以降、天然ガス価格の大幅な上昇に再び見舞われ、8月の高値を更新する可能性があると見られている。それはさらなるエネルギー価格の世界的な再上昇を招きかねないものである。Bloombergは、「欧州のエネルギー危機が劇的に悪化し、価格も緩和されつつあった矢先の出来事だ。もし停止が続けば、家庭や工場や経済が危険にさらされ、対ロシア戦争でウクライナを支援するヨーロッパの手腕が弱まってしまう」と報じている。
ここでも明らかなことは、米・欧・日の対ロシア制裁・緊張激化路線が完全にブーメランとして自らに跳ね返ってきていることである。不毛な戦争を対話と緊張緩和で一刻も早く平和的解決に導かない限り、さらなる苦境を自ら招き込むだけなのである。

そして根本的な問題は、インフレ対策としての金利引き上げは、景気を悪化させ、失業率を高め、賃金の伸びを鈍らせはするが、ガスや食料品の価格を押し上げている供給側の要因に影響を与えることはできないし、「価格を上げられるから上げている」巨大独占企業を規制・解体することはできないのである。さらに緊張激化路線で巨大な超過利潤を稼いでいる軍需・軍産複合体、軍需経済への依存などを断ち切ることはできないのである。しかし、こうしたことに根本的なメスを入れる反独占・反恐慌政策、つまりはニューディール政策が実行されない限りは、現在直面する経済危機の解決はあり得ない、と言えよう。
(生駒 敬)

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【投稿】米学生ローン免除をめぐる攻防--経済危機論(90)

<<「平手打ちだ、無謀で違法だ」>>
8/24、バイデン米大統領は、学生ローンを抱えて苦しむ数百万人の借り手に対し1人当たり1万ドル(約136万円)の返済を免除する「学生債務救済計画」(Student Debt Relief Plan)を明らかにした。返済免除の対象は、年収12万5000ドル(夫婦の場合、25万ドル)以下で、ペル・グラント(Pell Grant)と呼ばれる低所得者向け学生ローンは2万ドルを返済免除、とするもので、この部分的な債務免除措置は、過去2年半の学生の債務免除期間が終了したときに有効となることから、2023年1月1日が、債務の取り消しと債務免除の終了、および毎月の学生ローンの支払いの再開となる。この学生ローン返済免除措置は最大で4300万人に恩恵をもたらし、約2000万人は債務が全額免除にな

ホワイトハウスのTwitter

るという。
バイデン大統領は、2020年11月の大統領選で、学生ローン債務の帳消し(最高5万ドル)、年収125,000ドル未満の家庭の学生に対して公立大学の授業料を無料にすることを公約に掲げ、最終的に若い有権者の支持を獲得することができたのであったが、政権就任後は事実上放置していたのである。コミュニティ・カレッジを無料にする試みは、与党・民主党右派からの反対で葬り去られていた。しかし、この秋の中間選挙(上院の三分の一、下院の全議席改選)を前に、支持率低下を挽回する切り札として着手した、着手せざるを得なかったのであろう。
この学生ローン返済免除に対

借金を返すってどういうこと?(PPPでローン免除の共和党議員たち)

して、共和党は直ちに反撃を開始、米上院共和党トップのマコネル院内総務は、学生ローン返済免除は「犠牲を払って大学資金を貯めた全ての家庭、負債を返済した全ての卒業生、そして負債を背負わないために特定のキャリアパスを選んだり、軍隊に志願したりした全ての米国人に対する平手打ちだ」、「学生ローン社会主義」だと、同じく共和党のエリス・ステファニック下院議員は「無謀で違法だ」と非難している。
こうした非難に対してホワイトハウスは、直ちに反撃し、8/25のツイッターのスレッドで、学生ローン免除に不満を持つ共和党議員全員を、企業を支援するために2020年に創設されたパンデミック・エイドであるペイチェック・プロテクション・プログラム(PPP)を通じて免除された彼らの何十万、何百万ドルにも及ぶローンの額まで明示してリストアップしている。

<<「森林火災にバケツ一杯の氷水」>>
しかし問題は、この「学生債務救済計画」は一歩前進ではあるが、いくつかの深刻な問題が浮上していることである。まず、債務者4500万人のうちの2500万にしかすぎないということ。置き去りにされた2000万人が持続不可能な債務の山の下に放置され、債務が今後も膨らみ続けることである。
 さらに、平均的な学生の負債は 37,000 ドルで、授業料は年5~10% 昇し、金利は間もな現在の5%をはるかに超えるため、1 万ドルの債務免除では追い付かないのである。たとえば、カリフォルニア州立大学の平均費用は、年間 1万5000ドルから 1万7000 ドルを超え、さらに上昇している。1万ドルの元本の減額は、授業料、手数料、宿泊費などの増加による自己負担額の増加と、それに加えて現在の金利の急速な上昇によってほぼ確実に相殺されることが明らかなのである。かつてバイデンが検討していたとされる5万ドルの学生ローン債務帳消し政策こそが現実的であり、必要だったのである。
さらに大学が授業料と手数料を引き上げることができる上限が設定されていない限り、何百万人もの学生債務の元本は今後も増加し続けることである。その上に、インフレ調整がなく、金利に上限がないため、残存債務の未払いまたは部分的な利息の支払いは、未払いの元本のレベルを上昇させ続けることである。結果として、負債総額は年々増加し続け、今回の10,000ドルの免除は、わずか3~ 5年で元の状態に戻る可能性が現実的なのである。「たった 1 万ドルの借金を帳消しにするだけでは、森林火災にバケツ一杯の氷水を注ぐようなものだ」という批判が正当なのである。
要するに在学時も卒業後も学生を食い物にする金融資本主義の支配体制の危機的経済政策がそのまま保持されているのである。

 学生ローンの完全廃止とすべての人のための公立大学の無償化のために闘ってきたDebt CollectiveのAstra Taylorさんは「バイデン氏が昨日提案したこの提案は、彼の選挙公約の限界を完全には満たしていません。とはいえ、これはこの運動への足がかりです。それはマイルストーンです。忘れてはならないのは、大企業や億万長者が、平均して約 90,000 ドル相当のPPPローンを免除されていたとき、これがどこにあったのかということです。銀行が救済されたとき、彼らはどこにいましたか?政府が何十億ドルもの不良債権を買っていたとき、彼らはどこにいたのだろうか? だから、それは非常にシニカルです。私たちは戦略を立て、債務者間の連帯を生み出し、分裂して征服されるのを許しません. そして、私たちはそれを続けていきます。彼らは支払いの一時停止、支払いモラトリアムを1月1日まで延長したため、実際に債務ストライキが開始されています。」(8/24 DemocravyNow)と述べている。

バイデン政権が、この6か月間でウクライナの軍事および経済援助に矢継ぎ早につぎ込んだ640億ドルの援助だけでも、学生ローン免除の提案額の2倍以上である。学生ローン免除はまだ大統領令段階であり、議会にかけられるのはこれからであり、攻防はさらに激化すると言えよう。
(生駒 敬)

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【翻訳】銃についての オーストラリアの教訓

The New York Times, International Edition  June 15, 2022
“Lessons in Australia on guns”  
By Mr. Aaron Timms, a freelance writer covering politics and culture,
who lives in New York.
[ Opinion ] 「意見」 
( The New York Times publishes opinion from a wide range of perspectives in hopes of promoting constructive debate about consequential questions. )

「銃についての オーストラリアの教訓」

前月の Texas, Uvalde の小学校での発砲事件の後、数時間以内に、アジアからの帰路、Biden 大統領は自問していた。自由な民主国家である Australia*, Canada, 英国では、銃による暴力が、うまくコントロールされている、しかし米国では、何十年も試みているのに何故に成功していないのだ、と。「それらの国々でも、心の病気を持っている人もいるだろうし、国内での議論もあることだろう。」Bidenは、その夜遅くに、国民への演説でさらに続けて述べた。「それらの国々では、死亡する人はいる。しかし、こんなにしばしば、このような銃乱射事件(“mass shooting” )は、決して起こっていない。なのに米国では起こっている。何故か?」 * Australia : 以降「豪州」と記載。

Biden大統領の心は、豪州 に思いを巡らしていることは容易に想像できる。農村(“rural”)*の銃所有者や保守的(“conservative”)**考えの活動家達との、激しい攻防の後に豪州は、1996年の 35人の犠牲者を出した銃撃事件(訳者注:Port Arthur massacreのことで後述)をきっかけとして、銃の入手を制限する抜本的な方策を導入した。その改革は、実際には広範囲であり、すべての automatic and semi-automatic shotgunsの禁止を含み、さらに厳格な免許制、許可条件を伴うものであり、すべての銃保有者―彼らは、自衛のための保持を含まない火器の所有の為の、真の理由をも提出することを要請された―にたいして包括的な安全講習の導入をも含んでいた。 連邦政府は又、銃の特赦と買い戻しを発表した。 これによって、65万丁以上の武器が警察に引き渡されて、破棄された。

* “rural” : 訳者注:”urban” 都市の、都会の、都市に住む:の対比としての “rural” で、田舎の、農村の意。 ** conservative : 保守的な、保守主義の、保守党 の意。
   訳者注:参考までに豪州、米国の人口比較は以下のごとく。
                豪州        米国
    人口: 1996年  abt. 18 million   abt. 270 million
        2021年  abt. 26 million    abt. 332 million
    国土面積      7,688,000 ㎢    9,834,000 ㎢ 

Mass shooting や自殺を含む銃器による死亡事件は、豪州においては、この26年間において、著しく減少した。銃暴力と、その悲劇を減少させることで、時として国は変わる。Biden大統領にとって、Air Force One に乗って太平洋を越えて豪州にやってくれば、その物語は希望の、かすかな光を提供したに違いない。そして、もしそのような悲劇(Texas, Uvaldeでの事件)が豪州で起こっていたならば、何故に米国で起こらないのか、と考えるだろうか?

米国と同じように、豪州は、大量に殺戮された原住民、先住民の血の中で設立された、ヨーロッパの植民者の植民地*だった。そして、そこでは銃と征圧が歴史的に重要な文化的役割を果たして来た、フロンテア神話を持った。

*植民地 
   :訳者注:豪州は、1606年オランダ東インド会社の Mr. Willem Janszoon
        によって、北東のヨーク半島西側が発見される。
     1770年、英国人 James Cook が東岸の Sydney 近くに上陸。
     1778年、本格的植民者として、英国より、第一船団 11隻、1500名
             (内、流刑囚約780名)が上陸。
     1851年、Sydney郊外にて金鉱山の発見によりgold rush が起こり
        労働力として中国人等のアジア系の人々が流入し、人口の増加。
     1901年イギリス連邦の一員としてのオーストラリア連邦 (Commonwealth of      Australia)の発足。
         
米国は、その国の独特の用語、cowboys, buckaroos(訳者: cowboy に同義) and gunslingers (殺し屋、hit man)を有しているが、豪州においても、squatters(開拓者), drovers(運転手), and bushrangers(山奥の山賊) を有している。そして、米国同様に、豪州は今日、多民族をベースとする、連邦国家であり、銃に好意的な rural area においては、彼らは、かなりの政治的な影響力を有している。

しかしこれらの類似性は、事実に基づく、ほんの一部分であることを物語っている。1996年の Port Arthur での大量殺戮 (“massacre”)* をきっかけとしての銃改革を通して、推し進められた豪州の成功は、大部分がタイミング、巡り合わせ、そして豪州の憲法の特異性の成果であった。

*Port Arthur massacre : 訳者注: 1996. 4. 28 豪州タスマニア(”Tasmania”)島の中心都市Hobart 郊外の観光地 Port Arthur で起きた銃乱射殺人事件。死者 35人、負傷者 15人を出した。犯人、Martin Bryant 29才は、翌日逮捕された。彼には知的障害があり、知能テストの結果も平均以下であったとされている。彼は、AR-15 Assault Rifle (全自動の射撃能力を持つ自動小銃)) で観光地のカフェ、ギフトショップ、駐車場、サービス・ステーションや出入りの道路上で就業員や観光客を無差別に乱射した。豪州には死刑制度がないので、現在も服役中と報じられている。
銃の政策については、豪州と米国では、類似点より相違点のほうが多い。もし何かあるとすれば、豪州の銃改革の成功のより詳しい調査、検証が、米国が直面している課題の大きさを鮮明にするであろう。

豪州における銃改革への抵抗は、Port Arthur massacre に至るまでも激しかった。1987年に Melbourne において、二つの massacre* があり、計15人が死亡した。そして、この事件がこの国の政治議事日程に、はっきりと銃規制の必要性を提起した。しかし武器の院外圧力団体(”firearms lobby”)や、 QueenslandやTasmania のような銃に寛容な州の国会議員達は、連邦国家の改革への努力を挫折させるべく働いた。問題の一部分は、銃は、ほとんど各々の州によって統制されていて、これが銃改革を結果として国の調整に依存するようになっていた。このことは、今日の米国における銃規制が進まない状況と明らかに類似している。

  *Melbourne massacre : 訳者注 :
1. Hoddle Street massacre : Aug. 9, 1987, Mr. Julian Knight 19才は、同Streetで、行きかう車に乱射。死者7、負傷者19人を出した。動機は不明とされている。同日、逮捕されている。元豪州陸軍の軍人だった。
2. Queen Street massacre: Dec. 8, 1987, Mr. Frank Vitkovic 22才は、同
Street にあるPost Officeに押し入って銃を乱射。死者 8, 負傷者 5人を出した。大学を中退して、精神的にも悩みを持っていたと。警察に追われてビルの11階の窓から這い出ようとして地上に落下して死亡。

Port Arthur massacre の数週間前、連邦選挙があり、13年続いた反対党の政権に終止符が打たれて、保守党 (the conservatives) — urban & suburban 中道右派 Liberal Party とrural National Party の連合— が帰り咲いた。この勝利の衝撃は、新政権に大きな権限を与えた。Port Arthurでの殺戮(”slaughter”)によって、国の全地域に広がった嫌悪の大きさを、おもんばかり、新首相となった John Howard は、Melbourne での銃撃事件をきっかけに、始まってはいたが立ち止まっていた、銃改革を、すべての州と調整して、素早く推し進めた。
豪州 gun lobby は、これらの銃改革を黙っては受け入れなかった。銃所有者達は、何千人と集まって、改革に抗議した。National Party leader Mr. Tim Fischerの肖像画が、いくつかのrural でのデモで焼かれた。そして、Howard 首相は、Victoria州の海岸沿いの町 Saleでの銃支持者の集会で、防弾チョッキ(“bulletproof vest”) を着けての異常なる方法で、演説を行った。(彼は、後になって、防弾チョッキを着けたことを後悔していた。)しかし、米国におけると同様に、豪州における1990年代は、政治的には、より天真爛漫で潔白な (”innocent”)時期であった。あまり分極化していず、正義と公正の基本の上に立った両党合意、そして、我々が、慣れっこになって来ているものよりも、より毒々しさの少ないメディア環境にあった。

Conservative leader達にとって、選挙民に向かって立ち、銃改革を主張することは信念と勇気を必要とした。特に、Tim Fischerは、Howard首相の銃改革への支持ゆえに、自身の党内で激しい反対に直面した。そして、これらの分裂は、国の政治上での言説を害し、事実、長きにわたり被害をもたらした。しかし、それでも改革は可能であった。お互いの基盤をおろそかにするリスクを冒してまでも、実現の大部分は、原則に基づき行動し二党で共有する規範とconservativesの前向きの意欲のお陰であった。

さらに加えて言えば、豪州は、米国における銃改革に立ちはだかっている制度上や憲法上の障害に、直面していなかった。また、豪州には、議事妨害行為 (filibuster)* はないし、Bill of Rights** もない。さらに、憲法上保証されている銃所有の権利もない。 豪州の憲法では、公正な裁判や信教の自由のような、ほんの一握りの権利を明白に成文化している。 また、豪州高等裁判所は、以下の決定をしている。即ち、憲法は、政治的な交信、連絡の自由への暗黙の権利を含んでいる。しかし、銃については、この国の創立時の文書には何も述べられていない。 現代に至る豪州の法体系の卓越した物語は、憲法に規定されている諸権利を、削除するのではなく、大事なものとして、大切にして来ていることである。そこでは、個人の権利や自由について、議論がなされてきている。これらは米国におけるそれとは、明らかに異なっている。

*filibuster : 訳者注:「海賊」を意味するオランダ語が語源とされている。米国では他国で非合法な軍事行為によって革命、反乱、分離独立などを起こし政治的、経済的利益を得る者を言う。しかし政治を巡る報道での filibuster とは、上院規則第19条に謳われている「いかなる上院議員も、他の議員の討論を、その議員の同意なしには中断させることはできない。」を指す。 上院議員の発言時間が無制限となり、議事進行を意図的に遅延させる行為ともなり「議事妨害(行為)」と訳される。 これが際限なく認められれば、議会機能不全に陥ることがあることより、現在では、上院の 3/5 以上 (160議席) の賛成を得て “closure” (討議終結)と呼ばれる決議を行えば、発言時間に制限が加えられるようになった。
 さらに、1975年の上院規則修正において、filibuster を行うには filibuster の行使を宣言して議場にいれば、演説をしなくても行っていると見なされるようになったので、長時間の filibuster は、あまり見られなくなった由。

 **Bill of Right : 訳者注: 英国より独立して、しばらくしてからの 1791年、憲法に加えられた人権保障規定のことで、修正第一条から十条まである。銃所持の権利は第二条 (the second amendment) に謳われている。

豪州は、この憲法の不完全性/規定不足(”deficiency”) によって、得ているものと同量のものを失っている。 一つを挙げれば、銃乱射事件の後の感情的になっている日々における銃政策に関する米国メディアの報道で、しばしば抜け落ちていることである。(訳者の解釈:なぜ銃規制をしないのか、個人の銃所有を禁止しないのか、という論説を米国メディアは、憲法に銃保持の権利が謳われている以上、正面切って書いていない。もしそれを主張すれば、共和党やその支持者から大反撃に会う。筆者- Mr. Aaron Timms は、New York 在住とあるので、おそらく米国人であろうから、このことに敏感なのであろう。)     
The Second Amendment(訳者:米国憲法の修正第二条、銃保持の権利が謳われている。) の廃止/破棄に必要とされるであろう、極めて困難な努力に比べれば、豪州の銃改革は、比較的簡単に法制化された。しかし、”Bill of Rights” なくしては、豪州では、亡命を求める人への強制的な又は不確定な拘留を防ぐこと、や名誉棄損訴訟の身も凍る恐怖から、言論の自由を遮断することを防ぐ憲法の枠組みがない。

Port Arthur の銃撃犯は、植民地暴力の血だらけの豪州の歴史への敬意としての一部において、以前の流刑地の一つで、今は野外博物館になっているところを事件の現場として選んだと伝えられる。予期せぬことに、個人の自由を表現するに弱点のある豪州の法的構造は、しばしば起る mass shootings に終止符を打つことを手助けした。 しかし、a Bill of Rights の欠如は、議論のあるところではあるが、Port Arthur を建設した植民者(西洋人)によって、土地や財産を取り上げられたり、殺害されたりした土着の先住民* が、平均寿命や生活水準が国の平均より相当に低い状態に、耐え続けている理由の一つでもある。

 *先住民:訳者注 アボリジニ(Aborigine)を指す。
 Aborigineと呼ばれる人々が豪州に来たのは、約10 – 5万年前とされている。1788年    英国の植民地化時、Aborigine の人口は、50~100万人とされていたが、1920年には、7万人にまで激減していた。
  一番の原因は、免疫のない先住民に西洋人が持ち込んだ伝染病によるもとされているも、初期の英国移民の多くを占めた流刑囚は sports huntingとして多くのAborigineを虐殺してきた現実もある。
  Aborigine に市民権が与えられたのは、1967年になってからである。
  1996年には、35万人に回復している(豪州人口 17,500,000万人の 2%相当)。
  2008年2月、当時の首相 Kevin Rudd は、議会において政府として初めて、抑圧され  てきた先住民Aborigineに謝罪した。

1990年代の中頃以来、豪州の全地域で確認された銃による暴力の大幅な減少にもかかわらず、銃規制の全国的な枠組みの弛みの兆候が浮上し始めている。 銃の所有は、Port Arthur Massacre の時より増加している。〔1996年の 320万丁より 2020年の 380万丁へ〕 そして、最近の報告では、静かによみがえっている gun lobby は、一人当たりのベースで NRA (全米ライフル協会)と同じほどの金を使っている 。厳格な銃規制の基準は、自国で過激化した殺人者を育て、また、暴力を海外に輸出することを阻止できていない。2019年の51人の死者を出した Christchurch massacre* の gunman は、豪州人であった。

  *Christchurch massacre : 訳者注: March 15, 2019 New Zealand南島の          Christchurch で起こった銃撃事件。犯人Mr. Brenton Tarrant 28才は、二つのモスクで、金曜日の礼拝に訪れていた人々を銃で乱射し死者 51, 負傷者 49人を出した。犯人は、2016/2017年、ヨーロッパで起きたイスラム教徒によるテロ事件に執着するようになり、それ以来、犯行を計画していたと伝えられる。2020年8月、終身刑の判決が下された。

それゆえに、この豪州の銃規制の経験は、容易に米国に置き換えることが、相当にむつかしいということを示している。 しかし、豪州が何らかの例として役立つ場合があるとすれば、それは、conservative and rural leaders が、地元の銃を大切にしている有権者に、銃改革を説得する際に、自身の政治使命を賭けての、彼らが示した勇気と信念であろう。この度量/器の大きい特性を、1990年代の豪州の conservatives より引き出したことに比べれば、今日の米国のRepublican Party (共和党) の集団より引き出すほうが、遥かにむつかしく困難であろう。

                  ( 訳: 芋森 )   [完]

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【投稿】自暴自棄でザポリージャ原発を攻撃する敗北必至のウクライナ

【投稿】自暴自棄でザポリージャ原発を攻撃する敗北必至のウクライナ

                             福井 杉本達也

1 ウクライナの敗北

日本の新聞報道とは全く異なり、「Сводка генштаба ВСУ: российские войска продолжают наступать, наносят удары по всем направлениям」(ウクライナ軍参謀総長の要約: ロシア軍は前進を続け、あらゆる方向に攻撃している。2022.8.19))。ウクライナ軍は約束した反撃を遂行することができず、ロシア軍は今やウクライナの黒海沿岸全体を乗っ取る可能性が高いと、トランプ政権の元国防長官顧問ダグラス・マクレガー大佐は語っている(RT:2022.8.15)。

ウクライナは戦争に敗北した。ドンバスが陥落すれば終わりである。10億ドルの援助も「ウクライナ政府に届く援助は決して私たちには届きません」とウクライナ兵は語った。米NATOが供与した武器が前線に届く量は30%を切り残りは闇市場に消える。ウクライナの国会議員は先月、給与の70%増額を可決した。援助はこのようにして消えてゆく。政権の腐敗は頂点に達している。「バイデン米政権がロシアの侵攻を受けるウクライナに供与した大量の兵器を追跡管理しきれず、一部がロシア側に流出した疑いがあることが15日、米政府関係者の話で分かった。ウクライナの混乱を背景にテロ組織や武装勢力に兵器が拡散、横流しされる可能性も指摘され、新たな紛争を含む地域の不安定化や治安悪化の火種になる懸念がある。」(ワシントン共同:2022.7.15)と報道されている。ゼレンスキー大統領は7月17日、検事総長とウクライナ保安庁トップを解任した(AFP:2022.7.18)。「ニューヨークタイムズのコラムニスト、トーマス・フリードマン氏は、米政府はウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領を含むウクライナ政府に対して、公にされているよりもはるかに大きな懸念と不信感を持って接していると記した(AP:2022.8.3)。

2 アムネスティは「市民を盾に」とウクライナ軍を批判

国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは4日「ウクライナの軍が、国際法に違反する形で学校や病院を含む民間人居住地域に軍事拠点を構築して市民の命を危険にさらしていると批判した。」との報告書を公表した(AFP=時事:2022.8.4)。4か月にわたる調査の結果をまとめた報告書では、「ウクライナ軍が19の自治体で学校や病院に基地を設け、人口密集地から攻撃を仕掛けていたと結論。こうした戦術は市民を危険にさらし、国際人道法に違反すると指摘」した(AFP:2022.8.6)。ようやく、アムネスティが、ウクライナ軍の人道犯罪を指摘した。これに対し、ウクライナ政府は激怒し、米国側の権威筋の中からも「利敵行為だ」といって猛然と非難した。こうした状況は早い段階からロシア軍や現地に入って取材している独立系ジャーナリストが報告していたことであるが、アムネスティはそれを遅ればせながらも「公式に」確認したのである。

3 ウクライナ軍による無謀な欧州最大のザポリージャ原発への攻撃

完全に劣勢に回り、敗北が確定したウクライナ軍は自暴自棄に陥っている。自国の領土を放射能の汚染地域にし、国民を放射能で殺しててでも、ロシアの進撃を止めることが目的である。欧州最大のザポリージャ原発を、ウクライナ軍が対岸のニコポルから砲撃し続け、重大な核災害を起こしかねない。それは、ゼレンスキー大統領の一存では不可能である。恐らく、米政府に命令され、幇助されて、ザポリージャ原発に、ある種のバンカーバスター爆弾、おそらく戦術核を使用するだろうといわれている。巨大な核事故を引き起こし、それをロシア人のせいにしようとしている。ウクライナ危機により原発が攻撃対象になりうることが立証された。村田耕平氏は、市民社会の直観でたとえばミサイル攻撃に対する原発の防衛は自衛隊に頼るにしても不可能と判断されます。(村田耕平2022.8.11)と書いている。

 

4 ゼレンスキー大統領はザポリージャ原発を攻撃と表明

8月13日・ゼレンスキー大統領は「原発に向けて撃ったり、原発から撃ったりするロシア兵は我が軍の特別な目標となっている」と警告し、ウクライナ軍側がザポリージャ原発を攻撃していることを公式に認めた(日経:2022.8.15)。ウクライナのザポリージャ原発は3月中旬からロシア軍の管理下にあり、ロシア軍の兵士がいる。その兵士を攻撃するとした。その発言通り、ウクライナ軍はイギリスが開発した兵器、米国の精密誘導弾で原発を攻撃しており、すでに数十発を撃っている。使用済み核燃料貯蔵庫から10メートルしか離れていない場所に着弾した誘導弾もある。使用済み核燃料貯蔵庫に命中すると、冷却が失われた使用済み核燃料は放射能漏れや爆発を引き起こす。当然、ロシアがIAEAに対し、原発が攻撃されている状況の査察を要求したが、国連上層部・米英によって妨害されている。米英はウクライナ軍の原発攻撃を黙認しているだけでなく、そそのかして原発を攻撃させている。

5 原発が破壊されればチェルノブイリや福島第一をはるかに上回る大惨事に

ウクライナの砲兵隊がエネルゴダールのザポリージャ原発内の冷却システムと核廃棄物貯蔵施設に複数のロケット弾を直接発射した、と地元政府のウラジミール・ロゴフ氏は語った。「誘導ミサイルの1発が、使用済み核燃料保管容器からわずか10メートルに命中した」。「50~200メートル離れたところで爆発したものもあった」と述べている。

100万キロワットの6基のザポリージャ原発の格納容器の「コンクリートの厚さは80~100センチ、ミサイルがどの部分に当るか、重さ・スピード・爆発性にもよりますが、破壊度が変わります。ミサイルが当たった場合の計算なんか誰もしたことはありません。誰も思いつきませんから。」と述べた(RT:ロゴフ:2022.8.17)。「貯蔵場所は公開されているので、いかなる打撃も数十から数百キログラムの範囲の核廃棄物の放出と地域の汚染につながる」、「平易な言葉で言えば、それは汚い爆弾のようなものです」。「6基のリアクターには使用済み核燃料発電所で最も危険な場所です。2001年に建てられた使用済み核燃料コンテナですが、なぜ屋根がないのか施設全体を覆わなかったのか分かりませんが、核燃料が保管されており、膨大な放射能がそれぞれのコンテナに保管されており、300の核燃料を保管できますが、現在その3分の1が埋まっています。コンテナが近すぎて、もしロケットがコンテナに落ちれば、コンテナはグループで破損し崩壊します。核物質が火災を起こした場合、風向きは神のみぞ知る。20~30のコンテナが破壊された場合、放射性物質は9か国に飛散する。そして西ウクライナ領土に。」とその危険性を警告している(ロゴフ:同上)。

ザポリージャの惨事は、意図的に仕組まれた大惨事となる。IAEAは、ザポリージャ原発への攻撃を「自殺行為」として非難した。しかし、国連は、原発攻撃でウクライナを特に非難しておらず、誰が責任を問われるべきかについての「矛盾する報告」があったと主張している。全くの責任の放棄である。ロシアのキリロフ中将は、ザポリージャ原発でのキエフの行動により、チェルノブイリとフクシマで起こったことと同様の状況が生じる可能性があると考えていると述べた。1プラントの少なくとも1つの原子炉の内容物の約4分の1が空気中に放出されると、放射性物質は、ポーランド、ドイツ、スロバキア、さらに、「スカンジナビアまでをもカバーする」。「このような緊急事態は人口の大量移住を引き起こし、多くのヨーロッパの専門機関の予測によって確認されているヨーロッパで差し迫ったガスエネルギー危機よりも壊滅的な結果をもたらすでしょう」と述べている。

元裁判官の樋口英明氏は、我が国原発に触れ「我が国の面積は全世界の国土の0.3%ししかすぎませんが、そこに世界の全原発の10%余の原発が、海岸沿いに立ち並んでいるのです」。「国防と称して敵基地攻撃能力の必要性を説く自称保守政治家たちが、同時に原発の維持や再稼働を唱えています」「原発が我が国の海岸沿いに立ち並んでいる限り、我が国にには戦争遂行能力がないのです。開戦したとたんに敗戦が確定するのです。」「『原発は自国に向けられた核兵器である』という言葉は原発の危険性を如実に示したものです」と警告している(樋口英明「ロシアのウクライナ侵攻と原発問題」『季節』2022夏号)。

カテゴリー: ウクライナ侵攻, 原発・原子力, 平和, 杉本執筆 | コメントする

【投稿】対ロ経済制裁の惨めな結末と「ペトロ・ルーブル」の出現

【投稿】対ロ経済制裁の惨めな結末と「ペトロ・ルーブル」の出現

                           福井 杉本達也

1 ロシアへの経済制裁の目的とその無残な結果

ロシアに貿易と金融制裁を課すことは、ロシアの消費者や企業が、慣れ親しんだ米国・NATO輸入品を購入するのを阻止すると予想されていた。ロシアの外貨準備を没収することは、バイデン大統領が約束したように、ルーブルを「瓦礫に変える」ルーブルをクラッシュさせるはずだった。ロシア石油とガスをヨーロッパに輸入することに対する経済制裁を課すことは、ロシアから輸出収入を奪い、ルーブルを崩壊させ、ロシア国民の輸入価格(ひいては生活費)を上昇させるはずだった(マイケル・ハドソン「悲劇的なドラマとしてのアメリカ外交」2022.7.29)。しかし、それは最終的に失敗に終わった。8月10日のFINANCIALTIMES(日経)は、欧州各国はロシア産原油の禁輸措置を緩和した。原油価格の上昇と世界的なエネルギ供給の逼迫を背景に、ロシアを世界最大級の船舶保険市場である英ロイズ保険組合から締め出す計画を延期し、一部の原油輸送を可能にした。」と報じた。

2 ドルの金兌換の停止と「ペトロダラー・システム」

ドイツ降伏の10カ月前の1944年7月、連合国側はブレトンウッズに集まり、連合国通貨国際会議(ブレトンウッズ会議)が開催された。会議での合意の内容は2つ、①参加各国の通貨はアメリカドルと固定相場でリンクすること、②アメリカはドルの価値を担保するためドルの金兌換を求められた場合、1オンス(28.35g)35ドルで引き換えることとした。

しかし、米国はベトナム侵略戦争などに苦しみ、財政赤字とインフレーションの為、金兌換の約束を守れなくなった。そこで、当時のニクソン大統領は1971年8月にドルの金への兌換が終わらせた。

金とのリンクが外れた政府は理論上はいくらでも貨幣を印刷することは可能である。しかし、金という錨がなくなった船は、インフレーションによってその価値はどんどん下落し続ける。これでは国際通貨としての信用は得られない。そこで米国がとった方法は、ドルと石油とのリンクである。いわゆる「ペトロダラー・システム」である。ニクソン政権下のキッシンジャー国務長官はサウジを訪問し、1974年、①サウジの石油販売を全てドル建てにすること、②石油輸出による貿易黒字で米国債を購入すること、その代わり、③米国はサウジを防衛するという協定を結んだ。1975年、他のOPEC諸国も石油取引をドル建てで行うことを決めた。

金とのリンクよりも、石油とのリンクは米国にとって格段に有利であった。金との兌換の約束はなくなり、無制限にドルを印刷することが可能となった。サウジなど石油産出国による米国債購入によって、ドルは米国に還流し、米国は財政赤字を気にすることもなくなった。

米国は「ドル借用金を、自由意志で、無制限に、世界経済に作り出し、使うことができるということだ。他の国々がしなければならないように、貿易黒字を計上して国際的な支出力を獲得する必要はない。米国財務省は、外国の軍事支出や外国の資源や企業の購入に資金を供給するために、単にドルを電子的に印刷することができる。そして「例外的な国」であるため、これらの負債を支払う必要はありません。それは支払われるには大きすぎると認識されています。外国ドルの保有は、米国に対する米国の自由なクレジットであり、私たちの財布の中の紙のドルが(流通から引退することによって)完済されることが期待される以上に返済を必要としません。」(マイケル・ハドソン:同上)。

3 米国自身がドルの国際通貨体制を終わらせる

「トランプ政権は2018年11月、ロンドンで保有されているベネズエラの公式金株約20億ドルを没収」した。過去においては、「1979年11月14日、カーター政権はシャーが打倒された後、ニューヨークのイランの銀行預金を麻痺させた。この法律は、イランが予定していた対外債務返済を妨害し、債務不履行に追い込んだ。」(マイケル・ハドソン:同上)。2011年2月に米国とNATOはリビアを攻撃し、カダフィを惨殺した。カダフィが石油取引にドルでもユーロでもなく、準備通貨300億ドルの金にリンクされた「ゴールド・ディナール」提唱したからである。その後、300億ドルは行方不明であり、米・NATOに盗まれたと思われる。また、2022年2月11日、バイデン米大統領は、9.11の攻撃の犠牲者への賠償に使うと称し、米国で保有する70億ドルの凍結されたアフガン資金の半分を使用する行政命令を出した。アフガンは、米国の70億ドルを含む海外の資産で約90億ドルを持っている。残りは主にドイツ、アラブ首長国連邦、スイスである。タリバンはこの押収を「窃盗」と表現した。現在、アフガンは外貨不足のため食料輸入もままならず極貧の状態で苦しんでいる。そのなけなしの資産を米国自らが仕組んだ9.11詐欺のために分捕るというでである。タリバンは米国が「人間性と道徳性が最低レベルであることを示している」と批判した(福井:2022.2.13)。

そして今回、ロシアのウクライナ侵攻に対抗して、「バイデン政権とそのNATO同盟諸国が、2022年3月にロシアの外貨準備高と通貨保有の約3000億ドルのはるかに大きな資産を掌握した」「米国政府の利益にかなわない政策に従う国は、米国当局が米国の銀行や証券の外貨準備の保有を没収する」「通貨準備金が大きい国は、FRB(および制裁に参加している他の西側中央銀行)との残高がまだ安全であるかどうかという疑問が生じる」(マイケル・ハドソン:同上)。最大の外貨準備を持つ国は中国である。サウジや他の湾岸首長国連邦も相当なドルを保有している。

4 ロシア資産の「没収」は資本主義を最終的に崩壊させる

6月1日のFINANCIALTIMES紙上(日経)で、ジリアン・テットは「ロシア資産、没収できるか」と書いている。5月下旬にゼレンスキー・ウクライナ大統領がダボス会議で、「ロシア中央銀行の資産を没収し使えるようにして欲しい」と演説したからである。「一貫性のある透明な枠組みがないままロシアの資産の没収・分配が実行されれば、西側諸国の政府は何年もの歳月と多額の費用がかかる裁判に見舞われるか、あるいは自国の政治経済を支えている信頼の基盤を失うことになる。」と書く。さすがのイエレン米財務長官も「中銀資産の没収は「米国では合法ではない」と指摘した(日経:2022.5.20)。もし、「資本主義」の原理に反して、「没収」すれば、サウジや中国を始め、世界の非西側諸国の米国への投資は直ちに全て引き上げられるであろう。それは米国の「破産」を意味する。

5 「ペトロ・ルーブル」の出現

ロシアは、GDP 比の国債残が17.7%しかない。133%の米国、230%の日本の財政状況と比較して超健全である。エネルギー・資源・穀物の輸出から、貿易でも黒字が続き、2020 年の黒字は225 億ドル(2.7 兆円)であった。ロシアは、海外に依存せず、自立できる経済である。米国は資源では自立できるが、消費財の商品輸入では中国への依存が大きい。アップルは、100%中華圏で委託製造、輸入・販売している。西側は、必須なエネルギーと資源・穀物を輸出するロシア経済の現実を見ていない。、資源(コモディティ)リンクのルーブルに向かっている。そして、金兌換ではないが、ルーブルには金という準備金の裏付けがある。

「『ガス・ルーブル』(エネルギー資源のルーブル決済)は、今のところまだ『オイル・ダラー』と同等ではないが、前例のない規模での対ロシア制裁の実施後に『ガス・ルーブル』という手法が現れたのは、国際通貨制度がターニングポイントに近づいたことを意味しているSputnik 2022.4.24)。中国社会科学院の徐坡岭は『環球時報』において、「当初、ルーブルの為替レートはドルとユーロに対して下落したが、その後、急速に高騰し始め、過去6カ月での最高値に近づいたと指摘した。また、徐坡岭氏は、このことは、ロシア経済をただちに破壊しようとする米国と欧州の目標が達成不可能であることを示唆していると語った。また、同氏は、ロシア政府によるタイムリーで効果的な対応を特別に注視しており、その例として、ロシアのガスをルーブル建てでのみ取引するよう、ウラジーミル・プーチン大統領がガスプロム社に指示したことが上げられると語った。また、同氏は、現在、「ガス・ルーブル」は「オイル・ダラー」ほど強力ではなく、普及もしていないが、その存在自体がすでに既存の国際通貨制度に風穴をあけていると強調する。」(Sputnik 同上)と語っている。また、徐坡岭は、「米国と欧州連合(EU)は、ロシアの外貨準備を凍結し、独立国家の信用通貨と国際決済システムを政治的手段と武器に変え、信頼できる準備通貨としてのドルとユーロへの信頼を損ねたと指摘した。同氏は記者に対し、『より競争力のある国際通貨が国際準備通貨制度に加わることで、より収益性が高く便利な決済システムが前面に出てくることになる。短期的には、これまでのようなドルの覇権を揺るがすのは難しいが、変化はすでに始まっている』と語った(同上)。

6 フィクションとしての「GDP」信仰

ロシアのGDPは韓国を下回る世界第11位の1.3兆ドル、米国の23.0兆ドルと比較すると6%以下である。一方購買力平価ベースでは世界6位で米国の1/5となる。しかし、このGDPという指標は経済学における一つの決まりに過ぎない。統計学の竹内啓はGNP(GNP =GDPは国内で一定期間内に生産されたモノやサービスの付加価値の合計額。 “国内”のため、日本企業が海外支店等で生産したモノやサービスの付加価値は含まない。一方GNPは“国民”のため、国内に限らず、日本企業の海外支店等の所得も含んでいる。)は「極端なことを言えばうそ、フィクションなんです。フィクションですけれども、ちゃんと権威のあるところが決まった方法で決まったフィクションをつくっていくと、それをみんながいろいろ指標として使うようになる。みんなが使えば、実質的意味をもつようになる」(森毅+竹内啓:『数学の世界』1973・3中公文庫 2022.4.25)と書いている。GDPという指標が役に立つというのは、国民経済の特徴と大きさを大雑把に掴むという「構造的理解を含めて実際に役に立つということであり、一つはことばとして役に立つ…数学で表現すると意思疎通がうまくいく…数式的な表示をしないと、ことばでは追っつかない」(同上)ということであり、必ずしも実体経済を正確につかんでいるというものではない。産業資本主義の段階では実体経済との差は大きくずれてはいなかったかもしれないが、金融資本が実物資産の何倍にも肥大化した現在では、必ずしも実体経済を反映した数字とはならない。米国や西側のGDPは金融取引などで何倍にも肥大化され、逆に資源国などは何分の一かに過小評価されていると考えられる。通貨も同様であり、ドルは実質価値の何倍にも肥大化され、ロシアなどの資源国通貨は何分の一かに減価されている。
西側はロシアへの経済制裁によって、GDPで世界11位で、石油と天然ガスしかないロシア経済などは取るに足らず、簡単に崩壊させることができると考えたのであろうが、これは大きな誤算であった。自ら作り上げたフィクションに自らが騙されたのである。世界の資源の過半を独占する自らより大きな経済体に「制裁」を課すことで、逆に自らを「経済制裁」することになっている。その評価基準がドルであり、「石油にリンクしない」ドルの没落ととともに、自らに課した「経済制裁」の重圧により、西側は最終的に「自己崩壊」せざるを得なくなる。

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